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文章あれこれ

1話 黒い空間

「あっちぃ~」

 まだ少し早いと感じる猛暑に愚痴りながら、スーツの上着を手にかけ訪問先へと商談に向かう男。

 その営業マンは、クールビズも当たり前の世の中で上着着用を義務付ける会社に、なんてうちのお偉いさんはお堅いんだ、とボヤいていた。

 もう片方の手には、自身の営業鞄であるジュラルミンケース。

 その持ち手が汗でずり落ちそうになっている。

(自腹でガソリン代払ってでも車で来るべきだったかなぁ)

 訪問先が駅から近いと、電車などの公共交通機関を推奨される。

 それを断って車を使うということは、すなわち駄目ではないが移動や駐車に関係する費用は経費で落ちないということである。

 そんな少しの後悔を抱きながら歩く男に、後方から声を掛ける者が一人。



「みーつけた」



 その声に、不思議に感じながらも振り返る男。

 しかし誰もおらず……

「えっ、幽霊……?」

 背筋にゾワッとしたものを感じながらそう呟く途中で、男は黒い空間へと引きずり込まれ、その姿は忽然と掻き消えた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


(なんだよこりゃ……)


 目の前が黒い。

 俺は立っているのか? 浮いているのか?

 それすらも分からない謎の空間だ。

「やぁ初めまして。いきなりで悪かったね」

 その声の先へ振り向くと、先ほどまで黒かった世界が瞬く間に白へと変わり、その中で茶色いどんぐりのような髪型をした少年が立っていた。

 年の頃は12歳くらいか?

 幼いと分かるのに、両手を後ろに組み、やけに落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 最初からそこにいたのに視界が黒く塗り潰されて見えなかったのか、それとも今いきなり現れたのか。

 ふと頭に過るが、それよりも。

(凄い髪型だな……)

 俺が内心そう思っていると、「失礼だね」とぼやきながら目の前の少年は言葉を続ける。

「今から君には別の世界へ行ってもらおうと思う」

「……」

「……」

「…………へっ?」

 髪型以上に意味が分からない。

 しかし、この光景、この発言。

 思い当たるものはあるな。

(これが異世界転移か……?)

 仕事は多忙を極めた、というより自ら多忙な状況にしていた節もあるが、そんな仕事一辺倒な生活の中でも、移動中の暇潰しとしてファンタジー小説を読むことはあった。

 だからこそ、この非現実的な光景の中にも既視感というか、なんとなく連想できる部分もあったりはしたが……

 そうか、目の前にいるのは神様の類か。

 しかし、なぜ女神様ではないのか。

「ちなみに僕は死んだのですか? そうは思えない記憶しかありませんが」

「いや、君は死んでいないよ? だから想像通りではあるけど、転生ではなく転移ということになるね」

「なるほど。なぜ死んでもいないのに僕なんですか?」

 言っていることは理解したけど、現実を理解できていないから情報が欲しい。

 しかし目の前の少年は質問には答えず、愛嬌のある笑みを浮かべながら、大仰に両手を広げて口を開く。

「君に行ってもらいたいのは今までの世界より文明が遅れた、武器と魔法とスキルで活躍するファンタジーな世界さ!」

「は、はぁ……」

「人気の世界だし、行きたくても行けない者達が大勢いるわけだからラッキーだよね!」

 なぜこの少年は、確定事項のように話を進めているのだろう。

 そこが分からないが、それでも。

 最重要項目については一応確認しておこう。

「……チートは?」

「ん?」

「行くとどんなチート能力を頂けるんですか?」

 結局はここだ。

 得られる能力次第で運命が決まると言っても過言ではない、超重要ポイントなのだから聞かないわけにはいかない。行く行かないは別にしてだけど!

 しっかりと確認し、交渉をしなければならない。


 しかし、その少年から出る言葉は予想の遥か斜め下だった。



「何を言っているの? 授ける能力は無く|そ《・》|の《・》|ま《・》|ま《・》だよ?」



 この少年――いや、このどんぐり頭はふざけているのか?

 ゴミ能力でも文句を言う人間が続出だろうに、何も無い?

 そんな条件で、誰が好き好んで今までの現実を捨て、剣と魔法とスキルで即死してしまいそうな世界へ行くのだろうか?

 どんぐりは馬鹿なんだな。そういうことだろう。

「そうですか。では現実世界に戻してください。今すぐに。お客さんが待っていますので」

 夢でも見たと思って忘れよう。職場の人間に言ったら爆笑か病院に連れていかれるかのどちらかだろうし、とてもじゃないが恥ずかしくて言えたもんじゃない。


 そう結論を出したのに、今までの軽い雰囲気から一転、真面目な表情をした少年が呟く。


「本当に良いのかな? 今の生活に満足していないからこそ、僕は君の目の前に現れることができたんだけどね?」

「……」


 そこは突っ込まないでほしい。

 黙ることが正解だと思われても、黙りこくるしかないじゃないか。

 仕事をして帰って寝るだけの生活。

 お金は人並み程度に稼げているが、使う時間と余裕がまったく無い。

 学生の頃に、時間を忘れて没頭したゲームなんて今はやる時間もまったく取れず、それどころか日に1時間程度も趣味に費やすことが難しい日々。

 それは分かっている。

 分かってはいるが―――

 それでも、この生活でそう簡単に死ぬことはない。

 仮に|た《・》|だ《・》|生《・》|き《・》|て《・》|い《・》|る《・》|だ《・》|け《・》だとしても、手ぶらで行って死ぬよりはマシだろう。

 ダメはダメなりに、必死こいて今の生活を守ってきたんだ。

 だから最後に、もう一度だけ聞いておく。

 心が読めているんだろう?

 俺じゃなくてもいいとは思うが、「見つけた」ということは少なくとも、俺が神様の求めている条件に何かしら該当したはずなのだから。

 だから強気にいかせてもらおう。


「本当に手ぶらなのか? 武器も魔法もスキルも無縁の世界で過ごしている一般人の俺に、本当に手ぶらで行かせるつもりなのか?」

「え?」

「武術の経験なんて欠片も無い、年相応に弛んできたこの身一つで? いくらなんでも冗談だろう?」

「……」

「子供をトラの檻に放り込むようなもんだ。そんなの誰でも、確実に死ぬ。そんな条件なら絶対に行くことはできない」

 これで引き出せるのか、引き出せないのか。

 それ次第だと思っていたが……


「トラ? あーなるほど、そういうことか。随分慎重だけど……まいったね。このままじゃ本当に行ってくれなそうだ」



 やっと折れてくれたか?

 となると、ここからが重要だ。


 それなら、と目の前の少年は返してくる。

「身体年齢くらいは若返らせてあげるよ。さすがに32歳からのスタートじゃ厳しいだろうしね」

「なるほど……それなら0歳からで頼む。0歳から魔法の鍛錬しちゃうから!」

「いやいや、依り代のある転生じゃないんだからそれは止めておいた方がいいよ。転移後に誰にも拾われなかったらどうするつもり? せめて身体が成長しきった後の方が良いと思うけどね」

「うっ……た、確かにそれもそうか。それなら14歳、いや13歳くらいでもなんとかなるはずだ。それで? スキルは? 特別な加護とか装備とか無いのか?」

「口調も内容もどんどん図々しくなってるよまったく! 何を贅沢言ってるの!」

「当たり前だろう! 若返っただけじゃ全然強くなってないんだぞ!」

「それはそうだけど……うーん、じゃあしょうがないから1個だけ、君の世界で言うステータス画面をいつでも見られるようにしてあげるよ。僕のお手製だから凄いよ? もちろんステータス画面は君が見てしっかり理解できるよう十分配慮しよう」

「お、おぉ……で、他には!?」

「馬鹿っ! もうないよ!」

「は? 無限ボックスとか転移ワープとか勇者スキルとか、もっとチートっぽいものがいくらでもあるだろう! というか、ステータス画面が見られるって……凄く普通だし、まったく強くなってないんだけど!」

「もう煩いな! いいから早く行っておいで!」

「ちょ……待て待て!! 結局1ミリも強くなってないじゃないか!! ふざけんなぁああああぁぁぁぁぁ―――…………」








 偶然とはいえ、過去最高とも言える恵まれた素材。

『壊す』か『覚める』か、それとも早々に『潰れる』か――。


「期待しておくよ」


 そう呟き、最後まで名乗りもしなかったその少年は、再度黒く塗りつぶされていく世界へと消えていった。
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この作品に登場する主人公は決して『普通』ではありません。
少年漫画に登場するような王道のキャラクターを想像すると大変なことになりますのでご注意ください。
また【書籍版】&【コミカライズ版】と【WEB版】では、世界観を共通にしつつも物語は途中で分岐し、主人公の性格など一部を読みやすいように変更を加えております。
【WEB版】は何よりも自分自身が楽しむために書いていますが、【書籍版】&【コミカライズ版】は見てくれる方が一番に楽しめるよう調整を加えておりますのでご理解ください。2話 始まりは突然に

 謎のどんぐりに|拉《・》|致《・》された俺は、岩場に寄りかかって放心していた。

 とりあえず落ち着こうと、胸ポケットから電子タバコを取り出し咥え始める。

「うぐっ!? ゲホッ!! グホ……ッ!!」

 そうだ、自分で注文付けて若返ったのを忘れていた。

 確か鞄に鏡があったはずだが……。

 あーあ。

 こりゃ幼い。

 確かに、記憶にある13歳くらいの自分だ。

 本当に戻っている。

 はぁ……

 なんでこんなことになっているんだろうな。

 色々とマズいことはあり過ぎるが、まずは自分を13歳にしてしまったのが少々マズかった。

 腕を伸ばせば、丈の余ったワイシャツの袖口。

 明らかに少し前の俺より小さくなっている。

 たしか中一か中二の頃、急激に25cmくらい身長が伸びた時期があったはずだから……

 13歳はまだ大きく伸びる前だったか。

 ということは今140cmくらいか?

 あの交渉の場で、とっさにキャラ成長、育成のことが頭にチラついてしまった。

 身に着けている衣類のことは頭からすっぽ抜けていた。

 当然人間には寿命があるし、成長のピーク、身体を十全に動かせる時期というものがある。

 既に32歳だった時点で、若い頃よりも身体が動かなくなっていた。

 体力が落ちてきていることを感じていたわけだ。

 だからつい、ついつい、魔が差して、せめて1歳でも若くと欲張ってしまった……

 その結果がこのザマだ。

 かなりブカブカになった服はまだ良い。ズボンの裾だって折ればなんとかなる。

 しかし、この革靴は……マズいな。

 確かめてみると、指二本程度なら余裕で出し入れできるほどの隙間ができてしまっている。

 すっぽ抜けることはさすがに無いだろうが、全力疾走となると速度が落ちることは確実だろう。

 何かあって逃走する時の危険度が大きく上がってしまった。


 そして今いる現状。

 これもまたマズい。

 転移直後に周囲を確認して絶望した。

 明らかに、今いる場所は鬱蒼と生い茂る森の中である。

 あの少年が親切なら町のすぐ近くに、そこまでいかなくても街道沿いとか……

 もっと転移先には融通も利かせられただろうに、なぜスタート直後から大ピンチなんだ。

 これではどの方向へ向かえばいいのかも分からないし、水場も近くにある様子はなく、いきなりサバイバルゲームと化してしまっている。

 あのどんぐり頭が……!

 俺はRPG一筋で、サバイバルゲームはやったことがないんだよクソっ!


 そしてとどめのスキルである。

 結局強さに直結するような武器や防具も、死ににくくなりそうな加護の類も、破壊力抜群な攻撃スキル、危機を回避できそうな防御魔法や回復魔法、はたまた知恵と機転で応用が効きそうな特殊スキルも。

 何、一つ、貰えていないっ!!

 あるのは先ほどから視界の右端に、半透明ながら存在を主張している、小さな丸いマークだけである。

 たぶんこれがどんぐり頭が言っていた、ステータス画面の起動ボタンか何かなのだろう。


 |咽《むせ》るがそれでももったいないと、タバコを吸い続けながら考える。

 四の五の言っても始まらないし、とりあえず開いてみるか。

 指でなんとなく触るも反応が無いので、頭は動かさずに視点だけその丸いマークに集中する。

 すると―――

「うおっ!」

 思わず声が出てしまった。


 なぜビックリしたか?

 それは凄いからでは断じてない。

 いきなり視界がステータス画面で埋まったからだ。

 視界全てを塞ぐように、学生の頃にゲーム画面で見たような黒い背景、白文字でステータス画面が映っている。

 頭を横に振っても、立ち上がっても、その画面は一切ブレることなく視界に映ったまま。

 目を瞑っても表示され続けていた。

 そして大問題なのはこれだ。

 半透明化されていない。

 つまり、開いている間は外の視界が完全に塞がっているということである。

 こんな何が起こるか分からない場所で、見ること自体が危険な代物。

 たぶんあのどんぐり頭は本気で馬鹿なんだろう。絶対そうに決まっている。

 ただそれでも、今の段階で大事なのは情報だ。

 一度立ち上がり、周囲を確認。

 視界に入る範疇で、動物など襲ってきそうな生物がいる気配はない。

 ふぅ――……っと一呼吸。

 まずはザッと見てみようと、意識を丸いボタンに集中した。




 なるほど……

 左上に俺の名前。

 その下にレベルと経験値バーのようなもの。

 そのさらに下には魔力量の現在値と最大値、それに筋力や知力といった各能力値を数値化したものが表示されている。

 HPに類するものは無さそうだが――、ゲームではない現実世界ということなら納得するしかないんだろう。

 死ななきゃセーフ、死んだらアウトというやつだ。

 それと、なんだこれは? 職業?

 名前の横には「営業マン」と書かれているが、なぜこの世界で営業マンなのか。

 まったく意味が分からない。

 普通は戦闘系ジョブとかの職業名が載ると思うのだが?

 まぁ深く考えてもしょうがないし、これも"どんぐり頭が馬鹿だから"の一言で片づけておこう。

 そして、画面左下にある加護や称号の項目は、まぁ予想通りだな。

 何も記載がない。

 何もくれなかったんだから当然だ。

 そして右半分、というより画面の3分の2を占有しているのがスキル枠のようだ。

 時間を掛けられないのでズラーッと流して確認してみる。

 意識するとスキルのみ、上下にスクロールしてくれるところはちょっとだけ凄いのかもしれない。

 ふむふむ……【剣術】や【槍術】といった戦闘系スキルに、【火魔法】や【水魔法】といったお決まりの魔法系スキルは予想通りだな。あとはパッシブ系か? 【魔力自動回復量増加】なんてのもあるのと……【挑発】や【手加減】なんかの戦闘補助系に、【伐採】や【採掘】あたりは金稼ぎ用の生産系スキルなのだろう。

【歌唱】なんてフレーバー要素があるし、【鑑定】なんてぜひ欲しいところだし、【風属性耐性】とかかなり設定が細かいな! あっ! これ絶対【無詠唱】っぽい!!

 ……興奮してきたので一度止めて視界を戻そう。

 まず、流し読みして気付いたのが、スキルはかなり数が多い。

 もう一度だけ周囲を確認し、技能枠の最後までサラッと確認した内容を纏めるとこうなる。

 大別すれば物理戦闘系スキル、魔法系スキル、戦闘補助系スキル、常時発動パッシブ系スキル、ジョブやクリエイト系などの戦闘外スキル、最後に何も表示はされていないその他枠とあるようで、現在表示されているスキルだけでザっと100種類以上。

 おまけに一部のスキルは取得に制限があるっぽく、「???」という非表示状態になっているものも複数確認できる。

 制限解除は推測ではあるが、下位互換スキル、もしくは基礎となるスキルの取得あたりなのだろう。

 表示位置が【省略詠唱】-【???】と横並びになっている時点で、この【???】は省略詠唱の上位スキル――

【無詠唱】であることがなんとなく予想できるしね。

 また、その条件解除には、自分自身のレベル、各スキルレベルも関わってくるのかもしれない。

 少なくとも今表示されているスキルは『0/10』という表記と共に経験値バーのようなものがセットになっているので、全てではないかもしれないが、各スキルのレベルが10まであることを前提に考えた方が良いだろう。


 そしてかなり重要そうな部分として、技能項目の一番上に『0』と表示されている数字がある。

 これがたぶん『スキルポイント』なのだろうな。

 取得条件はよくあるパターンならキャラクター、今は俺自身のレベルアップか。

 あとは可能性としてありそうなのがクエスト系の報酬とか、特殊なアイテムの使用、どこかに大量の金をお布施するとか……

 色々と考えられるが、とりあえず今は0。

 見事に0である。

 ここら辺もひどい話だけど、初期ポイントなんて甘いものはないようで、すぐにスキルを取得することはできないという悲しい現実を確認することができた。

 普通5ポイントとか10ポイントくらい、最初にあったっていいだろうにね!


 ステータス画面内に地図表示があって現在位置を把握できたり、勝手に索敵なんかして表示してくれれば最高ではあったが、無いものねだりをしてもしょうがない。

 どんぐりの凄いという言葉に期待してしまった俺が馬鹿なだけである。

 結局はよくある普通のステータス画面と、スキルツリーに類似したような画面が見られるという、その程度の機能だったというだけの話だ。

 はぁ……

 念のため、初期ステータス値は手帳に書き記しておくか。


名前:間宮 悠人 <営業マン>

レベル:1
魔力量:10/10

筋力:8 
知力:9 
防御力:7 
魔法防御力:7
敏捷:7 
技術:6 
幸運:12 

加護:無し
称号:無し


 よし、っと!

 立ち止まっていてもしょうがない。

 まずはそうだな。

 高台を目指して周囲の状況と向かう方角の確認、そして生命線である水と火、寝床の確保を念頭に足を進めよう。


 こうして、なぜか強制的に職業<営業マン>の冒険は始まったのだった。
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広告下の【☆☆☆☆☆】から評価頂けると、やる気が迸って執筆が猛烈に進む気がします!3話 現在地

 悠人の冒険、初日。

 歩き始めてから僅か1時間、樹海さながらの森の中、俺は早くも迷子になっていた。

(くそっ、多少の起伏がある程度で、高台がまったく見当たらない……)

 アウトドアが趣味でもない俺にとって、人生初となる森の大探索だ。

 浅い呼吸を繰り返しながら、こんなにも過酷なのかと、心の中で思わずボヤいてしまう。

 大地は隆起と沈降を繰り返し、張り巡らされた大樹の根が歩行を阻害、低木の葉がまるで道を塞ぐように視界を遮る。

 高台、もしくは川を探すという目的はあるものの、目標を視認できずにウロウロしてしまっては、体力と精神を無駄に削られて心が折れてしまいそうだ。

 大型の動物や怪しい生物に出会っていないのはまだ有難いが……


 幸い無数の葉をつけた木々によって直射日光は遮られ、森の中は極端に暑いというわけではない。

 せめて片手は空けられるようにと、ブカブカなスーツの上着を無理やり羽織れる程度には耐えられる気温だ。

 しかし日本との季節差はそこまで感じられず、強い湿気が汗を生み出し頬を伝う。

 そんな中で俺は周囲を警戒し、耳を澄まして水の流れる音を求めながら歩き、そして考える。

 鞄に入れているのは、スマホ、会社支給のガラケー、財布、大型の手帳にボールペンが予備含め数本、プラスチック製のボード、手鏡、名刺入れ、電卓に判子セット一式、いざという時の契約書や書類の束くらいだ。

 この中に現状を打破できるような物は無い。

 携帯はすでに電波が入らないことを確認しているため用済みとなった。

 一応それ以外にも、タバコや仕事用の懐中電灯とその予備電池、プラスとマイナスのドライバーは鞄に入っている。

 が、それは今ここで手に持ったところでどうなるものでもないだろう。

 商談予定は元の世界の時間で14時だった。そこから転移し、状況を確認してから1時間近く歩いていることを考えると……

 もしかしたらこちらの世界でも日が沈み始めるかもしれない。

 転移世界がどのような周期で1日を通過しているか、それは今の段階ではまったく分からない。

 ただ日没の可能性があるならば急がなければいけないか。

 まだ寝床、水、火と何も解決してない状況では、募る不安が余計に体力を削る。


(落ち着け、落ち着け……営業マンは常に冷静に、頭を回転させつつ中身は熱くと、笠原さんに教えられたじゃないか)



 勤めていた会社の上司との関係性はそう悪いものでは無かった。

 上司は営業の成績が非常に良く、新卒入社で社歴が長いこともあってか昨年、同年齢でありながら課長職に昇進した。

 一時は同じ平社員だったこともあり、仕事では敬語、プライベートな飲みの場ではタメ口というなんとも微妙な関係性であったが……

 元々対人関係が苦手で、ゲームに逃げていた俺にとっては数少ない友人であり、腹を割って話せる上司でもある。

(アポイントの時間なんてとっくに過ぎてるからなぁ。会社に電話もいっているだろうな。笠原さんすまん、おまけに会社に戻れなさそうで、迷惑かけて本当にすまん……)

 もう会えぬであろう人物に心の中で謝罪しつつ、ふと、俺が係長に昇進した時、笠原さんから祝いで貰ったベルトを見た。

 目立ちはしないが質の良いベルト。

「少しは気にしろ! スーツは営業マンにとって戦闘服だぞ!」

 いつも言っていた口癖を思い出す。

 安物と違って革があまりヘタらず、かなり満足して愛用しているベルト。


 視界の先にある木々を見る。

 そして地面に近い枝をそれぞれ確認する。


 登れば多少は先の光景が見えるんじゃないかと、既に木登りには何度も挑戦している。

 しかし、飛べば枝の下部には触れられる木もあったが、手を回して掴むことができずに木登りを諦めていた。

 そして1歳分の欲をかいたばかりに、25cm以上も身長が低くなってしまった自分自身の選択に後悔した。

 が。

(ベルトを上手く使えばいけるか……?)

 見える範囲で、より高くまで伸びていて、かつ枝が豊富で上によじ登っていけそうな木。

 それでいて取っ掛かりとなる最初の枝は極力地面に近く。

 理想を言えばそれが少しでも高台であること!


 試す価値はある。


 諦める前にまずはやれ。


 そう心の中で呟きながら、先ほどよりも早い歩みで明確な『目標物』を探し回った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ははっ、とうとう見つけてやったぜ……」

 やっとのこと、『目標物』と思われる木、地形を発見できた。

 決意して探し始めてから30分以上は経過している。

(大体3メートルくらいは他より地面が高いし、下から見る限りかなり樹高は高そうだ。まず幹が他よりだいぶ太い)

 一応周囲を確認しながら、まずは枝に向かって飛び掛かる。

 が、やはり。

 枝の下部にも手を触れることはできなかった。

 他が好条件な分、最初の取っ掛かりとなる枝を掴むまでのハードルが高い。

 ならば。

 まずはジュラルミンケースの鞄を足場にする。

 これで15cmくらいは高さを稼げるはずだ。

 鞄を縦にすると最悪は足を挫いてしまいそうだから、さすがにそこまでは止めておく。

 もちろん丈夫が売りなんだから、13歳程度の俺が乗ったところで壊れることはまったく無い。

 精々凹む程度なので、高さを維持するため凹まない鞄の角に足をかける。

 そしてベルトを外して手に取り、鞄を踏みながらベルトの一方を投げ込む。

 スルりと枝の上部を通り、ベルトが枝の左右から垂れてきた。

 これで左右のベルトをそれぞれ手に取れれば、幹を足場に登って足を掛けることはできるはずだ!

 そこまでいければあとは根性。

 まずはジャンプ!

 よしっ掴んだ!

 後は地面と並行するように足だけで登って……うぐ……バックルが無い方は手が滑る……キツい。

 が、なんとか枝へ足を掛けることには成功。

 足が掛かれば、腹筋はつらいが手も掛けられる。

 あとは俺の筋力だけ!! 15年振りくらいのフルパワーだぁあああああ――!!




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 30分後、黄昏始めた日差しの中、周囲を眺める死にかけの男がいた。

 もちろん俺である。

 決して最上部まで登ったわけではない。

 高過ぎてチビリそうとか、枝が細くなって危険そうということもあるが、そこまでしなくても360度、ある程度の状況を把握することはできた。

 それは粘って大樹と、さらに生えている環境、高低差を厳選した結果である。

 そしてその結果から得られたもの。

 それは、視界一面に広がる樹海さながらの大森林。

 町はおろか、平原や草原なんていうものも一切確認できず、ただただ濃緑の海原がどこまでも続いていた。

 そう、目に見えた樹海の出口は無かったわけである。

 どんぐり頭が初めから殺しにかかってきているとしか思えない所業。


 しかし。

 周囲を眺めながらも俺の口角は上がっていた。

 決して絶望して、気が触れたわけじゃない。

 では何が俺をそんな気持ちにさせたのか。

 その理由は三つある。


 一つ。

 360度大パノラマの中で、一方向にかなり広範囲に渡って連なる山々が確認できた。

 ここからどの程度の距離感かは掴めないものの、相当標高は高そうな山脈群。

 ということは、だ。

 あの山脈群を背に、とりあえず離れた方向へ進めば人里に当たる可能性は高いということである。

 人間は平地が好き、この世界だってたぶん同じはずだ。


 二つ。

 正確な方位の確認が容易になったこと。

 沈む太陽――とは違う存在かもしれないが、その太陽らしきものの場所から方位を判断することはできる。

 地球であれば、今沈もうとしている方角が西なのは素人でも分かることなのだから。

 ただそれ以外にも、必死に枝を登っている最中、気が付いたことがあった。

 それは営業マンの会話の糸口とも言える腕時計である。

 ブランドに興味が無くはないが、仕事をする上で当たり障りがないよう機能性重視で無難な某国産メーカーの腕時計を使用していた。

 その腕時計に、なんと方位機能が付いていることに今更気付いたのである。

 普通の生活の中で使うことなんてまるで無かったんだからしょうがない。

 木登りという普段まず取らない体勢だったことで、無駄に腕時計が視界に入ったことが幸いした。


 三つ。

 それは濃緑一色の視界の中で、僅かに、そして長く続く濃緑の切れ目を発見できたこと。

 これはもう川の存在としか考えられないだろう。

 もし『断層です』なんてオチだったらショック死してしまうかもしれない。

 そしてその切れ目が山脈群に対して離れるように伸びているため、僅かな高低差で川は下っているのではないかと予想している。

 つまり、川を下れば水分を補給しつつ、人の住んでいるであろう地域まで、そのまま近づくことができるということである!


 まだ解決していない問題もだいぶあるが……

 というか、日が沈みかけているのに今夜の寝床はどうするんだって話だが……!


 それでも少し未来が開けた気がする初日であった。4話 初戦闘

 冒険二日目。

 結局俺は、枝が密集している木の上で無理やり寝ることにした。

 さすがに僅かな月明かり(月か分からないが)しかない暗闇の中で、地面に寝そべって寝る勇気は無い。

 朝になったら何かに食われている自信がある。

 それにしても……体調は絶不調だ。

 獣対策で高いところに寝るということは、寝ぼけて落ちたら相当痛いということで。

 極力地面に近いところまで降りてはみたものの、安眠とは正反対。

 ゴツゴツした硬さと不安定さから眠ることはほとんどできなかった。

 そして「グギギギ……」という聞きなれない鳴き声や地面を蹴り上げる音。

 こんなのを不定期に聞かされて現代人が呑気に寝られるわけもない。

 寒さで震えることは無かったのがまだ幸いである。



 ちなみに、身体を休めながら考えていた、二日目の目標はもう決まっている。

 川と思しきところへの到達。

 道中、食事になりそうなものは全力で採取。

 一日の時間を腕時計の時間経過から計測。

 そしてレベルが上がりそうなナニカとの初戦闘である。

 最後の食事は、昨日の昼に食べた某ファーストフードのハンバーガーとポテト。

 そこから考えればまだ丸一日も経っていないので、空腹に関してはまだまだなんとかはなる。

 しかし食べられる時に、そして探せる時に探して確保しておくのはこの状況であれば当たり前なので、ポケットや鞄に突っ込んででも携帯する気マンマンである。

 また、1日の推定時間も把握しておきたい。

 主に日の出ている明るい時間は1日何時間なのか。

 これが分かれば、予定外の場所で日没を迎えるという恐ろしい事態を避けることもできるだろうと考えている。

 そしてやはり出てくるのは、俺を捕食しようとする存在との戦闘である。

 昨日歩いたのは約1時間半~2時間程度。

 その際、直接目にすることはなかったが、少なくとも夜間に怪しい鳴き声や気配を感じている以上、何かしらがいるのは間違いない。

 というかこんな規模の大森林にいなかったら、この世界は物凄く平和である。

 理想を言えば獣や小動物の類を捕まえたいところだが……

 元の世界と同様であれば、まず普通は人間の姿を見たら逃げるはず。

 となると結局、魔物チックな敵との戦闘になる可能性は高いのだろう。


 ふぅ――……。

 まともな喧嘩すらしたことのない自分に、果たして倒せるのだろうか?

 特別どころか、なんのスキルも持っていないのに。

 武器も防具も無く、レベルだって1のままなのに。

 そもそも、ここにどれほどの敵が出るかも分かっていない。

「契約はできるかどうかじゃねぇ。てめぇがするかしないかだ」

 なんて笠原さんが力説していたな。

 相手もいる話なのに無茶が過ぎると、当時は話半分に苦笑いしていたけど、たぶんそういう気概があるから社内トップクラスの実績を残せているのだろう。

 だったらやるしかないか。

 どんぐり頭が『武器と魔法とスキルのファンタジーな世界』なんて言い切っているのに、まさかその武器や魔法やスキルで臆病な草食動物を狩っているわけがない。

 となるといるんだろう?

 そういったものを必要とする相手が。

 だったら殺すか、殺されるかだ。

 それにいくらどんぐり頭が馬鹿だからと言って、相手の心が読めて瞬間的に相手を飛ばすこともできるんだ。

 それなら一応、本当に一応だが実際に神様でもあるのだろう。

 そんな相手が目的もなく現れて、自分をただただ誘拐するとは考えにくい。

 目的があるなら、さすがに何も成し得ていないこの状況で、ドラゴンみたいな絶望的な相手をぶつけてくることも無いだろう……いや、たぶんだけど……そう信じたいだけだけどっ!!

 よし、日も出てきたしそろそろ行こう。

 腕時計の針は日本時間で夜中の3時を指していたので、なんとなく日の出に合わせるよう5時に修正。

 これで時間経過も分かりやすくなるだろう。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 適当な長さの棒切れを草除け代わりに、腕時計が示す方向へひたすら向かう。

 昨日よりはやや暑いが、上着を手に持って両手を塞ぐなんて愚策を取るわけにはいかない。

 最低限の防御も期待して着込んでいくことにする。

 視界は可能な限り広く、音と気配には敏感に。

 寝不足であることは間違いないが、しくじれば死ぬと覚悟していれば、1日の寝不足ぐらいどうということはない。

 そんな心構えの中、道中怪しいキノコや、足元に生えている花や草などを確認しながら進むこと2時間ほど。

 突然前方を、一匹の白い何かが横切った。

 やや疲れ始めたタイミングだったので肩が跳ね上がるも、とりあえず歩みを止めて息を殺す。

(まずは横切った先を確認しなければ……)

 木々の陰にゆっくり移動しつつ、覗き見るように移動先へ視線を向けてみる。

 すると約10メートル先に、30~40cmほどのウサギと思われる生物がこちらに顔だけを向けていた。


(こ、これは――……魔獣? 魔物で確定なんだろうな)


 そのウサギは額に大きな一本の角が生えている。

 過去に複数のゲームでお世話になったこの雰囲気は、それだけで魔物判定するに十分だろう。

 思ったよりも目つきが悪くて少しビビるが、このウサギモドキに勝てなきゃ何にも勝てそうにない。


 鞄を足元に置いて、ソッとネクタイを緩めながら角ウサギの前方に立つ。

 角ウサギは微動だにせず、ジッと俺を見つめている。

(逃げもしねぇか・・・・・舐められたもんだ)

 だがそれも仕方のないこと。

 額に映える角は20~30cmはありそうな鋭角なもので、間違いなくあれに刺されれば俺は致命傷を受ける。

 対して俺は鎧の一つも纏っておらず、木の棒を握り締めているだけ。

 だからよく観察しろ。

 相手の出方を予想しろ。

 ウサギにしては大きいが、それでも30~40cm程度なら足元を蹴り上げれば一番楽だ。

 だがそれだと、高確率で俺の足にも角が刺さる。

 それじゃあダメだ。

 痛くて、仮に足でも心臓が止まる自信はある。

 ならどうする。

 間違いなくあの角が最大の武器。

 逃げもせずに構えているということは、角で刺すことを前提に考えているのだろう。

 となると攻撃手段はなんだ?

 ご自慢の脚力全開で突っ込んでくるしかないだろうが。

 直線的な攻撃しかまずしないし、できないはず……

 となると、現状の俺が無傷で倒せそうな方法は―――


 俺は唯一の武器をソッと地面に置く。

 そしておもむろにスーツの上着を脱ぎ、自分の身体の前へ広げた。

 木の棒を振り回したところで小動物相手に上手く当てられる気もしないし、当てたところで所詮は檜《ヒノキ》ですらないただの棒。

 致命傷を与えられなければ、回避できない接近からの角攻撃で俺が死ぬ未来しか見えない。

 ならこれだ。

 的を絞りにくくするために上着で身体を隠し、できれば上着で包んで目隠しをしつつ絞め殺す!


 上着を前へ広げ、にじり寄る。

 どうだ?
 
 元は170cmあった人間の背広はそれなりにデカいだろう?

 あぁこんな緊張、久しく無かったな。

 初見のお客さんとの商談でもこんな緊張は無い。

 上着を脱いで幾分涼しくなったはずなのに、大量の汗が吹き出てくる。


 ジリ・・・・・ジリ・・・・・ジリッ・・・・・・

 ――――キタッ!!


 唐突に走り出した角ウサギが、途中でさらに加速して突っ込んでくる。


(ぬおっ! かなり速いっ!!!)


 それをなんとか躱し、角ウサギは上着のど真ん中を潜り抜けるようにして俺の横を通過していく。

 俺はすぐに角ウサギへ向き直り、同じように上着を前面に押し出す。

 ふぅ……ふぅ……

 これはまるで闘牛だ……スペイン人もビックリな小型の闘牛である。

 俺のスーツは黒なのに!!

 突っ込み具合の容赦なさといったらハンパではない。

 しかし、これで分かったこともある。

 飛び上がりながらの角攻撃をしてくるので、大体俺の腹辺り。

 ここがやつの狙っているポイントなのだろう。

 そして。

 速いは速いが、目で追えないほどではない。

 少なくとも走ってくるという前兆があるのだから、避けられないことは無さそうだというのが今の攻防で分かってきた。

 上着のど真ん中目掛けて突っ込んできたので、身体を横に少しズラしておけば、まず致命傷は避けられそうである。

 となると次はこうしようか。

 再度俺を見つめ、様子を窺う角ウサギの前で、俺は手に持つ上着の持ち方を変える。

 両手で上着の肩口を持ってヒラヒラさせる闘牛スタイルから、上着の襟と裾を持って固定させるスタイルへ。

 これなら突っ込んでくれば、ヤツは角で上着を突き破ろうとしてくるだろう。

 そしてそのまま上着で上手く取り込んでしまえば、当初の目的である目隠しをしながら包むという目的は達成させられる。

 6万円したスーツを犠牲にしてだけど!

 それでも背に腹は代えられない。

 持ち方を変え、再度角ウサギにニジり寄る。

 さぁ来い。

 さっきと同じだ。

 突っ込んでこい!


 一瞬の膠着。

 ピクッ。

 ほらキタッ!!

 今度は逃げられないよう、身体を横にそらしながらも手に、腰に、脚に精一杯の力を入れて踏ん張る!

 ――ブスッ!!!

 角が上着を僅かに突き破り、そのまま勝手に包まれていく角ウサギ。

 その流れに任せつつ地面に落とし、その上に全体重をかけて圧し掛かる。

 緩めていたネクタイを毟り取りながら、上着ごとそのネクタイで首付近を締め上げていく。

「オラッ!近代繊維の丈夫さを舐めるなよ!!このネクタイだって8000円だ!!」

 そして……

 上着の中で藻掻いていた角ウサギは、徐々に動きが鈍くなり、ほどなくして静かになった。



 のちに悠人は知ることになるが、通称「ハンターギルド」の下位ランクハンターが、食肉用という要望に応えるため、お小遣い目的で狩る魔物。

 低ランク魔物の代名詞「ホーンラビット」1体に、大死闘を繰り広げた末の勝利である。

 だが、悠人はそんなことを知るはずもない。

 だからこそ、心の中で初戦闘の勝利に雄たけびを上げるのであった。5話 ゴブリン

 悠人の冒険 3日目


 昨日は記念すべき日だった。

 初の魔物討伐!!

 この一言に尽きるだろう。

 結局川まで辿り着くことはできなかったが、道中もう1体の|角ウサギ《ホーンラビット》が現れたので、同じ上着で包囲戦術を使って倒してやった。

 既に空いてしまった穴に、再度角を突っ込ませることができるのか。

 逆的当てゲームのような感覚で討伐できた気がする。

 また、2体目の討伐で気付いた点として、上着に包んだ後に頭を地面に向けると、角ウサギは一心不乱に角を地面に刺そうとする。

 目隠ししていたから、そこに敵がいるとでも思い込んでいるのだろう。

 勝手に角を埋めて身動きが取れなくなっていくので、今後倒す労力が大幅に軽減しそうな新しい発見だ。


 ちなみに食べられるかと思って、一応一匹は肩に担いでいたわけだが……

 そもそもナイフなどの切れる物を所持していないため、悩んだ末に途中で捨てることにした。

 食べられなければタダの荷物だからね。


 それに最終的に捨てる判断をした大きな理由は、一か所に5つくらいまとまって実っている緑色の果実を複数発見できたからだ。

 試しに食べてみると、味はキウイに近く酸味と甘みが絶妙。

 比較的背の低い木だったし水分補給にもなるので、バシバシ枝を落として貪り食ってやった。

 この味で毒が混ざっていたらもう諦めるしかない。

 それくらい1日水分を取れなかったのはキツ過ぎた。

 近づいた時に、その実を食事中だったであろう複数の鳥が飛び立っていったし、一夜明けた今日も腹は壊していないからたぶん大丈夫だと思いたい。

 あとは逃げる鳥の発見から、普通の動物もちゃんといそうだなということが分かったのも一つの発見である。


 そして日の出を迎えた3日目の朝。

 木の上で多めに採取しておいた果実を齧りながら、今日の行動と昨日の結果について考えていた。

 あまりの疲れで寝床選定をした後に燃え尽きてしまい、早々に寝てしまったのだからしょうがない。

 木の上でも寝る男。人間慣れとは怖いものである。そのうち油断して落っこちそうだ。


 まずは時間経過について。

 昨日周囲が暗がりに包まれたのは腕時計で18時頃。

 そして今日、日の光が照らしだしたのは5時頃ということが分かった。

 つまり一日は約24時間で、地球と差があるようには感じないという嬉しい結果だ。

 俺の腕時計は太陽光で動いていて電池いらずなので、大きな破損や故障が無ければ相当長く使えるはず。

 だいぶ文明が遅れているなら、壊れた時に修理という選択は無いだろうが、国産だし電池いらずで使える製品はかなり貴重だろうから大事に使っていこうと思う。

 そういう意味では、今のところまったく使う機会も無い電卓も、光さえあれば使えるという点で同じことが言えるな。

 逆に携帯電話。

 オマエはダメだ。

 この世界に電気があったとしても、充電ケーブルは家と車の中にしかない。

 役に立ちそうなハイスペック製品なのに、早くもお陀仏確定である。


 それと環境の変化。

 昨日は丸一日移動や戦闘でしんど過ぎたが、2体の角ウサギを発見、そして念願の果実も発見である。

 これは川、というか水辺に近くなったことが原因だろうか?

 動物は水が必要なのだから、魔物だって水が必要というのも納得のいく話。

 ということは川へ近づくにつれ、魔物に遭遇する頻度が高くなる可能性もある。

 角ウサギであれば安定的に倒す術は確立できた気がするので、積極的に討伐、経験値を稼いでいこうと思う。


 ちなみに。

 今日の朝にステータス画面をチェックしたら、【採取】のスキルが3%まで上がっていた。

 果実はもちろん、花の蜜でも吸えればと、道中の花もちょくちょくと摘んでいたりしてたからな。

 つまりこれで確定。

 スキルポイントによる上昇の他、そのスキルに関連する行動を取ることによってもスキル経験値は上昇するということになる。

 角ウサギを押さえ込んでいたからか、【体術】も1%だけ上がっていたので、コツコツ関連する行動を取っていれば何かしらのスキルを取得できることだろう。


 それとレベルの経験値バーは40%になっているので、ウサギ一体の経験値量は20%ということになるな。

 今の段階では美味しい情報だ。

 しっかり手帳にメモしておこう。


 それでは行くか……

 今日はなんとしてでも川への到達だ。

 まずは安定的な水の確保。

 これをなんとかして目指していこう。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 この世界をどんぐりはファンタジーと言っていた。

 だからいつかは目にすることもあるだろうと、そう思っていたし覚悟もしていた。

 そして、とうとうソイツを発見した。

 緑色の肌をした小汚い風体――

「あれがゴブリンか……」

 思わず呟いてしまうほどには有名であり、そしてスライム級の定番である。

 全長は120~130cm程度だろうか。

 後ろ姿ではっきりとは見えないが、しゃがみこんで何かを食べているように見える。

 そして……まず間違いなく全裸だ。

 小さいだけで、人間に近い身体構造をした生き物。

 それを討伐、もとい殺そうとしていることに若干心拍数が上がり始めてしまう。

 あれも間違いなく魔物なのだろう。

 ゲームでなら少なく見積もっても1000匹以上は殺しているし、過去にゴブリン種が敵じゃないRPGなんて見たことがない。

 ならばさすがに、亜人扱いなので殺したら罪です、なんて話は無いはずだ。


(ううっ……無いとは思うけど……断言できん……よね……)


 ここに来てビビっている自分に情けなくなる。

 油断して、自分が殺されたらタダの馬鹿。

 馬鹿にならないためには、敵意を向けてくる相手に容赦をしてはならない。

 営業でも商売でも、そして対人関係でも同じこと。

 そんな馬鹿を見た人も、見せてきた人も散々この目で見てきたはずなのに。

 確定的な敵意が見えないからと、それだけで甘っちょろい行動を取ろうしている俺はなんなのだろうか。


 ふぅー……一度深呼吸だ。

 相手は素手で、体格もガッチリしているようには見えない。

 となると、前の世界で言えば、小学生とガチ喧嘩をするようなものだろう。

 そう考えれば、さすがに負けないような気はする。

 それなら……

 保険として、鞄からプラスドライバーとマイナスドライバーを取り出す。

 20cmほどのやや大型のタイプだから凶器にもなるだろうし、グリップを握ったまま殴りつけることもできるはずだ。


 本来であれば先手必勝。

 相手が気付いてなければチャンスだし、わざわざ後手を選べる余裕があるのは強者だけである。

 そして俺はレベル1のスキル無し、武芸の心得も無いただの一般人。

 情けをかけるべきではない。


 だが、一度だけ……念のために……弱気な心が自分の現状認識を甘くする。

 自分が今は140cm相当の、ゴブリンと大して変わらない体格になってしまっていることを忘れさせる。





 見る人が見れば、なんてマヌケで、滑稽な姿なんだろう。


 ゴブリンを人の括りで見てしまったアホ。


 明らかに敵と判断される可能性が高いのに、それでも甘えた考えを抱いた軟弱者。


 それでも……


 その敵意の存在を確かめようと、握り締めた2本のドライバーごと拳を背に回し、ゴブリンに自分を視認させるようゆっくり歩み寄る。


 そして前方20メートルほど。


 ゴブリンは気付いて、こちらに顔を向けた。







 食事の最中だったと思われる、人間の腕と思しきモノを持ったまま。





▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 ゴブリンがその腕を投げ捨て走り出す。

 その間、悠人は人間の一部を食べている光景が受け止めきれず、目を見開いたまま呆けたような顔をして佇んでいた。

 しかしゴブリンにそんなことは関係無い。

 逆にチャンスとばかりに、走りながら拳を振り上げ悠人の顔に向かって殴りつける。

 そして鮮血が舞う。

 殴られたのは当然悠人である。

 だが、その舞った血はドス黒い赤。

 つまり悠人のものだけではない。

 悠人が手にしていたマイナスドライバーが刺さったままの、ゴブリンの口から飛び散る血だ。

 本来はこめかみを狙った一撃であったが、殴りつけてくるゴブリンの攻撃が先に当たってしまい、手元がブレた結果、頬を貫通させた状態になっていた。

 幸い悠人も振りかぶっていたため、ゴブリンの攻撃が深く入り込む前には攻撃が入り、悠人は吹き飛ばされるまでには至っていない。

 蹲るゴブリンに対し、悠人は痛みに震えるでもなく、怯えるでもなく、かといって怒りに溢れるでもなく、左手に持ったプラスドライバーを右手に持ち替え、冷徹にゴブリンの顔へ振るう。

 対するゴブリンは必死な形相で手を振りかぶり、迫りくる右手を掴み上げようとするも。

 その抵抗は空しく、最後の悪足掻きとばかりに、その右腕に爪を食い込ませるのみであった。





 悠人は死んで地に這い蹲るゴブリンを前に、座り込みながら考えていた。

 そりゃそうだよね、と。

 敵である可能性が高いのに、僅かな可能性を考え甘えた行動を取ったのは自分だ。

 自身の力と敵の力を見誤り、ゴブリンの振りかぶる速度に僅かに追いつけなかった。

 ゴブリンの方が若干自分よりステータスが高いのだろう。

 その結果、自分が先に殴られた。

 口内は未だに鉄の味がし、頬はズキズキと鈍く痛む。

 おまけに|止《とど》めを刺す時も、速度が足りずにゴブリンに腕を掴まれ、食い込んだ爪によってワイシャツには血が滲んでいる。

 さほど大きな傷ではないが……

 見るからに不衛生なゴブリンだ。

 その傷が悪化する可能性も懸念された。


 全ては自分が蒔いたタネ。

 仮に先制攻撃をしかけたら、じゃあ無傷だったのか?と言われれば答えようもないが、それでももう少しスムーズに倒せたような気もする。


 甘ったれた考え、対応は自分にしっかり跳ね返ってくる。

 前の世界で散々分かっていたことじゃないか。

 この世界であれば、それが死の可能性に繋がる。

 何も持っていない自分ならそうなると分かっていたじゃないか。



 ……もう決して甘えたことはしない。絶対に。

 敵と判断できれば、敵意があると分かれば容赦はしない。

 そして悪意に、敵に対処できる力を身につけろ。


 傷と痛みを戒めに、そう心に誓う悠人であった。6話 初めての魔法

  ゴブリンとの戦闘後。

 俺はその場をすぐに離れ、果実を採取しながら川方面へと移動した。

 そして食べ歩きながら周囲を警戒し、耳をそばだてつつ考える。

 あの場に他の部位は無く、血痕も無かった。

 ということはあの場で殺され、食われたわけではないだろう。

 どこかから運んできた、仲間と分け合ったという可能性も十分にある。

 となると……あの場は危険だろうな。

 付近に仲間がいる可能性もあるし、ゴブリンの死体は放置したまま。

 ウサギと違って刺し殺しているわけだから、血の臭いに釣られて仲間や魔物が寄ってくる可能性もある。


 危惧すべきは複数体との同時戦闘、か。


 正直、1体だけならまだやり合えるが……

 ゴブリンが2体3体と纏めて現れたらかなりマズい。

 3体なんて、戦闘を想像しても殺される未来しか見えやしない。

 逃走の判断をどの線引きでするか……

 ブカブカの靴も考慮すれば、逃げ遅れはかなり危険だ。

 そうなると、当面は複数体が確認できた時点で、先行して逃げた方が良いだろう。

 2体以上はまず逃げる。川から離れるかもしれないが、生き延びるためにまずはこのマイルールを徹底だ。


 そしてふと立ち止まり、鞄の中から一つの物を取り出す。

 それは仕事用具として鞄に入れていた懐中電灯。

 小型ながらかなり強烈なLEDタイプで、仕事で使うのだからと、それなりの良いお値段がする海外製品を使用していた。

 予備の電池は鞄にあるし、対ゴブリン用の目眩ましには有効な可能性もあるか……

 人と似たような構造なら、仮に日中だろうと直接顔に向けられたらたまったものじゃない。

 まず目を瞑って、手は顔を覆いたくなるはずだ。

 慣れてない、知識が無ければ余計にそうなるだろう。

 先輩に何度やられても、俺がこの反応を必ずしてしまうわけだしな!

 視界と動きを塞げば、あとはマイナスドライバーのフルスィングで……

 これでゴブリンだって、単体なら無傷で勝てる見込みが高いはずだ。

 まずいける。

 やりようによってはまだまだなんとかなる。

(フフフ……ハハハハハッ!)




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 妙なテンションで妄想の止まらない悠人は、とある魔物の住処を踏み抜いたことに気付いていない。

 戦闘シミュレーションをするほどに、深く思考してしまったのが原因かもしれない。

 先ほどの戦闘での疲労、紛らわしているだけの空腹で、意識が散漫になっていたのも原因かもしれない。

 しかし……敵はそんな悠人の事情など考慮してくれない。

 敵に甘さは一切無いのだから。

 だから気が付けば―――

 心の中で高笑いをしていた悠人は、後方からの大きな衝撃によって大きく吹き飛ばされていた。



「いぎっ!!……背中がいってぇ!! なんだっ!? 何が起きた!?」



 混乱しながら反射的に背中を摩るも、血が出ている様子はない。

 しかし痛みはまったく引いていない。

 何が起きたんだ!?

 ハッと後方へ振り返る。

 するとそこには一匹の、茶色いモグラのような生物が悠人を見つめていた。

 いや、正確にはモグラなのか分からない。

 悠人はモグラの実物を見たことはないのだから。

 ただ地面から顔を出し、鉤爪のような、体長に比べてやや大きめな手を地面へ出していることから、まずモグラに近い種類の生物だろうと判断していた。

「くそっ……おまえが犯人か!?」

 当然ながらモグラは答えない。

 しかし、その返しとばかりに

「モキュッ!」

 と、手を上にかざし、一言、鳴く。

 すると、黒い霧がモグラの上部に顕ち込める。

 そして……

 霧の中で何かが形成され始めた。

「マジか……モグラが魔法かよ!!」

 目を見開く悠人にとっては当然の驚きだ。

 人生初の魔法を、その形成の経過を今、目の当たりしているのだから。

 おまけに鳴き声一つで魔法なんて、まさかの短縮詠唱!?と、二重の驚きである。

 徐々に大きくなるそれは、誰がどう見ても石であろう。

 地面から拾い上げるではなく、空中で石を成長させているのだ。

 そして約5秒ほど……

 テニスボールほどのサイズになったソレは、無言のまま悠人に向かって発射された。

 成人男性が本気で石を投げるような速度で、一直線に悠人の顔へと向かってくる。

「はやっ!!!?」

 反射的に鞄で顔を隠す悠人。

 しかし。


 ボゴッ!!!

 ゴンっ!!!

「ブフッ!!?」


 悠人が鞄であるジュラルミンケースを前に出し、顔を覆ったのはたまたまだった。

 射線を読めたわけではなく、ただ頭部に当たったら死ぬ!と、直観的に感じたからこその行動。

 偶然ジュラルミンケースに直撃し、衝撃がそれでは止まらず、反動して悠人の顔、主に鼻に打撃を与えた。

 その結果が学生の時以来の豪快な鼻血とツーンとした痛みである。

(ヤバいヤバいヤバい……このモグラ、本気で殺しに来てる!!)

 蹲りながら涙目で鼻を押さえるも、ホーンラビットやゴブリンと違って対処方法が思い浮かばない。

 初の魔法、今までの常識から大きく外れた現象が、悠人に余計な混乱と恐怖を植え付けていた。

 そして、モグラもその光景を黙って見ているわけではない。

「モキュッ!」

 再度、可愛らしいはずなのに恐怖の鳴き声が発せられる。

「う、うぉおおおおおおおっ!!!!」

 悠人はとっさにモグラへ向かって走り出す。

(あの石は見て避ける自信は無い! 顔以外に飛んできても相当ヤバい! なら……撃たれる前に殺すッ!!!)


 悠人のこの行動は正解だったと言える。

 モグラとの距離は約10メートルほど。

 正確に狙った位置へ飛んできそうな魔法の石。

 それを防げる現状唯一の盾、ジュラルミンケース。

 距離が離れていれば、守る場所が狭く無防備な場所を多く晒すことになるが、魔法発射位置との距離が近ければジュラルミンケースが守れる範囲は大きくなる。

 モグラにとっては10メートル先に的がいるなら盾以外の場所も狙えるが、目の前に盾を出されたら盾にしか当たりようがないということだ。

(くっ……発射前に間に合うか!?)

 靴が緩いせいで思うように走れず、僅かな時間で悠人は悩む。



 発射前に蹴り飛ばすか。


 それともまずは前面に鞄を差し出して、全力で魔法の石から身を守るか。


(前の発射ではそれなりに形成から発射まで時間がかかっていた。石のサイズが今あの程度ならもう数秒はかかるはずだ。途中で発射されたら耐えるしかない! 顔だけは守れっ!!)

 悠人は鞄を投げ捨て、腕で顔を覆いながらモグラを睨む。

「撃てるもんなら撃ってこいっ!! クソモグラがぁあああ!!!!」


 そして、石は発射されることなく、悠人の渾身の蹴りがモグラに炸裂。

 モグラは地面を転がりながら吹き飛んでいった。


『レベルが2に上昇しました』


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 網膜に投射されているのか、それとも脳に信号が送られているのか。

 悠人はステータス表示アイコンが点滅し、それと共に視界の右から左へ流れるレベルアップのアナウンスを見つつも……

「はぁはぁ……この世界、マジでハード過ぎだろ……」

 心の底から、そう呟くのであった。7話 魔法を使いたい男

 初の魔法を体感したモグラ戦の後。

 モグラが息絶えているのを確認し、精魂尽き果てた悠人は木の根に寄りかかって座り込んでいた。

 ゴブリン戦のあとから30分も経っていない。

 触れば分かるほどに腫れてきた頬、止まらない鼻血、ズキズキと皮膚を突くような痛みを覚える爪の傷。

 そして直撃して重く、深く痛む腰。

 おまけに満足に眠れず、食事も取れず、口に入れた物と言えば果物だけの状態でひたすら歩き続けてきたわけだから当然だろう。

 普通の人間なら、もう心が折れて当たり前の環境であった。

 そして悠人も例外ではない。


(さすがにモグラはヤバい……ヤバいよ……)


 ゴブリンであれば、小さいとはいえそれなりの大きさだ。

 悠人が寝ているか戦闘中か。

 何かによほど気を向けていなければ接近に気が付かないことはない。

 ホーンラビットにしても身体は小さいが、それでもあの色である。

 森の中で白い物体が視界に入って動けば、それもまた気付く。

 現に悠人は今まで不意打ちを食らったことがなかった。


 しかしこのモグラは……

 迷彩色とまではいかないが、全体的に茶色く、要所要所が汚れで黒ずんでおり地面に溶け込んでいる。

 体長は30cmほどと小さいし、先ほどは穴から出てきたように見えた。

 つまり|隠《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|た《・》ということになる。

 そして一撃死もあり得る、あの石を飛ばす魔法。


「ハハッ……無理だろう……あれの不意打ちを避けながら、どうやって森を抜ければいいんだよ」


 そう、モグラを眺めながら弱音を吐いてしまう。

 そしてその視線の先に、先ほどまでモグラが潜んでいたであろう穴を見る悠人。

(はぁ……一応確認はしておくか……)

 重い腰を上げ、適当な棒きれを持ちながらその穴の前に立ち、そして覗き込む。

 中は暗いがそこまで広そうには見えない。

 そこで棒を突っ込んでみるが、それも大して刺し入れていないのに、あっさり穴の深部と思われるとこに到達してしまう。

(ん?どこかと繋がっているような、長い空洞じゃないのか?)

 日本でのモグラのイメージだと、長く掘り進んで穴と穴を連結させ、その中を移動している印象を悠人はもっていた。

 気になれば確認と、ここぞとばかりに懐中電灯で中を照らし、そして納得する。

 穴は1メートルにも満たない細長い空洞で、中には草が敷かれていた。

 食べていたのか、果実の種や小骨のようなものも確認できる。

 そして悠人は、これが1匹単位の巣、ということに気付く。

(巣を踏みつけたか、歩く振動が伝わったか……何にせよ、地面を見ていれば不自然な場所に気付くかもしれないということか)

 悠人が通る前、巣がどんな状態だったかは分からない。

 しかし巣の周りに掘り返したような土があることから、穴にいたモグラが覆っていた土をどけて出てきたと推測できる。

 それなら完全にとは言えないが対策を取れるかもしれないし、倒すにしても身の危険を感じたら逃亡、別の穴から出現して再度攻撃という可能性は無さそうに思える。

(穴に気付けるかどうか、か……逆に言えば、それさえ分かれば巣穴に向かって先制攻撃ができると)

 そう考えれば、沈んでいた気持ちも幾分回復する。


「よしっ!」

 声を出し、自らに確認する。

 とりあえず、歩きながら思考に耽るのは自殺行為だからもうヤメだ。

 気が緩んでいたわけじゃないが、より確かな討伐方法や効率を考えて、それが原因で死ぬなんて本末転倒もいいところ。

 歩くなら、しっかり敵への警戒と食料調達に全力を注ぐ。

 考えるのは動けない夜に纏めてやれ!!

 そう己を叱責し、数秒ステータス画面からレベル上昇の内容を確認したあと、最大警戒で川の方面へと進んでいくのであった。



 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽



 約3時間後の夕暮れ。

 一つの岩の上で、びしょ濡れになった全裸の男が仁王立ちで吠えていた。

 そう、13歳なのにホームレスもビックリな生活をしている悠人である。

 僅かながら水が流れる音を聞き、思わず敵への警戒も忘れて猛ダッシュ。

 視界に川幅5~10メートルほど、比較的水深の浅い緩やかな流れの川を見るや、勢いでそのまま服も脱がずに飛び込んでしまった。

 先ほどの反省なんぞなんのそのである。

 寄生虫? 水の魔物?

 悠人にそんなことを気にしている余裕はこれっぽっちもなかった。

 喉の渇き、真水への渇望、自分の臭いを自分で感じられるほどの体臭。

 耐えられなかった。

 元現代人には我慢の限界だったのである。

 そんな積み重なった思いが天元突破し、溢れ出してしまったのが岩場で全裸という奇行だった。

 こんな環境に突然拉致されれば、頭もおかしくなるものである。


 しかし悠人も、ただの馬鹿というわけではない。

 仁王立ちしながらも、しっかり目的を持って川を凝視していた。

 それはもう目が血走っていた。

 もちろん目的は魚などの生き物、もとい食い物の存在がいるかどうかである。

 水は飲めた。

 それはもう腹がたぷたぷになるほどに。

 しかし腹の飢えは収まっていない。

 魚や甲殻類など、とりあえず腹に収まるものであれば何でもいい。


「なんか俺に食わせてくれぇええええー!!」


 仁王立ちで吠えている理由はコレである。

 そして……

「いたっ!!!! 魚はいたっ!!」

 とても手で掴み取れるとは思えない。

 そんな野性味溢れる魚の取り方など、極度のインドア派を豪語する悠人にできるはずがない。

 だがしかし、いることは分かる。

 それならば……

 水のおおよその流れを把握し、辺りに転がっている石を持って行動を開始する。

 素人知識ではあるものの、川辺に一度魚が入れば出にくい囲いのようなものを作成。

 可能な限り小石で隙間を埋め、流れに沿って1ヵ所開けた入口以外は逃げ道を塞ぐようにする。

 簡単に魚が抜け出さないよう、囲いの出口付近に壁となる石を設置することも忘れない。

 ついでに石を動かした時に隠れていた、見るからに海老や蟹と思われる生き物を我慢できずにそのまま捕食。

 待望の果実以外の食事に打ち震えながら、なんとなく作った罠の出来栄えに、笑みを浮かべて満足するのだった。


 おまけに、川までの道中に倒したホーンラビットを悠人は持ってきていた。

 そう、ナイフも持っていないのに、ホーンラビットを丸焼きにする可能性まで考えていたのである。

 モグラ戦終了後、レベルアップしたことにより『スキルポイント』が2に増えていたのは確認している。

 そして道中、万が一目指していた川が存在しなかった場合。

 取得できるかは別として『水魔法』にこのポイントを振ろうと思っていたが、予想通り川であったなら『火魔法』にポイントを振ろうと決めていた。

 どうしても、切実に、肉が食いたかったのである。

 もう日も暮れかかっている。

 寝床になりそうな木も目星を付けた。

「ふふふ! それでは検証してみようじゃないか!!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 早速寝床予定の木に登り、ステータス画面を開く悠人。

 そこからスキル枠の魔法系スキルを確認する。

 魔法系はスキル枠の中でも上の方にあるから探すのは楽チンである。

 そして……

 期待と不安を抱えながら、『【火魔法】にポイントを振る』と画面に向かって呟く。


(頼む……『スキルポイント』の上昇値が『1』ポイント50%以上であってくれっ……!)


 スキルポイント1でスキルが1つ取れるなんて、そんな甘いことを悠人は考えていなかった。

 この世界のツラさは既に心に叩き込まれている。

 どんぐり頭から提供されたステータス画面だから、余計にそう感じているだけかもしれないが。

 とにかく、《《どちらのパターンになるか》》は非常に重要なわけである。


 50%以上ならば、現在『2』あるポイントで1つのスキルを取得成功。

 50%以下ならば、次回以降のレベルアップ時へ持ち越し。


 持ち越しとなれば肉はお預けの局面。

 飢えに飢えている悠人にとっては文字通り死活問題であった。

 そんな中、凄まじい眼力で見つめているとポイントが1つ昇華され、悠人の目がクワッと見開く。


「きたぁああああああーーーーーーッ!!!! 1つで50%!! ならもう1つもだ! 全振り全振りっ!!」


 そして


『【火魔法】Lv1を取得しました』


「ぬぉおおおおぉおおおおおーーっ!!」


 咄嗟に出たのは渾身のガッツポーズ。

 レベルアップ時同様、視界の横から流れる文字がシステム画面の上部を通過する。

 が、今の悠人にそんなものを気にしている余裕はない。

 すぐさまいったいどんな魔法が使えるのかとチェックを始める。

 視線を取得した【火魔法】に強く向けてみると出てくる詳細説明。



『【火魔法】Lv1 魔力消費10未満の火魔法を発動することが可能』



(これはー……どういうことだろうか?)




『ファイアーボール 魔力消費量5 小型の火の玉を前方に向けて発射する』

 このような説明文を想像していた悠人にとって、斜め上過ぎる予想外の内容である。

 魔力消費10未満?

 それだけ??

 魔法名は???

 様々な疑問符だけが悠人の頭に浮かび上がる。

(さ、さっぱり分からん……だがスキルを取得できたことは間違いない。なら試すまでだ!)

 結局説明文をスルーせざるを得なくなった悠人は魔法発動を試していく。

 万が一想像以上の魔法が発動したら大変だと、目の前にある川を標的にし、なんとなく手は人差し指を伸ばした拳銃型に。

 そしてその手を前に出して……


「ファイアーボール 発射!」

 しかし、出ない。

(違うか。発射がいらなかったかな?)


「ファイアーボール!」

 やはり、出ない。

(うーん……手の形が違うとか?)

 手のひらを前に向けて


「いけっ! ファイアーボール!」

 それでも、出ない。

(…………あれぇ)



「せっかくスキル取ったのになんなんだ!!」

 思わず叫んでしまう悠人。

 仮にちゃぶ台が目の前にあったならばひっくり返っていることだろう。


(ダメだ……一度冷静になろう)


 そしてここから悠人の癖であり習慣である、情報からの考察と推察が始まる。

(まず実際に魔法を見たのはあのモグラだ。そしてモグラはあの時、黒い霧を発生させながら石を成長させていた。ということは、あの黒い霧が『魔力』である可能性が高い。そして今は霧なんてまったく出てないわけだから、発動していないということには納得出来る。それにスキルで既に存在することが分かっている『短縮詠唱』の存在。わざわざ短縮があるということは、本来もっと長い詠唱が必要ということに繋がる。しかしそんなスキルを取得出来ていない。となると、まさか――)

 ここでやっと気付く。

 あの厨二病全開の詠唱ワードを、とうとう唱える時が来たのか、と。

(というか、あの手のワードって決まったセリフなんてないような気がするが? しかも32歳であれか……そうかそうか……誰も周りにいないよね?)

 今まで散々大森林をさ迷って『腕のみ』にしか出会えていないのに、ここで今更な心配をし始める悠人。

 しかし誰もいないとなれば、厨二病呪文を放つ心の準備はできたようである。

(……やるか)


「んんっ! 火の精霊よ! 我に力を貸したまえ! ……おっ、お頼み申す! ファイアーボールッ!!」


 やはり、出ない。

 ただ一人、辱めを受けただけである。

(泣きたい……恥ずかしいし、発動しないしで泣きたい……何かヒントを下さいよどんぐり様!!)

 そう心の中で叫ぶも、当然どんぐり頭からの返答は何も無い。

 どんぐりはそう甘くない。


 しょうがなく再度ステータス画面を開き、他にヒントはないのかとスキル欄を眺める悠人。

 試しに未取得スキルを凝視してみるも、何一つ解説文は出てこない。

 あくまで詳細が確認できるのは取得スキルのみのようである。

 となると、『火魔法』しか取得していない悠人には得られる情報がほぼ無いわけであるが―――

 そこでふと、悠人は一つの点に気付く。

(スキル名がなぜか、今表示されているものは全部日本語だ……どんぐり頭は俺用に配慮すると言ってたが、日本人だから日本語にしたということなのか? いやしかし、「レベル」、「スキル」という部分はカタカナではあるな……でも魔法は、火、水、風、土と日本語……ということは、つまり?『ファイアーボール』というカタカナワードがよろしくないってこと? ハハハッ……気付いてしまったかもしれない……)

 ニヤリとしながら、今度は恥じることもなく、あの詠唱を開始する。

「火の精霊よ! 我に力を貸したまえ! お頼み申す! 火の玉っ!!」


(………………)


「結局発動しないのかよ! ここは発動する流れじゃないのかよ!!!」

 ちゃぶ台が目の前にあれば、空中三回転捻りをして吹き飛んでいくような事態だ。

 もう発狂寸前の悠人。

 せっかく取得したのに、既に|取《・》|得《・》|し《・》|て《・》|し《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》のにという思いが渦巻いて暴走が止まらない。

「火よ! 発動しろ! 火の玉! 発射!」

「火の聖霊よ! いるなら私に力を貸してくれ! 頼む! 火ぃーー!!」

「お願いします! なんでもしますから火を出してください! 火っ! ファイアー!」

「火ッ火ッ火ーーーーーーッ!!」

「モキューーーーッ!!」


 ・

 ・

 ・


 完全に日が落ちて数刻。

 数々のパターンを試すも発動できず……

 32歳独身営業マン(現無職)、男泣きしながら呪詛を吐きつつふて寝をするのだった。8話 新スキルの取得

 悠人の冒険 4日目

「火魔法の存在は忘れよう。そんなものは存在しなかった」

 早朝、やさぐれながら、なんとなく毟った小枝を川へ放り込む。

 死に物狂いで生き延び、やっとレベルアップして手に入れたスキルポイント。

 それを失ったのは非常に大きい。

 いや実際スキルは取得できているのだから失ったわけではないが、それでも今のこの環境を変えられないことは、悠人にとって失ったのと同義であった。

「どうせあれだろ? 何か決まった言葉や魔法名がこの世界にはあって、それを知らないと発動できないってやつなんだろ? そんなん分かるわけねーじゃん? この世界の人間じゃねーし?」

 いじける悠人、昨夜からこの調子である。


 幸いこの異世界は現在夏場に近い気候であり、夜に暖を取らないと寝られないということはない。

 逆に仕事着であるスーツを着用すれば、湿気も強くやや暑いと感じるくらいだ。

 しかし火が無ければ食事、というより肉をまともに食べられないということであり、『火魔法』については忘れようとしても、『火』の存在を捨て切れずに悩む悠人。

(川で食べられる物は見つけた。さっき罠にハマった魚も生だけど食べられた。寄生虫を気にしなけりゃとりあえずなんとかはなる。ただ川をこのまま下ったとして何日かかる? いつ人に会える? それがまったく分からないんじゃ、火を捨てるのは危険な気もする……)

 悠人は原始的な火おこしの方法をなんとなくだが知っている。

 木の棒を手で擦りながら回転させ、着火しやすい木くずなどに摩擦熱で火種を作り、間髪容れずに口で風を送り込みながら火に昇華させる。

 しかし、この方法は小学生の頃に校外学習で試したことがあり、手に出来たマメを潰して後悔した記憶しかなかった。

 今改めてやっても、時間と体力を浪費し、無駄に手に傷を作る未来しか見えてこない。

(木に紐を結んで動かし、それで着火させるやり方も確かあったな……弓きり式だっけ。紐、紐……革靴の紐があるにはあるか。なんとなくのイメージしか分からんが)

 紐があれば材料は揃うわけだから、イメージを元になんとか火おこしを成功させ、身体を潰さない慎重策を取るか。

 それとも火を諦め、このまま川で取れる食事を頼りに早期人里の発見を狙う強硬策を取るか。

 悩ましいこの2択ではあるが、その答えを出すのは悠人の思考と目的を考えればそう難しくはない。


(俺はサバイバルがしたいわけじゃない。やりたいのは成長を楽しみ、そして極めるロールプレイングだろ)


 結局はこれが全てである。

 現実問題として火おこしの経験がなく、イメージでしか仕組みを理解できていない悠人にとって、どうしても自ら火を起こすという作業はハードルが高い。

 素材がある分、試せばいつかは成功するかもしれないが、それがいつになるという話である。

 そして悠人は毎日川を下って移動するつもりだ。

 目的が狩りではなく、まずは人里への到達なのだから当然だろう。

 拠点を決めての探索であれば、一度起こした火を絶やさなければ効率的に活用できるが、毎日移動すれば毎日火を起こすことになる。

 いや、起こさなくてもいいが、食事のたびに肉を食べたければ、安全に魚や川の生き物を食べたければ火が欲しいということになってしまう。

 おまけにその都度靴紐を解く必要があるため、ただでさえ身体が小さくなってブカブカの靴が余計に酷いことになる。

 火起こしに手慣れた人間ならばともかく、悠人にとってはまったく現実的ではない作業だ。

 ならば。

(決めた。火魔法がダメなら火を捨て、川の食事をメインに可能な限り早く森を抜けよう。こんな原始人のような生活はもうたくさんだ)


 そして悠人は川を下り始める。

 川辺は小石のみの普通に歩ける場所もあれば、大きな岩が重なったり、やや崖のような状態になっている場所もある。

 なので川辺を歩けるなら川辺を。

 どうしても難しい時のみ、川に沿って山中を歩いていく。

 モグラ対策が万全ではないため、さすがに石の下からモグラは出ないだろうという、可能な限り安全策を取った歩行ルートだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 進むこと2時間ほど。

 俺は既に2体のゴブリンと遭遇していた。

 当然しっかり倒しており、以前考えていた懐中電灯で目眩まし作戦は効果覿面だ。

 1匹は木の棒を握り締めていたので警戒を強めたが、武器を持っていようがいまいがゴブリンは俺を視認すると真っ直ぐに走ってくる。

 なのでそれなりに近づいたらポケットに忍ばせている懐中電灯を向け、目を瞑って怯んでいるうちにマイナスドライバーでドン。

 これで安定して倒せるので、効率的なゴブリン用ルーティーンを確立できた気がする。


 そして昼時、丁度良さそうな川辺で食料探索兼休憩をしようとしていると、1匹の角ウサギを発見。

 例の上着作戦で倒すと予想外の出来事が起こった。


『レベルが3に上昇しました』


 まぁ分かる。


『【突進】スキルレベル1を取得しました』


 ……はい?


 突進?


 レベルはモグラの経験値がウマかったので、もうそろそろ上がるだろうとは思っていた。

 が、突進スキルとはなんだ?

 そんなの戦闘スキルにあったか?

 そもそも俺は闘牛士になって待ち構えていただけで、自分から突進なんてしていない。

 思い当たる節のまったくないスキルというわけである。


 しかし、取得できた以上は兎にも角にも確認だ。

 辺りを見回し、敵がいないと分かったところでステータス画面をオープンする。

「ん~無いな……戦闘スキルには載ってない、と……」

 そのままスキル欄を下部へスクロールさせていくと、最後の最後。

 今まで空欄であった≪その他≫のところに、なぜか上に2マス分くらいの隙間があるものの、突進スキルが追加されていることを知る。

「おぉ……ここかよ!」

 思わず声に出してしまうも、当然の流れでスキル詳細を確認。

 すると

『【突進】Lv1 前方に向かって能力値130%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力5』

 はははっ……

「これだよこれ! こんな説明を求めてたんだよ!!」

 感動で叫びたくなる。

 【火魔法】で理解不能な説明を受けたんだから尚更だ。


 おっと興奮する前に、ステータスも確認しておかないとな……

 名前:間宮 悠人 <営業マン>

 レベル:3

 魔力量:22/22

 筋力:14 
 知力:15(+1) 
 防御力:13 
 魔法防御力:13
 敏捷:13(+1)
 技術:12 
 幸運:18 

 加護:無し

 称号:無し

 現在がこれだ。

 知力と敏捷値の(+1)というのが気になるが、そこら辺の検証は夜にやる作業。

 視界が塞がっている今悩むことじゃない。

 ステータスの上昇と、新しく「スキルポイント」が3になっていることが確認できれば十分だ。


 それじゃあ早速試すとしますか!

 ステータス画面を消し、前方に向かって歩く。

「突進!」

 すると視界が急に流れ、まるでバネで弾き飛ばされたような、自分の意志とは別の力を借り受けたような慣れない加速を感じる。

 そして気付けば約5メートルほど距離が進んでいることに気付いた。

「凄い……これがスキルか!」

 自分が全力疾走した時よりも、一時的にだが明らかに速く移動したと分かる。

 ステータス画面を見れば、魔力量が「17/22」となっているので、しっかり発動していることは間違いない。


 となると、あとはパターンか。

 次に軽く走りながらの発動。

 すると発動するも、突進速度は歩いた時の発動時と変わらず。

 ということは突進の最大移動速度は固定ということが分かった。

 敏捷値基準、あとはスキルレベルが上がればさらに速くなるのだろう。

 また、無理やり発動中に方向を変えようとしてもできないことから、直進限定ということも分かる。

 まぁ突進なんだから当たり前だ。猪を想像すれば納得もいく。

 ただ歩きよりも走りながらの方が、発動中の攻撃に移行しやすい気はするな。加速度の減少とモーション的にだ。


 となるとあまり意味はなさそうだが……

 立ち止まったままスキル名を唱える。

「突進!」

 ふむ……これは発動しない。


 あとはこいつか。

 走りながらも頭の中で念じてみる。

(突進!)

「おっ!これはいけるのか」

 将来、「斬鉄けぇーーーん!!」とか叫ばないといけない可能性もあったので少し不安だった。

 多くの勇者達が背負っているであろう、『スキルは口に出さないとダメ』という酷い縛りがなくて助かる。


 うーむ、初の使用できるスキル! 初の魔力消費!

 なんだか感慨深いものがあるなぁ。

 このスキルがあれば、極力そんな状況に持っていきたくはないが、モグラに不意を突かれた時にかなり有効だ。

 気付きさえすれば、魔法を撃たれる前に急接近することができるのだから。


 ただし――――…………靴は脱げるがな。


 できれば発動前に靴を脱いでおいた方が良いのかもしれない。

 これから死にゆく人を連想してしまってなんか嫌だけど。

 さて、靴を拾ったら早いとこ食料を探すか。

 海老ちゃん、蟹ちゃん、いい子にして待っててくださいよ。9話 俺好み

 4日目の夜。

「今宵の寝床は最高である!」

 そう呟かずにはいられなかった。

 木の上とはまるで次元が違う。

 なんといっても、平坦に近い場所で寝られるのだから!


 道中見つけた川辺の岩盤。

 歩きながら眺めていると、まずゴブリンでは登ってこられないだろうという洞穴を見つけた。

 近場の石を土台に中を確認すれば3畳程度のスペースが存在し、地面の凹凸もそこまで酷いものではないことが確認出来る。

 入口がしっかり開けているから、懐中電灯で内部を照らす必要もないくらいだ。

 もし森で鍛錬や狩りが目的ならば、前面には緩やかで水深の浅い川、背後には果実が実る木々という環境なので、ここを拠点に活動してもいいくらいである。

 適当な倒木を枕替わりにすれば、「マジ最高」という言葉しか出てこない。

 僅かな窪みに尻をあてがい調整すれば、ショボい敷き布団よりも安らげる気がする。

 実際布団が目の前にあったら抱き締めて離さないけど。


 夕日に照らされ、鮮やかな色に染まった自然の景色。

 転移してからというもの、生きることに必死でここまで心を落ち着かせられたのは初めてだ。

 今更ながら空気も美味く感じる。

 ここに焚火でもして魚や肉を焼いていれば文句無しなんだが……

「火」を思い出すとなぜか心が荒むので今は考えるのを止めておこう。

 後は朝にでも、小さな生簀のように囲った石積みの罠に魚が入っていることを願うばかりである。


 さて……

 こんな機会は滅多に無い。

 今まで落ち着いて見ることもできなかったステータス画面をじっくり見ていこう。


 まずは各能力値。

 これはレベル1上昇毎に、今のところ魔力が+6、その他各能力値が+3ずつ均等に上がっている。

 初期値を手帳にメモしていたので、この辺りの数値化はバッチリだ。

 この世界にレベルのカンスト設定があるのかは分からないが……

 よくあるゲームのように99が上限なら、このペースでいけばおおよそ基礎ステータス値が各300強ということになる。

 途中で上昇ステータス値に変動が出ればこの限りではないが、当面は+3ずつ上昇するかどうかを見ておけば問題はないだろう。

 知ったから何か得をするというわけではないが、こういった情報、知識が後々重要になったりするパターンもあり得る。


 あとは加護、称号は相変わらずの空欄だ。

 言うまでもない。


 そしてそして、問題のスキルだ。

 今回角ウサギで唐突なスキルの取得を経験した。

 俺が使った覚えもないのに上昇する。

 敵を倒した直後にだ。

 ということは、角ウサギが【突進】スキルを所持していたから、倒したことによって得られたと考えるのが自然だろう。

 実際角ウサギは、角で明らかな【突進】をしてきていたしな。

 確か角ウサギはあの時で5匹目だったはずだ。

 ということは1匹20%の上昇。

 この推測が正しければ、他に何かスキル経験値が増えていてもおかしくない。

 その思ってスキル欄の上からスキル経験値バーをひたすら見ていくと――

 やはりあった。

【土魔法】20%

 こいつで確定だ。

 魔物も必ず……かは分からないが、スキルを所持している。

 そしてその魔物を倒せば、未取得のスキルなら1匹当たり20%のスキル経験値を取得できるということである。

「これは―――……かなりおいしい……よな……?」

 なんせ既に経験値を取得していることが分かっていた【体術】は、今だにスキル経験値が4%止まりだ。

 木の棒を草除け代わりに持ってはいたが、なんだかんだ絞めたり、蹴り飛ばしたり、マイナスドライバーで攻撃したりと木の棒では戦っていない。

 マイナスドライバーがどういった扱いかは分からないものの、ほぼ体術のみで戦ってきたと言える。

 にもかかわらずまだ4%。

 対してスキル持ちの魔物なら1匹倒すだけで20%。

 安定して倒せる能力があれば、積極的にスキル持ちを狙って魔物を倒すことが強さへの近道と判断できる。

 強くなりたいなら道場剣術してないで魔物を倒せ、か……物騒だけど分かりやすい世界だ。


 その他にも

【棒術】 20%

 マイナスドライバーが棒術に該当?もしくは1匹だけ遭遇した木の棒を握っていたゴブリンがスキル持ちだった?

【盾術】 2%

 ジュラルミンケースを盾代わりにしたから上がったとしか思えない。

【挑発】 4%

 撃ってこいと言ったのはモグラぐらいな気がするが……分からん。

【罠探知】 1%

 これもモグラ?モグラの巣?

【捨て身】 4%

 全部捨て身で戦っていたようなものだが? 分からん。

【釣り】 2%

 上がる理由は分かるけど、釣り糸垂らさなくても上がることにビックリ。

【泳法】 1%

 調子に乗って泳いだ。分かる。

【採取】 8%

 凄く分かる。果実ありがとう。

【鋼の心】 3%

 殴られたり、石投げられたりしたからだと思う。

【遠視】 6%

 木には登ったけど、他と比べて上がり過ぎな気もする。

【探査】 1%

 ずっと木や川を探していたから?

【拡声】 1%

 岩の上で全裸だった時の雄たけびでしょうか。

【跳躍】 2%

 木に登りたくてピョンピョン跳ねてました。

【気配察知】 23%

 妙に高い。モグラが所持していた可能性有り。

【忍び足】 2%

 無意識にしてただろうから自覚無し。

【暗記】 2%

 地形把握の時? それともスキルとか考察して覚えてようとしている時?


 うん……他にも【土属性耐性】とか【物理攻撃耐性】、【算術】とか【鋼の心】とかいうよく分からないスキルとか、様々なスキルが微増しておりますな。

 スキルに関連する行動を取ればチビチビとスキル経験値が上昇する。

 たぶんだが、スキルによっては行動ではなく思考も有効なのだろう。

 それが塵も積もってスキル獲得となり、アクティブ系ならスキル使用可能、パッシブ系なら基礎能力の向上に繋がると。


 そして能力値の横にある(+1)の要素。

 現状知力と敏捷にこの(+1)が付いているが、これはおおよその当たりが付けられている。

 今あるスキルは【火魔法】Lv1と【突進】Lv1だ。

 突進はスキル詳細にも速度というワードが入っていたし、火魔法が知力と紐付けられるのは納得のいく話。

 つまりスキルを何かしら取得すると、対応した能力値にプラス補正が入るということなのだろう。


 これだけスキルは豊富な種類があるのだ。

 この世界に住む人達がどの程度のスキルを取得しているのかは分からないが、レベルの他にスキルの取得度合い、取得傾向によって各人の色。

 近接戦闘スキルや武術系をメインに取得してその道を特化させたり、広く浅く多方面のスキルを取得し、器用に日々の生活を楽しんでいる人もいるのだと思う。

 なるほど。

 いいじゃない。

 凄く俺好みだよ。


 昔ハマり込んだゲームは自由度が高く、様々なプレイスタイルがあって、皆がそれぞれ思い思いの遊び方をして楽しんでいた。

 基本は敵を倒してナンボのオンラインゲームなのに、釣りばっかりしているやつもいれば、広場で踊りながら女性キャラをナンパしているやつ、知り合い同士で低層狩場の景色を眺めに行ったり、フィールドで普通なら行くことのない僻地を隈なく探索するやつもいた。

 もちろん俺みたいに強さを求めて、どこまでも効率を追い求める連中だって大勢いた。

 とりわけ強くなるためには情報と費やす時間が重要で、どちらも満たせた者がより強くなり、そして得をする。

 覚えるべきこと、収集すべき物は山ほどあった。

 そのために情報収集を必死で行い、睡眠時間を削り倒し、挙句の果てには大学まで中退して……

 辛くて、眠くて、苦しくて。

 それでも徐々に強くなっていく自分に酔いしれながら高みを目指した結果が、失った6年と全サーバー1位という栄光。

 そしてプレイユーザー達が掲示板で勝手に命名した『廃人』という称号だった。

 実家を強制的に追い出されなければ、未だにやり続けていた自信がある。

 人生に大きなハンデを背負い、人にはまったく自慢もできない無意味な勲章。

 それでも……後悔はしてないんだよなぁ。

 あの時は、あの時こそが最高に楽しかったんだ。


 あーあ。

 こんなのをマジマジと見たらさ。

 あの時を思い出してワクワクしちゃうよ。

 全部コンプリートさせたくなっちゃうよ。


 あ~だめだめ。

 そんなこと考えたら、きっとまた|全《・》|て《・》を犠牲にしなくちゃいけない。

 俺はもう大人だ。

 社会に揉まれて更生できたはずなんだ。

 しっかり自重する部分は自重しないと。



 それでも……なんだか今日は良い夢を見れそうな気がするなぁ……
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続きが気になってきたという方は、ぜひブクマや広告下の【☆☆☆☆☆】から評価頂ければ幸いです。物凄く続きを書くモチベーションに影響しますので、よろしくお願いします!10話 邂逅

「どこ見てんだよマヌケがっ!――突進ッ!」

 明後日の方向を向いて穴からズボッと顔を出したソイツの頭を、速度の乗った突進中に蹴り飛ばす。


 よしよし、思っていたよりも順調だ。

 時刻は現在15時で、朝の9時くらいにはレベルが5に上がった。

 今日だけで既にゴブリン4体、角ウサギ5体、今倒した2体目のモグラと十分な討伐成果だ。

 水場はやはり魔物が集まりやすいのか会敵しやすく、それぞれの魔物を倒す流れがある程度組み上がっているから、1体当たりにかける時間もそう多くはない。

 移動しては討伐、移動しては討伐と繰り返しているので、これでも距離はだいぶ稼げているはずである。


 ちなみに昨日とは違って、今日の移動は川を横目に見ながらの山の中だ。

 判明したスキル持ちの魔物を倒すウマさ。

 この点を考慮すれば、可能な限り安定して倒せる角ウサギとゴブリンは積極的に倒した方が良いだろう。

 もちろん最優先は人里を目指すことなので、わざわざ川沿いから外れることはないが……

 どうせ移動するなら遭遇しやすい山の中を通った方が効率的という判断だ。

 特にゴブリンは「素手」と「棒持ち」の2種類が存在している。

 上位個体なのかレア的な存在なのか、同一の魔物でも個体によって所有スキルが違う可能性もあるので、可能な限り多く倒してデータを取った方が後々の成長に繋がるだろう。

 ちなみに今日のゴブリンは全部ハズレ、素手タイプである。

 所詮はモブ、雑魚の代名詞だけあって、素手タイプはスキルの未所持が確定っぽいのは悲しいところだ。

 そのモブに殴られて、爪で引っ掻れたやつが言うことではないけどな。


 そして背後で寝転がっている例のモグラ。

 この魔物のせいで昨日は川辺を歩くことになったわけだが、正直モグラの所持スキルが美味し過ぎて回避している場合ではないことに気が付いた。

【土魔法】は確定だし、【気配察知】も所持していたことが判明したのだ。

 2種のスキル持ちでどちらも有用となれば、ここで逃げ回っては明らかに|損《・》というもの。

 どう考えても取れるなら、今のうちにスキル経験値を取っておいた方が良い。

 特に気配察知は俺が弱い時ほど意味がありそうだし、取得できればさらにモグラ討伐が捗る可能性もある。

 ここは安全な町じゃない。森の中、魔物が闊歩するフィールドだ。

 |命《・》|を《・》|大《・》|事《・》|に《・》はもちろんだし絶対に死にたくないが、ビビッて消極的になり過ぎては生き延びるチャンスを失う。

 無駄に死にたくないからこそ、美味しい敵は狩らせていただく。


 とはいっても、当然モグラに無策で挑んでいるわけではない。

 相変わらず頭部を狙われたら、レベルが多少上昇した今でも頭が陥没する可能性もあるのだから、俺にとってはまだまだ恐怖の対象である。


 だから考える。考察する。


 以前遭遇した時は、後方10メートルくらいで魔法を放たれていた。

 石の生成まで5秒くらいの時間があったにもかかわらずだ。

 ということは、モグラは俺が通過した後にすぐ土の中から這い出て魔法を発動していることになる。

 そうでなければ俺とモグラとの距離がもっと離れていたはずだからだ。

 ならば。

【気配察知】を逆手に取って、俺が穴倉へ近づく前に勘違いして顔を出させてやればいい、という作戦を立てた。

 そのために俺の上着の両ポケットには小石がパンパンに詰め込まれている。

 やや重いし機動力は落ちるが、ちょいちょいと前方10メートルくらいに放り投げてやれば、ひょっこり顔を出すこともある。

 それが先ほどのパターンだった。

 側面に現れることもあるので完全な対策とは言えないが、これで不意打ちを食らう可能性は大きく減少するだろう。



 よし行くか。

 日が沈むまで、あと2時間は進める。

 そう思って歩き始めた時。




「――――――――――!」





 思わず顔が上がり、辺りを見回す。


(なんだ……? 声……ゴブリン?……いや、違う……女、というか……人の声?…………人間かっ!?)


 その瞬間、息を呑む。

 僅かに聞こえ、徐々に大きくなる声は悲鳴と叫び。

 その切迫した状況に肌が粟立つも、それでも、生きた人間に会えるかもしれないという思いが先行する。

 自然と足が前に出る。

 靴が脱げそうになりがらも駆ける。

 ポケットの石が邪魔だと投げ捨てていく。

 人間の声がするということは、少なくとも近くに集落くらいあるはずだ。

 やっと。やっとだ。人間の世界に足を踏み入れられる……って考えるのは後だ後!

 まずは助けなければ。

 死んだ人間に会うのはもうごめんだ。


 徐々に大きくなる声。

 女だけじゃない、男もいる。複数人か?

 ここでモグラの気配察知内に入るのはマズい。

 というか、なぜか前方でモグラが頭を出している。

 向かってくるやつを狙っているのか、こちらを見ていない。

 なら邪魔だ。こちらに気付く前に潰れろ!


(突進っ!)


 モグラを思い切り蹴り飛ばし、さらに進む……いたッ!

 男2人と女1人!

 無手の女と、籠を背負った男がこちらに向かっており、もう一人の男が殿を務めながらナイフを振り回している。

 ……ゴブリンが2体……いや3体か。

 マジかよ……トレインしてきやがったな。

 おまけに中央を走るゴブリンは、今までに見たことがない剣持ち。

 刃渡り1メートル以上はありそうな、十分に艶のある長剣を握り締めてやがる……ッ!


 どうする……

 自分で決めたルールは2体以上なら即逃走だ。

 だがこの3人にゴブリン3匹を倒す意志は無い……もう倒せないと諦めて逃げているんだろう。

 ということは、このまま引き連れていけば、いずれ3人は捕まって死ぬ。

 ……どう見ても全員子供だ。今の俺と同じ歳くらいだ。

 あぁ……ああっ!!

 やるしかないじゃん!!


 俺は咄嗟にナイフを持つ少年へ向かって叫ぶ。


「おい!! こっちだ! 2体は引き受ける!! 1体はなんとかできるか!?」


「縺溘?∝勧縺九k??菴薙?縺薙▲縺。縺ァ縺ェ繧薙→縺九☆繧九°繧牙勧縺代※縺上l?」


「なっ、何言っているか分かんねーよ! まずは冷静になれ!!」


 駄目だ、連携を取る時間なんて無い。

 俺はやるべきことをやる。

 敵は左、中央、やや離れて右……ならば俺は中央と左だ。


 立ち位置を左に寄せて、こちらに向かってくるナイフ持ちの男に視線を送る。

 そっちを気に掛ける余裕はないから、1匹くらいは自分達でなんとかしてくれ。

 すまないが……俺だってお前達と同じで弱いんだ。



 ふぅ~……、一息深呼吸。

 鞄を投げ捨て、ポケットから取り出したのは右手にマイナスドライバー、左手に懐中電灯。

 2体同時だと、いつものように懐中電灯を照らし、動きを止めている間に刺すという作戦は取れない。

 もう1匹が完全に浮く。

 ならどうするか……

 先手を取るしかないだろう!


 ゴブリンに向かってこちらから走り出す。

 ギョッとした顔で停止した後、すぐに身構えるゴブリン2体。

 剣持ちの構えは上段か……

 狙うは顔。

 いや正対していては苦しいし、胸は刺しきれない可能性がある……ならば喉っ!

 そのまま呑気に構えてろよ。


(突進っ!!)


 3メートルほどまで迫ったら一気に間合いを詰める。

 先に狙うは、残すと確実に厄介な剣持ちだ。

 懐中電灯の光を向けつつ、両手を添えてマイナスドライバーを喉に突き刺す。

 ブシッ……


「グギャギギ!」


 クソッ! 滑って横に逸れたか!

 咄嗟に懐中電灯で剣持ちのゴブリンを殴りつける。


「グギャギャ……」


 まだ死んでいないが、頭を押さえて蹲っているならとりあえずはもう1匹だ。

 地面に落ちた剣を足で踏みつけ、そのまま俺に向かって振りかぶってくる2匹目の素手ゴブリンに、懐中電灯を照らしてやる。


「この流れはもう慣れてんだよ!!」


 マイナスドライバーで脳天一発、まず1匹目!


 次……っ


「ウグッ……!?」


 振り向けば、先ほど懐中電灯で殴りつけたゴブリンが、しゃがんだ体勢から腕を振り抜いて睨みつけてくる。

 横っ腹を殴られた……が、痛くて呼吸がしにくいだけだ。この程度ならなんとかなる。


 細く浅い息を吐きながらゴブリンを見れば、首と頭から赤黒い血を流して満身創痍……

 それでも目には怒気が灯り、諦める様子も逃げる様子もない。

 さすが魔物。

 引くという選択肢はないらしい。

 そしてその背後から、血みどろのナイフを持った少年が忍び寄ってくる姿も見える。

 そうか、無事1匹は倒せたか……

 そのまま目の前のゴブリンが俺に意識を向けている最中、背後から隙を突いて刺し殺そうとしてるんだな。

 ゴブリン1匹をしっかり仕留められて、魔物に立ち向かう勇気もあるのになぜトレインしてるんだよまったく……

 でも即席ながら見事な連携プレイだ。

 もう間合いは十分と、ナイフを向けて走り出す少年。

 音に気付いたゴブリンが振り返るも、少年は目と鼻の先だ。

 ゴブリンが対応するにはもう遅い。



 ブスッ――……


 だから、|俺《・》|が《・》刺した。

 振り返るゴブリンの頭を掴み、的である喉を外さないようにして。


「縺茨シ?シ」


 少年は何かを呟くが聞き取れない。

 驚いている面だけはよーく分かる。


 でもな少年。

 俺達はパーティを組んでいるわけじゃないんだ。

 戦闘態勢に入った後のファーストアタックは俺だったんだから―――


『レベルが6に上昇しました』


 このゴブリンが持っているであろう【剣術】スキルの経験値、ラストアタックの権利も俺のモノだよな?

11話 異言語理解

ゴブリン3体との戦闘終了後。

 とりあえず落ち着けるよう、身振り手振りで少年少女を川辺へ誘導する。

 ナイフの少年は何度も後ろを振り返り、死んだゴブリン達を名残惜しそうに見つめていたが……

 よほど俺がラストアタックを取ったことが悔しかったんだろうか?

 まぁ助けたんだし、俺は腹を思い切り殴られているんだ。

 さすがに文句を言われる筋合いはないだろう。


 川辺に着き、見通しの良い開けた場所で俺が腰を下ろすと、それを見た3人も続くように適当な石へと腰を掛ける。

 頻(しき)りに頭を下げ、お礼であろう言葉をしゃべる目の前の3人。


「蜉ゥ縺九▲縺」

「縺サ繧薙→縺ゅj縺後→縺?シ」

「諤悶°縺」縺」


「………………」


 はぁ。

 先ほどはナイフの少年が焦って早口になっているのだと思っていたが……さすがにもうどういう状況かは分かっている。

 俺ってば、言葉を理解できていないんだよなぁ……


 そっと掌を前に出し、話しかけられる言葉を止める。

 そしてそのまま、視界が塞がれるのは少し躊躇われるが、この状況で襲い掛かってくることはないだろうと視線を下に向け、ステータス画面を起動させる。

 スキル欄を眺め――――

 あぁ、やっぱりあったよ、それっぽいスキル。


【異言語理解】


 普通さぁ、転移なら身に着けている衣類と同じくらいに、『言葉の理解』も標準装備だよね?

 転移セットの一つと思ってもいいくらいだよね?

 なのになんで、転移世界の言葉を理解する程度の最低限の対応すらしてくれないの?


 ――――もちろんステータス画面は君が見てしっかり理解できるよう十分配慮しよう

 ――――ステータス画面は君が見てしっかり理解できるよう

 ――――ステータス画面は



 ……ステータス画面|だ《・》|け《・》は、だろうが!!

 間違えんなよクソどんぐりがッ!!


 あぁ、いけないいけない。

 こんな少年少女の前でイライラしたって何も始まらない。

 慌てるな俺。

 こんな緊急事態の時のために、レベル3以降のスキルポイントは温存しておいたんだ。

 レベル3で3ポイント、レベル4で4ポイント、レベル5で5ポイント。

 そして先ほどレベルが6になったからさらに追加で6ポイント、計18ポイントを温存している。


 そして【異言語理解】は―――

 げげっ、これもスキルレベルが10まであるのかよ……

 嫌な予感しかしないが、まずは上げる前に確認しておこう。

 ステータス画面を一度閉じ、俺は少年少女に向かって声をかける。


「俺の言葉が分かるなら頷いてくれ」


 すると、ナイフを持った少年と少女は頷き、大きな籠を背負った少年は怪訝な顔を浮かべている。

 なるほどなるほど……

 ならば、とりあえず【異言語理解】を一つ上げてみるか。

 再度ステータス画面を起動。

【異言語理解】を見つめながら、スキルポイントを「2」振りたいと頭の中で呟く。


『【異言語理解】Lv1を取得しました』


 そしてすぐさま、スキル習得後の詳細説明を見る。


『【異言語理解】Lv1 人族が扱う言語であれば、知識が無くても5歳児程度の理解度で会話をすることができる。 LV1.言語の読み書きは不可 常時発動型 消費魔力0』


 よ、読み書きが不可だと……?

 おまけに5歳児って、俺は今幼稚園児かよ……

 本当に最低限の会話レベルじゃねーか!

 これでは町に行けたとしても、まともな情報収集ができるとは思えん。

 せめて15歳、いや年齢相応に13歳程度の言語能力が欲しい!

 うーむ止む無しか……どうせ魔物から【異言語理解】なんて取得できる可能性はほぼ0だろう。

 なんせ【異言語理解】の下に【獣語理解】なんてスキルがあるわけだからな。

 だったら上げる価値があると思いたい! レベル2だっ!!


 レベル2に上げたいと思ったら自動的に『4』のスキルポイントが消費されていく。


『【異言語理解】Lv2を取得しました』


『【異言語理解】Lv2 人族が扱う言語であれば、知識が無くても8歳児程度の理解度で会話をすることができる。Lv2.書くことは不可 消費魔力0』


「しょっぱぁああああああ!! 上昇幅は3歳かよぉおおおおお!!」


 思わず叫んだら「だ、だいじょうぶ!?」って声が聞こえる。

 少女が心配してくれているんだな……

 おじさんこの世界とどんぐりの残酷さに少し感情が爆発していたみたいだ、ごめんごめん。


「だいじょうぶだよ、もうちょっとだけ待ってね」


 そう声を掛けながらも、少し悩む。

 8歳児相当もキツいが、文字を書けないというのが何よりもキツい……

 レベル1でスキルポイントが2ポイント、レベル2で4ポイント……

 ということは残り12ポイントでレベル3なら上がりそうであるが。

 しょうがない、ここは出し惜しみせずいってしまうか。


(【異言語理解】をレベル3にしてくれ!)


『【異言語理解】Lv3を取得しました』


『【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる 消費魔力0』


 もう小学生高学年レベルならとりあえずは良しっ!

 これで読み書きの制限は無くなった。

 が、まさかの予想外……必要ポイントジャストでもうすっからかんである!

 レベル3からは急に必要ポイント大幅増で12ポイント消費か。

 レベル4以降を考えると頭が痛くなるな。

 だがこれなら日常生活くらいなら問題無く送れるはずだ。


 システム画面を閉じ、改めて少年少女を見つめる。

 籠を背負った茶色い短髪の少年は、ぽっちゃりしていて大柄な体格だけど、垂れ目で見るからに優しい雰囲気が滲み出ている。後、汗が凄い。

 真ん中に座っている綺麗なラベンダー色をしたショートカットの少女は、体は小さいけど快活な雰囲気で、ここに来るまでにも意味は分からなかったがしゃべりまくっていた。

 そしてその隣に座っている灰色の短髪をしたナイフの少年は、目つきが鋭いけど身長は少女と同じくらい。どう見てもヤンチャなタイプだろうな。


 そして―――

 どう見ても3人は|人《・》|間《・》だ。

 髪色が随分と斬新ではあるものの、顔や身体の造形、その配置や長さのバランスなど。

 見慣れた人間との違いを探す方が難しいくらいの人間にしか見えない。

 と言っても、よほど俺が喜怒哀楽を前面に出していたのか……3人とも今はかなりドン引きしているが。

 まぁ気にしたら負けだろう。こちらにも複雑な事情があるのだからしょうがない。


「待たせてしまってごめんね。とりあえず事情を聴きたいんだけど良いかな?」

「う、うん。さっきは言葉が分からなかったの?」

「あぁ、うん、なんか忘れてたというか……今はもう難しい言葉じゃなければ大丈夫だよ」

「そんなことあるんだ?」

「女神様への祈祷じゃないのか? 教会以外でなんて聞いたことないけど」


 気になる内容ではあるけど今は突っ込むべきじゃないな……

 俺の立ち位置も決まってないし、とりあえず話を本題へ戻そう。

「それで、君たちは森の中、もしくは外の町で暮らしているのかな?」

「うん、そうだよ。ベザートの町に暮らしてるよ? 今日はホーンラビットが見つからなくて、ちょっと深くまで森に入っちゃって……」

「そしたら見たこともない魔物が現れてさ。ポッタのやつ、言いつけ守らずに森の奥に向かって逃げるから!」

「違うよ違うよ! 言いつけ守って真っ直ぐ走ったよ! どっちが森の出口か分からなかっただけなんだよ! それにメイちゃんも一緒に逃げたじゃないか」

「危なかったら"森の出口に向かって真っ直ぐ走れ"だよバカ! メイサはポッタを追いかけただけだろ」

「そうだよ! ジンクが倒してくれると思って呼び戻そうと思ったんだよ!……ジンクもゴブリンもついてきたけど!」

「バカバカ! 普通のゴブリンならなんとでもなるけど、あんな剣持ったやつなんて怖いって! ナイフより全然長いし! ビックリだし!!」


 はははっ。騒がしいなぁ。

 騒がしいけど……まったく嫌じゃなくて、それどころか待ち望んでいた光景で。

 やっと君達のおかげで安堵できたよ……


 大樹の上から見た光景は一面が緑の木々一色で、それでも可能性を追ってここまで来た。

 無理やりにでも自分で|道《・》を作らなきゃ足が止まった。迷ったら動けなかった。

 だから根拠があるのかも怪しい理屈で自分自身を納得させ、それを原動力に動き続けてきた。

 だけど、それでも本当に向かう先に人がいるのか、町があるのか。

 もしかしたら見当違いな方向へ向かってるんじゃないか……毎夜自問自答し、不安で押し潰されそうな毎日だったんだ。

 相談出来る人もいない。全て自己責任で決めていかなければならない。正解なのか不正解なのか答えが分からない。


 そして不正解ならばいずれ死ぬ。


 そんな中で町から来たなんて聞いたら、さ……

「え!どうしたの!? なんで泣いてるの?」

「おいおい、そんな森の中が怖いのかよ! おまえ強かっただろ!?」

「たぶんジンクの顔が怖いんだよ!」

「ポッタ! てめぇ腹摘まむぞ!!!」


 ふふっ、そうだな。まだ安心している場合じゃないよな。

 ジンク君の言う通り、ここはまだまだ森の中だ。

 それなら精神だけは32歳の俺が、この状況をなんとかしないとダメだろう。

「俺は迷子だったから安心しただけでもう大丈夫だよ。それじゃあまずはこの状況をなんとかする作戦を立てようか。あと……2時間もかからず日が落ちるはずだけど、どう? ベザートという町には着けそうかな?」

 内心、1時間2時間という表現がしっかり伝わるか?と思ったが、【異言語理解】が働いているのか問題はなかった。

「ここまで深く入ったことがないから……でも森の外までなら、日が落ちる前に抜け出せると思うよ!」

「走れば間違いないんだろうが……そうするとポッタがな」

 そう言いながらジンク君が横目で見るポッタ君は、確かに汗ビッショリで顔にかなりの疲れが見える。

 そりゃさっきまで走って逃げてたもんね。

 その体形で大きい籠も背負っていたら、余計に負担がかかっているのも頷ける。

「ちなみに野営……というか木の上で寝た経験は?」

「「あるわけない!」」

 ですよねー。

 というかポッタ君は俺の言葉は理解できず、ただメイちゃんとジンク君の言葉は理解できるし話せるようだな。

【異言語理解】のスキルも一筋縄じゃいかないようだ。

 まぁそれは今考えることじゃない。
 まずは森からの脱出が最優先だ。

「それじゃ森の中で野営という選択は無いから、なんとかして日が落ちる前に森を抜けよう。ポッタ君には頑張ってもらうしかないけど、どうしても間に合わない場合は光で照らすこともできるからさ」

 そう言いながら、先ほどゴブリンとの闘いでも活躍した懐中電灯を出し、3人の顔に向けないよう注意しながら光を照らす。

「うわっすっげーー!! さっきも気になってたけどこれって魔道具!?」

「やっぱり貴族様だよ!! 服が変だもん!」

 興味深いワード頂きました。心にグサッと来るワードも頂きました。

「さ、しゃべっている時間はないからとりあえず出発だ。俺は道が分からないんだけど、任せても大丈夫?」

「セイル川が見えているなら方向は大丈夫だ。川沿いを進むとかなり遠回りだから森の中を抜けていこう」

「分かった。それじゃジンク君が先頭、俺は最後尾で行こうか。もし魔物が出たら二人で対処するから、ポッタ君とメイちゃんは離れないようにね」

「うん!」

 ポッタ君も会話の流れから、なんとなくは今後の行動が分かっているのだろう。

 一人と違って守るべき人がいる状況では勝手が違う。

 動き方や戦い方だって変わってくるはずだ。

 それでも……ここを乗り切ればやっと人の住む世界。

 そう考えるだけで足腰に力が入る。もうひと踏ん張りだ。


 それじゃあ向かおうか。念願の町へ。12話 名前

「なぁ、さっき倒したゴブリンのところにちょっとだけ寄って良いか? 少しだけだからさ」

 歩き始めて数分。前を向きながらもジンク君が聞いているのは、たぶん俺に対してだろうな。

 さっきも気になっていたようだし、方向が合っているなら構わないが……

「何か理由でもあるの?」

「さっきのゴブリンは剣を持ってただろ? 剣は回収すれば金になるし、あのまま放置してたら別のゴブリンがその剣を使い始めて厄介なことになる」

 なるほど、それが理由だったのか。

 それならそうと早く言ってくれれば……って、あの時は俺もジンク君の言葉を理解できなかったんだったな。

 俺が倒しているのに勝手に剣を回収するのも失礼、だからしょうがなく放置という選択を取ったのだろう。

 なかなか良い子じゃないか。

「それなら多少の寄り道程度は構わないよ」

「本当は討伐部位や魔石も回収したいところだけど……時間が無いからな。とりあえず剣だけは回収しよう」

 ……なんですと? 討伐部位? 魔石!?

 ここに今までの全部スルーした人がいるんですけどーっ!!

 その手の予備知識はあったのに、忘れていた人がいるんですけどーっ!!

 ……まぁナイフの類を持ってないから、どの道無理だったと思うけど。

「ち、ちなみにその魔石とやらは売れるのかな?」

「この森に出る魔物の魔石なんて全部小さいから、大した金にはならないけどな。それでも俺らみたいな駆け出しには大事な収入だからさ。いつもなら全部回収だね」

「貴族様って魔石知らないの? 普段いっぱい使ってそうなのに」

「いや……俺は貴族様じゃなくバリバリの平民ですし、どちらかというと下層の社畜だったんですが……」

「え? 何か凄い生き物を育ててるの?」

 駄目だ。メイちゃんとは会話が通じているようで通じていない。

 そしてポッタ君は既に苦しそうだ。しゃべる余裕が無いと見える。


 詳しく聞けば、メイちゃんは10歳、ポッタ君は11歳、ジンク君は12歳の仲良しトリオで、皆がハンターギルドに所属していて3人でパーティを組んでいるとのこと。

 所謂冒険者組合、冒険者ギルドってやつだね。異世界人がなるべくしてなる職業と言える。さすがファンタジー!!

 メイちゃんは親が薬師で、まだ小さいながらも薬草の判別が得意。

 それで10歳から登録できるらしいハンターギルドに所属し、修業兼お金が稼げればとジンク君に同行しているとのこと。パーティではもちろん採取担当のようだ。

 今も道すがら薬草があればそれを摘まみ、ポッタ君の背負う籠に放り込んでいる。

 親が薬師、日本で言う薬剤師なら10歳の子供が働かなきゃいけない状況なんて想像もできないが、この世界では魔法で回復する|術《すべ》があるとのこと。

 ポーションなど回復アイテムの作成は薬師とは別の仕事らしく、薬師は主に外傷よりは内面の病気に対してのお仕事なので、大きな町でも無ければそこまで豊富に仕事があるわけではないらしい。

 話を聞く限り薬師が扱っているものは|漢《・》|方《・》に近いという印象だ。

 この世界では基本的に貧しい人達は多少の体調くらい寝て治す、治らないのは何をしても死ぬの精神なので、そんなに薬を買い求める層は多くない。

 お金に余裕がある人は薬師に依頼するが、その上に魔法治療、もしくはこの世界でも医術という病気に対しての専門分野があるらしく、ちょっと酷くなるとより高額ではあるがそのどちらかに依頼をする。

 なので10歳でも家にお金を入れて家計を助けているとのこと。聞いていて涙がちょちょ切れそうになった。


 そしてポッタ君は親が小作人で、幼いころから作物を運ぶ手伝いをしていたからか力が強い。

 ただ身体の大きさに似合わず性格が臆病なので、武器を持って魔物と対峙するのは厳しいらしく、パーティでは狩りや採取した物を大きな籠に入れて運ぶのが彼の仕事。

 確かに彼は全体から優しさが滲み出ているから、切った張ったの世界は向いていないのだろう。

 しかしそうなると、なぜハンター登録を?という疑問も出てくるが、聞いてみると魔物を倒す、もしくは一緒に同行していると『女神様への祈祷』が叶いやすいらしく、収穫や種植えなどで忙しい時期は親の手伝いを。

 そこまで忙しくない時はこうしてジンク君に同行し、少しでもお金を稼ぎながら『女神様への祈祷』が通りやすくなるよう頑張っているらしい。

 ……メイちゃんが全部代わりに答えてくれているから、どこまで本当なのかはよく分からないが。

 ちなみに『女神様への祈祷』は教会内の神像を前にして、『このスキルを伸ばしたい』とお願いすると、スキルを覚えたりそのスキルのレベルが上昇するというもの。

 ポッタ君は元から勉強とは無縁の生活だったようなので、生活しているこの国の言葉をしゃべることだけはできる。

 ただ読み書きが覚束ないので、【異言語理解】か家業である【農耕】のどちらを女神様にお願いするか、悩んで悩んで既に1年以上経過しているとメイちゃんにバカにされていた。

 メイちゃんは薬師に必要な【薬学】が1番、余裕があれば自分でも採取できるように【採取】と決めているようなので、彼の優柔不断っぷりにぷんぷんだ。

 どうせならギルド登録時に1度だけ無料でしてもらえる『ステータス判定』で、既に習得していた【剛力】を伸ばしちゃえーなんて第三の選択を与えるあたりが子供らしく、そして非常に惨い。

 ポッタ君は若いうちから禿げてしまいそうである。



 最後にジンク君はこのパーティーのリーダー的存在で、メイちゃんやポッタ君が混ざるまでは一人でこの森の中を狩りしていたとのこと。

 父親がハンターだったようで、ある程度魔物や狩りに対しての必要な知識を持っているというのは心強い。当然パーティの魔物退治担当だ。

 理由は濁されたが父親が既に他界しており、母親は特別有用なスキルを所持していなかったこともあって、現在はジンク君が一家の大黒柱として家計を支えているようだ。

 普段は俺が角ウサギと呼んでいた魔物――ホーンラビットをメインに狩っていて、この森だとホーンラビットが肉も売れて一番実入りが良いという実に有益な情報を聞けた。

 そしてそのジンク君は先ほどから回収した剣の横っ腹で、コンコンと木や地面の木の根を叩きながら歩いている。

 気になり聞いてみたところ、音を出してフーリーモールという魔物を誘い出しているらしい。

「もしかして石を飛ばしてくるモグラ?」って聞いたらその通りのようで、フーリーモールは音に敏感らしく、こうして音を出しながら叩いていると先に住処から顔を出してくるので、そこを魔法発動される前に叩くのだそうだ。

 俺がやっていた対策も間違いではないっぽいが……やっぱりプロの対策の方がしっくりくるし勉強になるね。

 ソッとポケットに残っていた小石を投げ捨てたのは言うまでもない。

 ただ今のように直進している状況ならそれでいいが、採取目的で方向性が定まらずウロウロする場合はやはり危険らしく、厄介なフーリーモールが出るこの《パルメラ大森林》はあまり人気が無いらしい。

 もっと修行をして【短剣術】スキルと【気配察知】スキル、そして女神様への祈祷で【弓術】を伸ばしたら、少し強い魔物が出る町の北東の《ロッカー平原》に行きたいらしいが……その時にはポッタ君とメイちゃんどうするんだろうな。

 なんだかんだ面倒見が良さそうだから、しょうがなくこの森に留まるのかもしれない。

 ちなみに【異言語理解】は、ジンク君もメイちゃんも両親から言葉を教わっていたらいつの間にか覚えていたとのこと。

 大体は普通の生活をしていれば年齢相応に【異言語理解】のレベルも上がっていき、レベル3~5くらいまでいくとそれ以上は他国に足を運ぶ商人や国のお偉いさんなど、よほど才覚のある者以外は仕事に関係する人だけ伸びるというのがこの世界の常識のようだ。

 ということはポッタ君の場合、親の教育の問題な気もするが……生活環境は人それぞれだろうから、他人がとやかく言ってもしょうがないのだろう。


 そんな世間話をしながら、一行は歩みを止めることなく森の出口へ向かって進んでいく。

 道中ホーンラビットが出るも、ジンク君は突進してきたタイミングで横に身体を逸らし、あっさりナイフで切り裂いていく。

 そしてそのホーンラビットはポッタ君の背負う籠に引っかけるように吊るされ、ポッタ君が増した重みに苦悶の表情を浮かべる。

 血抜きを兼ねて引っかけているようだが……その後ろを歩く俺はなんとも言えない気分になるな。

(頑張れ頑張れポッタ君……俺が背負ってもいいけど、そうするといざという時の戦闘に支障が出るんだスマン)




 ふと地面に垂れる血を見ながら、ジンク君に甘えさせてもらって少し考える。

 順調に移動しながらの取り留めのない世間話。

 それでも得られる情報は山ほどあった。

 特にこの世界を何も知らない俺にとっては、今の会話だけでも情報が多過ぎて整理しきれないくらいだ。

 そして、俺からはあれやこれやと聞いているのに、こちらの情報となると卒なく躱す自分が嫌にもなる。

 ジンク君達はまったく気にしてもいないようだが、今までの人生経験が、無意識に近いくらいこちらの|本《・》|当《・》|の《・》|情《・》|報《・》を出すリスクに対して警戒してしまっている。


 異世界人であることを公にするか否か。

 一歩間違えれば非常に面倒臭い事態になることだろう。

 ヘタにボロを出したり、何かこの世界にとっては異質なことをやってしまえば、それが元で噂が広まる可能性もある。

 先ほど3人の前で【異言語理解】を取得した時も、「ステータス画面を見るから待ってて」とは言えなかった。

 どんぐりは「僕のお手製だから凄い」と言っていたが、

 いつでも見られることが凄いのか。

 他とは違うステータス画面だから凄いのか。

 それともステータス画面だけは俺がすぐ理解できるようにしたのが凄いのか。

 これが分かっていない。

 別にどうしても異世界人であることを隠したいわけじゃない。

 異世界人だと公にすることによってメリットが大きければ気にしないし、デメリットが多ければ誤魔化して隠し通すしかない。

 しかし今の段階では情報が不足し過ぎてその判断すらできない。

 どんぐりがなぜ俺をこの世界に連れ込んだのか、その理由すら知らされていないからな……

 この世界に俺以外の異世界人はいるのかどうか。もしいたとして、その人たちはどういった立ち位置でこの世界で暮らしているのか。何を目的にしているのか。

 ここら辺が分かるまでは、少なくとも隠せるなら隠した方が身のためだろう。

 異世界人だと知って、俺に害をなす存在が現れた時……今の弱い自分では何も抗えないのだから。


 とりあえず一つ一つ情報を整理し、この世界の知識として蓄えていく。

 俺は歩きながら、数秒なら問題無いとステータス画面を開き、三つの数値を確認する。


レベル経験値 8%

【突進】 81%
  
【気配察知】 87%


 このくらいであればメモを取らずとも覚えておけるので、確認したらすぐシステム画面を消し、周囲への注意に意識を注ぐ。

 この世界のパーティとはなんなのか。

 ゲームであればパーティは誰と組んだかすぐに分かるし、経験値配分や|戦利品《ドロップ》配分などもゲームによって違うものの定義づけられている。

 今、俺が行動を共にしているジンク君達とパーティを組んだ状態になっているのか。

 それともハンターギルドや教会など、この人達とパーティを組んでいるという意識だけではなく、別に登録や証明をする何かが必要なのか……

 分からないなら今試せることを試してみよう。

 ジンク君が倒した敵の経験値から、既にパーティ扱いになっているかどうか、パーティ時の配分などを予測できる可能性もある。

 できれば移動開始前にチェックしておけば良かったんだが、急遽の予想外な展開になってしまったのだからしょうがない。

 先ほどジンク君が倒したホーンラビットで検証できていればベストだったな……

 そんなことを考えていたら、メイちゃんが後ろを振り返りながら聞いてくる。


「そういえば、君って名前なんて言うの? 聞いてなかった!」


 あっ、そういえば……3人の会話からそれぞれの名前を理解して当たり前のように呼んでいたけど、俺はまったく名乗ってもいなかったな。

 さすがにこれは失礼だ。

 しかし、どうするか。

 3人の名前からすると『悠斗』ではなく『ユート』だったらこの世界でも違和感がないような気はするが――― 


 しばしの間を空け、俺はこう答える。


「自己紹介が遅れてごめんね。 名前は|ロ《・》|キ《・》だよ」


 敢えて違う名前を伝えた。

 昔ハマり込んだゲームで使っていた名前。

 カッコ良くて強そうなキャラ名はなんだと、当時まだ重度の厨二病を患っていた俺は必死にネット検索をして調べた。

 同じことをやっているやつは相当数いたはずだ。

 俺はそれこそ名前を決めるだけで丸一日時間をかけてしまったが。

 膨大な神様とか神話の凄そうな名前を検索して悩む中、なぜか調べなくても知っていた、神様系にしては珍しい2文字の分かりやすい名前ということで採用したのがこのキャラ名だった。

 オープンベータ直後の名前取り合戦に見事勝利して、当時はそれだけで「っしゃぁああ!!」とガッツポーズしていたものである。


 正直、ここは異世界だし問題無いだろうと思った。

 この名前にしたら、より当時の楽しかった時間を思い出せる。

 飽くなき強さへの探求。最高のモチベーションでこの世界を生きていけると思ったんだ。

 だから。


「「えっ?……魔王?」」


 揃って呟くジンク君とメイちゃんから、こんな返答が返ってくるとは思わなかったんだ。13話 勇者と魔王の存在

 どうしてこうなった。

 やらかさないようにと慎重に言葉を選び、本当の情報は隠したはずなのに……

 まさか名前で訳のわからない地雷を踏むとは思いもしなかった。

「ちょちょ……待って、魔王ってどういうこ――― 」

「貴族様かと思ったけど違うんだ! ホラ! 真っ黒だし! 服も靴も黒いし髪も黒い! よく見たら瞳だって! お話の通りだよ!」

「いやいや、まさか……でも確かに全身が黒いな……」

 俺の言葉なんて関係無しにメイちゃんとジンク君が盛り上がっている。

 ポッタ君は置いてけぼりだが、今そんなことを気にしている余裕は無い。

(いったいどういうことだ? 魔王?……この世界に魔王がいるのか? いや、いてもおかしくはないか。なんせ魔物がいるし魔法やスキルがあるファンタジーな世界だ。
 魔王が存在したってまったくおかしい話ではない。親玉として存在しているということか。ということは俺がこの世界に呼ばれたのは?
 まさか、魔王を倒す勇者役……? どんぐりの野郎そんな大役を寄越したのか!!? でも俺に大した正義感なんてない。なのになぜだ? 勇者と言ったら正義のヒーローだろう。
 こんな腹の中であれこれ考えるようなやつは勇者じゃない。しかし……どんぐりは俺を「見つけた」と言った。何かが引っかかって正義感がなくても勇者役になったということか?
 でも待て、俺は確かにチート能力を、それこそ具体的に勇者スキルはないのかと尋ねた。にも拘わらずどんぐりは俺に寄越さなかった。これはどういうことだ?
 なくても倒せる? いやいや、それならわざわざ異世界から転移なんてせずにこの世界の人間に討伐させれば良い。ということはなんだ?……勇者スキルを使っても倒せない魔王がいる? それが魔王ロキ?
 そうか、そういうことか。だから俺にわざと何も与えず、大森林にいきなり放置という大試練を与えた。つまりこの程度のことをクリア出来ないやつには魔王を倒せない。
 そういうことか! それなら合点がいく! となれば俺がこの世界に来た目的は……)

「その全身が黒いふざけた魔王とやらはどこにいるんだい?」

「「目の前に」」

「こら! 人を指で差さない!! 違くて、君達が知っている本当の魔王ロキってやつのこと!」

「「もう勇者に倒された(よ!)」」

「………………へっ?」

 俺が勇者かよ!って意気込んで浮かしたこの腰はどうしてくれるんですか……空気椅子になっちゃってるよ……?

「●魔王討伐伝●を知らないのか?」

「ロキ君っていったいどこの人なんだろうね? ベザートみたいな小さい町でも、5回くらいは演劇旅団とか吟遊詩人が来てるのに」

「そんなの知らないっす……」

「勇者タクヤが魔王を倒す物語だよ! それで魔王ロキのマネっこをしてるんでしょ! 有名だし!」

「最近は見なくなったが、一時期は全身黒いやつがベザートの町にも何人かいたな」

「ジンクもちょっと前まではよく真っ黒だったじゃん!」

「うるさい! たまたまだ! たまたま!」

 待て待て。色々ツッコミたいが、物凄くツッコミたい部分が1ヵ所ある。

 勇者タクヤ? 物凄く日本人っぽいお名前なんですが……?

「ゆ、勇者タクヤって何者なんですかね……?」

「知らないの? えーと、なんて国だっけ? どこかにある凄く大きな国の王子様だよ! 別の世界から来たんだって!」

「俺も西の大国というくらいしか分からないな。 町の大人なら知っていると思うが……」

「あっ……別世界……そうっすか……」

 思わぬところにヒントがあったが……この全然嬉しくない感じはなんなのだろうか。

 気を取り直して詳しく聞いてみると、この世界には歌や踊りを交えた演劇を生業にする旅団や、気ままな旅をしながら町に寄っては伝記や創作物語を歌っていく吟遊詩人が存在する。

 そして娯楽の乏しい住民はそのような人たちを歓迎し、おひねりを投げながらその歌や踊りを皆で楽しみ、酒を交わす。

 そんな中で定番中の定番とも言えるのがジンク君の言っていた「●魔王討伐伝●」で、全身黒の衣装を身に纏った恐怖の象徴、魔王ロキを異世界から現れた勇者タクヤが悪戦苦闘のすえに討伐するという……そんな英雄譚らしい。

 おまけにその主人公は実在する大国の王子ということで人気が爆発。それこそ町で暮らしている人間なら誰でも知っており、こぞって子供たちはマネをして遊んでいたのだとか。

 と言っても煌びやかな鎧を纏った勇者のマネは現実的に難しく、黒めの服を着れば簡単に成りきれる魔王ロキの方が庶民には人気らしいが。

 ただ実際に流行ったのは3年ほど前で、今は●魔王討伐伝●第二弾が期待されているとのこと。

 なのでジンク君とメイちゃんは、ちょっと時代遅れのコスプレをして、おまけに同じ名前まで名乗る俺を「ちょっと恥ずかしい魔王のなりきり君」と思ったんだそうだ。

 確かにビックリしつつも、警戒している感じは無かったもんな……


 しかし、そうかそうか。

 正直、第二弾とかかなりどうでもいいが。

 そんなに魔王がいるのかよって話だが。

 転移か転生かは分からないけど、異世界人タクヤは確かに存在するわけだ。

 そしてこんな子供にまで異世界人であることが認知されていると。

 となると、ここら辺も3人は知っているのかな?

「別の世界から来た人達っていっぱいいるのかな?」

「さぁな。昔父さんがなんか言っていたような気もするけど覚えてない」

「私も知らなーい! でもいるなら見てみたいね!」

「バカ! いたってベザートみたいな小さい町に来るわけないだろ!」

「じゃあ王都!? 王都行けばいいの?」

「バカバカ! そんな金がどこにあるんだよ!!」


 相変わらず遠足のように賑やかな一行。

 森の中でこんなにしゃべってても良いのかと思うけど、ずっと一人で行動していた俺がどうこう言うのもおかしな話だ。

 しゃべりながらでも剣でコンコンと、しっかり警戒して歩いているジンク君はさすがだし、いざとなれば声に釣られて魔物が寄ってきてもなんとかなると思っているのだろう。

 一応魔物担当が今は二人いるしね。

 そしてメイちゃんすまない。君の目の前にいるのも別世界の人間なんだ。これからベザートの町に行くことを楽しみにしているんだ……王子じゃないけど。

 あっ、ポッタ君は……もう空気に溶け込んでいるから放っておこう。その存在感が希薄な感じ、昔の俺みたいで嫌いじゃない。


 しかし、子供達だけの情報には限界があるな。

 それでも俺からしたら充分有難い内容だから感謝しかないが、さらに踏み込んだ内容は町の大人たちから聞くしかないだろう。

 あぁ、もうだいぶ日も落ちてきた。

 思ったよりも戦闘になっていないので、話しながらでも結構進んだはずだが……あとどのくらいで抜けられそうなのか。

「ジンク君、だいぶ日が落ちてきたけど、あとどれくらいで抜けられそうか分かるかな?」

「あまり魔物と遭遇しなかったからな。もうそんなにはかからないはずだ。たぶん完全に暗くなる前には……って、言ってるそばからフーリーモールが頭を出したぞ!」

 おっ、検証できる!……ってもう1匹か!

「右前方にもフーリーモール! そっちは俺が片付けるよ!」

「了解! メイサとポッタは周囲を確認! 念のため敵の攻撃を受けないように木に隠れて固まっていてくれ!」

「分かった!」

「ふぅー……ふぅー……あぃ!」

 戦闘中に不謹慎なのは分かっているけど、なぜか自然と笑みが零れた。

(ふふっ……昔のパーティ狩りをちょっとだけ思い出すなぁ……)

 指示役がいて、それぞれの適性に合わせた最適な動きを取り、相乗効果で敵にダメージを与える。

 自分が強くなればなるほどパーティを組む必要があって、同じくらい強いやつら同士が自然と固定パーティ化していった。

 そんな光景を俺は腐るほど見てきた。

 そう、見てきただけだ。

 俺は効率を追い求めてソロプレイを選んだ。

 ただ黙々と、目の前の敵を一人で倒し続けた。

 だからちょっとだけ。所謂レイドボスと呼ばれる、複数人討伐が大前提の大ボスでしかパーティを組んだ経験が無いから、ちょっとだけしか思い出が無い。

 ……羨ましかったのかなぁ。

 道中世間話に花を咲かせ、敵が現れたとなれば慌てて動き始める。

 誰かがヘマをすればヘルプに入り、得た戦利品を皆で喜ぶ。

 今、こういうのもちょっと良いなと思った時点で……俺はあの時、少しは憧れていたんだろう。

 それでも、そんな楽しみを捨てたからこそ、俺はトップに成れた。

 自分が強くなることこそが最大の喜びであり楽しみだった。


(仲間か……)


 この世界で俺はどうなるのかな。

 まぁ今はそんなことを考える前に目の前の敵を倒そう。

 まずは森を抜けるために――――突進っ!!
************************************************
これにて第1章は終了となり、2章から本格的な冒険が開始されていきます。
作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
楽しくなってきたと思い始めた方は、広告下の【☆☆☆☆☆】から率直な評価を頂ければ幸いです。
また少なくとも今後半年くらいは連日投稿していくと思いますので、ブックマークしつつ毎日ロールプレイングを楽しんでいってください。14話 待ち望んだ景色

「うぉおおおお! あぶねぇー!!」

「ぬ、抜けられたぁー!!」

「ぶふぅー……ぐふぅー……あいっ!」

 横目で安堵の声を漏らす3人の姿が目に映るも、俺は言葉を口にできなかった。

 地平線に頭が少しだけ出ている……もうあれは太陽ということにしておこう。

 その太陽の光が僅かに森の中を照らす状況でなんとか抜け出せた。

 ジンク君に懐中電灯を渡して足元を照らしながらの歩みではあったが、明らかな視界不良で魔物に接近されてもほとんど分からず。

 おまけに懐中電灯を使ってしまったせいか、道中のラストスパートとも言える状況で追加のホーンラビット1体、ゴブリンが1体出たのも余計に時間を食った原因だ。

 ゴブリンがいきなり横から現れるものだから、最後は生きた心地がしなかった。

 だがしかし、俺は今、草原にいる。草原にいるんだ。

 森の中よりは明るく照らされた眼前の景色は、所々に生える木々以外はほぼ膝下程度の草ばかり。

 そしてその先に、僅かに光が灯る人工建造物群が確認できる。

 あれが町か……

 うぅ……生きて抜け出せた!

 俺は抜け出せたぞっ!!

 思わずまた泣きそうになってしまう。

 だが今は我慢だ。

 町に着いて、コソッと枕に顔を埋めながらの方が安心して泣ける。

 無駄に泣き顔なんて見せたくない。

 ならばまずは感動に浸っている3人へ行動を促そう。

「3人ともまずは町に到着してから落ち着こう。あの光の見える場所が町で大丈夫?」

「そうだよ! あれがベザートの町!」

「そっかそっか……やっとだね。ちなみに道中魔物が現れる可能性は?」

「一応【気配察知】を使って警戒はするけど、ほぼ心配はないと言っていい。安全のために町と森の間では作物を育ててないからな」

「なるほど……無駄に森の外へ出てこないようにしているってわけか」

「あぁ、魔物にとっちゃ森の方が食料も豊かだからまず出てこない」

「分かった。それじゃ懐中電灯はそのまま貸しておくから、なんとか日が落ち切る前に進めるだけ進んじゃおう」

「よし、そうだな! ポッタ! もうひと踏ん張りだ! 町まで入ればいくらでも休めるぞ!」

「戦闘の心配が無さそうなら俺が籠を背負うよ。 ホラ! あとちょっとだ頑張ろう!」

「早く帰らないとお母さんに怒られちゃうよ!」

「ふぅ……あぃっ!」


 こうして隊列は変えず、一行は町へ向かって歩を進める。

 前を進む3人の足取りは、疲労の色が濃く出ているものの森の中より格段に速い。

 想像以上に籠が重かったのでついていくのがやっとだ。

 もちろん歩きやすさの違いも大きいだろうけど、それ以上にゴールが見えたことへの安堵。

 早く町へ、我が家へという期待が疲労感を軽減させているんだろう。

 なんと言っても俺がそうだしなぁ……


 そんなことを考えながらも、僅かにある心残りに思わず中空を見上げて深く息を吐く。

 あーあ。

 結局は俺がどうしたいのかだ。

 ただこの世界にある成長の仕組み次第だと思っていた。

 そして、期待とは真逆の結果と判明した。


(この世界はラストアタックが優位な仕様か……)


 フーリーモールを倒した時、【気配察知】と【土魔法】を習得できたのは視界に流れるアナウンスですぐに分かっていた。

 だけど、得られたスキル経験値は俺の1体分だけ。

 それを森から出た時に確認してしまった。

【気配察知】のスキルは1レベルになった上で3%止まりのままだ。

【突進】スキルはレベル1になってから、ホーンラビットを1体倒す毎に10%ずつ上昇することは分かっていた。

 スキル取得まではどちらも1体20%なのに、レベル1からスキル取得経験値がスキルによって違うなんてことは考えにくいだろう。

 ということは、そういうことだ。

(はぁー……ちょっとだけパーティプレイ、仲間に憧れてたんだけどな)


 ラストアタック。

 つまり最後に魔物を倒した者、止めを刺した者だけがスキル経験値を取得できる世界であれば、パーティを組むメリットは激減する。

 もちろん一人じゃ倒せない敵を皆で倒すという意味では有効だし、レベル経験値は詳しい配分まで分からないものの幾分かは上昇している。

 俺が一切手を出していない魔物でもだ。

 つまり一緒に行動をしている者、その対象範囲のようなものが何かしら決められているのだろう。

 ただ|ス《・》|キ《・》|ル《・》|経《・》|験《・》|値《・》|が《・》|欲《・》|し《・》|い《・》|な《・》|ら《・》、全てがラストアタックになるソロでやれということだ。

 さすがにパーティ組んで「ラストアタックだけ下さい」なんていう厚顔無恥な発言はできないしね。

 そんなやつが現れたら、俺が「舐めてんのか?」と頭を叩く自信がある。


 俺は結局『ロキ』と名乗った。名乗ってしまった。

 どこまでも強さを目指したあのキャラに自分を重ねてしまったんだ。

 あの時の楽しかった時間をもう一度と思ってしまったんだ。

 なら、仲間なんて願望を持たずに一人で頑張ってみるか……

 自衛できずに死ぬなんてまっぴらごめんだしな。


「おーい! ジンクにポッタ、メイもか! お前らこんな遅くまで何やってたんだッ!!」


 急に野太い怒り声が聞こえて視線を戻すと、そこには柵に囲まれた町を守る門番だろうか?

 槍を持ったおじさんが険しい顔をして叫んでいた。

(あっちゃーこりゃジンク君達怒られるパターンだ……)

 とは思ったものの、俺は住民でもないのでどうすることもできない。

 その声を聞いて走り出すジンク君にメイちゃん、ポッタ君……って、えっ? ポッタ君はやっ! えぇっ? 凄くはやっ!!

 そんな力を隠し持ってたの!?

 まさかの演技派かよ!と内心突っ込みながらも、俺は歩いて町の入り口へ近づいていくと、なんだかんだで緊張が解れたのか、門番さんに抱きついて泣き崩れるメイちゃん。

 ポッタ君も腰が抜けたように座り込んでいるし、ジンク君だけが安堵した表情で事情を説明している。

 さすが年長さん、12歳にしてはビックリするくらい優秀だ。

 そして門番さんがこちらに向いたので軽く頭を下げる。

「君が3人を助けてくれて、わざわざ町まで送ってくれたのか。本当にありがとう。感謝する」

「いえいえ、たまたま居合わせただけですし、僕も迷子になって困っていたのでこちらこそ助かりましたよ」

「そんな謙遜しないでくれ。聞けば剣を持ったゴブリンが現れたというが、本当か?」

「本当ですね。今ジンク君が持っている剣がそれです」

 そういうと、ジンク君は門番さんに剣を見せ、門番さんはその剣を見て唸る。

「錆びは無し……刃毀れもほとんど見られないな。まだ新しい部類か……となると最近落とした可能性が高い……」

 何やら門番さんは考え込むも、こちらの状況を察したのか慌てて声を出す。

「あっ、疲れているのにすまなかった! とりあえず町へ入ってくれ!」

「あの~流れの者と言いますか、身分証になるようなものは所持していないのですけど、大丈夫でしょうか?」

「こいつらを助けてくれた命の恩人なんだから当たり前だろう! ただゴブリンの件も含めて町長には一言伝えるが宜しいか? 剣を持ったゴブリンなんて5年振りくらいの話だからな」

「えぇそれはもちろんです」

「それじゃあ何も問題ない! ベザートの町は君を歓迎する!」

 そういって簡素な門を開けてくれる門番さんの横を通りながら、とうとう町の中へ足を踏み入れる。


 ――あぁ! あぁ! あぁあああ!!

 文化の匂いを感じるぅうううううう!!

 頭がおかしくなったわけじゃないが、おかしくなったかもしれない。

 正面の通りには人が行き交い、脇にある建物からは灯りが漏れ、どうにも香ばしい……そう香ばしい食べ物の匂いが漂ってくるのだ。

 今まで味のしない川魚や、ほぼ水分の果実だけで生きてきた俺が、こんな匂いのする状況の中で冷静でいられるわけがないだろう。

 あぁ……なんと鼻が幸せなこと……早く舌も幸せになりたい……

 そんな飛んでいってしまいそうな夢想状態にいると

「「「本当にありがとうございました!!」」」

 3人から一斉にお礼の言葉を掛けられる。後ろで見守っている門番さんも、さっきは怒っていたのに今は笑顔だ。

「ううん、さっきも言ったけど俺は迷子だったからさ。逆に町まで道案内してくれてこっちが感謝してるくらいなんだ。こちらこそありがとね」

 そう言って籠をポッタ君に返す。

「何言ってんだよ! あの時助けてくれなかったら俺達はたぶん死んでいた。もしゴブリンを上手く撒けても、森の中から抜け出せなかった可能性も高いんだ」

「そうだよ! ジンクが逃げるくらいの魔物だったんだから!」

「ちゃんと家に帰れたの嬉しい。ありがとう! ありがとう!」

 皆が思い思いの感謝をしてくれているのは嬉しいけど、本当に感謝しているのは俺なんだけどなぁ……

 川沿いを予定通り下れば、いつかは俺一人で町に辿り着けたのかもしれない。

 しかしジンク君は遠回りになると言っていた。

 なら予定より早く町に辿り着けたのはジンク君達のおかげだ。

 それに面と向かっては言えないが、俺にとっては貴重過ぎる情報も色々教えてもらえたしね。

 ただまぁ……これ以上は堂々巡りになってしまうか。

 だから。

「さ、もう日も落ちたし、早く家に帰って家族を安心させてあげな? 心配しているはずだよ?」

「まずハンターギルドに寄らなきゃいけないしな……それじゃあ、これ」

 そういってジンク君は懐中電灯とゴブリンが持っていた剣を差し出す。

「先導する時便利だから使ってたけど、これはロキが倒してくれた魔物が持っていたんだからロキの物だ」

 懐中電灯は素直に受け取るけど、剣はなぁ……一方的に情報を得た身としては気が引ける。

「それはあげるよ。俺にはちょっと長過ぎて使いこなすのが難しそうだしさ。俺が助かった感謝の気持ちってことで!」

「んなわけいくか! なんで助けてもらって戦利品も俺達が貰うんだよ。まずロキより小さい俺はもっと使いこなせないだろ!」

 た、たしかにー……それは納得のいく返しだ。

 そこでチラッとポッタ君を見るも、身体が大きいだけで臆病な彼に剣の話を振るのは酷だろう。

「それじゃさ、俺はまだ当面この町にいると思うし、そのうち皆で売りに行って4等分しようか!」

「えーそれもおかしいだろ……まぁいいや。このままだと帰るの遅くなりそうだしそれで! その代わり籠の中身も4等分だからな!」

「分かった分かった。ホラ、いいから用事済ませて早く親に顔見せてあげな!」

「分かったよ。それじゃとりあえず預かっとくだけだからな! 見かけたら声かけろよ!」

「大丈夫だよ。近々ハンターギルドってところにも顔出す予定だからさ。すぐ会えると思うよ!」

「了解! じゃあまたな!」

「またねー!」

 そう言って渋々歩き出す3人と、それを見送る俺。


 ふぅ。

 どうせ同じ町にいればそのうち会えるんだ。

 俺もとりあえずはハンターになろうというか、選択がそれくらいしかないわけだしな。

 それに……俺は一刻も早く肉が食いたいんだ。

 さっきから鼻腔を刺激する美味そうな匂いで頭が働かないんだ。

 だから詳しいことは明日以降にしよう。

 よーし、見送ったあとには一目散で匂いの元へダッシュだ!

【異言語理解】を取得している俺に抜かりはない!!

「こんばんは!この串焼きいくらですか!」

「らっしゃい!一本400ビーケだよ!」

「400え……ん…ん?……ビーケ?……何語?」

「……」

「……」

 咄嗟に先ほどの場所へ振り返る。


「ジンク君!! メイちゃん!! ポッタ君でもいい!! 誰かッ! 金貸してくれッ!!」


 そう叫ぶも、既に3人の姿は視界から無くなっていた。
************************************************
本日より2章パルメラ大森林編スタート。

それとタイトルをあまりにも適当に決めてしまっていたので、このように変更させて頂きました。
旧:行き着く先は勇者か魔王か ――営業マンが征く異世界攻略記――
新:行き着く先は勇者か魔王か ――元・廃プレイヤーの営業マンが征く異世界攻略記――

また、そのうち変えるかもしれませんが、中身に影響はございません。15話 肉の味

 ザワ……ザワザワ……

(んん……?……やかましいな……)

 そう思いながら目を覚ました俺は、辺りを見回してビックリする。

 知らない子供達数人が、まるで変な生き物を見るかのように俺を見上げていたからだ。

(……恥ずかしい)

 そう思ってペコペコ頭を下げながら木を降りる。

 そう、木を降りた。

 結局財布にお金はあっても、|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|の《・》|お《・》|金《・》がまったく無いことに気付いたのはあの屋台が初めてだった。

 そりゃそうだ。

 森の中に売店があったわけでもあるまいし、今までお金を使おうと意識したことが無かったんだ。

 俺が学生の頃ならまだしも、社会人になって財布の中身を意識しながら物を買うなんて、数万単位の買い物でも無ければなかったわけだから、屋台くらい何も気にしていなかった。

 だからしょうがない。しょうがないと思いたい……


 あの後ジンク君達は見つからず、ハンターギルドとやらに追いかけようかと足を一歩踏み出すも、「早く親に顔を見せな?」なんてカッコつけて別れておいてはそれもできず、また門番さんからお金を借りることも躊躇われた。

 日本人の感覚からすれば、初見の人に「お金貸してください」なんてセリフはあまりにもハードルが高過ぎる。

 結局心が折れ、町の中にあって極力食べ物の匂いが漂ってこない街外れの木を探し、その上で鞄を抱えながら寝たというわけだ。

 お金が無ければ宿にすら泊まれないし、路上爆睡して起きたら鞄や腕時計が無いなんてなっても嫌だしね。

 川の行水はできないし果物も生えてないしで、ある意味森の中よりも辛い環境だったかもしれない。

 マジであの洞穴サイコー!


 そんなわけでとりあえずは場所を移動し、適当な広場に腰を掛けて今後のことを考える。

 やりたいこと、調べたいことは山ほどある。

 あるわけだが、何より優先すべきはまずお金。

 というよりそのお金で買える食い物だ。

 さすがにお腹が空き過ぎて、人生で経験したことがないくらいの脱力感に見舞われている。

 匂いで胃が刺激されてしまったせいで余計に辛い。

 正攻法でいくなら、森に戻ってホーンラビットを狩って帰ることだが―――……

 現状は森に戻るまでの1km近い距離でさえ歩くのが億劫。

 こんな状態で敵と戦っても無駄に怪我を負ってしまいそうで怖い。

 もしくはハンターギルドに赴いてジンク君達と合流。

 あの剣や籠の中身を売り払ったお金でお腹を満たし、そのあと森へ戻るかだな。

 うん、こちらの方が現実的だ。

 難点はジンク君達と合流できなかった場合だけど、最悪ハンターギルドの入り口で半日も待てばたぶん合流はできるだろう。

 みんな疲れて、今日は自宅で休日とかにしてたら俺は餓死一直線だが。

 その場合は最終奥義。

 この町で質屋……はまずないだろうけど、商店でも屋台でも、スマホとか使う予定の無い現代製品を売れば多少のお金にはなると思っている。

 スマホで写真や動画を撮れば、文明が遅れていると言われたこの世界ならバカ受け間違い無しのはずだ。

 充電が切れたら使えないことを伝えたとしても、誰かが物珍しさで買ってくれるに違いない。

 少なくともご飯とトレードぐらいはしてくれるだろう。

「やっと見つけたー!!」

 絶対「これはなんだ? どこで手に入れた?」なんてめんどくさい話になるだろうから、もうどうにも立ち行かない限界ギリギリまでこの手は温存―――

「こらー! ロキ君ーー!!」

「んぁ?」

 名前を呼ばれ、覇気の欠片も無い顔を上げると、そこにはメイちゃんが指をピーンと俺に向かって指しながら仁王立ちしている。

「やぁメイちゃん、昨日振りだね」

「ちょっとー! 昨日どこの宿に泊まってたの? 宿の人達みんな全身黒い人は泊めてないっていうから探したんだよ!」

「ハハ……無一文だったことに気付いてね……向こうの木の上で寝てた」

「えぇー!? なんでそういうこと言わないの! それならうちに泊めてあげたのに!」

「いやいや、それはさすがに申し訳ないし、別れる時まではお金があると思ってたんだ……ビックリだよね」

「私はロキ君にビックリだよ! とりあえずハンターギルドに来て! ギルドマスターが呼んでるから!」

「……えっ?」

 ちょっと待ってほしい。ギルドでマスター?

 それってここのギルドのトップっぽいよね?

 俺まだ何もしてないよ? 木の上で寝てただけだよ!? なんで呼び出し?

 まさか……何もしてないから? サボってないで早く仕事しろってこと?

「すみません支店長すぐ行きます!」

「意味分からないよ! ジンクとポッタも探し回ってるはずだけど……まぁいっか! とりあえず向かおう!」


 先行して歩くメイちゃんは相変わらず朝から元気だなぁ……

 おじさん腹が減り過ぎてついていけないよ。

 どうしよう「とりあえずお金貸して」って言おうかな?

 10歳の女の子にお金貸してって、32歳としては終わってるよね。

 たぶん死んだ方が良いレベルだと思うんだけど、実際もう死んでしまいそうなんだ。


 そんなことを考えていたらいつの間にか目的の場所に着いてしまった。

 目の前にあるのは木造建築の2階建て。

 周囲の建物よりは5倍くらい大きいから、会社が立派=儲かっていると連想してしまう自分としては、どうにもお給料には期待が持てる気がします。

 ハンターなんだから完全出来高制だろうけど。

 テキサス州のガンマン映画に出て来そうな大型のスイングドアを通り抜け、内部に入れば目の前には3つのカウンター。

 右側にはかの有名な、依頼ボードのようなものが自己主張していた。

 大判のこげ茶色い板が2枚壁に立てかけられており、そこに肌色に近い小型の木の板がそれなりの枚数引っ掛けられている。

 中には2つ3つと小型の木の板が繋がっているやつもあるな。

 まずあれの一つ一つが『依頼』ということなのだろう。

 紙じゃないことに驚きである。


 そして左手には……左手には……良い匂いを撒き散らしているお食事処と丸テーブルやベンチが複数ある。

 ここに来てさらに俺を悶絶させるとは……ん? 

 ポッタ君ここにいるじゃん。

 って……手に持ってるの串に刺さった肉じゃん!!

 ……メイちゃんには決して言えない。

 でもポッタ君にならなぜか言える!

 だから許してくれ!!

「頼むポッタ君! 一生のお願いだからその肉1個くれ!! あとで! あとで必ずお返しするから!!」

 返事も聞かずに1個指で摘まんで口に放り込むと、この世界に来て初めて感じる塩気と僅かな香辛料の風味。

 そして噛むと溢れる肉汁に……もう涙が止まらないッ!!

 いきなり号泣しだした俺にポッタ君は唖然として俺を見上げているが、よく考えたらポッタ君は俺の言葉が分からないんだった。

 これじゃあただのつまみ食いした盗人だよねごめんなさい。

 メイちゃんに通訳をお願いしようと声をかけると、逆に後ろから女の人に声をかけられる。

「あんた肉一つで泣きだしてどうしたんだい……そんなに美味しかったのかい?」

 振り返ると小さいエプロンをしているので、どうやらお食事処のおばちゃんのようだった。

「騒がせてすみません。 5日、いや6日かな……まともに食事を取れなかったもので……美味し過ぎて死ぬかと思いました」

「6日って……あんたまだ小さいのに親は何やって!……って野暮なことは聞くもんじゃないね。ちょっと待ってな!」

 そう言っておばちゃんがドシドシと厨房へ戻り、串肉2本を持って戻ってくる。

「ホラ! とりあえずこれお食べ! お金ないんだろ? 余裕ができたら多めに買ってくれりゃいいからさ」

 うぅぅぅ……俺、また号泣。

 なんだよ……この世界良い人ばっかじゃん……

「わかりまじた……本当にありがどうございます……おいじいでず……ありがとうございまず……」



 俺はこの日。

 32年間生きてきた中で、最も美味い肉を味わった。16話 ギルドマスターとの対談

 俺は串肉を味わいながらもペロリと平らげ、直立90度のお辞儀で感謝の言葉を述べる。

「このご恩は一生忘れません! 今後も利用させて頂きます! 必ずっ!」

 これは大げさでもなく、本当に九死に一生を得たお肉とおばちゃんとして、50年後でも忘れない自信がある。

 おばちゃんは「そんな大げさな!」と笑っていたが、数人朝食……というか酒を飲んでいるように見える先輩ハンター達も「ここは肉だけは美味いぞ!」「おばちゃんに食われるなよ!」と笑いに変えてくれたので、朝からおかしな雰囲気にはならずに済んだようだ。

 メイちゃんはメイちゃんでポッタ君に事情を説明してくれたらしく、ポッタ君も笑っているから一安心。


 って……そうだった。

 俺はここに肉を食いに来たんじゃない。

 鬼の支店長、じゃないギルドマスターにお呼ばれしていたことをすっかり忘れていた。

 メイちゃんにどうすればいいか聞くと

「ロキ君を呼んできてほしいって言われただけだから分からない!」

 そんな頼りない言葉が返ってきたので、とりあえず受付に座っているおねぇ……いや、お世辞にもお姉さんとは言えない推定40歳前後のお姉様に声をかける。

「すみません私ロキといいますが、こちらのギルドマスター様に呼ばれているとメイちゃんから知らせを受けまして。どうすればよろしいですか?」

「ジンク達3人を救出してくれた子よね? まだ小さいのに随分と丁寧な言葉遣いで……マスターにロキ君が来られたことを伝えてきますから、少しお待ちくださいね」

 そう言ってお姉さんは足早に階段を駆け上がっていく。


(とりあえず座って待つか……)


 ポッタ君の座っていたテーブルにメイちゃんと一緒に腰掛け、なんで俺が呼ばれたのか尋ねてみる。

 すると

「昨日の夜、ジンクが事情を説明してたよ! 剣を持ったゴブリンって言ったら騒いでたからそのことじゃないかなー?」

 ポッタ君も頷いているので、それならそういうことなのだろう。

 しかしなぁ……

 この世界に来て数日の俺に聞かれたって、「分かりません」としか言えないんだよね。

 まぁなるようになるか。

 この世界では初となるお偉いさんとの対応だ。

 そもそもなんでハンター登録すらしてない俺が?と思うところもあるけど、変に目を付けられても今後に差し支える。

 とりあえずはボロを出さないよう、気合を入れて臨んでいこう。



 少しして、先ほどのお姉様から声をかけられ、案内されながら2階の奥にある一室へと向かう。

「マスター入りますよ」

「あぁ、構わん」

 そうして通された部屋は豪勢とは無縁の、言うなれば仕事への快適性だけを求めたような空間だった。

 1階のカウンター奥にいた事務員さん達の机。

 それと似たような感じだが、引き出しの数だけは3倍に……というよりは机3個をコの字型に連結させただけのようにも見える。

 分厚い本が1冊は見えるも本棚は見当たらず、両側の机の上には大量に積み重なっている薄い木の板。

 インクと……羽根ペンっぽいものもあるので、依頼ボードと同じく、あれが紙の代わりというわけか。

 木の板は地面にも大量に積み重なっていて、明らかに収納スペースが足りていないことが分かる。

 酒などの嗜好品を置いているわけでもなく、現代のように観葉植物なんかが置かれているわけでもなく、存在感を示すのは部屋の手前に置かれた3人掛け程度のソファーくらい。

 それがテーブルを挟んで二脚置かれているだけとは、随分仕事にストイックなお方のようだ。

 正直社長室のような、自然と緊張の走る居心地の悪い空間を予想していたので、こちらの方が普段いた職場っぽくて落ち着いて話せそうだな。


 そして……テーブルの横に立つギルドマスターも勝手な想像とは大きく違う。

 筋骨隆々な強面マッチョが登場するかと思いきや、やや線の細い初老の男性が机の脇に立っていた。

 年齢は60歳くらいなのかな。現代とは歳の取り方も違うだろうけど、元が金髪だったであろう髪色はだいぶ白に侵食されており、髪色が黒なら丁度俺の親父くらいに見える。

 まぁ町の人やハンター、事務員さんなどを見る限り、明らかに日本人より目鼻立ちがはっきりしていて彫が深いので、まだまだ髪がフサフサなこの男性の方が遥かに親父よりイケメンだ。

(この町の人は肌が褐色気味だし、見た目的には中東あたりのイメージに近いな。でも髪色や瞳の色は個性に溢れ過ぎている気もする)

 そんなことを考えていたら、目の前の男性から声をかけられた。

「わざわざ呼び出して済まなかったな。私はベザートのハンターギルドでギルドマスターを務めているヤーゴフという」

 そういって左手を差し出してくるので、この世界にもこんな習わしが。

 というか、左手が常識なのかと思いながら俺も続く。

「とんでもないです。私はロキと申します」

 握手を交わし、横にあるソファーへどうぞと手で促されたのでそれぞれ座ると、いつの間にか先ほど案内してくれたお姉様が飲み物を用意してくれたようだ。

 んー匂いからすると紅茶かな?

 俺はコーヒーと緑茶派だったので紅茶はまったく分からないが、先ほど肉だけ食べていたから飲めるものならなんでも有難い。

 カップを手に取り、口を付けるとヤーゴフさんが話しかけてくる。

「念のための確認だが、私の言葉は理解できているかな? ジンク達は話せたようなので問題無いと思うが」

「えぇ、それは大丈夫です」

「それは良かった。ちなみにロキはこの国の出身ではないようだな」

 手元にあるカップから自然と顔がヤーゴフさんへ向き、その瞬間|マ《・》|ズ《・》|い《・》と感じた。

 顔は笑みを浮かべ、ギルドマスターという立場を利用した高圧的な雰囲気はまるでない。

 逆に13歳の子供である俺に対し、今までのやり取りはかなり丁寧だと感じるが……

 |こ《・》|の《・》|目《・》はマズい。直観的にだが嫌な予感がする。


 この目を見ると勤めていた会社の常務を思い出す。

 若手社員にとってはおじいちゃんのような存在で、いつも手土産片手にフラッと支店へ顔を出しては、お茶を飲みながらその場にいる社員と軽い世間話をして帰っていく。

「やぁ、頑張ってるかな?」と気軽な挨拶と共に登場するので、いつも「結局常務は何しに来たんだ?」と言われる謎の人だった。

 常にニコニコしていて重役という威厳などおくびにも出さず、逆に本社の部長あたりが視察に来た方が皆ピリピリする。

 ただ、常務はいつも目だけは笑っていなかった。目の奥が深いというか……見せている雰囲気と心の中の心情をバッサリ分けて隠しているような、そんな雰囲気が垣間見える人だった。

 目を合わせて初めて怖いと感じる人。

 それを今、目の前にいるヤーゴフさんからも感じる。

(元からこういう人と言われればそれまでだが……なんだ? 俺は何かを疑われている?)

 警戒するとそれはそれでバレそうだから、自然体のまま会話を続ける。

「確かにこの国の出身ではありませんが……?」

【異言語理解】は出身の国、つまり慣れ親しんだその言語を最低限理解している者であれば、スキルが無くても話すことは可能。
 
 これはポッタ君で判明済みだ。

 今の会話だけでは俺がこの国の出身としてでも会話が成立する……

 ならなぜこの国の出身じゃないと分かった?

 肌の色や見た目か?

「疑問を浮かべた顔をしているな……簡単な話だよ。口の動きを見た。私に伝わる言葉が、この国の言語と一致していなかったものでね」

「なるほど、そういう見分け方でしたか」

「しかも興味深いのは、私が知る言語のどれとも口の動きが一致していない。大半は理解しているつもりだったが……私もまだまだ勉強不足のようだな」

「……」

「あまり小難しい言葉は使わないように気を付けようと思っただけだから、そう固くはならないでくれ。それで今回来てもらった理由は二つあってな。まず一つ目がこれだ」

 そう言ってテーブルの引き出しから取り出したのは革袋。

 置いた時にジャラッという金属音が聞こえた。

 こ、これはまさか……

「この町の町長からで、少ないが3人を救出してくれた謝礼ということになる」

 やっぱり!!!

 予想外の臨時収入は有難い……これで服と靴を現地人仕様にすぐ替えられるかもしれない。

「喜んでもらえたようで何よりだ。今回は3人がハンターギルド所属員だからな。本来なら緊急依頼報酬としてギルド側で用意するべきなのだが……なんと救出した者がギルド員ではないときた。それで"住民救出として謝礼を払うか" "ギルド員救出として謝礼を払うか"で町長と揉めに揉めてな。まぁなんとか勝ち取ってきたというわけだ。ロキがまだギルド員でなくて助かったよ」

「なるほど……|ま《・》|だ《・》ということは、ジンク君達からその辺りの話も聞いていらっしゃるのですか?」

「あぁ大体はな。ロキはハンターになろうとしていると聞いたが、間違いだったか?」

「いえ、こう言ってはなんですが他にやれそうなこともありませんし……魔物を狩る仕事が一番自分に合っていると思っています」

「そうかそうか。ならついでにこの後にでも登録を済ませてくると良い。ロキのおかげでギルドの負担は回避できたんだ。登録と講習費用くらいはサービスするように伝えておこう」

「それはありがとうございます。……ん? 講習ですか?」

「ギルド員登録後にハンターギルドの概要……要は依頼や報酬、ギルドのルールなども含めたギルドの仕組みだな。それらについて説明する半日講習を義務付けているから参加するようにしてくれ。その受講が完了次第、依頼受注が可能になる」

「分かりました。それは毎日やっているのですか?」

「いや、新人が登録したらその都度だな。ここは王都や大都市と違って辺境の小さい町だから、そう新人登録者も多くはない。だから今日の昼過ぎからでも言ってくれれば講習は可能だ。まず個人講習になるから、何か質問があれば遠慮なく担当教員に質問してくれて構わんぞ。君は|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|に《・》|疎《・》|い《・》と聞いているしプラスになるだろう」

「……それは、凄く助かりますね」

「こちらとしても人員が増えることは喜ばしい話だからな。これからも宜しく頼むよ」

「えぇ……ただいつまでこの町にいるかは僕自身もまだ分かりません。その点だけはご理解ください」

「拠点を移す可能性もある……ということだな。その辺は残念だがしょうがないだろう。ハンターとは自由が最大のメリットだからな。幸いハンターギルドは国を跨ぐ独立した組織だ。他国でもここでの登録内容は生きるから安心してくれていい」

(悪い人ではなさそうだが……どうも俺を異世界人と断定づけている節があるような。それとも言葉のあやで俺が誘導されるのを待っているのか?)

 そんなやり取りの流れを確認していると、ヤーゴフさんから続けて二つ目。

 予想通り剣持ちゴブリンについての話を振られる。

「ジンク達3人を追いかける剣を持ったゴブリン。これをロキが倒し、その剣を今はジンクが持っている。この内容で間違いはないか?」

「はい、間違いありません。より正確に言えば、剣持ちのゴブリン1体と素手のゴブリン2体に追いかけられていて、僕が剣持ちと素手の1体、計2体を倒しています」

「そうか……約10日ほど前に、この町のハンター2名が行方不明になっている」

「えっ?」

「その2名は普段からパルメラ大森林……例の森だな。そこで薬草採取と狩りを生業にしていた。そのうちの1名は出発前に、中古ではあるが剣を新調していたことも確認が取れている」

「……」

「その2名を森の中で見てはいないか?」

「その2名かは分かりません。ただ……|人《・》|の《・》|腕《・》|で《・》|あ《・》|ろ《・》|う《・》|モ《・》|ノ《・》は見ました」

「ふむ。ということは緊急探索依頼を出していたが、もう生存の期待は薄いか……森からどのくらい入ったところか分かるか?」

「詳しくは分かりませんけど、3日4日くらいは中に入ったところだと思います」

「なるほど。ということは仮に遺体が残っていてもまず回収は不可能だろうな」

「そうですね。僕が見たのは腕だけですが、ゴブリンに食べられているところを目撃したので、もう……」

 こんな話になるなら、せめて埋めておけば良かったかと少し悔いが残る。生き残るためにあの場所から離れることを優先したのは間違っていないと思っているが……

 親族にとっては遺体の一部であっても回収したい気持ちが強いのだろう。

 そう思っていたが―――


「ところで話は変わるが、なぜロキは4日も奥深くに入った森の中にいた?」


「…………」

「百歩譲ってハンターだというのならまだ分かる。まずそこまで入り込むやつはいないが、それでも森での活動が仕事の一つだからな。だがロキは|ま《・》|だ《・》ハンターではないだろう?」


 ―――マズった気がする。

 これは……都合の良い言い訳が思い浮かばない。

 修行していたと言い張るか?

 いや、ジンク君達から話を聞いているなら、俺が野営用の道具など持っていなかったことも分かっているだろう。

 そもそも昨日からこのスーツ姿のままだ。こんな歩きにくい姿で森の修行なんて、常識的に考えてもまずそんなやつはいない。

 しょうがない……開き直るか。

「森の奥にいた理由は目的があったからです。その目的は個人的なことになるので伏せさせてもらいます。ただ、もしかしたら懸念されているかもしれない『私が2名を殺害した可能性』については否定しますよ。動機もメリットもありませんから」

「……済まないな。ほぼほぼ無い可能性ではあるのだが、人が死ぬと簡単に結論を出せば怒り出す連中がいるものでね」

「特に遺族の方はそうでしょうからね。そうだ。せめてあの剣を遺族の方に渡してあげたらどうですか? 最後の所持品だと思いますし」

「あぁ、それについては心配ない。その2名は夫婦だったが子供はいないのでな。遺族はいないから君達の正当な戦利品として好きにしてもらって構わない」

「そ、そうですか……」


(……は? さっきの遺体回収云々はなんだったの!? まさか同情心煽られて釣られたか? でも回収できるならしたいのは本当っぽいし……う……うぐぐぐ……だからこの目は苦手なんだよ!)


「よし、話は終わりだ。もし今日の昼過ぎからでも講習を受けるなら早めに伝えてくれ。まだ時間はあるからゆっくり昼飯でも食えるだろう? 随分腹を空かせていたみたいだしな」

 最後にニヤリと笑うギルドマスターを後目に、俺は一礼して部屋を出る。

 ふぅ……

 肺から自然と空気が漏れ出てしまった。

 この世界は良い人ばっかりと思ったけど訂正だな。

 当たり前だけど厄介そうな人もいる。

 それがよりもよって、今後お世話になるハンターギルドのマスターだった。17話 異世界の装備屋

 やや疲れた顔でハンターギルドの1階へ降りていくと、そこにはジンク君もおり3人が揃っていた。

「やぁ、ジンク君も俺を探してくれてたんだって?」

「そうだぞ! どこに泊っているのかと思ったら……まさか木の上で寝ているなんて思ってもみなかった!」

「そうだよねぇ。俺もまさか町の中なのにまた木の上で寝るなんて……でも今日からは大丈夫だよ!」

 じゃじゃーん!と、ギルドマスターから貰った革袋を見せる。

「「「おぉぉおおおおっ!!」」」

 おっ、ポッタ君もこの革袋は分かるようだね。ぐふふふふ。

 とりあえず3人が座っているところに俺も座り、テーブルの上に革袋をドン!

「早速中身を確認してみようと思います! ポッタ君の串肉もすぐ買うから待っててね」

「これなんで貰ったの?」

「なんかメイちゃん達を救出したお礼って、町長が用意してくれたらしいよ」

「おぉーギルドの緊急依頼だと、たしか一人生還で10万ビーケが多いよね?」

「そうだな……だが……いや、なんでもない」

 なんだかジンク君の発言が不穏だけど、俺にはよく分からないことだから気にしてもしょうがない。

 とりあえず革袋を逆さにしてみると、金色の硬貨が何枚も落ちてくる。


 ジャラジャラジャラ……


「えーと……全部で15枚か。これ1枚っていくらになるの?」

「1枚10000ビーケだな」

「ということは15万ビーケか……それでも凄いな!」

「えーでもギルドの緊急依頼だったらもっと貰えたのにね!」

「バカ! もしそんな依頼が貼り出されたら、俺達生還したとしても処罰食らうんだぞ!」

「え? そんなのあるの?」

 予想外の|処《・》|罰《・》という言葉に、思わず俺が口をはさんでしまった。

「あぁ。受けた依頼の予定を大幅に超えても戻らないとなると、ギルドで緊急の探索とか救出依頼がかけられる。それで見つかったら見つかったで、生還したハンターは|迷《・》|惑《・》|を《・》|か《・》|け《・》|た《・》|罰《・》|金《・》としてその後の報酬から天引きされていくんだ」

「なるほど……今回はどうなるの?」

「緊急依頼前だから処罰は大丈夫だな。さすがに緊急依頼が出されるにしては早過ぎる。その代わりに町長からギルドよりは少ないけど謝礼が出たんだと思うぞ」


 うーん。

 ここら辺もヤーゴフさんの説明と食い違うが……

 ヤーゴフさんはどうも怪しいというか、やり手の営業マンみたいな雰囲気があるからな。

 悪人ではないんだろうけど、恩や感情で揺さ振りながら本音を引っ張り出して、そこから何かしようとする雰囲気があるから、今後も油断ならない相手と思って警戒しておくしかないだろう。

 たぶん俺じゃあの人に口で勝てないし。

「まぁ貰えるものは貰えたしいいじゃないか! みんなも罰はないみたいだしさ! とりあえず串肉奢るよ串肉!」

「やったー! 私1本ー!」

「いいのか? 助けてもらっておいてまたここで……でも1本だけ!」

「ポッタ君は無条件で2本ね。さっきお肉貰っちゃったし。というわけでおばちゃん串肉5本くださーい!」

「早速恩返しかい。早いねぇ~あいよ!」

 見たら1本300ビーケだしね。

 そのくらいで喜んでもらえるなら安いもんさ。

 この後ちょっと付き合ってもらいたいしね……ふふ。

「あっ! そうだそうだ! 昨日の素材分のお金渡しておくよ。えーと……いくら渡せばいいんだ?」

「ん? 結局いくらになったの?」

「全部で22000ビーケだったぞ」

「んじゃ一人5500ビーケだね」

「「はやっ!!」」

 あぁ、まだ10歳とか12歳だもんなぁ……

 スキルに【算術】があったはずだけど、学校に行っている様子が無いというか、そもそも学校が無さそうだから、これはもうしょうがないことなんだろう。

 いつもどうやって分けていたのか聞いたら、同じ色、サイズの硬貨を3人がそれぞれ1枚ずつ取っていって、2枚以下になったら今日はジンク君、明日はメイちゃんという感じで分けていたらしい。

 ある意味斬新な分配方式だ。

 一緒に行動するかは別として、俺がいる時くらいは助けてあげよう。

「そうそう、皆はこれから予定あるの?」

「剣を売りに行こうかと思って待ってたんだよー!」

「そうだったんだそりゃ悪いことしたね。それじゃ串肉食べながらちょっと待ってて! ハンター登録と講習のお願いしてくるからさ」

 言いながら一人カウンターへと向かう俺。

 誰でもいいわけだが、なぜか先ほど案内してくれた推定40歳前後、お姉様の視線が熱い。

 チラリと見ると微笑みながらガン見してくるわけで、13歳相手にその視線はマズいような気がする。

(はぁ……こっち来いってことか……)

 トボトボとそのカウンターに向かうと満面のお姉様。

「ハンターの登録と講習予約よね?」と、事情を察してくれているようなので、その点は俺も楽である。

 そして1枚の木板を渡されながら「文字は書ける?」と聞かれたので、一応「たぶん大丈夫です」と答えておく。

 これが羽根ペンか……万年筆は使ったことがあるけど羽根ペンはさすがに初めてだ。

 名前は……ここで|ロ《・》|キ《・》って書いたらもう止まれないだろうな……

 でもギルドマスターにまでロキって覚えられちゃったし、えーい、ままよ!!

 こうして名前『ロキ』、年齢『13歳』、種族『人間』、特技『無し』と書いて提出。

 ちなみに文字は頭で書きたい言葉を想像すると手が自然と動くが、ミミズみたいな文字で自分でも何を書いているのかよく分からなかった。いや、それでも読めるのが不思議なんだけどね。

 あと羽根ペン、激しく使いにくい。


 そんなこんなで登録と講習予約が完了。

 細めの鎖が通された『ギルドカード』を受け取った。

 特に材質はおかしなものではなく、カード自体は名刺に近いサイズの薄い鉄板。

 そこに1文字ずつ打刻したのか、クレジットカードのように文字が判別できる仕組みになっている。

『G』という文字だけが一際大きくてかなり目立つな……

 ちなみに魔法的な要素は何もないようで、失くすと再発行手数料が普通にかかるらしい。

 大半は首にかけておくそうだが、金属アレルギーの人は大変だろう。


 さて、時間は現在10時過ぎ。

 講習は昼過ぎと言っていたのでまだ時間がある。

 となれば、早いとこ剣を売ってお買い物タイムだ!!

 ジンク君達に終わったことを伝えてゾロゾロとギルドを出る一行。

 どこに売りに行くんだと聞けば、通りを挟んで目の前にある武器屋で売るらしい。

 めちゃ近っ……

 ちなみにこの町の武器屋はここだけで防具も兼用なので、ベザートのハンターご用達は言うまでもないこと。

 どうも一軒だけでライバルがいないとか、ボッタくられそうな気がプンプンするけど……そこはマズそうだったらヘルプに入ればいいだろう。


 僅か5秒で到着し、俺は心をウキウキさせながら店内の品を物色。

 その間にここでナイフを買っているジンク君が、地球ではまず見られないネイビーカラーの髪色をした、やや不愛想で大柄のおじさん店主と交渉に当たる。

 ふーむ……入口の脇に置いてある、樽に無造作にぶっ刺さった剣や槍が中古品なのかな……

 樽に5万ビーケ、10万ビーケと書かれているので、一律価格のワゴンセールみたいなものなんだろう。

 値段は魅力的だが――……そもそも大人用の長い装備しかないんだよなぁ。

 そして奥のカウンター近くになるとさすがに高い品物も目立つようになり、鉄とは違う素材に見える鎧や光沢の強い青みがかった剣、宝石が埋め込まれた杖など、ちょっとワクワクする装備が色々展示されている。

 お値段を見ると……そうかそうか。

 1200万ビーケとか書かれているので、俺には無縁過ぎる装備であることがはっきり認識できた。

 どうやら30年は早いらしい。

 小さい町の武器屋でこの値段って、それこそ王都などの大都市ではどれほど高価な武器が売っているのか、冷かし程度に1度は見学したいものである。


 しかしなぁ……

 いつまでもマイナスドライバーというわけにもいかないし、ナイフよりはもっと長く、1メートルを超えるような長剣まではいかない。

 70~80cmくらいの剣は早急に欲しいところ。

 そんなことを思いながらも店内をウロウロしていると、壁に掛けられたそれっぽい武器を発見する。


『ショートソード パイサー 付与:魔力上昇 価格:55万ビーケ』


 パイサーというのは武器の名前なのか、作った人の名前なのか。

 よく分からないが、他の棚に飾られている武器はどれも100万以上が当たり前の世界なので、最初に手を出す武器としては結構お買い得な方なのかもしれない。

 そして付与か。

 スキルに確か【付与】があったはずなので、そのスキルも併用して作った武器なのだろう。

 そんな考えごとをしていると、どうやらジンク君の交渉が終わったようだ。

「ロキ! この剣50000ビーケだってさ! 売っていいか?」

「そうなんだ。ちなみに4人で割ると1人分は?」

「分からない!」

「だよねぇ……ということで店主さん。僕たち4人でこの剣の代金割りたいんで、理想を言えば80000ビーケなんですけど、もうちょっとなんとかなりません?」

「そうは言っても、うちも商売だからな。赤字になるような買取はできねぇよ」

「それはもちろん。ただこの剣、そこの樽で売られますよね? 50000で買って50000で売るなんてことは店主さんが否定している以上あり得ませんから、10万の樽で売るわけでしょう?」

「あぁ……だからなんだ?」

「ということは倍で売れる算段立てているわけじゃないですか。赤字とはまだまだ無縁ですし、置いて腐るものでもない。それならもうちょっと頑張ってもらえません? 納得できれば置いていきますから。今後ろにいる身体の大きいポッタ君に持たせるべきか、金額次第で悩んでいるところなんです」

「んぐっ……それじゃ60000だ! もうこれ以上は無理だぞ!」

「ちなみにこの剣、10日ほど前にここで売られていますよね?」

「……なんでそれを?」

「ハンターギルド絡みでして。しかも門番さんは中古にしては中々状態が良い剣だと唸っていました。樽に刺さっている剣よりも良さそうな気がしますね。以前の持ち主さんも状態が良くて樽の中からこの剣を選んだんでしょうから……」

「……」

「置いておけばどうせまたすぐ売れるんでしょうし、店主さんにとっても良い買い戻しになると思いますよ? なので72000ビーケ。これなら即決したいと思うんですけどどうでしょう? 店主さんはすぐに28000ビーケ儲かる計算です」

「72000だと4等分は――「18000なので大丈夫です」――もういい分かった……」

「「「…………」」」

「あ、店主さん、頑張ってくれたお礼に、今度解体にも使えるナイフ買いに来ますから! 安くしてくださいね!」

「あぁ……その時はほどほどにしてくれ……」




 ゾロゾロと武器屋を出る一行の中、笑顔なのは俺だけだった。

 籠の分配金を考えると、1日分の収入が増えるくらいには交渉したんだけどなぁ……

 3人はいまいち理解ができていないっぽい。

「とりあえずこれ、一人18000ビーケね。最初より5500ビーケ増えてるから、1日休んでも問題無いんじゃない?」

「ロキってなんだかよく分からないけど凄いんだな!」

「商人? 実は凄い商人でしょ!!」

「違うわ! 新人ハンターロキでございます!」

「あの剣拾って一人18000ビーケか……拾いに戻って本当に良かった……」

「というわけでさ。ちょっとお金が増えた分、皆にお願いがあるんだけど良いかな?」

「ん、なになにー?」

「お勧めの宿があれば教えてほしいのと、とりあえず服と靴を急ぎで買いたいんだよね! 俺でも買えるようなお店って分かるかな?」

「お勧めというか、普通に泊まるなら『ビリーコーン』だよね? 他は汚いし!」

「服と靴は町長からの金も足したら余裕で買えるぞ。そこら辺の人達が身に着けているようなものでいいんだろ?」

「そうそう! そんな感じの、ふっつーーーーーなやつが良いんだよね!」

「それなら商店通りにいくつかあるから見に行こうぜ。俺もなんか買うかなー? ポッタも買う?」

「買うっ!!」

「「「「それじゃみんなで行こー!」」」」



 いつかは別れる一時的なものかもしれない。それでも、今は……

 最後尾で呟いた俺の言葉は、三人に聞こえることもなく掻き消えていった。18話 疑惑

「お疲れ様です。彼はどうでした?」

「さぁな……繋がりそうだが繋がらない。そんなところだ」

「マスターがそのような反応とは珍しいですね」

「ふん。登録は終わらせていったか? 終わっているなら見せてくれ」

「登録内容はー……こちらですね」

「長命種とのハーフも考えたが、申告は|人《・》|間《・》か……ありえんな。あれで本当に13歳ならあの4人と同じ類だ」

「……は? ふざけたスキルでも見せられたんですか?」

「いや違う、断定できないがそうじゃない。だから繋がらないんだが……」

「あのーマスター……さっぱり分からないんですけど?」

 ジロリと睨みながらも椅子に深く腰掛け、額に拳を当てながら深い息を吐くマスター。

 もうこうなってはダメだろう。思考の海で潜水中だ。

 決して"そこは僕の椅子なんです"と言える状況ではない。

「ペイロ。6年ほど前に森から回収された遺留物は覚えているか?」

「あ、お早いお帰りで……確か『靴と判別できるもの』と『用途不明のガラス材が付着した謎の板』、『精巧な作りをした時計と思われる物』でしたか」

「あぁ……その時計と思われる物をあいつは腕につけていた。服で隠していたようだが形状はかなり似ている。しかも……あれは見間違いじゃなければ動いているはずだ」

「……へっ? ちょちょ……国級秘匿事項のアーティファクトと呼ばれる物を彼が……? おまけに動いているなんていったら国は大騒ぎじゃないですか!」

「だろうな。その流れでアーティファクトに最も近い町としてベザートが大きく発展する可能性もある。国から大掛かりな探索部隊が派遣され、報酬に釣られたハンターも大量に押し寄せるだろう」

「やっと寂(さび)れた辺境の町が生まれ変わりますか……6年間進展がまったく無かっただけに感慨深いものがありますね」

「だが油断はできん。ロキは目的があると言ったが、それが何なのか……あいつがわざわざ|創《・》|作《・》|物《・》|で《・》|あ《・》|る《・》|魔《・》|王《・》を名乗っていることにも意味があるのか?」

「うーん、先ほどギルドを出る彼を見ましたが、衣装にしても所持している鞄にしても、不思議な物を身に着けてはおりましたね。直接は聞かれなかったんですか?」

「まさか。核心を突いて万が一逆鱗にでも触れたらどうする? 確認すらされていないような、未知のスキルを発動されたらお前は生き残れる自信でもあるのか?」

「……あの4人と同類の可能性があるなら止めましょう。最悪は町そのものが消し飛ぶ恐れもあります!」

 軽率な発言をした自分を恥じた。

 あの有名な4人のうち1人は戦闘を得意とするタイプとは思えないが……

 少なくとも他の3人は一つの軍隊を軽く捻れる程度。

 下手をすれば小国くらい潰せるほどのスキル所持者であることは、それなりの権力と情報を有する者なら皆知っている。

 ベザートなんて一刻もあれば消滅する可能性だってある。敵に回して良いことなど一つもない。

 しかし先ほど見た、肉の欠片一つで泣きじゃくっている彼の姿を見ていると、とてもそのような大それたことをやる人間には見えないのも事実……

「……ペイロ、おまえがロキの講習をやれ」

「……えっ?」

「俺と違って現場経験のあるおまえが適任だろう。どんな質問が飛び出ても答えられるものは全て答えてやれ」

「……」

「手間だと思うなよ? あいつは俺と同じタイプだ。まずそういう感情にはすぐ気付く。だから可能な限り疑問を引っ張り出せ。そしてどんな質問があったか、全て俺に報告しろ」

「マスターと同じ……おまけに複数の天級スキル持ちの可能性……いやいやいや! 怖いんですけどぉおおおおおお!!!」

「聞かれる内容から目的が絞れる可能性もある。大丈夫だ、普通に笑って気前良く答えていれば問題無い。余計なことを考えるな」

「そ、そんなぁ……」

 先ほど昼時を示す教会の鐘が鳴った。

 そろそろ問題の少年が戻ってきてもおかしくないだろう。

 いつからこんな重荷を?

 分かりきっている。

 あの森からアーティファクトと呼ばれる謎の物が回収されたからだ。

 それをハンターから受け取った受付のアマンダと遺留品管理担当の俺は、ズルズルと国とマスターの思惑に巻き込まれてしまっている。

 素材すら不明なあれはいったいなんなのか? 確かに興味は尽きないが……

 それでも出世欲と身の危険を天秤にかければ釣り合いが取れていると思えず、どうにも踏ん切りがつかない。


「まったくペイロは男らしくないわね、なんなら私が代わりましょうか?」

「アマンダか。せめてノックくらいしろ」

「せっかく紅茶をお持ちしたのに……事情通を蔑ろにすると後が怖いわよ?」

「……どうせ【聞き耳】スキルで内容は聞いていたんだろう? やれるのか?」

「少なくとも私は彼の担当という印象を与えているわ。ちょっと私情を挟んではいるけど……警戒はされていないはずよ?」

「私情って……アマンダさんまた色目使ってるの?」

「いいじゃないッ! この辺にはいない小動物のような可愛らしい顔立ち……ペイロと違って将来が楽しみだわ!」

「……少なくともアーティファクトに関わることで私情を挟むなよ。それであれば許可する」

「当然上手く聞き出せたら特別ボーナスもあるのよね?」

「……内容によるが検討しておこう」

 さ、さすが受付の長アマンダさんだ……肝が据わっていやがる。

 だがこれで俺が、直接|転《・》|生《・》|者《・》から睨まれることはない。

 俺はやはり生きることが一番、出世はそのついでのおまけ程度で良い。

 そうアマンダに感謝しつつ、空かない自分の椅子を見つめるペイロであった。
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作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
楽しくなってきたと思って頂いた方は、広告下の【☆☆☆☆☆】から率直な評価を頂ければ幸いです。
少なくとも今後半年くらいは連日投稿していくと思いますので、ブックマークしつつ毎日ロールプレイングを楽しんでいってください。19話 ギルド講習

 ジンク君に「昼過ぎならそろそろギルドに行った方がいいぞ」と言われ、俺は3人と別れてハンターギルドへ向かう。

 どうやら「ご~ん、ご~ん」という教会が鳴らす鐘の音で判断しているようで、朝、昼、夕と1日3回鳴るソレは、住民がご飯を食べるなり出かける準備をするなりの行動目安にしているらしい。

「時間を計る機械はあるの?」と尋ねたら、あるらしいことは知っているが、そんなもの王宮とか一部の金持ちくらいしか持っていないだろうとのこと。

 それを聞いて、なるほどね~と思いながらソッと腕時計を外して革袋へ入れておく。

 明らかに時代にそぐわない物を身に着けていると目立つし、何より今の俺は現地人仕様の格好だ。

 着替える前のダボダボの袖丈なら上着に隠れて目立たなかっただろうが、今は普通に歩いていても手首がしっかり見えてしまっている。

 服はワンピースのような、ダボっとしたチュニックに緩めのズボンを履き、腰回りを皮紐でキュッと絞めれば庶民ファッションの出来上がり。

 正確には庶民でも所得の低い人が着る服らしいけど、どうせあと1~2年も経てば背が伸びることは分かっているし、何より金が無いんだから気にしている場合でもない。

 わざわざ新品を買う必要性すら感じないので、古着屋で2セット3000ビーケの安物をお買い上げ。これで1年もてば十分だろう。

 ただ靴は予算を抑えるとサンダルしか買えないようだったので、しょうがなく40000ビーケもするショートブーツを購入した。

 ハンターは歩いてナンボの仕事だろうし、中途半端な物を買って怪我や死亡の原因になるくらいなら必要経費と思って割り切るしかない。

 その他下着などの細々とした日用品も購入し、俺の残金は約12万ビーケ。

 まだナイフなど買うべき物はあると思うが、これをスッカラカンにするか増やしていけるかは、今後の俺の頑張り次第というわけだ。


 ちなみに今まで着ていた服や鞄は、メイちゃんお勧めの宿『ビリーコーン』で部屋を取って全部置いてきた。

 この世界の民度はよく分からないものの……部屋に鍵が付いているんだし、さすがに盗難は大丈夫だと信じなければ何も行動に移せない。

 1泊素泊まり3000ビーケ、夕食1200ビーケ、朝食500ビーケ、桶一杯のお湯が200ビーケでタオルは1枚サービス。

 つまり昼食を考えなければ1日約5000ビーケほどで過ごせる計算になるので、1日の稼ぎがこれよりどれだけ上乗せ出来るかが勝負だ。

 1日20000ビーケほどの稼ぎくらいは叩き出せないと、武器や防具も上を狙えず休みも満足に取れないという……現代人バリの底辺社畜生活になってしまう。

 そんな損益分岐ラインをザックリ計算していたらハンターギルドに到着。

 町が小さいというのは移動が楽ということなので、ろくに金もない俺にとっては逆に有難い。


 中へ入り決まり事のようにお姉様のところへ向かうと、なんと講師はお姉様が担当されるとのこと。

 受付の人がやるという驚きに思わず「えっ?」という声が漏れてしまったら、こう見えても一番の古株スタッフで、特にベザート周辺のハンター事情は一番分かっているから任せなさいと言い切られてしまう。

 確かに外見判断で言えばそうだろうとは思いつつも、そんなこと口に出そうものならうっかり殴られてしまいそうなので、「詳しい人が講師でありがたいです」と満面の笑みでしっかりお返しする。

 まぁほぼ担当受付嬢と化しているので、俺としてもギルドマスターとかが出てくるよりは色々と質問しやすいし問題無しだ。

 講習は1階の奥にある個室でやるらしく、お姉様に誘導されて後に付いていくとどうも良い香りが……

 あれ? さっき香水なんてしてたっけ? と思いつつ、1階の奥にいくつかあるうちの一室へ案内される。

 テーブルを挟んでソファ1脚に椅子1脚だけある小さな部屋。

 講習用の部屋というより、依頼者への受付相談なんかをするのが本来の目的のような作りだ。

 元から大人数での講習を想定していないこの町のギルドは、講習もこのようなところで問題無いのだろう。

 そしてお姉様から改めて挨拶をされる。

「ふふ、今更だけど私はベザートのハンターギルドで受付の長を任されているアマンダです。これでもギルドでは3番目に偉いのよ?」

「改めまして、ロキです。宜しくお願いします」

「それにしてもガラッと服装が変わったわね? やっぱりあの……なんていうか、奇抜な服は動きにくかったの?」

「ははは……それもありますし、地味に高いんで大事にしたかったんですよ」

「なるほどね~でも似合ってるわよ。あとはもうちょっと質の良いものに替えていければ言うことなしね」

「えぇ。そのためにも今日はお金の稼ぎ方を勉強させてもらいます」

「ロキ君はこの国の言語を使っていないと聞いているから噛み砕いて講習する予定だけど、分からないことがあれば説明途中でもどんどん質問してくれて構わないからね」

「ありがとうございます」

 普通に挨拶をしたものの驚いた……恐らくベザートの町では一番に大きそうな建物であるハンターギルド。

 それなりの人数が働いているにもかかわらずその3番手か。

 しかも何食わぬ顔して受付にいるとは、この世界の役職選定とは分からないものである。

 まぁよく考えればハンターと一番に接し、情報を収集できるのは受付嬢だ。

 ハンターの、それこそ現場の生の声を聞いて運営に活かすという意味では有効な手なのだろう。

 ただアマンダさんのところより、横のカウンターで受付している若い子のところにハンターがわざわざ並んでいたのは気のせいだろうか?

 そんな中で半日講習が始まってゆく。

「この講習の目的は、ハンターギルドとはどういうものなのか、報酬とルールについての説明が主になります。ただ覚えることも多いからいきなり全部覚えろとは言わないわ。1階にある資料室にはハンターギルドの概要を纏めた本があるから、確認したい場合はそちらを利用してもらっても構わないし、後日私に確認してもらっても構いません。ただし本はかなり貴重なので、その場で読むことだけが許可されています。もし本を破損させてしまうと、弁償できなくて借金奴隷になってしまった人も過去にはいるみたいだから、扱いには十分注意してね」

 おぉ、本が貴重なのはなんとなく予想もできたが、奴隷か。

 借金や損害を弁済できない場合は借金奴隷と……把握把握。

「まずハンターギルドについては、『困っている者を助ける』というのが基本の考え方です。そこに国も種族も関係無い。だからこそ、国とはまったく別の独立した組織として大陸全土で運営がおこなわれています。
 魔物が増えればそこに住む人達は困るでしょう? だから領主や国、時には村単位でお金を出し合ってハンターギルドへ依頼をする。そしてその一部が討伐したハンターへの報酬となります。
 これが討伐報酬、もしくは常時討伐報酬と呼ばれるものね。前者は緊急性を要する代わりに報酬が高く、後者はいつでも受け付けているものと思ってもらえれば問題ないわ。あとで依頼ボードを見てもらえればすぐに分かると思います。
 そしてハンターの報酬はそれだけではなく、魔石や素材、食料となる魔物もいるから、討伐とは別にお金に換えられる素材があればそれも収入になります。1階に併設されている解体場に持ち込んでくれればギルドでも大半は買取が可能よ。
 なので危険が伴う一方、身一つで大きな財産を得られる可能性もある仕事がハンターだと思ってください。
 ただ困っているのは何も村や町単位といった大掛かりなものだけではありません。例えばご飯屋さんが動物の食材を切らして困っている。だから困っているご飯屋さんから依頼があって食材となる動物を狩って卸す。
 これも困っている者を助ける依頼だし、伐採した木を町まで運ぶ人手が足りないから代わりに運んであげる。これも立派な依頼です。
 魔物を倒すだけがハンターの仕事ではないということは理解してくださいね」

「なるほど。どの依頼を選ぶかという選択権は当然ハンターにあるわけですよね?」

「それはもちろんよ。できればランクが低いうちはお金よりも安全を優先してほしいけど……魔物討伐というリスクを取って実入りを増やすか、魔物討伐以外の依頼を受けて堅実に生きるか。ここは人それぞれだわ。ただし無謀なことはさせないように、ハンターにはそれぞれランクを設けて依頼に制限をかけているから注意してね」

「FランクやEランクという表記がそれですか」

「その通りよ。ランクは下から「G」「F」「E」「D」「C」「B」「A」「S」と8段階に分かれていて、実績と実力が認められれば上がっていくわ。そして依頼は基本的に同ランクかそれより下のランクしか受け付けない。つまりFランクハンターなら「F」と「G」の依頼を受けられるということになります」

「えっ!? そうなると僕はGランクの依頼のみ……Fランクのホーンラビット討伐は受けられないということですか?」

 先ほどチラリと確認した依頼ボード。

 そこにはホーンラビットの常時討伐依頼が『F』ランクと書かれていたような気がする……

「無茶な依頼を受けて死なれても困るから、基本的には……ね。特例としてギルドマスターが許可すれば一つ上のランク依頼を受注可能になるわ。拠点ギルドであればワンランク上の全依頼が、拠点外ギルドの依頼であれば1件ごとに申請が必要になるけどね」

「となると、ベザートであればギルドマスター……ヤーゴフさんが許可してくれればFランク依頼を受けれるというわけですか。許可してくれないと困るなぁ……」

「ロキ君なら剣持ちゴブリンの討伐、おまけに救助にも成功しているんだから今の時点でまず許可が下りるわよ。ただ拠点外ではそういった個人の実績が見えにくい。だから1件単位の申請が必要だし許可も下りにくいと思った方がいいわね」

「分かりました。納得はできますので大丈夫です。ちなみにランクの昇格条件は?」

「それは残念だけど非公表なの。ただ単純な話で、有用な人材を眠らすのはギルドにとっても損失だから、上げてもこの子は問題無いと思えば上がります。逆に上げたら死んじゃうと思えば、いくら実績を積んでいてもランクは上げられないわ」

「てっきり何件達成できたら昇格とか基準があると思ってましたが……なるほど、死なせないことを一番に考えているわけですか」

「当然よ。いくらFランク依頼100件を卒なくこなせたところで、Eランクの魔物討伐には力が足りていないとなればその子は遠からず死んじゃうもの。ギルドにとってハンターは財産、無駄死にさせるわけにはいかないからね」

「分かりました」

「ちなみにBランクを含む以降の昇格には実技試験が、Sランクへの昇格はさらに本部グランドマスターとの面談が必要になります。そこまで昇りつめる気概を持っているなら覚えておくといいわね」


 その後も罰則規定、期限付き依頼の失敗ペナルティ、護衛依頼時のルールなど、こりゃ確かに全部覚えるのは難しいよっていうくらいの細かい内容を説明される。

 本当なら社会人マナーとしてノートにペンを走らせたいところだが、ここでやるわけにもいかないのでひたすら聞いて頭に叩き込むのみ。

 メイちゃんなんてほとんど右から左っぽいし、ポッタ君は正直何も覚えていないんじゃないかと思えるくらいの情報量だ。

 そして一通りアマンダさんが説明し終わったところで、「何か気になる点はある?」と聞かれたので質問タイム発動。

 どんどん分からないところは聞いちゃうよ!

「色々と確認させていただきたいのですが、まずランク以上の魔物を倒してはダメ、ということではないですよね?」

「もちろん。ただ依頼は受けられないから討伐報酬は無いと思ってくれれば良いわ」

「それは先ほど説明されていた|常《・》|時《・》|討《・》|伐《・》|依《・》|頼《・》でも?」

「うーん、君も嫌らしいところを突いてくるわね……好んでやってほしくはないけど、常時討伐依頼の場合は一応認めています。場所によっては魔物のランクが混在する地域もあるから、上位ランク魔物との戦闘を回避できない場合もあります。ただ常時は緊急性が無いからそこまでお金にならないわよ? わざわざ上位ランクの魔物を狙うメリットは薄いと思うけど」

「もちろん今すぐやりたいということではありません。ただランクが上がらず、自分にとっては弱過ぎると感じる場所で魔物討伐を続けなければいけないと考えるとちょっと……と思いまして」

「なるほどね……強くなる自信があると。ギルドも支部単位でなら討伐内容や1日の結果など、個人の戦績データを収集、把握しているわ。まずそうなる前にランクは上がると思うけど……もしその時のランクに不満を感じるようなら私に言いなさい。ランクを上げる約束はできないけど、検討はするようにマスターへ伝えてあげるから」

「ありがとうございます。それとベザートの町周辺ではどのような魔物がいるのでしょう? 生息地域を教えていただけるとありがたいのですが」

「ロキ君のランクであればまず 《パルメラ大森林》でしょうけど、正直あそこはあまり人気が無くてね。そうなるとFランク上位狩場である 《ロッカー平原》か、Eランク以降になって手の届く 《ルルブの森》が主要狩場になるわね」

「そういえばジンク君達も同じことを言ってた気がします。そんなに人気無いんですか?」

「えぇ、あそこはあまりにも広過ぎる森……ということになっているから、平原に面している|第《・》|一《・》|層《・》でも物凄い広さなのよ。それこそ第二層に到着するのに60日かかったという記録もあるほど。そして層毎に魔物の強さがはっきり分かれていて、同じ層には同ランク帯の魔物しか生息していないことが第三層までなら確認されているわ。だから魔物にとっても捕食されるような敵が存在しないからか、敵が群れを成すということをほとんどしないの。もちろん第一層でもゴブリンの巣があることは数件確認されているけど、広過ぎる森だから安定して狩れるハンターにとっては魔物を探すのが面倒で効率が悪いという判断になってしまう。そして新人達にとっては……これはベザートの町だから言えることだけど、フーリーモールという魔物がいるのは知っているかしら?」

「えぇ。何匹か倒していますね」

「そのフーリーモールが新人にとっては壁になるのよね。採取目的でウロウロしちゃうと気付かずに……ということがあるから、低位の狩場と呼べる場所なのに怪我や死亡率がどうしても高いのよ」

 そういうことか。これでやっと合点がいった。

 なぜ俺の飛ばされた先が平原も見当たらない森の中だったのか。敵の強さにそこまでの差が無く、かつ単独行動をしている魔物ばかりだったのか。そして逆方向へ進んでいたら俺はどうなっていたのか……考えただけでも恐ろしい。

 しかし第一層? 第二層? なんだか物凄く気になるんですけど?

「えーと、また気になることが出てきちゃいまして……広過ぎる森ということになっている、というのはどういうことでしょう? 未確認地域があるということですか? それに別の町だと第一層でも魔物の構成が変わるということですかね?」

「パルメラ大森林は未だに謎が多いの。大陸の4分の1ほどを占めると言われている広大な森。あまりにも広過ぎるから、人族が把握できているのはその外周から多少踏み込んだ第三層まで。過去に鳥人族が森の上を飛行して第五層と思われるところまで到達したと言われているけど、魔物の分布情報がまったく分からないから公には認められていないわ。そしてその時生還できた鳥人族は極一部で、飛行中何かに迎撃されたという逸話が残されている。だから本当に森が続いているのかも分からないというのが実際のところね。それとパルメラ大森林は同じ第一層でも入る場所によっては魔物の構成が変わるわ。東の国から森に入ればフーリーモールがスライムに変わって安全性が遥かに上がるらしいから、ベザートの町に家族がいるような人間でも無ければ新人君がこの町に残らないのよね……ほんと困っちゃうわ」

「凄い場所なんですね……いや、本当に……」

 最後アマンダさんの、というかベザートの町の切実なハンター事情を聞いた気もするけど、俺はそれどころじゃない。

 本当にロールプレイングとしては凄い場所だ。

 まさにラストダンジョンさながらの謎めいた広大な森。

 これを聞いてワクワクしないやつはロールプレイング好きじゃないと断言できる。

 いや生身で勝負しなきゃいけないけどさ。

「ちょっとなに目をキラキラさせてるのよ……まさかすぐ東に行くつもりじゃ!?」

「いえいえ、最初はビビりましたが、今はそこまでフーリーモールに脅威を感じていませんので大丈夫ですよ?」

「ということは……まさか森の奥深くに入り込むつもりじゃないでしょうね? 過去に大国が1000人以上の編成で探索したって第三層止まりなのよ? 絶対止めときなさい!!」

「それはもちろんです。僕はまだまだ弱いですから……ただ目標があるのは良いことだなぁと」

「……」

「あっ、ちなみに魔石の価値と取り出し方を教えてもらいたいんですけど。あとルルブの森やロッカー平原というところがどんなところかも!」


 こうして俺はギルドマスターに言われた通り、今後の生活のためにこれでもかとアマンダさんへ質問をしていく。

 質問の返しに気になる言葉があればまたその点を。その返答に気になる言葉があればまたその点を。

 夕刻を示す教会の鐘が鳴った時、アマンダさんはさらに10歳くらい老け込んでいたような気もするが……

 それでも俺が求めればしっかり答えてくれるアマンダさんの好感度が大上昇したのは言うまでもない。


 ただ|1《・》|3《・》|歳《・》の俺が恋愛対象として見ることは100%ありませんがね。

 ごめんなさいアマンダさん。20話 感じる違和感

 俺は焦っていた。

 宿屋のおばちゃんは確かにこう言っていたから。


「夕刻の鐘が鳴ったら早めにご飯を食べにおいでよ! 遅いと片付けちゃうけど準備はしたんだから、きっちり夕食代は払ってもらうよ!」


 マズいマズいマズい。

 この世界の情報が興味深過ぎて、それこそ時間を忘れて聞いてしまった。

 年甲斐もなく、その話を聞いてワクワクしてしまった。

 さすがは大人、さすがは日々ハンターと接しているお方。ジンク君達子供3人衆とは持っている情報量がまったく違う。

 パルメラ大森林の存在。そして深部にはいったい何があるのか。

 こんなヒョロヒョロの俺ではどうにもならないけど、あと5年10年先……自信を持って強くなったと言い張れる時にはぜひ挑戦してみたい場所だ。

 そのためにはスキルのレベルを上げて、素材を換金して良い装備を買って、その他にも有利に進めるよう情報を色々と収集して……


 強さだけを追い求めていたあの時。

 その原動力の一つになっていたのは強大な目標だ。

 いつかは攻略したいダンジョン。いつかは倒してみたいボス。いつかは手に入れたい装備。

 そのいつかを目指して、毎日人に言えば無駄と一蹴されるような努力をし続けた。

 そんな大きな目標と呼ぶべき場所がこの世界にもある――最高じゃないか。

 こればかりはドングリ君グッジョブだよ!

 チートも持たない俺がどこまでいけるかなんて分からない。

 ただコツコツと努力をすれば、この世界なら確実に成長していることが実感できる。

 ならいけるはずだ。どこまでも頑張れるはずだ。俺には過去にその環境でもやりとげた実績があるのだから。


 っと、そうだ今はそれどころじゃない! まずは晩御飯だ!

 1200ビーケを捨てるなんて今の貧乏な俺には到底許容できないし、それなりの良い値段がする晩御飯をかなり楽しみにしていたんだ!

 うぉおおおおおお!!! っと全力疾走で宿へ向かいドアを開け放つ。

「すみません! ご飯はまだ大丈夫ですか!」

「遅いよまったく! 初日だから今日は用意してあげるけど、明日からはこの時間じゃもう無いからね!」

「本当にすみません!」

 おばちゃん激おこだった……

 お客さんに対してこの口調も酷いとは思うけど、悪いのは俺なんだからしょうがない。

 夕刻の鐘が鳴ってから体感で2時間近くは経っている。

 おまけに見た目13歳の俺が一人で泊まりたいと言った時、おばちゃんは怪訝な表情を浮かべながらも部屋を用意してくれた。

 普通はこんな子供が一人なら金の心配だってするだろう。

 前金で払おうかとも思ったが、それでも1日毎の精算で構わないと言ってくれたんだから、ブツブツ文句を言ってはバチが当たる。

 1階の食堂を見渡せば、既に食事を食べ終えたのか、一つのテーブルを囲んでお酒を飲んでいる男性が3人いるだけ。

 他は誰もおらず閑散としてしまっているな……

 常時満室ということはないだろうけど、部屋に荷物を置いた時の部屋数からすれば少なくとも20~30人は泊まれる規模の宿屋だろう。

 カウンターテーブルに丸椅子が8つ。

 フロアの椅子も30脚くらいはありそうなので、ほぼ全員が食べ終えているだろうことは予想できる。

(明日からは時間厳守……って言ってもこの世界にほぼ時計が無いと考えた方が良いから、夕刻の鐘を目安にちゃんと宿に戻るようにしよう)

 そう心に決めてスゴスゴと空いている席へ座ると、俺の視界に|違《・》|和《・》|感《・》が飛び込んできた。


(……あれは、眼鏡?)


 そう、少し離れた席で酒を飲みかわす3人のうち、明らかにこの辺の住人より身なりが良いと感じる一人が眼鏡をしているのである。

 しかもその眼鏡は現代の人と同じフレーム型で、両耳にかける見慣れ過ぎたタイプ……

(どういうこと? 確か顧客の眼鏡屋さんウンチクだと、現代の眼鏡っぽくなったのは200~300年くらい前……それまでは手で眼鏡を持つ、虫眼鏡と同じような使い方だったと言っていたような?)


 俺は歴史に詳しくない。

 だからどの年代にはこんなものがあって、あんなものが無かったなんてこと、ほとんどと言っていいほど知らない。

 俺は営業マンであって歴史学者では無いのだから、知らなくて当たり前だとも思う。

 移動中の小説を読みながら「へぇ~この時代は大変そうだね~」なんて呑気に思う程度の知識。

 しかし……その程度の知識でもこの眼鏡は違和感が在り過ぎた。

 紙は無いこともないが希少。

 これはアマンダさんが言っていたから間違い無いだろう。

 時計だってハンターギルドにも置かれていなかったし、ここのおばちゃんとのやり取りでも"鐘の音を目安になんとなく"で動いているのがよく分かる。

 お世辞にもオシャレとは言えないファッションにしても。

 石鹸はあるけどシャンプーやリンスなんて無縁な日用品にしても。

 風呂どころかシャワーすら見当たらない、この町ではちょっと高めらしいこの宿屋にしても。

 どんぐりが言っていたように、文明が地球より遥かに遅れていることはもう分かっていた。

 なのに、あの眼鏡?


 ……ここで辺りを見渡してみる。

 他に違和感を感じるところは無いがー……ん?……グラス?

 よく見ると、現代人でも使っていそうな、透明度の高いグラスで酒を飲んでいる3人。

 あれって普通……なのか?

 そんな首を傾げて「う~む」と唸っている時に、「お待たせ!」という掛け声と共に食事が運ばれてくる。

(うほぉおおおおおおお!!! ビーフシチューみたいなやつに、ちょっとイメージと違うけどパン!! おまけにサラダも付いてる!! ウマそー!!!!……でも器は『木』だな……フォークもスプーンも『木』だ)

 ダメだダメだ。考え事をしながら飯を食っても味が分からない。

 だから今アレコレ考えるべきではない。どうせ考えたって答えの出ない疑問なのだから。

 ただ、どうも過去に地球で辿った文明とは違う流れができているっぽい。

 これだけはなんとなく分かる。

 それが魔法のせいなのか、異世界人確定っぽい|勇《・》|者《・》|タ《・》|ク《・》|ヤ《・》のせいなのかは謎だが……

 郷に入れば郷に従え。

 技術職なら携わっていたその知識でこの世界の一分野に革命を起こせたかもしれないけど、残念ながら俺は営業マン。

 作り手じゃないんだから、一から構造を把握して物作りをするなんて芸当は不可能だ。

 なら贅沢を言ってもしょうがないし、今あるもの、今ある環境の中で生きていこう。

 それしか選択肢は無いんだからさ。

 よーし、それではこの世界で初の、ちゃんとしたお食事セットを頂きましょう。



「……うぅぅぅっマ――――――――――――――――――ッ!!!!!!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 高いだけあって大満足の夕飯で腹を満たし、部屋に戻ったら真っ先に布団へ倒れ込んだ。

 あ"あ"あ"あ"あ"あぁぁぁ……じあわぜぇぇ……

 最高過ぎるだろ布団様……

 俺の中の最大の発明品は今までウォシュレットだと思っていた。

 だが、この世界での寝床事情が悲惨だっただけに、布団を発明した誰かには感謝の言葉しかない。

 洞穴サイコー!なんて言っていたやつは現実を見た方が良いと思う。

 ちょっとベッドが硬いのはしょうがないとしても、この掛布団があることの素晴らしさよ……

 身体の上に重みがあった方がなぜか安心して寝られる俺としては、身体全体を覆ってくれる布切れ一枚がとても有難くてしょうがない。


 部屋を見渡せば、実家を追い出されて最初に借りた4畳半の部屋とおおよそ同じくらいのサイズ感で、壁に掛けられたライトが一つ、ベッドと丸テーブル、それに椅子が一脚あるのみ。

 ライトには小さな魔石の欠片が入っており、これを使い切るとその日の灯りの燃料は終わりということらしい。

 まあ大して書き物をするわけでもないし、灯りの必要も感じないのでまったく問題無い。

 初の魔道具とも呼べるものだが、家にあった電化製品の方がよほど理解できない魔道具らしい驚き性能があるので、ただ光るだけのライトではなんとも感動は湧いてこなかった。

 全体的に現代のビジネスホテルなんかと比較すれば超が付くほど簡素ではあるが……


 しかしそれでもだ。

 やっと人としての生活をスタートすることができた。


 やっと……

 ここからは俺の頑張り次第。

 なら頑張らないとな。

 そう思いながら、ふとステータス画面を開く。

 洞穴の時もそれなりに安心して見ることはできたが、俺だけがいる鍵付きの部屋というのは安心感が段違いだ。

 今までの溜まりに溜まった疲労から眠気が急激に襲ってくるのを理解しながら、それでもしっかりとステータス画面を眺めていく。



 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:6

 魔力量:40/40

 筋力:   23 
 知力:   24(+7) 
 防御力:  22 
 魔法防御力:22(+1)
 敏捷:   22(+3) 
 技術:   21(+1)
 幸運:   27 

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル 【火魔法】Lv1  【土魔法】Lv1 【気配察知】Lv1 【異言語理解】Lv3 【突進】Lv2


 うーん、名前がいつの間にかロキ(間宮 悠人)に変わっている……

 いったいどんな原理でこの中身が弄られているのか分からないけど、レベルが上がればすぐ反映されていることからも、まず神様の力が働いているんだろう。

 そして【土魔法】が魔法防御力、【気配察知】が技術、【異言語理解】が知力のステータスボーナスと。

 まぁここら辺は何かしら上がっていると思っていたから驚くことは無い。

 ただ知力+7は興味深いな。

 火魔法を取得した時に知力が+1になっているのは確認していた。

 そこから異言語理解のレベルを3に上げて+6上昇しているとなると、上昇幅は+1+2+3と、レベル分の数値が上昇していることになる。

 これも一応手帳にメモしておこう。

 となると、ステータスボーナス目的でとりあえず各種スキルをレベル1にしようかという選択もあったが……

 この上昇値を見れば無しだな。

 スキルレベル1よりはレベル3とか4の方が実用性も高いだろうし、使う予定の無いスキルはひたすら後回しで問題無いだろう。


 ちなみに新しく取得したスキルの詳細は、と……


『【土魔法】Lv1 魔力消費10未満の土魔法を発動することが可能』


『【気配察知】Lv1 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径5メートル 魔力消費0』


 ふむふむ。

【土魔法】は予想通りで、【気配察知】は……かなり優秀だろうな。何より魔力消費0というのが素晴らしい。

 試しに「【気配察知】」と呟いて発動してみると、左隣の部屋で動く人物を感覚で把握することができる。

 人間の五感とはまた別の感覚。

 現代人で言えばまさにシックスセンスみたいなものだと思うが、目を瞑っていても、今左隣の部屋にいる人間は何か書き物をしている?というのが分かるのはなんとも不思議な感覚である。

 対して右隣の住人はまったく感覚が無い。

 人がいないのか、それとも既に寝ているのか。

 説明では『動く存在』ということなので、寝ていても呼吸で多少の動きはあるだろうし、たぶん人はいないというのが正解なんだと思う。

 レベル1で半径5メートルとなると、今後レベル上昇することによってどこまで範囲距離が延びるかだな……

 レベル2~3くらいなら、フーリーモールを倒していればそのうち上がるはずなので、これはレベルが上がった時のお楽しみとしておこう。

 あと【気配察知】の常時発動は気になって寝られない。

 ここら辺は慣れの問題かもしれないけど、目を瞑っていても周囲で幽霊のような動く謎の気配を感じ続けるとなれば、誰でも不要な時はその効果を切りたくなるものだろう。

『スキルをオフにしたい』と念じたら可能だったので、常時発動型と説明になければオンオフが可能ということは覚えておこう。


 あとは……問題の魔法だよなぁ……

 火にしろ土にしろ、この世界の魔法発動ルールというものが分からなければ何も進まない。

 アマンダさんに聞けば教えてくれたかもしれないけど、どうにもどんぐりが言っていた|僕《・》|の《・》|お《・》|手《・》|製《・》|だ《・》|か《・》|ら《・》|凄《・》|い《・》というのが引っかかって、ステータス画面に繋がる内容は聞くに聞けなかった。

 ステータス画面があるから、あの説明文を見ることができるんだろうしね。

 今は特別必要性がなくても、上位狩場のルルブの森とか、今後魔法を使えれば対処方法が変わる敵もまず出てくるだろう。

 どのワードが果たして切っ掛けになるのか。いったいどのくらいの言葉、詠唱を唱えれば発動するのか。

 どこかにその手の資料でもあれば良いんだけどな……

 一応明日ハンターギルドの資料室ってところに足を運んでみるか。


 そしてそして。

 今後の当面の目標、スキルの優先順位をそろそろ決めなくてはならない。

 細かく一つ一つのスキルを見ていけば、ステータスボーナス以外では興味対象外となる【伐採】や【農耕】といったジョブ系スキル。

 早急に必要とはまったく思わない【歌唱】や【楽器】などのフレーバースキルも間違いなく後回し確定だ。

 各種耐性系スキルもあればありがたいけど、わざわざ今すぐにという感じでもないし……

 やはり率先して取るべきは、かの有名なチート3種の神器。

 無限アイテムボックス系、どこでもワープ系、無詠唱の3つ……特に今最も必要なのは無限アイテムボックス系だろうなぁ。

 しかしあっても【???】状態になって隠れているし、まず間違いなく魔物が所持している類のスキルでも無いだろう。

 当たりを付ければ空間魔法なんかがあれば怪しいが――― 

 ……その空間魔法が今は表示されていないのであるのかも分からない!

 うーん、この世界に無限アイテムボックス系があるのかないのかすら分からないとは。

 そう考えると既に見えている【探査】なんかが金の無い今の状況では凄い有用な気もするし、【鑑定】なんかもあれば金銭面で有利に働きそうだし……

 あぁ~~悩むぅ~……


 "悩んでいる時が一番楽しい"とは良く言ったもの。

 久しぶりの布団の上で悩み悶えながら、俺は心地良い眠りにつくのであった。
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明日から一時的に1日の投稿数を増やす予定です。
時間、投稿話数は未定ですが、多いと5~6話くらいいくかもしれませんので、順番をお間違いないようご注意下さい。
一応前書きの所に、その日何話目か残しておく予定です(忘れなければ)

ストックがあるうちにランキング入りを狙ってみようと思っての事ですので、ぜひ続きが気になる。
楽しくなってきたと思って頂いた方は、広告下の【☆☆☆☆☆】から率直な評価を頂ければ幸いです。7/15日 1話目の投稿です
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21話 ステータス

「アァ……ダメだ……布団が恋しくて起きられないよ……」

 朝、俺は布団に張り付いて微睡を楽しんでいた。

 朝の鐘で一度目が覚め、というより半強制的な目覚ましにより起こされて1階で朝食を。

 パンにスクランブルエッグとハム、おまけで昨日の残りと思われる少量のシチューを味わい、別料金ではあったがやや薄味の果実水を200ビーケで購入。

 そのまま清々しい朝を迎えた後、ついつい布団の上へダイブしたら再度眠気に襲われ、そのまま既に3度寝状態になってしまっている。

 この世界に来てから、木の上では浅い眠りを繰り返すのみ。

 洞穴では4~5時間くらい寝られたような気もするが、それでも明らかに睡眠時間が足りていない。

(せめて今日ぐらいは今までの疲労を回復させても良いような……)

 そんな甘えが頭をもたげてくる。

 宿屋のおばちゃんには、シーツを替えなくても良いなら1日中部屋にいても構わないって言われているしなぁ……

 うーんうーん……身動ぎしながらまた浅い眠りにつこうとしていると、不意に腰回りからジャラジャラと金属の擦れる音がした。

 革袋に入っている硬貨の音だ。

 外してテーブルの上に置いておいたら、どうぞ盗んでくださいと言っているような気がして、念のためそのままつけておいたんだった。

 あぁー……

 この音が、急速に意識を現実へ引き戻す。

(……おいおいおい。何を休日のゴロゴロタイムなんてやらかしてんだ俺は。今貧乏なんだぞ? その日暮らしのど貧乏なんだぞ!?)

 思わず飛び起き、頬を両手で叩いて気合を入れる。

 これからは毎日しっかり寝られるんだ。

 どうせ夜になったところで、ネットもスマホも無いんだから夜更かしのしようも無い!

 唯一の娯楽は昨日の眼鏡のおじさん達のように酒を飲むことだろうが、飲める知り合いもいないのに居酒屋行ったってしょうがないだろう。そもそも13歳だし。金無いし。


 宿の中庭にある樽の水は自由に使っていいとのことなので、顔を洗ってから予め決めていた教会へと足を運ぶ。

 ベザートの町はあっても二階建ての建物までなので、尖がった十字マークの教会は遠目からでも非常に分かりやすい。

 俺は教会へ向かいながら1枚の銀硬貨を指で弾く。

 昨日の講習が終わった後に、アマンダさんから渡された十字の彫りこみがあるこの硬貨。

 お金とはまた違った用途があり、こいつを教会に渡せばメイちゃんが言っていた、タダで『ステータス判定』をしてもらえるらしい。

 実際には講習料にその費用が入っているんだろうけど……俺は講習料サービスだったので、ステータス判定費用も本当のタダということだ。

 まあ、俺はこの硬貨をたぶん使わないんだろうけどね。

 見ようと思えばステータスはいつでも見られるわけだし、わざわざ教会経由で調べる必要性を感じない。

 おまけに俺だけが自分のステータスを見られるならまだいいが、教会の人や周囲の人にまで見られるとなったら損にしかならないのだ。

 この文明では無いと思うけど……怪しげな道具で下手に個人情報の履歴が残ったりしても困るし、"私はこの程度の能力しかない弱者です"なんて公言するようなものなので、ステータスは隠せるものなら極力隠した方が良い。

 だから目的は俺が確認しているステータス画面と、普通の人が確認するステータス画面に違いがあるのかどうか。

 それだけだ。

 これでどんぐりの言っていた|凄《・》|い《・》の意味が分かるかもしれない。

 教会の人に詳しくステータスについて話を聞けさえすれば目的は達成するので、その時はジンク君達にこの硬貨をあげればきっと喜んでくれるだろう。

 その時にジンク君達から、ステータス画面がどのように見えたのかを聞ければより確証も得られるしね。


 やっと近づいてきた教会を見ると、入り口の前で掃き掃除をしているシスターさんが2名。

 想像通りの頭巾を被った白黒のシスター服に驚きながらも、なんとなく奥にいた若い女性の方へ声を掛ける。

 アマンダさんと同じ流れには決してさせない。

「お忙しいところすみません。教会のステータスについてお聞きしたいことがあるのですが……」

「あ、はいステータス判定でしょうか? それでしたら……メリーズさーん!」

「はいはい、坊やがステータス判定をしたいのかい?」

 な、なんだと!?

 回避したはずがあっという間に担当替えとは……このシスター達……やるッ!

 どうして若い子に縁が無いんだとボヤきながら、「ついてらっしゃい」というおばちゃんシスターの後を追うと、まず礼拝堂とも言える長椅子が複数ある広い空間に入り、そこから左右にいくつかあるドアの1つへ案内される。

 このままだと判定を受ける前提で進んでいそうなので、先に言うべきことは言っておかないと。

「すみません。ステータス判定はお金が掛かるんですよね?……僕はあまりお金がないので、まずおいくらなのか。それとどのような内容が確認できるのかを知りたかったんです」

「あら、坊やはハンターギルド経由じゃなかったのかい?」

「確かにそうなのですが、命を救ってくれたハンターの方へせめてものお礼にと硬貨は譲る予定でして。僕はそれほど急ぎでもなかったので、事前にお金だといくらかかるかなどを確認しておこうと思ったんですよ」

「そういうことかい……まぁいいさね。今は誰も判定を受けているわけじゃないし、少し説明してあげるからお入りなさい」

「ありがとうございます!」

 とりあえずこれでいいだろう。ジンク君達の案内によって無事町へ到着できたわけだから、命を助けられたのは本当だし、硬貨を譲る予定というのも本当だ。

 教会なんかで嘘吐いて不幸が舞い込んできたら怖いので、せめてこの場では嘘を吐かないようにしていこうと思う。

「それでステータス判定だけど、まず教会は商売でステータス判定をしているわけじゃないんだよ。だから教会維持のための気持ちという形で、20000ビーケ以上のお布施というのが大体の町の認識になっているね」

 葬儀でも戒名でも、世間の相場を元にお礼としてお金を貰うお寺のやり方に近い感じか。ただそうなるとお礼の額によって戒名の長さが変わったりするはずだし……

「なるほど……ちなみに不躾な質問ですみませんが、お布施の金額によって確認できる内容に差があるなんてことは……?」

「それはないよ。女神様は人族を分け隔てなく愛してくださるからね。お金で差を生むなんて思ったら罰が当たるってもんさ」

「お金が無い身としては凄く助かります。今は厳しいですけど、20000ビーケなら頑張ればなんとかそのくらいは貯められそうですし」

「ただ教会への貢献が多いと、大元でもあるファンメル教皇国の催事とかに招待されることもあるみたいだから、権力者や大きな商会の連中なんかは多めに入れていくみたいだね」

「そういうこともあるんですか?」

「繋がりを求める連中なんかにとっては重要なんだろうね。まぁあたしら片田舎のシスターや町の人間には関係無いことさ。気にする必要もないよ!」

 そう言って笑いながら肩をバンバンと叩くおばちゃんシスターは、思いのほか力が強い。実はレベルが高い気がする……いや、体格の問題か?

 そしてかなりざっくばらんと言うか、ぶっちゃけてくれる人のようだ。

「ちなみに|ス《・》|テ《・》|ー《・》|タ《・》|ス《・》とはどういったものが見られるのでしょう? こういうのに疎くて全然分かっていないんです」

「坊やは寒村から出てきたのかい? ステータスって言ったら、今まで努力をした成果や仕事の熟達度合い、あとは見初められた才能もそうだね。それらを自身で確認できるのが、教会でやっているステータス判定って言ったら分かりやすいかね」

「……ん? それだけですか?」

「それ以外に何があるってんだい?」

 ……マジかよ。おばちゃんの様子を見ていても誤魔化している様子は無い。

 本当にステータスがそのままスキル習得内容の確認と思っていて、逆に俺の質問が理解できていないご様子だ。

 となると、レベルは? 筋力とか知力とかの個別能力値はどこいったの?

 ここは慎重に確認していかないとマズい気がする……

「いえ、助けてもらったハンターの人から、魔物を倒すと女神様への祈祷が通じやすくなるようなことを聞きまして……何かしら祈祷の通る通らないが確認できるものかと思っていました」

「それはないさね。私は色んな人間のステータス判定に携わってきたけど、黒曜板に浮かび上がるのは授かったスキルとそのレベルだけ。うちんところの神官が言うには、魔物を倒すという善行はどれだけ倒したかで満足するものではなく、ただより良い世界を願い、誰かの助けになるべく日々討伐していくもの。女神様はそうやって頑張っている者に力を貸してくださるって話だよ。強い魔物を多く倒すほど願いが叶いやすいってのは間違いないみたいだけどね」

 これはビックリ情報です……

 自身のレベルは知らない、というよりそんな概念自体が無くて、スキルのレベルだけを認識しているってことなのか。

 おまけにスキルとスキルレベルは分かっていても、『経験値』という概念も無さそうに思える……

「……それは確かにその通りかもしれませんね。ちなみに黒曜板というのはこれのことですか?」

 言いながら視線を向けたのは、先ほどから視界の隅で重厚な存在感を放っていた、自分の背丈ほどの高さがある石板。

 見事に彫り込まれた石細工を足代わりにして立て掛けられていたソレは、思わず周囲の光を吸収しているのでは?と疑ってしまうほどの漆黒で、石版の両側には手で握るようなのか取っ手がついていた。

 素人目で見ても、物凄く高そうであることが一発で分かる代物だ。

「そうさね。これを握るとその人のスキルが青白い文字で浮かび上がってくるのさ。その内容を確認するだけならさっき言ったお布施で。書き写すとなると、何に写すかにもよるけどもう少しお布施が必要になるね」

「凄い石板ですね……これも魔道具の一種なんですか?」

「いいや、黒曜板は魔石を必要としないから魔道具じゃないね。どうやって作ってるのか私らにはさっぱりだけど、女神様からの授かりものだとは聞いてるよ」

 まさに謎アイテムだな。

 どんぐりがいる時点で神様は実在する世界だろうし、魔法もある世界じゃこんな不思議アイテムがあってもおかしくはないんだろう。

「そうだ、坊やはステータス判定も知らないんじゃ、職業選択もどうせ知らないんだろう?」

「職業選択……ですか?」

 俺が<営業マン>になっているやつのことか?

 それ以外は何も知らないが、教会と何か関係があるのだろうか?

 そう思って聞いてみると

「職業選択も教会の仕事だよ。この部屋じゃなく礼拝堂でやることだけどね。ただそっちのお布施はだいぶ高いから、坊やにはまだまだ先の話かもしれないね」

「そうでしたか。差支え無ければですが、僕もハンターとして頑張っていく予定ですので、職業について教えていただけませんか?」

「まったくしょうがないねぇ……それじゃちょっとお茶でも取ってくるから待ってなさい」

 部屋を出ていくおばちゃんシスターを黙って見送る。

 チラッと黒曜板に目がいくも、これに触ろうとはさすがに思わない。

 ただスキル判定の結果がここに出るということは、立ち会っているシスターにもやっぱり見られるということだな。

 ということは俺には縁が無いということ。


 そんなことを思っていたら、おばちゃんシスターがあっという間に戻ってきた。

 あれ? お茶は?と思ったら「丁度職業選択をやっている人がいるからこっちおいで」と。

 これはラッキーということで礼拝堂に行くと、奥にある6つの石像の前で跪き、祈る男の人の姿が目に入る。

 その横には老齢の少し派手な格好をした男性が立っており、跪く男の人の頭を触れない程度に手をかざしていた。

 有体に言えば教祖と信者、宗教感たっぷりの光景だ。

「あの石像が女神様だよ。この町は小さいから全て同じ教会に置いているけど、大きな町じゃそれぞれの教会があるって聞くね」

「なるほど~ということは、それぞれの女神様に分かれて信仰されていそうですね」

「そうさね。愛の女神様、豊穣の女神様、戦の女神様、生命の女神様、商売の女神様、そして罪の女神様。就いている仕事に関係する女神様を信仰する人が多いから、男のハンターなら戦の女神様が人気だね」

「男? 性別で信仰する女神様が変わるものなんですか?」

「はははっ! 女は現金なものだからね。稼ぎの良い男がいれば嫁ぎたいと思うもんさ。だから良い出会いに恵まれるよう愛の女神様を信仰する者もいるし、結婚していれば子宝に恵まれるよう生命の女神様を信仰する者もいるよ。男でも死なないように願掛けで生命の女神様を信仰する者もいるけどね。そこら辺は自由ってわけさ」

「まさに神頼みというやつですね」

「信仰する女神様はそうさね。ただ職業の方は|女《・》|神《・》|様《・》|の《・》|加《・》|護《・》とも言われているから、皆が慎重に選ぶもんだよ」

「加護?……加護ですか!? ちょっ、そこら辺詳しく!!」

「こら! 神聖な職業選択をやっているんだから静かにおしっ!!」

「すすすすすみません……つい興奮してしまいまして……」

 年甲斐もなくドキドキしてしまった。

 でも職業に加護とか、こんなの超重要情報に違いない。

 溜め息を吐くおばちゃんに謝罪しつつ、次の言葉を待つ。

「まったく……加護って言われているのは、職業を選べばその職に関連するスキルのレベルが上がったりするからさ」

「上がる? スキルレベルが上がりやすくなるってことですか?」

「その意味合いもあるって話だし、あのじいさんみたいに職に就いた途端、スキルレベルそのものが上がることもあるみたいだね。その分、急に上がったスキルレベルは職を変えれば下がるって話だけど」

 なるほど。

 職選びが自身の方向性を決める上でかなり重要なことは分かったが、他の大きな要素が抜けているような気もするな。

 ……もしかしてこれだろうか?

「もしかして、職業ってランクみたいなものが存在したりします?」

「なんだ知ってるじゃないか。まぁ私が見たことあるのは『初級クラス』と『中級クラス』、あとはじいさんみたいな天啓を受けた人用の特別な職業――『特能級クラス』くらいさ。こんな片田舎の町じゃほとんど初級クラスと言われる見慣れた職業しか立ち会うことがないからね」

 おぉ、不意に凄いワードが飛び込んできたな。

 天啓……そして何段階かに分かれた職業のランクか……

 まだまだやんわりした情報ではあるものの、耳に入ってくる内容と既知の情報を照らし合わせ、霞がかっていたイメージをクリアにしていく。

 ゲーム的な視点にはめ込んでいけば、職業選択がスキルやスキルレベルと連動しているって思えば飲み込みやすそうだ。

 職を決めれば―――それこそ在り来たりな剣士にでもなれば、【剣術】スキルやその他関連スキルのスキル経験値上昇ボーナスや、スキルレベル自体が1つ上がるなどの上昇ボーナスが入ったりする。

 しかし転職すれば、当然それらの上昇ボーナスは一度消え、次の職に合わせた新しい上昇ボーナスが入るということで間違いないだろう。

 あとは剣士であれば剣士の上位職のようなものが存在して、その上昇ボーナスの度合いが変わってくるって感じか?

 俺からすれば、加護というよりは職業に合わせた成長ボーナスという感覚が強いけど、結局その職業選択を女神様がやってくれるから加護という扱いになっているんだろうな。

「ちなみにあのおじいさんのように、ハンターじゃなくても様々な職業があるわけですよね?」

「もちろんさ。私は<|修道女《シスター》>という職業だし、あのじいさんは<|神官《ブリースト》>という職業を選んで仕事してるよ。人によって選べる職業は全然違うから、それぞれの向き不向きがあるんだろうけどね」

「なるほど。となると、その―――……、職業選択というのは、おいくらで……?」

 なんせやっと無一文を脱したばかりのど貧乏。

 そんな俺にとって、費用がいくらかかるのかはある意味一番重要だと言ってもいい。

 話を聞く限り職は早めに就いた方が得だ。

 最初のうちは就ける職業も限られているだろうが、それでも成長ボーナスを捨てるのは勿体ない話。

 そう思っていたが―――

「50万ビーケ以上ということになってるよ……坊やにはさすがに無理だろう? 女神様への祈祷なら神父が立ち会わないからお金もかからないけどね」

「ぐっふぅ……」

 ―――肺から悲しみの空気が漏れ出す。

 俺の姿をチラッと見て溜息を吐くおばちゃんシスターだが、その予想は大正解……今の俺には高過ぎるよ!!

 あの狙っているショートソードと同じくらいとか、どちらを優先すべきかかなり悩む選択だ。


 職業選択が無事終わったのか。

 礼拝堂の出口へと向かう20代半ばくらいの男性は、心新たにといった感じで顔がキリリとしている。

 身なりからして間違いなくハンターだろうし、これから気合を入れて狩りに行くのだろう。

 ……俺も頑張るか。お金貯め。

 最後にチラリと石像を眺めれば、明らかに"戦の女神様"だろうなという、剣を持ち鎧を着た像以外は正直どれがどの女神様だか区別がつかない。

 ただ、全部女性っぽいんだよなぁ……女神様だけあって。

 あれぇ……どんぐりいないじゃん。

 あんな頭なら石像でも一発で見分けがつくはずなのに。

 別の国に行けばいるのかな?

 会えば山ほどある文句と……ちょっとだけお礼を言おうと思っていたのになぁ。


 おばちゃんシスターに直角90度のお礼を言い、色々教えてもらったので1000ビーケの価値になる銀貨を1枚差し出す。

「今は貧乏なのでこの程度しかお布施できなくてすみません。いつの日か、お金を貯めて職業選択しに来ます!」

「律儀な子だねぇ……いいんだよ、掃除を若い子に任せられたからね!」

 そう言いながらも、引っ込めない俺の手にしょうがないといった感じで銀貨を受け取ってくれるおばちゃんシスター。

(かなり有益な情報が聞けた……これは夜にでも情報を纏めなくては……)

 そんなことを考えながら礼拝堂の出口へ差しかった時――

(………………って…………)

 ――何かが聞こえた気がした。

 思わず振り返るも、そもそも声だったのかどうかもよく分からない。

 意味が分からず首を傾げながら見渡せば、視界には苦笑いを浮かべながら立っているおばちゃんシスターがいるのみで、来る時には入口を掃除していた若い女性のシスターももういなかった。

 ご~ん、ご~ん……

(あっ、もう昼か……午後は森の入り口付近での狩りがどんなものなのか試してみないとな……)

 すぐに意識は昼ご飯と午後の狩りに向けられ、俺は再度一礼してから教会を立ち去った。
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作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
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22話 解体

 道中、ベザートの町唯一の武器屋で攻撃用と解体用を兼ね備えたやや長めのナイフを買い、俺は依頼ボードの前に陣取っていた。

 ナイフは表示額が70000ビーケで購入額が50000ビーケ。

 武器屋の親父は泣いていたが、「次はこの武器買うから!」と、先日気になっていた55万ビーケのショートソードを予約しておいたので問題無いだろう。

 もちろん55万ビーケでそのまま買うなんて一言も言っていないけど、さすがに赤字になってまで売ることは無いはずだ。

 ということはお互いWinWinの関係なので、あのショートソードは50万切りを目指そうと思う。


 平常時は朝の鐘の音と共に動き出すハンターギルド。

 そこで割の良い依頼は早々に持っていかれるようで、昼時の今は閑散としており、ボードに掛かっている依頼もややまばらだ。

 要は残り物の依頼か常時討伐依頼しか無いということだが、ハンター初日で相場感も何も無い俺にとっては残り物だろうと問題無い。

 逆に明日以降は今残っている依頼よりも割の良い依頼を積極的に選べばいいわけだから、今ぶら下がっている依頼内容も良い物差しになる。

 それに今日は依頼がメインというわけではない。

 まず俺にとってかなり重要な"特例によるFランク依頼"が受けられるかどうかの確認。

 そしてパルメラ大森林の入り口周辺で軽く動きつつ、新しく買ったナイフでの初解体に挑戦してみようと思っている。

(ふむふむ……Gランク依頼が家の掃除1000ビーケに外周の柵交換で1日3500ビーケ、Eランク依頼だとマルタの町まで馬車護送が片道2日で30000ビーケと……
 大体町での雑用関係と馬車の護送が残り物になっている感じか。馬車の護送は一見良さそうに思えるけど、2日間拘束で30000ビーケ、おまけに向こうで置き去りにされるわけだから、その町に行きたいとか別の目的がなければ無しだろうなぁ。
 となると、あれば緊急性のある魔物討伐系を受けつつ、無ければパルメラ大森林の常時依頼で稼いでいくしかないか。
 しかし、常時依頼のホーンラビット1体800ビーケ、ゴブリン1体1000ビーケ、フーリーモール1体1500ビーケというのは、アマンダさんが言っていた通りどうも安く感じちゃうな……)


 アマンダさんから事前に聞いていた情報と合わせて考えれば

 ホーンラビット:常時依頼で1体800ビーケ+肉、魔石、材料となる角や毛皮で4000~5000ビーケ、あとは状態によるので血抜きだけしてそのまま持ち帰ること推奨。討伐部位は耳。

 ゴブリン:常時依頼で1体1000ビーケ、その他換金できるのは1500ビーケの魔石のみなので解体推奨。討伐部位は右手。

 フーリーモール:常時依頼で1体1500ビーケ、その他換金できるものは2000ビーケの魔石のみなので解体推奨。討伐部位は頭。

 パルメラ大森林の第一層で言えばこのようになる。

 ジンク君の言う通り、ホーンラビットが確かに一番金にはなるが……
 問題は重さで、ポッタ君の代わりに背負った籠は、毎年ばあちゃん家から送られてくる30kgの米と同じくらいの重さを感じた。たぶんホーンラビットが4~5体ぶら下がっていたと思うが、正直あれ以上の重さを運ぶのは現実的じゃない。

 運ぶことだけはできても、背負って狩りなんて到底無理だ。

 レベルが上がれば改善されそうなもんだが―――……


 効率を頭の中で計算していると、アマンダさんから声を掛けられる。

「お待たせしてごめんね。マスターから特別許可は下りたから、Fランク依頼までなら受けることを許可します!」

「おぉ! ありがとうございます助かります!」

「ただし! ロキ君はまだ新人なんだから極力パーティを組むこと! 不測の事態に一人ではそのまま死んでしまうことになり兼ねないからね」

「……善処します」


 これには言葉を濁すしかない。

 言っていることは理解できるが、それはレベルやスキル経験値といった概念が無いからこその選択だ。

 もしパーティを組むと落ちるレベル経験値や、ラストアタックのみ貰えるスキル経験値の存在を知れば、どうしても別の選択だって出てきてしまうことだろう。

 ジンク君達のパーティを例にすれば、魔物討伐を一手に引き受けているジンク君がポッタ君とメイちゃんに経験値を分け与え、その代わりにいくらになるか分からないものの採取した薬草の報酬分が増え、ポッタ君が引き受けている荷運びで狩りが楽になる。

 ジンク君が一人で狩りをしていた時は、ホーンラビット1匹か2匹仕留めたら町に戻るという非効率なことしかできず、結局本格的に活動したのはポッタ君がハンターになった後と言っていたので、その時に比べれば確かに今の方が楽ではあるのだろう。

 ただしその結果として、報酬も3等分するため一人当たりの実入りは少なくなる。

 パーティを組むことによってレベル経験値減、戦闘担当がいればいるだけスキル経験値減、収入減のトリプル減少……これはさすがに俺の性格上許容できない。

 上位狩場となるルルブの森ならパーティも有りかもしれないが、パルメラ大森林であればソロで頑張った方が良いように思える。


 アマンダさんからギルドで籠の貸し出しをしていると聞いていたので、お借りしたい旨を伝えて準備をしてもらっている間にギルドの資料室に行ってみる。

「死なないためにちょっと勉強してきますので、籠は邪魔にならないところにでも置いておいてください!」

 そう伝えて向かった先のドアを開けると、3畳程度のかなり狭い空間の中にテーブルと椅子が1脚。

 そして鉄柱に鎖で繋がれた本が2冊だけと……なんとも殺風景な空間だった。

 本を1冊捲ってみると、1冊は講習でも聞いていたギルドの概要が書かれた本であることが判明。

 今はこちらに用がないので、もう1冊の薄い本を開いてみる。

 紙が茶色いからこれが羊皮紙ってやつかな? と思いながらペラペラ捲ってみると、内容はこのギルドから動ける範囲の魔物情報のようだ。

 パルメラ大森林の第一層と、話には聞いているEランク推奨のルルブの森……町の北東に位置するロッカー平原の魔物情報も稚拙な挿絵付きで記載されている。


(アマンダさんは詳しく教えるとすぐに俺が行ってしまいそうと思ったのか、あまり教えてくれなかったしな……こんなものがあるとは実に素晴らしい!)

 この町にあるなら別の町にもまずあるだろうし、移動をしたら早々にチェックすべき狩場情報である。

 早速内容を詳しく見てみるとしよう。


 パルメラ大森林第一層は、分かっている情報ばかりという感じだな。

 出てくる魔物はホーンラビット、ゴブリン、フーリーモールの3種のみで、たまに木の棒を持った武器を扱うゴブリンも出現するので注意が必要と。

 また、ゴブリンは武器を拾って扱う習性があるので、万が一剣や槍を持ったゴブリンが現れたらギルドに報告しろとも書かれている。

 ということはパルメラ大森林で一番厄介なのは武器持ちゴブリンだろうか?

 この前倒した感触でも剣や槍ならなんとかなりそうだけど、弓を持ったゴブリンがいたらどう対処すればいいのかよく分からない。

 ただ矢が無ければ撃てないし、ゴブリンが矢を作れるとも思えないし……結局弓で殴りつけてくるだけのような気もするので、どうせかなりのレアケースだろうし気にしてもしょうがないという結論になる。

 となると、やはり一番警戒しなければいけないのはフーリーモールだ。狩りの時は気配察知を常時発動しつつ音を鳴らしておけば大丈夫だろう。


 そしてルルブの森は……

 おぉ! オーク! まさに挿絵はちょっと猫背の豚人間!!

 体長は2メートルほどで丸太を振り回すとか……こりゃやべぇ。

 でも食肉用か。持ち運ぶのは大変だけど、お金にはなるタイプの魔物だろうなと想像がつく。

 他には体長50センチほどのリグスパイダー。粘着性のある糸を放出して生きたまま食われる可能性があるから、特に複数体同時戦闘は要注意。でも糸の需用は高い。

 体長1メートルほどのスモールウルフはウルフ種の中では小型だけど、集団行動をとる魔物なので背後からの攻撃には注意が必要、毛皮に需要有りと……

 うん、ヤバいね。

 ちょっと行ってみようかな~なんて思ったりもしたけど、ナイフ1本のソロでは攻略できるイメージがまったく浮かばない。

 というか今行ったって撲殺か、生きたまま捕食か、色々なところ噛みつかれて穴だらけになるか……何にしたって死ぬのは俺だろう。

 さすがEランク推奨、場違いでございました。


 最後にロッカー平原という場所は、体長50センチほどの大型ネズミが多く出没するらしく、作物を食い荒らすので緊急討伐が出やすいらしい。

 ポイズンマウスという名前の通り、噛まれると毒を食らうようで、できればあまりお近づきになりたくない魔物である。

 頭部にある毒袋に需要があるらしく、頭だけは持ち帰ることが推奨のようだ。

 そしてポイズンマウスほど生息数は多くないようだが、挿絵を見る限り……体長30~40センチほどのカマキリだな。

 エアマンティスという名前の魔物は腕は鋭利な上、振り上げて風魔法を使用としてくるとか中々凶悪そうだ。

 ただ風魔法を発動すると平原の草の動きで分かるようなので、注意深く見れば比較的避けるのは簡単、か……

 どちらの魔物もFランクに指定されているので、順序的にはパルメラ大森林の次がロッカー平原、最後にルルブの森という流れになるのだろう。


 しかしレベルの概念が無いからか、魔物の強さがランクだけでしか現されていないのが厳しいところだ。

 どの段階で次の狩場へ移行するか……

 判断をミスれば死ぬ可能性が一気に上がるので、結構な安全マージンを取ってから上位狩場に進んだ方が良さそうな気もする。

 ゲームでは1度のデスペナルティで数日分の努力が水の泡となり、たまにやらかす度に俺は大発狂していたが、それでもデスペナルティだけで済むことが可愛く思えるね。


 とりあえずの情報はこれくらいで良し。

 パルメラ大森林は今までのやり方で問題無いと分かったので受付に戻る。

 すると既に籠がカウンター横に置かれていたので、お礼を言って背負いつつ、肉串のおばちゃんへ行ってきますの挨拶。

 ついでに1本購入して齧りながらパルメラ大森林へと向かう。

 町を出る時には剣を見て唸っていた門番さんがおり、「日が落ち始めたらちゃんと帰ってくるんだぞ!」と声を掛けてくれたので、「もちろんです!」と返して歩を進める。

 まさかあれだけ出たかった森に舞い戻るとはなぁ。

 だが、生活のためなら仕方がない。

 弱い俺にはここしか収入の得られそうな場所がないのだから、深入りせずにどんどん魔物を倒していこう。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 約1時間後。

 俺は四つん這いになって吐き気を催していた。

 既にホーンラビットは1体籠の中へ。

 上着作戦を使わなくても、レベルが上がったおかげかホーンラビットの突進に余裕を持って合わせられるので、そのまま斬りつけ首を落としてから籠に入れておいた。

 籠の隙間から血が滴っているが、薬草採取をしているわけでもないので、効率的に血が抜ければ問題無いと思われる。

 が、問題は目の前で倒れているゴブリン……

 こいつがやっぱり厳しい。

 魔石は身体の中央、ゴブリンなら心臓くらいの高さの位置にあることはアマンダさんから聞いていた。

 だから覚悟を決めて胸を開いてみたものの、理科の授業で習った内容を遥かに激しくした光景が目の前に飛び込んできてしまい、胃から込み上げるものを感じてしまう。

 この作業を当たり前のように|熟《こな》せるジンク君はやっぱり凄い……

 生温い環境で育った現代人にはかなり厳しい作業だろう。

 うぅ……もう甘えないと決めたのに。

 いや違う、あの時決めたんだ! だったらやれ!! 生きるために吐いてでもやれ!!

 現代人だって医者はこんなの当たり前の世界で働いているんだ! 手を突っ込むくらいで甘えんなよ! すぐ慣れるすぐ慣れるすぐ慣れる……うぉおおおおお!!!



 ズブッ――……



 するとすぐに|コ《・》|リ《・》|ッ《・》とした感触を発見したので、一秒でも早くと思いながら手を引き抜く。

「はぁ……うえっ……ふぅ……この親指の先くらいある黒い石……これが魔石か……」

 宝石と呼べるほど綺麗なものではない。それでも目が引き付けられてしまう不思議な感じは見慣れなさ故か。

 妙に感慨深い感情を持ちながらも、次に討伐部位の解体に入る。

「アマンダさんに言われたのは右手首から先……ナイフで切れるかな……」

 いくら身長が120~130cm程度といっても手首は4~5センチほどあり、当然ながら中には骨もある。

 無理やりナイフで切ろうとすれば、すぐナイフがダメになるような気がしてしまう。

「うまく関節の隙間を……うぇ……触るとプニプニしてて意外と柔らかい……」

 触った感じでココだという部分に刃を添え、上から一気に力を入れて手首を落とす。

「ふぅ……これでやっとゴブリン1体完了、2500ビーケくらいか」

 倒すまでは早いものの、換金に必要な討伐部位、魔石の取り出しには20~30分くらい要している。

 結局のところ、死体を前に躊躇っていた時間が多かった。

「これを1体1~2分くらいでサクサクできるように頑張らないとな……あっ! この血だらけの手はどうすれば……」


 ここでやっと失敗したことに気付き、自問自答する。

 水を持ってきていなかった……

 そういえば今までは川辺を歩いていたんだ。多少汚れようが返り血を浴びようが、サッと川で洗えば済んでいたし、血の付いたマイナスドライバーもその時一緒に洗っていた。

 あぁークソッ……何がソロだよ、何がその方が効率が良いだよ馬鹿野郎……

 普通新米はその手のいろはを先輩から学ぶんだろうが。

 俺はエアコンのある部屋で飲み物を飲みながらゲームをやっていただけ。まともなサバイバル経験なんてまったくないのに、何を底辺狩場なら余裕だと勘違いしてやがるんだ。

 ソロに拘るならせめてジンク君なりアマンダさんなり、必要最低限の装備でも確認すりゃ良かっただろーが。

 考えてみたら今日はたまたま昼からだから良かったけど、朝から良い依頼があったら受けるってなっても、その日の昼食なんてまったく頭に無かった。

 それでいざ狩り始めれば、唯一金に換えられる部分なのにビビッてチンタラと……

 それで次は頑張ろう? アホかよ俺は? 生きるか死ぬかのハンターという仕事を選んだのは俺だろうが!

 だったら有無言わさずとっとと覚悟決めてやれよ!

 あーチクショウ……自分にイライラする……



 咄嗟に血濡れた自分の右手に土を被せて塗りつける。


(ナイフが滑らなきゃ問題無い。だったらこれは自分への戒めだ。生臭い血付けたままナイフ握りしめろ。遅れた分は走って取り戻せ。それが仕事だろ)


 今日のノルマはホーンラビット5体。時間は……残り3時間で時間厳守。それ以外の魔石と討伐部位も必ず回収。

 ノルマの見通しが立つまで絶対に足を止めるな。

 そう覚悟を決め、俺は走り出した。
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23話 報酬

「おぉー初仕事にしては中々大量じゃねーか」

 目の前にいるロディさんからお褒めの言葉を頂く。

 ここはハンターギルドの奥にある解体場。

 解体場用に作られた大きめな入り口は裏の通りに設けられており、建物内部は受付や依頼ボードのある正面入り口と繋がっている。

 その裏口とも言えるところから入ると、真っ先に「見かけない顔だが新人か?」と言われたので、自己紹介をしたらロディと名乗る髭面親父さんが現場主任であることを知った。

 ガタイも良いし、よほどロディさんの方がギルドマスターの風格を漂わせているなと感じてしまう。

「手探りでホーンラビットの血抜きをしてみたんですがどうですかね?」

 まだ息もあまり整ってはいないが、現場の人のニーズに合っているのかは確認しておきたいので聞いてみることにする。

「ふむ……肉の色も問題なさそうだし、このくらいなら大丈夫だろう。ただ……」

「ただ……?」

「できればだが、ホーンラビットは一気に首を落とした方が良いぞ。横から斬りつけると皮がどうしてもマイナス査定になる。この程度なら多少だから無理をする必要まではないけどな」

「なるほど……そりゃそうですよね」

 どうしてもホーンラビットの突進に合わせて横からナイフを合わせていくので、刃が当たる場所も側面になってしまうのが問題だ。

 首だけ落とすとなると上着作戦で拘束してしまえばいけそうな気はするが……荷物が増えることに抵抗があるんだよなぁ。

「ホーンラビット5体で素材価値は全て『B』、ゴブリンの魔石と討伐部位が4体分、フーリーモールの魔石と討伐部位が3体分だな! こいつを受付に渡してくれば報酬を貰えるから行ってこい! 籠はここで回収する」

 そう言ってロディさんが木板を渡してくるので、内容を確認すると確かにその通りの内容が書かれている。

「素材価値というのは何段階あるんですか?」

「EからAまでの5段階だな。火魔法なんか使ってまる焼きにすると、皮は使い物にならないし肉にまで火が通っちまうこともあるからまずDかEになる。となると当然素材価値が落ちるってこったな!」

「ほうほう。ということは首だけを斬り落とせばAということですね」

「時間経過で肉質が落ちてなきゃな。ただAとBじゃ200ビーケしか素材価値の差は無い。わざわざ命を危険に晒してまでAなんて狙うんじゃねーぞ? 命あってこそだからな!」

「ですよねありがとうございます! これからほぼ毎日来ると思いますので宜しくお願いしますね」

「おう! ロキが稼いでくれりゃギルドも儲かる。ほどほどに頑張れよ!」

 気の良いおじさんだなぁ。

 当面お世話になりそうだし、もし次の狩場へ行くことになったらしっかり高値買取のコツを聞いておこう。

 そんなことを考えながらも踏み均された木板の通路を通り、途中にあった資料室や講習を受けた部屋などを通過しながら受付カウンターへ向かう。

天井からぶら下がった木の案内板が出ているので、迷わず向かえて新米には非常にありがたい。


 到着すると当然のことながらアマンダさんが「こっち来いや」と目で訴えてくるので、若いお姉ちゃんの対応を捨ててアマンダさんのところへ。

 さきほどロディさんから渡された木板を渡すと、アマンダさんの目が少し見開かれる。

「ロキ君、結局パーティ組んだの?」

「あ、いえ……パルメラ大森林は問題無いと感じたので、パーティは次のロッカー平原というところからどうしようか考えようかなーと……」

「そう……剣を持ったゴブリンも討伐しているんだから、Fランク相当の実力はあるのでしょうけど……それにしても中々の数ね」

「ちょっと自分の甘さに気付いたこともありまして。それで気合を入れ直したと言いますか、走り回って魔物を探していたらこうなりました」

「あまり無理はしないのよ? ハンターなんて3年5年後でも職を変えない限りは命を削らなきゃいけないんだから。常にある程度の余裕を持たないと……ね?」

「ですよね。今日は無理をした自覚があるのでその点は反省しています。おかげで足が物凄く辛いです……」

「ふふ。まぁ今日は無事に初仕事の完了ということで、素直におめでとうと言っておくわ。計算するから少し待っててもらえる?」

「分かりました~座って待ってます」

 そういって、とりあえず串肉のおばちゃんのところへ行く。

 猛烈に喉が渇いた……魔物じゃなく喉がカラカラで死んでしまいそうだ。

「おばちゃん飲み物ありますか?」

「もちろんさ。ただお酒はまだ早そうだから……果実水でもいいかい? 氷付きの水もあるけど」

「あぁー今は氷付きの水が良いかも。一気に飲みたいです」

「はいよ。それなら100ビーケだ」

 そう言って渡された水を一気飲みする。

「ぶはぁーーーーー美味いっ!! もう一杯!!」

 思わず叫ぶほどに喉へ染み渡る。

 考えてみたら宿屋の果実水も常温だったので、この世界で初めて冷えた飲み物を飲んだな。

 やっぱり水は冷えていると3倍は美味く感じる……となると氷魔法か。

 いずれ取得したいところだが、魔法の発動もできないこの状況で取得しても宝の持ち腐れ。

 当面はこうやってお店で購入するしかないのだろう。

「ロキくーん! 計算終わったわよ!」

 そうアマンダさんから呼ばれたので、おばちゃんにお礼を言いつつコップを返してカウンターへ向かう。

「はいお待たせ! 初報酬はなんと48500ビーケです! これは中々凄い金額よ。しかも半日でこれなんだからちょっと多過ぎるくらいね」

「お、お、おぉおおおおおお!」

 今日は本気で頑張ったからそれなりの金額になると思っていた。

 が、まさか5万近いとは!!

 あれ?

 午前中の1便と午後の2便とで考えれば、1日10万くらいいくんじゃ……?

 明日も同じペースでやれって言われたら倒れそうだけど、本気を出せば現状このくらい稼げるという目安にはなる。

 そうかそうか……この世界で暮らしていくだけなら、身体が動くうちはまったく問題ないな!

「ふふふ、頑張った甲斐があったわね。明日は休むなりペースを落とすなり、しっかり自分で調整するのよ」

「えぇ、身体を壊さないように気を付けます。それでアマンダさんにちょっとお伺いしたいのですが……」

 そこで今日感じた自分の知識不足、ハンターに必須の装備を確認する。

「そうねぇ。必須と言えば武器だけど、壊れた時用に予備の武器を持ち歩く人も多いわね。嵩張らないようにナイフを腰に差している人も多いから、今度混み合っている時間に来たら他のハンターを見てみると良いわよ。あとは武器の血を拭う布と水筒。当然水筒は飲み水用としても必須ね。他にはルルブの森に行くハンターならすぐに戻れないから携帯食や雨具はまず必須だけど……パルメラ大森林ならすぐ戻ってもこられるから、昼に戻るつもりの無い人が持参するという感じね。ポッタのように籠に鉤具を付けて、一度に多く運べるよう工夫する人もいるわ。あとは緊急時用のポーション、ロッカー平原に行く人は必ずポイズンポーションも持っていくかな?そのあたりから防具も着けていく人が多いから、狩りが終わったら小まめに手入れしておくことも必須と言えば必須ね」

「な、なるほど……凄く有難い情報です!」

「え……まさか水筒も無しに行ってきたの?」

 全体を舐めるように見られながら、非常に痛いところを突っ込まれる。

 土で誤魔化しても血の跡がかなり残る右手で視線が止まっているので、これは隠しても無意味だろうな……

「どんなものかと軽い気持ちで行ってしまったもので……なのでこれから買いに行ってこようと思います!」

「はぁ……だからパーティを組んだ方が良いと言ったのに! そんなんじゃすぐ死んじゃうわよ!」

「分からなくなったらアマンダさんに聞くので許してください……」

「そ、そうね! ちゃんと私に聞きなさい。私にっ!」

「はい! では店が閉まってしまうので行ってきます!」

 なんとなく逃げた方が良さそうな雰囲気だったのでそそくさと退散。

 走るのは怠いが、アマンダさんから時折魔物のような狙われた気配を感じるのだからしょうがない。


 そのまま以前服などを買った商店街通りに向かおうと歩いていると、前方に見慣れた3人衆が歩いてくる。

 向こうも気付いたようで

「ロキくーん!」

「おっ、もう今日の狩り仕事は終わったのか?」

「やぁ! もう換金してきてこれから買い物に行くところだよ。ジンク君達は……これからだね」

 ポッタ君の籠には3体のホーンラビットが吊るされており、中には薬草類となぜか果実が籠の半分くらいまで入っている。

「ん? 果実?」

 思わず突っ込んでしまうと

「果実もギルドが買い取ってくれるんだよー知らなかった? 家にも持って帰るから全部は渡さないけどね!」

 ニシシって笑いながらメイちゃんが教えてくれた情報によると、果実も1個100ビーケほどでギルドは買取り、それを商店や飲食店に卸しているらしい。

 ザっと見ると籠に入っているのは30個くらいか……俺みたいに魔物のみを標的にしているのと違って、ジンク君達は小範囲を動きながらお金になるものを一通り回収というスタイルで動いているんだろう。

 ポッタ君が荷物持ちとは言え、さすがに広範囲を走り回るなんてやり方は厳しいだろうしなぁ。

 ちなみに俺だって籠を背負ったまま走り回るのは厳しい。

 籠に中身が入っていない最初のうちは良いが、2体3体とホーンラビットが入ると走るのはかなりしんどくなってくる。

 だから今回俺はノルマ達成のため、森と平原の境にある木の枝に籠を置いて放置し、3体目以降のホーンラビットは籠無しで探す作戦を取った。

 1体くらいなら持ったまま移動も余裕なので、間に魔石や討伐部位なんかも回収しながら籠の場所に戻る。

 籠に入れたらもう一度手ぶらで探索というやり方は、我ながらかなり効率が良かったように思える。

 ただ誰でもできるかというとやや難しいところがあり、腕時計の方位機能で探索に向かった位置をしっかり把握していたからこそのやり方だ。

 一直線に森の中へ向かい、少し逸れてから一直線に逆方向へ帰還する。

 これができなければ置いてある籠を探すのに相当苦労するはずなので、ジンク君達には教えてもあまり意味がない方法になってしまうだろう。

 ポッタ君の存在意義が無くなってしまうしね。

(っと……そうだそうだ……)

 渡す物があったと革袋に手を突っ込み、お目当ての銀貨をジンク君達に差し出す。

「今日教会に行ってきたんだけどさ。俺にはまだステータス判定は当面必要ないなって感じたから使わずに帰ってきたんだ。だからこれ良かったらあげるよ」

 そう言うと、手に持つ銀貨を見つめる3人。

「これってあれだろ? ハンター登録した時に貰えたステータス判定をタダでしてもらえるやつ」

「私こないだやったよー十字の銀貨だから一緒だね!」

「それそれ。教会の人にあげる予定って言っても何も言われなかったから、たぶんジンク君達が使ってもタダで判定してもらえると思うよ」

「マジかよ! もう判定してもらってから2年近く経つからそろそろしたいなとは思ってたけど……いいのか? 自分の持っているスキルを把握できるチャンスだぞ?」

「んー今日狩りしてみたんだけど、俺は【気配察知】さえあれば他のスキルって使わないんだよね。だからパルメラ大森林にいる限りは新しいスキルがあっても関係無いんだ。魔物しか倒さないしさ」

「そうなのか。それなら有難く……とは思うけどさすがにタダで貰っちゃーな。確かお金だと20000ビーケだったよな? なら半分の10000ビーケで俺が買い取るよ」

「いいよいいよ。その代わりに一つ教えてほしいんだけどさ。前ステータス判定してもらった時って3人共どうだった?」

「「どう、とは?」」

「黒い石板に文字が出てくるとは聞いたんだけど、取得しているスキルが一気に浮かび上がる感じ?」

「そうだな。俺が10歳で受けた時は10個くらいのスキルとそのレベルが浮かび上がったな。書き写してもらってないから数は大体そのくらいだが」

「ジンクそんなにあったの!? 私7個だったんだけど! 【異言語理解】でしょー【採取】でしょー【薬学】でしょー……」

「ちょちょちょちょ!」

 俺はメイちゃんの言葉を必死に止める。

 最近判定を受けたメイちゃんは全部しっかりと覚えているようで、このままじゃ指を折りながら道のど真ん中で所有スキル丸ごと公開してしまう勢いだった。

 この世界の人がどう思うのかは分からないけど、ゲームだと所有スキルがバレるのは弱点を晒すようなもの。

 だからこそ隠すのが基本だと思っているので、さすがに俺の質問がきっかけで世間様に晒させてしまうことには抵抗がある。

「スキルはあまり人に言わない方が良いんじゃない? 悪い大人がいるかもしれないしさ!」

「そっか! じゃあ内緒ー!」

「そうだぞ。珍しいスキルだと攫われて奴隷にされることもあるって昔父ちゃんが言ってたぞ。メイサはまったく問題無いと思うが」

「どうして!?」

 ふう~危ない危ない……

「なるほどね~それじゃ今日がハンター初日の俺はまだまだ判定なんて必要ないや」

「スキルなんて急にレベルが上がるものでもないしな。普通は数年に1回判定してもらうくらいだと思うぞ」

「そっか……まぁジンク君が2年振りくらいなら、俺よりも遥かに意味があるし使っちゃってよ!」

「うん、ありがとな! 今度ギルドであったら串肉奢るよ!」

「あ、それ良いね! そんじゃ急がないと店が閉まりそうだし、俺は水筒とか買いに行ってくるよ!」

「あぁまたな!」

「いってらっしゃーい!」

 ブンブンと手を振る3人衆に、俺も手を振りつつ考える。

(やはり教会の言っていることと内容は変わらずか……これでこの世界の人達が見る『ステータス』は、スキルとスキルレベルのみで確定しても良さそうだ)

 どんぐりの言う凄いとはこういうことだったのか。

 そんなことを思いつつも、俺は丁度夕刻の鐘が鳴り始めた道を急ぎ商店へと向かった。
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24話 リアルな世界

 夕食を済ませた後、魔石の欠片をエネルギー源に光るライトを見つめながら、椅子に腰を掛ける。

 テーブルには手帳とボールペン。

 今日あった新事実など、布団で考えればすぐ寝入ってしまう自信があるので、無理やり椅子に座って情報を纏める予定だ。


 しかし、今日の夕食が魚で良かったな……

 俺が噛り付いていた生魚と違って、しっかり味付けされた魚は美味かったというのももちろんあるが、今日は肉だとちょっと胃にくるものがあったと思う。

 死ぬか魔石を掴み取るか、どちらか選べという精神状態だったから途中からは何も感じなくなった。

 ある意味ランナーズハイのような、特殊な精神状態だったようにも感じる。

 ただ素面に戻れば、やはり見慣れぬあの光景は脳裏に焼き付くわけで、今はお肉を食べたいという気にまったくならない。

 って、そうなると何食うんだって話になるから、今度どこかで休みを取って町を探索してみるのも良いかもしれないな。

 この世界の食文化とはどんなものなのか。

 宿屋で夕食を取れるのはかなり楽ではあるけれど、1200ビーケという夕食代が普通なのかも調査してみるべきだろう。

 もしハンターギルドと宿の間に「ホーンラビット丼 特盛600ビーケ」なんて店でも発見しようものなら、肉に抵抗が無くなった際には相当通ってしまう可能性がある。

 その時にホーンラビットを直接飲食のお店に卸すとどうなるのか、あとはあるか分からないが魔石を専門に扱う店もあれば、買取価格を確認してギルドと比較をしてみても良いだろうな。

 ギルドはランクの昇格に実績と実力が必要と言っていたので、間違いなく常時討伐依頼に合わせて討伐部位を渡し、その報酬を貰うというのは実績に繋がっているはずだ。

 ただそれ以外の魔石や肉などを、ギルドで換金することがギルドの利益に貢献していると判断されて実績扱いになるのかどうか。

 ここ次第では売り先を開拓しておいてもいいわけだから、俺にとって損にならない選択を模索していかないといけない。

 アマンダさんに聞くよりは……裏表の無さそうなロディさんに聞いた方が良いだろうなぁ。


 あとはステータスに関してか。

 まさか、どんぐりの言っていた『|凄《・》|い《・》』が本当に凄いとは思わなかった……

 俺だけが認識しているレベル、俺だけが把握している能力数値……これらがいつでも見ようと思えば見られるというのは一種のスキルなのだろう。

 当初、初めてのその他枠になる【突進】スキルを取得した際、なぜ突進の上に2つ分の|謎《・》|の《・》|空《・》|白《・》があるのだろうと疑問に感じていた。

 今だにそこは空白のままで何も表示されていないけど、この詳細を見られるステータスがスキルということなら納得もいく。

 俺がどんぐりにしてもらったことは、このステータス画面と身体年齢を戻すことの2つなので、なぜどちらもスキル名が表示されないのかは分からないが、年齢が若返ったことも【若返り】とか、きっとそれっぽいスキル名が隠されているはずだ。


 どうもおばちゃんシスターやジンク君達の話を聞く限り、この世界のスキルとスキルレベルは日本で言えば『資格』と同じような扱いをされているように思える。

 例えば留学して英語が堪能になれば、あなたは英検2級に準ずる能力がありますよと、女神様から【英検】2級というスキルが与えられる。

 ただ違いとして資格を取った瞬間から特殊な能力、つまり【気配察知】であれば周囲5メートルの動きが肌感覚で分かるようになるといった力が発現されるので、魔法がある世界だからこその不思議現象と捉えるしかないだろう。

 またこの世界の人達が認識していない魔物を倒してのレベルアップは『徳を積む』ということに近く、宗教観念の薄い日本だと何より自分が良い人で在りたいかどうか、あとは一部の人が死後の世界を信じて天国に行きやすくなるようにとかその程度だろう。

 無意識にする人はするし、しない人はしない。本人の性格によるところが非常に大きいと思う。

『徳を積む』メリットは人脈、円満な人付き合いなど当然あるものの、得てして徳を積む善人は過ぎれば損をし、悪い人間ほどお金を稼いでいたりもするという悲しい側面もあるわけだから、日本では一概に徳を積む=実益があるとは言い難い。

 しかしこの世界だとスキルの習得やスキルのレベルアップ、つまり徳を積めば英語の理解度が深まったりしゃべれるようになったりと、外部の力によって能力を無理やり押し上げてもらえる。

 実情は単純にレベルアップして得たスキルポイントを、女神様を経由して使用しているということになるのだろうが、魔物を倒すという善行に対しては、死のリスクと引き換えにしっかりとした実益が生まれている。

 元の世界との違いは|こ《・》|の《・》|程《・》|度《・》。

 そう、たかだかこの程度であって、魔法が存在したり文明が遅れていたりはするものの、その中で日本と同じように皆が幸せを願って日々生活しているわけだ。


 そうだ。

 そうなんだよ。


 おおよそでは分かっていたことだけど……やっぱりここって|現《・》|実《・》っぽいんだよなぁ……


 生身の身体で食って寝て、魔物と痛い思いをしながら闘っているんだから何を今更と思うかもしれないが、俺にとってはかなり重要なことだ。

 この世界に飛ばされた当初、俺はどんぐりから貰った『ステータス画面』を見た。何もしなくても|ゲ《・》|ー《・》|ム《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|に《・》すぐ見ることができてしまった。

 だからゲームとしての世界に飛ばされたのか、それとも地球のようなリアルな世界に飛ばされたのか。

 これがよく分かっていなかった。


 いや、薄々は分かっていたか。

 森には日本と同じように昆虫がいて、地面には巣穴から出てきた小さな蟻が行列を成してゾロゾロとどこかへ進行していた。

 枝と枝の間には蜘蛛の巣があり、そこに虫が捕らえられている姿を何度か見かけているし、俺はその蜘蛛の巣を木の枝で払いながら森を進んでいたんだ。

 仮にここがゲームの中の世界なら、そんなところにリソースを使うなんて考えにくいだろう。

 それなら魅力あるボスでも追加で1体作ってくれって話だし、作り手側だってそうするのが普通だと思う。


 殴られれば痛いし血は出る。

 気持ち悪ければ吐き気がするし、一度だけだが腹痛に見舞われたこともある。

 ジンク君達やアマンダさん、おばちゃんシスターや宿の女将さんに商店の人だって、どう考えてもNPCという雰囲気はまるで無い。

 皆それぞれが決まった返答を繰り返すなんてことはなく、考えて行動、言葉を発している姿は日本にいる数少ない友人や同僚と同じようにしか見えない。

 そう考えると……

 俺だけがこの世界でゲームと|現実《リアル》を混同してしまっている。


 変なところで甘え、変なところで無謀になり、自覚も無くゲームの視点とリアルの視点が切り替わっていたように感じる。

 そしてゲームの視点に切り替わっている時が、俺の死ぬ確率が高い時なんだろうなと、なんとなく思ってしまう。


(直せるかな……直さないとな……でもあまり自信は無いな……)


 昔ゲームにハマり込んでいた時は、まさにゲームがリアルだった。

 1日24時間、トイレに行く時も風呂に入る時も、行っている間にキャラは死んでいないか、ちゃんと敵を倒して効率を落としていないか。まさか戻ったらレアドロップしているんじゃ?

 こんなことばかり考えていた。

 食事なんてパソコンの前で、画面を見ながら取るのが当たり前の生活。

 寝れば夢でも狩りをしていて、夢の中のドロップに一喜一憂する生活……


 一度は社会人として働き、自分は真っ当な人間に矯正できたと思い込んでいたけど、こうも|自《・》|分《・》|が《・》|ハ《・》|マ《・》|っ《・》|て《・》|し《・》|ま《・》|う《・》|世《・》|界《・》を目の当たりにしてしまうと抑えるのが厳しいよ。

 考えてみたら社会人になってゲームを一切やらなくなったのも、時間が無いからという言い訳を作って、また前の自分に戻ってしまうのが怖かったからだ。

 中途半端に趣味の範疇で楽しむことができない。自分の性格はよく分かっている。

 弱い自分に落胆するし、そんな状況に納得もしたくない。

 努力すれば結果がついてくる世界なら尚更だ。

 結果、全てを捨てる選択を取ろうとする……今がもう怪しいもんなぁ。

 自分の子供だって言ってもおかしくない年齢のジンク君達を、それとなく利用してしまっているのが良い証拠だ。

 営業マンの時なら子供を利用するなんて発想すら出てこなかっただろう。

 あぁ……現実に戻ると罪悪感でいっぱいになってしまう……でもそれが俺の本性だ。

 表面を取り繕って矯正されたと思い込む前の、本当の俺の姿だ。



 強さへの憧れは我慢できる?



(たぶんできない)



 惨めで弱い自分に耐えられる?



(もうあんな思いはしたくない)



 じゃあ、どうするの?



(…………)



 ここはゲームじゃない。リアルな世界だ。

 耐えられないからもう止めますなんて、"都合の良いリセットボタン"のようなものは存在しない。

 どうやったら帰れるか。森の中にいた頃は考え、辛くなる度に何度もどんぐりへ呼び掛けたりもしたが……

 少なくとも町に着いてからは一度も考えたことが無い。

 俺がこの世界の仕組みを楽しいと感じてしまったからだ。

 この世界|な《・》|ら《・》俺は強くなれると感じてしまったからだ。


「どんぐり……このままじゃ俺はどこまでも腐ってしまうよ。今なら間に合うと思うんだ。まだ引き返せると思うんだ。俺を……元の世界に帰してくれないか?」

 ・

 ・

 ・

 まぁ……分かっちゃいたが、何も反応は無いよな……

 たぶん、それが本心ではないことを見透かされているんだろう。


 フッ――……


 魔石の燃料が切れたのか、ライトの灯りが消え、部屋全体が闇に包まれる。

 部屋にある唯一の小窓から入り込む光はかなり微弱で、自分の手元にあるはずの手帳はなんとか薄明かりでその所在を確認できるのみ。

 そっと手帳を閉じ、自然と灯りを求めて小窓へ視線が向かう。


「真っ暗――全身黒ずくめの魔王か……」


 ロキという名を名乗ったことで分かった存在。

 本当に勇者タクヤに倒されたのかは分からないが、既にいないとされている存在。

「俺のこの考え、性格は勇者というより、魔王と呼ばれた方がまだしっくり来るな。……ハハッ、この際目指しちまうか? 魔王を」

 暗闇の中一人呟くも、どんぐりは反応を示さない。

 冗談だと思っているのか、どうせ無理だろうと思っているのか。もしくは俺に対してさほど興味が無い可能性もある。


 まぁいいさ。

 結局のところ誰のために生きるかだ。

 そして俺は自分自身のために生きる。

 いきなり飛ばされたんだから、現状それしか選択肢も無い。

 ならば、あとはなるようにしかならないだろう。

 ただそれでも――


「言うか? せめてジンク君達には本当のことを……」


 そんな思いが自然と口から零れ落ちた。
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25話 次なる狩場への計画

「ぐぅ……足が痛い……重い……」

 まだまだ早朝と言ってもいい時間に空の籠を背負い、俺は森を目指して走っていた。

「営業の時はそれなりに外回りで歩き回ったと思っていたが……この世界のハンターと比較したら笑われるレベルだわ」

 便利なアプリがあるわけでもないので、自分が1日どのくらい駆け回っているのかは分からない。

 ただ足の疲労感だけは今まで感じたことがないくらいに強く、踏み出そうとする足に何かがしがみついているんじゃないかと感じるくらい一歩が重い。

 それでも、僅かに歩くよりは速く、というよりジョギングしているくらいの気持ちで日々の恒例となってきているパルメラ大森林へと向かう。

(ステータスには「体力」もしくは「スタミナ」と呼べる項目は無い。ということは見えない数値が存在するか、自己鍛錬していくしかない)

 ソロを主体にやっていく以上、バテて動けなくなればその時点で詰む。

 ゲームのように無限の体力があるわけではないのだから、それなら自分で意識して体力作りをするべき。そう思っての行動だ。

 気持ちだけが先行して行動はまったくついていけていないが。


 ちなみに今日でジョギング訓練3日目だ。

 なんだかんだと休まずに、午前中の1便、午後の2便と、昼に一度換金をしにベザートへ戻るサイクルを無理やり作り、お金稼ぎとレベル上げを黙々とこなしている。

 お金はここ2日の日当がそれぞれ8万ほど。

 さすがに初日の午後に作った半日5万は無理をし過ぎたので、多少敵を探す際の移動ペースを緩め、荷物もあまり重過ぎないようホーンラビット4体で帰るようにしている。

 足が思うように動かないというのもあるし、索敵に夢中だとフーリーモールからそのうち一発貰いそうで怖かったからだ。

 その代わりペースを落とせば余裕が生まれるので、途中で果実を齧りながら水分補給をしたり、珍しそうな草や花があれば抜いて持ち帰ってみたりと、ジンク君達のスタイルを少し広範囲でやるようにしている。

 これで【採取】もそのうちスキルを習得することだろう。

 この2日間でレベルは7に。

【土魔法】【気配察知】はスキルがレベル2に上昇した。

 それぞれの詳細説明はこのように変化している。


【土魔法】Lv2 魔力消費20未満の土魔法を発動することが可能

【気配察知】Lv2 使用者の周囲で動く物体に対して反応が敏感になる 範囲半径10メートル 魔力消費0


【土魔法】は発動できない以上ステータスボーナスの恩恵しかないから置いておくとして、【気配察知】は予想通り効果範囲の上昇と素晴らしい能力である。

 昨日早速試していたら、どうやらフーリーモールの気配察知範囲を超えたらしく、敵が気付く前にこちらが気付いて巣穴を突くという芸当ができてしまった。

 ここまで来るともう楽勝モード。パルメラ大森林に死角は無く、ただの金稼ぎと経験値稼ぎの場と化してしまっている。

 ただ既にレベル2になっている【突進】スキル含め、レベル2から3への上昇は魔物1体当たり約3%強。約30体倒してやっとレベルが上がるというくらいに要求経験値が上がってきているので、その狩場の主要スキルはレベル3か上げても4で打ち止め。

 そこからは次の上位狩場に移れるなら移った方が無難だろう。

 あるのかは分からない敵の設定レベルと離れてきたのか、いくらソロでも明らかにレベル経験値の上がり方が遅くなってきているし、何よりフーリーモールよりも索敵範囲が広がったことによって、敵の所持するスキルにもレベル設定があるんじゃないか?という疑惑が浮上している。

 もし予想通りであれば、仮に上位狩場で【気配察知】レベル2のスキルを所持する魔物を倒せば、俺のスキル経験値も2倍とかになる可能性があるので、不必要に低位狩場に籠り続けて「レベル10にしたら次ぃ!」なんて気合の入り過ぎたことはしない方が良いだろう。

 たぶんそんなことをしようものなら、俺は5年くらいパルメラ大森林から出られない気がする。

 棒持ちゴブリンは1日に1体遭遇すればラッキーくらいの頻度だから別として、【突進】【土魔法】【気配察知】をそれぞれレベル3。

 そしてそれっぽい防具と狙っているショートソード。

 あとは職業選択をやり終えたら次なる狩場、ロッカー平原に挑むとしよう。


 それにしても……パルメラ大森林は下位狩場というだけあって、様々な人がいるなとつくづく思う。

 あまり人気が無いと言っても1日4~5組のパーティは見かけたりするのだが、前方には親子であろう、短槍を握った父親と10歳くらいの息子が手を繋ぎながら森へ入ろうとしている。

 このくらいなら全然マシな方で、昨日はフーリーモール対策なのか鍋を頭に被って草を採取していた夫婦っぽい男女や、全員が|鍬《くわ》のような農具を握って森の中を彷徨う農業一家4人構成パーティ。

 午後の2部で森に向かう途中にお母さんと息子が森から急に飛び出てきて、助けようかと駆け出したら追ってきたゴブリンを木の棒握り締めたお母さん一人が滅多打ちという、息子が見たら複雑な気持ちになるであろう光景も目の当たりにした。

 赤黒い返り血を浴びたお母さんが振り返りながら、笑顔で「大丈夫です」なんて言われても、俺がその姿にビビッて全然大丈夫じゃなかったし。こんなの夢に出てくるわ。

 誰もがイメージするような冒険者、狩人っぽい人はほぼおらず、町を歩いている極々普通の人達が、そのままの格好で森の入口付近を出たり入ったりしながらワチャワチャやっている。

 本業の収入が乏しいのか、女神様の祈祷を狙った|徳積み《レベル上げ》なのか、それとも町から僅か1km程度という森の身近さ故なのか。

 日本なら殺される可能性のある魔物が出る森なんて言えば、黄色と黒の立ち入り禁止テープが張られて警官の厳重警戒態勢になろうものが、この世界では普通に受け入れられていることに新鮮さを感じてしまうな。

 まぁ悪く言えば、それだけ死が身近にあるということなんだろうけどね。

 考えてみれば、以前行方不明になったという2名のハンターのことでギルドマスターと話した時も、やけにあっさりしていたというか、死を受け入れるのが早かった気がする。

 アマンダさんや他のスタッフさん、ギルド内にいたハンターの人達にも落ち込んでいるような様子は無かったし、死ぬのも覚悟しながらお金を稼ぎ生活するというのが当たり前の世界なのだろう。


 って、いけないいけない。

 そんな考えに納得していたら、俺はすぐに|ゲ《・》|ー《・》|ム《・》|視《・》|点《・》に戻ってしまう。

 俺は死ぬのはごめんだ。死ぬのが怖いから俺は強くなりたいんだ。

 いくら楽勝ムードが漂っているとは言え油断は禁物。

 ゲームと違って当たり所が悪ければすぐ死んでしまう可能性もあるのだから、しっかり警戒して魔物を倒していこう。


 それじゃあ今日も頑張りますか!




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 時刻は腕時計時間で16時。

 今日は早めにノルマを達成したので、ポケットに入れていた果実を齧りながらベザートの町へと帰還する。

 筋肉痛は成長の証だけど、休まないと逆効果ってどこかの偉い人が言ってたしね!

 裏口から解体場へ入ると、奥の作業台でホーンラビットを解体していたロディさんがカウンターへやってきた。

「おう今日は早いな。さすがに疲れたか?」

「疲れたのもありますけど、ノルマは達成しましたので。だから早めの帰還です」

 そう言って籠を渡すと、いつものホーンラビット4体にその他討伐部位や魔石がこんもり入っている。

「相変わらず安定して狩ってきやがるなぁ……受付のスタッフ連中が有望株だって騒いでたぞ」

「あぁそうなんですか……あまり目立ちたくはないんですけど、これ以上収入は減らしたくないのでしょうがないですね」

「なんだ? 何か買いたいもんでもあるのか?」

「ロッカー平原に行くことを考えてまして。それで武器と防具、あとは職業選択のお金を貯めてるんですよ」

「なるほどな。ということは100……いや80万ビーケくらいが当面の目標か?」

「いやー150万くらい貯めようかなと。僕の身長だと樽の中の安い武器は大き過ぎるんですよね」

「武器は本来大人が買うもんだからな。しかしその歳で150万か……そりゃ有望株って言われるだけあるわ」

「ははは……目標があるから頑張っているだけですよ。あ、ちなみに! この草なんてどうですか!?」

 そう言って俺はポケットに入れていたあまり森では見慣れない草や花を出す。

「ほう……こいつは玲環草だな。魔力ポーションの原料になるから1200ビーケで買取可能だ。だがそっちの花はダメだ。フーレイ花の根っこは薬師が喜ぶが……花や茎に需要は無い」

「うぐぅ~根っこの方でしたか……まぁいっか1個は当たりでしたし! この草ですね覚えておきます」

 うーむ、やはり薬草採取は難しい……

 魔物と違って何でも似たり寄ったりに見えてしまう上、花に需要、葉に需要、茎に需要、根に需要とそれぞれ求められているものが違うので、隙を見ては拾ってこのように勉強しているものの効率が悪い。

 たぶん【採取】スキルが取得できれば、何かしら判別に役立つ能力が開花すると思うので、それまではこうしてそれっぽい物があれば拾い、お金になればラッキーくらいの感覚でやっていくしかない。

 それでも今日はこの草を拾ったおかげで晩御飯代が浮いたわけだし、なんだかんだスキル経験値も稼げて一石二鳥というわけである。

「ちなみに、こうしてギルドに採取物や素材を卸すというのも、ハンターランクを上げるのに意味があるんでしょうか?」

 以前気になっていた部分を聞き忘れていたから、話のついでに今聞いてしまおう。

「あぁ意味はあるぞ。ギルドに卸してくれればどんな魔物をどれだけ倒しているのか、もしくはどんな活動をしているのかそいつの実績をしっかり把握できるが、他所だとそれが分からないからな」

「例えばゴブリンの討伐部位をロディさんに渡したとして、そのゴブリンの魔石もこちらに卸した方が実績に繋がるということですか?」

「そうだな。金だけを見るなら、ホーンラビットの肉なんかはてめぇでしっかり解体できなきゃギルドと変わらんだろうが、薬草なら薬師やこの町にはいないが錬金術師に。皮なら裁縫屋や防具屋なんかに直接卸せば多少は高く買ってくれるだろう。魔石も魔石屋の方がまぁ高いだろうな。だがギルドに卸してくれた方がギルドに貢献しているという意味で評価されるし、討伐部位だけギルドに卸していると、狩場で魔石を取り出す余裕も無いほど背伸びしているやつとして見られやすくなる。
 だから一生ハンターランクがGやFでも良いっつぅー……普段別の仕事をやっているような連中は、自分達が欲しい物や食いたい物を取りに行って自分達で使うからギルドにはあまり売りに来ない。でもあいつらはハンターで飯食っていこうなんて思っていないからそれで問題無い。逆にハンターが本業の連中なんかはまずギルドで纏めて売るぞ。その方がランクも上がりやすいし、何より換金が楽だからな」

「なるほど! ありがとうございます!」

 ちょー納得。

 確かに他所で討伐部位以外を売っちゃったら、ギルドからしてみればその人は討伐部位だけをなんとか剥ぎ取ってこられた人と変わらなくなっちゃうもんね。

 正直に肉以外は他所の方がちょっと高いなんて言っちゃうところもロディさんらしいし、これは信じてギルドに全部売ってしまった方が後々は得だろう。

 言ってる通り楽だし! その後アマンダさんのとこに行くだけでお金くれるし!

「ちなみにだが……金はギルドに預けておけるからな? おまえくらいの年齢で大量の金貨をジャラジャラさせてたら危ないだろ」

「……えっ? 初耳なんですけど?」

「やっぱり知らなかったか。解体場で報酬は預けるって言えば、俺が後でまとめて受付に処理の依頼をする。金を引き出したくなったら受付に言えば貯まった分を引き出せるって寸法だ。法外な金額じゃなけりゃーな」

 なんでこんな重要なこと、アマンダさん教えてくれないんだよ!

 まるで銀行のような素晴らしい仕組みじゃないか。

 まず間違いなく利子なんてつかないだろうけど、最近ちょっと硬貨が重くなってきて困っていたところだ。

 確かにやっと150万ビーケ貯まりましたー!

 その瞬間襲われましたー!

 なんて事態になったら大惨事もいいところ。お金を余計に持つことはトラブルホイホイになってしまう可能性もある。

 となれば一択です!

「預けます!」

「おう分かった。それじゃあ今日の分だから一応この木板確認してくれ。問題なけりゃ後でアマンダにでも渡しておくから、今日は受付に寄る必要もないぞ」

「ホーンラビット4体、ゴブリン5体、フーリーモール4体……はい大丈夫です!……あっ!」

「ん? なんだ?」

 そういえば確認したいことがもう一つあった。

「今日ゴブリンの中に木の棒持ったやつがいたんですよ。今までもたまに見かけてたんですけど……あれは特殊個体とかになるんですか?」

「難しいところだな……特殊個体と言えば特殊個体だが上位個体ではない。今日倒したんなら分かると思うが、普通のゴブリンと身体の大きさとか速さとか変わらなかっただろ?」

「確かに。ただ棒を持っているだけって感じですね」

「だから魔石も同サイズ、討伐報酬も普通のゴブリンと同じ扱いになる。これが上位個体になれば、この辺にゃいないがゴブリンウォーリアーやゴブリンメイジなんてのが出てくるな。身体がゴブリンよりデカいし、魔法を撃ってきたりで強さが大きく変わってくる。そうなりゃ別種扱いってわけだ」

「そうなんですね……ってことは普通のハンターにとって、棒持ちとか先日現れた剣持ちなんて厄介なだけの存在ですね」

「その通りだな。ただ拾った物をそのまま使う習性があるからこればっかりはどうにもならねぇ。まっ、持ったところで使いこなす頭はあいつらにないんだけどな。精々振り回すだけだ」

 実はそいつらも、どういうわけか対応するスキルを必ず持っているんですとはこの場じゃ言えない。

 まぁお金目的であればメリット無し、スキルレベル的には美味しい敵くらいに思っておこう。

「色々ありがとうございました! それじゃまた明日も宜しくお願いします!」

「あぁ早いとこ帰って休めよ!」

 そういって解体場の裏口から出る。何気に裏口から出るのは初めてだな。

 木陰でコソッと見れば時間はまだ5時前……夕刻の鐘がなるまではあと1時間以上ありそうだ。

 となればやることは一つ、初の町探索っ!

 どこかでやろうと思ってたことだし、足は重いけどさっき話に出た魔石屋やご飯屋なんかを色々と偵察してみますかね!
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26話 魔石の勉強

 ベザートは辺境にある片田舎の町だ。

 アマンダさん情報だとこの町がある『ラグリース王国』は南北に延びていて、ここベザートは最南端、パルメラ大森林とほぼ隣接していると言ってもいい位置に存在している。

 街道は北にある地方都市『マルタ』に通じるのみで、その『マルタ』は東西南北4本の街道が延びている南の交易拠点になっているとのこと。

 もちろんマルタ以外にも周囲には寒村含めたいくつかの村が点在するらしいが、国も町も全ては把握できておらず、街道近くで宿を置いているような、それなりの規模の村以外は国もあまり関与していないらしい。

 言ってしまえば税金フリー状態なんだろうけど、そもそも取れるものが無いといった方が正しい表現なんだろうと思う。

 そしてベザートは片田舎らしく、町の外周は背丈ほどの木の柵で覆われているだけ。

 十字に延びる大通りが感覚で言えば直線2km程度それぞれに延びており、中心部は商店やハンターギルドなどの商業や教会などの主要施設。

 そこから裾に広がるに連れて、民家が増えてくるという構図になっている。

 俺が泊まっている宿屋は中心よりやや北寄りの大通り沿い。

 だからギルドや買い物なんかには非常に便利で、かなり活動しやすい宿だなと思う。

 これがメイちゃんの言っていた|汚《・》|い《・》|宿《・》だと、左右に延びる大通り沿い、しかもやや町の中心から外れてくるため、外観はかなり民家に溶け込んでいるんだそうな。

 まぁそれくらいなら個人的には全然問題無しというか、日本人からしたら民宿程度の想像しかできないわけだが、問題は町の出入り口は南北のみで、町の左右になると狩りに行く時が非常に不便。

 そんな理由もあって、あとは資金的にも逼迫した状況からは抜け出せたので、宿換えという発想にはまったく至っていない。

 ちなみに南は当然のことながらパルメラ大森林行き。

 町を南から出るのは森以外目的を探すのが難しいくらい何も無いので、町の南エリアはあまり人気が無い。

 逆に北は地方都市マルタへの街道、左右には広大に広がる穀倉地帯。

 そこからさらに北東へ進めばロッカー平原、北西に行けばルルブの森と、ベザートの町の有力ハンターや商人、農業従事者も北から出ていくので、必然的にベザートの町の北が少しだけ富裕層地区のような扱いになっているとのこと。

 会ったことはないが、ジンク君達の救出という名目で謝礼を貰った町長の家もこの北地区のどこかにあるんだろう。

 アマンダさんからこのような情報を教えてもらった時、なぜパルメラ大森林が目と鼻の先にあるのに木の柵?

 もっと石造りとかの頑丈なやつの方が良いのでは?と質問したら、パルメラ大森林は何もかもが特殊で、過去に1度も|集団暴走《スタンピード》の発生事例がないらしい。

 だから無駄にお金をかけて警戒する必要も無く、以前ジンク君が言っていた通り森と町の間に作物を作らず、草原のままにしてゴブリンが町に近寄らないようにしているだけで十分な対策になるという話だ。

 ここまで聞くと、「それならルルブの森は|集団暴走《スタンピード》があるんじゃ……?」とも思ったが、聞くと変なフラグを立ててしまいそうな気がしたので聞くに聞けなくなった。

 あんなEランク推奨のところで魔物の集団暴走が発生してしまったら、俺は懐かしの洞穴仙人モードになるしかないと思っている。絶対に死ぬし。


 というわけで俺は町の中心地。

 その交差点を一本入った脇道などを探索していく。

 特に左右は今まで行くことがなかったので、旅行先をプラプラするような感覚で何気に楽しみである。

 ミミズの這ったような文字が書かれた木の看板は大体がお店だろうと、店先からどんな内容かを見てみると、一つ目に発見したのは果物屋。

 俺が森の中で良く食べていたキウイみたいなやつも並んでいる。

(ふむふむ……メイちゃんが言ってた100ビーケでギルドに売れると言っていたやつも、ここでは200ビーケで売られているわけだな……)

 となると庶民が食べたいと思った時、森の中にちょっと取り行くかという気持ちもなんとなく分かる。

 中には3500ビーケなんていう俺の宿代より高い黄色い果物なんかもあったりするが、たぶんこの世界のことだから輸送費で値段がガンガン吊り上がってしまうんだろう。

 依頼の護送もそれなりの費用がかかっているみたいだしね。


 そして次に見つけたのは……あった! ちょっと楽しみにしていた魔石屋!

 中に入らないと売り物がさっぱり分からないのでドアを開けて覗いてみると、カラランという音に反応して店の人が俺に気付く。

「いらっしゃい~」

「あっ、こんにちは」

 声をかけられたので挨拶をしつつ、俺はすぐに店内の光景に目を奪われた。

 日本のジュエリーショップとは違う、様々な色、大きさの魔石。

 店内は狭いものの、それでも50は超える魔石が陳列棚に置かれている。

「初めてこのような魔石のお店に入りましたが……色々な種類の魔石があるんですね」

 思わず店員さんに尋ねるような口調の独り言が出てしまうも、眠たそうな妙齢の女性店員さんは良い人なのか暇なのか、しっかり受け答えしてくれる。

「用途に合わせて他国で採れる魔石も取り寄せてるからね~」

 俺が見慣れてきた親指の先ほどの魔石もあれば、子供の拳ほどの魔石もある。

 また色も統一されているわけではなく、水色や橙色なんかが混じった色の魔石が陳列されていた。

(そういえばゴブリンとホーンラビットは黒色だったけど、フーリーモールはちょっと茶色も混ざったような色をしてたな……)

 ふと思ったことが気になり始める。

「大きいほど価値が高いというのはなんとなく分かりますけど、色は何か関係があるんですか?」

「おぉ……君はなかなか魔石に|疎《うと》いようだね。しょうがないお姉さんが教えてあげよう」

「あ、ありがとうございます……」

「色は魔石の属性を表しているんだよ。黒い色が無属性、水色は水属性、この辺で採れるフーリーモールの魔石は茶色くて土属性って感じだね。属性の力が強い魔石ほど色がはっきり出るから、より大きく、発色が強いほど価値の高い魔石っていうことになるわけさ」

「なるほど!」

 そう言われて改めて魔石を見ると、水色も黒に僅かに青が混ざった?という魔石もあれば、もう少し水色に寄った魔石もあったりする。

「属性が混ざると何か変わるんですか?」

「変わるも変わるさ。水を出す魔道具なんかには、水属性の混じった魔石の方が効果は強くなるし長持ちもする。火に関連する魔道具なら橙色や赤色をって感じだね。ただ属性付きの魔石は値が張るから、普通の家は何にでも使える黒い無属性の魔石を砕いて使うもんだよ。お金持ちさん用の需要があるから一応属性魔石も置いているけどね」

「ほっほー……」

「君は魔石を買いたい人? 売りたい人?」

「うーん、どちらかというと売る側ですかね。仕事がハンターなので」

「なるほどね~……武器を持ってないところを見ると、これから頑張ろうって感じかな?」

「ですです。まだ始めて数日の駆け出しなので……」

「なら、いずれ武器に属性を乗せたくなった時にまた来ると良いよ」

「武器に属性?」

「そうそう。武器に属性を付与する時は乗せたい属性の魔石が必要になってくるからさ。パイサーさん……この町にある武器屋の店主が付与魔法を使えるから、うちで属性魔石を買って依頼する人もいるよ。特にこの辺じゃ火属性の魔石は希少だからね」

 なんだか凄く興味深いお話を聞けた気がする。

 そしてパイサー……そうか、あの俺が狙っているショートソードはパイサーさんが自ら作ったものだったのか。

 そういえばどんな内容かは覚えていないけど、何かしらの付与もなされた武器だったはずだ。

 俺はそっとステータス画面を起動しスキル欄を確認すると、【付与】というスキルがあることは確認できるので、隠れているレアスキルではないことが分かる。

 ん~……自分で【付与】スキルを取得したとして、スキルレベル1とか2でどの程度の効力があるのかも分からないし、属性を乗せたくなった時にはその値段と相談するのが無難だろうな。

 あとはついでに……

 そう思ってステータス画面を閉じ、一応属性魔石の値段も確認しておく。

 が――

「フーリーモールと似たような大きさの氷属性魔石で50000ビーケ……かなり……お高いっすね……」

 思わず声に出してしまった。

 だってフーリーモールの土属性魔石は1個2000ビーケの買取だよ? 高過ぎない!?

「ははは! そりゃ他国から取り寄せてるんだから高いさ。魔石は小さいけど価値があるってんで盗賊に狙われやすいからね。それに氷属性は特別高いと思った方が良いよ。武器に乗せる属性としては大人気だからさ!」

 そう言われて土属性魔石――つまりフーリーモールの魔石がいくらで売っているのか確認すると、3500ビーケと確かに安いことが分かる。

「土属性魔石って人気無いんですね……フーリーモールをセコセコ倒している身としては悲しくなります……」

「土属性魔石は建物とかを作る時に使うのが一般的だからね。この辺なんかじゃ大きな建物を作ることも無いし、そもそも材質は木で作るからそこまで土属性魔石を使う用途も無いんだよ。要塞を作る時なんかはかなり大量に使われるみたいだけどね~」

 量は取れるのに消費が無い。物の売買としては売る側が極めて不利な状況である。

 ただ言っていることも至極真っ当なので、俺がブーブー文句を言ったところでどうにもならないだろう。

 商人ならばここで大量に土属性魔石を買い付けて、戦争でもやってそうな国に行って売れば大儲けっていうことになるんだろうな。途中で盗賊に奪われなければだが。

 最後にお礼を言い、属性を付けたくなったらまた来ますと伝えて店を出る。


 属性武器かー……

 高いけど……氷属性魔石高いけど!

 それでも武器に青白く冷気を纏わせて闘う姿なんて、ちょっと格好良過ぎじゃないか?

 二刀流にして片方は氷属性、もう片方は火属性かな?

 それでブワッ! カキーン! なんて、強者感ハンパないでしょう!

 ……良し、目指そう。

 これも目標にしよう。

 そう思いながら、何やら感じる嗅ぎ慣れた匂いに釣られ、次なるお店へと吸い寄せられていった。
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作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
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ちなみに、ラブコメ?が始まるのは第58話で始まる第4章から。
そこまでのアップロード準備はもう準備出来ております。7/16 本日3話目の投稿です
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27話 かぁりぃと謎の瓶

 クンクン……

 足が1軒のお店へと勝手に動く。

 クンクンクン……

 このスパイシーな匂いは知っている。

 クンクンクンクン……

 俺が週に1度は食べていたやつと似ている気がする。

 クンクンクンクンクン……

 や、やっぱりだ……


「カレーだぁ!!!」


 何も考えずに店のドアをガバッと開け、他のお客さんが食べているその物を見て思わず吠えた。

 店員も他のお客さんも皆キョトンとした顔をしているが、そんなことはどうでもいい。

 ビリーコーンの女将さんに今日の夕飯を食べることも伝えているが、そんなこともどうでもいい。


 まさかこの世界にあるとは思わなかった。

 勇者タクヤが広めてくれたのか?

 それとも地球じゃないことは分かっているが、中東っぽい雰囲気があると感じていたこの町の人達はアジア寄りなのか?

 よく分からない……よくは分からないがっ!

 目の前にあるなら食べるしかないでしょう!!

 偵察だけのつもりだったのにいつの間にか席に座ってしまった、このどうしようもない我がお尻を叱るわけにもいかない。

 メニューメニュー……メニューは無いのか?

「あの! メニューみたいなものは……?」

「うちはメニューが1つしかないんでね。……頼むかい? うちの『|か《・》|ぁ《・》|り《・》|ぃ《・》』を」

(ゴクリ……)

「その『|か《・》|ぁ《・》|り《・》|ぃ《・》』とやらを1つ、お願いします!」

 なんてこった。

 まるで外人さんが日本のカレーを片言でしゃべったような発音だが、間違いなくカレーに近い言葉なのは分かる。

【異言語理解】はしっかり仕事してるんだよな?

 敢えて「カレー」と翻訳しなかったことに大した意味はないんだよな?

 店を見渡せばお客さんは一人だけ。

 カウンター6席、テーブル席2席の比較的こぢんまりとしたお店のようだ。

 そこに、この状況であればもうインド人にしか見えなくなっている浅黒の肌に髭を生やした男性が一人、鍋を火にかけている。

 まだ夕刻の鐘も鳴っていないから空いているのはしょうがないのだろう。

 決して激マズで客がいないとは思いたくない。

 不安と期待で鼓動が自然と早まる。

 ぐぅ……一つ席を挟んで隣で食べているおじさんの食事風景をもっとガン見したいところだけど……ここは我慢だ。

 店内で早々に叫んでおいて、今更マナーもへったくれもないんだろうけど、それでも既に頼んでいるんだから、自分の食事が来るまで期待に胸膨らませて待つとしよう。


 すると体感1分も掛からずカウンター越しに運ばれてくる俺の『かぁりぃ』!

 早いっ!! 某牛丼屋並みだ!!! このお店かなりやるっ!!

 出されたそいつを自分の下に手繰り寄せ、香りを嗅ぎ、目を走らせれば……


 間違いない。これはカレーだッ!!


 だって、まず俺の顔以上に大きいナンがあるし!

 カレーは黄土色をしたスープ感の強い本格カレーっぽいやつで、その中にジャガイモっぽいのと、たぶん鶏肉だろうか。もしかしたらホーンラビット肉かもしれないが、どちらもゴロッとしたサイズ感の具材が投入されている。

 おまけになんだこれは。

 別皿に細切れにされたチーズのようなものが置いてある。

 ぶっかけろということか? それとも食事中に摘まめということか?

 困惑していると店主が

「うちの『かぁりぃ』は辛いんでね……坊やに耐えられるかな? まぁ耐えられなければそいつを投入すればいい。幾分味がまろやかになる」

「なるほど……」

 そういうことであれば、まずは本来の味を頂こうじゃないか。

 恐る恐るスプーンで掬い、口に放り込む。


「……ふぐほぁ!!? こ、これは……舌どころか喉にまで突き刺す辛さ! というか痛ッ!!」

 普段好んで辛口にしない俺にとってはまさに拷問レベルだ。日本なら発狂してすぐに別の甘口カレーを注文している。

 だが……

「ふぐっ……しかしこうして食べると……へぐっ……止まらないというか……ほがっ!……手を止められない……」

 店主を見るとニヤリと笑うので、客のこの光景を見たくて店を開いているんじゃないかと疑ってしまう。

 大量の汗と涙が頬で混ざり合う。

 味わったことのない辛みと、まさかこの世界でという感動が合わさった不思議なお汁。

 魔石を取り出してから肉は避けていたが、それすらも忘れるほどの強烈な刺激と魅力がこの『かぁりぃ』にはある。

 半分くらい食べたところでナンの存在を思い出し、スープに浸ければだいぶ喉に優しい食べ物へ変化した。

 ナン自体は甘味が強く、これ自体でもかなり美味しい。

 ついでにチーズっぽい物を投入してみると、それはすぐスープに溶け、まるで片栗粉を混ぜたようなとろみとまろやかさが、さらに味に変化を加えて追加の楽しみを与えてくれる。

(まさかのトリプルアタックとか……これは常連確定だ……32歳にして辛さに目覚めてしまったかもしれない……)

 店主もここの客は水を求めることが分かっているのだろう。

 カウンターテーブルに置かれた水差しから何杯目かの水のおかわりをし、心地良い満足感を感じながら天井を見上げる。

(想像していたよりもこの世界の食べ物は美味しい。これからもいったいどんな食事に出会えるか……あとはやっぱり米が欲しいところだなぁ)

 そんな未来の食事に想いを馳せながらお勘定をする。

「物凄く癖になる味で美味しかったです。たぶんまたすぐに来ます!」

「そいつは良かった。だが坊や、あまり無理はするなよ? うちは|高《・》|い《・》からな」

「えっ?」

「9000ビーケだ」

「…………」

 金が無いわけじゃない。そっと革袋から10000ビーケ分になる金貨を1枚差し出し、釣りを貰って店を後にする。


「ふぅ……外は風がある分気持ちいいなぁ……」


 ついつい店先で物思いに耽るも、ふと気になって、感動を与えてくれた店の入口へ振り返った。

(ドアの横に1種類しかないメニューがちゃんと書いてあるじゃん……値段も9000ビーケって書いてあるじゃん……)

 匂いに釣られて何も考えずに入ったことは後悔するが、それでもこの『かぁりぃ』を味わえたことに後悔は無い。

 たぶんこんな世界だ、香辛料はかなり値が張る。きっとそういうことなのだろう。

 山ほど辛みをブッコんでそうだしね。

(月1……いや、何かお目出度いことがあった時用の特別なお店だな。そうしよう……)



 その後も俺は路地や大通りを歩きながら酒屋や野菜、肉の専門店、薬屋に釣り具屋など、今まで入ったことのないお店を色々と見て回った。

 薬屋は「もしかして?」と思って聞いてみると予想通りメイちゃんの家で、採取したり買い付けた薬草類を調合してここで薬として売っているんだそうな。

 店番をしていたお母さんは、メイちゃんと同じラベンダー色の髪でお顔が少し隠れていたが、それでも20代後半から30歳くらいに見える結構な美人さん。

 メイちゃんも将来は安泰だなと思いつつ、どこかで会ったような既視感を覚えて尋ねてみると、奥さんは旦那さんと一緒にちょくちょく森へ採取に行っているとのこと。

 まさか……と思いつつ、「鍋を頭に被って森に入ってます?」と尋ねれば、「そうよ危ないからね!」と満面の笑みで返されてしまい、俺はなんとも複雑な気分になってしまった。

 こんな美人さんでこのくらいの年齢なら、日本だと企業の受付やってたって何も違和感ないだろう……髪色以外は。

 それなのに、鍋被って森で採取って……

 なんて世知辛い世の中なんだ! あぁ救いたい! この奥さんを!

 なんて気持ちがフツフツと湧き上がってくるも、旦那さんがいることを思い出したのであっさり諦める。

 俺は奪うなんて大それたことができる男ではない。

 見た目13歳だし。この歳でメイちゃんのお父さんになっちゃっても困るし。


 そんなこんなで俺がハンターであること、メイちゃんとは知り合いであることを伝えると、奥さんはハッ!と思いだしたかのように棚をゴソゴソとし、1つの小瓶を譲ってくれた。

「娘を助けてくれて本当にありがとうね」

 そう言われて渡された瓶は体力の回復を促してくれる薬らしく、中身の丸薬を1つ飲めば筋肉痛や疲れが取れやすくなるらしい。

 それがこの小瓶には10粒ほど入っている。

 日本で言う滋養強壮剤のようなものかな?と思いつつ、しかしメイちゃんが家計を助けているという話を聞いているため、そう簡単に受け取るわけにもいかない。

「ちゃんと買いますから!」「これはお礼なので!」「いやいや申し訳ないですから!」「感謝の気持ちとして受け取って!」と堂々巡りで終わりが見えないので、結局俺は腹痛によく効く薬を購入することにした。

 5000ビーケと大した助けにもなっていないだろうけど、今後効き目が良ければ滋養強壮剤は買うだろうし、というか疲れが取れなくて運搬量を抑えている俺にはかなり有難い薬になる可能性があるので、お互い良い関係になれればそれに越したことはない。

「薬ありがとうございます! 効き目が良ければまた買いに来ますので!」

 そう伝えて店を出ようとする俺に対し、なぜか奥さんはなんとも言えない苦笑いを浮かべていたのが気になったが……

 もしかしたらこの文明の薬だし、病は気から。

 プラシーボ効果がメインの効果が弱い薬なのだろうか?

 まぁそれならそれで頂き物だししょうがないと思って、この日の町探索を終了した。
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28話 目標達成

「うおっしゃ!! やっと【土魔法】【気配察知】レベル3きたぁあああっ!!」

 あれから12日後。

 来る日も来る日も朝から晩まで、休まずパルメラ大森林で狩り続けた結果、俺はとうとう【土魔法】と【気配察知】をレベル3にした。

 俺が次なる狩場、ロッカー平原へ行くため自分に課したノルマ。

 お金を150万ビーケ貯めること。

 そして3種のスキルを全てレベル3にすること。

 その最後の障害になっていたのがこの2種のスキルだ。

 どうしてもフーリーモールの遭遇率がゴブリンやホーンラビットよりも落ちるので、途中からはこの2種が最後にはなるだろうなとは思っていた。

 ただ予想よりは早いペースで到達することができたのも事実だ。

 それもこれも、メイちゃんのお母さんから譲ってもらった|滋《・》|養《・》|強《・》|壮《・》|剤《・》のおかげだと思うと頭が上がらない。


 貰った日の晩、結局俺は貧乏根性丸出しで宿屋の夕飯も無理して頂き、その後に丸薬を飲んで久しぶりの満腹感を味わいながらあっさり就寝。

 朝目覚めると疲労がだいぶ取れていることが分かり、さらに次の日にはほぼ抜け切ったかの如く体調万全になっていた。

 ピークはどうやら丸薬を飲んでから2日目のようで、その後はまた徐々に身体が重くはなっていくものの、薬の効果は約4~5日間程度持続することが判明。

 その間はハンター初日を超えるホーンラビット6体をノルマに変更して籠をパンパンにしても、なんとかジョギングできる程度のペースは維持できたため、収入増にも繋がり俺の中での|神《・》|薬《・》に認定された。

 当然この薬は今後のために買えるだけ買いだとメイちゃんのお母さんを訪ねたところ、その時になってお母さんが最後にしていた苦笑いの原因が判明。

「あの薬は希少な薬草も混ぜているから結構高いのよ」

 と濁すお母さんに具体的な値段を尋ねると、言い辛そうに一瓶50000ビーケもするやつだからごめんねと何故か謝られる。

 しかし脳内計算すればあの薬で1日の収入が40000ビーケくらい増え、それが5日間持続すれば1粒でトータル200000ビーケくらい俺は得をすること。

 そもそも仮に収支がトントンだったとしても、敵を多く倒せることは経験値的に俺にとってプラスなので、結局値段を聞いても神薬認定が覆ることは無かった。

 たまに来る行商や商人が持っていた時だけ買える希少薬草が必要らしく、在庫は二瓶しかないということだったがもちろんその二瓶はお買い上げ。

 お母さんからすると狩りはパーティを組むのが当たり前と思っているようなので、こんなポンポンと気前よく買う人はこの町にいないと驚いていた。

 まぁそりゃそうだよねと思いつつ、「僕は一人でやってますから」と伝え、もし薬草が手に入った時にはこの丸薬を予約しておくことも忘れない。

 お母さんは稀に訪れる中規模商人が疲れを癒すために買うくらいで、ベザートの町長すら滅多に買わないから大丈夫よと笑っていたから、買い占めしたとしてもまず問題は無いだろう。


 やっと森の出口が見えてきた。

 外に出てくればゆっくりとステータスが確認できる。

 草原に座り込んで開いた現在の俺のステータス、所持スキルがこれだ。


 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:8

 魔力量:52/52

 筋力:   29(+1)
 知力:   30(+7) 
 防御力:  28
 魔法防御力:28(+6)
 敏捷:   28(+6) 
 技術:   27(+7)
 幸運:   33(+1)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル 【棒術】Lv1 【火魔法】Lv1  【土魔法】Lv3 【気配察知】Lv3 【異言語理解】Lv3 【突進】Lv3 【採取】Lv1 【狩猟】Lv1


【棒術】は棒持ちゴブリンを見つけ次第倒していたら、【採取】は草や果実を取っていたら、【狩猟】は魔物を倒していたら不意にアナウンスの文字が視界に入りスキル取得をしていた。

 対応ボーナスは【棒術】が筋力、【採取】は幸運、【狩猟】は技術という具合で、近接アタッカーの俺としてはやっと筋力が上昇して喜ばしい限りである。

 防御力は……どこいったんでしょうね?


 そしてそれぞれのスキル詳細はというと

【棒術】Lv1 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値130%の限定強化を行う 魔力消費5 

【火魔法】Lv1 魔力消費10未満の火魔法を発動することが可能

【土魔法】Lv3 魔力消費30未満の土魔法を発動することが可能

【気配察知】Lv3 使用者の周囲で動く物体に対して反応が敏感になる 範囲半径15メートル 魔力消費0

【突進】Lv3 前方に向かって能力値190%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力9

【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる 常時発動型 魔力消費0

【採取】Lv1 採取技能が向上し、採取物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔量消費0

【狩猟】Lv1 狩猟技能が向上し、獲物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔量消費0

 こんな感じだ。

 この中でも初の攻撃スキルとなる【棒術】は興味津々で色々と試した結果、棒を握って振ると型が自然と身体に入ってくるというか、こう振れば良さそう、こう守れば良さそうという動作を身体が無意識に取ってくれた。

 スキルレベルがまだ1であることからも、どこかの道場で修業して基礎がちょっとだけ分かった……そんなレベルの技能が勝手に身に付いたんだと思っている。

 また特定所作への限定補正は、早く振りたい、力をもっと込めたいと思った時に、一時的にその振りが加速したり、攻撃後の衝撃が強くなったりしていた。

【棒術】限定であれば、加速だけ、力だけ、どちらもという風に配分も可能で、速さに全てを意識すればその分速く、力も速さもとなれば速度編重よりは遅いもののバランスよく振ってくれる。

 ただ戦闘中に細かい指定をしている余裕はないので、基本使いたいなら魔力消費は最大前提。

「全力で振り抜く!」「全力で守る!」という使い方にはなるだろうけどね。

 連続使用、つまりクールタイムは存在しないようだったので、効率度外視で魔力さえあれば、数秒間敵の攻撃を受け止め踏ん張り続けるなどの使い方も可能だろうということが把握できた。

 まぁ棒を握る予定が無いので、【棒術】はあくまでステータスボーナス目的。

 今後の【剣術】や【短剣術】も同じ内容と予想して期待しておこうと思う。

 そして他のスキルも今のところおまけ程度。

【採取】にしろ【狩猟】にしろ、正直見つけやすくなった実感はまったくと言っていいほど無い。

 スキルレベルが上がれば違うのかもしれないけど……特に魔物に関しては気配察知の方がどう考えても先に魔物の動きを捉えられるので、ここに実用性を意識してスキルポイントを振ることは間違いなく無いと感じた。

 ちなみに【突進】がレベル3になったのは何日も前の話で、そこから1体当たりの取得経験値を測定するとおおよそ1%程度。

 上げられないことはない上昇値だけど、俺のレベル上げがまだ一桁なのにとんでもない亀ペースになっているので、やはりここらで狩場を上位に移した方が総合的にプラスだろうと思われる。


 さて、ステータスチェックも終わったしどうするか……

 チラリと籠を見れば、まだスペースには多少の余裕が有り、あとホーンラビット2体くらいは狩れそうだ。

 ただ明日はジンク君達と川遊びするんだよなぁ……

 それもあって滋養強壮丸薬は飲んでない。

 狩りを1日オフにするのと、そこからもう1日くらいはロッカー平原に向けた準備で休む予定だったので、薬の効果をフルに使えないことを勿体なく感じてしまった。

 おかげで最初の頃ほどでは無いけど、全体的に身体が重くて力がそこまで湧き上がらない。

(うーん……もう1匹だけホーンラビットを倒したら終わりにするか。一応レベルが上がった気配察知の感覚も掴んでおきたいし)

 普通の感覚なら終わるところを終われない。

 ついもうちょっと、もうちょっととなってしまう。

 これはゲーム視点か? 

 いや違うな、営業していた時もそうだったわ。

 そんな自問自答を繰り返しながら、俺は再び森の中へと入っていった。
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29話 初めての休日

「メイちゃーーーん! 行くよーーー!!」

 俺の腕時計時間で朝の9時、既に開いている薬屋の中で俺は叫ぶ。

「待ってー! ちょっと待ってー!」

 騒ぎながら2階でドタバタしているメイちゃんを放っておきつつ、メイちゃんのお母さんと今日はお父さんまで登場で談笑する。

「今日は4人で川に行くんだって?」

「えぇ。なんでもこの時期は川遊びが恒例のようで、一度は行くべきだと誘われちゃいました」

「確かにこのくらいまで暑くなると、子供たちは川へ遊びに行くことが多いね~。僕も昔はよく遊びに行ったもんさ」

「あなたは今でも暇を見つけては釣りに行くでしょ! それにしてもロキ君には娘がお世話になりっぱなしね。森に入らなければ危ないことはないと思うけど、メイを宜しくね?」

「僕も13歳なので似たり寄ったりですけど……一応最年長ですし、メイちゃんが川で流されないようにしっかり見張っておきますよ」

「はははっ、僕はメイが煩くして、他の釣り人を邪魔しないか心配でしょうがないよ。あまりはしゃぎ過ぎるようだったらガツンと言ってもらって構わないからね?」

「あー想像できるだけに困りましたね……まぁジンク君達もいますしたぶん大丈夫でしょう! 僕もちょっとワクワクしてますしね!」

「ふふっ、折角行くんならロキ君も楽しんでらっしゃい。これ、持っていってね」

 そう言われてメイちゃんのお母さんから渡されたのは、パンに何かのお肉と野菜を挟んだサンドイッチみたいなもの。

 四角い籠に結構な量が入っているので、たぶん4人分ということで準備してくれたのだろう。

 そしてもう1つは木と石が組み合わさった謎の箱。

「ありがとうございます! ちなみにこの箱はなんでしょう?」

「これは火を起こす魔道具だよ。中に魔石の欠片も入れてあるから川に行ったら使うと良いよ。みんな獲った魚を食べたいって言いだすだろうからね」

「おぉ! 魔道具でしたか! えーと……どうやって使うんだ……」

「この手の魔道具も知らないとは、ロキ君も変わっているなぁ……横にあるツマミを引くと、この穴の開いた部分から火が出てくる。一度試してみると良いよ」

 そう言われてツマミを引いてみると、カチッという音がして、日本で言うチャッカマンくらいの火がボッと出てくる。

(ヤバっ……これめっちゃ便利じゃん!)

 箱の横には別のつまみがあり、ここを引くと中は魔石を入れるスペースになっていて、小指の爪の先ほどの欠片が4つほど転がっていた。

 うーん、中に火打石でも入っているのだろうか……構造がさっぱり分からん。

「凄いですね……でもこんな希少な物を大丈夫なんでしょうか?」

「こんなのどこの家庭でも1つは持っているものさ。この町でも6000ビーケくらいで買えるはずだよ? 最古の魔道具と言われているくらいに一般的で、物凄い数が流通しているからね」

「ほっほ~魔道具屋さんはまだ発見できていなかったので見逃してました。6000ビーケ程度なら僕も欲しいですね」

「この町に魔道具の専門店は無いからなぁ。君はハンターだし水筒とか野営具を置いている店に行ったことがあるだろう? あそこの商店で売っているよ」

「なんと! 水筒だけ買ってすぐ店を出てしまったので気付いてませんでした……情報ありがとうございます!」

 これがあれば、忘れ去られていた火魔法の存在。|延《ひ》いては狩場で肉を食べるということも可能になる。

 パルメラ大森林はすぐ帰ってこられるし、ロッカー平原はネズミとカマキリで焼いて食べるという感じではなさそうだけど、今後ルルブの森に行く時にはかなり重宝しそうだね。魔石も現地調達できるし。

 とうとう遠征先で肉か――……


 そんな妄想に浸っていると、どうやらメイちゃんの準備ができたようで、お父さんとお母さんの後ろからひょっこり姿を現した。

「お待たせー! さぁ行くよー!」

 そう言うメイちゃんの格好、というより装備はなんとも不思議な感じだ。

 背中にはこないだ釣具店で見かけたような短めの木の竿を引っ提げ、腰に掛けられている小さい籠に釣り針などの釣具関連が入っている。

 そして手にはザル。なぜかザル。

 そして水筒を肩から掛けており、麦わら帽子みたいなものを被っている。

(なんだかやり手の釣り師みたいだなぁ……)

 そう感じながらも、次なる目的地があるのでご両親に挨拶だけして店を出た。

 我ら二名が向かうは釣り具屋。

 俺にはこの時代も、前の世界でもまともに釣りをした経験が無いので、どんな物を買えば良いのかさっぱり分からない。

 なので誘われた時、町の中心地に住んでいるメイちゃんについてきてもらおうと約束をしていたのだ。

 まぁ店の中で説明されても、結局何がなんだかさっぱりだったわけだが……

 とりあえずたまの息抜き程度で本格的にやるわけでもないので、安い木の竿、鉄製っぽい釣り針2個、魔物の毛だという釣り糸を数本、狩りで使うほどは大きくない中型の籠を購入。

 餌は?と聞いたら、「川の近くで捕まえるんだよ!」と有難い言葉をメイちゃんから頂き、これにて準備完了とばかりに急ぎ足で南の出口へと向かう。

 この世界はワイルドだぜ……

 するとジンク君とポッタ君は既に待っており、それぞれ門番さんの横で串肉を頬張りながら、これから狩りに向かうであろうハンター達と談笑していた。

 ジンク君もポッタ君もいつも通りの格好で、狩りでもないのになぜかポッタ君はいつもの籠を背負っており、その中に釣り竿なんかが突っ込まれている。

「ごめんごめん。釣具屋に寄ってたら遅れちゃったよ」

「俺らも朝飯の最中だったから大丈夫だぞ。おっ! 釣り竿買ったのか」

「安物だけど一応ね」

 そしてもう見慣れた門番さんに「今日は川行ってきます!」と伝えてゾロゾロと向かう一行。

 門番さんも川に行く人は多いのか、特に心配している様子もなく楽しんでこいと手を振ってくれていた。

 途中ジンク君が

「ポッタの籠に釣り竿とか邪魔になりそうな荷物は入れちゃってくれ。まず大丈夫だと思うけど、一応俺とロキで両端を歩いていざという時に備えよう」

 と提案するのでお言葉に甘える。

 メイちゃんもなぜかその言葉に甘えてポッタ君の背負う籠に釣り竿放り込んでいるが……ポッタ君を見たらまだまだ元気そうに頷いているので気にしないでおこう。

 そして俺は一応年長者だし、魔物が出る可能性の高い森側へ。ジンク君も納得したように頷いて逆側へ陣取る。

 たぶんジンク君は剣持ちゴブリンの件があってから、俺の方がジンク君より強いと思っている節があるけど……

 たぶんそれ勘違いなんだよなぁ。

 ステータス画面が見られるというだけで、無双できるようなチート能力でもなんでもないからね。

 精々計画性を持ってスキル取得や狩場選びができるくらいだ。

 実際はレベルもスキルもジンク君と似たり寄ったりだろうと予想している。パルメラ大森林で狩っている限りどうしても頭打ちになっちゃうし。


 そこでふと、川までどれくらい距離があるのだろうか?と気になった。

 如何せん正面は草原だらけで川が見えないのだ。

「ねぇねぇ。川までってどれくらい歩くの?」

「んー。昼前には着くと思うぞ?」

「……えっ?」

 時計は革袋にしまってあるが、たぶんまだ9時半とかそのくらいだろう。

(2時間? 遊びに行くのに2時間くらい歩くの!?)

 心の中でこの世界の遊びが随分と遠いことに驚愕するも、考えてみたら初めて森の中から出る時、川沿いを行くと遠回りだという話は聞いていた。

 日本じゃほぼ安全とは言え、2時間も徒歩で歩くような場所に子供だけで行かせるとかあり得ないのに。

 やっぱりこの世界はワイルドだぜ……

 そう心の中で呟きつつ、果たして休暇になるのか謎な遠出をするのだった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(すぅ――――はぁ~……長閑な景色だなぁ……心が落ち着くわぁ……)

 釣りをしながらの、本日何度目か分からない深呼吸。

 目の前にはせせらぐという表現が適切な、浅く緩やかに流れる透明度の非常に高い川。

 その川には距離を置いて、数組の釣り人や川遊びをしている人達がいる。

 川を挟んで見えるのは、草原と奥に見えるいくつかの小屋、そしてその奥に延々と広がる穀倉地帯。

 川の向こうも森とはある程度の距離を空けているものの、そこからは土地を全面に使って作物を育てているようだ。

 魔物の気配なんてこれっぽっちも感じないし……

「たまにはこういうのも良いねぇ」

 ついつい親父臭いことを言ってしまうもしょうがない。それだけ心落ち着く場所なのだここは。

 横ではかなり真剣な眼差しで針の先を睨みつけるジンク君。

 ボーッとしている、というよりヘブン状態で口を開け、半目になっているポッタ君。

 既に飽きたのか、釣り針は見ずに石を積んで遊んでいるメイちゃん。

 川での楽しみ方もそれぞれなんだろうな、きっと。

 ちなみに釣りを始めてから体感1時間くらい経った現在、釣果は俺0匹、メイちゃん0匹、ポッタ君3匹、ジンク君4匹と、ジンク君はなんでも器用にこなしそうなので予想通りだけど、ボーッとしているポッタ君がなぜか調子が良く、メイちゃんは集中力が無いのか予想外に凹んでいる。

 俺は……まぁ釣りなんて釣り堀の経験しかないし、初心者なんだからこんなものだろう。

 川に来た目的は釣りじゃないので、雰囲気が味わえればそれで十分だ。

「メイサは相変わらず釣りが下手くそだな」

「私は釣り竿が苦手なの! もう川の中入っていい? 良いよね!?」

「一人1匹分はあるから……僕は良いと思うよ」

「余ったらギルドに売ろうと思ってたんだが……まぁ後半頑張ればいいか。そんじゃ飯の準備にしようぜ!」

 その言葉を聞いて俺の心は躍った。

(とうとう焼き魚ですか! この世界で初の焼き魚ですか!?)

 泊っている宿『ビリーコーン』でも魚料理は出る。

 ただシンプルに焼くのではなく、香辛料や香草を使って蒸したような料理だったので、なんとなく日本食が恋しくなってきた俺にとって、焼き魚がとてつもなく魅力的な食事に思えてくる。

 だが俺は釣ってない人。すってんてんの人。

 ここは働かねばと、率先して石を簡単に組み上げなんとなく竈風にし、木の小枝を搔き集めて火を起こす準備をする。

 もちろん魚を刺す用の細長い枝も忘れない。

 こんな時に新聞紙でもあれば良いのだが~と思いながらもそんなものはないので、乾燥していそうな葉っぱや倒木の欠片が上手く着火できるよう配置を整える。

「ロキは魚釣れないくせに、こういうとこは手慣れてるな……」

「見よう見真似だけどね。これで魚に串を通せば良い感じに焼けるんじゃない?」

「いつも地面に刺してたけどなんか凄いね! よく分かんないけど凄い!」

「そして、取り出したるはメイちゃん家の魔道具! お母さんとお父さんがこれ持ってけって」

「おっ助かる! うちは外に持ってこうとすると怒られるからな。いつも自力で火起こししてたんだ」

「おまけに! こんなこともあろうかと塩も持参してきました!」

「「おぉ~!」」

 釣り具用意しないで何を塩だけ準備してんだと、ここに突っ込み役がいればボコボコにされていただろうが……このメンツなら問題無い。

 着火して釣った魚に火を通しながら、メイちゃんお母さんが用意してくれたサンドイッチを皆で頬張る。

 まるでピクニックに来ているような気分も相まって余計に美味しく感じる。

 ついでに自称川仙人(生魚齧っていただけ)の名に恥じぬよう、メイちゃんから借りたザルを片手に石をひっくり返し、海老や蟹なんかも捕まえてついでに火に投下。

 これで塩をかければ、殻まで食べられそうな香ばしい食材が1品増える。

(火と塩さえあればとりあえずは生きていけるな……)

 そう思えるくらいに生と味が違うことに感動しつつ3人を見てみると、普段魚は取っても海老や蟹は取らなかったみたいで、実は美味いことを知って超感動。

 ジンク君は「飯食ったらこいつら取りまくろうぜ!」と大騒ぎである。

 ポッタ君も当初は少ない魚に不安を感じていたっぽいが、今は思わぬ食材に満足しているし、メイちゃんはザルって凄い物なんじゃ?と無言で凝視している。

 これで全員腹を壊したら俺の立場がないけど、ちゃんと火は通しているし、生で食べても1回しかお腹を壊さなかったのでたぶん大丈夫だろう。

 そして食後休憩を挟み、今、謎の大会が始まろうとしている。

 海老と蟹をどれだけ取れるか選手権のようだが……ザルを持ってきているのはメイちゃんだけなので、ザルはズルいということで不採用。

 一人だと結構大変だということを経験談から俺が伝えたら、それならと2対2のチーム戦をすることになった。

 どう分けるのだろうと疑問に感じていると、どうやら俺と組めば3人は勝てると思い込んでいるのか俺の取り合いに発展してしまったので、ここは大人の俺が|ジ《・》|ャ《・》|ン《・》|ケ《・》|ン《・》を提案する。

 3人共頭にはてなマークが浮かんでいたので、グーとパーの手の形を教え、同時に出して組み合わせが一緒の人同士で組むということを伝えると3人とも納得。

 本当はこれにチョキがあって勝負ができるなんてことを教えつつ、俺とポッタ君、ジンク君とメイちゃんペアが決定し、どちらが多く取れるかの勝負と相成った。

 しかし、この組み合わせは俺にとって一番厳しい状況だ。

「ポッタ君! 最初は俺が掬うから、石をどけてもらえる?」

「……?」

 どうしよう……会話が成り立たない……

 しょうがないのでジェスチャーを交えて石をどかす仕草をした後にポッタ君を指さし、俺が水を掬い上げる仕草をして自分を指さす。

 すると理解はしたようなので、気持ち大き目の石をひっくり返しながら海老や蟹の捜索開始だ。

 気配察知が使えれば内心有利になるんじゃ?とは思ったものの、川の水が動いているので、その中の生き物に対してはあまり反応が掴めない。

 ただ石をどかした時に驚いて動けばその反応は掴めるので、どかしたそばから動く物を中心に手で掬って俺の背負う中型の籠へ放り込む。

 チラリとジンク君メイちゃんペアを見れば、向こうはそれぞれが単独行動をしているようなので、気配察知を持っているジンク君はまだしも、メイちゃんは慣れるまで簡単には捕まえられないだろう。

「ポッタ君! 次その石いこう!」

 指を差しながら言葉を伝えれば

「あい!」

 しっかり返事が返ってくる。

「いた! 2匹だからそっちお願い!」

 俺が取りこぼしそうな獲物に指を差せば

「あい!」

 これもしっかり返事が返ってきて、ポッタ君は頑張って掴もうとする。

 子供達に混ざって何を大人が本気になっているんだと自問自答はしてしまうも、これはこれで真剣な遊びだ。

 彼らが楽しんでいるなら俺もノッてあげよう。

 そして成果は魚のように皆で食べれば良い。

「次、横の石いってみよ!」

「あい!」

「ここは無し! 次そっちの怪しい石いってみよ!」

「あい!」

「いたっ! 1匹だから俺が捕まえる! ポッタ君次はあの大きい石いける?」

「あい?……あいっ!!」

「?……いたよ3匹だ! ポッタ君そっち捕まえちゃって!」

「…………あいっ……あいっ……!!」

 ポッタ君の返事がおかしくなってきたので、これはハイペース過ぎて疲れさせてしまったのかと反省。

「ごめんちょっとペース早かったね。次は俺が石どかすからポッタ君が捕まえてみよ!」

「……大丈夫。疲れてないから。大丈夫だから」

「そう? 無理はしないでね、遊びなんだから……ん?」

 なんだこの違和感は? 会話が成立しているような……

 そう思ってポッタ君を見上げると、ポッタ君は汗とは違うものを目から流していた。

「ポッタ君……?」

「うぅ……言葉……分かったよ……ロキの言葉、分かった!……もう仲間外れじゃないっ!」

「――――ッ!? た、大変だっ!! ジンク君! メイちゃん!!」

 怪我か魔物かという勢いでこちらに向かってくる二人に対し、なぜかポッタ君が俺の言葉を理解したことを伝えると、まるで自分のことのように二人は大喜び。

「ポッタ! 本当に分かったの!? 凄いじゃん!」

「うんうん。ロキが何を言っているか、やっと分かったよ!」

「ポッタやったじゃんか! たぶんロキと話してたからか? それでスキル取れたんじゃないか?」

(マジかよ……俺が異世界語の先生になっていて、それで覚えたってことか? スキルが【異言語理解】ということなら、ポッタ君が知っている言葉で話されるより、別言語で話した方が確かに成長はしやすそうだが……でも今はそんなことどうでもいいか)

「ポッタ君、本当におめでとう! きっと俺の言葉を理解しようと努力してくれた結果だね」

 そう言って肩をパンパンと叩くと、よほど今まで理解できなかったのが悔しかったのか、それとも念願の【異言語理解】を取得できたことが嬉しいのか、ポッタ君はその場で号泣してしまった。

 身体は大きくてもまだ11歳。

 思い返してみれば、4人でしゃべっている時も一人寂しそうな顔をしていたし、疎外感を覚えていたのは間違いないだろう。

「もう勝負なんかしてる場合じゃないな! って、メイサ! 俺達圧倒的に負けてるんだけど!?」

「えー! 私頑張ったよ! ジンクがあまり獲れなかったからじゃないの!?」

「バカ! そんなちょっとの差じゃないぞ!」

 俺の籠を覗き込んで驚愕する二人に「ポッタ君がかなり頑張ってたからね」と言いつつ、この蟹や海老をどうするか確認する。

「どうする? 今食べちゃう? それとも家持って帰る? それなら水に浸けとかないとマズいだろうけど」

「どうせならお祝いってことで食べちゃおうぜ!」

「僕もお腹いっぱい食べたい!」

「さっきいっぱい食べてたじゃん! 魚も2匹食べてたじゃん!!」

「まだ食べられる。今いっぱい動いたからお腹空いてきた」

「「「はやっ!」」」

 まぁポッタ君のお祝いということならこれも有りだろう。

 先ほど一度食べているので3人に調理は任せ、俺は川へ来た一番の目的。

 行水をおこなう。

 といっても川床が簡単に見えるくらい浅い川なので、上半身だけ脱いで川辺に寝転ぶ形だ。まさに寝湯ならぬ寝水。寝川。

 毎日お湯に浸けたタオルで身体を拭いているとは言え、元現代人の俺としては身体に水を浴びるという作業を不定期にでも挟まないとやっぱり気持ち悪い。

 良さげなサイズ感の石を枕にし、降り注ぐ日差しを浴びながらも冷たい水に身体を浸す。

(あぁぁ……めっちゃ気持ち良いなコレ……密かに石鹸も持ってきてたけど、さすがにここで使うのはマナー的に無しだろうなー……)

「あぁー!! ロキ君ずるーい! 私も!」

「へ?」

 何事?と思って顔を上げれば、既に服は脱ぎ捨てたのか、パンツ1枚でザルだけ持って突撃してくるメイちゃんが。

 そのまま俺の横を水飛沫を上げながら通り抜け、川の真ん中あたりを陣取りながらなぜかザルを掬っている。

「私はこういう魚の取り方が得意なの! お腹いっぱいだし、さっきのやつはポッタ達に任せて私は魚獲る!」

(どう見ても裸でドジョウ掬いしているようにしか見えないんだが……というか、10歳ってもう羞恥心あるよな?……まぁいっか……)

 ロリコンなら狂喜乱舞する状況かもしれないけど、俺にはその手の趣味が無いので放っておくことにする。

 メイちゃんのせいで飛んでくる水飛沫が、これはこれで気持ちが良い。

 (祝い事かぁ……)

 目を瞑って身体に心地良い冷たさを感じながら、いくら考えても一つしか出てこない祝い方を徐に提案する。


「ねぇポッタ君さ、それにジンク君にメイちゃんも…………辛いのは好き?」
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本日はまだ投稿します。7/16 本日6話目の投稿です
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30話 昇格

「うぅ~ん……アァー……今日もよく寝たー……」

 首や肩をコキコミと回しながら、宿の中庭で顔を洗って食堂へ行く。

 サラリーマンの時はこんなに寝る時間は取れなかったので、実は案外良い生活なのかもしれない。

「おはようございまーす……」

「おはよう。すぐ朝食用意するから座って待ってなよ」

「あーい……あ、ついでに果実水もお願いしまーす」

「あいよ! 肌もこんがり焼けて、ずいぶんハンターらしくなってきたもんだね!」

「へへへ」

 この焼けた肌は主に昨日の川遊びが原因だが……

 まぁ理由は説明する必要もないだろう。

 ハンターだって頑張ってるし!

「はいよおまたせ!」

 そう言われて目の前のテーブルに置かれたいつもの朝食セット+昨晩のおかずの残りを眺めながら、昨日のことを思い返す。


(3人の『かぁりぃ』初体験は色々と面白かったなぁ……)


 メイちゃんはお店の存在だけは知っていたようで、案内すると「えぇええええ!! ここってすんごい高いお店じゃん!」と大騒ぎ。

 ジンク君も「9000ビーケ」という値段に狼狽していた。

 まぁそうなるだろうとは分かっていたので、ご馳走するからと言いながら肩を押して無理やり店内へ。

「ほう……もう来たのか」

 このように挑発的な店主を後目に、『かぁりぃ』とは俺の住んでいた場所でよく食べられている料理であることを説明。

 とにかく辛いが……火を噴くほど辛いが、その後に来る旨味は病みつきになると伝えれば、3人ともゴクリと喉を鳴らしながら未知への挑戦を受け入れた。

 そして料理到着後、当然のように火を噴く3人。いや俺もだから4人。

 ジンク君は顔を真っ赤にしながらも必死に耐え、メイちゃんは持つスプーンがブルブル震えながら号泣。

 ポッタ君は尋常ではない汗の量で、このままじゃ脱水症状で死ぬんじゃないかと心配になるほどだった。

 だが誰も手は止めない。

 高い料理だからなのか、後に残る味に魅了されたのか、よくは分からないが結局4人とも完食してしまった。

「本当はもっとお祝いに向いたお店があったかもしれないけどさーごめんね俺全然知らなくて。でも新しい体験はできたでしょ?」

 と、汗びっしょりになりながら俺が尋ねると、3人とも無言で首を縦に振りまくっていたので、これも良い人生経験になるんだと思う。

 ちょっとチャレンジしてみようで入れる値段のお店じゃなさそうだしね。

 3人はパパッと会計を済ます俺に複雑な視線を向けてくるが、最後には「ありがとう! 母ちゃんに自慢してくる」「ありがとー! 私も自慢しよーっと!」「辛かったけど嬉しいありがとう!」とそれぞれ満足はしてくれたようなので、そう言って貰えるとご馳走した甲斐があるってもの。

 フラフラした足取りで帰る3人がちょっと心配になるも、俺は俺でまた宿の女将さんに夕飯を食べると伝えていたため、急ぎ足で宿へ戻って夕飯を追加で平らげた。

(最近よく食ってるなぁ……まぁこのくらいの歳なら食い盛りって言うし良いのか? その分動いてるし……)


 気付けば朝食も食べ終えていたので、今日の予定を確認しつつ行動に移る。

 まずはギルドに行ってお金を下ろして、ついでにロディさんのとこに寄ってロッカー平原で得られる素材情報を確認。

 そのあと武器屋、パイサーさんのところで武器と防具を購入。

 そして教会で職業選択と。

 あぁ商店に行ってポイズンポーションも買わなきゃだな。

 これはやることをどんどん進めていかないと、1日で終わらない気がする。

 となればボーッとしている暇はない。

 ややお尻の中心が痛いのはご愛敬。

 俺はいそいそとハンターギルドへと足を運んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ちょっとー! なんで最近こっちに顔出さないのよー!!」

「うぇ?」

 まだ朝も早い時間、すなわちハンター達が依頼の争奪戦を繰り広げている中で、受付のアマンダさんから声をかけられる。

 その声に一斉に振り向く先輩ハンター達……目立つから勘弁してほしい……

「いやーロディさんから報酬は貯めておけると聞きまして。籠も解体場にあるのが分かって直接借りに行っちゃってますしね。それに最初は依頼ボードを確認していたんですけど、パルメラ大森林の魔物って緊急の討伐依頼出ないじゃないですか?」

 そうなのである。

 緊急の討伐依頼があればこちらにも寄るのだが、常にパルメラ大森林は常時討伐依頼しか出ていない。

 もしかしたら俺が寄らなかった間に緊急捜索とか救出関係の依頼はあったかもしれないが、常時討伐依頼だとそもそも依頼を受ける必要がないのでここに寄ることもなかった。

 いつも借りている籠も、受付に言ったところで解体場から運んできてくれるだけなので、それなら手間をかけさせるだけだし自分で解体場から直接借りた方が良い。

 お昼ご飯に食べていた串肉も南出口付近にお店があるため、そこで買って食べながら森に向かっていた。

「そ、それはそうだけど……それでも、こちらから伝えたいことだってあるのよ?」

「え? なんかありました?」

「まったく……ロキ君の安定した魔物討伐実績が認められたので、Fランクへの昇格が確定しました!……6日前にっ!」

「……そ、そうでしたか」

 考えてみたらハンターランクのことなんてすっかり忘れていたな……

 Fランクの依頼を特別に認めてもらえたら今のところ困ることはないし、逆にEランクを認めてもらえてもまだ行こうとは思わない。

「というわけで、ほら。ギルドカードを出してちょうだい。更新するから」

「あ、は、はいすみません……あとお金を使いたいので、預けている分の引き出しをお願いしたいです……」

「全額?」

「はいお願いします……」

 おぉ……ご機嫌斜めなアマンダさん怖ぇ……まるでこの世界での俺の母ちゃんみたいだ……って、こんなこと言ったら殴られるだけじゃ済まないかもしれない。


 そして待つこと数分。

 ドンとかなりの重みがありそうな革袋と一緒に渡された新しいギルドカードは、今までと同じ鉄製っぽい素材で大きく『F』と書かれている以外は前と違いが分からない。

「この『F』と書かれたのが更新ということですかね?」

「そうよ? これでロキ君はFランクということになるから、魔物討伐じゃなく人からの依頼の時はギルドカードを見せると証明になるわ。だから前も言ったけど失くさないでね?」

「えぇそれはもちろんですが……なんていうか、このカードの素材が変わったり、もっとカード自体に変化があるものだと思ってました」

「一応できるわよ? ただ別途お金がかかるというだけで」

「えっ!」

「そりゃそうよギルドだって商売だもの。Eランクくらいまでなら大した負担でも無いけど、Dランク以上に割り振られた鉱石のカードなんて配っていたら物凄いお金がかかってしまうわ」

「割り振られた鉱石……? なんか凄く興味が湧いてきたんですけど!」

「あら? お姉さんに聞きたいの? 詳しく聞きたいの?」

「ぐっ……キキタイデス……」

「もうしょうがないわね。用が無くてもここに顔を出せば、ロキ君にもメリットがあるのよ?」

 そういって勝ち誇ったように説明してくれたハンターランクの概要は、まさに予想通りという内容で。

 G 鉄(通称アイアンランク)

 F 銅(通称カッパーランク)

 E 青銅(通称ブロンズランク)

 D 銀(通称シルバーランク)

 C 金(通称ゴールドランク)

 B 魔銀(通称ミスリルランク)

 A 黒鋼(通称ダマスカスランク)

 S 金剛(通称アダマントランク)

 このように振り分けされており、それぞれのハンターランクに応じた鉱石を使ってカードを作ることも可能。

 希望があればとりあえず鉄のカードを支給された後にギルド側で製作に入り、作成完了後に持っているカードと交換という形で支給されることになるらしい。

 ただしその素材代金はハンターの自腹。

 それが嫌なら通常支給される鉄のカードでも証明にはなるんだから、我慢しておきなさいということだ。

 鉄のカードに書かれた『S』という文字……なんとも味気ない話である。

「どう?」と大して無い胸を張って踏ん反り返るので、「概ね予想通りでした」と答えると、まるでそこにハンカチがあるかの如くキーッ!!と悔しがるアマンダさん。

「しかし現実的というかなんというか、高ランクなのに鉄のカードっていうのも悲しいものがありますね……」

「いいのよ高ランクはお金持ってるんだから。もしこれがランクに応じた鉱石のカードを無償提供なんてなったら大変よ? そのシワ寄せは下位ランクの人達に行くわ」

「そうなんですか?」

「えぇ。カード用鉱石を捻出するために全体的な依頼報酬が低下し、お金のために無理して身の丈に合わない難度の依頼を受ける率も上がる。結果死亡に繋がる可能性も上がるわね。対して上位ランクの報酬が多少下がったところでそもそも報酬額の桁が何個も違うんだから、上位ランクの懐事情は何も変わらないわ」

「なるほど……だったら取れるところから取れってことですね」

「そうよ。そもそもカードの質に拘るのなんて大半が上位ランクだもの。ロキ君だって『G』から『F』に上がったところで、それを人に見せびらかしたいとは思わないでしょ?」

「た、確かにまったく思いませんね。仮に『E』になったところで、|ラ《・》|ン《・》|ク《・》|が《・》|低《・》|い《・》という意識は変わらないと思います」

「全員がとは言わないけど、大半のハンターも同じように思っているわ。だからカードの質に拘るなんて低ランクハンターには損でしかないのよ。一部の上位ハンターを特別優遇はしない。その分高額な報酬で依頼をこなしてもらうというのがハンターギルドの考えね」

 ふーむ。理屈を言われると納得せざるを得ない。

 意外と考えているんだなぁハンターギルド。

 低ランクを大事にしているとも言えるか。

 しかし―――

「凄く納得できました、ありがとうございます。ただ1点だけ納得できないというか、ちょっと違和感を覚えるのですが」

「ん? どんなところ?」

「……ハンターギルドって本当に|S《・》|ラ《・》|ン《・》|ク《・》|が《・》|一《・》|番《・》|上《・》ですか?」

 気になったのはここだ。

 最上位が『Sランク』、これ自体に何も思うことは無いが――アダマントランク。

 よくあるアダマンチウムだとかアダマンタイトと言われている、硬そうな希少鉱石のことで間違いないだろう。

 確かにピヨピヨのひよこハンターじゃ手の届かない鉱石だ。

 だがアダマントが一番上と言われると、どうにもしっくり来ない。

 俺の勘違いなのかどうか―――

「……なんでそう思ったの?」

「いや、なんとなくですね。アダマントが一番上の鉱石? と疑問に思いまして」

「まぁ隠していることでは無いからいいけど……過去にはもっと上のランクが存在したわ。ただ今は無い。正確に言えば成れる人材がハンターにはいないというのが正解ね」

「そうでしたか……ちょっとだけすっきりしました」

「ちょっとって言うと、今は無いそのランクのことが知りたいの?」

「まぁそれもありますけどね。ただやっとFランクになれた新米が気にしてもしょうがないほどの高みでしょうから、手が届きそうになったらまた詳しく聞きますよ」

「ふふ……そうね。そうなったらお姉さんのところにいらっしゃい。若い子じゃあまり知らない内容だから、ロキ君がもう少し大きくなったら詳しく教えてあげるわ」

「ははっ、身体だけはすぐに大きくなりますけどね。なので問題はランクです」

「まぁ! 身体が大きくなるだけでも十分だわ! ぜひ聞きにいらっしゃい! お姉さんのところに!」

 あ、これあかんやつだ……急にアマンダさんから魔物臭が漂ってきた。

「そ、それじゃ今日は色々と予定があるので失礼しますね! また今度!」

「ちょ、ちょっと! たまにはゆっくりしていきなさいよぉおおー!」

 アマンダさんの叫び声を聞きながら、俺は解体場へと続く通路へ逃げる。

 今日は予定がいっぱいあるんですよ!

 それにしても……|ハ《・》|ン《・》|タ《・》|ー《・》|に《・》|は《・》|い《・》|な《・》|い《・》か。

 ということは、ハンターじゃなければなれる逸材はいるとも取れる。


 (勇者タクヤかなぁ……たぶんそれしかないよなぁ……)


 いつか会うことはあるのだろうか。

 相手は王子だっていうし無理かな?

 そんなことを思いつつ、解体場の主任ロディさんのところへ向かうのであった。
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31話 餞別

 解体場主任のロディさんはいつもと変わらず、奥の作業台で何かの皮を剥ぐ作業をしていた。

「ロディさん、おはようございます」

「おうロキか。籠ならそこから好きなの持っていっていいぞ」

「いや今日は籠じゃなく、聞きたいことがあって来たんですよ」

「ん? なんだ?」

 そう言って作業を止め、ロディさんが布で手を拭きながらカウンターまで歩いてきてしまったので、これは申し訳ないと手短に用件だけ話す。

「作業中すみません。明日からロッカー平原に行こうと思いまして、換金可能な素材部位などをお聞きしたかったんです」

「ほぉ……もうロッカー平原か。まぁあれだけ安定してパルメラの魔物を狩ってくるんだからな。誰も文句は言わんか」

「ははは……まだ早いと思ったらすぐ戻ってきますけどね」

「まず問題は無さそうだが無理はするなよ? んでロッカー平原の魔物だが種類は2種、ポイズンマウスとエアマンティスだ。そしてここで素材として買い取れるのはそれぞれの魔石とポイズンマウスの頭部だけだな」

「うーん……資料室の本にも書いてありましたけど、素材としての需要があるのは頭だけですか。となると実入りが少なくなりそうですね……」

「そこはハンターによってくるな。数をこなせるやつはパルメラよりも稼ぎが良くなるし、ルルブにいかずロッカー平原に留まるやつらもいる。考えてもみろ? ロッカー平原は片道1時間くらいはかかる。素材を大量に抱えて1日何往復もできるか?」

「あーなるほど……素材が小さいのは逆に利点になるってことですか」

「その通り。ロッカー平原の肝は、1回行ってどれだけ籠の中身を埋められるかだ。それにエアマンティスの魔石はそれなりに買取額が高いぞ?」

「属性魔石だからですか?」

「あぁ。氷属性ほどじゃないが、風もそれなりに人気はあるからな。エアマンティスの魔石1つで8000ビーケだ。1日行って10匹でも倒してみろ。他の素材なんかも合わせればパルメラの収入なんて超えてくるだろう?」

「確かに……それだけ倒したって籠はいっぱいにならないから1往復だけで済むってことですね」

「ただあそこはポイズンマウスの毒を食らうと厄介だからな。致死性は無いが手足が重くなって身動きが取りにくくなる。だからポイズンポーションをどれだけ飲まずに数をこなせるか、ロッカー平原に通うハンター達の腕の見せ所ってわけだ」

 その後もなんだかんだで詳しく話を聞いてしまったところ

 ポイズンマウス:常時討伐依頼で1体1200ビーケ その他魔石で1500ビーケ 頭部(毒袋)3000ビーケで解体後に頭部は持ち帰り推奨。討伐部位は尻尾。

 エアマンティス:常時討伐依頼で1体1800ビーケ その他魔石で8000ビーケ 討伐部位は頭。

 ただしポイズンマウスは繁殖力が凄くてすぐ増えるらしいので、緊急討伐依頼があった場合は最高2倍くらいまで討伐依頼報酬が増える可能性も有り。

 このようなことが分かった。

 パルメラ大森林と違って、朝一の依頼ボードは要チェックということだな。

 聞きたかったことが一通り聞けたので、ロディさんに仕事の邪魔してすみませんと謝りつつお礼を言い、アマンダさんに会うと厄介なので裏口の解体場からそのまま出る。

 そして武器屋へ向かいながらも考える。

 ポイズンマウスで1体おおよそ6000、エアマンティスで1体おおよそ10000……ポイズンマウスの方が数は多いみたいだから、1日行って10体の5体としてこれで11万ビーケ。

 丸薬を飲んだパルメラ大森林の収入よりちょっと落ちるくらいか。

 いや、ポイズンポーションがいくらか分からないけど、ちょくちょく飲むことを考えたら1日20体の10体くらいが目標か?

 というか、緊急討伐依頼が出てなかったら無理に常時討伐依頼を達成させないというのも手だよな?

 いやしかし、鼠のしっぽを大量に宿へ持ち帰って寝るというのもさすがに……

 中型の籠を買ったとはいえ、そんなの突っ込んだままあの4畳半程度の空間で一緒というのは気味が悪すぎるし、臭いもキツそうだからやっぱり無しか。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか武器屋の中にまで入っていたらしく、パイサーさんが怪訝な表情を浮かべていることに気付いた。

「おまえ、店の中で立ち尽くして何やってんだ?」

「す、すみません……考え事に没頭するという悪い癖が出てしまいました!」

 うーむ……近い、近過ぎる!

 裏口から出てもあっという間に着いてしまった。

 まぁ時間が限られているから気にしないで話を進めよう。

「とうとうお金が貯まりましたよ! 武器と鎧売ってください!」

「ん? 武器は聞いていたが……鎧だと? どんなやつがいいんだ?」

「ロッカー平原と、できればルルブの森でも立ち回れるくらいのやつがいいんですよね」

「予算は?」

「大体30万ビーケ前後くらいだと良いですね」

「となると金属製は無理だから皮製の鎧だな。胸や胴回りを守れるから、頭さえしっかり守れば致命傷にはなりにくい。そんなに良い魔物の皮は使えんが……ルルブくらいまでなら問題無いだろう」

「おぉ! 良いですねなんかそれっぽいです!」

「それっぽいってなんだよ……まぁいい寸法計るからちょっとこっち来い」

「……ん? 寸法? ここに在庫って無いんですか?」

「アホか! 武器なら在庫でもいいが防具だぞ? 身体にしっかり合わせたもん作らにゃ動き難くて戦闘に支障が出るだろ。それに在庫はあったって大人用だ。おまえの背丈だと多少の調整程度じゃどうにもならん」

「な、なんですと!? ちなみに……出来上がりはどれくらいで……?」

「皮なら在庫があるから5日……いや4日あればいけるな」

 マジかよ……やらかした。

 やらかしたやらかしたやらかしたぁあああああー!!

 ついつい服と同じような感覚で、それこそゲーム感覚で買えると何故か勝手に思い込んでしまっていた……

 あぁ……俺の馬鹿野郎……

 先に準備する時間はちゃんとあったじゃん……

 折角明日にはロッカー平原行けると思ってたのに……

「アァーアァーアァー」

「なんだ? 前からおかしなやつだとは思っていたが、余計におかしくなったか?」

「うぅ……僕のこの涙を見てくださいよ! 自業自得とは言えショックで倒れそうなんですけどっ!」

「ちっとも泣いているようには見えんぞ……まぁショックを受けているのは確かなんだろうな。なぜそんなに早くロッカー平原へ行きたい? パルメラでも金は稼げているんだろう?」

「お金だけの問題じゃないんですよ……その場所が自分の成長に繋がると思えば早く行きたいんです。それがハンターってもんなんですよ!……たぶん」

「チッ……息子と同じようなこと言いやがって」

「あ、息子さんいたんですか。お話からすると僕と同業、ハンターみたいですね」

「そうだな」

「はぁ……でもしょうがないですね。とりあえず採寸をお願いします」

 そう言って胸回りなどを計ってもらっている最中、お目当ての剣を眺める。

「そういえば予約していたあの武器、サイズだけで買おうとしちゃいましたけど、魔力上昇なんて付与が付いていたんですね」

「あぁ……おかげでちっとも売れねぇ武器だった。やっと買い手がついて清々するぜ」

 そういえば他の武器よりも値段が安めなんだよなぁ。

 てっきり短いから材料費が安いくらいに考えていたが……

「もしかして魔力上昇という付与があまり人気無いんですか?」

「まぁな。魔力上昇なんて本来魔術師用だ。普通は主武器の杖に付けるもんだし、この町なんて精々Eランク止まりのハンターしかいないんだ。わざわざこのくらい値の張る予備武器なんて持ちはしない。いいとこ解体用も兼ねた短剣程度だろ」

「でもあれ作ったのってパイサーさんですよね? 魔石屋のお姉ちゃんが言ってましたよ。パイサーさんは付与もできるって」

「あのバカ……そうだな。確かに俺が作った」

「ん? 売れにくいのに作った?……あっ、もしかして息子さん用とか?」

「……」

 ここまで言って|し《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》と思った。

 なんで息子さん用の武器が飾ってあるんだよ。

 ある程度使ってお古になったっていうなら樽の中だろ普通。

 あそこにあるのはわざわざ壁に掛けてあるくらいだからたぶん新品……

「すみません。マズいこと聞いちゃったかもしれませんね……」

「……いや、構わん。あの武器を買おうとしているやつなんだからな。おまえの想像通りだ。だから大事に使ってやってくれ」

「……もちろんですよ」

 その後寸法も計り終わり、ちょっとした要望も伝えたところで、とりあえず武器は買おうとパイサーさんに伝える。

「とりあえずあの武器は今日買っていきます。安心してください。今回は値引きどうこうなんて言いませんから」

「そりゃ結構なことだが……まさかおまえ、鎧ができる前にロッカー平原行くつもりじゃないだろうな?」

 ……誤魔化すのは簡単だ。

 鎧ができるまではパルメラ大森林行ってますよと言えばいい。

 それを実行すれば尚更に問題無い。

 だが、もうパルメラ大森林は余裕過ぎるんだ。

 ノルマをクリアした以上、あそこで狩りを続けるには別の目標や目的が無ければ苦痛になる。

 そしてレベルの要素と魔石の売却価格を考慮すれば、ロッカー平原もまず問題は無い。パルメラ大森林であそこまでレベル制限がかかって経験値が増えなかったんだ。

 たぶん今のレベルでロッカー平原に行っても、既に適正をやや超えているくらいだろう。

 ならあった方がより安全なのが鎧であって、必須ではない可能性が高いはずだ。


 はぁ―――……

 ここで嘘は吐いちゃ駄目だな。


「すみません、慣らし程度ではありますけど行くつもりです。パルメラ大森林が余裕過ぎますので」

「やっぱりか。パルメラと違ってロッカーは鎧無しなんてほとんどいないぞ? 油断すればエアマンティスの魔法で腹がパックリだ。それでもか?」

「そうですね。できるだけの準備はするつもりですけど、行ってみないと分からないこともありますから」

「……もしだ。鎧ができるまで剣を売らないって言ったらどうする?」

「ここで買わせてもらったナイフで行くでしょうね。間違いなく。もちろん無理をするつもりはないので、僕の予想よりも強いと感じれば大人しく引き返しますが」

「だろうな……あのバカも同じことを言っていた。……そしてこっちが丹精込めて専用の武器作ってやってる最中だってのに死んだんだ」

「……」

「ハンターってのはどうしてバカが多いんだろうな? 自分の力を過信してるとは思わないのか?」

「どうでしょうね。ただ少なくとも、自信はないと足は前に出ませんよ。そうやって何かしら理由を付けて、道を自分で作ってるんですから」

「はぁ……ちょっと待ってろ」

 そう言って店の奥へ入ったパイサーさんは、何かを抱えてすぐに戻ってきた。

「こいつは餞別だ。中古だが大して使用はしていないし、サイズも多少の調整程度で済むだろう。息子はおまえと似たような身長だったからな」

「……形見、ですよね?」

「あぁ。息子はルルブの森で死んだ。パーティ組んで、俺は後衛だから防具があれば大丈夫だっつってな。そん時生き延びたやつがうちに運んできたんだ」

「なら受け取れないですよ……大事な物でしょう?」

「アホか。俺は防具屋でもあるんだぞ? 良い装備てめぇで作って寝かせとくやつがあるか。装備は使ってなんぼだろう? それでそいつが生き延びれば一番だ」

「……僕はその鎧が無くても生き延びる自信がありますけど、本当に僕が譲り受けてしまって良いんですか?」

「ケッ、生意気なことを言うじゃねーか。だったらこいつ着て意地でも生き延びてみせろ。途中でひょっこり死にやがったら俺がもう1回ぶっ刺してやるからな」

「それは魔物より怖そうです……これは息子さんの剣と鎧に守ってもらって生き延びるしかないですね」


 受け取る意志を確認できたからか、パイサーさんは無言で俺に防具を合わせサイズを調整する。

 確かに最初からそれなりにしっくり来るので、少し胴回りを絞めればサイズ的にはバッチリだろう。


 ――本当はあの剣を購入する人待っていたのかな?

 ――それとも息子さんと重なる人を探していたのかな?


 ベザートの町の武器防具屋はこのお店だけだ。

 嫌でも上を見るハンターはこのお店を訪れる。

 その中にはジンク君達のように子供だってそれなりにいる。

 今までにもたくさんいただろう。

 サイズだけ見れば合う人なんていたはずだ。

 この状態なら売ろうと思えば売れただろうし、装備を託せる人はいたはずなんだ。


 笑いながらショートソードを持って、「ちょっと握ってみろ」なんていうパイサーさんを見れば、俺は心の中で誓いたくもなる。



 パイサーさん。

 ――俺は絶対に死なないよ。
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作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
楽しくなってきたと思って頂いた方は、広告下の【☆☆☆☆☆】から率直な評価を頂ければ幸いです。
本日も複数話投稿していきますので、ブックマークされるとスムーズに追えるかと思います。7/17 本日2話目の投稿です
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32話 職業選択

 はぁ……予想以上にお金は浮いてしまったけど、なんだか気分は複雑だ。

 鎧は譲り受けることになったものの、その後のお代でパイサーさんとは揉めに揉めた。


「元から装備の予算はトータル100万ビーケで考えていたんです。だからこの金額を置いていきます!」

「バカ野郎が! 俺が売ったのは剣だけだ! だったら55万ビーケだろうが!」

「鎧だってこの状態なら十分価値があるでしょう! それに鎧も付与付きなんて聞いてないですよ!」

「売りもんじゃねーから引っ込めてたんだ! つまり俺の私物だ! それで金取るのはおかしいだろう!」


 今まで値切り交渉ばかりしていたのに、今回ばかりはまったく逆のつり上げ交渉。

 結局このようなやり取りが体感30分以上は続き、最終的には剣をかける革製腰巻ホルダーの中から、一番上等な物を購入するということで決着がついた。

 それでも合計70万ビーケか。

 確かに鎧は中古かもしれないし、人によっては縁起が悪い、中には気味が悪いなんて反応を示す人がいてもおかしくはないだろう。

 受け止め方は人それぞれ。そんなことを仮に言われたって文句を言うつもりは無い。

 ただ……不思議としっくりきて、何故か安心できるんだよなぁこの鎧。

 ソッと触れれば、細かい傷が表面にいくつもあることが分かる。これが息子さんが頑張った証でもあるんだろうな。

 だったら夢半ばで破れた息子さんの代わりに、俺がバッタバッタと魔物を薙ぎ払ってやろうじゃないか。

 それが自己満足だとしても、なんとなく供養になりそうだなと思えば頑張ろうという気にもなってくる。



 ハンターご用達の商店でポーション4個、ポイズンポーション5個、大きめの革袋、とりあえず1日分の携帯食を購入して、最後の目的地である教会へと向かった。

 以前ポーションはアマンダさんに言われて1個だけ買っていたものの、パルメラ大森林では使うタイミングもなく硬貨用の革袋にしまったままだった。

 どちらも5個ずつあれば、とりあえずのお試し用としては十分な数だろう。

 逆にこの数を1日の狩りで使い切ってしまうようならロッカー平原はまだ早い。

 ポーション1個3000ビーケ、ポイズンポーション1個6000ビーケ。

 合計45000ビーケもするわけだから、1日にここまで回復にお金を使ってしまえば収入も怪しくなってくる。

 一緒に買った少し大きめの革袋にポーションを入れながら、ついでに初めての携帯食である|謎《・》|の《・》|焦《・》|げ《・》|茶《・》|色《・》|い《・》|物《・》|体《・》を見た。

 よく言えば拳の半分くらいある少し大きめなビスケット、悪く言えば馬の糞……

 さすがにそっちの匂いはしないが、何かを練り合わせてカチカチに固めて乾燥させたような、まさしく謎の物体だ。

 見た目だけで不味さを全開に叩きつけてくるんだから、これを作った人は色々な意味で大したものである。

 一応食い物だよねコレ?

 味はどんなものなのか、とりあえず食べてみようとは思うものの、あまりにも予想を下回る場合は、宿の女将さんに弁当を作ってもらえないか相談してみることにしよう……


 そんなこんなでトボトボと歩きながら考えていたら教会へ到着。

 今日は入口にシスターさんの姿が見えないのでそのまま中へ入ると、一般の方が数名椅子に座っており、一人は女神像の前で跪き祈りを捧げている。

 神官さんが横にいないので、あれが女神様への祈祷かな?と思いながらキョロキョロ周囲を見渡すと、壁際で別のシスターと話していたおばちゃんシスターを発見。

「こんにちは~」

「あら、こないだの坊やじゃないか。まぁまぁずいぶんとハンターらしい格好しちゃって……それで今日はどうしたんだい?」

「先日はありがとうございました。おかげ様でなんとかお金を貯めることができましたので、今日は職業選択をと思いまして」

「あんたもう貯めたのかい! こりゃ驚いたね……どっかで悪さしてないだろうね?」

「そんなこと言わないでくださいよ! 毎日コツコツ頑張ってたんですから」

「はははっ、冗談だよ。さぁこっちおいで。|神官《プリースト》のじいさんを紹介しよう」

 そう言われてついていった先は、以前入らなかった向かって右側のドアで、中に入ると質素な執務室で机に噛り付いた神官さんが何か書き物をしていた。

「じいさん、職業選択希望の方だよ。今日はまだいけるだろう?」

「うん? まだ【神託】は受けられるので大丈夫ですよ」

 立ち上がってこちらに向かってくる神官さんは、近くで見ると60歳くらいだろうか。

 ギルドマスターのヤーゴフさんと同じくらいの年齢に見えるが、この人は随分と優しそうな雰囲気だな。

「私はこの町で神官をやっているトレイルです」

「ロキと申します。今日は職業選択をお願いしに来ました」

「ふむ……まだ小さいのにもう職業選択とは。一応確認しますがお布施は大丈夫ですかな? 少しばかり希少なスキルを使うもんでしてな」

「最低限の50万ビーケですが貯めてきましたので、大丈夫ですよね?」

「ほほぉ……結構ですよ。その歳で大したものです。それでは早速準備をするので先に礼拝堂で待っていてください。メリーズ、受領と案内を頼みますよ」

「あいよ。それじゃ行くよ坊や」

 そう言われておばちゃんシスターメリーズさんと礼拝堂へ戻ると、女神様への祈祷は早いのか、順番待ちをしていた人が残り一人になっていた。

「それじゃあお布施は先に頂くよ。その後はあの椅子で待っている人の横に座って待っときな。ボーッとしてると抜かされちゃうからね」

 うーんこうやって準備の工程が何回も入ると、年甲斐もなくドキドキしてくるなぁ……

 言われた通り50万ビーケを支払い、椅子に座りながら前方に立つ6体の石像をなんとなく眺める。

(石像だけあって皆同じような顔……昔教科書で見たギリシャの彫刻みたいだ。あれよりだいぶ雑だけど)

 まるでテンプレートの人型のような物があり、そこにカツラや服を着せてちょっと個性を出させているような感がある。

 この文明だとこんなもんなのかな~とポヤッと考えていると、待っていた人が石像の前に跪き、10秒くらいして黒曜板の置いてある部屋へと入っていった。

(なるほどね……祈祷は無料だけど、結局その結果がどうだったのか正確に知るためには『ステータス判定』が必要なわけか。教会も上手いやり方を取るもんだ……)

 普通は新たにスキルを取得したいと思ったり、取得スキルのレベルを上げたいと思えば、その結果がどうなったのかは誰でも知りたいものだろう。

 そのために祈祷をしに来ているわけだからね。

 そこをグッと堪えて感覚だけでレベル上昇や取得の結果を予想するか、お金でちゃんと自分の能力を把握するかとなれば、俺だったら20000ビーケ払って把握しようとしてしまう。

 教会の大元はファンメル神皇国だったか……

 なんだかとってもお金持ちな国の予感がする。


 そんなことを考えていたら神官さんの準備ができたようで声をかけられた。

 少し派手な上着を羽織り、手には希少と言われている古そうな本を携えている。

「お待たせしましたね。それでは始めましょうか」

「宜しくお願いします」

「ではこちらに」

 そう言われながら手で誘導された先は、先ほど祈祷していた人達と同じ石像の真ん前。

 足元をよく見れば円形の別の色をした石がはめ込まれており、この場所がお祈りする定位置なんだなと視覚的になんとなく分かる。

「それでは女神様へ向かって跪き、祈りを捧げてください。私も女神様へあなたの意志が通じるよう祈りますので、ただただ|望《・》|む《・》|職《・》|業《・》|に《・》|就《・》|き《・》|た《・》|い《・》と念じるだけで結構です。念が通じれば【神託】によってあなたの就ける職業が私に下りてきますから、その中から選び、再度女神様へ祈れば新しい職業に就くことができますよ」

「祈る女神様はどなたか選ぶのでしょうか?」

「いいえ。特定の女神様に対して祈るのではなく、全ての女神様達へお願いする気持ちで祈ってください。中には予想外の職業に就ける方もいらっしゃいますからね」

「なるほど……分かりました」

 そう言って俺は跪き、前に手を組んで黙祷する。

(望む職業に就きたいです……望む職業に就きたいです……できれば筋力と防御力が伸びやすくなるような近接系の職業に就きたいです……しまった邪念が……お願いしますお願いします……)

 なんだか後頭部に気配があるのは、以前目にしたように神官さんが俺の頭の上で手をかざしているからだろう。

(望む職業に就きたいです……望む職業に就きたいです……望む職業に就きたいです……)

(……界…………だ……ぶ……かし……?)

(…人……張ってい……ら……だいじょ…………)

(呼…わよ……準備…て……)

(なんだ? 声が聞こえる……こんな説明受けてないぞ……?)

(…………)

(…………)

「……もう大丈夫ですよ。目を開けてください」



(へっ?)



 聞こえたのは目の前から。

 明らかにおばちゃんシスターのメリーズさんとは違う、透き通った、聞いているだけで心が洗われるような声。

 自然と鼓動が早くなるのを感じながら、恐る恐る目を開ければ――

 長閑な自然が広がる視界の中央で、三人の女性が俺を見下ろしていた。
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誤字報告ありがとうございます。
ランキングに入れたお礼も兼ねて、本日まだまだ投稿します。7/17 本日3話目の投稿です
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33話 女神

 状況を考えればなんとなくの予想はつく。

 だがそれ以上に確定的とも言えるのは、視界に入った一人の女性が|見《・》|覚《・》|え《・》|の《・》|あ《・》|る《・》|姿《・》をしていたからだ。


(剣と鎧を身に着けた女性……戦の女神様……ということは、目の前の3人は全員女神様ってことか?)


 教会にある石像の中で、唯一しっかりと判別のできる姿が右前方にいるんだ。

 まず間違いないだろう。


 話が違う。

 神官さんはどこに?

 なぜ俺はこんなところにいる?

 そもそもここはどこなんだ?


 思うことは次から次へと出てくる。

 しかし、そんな疑問が些細に思えるほどの衝撃が俺を襲い、まるで脳が許容を超えて震えたかのような錯覚を覚える。

(……ぜ、全員美人過ぎないか? こんな整い過ぎた容姿、今までの人生で一度もお目にかかったことがない。それが1人だけじゃなく3人共……いや、1人は明らかに少女だから2人か……)


「おまえ……神罰を食らいたいの?」


「―――ッ!??」


(うぐぅううう……地面に吸い寄せられる! こ、呼吸が……苦しい……し、死ぬ……っ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!)


「リア。時間も限られているのだし、まだ何も聞けていないのだから止めなさい」

 ――――フッ

「がはぁ……はぁ……はぁ……」

 駄目だ。

 これは明らかに女神様、というか人じゃない。

 おかしなことを|思《・》|う《・》|だ《・》|け《・》で殺される……

 全身から冷や汗が止まらない。


「す、すみませんでした……」


 そう謝罪を告げながら顔を上げると、左前方にいる和人形にありそうな長い黒髪の少女は、明らかに不機嫌な顔をしている。

 この人、いやこのお方がリア様というお名前なのだろう。

 なぜか中央にいるツヤツヤした腰まで届きそうな茶色いロングヘアーのお方と、右前方にいる、まるで想像上のエルフのような金髪をした戦の女神様は顔を赤らめているが……

 余計なことを考えてはいけない。

 心を無にするしかない。

「いきなりで困惑するお気持ちも分かりますが、まずは確認をさせてください」

 中央にいる女性が発する言葉に自然と俺の視線も向く。


「あなたは何者ですか?」

「えっ……?」

「……」


 この状況で嘘を吐くつもりはまったく無い。

 しかし、なんと答えれば正解なのかが分からない。

 名前?

 今名乗っている『ロキ』か?

 それとも『間宮悠人』という本名か?


「ロ、ロキと申します」

「もう一度聞きます。あなたは何者で、どうしてこの世界にいるのですか?」


 ご希望の答えじゃなかった。

 となると、異世界人としての俺に用があるということか。

「すみません。元の名前は間宮悠人と言います。どうしてかは自分自身でもよく分かっていません。急に拉致されて森の中に捨てられました」

「拉致か。次元の狭間に飲まれたのではないのか?」

「次元の狭間というのが分からないのですが、どういったものでしょうか?」

「次元の狭間とは極小確率だがどこにでも起こりうる空間の歪、分かりやすく言えば突如現れる黒い亀裂だ。飲まれればそのまま亜空間を彷徨うか、運が良ければ別の世界へと繋がってそこで吐き出されることになる」

 そう答えてくれる戦の女神様の言葉を慎重に飲み込みつつ、俺は答える。


「確かに最初、黒い亀裂に飲み込まれました。そのあとに真っ黒い空間へ出て、っ……ッ……!?…………言葉が出ない……」


 俺の言葉に剣呑な表情を浮かべる戦の女神様とリア様を見て、マズいと感じるもどうにもならない。

 なぜ……なぜ、どんぐりとの経緯を言葉にできない?

 俺はどんぐりと会い、その後にパルメラ大森林へ飛ばされた。

 そう伝えるべきなのに言葉が……ッ! そうだ!
 
 この方達はどう考えても俺の心を読めている!

 ならば―――


(黒い空間に出た後はどんぐり頭の……名前は知らない少年に、武器と魔法とスキルの世界があると知らされ、拒否権も無いままこの世界に飛ばされました)


 これなら伝わるはず。

 ――そう思ったが甘かった。


「……リガル。途中で|思《・》|考《・》|が《・》|読《・》|め《・》|な《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|た《・》けど、私の気のせい?」

「いや、私もだ。アリシアは分かったか?」

「いえ、黒い空間に出た後が――空白のように何も読み取れませんでした。その後の武器と魔法とスキルの世界というのはこの世界のことでしょう。そして無理やり飛ばされたと」

「同じだな。記憶も……抜け落ちているのか? おい貴様、何をした? 死にたいのか?」

「おまえはこの世界の異分子。正直に話さないと殺すことになるんだけど?」

「ちょ……待ってください! 話そうにも、――――――ッ! やっぱりだ! 何度試しても言葉が出ないんです! だから頭の中で先ほど伝えたんですっ!!」

(かんべんしてください! 伝えたくても伝えられないだけなんです!)

「嘘を吐いている様子はないようですけど……これは困りましたね」

「さっきから【神眼】を使っても所持スキルが見えないんだけど? 次元の狭間から出てきた人間って皆そうだったっけ?」

「この世界で何かしらのスキルを獲得していれば見られますね。そしてこの方は神官と話している以上、少なくとも【異言語理解】は取得しているはずです。ということは【神眼】を使っても確認できない、私達ですら知らない未知のスキルが働いているということになるでしょう」

「こいつかなり危険じゃん」

「どういう経緯かは分からないが、世界のことを考えれば生かしておくべきではないな」

「そうだとしても、いったい誰がこんなことを……私達が知らないスキルとなると、まさか上位神様が!?」

「……これは一度フェルザ様に相談した方がいいだろう」

「でもさ、私達の管理世界ってもうフェルザ様からほとんど見捨てられてるよね? 話聞いてもらえるかな?」

「どうでしょう。それでも―――……………………」






 女神様達が、もうちっぽけな存在など認識していないかのように今後の相談をしている中、俺はただただ白いだけの空を見上げて自問自答していた。

 なんでこんなことになっているんだろう?

 俺が何かしたのだろうか?

 どんぐりからチートスキルを|強請《ねだ》ったせい?

 冗談じゃない。これは便利なだけでチートではないだろう。


 勝手に連れ去られ、勝手にこの世界へ飛ばされ、死に物狂いで生き延びてやっと地盤が固まってきたと思ったら……


 俺はまた勝手に連れ去られて死の宣告を受けている。


 原因はなんだ?

 どんぐりか?

 確かにあいつがきっかけだ。


 じゃあ目の前にいるのは?


 この3人もどんぐりと同じじゃないのか?


 結局いきなり連れてきて殺すだなんだと言っているんだ。

 ある意味どんぐりより質が悪い。


 そして俺は、そんな相手を前にして未だに跪いている。

 はははっ……馬鹿にもほどがあるだろう。

 このままじゃ何もせず死ぬだけだ。だったら……



 パイサーさんごめん。

 さっき誓ったばかりなのに――――約束は守れそうにない。



 膝をつくのも馬鹿らしいと、俺は立ち上がりつつ言葉を発する。


「さっきからどうでもいいことでぴーぴーうるせえよ。なぁ。神様ってこんなゴミばっかりなのか? それともゴミだから神様になれるのか?」


 訪れる静寂。

 3人の視線が一斉に俺へ向くが……

 どうせ死ぬんだろ?

 ―――なら、もうどうだっていい。

「ほら。答えろよ? 神様ってのはみんな自己中の勝手なやつらばかりなのかって聞いてんだよ」

「き、貴様……ッ!! 神に向かってなんたる物言い!! 万死に値するぞ!!」

「うるせえな……敬意をもって俺は対応したのに、殺そうとしてんのはそっちだろ? 今更万死って……笑わすなよ。それにな、俺が出会ったベザートの町の人達になんてこんなこと言わねーよ。神に向かってだと? 神だから言ってんだよボケがっ!!」

「もういいよ、こいつ殺そう。あそこの町も巻き込まれるけど……私が神罰落として身体も消滅させる!」

「ちょっとリア! 神罰は待ちなさい!!」

「ほらな? すぐこれだよ。てめぇの都合なら無関係な人を巻き込もうが関係無しってな。犯罪者と同じかよおまえらは」

「ッ!? そんなわけ……」

「俺を拉致したやつにどんな思惑があるかなんて知らない。俺は元の世界で普通に生活していたらいきなり拉致された。そして納得もしていないのに強制的にこの世界の森へ捨てられただけだ。
 それでも必死に生き抜いたよ。右も左も分からない中で水を求めて彷徨い、訳も分からないまま魔物と戦い、食い物に困って火も通さずに生き物を食った。全部全部死にたくなかったからだ。
 初めて人を見た時は心底嬉しかったよ。初めて町を見た時は感動で言葉を失ったよ。生きるために必死で足掻いて足掻いて……地道にこれまで生きてきたんだよ……
 やっとこの世界を楽しく感じて……これからも生きていくつもりだったんだよ……」


 気付いたら、立ち上がったつもりの俺は地べたに膝をついて項垂れていた。悔しいからか、悲しいからか、自然と涙が零れた。


「なぁ? 教えてくれよ?……俺が何をしたんだ? あんたらにとって俺はどんな悪いことをした? 必死扱いて生きようとすることがそんなに悪いのか?……なぁ……教えてくれよ……」


「「「……」」」


 知りたかった答えは返ってこない。

 でも言いたいことは言った……

 悔いが無いと言えば嘘になるが、こうしたことに後悔は無い。


 ―――あとは死ぬだけだろうと目を瞑る。


(輪廻なんて眉唾物の話は本当にあるのかな? それなら次は――……次もこの世界のように、努力が報われる世界で生きてみたいな)


「あなたは……」


「……」


「あなたは、本当に何者なのですか?」


「……知りませんよ。神じゃないんだから、そんな客観的に自分を見られるわけもないでしょう? ただ生にしがみついて、この世界を楽しいと思い始めた男というだけです」


「そうですか……1つだけ、1つだけ確認をさせてください」


「……なんでしょう?」


「あなたはこの世界へ来る前に、何かしらのスキルを授けられましたか?」


 急になんの話をしているのだろうか?

 心なしか、場の空気感も変わったような気がする。

「スキル?」

「はい。私達ももちろん合意があった上でですが、亡くなった別世界の魂を転生させてこの世界に呼び寄せることがあります。その際には特別にスキルをいくつか授けるのですが……あなたもそのようなことがあったのではないのですか?」

「そういうことですか。俺がしてもらったのは年齢が若返ったこと。今あなた達にどう見えているかは分かりませんけど、元は32歳なもんでね。それとステータス画面がいつでも見られること。この2つです。ただそれがスキルなのかどうかは分かりません。なぜか俺が見られるステータス画面では|あ《・》|る《・》|け《・》|ど《・》|表《・》|示《・》|さ《・》|れ《・》|な《・》|い《・》状態になっているんで、その2つがスキル扱いになっているのは間違いないと思いますけどね」

「……本当のことは言ってるね。隠されているっていうのが、私達が【神眼】を使っても覗けない理由?」

「うーん、どちらも私達が知らないスキルであることは間違いないでしょうけど、ただ世界を脅かすスキルかというとまた違う気がしますね……」

「ふむ……ステータス画面をいつでも見られると言ったな? どのように見えているのだ?」

「伝わるか分かりませんけどね。前の世界にあったゲームという画面に似ているんですよ。だから受け入れやすかったわけですが……レベル、魔力量や各能力値、それにスキルツリーが見られて、一部隠されている物もありますけど、自分がどのスキルを取得しているか、あとどれくらいで取得できそうかも分かります」

「何それ……私達が【神眼】で見られる内容よりよほど優秀じゃない?」

「スキルは分かりますがレベル? 能力値?……リガル、どういうことか分かりますか?」

「いや、私も分からない。フェルザ様がこの世界を構築する基盤として設けた何かか?」

「そんな世界の元みたいな深い話は知りませんよ。ただ分かりやすいところで言えば……女神様への祈祷ってあるでしょう? あれ、何を基準にスキルレベルを上げたり、新しいスキルを授けたりしてるんです?」

「それは魔物を討伐したという、その者の世界に対する貢献具合からだ」

「それは数値化されていないので?」

「数値ではない。ただ私達女神にはその貢献の度合いが分かるから、満たしていれば|褒《・》|美《・》としてスキルを与えたりスキルレベルを上げたりしている」

「その根っこが『レベル』であり『スキルポイント』ですよ。魔物を倒せば自身のレベルが上がる。自身のレベルが上がればレベルに見合ったスキルポイントを得られる。そしてそのスキルポイントを使ってスキルのレベルを上げたり新しいスキルを取得するんです。それを代わりにあなた達がやってあげているのが女神様への祈祷でしょう? ポイントが足らなければ無理だし、逆にポイントが多くあれば一気にレベルを上げることもできるってね。まぁ俺が見ているステータス画面での話なので、本当にこの世界の人も同じ仕組みかは分かりませんが」

「なんかとんでもない話になってない?」

「えぇ……たぶんこれは上位神様しか知らない内容なのでは……?」

「いかん……ちょっと興奮してきた」

「「リガル……」」

「ち、ちなみに能力値というのは!?」

「確認したいのは一つだけという話でしたが?」

「あれはアリシアが言ったことだ! さ、先ほどの対応はこの通り謝罪する! だから教えてくれ!」

 死を覚悟して、もうどうでもいいやと思ってペラペラしゃべっていたが、なんだかおかしな方向へ話が進んでいるな……

「ま、まぁ悪いと思ってるなら良いんですけど……能力値っていうのは筋力や防御力、知力といった人それぞれの個別能力数値ですよ。レベルが上がれば能力値も上がっていきますし、スキルを得てもそのスキルに応じた能力値が上がるみたいですね。これだってなんとなくは知っているんじゃないですか? シスターさんは選ぶ職業によって伸びやすいスキルが違うようなことを言ってましたし、職によって力が強くなったり手先が器用になったりという差が出てくるんでしょう?」

「確かに職業選択は女神による加護の一種だから、選ぶ職業に合わせて関連スキルが成長しやすくなるようにしているが……それが具体的な数値として見えているということか?」

「そうですね。今のところ1レベル上がれば魔力量が+6、その他の能力値が全て+3に。スキルを取得すれば対応する能力が+1、スキルレベルが2になれば+2になることなども分かっていますね。あと言い忘れましたが加護や称号なんてものも見られます。俺は何もありませんが」

「すごっ……」

「か、確定です! こんな芸当、下位神である私達には到底できません。絶対に上位神様が絡んでいます!」

「あぁ……とんでもないことを聞いてしまった気がする。まぁ聞いたからといって私達に何ができるわけでもないが」

「それは俺も同じですよ。あくまで見られるだけ。だからあなた達が何の心配をしているのか知りませんけど、スキルを使ってチートヒャッハーなんて能力は俺にありません。今でもDランクくらいのハンターと対峙すれば、確実に殺されるのは俺の方でしょう」

「一切の嘘が無さそうだな……」

「そうだね。心に違和感も無い」

「ですね……」

「分かっていただけましたか? それなのにあなた達はこちらの事情も碌に聞かず、名乗りもせず、いきなり飛ばされた中でもセコセコ生きようとしていた俺を殺そうとしたんですよ? 理解してます?」


「「「すみませんでした!!!」」」


 ふぅ。

 とりあえず殺されることは回避できたっぽいし、反省しているならもういっか……

 一応女神様にもこの世界を守るという大義名分があるんだろうしな。

 それならこちらも先ほどの暴言はしっかり謝罪しておこう。

「事情を分かってもらえたなら良かったです。こちらこそ先ほどは暴言を吐いてしまいすみませんでした」

「悪いのは早とちりした私達ですから……今更ですが私はアリシアです。愛の女神と言えば分かりますか?」

「あーいえ……まだこの世界に疎いものでして、そちらの剣を持った方が戦の女神様っぽいなーということくらいしか分かりません」

「そ、そうですよね……」

「貴様の予想通りで私が戦の女神、リガルだ」

「貴様……? そうですか。色々教えてあげたのにキサマキサマキサマ……」

「ッ!? 違う言い間違えだ! ロキ! 君はロキだ! そうだろう!?」

「えぇ正解です。てっきり最初に名乗ったことすら忘れているんじゃないかと不安になりました」

「そんなことあるわけないじゃないか! これでも女神だぞー! ハハハッ!!」

「……私は罪の女神リア。よ、よろしく……」

「こちらこそよろしくお願いします。そうですか罪の女神様でしたか。だから事情に関係無くいきなり神罰ドーンというわけなんですね」

「うぅ……うわぁあああああああああ」

 裸足でどこかへ走り去っていくリア様を眺めながら、俺は一つ尋ねる。

「ところで、俺が教会に来た本来の目的は職業選択なんです。ハンターとして生きていく予定なので、できればリガル様に職業選択をと思っていたのですが、俺はどんな職業が選べるんでしょう?」

「むっ? そうか。それなら私が……あっ……すまない。ロキの職業選択は無理だな……」

「えっ? ハンターとしての適性が無いということですか?」

「そうではない。さっきも言ったように職業選択とは加護の一種だ。そして加護とはこの世界の人間に対してしか授けることができない」

「そ、そんな……」

「私達6人の女神はこの世界を管理している神ですが、この世界のみを管理している下位神でもあります。なのでこの世界で生を授かった人種以外に加護を与えられるような能力を、私達は上位神様から授かっていないのですよ」

「さっきリア様が言っていたことがよく分かりました。異分子、この世界に認められていない存在ということなんですね俺は……」

「た、ただもう事情は把握しています! ロキ君は巻き込まれた側であって、今も懸命に生きようとしている。ならば何かしら救済の道を示すことも女神の役割です」

「でも加護も職業選択もできないわけじゃないですか。もしかして元の世界へ戻せるんですか?」

「それも無理だな……私達下位神が使える力は人種が得られる力の限界と似たようなものだ。そして人種に肉体も含めた次元移動や超長距離転移なんて芸当はできない」

「「「……」」」

「そ、そ、そうです! これはどうでしょう? ロキ君はこの世界のことを知らない。そうですよね?」

「そうですね。まったく知らない世界に放り込まれたわけですから、日々手探りで生活をしています」

「なら【神託】というスキルを特別に授けます。本来なら教会で大きな働きを成した信仰深い者だけに与える特殊なスキルです。それを特別に。ロキ君だけには特別に授けます。加護は与えられませんが、スキルだけならなんとか残せるはずですので。んんんーーーーっ!!」

「「えっ?」」


 すると俺の身体がポワッと全体的に光り、数秒後には何も無かったかのように光が消える。

『【神託】Lv1を取得しました』


「「……」」


 いやいや、なぜ話しているそばからいきなり行動に移るんだ?

 アリシア様もドングリと同じタイプかよ!

 リガル様もいきなりの行動に驚いているが、神様ってもしかして|合《・》|意《・》って言葉を知らないのだろうか?


「これで何かこの世界で困った時に、常識的な範囲に限りますが助言を与えることができます」

「あの……まず合意も無しにいきなり行動に移られたのが、この世界に飛ばされた時と同じ感じでビックリしちゃったんですが……」

「え!? あ……あぅ……」

「一応確認ですけど、【神託】って普通は一方通行じゃないんですか? 俺が質問をするとかではなく、一方的に女神様から言葉を授かるという認識なんですけど違ってます?」

「そ、そうだな……なぁアリシア?」

「その通り……ですね……」

「ということは、俺が|何《・》|に《・》|困《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》|か《・》をどうやって知るんです? まさか常時俺を監視するんでしょうか?」

「そんな監視なんて! それに私達は神像の近くに来てもらわないと個人までは判別できません! なので何か困ったことがあれば、今回のように教会に来てもらえれば……」

「先ほどご説明した通り、俺はステータス画面を見られますので『ステータス判定』を教会で受けることはありません。『女神様への祈祷』も、自分のステータス画面でポイントを振れますのでどこでも自分でできます。おまけに職業選択はできないとはっきり言われてしまいました。つまり俺が今後教会へ行くことはそうそうないと思うんですけど……?」

「「……」」

「職業選択のためにコツコツお金を貯めたんですよね。こんな継ぎ接ぎだらけの中古の服着て50万ビーケも。価値分かりますか? ちなみに俺が泊っている宿で1泊3000ビーケです。おまけにお金はもう払ったんですよね。それで職業は結局選べず、まぁもういいんですけど殺されかけ、結局一方通行の言葉を受けるスキルって……そりゃありがたいですよ? 何の脈絡もなく女神様の清らかなお声が聞けるなら。寝ている時に話かけられたら眠気も吹っ飛ぶと思います。ただそれでも、ちょっと悲しくなっちゃいますね……」

「ア、アリシア……?」

「いっ、いっ、いっ、一方通行じゃなければいいんですか!?」

「え、えぇそうですね……質問をする側としては、こちらから質問できなければ意味が無いかなーと……」

「ん?……え? まさかアリシア……?」

「……そこまで言うのなら分かりました! 世界に一人だけ! 本来は『神子』しか得られない【神通】スキル! これなら文句無いでしょう!?」

「アリシア!? 自分で言っている通り『神子』しか持てないスキルだぞ? しかも今『神子』はいるんだから、世界で二人になってしまうぞ? 頭は大丈夫なのか!?」

「ふぅ~ふぅ~……これはお詫びも兼ねていますから……いいんです! ただし! このスキルは私の力をほぼ使いきりますからスキルレベルは『1』ですよ! 誰だって最初はそうなんですからそこは我慢してください!」

「え、あ、はい……」

「それと! 世界の根幹に関わるような質問をされても答えられませんからね! 精々世間話の延長程度に思ってください! 分かりましたか!?」

「は、はい! よく分かりませんけどもうそれで良いです!」

「じゃあ与えますからね! リガル!」

「な、なんだ!?」

「私はしばらく寝込みます……他の4人に宜しく伝えておいてくださいよ?」

「分かった……|固《・》|有《・》|最《・》|上《・》|位《・》|加《・》|護《・》をなぜか使ったと説明しておこう……加護はないが」


 こうして俺は、なんだかよく分からないまま教会へと意識が戻っていった。
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作者の創作意欲に直結しますので、ぜひ続きが気になる。
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ここ数日は連続投稿をしていきますのでブックマークされるとスムーズかと思います。

ランキングに入れたお礼も兼ねて、本日まだまだ投稿します。7/17 本日4話目の投稿です
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34話 神通

(まだ後頭部に手が動いている気配を感じる……ということは、身体はこのままで意識だけが飛んだってことだな。まぁそれは予想していたから良いとして、いったいどれくらい時間が経過した?)

 女神様達のいる謎の世界から戻った俺は、とりあえず現状把握に努めようと考えたものの……

 変わらず跪いて祈りのポーズを取ったままの状態だったので、軽く薄目を開けてみても地面しか見えず状況が分からない。

 神官さんの表情すら見えないのでは、このまま祈ったポーズを取り続けるべきなのか悩んでしまう。

(しかし、女神様達から直接職業選択はできないと言われたんだ。このままでは神官のトレイルさんは【神託】が下りずに相当焦るはずだ)

 既に焦っているのか、これから焦るのか。

 どちらにせよトレイルさんには申し訳ない話だし、あの空間にいた時間を考えれば10分くらいこの状態が続いていてもおかしくない。

 となると、俺から声をかけるべきだな……

「あ、あの……」

「だ、大丈夫です……今まで一度も神託が下りなかったことはありませんから安心してください。多少時間はかかっても、必ずあなたに適した職業が告げられるはずです……」

 マズい。

 声色から伝わるこの切迫した雰囲気は、既に相当焦っているとしか思えない。

 となると、女神様から直接無理だと告げられたことを言うかどうかだが――

(これを言えば教会だからこそ大変なことになる可能性もあるか……でもトレイルさんは見るからに人が良さそうな真面目な人だ。最悪このまま何時間も続けてしまう可能性も有り得る。なら……)

「もう大丈夫です……どなたかは分かりませんけど声が聞こえた気がします。あなたはまだ職業には就けないと」

「な、なんですと……?」

「僕にはよく分かりませんけど、たぶん女神様だったんじゃないかなと思います。だからもう大丈夫ですよ。また修行して出直そうと思います」

「そ、そんなことは……幼子ならまだしも、ロキ君くらいの年齢ならまず考えられません……いや……分かりました。ここはロキ君の意向に沿うべきですね」

 そう言って手を戻す神官さんの動きを【気配察知】で感じた俺はホッと一安心する。

 この人には何の罪もないからね。

「お手数だけお掛けして申し訳ありません。職業が告げられなかったのは自分の責任ですので、お布施はそのまま教会のためにお使いください」

「そんなわけにはいきません! 可能な職業を告げ、その方を導くからこそのお布施です。導けないまま頂いてしまってはただ奪ってしまったのと同じこと。女神様がお許しになるはずがありません!」

「そんな……トレイルさんには頑張っていただいたのに、それではこちらが申し訳ないです」

「いいえ何も気にする必要はありませんよ。私達のしていることは形だけの作業ではありません。真に重要なのは導けるか導けないか、それだけなのです」

「……」

「だから今回のお布施はお返しします。そして修行をされた際にはまたお立ち寄りください。今回の件で女神様への信仰を捨てないでいただくことが私共の喜びでもありますので」

 出来た人だ……俺とは別人種かというくらいに考え方が成熟している。

「分かりました……ただ個人的な気持ちとして、せめて10万ビーケは教会へお布施させていただきます。信仰があるからこそのお布施です。ここに理由を作る必要はないでしょう? 教会の修繕にでもお役立てください」

「……そのお気持ち感謝します」

 そう言って頭を下げるトレイルさんだが、頭を下げたいのはこちらだよ。

 横目を向ければメリーズさんもなんとも言えぬ顔をしているし、なんだか教会の人達には申し訳ない気持ちがいっぱいだ。

 ただ結果は結果。

 俺には職業選択が無理ということなら、それを受け止めた上でどうにかやっていくしかない。

 冷静になればなるほど、この世界の職に就けないって痛過ぎるけど……

 その分レベルを人より上げて、スキルを大量に獲得して穴埋めしていくしかないだろう。

 うぅ……

 人がいなければ、この重過ぎるハンデにまた泣いてしまいそうだ。


 メリーズさんから差分の40万ビーケを受け取り、改めて二人にお礼を言って教会を出る。

 時は夕暮れ。

 夕食には少し早いが……精神的に疲れてしまったので今日はもう宿へ戻ろう。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 夕食を済ませ、ベッドに寝転びながらステータス画面を開く。

(これか……あっ、結局【神託】も残ったままだ)

 得られた【神託】と【神通】がどちらもスキルレベル1になっていることを確認できたので、それぞれの詳細を確認してみる。


【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0            

【神通】Lv1 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間1分 魔力消費50


 ふーむ……職業専用加護スキルか。

 アリシア様とリガル様が言っていた通り、俺がこの世界の人間ではないから加護が付かず、残ったスキルだけを得られたということだろう。

 現に加護の部分は相変わらず空欄のままだ。

 本来だと何かしらの条件が整えば、神官から告げられる職業選択の中にレア職業が混ざり、そのレア職業を選択すれば加護と共におまけのスキルも取得という流れが想像できるな。

 そして神子……どんな役割を持った職業なのかいまいち想像がつかない。

 世界に一人だけと言っていたことからも、相当な重職ということは間違いないんだろうけど……どちらかといえば、聖女専用加護スキルと言われた方が馴染みもあってしっくり来てしまう。

(あとは……ん? ボーナス能力値は魔力か?)

 どの能力値が上がっているのかと見てみれば、今までプラス数値の無かった魔力最大値が+6になっている。

【神託】【神通】ともに+3ずつだろうか?

 まぁどちらにしても、魔法スキルを使えない俺には魔力を大きく消費する場面が無い。

 それこそ今回貰った【神通】スキルの魔力消費量が大きいと言えるが、これは戦闘中に使うものでもないので、今のように寝る時使っていけば問題無いだろう。

 それなら朝には魔力も回復しているだろうし、同じ時間帯に使えば使用条件の1日1回を無駄無く消費することができそうだ。

 あとは使ってみてだな……

 女神様がいつでも対応可能なのかよく分からないし、|女《・》|神《・》|達《・》というのも気になるところ。

 いったい誰に繋がるのか……

 俺が会ったのは3人だけなのだから、残りの3人に繋がったらまずは自己紹介から始めなくてはならない。

 それでも1日1回限定の希少スキルだ。

 聞きたいことは事前にまとめて要領良く確認していこう。

【神通】で質問だけを伝え、時間制限の無い【神託】で回答してもらうというのがベストかな?

 となれば手帳、手帳と。

 聞きたいことの最優先は―――……

 まずは魔法の使い方か。

 あとはどうしても欲しい無限アイテムボックス系の魔法がこの世界にあるのかどうかも重要だ。

 それに異世界人を呼んでいるとも言っていたので、現在どれくらいの異世界人がいて、それが全て地球人なのかどうか。

 あとはその人達がどんな活動をしているのかも、今後の参考として聞けたら良さそうだな。

 常識的な内容がどこまでなのかは分からないけど、たぶん「パルメラ大森林はいったいなんなの?」なんて聞いても回答を得られるかは怪しい気がする。

 うーん……聞きたいことは山ほどあるはずなのに、いざ聞けるとなったら意外と思い付かないものだな。

 まぁそれでも生活していく中で確認したいことはいくらでも出てくるはずだ。

 何かあればメモを取っていくようにしていけば、俺のこの世界での生活は順風満帆になるような気もしてくる。

 ふふふ……そう考えれば素晴らしいスキルかもしれない。

 となればまずは何よりも、このスキルをくれた愛の女神、アリシア様へのお礼と容態を確認することが先決だろう。

 最後ヘロヘロになって地面に這い蹲っていたしなぁ……それでも美し過ぎたが。


 よしっ!

 手帳を手元に、念のためにメモを取れるようポールペンも持った。

 それじゃあやってみよう。


【神通】


「あ、あのー聞こえていらっしゃいますでしょうか? これはしゃべらなくても思うだけで良いんでしょうかー?」


(きたよー! 早速きたよー!!)

(むっ? この反応はロキか。では私が……)

(待ちなさい。リガルは先ほどお話しされたのですよね? それであれば、私達3人のうちの誰かに譲るべきでは?)

(そうですよ~独り占めはズルいんですよ~?)

(私はいい……話すと神罰落としてしまいそうな気がする……)


「あのー? アリシア様は大丈夫ですかー?」


(君がロキ君だよね? 聞いたよーなんか凄い力? スキルを持ってるんだってー?)

(な、なんとか……だいじょ――)

(私は生命の女神フィーリルですよ~。一度お会いしてみたいので今から教会に来られますか~?)

(この時間は閉まっているから無理でしょう。明日ならいけますよね? 私は商売のめがっ……)

(待て待て。そうなると誰が結界を張る? 最低3人は張っておかないとバレたら大事になるぞ?)

(当然次はリアとリガルが結界担当でしょ! リステはそんなに興味無さそうだったから結界役でもいいよね?)


「あのー?」


(待ちなさい! 誰も興味が無いとは言ってないでしょう! 異世界人の知識は得てして有益なものが多いのですから、私が代表してお話しした方が……)

(フェリンが結界役でいいんじゃないですか~? もし地球からの落とし子であれば農耕なんて今更興味が無いと思いますし~?)

(ちょっとー! 私はロキ君という子に興味があるの。アリシアは別としても、リアとリガルに噛みついてまだ生きているなんて普通じゃないし!)

(勘違いしないでほしい。私が早とちりしたと理解したから素直に謝っただけ。何かあれば神罰は落と――)

(神罰ッ!!……ダメ……絶対……)


「あの……もしもーし?」


(ロキの持っている謎の情報は下位神をも超える。すなわち手厚く保護し、その情報を教えてもらえれば私達にも上位神への道が……)

(それは……興味深いお話ですね……)

(リガルが興奮したという話もちょっと納得してしまいますねぇ~)

(私はそんなに興味がない……)

(さっき逃げちゃったもんねー? ちょっとロキ君が怖かったりしてー?)

(フェリン殺すっ!)

(私のために……争わないで……)


「おーい……あのー聞こえてますかー? ちょっとー?」


((((((…………))))))


 バシッ!!

 気が付けば、俺はフルスイングで持っていた手帳を壁に投げつけていた。


「ビックリするくらいクソスキルじゃねーかっ!!」


 なんだこれは……?

 なぜ俺は女神様達の世間話を聞かされたんだ?

「あのー」しか言えないまま、いつの間にか1分が過ぎた現実を受け止めきれない。

 まさか『女神達』というのが一遍に繋がるとは思わなかった。

 ここまで一方的に、かつ好き勝手にしゃべるとも思わなかった。

 結局アリシア様の安否確認ができただけじゃねーか……

 一度まだ見たことの無い3人と顔を合わせれば解決するのか?

 いや、既に会った3人(うち1人は死にかけ)も遠慮無しにしゃべっていたし、会う会わないはまったく関係無いような気もする……

 あぁ……

【採取】や【狩猟】みたいに、大して期待もしていなかったスキルならこんな落胆も無かったはずだ。

 この流れは俺が初めて得たスキル【火魔法】と同じ。

 期待していた分だけ落差が大きく、俺の精神的ダメージも計り知れない。

 ということは、そういうことか……


 
 よし、このスキルの存在はもう忘れよう。
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これにて2章パルメラ大森林編は終了となり、次回から3章ロッカー平原編が始まります。
3章までがチュートリアルみたいなものなので、どうぞまったりロールプレイングを楽しんでいって下さい。7/17 本日5話目の投稿です
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35話 新しい狩場へ

 昨夜発生した精神力をガリガリ削る|何《・》|か《・》の存在を心の一番隅っこへ押し込め、俺は初のベザート北側出口を目指していた。

 とうとう今日から新狩場、ロッカー平原へ俺は行く。

 二日休んで体調も万全だし、必要なものもしっかり確認した。

 それでも妙に浮き立ってしまうのは仕方のないことだろう。

 魔物の強さは予想通りなのか、どんなスキルを得られるのか。

 日給は?

 新調した武具の使い勝手は?

 狩場の混雑状況は?


 期待もあれば不安もある。

 だがロールプレイング好きとしては、このドキドキワクワク感が堪らなかったりもする。


(あっ、リアル視点リアル視点……)


 危ない危ない。

 ゲームではないことが分かっていても、ついつい人生最高潮に楽しかったあの時と被らせてしまうな。

 この癖をなんとかできないかなぁ……重症だよほんと。


 そんなことを思いながらも道の景色を眺めていると、南出口方面とは違って北口の路面は商店の数が多く、立ち並ぶ家もやや大きく感じる。

 木造家屋ではあるものの1軒当たりの敷地が広く、大きい庭があったりするのは、やはり富裕層区域ということになるのだろう。

(あっ馬だ……というか馬車だ!)

 出口付近までいくと遠目に見えた馬車の存在。

 馬車の置き場でもあるのか、大きさもそれぞれに複数の馬車が視界に入る。

 平成生まれ、いや昭和生まれでもそうだと思うが、車は見慣れていても馬車を見慣れている人なんてそうそういるものではない。

 日本人の俺からしてみれば、馬車っぽい存在なんて一度だけ浅草で見かけた人力車くらいしか見たことが無いわけだから、目の前に存在しているというだけでちょっと感動してしまう。

(出店も多いし、人も多い……さすが北出口だな……)

 未だに森の食糧難時代を引きずっているのか。

 出店があればついつい目で追ってしまい、美味しそうな食べ物があるかどうかをしっかりチェックしてしまう。

 そして宿で朝食は済ませているものの、昼の食事が馬糞モドキであることを思い出し、まだ食べられそうだと棒に刺さったウィンナー……少し小さいフランクフルトのようなものを2本購入。

 最悪昼ご飯を食べなくても問題ないように詰め込んでから出発だ。

 南口とは違う門番さんに挨拶をし、ロッカー平原にこれから行くこと、今日が初めてだということを伝えると、途中で右に逸れていくハンターの後を追えば着くという……なんともアバウトなアドバイスを頂く。

 まぁこの文明じゃ目立つ目印なんて無いだろうしね……町の外は畑一色だし。


 初の街道を北に向かって歩いていくと、丁度皆の出勤時間なのか、視界に入るだけでも30人以上の人達が歩いている。

 持つ物は農具だったり背負子に積んだ荷物だったり、同業者達の剣や杖だったりと様々。

 そんな人達の横を馬に引かれた様々な馬車が通り抜けていく光景。
 

(うわぁ~~異世界だなぁ。今更だけどガチの異世界だなぁ!)


 パルメラ大森林も魔物がいるわけだし、もちろん異世界なわけだけど、それでも鍋被った夫婦が草毟りしていたり、子供がギャーギャー騒ぎながら出たり入ったりしている時点でなんかちょっと違う感もある。

 しかし今見えている光景は、まさに俺が想像した異世界そのものだ。

 最初はこんなところから。

 いつか王都に行って、難度の高い依頼を受けて……

 そんなことを思いつつ、買ったフランクフルトをのんびり食べながら、俺は右手に逸れていく複数の集団の後を追いロッカー平原へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「おぉ……」

 先行するハンター集団をストーキングすること約30分ほど。

 急に人の手が加わった畑が途切れ、そこからさらに進んだ簡易の木の柵を越えた先には、一面膝下程度の草が生えた草原エリアだった。

 ここに牛でもいれば、長閑な牧場と見間違うような光景だ。

 そんな場所を近場で二組、遠くでも二組のパーティが既に狩りを始めており、魔物は視界に入る限りでも10体くらいウロチョロしている姿が確認できる。

 パルメラとは違う、遠くの魔物も目視できる点はだいぶ狩りをしやすい環境と言えるだろう。

 が、同時に気になる点も1つ。

(多少の岩が転がっているくらいで、目印になるものは何も無いな……おまけに背丈を超えるような木が一本も生えていない)

 1時間くらい進めばもしかしたら環境が変わるのかもしれない。

 だが現在得られる視界の情報だと、魔物は探し易いが籠を置く場所も無いということに気付く。

 いくら魔物の素材が小さいとは言え、どこまで背負いながら倒し続けられるか……

 パルメラとは違った問題に直面し、しばし考え込む。

 目印が乏しいだけであれば、時計の方位機能を使えばある程度の問題をクリアできる。

 現にパルメラ大森林では視界不良でも効率良く魔物を狩り、籠に素材を入れられていたのだから。

 しかしそれも籠を決まった場所に置けるという、|定《・》|点《・》|狩《・》|り《・》ができたからこそ。

 岩はあるものの、精々腰下程度の大きさでは、その上に籠を置いても魔物が共食いするなら食い荒らされる可能性があるし、何よりここにいるハンターパーティにも籠を置いていることがバレてしまう。

 岩の上に籠を置けば、この辺りでは一番高さのある目立つ存在になってしまうのだから当然だ。

 この籠は自分のだと主張することはできたとしても、それが通るかどうか。

 物騒な話になってしまった場合、俺が1人に対して視界に入るハンターパーティはどこも3~4人ほど。

 そもそも1対1でも太刀打ちできるかどうか怪しいのに、数の暴力で素材を強奪されそうになれば、間違いなくこちらが屈することになるだろう。

 成果物の横取りが当たり前の世界なのかどうか……

 こればっかりはその時に居合わせた人次第だろうからなんとも言えないところがある。

 ならばハンターが近くに居なくなるくらい奥に入ってみるか?

 できればここの狩場、ここの魔物に慣れるまではやりたくない選択だ。

 奥に入れば入るほど、出る時にも魔物がいる地帯を長く通らなければならない。

 ポイズンポーションをもし使い切ってしまえば、それこそソロの俺では命に関わる。

(うーん……いきなり無理をするわけにもいかないし、とりあえずは籠を背負いながら、魔物に近づいたら下ろして戦うというのを繰り返してみるしかないか……)

 心の中で無難策を採用し、とりあえず今日一日は様子を見ることにした俺は、続いてステータス画面を開く。

 残しているスキルポイントは現在15ポイント。

【剣術】スキルは、以前パルメラ大森林でジンク君達の代わりに倒した剣持ちゴブリンの20%しか上がっていないため、未取得の状態だ。

 一先ずはどんなものか戦ってみて、あまりにも厳しいなら【剣術】スキルをいくつか上げる。

 追々魔物からでも経験値を上げられそうなスキルなので少々勿体ないが、それでもまずはこのエリアを圧倒できなければ次に進めないので、必要経費と思って割り切る部分は割り切る予定だ。

 どうせスキルレベルも後半は地獄のような経験値を求められそうだから、完全に無駄ということにはならないだろう。


(あっ……そういえば……)


 パイサーさんから購入したショートソードと皮製鎧、このどちらにも付与が付いていた。

(えーと、ショートソードは魔力上昇だから……うぉっ! 魔力の最大値が50も上がってる!! 使う予定はないけど! 全然無いんだけど!! それでも凄く優秀な気がするぞ!?)

 記憶の隅に追いやられた女神様からの特別なスキル。

 世界に一人だけなんて謳い文句の【神通】でさえ、レベル1とは言えボーナス能力値は魔力量+3程度なのだ。

 それに比べたらなんと凄いこと。

 これが筋力+50とかだったら俺が咽び泣いているところだ。

(そして皮製鎧の方はと……確か魔力の自然回復量が上がると言っていたが、ステータス画面見たってさっぱり分からないな……)

 一応ステータス画面で【魔力自動回復量増加】、【魔力最大量増加】と、関係ありそうな名称のスキルを確認してみるも、今だに詳細が確認できない状態で未取得のままになっている。

 まず付与された内容はこのスキルで間違い無さそうだし、そうなると武具の付与スキルが自身のスキルに上乗せされるという可能性は低く、あくまで別物同士。

 自身のスキルレベル3+スキルレベル1の付与でレベル4の効果を発揮するのではなく、スキルレベル1の効果+スキルレベル3の効果と分けて考えておいた方が良さそうだな。

 あるのか分からないが、【気配察知】なんて付与された装備があったとしても、効果が重複すれば意味の無さそうなスキルであれば不要と思っておこう。


 この武具は元々パイサーさんが魔術師の息子さん用に作ったものだ。

 だからどちらも魔力に関係する付与を付けたのだろう。

 今のところバリバリの近接戦闘しかしていない、というよりそれ以外の選択肢が無い俺にとっては、正直言えば必要の無い付与内容だが……

 それでもパイサーさんと息子さんの気持ちが入っているからな。

 この武具が俺の成長に役立ってくれると信じ、俺はとうとうロッカー平原へと足を踏み入れるのだった。
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ランキングに入れたお礼も兼ねて、本日まだまだ投稿します。7/17 本日6話目の投稿です
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36話 レベル4

 俺は1体のポイズンマウスに狙いを定めていた。

(うーむ……群れている感じはしないけど、30メートルくらいの距離にいるもう1匹とあまり離れてくれないか。もう1匹が寄ってくるかどうか……)

 ジリジリと摺り足で近づいていくと、ポイズンマウスも俺を意識したようで、ピクッと反応してからは俺に視線を向け続けている。

 ソッと少し離れたもう1匹のポイズンマウスに視線を向ければ、そちらはまだ俺を敵と判断していないのか、草に顔を突っ込んでいるのでお食事中の模様だ。

 俺が見えているということはまずポイズンマウスも見えているということ。

 視界が広いと当初は喜んでいたものの、「仲間が攻撃された!」となって、視界内でモゾモゾ動く茶色い物体が一斉に集まってくるのではと内心ヒヤヒヤしていた。

(そのまま単独行動していてくれれば良いんだけど……)

 そう思いながらも近づくこと10メートルほど。


 きたきたっ!!

 向かってきたのは1匹だけ!

 しかも……おっ、おっ、遅いっ!!

 ホーンラビットよりは多少速い気がするも、レベル8となった今ではもう【突進】を発動された後でも問題無く躱せるので、トスーン、トスーンと少し跳ねながら向かって来るポイズンマウスは想像以上にノロマで逆に困る。

 ネズミにしては50cmくらいと無駄に大きいからか。

 地球にいる小さいネズミの方が明らかに速いくらいだ。


「あ、あ、あ、あかーーーん! 先に剣が出ちゃうぅーー!!」


 まるでスローボールを急に投げられたバッターのように……

 予想とのギャップに俺の身体が我慢できず動いてしまいそうになったので、咄嗟に横振りから突きに変更。

 剣術に覚えのある人間が見たら「なんじゃありゃ?」と呟かれるくらいに不格好な体勢のまま、剣の先を正面に向けた俺とポイズンマウスが対峙し……

 ポイズンマウスは躱す動作に入るも間に合わず、そのままやや中心線を逸れた状態で頭から刺さっていった。


『【毒耐性】Lv1を取得しました』

『【毒耐性】Lv2を取得しました』


「……ふぁ?」


 グダグダな体勢だったためそのまま地面にすっ転んだ俺は、それでも結局倒せてしまったこと。

 それ以上にたった1匹でいきなり【毒耐性】のスキルを得られたこと。

 おまけにそのままアナウンスが連続で流れ、一気にスキルレベル2になってしまったことに驚き、立ち上がることもせず固まってしまっていた。

(……なんだこれ……何が起きた?……ってマズい考えるのは後だ! もう1匹は!?)

 すぐに視線を周りに向ければ、やや近い位置にいたもう1匹は変わらず草の中に顔を突っ込んだままであり、仲間の死亡に気付いている様子は無い。

 ホッと一安心したのち、すぐ目の前にある死体に視線を戻す。

「素材が頭部にある毒袋なのに頭を刺しちまったか……」

 解体場主任のロディさん情報からすれば、頭を傷つけるということは素材価値を無くすということ。

 最悪買取不可、良くて素材価値『E』や『D』を覚悟するも、とりあえず初めてなのだから一応は持ち帰ってみようと、頭、討伐報酬の尻尾、そして魔石を取り出し回収する。

 さすがにパルメラ大森林で慣れたため、ネズミ程度の解体でどうのと思うことは無い。

(とりあえず理解不能な出来事が起きたし、一度入口に戻るか……)

 そそくさと魔物との距離を取った俺は、すぐさまステータス画面を開いて【毒耐性】の詳細を確認した。


【毒耐性】Lv2 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0


 詳細内容は予想していた通りか。

 ただいきなりスキルレベル2と16%になっている点、これは不可解だ。

 考えられるのは、ポイズンマウスが所持している【毒耐性】スキルの|レ《・》|ベ《・》|ル《・》|が《・》|高《・》|い《・》。

 これくらいしか考えられないし、まずこの予想で間違いないだろう。

 となるとかなり熱い魔物かもしれない……

 なんといってもこの【毒耐性】スキル、ボーナスステータスが防御力なのだ。

 いきなり+3まで上昇しているし、1体でここまで上がるとなれば、少し粘るだけでレベル5か6くらいまで持っていける可能性もある。

 そうしたら防御力は大きく底上げ。

 ルルブの森にいるオークには非常に心強いステータスとなってくれることだろう。

 おまけにポイズンマウスは予想以上に弱いっぽいし数も多い……

 おいおい、ここはボーナスステージかよ?

 とりあえずもう1体ポイズンマウスを倒して、【毒耐性】スキルの経験値がどのくらい伸びるかを確認。

 そのあと乱獲しつつ、エアマンティスを探していこう。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 約3時間後、休憩を挟みつつも走り回りながらポイズンマウスを4体倒した俺は、こいつの【毒耐性】スキルがレベル4であることを確信した。

 なぜか?

 それはスキルレベルが3に上がってから、一体当たりの上昇値が20%になったからだ。

 これで未取得状態からスキルレベル1取得する時の、パルメラ大森林と同じ上昇率に入ったことが分かる。

 あくまでパルメラ大森林の魔物がスキルレベル1を所持していたらという仮定の話ではあるけれど、最低位狩場と言ってもいい場所の魔物が揃ってスキルレベル2とか3なんてことは有り得ないと思うので、まずあそこの魔物はスキルレベル1と断定しておいても問題は無いだろう。

 となると、だ。

 ここで普通に狩っていても、まずスキルレベル5くらいなら簡単に上がる。

 スキルレベル4になってからの上昇率は一律で1体2%に切り替わったので、レベル毎の必要経験値は等倍に上がっているわけじゃなさそうだが……

 それでもスキルレベル4所持の魔物となれば、1体当たりのスキル経験値量が多く設定されているようだし、何より魔物の見つけやすさ、そして数が違う。

 はっきり言って楽勝だ。

 となると最低でもスキルレベル6。

 欲を言えばスキルレベル7くらいまで上げられるなら上げておきたいところだな。


 というのも初のレベル4スキルを取得して、ボーナス能力値の上昇パターンに変化が起きた。

 今まではレベル1が対応能力値+1、レベル2が対応能力値+2、レベル3が対応能力値+3と、レベルと能力値が同じ数値で上がっていたわけだが、レベル4になって対応能力値。

 つまり今回の【毒耐性】で言えば防御力が+5上昇した。

 となると、スキルレベルが上がれば上がるほどボーナス能力値の上昇幅が増える可能性もあるので、高レベルスキルを所持している魔物は粘った方が後々かなり楽をできると予想している。

 ポイズンマウス良いねぇ……凄く良い。

 毒持ちの生物が、自分の毒で死ぬなんて話はまず聞いたことが無い。

 それなのに自分の体内に毒袋を持っているんだから、ある程度の毒耐性を所持しているのは当たり前なのかもしれない。



 そしてこの3時間くらいでエアマンティスも2体倒したわけだが、こいつも実に大したことがなかった。

 身体が緑色でがっつり草に紛れた保護色になっているため見分けはつきにくいが、【気配察知】を使用しながら視界に入るポイズンマウスを狩っていると、草むらの中で動く何かを察知することがある。

 気配だけでエアマンティスかまでは分からないが、目で追うとデカいカマキリの頭がひょっこり草むらから出ているのでそちらに向かって【突進】。

 そうすれば風魔法を撃たれる前に封殺できたので、まったく脅威とも思わない楽勝の敵に認定されている。

 一応近づくと前足を振りかぶって対抗しようとしてくるが、剣を当てるとそのまま前足がスッパリ切れていくので迫り合うということにもなっていない。

 ただただ見た目が気持ち悪い巨大昆虫というだけである。

 もうちょっと、ポイズンマウスと戦っている最中に風魔法の横ヤリが入るとか、警戒していたんだけどなぁ……

 所詮はFランクの魔物だからだろうか?

 それともスキルレベル上げという名目で、パルメラ大森林で粘って狩りをし続けていたからだろうか?

 ロッカー平原の拍子抜けする楽勝っぷりに、自分が調子に乗ってしまいそうで怖くなる。

 ――そして楽勝じゃーんと、Eランク狩場に挑んで殺される。

 パイサーさんの息子さんが辿ってしまった道はこんな内容なのでは? と思うと考え方も慎重になってくるので、スキルレベルを目標値に上げるまでは次の狩場に行かないというマイルールを作ってしっかり守っていこうと思う。

 自身のなんとなくの強さや魔物との感触より、スキルレベル基準で狩場を移動していった方が効率的、かつ安全に成長していけるはずだ。

【風魔法】は最低スキルレベル3まで。

【毒耐性】は最低スキルレベル6まで。

 まずはこのあたりまで粘ってからどうするかを考える。

 そう決めながら、俺は先ほどから手にしたまま口に運ぶことを躊躇っていた携帯食、俺が勝手に命名した『馬糞モドキ』を口にするのだった。
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37話 努力が報われる世界

「おう! 無事戻ってきたようだな」

「初遠征だったのでかなり疲れました……けど思っていたより魔物が弱くてビックリしましたよ」

「ふははっ! だから言っただろうお前ならまず大丈夫だって。あそこはパルメラに毛が生えた程度の場所だからな。危ないのはエアマンティスの魔法くらいだ。で、素材は――大型の籠で丁度半分くらいってところか」

「魔物は弱いんですけど、見晴らしが良過ぎるのは僕にとって問題ですね。籠をどこかに置くことができなかったので後半失速しちゃいました」

 結局携帯食を無理やり飲み込んだ後の後半戦はあまり討伐数を伸ばせなかった。

 決してマズ過ぎて腹を壊したとか、そういうことではない。

 いやマズ過ぎたのは事実だが、単純に素材がそれなりに重くて広範囲を自由に動き回れなかったからだ。

 討伐部位であるエアマンティスの頭やポイズンマウスの尻尾はそうでもないのだが、ポイズンマウスの頭部がそれなりに重く、数もこなせるため後半の肩と腰に大きな負担がかかる。

 それに魔石も一つ一つは小さいものの、石であることには変わりないので積もればそれなりの重さになってしまう。

 籠の3分の1程度が埋まった辺りで背負いながら走り回ることを諦めた結果、周りの敵を狩り尽くしてしまい効率が激減してしまった。

「あそこは草と魔物と多少の岩くらいで、まともな木すら生えてない場所だからな……だから行くやつらは普通専用の荷物持ちを連れていく。お前も見ただろう?」

「えぇ。見かけた全部のパーティにいましたね」

 最初にいた4つのパーティも、後から現れたパーティも。

 必ずジンク達のパーティでいうポッタ君のような存在がいた。

 籠を持ち、荷物を一手に引き受け、一度の遠征で得られる素材量、報酬額を引き上げる存在。

「ただまぁロキはソロでこれだろ? だったら十分過ぎるくらいだ。普通は3~4人のパーティで行って素材量は籠の半分から3分の2程度。満杯にしてくるやつらなんか滅多にいねぇ」

 そう言いながら素材の確認に入るロディさんの手元を見つつ、考える。

(結局はソロしかないよなぁ……)

 自分で無理をしているとは思わないが、狩場を走って移動しているのなんて俺だけだった。

 ゲームのように近場に都合良くリポップなんてことはない。

 周りの魔物を倒したのなら、次は魔物がいるところまで移動をしなくてはならない。

 そして仮に一人荷物持ちを雇ったとして、その荷物持ちが狩場移動で走れなければあまり意味が無い。

 が……ポッタ君を見る限り、荷物が大量に入った状態で走り回るというのは現実的ではないこともなんとなく予想がつく。

 となると経験値が減り、報酬も半分になるその手は俺にとって無駄しかない選択になる。


 それにそもそもの考え方として、他のパーティは慎重なのか、日々の生活費が賄えれば問題無いと思っているのか。

 遠目に見ている限りはゆっくりマイペースに魔物を狩っていたように思える。

 ロッカー平原で数年狩り続けているような人なら無理もしないだろうし、最悪エアマンティスの魔法で致命傷を受ける可能性もあるのだから当然と言えば当然なのかもしれない。

 元の世界の仕事だって同じだ。

 安定した生活の中で何年も同じことをやって慣れてくれば、日々のルーティンワークで最低限やるべき決まり事だけをやり、自ら仕事量を増やすようなこと、リスクが増えるようなことをやる人間はかなり少なくなる。


(あとは目標があるかないか、だよなぁ……)


 俺はステータス画面が確認できるから、あと何体倒せば次のスキルレベルに。

 1日このペースで倒せば何日後にはレベルが上げられるという目標が立てられる。

 しかしそんなモノが見られない人達にとってはまさに手探りだ。

 女神様も数値化はされていないと言っていたように、努力に対しての見返りが、まるで雲を掴むように判断できていない。

 やれば伸びる。

 頑張れば成長する。

 そんな話を周りから聞かされたとしても、「どれだけ頑張れば明確な成果が得られるのか」が分からなければ、人間やる気など中々出ないし、出てもそれを継続させるのはかなり難しいだろう。

 そう考えると、モチベーションを高めるという意味では、この『ステータス画面を見られる』というスキルはかなり優秀だなと感じる。


「よし終わりだ。ポイズンマウスは全部で21体、うち1体は頭にぶっ刺したのか肝心の毒袋が切れちまってるから報酬は無し。
 逆に残りの20体は素材ランク「A」で問題無い。あとはエアマンティスが4体分だな。確認してくれ」

 そう言って木板を渡してくるロディさん。

「やっぱりあの1体はダメでしたかーたぶんダメかなとは思ってたんですけどね」

「頬の奥に毒袋があるのに、あそこまでぶっ刺したらどうにもならねーぞ。最初の一匹目か?」

「そうですそうです。想像以上に遅くて手元が狂いました」

「ポイズンマウスの動きがもう遅く感じるか……となるとルルブも、いや、あそこは速さだけでなんとかなる場所じゃないから、まだ止めた方がいいだろうな」

「オークとかどう考えてもパワー系ですよね?」

「あぁ。おまえの体格じゃ防御しようが関係無く吹っ飛ばされるぞ。ロッカー平原とは別物だから簡単に行こうと思うなよ? この辺じゃ断トツで死亡率が高いからな」

「うへー……大丈夫ですロッカー平原で満足するまで強くならないと行きません。死にたくありませんから」

「そいつが一番だ。あとはいい加減パーティ組むこと考えとけよ? ロッカー平原ならたまに1人で行くやつもいなくはないが、ルルブは1人で行ったんじゃ大した金にもならないぞ?」

「そうなんですか?」

「あそこで一番金になるのはオークの肉だからな」

「あーなるほど。運べる量の問題で1人だとどうにもなりませんね」

「そういうことだ。魔石や討伐部位だけじゃ稼ぎはロッカー平原以下になるだろうし、それならわざわざ危険を冒して行く必要もないだろう?」

「ですよね……しっかり考えてみます」

 そう言ってロディさんと別れ、一応ロッカー平原初日ということもあるのでそのままアマンダさんのところに。

 自分で電卓叩けば報酬は割り出せるだろうけど、めんどくさいので今日はとりあえず換金だ。

「アマンダさん、これお願いします」

「あら珍しいわね? ……って、これロッカー平原の魔物じゃない」

「えぇ。今日からどんなものか行ってみました」

「そう。やっとパーティ組んだのね。誰と組んだの?」

「ん? いや、1人ですが?」

「え?」

「え?」

「……ロキ君、お姉さんになんて言ったか覚えてる? ロッカー平原へ行くことになったらパーティは考えると、そう言っていたわよね?」

「え、えぇ……考えた結果、まだソロでいいかなーと……」

「はぁ……まぁ1人でこれだけ狩ってこられるなら文句は言いません。ただし! ルルブの森は無理ですからね! 今のうちからパーティ探しておきなさいよ!」

「さっきロディさんにも言われましたよ……報酬の面でも下がるだろうって」

「そうよ! ロッカー平原だって今ソロで行っているのはロキ君くらいよ? せめて荷物持ちくらい雇えば戦闘にも集中できるでしょうに!」

「うーん……ちなみにずっと走り続けられる荷物持ちの方なんています?」

「いるわけないでしょ!」

「ですよね~となると結局ソロになっちゃうんですよ。狩場を走って移動しているので」

「……精算しますのでちょっと待ってなさい」

 ふぅ~アマンダさんに捕まるといつも大変だ。

 とりあえずはお食事処のおばちゃんに声を掛けて、串肉と果実水冷たいバージョンを購入。

 椅子に座って一息吐きながらも、なんとなく他のハンター達を見ていると、今日ロッカー平原で見かけたパーティがいることに気が付いた。

(剣を持った人と槍を持った人、あとは荷物持ちの人の3人組か……)

「アデントさーん、精算終わりましたよ~」

 そんな間延びした若い受付嬢の声に立ち上がったのは槍を持った人。

 どうやらあの人がパーティのリーダーらしい。

 精算し終わったお金を受け取ると、すぐに戻ってきてその場で分配の開始。

 ジンク君達もそうだったし、パーティの基本の流れがこの場で分配なのだろう。

「全部で124400ビーケだ! 今日は中々調子良かったな!」

「つーと……1人いくらだ?」

「計算してもらってきたぞ。一人41400ビーケでちょっとだけ余るらしい」

「おっ! いいねぇ。これで3日間はゆっくりできそうだ」

「いや、せめて休みは2日にしましょうや。自分買いたいものがあるんすよ」

「じゃあ2日間休みにして次は3日後でいいか? 俺もちゃんと蓄えを作っておきたいしな」

「しゃーねぇ。その分良い酒が飲めると思って良しとするか」


(これはこれで勉強になるなぁ……)


 今の俺の生活だと、1日あたり5000~6000ビーケもあれば事足りる。

 たぶん宿を安宿に替え、食事をもう少し質素にすれば4000ビーケくらいでもなんとかなるだろう。

 それが庶民の標準くらいだとすると、この世界の人は1日1万ビーケくらいの収入を目安に生活していそうな気がするな。

 日本と違って保険や年金も無いだろうから、病気や老後のことを考えればやや不安は残るが、病気になったら潔く死ぬ、老後を考えるほど長生きを想定していないとなればそのくらいで充分なのかもしれない。

「ロキ君、終わったわよ」

 そんなことを考えていたらアマンダさんから呼ばれたので、受付カウンターへ向かう。

「今日の報酬は155900ビーケです……さらに増えたわね」

「ですね……」

「一応気を使ってロキ君の報酬は革袋に入れているけど、あまり人には言わない方が良いわよ? それと革袋は余裕がある時で良いから返却してね」

「た、確かに……これで革袋3つ目だったと思うので、後日返しにきます」

 見つけやすいポイズンマウスを片っ端から倒してたから、エアマンティスの討伐は4体だけだった。

 しかも今日は不慣れな初日だから、慣れればもう少し討伐できる数も増えるかもしれない。

 そういった伸びしろを抱えた状態でこの報酬額か……

 日本だと考えられないくらいに高い報酬だ。

 命を張っているからと言われればその通りかもしれないけど、サラリーマン時代も過労死という言葉がチラついてはいたので、そういう意味ではどちらも似たようなものかもしれない。


(頑張れば報われる……凄い世界だよほんと)


 難点は報酬が増えても、今のところ大して使い道が無いところか?

 娯楽が無いので、装備か食事にお金をかけるくらいしか出てこない。

 まぁいいさ。

 お金なんて無いよりはあった方が良い。

 財布の中身を気にする生活は窮屈だしな。

 今持ち歩いている硬貨はこれで丁度100万ビーケくらい。大半は宿屋のベッドの下にでも隠しておくとして……

 それでもこのお金だけで半年近くは暮らせるだろう。

 となれば、明日からは気にせずひたすら貯金だな。

 目指せ……1000万ビーケくらいにするかな?

 そう新たに目標を掲げ、宿屋へと戻るのであった。
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38話 まさかの発動条件

 ロッカー平原で狩り始めてから4日目の昼時。

 背中を守れるよう小岩にもたれ掛かり、前方を広く見渡しながら、俺は宿屋の女将さんに作ってもらったサンドイッチを頬張っていた。

 初日が終わってから早速交渉した|お《・》|弁《・》|当《・》の話は無事纏まり、1食1000ビーケでもいいなら作ってあげるという提案に即答で了解した。

 もちろん携帯食よりは高いものの、あんな食事ではモチベーションを保つのに厳し過ぎたので、1000ビーケで用意してもらえるなら安いものである。

 コッペパンよりもやや大きい丸いパンの間に、レタスっぽいものとスクランブルエッグとハムを挟んだものが2つ。

 どう考えても朝の朝食セットがそのまま一つに纏まっただけなので、おばちゃんにしても労せずお金になって内心喜んでいるはずだ。

(あぁ~コーヒー飲みたいなぁ……この世界にはコーヒー豆なんてあるのかな?)

 そんなことを考えながらもチラリと横目で籠を見る。

 昨日も今日も、おおよそ腕時計時間で11時~12時には、籠の半分くらいまで魔物の素材で埋まっていた。

 そして今日は他のパーティが視界に入ることのないくらい奥まで進んでみたが、それでも景色は変わることなく高い木を見かけることは無かった。

 ここまでいくと、もう狩場を走っての移動はいくら疲労回復の丸薬を飲んでいても重量の問題から厳しく、籠を背負ったままの狩りも身体の軸がブレてかなりリスクがある。

 かと言って一度ベザートの町に戻れば往復2時間コース。

 再度戻ってくる時は走って多少時間短縮できたとしても、午後1時~6時くらいまで無理をしての第二便はさすがにハード過ぎるだろう。

 何より担ぐだけなら問題無いのに、籠が半分の状態で町へ帰るというのが、どうにも効率厨としては釈然としない。

(ここら辺まで奥に入れば人に奪われることはないだろうけど……魔物って共食いするんだもんなぁ……)

 昨日気付いた事実。

 帰り際に通った道をひき返していたら、ポイズンマウスが狩られて死体となった同族を食べている光景が目についた。

 その時はラッキーとばかりにもう1匹追加で狩らせてもらったが、同族でも食うというのが分かった時点で、小岩の上に籠を置いての定点狩りというのも現実的ではなくなってしまった。

 戻ってきて素材を食われていたら、怒りでそのネズミ野郎を20回は刺してしまいそうである。

(人も魔物も届かなそうな場所……自分で土をガッツリ盛るか? 一度作っちゃえば再利用できたりなんかしちゃったりして)

 スコップなんて売ってたかな?

 ネズミも登れないような急斜面の山を作るなんてそう簡単じゃないよなぁ。

 そう思いながら、なんとなく足の先を地面にトントンしながら願望を呟いてしまった。



「土よ盛れ~……なんつって」



 モコッ



「…………」



 思わず食べかけのサンドイッチを落としそうになる俺。

 見れば足先で叩いた地面は約30センチほど|隆《・》|起《・》していた。

 決して元からあったわけではない。

 足先でトントンしたら、僅かに青紫色の霧がかかり、地面が盛り上がっていく様を俺は見ていた。


 ……ソッとステータス画面を開き、魔力量を確認する。


 魔力量:106/108(+6)


「魔力、減ってるがな……」


 しかし昼食前には【突進】スキルも2回ほど使っている。

 なので念のため……

 トントン


「土よ盛れ~……」


 モコッ


「……………………マジかよッ!!」


 もう一度システム画面を開けば、104/108(+6)となっており、明らかに魔力が減っている。

 つまり|魔《・》|法《・》|を《・》|行《・》|使《・》|し《・》|た《・》ということだ。

 そして忘れたい記憶。

 【火魔法】を取得した後の嫌な光景が思い浮かぶ。

 あの時は散々試してダメだったのに何故……

 あの時やっていなくて今やったことは……ま、まさか!?


「きっかけは『手』じゃなくて『足』だと!?」


 そんな馬鹿なとは思うものの、事実魔法が発動しているのだから否定もできない。

 この世界はなんて不格好な方法で魔法を放つんだとボヤきたくなるが、それでも飯なんか食ってる場合じゃねぇとばかりに、サンドイッチを口の中に頬張り水筒の水で流し込む。


(大変だ大変だ大変だ……なんだ? どうする? 何から試す? まずは……)


 色々な思考が頭を駆け巡る中、まず試したのは魔力量を増やすという選択。


 トントントン!


「土よ……いっぱい盛れっ!!」


 ズゴゴゴゴッ……


「…………なんてこったい!!」


 目の前には見上げるほどの、自分の倍くらいの高さはありそうな小山が出来上がっていた。

「消費魔力は……これで『19』か。というか『19』でこれか……」

 思いがけないタイミングで発動してしまった人生初の魔法に打ち震える。


「凄い……凄い凄い凄いっ! 凄いぞ魔法ッ!!」


 軽く触ってみるとただ土を盛っただけという感じだが、山なりにはなっているので、正面の攻撃をとりあえず防ぐだけなら問題無さそうだ。

 ただこれだとポイズンマウスも上がってくるかもしれない。

 そう考えた俺は次の手を試す。

 イメージするのは神殿とかにありそうな石柱だ。


 トントントン

「石柱を生成!」


 ズズズッ……


「あら……これだと思っていたよりショボい……硬くしたことが原因か?」


 足元には確かに石柱が出来上がっているものの、高さ50cm、直径30cmほどと、大きさがなんとも微妙なところである。

「これで消費魔力が『9』……ということはレベル1でできる範疇の魔法行使をしたってこと。そしてさっきの『19』がレベル2の範疇で行使したってことか」

 魔力消費から行使した魔法の度合いは分かるものの、その振り分け。どうすればレベル2やレベル3の魔法を行使出来るのかがよく分からない。

(違いは……「いっぱい」って言ったことだろうか? そんな単純な話?)

 疑問ばかりだけどまだ魔力はある。

 ここに来てショートソードの『魔力上昇』が光り輝いている。

 ならば。


 トントントン!

「石柱をいっぱい生成!」


 ボコボコボコッ!


(ですよねー……)


 魔力消費「19」で出来上がったのは、|い《・》|っ《・》|ぱ《・》|い《・》の石柱。

 つまり目の前には、先ほどの大きさの石柱が3個追加でできただけであった。

 これじゃない感が凄まじい。

(ということは、こんなのが正解か……?)


 トントントン

「長く太い石柱を一本生成!」


 うーん……

 何も反応が無いし、魔力すら消費されていない。

(駄目か。それなら……)


 トントントン

「長い石柱を生成!」


 ズズズズズズッ……


「おぉ!!」


 これでやっと魔力消費『19』。

 自分の背丈より気持ち高いくらいの石柱が1本生成される。

 そして感覚的なものとして、魔法詠唱のポイントがなんとなく分かってくる。

 それはキーとなるワードをいくつ使うか。

「石柱」を「生成」であれば、具現化したい現象の元となる2つのワードを使っていることになり、このパターンだとレベル1。

 つまり最大でも魔力消費9止まりのショボい魔法が発動するような気がする。

 そしてここから更に、「長い」「太い」「いっぱい」など、追加の要素を加えることによって3つのワードを使ったことになり、それがレベル2の魔法行使にランクアップしているような気がするのだ。

 となると、とりあえず試せるのはこれで最後。

 目の前にある1.5メートルほどの石柱の上に籠を置く。

 そしてその石柱の根元を見ながら発動。


 トントントン

「長い石柱を生成!」


 ズズズズズズズッ……


「おぉぉおおおおおお! やった!! 成功だぁー!!!!」


 出来上がったのは籠を乗せた石柱の下にもう一つの石柱が作られ、まるで一本のようになった高さ3メートルほどの柱。

 まさに理想。

 蹴っても重さがあるからか、安定していてビクともしないし、これなら魔物だろうが人だろうが、その上に乗っかった素材入りの籠に手を出すことは容易ではないはずだ。

 おまけにだだっ広い草原のような場所に1本だけ立つ石柱なので、かなり目立っていい目印にもなる。

 これで定点狩り用のポイント作りは完成だ。

 あとは周りを狩りつくせば次の場所へ行き、同じように石柱を生成して拠点化していけば良い。

  難点はパルメラでのハンター歴が長く、フーリーモールから【土魔法】をしっかり取得している人間だと同じことが出来てしまう可能性も高そうだが――

 まぁ、これだけ広いのだ。

 奥に入れば人はまったく見かけなくなるわけだし、もし明らかに怪しい動きをする輩が視界に入ったら、速やかに場所を変えるなどの対処をすれば問題無いだろう。

 ある程度は割り切らないと定点狩りのメリットを享受できなくなる。


 ふふふ……ふはははははーっ!!!

 これで素材こんもりじゃーーーーい!!


(よし、それじゃ一旦下ろして……あれ……この石柱、消せるのかな?)


 とんでもないことに気付いたのは、もう魔力も尽きかけた最後の最後だった。
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39話 勧誘

 自分で作った高さ3メートルほどの石柱。

 そしてその上に鎮座する素材入りの籠。

 誰も手の届かないところに持ち上げたいという願いを見事に具現化できたはいいものの、自分も届かないというシャレにならない状況になってしまっていた。

 魔力が緊急時用の【突進】1回分程度しか無くなり、石柱を消せるのか消せないのか試すこともできず、半べそになりながら定点狩りを開始。

 夕方になって魔力がある程度回復したところで、「石柱を消せ」「石柱を砂に変えろ」と呟きながら魔法行使を行なってみたもののそれぞれ不発。

 結局石柱の根元に魔法行使で土を盛り、無理やりバランスを崩して石柱を倒すという方法でなんとか籠を回収することには成功した。

 一度石柱、というより石にしたら自力で戻せないというのは予想外で焦ったが……まぁ良い勉強にもなったな。


 ちなみにベザートへ帰る途中、魔力を残すのももったいないと色々試した結果、盛った土を減らすことは簡単にできた。

 つまり地面に穴を開けるという作業も、魔法を使えばそう難しいことではない。

 そしてなぜか、手をいつぞやのような拳銃の形にし、「火よ、灯れ」と試しに呟いてみたら、指先に青紫の霧が発生した直後にマッチのような火が灯ることも確認。

 これで足で魔法を発動するという謎ルールから解き放たれたのは良かったものの、なぜあの時【火魔法】は発動しなかったのかという疑問は残ってしまった。

 あの時できなくて今できること。

 思い返してみても、色々在り過ぎて答えがさっぱり分からない。

 濃厚なのは女神様と会ったことのような気もするけど、じゃあこの世界の魔法使いは皆女神様に直接会ってるのか? となれば違うだろうし、謎は深まるばかりである。


 まぁ今は発動できている。

 ここが物凄く重要だ。

 なんせ俺は【火魔法】【土魔法】、そして今日獲得した【風魔法】も使うことができる。

【風魔法】は試してみた結果、自分の顔に弱い風を当てて燃費の悪い扇風機代わりにすることができるし、エアマンティスのような、見えないかまいたちを飛ばすことだってできてしまう。

 まだレベル1だから、飛距離は10メートルあたりを超えると木の皮すら剥けないくらいに、途中で空気に溶けこんでしまっているっぽいけど……

 ちょっと高いところにある果物なら、この風を使って落とすこともできるだろう。

 土壁を作って寝床を確保する、火を使って獲物を焼く、風を使って取れない場所の食べ物を収穫する……

 なんだか攻撃魔法というよりは生活基盤を作るための魔法になってしまっているが、あとは【水魔法】を取得できれば、どこかの狩場に引き籠っても安定した暮らしができそうでワクワクしてしまうな。

 水筒を捨てられる代わりに、スキルポイントを使って【水魔法】を取得してしまうべきか。

 それともスキルポイントを節約して、そのうち出会うことになるだろう【水魔法】持ちの魔物を倒すまで我慢するかはかなりの悩みどころだ。

 まぁいつでも実行できる嬉しい悩みなので、もう少し考えながらどうするか判断していこうと思う。


 ふふふ、今日は初めて魔法が使えたお祝いということで、『かぁりぃ』のお店にでも行こうかな~。

 でもちょっとペース早過ぎかな~?


 そんなことを考えていたら、後ろから声を掛けられた。

「おーい、ちょっと……ちょっと待てって」

「ん? 僕ですか?」

「そうだよ! ちょ! 声かけてんだから走るなって!」

 習慣にしている修行のスタミナ作り。

 籠を背負っていても可能な限りはジョギング移動の影響で、後ろの人も小走りするハメになってしまっていた。

 ついて来ているのは一人だけで、籠を持った人ともう一人が遥か後方でのんびり歩いているようだ。

 しょうがないなぁと思いながらも徒歩に切り替える。

「それで何か御用ですか?」

「あぁ。聞きたかったんだが、おまえは一人で狩っているのか?」

 そう聞く男には見覚えがあった。

 ハンターギルドでお金を分けていた……えーと、アテントだかアデントって人だ。

 槍を持っているからたぶん間違い無いだろう。

 そして俺の顔と籠の中身とを、視線が行ったり来たりしている。

「えぇそうですが……」

「そうか。なら良かったな? 俺はアデントという。もう一人くらい入れてもいいかなって思ってたし、俺んとこのパーティに入れてやるよ」

「……はい?」

 一瞬、この人が何を言っているのか理解できなかった。

 もしかしたらパーティ勧誘かもという覚悟くらいはしていたが……

 |入《・》|れ《・》|て《・》|や《・》|る《・》|よ《・》って、なぜそんな上から目線で俺は誘われているのだろうか?

 もしかしたら見た目?

 子供だから?

 見れば目の前の兄さんは20歳前後くらいだろうか。

 前に見た残りのパーティメンバーも同じくらいの年齢だったような気がする。

 内心、君達より年上なんだけどなぁ……と思いながらも、年上だからこそ穏便に面倒を回避しようと口を開く。

「すみません。1人を案じてパーティに誘っていただいたのは有難いのですが、一人で行動するのが性に合っているのでごめんなさい」

「は?……断られるとは思ってなかったわ」

「え?」

「おまえ、つい最近ロッカー平原に行くようになっただろ? 今まで見たこと無かったしな。ロッカーなんてパーティで狩るのが常識だぞ?」

「それはアマンダさんからも聞いてますね。ただパーティの必要性をまだ感じないんですよ」

「そうやって妙な自信を持ったガキが真っ先に死んでくんだよ。先輩としては見過ごせないって言ってんだから、大人しく俺達と組んどけよ? ギルドだって納得するはずだぜ?」

 あぁ~この上無く面倒くさい……

 どう考えても俺の素材目的なのが透けて見える。

 そりゃこないだトータル12万ビーケくらいの報酬だったパーティが、一人加えることによってトータル30万ビーケ近い報酬になれば君達は大喜びだろうさ。

 そして俺はまったく嬉しくない。

 メリットが何も無く、収入、経験値、スキル経験値、全てにおいて損をするし、身の安全は元からロッカー平原で死ぬことを想定出来ないのでプラスにもならない。

 ただなぁ……あまり突っ込むと面倒事が余計に拡大する気がしてならない。

 となれば取る方法は1つか。

「すみません。それでも当面は1人で頑張る予定ですのでごめんなさい」

 ただひたすら断る。これに限る。

 営業でも何を言おうが、理由無く断られ続けるとどうにも八方塞がりになる。

 逆に「こういう理由で無理なんです」と言われた方が、その無理な理由を切り崩せばこちらに向く可能性があるので交渉がしやすい。

「いや、ちょっと待てって……とりあえず止まってうちのメンバーとも話してみろって? 皆良い奴だからすぐ慣れると思うぞ? 専用の荷物持ちだっているからお前が背負うことも無い!」

「大丈夫ですごめんなさい」

「お守りなんて好んでやるやつはまずいないんだぞ? 今のうちに組まなかったら後で余計にパーティへ入り辛くなるんだぞ!?」

「覚悟してますごめんなさい」

「チッ……ギルドには報告しておくぞ! 後悔しても知らねーからなッ!」

「はいごめんなさい」


 ふぅ……やっと終わったか。

 以前アマンダさんから受けた講習内容だと、ハンター同士のトラブルは基本自己解決。

 殺す殺さないといった法に触れる内容でもない限りは、ハンターという職業柄のせいもあって多少の怪我程度は黙認だと言っていた。


 だからこそ|力《・》|業《・》で来られると非常にマズかった。

 勝てるかどうかよりも、一度火種が付くと今後の活動にまず間違いなく支障が出る。


 俺はポッと出のソロ活動、つまり知り合いがほぼいない。

 対して向こうはベザートの町の住人だろうし、それなりに長くハンターをやっているとなれば知り合いも多いだろう。

 つまり彼らに味方をする人間も多くいる可能性がある。

 そんな中でトラブルなんて抱えたら……俺がベザートの町で安心して住めなくなってしまう。

 ゲームだってそうだ。

 ソロは柵(しがらみ)も無く楽なものだが、その分一度問題が発生すると立場が弱い。

 四六時中|PK《プレイヤーキル》を狙われるなんてことも当たり前だった。

 ゲームならバッサバッサと返り討ちでPKしていけばそれで良かったが……ここは現実世界。

 殺してしまえば俺は牢屋行きか処刑だろう。


 あーもう。

 ベザートの町は良い人が多いと思ってたんだけどなぁ……

 これからのことを考えると憂鬱な気分になりながら、俺はベザートの町へと帰還した。
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ランキングに入れたお礼も兼ねて、本日も大量投稿していきますので、ブックマークされるとスムーズかと思います。7/18 本日3話目の投稿です
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40話 魔法が使えなかった理由

 その日の夜。

 俺はモヤモヤした気持ちを抱えながらベッドに転がっていた。

 一応ロディさんの所に素材を卸した後、アマンダさんの所へも顔を出して、今日あったパーティ勧誘に関する内容を報告。

 向こうがギルドに報告するぞと言っている以上、一方的に悪い立場にされても困るので、今はパーティの必要性が無いから断ったこと。

 やたらと上から目線で誘われたのが気になったことを報告しておいた。

 アマンダさんは誰から誘われたのか確認してきたので、アデントという槍を持った3人パーティのリーダーであることを伝えると

「どう考えてもロキ君の戦力……というより報酬目的でしょうね。他のパーティに取られるより先に自分達がって、強引な勧誘に走ったんでしょ」

 と、一蹴してくれたのでとりあえずは安心できた。

 ただ今後もしつこく誘ってくる可能性があること。

 断り続けると、もしかしたら嫌がらせを受ける可能性があること。

 同様のことを考える他のパーティが出てくる可能性もあること。

 こんなことを示唆されてしまうとモヤモヤもするってもんである。

 アマンダさんは実力で分からせるという――古くからあるハンター達の習わしで理解させることも可能だけど、間違って殺めてしまうと大変なことになるので、相応の実力差が無いとお勧めはできない。

 つまり俺には向いていないとはっきり言われてしまったので、一応ギルドの方からアデントパーティには注意してくれるようだが……

 それで落ち着くものかどうか。

 最終的にはいつもの|な《・》|る《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|な《・》|れ《・》だな、もう。

 目を付けられるのが嫌だからと、どこか適当なパーティに入って報酬その他を激減させるのも嫌だし、狩場をパルメラ大森林に戻すなんてこともしたくはない。

 大人の対応で我慢と妥協はするが、自身の成長という点では我慢や妥協をする気は欠片も無い。


 はぁ……何気なくステータス画面を開く。

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:9

 魔力量:58/58(+6) +剣の魔力上昇で+50

 筋力:   32(+1)
 知力:   33(+7) 
 防御力:  31  (+21)
 魔法防御力:31(+6)
 敏捷:   31(+7) 
 技術:   30(+8)
 幸運:   36  (+1)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル 【棒術】Lv1 【火魔法】Lv1  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv1 【気配察知】Lv3 【異言語理解】Lv3 【突進】Lv3 【採取】Lv1 【狩猟】Lv1 【解体】Lv1 【神託】Lv1 【神通】Lv1 【毒耐性】Lv5



(やっとレベル9か……)


 ロッカー平原に移動して、4日でレベル1の上昇。

 上がり幅と敵の弱さを考えても、適正は既に超えていることが予想できる。

 ロッカー平原で粘ってもレベル11か12。

 そのくらいでほとんど経験値バーが動かなくなるだろうと思われるので、そこまでにどれだけスキルレベルを伸ばせるかだな。

 あとは今日覚えた【風魔法】が敏捷ボーナス、いつの間にか経験値が貯まったっぽい【解体】が技術ボーナスということが分かった。

【風魔法】は詳細を見なくてもなんて書かれているか分かるからいいとして、【解体】の詳細はこのようになっている。


【解体】Lv1 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0


 なんというか……もうこのタイプも、どんな内容なのかある程度予想ができてしまうな。

【採取】や【狩猟】のように好んで取ることはないけど、あったらあったでちょっと嬉しい程度の内容だ。

 そして数日前にスキルレベル5に上がった【毒耐性】のボーナス値が、期待通りで随分と突出してきている。

 手帳のメモと比較すればレベル5での上昇は能力値+10。

 予想していたよりも大きい上げ幅なので、明後日にはレベル6になるだろうし、ここからさらにどれくらい上がるのかを考えるとモヤモヤした気持ちも吹き飛んでくれる。

 明日は本格的に定点狩りができるだろうし、今の魔力量を考えれば3メートルの石柱を3本か、移動中の回復も考えれば4本は立てられる計算だ。

 3~4時間くらいで1本を目安にすれば、上手くいけば籠も満杯にできるかもしれないと思うと……ふふふっ。

 最近は地のスタミナも付いてきた気がするし、丸薬もまだまだ余裕はあるから当面はこのペースでの狩りを継続できるだろう。


 そんなモヤモヤを忘れるための幸せ妄想に浸かっていると、急に頭の中にノイズが走ったような感覚に陥り、思わず頭を左右に振ってしまう。

(ん!? なんだ……?)

『ロキよ……聞こえるか? 戦の女神リガルだ。こないだは見苦しい姿を見せた。皆下界の人種と直接話す機会なぞそうないものでな。我も我もと揉めているうちに【神通】の時間が終わってしまった。あの日から【神通】を使ってないようだが大丈夫か? 皆反省し、連絡が来ることを楽しみにしている。余裕があったらで構わないからいつでも連絡を寄越せ。待っているぞ』

 ……そういえばそんなスキルもあったなぁ。

 ここ数日すっかり忘れていたよ。

 というか【神託】って、与えてくれた死にかけアリシア様じゃなくてもできるんだね。

 いや~ビックリビックリ。


 ……さて、どうするか。

 魔力はベッドでショートソードを持つことになるが、それならとりあえず50以上は確保できる。

 だから使おうと思えば【神通】スキルは使える。

 が、前回の二の舞になるようなら、残っている魔力でマッチ程度の【火魔法】でも使って、スキルレベルを上げようかと思っていたのだ。

 その方が有意義な魔力の使い方だと思っていたが……うーむ。

 反省している? 本当だろうか?

 あの我が強過ぎる感のある女神様達に、『後悔』や『反省』なんて言葉は無さそうに思える。

 だが先ほどのリガル様の言葉は要点だけを纏めていて分かりやすく、かつたまたまかもしれないけど、こちらにとって都合の良い時間に連絡をくれているしなぁ。

 ……ならやってみるか。

 もう一度試してみて、それでも同じことの繰り返しなら再封印すれば良い。

 女神様達を信じてみることにしよう。


【神通】


「もしもし? ロキです。リガル様の【神託】を聞いたので【神通】を使いました。聞こえてますか?」

「聞こえていますよ。本日の担当を務める商売の女神リステと申します。連絡が来なかったので心配しておりました」

「これはこれはご丁寧に。ロキと申します宜しくお願いします。これは言葉を口に出した方が良いのでしょうか? それとも思うだけで良いのでしょうか?」

「【神通】は思うだけで結構ですよ。ただ慣れないとロキ君の思考が全て私達に伝わってしまうので、それまでは口に出してもらっても構いません」

「なるほど……ありがとうございます! リステ様はしっかり受け答えしてくれるので助かります!」


(リステ様。凄く良い)


「「「「えぇー!!(……ッ!!)」」」」


「|良《・》|い《・》だなんて困りましたね……それで何か聞きたいこと、困っていることはありますか?」


(口に出しても思ったこと伝わっとるがな!!)


「そうですね……早速困ったことが起きましたがそれはまぁいいとして、今日初めて魔法が使えるようになったんですよ。でもなぜ前はできなかったのに、急にできるようになったのかが分からなくて……」

「スキルを取得していたのに以前はできなくて、今日はできたということですか?」

「そうです」

「となると原因はいくつか考えられますが……魔力量を満たしていなかった、所持スキルレベルに見合わない要求をした、あとは発現後のイメージを明確に持てていなかったということも考えられますね」

「ん~その辺りは問題なかったはずなんですよ」

「それ以外となれば……いえ、他にそのような現象が確認されない以上は、もしかしたら|ロ《・》|キ《・》|君《・》|だ《・》|か《・》|ら《・》ということもあり得ますね」

「んん?」

「魔法の行使はこの世界に広く漂う精霊が、魔力という餌と引き換えに補助や代行をしております。しかし精霊から、その……認識されていない、もしくは存在を認められていなかったのかもしれません」

「あぁ、この世界の異物だから。ということは、女神様達に会って存在を認められたから使えるようになった、ってことですか?」

「その可能性は高いと思います。精霊は神の眷属ですから」

 となると、あの時3人に拉致されなければ、俺は一生魔法が使えなかったかもしれないのか……あぶねぇ。

 そして眷属にそんな指示すら出しておかない、あのどんぐり野郎ときたら……

「大丈夫ですか?」

「あ、すみません大丈夫です。例の言えないアレに文句を言っていたところでした」

「そ、そうでしたか」

「ありがとうございます、おかげでスッキリしました。なのでお礼と言いますか、今ふと思ったことですけど……」

「なんでしょう?」

「女神様達の上司、確かフェルザ様でしたでしょうか?」

「えぇ。フェルザ様は私達下位神を生み出し管理されているお方ですね」

「リガル様やアリシア様がその方に相談されるようなこと言っていましたけど、もしかしたらあまり信用しない方が良いかもしれませんよ? 可能性のお話ですけどね」

「――ッ!? ど、どういうことですか?」

「いえ、俺に謎のスキルを与えている時点で、例の言えないアレは上位神様の可能性があるわけですよね? フェルザ様がどんな容姿をされているのか分かりませんけど……例のアレは少年、いや『男』でしたよ」

「男……」

「まぁ女神様の上司というくらいですから、姿形ですら自由に変えられるのかもしれませんが」

「………………」


 あ、時間切れだなコレ。

 うーん、親切心で言ったつもりだったけど……もしかしたら余計なこと言っちゃったかもしれないな。

 まぁしかし、女神様達の上司であるフェルザ様というのがどんぐりで、どういう事情かは知らないけど俺をこの世界に呼び込んだ可能性だってあるのだ。

 なんか前にリア様が|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|は《・》|見《・》|捨《・》|て《・》|ら《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》なんて言っていたから違うかもしれないし、それが原因ということも考えられる。

 そしてそんな大それた話は庶民の俺が首を突っ込むべきではないので、後は女神様達に判断を委ねれば問題無いだろう。

 俺は日々成長を楽しめる生活ができればそれで良い。


 それにしても、だいぶ早口でしゃべったとは言え、1分ってのはやっぱり短いなぁ。

 他の女神様達にも聞こえているっぽかったけど、1対1で話せば謎のまま終わりそうだった疑問があっさり解決したんだ。

 おまけに魔法の行使には精霊の力が必要なんてことまで教えてもらえた。

 となるとやはり、このスキルは超が付くほど重要ではないだろうか?

 対応する女神様次第ではまさしく神スキルだと思えてくる。


 ……上げるか。


 【神通】スキルの詳細を確認すると1/10になっていて、当然のようにスキルポイントでレベルを上げることができる。

 本来は神子しか所持できないスキル……

 ということは魔物が所持している可能性は無しと判断しても良いだろう。

 うん。なら尚更に上げる価値があるなコレ。

 よし、いっとこう。

(スキルポイントを4振って【神通】スキルをレベル2に……)


『【神通】Lv2を取得しました』


【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60


 魔力消費が増えたのは痛いけど、レベル2で会話時間が2分か。

 残りスキルポイントは20ポイントだからあともう1つ上げようと思えば上げられるが……

 とりあえずここで止めて様子を見てみることにしよう。

 次は12ポイントで結構重いしね。

 そして魔力ボーナスは、と……おっ! いきなり(+14)になっている!

 ということは+8上昇か。

 ふむふむ……どうも【神託】と【神通】でボーナス値が違うような気もするけど、一応これもメモに残しておくとしよう。


 そう判断して手帳を取ろうとベッドを立ち上がった時、それは急に来た。

(ぐッ!?……なんだこの倦怠感……眠気……?……ダメだ立ってられ……な……い…………)

 こうして意識が混濁した俺は、そのままベッドの上で意識を失った。
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41話 追跡者

 朝、ベッドに腰かけながら俺は首を捻る。

 昨日の急な倦怠感と眠気はなんだったのか?

 起きてすぐに、どこか調子が悪いところはないかと確認してみたものの、疲労による身体の怠さが多少残っているくらいで、この感覚はいつもと大して変わらないことが分かる。

 ん~昨日は【神通】スキルを使ってリステ様と話した後に、手帳を取ろうとベッドから立ち上がって――


 その時、ふとベッドの脇に転がっていたショートソードが目に入った。


(まさか、これのせいか?)


 すぐステータス画面を起動させると、現在の魔力は58/58(+14)となっており最大値まで回復している。

 そして落ちているショートソードを拾い上げると108/108(+14)となる。

 ここまでは問題無い。

 逆に付与による魔力上昇が最低値だけではなく、すぐ使用できる魔力も上昇するところは親切なくらいだろう。

 ただし、昨日のようにショートソードで無理やり使える魔力を上げてその魔力も消費し、その上でショートソードを手放したらどうなるか。

 つまり魔力が|マ《・》|イ《・》|ナ《・》|ス《・》|状《・》|態《・》になってしまうと、俺の身体はどうなってしまうのか。

 その結果が昨日の急激な倦怠感と眠気なのではないだろうか?


(今試すと1日潰れそうだからやりたくはないが……狩場でやらかしたらいきなり寝込んで死ぬパターンだなこれ……)


 超あぶねぇ。

 ロッカー平原では死なないだろうと思ってたけど、死ぬパターンあるし!

 ワープしたようにいつの間にか朝になっていたことからも、俺は昨夜から冬眠のように深く眠り込んでいたことが予想される。

 こんな状態でネズミに齧られたって、最低限魔力がマイナスを脱出するまでは起きない可能性もあるよなぁ……

 付与分の魔力50はよほどの緊急時以外使わないようにしよう。

 そう心に決めた俺は、顔を洗って朝食を摂り、お弁当を受け取ったらすぐにハンターギルドへと向かった。


 すると珍しい光景が。

「おっ! 初の緊急依頼だ!」

 籠を受け取る前に依頼ボードを確認した俺は、初の緊急依頼が出ていることに少し興奮してしまう。

 常時討伐依頼の下にもう一枚の木板が掛けられており、ハンターの討伐数が増加しているため、ポイズンマウスが増殖している可能性がある。

 よって一体辺りの討伐報酬を1200ビーケから1500ビーケに引き上げること。

 終了時期は未定で、突発的に終わらせる可能性があるという旨が記載されている。

 一応初めてなのでアマンダさんに内容を確認すると、そのまま木板に書かれている通りで、ハンターが1日で狩ってくるポイズンマウスの討伐総量が通常よりも多いらしく、まだ農作物に被害が出始めているわけではないが、早めに総数を減らす対策が取られたということらしい。

 まさか俺が乱獲しているせいじゃないよね?とは思いながらも、報酬が増えることにこれっぽっちも文句無いしね。

 わざわざ自分から言うことでもないので、とりあえずは黙っておこうと思います!

 そんなこんなでロディさんのところで籠を受け取り、ベザートの北門出口へ。

 習慣になってきた小型フランクフルトを2本購入して、ジョギングしながらロッカー平原へと向かった。

 
 なぜかギルドからついてきている|三《・》|人《・》|組《・》と共に……




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ロッカー平原に入ってから奥へ奥へと、視界に入るポイズンマウス、【気配察知】で動きを感じたエアマンティスを狩りながら進んでいく。

 最初のうちは籠も軽いから背負ったままで問題無い。

 ひたすら走りながらの移動だ。

 後方をチラリと見れば、既に疲れが見える足取りながらもまだついてこようとする三人組――アデント達を確認することができる。

「はぁ……」

 最初に道案内替わりにストーカーしていたのは俺なので、あまりどうのこうのは言えないが……

 それでも勘弁してくれとは思ってしまう。

 移動狩りする姿を見られるのは良いとしても、石柱を作っての定点狩りはあまり見られたいと思わない。

 それでも見られるくらいなら止めるという選択肢は無いので、ついてこられないようペースを上げながら、他のパーティがまず入り込まないエリアまで進んでいく。


(ハァ……ハァ……ただ……現実的には……無理だよねぇ……)


 こちらは狩りをしながらの移動なのでどんどん籠の重量が増していく。

 おまけに狩る度に解体して魔石やら討伐部位、素材の回収を行っているので、何もせずただついてくるだけの三人組を撒くなんてことができるわけもない。

 それなりに慣れて体力もついてきたかなというくらいで、向こうだって現役のハンター達なのだから。


 籠が3分の1以上になり、既に周りで狩るハンターが見られない辺りまで入ったところで、俺は諦めて足を止める。

 というかこの重量ではもう走りながらの移動狩りはかなり厳しい。

「ハァ……ハァ……いつまで、ついてくるつもりですか……?」

「ぜはぁ……ふはぁ……な、なに勘違い……してやがんだよ……」

「そ、そうだぜ……ふぅ……ふぅ……俺達は……ただ狩場に移動している……だけだぜ……?」

「そう……そう……ウェッ……」

「ふぅ……そうですか。その狩場はまだ先ですか? それともこの辺りですか?」

「はぁ……はぁ……なんでそんなこと……お前に教えなくちゃ……ならないんだよ……」

「効率が悪くなるのだから当然でしょう? あなた方がこの辺りで狩るなら僕は移動しますし、もっと先に行かれるなら僕はこの辺りで狩りますし。どうなんです?」

「そ、そんなの……ふはぁ……気分次第ってなぁ……」

 はぁ……ダメだなこりゃ。

 ただ子供の身を案じてということなら、今までの移動狩りで一人でもやれることは充分理解したはずだ。

 それでもついてくる上、目的が俺の付近にいることとなれば……もう嫌がらせしかないか。

 でもわざわざ自らの報酬を減らしてまでやることなのだろうか?

 彼らは今のところただついてくるだけで、1匹も魔物を倒した様子は無い。

 それこそ彼らにとっては無駄過ぎる行動だ。

 他に目的があるのかな……

 まさか、散々倒した後に俺の籠を奪取……?

 彼らを見れば背丈は170cm~180cmほど。

 明らかに今の自分より頭一つ分以上は大きい。

 無理やり奪おうと思えば3メートル近いところに籠を上げても、肩車なりして槍で突けば籠を落とせそうな気もしてしまうし、この中に【土魔法】取得者がいるだけで奪われる可能性が大きく上がる。


(もう1本追加で5メートル近くまでしたらなんとかなるか……?いやしかし、バランスが……)

 不安は残るも、こんなどうしょうもないやつらに振り回されて効率を落とすのは御免だ。


 その時ふと、先日の石柱作り。

 そして昨夜のリステ様とのやり取りを思い出した。

 俺は魔力消費『19』の石柱を2本重ねた。

 ということはスキルレベル2の【土魔法】を2回行使して3メートルの石柱を作ったということだ。

 しかし俺の【土魔法】は|レ《・》|ベ《・》|ル《・》|3《・》ある。

 つまりもう1段階上。

 魔力消費『29』までの魔法が行使できるはずなのだ。

 そしてリステ様が言っていた、スキルレベルに見合わない要求……


 スキルレベル1が具現化するための重要なワードが2つ。

 成功したのは『石柱を生成』


 スキルレベル2が具現化するための重要なワードが3つ。

 成功したのは『長い石柱を生成』


 そして失敗したのが『長く太い石柱を一本生成』

 しかしこの|要《・》|求《・》は、よくよく考えれば重要ワードが5つとも判断できそうで、そうなると本来スキルレベル4じゃないと発現しないという理屈が通ってしまいそうな気がする。

 ならば……

 諦めた俺は、アデント達の前で魔法を行使する。


「長い、石柱を、生成」


「「「えっ?」」」


 ズズズズズズッ……


 昨日見た1.5メートルほどの石柱が1本出来上がるので、その上に籠を置く。

 定点狩りには必須とも言える、大き目なサイズの革袋を籠から抜くことも忘れない。

 そして問題はここからだ。

 石柱が立つ地面を見ながら呟く。


「深く、長い、石柱を、生成」


 ズズズズズズズズズズズッ……


「「「えええええっ!!?」」」


 ……こりゃ凄いな。

 作ったのは自分なのに、それでも驚いてしまう。

 新たに出来上がった石柱だけでも5メートル近くはありそうだ。

 なのでその上の石柱に乗った俺の籠は、見上げるほどに高くなっている。

 それこそ2階建ての家の屋根くらいありそうだなぁ……

 おまけに『|深《・》|く《・》』というワードも入れているので、蹴飛ばそうが三人掛かりで押そうが、たぶんこの石柱はビクともしないだろう。

 こればかりはどこまで深く刺さっているのか掘ってみないと分からないが……

 これ以上できることもないし、ここはスキルレベル3の力を信じるしかない。

 まず先ほどの驚く反応からして、この3人がまともに石柱を作れるとは思えないのだ。

 あとは最悪三人で穴掘りでもされたら、ギルドに素材を奪われたと報告してなんとかしてもらうしかないな。

 そうでなくても嫌がらせを受けたって報告はするけど。


 とりあえずの出来栄えに満足した俺は、アデント達に向かって声を掛ける。

「ではこれから狩りをしてきますので、皆さんも頑張ってくださいね」

 そして走り出す。

 右手にはショートソード、左手には大サイズの革袋。

 この革袋が埋まれば籠の4分の1くらいの素材量になる。


 さぁ――定点乱獲狩りの開始だ。
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42話 定点乱獲狩りの成果

 1回目の定点乱獲狩りが終わり、石柱まで戻ってみれば、既に彼らの姿は見当たらなかった。

 穴を掘った形跡は無く、生成した石柱に土の付いた足跡が複数残っていたので、蹴っても倒れないと思って諦めたのだろう。

 見晴らしが良い分、どこかに隠れているという心配が無いからとりあえずは一安心だ。


 時刻は丁度昼時。

 石柱にもたれ掛かり、腰に吊るした小型の革袋からサンドイッチを取り出して頬張りながら考える。


(魔力消費48でこの石柱ができたのはいいけど、問題は籠を取ることだよなぁ……)


 当然ながらアデント達が力業でも無理だった石柱の籠を、俺が力だけでどうこうできるわけが無い。

 だから籠を取るという作業も新しい試み、一つの実験を成功させなくてはならない。

 30分ほど食事を取りながら休息をし、目の前の石柱を見つめる。

(緊張してくるぜ……)

 ここからは少々身体を張る作業だ。

 自然と強張ってくるが、それでもここをクリアしないと今後の安定した定点狩りができないので気合を入れるしかない。

 一度ステータス画面を確認した後、ソッと目の前の石柱に片手を付き、自分の足元を見つめながら呟く。


「長さ5メートルの石柱を生成」


 ズズズズズズズッ……


「ふぉおおおおおお!!!」


 自分の足元からズンズンと迫り上がってくる石柱。

 俺の視界がどんどん地面から遠ざかり、籠の乗った石柱に触れている手にも力が入る。

 そして少し手を伸ばせば籠に手が届くという良い感じの高さで、俺を運んだまま伸び続けていた石柱の動きは止まった。

(こ、怖かった……でも実験は成功だ!)

 今回はあくまで定点乱獲狩りの1便なので、籠を持って下りるということはまだしない。

 背負っていた革袋の中身を籠に移し、水分補給をしたら、子供の頃に遊んだ登り棒の要領で直径30cmほどの石柱に抱きつきながら滑り降りる。

 さて、問題はこのやり方が継続できるか。

 すぐさま今回の石柱で消費した魔力を確認すると、5メートルの石柱を生み出すのに魔力が『26』消費されていた。

 うーん、籠に触れるだけでこの魔力消費となれば、当然重い。

 重いが、まだこのくらいで済むなら調整も利くし、この手の最高率調整なんぞゲームでどれほどやってきたか分からない。

「まずは『26』の回復時間を計測しつつ、遠征の移動範囲で調整していくか……」

 そのように決め、魔力と体力が枯渇しない範囲で本気の定点狩りに勤しんだ。



 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(調子に乗り過ぎた……しんどい……)

 それでもジョギングを止めなかった俺も大概だが、今日はロッカー平原で初めての籠が満杯状態だ。

 というより多少溢れて道中で落としそうだったので、革袋の中にも素材を入れている。

 丸薬は飲んで4日目。

 体力が低下している時だったので余計に帰りがキツかったものの、定点狩りが軌道に乗った喜びには勝てなかった。

 あの最高効率を叩き出している感じはどうにも止められない。

 止めることが勿体ないと感じてしまい、もっともっととなってしまう。

 ここがゲームの世界なら別アカウントを操作して、食事の運搬、素材の現金化を行いながら、俺はろくに町にも帰らずロッカー平原に居座り続けたことだろう。

(うーん、この発想も有りと言えば有りか? しかし、よほど信用できる荷運びに依頼をしないと成立しない……おまけにロッカー平原を平然と通り抜けられる人間となるとやっぱり厳しいか……)

 これができれば最高なんだけどなぁ……


 そんな妄想を繰り広げていたら、いつのまにか解体場の前で棒立ちをしていた。

「おい。おーい。おまえ大丈夫か?」

「ふぇ!? あぁまたやってしまいました大丈夫です……頭の中が妄想でいっぱいになってました……」

「そりゃ1日でそんだけ狩ってこられりゃ、金の使い道にも悩むってもんだろうな……」

 そう言って俺の籠の中身を見たロディさんの顔は明らかに引き攣っていた。

 そうでしょうそうでしょう。

 自分でも気づいた時には溢れかえっていてビックリしましたから。

 途中から素材のことより、スキル経験値のことしか頭にありませんでしたけどね。

「ハハハ……それじゃこれお願いします。あ、あとこっちも」

「こっちが終わったら見てやるから、素材はカウンターに置いてちょっと待ってろ」

 籠と一緒に大型の革袋も渡すとロディさんは頭を抱えていたけど、これがロディさんの収入にも繋がるんだと思えば罪悪感などまったく無い。

「今日は何時に帰れるかわからねーなこりゃ……」

「まぁまぁいいじゃないですか。ロディさんもその分収入増えるんですよね?」

「そりゃそうだが……限度ってもんがなぁ。知っているか? お前のせいで町長とギルマスが、ポイズンマウス増えているんじゃないかって騒いでたぞ? 予防策を張るって緊急依頼まで出す始末だ」

「今日の朝見ましたよ。報酬がちょっと上がってましたね」

「他のハンター共に聞いたら普段と変わらねーって言うし……ロキが大量に狩ってくるせいで勘違いしてやがるなこりゃ」

「でもそれって僕のせいではないですよね? ポイズンマウスが増えて大変です! なんて言ってないですし」

「もちろんお前のせいじゃない。せいじゃないが……切っ掛けであることは間違い無いだろうよ」

 口は動かしながらも別パーティの素材確認を終えたらしいロディさんは、木板にサラサラと文字を書き、そのパーティに確認しろと渡していた。

「ポイズンマウスの素材ランクCが『3』、Bが『4』、Aが『8』、あとは討伐部位と魔石がそれぞれ15に、エアマンティスの討伐部位、魔石がそれぞれが5だ。間違いないか?」

「あ、あぁ大丈夫だ……」

 そう言った30歳くらいの無精髭を生やしたハンターは、横に置かれた俺の素材を見ながら答えていた。

 というか素材に答えていた。

(確かポイズンマウスが素材ランクもまともなら1匹6000ビーケくらいで、エアマンティスが1匹10000ビーケくらいだから……このパーティは何人か分からないけど、14万弱くらいがトータル報酬か)

 仮に4人だとして、それでも一人当たり35000ビーケくらい。

 アデントパーティの報酬もそうだが、ジンク君達の報酬を思い返してみるほど、ロッカー平原が割の良い狩場であることがよく分かる。

(ジンク君達も行ってみたらいいのになぁ……)

 そんなことを考えていたら俺の素材判定が終わったようだ。

「はぁ……よくもまぁ連日狩り続けて、しかもどんどん素材量を増やしてこられるな。素材ランクは全て「A」でポイズンマウスが全部で53体、エアマンティスが全部で12体だ」

 そう言って木板を渡してくるも、自分で何体狩ったか覚えていないので確認する意味があまり無い。

「大丈夫です。預けでお願いします」

「了解だ」

「あ、ちなみにロディさん。これ以上に大きい籠ってないですよね?」

「この町だと1つしかないな。おまけに1人が貸し切り状態で常に使っているから、あるか無いかで言えば無い」

「そうですかぁ……ということは必要なら特注で作る方が良さそうですね」

「まぁそうだが……これ以上素材量を増やすつもりか? お前の図体を考えたらかなり無理があるだろう?」

「そこなんですよね~狩りが終わった後にこれ担いで走るのはかなりしんどかったです」

「は?……走る? 歩くじゃなくて走るだと!?」

「走るって言ってもジョギング程度ですよ。体力を増やしたくて」

「おまえがふざけた素材量を持って帰ってくる理由もよく分かるな……おいワルダン! やっかむ暇があったらロキみたいに努力しろよ! だからこその成果ってことだ!」

「……そ、そうだな。あれ担いで帰り道を走るなんて、俺達には到底無理だ」

 なんだかよく分からない流れだったが、若干アデントパーティのような視線を俺に向けていたワルダンさんという人の表情が、諦めにも似た苦笑いに変わったのでとりあえずは良かった。

 あんなのが複数パーティ出てきたらもう手に負えない。

(そして今日の出来事も報告しないとなぁ……)

 そう思いながら受付方面へ向かうと、今一番遭遇したくない人達。

 アデントパーティの面々が勢揃いで待ち構えていた。
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43話 面倒事

 いったいこれはどういう状況なのだろうか。

 俺が用のあるいつもは空いているカウンター、通称アマンダカウンターの前にリーダーのアデントが肘をついて陣取り、その後方に名前は知らないが顔は知っている残り2人のパーティメンバーが立っている。

 アマンダさんは……何考えているかよく分からないな。

 シレーッとした顔して何か別の業務をやっているようだ。

 はぁ……

 よく分からないから一旦素通りするか。

「おう、早くアマンダさんに木板渡せよ」

 なんか言っている横を無言で通り抜け、お食事処のおばちゃんの所へ。

「おばちゃん喉が渇きました。氷水下さい!」

「はいよ! 毎日頑張っているみたいだねぇ」

「おいコラ!」

 荷物を増やさないように水筒は1個しか持ち歩いていない。

 それで剣を拭いたり飲み水用にしたりとしているので、午後になるとどうしても水分が足らなくなってくるのだ。

 俺が人一倍走って余計に汗を掻いているのも原因と言える。

「ぶはぁ~! 生き返る!! もう1杯っ!! このままコップにお水入れてくれれば大丈夫です」

「はいよ!」

「こら! シカトしてんじゃねーぞ!」

 後ろで何か騒いでいるやつがいるが、今はそんなことよりも水分補給だ。

 あぁ……氷水うまっ……


 しかしどうしたものか。

 相談は後日にして今日はそのまま帰ってしまうべきか?

 この疲労困憊の状況でアレを相手にするのは物凄く面倒くさい。

 というか、元から口調も態度も悪かったが、その悪さに拍車がかかってきているような気がする。

 なんでだろうか?

 お人好し過ぎたからだろうか?

 もしそうであれば、このまま相手をせず帰った場合、アデントは脳内で勝手に「勝った!」みたいなことになって、余計に面倒事を持ち込むような気もしてくる。

 うーん……しょうがないか。

 コップをおばちゃんに返し、アデントの方に向かって振り向く。

「で、なんですか?」

「なんですかじゃねーよ! 早く木板出せって言ってんだよ!」

「なぜあなたにそんな命令をされないといけないのか分かりませんね。あなた私のパーティリーダーでしたっけ?」

「そうだよ! だから出せって言ってんだよ!」



「…………は?」



 この馬鹿は斜め上かもしれない。

 冗談で言った言葉を肯定するとは思わなかった。


「パーティなんだからちゃんと報酬も等分しないとダメだろう?」

「そうそう。一人で報酬持ち逃げなんて、最悪ハンターギルド員から除名されるっすよ?」


 追撃するかのように、残りのパーティ2名も謎の言葉をぶつけてくる。


「いやいや……意味が分からないんですが」


 俺のそんな言葉を聞いたアマンダさんが、溜息交じりに言葉を発する。

「事実確認を取りますので、ちょっとあなた達は黙ってなさい……ロキ君」

「……はい、なんでしょう」

「アデント達3人が、今日ロッカー平原でロキ君とパーティを組むことになったと言っていたけど……それは事実?」

「まったくの嘘ですね。パーティの件は昨日ちゃんと断りましたし、今日は朝からずっとついてこられた上に報酬を横取りされそうになりました。対策したら居なくなりましたが」

「はぁ? 嘘吐くんじゃねーよ? おまえから|皆《・》|さ《・》|ん《・》|も《・》|頑《・》|張《・》|っ《・》|て《・》|く《・》|だ《・》|さ《・》|い《・》|ね《・》って言っただろうが。それってパーティメンバーとして一緒に頑張りましょうってことだろうよ!」

「そうだ! 籠を置いて、狩りに行ってきますから皆さんも頑張ってくださいね、なんて言われたらパーティを組んだってこっちは思うだろう!」

「横取りなんて変な言い掛かりは止めましょうや! 俺達お前の籠に指一本触れてないっすよ!」


 ……凄いな。

 あの最後の一言をここまで捻じ曲げた解釈するのか。

 馬鹿には嫌味すら言えない……次からは気を付けよう。

「……アマンダさん。こういう場合ってどう決着をつけるべきなんですか?」

「困ったわねぇ。普通に考えれば多数決で少数意見は弱いと見るのだけど、そもそもロキ君は1人でアデント達は3人のパーティだものね。多数決の意味が無くなってしまうわ」

「おいおいアマンダさんよ。俺達のことが信用できねーっつーの? こんなハンター成り立てのガキと何年もやっている俺ら。どっちが信用できるかなんてすぐ分かるでしょうよ」

「そうっすよ。ガキのお守りを買って出ただけで本当は褒められるもんでしょう?」

「そうだぜ? 今後もあっさり死なないように俺らがしっかり見ときますんで、とっとと認めてくださいよ」

 あぁ……ヤバいなぁ……

 このままじゃ抑えが効かなくなってしまう……

 我慢我慢我慢……

「いくつか聞きたいのですが」

「あん? なんだよ?」

「まずあなた方のハンターランクは何ですか?」

「あ? 『F』だよ。 どうせおまえも一緒だろ?」

「なるほど。それで今日はあなた達3人、どれくらい稼がれたのですか?」

「……なんでだよ?」

「もし仮にパーティを組むなら、あなた達3人がどの程度稼がれているのか知りたいのは当然でしょう?」

「「「…………」」」

「彼らの今日の報酬は3人で42000ビーケほどだったわね」

「ちょっとアマンダさん! そういうのは言っちゃいけないもんでしょうよ!」

「守秘義務? ってやつを守る気あるんすか!? ギルドクビになるっすよ?」

「受付失格でしょー!」

「なぜ? あなた達からすればロキ君はパーティメンバーになるわけよね? さっき自分達で言ってたじゃない。報酬は等分しないとダメ、持ち逃げはギルド員除名だって」

「チッ……」

「……そうだったな。良かったな坊主。俺らの報酬もちゃんと分けてやる」

「いくらっすか? ガキには5000ビーケくらい渡せば大丈夫っすよね?」

「ホラ。こっちの報酬と分け前の話もしたし、とっとと木板渡してそっちの報酬も分け合おうぜ?」

「そうだな。坊主、明日も朝一でここに集合だ。おまえは籠を背負うのが好きなようだから、明日も道中たっぷり籠を背負わせてやるぞ」

「一応自分も籠は持っていくっすから、ガキの方が埋まったらこっちに入れるっすよ」

「……」

 アマンダさんを含めたギルドの方で解決可能なら、このまま黙っておこうと思ってたけど……こりゃダメだな。

 チラッとアマンダさんに視線を向けたけど、困ったという顔をしているだけで次の一手が無いように思える。

 そりゃそうか……

 ハンター同士のトラブルは当人同士で解決。

 これが鉄則だ。

 アマンダさんが悪いわけでもなく、出来ることは先ほどのような多少のフォローくらいなのだろう。

 もう待っていても期待できる何かがありそうにない。

 となると……しょうがないな。


 俺は勇者じゃない。

 善人でもない。

 だから相手を気遣うようなスマートな解決なんてする必要も無い。


 最悪はこの町から出ることになる――それだけだ。


「ねぇ。もうお腹空いたし、時間の無駄だから帰っていい?」

「あん? 分け前いらねーのか? ならいいぜ帰れ帰れ。ただ木板出してから帰れよ」

「分け前って42000ビーケのやつ? そんなはした金いらないよ。それに報酬は全部預けちゃってるから木板も無い。あんたらと違ってその日暮らしでもないんで」

「……んだと?」

「てめぇ舐めてんのか?」

「うん、舐め切ってる。何年もハンターやっていてFランクなんでしょ? 今日もただついてくるだけで死にそうになってたし。どこに舐めない要素があるの?」

「ぶっ殺すぞゴラァ!!!」

 リーダーのアデントが近くにあった椅子を適当な方向へ投げるがどうでもいい。

 そんな光景、営業時代に数字が悪くて癇癪を起こす支店長で散々見ている。

 灰皿が直接飛んでこないだけマシだ。

「これが最後の忠告ね。組むメリットが欠片も無いから、あんたらとはパーティを組まない。どこの世界に一人で40万ビーケ稼げるのに、3人で12万ビーケしか稼げない人間とわざわざパーティを組む奴がいる? お世話になったとか特別理由があれば別だけど、あんたらには何も無いよね? むしろ散々イライラさせられて印象最悪だよ。だからあんたら3人とはどんな事情があったとしてもパーティを組むことは無い」

「ふ、ふざけ……」

「それでも。それでもまだ俺の回りをウロチョロして邪魔をするって言うならもう遠慮はしない。しても意味が無いなら、今からあんたら3人を完全に敵と判断する」

「あー? 敵ならどうするってんだ?」

「敵なら魔物と一緒でしょ? 話し合いもまともにできず、ただ迷惑と損害を与えようとするだけの存在。ならゴブリンと同じで邪魔だと思ったら消すよ。おまえらに味方する人間がいたなら纏めて全員」

「……は? 冗談だろ?」

「ちょ、ちょっとロキ君? ちっとも穏便じゃないわよ!?」

「だってしょうがないじゃないですか。折角我慢して穏便に済まそうと思っていたのにどんどん調子乗ってるし。普通は魔物を狩ったり魔法を使う姿を見て、ある程度は自分より強いか弱いかなんて判断できるものでしょう? でも馬鹿にはそれができないんですよ。だから自分達の方が強いと思って舐めてるだのぶっ殺すだの……随分と上からな言葉が出てくるわけです。だったらもう馬鹿には直接分からせるしかないじゃないですか」

「「「…………」」」

「言っていることは分かるけど! それでもそんなことしたらあなたが犯罪者になってしまうのよ!? ちょっと! 誰かギルマス呼んできて!!」

「望んでそんなことしたくはないですけど、他に解決策も無いんじゃしょうがないでしょう? この馬鹿3人に利用されるなんて御免ですし……もしそうなったらパルメラの奥にでも引き籠ります」


 正直に言えばそんなことはしたくない。

 俺はこの町しか知らないんだ。

 他の町にだって行ってみたいし、色々な国だって見て回りたい。

 おいしい食事だってもっと楽しみたいし……正直に言えば、前世ではできなかった結婚だってしてみたい。

 だから9割はハッタリだ。

 そもそも個々の能力値だけで見れば俺の方がまず高そうだなとは思っているけど、3人同時に掛かってこられたらどうなるのかも分からない。

 そんな金は持ってなさそうだが、仮に金で強いやつを雇ってきたら死ぬのは俺だろう。

 だからこの状況まで作って別の解決方法をギルドから引っ張り出す。

 俺は他のハンターから白い目で見られるかもしれないが……それならそれでしょうがない。

 元からパーティを組む気が無いんだ。

 最低限ベザートでは依頼を受けられて換金さえできればそれでいいだろう。

 そしてここまで啖呵を切ってギルドもお手上げ。

 馬鹿3人衆も引かないようなら……もうこれは魔王ルート一直線だな。

 可能な限りパルメラの奥地にでも籠って別の楽しみ方を見出すしかない。


 そんなことを考えていたら、事情を聴きつけたベザートの町のギルドマスター。

 ヤーゴフさんが面倒そうな顔をして登場した。

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44話 小悪党の結末

「こんな時間にいったい何の騒ぎだ?」

 開口一番、そう言葉を発したギルドマスターのヤーゴフさんは俺に一瞥をくれると、そのまま馬鹿3人衆を睨みつけた。

(なんだ? どうもヤーゴフさんの3人に対する印象が悪いような気もするが……元から評判が良くないのか?)

「とりあえずここでは他のやつらに迷惑だ。ついてこい」

 そう言ってヤーゴフさんは振り向きもせず奥へ歩いていくので俺がついていくと、さすがにギルドマスターの指示だからか3人衆も大人しくついていく。

 その時なぜかアマンダさんも立ち上がりついてくるが……アマンダさんはアマンダカウンターだし、受付にいなくてもさほど業務に支障が無いのだろうと思うことにする。


 一同は以前講習を受けた部屋の並びにある別の部屋へ。

 そこは少し人数が多めの商談の場なのか、部屋の真ん中にはローテーブルと、その両脇にはそれぞれ3人掛け程度のソファー。

 そして誕生日席のような場所に1脚の椅子が有る部屋で、ヤーゴフさんは誕生日席に座ったので俺もソファーへ腰を下ろす。

 当然3人衆は向かいのソファーへ。

 アマンダさんはてっきりヤーゴフさんの背後にでも立つのかと思ったら、なぜか俺の隣に座ったのでビビったが……

 何か味方が増えた気がするので、何も言うことなく納得することにした。


「それで何をどう揉めているんだ? それぞれ事情を説明しろ。アデントのとこはリーダーが代表して話せ。説明している間は終わるまで誰も口を挟むなよ」

 おぉ怖ぇ……

 こりゃ嘘を一発で見抜きそうな眼だ。

 自然と鳥肌が立ってしまうも、俺自身は嘘を吐く要素が何もないので、ただただ事実を淡々と話す。

 そして3人衆は――気付いてないな。

 そりゃ気付くわけも無いか。

 嘘に塗れた自分達のご都合全開お花畑ストーリーを展開させ、アマンダさんは客観的に、受付嬢として俺からどういう相談を受けていたか。

 そして今日の経緯をヤーゴフさんに説明していた。

「ふむ……まず前提として、ギルドはハンター同士の個人的な揉め事には基本関与しない。それは分かっているな?」

「はい。講習でそのように習いました」

「もちろん分かってるぜ?」

「だからギルドマスターとしてではなく、私の個人的な意見として言わせてもらうが――」

 そう前置きをした上でヤーゴフさんは言葉を続ける。

「アデント。なぜロキに声を掛けた?」

「えっ? そりゃガキが一人でロッカー平原なんかにいるから、先輩として早いうちからパーティに入れてやろうって」

「それは先ほど聞いた。私が聞きたいのは建前ではなく本音だ」

「それは……まぁ一人にしちゃソコソコの素材集めてやがるし、うちのパーティに入れれば多少のプラスにはなるかなって……」

「おまえだってもう5年以上はハンターをやっているんだ。それが多少ではなく大幅な、ある意味不相応なほどの収入増になることも分かっていただろう?」

「ま、まぁ……」

「つまりロキの身の安全よりも自らの収入を目的にした。違うか?」

「ち、違う! 確かに収入も見越した勧誘だ。俺はパーティリーダーだからその辺りを考えるのも当然だと思っている! だが、ガキが死に急ぐことを防ごうとしたのは本当だ!」

「ならばなぜ、ロキが魔法で……石柱と言ったな? それで素材に触れられないと分かった時点で引き上げた? お前の言うお守りが本当なら、その場に残ってロキと一緒に魔物を狩るはずだろう?」

「そ、それは……一人でも倒せていたから良いかなって……こいつだって効率がどうのって言ってたし……」

「それではさっきと言っていることが違うだろう。死に急ぐことをまったく防ごうとしていない行動だ」

「……」

 こりゃもうアデント君ダメだな……

 ヤーゴフさんの簡単な理詰め攻撃でもう死にかけている。


 そして次にヤーゴフさんは俺に向かって話しかけてきた。

「ロキが籠を石柱の上に置いて狩り始めたのはどうしてだ? 話せるならで構わないが」

「別に理由は問題ありませんよ。単純に素材の盗難防止と定点狩りがしたかったからです」

「定点狩り?」

「えーと……お伝えした通り僕は一人で狩っています。なので籠に素材を入れていけばどんどん重くなって動きにくくなるわけです。だから籠を置いて、手ぶらに近い形でその付近の魔物を狩っていくんですよ。それで素材が持てなくなれば籠の場所に戻って素材を籠の中にと……この繰り返しですね」

「ふむ……もしかしてパルメラの時も同じようなことをやっていたか?」

「そうですね。確か初日からやっていたと思いますよ」

「なるほどな。だから報告に上がってくる素材量が、常にロキの分だけズバ抜けていたわけか」

「まぁそれだけが理由でもないと思いますけどね。移動は可能な限り走っているので」

「そうか……で、アデントはその素材を奪おうとしたと」

「……え? い、いや違う、奪おうとはしていない! 俺達はこいつの籠に触れてもいないぞ!?」

 急に話を振られたアデント君はテンパってるなぁ……

 相手が俺に移ったと思って油断してただろコイツ。

「ロキは石柱に蹴られた跡が複数残っていたと言っているが? つまりロキが籠を置いて狩りに出ている間に、その石柱を倒そうとしたということだろう? 触れていないのではなく触れられなかった。違うか?」

「ち、違う違う!! 蹴った跡なんてこいつのデタラメだ!」

「ならばなぜ、先ほどは否定しなかった?」

「えっ?」


「私は先ほどおまえ達が|素《・》|材《・》|に《・》|触《・》|れ《・》|ら《・》|れ《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》ということを前提に話したが、その時まったく否定しなかったのはなぜだ?」


「……う……うぅ……」

 ヤーゴフさんが怖いです……

 このままじゃ宿屋のご飯が食べられなくなるので、早く宿に帰りたいです……

 残りの二人も事態がマズい方向に流れていると気付いたのか。

 顔面が真っ青になってきているが、もう時既に遅しだろうな。

「お、おかしいだろ!? さっきからなぜギルマスは調子に乗ったこんなガキの味方をする! そんなにこのガキが大事なのか!?」

「別に味方をしているわけではない。お前達の話、ロキの話、事前にロキから相談を受け、今日の事の成り行きも見ていたアマンダの話。それらを総合的に判断して話している」

「なんだよくそっ!!」

「それにな。人が死ぬ状況は極力作りたくない。うちのハンターだったやつらなら尚更だ」

「どういうことだよ……?」

「仮にだ。お前達がロキと敵対したらどうなると思う?」

「そりゃ……いざとなったらこっちは3人いるんだし、必要なら知り合いを集めて……」

「その結果、お前達は当然として、安易に巻き込まれたやつらも全員死ぬ。最悪のケースを想定すればだがな」

「冗談だろう? たかがガキ一人に……」

「だからお前達はFランク止まりなんだ。リスク回避がまるでなっていない。数倍ではきかない量の素材を一人で搔き集められるやつが、なぜ自分達より弱いと思える? その自信はどこから来る?」

「……」

「ロキが1日に持って帰る素材の量は異常だ。パーティならまだしも、一人でとなればこの町での新しい記録になることは間違いない。お前もハンターをやっているなら分かるだろう?」

「そりゃあ……」

「それだけの腕があるのか、機転の利く頭を持っているのか、特別な何かがあるのか――それはロキ本人にしか分からないし余計な詮索などご法度だ。だが、おまえ達はその|普《・》|通《・》|じ《・》|ゃ《・》|な《・》|い《・》|奴《・》と敵対しようとしているのを理解しているのか?」


 普通じゃないと言われるとグサッと来るけど、自分自身を普通ではないと思っているのでまったく否定もできない。

 それにたぶん……ヤーゴフさんは俺が異世界人であることを警戒しているのだろう。

 女神様が異世界人には特別にスキルを与えていると言っていたしね。

 実際は異分子扱いでステータスが見られるだけなんて言ったら拍子抜けされそうだから、ここは黙って実は凄いかもしれないんだぞオーラを放っておこう。

 ゴゴゴゴゴゴ……

「お、俺達は別に敵対しようとしているわけじゃ……」

「強引にパーティ勧誘し、失敗したとなればつけ狙って素材を奪おうとし、それも失敗すれば今度は無理やりな口実で1日の成果を奪おうとする。おまけに明日からも強制的にパーティに入れ、荷物持ちまでさせようとしたのだろう? これで敵対しないと思っているのはお前らくらいだろうな」

「……お、俺達はどうすれば……」

「そうっすよ……こんな大事になるなんて思ってなかったっす……」

「これからは真面目にやるからさ! 勘弁してくれねーか?」

 俺はチラリとヤーゴフさんを見るも、彼は首を横に振った。

「残念だがお前達にこれからは無い。正確にはハンターとしてのこれからだな。人の素材を奪おうとしたんだ。ギルド規定によりお前達はハンターを永久除名となる」

「そ、そんなっ!! 実際に奪ったわけじゃないのにそりゃねーだろう!!」

「俺達は今回の件で一銭も得はしてねーぞ! 逆に無理してガキについていった分だけ損しているくらいだ!」

「今更他の仕事にはつけねーっすよ!?」

「実際に奪ったか奪っていないかではなく、奪おうとした行為そのものがハンターにとっては悪だ。そんな考えを持つ者をギルドに在籍させ続ける理由は無い」

「マジかよ……」

「奪えないままで済んだのはまだ幸いだったな。奪っていればハンターギルドの管轄から法の話に移るところだ。犯罪奴隷にならなかっただけマシだと思え」

「「「……」」」


「ロキ、これで良いか?」


 そう聞いてくるヤーゴフさんを見て、心の底から思う。

 敵にするとかなり面倒くさいだろうが、味方にすると心強過ぎる!

 ありがとうヤーゴフさん。

 そしてひたすらダンマリしているが、アマンダさんも横にいてもらえただけで心強かった……ありがとう!

 だから俺の中でも今回の件、ちゃんと決着を付けよう。


「この程度じゃ全然ダメですね」
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45話 法のその先

「「「「え?」」」」

 その場に居た者達から一斉に声が漏れ、視線が俺に集中する。

 そりゃそうだ。

 流れ的にハンターは除名、でも法の裁きを受けるところまでいかなくて良かったね。

 これにて一件落着、チャンチャン。

 これが目の前で口を開けて呆けている3人は別として、ヤーゴフさんが描いた決着の付け方だろうし、横で事の成り行きを見守っていたアマンダさんにしてもこれで終わりと思っていたことだろう。


 だが俺は違う。


 俺は勇者じゃない。善人じゃない。それこそ残りの1割であった魔王ルートも覚悟した男だ。


 ――この程度の温い対応で済ますわけが無い。


「彼らへの処分は分かりました。|未《・》|遂《・》が法で裁かれないというのは些か不満ではありますが……その点はこの国の法でしょうし、納得するしかないと思っています」

「なら……それ以外に何があるというの?」

 アマンダさんが不思議そうな顔をして首をコテンと傾けるが……

 ごめんなさい年齢を少し考えていただきたい。

 心がザワついたものの、気を取り直して話を進める。

「ハンターギルドの除名というのはあくまで彼らの処分内容であって、僕にはまったく関係の無いことなんですよ。なので僕が求めるのは|僕《・》|に《・》|対《・》|し《・》|て《・》|の《・》|賠《・》|償《・》です」

「つまり……除名とは別で、こいつらから何か今回の件に対する対価、詫びを要求するということか?」

 賠償という言葉が伝わるか不安だったが、ヤーゴフさんの言葉で【異言語理解】が仕事をしてくれたことを理解した。

「その通りです。パーティ勧誘だけなら何も問題ありません。受けるにしろ断るにしろ、誘い誘われなんていうのは極々普通のことだと思います。しかしその後付き纏われて僕は非常にストレスを感じましたし、実際僕が狩りをしながら移動している最中、彼らは何もせずひたすらついてきていたので、『女神様への祈祷』の影響が働きもしない彼らに分散している可能性が非常に高いです。
 おまけに狩りが終わってからのこの時間。既に体感ですが2時間くらいは経過していると思います。つまり彼らのせいで僕は無駄に2時間拘束をさせられているわけです。宿で予約している晩御飯もお金だけ持っていかれて食いそびれですし……
 |時《・》|給《・》って意味分かります? 1時間当たりにどれだけ稼げるかって意味なんですけどね。ちなみに今日の僕の稼ぎが――……ザッと計算した感じですと44万ビーケくらいです。それを大体10時間くらいで稼ぐわけですから、僕の時給は44000ビーケということになります。
 ということは2時間拘束なら大体88000ビーケほど。それにプラスで精神的な苦痛、女神様への祈祷の影響なども考慮すると……んー彼らの全財産叩いても足りますかね?」

 言っていることは無茶苦茶だ。

 自分でも分かっている。

 民事と刑事が分かれている元の世界だから通じることであって、この世界じゃそんな分け方、個人への賠償なんて考えなんぞ、アマンダさんやヤーゴフさんの反応を見ても無いのが普通なのだろう。

 おまけに日本だって仕事外の時間なら請求できても精神的な苦痛くらいだろうが……

 それでも敵と判断したやつからは根こそぎ奪えるなら奪い、落ちるとこまで落ちてもらう。


「ま、待ってくれ! 仕事を失ってこれから金が余計にいるんだ!」

「そんな事情、僕には関係ありませんよ。そういったリスクも考えず、安易に僕から奪い取ろうとするからこんなことになっているんでしょう?」

「勘弁してください! 俺結婚する予定で……今仕事だけじゃなくお金まで失ったら結婚できなくなるっすよ!」

「その事情も僕には関係ありませんよね? 結婚を諦めたらいいじゃないですか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……二人は金を貯めていたかもしれないが、俺はそもそも金を余らしてないんだ。払う金なんて無い!」

「なら借金奴隷ですね。確かギルドの本を破損させたら借金奴隷って言っていたので――あるんですよね? 借金奴隷」

 そう言ってアマンダさんを見ると、ぎこちなく首を縦に振ってくれるので俺は笑顔になる。

 目の前の3人は顔が青を通り越して白くなってきているが、敵がどうなろうとどうでもいい話だ。

「ちょっと待てロキ……こういっちゃアレだが……あまり追い詰めると碌なことにならんぞ?」

「それなら逆に好都合ですよ。たしかギルドの講習内容だと、盗賊ならば返り討ちにしても問題無かったはずですよね?」

「あ、あぁ……」

「それは相手が犯罪者だから、という認識で合っていますか?」

「そうだな……」

「なら彼らが僕に危害を加えようと襲ってきたら、僕が返り討ちにしても罪には問われないってことでしょう?」

「……一応はそうなる」

「本当は殺したいほど憎いんですけど、法のせいで殺せなくて今耐えているんですよ。だからお金には困っていないけど、しょうがなくお金で解決をしようと努力しているんです。それを彼らが襲ってきてくれれば殺せるようになるんですよ? 最高じゃないですか!」

 そう言ってわざと満面の笑みを彼らに向けたら、結婚結婚言っていた荷物持ちは泡を拭いて気絶した。


 そしてそこからは早かった。

 彼らが今日手にした報酬の42000ビーケはもちろん、所持していた3人の現金合わせて約30万ビーケは全て押収。

 ついでにもうハンターは廃業したのだからと、装備していた武器や防具はもちろん、ポーション類などお金になりそうな所持品も片っ端から押収した。

 さすがに本気で捨て身の特攻をされても困るので、家にあるお金や家具などは勘弁しておいたが……

 ヤーゴフさんが先ほど脅してくれていたおかげで、彼らは俺に特別な何かがあると思っているらしく、終始怯え切った表情で従ってくれたので俺の溜飲もしっかり下がってくれた。

 結局金無しの酒好き野郎は、元仲間ということで残りの2人に借金という形を取るらしく、3人に懇願された手前もあって借金奴隷は無し。

 元からそこまでするつもりもなかったので、これで報復の可能性が減ったと思えば安いものである。


 放心状態でトボトボとギルドを後にする3人を眺めながら、なぜか怯えているアマンダさんと引き攣ったヤーゴフさんにお礼を言う。

「今回はお世話になりました。本当にありがとうございます。そしてご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

 直角90度お礼をしつつ、先ほど押収したお金のうち10万ビーケずつを2人に渡す。

「僕と同じくお2人にも無駄な時間を使わせてしまいましたからね。これはそのお詫びです」

「……こういうやり方が、ロキの……常識になるのか?」

「んーどうでしょう。僕の故郷も人それぞれですけど……助けてもらったらちゃんとお礼を言う。敵になれば容赦はしないというのが僕の考えではありますね」

「ロキと敵対することだけは避けねばならんな……命がいくつあっても足りそうにない」

「ははは……そうは言っても僕はまだまだ弱いですからね。だからこその日々修行ですよ」

 アマンダさんは未だに固まったままだが、10万ビーケを握らせたら口角が上がったのでまず大丈夫だろう。

 この調子ならついでに頼めるかもしれない。

「それでポーションなんですけど、可能ならジンク君達が受付に来た時でいいので渡してあげることってできますか?」

「え? ロキ君が自分で使うんじゃないの?」

「まだ当分ロッカー平原だと思うので、今のところ使う予定もないんですよ。だからジンク君達にあげようかなと思いまして」

 通常のポーションを8個、ポイズンポーションを6個押収したものの、使う予定がないなら彼らにあげた方が有意義だろう。

 もしかしたらジンク君達もいずれロッカー平原に行くかもしれないし、行かないならどこかで売れば多少のお金にはなるはずだ。

「それくらいなら構わないけど……常に需要はあるからギルドでも買い取れるわよ?」

「今のところお金に困っていないですし、欲しい物があるわけでもないですからね。彼らには恩があるのでジンク君達に渡しちゃってください」

「ほんとロキ君って変わってるわねぇ……」

「そうだな。それにロッカー平原にいながらポーションを使わないというのも興味深い。これはEランクへの審査もそろそろ始めた方が良いかもしれんな」

「Eランクになってもまだルルブの森には行きませんけどね。死にたくないので!」

「その慎重さを持っている限りはそう簡単に死ぬこともないだろうよ。さ、今日はもう終わりだ。皆帰り支度をするぞ」

 そう言われ、一番ドアに近かったアマンダさんが商談部屋から出ていく中、ヤーゴフさんが俺に向かってポツリと呟いた。


「『出る杭は打たれる』か。今後も似たようなことが起こる可能性は高い。気を付けろよ?」

「ですね。まぁだからと言って自重するつもりはありませんけど、極力目立たないようにはするつもりです」

普通に、言葉を返したつもりだった。

が――、なぜかヤーゴフさんの足は止まり、ドアに手を掛けたまま、こちらに視線を向けて動かない。

ジッと、深く深く、俺の中を覗き込むような瞳で見つめていた。

「先ほどの言葉は、私が知る限り大人でも誤訳されて伝わることの多い"特殊な言葉"だ」

「え?」

「もちろん【異言語理解】のスキルレベルが高ければその限りではないが、少なくとも子供の段階であっさりと理解できるようなものではない」

「……」

「私が唯一知っている|異《・》|世《・》|界《・》|の《・》|言《・》|葉《・》だよ。それをあちらの言語のまま喋ってみたが……ロキは随分とあっさり理解できてしまったようだな?」
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7/19 1話目の投稿です
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46話 指名依頼

 ヤーゴフさんの発言に思わずハッとする。

(そうか。ことわざを、【異言語理解】を通さずに、そのまま……)

 確かにことわざは、その意味を理解していなければ会話がまともに成立しなくなる。

 知っているから、あっさり理解できてしまった――、そういうことか?

 しかもあちらの言葉……日本語でそのまま喋ったとなれば、会話が通じた時点でもうまともな言い逃れができなくなる。


 とっさにヤーゴフさんを見ると、その彼は両手を上げたまま苦笑いを浮かべていた。

「勘違いしないでくれ。私はロキと敵対したいわけでも、素性を詮索するつもりもないからな。私だってまだ死にたくはない」

「……ではなぜ?」

「そうだな。今回の件でロキの人となりを掴めたから、だな」

「……」

「ロキは敵味方の区別をはっきりとつける。そして敵には容赦ないが……そうでなければどちらかというとかなりお人好しの部類だ。違うか?」

「自分ではよく分かりませんが……敵味方の区別をしっかり分けるのはその通りですね」

「以前町長からの報酬を渡しただろう? あの時に試すか悩んだんだが……さすがにあの段階ではそこまでの踏ん切りがつかなくてな」

「ということは、あの時に既に当たりを付けていたと?」

「そりゃそうだろう。あんな奇抜な格好の時点でまず怪しいと思う。それに……今は外しているようだが、ロキが左腕に着けていたのは『時計』だろう?」

「ッ!? 知っていたんですか?」

「まあな……それで、だ。今日は遅いから明日一日、私に時間をくれないか? もちろんいつもの仕事を邪魔するわけだから、私からの指名依頼ということで報酬は100万ビーケ支払おう」

「報酬が凄いと逆に警戒してしまうんですけど……」

「そうは捉えないでほしい。おまえの報酬は一日40万ビーケを超えたのだろう? そう考えたら同額程度で依頼するのもどうかと思っただけだ。もちろん50万ビーケに負けてもらえるなら有難いがな」

「いやそれなら100万ビーケで……ってマズいマズい。受ける前提の話にしないでくださいよ! 僕にいったい何をさせるつもりですか!?」

「ふっ。やはり頭は回るな。アデントじゃどうにもならないわけだ。まぁそう固くなるな。内容は非常に簡単なもので、とある物を見てもらった上で意見が欲しい。その程度だ」

「それは……異世界の物、ということですか?」

「さぁな。それを判別できるのは異世界人のやつらだけだろう?」

「確かに……」

「さきほども言った通り、俺はロキと敵対するつもりは無い。理由は死にたくないからだ。だから依頼とはいえ無理をさせるつもりは毛頭無い。それだけは約束しよう」

「……分かりました。死にたくないから敵対しない。これが一番シンプルで納得のいく理由ですからね。明日は休日と思うことにしましょう」

「助かるよ。明日はそうだな……昼の鐘が鳴ったくらいにでもギルドに来てくれ。それまでは好きにしてもらって構わん。ただ昼飯は先に済ませておけよ?」

「分かりました。それじゃ明日お伺いしますのでお願いします」

「あぁ、こちらこそ楽しみにしているよ」

 こうして突如降ってきた指名依頼の話が纏まり、アマンダさんにも声を掛けつつギルドを出た俺は、なんだか妙なことになったなぁと空を見上げる。

 たぶんヤーゴフさんが見せたい物は、用途不明の地球にある何かなのだろう。

 それが俺に分かる物かどうかは確認してみての話だが……

 女神様は魂を転生させていると言っていたはずだ。

 つまり俺のように転移はしていないということになる。

 となれば……この世界に地球産の物があること自体不自然な話だ。

 次元の狭間とかいう別ルートもあるようなことは言っていたけど、リア様が忘れるくらい前の話で早々起きることでもないようだし……

 なんだろうな?

 本来はマズいことかもしれないのに、ちょっとワクワクしてしまう自分もいる。

 もしかしたら俺と同じように、無理やり転移させられた仲間がいるかもしれない、か。

 まぁ今考えても答えは出ないし、明日になれば何か分かることでもあるのだろう。

 なら早々にすべきことはまずご飯だ!

 今日は……初の悪者退治と臨時収入ということで祝い事。

 それならやっぱりあの店、『かぁりぃ』に行ってみるとしよう。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ソワソワ、ソワソワ……

 宿の部屋に入り、何度【神通】と叫んだだろうか?

 叫び過ぎて煩かったのか、壁ドンされても心の中で【神通】と叫んでしまうのはなんなんだろうか?

 昨日の【神通】を深く考えずに軽い気持ちでやってしまったため、いったい何時に話をしたのかよく分からない。

 そのおかけで「もう24時間経ったかな?」「もう大丈夫かな?」と、まるで彼女との電話のタイミングを計るように何度も通話を試みてしまっている。

 1日の時間制限。

 これが0時を回ったらではなく、使用してから24時間後ということはこれで確定となった。

 ならあとはしっかり時間管理をしないと、1日分を漏らすことにもなってしまう。

 決して……決して全員がまず超絶美人の可能性が高い女神様達とおしゃべりしたいからではない。

 そう、求めているのはスキル経験値だ。

 俺はストイックな男。

 女に現を抜かして狩りをサボるようなタイプではないはずなのだ。

 でもでも、それでも昨日話したリステ様の声と雰囲気は凄く良かったと思う。

 ちょっと冷たい事務的な口調の中に、たまに照れる場面や俺を心配してくれる場面があって……

 声だけで想像するなら、大企業の出来る超絶美人秘書とかそんなポジションに収まっていそうな気がしてならない。

 はぁあああ~……

 今日は誰かな! 

 誰が出るのかな!?


【心痛】


 間違えた。


【神通】


(おっ!ロキ君かな?)

「もしもし? ロキです! 昨日は途中で切れてしまいすみませんでした」

(いいよいいよ。そういうスキルだからさ。今日は私、豊穣の女神フェリンが担当するよ~よろしくね!)

「よ、宜しくお願いします。昨日の反省を踏まえ、スキルレベルを上げましたので、今日から2分でお願いします!」

(おぉー!! それは皆喜ぶよー! 私達なんて下界を大雑把に覗くくらいしか娯楽がないからさ。基本的に暇だから、直接何かができるっていうのはそれだけ嬉しいんだよね!)

「そうなんですか。もう一人の神子という人とはあまりしゃべらないんですか?」

(神子は下界でも特殊な存在だから、年に1回、決まったタイミングでしか【神通】を使ってくれないんだよね。しかも話がビックリするくらいつまんないの!)

「それはなんとも勿体ない話ですねぇ……」

(何言ってんの! ロキ君だって早々に使わなくなったくせして!)

「いや、あれはあまりのクソスキル……失礼。雑談っぷりに3日ほど呆然としてしまいまして……」

(皆テンション上がっちゃってたからね~ごめんね! もう当番制にしたから大丈夫だよ安心して!)

「分かりました!」


 た、楽しい……

 フェリン様は会話だけで|元気溌剌《げんきはつらつ》といった感じで、落ち込んだり疲れている今日みたいな日には最高の女神様だな!

 なんだか俺の失われた青春時代を取り戻している感じがするぞぉおおおおおおお!!!

「「「ギャー!!(……ッ!!)楽しいだって!!」」」

「もう! そんなこと言っちゃって! しょうがないなぁ……フェリン様がロキ君の疑問に答えてしんぜよう!」

「結局しゃべっても心の中が筒抜けですけどありがとうございます! 実は俺がどうしても欲しいスキルがありまして……今日はそんなスキルがこの世界に存在するのかを確認したかったんですよ」

「ふむふむ。私達は人種が使える可能性のあるスキルなら全部使えると思うから、どんなのか言ってもらえれば分かるんじゃないかなー?」

「おぉ! そ、それでですね、用途としては荷物などを別の空間にしまって自由に出し入れができるというやつなんです。名称は収納とかアイテムボックス、インベントリなんて言い方をしたりもします。どうでしょう? この世界にありそうでしょうか?」

「ん~荷物を別の空間に仕舞う……それって【空間魔法】の応用じゃないかな? というかそんな用途が目的で、リステがどっかの異世界人にスキルを授けていた気がするよ!」

「うぉおおおおお!! あることはあるんですね! 労せず手に入れたチート野郎には怒りの鉄拳をぶち込んでやりたい気分ですけど、これで俺も希望を持つことができました!! ちなみにその【空間魔法】の取り方というのは分かりますか? まだ俺のステータス画面だと隠れていて、取得条件すら分からないんですよ!」

「う~ん……ごめん! それは分からないや! 私達は初めからスキルを持っていたから、途中の取得条件とかはよく分からないんだよね。でも人種が魔法の取得方法とか発現方法を研究していたりするから、その手の内容を纏めた本とか研究施設に行けば分かるんじゃないかな!」

「そ、そうでしたか……でも凄く有難い情報です! さすが女神様! さすがフェリン様です!」

「いや~それほどでも~! 他は? 他には!?」


 そう言われると聞きたいことは山ほどあるが……中途半端なタイミングで聞けば途中で終わってしまいそうだし、何よりフェリン様との会話から女神様が暇で、こうして会話できることを楽しんでいるように感じる。

 それならこちらから一方的に質問ばかりするのは良くないだろう。

 まさに営業。

 相手から話をさせることが女神様達の満足感にも繋がるはずだ。

「聞きたいこと、確認したいことはまだ色々とありますけど、それはその時気が向いたらにしようと思います。それより昨日中途半端になってしまった女神様達の上司の件は大丈夫そうなんですか?」

「あれね~。皆と少し相談はしたけどさ。結局私達にできることは何も無いってなって、いつも通り世界の監視、観測を続けるということになったよ」

「そうでしたか。あの話をして混乱させちゃったかなーと、ちょっと後悔してたんですよ」

「気にしなくていいし、逆に気になることがあれば言ってほしいくらいだよ? 前にも言ったけど私達はこの世界全体を見ているのであって、個人を見るようなことはしないしできない。だから私達では君がなぜこの世界に呼ばれたのか分からないと思うんだよね!」

「全体……つまり、大事になって初めて気付くということですかね?」

「まさにそれ! フィーリル……生命の女神が世界の人口推移とか観測してたりするけど、戦争が起きて死人が増えれば気付けても戦争が起きる前には気付けない。それに戦争が起きたからといって特別手を加えたりはできないんだ」

「あくまで監視、観測しているだけってことですね」

「そうそう! 私達が下界に干渉なんて、よほどのことじゃない限りは禁忌だからね。それこそ人種滅亡の要因になり得るレベルじゃないと無理なのさ。だからロキ君が直接動いた方が、君がこの世界に呼ばれた理由なんかも分かるんじゃないかな?」

「なるほど……まぁ今僕自身に何かが起きているという感じもしませんし、この世界の人生を楽しみながら何か気付けば報告しますよ。困ったことを教えてもらえるお礼ということで!」

「良いね! お礼と言えば、顔を見せに来てもいいんだよー? 私とリステとフィーリルはまだロキ君と会ってないんだから!」

「あぁそうでしたね。うーん丁度明日の午前中は空いてますし……やることをやって時間があまりそうなら教会に寄ってみますよ」

「「「おぉおおおおー!!」」」

「ただ以前も突発的に呼ばれたおかげで神官さんにかなり迷惑かけましたので、絶対ではないですからね! そこのところは宜しくお願いしますよ!」

「大丈夫大丈夫! 来てもらえればなん―――……」

(あ、終わった……)

 最後はなんだか楽観的過ぎて少し不安だけど、フェリン様の性格とも言えそうだし、こっちでなんとかするしかないのかな……

 まぁ『女神様への祈祷』だけなら神官やシスターは横にいないし、誰もいないタイミングを狙って祈祷している風に神像の前で跪けば、あとは女神様達がなんとかしてくれるだろう。

 ふふふ。残りの3人はどんな容姿をしているのかなー?

 かなり楽しみだなー!

 殺す殺さないの話であれば二度と行きたくないが、こんな関係性ならば会いに行くのも|吝《やぶさ》かでは無い。

 だって俺も男だし!

 せめて髪型くらいは綺麗にして行こう。

 そう思いながら、残りの魔力を指先マッチで使い切っていくのであった。
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評価等応援頂いた方々ありがとうございました!
想像以上に日間ランキングを上れてビックリしてしました。
ここからは投稿しまくっていると続きが書けないということに気付いたので、第3章が終わるまでは1日2話くらいのペースで投稿をしていこうと思います。

それでは本作のRPGをまったり楽しんでいってください。7/19 本日2話目の投稿です
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47話 居心地の良い空間

 ふむ。

 朝のベッドで頷き、一つの答えを導き出した。

 結局昨日も魔力不足による|強《・》|制《・》|寝《・》|落《・》|ち《・》を故意に発動させた。

 ショートソードに付与されている魔力上昇分の魔力『50』。

 この『50』未満の魔力量で武器を手放せば、強い倦怠感と共に強制的な昏睡状態に入る。

 その時間は通常の睡眠と同程度で、今のところは習慣になってきている朝の鐘の音で普通に目が覚める程度。

 魔力がマイナス域だとどうなるかは1人だと簡単に試せないので謎だが、強制睡眠から起きれば魔力が最大値まで回復していることからも、約8時間の睡眠で推定150程度の魔力は十分自然回復しているということが分かった。

 寝る時は当然革鎧を外しているので、革鎧についている魔力自然回復量増加の付与がかかる狩りモードなら、もっと早い回復速度になることだろう。


 そしてあまりよく分かっていなかった付与の判定範囲。

 武器を手に持てば付与効果が発生し、手放せば付与効果は外れる。

 そこまでは分かっていたが、昨日はショートソード購入時にセットで購入した剣帯に剣を引っ掛けた状態で試していた。

 そしてその状態でも付与は発動し、剣帯を外した瞬間に強烈な睡魔が襲ってきたので、必ずしも剣を握らなければいけないわけではないということが分かったのは大きい。

 なんせ石柱を使っての定点狩りは、籠に用がある時は自らの身体を石柱で持ち上げなければならないのだ。

 昨日は剣を片手に持ちつつ、素材がパンパンに入った革袋も持ちつつ、そんな中で無理やり片手で落ちないよう身体を支えていたので、万が一バランスを崩して剣を手放そうものなら、その時の魔力量によってはそのまま昏睡。

 高所から寝ながら落っこちて死亡。

 そうじゃなくても寝たままポイズンマウスに食われるなんてパターンも有り得たわけだ。

 それが回避できると思えば、今回の実験はかなり有意義なものだったと言えるだろう。


 さて、朝ごはん食べたら行くか。

 今日はまず昨日押収したアデント達の武器や鎧。

 それらをギルドで預かってもらっているので、回収してパイサーさんのところに顔見せついでに売却。

 その後は教会に寄って残りの女神様達と対面だ。

 とっとと動かないと昼ご飯を食いそびれる可能性もあるので、どんどん予定を消化していこうと思う。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「アマンダさんおはようございます~昨日の武器と防具、回収していきますね」

「あらおはよう。休日と聞いていたのに早いのね? あのまま部屋に置いてあるから好きに持っていっていいわよ」

 朝のハンターギルド受付付近。

 いつもより多少遅いとは言え、依頼ボードの前にはまだまだハンター達で賑わっている中、俺はその横を素通りしてアマンダさんへ声をかける。

 自前の装備もつけず、ほぼ手ぶらでハンターギルドを訪れたのはかなり久しぶりだ。

 昨日使われた商談部屋に入れば、使い古された感のある革鎧3セットに、ロングソードと槍。

 あとは解体にも使っていたであろうサブ武器のナイフが3本と、荷物持ちがなぜか持っていた小型のメイスも置いてある。

(こりゃ一度に運ぶのは無理だな……)

 ギルドへ入る前に、目の前にある武器屋のパイサーさんにも一言、中古装備を売りたいと声をかけておいた。

 よくは分かっていないようだったが、持ってきてくれれば査定をするということだったので、あとは俺が運び込むだけで事が済む。

 鎧を右手に、武器を左手に、余力があればナイフも指の隙間にでも挟んで、と……

 装備を着込むのではなく抱えるという、ギルド内ではまず見慣れない姿で受付側の正門を出入りすれば目立つこと必至だが、既に噂はされていたので気にしてもしょうがないと割り切った。

「おい……あれが昨日アデント達をハンター永久剥奪に追い込んだ挙句、ケツの毛まで毟り取った張本人だ……」

「マジかよ? ってことは今手に持っているのがあいつらの装備か? どうすんだあれ?」

「どう見たってまだガキじゃねーか……あいつら何やってんだよ?」

「バカ野郎……そう言って舐めくさった結果、借金奴隷一歩手前まで追い詰められたらしいぞ?」

「あれを普通のガキと思ったらえらい目に遭うぞ。一人で行動しているのに持ち帰る素材の量が尋常じゃねぇ」

 本人達はコソコソしゃべっているつもりだろうが、ハンターとは見た目からして野蛮で粗暴であろう人間の比率が飛び抜けて高い職業だ。

 町を普通に歩く町民とハンターギルド内では、別の国ではないかと思うくらいに人の雰囲気がガラリと変わる。

 もちろんまともな人も大勢いるだろうが、まともな職業に就きたがらない、もしくは就けない腕だけ自慢の者もハンターには多いらしい。

 そんな彼らがまともに声量を抑えて内緒話なんてできるわけもなく……

 ピストン運行する度に、噂話が俺の耳に入ってきてしまう。

(これをメリットと捉えるかデメリットと捉えるか――まぁなるようになれだな)

 そう思うが、それしか選択肢も無い。


 噂を気にして自重するなんて愚の骨頂。

 人生全てがゲームだった頃、某掲示板で散々叩かれ、それが原因で引退していくプレイヤー達を多く見てきたが、俺はそんな光景をなんて勿体ないんだろうと感じていた。

 自分が今までつぎ込んだ情熱と時間、そして努力の結晶がたかが人の噂、罪悪感すら覚えない程度の悪意で無になる。無にされる。

 本人が選んだ道。

 決めた選択にケチつけて止めるようなことまではしなかったが……

 そんなことを気にして引退するくらいなら、そいつらをぶった斬り続けて逆にご退場頂いた方がまだマシだろう。

 ゲームならばそれができるのだ――ゲームならば。

 悪意のある人間が誰だか分からない。妬みや嫉妬が蔓延する世界で疑心暗鬼になる。

 交友関係が広いほどそんな悩みも抱えるのだろうが……一人であればそんな不安も心配も無い。

 だから一人は気楽なものだ。

 目に見えて敵と判断できるものだけ斬っていけばそれで良い。

(精神的にタフになれたから、センスの欠片も無いのに営業ができたのかな? どうかな?)

 そんなゲームの世界と今を被らせながらも、黙々と俺は押収した装備品をパイサーさんの下へ運び込んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「これで以上です!」

「次から次へとなんだこりゃ……どう見ても3人分。おまえ、これどうしたんだ?」

「ははは……ちょっとトラブルがありましてね。ギルドに仲裁してもらいつつ、お詫びとして押収した装備なんですよ」

「ギルドが仲裁に入るってのも珍しい話だが……まぁいい。余計な詮索はするもんじゃねーしな。お前が使う分はまったく無いのか?」

「無いですよ~武器も鎧も息子さん仕様のがありますしね。あれ良いですよ! 最近魔法が使えるようになったんで大助かりです!」

「ガハハッ! そうかそうか! そいつは朗報だな!」

 最初は『死にスキル』ならぬ『死に付与』と思っていたけれど、【神通】やら【土魔法】の石柱作りは、この装備があるのと無いのとではまったく使い勝手が異なる。

 この装備が無ければ、間違いなく今の効率、1日の収入は叩き出せないだろう。

 そう思うとパイサーさんには大感謝だな。

「ちなみに付与の【魔力最大量増加】と【魔力自動回復量増加】って、あれどちらもスキルですよね? パイサーさんが持っているスキルをそのまま付与したんですか?」

「あぁそうだな。付与は2種類やり方があるが……この装備に付けたのはスキルの方だ」

「ほえーパイサーさんって魔力系のスキルに強いんですね」

「んなこたーねーぞ? 魔力を使いまくってりゃどっちも勝手に身に付く可能性が高いスキルだからな。俺も意識したことはねーが、気付いたらいつの間にか授かっていた」

「ほっほ~……って、武器屋がそんなに魔力を使うとは思ってませんでした」

「アホ! 装備売ってるだけじゃ魔力なんてまったく使わんわ! 【鍛冶】だって【身体強化】まで使うやつなら魔力を使うだろうが、俺はそこまでの素材を扱わないしな」

「えっ? じゃあどこで使うんですか? 夜寝る時?」

「ふん! 俺だって昔はハンターやってたんだぞ? そん時の授かりもんだ」

「なんと! パイサーさんって先輩だったんですか!」

「そうだぞ! 先輩なんだからちっとは値引きも控えろよ? まぁランクはCが限界だったけどな」

「すごっ! 僕まだFランクですよ? Cランクなら色々な魔物を狩れるんでしょうね! ドラゴンとか?」

「馬鹿野郎! ランクC程度でドラゴンなんぞと出くわしたら、あっという間に消し炭にされて骨も残らんわ!」


 カウンターで出してもらったお茶を飲みながら、そんな、ある意味くだらない話をする俺とパイサーさん。

 間違っても|な《・》|ぜ《・》|ハ《・》|ン《・》|タ《・》|ー《・》|を《・》|辞《・》|め《・》|た《・》|の《・》|か《・》|?《・》なんて話は振らない。

 どうせ辞める切っ掛けなんて碌なものじゃないんだ。

 また過去の傷をほじくり返してしまう可能性があるなら、無理に触れる必要なんてないだろう。

 一度息子さんの件で失敗しているわけだしな。

 しかし……

 最初は警戒心剥き出しで値引き交渉なんかしていたけど、なんとも居心地の良い店になったものである。

 パイサーさんも話に夢中で、ちっとも鑑定をしている様子が無い。

 装備がカウンターの隅に置かれたままである。

 それで良いのかパイサーさん……


 まぁ、いいか。

 どうせまだ時間は朝の8時くらいだ。

 昼までに教会で女神様達との顔合わせが済んでいればいいのだから、俺は休日なんだしパイサーさんのペースに合わせてのんびりさせてもらうとしよう。

 なんかパイサーさん、楽しそうだしね。7/20 1話目の投稿です
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48話 温厚組

 時刻は腕時計時間で10時頃。

 結局2時間近くも長居してしまったパイサーさんの武器屋を出て、俺はおやつに串肉と、初めて買った果実を持ちながら教会近くのベンチに座っていた。

 持ち込んだ装備の売却額は10万ビーケ。

 途中で革鎧をタダで貰ったことを思い出し、俺がやっぱりお金いらないっすと言ったら前回の二の舞。

 パイサーさん vs 俺の謎の交渉が再度勃発してしまった。

 全部で30万ビーケというパイサーさんに対し――

「僕から高く買ったら高く売らないといけないでしょうが! それなら安く買い取って新人の後輩ハンターにでも安く譲ってやってください!」

 ――と言う強烈なストレートが炸裂し、なんとかパイサーさんを黙らせることに成功。

「ふぐぐぐっ……」

 と、次の言葉が出てこないパイサーさんには思わずニマニマしてしまった。

 なぜ得られる金が減ってそんな心境になるのかは未だによく分からない。


 まぁ解体用のナイフなんて、特に最初は欲しいのに手が出しづらい武器だろう。

 俺だって町長からの礼金が無ければまず買えなかった。

 中々ナイフの中古は出回らないようなので、3本程度でも多少は貢献することができたはずだ。

 その分、俺がいずれ【付与】に携わることがあれば、遠慮無くパイサーさんに聞くつもりなわけだし、結局はウィンウィンな関係ということになる。


「ふぃ~良い天気だぜー……」


 小さい子供と散歩をしている派手な髪色の親子を見ながら、平和なもんだなーとボヤきつつ串肉を頬張る。

 この町だって悪い奴もいたにはいたが、それはどこの国、どこの町に行ったって同じこと。

 あとは比率の問題だろう。

 そう考えるとベザートの町は実に平和だ。

 良い意味で田舎町。

 時間の経過が遅く、休みはのんびりした気分を味わえる。


(まだ部屋に釣り竿あるしなぁ。前回釣れなかったし、次休む時はまた行ってみるかな……)


 そんなことを考えながらそろそろ行くかと、果実を持ったまま教会の入り口へと向かう。

 入口には最初に声を掛けた若いシスターが掃き掃除をしていた。

「こんにちは~」

「あっ! 先日も来られた方ですよね? メリーズさーーん!!」

(は、早い! 早過ぎるッ!! この子は俺のことが嫌いなのか!?)

 あまりのバトンタッチの早さに驚愕するも、駆け足で教会の中へ入っていく若いシスターを追わないわけにはいかない。

 トボトボついていくと、礼拝堂の長椅子を拭いているメリーズさんがすぐ視界に入ったので、ここまでかと声をかける。

「こんにちはー」

「あら坊や。今日はゆるい恰好してどうしたんだい? もしかして、もう一度職業選択かい?」

「いやいや、さすがにそんな数日の修行でどうこうなるとは思ってませんよ。今日は単純に女神様への祈祷……というか単なるお祈りですね。今日は休みだったので寄らせてもらいました」

「まぁまぁ、信仰深い子だねぇ。ハンターが嫌になったら<神官>を目指すのもありかもしれないね」

「ははは……」

 もう神官さん用の【神託】スキルは持ってますとも言えないので、前回のお詫びと、ちょっと長めにお祈りをしたいということで持ってきた果実を渡す。

「今は誰もいないようですけど……自分の悩み事とか整理したいこともあったりして、ちょっとだけ長めにお祈りしたいなーと思ってるんですけど大丈夫ですかね?」

「昼の鐘が鳴ってから混みあうことが多いから、この時間ならまず問題無いさ。職業選択で悩むこともあるんだろう? 誰か来たら私が声を掛けておくから、満足するまでお祈りしていきな!」

「ありがとうございます。これ、美味しいのか分かりませんけど良かったら皆さんで食べてください。特に神官さんには申し訳ないことしてしまったんで」

「そんな気にする必要も無いのに……ってこれ、ラポルの実じゃないか! 高かっただろう?」

「え? んー……まぁ特に問題は無いですから気になさらずに」

「爺さんだって気にしちゃいないのになんだか悪いねぇ……でも折角の頂き物、皆で有難く頂くことにするよ。お祈りが終わったら声掛けるんだよ。坊やの分も切り分けておくからさ!」

「ありがとうございます! それじゃまずはお祈りしてきますね」

 そう伝えて神像の前。

 前回も跪いた、円形の指定ポイントへと向かう。

 あの果実があるからどうこうというわけじゃないけど、これで多少は長くお祈りポーズをとっていても、メリーズさんがなんとかしてくれるだろう。


 では始めるか……

(女神様~準備できましたよ~いつでも大丈夫ですよー)


 すると【神通】スキルを使っていないのでかなり不明瞭だが、何やらノイズがかった雑音混じりの声が聞こえてくる。

「よぶ…………も…い…………」

 結界がどうのと言ってたし、あとは意識が向こうに飛んだらきっと声をかけてくれるだろう。

 そう思ってドキドキしながら目を瞑っていると、前の時と変わらず。

 特に何も違和感を覚えないまま、目の前から快活な声が聞こえてきた。


「もういいよー!」


 この声はフェリン様だ。

 そう予想しながら目を開ければ、以前と変わらない長閑な風景の中に佇む面識の無い3人の女性。


「既にお話しした方もいらっしゃると思いますが……初めまして、俺はロキと言います」


 そう平静を装い挨拶をしたものの、内心それどころではなかった。

 心臓がバクバクし過ぎて苦しい。


「やっとお会いできましたね。私が商売の女神、リステと申します」


「私が豊穣の女神、フェリンだよ!」


「ふふっ、私が生命の女神フィーリルですよ~」


 ――目を奪われるとはこのこと。


(……やっぱりだ。あの3人と変わらず、系統は違うものの恐ろしいほどの美形揃い。
 リステ様は銀糸のような光沢のある長い艶髪に、綺麗属性に全力で振り切ったような切れ長の目。眼鏡がとっても似合いそうな知的スレンダー美人さん。
 対してフェリン様は臙脂色のショートヘアーで可愛いに極振りしたような愛くるしさがある。しかしボディは中々のワガママ気味だ。あぁ、チラリと見える太ももが眩しい。
 そしてかなり明るい茶色のゆるふわパーマをしたフィーリル様は……優しそうな癒しの雰囲気を醸し出しながらも、こちらはボディがワガママ過ぎる!! な、なんだあのお胸は……お顔もアイドルが裸足で逃げ出すレベルなのに……恐ろしい……3人共恐ろし過ぎる……
 まさに土下座してでもお願いしたい相手とはこのこと。以前一度だけ部長に連れていってもらった銀座のクラブでも、世の中には表に出ないビックリ美人が結構いるものだなと衝撃を受けたものだが……この女神様達に混ざってしまえば家に帰りたいと号泣することだろう。秘密の女神様倶楽部なんて作った日には天下が取れるに違いない)

「ロ、ロキ君!? だ、駄々漏れなんだからね!!」

「綺麗に全力って……もう! ふふ、ふふふっ」

「大きいのが好きなんですか~? 可愛いお顔してロキ君も男の子ですねぇ~」

「……はっ!? すすすすすすみません!!! 神罰だけはっ! 神罰だけは何卒ご勘弁を!!!!」

「神罰はリアの専売特許ですから大丈夫ですよ~? それに誰も怒っていないと思いますし~」

「うんうん! 褒められてるなら怒る理由なんて何も無いよ!」

「2人に比べて貧相なこの身体を、スレンダーと表現していただいただけで充分です。さっ、どうぞこちらに」


 そう言われて手で案内された先は、芝生の上にポツンと存在した丸いテーブルに4脚の椅子。

 3人が思い思いに座るので、俺も空いた椅子に座るとすぐに良い香りが……

 見れば湯気の出たカップが俺の前に置かれており、色を見る限りは紅茶のように思える。

 が、先ほど椅子に座る時は無かったはずなのに、いったいいつの間に用意されたのか。

 摩訶不思議現象だが女神様達の世界なんだし、考えるだけ無駄だろう。

 いきなり口を付けるのもどうかと、とりあえず紅茶の匂いを楽しんでいると、対面に座ったリステ様が言葉を発する。

「お忙しいでしょうに、わざわざ足を運んでいただいて感謝しています」

「いえいえ。最初に連れてこられた時はどうなるかと思いましたが……和解できた後は俺もあなた方にお会いしたいと思っていたので大丈夫ですよ」

「そうそう! それだよそれ! 良くリガルとリアに噛みついて生き残ってたよね? 前代未聞だよ!」

「あの二人は気性が穏やかではありませんからね~。だから最初は警戒してあの二人と、まとめ役であるアリシアの3人でロキ君に臨んだわけですけど~」

「呼ばれた経緯はなんとなく聞きました。俺は正規のルートで入ってきていない異分子ということで、この世界を管理されている女神様達が警戒するのも当然だと思いますよ」

「そう言っていただけると助かります。世界に大きな破局を|齎《もたら》すスキルではないということは聞いていますので、もう安心していただいて結構ですよ」

「うんうん! 私達はロキ君と、ロキ君の持つ謎のスキルや知識に興味があるんだよね!」

「私達が知らない、この世界の根幹に関係する情報をお持ちなんですよね~?」

「そこはどうなんでしょうね? 俺はこの世界がどう作られたのか分かりませんから。ただ話を聞く限りでは、女神様達よりもさらに詳しく自分の能力を把握しているのかなとは思っています」

「悔しいな~リアが言っていた通り、直接魂を見ても【神眼】が通らないや!」

「思考は読めるのに不思議なこともあるものですね~?」

「えっ? てっきり意識だけこちらにあると思ってましたけど、今って魂の状態なんですか!?」

 言われてすぐに自分の体を見てみるも、普通に服は着ているし肌が透けているわけでもないしで、まったく実感が湧かない。

 身体ごと飛ばしたと言われた方がしっくりくるくらいだ。

「そうですよ。身体から魂だけを抜き出してこちらの世界に呼んでいます。身体も一緒にというのは私達では無理ですから」

「ということは、今教会にはもぬけの殻となった無防備な身体が残ってるわけですか……」

「教会で悪事を働く人種なんてそういませんから大丈夫だと思いますよ~? 【時空魔法】も掛けていますしね~」

(て、適当過ぎる……)

「この世界と向こうの世界の時間経過が違うと?」

「そうそう! 完全に止めることはできないけど、時間経過はだいぶ遅くなっているから、よほど長く居なければ大丈夫だよ!」

「問題になる前に魂だけの維持が難しくなるので、強制的に下界へ戻されてしまいますしね」

 ふーむ……

 何やら高等な魔法を使いまくっているっぽくて、俺には何をやっているのかさっぱり理解できない。

 さすが女神様達と思うしかないな。


 その後も紅茶を飲みながら、世間話の延長のような、非常に穏やかな時間が流れていく。

 俺のステータス画面で分かっていることを教えてあげたり、思考を読むことや魂を抜き出すなんてことも実はスキルであることを教えてもらったり。

 それを聞いて思わず、いつか俺も使えるんじゃ?と興奮してしまったが、そもそも女神様達にしか与えられていない特殊なスキルも多くあるとのこと。

 そして人種がもし取得できたとしても効果と取得難易度は大概比例するので、理解不能なレベルのスキルは短命な人間だとまず取得不可能なんていう悲しいお知らせを受けたりした。

 長命種だからやっと得られるスキルとか、そんなの胸熱なんだけどなぁ。


 そして寿命が絡んだ話を聞いていると、ふと素朴な疑問が頭に浮かぶ。

「女神様達は寿命の概念が無いのですか?」

「私達は世界の管理者ですから、特別に【不老】というスキルをフェルザ様から授かっているのですよ」

「人種には得られないスキルですね~」

「なるほど。だからいつまでも拝みたくなるようなお美しい姿を維持されているわけですか……フェルザ様も粋なことされますね。そりゃ教会にだって皆足を運びますよ。というか神像が実物と掛け離れ過ぎていて俺的にはかなり不満ですね」

「「「……」」」

「この世界にカメラでもあれば、皆様のご尊顔を泊っている部屋の壁にでも貼っておきたいものですが……ん? スマホが動けばいけるのか? いやいや、現像が……」

「「「……」」」

「この世界に画像や動画が撮れて、それをプリントアウトするスキルって無いですか?」

「「「意味分かりません(~!)!!」」」

「そうですか……残念です……非常に残念です……」

「とうとう思うだけでなく、口に出すようになってきたね!」

「思考を読めば読むほど真実で恥ずかしくなってきます……」

「ここまで褒められると、どうしたらいいか分からなくなりますね~」

 3人とも顔を赤らめ少し恥ずかしそうにしていて、その姿も尊過ぎてこちらが倒れそうになってしまう。


 が、そんな空気をかき消すようにリステ様が真顔で問いかけてきた。

「そろそろ時間ですね。ロキ君、最後に確認したいことがあるのですが宜しいですか?」

「え? え、えぇなんでしょう?」

 何か覚悟を決めたような視線に、いったい何を聞かれるのかと思わず身構えてしまう。

「あなたが元いた世界は、なんていう名称で呼ばれていましたか?」

「ん? んーと世界に名称は無かったと思いますが……住んでいたのは『日本』という国ですね。もっと大きな括りで言うと『地球』という星に生まれて生活していました」

「そうですか……やはり『地球』の方でしたか……」

「それが何か関係でもあるんですか?」

「いえ……いや、ロキ君にはある程度お伝えしてもいいでしょうね」

「フェルザ様が管理している世界の一つに地球があるんですよ~」

「フェルザ様曰く『管理している中で一番の成功例』とも言える世界らしくて、私達はその成功例にあやかりたくて地球人種の魂を呼んでくることがあるんだよ!」

「それは以前リア様が心配されていた……この世界が見捨てられているとも関係が?」

「うっ……そこを突かれると痛いんだけどなぁ……」

「正直にお伝えしておきましょう。おっしゃる通りで魔法やスキルに頼った結果、この世界は長く文明が停滞してしまっています」

「緩く停滞し続け終焉を迎える世界と予想されているみたいですね~……だからこそ、魔法やスキルに頼らず先進文明を築けた『地球』の知恵と知識がこの世界には必要なんですよ~」

「……もしかして|勇《・》|者《・》|タ《・》|ク《・》|ヤ《・》というのもその一人ですか?」

「あら、もう知っていたのですね? 彼もそのうちの一人ですよ」

「なるほど……たぶんですがその人は僕と同郷。つまり日本人な気がしますね。名前的にですが」

「そうなんですか~。彼は『地球』の知識を色々と広めてくれているらしいですから、スキルを奮発した甲斐もあったというものですよ~」

 なるほど。

 なるほどなるほどなるほど!!

 女神様達の目的、異世界人の待遇、そして求められていること。

 ――色々な点が線で結ばれていく感覚を覚える。

 以前宿屋で見かけたこの文明には似つかわしくない眼鏡の存在。

 なぜか皿やフォークは木製なのに、コップだけはガラス製という違和感のある食事風景。

 これが異世界人、たまたまこの世界に来た地球人が知っていた知識で、部分的にテコ入れした結果と思えば納得もできる。

 そうかそうか。そういうことだったか。


 ――しかし、そうなると俺が呼ばれた理由もそういうことなのか?

 俺は技術的な知識を何も持ち合わせていない。

 ガラスの作り方だって分からないし、何かこの世界に一大革命を巻き起こすような知識は何も持っていないはずなんだ。

(うーん……俺には何が求められているのだろうか……そしてなぜ女神様経由ではなく上位神様?)

 同じ管理世界のようだし、そうなるとたぶんどんぐりはフェルザ様なのだろうが、直接俺をこの世界に連れてきた理由が皆目見当もつかない。

「ロキ君が悩む必要はありませんよ。この世界に呼び込んだ方々も、既知である知識の中でこの世界に貢献頂いているだけで、無理に何かをさせているわけではありません」

「そうそう! 新しい人生を楽しんでもらうついで程度に、何かこの世界に残してもらえればって……私達が望んでいるのはその程度だよ!」

「人種にはできることとできないことがあるのは承知していますから~。だからできることだけで良いんですよ~」

「できること、ですか……」

「なので無理やり拉致されたというロキ君にお願いするのも烏滸がましい話ではありますが、ぜひ、ロキ君の持たれている知識でこの世界の文明水準を底上げできる何かがあれば……助言を頂きたいと思っています」

 そう言って頭を下げてくる3人を見ると、なんだか自分の知識の無さが申し訳なくなってくる。

「も、もちろんです! 正直自分には大した知識がありません。なので何ができるか分かりませんが、残せそうな部分、気付く部分があればそのお手伝いはさせてもらいますよ」

「ありがとうございます。特に商売の女神である私が、主に異世界人の知識について担当しておりますので、何かあれば私に相談してください」

「ちょっとリステ? そんなこと言ってロキ君を独り占めする気じゃないよね?」

「リステに相談しても、直接下界に干渉できないのですからあまり意味がないですよね~? 別の目的があるんじゃないですか~?」

「そ、そんなことあるわけないでしょう! 有益な知識を広めるためには商売の力が必要なんですよ? 私がお力添えしなくて誰がするんですか!?」


 目の前にはギャーギャーと騒ぐ女神様達3人。

 そんな姿を微笑ましく思いながらも、俺がこの世界でできることを考えてみるが――


 本当になぜ、物作りの知識が無い、ただの|営《・》|業《・》|マ《・》|ン《・》である俺をわざわざこの世界に呼んだのだろうか?
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誤字報告本当にありがとうございます!
ストックは減りましたが、それでも半年くらいは連日投稿することになると思いますので、コツコツロールプレイングをぜひ楽しんでいってください。7/20 本日2話目の投稿です
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49話 遺留品

 ふぅ……

 祈りながらも目を開け、自分の魂が身体に戻ったことを確認する。

 向こうにいた時間は定かではないが、体感は10分20分くらいだっただろうか?

 すぐに立ち上がり辺りを見渡すも、特に俺の後ろで順番待ちをしている人の姿はなく、誰かに迷惑を掛けた様子がないことに安堵する。

 教会が開いている時間に直接来ないといけないのはネックだが、それでも【神通】スキルに比べて長く、そして直接顔を見て話すことができる分、今回のやり方はより密にコミュニケーションを取ることができるな。

 何よりも目が幸せだ。

 あのお姿を同時に見られるのは眼福過ぎる。

 それにたぶんだが、あのような形で呼ばれている人間なんてそうはいないはず……

 まさに美女達からの特別待遇となれば、優越感で天元突破してしまいそうだ。


 ただ理解はしておかないといけない。

 彼女達は女神様――つまり神様だ。

 あの容姿に慣れてしまえば俺は贅沢者になってしまい、この世界での結婚ができなくなってしまう。

 だからほどほどに。

 ある程度自制をしないと身を亡ぼす可能性があるので、それこそ『かぁりぃ』のように特別なことがあった時など、直接会うのは何か条件を付けていくべきだろう。

 って『かぁりぃ』も既に何回も行ってしまっているので、自分が誘惑に甘々なのは百も承知だが。


 教会の出口に向かって歩くと、やはりそれほど時間が経過していないのか、別の長椅子を拭いているメリーズさんの姿が確認できる。

「メリーズさんありがとうございました。お祈りしてちょっと自分の中のモヤモヤがスッキリしました」

「おや、それは良かったね。それじゃこっちおいで」

 そう言われてメリーズさんについていくと、これまた今まで入ったことの無い部屋へ通される。

 そこは炊事場と食堂になっているようで、やや大きめな木製の机に椅子が左右4つずつ並んでいた。

 そしてテーブルの上には皿に乗った黄色い果物。

「ほら、ラポルの実だよ。坊やが持ってきたんだから先にいくつか食べちゃいな」

「あれ? 皆さんまだ食べてないんですか?」

「私達は昼の鐘を鳴らしたら食事休憩に入るから、その時に余ったものを頂くよ。坊やのなんだから遠慮するんじゃないよ?」

 そう言われても、自分で食べるために買ったわけじゃないので躊躇われる。

 まぁ実がそれなりに大きい分、切り分けられた果実が20個以上はありそうなので、1~2個頂くくらいは問題無いだろう。

 ヒョイっと1個摘まんで咀嚼すると……

「あ、甘っ!!!」

「そりゃそうだよ有名な高級果実だからねぇ。普通は貴族連中が食べるもんであって、庶民は1年に1回でも食べられればマシなくらいさ」

 そう言われても納得ができる甘さだ。

 日本で食べた糖度の高いメロンやイチゴよりもさらに甘い。

 それで3500ビーケ、しかもこの大きさなら逆に安いくらいだろう。

「そう思うと随分安かったようにも思えますね。実も大きいですし」

「量は取れる果実だからね。これで量も取れない希少果実なんかになったら、庶民は一生食べられないよ」

 なるほど。

 これを育てている農家や、野生で実っている実を収穫するハンターなんかもいたりするのだろう。

(もう1個……記念にもう1個だけ……)

 その1個もしっかり味わったら、メリーズさんにお礼を言って教会を出る。

 路地に隠れて腕時計を見れば時刻は11時前。

 これならゆっくり昼ご飯も食べられるだろうと、町の散策を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ご~ん、ご~ん……

 昼の鐘が鳴り響く中、俺はハンターギルドに入り、アマンダさんへ声をかける。

「ギルドマスターからの指名依頼で来ました。どうすればいいですか?」

「あの装備は無事売れたみたいね。ギルマスを呼んでくるからちょっと待っててちょうだい」

 そう言われたので受付前の長椅子に座っていると、だいぶ人は減っているが数人のハンターがお食事処で飯を食っていた。

「おい……ギルマスからの指名依頼だってよ?」

「あぁ……そんなのベザートの町にもあるんだな……」

「なんであんなガキにわざわざ? 俺でも良くねーか?」

「あいつの素材量を上回るくらいじゃないと難しい依頼なんだろう? なら無理だろうよ」

「そう言われると無理だな……」


 はぁ……この流れが続くと憂鬱になってくるなぁ……

 いつかEランクとか俺より上位のハンターが勝負を挑んでくるんじゃ?と思うと気分が滅入る。

 相手が勝手にビビッてちょっかい掛けてこなくなるなら、そんな噂も大歓迎だが……

「ん? 何を凹んでいるんだ? 装備が高く売れなかったか?」

 項垂れてゲッソリしている中、声の方に顔を上げればヤーゴフさんが目の前に立っていた。

「装備はほどほどに売れたので大丈夫ですよ。それより噂になっているなーと……」

「あれだけのことをやったんだからしょうがないだろう。そのうち落ち着くだろうし、そこまで気にするタイプでもないだろう?」

「まぁそうなんですけどね。ただ面倒事がまた増えたら嫌だなーと思いまして」

「アデント達の結末を知ってもまだ突っかかってくるやつがいるとは思えんがな……まぁEランクの連中には多少気を付けた方がいいか」

 そう言いながら歩き始めるヤーゴフさんについていけば、普段は入らないスタッフエリアとも呼ぶべき事務スペースの中へと入っていく。

「え? 僕がここ通っていいんですか?」

「あぁ、ここからじゃなきゃ行けない場所だからな」

 そう言われれば通るしかない。

 恐縮です~と縮こまりながら事務スペースを通ると、なぜかアマンダさんも俺の後ろをついてきてるな。

 もういつものことのような気もするので慣れてしまった。

 するとヤーゴフさんはいくつかの鍵を取りながら一人の男性職員に話しかける。

「ペイロ、お前もついてこい」

「……分かりました」

 そう言われて立ち上がったペイロさんは俺をチラリと見るが……なんだろう?

 少し怯えたような目をしている。

 昨日の噂のせいかな?

 別に何もされなければ無害だと思うのだが……


 そのまま4人で事務所スペースの奥にあるドアの先へ入っていくと、そこは地下へと続く階段があった。

「ロキ。ここからは他言無用だ。指名依頼にはその分の金も含まれているから頼むぞ」

「わ、分かりました……話す知り合いもいませんからご安心ください」

 なんだか自分で言ってて切なくなるも、実際話す相手がいないので俺ほど口が堅い人間もそういないだろう。

 ヤーゴフさんを先頭に階段を降りる面々。

 一切窓もないため、途中途中にあるライトへヤーゴフさんが魔石を入れ、明かりを灯しながら進んでいく。

 そして地下1階へ到着。いくつかあるドアを素通りし、さらにその下、地下2階へ。

 もうこの時点で、よほど厳重に管理されているんだろうということは想像がつく。

 軽い湿気とカビ臭い匂いは少し気になるが黙ってついていき、地下2階へ降りるとそこはドアが一つだけある空間。

 そしてヤーゴフさんがそのドアの鍵を開けた先は、両サイドに木の棚がある6畳程度の小部屋だった。

「本当ならここから事前に持ち出して、日の光が入る明るい部屋で見せるべきなんだろうがな。それ以上に誰かに見られることを避けたかったから直接ここに来てもらった」

 そう説明しながらいくつかのライトに魔石を入れていくと、やっと何かがあるとうっすら分かっていたモノの全容が分かるようになった。

「……」

「これらは約6年前、とあるハンターがパルメラ大森林で拾ったらしく、そのままギルドで預かった遺留品とされている物だ。
 当時受付としてアマンダがそのハンターから受け取り、ここにいるペイロが遺留品の管理担当として厳重に管理してきた」

「そうでしたか」

「単刀直入に聞く。これらが何か分かるか?」

 そう言われたって、パッと見ただけで現代人ならば誰でも分かる。

「えぇ。分かりますよ」

 そこにあったのは元は白かったのだろう。

 明らかに血だろうなと思われる液体によって部分的に黒く変色した片方のスニーカー。

 そしてどの年代かまでは分からないがスマホと、千切れた線……たぶんイヤホンケーブルだろう。

 そして電池が切れている腕時計か。

 明らかに現代人、転移した人間の持ち物だろうな。

 この時計を見たから、ヤーゴフさんは俺がしていた腕時計を『時計』と判別できたということか。

「一応確認ですが、あるのはこれだけですか?」

「あぁそうだ。この3つ以外に謎の物を拾ったという報告は受けていない」

「そうですか……詳しく見ても?」

「もちろんだ。見ながらでいいから解説を頼みたい。特にガラスが付着したような謎の板についてだな」

「それは構いませんが……アマンダさんと、えーとペイロさんでしたか。このお二人は事情を既に知っているんですか?」

「ロキが異世界の人間であることは今日伝えた。だが安心してくれ。遺留品はギルド内でもこの3人しか知らないし、今後も伝えるつもりは無い。あとは国の上層部もこの遺留品のことを知ってはいるが、ロキに関しては一切報告しないつもりだ」

「分かりました。ではまず一つ目ですけど、これは分かりやすいんじゃないですか? 僕のいた世界でよく見かけた靴、その片割れです。メーカー……ここにあるロゴは僕も持っていたものですから、間違いなく僕のいた世界の物だと思います」

「皮とは違うが、その素材は何でできているんだ?」

「正確な素材まではちょっと。それは作り手側じゃないと分からないと思います。ただ……メッシュ素材が多く使われているので通気性重視、たぶんこれはランニングシューズじゃないですかね」

「ランニングシューズ?」

「要は走ることに特化した靴と言ったら分かりやすいですかね。僕のいた世界だとビジネス用、主に革製品の靴だったり山登り専用の靴、運動用の靴だったりと、用途に合わせて複数分類されているんですよ」

「なるほど……ちなみにロキの目から見て、この靴をこの世界で再現することはできると思うか?」

「うーん、僕はこの町しか知らないですからね。王都や他の国がどの程度の技術を持っているのかさっぱり分かりません。実際ベザートの町と比較して、他所の技術や文明の発展度合いはどうなんですか?」

 一応は確認するが、リステ様が言っていた通り、魔法によって文明の進化が止まっているような状況ならばまず絶望的だろう。

「もちろん片田舎にあるベザートよりは王都などの方が物の質は上がるが……それでもそう大差あるものではないな。まず他の国でも同様だろう」

「となるとかなり難しいでしょうね。ゴムの部分はゴムの木があればいけるんでしょうけど、石油って言って分かりますか? それがないとプラスチック部分は加工できないと思います」

「石油? 聞いたことが無いな……どういったものだ?」

「地中に埋まっている天然資源です。ドロッとした黒いもので、たぶん地下数千メートルとか深いとこにあるものですね」

「ち、地下数千メートルだと!? どうやって堀り、どうやって引き上げるのか想像すらできないな……」

「でしょうね。かなり大がかりな機械――専用の道具を使って掘っている印象がありますから、まず人力なら無理だと思った方がいいです」

「分かった。それで他のやつはどうだ?」

「こちらはヤーゴフさんの予想通り、時計で間違いないですよ。『腕時計』と呼ばれる腕に巻くタイプの物です」

「ロキが身に着けていたのと同じタイプの物か?」

「そうですね。メーカーは……聞いたことがないやつなので、たぶんですけど僕の持っている物より安いタイプだとは思います。電池で動く、時間だけを知ることができる時計っぽいですね」

「ん? 電池?」

「あー……これは簡単な説明ならできるんですが、理解するまでは相当難しいですよ? 説明のための説明を繰り返すことになると思います」

「……い、一応お願いしていいか?」

「正式な依頼ですから大丈夫ですよ。まず電池とは電気を貯める物です。その貯められた電気を使ってこの時計は動いていましたし、もしこの時計に合った電池があればこの時計は動く可能性もあると思います」

「ほ、本当か!? その電気というのは!?」

「そこがネックです。電気は一番分かりやすそうな例で言えば『雷』でしょうね。あれを人工的に作れれば電気になります。僕のいた世界だと手短なところで石炭を燃やして電気を作ってましたけど、この世界なら魔法に雷属性があると思うので、もしかしたらいけるかもしれません。
ただ電池に蓄えるという技術は相当難しいと思います。特にこのような腕時計に使うタイプの小型のモノは。もちろん僕は技術者ではなく、買って使う側だったので作り方はまったく分かりません。水銀が必要だったような気がするというくらいです」

「くそっ! 再現できればと思ったのだがやっぱりダメか……」

 冷静沈着なヤーゴフさんのこのような姿は珍しい。二人も少し驚いている。

「ただですね。完全再現はできなくても近づけることはできると思いますよ。この腕時計も靴も。時計であればこの世界のお金持ちは持っていると聞きましたが本当ですか?」

「あぁ本当だ。ただ持っているのは限られた極一部の特権階級の連中だがな」

「ちなみに懐中時計は?」

「あの小さいやつか? 王族くらいしか持っていないような気もするが……一応あるにはあると思う」

「なら懐中時計の延長ですよ。電気で動くタイプもあれば、ネジで巻くタイプの腕時計もあります。どちらかというと僕の世界ではネジで巻く方が高価でしたけどね。懐中時計に皮ベルトを巻けば近いものにはなるはずです。その発展形がこのような時計だと思ってください」

「そういうことか! なるほど……靴の方は?」

「靴も素材に拘ったら無理でしょうけど、例えばこの靴の空洞部分。ここの型を正確に計って、今用意できる素材で模造するだけでもだいぶ違うと思いますよ。この手の靴は人が走りやすいように、そして疲れにくいように計算されて作られていますからね。なんとなく足の形にして靴を形成するのとは別物ですから、そういった部分をこの世界で吸収すれば良いと思います。そこからはできるだけ軽く、そして丈夫に。どう得られる素材を組み合わせるかは研究者達の仕事でしょう」

「お、おぉ……」

「血がついてしまっていますけど……飾って眺めるだけでは何も分からないと思うので、一度履いてみれば違いが分かると思いますよ。サイズは……26.5cmですので成人男性の方にでも」

 そう言った瞬間、ヤーゴフさんはペイロさんを見る。

 上司に無言で訴えかけられたからだろう。

 拒否権というものもなく、恐る恐る靴を履き始める。

「ペイロ、どうだ?」

「す、す、凄いですよこれ……まるで履いてないみたいです。おまけにしっくり来ると言うか、まったく履いてても違和感がありません!」

 最先端のランニングシューズとかならそうでしょうな。

 特にこの世界では標準的な革製の重い靴なんかと比較してしまえば、天と地ほどの差を感じることだろう。

「僕のいた世界の靴ならそう簡単には壊れませんから、履いて色々試して寸法を測って……この形状に近づけたら良いと思います」

「凄いですね異世界の人は……こんな代物が当たり前の世界か……」

「貴重な意見感謝する。それでロキ、一番私達が理解できないこの板はなんだ?」

「これは――……」

「なんだ? ロキでも分からない物か?」

「いや、何かは分かるんですけど……一番説明が難しいと言いますか、僕のいた世界でも超が付くほどの天才が作り出した物なので、この世界の人が再現するのはどうやっても不可能ですね。これだけは言い切れます」

「そ、そんなに凄いものなのか……」

「凄いなんてものじゃないですよ。正直構造を理解して自ら再現できる人なんて、僕のいた世界でもほぼいないです。皆が買える環境にあるから便利だし買っているけど、使いこなせていた人もほとんどいない気がします」

「……いったい何を用途に作られた物なのだ?」

「分からない単語がいっぱい出てくると思いますけどいいですか? それとそれぞれの詳しい仕組みを解説することも出来ません」

「頼む……」

「まず電話やメールという基本的なところから画像や映像の撮影、保管、転送、編集、ネットによる情報の収集や提供、アプリで個人の用途に合わせた追加機能の選択……その延長で買い物をするとか、好きな音楽を聴けたりゲームなんかもできたりします。あとは腕時計にある時間も分かりますし、今自分がどこにいるのかも、どこに行きたいかも分かれば、必要な時間や最適な道筋なんかも分かります。逆にこれがあって分からないことを探す方が難しいくらいです」

「「「…………」」」

「残念ですがこの板……スマートフォンって言うんですけどね。これだけは諦めた方がいいです。仮に分解しても糸口すら掴めないと思います」

「ロキの……ロキのいた世界は……いったいなんなのだ……?」

「魔法やスキルが無い世界ですよ。だから化学とか物理学とか、色々な学問が伸びた世界でもあると思います。なので漠然とした内容ですけど……今から方向転換をして、1000年くらいひたすら天才達を中心に研究しながら知識を上積みしていけば、もしかしたらこの板が作れるようになるかもしれません」

「1000年……」

「そうですね。完成させるためには先ほど言った電気とか、あとは電波や衛星だったり物凄い数の問題を解決していかないといけないので、数十年程度でどうにかなるものでは絶対にないでしょうね」

 たぶんヤーゴフさんは、異世界人である俺にこの遺留品を見せ、用途や作り方の手掛かりが掴めれば再現したいと思ったのだろう。

 そりゃそうだ。この世界じゃ有り得ない謎の物体が目の前にあるんだ。

 名誉にしろ、富にしろ、万が一スマホなんかを再現できれば、この世界の文明レベルなら覇者にだってなれるだろう。


 ……今日話した女神様達との会話が頭を過る。

(女神様達に何かあれば助けますよって言ったんだよなぁ……)

「ヤーゴフさん、それにお二方も。さきほど他言無用と言われましたが……僕が異世界人であるという秘密も厳守していただけるんですよね?」

「それはもちろんだ。ロキに迷惑を掛けるようなことはしないと約束する」

「そうね……そんな秘密も守れないようじゃ、アデント達の比ではない末路を辿りそうだわ」

 ペイロさんは言葉にしないが、アマンダさんの言葉に激しく首を縦に振っている。

 この3人が地球の知識を活かせるかは分からないけど、何が切っ掛けで動くかだって分からないんだ。

 既にこの3人には異世界人とバレている身。

 逆に言えばこの3人にしかしてあげられないことだってある。

 それならば――


「僕の所持している異世界の持ち物、見てみますか?」


 ――その言葉に、目の前の三人は言葉を失った。
7/21 本日1話目の投稿です
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50話 地球産アイテム

 俺が泊っている宿『ビリーコーン』

 その中でも比較的大きい、4人宿泊用の部屋に俺はいた。

 時刻は腕時計時間で20時手前。

 事前の話ではこの部屋にヤーゴフさん、アマンダさん、遺留品管理担当のペイロさんと、内情を知っている3人が来ることになっている。

 どうしても地球の品物が入っている俺のジュラルミンケースは、その物自体が元の世界でもやや特殊な部類の鞄だ。

 そんな物、拠点移動などの特別な事情が無い限りは外に持ち歩きたくなかったので、俺が外へ出なくてもいいようにというヤーゴフさんの配慮によってこの部屋を借りることになった。

 もちろんお代はギルド持ちである。

 おまけに俺が見せる物はこの部屋から持ち出さない。

 あくまでこの場で見せて解説をするだけでという条件を付けている。

 さすがに貸し出すことはできないからね。

 そして今日の【神通】タイムもあるし、明日は狩りに行く予定なので、22時までという時間の制限も設けさせてもらっている。

 俺は既に夕食を食べて身体も拭いた後だが……

 彼らはギルドの仕事が終わった後にすっ飛んでくると言っているので、まず何も食べずにそのまま来る可能性が高いだろう。

 それでも見たことの無い未知の異世界産アイテム。

 俺の提案に一瞬意識が飛んでいたようだったが、理解したとみるや3人共即答していたので、あの3人に喜ばれることはあっても恨まれることは無いはずだ。

 一つだけ、見せてもしょうがないものは伏せさせていただくが、それ以外は全て公開して分かる範囲の解説をしてあげよう。


 ――コンコンコン


「ロキ、ヤーゴフだ。入っても良いか?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 そういってドアを開けると、ヤーゴフさんとアマンダさんの2人が入口に立っていた。

「あれ? ペイロさんは?」

「ペイロは屋台でいくつか食べられる物を買いに行っている。時間が惜しくてそのままこちらに来てしまったからな。後ほどこの部屋に来るだろう」

「はははっ、彼がお使いに行っているわけですね」

「一応多めに買ってくるよう伝えておいたから、ロキも必要なら食べてくれ」

「ありがとうございます」

 そんなやり取りをしながら部屋の中に迎え、一つのベッドの上に乗せている鞄と、一応と思って用意したスーツを手で示す。

「こちらが僕がこの世界に飛ばされた時に身に着けていた物、異世界の品物になります」

「最初にギルドへ来た時はまさにこの格好をして、この鞄を持っていたわよね。もう懐かしく感じちゃうわ……」

「そうですね。あの時は宿すら取れず、右も左も分からない状況でしたから……」

「その状況からよくもまぁ、この短期間で期待の新人と呼ばれるまでになったものだな」

「ただ必死に魔物を倒しているだけですけどね」

 言いながら俺は2人が注目する鞄を開ける。

「直接手に取っていただいても結構です。何か気になる物があれば言ってください。分かる範囲で解説しますよ」

「これはギルドの保管庫にあった板と同じ物か? 少し形状が違うようだが?」

「あぁそのスマホは同じと言えば同じですけど、こちらの方が新しい物になりますね。ここにあるレンズとか、違いがいくつかあると思います」

「なるほど最新型か……ちなみにこれは動かせるのか?」

「ん~試してはみますが無理でしょうね……もうこの世界に飛ばされて半月以上は経ちますから、たぶん電池は切れているはずですよ」

 そう言いながら切っていた電源を入れ直すが、やはり画面は真っ黒のままで起動することは無かった。

 結局使えないまま終わったなぁハイテク機械。

「その動作をして、電池というものがあったとしたらどう動くのだ?」

「この画面に色々と表示されて指で操作するんですよ。と言っても口頭だとかなりイメージが付きにくいと思いますけど」

「この薄い板に色々と出てくるのか。摩訶不思議な物だが……それだけ高性能ということなんだろうな」

「ですね。ちなみにこちらの長細い方が、このスマホという物の前時代に広まっていた物です。電話という機能に特化しているタイプですね」

「先ほどは聞きそびれたが、電話というのはどういったものなのだ?」

「えーと、例えば今買い出しに行っているペイロさんも電話を持っていれば、ここにいる僕とペイロさんがこのような機械を使って直接話すことができたりします。見えない遠くの人と話す媒体を電話と思ってもらえればいいですね」

「ふむ……所持している者はかなり少ないと聞くが、スキルの【遠話】と同じようなものか?」

「どうでしょう。その【遠話】というのが分からないので判断が付きませんけど、電話なら国を跨いで遥か遠くの相手と話すことも可能です」

「なんだと……? そんなに遠くでもか……となると、【遠話】なんかとは別次元の性能だな」

「ロキ君! この四角いのは何!? 押したら何か出てきて怖いんだけど!!」

「え? あ、あぁそれは電卓という物です。えーと、難しい計算を代わりにやってくれる物だと思ってください」

「は? この中に何かがいるの?」

「違いますよ。説明するとややこしいですけど……二進法という0と1の数字に全てを変換して計算するようにプログラム……って言っても分からないか。まぁそう組み込まれているんですよ。なので人ができる暗算の範疇を大きく超えた計算を瞬時にやってくれます」

「す、凄い……まさに国宝級アーティファクトじゃない!」

「ん? アーティファクト?」

「あぁ、この国では私達が保管しているあの3つの遺品をアーティファクトと呼んでいる。当時のギルドマスターが国に報告し、その報を受けて異物関連に知識のある私がここへ配置されたというわけだ。しかし、こうして動く物をマジマジと目にするのは私達も初めてだな」

「あの腕時計も発見当初から動いてなかったんです?」

「あぁ。形状からおおよそ時計と同じ用途だろうという判断はできたが、持ち込まれた時には既に停止していた」

「なるほど。ならこれも一応動く物ですよ。懐中電灯と言います」

「む? 小さいが……結構重いのだな」

「そうですね、結構丈夫なんで、これでゴブリンを殴ったりしてました」

「鈍器としての役割なのか?」

「いえいえ、このボタンを押してみて下さい。あっ、人には向けないでくださいね」

「ぬおっ!! なんだこれは!? 光魔法でも組み込まれているのか!?」

「そんなわけないですよ魔法が無い世界なんですから。電気とそれによって発光するLEDという物が組み込まれています。用途は暗がりを光で照らすという……まぁ魔法にもありそうな機能ですね」

「確かにそのような魔法はあるが……いや、しかしこの光量は凄まじいぞ。とても目を開けていられない」

 そう言ってヤーゴフさんは目を細めながら、変な顔をして懐中電灯の先端を見ようとしている。

 まぁ直接見るのは無理だろうな……目がおかしくなってしまう。

「最悪目が失明する可能性もあるので止めた方が良いですよ」

「お待たせしました! 色々と屋台で買ってきましたよ!」

「やっと来たか」

「ぎゃーっ!!! まぶしっ!! まぶしーーーーーーっ!!!!!」

「げっ!! ヤーゴフさんそれ人に向けちゃダメ! ペイロさんの方に向けちゃダメーっ!!」

「む? あ、済まない反射的に手もそちらに向いてしまった。ペイロ、大丈夫か?」

「ダメです! 僕はたぶん死ぬんです! やっぱり異世界は危ないんです!!」

 ……ペイロさんが俺に恐怖の視線を向けていたのも、何かトラウマがあるのかもしれないな……ビビり方がちょっと異常だ。

「いやいや、武器じゃないんですから大丈夫ですよ。それにちょっとだけですし。僕も昔よくやられましたから」

「へ? あ、あぁ……まだ何か目がおかしいけど見える……良かった……」

「ねぇねぇロキ君。これって紙よね? 羊皮紙にしては随分と綺麗で真っ白だけど、別の製法で作られているの?」

「それはですね。原料は木材でして――………………」


 こうしてそれぞれが、串肉やパンに何かを挟んだサンドイッチのような物を食べながら、未知のアイテムに興味を抱き、俺の覚束ない説明に感嘆の声を上げる。

 ペイロさんは宿屋の女将さんのところで飲み物を買ってくるという……新たなミッションを頼まれていたので、あまり直接手に触れたりはしなかったが。

 それでも俺が所持している物を一通り見せ、何がこの世界でも再現できそうか、または近い物が作れそうかと、俺も含めて4人は頭を捻って考え込んだ。

 そしてその中で、最も再現できる可能性の高そうな物。

 それは満場一致で決まった。

 それは――

「ボールペンというものは、構造さえ分かれば何とかなりそうな気がするな」

「えぇ。こうやって分解すると中が見えて分かりやすいわね」

「これがあれば相当書き物も楽になりますよ。インクを足す必要が無いなんて画期的です!」

「実際はこの筒の中にインクが入っているので、無くなれば補充が必要ではありますけど……それでも今ある羽根ペンなんかと比べてたら、数段階は使い勝手が良くなるでしょうね」

「ふむ……中が空洞の筒……植物の茎にこのようなものがありそうな気はするな」

「インクは既にあるわけだし、この先端部分は鉄などの鉱石類で代用出来そうよね?」

「ですね。周りはプラスチックという素材なのでまず無理ですけど、その部分は木材なんかを加工すれば十分いけると思いますよ。なのでポイントは安定してインクが出ること。逆さにした時にインクが漏れないよう、この筒の部分はインクを入れたら油分か何かで蓋をしてしまうこと。そしてインクを入れておく筒は使い捨てになると思うので、安定して手に入る素材を選ぶこと。ここら辺が解決できれば、こんな押して先端を出したり引っ込めたりなんていうのは後の話で良いと思いますから、その分完成も早くなると思います」

「素晴らしいな……書き物なんて大半の仕事に関わることだ。これが庶民の手にも十分に行き渡れば、勉学に励む人間だって多くなることだろう」

「参考程度に、ロキ君の世界だとこのボールペンというものはいくらくらいで売っているの?」

「ピンキリですけど、今見ているこれは安いですよ。パン1個分くらいの値段です」

「「「……」」」

「機械という物を使って人が直接触れずに大量生産してますからね。なのでこちらの値段はあまり参考にしない方が良いと思います」

「そ、そうよね……さすがにこんな便利な物がパン1つと同じなんて言ったら、誰も作ろうとはしないわ」

「あくまで需要と供給のバランスですから、供給が安定しない最初のうちは高くなるのも仕方ありません。なんだってそんなものですから。試行錯誤して安定した作り方が確立できれば生産量も自動的に増えるでしょうから、そうしたら値段も徐々に落ち着いてきて庶民にも行き渡るようになってくるはずですよ。お金を持っている層に高く売りたいなら、そういった物を別に作れば良いと思いますし」

 そう言って手渡したのは、同じボールペンではあるけれど高級なタイプ。

 俺が主に契約書を書く時、お客さんに貸し出す用のボールペンだ。

「こちらは同じような大きさなのに随分と重いのだな……」

「なんだか高級感がありますし、先ほどの物と比べると滑らかというか書きやすい気がしますね」

「これでパン300個分くらいです。似たような機能でも、高級感を持たせれば魅力を感じて買う人はいます。だったら浸透してきた頃にこういった物を開発すればいいんですよ。良い鉱石を使うとか、デザインを洗練させるとかしてね」

「……ロキは商人としても十分やっていけそうだな。ギルドマスターの私が言うのもおかしな話だが、ハンターに就いたことは失敗ではないか?」

「はははっ、良いんですよ僕は魔物を狩るのが好きでやっているんですから。物を売ったって僕自身は強くならないでしょう?」

「ふっ。確かにな……本当に今日は素晴らしい日だ。改めて感謝する。ありがとうロキ」

「いえいえ、参考になったようであれば何よりです」

「それでだ。ここまでしてもらえるとは思ってもみなかったのでな。お礼と言ってはなんだが……ロキはこの世界にいる異世界人に興味はあるか?」

「えっ?」

「あくまで私が知っている範囲でだが、ロキが必要ということなら包み隠さず話しても良いと思っている」

 まさかの話だ。

 いずれ女神様に聞こうかと思っていたが、下界との直接的な接触ができない以上、情報も自ら転生させた異世界人、かつ鮮度の低い内容が中心になってくるだろう。

 しかし今目の前にいるのは、情報が集まりやすそうな立場にいるギルドマスターだ。

 しかも「出る杭は打たれる」なんて、一言ではあるけど誰かから日本語を直接教わったとしか思えない人。

 ならば答えは決まっている。


「ぜひ、お願いします」


 俺はそう言って頭を下げた。
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誤字報告ありがとうございます!
有難く修正させて頂いております!7/21 本日2話目の投稿です
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51話 4人の転生者

 やや込み入った話になるということで、アマンダさんとペイロさんの二人は帰宅し、俺とヤーゴフさんの二人だけとなった宿の一室。

 ヤーゴフさんは宿屋の女将さんからワインを一本購入してきたようで、自らグラスに注ぎながら話し始めた。

「さて、まず何から話すべきかだが……その前に一つ、先に確認しておきたいことがある」

「ん? なんでしょう?」

「先ほどロキはこの世界に来て、まだ1ヵ月程度と言っていたな? それは間違い無いか?」

「そうですね。気付けばパルメラ大森林の中にいて、初めて訪れた人里がこのベザートの町です」

「それまでの記憶が抜け落ちているとか、そういった可能性は?」

「さすがにそれは無いと思いますよ。前の世界で飛ばされる直前の記憶もまだしっかりありますから」

「ふむ……となると、やはり|今《・》|ま《・》|で《・》|の《・》|異《・》|世《・》|界《・》|人《・》とロキは似ているようでまったく異なる存在だな……」


 女神様達との会話を思い出す。

 女神様達は文明を発展させるため、亡くなった地球の魂をこの世界へ呼ぶと言っていた。

 つまり転生してこの世界に生まれるということ。

 対して俺は転移して中途半端な状態からこの世界をスタートさせている。

 だから異分子扱いされた。

 女神様達の言っていたことと、ヤーゴフさんが覚える違和感には整合性が取れている気がする。


「転移か転生かの違いということですね」

「転移と転生……しっくり来る言葉だな。この世界に異世界人がいることは周知の事実だ。歌にもなるくらいだから子供でも知っている。だがロキの言う区別で言えば異世界人は全て|転《・》|生《・》|者《・》|の《・》|み《・》であって、転移者を名乗る人間は私が知る限り1人もいない」

「……僕の予想ですが、|い《・》|な《・》|い《・》のではなく|い《・》|た《・》んですよ。だからパルメラ大森林にあのような遺留品が残っていたんです」

「つまり転移者は皆死んでいるということか?」

「全員かは分かりません。そもそもどれくらいの人数がこの世界に飛ばされたのかも分かりませんからね。ただ僕自身、常に死と隣合わせの状況でなんとか森を脱出したという経緯がありますから、一歩間違えれば僕も遺留品を残して死んでいたことでしょう。パルメラ大森林に飛ばされれば、そうそうに死んでしまっている可能性が高いということになります」

「つまりパルメラのどこかにはまだ遺留品が残っている可能性もあるということか……答えたくなければ答えなくてもいい。以前、ロキは目的があると言っていたが?」

「それは単純な話で『|脱《・》|出《・》』ですよ。生きるために森を抜け出し人里へ行くこと。それが当初の僕の目的でしたので」

「なるほどな……これでようやく|合点《ガテン》がいった。呼び付けた時は済まなかったな。私が色々と勘繰り過ぎていたようだ」

「どういうことですか?」

「私は異世界人が全て転生者とばかり思っていた。だからロキが転生者で在る可能性が高いと判断し、最悪はこの町に|大《・》|き《・》|な《・》|害《・》|を《・》|成《・》|す《・》|可《・》|能《・》|性《・》もあると……かなり警戒していたのだ」

「えっ? この世界の転生者ってそんな印象を持たれているのですか?」

 どういうことだ?

 どうも女神様が思っている転生者の印象とは違うような気がする。

「今この大陸に、異世界人であることを公言している者が4人いる。その誰もが特別な力を持ち、言ってしまえばこの4人……いや3人か。その3人が世界を回していると言っても過言ではないのがこの世の現状だ」

「それは良い意味でではなくてですか?」

「人によって捉え方は違うだろう。だが富が一極に集中し、突出した武力によって他国の領土が奪われ、特にここ5年くらいは戦争が頻発してしまっている」

「なるほど……」

 とんでもスキルをゲットして、調子に乗りまくっている姿がなんとなく想像できてしまう。

 チート能力を得られなかった身としては、自然と拳に力が入る。

「でも富に関しては、それだけ革新的な物が生み出されて、人の生活が便利になったり豊かになっているということではないのですか?」

「それは否定しない。その側面があることも事実だ。しかしやっていることの大半は長距離輸送、世間の一部では『|転《・》|送《・》』と呼んでいるが、決まった国同士の間を瞬時に、かつ膨大な荷物を運ぶことで巨万の富を得ている。恩恵にあずかる者もいるが、一方で多くの商人や荷運びが仕事を失っているし、転送を可能にするためにはその転生者がいる国の属国にならなければ認められない。最終目的は他国の領土ということだな」

「革新的な何かが生まれれば、古い物、古い仕組みは淘汰されるのが自然の流れだとは思っていますが――それでも強引と言うか、覇権争いの一部にも思えますね」

「各国の上層部は皆ロキと似たようなことを思っているだろうさ。武力で土地を奪うエルグラント王国とヴェルフレア帝国。物流と金で土地を奪うアルバート王国。そして不可侵地帯にもなっているエリオン共和国。このままいけば最終的には転生者を抱えたこの4国のみが残って、あとはどこかしらに併合される可能性が一番高いだろう」

「あの、一応参考程度にどの国にどんな転生者がいるか教えてもらえますか?」

「あぁ構わん。と言っても分かる範囲でだが……」

 そう言って教えてもらった4人の転生者の内容は、良くも悪くも好き勝手に生きているという印象だった。


 大陸の北西を大きく占める大国、エルグラント王国に所属しているのがその国の王太子であるタクヤ。通称『勇者タクヤ』である。

 現在確認されている異世界人の中では最も有名であり、俺でさえ『魔王ロキ』を倒した人物として既に名前は耳にしている人物だ。

 ただ『魔王ロキ』を倒した人ですよね?と聞いたら、あれは空想の御伽話であって、実際にはそんな魔王などいないとのこと。

 作り話で自分を主人公にしちゃうとか、色々な意味で凄すぎる気がするな……

 ちなみに俺がこの名前を名乗ったことで、余計にヤーゴフさんは何かあるのか?と警戒していたらしい。

 ただ転生者の中では一番の人格者らしく、むやみに人を殺めるような話は聞かないものの、他国の女性だろうが容姿に優れていれば抱え込むことでかなり有名とのこと。

 要はハーレム野郎確定である。

 ヤーゴフさんが直接会ったのはこの勇者タクヤで、その時に彼から「出る杭は打たれる」という異世界の言葉を教えてもらったらしい。
 
 当時の彼の心情でも伝えたのだろうか?


 次にこのエルグラント王国とバチバチにやり合っているのが、大陸の南西に位置する大国、ヴェルフレア帝国。

 隣接するためにその間にあった小国はほぼ飲み込まれ、ここ5年はずっとエルグラント王国と戦争状態にあるらしい。

 所属している転生者は現帝国の元帥である『シヴァ』という人物らしいが……

 名前からして、どう考えても俺と同じ要領で付けたっぽい気がするし、まず本名ということはないだろう。

 勇者タクヤといい、親からこの世界で名前を貰っているはずなのに、転生者は改名癖でもあるのだろうか?

 名前がシヴァでは日本人かも不明である。

 勇者タクヤとは違って女子供も容赦なく殺すらしく、並の兵では見ただけで膝を突いてしまうほど恐ろしい存在らしいので、転生者の中でも最も要注意な人物ということになるな。


 そして3強のもう一つが大陸の東にあるというアルバート王国。

 ここがスキルによる転送物流によって財が集中してしまっている国らしい。

 ただ厳密には国というより、そこの貴族でもある転生者『マリー』個人が途方もないお金持ちらしく、王様も何も言えないくらいの影響力を持ってしまっているとか。

 大陸の西端を属国にしているため、上下に挟まれている2大国へ戦争補給物資も提供しているらしく、どちらの国にも戦争を煽りつつ財を吸収しているとのこと。

 大陸中央付近にある国々は、転生者マリーの存在によって通行税や荷に掛かる物品税などの税収減少という打撃を受けつつも、属国という選択を簡単に取れるわけでもないため、今の現状をただただ傍観するしかないらしい。


 最後に謎めいた国とされているのが、大陸の南東に位置するエリオン共和国。

 元は獣人が多く住まう国だったようだが、現在は人間である『ハンス』という男が元首を務めており、このハンスが転生者と公言している。

 強大な魔物を複数使役していることで有名らしく、好戦的ではないものの相当数の戦力を保有。

 過去には帝国が海から回り込んで攻めたこともあるらしいが、その帝国があっさり魔物の大軍に殲滅させられてからは、手を出すと恐ろしい反撃を食らう国と認知されるようになり、どの国も警戒を強めているとのこと。

 手を出さなければ何もされないなら、そもそも警戒の必要も無いのでは?と思ったが、どうやら獣人奴隷を抱えていると突然襲われるという噂が立っているため、奴隷を抱える各国の貴族やそれなりの規模の商人は戦々恐々としているようだ。

 ただまぁ話を聞く限りでは戦争や領土争いには興味が無さそうなので、この4人の中では一番マシな存在に思えてくる。


 ふーむ……さすがはヤーゴフさんだな。

 ギルドマスターというだけあって、他国の支店ギルドとも情報のやり取りをしているのだろう。

 あくまでヤーゴフさんの主観も入った情報だろうから全てを鵜呑みにはできないが、それでも女神様から見えている異世界人の印象とこの世界に住んでいる人の印象。

 ここに齟齬《そご》が生じていることは気に留めておこうと思う。

 ただ……あくまで自分自身に害が無いよう注意していこうというくらいで、俺がその話を聞いて何かしようという考えは無い。

 俺はこの世界の救世主ではないし、そもそも何かを成せるほどの能力なんてモノは持ち合わせていない弱者なんだ。


 だから俺は俺のロールプレイングを。


 コツコツと地道に魔物を狩りまくって強くなる。

 今は強くなりたいという願望が満たせればそれでいいと思っているし、それが結果的に何かあった時の自衛に繋がると思っている。

 そう考えたらチート能力の有無は別にしても、俺はこの4人と同じ穴の狢《むじな》。

 好き勝手に生きるという意味では大差無い存在だな……


 そんなことを考えていたら、ヤーゴフさんが再度口を開いた。

「ロキ、気を付けろよ?」

「転生者にですよね? 巻き込まれないように気を付けますよ。とりあえず大陸の東西には近づかないように――」

「そうじゃない。規模に関わらず、|各《・》|国《・》|の《・》|動《・》|き《・》に気を付けろと言っているんだ」

「え?」

「私は約束通りロキの能力について余計な詮索はしない……だがそれぞれの国は違うぞ? ここ、ラグリース王国だってそうだ。異世界人を引き込めれば強国になれると思っているし、事実その通りになっているのがこの世界だ」

「つまり……色々な国から勧誘を受けると?」

「あぁ。異世界人と知ればあの手この手と、持ち得る限りの手を使ってロキを手に入れようとするだろう。重職という名誉や富をチラつかせてくるだけならまだマシだ。最悪は力尽くでロキを手に入れようとする国だって出てくる可能性は高い」

「うえぇ……」

「それだけ異世界人を抱えていない多くの国は、侵攻や経済の打撃を受けて切羽詰まっているんだ。お前が富や名誉で納得するなら別だが……今の顔を見るにそうではないのだろう?」

 見透かしたような目を向けるヤーゴフさんに、俺は正直に頷く。

「そうですね……富や名誉が嫌いなんてことはまったくないですけど、自分自身の成長を考えれば二の次です」

「なら尚更だ。可能な限り異世界人であることを隠せ。と言っても今のような狩りをしていれば、必然的に目立つからいずれ勘づかれるだろうがな。そこをどう調整するかはロキ次第だ」

 そう言われて、自然と視線は上に向いてしまう。

 できるのにしないのは性に合わない。

 自重などしたくはない。

 でもしないと面倒事に巻きまれる可能性が高くなる……か。

「確証は無いが……公言せず、ひっそりと生活をする異世界人もいるという噂は少なからず聞く。それも一つの手だし―――」

「ヤーゴフさん。僕は自重なんてしませんよ。少し想像してみましたけど、性格的に無理だなとすぐ結論が出てしまいました」

「……それもそうだな。今までの素材量を考えれば愚問だった。ということは――」

「普通に勧誘頂く程度であれば問題ありませんが、力尽くで来るようならこちらも力で対抗するしかないでしょう」

 そうだ。結局はゲームと同じだ。

 明確な敵として前に現れれば全力で潰す。それしかないだろう。

「アデント達を見ればそうなるのだろうな……だが私もこの世界の住人だ。然程心配はしていないが、頼むから無関係な人間まで巻き込まれるようなことはしないでくれよ? もしそうなれば、私はお前に殺されることを覚悟の上で、ロキが異世界人であることを公表しなければならなくなる。注意喚起のためにな」

「そんなことをするつもりはありませんよ。ただただ魔物を狩って強くなりたい。そんなハンターに在りがちな――|僕《・》|の《・》|願《・》|い《・》を邪魔するならというだけの話です」

 残ったグラスのワインを一気に呷り、「それならまだ安心だ」と、ヤーゴフさんは困ったような顔をしながら呟く。

 本音を言えば異世界人である俺にはヒッソリと、それこそ程々の範疇で過ごしてほしいのだろう。

 異世界人が台頭してしまっているという今までの話を聞けば、なんとなくその雰囲気も伝わってくる。


 でも――俺はやるからには最強を目指したいんだ。


 チート能力は無く、加護も無く、職業選択すらできないけど……


 それでも、折角の努力が実る世界。


 やるだけのことはやってみたいんだ。


(極力迷惑は掛けないようにします……)

 そう心の中で呟きつつ、この話し合いの場はここでお開きとなった。








7/22 本日1話目の投稿です
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52話 目標到達

 ふっ……はっ……ふっ……

「そいっ!」

 ――ブシュッ

 目の前で腹を裂かれたポイズンマウスが倒れる。


『【毒耐性】Lv7を取得しました』


「っしゃあああ!!」


 スキルレベルアップのアナウンスを確認しつつも、すぐに首を落としてナイフで腹を裂き、魔石を抜き取ったら尻尾も落とす。


 あれから約10日ほど。

 異世界人の情報を聞けたところで俺がやることは変わらない。

 結局雨が降ろうが強風だろうが、休むことなく朝から晩まで狩り続け、とうとう念願の【毒耐性】レベル7を獲得した。

 逸る気持ちを抑えながら、俺は【土魔法】による石柱で自らを持ち上げ、安全地帯の上でサンドイッチを齧りつつステータス画面を確認する。


 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:11  スキルポイント残:41

 魔力量:72/72 (+18) 剣を所持している場合のみ魔力上昇付与でさらに+50

 筋力:   39 (+6)
 知力:   40 (+11)
 防御力:  38 (+112)
 魔法防御力:38 (+6)
 敏捷:   38 (+18) 
 技術:   37 (+12)
 幸運:   43 (+3)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル
【棒術】Lv1 【剣術】Lv2 【短剣術】Lv1 【挑発】Lv1 【狂乱】Lv1 

◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv4 

◆ジョブ系統スキル
【採取】Lv1 【狩猟】Lv2 【解体】Lv2 

◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv3 【気配察知】Lv3 【視野拡大】Lv1 【遠視】Lv1
【探査】Lv1 【算術】Lv1 【暗記】Lv1 【俊足】Lv1 

◆純パッシブ系統スキル
【毒耐性】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv1 【魔力最大量増加】Lv1 

◆その他/特殊
【神託】Lv1 【神通】Lv2 

◆その他/魔物
【突進】Lv3 


(しゅ、しゅごい……)


 思わず脳内で噛んでしまうくらい、スキルレベル7の上昇値は大きかった。

 レベル6で30の上昇にも驚いたが、レベル7になれば60もの上昇。

 粘っただけの価値はあったと言える。


 スキル経験値を小まめに計測していたところ、レベル6から7への区間はおおよそ5匹倒すと1%上昇。

 1%未満の小数点は表示されないためあくまで推測だが、仮に未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合、スキルと経験値の関係性はおおよそこのくらいになることが分かってきた。

 スキルレベル1取得に必要な経験値は100   
 スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20

 スキルレベル1から2に必要な経験値は200   

 スキルレベル2から3に必要な経験値は600   

 スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000   
 スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400

 スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 

 スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 

 スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000

 
 このことからたぶんスキルレベル2や3の魔物も、必要経験値の5分の1が魔物から得られる経験値なんだろうと予想できるな。

 こうして数値化していけば、高レベルスキルを所持している魔物の重要性がどれだけ高いかよく分かる。

 特に弱いくせして特定のスキルレベルだけ高いようなら、まさにボーナスタイムといった具合でステータス爆増を狙う大チャンスとなるわけだ。

 しかし問題はここから【毒耐性】レベル8を目指すべきかどうか……

 この増え方だと次は1ヵ月コースになりそうなので、そろそろ一度ルルブの森へ行き、オーク辺りと闘ってみて自分の防御力がどの程度通じるのかを確認するべきだろう。

 既にステータス上で防御力が合算150。

 そこに鎧の硬さも追加されるので、これでもまだ痛いようならロッカー平原で追加の引き籠り確定である。


(それにしても、色々なスキルをゲットしてきたなぁ……)


 分かっていて取得やレベルアップを狙ったもの、なんとなく狩りをしていたら取得できてしまったものなど様々だが、それでもこうやってスキルの取得数が増えてくると楽しみに拍車がかかるというものだ。

【火魔法】は魔力が余った時に、消費魔力2で済む指先マッチをやり続けていたらいつの間にかレベルが2に。

【魔力最大量増加】、【魔力自動回復量増加】も魔力消費を意識的にやっていたので、そのついでに上がったのだと思われる。

 ここら辺はパイサーさんの言っていた通りだな。

 そして嬉しい【剣術】は連日通い詰めた賜物ともいうべきで、ひたすら剣で倒していたら上がったし、逆にこれだけ倒しても上がらなかったら困るくらいだ。

 ただ【短剣術】は意識していなかったので意外だった。

 ナイフは魔石を取ったり討伐部位の切り取りに使っていたが、【解体】に判定が回っていると思っていたのでラッキー獲得みたいなものである。

【遠視】、【視野拡大】はだだっ広いロッカー平原でひたすら魔物を探していたから。

【算術】、【暗記】は1体の上昇値を測定したり、あと何匹で上がりそうなどを計算しながら狩りをしていたから。

【俊足】は移動を可能な限り走っていたから。

 この辺りは取得できた理由もなんとなく分かるが、よく分からないのは【挑発】、【狂乱】、【探査】の3つだ。

【挑発】はポイズンマウスが複数体被っている時などに釣るような動きは取っていたものの、そこまで待ち狩りをした記憶も無い。

 慣れた頃には魔物を見つけ次第ひたすら突っ込んでいたので、いまいちどういう条件で取得できたのか謎が残る。


 そしてもっと謎なのは【狂乱】という……名前からしてヤバそうなスキルだ。

 ちなみに詳細説明はこのようになっている。

【狂乱】Lv1 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値120%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用制限時間1分 魔力消費0

 いやいや、怖過ぎるだろう……

 まさにバーサーカー状態。

 使用時間1分の戦闘アクティブ系スキルなので、ロッカー平原で使えばまず問題無さそうな気はするが、格下狩場ではコレがなくても十分狩れるよねって話になるし……

 魔力消費0が有難いくらいの、まったく使い所が分からないスキルである。

 ちなみにまだ怖くて1度も実験すらできてない。

 ベザートの町中で使ったら大惨事の匂いしかしないスキルだ。


 あとは予想外ながらも超が付くほど嬉しかったのがこの【探査】スキル。

 ポイントを振ってでもレベルを上げたいくらいの優良スキルで、レベル1の状態でも使用者を中心に半径30メートルの探査機能を発動してくれる。

 同じような【気配察知】はレベル3でも半径15メートルだが、こちらは動く物全てが対象。

 対して【探査】は『エアマンティス』など、個別に頭の中で探したい対象を思い浮かべると、探査範囲に入れば場所が自然と分かるようになるので、数の少ない魔物を探したい時は相当重宝するスキルになることだろう。

 もちろん同時使用も可能なので、取得できたここ数日はどちらも発動させながらエアマンティスを効率的に狩れたおかげもあり、予定より早く【風魔法】もレベル4にすることができた。


 ふふふっ……

 いやー強くなってるなぁ。

 強くなってる実感がするよ。

 目の前の景色を眺めれば、俺が立てた石柱が所々に立っていて景観も変わってしまっているけど……

 そんなこと気にしてもしょうがない。

 もう俺自身のレベルはほとんど経験バーが伸びなくなってしまっているので、さすがにそろそろルルブの森に行ってもなんとかなりそうな気がするんだよね。

 今日の狩りが終わったら一度アマンダさんに相談してみるかな?

 そう思いながら、後半戦の狩りを開始するのだった。
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現状所持スキルの一覧は見やすいように少しテコ入れをしております。
7/22 本日2話目の投稿です
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53話 Eランク

「お、お願いします……!」

「相変わらずストイックな野郎だな……たまには妥協しろよ妥協を。下ろすのだって一苦労だぞっ、と」

 そう言いながら素材がパンパンに詰まった|特《・》|製《・》|の《・》|籠《・》を地面に下ろすロディさん。

 素材を売る時は背負った籠をそのまま解体場のカウンターへ置くのだが、高さがあり過ぎて中身を取り出せないので、特製籠を作ってもらってからは毎回この流れになってきている。

 ちなみにこの籠、20000ビーケで作成してもらった俺専用の籠だ。

 用途が狩り目的だけなので、そのまま解体場に置かせてもらっている。

 この世界で重量計は見たことが無いから、いったいこの籠に荷物を詰めると何kgになるのかは分からない。

 ただ体感だと今まで使っていた大型な籠の1.5倍~2倍弱くらいは入りそうなので、たぶん50kgくらいはあるのではないかと思われる。

 そう考えると、こんなの背負っても辛うじてジョギングができているわけだから、初期の頃に比べれば明らかに体力はついてきているだろう。

 もしくは自分の体重より重いことは確実っぽいので、筋力値が裏で良い仕事をしているかだな。

「こりゃ新記録じゃねーか? 今日はエアマンティスの魔石が明らかに多いぞ?」

「ははっ、狙って狩りまくってやりましたからね……」

「エアマンティスって狙って狩れるような魔物だったか? まぁいい。ほれ、今日の分だ」

「あ、預けでお願いします~……」

「馬鹿野郎一応確認しねーか。俺がポイズンマウス1体分って書いていたらどうするつもりだ!」

「そこは信用してますからぁ……」

「そうやって油断していると足掬われるんだぞ?」

「うっ……分かりましたよ確認しますって……えーとポイズンマウス84体にエアマンティスが31体分と。たぶん大丈夫です」

「まるで金に興味無しって感じだな……」

「だって欲しい物がないんですもん。あ、でもそろそろルルブの森に行こうと思っているんで、そしたら何か欲しい物が出てくるかもしれないです」

「ふむ……そうだな。これだけロッカーの魔物を狩ってこられるならまず問題は無いだろう。というより、今ルルブに行っているやつらよりもサクサク狩れるんじゃねーか?」

「そうだと良いんですけどね。まぁそこはホラ。油断していると足を――ってやつなんで、とりあえず明日は休暇にして情報収集しようと思います」

「おう。何か分からないことがあったら聞きに来いよ」

「はーい、ありがとうございます」


(うぐぐぐ……肩の荷が下りるとはこのこと。解放感がとんでもない)


 そのまま肩をコキコキ、グルグルと回しながらも次は受付の方へ。

 するとジンク君達が丁度お金の分配をしているところだった。

「おっ! 久しぶり~」

「ロキ君やっほー! こないだギルドからポーション貰ったよ!」

「こんばんはロキ。何かあった時に助かるありがとう」

「出た! ロッカー平原の新記録を叩き出している大富豪ロキだ! ポーションありがとう!」

「なんだそりゃ!」

 とりあえずお食事処のおばちゃんに毎度の氷水を頼みつつ聞いてみると、ベザートで活動するハンターの間では、既に俺の素材量が異常だという話が周知されてしまっているらしい。

 まぁ解体場で鉢合わせればすぐバレるしね。

 隠す気も無いんだからしょうがないか。

「有名だよ? ロキ君お金持ちって!」

「あのかぁりぃをご馳走してくれるくらいだから凄い」

「ん~お金はおまけ程度なんだけどね。未だに1日5000~6000ビーケくらいで生活しているし」

「そんな貯めて凄い装備でも買うのか?」

「いや、今のところそれも必要とは思わなくてさ。ただただ貯まってく感じになっちゃってるよ」

「すごっ!」

「羨ましい……」

「なぁなぁ。ロッカー平原ってやっぱり稼ぎが良くなるのか?」

「やり方によるかなぁ……移動に時間がかかっちゃうからね。でも敵は思っていたより弱いよ? パルメラ大森林よりちょっとだけ強いくらい。なになに、行ってみたくなったの?」

「あぁポイズンポーション貰ったら妙に意識しちゃってな。そっかちょっと強いくらいか……」

「ジンク君は【気配察知】持ってるよね? レベルいくつか聞いても大丈夫?」

「レベルは2だぞ。前にロキから貰った硬貨で確認したから今も2のはずだ。あっ! そうだ! 串肉!!」

「あぁいいよいいよ気にしないで。これから宿でご飯だからさ。でもレベル2なら問題ないかな? エアマンティスの魔法ってそんなに射程が長くないみたいで、【気配察知】の外から魔法を撃たれたことってないんだよね。撃たれてもたぶんその距離なら大したことないし」

「そうなのか? 当たると剣で切られたみたいにパッサリって聞いてたからさ。怖くて行かなかったんだよ」

「たぶんジンク君なら大丈夫な気がするけど……ただあそこは採取するような物が無さそうだから、メイちゃんが手持無沙汰になっちゃうかも」

「えーそうなの? なら私何すればいいの?」

「そうだな~解体できるなら解体担当になっちゃうといいかもね。そしたらジンク君がすぐ次の魔物に当たれるでしょ? ポッタ君はそのまま素材運び担当って感じで」

「解体も一応できるよ! 気持ち悪いけど!」

「ん~……」

 唸りながら、ジンク君達がお金を広げている目の前のテーブルを見る。

(ざっと30000ビーケ弱くらいか……となるとポイズンマウス5体で今日の戦果は超えるわけだし楽勝な気がする……ただ万が一があっても責任取れないんだよなぁ……)

 問題はそこだ。

 勧めるだけなら誰でもできる。

 コツだって知り得る限りで教えることも可能だ。

 しかしジンク君達はまだ子供であって、何かあれば既に面識があるメイちゃんのご両親はもちろん、ジンク君やポッタ君の親御さんにも合わせる顔がなくなる。


 コンコンコンッ……


 指で机を叩きながら天上を暫し眺めつつ考えを巡らし――

 一つの提案をする。

「一応確認だけど、本当にロッカー平原行ってみたい?」

「あぁどんなものか試してみたいな」

「私も見に行ってみたい!」

「僕も僕も! お金が増えるなら嬉しい!」

「そっか……ならさ、俺明日は休みにする予定だったから、実際どんなところか一緒に行ってみる?」

「えっ? 休みなんだろ?」

「休みって言ってもルルブの森に向けて情報収集しようと思っていたくらいだからさ。そんなに時間もかからないし、例えばお昼の鐘が鳴ってから出発ってのはどう? それなら午前中に用事済ませちゃうし」

「もしそれでいいならお願いしたい!」

「うんうん! ロキ君がいれば安心!」

「丸一日じゃなければ僕もしっかり運べると思う!」

「それじゃ明日の半日使ってお試しで行ってみよっか。ただし、今後もジンク君達が継続して通えるかを判断するんだから、よほどじゃない限り俺は手を出さないよ?」

「あぁもちろんだ。ロキの後をついていくだけじゃ意味ないからな!」

「楽しみー! あっ! お父さんにナイフ借りなきゃ!」

「僕はいつも通りでいいの?」

「ポッタ君はいつも通りで大丈夫だよ。たぶんパルメラより荷物が軽くなるんじゃないかな? ホーンラビットみたいに丸ごと持って帰るなんてないからさ」

 そう言って明日の約束を決めた後、分配の手伝いをしたら俺はアマンダさんのところへ声を掛ける。

「アマンダさん。ご相談が!」

「何かしら?」

「Eランク魔物を狩る特別許可を頂きたく……ヤーゴフさんに相談してもらえないでしょうか?」

「あら。それなら必要無いわよ?」

「え?」

「ロキ君がEランクにしてほしいって言ったら、すぐにして良いってギルマスに言われているから」

「あ、そうっすか……」

「あんな連日記録更新し続けている人をFランクのままにしておくわけないでしょう?」

「それならそうと言ってくれれば……」

「朝しかここに立ち寄らないのは誰かしら? 伝えたくても伝えられないのは誰のせいかしら?」

「ふぐぐぐっ……すみませんでした……」

 そう言いながらもギルドカードをアマンダさんへ渡す。

 確かにお金は全部預けているので、夜に受付の方へ来ることは無い。

 朝は朝で依頼の争奪戦していて混み合っているし……なるほど俺が悪いなウン。

 でも良かった。

 これでとりあえずルルブの森に行ってもちゃんと換金ができる。

 いくら買う物が無いと言ってもお金はあるに越したことないのだから、ちゃんとEランクにして常時依頼をこなせるようにはしておいた方が良いだろう。

 それにしてもこの世界。

 なんだか普通に生活するだけなら楽勝過ぎる気がするなぁ……

 そんなことを思いながら、目新しさの欠片も無い。

『E』と表記された鉄のカードを受け取った。54話 事前調査

 ギルド内にある資料室。

 いつもよりゆっくり起きた俺は、以前サラッと目を通した魔物情報を確認していた。

(ふむふむ、出てくる魔物は3種……リグスパイダーが毒持ちという情報は無しだな……)

 何を持っていき、何を省くか。

 事前に聞いていた情報だと、ベザートの町からルルブの森へは片道3時間もかかる距離にある。

 余計な荷物を持っていく余裕も無いので持ち物は必要最小限に。

 しかし必須の物は忘れないようにしていかないといけない。


 ある程度ルルブの森を予習したら次はロディさんの下へ。

「ロディさん~作業しながらで結構ですので、ルルブの森の素材情報を教えてください!」

「早速来たか。面倒な皮剥ぎの作業はそんなに無いから大丈夫だぞ」

 そう言ってカウンターの方へやってきてしまうが、仕事の邪魔はしたくないのでできればそのまま作業を続行していて欲しい気持ちでいっぱいだ。

 そんな俺の気持ちなどお構いなしにロディさんは説明を始める。

「ルルブは前にも言ったと思うが、一番金になるのは兎にも角にもオークの肉だ。普通の家畜より単純に美味いこともあって肉自体の価値が高い。それに1匹でかなりの量が取れるからな」

「ふむふむ……ちなみに1匹でいくらくらいになるんですか?」

「丸々持ってくるやつなんていないから参考にはならんが、仮に1体丸ごととなると20万ビーケくらいにはなるだろう」

「ほぉ……それは確かに高い気がしますね」

「だが2メートルはある魔物だ。担いで持って帰ることなんてできないから、ハンターはその場でバラして肉と討伐部位、あとは魔石を持ち帰る。その時に1体分の肉を可能な限り持ち帰るか、高い上質な部位だけを持ち帰るかはそのパーティ次第だな」

「なるほど……肉も部位によって良し悪しがあるということですね」

 まるで地球の牛みたいだが、どこが美味くて高いなんて名称は知っていても、それがどの辺りに付いている肉なのかさっぱり分からない。

「効率的に狩るなら肉の知識も必要になるな。色々な部位を食えば自然と身につくもんでもあるが……まぁ分かりやすいところで言えば背中周りの肉は基本高い。複数体のオークを狩って高い部位だけを持ち帰る連中は大体その辺りを持ち帰るぞ」

「ちなみにその背中周りにある高い部位でどれくらいの大きさなんですか? あとお値段も」

 そう言うと、ロディさんは魔道具だろうか?

 業務用冷蔵庫のような四角い入れ物の中から、凍った30cm×50cmほどの肉塊を持ってきてくれた。

「これが肉質が良くて高く取引される部位だな。これで大体買取は「B」ランク素材で6万ビーケってところだ。ホラ、持ってみろ」

「うっ……結構重いですね」

「だろう? 大きさ、重さを考えても大型の籠に4~5本程度が限界だろう。しかも肉なんてすぐに質が悪くなる。いかに素早くオークを狩り、他の魔物を掻い潜りながらバラして持ち帰れるかが重要だ。それが上手くできない奴らは、1匹倒したら質に限らず可能な限りの肉をすぐに持ち帰ることが多い」

「んー……」

 軽く頭の中で計算してみたものの、ロッカー平原に残るハンターもいるというのが頷ける内容だ。

 狩場までは往復6時間。

 素材は大型の籠に詰めても精々30万ビーケ。

 しかもそれは迅速にオークを狩れる上級者向けパーティの場合で、のんびりやっていたらどんどん肉の質が低下して換金額も落ちる。

 慣れていない場合は1匹分の肉を詰めるだけ詰めて15万ビーケくらいだろうか?

 1匹だけ倒せば良いというメリットはあるのかもしれないけど、パーティによってはロッカー平原の方が収支も高くなってしまうのだろう。

「あのー……参考程度にベザートにいるハンターで、1日のルルブ最高売却額ってどの程度なんですか?」

「最高で40万台ってところだな。お前以外に唯一特大籠を使っている連中でそのくらいだ」

「……」

「だからまぁなんつーか……ロキが行ってもあまり意味は無いと思うぞ? いくらお前が優秀でも、一人で行って肉の質を落とさずに特大籠を埋めるなんてのは難しいだろうし、そもそも1日2往復できる場所じゃない」

「ですよねぇ……」

 頑張れば特大籠を埋める勢いで素早くオークを狩ってバラすことはできるかもしれない。

 しかし往復6時間を覆すことはさすがにどうにもならん……

 行きは走って時短することはできるだろうが、籠を埋めることが前提なら帰りは絶望的だ。


「まぁロキは金だけが目的という感じもしないし、一度くらい行ってみてもいいかもしれんがな」

 そう言われながら教わったルルブの森の素材情報はこの通り。

 オーク:常時討伐依頼で1体3000ビーケ その他魔石で3500ビーケ 肉は高額買取可能だが部位と量による。討伐部位は鼻。

 リグスパイダー:常時討伐依頼で1体2500ビーケ その他魔石は2800ビーケ 放出した後の糸に需要有り。値段は糸の量による。 討伐部位は頭。

 スモールウルフ:常時討伐依頼で1体2400ビーケ その他魔石で2500ビーケ 毛皮に需要が有り皮を剥ぐこと推奨、1匹当たり5000ビーケ。討伐部位は尻尾。


 ふむ、詳細を聞けば聞くほど絶望的だ。

 もちろんパルメラ大森林に比べれば報酬は良くなるだろうが、悲しいかな、ロッカー平原が良過ぎた。

 そういうことである。

 魔石の価値からして属性魔石ではないようだし、素材もオークはもちろん、スモールウルフだって皮を剥ぐなんて面倒な作業をしなくてはならない。

 こんなの1分2分で済む作業じゃないだろう……それで5000ビーケって。

 ロッカー平原なら解体なんぞ10秒程度で済んでしまうので、手間と報酬が釣り合っていないと強く感じる。

 それにリグスパイダーの糸も殺せば済むという話ではなく、一度糸を放出させるというリスクのある方法を取らないといけないので、いくら買取額が良くてもやる気は大きく減少だ。


(アァーアァーアァー……)


 それでもわざわざ教えてくれたんだからとロディさんにお礼を言い、トボトボと歩きながらも考える。

(根本的にやり方を変えるか?……いやしかし、そうなると状況によってはもう一つスキルを取得しておかないと……)

 頭の中で考えが巡るも上手くは纏まらない。

 やるなら相応の覚悟がいる。

(うーん……何にしても1度行ってみて、魔物がどの程度の強さなのか確かめてみてだな)

 とりあえずはそう結論付け、目的の女性、アマンダさんに明日の予定を伝える。

「アマンダさん、明日ルルブの森に行ってみようと思います」

「Eランクなんて言葉が出てきた時点でそうだろうとは思っていたわよ……その顔はパーティなんてまったく考えてないでしょう?」

「そ、その通りですが、とりあえずどんなもんかお試しで行ってみるだけですので……」

「はぁ。ロキ君が一人で大きな成果を上げていることは知っているし、何か言うつもりはないけど……本当に気を付けるのよ? 何か知っておきたいことはある?」

「一つ確認したいことが。ルルブの森って川は流れてます?」

「川? それならセイル川が森の中を通っているわよ? それがどうしたの?」

「いえ、水の確保ができるかどうかが気になりまして」

「そういうことね。でも水筒は必ず持っていかないと駄目よ? 川が流れているといってもセイル川は領地を隔てる川。ベザート側から入っても結構奥へ入ることになるわ」

「何日くらい奥に入るか分かりますか?」

「どうだろう……パルメラのような森ではないから、1日では無理、2日以内には着くってところかしら」

「なるほど参考になります! ありがとうございます!」

「何か嫌な予感がするわね……何を考えているの? 正直に吐きなさいっ!」

「え? えぇ? 普通に狩れるなら狩ろうと思っていただけですよ」

「本当に? どうも怪しいわ……」

「あ、あと無理を承知で確認したいことがありまして、手持ちのお金をギルドに預けることってできますか?」

「え? どういうこと? ロキ君の持っている現金をってこと?」

「えぇ。今手持ちにあるお金が重くてちょっと邪魔なんですよ。それで預けているお金に上乗せできればなーと」

「じ、邪魔……こんなお金をぞんざいに扱う子供は初めて見たわ……」

「あのー、アマンダさーん?」

「あ、あぁそうね。やってやれないことはないわね。普通はしないけど。絶対にしないけど」

「うっ……も、もしかしたらお願いするかもしれません……明日の結果次第ですが」

「そう。まぁ良いわ。その場合は私に言いなさい。他の子じゃ無理の一言で終わるはずだから」

「分かりましたさすがアマンダさんです。頼りになります」

 上機嫌になったアマンダを後目に一旦ギルドを離れる。

 あのままだとまた魔物の匂いを放つはずだ。そうなる前に撤退して然るべき。


 しかし……これで一応はなんとかなりそうだな。

 明日の結果次第では覚悟しなければならない。


 再度仙人モードへ突入することに。
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レビューを頂きましてありがとうございます!
そして誤字報告もありがとうございます!7/23 本日2話目の投稿です
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55話 遠足のような実地訓練

「「「おぉー! ここがロッカー平原っ!!」」」

 ジンク君達3人衆を連れて、なんだかんだとすぐに舞い戻ってきたロッカー平原。

 そのだだっ広い景色に3人は感嘆の声を上げていた。

 まるで遠足に行く子供達とその保護者。

 釣りの時もそうだったし、今更感があるのでいちいち気にしてはいられない。

「さて、ここなら魔物も見やすいでしょ? 所々にいる茶色いのがポイズンマウス。とりあえずあれを倒しながら、保護色で見えにくいエアマンティスの気配を感じたらそっちを優先的に倒していくって感じだね」

「凄い眺めだな……ここなら敵を探す必要がほとんどない」

「俺が結構頑張っちゃったせいか、ここら辺は魔物の数が少ないからさ。数を狩りたいなら奥へ行けばいいし、安全重視ならこの辺で狩っていれば、複数体の魔物を同時に相手取る頻度も少ないと思うよ」

「それじゃあ、まずはこの辺で練習だな!」

「ポイズンマウスはホーンラビットよりちょっとだけ速いくらいだから、落ち着いて横っ腹にでも攻撃しちゃって。頭は素材になるから可能な限り無傷で」

「了解! メイサ、ポッタ! 行くぞ! 離れるなよ!」

「分かった! 解体は任せて!」

「ついてく!」


 こうして始まった3人の試し狩り。

 俺は狙いを定めたジンク君達一行の後ろを、少し離れてついていく。

【探査】でエアマンティスの情報を確認しながらなので、この状況なら万が一ということも無いだろう。

 ポイズンマウスに即死級の攻撃なんてないからね。

 ある程度の距離からジリジリと歩み寄っていくと、どうやら狙いのポイズンマウスも気付いたようで顔を上げた。

(あと3メートルくらいかな……)

 そう思いながら様子を見ていると、ジンク君が10歩ほど進んだところでポイズンマウスが攻撃を開始。

 相変わらずの綺麗な身体捌きで、飛び跳ねて噛みつこうとするポイズンマウスの横を逸れながら、逆手に持つナイフで腹を裂く。

 これで大した防御力も無いポイズンマウスはもう虫の息だろう。

「あとは首を落として魔石を回収、ついでに尻尾も切り取れば1体終了だね」

「私の出番!」

 そう言ってややぎこちない手つきながらも、躊躇いなくナイフを刺し入れていくメイちゃん。

 10歳なのに最初の頃の俺とは大違いだ。

 2分程度で作業も終わり、その素材をポッタ君の籠の中へ入れていく。

「ふぅ。ロキの言っていた通り大したことはないな。こんなのにビビってたのか俺は……」

「最初はどんな魔物でも怖いし慎重になるもんだよ。ちなみにこれで6000ビーケくらいかな? 3人なら1人当たり2000ビーケくらいだね」

「えぇっ! パルメラ大森林より全然良くない!?」

「あぁ! 今までの報酬を簡単に超えそうだ!」

「これ全然重くないよ! まだまだ余裕!」

「そうだね~ジンク君達の今までの報酬を見ていると、このポイズンマウス5体狩れば同じか超えるくらいになるはずだよ」

「マジかよ」

「ジンク! 頑張って! 私も解体頑張るから! どんどん頑張って!」

「あと20体くらい狩ってくれても、僕平気!」

「よーし……なら本気出すぞ!」

 そういって動き始めたジンク君は、次の1体に狙いを定めると足を止めることなく近づいていく。

(もう1匹のポイズンマウスと少し距離が近いけど大丈夫かな……?)

 そんなことを思っていた俺だが心配は杞憂に終わった。

「おぉっ! 弓!」

 思わず声に出してしまったがしょうがない。

 ジンク君が背に弓を背負っているのは知っていた。

 前に弓を使いたいとも言っていたから、俺があげた教会用の硬貨を使う時に祈祷を成功させたのだろう。

 矢筒から矢を1本取り出し、そこまで時間をかけることなく放つ。

 そしてその矢はまだ気付いていない1体のポイズンマウスの横っ腹に命中。

 それに気づいたもう1匹のポイズンマウスがジンク君に近づいてくるも、先ほどと同様に攻撃を躱されながら腹にナイフを刺し込まれ、あっさりと絶命させられた。

(開始早々30分も経たずにもう3匹とか、このペースなら他のパーティより早いぞ? やっぱり優秀だなぁ……)

「弓凄いね~スキルで命中補正がかかってる感じ?」

「あぁ距離が長いとまだ無理だけど、このくらいの距離ならほぼ外さないな」

「これで念願の弓と短剣使いってわけだね」

「ただ弓は矢の消費が激しい。今回はどんなものか試してみたけど、ナイフだけで余裕な状況なら無理に使うべきじゃないな」

 チラリと矢を見れば作りがしっかりしていそうなので、さすがに手作りということはないだろう。

 となると矢は消耗品。

 お金に余裕が無いうちは、格上の魔物や緊急時用ということになるわけか。

「それでも今みたいな使い方は良いと思うよ。釣り狩りってやり方で、巻き込んで他の魔物も寄ってきそうな場合はかなり有効だと思う。あとはエアマンティスの魔法準備が始まった時に、間に合わなそうなら妨害目的とか?」

「あっ、それ良さそうだな。まぁ詠唱される前に倒しちゃうのが一番だが」

 ジンク君達と話しているうちにメイちゃんが2匹の解体も終わらせたようで、自然と奥へ奥へ一行は進む。

 思いのほか余裕もあるようだし、緊急事態となれば俺も手を出すつもりなので心配はしていない。


(あっ、エアマンティス発見……気付くかな?)


 言ってしまうと意味が無いので、俺は敢えて何も言わずエアマンティスに動きがあるかを注視しているだけ。

 ジンク君の持つ【気配察知】レベル2だとまだ射程外になるので、当然3人共気付いている様子はなく、その付近にいるポイズンマウスを次の狙いに定めている。

「よし、次はあいつ行くぞ!」

「うん!」

「分かった!」

 そう言ってジンク君は目的のポイズンマウスに近づいていくが――

「って、待ったッ!! エアマンティスだ! 俺は先にあっちを仕留める!」

「えぇ! このネズミどうするの!?」

「ぼ、ぼ、ぼっ、僕がなんとかするっ!」


(無事気付けたか。となると【気配察知】レベル2があればエアマンティスの不意打ちはまず問題ない。……ただ、こうなると|こ《・》|の《・》|3《・》|人《・》|は《・》|弱《・》|い《・》)


 戦闘職はジンク君のみ。

 どちらかに集中すればもう1匹が浮く。

 しかし、手伝うのはまだだ。

 ポッタ君が籠を前に出して盾代わりにしている。

 そんな彼の勇気を無駄にしちゃいけない。

 成長のチャンスに繋がるかもしれないんだ。

 ジンク君は――……やはりここは弓だろうな。

 というよりこの場面だからこその弓だろう。

【突進】スキルも有りだと思うが、そうするとまたポイズンマウスのところに戻るまで時間がかかる。

 すぐにジンク君がポイズンマウスも倒すつもりなら弓一択。


 ヒュッ――――――プシュッ!


 黒い霧を発生させ、すでに魔法の発動準備に入ってたエアマンティスの頭部が貫かれた。

 ジンク君はそれだけ確認すると、弓を放り投げつつ素早く振り返り、すぐに腰に差したナイフへ持ち替えながら現状把握を済ませたようだ。

 ポッタ君が前面に差し出す籠へ食らいつくポイズンマウスの横っ腹へ、ここぞとばかりに強くナイフを差し込んでいく。


 ――戦闘終了、お見事としか言いようがない流れるような動きだった。


「……凄いね。手を出そうか悩んだけど出さなくて良かった。ポッタ君もナイス防御だったよ!」

「ふっ……ふぅ……怖かった……」

「ポッタ良くやった! 2人共怪我してないか?」

「大丈夫! ポッタが守ってくれたよ!」

「そうか……ロキ、今のは正解だったと思うか?」

「うんうん、大正解だと思うよ。ただ――欲を言えばメイちゃんとポッタ君。2人もいざという時は戦闘に加われるのが一番だと思う」

「「「……」」」

「もちろん無理をする必要は無いけどね。ロッカー平原なら魔物が小さいから解体用ナイフでも十分武器になるし、こないだ接点があったパーティだと荷物持ちが小型のメイスを持っていた。緊急時に自衛できるかどうかは大きいんじゃないかな?」

「まぁ……そうなんだけどな……」

 ジンク君も当然そうであってほしいとは思っているが、2人に無理は言えないのだろう。

 なんとも言えぬ顔をして2人を見るが――

「うん……ロッカー平原でいっぱいお金を稼ぐってなったら必要だよね……薬草なんて生えてなさそうだし……頑張る。私頑張ってみるよ!」

「ぼ、僕もっ! 剣とかナイフで切るのは嫌だけど、叩くだけなら!」


 こういう話になれば外野は黙っておいた方がいいだろう。

 どうしても難しくて、今まで通りパルメラを狩場にするのも一つの手。

 出来ることを増やして、その分多くの収入を手にするのも一つの手。

 それは彼らが決めることであって、俺がどうこう言うべきことじゃない。

 求められれば可能な限りのアドバイスをする。

 ――それだけで良い。

「さっ、今日はお試しなんだから、日が暮れる前にどんどん魔物を倒していこう。そうしないと今みたいな新しい発見はできないよ?」

「そうだな。ロキがいるうちに色々試すぞ! 今日だけは何かあってもロキがなんとかしてくれる!」

「そうだね! ロキ君がいる時に無茶なことしちゃおう!」

「荷物はまだまだ余裕!」

「えぇー……」

 試すのは良いけど無茶はしないでほしいなぁ……

 そうボヤキながら、奥へと進んでいく3人の後をついていくのだった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 日が落ち始めて夕暮れに染まるロッカー平原。

 帰り道を歩きながら、思い思いに今日の感想を言い合っていた。

「疲れたーっ!!」

「さすがに、重くなってきた……」

「凄いぞ……これはきっと凄い……凄い報酬になることは間違いない……」

 1人念仏のようにボソボソ呟く怪しい人もいるけど、3人共今日の結果には大満足だろうな。

 俺がお尻を叩いていたとはいえ、なんだかんだと魔物を狩りまくり、籠の半分くらいまで素材が埋まったのだ。

 大体ロッカー平原初日の俺と同じくらいだから、この素材量ならたぶん15~20万ビーケくらいにはなるだろう。

 3人で割れば一人5万ビーケ以上。

 今までの報酬からすれば破格とも言える金額だ。

 しかも今日の午後だけでこの成果。

 弁当でも馬糞モドキでも、昼の食事をちゃんと持って1日狩りをすれば――

 彼らの生活は、きっと大きく変わるに違いない。

「後半はだいぶ慣れてきたんじゃない? メイちゃんも1回ポイズンマウス倒してたし」

「でも顔に刺しちゃったよ!」

「攻撃する時に目を瞑るからだろ! どこを攻撃するか最後まで見て狙うんだぞ!」

「えぇー! なんか怖いじゃん!」

「バカ! 攻撃外して噛まれるよりよっぽどマシだろ!」

 結局ジンク君が1回、メイちゃんもよく分からないところにナイフを振って1回ポイズンマウスに齧られていた。

 齧られると必ず毒を貰うわけじゃないみたいだが、ジンク君とメイちゃんは身体がすぐに怠くなったということでポイズンポーションを服用。

 通常の回復ポーションは噛まれたところに直接掛けていたので、てっきりポーションは飲むものだと思っていた俺は内心かなり驚いた。

 もちろん「今更かよ!」なんて突っ込みが入りそうなので、さも知っている風な顔して眺めていたけどね。

 あとは帰り道に木があるところまで行ったら、エアマンティスが放ちそうなレベル1程度の風魔法を実演してあげれば問題無いだろう。

 10メートルほどの距離なら木の表皮も削れないことを知れば、もっと動きが積極的になって討伐数も増えるはずだ。


 そんなことを考えていたら、ふいに先頭を歩くジンク君に話しかけられた。

「なぁロキ。ロッカー平原って元は遺跡でもあったのか?」

「え?」

「なんか謎の石柱が立ってるよね?」

「1ヵ所に何本もある。あれはきっと何か意味があるはず」

「……」

 別に隠したいわけじゃない。

 が、特別な何かと思われている中で真実を言うのは若干気まずい。

 今後ロッカー平原で狩るならすぐにバレるだろうけど。

「あ、あれね、犯人は俺……」

「「「ん?」」」

「狩りしていると籠が邪魔でさ、あの石柱の上に籠乗っけて、誰も届かないようにして狩りしてたんだよね」

「「「んんん??」」」

 説明はしたのに、まったく理解できていない顔をしている3人。

 はてなマークが顔中に浮かんでいるのが見える。

「まぁ、こうやるんだよ」


『長さ5メートルの石柱を生成』


 ズズズズズズッ……


「「「…………」」」


「この上に籠置いておけばさ、誰も届かないでしょ?」

「……どうやって籠を乗っけるんだとか、乗っけた後はどうやって取るんだとか、色々あるけど……とりあえず凄いなロキ」

「魔法っ!! ロキ君って魔法使い!?」

「僕、神秘を見た……」

「神秘じゃなくて魔法ね。でもジンク君ならこれの小型なやつくらいはできるんじゃないかな?」

「え? なんで俺?」

「だって、【土魔法】取得してるでしょ?」

「いや、無いが?」



「……………………えっ?」



 ジンク君の予想外の返答。

 その言葉に、俺の中の|前《・》|提《・》が崩れるような感覚を覚え、思わずその場に立ち尽くしてしまった。7/24 本日1話目の投稿です
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56話 崩れ去る前提

「ロキ? 大丈夫か?」

「……あ、あぁ大丈夫だよ」

 そう返答はするも、とても冷静ではいられない。

 どういうことだ?

 ジンク君パーティは攻撃担当がジンク君だけ。

 つまりフーリーモールをジンク君のラストアタックでそれなりの数倒しているはずだ。

【気配察知】がレベル2なのだから、【土魔法】だってレベル2はあってもおかしくないだろう。

「……こないだステータス判定はしたんだよね?」

「あぁ。スキルは全部確認してきたぞ」

「その中に【土魔法】は?」

「いや、だから無いって。俺はたぶん魔法の適性無いんだろうな。使おうと思って練習したことも無いし」

「…………」


 ま、待て待て待て……どういうことだよ!?

 魔物を倒したら、その魔物が所持しているスキル経験値を得られるんじゃないの?

 それが|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|の《・》|ル《・》|ー《・》|ル《・》なんじゃないの!?

 それとも人によって|適《・》|性《・》が存在し、得られるスキル経験値と得られないスキル経験値なんてものが存在するのか?

 それなら――

「ち、ちなみにだけどさ。ジンク君は【|突《・》|進《・》】ってスキル持ってる……?」

「なんだそのスキル? 聞いたことないやつだな」

「そ、そっか……変なこと聞いてごめんね。ハハハ……」


 間違い無くジンク君が一番狩っているであろうホーンラビット。

 おまけに近接戦闘をし続けていたジンク君には適性外とも思えない【突進】スキル。

 しかし……これも|持《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》。

 なぜだ?

 隠している様子は無いだろう。

 隠すなら【気配察知】のレベルまで教えるなんてことは考えにくい。

 ならば、なぜ【気配察知】は持っていて、【土魔法】と【突進】は無いんだ?

 それとも何か根本的に考え方を間違えているのか?


 ――駄目だ、理解が追い付かない。

 当たり前だと思っていたこの世界の|前提《ルール》が崩れていく……




 その後の会話は生返事しかできず、予定していた【風魔法】の実演も忘れたまま、俺はベザートの町へと帰還した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 夕食後の宿の一室。

 俺はテーブルの上に置いた腕時計を確認しながら、椅子に座ってぼんやり小窓から見える外の景色を眺めていた。


 ジンク君との一件。

 あの違和感に対する答えは、俺がいくら考えたところで正解に辿り着けるものではない。

 しかし分からないからといって、放置しておけるほどどうでもいい内容ではないはずだ。

 となると、俺の内情を知っていてこの世界に詳しい女神様達に聞くしか方法は無いだろう。

 もちろん女神様達に聞くことだってリスクはある。

 彼女達は『|危《・》|険《・》|な《・》|異《・》|分《・》|子《・》』を警戒しているんだ。

 最悪俺の予想の一つが正解となった場合、排除対象になってしまう恐れもある。

 敢えて誰にも話さないという選択だって消えたわけじゃない。

 だが……今まで【神通】は寝落ちしない限りほぼ毎日使用してきた。

 それなりのコミュニケーションを取ってきたはずだ。

 女神様達は地球の情報に興味津々なようで、内容の大半はなぜか女神様が質問をして俺が答えるという、「逆だろ!」と突っ込みたくなるような構図になっていたが――

 いきなり神罰とか、そんな野蛮な方法は取らないはずだ。そう思いたい。

 なら一応は相談だ。

 悪いが――今日は質問責めをさせてもらう。


 ふぅ―――……


【神通】


「もしもし、ロキです。本日はどなたですか?」

(お久しぶりですアリシアです。ロキ君、お元気でしたか?)

「え? アリシア様! 回復されたのですか?」

 今までローテーションで女神様達と話してきたが、アリシア様だけはダウン中ということでこのローテションから外れていた。

 死にかけアリシア様の声だけはたまに聞こえていたので、ちゃんと生きていることは知っていたけど……

 こうしてまともに話すのは女神様達と会った初日以来だ。

(やっと話せるようになってきたくらいですけどね。皆とも随分交流を図られたようで……羨ましかったんですよ? ぜひ今日は私にも地球のことを教えてください)

「いやアリシア様、それ本来の目的と違う――って、今日はそれどころじゃないんです!」

(えっ?)

「アリシア様。大変です。事件かもしれません。この世界のルール――根幹に関わることかもしれませんけど、スキルについて教えてください!」

(そ、そんなっ! 楽しみにしてたのに!……いえ、なんでもありません。それで聞きたいこととはなんでしょう?)

「すみません。次回はアリシア様が知りたいことも教えますから。それで僕はこの世界のルールとして、魔物を倒せばその魔物が所持しているスキルの経験値を得られると思っていました。そのようなルールはこの世界に存在しますか?」

(魔物を倒すとスキル経験値? 確か経験値とは世界への貢献を数値化したものですよね?)

「あー……なんと説明すれば良いか……でもそういうことです。そのスキルに関連する行動を取る以外にも、例えば【火魔法】のスキルを所持している魔物を倒せば【火魔法】のスキルを取得することができる。これは合っていますか?」

(それはなんとも言えないところがありますね。この世界に魔物を創造されたのはフェルザ様ですし、どのようにして人種にスキルを授けるか決められたのもフェルザ様です。申し訳ありませんが――下位神である私達には与り知らぬ内容になってしまいます)

「そうですか……」


 女神様達は全能に近い印象はあるものの、決して全知ではない。

 あくまで人が知らぬことを知っている可能性が高いというくらいなので、この件が女神様達でお手上げなら――

 あとはヤーゴフさんやアマンダさんあたりに確認してみるかどうか、か。

 だが確認したところで違和感だけを植え付け、まともな答えが返ってこない可能性もあるし、女神様達と違って俺の情報が伝播する恐れもある。

 できれば避けておきたい確認方法だ。


(ちなみにどれくらい貢献――魔物を倒されると、スキルを取得できるのですか?)

「俺がまったくの未取得スキルで、そのスキルをもし魔物が持っていれば、5体倒せばそのスキルが手に入ります。厳密にはその魔物のスキルレベルも関係するので多くて5体です」


(……へっ?)


 ――もう、この反応で分かった。


 たぶん俺には|想《・》|定《・》|外《・》|の《・》|何《・》|か《・》が働いている。


(ち、ち、ちなみに、魔物を倒すことによって今までどのようなスキルを獲得されました?)

「えーと、しっかり獲得できたのは【突進】【気配察知】【土魔法】【風魔法】【毒耐性】ですね。あ、あと【棒術】もこのパターンで獲得しています」

(【突進】……? なんですかそのスキルは……? ちょっと皆、混ざってくださいっ! 【|突《・》|進《・》】というスキルを知っている者はいますか!?)

(聞いていましたよ。私も【突進】というスキルは知りません)

(私も知らないな。名前からすると攻撃系スキルのようだが?)

(たぶん人種に扱えないスキルだよね!? それをなんでロキ君が持ってるの? って話だけど!)

(さすが異分子。危険な気がする……)

「ぎゃー!! ちょっと待ってくださいリア様! 俺普通だから! 普通に生活しているだけですから!!」

 やっと掴みづらいリア様ともちょっとずつ会話ができるようになってきたのに……

 不穏な発言を咄嗟に|宥《なだ》めていると、生命の女神フィーリル様が確信めいた発言をする。


(まず間違いなく魔物専用のスキルですよ~。だから私達がこのスキルを所持していないのは当然です~)


(((((えっ?)))))


(過去に【神眼】で魔物を覗いたことがあります~。その時にこの【突進】スキルを所持していた記憶がありますよ~)

(人種の生存可能領域を調査する目的で、【分体】を下界に降ろしていた時の話ですか?)

(そうです~その時に興味本位で覗いたことがあります~)

(その行為もどうかと思うけど……でもこれで決定的じゃない?)

(そうだな。なぜかロキは魔物だけが持つスキルも持っている)


((((((…………))))))


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕もなぜ持っているのかよく分からないんです! それに持っていても普通に生活しているだけなんです!」


 ・


 ・


 ・


「あっ――もう【神通】が切れてる……」


 はぁ―――……

 思わず椅子の背もたれに全体重を任せて脱力してしまった。

 何かおかしいとは思っていたけど、まさかの魔物専用スキルとは……

 相談したことは失敗だっただろうか?

 内緒にしておけば女神様達にもバレることは無かった。

 だが――それでも俺が答えを知らないままであれば、いつかそのうちボロが出ていたことだろう。

 後でバレるよりは、自ら申告した方が100倍マシ。

 そう思うしかない、よなぁ。

 あとはいつものなるようになれだ。


 その時、思考にノイズが掛かる。


(ロキ君、アリシアです。申し訳ありませんが明日、必ず教会に来てください。緊急ですのでお願いします)


(来ると思ってたよ【神託】……)


 さすがにこの状況で断れないことは分かっている。

 俺にとっても、女神様達にとっても一大事な内容だ。

 ならば、腹を括るしかない。

 こうして気落ちしたまま、俺はベッドへ転がり眠りにつくのであった。7/24 本日2話目の投稿です
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57話 不安な作戦

「もう大丈夫ですよ」

 前方からの声に目を開ける。

(なるほど……今回は最初の布陣か)

 目の前には愛の女神アリシア様を筆頭に、左右を戦の女神リガル様、罪の女神リア様と固めている。

 まだ様子見という雰囲気だが、何か不穏な事態になればすぐに――ということだろう。

「緊急の呼び出しをしてしまって申し訳ありません。【神通】の時間では短過ぎるもので」

「いえ、俺もそう思っていたところなので大丈夫ですよ」

「それで、昨日お話されていた魔物から得られるスキルについてですが……」

「えぇ、分かることはちゃんとお話しします。なので最初に釘は刺させてもらいますよ。俺は望んでこのよく分からない能力を得たわけではありませんし、自分でもまだなんなのか理解できていません。だからこそ昨日女神様達に相談しようと思って話しました。なので――危険だからといきなり排除の動きを取らないでくださいよ?」

 そう言って特にリア様も見ると、ビクッと反応して目を逸らした。

 そんな姿も凄く可愛いけれど、何か考えていたのかと思うとやっぱり怖い。

「それは安心してくれ。ロキは自ら話してくれたんだ。やましいことがあれば話さない。そうだろう?」

「その通りです」

「ではまず、なぜ気付いたのか。その経緯を教えてもらえますか?」

「俺と付き合いのある子供達のハンターがいるんですよ。それで昨日一緒に狩りをしていたんです。その時に間違いなく持っていると思っていたスキルをその子は持っていなくて、でも持っているスキルもあって……それでよく分からなくなったって感じですね」

「具体的にはどのスキルですか?」

「【気配察知】【土魔法】【突進】です。【気配察知】と【土魔法】は同じ魔物がスキルを持っているので、俺の常識から考えればスキルの獲得状況が大きくズレることはあり得ないんですよ。自然に上がる経験値なんて微々たるものですから。なのにその子は【気配察知】がレベル2になっているのに、【土魔法】は未取得だった。おまけにその子が一番狩っているであろう魔物が所持している【突進】すら未取得だったので、明らかにおかしいとなったわけです」

「なるほど……」

「その子供はどの程度ハンターとして活動しているのだ?」

「んーおおよそ2年くらいですね。俺がこの世界に来る前のことなので、活動の頻度までは分かりませんが」

「ふむ。【気配察知】は意識して周囲に気を向けるという行動がスキル取得の要因になる。だから個人の才を抜きにしても取得だけなら比較的容易なスキルだし、実際に人種でも得られている者は多い。それに比べて――」

 リガル様がチラリとリア様を見ると、リア様がそのまま引き継ぐように言葉を繋ぐ。

「【土魔法】を含めた魔法系は魔力操作、詠唱の仕組み、発現後の現象イメージとか……基礎となる知識を基にした修行をしながらスキル取得するのが一般的。だから私達が|願《・》|い《・》を受けて無理やり授けても、最低限の知識が無ければ魔法を発動することもできない」

「確かにそうですね。俺もスキルを取得したのに発動できなくて苦労しました」

「だから魔法系は自然にスキルを取得しにくい系統」

「ということはその子――ジンク君って言うんですけどね。ジンク君は2年間というハンターの実績から【気配察知】は自然取得できたけど、【土魔法】はまったく取得に至らなかったというわけですか」

「そう考えるのが自然」

「そして【突進】はそもそも人が取得できるスキルではないと……」

「その通りです。私達女神が誰も取得していないスキルという時点で、|人《・》|種《・》|に《・》|は《・》|本《・》|来《・》|得《・》|ら《・》|れ《・》|な《・》|い《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》ということが分かります」

「となると、なぜ俺が得られたのか――ですよね」

「そうだ。ロキは何か思い当たる節はないのか? 例の……上位神様が絡んでいるかもしれない件で」

「いえ……それがまったく無いんですよ。以前お伝えした通り、あの時のやり取りで与えられたのは、『若返り』と『ステータス画面を見られること』。この2つだけです。逆にもっと欲しいと言ってもくれず、強制的に飛ばされましたので」

「やっぱり嘘を吐いている様子が無いんだよね」

「取得できる理由がさっぱり分からんな……」

「ちなみに転移者や転生者、あとは前にリガル様が言っていた次元の狭間から来た異世界の人間だけが、特別こういったケースに当てはまるということは?」

「少なくとも私達が転生させた者に、おかしなスキルが混ざったことは無いな」

「次元の狭間から落ちた人種も、微かな記憶ではありますがそのようなことは無かったと思います。ただ――」

「転移者は分からないよね? そもそも私達がまったく把握していないんだし」

「確かにな。"故意に転移させられた転移者"という括りで見るなら分からん。そのような経緯を辿った人種はロキが初めてだ」

「次元の狭間を通った人種と同様に考えれば有り得ないと思いますけど、それでも確証は得られませんね」


 聞こうと思ってまだ聞けていなかったこと。

 俺以外にどんぐり、もしくは同じような存在によって転移させられた者が生きているかどうかは――これでかなり絶望的になったな。

 絶対にいないとは言い切れないが、女神様達が把握しておらず、情報が得られやすい立場にあるヤーゴフさんも転移者の存在を知らないとなれば、ほぼ全滅とみていいだろう。

 まぁそれも納得だ。

 あんなところにいきなり捨てられたら普通は死ぬ。

 俺はたまたま所持していた地球の持ち物が上手く噛み合ったからなんとかなっただけだ。

 となると、話が余計に|拗《こじ》れそうだが……

 女神様達にとっても重要だろうから一応伝えておくか。

 ヤーゴフさんには他言無用と言われたけど、さすがに世界を管理する女神様達相手であればセーフなはずだ。


「少し話が逸れますけど、地球の人間が俺と同様に、無理やりこの世界へ飛ばされている痕跡は発見しています。それはご存知で?」

「えっ……?」

「どういうこと?」

「その顔は知らないっぽいですね。来てはいるみたいですよ? 俺が持っているような地球産の物が、パルメラ大森林に落ちていたみたいなので」

「そ、それは本当か……?」

「女神様達なら嘘か本当かは分かるでしょう? 俺だってこんなところで嘘は吐きませんよ」

「ロキ君だけじゃない……? では誰が、何のために……」

「なのでかなり可能性は低いでしょうけど、もし|生《・》|き《・》|残《・》|り《・》を見つけられれば答えが見つかるかもしれません。それに今後も俺のように飛ばされた人間が出てくる可能性だってあります」

「しかし、ロキと同じなら教会に立ち寄る必要もないのだろう? となると私達は大きな異変が起きるまで気付けないし、もし仮に気付けたとしても【神眼】で覗けなければ結局原因は分からないんじゃないか?」

「ん~そこは微妙なところですね。この世界に飛ばされた人間は本当に何もこの世界のことを分かっていません。だから教会があれば俺のように興味本位でとりあえず立ち寄ると思うんですよ。それに、俺は文句を重ねてやっと若返りとステータス画面が見られるという能力を得られました。何もしなければ一切の能力も与えられず放り出されていたでしょうし、ちょっと駄々を捏ねたくらいでも結果は同じだったと思います」

「つまり、ロキ君だから若返りとステータス画面が見られるという能力を得られたというだけで、普通の転移者はスキルを何も与えられずにこの世界へ来ていると?」

「その可能性が高いと思います。ただ勘違いしないでいただきたいのは、女神様は【神眼】というスキルを使っても俺のスキルを見られない。このよく分からない能力が、与えられたこの二つの能力と紐づいているのかは俺にも分かりません」

「……もうどうしたらいいのか分からないんだけど?」

「あぁ私もだ……話がややこし過ぎるし、これは神界からの監視でどうにかできる問題ではない気がする」

「いったいなんの目的が……せっかく立て直そうと……どうして……」

 いかん。アリシア様が壊れかけている……

「ただこれはあくまで個人的な意見ですけど、そう難しく考える必要は無いと思いますよ? 魔物専用スキルを得られたからなんですか。実際得られた身としては、最初は便利だなと思って使いましたけど、今なんてほとんど使っていません。魔物から得られるスキルでもステータスボーナスは付きます。だからその分人よりステータスは高くなり易いと思いますが、その代わりに俺と同様なら加護や職業選択ができないんですよ? おまけに転生者みたいな出血大サービスのスキルプレゼントなんてこともありません。――ではそんな人間が、女神様達が手に負えないほど強いんですかね?」

「「「……」」」

「俺と同じ流れで地球人がこの世界へ飛ばされれば、まずほとんどと言っていいほど生き残れない。これは断言できます。あの環境は過酷過ぎましたから。それに俺は人一倍強さに拘っているからあれこれ試行錯誤していますけど、転移者――というより地球人が誰も彼もそうではありません。それは魂を呼び寄せ、転生させている女神様達が一番よく分かっているんじゃないですか? 俺はこの世界で目立って動いている転生者が4人と聞いていますけど、それ以上に転生させて、かつ今も生きているのなら、残りの人達は異世界人と公言せずにのんびり人生を謳歌しているということでしょう?」

「確かに。転生させた数だけなら断然多い」

「仮に過酷な環境を生き残った転移者が極少数いたとしても、世界に害を成すような人格である可能性はさらに少ない。そしてそうなってもそこまで強くはならない、か……」

「この世界の|強《・》|い《・》がどの程度なのかは分かりません。でも女神様達は人種の取得可能スキルを一通り揃えた、云わば最高峰の人種みたいなものでしょう? ならば明らかに世界を滅ぼすような危ない人間が出てきたら、最終奥義でリア様の神罰でもブチかましてやればいいじゃないですか」

「ロキは分かってるね」

「わ、私だって本気を出すと強いぞ!?」

「いやいや、リガル様がどうやって下界に……ん? そういえばフィーリル様が【分体】とか言ってましたよね。ってことは、そんなに心配なら下界に降りて直接怪しい人間がいるか見回ったらどうです?」


「それですっ!!!!!」


「「「(ビクッ!!)」」」


 ビ、ビックリした……

 また死にかけていたアリシア様が急に復活したと思ったら、いきなり大声を上げるとは。

 一番謎が多いのは、実はアリシア様かもしれない。

「い、いや待て待て、アリシア? そんな干渉したらフェルザ様に凄く怒られるんじゃないか?」

「うん、フィーリルができたのはまだ人種がいない時だったから。【分体】とはいえ、今やったら禁忌事項に引っかかりそう」

「でもこのままでは、事が起きてからでないと気付けないんですよ? それでいいんですか?」

「「……」」

「それに干渉ということなら、既にロキ君をここへ呼んでしまっています。世界の衰退を止め、発展へ導くには今更だと思いませんか?」



 どうしよう。

 俺のせいで、何やらマズそうな方向にやる気を滾らせているアリシア様を止めるべきか、それとも押すべきかが判断できない……

 どっちだ?

 どっちが正解なんだ!?

 俺に意識が向いていない今のうちに考えろ!


【分体】を推奨し、女神様達が直接動くことによって、俺と同じような転移者を見つけることができれば『転移者特有の能力』という結論で片付く可能性がある。

 もし飛ばされた人間が全滅していて見つからなかったとしても、今後飛ばされた人間が出てくる可能性もあるわけだし……

 女神様達が原因究明のために探している期間は諸々延命できると言えるか。


 逆に【分体】を推奨しなかった場合、俺だけでは転移者を見つけることは相当難しい。

 そんな異分子を見つける嗅覚なんて俺には無いし、時間も無い。

 となると原因が分からないまま俺の謎の能力だけが際立って、できるか分からないが最悪はこの能力を剥奪なんてことも――


 それはマズい。


 折角チート転生野郎どもでは持ち得ない何かが俺にはあるんだ。

 ただでさえ加護やら職業選択でハンデを背負っているというのに、この能力まで奪われてしまえば俺には何も無くなってしまう。


 それなら―――


「あの、これも個人的な意見ですけど、この世界ってフェルザ様に見捨てられちゃってるんですよね? そんな見捨てている世界を、色々な世界を管理されている忙しそうな方が気にするものなんですかね……?」

「「「えっ?」」」

「いや、もし俺が女神様の上司ならですよ? たぶん相談事を持ってこられても、適当にやりたいことやりなさいよって返事をして終わらすと思うんです。もうどうでもいいと思っている世界なんであれば」

「「「……」」」

「今もここにいない3人が結界を張っていると思うんですけど、実はそんなこと意味ないくらいに、フェルザ様がこの世界をまったく気にしていなかったりして……」

「「「…………」」」

 いけない。

 3人の目にじんわり涙が浮かんでいる。

 あくまで客観的な意見を言ったつもりだが、この世界をなんとかしようとしている女神様達にはあまりにも酷な内容だった。

 保身のために皆を傷つけてしまうのはさすがにマズい……

「すみません言い過ぎました。俺の意見なんて持ちだしても意味がな―――」

「……覚悟はできた。やるぞッ!」

「うん。【分体】で下界を直接監視しよう」

「そうです。このまま手をこまねいてこの世界を終わらすわけにはいきません!」

「ん? え? 一応他の皆さんとも相談された方がいいんじゃ……?」

 すると、空から声だけが降りかかってくる。

「話は聞いておりました。私も助力させていただきます」

「フェルザ様を見返すんだね! 頑張るよ!」

「久しぶりの下界は楽しみです~」

「……」


(……ほ、本当にこれで良かったのか? 結論を出すのが早過ぎて物凄く不安になるんだが?)


 こうして、俺が余計なことを口走ったばかりに、『女神様【分体】監視作戦』が翌日から決行されることになってしまった。
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ここまでご覧いただきありがとうございました。
ここで第3章は終了となり、この57話を分岐点に書籍版とWEB版とで物語が大きく枝分かれしていきます。
女神が下界に降臨するルートはWEB版。
女神が下界に降臨しないルートが書籍版となりますので、お好みのルートもお楽しみください。
同じ世界観でありながら、片方では明かされていない設定がもう片方では明かされていたりします。一部は作中で公開している設定のようなものです。
ロキの手帳として、章の終わりにその段階までの情報を公開していこうかなと思っています。
ただしロキ自身がスキル詳細を把握していないまま使う場面も今後登場します。
先にスキル性能を知っていると、作中「あれ?」と違和感を覚えることもあると思いますので、一部が今後のネタバレに繋がっている点十分ご注意下さい。

【ロキの手帳】を見なくても、物語の進行上一切影響はありません。
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ロキの手帳①

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:11  スキルポイント残:41

 魔力量:82/82 (+18) 剣を所持している場合のみ魔力上昇付与でさらに+50

 筋力:   39 (+6)
 知力:   40 (+11)
 防御力:  38 (+112)
 魔法防御力:38 (+6)
 敏捷:   38 (+18) 
 技術:   37 (+12)
 幸運:   43 (+4)

 加護:無し

 称号:無し


 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル

【剣術】Lv2 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値160%の限定強化を行う 魔力消費7 筋力補正

【棒術】Lv1 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値130%の限定強化を行う 魔力消費5 筋力補正

【短剣術】Lv1 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値130%の限定強化を行う 魔力消費5 筋力補正

【挑発】Lv1 怒りの感情を発芽させ、注意を己に向けやすくする 発動範囲10メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費5 防御力補正

【狂乱】Lv1 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値120%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用制限時間1分 魔力消費0 筋力補正


◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv2 魔力消費20未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv3 魔力消費30未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv4 魔力消費40未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正


◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv2 狩猟技能が向上し、獲物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv2 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv1 採取技能が向上し、採取物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正


◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv1 上下左右の視野が僅かに広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv1 僅かに遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv3 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径15メートル 魔力消費0 技術補正

【俊足】Lv1 走る動作に補正がかかり、移動が僅かに早くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【探査】Lv1 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径30メートル 魔力消費0 幸運補正

【算術】Lv1 算術能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv1 暗記能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正


◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv7 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔力最大量増加】Lv1 魔力最大量を10増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv1 魔力自動回復量を5%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正 


◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正(レベル1で+2上昇)

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意志の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ(レベル1で+4上昇)


◆その他/魔物

【突進】Lv3 前方に向かって能力値190%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力9 敏捷補正



●ボーナスステータス値

各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)

スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)

スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)

スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)

スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)

スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)

スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)

※魔力のみ2倍 【神通】は4倍のため今後要検証



●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

0→1・・・・・2ポイント

1→2・・・・・4ポイント

2→3・・・・・12ポイント



●レベル上昇による各能力上昇値

各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇



●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得られるスキル経験値の関係性(推定値)

スキルレベル1取得に必要な経験値は100  

スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


スキルレベル1から2に必要な経験値は200  


スキルレベル2から3に必要な経験値は600  


スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 

スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 


スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 


スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000
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主人公視点で情報を出していますので、計算すると数値がズレると思いますがこれは仕様と思って下さい。
4章内でその原因は判明します。58話 唐突な来訪

 ご~ん……ご~ん……

(アー……ウゥー……昨日行きそびれたんだし、今日はルルブの森に行かなきゃだな……)

 昨日は昼前に女神様達の呼び出しも終わり、もしや昨日の出来事は俺の|異《・》|世《・》|界《・》|人《・》|生《・》|最《・》|大《・》|の《・》|分《・》|岐《・》|点《・》だったのでは? と思うと心が落ち着かず、のんびり午後を釣りだけして過ごしてしまった。

 釣りをしながらボーッとしても考えは纏まらない。

 これが分かっただけでも一つの収穫と言える。

 ちなみに魚を釣り上げるという収穫ももちろんなかった。

 たぶんセンスが壊滅的に無いのだろう。

 さーて今日はその分頑張らねばと、寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった俺は、ふと、視界の端に|足《・》があることに気付く。


(……ん?……んんんんっ!?)


 急速に覚めていく眠気、見開かれる瞳。

 視線を上に向ければ……


「……」

「……」


「ぎゃぁああああああああああああああああああああ!!!!」


 ドンッ!!

「うおっ! すみません!!」

 まさかこの世界にも壁ドンがあるとは思わなかった。

 早朝に叫べばそりゃお隣さんも怒るだろう。

 壁薄そうだし。

 って、今はそれどころじゃない!

 なんだ?

 いったい何がどうなっている!?


「なんで……なんでリア様がここにいるんですか!?」


 そう、なぜか備え付けの椅子にちょこんと座るリア様がいた。

 ぐぅ~朝から眩しい……謎のオーラを放ってやがるぜ……

「ん? ロキを目印に【分体】を作ったから」

「へ? あ、いやいや、そんな冷静に答えられても……というか俺の居場所ってずっとバレていたんですか……?」

「だっていつも同じ場所から【神通】使ってたし。ここが家だと思った」

 マジかよ……【神通】って相手の居場所バレるのかよ……

「ま、まさかずっと俺の姿を監視していたんじゃ――」

「そんなことはできない。場所が分かるだけ」

「……どうやって入ったんですか? 鍵掛かっていたでしょう?」

「直接この部屋に【分体】を出したから鍵は開けてない。開けようと思えば開けられるけど」

「……」

 不法侵入とか、どうなってんだよ女神様は!

 というか、なぜ俺の部屋に【分体】を出さなければいけないんだ?

 昨日の話では【分体】で転移者捜索をする、そんな話だったはずだ。

「リア様? なんで俺の部屋に【分体】を? 転移者を探すなら街中とか、探すところはいっぱいありますよね?」

「ロキが私達の中で初の転移者。それにパルメラの森で遺留品が見つかっているなら、ロキの周りを探した方が効率が良い――ってリステが言ってた」

 な、なるほど。

 そう言われると何も言えない。

 さすがリステ様である。

「では既に他の女神様達は探しに行かれているんですか?」

「ううん。勢いで納得したけどやっぱり不安だから……とりあえず【分体】を下界に降ろすのは1人だけ。これならもしフェルザ様に見つかっても、怪しいロキを担当が直接監視していたという言い訳が立つ」

 そ、そうですか……

 俺の扱いが酷過ぎる気がするんですけど、気のせいでしょうか……

「ということはリア様が転移者探しの担当ということですね?」

「私が最初。交替制になるから1週間くらいで替わると思う」

 ふーむ。

 そういえばフィーリル様は楽しみなんて言っていたし、他の方々もやたらとやる気になっていたので、皆さん管理している下界に降りてみたいのかもしれないな。

 神界は退屈とか、フェリン様が言っていた気がするし。

「分かりました。とりあえず俺は宿の朝食を食べに行きますけどどうします? って、リア様は宿泊客じゃないから食べられるか分からないか」

「大丈夫。私達は食事を摂る必要が無い」

「さ、さすが神様ですね……では宿の中を通って出るとマズいかもしれないんで、出かけるなら上手く隠れて出てくださいよ? 何かあっても責任持てませんからね!」

「分かった」

 はぁ……朝からなんなんだよこりゃ。

 俺のせいと言えば俺のせいかもしれないけど、起きたら部屋の中に人が座ってましたなんて、さすがにホラー過ぎるだろう。

 朝に気付いて良かったと心底思う。


 それにしても、1週間リア様はどのように過ごすのだろうか?

 宿に泊まるという知識はあるのか?

 それにお金は?

 食事は必要無いと言っていたし、まさか睡眠も必要無いとか?

 よくよく考えれば、女神様の生態はかなり謎に包まれている気がする。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「なんでまだいるんですか?」

「ロキを待っていたから」

 朝食後、部屋に戻ったらリア様はまだ椅子に座っていた。

 素足をプラプラさせている姿は可愛いし、顔もウルトラ可愛いし、そんな中で「待ってた」なんて言われたら俺がときめいてしまいそうだが、だがしかし、俺は騙されない。

「えっと……転移者の探索をするんですよね?」

「うん」

「早く行った方がいいんじゃないですか?」

「ロキと一緒に行く」

「……へっ?」

 どういうこと? なぜ俺も一緒に? 昨日、俺も一緒に探索しますなんて言ったか?

 いやいや、言ってないよな……

 俺が狩りを放り出してそんなことするわけが無い。

 そうだ、つまり断じて言っていない!!

「ちょっと……俺にも予定があるんですよ? 今日は昨日行けなかったルルブの森に行く予定なんです」

「だからついていく」

「は?」

 やべぇよ。

 会話のキャッチボールができているようでできていない。

 俺は難聴でもないのに、耳の通りが悪くなったような気がしてくる。

 このままでは「ん? なんだって?」と連発してしまいそうだ。

「下界の町とか村なんてよく分からない。だからロキについていって、その中で転移者がいないか探す」

「なるほど……それで、今日1日が終わったらどうするおつもりで?」

「?」

「だから、俺についてきて、今日1日が終わったらリア様はどうするんです?」

「一緒にここへ戻ってくる」


 おぉぅ……

 俺は確かに願ったことがある。

 この世界で今まで多く接点を持った女性はアマンダさん(推定40歳くらい)、宿屋の女将さん(推定50歳くらい)、ギルド内のお食事処のおばちゃん(推定50歳くらい)、教会のシスターメリーズさん(推定50歳くらい)

 全て俺の元年齢よりも上の方々、つまり全員おばちゃんだ。

 ストライクゾーンを大きく超えている。

 一応メイちゃん(10歳)だっているにはいるが、これまた逆の意味でストライクゾーンを大きく下回っているので、さすがに子供としか見たことが無い。

 これが俺の、転移後の運命なんだと思っていた。

 なぜか適正年齢とも言える若い子に声を掛けても躱される様は、ある意味呪われていると言ってもよかった。

 だから転生チート勇者のタクヤが絶賛ハーレム野郎と知った時には――震えるほどの殺意を覚えた。

 てめぇ、何良いとこばっかり持ってってんだおぉん? 俺の境遇分かってんのかあ~ん? と、会えば恫喝してしまいそうな勢いだった。

 だがしかし、いきなり女神様はハードルが高過ぎるよ……

 こんな、文字通り|人《・》|間《・》|離《・》|れ《・》|し《・》|た《・》|子《・》をどうすればいいんだよ……


「リア様? 見て分かる通り、この部屋はベッドが一つしかありません」

「私は寝る必要無いから大丈夫」

「ね、寝なかったら夜中どうしてるんですか……」

「座ってロキが起きるの待ってる」


 ズッキューーーーーーン!!!!


 ……って違うわ!

 そんなことになったら俺のプライベートなんて欠片も無いだろうが!!

「それ、もう俺の監視とかわりませんよね……」

「……そうとも言う」


 それを聞いて俺の身体が自然と流れた。

 過去に数度やらかし、お客さんの前で披露せざるを得なかった土下座だ。


「勘弁してください!!!」

「?」

「勘違いしないでくださいよ! 俺は悪さをするつもりはありません! 日々セコセコと懸命に生きているだけです! だからやましいことなどございませんが! それでも! それでもプライベートの時間というのは大事なんです! 俺も男なんで――夜、寝る前あたりは特にっ!」

「よく分からないけど大丈夫だよ?」

「大丈夫なわけあるかぁぁぁい!」


 マズいマズいマズい……

 絶対こちらの事情を理解してないリア様に、もっと効果的な説得方法はないものだろうか。

 他の女神様に効きそうな手はあるんだが、果たしてリア様に効くかどうかが分からない。

 でもこの窮地を脱するには試してみるしか――

「リア様。リア様は人間から見てどのように映っているか自覚はありますか? 世界一と言っていいくらいに可愛い少女なんですよ。地球でも比類する存在なんて見たことがないくらいに。そんな子がずっと近くにいたら俺はどうなると思います? 色々な意味で死んでしまいそうになるんですよ。俺だって将来結婚して子供ができたらくらいのささやかな夢はあるんです。俺を……目の肥え過ぎた贅沢者にしないでいただきたい」

 言い終わった後、ジッとリア様を見つめると――


「わ、分かった、考える……」


 やった! 通じた! 通じたぞぉー!!

 嘘の要素はまったく無い。

 かなり本音であるから、思考を読まれたところで問題は無い。

 しかし……僅かに顔を赤らめて下を向いている姿も尊過ぎるな。

 そう思えば、ずっと一緒にいてくれるとか、それ実は凄く幸せなんじゃ?と、別の願望が隙間から漏れ出てしまうのであった。
************************************************
4章開始です。

毎日少しずつの冒険と成長を。
素人が書きたい時に書きたいことを書いただけなので、当作品は相当好みが分かれるでしょうが、好みと合致する方はまったりお楽しみ頂ければと思います。59話 同行

「さて、それじゃ行きますけど……リア様、靴とかこの場に出現させられないんですか?」

「素材があればスキルで作れるけど、無いから無理」

「ほんと何も考えないで【分体】作ったんですね……」

 結局その後の話し合いの末、今日1日だけは俺に同行し、魔物のスキルがどのようなものなのか。

 また取得する時は何か通常と違うことが起きるのかなど、転移者の探索とは別に俺の調査をするということで合意した。

 俺自身は特に隠したいことも無いので、調査だと言われたところで何も問題は無い。

 一応魔物を倒しに行くのだからと【分体】の性能も確認したところ、分体を出した数だけ本体の能力から分割されていくとのこと。

 女神様達は神界で祈祷用、職業選択の際の【神託】用などで、基本数体の分体を常時出しているらしいのだが、それでも人間のソレよりは遥かに強い状態なので、特に狩場でリア様を気遣う必要は無いらしい。

 そりゃ全てと言っていいくらいのスキルを保有しているんだ。

 ボーナスステータスだけでも、とんでもない能力値になっていることだろう。

 能力が本来の数分の一になったところで俺より遥かに強いのは間違いないし、Eランク程度の魔物にやられるわけがないというのも頷ける。

 それに万が一何かがあっても、所詮はスキルで作られた分体なので、本体への支障はまったく無し。

 どちらかというと【分体】を作るデメリットは本体が弱くなることらしいので、安全な神界に身を置いている限りリア様は無敵状態というわけだ。

 果たして人間に使える者がいるのか分からないが、使えたら相当に優秀なスキルであることは間違いない。

 ただ難点として、分体生成の目的は自動で指定したスキルを使うためにあるらしく、分体にセットできるのは本体が保有しているスキルの中から1種類のみ。

 そのスキルは今回の目的に必要な【神眼】を割り当てているため、別のスキルを当てにすることはできないし、戦闘面はただ見ているだけで参加するつもりはないという忠告を予め受けてしまった。

 さすがに女神様が保有するスキルを全部使えるなんていったらチート過ぎるしね。

 そこまで求めていなかったし、初めからラストアタックは自分で取るつもりなので、戦闘に参加しないのもまったく問題無しだ。

 それと素朴な疑問として、【異言語理解】が無いなら俺の言葉は理解できるのか?と思ってしまった。

 そのことを確認すると、女神様は数多の言語能力が初めから備わっていたそうで、フェルザ様の管理世界にある言語ならスキルが無くても会話程度は問題無いとドヤ顔されてしまった。

 なんとも女神様らしいというか、一般人からすれば理解できないレベルの頭脳だけど、とりあえず意思疎通が図れるなら俺としてはそれでいいので気にしないでおく。


 これなら狩場同行も問題無い。

 そう、ルルブの森に着いてからのことは何も問題無いのだが――

 まずは靴も無いのにどうやってルルブの森まで行くの?という大問題を現在抱えている。

(靴屋が何時に開くかよく分からないんだが? 他の店が動き始める時間を考えれば朝8時くらいか? それなら今から向かえば丁度いいくらいな気もするけど……)

「リア様、一度【分体】を引っ込めて、後で出すことってできます?」

「【神託】を挟んでロキの場所が特定できれば可能。だけど道中の様子も見たいから却下」

「えぇー……でもこの宿から出るだけで一苦労ですよ? リア様お金払ってないんですから」

「そこはロキが頑張るところ」

 ……とんでもない人任せだぜ。

 だがここで考えていても始まらない。

 本来なら既にこの町を出て狩場へ向かっている頃だし、これ以上時間を無駄にするつもりは無い。

「はぁ~分かりましたよ。とりあえず女将さんには今日二人分のお金を払うとして……ほら、行きますよ?」

 そう言って俺はしゃがみ込む。

「?」

「裸足なんだからそのままでは歩けないでしょう? とりあえず靴屋までは背負いますから、早く乗っかってください」

「……分かった」

 すでに俺はしゃがんでいるので、リア様がどんな顔をしているのか分からない。

 少しの間を置いて、俺の背に加わる多少の重みと頬を擽る細く長い黒髪、そしてなんともいえない甘い匂いが鼻腔に伝わるも、俺はスケベ心なぞおくびにも出さず女将さんの下へ向かう。

 今日ほどリア様との間にある革鎧の存在が恨めしいと思ったことは無い。

「女将さんすみません。とある事情でこの子も昨日部屋に泊めることになってしまいまして……二人分払うので勘弁してください!」

「あらあら、坊やもやるじゃないか。なるほどねぇ……次からはちゃんと事前に言うんだよ!」

「なんもしてません! シーツは綺麗ですから!!」

 自分でもとんでもない言い訳をしているのは分かっているが、このまま勘違いされたのではたまったもんじゃない。

 このままではエロガキと思われてしまうし、実際何もしてないんだからしっかり訂正はさせてもらう。

 それにしてもリア様、軽いなぁ……

 【分体】って体重も分割されるのか?

 見た目だけで言えば中学3年とかそのくらい。

 身長は俺と同じかちょっとだけリア様が高いくらいで、たぶん150cmもないくらいだろう。

 靴は買ったとしても、真っ白いワンピースだけで武器も持たない少女がルルブの森とか、狩場で人に会ったらなんて言い訳すればいいのだろうか。

 そんなことを思いつつ、なんだかんだと俺の首元をギュッと掴むリア様をこそばゆく感じながら、俺は背負ったまま靴屋へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「リア様、本当にサンダルで良かったんですか? このままルルブの森まで走るんですよ?」

「大丈夫。いざとなったら靴脱ぐから」

「それ買った意味ないじゃん……」

 今俺達はベザートの町を出て、ルルブの森へ向かって北上している。

 もちろん女神様がいようが俺のスタイルは変わらないので、道中はいつもの特大籠を背負ったジョギングスタイルだ。

 リア様と一緒にギルドなんか行ったら大騒ぎになりそうだったので、靴屋で靴を選んでもらっている最中に依頼の確認と籠を受け取り、その後すぐに合流して出発した。

 先ほどからリア様もジョギングについてきてはいるのだが、どうにも買った靴がサンダルなので危なっかしい。

 だがさすがに、ワンピースにハンター用の無骨なブーツが|似《・》|合《・》|う《・》とは言えなかった。

 どっちが似合うかと問われれば、そりゃサンダルだと答えてしまうのはしょうがない。

 そんなやり取りをニヤニヤしながら眺める靴屋の親父の顔は、たぶん5年くらい忘れることはないだろう。

「そういえばリア様」

「なに?」

「リア様含めて、女神様達が顔でバレるというのは大丈夫ですか?」

 当たり前だが、下界に女神様が降臨しているなんてなったら一大事だ。

 仮に【分体】とは言え、バレればお祭り騒ぎになり兼ねないし、一緒にいる俺はなんなんだという話に十中八九なってしまう。

「それは大丈夫。直接会った人種は1万年以上前だし誰も分からない」

「なるほど……あっ、例の次元の狭間から落ちたって人ですか?」

「そう。あの時が最後」

「その人もやっぱり教会に立ち寄ったから分かったんですかね?」

「うん。教会――というより神具の近くに来れば私達は個別に人を判別できるから、その時に異分子がいれば違和感に気付ける」

 だからか。

 一番初めに教会へ立ち寄った時、何か声を掛けられたような感じだけはした。

 結局気のせいだと思ってそのまま立ち去ってしまったが――

「もしかして俺が最初に教会へ立ち寄った時、誰か俺に呼び掛けました?」

「あれはアリシア。この世界の人種じゃないかもって大騒ぎして、ロキを引き留めようとしてた」

「そういうことだったんですね。気のせいかと思って帰っちゃいましたよ」

「それはしょうがない。神具である神像から離れれば私達の力も弱まるから」

 神像が神具か……

 ということはあの黒曜板も神具ってことになるのだろう。

 それにしても1万年以上前から神像があり、教会があり、今とさほど変わらない文明が続いていると思うと、この世界の停滞っぷりは凄まじいことがよく分かるな。

 地球ならなんだ? 原始人の時代だろうか?

「まぁ神具と言っても神像があの作りじゃ、リア様を見てもただの超絶可愛い子としか思わないでしょうね」

「……」

「間違っても自らバラさないでくださいよ? その後絶対に面倒な事が起こりますから」

「それは大丈夫」


 その後も片道3時間の道中、リア様と会話を続ける。

 この【分体】で知り得た情報は、本体へとリアルタイムで伝わること。

 本体に伝われば、そのまま女神様達へと情報共有されること。

 転生の時は女神様が対応するも、直接の応対は全てアリシア様がしていること。

【神眼】はその対象を目で見なければいけないため、射程範囲のようなものは視力に依存すること。

 女神様達が当たり前のように心を読むあれは、文字通り【読心】というスキルを使っていること。

 当然ながら、リア様はこの世界のお金を持っておらず無一文なこと。

 神界は管理世界それぞれで分けられているため、俺が見たあの場所には女神様達6人だけで暮らしていること、などなど。

【神通】で2分、教会経由の魂を神界ご招待で体感10~20分。

 そう考えれば、ここまで長く女神様としゃべったのは初めての経験だ。

 だが自然と話題が次から次へと出てくるため、言葉が途切れることは無い。

 呼吸が大きく乱れないよう、いつものジョギングよりもペース落としてしまったが……

 それでも昼前、ようやく初となるルルブの森へ俺達は到着した。
************************************************
誤字報告ありがとうございます!60話 面倒な狩場

 見た感じではパルメラ大森林と大差無いように見える森。

 その入口に立ち、ここまで案内してくれたリア様に問いかける。

「リア様、ここがルルブの森で間違いありません?」

「大丈夫。国や町の名前はよく変わるから覚えてないけど、土地の名前はそう簡単に変わらないから間違えない」

「……まさに世界を観測してきた女神様らしい発言ですね」

 今まで数多の国が潰れ、その上に新しい国が建ち、その時代それぞれの栄華と衰退を見守ってきたのだろう。

 今こうして俺と行動をともにしている時間なんて、女神様にとっちゃ刹那の記憶にも残らない出来事だろうが、それでも男として最低限守るべき部分は守らなきゃいけない。

 俺より遥かに強くておまけに【分体】だが、たぶん紳士とはそういうものな気がする。

「それじゃリア様。早速狩りを開始しますので、基本は俺の後についてきてください。ちょっとここで狩るのが初めてなのでどうなるか分かりませんが……リア様に寄ってくる魔物がいたら優先して倒すようにしていきます」

「……分かった」

「あ、あと魔物専用スキルが見たいんですよね?」

「うん。どんな能力があるのか把握しておきたい」

「それじゃ【突進】は積極的に使っていくとして――確認ですけど【神眼】は魔物の所持スキルも分かるということで間違いないですか?」

「たぶん? フィーリルしか試したことがないから私は分からない」

「了解です。それじゃ分かったらでいいんで、魔物がリア様も知らないスキルを持っていたら教えてください。そのスキルを取得できたら言いますので」

「分かったよろしく」

 こうして軽い打ち合わせをした後、俺達はルルブの森内部へ突入した。

 さすがに初日ということもあって走りながらの移動なんかするわけもなく、歩みはゆっくりと、慎重にだ。

(とりあえず【気配察知】と【探査】を全開にしておくとして……問題は【探査】でどの魔物を指定するかだな)

 ルルブの森の魔物は3種。

 その中で現状一番厄介と思われる魔物を素早く考える。

(ここはやっぱりリグスパイダーか? オークは図体がデカいからわざわざ【探査】で指定しなくてもすぐ分かりそうだし、スモールウルフは仮に攻撃を食らっても致命傷にはならない気がする。となると、糸でグルグル巻きにされる可能性があり、図体が最も小さいリグスパイダーをとりあえず一番警戒しておくか……)

 すると森に入って3分もせず、【探査】でリグスパイダーの反応を捉えた。

「リア様、とりあえずリグスパイダーという魔物の反応を捕まえましたので向かいます。スキルを確認できたらお願いしますね」

「了解」

 そして向かいながら、一瞬ステータス画面を確認。

 残り10メートルほどになったところでリグスパイダーを視認した。

(経験値は22%か。って、うっわー……)

 普通の女子が、いや地球人の9割9分がドン引きするような見た目だな……

 日本でたまに見かける体長3cm程度の大きな蜘蛛でもあまり直視したくないのに、視界の先にぶら下がっている蜘蛛は体長50cmほど。

 なんか黒光りしているし、精神がタフになってきた今の俺でもできれば近寄りたくはない。

 しかも――

「木の上かよ。剣が届かないし、ちょっと面倒くさいところだなぁ……」

 思わずボヤきながらもリア様をチラリと見ると、頷いて求める内容を答えてくれる。

「【夜目】レベル1と【粘糸】レベル1。【粘糸】が私達も持っていないスキル」

「なるほど【粘糸】ですか。見るからにってスキルですね」

 果たしてそんなスキルを得たとして、俺はそれをどう活用できるのだろう?

 まさか口から糸でも吐けるようになるのだろうか?

 想像しただけでかなり気持ち悪くなるが、レベル1なら5体倒す必要がある。

 となると、今は目の前の魔物に集中だ。

 とりあえず初見ではあるし、【風魔法】を本体に向けて放てば倒せそうだとは思いつつも魔力温存で接近する。


 プシュッ!


(5メートルほどまで近づけば糸を吐く。ただ噴出スピードは大したことないから、油断しない限りまず食らうことはない、と……問題はこの後だな)

 リグスパイダーは、高さ5メートルくらいにある木の枝から糸でぶら下がっている状態。

 多少は枝より高さが下がるものの、それでも剣を伸ばそうがまったく届く位置ではない。

 なので糸を吐いた後に降りてくるかどうかだが――


 プシュッ! プシュッ!


(うげっ! こいつ糸吐き続けるだけで降りてこないし! 糸を量産させたければ有りな戦法だけど、とっとと倒したい時はウザいだけだぞコイツ!)

 ジンク君が弓を求めた理由も分かるというものだ。

 先輩ハンターの情報から、遠距離攻撃の手段が必要という話を聞いていたのかもしれない。

 となるとしょうがないか。

(数を倒すなら魔力は温存したいところだから、魔力消費は2~3程度に収まるように|微《・》|弱《・》を意識して……)

「風よ、斬れ」

 なんとなく手刀のような形にした手に青紫の霧が一瞬纏い、その後すぐに見えない風の刃がリグスパイダーを支える糸に向かうが――


(ダメか……)


 リグスパイダーを少し強めに揺らしたくらいで切断までには至らない。

 となると魔力消費を増やすか別の手段を取るかどうかだが、数を倒すことが前提なら次はこいつだ。


「火よ、飛べ」


 間髪容れずに今度は手を鉄砲の形にして、魔力消費をかなり抑えた小ぶりの火の玉を発動させる。

 粘着性があって物理耐久が高いなら、燃えやすいという特徴があるんじゃないかと思っての一手。


(おっ、こっちが正解か!)


 その予想は見事に当たり、リグスパイダーを支えていた糸が切れて地面に落ちてくる。

 こうなればただの的だ。

 討伐部位を避けて腹に剣を刺し入れ、やっと1体目の討伐と相成った。

 そしてすぐ様解体に入りながら、ステータス画面を僅かに開き、経験値バーのみを確認する。


(23%。1体おおよそ1%前後の上昇なら相当経験値は美味しいな。ロッカー平原の何十倍だ?)


 そんなことを考えていたらリア様から声をかけられた。

「どう? いけそう?」

「倒すのは問題無いですね。ただ面倒というか、剣が届く位置へ降ろすために、一度魔法を撃たなきゃいけないのが手間ですが」

「身体に直接当てちゃえばいいのに」

「そうすると魔力消費が大きくて数をこなせなくなるんですよ」

「ふーん、魔力が少なそうで大変だね」

「女神様と一緒にしないでくださいよ! こっちは弱いなりに後々の効率考えてやってんですから!」

 思わず突っ込むと、ふふっと笑うリア様。

「あれ……もしかしたら笑った顔、初めて見たかもしれない……」

「――ッ!? 早く【突進】っていうの見せて!」

「ははっ、あの蜘蛛相手じゃ無理ですね~オークが出てきたらやりますから待っててくださいよ」

 言いながら解体を終わらせ、周辺に巻き散らした糸を参考程度に回収――って、これまた面倒くさっ!

 ナイフで切ろうにも粘着質のためスムーズに切れないし、ナイフにもくっついて無駄に時間がかかる。

(うぅぅ……なんてストレスの溜まる魔物だ……)

 なんとか木や地面に付着した糸を取れるだけ取り、気を取り直して次の標的を探して奥へと進む。

(うーん、おかしいな? 笑った顔の方が可愛いですよって言おうとしたら、急に恥ずかしくなってしまった。大丈夫か俺?)

 そんなことを考えつつ、思考が読まれない【分体】で良かったと内心安堵するのであった。61話 感じる防御力の恩恵

「ロキ、【突進】レベル2と【噛みつき】レベル1っていうスキル持ってる。どっちも魔物専用」

「おっ! 了解です」

 目の前には体長1メートルほどのスモールウルフが2体。

 そして既に1体は、頭を斬り付けられて俺の足元で横たわっている。

 現在の【気配察知】範囲である半径15メートル内で動きを捉えたと思ったら、そこからはもうあっという間。

 元から素早いのと、たぶん【突進】も使われたんだと思うが――

 気配を捉えたら構える間もなく目の前にいるという状況なので、焦って思わずスモールウルフの顔面に剣を振ってしまった。

 まぁロッカー平原のポイズンマウスと違い、顔を極力無傷で倒すべき魔物でもないので問題は無いだろう。

 見た目は茶色い大型の犬程度だが、唸って怖いし牙は結構凄いし……

 それでこのスピードの団体行動なんていったら、レベル5程度でここに来ようものなら、間違いなく動きに追いつけなくて死んでいただろうな。

 だが、スキル重視で狩場を移動している今なら問題無い。

【突進】はさすがにちょっと焦るくらい速いが、それでも直進しかできないという特性は分かっているんだ。

 横にズレながら腹を裂けば――


 ホラこの通り、一発で終わる。


(って同時かよ! 体勢が――やべっ……避けられん!)


 ドゴッ!


(グッ……ん?)


「……」

(……)


 見つめ合う俺とスモールウルフ。

 内心同じことを思っていた気がする。


(「あれぇ……?」)


 だって痛くないんだもの。

 突っ込まれた時に多少衝撃は来たものの、足が一歩後ろに下がった程度で問題無く踏み留まれるし、衝撃による痛みはほぼと言っていいほど無し。

(これは鬼上げした【毒耐性】のおかげだろうな。防御力だけ突出してるし)

 するとハッと我に返ったスモールウルフが、旋回しながら標的を変える。

(まずっ……リア様に狙いを変えやがった!)

 走って追いつこうとするも、初動の動きからして移動スピードはまったく敵わない。

「リア様! そっちに行っちゃいました! くそっ、間に合わなっ……【突進】!!」

 視界が流れ、スモールウルフとの距離が縮まるもまだ追いつかない。

(もう一発だ! 【突進】!!)

 そしてやっと捉えたスモールウルフの尻に素早く剣を突き入れ、なんとかほぼノーダメージでスモールウルフとの初戦が終了した。


(ふぅー……尻尾を傷つけちゃったけど、討伐部位だから大丈夫か?)

「私に来る魔物は気にしなくてもいいのに。今のが【突進】?」

「あ、そうですそうです。思わず使っちゃいました」

「急に移動が速くなるんだね」

「今のレベルで大体通常の2倍くらいですかね。効果は5メートル程度の距離までですけど」

「2回使った?」

「えぇ、2回目は頭の中で唱えて発動させました」

「なるほど」

 そんな話をしながらもすぐさま解体に入り、そのついでにステータス画面を確認する。

(その他枠その他枠、と……あー取得できるまで表示もされないタイプか)

【噛みつき】が60%、さっきのリグスパイダーで【粘糸】が20%と表示されているのかと思ったら、どうやらスキルツリーに表示されていない魔物系統スキルは取得前の途中経過が分からないらしい。

【突進】はパーセンテージが載っているので、取得してから細かいことが分かるということなのだろう。

「リア様、このスモールウルフって敵をあと2体倒せば、【噛みつき】ってスキルを取得できるはずです。たぶん」

「たぶん?」

「取得するまで途中の経過が分からないんですよ。取得して初めて詳細が分かる、みたいな?」

「ふーん。【噛みつき】って、ロキが噛みつくの?」

「えっ……いや、どうなんでしょうね。さっきの【粘糸】もそうですけど、そもそも得られたとして俺が使えるのかは謎ですし……もしかして取得できないパターンもあるのかな?」

【突進】であれば、魔物だろうが人間だろうが、突進できれば【突進】だ。

 日本語としてどうかと思うけど、できるかできないかで言えば大半の生物ができる行動と言える。

 対して【噛みつき】は――まぁこれも口と歯があれば大概できるだろうが、【粘糸】は間違いなくそうじゃないだろう。

 糸を作る器官が体内に無ければどうにかなるものではない。

 となると、どうなるんだろうな?

 取得してそんな器官が体内に作られるのか?


(……まさかとは思うが、魔物専用スキルを取得し続けていると、どんどん人間離れした身体になるとかないよな? 大丈夫だよな!?)


 こんなこと、今まで考えたこともなかったので急に不安になってくる……

 でもリア様に今伝えるのは止めておこう。

 どちらになるか分からないなら、一度どうなるか試すしかない。

 試さずビビったら、今後ほとんどの狩場で俺はまともな狩りができなくなってしまう。

 一生ロッカー平原なんて耐えられるものじゃない。

(糸がもし吐けるようになってしまったら、その時は女神様達に相談しよう……)

 そう心に決め、ちょっと試してみたスモールウルフの皮剥ぎに辟易して途中放棄し、さらに奥へと進んでいった。


 そして約20分後。



『【噛みつき】Lv1を取得しました』


「おっ、リア様! 予想通り【噛みつき】を取得しましたよ!」

 あれからリグスパイダーを1匹、さらに追加で現れたスモールウルフ2匹を軽く捻り、無事俺は【噛みつき】スキルを取得した。

「ちょっとステータス画面で詳細確認しますので待ってくださいね」

「うん」

(これか。普通に使えそうだけど……実用性皆無だろこれ……)

 詳細はこのように出ている。


【噛みつき】Lv1 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値120%の補正を行う 魔力消費3


「ま、魔力を3使って、噛みつく力がちょっと強くなるみたいです」

「……それ、使えるの?」

「一応は使えるみたいですが、まぁ使う場面は無いでしょうね……」

「……」

「あーでもボーナスステータスは筋力なので、そこは優秀ですよ」

 リア様はなんとも言えない顔をしているが、そんなの俺だって同じだ。

 使う用途の無いスキル。

 でもまぁいいじゃないか。

 無いよりはあった方がなんとなくお得感もあるし、それでステータスがちょっと上がるならマイナスということはない。

 ……そのはず、だよね?


「リア様っ! 俺の歯がいきなり尖ったとかないですよね!?」

「? 大丈夫そうだけど?」


 良かった。

 これで急に獣みたいな歯になり始めたら、俺の異世界人生はお先真っ暗だった。

 まだ油断できないが、とりあえず恩恵は少ないけどデメリットも無しと思っておこう。

「さ、次行きますよ! まだオークを倒してませんし、時間は15時くらいがタイムリミットですからね!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 二人で森の中をフラフラと。

 さらにリグスパイダーを追加で1匹倒した後、あまり視界には収めたくない光景が映り込んだ。


(あーオークは見つけたけど……4人パーティか?)


【気配察知】範囲外の場所で、オークと交戦中のパーティ。

 それだけなら特に問題無いのだが、対峙しているオークは2匹おり、パーティは一応交戦しているものの、どうも逃げ腰のように見えてくる。


(さて、どうするか。以前アマンダさんから教わったルールだと、誰かが戦っている魔物の横取りはご法度。不必要に余計な手出しをすればトラブルの元になると言っていたな)


 ここら辺は俺がハマり込んだゲームでも一緒だ。

 所謂『横殴り』というやつで、大体経験値や戦利品絡みで揉めるため、ゲームによっては某掲示板に晒されるくらい忌み嫌われるマナー違反行為とされている。

 そして今視界に入るパーティはというと、引きながら戦っているといえば戦っているし、撒けなくて困っていると言われればそのようにも見えるという、なんとも判断のしづらい状況だ。

 本来なら声をかけて意志確認を取るべきだが――

 背後をチラリと見れば、涼しい顔をしたリア様の存在。

 俺一人ならこうするのにという行動ができず、身動きが取れなくなる。

 そんな思いをリア様も察したのか。

「私のことは気にしなくていいよ?」

「いや、それでも、び……少女が森の中にいるってだけで普通じゃないですからね。あまり人には見られない方がいいと思うんですよ」

「……ふーん。で、どうするの?」

「今それを考えてはいるんですけど、リア様から見てあれはどう思います? 逃げてますかね?」

「……それは分からないけど、あの4人は強くない。大したスキルを持っていない」

 ふーむ。

 いくらリア様でも人のレベルや能力値は見えない。

 見えるのがスキルだけとなれば、その判断が曖昧になるのも当然だろう。

 おまけにリア様から見ればどんな人間だって弱い。

 正直大して参考にはならないか。

 となると……一時的に隠すか?

「リア様、素通りして後で全員死んでましたとなっても寝覚めが悪いので、とりあえず声は掛けようと思います」

「うん」

「なので、リア様は木の上にでも隠れていてもらえませんか? ただでさえその白い服は目立ちますから」

「登れってこと?」

「俺がリア様を押し上げますんで大丈夫ですよ」

 そういって目の前に立つ、比較的真っ直ぐ伸びた木にリア様を誘導したら、その横で石柱作りの準備に入る。

「今からリア様の足元に石柱を作ります。リア様を乗せて迫り上がりますから、木に手を添えるなりして落ちないように気を付けてくださいね?」

「面白い使い方するね……」

「それじゃ行きますよ」


『高さ5メートルの石柱を生成』


 ズズズズズズズッ……


「リア様! あとはその辺の枝にでも掴まってのんびりしていてく……だ……さい」


 失敗した。

 決して狙ったわけじゃない。わけじゃないが――

 リア様がワンピース、つまりスカートだったことを失念していた。

 真下から見上げればそりゃ見える。

(そうか……|こ《・》|っ《・》|ち《・》|も《・》白か……)

 見せてもらったのが神様ではあるけど、敢えて神様、幸運をありがとうと言いたい。


「いでっ!」


 そんな、少し先では生死のかかった死闘を繰り広げているパーティがいる中で、幸せが脳内を埋め尽くしていたら急に痛みが走った。

(なんだ? 枝が降ってきたぞ!?)

 再度上を見上げると、ワンピースの裾を押さえたリア様が、顔を真っ赤にして俺を睨みつけている。


「……あとで殺すっ!」


「ぎゃー!!!」


 森には一見魔物に襲われたような、しかし内情はまったく別の悲鳴が木霊していた。62話 参戦

(女神様にも羞恥心はある。これは素晴らしい発見だ)

 そんなどうしようもないことを考えながら、少し距離が離れてしまった例のパーティを追う。

 相変わらず2体のオークに張り付かれており、斧を持ったガタイの良い男が殿を務めながら近寄らせないようにしつつ、杖を持った1名と籠を背負った荷物持ちが間に、槍を持った男が森の出口方面へ小走りで移動している。

(槍の男がオークと対峙していない時点で逃げ濃厚かな? ならば)


「すみませーん! ピンチなら助っ人に入りますけど、どうしますかー?」


 すると俺に気付いた斧の男が大声を発する。よほど焦っているのだろう。


「ッ!? 本当か!? 助かる!! 1匹お願いできるか!?」


「分かりました~」


 正直オークとは初戦闘だ。

 分かりましたとは言いつつも、俺がそもそも1匹を押さえられるかはよく分かっていない。

 ただスモールウルフに体当たりをされた時、この程度? と思ったのも事実。

 緑色の図体をしたオークはデカいが……

 ってか、近づくほど威圧感が凄まじいが!

 それでも感覚的にたぶん大丈夫だろうという、妙な安心感が俺にはあった。

 経験値が向こうのパーティに流れないよう、ちょっと離れて戦いたいなんて思っている時点で、戦う前から内心オークを舐めてしまっていたんだと思う。

 手には俺の太ももくらい余裕でありそうな木の丸太。

 俺が近づくとオークも気付いたようで、1匹が俺に向かってその丸太を振りかぶってくる。


(速さはスモールウルフの方がよほど速い……避けるだけなら余裕だな)


 そう感じながら丸太を潜り、振りかぶっていた腕を斬り付ける。

 が、当然この程度では致命傷にならない。


(首までの位置が高い……なら足を斬り付けてまずは膝をつかせるか?)


 そう思って足に視点を移しつつ斬りかかろうとした時、【気配察知】が妙な動きを捉えた。


(は!? なんでもう1匹も俺に……ウグッ!!)


 視界が、回る。

 空を見たと思えば土が見え、自分が地面を転がされていることに気付いたのは、木にぶつかって動きが止まった時だった。

 さほど動いたわけでもないのに自然と息が荒くなる。


「ハァ……ハァ……クソッ!……なんで2匹とも俺に来てんだよ!?」


 先ほどまでいたであろう場所を見れば、既に4人パーティの姿はどこにも見られない。

「マジかよ……助けたってのに、そのまま押し付けられたってのか……?」

 先ほどのオークの攻撃は、俺も攻撃モーションに入っていて、避けられないと分かった時点で腕を使ってガードしていた。

 その腕の具合を咄嗟に確認する。

「はぁ。やっぱりだな。まともに食らえば吹き飛ばされるが――ダメージは大して無い。【毒耐性】様々ってわけだ」

 だったら倒すことなぞ難しくはない。


「てめぇら、覚悟しろよ? 俺は100発殴られたって死なねーぞ?」


 そう不敵に宣言すると、オーク2体へと向かって斬りかかった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「リア様~さっきはすみません。もう終わりましたんで大丈夫です」

「ん」

 まだちょっと不機嫌な気もするけど、不可抗力だったのだから仕方がない。

 自分で作った石柱を目印にリア様が隠れている木へ戻り、さてどうやって降ろすかと思案する。

「俺が降りる時は、石柱を抱えながらスルスルと――」

 ピョン――

「問題無い」

「あ、そうっすか……」

 5メートルくらいあるのに平気で飛び降りるんだなと、若干女神様の身体能力にビビりながらも会話を続ける。

「とりあえずオークをそのままにしているので、戻って解体始めちゃいますね」

「分かった。それより大丈夫だったの?」

「ん?」

「何回も吹き飛ばされてたから」

「あぁ……防御力は結構あるはずなんで大丈夫です。まさか2匹とも押し付けられるとは思いませんでしたけどね」

「見てた」

「……あのパーティが逃げるところもですか?」

「うん。斧を持った人間は気にしてたけど……槍を持った人間が止まらずにそのままって感じで、他もついていってた」

「そうですか……」

「……」


 解体を始めるが、どうも集中出来ないな。

 当然理由は先ほどやられたパーティの行動だ。

 やるべきことはあるのに作業が遅いと自分でも分かる。

 はぁ……リア様に一応相談してみるか。

「リア様」

「なに?」

「俺は無暗に人を傷付けるようなことをするつもりはありません。ただ……あーいう理不尽な行為というか、俺の中で違うでしょってことをされると、そのまま許そうという気にもなれないんです」

「うん」

「その場合、報復っていったらおかしいですけど……|そ《・》|の《・》|行《・》|動《・》|の《・》|ツ《・》|ケ《・》|を《・》|払《・》|わ《・》|せ《・》|る《・》っていう考えはおかしいですか?」

「全然?」

「やっぱりそうですよね……って、えっ?」

「全然おかしくない」

「あれ? リア様って女神様ですよね? 普通そういったのに否定的なんじゃ?」

「私は神罰を落とす罪の女神だよ?」

「……そうでした」

「そういうのに煩いのはアリシア」

「ということは、リア様の考えでは俺の報復行為も問題無しと?」

「罪は罰を以て償うモノ。その罪の範疇に収まる範囲でなら好きにすればいい」

「リア様……分かってますね!! 好感度爆上げですよ!! リア様とは一番気が合うかもしれません!」

「ッ!! た、ただ私は人種が作る法を全部把握しているわけじゃない。だから何かあってもロキの自己責任」

「もちろんですよ。俺が危惧していたのは、よく分からない能力があるから色々我慢しろ、自分に害があっても見過ごせとかを押し付けられることだったので。そう言われないだけほんと良かったです」

「それは今のところ大丈夫。今日見て魔物のスキルが大したことなさそうというのも分かったし、ロキが自ら害を振り撒く雰囲気も無いことは分かった」

「そりゃそうですよ。細々生きている一般庶民なんですから」

「ふふっ、庶民はオークに殴られて平然とはしていないと思う」

「た、確かにそうかもしれませんけどね!」

「ただスケベ、これは否定できない」

「ぐっ……先ほどのは事故ですが、敢えて否定はしません」


 その後はそろそろ戻る時間だからと森の出口へ向かいつつ、道中片っ端から気配を捉えた魔物を倒していく。

 結局オークは魔物専用のスキルを所持しておらず、持っていたのは【棒術】スキルのレベル2のみ。

【棒術】なんて使う予定も無いので落胆したのは言うまでもないし、リグスパイダーはリア様がいるうちにと探して狩ったところ、無事取得はできたものの【粘糸】スキルは俺じゃ|使《・》|え《・》|な《・》|い《・》ということが判明した。

 取得しても文字が暗いままになっており、スキルレベルやステータスボーナスはあるのに使用不可。

 ただ逆に、これで俺が徐々に魔物化という線は消えたっぽいので、ある意味安心できる内容となった。

「取得できても使えないスキルもある――これは初めての情報」

「そうですね。人が本来覚えられるスキルなら、取得できたのに使えないなんてことないでしょうし」

「これなら安心。いずれロキがドラゴンのブレスとか使うようになったらどうしようかと思ってた」

「えっ……それは凄い魅力的なんですけど! ブレス吐きたいんですけど!!」

「口の中ベロベロになるよ?」

「……でしょうね。夢がないですよリア様」


 よくあるパーティとは違うだろう。

 同行しているのは女神様だし、そもそも【分体】だし、戦闘にだって一切加わっていない。

 まだジンク君達と同行した時の方がパーティらしいと言える。

 では、これは?

 行ったのは魔物が現れる森。

 そこで魔物を討伐して、地球人ならドン引く解体作業を黙々とやっていただけ。

 でも――

 これはかなり久しぶりのデートと言えるんじゃないだろうか?

 そんなことを考えながら、森を出た後の3時間もまったりおしゃべりしながら町を目指す。

 その時間は思いのほか楽しくて、習慣のジョギングを忘れていたことにすら気付いていなかった。
************************************************
誤字報告ありがとうございます。63話 覚悟を決めた男

 ベザートの北入り口に入ったところで俺達は別れた。

 これからどうするのか?とリア様に聞いたら、とりあえずは町の中をぶらぶらと歩きながら転移者を探し、人の動きが見えなくなったら【分体】を一度引っ込めるらしい。

 そして明日以降は1週間くらいベザート内を調査するらしいので、夜【分体】を消す時と、朝【分体】を出すのに俺をポイントにしても良いか?と聞かれた。

 なので一応こちらの予定も伝えておく。

「リア様、俺は明日以降どのくらいの期間になるか分かりませんけど、今日行ったルルブの森内部に滞在し続けます。なので町の中にはいないんですよ」

「なんで? 人種っぽくないよ?」

「今日行って分かったんですけどね。あそこは遠いし素材は大型で手間がかかるしで、金銭効率がかなり悪いんですよ。だからこの際お金は捨てて、引き籠りながらとっととルルブの森を卒業しようかなと」

「そう……分かった」

 そう言いつつ、なぜか下を向いてしまうリア様。

(うっ……妙な罪悪感が……でも仕方がない。あんなところに毎日ベザートから通うメリットは無いんだ。そうだよね俺!?)

「靴……」

「ん? あっ……もしかして、こっちで買った靴って神界に持って帰れないんですか?」

「そう」

 となると、【分体】を戻した場所に靴がそのまま置き去りにされることになるわけか……

 大して高い靴でもないけど、せっかく買ったんだしなぁという気持ちに俺までなってしまう。

 ――ならば。

「……わ、分かりました。それならあの部屋は借り続けるということにしましょう! それで【分体】を引っ込める時は靴をあの部屋に置いて、出す時はあの部屋からなら問題無いですよね? 女将さんには俺は今日までしか泊まらないけど、それ以降は女の子が泊まるって言って纏めてお金払っておけば大丈夫でしょうから!」

「ロキは泊まらないのにお金大丈夫なの?」

「ふっふっふ、こう見えて俺、結構なお金持ちなんですよ。いくら持っているかよく分かってないんですけどね」

「なにそれ」

 そう言って笑うリア様は、やっぱり笑顔の方がさらに可愛くなるなと心から思う。

 なら変に意識しないで、ちゃんと言ってあげよう。

 女神様とはいえ、それで気付くことがあるかもしれないのだから。


「……リア様? 笑ってた方がさらに可愛いですよ? 町中で笑うと男がホイホイするんで控えた方がいいと思いますけどね」


「――――ッ!! あとで部屋に靴置きに行くから!」


 ――走り去っていくリア様をなんとなく眺める。

(今日は楽しかったなぁ……でもリグスパイダーは1匹1%前後。対してリア様が木の上で隠れていた時に倒したオークは2体で5%も経験値が上昇した。ということは――女神様であっても経験値を吸われている可能性が高い。明日一人でリグスパイダーを狩れば答えは確実だと思うけど、それだけが少し残念だな……)

 こんなパーティとは呼べないパーティも有りだとは思った。

 しかし強さへの拘りとどちらが上なのか問われれば、やはり強さへの拘りが勝ってしまう。

 それはもう病気のようなもの。


 ふぅ――……


 今日は今日、明日は明日だ。

 明日からは本気を出そう……そう思って素材の換金をしにハンターギルドへと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ロキの籠で、こんな普通の量の素材を見ることになるとはな」

「じ、事情があったんですよ事情がっ! それにルルブは今日が初日ですからね!」

「ん? 昨日は行かなかったのか? そういや昨日お前の姿を見かけてないな……」

「き、昨日は色々あって、セイル川で釣りしてました……」

「ぶはははっ! そうだそれでいいんだよ。ロキは心配になるくらい毎日狩りばっかしてやがるからな! しっかり息抜きもしないと早死にしちまうぞ?」

「ロディさんだって毎日ここにいるじゃないですか……それにもう息抜きは十分しましたから、明日からは本気出します」

「ほーう? そいつは楽しみだな」

 そう言って素材を確認するが、言われた通り、確かに今日は数が少なくて簡単そうだ。

 そんな光景を見守っていると、ロディさんはオークの肉を持ち上げ解体場の脇へ。

 そこには大き目の釣り針のようなものが吊るされており、肉を引っ掛けた後に後ろをゴソゴソと弄っている。

「それは重量計か何かですか?」

「そうだ。肉は肉の部位と重さ、あとは素材ランクで値段が決まるからな。ホーンラビット程度なら1匹いくらって感じだが、オークとなるとさすがにそんな大雑把にはできん」

 それもそうか。

 ホーンラビットなら多少肉の量が前後しようと精々数百ビーケ程度の差。

 子供のホーンラビットは見たことないけど、成長したら大体大きさはどれも似たり寄ったりなので、大して差が生まれることも無い。

 だがオークの場合は、ハンターがどれだけ切り取って持ち帰るか次第だ。

 さすがに手で持って重さが瞬時に分かるなんて神スキルが―――この世界ならあるのかもしれないが、ちゃんと計量して値段を出しているというわけだな。

「よし終わったぞ。オークが2体で素材ランクはどちらも『B』、肉質は特上、重さはどちらも11kgだな。あとは魔石と討伐部位もそれぞれ2体だ。んでリグスパイダーが5体分、スモールウルフが8匹分。あとはリグスパイダーの糸が1kgってところだな」

 そう言われて毎度の木板を渡されるも、これを見てもさっぱり金額が予想できない。

「大丈夫です。ただ今までと違ってさっぱり値段が分かりませんね……」

「それは……俺も分からねぇ。そういうのは受付の仕事だ。アマンダにでも聞いてこい」

「ですよねー」

 しょうがない。

 現金は必要ないけど今日は換金しておくか。

 それにリア様や他の女神様達が今後も降りてくるなら、何かあった時にお金も必要だろう。

 全部アマンダさんに預けようかと思っていたが、それなら現金はとりあえずリア様に預けておいてもいい。

 誰かが奪おうとしたところで、リア様なら簡単に撃退できるだろうしね。


 あーそうだそうだ。

 ロディさんにも一応伝えておかないと。

「ロディさん。明日から本気出してルルブの森に引き籠りますので、当面こちらには顔を出さないと思います。籠は誰か使いたい人がいたら貸しちゃってもいいですからね」

「は?……ちょ、待て待て。どういうことだ?」

「言葉の通りで、ルルブの森の中で当面生活します。なので町には戻らないってことです」

「……おまえの本気ってそういうことなのか!? 普通じゃないぞ!! おい、聞いてるのか!?」

 早く帰らないと、いつリア様が宿の部屋に戻ってくるか分からないんだ。


「大丈夫です。頑張ってきます!」


 そう言い残して次は受付へ。

 アマンダさんの所に木板を渡す……が――


 カウンターの横には、俺を見つけた途端勢い良く土下座をする男。

 そう、今日見かけた|斧《・》|の《・》|男《・》が地面に額を擦り付けていた。64話 商談

「本当に済まなかった!!」

 大声の謝罪がギルド内に響き渡った。

 その姿を見て、換金や分配、食事で賑わっていた受付近くにいるハンター達が、何事かと押し黙って様子を窺っている。

「えーと……とりあえず顔を上げてください」

「いや! そう簡単に上げられるものじゃない! わざわざ助けに入ってくれた者に魔物を押し付けるなんて……本当に……本当に済まなかった……」

 困ったな……この人の誠意はもうしっかり伝わった。

 だからどうこうするつもりは無いし、そもそも俺はほぼ無傷で帰還できているわけだから実害を被ったわけでもない。

 もしかしたら、以前のアデントの一件が余計に彼をビビらせてしまっているのかもしれないな。

「分かりました。今日の件は許しますから。見ての通り僕は無事でしたし、もう顔を上げてください」

 そういうとやっと顔を上げる男。

「温情、本当に感謝する……しかし、俺に何かできることがあれば――何かないか? あれだけのことをしたんだからなんでも言ってくれ!」

 おぉう……義理堅いというかなんというか。

 そういえばリア様も、斧の男だけは逃げる時も気にしていたと言っていたか。

 しかしなんでも言ってくれって言われてもなぁ……


 チラッとアマンダさんを見ると、溜息を吐きながらも事情を説明してくれる。

「アルバが今日の顛末を伝えに来たのよ。助けに入ってくれた少年に魔物を押し付けて逃げてしまったって。それでまだ戻っていないって言ったら、ここでずっと待ってるって……」

「そうでしたか」

「でも良かったわ。1人で少年なんて言ったらロキ君くらいしかいないし、たぶん大丈夫だろうとは思ってもギルド員は皆心配してたのよ?」

 そう言われて事務所側に目を向けると、俺の事情を知っているペイロさん始め、話したことはないけど顔は知っているという面々と目が合う。

 なので皆さんに頭を下げながらも、とりあえずの事情だけは軽く確認しておく。


「ちなみに、あの時は4名のパーティだったかと思いますが、他の3名の方は?」


 するとアルバさんも、そしてアマンダさんも苦虫を噛み潰した表情をした。


「済まない……君がアデント達と揉めた相手と知るや否や、この町から逃げてしまった……」

「これは私が悪いわ。ロキ君相手にやらかしたら、タダじゃ済まないわよって言っちゃったから」


「あっちゃー……」


 ただアマンダさんを責めることもできないな。

 このような謝罪も無く、のらりくらりと躱すようだったら本気で何かしらのツケを払ってもらおうと考えていたのだから。

「事情は分かりました。とりあえず謝罪はしっかり受け取りましたから、もう気にすることないですよ? 次は気を付けましょうというくらいで」

「え? い、いや、しかし! おめおめと助けられた者だけが生き残り、最悪は君だけが死んでいた可能性だってあったんだぞ!?」

「うーん、まぁ状況によってはそうなったかもしれませんが――僕はこの通り生きてますし?」

「どこか怪我とかしていないのか?」

「おかげ様でピンピンしています」

「オーク2体を1人で相手取って……? どうなってるんだ……?」

「実害はありませんし、アルバさんも反省されているようですし……逃げた3人はもし見かけたらボッコボコにしてやろうと思いますけど、アルバさんに対して何かするつもりはないですよ?」

「で、でもだな! それでは私の気が……」


 うーむ。

 よっぽど罪悪感に苛まれているのだろうか?

 まぁ確かに俺がもう少し弱かったりすれば、助けに入った者が惨たらしく死に、助けられた者達が逃げ帰るという構図になっていたのは間違いない。

 俺が逆の立場だったら――

 うん、罪悪感があるなら当分まともに寝られないだろうな。

 となると、何か軽い要求をしてあげた方がアルバさんの心は軽くなるかもしれない、か。


「ん~ん~ん~……」

「ロキ君? 大丈夫?」


 彼はルルブの森で狩りをしているハンター。

 現在はパーティ解散状態でたぶん1人。

 年齢は……30代くらいでハンターとしては慣れていそうな感がある。

 しかしオーク2体だと苦しいくらいの実力か……


「ちょっとー! ロキ君! 聞いてる?」

「あ、あぁ少し考え事をしておりました」

「たまにどこかへ意識が飛んでるわよね……」

「ははは……考え事をするとよくこうなってしまいまして。それでアルバさん」

「な、なんだ?」

「今回の件があるから、というわけではありませんが――お互いウィンウィンになれるかもしれないので、少し僕とお話ししませんか?」


 そういって俺は『|商《・》|談《・》』を持ちかけた。


「え?」

 俺の問いかけにいまいち理解できていないアルバさんの背を押し、空いているテーブルへと誘導する。

「とりあえずそこに座りましょう。あっ、おばちゃん果実水氷バージョン下さい! アルバさんも何か飲みますか?」

「い、いや遠慮しておく……」

「喉乾いたら言ってくださいね。そのくらい奢りますから」

「あ、あぁ……」

 何が何やらという顔をしているが、内容によってはアルバさんにとっても得のある話なんだ。

 多少不躾な質問をしてしまうが許してほしい。

「それではこれから幾つか質問をさせてもらいます。そう難しいことは聞きませんので気軽に答えちゃってください」

 そう言って俺の考えていることが実行可能か、確認をしていく。


「アルバさんはこの町のご出身ですか?」

「ん? そうだが……」

「ハンターはいつ頃から?」

「10歳になってからだ」

「ということはハンター歴は結構長いということですね。今Eランクですか?」

「そうだ」

「パーティは3人が町から逃げたということは、今アルバさんお一人ということになるんですかね?」

「そうなる」

「今後はどうするご予定で?」

「ルルブで狩っているどこかのパーティに混ぜてもらうか、もしくは一人でも問題無いパルメラあたりで日銭を稼ぐか……まだ決まってはいないな」

「なるほど……では声を掛けられるパーティがいくつかあるということですね」

「長くハンターをやっていれば、知り合いはそれなりにいるからな」

「ちなみにルルブの魔物ですけど、仮にアルバさんお一人であればどの程度倒せそうですか?」

「ひ、1人か……?」

「えぇ。例えばオークは無理、でもスモールウルフ2体ならいけるとか……なんとなくで結構ですので」

「そうだな……オークだと無理をして1体なら倒せるかどうか、スモールウルフやリグスパイダーだと1対1ならまず問題無い。ただ複数体同時はあまり自信が無いな」

「なるほどなるほど……今声を掛けられようとしている他のパーティの方々はどうです?」

「どう、とは?」

「実力的には皆さん同じくらいですか? 一人だとオークを倒せるかどうか、パーティでも無理をしてオークの複数体同時戦闘はしないくらいとか?」

「ベザートだと一つ抜けて強いパーティはあるが、あとはどこも似たり寄ったりで今言ったくらいの実力だろう」

 ふむふむ。

 一つ抜けて強いパーティというのは、ロディさんが言っていた特大籠を唯一使っているパーティのことだろうな。

「ということはルルブの1日の収支で言えば、パーティでおおよそ20~30万くらいでしょうか?」

「そう……いや、30万は無理だ。俺がいたパーティもそうだが、オークを1体狩ったら肉を詰めるだけ詰めて町へ戻るやり方だ。他の魔物の素材があったとしても1日20万を少し超えるくらいであることが多い」

「それをパーティメンバーで分けるということですね?」

「そうなる」

「分かりました、ありがとうございます。色々細かいところまで聞いてしまってすみません」

「いや、所持スキルとかの話ではないし、まったく問題無いが――今ので何か分かったのか?」

「えぇ、バッチリですよ」

 ここまで聞ければ問題無い。

 後は条件が整うかどうか、そしてやる気があるかどうか次第だな。

 まぁ仮にアルバさんが乗っかってくれなくても問題はない。

 当初がその予定だったわけだから、今からしようとしていることはあくまでおまけだ。


「では僕から提案をさせてもらいます。もちろん断られても結構ですので、とりあえず内容だけでも聞いてください」


 そう言って俺の考えている計画を話した。65話 輸送システム

 俺の明日からの予定、そしてこの計画について、アルバさんに搔い摘んだ内容を説明していく。


 明日から俺は、ルルブの森に引き籠ること。

 その間、魔物の素材には目も暮れず、その場に捨てていくこと。

 捨てられた素材は好きに回収してもらって構わない代わりに、その報酬の3割を俺にくれること。

 その分、俺の後を一定間隔さえ空けてもらえれば、素材回収目的でいくらでもついてきてもらって構わないこと。

 ただし魔物と遭遇した場合は自分、もしくは自分達で対処、自衛すること。


 あくまで概要だが、それでもこの話を聞いたアルバさんは目を丸くする。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! それは君に、いや失礼――ロキにとって何かメリットがあるのか?」

「ありますよ? ルルブの森って遠いじゃないですか。1日何往復もできる距離ではありませんし、それなら皆さんに荷運びをしてもらって、僕は魔物討伐に専念した方が効率良いかなと思いまして」

「た、確かにそう言われると納得もしてしまいそうだが……それでも相当数の魔物を倒さないといけないだろう?」

「大丈夫ですよ? 1日50体でも100体でも狩りますから」

「……は?」

「ルルブの森では実際どうなるかまだ分かりませんけどね。ロッカー平原だと1日100体くらいは狩っていたので、ルルブの森であってもそれくらいはいけるんじゃないかなと思っています」

「お、俺はその後をついていって、倒された魔物の素材回収だけをひたすらしていけばいいということか……? そんな美味い話があっていいのか……?」

「リスクが無いわけではありませんよ? 女神様の祈祷の恩恵が分散しないよう、ある程度の距離――そうですね。僕がギリギリ見えるかどうかくらいには最低でも離れてもらいます」

「ふむ……」

「一応アルバさんが魔物に絡まれにくいよう、周囲を潰すイメージで魔物を狩っていくつもりですが、打ち漏らしを無くすなんてことはさすがに無理でしょうからね。多少は魔物に絡まれることも想定してもらう必要があります」

「今まで狩っていた狩場だからな。そのくらいならなんてことはない……となると、問題は人か」

「その通りです。アルバさんのパーティが全員反省されて残っていたなら良かったんですけどね。さすがにお1人となるとすぐ籠も一杯になるでしょうし、何より危険だと思いますから、それで他のパーティを誘えそうか先ほど確認させてもらったんです」

「なるほど、そういうことか」


「なぁ、その話。俺達も一枚噛ませてくれないか?」


 唐突な発言に声の方へ振り向くと、アルバさんと同じ30代くらいの無精髭を生やした男が立っていた。

 アルバさんに視線を向けると、知り合いなのか深く頷かれる。

「俺はミズルという。アルバと同じ、ルルブで狩っているパーティのリーダーやってんだが……俺達もその話に混ざれねーか?」

「僕はロキと言います。えーと、皆さんEランクのハンターですか?」

「俺のパーティは全員Eランクだ。面白そうな話が聞こえたもんでな。ロキと一定間隔離れれば素材は回収し放題、その代わり報酬の3割を渡す。魔物に絡まれた時の対処は当然自分達でする。この条件なら俺達も問題ねーぜ?」

「そうでしたか。ちなみにアルバさんが声をかけようと思っていたパーティの一つですか?」

「あぁそうだ。昔からの知り合いでな。真っ先に声を掛けようと思っていた」

 なるほど……それなら最低限の信用はあると判断できる。

 話し方や見た目なんかは、ハンター相手なら目を瞑らなければいけない部分だし気にしてもしょうがない。

「それなら大丈夫ですよ。逆に声を掛けてくれてありがとうございます」

 そういってミズルさんを空いた椅子へ誘導する。

「ミズルさんのパーティは何人ですか?」

「俺達んとこは5人だ」

「ふむふむ。となると大体1日の狩りで得られる報酬は一人4~5万ビーケとかそのくらいですかね?」

「そうだ。それよりも増える可能性があるんだろ?」

「僕に渡す3割を考えれば、最低1人7万ビーケ以上の収入……となると、余裕でしょうね」

「マジかよ? 余裕って、そんな報酬が凄いことになるのか……?」

「単純な話で、アルバさんとミズルさんのパーティ5人で計6人。その全員の籠を満杯にすることは簡単でしょう? オークを6体倒せばそれだけで埋まっちゃうんですから。もちろんそれ以上狩るので、厳選するなり他の素材を混ぜるなり、その辺は好きにしてもらって構わないですよ」

「「……」」

「なので僕からのお願いとして、全員が大きい籠を背負ってください。必要があれば僕の私物ですけど、さらに大きい特製の籠をお貸しすることもできます。そして籠が満杯になった時点で皆さん同時に帰ってもらうのがいいですね。その方が自衛もしやすいと思いますし、素材の取り合いを防ぐなら参加している方で報酬を均等に分けてもいいと思います」

「そうだな。埋まったやつから抜けていかれちゃ、残ったやつらがどんどんキツくなる」

「報酬を均等というのは俺も賛成だ。余計な取り合いをしなくて済むから揉める必要も無いし、その方が作業効率も良いだろう」

「誰かが解体しているうちは一人が護衛に付くとか、そこら辺は皆さんで上手くやってもらえればと思います」

「分かった、それはこちらで考えよう」

「あとは朝から狩りをしていると思いますので、僕は皆さんが到着したことに気付けません。ここがこの作戦の一番の問題点になります。なので大きな音を鳴らせるような物があればありがたいんですが――そんなのありますかね?」

「楽器くらいしか出てこないな……」

「あー……指笛はどうだ? 手軽にそれなりの音を出せるってなると、それくらいしか出てこねぇ」

「それじゃ一度指笛を試してみましょうか。聞こえれば僕は魔物を倒しながら音の鳴る方へ向かいますから。もちろんその間に散らばっている魔物の死体があればどんどん解体してもらって構いません」

「あぁ分かった」

「うーん、あとは何かあるかなぁ……あっ、これは僕から指名した方がいいと思うので、アルバさんが臨時のリーダーをやってください」

「俺か?」

「えぇ。アルバさんが素材の引き渡しに立ち会ってもらって、木板をアマンダさんへ渡してもらえれば……アマンダさーん! 謝礼払いますのでご協力お願いできますか?」

「……聞いてたわよ。またよく分からないことを……まぁいいわ3割でしょ? その分をロキ君の預けに足しておく。これで良い?」

「1日の金額もそれぞれ記録しておいて貰えると最高です!」

「くははっ! こいつはワクワクしてくるなぁオイ!」

「そうだな……そもそも|素《・》|材《・》|を《・》|捨《・》|て《・》|る《・》なんて発想を持つやつがいないんだ。前代未聞と言える」

「無理はしないでくださいね? 僕は毎日狩る予定なので、休みたい時は前日に言ってもらえれば、ルルブの森の奥の方にでも行ってると思いますから」

「稼げる時はガツンと稼がないとなぁ。あとは成果次第ってとこだ」

「俺は休みたいなんて言える立場じゃないからな。俺だけならさすがに便乗して休むが、誰か行きたいやつがいる限りは俺もついていくとしよう」

「それじゃ明日だけは一緒に行きましょうか。集合は朝の鐘がなった後にでもギルド集合ということで!」

「おうよ!」

「分かった」


 こうして3人と握手を交わし、以前ロッカー平原で思い描いたサブキャラ輸送システムの亜種とも言える環境を作ることになった。66話 特訓

 夕刻の鐘から約1時間後。

 大筋の商談も無事纏まり、閉めようとしていた商店に滑り込んで塩を多めに買った俺は、急ぎ足で宿へと向かった。

 まだまだ人の往来も多い夕食の時間帯だ。

 リア様も町をウロウロしている最中だと思うが、時間を決めているわけではないので余裕をもって宿へ戻っておかないといけない。

 この文明が遅れた異世界にそこまでの不満は無いが……

 時間を相手にはっきりと伝えられないという部分だけは強い不便さを感じてしまう。

 他人任せだが誰か、時計をこの世界に広めてほしい。

 あとは風呂だな。

 毎日なんて贅沢は言わないから、2日か3日に1回くらいは風呂かシャワーを浴びたいものだ。

 そんなことを考えながらも宿屋に到着。

 念のため食堂も兼ねた一階のフロアを見渡してみると――

(はやっ……もういるじゃん)

 なぜかリア様がカウンターの椅子に座って足をプラプラさせていた。

「坊や! お嬢ちゃんがお待ちだよ!」

「ロキ、遅い」

「……」

 食事を摂らないリア様でもここで待たせてくれていたのか。

 それに顔が他のお客さんには見えにくいカウンターというのも何気にグッジョブだ。

 なぜかリア様の前には飲み物の入ったコップまで置いてあるし、さすが一人で切り盛りしている女将さん。

 仕事が出来る人である。

「いやいや……まだ世間の人達は活動している時間ですよ? もう見回りは終わったんですか?」

「時間はあるからゆっくりやる」

「そ、そうですか……」

 いまいちやる気があるのか無いのかよく分からないけど、不老の女神様と俺のような普通の人間とじゃ時間の感覚が違うのだろう。

 突っ込んでもしょうがない部分だろうから、転移者探しは放っておくことにする。

「坊や、そのまま食事にするかい?」

「そうですね。リ……」

 ここで思わず言葉が止まってしまった。

 人前で『|リ《・》|ア《・》|様《・》』と呼ぶのはマズいんじゃないだろうか?

 顔はバレていなくても、教会に神像があるこの世界の神様なら、さすがに名前くらいは知れ渡っているはずだ。

 どうしよ……

「あ、あなたはどうしますか? 先に部屋へ戻ってます?」

 咄嗟に出たのはこれだった。

 あなた呼び。

 新婚の主婦みたいだし大変失礼なんだろうけど、身バレするよりはまだマシだろう。

 そんな俺の悩みに気付いたのか、リア様もそのことには触れず返答してくる。

「私も食べてみる」

「え? あ、はい……女将さんすみません。1人分追加って可能ですか?」

「多少余裕を持って作ってるから大丈夫だよ。お嬢ちゃんの分も用意するからちょっと待ってておくれ!」

 そう言って女将さんが奥の厨房へ引っ込んだので、チャンスとばかりに確認だ。

(リア様、話を振ったのは俺ですけど、ご飯食べられるんですか?)

(食べられないんじゃなくて、食べなくても大丈夫というだけ)

(それなら良いですが……)

(さっきお水飲んだら大丈夫だった。だから下界のご飯もたぶん大丈夫)

 たぶんってなんだよ。

 まぁ残すようだったら俺が代わりにリア様の分も食べよう。

 かぁりぃと宿屋の夕食コンボで、二人前食べるのはもう慣れた。

(それと、人前でリア様って言うのはさすがにマズいですよね?)

(女神の名前を取る子供なんて多いはずだから問題無い)

(そうですか)

(ただ)

(ただ?)

(『|様《・》』は良くないと思う)

(……)

 それもそうだ。

 様呼びされる少女なんて、どこぞの王族や貴族の娘くらいだろう。

 すんごいお金持ちの娘でもいそうな気はするが、それだって従業員や身の回りの世話をしている人がそう呼ぶのであって、見るからにハンターの俺が様呼びというのは違和感がある。


 ということは?


 まさかの?


(……だからリアで良い)


(グフッ!!)


 マジかよ。リア様を呼び捨てかよ!

 妙に心拍数が上がっていくのを感じる。

 たぶんこれはアレだ。

 女神様を呼び捨てにしてしまうという禁忌を犯そうとしているからだ。

 以前女神様をゴミ呼ばわりしたことのある俺だが、冷静に考えれば神様を呼び捨てなんてマズいことくらい分かる。

 決してリア様をリアと呼ぶことに、緊張してしまっているわけではないはずだ。

 なぜか俺を見つめてくるリア様に気圧され、言わなければいけない雰囲気に包まれる……


 スゥーハァー……スゥーハァー……


(リ、リ、リ……「ハイお待たせ!」)


「……」

「……」


 なんてタイミングだよ女将さんっ!!!

 ここは空気を読んで!……って、小声でコソコソしゃべっていたのは俺達だった。

「あ、ありがとうございます……とりあえず冷めないうちに食べましょう?」

「……わかった」

 今晩の食事は味がいまいち分からなかったが、横目で見たリア様は満足そうに食べていたので、それなら良いかと1人納得をした。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「……リァ」

「もう一回」

「……リア」

「よく聞き取れない」

「リア」

 部屋に戻ったあと、なぜか始まった呼び捨て練習。

 俺のせいでバレたら困るからと半強制的に始まったわけだが……だがちょっと待ってほしい。

 明日から俺はルルブ遠征だ。

 ベザートには戻ってこないわけだから、リア様とは当面会うことも無い。

 たぶん俺が戻る頃には別の女神様とバトンタッチしていることだろう。

 となると、この練習の意味は? どこで使うタイミングが? と甚だ疑問に感じるわけだが。


「もっとはっきりと」

「リア!」


 言われれば従う、従順な僕に俺は成り下がってしまっている。

 そしてそんな状況を、意外と心地良いと思ってしまう自分もいたりする。

「大丈夫ですって! リア! リアリアリアッ! 慣れました! 様を付けることはもうありません!」

「分かった。なら許す」

 許しを得るような事態だったのだろうか?

 よく分からないけど、リア様が納得してくれたのならもうそれで良いだろう。

「で、リ、リア。これ」

「?」

「この世界、というかこの国のお金かな? 別の国なら違う通貨になりそうだし。とりあえず渡しておきますよ」

 そういってテーブルの上に置いたのは、革袋にギッシリ詰まったラグリース王国のお金、約100万ビーケ。

 商談後、そのまま満足して帰ろうした俺に、アマンダさんから強烈な突っ込みが入って受け取った今日の報酬もなんだかんだで20万ビーケほど。

 それも足した現在の手持ち全部である。

「使う予定無いよ?」

「リアの【分体】でも食事が摂れることは分かりましたし、なんだかんだおいしそうに食べてましたからね」

「……」

「それに今後も女神様達が交代で下界に【分体】を降ろすのでしょう? なのでそのまま引き継ぎの時にでも渡しておいて下さい。何かあった時にお金が無いと困りますから」

「分かった……ありがとう」

「いえいえ。ただ訳の分からないものに無駄使いしないでくださいよ? 言った通り俺は明日から当分ベザートを離れますから。無くなったなんて言われても簡単に補充はできませんからね!」

「大丈夫。そうなったらルルブの森に【分体】出すから問題無い」

「いやいや、ルルブの森に現れてもお金持ってませんって……」

 そんな冗談も交えた世間話は、夜の帳が下りた後も続いていく。


 そしてひとしきり話し終えた後。

 最後に「それじゃあ頑張って」と言い残し、リアの分体は濃密な青紫の霧と、綺麗に揃えられたサンダルを残して消えていった。

************************************************
誤字報告、本当に感謝です。67話 ルート開拓

 ハンターギルド内の解体場。

 そこは朝から異様な光景が広がっていた。

「よし、エンツ! お前はロキの特大籠担当だ!」

「おう! 限界まで運んでやるッ!」

「ロイズ! マーズ! お前らも自分の限界と思うところまでは籠に詰めろよ!」

「分かったわ」

「まさか自分が籠を背負うとは思いませんでしたね……」

「俺とザルサは籠の容量限界まで運ぶ。近接職の意地を見せろよ?」

「当たり前だ。ロイズとマーズにはさすがに負けない」

「ミズルパーティも問題無いようだな。それじゃロキ、頼む」

「分かりました」

 そう声を掛けられ、ロキは自己紹介をする。

「ミズルさんパーティの方は初めまして。僕がこの計画を立案したロキと言います。急な話だったとは思いますが、お互いが得をするようにと思っての作戦ですので、皆さん無理の無い範囲で頑張りましょう!」

「「「「「「おぉう!!」」」」」」

「その他詳しいことは道中たっぷり時間がありますから、気になることは移動しながらでも話し合いましょうか。さっ、それじゃあ出発しましょう!」


 解体場側の裏門からゾロゾロ出ていく、籠を背負った6名+近接装備の少年1名。

 普通は籠を背負う荷運びがパーティに1名。

 誰に聞いても同じ答えが返ってくるハンター達の常識である。

 そんな常識から外れる光景を、この解体場の主任ロディはもちろん、ただ籠を取りに来たハンター達も、「何事か?」という眼差しを向けながら見守っていた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「つーことはあれか? まだルルブの拠点場所も決めてないのか?」

「ですね。なんせ昨日が初めてだったもので。まぁだからこそ今なら融通が利くとも言えますが」

 今俺達はルルブの森内部の構造について確認していた。

 今日はいい。

 同時スタートなのだから、トラブルも無く皆の籠は一杯になるだろう。

 だが明日以降、上手く合流できなかった場合はこの計画も頓挫してしまう。

 俺がルルブの奥に拠点を構えれば、彼らが踏み込んでくる入口へ戻ることが困難になってこの作戦は上手くいかない。

 だが合流を優先してあまり森の浅いところに拠点を構えては、他のパーティも動いているだろうから周辺の魔物が枯渇しやすくなるし、そもそも俺が拠点を構える立地があるかも分からない。

 諸々の経験値とお金。

 二兎を追ったのは俺なので、拠点はある程度妥協もしていかないとダメなんだろうけど……

「あー……俺達がいつも入る森の入口からなら、2時間くらいのところに崖はあったよな?」

「あぁあるな。俺達がそこまで入り込むことはほとんど無かったが、確かフェザー達はそこで引き返していたはずだ」

「フェザー?」

「ベザートで一番稼ぐ連中だな。……って、ロキの方がもう稼いでいたか」

「あぁ特大の籠を使っている、ルルブで1日40万台ってパーティですね」

「あそこは肉を厳選するからな。そんくらいはいってもおかしくねぇ」

「まぁまぁ皆さんも、少なくとも今日は間違い無くその40万なんて超えるんですから、お金のことはそんな気にしなくていいと思いますよ」

「ね、ねぇ……本当にそんな額が稼げるの?」

「あぁ……いまいち信じられねーっていうか、リーダーが大丈夫だって言うからついてきたけど……本当にいけるのか?」

「大丈夫ですよ。一人最低でも15万ビーケくらいはいくんじゃないですか? 6人を一つのパーティと見るなら90万ビーケ以上ってことですね」

「あ、有り得ない金額……」

「なんでそんな普通に言ってるのよ……15万ビーケもあれば楽に半月は暮らせるわよ!?」

「なぁ興味本位で聞くんだが、ロキって1日どれくらい稼いだことがあるんだ?」

「んー僕はパルメラ大森林とロッカー平原くらいしか知らないですからね。ロッカー平原なら確か80万ビーケくらいだったと思います」

「「「「「「…………」」」」」」

 お金なんて敵を効率重視で乱獲していれば勝手についてくる。

 だから今ある問題はそこじゃないんだが――

 どうしても皆さんお金の方に意識がいってしまっているな。

「問題はお金じゃないんですよ。そのフェザーさん達と狩場が被っているかもしれないっていう方がマズいです」

「そうなのか?」

「それこそ僕が倒した魔物を先に拾われちゃうかもしれませんよ? 魔物の数も狩場が被れば減るでしょうしね」

「ふむ……」

「ちなみにルルブの森に入るパーティは、皆さん同じところからですか?」

「ん? あー……そういやそうだな。どいつも昔からこの道を通ってルルブに入る」

「少なくとも、俺の親父の代からルルブはこの道だったはずだ」

「なるほど。森はそれなりに広そうなのに同じルートか……」

 まぁそれもしょうがないことなのか?

 俺だって昨日ルルブに行った時は、ベザートの北西にあるという情報を頼りに、リア様と既に踏み込まれているあぜ道を通りながら向かったんだ。

 何も考えなければ、ベザートから一番近く安全な通り道として、自然と入口が決まってしまうものなのかもしれない。


(混むことを回避……別ルート……ただ辿り着けなければ意味がない……)


 そこでふと、ルルブの森を通るセイル川のことを思い出す。

「あの、ルルブの森の中をセイル川が通っているんですよね?」

「そうだな」

「パルメラの中を流れてベザートの横を通り、ルルブの森へ入っていく――その川が入り込むルルブの森入り口で狩りをしたことはあります?」

「川の方からルルブに入るやつなんて聞いたこともねーぞ?」

「そうだな。俺もそんな経験は無い」

「それはベザートの町から遠いからですか?」

「誰もそこで狩りをしているやつがいないからな。さっぱり分からんとしか言えん」

「んだな。行こうと思ったことすらねぇよ」

「そうですか……」

 川を辿ればルルブの森に着けるなら、迷子になる要素はまったく無い。

 おまけに人もいないとなれば最高の狩場じゃないか? と思ったが……そう上手くはいかないか。

 そう思っていたら、道中黙っていたマーズさんが口を開いた。

「移動時間はさほど変わりませんよ。子供の頃うちの爺さんと一緒に、釣りのついでで見に行ったことがありますから」

「え?」

「ただ昔から危険だから行くなと言われていた場所です。川の周辺は魔物が多いという話があるみたいですからね」

「あぁそんな話はあるな。だから行くやついねーのか?」

「そりゃそうでしょう。誰も行く人がいなければ、何かあった時に助けも期待できないんですから。そもそも―――……」


 おいおいおいおい……


 冷静になって考えろ。


 川の周りは魔物が多い、これはパルメラでも経験した。

 ということはルルブでも同じだろうし、だからこそ危険で誰も行くことがなく、忘れ去られていたというのも納得はできる。

 そして誰も行く人がいないなら狩り放題。

 俺的には超美味しいし、6人の素材回収にも大いに貢献できるだろう。

 肝心の移動に関しても、子供の頃のマーズさんと爺さんが行けるくらいなんだ。

 行ってみないと分からないが、ベザートの町からセイル川までの約2時間。

 あの道中に広がる草原地帯がそのまま続いているという可能性は高い。

 おまけに川付近なら拠点に最適な洞穴も見つかる可能性があるし、水の確保も容易で【水魔法】を取得する用のスキルポイントもとりあえずは温存できる……

 さ、最高過ぎる環境だろう!!


 ――――しかし、だ。

 問題は6人の安全が確保できるかどうか。

 いくら魔物は自分達でといっても、気付いたら全滅してましたなんてことになってしまえば俺も責任を感じてしまう。

 定点狩りの要領で周辺を狩り倒せばまず問題は無さそうだが――


(う……うぐぐぐ……どうしよう……)


 こうして悩んだ俺から出た言葉は、6人に対しての問いかけだった。


「皆さん。大金を掴む代わりに、|冒《・》|険《・》する覚悟はありますか?」68話 ハンターとは

「着きましたね」

「あぁ」

「見た感じは普通、だなぁ」

「逆にいつものところより長閑じゃないかしら?」

「……」

「っしゃあ! 俺は覚悟を決めたぞっ!」

「俺もだ」

 セイル川が入り込む森を見つめる7人。

 太陽の具合を見るに、今は11時くらいだろうか。

 急遽の方向転換をしてしまったので、トータル4時間くらいかかってしまったが……

 それでも良く言えば穴場、悪く言えば魔物の巣窟とも言える場所に俺達は到着した。

 周囲は釣りに向かう道中と同じく草原地帯で、何も言われなければパルメラ大森林に入るのとほとんど変わらない景観が続いている。


 結局俺の提案に乗った6人は、良くも悪くもハンターだった。

 いや、違うか。

 この世界の住人と呼ぶべきだな。

 死は身近な物。

 稼ぎにある程度のリスクを背負うのは当たり前のことで、『大金』と『死の可能性』という二つを天秤にかけて彼ら彼女は『大金』を取った。

 そういう思考の持ち主だったということだ。

 ……若干1名は怪しいが。

 まぁそれでもついてきたんだ。

 ならやるだけのことをやろう。

 魔物を狩りまくり、ついてきた6人を極力死なせないようにしながら稼がせる。

 ジンク君達の時以上に気合を入れないといけない。


「それでは始めましょうか。今日はとりあえず川から東におおよそ500メートルくらいまで。このくらいの範囲の魔物を、僕が移動しながら殲滅するつもりで倒していきます」

「1時間後くらいに俺達は突入で問題無いな?」

「えぇ。時計が無いのでおおよそだと思いますけど、そのくらいで大丈夫なはずです。くれぐれも川から離れ過ぎないようにしてくださいね。僕も感覚でしか距離を計れませんので、体感300メートルくらいとか、ある程度距離の安全マージンを取ってもらった方が良いと思います」

「了解だ」

「何かあっても今いる安全地帯までは逃げ易いと思いますから、初日の今日は極力森の浅い箇所を中心に。皆さんの籠が埋まったら――ミズルさん」

「おうよ!」

「指笛を可能な限り大きく鳴らしてください。それで僕は終了の合図と判断しますので、今日は僕も一旦ここに戻ってきます。あとは万が一魔物に囲まれてどうしようもない時は、指笛を2回鳴らして下さい。間に合うと断言はできませんが救援に向かいます」

「任せろ。そうならないように、ヤバいと感じたら森からの脱出を優先するぜ」

「それが一番ですね。ふぅ――……では、早速行ってきます!」



 後ろから声援が飛ぶ中、俺はルルブの森へ走り出す。

 まずは川の周辺からだ。

 オークを漏らすとは思えないので、スモールウルフとリグスパイダーを対象に、【探査】を切り替えながら魔物の空白地帯を作り、そして広げていく。

(突入してすぐは何も反応無しか……となるともう少し奥か?)

 そう思って森の入り口から約100メートルほど入ったところで気配が一変した。


(すげっ……オークが目視で3匹、リグスパイダーが周囲30メートルで……5匹か。そしてスモールウルフは――何匹いんだよ、これ……)


【探査】に具体的な数を示す能力は無い。

 感覚であの場所にある、あの辺りにいるというのが分かるくらいなので、数が多過ぎると個別の反応も掴めなくなる。

(まぁいいさ。どうせスモールウルフなんて向こうから寄ってくるんだろ? 既にこっち向かって走ってきているしな。だったらリグスパイダーの射程に入らないよう気を付けつつ、近寄ってくるのを片っ端から捻じ伏せればいい)

 そう判断して一歩、さらに一歩と森の奥へと足を踏み入れる。


「オラッ!!」


 前方から飛び込んでくる4匹のスモールウルフ。

 その先頭が【突進】を使ってきたタイミングで横薙ぎに剣を振るう。

 すぐさま同じように【突進】してきたスモールウルフを袈裟斬りにし、続く2匹のうち1匹の動きに合わせて腹を裂く。


「痛ぇなぁ……」


 もう1匹に腕を噛まれるも、防御力のおかげか歯が僅かに食い込んでいるだけだ。

 この程度なら多少痛いだけで済む。

 噛みついていると思っているスモールウルフの頭を剣の柄で殴りつけ、地面に転がったところを蹴り飛ばし、近づいてくるオーク3匹、スモールウルフ5匹、さらにその後ろに見える数体のスモールウルフにも備える。


「ハハハッ……こりゃすげぇ! まさに休む暇も無い入れ食いだ!! オラッ!! かかってこいよ!!」


 俺の足先に青紫の霧が纏う。


 ドンッ!


『土よ、大きく、盛れッ!!』


 ズズズズズズッ……


 足踏みと同時に出現する眼前の土の山で、同時に振り被ってきたオーク2体、【突進】を仕掛けていたスモールウルフ2体の間に壁を作り、土盛りの横から蹴り上げてオークの首を切り裂く。


「くそッ……」


 筋力の問題か、それとも【剣術】スキルの問題か。

 今の俺ではオークの首を刎ねるに至らず、それでも膝を突いて蹲るオークの首へ背後から剣を突き刺し、こん棒とも呼べる、太い木の丸太を振り回す別のオークの攻撃を躱しつつも太ももを斬り付け膝を突かせる。

 その瞬間、オークの背後から飛び掛かってくるスモールウルフが襲ってきたため、咄嗟に左手で握ったナイフを眼球の奥に刺し入れた。


「んぐっ!」


 横っ腹に衝撃を感じて軽く吹き飛ばされるも、そこまで強い痛みは無い。

 その原因には視線も向けず、次々と飛び掛かってくるスモールウルフを睨みつけながら、右手のショートソードと左手のナイフで斬り付けていく。


『【噛みつき】Lv2を取得しました』


(フッ……ハァ……オークを倒しきる前に、もう次のスモールウルフの団体さんか……)


 倒れるスモールウルフを踏みつけながら、先ほど殴ってきたであろうオークの首にナイフを突き入れ、眼前でこん棒を振りかぶっている3匹目のオークの腹へ剣を刺し込む。

 だが振り被るこん棒は止まらない。


 ゴツッ!


「がはッ……」


 頭に強い衝撃を覚え、視界が明滅したところに肩や腕、足に僅かな痛みを感じる。


「くっ……うぜぇな……」


『風よ、周囲を、切り裂け!!』


 ヒュヒュヒュヒュッ――!


 青紫の霧がすぐに見えないかまいたちへと変化し、俺に噛みつくスモールウルフの身体を切り裂いていく。


『【突進】Lv4を取得しました』


 目の前で腹に剣を刺されたオークも無数の傷を負っているが、俺がしゃがんでいたためかその攻撃は上半身に届いていない。

 だが痛みのせいか、顔が徐々に下がってきている。

 ――ならば。

 左手に持つ首に刺さったままのナイフを抜き、すぐさま下がってきたオークの喉元に下から深く突き入れる。


 ハァ……ハァ……

 これで、オークは死亡だろう?


『【棒術】Lv2を取得しました』


「フゥ……フッ……ハァ……やっと……落ち着いたか……」


 辺りに横たわる、20体近くの魔物の死体。

 ここまでの連続戦闘は経験に無い。

 まさに疲労困憊という言葉が今の自分にはしっくり来る状況で、次々にスキル取得のアナウンスが視界上部を流れるも、そんなものを悠長に眺めている余裕なんてまるで無かった。

 だが少し落ち着いた今でもそんなことを気にしている時間は無い。

 もう少しすれば、彼らは素材を求めて森の中へ突入してくる。

 可能な限り、魔物のいない空白地帯を広げておかなければ――


「さすがに……手付かずだった……川付近は、ヤバいな……魔力の使用を……抑えないと……」


 息も絶え絶えにそう呟きながら、気配が残っているリグスパイダーの下へと歩みを進めるのだった。
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レビュー頂きありがとうございました。
そして誤字報告もありがとうございます。69話 理解の及ばぬ光景

「そろそろ1時間か?」

 これを聞くのはもう|三《・》|度《・》|目《・》だ。

 聞き飽きたのか、誰も「まだだ」なんて言葉すら言ってくれない。

 ロキが狩っている間はただ待つだけ。

 この時間がこんなにも長いとは思わなかった。

 だからこそ、色々と余計なことを考えてしまう。


 水辺には魔物が集まる。

 昔からよく言われていることだ。

 その情報を利用して、パルメラ大森林なら好んで水辺に行くやつもいた。

 だがベザート周辺では最も強い魔物が出るルルブの森で、わざわざ水辺を狙うなんて発想を持ったやつはいなかった。

 ただでさえオークに囲まれれば死がチラつくんだ。

 そんな魔物が密集する場所に好んで行く、自殺願望溢れるやつなんて周りにも、そして親父の世代にもいなかっただろう。

 マーズ以外この場所を知らなかったのも当然と言える。

 そんな中に一人で、か……


 ギルド内で素材量の記録を作っていることは知っている。

 特に若い奴らの妬みも混じった噂はよく耳にしていた。

 だが、実際に戦っている光景を見たやつはこの中に誰もいない。

 見た目は明らかに少年、というより俺の子供であってもおかしくないくらいの年齢だ。

 そんな子を一人で突入させて良かったのか?

 一度見殺しにしてしまったというのに、また見殺しにするなんてことも――

 しかし、あの妙な自信を感じてしまうと何も言えなかった。

 そもそもロキの提案に、俺は拒否権など無いわけだしな……


「お天道さんが真上だ。そろそろ待ちに待った1時間だろうぜ」


 ミズルにそう言われ、それぞれが腰を上げて立ち上がる。

 あくまで俺は臨時のリーダー。

 本来のパーティリーダーであるミズルの方が指示にも納得しやすいのだろう。

 だがやるべきことはやらせてもらう。

 誰かを死なせたくないし、俺もまだ死にたくはないからな。


「それじゃ行くか。予定通り、まず籠を背負うのは俺とミズルとエンツ。後衛組は魔力が少なくなったら籠担当に切り替えてくれ。上手く埋まれば一度戻って籠の入れ替えだ」


 この1時間、手持無沙汰ということもあって色々な取り決めをした。

 ロキを信用していないわけじゃないが、道中魔物がどれだけ残っているかも分からない状況だ。

 それならと、6つある籠のうち3つをここへ置いていくことにした。

 誰も来ない場所なんだ。

 籠を置きっぱなしにしたところで何も問題はないだろう。

 それに籠が無い分3人が自由に動けると思えば、この方が利点も多いという結論になった。

 最初は元から荷運び担当だったエンツを主軸に近接組が籠を。

 魔力が怪しくなってきたら後衛に籠を引き継ぎ、近接組がメインの護衛になる。

 今日が初日だ。

 とりあえずはこれで様子を見る。


「さてさて、森の中はどうなってやがるかな?」

「リーダー、油断はしないでくださいよ? 魔物が溢れ返っているかもしれないんですから」

「相変わらず悪い方に物事を考える野郎だぜ。マーズ、夢を見た方が楽しいぞ?」

「その夢を見て死ぬハンターが多いのも知っているでしょう?」

「まぁな……まっ、こいつが悪夢だと分かりゃとっととトンズラだ」

「そうなるとあの坊主は助からないか……」

「それはしょうがない。ロキ自ら提案したこと。ハンターなら死は常に覚悟している」

「でも魔物どころか、その死体すら無いわよね?」

「さすがにまだ森の入り口だからじゃねーか?」


 確かに何も見当たらないただの森という感じだが、それは入口から近過ぎるせいだろう。

 川沿いを奥へ進むか、それとも川沿いを離れ、森の中へ入るか……

 ただ目印になり、何かあった時に逃げ易いのは、方向がすぐに確定できる川沿いだろうな。

 ――ならば。

「そうだな、とりあえずもう少し進んでみよう。それで何も発見できなければ、川から一旦離れて森の内部へ入るぞ」

「あー……その必要はねーかもしれねぇ。血の臭いはしてきた」

「む? そうか?」

「リーダーは相変わらず鼻が良いですね」

 ミズルは咄嗟に指先を舐めると、その場で風向きを確認する。

「間違いねーな。このまま真っ直ぐだ。血の臭いはそっちからってな」

「ロキの血じゃなきゃいいんだが」

「おいおいアルバよ、縁起でもねーこと言うんじゃねーよ。ロキが死んじまったら俺達稼げねーだろうが」

「その考え方もどうなのよ……って、あれ、何?……山?」

「あん?……あー……こりゃ……予想以上にやべぇな……」


 ……ミズルが驚くのも無理は無い。

 最初は俺も、なぜこんなところに土盛りが? と思った。

 だが土が盛られたその小山に近づいていくと、その周囲には7~8体ほどの魔物の死体が転がっている。

「全てスモールウルフか……こんな数がまとめて襲ってくるなんて有り得るのか?」

「普通は精々4~5体ってとこよね。水場の近くだとこんな数になるのかしら」

「魔物の気配は無さそうだが――ザルサッ! 一応先行してあの土盛りの裏側を見てきてくれや!」

「分かった」

「よしっ! 数が多いからザルサとマーズの2名がとりあえずの護衛についてくれ。残りの者は解体に入ろう」

 そういって各々が準備に入った時、待ったを掛ける声が聞こえてくる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」

「なんだ! 魔物かッ!?」

「ち、違う……違うんだが……」

「あんだよザルサらしくねーな……ロキの死体でもあったの、か……」

 ザルサの異変に気付いて近寄ったミズルまで言葉を失っている。

 まさか――

「ロ、ロキが死んでいるのかっ!!?」

「くはっ……ふははははっ!!……こ、こいつは大当たりかもしれねぇ……やべぇ奴を引き当てたぞ俺達はッ!!」

「な、何を言ってるんだ?」


 そう言いつつ近寄った小山の裏には、先ほどの数以上にいそうなスモールウルフ達の死体。

 おまけにオークの死体まで3体も転がっていた。

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文字量が少ないことに気付いたので、本日は時間未定でもう1話投稿します。
まったりお楽しみください。70話 さらなる理想を求めて

「フッ……フッ……『火よ、飛べ』」

 ぶら下がる糸を溶かされたリグスパイダーが落ちてくるも、その身体を地面に触れさせることもなく真っ二つにする。

「分かってんだよ!」

 そのまま背後に向かって剣を横薙ぎに振るい、背後を狙う1体のスモールウルフを斬り付けながら、逆手に持ったナイフでもう1体のスモールウルフの首を横から突き刺す。

「フッ……ハッ……『穴を、形成!』」

 スモールウルフの後ろから俺を狙っていたオークの足元へ小型の穴を形成。

 転ばしている間に残りのスモールウルフ3体を多少のダメージも気にせず滅多斬りにし、終わればすぐに立ち上がろうとするオークの首に剣を突き入れて、残り1体となるオークと対峙する。

(1体だけなら魔力は節約……)

 そう思いながら振り下ろされるこん棒を躱し、オークの足元へ剣を突き刺せば勝手に顔が下がるので、左手のナイフを喉に差し込む。

 血を噴出させながら横たわり痙攣するオークに、念のためショートソードで再度首を深く刺せば、その動きは止まって静かな森へと戻っていった。

 周囲を見渡してもオークの姿は無し。

【気配察知】でも周囲15メートルに魔物の気配は無し。

(スモールウルフを【探査】……無し、リグスパイダーを【探査】……2体……次はこいつらか)

 敵の位置情報と周囲を確認後、次の標的へ向かおうとしたその時。


 ピ――――――――――――ッ…………


 森の中では聞きなれない音が。

 すぐにミズルさんと打ち合わせをしていた指笛の合図と分かるも、自然と緊張が走る。

 まだ狩り始めてから2時間も経っていないだろう。

 魔物の空白地帯だってそこまで出来上がっていない。

 2度目が鳴るかどうか――

 だが、そんな心配も杞憂に終わり、鳴らされたのが一度だけだったことに安堵する。


「ふぅ~……一旦戻って休憩するか……」


 念のため革袋からゴソゴソと腕時計を取り出し方位を確認。

 既に作った空白地帯を通りながら南方面へ進んで行けば、おおよそ100メートルほどで外の草原が見えてきた。

「んがー! 疲れたー!」

 ずっと気を張りつめていた分、安全地帯に出た時の安心感は凄まじい。

 肩や腰をコキコキ回しながら周囲を見渡せば、自分が川から300メートルくらい離れた位置で森を抜け出したことが分かる。

「おーい! ロキー!」

「こっちだー!」

 手を振るみんなの数は……うん、大丈夫だ。

 全員生きているし、手を振っている時点で致命傷を受けたということも無さそうだな。

「皆さん怪我とか無かったですかー?」

「おう! 誰も怪我してねーっていうか、魔物との戦闘なんて一度も無かった……が……おまえは大丈夫なのかよ……?」

「え?」

 ミズルさんの問い掛けに、どういうこと? と首を捻る。

 なぜか近づくほど皆さん若干引き攣った顔をしているし、唯一の女性であるロイズさんなんかは俺を見て後退ってしまっている……

「元気そうではあるが血だらけだぞ? どこか怪我をしているんじゃないのか……?」

 アルバさんにそう言われ、改めて自分の身体を見てみると、腕も足も革鎧も、物凄い量の血が付着し赤黒く染まっている。

「あぁ……これは返り血ですね。常に乱戦で気にしている余裕も無かったもので」

「「「「「「……」」」」」」

「はははっ……と、とりあえず川で洗ってきまーす!」

 男に多少引かれるくらいであれば構わないが、20代と思われるロイズさんに後退られるのは俺の心にグサッと来る。

 俺は素材確認の前に、まずは全身洗い流すことを優先した。




▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 真夏とも言える気候で良かった。

 見事にずぶ濡れだが、この日差しと気温ならすぐに服や髪も乾くだろう。

 あーやっぱり川の水を頭から被るのは最高だ。

 革鎧を一旦脱いだ俺は、再度皆さんと合流。

 遠目に見ても、それぞれの籠が素材でパンパンに埋まっていることが確認できる。

「籠がちゃんと埋まったようで何よりですね」

「あぁ……これをロキが1人で倒したというのが未だに信じられん」

「俺は今日から坊主をロキ殿と呼ぶことにしようと思う!」

「いやいや! 意味が分かりませんから!」

「ぶっちゃけ1人15万はねーだろって思ったんだぜ? だがこりゃ、たぶん15万を超えるかもしれねぇ。感謝どころじゃねーよ」

「そうね。いくらになるか想像できないから楽しみでしょうがないわ!」


 ふーむ……

 正直、俺も籠の中身見たっていくらになるかは分からないが――

 でも|あ《・》|れ《・》? って思うこともある。


「あの、スモールウルフの皮を剥いだんですか?」

「そりゃそうだろ。こいつも売れるからな」

「それは知っていますが……」

 他の人達の籠も隙間から覗くと、後衛職のマーズさんとロイズさんの籠はスモールウルフの皮が大量。

 前衛職のアルバさん、ミズルさん、ザルサさんの籠はオークの肉とスモールウルフの皮が半々くらい。

 元から荷物持ち担当だった一番ガタイの良いエンツさんは、比較的オーク肉が多めという具合か。

 ただ肉も厳選しているというより、とりあえず取れるものを取って詰め込んだという感じだな……

「ちなみにどの辺りで素材回収しました?」

「川沿いを100メートルくらい森に入ったところだな。オーク3匹と大量のスモールウルフが転がっていたから、そこで作業して放り込んだぞ」

「なるほど。そこ以外では?」

「え?」

「ん?」

「まさか、あそこだけで籠埋めて終わらしちゃったんですか?」

「どっ、どういうことだ……?」


 あららら……

 こりゃやっちゃったパターンだな。

 まぁ無理をして移動範囲を広げれば、それだけリスクが増すとも言える。

 基本自衛は自己責任なんだから無理強いはしないけど、彼らは『|大《・》|金《・》』という目的があってここに来ているんだ。

 だったら情報だけはちゃんと伝えてあげよう。

 その上で判断は彼らに任せれば良い。


「単純な話で、素材の厳選はされても良いんじゃないですか? オーク肉が一番高く売れるって話ですし」

「そりゃ分かっちゃいるが……他にもそんなにオークが転がっているのか?」

「何体倒したかは分からないですけど、少なくともオークだけで20体くらいは倒したと思いますよ?」

「「「「「「は?」」」」」」

「皆さんが素材回収したのは僕が最初に魔物と当たった場所です。そこから周囲50メートルくらいですかね? そこら辺の魔物を殲滅しながら、さっき出てきた辺りまで移動していたんですよ」

「あー……どういうことだ?」

「リーダー……つまりロキ君が言っているのは、僕らが素材回収をした場所から東に森へ入っていけば、スモールウルフとかリグスパイダーに混じってオークも転がっているってことですよね?」

「そういうことです。皆さんの籠は大サイズが5つに僕の特大籠が1つ。容量的にはオークで一番高く売れる背中の部位だけを厳選しても、大サイズの籠で4~5体分は入るはずなんですよ。特大籠ならもっとですね。
 なので今皆さんが持ってきた大サイズの籠5つはほぼ全てオークの特上部位で埋まるはずなんです。あとは特注籠に小さいけどお金になる魔石を入れながら、余ったスペースに他の素材なんかを詰め込んでいけば……」

「い、いけば……?」

「肉の素材が「B」ランクだとして6万くらいでしたから、オークの肉だけで120万ビーケほど。それに魔石やら他の素材、討伐部位も入るとなると150万ビーケは超えるんじゃないですか?」

「「「「「「……(ゴクリ)……」」」」」」」

「ただ移動が増えればその分リスクも増しますし、皮より肉の方が重さもあるでしょう。なのでどうされるかは皆さんにお任せしますよ。ただまぁ、皆さんは『|大《・》|金《・》』が欲しくてここに来たと思いますから、一応お伝えはしておきました」

「僕はよほどロキ君の方がリーダーの素質があると思うのですが?」

「あー……まったく否定できないところがつらい」

「ロキ君……彼女いたりする?」

「俺はこれからロキ殿ではなくロキ神と呼ぼうと思う」

「神」

 やっぱり計算に疎いんだろうな。

 皆目を輝かせながら好き放題言っているが、ただ勘違いされては困るのでちゃんと釘は刺しておこう。

「ただそこからの3割ですからね? なので、仮に150万ビーケが総額だったとしても、105万ビーケほどが皆さんの報酬。そこから6等分なんで――……一人17万とか18万ビーケくらいってところですね。そして僕は皆さんが運んで換金してくれるので、45万ビーケほどが収入ということになります。ね? ウィンウィンな関係でしょう?」

「俺達は戦闘すらしてないんだぞ? それでこんな報酬……これは夢か?」

「夢を見て追いかけるってのは良いよなぁ! 分かるかマーズ!」

「えぇ。やはりハンターは夢を追いかけてなんぼですね。僕が間違ってましたよ!」


 やっぱり彼らはこの世界の住人だ。

 リスクなんて然程考えず、得とあらばすぐに動く気概を持っている。

 ならば何も言うことは無い――いや、浮かれて死なれると困るから、もっと安全マージンを取れるように動いてもらうか。

 その方が俺も安心して狩りに専念できるしな。

「ちなみに、この結果までがおおよそ2時間ほどです。つまりこの程度の時間で皆さんの籠は換金効率を重視してもある程度埋まることになります。そして、僕は日が出ているうちは丸1日狩るつもりですから――どういうことか分かりますか?」

「あー……分からん」

「2往復……まさかの2往復か!?」

「それ、暗くなっても動く必要があるんじゃないか……?」

 それも運搬役という専門部隊を作ればできないことはないだろうが、相当ハードな作業になるだろうな。

「ここまでの移動時間を考えれば相当キツいと思いますけど、されたいなら2往復しても良いと思いますよ。ただ個人的には、もっと人を集められたら良いんじゃないかなと思います」

「人? ハンターをってことか?」

「そういうことです。ルルブで狩りをされているパーティは他にもあるのでしょう? その方々を誘ってみたらどうですか? より団体行動になれば、不測の事態でも対処しやすくなると思うんですけど」

「確かにな。仮に3パーティ合同、15人くらいのハンターが集まったとなりゃ、オーク数体に囲まれようが数で押し潰せる」

「現実問題として、森の手前――大体100メートルくらいから魔物の密度が急激に増えています。ただ狩り続ければその密度は自ずと減りますから、今後皆さんも森の奥へ入る必要が出てくるわけです」

「ふむ……その時に今の6人だと、万が一があった時に対応できない可能性も出てくるか」

「ロキ君が言っていることは十分理解できますね。人が増えたところで僕達の報酬は変わらず、より安全を得ることができる。ならば率先して取るべき選択でしょう」

「んだな。知り合いに声かけてみっか……この素材量見せりゃ一発だろ」

「全員涎垂らしてついてくることは間違いない」

「そこら辺はベザートに戻らない僕ではどうにもできませんから、後は皆さんにお任せします。僕は今日もこれから殲滅エリアを拡大させていきますので、明日から指笛無しでここに着いたら自由に魔物の素材回収始めちゃっていいですよ。さすがにオークの肉はこの気温じゃマズいでしょうけど、魔石や討伐部位なんかは1日経とうが関係ないでしょうから」

「おうよ。ロキは明日以降素材の確認もしに来ないのか?」

「そこは状況によってですね。誰かを見かければ声は掛けさせてもらいます。どこら辺を殲滅したとか次はどこに手を付けるとか、情報共有はしておいた方がいいでしょうから」

「ということは当面川の東側、幅500メートル以内を徐々に奥へ進んでいくと思っておけばいいんだな?」

「ですね。ちょっとどこまで進むかは今のところなんとも言えないので、伝える必要があれば僕の方から森の出口に来ます。僕がここに満足した時も声は掛けないといけませんし」

「了解だ」

「できる限り長く続けてほしいもんだがなぁ……」

「はははっ……そこは僕がここに飽きたら終了ということでお願いしますね」

「まぁロキがいてこその計画だしそこはしょうがねぇ。その期間こっちも存分に稼がせてもらうさ」

「そうだな。それまでは俺達も休まず働くとしよう」


 こうして話し合いは終わり、素材の厳選作業のため、再度森の中へ入る6人を見送りつつ革鎧を着直す。

 これできっと、俺の収入も増えるに違いない。

 さてと……それでは乱獲と、ついでの寝床探しを再開するとしますかね。71話 森の拠点

 日の沈みかけた夕暮れ時。

 俺は疲労が蓄積した身体を引き摺りながら、川辺に続く崖を眺めていた。


(ん~寝床が作れそうではあるな。もうちょっと奥に行けば俺好みな環境があるかもしれないけど……ダメだ。もう歩きたくない)


 見上げる崖は高さ5メートルまでいかない程度。

 川の片側だけに存在しており、どういう経緯か隆起した地面が川の流れによって削り取られたように見える。

 森の入口からは1kmも入り込んでいないはずなので、場所的には計画を遂行する上でも好条件。

 しかし壁面は岩ではなく全面が土で、そこだけが俺の中で気掛かりだった。

 パルメラ大森林で一泊したような、都合の良い洞穴はそう簡単に見つからない。

 ただ連戦に次ぐ連戦で足や手に若干の震えまで出ているこの状況では、より良い環境を求めてという気力が湧き上がってこなかった。

(オークの図体を考えれば3メートルくらいのところに穴を開ければ大丈夫かな……)

 そう思うや川の中をバシャバシャと入り、住処作りの準備を進める。


「高さ、3メートルの、石柱を、生成」


 ズズズズズッ……


 ロッカー平原で、自分の足元ではなく座った状態のお尻に石柱を作れば、より安定して上へ運ばれると知ってからはもっぱらこのやり方だ。

 石柱に座ったまま自分の高さが3メートル近くまで迫り上がったので、次に崖の一部を見つめながら穴開け作業を開始する。


「大きい、穴を、形成」


 ボコボコボコボコッ……


(うーんちょっと狭いし歪だな)

 出来上がったのは高さ1メートル、奥行き2メートル程度のポッカリ空いた穴。

 寝られることは寝られそうだけど、ここで焚火をして食事もとなるとちょっと心許ないし、何より凹凸の酷い土剥き出しの地面が非常に気になる。

 しかし……

 ステータス画面を開けば、魔力量は剣を持っているのに残り『29』

 もう少し改造したいが魔力が無い。

 このままではここで昏睡モードに入ってしまう。

 ルルブの森は、ロッカー平原と違って常に軽い魔法を唱えながらの移動狩りだ。

 自動回復はあったとしても、使用ペースとの相殺がいいところで、全快には程遠い状況であった。

(しょうがない……とりあえず今は我慢して、魔力が回復してから拡張作業をしていくか)

 そう思って残りの魔力を計算しながら、まずはこれを作る。


「平らな、石を、生成」


 ズズッ……


「ふむ」

 イメージ通りの造形に声が漏れる。

 さすが精霊、俺の思い描くイメージをしっかり掴んでくれているのだろう。

 目の前にあるやや大きめな石の|ま《・》|な《・》|板《・》に、先ほどからずっと肩に担いでいた『|オ《・》|ー《・》|ク《・》|の《・》|特《・》|上《・》|肉《・》』をドンッ!と置く。

 1体分、約10kg相当をそのまま持ってきたので、どう考えても一人で食べられる量じゃないが……

 それでも初のオーク肉。初の異世界バーベキュー。

 俺のワクワクは止まらず、どうせ余っているんだしと、ついつい欲張ってガッツリ持ってきてしまった。

 革袋から塩を出し、肉を切るナイフも準備オッケー。

 使う前にナイフを火で炙れば、解体用だろうが衛生面はたぶん問題無いだろう。

 なんかあっても【毒耐性】がきっとなんとかしてくれる。


 あとは―――


 あぁあああ! 木! 枝! 燃えるものっ!!


 日が暮れる前にと急いで先ほど作った石柱を滑り降り、周辺にある小枝を搔き集めては、容赦なく作った寝床の穴へ放り込む。

 パラパラと上から川へ落ちてくるも、そこら中に枝はあるから細かいことなぞ気にしない。

 ついでに少し大きめの石もいくつか穴に向けて放り投げ、もう一度降りることが無いようにと、辺りを慎重に物色する。

 考えている最中に襲ってきたスモールウルフは、ウザいとばかりに斬り捨てる。

 その死体をなんとなく眺めるが……

(ん―――……さすがにこの気温なら、寝る時毛皮なんていらんよな? いきなり剥いで使っても、絶対変な匂いするよな?)

 できれば敷布団や掛布団が欲しいところだけど、そんなことまで求め始めたら仙人生活なんてできそうも無い。

 そこら辺は追々考えればいいかと問題を棚上げし、両手にも枝を抱えて穴倉へ戻る。

 ――いや、戻る手前で足が止まる。


(……)


 目の前に立つ自分で作った石柱を見上げ……

 過去に籠を上げるだけ上げ、取ることができなくなったロッカー平原の嫌な記憶が蘇った。

(ふぅ~……落ち着け、俺。大丈夫だ。まだ焦る時間じゃない)

 ソッとステータス画面を見れば、残りの魔力は『15』

 レベル2の【土魔法】を使えば最悪昏睡する恐れのある状況だ。

(まな板作って喜んでる場合じゃねーよ……どうするどうするどうする……)

 考えてみれば、高さ指定の石柱を作った時に魔力消費がどうなるかはあまり検証していなかった。

 ロッカー平原でそこまで魔力に困らなかったというのが一番の理由だ。

(レベル1なら最大でも魔力消費は『9』だから昏睡は確実に避けられるが、高さ50センチ程度の石柱ができるだけ――そこから3メートルの石柱の上へ飛び乗るには無理がある……なら回復するまで待つか? 魔力が『20』まで回復すれば、1.5メートルの石柱は生成できるから、そこまで高さが確保できればまず戻れる。
 ただもう日が落ちた後だ。もう間もなく月明かりのみになってしまうか……それで魔物に対応できるか? 不意打ち食らっても死にはしないだろうが、倒すとなるとかなり厳しい気が――)

 まさかのまな板作成がここまでの大事になると思わず、窮地とも言える状況に思考がグルグルと回る。

 しかしそんな中で、ふと、一つのことに気付いた。

(そういえば【粘糸】なんていう、|取《・》|得《・》|し《・》|て《・》|も《・》|使《・》|え《・》|な《・》|い《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》に隠れて忘れていたけど、リグスパイダーはもう一つ【夜目】も持っていたな。どれどれ……)

【探査】で魔物の気配を探り、安全と分かった時点でステータス画面を確認。

 そこから【夜目】を探して詳細説明に目を通していく。


【夜目】Lv2 暗闇の中でも僅かに視界を確保できる 魔力消費0


(うーん、予想通りと言えば予想通りだけど、随分と説明が簡潔だな)

 そう思いつつ、魔力消費が無いタイプであれば試すのが早いと、早速使用してみることにした。


【夜目】


 すると僅かにだが、光量が増えたような、コントラストが少しだけはっきりしたような感覚を覚える。

 影になって既に暗い部分はそのまま暗く、月明かりの照らされている場所は少し明るく見える程度ではあるが……

(ふーむ。どの道こんなところで昏睡なんて致命的なことやらかすわけにもいかないし、とりあえず【夜目】を使いながら魔力が『20』になるのを待ってみるか。あっ、ついでに魔力回復の時間を計ってみるかな?)

 そう思って革袋から腕時計を取り出すと、この暗さではちょっと見えにくいと経験で分かっていた時計の針も、幾分見えやすくなっていることに気付く。

(いつでも戦闘できるようにはしておいてっと……)

 すぐ剣が振れるように立ち上がり、石柱に寄りかかりながら【気配察知】を意識しつつステータス画面を確認。

 魔力残量が『16』に切り替わった途端時計を確認し、またステータス画面へ視界を戻す。

 そしてそのついでと、現状のステータスを眺めていく。


  名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:13  スキルポイント残:66

 魔力量:16/98(+18) 剣を所持している場合のみ魔力上昇付与でさらに+50

 筋力:   47 (+20)
 知力:   48(+11) 
 防御力:  46 (+112)
 魔法防御力:46(+9)
 敏捷:   46(+23) 
 技術:   45(+12)
 幸運:   51 (+7)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル
【棒術】Lv3 【剣術】Lv3 【短剣術】Lv1 【挑発】Lv1 【狂乱】Lv1 

◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv4 

◆ジョブ系統スキル
【採取】Lv1 【狩猟】Lv2 【解体】Lv2 

◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv3 【気配察知】Lv3 【視野拡大】Lv1 【遠視】Lv1
【探査】Lv1 【算術】Lv1 【暗記】Lv1 【俊足】Lv1  【夜目】Lv2

◆純パッシブ系統スキル
【毒耐性】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv1 【魔力最大量増加】Lv1 

◆その他/特殊
【神託】Lv1 【神通】Lv2 

◆その他/魔物
【突進】Lv4 【粘糸】Lv2 【噛みつき】Lv3 


 ふむふむ。

 手帳を宿屋に置いてきたから細かい部分は分からないけど、それでもルルブの魔物が所持しているスキルは軒並みレベルが上がっている。

 まぁそりゃそうか。

 あれだけ魔物が群がっているんだからな。

 狩りまくっていれば勝手にレベルも上がるってもんだろう。

 惜しいのはロッカー平原のポイズンマウスみたいに、突出してレベルの高いスキルを持っている魔物がいないことだが……

 どれも常時使うような超有用スキルってわけじゃないんだ。

 となると、ルルブの森のゴールはスキルレベルというより、自身のレベルをどこまで上げるかで判断した方が良いかもしれない。

 今日一日狩って既にレベルは2上昇。

 この上がり方は明らかに、俺自身がここの適正以下のレベルだったんじゃないかと予想できる上がり幅だ。

 どの辺りでレベル上昇のストップが掛かり始めるか――

 ロッカー平原基準でいけば、そのうち半月ほど、丸一日狩り続けても上がらなくなる時が来るはずなので、1日の経験値上昇20%――いや、10%を下回ったらここは卒業。

 とりあえずの目安はそのくらいにしておくとするか。


 しかしある程度取得スキルが増えると、どのスキルのレベルが上がったというのがかなり分かりにくい。

 特に乱戦の時なんかはアナウンスを確認している余裕が無いので、ここで黙っていても上がるスキル以外では、確か【剣術】スキルが上がったよね? っていうことくらいしか覚えていない。

 ステータス画面を見直した時にスキルレベルが上がっていたら、『New』なんて文字でも横に付いてくれれば便利なんだけどな。

 まぁどんぐりの『凄い』は最初だけだろうから、無理を言ってもしょうがないだろう。

 そんなことを考えていたら魔力が『17』に変化したので、すぐさまステータス画面を閉じ、時計の針を確認する。

(うーん? んー……2分40秒くらいか?)

 なんとも中途半端だなと思いつつ、取得している【魔力自動回復量増加】レベル1や、皮鎧の【付与】も絡んでいるのだから、こんな中途半端な結果もまぁ普通かと納得する。

「となるとあと8分くらいか。その程度で済むと分かって良かったけど……あ~腹減ったなぁ……」

 そんなことを呟きつつ、僅かな光を照らす月を見上げ

「今日は【神通】を使えそうにありません」

 と、女神様達に聞こえているか分からない謝罪をするのだった。 
********************************************
72話 妄想

 ウボォー……

 ウォンウォーーーーーーン……

「……ふおっ!! やべっ!! 今何時だっ!?」

 咄嗟に土の枕元に置いていた時計を掴み取り、時間を確認する。

「なんだまだ6時過ぎか……ビックリした……」

 ベザートの町にいる時は朝の6時頃に教会が鐘を鳴らすので、多くの住人にとってはそれが目覚まし代わりになる。

 俺もその鐘の音で起きていたわけだが、当然ルルブの森で鐘を鳴らしてくれる人はいない。

 というか、鐘自体あるわけが無い。

 豪快な寝坊をすれば、意気揚々と森の中へ入ってくるアルバさん達を危険に追いやると思うと、お金と引き換えにとんでもない責任を負ってしまったなと少々後悔もしてしまう。

「うーん……この腕時計に目覚まし機能なんてないよな?」

 淡い期待を込めつつ色々な角度から時計を眺めても、直ぐにそんな都合の良い機能が無いことを悟った俺は、早寝早起きしないと誰かの死に直結するぞと心の中で呟きながら朝食の準備を始める。

 彼らが来るのはどんなに早くても9~10時頃だろう。

 なので1時間くらい朝食を摂りながらゆっくりしたら狩りの開始だ。

 昨日運び込んだ枝の残りを搔き集めたら、穴倉の入り口に作った焚き火跡へ放り込み指先マッチで点火。

 昨夜火を通しておいたオーク肉(特上)に塩をかけて再度加熱する。

 夏場ではあるが、一度火を通しているから半日くらい大丈夫でしょ? という……かなり適当な男料理である。

 そして温めている間、狩りまでに魔力もある程度回復するだろうと、マイ穴倉改造計画を進めていく。

 ちなみに昨日も寝る前に、多少の拡張は進めていた。

 手狭に感じた穴倉のスペースを奥に1メートルほど広げ、凹凸のあった地面は平に均してある。

 どうも【土魔法】を使った穴作りは、そこにあった土が消えるというより、あった土が圧縮されている可能性が高い。

 その証拠に壁面を触ると、簡単には崩れなさそうなくらい土が硬くなっているので、穴を作れば周りも固まり一石二鳥というわけだ。

 その分、寝る時は腰や尻が痛かったが。

 そこは葉っぱを敷き詰めるなり、スモールウルフの皮を敷くなり、追々考えていけば良いだろう。

 となると、あとやるべきことはなんだろうか?

 現在の穴倉は高さ1メートル、奥行き3メートルほど。

 これでも十分過ごせるが……

(ちょっと味気無いし、収納スペースでも作るか?)

 そう思った俺はさらなる拡張を進めていく。

 と言ってもこれ以上奥に掘り進めるのは危険だ。

 俺はまだ川の反対側に踏み込んでいなかったので、この崖の裏側がどんな地形になっているのかさっぱり分かっていない。

 穴を掘って突き抜けてしまうようでは意味が無いので、穴倉の形をT字型に。

 奥を左右に拡張させるイメージで広げる。

 これなら崖は川に沿って長く続いていたので問題無いだろう。


『穴を、形成。穴を、形成』


 ボコボコッ……

 ボコボコッ……


 これで安全面もアップだろうな。

 入口を見ながら横になることができるし、この穴倉内部は高さが無いので、図体のデカいオークはそう簡単に奥へ入ってくることができないはずだ。

 もう片方の穴は、装備置き場にでもしておこうと思う。

(あとはついでにコイツも作っておくか……)


『小さめの、穴を、形成』


 ボコッ……


 壁面に出来上がったのは、幅も奥行きも30センチ程度の穴。

 ここに塩や滋養強壮の丸薬、石鹸などの小物類を置いて棚替わりにする。

 ちょっと楕円になっていて物を置きにくいが仕方無い。

 これに『四角く』なんて注文を付けようものなら、【土魔法】レベル3の領域になるので、たかだが棚程度に朝からそんな魔力を使うわけにもいかない。

 昨日のまな板で俺は失敗しているからな!


 あとはー……

 トイレが頭をチラつくも、元から狩場にトイレなんかあるわけ無し。

 俺の異世界人生は今のところ大自然の中で用を足す方が多いので、目の前に川もあることだし継続して自然にリリースすることにしよう。

 それがこの世界のためになるはずだ。

 となると、後は風呂くらいだろうか?

 今一番欲しく、そして難易度の高いであろう願望だ。


(うーん……)


 辺りを見回すも、まずこの中に作るというのはどう考えても現実的ではないだろう。

 そもそも高さ3メートルの場所に作ったこの穴倉まで、川の水をどうやって運ぶんだ? という話になる。

 作るなら外、露天風呂しかない。

 そう考えるとポンと出てくるのはやっぱりアレ、五右衛門風呂だよなぁ。

 正確には違うかもしれないが、ドラム缶風呂とか、人がすっぽり収まって下から火を焚くあの類の風呂。

 燃やせる物はそこら中にあるわけだし、要とも言えそうな鉄の生成さえできれば――

 そう思ったら即実行。


「鉄を、生成!」


 ――――が、ダメ。

 青紫の霧は発生せず、不発に終わったことを知る。

【土魔法】で石は生成できるのに、鉄が生成できない理由はいくつか思い当たるもはっきりとはしない。

 鉄は鉄鉱石って言うし、土に含まれる含有量の問題?

 それとも【土魔法】のレベルか?

 そもそもとして【土魔法】で補える範疇を超えているという可能性もある。

 理由が分からなければ、スキルポイントを振ってのゴリ押しもできやしない。

 となると、他にどんな方法があるのだろうか……

 いつもの癖で深く思考する。してしまう。

(問題は川の水をしっかり使えて、その水をちゃんと温められて、かつ魔物が入ってこられない環境を作れるか、だよな。
【水魔法】を取得してしまえば風呂作成のハードルも下がりそうだが、わざわざ水を確保している状況でポイント使ってまで取りたくないし、風呂に必要な水を出すのにどれだけ魔力が必要なのかも未知数なんだ。現状で【水魔法】を取得するという選択は無いだろう。
 そうなると川辺に【土魔法】で魔物も入り込めないような石の壁を作るか? いや駄目か、作ったら最後、水を抜くことができないし、抜ける隙間を作れば水を温めることができなくなる。
 何より毎回全裸で石柱使って出入りなんて非効率なことできるわけもない。最終的に囲った風呂場が出るための石柱で埋まるし……
 なら川の水を、穴を開けた崖の内部に引き込めばどうなる? 拠点と風呂場を穴掘りで繋げ、川の入口を土で盛れば水の出入りは塞ぐことができるはずだ。
 土なら退かすことも容易い。しかしそうなると風呂はまさに泥水……石で防げば一度きりになり兼ねないし、惜しい気はするがこの案も無しだろう。どうせ入るなら身体を綺麗にするために入りたい。
 となると、開き直って外の草原地帯に作るというのは? それなら安全は確保できるし、誰もいない場所なのだからいちいち風呂場を覆う必要も無いよな? だが距離で言えば1km近くか……いくらなんでも風呂まで遠過ぎる気がする。おまけに道中ほぼ魔物に遭遇するとなると、結局風呂から出ても汗を掻くことになるわけだし、これはこれで微妙過ぎるか。
 なら妥協して夏だし水風呂? いやいやバカ野郎、それなら今すぐ川に飛び込めばいいだけだろう。あっ、リグスパイダーの粘糸を使って――)

 脳内が風呂に塗れた状況では気付けるものも気付けない。

 そのせいで、焼いていたオーク肉が黒焦げになっていることに気付いたのは、それから30分後のことだった。73話 降臨予約

(ロキ君~生きてますか~? 森に入ると聞いてから4日経ちますけど、一向に【神通】を使ってくれないので連絡しましたぁ~。生きているなら早めに使ってくださいよ~)

「あっちゃー……」

 そう呟かずにはいられなかった。

 そのうち【神託】を使われるだろうなとは思っていた。

 だからこそ、連絡が来る前に終わらせたいと思っていたが……

 もう4日か。

 そうだ、俺はこの4日間【神通】をサボってしまっている。

 理由は魔力が『60』も溜まらないうちに使ってしまっているからだ。

 決して女神様達とのおしゃべりに飽きたとかではない。

 ただ一度やり始めた作業はきっちり終わらせないと、どうにもスッキリしないという性格の問題である。


「あとちょっとで終わりそうなのになぁ……」


【探査】で各種魔物を指定、周囲30メートルにいないと分かったらステータス画面を起動する。

 すると残り魔力は『34』。

 ということはあと1時間ちょっと魔力を溜めれば、一応【神通】を使うことはできる。

(1時間後だとちょうど21時くらいか……ならしょうがないか。心配かけるわけにもいかないし、今日の作業は諦めるとしよう)

 内心落胆しながらもそう決断し、目の前にある作りかけのモノを一瞥した後、拠点の穴倉へと戻っていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




【神通】


「もしもしロキです。ご連絡が遅くなってしまいすみません」

(あぁー! ロキ君生きてたよー!!)

(良かったです~。何かあったのかと思って心配してたんですよ~?)

(だから言っただろう? そう簡単に死ぬようなやつではない)

(何を言ってるんですか? 連絡が来ない来ないと、毎日念仏のように唱えていたではありませんか)

(お忙しかっ……)

(リステだってルルブの森に【分体】降ろすとか言っていただろう!)

「ちょ、ちょ、ストップ! ストップです! これじゃ最初と同じ流れになってますよ!」

(そうだったすまない)

(失礼致しました)

(すみま……)

(ごめんね~!)

(今日は私が代表してお話ししますよぉ~)

「フィーリル様ですね。宜しくお願いします」

 なんかアリシア様の言葉が尽く被せられている気がするが……

 突っ込んだ方が良いのだろうか?

 一応女神様達のリーダー的存在だと認識しているけど、どうも扱いがぞんざいな気がしてならない。

(それでロキ君はルルブの森にいると聞いていますけど、そんなに忙しかったんですか~?)

「えーと、魔物を倒すので忙しいというのもありましたが、ちょっとお風呂を作りたくてですね」

(お風呂ですか~。でもわざわざルルブの森にですか~?)

「ルルブの森だから余計にですね。毎日返り血が凄いですし、一日中走り回っていると汗だくですし、かなり疲れるので……」

(なるほど~。それは楽しみですねぇ~)

「えぇ。早く入りたくて、それで毎晩魔力をいっぱい使っちゃってたんですよ」

(目的があるならしょうがないですよ~)

「あ、ちなみに一つ質問をしてもいいですか?」

(大丈夫ですよ~?)

「本当は鉄を作り出したかったんですけどできなくて……【土魔法】で鉄って生成できるんですかね?」

(それは無理でしょうね~。素材から金属を分離するなら【錬金】のはずですよ~? この辺りに詳しいのはフェリンかリステですけどね~)

「なるほど【錬金】でしたか! そりゃできないわけですよね、そんなスキル持ってませんし。助かりました。ありがとうございます!」

(気にしないでください~。ちなみにロキ君はまだ当面ルルブの森にいるんですか~?)

「だと思います。まだまだレベルは上がりそうなので、たぶんあと半月くらいは滞在するんじゃないですかね?」

(それは良かったです~)

「……ん? どういうことですか?」

(次は私が下界に【分体】を降ろしますから~)

 ん?

 んん?

 返答を聞いても「どういうことですか?」となってしまう。

 女神様が【分体】を降ろすのは転移者探しが目的だよな?

 それで俺がルルブの森にいた方が良いって……

 まさか、リア様の【分体】をポイントにして、俺とまったく会わなくても済むから良いってこと?

 さすがにそんなこと言われたらショックなんだけど!?


((((会えないと(ッ!?)ショックだって!!))))


(ロキ君は可愛いですねぇ~。違いますよ~? ルルブの森に【分体】を降ろしますから、それが楽しみなんですよ~)

「え? 町とかじゃなくてルルブにですか? 人いませんよ?」

(リアと同じように1日だけですけどね~。私は魔物の生態調査も担当のうちですし~)

「な、なるほど……」

 そう言われると納得せざるを得ないか。

 確かに【突進】スキルが魔物専用だと言ったのもフィーリル様だし、のんびりしているようで実は一番魔物に詳しいのかもしれない。

(なので楽しみにしてますよぉ~お風呂~!)

「……へ?」

 違った。ただの風呂好きだった。

(降りるのは3日後くらいになると思いますから~それまでに完成させといてくださいね~?)

「は、はぁ。善処します……」

 うーん、いいのだろうか?

 完成したら誰が入ってもいいんだけど、目隠しになるようなものはこのままの予定だと何も無いんだよな……

 まぁ人が入り込むような場所じゃないし、俺の拠点付近に来る可能性のあるアルバさん達だって、夕方くらいまでには素材を換金しにベザートへ帰るんだ。

 そうなれば誰に見られるわけでも無い。

 俺はいるけど……拠点の目の前なんだし、俺は近くにいると思うんだけど……

(……フィーリル。ロキはスケベだから気を付けて)

「え? |リ《・》|ア《・》も聞いてたんですか!?」


((((((……))))))


(ちょ、ちょっとどういうこと!? リア!? リアだって!! ロキ君が呼び捨てにしたよ!!)

(ロキ! いくらロキでも、それはさすがに不遜であろう!?)

(呼び捨てにされている件について、双方から詳しく事情をお聞きしたいのですが? あとスケベな件についても)

(なんということ……まさか女神と異世――――……)

「……もしもーし? もしもーし?」

 なんとなく今までもアリシア様が不憫だとは思っていたが、今日は一段と酷かった。

 だがしかし、今はそんなことどうでもいい。

 俺、呼び捨てにしたことで他の女神様から殺されるんじゃないだろうか?

 わざわざ練習までさせられて、半ば強制的に呼び捨て指示を受けただけなんだけど……

 自分から呼び捨てにしたくてしたわけじゃないんだけど……

【神託】も【神通】も使った。

 あと女神様達から連絡を取る方法は、俺をポイントにした【分体】降ろししかないだろう。


(い、い、い、いきなり真横に現れて尋問とか無いよな……?)


 不安でその日、俺はなかなか眠りにつくことができなかった。74話 大所帯

 誰かの【分体】が降りてくることもなく一夜明けた、ルルブの森引き籠り生活5日目。

 昨夜は【神通】の後ビクビクしていたものの、なんとか無事朝を迎えることができた。

 何事も無かったということは、たぶんリアがしっかり事情を説明してくれたということなのだろう。

 どうも口下手というか、たまに会話のポイントがズレるので不安は残るが……

 そこは今気にしてもしょうがないし、変わらず魔物討伐に邁進するとしよう。

 といっても今日はどこを攻めるか、ここで俺は少し悩んでいた。

 4日目終了時点でセイル川の東側500メートルほどは、森の入り口から今いる拠点あたりまでをほぼほぼ殲滅させたと言っていい。

 なのでこのまま奥に入るか、それとも川の西側に着手するか。

 どちらを攻めてもメリットとデメリットが存在するので悩みどころである。


 もしこのまま川の東側を攻めた場合、とりあえず真っ先に言えるのは俺の移動が楽。

 これが何よりのメリットになる。

 風呂作りのためにも早急にこの近辺の魔物は討伐しておきたいところなので、このまま東側や拠点周りを殲滅すれば、フィーリル様が来る前に風呂の準備も整いやすくなるだろう。

 ではデメリットは? というと、これは俺じゃなくアルバさん達が、ということになるな。

 奥へ入るほど安全地帯の草原からは遠ざかるわけだし、魔物が川を渡って東に入り込んでくる可能性も当然あり得る話だ。

 そうなるとセイル川の西側を放っておけばおくほど、殲滅したつもりが実は結構な数の魔物がうろついてましたなんてことになりかねない。

 ロッカー平原の入り口を綺麗に狩っても、翌日にはどこからか多少は魔物が移動してきていたので、魔物の行動範囲はそれなりに広いと思っておいた方が良い。

 現在何人くらいで素材回収をしているのか。

 あれから会っていないので、アルバさん達が自衛できるのか不安というのが、東側をこのまま攻めるデメリットと言える。


 そして西側を攻める場合は、今挙げたデメリットがそのままメリットに切り替わる。

 セイル川の西側も殲滅すれば川を渡る魔物が激減するだろうから、アルバさん達の素材回収はより安定するだろうし、まだまだ安全地帯に近い位置で素材回収をすることも可能になるだろう。

 ただし俺は拠点から遠い。

 といっても1km程度なので遠いうちには入らないが、それでも効率という点で言えば若干落ちることは否めないし、何より風呂の安全対策は遅延する。

 あとは俺の『領』に対しての知識不足から来る不安だ。

 以前アマンダさんは、セイル川が領を隔てていると言っていた。

 つまり今いる俺の拠点も、厳密に言えば川を挟んだ先の土壁に作っているので、ベザートとは別の領土ということになる。

 まぁこんな人がまったくいないところなら、何も問題の起きようがないと分かっているから安心できるが、他領の魔物を狩りまくっても問題無いのかどうか。

 ここら辺がよく分かっていないわけだ。

 正直俺も、そしてアルバさん達も全員ハンターだ。

 ハンターは国に属さないので、さらにその中の領となれば十中八九問題は起きないだろうと思っている。

 逆に魔物の数を大きく減らせば感謝されるかもしれないくらいだ。

 ただトラブルが起きると面倒くさい上、俺だけじゃなくアルバさん達に迷惑を掛けるかもしれない。

 これが川の西側を森の入り口から狩るデメリットになる。


(うーん、そろそろ一回会って相談してみるかなぁ……)


 人を巻き込んでの計画を立てたのは俺自身だ。

 なら今後の予定も皆で決めていくしかない。

 そう思った俺は、11時くらいになったら一度森の入り口へ向かってみようと決め、今日の狩りを開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(ん~? 見たこと無い人達だな……9人か?)

 既に殲滅の終えた場所を森の出口に向かって走っていると、すぐに面識の無い集団が解体している姿を遠目に見かけた。

 全員が籠を背負っているところを見れば、アルバさんやミズルさん達が勧誘したであろうパーティというのが一目瞭然だ。

 こんな分かりやすい判別もないなと、思わず苦笑いしてしまう。

(他の人達が近くにいる様子はないがー……まぁいっか)

 そう思って近寄り声を掛けてみた。

「すみませーん。アルバさんやミズルさんに誘われた人達ですか?」

 するとその団体さんは一瞬ビクッとするも、俺を見てすぐ表情を和らげる。

「あぁそうだ。君がもしかしてロキか?」

「えぇそうです。今日は既に殲滅した場所がどうなっているか様子を見に来たんですけど……アルバさんやミズルさんは来てますかね?」

「今|4《・》|部《・》|隊《・》に分かれていてな。アルバやミズルは一番東側を北に向かいながら素材回収しているはずだ」

「4部隊!?」

 もっと誘ってみたらと言ったのは俺だが、随分と規模が大きくなっている気がする。

 たぶん、今目の前にいる人達で1部隊なのだろう。ということは――30人以上になっているのか?

 おいおいおい……俺が倒した素材で足りてんのかよ……

「ち、ちなみにちゃんと儲かってます?」

「あぁ凄いぞ! 最初誘われた時は冗談かと思ったが……本当に感謝している」

 そう言われて目の前の大人達に頭を下げられると、なんともくすぐったくなってくるな。

 まぁ思ったより稼げないとか文句を言われても困ってしまうし、儲かっているようなら一安心だ。

「それは良かったです。ちょっと調整というか、これからアルバさん達と相談してきますので、後で相談結果は共有しておいてくださいね!」


 そう言ってその場を離れた俺は、川沿いから東へ。

【探査】を使って魔物状況を確認しながら移動していく。

(ふーむ、やっぱり周囲30メートルに数体くらいはヒットしてしまうか。明らかに最初の時よりは少なくなっているけど、西、北、東からと魔物が入り込んでくるわけだしな。それに魔物の死体が大量に転がっているのも原因だろうなぁ……)

 俺が倒して魔物を放置し、素材回収された後の死体もそのまま放置される。

 ポイズンマウスが共食いしている光景を見ているので、魔物が魔物の肉を求めて寄ってくるなんてこともあるだろう。

 そうじゃないと、あれだけいる魔物は何を食っているんだ? という話になってしまう。

 しかしだからといって魔物の死骸撤去は現実的ではない。

 1体2体ならまだしも、散らばった死体は数百体という数になるので、この状況を踏まえて素材回収を進めていくしかないだろう。


 道中、別の部隊が素材回収しているのを横目に見ながらさらに東へ進んでいくと、10人規模の団体が魔物と交戦している姿を確認する。

 その中には見知った顔が複数人――

 ここが一番東側を担当している部隊ということで間違いないっぽい。


「こんにちは~大丈夫ですかー?」


 すると声で判別できたのか、振り向きもせずに戦闘中のアルバさんとミズルさんが返答する。


「むっ? ロキか!」

「面倒くせぇが大丈夫だ。あー……でも援護してくれると助かる!」


 どっちだよ! と内心突っ込みつつも交戦している魔物を見れば、オークが1匹にスモールウルフが4匹。

 おまけにリグスパイダーが1匹宙に浮いており、傍らで一人のハンターが【粘糸】の餌食になったのか、グルグル巻きにされて地面で芋虫みたいになっている。

(すげっ! リグスパイダーに捕まるとあんな感じになるのか! でも……男のベトベト姿はまったく見たいものではないな)

 咄嗟に本音が出てしまったので頭を振る。

 相手取っているのはハンターが9人か。

 確かに倒せはするんだろうけど、言葉そのままに面倒くさいということなんだろう。

 ならとりあえず援護だ。

 そうしないと相談も碌にできない。

 交戦している魔物に向かって走り始めた俺は、ここでふと――こういう時のためのスキルがあることを思い出した。

(確か取得していたよな? えーと、えーと……)


【挑発】!


 未だに理由はよく分からないけど、なぜかロッカー平原で覚えられたこのスキル。

 まだレベル1のはずだが、これで魔物を引きつけられれば楽になるだろうと、オークを見据えながら初めての【挑発】スキルを唱えてみる。

 するとなぜか。


(ブッ!! スモールウルフもついてくるの!?)


 オークだけを呼んだつもりが、その横にいたスモールウルフが3匹もセットでついてくる。

 おまけに、いつもよりオーク達の目が血走り、殺気立っているようにも感じるんだが……? 何? おこなの? 激おこなの?

【挑発】って範囲スキルなのか? 視野を狭くするだけじゃなく、猛烈に怒らせてるような能力まで備わっているのか?

 その答えはサボっていたためよく分からない。

 ソロで動いていれば【挑発】なぞ関係無く魔物は全部自分のところに寄ってくるので、使うことは無いと今まで詳細説明すら見たことがなかった。


(まぁ、いっか)


 1体だろうが4体だろうが、今更どちらでも大差は無い。

 右手にショートソード、左手にナイフという手数重視のスタイルにすぐさま切り替え、先に到達するスモールウルフを迎え撃つ。


(ホイッ、ホイッ、ホイッ!)


 川付近でスモールウルフと交戦すれば、比じゃない数の波状攻撃が押し寄せてくる。

 3体程度なら朝飯前とばかりに切り伏せていき、最後にノソノソ走ってきたオークが振り回すこん棒を躱しながら、オークの膝を土台に飛び上がりつつ剣で首を一閃する。


 ゴロン……


(んー昨日あたりからやっと、オークの首も安定して刎ねられるようになってきたな)


 そんなことを考えながら残りの魔物を確認すると、どうやらあちらも終わっていたようで、皆が呆けた顔をしながら俺を見つめていた。

「は、初めてロキの戦闘を見たが……凄いな……」

「あー……すげぇとしか言えねぇ」

「……一人で4匹相手にしてヘラッとしてるって、どうなってるのかしら?」

「そこも凄いですが、魔物がロキ君に向かっていったのは何かのスキルですかね?」

「細かいことを気にしてもしょうがないだろう。俺達とは住んでる世界が違うんだ」

「さすがロキ神」

「「「「……」」」」


(……き、気まずい……)


 見せびらかすつもりなんて無いけど、援護を求められて魔物が寄ってきたんならとっとと倒すのが正解だろう。

 俺は悪くない! 悪くないぞ!!

「あ、あはは……それより、早くグルグル巻きにされている人を助けてあげた方が良いんじゃないですか?」


「「「「「「「「「あ」」」」」」」」」


「……忘れられてたとか、ひっでぇ」

 周囲を警戒しつつ、総出で絡みついた糸を切ってもらっている男を眺めながら俺はそう呟いた。
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誤字報告ありがとうございます。
それと感想欄を見ていて勘違いされている方が一定数いそうだったので、第2話の「加熱式タバコ」を「電子タバコ」に変更しました。
今後もストーリー上まったく支障がないレベルの細かい修正は必要と感じたらコソッとやっちゃいますのでご了承ください!
75話 ちょっとした憧れと現実と

「なるほど。このまま川の東を進むか、それとも川の西に手を出すか、か」

 糸巻き男が無事解放された後、早速俺はアルバさんとミズルさんにどちらを攻めるか悩んでいることを伝えた。

 その上で素材回収は今どんな感じなのか、現在の状況を確認する。

 もちろん邪魔をするつもりはないので、彼らは作業をしながら。

 俺は護衛のような存在として、アルバさん達の後をついていきながら話を聞いていく。

「ちなみに素材回収は順調ですか?」

「そこは問題ねぇな。オーク肉が多少劣化してるっつーのはあったりするが、その分魔石や討伐部位あたりの小さいもんがそこら中に転がってっからな!」

「そうだな。オーク肉の鮮度くらいだが……まぁここ数日素材ランク「C」以上になりそうなものだけをこちらで厳選しているから、ロキが気にすることはないぞ」

「ふむふむ。ということはだいぶ人が増えていそうですけど、皆さんにちゃんと行き渡っているってことですね?」

「あぁ、それなんだがな……」

 そう言ってアルバさんが話し始めた内容は、俺の斜め上をいく内容だった。


 最初に出くわした人が言っていた通り、現在素材回収班は4部隊。

 ルルブの森で狩っていた8つのパーティがこの素材回収に参加しており、これは頭一つ抜けて強いとされているフェザーさんパーティを除いた、ベザート拠点のEランクハンター全てらしい。

 約100メートル置きに1部隊を配置し、そのまま東西それぞれ50メートルくらいの範囲を散策、素材回収しながら北上というやり方を取っているようで、各々の部隊が出発地点と一時撤退地点に何かしらの武器や魔法を使ってマーキング。

 翌日再開する時はそのマーキングを確認しつつ、オーク肉の劣化状況を確認しながら進行を早めるか各自で判断しているとのこと。


 これを聞いて俺は素直に感心してしまった。

 物凄く効率的で俺好みだなと。

 そんな反応を示した俺にマーズさんがドヤ顔をしていたので、もしかしたら彼が発案者なのかもしれないな。一番慎重で賢そうだったし。

 ただそうなると気になることもある。


「部隊を分けて安全面は大丈夫そうですか? ここに来るまでも、多少魔物の反応はありましたが……」


 やはりここだ。

 いくら効率重視と言っても、それで死人が出ているようであれば意味が無い。

 いや、この世界の住人にとってはそれでも意味があることは分かっているが、計画立案者としては気が気ではない。

「それは大丈夫だぜ? まぁ今んところはだが、一番西と俺達のいる東の部隊は人数も多めにしてあるからな」

「川を渡ってくる魔物に備えて第一部隊は9名、第二部隊はパーティを一つ分けて6名、第三部隊も同様に6名、ここの第四部隊は東から入り込んでくる魔物に備えて10名配置しています。今のところ多少の怪我くらいはありますが死人は無し。一応備えはしていますよ」

「あぁ。マーズが考えたやり方は上手く回っているぞ。町の行き来や換金する時も皆同時に動いているから、不正を働いているやつもいないだろう」

「なるほど……ちゃんと考えられているんですね。素晴らしい!」

 このままではマーズさんが調子に乗ってしまいそうだけど、そこまで考えているなら俺が文句を言う場面ではない。

 現に5日経っても死人が出ていないのだから、安定して機能しているということなのだろう。


 となると、後は最初に話を振った狩場の問題をどうするかだ。

 まずは念のために確認をしておこう。

「仮に川の西側で同様のことをやった場合、川の向こうは別の領と聞いていますが問題はありますか?」

「ん? 何も無いぞ?」

「何の心配してやがんだ? 別の領だろうが別の国だろうが、魔物を倒すっつーのはどこでも喜ばれる行為だぜ?」

「なるほど」

 やっぱり不必要な心配だった。

 なら後は彼らの気持ち次第かな?

「では率直に聞きますが、このまま川の東を奥に進むのと、一度川を越えて西側で同様のことをやるのと、どちらがやりやすいですか?」

「それはロキの都合が良い方で構わない」

「個人の希望を言っちまえば、あの程度の浅い川を渡るなんざ造作も無いことだし、西側の方がありがてーけどな。ただまぁ、稼がせてもらってる身だからロキに任せるぜ?」

「ふーむ……」

 任せるとは言うものの、やっぱり安全地帯の存在、森の奥へ踏み込むリスクを考えれば本音は川の西側なんだろうな。

 アルバさんも言いはしないが、ミズルさんが西側希望と伝えた時の顔を見ていると同様の考えだろう。

 俺にとっては少し遠いというくらいで、ある意味距離も、風呂という事情も俺の我儘――

 なら、彼らの意向にそって動くとしようか。

 彼らの協力があって、俺も稼がせてもらっているわけだしね。

「了解です。それでは明日から、西側で同様のことをしましょうか。明日の朝一から僕は西側を川から500メートルくらいまで殲滅していきますので」

「ロキがそれでいいならありがたいが……良いのか?」

「問題無いですよ? 僕に明らかな不都合があれば提案もしませんから」

「それならありがてーな! やっぱ森の奥へ入るほど不安になるってもんよ!……マーズがな!」

「ちょっと! 僕はビビッてませんよ! 奥に入ると少しドキドキしてくるだけです!」

「それ同じこと」

「私でもまだ平気なのにビビってるわね」

「ビビリ神と呼ぶか」


 やっぱりパーティは良いなぁ……


 って、いけないいけない。

 ソロでやってきたからこそ、俺はここで乱獲できているんだ。それを忘れちゃいけない。

「それじゃ今日は念のためこのまま北上した先で魔物を狩りますから、今日の帰りにでも皆さんに伝えておいてくださいね」

「あぁ分かった。明日からは川の西側と伝えておこう」

「がっつり倒しといてくれよ!」

 同様のペースであれば、西側は約4日ほどで今いる拠点あたりまで殲滅できるだろう。

 その間に……まだレベルストップまではいかないだろうなぁ。

 そしたら次は川の東側を北上というやり方に戻すかな?

 それとも魔物の数によっては、さらに東500メートルを森の入口からやってみるか?

 そんなことを考えながら、俺は拠点付近の魔物狩りを開始するのだった。76話 男・ワイルド風呂

「ふふふ……やっとだ! やっと完成だっ!!」

 川のど真ん中に置かれた謎の石。

 それを見つめながら、俺は森の中で一人吼えた。

 ルルブの森に引き籠って6日目。

 すでに辺りは真っ暗で、今日も含め風呂作りは狩りが終わった後の作業なので、毎日【夜目】を使いながら黙々と作業をしていた。

 そして魔物は、そんなこちらの状況など関係無く襲ってくるので地味に辛かった……

 だが、しかし!

 目の前には自作の風呂がある。

 この感動を誰かに伝えたい! だが周りに人がいない!!

 ……だから一人で語ることにする。


 引き籠り生活2日目の夜。

 俺は風呂作りの方法を模索しながらも明確な答えに辿り着けず、何か良い案はないかと、思考を巡らせながら焚火用の枝を回収していた。

 そして穴倉へ戻る時、ふと1.5メートルほどある石柱に足を掛ける取っ掛かりを作れないか?と、何気なく魔法を使った。

 単純に自分の背丈ほどある石柱をよじ登るのは、狩りでクタクタになった後だとツラいという、ただそれだけの理由だった。


「窪みを、作れ」


 石を消すことができないのはロッカー平原で経験済みだ。

 だから窪みを作るくらいならできるかも? できたらいいな?

 その程度の願望が混じった実験だったが――


 結果は見事に窪んだ。

 削れたのか、圧縮されたのかは定かでは無い。

 土と同じ理屈であればたぶん後者な気がする。

 使用したのは【土魔法】レベル1。

 しかもなんとなく使ったため、魔力はほとんど込められていない。

 だがそれでも、石柱の一部には1センチ程度の凹みができ、数回繰り返すことによって足を引っかけることくらいはできるようになった。

 これが風呂作りの構想を決める第一歩だったと言える。



 引き籠り生活3日目の夜。

 俺はまず巨大な石を作った。

 巨大と言っても、あくまで魔法を唱える時にそう言っただけだが。


『巨大で、四角い、石を、生成』


 このワードが精霊にもしっかり伝わり、俺が使える【土魔法】レベル3の限界。

 魔力『29』を使用して出来上がったのが、1辺2メートルほどの立方体っぽい石の塊だった。

 それが川のど真ん中に突如出現した。

 そしてその日のうちに【土魔法】で石の塊を川底に沈め、1メートルほど石塊の高さを|下《・》|げ《・》|た《・》。

 つまり川底に半分埋めたということになる。

 これで水深50センチ程度の川に高さ1メートル、長さ、横幅共に2メートル程度の石塊が鎮座することになった。

 このサイズなら雨で川の流れが早くなっても流されることはないだろう。

 あとなんだか拠点周りの川辺がスッキリしたような気もするが、それは気のせいかもしれない。



 引き籠り生活4日目の夜。

 石塊の上に座り込み、ひたすら掘った。

 もちろん剣やナイフでどうにかなるものではない。

 そんなことをすれば狩りで使用出来なくなるので、ひたすら魔法で掘り進めた。

 正確には圧縮されていたのだろうが、土と違って触っても違いが分からないので、ここではあくまで掘るという表現を使うことにする。

 当然だが土と違って一度に掘れる量は多くない。硬さが違うのだからしょうがない。

 遅々とした進行具合の中、だからこそともいうべきだが、その作業の間に色々なことを試した。


『穴を、空けろ』


 これでも魔力量に応じて石を掘ることができた。

 しかし


『石を、削り取れ』

『石を、抉り取れ』


 このような、石の消失や分離を匂わすワードだと精霊は応えてくれなかった。

 判断の基準が曖昧で難しいところだが、圧縮はできても消失は別の魔法の分野。

 それこそ俺が求めている【空間魔法】とかになるのだろうと予想し、黙々と魔力効率の良い掘り方を模索しながら作業を進めた。

 結局フィーリル様から呼び出しを受け、【神通】を使うことになってしまったので作業は中断したが。



 引き籠り生活5日目の夜。

 昨夜の挽回とばかりに石の塊を掘り進める作業は続く。

 それこそ朝に回復した魔力も、狩りに行く前ちょっと使って掘ったりしていた。

 5日目になれば魔物狩りもだいぶ安定し、自身がレベルアップしたこともあって、夕方に残る魔力量が日増しに増えていった。

 風呂作りの作業を進めたくて、意図的に魔力を抑えたというのもある。

 そして5日目から造形の最終着地点。

 つまり風呂をどの形に持っていくか思案するようになる。

 幅が2メートル四方の大きな石だ。

 リゾート地にありそうな円形の風呂だって作ることができるし、日本の一般家庭にあるような長方形型の風呂を作ることもできる。

 それこそ高さも2メートルあるのだから、やろうと思えば立湯だって作ることができるだろう。

 だがそんな中で、俺はもっともポピュラーで慣れ親しんだ長方形型の風呂を選んだ。

 一番安心できるというのもあるけど、最大の理由はそこではない。

 作りながら、どう引き入れた水を温めるか。

 その方法も考えていた。

 この石塊と設置場所では、下から温めるなんてことはどうやっても無理だ。

 となると考えられる方法は一つで、|焼《・》|い《・》|た《・》|石《・》|を《・》|投《・》|入《・》|す《・》|る《・》しかない。

 その時どこで石を焼くか。

 拠点や川辺で焼けば、今度はその石をどうやって風呂まで運ぶのかという問題があり、そしてそこを上手く解決できる自信が無かったので、それなら風呂場の横で焼いてしまえばいいという結論になった。

 これなら焼けた石を何かで突ついて、そのまま風呂の中へ落とすだけ。

 つまり2メートル四方の石は半分が風呂、半分が火を起こして石を焼くスペースということになった。



 そして今日、6日目。

 朝のうちにある程度風呂の形を作り終え、先ほどまで最終調整を行なっていた。

 まず試したのは、風呂に穴を開けた場合にはめ込む栓。

 ここでしくじると今までの作業が水の泡になる可能性もあるため、かなり慎重に、そこら辺に転がっていた皿のような形状をした石でまず実験をした。

 用意した栓の素材は、今日回収してきたスモールウルフの皮と、リグスパイダーに放出させた粘糸。

 粘糸はぷにぷにネバネバした不思議な素材なので、多めに覆えば隙間を塞いでくれると思って採用してみた。

 小さめに切ったスモールウルフの皮を丸め、それをネバネバした粘糸で覆い、事前に作った穴の開いた石に詰め込んで上から水をかける。

 すると上部では水が溜まっているのに、栓の隙間からは水が垂れてこないことが確認できた。

 粘糸が水で溶けだす様子も無い。

 水を適温と呼べる程度のお湯に変えても粘糸に変化は見られなかった。

 これなら成功、いや、大成功だ。

 ちょっと強く押せば簡単に取ることもできるので、栓の機能としてはかなり良い感じに仕上がったと思う。

 多少ネバネバが残るけどそこはしょうがない。

 そしてこの実験が成功すれば、風呂本体に穴を開けても問題無いということ。

 川の上流方面に向かって1ヵ所、逆側の底の方にも1ヵ所風呂の内部に穴を開け、これで水の出入り口を確保する。

 すぐさま水が風呂に入っていく光景に打ち震える。

 ここまで進めたならば、あとやることは一つだけだ。

 急いで枝を搔き集め、風呂の横のスペースに置いたら【火魔法】で点火し、そこに石を投入していく。

 どの程度石が必要かなんて分からないので、多めに焼いておけば問題無いだろう。

 水面より50センチほど上の場所にあるし、川の流れは穏やかなので水を被る心配も無い。

 あとは待つだけ、石が焼けるのを待つだけだ……

 逸る気持ちを抑えつつ、俺はおもむろに服を脱ぎ始めた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 剣だけを握り締め、俺は素っ裸で風呂を見つめていた。

 長い。

 こんなに石が焼けるまで長いとは思わなかった。

 約1時間以上、俺は飯も食わずにひたすら全裸待機をしている。

 その間、魔物も風呂を見にきたので当然倒した。

 オークはなぜか俺を見てビビっていたが、今更服を着直すわけにもいかない。

 あとちょっとなんだ。

 だから剣を握り締め、俺は静かに待機する。

 先ほどやっと赤くなった石を3つほど風呂に投入したら、水が勢い良くボコボコいっているが……

 大丈夫だろうか?

 いきなり3つは多過ぎただろうか?

 どれどれ……ふむ。

 温いか。だがまったく入れない温度じゃない。

 それなら追加の石を投入して様子を見つつ、まずはぬるま湯を楽しもうじゃないか。

 あまり熱いとすぐにのぼせてしまうしな。

 しかしサイズを大きめに作って良かった。

 この風呂は俺の身長くらいある。石は隅に投入しておけば触れて火傷することもないだろう。


 ポチョン……ピチョン…………ジュゥウウウウウウ…………


 さて、それではいかせてもらおうか。

 超久しぶりのお風呂――――頂きますっ!!


 ジャポン!




「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………………」




 ヤベぇ。ヤバすぎる……

 風呂とはここまでいいものだったのか。

 思わず空を見上げれば、川の真ん中ということもあって、草木に遮られることなく満天の星が輝いていた。

 前を向けば石を焼く焚火が。

 そして俺は川の中にいるかの如く、周囲360度を水が流れているこの光景。

 海の見える露天風呂なんて目じゃない絶景だと感じる。

 普通は川に露天風呂があったって川辺だろう。

 川のど真ん中に風呂を作るアホなんてまずいない。


 あぁ……あぁ……あぁ~~~~~~~……


「そこっ!」


「キャン!?」


 となると、次の一手を打とうじゃないか。

 俺は丁度良い湯加減になった風呂から半身を出すと、焚火の横においてあるお手製まな板。

 その上に乗っているオーク肉(特上)を眺めながら、まな板ごと焚火の上に乗せる。

 肉は全裸待機している時に襲ってきたやつなので取れたてホヤホヤ。

 間違いなく素材判定「A」の肉だろう。

 それを先ほど少し焼いておいたので、ここぞとばかりに仕上げに入る。

 最高の環境で食べる最高の肉。

 こんな贅沢をしているやつなんて、絶対俺くらいだろうな。


 ふはっ……ふはははははーっ!!!


 素晴らしきかな異世界。

 魔法があれば素人だってこんなことができてしまうのだ。

 さぞチートスキルを貰ったやつらも人生楽しんでいることだろう。

 だが俺はもっと楽しんでるぞ?

 よく分からないこの能力は確かにチートかもしれないが、それだって努力しなければまったく伸びない代物だ。

 だから俺は努力し続けてやる。

 努力も苦労も味わった方が、その後の楽しみも喜びもより一層味わい深くなるからな。

 最初から強く、城で女を侍らせながら豪華な風呂に入っているだろう勇者タクヤ君には、剣を持ってスリリングに入る風呂なんて楽しみ方を味わったことは無いだろう?


「フンッ!!」


「グガッ……」


 さて、そろそろ焼けたかな?

 うんうん、良い感じだ。

 あとは塩をかけてと――


 あぁ……マジうめぇ……


 ここにビールでもあれば最高だったが、それはそれ。

 今後の楽しみにとっておこうじゃないか。

 さすがにこの身体で飲んだらどうなるか分からないからな。

 はぁ……あとは背もたれの傾斜をちょっと強めにして、お尻の部分の凹凸をもう少し滑らかにしておくか。

 ついでに風呂の両サイドは肘置きなんかを作ってもいいな。

 ここら辺は明日以降、風呂に入りながら余っている魔力で調整していくことにしよう。


 ……フィーリル様も、このお風呂を気に入ってくれるといいんだけどなぁ。
77話 現状の本気

(ん~! 慣れてきたとはいえ、やっぱりしんどい……)

 引き籠り生活7日目。

 予定通り、川の西側500メートル内の入り口付近を殲滅した俺は、トボトボと拠点へ向かって歩いていた。

 いつもはジョギングしながら帰るが、今日はまだまだやることがあるので体力温存だ。

 丸薬効果がMAXの日ではあるものの、無理をし過ぎれば翌日に支障をきたしてしまうかもしれない。

 自分一人なら多少じゃ済まない無茶も慣れたものだが、30人以上と連動して動いているとなると、|責《・》|任《・》が重く圧し掛かってくるので多少は考えや行動も慎重になってくる。


(まずは一旦夕飯にするか、それともこのまま行動に移すか……そういえば生簀作戦は成功しているかな?)


 ふと、朝の狩りに出る前、拠点前でパルメラ大森林以来の罠作りに励んだことを思い出す。

 理由は明白、さすがに連日のオーク肉が飽きてきたからだ。

 いくら身体が若いとは言え、毎日肉を食えばそりゃ魚も食いたくなる。

 なので朝からセコセコと、一度入ったら逃げにくい生簀の罠を作っていたのだが……問題はこの魔物の多さだ。

 折角魚を捕まえても、スモールウルフやオークに食われてしまえば意味が無い。

 となると今抱えている問題は、やはり早急になんとかしなければと改めて腹を括る。


(魚確保のためにも、のんびり風呂に入るためにも、もうひと踏ん張りしないとな……)


 風呂を作っている時や風呂に入っている時、基本魔物は川の西側から突っ込んでくる。

 まぁそれも当然だろう。なんせ西側はやっと今日着手したところなのだから。

 しかもまだ入り口付近のみなので、拠点周辺にはわんさか魔物がいるということ。


 |だ《・》|か《・》|ら《・》|そ《・》|い《・》|つ《・》|ら《・》|を《・》|狩《・》|る《・》。


 これが今からの予定だ。

 無理のない範疇で丸薬効果を利用し、せめて拠点周りの西側50メートルくらいを綺麗にできれば上等。

 そのくらい殲滅すれば、拠点付近に流れてくる魔物も大きく減るとみている。

 ふぅ~……

 いつもより深い深呼吸を一つ。

(休憩すると風呂の時間も遅くなるしなぁ……石だけ焼いておいて、その間に片付けてしまうか)

 こうして即行動を決断した俺は、拠点に着き次第風呂の横で石焼きを始め、その後すぐに西側へと狩りに出た。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 緩やかな傾斜が続く崖の上。

 そこで途切れることの無い魔物達の突撃をひたすら捌く。

 完全に日は落ち、【夜目】、【気配察知】を使いつつ、【探査】はリグスパイダーに。

【夜目】はレベルが上がったところで、そこまで実益に直結するスキルではないと思っていた。

 そもそもルルブは自身のレベル基準で狩場を移るか判断していたので、いちいちスキルレベルが上がったかはチェックしていなかったわけだが……

 それでもこうして周囲を見渡せば、初日よりは昨日が、昨日よりは今の方が、多少コントラストが鮮明になったように感じる。

 当初白黒だった世界に、少し色が付き始めたのもレベルが上がったせいだろう。

 と言っても、まだまだ日中とは大きく異なる視界だ。

 距離感が掴めず、魔物から受ける攻撃の頻度はどうしても多くなってしまう。


「はぁ……はぁ……というか……絶対に西側の方が魔物多いだろコレ……」


 寄ってくる魔物を斬り伏せながらもそんなことを思う。

 日中も感じたことだ。

 スモールウルフの数にそう違いは感じられないが、オークの数が明らかに多い。

 酷いと5体以上のオークが、スモールウルフを手に持つ丸太で吹き飛ばしながら襲ってくる。

 現に今も4体のオークに群がられている時点で、生息のメインが川の西側であることは間違い無いはずだ。

 もちろん、隙間を縫って噛みつこうとするスモールウルフはさらにそれ以上の数。

 足元は魔物の死体だらけで、既に動く場所すらままならない。


「うがぁああああ!」


 意識が散漫になっていたという自覚はあった。

 思わずショートソードを振り回すも、そのような適当な攻撃で周囲の魔物が崩れてくれるわけもなく。


「グフッ……」


 久々に、オークの振り下ろす丸太が頭部に直撃する。

 突出した防御力のおかげで痛みはそこまで強いわけじゃない。

 だが、衝撃は殺せない。

 ……|脳震盪《のうしんとう》のような状況になっているのだろうか。

 視点を定めることが出来ず、足元もフラつく。

 それでも碌に力の入らない足を動かし立ち上がろうとすれば、その前に強烈な丸太の一撃が追加で上から降ってくる。


「うっ、うぐぅ……ヤ、ヤバい……」


 立ち上がることすらできず、咄嗟に頭を隠して亀のように蹲ってしまうが。


 ボゴッ!


 ベゴッ!


 それでも魔物に容赦は無い。

 蹲ろうが振り下ろされるこん棒の衝撃が、鎧越しに強く伝わる。

 すでに噛みつかれてボロボロの服に、そこから覗く皮膚に、追い打ちを掛けるべくスモールウルフ達が群がり噛みついてくる。


(なんて、情けない姿だ……クソッ……こいつら本気で殺しに来てるなぁ……まぁ俺も殺しにいってるし……そりゃ、そうだよな……)


 そんなことを考えながら、敵意を剥き出しに魔物を見るではなく、地面を見て後悔するでもなく、俺はステータス画面を開いて一点を見ていた。


(魔力は、剣を持ってれば140ちょっとか……舐めてた。そうだ舐めてた俺が悪いんだ……)


 風呂作りを始めてからの習慣にもなっていた魔力温存。

 複数体に囲まれても極力魔力を使わず、夜の風呂制作に充てるという考えがここでも当たり前のように通じると思っていた。

 だが大して体力も残っていないこの身体で、10体を超える魔物を捌き続けるなんて自信過剰もいいところだった。

 俺は強くない。

 いや、まだまだ弱いんだ。

 Eクラスの魔物にボコボコにされるくらいに。

 なら――


 ちゃんと|本《・》|気《・》を出そう。


 余力を残すタイミングを間違えるな。

 今はその時じゃない。

 そう判断した俺は、四方八方から殴り、噛みついている魔物達にも聞こえるように叫ぶ。


『無数の、かまいたちで、周囲の、魔物を、皆殺せ……ッ!!』


 その瞬間、俺を中心に大きな竜巻が生じた。

 初めて使用したレベル4の【風魔法】

 使えばどうなるか、それは俺にも分からない。

 だが不思議と安心はできた。

 魔物達の攻撃が止まったからというのもある。

 顔を上げなくても、周囲から魔物の呻き声と一緒に、何かが切れる音が無数に続いていた。

 見つめる地面には、流れ出た赤黒い液体が俺に這い寄ってくる。


 一時の静寂――


 もう大丈夫か? と顔を見上げてみれば、周囲には細切れにされた魔物の欠片が大量に散らばっていた。

 見渡す限りで生き残っている魔物はおらず、【探査】で確認しても元から縄張り意識が強いのか、乱戦には混ざらないリグスパイダーの反応があるだけだ。


「レベル4で、これか」


 思わずその場に座り込んだ俺は呟いた。

 この狩場であれば、魔物に囲まれようが一発でひっくり返せる威力があることは一目瞭然である。

 だが俺はすぐに、よほどの事態でもなければ【風魔法】レベル4の使用を禁止した。

 今の俺の魔力では、仮に全快であったとしても3発が限度。

 魔力消費が重過ぎて、とてもじゃないが自然回復量が追い付かない。

 おまけにこの残骸を見れば……まずまともに素材回収はできないだろう。

 魔石くらいは残っているだろうが、討伐部位すら回収できるか怪しいところだ。

 アルバさん達がドン引きしながら落ち込む姿が容易に想像できる。

 そんなことを血生臭い場所で考えていたら、不意に頭の中にノイズがかったような感覚が――


(フィーリルですよ~。そろそろ【分体】を降ろそうと思うんですけど大丈夫ですか~?)


 やっぱり【神託】だった。

 しかし、この状況はマズい。

 血の海に肉片が散らばっているような状況で、フィーリル様をお出迎えするわけにはいかない。

 こんなところで登場されたら、フィーリル様が悪魔召喚のようになってしまう。


(うぐぐっ、魔力残しておいて良かった……【神通】使えなかったらヤバかった……)


 そう思いながらも重い腰を上げ、残る体力を振り絞りながら拠点へと急ぎ帰還した。78話 生命の女神

 拠点近くの川辺に立ち、俺は目の前で渦巻く濃密な青紫の霧を見つめていた。

 その霧を見ると鳥肌が立ってしまい、自然と手は腕を摩る。


(リアの【分体】が消える時も思ったけど、とんでもない魔力量だってことがなんとなく分かるな……)


 魔法が使えなかったら特に何も思わなかっただろう。

 だが今まで自身で放った魔法や、先ほど発動させた【風魔法】レベル4のせいもあって、霧の濃さを見ればそれがどの程度の魔力なのか。

 なんとなくではあるが、経験則として分かってくるようになってきた。

 そして、今目の前にある霧はまったくの未知数。

 あまりにも濃過ぎて、触れただけで俺は消失してしまうんじゃないかという恐怖に駆られる。


 |た《・》|だ《・》|た《・》|だ《・》、|怖《・》|い《・》。


 これが一番しっくり来る言葉だ。

 そしてそんな霧が一点に収束したかと思えば、次の瞬間にはふわふわした茶色い髪をしたフィーリル様が、以前と同じく白いワンピースを着てその場に立っていた。

「お、お久し振りですフィーリル様」

「えぇお久しぶりです~お会いしたかったですよぉ~」

 そう言って、なぜかハグしようとしてくるフィーリル様を咄嗟に止める。

 本心は大喜びだが今はマズい。

「ちょー! ちょっと待ってくださいフィーリル様! 見ての通り直前まで狩りをしていたので血だらけなんです!」

「見れば分かりますけど、私は気にしませんよ~?」

「いやいやいや! 女神様達の服は非常に高価だと、リア、様から聞きましたので!」

「……【分体】の衣類なんて気にする必要ありませんのにぃ~」

 リアと呼び捨てにしようとした瞬間、温厚そうなフィーリル様の眼が怪しく光ったような気がして冷や汗が出る。

 だがとりあえず留まってくれたので、今更になって思った素朴な疑問を問いかけた。

「ちなみにですが、なぜ夜に? もしかして神界だとこちらの時間って分からないんですか?」

「分かりますよ~? 夜の方がロキ君といっぱいお話しできると思いまして~」

「な、なるほど……」

 確かに昼間なら俺は狩りに没頭している。

 リアの時も多少は話していたが、それでも狩りや魔物に関することが大半だった。

 移動中はまったく別だったけど……ここじゃ狩場までの移動時間なんてほぼ無いようなものだしな。


「それにお風呂に入るなら、夜の方が良いと思いまして~。昼間だと……見えちゃうでしょう~?」


「おっ、おっ、おぉっ、おっしゃる通りでございます……」


 うん。全力で納得した。

 俺のスケベ対策って言われたら、もう何も言えない。


 そんなこんなで立ち話もなんだからと、とりあえずフィーリル様を俺の拠点へ連れていく。

 後ろに立つと石柱パンチラ事件がまた勃発してしまうので、見本とばかりに俺が先に登って先導し、手を引きながらフィーリル様を案内した。

 なるほど、凄くぷにぷにしている。

 この手は当分洗いたくない。

「ほえ~これは人種らしくない生活ですね~」

「ははは……まぁ効率良く狩るための一時的なものですからね。ある程度安全に寝られればそれで良いんですよ」

「地球の人種は知識に優れる反面、か弱そうな印象を持っていましたけど……ロキ君は逞しいですねぇ~」

 俺の拠点を見て目を丸くするフィーリル様だが、たぶん誰が見てもそう思うだろうな。

 多少棚を作ったり人間っぽい手の加え方はしているけど、床なんてただ葉っぱを敷き詰めているだけだ。

 パルメラにいたフーリーモールと大差無い住処と言える。


 おっと、そういえば。

「フィーリル様、引き継ぎはされてきました? リア様にお金渡してるんですけど」

「ん~? 何も聞いてませんよ~?」

「えーっ! そ、それはマズいです! リア様はもう帰っちゃってます?」

「うーんどうでしょう。まだ私がいる時は【分体】を戻していなかったようですが、お金ですか~?」

「お金もそうですし、あとは宿もそうですね。フィーリル様も明日からは転移者探しをされるのでしょう?」

「そうなのですけど、私はパルメラ大森林の内部を確認しに行く予定ですよ~?」

「あれ? ベザートの町の中じゃないんですか?」

「どうもロキ君が拠点にされていた町には転移者がいないようですからね~。とりあえずパルメラ大森林の内部を見て回ろうかな~と、その方が出会う可能性も高いとリステは言ってましたよ~」

 ここにきてまたリステ様か。

 言っていることは納得できるからいいんだけど、まさに女神様達の司令塔と言った感じだな。

 ん?

 そういえばそんな感じのポジションにいながら、可哀想な子になっていた人もいた気がする……

 あの人はいったいなんなのだろうか。

「ちなみに【分体】は俺をポイントにしなくても出せるんですよね?」

「そうですね~【神通】や【神託】を使ってロキ君の横に出すのが一番楽ですけど~、一度降りたことのある場所や、そこから行ったことのある場所にも出すことはできますよ~」

「リア様の【分体】をポイントに出すことは? もしくはリア様の靴とか?」

「ん~? リアの【分体】なら【念話】でも使えばすぐ場所を割り出せますけど~………………靴?」

 ……あれ?

 なんか妙な間があったような?

 それになぜか『|靴《・》』だけ間延びしないのは不思議ダナー。

 今更だけど、フィーリル様もよく見たら裸足だし。暗くて気付かなかったし!

 これは、やらかしてしまったか……?

「え、えーと、リア様に靴を買ってあげましてですね。ただ神界に持っていけないということで、宿屋で脱いでから【分体】を戻しているはずなんですよ。ははっ」

「なるほど~。……ちなみに私も|裸《・》|足《・》なんですよね~」

 やっべぇ。

 あの子に買ったんだから私にもってパターンだ。

 そして買わないとご機嫌が斜めになることはすぐに予想できる。

 だが……俺はまだベザートに戻る予定が無いんだ……

 さすがにわざわざ靴を買いに行くためだけの用で戻るわけにもいかない。

 だって俺一人の問題じゃないんだもの!

 30人以上の命がかかってるんだもの!!


 不思議と、また自然に身体が流れた。

 まさかこんなハイペースで土下座をするとは思っていなかったが、どちらも女神様なんだからしょうがないだろう。

「申し訳ありませんが、まだ町に戻る予定が無いので、フィーリル様に靴を買ってあげることができません。なのでこういった時のためにリア様へお金を渡してあります。
 どうやら食事も摂ろうと思えば摂れるようですし、無くならない程度に上手く使ってなんとかしていただければ幸いです。
 ただしっ!……リア様は僕の特製お風呂に入っておりません。なのでフィーリル様だけがっ! 俺の特製お風呂に入ることができます!!」

 そう言って穴倉の入り口、その先に見えるお風呂へ視線を向ける。

 まだ石焼き用の火が灯っており、肉眼でもはっきりと風呂の全容を見ることができた。

「なるほど~! 私も|特《・》|別《・》なのですね~?」

「当然でありましょうとも!……早速入られますか?」

 そう言うと、満面の笑みでフィーリル様は頷いた。79話 望み

 チャポーン……

 俺は今、一点に火を見つめ、生簀の罠に入っていた3匹の魚と、ついでに取った小さい海老を焼いている。

 なんせ女神様のご入浴だ。

 俺の煩悩に塗れた瞳に映らぬよう、灯りの元となる火を消すかは悩みに悩んだ。

 だが、俺がついつい風呂に入りながら食べる食事は最高だなんて言ったもんだから、それにフィーリル様が食いついてしまった。


 |私《・》|も《・》|や《・》|っ《・》|て《・》|み《・》|た《・》|い《・》、と。


 なら火を消すことなんてできないだろう?

 生で食べさせるわけにはいかないからな。

 それにこんな作業だって女神様にやらせるわけにはいかない。

 俺は召使い。

 護衛しながら食事の準備をするのが至極当然と、心の底から思っているのだから不思議なものである。


「素晴らしい景観ですね~地球にもこのようなお風呂が存在するのですか~?」

「い、いえ、さすがに川のど真ん中に作る人はいないと思いますよ。地熱で温まった天然のお湯を利用する温泉であれば、川辺にあったりはしますけどね」


 ふむ。

 より広範囲を確認できる【探査】でも魔物の気配はヒットしないな。

 今日頑張った甲斐があるというものだ。

 だが油断は禁物。

 当たり前のように|何《・》|か《・》|あ《・》|っ《・》|た《・》|時《・》|の《・》|た《・》|め《・》|に《・》と、【夜目】と【気配察知】も全力発動している。

 フィーリル様に何かあったら大変だからな。当然だろう。

 ふぅ~……

 風呂は真後ろだ。

 正確には、俺は石塊の隅にある焚火にへばり付いているため、目を可動域限界まで横に向ければフィーリル様のおみ足がチラリと見える。

 不思議なものだな。

 さっき裸足であることをこの目で確認しているのに、湯の中にあるというだけでその足がエロティック100万倍になっている。


 チャプン……


 あっ、肩に湯を掛けた。

 別に女神様の風呂の様子を事細かにチェックしているわけではない。

 魔物の気配を得るための【気配察知】が、しょうがなく女神様の動向も俺に教えてくれているだけだ。

 対象を絞れないんだから不可抗力である。


「良い湯ですね~このようなお湯の温め方も地球の知識なんですか~?」

「ど、どうでしょう? 現代の地球だと大半が自動でやってくれますから、地球の知識と言えばそうなんですけど、かなり古い湯の温め方になると思います」


 よし、魚が良い感じに焼けてきたな。

 あとは塩を振って、と……

 こんな料理とは呼べない食事を女神様が気に入るかは分からないけど、今ある食材なんて魚かオーク肉くらいしかないんだ。

 さすがにフィーリル様の小さなお口で、オーク肉を噛り付かせるわけにもいかないだろう。


「さぁ魚が焼けましたよ。塩を振っただけなので微妙かもしれませんがどうぞ!」

「まぁ~ありがとうございますぅ~!」


 必死に腕だけを無理やり後ろに伸ばせば、しっかりフィーリル様は枝に刺さった魚をキャッチしてくれる。

 ついでに俺も1本食べておくか。

 いくらド緊張しているとはいえ腹は減ったしな。


「そういえば、このお風呂かなり大きいですよね~」

「モグモグ……そうですね。【土魔法】で『巨大』なんて伝え方をしたら、こんな大きな石ができてしまいまして……」

「なるほど~。でも、だからといってお風呂をここまで大きくする必要は無かったんじゃないですか~? ロキ君の背丈以上あるでしょうし~」

「モグモグ……確かに、そう言われればそうですね」

「まさか~……私と一緒に入ることを想定して作りましたか~?」

「ブッフゥー!!!?」


 なんて失礼なことを言うんだフィーリル様は!

 いくら俺がスケベを否定しない男だからと言っても、そこまで厚かましくはない。

 たまたま石のサイズに合わせて作ったら――

 そう、合わせて作ったらこんなサイズになっちゃったわけだが……

 うーん、なんで石のサイズに合わせたんだろうか?

 風呂がデカけりゃデカいほど、掘る場所も増えて魔力を大量に使う。

 それなのに戦闘で余計な苦労をしながら、俺は魔力を温存してまで風呂作りに注ぎ込んでしまっていた。

 言われてみれば確かにその通り。

 この半分のサイズだって俺からすれば十分である。

 あくまでここに滞在している最中使うだけのもので、持ち帰って一生使うモノでもないわけだしな。

 ま、まさか……フィーリル様の「|お《・》|風《・》|呂《・》|楽《・》|し《・》|み《・》」なんて言葉を聞いて、心の中で一緒に入るつもりでいたのか俺は……?

 でも考えてみれば、あの言葉を聞いてから一心不乱に掘り進めていたような気もする……


 食いかけの魚を握り締めたまま、完全に動きがストップしている俺の心は、【読心】なんて持っていない【分体】であっても透けていたのだろう。


「私は……構いませんよ?」


 なんだ?

 見えてはいないが、雰囲気が変わったような気がする……

 優しさと穏やかさを兼ね備えた母性の塊のような女神様から、僅かに妖艶な雰囲気を感じとってしまった。

 ――本当に良いのだろうか?

 俺はここでヒヨるような男ではないぞ?

 訳の分からない言い訳を作って逃げるなんて、そんな勿体ないことをするつもりはないぞ……?

「い、良いんですか? そんなこと言われたら本当に入っちゃいますけど……?」

「もちろんですよ~。ロキ君が作って、ロキ君が準備してくれたお風呂なんですから~。先ほど血だらけって言ってましたし、本当は早く入りたいんですよね~?」


 ……ここまで言われたら止まる必要も無いだろう。

 後ろを向いたまま、手早く皮鎧を外し、服を脱ぎ捨てる。


 ――ゴクリ。


 喉が、鳴る。

 女神様随一のワガママボディか……神に感謝を。


 それでは有難く拝見させて頂きます!


 ガバッ!!


「ふぁ!?」


「あらあら~。毎日世界に貢献されているせいか、身体も引き締まってますね~」

「……服、着たままじゃないっすか」

「誰も脱いだなんて言ってませんよ~?」


「ふ、風呂に布を入れたら駄目だろぉおおおおおーーーーー!!!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 なぜか俺だけ素っ裸を曝け出した入浴タイムが終わり、フィーリル様と拠点の穴倉で寛いでいた。

 フィーリル様は一度【分体】を引っ込め、再度出現すれば濡れた肌も衣類も元通り。

 完全に乾いていて便利なスキルだと改めて痛感する。

 コソッと舌打ちしたのは言うまでもない。

 まぁ女神様の爆乳を拝めなかったのは残念だが、それでも一緒に魚を食べながら同じ湯に浸かり、地球の話やこの世界の話をしたあの時間は物凄く貴重な体験だったと思う。

 この世界の信者からしてみれば、羨ましくてしょうがない出来事だっただろうな。

 そして戻ったついでに、引継ぎの件についても確認してくれたようだ。

「これで大丈夫です~。ロキ君が泊まっていた部屋の場所はちゃんと覚えましたので、明日そちらに飛んでから行動するようにしますよ~」

「それは良かったです。靴とお金は部屋に置きっぱなしってことですかね?」

「みたいですよ~。なので申し訳ありませんが、私もそのお金で靴だけ購入させてもらいますね~」

「リア、様がどれくらいお金使ったか分かりませんけど、何か必要な物があれば、靴以外にも普通に買っちゃって良いですからね?」

 とりあえずこれで引き継ぎも一件落着だな。

 宿屋の女将さんには予定が分からなかったのもあって、結構な額をまとめて払っているので、少なくとも俺がルルブの森から帰還するまでは部屋の確保も問題無いだろう。

 難があるとすれば、部屋に女物の靴が増えていくことくらいか……

「ふふっ、ありがとうございます~。それと~」

「ん?」

「リアのことは普通にリアと呼んで構いませんよ~? 練習させたことは聞いていますから~」

「そ、そうでしたか。忘れるとついつい呼び捨てになっちゃって。でも、ほんとに良いんですかね?」 

「私達もその件で少し話し合ったんですけど~、ロキ君はこの世界の人種ではないじゃないですかぁ~?」

「確かに転移者なのでその通りだと思いますけど……それと何か関係が?」

「この世界の人種であればどうかと思う部分もありますけど~、そうでなければ敬うことを強要するのはおかしいと思いませんか~?」

 うーん、どうなんだろうか……

 まぁ確かに日本人の俺が天皇陛下を偉い人だと思うのは自然なことで、仮に対面すればオロオロしながら畏まることはまず間違いない。

 もっと現実的なところで言えば、勤めていた会社の社長なんかは身近で感じる最も偉い人だろう。

 じゃあそれが、他国の偉い人となればどうなる?

 そりゃ偉いんだろうが、まったく接点も恩恵も受けていない王様から「俺は偉いんだぞ」と言われても、「はぁそうですか」と思う程度。

 精々空気を読んで周りに合わせるくらいだ。

 それがさらに別世界。それこそ地球外の偉い人となれば――


 頭を捻りながら唸る俺に、フィーリル様は言葉を続ける。

「それに私達もロキ君に対してはそんなこと望んでいないんですよ~? リガルだけは性格の問題でちょっと抵抗があるみたいですけどね~」

 んん?

 悩んでいるところにさらなる疑問が降ってきたな。

 どういうことだ?

「えーと……?」

「私達と話せる存在自体が物凄く希少で~その中でも自然体で話してくれるのはロキ君くらいなんです~」

「確か女神様達と話せる人って、元からいる神子だけですよね?」

「そうなんです~今の子も今までの子も、悪い子達じゃなかったんですけど、皆どうも堅過ぎてですねぇ~」

 なるほど……なんとなく分かってきたな。

 勘違いだったら恥ずかしいが。

「リア、が言ってましたが、女神様達は俺の魂が運ばれるあの空間に6人で住んでいるんですよね?」

「そうですよ~」

「他の神様や女神様との交流はどの程度あるんですか?」

「どういう方がいらっしゃるというのを少しだけ聞いたことがあるくらいで、フェルザ様以外は直接お話ししたこともありませんよ~」

「……」

 想像しただけでゾッとしてしまい、思わず言葉を失ってしまった。


 |6《・》|人《・》|だ《・》|け《・》|の《・》|世《・》|界《・》。


 下界の様子を監視することはできても、直接手を下すことは特別な事情でもなければ禁忌とされ、人との接点は歴代の神子以外ほぼ無し。

 そこまでは分かっていたが、まさか別の世界を管理する神様達とも接点がまったくと言っていいほど無いとは……

 そんな期間を何年――いや、そんな次元じゃない年月過ごしてきた?

 魔物が先に生まれ、そこに人種が生息可能かを調査するために【分体】を降ろしたはずなのだから、少なくともフィーリル様は、人間がいない時からこの世界を観測していたんだ。

 まさに想像もできないほどの永い時を、【不老】というスキルに縛られながら6人で過ごしてきたことになる。

 おまけに……女神様達には|感《・》|情《・》がある。

 俺が罵声を浴びせた時は怒り、靴を買ってあげたり風呂を用意すれば喜び、俺がこの世界に降り立った経緯を聞いた時には少なからず同情もしたのだろう。

 弱いながらに効率を重視しようとする俺を見て、リアは楽しんでいた感もある。

 その姿はなんら人と変わらないし、俺にはその違いも分からない。

 ……となれば、まさに地獄だ。

 長く引き籠り、人との交流を自ら断絶していた俺でさえ、そんな環境なら確実に発狂すると断言できてしまう。

 そんな運命をもし引き当ててしまったのなら、せめて感情を消したい、殺したいと切に願ったことだろう。


 女神様の立ち位置を自分に置き換えて想像してしまったからか。

 自然と言葉が出てしまった。


「――今まで、ずっと頑張ってきたんですね」


「ッ……」


 不思議だったんだ。

 最初の出会いは不穏そのものだったけど、その後は俺に対する女神様達からの好感度が不自然に高く感じられた。

 リアは相変わらず警戒もしていたが、それらはてっきり俺が異世界人だから。

 地球の先進的な知識と、謎のスキルによって女神様達も知らないこの世界の知識を得られる人間だから、良くも悪くも利用価値があるのだろうと思っていた。

 だけど……そっか。そういうことか。

 俺が『|転《・》|移《・》|者《・》』だからだったのか。

 この世界の常識とも呼べる、女神様達への先入観が無いからこそ――

 なら、不躾かもしれないけど、敢えてこの言葉を投げかけよう。

 俺の勘違いだったなら全力で謝罪すれば良い。

 そう思って俺は口を開いた。



「友達、欲しいですか?」



 すると、一拍の間を置いて――――



「……はいっ!」


 フィーリル様は涙で頬を濡らしながらも、これ以上無い笑顔でそう答えてくれた。
80話 友達

『友達』とはなんだろうか?

 今までの人生、特に意識をしたことも無かったし、面と向かって「友達になろう」「友達だよな?」といった確認も取ったことは無い。

 そもそも俺ってば、ほぼ友達なんていなかったし……

 幼気な小学生の頃を思い返せば、気付けばなんとなくお互いがそう思っていた。

 一々意識するまでも無い。

 それがきっと友達ではないかと思う。

 では何をもって友達と呼べるのか?

 少し考えてはみたものの、自然体で気兼ねなく話せること。

 このくらいしか俺には出てこない。

 社会人になって強制的に慣れさせられたとはいえ、元から人付き合いは大の苦手なのだ。

 考えたところでよく分からないのもしょうがない。

 それでも――経験の薄い俺であっても、今の状況に些かの疑問を感じる。


「ねぇ、フィーリル?」


 まずは名前を呼び捨てにすること。

 そして敬語を取っ払うこと。

 これが友達としての第一歩だ。

 フィーリルは当初怒っているのかと思っていたが、内心呼び捨てにされているリアが羨ましかったようで、ここはお互いスムーズに納得できた。

 そしてさらに一歩踏み込み、フィーリルは敬語もいらないという提案をしてきたが、まぁ友達ならそんなもんじゃないかと、この点も俺は快く了承した。

 と言っても、フィーリルの口調はなぜかそのままだ。

 |長《・》|年《・》|の《・》|癖《・》で今更直せないと言われてしまえば、そこは悲しいかな、納得するしかない。

 文字通り、本当に長年なのだろうから。

 だからここまでは良い。


「これは友達がすることかな?」


 だが、俺個人の考えとして、コレは違うと思う。

 違うと思いながらも、拒否する気持ちは欠片も無いので対処に困る。


「良いんですよ~。私がやりたくてしているんですから、友達ならしっかり受け入れてください~!」


 フィーリルの声は弾んでいるなぁ。

 きっと今が楽しいのだろう。

 できればそんな顔も見てみたいが、残念ながらその願いは叶わない。

 俺の視界には大きな二つのメロンしかないからだ。


 当初はこんな状況まったく想定もしていなかった。

 明日は明日で狩りをするわけだし、今日は二回戦までしてしまったため、いくらフィーリルが来ていようと俺の眠気はマックスだったのだ。

 だからそろそろ寝ることを伝えた。

 そう伝えればフィーリルは【分体】を消すと思っていたわけだが、俺が手にした石の枕を見て何かに気付いたらしく、自らの太ももをポンポンと叩いた。

 ――俺は、その魅力に抗えなかった。

 吸い込まれる俺の頭。

 後頭部はムニュッっと、石の枕とは次元が違い過ぎる感触に包まれ、嗅いだことの無い花のような落ち着いた香りが不思議と安らぎを与えてくれる。

 おまけに目を開けば視界一杯に広がる巨大なコスモ。

 ここは天国なのだろうか? と、本気で思ってしまうほどの心地良さだった。

「あくまで俺のいた世界ではだけど、膝枕というのは恋人同士がやることだよ?」

「ふふっ、良いじゃないですか~お風呂のお礼ですよ~」

 そういって頭を撫でてくれる。

 ……いつ振りかな。

 小学生の時、美術の時間になんとなく描いた絵が入選して、先生に良くやったと頭を撫でられたような気もするけど……

 ……あっ、笠原さんに大口契約取れた時もされたなぁ。

 って、あれは撫でられるじゃなくて、無遠慮に頭をガシガシされただけか。

 まぁいっか……

 少しでもこの心地良さを味わいたい気持ちもあるのに、視界は自然と閉じられていく……

 何も考えたくないし……もう素直に甘えてしまおう……


「私達の……理解して……てあり……うご……ます……」


 フィーリルが何か呟いたような気がしたけど、俺は返答することもなく眠りについた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「……はれ?」

 朝、目を覚ました俺は周りをキョロキョロと見渡す。

「フィーリルはもう行っちゃったのか?」

 腕時計を見れば時刻は7時半。

 枕が良かったのか、それともいつもより疲れが溜まっていたのか。

 どちらにしても長く、そして深い眠りにつけた気がする。

 本来は清々しい朝であるはずなのに、このモヤッとした気持ちはなんなのだろうか。

「せめて一声かけてくれれば良かったのになぁ……」

 そう思わずボヤいてしまうも、いつもより起きる時間が遅かった分、のんびりしている時間も然程無いので朝食の準備を始める。

 が、いそいそと穴倉の入り口まで向かっていくと、なぜか魚を焼くような香ばしい香りが――

 思わず、「昨日ちゃんと火を消したよな?」と思いながら外を眺めると、風呂の横にあるスペースで何かをしているフィーリルの姿がそこにはあった。

「フ、フィーリル~!」

 もう帰ったとばかり思っていたわけだから、予想外にも近くにいたことで喜びが爆発。

 まるで乙女のようだと内心思いながらも急いで近くに行くと、フィーリルが何をやっているのかすぐに分かった。

「ロキ君おはようございます~ゆっくり寝られたようですね~。朝ご飯できてますよ~」

 な、なんてこと……これでは友達じゃなく、妻、嫁、奥さん。

 どれでも良いが、もうワイフみたいなもんじゃないですかぁああああ!!!

 思わず感動で号泣しそうになってしまうも、その前に一つの疑問が生じる。

 フィーリルは今、目の前で魚を焼いている。

 昨日俺が生簀の罠を説明し、そこから魚を取ってくる姿は見られていたので、それを真似て魚を取ってくることはまぁ理解できる。

【分体】とは言え、女神様達の身体能力はとんでもないだろうし。

 だが、火は?

 火をどうやってつけたの?

 まさか女神様が原始的な方法で、木の棒シコシコしてたの??

「あれ……ありがとうはありがとうなんだけど、火つけたままだった?」

「いいえ~火が欲しいと思って、一度戻してから【火魔法】が使える【分体】を出したんですよ~」

「おぉーなるほど!」

「見よう見真似ですけど、このくらいで大丈夫ですか~?」

 そう言われて魚を見てみると、俺が焼いた時と変わらず皮はパリッとしていて美味しそうに仕上がっている。

 というか多少焼き過ぎていようが生焼けだろうが、フィーリルがわざわざ作ってくれたというだけで残さず食べる自信がある。

「フィーリルの分もある?」

「大丈夫でしたよ~2匹いましたので捕まえておきました~」

「さっすがー! ならちょっと待ってて! 塩取ってくるから!」

 すかさずダッシュで穴倉へ戻って塩を取り、フィーリルの分にも振りかけてあげる。

 並んで川に足を突っ込みながら魚を食べるとか、俺の異世界ハッピー生活が始まり過ぎて怖くなってくるな。


 と、そこに食べながら【探査】で魔物チェックをしていたらオークが1匹該当してしまった。

 ギリギリの距離だから匂いに釣られてやってくるかもしれないし、気付かず素通りするかもしれない。

 距離的にはそんな微妙なところだ。

 剣を取りに戻るか少し悩む。

「そういえばご飯作ってる時は魔物大丈夫だった? 俺爆睡してて気づかなったけど」

「大丈夫でしたよ~? 1匹襲ってきたのは倒しておきましたから~」

「えっ? あ……そう。まぁ女神様だから大丈夫だとは思ってたけど……」

 そう言われつつフィーリルが視線を向ける先を見ると、何やら地面が真っ黒に焦げている。

「もしかして【火魔法】で倒した?」

「はい~森を燃やすと大変なので気を使いました~」

「そっか……でも、魔物の死体がないね?」

「全部燃えましたよ~?」

「……」

 そっかそっか。

 そりゃ俺のチンチクリンな魔法とは違うわな。

 いや~それでもまさか、|骨《・》|も《・》|残《・》|ら《・》|な《・》|い《・》とは。

 魔物バラバラにして「すげぇ」なんて言っている場合じゃなかった。

 見た目とやっていることのギャップが凄まじ過ぎて、これ以上突っ込む気にもなれないから話を変えよう。


「そういえばフィーリルは魔物に詳しいんだよね?」


 少し気になっていたことだ。

 女神様達の中で唯一、魔物達のスキルを覗いていたということなら、有用な魔物専用スキルの情報なんかが得られるかもしれない。

 ところが。


「ん~? 興味はありますけど全然ですよ~?」


 返ってきたのは予想外の回答だった。

「あれ? 人が住める地域を探すついでで、魔物のスキルを覗いたんだよね?」

「確かにそうですけど、数種類見たくらいですよ~? フェルザ様が初めからそのように組み込んで生み出したのか、魔物が密集するエリアは大体決まっているようだったので、怒られるのも嫌ですしすぐ引き上げちゃいましたぁ~」

 なるほど、テヘペロしている姿も猛烈に可愛い。

 ってそうじゃない。

 ふーむ、密集しているか……

 まぁ確かに言われてみるとそうかもしれないな。

 餌の問題とか色々な要素はあるんだろうけど、パルメラもルルブも魔物は森の中だけにいて、草原エリアに出てくる姿はほぼ見かけない。

 人を追いかけてというパターンくらいしか目の当たりにしたことはないし、ロッカー平原は食べ物が近くで作られているから寄ってくるだけという感じなのだろう。

 ここら辺はなんというか、狩場と出現する魔物が固定化されているゲームのようだなと感じてしまう。

 俺にとってはこの方が抵抗なく飲み込めるので有難い。

「じゃあ昨日はルルブの魔物も【神眼】で覗いたんだろうし、今日はパルメラの魔物を転移者探しながら覗くわけだね」

「そうですね~でもルルブの森は昨日覗いてないですよ~?」

「ん? そうだったの? ってそっか……【分体】じゃスキル一つしか持ち込めないから、【遠視】で遠くまで見るとか【夜目】で視界確保するとかできないのか。昨日の夜は魔物寄ってこなかったし」

「いいえ~昨日は【神眼】ではなかったので、魔物が来てもどの道覗けませんでしたねぇ~」

 そう言って残念そうにするフィーリルだが……



 ――ちょっと、待て。



 そうすると昨日はいったいなんのスキルを持ち込んでいたんだ?

 内容によっては俺の心が死亡するぞ? 大丈夫なのか?


「フィーリルさん? つかぬことを伺いますが、昨日は何のスキルをお持ちだったので?」


「え~………………それは内緒ですよぉ~」


「……」


 待て待て待て。

 これがもし【読心】だったら、俺は相当こっ恥ずかしいことを考えまくっていたんだが?

 風呂場で爆乳とか、濡れた服に爆乳とか、膝枕でローアングルから爆乳とか……

 幸せが天元突破してコスモがぁー! なんて心の中で騒いでいたし、そんなの覗かれたら俺はもう生きていけないくらいの致命傷を受けるんだが?

 頭を抱えながら恐る恐るフィーリルを見ると、フィーリルは優しく答えてくれた。



「本当に|胸《・》|が《・》|好《・》|き《・》なんですねぇ~……」



 終わった。


 今この瞬間、風で俺の髪の毛が数百本飛んでいった気がする……

 もうダメだ……【分体】だと思って油断していた俺のバカ……恥ずかしくて穴が無かったら掘ってでも入りたい……


「では最後に、燃え尽きているロキ君へヒントを~!」

「え……?」


「スキルは【読心】では|あ《・》|り《・》|ま《・》|せ《・》|ん《・》よ~?」


「はへ……?」

「それじゃ私は行ってきますね~」

 そう言って笑いながら濃密な魔力の霧に変わっていくフィーリルを、俺はただただ見守るしかなかった。


 結局持ち込んでいたスキルはなんだったのだろうか……?
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実はコスモを感じていた方は、下の☆☆☆☆☆からぜひ評価を。
最後の答えが分からなかった方は、ぜひブクマ登録を宜しくお願いします。

というのは冗談ですが、ご覧になられている方々の反響次第で、今後の登場回数などを多少調整するかもしれません(リア様の時もやっとけば良かった)81話 望まぬ休日

 引き籠り生活11日目。

 俺は真昼間から風呂に入り、緩やかに蛇行する下流の景色を眺めていた。

 本日は休日。

 ついでにここで人との待ち合わせである。


 10日目の時点で西側の素材回収も拠点付近まで伸びてきていたため、次はさらに奥へ進んでいくか。

 それとも川から多少離れるものの、東側おおよそ500~1000メートル付近を中心に狩っていくか。

 その相談をするべくアルバさんやミズルさんの下を訪れた。

 が、見つけて早々、なぜか彼らから|泣《・》|き《・》が入ってしまった。

 いくら稼げるといっても、ここまで連日働いたことが無い。

 だからそろそろ1日休ませてくれと。

 なんとも根性の足りない人達である。

 稼げているならそんな泣き言、せめて1ヵ月は経ってからにしろと個人的に思うところはあるも、どうやら2日目から参加した他のパーティの人達ももうヘロヘロなようで、俺に会った人が代表して進言すると満場一致で決まっていたらしい。

 川の西側になってオークの出現頻度が上がり、厳選すれば重量がかなり重くなるのも原因の一つと予想できる。

 となると、俺は何も言えない。

 身の安全が保障されたデスクワークではなく、一歩間違えれば魔物に殺されるそれなりにリスクの高いお仕事だ。

 いくら素材回収がメインとはいえ、流れてきた魔物との戦闘だって少なからずあるわけだし、以前あった時に怪我を負った人の話も、粘糸で芋虫になっていた人だって見ている。

 精神も肉体も、摩耗すれば死人の出る可能性が高くなるので、それなら止む無しと俺は了承したわけだ。

 当初から休みたい時は休んでいいよと言ったのは俺だしね。

 ただそうなると、俺はどうするか? となってしまう。

 1人で狩ってもいいのだが、そうするとそのエリアのオーク肉は確実に鮮度が落ちて無駄になってしまう。

 既に拠点周辺でそれをやってしまっているので、1人先行して狩るというのはあまり良くないことだろう。

 かと言って奥に行くのも正直面倒くさい。

 俺も毎日ヘロヘロのクタクタになっているので、できれば手近なところで効率的に狩りたいものである。


 なら、いいかと――

 皆が休むならついでに俺も休んどくかとなって、真昼間から風呂という行動に出てしまっている。

 ちなみに待ち人とはアルバさん達だ。

 いったい何人来るのか分からないが、「どうせ休むなら風呂に入りますか?」と、なんとなしに俺から話を振ってみた。

 その言葉にアルバさん達第4部隊のメンバーは、全員が鳩が豆鉄砲食らったような顔をしていたけど、俺が自作で風呂を作ったこと。

 拠点自体は森の入口から川沿いに1kmくらいの、この付近に構えていること。

 周りの魔物はある程度掃除しているから比較的安心だし、もし入るなら俺も休むことになるので護衛すること。

 当然タダ風呂であることを伝えると、皆の目の色は一斉に変わっていった。

 まぁ宿屋のビリーコーンに風呂やシャワーが無い時点で各家庭にも無いだろうし、そもそもベザートの町に風呂付きの家があるかすら分からないんだ。

 たぶん存在を知ってはいるけど、人生で一度も入ったことが無いという人もいるだろう。

 入る入ると大騒ぎになってしまったため、それならと、入るのはタダで良いけどマイ石鹸くらいは自分で持ってくること。

 ついでに鍋とか野菜を持ってきてくれれば、多少の魚と有り余るオーク肉があるのだから、ご飯食べながらお風呂に入れるかもねと伝えておいた。

 当然皆の瞳が燃え上がっていたのは言うまでもない。

 とても疲れて休みを願う人達には見えなかった。


 そして今、後方から武装した団体がこちらに向かってきている。

 なぜか数人、いつものように籠を背負っているのが気になるけど。

 というか、明らかに30人以上いる気がするんだけど……

 なんだか予想より大変なことになりそうな気がすると思いつつ、女性を遠目に発見してしまったため、俺はそそくさと風呂から上がって服を着直した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「……」

「これが、風呂か……」

「うぉーすげぇ!!」

「川のど真ん中に作るとか正気じゃねぇぞ!」

「想像より遥かに大きいわね」

「これなら3人4人くらい同時に入れるんじゃねーか?」


 皆が口々に感想を述べている中、俺は風呂の横で放心していた。

 遠目にミズルさんパーティにいるロイズさんは面識があるためすぐに分かったが、なぜ他にも複数の女性がいるのだろう?

 普通男性もいるような場所なら、恥ずかしさから控えるもんじゃないのか?

 それともまさか、男女別々なんて、そんな現代の銭湯やスパ施設みたいな場所でも想像していたのだろうか?

 でも皆さん、1つしかない風呂を見ても平然としているしなぁ……

 この世界の人達の道徳や羞恥心というものは本当によく分からん。


 おまけに……

「ロキっ! 凄いの作ったな!」

「来ちゃった!」

「初めてのお風呂、楽しみ!」

 なぜジンク君に、メイちゃん、ポッタ君までいるのだろうか……?

 ここ、ルルブの森なんだけど?

 ロッカー平原より危ないところなんだけど!?

「メイちゃん……来ちゃった! じゃないでしょ! ここ危ないところなんだよ? 大丈夫なの?」

「その危ないところで、ロキ君だって昼間からお風呂入ってたじゃん!」

「タダで風呂入れるってミズルさんに誘われたんだよ。魔物もだいぶ減らしてあって、おまけに護衛もビックリするくらいいるって」

「そうそう。だから来たんだ」

 確かに、護衛はビックリするくらいいるね……

 そりゃそうだ。

 ここで素材回収していたEランクハンターがほぼ全員っていうくらい来ているんだから、護衛依頼も驚きの大護衛団だろう。

 そして他の見慣れない人達は――たぶん奥さんとか彼女さんかな?

 さすがに小さすぎる子供はいないようだけど、明らかにハンターじゃなさそうな人達は誰かの家族なのかもしれない。

 あとはジンク君達と同じように、誘われてよく分からないまま来たっぽいFランク以下のハンターも何人か。

 籠を背負っている人達は、籠からネギやゴボウっぽいのがハミでているから食材とか持ってきたんだろう。

 なんだかお祭り会場みたいになっちゃってるなぁ……


 まぁいいか。

 風呂はもう数日もすれば、ここでそのまま置き去りにされるんだ。

 使えるうちに、有意義に使った方が良いに決まっている。

 既に石は多めに焼いてあるし、その火を使えばすぐ調理にも入れる。

 メイちゃん装備からザルと釣り竿が見えるので、魚も多少は釣って食材補充することができるだろう。
 肉は足らなきゃ獲って来るとして、これだけハンターがいれば多少魔物が襲ってこようが即フルボッコで済むと思うし……

 うん、大した問題は無い。

 そんな気がしてきた!

 ならば俺も折角だし楽しもうじゃないか。


 こうして長年立ち寄る者がいなかったルルブの森の一角で、|謎《・》|の《・》|風《・》|呂《・》|パ《・》|ー《・》|テ《・》|ィ《・》|ー《・》が開催されることになった。82話 お祭り会場

 俺の拠点周りはビックリするほどの賑わいを見せていた。

 一応交代制でハンターが四方を監視しているが、川辺では火を分けた3つの鍋で何かの食事が作られており、その横では途中で獲ってきたのか巨大なオーク肉が焼かれている。

 ここを担当しているのは誰かの彼女、もしくは奥さん達だ。

 そして風呂には野郎ハンター3人がご入浴中で、その周りにも素っ裸の野郎ハンターが川の水に浸かっていた。

 俺がこの世界に降り立った時よりもさらに暑い気温だ。

 まさに真夏日なので、川に入っても気持ちが良いのは凄く良く分かる。

 さっきから交代で風呂に入っては川に入ってとやっているので、たぶんサウナ感覚で楽しんでいるのだろう。


 そして俺はジンク君達3人と並んで釣りに勤しんでいる。

 釣り竿はメイちゃんから借り、そのメイちゃんは得意と自称するザルを持って何かやっているが、何をやっているかは相変わらず分からない。

 他にも釣り竿を持ってきている人達が何人かいるようで、少し離れた場所で思い思いに談笑しながら糸っぽい何かを垂らしていた。

「あれからどう? ロッカー平原は調子良い?」

「一気に収入が3倍くらいになったよ。おかげで安もんだけど防具も買ったんだぜ?」

「一度エアマンティスに【風魔法】撃たれた時は焦ったけどね」

「あっ……大丈夫だった!?」

 そうだった。

 本当は【風魔法】レベル1の威力を見せるはずだったのに、持っているはずの【土魔法】をジンク君が持っていないことに動揺して忘れたままだった……

「距離が離れていたからな。ロキが言った通り、10メートルくらい離れていれば強い風って感じだよな?」

「うん。でも中途半端に近づいたら危なかったね」

「あぁ。狙われたのがポッタである意味良かったかもな。俺だったら焦って近づいていた」

 そっかぁ……ポッタ君が狙われて良かったとは思わないけど、確かにポッタ君なら籠を背負った状態でわざわざ近づくことも無い。

 というよりビビッてその場を動けなかったことが容易に想像できる。

 まさに不幸中の幸いってとこだな。

「なるほどね~それじゃ行く行くはここかな?」

 そう言って俺は周囲を見渡すも、ジンク君は渋い顔をする。

「さすがにここは俺達だけじゃ無理だな。道中何体か魔物が出てきたけど……俺じゃオークを仕留めるのは難しいってすぐに分かった」

 チラリと装備を見れば――まだ解体兼用のナイフをメインにしていることが分かる。

 おまけにジンク君は俺より背が低い。

 となると致命傷を与えるには弓でピンポイントに眼球を狙うか、コツコツと足に傷を負わせて頭を下げさせる必要が出てくるだろう。

 そしてその間、魔物が1体だけで済むような場所じゃない。

 別の魔物が寄ってくることも考えると……うん、言っている通りこれは厳しい。

 ジンク君は生き残ったとしても、メイちゃんやポッタ君が犠牲になってしまう光景が目に浮かぶ。

「まぁさ。俺もここで狩って分かったけど、お金を稼ぐ目的ならロッカー平原が一番だよ。結局は何を目的にするかだよね」

「だよな。俺達は家に金を入れるのが一番の目的だ。だから大して相談する必要も無く、ロッカー平原でいいってなったよ」

「頑張っていればそのうち【気配察知】だけじゃなく【探査】も覚えられるはずだからさ。そしたらグッとロッカー平原の狩りが楽になるはずだよ?」

「それメイサが欲しがってたやつだな。【探査】かー……【弓術】はもう取ったし、次の祈祷は【探査】にしてみようかな? メイサに取らせてもいいし」

 そんなことを話していたら、一際大きな声が響いた。

「食事の準備ができたよー! 食べたい人はこっちおいでー!」

「おっ! ご飯だ! ここ全然釣れないし食べに行こうぜ!」

「お腹空いた!」

「何作ってんのかね?」

 途中で一心不乱にザルを掬っているメイちゃんを拾い、ゾロゾロと向かう俺達一行。

 他の人達も一斉に集まっているが、半数は下着だけ履き直したビチョビチョのパンイチ姿。

 しかも中途半端にムキムキの男達ばかりなので、言葉そのままに目の毒である。


 なんとなく出来上がった列に並び、木の器に入れられた具材を見れば、俺が求めていた野菜が盛りだくさんのスープで内心歓喜してしまう。

(これだよこれ~! 肉ばかりの食事にこれはたまらんよ~あ~良い匂い……)

 立ったままちょっとスープを口に付ければ、塩の他にコンソメだろうか?

 まさかこの世界にコンソメなんてあるわけないと思うけど、透き通っていないコンソメに近い味わいにホッコリしてしまう。

 座る場所を求めてキョロキョロ見渡すと、アルバさんとミズルさんが肉を齧りながら話しているのを発見。

 丁度良いとばかりにお邪魔する。

「お風呂はどうでした~?」

「おぉロキ、気持ち良かったぞ!」

「まさか俺が風呂に入れるなんてなぁ! 貴族様がいつもあんなのに入ってると思うとムカムカしてくるが……最高だったのは間違いねぇ!」

「はははっ、それは良かったですね~お二人とも川と風呂を行ったり来たりしてましたもんね」

「暑くなったら川に入って、冷えてきたら風呂に入る。こんな楽しみ方が世の中にあるとは思わなかったな」

「こいつが家にありゃーついでに酒も飲めるのになぁ……」

 名残惜しむように風呂をスリスリしているミズルさん。

 風呂だけなら気合を入れればなんとかなるだろうけど、さすがに川もセットは無理だよね。

 貴族様だってこんな風呂には入っていないと思う。


(あっ、そういえばそろそろ言わないとな……)

 
ミズルさんにとっては悲しみのダブルパンチだが、 昨日伝えていなかったことをここで伝えてしまおう。

 いつかは言わなきゃいけないことだしね。


「昨日は伝え忘れましたけど、あと予定ではたぶん6日……そのくらいで僕はここを卒業することになると思います」


 今俺のレベルは16だ。

 そしてレベル16になってから丸2日狩ってみたが、その2日で25%ほどしか経験値が上昇しなかった。

 ということは既に適正超え。

 レベル17にはこのままもっていくが、そこから先は苦行が待ち構えていることになる。

 ならルルブの森もそろそろ切り上げ時だろう。

「……そうか。まぁしょうがないさ。覚悟はしていたからな」

「んだなぁ。トータル半月くらいか? まぁそれでも十分稼がせてもらったぜ!」

「それにギルドからいつまでこの状況は続くんだと|忠《・》|告《・》も受けていたから、丁度良いタイミングでもあるだろう」

「ん? 忠告?」

「あぁ。明らかに想定を超える素材が毎日運ばれてくるからな。このまま続けば素材買取の価格維持が難しいと言われたんだ」

 あーなるほど……そこまで深くは考えてなかったな……

 状況によってはもっと早めに撤退することも視野にいれておくべきか。

「あと6日ほどは大丈夫そうですか?」

「そのくらいなら問題無いだろうぜ? 魔石なんざ消耗品で余るこたーねーし、スモールウルフの皮だって服や靴に早変わりするんだ。庶民の生活に直結するような素材が多過ぎるなんてことになるはずがねぇ。だからギルドが焦ってんのはオークの肉だろうが……」

「元々高価な部類の肉だからな。魔道具で凍らしてマルタの町に運ばれていると聞くが、向こうでもそろそろ受け入れがキツくなってきているんだろう」

 ふーむ。

 まぁ買取価格を決めるのはギルドだからな。

 アルバさんやミズルさんに聞いても予想でしか答えは返ってこないか。

 今後も劣化の早い食料品は要注意と、今回の件で良い勉強にはなったが――

 問題はこれからどうするかだ。

「もし値段が急激に下がったりしたら言ってください。無理に僕に付き合う必要はありませんし、その場合は僕も早めの撤退を検討しますので」

「あー……そりゃ気にしなくていいぜ? 多少肉の価値が下がろうが、俺達が今まで稼いでいた額より収入が遥かにたけぇのは間違いないんだからな?」

「その通りだ。肉の需要が下がれば別の素材で籠を埋めたって良いし、下がったところで俺達が損をすることは無いぞ」

「そうですか……なら予定通りあと6日くらいということで。最終日は僕の方から声を掛けさせてもらいますから、残りあとちょっとお互い頑張りましょう」

「あぁ宜しく頼む」

「おいおい、あと6日くらいあるんだし、そんな湿っぽい話はあとだあと! そろそろメインイベントが始まるぜ?」

「?」

 ミズルさんにそう言われながら顎で指した先を見ると、皆の食事が一旦落ち着いたのか

 女性陣が風呂の周囲に集まっていた。

「ホラッ! 次は私達の番だよ! 男衆は全員背中向けてっ! ちゃんと護衛しておかないと、後でどうなっても知らないからね!」

 一番年長と思われる誰かの奥さんの声が周りに、そして俺の心にも響く。

 ……なるほど。

 確かにこれは|メ《・》|イ《・》|ン《・》|イ《・》|ベ《・》|ン《・》|ト《・》だ。

 チラッと女性陣を見れば――10人くらいか。

 下は、まぁメイちゃんは置いておくとして、10代後半~30代半ばくらいまで。

 この世界、いやこの地域かもしれないけど比較的美形が多いので、俺からすれば全員余裕のストライクゾーンである。

 ――滾るな。何かが。

 横目で二人をみれば、ミズルさんはすでにスケベ顔全開だし、紳士を装っているアルバさんも鼻の下を伸ばしてソワソワしている。


 ふぅ――……


 徐に風呂場を離れて配置につく男性陣達。

 当然ジンク君やポッタ君も誰かとセットで風呂の周囲から追い出されている。

 そしてそんな中、俺はどの配置につくべきか、何が一番得になるのか、脳を高速回転させていた。


(何か良い方法はないか……う~ん……んー?……んー……あっ……)


 これならという案を閃いた俺は、すぐさま女性陣のボスへと進言する。

「すみません! 僕はロキと言うんですけど、【探査】スキルを持っていましてですね。周囲30メートルほどの魔物の気配は一通り把握できます。ただ周囲なので、風呂場から離れてしまうと安全面が落ちてしまうんですが……それでも大丈夫ですか?」

「あら、君がロキ君ね。旦那を稼がせてくれてるみたいで感謝してるよ! それでそのスキルだと、お風呂の近くにいた方が良いってことかな?」

「一応そうなります。僕も男なので無理にとは言いませんが、一応魔物の多い場所だったので……」


 一つの賭けだ。

 だが事実ではあるから【探査】の能力を知っている人がいても問題は無いし、もし断られてもどこかの配置について護衛するだけ。

 つまり俺にデメリットは無い。

 そんな俺の提案に思案する女性陣は、メリットとデメリットを勘定しているというより、様子を見ながら誰かの言葉を待っている気がした。

 そしてここには空気をあまり読めない子が一人。


「ロキ君が近くにいたら安心だよ! 守ってくれるし!」


 ナイッスゥー!!

 ナイスだよメイちゃん!!


 すると流れが傾いたのか。

「良いんじゃない? まだ子供だし」

「そうよ~それにこの子が魔物を一人で倒しているってことは一番強いんでしょ? 近くにいてもらった方が安全じゃない?」

「うんうん。このお風呂作ったのもロキ君だって話だし」

「そうだねぇ。いくら男衆が周囲を見張っていると言っても、どこかを抜けてこられたらたまったもんじゃないし……それじゃロキ君には近くにいてもらおうか」


「「「「「賛成~!」」」」」


(ハハハハハハハハッ!!!!!)


 勝ったっ! 

 勝ったぞ俺は!!!

 どうだ! 周囲で見張りをしている男性諸君よ!

 その背には哀愁が漂っているぞ!

 君達は女性陣が風呂に入るというのに、その僅かな音すら聞くこともできまい。

 だがっ! 俺は女風呂の真横にいられるんだ!


 邪念が伝わったのか、ミズルさんは下唇を噛みしめながら俺を横眼でチラッと睨む。

 その瞬間誰が投げたのか、ミズルさんに向かって物凄い勢いで石が飛ぶ。

 な、なんて恐ろしい世界だ。

 あの程度で石を投げられるとは……おまけに投げた人もただ者ではない。

 だが、今は投げられた石に悶絶しているミズルさんを気にしている場合じゃないだろう。

 俺は風呂場の焚火スペースに腰掛け、まずは聴覚に全神経を集中させた。


 シュル……シュル……


 ふむ、始まったか――脱衣タイムが。

 談笑しながら服を一枚一枚脱いでいく、その姿を想像するのもまた乙なものである。

 しかし……なんとかして視界に捉えられないものか……

 やはり音だけでは悲しい。

 このチャンスを活かしているとは言えない。

 川の水は――反射しているが、とても風呂を反射できる角度ではないしな。

 ん?

 そういえば視野を広げるようなスキルを取得していたような……

 そう思った俺は、咄嗟にステータス画面を開く。

 ただ視点を動かしているだけなので、女性陣にバレることも無い。

(確か【視野拡大】というやつのはずだ。もし背面まで見られるようになるなら、スキルポイントを振ることも考慮して……)



 そう思ってスキル画面に視点を移した瞬間――



 俺は、固まった。





(は?……え? なんで『|N《・》|E《・》|W《・》』の文字が付いてるの……?)83話 手探りの考察

 取得スキルが増えてくると、何を追加で取得し、どのレベルが上がったのか分かりづらい。

 だから新しく何かを得られたら『New』でも付けば良いなという――ただただステータス画面に向かって口走っただけの勝手な願望。

 出来るとは思っていなかったし、どんぐりがしてくれるとも思っていなかった。

 だが、実際俺の視界には


【棒術】Lv5『New』


 このように表示されている。

 数日前、冗談半分で望んだ仕様がそのままに適用されていた。


(なぜ、追加されたのだろう……?)


 これを見て真っ先に感じたのは、喜びよりも疑問だった。

 あれだけ俺にスキルを与えるのは渋っていたどんぐりが、ポロッと出た願望を簡単に実現してくれるとは考えにくい。

 だが現実にはその願望が反映されている。

 そして原因がさっぱり分からない。


(なんだ……何か条件を満たした……?)


 どんぐりが表面上俺に与えたのは『若返り』と『ステータス画面を見られること』。

 だがこれらとは別に、『魔物を倒せば所持しているスキル経験値を得られる』という、隠れた何かも俺に与えている。

 当然どんぐりには何かしらの目的があって、この謎のスキルかも分からないモノを俺に与えたはずだが――……

 今までラッキー程度で然程気にしなかった、俺だけ、もしくは転移者限定のこの現象も、冷静に考えれば見えてくるものがある。

(魔物を倒せばスキル経験値が得られる――となると、当然俺のようなタイプは喜んで魔物を倒すようになる。現に今がその状態なわけだ。ということは、どんぐりは俺に大量の魔物を倒してほしかったってことなのか? そう仮定すれば、倒した成果をすぐに確認できるという意味で、『ステータス画面を見られること』というのは上手く繋がっているような気もする。つまり、魔物を大量に倒したから、ご褒美的な何かで願いを叶えてくれた……?)

 考察したのは自分自身なのに、それでも「ほんとかよ?」と首を傾げてしまう内容だ。

 どうしても最初に出会ったケチ臭いどんぐりのイメージが強いため、俺のプラスになるようなことはしないだろうという先入観が邪魔をしていた。


 ん――……
 

 もう一度ステータス画面を開き、一通りのスキルを確認していく。


【棒術】、【夜目】、【粘糸】、【噛みつき】、【突進】……


 このあたりのルルブで狩っていれば勝手にレベルが上がっていくスキルの他に、【短剣術】、【魔力自動回復量増加】、【魔力最大量増加】など。

 既に取得していた複数のスキルに『New』が付いているので、スキルレベルが上がれば横に表示されるということがこれで分かる。

 あとは【料理】【剛力】【鋼の心】なんかは新しく取得したスキルだな。

【料理】だけは取得時にアナウンスで気付いたが、他は乱戦中だったためか気付かなかった。

 だがスキル名の横には『New』と表示されているので、最近取得したことがこれで分かる。

 ……うん、でもそれだけだ。

 あくまで新しく取得した、もしくはレベルが上がったスキルに『New』とついて分かりやすくなっただけで、『New』を付けるための努力は今までと変わらず俺自身が積み重ねていかないといけない。

 この追加要素があったからといって、|俺《・》|自《・》|身《・》|が《・》|強《・》|く《・》|な《・》|る《・》|こ《・》|と《・》はまったく無い。

 なら、どんぐりが|設定《コンフィング》として機能を追加してくれたというのも、なんとなく納得できてしまう。


(となると、その基準が何か……試してみるか)


 そう思った俺は小声で呟いた。


「俺の所持金を表示してほしい」


 ゲームなら必ずと言っていいほどある仕様だろう。

 そして強さには直接関係の無い、ただの便利機能だ。

 今の手持ちが0ビーケだったとしても、0と表示されれば進展があったことになる。

 これならどんぐりでも納得してくれやすいはずだ。

 だが――

 (何も変化無し、と)

 数度ステータス画面を閉じたり開いたりしてみたものの、画面が変化した様子は無い。

 ダメ元だったため大した落胆も無いが、何を基準に条件を満たせたのかは依然として不明のままだ。

(魔物をいっぱい倒してほしくて、それを俺は実行して、そのご褒美だったとして……ん? ってか、これってスキルだよな?)

 思わず表示されているスキルを上から手当たり次第に確認していく。

(うん、うん……やっぱりだな。表示されているスキルも魔物スキルも、スキルレベルが存在しないものは今のところ無い。全て『10』までのスキルレベルが必ず存在している……ということは、|隠《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》|こ《・》|の《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》|に《・》|も《・》|レ《・》|ベ《・》|ル《・》|が《・》|存《・》|在《・》|す《・》|る《・》? そしてそのレベルが上がったのか?)

 これが一番シックリ来る気がする。

『ステータス画面を見られるスキル』が、いつレベル上昇したかは分からない。

 戦闘中に気付かずという可能性もあるにはあるが、他のスキルの上がり方を考えれば、スキルに関連する行動を取れば経験値が貯まり、そしていずれレベルが上がるんだ。

 ということは、今見ているようにステータス画面を開いている時や、何かしらの操作をしている時に経験値が貯まると考えた方が自然だろう。

 そして、今もこのスキルは『|空《・》|白《・》』のままで表示されていない。

 つまり、見えないスキルのレベルが上がってもアナウンスはされず、もしくはされても見えず、俺自身もいつスキルレベルが上がったのか分からない可能性が高いんじゃないか?

 この考察に対して検証が出来るのはまだまだ先の話だろうけど……

 いつの間にか所持金が表示されるようになっていれば、『ステータス画面を見られるスキル』のレベルが上がったということだし、所持金表示が無理だったとしても、不定期に色々な願望を呟いていればそれが突如反映される可能性もある。

 そしていつまで経っても何も追加されない場合。

 その時はどんぐりがたまたまの気まぐれで、この『New』という機能を追加してくれたと思うしかないだろう。

 それは言い換えれば、頻度は分からないにしてもどんぐりが俺を見守っている、悪く言えば監視している可能性があるということになる。

 ここまでの仮説を終え、大きく深呼吸をした直後――


 「 」


 ――俺は背筋がゾクリとし、思わず呼吸が止まる。



 問題は、|こ《・》|っ《・》|ち《・》じゃない……



 これはただの便利機能なのだから、スキルレベルという存在があってもなくても、便利か不便かという違いだけで済む。

 だが――もう一つの空白スキルは『|若《・》|返《・》|り《・》』だろう……?


「おーい、ロキくーん!」


 こちらにももし、仮説通りスキルレベルがあったとしたらどうなるんだ?

 さすがに幼児へ逆行なんてことは無いだろうけど、普通に考えればスキルレベルが上がるほど、自身の身体的な成長が遅くなるというものじゃないのか?

 そしてその行きつく先は……?


 まさか、女神様達と同じで【|不《・》|老《・》】になってしまうんじゃないだろうか……?


「おーい!」


 俺は女神様の側に立って、【不老】がどういうものかを想像してしまった。

 中には望む人間もいるんだろうが、俺にとって感情のある【不老】とはまさに地獄だったんだ。

 それは神界ではなく、下界であるこの世界だったとしてもそう大差は無いだろう。

 そんなことになってしまったら……あぁあああ……


 でもどうやって【若返り】なんてスキルを|使《・》|用《・》することができるんだ……?

 こんなもの、常時発動しているタイプに決まってるんじゃないか?

 ということはなんだ?


 もしかして、|止《・》|め《・》|る《・》|術《・》|が《・》|無《・》|い《・》ってこと!?


 やっべぇえええええ!!


「こらー!!」


「なに!?」


「「「「「…………」」」」」


「ふ、不可抗力です……」

「石入れるとブクブクしてるけどなんでー?」


 咄嗟に肩を掴まれたので、思わず振り返っただけなのです。

 俺が悪いわけじゃない気がするのです。

 怒るなら、くだらない質問をしたメイちゃんを―――


 バチーーンッ!!


「ヘブホッ!?」


 さすがハンター……

 なんだかんだと凝視していたところにロイズさんのビンタを食らった俺は、痛くはないけど衝撃はやっぱり殺せず、川へとズリ落ちていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「それでは皆さん、お疲れ様でした!」

 皆が口々に感謝の言葉を投げかけてくれる中、俺は顔に紅葉のような手形を付けつつも、今日の参加者に向けて挨拶をする。

 俺を見て鼻の穴膨らませながら笑っているミズルさんには、そのうちどんな天罰を食らわせてやろうか。

「ロキ、本当に今後もこの風呂を使って構わないのか?」

「一時期的な滞在のために作ったものですから大丈夫ですよ。ただし――」

「自己責任、だろ?」

「えぇ。僕が魔物を間引くとか護衛をするとかはできませんから、今回のように団体さんで来るなり、継続してこの場を新しい狩場にされるなり、その辺りはハンターの皆さんで話し合ってください。消耗品になりそうな栓の作り方は先ほどご説明した通りですので」


 結局1日限りと思ったお風呂イベントは予想以上の反響があり、今後も空いている時は使わせてほしいという要望が殺到した。

 だから俺は自己責任の下なら好きにして構わないと、水の温め方、そのうち間違いなく壊れる栓の作り方を説明しておいた。

 さすがに石材なら風呂自体が壊れることは早々無いだろう。

 もし彼らがここも新たな狩場として使っていくなら、川で釣りという娯楽以外の選択も楽しむことができるんじゃないかと思う。

 長いこと放置しちゃうと、風呂の場所まで辿り着くのは結構大変な気がするけどね。


「あとちょっとでベザートに戻ってくるんだろ? 戻ったら声掛けろよー!」

「またね~!」

「それじゃ!」


 ジンク君達含め、皆が去っていく姿を眺める。

 ベザートの町へ戻る、か。

 確かにそうなのだが、戻ったら俺は拠点を移動することになるんだけどなぁ。

 この周辺で狩れる適正狩場が無くなるんだ。

 こればかりは強さを求める俺にとってはどうしようもないこと。

 つまりジンク君達や、話すことも多かったハンターギルドの人達ともお別れだ。


(まぁ……今生の別れというわけでもないしな……)


 別に顔を見たくなれば戻ってくればいい。

 それだけの話だろう。

 それに転移系スキルはある。

 それは女神様達との会話で確信している。

 いつだったか、超長距離転移は人種にはできないとリガル様が言っていたんだ。

 つまり超じゃない、普通の転移系スキルや魔法ならあるということ。

 それにヤーゴフさんが言っていた東の国に住む大金持ちの転生者は、間違いなくこの転移系を所持しているはずだ。

 大量の物資を東から西へ、一気に運んで荒稼ぎしているわけだからな。

 詳しい方法までは分からないけど、物が運べるなら人も運べる可能性だって高いだろう。

 だから今考えるべきは、ビンタで止まってしまっていた若返りスキル。

 こいつのレベルが上がってしまった場合だが――……


(まぁ、考えたところでどうなるものでもないわな)


 勝手にレベルが上がってしまうのであれば、俺にはそれを止めようがない。

 ただ上がりきるまでには相当な時間がある。

 なんせ仮説通りならレベル10まであるんだ。

 10が若返り能力のマックス、不老だったとしても、自然上昇でスキルレベル10まで持っていくとなれば何十年かかるんだって話になる。

 そしてそれまでは若い身体を維持できるかもしれないというメリットもあるんだ。

 その間に何か打開策を見つけられるならそれで良いし、よくよく考えれば不老になっても不死じゃない。

 不死と若返りになんの繋がりも無いからね。

 なら、万が一不老になってしまったとしても、長く生き過ぎて人生に疲れたとなれば自ら命を断つという選択肢があるのだから、そう考えれば十分な救いになる。

 一気に若返ったことから、若返りの能力を俺が根本的に勘違いしている可能性だってあるわけだし、今アレコレ考えてもしょうがないことだろう。

 なら……うん、いつも通り。

 直近の目標をコツコツとクリアしていく。

 その結果やれること、できること、行動の幅が広がっていくわけだから、今は目先の目標。

 レベル17を目指して頑張ろう。

 そう気合を入れて振り返る。


「ただ……まずは一度洗おっかな」


 なんだか使用感溢れる姿になってしまった風呂を見て、俺は思わずそう呟くのだった。84話 仙人生活の終わり

 引き籠り生活17日目。

(間に合え、間に合え、間に合え~ッ!)

 俺は焦りながらルルブの森を駆け回る。

 現在の時刻は腕時計時間で13時頃。

 アルバさん達は今日も来ているはずだが、いつも何時くらいに帰っているのか、その帰るタイミングまでは分からない。

 レベルを17に上げ、アルバさん達がいるうちに声を掛けなければ、彼らは明日もあると勘違いしてまた来てしまう。

 そうなればもう一泊決定だ。

 余計なことを言ってしまったと……かなり後悔した。

 最終日はこちらから声を掛けるなんて言ったもんだから、声を掛けなければそのまま続いてしまう。

 正直、もうオークも、スモールウルフも、リグスパイダーも。

 全部見飽きたし、そろそろベッドでだって寝たいんだよ!


 それに今夜はフェリン様の【分体】が下界に降りる。

 というより3日ほど前から催促されていたものの、ラストスパートだからもうちょっと待ってくれと引き留めていた。

 これで今日帰れなかったら、結局穴倉で【分体】降臨。

 流れがそのままフィーリル様と同じになってしまうし、フェリン様がやりたいことは森の中だとできないので、このままもう一泊となればご立腹モードになってしまう可能性もある。

(おっ!? よし! 纏まった数捉えた!)


【探査】で10体近い魔物がいる方面へ走り、そしてそのままその団体の中を通り抜ける。

 これで最初から追いかけている魔物も含めて30匹超。

 背後をスモールウルフが頻繁に噛みついてくるが、そんな細かいことは気にしていられないとばかりに、敢えてリグスパイダーが2匹被る地点に向かう。


「ふぅ……はぁ……よっしゃ来いやー!」


 射程に入ったためリグスパイダーから【粘糸】が噴出される中、引き連れてきた魔物達が一斉に群がる。

(まだだ……まだオークが追い付いてない……いてっ!……まだ……まだ……今ッ!!)

 そして全ての魔物がしっかり近付いてきたら発動。


『無数の、かまいたちで、周囲の、魔物を、皆殺せーっ!』


 ビュビュビュビュビュビュッ……


 やっていることは昔ハマったゲームで流行っていた纏め狩りだ。

 釣り役が走り回りながら魔物のヘイトを取っていき、複数体を一気に引き連れながら殲滅部隊がいる場所へ。

 そこで範囲攻撃をブチかまして一網打尽にするというやり方。

 俺の場合は釣り役も殲滅役も全て一人というのが悲しいところだけど、適度にスピードを抑えれば魔物はしっかりついてくるので、魔力さえ気にしなければかなり効率的になる。

 もう町に帰るんだから、敢えて魔力を残す意味も、そして素材に気遣う必要も無い。

 細切れにされていく魔物達を見つめながら――


『レベルが17に上昇しました』


「よーしっ! 効率最高っ!!」


 そう叫んだ俺は足元に残された魔石を3個ほど拾い、まだ皆いてくれよと願いながら、すぐさま森の入り口方面に向かって走り出した。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「今までご協力頂き本当にありがとうございました!」

 なんとか合流に間に合った俺は、ルルブの森入口にある草原地帯で挨拶をする。

 といっても町へ移動しながらだ。

 皆の籠にはオーク肉を含めた素材が大量に詰め込まれている。

 俺のしょうもない挨拶なんかでその鮮度を落とすわけにはいかない。

 前後左右を見渡せば30人超の参加者達。

 多少怪我をしている者もいるが、それでも死人が出ることなくこの計画が無事終わった。

 そのことに妙な責任感を覚えていた俺は心底ホッとしてしまう。


「こちらこそだ。今日で終わってしまうとなると少し寂しくもあるな」

「本当だぜ! ボーナスタイムは今日で終了ってな!」

「そうねぇ。明日以降は前の収入に戻るかと思うと気分が滅入るわ……」

「そこは分かっていたことだからしょうがないでしょう?」

「ロキ神の代わりに、魔物を大量に倒してくれるやつが現れりゃいいんだけどな!」

「無理だろう。そんなやつが仮に現れても、ベザートに留まるわけが無い」


 ミズルさんパーティの中で一番寡黙っぽい近接ハンター、ザルサさんの言葉が心に刺さるな。

 楽に狩れるようになれば、さらに上の狩場を求める。

 もちろん安定を重視するハンターだっているだろうが、より高い収入、名誉、刺激を求めて、今までもベザートから出ていったハンターはそれなりにいたのだろう。

 ここではEランク止まり、良くてDランク昇格で終わってしまう。

 そして仮にDランクへ昇格しても、そのランクを|活《・》|か《・》|せ《・》|る《・》|依《・》|頼《・》はまったくと言っていいほど無い。


「ロキはこれからどうするんだ?」


 だからアルバさんの質問に、俺は即答する。


「次はマルタという町に行ってみようと思います」


 ベザートから唯一街道が延びている、ラグリース王国南の交易拠点。

 そこに行けば新しいスキルを持った魔物、より上位ランクの狩場があるかもしれないし、この世界に対する新しい発見だって色々とあるはずだ。

 そう思うだけで今からワクワクしてしまう。


「やはりそうか……」

「出来るハンターほど町を出ていくもんだぜ? しょうがねぇだろ!」

「寂しくなるわねぇ」

「まぁ、装備のメンテナンスもしたいですし、数日はベザートに滞在していると思いますよ?」

「んじゃ1回くらい飲み行こうぜ? 稼がせてもらったからな! ロキの分くらい俺が出してやらぁ!」

「そうだな。誰も死なず無事作戦を完了し、新しいルルブの狩り場開拓、共同風呂ができたことは俺達にとっても喜ばしいことだしな」

「リーダー、そこは皆の分もじゃないんですか?」

「馬鹿野郎! マーズも俺も収入は割ってんだから一緒じゃねーか!」

「それでも出すというのがリーダーというもので――――」

 飲みかー……

 日本で言う、お疲れ会みたいなものかな?

 そう考えれば、半月掛けて一丸で取り組んだ仕事が大成功となれば、前の会社なら間違い無くやっていたであろう催しだ。

 それも3次会、4次会と朝までコース。

 笠原さんが3次会あたりで脱ぎ始め、気付けば俺はスーツ姿のまま自宅の玄関で寝ているという、なんともいえない記憶が蘇る。

 
 しかし、この世界の法律だと俺は飲んでもいい歳なのだろうか?

 この会話の流れだと、俺くらいなら問題無さそうな気もするけど……

「お酒を飲むのに年齢制限とかはないんですか?」

「そんなものはないぞ?」

「あー……ロキの住んでいた国はそんなもんあったのか?」

「えぇ。お酒は20歳になってからと」

「はぁ!? なんだそりゃ! 結婚の祝い酒すら飲めねーじゃねーか!」

「あぁ。この国のお母さんを見ると、皆さん若いうちに結婚されてそうですもんね」

「この国以外もそうだと思うけど、10代も後半になれば結婚する人は多いのよ?」

「そうだな! だからロイズの歳にもなれば行き遅れと言われる!」

「……」

「僕は何も言ってませんからね」

「俺もだ」


 バチンッ!!


 なんか数日前に俺も食らった音がしたけど、気にしないでおこう。


 でもそっか。

 飲んでも問題無いなら、この世界のお酒を一度経験してみるのも今後のために良いかもしれない。

 周りには話したことも無いハンター達が大勢。

 混ざっていいものかどうか、皆様子を窺っているようにも見える。

 だったら――

「法的に問題無いなら喜んで参加しますよ。感謝しているのは僕なので、お金は全部僕が出しましょう。なので今回話す機会の無かったハンターの方々も、時間の都合がつくなら自由に参加してくださいね。どこのお店にするかは皆さんにお任せしますが」

「「「「「「「「おぉおおおおおおお!!」」」」」」」」」」

 スポンサーがいると分かった時の反応は地球と同じようなものだな。

 俺は思わず苦笑いしながら、一斉に沸き立つその光景をただ眺めるのだった。85話 オーダー

「どうも~こんにちはー!」

 誰もいないカウンターから声を掛けると、奥で作業をしていたのか、パイサーさんがのっそのっそと現れる。

「おうロキか。って、随分と装備がくたびれてねーか?」

「はははっ、ちょっとルルブで頑張ってきまして……今日はメンテナンスをお願いしたくて来たんですよ」

 職人じゃなくても、自分の装備がどんな状況かはなんとなく分かる。

 散々スモールウルフに齧られた革鎧は傷が増え、剣だって何千匹倒したのだろうか?

 最後の方はオークの首を刎ねる時に違和感があったし、刃毀れも少し目立つようになってしまっている。

 特に解体用にも使っていたナイフは、ルルブだとかなり無理をして振り回していたのでさすがにもう寿命だろう。

 とりあえず鎧は脱げと言われたので、剣をカウンターに置きつつ革鎧を緩めていると、その様子を眺めながらパイサーさんが話しかけてきた。

「噂は聞いてるぞ? 町にも戻らねーでルルブに籠ったとか」

「そうなんですよ。あそこは換金効率が悪くてですねぇ。それなら町に戻らなくてもいいかなーと」

「まったくアホなことを……それで装備がこの有様になったのか」

「人が長く入らなかった川沿いを狩場にしたら、想像以上の魔物の数で驚いちゃいましたよ! まぁその分効率が良かったので助かりましたけどね」

 そう言いながら引き攣った顔をしているパイサーさんへ脱いだ革鎧を渡すと、全体を眺めながらボソッと呟く。


「補修もできるっちゃーできるが、買い替えって選択も―――」

「補修でお願いします!」


 思わずパイサーさんの言葉に被せてしまった。

 今のところこの装備で力不足と感じることは無いし、それぞれに付いた【付与】は俺にとって有難いものだ。

 いずれ買い換えることはそりゃ間違いないんだが、それでもまだ息子さんには守ってもらいたい。

「ふん……お前がそう言うならそれでいいがな」

 どことなく嬉しそうなパイサーさんに確認しておく。

「一旦狩りを休憩するんで、日数はそこまで気にしないんですけど……どれくらいかかりそうですか?」

「剣で1日、鎧で2日ってとこか」

「了解です。それじゃまたそのくらいになったら取りに来るとして、一つパイサーさんに聞きたいことが」

「ん?」


「【付与】って1つの装備に対して1つだけですか?」


 個人的にかなり気になっていたことだ。

 付与がいくつも付けられるのなら、俺の戦力は大きく上がる。

 そして残高がいくらかは分からないけど、当面お金の心配をする必要は無さそうな今の状況であれば、ある程度の大金を【付与】に注ぎ込むこともできると思っている。

 というか、それくらいしかお金の使い道が見出せない。

 先ほど寄った魔石屋のお姉さんは、属性魔石が【付与】されることは知っていても、それはお客さんが付与目的で買いに来ているだけ。

【付与】の制限やルールなどはまったく知らなかった。

 だからもし【付与】が重ねられるようであれば、魔石屋で質の良さそうな属性魔石でも買おうと思っていたわけだが。


「装備の材質、あとは付与師のスキルレベルによるな」


 このような曖昧な返答に戸惑ってしまう。

 今愛用している息子さんのお下がり装備には可能なのだろうか?

 そんななんとも言えない顔をしている俺に、パイサーさんは言葉を続ける。

「まず結論から言っちまえば、この剣と鎧にこれ以上の【付与】はできねぇ」

「えぇー……」

「文句言おうがこの剣と鎧じゃ、たぶん【付与】のスキルレベルに関係無く無理なはずだ」

「はず? 確定していないんですか?」

「あぁ、魔法やスキルの仕組みなんて手探りだからな」

 あくまで【付与】は現在進行形で研究対象になっているスキルらしく、分かる範囲で教えてもらった【付与】の仕組みはやや複雑で、しかし考察のしがいもある内容だった。


 まず装備は武器防具、あとは鍛冶職とは別の専門職で作られるアクセサリーと、大別すれば3種に分かれ、それぞれにはランクがある。

 このランクは主にどの素材を使用しているかというもので、低ランクハンター。

 つまり今の俺クラスが愛用している鉄素材や、そこらの低級な魔物から取れる皮なんぞは当然のことながらランクが低い。

 そしてこれが希少鉱石や高レベルの魔物から採れる素材になってくると、素材のランクが上がり『|多《・》|重《・》|付《・》|与《・》』の実例も多くなってくるという。

 これには素材と【付与】する際に使用する魔力の親和性が関係しているっぽいが、あくまで可能性というくらいではっきりとは分かっていないらしい。

 また【付与】を行う者のスキルレベルが関係していることも判明しており、もちろんスキルレベルの高い者の方が【付与】の多重掛け成功例も多い。

 おまけに以前軽く説明を受けたことだが、【付与】には『|ス《・》|キ《・》|ル《・》|付《・》|与《・》』と『|属《・》|性《・》|付《・》|与《・》』の2種類があり、同じ系統の付与を重ねるよりは、別の付与の方が成功率は高くなる。

 要は『スキル付与』+『スキル付与』より、『スキル付与』+『属性付与』の方が成功しやすいってことだな。


 現在公表されている【付与】の最高事例は1つの装備に|三《・》|つ《・》まで。

 なので魔力との親和性が高い高ランク素材を使用した装備を作り、その装備を高レベルの付与師に依頼し、おまけにスキル付与と属性付与を混ぜれば3つ重ねることも可能ということ。

 そして目の前にある俺の愛用装備は、残念ながら素材ランクが低く、パイサーさんもレベルまでは言わなかったが【付与】のレベルが低く、過去に似たような素材で『スキル付与』+『属性付与』を頼まれて一度も成功したことが無いので、今の俺の装備では重ね掛けは無理という結論になったらしい。


(ふーむ。なんとなくは分かったが、地味にしっくりこない部分も……さすがにこのレベルの素材なら【付与】は1種と断定できるんじゃないのか?)


 パイサーさんは鉄素材や低級魔物の皮でも"|た《・》|ぶ《・》|ん《・》"無理という。

 でもそんなの【付与】スキルをカンストさせた人が試せば一発だろう? と思って聞いてみると――

「バカかおまえは。スキルレベル10到達者なんて滅多にいるもんじゃねーぞ? いたって加護の乗りやすい戦闘系スキルで稀に噂が流れるくらいで、ジョブ系って言われているようなスキルじゃまず聞かねーしな。数百年と生きてるような長命種なら有り得るかもしれんが……普段からあまり表に出てこないような連中が情報開示に協力的なわけもないし、レベル10で試すという前提がおかしいだろ」

 ――このように、「訳のわかんねーこと言ってんじゃねぇ」とばかりに猛反撃を受けてしまった。

 加護が乗りやすいというのは、以前教会のメリーズさんから聞いた職業による上方補正のことだろう。

 その手の職業ボーナスがあっても、スキルレベル10のハードルは相当高いか……

 まぁでも、よく考えればそれもそうかと納得してしまう。

 魔物討伐数という目安で言えば、スキルレベル4から5へ上げるのに10倍ほど。

 約100体から一気に1000体の討伐数を要求される。

 あくまで魔物の所持スキルがレベル1ならという前提だが、レベル5に上げるだけでこれだけの同じ魔物を倒さなければいけないんだ。

 となればレベル9や10の要求数がどれほどになるのかは想像もつかない。

 おまけにスキル経験値の自然上昇は、いくら関連する行動を取ってもかなり遅いことを考えると――

 生涯、何か一点のスキルに、心血を注ぎ込んだという人でもなければ到達しない域。

 それがスキルレベル10なんだろうな。

 ――しかし。

「異世界人は高レベルスキルを所持しているんですよね?」

「……そうだな。だからあいつらは『|異《・》|端《・》』やら『|化《・》|け《・》|物《・》』なんて呼ばれ方をする。まぁ【付与】持ちの異世界人なんて聞いたことねぇが」

「……」

 ギルドマスターのヤーゴフさんと同じかな。

 今の話し振りからすると、あまり異世界人に良い印象は持ってなさそうだ。

 となると、いざという時に俺の素性は明かしづらいか……話を変えよう。


「ちなみに! 装備1つにつき付与が1つだとするなら、複数の【付与】付き装備を持てば効果が重複するということですか?」


 話を聞く限りはこれが抜け道じゃないだろうか?

 鉄素材の武器一つに付与一つなら、安くて小型の武器を複数持てばいい。

 忍者の手裏剣のような感覚でいけば、10個くらい携帯しても重さ的には問題無いだろう。

「まぁそう考えるわな。高みを目指すやつは皆そう思う。だからその答えは検証されているぞ。答えは"|制《・》|限《・》|が《・》|あ《・》|る《・》"だ」

「んん? その制限とは?」

「武器は2種。防具は物によって部位分けも様々だが全部ひっくるめて2種、ただし盾は別種扱い。アクセサリーも2種。これが【付与】の効果を発揮できる上限装備個数だ」

「なるほど……つまり盾持ちは最大7種、それ以外は最大6種の付与付き装備を着けられる。そして素材や付与師のスキルレベルによっては1種に複数の【付与】も一応可能ということですね」

「そうだ。だからおまえなら――まずはこのショートソードの他に、【付与】付きの|サ《・》|ブ《・》|武《・》|器《・》を所持するのが良いだろうな」

 なるほどなるほど、サブ武器か。

 となると解体用のナイフとは別にした方が良いだろうか?

 どうしても解体用ナイフは消耗、劣化が早いような気がするし、そこに【付与】を乗せて使い捨てにするというのも微妙な気がしてくる。

「ん~パイサーさんにサブ武器の【付与】を依頼したらおいくらかかります? 内容は【魔力最大量増加】か【魔力自動回復量増加】で」

「スキル【付与】の方なら、正規の依頼だと100万ビーケくらいは貰うだろうな」

「……なるほど。ということは、普通なら解体兼用のナイフなんかに付けないってことですね」

「そりゃそうだろう。【付与】なんざ当面はこれだっつう長く使いそうな装備につけるもんだ。ベザートなんかじゃ【付与】付き装備を持っているやつの方が圧倒的に少ねぇ」

 ふーむ……

 ここで俺は一旦思考する。

 普通なら付けない、それはお金の面が主な理由だろう。

 5~10万ビーケの解体用ナイフや入門装備に100万ビーケ払って【付与】を乗せても、元が取れるかとなると疑問を感じる。

 そして俺はというと金の面は問題無いが、さして愛着も無い消耗品の解体用ナイフなんかに付与を乗せようとは思わない。

 だが、ちゃんとした、長く使えそうなサブ武器なら?

 ルルブでは魔物の数の多さからほぼ二刀流状態……いや刀じゃないから二刀流と呼べるかは分からないけど、とにかく両手に武器を持って斬りまくっていた。

 しかしナイフが短過ぎて使いづらかったのも事実。

 かと言って大き過ぎても扱いづらいし、使わない時は狩りの邪魔にもなるし……

 ということは刃渡り50~60cmくらいの、小太刀みたいな武器ならどうだろうか?

 できれば俺は【剣術】スキルを伸ばしたい。

 となれば、この長さくらいなら剣に該当してもいいような気がするし、形状は今あるショートソードをもう少し短くするようなイメージでいけば、存在している【刀術】や【短剣術】に経験値をもっていかれることもないだろう。

 使わない時にはそこまで負担にならず、いざ使うとなればそれなりの殺傷能力もある――
 
 うん、これだな。

 一応店内を見渡すも、俺が思い描くような大きさの剣は無い。

 となれば。


「決めました! このショートソードよりもう20cmくらい短い―――素材はパイサーさんが可能な範疇で、できる限り上等なやつを使った剣を作ってください! もちろん【付与】付きでっ!!」


 その瞬間、パイサーさんはニヤリと、まるで挑戦を受けて立つかのように笑みを零した。86話 輸送システムの成果

(推定予算は"1600万ビーケ"くらいか……たぶん大丈夫だよな? 大丈夫だよね!?)

 内心ハラハラしながら向かいの建物、ハンターギルドへ足を運ぶ。

 俺の要望に受けて立つといった素振りのパイサーさんは、「久々に本気を出すか」と、ちょっとカッチョイイ雰囲気を醸し出しながら使う予定の素材を教えてくれた。

「うちの店に少量だがミスリルの在庫がある。だからそいつを剣の芯材に使いながら、周りをそれなりに高価な|銀《シルバー》で覆う。これで切れ味も遥かに向上するだろうし、魔力伝導――すなわち魔力との親和性というのも向上するだろう。多重付与が成功するかは出来上がってからでないと分からんがな」

 そう説明を受けた時、俺の心臓はバクバクした。

 ついに来たか|ミ《・》|ス《・》|リ《・》|ル《・》、と。

 シルバーは馴染みがあるものの、ミスリルなんてまさにファンタジー世界ならではの素材だ。

 それを武器に混ぜるなんて言われてしまえば、興奮してしまうのもしょうがないだろう。

 確か、以前アマンダさんから説明を受けたハンターランクと鉱石の関係性で言えば、ミスリルは結構上位のBランクくらいだったはずだ。

 うはは! Eランクの俺が持てる素材じゃねぇ!

 って思わず自分で突っ込んでしまうも、そこは金の力で解決してしまおうじゃないか。

 だから聞いた。

 いくらだ? と。

 そしてパイサーさんは答えた。

 付与の重ね掛けがいけるか次第だが、たぶん1600万ビーケを超えるくらいになると。

 おもわず「この店にある最高級展示品より高いじゃん!」と叫んでしまったけど、ミスリルとはそういう素材なんだと言われれば何も言えない。

 逆に挑戦的な目で、「おまえに払えるのか?」と煽ってくるパイサーさんに値切り交渉をしようものなら、なんだか負けた気がしてしまう。

 だから――


「余裕です。すぐに取り掛かってください」


 ――思わず啖呵を切ってしまった。

 そんなわけで今、猛烈にハラハラしているわけだ。

 今まで一度もアマンダさんに「いくら貯まってますか?」なんて聞いたことが無い。

 お金を使う予定がまったく無かったしね……

 預けた装備のメンテナンスと新調する剣の作成でトータル7日間。

 もし足りなかったら久しぶりに特製籠背負って、解体ナイフだけでロッカー平原に行ってくるしかない。

 4日間くらい気合を入れて頑張れば、それで300万くらいはたぶん稼げるだろう。


 そんなことを考えていたら、アマンダさんの前でブツブツ呟く怪しい人になっていた。

 相変わらず近い、近過ぎる。

 考え事をする暇もない距離だ。

 そしてアマンダカウンターがいつも通りのアマンダカウンターで良かった。

「ロキ君、意識は戻ったかしら? それともルルブの森に引き籠って、本格的におかしくなっちゃったかしら?」

「大丈夫です! いつも通り考え事をしていただけなので御心配無く!」

「そ、そう……それで今日は例の|ア《・》|レ《・》の確認よね?」

「えぇ。もしかしたら僕は出稼ぎに行かなきゃいけないかもしれないので、できれば今預けているお金の総額も知りたいです……」

「な、なに買ったのよ!? まさか家? 豪邸!?」

「違いますよ! 武器ですよ武器!」

「な、なら大丈夫だと思うけど……とりあえずアルバ達と一緒に動いていた期間の記録を先に渡しておくから待ってなさい。その後に総額も出してあげるわ」

 そう言われて少し待っていると、アマンダさんが一枚のやや大きめな木板を俺に渡してくる。

「今日の分は今彼らが素材内容を確認しているところだからまだよ。だからそれまでの16日間の分がこれね」

 そう言われてサッと目を通した内容に、俺は思わず鼻水が垂れた。

「ブホッ!!……す、凄い……です……」

「一応言っておくけどね。ベザートどころかマルタを含めても前代未聞じゃないかしら?」

「か、確認ですけど、これが3割の僕の取り分ということですよね?」

「もちろんよ」

 マルタはよく分からないが……確かにベザートで言えば前代未聞の報酬額と言えるだろう。

 一番上に書かれている1日目が41万ビーケ。

 これは参加者がアルバさんとミズルさんパーティの計6人だったんだ。

 素材の厳選し直しをしてもまぁこんなものだろう。

 だがここからが凄い。


 2日目にいきなり227万ビーケ。

 3日目には262万ビーケ。

 そこから数日は260万ビーケ前後が続いているので、3日目の時点で4部隊編成になったことが窺える。


 そして6日目になって以降は、さらに報酬額が280万ビーケ前後まで上昇。

 これはー……西エリアに行ってオークの出現率が上がったせいかな?

 皆が特上部位を厳選して持ち帰ったからだろうと思われる。

 その後はまた260万ビーケ前後に戻ったり、なぜか11日目だけで4万ビーケなんてよく分からない金額が俺に入っているが、その後も250万ビーケを切ることのない数字が続いていた。


(えーと? 1日250万ビーケだとして16日間だとすると……すげっ!! この16日間で4000万ビーケくらい稼いでるじゃん!!)


 想像以上の数字に、思わず木板を持つ手が震えた。

 じゃがバター1個100ビーケだぞ?

 串肉だって300ビーケくらい。

 宿なんてそこそこ綺麗なところで1泊素泊まり3000ビーケの世界だ。

 それが半月程度で4000万ビーケ……ハァハァハァ……俺ってば、大富豪になれるかもしれない……

 そんなおかしくなった俺に警戒したのか、アマンダさんに早々と突っ込まれる。

「ロキ君、この変則的な仕事の仕方は今後控えてね? 絶対やるなとは言わないけど、素材の急激な供給は市場を混乱させるわ」

「うっ……おっしゃる通りです。それはアルバさんからも聞いておりました」

「一応残り日数をアルバ達から事前に聞けたから無理やり調整したけど、このまま続けられてたらギルドでも手に負えないくらいオーク肉の価値は暴落していたんだから」

「だ、大丈夫です! ここではもうやりませんから!」

「そぉ、ならいいけど……って、ん? なら今後はどうするつもり?」

「え? えーと、新調した武器が出来上がったら、次はマルタに行ってみようかなーと……」

「……そう。まぁロキ君の実力からすればそうなるわよね。それで|拠《・》|点《・》は?」

「拠点ですか?」

「えぇ。拠点もマルタに移すの?」

 そっか。

 そういえば講習の時だったか?

 ハンター成り立ての時くらいに説明を受けた気がする。

 確か自分のランク以上の依頼を受ける時、特例扱いに違いがあるとかそんな話。

 だけどマルタがどんなところで、周りにどんな狩場があるかも分かっていない。

 大した狩場が無ければすぐまた別の町に移るんだ。

 毎回拠点を変えていては物凄い手間に感じてしまう。

 それにアマンダさんは隠しもせず、残念そうな顔しているしなぁ……

 なら今はそこまで深く考えなくても良いだろう。

「他にどんな狩場があるかも分かっていないですし、とりあえず拠点はこのままで良いですよ」

「そうなの!? 戻ってくるの?」

「こらアマンダ、あまり踏み込んではロキも迷惑だろう」

「「え?」」

 声の方にアマンダさんとセットで振り向くと、そこにはヤーゴフさんが立っていた。

「ルルブの遠征からロキが戻ってきたと聞いてな」

「えぇ先ほど戻りました。何やら過度な供給でご迷惑をお掛けしたようですみません」

「この程度なら気にする必要は無い。ギルドは供給が増えれば基本利益になるからな」

「ハハハ……在庫が多過ぎと思えば買取額下げればいいわけですもんね」

「その通り。今回はギリギリ維持ができたようなので、全員が良い結果になったということだろう」

 さすがヤーゴフさん。マルタへの輸送増やしたりとか見えないところで色々動いていたんだろうに、表に出さないところがカッコいいぜ。

「それでロキ、落ち着いたらで構わないから一度俺のところに来てくれ。今日はそれを伝えに来た」

「以前伺ったあの部屋ですか?」

「あぁ。予定が分かったらアマンダにでも伝えてくれれば良い。どうせそう日数が空くこともないのだろう?」

 ヤーゴフさんはもう、俺が今後どう行動する予定なのかも分かっているんだろうな。

 まぁ俺も町を出る前には、お世話になった人達に一度挨拶をしておこうと思っていたんだ。

 なら何も問題は無い。

「分かりました。たぶん明後日になるんじゃないかと思いますが……はっきり決まったらアマンダさんにお伝えしますね」

「あぁ宜しく頼む」

 そう言って階段を上っていくヤーゴフさんを眺めていると、アマンダさんから声を掛けられる。

「ぜ、全部で5692万4400ビーケね……それに今日の分がさらに足されるわ」

「……そ、そうでしたか。ありがとうございます」

 おぅふ。

 思ったよりも遥かに多い……というか剣の購入代金余裕過ぎた。

「事前に言っておくけど、この金額を一気に寄越せとか言わないでよ? 絶対に無理だから」

「ですよねー……ちなみに1700万ビーケくらいはどうですか?」

「それくらいならなんとかなると思うけど……それがさっき言っていた武器の値段?」

「そうなんですよ。6日後くらいには出来上がるみたいなんで、それまでにお金用意しておかないとと思いまして」

「武器って言うとパイサーさんよね? あの人が手付けも無しにそんな大仕事を受けることも驚きだけど……分かったわ。そのようにこちらも準備しておく」

「お願いします。あっ、あと――そうですね。ここから300万ビーケほど引いておいてください」

「?」

 いくらにしようかちょっと迷ったけど、使い道も特に無いし、これくらいなら問題は無いだろう。

「とりあえずアマンダさんに100万ビーケ、ヤーゴフさんにも100万ビーケ。残りの100万ビーケもご迷惑お掛けしたみたいなので、ギルド職員の方々で分けてもらえれば」

「ちょ! ちょっと! さすがに多過ぎるわよ!」

「え、えぇ……でも予想以上に余りましたし……」

「余ったら取っておけばいいじゃないのよ! さすがにこの額じゃ何か悪いことをしていると思われてしまうわ!」

「た、確かに。でも実際悪いことはしてないですよね?」

「まぁ、アルバをリーダーに巨大なパーティとして活動しているという風にしているし、実際その通りだから何も問題は無いんだけど……」

「なら良いんじゃないですか? 上手くやってくれたお礼ですよ。多少なりギルドの協力もないと難しかったと思いますから。ね?」

 そう言って、敢えて隣のカウンターにいる若い受付の人に伝えると、ブンブンブンと首が高速に上下している。

 今の話はしっかり聞こえていたんだろうな。


「というわけで、あとはお任せしますから上手くやってくださいね」


 面倒な時はトンズラするに限る。

 後ろでアマンダさんが騒いでいるけど、あの人がお金好きなことはなんとなく分かっているからな。

 あとは周りが言い包めてくれれば本人も納得するだろう。


(さーてと、それじゃあお迎えの準備でもしますかね)87話 豊穣の女神

 時刻は腕時計時間で18時頃。

 教会の鐘が鳴り響く中、俺は久しぶりに戻った宿屋の自室で【神通】を使用していた。

「はい、もう大丈夫です。宿屋に戻りましたので、【分体】を降ろしてもらって構いませんよ」

(もう待ちくたびれたよ! それじゃいくよー!)

 そう言われて、一拍。

 俺の横に、もう数度は見た濃厚な青紫の霧が漂い始める。

(相変わらず直視すると怖いなぁ……いつか慣れる時が来るんだろうか?)

 そう思いながら見つめていると、フィーリルの時と同様に霧が収束し、その瞬間には臙脂色の髪に白いワンピースを着たフェリン様の【分体】が立っていた。

「やっほー! お待たせ!」

「いえいえ、こちらこそお待たせしてしまってすみません。やっとノルマをクリアしましたので、今日からは多少のんびり動けます」

「ちょっと! そこっ!」

「?」

 なぜか変なポーズをしながら俺に向けてビシーッ!と指を差しているが、何がそこなのかよく分からない。

 というかいきなりされるとビクッとしてしまうから止めてほしい。

「フィーリルには敬語無しにしたんだよねぇ~? なのに私には敬語なの? おかしくなーい?」

「あ、やっぱり聞いてましたか……」

 そりゃそうだよねと思いながら一応突っ込む。

 ほぼ日課になっている【神通】という名の地球話の時は、敢えてそこに触れなかったんだけどなぁ。

「当然でしょ! フィーリル自慢してたし! リアの呼び捨てより上って自慢してたしー!! だから私も同じでよろしく!」

「ですよねー。まぁいっかフェリン様、いや間違えましたフェリンが一番気楽に話せるんで」

「……ん? なんだって? もう1回言って?」

 ……なんで難聴系になっているんだろう。

「一番気楽に話せるって言ったんだよ。フェリンは気さくな雰囲気が滲み出ているからね」

「う、うふ、うふふ……でしょ~? いやーロキ君はなかなか分かってるよ! あとで皆に自慢しよっと!」

「……」

 なんだか最初からテンション高めだが、フェリンはいつものことだからあまり気にしないでおこう。

 ただ火種はお願いだから作らないでほしい。

 あとで苦労するの俺だから。

 絶対苦労するの俺だから。

「それより早く動かないと店閉まっちゃうよ? 靴、欲しいんでしょ?」

 そう言って2足並んでいる靴を見る。

 リアに買った少し小さめのサンダルと、その横にある大人用の緑色サンダル。

 宿に戻った時、ちゃんとフィーリルは一人で買い物ができたんだなと内心安堵していた。

「そうそう! じゃあ行くよ! ホラ、準備して!」

「? もう準備できてるよ?」

 机の上に置かれていた、お金の入った革袋は既に持った。

 宿に戻った時にちょっと確認してみたけど、減った感じがまったくしない。

 たぶん二人とも買い食いとかしなかったんだろうなと思う。

「……違う。リアの時と違うー!」

「……えっ? まさかフェリンも背負うの!?」

「――ッ!? 私には冷たいんだ……そっか……そうなんだ……」

 ぎゃー!!

 予想外のところに地雷が!

 てっきり靴屋までは、フィーリルの靴でも借りていけば済むくらいに考えていた俺が甘かったのか……?

 というか現実的な問題として、フェリンの場合は少々マズい。

 リアは150cmも無いくらいでちょっと俺より大きいくらいだけど、フェリンは160㎝くらいありそうだし。

 何よりデカい。アレが。

 鎧を着ていないので、俺の背中がかなり危険なことになってしまう。

「いやいや違くて! リアは小さいでしょ? でもフェリンは大人の女性じゃん? 顔は超可愛いけど結構なワガママボディじゃん?」

「ん? それ、褒めてるの?」

「うん、物凄く。要は背負うと俺が平常心でいられなくなる恐れがあるから大変なんだよ」

「ふーん! そっかそっか! じゃあ問題無いね!」

「?」

 さっきから俺はどれだけ頭にはてなマークを浮かべているんだろう。

 会話が上手く繋がらないのは女神様達共通なのかもしれない。

 そう感じながら首を傾げていると、一瞬で視界からフェリンの姿が消え、次の瞬間には俺の背中に重みを感じる。

「グエッ!」

「もし平常心でいられなくなっても、それはそれで面白そうだから問題無し! さー行こう行こう!」

 そう言いながら細い手足を俺に絡めてくるので、背中には柔らかいモノが押し潰されている。

(ヤバッ……全神経を背中に集中させなきゃ……ってマズいだろ! 歩きづらくなるわ!)

 重さだけじゃない理由で段々前屈みになってしまうも、ふわりと香るフェリンの匂いは……うん?

 なぜか、妙に落ち着いてしまうな。

「フェリンは太陽? いや違うか、布団を干した時のお日様の匂いがして良いね。安眠できそうな、凄く心地良い匂いだ」

 なんとなく思ったことをそのまま伝えてしまったが――

「ふ、ふーん……?」

 それに対するフェリンの反応は、いつもとなぜか違う感じがした。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「これとこれなら、どっちが似合う?」

「……こっち」

 既視感のある状況の中、すぐに俺はサンダルを選ぶ。

 女神様ネットワークの中で、それ良いっ!って思った流れはそのままなぞっていくのがフェリンのやり方なのだろう。

 だから別に俺が選んであげるのは良いんだが……

(フェリンの背後でニヤニヤしている靴屋の親父。あんたのニヤケ顔まで既視感でいっぱいだよ! どうせコイツ、別の女連れてきて同じことやってるぜとか思ってんだろ? その通りだよ! でも俺のせいじゃねーんだよ! ちょっとは靴屋としてのアドバイスでもしてくれよ!)

 そんな願いも空しく、カウンターに座ったまま、ニヤニヤしながら俺達のやり取りを眺める親父。

 この世界に日本のような接客サービスを期待した俺が馬鹿なだけだった。

「似合うのは間違いなくサンダルだけど、フェリンはどこを探索する予定なの? それによってはブーツの方が良い場合もあるよ?」

「ん~? 特に決めてないよー? ロキ君についてこうかなーって」

「え? さすがにずっとはマズいよ!? 明日はたぶん予定入っちゃうし!」

「えー! さっきのんびり動けるって言ってたじゃん!」

「そりゃこの町の中にはいると思うけど……っていうか、フェリンのやるべき目的を忘れてない?」

「うっ! それはそうだけどさ……でもでも! 私はこのせか――この町の食事がどんな感じなのか見て回るって目的もあるんだよ!?」


 さすがに女神様の【分体】降臨も3度目だ。

 おおよその流れ、女神様達が望むこともなんとなく分かっている。

 リアはたぶんだが、魔物専用スキルがどんなものなのか、俺が所持することによって危険な存在になり得るかも含めた監視と調査。

 フィーリルは一応生物だからか魔物の確認という、それぞれ転移者探しとは別の目的があったので、もしかしてフェリンにも何かあるのかな? と、事前に確認しておいたわけだ。

 するとフェリンから出た回答は|下《・》|界《・》|の《・》|食《・》|事《・》|事《・》|情《・》。

 味というよりは、食べ物自体が不足していないかが気になるという話を聞いていた。

 ここら辺はさすが豊穣の女神様である。

 そんな事情があったからこそ、ルルブの森の中で仙人暮らしをしている最中に降臨しても意味無いよね? ってことに納得もしてくれたわけだが……

 その分、俺が戻ったら分かる範囲で町を案内することになっていた。

 だがしかし!

 常になんてことは言っていない。

 さすがにフェリンを野郎ハンターの多い飲み会の場に連れていくのはマズいだろう。

 絶対大騒ぎになるし、目をギラギラさせながら誘惑してくるミズルさんとかミズルさんとかミズルさんを見るのはなんか嫌だ。

 それにホイホイ乗っかってしまいそうな、危なっかしいフェリンを見るのもやっぱり嫌だしな。

 だから言うべき部分はちゃんと言っておこう。

「幸い俺はここ1週間くらい時間に余裕があるから、大丈夫な時はフェリンとの食事に付き合うよ。味がどんなものかも参考になるだろうからね。リアもフィーリルも半日程度一緒にいたけど、フェリンはもっと長いからそこら辺が|特《・》|別《・》だ。ただ予定がある時はさすがにフェリンを連れていくとマズいのは分かるでしょ? だからそれ以外は――個人的にはパルメラを調査した方が良いと思うよ。フィーリルだけで調査が終わるような広さじゃないんだし」

「こ、これが特別……分かった! 言う通りにするよ!」

「さっ、それじゃ早いとこ靴を選んで夕飯を食べに行くよ」

「じゃあロキ君が選んでくれたこれでー!」

「あいよ。坊主もやるなぁ?」

「クッ……」

 靴屋の親父め……その顔、10年は忘れんぞ!!

 まぁそれでもフェリンが喜んでいるから、とりあえずは許してやるとしよう。

 さすがに3度目はないだろうしね。

 そう思って気を取り直した俺は、まずフェリンに下界の洗礼を受けて貰うべく、お馴染みの『かぁりぃ』へと足を運んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 カララン……

 ふむ。相変わらず空いているお店だ。

 今日は夕食時とも言える時間帯なのに、お客さんはカウンターに座る2名のみ。

 だからこそ落ち着けるというのもあるが、俺の愛するお店が潰れてしまわないかと少し心配にもなってしまう。

「よぉ坊や……彼女か?」

 そんなことを考えながらテーブル席に着くと、もう顔なじみになっているインド人にしか見えない店主に声を掛けられた。

 こんな可愛い子連れてくれば気になるのも分かるが、不穏な流れになり兼ねないから止めていただきたい。

「そうです!」

 ホラね、言った通りだ。

 というかフェリンは彼女の意味を知っているのだろうか?

「ねぇフェリン? 彼女ってどういうことか知っているの? あ、かぁりぃ二つで!」

「んー? なんとなく?」

「して、意味は?」

「ロキ君の|特《・》|別《・》ってことだよね?」

 う、うーん……あながち間違いとも言えないし微妙なところだな。

 確かに特別というだけなら、先ほどそう言っていたわけだから、フェリンが肯定するのもしょうがないのかもしれない。

 だからちゃんと教えてあげよう。

 この世界の常識と一致しているかは分からないが。

「フェリン。彼女というのは確かに特別ではあるけれど、将来結婚を見据えてとか……そういう意味での特別なんだよ? 結婚って分かる?」

「け、結婚……もちろん知ってるよ! 教会でよくその言葉聞くしっ! えー私ロキ君と結婚しちゃうの!? ふわぁああああ今すぐ自慢しないとー!」

「ちょっと待ったぁああああー!!」

 こんな特大爆弾を神界へ放り投げられるわけにはいかない。

 ベッドの上で土下座しながら、【神通】越しに釈明会見している俺の姿が容易に想像できる。

 俺の奇声に、大量の汗を掻くおっさん二人がガン見してくるが気にしている場合ではない。

「そんなこと言ったら大問題になるでしょうが! それに、めが……フェリンと結婚できるわけないでしょうよ!」

「なんで?」

「え? なんでってそりゃ……」

「……」

「ひ、人と、子供作れないでしょ? たぶん……」


 俺はかぁりぃという名のカレー屋で、いったい何の話をしているのだろうか?

 どう考えてもこんなところで話す内容ではないのに、話の流れでこんなことになってしまった……

 原因はなんだ?

 店主か?

 インド人店主のせいか!?

 ゴトッ。

 無言でテーブルに置かれる二つのかぁりぃ。

 相変わらず早いですありがとうございます。

「と、とりあえず食べようか?」

「う、うん! 初めての食事だー!」

「……」

「ンモ―――ッ!!!?」

 真っ赤な顔して、口を押さえながら涙目になる姿も、やっぱり物凄く可愛かった。
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どうしようかと悩んでいたのですが、今回作品名の一部を(仮)ということで変更しました。

旧『行き着く先は勇者か魔王か ――元・廃プレイヤーの営業マンが征く 異世界攻略記――』

新『行き着く先は勇者か魔王か ――元・廃プレイヤーのへっぽこ営業マンが征く 異世界攻略記――』

へっぽこ営業マンにジョブチェンジしています(作中はそのまま<営業マン>ですが)
詳しい理由はこちらで書くべきではないと思いますので、気になる方は活動報告をご覧ください。よく感想欄にあります年齢と言動のズレについても触れております。88話 食事事情

 宿屋の自室。

 その中で俺は椅子に、フェリンはベッドに座ってこの世界の食事事情について語り合っていた。

「ということは、先進的な地球の食べ物と比べても、十分張り合えるくらいに美味しいってことだよね?」

「そうそう。まぁ多少大味というか、大雑把だなと思うこともあったりするけど、そこは調味料の流通やその価格、あとは調理方法の問題だと思うし、文明と比較すれば想像以上にこの世界の食事って美味しいと思うよ。ってまだこの町の食事しか分からないけどね」

「今日食べたかぁりぃってやつは辛過ぎて味がよく分からなかったけど……食材が劣っているわけじゃないのかぁ」

「その印象は今のところまったく無いかな。地球だと品種改良って言って、より良い種を厳選して味を向上させていくのが一般的だけど、この世界だとそこを魔法やスキルが補っているのかも」

 この世界の食事が予想以上に美味しいのは、まずこれが原因だろうな。

 パイサーさんはジョブ系なんて言い方をしていたけど、【農耕】や【畜産】なんていうそのまま仕事とイコールになるような生産系スキルが存在しているんだ。となればこれらのスキルがレベル上昇に応じて、食べ物に良い影響を与えていることは予想出来る。

 そして今まで食べた宿屋の女将さん料理はもちろん、色々食べ歩きした屋台飯でさえ外したことが無い。

 調理方法が現代より劣っていて、さらに調味料の種類が少なく、かぁりぃのように大量に使えばぶっ飛んだ値段になるくらい一部が高価であっても美味いと感じるということは、元となる食材の味が良いということに他ならないだろう。

「その品種改良っていうのができれば、さらに向上するってこと?」

「んーその可能性はあると思うけど……何年何十年と時間をかけていく方法だからなぁ。やる価値はあるにしても、すぐ効果が生まれるものじゃないかな?」

「そこは問題なーし! 私達は長期で物事を見ているからね! いずれ良くなると思えばやる価値はあるのさ!」

「ははっ……確かに女神様達からすればほんの一瞬の出来事だろうね」

「ちなみに量は? ロキ君が生活していた中で、食料が不足していると感じたことはある?」

「まったく無し。飢餓で死にそうな人を今のところ見たことが無いし、魔物というリスクは伴うけど、町の外に出れば自然が豊かで身近だから果実や魚なんかも自由に取れたりする。おまけにその魔物も一部は食料になるんだもの。この町の北側は広大な畑が広がっているしさ、食糧難ってのはよほどの自然災害でも発生しなければ大丈夫なんじゃないかな?」

「なら心配しなくてもいいのかなー? 自然災害は私達も事の成り行きを見守るしかないし!」

 なんだか目が知識欲に釣られてか、キラッキラしてるなぁ。

 人が困窮する事態を避けたいと思っているんだろうけど、本来なら大惨事になってから気付くのが女神様達だろうからね。

 実際に下界で生活している人間に聞いた方が適切に動けると思ったんだろう。

 そしてこの程度のことを答えるのはまったく問題無い。

 武器が出来上がるまでの暇な時間なら、いくらでも分かる範囲のアドバイスをしてあげよう。

 となると――……

「一応地球人視点だけどね? この世界の食事って物価的には安いと感じるくらいなんだよ。もちろん高価な物はあるし、運搬技術が馬車頼りで未発達だから、遠方の食べ物だと輸送費が高いって問題もあるんだろうけど……それでも驚くほど安いものが結構あるんだ。それは人件費とか他の要因だってあるにしても、食料自体が豊富にあるからという理由も必ず含まれているはずだよ」

「なら私は安心して見守っていれば良いってこと?」

「今のところはね。もしフェリンが心配する必要があるとなると―――人口が増えた時かな? もしくは魔物が大量に減った時。人口増加は食糧難に繋がるから、確かフィーリルが人口の管理みたいなことやっているんだよね?」

「うんうん。っていっても凄く大雑把だけど」

「人口なんてよほど文明が発達しないと細かい把握は無理だよ。だから大雑把でも二人で連携取って、戦争が減ったり魔物の生態が狂ったり……良いことなんだろうけど、急激に平和になってきた時はちょっと心配した方が良いと思う。あ、あとは女神様達が悩んでいる文明が大きく発達した時かな? そうすると第一次産業に従事する人間は減る傾向にあるから」

「ほぇ~……ロキ君凄いね!」

「いやいや、今言っていることは何も専門的なことではないし、地球の常識的な範疇の内容だよ。だからもし転生者に元農業経験者とか、畜産関係者の人なんかがいたりすれば、その分野は飛躍的に伸びる可能性もあるね。実際ガラス関係の知識を持った人はたぶんこの世界に貢献しているっぽいし」

「そうなの?」

「うん、この世界に地球と同じような形状をした眼鏡や透明なグラスが存在しているんだ。それって周りの物と比べると文明が飛び抜けて高く感じるから、特化した知識を持つ人間が広めたんだと思うよ」

「うわぁ~もう成果出始めてるんだ……でも転生者にこれ以上のスキルをあげることはできないしなー!」

「ならこれから呼び込むことがあったら参考にすれば良いんじゃない? 転生でも転移でも、別の世界に行けるとなれば心機一転夢のある人生をって考えちゃう人は多いだろうけど、それでも持っている地球産の知識はこの世界に活かせるだろうからさ」

「んー? どうやって?」

「俺も女神様達がどういう基準で転生者を選んでいるのか分からないけど……例えば魂を無作為に選ぶとかじゃなくてさ。今この世界に必要な知識を持った魂を選ぶとかはどう? 魂からその人がどんな人生を送ってきたのか、見ることができればだけどね」

「おぉー!! 魂から情報は読み取れるから、その時にロキ君が言っていた農業や畜産なんかの仕事をしていた人達を選べばいいわけだね!」

「ま、まぁ食糧難で第一次産業を伸ばしたい場合はね? 文明の発展が望みなら、そっちよりは伸び悩んでいる分野の技術職や研究職の人を呼び込んだ方が効果的だと思うよ」

「なるほど~……」

 やっと少し満足したのか、フェリンは椅子に深くもたれ掛かり、天井を見上げながら口だけをモゾモゾと動かしている。

 頭の中を整理中かな?

 そう思ってその光景を眺めていると、ボソリと小声で呟く声が聞こえた。

「そりゃ皆がロキ君と話したがるわけだよね……」

「……」

 敢えて何も言いはしないが、内心溜め息が出る。

 俺の知識なんて生きていく上で最低限知り得た上辺だけのもの。

 それぞれの専門職で飯を食っている人達が聞けば一蹴されるような内容ばかりだ。

 それでも、女神様達とこうして|意《・》|思《・》|疎《・》|通《・》|を《・》|図《・》|れ《・》|る《・》ということが重要であって、直接伝えられるから意味もあるんだろう。


 ……ふと、ヤーゴフさんの言葉が頭を過ぎった。

 俺はさきほど、転生者を呼び込むことを勧めた。

 この世界の文明を発展させるためには、専門的な知識が必要だと勧めてしまった。

 ――でも本当にそれは良いのだろうか?

 持ち込まれた知識のせいで煽りを食うのはこの世界の住人だ。

 文明を伸ばす代わりに、それまでの仕事をしていた人達はその仕事を失う可能性が出てくる。

 現にヤーゴフさんはそのような人達が出ていると危惧していた。

 おまけに来るやつが皆、中身が真っ当な人間ばかりではない。

 魂を厳選すれば根っからの極悪人は省けるかもしれないが、いきなり持て余すほどの力を得られれば絶対に調子に乗る人間は出てくる。

 俺だって人のことは言えないんだ。

 その結果が、今の転生者による覇権争いみたいなことになっているんだろうしなぁ。

 衰退していく世界を良しとせず、地球の人間を呼び込んで足掻いている女神様達。

 呼び込まれた結果、期待通りにこの世界へ知識を落としてくれる人もいる中で、好き勝手に暴れ回る一部の転生者達。

 それによって余計な不幸に巻きまれる大勢のこの世界の住人――か。

 あくまで一部であっても、その力がこの世界の住人にとっては絶大過ぎるもので、その影響力が大陸全土にまで広がってしまうのが問題だとするなら、そこまでの能力を渡さなければ良いという結論になるが―――……

 それだと、この世界にそうそう来てくれないんだろうなぁ。

 俺も散々駄々こねて、それでも拒否したくらいだし。

(ダメだな。考えたところでどれが正解なんて言えるほど簡単な問題じゃないし、まだ確信が持てる情報でも無い。余計なことを言えば、女神様達に心配と不安も与えてしまうのは分かり切っているのだから、それならまだこの辺りの問題は言わない方が良いだろう。ただ衰退が分かっているから、可能性に賭けて足掻くという女神様達の考えは俺も賛同できる。何もせず自分達の世界が終焉を迎える様を見届けるのは、女神様達にとってこれ以上無いほど酷なことだろうし……)

 だったらとりあえずは、今俺が協力できることをしてあげるしかないか。

 そして自分自身で世界を回りながら、ヤーゴフさんの言っていることが真実なのか。

 転生者を呼び込むことは果たして正解なのかを見極めれば良い。


 ――って、おいおいおい……

 俺は勇者でも救世主でもないのに何考えてんだよ。

 あくまで世界を見て回るだけ。自分が強くなるためのついでだ。

 何を勇者みたいなこと考えてんだよまったく……危うくロールプレイングの主人公になっちゃうところだったわ。


 そう思って視線をフェリンに戻すと、先ほどの考え込む表情とは一転し、その視線は一点に俺を見据えていた。

 瞬間、マズいと感じた。

 フェリンが何のスキルを持ち込んでいるのかは知らない。

 もし【読心】だったら―――


「今思っていたことは、本当?」


 ―――そんな心の中の呟きは、フェリンの投げかける言葉によって掻き消えていった。89話 転生者の実態

 思わず頭をボリボリと掻いてしまう。

 さすがに心の中を読まれて、「嘘です」なんて言い訳も通じないだろう。

【読心】が持ち込まれている可能性も考えて、極力深く考えないようにしてたんだけどなぁ……

 ついついフェリンの考え事に釣られて、俺まで毎度のクセをやらかしてしまった。

 はぁ……

「まぁ、嘘ってことはないよね。ただあくまで聞いただけの情報。だからその真偽は分からないってところかな」

 結局こう言うしかない。

 俺だって本当かどうかは分からないんだから。

「そっか……」

「今はそこまで深く考えることもないよ。人ってさ、自分に持ってない能力がある人間を妬んだりとかはよくあることなんだ。だから――」

「でも戦争はここ最近凄い頻度で起きてる。人種がいっぱい死んでる……」

「……ここ5年くらいの話?」

「そう……」

 ヤーゴフさんの情報とは一致しているのか。

 となると、どうするかな……

 バレた以上、不必要に情報を伏せる意味はあまりない。

 逆にフェリンの持っている知識と擦り合わせを行なった方がプラスにもなり得る。

 ただ、女神様達全員に広まるのはさすがにまだ早いだろう。

 特にリアあたりにバレると何しでかすか分からないし……

 ならば。

「フェリン。今から言うこと、他の女神様達には内緒にできる?」

「できるかできないかで言えばできるけど……そんな凄いこと言うの?」

 ちょっと、泣きそうな顔しないでください。

 こんな状況なのに庇護欲そそられて、思わず抱きしめたくなってしまいます。

「凄いかどうかは、少なくともまだこの世界に降り立って数ヵ月の俺には分からないよ」

「うん……」

「ただそのことを他の女神様達にも話すと、リアあたりが先走る可能性もあるでしょ? まだ本当かも分からないのに」

「それは、なんとなく分かる」

「俺はこれから色々な町、色々な国に行く予定だから、本当はその道中で真偽を確かめた後にでも話そうと思っていたんだ」

「うん」

「だから嘘か本当かも分からない内容ということでいいなら、一応フェリンにだけ話すことはできるよ。どうする?」

 するとフェリンは少し考量した様子を見せながら答えた。

「うん……うん。分かった……聞かせてっ!」

 覚悟を決めたような目で見つめられながら、そう返答されればしょうがないか。

 ふぅ~……

 俺は深呼吸を一つしたのち、ヤーゴフさんから聞かされた内容をフェリンに伝えた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「つまり、私達が転生者を呼び込むことによって、逆に苦しんでいる人達も大勢いるってことだよね……?」

「話の内容から言えばそうなるね」

「転生者を公言している4人かぁ……」

 フェリンには厳しい内容だっただろうな。

 本来ならリーダーポジションのアリシア様か、冷静沈着に物事を判断できそうなリステ様にまず話すべき内容だ。

 良くも悪くも常に陽気で、楽天家っぽい雰囲気のあるフェリンには向いていない話だろう。

 でも本人が聞くことを望んだんだ。

 なら可能な限りは情報を伝えておこう。


 そう思って俺は手帳を取り出す。

 ここには以前ヤーゴフさんから聞いた内容を詳しくメモしてあるから、具体的な名前を出せばフェリンの持つ知識に何か引っかかるかもしれない。

「俺が聞いた印象だと厳密には3人……いや、2人かな? 1人は獣人を守っているという印象をもったし、もう1人は喧嘩を売られて対処しているだけって感じだった。だから情報だけで言えば、力で暴れまわっているヴェルフレア帝国ってところにいるシヴァって転生者。あとは転移とか転送系だと思うんだけど、それで荒稼ぎしまくっているアルバート王国のマリーっていう転生者の2人が特に要注意人物って感じだね」

「うーん、そんな名前の転生者はいなかった気がするなぁ……」

「あーもちろんこの世界で出生しているんだから、親が名付けた名前、もしくは偽名というわけじゃないけど、別の名を使っている可能性もあるよ」

「そっか」

「それでまずフェリンに理解してもらいたいのはね。人には人が作った法という縛りがある。その法は俺のいた地球だと国によって微妙に違うんだけど、この世界だとそれがどうなっているかは分からない」

「うん」

「で、問題なのは聞く限りだと好き放題やっているこの二人も、法を犯しているかとなると微妙なんだよ」

「なんで? 悪いことはしているんでしょ?」

「良いか悪いかなんて個人の主観だからね。例えばヴェルフレア帝国にいるシヴァっていう転生者も、攻められている他国から見れば容赦の無い殺人鬼かもしれないけど、その国に所属する人間から見れば、自国の領土を拡大してくれる英雄かもしれないんだよ。俺がいた地球は表面上平和だったからあまり詳しくないけど、戦争なんてそもそも人間同士の殺し合いが前提なんだから、敗戦国が悪者にされて終わるっていうのが一般的なんじゃないかな? フェリンも長くこの世界を見てきたなら、転生者に関係無く国同士の領土を賭けた争いなんて今までいっぱい見てきたでしょ?」

「うん。しょっちゅう国の名前が変わってたし、境界も頻繁に変わってたと思う」

「だからこのくらいの文明なら尚更に、良し悪しは別として戦争は結構当たり前だと思うんだよね。人間って基本的には欲の塊だからさ」

「なるほど……も、もう一人の転生者は?」

「アルバート王国のマリーなんかはさらに法に触れていない可能性が高いんじゃないかなって思うよ。自身の能力を活かして世の中を便利にする。人に役立つ物を作り出して世界に広める。これは悪いことでもなんでもないし、その繰り返しが文明の発展に繋がっていくっていうのは分かるよね?」

「うん、それは分かる」

「ただそうやって便利な物が誰かの手で生み出されれば、その影響で需要が減少した仕事に従事していた人達の収入が途絶える、仕事を失うなんていうのは当たり前のことなんだ。だから皆競争して他に負けないようにと、切磋琢磨して頑張るのが地球の今の社会なんだよね」

「ということは2人とも悪くないの?」

「悪いか悪くないかはさっきも言ったように主観的なもの。だから客観的に裁けるよう、予め決められた法というルールによって判断される。そしてその法は国によって違う可能性があるし、俺はこの世界の法なんてよく分からないから、今の段階ではなんとも言えないっていうのが正直なところだよ」

「……」

「だからもし、この話がリアに伝わって神罰なんて話になろうものなら、最悪は人間のルール内なら問題無いって人を裁いてしまう可能性もあることは分かっておいてほしい」

「そっか……」

「もちろん人間の作ったルール以前に、その上に立つ女神様達が絶対のルールだというなら俺は何も言わないけど、一度その流れで殺されかけた身としてはあまりお勧めしたくないね」

「分かった……絶対リアにバレないようにする!」

「うん。じゃあここまで分かったなら次からが本題だ」

「……覚悟はできてるよ」

 その顔を見て俺も頷く。

「俺に情報提供してくれた人はただ戦争をしている、富が一部に集中していることを嘆いているわけじゃないんだ」

「どういうこと?」

「この二人に限らずだけど、転生者の能力はこの世界の住人ではほぼ到達しえない領域まで突出してしまっている。そうだよね?」

「うん……私達が最大レベルで望むスキルを与えてたから……」

 結局はここだ。

 酷な話だが、女神様達がこの世界をなんとか良くしたいという思いが裏目にも出てしまっている。

「例えばの話だけど、この世界に住む住人達とは掛け離れた能力を持って生まれた自称異世界人、転生者が現れたらこの世界の人達はどう思う?」

「え? 羨ましい?……違う妬ましい……のかな? 人によって違う?」

「そうそう、人によって違うってのが正解。決めるのは住人達の主観なんだから、結局のところその能力の使い方次第なわけで……それで得をする人が多ければ称賛されるし、恨まれることが多ければ疎ましく思われる」

「……」

「じゃあ、さっきの二人に今の内容を当てはめてみたら?」

「戦争で人をいっぱい殺す……皆ができない方法でお金をいっぱい稼ぐ……前の人は凄く疎まれているし、恨んでいる人も凄く多そうな気がする」

「被害者が多ければ多いほどそうなるだろうね。聞いた話が本当であれば相当なものだと思うよ。女子供にも容赦ないって言ってたから」

「―――ッ!?」

「それに後者のマリーって人も、その富が国なり領土なり、広範囲に恩恵があればまた違うと思うけど……どうも話を聞く限りは富を個人が独占しているっぽいんだ」

「それじゃ……」

「うん、そんなことやってたら疎まれるよね。おまけに最終的な目的は他国の領土みたいだから、俺のいた地球に近い経済戦争みたいなことをやっている」

「……」

「俺に情報を提供してくれてた人が危惧していることは、今のこの世界が異世界人と公言している人達を中心に回ってしまっていること。それも実質はたった3人だ。この3人が飛び抜けた能力で覇権争いをしていて、元いた住人が太刀打ちできるわけもなく、その争いに巻き込まれてしまっている」

 最も核心に触れる部分を伝えたことによって、フェリンは両手で顔を覆い項垂れてしまうも、俺はなんと声を掛ければいいかが分からない。

「私達、失敗しちゃったのかな……」

「もし今言ったことが現実だったとしても、全てが失敗だったというわけじゃないよ? 実際に地球の知識が落とされている様子はあるんだから。だから……さっき俺の心を覗いたんだし分かるでしょ?」

「うん。能力を与え過ぎた……それが原因」

「そうだね。正直なところ2人の気持ちだって分からないわけじゃないんだ。いきなり不相応の力を与えられれば、その力を使ってどこまでやれるか試したくなる。能力を与え過ぎればそんな人間も生まれやすくなるんだから、せめてこの世界の住民の中では高い部類の水準くらいに抑えるとか、文明の発展には繋がりにくい武力に繋がる能力は与えないとかさ。長い目で見ているなら、余計にそういった配慮は必要かもしれないね」

「……ここら辺だけでも皆に話したいけど、やっぱりダメかな?」

「うーん……近々転生者を呼び込む予定があるなら別だけど、そうでないならまだ止めておいた方が良いんじゃない? なんでそんな話になったってなるだろうし」

「そっか。そうだよね」

「それに本音を言えば、この話をされると俺も女神様達に目を付けられそうで怖いんだよ。俺自身にもよく分からない能力があるわけでしょ? 転生者と転移者って違いはあるにしてもさ」

 さっき心を覗かれたんならフェリンは分かっているだろう。

 俺が自分の強さを何よりも優先する、好き放題やっているやつらと同じタイプであることは。

 だったら先に芽を潰しておくというのも有り得る話だし、俺が逆の立場だったらそうしようと思ってしまう。

「ロキ君は違うじゃん! 相談にも乗ってくれてる! ロキ君が強くなることに拘っているのは分かっているのに、それでも私達にこうして付き合ってくれてる! 【神通】だって結局私達の話を毎日聞いてくれてばっかりで……ロキ君に質問させようともしないで……エグッ……本当に駄目な女神で……ヒグッ……ごめん……」

 その姿を見て、自然と俺は椅子から立ち上がってしまった。

 女神様を抱き締めるなんて大それたことはできないけど……せめて、背中くらいは摩ってあげよう。

「打算で動くことが多い俺はそんな善人じゃないし、それは女神様達も分かっているはずだよ。だから今日も【読心】を持ってきたんだと思うしさ。そんな気に病む必要は―――」

「違うっ!!」

「えっ?」

「そんな……ロキ君を疑って【読心】を持ってきたんじゃないから! そんなんじゃないからっ!!」

 ……違うのか?

 リアは多少改善されたかもしれないけど監視だって公言していたし、フィーリルもよく分からないけど何かのスキルを最初に持ち込んでいた。

 魔物のスキルを得られてしまう上に、何よりも強さを求めている俺が危なっかしいのは自分でも自覚しているわけだから、【読心】くらい持ち込まれて警戒されるのもしょうがないと思っていた。

【神通】だってそうだ。

 追々確認していきたいことはあるにしても、現状安全重視で進行しているわけだから、早急に確認しなければいけないことなんてほとんど無い。

 逆に女神様が聞きたいことに分かる範囲で答えてあげていた方が、怪しい俺の印象も少しは良くなるかなと思っているわけだし……


(友達……友達か……)


 フィーリルとのやり取りを思い出す。

 不自然に好感度が高いと感じるのは、俺が転生者ではなく『|転《・》|移《・》|者《・》』だから。

 自由とまではいかないにしても、俺くらいしか女神様達と自然に話す人、話せる人がいなかったわけだから、永遠とも言えるような長い年月を6人だけで過ごしてきた女神様達にとっては、仮に望んでも手に入らなかった存在が俺なわけだ。

 だから|友《・》|達《・》という言葉を使った。

 そしてフィーリルも頷いてくれた。

 だが……友達に【読心】を使ってまで警戒するだろうか?

 人によるだろうけど、少なくとも俺なら友達を警戒はしない。

 そもそも警戒するくらいなら友達とは呼ばないはずだ。

 あくまで友達と言ったのはフィーリルだけであるが、もしフェリンが違う考えだとすれば……【読心】を使ってまで知りたいこと……その必要性……特別を喜び、結婚を自慢しようとする……いやいやいや、まさかまさか。

 さすがにそれは自信過剰というものだし、身分不相応にも程があるだろう。

 そもそもとして、そこまでに到達するほどの何かをした記憶が無い。


(ふぅ~……落ち着け俺。今は自分のことよりフェリンのことだろう)


 そう思ってフェリンを見ると、なぜか先ほどより縮こまっているし、どうも耳が赤い……ような気がする……

「と、とりあえずさ、俺は気にしていないから元気だして?」

「うん……ごめんね……ごめん……」

「フ、フェリンの良い所は明るくて元気なところなのに、いつまでもそのままじゃ勿体無いよ?」

「ッ!?……またそういうこと言う……うぅ……うぅ―――!! 今日はもう帰る! 明日元気になったらまた来るからっ!!」

「え? あ、うん……」

 そんななんとも言えない返事をしている最中に、フェリンの身体は青紫の霧へと変わっていく。

 そして数秒後に消えたあと、思わずベッドに寝ころべば、ベッドの一部にはフェリンの体温が感じられた。


「はぁ……マジかよ……」
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ご覧いただきありがとうございます。
現在ストーリー進行している区間ですが、内容的には重要なものの、どうしても戦闘、育成面から長く離れるタイミングなので、今のところの作中で一番グダりやすい部分だと作者が認識しています。

なので一時的に更新頻度を加速させます。

明日の90話~100話くらいまで1日2話投稿にして5章直前までもっていきますので、ほのぼのした展開が好みの方はそのままに。
女神いらんから戦闘と育成早くって方は5章まで寝ながらお待ちください。
途中の重要な要素がいくつか抜け落ちますが、130話くらいから色々と本格的にストーリーが動きますので、それまで寝てても良いと思います。

※時間は固定19時とそのあとにもう1つで、追加の方は20時か21時か、どちらかで時間未定です。本日1話目です。
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90話 複雑な心境

 ベザートの中心部から少し外れた広場。

 そのベンチに座り、どう見ても焼きトウモロコシっぽい物を食べながら中空を見上げ、そして思案する。


(うん、これもやっぱり凄く甘くておいしい。フェリンに一度食べさせた方が良いやつだな)


 いつも通り教会が鳴らす朝の鐘で起床した俺は、宿で朝食を摂った後に急ぎですることもないため町をブラブラ。

 一応ハンターギルドに立ち寄ったら、アマンダさんから飲み会は今日の夜だと知らされたので、それまで手持無沙汰になっていた。

 だから飲食店を見つけては、フェリンと一度入ってみようか。

 屋台で見慣れない食べ物を見つければ、フェリンにも食べさせてみるか。

 変わったジュースが売られていれば、フェリンは飲み物にも興味があるのかと。

 朝からそんなことばかりを考えてしまっている。


「おかしいな……俺が飛んだ先って、斜め上な恋愛ゲームの世界なのか?」


 思わず疑問が口から零れ落ちてしまった。

 俺は別に鈍感じゃない……と思う。

 営業職をやっていれば、そこら辺の人の機微には自然と聡くなる。

 得意とは思わないが、仕事上出来なきゃお話にならなかったんだから最低限は身に付いているはずだ。

 その経験から言えば――

 フェリンは俺に『|恋《・》|心《・》』のようなモノを抱いている気がしてならない。

 人と同じとしか思えない感情を持っているのだから、女神様達に恋愛感情があってもおかしな話ではないだろう。

 だが……なぜそんなことになったのか。

 これがまったく理解できない。

 フェリンと会ったのは1度だけ、しかも魂だけが運ばれた神界での話だ。

 その前後で何度も【神通】を使って話はしていたけど、その程度で恋心なんて抱くものだろうか?

 何か裏がある? 罠?

 いやいやいや……さすがにそれは無いよな。

 わざわざ女神様自身がハニートラップなんぞ仕掛ける意味も無いだろうし。

 あるとすれば、今後俺が異世界人だとバレた時にどこかの国が仕掛けてくるかもという、ヤーゴフさんが指摘していた勧誘のパターンだろう。

 それならハメようとしてくるのは普通の人であって女神様なわけがない。


(参ったな……どんな顔してフェリンに会えばいいのか……)


 今まで通り普通でいようとは思うものの、不安で思わず頭を抱えてしまう。

 女神様達は手が届くことを欠片も想定していない存在だった。

 それこそアイドルや芸能人、はたまたアニメに登場するようなキャラと同じ類。

 だから素直に綺麗や可愛いと言えたし、その言葉を恥ずかしいとも思わなかった。

 だが、身近になり、変に意識してしまうと俺は何も言えない。

 途端にコミュ障が表に出てきてしまうのは、職場にいた綺麗どころの事務員さんで経験している。


(はぁ~……まぁ、深く考えないようにするしかないか……)


 俺は恋愛ゲームがやりたいわけじゃないんだ。

 イチャコラしてたら誰かに殺されましたなんて、そんな展開はまっぴらごめんだ。

 理不尽な力に屈したくはない。

 そのために強くならなければならない。

 そして強くなる土壌がこの世界ならばある。

 職業に就けないという大きなハンデがある以上どこまでいけるかは分からないけど、それでも努力すれば間違いなく強くなれるんだ。

 なら……

(ロキ君ー! 昨日はごめんね! 今から【分体】出すから宜しく~!)

(……)

 思わず辺りをキョロキョロと見渡せば、数人の子供達が遊んでいる姿を視界に捉える。

(マズい! こんな場所で【分体】出されたら騒ぎになる!!)

 咄嗟に立ち上がった俺は、焼きトウモロコシを持ったまま、急いで人の目に触れない建物の陰へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「うわ~! いっぱいあるね~! どれから食べようかな!」

 降臨して早々に、俺の持つ焼きトウモロコシに興味を示したフェリンは、色々な食材を食べてみたいとご所望された。

 だから買った。

 買い漁った。

 それこそ屋台の品を手当たり次第に。

 そして広場に戻ってそれを並べているのが今の状況である。

「好きなの食べていいよ。ちなみにさっき俺が食べていた焼きトウモロコシっぽいのは、地球のより甘くて美味しかった」

「ほぉ~地球のより美味しいって、なんだか女神としては誇らしくなっちゃうね!」

 そう言って俺に笑顔を向けるフェリンの姿に、昨日漂っていた悲壮感の影は見られない。

 逆に眩し過ぎて直視できないくらいである。

「……良かったよ。元気になってくれて」

「はは……本当に昨日は恥ずかしい姿を見せてごめんね」

「うん、まぁ……女神様達にとっては受け止めづらい話だったと思うしさ」

「あれから一人で考えたんだけどね。今度は私自身が直接世界を見て回ろうかと思ってさ。そう考えたらクヨクヨもしていられないなって」

「えっ? それって大丈夫なの?」

「【分体】を下界に降ろしている時点で今更じゃない?」

「う、う~ん……そう言われればそう……なのかな?」

「今まで私達はこの世界を管理している気になっていただけなんだ。ただ上から漠然と眺めているだけ。だから自分達でやった結果がどうなっているかも把握できていない。なら私自身の目で確かめるよ! そうすればロキ君以外の転移者だって見つかるかもしれないし、この国の食糧事情だってもっと詳しく分かるはずだしさ!」

 確かに言っていることは間違っていない。

 現状打破のために施策を講じたなら、その経過や結果も確認しなければ意味は無い。

 それを女神様達が怠った、というより神様のルールに縛られていた結果が、ヤーゴフさんが懸念している今の現状に繋がってしまっている。

 もっと早い段階で気付いていれば被害を抑えられたかもしれないわけだし、俺が感じたような解決策を自ら講じていた可能性だってある。

 だが……こう言っちゃアレだが、女神様達は|世《・》|間《・》|知《・》|ら《・》|ず《・》だ。

 6人だけの狭い世界で過ごしてきたから当然なのかもしれないけど、そんなフェリンが旅なんてできるのだろうか?

(ま、まさか……ずっと俺についてくるわけじゃ……?)

「あっ、ロキ君の邪魔はしないから安心してね! 私がずっとついて回ったって、【神眼】しか持たない【分体】じゃ邪魔なだけだろうし!」

「え……あ……」

「私達は食べなくても平気だし寝なくても平気。【分体】なんだから何かあっても大丈夫だし、移動先で【分体】の出し入れをしていけば、ロキ君をポイントにしなくても移動は可能だからね! 何より私【分体】でも強いし! ねっ? 大丈夫でしょ?」

「うん……大丈夫そうには思える……」

 ……なんだろうこの複雑な心境は。

 ホッとしている反面、いくら大丈夫と言われようが心配にもなってくる。

「ロキ君に甘えてばかりもいられないからね! この世界を終わらせたくないなら、ちゃんと自分でも頑張らなくちゃさ!」


 "|も《・》|う《・》|十《・》|分《・》|頑《・》|張《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》"


 そんな言葉が喉から出かかって、俺は止めた。

 フェリンは今までよりさらに、一歩踏み込んだことをやろうとしているんだ。

 それがこの世界のためになると思ってのことだし、内容を聞く限りはその通りにも思える。

 ならば全力で応援してあげよう。

 困ったことがあれば、可能な限りのアドバイスをしてあげよう。

「だから! 次はリステが降りるって言ってたけど、それまではロキ君にいっぱい付き合ってもらうからね!」

「そっか……分かったよ。既にお店の目星は付けてるから覚悟しておくんだね! あっ、でも今日の夜は飲み会があるから無理だけど」

「飲み会……? もしかしてお酒!?」


 まるで縁日に遊びに来た子供のように、暑い陽射しが降り注ぐ中、広場の片隅で目移りしながらアレもコレもと頬張るフェリンを眺めながら思う。

 何年かかるかは分からない。

 でもいつか、自分が満足するまで強くなったと実感できた時、こんな可愛い彼女がいたら――

 そんなゴールを見据えて頑張るのも良いかもしれない。本日2話目です。
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91話 書状と本題

 翌日。

(アァー……頭いてぇ……)

 机の上に置かれた腕時計を見れば、既に時刻は11時過ぎ。

 こんな遅い時間に起きたのは転移してから初めてだ。

【毒耐性】ってアルコールに対しては効果無いんだなぁと思いつつ、フラついた足取りで宿屋の一階へ降りていく。

 中庭に向かい顔を洗おうとすれば、そこには洗濯物を干している女将さんの姿が。

「女将さんすみません……朝ごはんせっかく用意してもらったのに、豪快に寝坊してしまいました」

「珍しいねぇ。って坊や、顔色悪いけど大丈夫かい?」

「昨日初めてお酒を飲みまして。こんなお酒に弱い身体だとは思わなくてビックリしましたよ……」

 酒に弱い身体というより、まだ身体が小さすぎるというのが正解かもしれない。

 昨日の飲み会は……まぁ良い人生経験になったのかなと思う。



 言われた通り、夕刻の鐘が鳴った後にギルドへ行けば、俺の計画に参加してくれたハンター達が待ち構えていた。

 その出席率は推定120%超。

 なぜか風呂イベントで見かけた誰かの奥さんや彼女さんらしき人達も混ざっていたが、細かいことはたぶん気にしてはいけないんだと、俺は何も言わずに皆の後をついていった。

 一行が向かった先は、大通りから一本裏に入った1軒の酒場。

 そこは貸し切りにされていたのか、俺達が入った時には誰もお客さんがおらず、入って早々に皆が思い思いの席へ着いていく。

 といっても基本はパーティ単位のようだったので、俺は自然な流れで一人身のアルバさんと共にカウンターへ。

 そしてハンターではない数人の女性も、空いた席を求めてカウンターに座ったと記憶している。

 アルバさんに促されて俺が簡単な挨拶をし、ミズルさんからなぜか俺個人の収支報告を求められ、まぁいいかと発表したら大半が椅子から転げ落ち――

 そこからの記憶はあまり無い。

 運ばれてくる怒涛の料理と酒。

 目の前に置かれた子樽のようなジョッキの中身を見て首を傾げていると、それは『エール』だとアルバさんから教えてもらった。

 当然俺は感動した。

 これが噂の『エール』か、と。

 が、口をつけてすぐ常温であることに落胆。

 我慢して飲んだものの、ビールのような喉越しが無い。

 周りの野郎どもが気持ち良さそうにガブ飲みしているのに、夏に飲む、あのビールの味わいを知っている俺はその中に混ざれない。

 そんな意気消沈している俺に声を掛けてきたのは、横に座っていた誰かの奥さんか彼女さんだった。

 俺が正直にあまり美味しくなかったことを伝えれば、子供だからしょうがないかと笑いながらも、ならワインはどうか? と提案してくる。

 そして差し出された赤ワインを飲めば、これが結構イケた。

 そこまで現代のワインと差が感じられなかったからだ。

 だから飲んだ。勧められるままに。

 途中で店内の奥からデカい樽が転がされてくるのが見えた。

 そこにジョッキを突っ込み、思い思いにガブ飲みしている姿を見て、あんな豪快な飲み方もあるんだなと。

 フワフワした気持ちで眺めていて……

 ――ウン、記憶があるのはこのあたりまでだな。

 その後はどうやって宿屋に帰ったのかすら覚えていない。

 咄嗟に腰回りを弄れば、いつもの場所にお金の入った革袋はぶら下がっていた。

 中身を見ると、それなりに軽くはなってはいるけど、それでもまだしっかり残っている。

 ということは40人くらいの団体さんでも20~30万ビーケ程度で済んだということだろうか?

 まぁ足りたんならそれでいいか。

 ワインはそれなりにイケるけど、エールは口に合わない。

 そしてこの身体じゃすぐに酔っぱらって記憶が飛ぶ。

 些か高い勉強代だったが、これが分かっただけでも良しとしよう。


「まったく……どうせ他のハンター連中に飲まされたんだろう? 先に食堂行ってな! 干し終わったら冷たいお水でも出してあげるから」

「あ、ありがとうございます……」


 ごめんなさい。

 ハンターじゃないんだ。

 ちょっと可愛い誰かの彼女か奥さんに注がれて、気分良く酔い潰れましたとは決して女将さんには言えなかった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 昼にフェリンと今更な飲食店の新規開拓をした俺は、その場で別れた後ハンターギルドへ足を運んでいた。

「アマンダさん、ヤーゴフさんへ取り次ぎをお願いします~」

「ギルマスは部屋で待っているはずだから、そのままついてきちゃっていいわよ」

 飲み会が予定通りの日程だったので、ヤーゴフさんへの訪問は今日の昼過ぎに指定していた。

 たぶんベザートを出ることに関してだとは思うけど、それ以外にも何かあるのだろうか?

「マスター、ロキ君がお見えですよ」

「入ってくれ」

 そう言われて中へ通された部屋は―――うん、相変わらずだな。

 というより、木板の数が増えている気もする。

 俺のせいじゃないと思うが……


「ロキのせいで仕事量が凄まじい。大幅に利益が向上したから文句も言えんがな」

「それ、文句を言われているのと変わらない気がするんですけど……?」


 そんなやり取りをしながら揃ってソファーに座ると、相変わらずのスピードでアマンダさんが紅茶を持ってきてくれる。

 蒸らすとか時間を置く工程は無いのだろうか? と少し疑問に感じるが、飲めば普通に美味く感じるんだから何も問題無いのだろう。

 なぜか俺の横に自然と座るアマンダさんにまたかと思いつつ、まったりお茶タイムを楽しんでいたら、ヤーゴフさんからストレートな質問が飛んできた。

「で、いつベザートを発つんだ?」

「ブホッ! ははは……さすがなんでもお見通しですね……」

「ルルブから帰ってきたんだ。となればこの町から通えるそれ以上の狩場は無いし、どうせ次はマルタへ行くのだろう?」

「もうその通りなんですけどね。予定ではあと4日くらいで武器が出来上がるので、その次の日……5日後くらいですかね?」

「ふむ。確か武器の金は1700万ビーケくらいだったか?」

「そうですね。それでお釣りが出るくらいだと思います」

「あとは一応確認だが、本当に拠点を移すつもりはないのか?」

「えぇ今のところその予定はありませんが……」

「そうか、ならこれで問題無いだろう」

 そう言って渡されたのは一枚の……羊皮紙?

 木板じゃなく貴重な紙!?

 思わず動揺して言葉が出ない俺に、ヤーゴフさんは言葉を続ける。

「内容はロキのハンターに関する内容を纏めた書状だ。もちろん異世界人、転移者ということは伏せているが、現在のランクやギルドに預けている金額、あとは今までの功績を簡単にだが載せている」

 そう言われて羊皮紙に目を通すと、まず目に入ったのは『Dランクハンター』という文字。

 なぜかEランクじゃなくDランクになっていらっしゃる。

 あっれー? と思って革袋をゴソゴソすると、ギルドカードに書かれている文字は確かに『E』だ。

「ルルブであれだけの魔物を狩ってきたんだ。Dランク昇格基準には確実に該当しているんだから、後でカードを交換してもらってこい」

「本人へ伝わる前にランクが上がることもあるんですね……」

「普通は無いがな。だがロキの場合は過去にも同様のことがあったと思うが?」

「た、確かに!」

 そういえばそうだった。

 Fランクに上がった時も、受付に顔を出さなくて6日前にFランクになりましたとか、ぷりぷりしたアマンダさんに言われたんだった。

 しょうがないよね、狩りで忙しかったんだから!

 そしてそのまま読み進めていくと、『預け金:3971万8800ビーケ』というだいぶビッグな金額が記載されている。

 これは――……

「ルルブの最終日も含めた金額から武器代の1700万ビーケ、そしてギルド員へのボーナス300万ビーケを引いた総額だ。今ある手持ちでも当面やり繰りはできるのだろう?」

 そう言いながら俺の腰にぶら下がった、こんもり気味の革袋を見るヤーゴフさん。

 えぇおっしゃる通りでございます。

 たぶんこのお金だけで、3ヵ月くらいはまったく問題無く過ごしていけそうです。

 しかしこれで危惧していた問題が一つ解決されたな。

「このように書かれているということは、|預《・》|け《・》|金《・》|は《・》|町《・》|単《・》|位《・》|じ《・》|ゃ《・》|な《・》|い《・》ということですね?」

「もちろんだ。以前も言ったようにハンターギルドは国を跨いだ組織だからな。この書状を渡せば、どこのギルドでも預け金は引き継ぐことができる」

 これは心配していた部分だった。

 もし別の支店にそのまま移せなかったら、一度預け金を現金化しなければならない。

 そうなるといつベザートを発てるのか分からなくなっていたところだ。

 最悪お金だけはそのまま残しておくという選択も考えていただけにこのシステムは物凄く助かる。

「さすが仕事がお早い。異世界人もビックリですよこれは。でも貴重な羊皮紙なんて使うものなんですか?」

「それはボーナスを貰ってしまったからな」

 そう言ってニヤリとするとヤーゴフさんに本来の手順を聞いてみると、ギルドでは移動する人の情報を纏めた木板を積んで、不定期にギルド専用馬車を走らせるらしい。

 ただその手順を踏んでしまうと、移動先にそのハンターの情報が届くまで距離に応じた相応の時間が掛かってしまうため、ギルドカードで依頼を受けることはできても、その間の功績が上積みされなかったりと不都合が起きる場合もあるらしい。

 なので羊皮紙を使ってハンター自身が次の町で自分の情報を伝えるというやり方は、基本お金を持っている上位ランクハンターが行う方法なのだそうだ。

 当然EランクやDランク程度でこんなことをやるやつはまずいないらしい。

 なるほど、ボーナス効果抜群である。

「凄く助かります。それじゃこれは有難く、マルタのギルドへ提出させていただきますね」

「そこなんだがな。マルタのギルドに出すかは慎重に判断しろよ?」

「えっ?」

「長く滞在するなら構わないが、すぐまたどこかへ旅立つとなれば、再度このような書状を用意してもらうことになる。その時には金がそれなりにかかるぞ? 通常の方法でも構わないなら気にしなくていいがな」

「なるほど……」

「マルタに行けば分かることだが、あそこから行ける狩場は『Fランク狩場』が1つ、『Eランク狩場』が2つ、そして『Bランク狩場』が1つだ」

「Bランクですか!」

「そうだ。ロキならマルタのFランクはもちろん、Eランクの狩場二つもまず問題は無いだろう。だがBランクとなればな」

「確かに……まずDランク成り立ての僕じゃ、いつぞやの特例を使ってもBランク依頼を受けられないですしね」

「さらに先へ進めば、リプサムという町にDランク狩場があったはずだ。だからマルタでこの書状を使うかはロキに任せる」

「さすがヤーゴフさんです! ありがとうございます!」

 マルタに行ってみないとなんとも言えないところだが、既にEランク狩場のルルブで現実的に上げられるレベルを上げてしまっているんだ。

 FランクとEランクの狩場はスキル取得目的だけで行く可能性が高い。

 それにCランクを目指す上での功績となると、Eランクの魔物をいくら倒したところであまり意味が無いように感じる。

 となると、Bランクの狩場で魔物が倒せるかどうか、か。

 ……いやー無いよね。さすがに無い無い。

 いくらなんでもいきなりBランクは背伸びし過ぎだろう。

 ゲームじゃないんだから、背伸びしてうっかり死んじゃいましたではお話にならん。

 となるとヤーゴフさんが言っていたように、Dランク狩場がある場所までこの書状は温存しておいてもいい気がする。

 お金に困っているわけでもないし、路銀が足らなければ現地調達だってできるわけだしね。


 そんな考えを巡らせていたら、ヤーゴフさんが紅茶のカップを置きながら話の流れを変えてきた。

「とりあえず書状の件はこれで終わりだ」

「ん? とりあえず?」

「あぁ。次がロキを呼んだ本題でもあるんだが……マルタに行く時、横にいるアマンダを一緒に連れていってほしい」

「……へっ?」

 ど、ど、ど、どういうことでしょう?

 アマンダさんと二人旅なんて、俺が襲われそうで物凄く怖いんですけど!?

 横目でチラッとアマンダさんを見れば、物凄い満面の笑顔を返されてしまう。

「そう警戒するな。ロキにとってもプラスになる話のはずだぞ?」

 そういってヤーゴフさんが机の引き出しから取り出したのは――


「えっ? これはまさか……|ボ《・》|ー《・》|ル《・》|ペ《・》|ン《・》!?」


 いつぞや地球産の物を見せ、その時に再現できる可能性が一番高いとされたもの。

 そのボールペンに近い存在がローテーブルの上に置かれていた。本日1話目
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92話 製品開発顧問

「あれから【加工】や【細工】といったスキルのレベルが高い職人達にも手を借りてな。やれる限りの再現をしてみたつもりだ」

「お、おぉ……手に取って見てもいいですか?」

「もちろんだ。意見を聞かせてほしい」

 そう言われて恐る恐る掴み取ると、形状はまさしくボールペンそのものだ。

 本体部分は木材を削り出すことによって上手く再現されている。

 グリップ部分はないが、握っても特段の違和感は無い。

 だがこのボールペン……とにかく|デ《・》|カ《・》|い《・》。

 地球にあった極太マジックペンのような太さがあり、ズシリとした重みを感じる。

「やっぱり一番の障害はここですよね?」

そう先端部を指差しながら問えば、渋い顔をしたヤーゴフさんが深く頷く。

「先端の球体部、あの構造自体はロキの説明から理解できても、あそこまで小型化するなんてことはこの町の職人でもまったくもって無理だった。結果全体を大きくすることで無理やり合わせた形だ」

「なるほど……」

 あーでもないこーでもないと、現物を皆で見ながら構造を解説したあの夜を思い出す。

 本当は順序で言えば万年筆が先だろう。

 だが漠然とした製品のイメージはあっても、無知の人間に一から解説できるほどの知識なんて俺は持ち合わせていなかった。

 技術屋じゃない俺は、結局今その場にある現物に頼るしかなかったんだ。

 疲労が色濃く残るヤーゴフさんの表情を見て、酷なことを伝えてしまったかなと思いながらもボールペンの目的。

 インクが出て普通に書けるのかどうか、その対象を求めてキョロキョロしてしまうと、仕事のできるアマンダさんがいつの間にか立ち上がっており、手には木板が握られていた。

 本当にヤーゴフさんといいアマンダさんといい、さすがである。

 渡されたソレにボールペンを走らせれば――

「おぉ! すごっ! 普通に――あ、いやちょっと引っかかってる感じはするけど、それでもちゃんと書けてるじゃないですか!! これは凄いです!!」

「ちなみに先ほどロキに渡した羊皮紙の内容も、このボールペンで書いた物だ」

 そう言われて咄嗟に羊皮紙を見れば、掠れたり急に太くなったりとインクの出方は安定していないものの、ちゃんと読める文章が書かれている。

「うん、インクの多いところだと乾くまで少し時間がかかりそうだけど、それは羽根ペンだって変わらないことだし……これなら十分実用性があると思いますよ」

「そうか……ロキにそう言ってもらえると安心できるものだな……」

 そう言いながら椅子に深くもたれ掛かるヤーゴフさんを見ていると、ここに到達するまで様々な苦労があったことが推察される。

 ただでさえ忙しそうな人なんだ。

 自分の時間を削ってでも、ボールペンの完成に注力してきたのだろう。

 となると、俺もより高い完成度のために何かアドバイスできることはないだろうか……

「ちなみに、どの程度使用できるかは試されました?」

「いや、そこがまだなのだ。この形が出来上がってからそう日が経っていないものでな。ここ3日ほど使ってもまだ使用できることは見ての通りだ」

「ふーむ。その間インクが出なかったことは?」

「片手で収まる程度だな。強く振ればまたインクが出始めたが……1度インクが滴り落ちたこともあったし、まだまだ改良の余地は多くあると思っている」

 最近のボールペンでは感じたことが無いけど、昔――それこそ俺が小学生くらいの時は、安物のボールペンだとインクが残っているのに出なくなることがちょくちょくあった気がする。

 まずここが障害として出てくるだろうなとは思ったが、やっぱりか。

 ただ3日で数回程度。

 それで羽根ペンよりだいぶ使いやすいとなれば十分じゃないのか?

 現代人が使えば、そりゃデカいし滑らかじゃないし掠れるしで不満も出るだろうが、羽根ペンしか知らない人達なら画期的なペンにしか見えないだろう。

 あとは作り手のスキルや技術次第なところがあるんだろうけど、ここから徐々に製品の質を高めていけばいい。

「これは……この先端の部分を外すと中が見えるんですかね?」

「そうだ。ロキの持っているボールペンのように、何度も回して取るという構造を再現するのは至難でな。半回転ほど回せば外れるようになっている」

「ほうほう」

 言われた通り少し回してみると、パズルのように半回転ほどで下に抜けるよう木が彫りこまれており、作りからしてもネジのように回す現代品よりは簡単に見える。

 だがこんなもの、滅多に外れなければそれでいいわけだしな。

 問題無いとばかりに引き抜いてみれば、大半が黒く変色した茎のようなものが先端部分と繋がっていることが確認できる。

「これが構想にもあった何かの茎ってやつですか」

「あぁそうだ。それしか『筒』というもののイメージが湧かなかったのでな」

「難点はインクの残量が見えない、あとは――この茎がどれくらいもつか、この茎の供給量、ですかね」

「その通り。量自体はその辺りにも生えている草だから然程問題視していないが、どの程度でこの茎が腐って使い物にならなくなるのかがまだ分からない。残量もロキの所持するボールペンと違って透けて見えるわけではないから、インクがどれほど残っているかを把握するのは今の段階だと無理だな」

 ふーむ。

 茎だけがどれくらい長持ちするかなんて、人生経験でも試したことが無いから分からんしなぁ……

 それに現代の半透明な筒なんて、まず石油が絡むような化学の分野で作られた素材だろう。

 この世界で再現は現実的じゃない……が……半透明……透明か……

「一応、この筒を透明にしてインク残量を見えるようにする方法はありますね。それにその方法を使えば――腐るなんて心配をする必要もなくなります」

「なっ……本当か!?」

「えぇ。ただコスト的にどうなるかは分かりませんけど、『|ガ《・》|ラ《・》|ス《・》』を使えば解決するんじゃないですかね?」

 そう言ってヤーゴフさんの背後にある窓ガラスを指差す。

 大きくはないが、宿屋の部屋にも、そしてこの部屋にも小窓程度の窓ガラスは備わっている。

 これももしかしたら、ガラス知識をこの世界に落とした転生者の功績なのかもしれない。

「確かに透明だ……そして腐ることもないな……となると、あの材質でこのような筒が量産できるかどうか、か」

「そうです。ただこの世界のガラス生産量や、加工できる職人がどの程度いるのかは僕じゃさっぱり分かりません。なので可能性としてというお話になります」

「ふむ……ガラスはオデッセン王国から流れてきてるはずだな……」

「ならギルドを通してでも情報を集めてみたらどうですか? そのガラスを作っている人は異世界人かもしれませんけどね」

「……なんだと?」

「現在作っている当人がそうかは分かりません。ただガラスという技術をこの世界に落としたのはたぶん異世界人……転生者じゃないですかね。透明なグラスや眼鏡なんて文明レベルのズレた物がこの世界にあるんですから」

「……」

 異世界人に良い印象を持っていないであろうヤーゴフさんにとっては複雑だろうな。

 毛嫌いしている節もあるけど、今はその技術に頼りたいとも思っている。

 そんなところだろう。

「僕自身がこの町しか知らないんでヘタなことは言えませんけどね。異世界人全てが悪い人というわけじゃないはずですから、広められているなら有効に活用したら良いと思いますよ?」

「……そうだな。今アドバイスを貰っている目の前の人間も異世界人なんだ。それなら一度オデッセンのギルドに確認をしてみるか」

「ははっ……それが良いと思います。それに上手くできたとしても素材原価は確実に上がるんですから、以前お伝えした通り、そんなのは普及した後の富裕層向けとか、上位互換として後から売り出せば良いんですよ。このままでも僕は羽根ペンなんかに比べれば遥かに優秀だと感じるんですから、筒の加工前にでも第一弾として売りに出しちゃったら良いと思いますけどね」

「やはり、動く前に相談して良かっただろう? なぁアマンダ」

「えぇ本当に」

「?」

「ロキ。話は最初に戻るが、アマンダとマルタへ一緒に行ってほしい。目的はマルタにある商業ギルド。そこにこの『ボールペン』を|商《・》|業《・》|登《・》|録《・》したいからだ」

「商業登録……? 伝わるか分かりませんが……特許のようなものですか?」

「まさに。登録すれば向こう10年は独占販売が可能になる」

「なるほど。商業ギルドにアマンダさんが代表として行くから、丁度良くマルタへ行く僕がついでに護衛しろってことですね」

「それはあくまでおまけだ。ロキもその時一緒に登録してもらう」

「ん?」

「見本となる現物を所持し、俺達に情報を提供、改善案や方策を練ってくれたのはロキだ。言い換えれば、ロキがいなければできようもない代物だったと言える。だから顧問料として売り上げの10%はロキ、お前の取り分として受け取るための登録をしてもらいたい」

「……へっ?」

「庶民にも行き渡るよう、そこまで価格を高くするつもりはないが……それでも数が捌ければそれなりの額になる可能性はあるぞ?」

「ちょ……えっ? ……その展開は予想していなかったんですけど!?」

「そう遠慮するな。その代わり、困った時にはアドバイスを貰いたいし、ボールペンとは別に何かこの世界の文明でも実現可能な妙案があればまた教えてほしい」

「……もしかして、拠点の話を最初にしたのってそのためですか?」

「それもあるな。もう二度とベザートに立ち寄らないとなれば、今後相談のしようもないわけだからな」

 そういって口角を上げるヤーゴフさんは、ある意味いつも通りで安心してしまった。

 俺が拠点を移すとなれば、残念ながらこれっきり。

 今後のアドバイスは無いかわりに、俺抜き、もしくは取り分を下げて商業登録するつもりだったのだろう。

 絶対ヤーゴフさんが地球に転移してきても、この人ならやり手のビジネスマンになるんだろうなぁ。

「分かりましたよ……まぁ僕はこれから世界を旅する予定ですから、いつ戻るとお約束はできません。ただいずれ必ず、僕は転移系スキルを取得して戻ってきます。そういうことでも宜しければ、顧問をお引き受けした上でアマンダさんをマルタまでお送りしましょう」

「取得方法すら解明されていない転移系か。ククッ……まさに異世界人という感じだな。まぁ良い、ロキがやると言ったらやるのだろう? 俺達はそれまでにボールペンの改良を重ねて、世の中の書き物に革命でも起こしてやるさ」

「ふふっ、それは良いですね。あっ、欲を言えば早く時計を広めてください。この世界は相手に時間を伝えられないのが物凄く不便なので!」


 その後もヤーゴフさんとの会話は続いていく――

 彼と話すと営業マン時代を思い出す。

 それは今のところヤーゴフさんとしかできないものであって、好きではなかったはずなのに、それが妙に心地良かったりもする。

 俺は当面戻れないだろうからと、所持していた地球にある紙の作り方。

 昔テレビで見た朧気な記憶を頼りに、木を細かく砕いてどこかでノリを混ぜること。

 今まで木の皿しか見たことはなかったが、それを鉄で作れば肉なんかは温かいまま提供ができること。

 暑くても扇ぐ物がベザートにはなかったので、団扇や扇子の形状、それを紙が無くても薄く引き延ばしした鉄で代用できる可能性があり、かつては武器になった時代もあることなど。

 今までの生活の中で感じた欲しい物を、この世界に在るか無いかは別として思いつく限り伝えていく。

 その内容にヤーゴフさんは目を丸くし、アマンダさんは必死に木板へ書き記していたのが印象的だった。本日2話目
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93話 現状のステータス

「雨だな~」

「雨だね~」

 今日は教会あたりにでも挨拶に行こうか。

 それともメイちゃん家に寄って丸薬の補充が可能か確認しつつ、ジンク君達の狩り予定日を確認しようか。

 そんなことを考えていたのに、本日は生憎の雨。

 しかも結構なザーザー降りである。

「ロキ君は今日どうするの?」

 そう聞いてくるフェリンは朝から俺の部屋に【分体】を降ろしていた。

 俺も町にいるわけだし、狩りで忙しい時じゃないならいいかと、特に気にしないようにしている。

「ん~狩りなら気にせず動くんだけどね。でもそうじゃないなら濡れるのは嫌なんだよなぁ……傘無いし」

 自分で言っておいてハッとする。

 そういえば傘の存在もヤーゴフさんに伝えた方が良いなと、ソッと手帳に書き記す。

 この世界の文明がどんどん発展すれば俺はそれだけ過ごしやすくなるんだ。

 開発に携わるくらいなら狩りをするが、アイデアを出すだけならいくらでもしてあげたい。

 上手くいけば俺にインセンティブも入るみたいだしね。

「そっか~じゃあ食べ歩きは無しだね」

「どこかで整理しなきゃと思っていたし、今日は部屋でのんびりするよ。食事も宿屋で済ますつもりだけど、フェリンもここの1階でご飯食べる? 昼でも言えば食事用意してくれると思うからさ」

「うんそうする!」

「オッケ~それじゃ女将さんに二人分お願いって言っておくよ。フェリンは今日どうするの?」

「私はパルメラの中に行ってくるよ! ロキ君が飛んできた場所って、ここから6日か7日くらい奥の場所でしょ?」

「出口が分かっていて一直線に向かったわけじゃないからなぁ。たぶん直線なら4日とかそのくらい? ほんと、たぶんだけど」

「なら昨日まで行ったところに【分体】降ろして、今日はもっと奥に行ってみよっかな! そしたら私足速いし、今日中にはそのくらい奥に着くと思うんだよね!」

「そっか。でも途中からとなると、靴無しになるんだよねぇ……」

 それがなんとも可哀想だ。

 森の中を素足で、しかもこの雨となれば泥だらけになることは間違いない。

「そこはしょうがないよね! 昨日も履いて帰ってこられないと思って裸足だったし、どうせ【分体】を引っ込めれば綺麗になるんだから気にしない気にしない!」

「ははっ、本当に便利なスキルだよね。でも気を付けてよ? 今日は【神託】無しで、そのままこの部屋に出てきちゃっていいから」

「りょうかーい! それじゃ行ってくるねー!」

 そう言って霧に変化しながら消えていくフェリンを見届けたら、1階で所用を済ませ、俺はボールペン片手にステータス画面を開いた。



 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:17  スキルポイント残:128

 魔力量:140/140(+28) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   68(+55)
 知力:   64(+11) 
 防御力:  62(+115)
 魔法防御力:62(+18)
 敏捷:   67(+66) 
 技術:   61(+16)
 幸運:   67(+20)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル   

◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv3 【棒術】Lv5 【短剣術】Lv2 【挑発】Lv2 【狂乱】Lv2 

◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv4 【魔力操作】Lv1

◆ジョブ系統スキル
【採取】Lv1 【解体】Lv2 【狩猟】Lv3 【料理】Lv1 【話術】Lv1

◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv3 【気配察知】Lv3 【探査】Lv1 【算術】Lv1 【暗記】Lv1
【視野拡大】Lv2 【遠視】Lv2 【俊足】Lv2  【夜目】Lv4 

◆純パッシブ系統スキル
【毒耐性】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv2 【魔力最大量増加】Lv2 【剛力】Lv1 
【疾風】Lv1 【鋼の心】Lv1 【物理攻撃耐性】Lv1

◆その他/特殊
【神託】Lv1 【神通】Lv2 

◆その他/魔物
【突進】Lv6 【粘糸】Lv4 【噛みつき】Lv5 



(うわ~ボーナスステータスとか、もう色々と分からんし……)


 明らかに失敗だ。

 せめて手帳とボールペンくらいはルルブの森に持ち込んでおけば良かった。

 半月近くも引き籠ったおかげで、色々なスキルを追加取得し、ステータスも上がっているのは良いんだが……

 各スキルが何のボーナス能力に対応しているのか。

 それがよく分からなくなってきていた。

 手帳を捲れば、最後にあるステータスの記録は、ルルブの森に行く前に残したレベル11の時のもの。

 そこから追加の取得スキルやスキルレベルの上昇が絡むのだから、もう何が何やらである。

 おまけに何かのスキルが数値を狂わしているのか、単純なレベル上昇値にもズレが生じてしまっていた。


(どう考えても1レベルが各種3の上昇になっていない。そいつは分かるが――何が原因だ?)


 そう思いながら電卓を叩いて計算していく。

 自然と机の上で手がカサカサと。

 気付けばタバコを探していることに気付き、おっと! と思って手を引っ込める。

 こんな時、地球ならタバコを吸う癖があったが、今はもう電池切れで吸えないし、吸ったところでこの身体じゃクソ不味いだけ。

 代わりに濃いめの果実水で口の寂しさを紛らわしつつ、とりあえずは新しく取得したスキルの詳細を確認していく。


【話術】Lv1 対話能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0

 ふむ。コミュ障の俺には地味に有難いかもしれないが、必須でもない。

 次。



【料理】Lv1 料理技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0

 これもあったらあったで嬉しいが、今は正直どうでもいい。

 次。


【剛力】Lv1 筋力値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0

 犯人はコイツか?

 この上昇値5がボーナスステータスの方ではなく、メインの方に振られているっぽい気がする。

 とりあえずあれば嬉しい。大歓迎なスキル。

 次。


【物理攻撃耐性】Lv1 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0

 あれば嬉しいんだが、【毒耐性】と同じで具体的な上昇数値記載がない。

これは耐性系統の決まり事なのかもしれない。

 次。


【鋼の心】Lv1 精神攻撃に対する抵抗が僅かに増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0

 ほほぉ……なんか面白いスキル。

 これもあると地味に嬉しいタイプだな。おまけに常時発動で魔力いらずだし。

 次。


【魔力操作】Lv1 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が5%減少する 常時発動型 魔力消費0

 抽象的な説明だけど、あると地味に恩恵のありそうなスキルっぽい。
 
 後半の魔法発動時間というのが再発動までのディレイを指すのか、それとも詠唱から発動までのラグを指すのか。

 どちらにせよ5%では体感できないと思うので、もう少しレベルが上がってから要検証。

 次。


【疾風】Lv1 敏捷が5上昇する 常時発動型 魔力消費0

 さっき確認した【剛力】と同種、内容からしてもそれの敏捷バージョンだろう。

 このスキルも大歓迎。

 だが、上昇値がちょっと微妙でスキルレベル振ってまでという感じでもないか。



 となると――……

 電卓を叩いては数値を書き出し、比較していく。


(んー? レベル11から各能力値の上昇が4に切り替わっていれば数値が合うかな……魔力も8上昇っぽいか)


 そこで判明したのは上昇値の変化。

 レベル1~10までは各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇していた。

 それが11~17現在までは各種能力値が1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけが8上昇となっている。

 となると、レベル20、レベル30と大台を超えた時、さらに上げ幅が上昇する可能性も見えてくる。


(つっても、強い人の具体的なステータス値が分からないとなんとも言えないんだよねぇ……)


 自分の能力値が相対的に見てどの程度なのか。

 これが分からないと今俺は強いのか弱いのか、どこまで能力値を引き上げれば強いと言えるのかの判断もできないが、もしかしたら追々分かる時が来るかもしれないのだ。

 その時のためにこの手の作業は重要だと思っている。

 ……散々狩りに没頭してサボった俺が言うことではないが。


 まぁとりあえずここら辺がルルブで未確認だった新規取得スキルだ。

 あとはルルブで魔物が所持していたスキルは予想通り大きくレベルが上昇しており、その他自然上昇で上がったスキルがいくつかってところだな!

 そして対象ボーナスはもう調べようがない。

 今度レベルが上がった時にチェックするしかないと諦めることにする。



 あとはついでにロッカー平原で取得していたけど、まだ詳細を見たことの無かったスキルもこの際全部確認してしまうとするか。


【剣術】Lv3 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値190%の限定強化を行う 魔力消費9

【短剣術】Lv2 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値160%の限定強化を行う 魔力消費7


 ふむふむ。

【棒術】のレベルが1の時は特定所作に能力値130%、それで魔力消費が5となっていたので、武器種問わず中身は共通。

 そして上昇値は1レベル30%上昇、魔力消費は2上昇ってとこだな。

 ただ――


【棒術】Lv5 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13


 使う予定の無い【棒術】のレベル5を見てみれば、上昇数値と魔力消費の上がり方は均等のままだが、任意の秒数が2秒間に変化している。

 つまりレベルが4か5のどちらかで秒数が上昇するということになるわけか。

 まぁ【剣術】持っていても、結局任意のスキル攻撃は一度も使わなかったしなぁ……

 魔法が使えると魔力はそちらに使おうとしてしまうので、群がる敵に対しては使う予定無し。

 強い魔物とのタイマン勝負とかになった時、初めて活かせるのかもしれないな。

 そして魔力絡みのやつはというと――


【魔力自動回復量増加】Lv2 魔力自動回復量を10%上昇させる 常時発動型 魔力消費0

【魔力最大量増加】Lv2 魔力最大量を20増加させる 常時発動型 魔力消費0


 うーん、ほんとサボってた!

 ロッカー平原でもろくに詳細を見ていなかったツケが、ここに全部回ってきてしまっている。


【魔力自動回復量増加】はレベル2で10%。


 ということはレベル1なら何%だったんだ?

 ……まぁいいか。

 そこはレベル3になれば上昇幅が分かるから良いとして、重要なのは定量じゃなく|割《・》|合《・》ってところか。

 強くなればなるほど定量なんてゴミスキルになるものだが、割合なら最終が20%だろうが30%だろうが、相当大きな恩恵になることは間違い無さそうだ。

 おまけに【付与】でさらに重ねられるわけだし。

 逆に【魔力最大量増加】は定量だから、後半は死にスキルになりやすいということが分かる。

 ということは、今作ってもらっている新調武器に【付与】を付けるなら、長く使うことを想定して【魔力自動回復量増加】にしておいた方が良さそうということだな。

 ついでに驚きの発見として、この数値を見る限りパイサーさんの【魔力最大量増加】が、推定スキルレベル5ということも予想できる。

 現役を退いたとはいえ元Cランクハンター。

 さすがである。


 あとはおまけ要素の強いスキルばかり。

【俊足】Lv2 走る動作に補正がかかり、移動が僅かに早くなる 常時発動型 魔力消費0

 まぁ、無いよりはあった方が良い程度。


【視野拡大】Lv2 上下左右の視野が僅かに広がる 常時発動型 魔力消費0

 なんだか虫みたい。スケベスキルかと思ったけど、レベル2でもいまいち差が感じられないので、真後ろを見るとかはいくらスキルレベルが上がっても無理そう。

 というか、そんな視点が常時発動されたら頭がおかしくなる。


【遠視】Lv2 僅かに遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0

 視力向上スキルと考えるなら結構嬉しいかも。眼鏡いらず?


【挑発】Lv2 注意を自分に向けやすくする 発動範囲20メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費7

 以前ルルブで使用した際には魔物が一気にこちらへ来て驚いたが、詳細を見れば納得の範囲スキルでござった。

 格上の狩場で間違って使おうものなら死亡フラグが立つスキル。

 逆に格下の狩場であれば、誰かを救出したい時には便利なスキルなのかもしれない。

 あとは生物が対象というのも面白いところだな。

 つまり人にも効く……釣りたくはないが。


 ふぅ――……

 とりあえず現状所持しているスキルは概ね把握した。

 分からない部分は今後小まめに情報収集しながら比較検証するとして、これで<|N《・》|e《・》|w《・》>についても分かったな。

<New>は俺が該当スキルの取得、もしくはスキルレベルの上昇をステータス画面で確認するまでは続く。

 ここに日にちや時間の期限は無さそうで、ステータス画面を開くだけであれば、<New>は消えないものと思って良さそうだ。

 スキル画面を最後に確認したのはたしか……ルルブで風呂イベントがあった時。

 そこから追加で1週間ほど狩りをし、町に戻ってからも数日は経っている。

 にも拘わらず、ルルブで取得可能なスキルは先ほどまで<New>が付いていた。

 そしてその間、俺はレベルがあとどれくらいで上がるか確認するため、何度もステータス画面を開いている。

 ただスキル画面までは見ていなかったわけだから、<New>の仕様はたぶんこれで確定だろう。


 1日の狩りの終わりに、<New>の付いたスキルがないか探す楽しみも増えたということ。

 ならばどんぐりには素直に感謝しておこう。


(地味に便利ですありがとう。だから所持金額表示、もしくはスキルの分類を『アクティブ』『セミアクティブ』『パッシブ』なんかに分けてもらえると有難いです。取得済スキルを『戦闘系』『魔法系』『ジョブ系』なんかの分類で、見やすいように分けてくれちゃっても良いですね。宜しくどうぞ。宜しくどうぞ)


 なんとなくどんよりした雨雲に向かって拝んでいると、丁度フェリンが帰ってきたのか、濃い魔力の気配を感じる。

 ちょっと早い気もするが、お昼を食べたら今度は貯まった128のスキルポイントを|何《・》|に《・》|振《・》|る《・》|か《・》の妄想だな。

 今日は時間もあるんだ。

 のんびりじっくり、スキル画面を見ながら考えようじゃないか。

 顔は自然とニマニマしてくる。

 こんな時が楽しいんだ。

 そう思いながら姿を現すフェリンに声を掛けた。


「お帰り! もうお腹空いた?」
************************************************
どんぐりにお願いした『戦闘系』『魔法系』『ジョブ系』なんかの分類に分けるお願いは、見やすいようにということで皆さんには特別実装しちゃっております。
主人公はこのように見えておりませんのでご注意を。
本日1話目
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94話 進展

「お帰り! もうお腹空いた?」

「ただいま」

(ん……?)

 おかしい。

 いつも元気いっぱいなフェリンがなんか気落ちしていらっしゃる。

 ご飯ネタにも食いつかないなんて、これは何かあったと思っておいた方が良さそうだ。

 ……パルメラで見たくないものを見てしまったのだろうか?

「大丈夫? とりあえず食堂に行くのもあれだし……ご飯貰ってきてここで食べようか?」

「ううん大丈夫だよ」

 そう言いながらも、来て早々にベッドに座り込むフェリンはやっぱり普通じゃない。

 ならヘタに遠慮している場合ではないだろう。

「もしかして、見たくないもの見ちゃった?」

 見つめながらそう問いかけると、頷くフェリン。


「ロキ君と同じ転移者かなって思う人を見つけたよ。亡骸というか、もう骨だったけど……」

「……そっか」


 想定していたことだ。

 だから亡骸があったことに驚きはしない。

 ただフェリンが探索2日目にして痕跡を発見してしまった。

 そのことから、予想以上に飛ばされている人間が多いのかもしれない。

 となると、一応確認しなければいけないことがあるな。

「フェリンが転移者と思った根拠は? 何かあったの?」

 少し森の奥へ入っただけというならこの世界の住人、ハンターということも考えられる。

 既に骨のようなら、何年前に行方不明になっているのかも分からないのだから、緊急の探索依頼がギルドに張り出されていなくても不自然ではないだろう。

「見慣れない|鞄《・》がすぐ近くにあったよ。この町の人達が普段使っているような雰囲気のものじゃなかった。もっと作りが先進的な物」

「なるほどね。中身は――さすがに確認してないか」

「うん……ロキ君から転移の経緯を聞いてたから、無理やりここにって思うと申し訳なくなっちゃって。それに【分体】じゃ持ち帰ることもできないし」

「……」

 俺も椅子に座り、思考を巡らす。

(俺がパルメラ内部に入って確認する意味はあるだろうか? その所持品からどんな人が飛ばされたのか、その情報を得られる可能性はある。
 あとはこの世界の文明発展に所持品が役立つかもしれないってところか? だが【分体】とはいえ女神様の身体能力で1日半程度の場所。俺が今から向かうとすれば、少なくとも片道2日はかかるだろう。往復4日……ベザートを発つ予定日にギリギリ間に合うかどうかといったところだ。その間にやる予定のことも考えたら、もう間に合わないと判断した方がいい。
 それでも生きているなら形振り構わず向かうべきだろうが……残念ながら既に亡骸となれば急ぐ必要はないか。
 それに重要なのは発見した場所じゃないか? 俺が飛ばされた正確な場所なんて分かりようもないが、どんぐりが地球人を飛ばす先がある程度決まっているなら、そこが今後転移者を探すとなった際の最重要ポイントになってくる。
 そして場所をポイントと称し、正確に【分体】を降ろせる女神様達ならマーキングはできそうなこと。遺体発見場所を目安に周囲を探索して、その人以外の痕跡が見つかった場所をどんどん割り出していけば、死ぬ前に転移者を発見できる可能性も高まる気がする……)

「ロキ君?」

「ん? あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたよ。【読心】持ってきてた?」

「ううん? あれからは持ってきてないよ? ロキ君が嫌がることはしたくないから、私はもうロキ君に【読心】を使わないって決めたんだ」

「え? そ、そっか……」

 何か知らないところで覚悟を決めていらっしゃった……

 まぁ疑われないってのは良いことだなウン。

「じ、じゃあ、とりあえずご飯食べ行こっか。食べながら今考えていたことを話すよ。もしかしたら女神様達の転移者探しに役立つかもしれないしさ」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「なるほど……たしかに私達なら|俯瞰《ふかん》したポイントで見ることはできるよ! その情報を集めていけば、転移者が飛ばされる場所を相当絞り込める可能性もあるね!」

「飛ばす場所がある程度決まっていればだけどね。痕跡や遺体の発見数が多いほど、飛ばす場所はある程度固定という線が濃厚になってくるはずだ」

 今俺達は自室にいる。

 1階の食堂で食べようと思ったものの、女将さんの視線が妙に鋭くて話しづらかった。

 たぶん会話の内容が気になるというより、「このエロガキ真昼間から! しかもまた違う女を部屋に呼び込みやがって!」という、そんな痛い物を見るような視線を感じてしまったので、俺が早々にギブアップして撤退した。

 まぁ出てきたのは、以前お弁当にしてもらっていた朝の残り物を合体させたサンドイッチだ。

 これなら皿ごと部屋に運んでも問題無いだろう。

 それになんだかんだと食事を食べ始めたらフェリンも元気になったようだし、とりあえずはこれで落ち着いて話せる。

「じゃあどうする? ロキ君が今日見つけた場所に行くのは止めとく?」

「できれば所持品から転移者かは確定させたいんだけどね。俺が物を見れば一発だし。ただ往復4日というのはさすがに痛い……」

「だよねぇ」

「うーん。フェリンさ、さっき見た鞄の『|絵《・》』を描ける? その形状で判別できるかもしれないし」

 咄嗟に思ったのは絵を描いてもらうことだった。

 ビジネスバッグや俺が持っているようなジュラルミンケースなら、まずベザートの町で持ち歩いている人なんていない。

 その形状だけで転移者と判断できそうなものだし、逆にベザートの住人がよく持ち歩いている革袋なら、この世界のハンターという可能性が高くなるわけだ。

 なんとなくポールペンと余っていた紙をテーブルに並べると、ポールペンを握りしめたフェリンは「うぐぐぐ」となぜか唸り始める。

 絵を描いたことがないのだろうか?

 うん、女神様だしないのだろうな。

 ペンを持つ手もぎこちない。

「む、無理はしなくてもいいよ? 参考程度だから」

 そう言うも

「だ、大丈夫だから!……たぶん!」

 そう自信無さ気に言い切るので、とりあえず黙って描かせてみる。


 カキカキカキ……


「……」

「……」

「これ、鞄?」

「一応」


 ふむ。書かれたのは大きな丸。

 その上に、持ち手の部分だろうか? さらに半円が付け足されている、それだけの絵である。

 おまけに何か線がプルプル震えているし、これがそもそも絵なのかも疑わしい。

「なるほど……参考になったよ。ありがとう」

「ウソっ! 絶対ロキ君ウソついているでしょ!? そんなの【読心】持ってなくったって分かるんだからね! 顔に「これ絵じゃねぇよぉ」って書いてあるんだからね!」

「だ、だって2つの丸が書かれただけだよ!? 俺の世界にある鏡餅か、溶けかけた雪だるまかと思ったわ!」

「ムッキー! それがなんなのか分からないけど凄く悔しい! 本気出すからちょっと待ってて!!」

 そう言い残し、霧になって消えていくフェリン。

 と思ったらすぐ現れた。


「私は今から画家です!」

「へ?」


 そういう言うや否や、フェリンはすぐさまボールペンを握りしめた。

 まるで画家にイメージしがちなベレー帽を幻視してしまうほど、鋭い視線を向けながらペンを走らせる。

 そして出来上がった『絵』をドヤ顔で見せられ、先ほどとの差に脱帽する。

「しゅごい……」

「でしょー!」

「いや、これ【描画】のスキル持ち込んだでしょ」

(ビクッ!)

「今ステータス画面見たらそんなスキルあるし。つまりあの絵をここまで昇華させる【描画】スキルが凄いわけだな」

「ひどっ! ロキ君が酷い!」

「勘違いしないでほしい。俺は【読心】をもう使わないなんて言ってくれたフェリンの言葉が凄く嬉しかったんだ。だから俺もちゃんと本音を言おうと思ったんだよ」

 そう言いつつ、ただ俺がそうしたかったという理由だけでフェリンの頭を撫でてあげた。

「わざわざスキル取ってきてくれてありがとね」

「へへ……へへへへ……」

 たぶん偽るよりは、本音を伝えた方がフェリンも喜ぶだろう。

 その方が俺も不敬じゃない程度に行動できる気がするし、たぶんお互いウィンウィンのはずだ。

 しかし、これは――

 ニヨニヨしているフェリンに問いかける。

「ちなみにこの鞄って何色だった?」

「んー? なんていうんだろう? さっき食べたパンみたいな色?」

「なるほどクリーム色か。ってことは形状からしてもそうだし、フェリンが見つけた今回の人はたぶん地球人。|大《・》|人《・》|の《・》|女《・》|性《・》だろうね」

「……そこまで分かるの?」

「まぁたぶんではあるけど、男性がこの色の鞄ってあまり持ち歩くイメージがないし、デザインがどうみても女性物だからさ」

「そっかぁ」

 となると、やっぱり中身が気になるなぁ。

 もちろん変な意味ではなく、俺は当然として、ギルドに保管されていた6年前の遺留物も靴のサイズからまず男なんだ。

 独身だった俺には女性が使うような物の知識は薄いし、地球産女性用アイテムをこの世界に広める切っ掛けになるかもしれない。

 それに未だに思い出すどんぐりの『見つけた』という言葉。

 それがもしこの女性にも該当しているのだとしたら、俺とどんな共通点があるのか、所有物から判別できる可能性もある。

(ん~マルタに行く日程をズラすとなると、マルタの商業ギルドに行きたいヤーゴフさん達に迷惑を掛ける可能性もあるし……どうするべきか……)

「フェリンさ、【分体】で今日見た鞄を回収するのってどうやっても難しい?」

「できなくはないよ? 行く時はさっきのポイントに【分体】を降ろせばいいとして、帰りはそのまま持ち帰ってこなきゃいけないってだけで」

「あーそっか……さすがに裸足のまま徒歩で持ち帰るってのは申し訳無さ過ぎて無しだな」

「ロキ君はあの鞄を回収したいの?」

「一応ね。地球産の女性用品をこの世界に広める切っ掛けになるかもしれないのと、俺が飛ばされた理由がその女性の所有物から判別できる可能性もあると思ってね」

「あれ? 私達みたいに無作為に選ばれているわけじゃないんだっけ?」

「違うと思うよ。『見つけた』なんて言われたんだから、何かの条件に引っかかったんだよ。きっとね」

「そっか……」

「まぁ魔物が荒らしちゃう可能性も無きにしも非ずだけど、急ぎではないからさ。追々時間に余裕ができた時にでも回収することにするよ」

「……」

 後々に回せば、その間に近場で別の遺留品を女神様達の誰かが発見する可能性もある。

 そうなれば一度に複数回収というメリットもあるわけだから、後に回すことが完全にデメリットというわけでもないだろう。

 それに鞄を枝の上にでも置いといてもらえれば、魔物に荒らされる心配も軽減できる。


 そんなことを思っていると、フェリンの様子が少しおかしいことに気付いた。

 何やら下を向いてブツブツと何かを呟いている。

「フェリン? 大丈夫?」

「うん。ちょっと考え事というか、悩み事というか……」

「そっか。必要なら食堂で何か飲み物でも飲んで時間潰すから言ってね。一人で考え事したい時もあるだろうし」

「ううん、そんなんじゃないから大丈夫だよ。決心がつかなかっただけだから。……でもやっぱりロキ君は優しいね。だから……うん、決めたよ!」

「えっ?」


「私がその鞄、取ってきてあげる!」本日2話目
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95話 お願い

 フェリンは先ほどの話を聞いていたのだろうか?

 裸足のまま1日半かけて遺留品を取りに行かせるなんて、そんなことを俺が「お願い」なんて言えるはずないだろう。

 いくら善人ではないと自覚していても、さすがにそこまでのゴミ野郎にはなりたくない。

「ちょっとちょっと! さっきも言った通り、フェリンにそんな歩かせてまで急いでないから! だから取りに行かなくても大丈夫だって!」

「でも、その鞄の中身がこの世界のためになるかもしれないんでしょ?」

「そ、それは、そうなるかもしれないけど……」

「それに、もしかしたらロキ君のためにもなるかもしれない」

「それこそ、もしかしたらだよ? 何も分からない可能性の方が大きいと思ってる」

 どちらも可能性がある、という程度だ。

 徒労に終わる場合もあるのだから、フェリンが動く労力と見合っていない。

「それにね。歩かないで取ってこようと思うんだ」

「ん? どゆこと?」

「|転《・》|移《・》。私がそれ使えばすぐでしょ?」

「あっ……」

 なるほど……それなら確かにあっという間だろう。

 分かっているポイントに飛んで、回収して帰ってくるだけ。

 だったら「お願い」と言ってしまいたくなる。


 が――それならなぜ、さっきはあんなに悩んでいた……?

 転移を使うにしても、何か別の問題を抱えているとしか思えない。


「……フェリン、転移を使うデメリットは?」

「えっ?」

「デメリット、あるんでしょ? だからさっき悩んでいたんだろうし、簡単に使えるなら覚悟を決めるような決断なんてしないでしょ?」

「うぅー……そういうとこは気付かなくていいんだよ!」

「無理無理~俺そこまで鈍感系じゃありませんから~」

「もう……」


 そう文句を言いながらも白状したデメリットは、俺にとってなんとも言えないもので―――

 まずフェリンの本体が下界に降臨することはできない。

 これは神界の禁忌事項でも明確に決められていることらしく、やらかせば大問題必定になるわけだから、流れとしては【分体】に【空間魔法】を持ち込んで下界に降臨する。

 そして下界に降りた【分体】が下界間を転移を使って移動。

 こうすることによって【分体】でも下界にある物を運搬することは可能になる。

 ここまでは良い。納得もできるし予想通りの流れだ。

 内心、無限収納系も転移系も同じ【空間魔法】とか、【空間魔法】ヤバっ! めちゃヤバっ!! 死ぬほど欲しいんですけど!!

 5000万ビーケ払ってでも取得方法誰かに教えてもらいたいんですけどー!! と心の中で叫んでいたのは秘密である。


 で、この流れの中にある問題、デメリットというのが、転移を使うことそのものにあるらしい。

 説明を聞いてもよく分からない内容だが、転移とは一度別の亜空間に飛び、その亜空間を通って目的の場所まで移動すること。

 その亜空間に時間経過が存在しないため、ノータイムと言ってもいい速度で瞬間的にワープすることができるし、使っている当人はその亜空間に滞在している認識すら無い。

 ただ転移を使えば一度亜空間に飛ぶということは回避できない事実であって、その亜空間は女神様達の上司である上位神フェルザ様の管轄外にある世界。

 つまりフェルザ様の管理世界から一度離れるということになってしまうらしい。

 首を傾げながら話を聞いている一般人の俺からすれば、一瞬だし問題無いんじゃないの? と思ってしまうが……

 生みの親であるフェルザ様の管理世界を離れるというのは、神界にある禁忌事項には抵触していないものの相当な覚悟がいるらしく、またフェルザ様が一時的に捕捉できなくなるかもしれないので、疑われる要素が強くなるとのこと。

 要は上司が外回りしている俺の動きをGPS管理していたらなぜか急に追えなくなって、帰社したら「てめぇどこで油売ってたんだよ?」と、ボディーブロー食らいながらガン詰めされる。

 体験談だがこんな話に近いのだろう。

 本体がちゃんと神界にいれば問題無さそうなものだけど、上位神様の力は凄く、そして恐ろしいと言われてしまえば納得するしかない。

 実際俺に女神様達ですらよく分からない能力を与え、異世界にぶっ飛ばしたどんぐりの力は恐ろしいの一言なのだから。


 となると――……

 やっぱり「転移して鞄取ってきてください」とは言えないよね。

 フェリンがフェルザ様にボディーブロー食らう姿なんて見たくないし。

 かと言って俺が身代わりを買って出たら、絶対欠片も残らないくらい飛び散りそうだし。

「リアがロキ君に説明したって言ってたから聞いてると思うけど、私達はあくまでロキ君の|監《・》|視《・》という名目で【分体】を降ろしてるんだ」

「うん、それは聞いているよ」

「でもそれは元を辿れば、ロキ君がこの世界に存在しないはずの『|転《・》|移《・》|者《・》』だからだよね?」

「そうだね。異分子だから警戒されて監視対象にされる」

「私はそんなつもりじゃないんだけど……まぁそこは置いておくとして。それなら同じ『転移者』の疑いがある人種の所持品を、緊急性があると判断して転移を使って取りに行った。その遺留品は望んでいる文明発展の一助になる可能性もあるから、どうしても私達は必要と判断した。これなら筋は通ると思わない?」

「……うん、おかしな話ではない気がする」

「でしょ? それに絶対にやったらダメと、禁忌扱いされているわけじゃないんだしさ。だから私がもしフェルザ様にバレた時、ちゃんとした言い訳ができるかどうか。それをさっき考えていたんだよね」

「なるほど……」

 フェリンが理屈で説明してくるとは思っていなかったので、頷きながらも内心驚いてしまった。

 言っていることは至極真っ当で、十分納得できる内容だ。

 バレてもちゃんと理由が説明できそうだし、そもそも見捨てられたこの世界ならフェルザ様は何も気にしないと個人的には思っているので、フェリンがお説教を食らう可能性も極めて低いように思えるな。


 そっか。

 色々と考えていてくれたのか。

 ならここはお願いした方が良い気がする。

 その方が、フェリンは喜びそうな気がする。


「じゃあ、お願いしても良い?」


 その言葉に、フェリンは満面の笑みで返してくれる。


「もちろん! すぐ取ってくるから待ってて! その代わりご褒美期待してるからねっ!」


 そう言い残して、フェリンの【分体】は消えていった。本日1話目
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96話 見えない目的

「ただいまー!」

「はやっ! ほんと早いなっ!」

 消えてから1分程度しか経っていない。

 転移がどれだけ優秀か、まざまざと見せつけられる速度でフェリンは鞄を持って出現した。

「一応他にも何かないかな~って思って周りを見てみたけど、あったのは鞄だけだったよ」

 そう言いながらテーブルの上に置かれたソレは、フェリンが言っていた通りのクリーム色をした女性用鞄。

 そこまで汚れは目立っていないように感じる。

「遺骨はすぐ近く?」

「うん。といっても頭部と他に一部って感じだったけど……」

「そっか……」

 なんとなく想像できてしまうな。

 その女性はなんらかの理由によってその場所で亡くなった。

 だが、身体の大半はゴブリンにでももっていかれた。

 だから衣類が残っていなかったのかもしれない。

 って、今はそんなことを考えてもしょうがないだろう。

 頭部があった以上は確実に亡くなっているんだ。

 なら遺品は有難く活用させていただく。

 人によっては「おいおい」と言うだろうが、ここは異世界だ。

 遺族にその品を返してあげることもできないのだから、そのまま放置されるくらいなら活用した方が良いに決まっている。


「それじゃまずは中身を一通り取り出してみよう」


 言いながら、鞄の中身をテーブルの上に並べていくが――

(財布、スマホ、ポーチ、飴、制汗スプレー、ポーチ、手帳、何かの本、サングラス、ポーチ、ポーチ……ポ、ポーチ多いな……)

 次々と出す物によって埋まっていくテーブル。

 さすが女性だ。

 プライベート用鞄だと思うが、男よりも荷物が圧倒的に多いように感じる。

「ほぇ~地球の人種ってこんなにいっぱい持ち歩いてるもんなんだね!」

「女性だからかなぁ。あ、あと前から気になっていたんだけど、地球は人間しかいないよ? だから|人《・》|種《・》って言葉はまず聞かないかな」

「そうなの!?」

「うんうん。女神様達はみんな人種人種って言うでしょ。まぁこの世界は色々な種族がいるからだと思うけど」

「へ~それなら皆に言っておくよ! 人間とか獣人って言った方が分かりやすいってことね!」

「そう! さすがフェリン! 話が分かるぅ~!」

「へへ~」

 フェリンがホヤホヤしたところで早速調査開始だ。

 まずは財布、だろうな。

 派手なエメラルド色の長財布を手に取り、中身を確認していく。

 すると目的の物をすぐに発見した。

「あった。免許証だ」

「なにそれ?」

「車という乗り物を乗るためのカードだね。この世界だとギルドカードに近い身分証に使われる物だよ」

「ふーん?」

 よく分かってなさそうだが、車を知らないんじゃどうにもならないだろう。

 ここからは一つ一つ説明していくのも大変なので、フェリンには地球産の物だから好きに眺めておいてと伝えておく。

(ふむ……古城成実《コジョウナルミ》さん、年齢は27歳か。やや目つきは鋭いが綺麗な顔をされた女性だな。そして東京在住の日本人と。交付年月日からすると――少なくともここ2年以内に飛ばされたか)

 ハンターギルドにある遺留品は6年前。

 そして古城さんは2年以内。

 どの程度のペースか分からないが、まずこの間も、そして古城さんと俺の間にも飛ばされている人間はいるに違いない。

 そして現在俺との共通点は日本人ということ。

 その他の目ぼしい情報源は財布の中には無し、だな。

 カード類を細かく見てみるも、俺がピンと来る物は特にない。

 携帯は一応試すも当然のように起動せず、本は……自己啓発本の類か?

 パラパラ捲るも、元気があればなんでもできるみたいな、そんな雰囲気しか掴み取ることができなかった。

 この時点で俺の読みは外れたっぽいなと感じつつ、それでも情報源になり得る手帳へと手を伸ばす。

 すると表紙には2020年の文字が。

 思わず中身を確認すると、2020年の5月までは日毎になにかしら書かれているが、5月27日を境にそこからは空欄が続いていた。

 つまり飛ばされたのはこのタイミングが極めて高いということになる。

 その前日の内容を見ても歯医者なんて予定が書いてあるくらいで、特別何かをした様子も無い。

 まぁ俺だって仕事中に何の前触れもなく飛んでるしなぁ……

 古城さんもきっと予兆なんてものはなく突然だったのだろう。

 一応その前も遡って確認してみるが、3月あたりから前はやたらとハートマークが多かったから、このくらいまで彼氏でもいたんだろうくらいしか結局分からず。

 俺がよくメモ帳代わりにしている白紙ページも彼氏とのやり取りと思われる内容が多く、ただただホゲ~と口の中に砂糖を詰め込まれたような気分になるだけだった。

「変な顔してどうしたの?」

「あぁ。他人の甘々な思い出を垣間見ちゃっただけだよ」

「もしかして恋愛ってやつ!?」

「そ、そうだね……食べ物並みに食いつき良かったね。今……」

「えぇ~見たい見たい!」

「フェリンさん? 最初この鞄見つけた時、あなた気落ちしてませんでしたっけ?」

 それでも興味が止まらないようなので、まぁいいかと手帳を渡し、その他の物も確認していく。

(ポーチが4つとか、一般的な女性はこんなに持ち歩いてるものなのか? 大変過ぎだろ)

 そんなことを思いながら近い物から順に開けていくと、一番大きいポーチには予想通りの化粧品が。

 小型の物はコンタクト用、中型の物は生理用品ということが分かったが、最後のポーチを開けた瞬間、思わず「うぉ!」っと言葉が口から漏れてしまった。

(これ、モバイルバッテリーだよな……? それに充電ケーブル……マジか。 マジか!?)

 咄嗟にどうするか考えたものの、まずはこのモバイルバッテリーが使用可能かどうか。

 そして使用可能だった場合、できれば確認しておきたいことがある。

 そう思った俺は、モバイルバッテリーにケーブルを繋ぎ、そのまま彼女の携帯に接続させた。

「……よーしッ!!」

「んん? なになにどうしたの!?」

「携帯の充電が開始されたんだよ」

 スマホ画面には電池マークが表示されている。

 モバイルバッテリーは使ったことが無いから分からないが、今は少しだけ動いてくれればそれでいい。

「携帯?」

「地球の最先端の機械、文明の利器だね」

「ほえぇ~」

 今は申し訳ないけど、フェリンの相手をしている余裕が無い。

 問題はここからだ……うんやっぱり、そりゃ出るよねパスワード。

 だが4桁の数字入力でいけるタイプ、これならまだ可能性はある。

 そう思った俺は免許証から誕生日、その数字の逆読みを試してみるもダメ。

 あとはなんだ? と可能性を探すために手帳をフェリンから借り、それっぽい数字を探し出す。

(さすがに携帯のパスなんて手帳に残すわけないよな。有り得るとしたら彼氏好き好きだったっぽいから彼氏の誕生日? もしくは記念日?)

 そんなことを考えるも、1月1日から既にハートマークが付いているため、付き合い始めた日付を見つけるのは厳しいことを悟る。

(となると……あった! 彼氏の誕生日!!)

 2月12日に「ユウキ 誕生日」とハートマークいっぱいで書かれている。

 となれば「2012」か「2102」か!? と素早くタップするも……ダメ。

 パスワード突破のハードルが高く、思わず天井を見上げてしまう。

(アァーだめだー突破できねぇー。ここをクリアしないと中に入れているアプリが分からない。となると俺の予想の一つがあっているかどうかの確認も取れないじゃんよー。女性が設定するパスワードってなんだよ? 普通彼氏絡みじゃないのか? あーでもこの人別れてるのか……となるとあとはなんだ? 親の誕生日とか、好きなジャニーズの誕生日とか。そんなん設定されてたら分かりっこねーよ。たぶん間違え過ぎると変なロックかかるだろうし……ん? んんん?)

 咄嗟にフェリンを見つめる。

 キョトンとした顔をしているフェリンも猛烈に可愛い。

 それは前から分かっているが、今はそうじゃない。

 彼女は女神様。そうだ神様だ。

 ならば。

「フェリン、このパスワードを魔法で解くことはできる?」

「へ?」

「フェリンは神様、凄い人。なら任意で所有者が指定する4つの数字を読み解けるかなって」

「えぇ……」

 そう言いながらもフェリンは携帯を見つめる。

 その眼差しはいつになく真剣だ。

 頼むぞ!!


「うん、無理だね!」


「はっやーっ! 諦めるのはっやーっ!!」

「え~だってこれ機械ってやつでしょ? 生き物ならどうにかなるかもだけど、そうじゃないならどうにもならないよー!」

「うぅ……神様ぁ~」

「同じ神様でも、フェルザ様ならどうにかなるかもだけどさ。所詮私達は下級神だよ?」

「はぅ! そんな卑下しないで。可愛いだけで十分だから」

「い、意味分からないよ!」

 うーん、女神様の力を以ってしてもダメ。

 現代最先端の機器恐るべしである。

 となるともう他に手はないか……

 まぁ確認できなくても俺が死ぬわけじゃないんだ。

 そう思いながら手帳をペラペラと捲り、とりあえず実家の電話番号でも書いてないかと確認してみると、アドレス部分は空白だったが最後のページになぜか勤務先と思われる電話番号とFAX番号だけ記載されていた。

 そして、そういや俺の携帯パスワードも支店番号の下4桁だったなということを思い出し、なんとなく入力してみる。

「……」

「画面、変わったね?」

「うん……俺と同じ思考の人だった」

 マジかよ。

 変に女性だったらどうするの? なんてわけの分からないこと考えたのが仇になったとは。

 まぁいい!

 とりあえず解除できたんだからオールオッケーだ!

 となれば確認しておきたかった部分の調査開始である。


 俺と彼女、古城さんの共通項でありこの世界に飛ばされた理由。

 それを俺は強さに拘るコアなゲーマー、もしくは異世界モノのファンタジー小説好きなのかなと思っている。

 どんぐりは俺の仮説通りなら魔物を大量に倒してほしいはずだ。

 いくらゲームに似通り過ぎたステータス画面を与えられたとはいえ、魔法、スキル、武器種や、前提となる世界観、魔物などはロールプレイングをやっていたかどうか、知っていたかどうかで受け止め方が大きく異なるはずだ。

 もしその手の知識がまったく無いと言い切ってもいいうちの母親がこの世界に降り立ったら、ゴブリンが何なのかも分からないまま、あっさり森の中で撲殺されていただろうからな。

 ――しかし本は自己啓発本だった。

 この時点でラノベ好きという線はやや薄くなるだろう。

 そしてコアなゲーマーという線も、同様に移動中本を読んでいる時点で薄いはずだ。

 俺がハマりこんでいた時はパソコンだったが、今は携帯のアプリが主流なことは知っている。

 コアなゲーマーが移動中にゲームをできるなら、本を読まずにゲームをしている可能性が高いはずだが……

(うーんやっぱりか。ゲームアプリは入っているけど、パズル系のいかにも女の子がやりそうな、お手軽な雰囲気のやつがいくつかある程度。俺が知っているような有名タイトルのMMORPGはまったく無し……それに小説系のアプリもないっぽいか)

 はぁ――……

 これで俺の予想はハズレだろうなぁ。

 共通項が分かればどんぐりの目的も読みやすくなると思っていた。

 が、結局は同じ日本人だったというだけ。

 6年前の遺留物の持ち主がどこの国の人かは、もしかしたらこのモバイルバッテリーを使って携帯の中身を見ることができれば判明するかもしれないが……

 どこの国の人か分かったからなんだよって話にもなってしまう。

(クソッ……これでRPG好きとかでもあれば、どんぐりの「見つけた」という条件と、仮説立てた魔物を多く倒してほしいというのが繋がりそうなもんなんだがなぁ)

 今回ので逆に、どんぐりの目的がなんなのか分からなくなったというのが正直なところだろう。

「何か分かった?」

「うん、俺を呼んだ目的が何なのか分からなくなったことが分かった……」

「へっ?」

「地球だとね、俺みたいに異世界に飛ばされて~っていう空想物語は結構あるんだ。そういうのが好きな人もいっぱいいる。で、そういう人は予備知識みたいなものがあったりするから、異世界に慣れた人をここに飛ばしているのかと思ってたんだよ。もしくは武器と魔法とスキルのファンタジーな世界が好きで慣れている人。そんなゲームも地球にはいっぱいあったりするからさ」

「んーロキ君はどちらにも当てはまるけど、この人はどちらにも当てはまらなかったってこと?」

「そういうこと。まぁ持ち物だけの判断だけどね。そんな物語が好きな人ならこの本はその手の内容だったと思うし、この携帯の中身にそれっぽいゲームは入っていなかった」

「そっか……ロキ君がなぜこの世界に呼ばれたかかぁ……」

「呼ばれた理由が分かれば、その目的も分かるかな~ってね」

「そうだね。目的と理由は繋がると思うし」

「今のところの仮説は、俺に大量の魔物を倒してほしいのかな? って思ってたけど……それもどうだか怪しいところだよ」

「……でもさ! ロキ君は私達の世界が好きで、おまけに慣れているんでしょ?」

「こうやって飛ばされたのは初めてだから慣れているのとは違うよ。でも好きだしすんなり順応するっていうか、状況を飲み込めるっていうのはあるね。普通は気が動転して意味も分からずにすぐ死んじゃうだろうから」

「そっかそっか! なら良かったじゃん!」

「ん?」

「ロキ君が好きな世界なら存分に楽しめば良いんだよ! 楽しんでいる間に私達が今後も地球の物を見つけてくるかもしれないから、そしたらまた何かが分かるかもしれないでしょ?」

 さすが楽天家っぽいフェリンだなぁ。

 でも何も成果が得られなかっただけに、今はそんな言葉が有難いよ。

「そうだね。ありがとうフェリン」

「う、ううん! 大丈夫だから! 全然問題無いから!!……それより目の前にあるコレ、どうするの?」

「あーどうしよっか……」

 テーブルの上にはそのまま広げられた彼女の持ち物が広がっている。

 本来ならヤーゴフさんやアマンダさんに見せて、この世界でも再現できそうな物を検証していくのがベストだろうけど……

 そうすると、絶対どこで見つけたって話になるんだよなぁ。

 正直にパルメラ内部の俺が飛ばされたところから近そうな場所だと言えば、本気になって遺留品探索部隊が組まれてしまう可能性があるし、そもそも昨日ヤーゴフさん達と会っているのにどうやってそんな短時間で行ったんだ? って話になってしまう。

 そうなるとフェリンの話をしなければいけなくなるわけだから、さすがにこの選択は無しだな。女神様と動いているなんて幾らなんでも言えるわけが無い。

 かと言ってパルメラの浅いところで見つけたっていうのもな……というか、ヤーゴフさんに嘘吐くと見抜かれそうで怖いんだよなぁ。

 ……なら、今回の件は言わない方が良いか。

 中途半端に伝えれば今後女神様達の転移者探しがやりづらくなってしまうのだから、それは避けるようにしないといけない。

 渡すにしても、もう少し時間を空けてからの方が良いだろう。

「うん、今ちょっと考えたけど、これはいつも相談している人にもまだ言わない方が良いね。フェリンの存在を明かさないと辻褄が合わなくなるから」

「そっか! でもそうすると、ずっとロキ君が持ち歩いてるの?」

「んー……たしか次はリステ様だよね?」

「うん、そう言ってたよ!」

「ならリステ様に見せてみるかな? 一番地球産の物に興味ありそうなのリステ様だと思うし」

「それ良いね! リステは商売の女神だから物に詳しいはずだし!」

「ならそうしようか。あっ、一応確認だけど、今フェリンは【空間魔法】を持ってきているわけじゃない? その魔法を使ってこれらを『|収《・》|納《・》』ってできるんだよね?」

「うん、それはできるはずだよ?」

「それを神界に持ち帰ることは?」

「……それはどうだろう? 試したことないから分かんないや」

「分体と本体の繋がる亜空間が違う可能性もあるってこと?」

「そうそう。この場で亜空間に収納することはできるはずだけど、【分体】を消した時にその収納物が消えちゃうかも?」

「なるほどね……なら今後のために一応試してみよっか」

 女神様を利用して無限ボックスゲットだぜ~なんてことをするつもりは無い。

 ただ、さすがに女性物の現代品バッグを持ち歩くのは恥ずかしい。

 ただでさえ自分の鞄とか持ち物も色々あるわけだし。

 だからせめてこの鞄だけでも一時預かりを……

 そんな思いで、女神様のスキルを利用した収納実験を行うことになった。本日2話目
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97話 三度の土下座

「どうだった?」

「ダメ~入れた小石どっかいっちゃったよ」

「そっかーまぁしょうがないね」

 俺達の試した収納実験は失敗に終わった。

 何か消失しても問題無い物をと、宿屋の入り口にあった小石を拾い、それをフェリンの【分体】が【空間魔法】を使用して収納。

 その小石を再度出すことは問題無かったものの、収納したまま【分体】を消したらその小石はどっかにいったという残念な報告を聞くことになった。

「たぶん一度【分体】を消しちゃうと、亜空間との接続が切れちゃうんだろうね!」

「現象だけ見ればそうなんだろうなぁ。その亜空間を後から探し出すことは無理なわけでしょ?」

「無理無理! 無限にあるような世界だもん。できるとしたらフェルザ様くらいじゃないかな? 分からないけど!」

 フェルザ様ハンパ無さ過ぎるんだが……

 マジでなんでもありかよって思うけど、よく考えたら下級神を生み出すくらいなんだから、本当になんでも実現可能な気がしてしまう。

「となるとしょうがないか。幸い私物の特大籠があるから、スーツにでも包んで他の荷物と一緒に運ぶことにするよ」

「ごめんねぇ」

「いやいや、フェリンが気にすることじゃないよ? それに――」

 言いながら視線を向けた先には、リアとフィーリルのサンダルが仲良く鎮座しておられる。

「あっ……あれも、それに私が買ってもらった靴も運ぶんだ……」

「どうなるのかな。一応さ、他の女神様達が今後パルメラを重点的に調べるか確認してもらってもいい? もし必要なら、ここの部屋の代金を数年分先に払っておいて、女神様達の拠点にすることもできるし」

「数年分!? ロキ君そんなお金持ちなの!?」

「へっへー凄いだろ!」

 金銭感覚の無いフェリンに自慢してもしょうがないが、1泊3000ビーケなら数年分くらい先に払う程度は問題無い。

 というかそんな先々まで払うなら、空き屋でも借りるか買った方が良い気もする。

 女神様達は全員超絶美形なんだから、おっさん達も泊まるような場所に滞在させるのは少し心配だ。

 まぁおっさん達がだが。

「そっかそうだよね。私は世界を見て回ろうかと思ってたけど、今回見つけた場所周辺を探した方が転移者は見つけやすそうだし……分かった確認してみるよ!」

「うんうん。今思ったけど宿屋じゃ人目もあるし、もしここで活動するなら女神様達専用の一軒屋を借りるか買うかすることも考えるからさ」

「ひゃー! それなら急いだ方が良いよね! ちょっと待ってて今確認してみるから!」

 そう言うと、フェリンの【分体】はベッドに座ったままピタッと動きが止まり、まるで人形のようになってしまった。

 意識を完全に本体へもっていってるんだろうか?

 これならイタズラし放題な気もするが――

 いかん、ちょっとハァハァしてきてしまった。これはマズい。

 まさに俺だけが動ける「時よ止まれ」状態、男なら奮い立たないやつの方が変人というくらいの状況である。

 視点が定まってなさそうな顔の前で手をフリフリしても反応無いし……

 となると、触ったらさすがに気付かれるよね?

 でもでも。

 せめて背後から匂いを嗅ぐくらいなら……フェリンの匂い落ち着くし……気を沈めるためにもなんかやっておいた方が良い気がするし……


 フラフラと、自然とフェリンの背後に忍び寄る俺。

 誰がどう見ても変態なんだが止まらない、止められない。

 ショートカットだからこそ見える艶めかしく細い首筋に吸い寄せられてしまう。


(大変申し訳ございません)


 そう心の中で呟きながら、大きく深呼吸。


「何してるの?」


「ふぁぶらぁあ!!?」


 いきなり顔がグルンと後方へ振り返ったため、驚きのあまり吸い込んだ空気が全て勢い良く出ていってしまった!

 ちょっと待て!

 まだ全然味わってない!

 って違うわ!

 どう釈明すればいいんだ!?


「……」


 俺を見つめる冷ややかな視線が、自然と足を正座にさせ、そのまま淀みなく土下座へと移行する。

 なぜか女神様全員に土下座している気がするけど、今回ばかりは俺が悪い。


「違うんです! フェリンの匂いが好きなので、ちょっと充電しておこうかとっ!!」


 全然釈明になっていない。

 全力で変態アピールしているだけだが、本音なんだからしょうがない。

「……」

「もうしません! 許してください!」

「べ、別に……とは……ないし……」

「……?」

 聞き取れなくて思わず顔を上げると、フェリンに怒りの表情は見られなかった。

 というか、真っ赤な顔して目が回遊魚並みに泳いでいた。

「別に! しちゃいけないとは言ってないしっ!!」

「と、ということは……していいんですかッ!?」

「ちょっとそんな興奮しないでよ! なんか敬語に戻ってるし!」

「あ、あぁごめんごめん。嬉しさが限界を超えてしまって……」

「そのうち。そのうちね!」

「そのうち!? でもありがとうございます! それを励みに僕は頑張る所存です!!」

 そのうちでもなんでもいい。

 いずれにしても、許可を頂けたことに意味がある。

 ふふふふ……可愛いに極振りしたフェリンをスーハーできる許可、もとい権利なんて金で買えるもんじゃないんだぜ……?


「ちょっとロキ君! 現実世界に戻ってきて!」

「あっ、はい失礼しました」

「それでね、拠点なんだけどロキ君のお金勿体ないし大丈夫だってさ。痕跡が多く見つかれば、パルメラの中に自分達で拠点作るって」

「うわーさすが女神様達らしい発想だなぁ」

「拠点って言っても靴置き場みたいなものだしね!」

 そう言われてみればそうである。

 女神様達の私物なんて靴しかないので、宿を借りようが一軒家を借りようが、置かれる物は各人の靴だけ。

 たしかにそれで数百万ビーケ払うのは勿体ない。

「だからロキ君が心配することはないかな? 私はなんで旅するんだって質問責めにあっちゃったけど……」

「あぁ……それでちょっと時間かかってたのね」

「うん。でも大丈夫だよ! 食糧調査って言っておいたからさ!」

 正直に言えば、本当に大丈夫だったのか? と少し不安になる。

 なんせフェリンだ。

 説明があまり上手いとは思えない。

 まぁリアにさえバレなければとりあえず問題無いし……

 最悪バレたらバレたで、俺が全力で止めるしかないだろうな。

 なんせ一度俺の身体に、関係無い人を巻き込んでまで神罰落とそうとしたくらいなんだ。

 それで俺が暴走したんだから、多少は説得力もあるはず。

 そしてそれでももし止まらなかったら、調子に乗った転生者はもう乙としか言えない。

 おまけで俺の未来も乙――とまではいかないが、そうなるともう調子には乗れないので、ひたすらこの世界で定められている法とは別に、超健全な生活を余儀なくされる。

 まぁリアから罪には相応の罰が許可されているので、自ら罪を振り撒かなければそこまで心配する必要は無いのかもしれないけどね。

 となると今やるべきことは、とりあえずこれで終わりかな?

 そう思って腕時計を見れば時刻は既に16時過ぎ。

 なんとも中途半端な時間だ。

 ならば――色々頑張ってくれたフェリンに俺が勇気を出す場面だろう。

 深呼吸一つ、覚悟を決める。

「ねぇフェリン、もう16時過ぎてるし、今からパルメラ行っても中途半端でしょ?」

「そうだね~暗くなると【分体】じゃ何もできないからね」

「ならさ。もう雨上がってたし、ご褒美って話もあったし……今からデートする? ついでにどこかで夕飯食べるとか?」

 他の女神様達には言えない、明らかな好意を感じるフェリンにだからこそできる提案。

 内心断られたらどうしよう、勘違いだったらどうしようと心臓はバクバクだが――


「ほ、ほんとに!? やったーするするぅー!!」


 目の前で喜んでくれているフェリンを見て、俺の口から安堵の溜め息が漏れた。
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主人公が変態で大変申し訳ございません。
あともう1回くらいはやらかすと思いますので、そちらも含めて今のうちに謝罪させていただきます。本日1話目
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98話 デート

 デートなんて言葉にしても、俺達がいるのは片田舎の町、ベザートだ。

 映画館もカラオケもゲームセンターも。

 この世界なら王都でも全部無いだろうが、男女が二人で行くようなそれっぽい場所なんて何も無い。

 だから結局はいつもの大通り付近をウロウロするだけ。

 しかし、それでも、やはり、デートと口にすれば街中の雰囲気も変わって見える。

 それはフェリンも同じなのだろう。

 今まで何度もご飯を食べに二人で街中を歩いているのに、今日はお互いソワソワしてしまってるんだから、俺も含めて大変|初心《うぶ》なものである。

(もうちょっとフェリンの容姿が庶民的であればなぁ)

 そんなことを思うのは贅沢だって分かっている。

 32歳にもなればデート経験くらいあるのに、横にいる子の容姿が常識を突き抜けているので、コミュ障が盛大に爆発して会話が上手く繋がらない。

「と、とりあえず何か飲む?」

「う、うん!」

「なんか飲みたい物とかある?」

「んー……お、お酒?」

「え? この時間から!?」

「あっ、ウソ! ウソウソっ! 冗談だから!」

 反射的に明るいうちからお酒? って思ったけど、よく考えてみればそれは地球の、というか俺の常識だ。

 この世界ならハンターはなぜか朝からお酒飲んでいる人もいたし、地球でも昼間から飲む人はいるんだし……

 それに俺が飲み会と言った時、なぜかフェリンはお酒に強い反応を示していた。

(うーん、ならありか? 妙な緊張も酒飲めば解れそうだし)

 辺りをキョロキョロ。

 何度か買っている屋台のおじちゃんを視界に捉えたので、そのおじちゃんにお酒情報を聞いてみる。

「おじちゃん! この辺の屋台でお酒を出すとこってあります?」

「おう坊主。なんだ、酒飲むようになったのか?」

「こないだお酒初体験をしまして……」

「酒なら店ん中で食い物出すとこなら大抵置いてるが――」

 そう言いながら、チラッと俺の後ろにいるフェリンを見るおじちゃん。

「ふむ。ここから少し北に向かって、服屋んとこを右に曲がれ。その先に広場が見えてくるが、その広場の向かいにある店はなかなか良いぞ」

「ほうほう、ありがとうございます!」

 どんな店かは話を聞く限りじゃ分からない。

 だが何かを察してくれたような表情を見せるおじちゃんに、不思議と信頼感のようなものを感じる。

 まるで「坊主、バッチリ頑張れよ」という幻聴が聞こえるような……

 それなら行ってみるしかないだろう。

 お礼に焼き鳥を2本買い、フェリンと食べ歩きしながら言われた場所へ向かってみると、たしかに視界の先には広場が見えてきた。

 そしてその向かいには――

「おぉ! オープンテラス!!」

 小じゃれた雰囲気の建物が建っており、屋根だけ備わった路面にはいくつかのテーブルと椅子が設置されていて、店外でも食事が摂れるようになっている。

 現代なら見慣れているが、ベザートだと建物の中に入るか屋台かの二択だったので、初めて見るちょっと雰囲気の良いお店に感動してしまった。

 ここなら広場を見ながらのんびりマイペースにお酒を飲めるし、そのままお腹が減れば食事を摂ることもできそうだ。

 おじちゃん、マジでありがとう!

「今まで見たことが無い雰囲気のお店だね!」

「だねだね。ここならのんびりできそうだよ! この時間ならまだガラガラだし!」

 オープンテラスには少し裕福そうな身なりをしたおばちゃん二人がお茶を楽しんでいるので、店がまだ閉まっているということもなさそうである。

 早速店に入りオープンテラスを希望。

 席に着くと、裏までビッシリ書かれた木板のメニューを渡される。

「フェリンはお酒飲んだことある?」

「無い無い! 人種……人がよく飲んでいるのは知ってたから、一度飲んでみたかったんだよね!」

「なるほど。なら色々飲んでみたいだろうし、度数が弱そうなやつからいってみる? 俺はちょっとエールが苦手だったから外すけど」

 そんなことを話しながら、まずは最初にと2人で選んだのが果実酒。

 これならお酒の初級編みたいなものだし、初めてでもまず問題無いだろう。

 食べ物と違ってすぐ出てくるので、俺は日本の習わしということを伝えて「乾杯」と言いながら、フェリンのグラスに自分のグラスをコツンと当てる。

 そして不思議そうにしながらもグラスに口を付けるフェリンを眺めていると――

「これ美味しいね!」

 そんな感想を漏らすフェリンにホッとしつつ、俺も飲んでみれば予想通り。

 かなり飲みやすく、前回ワインで速攻潰れた俺には丁度良い飲み物だと感じる。

 だが……やはり残念なのは冷えていないことだ。

 ワインはまぁ常温で飲むことに抵抗は無いのでいいとしても、この手のグビッと飲みたい物はできれば冷えていてほしい。

 このような陽射しの強い夏日なら尚更だ。

「ロキ君は口に合わなかった?」

 一口飲んで考え込んでいた俺をフェリンは見ていたのだろうか。

 やや心配そうな顔をしているので、その誤解をすぐに解く。

「ううんワインよりもさらに飲みやすいかも。ただ地球だとこの手の飲み物って全部冷えてるんだよね。それこそグラスも」

「えっ? コップまで冷やすの!?」

「その方がより冷たく味わえるじゃない? 特にこんな暑い日はさ」

「なるほど~たしかにそう聞くと冷やした方がおいしそうだね!」

「この世界だと冷たい物って魔道具か魔法頼みになるだろうから、冷やすという作業が簡単じゃないんだろうね」

「ふんふんふん……ならちょっと待ってて!」

 そう言ってどこかに走り去っていくフェリンをホゲーッと一人眺めていると、一度視界から消えた後にすぐまた戻ってくる。

 ま、まさか――

「へへへ。持ってきたよ【氷魔法】!」

「おぉー!」

 さすが女神様。

 愛してると勢いで言ってしまいたくなるほどの有能っぷりだ。

 早速グラスを両手で覆ったフェリンは、少し首を傾げながら「コップよ~冷たくな~れ。飲み物も~冷たくな~れ」と、可愛らしい言葉をグラスに呟いている。

 ピキッ……ピキッ……

 するとちょっと怪しげな音を立てながら、少し白み掛かっていくグラス。

 はたから見ても冷えていることが一発で分かる。

「完全に凍らしちゃだめだよ? 冷やすだけだからね?」

「ならこのくらいかな?」

 そう言いながら作業を止め、そのグラスを俺の方へ持ってきた。

「これでどう? ロキ君、感想宜しく!」

 そう言われれば俺が実験体になるしかないだろう。

 これフェリンのグラスじゃ? なんて中学生みたいなことは言っていられない。

 ドキドキしながらグラスを掴むと、手にも感じる心地良い冷たさ。

 そして果実酒を口に付ければ――


「ウッマーーーーーーーッ!!!」


 これだよこれ!

 夏にこの冷たさでグイッとやるから最高なんだよ!

 あぁ……会社の人達と夏場に行ったビアガーデンを思い出す。

 わざわざエアコン無しの野外で飲む冷たい酒……染みるわぁ。

 身体の芯まで染み込むわぁ。

「フェリン、これはヤバいよ。暑いからこそ効果絶大だ!」

「やったね! じゃあこっちもやっちゃお!」

 そう言って俺のグラスにも作業を開始するフェリン。

 一度コツを掴めば5秒程度で済むお手軽魔法のようで、パパッと作業を終わらせたらそのグラスを一気に呷った。

「ぷっはー! 冷たくておいしぃー!!」

「でしょでしょ! これで地球の大人は病みつきになっちゃうんだよ!」

 お酒が入ってきたからか、最初にあった妙な空気感はどこへやら。

 地球のお酒談義や俺が過去にやらかしたお酒失敗談なんかを話しながら、摘まみのチーズを食べつつ少し冷やしたワインに手を出したり、ちょっとコッテリ気味のお肉を食べながら果実酒で流し込んだり。

 なんとか酔い潰れないようにと自制しつつ、ゆっくりとした楽しい時が流れていく。


 フェリンは……お酒強そうだなぁ……


 顔は赤いけどはっきり喋ってるし、というより喋りまくっている気がするし……


 こういう子と飲むお酒は楽しいなぁ……


 きっと飲むほど明るくなるタイプなんだろうなぁ……


 いつの間にか外は暗くなってるし……

 
 ふぁ~……眠い……
 


 酒に弱い、この身体が恨めしい……本日2話目
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99話 夢心地

(うーん……)

 まったく頭の回っていない中で目が開く。

(シーツ替えたのかなぁ……)

 ぼやけた視界は非常に暗いが、僅かな光が窓から差し込んでいるのか、薄っすらと白くも見える。

 それがシーツだと分かったものの、いつものシーツより凄くツルツルしているのが気になった。

 それに干したばかりの良い匂い。

 はぁ……心地良いなぁ……

 顔をちょっと動かせば、右に動いても左に動いても、頬がツルツルプニプニ。

 はれ……右……? 

 左……? 

 気持ち良いからなんでもいいか……

 そういえば、俺どうやって帰ったのかな……?

 また途中から覚えてないや。

 フェリンと飲んでいて……そうだ、フェリンと飲んでいたんだ。

 ってことは、もしかしてフェリンに送ってもらっちゃったのかな?

 そうだとしたら、男なのになんと情けない。

 歳を言い訳にするしかないけど、それでもなんとか最後まで意識を保っていたかったなぁ。

 楽しくて、途中から飲むペースを抑えられなかった……

 となると、ここはいつも泊っているとこよりも良い宿?

 そんな宿屋、フェリンが知っていたことに驚きだけど、うーん……今は心地良いからどうでもいいか。

 まだ暗いならこのままもうひと眠り……フェリンに会ったらちゃんとお礼を言おう。

 んん……んん……?

 なんで寝返りできないんだろう……

 んんんーッ!




 あれ…………なに、これ?




 摩訶不思議な状況に、急速に脳が働き始める。

 今が『|緊《・》|急《・》|事《・》|態《・》』だと、警告を鳴らす。

 いったい何が起きている……?

 なぜ俺は、背中を|誰《・》|か《・》|の《・》|手《・》で押さえつけられているんだ……?

 身体は……ダメだ。

 手足は動かせるけど、背中に回された手でガッチリ固定されている。

 足をモゾモゾすれば……やっぱり。

 誰かの足がある。

 ……自分の呼吸が荒くなってきたのを自覚する。

 それと同時に、お日様の匂いが強く鼻腔をくすぐる。

 この好きな匂いの犯人は――


「フ、フェリン……?」

「……」


 返事は無い。

 でも、起きてる。

 それは分かる。

 俺の耳にはっきりと鼓動が伝わるから。

 そしてその鼓動が、先ほどよりも物凄く早くなっているから。

 顔を少しだけ動かせば、物凄く柔らかい感触と共に、頭を腕で抱えられているのがなんとなく分かる。


 そっか……今そういう状況なんだ……


 そう分かった瞬間、俺から力が抜け落ちていった。

 |抗《・》|う《・》|理《・》|由《・》|が《・》|無《・》|い《・》。

 この状況が嫌なわけないのだから、相手が拒絶しないなら俺は受け入れるだけだ。


 ……人に甘えるのなんていつ振りだろうか?

 昔いた何人かの彼女には甘えられる一方だったし、母親に甘えたことも、まったく思い出せないくらい記憶の奥底に放り込まれている。

 まともな歳になって、誰かに甘えようとしたことなんて無かったなぁ。

 でも――良いよね?

 相手は神様なんだから。

 そう思ったら、自然と片手を相対する人の背中に回していた。


「フェリン……酔い潰れてごめんね。ありがとう」


 そう言ってギュッとすると、無言のまま俺の背に回されていた手が頭を撫でてくれる。

 幸せだなぁ……ずっとこうしていたい。

 興奮と安らぎが入り混じった感情の中で、俺は再度眠りについていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「大変なことをしてしまった」

 既にフェリンのいない部屋で、俺はベッドに座りながら頭を掻きつつ呟いた。

 なんとなく昨晩の記憶はある。

 一時は大変な興奮状態だったんだ。

 忘れるわけが無い。

 そんな中でももう一度眠れたのは、やはりあの匂いのせいなのだろうか。

 ん――……

 思わず自分の頬を摩りながら、周りを見渡す。

 たぶん今の俺の顔は、人様にお見せできるようなものではない。


(挟まれてた……いや、埋もれてたよな……)


 あの体勢、あのポジション。

 そうとしか考えられない。

 まさに至高とも言える一時だった。

 フィーリルの膝枕も至福の一時ではあったが、昨日のアレはベクトルの違うもの――

 ふぅ~……

 これはあまり想像するものじゃないな。

 今日の予定に差し支えが出てしまう。

 そう自分自身に言い聞かせ、朝食を摂りに1階へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「こんにちは~」

「あら、ロキ君いらっしゃい! メイに用だった?」

「いえいえ、それもあるんですけど、滋養強壮の丸薬はどうかなーと」

 俺は朝早くから動いている教会への挨拶を真っ先に済ませ、次にメイちゃん家の薬屋を訪れていた。

 丸薬があればその補充を、ついでにメイちゃんの狩り予定日を確認できるならしておきたい。

「あーっ! ロキ君だ~いらっしゃーい!」

「メイッ! 立ったままご飯食べないの!」

 と思ったらメイちゃんいた。

 寝ぐせついたままパンを齧っている。

「おはよ~メイちゃん。メイちゃんにも用があったから良かったよ。今日は狩り休み?」

「昨日の雨で地面がベチャベチャしてそうだから今日は休み~! そうだ聞いて聞いて! ロキ君に教えてもらった【探査】取れたんだよ! そしたらすっごいの!」

「おぉ! 何が凄いのかよく分からないけどメイちゃんが取ったんだ」

「女神様の祈祷試したら成功しちゃった! そしたらエアマンティスの場所は分かるし、欲しい薬草の場所も分かるし、このスキルすっごいんだよ!」

 あ~なるほど。

 狩りだけじゃなく、薬草採取にも使えるわけか。

 それならメイちゃんが狙っていたというのも頷ける。

 風呂イベントの時にジンク君が取るかメイちゃんが取るかって話だったけど、そうかそうか。

 結局メイちゃんが取得することになったんだな。

 狩りだと攻撃役のジンク君に伝達するという工程を挟むことになるけど、それでも将来薬屋を考えているメイちゃんには無駄にならないスキルだろう。

「エアマンティスの場所が分かるなら便利でしょ~さらに収入増えたんじゃない?」

「へっへっへー! 今凄いんだよ! 一回行くと一人6万ビーケくらいは稼いでこられるんだー!」

「おぉ……本当に凄いじゃん!」

「ロキ君ありがとね? なんだか色々とアドバイスしてもらったみたいで……メイが頑張ってくれるおかげでうちも大助かりなのよ」

「そんな大したことはしてないですよ。メイちゃんも含めた3人のやる気の問題ですから」

 これは謙遜ではなく、本当にやる気の問題だと思う。

 ロッカー平原で狩っている大人でも、安全重視のせいもあってか10~15万ビーケくらいのパーティ収入が多かったはずだ。

 なのに10歳のメイちゃん入れた3人パーティで平均超え。

【探査】の恩恵が大きいのは間違いないだろうけど、それ以上に魔物を見つければすぐ次へ次へという姿勢が収入増に繋がっているはずだ。

 そう考えると、以前ケツを(言葉で)叩きながらついていった、ロッカー平原の臨時パーティも意味があったのかなと思えてくる。

 これなら俺も安心して旅立てそうだ。

「ちなみにメイちゃんさ、明日って狩り予定?」

「ううん~なんかポッタがお家の仕事の手伝いあるみたいで、たぶん休みになるんじゃないかな?」

「うーんそっか……」

 少々マズいな。

 あと空いているとしたら明日くらい。

 明後日は武器の付与絡みで忙しくなってしまう。

「なんかあったの?」

「あーちょっと大事な話があってね。できればポッタ君にもいてもらった方が良いんだけど……」

「ん~じゃあジンクも連れて、3人でポッタのお家か畑に行ったらいんじゃない?」

「おぉ~なるほど!」

「ポッタのお仕事は暗くなる前に必ず終わるから、明日の夕方くらいに畑見に行ったらたぶん会えると思うよ!」

「じゃあ悪いんだけどそれでお願いできる? 俺は畑の場所とか知らないから、北門の辺りで待ってればいいかな?」

「大丈夫だよ! ジンクなんてどうせ暇してるだろうけど、一応今日のうちに私が伝えておくね!」

「助かるよ~お礼にお母さんが許してくれるなら、明日は晩御飯ご馳走するよ! かぁりぃでもなんでも!」

「きゃー!!! お母さん良いよね! 明日外で食べても良いよね!?」


 相変わらず賑やかだなぁ。

 でもこれでなんとかギリギリ、3人との時間も確保することができそうだ。

 本当は一日使ってどこかに行こうかとも思ったけど、ポッタ君抜きじゃなんか可哀想だしね。

 それに伝えるべき本題は数分もあれば済む話。

 3人になんて思われるかは分からないけど……

 今までのお礼も含めてしっかり伝えるべきことを伝えよう。

 っと、一つ解決してもう一つを忘れるところだった。

 こちらも重要なんだからちゃんと確認しておかねば。


「で、メイちゃんお母さん! 以前の丸薬、もしあれば買えるだけ買いたいんですが!」
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加速期間終了、明日から通常投稿に戻ります。100話 告白

 北門の近くに座って、出入りする人をボーッと眺める。

 でも実際のところ、見ているようで見てはいない。

 夢か幻か、自分の体験した出来事がなんだったのかよく分からず、昨日からそのことばかり考えている。


 昨日、フェリンはいつもと変わらず、【神託】を使って昼に現れた。

 俺はドキドキしながら迎え入れたものの、なぜかフェリンは凄く普通。

 いつも通りの元気な感じで、照れてる様子やおかしな挙動も見られない。

 それは夜ご飯の時も同じで、もしかしたら今日も?なんて思ってたら、普通に【分体】引っ込めて帰っていくし……

 あれはただの夢、俺の勘違いだったのだろうか?

 酔っぱらってたし、「夢だよ」と言われればそうですかと納得するしかないわけだが、こんな俺の願望に塗れた話を本人に事実確認なんてしづらいしなぁ。

 まぁフェリンが物凄く普通なおかげで俺も普通でいられるわけだから、あの出来事はよく分からない俺の思い出として、大事に取っておくしかないんだろう。

「おーい!」

「ロキくーん!」

「おっ! 2人とも今日はごめんね!」

 そんなことを悶々と考えていたら、お目当ての2人が登場した。

「んー? なんでロキ君、釣り竿なんて持ってるの?」

「今日釣ってきた帰りか?」

「あはは……まぁそこら辺もポッタ君と会ったら話すよ。ちなみにポッタ君の畑は遠いの?」

 釣り竿は旅に出るなら不要だ。

 どこかで仙人暮らしするなら持っていってもいいが、基本は町を拠点に狩場を巡っていく予定なので、このままでは嵩張る荷物にしかならない。

 所詮は安物だし、それならジンク君達に予備竿としてあげちゃった方が良い。

 ただこのタイミングで釣り竿あげるなんて言うと、絶対「なんで?」って話になってしまうので、こんな場合はとりあえず話を変えるしかない。

「ポッタんとこは町から1時間くらいだよな?」

「うんうん。この道歩いてれば向こうから歩いてくるかも?」

「……へ~」

 この世界の時間感覚には慣れてきた。

 川遊びをするために2時間くらい平気で歩く人達なんだ。

 通勤徒歩1時間となってもまぁ普通なんだろう。

 こんな時、日本なら電車か車、もしくはバイクだろうなぁ。

 だがそれは無理。

 どうやっても俺の持つ知識では作れないし、そもそも燃料となるガソリンや電気が無い。

 だが……もし自転車なら?

 それなら燃料要らずで、鉄があればフレーム部分やチェーンも気合を入れればなんとかなるはずだ。

 構造だって子供の頃に散々乗ってきたものなんだから、なんとなく頭の中でイメージはできる。

 となると問題はタイヤ部分だが……馬車があるなら、その車輪を流用できればなんとかなりそうな気もしてくる。

 うーむ……庶民の味方に成り得る乗り物を広められるんじゃないのか?

 荷物を色々抱えながら旅する俺や行商の人とかには厳しいけど、農家の人や子供なんかにはバカ受けしそうな気がしないでもない。

 サドルなんて木でも加工して、その周りに厚手の布でも巻いておけば、最低限お尻は守られるだろう。

 理想を言えば、ゴムかゴムの代用品が見つかれば――


 どれくらい考えていたのだろうか。

 口ではジンク君達と魔物談義に花を咲かせ、隙をみては脳内で自転車構想を膨らませていると、メイちゃんが急に声を張り上げる。


「あっ! ポッタいた! おーーーい!」

「かあちゃんと一緒だな」

 その声に道の前方を見ると、確かにポッタ君と、ポッタ君によく似た雰囲気のお母さんがこちらに向かって歩いてくる。

「あれ? 3人共どうしたの?」

「ロキ君がポッタに用があるらしいよ?」

「ポッタにというか、俺達3人にだろ?」

「そうそう。だから畑まで行こうかなと思ってさ」

 そう言いながら、初対面のポッタ君お母さんを見上げる。

 女性にしては大きいなぁ。

 俺とは頭一つ分以上の差があり、背丈だけで言えばリガル様くらいありそうだけど、横幅も凄いし顔はポッタ君にソックリである。

「初めましてロキと言います! ちょっとポッタ君お借りしてもいいですか?」

「おやおや丁寧な子だねぇ。君が噂のロキ君かい」

「?」

「ポッタから色々と聞いていてね。本当に感謝しているよ。ありがとう」

 なんだなんだ?

 急に頭を下げ始めるポッタ君お母さんに戸惑ってしまう。

「え……いやいや、たいしたことしてませんから! 助けられているのは僕ですから!」

「友達に恵まれるってのはこういうことだね。この子なら一人でも帰れるんだし、好きにしてもらって構わないよ。ポッタチオ! 先にご飯の準備してるからね!」

「!?」

「そうだポッタ! ロキが今日のご飯なんでも奢ってくれるらしいぞ!」

「そうそう! かぁりぃでも良いんだって!」

「ほんとに!? かぁちゃん今日ご飯いらない!」

 なんか話が勝手に進んでいるけど、ポッタ君の名前が実は|ポ《・》|ッ《・》|タ《・》|チ《・》|オ《・》だったという、かなり今更な新事実に驚愕して言葉が出ない。

 もっと早く言ってよ……みんなポッタポッタ言ってるから、ずっと本名ポッタ君だと思ってたじゃん……

 でもまぁ、呼びやすいポッタ君でもいいのか?

 そんなことを1人考えていたら、ポッタ君お母さんはいつの間にか1人でズンズンと町に向かって歩いていたため、この場には4人だけとなっていた。


「……とりあえず、どっか座ろっか」


 そう言って、やや土手のようになっている道の端に腰掛け、皆が続くのを待つ。

 視界には夕日が照らす、刈り取られた後の畑のみが広大に拡がる世界。

 一面がオレンジ色に輝くその景色は、4人で命からがらパルメラの森を抜け出した時の光景を彷彿とさせた。

 ……今から伝えなければいけないことも相まって、年甲斐もなく感慨深い気持ちでいっぱいになってしまうな。


(この3人には情報という面でも、精神的な面でも、本当にお世話になった。本当に――)


 そんな俺の気配を感じ取ったのか、いつも騒がしいメイちゃんですら静かにその光景を眺めている。

「今日は急にごめんね」

「大事な話があるんだろ?」

「うん。大丈夫だよ?」

「僕も僕も!」

「まぁ湿っぽい話は苦手だし、いずれ必ず戻ってはくるんだけどさ」

「「「……」」」

「俺、明後日からベザートを離れて旅に出てくるよ」

「そっか……」

「うぅー予想通りだし……」

「分かってたよ? ねっ? ねっ?」

「そうなの?」

 ポッタ君まで予想していたことには少し驚いた。

「まぁな。強いハンターはいずれベザートを離れる。ただ……想像以上に早かったってだけだ」

「ほんとだよ!」

「ロキは強いからしょうがない……」

「必死になってるだけだって。それに皆もだいぶ収入が上がってきたみたいだし、これなら俺も安心して旅立てるよ」

「それ、ロキ君のおかげじゃん!」

「うん。父ちゃんと母ちゃんも大喜びしてた」

「……なぁロキ、どれくらい旅に出るんだ?」

 ジンク君の問いに思わず言葉が詰まる。

 それはなんとも言えないところだ。

 俺はこの大陸がどれほど広いのかだって分かっていない。

 数年になるのか、それとも数十年になるのか――

 それにこの町しか知らない俺は、どこに定住するかもまだ決められないんだ。

 でもたまに顔を出すくらいのことはしてみせる。

 ヤーゴフさん達との約束もあるんだし、それは必ず実現してみせる。

「まだ分からないよ。でも、俺はいつか必ず転移系の魔法を取得する。そうしたら気軽に戻ってこられると思ってる」

「転移系……」

「なにそれ?」

「?」

「父ちゃんが昔言ってた。異世界人の中には瞬間移動する人がいるって」

 ヤーゴフさんも同じような反応だったな。

 異世界人限定と思われても不思議ではない、超高難易度魔法か。

 まぁいいさ。コツコツと色々なスキルのレベルを上げていけば、いずれ隠されている【空間魔法】は表示されるはずだ。

 それにヤーゴフさんは解明されていないと言っていたが、フェリンの言っていた研究機関や、何かしらの書物でヒントが得られる可能性だってまだ残されている。

 そうなればより早い段階で取得できる可能性だってあるし、そんなことはこれからの旅で分かっていくこと。

 だから、今考えるべきことじゃない。

 そうだ、今やるべきことはこれだろう。


「今まで、ごめんね」


 俺は3人に向かって頭を下げた。

 唐突な謝罪に3人共首を傾げているが……俺はずっと偽っていたんだ。

 だから、まずすべきは謝罪だ。

「俺の本当の名はロキじゃないんだ。今まで騙していたみたいになっちゃってごめん」

「「「……」」」

「だから旅立つ前に、3人には本当の自己紹介をしようと思う」

 そう言いつつ、俺は革袋から事前に用意していたケースを取り出す。


「俺の本当の名は『間宮悠人』―――異世界人なんだ」


 自己紹介をしながら、ヤーゴフさん達にも唯一見せなかった『|名《・》|刺《・》』をそれぞれに渡す。

「マミヤ……ユウト……難しい文字だな。こうやって読むのか……」

「なにこれ? 木? 凄く薄いね!」

「うぅ……僕、読めない……」

「ポッタ大丈夫! 私もだよ!」

「俺もギリギリだぞ? おまけに読めても意味がよく分からない!」


「プククッ……あはははははっ!!!」


 思わず、その場で大笑いしてしまった。

 いきなり笑い出した俺に3人は驚いて固まっている。

「あー面白かった……ごめんごめん。俺が異世界人だってこと伝えたのに、渡した名刺の方に興味が向いていたからさ」

 俺は『|異《・》|世《・》|界《・》|人《・》』だと公表した。

 なのに3人はそれよりも名刺やその文字に興味津々。

 警戒した様子も驚いた様子も無い。

 変わらず騒がしい3人のままだ。

「あぁ。だって……なぁ?」

「うん!」

「知ってたよ? ねっ? ねっ?」

「……へっ?」

 どういうこと?

 まさかヤーゴフさん達が情報を洩らした……?

「だってロキは普通じゃないしな。大魔王を名乗るし」

「いきなり僕たちの言葉分かるようになったしね」

「魔法の唱え方も、なんかちょっと違うよね?」

 え? ん?……あれ?

「誰かから聞いたとかじゃないの?」

「誰にも聞いてないよー?」

「誰もロキのこと異世界人って言ってないよね」

「普通じゃないことが多過ぎるから、たぶんそうだろうなって言ってたんだよ。しゃべりそうなメイサには口止めしておいたけど」

「へっへ~誰にも言わなかったもんね!」

 ……マジかよ。

 こっちは一大決心したんだぞ?

 それなのにバレてたとか……恥ずかしっ!

 恥ずかしーーーーーっ!!

 思わず手で顔を覆いたくもなるも、よく考えてみれば3人は俺が異世界人だと分かっても、普通に接していてくれたのか……

 そっか。そっか……


「へへっ……バレてたんならしょうがねぇ! おまけに実は俺、32歳だ!!」


「「「うぇえええええええええ!!」」」


 そうだ! 俺はこんな驚きを見たかったんだ!

 って、何か趣旨が変わってるけどもういいや。

 この子達とは笑い合っていた方が良いに決まっている。

「だからか。俺なんか結構な頻度でロキが父ちゃんみたいに見えたんだよなー。あ、もうユウトって言った方がいいのか?」

「いや、名前はそのままロキで良いけど……」

「そんなこと言ってたね!」

「どうせならお父さんになってもらえば? ロキお金持ちだし」

「うぉい!! そこのピスタチオ!」

 ジンク君も何まんざらでもないって顔してるの!

 中身は32歳でも見た目大して変わらないんだぞ!

 それに、ジンク君のお母さん会ったことないし……綺麗だったら意識しちゃうし……


 いつの間にか和やかな雰囲気になった一行は、ご飯を食べにゾロゾロと町へ戻っていく。

 道中、名刺に書かれている俺の名前は漢字というもので、住んでいた別世界の文字であること。

 そこには働いていた会社という組織や、<営業マン>という職業が書いてあり、仕事をしている大人が自己紹介の時に使うのが名刺というものであることなど。

 地球談義で感嘆の声が上がることもあれば、ハンターギルドや商業ギルドの影響で大陸の通貨はほぼ統一されているはずなのに、一銭も持っていなくてご飯すら食べられなかったこと。

 俺が【突進】という謎スキルを知っていて、誰に聞いても知らないスキルだったから、異世界人の疑いがほぼほぼ確信に変わったことなど。

 聞けば出てくる俺のミスなどを聞いて盛り上がった。

 見てないようでしっかり見てたんだねジンク君達……

 まぁ今更だ。

 さすがに転移者か転生者かなんていう小難しい話を子供達にするつもりはないけど、せめてジンク君達にはと思っていた俺の秘密はこうして打ち明けられたんだ。

 おまけにその秘密が受け入れられているんだから何も言うことはない。

 次に会う時は……みんなどれくらい成長してるのかな?

 ジンク君はきっと身長が伸びて、メイちゃんはお母さんに似て可愛くなって、ポッタ君は……まぁお母さんを見る限りあまり変わらない気もするけど。


(ふふふっ、そんな楽しみがあるのも良いじゃないか)


 ベザートに必ず戻る理由がまた一つ増えたな。

 そんなことを一人思いつつ、4人揃って夕日に染まる道を歩きながらベザートへと帰還した。
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本日からまた19時固定の1日話更新に戻します。101話 新調武器

「おはようございます!」

「来たな。金は持ってきたか?」

「ここに」

 そう言いつつ、ドン!ドン!ドドン!! と少し大きめの革袋をカウンターへ置いていく。

 もちろん中身は全てお金だ。

 1枚が100万や1000万相当の硬貨もあるらしいが、そんなもの田舎町のベザートにあるわけが無い。

 チラホラと1枚10万相当の大金貨が混ざっているものの、大半は1枚1万ビーケ相当の金貨で埋め尽くされた革袋はそれだけで見た目の存在感が凄まじい。

 これから数えるパイサーさんを気の毒に思ってしまう。

「ハンター共の噂を聞いていたから心配はしてなかったがな。よく稼いできたもんだぜ」

「余裕だと言ったでしょう?」

 本当は残高確かめるまでかなりビビってたけど、ここは全力でカッコつけるところだろう。

「一段階目の付与は間違いなく成功する。だからそいつは代金に入れてあるが、2段階目は俺もどうなるか分からん。だから細かい勘定はそれが終わってからだな」

「分かりました」

「それで付与をどうするかは決めてきたか?」

「おおよその方向性は決まっているんですけど、事前に確認したいことがあるんですよね」

「ん?」

「『スキル付与』の場合はどんなスキルが付けられます? 【魔力自動回復量増加】と【魔力最大量増加】は分かるんですが、他の選択肢が分からないもので」

「そういやそうか。つっても俺が所持しているスキルの中で、さらに武器種の【付与】に対応可能なスキルなんて多くはないが……」

 そういって説明されたのは、【剛力】【金剛】【封魔】【絶技】の4種スキル。

 防具であればもう少し選択肢も広がるらしいが、武器種で可能なのはこの4つも含めた計6種らしい。

「詳しいレベルは――まぁおまえならいいか。【魔力自動回復量増加】がレベル1、【魔力最大量増加】がレベル5、【剛力】がレベル4
【金剛】がレベル3【封魔】がレベル2【絶技】がレベル5だ」

「詳しい内容ありがとうございます。……ちなみに【魔力自動回復量増加】と【魔力最大量増加】のレベルに差があるのは何か理由が?」

 どうもこの差は違和感がある。

 同じ魔力系ならセットでレベルが上がりそうなものだし、実際俺は同じように上がっているんだ。

【付与】の上限レベルがスキルによって異なるのだろうか?

「さぁな。俺が現役の頃は斧を振り回す近接職だった。だから魔力は使うが、そこまで大量に使うこともなかった。だからじゃねーか? 実際魔力不足で困ることなんて滅多になかったしな」

「なるほど……」

 これは貴重な意見を聞けた気がする。

 魔力を消費すれば経験値が増える【魔力最大量増加】。

 対して【魔力自動回復量増加】は消費するだけではなく、例えば魔力総量の50%を切ったらとか、何か別の条件が付いている可能性が高い。

 それであればパイサーさんはこの2種にレベル差があるのも理解できるし、常に消費しながら狩りをして、寝る時に魔力をスッカラカンにする癖が付いている俺が順調に伸びているのも納得できる。

 定量増加じゃないからこその条件差か……

 一応その他のスキルも、おおよそ見当はついているけど確認しておくか。

「あとは【剛力】なら僕も所持しているスキルなのでいいとして、【金剛】【封魔】【絶技】の3種も似たような類ですかね?」

「そうだな。【金剛】なら物理的な攻撃に、【封魔】なら魔法攻撃に耐性が付くと言われている。【絶技】はまぁ器用度みたいなもんだろうな」

「ふむふむ……」

 そっと目を瞑り、考える素振りのままステータス画面を開く。

(これか、やっぱりだな)

 ステータス画面を見れば、俺が取得している【剛力】や【疾風】と同じ並びに、【金剛】【封魔】【絶技】が存在している。

 つまりスキルレベル1で対応ステータスが5上昇する系統のスキル。

 残念ながら定量型だ。

 どうしても長く使うことを想定するなら、数値が固定化されているものよりはパーセントで動く変動型を選びたい。

 となると、長期運用を考えるなら【魔力自動回復量増加】の一択しかない。

 出来ればこの【魔力自動回復量増加】のレベルが高いと有難かったが、付与師の所持スキルがそのまま反映されるとしか思えないので、この場で贅沢を言ってもどうにもならないだろう。

 我儘言いたいなら、自分で【付与】を覚えろって話だ。

 そして【付与】の依頼が1回100万ビーケというのもやっと理解できた。

 当初は高いと思っていたが、自分の努力と経験の結晶をそのまま【付与】するのだから、スキルレベルが高いほどバカ高い金額になるのもしょうがない。

 となると、確かめなければいけないのはこのパターンか。


「パイサーさん。例えば【魔力自動回復量増加】と【魔力自動回復量増加】っていけると思いますか?」


 これがいけるなら、今考えられるベストなはずだ。

「成功例を聞いたことが無いパターンだな。試されたことがあるのかどうかすら分からんが……同じ系統を重ねるよりも、さらにハードルが高くなりそうな気がするぞ?」

「なんとなくそんな雰囲気がありますよね。ちなみに失敗した場合のデメリットはあります?」

「いや、それは無い。失敗すれば俺の魔力が消費されないで終わるだけだ」

「なら一度、そのパターンを試してみてもらえませんか? それがダメだった場合は―――今から属性魔石を買ってきますので」

「【属性付与】も失敗した場合、魔石を無駄に買うだけになるが構わないか?」

「そうなったらしょうがないので、再度売りにでも行ってきますよ」

「……変わった選択を取りやがるもんだ。おまえ一応近接職だろう? 普通なら【剛力】や【金剛】を付けたがるもんなんだがな」

「ふっふっふ……僕はできればこの武器を長く使いたいですからね。長期目線で得をしそうな選択を選んだつもりですよ!」

「ふん……まぁ良い。早速始めるぞ」

 そう言って裏に入っていくパイサーさんを店のカウンター越しに眺める。

 奥には工房らしい雰囲気と、年季の入っていそうな茶色い木製の長机。

 その長机に俺の依頼した武器が置かれている。

 そして武器にパイサーさんが手をかざすと、一拍後、彼の手に薄い青紫の霧が纏う。

 これだけでもう分かる。

 一発目は成功だ。


「こっからだロキッ! 気合入れっからよーく見とけや!! 俺が魂込めて作った武器ッ!! 2発目も成功させてやらぁ!!!!」


 凄い気迫だ……

 元から難易度の高い依頼。

 そこからさらに難易度が跳ね上がりそうな注文をつけているんだ。

 失敗したからと言って文句を言うつもりは無い。

 でも……せっかくなら現状考えられる理想の仕様で長く使いたい。

 頼む……俺のためにも、そしてパイサーさんのためにも成功してくれ……

 俺は思わず手を眼前に組んで祈る。

 でも目はしっかり開け、パイサーさんが行うこれからを観る。

 頑張れ! 頑張れパイサーさんっ!!


(……)


 霧が……出ない……

 いや、出たっ! 出てるよ!!


「魔力出てますよパイサーさんっ!!」


「黙ってろ!! 一発目と違って……すぐに【付与】が付かねぇ!!」


「ッ!?」


 ど、どんな状況なんだ……

 それが分かるのはスキルを発動させている本人だけ。

 俺は霧が出続けたままの手をかざし、一点に剣を見つめて歯を食いしばっているパイサーさんの姿を眺めることしかできない。

 原理が分からなければ分析も出来ないが――それでも苦戦していることは間違いない。

 それにこのままじゃマズいことは分かる。

 霧が出ているということは、魔力を放出し続けているということ。

 このままだと魔力切れになるんじゃ……


(どうするどうするどうする……魔力回復薬? いやいや、そんなもの持ってないし、魔力を譲渡するようなスキルは――ってそんなの調べているうちに魔力枯渇するだろたぶん! 何かないか? 即効性のある何か……)


 そう思った時、長机の奥。

 別の机に、俺が補修依頼をしたショートソードと革鎧が置かれていた。

 それが見えた瞬間、俺は本来入ってはいけない店の奥。

 作業場へ駆け込み、綺麗に補修されたショートソードと革鎧を掴み取る。

 パイサーさんから怒声は飛んでこない。

 それどころじゃないことは分かっている。

 なら俺は現状が少しでも改善できそうな方法を取るまでだ。

 ショートソードに【付与】されている【魔力最大量増加】

 これがすぐに魔力を50増やす即効性のあるスキルであることは分かっている。

 手で握らなくても【付与】の効果が発動することだって検証済み。

 ならば。

 傷を付けないよう、そっとパイサーさんの踏ん張る足先にショートソードを触れさせる。

 ついでに魔力を1回復するだけでも3分近くはかかるので、意味がほとんど無いと分かってはいるものの、それでも皮鎧をもう片方の足先にそっと触れさせておく。

 これで息子さん用に付けた二つのスキル効果は、パイサーさん自身に発動しているはずだ。

 そして、これ以上打てる手はもう無い。

 後は祈るしかない。

 既に魔力の霧が出始めてから、軽く30秒以上は経過している。

 俺はただただその霧を見つめていると、さらに数秒後――フッと、霧は一瞬で消失した。

 だから俺は、咄嗟にパイサーさんを見てしまった。

 魔力切れならこのまま昏睡する。

 武器が転がっているような場所で倒れれば、最悪は大惨事になってしまう。


 だが……パイサーさんは立ち続けていた。

 大粒の汗を額に張り付け、目は一点に剣を見つめながら――――ニヤッと笑った。

 笑ってくれた……


「成功だ!」

「うぉおおおおおおおおお!!」

「一瞬ぶっ倒れるんじゃねーかと思ったがな……こいつのおかげか」

 そう言いながら、パイサーさんは足元にあるショートソードと革鎧を拾い上げる。

「中に入っちゃってすみません。魔力切れになる可能性が過ぎったので、息子さんパワーをお借りしようかと……」

「ふん。こいつはもう息子のじゃねーよ。俺がロキに剣を売り、鎧はロキにくれてやったんだ。だったらもうロキのもんだろうが」

「それでもですよ! とにかく……ありがとうございます! そしておめでとうございます、でもあるんですかね? 珍しいパターンの成功例でもあるみたいですし」

「仕事で引き受けたんだから礼なんぞ不要だ。その分金を貰うんだからな。だがまぁ……同スキルの【付与】成功事例は、もしかすっと商業ギルドに報告すれば|報《・》|奨《・》|金《・》が出るかもしれんな」

「へ~そんなのもあるんですか?」

「詳しく報告すればだぞ? そしたら他の付与師のやつらの参考になるし、成功事例から指名依頼が入るパターンだってある。そうすりゃギルドは仲介手数料で儲かるってわけだ」

「おぉ! じゃあパイサーさん繁盛するかもしれないじゃないですか!」

「バカ言うんじゃねぇ! こんな魔力使っても失敗する可能性があるような、|普《・》|通《・》|じ《・》|ゃ《・》|ね《・》|ぇ《・》【|付《・》|与《・》】を誰がやるかってんだ! おまえの武器が無けりゃ俺はぶっ倒れてたぞ!」

「でも指名依頼は断れば済む話ですよね? 報告するだけでお金貰えるなら貰っとけばいいじゃないですか。明日からハンターギルドのアマンダさんが僕と一緒にマルタの商業ギルドへ向かいますし、ついでに報告でもしてもらうとかで」

「……それ、本当か?」


 その後、外から見ていた俺の意見も交えながら、商業ギルドの報告内容を木板に纏めていく。

 もう開き直ったのか、パイサーさんは伏せていた【付与】スキルのレベルも『2』とちゃんと書いていたのにクスッときてしまった。

 ギルドに報告をすれば当然その確認も入るわけで、本来なら成功した装備を見せる必要があるらしいのだが……

 そこは俺も商業ギルドへ一緒に行くので、ついでに剣を【鑑定】にかけてもらえばそれで済むらしい。

 その結果報奨金が出たならば、そのお金をアマンダさんがベザートに持ち帰れば、ハンターギルドとパイサーさんのお店は目と鼻の先だ。

 顔見知りのようだし、金銭のやり取りもスムーズに行われることだろう。


「ほんとありがとうございます! それではお納めください。1700万ビーケでございます」


 一通りの装備を預かった俺は、不用心にカウンターに置かれたままだったお金をズズーッとパイサーの下に滑らせる。

 それを見て「ケッ!」と一言。

「お使いに行ってもらうんだしな。メンテナンスの代金含めて50万ビーケは釣りだ。持ってけ」

「いやいやそれは片手間ですし、ほとんど動くのはアマンダさんですから。それに普通よりも難しい依頼をしたことは分かってますから1700万ビーケでいいですって」

「勘違いすんなよ? 俺は1700万ビーケなんて一言も言ってねぇ。1600万ビーケを超えるくらいって言ったんだ」

「だから多重付与も成功して、1600万ビーケを超える1700万ビーケを払うって言ってんでしょうが!」

「超えるっつーのはちょっとはみ出るって意味だバカ! 1700万ビーケかかるなら初めから言ってるわ!」


 こんなやり取りがしばらくできなくなると思うと少し寂しくもなる。

 だがパイサーさんは元冒険者だ。

 ルルブでしこたま魔物を倒してきて、武器まで新調してるんだから……

 俺が次にどうするのかは、もうはっきり分かっているんだろう。

 だからパイサーさんには細かいこと言わないよ―――


「また来ます」


 ―――この人にはそれだけで十分だ。102話 見送り

 ロディさんへの挨拶ついでに回収してきた特製籠の中へ、宿に置いてある荷物を片っ端から放り込む。

(俺のカバンに、古城さんのバッグ、あとは女神様達のサンダルに――ほんと女物の比率が多いな……)

 見る人が見たら「そんな趣味をお持ちで?」と思われそうだが、気にしてもしょうがないし、籠の奥に入れて上から穴空きスーツで蓋をする。

 おっと……フェリンも今日が最終日だな。

 靴はもう回収しておいた方が良いか。

「フェリン? フェリンのサンダルも一応持ってくよ?」

「ん~しょうがないよね。【神眼】にすると持ち運べないし……」

「また必要な時が来るまでちゃんと俺が持ち歩くからさ」

「あーあ! ずっと【分体】を降ろしていられたらなー!」

「ははは、そうすると女神様達の間で大揉めになるでしょ」

「正解! というか既にちょっと揉めてるし!」

 ん? それは初耳だぞ?

 大丈夫なのか?

「そうなの?」

「私が旅するって言ったからなんだけどね。誰がパルメラの森を調査、監視するのか。旅をするならどこら辺に行くつもりなのか、とか……色々ね~」

「そっか……みんなも世界を見て回りたいっていうのが本音なのかな」

「たぶん?」

 女神様達はざっくり言えば、刺激を渇望する暇人集団。

 自分達の世界を見て回る方が、そりゃ様々なモノが視界に飛び込んでくるし楽しいはずだ。

 それに比べてパルメラは……まぁツマらないだろうな。

 魔物に興味があるフィーリル様も、【神通】で「もう飽きました~」なんて言ってたし。

 ただそれについて俺がどうこう言うことはない。

 そもそも言える立場でもない。

 アドバイスを求められれば答えるが、そうでない限りは女神様達の方針に口を挟まないのが一番だろう。

 俺の狩りに支障が出るような方針になってしまったら、さすがにブーブー文句言うけどね。


 さて、これで忘れ物はないかな。

 約3ヵ月間お世話になった部屋ともお別れだ。

「それじゃ、そろそろ行ってくるよ」

「うん! 行ってらっしゃい!」

「……」

「……」

「ん?【分体】消さないの? 俺が見送ろうかと思ったんだけど」

「ううん~今日は私が見送ってあげるよ。この町最後の出発でしょ?」

「まぁまたいずれ顔は出す予定だけど……分かったよ。それじゃ行ってくるね。またそのうち【神通】で!」

「うん!」

 いつもは女神様達の【分体】が消えていく様を見るばかりなので、なんだか不思議な感じだなと思いながらも籠を背負い、フェリンの横にある部屋の扉を開ける。

 が、開けきる前に、なぜか俺の頭を片手で包むように抱えられた。

「ロキ君、頑張ってね」

「……もしかして籠、邪魔だと思った?」

「……ちょっとだけ」

 そっか、やっぱりアレは夢じゃなかったんだ。

 そっかそっか。

 なんだか勘違いじゃなかったことが嬉しくなって、俺はフェリンの方へ向く。

「え?」

「こっち向けば、大丈夫でしょ?」

「……フィーリルは抱っこしようとしたら断られたって言ってたよ?」

「あ、あれは血だらけだったし……」

「ふーん……まぁいっか!」

 そう言いながら、俺の頭をギュッと抱き抱えてくれた。

 だからあの時と同じように、俺も背中に手を回す。

 物凄くドキドキもするけど、それでも眠たくなってしまうような良い匂い。

「行ってらっしゃい! またね!」

「……うん! また!」

 最後に頭をポンポンと撫でられたので、それを合図とばかりに俺は部屋を出る。

 最後、恥ずかしくてフェリンの顔は見られなかった。



「とうとう出発だね」

「はい~」

「ん? 顔赤いけど……熱でもあるんじゃないかい?」

「あーいえいえ! 大丈夫です勘違いですよたぶん!」

「そうかい? まぁ本人が言うならそれでいいけど……ホラ余分に預かっていたお金だ」

「んん? あぁ……気にしなくていいですよ? それ」

 女将さんには発つ日を事前に伝えていた。

 ただリアが下界に来たあたりから、まとめて多めに払っていたお金のことはすっかり忘れていた。

 女将さんが差し出すお金は5~6万ビーケくらいありそうだが……

 その程度数時間で稼げることはもう分かっているので、お世話になった人から受け取る気にもならない。

 フィーリルの時は俺いなかったけど、毎週別の女神様を連れ込んで迷惑かけたし、弁当作ってもらったり部屋食にしちゃったりと、色々便宜を図ってもらっていたしね。

「そんなわけいくかい! 決まったお金以外は受け取れないよ!」

「ん~それでは僕の国の常識をお教えしましょう。色々とサービスをしてもらった人には|チ《・》|ッ《・》|プ《・》という物を払うのがマナーなんです」

「チップ?……なんだいそれは?」

「客からその人個人へのお礼、みたいなものですかね? もちろんサービスが悪い人には払いませんけど、女将さんには色々良くしてもらいましたから」

「……」

「だからそれは、料金以上のことをしてもらったと感じている僕からのお礼だと思ってください」

 日本にそんな習慣ほとんど無いけど、この世界ならバレることは無い。

 それにこう言っておけば、元から手を抜く人じゃないけど、より一層仕事を頑張ってくれそうな気がする。

「本当に変わった子だねぇ。こんなの余裕がある商人だってしやしないよ。……それじゃ坊やのお礼、有難く受け取らせてもらうよ!」

「えぇ、本当に長い間お世話になりました。いずれまた、ベザートへは顔を出すつもりですから、その時はまた泊めてくださいね!」

「任せときな! その時は誰か追い出してでも部屋用意してあげるから!」

「ははっ、それじゃあまた!」


 これでギルド以外のやるべきことは全て終わった。

 あとはヤーゴフさんに会って、最後にコレを渡せば出発だ。

 もし会えなくてもアマンダさんに渡せば話は通じるだろう。

 最後にお礼の意味も含めて、ギルドのお食事処で串肉でも食べるかな?

 それとも出る前に果実水でも飲んで、ガッツリ水分補給しておくかな?

 両方でもいいか?

 そんなことを考えながら、念のためと雑貨屋に寄り、その後にハンターギルドへと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ん? どういうこと?」

 ギルドの受付側から入った俺は思わず固まる。

 今の時間は午前11時くらい。

 本来ならハンター達は狩り真っ最中の時間だ。

 だからこの時間帯は空いている。

 そう思っていたのに、なぜか朝の依頼争奪戦もかくやという混み具合である。

 しかも、どう考えても知り合いのような……大半が飲み会の席にいた人達のような気がする……

「おっロキ、予定より早いな」

「まだ出発の時間じゃねーだろ? 出るまで一緒に飲むか?」

「アルバさんにミズルさん、こんな時間から何やってんですか? しかもお酒飲んでるし……」

 見渡せば、知り合いの大半はお食事処でグダグダゴロゴロしており、大半の手にはジョッキやグラスが握られている。

「バカヤロー! 半年分一気に稼がせてくれた恩人を、黙って行かせられるかってんだ!」

「マルタに行くことは聞いていたからな。アマンダさんに予定を聞いて、ここに集合していたってわけだ」

「うぇ~!?」

 咄嗟にまだ受付に座っていたアマンダさんを見ると、大して悪気も無いのかテヘペロしている。

 まったく可愛くないし、本当に歳を考えてほしい。

「それはなんとも有難いですけど……でも皆さん仕事はいいんですか?」

「大丈夫ですよ。さっきリーダーが言った通り、参加者は半年分くらいの蓄えがありますからね」

「そうそう! サボる時はサボるのがハンターよ!」

「自由だからこその特権だな!」

「その通りだ」

「……」

 本当にいいのだろうか?

 この人達を誘ったのは失敗だったんじゃないだろうか?

 でもまぁ……それがこの世界のハンターなんだろうな。

 命を懸けて数日分の収入を1日で得る。

 その分、働く日数を抑える。

 それを良しとするからハンターになるし、そんなのは不安だと思えば、いくら腕っぷしが強くても衛兵さんとかこの文明なら騎士とか?

 もっと堅実な仕事を選んで定職に就くんだろう。

 それにこんなことされて嫌なわけがない。

 いくら飲んだくれていようが、俺の見送りという名目で集まってくれているんだ。

 ならしょうがないか……

 パイサーさんからは解体用ナイフを購入したりと帳尻合わせをしたけど、それでもそれなりのお釣りを貰ってしまったんだ。

 旅をするにはやや革袋が"|重《・》|い《・》"と感じる。

 はぁ……俺もチョロいなぁ。

 ヒロインならチョロチョロチョロインだよ。


 お食事処に向かい、おばちゃんへ適当に掴んだ革袋の中身を渡す。

「この分でここにいる皆さんの代金を払います。もし余ったら、初日に頂いた串肉のお礼ということで受け取ってください」

「ちょっ……坊や! 多過ぎるよ!!」

「「「「「うぉおおおおおおおお!!」」」」」」

 おばちゃんの声は聞こえているけど、大歓声のせいで聞こえなかったことにしておこう。

 パッと見た感じ30万ビーケくらいはありそうだから、前の飲み会代金を考えてもまず確実に余るだろう。

 あの串肉、さいっこーーーーーーーに美味かったからな。

 生き返ったお礼ということなら安いもんだ。

「ロキすげぇー!!」

「お母さんにお土産買ってもいいのかな!?」

「お金持ち過ぎて怖い……」

「あれ! ジンク君達もいたのか!」

 ビックリした。

 てっきり狩りにでも行っているのかと思ってたら、大人たちの陰に隠れて飲み食いしてる。

「当たり前だろ。風呂入った人達はみんないるんじゃないか?」

「え? まさか誰かの奥さんや彼女さん達も?」

「あぁ。なんかハンターギルドにはさすがに入りづらいから、北門の方にいるようなこと言ってたぞ?」

 マジかよ……大事になり過ぎだよ……


「は、はは……そっか……そりゃ凄い……」


 駄目だ。状況が俺の器では収まりきらない。

 なんか「偽勇者(スケベ)の旅発ち」みたいなテロップがどこかで流れていそうな気がする。

「大変ねぇ」

「何を他人事みたいに……アマンダさん、早く出発するとかできないんですか?」

「それは無理よ。ギルド専用馬車が正面に来ないと出られないもの。多少は早めに到着すると思うけどね」

「そうっすか……」

「いいじゃないの。みんなロキ君を慕って集まってきてくれてるんだから、最後くらい付き合ってあげなさいな」

「最後じゃないですから! 顔出しますから!! ……でもまぁ、たしかにそうですね」

 コミュ障にはかなり厳しい状況だ。

 自分が見送る側の一人なら何も問題ないんだが、見送られる側の主役となるとどうしていいか分からなくなってしまう。

 でもせっかく俺のために集まってくれているんだしな。

 それなのに俺が出発までどこかに引っ込むというのはちょっと違うだろう。


(ヤーゴフさんの部屋で時間潰そうかと思ったけど……うん、コレはあとでアマンダさんに渡そう)


 よしっ! そうと決まれば景気づけだ!

 こんな環境、飲まなきゃやってられんわ!


「おばちゃん! 串肉と果実酒ください!!」

「ちょっとー! ロキ君あなた一応護衛なのよ! お酒はダメーーっ!!」103話 出立

 ギルドの正面入り口。

 その脇に1台の馬車が止まっていた。

 見た目は北門にいくつもある他の馬車と同様で、前後が見通せる筒型の幌になっており、脇に1ヵ所だけ布が捲れる窓のような場所が付いている。

 そんな馬車に、ギルド用ということもあって別の支部に運ぶ物なのか、4つほどの木箱が荷室部分に積み込まれる光景を俺は眺めていた。

「なんでこんな賑やかなんだよまったく……おう坊主! 俺が御者のホリオだ。よろしくな!」

「あ、ロキです! 一応護衛でもあるみたいなので宜しくお願いします!」

「くははっ! マルタまでの道中なんざ、まず何も起きないから適当に遊んどけ。この辺の魔物くらいなら俺が倒しといてやるさ」

 んー? そんな適当でいいの?

 アマンダさんと同じ40歳くらいだろうか?

 やや白髪交じりのおじさん――ホリオさんから言われた言葉に耳を疑う。

 マジで? という目でアマンダさんを見ると

「普通の護衛依頼じゃこうはならないわよ? ロキ君は一応お客さんみたいなものだからね」

「えっ? そうだったんですか? てっきりお酒禁止されたし、僕が護衛役かと思ってました」

「だってギルドから護衛料出ていないでしょ?」

「んん?……そういえば」

「彼はギルド専用馬車の専属御者だから、よほどの緊急時以外はロキ君が動く必要もないわよ。彼もDランクハンターだしね」

「ほ~そうだったんですか! って言っても何かあれば言ってくださいね。魔物倒すの大好きなので!」

 ネットが無い世界なんだ。

 道中は絶対というほど暇を持て余すに決まっている。

 それに馬車を見ると、若い時に数度乗った現代の高速バスを思い出す。

 狭い空間にひたすら座り続けるのは、精神的にもお尻的にもかなりの苦痛を伴うだろう。

 だったら魔物が出てくれば良い気晴らしになるだろうし、もしかしたら俺の知らない魔物だって現れるかもしれない。

 そんなトイレ休憩みたいな大チャンス、そう簡単に譲るわけにはいきませんよ!

「変わった坊主だなぁ……だからそんな歳でDランクハンターになるのか」

「ふふっ、私は安心して乗っていられるわね」

「まぁいいか。そろそろ行くぜ?」

 そう言って手綱を握るホリオさん。

 その動きを見てアマンダさんも馬車の後部から中へ入っていくので、俺も一歩踏み出し、そして振り返る。

「元気でなー!」

「ちゃんと帰ってこいよー!」

「無茶するんじゃねーぞ!」

 正直に言えば、みんな一斉にしゃべっているので、誰が何を言っているのかはよく分からない。

 でも表情から気持ちは汲み取れる。

 奥には……異世界人に対して過剰にビビるペイロさんを始めとしたギルド職員の方々やお食事処のおばちゃん、解体場のロディさんに、忙しいはずのヤーゴフさんも腕組みして眺めているし……

「皆さんもお元気で! 必ずまた寄りますからね! それまで誰も死なないでくださいよ!」

「当たり前だろーが!」

「おまえが言うんじゃねぇー!」

「一番早死にしそうなのは誰よー!」

 さすがハンターの人達だな。

 誰か分からないがその返しに苦笑いしつつ、手を振りながら馬車の中へ入る。

 正面にはアマンダさん。

 もう皆の姿は幌に遮られて見えない。

 ――と思ったら、馬車の後方から声を掛ける子達がいた。

「ロキッ! 絶対だぞ! ちゃんと戻ってこいよ!」

「私あの文字読めるように頑張るからね!」

「バカ! それ内緒だろうが!」

「メイちゃんあとで怒られる~」

 最後まで相変わらずの3人衆だな。

 チラッとアマンダさんを見ると、何かを悟ったのか――表情に含みを持たせながらそれでも黙ってくれている。

「3人共、ちゃんと勉強もするんだよ! 次あった時は文字だけじゃなく、算術の確認もするからね!」

「「「ギャーーッ!!」」」

 蜘蛛の子を散らすようにギルドの方へ走っていく3人衆を眺め、ふっ、と一息。

 馬車がゆっくりと動き始めた。

 何気に俺の背後にある小窓から外を見れば、ギルドの反対側。

 そこに騒ぎが気になって出てきたのか、それともハンターの誰かから聞いたのか。

 武器屋の店主であるパイサーさんも立ってこちらを見つめていた。

(……あなたの作ってくれた剣で、頑張ってきますよ)

 俺は思わず新調した剣を軽く掲げ、もう片方の手で拳を作り、親指だけを立てる。

 あの人には言葉はいらない。

 作ってくれた武器で成果を上げ、そしてちゃんと生き残ればそれでいい。

 たぶん俺の手の意味はよく分かっていなかっただろう。

 それでもパイサーさんは無言で、俺と同じ手の形を作ってくれた。



 ゆらゆらと、揺れながら進む馬車。

 後方から手を振ってくれる、知り合いのハンター達。

 その光景を見つめながら俺も手を振り返していると、少しして馬車の進路が北側を向く。

 皆の姿が、視界に入らなくなる。

 あとはこのまま進めば北門へ、そしてベザートを抜けるだけだ。


「皆の前で我慢したのは偉いけど……泣かないの。男の子でしょ?」


「うぅ……だって……」


 俺はこの世界で、いったい何度涙を流したのか。

 まるで機械のように感情を殺し、淡々と過ごしていた色の無い日常から、鮮明に日々が色づくこの世界へ。

 生死を嫌でも理解させられるこの日常のせいなのか、それとも他に要因でもあるものなのか。

 なぜかこの世界に来てから感情の波が激しくなっていることを理解するも、上手く制御ができずに両手で顔を覆う。


 今までの人生で、こんな見送りをされたことなんて一度も無かった。

 小学校でも、中学校でも、高校でも。

 卒業式はなんとなく別れ、ほとんどの人達とはそれっきり。

 だからと言って、それを後悔することも、再会したいと思うことも無かった。

 それだけ関係が希薄だった……相手からも再会を求められることは無かったんだ。

 なのに――


(なんで、かぁりぃのインド人店主やよく買い物していた屋台のおじちゃん、それに30年はその顔忘れんぞと誓った気がする靴屋の親父まで出てきてんだよ……どこも絶対この時間は営業中でしょうが……)


 俺の中の地球の常識は――日常はなんだったのか。

 この町の人達は温かい。

 ただただ、そのことだけを思う。


(こんな温かい対応してもらったことがないんだよ……)


 教会が昼の鐘を鳴らす中、俺は泣きべそかきながらもベザートを抜けた後の北門を眺める。

 この光景を忘れることはないだろう。

 最初に訪れたのがベザートだったからこそ、今の俺がきっとあるはずだ。


 最後に――


「ロキくーん! お姉さん達の裸見られたことは忘れないからねー!」


 ――そんなことを大声で叫ばれ、アマンダさんの顔が大きく歪んだことも決して忘れないだろう。
************************************************

ロキの手帳②

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:17  スキルポイント残:128

 魔力量:140/140 (+28) 剣を所持している場合のみ魔力上昇付与でさらに+50

 筋力:   68(+55)
 知力:   64(+11) 
 防御力:  62(+115)
 魔法防御力:62(+18)
 敏捷:   67(+66) 
 技術:   61(+16)
 幸運:   67(+20)

 加護:無し

 称号:無し


 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル

【剣術】Lv3 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値190%の限定強化を行う 魔力消費9 筋力補正

【棒術】Lv5 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 筋力補正

【短剣術】Lv2 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値160%の限定強化を行う 魔力消費7 筋力補正

【挑発】Lv2 注意を自分に向けやすくする 発動範囲20メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費7 防御力補正

【狂乱】Lv2 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値140%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用制限時間2分 魔力消費0 筋力補正


◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv2 魔力消費20未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv3 魔力消費30未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv4 魔力消費40未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【魔力操作】Lv1 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が5%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正


◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv3 狩猟技能が向上し、獲物を少し発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv2 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv1 採取技能が向上し、採取物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv1 対話能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv1 料理技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正


◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv2 上下左右の視野が僅かに広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv2 僅かに遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv3 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径15メートル 魔力消費0 技術補正

【俊足】Lv2 走る動作に補正がかかり、移動が僅かに速くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【探査】Lv1 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径30メートル 魔力消費0 幸運補正

【算術】Lv1 算術能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv1 暗記能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【夜目】Lv4 暗闇の中でも少し視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正


◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv7 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔力最大量増加】Lv2 魔力最大量を20増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv2 魔力自動回復量を10%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正 

【剛力】Lv1 筋力値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【疾風】Lv1 敏捷値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【物理攻撃耐性】Lv1 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【鋼の心】Lv1 精神攻撃に対する抵抗が僅かに増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正(レベル1で+2上昇)

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意志の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ(レベル1で+4上昇)


◆その他/魔物

【突進】Lv6 前方に向かって能力値280%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力15 敏捷補正

【噛みつき】Lv5 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値240%の補正を行う 魔力消費11 筋力補正

【粘糸】 使用不可 魔法防御力補正



●ボーナスステータス値

各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)

スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)

スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)

スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)

スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)

スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)

スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)

※魔力のみ2倍 【神通】はさらに倍の4倍のためレア度が影響している可能性有り



●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

0→1・・・・・・2ポイント

1→2・・・・・・4ポイント

2→3・・・・・・12ポイント



●レベル上昇による各能力上昇値

レベル1~10・・・・・・ 各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇

レベル11~17・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇



●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得られるスキル経験値の関係性(推定値)

スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


スキルレベル2から3に必要な経験値は600  


スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 


スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 


スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000104話 一時の傷心

 特に何を考えるでもなく、ただなんとなく窓外の景色を眺め続ける。

 穀倉地帯を抜けた以降はあまり代わり映えしない、どこにでもありそうな草原地帯が延々と流れていく。

 ベザートの町を出てからかれこれ3時間ほど。

 それまで会話の一つも無かった馬車の中で、女性の落ち着いた声が響いた。

「少しは落ち着いてきた?」

「えぇ。多少は」

「もう……町を出るだけでこんなんじゃ、世界を旅なんてできないわよ?」

「……」

 たぶん、それは違うんじゃないかな。

 ベザートだったから。

 俺が最初に辿り着いたあの町だからこそ、こんなに気落ちしてしまっているんだと思う。

 まぁ俺もこんなに凹むなんて予想外過ぎるけど……

 日本にいた頃じゃ有り得ない感情に、自分自身でも驚いているくらいだ。

 でもアマンダさんの言わんとしていることだって分かる。

 いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。

 そもそもこの選択は自分で選んだことだ。

 寂しい、悲しいという感情はあるけれど、だからと言って戻りたいかと言われれば答えはノー。

 だからベザートを出たことに後悔はない。

 強くなりたいという願望はどうやっても捨てられないわけだしね。

 ならいい加減、シャキッとしないとなぁ……

 じゃないとさっきから馬車の中はお通夜状態だし、アマンダさんやホリオさんにも迷惑を掛けてしまう。

「……もう大丈夫ですよ。すみませんべっこり凹んでしまって」

「あれだけ盛大な見送りをされたんじゃ分からないでもないけどね。でも少し安心したわ」

「え?」

「子供らしくないことを度々やらかしてくれるロキ君でも、こんな時ばかりはかなり年相応なんだなって」

「ん? 僕は32歳ですよ?」

 ガタッ!!

「……は?」

 あれ? もしかして実年齢って伝えてなかったっけ……?

 伝えたのジンク君達3人衆だけか?

 やっべ。ボーッとしててやらかしたかも……

 なんか急に馬車の動きがブレたし、ホリオさんにも聞かれてしまったっぽい。

 うーん、エルフとのハーフですとでも言っておけば誤魔化せるんだろうか?

 エルフがいるのか知らんけど。

「はは……はははははっ……」

「ん! んんっ!……落ち着いたようだし、一応これからの予定を説明しておくわね」

「そうでした! それをまったく聞いておりませんでした!」

 異世界人に繋がりそうな年齢ネタは下手に触れられないと思ったのか、あまりにもわざとらしい話題逸らしをするアマンダさん。

 だが原因は俺にあるので、有難く乗っからせてもらうことにする。

「今日の夜は街道沿いの馬車が止められそうな場所で野宿よ。そして明日は早朝に出発、夕方頃にはマルタへ到着予定になるわ」

「か、簡潔な説明ありがとうございます……」

 以前ベザートで見た護衛依頼で、マルタまでが2日程度ということは分かっていた。

 が、そうかそうか野宿か。

 まぁ俺は今更なので問題無いが、アマンダさんは大丈夫なのだろうか?

「アマンダさんは野宿に慣れているんですか?」

「慣れているわけじゃないけど大丈夫よ? 私は馬車の中で寝るし、水や食料もこの中に積んでいるしね」

 そう言って腰掛けていた木箱をポンポンと叩いているので、たしかに護衛も二人いるし馬車の中なら問題無さそうだな。

「ロキ君もお客さんみたいなものだし、一緒に馬車の中で寝ても――」

「大丈夫です!! 野宿の達人なのでお構いなく!!」

 ……ゾワッとした。

 馬車の中で一緒に寝たら、たぶん俺が捕食される気がする。

 フェリンで変な甘え癖がついたのか、今ならたとえアマンダさんでも優しくされると落ちてしまいそうなので、この傷心のタイミングを狙ったとしたらなかなかにえげつない戦略である。

 向かいで舌なめずりをしていそうな人が醸し出す、さっきとは別物のおかしな空気をまずは変えねば……

 そう思った俺は、ジュラルミンケースの中に入れておいた紙を数枚渡す。

 ホリオさんの近くでやるべきことではないのだが、マルタに着くまで3人はセットで行動を共にするんだ。

 ならば遅かれ早かれというものだし、あまり詳しい内容を話さなければ単なる発明家くらいに思ってくれるだろう。

「ここ数日で僕があったら良いなと思った庶民向けの物です。今回は拙いですが絵も描いてみました」

 渡したのは現代の『傘』と『自転車』についての解説書とでもいうのだろうか。

 分かる範囲で構造や用途、そしてこの世界で代替出来そうな素材などを書いている。

 仮に知識がゼロの人でも読めばどういうものなのか、使うことによってどんな生活改善が図れるのかを細かく書いておいたので、これだけでもおおよその内容は掴めるだろう。

 するとアマンダさんはその内容を一瞥し、言葉を発することなく視線だけをホリオさんの方へと向ける。

 だろうね。

 俺も考えていることは同じですよ。

 だからこう言っておこう。

「じっくり内容をご覧ください。時間はいっぱいあると思いますから」

 これに黙って頷き、再度渡した紙へと視線を落とすアマンダさん。


 ふぅ~……

 これで気まずい雰囲気になることもないだろう。

 会話内容の制限付きという状況では碌にしゃべることもできないし、できれば今日くらいは傷心気分も許してもらいたい。

 それから馬車が止まるまで、俺は代わり映えのしない外の景色をのんびり眺め続けた。

 まだみんなは、ギルド内のお食事処でどんちゃん騒ぎでもしてるのかなぁ……105話 ハンター談義

 日が沈みかけた頃。

 ベザート、マルタ間の馬車停留所とも呼べそうな、広めの空き地に到着した俺達は早々に食事を摂った。

 ホリオさんが馬の世話をした後は、以前メイちゃん家から借りたのと同じ着火用魔道具を使って焚火を用意。

 その後ろでアマンダさんが木箱をゴソゴソしていたので、何かご飯でも作ってくれるのだろうか? と眺めていたら、渡されたのは例の馬糞モドキだった。

 あれれ? 

 さっき食材が~って木箱ポンポンしてなかったっけ?

 アマンダさんがなんか作ってくれると思ってたんだけど?

 それに最悪のパターンを想定して、馬糞モドキなら俺も買ってきてるし……

 だから思わず聞いた。

「オークってこの辺りにいないんですか?」

 もし周辺にいれば、サクッと食材調達でもしてこようと思ったわけだが。

「坊主……いや、ロキ。街道ってのはな、その手の死人が出そうな魔物が出にくいところに作るから街道なんだぜ? もちろんそう都合良く作れなかった街道もあるけどな」

 こう正論を言われてしまえばぐぅの音も出ない。

 馬糞モドキを見つめると、俺の傷心がさらにエグられる。

 が、文句を言ったところでどうにもならないなら割り切るしかない。

 結局3人仲良く焚火を囲んでお食事タイム。

 やたらと硬くてしょっぱい乾燥肉も一緒に出てきただけマシと思っておこう。

 用意してくれた感謝の気持ちを忘れてはなら――って、しょっぱ過ぎるだろコレ!



 その後の夜番は、単純に眠くなかったという理由で交代制を提案した。

 本来はホリオさんがやる予定だったみたいだけど、それで明日もそのまま御者となると大変そうだからね。

 内心、アマンダさんがしっかり寝るまで起きていたいという気持ちもあったりする。

 眠くなったら声を掛けると伝え、喜んで雑魚寝に入るホリオさんを横目に焚火の前でボーッと一息。

(完全に寝入ったら、【神通】でリステ様に予定通りマルタへ到着することを伝えて……そのあとはお絵かきでもするかな?)

 さすがに女神様を馬車移動に同行させるわけにはいかないので、リステ様の【分体】降臨は俺がマルタに着くまで待ってもらっている。

 フェリンみたいに「早く早く!」とは言ってこないが、予定が分かったらちゃんと伝えておいた方がきっと安心もするだろう。

 あとは追加の説明書だな。

 馬車の乗り心地はなんとなく予想していたが、実際に乗ってみると俺の予想なんざ可愛いものだったということがよく分かった。

 それこそ長時間揺られれば、ケツがさらに割れるんじゃないかと思うほどだ。

 路面なんて舗装されていないからしょうがないにしても、それ以外にも馬車にサスペンションがついていないことも大きな原因と言えるだろう。

 なので油圧サスやエアサスを簡単に作れるとは思わないが、バネのようにクルクル巻かれたオーソドックスなバネサスなら、この世界の文明レベルでもいけるんじゃないかと道中考えていた。

 この世界にはよく分からない鉱石もありそうなので、弾力性に富んだ素材ならベストだろうな。

 あとはついでに日本式座布団も伝えておくか?

 座布団は現在進行形でケツが痛いからだが、まだこの世界に枕はあってもクッションを見たことが無かったので、あったらきっとこの世界のおばあちゃんとかが喜びそうな気がする。

 よし、そうと決まれば早めに紙とボールペンを取りに行こう。

 あまり遅い時間に馬車へ行けばアマンダさんに悪いし、|夜《・》|這《・》|い《・》と勘違いさせてしまうと後が怖いからな。

 今はとりあえず、一人黙々と何かに集中できるというだけで有難い。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 翌日。

 焚火の灯りを頼りに難易度が高いサスペンションの説明書を書き続け、終わったところで交代するのも今更かと、そこからはのんびりステータス画面を眺めていた。

 結局今ある『128』のスキルポイントは何にも振らなかったが、何が【空間魔法】と繋がりがあるのか。

 考察する上では良い時間だったと言える。


 明け方になってアマンダさんが起床してきたので、ホリオさんも起こしてから揃って朝食。

 出発して早々、アマンダさんに追加の説明書2枚を渡して、俺は馬車の中で豪快に寝た。

 アマンダさんも、夜番を俺がしたことはホリオさんからの説明で把握していたので、快く足元で寝転がる俺を許してくれていた。

 追加の説明書でそれどころではなかっただけかもしれないが。


 その後、昼前に起床した俺は、何やら各種説明書を見ながら妄想しているアマンダさんには触れず、ホリオさんとハンター談義に花を咲かす。

 ホリオさんの出身はマルタの北にあるミールという町のようで、そこだと付近にはFランク狩場に該当する小さい森が一つあるだけ。

 なので、さらに北にあるリプサムという町を拠点にかつては活動していたらしい。

 リプサムという名は以前ヤーゴフさんから聞いたような気がしたので、「もしやDランク狩場があるところ?」と聞いてみたらビンゴ。

 これで俺が次に行くべき町は決まったようなものである。

 おまけにリプサムをさらに北へ、いくつもの町を越えれば王都があり、王都からさらにだいぶ北へ行けば、ラグリース王国唯一のCランク狩場もあるとのこと。

 ホリオさんはギルドに雇用された王国の南部を周回する御者専門のハンターなので、北側はその程度しか分からんと言っていたが、それでも俺にとっては十分過ぎる情報である。

 各所を回る先輩ハンターの話は、次なる目的地がさっぱり分かっていない俺からすれば目からウロコな内容ばかりだ。

 そしてそんな話をしていると、数時間に1回程度の割合で魔物が街道にひょっこり姿を現わす。

「おっ、右前方、ゴブリンが出てきたけどどうする?」

 これで昨日も含めて"|や《・》|っ《・》|と《・》"4体目。

「倒してきまーす!」

 馬車は御者以外に討伐できる人間がいるなら、ゴブリン程度でいちいち止まったりはしないらしい。

 走ったまま御者台から飛び降り、馬がビビってしまう前に馬車の前方にいるゴブリンへ向けてダッシュ。

 解体用ナイフでプスッとした後は、水を自前で用意しているわけではないので、無駄使いを避けるため解体せずにそのまま放っておくことにした。

 こうして移動中に身体を動かせるのは嬉しいのだが、スキルを持っていないゴブリンしか出てこないし、何より出現する数が少な過ぎて拍子抜けするほど馬車の旅は退屈だ。

 せめてこの10倍くらいは出てきてほしいと、一般の方には申し訳ない願いを心の内で呟いてしまう。

「相変わらず鮮やかなもんだなぁ……」

「所詮はゴブリンですからねぇ。護衛依頼って受けたことないんですけど、こんなに楽なもんなんですか?」

「まぁ場所によるとしか言えないが、多くは本当にいざという時用だな。どちらかというと魔物よりは盗賊対策に護衛を雇う商人が多い」

「なるほど~じゃあベザートとマルタの間にも盗賊が現れる可能性もあるわけですね?」

 これは身を引き締めねばと思って確認してみたものの、ホリオさんはその問いに笑いながら「ないない」と言いつつ、御者台の後方を指差す。

 するとギルドの入り口でも掲げられている、剣と盾と杖が入り混じったマークが幌に描かれていた。

 そういえば後部の入り口側や、窓が無い方の側面にもこのマークが描いてあるのは気になっていたんだ。

「このマークを見て襲ってくる盗賊なんてまずいないぞ? 金にならない物しか積んでいないのは向こうも分かっているからな。それにベザートとマルタの間じゃ商人だって積み荷も大したもんは積んでいないし、そもそも視界が良過ぎて盗賊が隠れる場所なんてないだろ?」

「あーたしかに……」

「だから遊んでろって言ったんだ。魔物がたまに出てきたってゴブリン程度。毎回ここの区間は眠くなっちまうから、今回は話し相手がいてくれて助かったぜ」

 そう言いながらケタケタ笑うホリオさんを見て、なぜこの人は御者専用のハンターをやっているんだろうか? と、ふと思った。

 豪快な欠伸を連発している姿は、とてもこの仕事を楽しんでいるようには見えない。

 アルバさんやミズルさんよりは年上に見えるが、思うように身体が動かなくなってきたのだろうか?

 それとも単純に楽で割が良い仕事だから?

 そう思って、軽い気持ちで聞いた。聞いてしまった。

「ちなみに御者専用のハンターになったのは何か理由があるんですか?」

「……まぁな。現実を知っちまったんだ」

「……現実?」

「若い頃は調子に乗ってたんだよ。期待の新人なんて言われて、トントン拍子でDランク狩場も安定するようになって。で、近場にBランク狩場があるなんて知ったら……どんなところか行ってみたくなるだろ?」

「まぁ、行きたくはなりますね」

「で、想像以上の惨劇に命からがら逃げた。当時のパーティ仲間を何人も魔物に喰い殺されながらな……それからだ。仲間の死が怖くなってパーティが組めなくなった」

「……」

 期待の新人……強い狩場への興味……俺と被るところがホリオさんには多い。

「ロキがちょっと怪しいと思ったから話したんだし気を付けろよ? 決して様子見程度でも行くもんじゃない。身の丈に合わない狩場なんか行けば、俺みたいになっちまうからな?」

 そう乾いた笑みを零しながら話すホリオさんの話は、たぶんこの世界でもよくあることなんじゃないかと思う。

 ハンターという職業を選べば出てくる単純な興味、今までよりも高い収入、高ランクハンターへの憧れ、過剰な自信……その結果、急に降りかかる身近な死。

 ギルドがそうならないようにランクで依頼制限を掛けていても、それでも興味本位でどの程度のものなのか、様子を見に行ってしまうハンターはきっと多いのだろう。

 俺もゲームでなら間違いなくその一人だった。

 そして異世界という今の|現実《リアル》でも、その一歩手前まで来ている自覚がある。

 死んだら終わりという気持ちと、もしかしたら飛び級でBランクもこの防御力があればなんとかなるんじゃないかと。

 上手く安定して倒せれば、急激なレベル上昇と上位狩場らしいスキルを得られ、飛躍的に俺の力は向上するんじゃないかと……

 そんな気持ちがせめぎ合っている。

「大丈夫ですよ。ベザートの皆にはまた会おうと約束しましたからね。死ぬような選択を取るつもりはないです」

「ならいいけどな……」

 ――決して|行《・》|か《・》|な《・》|い《・》|で《・》|す《・》とは言えなかった。

 それに気づいたのか気付いてないのか、ホリオさんもその点を突っ込むようなことはしてこない。

 二人して馬車の行き先をのんびり眺め――

「やっと着いたぜ? あれが領都マルタだ」

 石造りの高い外壁が見え始めたところで、ホリオさんがそう教えてくれた。106話 領都マルタと商業ギルド

 ホリオさんは二人いた門番のどちらとも知り合いなのか顔パスで。

 俺とアマンダさんはギルドカードを提示することによって、すんなりマルタの町へ入ることができた。

 すると中に入っての景観にまず驚く。

(おぉ~地面が石畳だ。外壁といい、街の雰囲気が明らかに違う)

 土と木材が多く、全体的に茶色いイメージの強かったベザートと違い、馬車の中から眺めるマルタの町は、石材が非常に多く少し近代的に見える。

 一言で言えば整った綺麗な街並み。

 そこら辺を歩く人達の服装もベザートより質が上がっているように見えるし、農村チックな町ベザートと都市マルタというくらい大きな差があるように感じる。

(すげぇ……ホリオさんがさりげなく領都って言ってたけど、まるで映画の中の世界みたいだな……)

 そんな感想を洩らしながら、まるで御上りさんの如く窓外の景色に釘付けになっていると、しばらくして大通りに面した場所で馬車が止まり、ホリオさんから声がかかった。

「とりあえずハンターギルドには着いたが、お前たちはこれからどうするんだ?」

「そうねぇ。まだ明るいし、先に商業ギルドの予定を済ませちゃおうかしら? ロキ君もそれでいい?」

 そう聞かれても俺に拒否権があるとは思っていない。

 ついていくしかないので、アマンダさんに了承の返事をする。

「それじゃあここでお別れだな。ロキ、夜番助かったぞ。身体に気を付けてほどほどに頑張れよ? くれぐれもほどほどにだ」

 そう言いながら、肩をパンパンと叩いてくるホリオさんを見上げながら思う。

 お礼を言わなきゃいけないのは俺の方だろう。

 まさかここまで移動中に有益な情報を貰えるとは思ってもみなかった。

 女神様達じゃ分からない、この世界で実際に生活している人だからこそ分かる生の情報――本当に感謝しかない。

「こちらこそ色々教えていただきありがとうございました! またどこかでお会いできることを期待してますよ!」

 その言葉に片手をヒョイッと上げながら、ハンターギルドの中へと入っていくホリオさんを眺めつつ、アマンダさんにも気になることを確認する。

 徒歩に近いペースで馬車が動いていたとはいえ、30分くらいは町の中を移動していた。

 それだけでベザートとは町の規模が異なることはすぐに分かったので、気になるのはアマンダさんがマルタに詳しいのかどうかだ。

 二人してマルタ初体験です!

 なんて状況なら迷子になること必至である。

「アマンダさんはマルタに来たことあるんですか?」

「もちろんよ。ちょっと良い物を買いたいってなったら、ベザートの人間はもちろん、この領内の人間はまずマルタに来るものだし」

「それは良かったです。内心迷子になるんじゃないかとドキドキしていましたよ」

「ふふっ、大体は町の中心部にあるから迷子になんてならないわよ? さっ、それじゃ行きましょうか」

 日本も異世界も、地方に住んでいる人が栄えた町へ買い物に行くのはどこも一緒らしい。

 ただ仮に隣町でも、掛ける時間は海外旅行並みで、おまけに一泊野宿もする。

 |た《・》|だ《・》|そ《・》|れ《・》|だ《・》|け《・》の話である。

 ここに自転車が誕生したところで――さすがに一泊野宿は回避できないだろうなぁ。

 大勢の人達が路面の悪い街道を、革袋か籠を背負って自転車で爆走しながら移動していたらちょっと面白いんだけどな。

 となると、もしかしてこの世界に物凄く必要なのはアスファルト?

 うーむ……作り方なんてさっぱり分からんわ……

 そんな、未来の買い物風景を想像しながら俺達は商業ギルドへと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ハンターギルドから10分程度。

 大通りに面した3階建ての建物を二人で眺める。

(なるほど分かりやすい。ハンターギルドは『装備』が、商業ギルドは『硬貨』がトレードマークってわけか)

 入口上部に掲げられているマークを見れば一目瞭然。

 一見ただの丸のように描かれた絵は、金色の着色がなされていることによってすぐに|金《・》|貨《・》と連想できる。

 アマンダさんも商業ギルドに来ることはあまりないのか。

 横にいてもやや緊張した雰囲気が伝わってくるな。

 そして俺は……なぜかちょっとワクワクしてしまっている。

 この世界の商人達はどんな雰囲気で、どんな会話をしているのか。

 元営業マンとしては、そのやり取りに少し興味が湧いてきてしまう。

「それじゃあ私は行ってくるわ。ロキ君は――パイサーさんの作った剣だけ貸してもらえるかしら? 待っている間は先に宿でも取ってきちゃったらいいわよ」

「えっ? ここまで一緒に来たのに、僕は行かなくていいんですか?」

 アマンダさんは頭がおかしくなってしまったんだろうか?

 これじゃ一緒に同行した意味が分からないんだが?

 すると俺の耳元に口を寄せ、小声で語り掛けてきた。

「最初に『ボールペン』がどのような物なのか、ここの上層部に現物を見せて説明しなければいけないわ。その時にロキ君も横にいたら、かなりの確率で異世界人と疑われるはずよ? 見た目からしてこの国にはほとんどいない肌の色をしているんだから。そして疑われれば……接触しようとしてくるでしょうね」

「そういうことですか……」

「ロキ君が商業ギルドと組んで、この国の商人として大成したいというなら止めないわ。でも今までのやり取りを考えると、それはロキ君の望みじゃないでしょう?」

「ん? この国? 商業ギルドも国に関係のない独立した組織かと勝手に思ってましたけど……違うんですか?」

「微妙なところね。ハンターギルドと同じく国を跨ぐ組織ではあるけれど、各国との関係性はハンターギルドよりも遥かに密だわ。目新しく先進的な物が出てきたら、通例だと登録された国の王族にまずは献上という流れになるんだから、情報はある程度漏れるものと思っておいた方がいいわね」

 アァ――……

 なんとなく想像できてしまう。

 そもそもとして、マルタの商業ギルドに出入りしているのはマルタ、もしくは近辺に拠点を構える商人が大半だろう。

 だったら優秀で有益な人材がいると国に報告されることは、商人や研究者ならば喜ばしいことだろうし、商業ギルドの利益を考えるなら、アイデアの宝庫たる異世界人なんざここの上層部は囲っておきたいに決まっている。

 で、あれこれ理由を付けて王様に献上、名誉と称し爵位なんかを押し付けられて縛り付けるって流れか?

 それを断れば……どうなるかな。

 あまり考えたくはない展開だ。

「ん~アマンダさんの言う通りにした方が良さそうですね。剣の【付与】についてもお任せします。ただ一点だけ疑問があるのですが、僕の名前を顧問料だかで商業ギルドに登録しちゃっても大丈夫なんですか?」

 気になるのはここだ。

 名前を登録することによって俺に大きな不都合が生じるなら、名前なんざ登録しなくてもいい。

 お金は狩りで稼げば済む話だし、商人としての収益が欲しくなったとしても、もっと強くなってからすればいいわけだからな。

「大丈夫よ。あくまで利益の振り分けの一つにロキ君の名前、というより『商業識別番号』が入るだけで、そこに顧問だとか発案者なんて名目は一切入らないわ。だから今後ロキ君が面倒と感じるような展開になる可能性があるとすれば――私やギルマスは大丈夫だと思っているけど、お金を引き出す時かしらね?」

「ん? どういうことですか?」

「上手くいけば、知らず知らずのうちに大きな金額がロキ君の取り分として商業ギルドに貯まっていくのよ? 今回の道中で貰った案の商品化も成功すれば、その分ももちろん上乗せされてね。そうなれば金額次第では目を付けられてもおかしくはないわね。まぁ別の国でお金引き出しちゃえば済む話だけど」

「あーなるほど。引き出したあとに僕の行方を探そうとしても、僕はまた別のところに旅立っているから捕まえられないってことですか?」

「そういうこと。それにそんな展開あっても数年、数十年先の話よ? 爆発的に売れるほどの生産なんてまだまだできないんだから」

「たしかに……それもそうですね」

 なら問題ないか。

 職業選択ができないハンデは物凄く痛いが、それでも努力が実るこの世界なら、数年あればそれなりに強くなっている自信はある。

 力業で異世界人を得ようとする輩が現れても、たぶん自衛くらいなんとかなるだろう。

 今怖いのは、まだDランク成り立てというこの状況で強硬手段に出られること。

 だがボールペンから俺の名前に辿り着いたとして、俺が『ロキ』だとどうやって分かる?

 宿に泊まるのだって台帳のような物は存在していないし、町に入るのだってギルドカードは提示するが記録している様子もない。

 良くも悪くも文明レベルが低くてガバガバな世界なんだ。

 それなら数年後にいくらか貯まっている可能性のある、謎の貯金くらいに思っておけばそれでいい気もする。

「うん。理解しました。大丈夫そうですね」

「なら品評が終わるまで宿でも探しながらぷらぷらしてきなさい。商業登録が問題無いと判断されれば、その後は受付でロキ君の商業カードを作るくらいにしておくから」

「なら、先にそのカードとやらだけでも作っておきますよ。ついでに宿屋の情報を聞きたいですし」

「それでも問題ないわよ。じゃあのちほど、ここの1階で」

 こうしてほぼ同時に商業ギルドに入りながらも、それぞれが別のカウンターへと向かっていく。

 俺は当然、綺麗めなお姉さんがいるところだ。

 やはりというか、他より多くの商人っぽい男達が並んでいるけど細かいことは気にしない。

 もう二度と同じ過ちは……過ちは犯さないつもりだが……なぜ横のガラ空きカウンターから強い視線を感じるんだ……

 見ちゃいけないと思いながらもチラッとだけ視線を向けると、50歳くらいのおばちゃんとバッチリ目が合う。

 前に並んでいるおっさん達は……ウン、絶対見ようとしていないな。

 断固として綺麗なお姉さんに対応してもらいたいという、強い意志を背中から感じる。

(はぁ……まぁいっか。遥かに綺麗な人が今日の夜に降臨するんだし)

 そう思ってササッと列から逸れた俺はおばちゃんと対峙する。

「商業カードという物を作りたいんですけど」

「あら、その見た目はハンターよね? となると目的は移動ついでの行商、もしくは露天商かな? とりあえずここにお名前とか書いて頂戴ね」

 ここからはハンターギルドと似たような流れだった。

 名前とか年齢を木板に書いていき、何の商売をする予定かという項目には、さっきおばちゃんがヒントをくれたので『行商』と書いておく。

 特大籠を背負って旅をするとなれば、確かに行商みたいなこともやろうと思えばできるなと今更ながらに思う。

 そして初期費用だという2万ビーケと引き換えに渡されたのは茶色いカード。

 カード自体はそれなりに硬く、素材は銅のように見える。

 そしてカードには名前と、クレジットカードのような9桁の数字が右下に書かれていた。

 この数字がアマンダさんの言っていた、『商業識別番号』というのはなんとなく分かるが――

「もしかしてこのカードの素材や色でランク分けされていたりします?」

 この問いに、受付のおばちゃんは待ってましたとばかりに解説してくれた。

 要約すれば店舗を持たない駆け出し商人や、作物を納品するだけの小規模生産者などは最低ランクの『カッパー』に。

 そこから店舗を持つ商人や中規模生産者は『シルバー』、国内に複数店舗を持つ中規模商人や大規模生産者は『ゴールド』、複数の国に店舗を持つ大規模商人は『ミスリル』、さらにそれが爵位持ちの貴族であれば『プラチナ』のカードを持つことが大半らしい。

 ランクによって良し悪しがそれぞれあり

『カッパー』ランクは年間の登録維持費用が発生しない代わりに、ギルドを利用したり仲介依頼をする場合の手数料が高めに。

『シルバー』ランクは年間30万ビーケ掛かるが、『カッパー』ランクよりもギルド手数料が軽減。

『ゴールド』ランクは年間300万ビーケ掛かるが、『シルバー』ランクよりもさらにギルド手数料が軽減。

『ミスリル』ランクは年間3000万ビーケ掛かるが、『ゴールド』ランクよりもさらにギルド手数料が軽減。

『プラチナ』ランクまでいけば年間維持費は1億ビーケも掛かるが、ギルド手数料が完全無料。

 主要な手数料関係はこのようになっているらしく、その他にも上位ランクになるほど様々な特典があるようだが、『ミスリル』ランクまではお金さえ払えば一応誰でもなれるとのこと。

 そしてこのランクから商人としての格。

 つまり中規模商人や大規模商人といった括りで見られるかどうかが決まるので、商人の多くは年間維持費さえ払えるならランクを上げようと必死になるのだとか。

 要はランクがそのままこの世界のステータスになっているってことだね。

 商業カードを持つことによって、例えば店舗を借りたいとなった場合は候補地のリスト化や土地所有者である国や領主との価格交渉、建物の建造や改装業者の斡旋、商品の仕入れ補助など様々なことがギルドに依頼できるようになるため、このカードが無くても商売をすることも一応できるが、円滑に商売したいとなればほぼ登録は必須。

 無くてもなんとかなるのは物の仕入れを独自にできる、もしくは自分で作った物だけを売っている店舗を持たない商人か、俺みたいなハンターと兼業でちょっと移動時に小遣い稼ぎみたいなタイプくらいらしい。


 そして俺はここまで聞いて、『カッパー』ランクのままでいいやと思ってしまった。

 店舗を持って商売しようとか、物を大量に仕入れて何かしようなんて気が今のところまったく無いんだ。

 ハンターランクなら上げていきたいと思うが、商人希望じゃないのでこっちのランクはどうでもいい。

 ただ……俺が必要としている|情《・》|報《・》を商業ギルドが多く持っているなら考え方も変わる。


「商業ギルドは情報も扱っているんですよね?」


 パイサーさんが同スキルの二重付与に成功した時、その結果を登録すれば指名依頼が入る可能性や、他の付与師が参考にするようなことも言っていた。

 そして有益な情報に報奨金を支払うということは、その情報自体を売り買いしているとも取れる。

「そういうこともしているけど……あっ、坊やはそっちが目的での登録?」

「いえいえ、そういうわけではないですけどね。自前の籠があるので行商もしつつ、欲しい情報があれば買いたいかな~なんて」

「なるほど~その籠いっぱい入りそうだものねぇ。で、どんな情報が欲しいの?」

 そう言われ、何を確認すべきか。

 確認しても問題無いかを考える。

(あまりこの世界の住人が聞かなそうなことを確認するのは少々マズいか? でも敢えて聞くことによって、疑いの目が向けられない可能性も――)

「欲しいのはマルタに住んでいる高レベル付与師がいるかどうか。あとは【空間魔法】の取得条件が分かれば……」

「……付与師に関しては調べることができるわ。と言ってもギルドに登録している付与師は多くないから、高レベルがいるかは分からないけどね。それと【空間魔法】は『取得条件が解明されていない』というのが答えよ」

「やっぱりですかぁ~……」

「そう落胆しないの。商人の誰もが一度は憧れる魔法よ? 皆が欲しがるけど、実際に使用が確認されたのは異世界人のみ。だから異世界人限定の魔法なんて言われているくらいだし」

 この返答は素直に残念な結果だ。

 ここで分かれば全財産叩いてでも、いや足らなければ足りるまでマルタに滞在してでも得たい情報だった。

 だがおばちゃんのこの言いようなら、【空間魔法】の存在を聞いてくる俺は異世界人じゃないと判断もされやすそうなものである。

 ダメ元ではあったし、それならそれで良しとしておこう。

「【空間魔法】に憧れてたんですけどね。となると付与師の方はすぐ結果が分かりますか? 費用と結果が出るまでの時間を知りたいのですが」

「そうねぇ……明日来てもらえれば調べ終わっているはずよ。料金はスキル保持者の調査でこの町限定ということなら10万ビーケ。
 そこからさらに仲介依頼をとなった場合は、カッパーランクなら一人当たりの手数料が50万ビーケかかるわ」

「この町だけではなく、もっと広範囲の調査となった場合は?」

「ラグリース王国内まで広げるなら料金は150万ビーケ、2週間もあればギルドに登録済みの付与師は一通り割り出せるはずよ。ただ仲介手数料は変わらないけど、他の町だとギルド員が同行することはできないから、坊やが直接現地に行って付与師と交渉してもらうことになるわ。その時断られても手数料の返金はできないから注意してね」

 ふーむ、さすがカッパーランク。

 手数料が相当高い気もするけど、パソコンで一発検索できない世界なんだからしょうがないと思うしかないか……

 そして150万ビーケともなればさすがに手持ちの金が足りない。

 まだマルタでヤーゴフさんから貰った書状を使うか決めていないので、とりあえずはマルタ限定で調査してもらうしかない。

「150万ビーケだと手持ちが足りないので、マルタだけの調査をお願いできますか? 明日、結果を確認しに来ますので」

 そう伝えると、おばちゃんが何やら木板に依頼内容を書き始めて俺に渡してくるので、俺がその下部に受諾のサインをする。

 そして前金で10万ビーケ支払えば依頼完了だ。

 ふと辺りを見回しても、まだアマンダさんの姿は見えない。

 説明の真っ最中なんだろうな。

「それじゃあ明日、お昼の鐘が鳴った後にでも私のところに来て頂戴。早過ぎると準備できていない可能性もあるからね」

「分かりました。それとこれは無料にしていただけると有難いのですが……|風《・》|呂《・》|付《・》|き《・》|の《・》|宿《・》|屋《・》ってこの町にあります?」

「あははっ、さすがにその程度でお金なんて取らないわよ」

 そう言われながら教えてもらった場所に、1泊何十万ビーケもしたらどうしようと、内心ビクビクしながら向かうのだった。107話 別れと期待

「申し訳ありません。当館本日は満室でございまして……」

「うぅ……そうでしたか。ちなみに一泊おいくらかだけ教えてもらえますか?」

「お部屋のランクによりますが、一泊3万ビーケからでございます」

 はぁ……

 予想より宿泊代は安い。

 これくらいの額なら問題無く泊まれるというのに、教えてもらった風呂付宿屋は予想外の満室だった。

 ロビーと呼べる広い1階スペースを見渡せば、ベザートではまず見ることのなかった豪華な衣装に身を包んだ人達がチラホラと。

 南の貿易都市って呼ばれているくらいだし、先ほど教えてもらったゴールドやミスリルクラスの商人が多く泊まっているのかもしれない。


(とりあえず今日は風呂無し宿で部屋を取って、すぐに商業ギルドへ戻るしかないか……)


 期待していただけに、質の良さそうな調度品が目立つ高級宿を出る足取りは重い。

 だが空きが無いならしょうがないと、近場にありそうな適当な宿屋探索を開始。

 ベザートで言えば、ビリーコーンくらいの小綺麗な宿で部屋を取ることができたので、荷物を一通り置いてから商業ギルドへと戻ってきた。

 と言っても中に入るまでもなく、なぜか入口近くの壁に寄りかかっているアマンダさんが。

「遅くなってすみません」

「あっ、いいのよ~部屋は取ってきた?」

「えぇ無事。それよりアマンダさんの方はどうでした?」

「とりあえず高い剣だし怖いから先に返すわね……パイサーさんの方は無事通ったわよ。300万ビーケも報奨が出て驚きだわ」

(あ、あれ……? ってことはボールペンの方がまさかのダメだったパターン!?)

 なぜかアマンダさんは黙ったまま、手をチョイチョイとするので顔を近づける。

「あんな画期的な物が通らないわけないわよ。……逆に良過ぎるくらいで、上層部が言葉を失っていたからそっちの方が心配だわ」

「あ~そういうことですか」

「だから一応警戒して外に出てきたの。これからロキ君のカードと、預かっているギルマスとペイロの商業カードを使って『ボールペン』の商業登録をしてくるけど一緒に来る? もしかしたら受付カウンターを上層部が見ているかもしれないけど……」

「いや、余計なトラブルは避けたいので遠慮しておきます」

「なら私がロキ君のカードも預かって登録してくるから――そうね。あそこのお店で飲み物でも飲んで待っててもらえる? そんなに時間は掛からないと思うわ」

「了解です。あ、ただ一つだけ。警戒するなら『ボールペン』という名称で登録するのは止めた方がいいですよ。別の異世界人と繋がっていたら名称だけで異世界産とすぐバレますから」

「あっ……たしかにそれもそうだわ……」

「羽根のペンは羽根ペンと呼ばれているわけですし――これは木なんで木製ペン? 見た目そのままの方が名前は浸透し易いと思いますからあとは好きに決めちゃってください」

「……うん、予定に無かったけどその『木製ペン』でいきましょう。それじゃ終わったら向かうからお店で待ってて頂戴!」

 そう言って再度商業ギルドの中に入るアマンダさんを見守る。

(大した時間ではないけど、本当はこういう時も魔物を狩っていたいんだけどなぁ……)

 ゲームであれば、操作している間はほぼ100%と言ってもいいくらいに全ての時間を狩りに費やした。

 大げさでもなく1分を無駄にしないため。

 その1分で他のプレイヤーとの差をつけるため。

 その積み重ねが半年後、1年後の差に繋がると信じてやってきたし、事実その通りの結果になった。

 装備の確認や情報収集も狩りをしながら、器用に手を動かして確認するのは基本中の基本。

 それに比べると、今はなんとも寄り道が多いなと痛感する。

(まぁゲームじゃなくてリアルだしな。物理的にできないことを望んでもしょうがないか)

 そう納得はしているものの――

(早くスキル上げ、頑張りたいなぁ……)

 そんなことを考えながら、視界に入るカフェのようなお店へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ほっほ~これが証書のようなものなんですか」

「そうよ。下に商業ギルドの印章があるでしょ?」

 そう言われて見てみれば、例の硬貨のマークと商業ギルドという文字がインクで押印されている。

 しかしわざわざ証書に羊皮紙を使うとは。

「貴重な紙なんて大丈夫だったんですか? 結構なお金が掛かったんじゃ?」

「色々追加で情報も貰っちゃったしいいのよ。それに証書が木板だとロキ君が旅する時、邪魔になるでしょ?」

「本音を言えばそうなんですよね……お気遣い感謝します」

「ただ、今後もし別の物を商業登録できたとしても、その時ロキ君がどこにいるかは分からないわ。だからロキ君用の証書は木板にしてこちらで保管させてもらうことにするけどそれでいい?」

「もちろんですよ。ちなみに僕のカードが無くても商業登録ってできるんですか?」

「そこで使うのが商業識別番号よ」

 そう言いながら指で指された場所を見てみると、確かに9桁の番号のみが書かれており、その横に『10%』という数字が記載されている。

「実際には名前じゃなくこの商業識別番号を登録するから、今回のでロキ君の番号を控えさせてもらったってわけね」

「なるほど……ただ、他の数値はこれでいいんですか?」

 その並びに書かれた4つの数字。

 一つは指を指されてたので『10%』が俺ということでいいのだが、他の3つは『76%』『2%』『2%』となっている。

 全て番号なので名前は分からないものの、低い2%が誰なのかはなんとなく想像できてしまう。

「一応伝えておくと、76%がギルマス、2%が私とペイロね。それにロキ君の10%とで足して90%。残りの10%がこの下に書いてあるけど商業ギルドの手数料ということになるわ」

「……ヤーゴフさんの分、飛び抜けてません?」

「時間があれば他にも手はあったんでしょうけど、今はこれしか方法がないのよ。やっていることはハンターギルドと関係の無いことだから、利益も個人で割り振るしかないの。だからギルマスのところから開発や素材などの必要経費を全て賄う形になるわ。実質の取り分はギルマスが3%と事前に決めてあるから」

「そういうことでしたか」

 地球なら法人化すればいいだけだろうが、この世界だと会社というのがどうなっているかも分からないからな。

 文明レベルを考えれば商人なんかは洩れなく個人事業な気がするし、ヘタに分散して利益配分してから経費を徴収するより、信用できる人のところに一極化させてしまった方がやりやすいのだろう。

 ヤーゴフさんは色々な意味で恐ろしいが、誠実かどうかという点で言えばズレたことはしない人だと思っているので、俺の知らない人に任せるよりはよほど良い配分だと思う。


 そしてその後は、俺が紙に起こした案などを軽く確認していく。

『自転車』と『サスペンション』は分かっていたけど近い存在すらこの世界には無く、鉱物の加工技術も捻る曲げるなどの加工が入るほど難易度が上がるっぽいので、特に自転車のチェーン部分なんかはかなり難しそうであること。

 対して『傘』と『クッション』は、貴族などの富裕層が似たような物を所有しているから一応この世界にもあるみたいだけど、『扇子』や『団扇』なんかも含めて庶民向けに作れるか挑戦してみるらしい。
 
特に平な形状の『座布団』は聞いたことが無いらしく、苦痛を伴うことが常識とされている馬車の旅が楽になるとなれば需要は激増。

 おまけに製品化もこの文明レベルで十分可能とアマンダさんは判断しているようで、これが絶対次の商品登録になると息巻いていた。

 こう言ってはなんだが、本業のハンター受付業はいつも暇そうだからなぁ……

 その暇な時間を活かして精力的に開発してくれれば、いつか俺の貯金になっているかもしれないわけだし、ベザートの人達や庶民の生活向上に繋がるかもしれない。

 そう思うと本業に支障が出ない程度に頑張ってくれと、心の中でだが応援しておいた。

「さてと、それじゃある程度煮詰める部分は煮詰めたし、これでしばらくロキ君ともお別れね」

「そうですね……ちなみにアマンダさんはいつベザートに戻るんですか?」

「乗合馬車の出発予定にもよるけど、明日か明後日でしょうね」

「泊まるところは?」

「ハンターギルド職員は、別の支部があるような街なら大概無料で泊まれる宿泊施設があるのよ」

「へ~僕のいた世界で言う福利厚生ってやつですね。さすが大きい組織はそこら辺が優秀だなぁ」

「もちろん、ロキ君の部屋に泊めてくれるというのならお邪魔するけど?」

「か、勘弁してください……僕13歳なんで……」

「今更何誤魔化してるのよまったく……それに冗談よ。ロキ君に嫌われでもしたらこの計画から外されちゃうかもしれないし」

「は、はははっ……」

「……必ず生きて帰ってくるのよ? 定住しろなんて無理を言うつもりは無い。けど、必ず数年後でもいいから顔は出すこと。これは絶対よ?」

「それはもちろんです。他の皆さんとも約束してますし、なんと言っても僕は顧問ですからね! それまでに思いついた案があれば纏めておきますよ!」

「ふふっ、期待しているわ。それじゃあまた、お元気で」

「えぇ、アマンダさんもお身体に気を付けて。受付業と開発、頑張ってくださいね」


 もう日も暮れかかった時間帯。

 これでベザート関連は一旦全て終わったんだなと、複雑な心境になりながらハンターギルドの方へと戻っていくアマンダさんの後ろ姿を眺める。

 寂しくもあり、次に進めるという期待感もあり……どちらもが正直な俺の気持ちなんだろう。

 でも、それでもだ。

 どちらが上かと問われれば後者。

 これからの旅、どれだけ広いのかも分からない世界、未知の魔物にスキルや魔法。

 それらが待っていると思うと、今からでも狩り場に向かってしまいたくなる。

(まず優先してやるべきことは――ハンターギルドに行って近辺の狩場情報を収集、あとはベザートでは見つからなかったアレの確保だな)

 だが今からハンターギルドに行ってしまえば、さっきお別れしたばかりのアマンダさんと鉢合わせて、若干気まずい雰囲気になってしまう可能性がある。

 そう思った俺は周囲を見渡し、まずは宿周辺の店巡りでもしてみようかと。

 アマンダさんとは逆方向に向けて探索を開始するのだった。108話 地図の存在

 マルタの町中心部。

 大通りに面したお店が密集する地帯で、俺は色々な店をグルグル回る。

 全ては目的の物を探すためなわけだが――

(う~ん……無い無い無い……なんで『|地《・》|図《・》』が売ってないんだ?)

 なんでも地球の常識が通じるとは思っていない。

 だから地球にある物がこの世界に無いなんてことくらい、ある程度割り切っているつもりだけど、それでもさすがに『地図』程度はどこかしらに売っているはずだ。

 世界地図なんて贅沢は言わなくても、せめてここ、ラグリース王国の全体図くらいならどこかの誰かが作るはず。

 最終日にも雑貨屋で念のため確認はしたが、ベザートは小さい町だから無いのだと思っていた。

 だが、これだけ大きいマルタの町でも無いなんてことは考えにくい。

 もしかしたら『地図屋』なる専門のお店でもあるのだろうか?

 そんなよく分からない疑問まで浮かんでしまう。

(もう店の人に聞いちゃった方が早いかな……)

 そう思ってカウンターで暇そうにしているおばちゃんに声を掛けてみる。

「すみません。ここに『地図』って売ってないですか?」

 俺も自分の目で商品を見たんだから、たぶん「売ってない」と言われる。

 だからその後、売っているお店を聞こうと思っていた。

 が――


「地図? なんだいそれは?」


 思わずその返答を聞いて固まった。

(……なんだこれは? こんなパターン今まであったか?)


【異言語理解】スキルはかなり優秀だ。

 言語を正確に解読するというよりは、感覚でスキル所有者が理解できる言葉に置き換えてくる。

 ハンターギルドのランクにしても、実際ローマ字がカードに書かれているわけではない。

 目で見える情報はミミズが這ったようなウネウネしたこの国の文字と記号だが、それを俺が持つ知識に当てはめて理解出来るよう、変換して伝えてくれる。

 カレンダーも見当たらないこの世界で『週』という言葉が通じるのも、『メートル』や『時間』がそのまま地球の感覚で使用できるのも、【異言語理解】が相手に理解できる内容へ変換して伝えてくれているからだ。

 そしてこれは逆のパターンでも。

 つまり相手が【異言語理解】を持っていても成り立つはずだ。

 だから不思議な、初めてとも言えるこの現象にどうしたらいいのか分からなくなる。

(いや……過去にも色々あったか。直近だとビリーコーンの女将さんに『チップ』と伝えた時だ。あの時も同じ反応をした)

 女将さんはチップという仕組みをまったく理解していなかった。

 だからどういうものか、説明してやっと理解してくれ、そしてチップを受け取ってくれた。

 ということは、この世界に『チップ』や『心付け』といった類のやり取りが一切無かったということになる。

 そんな風習がなければ、知っている知識で補完することもできないのだからしょうがないだろう。

(ということは、『地図』がこの世界の人にとって、それこそ『自転車』並みに連想もできない、この世界に存在していない物ということになるのか……?)

 いやいや、まさかまさか。

「……『マップ』という言い方をしたりもします。どこに向かえばどんな国や町があるのか、俯瞰的に見たおおよその配置図のような物なんですが」

「……そんなの聞いたこともないよ。逆にどこでそんな大層な物が売っているっていうんだい?」

 マジか。

 マジかマジかマジか。

 この世界の人達って、『地図』無しで旅してるのかよ!?

 町と町との間は距離がかなりあるし、道中の目印になるようなものも大してないんだから、地球よりも絶対に地図が必要な世界のはずだよね?

 なのに誰も作ろうともしないなんてどういうこと?

 このままじゃ俺が、旅の途中で迷子になっちゃうでしょうが!!

 徒労に終わり、トボトボと宿屋に向かって歩く。

(ダメだ。これこそ女神様案件だ。リステ様が降臨したら直接聞いてみよう)

 そう思って宿屋の1階でマルタ初の食事を摂り、お迎え準備を整えるのだった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 古城さんの鞄は準備オッケー。

 本当は風呂の方が良かったけど、身体フキフキもオッケー。

 魔力は何も使ってないからまったくもってオッケー。

 よしっ……それじゃ始めようか。


【神通】


「リステ様、ロキです。準備オッケーでございます!」

(分かりました。それでは今からロキ君の横に降りますね)

 だいぶ日本の砕けた用語も理解してくれるようになってきたなと思いながらリステ様の降臨を待つ。

 するといつもの濃厚な霧が。


(ふぅ~ドキドキするぜ……)


 一口に女神様と言っても性格はバラバラだ。

 フェリンは明るく能天気だが、一度沈むとかなり落ちるので感情のブレが結構大きい。

 フィーリルはのほほ~んとしていて母性の塊のようだけど、実は何か裏で考えているような気配がたまに見え隠れする。

 リアはまぁ、あれがツンデレって言うんだろうな。

 そしてリガル様とアリシア様はまだ降臨されていないが、話している分にはリガル様が超体育会系の実直な雰囲気が。

 アリシア様は天然の可哀想な子という印象が強い。

 そして今から降臨するリステ様は、この6人の中である意味一番|女《・》|神《・》|様《・》|ら《・》|し《・》|い《・》と言える。

 基本的には冷静沈着で情報を多く持ち、そして何より――

「お待たせしました」

 もう……この神々しさよ。

 綺麗方面に突き抜け過ぎたお顔にモデルのようなスラリとした体形。

 腰まで届くツヤツヤサラサラの長い銀髪……そして金色の瞳。

 髪の色や瞳の色は女神様だけではなく、俺が生活している下界の人達も千差万別。

 この世界の人間を見た時に何より一番驚いたのは、髪を染めたりカラコンしたりということではなく、天然物で随分とカラフルな個性が出ていることだったが……

 それでもここまで神秘的なオーラを放っている人は見たことが無い。

 後光が射していると錯覚してしまいそうな雰囲気に、自然と腰を折って平伏してしまいそうになる。

「おっ、おっ、お久しぶりです!」

「?……どうしたのですか? 普段通りでいいですよ」

「いや、直接目にするとあまりの神々しさに途轍もない緊張が……そのうち落ち着くと思うので気にしないでください」

「……訂正です。私も他の皆と同じようにしてください」

「は?」

「丁寧な言葉は使わなくて結構ですよ。名前もリステと呼び捨てにしてください」

 やっぱり流れ的にこうなるのか? 予想はしていた! していたけど……

(ぐっはーーー! リステ様の場合は特に厳しぃーーー!! まずリステ様の言葉が凄く丁寧だし! どうせ突っ込んでも、フィーリルと一緒で直してくれないんだろうし!)

 そんな状況で俺だけタメ口とか、自分が無礼な底辺ゴミくず野郎に成り下がってしまうような気がしてならない。

 俺が頭を抱えて身悶えしていると、ふいに掠れた声が耳に入る。

「私が良いと言っているのだから気にする必要ありませんのに……それとも、私だけ仲間外れなのですか……?」

 その言葉にハッと顔を上げる。

 なんと……手で目元を覆っていらっしゃる……

(こ、こんなとてつもない美人を泣かせているクソ野郎はどこのどいつだ?……俺か? 俺なのか!?)

「ごごごっ、ごめんなさい! 皆と同じように敬語も使わないし、名前も呼び捨てにするから泣かないで!」

「ふふっ、それは良かったです」

「ん……?」

 顔を上げれば涙の痕も無く、いきなり笑顔になるリステ様に「あれぇ~~~?」という感想しか出てこない。

 機嫌が良くなったんならそれで良いとは思うけど……もしかして女神様って芸達者なのだろうか?



 泊まっているのはビリーコーンより若干広く、椅子も2脚ある分料金は1泊素泊まり5000ビーケという部屋なので、俺がまず椅子に腰掛けリステも座るように促す。

 さて、色々と確認したいこと、伝えることはあるが――何から手を付けていくべきか。

「とりあえず、リステの行動予定を聞いてもいい?」

「大丈夫ですよ。私はここ――マルタでよろしかったでしょうか? この町に転移者がいないか1週間ほど調査する予定です。あとは町全体の文明度合いも直接確認しておきたいですね」

「となると、朝に俺をポイントにして降臨、夜に人の動きが少なくなってきたら【分体】を消すということでいいかな?」

「そうですね。ロキ君がしたいことの邪魔はしませんから、その……私も専用の靴だけお願いできればと……」

「もう恒例の流れだもんね。それじゃまずは明日の朝一で靴屋に行こうか。って、まだ靴屋の場所が分からないから、できれば背負って探すというのは……」

「……しょうがないですね。では私に似合いそうな物を買ってきていただけませんか? それであれば、明日はお昼くらいに【分体】をこの部屋へ出しますから」

 おっふ。

 毎度恒例の流れではあるけど、まさかの別ルートが発生してしまった。

 女神様直々のお使いクエスト。

 しかも似合う靴とはハードルが高い。まず足のサイズが分からんし。

「く、靴はサイズがあるので結構難しいような……?」

「他の皆に買っていただいていたようなサンダルであれば大丈夫だと思ったのですが……今測っていただいても結構ですよ?」

 そう言って立ち上がり、テーブルに手を付きながら片足を俺の前へ差し出すリステ。

「……し、失礼します」

 な、なんだこのおかしな状況は……思わず敬語に戻ってしまったが気にしている余裕も無い。

 サイズなんて測れる道具を持っていないのに、自然と手が足に伸びてしまう。

 さわさわさわ。

(な、なんてスベスベで綺麗な御御足(おみあし)なんだ……ほっぺのようにプニプニしているが、それでいてなんとも言えない色気が……)

「はぅ……っ」

(ん? くすぐったかっただろうか? しかし……そんな趣味は無いはずだが、この真っ白な足を見ていると……なぜかおかしな欲求が、が、ががが)

 その瞬間、足の指がビクッとなる。

「は、恥ずかしくなってきましたので、あまりマジマジと見ないでください……」

「すすすすみません! なんとなく! なんとなく分かりましたので明日買って参ります! もし気に食わなかったらいくらでも買い直しましょう!」

(やべぇ……持ってきているスキル【読心】だ……)

 おかしなことを考えてしまったせいで、この場の空気もおかしなことになってしまった。

 いったい降臨された初日から何をやっているんだ俺は!?

 とりあえず全力で別の話題を振らなければ――

「こ、これで靴の件は問題無いとして! 一つ、早急に確認したいことがあるんだけど」

 古城さんの持ち物は一度話せば絶対長くなる。

 だから先に確認すべきはこっちだ。

「な、なんでしょう?」

「リステは『地図』って言葉の意味、分かる?」

「……はい」

「そっか。今日さ、これからの旅のために買おうと探し回ったんだよね。でも売ってなくて、それどころか店の人は『地図』の存在すら知らなかった」

「……」

「これは、たまたまなのかな?」

 すると少し困ったように、苦笑いを浮かべながらリステは考え込む。

「少し時間を頂けますか?」

「それは大丈夫だけど……」

 俺の了承を得られたからか、前に見たフェリンのように、まるで人形の如くリステの【分体】は動かなくなる。

 こうなったということは、リステ本体が女神様達と話し合っているということ。

 さすがに前と同じ過ちを犯すつもりはないが、そこまで重要な内容だったことに驚いてしまう。

(もし地図がこれからも得られない場合はどうするか……まぁ、その場合は馬車移動をメインにして、旅をしながら自分で地図を作るしかないよな。手帳に少しずつ町の配置を書き込んで――)

 そんな、情報が得られなかった場合のことを想定した計画を練っていると、意識が戻ったかのようにリステの目に光が灯る。

「お待たせしました。黙っておくべきではないという結論になりましたので、ロキ君にはお話しします」

「こんな大事になるとは思ってなくて、なんだかごめんなさい」

「ロキ君に問題があったわけではありませんから気にしないでください。まず結論として、|今《・》|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|に《・》|地《・》|図《・》|は《・》|存《・》|在《・》|し《・》|ま《・》|せ《・》|ん《・》。人間だけではないので敢えて人種と言わせてもらいますが、地図という発想すら出てこないように制限を掛けております」

「今……ということは昔はあったということ?」

「その通りです。人間が作る粗末な地図もあれば、空を飛べる鳥人族が作った少し精度の高い物まで様々にありました。そして過去にその全ての存在をこの世界から消しています」

「ということは何かしらの不都合が起きて、地図という概念をこの世界から無くしたってことか」

「概念というほど大それたものではありませんよ。『地図』を知る者に内容を聞かされれば、そういう物があるんだと理解はできますから。やっていることはフェルザ様の力によって、この世界に生まれた者は俯瞰した世界を書き記すという考えに及ばなくなる。それだけです」

「書き記すことができない……つまり、頭の中ではそれぞれ俯瞰した姿を描けているということ?」

「その通りです。その規模や制度に個人差はあれど、それが地図という認識もないまま各々が頭の中に描いて生活していることでしょう」

「それに違和感を覚えないこの世界の人達も凄いけど、それ以上にフェルザ様がそんな無理やりなことまでできてしまうっていうのが恐ろしい話だね」

「私達がどうしてもとお願いしたことですから……」

 ふーむ。

 地図をこの世界から消したのは分かった。

 が、なぜそうしたのかが分からないな。

 不都合について敢えてリステは触れたくないのか、それとも世界の根幹という何かに触れてしまう内容なのか――

「その理由については聞いてもいいことなのかな? もちろん無理にとは言わないけど……」

「理由を知らなければロキ君が広めてしまう可能性もありますからお伝えしましょう。理由は単純な話で、『地図』の存在が人種の争いに拍車を掛けるからです」

「……どういうこと?」

 スムーズに飲み込めず詳しく聞けば、確かに関連性はあるかもと思える話をリステは聞かせてくれた。


 地図は敵対する目標を明確にしてしまう。相対的な自国の力を分かりやすくさせてしまう。


 もし精度の高い地図があれば、他国との領土差はどの程度なのか、どの国と共闘すれば勝てる見込みが高いのか。

 はっきり分かれば分かるほど戦略の幅は広がる。

 もし俺が野心溢れる一国の王なら――近場に小国があれば飲み込もうとするだろうし、巨大な国とは同盟でも結ぼうと必死になる。

 もちろん地図が無くてもそれくらいはあるだろうが、先々の展望を見据えて動くとなれば正確な国の配置というのは重要にもなってくるだろう。

 それに世界の全体像がはっきりと見えることによって、全てを統べたいという思いが強くなるんだとも思う。

 事実、精度の高い地図が広まったことにより戦争が激化。

 過去に類をみないほどの人口減少が過去に発生したため、女神様達は原因を地図と関連づけてこの世界から無くすという決断をし、その後は大陸を統一せんとするほどまでに勢いのある国は出てきていないらしい。

 そういう意味では成功だったと言えるかもしれないが――

「地図を無くしたことによるデメリットも大きいだろうね」

「そうだと思います。私は商売の女神ですから、販路が不透明になり、人々の往来が徐々に減っていく様を見守ってきました。だから地図を無くしたことが正解だったと断言はできません」

「俺はベザートとマルタの2ヵ所しか町を知らないけど、たしかに道中すれ違った人はそう多くなかった気がするよ」

「少なくとも国同士の交易という点では当時の方が遥かに盛んだったでしょう。私は教会に立ち寄った者の記憶から下界の情報を確認していますが、一部では当たり前のように流通しているのに、遠方ではまったくその情報が出てこないなんてこともよくありますから」

 物流はトラックや飛行機が存在しないこの世界ではしょうがない部分もあるとは思う。

 ただ地図が無くなり、人々の動きが鈍くなればそのぶん情報も止まりやすくなる。

 商業や文明の発展という意味で言えば、大きなマイナスになってしまっているんだろうなぁ。

「地球は……地球はどうなのでしょう?」

「地球だと大陸というより星全体の地図があるけど、文明が栄えたことによって国同士の争いはある種の膠着状態に入っているかな。やろうと思えば遠く離れた地にもミサイルを打ち込んで、都市や国を丸ごと壊滅させるなんてこともできちゃうからさ。お互いが監視しているから200を超える国があってもどこも極端な行動には出られないし、国が消滅するような大きな争いなんて内紛絡みでも無ければ早々起きていないと思うよ。絶対ってわけじゃないけどね」

「……ロキ君と同じ、地球に住む人々の動きはどうですか? 地図があることによる恩恵は強いと感じますか?」

「それは凄く強いと感じるね。お金と時間さえあれば行きたい場所や国に、それこそ大陸を飛び越えて星の裏側でも一般市民が遊びに行ける。あとは地図があるおかげで物流が発達しているから、他国の物も日常の生活に必要な物くらいなら簡単に買うことができるよ。それこそ自宅にいながら他国の物を購入、そのまま自宅に届けられるくらいに」

「そ、そうですか……人種の安寧を願って地図を無くしたつもりでしたが、長い目で見れば失敗だったのかもしれませんね」

「参考程度だけど、今のところこの世界の文明は地球と比べてざっくり1000年くらい遅れていると思う。そして地球が今の状況に落ち着いたのはここ最近の話だから……1000年くらいは通過点と思って様子を見るのも一つの選択だと思うよ。魔法やスキルといった要素がどう影響するのかは分からないけどね」

「なるほど……1000年……たった1000年……」

 人にとっては物凄く長い年月だけど、女神様達にとってはたかが1000年だろう。

 文明が停滞し続けた年月を考えるなら、一度試してみて、ダメならダメでまた対策を考えた方が意味もありそうな気がする。

 そう思って軽い気持ちで提案したつもりだったが、リステはやっと慣れてきた俺でも後退りしてしまいたくなるほどの覚悟を持った眼差しを向けてきた。

「一度皆と相談した上で結論を出しますが、『地図』の件については前向きに検討させていただきます」

「あ、うん……そうだね。地球でも散々国同士の領土争い、山ほどの戦争があった上で今があるから、女神様達でじっくり検討してみたらいいと思うよ」

 さて、これで地図の件も一区切りついたのかな?

 とりあえず地図が無いことは分かったし、女神様達が結論を出すまで、俺はこの世界の人達に地図がどんなものか触れないでおけば問題無いだろう。

 となると、次は古城さんの鞄だな。

 このまま続けると今日は寝不足になりそうだけど……

 早く片付けるべきものは片付けて狩りに専念したいし、リステと同じく、俺も覚悟を決めて現代品の解説をするとしますかね。109話 マルタの狩場情報

(あぁ……眠い……)

 鞄の中身を見せてからもう5時間ほど。

 時刻は既に夜中の2時を回っている。

 目の前で金色の瞳を輝かせながら化粧品を弄るリステを眺めつつ、今日見せたのは失敗だったかなと、ちょっとどころではない後悔をしていた。

 普段なら十分過ぎるほどの睡眠は取れている。

 だから1日くらい夜中の2時3時になろうが大した問題ではない。

 が、今日は午前中に馬車の中で無理やり仮眠をとっただけ。

 その時も馬車の振動が凄くて何度も起こされていたので、強烈な睡魔が波状攻撃の如く俺に押し寄せてくる。

 内心、こんな時こそ「【読心】で俺の心を読んでくれー!」と叫びたくなるが、目の前の様子を見るにスキルを使っている場合ではないのだろう。

「これは何かの粉末でしょうか? 色分けされてますけど、どこかに塗るんですか?」

 チラッと見ると、ケースには数種類に色分けされた四角い何か。

 男の俺にはそれがなんなのか、いまいちよく分からない。

 リステはどうも化粧品に大層な興味があるようで、先ほどから大量の質問を飛ばしてくるわけだけど、満足に答えられずなんとも歯がゆい気持ちになってしまう。

「うーん、青っぽいのが混ざっているとなるとチークじゃないと思うし、たぶん目元に塗るやつじゃないかなぁ……」

「目? 瞳の色をこれで変えるのですか?」

「違う違う。塗るのはココ……」

 そう言って目を瞑り、瞼を指す。

 ふが~思わずこのまま寝てしまいそうだ。

「白い粉を顔に塗るのは知っていましたが、地球の人間はこのような鮮やかな色も塗るのですか」

「この世界でも似たようなものはあるんじゃないかなぁ。ベザートの町では化粧している人をほとんど見かけなかったけど、マルタは結構派手な化粧をしていた人もいたし……」

「なるほど。商人からばかり情報を得ていてはなかなか分からないことですね」

「これで目元の印象が大きく変わるからね~たぶんリステは元が美人過ぎるからガラッと変わるんじゃないかなぁ……」

「そ、そうですか……?」

「うん……物凄く似合うと思うよ~良いか悪いかは別として、他の女神様達にはない妖艶な雰囲気が出るんじゃないかなぁ……」

「妖艶……」

「そうそう……妖艶……」

「?……ロキ君?」

(妖艶なリステとか、ヤバすぎるなぁ……)

「ロ、ロキ君……?」

「ふぁっ! ご、ごめん! ちょっと意識飛んでたかも!」

「……はっ! すっ、すみません! ついつい夢中になってしまい時間を忘れてしまいました……」

「ううん。リステが一番興味ありそうと思って見せたんだからそこは気にしないで。どうせ夜は宿で合流するんだし、気になるなら明日以降も分かる範囲の説明はできるからさ」

「ありがとうございます。このような地球産の素晴らしい品を直接見せていただけるなら、私はいつでも構いませんので」

「あっ、ただもしかしたら宿は変えるかもだから――どうしようかな?」

「何かこの宿に不満が?」

「できればお風呂のある宿が良かったんだけどさ。今日は満室だったから、空きがあれば宿をそっちに変えるかもしれないんだよね」

「そうでしたか。ちなみに明日は魔物討伐に出られるのですか?」

「ううん。明日は――というか、もう今日か。今日は町の中で調べものとか、やるべきことをやっちゃう予定だよ。今日中にそこら辺を終わらすのが目標、みたいな?」

「ならば、明日は私と一緒に行動しませんか? もちろん一人じゃないと不都合がある場合は外しますので」

「うん? うん。それでも構わないよ?」

「ありがとうございます。では明日のお昼くらいにこの部屋へ降りますから靴だけお願いしますね。今日は夜分遅くまで申し訳ありませんでした」

 そう言って謝罪しながら消えていくリステを見送ったら、ベッドに転がりながら明日の予定を考える。

(明日はまずハンターギルドで狩場の魔物情報を確認して、ついでに靴を買ったらリステと合流後に商業ギルドで依頼の結果を確認。あとはこの町ならありそうなアクセサリー屋だな。早いとこ付与付きのアクセサリーを2種揃えておきたいところだけど、問題は手持ちのお金で足りるかどうか。高レベル付与師が上手くこの町にいたとしても、【付与】まで依頼すれば絶対お金足りないよなぁ……そうなったらこの近辺の狩場でどこまで稼げるか――)

 予定の確認と言ってもほんの1~2分。

 既に限界まで来ていた眠気に誘われ、答えを出し切る前に俺は眠りについた。



 そして、朝。

 一度鐘の音で起こされた俺は宿で朝食を摂り、二度寝をかました後のスッキリした頭で冷静に考える。


(実は今日って、午後からリステとデートじゃね?)


 眠気で頭が回らなかったため、昨夜はなんとなしに一緒に行動することを了承した。

 が、よくよく考えれば一緒に行動とは、つまりデートと言っても過言ではないことに今さら気付く。

 思わずジュラルミンケースを開け、ガサゴソと鏡を取り出し自分を映すが――

(歳のせいでまだ髭が生えてこないのは幸いだが、髪はもう伸びっぱなしのボサボサだよなぁ……服も血の染みが大量に付いたボロ布だし、こんな格好であんな高貴な雰囲気を纏うお方と一緒に行動していいんだろうか?)

 フェリンの時はあまり気にならなかった。

 ベザートでは似たような服装の人間がいっぱいいたということもあるし、何よりフェリンの放つ空気感が、自然と"楽しければそれでいいや"という雰囲気にさせてくれた。

 だがリステは違う。

 どこぞの王族かと思わせるようなオーラを放っているので、このままでは従者のような存在だとしても、リステの横を歩くのはマズいんじゃないかと思ってしまう。

(金に困っているわけじゃないし、スキルのせいで成長が遅い可能性もあるんだから、少しまともな服でも買うか? あとは床屋や美容室でもあれば一番いいけど、無ければハサミもか)

 そう思いながら時計を見れば、時刻は既に9時半を回っている。

 そろそろ行くかと、硬貨やギルドカードが入った革袋だけを腰にぶら下げ、俺はハンターギルドへと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(狭さも本の数もベザートと変わらんなぁ)

 ギルドの受付カウンターに声を掛け、マルタ支部の資料室に来た俺は、2畳程度のスペースにある鎖に繋がれた2冊の本のうち1冊を手に取る。

 もちろん掴んだのは薄い方だ。

 内心、昨日からこの本を見るのが楽しみでしょうがなかった。

 魔物が分かればどんなスキルを所持していそうなのか想像が膨らむし、そのスキルを獲得できるかもと思えば、その後どんなことができるのかと妄想も膨らむ。

 それにマルタにはBランク狩場が近くに存在しているんだ。

 今の自分で倒せるのかどうか。

 絶対に無理をしないと心に誓ってはいるものの、強い魔物が現れる狩場情報となれば、ゲームで先々の攻略情報まで見てしまう俺のようなタイプなら、どうしても興味が湧いてしまうのもしょうがないことだろう。


(さてさて、どんな興味深い情報が載っているかな?)


 本を開ければまず飛び込んでくるのが、Fランク狩場 《パル草原》というところの情報だ。

 相変わらず挿絵付きで出現する魔物情報が載っている。

 それを見ると、ホーンラビット、ゴブリンという既知の魔物の他に、新種でファンビーという魔物の存在が確認できる。

 挿絵を見る限り『蜂』、だな。

 となると素材はお尻の針にもなっているし、やっぱり毒絡みのスキルだろうか?

 まぁFランク狩場のここはおまけ程度だ。

 新種のスキルがあればレベル3くらいまで取得して、すぐ次のEランク狩場へ移るべきだろう。


 お次は、と。

 ページを捲り、思わずニヤリとしてしまった。


 Eランク狩場 《ボイス湖畔》

 出現する魔物はホールプラント、アンバーフラッグ、マッドクラブという名で全て新種、そして念願の水場だ。

 ベザートと作成した人が違うのか、あまり詳しいことは書かれていないが――

 上手くいけば【水魔法】が取得できるかもしれないと思うと、今からワクワクが止まらなくなってくる。

 ここも楽に倒せる場所であることは間違いないだろうし、できればスキルレベルの高い魔物がいてくれと願うばかりだな。

 おまけに物凄く興味深い情報も書かれていた。


(稀に|黄《・》|金《・》|色《・》|に《・》|輝《・》|く《・》アンバーフラッグが出没することもある、か)


 これはまさかのレア魔物というやつだろうか?

 そんな物まで出現するなんてなったら、俺のワクワクが突き抜けてしまうんだが?

 この手の魔物はレアなスキル持ちって相場が決まっているし……

 ん~ぜひ一度はお目にかかりたいっ!!


 ……いけない一人で興奮してしまった。

 まずは情報を一通り確認しなくては。

 さらにページを捲れば、もう一つのEランク狩場 《コラド森林》の情報が載っている。

 が、ここは――残念ながらルルブの森とほとんど魔物構成が同じだ。

 スモールウルフにリグスパイダーと、散々狩り倒した魔物の中にスネークバイトという新種が混ざっている。

 となるとここも、このスネークバイトという魔物の所持スキル次第。

 持っていないスキルがあればレベル3くらいまで上げて、とっととおさらばということになるだろう。


 ふーむ。

 今までの情報からしても、新しい狩場に行けば全てが新種というわけではない。

 なので今後狩場を潰していくことによって、どんどん新種との遭遇率は低くなるということ。

 これを喜ぶべきかどうかは悩むところだが、そうなると新しい町に行っても、付近の狩場次第ではすぐに旅立つパターンも出てくるということになる。

 まさに新種の魔物探し、新種のスキル探しの旅というわけだ。


(ふふっ……ふふふふっ……すっごく楽しいなぁ……)


 こうやって自分が強くなるための計画を練り、妄想するというのは本当に楽しい。

 これで新しい狩場に行き、予想外のレア的な何かがあればさらに最高である。


 ――ただそれも生き延びてこその話だ。


 ふぅ。

 それじゃあ、問題のBランク狩場を見てみようか。


 Bランク狩場《デボアの大穴》

『マルタ北西の緑地帯に存在する巨大な巣穴。常に複数体で行動する体長1メートルほどのソルジャーアント、隠れ潜み襲ってくるキラーアントのほか、上位個体でもあり浮遊するレヴィアントが2種を統率することで知られている。
 魔物自体はBランク下位だが、常に複数戦、連戦を強いられる上、内部は光の届かない広大な迷路にもなっているため、通常のBランク狩場よりは遥かに難易度が高い。
 また最奥にはクィーンアントが存在しており、単体でAランク上位の魔物と認定されている。もしクィーンアントが誰かの手によって倒されていれば、半年ほどは内部の魔物出現割合が大幅に減るため難易度も下がるだろう』


(なっ、なるほろ)


 1メートルの蟻がウジャウジャいる蟻の巣かぁ……おまけにクィーンアントかぁ……

 ゲームでは何度も蟻と戦う場面があった。

 それこそワラワラと群がる蟻をまとめて釣っては薙倒したりしていたもんだが、それをリアルでやるのか、やれるのかとなれば、かなり厳しい気がしないでもない。


(よーし! とりあえず蟻の巣の存在は忘れよっかなー!)


 まずは他3つの狩場を攻める。

 その結果得たスキルやステータス値を見て、もう一度考えることにしよう。


 その後、ベザート同様に併設されていた解体場に行き、目についた人へ声を掛ける。

 すると忙しいのか、作業をしながらぶっきら棒に「なんだ?」と返答があったので、明日からここのお世話になること。

 そのついでに高値買取のコツなんかを聞いてみようとした。

 が――

「あぁ? そんなのハンター共にでも聞いてこい! こっちゃ忙しいんだ! 見て分かんねーのか!?」

 ――このように、大層な勢いで怒鳴られてしまった。

 たしかに作業台の上にはデカいカエルや蟹が山のようになっており、その後ろにも作業台の数倍はあろうかという量の素材が解体待ちをしている。

(ただでさえ人が多いこの町で狩場が4つ。ハンターも多いんだろうし、ベザートよりもずっと忙しいってことか?)

 その分解体作業をしている人も多いので、ロディさんが暇だったとは思わないが……

 ベザートのように、なんでも教えてくれるわけじゃないということはこれでよく分かった。

(どこもかしこも親切丁寧というわけじゃないだろうしな。それなら自分でやりながら覚えるしかないか)

 マルタに知り合いなんていないソロハンターの俺にはそれしか手がない。

 先ほど資料室で学んだ素材情報を復唱しながら、次の目的地である靴屋探しを開始した。110話 解けない緊張

「蜂はお尻の針、カエルは食用だから全身、蟹も食用だから全身……って、ボイス湖畔は金銭効率悪くないか? まぁいっか。なんとかプラントは頭の花、蛇は頭だけど皮が高い――」

 先ほど得た情報を忘れないように、ブツブツと呟きながら手帳に書き記していく。

 時刻はもう少しで12時丁度。

 そろそろ鐘が鳴ってリステが降臨する頃だろう。

 ふーむ。

 チラッと先ほど購入してきた靴を見る。

 品揃えの豊富な大通り沿いの靴屋を見つけた俺は、なんとなくリステにはヒールのある靴が似合いそうだと店主に相談した。

「高貴な女性が履くような靴はありますか?」

 すると案内されたのはカウンターの横にある棚で、全ての靴の値段が今までより一桁違う代わりに、凝った作りであることは素人の俺でもすぐに分かる物がズラリと並んでいた。

 だからその中で、黒いヒール付きの靴を買った。

 似合いそうだからと、それだけの理由でジンク君達が聞いたらビックリするくらいのお値段がする靴を買ってしまった。

(サイズ合わなかったらどうしよ。こんな靴、さすがに何足も買えないぞ?)

 ベザートで無駄に稼ぎまくった弊害がここに来て出てしまっている。

 変な形をしたハサミもやけに高かったし、食べ物や宿代はそれほど高くないのに、何かの『物』となると全般的に高くなってしまう。

(残りのお金は――そろそろ50万ビーケ切っただろうなぁ。こりゃ頑張って稼がないとな)

 そんなことを思っていたら教会の鐘が鳴り始め、その後少しして俺の横に青紫の霧が発生した。

「お待たせしてしまいましたか?」

 昨日同様、美し過ぎるリステのご登場だ。

 やっぱり目の前に立たれると、なんとも言えない緊張が走る。

「ううん大丈夫だよ。靴も買ってあるから早速試してみてね」

「ありがとうございます。楽しみにしてたんで…す……」

(あ、あらららら!? もしや豪快に好みを外しましたか!?)

 なぜか靴を見つめて固まるリステに、俺は怖くて声を掛けられない。

 失敗したとなってもこの世界に返品なんて便利なシステムは無いだろう。

 そもそもレシートなんて無いのだから。

 となると使い道の無い無駄に高い靴はゴミとなり、もう一足ダッシュで買ってこなければいけなくなる。

「……ロキ君、この靴高かったんじゃありませんか?」

「えっ? あっ、そのー……リステってそういうの分かるの?」

「商売の女神ですよ? 私は教会を訪れる商人の記憶から下界の情報を確認していますから」

「そ、そう言えばそんなこと昨日も言ってたね……ははは。まぁなんて言うか、一番これが似合うかなーって思ってさ。サイズ合わなかったらごめんだけど」

「そうですか……」

「き、気に食わなかったら買い直すよ? 今からすぐに買ってくるからさ! どんな物が好みか教えてくれれば――」

「いえ、それは結構です。履いてみてもいいですか?」

「も、もちろん……」

 なんだろうか。

 リステから物凄い威圧感のような物を感じる。

 怒っているとも違うような気がするけど、俺が何かやらかしてしまったのではないかと心配になってくる。

「……」

「……」

「良かったです。ピッタリですよロキ君」

「ほ、ほんとに? はぁ~良かった。本当に良かったぁ」

「ありがとうございます。まさかこのような高価な靴を買っていただけるなんて」

「そこは気にしないで。物凄く貧乏だったら買ってあげられないけど、今のところお金は問題無いからさ」

 選んだ俺が言うのもなんだが、本当に良い物を買ってきたなと自分を褒めたい。

 黒いヒールの靴を履いたことで全体の雰囲気が引き締まり、リステの美貌により磨きがかかったように感じる。

「一つ、確認をしたいのですが」

「ん?」

「ロキ君から見れば、私はこのような高価な物を身に纏った方が似合うと思いますか?」

「んー……うん。なんというかリステは話し方もそうだし、見た目や雰囲気からしても物凄く位の高い人に見えるんだよね。って実際に偉い女神様に向かって言うのもおかしいんだけどさ」

「そうですか。なら衣装も変えた方が良いかもしれませんね」

「えっ?」

 今着ている服は、リガル様以外お揃いの白いワンピースだ。

 スカートの丈には女神様それぞれで多少の違いがあって、リステはロングスカートのように足首付近までの長さがある。

 それもあって似合うかなと黒を選んだわけだが――

(まままままさか、これから凄く高そうな服までご購入ですか!?)

 いや、買ってあげられるお金があれば好む服くらい買ってあげたい。

 だが俺の手持ちはたぶん50万ビーケ弱くらい。

 そのお金でこの世界の高貴なるお洋服なんて買えるものなのか?

 訳の分からないところでこの世界は物価が高かったりするから、情けないことに自分のお財布事情が心配になってしまう。

 そんなことを一人考え込んでいると、ふいにリステの身体が青紫の霧を纏い始めた。

「ロキ君にこれ以上のご迷惑はお掛けしませんから安心してください。一度神界に戻りますが、すぐまたこちらへ【分体】を降ろしますので」

 そう言いながら消えていくリステを呆然と眺める。

 いったい何をするつもりなのだろうか?

 衣装を変えるって言っていたし、神界にある服でも取ってくる?

 そう言えばリアは以前、素材があればスキルで作れるようなことを言っていたような――

 すると、言っていた通り僅かな時間をもって再度霧が発生し、目の前にリステの【分体】が出現した。

 が―――

「どうでしょうか?」

「……」

 俺は、その姿を見て言葉を失った。

 現れたのは黒いドレスを身に纏ったリステの姿。

 ウェスト部分がかなり絞られ、全体が身体にフィットしていて細いリステには恐ろしいほど似合っている。

 しかもそれだけではなく、胸元はやや開かれ、スカート部分にあるスリットによって、今まで隠されていた太ももまでチラリと見えてしまっていた。

「似合いませんでしたか……?」

「あ、あまりにも似合い過ぎて固まってしまいました……すみません……」

 マズい。

 心臓がバクバクしてくる。

 まともにリステが見られなくなり、思わず視線は下を向いてしまう。

(これは……綺麗過ぎるし、何よりエロ過ぎるだろ……)

 男にとっては反則過ぎる格好だ。

 落ち着こうとしても、先ほど視界に捉えた姿が脳裏に張り付いて離れない。

(ふぅ~昔行ったキャバクラを思い出せ。こんな雰囲気の姿は接待で何度も見ているだろう? 質の差は凄まじいが、そんなことを気にしていたらここからずっと動けないぞ俺!)

 盛大なコミュ障が大爆発している中で、それでも意を決して顔を上げ、リステの顔を見る。


(えっ?)


 その時一瞬だが、なぜかリステは悲しそうな顔をしていた、ような気がする。

 が、それも気のせいだったのかと思うくらいに、次の瞬間には笑顔になっていた。

「さぁ行きましょう? ロキ君も予定、あるんですよね?」

「は、はい……」

 こうして自分が敬語に戻ってしまっていることすら気付かないまま、俺達は揃って宿を出た。



「リ、リステはご飯食べたい?」

「えぇ。食事はまともにしたことがありませんし、下界に降りた3人は食事が美味しかったと言っていましたから興味があります」

 商業ギルドのおばちゃんは、あまり早いと調べ終わっていない可能性があると言っていた。

 だから俺は丁度昼時だしと、靴屋を探している最中気になっていた、ベザートにはなさそうな高級感のある飲食店へリステを連れていった。

 そこのお店で注文したのは蟹料理。

 これがどこで獲れた蟹かは言わずもがな。

 本来ならタラバガニを連想させる、茹でられた巨大な蟹の足を見て大興奮するところだ。

 だが悲しいかな、味がさっぱり分からない。

 緊張が止まらず、リステに何度も「美味しい?」と質問ばかりしていたような気がする。

 その度に「美味しいですよ」と笑顔で答えてくれる姿を見て、俺はさらにドツボにハマっていった。


 その後、まずは用事を片付けようと商業ギルドへ向かい、そこでリステに事情を説明する。

「リステはあそこのお店で待ってもらってていいかな? 俺が案を出した物が、商業ギルドで商品化の申請に通ったみたいでね。地球産の物にかなり近い形状だから、ここのお偉いさんに目を付けられれば厄介なことになりそうなんだ」

「え? 早速動いていただいていたんですか!?」

「あ、うん。最初にいたベザートのハンターギルドが協力的というか、積極的だったおかげでね」

「分かりました。ではあちらでお待ちしていますので、終わったらその品物の詳細を教えていただけますか?」

「もちろん。他にもいくつか提案してあるから、今どんなことをやっているか詳細は後でリステに教えるよ」

「いくつか……本当にありがとうございます」

 俺は革袋から1枚の金硬貨を渡し、これで好きな飲み物でも注文するように伝えると、リステと別れ商業ギルドの中へと入っていく。


(ふぅ~ヤッバ! 緊張しっぱなしなんだけど! あんな美人オーラ放ちまくった人と行動を共にするなんて経験無いんだけど!)


 一人になったことで安堵している自分に情けなくなるも、身の丈に合わない、身分不相応であることが身に染みて分かっているので、これはしょうがないと一人納得する。

 天性のチャラ男でもなければ、大なり小なり皆が俺と同じようになってしまうはずだ。


「こんにちは~昨日依頼をした者です」

 アマンダさん同様、なぜか一つだけ列の作られていないカウンターへ向かい、案の定待ち構えていた昨日のおばちゃんへ声を掛ける。

「あら坊やこんにちは。情報は出し終わっているからちょっと待っててね」

 そう言いながらおばちゃんは事務所の奥へ向かい、1枚の木板を持ってカウンターへと戻ってくる。

「これがマルタにいる商業ギルド登録済みの付与師リストね」

「ありがとうございます」

 受け取った木板を早速確認すると、リストに上がっていた付与師は計3名。

 付与師のスキルレベルを確認すれば、階段状にレベル1、レベル2、レベル3となっている。

(ふーむ……順当にいけば付与レベルの高い人に当たるべきなんだろうが、それ以外にどんなスキルを所持しているかも重要なんだよなぁ)

 いくら付与レベルが高くても、他のスキルが残念な内容だとまともな【付与】を付けられない。

 逆に付与レベルが1でも、他のスキルが高レベルで優秀なら、多重付与さえ狙わなければ問題無いとも言える。

「ちなみにですが、この方々がどんなスキルを【付与】できるか、所持スキルを公開しているなんてことは無いですよね?」

「それはさすがに無いわねぇ。仕事に影響の出る一部のスキルを公開する人がいるくらいで、普通はあまり所持スキルなんて言わないものよ?」

「ですよねぇ」

 分かってて聞いてみたがやっぱりダメだった。

 となると、片っ端から仲介してもらって直接確認していくしかないわけか。

「ただスキルレベル1の人に当たる必要は無いんじゃないかな? その人はスキルレベル3の人のお弟子さんみたいだから」

「ほほぉ」

 この情報は有難い。

 もしかしたらスキルレベル1の人が凄いスキルを所持している可能性もあるけど、お弟子さんならスキルレベル3の人に会いに行けば一緒にいるということだろう。

「ありがとうございました。では少しお金を貯めながらどうするか考えてみます。お願いする時はまたこちらに来ればいいんですかね?」

「そうよ。その時は今渡した木板を持ってきて頂戴。それが一番スムーズだからね」


 お礼を言い、リステのいるお店に向かいながらアクセサリーについて考える。

(多重付与を狙うかどうか、か……)

 狙えば素材から厳選することになるだろうから、また1500万2000万ビーケといきなりお金がぶっ飛んでいくだろう。

 しかもそれを二つ、そうなれば貯蓄の崩壊待った無しである。

 その分稼げばいいにしても、お金が無くなると心にも余裕が無くなるので、できればスッテンテンは避けたいところだ。

(これは一度、アクセサリー屋に行って値段の下見をした方が良さそうだな。うん、そうしよう)


 次の予定を決め、遠目から見ても良い意味で浮きまくっているリステに声を掛ける。

「お待たせ」

 その瞬間雑音が止み、視界に入る人達の視線が一斉に俺へ向いた。

(あの子は従者かしら……)

(あの身なりじゃきっと奴隷でしょ……)

(あぶねぇ。あれなら絶対に彼氏じゃねーぞ)

(おまえがホッとしたところでどうにもならねぇだろうが)

 お互い席に座ったまま小声でしゃべっているだけなので、好き勝手に推測している内容がボソボソと聞こえてくる。

 よく見れば、それなりに混み合っているのに、リステの周りだけ謎の空席地帯が出来上がっているし。

 恐るべき高貴オーラだなほんと。

 ただ座ってお茶を飲んでいただけで注目されていたらしい。

「大丈夫ですよ。ロキ君も少し休憩されますか?」

「あー……いや、ここじゃまともに話せそうもないから、それ飲み終わったら移動しよっか」

 注文もしないのに座るのはどうかと思うが、なんだか気疲れして思わず深く椅子に腰掛けてしまう。


(ふぅ……こりゃ大変だなぁ……)


 視線を向けていた人達が俺を興味の対象から外し、またそれぞれの会話に戻る中。

 一人視線を向け続ける人がいたことに、俺はまったく気付いていなかった。111話 アクセサリー屋

「次はアクセサリーのお店ですね」

「うん、ごめんね? さっきの話、宿に戻るまで待ってもらうことになっちゃって」

 ヤーゴフさん達と何をやっているか、どんな物を開発しようとしているかは話そうと思えばいつでも話せる。

 だがリステはどこにいても注目の的。

 今もただ歩いて向かっているだけだというのに、ほぼすれ違う人全員の視線がリステに向けられ、そのついでとばかりに俺にも向けられていた。

 こうなるとできれば内密にしたい話は外だとしづらいし、何よりヒールの靴を履いたことによってリステの身長は170cmを超えてしまっている。

 顔一つ分では済まない身長差に俺が見上げて話をしているので、このような状況ではコソコソ内緒話というのも難しい。

「あっ、ここがそのお店だね」

「私はどうしますか?」

「ここなら一緒でも問題無いと思うけど……リステも気になるなら一緒に入ってみる?」

 商業ギルドはリステと一緒に入れば確実に目立つ。

 その目立った後が怖かったので回避したかったが、ここなら多少目立とうが俺が異世界人と関連付けられることも無い。

「そうですか。なら私も興味がありますのでご一緒させていただきますね」

「う、うん」

 それなりの頻度で覚える妙な威圧感はなんなのだろう?

 不思議に思いながらドアを開ければ、店内は左右がまったく異なる構成になっていることに気付く。

(右側は宝石類が多いから女性向け、左が無骨なデザインが多いからハンター向けってところかな?)

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」

「……」

「あ、あの、ハンター用のアクセサリーが欲しいんですけど」

「……え? あっ、はい……承知しました。ではこちらへどうぞ」

 店員さんは真っ先にリステへ声を掛けた。

 もう満面の笑みで。

 そりゃそうだろう、俺なんて横で空気のような存在になっている謎の付き人、もしくは奴隷だからな。

 その俺がいきなり話し始めればビックリもするはずだ。

「リステも好きに見ててね。そんなに時間は掛からないと思うから」

 そういった瞬間、ギョッとした顔で振り向く店員さん。

 向ける視線の先はリステの方だ。

(俺じゃないということは、リステという名前で女神様でも連想したか? リアは女神様の名前なんてあやかる人が多いって言ってたけど、この反応を見ると不安になってくる……)

「どうしました?」

「いっ、いえ……なんでもありません。こちらが主にハンターの方を含めた男性用アクセサリーになります。どうぞお掛けになって少々お待ちください」

 そう言われてカウンターの前に置かれた椅子へ腰掛けるが、肝心の店員さんは奥のスタッフルームのような場所へ引っ込んでしまう。

 ハンター用アクセサリー専門の人でも来るのかな?

 そんなことを思いながら目の前のアクセサリーを眺めていると、ほどなくしてグラスと木のコップを持ってきて――

「お待ちの間、こちらでもお飲みになってください」

 なぜかリステにはグラスが丁重に渡され、俺には木のコップが目の前にトンと置かれる。

(このなんとも言えない差よ……)

 一応俺にも出してくれているから文句を言うつもりはないが、どうせ用意してくれるなら一緒でもいいじゃん! と、少しやさぐれた気分になってしまう。

「はぁ。種類はイヤリングと指輪、あとはネックレスですかね?」

「ハンター用の能力強化アクセサリーはこの3種になりますね。お客様はどの能力を伸ばされたいのですか?」

「ん? 能力ですか? それであれば――やっぱり『筋力』ですかね?」

「んっ?」

「んんっ?」

「そのような能力はありませんが……」

「んんんっー??」

 理解が追い付かず首を傾げていると、リステがいるおかげか、店員さんが懇切丁寧に解説してくれた。

 まず単なる装飾目的ではなく、|装《・》|備《・》として活用する場合のアクセサリーは『イヤリング』『指輪』『ネックレス』の3種に分けられる。

 そしてこの中から同種でも良いので2つ装備するというのが、能力向上を目的とする場合の選び方らしい。

 逆に言えば【付与】上限と同じで、指輪を仮に10個着けても能力向上の効果があるとされているのは2個までというのが、長い年月検証されてきた上での通説でありこの世界の常識とのこと。

 そしてこの『能力』というのも少し変わっており、そもそもこの世界では各能力値というものが表面化されていない。

 なので能力向上と言っても言い方が異なり、『攻撃力上昇』『魔法攻撃力上昇』『素早さ上昇』『命中率上昇』という4つのどれかを願って作り手がアクセサリーを作成。

 その恩恵にあやかろうと、ある意味お守りのような感覚で装備するのがアクセサリーという物らしい。

 となると、当然気になることも出てくる。

「能力の向上はどれも均一なんでしょうか? それともバラつきが?」

 均一ならデザイン重視でいいし、バラつきがあるのならデザインなんて二の次で、上昇数値優先というのが俺の考えだ。

 ゲームに良くあったアバターとか見た目重視装備とか――その辺の優先度は低い。

「能力には差があります。これは【装飾作成】スキルを持つ作り手のスキルレベル次第と言われていますね」

 そう言いながら手で陳列されているアクセサリー類を指す。

「ここから左側が【鑑定】で能力が『微小』とされているものです。そしてこちらから右が能力『小』のものになります」

(ふむふむ……値段は『微小』だと大体3万ビーケ前後、『小』だと20万ビーケ前後ってところか。そこまで極端に高いわけじゃないな)

「当店の在庫は全て【鑑定】済みでございますから、露天商などと違って|標《・》|記《・》|偽《・》|り《・》ということは一切ございません」

「あー……そういうのもあるんですね」

「【鑑定】持ちでないと『微小』も『小』も区別がつかないでしょうから」

「たしかに見ても違いは分かりませんね。ちなみに『小』よりも上のアクセサリーは置いていないんですか?」

「当店では残念ながら……能力が『中』のアクセサリーであれば、王都など一部のお店で取り扱いがあると聞いたことはあります」

 なるほどなるほど。

 となると能力値『中』までが世間一般で購入できる限界。

 さらに上の『大』なんかは、この世界の住人じゃスキルレベルが足らなくてそうそう作れないってことなのだろう。

 転生者が好んで【装飾作成】なんてスキルを女神様にお願いするとは思えないしな。

 あと気になることは――これか。

「まだどうするかは決めていないんですけど、【付与】目的で多少良い素材を使用して、一から作成してもらうことは可能ですか?」

「もちろんでございます。その場合はデザインも含めてご相談に乗らせていただきますし、必要があれば付与師も当店に在籍しておりますので、【付与】も含めた対応をさせていただくことが可能です」

「え? 付与師の方がこちらにいるのですか?」

「え、えぇ。アクセサリーは【付与】が主なところもございますので」

「もしお答え頂けるならでいいんですけど、その付与師の方はスキルレベル2の方ですかね?」

「? その通りですが知り合いでしたか?」

「あーいえいえ。商業ギルドで付与師の方を調べてもらったことがありまして」

 そうかそうか、ここにスキルレベル2の人がいたか。

 ならばスキルレベル3の人を仲介してもらう必要はないかもしれないな。

 アクセサリー専門の付与師となれば、それなりに需要のあるスキルも所持していることだろう。

 となると、ここからどうするか――

(パイサーさんの【付与】事例を考えれば、ミスリルなどの高級素材を使ってなんとか達成できるかもしれないのが二重付与まで。そしてハンター用のアクセサリーを見れば宝石類は一切使用しておらず鉱石のみなので、単純な素材量というだけなら武器なんかよりもだいぶ安く済みそうな気はしてくる。1つが仮に500万、いや1000万以内で二重付与が成功してくれれば、貯蓄もそれなりに残るからお金に怯える生活をすることもないか。
 ただ問題はアクセサリーそのものの能力値が『微小』か『小』ってところだ。ここでオーダーすればまず間違いなくこのどちらかになるだろう。高級素材使って『微小』だったらどうする? 思わず笑っちまうぞ?……というか、『微小』とか『小』って差はどの程度なんだよ?)

 思考がグルグルと巡り、黙りこくっていたら店員さんに心配されてしまった。

「お、お客様……?」

「あっ、すみません。何が正解か考え事をしてしまいまして……失礼しました」

(うーん……ここで無理に結論を出すべきではないか)

 まず俺はアクセサリーが無くてもどうとでもなりそうな、FランクとEランク狩場でスキル収集をするんだ。

 ならば答えはその間に出せばいいし、何よりこのまま考え込んでしまうとリステをずっと待たせてしまうことになる。

 となると、今やるべきことはこれだろうな。

 もしかしたら何かしらの判別ができるかもしれない。

「とりあえずアクセサリーがどんなものか試したいので、攻撃力上昇が『微小』の――ネックレスを二つ下さい。デザインはなんでもいいです」

「え? あっ、はい! ありがとうございます!」

 ネックレスであれば一番抵抗なく着けていられるし、狩りで邪魔になることはない。

 2つを装着した状態と未装着の状態で狩りを行い、何かしらの差を感じられるのかどうか。

 あとは上手くいけばだが、俺のステータス画面でネックレスの有無が能力数値の変化として現れるかもしれないな。


 とりあえずの結論が出て後ろを振り向くと、リステは女性向けの装飾コーナーを眺めていた。

「待たせちゃってごめんね。今購入する物を決めたからもうすぐ終わるよ」

「時間は気にしなくて大丈夫ですよ? こうして直接見られるだけでも貴重な機会ですので」

「何か気になる物はあった?」

 思わず女性物の装飾が並んでいる陳列棚を見ると――なるほど、そうかそうか。

 値段はピンキリだが、安い物は10万ビーケ未満から、高いものだと1000万ビーケを少し超えるようなものまで並んでいる。

 地球と同じで、宝石の大きさがそのまま値段に直結していそうな感じだな。

「えぇ色々と。私達は装飾を着けるという習慣がありませんから」

「そっか……」

 ここで「身に着けてみたい?」と聞くのは野暮だと思う。

 そんなことを聞けば遠慮される未来が見えてしまう。

 だがリステの様子はちょくちょくとおかしかった気がするし――

 こんなことを言うのは相当勇気がいるけど、ここは俺が覚悟を決めるべきところだろう。

「こ、このイヤリング似合いそうかな。リステの瞳と同じ色だし、耳につければ目立たないけどチラッと見える感じが凄く良さそう。もしくはこの銀のネックレスも、その服装には凄く似合うと思うよ。手持ちがそんなに無いから高い物は厳しいけど、これくらいなら買ってあげられそうだから――」

「結構ですよ」

「えっ? でも似合うとおも―――」

「私はお断りしています」

「あっ、そ、そっか……ごめん」

 ただならぬ雰囲気に店員さんも固まる中、恐る恐る見上げれば。

 そこには怒っているというより、悲しそうな表情をしたリステが俺を見つめていた。112話 本音

「リステ! ごめんって!」

 代金を支払い、品物を受け取った俺達は早々に店を出た。

 というよりも、リステが先に店を出てしまったので、急いで後を追いかけた格好だ。

 正直、なぜこんなことになっているのかはよく分からない。

 ただリステの機嫌が明らかに悪いのは俺のせいだろうし、そうなると口から出てくる言葉は謝罪しかなかった。

 しかし、それでもリステは止まらない。

 大通りから中へ入り、人気の少ない細い路地の方へと向かっていく。

「リステ……リステ様! ちょっと待ってください。一度止まって――まずは事情を聞かせてください!」

「……」

「何か気に障ったのなら謝りますから! 俺がバカなばっかりに、なぜリステ様が怒っているのか……それがよく分からないんです!」

 まるで俺から逃げるように何本もの路地を抜け、それを追いかけながら謝罪の言葉を繰り返し――

 やっと、人がギリギリすれ違えるかどうかという、細い裏道のような場所でリステは止まってくれた。

 が――

「……なぜ、追いかけてくるのですか?」

 ――背を向けたまま発した言葉は俺への|拒《・》|絶《・》だった。

「そっ、それは当然でしょう!? 今日は行動を共にするって話だったじゃないですか! こうなったのは俺が何かやらかしたからですよね? だからちゃんと謝ろうと……」

「ロキ君が問題ある行動をしたわけではありませんよ?」

「じ、じゃあなぜ!?」

「ロキ君は――私と一緒にいてもつまらないでしょう?」

「は……?」

「先に下界へ降りた3人は、皆がその様子を語ってくれました。と言っても語る内容の大半はロキ君のことばかりです。フィーリルやフェリンはまだ分かりますが、あのリアもがロキ君との会話を、共に行動した内容を楽し気に語るのです。――だから私も楽しみにしておりました」

「……」

 失敗した。そう思った。

 最初に降り立った時、砕けたやり取りに抵抗を感じていた俺を、リステは仲間外れと称して嫌がった。

 泣き真似から半分冗談くらいに捉えてしまったが――

「気付いてますよね? ロキ君は私に気を使ってばかりです。言い換えれば、私がロキ君に気を使わせてしまっているということになります」

「そ、それは……」

「昨夜、ロキ君は眠気を我慢して私に付き合ってくれました。でももし、その相手がフィーリルであれば、ロキ君は素直に眠いと言ったのではありませんか?」

「……」

「今日連れていっていただいた食事のお店も、ロキ君はずっと私のことばかり気にされていました。でももし相手がフェリンであれば、お互いに食事の感想を言い合う楽しい場になっていたのではありませんか?」

「……」

 どちらも、リステの言う通りだ。

 フィーリル相手なら素直に眠いと言えるし、フェリン相手なら食事の感想を言い合っていたに違いない。

 どうして、どうして俺はリステ様だとこうなってしまう?

 ただただ高貴という言葉で片付けている雰囲気のせい?

 それだけなのか?

 いや、違うだろ……答えは分かっているじゃないか……

「だからもう大丈夫ですよ? 私はロキ君に気を使わせたくはありません。これからパルメラ内部の調査へ切り替えますから、もう当面お会いすることも無いかと思います。神界に魂だけ来られることがあった時だけ、もしかしたら私がいる可能性もありますが――その時くらいは許してくださいね?」

「――――ッ!? 冗談じゃないっ!!」

 思わず声を荒らげてしまった。

 だがここでどうにかしなければ、本当にリステの言ったことは実行されてしまうはずだ。

 そんなの、俺が望むところじゃない!


「すみませんでしたっ!!」


 だから咄嗟に土下座をした。

 これは身分不相応な思いを抱いた、俺自身への戒めだ。

 せめて、本来あるべき関係には戻したい。

 その一心で頭を下げる。

「?……さきほど言ったはずですよ? ロキ君が悪いわけではありません。それは今日周囲の人間を見ても感じました。原因は周りに気を使わせてしまう私という――」

「違います! 明らかに俺自身の問題です!」

「……?」

 こんな不格好な告白なんて前代未聞だろう。

 ただでさえ小汚い恰好だというのに、舗装もされていない裏道に手と額を擦り付け、これ以上無いほど無様な格好を晒してしまっている。

 だが――

「お、俺は……リステ様を一人の女性として強く意識してしまいました。相手が女神様であるにもかかわらず……少しでもリステ様に気に入られたいと、余計な気を使ったばかりにこのような事態になってしまい、大変申し訳ありませんでしたッ!!」

「ッ……」

「でも、こんな話になるくらいなら……もう大丈夫です。これからは普通。そう、普通だ。下手な気を回したりはしない。だからもう会わないとかじゃなく、頼むから普通に話せるくらいの関係にはなっていこう?」

「そ……こと…ズ……いです……」

「えっ?」

 何を言ったのか聞き取れず、思わず顔を上げると、リステはいつの間にか俺を見つめていた。

「そんなことを言うのはズルいです!」

 その瞳には今まで度々感じた威圧感のようなものはなく、どちらかというと困惑しているような、狼狽えた雰囲気が見て取れる。

 リステのこんな姿を見るのは初めてだ。

「ズルいというのは……どういう……」

「そんなことを言われて、その上でこんな選択を与えられて、私が素直に喜ぶわけないじゃないですか! 靴を買っていただいた時、皆と違う高価な物に特別を感じて嬉しかったんですよ!? だから私は、ロキ君の望む姿になろうと――ロキ君は喜んでくれるだろうと、そう思ったから服だって替えたんです! なのに……ずっと壁を感じて……
 何かしていただくのは嬉しいのに、それと同時にロキ君は困った顔をするんです! 私はそんな顔をさせたくないんです!! だから距離を置こうと決断をしたのに――」

「ちょ、ちょっと待って! 俺だってほんとは嫌だよ!? もっとお近づきになれるものならなりたいよ! でも緊張しちゃうんだからしょうがないだろ!! 似合う靴を買ってあげればより磨きがかかって、神界から取ってきた服に変わったら、あまりにも似合過ぎて俺が死にそうになって……たぶんアクセサリーなんか着けられたら俺はもっと死にそうになる! でもしてあげたいんだよ! もっと俺好みになると思ったらしてあげたいんだよ!!」

「―――ッ!? そっ、そっ、そんなこと言われて、分かりましたなんて言えません!」

「なんでだよ!? 俺は何かしてあげることを嫌だなんて思っていない! それでリステも嬉しいなら、黙って受け取ってくれればそれでいいじゃないか!」

「何度も言っているじゃないですか! 困った顔をさせたくないんです!」

「じゃあキスでもさせてくれよ! そうしたら大抵のことは軽く思えてくるわ!」

「えぇ!?」

「えぇ!? じゃないよ! そのくらいのことしなきゃ俺程度の男に極大美人耐性なんて――って、うえぇえええええ!?」

 い、勢い余ってとんでもないことを言ってしまった……

 何がどうなったら、いきなりぶっ飛んでキスになるんだ!?

 ヤバいヤバいヤバい……

 リステの顔を見れば、真っ赤な顔して俯いてしまっている。

「うううううううそ、ウソ、嘘ぉー!! 冗談! 言い間違え! ものの例え! ちょっと俺の口がおかしくなっちゃっただけだから気にしないで!」

「でっ、でっ、でっ、ですよね?」

「当然だろ~? いきなり行程をぶっ飛ばすなんて、そんな大それことができるようなイケメンじゃないし!」

「……ふふっ」

「ん?」

「やっと――私が望むロキ君の姿になってくれましたね」

「あ……」

 そう言われて初めて気付いた。

 本音をぶつけ合ったせいか、俺の中でずっと続いていた極度の緊張感は無くなっていた。

 それにたぶん、リステの本音が聞けたのも大きかったように思える。

「お互い、本音をぶつけたからかな……? はははっ……」

「本音……そうでしたか。それが原因だったようにも思えますね」

「んだね。俺も正直、リステにはかっこつけようとしてばっかりで、本音とはまた違っていたような気がするから」

「ではロキ君、これからは本音を言いますね」

「え? うん」


「先ほどのアクセサリー、どちらかで良いので買ってくれませんか?」


 そう言うリステの笑顔は凄く輝いて見えた。

 だから俺は本音でこう答える。


「当然。似合うと思うから|両《・》|方《・》買うよ。ただどっちも10万ビーケ以内のね! なんかほんとにお金ヤバくなってきたし!」
************************************************
第129話までの間は、空から大量の砂糖をぶん投げられるタイミングが出てきます。
ストーリー上かなり重要な要素も出てくるので、気軽に飛ばしてくださいとは言えませんが、苦手な方は読まないでおく、目を細めて見る、高速で流し読みするなど、お好きな対策を取ってください。113話 威光の効果

 無事、先ほどのアクセサリー店でリステ用のネックレスとイヤリングを購入した俺達は、次なる目的地へと向かって歩き出していた。

 もう何度目か、横を歩くリステを思わず見上げる。

(美人は安物だろうと関係無しだなぁ……)

 アクセサリーを着けることによって、リステの高貴オーラはさらには爆上げしてしまった。

 街行く人々の視線が痛いとはまさにこのことだなと痛感する。

 セットで「横にいるこいつはなんだ?」という、怪訝な視線を向けてくる人達には火の玉でも飛ばしてやりたい。

 が、俺自身の気持ちはもうだいぶ落ち着いていた。

 ここまでいけば1段上がろうが2段上がろうが、どっちにしろ天上人というのもあるし、リステは自分のためではなく、俺が喜ぶと思ってこのドレスに着替えてくれたんだ。

(むふっ……むふふふっ……)

 男にとってこれほどの喜びはそうないだろう?

 この優越感だけで飯が5杯は食えそうだし、そう思えばそれなりに心の余裕も生まれてくるというもの。

 それに対し――今のリステは厳しい状況に置かれているはずだ。

 今俺達が向かっているのは服屋。

 きっかけはリステの一言だった。


「ロキ君、さすがに服装をもうちょっと良くしましょうか」


 正直を良しとしたリステのこの言葉に、俺は黙って深く頷いた。

 自覚症状がありまくりだったので、言われてショックということもまったくない。

 だから俺はこう答えた。


「じゃあリステが選んでよ。せめて奴隷じゃなく、従者と判断されるくらいに見られればそれでいいからさ」


 その後、リステは先ほどとはまた違った威圧感を放ちながらブツブツ呟いている。

「なんという責任を……男性の理想の格好とは……そこに予算も加味しなければ……」

 こうなった時、今までなら迷わず「大丈夫?」と声を掛けたんだろうけど、今はもう放っておくことにしている。

 リステが俺のためにあれこれ考えてくれていると思えば、それはそれで嬉しいしね。

 だが、俺のような未成熟な身体に似合う服となれば、選ぶ側のセンスもかなり問われるはずだ。

 まぁ商売の女神様だし、これくらいの試練は今後のためにも乗り越えてもらうとしよう。

「リステ、このお店小さいサイズの服も置いてそうだよ?」

「……では入りましょう。ちなみにご予算は?」

「ん~10万ビーケ以内くらい? 明日から狩りを開始するから、手持ちのお金で足りるならなんでもいいんだけどね」

「分かりました。ロキ君を立派な男性に仕上げてみせます!」

 おぉ、凄い気合だ。

 これは本当に残金の勘定をしておかねば。

(とりあえず宿代とご飯代を差し引いて――5万ビーケくらい残しておけば何かあっても大丈夫か?)

 そんなことを思いながら、俺はコソッと革袋の中身を数え始めた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「こっ、これでどうでしょう……?」

 壁に掛けられた小型の鏡から、自分の上半身を確認する。

「おぉ~!」

 映された自分の姿は、地球の頃の衣類にだいぶ近い印象を受けた。

 首元に謎の、結ぶわけでも無い紐が付いた灰色のシャツ。

 いったいこの紐はなんなんだと問い詰めてやりたいが、低価格帯の量販店でいつでも売っていそうなこの服なら、地球人の俺でも抵抗なく受け入れられる。

 そしてズボンは何の素材か分からないけど、レザーではない何かの繊維でできた黒い普通のズボンだ。

 当初リステは、不思議な構造をしたズボンを俺に提案してきた。

 それもなぜか、白い靴下付きで。

 どうやら靴下の中に裾を入れることが前提のズボンなようで、地球にいた頃に何かで見た貴族様スタイルを思わせるヘンテコ衣装だった。

 だから俺は即答した。

 マジで勘弁してくれと。

 遠慮をしなくていいというのはこういう時に楽なものである。

 ブーツインならまだ受け入れられるが、靴下インなんて、それなんて罰ゲーム? と俺は思ってしまうので、いくら上級民スタイルだろうと断固拒否。

 その後もズボンの裾を何かに入れたがるという、重い病にかかったリステの提案を躱し続け、最終的にはよくある平民スタイルを俺が希望してやっと今の形になった。

「こうこう! こんな感じ! これなら抵抗無く受け入れられるよありがとう!」

「もっと位の高そうな服装にしたかったのですが……」

 何やらリステはちょっとご不満みたいだが、金銭事情を考えても小奇麗な平民スタイルが無難なところだろう。

 ついでに狩り用のインナー農民衣類も、比較的程度の良さそうな古着を4セット購入。

 スキルのせいで当分背が伸びないんじゃないかという不安から多めに購入したわけだが、1セット10000ビーケくらいなら急に背が伸びても後悔することはないはずだ。

「代金は15万6千ビーケでございます」

「じゃあこれで」

 お金を払うついでに革袋に入れてある腕時計を見れば、時刻はもう17時過ぎ。

 そろそろ風呂付き高級宿屋の空き状況を確認した方が良さそうな時間帯だ。

「リステ、次は宿屋の部屋が空いているか確認しに行こうか?」

「はい分かりました」

 こんなやり取りを、お金を受け取る店員さんは目を見開いて見つめていた。



「ねぇ……リステの名前って人前で気軽に言わない方が良さそうじゃない?」

「どうしてですか?」

「いや、さっきの店員さんもアクセサリー屋の人も、明らかに『リステ』っていう名前に反応してたんだよね」

「私達の名を子に与える者は多いはずですから、気にしなくてもいいのでは?」

「うーん。それはリアからも聞いてたんだけどさ。どうもリステの場合は雰囲気も相まって、そのまま女神様を連想させてしまっている気がするんだよなぁ」

 ここまで普通じゃないオーラを放ちまくっている人はそういない。

 特に商売をしている人はリステを信仰している可能性が高そうだし、そんな神々しい人が信仰対象と同じ名で呼ばれていたら、「まさか」と思われてもおかしくない気がする。

「伏せた方が良さそうならそうするけど、どう思う?」

「今まで通りでお願いします」

「はやっ! 結論出すの早くない!? ちゃんと考えてる!?」

「考えましたよ? リステと呼ばれないのは嫌なのでお断りします」

「いやいや、それ何かあった時のことまったく考えてないでしょ……まぁ女神様的にそれでいいならいいんだけど」

「大丈夫ですよ。女神が下界に降りたという前例がありませんから、"まさか"と思ってもそのまま"まさか"で終わります」

「あーなるほど」

「それにリステと呼ばれないということは、仮の名になるということですよね?」

「仮の名を作ってもいいし、あとはリステをモジって『あだ名』を作るとか? さすがに呼び名を作らず『君』じゃ他人行儀だし、『おい』とか『おまえ』じゃ失礼過ぎるだろうしね」

「おい……おまえ……?」

(やべっ……マズったかもしれない……)

「い、いやいや、それは無しってことだからね!? そんな失礼なこと言わないよ!」

「……いっ、一度言ってみてもらえませんか?」

「は?」

「どんなものか、一度だけ」

「……」

「……」

「……おいおまえ、早く宿屋に行くぞ?」

 ブルッ……

 そう言った瞬間、横を歩くリステの身体が小刻みに震えた。

 まさかと思って見上げれば、驚きつつも恍惚とした表情を浮かべていらっしゃる……

「リ、リステッ! なんかマズい気がするよ! せっかく慣れたのに、俺までおかしなことになりそうな気がする!」

「そっ、そっ、そうですね! 不敬ですよまったく!」

 自分で望んだことなのに、顔を真っ赤にしながら不敬なんて言っているリステが可愛くてしょうがない。

 が――

(リステってまさかの亭主関白好き? というか、もしかしてどMなんじゃ……?)

 良からぬ想像に思わず頭を振る。

(今起きたことは忘れよう……)

 そう思いながら、見えてきた例の風呂付き宿屋の入り口へ向かった。



「さて、今日は空いているかな~」

「今日は大丈夫だと思いますよ? 念のため私も一緒に行きますし」

「? それが何か関係あるの?」

「えぇ。たぶんですが」

 どういうことだ? と首を捻りながら受付カウンターへ行くと、昨日も対応してくれた初老の男性と目が合った。

「すみません。今日は部屋に空きがあるでしょうか?」

 その言葉に初老の男性は焦った表情を浮かべながら俺を見て、リステに目を移し、また俺を見る。

「も、もちろんでございます……」

「それは良かったです」

 そう返答しつつも、頭の中には疑問が、そしてすぐに予測へと結び付く。

(あ~なるほど。そういうことね)

 なぜ、|も《・》|ち《・》|ろ《・》|ん《・》なんて言葉が出てくるのか不思議だった。

 が、昨日も空きがあったのなら、その言葉を使うことにも納得できる。

 そして昨日はリステがおらず、俺の格好はまるで乞食のような農民スタイル。

 つまり、そういうことだったんだろう。

 身形で客を選別する宿なんて聞いたことはないが、地球にだって相応の格式がある場所では最低限の服装やマナーが求められるし、ここがそういう場所だったと思うしかない。

 俺がそう整理を付けたというのに、話はあらぬ方向へと転がっていく。

「差支えなければ、昨日もこちらの女性と宿泊する予定でございましたか……?」

「え? えぇ……結局別の宿に泊まりましたが」

 実際には部屋にいただけで泊まっていないけど、この返答に初老の男性は硬直する。

 そしてすぐ様リステを見つめ、最敬礼と言ってもいいほどの角度で頭を下げた。

「こちらの不手際、大変申し訳ございませんでした!!」

 この声に、ロビーで寛いでいた裕福そうな人達の視線が一斉に集まる。

 うへぇ……

 チラリとリステを見上げれば。

「……」

 相変わらずのだんまりだ。

 考えてみれば、なぜかリステはこの世界の住人と言葉を交わさない。

 今の状況ではどうでもいいことかもしれないけど、目の前で脂汗を垂らすこの男性にとってはそれどころじゃないだろう。

 構図からして、リステが主人で俺は小間使い。

 その小間使いの宿予約を身形だけで断わった結果、リステの宿泊まで断ったことになってしまった。

 おまけにそのリステはお冠――黙っていればそう判断されてしまう。

「お詫びに無料で最上位のお部屋をご用意させていただきます……何卒、何卒ご容赦を……」

 凄いな……不謹慎だが素直にそう思ってしまった。

 リステは一切身分を明かしていない。

 ただ黙って立っているだけだ。

 にもかかわらず、リステの雰囲気から小金持ち程度の存在ではないと悟り、すぐさま最上位の部屋を提供という提案に入った。

 立っているだけでそうさせているリステも凄いし、相対する人物を見極めてすぐ最上位を提案するこの男性も、どちらも凄い。

 だが――こうなると次に困るのは俺だ。

 俺は一時的な宿泊ではなく、この近辺の狩りに満足するまでここに宿泊予定なんだ。

 最上位の部屋と言われればそりゃ有難いが、一日だけお詫びで泊まって、その後の自腹は格下の宿になんかすれば、自ずとリステの株を下げてしまうことになる。

 かと言ってずっと最上位の部屋に無料はいくら何でも宿側が許容できないだろうし、俺も費用を払い続けられるかどうかが分からない。

「一応お尋ねしますが、本来であれば最上位の部屋はおいくらするんですか?」

「……お食事代も含みで、お一人様一泊20万ビーケとなります」

「なるほど……」

 こりゃキツいな。

 二人で40万ビーケ。

 宿代のためだけに全力で稼ごうとすればなんとなかなるかもしれないけど、風呂と美味しい食事があれば他はなんでもいいと思っている俺には無駄金過ぎる。

「まず前提として、僕達は1泊だけの予定ではないんです。こちらの女性は約1週間ほど滞在します」

「……」

 チラッとリステを見上げれば表情に変化は見られない。

 さすがにリステの名をこの場で出すのはマズいと思ったので、ちゃんと空気を読んでくれているようで一安心だ。

「その間ずっと無料というのはそちらも厳しいでしょうし――どうでしょう? 今日を無料にとおっしゃるようでしたら、滞在期間の宿泊費をお安くしていただくというのは?」

「……承知しました。では滞在期間中、最上位のお部屋を1泊10万ビーケとさせていただきます」

「一人分がですか? それとも二人分がですか?」

「ッ……も、もちろんお二人様で10万ビーケとさせていただきます」

(あ、あぶねぇ……)

 これで一人10万ビーケと言われたら、リステだけその部屋にして俺は安い部屋を選ぶところだった。

 だが二人で10万ビーケなら、まぁ一時的な贅沢と思えば許容範囲内の金額だろう。

「それでいいですか?」

 そう言いながらリステを見上げると、無言のままコクリと頷く。

「承知しました。それではご案内させていただきますのでどうぞこちらに。お食事は朝夕とお部屋に直接お持ちいたします」


 部屋への道中、「あれはいったい何者だ?」と。

 ロビーにいた商人っぽい男達から好奇の視線が注がれる。

 慣れてきたとはいえ……それでもなんとも言えない鬱陶しさを感じながら、俺達は案内役の女性についていき宿の上階へと向かった。114話 謎の魔道具

 厳密には俺だけが泊まるこの宿『ハンファレスト』は4階建ての建物だ。

 大通りに面したお店でも大体は2階建て、たまに3階建てがある程度で、4階建てというのはパッと見た感じでもこの辺りで一番高い建物になる。

 そんな宿の最上階に着くと、正面には1本の廊下が延びており、その左右にはドアが3つ存在していることが一目で分かった。

(左に一つ、右に二つ。ということは――)

「こちらが当館で最も広いお部屋となります」

 やっぱりか。

 最上位の部屋はフロアの半分を占めているらしい。

 絶対にここまで必要無いよ?

 6畳程度のスペースもあれば十分なんだけど?

 内心そう思うも、今更止まることはできない。

 ドアを開けられ、一歩中へ踏み込めば――

「しゅご……凄いですね……」

 端から端まで50メートル走が余裕でできそうな、仕切りの無い一つの大きな部屋が視界に飛び込んくる。

 巨大なベッドが1つ2つ3つ……いったい何個あんだよコレ。

「お食事の時間はどうなさいますか?」

「えっ? あーっと……鐘の音が鳴ったあと、30分後くらいにお願いできますか?」

「承知しました。こちらの部屋には複数の魔道具を設置しております。もし使い方についてや、追加の魔石が必要になりましたら1階カウンターまでお申しつけください」

「は、はい」

「最後に、滞在は1週間ほどと伺っておりますが、その間シーツの換えはいかがいたしますか?」

「日中はいませんので、可能であれば毎日お願いします」

「ではご不在中、当館スタッフが室内へ入りますので、もしお荷物を部屋に残される場合、右奥にございますストレージルームをご利用ください」

「ストレージルーム?」

「開閉に個人認証を必要とする荷物置き場でございます。ご利用方法は部屋内に記載しておりますが、何かご不明な点がございましたらお知らせください。スタッフがご説明させていただきます」

「……分かりました」

「それでは、ごゆっくりとお寛ぎください」

 綺麗なお辞儀をして去っていくスタッフさんを見送りつつ、俺はとんでもない場所に来てしまったと頭を抱えた。

(なんだこりゃ……想像よりも遥かに凄いぞ? まずこの部屋涼しくないか? クーラーでもついてんのか?)

 中へ踏み込み辺りを見渡せば、よく分からない魔道具らしき物が所々に設置されている。

 しかし見慣れた家電品とは違い"何を目的にしているものなのか"が連想できないため、ただの調度品といまいち区別がつかない。

「素晴らしいお部屋ですね」

「リステは意外と普通だね。俺はもう謎の魔道具という時点でいっぱいいっぱいなんだけど」

「ふふっ、私も魔道具には興味がありますし、夕食まで時間もありますからゆっくり見ていきましょう」

「そだね。それじゃリステは先にこの部屋を楽しんでてもらえる? 俺は昨日の部屋から荷物取ってこないといけないからさ」

「あっ、そうでしたね。では私が使い方を把握して、あとでロキ君に解説してあげましょう」

「おぉ~それ助かるよ! さすがリステ! それじゃまたあとでね!」

 宿から宿までの距離は近い。

 俺はダッシュで昨日泊まった宿へ荷物を取りに行った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ふむふむ。冷風が出てくる魔道具、湯を出す魔道具、物を冷やす魔道具に水を出す魔道具か」

「使用する度に操作が必要なのは、お湯を出す魔道具と水を出す魔道具ですけど、どちらもこの棒を下げるだけなので難しくはないですね」

「んだね。ここら辺は使い方さえ分かれば問題無い。となると、よく分からないのはこれか」

「そうですね。使い方は把握しましたが、これだけは私もどの魔法が組み込まれているのか分かりません」

 二人揃って、先ほど簡単な説明を受けた『ストレージルーム』を眺める。

 内部は3畳ほどのスペースで、棚などは一切なく、見た目はただの物置きといった具合だ。

 だがドア、というよりは金属製の重厚な扉と表現した方が適切なソレには、中心部に魔法陣と思しき紋様が彫り込まれている。

「ここに手を当てるだけでいいんだよね?」

「そうです。一度試してみてください」

 当然とばかりに魔法陣の上に掌を当てると、その魔法陣が光り輝く。

 そしてすぐにリステがその魔法陣に掌を当てるが、魔法陣は何も反応しない。

「魔法を発動させた者しか開けられないというのは本当のようです」

「へ~こりゃ凄いなぁ。地球にも声紋や指紋とかで個人を判別する方法はあるけど、これはどうやっているんだろう?」

 魔法陣を見てもただ綺麗に彫られているだけといった感じで、とても指紋を判別するような装置が付いているとは思えない。

「一応確認ですが、ロキ君は魔力量が数値化されて見えるんですよね? 今の行動で魔力が減ったかどうか分かりますか?」

「ん? 分かると思うけど」

 リステに言われたことを確認するためステータス画面を開けば、今の施錠と開錠という工程で魔力が『2』消費されたことが確認できる。

「2だけ減ってるね。ということはそれぞれの消費がたったの1? これ、さらに凄くない?」

「凄いです。やっていることは結界の応用――ただ魔力消費1というのは在り得ないわけですから、そうなると外部からの魔力供給に頼ることになる……」

 なんかブツブツ言いながらドアを確認しているリステを黙って眺める。

 しゃがんだ時に真っ白な細い太ももが見えて、ラッキーと心の中で歓喜する。

「やはり。これで誰でも使えるようにしているわけですか。ただ個人の識別はどうやって……? 魔力を僅かに使用する、させるということは魔力の波長? しかし――」

「お、おーい……リステさーん……」

「す、すみません……他の魔道具は少なからず商人がもっていた知識だったのですぐ理解できましたが、これだけは初めて知る内容なので大変興味深いです」

「細かく確認してたもんね。で、何か分かった?」

「推測ですが、これはこの世界の人種が作れるとは思えませんね」

「つまり……転生者が作った可能性大ってことか」

「そうなります」

 そっかそっか。

 誰か知らんけど凄いじゃん!

 調子に乗りまくっている転生者もいるんだろうけど、その陰で女神様もビックリな機能を持った物を開発している同郷がいると思うと、なんだか俺まで誇らしくなってくる。


「また1個、転生者の功績見つけたね」


 思わず呟いた何気ない一言だったが。

「……一つ気になっていることがあります」

「ん?」


「フェリンに何か、重要なことを言いましたか?」


(……やっべぇ)


 考えて見たら、リステには転生者絡みの功績なんて一度も話していなかった。

 フェリンにまだ他の女神様達には言うなと言っておきながら、俺が先にボロを出してしまうとは……

「は、はは……言った……かも……」

「ロキ君、私達は先ほど学びましたよね? お互い正直になるべきだと」

「はい……」

「ロキ君に会った後、フェリンの様子がおかしくなりました。急に下界を旅したいとか、皆がうらや……んんっ! 皆が心配するようなことを言い始める始末です」

「はい……」

「その原因はロキ君にあると思っていましたが、いったい何を伝えましたか?」


 もうダメだな。

 これは逃げられない。

 神様相手に嘘が押し通せるとは思えないし、それをやってしまえばリステからの信用を失ってしまう。

(まぁ……当初の予定ではリステかアリシア様に話す予定だったしな。リステなら話してしまった方が良いかもしれない)

 覚悟を決めた俺は、フェリンと同様にヤーゴフさんから聞いた情報を、あくまで確証が得られていない話として伝え聞かせた。115話 高級な料理とは

「なるほど……そういうことだったのですね」

「うん。まずは黙っててごめんね。本当かどうかを俺自身が判別した後にって思ってたから」

「いえ。ロキ君がそう判断されるのも当然のことです。特にリアを知っているのであれば」

「そう、そこなんだよ。いきなり暴走されるのもマズいからさ」

「しかし――そうでしたか。地図といい、転生者といい、私達は本当に失敗だらけです……自らこの世界の終わりを早めてしまっている気さえします」

 基本は冷静沈着なリステだ。

 フェリンのように感情を表に出すタイプじゃないと思うけれど、それでも落ち込んでいる様子は手に取るように分かる。

「女神様達の選択したことが全て悪い方に転がったわけじゃないんだよ? 地図を無くしたことによって大陸全土を巻き込むような戦争が無くなった。それも事実なんだろうし、転生者を呼び込むことによって今目の前にあるような、地球人の俺でも驚く機能の設備だって生まれている。必ず物事にはメリットの裏にデメリットが存在するんだからさ。結果を踏まえた上でここからどうするかを考えるのが重要だよ。まだ断定できない情報でもあるしね」

「……そうですね。ふふっ、さすがロキ君です」

「違う違う。ただ打算的なだけだよ。異分子の俺を泳がすことは女神様達にとって大きなデメリット。でもその裏にきっと色々なメリットだってあるんだぞ、っていうね」

「ロキ君の存在をデメリットに感じている女神はもういないと思いますよ? アリシアだけ余計なことで心配しておりますが」

「余計なこと?」

「えぇ……まぁそれは置いておくとして」

「え?」

 なんだこの露骨な話題逸らし。

 さっきお互い正直にって言っていたはずなんだが?

 まぁ、神様達の事情になんでも首突っ込めるわけじゃないのは分かってるけどさ……

「下界の多くの人種が、一部の転生者によって被害を受けている可能性があることは把握しました。そしてロキ君はその事実確認をしていただける。この認識で間違いありませんか?」

「うん合ってるよ。ただ凄く重要なこととして、俺は世界の英雄とか救世主の類になるつもりは無い。その手の資質が無いことは自分が一番理解している。だからあくまで目的のついで。何よりも優先するわけじゃないことは理解してほしい」

「目的――強くなりたい、ということですよね?」

「そうだね。そのためにはこの世界の狩場を巡る必要があるから、その過程で得られる情報だって色々出てくると思う。それはもちろん女神様達に伝えるよ」

「それでも十分過ぎるくらいです。元は私達の撒いた種ですから、ロキ君に全てをどうにかしてもらおうなどという気はありません。フェリンの件も含めて、こちらでどう対処すべきか――まずは私一人で考えてみます」

「一応フェリンにも心を読まれてバレたから、必要があれば相談してみると良いかもね」

 コンコンコン――

「お食事をお持ちしました」

「おっ、それじゃ今結論の出ない話は置いておいて、まずは食事を楽しもうか。きっと高級宿の料理ってなったら凄いよ!」



 大理石と思われる、20人くらいは座れそうな横長のダイニングテーブルに、いったい何人前なんだ? とドン引きしてしまうレベルの様々な料理が次から次へと並べられる。

「……」

「……」

 俺の前には鉄……いや銀かな?

 今までとは違う、金属製のフォークやナイフがズラリ。

 皿も木製はほとんどなく、大半はガラス製か陶器のようなものが使われていた。

「2時間ほどしましたら下げに参りますので」

 そう言って去っていく従業員さんを後目に、リステへ声を掛ける。

「凄い量、だね……」

「貴族は食事を残すべきという考えがあるようですから、それに合わせているのかもしれませんね」

「う~んさすが最上位の部屋。勿体無いとしか思えないけど、まぁ明日から減らしてもらうように言えばいっか。とりあえず乾杯しよう」

「乾杯?」

「グラス同士をコンッとね。仲の良い人達がやる地球の風習と思ってもらえればいいかな?」

「や、やります!」

「ふふ、それじゃ乾杯」

「乾杯」

 明日は本気でお金を稼がないといけないので、俺は飲み過ぎないよう注意しないといけない。

 だが、最初に注がれたワインくらいなら、場の雰囲気というのもあるので飲んでおきたいところだ。

 グラスに軽く口を付け、すぐ視線をリステに戻す。

(ほんと似合うなぁ……)

 上品なドレスを着て、赤ワインを飲む姿がこれほど様になっている人は、今までテレビでも見たことがない。

 顎を少し上げた時、チラッと見えるイヤリングがまた、安物のくせになんとも良い仕事をしている。

「どうしました?」

「うん? んー……素直に、綺麗だなと思って」

 言うのを躊躇った。

 誤魔化そうかと悩んだ。

 だが、"|正《・》|直《・》|に《・》"という言葉が引っかかって、物凄く恥ずかしいけど言ってしまった。

「あ、ありがとう……ございます……」

 透けるような透明感のある白い肌が、みるみるうちに赤くなる。

 そんな反応されると余計に恥ずかしくなるわ。

 思わず視線を外に向ければ、今までこの世界では見なかった大き目のガラス越しに、視界一杯の屋根が見えた。

「この町はかなり大きそうだね。1週間くらいの調査で間に合いそう?」

「どうでしょう? 本格的に動くのは明日からなのでまだなんとも言えませんが、もし間に合わなければ引き継ぎますから」

「そっか……」

 内心、間に合わなければ1週間と言わずに延長しちゃえば? と言いかけてしまったが、女神様達は順番を決め、次がリガル様なのかアリシア様なのか分からないけど、その二人も下界観光を楽しみにしているのだろう。

 そんな中、俺が余計なことを言ってゴチャゴチャにしてはいけないと、グッと堪えて我慢する。

「さー食べよっか! リステの好きな食べ物は――って、今まで食事してこなかったんだから分からないか」

「そうなんです。だからロキ君が美味しいと感じた物を私も食べてみたいです」

「オッケ~じゃあどんなものか、俺がちょっとずつ食べてみようか」

 目につく物を小皿に分けていき、とりあえずと計10種ほどの料理を眼前に並べる。

「どれどれ、まずはスープから……って辛っ! このスープ辛いわ!」

「辛い料理ですか? どんなものか飲んでみたいです」

「そ、そうねそれも人生経験と思って……取ってあげるからちょっと待ってて」

「ロキ君のそれでいいですよ」

「え? あ、そう?」

 少し立ち上がり、ヒョイッと俺のスープ皿をスプーンごと回収していったリステは、躊躇いもなくそのスープを口に運ぶ。

「ッ……なるほど。舌と喉が痺れますね」

「でしょ? 辛くても美味しい料理ってのはあるんだけど、これはただただ辛いだけな気がするなぁ……」

 その後も肉料理を食べれば強烈に濃い味付けが、魚料理を食べれば鼻腔を襲うくしゃみ発生成分が、油で揚げたような団子形状の物を口に運べば、内部には辛みを伴った香辛料の詰め合わせ爆弾が。

 美味しいと感じる料理に巡り合うことなく時間だけが過ぎていく。

 その間、まるで決まった流れのように、俺のところからヒョイヒョイと皿を回収してはちょっとずつ食べていくリステもしかめっ面が多く、唯一美味しいと感じたのは生野菜だけだった。

(なにこれ? まさかの嫌がらせ?……いや、さすがにリステがいること分かっていてそれはないよな……)

「リステ、正直に言っていい?」

「はい」

「一番美味いと感じたのがサラダで、あとは個人的に全滅だったんだけど、俺の舌がおかしいだけ?」

「いえ、ロキ君の味覚が正常だと思いますよ。私もお昼に食べた食事の方が断然美味しいと感じましたので」

「だよねだよね……なんだこれ?」

「これが貴族などの上級民、一部の特権階級が食す料理なのだと思いますよ?」

「へ? 敢えてこんなの食べてるの?」

「あくまで教会に立ち寄った商人達の記憶ですが、高価な香辛料をふんだんに使うことこそが貴族の料理、という考え方もあるようです」

「なるほどね……」

 この説明で納得がいった。

 見た目はとにかく豪勢だ。溢れんばかりの料理が並び、素材もよく分からないけど丸焼き系があったりと、きっとお金を掛けて良質な素材を使っているんだろう。

 だが素材の味を活かすなんてことはなく、とにかく高い香辛料をぶっかけろっていう――味よりもこれだけ使ったんだぞ、っていう実績を優先させた料理なんだろうな。

 だからほとんどの料理が冷めていようとも関係無し。

 そしてそれを少しだけ食べて、残りを捨てることでさらに自分の力や財を誇示する、みたいな。

 そんな想像をしたら、思わず本音が口から零れ出た。

「貴族の見栄ってのはくだらないなぁ」

「地球では違うのですか?」

「俺は地球でも庶民だったから詳しくないけど、まずこんなレベルの意味が分からない料理はないと思うよ。素材の味を活かしつつ、どれだけ美味しく仕上げられるかが最重要だし。例外もあるけど、高い素材は美味しくて当たり前。逆に安い素材でどれだけ美味しく仕上げられるかが腕の見せ所、ってのが普通の考え方かな?」

「なるほど……」

「こんなことのために、住民が税を持っていかれているわけでしょ? そう思うと下らな過ぎるって思っちゃうよ。まぁそれがこの世界のルールなのかもしれないけどさ」

「……」

「ねぇリステ、まだ食べられるでしょ?」

「え? あ、はい」

「俺も正直足らないというか、ちゃんと美味しい食事を摂りたいからさ。ちょっと待っててもらえる? 今からなんか買ってくるから」

 そう言って、返事も聞かずに部屋を飛び出す。


(冗談じゃない。折角仲直りできたっていうのに、こんな見栄だけの料理にぶち壊されてたまるか)


 残金の都合上、安心して買えるのは屋台飯くらい。

 だが、俺がこの世界に来て頻繁に食べている料理だし、何よりハズレ無しで今まで全部美味かった。

 ならば、それらをリステにも食べさせてあげたい。


(さてさて、リステは何を好むのかな?)


 そんなことを考えれば自然と足取りも軽く、俺は屋台を求めて町の中を駆け巡った。116話 異世界お風呂事情

 屋台飯を小脇に抱えつつ部屋に戻れば、リステはワインを飲みながら外を眺めていた。

「お待たせ~」

「なぜ一人で行ってしまうのですか? 私も一緒に行きたかったんですよ?」

「はうっ! 急ごうと思ったら自然と足が動いちゃって……ごめんね。色々買ってきたから許して!」

「もう……でも、ありがとうございます」

「ううん、俺が食べたくて買ってきたからさ。とりあえず、飲み物だけ持って別のテーブルに行こっか?」

 この部屋には用途不明のテーブルがいくつも置いてある。

 その中で、窓の脇にローテーブル、そして挟むように3人掛け程度の高級そうなソファーが置いてあるところに屋台飯を置き、それぞれの飲み物も運び込む。

 今までのような対面ではないが、屋台飯を共有するとなれば横にいてもらった方が渡しやすい。

「んーとね、まずこれが俺の大好きなじゃがバタ。あと屋台の王道っぽい串肉に、近いんだけどちょっと違う焼き鳥。あとベザートでは見たことないやつも売ってたから買ってきたよ」

「色々と種類があるのですね」

「それが屋台の良い所だからね~自分が食べたい物を選んで買うわけだ。あっ、ちなみに今までハズレ引いたことないからね。この世界の食材って基本美味いから」

 俺はまず焼き鳥を手に取る。

 今まではもも肉っぽい物だけだったが、なんとマルタにはどう見ても鳥皮と思しき物まで並んでいた。

 こんなの買うに決まっているでしょう!

「グホッ……久しぶりの鳥皮うめぇ……マジでうめぇ……」

 塩味の利いた食べ慣れた味。

 先ほどとのギャップに、思わず涙が出そうになる。

 ついでにビールが飲みたくてしょうがない。

「私も食べてみていいですか?」

「もちろん食べちゃって! 全部2個ずつ買ってあるから遠慮しなくていいよ!」

「それでは――」

「えっ?」

「ふぁ~……これはたしかに美味しいですね……」

「……」

 なぜ、わざわざ俺の持つ串から鳥皮を食べるのだろうか?

 リステ用のがちゃんとあると言っているのに、話を聞いていなかったのか?

「リステ? ちゃんとリステの分も買ってきたんだよ? わざわざ俺のところから食べなくても――」

「? 先ほどと同じようにしているだけですよ?」

「ん? まぁそう言われればそうなんだけど……んー??」

 たしかに先ほどは、俺が毒見のような感じで少し食べ、そのあとに皿ごとリステが回収していくの繰り返しだった。

 が、初めから別れている屋台飯はなんか違うような気が……

「嫌でしたか?」

「それ、ズルいと思います! 嫌なわけがありません!」

 俺が串肉に手を出せば、その串肉をリステも食べ、鳥ももに手を出せば、リステもその鶏ももに齧りつく。

 おまけに食べる度、リステがどんどん近付いている気がする。

(なんてこったい……頭がハッピーセットになってしまいそうだぞ……なんだこの幸せ空間は?)

 特に油断した姿を早々に見せなさそうなリステだからこそ、笑顔で俺の手からハムハムしていく姿は強烈だ。

 限界突破美人に可愛さまで追加されてしまっている。

(ふぅ――……落ち着け俺。緊張したら、またあのギクシャクした関係に戻ってしまう。平常心、平常心……南無妙法蓮華経―――)

 邪念を取り払いながら、今まで見たことの無い新種屋台飯へ手を伸ばす。

「……これはなんだろうか? 粉物?」

「粉物という食材ですか?」

「いや、小麦粉を使った料理全般を俺のいた国ではそう言うんだけどね。ただ見たことのない形状なんだよなぁ」

 一人前が3つに分かれたそれは、かなり小さくした一口サイズのお好み焼きにも見えるし、平べったく潰したたこ焼きのようにも見える。

 そんな見慣れぬ不思議形状の食べ物を、マズいことはないだろうと口の中へ放り込めば、なるほどと思わず納得してしまう味に仕上がっていた。

「うん、これ小麦粉使ってるね。地球みたいに上から何か掛けたりはしてないけど、最初から味を混ぜ込んでいて十分美味い」

「……」

 それを見たリステも手と口を動かす。

「これも美味しいですね。ちょっとモソモソしているのが気になりますけど、その分飲み物が進みます」

「そうそう。粉物ってそういうものだからさ。あとはソースとか青のり、鰹節なんかがあれば最高だけど――そんな名前聞いたことないよね?」

「んーどうでしょう……ソース、青のり、鰹節……ソース? ソースは聞いたことがあるかもしれません」

「マジで!? それあったら最高なんだけど! あとできればマヨネーズも!」

「マヨネーズ……そんな名前の調味料でしょうか? それもソースと同じ地域にあると思います。商人の情報が間違っていなければですが」

「うぉおおおおおおお!!! これは食の革命来たぞコレッ!! ば、場所は!? どこら辺の商人だったか覚えてる!?」

「えっ、えぇっとそこまでは……西ではなく東の方というくらいしか分かりません」

「よし、決めた。俺は国を出るなら東に行くぞ。もう決定だ。マヨネーズとソースを見つけ出してやる!」

「そっ、そこまでの物なのですか? ソースとマヨネーズというのは」

「あぁ凄いね。食材を覚醒させる代表的な調味料だから、見つけ出せば食が変わる。例えば――」

 そう言って手に取ったのは、最後に残しておいたじゃがバタだ。

 好きな物は最後に食べる派なので、ここまで温存しておいた。

「このじゃがバタもこのままで十分美味いはずだけど、ここにマヨネーズを掛けるだけで数段味に変化が起きる」

「(ゴクッ……)」

「と言っても今手元に無いものだから、無い物強請りをしてもしょうがないんだけどさ。まずはこの味を楽しみつつ、将来のマヨネーズぶっかけに期待するとしようじゃないか」

 そう言いながら、俺は待望のじゃがバタに齧りつく。

「フホッ……」

 思わず破顔してしまう美味さだ。

 やはり、じゃがいもそのものの味が素晴らしい。

 ホクホクなのは当然として、甘さが地球のものよりもだいぶ強く、実は蜜でも掛かっているんじゃないかと疑いたくなる。

 もう一連の流れなのか、皿代わりの大きな草に包まれたじゃがバタを横に差し出せば、リステとは思えぬ行儀の悪さでじゃがバタを口に持っていく。

「ほふっ……はふっ……凄く……おいしいです……」

「でしょ~? しかもこれで1個100ビーケなんだよ? 信じられない安さだよ」

「なんと……」

「ここら辺はフェリンにも話したんだけどね。この国の食材は本当に素晴らしい。スキルの影響と予想しているけど、素材の味が地球よりも上なんだよ」

「ということは、調理次第でこの世界の料理は化けると?」

「そういうこと。料理も研究されるものだから一筋縄ではいかないと思うけど、元料理人の転生者なんかがいれば一気に伸びる分野だろうね。って、マヨネーズやソースなんて名称の調味料がある時点でほぼ確定か」

「……」

「ね? 転生者を呼び込むことが全て悪いわけじゃない。呼び込んだことで伸びている分野だって必ずあるんだから、もっと自信持ってよ」

「はい……ロキ君、ありがとうございます」

「いえいえ。あとさ、さっきご飯買いに行く時気付いたんだけど、1階に食堂――とは言えないか。レストランがあったから、明日はそっちで食べない? こんな料理出されても困っちゃうし」

「そうですね。そちらなら普通の味付けかもしれませんし」

「うんうん。そっちもダメだったらもうしょうがないから、ここの食事は諦めて外で食べよう」

「ふふっ、まさか今日以外にもお食事に同伴していいなんて思ってもみませんでした」

「あー……フェリンの時にそんな流れになっちゃったからさ。まぁお互い時間が合えばということで」

 時間にすれば10分程度。
 二人して手と口が止まらなくなり、あっという間に買い込んできた屋台飯を完食。

 これで食事も終わりとなれば、後は楽しみにしていた風呂に入りたいところだが――

 その前に1つ、リステにお願いしてみるか。

 できるかは分からないけど、自分自身でやるよりは絶対にマシなはずだ。

「ねぇリステ、お願いがあるんだけど」

「なんでしょう?」

「俺の髪、切ってくれないかな?」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ジョボボボボボボッ……


 さすがマルタの町一番の宿、その最上位の部屋だ。

 浴室だけで昨日まで俺が泊っていた部屋ほどの広さがあり、横にある浴槽は少なく見ても4~5人は入れるほどの円形型。

 デカい分、湯を溜めるまでには時間がかかりそうだが、石鹸の他にも妙な薬液なんかがいくつも置いてあり、金持ちや女性が喜びそうな趣向が凝らされている。

 そして俺は今、金縁で飾られたデカい鏡の前に座り、リステと話しながら自分の髪が短くなっていく様を見つめていた。

(散髪なんてスキルは無いはずなのに器用なもんだなぁ。技術の能力値でも関係しているんだろうか?)

 買っておいたハサミをリステに渡し、好きなように切ってくれと伝えたら快く引き受けてくれた。

 だが切った後の髪の毛はどうするという話になったので、それなら細かい毛は水で洗い流せる風呂場が適切だということになったわけだ。

「それでは次が座布団という物の開発に着手するわけですか」

「感触からしてたぶんね。他のはさっき言った通り素材に金属が絡むから、加工が大変なんだと思うよ」

「でも夢はありますよ。『自転車』なんて、私もできたら一度乗ってみたいくらいです」

「はははっ、リステはちょっと似合わなそうだな~庶民がちょっとそこら辺に行く時用の乗り物だから、ドレスなんて着てたら逆に恥ずかしいよ?」

「誰も見ていないところで乗りますから……でも、ロキ君が多くの平民に向けた案を出していただいているようで本当にありがたいです」

「俺がバリバリの平民だからね。日常生活の中で欲しいなって思った物をとりあえず伝えているだけだから、それらを実現できるかどうかはベザートの人達に懸かってるかな?」

「私達女神もそうですし、普通はその案が簡単に出てこないんですよ?」

「俺だって自分が開発したものじゃなくて、元の世界にあったものの概要を伝えているだけだよ?」

「それでもです。私達がそう願って転生者を呼び込んでいるのに、その経緯を辿っていないロキ君が積極的に動いていただいていることには感謝しかありません。特に『木製ペン』なんて――私から見ても、書き物に大きな変革が起きそうな予感がします」

「そうなってくれたら良いよね~羽根ペンとかほんと使いづらいし!」

「ふふっ、はい終わりです。どうですか?」

 そう言われて首を左右に振ってみる。

「おぉ……横もバランス良く整ってる! 凄いよリステありがとう!」

 この世界に飛ばされた時よりも短く、耳が完全に出るくらいにさっぱりしていて、良い塩梅に仕上がっている。

 内心どこかの貴族にいそうな、びっちり揃えられた坊ちゃん刈りにでもされたらどうしようかと思っていたので、地球でも普通に通じる想像以上の仕上がりに大満足だ。

「満足頂けたようで何よりです」

「んじゃ俺はこのまま髪の毛流しながらお風呂入っちゃうよ。リステは昨日の続きでしょ? まだストレージルームに入れてないから好きに見てていいよ」

「分かりました。お風呂から出たら眠くなるまででいいので、また解説してくださいね」

「おっけ~」


 さてさて、それではお風呂を楽しみましょうかね!

 その場でババッと服を脱ぎ、桶の類が無いので手でなんとなくお湯を掬いながら身体に掛けたら、そのままゆっくりと風呂に浸かる。

 フィーリルと違ってリステはお風呂に興味が無さそうなので、俺一人だけと思えばマナーはこの際後回しだ。

 まだ腰程度の半身浴状態なので、思わず浴槽に寝そべると……

「あ"ぁ"あ"あ"あ"あ"あ"~~~~」

 やはり、口から謎の声が漏れてしまう。

 これは身体年齢ではなく、精神年齢の問題なんだなとつくづく思う。

(はぁ~こんなサイズじゃなくていいから、庶民が泊まるレベルの宿にも風呂があったらなぁ……)

 本音を言えば毎日風呂に入りたい。

 そしてここ、ハンファレストの宿代を考えれば、安い部屋で3万ビーケ。

 金銭面だけで言えば、俺なら継続して泊まることはできるだろう。

 だが、ベザートにはそれっぽい宿が無かったことを考えると、今後の旅でも確実に風呂の存在しない町が登場するに違いない。

 もしかしたら大規模な町以外は全滅の可能性だってある。


(お風呂を世間に浸透させられるかどうか、だよね)


 なんとなしに蛇口部分を見れば、約20センチ四方の箱が二つ並んでおり、それぞれから水とお湯が出続けている。

 子供の頃ばあちゃん家で見た、温度調節を水の分量で調整する昔ながらのタイプを思い出す。

 その箱をどんな構造かと持ち上げようとしてみるが、盗難防止のためなのか、接地面が固定されていて持ち上がらない。

(うーむ。どこかから直接水を引っ張ってきているってことは、この文明レベルを考えればさすがにないよな? まずここ4階だし……となると――)

 そのままその箱を弄れば裏側に摘まみがあり、それを捻りながら引っ張ると、水を出している箱には黒い魔石が3個、お湯を出している箱には黒い魔石が6個入っていた。

 このサイズ感であれば大よそ1つ3000ビーケ程度。

 つまり、ある程度魔力に余裕を持たせている可能性もあるが、このサイズの風呂に入るには3万ビーケ近い費用が掛かるということになる。

(となると、普通サイズの風呂を想定すれば、1回湯を貯めるのに1万ビーケくらいか? いやいや、それでも高過ぎるだろ。おまけにこの魔道具も相当高い可能性があるし)

 どう考えても世間に浸透するはずがない。

 試算して分かる事実に、この世界の風呂事情が進んでいないことを嫌々ながらも納得してしまう。

(はぁ~できれば世間に浸透させて、俺もついでに毎日風呂に入れればと思ったが……こりゃ相当難儀だわ)

 でもいつかは。

 そんなことを考えながら、俺は半月振りのお風呂を満喫した。


 そしてその後は約1時間ほど、リステ相手に現代製品の解説をする。

 やはりリステが最も興味を持っているのは化粧品だ。

 細かい使い方まで聞いてくるので、使ったことの無い俺はタジタジになってしまう。

「男は化粧しないからなんとなくのイメージだけどね。この筆で暈《ぼか》したりするんだと思うよ」

「なるほど。これなら馬毛でも代用できそうですね」

「ここら辺も相当研究されているだろうからなぁ。かなり触り心地良いでしょ? これがこの世界の動物や魔物の毛で代用できるかどうかだよね」

「たしかに」

 そう言いながら筆をほっぺや目元に当てて、クニクニしているリステを眺める。

「リステはやっぱり女性だから、この世界の化粧品を発展させたいと思っているの?」

「もちろんそういった理由もあります」

「も? ってことは他にも理由があるんだ?」

「そうですね」

「……」

「……」

「そこ、言わないんか――いっ!」

「ふふっ、それは内緒ですよ」

 上品に手を口に当てて笑うリステに、思わず心の中で舌打ちしてしまう。

 ちっ! ちっ、ちっ、ちっ!

 女神様の内緒は怖いんだよ!

 フィーリルなんて、未だに何のスキル持ち込んだのか明かしてくれないし!

「今は内緒でもいいけど、ちゃんとそのうち答え教えてよ? じゃないとなんか怖いから」

「大丈夫ですよ。たぶん私が【分体】を降ろしている間には理由をお教えできると思います」

「そっか。ならいっかな?」

 風呂でポカポカになったからか。

 いまいち頭が回らず、眠気が押し寄せてくる。

「リステごめん。そろそろ眠くなってきちゃったわ」

「みたいですね。では【分体】を戻しますので、また明日、ロキ君をポイントにさせてくださいね」

「了解~さっきお皿とか引き上げた人に言っておいたから、明日からは普通の食事をこの部屋に持ってきてくれるってさ」

「それは楽しみですね。買っていただいたアクセサリーはこちらに置いておきます。それでは、おやすみなさい」

「おやすみ~」

 消えていくリステの姿を見送った後、ベッドに思わず倒れ込む。

「やっべ……なんだこのベッド……ちょーフカフカじゃん……」

 今までとは違うベッドの質に感動しながらも、視線はすぐ横にある、もう一つのベッドへ。

 そこには先ほどリステが置いていったアクセサリーが置いてあった。

 靴はベッドの横にでもあるのだろう。

(ごめんね……本当はベッドが他にもあるならリステもどうぞって言いたいところだけど、男には男の事情があるんだ。ごめん……)

 俺は心の中で謝罪をしつつ、布団の中へと潜り込んだ。117話 導く者

 ゴ~ン……ゴ~ン……

「ん~……」

 朝の鐘の音が鳴り響く中、自然と瞼が開いていく。

 ベッドの違いはこれほどのものか。

 首を捻り、腰を回しても凝った様子はなく、非常に目覚めの良い朝だと実感する。

(今のうちに荷物整理でもしておくかな)

 広いベッドの上を転がりながら起き上がり、ストレージルーム内で物の分別。

 狩りに使う籠や装備類などを分けていると、後ろから声が掛かった。

「おはようございます。こちらにいましたか」

「あっ、リステおはよー。今のうちに狩りの準備をしておこうと思ってね。って、今日は白い服に戻したんだ?」

「ロキ君がいない時に着ても目立つだけですから。姿が見えなかったので、朝からお風呂に入っているのかと覗きに行ってしまいましたよ?」

「えぇ……それ俺が入ってたらどうするの……」

「ふふっ、その時はその時です」

 別に俺は男だし、そもそも身体が子供なわけだから、覗かれたところで大したダメージは無い。

「小さい」なんてもし呟かれたとしても、「これから大きくなるんですから」と言い返すことができるはずだ。たぶん。

「なんだか楽しそうですね」

「えっ? そう見える?」

「はい。顔が笑ってますよ?」

「そっか……まぁ10日以上振りの狩りだからね。それが見たことのない魔物がいる場所で、おまけに新調した武器となればワクワクしちゃうもんなんだよ。まだどこ行くか決めてないけど」

「そうなのですか?」

「とりあえずお金がピンチ過ぎるから、Eランク狩場でマルタから近い方をとは思ってるんだけどさ。ハンターギルドに行かないとそこら辺の判別ができないんだよね」

「んー……狩場の名称は分かりますか?」

「たしかボイス湖畔とコラド森林、だったかな? もしかしてリステ分かる?」

「ボイス湖畔とコラド森林……少し本体の方で調べてみましょうか。待っていてくださいね」

 ん? 調べる?

 人形のようになったリステを眺めながら首を傾げる。

 リア情報だと町や国の名前は頻繁に変わっても、土地の名称はそう変わることがない。

 だから長く下界を眺めてきた経験から分かるってことだと思っていたが……他に調べる方法でもあるのだろうか?

(【分体】は俯瞰した視点からポイントを特定して降ろす……俯瞰? ってことは地図? 女神様達は神界に地図を持っている?)

 下界から地図という存在を消そうが、管理している神界の地図まで消すとは限らない。

 もしそうであるならば、許可が下り次第地図を書き写してもらいたいところだ。

 未だ大量に持っている書類の裏に書いてもらうのも忍びないけど、わざわざどこかで羊皮紙を買ってきて書いてもらうよりは、見易さも描きやすさも現代用紙の方が優秀だろう。

「お待たせしました」

「あ、お帰り」

「コラド森林の方が近そうですね。マルタの西に延びる街道を進み、途中で分かれる分岐を南に向かえば1時間以内には着くと思いますよ」

「おぉ~ありがとう! ちなみにさ、神界には地図が残ってるの?」

「神界に地図はありませんよ?」

「ん? 調べるって言ってたから、地図でも見てきたのかと思ったけど違うんだ?」

「今日はその地図の件でも、ロキ君にお伝えしなければいけませんね」

「お、おぉ? 何かしら結論がでた――」


 コンコンコン――


「朝食をお持ちしました」

 ぐぅぅぅぅなんと間の悪いことっ!

 でも鐘の音が鳴って30分くらいと注文しているのは俺なので、当然文句を言う場面ではない。

「まずはお食事にしましょう? 食べながらでもお伝えすることはできますから」

「そ、そうだね……」

 なんだろうか。

 地図の結果がどうなったのか。

 そしてこの宿の普通の食事とは果たして|本《・》|当《・》|に《・》|普《・》|通《・》なのか。

 二重の緊張を感じながら、昨夜と同じ大理石っぽいダイニングテーブルへと向かった。



「うん……うんうん……普通に……美味しいね……というか、ちょー美味いね……」

「はい。昨日の味が嘘の……ようです……」

 昨夜ほどではないにしろ、ベーコンやソーセージといった軽い肉料理から、スープや卵料理、チーズにサラダ、フルーツなどなど。

 洋風と言える10種を超える料理が運び込まれ、テーブルの上を賑わしている。

 最初はおっかなびっくりという感じで口の中に入れていたが、今は味が美味しいことが分かりきっているので、早く早くと次の料理を口の中に放り込んでしまっていた。

「特にこのパンは……よく分かんないけど別格に美味い……おまけに食べ放題とか……この宿は『神』かな……?」

「実は私も神の一柱なんですけど……このパンには……負けるかもしれません……」

「いやいや……リステには……このパン100個いても、勝てないよ……」

「ぐふっ……すぐそうやって、さり気無く褒めるんですから……」

「パン100個と比較するのも……どうかと思うけどね……」

 横に置かれた花瓶のような容器には、見た事の無い赤い色の飲み物が入っており、雰囲気からしてフルーツ系のジュースに見える。

 さすがに朝から酒は出さんだろうと、グビッと飲めば――

「うまーーーーーーーーーーーい!!」

「(ビクッ!)」

「これ絶対果実生搾り100%だわ! 甘さと酸っぱさのバランスが絶妙! ん~オレンジに近いか? リステも飲んでみた方が良いよ!」

 そう言いながらコップに注いでやれば。

「ほ、本当に美味しいですね。神界でも飲みたいくらいです」

「原料が何か分かればなぁ……今度聞いてみようかな?」

 その後もパンにナイフで切れ込みを入れ、ベーコンとレタス、チーズを挟んで「これが地球で言うハンバーガーっぽい何かだ!」と力説しながら食べればリステも真似したり、コーンポタージュっぽいスープにパンを浸して食べればそれもリステが真似したりと……

 昨夜とは打って変わって、大半の提供された料理を食べきるくらいに腹を膨らませてしまった。

「リ、リステ……大丈夫? 動ける?」

「少し休めば、大丈夫なはずです……」

「ちょっと、調子に乗って食べ過ぎたね……くるしっ……ベッドで少し横になるけど、リステも苦しいならそうしたら?」

「そうさせてもらいます……」

 マズいとは思っている。

 狩りに行かないと今日の宿代も払えないというのに、ウマすぎて手と口が止まらず、結果動くのがかなり苦しいほどにまでなってしまった。

 せめて1時間、いや30分だけでも――そんな思いで朝まで寝ていたベッドに寝転がると、なぜか後ろをついてきたリステまで俺のベッドに転がってくる。

「ちょー! リステ! ベッドは横にあるでしょ! 未使用の綺麗なやつが!」

「私は気にしません。それに少し横になる程度なら、シーツ替えの手間も少なくなって宿の人間も喜ぶと思いますよ?」

「それはそうかもしれないけど……まぁいっか……」

 大きなガラス窓のせいで光が大量に入り込んでいる。

 さすがにこんな状況で間違いが起こるわけもないし、そもそも二人して間違いを起こせるほど自由に身体が動かせない。

「それで地図の件ですが」

「あ、あぁそうだった」

「皆と相談した結果、地図の存在を戻すことにしました」

「おぉ~それは良かったよ。でもどうやるの? 魔法解除したら元通りって感じ?」

「いえ、一度消したものは元に戻りません。フェルザ様が掛けた魔法ですから、どういう原理で発動させたのかも分かりませんし、私達ではそもそも解除できないのです。なので|再《・》|度《・》|広《・》|め《・》|る《・》ということになります」

「なるほどね~となると時間はかかるわけか」

「そうなります。解除できない以上、この世界に生まれた人種は変わらず俯瞰した世界を書き記すという発想を持っていませんから、まずは誰かが作った地図を見せて広めていくしか方法がありません」

「誰か――ってそれ、今のところ俺しかいなくない!?」

「はい、だからロキ君に話しています」

「……一応確認だけど、フェルザ様にお願いして、魔法を解除してもらうという案は?」

「当然出ましたが、以前ロキ君が忠告してくれた言葉が気になりまして……改めての相談には踏み込めませんでした。私達がお願いしたのに、また戻してほしいというのも失礼な話ですし」

「あーそっか。俺がこの世界にいるのは上位神様が絡んでるって話だしね」

「えぇ。フェルザ様とロキ君を呼び込んだ何かが同一かは分かりませんけど、最悪はロキ君が消されてしまう恐れもありますので」

「マジかよ……」

 どんぐりとフェルザ様が同一人物かどうか。

 仮に違った場合、地図を復活させる経緯の中で俺の存在を知れば、異分子としてフェルザ様に消される可能性は十分に在り得る。

 もし同一人物だった場合は――俺は何かしらの目的があって呼ばれたんだからセーフかもしれないけど、その目的|如何《いかん》によっては、女神様を含む誰かが厳しい状況に立たされる可能性も無きにしも非ずか。

 となると、言わないで解決するならそれが正解というのもなんとなく分かる。

 だが――

「地図なんてさ、当たり前だけど俺作ったことないよ? おまけにそんなことしている暇はあまり無いと思うんだけど……」

「もちろんです。地道な地図の作成という重しをロキ君に背負わせるつもりはありません。なので私がロキ君にスキルを与えるつもりです」

「へ?」

「私の固有最上位加護は<導者>。ロキ君の特性上、アリシアの<神子>同様に加護を与えることはできませんが、導者固有スキルの【地図作成】だけは残るはずですから」

「え? ちょ、ちょっと? 話が急展開過ぎて追いつかないんだけど!?」

「安心してください。きっとロキ君の旅を助けてくれるスキルだと思います。ただお渡しする日にちだけ少し猶予をください。与えてしまうと、私は身動きが取れなくなりますので……」

「あ、あぁ……アリシア様の時みたいに、【分体】を降ろすとかできる状況じゃなくなるわけだね」

「はい。だからせめて予定の滞在期間くらいは、ロキ君との食事を楽しませてほしいです」

 今の説明を聞いただけでは、【地図作成】がどんなものなのかよく分からない。

 なんとなくの予想はつくものの、それが有用かどうかは実際に使ってみてからの話だろう。

 でも今はそんなことどうだっていい。

 スキルの性能云々ではなく、リステが相応の覚悟を持って俺に与えようとしていることは分かる。

 俺を信用してくれて、俺に託そうとしていることも分かる。

「―――ッ!?」

 だから思わずリステを抱き締めてしまった。

「リステ、ありがとうね。まだよくは分かっていないけど、地図の作成にそこまでの労力が掛からないというなら、俺は可能な限り広めるよ。それこそ、流通や情報の伝播《でんぱ》、文明の発展を願ってね」

「……はいっ!」


 リステがベッドの上に座って見守る中、俺は鎧を着こみ、2本のショートソードを腰に掛けた後、特大籠を背負う。

(解体用のナイフ、水筒、ポーション類が入った革袋、食べたくはないけど馬糞モドキ、よし、大丈夫だな。あとは――)

 ふと、思い出したかのように革袋を漁り、既になけなしとなった5000ビーケ相当の大銀貨1枚をリステに渡す。

「これ、転移者探索の時にお腹空いたら使って。昨日の屋台飯、美味しかったでしょ?」

「あっ、ありがとうございます……」

 これで俺の手持ちは見事にスッテンテンだ。

 まさかベザートを旅立つ時は、こんなに早く金がなくなるとは思わなかった。

 まぁその分色々買ったんだし、もうしょうがないと思うしかない。

 今日から稼げばそれで済む。

「じゃあ行ってくるよ。何かあったら【神託】でも使って? 何もなければ、夕方の鐘の音くらいには戻れるように努力するから」

「分かりました。行ってっらしゃい」

 挨拶を済ませてからの道中は長い。

 なんせベッドがある場所から部屋の出口までがビビるほど遠いんだ。

 背中に視線を感じながら歩き続け、やっとこさ廊下に出て――


 リステの見えないところで、俺はあまりに刺激的な匂い、抱き心地に思わずフラついた。118話 狩場選択と効率と

「リステは絶対に興奮を誘発するフェロモンが出ている。近付き過ぎるのは危険。俺が暴走する可能性有り。というか特大」

 誰が聞いても怪しいとしか思わない言葉をブツブツ呟きながら、俺はハンターギルドへと向かっていた。

 一応『コラド森林』の場所は教えてもらったが、それとは別に依頼ボードもチェックしておかなければならない。

 なにかお得な依頼があったら、確認しないだけで損をしてしまう。

 そう思ってギルドの正面扉を開けたわけだが―――

(いやいや、混み過ぎだろ。つーか、ちょっと乱闘になってんじゃん……)

 あまりの煩雑さに、俺はソッと扉を閉めてしまった。

 身長180cm、中には190cmあろうかという筋肉ムキムキの男達に混ざって、美味しい依頼をゲットできる自信がない。

 というより背伸びしても、ジャンプしても、人が多過ぎて依頼内容を確認できるとは思えなかった。

 その中に割り込んでいくなんてもっての外である。

(ちょっと遅めに来たはずなのに、それでもこの混雑っぷりか。となると、常時依頼以外は時間の無駄と思って諦めた方が良いかもしれないなぁ)

 自分の背丈が恨めしい。

 だが自ら望んだことなので、文句はどんぐりにしか言うことができない。

(本気になられたらミジンコの如くあっさり殺されそうなものなのに、なぜかどんぐりには文句言えちゃうんだよなぁ~不思議不思議)

 そんなことを思いながらも、依頼を受けないなら狩りの時間でカバーと。

 マルタ西門を通過し、コラド森林へと向かって走り出す。



 そして約20分後。

 長期休暇後ということもあって調子良く走り続けられたため、思いのほか早くコラド森林に到着した俺は早速狩りを開始した。

 俺とリステの宿代を稼ぐべく、今日は獅子奮迅の勢いで魔石と討伐報酬を狩り取っていかなければならない。

(とりあえず【探査】は初見のスネークバイトに合わせつつ、適度に他の魔物へ切り替えるかな?)

 他は見慣れたリグスパイダーとスモールウルフだ。

 リグスパイダーに糸を吐かれると面倒だが、まずはスネークバイトという蛇が安定して倒せる魔物なのかを判別しておきたい。

 そう思って極力人の声が聞こえない方へと移動していくと、体長は約3メートルほど。

 頭部だけバランス悪く肥大化した、見た目の気持ち悪い蛇が上方の枝に絡みついている。

 身体全体が茶色く木の枝に溶け込んでいるので、【探査】や【気配察知】がないと見つけるのがしんどそうな類の魔物だ。

 となると、この手の待ちタイプが何を狙っているのか、なんとなく予想もついてしまう。

 試しに今まで使用していた方のショートソードを持ちつつ、【気配察知】を発動させながら素知らぬ顔してスネークバイトの下を通過すれば――

「やっぱりね」

 上から狙ったように噛みつこうとするスネークバイトが切断され、頭部だけが地面に落ちる。

 尻尾は枝に絡まったまま胴体部だけがぶら下がっており、なんとも不気味過ぎる光景だ。

 だがそんなことはお構いなしに、討伐部位である頭をヒョイッと籠の中に放り込んだら、残された胴体を下に引っ張りバラしていく。

(下を通れば勝手に剣が届くところまで下りてきてくれるし、これならスネークバイトは楽勝だな。だがこいつは釣れるタイプじゃない――となると、ここはルルブの森より効率が落ちるか)

 ルルブの森であれば、走り回っているだけで勝手にオークとスモールウルフがついてくる。

 それこそ魔物のペースに合わせれば、40体でも50体でも際限無く。

 だが、ここだとリグスパイダーとスネークバイトが、どちらも気付かず近寄る人間をジッと待ち構えているので、わざわざこちらからいる場所まで向かわないと倒されてくれない。

(まぁとりあえずは5体だな。その結果次第で短期撤収か、長期で粘るかを決めるとしよう)

 やや頭寄りの胴体内部に魔石を発見し、改めて全体を眺めつつ、頭部と魔石のあった場所との距離感を頭に叩き込む。

 皮に需要があるという話だが、今はチマチマと皮剥ぎに時間を費やしたりはしない。

 まずは魔物がどの程度の密度でいるのかを調査。

 魔物を探す時間の方が明らかに長いとなれば、その時は皮にも手を出そうと決め、【探査】に反応している次なる標的へと向かって走り出した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 夕暮れ時。

 ハンターギルドの裏手から直接解体場へ入ると、目の前の光景に思わず顔をしかめてしまう。

「うへぇ……やっぱり混んでるじゃん……」

 2つに分かれたカウンターにそれぞれ5~6人の籠持ちが並んでおり、その周りにはパーティメンバーと思しきハンターの人達もいるため、解体場は非常にむさ苦しい場と化していた。

 朝はこれから動くという状況なのでまだ良いが、皆さん仕事をしてきた後なので、血や皮などの生臭い匂いの他に、汗のすっぱい臭いまで充満してしまっている。

(はぁ~今日は色々と残念な日だ。早くリステに会って癒されたい。って、リステは癒しより興奮か……)

 そんなことを考えながら、籠を背負うではなく、中学生の時に何故か流行っていた抱っこちゃんスタイルへ切り替える。

 目の前に並んでいる人の籠から中身を取ろうと思えば取れてしまう。

 そして俺は一人身。

 俺が取れるなら、俺の後ろに並んだ人は監視の目もなく俺の籠から中身を取れるということに気付いてしまった。

 だからこその自衛だ。

 どこでも悪い奴は一定数いるし、こういうのは後ろに人が並んでいないうちにやっておくに限る。

(しっかし、大半はカエルと蟹なんだな。マルタはボイス湖畔が人気なのか? そして蟻っぽい素材を抱えている人はいないと)

 周囲を見渡せば、籠の隙間や上からはみ出ている素材は大半がカエルか蟹ばかり。

 今日行ったコラド森林もそれなりの人とすれ違ったが、さらにボイス湖畔は混み合っているとなると、効率厨の俺は頭を抱えたくなってしまう。

(あーあ。明日からボイス湖畔とパル草原、どっち行こうかなぁ……)

 そう、狩場変更は明日からだ。

 狩場に魅力がなく、最低限の目標は達成した。

 コラド森林終了のお知らせはこれだけで十分だろう。

 結局4体目までスネークバイトを倒しても新規スキルは得られず、5体目でやっと得られたのは【脱皮】という謎スキル。

 すぐにステータス画面から詳細を確認するも、【粘糸】と同じく俺には使えない魔物専用スキルであることが判明した。

 対応ボーナスも魔法防御力と微妙なところだし、スネークバイトが所持している【脱皮】はレベル1だしと……

 この時点でレベル3止め、早期撤退ということが確定したため、【探査】で重点的に狩り倒して1日で終了させた。

 スキル所持レベルが1でも、レベル3に持っていくまでなら45体で済む。

 格下狩場であれば、このくらいの数はなんとでもなる。

「これ、お願いします」

 やっと順番が来たので、カウンターにドンッ!と特大籠を乗せる。

 案の定カウンターに乗せると対応している人が中身を見られないので、気合を入れて一人で――いや、応援呼んでるな。

 二人で地面に降ろしていた。

「随分と変わった狩り方をしたな……」

 ボソッと呟く声が聞こえたが、俺に向けられた言葉ではなさそうなので、待っている間にステータス画面確認。

(うわ~今日【脱皮】以外≪New≫がついてないよ! 酷い結果だなコレ……)

 レベルも上がらず、使えない【脱皮】スキルをレベル3にしただけ。

 これでお金まで悲惨だったら目も当てられない。

「待たせたな。リグスパイダーの魔石と討伐部位が18体分、スモールウルフが同じく62体分、スネークバイトも同じく45体分だ。確認してくれ」

「大丈夫です」

「その籠は――自前か?」

「そうですよ?」

「なら問題無い。坊主、助かったぞ」

「?」

 何が助かったのだろうか?

 よく分からないまま木板を持って受付カウンターへ向かうも、途中で「あ~なるほど」と一人納得する。

(皆が持ち込む物は解体が前提の素材だったのに、俺は魔石と討伐部位だけ。魔石なんて軽く洗うくらいだろうし、討伐部位だって証明するだけなので、何か手を加えるでもなく焼却なりして処分するんだろう。解体場の人にとって、仕事を増やさないハンターなんだろうな俺は)

 だからこそ思う。

 明日からは、大量の解体前提素材を持ち込んじゃうかもしれないと。

 まぁ彼らだって仕事だ。

 ハンターが正規に持ち込んだ素材に対して文句を言うこともないだろう。

 先日、忙しそうに解体している姿を見ているので、心の中で謝罪しつつ、もう慣れたとばかりに空いているカウンターへと木板を提出した。

(さてさて、後半は籠の重みで失速してしまったけど、果たしていくらになるかな?)

 ・

 ・

 ・


「全部で634,600ビーケよ。一応革袋に入れておくから、余裕がある時にその革袋は返却して頂戴ね」

 安定のおばちゃん受付担当からそう言われ、こんなものかと思いながら革袋の中身を移し替える。

 ルルブで稼ぎまくったせいか、1日でこれほどの大金を稼いだというのにもう驚かなくなってしまった。

「革袋は今返却しちゃいますね」

「あら? パーティの人達と分けるんじゃないの?」

「えっ、あー……はは、そこら辺は後でやりますので」

「そう? こちらは助かるからいいんだけど」

(さすがにパーティとは思われるが、金額自体に驚きは無しと。これでBランク狩場の報酬が100万ビーケくらい当たり前って可能性が濃厚になったな)

 上位狩り場になれば、討伐数の減少や素材の有用性から素材価値が上がるというのは当然の流れだ。

 しかしその反面、魔物が強くなれば数をこなせず、結果的にトータル収益が下がるというパターンも考えられる。

 マルタに拠点を構えるBランクハンターがパーティでどれほどの収益を上げているのか。

 まだまだ参考程度だが、一つの目星が付けられたと言っても良い。

 ――ふと、後ろを振り返る。

(誰も並んでいないか。やっぱり皆、可愛いか綺麗な若いお姉ちゃんが好きなんだな)

 横を見れば5人ほどの列を成しているカウンターもある中、俺の後ろには誰も並ぼうとする気配が無い。

 一時は俺もそうだったことに苦笑いしつつ、チャンスとばかりに質問を重ねる。

「あのーお伺いしたいんですけど」

「ん? 何かしら?」

「パル草原とボイス湖畔って、ここからどれくらい時間がかかりますかね? あと場所も分かれば有難いんですけど」

「えっ? もしかして最近この町に来たの?」

「えぇ。近いと聞いていたコラド森林はすぐ分かったんですけど、他がさっぱり分からなくてですね」

「なるほどね。パル草原はここから2時間ほど。Fランク狩場ということもあってあまり人気はないわね。場所はここから北北東なんだけど、北の街道から右に逸れないといけないから、目印も無いしちょっと分かりづらいかもしれない。そっち方面に他の狩場は無いから、行くなら向かっているハンターの後をついていくといいわよ。
 あとボイス湖畔もここから南東に2時間ほど。そっちは町から見える山に向かえばすぐ分かるわ。少し遠いけどマルタでは大人気の狩場よ? なんと言っても獲れる魔物が美味しいから!」

「おぉ~ありがとうございます!」

 なるほどなるほど。

 2時間というのがなんとも微妙なところだが、まぁ通おうと思えば通えないこともない距離か。

 コラド森林との距離が逆だったらとは強く思ってしまうけど、こればかりはどうしようもないことだからな。

 そして魔物が美味いか。

 蟹は分かるが、カエルも美味いのだろうか?

 咄嗟に【気配察知】を発動させて、後ろに人がいないことを確認する。

「素材が美味しいということは、高値で売れるということですよね?」

「もちろん。多少個体差や状態で前後するけど、マッドクラブは一匹20000ビーケ、アンバーフロッグは一匹16000ビーケほどでギルドでも買い取っているわ。お・ま・け・にっ! 金色に輝くアンバーフロッグは至高の味と言われていて、貴族や王族がこぞって食べたがる幻の食材!
 取ってきたら最低でも50万ビーケはするだろうから、君もチャンスがあったら積極的に狙ってみると良いわよ!」

(んー? んー……うーん……)

 ここまで聞いて、報酬はなんとも微妙だなと感じてしまった。

 先ほど籠から見えたそれぞれの大きさは、おおよそ50cmほどだろうか?

 決して小さいというわけではない。

 となるといくら特製の籠でも、ギュウギュウに押し込めたところで10体入るかどうか。

 いや、たぶんそこまでは入らないだろう。

 買取額の高いマッドクラブを詰め込んだとしても20万ビーケ程度……

 隙間にその他の討伐部位や魔石を放り込んでも、精々30~40万ビーケくらいが関の山だろう。

 Fランクのホーンラビットを獲ってくるよりは割が良いかもしれないが、数をこなせるなら今日のように、魔石と討伐部位に集中した方がトータル収益は高くなるだろうな。


 その後も誰も並ばないのをいいことに、根掘り葉掘りといった感じでそれぞれの討伐報酬額、魔石の買取額などを聞いていく。

 おばちゃんも暇だったからか、それとも長年の経験か。

 饒舌に狩場情報や換金情報を語ってくれるので大助かりだ。

 そしてひとしきり聞けたところで――


 ご~ん……ご~ん……


 夕刻の鐘が鳴り始めたので、おばちゃんにお礼を言って宿へ戻る。

 背後でおばちゃんが

「君は何か大成しそうな気がするわよ! 何かあったら私のところに来なさい! 私のところによ!」

 と、騒いでいるのが印象的だった。119話 儚い夢

 ロビーのカウンターで、もうたぶん支配人なんだろうなと思っている老紳士に声を掛け、鍵を受け取る。

「お連れ様は既にお戻りです」

「あっ、そうでしたか」

「ちなみに本日の朝食はいかがでしたでしょうか?」

「最高に美味しかったですよ。二人してお腹がパンパンになってしまいました」

「お連れ様もですか……?」

「えぇ、凄く美味しいって言ってましたよ。なので今日の夜も普通な感じでお願いしますね。昨夜みたいなのは厳しいので」

「昨日は大変失礼致しました。お好みは既に承知しておりますので、素材を活かす方向で調理させていただきます」

 よしよし、これでここの食事はもう安泰だろう。

 朝は食べ過ぎたおかげか昼抜きでも問題無かったし、美味しい物を一日二食生活というのも悪くない。

 階段を上り、また上り、また――って狩りをした日の4階ってちょっとしんどいな!

 ヒィヒィ言いながらドアを開けて部屋に入ると、リステは朝と違って黒いドレスに身を包み、昨日屋台飯を食べたソファーに座りながら外を眺めていた。

「ただいま~」

「おかえりなさい」

「戻ってから黒いドレスに着替えたの?」

「はい。ロキ君が喜ぶかと思いまして」

「……」

(ぐはっ……もうダメだ! 今すぐ抱き締めたい! というか襲ってしまいたい! でも最悪の最悪はグーパンチされて、俺の頭が弾け飛んでしまうかもしれない……ウン、冷静になれたぞ)

「し、白も似合うけど、やっぱり黒の方がさらに似合ってると思う」

「そ、そうですか……」

 首が徐々に赤くなり、その後耳まで赤くなる。

(はぁ~超絶綺麗なのに可愛い可愛い可愛い……)

 って、まずは先にやるべきことがある。

 こんな汗臭い身体は自分でも嫌だからな。

「戻って早々ごめんね。ちょっと鎧に付いた血とか落としながら軽くお風呂入ってくるよ。早めにやっちゃった方が後で楽だからさ」

「分かりました。ではもし食事が先に来ましたら、配膳だけお願いしておきますね」

「うん、お願い~」

 部屋に水場があるというのは非常に楽だ。

 今日一日分のセルフケアをすぐに実行できる。

 お湯を出しながら風呂場で鎧を脱ぎ、血拭きの布でゴシゴシと。

 ついでに少し血の付いた服も、石鹸でゴシゴシしたら後で風呂場に浸けておいてと……

 ふむ。手洗い洗濯の要領なんて分からんが、これで明日も気持ち良く狩りに向かうことができそうだな!

 明日はどちらに行くべきか――やっぱり楽しみは食事と一緒で、最後にとっておくべきか?

 そんなことを考えながら手早く風呂を済ませて上がると、既にテーブルの上には見た目からして美味しそうな料理が並べられていた。



「おっほ~今日も豪勢だね~」

「そうですね。でも昨日と違って、不必要なほど多いという感じはしませんし、どれも美味しそうです」

「さっき支配人っぽいおじいちゃんと話してきたよ。朝と同じで素材を活かした調理にしてくれてるってさ」

「ふふっ、では楽しみですね」

 変に気を使わないようにと、それぞれがそれぞれに、食べたい物を自分で取って口に運ぶ。

 飲み物はリステがワイン。俺は果実100%と思われる濃厚ジュースだ。

「ぐっほぉ……このお肉うまっ……この柔らかさは屋台だと無理っぽいな……」

「この魚も……さっぱりした中にほんのりと甘さが残って……凄く美味しいです……」

「モグモグ……そういえば今日はどうだった? 収穫あった?」

「ありませんでしたね。普通のスキル構成をした人達だけです」

「そっか~果たして生き残りはいるのかねぇ」

「やはり、可能性が一番高いのはロキ君が降り立ったパルメラの内部なのでしょうね」

「んだね。遺留品が見つかっている以上は、あそこに網を張るのが一番可能性が高いと思うよ」

「正直に言えば、皆あそこの監視は嫌がるんですよ。つまらないと」

「ははっ、そりゃごもっとも」

「ですが調べないと、なぜ転移という形でこの世界に地球人が呼び込まれているのか、その理由がいつまで経っても見えません」

「ほんとなんだろうなぁ。今日なんてさ、俺が得たスキル【脱皮】だけだよ? 思わず取得した瞬間笑っちゃったよ。俺の皮膚どうなっちゃうのよって。結局魔物専用で使えなかったけどさ」

「フフッ……フフフ……脱皮、ですか……ロキ君が脱皮するなんて言ったら私も笑ってしまいますね……」

「でしょ~? こんなしょうもないスキルが得られる能力だから、仮に生き残りの転移者が同じ能力を持っていたとしても、何かの脅威になるって感じにはいまいち思えないんだけどなぁ」

「ロキ君を見ているとそう思ってしまいますね。ただ狩りと自身の成長を楽しんでいるように見えますし」

「その通り! まぁそのうち女神様達もアッと驚くスキルを取得してみせるけどね……フフフフ」

「ちなみに今までどのようなスキルを?」

「えっ? えーと、噛みつく力が増えるスキルと、突進が速くなるスキルを――あとはさっきの【脱皮】と糸を吐く【粘糸】で使うことすらできない……」

「そうですか……これは先が長そうですね。楽しみにしておきます」

「リステ! ちょっと今バカにしたでしょ! たしかにショボいけどさ! これでもコツコツ頑張ってんだからね!」

 美味しい食事を摂りながら、冗談も含めた会話をお互いに交わす。

 そんな時間を心地良く感じながら、のんびりとした時間は過ぎていく―――




「ロキ君は何をされているんですか?」

「ん~新しい案になるのかな? 俺は異世界品の製品開発顧問みたいだからさ、ベザートにいずれ戻った時に詳しい提案が出来るように、あったら良いなって思う物を手帳に纏めてるんだ」

「なんと……見せてもらっていいですか!?」

 そう言って俺の真横に飛び込んでくるリステの動きは非常に素早く、そして近い。

(ぐっふ……出たこの謎フェロモン……酷いよ神様、俺は真面目モードだったのに)

 フィーリルやフェリンの時も確かに興奮はした。

 だがそれと同時に心が落ち着く要素もあったが、リステの場合は興奮に一極化してしまっている。

 この若い身体だと本当にそれがキツい。

「これは……衣服、ですか?」

「あ、あぁ……昨日服買いに行った時に見かけなかったから、あったらいいなと思って」

 絵に描いていたのはよくあるボタンダウンシャツだ。

 カジュアルでもシックでも、地球にいた頃、最も頻繁に着ていたのはこの手のシャツだったので、この世界にもあればいいなと思っていた。

「リステはこんな形状のシャツを商人の記憶で見たことある?」

「……無いと思います。前面が開くタイプの服はありますが、ボタンで全て留めるというのは記憶にありません」

「そっかそっか。まぁ全部留める必要はないんだけどね。ん~ボタンがネックになっているのかなぁ」

 地球ならボタンの多くはプラスチックだろう。

 となるとこの世界なら、それを他の何かで代用しないといけない。

 まぁ木でボタンを作る程度なら、ヤーゴフさん達がなんとかしそうな気がするけどね。

「こちらは――樽を切った物? もう一つはまったく分からないですね」

「あぁ。こっちは桶ね。風呂の湯を掬ったりするのが目的なんだけど、なぜかここの風呂場には無かったからさ。まぁこっちは作るのなんて簡単だよ。だから問題はこっちのシャワーってやつかな? これはまずこの世界に無い気がする」

「シャワー? どのような用途の物ですか?」

「簡易で済ますお風呂って感じだね。この部分から水やお湯が出てくるんだけど、細かい穴が開いていて、節水と広範囲を洗い流すという目的を両立させているんだ。夏場はお風呂に入らず、シャワーで汗を流すって地球人も多いよ。あとは朝だけシャワーとかね」

「す、凄いですね。これは実現しそうですか?」

「正直に言えば難しい。簡易的な方法は考えているけど、地球のような使い方をしようと思うと、ホースという部分の素材がかなり……んん?」

「どうされました?」

「いや、今日いたスネークバイトは、なんとなくホースっぽかったなって。皮を縫合して繋ぎ合わせればいけるのか? でも圧がどうしても掛かるから水漏れが――」

「……」

「あ、あぁごめんごめん。できるかどうかちょっと妄想してた」

「いいんですよ。画期的な何かが生まれそうな時に邪魔などしませんから」

「前にも言ったけど、俺は技術屋じゃないからね? なんとなくそれっぽい案は出てきたとしても所詮は原案止まり。あとは皆と意見を交えながら相談して、できるかどうかってところかな」

「ちなみに、地球にいた頃はどんなことを?」

「あれ、言ってなかったっけ? 俺は元々営業マン――って言っても分からないか。技術屋が作った製品を売る、その商談を纏めるような仕事、かな?」

「商談? ということは商人ということですよね!?」

「ん? ん~この世界だとそういうことになるのかな? でもごめんね。仕事にしていたこととやりたいことは違うからさ。商人の道は今のところ無しだよ?」

「そ、そうですか……商売の女神としては少し残念ですが……」

「いくら口が達者でも、魔物に蹂躙されればそれで終わりだし、悪党に難癖付けられて殺されてもそれで終わり。理不尽によく分からない権力を振り回されるとかも嫌だし。だから全てはそういった諸々を跳ね返せるくらいに強くなってからだよね。そうしたらどこかに拠点を構えて、のんびり開発とか商売したり、他に面白そうなことをやればいいわけだしさ」

「たしかにこの世界は死が身近にありますから、当然とも言える判断だと思います。それにしても拠点ですか……その時は遊びに行っても宜しいんですか?」

 どこかに家でも建てて、女神様達が遊びに来る生活。

 それももちろん良いが―――

 できれば一緒に住みたい、それがもう俺の本音、だよな。

 当初あった人並みの夢。

 冒険して強くなった暁にはどこかの女性と結婚し、できるか分からないけど子供が生まれ、狩りで生計を立てながら可能な限り平和に暮らしたいという願望は大きく崩れてきてしまっている。

 そりゃそうだ。週単位で見たこともない系統違いのウルトラ美女が真横に降りてくるんだから、考え方がおかしくなったってしょうがない。

 おまけに俺は――フィーリルのあの優しい雰囲気が好きで、フェリンの気兼ねなく話せる自然体なところが好きで、リステのなんとも言えぬエロスを感じるところも大好きになってしまっている。

 もちろんリアだって僅かな時間しか共にしていないのに、たまに見せる笑顔にやられてちょっと好きになってしまっていた。

 身近に感じてしまえば揃ってこの美貌。

 性格だってそれぞれに違いはあっても皆良い部分がいっぱいだし、今はきっと良い部分しか俺には見えないだろう。

 女神様達が俺をどうしたいのか、俺とどうしたいのか、正確なところはよく分からない。

 警戒の対象? 

 気兼ねなく話せる友達? 

 それとも、神界ではどうすることもできなかったであろう恋人?

 少なくともフェリンは俺に友達とは違う好意を抱いている……と思う。

 そしてリステも、俺が自意識過剰じゃなければそれに近いような気がする。

 ……一人を選ぶ?

 その考え自体が贅沢過ぎる話だが、俺は果たして選べるのか?

 選んだ後、他の女神様達との関係は?

 俺だけじゃなく、女神様同士の関係にだって影響を与えるはずだ。


(荷が……あまりにも重過ぎる……)


 こんな時、俺は自分でどんな選択を取るか知っている。


「もちろんだよ」


 口ではそう返答しながらも、俺は誰も選ばない、誰かを選ぶ勇気は無いだろうと、自らに答えを告げていた。120話 青天の霹靂

「それじゃ行ってくるね。ハンターギルドの情報だと片道2時間ぐらいのところだから、もし間に合わなかったら先にご飯食べちゃってて」

「私一人なら食べる必要ありませんから大丈夫ですよ。お気を付けて」

 若干会話の一部におかしいところはあるが、これではまるで夫婦だなと思いながら宿を出る。

 これでお出かけの――

(いやいや、昨日頭の中で整理したばかりだろ。俺は誰かを選ぶ勇気なんて無いんだよ。余計なこと考えてんじゃねぇぞ!!)

 踏み込み過ぎれば後戻りができなくなる。

 いくらスケベに敏感だからと言っても、女神様達の関係をぶち壊してまで突き進もうとは思わない。

 だからこそ、既にギリギリと思われるこの辺りで止めるべき。

 幸い、思考に耽った後のリステに様子の変化は見られなかった。

【読心】を持ち込まれていたらどうしようと、我に返った時はかなり焦ったが……

 バレなかったのであれば、このまま現状維持を押し通すまでだ。

(リステごめん! ここだけは正直になれない――なっちゃいけない部分だ)


 パンパン!


 思わず自分の頬を手で叩く。

(悩むなら強くなることに悩め。俺がやりたいのは敵を倒して成長を感じる冒険だろ?)

 そう自らを叱咤し、これから向かうFランク狩場 《パル草原》へと走り始めた。



 そして約1時間後。

 たぶん先輩ハンターであろう若い男女二人組のパーティを発見したら、そのままペースを合わせてストーキング。

 辺りに魔物は見当たらないが、なんともそれっぽい場所に到着する。

 それっぽいと断定できないのは目的地が草原だから。

 森と違って明確な境がなく、今まで通ってきた風景との違いがよく分からないので、たぶんココ? というくらいの感触しかない。

 これで実はピクニックでしたとなったら笑えないので、とりあえず立ち止まっている二人に声を掛ける。

「あ、あの~ここがパル草原という場所でしょうか?」

「ん? この先がそうだぞ?……坊主は一人か?」

「えぇ。昨日までコラド森林というところにいたんですけど、パル草原はどんなものかなと思いまして」

「Eランク狩場で狩れるのに、こんな場所まで来るなんて物好きねぇ」

「んだな。まぁコラドで狩ってたんなら一人も納得だ。もう少し進めば膝下程度の草だらけの場所に着く。そこがパル草原だぜ」

「ありがとうございます!」

 年齢は20歳前後くらいの男女二人組。

 夫婦かな? それとも恋人かな?

 休憩なのか、木の木陰で仲良く水筒から水を飲んでいる姿を見ると微笑ましくなってくる。

(あーあ。アーアーアァアアアァ――――ッ!)

 自分の取り巻く環境が普通とは違い過ぎて、こんな光景を見せられると思わず心の叫びが……

 このなんとも言えぬ気分は全てファンビーとやらにぶつけてやる!

 そう心に決めて言われた方角へ向かっていくと、話通り、草の生い茂る地帯が見えてきた。

 遠目には――

(あーいるわ、ゴブリン)

 スキルのせいで目が良くなった分、モゾモゾ動く緑色の物体が何体か確認できる。

 とりあえず無事狩場についてホッと一安心しつつ、どうしたものかと思いながら後ろを振り返る。

 道中は獣道と呼べるような、踏み込まれた細道すらほとんど無かった。

 ここがどれだけ不人気なのかがよく分かる。

 となると、明日もスムーズにここへ着ける気がしないので、今日一日で必ず終わらせてやると覚悟を決める。

(【探査】は新種のファンビーに固定っと……他はいたら狩る程度で良いか。どうせ大して金にもならんし)

 ここは通過点。

 ファンビーに新しいスキルがあれば、とりあえずレベル3まで取得。

 新しいスキルが何も無ければ――その時は今からでもボイス湖畔に偵察がてら向かってもいいかな?

 そんなことを考えつつ、【探査】と目視の両方でファンビーを探し始めた。


 すると体長30cm弱くらいだろうか。

 紫と黒の斑模様をした蜂っぽい魔物が、いくつかある低木の枝に留まっているのが視界に入った。

 見るからに毒々しい色合い。

 ポイズンポーションを持ってきていなかったことに、若干焦りながら近寄ってみると、スススーという感じで飛びながらこちらに向かって移動してくる。

(遅っ……)

 率直な感想がこれだ。

 さすがFランク狩場である。

 俺がこの世界に降り立った頃に相対すればまた違った感想が漏れるかもしれないが、今となっては「どうぞ! 近くに来ましたので斬っちゃってください!」と、無言のメッセージを飛ばされているようにしか思えない。

「……」

 的が小さく剣を使うのも手間と、解体用ナイフでお腹の部分をプスッと一刺し。

 すぐに討伐部位の頭、素材の尻尾、魔石と手早く解体していく。

「こりゃ、本当に作業感がハンパないな……」

 贅沢な悩みだ。

 敵が強過ぎても困るが、弱過ぎても刺激が無くてつまらない。

 まさにRPGやMMO、ゲームと一緒である。

 本来なら死ぬ要素が欠片もなく、楽に金を稼げるとなれば喜んで然るべきものだが――

(さて、まずはあと4匹探すか)

 無表情に次の標的を見据え、淡々と狩り作業を開始した。





 ――が。





 人生何が起きるかは分からない。

 低位狩場だと思って舐めてかかると恐ろしい目に遭うこともある。



 今回は逆の意味でだが……

 青天の霹靂とはまさにこのことで、作業と化したファンビー討伐が5匹目に到達した時、それは起きた。



『【飛行】Lv1を取得しました』



 このアナウンスを見て、最初は何が起きたのか理解できなかった。


 あれ?


 毒が飛行?


 毒って飛行だっけ?


 訳の分からないことを一人口走った。

 しかし、冷静になるにつれて実感が湧く。


(飛行……つまり飛べる?……俺が?……飛べちゃうの!?)




「う、うそでしょぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 この世界に来て、間違いなく過去一番の雄叫び。

 さっきのペアが近くにいればさぞ驚いただろうが、今はそんなことを気に掛ける余裕も無い。


「やっば……やべーやべーやべー! やべーぞこれはッ!!」


 周囲の魔物なんかには目もくれず、その場に立ち尽くしたまま咄嗟にステータス画面を開く。

 当然見るのは右側のスキル欄だ。


(無い無い無い……あれ……その他枠にも無い。どういうことだ?)


 今までは視線で上からスクロールすれば、人が得らえるスキルならすぐどこかに。

 人が本来得られない魔物専用スキルであれば、新規取得はその他枠の最下部に表示されるというのがいつもの流れだった。

 現に昨日取得した【脱皮】は、グレーのままその他枠の最下部に名前とスキルレベルだけが載っている。

 念のためと、再度ゆっくり上にスクロールさせ、≪New≫の文字を改めて探すも――


(やっぱり無い……いやいや、どういうことだよこれ。スキルのようでスキルじゃないのか?)


 過去に『飛行』というワードが話に出たことはあった。

 たしか――パルメラ大森林の上空を飛行中に、多くが撃ち落とされたとされる鳥人族。

 それにリステも、精度の高い地図を鳥人族が作っていたと言っていた。

 となると……種族限定スキルだろうか?

 もしそうであれば、種族用の新しいスキルタブでも追加されているんじゃ?

 そう思って見直してみるが、それらしいものは見当たらない。

 だがなぜか、既に取得している【火魔法】や【風魔法】、また、取得はしていないが初期から表示されていた【光魔法】や【闇魔法】などから、|グ《・》|レ《・》|ー《・》|の《・》|線《・》が伸びていることに気付く。


(こんなの今まで無かったよなぁ。あったら絶対気付いていたはずだ……)


 新しい発見があれば気になるもの。

 思わずその線を辿ると、【火魔法】【水魔法】【風魔法】【土魔法】【雷魔法】【氷魔法】【闇魔法】【光魔法】という計8種からグレーの線が伸び、一つの未表示スキルのもとへ。

 同じように【闇魔法】【光魔法】の計2種からグレーの線が伸び、こちらも別の未表示スキルのもとへ。

 さらにこの未表示スキル2種からグレーの線が伸びていることに気付き、俺はここで初めて、スキル欄は上下だけではなく、|右《・》|側《・》|に《・》|も《・》スクロールできることを知る。

 ――内心はドキドキだ。

 どう考えても右にいくほど取得難易度の高いレアスキルになることは、このスキルツリー構成を見れば一目瞭然だろう。

 自然と呼吸が荒くなりながらも右にスクロールさせていくと、未表示スキル2種から伸びたグレーの線は、さらに未表示のスキルへと集まり、そこからさらにもう一つ先――

 段階で言えば4段階目になって、ようやく≪New≫のついた【飛行】スキルの存在を確認することができた。

 現在スキルレベルは1と0%。

 これで分かっちゃいたが、ファンビーが所持している【飛行】スキルがレベル1であることも確定である。

(すげぇ! もう一つまったく別方向から伸びている白い線は――そうか、【跳躍】か。つまり【跳躍】とかなり上位の魔法系統スキルの組み合わせで、本来ならやっと【飛行】スキルが取得できるわけだ。一応その他枠じゃないから人間にも取得できるんだろうけど、この階層を考えればまず普通じゃ無理だよな……)

 つまり、だ。

 元から飛べる素質を持った鳥人族みたいな一部の種族以外だと、【飛行】スキルを持っているやつなんて俺くらいかもしれないということになる。



「ふふ……ふへへへ……ふははははははっ!!!」



 Fランク狩場だと思って侮っていた。

 蜂という形状や見た目から、てっきり毒に関係するスキルだろうと思っていたのだ。

 それがまさか、飛んでいるから【飛行】なんてパターンでくるとは。


「はぁ~……めっちゃ燃えてきたわ……」


 本音を言えば実際に飛べるのか、飛んだらどうなるのかをすぐにでも試してみたい。

 だがそんなことはマルタへ帰る時にでもできること。

 ならば今は我慢して効率だ。

 まずはファンビーの所持スキルレベルが1と確定した以上、今日中に3までは必ず上げる!

 そして性能如何によっては明日もここで狩り倒し、スキルレベルの4を狙う!

 最初の気怠さはどこへやら。

 少しだけスキル詳細を確認して内容を暗記した後は、迸るほどのやる気でパル草原を駆け回った。121話 謎解きとヒント

 時刻は17時半。

 僅かに日の光が暗がり始めた頃、俺はようやく帰路に就き始めた。

 走れば1時間程度。

 ギリギリ食事に間に合うかどうかという時間帯だが、1日粘ればどの程度ファンビーを狩れるのか。

 この数値を把握しておきたくて粘ってしまった。

(今日1日で、ザッと60体くらいか……)

 45体以上の最低ノルマはクリアしたので、【飛行】スキルは無事レベル3に到達している。

 ちなみに【飛行】のスキル詳細はこの通りだ。


【飛行】Lv3 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に7消費


 スキルレベル1の時は1分毎の魔力消費が9だった。

 このことから、スキルレベル1上昇毎に魔力消費が1減少。

 最終的にスキルレベル10まで到達すれば、魔力消費が無くなるのではないかと踏んでいる。


 そしてここからスキルレベル4を狙うかどうか。

 狙うならできれば明日の一日で終わらせたいので、残りのパーセンテージを見ても、あと85体ほど狩らなければいけないことになる。

(明日早起きすればいけるか? 朝食は諦めることになるが、今日より3時間も早く到着すればまずクリアできそうではある……)

 あくまで|最《・》|悪《・》|の《・》|パ《・》|タ《・》|ー《・》|ン《・》を想定する。

 そう、この早朝出発は、今から実験する【飛行】が上手くいかなかった場合の最悪パターンだ。

 逆に【飛行】が上手くいけば、上空を直線で移動することができるわけだし、ジョギングよりもかなり飛行速度が速い可能性だって十分にあり得る。

 そうなれば狩場までの時短も可能になってくるだろう。


(さて、まずは魔力がもつかどうかより、飛べるかどうかだな)


 ふぅ――……

 それじゃいってみようか。


【飛行】


「……」


(なるほど。何も起きない、と)

 だがまだ焦るには早い。

 次に最低限予備動作は必要なのかと、軽く地面を蹴りながら発動を試みる。

 するとスキルを使用した途端、なんとも言えない浮遊感に包まれた。

 が―――


「おおお! おおおお!? うぉおおおおおおっ!?」


 浮遊したという感動も束の間。

 すぐに視界が緑一色となり、素材を頭に被りつつ顔から地面に倒れ込んでしまう。

「うぐぐっ……き、今日の素材が……」

 地面にぶちまけられた素材を見て、思わず口から漏れ出る悲鳴。

 セコセコ拾いながらも、二度目のテスト結果を思い返す。

(浮いたは浮いた。だから俺でもできることは間違いない。しかし前に倒れるっていうのはどういうことだ? 普通倒れても籠を背負っているなら背中からだと思うが?)

 物は試しと籠と武器をおろし、鎧だけといったほぼ手ぶらの状態で【飛行】を試す。


「うっ……うおっ……ま、まるで昔遊んだ、スケボーを、さらに難しく、したような……状態だぞこれ……って、うごーっ!!?」


 今度は後頭部から地面に激突。

 その後も幾度となく籠の中身をぶちまけながら、町への帰還ついでに色々なパターンを試していく。

 その中で分かってきたこと。


(ふむふむ。慣れればまた違うかもしれないが、最初のうちは大きく助走をつけた方が良いな)


 これが一つの結論になった。

 走りながら【飛行】と唱えると、前方への運動エネルギーが強く残ったまま足が離れる。

 すると、ぴよ~ん、と。

 走り幅跳びの選手もビックリな空中歩行を繰り広げ、20メートルくらいは先に着地することができた。

 時短ができるかどうかは微妙なところだし、そもそも飛んでいるという感じではないが――

 それでも今は、この飛べる距離を延ばすことから始めてみよう。

 そう思って俺は、人がいないことを確認しつつ、ぴよ~ん、ぴよ~んと、一人謎の動きを繰り返しながらマルタへと帰還した。




「リステー! 大変大変! 聞いて聞いて聞いて!」


 俺は疲れも忘れ、ドドドドーッと効果音が聞こえてきそうなほどの勢いで宿の階段を駆け上がり、ドアを開けたと同時に、定位置化した場所に座っているリステへと声を掛ける。

「お帰りなさい。どうされたのですか?」


「大変だよ! 俺、【飛行】スキル覚えた! まだ飛べないけど!」


「……へ?」


 こんな顔をするリステは凄く新鮮だ。

 切れ長の目が見開いてこちらを見つめているので、俺も目が離せなくなって見つめ返す。

(驚いた顔も、文句無しに綺麗だぜ……)

「んんっ!……今、なんとおっしゃいました?」

「【飛行】だよ【飛行】! 今日魔物倒したらゲットできてさ。これ凄くない? たぶん凄いよね!?」

「……冗談、ではなさそうですね」

「もちろん!」

 そう言いながら目の前で少し浮いてみせる。

 帰りのピョンピョン修行のおかげか、パル草原を出発した時よりもだいぶ浮くのが安定してきたと自分でも分かる。

「ロキ君。一応たぶんということにしておきますけど、空を飛べる人間はこの世界にいませんよ?」

「やっぱり? なんとなくスキルツリー見てるとそうじゃないかなーって思ったんだよね」

「スキルツリー? ロキ君が見られるという独自のステータス画面でしょうか?」

「そうそう。かなり取得までハードルが高そうだなってことが分かったからさ。飛び級で取得しちゃったけど」

「なるほど……」

「……も、もしかして、取得したらマズいやつだった?」

 どうも喜んでいるのは俺だけのようで、リステは先ほどから驚くか、神妙な面持ちになってばかりだ。

 これでは取得したことがマズかったのかと不安になってしまう。

「大丈夫ですよ。人間が飛ぶなんて前代未聞ですけど、だからといってそれが世界に大きな悪影響を及ぼすとは思えませんから」

「だよねだよね。一応人間も元から取得できるタイプのスキルではあるみたいだし――って、もしかしてリステも飛べたりする?」

「どうでしょう? スキル自体は持っているはずですが、飛ぶ必要性が今までなかったので試したこともありません」

「そっか~飛べたらコツとか聞きたかったんだけどなぁ。まぁいっか! とりあえずお風呂入ってくるわ!」

「……」

 女神様以外誰も見ていなければ、そして魔力さえ残っていれば少しでも練習と。

 歩きながら前方への運動エネルギーを利用し、フヨフヨ浮きながら風呂場へと向かう。

「ぬぉぉ――――……いでっ!」

 浮くことはできても、止まることも曲がることもできやしない。

 それでもいつかは―――

 俺は大空を飛び回る妄想をしながら風呂場の中へと消えていった。



 そして食後。

 テーブルに向かい、ステータス画面を見ながら、今日発見した諸々について考察しつつ手帳に書き込んでいく。

 遺留品の物色にはもう飽きたのか、リステは俺の横に座りながら手帳の中身を覗いていた。

 相変わらず距離が近いけど気にしたら負けである。

(【飛行】の対応ステータスは上位版の魔力、と……良し悪しは別として、レベルが上がらないとボーナス能力値の判別が楽で助かるな)

 スキルレベル上昇による対応能力上昇値はスキルレベル7まで把握しているので、ちゃんと手帳に元の数値さえ残しておけば、すぐにどれが対応しているか判別できる。

 ここまでは良いんだ。比較すれば分かること。


 ――比較じゃ答えが出ない、超が付くほどの重要事項はここからである。


 今日初めてスキルツリーに現れたグレーと白のスキル同士を繋ぐ線。

 この意味はなんとなく予想できる。

 その他枠にある初期に取得した【突進】スキルは白、昨日取得した【脱皮】スキルはグレーということから考えても、白が『|有《・》|効《・》』を示していると思っておけば認識がズレることもないはずだ。

【飛行】スキルを取得したことによって有効になったから、取得条件の一つである【跳躍】スキルと、もう一つのよく分からない未表示スキルに白い有効線が入り繋がった。

 ここまでは問題無い。

 問題なのは、このグレーの線の扱いだ。

(これは―――……取得条件となるスキルの種類だけは判別できた、ってことでいいんだよな?)

【飛行】という、いくつもの未表示スキルが取得条件に入る高難度スキルを得たおかげで、予想外の特大ヒントを得られてしまった。

 手帳にこのように書き込んでいく。


【火魔法】+【水魔法】+【風魔法】+【土魔法】+【雷魔法】+【氷魔法】+【闇魔法】+【光魔法】=【レアスキル『A』】

【闇魔法】+【光魔法】=【レアスキル『B』】

【レアスキル『A』】+【レアスキル『B』】=【レアスキル『C』】

【レアスキル『C』】+【跳躍】=【飛行】


 未表示スキルと書くよりは、レアスキルと書いた方がなんとなくそれっぽいし、個人的に取得意欲がより強く湧いてくる。

 そしてこの3種のレアスキルに当たりが付けられれば、俺がどうしても欲しい【空間魔法】にだいぶ近づけるのではないか?

 そう思っての行動だ。

(よく考えろ……初めて浮いた時、重心は明らかに後ろにあったはずなのに、後方ではなく前方にひっくり返った。先ほど風呂に行く時も、無重力に近いようなフワフワした感覚で移動している。ということは――存在するのであれば、この中に重力系のレアスキルが混ざっている公算が高い。そして重力と空間は――うん、別系統だろう。同一の魔法枠に収まるとは思えない)

 考えながらテーブルをコンコンと叩く。

 思わずタバコを吸いたくなるが、すぐに不味かったことを思い出す。

「ねぇリステ。重力系の魔法……【重力魔法】ってたぶんあるよね?」

「えぇありますね。ロキ君は一度体験していると思いますが?」

「えっ?」

「一番最初に魂だけ神界へ運ばれた時、リアが【重力魔法】を使ったと聞いていますよ?」

「あぁ……」

 そういえばと、初っ端に地べたを這い蹲らされた記憶が蘇る。

 あれは強烈だった。

 魂だけのはずなのに、呼吸すらできなくて死ぬんじゃないかと、本気で泣きそうになったものだ。

 そうかそうか……ということはこれでまず確定だ。

【レアスキル『A』】【レアスキル『B』】【レアスキル『C』】のどれかが【重力魔法】に違いない。

 だが、この中のどれになるんだ?

【重力魔法】と【飛行】の繋がりはなんとなく分かる。

 が【空間魔法】と【重力魔法】、【空間魔法】と【飛行】に繋がりはあるのか?

「空間……重力……空間……飛行……空間と重力は繋がる……ような……気がしなくも……ない……」

「……ロキ君は、この式から何を得ようとされているのですか?」

「んー今日唐突に、俺のステータス画面でも表示されていないレアスキルの取得ヒントを得られたからさ。この3種の中に俺が一番求めている【空間魔法】が入るのかと思ってね。入ればレベルを上げるべきスキルが確定できるから、そうしたら溜め込んでいるスキルポイントを全力で振れるかなーって」

「なるほど……」

 リステはさらに俺に近寄って、手帳に書いた式を覗き込む。

(フェッ、フェッ、フェッ、フェロモンがががががががが)

「……私達は最初からスキルを持っていましたから、途中の取得条件というは分かりません。なのであくまで予測ですけど、この【レアスキル『A』】がたぶんこのスキルではないか? というのはなんとなく分かります」

「マジ!? そ、そそそ、それはどんなスキルで……?」

「……」

 えっ? なにこれ、焦らしプレイ?

 リステは顎に手を当て、長く考え込んでいる素振りを見せている。

 そんな姿も知的で大変魅力的だが、できれば早く答えを教えてほしい。

「すみません。こういったことを教えてしまっても良いのかと思いまして」

「あっ、ですよねー……」

 よくよく考えれば当然だった。

 いるのが当たり前過ぎて距離感がおかしくなっていたけど、女神様達はこの世界の管理者。

 たかが一個人を優遇するなんて、本来あってはならないことだろう。

 まぁ、初めから自分で考えて結論を出すつもりだったしな。

 しょうがな――――

「なんて冗談ですよ。転生者には望む高レベルスキルを与えたというのに、私達はロキ君に何もしてあげられていません。逆に巻き込まれただけのロキ君にお世話になってばかりです。それなのにロキ君は地球の知識をこの世界に落とそうとしてくれているのですから……この程度の情報なら大した問題ではありませんよ」

「リ、リステ~」

 あ、あぶねぇ……思わず感動して抱き締めそうになってしまった。

「その代わり」

「え?」

「お教えしたら、何かご褒美をくれますか?」

「……」

 その言葉を聞いて、俺はこう思う。


(絶対それ、俺もご褒美なやつじゃん……)


 それでも、俺は訴えかける金色の瞳に抗えず、黙って首を縦に振った。122話 リステ先生

 満足したように笑顔になったリステはこう告げた。

「たぶんこのレアスキル『A』は【精霊魔法】でしょうね」

 ――なるほど、そうきたか。

 ある意味定番とも言えるし、以前精霊というワードはリステが口にしていたから、それに関係する魔法が存在する可能性は高いだろうと思っていた。

「ちなみになぜ、【精霊魔法】という答えに辿り着いたの?」

「以前ロキ君に少しだけお伝えしたと思いますけど、精霊は魔法の発動補助を行うため、この下界に無数とも言える数で存在しています。そして精霊は、この8種の属性に分かれていますから」

「なるほど。全種の基礎魔法を一定数マスターすれば、精霊自体を使役? って言ったらまた違うかもしれないけど、その上位版とも言える魔法が使えるようになるってことだね?」

「上位というより|広《・》|範《・》|囲《・》と言った方が正解に近いでしょうね。精霊は考える能力があまりありません。なので例えば100ある精霊の力に対し、人間が魔法の行使によってその中の1の力を補助してもらうことは可能ですが、精霊を直接扱うとなればそのまま100の力が魔法という形で発動します」

「ヤッバ……でもそれって威力とか効果の面でも上位になるんじゃないの?」

「ロキ君が言う基礎魔法のスキルレベルが低いうちはそうなるでしょう。しかしスキルレベルが上がれば、魔力を対価に100ある精霊の力に対して100の補助をしてもらい、大きな魔法を発動することも可能ですから」

「そういうことか。なんでそれが広範囲に繋がるのかはよく分からないけど……なんとなく分かった気がする」

「数の問題ですよ。基礎魔法の補助をしてもらう精霊の数と、【精霊魔法】で動く精霊の数とでは大きな違いがあります。使用する環境によっても多少の差はありますけどね」

「それはつまり――水場があると『水の精霊』が多いとか、そんな感じ?」

「まさにその通りです。と言っても本当に多少の差なので、そこまで気にする必要はありませんけどね」

 凄い。

 凄い凄い凄い。

 ここまで詳しく聞けると思っていなかった分、凄まじい感動を覚えてしまう。

 これって世界の根幹とかいうやつに関わるんじゃないの? と少し思ってしまったが、たぶんリステじゃなければここまで詳しい説明はできなかったはずだ。

「リステ、本当にありがとう。さすが女神様随一の頭脳派、説明も凄く分かりやすかった」

「ふふっ、『木製ペン』の対価だと思ってください」

 そう、冗談っぽく言うリステの言葉に俺は頷く。

 なんとも商売の女神様らしい言葉だ。

 対価として教えてくれたと言われれば、もっと色々な地球の物を実現してやろうという気にもなってくる。


 ふぅ――……

 これでレアスキル『A』が【精霊魔法】。

 レアスキル『B』と『C』のどちらかが【重力魔法】ということは分かった。

 いや、たぶんではあるが、レアスキル『C』の方が【重力魔法】ではないかという予想もなんとなく立つ。

 スキルレベルの条件は不明にしても、【闇魔法】と【光魔法】の2種でレアスキル『B』は条件クリアなんだ。

 となると、イメージだけでいえば【重力魔法】の条件にしては些か簡単過ぎるような気がしてしまう。

 そして――

(【闇魔法】【光魔法】の二つで【空間魔法】が解放されるなんて、さすがにそんな甘くないよなぁ……)

 この仮説通りにいけば、今回得られたヒントでは【空間魔法】が取得できない可能性が高いこともなんとなく分かってしまった。

 2種のスキルをゴリ押しするだけなら、長い年月の中で誰かがやっているはずだ。

 情報公開の有無は別にしたって、『異世界人限定スキル』なんて極端な言い方を商業ギルドのおばちゃんがするほどではないと思う。

 まぁそれぞれのスキルレベル10が解放条件なんて話なら、この世界の住人は絶望的なのかもしれないが。

 そうなると俺も絶望的になるし、正解に少し近づいた分、なんだかな~という気分にもなってしまう。


 コンコンコン……


 静かな空間の中、俺が指でテーブルを叩く音だけが鳴り響く。

 俺が考え事をしているとリステは黙っていてくれる。

 それが心地良かったりもするが――こういう部分で甘えちゃ駄目だな。

 何も言いはしないけど、きっと先ほどの『ご褒美』とやらを待っているんだろう。

 それに考えて分かることなら無理をしてでも考えるが、たぶんいくら考察を重ねようとこの辺りが限界だ。

 結局のところ解放に必要なスキルの種類が分かっただけで、そのスキルレベル条件は不明なまま。

 ほぼ確定と言えるくらいの【空間魔法】取得条件に辿り着けなければ、怖くてスキルポイントを使うわけにもいかない。

(とりあえずここまでだな……)

 そう思った俺は手帳を閉じ、一呼吸挟んだ後にリステへ声を掛ける。


「ご褒美は何がいいの?」


 それなりに覚悟を決めた言葉――

 だったが、返答は予想外過ぎるものだった。


「はい。少し散歩をしましょうか?」





 時刻は夜の9時過ぎ。

 まだ多少は人の往来があるマルタの町中を、リステと俺は並んで歩く。

 どこに向かっているかはよく分からない。

 だが以前のアクセサリー屋の時とは違い、俺から逃げるような素振りはまったく無いので安心してついていく。

「ここら辺なら大丈夫そうですね」

「ん? こんな路地裏で何を?」

 場所は―――ちょうど俺達が泊まっているハンファレスト入口の裏側辺りだろうか?

 宿に沿ってグルッと半周したような気がするが……

 辺りをキョロキョロと見渡していると。

「それではロキ君、失礼しますね」

「えっ?」

 瞬間、心臓が爆発しそうになった。


(ふぁ……な、なぜ、リステは俺を抱き締めているの……?)


 リステは俺の好みに合わせて、夜は黒のドレスを着てくれている。

 そして靴は俺が買ってあげた黒いヒール。

 元からある身長差がさらに広がるため、俺の顔は丁度開いた胸元に押し込められていた。

 フェリンの時と違って埋没するという感じではないが、リステの手が俺の頭と腰に添えられているため、自らの腕で寄せられ俺の両頬を圧迫してくる。

 思わずこの世界に来て初めて、背が低くなったことに極大の感謝をしてしまった。

 それにこの、脳を焦がすような艶美な匂い――

(無理だ……こんなことされたら理性なんて千切れ飛ぶ……フェリンごめん……)

 思わず、俺もリステの腰に強く手を回した。

 その時、リステの身体がビクッと反応したが、次の瞬間、それ以上に俺の身体もビクッとしてしまった。


「あ、足ッ!? 足がプラプラしてるんだけどー!」

「ロキ君、騒ぐと誰かに見られますよ? 少し黙っていてください」


 視界は全面胸部なので、今がどんな状況なのか目で確認することはできない。

 だが足がプラプラな上に上空から風が吹いてくるので、俺は間違いなく"|飛《・》|ん《・》|で《・》|い《・》|る《・》"ことが分かって、思わず手だけではなく足までリステに纏わりつかせてしまう。

 まさに抱っこちゃんスタイルだが、そんなこと気にしてはいられない。

(うひーーっ!! こえぇえええええーーーーー!! でもずっとこのままでいたいかもーーーーーっ!)

 様々な感情が入り乱れる中、時間にして十数秒で風が止み、ストンと、俺の足がどこかに接地した。

 そして離されるリステの手。

「ロキ君、もう大丈夫ですよ。空の旅はどうでしたか?」

「ふぅ~ふぅ~……リステの抱擁は最高でした! もう死んでも良いと思ってますッ!!」

「そ、そっちじゃありません!」

 今すぐにでも襲ってしまいたい。

 そんな気持ちの中、辺りを見渡せば視界には統一感のある多くの屋根が映った。

「あ、あれ? ここは?」

「泊まっている宿の上ですよ。この時間ですと広場はまだ人目に付くと思いましたので」

「それは確かにそうかもしれないけど……」

 足元を見るとそこはやっぱり屋根で、緩やかではあるが傾斜になっており、滑り落ちたらどうしようと身震いしてしまう。

「さぁロキ君、【飛行】の練習をしてみましょうか?」

「へっ? ここで? というか、リステ飛べないんじゃなかったの!?」

「ロキ君がお風呂に入っている最中、少し練習したらできましたよ?」

「あ、そうですか……」

「コツは分かりましたからお教えしますし、何かあれば私が助けてあげますから」

「ほんとに?」

「ほんとです」

(……こ、これは素晴らしいことじゃないか? コツを教えてもらえる上、危なかったらまた抱っこしてもらえる……なんてこと……なんたる幸せ……)

 実年齢32歳のおっさん。

 ここに来て、甘えることに目覚めてしまう。

 こんなことが世間にバレれば、地球なら居場所は相応のお店か、少数派の希少な彼女を見つけるくらいしかないだろう。

 だが、相手は俺の―――何倍だ?

 もうよく分からないほど生きている超絶美人お姉様なんだ。

 それに俺の身体は13歳。

 だったらいいじゃないか。

 もうこの際、心も13歳になってしまおう。

 恋愛感情とかではなく、ただ甘えているだけ――

 そう自分に言い訳しながら、俺は抱っこされること前提でお願いをする。

「ぜひ、宜しくお願いします!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「慣れないうちは腕を、手を上手く使ってください」

「はいっ!」

 俺は今、宙に浮き続けながら、円を描くように旋回する練習をしている。

「実際に魔力は消費しません。ですが、手や腕から魔力を放出するイメージをもつのです」

「はいっ!」

 言われた通りに魔力を放出するイメージを片側の手に作り、方向転換を試みる。

「そうです。上昇したい時、下降したい時、止まりたい時も同じですよ。本来【飛行】スキルを先天的に持つ種族は必ず羽を有します。ロキ君にはその羽が無いのですから、まずは手で代用するしかありません。はい、ここで上昇してください。手は下です」

「はいっ!」

 掌を下に向け、下方に魔力というエネルギーを放出するイメージを作る。

 すると、ただでさえこの辺りでは一番高かったハンファレストの景色とも違う、闇の中で薄く光り輝く町の全容をなんとなく確認することができた。

 って、高く飛び過ぎると危ないな。

 リステの声も聞き取りづらくなるので、上空に掌を向け、空気を押すような感覚をイメージ作る。

「それでは可能な限りこの屋根に近い場所で、急停止するほどの強い魔力イメージを作ってください」

「うっ、はい!」

(急停止……急停止……今ッ!!)

「って、やばっ! 近過ぎたかも!」

「……もう、しょうがないですね」

 ボスッと。

 それなりの勢いで宿の屋根に激突するところをリステに拾い上げられ、お姫様抱っこの状態でリステの胸の中に納まる。

 昨夜の決意はどこへやら。

 甘えるだけなら良いんだという精神に汚染されているため、そのままリステに抱き付くことも躊躇わない。


 ちなみに、ここまで到達するのに2時間は経過している。

 途中、5回はリステに救出という名の抱擁を受けているし、そもそも俺の魔力量では2時間の練習なんてもたないので、リステが途中で神界に戻ってはその都度魔力を回復してくれていた。

【魔力譲渡】という、取ろうと思えばすぐ取れるスキルではあるけれど、俺が誰かに魔力を譲渡するなんて状況がパイサーさんの時くらいしか想像できないので、今はあまり深く考えないことにする。


「……ロキ君? もう足が着きますよ?」

「そうでした!」

 仕方がないと思いつつ、天上の抱擁を自ら解く。

「だいぶ上手くなってきましたね。あとは、強い魔力イメージを持つことが課題でしょうか?」

「そうですね。まだそこまで強い魔力を使った魔法の行使経験が無いので、なんともイメージが付きにくいです」

「あの、ロキ君? 先ほどから気になっていたのですが、なぜそんな丁寧な言葉に戻っているのですか?」

「今リステはリステ先生です。先生に対して敬語を使うのは当たり前です」

「せ、先生ですか……あとでちゃんと戻してくださいね? それで話を戻しますが、強い魔力イメージは例えば―――」

 二人並んで屋根に座り、マルタの景色を眺めながら授業を受ける。

 リステは本当に伝え方が上手く、最初に俺が魔力の放出イメージという部分で躓いた時、手に青紫の霧を纏わせながら実演して見せてくれた。

 これはスキル云々ではなく魔力の具現化という、魔力を消費する一歩手前の現象で、ここから放出という工程に入れば【無属性魔法】、身体や武器に纏わせれば【魔力纏術】など。

 いくつかのスキルに繋がっていくらしい。

 それはそれでかなり興味のある内容だが、それでも今余計なことを考えている余裕はないと。

 最初の1時間以上をみっちり魔力の放出イメージに充て、後半なんとか最低限の飛行が形になったというわけだ。

 そしてここからの課題はリステが言っていた通り、強い魔力放出のイメージを作れるかどうか。

 これができなければ飛行速度は上がらないし、緊急時の停止や急速発進なんてことも難しくなる。

 だが――

「俺の中で最も強い魔力イメージって、女神様達の【分体】が降臨したり消えたりする時の、あの霧なんですよ」

「私達が持つ魔力の何割かが【分体】に回りますからね」

「あれをイメージすると――……うーん。できるできないよりまず|怖《・》|い《・》って思っちゃうんで、自分の魔力がそれなりに増えるまでは難しいかもしれないですね」

「私もついつい張り切ってしまいましたけど、そこまで急ぐ必要はないと思います。今でも十分『|飛《・》|ん《・》|で《・》|い《・》|る《・》』と言えますから、あとはゆっくり精度を上げていってください」

「ですね。でもまた分からないことがあったら教えてくれますか? リステ先生の教え方は本当に最高なので」

「ふふっ、もちろんですよ。なぜか生徒になった途端甘えるロキ君も新鮮で可愛かったですしね」

 その言葉を聞いて、俺は心の中で謝罪する。

(リステ先生ごめんなさい。生徒になったからではなく、甘えるだけなら許されると勝手に思っているだけです。本当にごめんなさい)

 そしてふと、これのいったいどこがリステへのご褒美だったのだろうか? と首を捻る。

「ねぇリステ。これがご褒美で良かったの? 俺がただ【飛行】を教わっただけのように思えるけど」

「もちろんですよ? その練習ついでに、ロキ君を何度も抱き締められたじゃないですか」

「それ……俺へのご褒美だと思うよ……」

「……」

「……」

 今この時、夜で良かったなと心底思う。

 明るかったら俺が赤面していることがバレバレだ。


(はぁ……どうしたら良いんだよ俺は……)


「明日はいつもより早いし……そろそろ戻ろっか」

「そうですね」

 飛べるようになったならば、帰りは自力の【飛行】だ。

 慎重に宿の上から降りていく中。


(この世界の女神様が、もし一人だけだったなら……)


 ――俺はついつい、そんなことを考えてしまっていた。123話 女神会議

「今日は【飛行】スキルがレベル4になるまで粘ってくるから、夕飯先に届いちゃったら食べてていいからね!」

「待っていますから大丈夫ですよ。行ってらっしゃい」

「ほーい! リステも頑張って!」

 少し浮き立った様子で出かけていくロキ君を、微笑ましく思いながらも見送る。

(頑張って……ですか。確かにその通りですね。いつか不要な衝突を起こすくらいならば、私が――)

 チラリと、使われていないベッドの上に置かれた、ネックレスとイヤリングに視線が向く。

 靴以上に嬉しいと感じたロキ君からのプレゼント。

「……決してロキ君を困らせたりはしませんからね」

 そう一人呟き、私は|町《・》|へ《・》|行《・》|か《・》|ず《・》|に《・》【分体】を消した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




『オールドレテス』と呼ばれる世界の管理用に創造された、名も無き小さな世界。

 その一角に、6名の下級神が集まっていた。

 中央には白い丸テーブル。

 それを囲むように6脚の椅子が用意され、4つのカップには紅茶が注がれている。

 一見すればただのお茶会。

 そのような中で、集合を要請した商売の女神リステが口を開いた。

「度々すみません。本日も重要な議題があり、皆さんにお集りいただきました」

「また何か、好転する要素が見つかったのですか?」

 愛の女神アリシアが期待に満ちた表情を浮かべる。

 また、とはつい三日前に相談された『地図』についてだ。

 この時も同様にリステから招集が掛けられ、一度は良かれと思って抹消した地図の存在。

 その復活が提案され、現実的な方法として、リステの固有最上位加護を使用することが決定された。

 当初は戦の女神リガルやアリシアなど、地図の復活に懸念を示す者もいたが、地球という女神達が知る中で最も発展が進む世界には、比較にならないほどの高精度な地図が存在すること。

 その地図の存在によって人の往来、物流の動きが活発になり、合わせて情報の伝達も進みやすくなったため、地図は文明の発展に欠かせないという情報をロキから得られたことが告げられた。

 反面『戦争』という、地図の存在によって活発に成り兼ねない懸念材料が再発してしまうことを危惧する者もいたが、地球では数多ある国々の多くが膠着状態に入っており、国が消滅するほどの大きな戦争はほとんど起きていないこと。

 おまけに緩く衰退の一途を辿っている下界の文明レベルと照らし合わせても、推定1000年程度でその段階に入っていると告げられた時、この場で反対をする者は誰もいなくなった。

 女神達にとってはたかが1000年。

 もちろん地球には存在しない魔法やスキルがどう作用されるか分からない旨も説明されたが、それでもこの程度の歳月で、最優先事項とされる文明の発展が大きく進むかもしれないという期待が、リスクはあっても試さない手はないと全員を納得させた。


 だからこそ、集まった者達は思ったのだ。

 また何か、この世界にとって有益な情報がロキから齎《もたら》されたのかと。

 だがリステから出た言葉は、まったくもって予想外の内容だった。


「今日はロキ君について、皆がどう思っているのかを確認させていただきたいのです」


 唐突に出たこの言葉に対しての反応は三者三様。

 アリシアとリガルは首を傾げ、頭には疑問符が。

 罪の女神リアは無反応を決め込み、生命の女神フィーリルは僅かに口角を上げる。

 そして豊穣の女神フェリンは――明らかに狼狽えていた。

 警察がいれば職務質問まった無しと言えるほどのキョドりっぷり。

 そんな中で真っ先に言葉を口にしたのはリガルだ。

「どう、と言われてもな……聞く限り悪さはしていないようだし、何よりやつは急成長しているのだろう? だから楽しみではあるな。次は私が下界に降りるから、その成長っぷりを直接確かめてみたいと思っている」

「そうですね。皆が降りるようになって【神通】の頻度が少し減ってしまったのは残念ですけど、それでも地球のお話を沢山してくれますから良い子だと思います」

 次いでアリシアも、悪い印象は無いという反応を示す。

 この2名の言葉に「まだ下界に降りていないから……」と内心思う者が数名いたりもするが、それぞれが様子見の段階なので露呈することもない。

 が、ここで軽いジャブを打つ者が現れる。

「あの子は可愛いんですよね~ついつい愛でたくなってしまいます~」

「そっ、そうそう! 何か可愛いんだよね凄く!」

 フィーリルの言葉に、これは都合良しと便乗するフェリン。

 だがこの程度で場が荒れるようなことはなかった。

 自然体で話すロキには、まだ下界に降りていないアリシアやリガルでも少なからず納得できる部分があるため、1名を除いて「ウンウン」と頷く程度で済んでいる。

 そして沈黙を守る者に声が掛かった。

「リアはどうなんだ? 自慢げに話していたし、楽しかったのだろう?」

「それは……うん。色々と新鮮だった」

 このそれぞれの発言、その様子を踏まえつつ、リステは口を開く。

「下界に【分体】を降ろしてロキ君と数日過ごしましたが、彼は非常にこの世界の発展に対して献身的です。私達が特別な力を与えて呼び込んだわけではない、ただ巻き込まれた側の人間だというのに、日々の成長を楽しみながら、地球に関する知識をこの世界に落とそうとしてくれています。既に製品開発された物まであることに私は驚きました。そして今のところ、まったくと言っていいほど悪意がありません」

 ここで一同は、リステの空気が変わったことを察した。

 何か、とんでもない爆弾が降ってくるのではないかと。

 だが――誰も止められなかった。

 ただただ、異様な覚悟をもったリステを眺め、その爆弾の内容は何事かと身構える。

「私は当初、彼に興味がありました。先に下界へ降りた者達の話から彼自身への興味が半分、そして彼が持つ知識への興味が半分と言ったところでしょうか。しかし―――」

「「「「「(ゴクリ)」」」」」

「―――ロキ君と行動を共にし、彼の人となりを理解するうち、私は彼に興味ではなく、好意を抱くようになりました。彼から受ける好意も、どのようなことであっても素直に嬉しいと感じますし、彼のためにしてあげられることはしてあげたいと思う私がいます」

「「「「「……」」」」」

「だから先ほど確認させていただいたのです。ただ皆さんの口ぶりからすると―――ロキ君を|私《・》|の《・》|物《・》にしてしまっても宜しそうですね。もちろん恋仲で、という意味ですが」

 リステの放った、神界始まって以来の恋仲希望という特大爆弾に皆が固まる中、それでも瞬時に我に返り、その上で異を唱えたのはフェリンだった。

「ちょ、ちょっと待ったーーーッ!!」

「……どうしたのですか?」

「ま、まだ数日だよね!? それでそんな気持ちになっちゃったの!?」

「確かにお会いした日にちで言えばそうですが、それまでに何度も【神通】でお話をしていましたから。元からあった興味はそれなりに高かったということですよ」

「うぅ……私の物って、ロキ君は? ロキ君の気持ちはどうなの!?」

「彼の好意は真っ直ぐですよ? 言葉にしないことが大半ですけど、だからこそ偽りがないのは分かりますよね?……ロキ君は私を抱き締めてくれましたし」

((((ッ!?))))

「わ、私だって抱き締めてくれたし!!」

((((ッ!!??))))

「そ、それにロキ君の心を盗み見るなんて酷いじゃん! 最近リステ黒いエッチな服ばっかり着て【分体】降ろしてるし、それだってロキ君の好みを覗いて誘惑したんでしょ!」

「好意を抱く相手の好みに合わせるためですから。好きな相手が喜ぶことをしてあげる――至極当然だと思いますが?」

「うぅぅ……っ!!」

 この二人の応酬を、発言の度に目を丸くしながら首を振って追いかける者が二人。

 変わらず口角を上げながら、視線だけで応酬を眺める者が一人。

 愕然とした表情で会話が耳に入っているのかも怪しい者が一人と、それぞれに反応には違いがあるものの、それでも口を挟む者は誰もいない。

 そんな中、攻守逆転とばかりにリステが追撃を加える。

「そもそもとして、フェリンはなぜそこまで突っかかってくるのです? 先ほどは、ただ可愛いだけというお話だったはずですが?」

「ただなんて言ってないし……凄く可愛いって言ったんだし……」

「それでもです。私は可愛いではなく、明確な好意ですよ? 彼のことが好きになったのです」

「うぅ……うぅぅぅ……!! わ、私だって!! 私だってロキ君のこと好きだし!!」

((((……ッ!!??))))

 ここで第二の爆弾が投下され、かつてないほどの混沌が僅か6名しかいない神界に吹き荒れる。

 アリシアはその衝撃で椅子から転げ落ち、リガルは手を額に当て天を仰ぐ。

 フィーリルは少し驚く素振りを見せるくらいだったが、リアは両こぶしを握り、下を向いて震えていた。

 そしてリステはと言うと――

「ふふっ、やっと素直になりましたね」

「ふぇ……?」

「先ほども言いましたが、私は必要と感じて幾度かロキ君の心を覗きましたし、記憶も少し探っています。そしてその時に感じたのは――彼の|葛《・》|藤《・》です。だからこのような場を開いたと言えます」

「か、葛藤……? どういうことですか?」

 やっと椅子に座り直したアリシアの問いに、リステがこの場を開いた真意を伝える。

「彼はフェリンにも好意を寄せています。それだけではなく、フィーリルの優しさも、リアの笑顔も好きだと……」

「ほっ、ほっ、ほんとに!?」

「あらあら~?」

「ぇ……ぁ……」

「あ、あの……私のことは……?」

「?……アリシアのことは特に何も出てきませんでしたが?」

「私……固有最上位加護まで使ったのに……」

 そう呟きながら、再度椅子に座ったまま後頭部から倒れ込むアリシアを、残念な人を見るかのような目でリガルが見つめる。

 が、今アリシアを気にしてくれる者はリガルしかいない。

 皆が皆、それどころではなかった。

「要はあれか? 誰か一人に絞れないとか、そんな類の話か?」

 なんだかんだで冷静さを保っていたリガルの言葉にリステは頷く。

「その通りです。幸いなことにロキ君は私達の容姿が、そして性格がそれぞれに良いと評価してくれています。そこに女神だから、という点が入っていないのもまた彼の良い所なのですが……そこは措いておくとして、ロキ君はこのままだと誰も選ばない、というより選べないと自ら答えを出しています。もし選べばどうなるか、私達女神同士のその後を気にしてくれているとこもありますね」

「「「「「……」」」」」

「だからこのような場を設けているのです。……皆はこのままで良いと思いますか?」

「そんなの良いわけな―――」


「ちょっと待ちなさいッ!!」


 ここで初めて、フェリンの言葉を遮るように、女神達の一応の纏め役であるアリシアが吠えた。

「なぜロキ君と、恋仲になること前提で話が進んでいるのですか! 自覚していますか!? 私達は女神なんですよ!? 下級神とはいえ神なのですよ!!」

「「「「「……」」」」」

 この鬼気迫る言葉に、一同は沈黙する。

 だが、ここでもやはり動くのは女神達の司令塔。

 周りがアホな子ばかりなので、自然と神界の頭脳にもなっているリステだ。

「逆にお聞きします。なぜ、女神は色恋を経験してはいけないと思われたのですか? そんな神界のルールは存在しませんよ?」

「道徳的な問題です! 自分達の子に恋愛感情を持つようなものなのですよ!?」

「ロキ君はこの世界の子ではないでしょう?」

「ッ……そ、それに常識的に考えるならば! 神は神同士! 神界の中……で……?」

「分かりますよね? それが一番の理想であることは私も重々承知しています。ですが、私達のお相手はどこにいるのです? 私達にとって親のような存在であるフェルザ様ですか? そのフェルザ様以外、お会いした神などおりませんが? 私達が生み出されてからどれほどの永い期間、この6名だけで過ごしてきたと思っているのです?」

「そ、それは……」

 スゥ――……

 大きく、息を吸い込む音が聞こえる。


「……アリシアだけでなく、皆もよく聞きなさい」


 ここでかつてないほどの威圧がリステから放たれた。

 フィーリルのようにのほほんとしているわけではないが、好戦とは無縁と言えるリステの圧に、何事かと皆の背筋が限界まで正される。

「ロキ君は、私達にとって本当に貴重な存在です。私達の存在を理解してくれた上で、あのように自然体で話してくる者が、優しくしてくれる者が、気遣ってくれる者が他におりますか? ロキ君のスキルが解明されていない以上、彼を通常の人種、人間と捉えて良いのかは分かりません。が、同様と考えるならば人間の寿命など瞬く間、それこそ私達がどうしようかと悩んでいるうちに生を全うしてしまいます」

「「「「「……」」」」」

「……最初で最後になるかもしれないこの機会を、活かせる期間は限られているのですよ?」


 少なからず、この場にいる者達は皆が一度は思ったことだ。

 下界では恋愛をし、結婚をして、子が生まれる。

 動物や一部の魔物でさえも、つがいとなって子を産み、そして育てているのだ。

 なのに、私達はそれらをただ観測し眺めているだけ。

 女神にそんな権利は無いのだと、遥か昔に諦めていた感情だった。

 そんな中で、現実を直視したリステのこの発言。

 下界に降り、ロキと行動を共にした者達はその言葉を反芻し、自らが味わった貴重な体験と重ねる。

 そして思う。

 ――できることなら、もう一度と。

「私は……ロキ君ともっと仲良くなりたいよ……ロキ君にもっと好かれたい!!」

「そうですねぇ~私はフェリンやリステのような好きとはまた違うような気がしますけど、それでももっと近くにいたいとは思いますね~」

「わ、私も好きではないけど……また遊びに行きたい……とは思う」

 フェリンの言葉に続くように、フィーリルとリアも今の自分の気持ちを言葉にしていく。

 だからこそ、リステはその気持ちを後押しする。

「ならば、共に行動していきましょう」

「で、でもさ。ロキ君は一人を選べないって言っているんでしょ? 皆が動いたら結局意味が無いんじゃないの?」

 このフェリンの至極真っ当とも言える言葉に、リステ以外の皆が同意を示すが――

「その問題は解決できると思っています」

 自信を覗かせるこの発言に、それそれが首を捻り考え込んでしまう。

「どうするのだ?」

 そんな中で、一番恋愛という部分に興味が無い、というより実感の湧かないリガルが答えを求めた。

 リガルにとってロキは、ただ強くなろうと頑張っている子供のようなもの。

 だからこそ、考えようとすることもなく答えを急ぐ。

「単純ですよ。皆でロキ君を共有すれば良いのです」

「ん? それを否定しているのがロキではないのか?」

「今はそうです。ロキ君が住んでいた日本という国では、どれだけ養える能力があっても男一人に女一人、一夫一妻というのが法で決められていたようです。この生まれ育った環境が固定観念として彼を悩ませているわけですが、この世界なら一夫多妻、一妻多夫が認められていることは、商人の記憶から把握しております。そしてそれが可能かどうかの判断基準は経済力の問題だけであり、身分は一切関係ありません」

 この発言に一同はゴクリと、息を飲む。

「つまり――ロキに金銭的な余裕があれば問題無いと、そう伝えるということか?」

「そうですね。敢えて言わなくても追々気づくでしょうけど、私達からお伝えしてしまった方が、より早い段階でロキ君の考え方も変わると思っています」

「ロキ君……よく分からないけど、なぜかお金持ってる、よね?」

「ロキは自分でお金持ちって言ってた。私が降りた時なんて特に弱かったはずなのに」

「町に戻らないで魔物や動物みたいな生活もする子ですからねぇ~。この世界の人種とは根本的に考え方が違うじゃないですか~?」

 リステ以外は経済観念が無い。

 なのでなんとなくではあるが、ロキが経済的に余裕があるのかどうかという話に切り替わっていく。

 が、ここでも経済観念のあるリステが止めを刺しにかかる。

「彼は標準的な人間が一月過ごせるほどの高価な品物を、ただ似合うからという理由だけで私に買い与えてくれました。そして彼が寝泊まりしている部屋は町でも最高級の宿。おまけに1週間と期限は決めているようですが、その一番上階にある最も高い部屋に滞在しています。本来なら貴族や大商人が宿泊するような部屋でしょうから、このことを考えても経済力は何ら問題無いと言えるでしょう」

 リステはたまたまの流れから上階の高い部屋に泊まっていること。

 そしてその部屋もリステから滲み出た威光があって値切られていることは分かっていたが、敢えて皆を納得させるため、事の経緯を一部伏せたままロキの状況を伝えていく。

 すると当然、皆の反応はこうなる。

「……もう障害なくない?」

「そのように思えますね~」

「また遊びに行っても良いってこと?」

「ロキ君を皆で共有……私が妻……」

 一人、リガルだけが首を傾げているものの、リステは問題無いだろうとばかりに言葉を続ける。

「ただし、彼が何よりも求めているのは自らの強さです。否応無しに死の危険が迫るこの世界へ飛ばされたならば当然とも言えます。なのでロキ君が納得するまでは極力彼の邪魔をしないこと。これが私達に求められることです。邪魔をしてしまえばまず彼から嫌われるでしょうから、可能な限り早く納得してもらえるよう、私達はロキ君が強くなる後押しをしてあげればいいと思っています」

((((なるほど……))))

 皆が皆、ロキが強さに拘っていることは知っているので、リステの言葉に思わず納得をする。

「ロキ君は納得できるところまで強くなれば、いずれ拠点―――住む家ということでしょうけど、どこかに定住する意欲を示しています。そうなれば……」

「一応は監視という名目で私達がその家にお邪魔して……」

「今まで味わったことの無い楽しいひと時を~……」

「過ごせる……?」

「はわわわわわ……」

「そういうことになります。ちなみに先ほどは冗談で言いましたが、リガルもアリシアも、彼は行動を共にしてしまえば好きになってしまうかもと心の中で呟いていましたよ」

 ――ガタガタッ!!

 リステは、不意を突かれて椅子から三度転げ落ちるアリシアを眺めながら、これで問題は無いと。

 ロキを悩ませることの大半は解消できたと悟った。

 戦いや強さ以外にそこまで興味を示さないリガルと表情が表に出にくいリアは別として、他の3人はそれぞれ目的は違えど、もうロキとの楽しいひと時を思い描いている。

 そんなもの、それぞれのだらしない顔を見てしまえば予想も付いてしまう。

 だからこそ―――

(気掛かりは後1点だけ。それも今のロキ君であればとりあえずは解消できるでしょう……これで計画通りにいきそうですね)

 ―――リステは唇をペロリと舐めながら、そう心の中で呟いた。124話 ボイス湖畔

(ポーション良し、馬糞モドキ良し、水筒は――水辺とはいえどうなるか分からないし、一応持っていくか)

 今日は念願とも言えるボイス湖畔だ。

 パル草原で予想外のスキルが取得できたこともあり、いったい今日一日でどれほどの成果が得られるのか。

 特に初日だからこそワクワクで胸がいっぱいになってくる。

 だが、残念なことも一つ。

「リステは明日で終わりだよね?」

「そうですよ。お昼から夕方くらいにかけての転移者探索で終了する予定です」

 この言葉の通り、リステとの夕食は今日で最後になる。

 いや、また降りてくることはあるかもしれないが、このような豪華な部屋で豪勢な食事となればまず最後になる可能性が高いだろう。

「分かった。じゃあ今日は必ず夕食の時間に間に合わせるようにするよ」

「気にしなくて大丈夫ですよ? ロキ君のやりたいことを優先させてください」

「リステと美味しいご飯を食べるのも俺のやりたいことなの! それじゃ行ってくるからね!」

 一瞬目を丸くしながらも、笑顔で手を振るリステに打ちのめされそうになりながら部屋を出る。

(なんだかよく笑うようになったなぁ……)

 冷静沈着な分、あまり表情に変化が見られなかったのがリステだ。

 そんな印象があったのに、昨晩から笑顔が増えたような気がしてならない。

(何か良いことでもあったのだろうか? まさか転移者探しに進展が……?)

 そんなことを思いながら、まぁ言われないということは自分に関係のない部分だろうと高を括り、俺は【飛行】が可能そうな場所まで移動した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




【飛行】は優秀だが非常に扱いづらい。

 俺の所持している【飛行】スキルは、昨日気合でレベル4まで到達させたので1分間の魔力消費が6。

 連続飛行だと約30分ほど可能になるので、俺の魔力放出イメージでも徒歩2時間程度の距離なら魔力が尽きる前に目的地へ到着できる。

 しかし、問題は目立たず【飛行】できるかどうか。

 この点を考えるのが非常に手間で、気軽に使えない大きな欠点でもあったりする。

 リステも言っていた通り、このスキルは正規の取得方法だと難易度の問題から普通の人間が取得できると思えない。

 明らかに羽を持つような飛ぶことを連想できる人種、それ以外だと飛ぶことを夢見た転生者くらいしかまず持っていないだろう。

 となると、パッと見で人間にしか見えない俺が目立つように飛んでいれば異世界人疑惑濃厚になってしまい、疑惑を持たれれば今後面倒くさい勧誘を受ける可能性が大きく上がってしまう。


(ここら辺でいいか……)


 辺りは鬱蒼と生い茂る森。

 狩場にも指定されていない、野生動物しかいないような場所に敢えて俺は向かっていた。

 理想を言えば宿からそのまま飛んでしまうことだが、夜ならまだしも明るいうちにやってしまえば、まず住人に目撃されて噂になってしまう。

 だからこそ、人がまったく寄り付かなそうな|た《・》|だ《・》|の《・》|森《・》が今のところの理想だ。


【飛行】


 フワッと浮く身体。

 手を下に向け、魔力を下方へ放出するイメージを作りながら上昇する。

 リステに抱きつきながら上昇した時は恐怖しかなかったが、自分で操縦しているという意識を持つとまたちょっと違った感覚になるものだな。

 ジェットコースターも自分で操作できないから怖い、みたいな?

 まぁ高所恐怖症だと、自分の意志があろうが無かろうが恐ろしいことには代わりないだろうけどね。

 そういう意味では高い所に苦手意識がなくて本当に良かった。


(ふーむ。これで俺は豆粒くらいか?)


 見事なまでの絶景、高さは推定300メートルほど。

 ここまで上がれば下から見上げたところで、俺は鳥にしか見えないはずだ。

 籠はどうしても目立つが、よく見られなきゃ問題無いと割り切らなければ、このスキルはいつまで経っても使えない。

 当初は大喜びしたものの、自由に【飛行】スキルが使えないことに些かのストレスを感じてしまう。

 そして移動に関しては完全上位互換とも言える存在。

 部屋から瞬時に消え、古城さんのバッグをあっという間に持ち帰ってきたフェリンの空間魔法が、余計に鮮烈な印象を俺に与えていた。


(あぁ早く【空間魔法】が欲しい。溜めているスキルポイントを湯水の如く注ぎ込みたい……それか開き直って町から使っちゃうか? いや、さすがにまだ早いよなぁ)


 そんなことをブツブツと呟きながら、ギルドで教えてもらった山を目指して飛び続け、視界に湖が見えてきたところでだいぶ手前の木々の中にコソッと着陸。

 そこから毎度のジョギングをしつつ湖の方角へ向かって進んでいくと――

 もうそろそろ到着か? というところで、頭に赤い花を咲かせた不思議な草が前方でウネウネしているのを視界に捉えた。


(……あれはギルドの資料室で見たやつだな。ホールプラントだったか? 確か花が素材になって、蔦で攻撃してくるようなことが――って、蔦が無いんだが?)


 全長は1.5メートルほど。

 自分の背丈くらいある大きな花といった感じで、蔦と表現すべき部位は見当たらない。

 一部分だけ大きく膨らんだ太い茎がクネクネしており、上部に大きめの葉っぱが複数枚。

 そして頂上に存在感を示すような真っ赤な花があるだけ。

 一見すると、この植物がどうやって攻撃してくるのかも謎だ。

 なので、一応今まで使っていた方のショートソードを握り締ながら、ゆっくり近づいていくと――


「おぉ! って、蔦というより根っこじゃねーか!」


 思わず驚きの声が口から洩れた。

 急に地面から現れた根っこが足に巻き付いて引き寄せようとしてくるので、咄嗟に腰を落として重心を下げつつ踏ん張る。


「ギョ……ギャ……」

「……」

(なるほど。本来はこの根っこを絡ませて自分のところに引っ張り、花の中心部にある気色悪い口で捕食するってことか)


 だが、どう考えてもホールプラントの方が力負けしており、俺の身体はピクりとも動かない。

 根には薔薇のような棘が見えるので、毒持ちだったらどうしようと少し心配するくらいである。

 まぁ【毒耐性】がレベル7なので、心配はほんのちょっとだけであるが。


 ――スパッ――


 やはりここはEランク狩場だな、と。

 不意を突かれたところでどうということはないことが分かったので、とっとと絡まった根を斬り、そのまま間髪容れずに頂上の花を切り落とす。

 すると急激に萎れていくホールプラント。

(凄く弱い、けど……)

 切り取った花を持ちながら、ふいに先ほど根っこが出てきた場所へ振り返った。


「大体10メートルくらいか?……まさかなぁ」


 口ではまさかと言いつつも、期待せずにはいられない。

 一度ステータス画面を開き、とあるスキルのパーセンテージを把握した俺は、茎の膨らんだ部分から魔石を取り出したら、視界に入っていた次のホールプラントに向かって走り出した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「乱獲ぅー! 乱獲じゃー!!」


【飛行】により早く到着したせいか、それとも着地場所が本来ハンター達が訪れる場所とは距離があったのか。

 誰も人のいない狩場をいつものショートソード片手に、縦横無尽に走り回る。

 今いる場所がどの辺りなのか。

 そんなことを気にしてはいられない。

 いざとなれば【飛行】を使い、湖の先に見えた山と逆方向へ飛べばマルタの町まで帰還できる。

 だから今は誰もいないこの独占狩場で、一体でも多くのホールプラントを斬り飛ばす。

 ただそれだけを思って走り回る。


『【気配察知】Lv4を取得しました』


「キタキタキターーーーーッ!!」


 不思議だったのだ。

 花には口はあったが目が無かった。

 なのにどうやって俺の場所をピンポイントで察知したのだ、と。

 それにおおよそ10メートルという距離。

 これは俺が一度経験している【気配察知】レベル2の範囲と同じだ。

 だから、もしやと思った。

 そして2体目を倒した時、すぐに【気配察知】の数値を確認して心が躍った。

 こいつ――【気配察知】持ってやがる、と。

 もうそこからは一心不乱だ。

 この有用スキルはどこでも使える。

 それこそ異世界人だとバレたくない今の状況下では、ある意味【飛行】よりも重宝する。


「狩って、狩って、狩りまくって――って、おぉ!? 蟹ゾーン突入か!? カエルもいるしっ!」


 気付けば視界の奥には湖が。

 水辺に近づいたことで、アンバーフロッグとマッドクラブの生息域へ入ったことに気付いた。

 それにチラホラとハンターの姿も見え始めており、逆に視界の先にホールプラントの姿はほとんど見られない。


(なるほどなるほど。水辺に近い場所かどうかで魔物の住み分けがある狩場なのか)


 花を狩りたければ湖から少し離れる。

 カエルと蟹を狩りたければ湖に近づく。

 これだけでも、狙ったスキルがあればピンポイントで上げていきたい俺にとっては有益情報だ。

 となると折角近くにいることだし、まずはマッドクラブとアンバーフロッグがどんなスキルを所持しているのか判別といこうか。

 一旦ホールプラント狩りは止め、冷めやらぬ興奮のまま近くにいた蟹へと突撃する。

 直前に狩っていたホールプラントが余裕だったことによる慢心。

 心の中でスキップしながらマッドクラブに剣を振り下ろすと――


 ―――ガキンッ!


「いって……っ!!」


 一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 決して何かの攻撃を食らったわけではない。

 ただ剣を振り下ろす間際、動かなくなったマッドクラブが一瞬光った。

 それは分かっていたものの、剣の振りは止めようもなく、そのまま振り下ろした結果がこのザマだ。

 剣はそれなりに食い込んでいるので、マッドクラブは絶命寸前といった感じだが……

 あまりにも硬くて手がジンジンと痺れている。

 そして咄嗟に思ったのは剣の刃毀れ。

 先日メンテナンスしたばかりだというのに、こんな短期間で武器をダメにしてしまえばパイサーさんに申し訳ない。


「やっべ……って、あれ? 抜く時は楽だな。んー大丈夫か……?」


 スポッと簡単に剣が抜けたことに拍子抜けしたものの、愛用していたショートソードに目立った刃毀れは無く一安心する。

 そして注意深く遠目にいるハンター達の姿を目で追えば、ハンター達は皆硬いことが分かっているのか、槌系統の武器で切るではなく|叩《・》|き《・》|割《・》|る《・》ように攻撃していた。

 しかも攻撃をワンテンポ遅らせているようにも見える。


「なるほどね……」


 ここまでの情報があればマッドクラブの攻略法は分かったようなものだが――

(ショートソード2本の俺には、ちと厳しいよなぁ……)

 そもそも槌系の武器が無いのだから、後はあの光った瞬間。

 あのタイミングを外して攻撃してみるしかない。

 ならば。

「……一応、試してみるか?」

 どうも貧乏根性が出てしまい、持ち歩くだけで一度も使っていなかった新調武器。

 こちらなら値段は約30倍。

 素材も拘っているし、切れ味だって当然優れているだろう。

 Eランク狩場なら今までの初代ショートソードで十分と思っていたが、スキルなのか特性なのか、この異様に硬いマッドクラブを倒すならば丁度良い機会にも思えてくる。

 いきなり刃毀れでもしたらまったく笑えないが……

 初代でもなんとかなったんだから、高級な2代目はきっと大丈夫だろうという気持ちで握り締め、2体目のマッドクラブへ向かって歩き出す。


(攻撃する振りをしてーと……ここっ!!)


 案の定だ。

 近づくと大きなハサミを振り回すマッドクラブだが、元からそこまでの射程もないので、攻撃面での危険性はほぼ無いと言っていい。

 その代わり、こちらが攻撃モーションに入ると動きを止め、身体全体が光り出す。

 そしてその光に攻撃性がないことからも、何かしらの防御スキルを発動していると見るべきだろう。

 だから先ほどは異様に硬かった。

 そしてワンテンポ遅らせ、光が消えたタイミングで斬り下ろせば――


 ―――スパッ。


 意外とあっさり。

 剣が優秀なせいかは分からないけど、そこまで力を込めなくても胴体が真っ二つに割れ、美味しいそうな蟹みそ……が……


(マジかよ! めっちゃ食いたいんだけど!)


 毒があったらどうしようとは思う。

 しかし【毒耐性】スキルのレベルが高いこと。

 そして好物の一つでもある蟹ミソが目の前にある誘惑にはどうしても勝てず――

 思わず手を伸ばし、クンクンと一度匂いを嗅いだ上でミソをペロッと舐めると


「うわっ……濃厚だし全然生臭くない! もしかして、ミソを身に絡めたらもっと美味いんじゃ……?」


 こうなるともう止まれない。

 解体用ナイフを使い、30cmはありそうな腕やハサミの殻を剥き始める。

 当然他のハンターは換金素材として籠に入れているので、こんなことをしているやつは周囲に誰もいない。

 端から見たら、狩場のど真ん中で食い始めるなんて異様な光景だろう。

 でもこれだって新しい狩場の醍醐味、格下狩場だからこそできることだ。

 さすがに安物の解体用ナイフだと殻が硬いなと思いながらもなんとか剥き終わり、プリプリの新鮮な生の身をミソの中にくぐらせ、口の中に放り込めば――


「んほっ! うんめっ!!」


 涎ジャブジャブである。

 生の蟹の身というだけで日本じゃかなり高級だったのに、それがこの大きさ、この食べ応え、この甘み。

 思わず醤油やポン酢、それに日本酒が欲しいと思ってしまうも、無いもの強請りをしたってしょうがない。

 ミソを付けるだけでも十分な味わいなんだし、これを妥協と言ったらバチが当たるってもんだ。


(止まらない……止まらないけど、楽しみはお昼と晩御飯に取っておこう。帰る直前に2匹くらい取って帰ればリステも喜んでくれるかな?)


 頭の中にマッドクラブをそのまま換金しようなんて気持ちは欠片もない。

 デカくて籠を圧迫してしまうので、魔石と討伐部位である左のハサミだけを切り取ったら、後は自分が食べたい分だけ持ち帰る。

 この方が金銭効率的にも良いことは大よその脳内計算で分かっていたので、残す最後の1種。

 遠くてジッとこちらを見据えているアンバーフロッグを見つめ返しながら俺は心の中で呟いた。


(頼むぜ? 期待通りのスキルを持っていてくれよ?)125話 楽園

(はぁ~ここの狩場は最高だな。人気があるのも頷けるわ。ってか、人多過ぎだわ)

 ボイス湖畔初日の昼時。

 一旦乱獲を止め、湖の脇で獲れたてのマッドクラブに噛り付きながらも心の中で呟く。

(蟹は美味いし、魔物はどれも優秀なスキル持ちだし――って、そこは俺だけの問題か。さてさて、それじゃあカエルの味はどうかな?)

 目の前には焚火が。

 そして枝に刺さったアンバーフロッグの足が焼かれていた。

 こいつだって食用だ。

 日本にいた頃はカエルを食べるなんて発想を持つこともなかったが、郷に入れば郷に従え。

 この世界の人達が好んで食べているなら、俺だってチャレンジくらいはしておくべきだろう。

 そう思ってフライドチキンなぞ比ではない、こんがり焼けた30cmはありそうな足にかぶりつく。

「おほっ! 例えで出てきた記憶のある鶏肉っぽいけど、こんなコッテリしているものなのか……?」

 真っ先に味から連想したのはデカいぼんじりだ。

 火にかければ油が滴っていたし、想像していたさっぱり淡泊な味わいとは違った印象を受ける。

 もちろんこれは良い意味でだな。

 この若い身体は油を求めているので、片手には生の蟹。

 もう片手には質の良さそうな油っぽさがある巨大焼き鳥と思えば、ここはちょっと高級な居酒屋か? と勘違いしてしまいそうになる。

(うん、これは明日から絶対に塩を持ってこよう。アンバーフロッグもお土産に持って帰りたいところだけど、これは焼かないといけないしどうするか……)

 そんなことを考えていたら、前方からお兄さんとおじさんの中間地点にいそうな男性から声を掛けられた。

「なぁ坊主、ちょっと良いか?」

「ふぁい……モグモグ……なんでしょう?」

「そこら辺に転がっている魔物はいらないのか?」

 辺りを見渡せば、俺が倒したアンバーフロッグとマッドクラブがゴロゴロと転がっている。

 ここで狩り始めてから2時間が経過した頃にはかなり混み合っていたが、皆この死んでいる魔物に手を出していいのか悩んでいる様子だった。

 当初は捨てられていれば勝手に持っていくかな? と思っていたけど、余計なハンター同士のトラブルを避けるためなのだろう。

 粗暴な見た目とは裏腹に、人の獲物には手を出さないというルールをきっちり守っているようで感心してしまう。

「魔石と討伐部位が無い状態でもよろしければ、好きにして貰って構わないですよ」

「ほ、ほんとか!? 助かるぜ!」

 俺の返答を確認した瞬間、そのパーティメンバーは一斉に捨てられた魔物へと散らばっていく。

 死体を回収してはパーティ内の籠持ちの中へと突っ込んでいくので、籠はあっという間にパンパンだ。

(あれじゃ魔石と討伐部位が無い分、いつもより報酬減りそうだけど良いのかな?)

 内心そんなことを思ってしまうも、ホクホク顔で俺にお礼を言いながら去っていく彼らは皆幸せそうな顔をしている。

 それならば余計なことを言う必要もない。

 知らない方が幸せなこともきっとあるはずだ。

「あの、俺達もいいっすか?」

「はいどうぞ~」

「お、俺んところもいいか?」

「もちろんです~」

 その後も少し俺より大きいくらいの若いパーティが、次いで30代くらいのおじさん構成で纏められたパーティも声を掛けて回収していくが、やはりというか、金銭面を気にして敢えて拾わないパーティもあったりと考え方は様々だな。

 そして。

(籠が埋まったパーティは皆同じ方向へ帰っていくわけね……となると――この狩場の入り口はあっちの方向かな?)

 正規ルートで入ってきていない俺には、ルルブのような歩いてくれば皆が到達する入口の場所が分かっていない。

 だが3パーティも同じ方向へ帰っていくとなれば、これはもう確定と言っていいだろう。

 ということは―――


(湖周辺の魔物を駆逐しながら反対に向かえば、人がいなくなるってことで良いんだよな?)


 開けたこの場所には、少なくとも15を超えるハンター達のパーティが存在している。

 アンバーフロッグが湖から陸に上がってくるのは目撃したが、そんなのを待ちながら狩っていたらあまりにも非効率的だ。

 だったら空いているところ。

 極端に言ってしまえば、一般的な入口とは湖を挟んで対岸へ移動してしまうのが一番である。

 となれば、今日はなんとかしてその反対側の目的地に辿り着くこと。

 これが第一目標だな。

 そして一度明るいうちに軽く【飛行】をしておおよその着地場所を把握した後は、【夜目】を使ってでも暗くなるまで狩り倒し、暗くなってから浮上すればまず誰にもバレることはない。

 徐々に日の暮れる時間帯が早くなってきているので、日暮れからここを飛び立っても夕食の時間には間に合うだろう。

 それに明日以降の朝も、今日の様子ならそのまま着陸したってまだ人は誰もいないはずだ。

 混み合うのは腕時計時間で朝の9~10時頃。

 俺なら7時半頃には既に到着して狩り始めているわけだから、普通の徒歩パーティがこんな早い時間に、しかも入口とは反対側に来られるはずがない。

「さてと……」

 一応単純に転がっている魔物が勿体ないという理由もあって、拾わなかったパーティにも声を掛ける。


「さっき拾わなかったパーティの方も好きにしていいですからね~! 火は危ないので消しときますけど、この場で食べるなり好きにしちゃってくださーい!」


 すると、残っているパーティも「マジかよ?」という顔をしながら捨てられた魔物に群がり、それぞれが固まって食事に入っていく。

(ふふふっ、これで下準備は完了、後半戦の開始だ。皆は食事に夢中、俺がどこに向かうかもよく分からないままだろう?)

 俺はニヤリとしながら、湖の反対側を目指してコソコソと移動を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




【飛行】

 辺りが薄暗くなってきた17時半頃。

 俺は体力の限界を理由に少し早めの帰還を開始した。

 誰かが近くにいれば、籠を背負った謎の子供が上昇していく姿を見られたかもしれないが、予想通り湖の反対側には人っ子一人おらず、逆に魔物が溢れかえる|楽園《パラダイス》と化していた。

 もう控えめに言っても俺にとっては最高の狩場環境だ。

 湖の反対側に行くだけで5時間くらいかかったので、こんな場所に徒歩で狩場まで移動しているハンターなんているわけがない。

 反対側にも町があれば別だろうけど、小高い山が存在していて人の住む気配はまるで感じないので、明日以降は俺専用狩場として思う存分好き勝手に動けるだろう。

 そして【飛行】しながらステータス画面を開き、今日の結果を振り返る。

 共感できるのは一部のゲーマーくらいなのかもしれないが、俺にとってはこの成果を確認する瞬間がどうにも堪らない。

(ホールプラントの所持スキルは【気配察知】Lv2と【光合成】Lv2、マッドクラブの所持スキルは【物理防御力上昇】Lv2と【硬質化】Lv1、そしてアンバーフロッグの所持スキルは【水魔法】Lv1と【跳躍】Lv1。これで確定っと)

【気配察知】以外は未取得スキルだし、その【気配察知】だって上げられるだけ上げておきたい有用スキルだ。

【脱皮】しか収穫がなかったコラド森林と違い、ボイス湖畔は本当に大当たりな狩場だと改めて感じる。

 しかもその他枠に入った【光合成】【硬質化】【物理防御力上昇】は、魔物専用でありながらも使用可能を示す白文字表記だった。

 狩り中はチラッとしか確認していなかったのでそれぞれ説明文を詳しく見ると、【光合成】は太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増と書かれている。

 日中と制限は付くものの、基本狩りをするのは明るいうちなので、微増だろうとあれば嬉しいスキルであることは間違いない。

 おまけに【光合成】は魔物専用スキルの中で初となるパッシブ系。

 常時魔力消費無しでこのスキルが稼働してくれてるので、このような開けた場所で狩り続ける限りはずっと俺の力になってくれるだろう。

 なぜ葉っぱが無い俺でも使えるかは、たぶん俺自身が死ぬまで謎のままである。

 難点はBランク狩場である蟻の巣――デボアの大穴のように、洞窟内部とかになると効力を発揮しなさそうということだろうが……

 まぁそれはそれ、これはこれだ。

 光の入り込まないその手の狩場ならしょうがないと割り切るしかない。


 そして【硬質化】はマッドクラブにしてやられたあの光る防御スキルだな。

 詳細説明はこのように記載されていた。


【硬質化】Lv2 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が7倍になる 効果時間1秒間 魔力消費7


 ちなみにスキルレベル1の時は防御力数値が6倍に、その代わり魔力消費が5で済んでいた。

 このことからレベルが上がれば魔力消費の増加と共に倍率が上昇。

 上手くいけば、【棒術】スキルのように硬化している時間も幾分延びるのではないかと思っている。

 効果時間から超が付くほどの緊急時用スキルになるだろうが、このスキルのポイントは本来魔物専用という点だろう。

 つまり人は取得できないわけだから、もしどこぞの極悪人に絡まれたとしても、相手にとっては未知であるこのスキルを使用することによって窮地を脱せられる可能性もありそうだ。

 もちろんBランク狩場なんかでも使えば有用かもしれない。


 あとは同じマッドクラブが所持していた【物理防御力上昇】スキル。

 これは文字通りだな。

 最初取得した時は人間用と勘違いしていたが、どうやらこれもその他枠にあることから魔物専用スキルということが分かった。

 そして詳細説明を最初見た時、俺は思わず固まってしまった。


【物理防御力上昇】Lv3 防御力が9%上昇する 常時発動型 魔力消費0


【光合成】と同じく気にせず使えるパッシブ系、おまけに数値が割合上昇ときたもんだ。

 もうこれは最高過ぎるスキルだろう。

 レベルが上がる毎に3%ずつの上昇だったので、今は大した実感も湧かないのが正直なところだが――

 後半はかなり大きな影響を及ぼすスキルになることは間違いない。

 人用に設定されている防御上昇スキル【金剛】は、固定数値上昇型で1レベルの上昇が防御力5増加。

 もちろん無いよりはあった方が良いのは分かっているが、これが追々防御力値1000にでもなろうものなら、【物理防御力上昇】はレベル1の上昇だけでも30の防御力数値上昇になるわけだから、比較にすらなっていないというのが正直なところだ。

 レベル10までもっていけるかは別として、最終的には防御力数値が30%も上昇する可能性を秘めているので、このままいけば俺は将来アイアンマンになってしまうかもしれない。

 おまけにこんなスキルが出てきた以上、他にも筋力や素早さなどを上昇させる魔物専用パッシブ系スキルがあるのではないかと思うと、今からワクワクが止まらなくなってしまうな。

 あっ、いけないいけない。

 狩りのお供として重宝する念願のスキルも取得したんだった。

 それは【水魔法】!

 これでもう水筒いらず!!

 当初はこいつを期待していたけど、他のスキルが想像以上に優秀で忘れかけていた。

 魔力消費1で『水球を作れ』と呟くと、目の前にコップ一杯分程度の真水が生成されるので、魔力をバカ食いすることも無いし、日常でかなり役立つスキルということがすぐに分かる。

 半面、攻撃用として使うにはいまいち使いどころが分からないのと、生成された水が常温というのが少し気になるところだ。

 まぁ攻撃系は【風魔法】が、防御系は【土魔法】が有用だと感じているので、とりあえず【水魔法】は水筒代わりに使っておけば問題無いのかなと思っている。

 あ、おまけで取得した【跳躍】スキルは、もう【飛行】も取れたので使うことはなさそうです。

 ボーナス能力値が筋力だったので、そこだけは有難く活用させていただきたいと思います。

 ここで【光合成】は最低でもスキルレベル4。

【気配察知】も勝手にレベル4まで上がるだろうが、次のレベル5は500体近い討伐というやや苦行の域に入るので今のところ未定。

 その他のスキルもレベル4までの到達を目標にしておけば、討伐数はそれぞれ145体と無難なところで収まるので2~3日でクリアできる。

 あとはそこからさらに上を目指すかは、その時また考えれば良いだろう。


(さーて、マルタが見えてきたな……)


 時間にして約25分ほど。

【夜目】も使いながら空から森を確認し、そこにゆっくりと、そして静かに着地する。

 内心、夜ならもう宿の屋根に着陸しちゃっても良いのでは? と思わなくもないが、そこまで緩くなるのはせめてもう少し自衛ができるようになってからだ。

 今がハンターとしてどの程度の実力なのかはさっぱり分からない。

 けど、間違いなく俺より上が大勢いることはなんとなく分かる。

 ならば今は可能な限り慎重に。

 そう自分を戒めながら、籠には大量の魔石と討伐部位、そして両手にはマッドクラブを2匹ぶら下げて、俺はマルタへの町へと帰還した。126話 後押し

 ホッ、ホッ、ホッと階段を駆け上がりたいのは気持ちだけで、実際はヒーヒー言いながら4階まで上ってガバッと部屋の扉を開ける。

「ぐは~ただいま! 今日はお土産あるよ!」

 リステはいつも通り、指定席となっているソファーに座って外を眺めていた。

 豪華な部屋で貴婦人の如き優雅な佇まい。

 相変わらず絵になる光景だ。

「お帰りなさい。それは……魔物ですか?」

「そうそう! 最初にリステとご飯食べ行った時に出てきた蟹! たぶんだけど!」

「私のことばかり気にしていた時のやつですね」

 リステに揶揄われたと感じるも、笑っている姿を見れば悪い気はしない。

「ほんとだよ。おかげであの時は味がさっぱり分からなかったけど、今日の昼に食べたら凄く美味しくてさ。1時間前くらいに狩った獲れたてだから、お風呂入ったら夕食の時一緒に食べようよ」

「あっ、それなんですが今日はすみません。先ほど戻ってきたばかりでお風呂の準備がまだだったんです」

「あっ、いいよいいよ。やってもらってただけで感謝だし」

 リステは俺が夕食の前にお風呂へ入るという習慣を理解してか、ここ数日は狩りから戻るとお風呂にお湯を張っていてくれた。

 それはもう凄く有難かったわけだが、善意でやってもらっていたことだし、忙しかったとなればしょうがない。

「魔物を持ち帰ったとなれば捌く必要もあるでしょうから、今日は先に夕食を食べませんか? 私もその蟹を早く食べたいですし」

「ん~そうだね、そうしよっか。もしかしたら食事中汗臭いかもしれないけど許してね」

 そうと決まればとりあえず装備だけは脱ぐかと、お風呂に向かう途中でふと思う。

「あっ、リステさ。蟹を少し冷やしてもらうことってできる? その方がたぶん甘みも強くなって美味しくなると思うんだよね。このサイズじゃ冷蔵魔道具に入らないし」

「凍らさずに冷やす程度ですね。分かりました大丈夫ですよ」

 よしよし、これでさらに美味しくなりそうだな。

 いずれは自分でも気軽に出来るようになりたいが、どうせそのうち【氷魔法】を所持している魔物もどこかで出てくることだろう。

 ならばその時に魔物から取得すれば十分と、霧になっていくリステを横目に見ながら風呂に駆け込み、装備を脱ぎつつもついでに解体用ナイフを綺麗に洗浄する。

 そしてやや汗臭いまま風呂から出れば、リステが蟹に手を添えて冷やしている真っ最中だった。

「このくらいで凍らない程度には冷えているはずですけど、どうでしょう?」

「どれどれ……うん、見た目だけじゃさっぱり分からんね!」

 触れれば甲羅は冷たいのだが、中身まで冷えているのかがいまいち判別できない。

 となればしょうがないと足を一本捥ぎ取り、解体用ナイフで殻を剥く。

 そして出てきたプリップリの身をカプリと。

「あはぁ~めちゃウマ……ちゃんと冷えてるよありがとう! リステも味見してみる?」

「では私も……」

 そのまま食べかけの身に齧り付くリステ。

 当初はこれをやられると俺自身テレッテレだったわけだが、なぜかリステは俺の食べかけを食べたがるのでもう慣れてきてしまった。

「お店で食べたのよりも美味しい気がします」

「ふふふっ、獲れたてと冷やすの二つが味に貢献しているのかもしれないね」

 そこからはいそいそと。

 ミソの入った大きな甲羅を皿替わりに、剥いて食べやすくした身をどんどん乗せていく。

 1匹50cmほどはある蟹なのでその身も大量だ。

 昼に多少食べたというのにもう涎が出てきてしまう。

「この茶色い物はなんですか?」

「これはミソだよ。蟹の内臓? 脳みそ? なんだかはよく分からないけど、俺の住んでいた日本だとお酒のツマミとかで好きな人は凄く好きって食べ物だったんだ。人によってはこの甲羅にお酒を入れて飲んじゃうくらいだね」

「なるほど……あのお店では出てきませんでしたよね?」

「ちょっと好みが分かれる食べ物だからなぁ。もしかしたらこの世界だと捨てられているのかもしれないけど……毒って感じじゃなかったし、試しに一回舐めてみたら?」

「そうですね。ではお願いします」

「うん。うん? お願いします?」

「はい、お願いします」

「何を?」

 リステがよく分からないことを言い始めた。

 まさかとは思うが、確認を取らないわけにはいかない。

「ですから」

 そう言って小さな口をアーンと開けるリステを見て、俺と俺の息子は確信した。

 これ、ちょっとマズいやつやん? と。

 俺の脳内にある危機管理センターが「ヤバいよヤバいよ」と警告を鳴らしている。

(どうする……蟹の身にミソを付けて回避するか? いやいや、それは男らしくない。何より俺の本心がそれを望んでいない……)

 ――ゴクリ、と。

 自分が生唾を飲む音が聞こえた。

 指に蟹ミソを乗せ、恐る恐るリステの口に持っていけば


「あふぅ……」


 本当に蟹ミソを味わっているのか疑いたくなるほど動く舌に、俺の身体はピリリと電気が走る。


「美味しいですね。私、コレ好きですよ」


 微笑みを向けながら放つリステのその言葉に、俺は思わず前屈みになってしまう。

 緊急事態宣言発令でしばらく直立することができそうもない。

(な、中身はおっさんだけど、こんな多感な時期の少年になんてことを――)


 コンコンコン……


「お食事をお持ちしました」

「リ、リステお願い……俺は殻を剥くという使命があるから。そのせいでここを動けないから」

「ふふっ、分かりました。そちらはお願いしますね」

 絶対、揶揄われた。

 そう思いながらも、内心ドキドキと興奮が止まらない俺は、しばしその指を眺め続けていた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ただでさえ豪勢な食事に2杯の大きな蟹付きということもあって、今日の夕飯はいつも以上に美味しく、そして楽しい一時だった。

 思わず明日も狩りがあるというのに、リステの勧めに釣られて俺まで2杯ほどワインを飲んでしまったくらいだ。

 言葉にすると恐ろしいが、最後の晩餐としては十分満足のいく内容だったと思う。

 途中、俺の言葉に触発されてか、リステが蟹の甲羅にワインを入れようとして焦る場面もあったけど、それはそれで楽しい思い出になるだろう。

「それじゃ俺はお風呂入ってくるよ。お皿の回収が来たらお願いね」

「分かりました。あっ、お風呂へ入る前にお願いが」

「ん?」

「今日が最後の夜なので、もう一度地球の品を見せていただけませんか?」

「あの鞄だよね? それじゃ先にお湯だけ出してくるからちょっと待ってて」

 早々に風呂場の魔道具を起動させたら、ストレージルームに魔力を流す。

 そしてゴソゴソと鞄を取り出しながら、ついでとばかりに硬貨がパンパンに詰まった革袋を一つ置いておく。

 マルタに来た当初は、金欠病という重い病に掛かっていたので有難く現金で頂いていたが、最近は余裕が出てきて正直重い。

 それに明日からは一泊3万ビーケの、風呂付きだけど最低ランクの部屋に移動することは例の老紳士に伝えてある。

 この部屋はリステの滞在に合わせた特別待遇だったわけだし、本来なら俺みたいな駆け出しの小僧が泊まるような部屋じゃないからな。

 こうなると余計にお金の貯まりも早くなってくるので、どうしたものかと思わず考え込んでしまう。


(ヤーゴフさんの書状を使うか使わないか……もうあとはBランクの狩場次第なんだよなぁ)


 あと数日で最低限の目標達成ができるボイス湖畔。

 ここでマルタの狩場巡りが終了となれば、当然書状を使う必要は無い。

 ここからとりあえず北に向かい、Dランク狩場を目指すことになる。

 が、Bランク狩場に挑戦して、もしいけると判断できれば、マルタ滞在が長くなる可能性も出てくる。

 そうなるとギルドに報酬を預けるという機能がどうしても使いたくなるので、こればかりは一度行ってみないとなんとも判断のしようがない。

 リステに鞄を渡しながらもホリオさんの言葉が脳裏を過ぎり、そして思考は巡る。


(死にたくはない……でも、チャンスがあれば活かしたい……)


 そして気付けば風呂の中。

 目の前には新調した剣が目の前に立てかけられていた。

 素っ裸のまま、風呂内部の灯りによって照らさせた光沢感の強いその剣を眺める。

 今のところの出番は、たった1回マッドクラブを試し斬りしただけ。

 折角作ってもらったパイサーさんの力作だというのに、俺が貧乏性なばかりに出番のない可哀想な剣だ。


「使いたいよなぁ……おまえも折角作られたんなら、きっと使われたいよな?」


 誰かの後押しが欲しい。

 きっとお前なら大丈夫だと、誰かに言ってほしい。

 でもソロの俺にはそんな相手がいない。

 リステにこんなことを相談するのもおかしな話だろう。

 だから悲しいかな、剣が相手―――答えは返ってこないと分かっているのに、別の理由が欲しくて思わず問いかけてしまう。


「――次はリガルが降りますから、彼女に聞いてみてはいかがですか?」

「えっ?」


 声に釣られて咄嗟に振り返れば、風呂場の入り口でリステがこちらを見つめていた。

「ぎゃー!」

 剣を握りながらも思わず大事な部分を隠す。

 危なくてしょうがないけど、こんな粗末なモノを見せるのは大変危険だ。

 せめてドアの向こうから声を掛けてほしかった。

「ロキ君が先ほど悩んでいる様子だったので……強さや戦闘に興味を示す彼女なら、きっと力になってくれると思いますよ?」

「そっか……戦の女神様だもんね。うん、そうしてみるよ。ありがとうねリステ」

「私はロキ君の力になりたいだけですから。それではごゆっくり」

「……」

 装備を手入れし、頭や身体を洗って湯舟に浸かるも、先ほどリステの言った言葉が頭から離れない。


「力になりたいだけ、か……」


 部屋に戻ればいつもいてくれて、余裕があればお風呂の準備もしてくれる。

 困ったことがあれば俺に教えてくれるし、今だって言葉にしたわけでもないのに、わざわざ心配して様子を見に来てくれた。


「はぁ……優しいなリステ……こんな人が――――」


 思わず漏れた言葉を必死に止める。

(バカバカ。何回やらかせば気が済むんだよ俺は。フェリンも好き、リステも好き、フィーリルにもリアにも心惹かれる。こんな節操の無さ過ぎる俺に嫁とか言う資格なんてないだろうが)

 モヤモヤした気持ちから、思わず頭まで湯の中に潜ってしまう。

(でも、こんな美人な人達相手に惹かれない男なんていないだろ……相手は神様だけどさ)

 そんな思いが口から出た泡となり、湯の中へと消えていった。127話 溶ける思い

 身体を拭き、部屋着に着替えて戻ると、リステはいつもの指定場所。

 ローテーブルにはワインの入ったグラスが置かれており、マルタ最後の景色を楽しんでいる様子だった。

「さっきはありがとうね。次の狩場をどうするか悩んじゃって――」

 何気なく伝えた感謝の気持ち。

 だが、その言葉に反応してこちらを向いたリステの姿に、俺は思わず言葉を失った。

「……」

 当然リステ本人はその原因を分かっているのだろう。

 その上で、見せつけるかのようにその場から立ち上がる。

「ッ……」

「おかしかったですか……?」

「ぜ、全然……まったく……というか、化粧……?」

 今、目の前にいるリステの姿は先ほどまでと違っていた。

 ドレスは同じ黒だが明らかに露出が高くなっており、肩は剥き出しに、胸からお腹に掛けてはセンター部分がシースルーのような、透ける素材が使われていた。

 おまけにリステはどういうわけか、化粧までしている。

 それもマルタに来てたまに見かけるようになった、派手に塗りたくっている厚化粧ではなく、現代風の自然でありながらより目鼻立ちをくっきりさせるメイク。

 そのせいで、ただでさえ元が整い過ぎているリステのお顔がより美人お姉様に、というより決して派手なメイクではないものの、妖艶な雰囲気に仕上がってしまっていた。

「せっかくであればと、地球の化粧を試してみました」

「そ、そっか……よく化粧の仕方、分かったね」

 衝撃が強過ぎて素直に褒めることもできず、元のコミュ障な俺が顔を出してしまう。

「それについてはロキ君に謝らなければなりません。ロキ君の髪型を参考にする時、一緒に化粧後の姿がどのようになるのか確認をしたくて、ロキ君の記憶を少し覗きました」

「えっ……」

 だからだったのか。

 髪を切られた時、やたらと自然と言うか、日本にいても違和感のない髪型に仕上がったなと感じていたんだ。

 この世界でも髪型は様々だが、ハンターや平民という括りに入る普通の人達はそこまで髪型に拘っている様子がない。

 それこそ邪魔にならなければ良いという発想なのか、男性は無造作な短髪にしている人が非常に多かった。

 だから俺の髪型はあまりこの世界の人達っぽくはなく、ちょっと現代風のオシャレな感じが出ていたんだ。

 それはてっきりリステの技術能力値が高いせいだと思っていたが……

 そうか、俺の記憶から日本の髪型を参考にしたわけか。

 イメージだけで実現できるというのも凄いことだけど、記憶から現代風にしたと言われば納得もいく。

 そしてそのついでにと、化粧後の完成像まで確認したと。

 そこまで女性との接点が多くなかった俺にとって、美人や女性らしいという印象が強いのは、付き合いや接待で行く夜のお姉ちゃん達だった。

 だからこんなエロ過ぎる雰囲気に――


 マズい。


 マズいマズいマズい。


 これは二重の意味でマズいよ……


 まずは視界に入るこの光景。

 せっかく慣れたというのに、ここまでリステの雰囲気に合わせた、ある意味リステならコレという格好をされてしまうとまた緊張してしまう。

 似合い過ぎて直視ができない。


 それに俺はいったいどこまでの記憶を覗かれたのだろうか?

 自分なりの努力では思うように結果が伴わず、うだつが上がらなかった使えない営業マン時代の記憶を見られたのか?

 それともだらしない恰好をして、ゲームばかりしていた頃も?

 もしや、それ以前の苦い思い出しかない学生の頃の記憶まで―――

 うぅ……全てがカッコ悪い内容ばかりだ。

 とても人に覗かれたくはない、好意を寄せている相手だからこそ隠し通したい記憶。

 それが見られたとなれば――

 興奮、不安、動揺。

 色々な感情が入り混じって、思わず呼吸が荒くなる。

 手が、自然と心臓を押さえ込んでしまう。

「ロ、ロキ君!? 大丈夫ですか?」

「ご、ごめん! ちょっと色々な感情が……え、えと……できれば記憶は覗かないでほしいかなぁ……」

「ごっ、ごめんなさい! ロキ君に喜んでもらおうと……」

「うん。それはドレスとか化粧を見ればなんとなく分かるよ。だから怒っているわけじゃないんだ。……ちなみに、それ以外にもなんか覗いちゃった?」

「いえ。記憶を覗くというのは魂から知りたいことを引き出す行為ですので、髪型や化粧の仕方――後はロキ君がいた国の法について少々……」

「へっ? 法律のこと?」

「……はい。記憶のこと、あとはお気づきだと思いますけど、心を読んだことについても謝罪させていただきます。ごめんなさい」

「えっと、心というか、思考を読まれるのは最初からだったから段々慣れてきちゃった感もあるけどさ。とりあえず聞きたいことがあったら教えてよ。俺が知っている内容ならちゃんと教えるから」

「分かりました。これからは緊急性がない限りそのようにします」

 元はと言えばリステが俺のためにしてくれたことなのに、余計な心配や見た目の変貌にテンパった俺の問題でもある。

 リステは教会を訪れる商人から記憶を探ったと何度も言っていた。

 ということは、それがリステにとっての日常で常識ということだ。

 それにそもそもとして、リステは管理する側で俺はされる側。

 考え方や常識が違うのだって当たり前だろう。

「お、俺の方こそごめんね。神様に俺の常識なんか当てはめようとしちゃって」

「いいえ。私はロキ君が嫌がることをしたくありません。むしろ喜ぶことをしてあげたいと思っています」

「……」


 なぜ俺なんかにそこまで?


 そんな気持ちが言葉となって口から出かかりそうになるも、それを聞いてしまえば後戻りができなくなるような気がした。

 だから思わず言葉を飲み込んだ。


 なのに―――


「私は……ロキ君に好意を寄せています」

「――ッ!?」


 ―――リステは言ってしまった。

 俺が一番聞きたくて、でも聞いちゃいけない言葉を。

「あっ……お、俺は……」

 どう返答するのが正解なのか、それが分からず口籠る俺に向かい、リステは歩み寄ってくる。


「ロキ君。今の私は、ロキ君が喜んでくれる姿になれていますか?」


 その言葉に直視できなかった視線を無理やり上げ、リステの姿を見つめ直す。

「……凄く、綺麗、です」

 これ以上の言葉が出てこない。

 表す言葉も見つからない。

 ただただ本心から伝えた気持ち。


「それは良かったです。頑張った甲斐がありました」


 その言葉で花が咲いたように微笑むリステを見て、俺は息を飲むことしかできなかった。

 静寂に包まれる中、一歩一歩、こちらに歩み寄ってくる。

 心臓の鼓動がまるで警報かのように強く鳴り響く。

「はっ……はぁ……」

 呼吸が乱れ、思考が混濁し、正常な判断がまったくできそうもない。

 気付けば。


「ロキ君。私はどうすれば――もっとロキ君は喜んでくれますか?」


 リステは目の前に立っていた。

 思わず見上げれば、リステは俺の瞳を見つめている。

 その姿はあまりにも煽情的で―――

「あ……いや……」

 ―――言葉とは裏腹に、不埒な想像が頭を過ぎってしまう。


(くそっ! 落ち着け落ち着け落ち着け!! このままじゃフェリンはどうなる! 他の女神様達との関係は!? 女神様達同士はどうなるんだよ!?)


 働かない頭で懸命に考えるも、これという明確な答えは出てこない。

 すでに理性という糸は切れかけ、このまま身を委ねてしまいたい衝動に駆られているのが自分でも分かる。


「 」

「え? ちょ……リステ!? えっ!?」


 困惑している中、急に俺の身体が宙に浮いた。

 視界にはリステの顔と動く天井が。

 理解できないまま抱き抱えられ、運ばれていく状況に茫然としていると――


 ――――ポフン。


 柔らかなベッドの上に、背中から着地したことが分かった。

 咄嗟に半身を起こせば、ベッドの上でにじり寄るリステの姿が見える。

 緩んだ胸元から見えるその景色に頭がパンクしそうになってしまう。

「ちょ、ちょっと待って!!」

「……」

「なっ、なんでこんな状況に……」

「ロキ君が望むことをしてあげたいからです」

「ッ!? 待って! 間違ってはいない! けど――」

 苦しい。

 リステにここまでさせておいて、今だに足掻いている俺はなんなんだ。

 好意があるとはっきり聞いたのに、本音も口にせずこの状況を打開しようと頭を捻った"|フ《・》|リ《・》"だけしている俺はいったいなんなのだ。


(あぁっ! 自分に反吐が出る!!)


 思考が定まらないまま、咄嗟に出た言葉は俺の本音だった。

「ご、ごめん!! 俺は……俺は優しくて綺麗なリステが大好きだよ!! でも、フェリンも好きなんだよ……それだけじゃなくフィーリルだってリアだって。みんな可愛くて美人で、それでいてホッとできて、優しかったり不意の笑顔が素敵だったり……うぅ! もう何がなんだか分かんないけど、異分子の俺に優しくしてくれる皆が好きなんだよ……」

 気付けば自分自身の不甲斐なさに、溜まった涙が頬を伝う。

 人生で経験したことのない、俺の小さな器では対処しきれない状況に心が溢れる。

「だから嬉しいよ。凄く嬉しいけど、このまま流されちゃいけないんだ。そうすると俺もリステも他の女神様達も。みんなあとで辛くなっちゃう気がするんだよ……ごめんなさい……本当にごめんなさい……」

 リステにここまでの行動をさせてしまったのは俺のせいだ。

 俺が中途半端な対応を取ったからこんなことになっている。

 先ほど運ばれた時、リステの顔には不安の色も見えていた。

 きっと凄く勇気がいること――その行動を無駄にしてしまったことに、俺はただただ謝罪しかできない。


「大丈夫ですよ」


 香る匂い。

 柔らかい感触。


 ――すぐに抱き締められたことが分かった。


 男なのに泣いて、勇気を振り絞った人から慰められて、これ以上情けないことはない。

「ロキ君がフェリンに好意を寄せていることは知っています。フィーリルやリアに対して、それに近い感情を持っていることも」

「ごめんね……節操がなくて本当にごめんなさい……」

「だからそれが大丈夫だと言っているんですよ?」

「……ふぇ?」

「このことは皆に伝えています。そして皆でロキ君を共有しようという結論になったのです」

「……ふぁ?」

「言ったでしょう? 私はロキ君が困ることや嫌がることはしたくないのです。ロキ君が望む道を作ってあげたいのです」

「……ふぉ?」


 もう、ダメだ……

 ただでさえパンクしている俺の小さなコップに、バケツの水をひっくり返されたような謎の情報が注ぎ込まれている。

 意味が分からなくて、さっきからまともな返答すらできていない。

「ロキ君がフェリンや他の皆に罪悪感を覚えたり、私達の仲を心配していただけるのは、一夫一妻というロキ君が住んでいた日本の法が元のはずです。でもここは日本ではないのですよ? この国では養う能力さえあれば、一夫多妻も一妻多夫も、どちらも認められていることです」

「あ……」

 ここでようやく、リステの言っている言葉がストンと胸の中に落ちた。

「そ、それって、貴族は奥さんいっぱいいるとか、そういうこと?」

「一例で言えばそうですね。ただそこに身分は関係ありませんよ? 養える能力や力があれば多くを養う。生物として自然なことでしょう?」

「そ、そうだとしても……リステやフェリンはそれで良いの!?」

「当然ではないですか。そもそもとして、私達の存在を理解し、その上で接してくれているのはロキ君しかいないのですよ? 仮に他の選択肢があったとしても、私は優しく気遣ってくれるロキ君を選びますが」

 抱き締める力が強まったせいでリステの顔は見えない。

 でも照れていることは、心臓の鼓動を聞けばなんとなく分かる。


 そっか……女神様はどんな人達なのか、下界に【分体】を降ろしていることも、そしてその理由も。

 この世界で知っているのは、女神様達本人を除けば|俺《・》|だ《・》|け《・》だった。


(……俺はこんなに悩まなくて良かったのかな?)


 認められたからと言って好き勝手にするかと言われたら、まずそんなことはしないしできない。

 そこまで豪胆な性格はしていないと自覚している。

 でも、皆に様々な好意があることを認めてもらえる――

 そう考えるだけで、自然と気持ちが楽になった。

 と同時に、今の抱き抱えられている状況に心臓が再度跳ね上がる。

「皆、ロキ君がいずれ家を建てるなりにして、定住されることを楽しみにしているのですよ? 目的は会いたいから、愛でたいから、ただ遊びに行きたい、強さを確認したいと様々ですけど――それでも、まだ悩みますか?」

 その話を聞いて、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。

 遊びに行きたいのはリア、強さを確認したいのはリガル様だろうなと、なんとなく想像できてしまう。

「ううん、もう大丈夫。なんだか重しが取れたみたいで心が軽くなったよ。本当にありがとうねリステ」

「それは良かったです。ではもう一度聞きます」

 リステの鼓動がさらに早くなる。

 それに釣られて、俺の鼓動も爆発しそうなほどに高鳴る。


「ロキ君。私はどうすれば、もっと喜んでくれますか?」


 この言葉に、俺はもうどこまでも素直になろうと、そう思った。


「俺は、リステが欲しい。だから――この気持ちを受け止めてほしい」

「やっと、正直になってくれましたね」


 俺を抱える手が緩み、銀糸のような細い髪と共にリステの端麗な顔が下りてくる。

 この世界に来て、初めての口づけ。


 ――そしてこの日、リステの【分体】が消えることはなかった。128話 一時の別れ

「ここでの食事もこれが最後か~なんか寂しくなっちゃうね」

「本当ですね。この1週間、全てが新鮮で本当に楽しかったです」

 揃って食べ終わった朝食を眺めながらしみじみと話す。

 お互いにとって特別な体験。

 俺がこの日を忘れることは、生涯をもって確実に無いと断言できる。

「はぁ、俺はもっとリステにいてもらいたいんだけどなぁ……」

「ロキ君、ダメですよ? 私もそうしたいのは山々ですが……次はリガルが控えていますし、スキルも早めに与えないといけません」

「あーそうだった。ちなみにリガル様はいつ降りるとかって言ってた?」

「それは特に何も。なので今夜にでも相談されたら良いと思いますよ」

「そっか。それじゃ最近サボり気味だったし、今日の夜に【神通】使って相談してみるかな? あとは――……スキルってなると俺が教会に行けばいいんだよね?」

「そうですね。【分体】では固有最上位加護が使えませんから、一度教会に来てもらう必要があります。ただ魂まで神界に来る必要はありません」

「ん? 神像の前までいけば良いってこと?」

「そうです。そこまで来てもらえれば本体の魔力が通りますから。ただ……少々身体が光るはずなので目立つかもしれませんね」

「げげ! そういえばアリシア様の時も光ってたような。なら迷惑じゃなければ神界に一度行くよ。目立つのは避けたいし、顔が見られるならその方が俺も嬉しいし」

「……もう。そういうことを言われると帰りたくなくなるじゃないですか」

「あ、あは……あははは……」

 幸せ一杯の新婚生活とはこういうことを言うのかもしれない。

 同棲すら経験したことのない俺には未知の体験だが、こんな毎日が味わえるならどこかに早く定住してしまいたいと思ってしまう。

 しかしそのためには、女神様達が【分体】を降ろす真の目的。

 転移者がこの世界に運ばれている理由について、何かしらの発見や目途が立たないと難しいか……

「俺が強くなるために頑張っている間、転移者探しの進展があると良いね」

「本当です。その点が解決しないと、ロキ君のところへ気軽に伺えませんから」

 昨夜リステは、女神様達は皆俺が強くなるのも待っていると教えてくれた。

 それは俺が最優先にしている目的を理解してくれているからで、その間不必要に邪魔はしないと。

 だから女神様達の俺をポイントにした降臨はとりあえず一度きりだ。

 最後のアリシア様はもしかしたら微妙かもしれないみたいだが、一巡が終われば俺は狩りに専念。

 そして女神様達は不人気のパルメラ探索やフェリンの旅希望など、どう話が纏まるかは分からないものの、転移者探索を本格化させるという話だった。

 そしてこのどちらにも見通しが立てば、その先に見えるのは幸せ家族計画だ。

 リステがいて、たぶんフェリンもいてくれて、それでフィーリルとお茶でも飲みつつリアとどこかへ遊びに行き、リガル様と模擬戦でもしながら強さについて語り合う。

 いまいちアリシア様だけどうなるのかイメージが湧かないけど、そんな楽しそうな生活が待っているかもしれない。

 ならば俺は可能な限り早めに強くなり、その中で何か転移者絡みの情報でも入れば情報共有していくのがベストだろう。

 と、なるとだ。

 どうしても気掛かりな点が一つある。

「あのさリステ、女神様って子供……できるのかな?」

 以前フェリンにも聞いた質問。

 だが今は状況が違うのだから、失礼かもしれないけどこの件を有耶無耶にすることはできない。

「それは……残念ながら分かりません。遥か昔にアリシアが、私達女神は人間の素体として生み出された可能性が高いと言っていました。リガルだけはエルフですね。人種が生まれる前からこの容姿だったことからの推察ですが、そうなると身体も人間と同じである可能性はあると思っています」             

「そっか。まぁ、そう簡単に分かるもんじゃないよね」

 将来的にできたら嬉しい、でも楽観的な考えは持つべきじゃない部分だろうな。

 そもそもとして、女神様に限らずこの世界の住人と俺は生物的に同一なのかも分からないんだ。

 異世界人という括りではなく、転移者だけの問題――それでもこの悩みを抱えて生きていくしかないんだろう。


「リステさ、固有最上位加護って使ったらどれくらい動けなくなっちゃうの?」

「おおよそ1~2ヵ月ほどでしょうか。そこくらい休めばある程度は元に戻るとは思います」

「そっか……なんとなく予想はできていたけど長いね」

「それでもやらなければならないことですから。どの道やるのであれば、早めの方がロキ君の旅もしやすくなるでしょう?」


 リステの言っていることはごもっとも。

 旅をする上で地図が欲しいと思ったのがそもそもの切っ掛けなんだ。

 ならば旅の序盤でスキルは活用できた方が良いに決まっている。

 それでも――

 思わずリステの細い腰に手を回し、額をお腹にくっ付けてしまった。

 どうにもならないと分かった上でのささやかな抵抗だ。

「ロキ君はすっかり甘えるようになってしまいましたね。大丈夫ですよ。動けるようになったら、こっそり会いに来ますから」

「……大丈夫なの?」

「皆が我慢している以上、頻繁には来られないと思いますが……たまにならなんとかなるでしょう」

「それだけでも嬉しいよ。なら早い方が良いんだろうし、今日の夕方くらいにでも教会に行ってみるかな?」

「えぇ、お待ちしておりますよ」

 言いながら、身に着けていたアクセサリーを外していく、その姿をボーッと眺める。

 リステはこれから最後の転移者探し、これで……しばらくはお別れだ。

「本当に、なんと言えばいいのか分からないけど……凄く嬉しかったよありがとう」

「こちらこそです。それにのちほどまた神界でお会いできるのですから」

「ははっ、そうなんだけどね。その時は宜しくね」

「もちろんです。ではまた」

「うん、また」

 リステが屈み、それを合図かのように口付けを交わすとリステの身体に霧が纏う。

 笑顔のまま消えていくリステを見つめながら、ここ1週間の出来事に思いを馳せる。


「たぶん、俺以上に幸せな人はいなかっただろうなぁ……」


 しばしその場に立ち尽くすも時間は有限だ。

 寝不足だが狩りもしたいし、教会の開いている時間だって限られている。

 ストレージルームに向かい荷物を纏め、ベッド脇に置かれた二つのアクセサリーとリステ用の靴も回収していく。

 そして最後に部屋を見渡すと、ふと、リステが好んで座っていたソファーが気になった。

 なぜ、いつもあそこに座って外を眺めていたのだろうか?

 そんな軽い疑問と、何となくリステと感覚を共有したいという気持ちからそのソファの前に立つと――


(そういうことね)


 視界の先に見えたのは、多くの屋根の中から突き出した一本の十字マーク。

 自然と同じ場所に座り、少しの時間、リステと同じ風景を眺める。


(はぁ――……)


 俺はかぶりを振り、溜め息交じりのまま約1週間リステと共に過ごした最上階の部屋を後にした。
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R15のルールを履き違えており、鬼のようにカットしながら2話分を無理やり1話に合体させた格好になっているため、若干流れに違和感があるかもしれません。
重要な部分は残したつもりですので、違和感があれば軽く流しておいてください。129話 地図作成

 時刻はもう夕方。

 部屋移動を済ませ、ラフな格好のまま先ほど見えた方面へ向かってみると、ベザートと規模は同程度の教会が見えてくる。

 しかし人の出入りはベザートよりも多い。

 商人然とした出で立ちの男女が行き来しており、なぜか一番教会に用がありそうなハンターの装いをした者は見当たらない。

 しかし疑問を感じながらも教会の中に入れば、その理由はすぐに判明した。


(へ~さすが大都市だな)


 中央に立つ神像の数は二つのみ。

 このことから、マルタには女神様に合わせて複数の教会が存在するのだろうと予想が付く。

 当初は雑な作りの神像を見たって誰が誰なのか判別もできなかったが、今なら中央の像が「リステ」と「フェリン」であることはすぐに分かった。

 道理でハンターっぽい者はいないわけである。

 そして内心、ここでフェリンかぁと思わずにはいられない。

 いくら『俺の共有』ということで話が通っていると言われても、それはそれだ。

 リステとの仲が一気に進んでしまった分、神像とはいえフェリンにはどうしても気まずい感情が出てきてしまう。


「何か御用でしたでしょうか?」

「あっ、入り口に立ち尽くして邪魔でしたよね。リステ様へ祈りを捧げたかったのですが」


 話しかけてきてくれたのは若いシスターさんだ。

 どう見ても可愛い部類の女性だろうに、もう俺の心は波立つこともない。

 良く言えば余裕がある、悪く言えば贅沢者になり過ぎたことを自覚する。


「そうでしたか。ではこちらへどうぞ」


 そのシスターさんについて中央の通路を歩いていくと、手を左に向けられここで順番を待つようにと言われた。

 長椅子に座っているのは4人ほど。

 右側に像があるフェリンの方を見ればそちらは1人だけなので、内心神界に行けばどっちに並んでも変わらないんじゃ? とは思うも、初めてのパターンなので言われた通り素直に並ぶ。

 すると、一人、また一人と長くて20秒程度のお祈りが終わって抜けていくのだが、時間帯のせいなのか、俺の後ろにも人が並び始めてしまっていた。

(こりゃ長くはいられないぞ? いけて1分程度か?)

 そんなことを考えていたらとうとう俺の番となり、神像の前にある円の中に入って跪く。

(リステ、聞こえてるかな? 教会に来たよ)

 すると待ってましたと言わんばかりのタイミングで、俺の魂は身体から離れていった。





「お待ちしておりました」

「やっほー!」

「お会いしたかったですよぉ~」

 目を瞑っていてもこの声だけで誰かが分かる。

「フェリンもフィーリルも久しぶり……っていうほど期間は空いてないね」

 目を開ければ俺の中で"温厚組"とされている3人。

 もう女神様達のローテーションはこのパターンなんだなと理解する。

「あれ? ロキ君なんかゲッソリしてない? ご飯ちゃんと食べてる?」

「え゛?」

 フェリンさん、早々過ぎます……

 いきなりの鋭いツッコミに、思わずよく分からないところから声が出てしまった。

 なぜかその横ではフィーリルがニヤニヤしている。

「お、おかしいな~さっき焼き鳥食べてきたんだけどな~ははっ……」

「ロキ君も色々と忙しいんですよ~色々と~」

「そっか。ちゃんと食べないとダメだよ? それに目のクマも凄いし、あまり寝てないでしょ!」


 はぐぅあ~心が! 心が痛いっ!!


 それでもさすがに本当のことは言えないよ。

 言えばこの場がどんな空気になるのか想像もできない。

 なのに――

 空気が読めないのか、それとも敢えて壊しに掛かっているのか分からない人がぶっこみをかける。


「ロキ君を責めちゃダメですよ? 私のために寝不足になってしまっているのですから」


「え?」


「ん~?」


「え゛え゛!?」


 その言葉で、ピキーンと。

 場が凍り付いた気がした。

「あらあら~? あらあらあら~?」

「どういうこと?」

「言葉の通りです。ロキ君の喜ぶ顔が見たくて私が一日中―――」

「ちょっ! ちょっちょまちゃられぇえええい!!」

 自分でも何を言っているかは分からない。

 だが、これ以上はいけないんだ。

 いくら共有の話がされていたとしても、そこはせめて当事者のいない時にでもやっていただきたい。

 そんな赤裸々告白の場に居合わせたら、恥ずかしくて俺の心と頭皮が死んでしまう。

「俺の後ろにもお祈り待ちで並んでいる人がいるからね! 時間が無いよ時間がっ!」

「……たしかにこの時間だからちょっと混んでるけど」

「まぁいいんじゃないですか~? ただのお祈りですし~」

「ちょっとそこっ! 信徒さん達は大事にして!!」

「せっかくロキ君がどれだけ可愛かったかを自慢しようと思ったのですが……しょうがないですね。それはまたの機会にしましょう」


 言ってるし……さりげなくちょっと言ってるし……

 その言葉にフィーリルはなぜか舌舐めずりし、フェリンは首を傾げながら、視線が俺とリステを行ったり来たりしている。


「では、始めましょうか」


 そう言って一歩前に出たリステの姿は、まさに高貴なる女神様といった感じだ。

 数時間前まで見せていた顔とはまったく別物で、思わず背筋が伸びてしまう。

「与えた後だと会話もままなりませんので、先に簡単な説明をさせていただきます。これから形式上は『導者』の加護を、実際には【地図作成】のスキルだけをロキ君に残します。ここまでは良いですね?」

「うん大丈夫。アリシア様の時と同じ流れだよね?」

「その通りです。お渡しするスキルレベルは1。本当はその後にスキルレベルも上げてあげたいのですが――」

「ちょっとリステッ! それはさすがにマズいよ!」

「えぇ、分かっています。神界のルールを破るわけにはいきませんから、【地図作成】スキルを今後伸ばしていくかどうかはロキ君にお任せします」

「ちなみに、スキルレベルを上げるとどう変わるかは分かる?」

「細かい点までは把握できておりません。ただ、私と他の者との差を考えると――」

 そう言ってリステが視線を横に逸らすと、その先にいたフィーリルとフェリンがヒントとも言える情報を教えてくれる。

「私はレベル5ですけど~多少の縮小拡大ができる程度、あとは地域名称を少し加えることもできるみたいですね~地図がほとんど埋まっていなくて使い物になりませんが~」

「私も同じでほぼ真っ暗なままだよ! 今まで下界に【分体】降ろすなんてこともなかったしね!」

 なるほど……ということは地図作成とは言葉通りで、マッピングして自分で地図を作り上げるってことか?

 "|地《・》|図《・》|を《・》|埋《・》|め《・》|る《・》|作《・》|業《・》"というのは、なんともゲーマー心を擽るマニアプレイの一つだ。

 個人的には全ての穴を消してフルコンプさせたいと思ってしまう。

「私は皆よりもさらに拡大した内容が見られたりしますね。遥か昔は木々の葉が風でそよぐ景色も見られたはずですが、皆にスキルを分け与えていたらいつの間にか見られなくなってしまいました」

「え?……それ、めっちゃ凄いことだよね……?」

 リステの言っていることって、まさかのリアルタイム俯瞰じゃないのか?

 ある意味地球の衛星画像よりも優れている気がするけど……

 というか、今までに【分体】を降ろしたことがなかったリステは、どうやって当時その景色を見ることができた?

 分かったようでいまいち繋がらない部分も出てきてしまう。

「リステもフェリンやフィーリルと同じで、【分体】を降ろした場所だけ地図が表示されているんだよね?」

「いえ。私だけは【地図作成】という特殊スキルを任されたこともありましたので、最初からこの世界の地図が完成されておりました。ただロキ君の知りたい町や国については後からできたことなので、私もあることが分かるくらいで詳しい名称などは分からないですけどね」

「私達が下界を見る時は特有の能力使っちゃうしね~【地図作成】って女神が使うことはまずないからよく分からないよね!」

「ふむふむ……ってことはあれかな? 一度マッピングしたエリアは地形変動や新たな人工物の建造とか、リアルタイムで更新されていくってことかな?」

「「「(コテッ?)」」」

 グハッ!!

 目の前の三人が一斉に首を傾げる姿は猛烈に可愛いけどさ!

 正直なところ、話を聞いただけではよく分からないことばかりだ。

 リステの言うことをそのまま飲み込めば、一度マッピングした場所なら後から町ができようが山が消し飛ぼうが、それがそのまま地図に反映されることになってしまう。

 そして倍率が上がれば、特定のポイントの人の動きとかまで分かるということか?

 地球じゃ有り得ないことだけど、まぁ考えてみたら今話している内容もスキルという一種の魔法のようなものだ。

 地球の地図を想像したところで、想定外の要素なんざいくらでも出てくるだろう。

 リステが既に世界図を把握しているなら、分かる範囲の町の配置なんかを聞いて書き写せば旅は円滑に進みそうなもんだが――

 それは邪道、だよなやっぱり。

 せっかく世界の発展を願って、リステが俺にこのスキルを与えてくれたんだ。

 仮にその作業ができたとしたって復活する1~2ヵ月後とかの話だろうし、それならば俺はマッピングをしながら、移動先で自ら情報収集しつつ次の目的地を探していくのが本筋ってもんだろう。

 その方が俺の好きなRPGっぽいしね。

「うん。分かったようで分からない部分もあるから、あとは使いながら試してみるよ。マッピングして埋めていく作業なら個人的に好きなことだから、たぶん頑張れると思うよ!」

「ふふっ、さすがロキ君です。期待していますよ」

 そう言ってさらに俺に近づいたリステは、俺の頭上に手をかざす。

「それでは、いきます」

 その言葉から一拍後――――


『【地図作成】Lv1を取得しました』


 アナウンスが視界に流れたと同時に、リステが俺に覆いかぶさってくる。

「リステッ! 大丈夫!?」

「すこ、しだけ……抱き……抱えて、いて……くだ、さい……」

「もっ、もちろんだよ! ありがとうね? 俺、頑張って広めるからね?」

「は、い……」

 アリシア様の時にも思ったが、やはり固有最上位加護を与えるというのはどれだけ大変なことかがよく分かる。

 元から白過ぎるくらいだったリステの肌はやや黄土色が混ざり、額には大粒の汗が浮き上がって非常につらそうだ。

 とてもじゃないが、俺から最上位加護をくださいなんて言えるようなものではない。

 そんな状況になってまで俺に託したリステを思わず抱きしめてしまう。

 が―――

 このやり取りを冷ややかな視線で眺める者が二人。

「リステ~? つらいのは分かりますけど、そんなロキ君に近寄らなくてもできましたよね~?」

「絶対抱きかかえてもらうことを計算に入れてた……ズルい……」

「……え?」

 た、たしかに。

 アリシア様の時はこんな近くでやらなかったような気もする。

 なんかちょっと距離の離れたところで、手を広げながら何かが漏れそうな感じで唸っていたはずだ。

 でも……まぁ。

「俺は嬉しいからね? 気にしなくていいからね?」

「やっぱ、り……やさ、しいで……すね……」

 そう言ってゆっくりと俺の頬にキスをするリステ。

 その光景に一人の悲鳴が聞こえ、もう一人が俺になぜか近づいてくるが、その途中で意識が身体へ戻ってしまった。

(なんか、最後にゴン! って聞こえた気がするけど大丈夫だろうか)

 そう思いながらも立ち上がって振り返れば、いつの間にか増えた10名ほどの殺気立った視線が。

(どんだけ祈ってんだよコラ!)

 こんな声が一斉に聞こえてきそうな雰囲気に、俺はスゴスゴと頭を下げながら教会を後にした。130話 戦の女神

 街中を少し探索し、夕刻の鐘が鳴り始めたら帰宿。

 通常の部屋は部屋食とはいかないので、1階の高級レストランとも言える場所で子供が一人、周囲から怪訝な視線を浴びながら食事を摂って自室へ戻る。


「はぁ~やっぱりこのくらいの部屋サイズが落ち着くなぁ」


 やや大きめなベッドと窓があるくらいで、他はマルタの初日に泊まった1泊5000ビーケの部屋とそう変わらない大きさ。

 その中で存在感を示すお風呂は、入口のすぐ脇に丁度一人分という可愛らしいサイズで備わっていた。

 俺の身体でもある程度膝を曲げないといけないし、洗い場は装備を乱雑に置くようなスペースもないが、それでものんびり風呂に入れるというだけで有難いことこの上ない。

 それにベッドへ倒れ込めば、やっぱり感じるちょっと高級感のあるお布団。

 さすがに最上階のベッドと比較するものではないけど、現代人が「余裕~」って思えるのだから、さすが一泊30000ビーケの部屋と言える。

 寝不足もたたってこのままでは寝てしまいそうだが……

 まずはやるべきことをやってしまおうと、詳細説明を確認しつつも先ほどリステから貰った【地図作成】スキルを使用してみる。

 すると。


(やっぱりマッピングね。オッケーオッケー)


 現在は画面のほぼ全てが真っ暗な中、中心の一部分に先ほど町を探索した成果が表れていた。

 ただ非常に残念なのは、あくまで【地図作成】を取得してからマッピングが開始されていること。

 ベザートやパルメラ内部はこの地図に反映されていないので、地図上に反映させたいとなれば一度戻らなければならないらしい。

 まぁそこは追々どうするか考えるとして、まずは地図の機能。

 拡大などが可能かどうかを確認していく。

 が――


(ダメだな。レベル1じゃ何もできないか)


 まぁ、それも納得だ。


【地図作成】レベル1 任意に地図を開くことができる 魔力消費0


 なんせ詳細説明がこれしか書かれていないんだ。

 地図画面を開くことがスキルレベル1で得られる効果になるんだろう。

 視線で拡大や縮小を意識したり、上下左右へのスクロールを試みてみるも、視界全面に映る地図画面には一切の動きがない。

 ただただ俺が現在いる場所が中心にあり、ほぼ点とも言える黄ばみがかった白色が表示されている。

 そしてその白色の表示は僅かに左右へ伸びているので、これが教会と宿との距離感ということになるわけだ。


(縮尺は――……んーさっぱり分からんな。明日ボイス湖畔に行く時の【飛行】でおおよその感覚が掴めるかな?)


 とりあえずは頭の中で『地図作成』もしくは『地図』と唱えれば、視界一杯にマッピング途中の縮図が現れ、自動マッピングは意識せずとも常時発動している。

 今はここまで分かれば十分だろう。


(あとはこいつかぁ……どうすっかな)


 テーブルに置かれたアクセサリーに視線を向ける。

 何か分かるかもと思ってアクセサリー屋で買った、攻撃力が『微小』上昇する二つのネックレス。

 この判別は購入翌日にすぐ終わり、悲しいかな、結果"|何《・》|も《・》|分《・》|か《・》|ら《・》|な《・》|い《・》|こ《・》|と《・》"が分かっていた。

 まずネックレスを身に着けても、俺のステータス画面にプラスの能力値として反映されない。

 これは武器や鎧も、そのものの能力値がステータス画面に反映されないことから、装備枠であればそういうものなんだろうと納得するしかなかった。

 では、着けて実際に体感できるほど何かが変わるのか?

 これが重要なわけだが、購入したのはどんなものかとお試しで買った『微小』なわけで……

 結局2個着けても何が変わったのかさっぱり分からず、なんとなく着けているだけ、というより着けていることすら忘れるレベルだった。

 アクセサリー屋で当初感じた『お守り』のような存在。

 その言葉がしっくりきすぎて逆に困るくらいだ。


(王都まで待って、付与を付けない能力上昇『中』がどの程度の値段なのか。そして体感できるほどの影響があるのか試してみてからの方が良さそうかな?)


 わざわざこの町の付与師まで調べてしまったけど、それでもかかった費用は10万ビーケ程度。

 それで焦って後々後悔するよりは、北上すれば王都があることは分かっているので、能力上昇『中』を実際使ってみてから判断すれば良い。

 マルタでできることは王都でもできるわけだし、忘れるほど存在感のないアクセサリーなら、それだけでBランク狩場の蟻討伐に影響を与えるとは思えないしね。


 ふぁあ~……

(眠い……寝てしまう前に連絡だけしておかなくては……)

 目をこすりながらも【神通】を使用してリガル様へ連絡を取る。

「ロキ君待ってましたよアリシアです!」

「あ、アリシア様。リガル様はいますか?」

「えっ! 私は……?」

 そういえば今日はアリシア様の番だったと気付くも、世間話ではなく用があっての連絡だからな……

 今回は少し我慢してもらうしかない。

「いるぞ? どうした?」

「アリシア様すみません。今日はリガル様がいつ下界に【分体】を降ろすのかの相談事でして……」

「そ、そうですか……」

「ふむ。いつでも問題無いが、ロキの都合はどうなのだ?」

「こちらは今日だとすぐに寝てしまいそうなので、明日の狩りが終わった後、夜なら大丈夫ですよ」

「了解した。では明日の夜に降りるとしよう」

「分かりました。皆さんなんだかんだでこちらのご飯食べてますけど、リガル様も食べてみます?」

「そうだな……一度くらいはどのようなものか経験してみるか」

「でしたら――今より1時間くらい前に降りてきちゃってください。今いるこの部屋をポイントにしてもらって大丈夫なので」

「分かった楽しみにしているぞ」

「あ、あとリステはその後大丈夫ですか?」

「あぁ。寝込んではいるが、固有最上位加護を使えば私でも同じようになるからな。女神が体力の消耗で死ぬことはないから安心しろ」

「良かったです。それじゃ明日、宜しくお願いしますね」

「こちらこそ宜しく頼む」

 ふぅ。

 これで今日やるべきことは一通り終わった。

(本当はお風呂に入りたいけど、朝も入ったし……)

 そんなことを考えながらベッドでモジモジしていたら、俺は普段よりもだいぶ早い時間帯。

 夜の8時過ぎには眠りにはついてしまった。



 そして翌日。

 鐘の音が鳴る前に目覚めた俺はのんびり朝風呂を満喫し、まだ従業員さんしかいない、開店直後とも言える宿内のレストランで朝食を摂ったら早々に狩りへと向かった。

 特筆すべきことなど何もない。

 俺専用の楽園とも言える湖の入口反対側に直接降り立ったら、あとはひたすら目につく魔物を狩り倒す。

 ただそれだけだ。

 籠は石柱を利用して魔物に荒らされないよう高く上げておいたが、以前と違って籠に用があれば追加の石柱を生成しなくても【飛行】で全てが解決する。

 適度に場所を移しながら狩って狩って狩りまくり、途中で籠が完全に埋まってしまったらより換金効率が良くなるよう、討伐部位を捨てて魔石だけを放り込み――

 最終的にはほぼ籠の中身は魔石だらけという、筋力が付いた今の俺でもかなり腰に来る重さになったところで引き上げる。

 この世界の【飛行】とはほぼ無重力と言っていい。

 その証拠に浮いた途端、籠の重みをまったく感じなくなる。


「ハンターギルドまで直接飛びたい……クソ重たい籠を背負って街中を歩きたくない……」


 まだそこまでやらかしてはいけないと思いながらも、願望だけは口から零れ落ちる。

 飛行機の窓から見える景色とは少し違う、灯りの全く無い漆黒だけの世界を眺めるのは暇だと、ステータス画面を見て明日の計画を立てつつ、地図を眺めながらマッピング状況を確認しつつ、俺は約12時間という長い狩りを終えてマルタの町へと帰還した。


 換金が終わり宿に戻ると、俺の中でもう支配人になっている老紳士を発見したので声を掛ける。

 本当は狩りへ行く前に伝えたかったが、このおじいちゃんもさすがに早朝からカウンターにはいなかった。

 たぶんシフトで言えば遅番なんだろうなと思いながら食事について確認する。

「こんばんは~」

「おやロキ様、お戻りですか」

 このおじいちゃんは色々と鋭そうなので、本当はあまり名前を知られたくなかった。

 が、リステがロキ君と呼んでいるのを聞かれてしまい、そこからは名前で呼ばれるようになってしまったのだ。

 身形からして、俺がハンターということももう分かっているんだろうな。

 それでもこれだけ丁寧な対応をしてくれるのは、さすが支配人|(たぶん)である。

「えぇ今日も頑張ってきましたよ。それで唐突なんですけど、今夜の食事を二人分頂くことは可能ですか? もちろんお金は別にお支払いします」

「それは構いませんが……あ、あのお連れ様がお戻りになられたのですか?」

「いえいえ、別の方ですよ」

「そうでしたか。当館の食事は宿泊される方以外にもご利用頂けますのでもちろん構いませんよ。お食事のみであればその場で精算とさせていただきます」

「おぉ良かった。ではのちほど伺いますね」

 おじいちゃんはリステじゃないと知って、あからさまに安心した様子を見せている。

 そんなに怖いのだろうか?

 超が付くほど優しいというか、逆に優し過ぎてダメ男製造機になっている気配すらあるのに。


 風呂に入って汗を流し、部屋着に着替えれば準備万端だ。

 そろそろかな? と思いながら手帳に情報を纏めていると、恒例の霧が俺の真横に出現する。

(いつ振りかな? 神界で会ったのは俺が魔物のスキルを得られると知った時だから……ルルブに行く前。もう1ヵ月半くらい前になるのか?)

 そんなことを思っていると、霧が凝縮し、突如として目の前に現れる一人の女性。

「お久しぶりですリガル様」

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」

 サラサラのストレートな長い金髪。

 翡翠のような綺麗な瞳。

 リステよりもさらに高い、見上げるほどの高身長。

 そして、明らかに質が違うと分かる高級感溢れる鎧……鎧!?

「ちょっ!? 鎧着たまま来たんですか!?」

「それは当然だろう? 私の正装であり普段着だからな」

 いやいや、正装で普段着って結局どっちだよと内心突っ込みながらも、どう考えても場違いな格好をしてくるリガル様に頭を抱える。

「ん?……ってか、靴履いてるし!」

「何を言っているんだ? 鎧を着ているのに素足なわけがないだろう」

「えぇ……そりゃごもっともなんですけど……」

 くっそ……

 過ぎたことだからしょうがない。

 が、最初に降りたリアはまぁしょうがないにしても、フィーリルやフェリン、リステも狙って靴を履いてこなかったに違いない。

「とりあえずですね。鎧着たままだと座りづらくありません? ご飯食べる時って座るんですよ?」

 鎧をよく見れば、某戦闘民族が着ている戦闘服のように、お尻や股間部分に謎のピラピラが付いている。

 このままでは高級であろう椅子を貫通してしまいそうで不安しかない。

「問題無い。この鎧は神界産だからな。このように柔らかいのだ」

 そう言ってピラピラを持つと、グニーッとまるでゴム素材かのように曲げてみせるリガル様。

(す、すげぇ……俺の革鎧よりも遥かに柔軟性あるじゃん!!)

 謎の素材に魅了され、思わずその鎧に近づく俺。

 女神様達との距離感がおかしくなっているので、この行為がおかしいとも思わない。

「この鎧、凄いですね……」

「ハハハッ! 戦の女神に相応しい鎧だからな!……ってロキ!? ちょっと待て!」

 コンコンコン。

「うおっ! ほんと凄い……どんな素材なんです? 叩けば硬いのに自由に曲がるとか……おまけにちょっと伸びるし! こんなメリットしかなさそうな素材があったら俺も欲しいんですけど!」

「いや、だから待てと! コラ、捲るな!」

「えっ?」

 しばし考え込み、そして状況を理解する。

(なるほど……今目の前にあるのは、リガル様の尻、だな)

 後ろから謎のピラピラを捲り上げていたため、その下に衣類は着ているものの小振りなお尻がドアップになっていた。

 これではまるでスカート捲りをしているよう。

 端から見たら、しゃがみ込んで尻を鑑賞しているただの変態である。

「ごっ、ごめんなさい! こんな凄い素材見たことも聞いたことも無かったので、ついつい俺の興味が限界突破してしまいました!」

「ま、まぁその気持ちも分からんでもないが……」

 その後もリガル様は小声で「ロキがスケベというのはこういうことか?」と失敬なことを呟いているけど、その点は事実だから何も言えない。

「お、お詫びにいくらでも食べていいですから! ささっ、行きましょう! ご飯食べに行きましょう!」

 もうこうなったら無制限奢りで解決するしかない。

 まるでコバンザメのように、手もみしながらリガル様の周りをウロチョロと。

 鎧をヨイショしまくりながら俺達は食堂へと向かうのであった。131話 手のかかる騎士様

「ほう。これが人種の食事か」

「ですね。その中でも高級な部類だと思います。あと人種とか言わないようにしてくださいね。自分達のことを人種なんて言いませんから。……バレますよ?」

「そ、そうだな失礼した」

 目の前には5種類ほどの大皿料理に、スープやサラダ、大きめの籠に入った大量のパンが並べられている。

 もちろんグラスに入ったワインもだ。

 当初はこんな予定ではなかった。

 好きに食べて良いとは言ったが、俺が朝食の時に座ったような二人掛けのテーブルに座り、メニューからとりあえず選んで足らなければ追加オーダー。

 ゆっくり食事を楽しみながら今後の予定を聞くという、現代風居酒屋みたいなことを想定していたのに、カウンターの前を通ったら大きく事情が変わってしまった。

 正確にはあの老紳士だ。

 カウンターの横に立ってロビーを眺めていたおじいちゃんは、俺に気付くと会釈したのち、リガル様を見て表情が固まっていた。

 その後も視線はリガル様を追いかけ、俺達が食事処に向かっていると判断するや否や、物凄い早歩きで俺達を追い抜き、そして自らが案内を務め始めてしまった。

 その結果が奥まった場所にある、総勢20名くらいは座れそうな長テーブル。

 その中央になぜか二人だけで座らされるハメになり、食事もメニューすら渡されず勝手に運ばれてくる始末。

 本当にあのおじいちゃんは何者なのだろうか?

 そして眼前の料理は、果たして普通のお味なのだろうか?


 たぶんリガル様のこの身形からして、どこかの国の騎士様とでも思っているのだろう。

 リステが姫様や貴族という想定なら、リガル様は護衛を任されたその国の偉い騎士と判断されてもおかしくない。

 そうなると俺はいったいなんなんだって話だけど……

 どこかでおじいちゃんは俺達を見ていそうだし、必要以上に意識されているなら一つのボロでマズい事態になる可能性が出てくる。

 だからこその"|バ《・》|レ《・》|ま《・》|す《・》|よ《・》"だ。

 リガル様は警戒心が薄そうなので、早めに釘を刺しておかないと俺まで巻き添え食らっての大惨事になり兼ねない。

「ささっ、たぶんここの支配人さんが気を利かせてくれたんだと思いますし、とりあえず食べましょう?」

「そうだな」

「では乾杯」

「?」

「これは俺のいたせか……まぁ、なんというか風習です。お酒も有りの食事をする時は最初にグラスをコンッとやるんですよ」

「分かった。では乾杯だ」

「乾杯」

 今日は初日だし、一杯くらいはとグラスに口を付け、その後少し悩みながらもリガル様の様子を見る。

 本当は俺が最初に何か食べて、あの香辛料大量料理なのかを判別した方が良いんだろうけど……

 見た目がそれっぽくないのと、なんとなく俺から口を付けるより、リガル様が最初に口を付けた方が体裁的にも良いだろうと思っての判断だ。

 リガル様は視線をウロウロさせながらも肉料理にロックオンされたようで、そのまま大皿に向かってフォークをブスッと豪快に突き刺す。

 そして齧り付くように一噛みした途端、目を見開いて固まっていた。

(あら? もしかして香辛料爆弾の方だったか……?)

 そう思ったのも束の間。


「美味いな……人……民はこのような食事を普段摂っているのか……」


 この言葉を聞いて俺は安堵する。

 香辛料爆弾じゃないこともそうだが、リガル様が人間の食べる料理を気に入ってくれたんだな、と。

「リガル様。この大皿から直接食べるのではなく、その横にある小皿に食べたい分だけ取ってください。一応それがマナーですね。俺がいる時は取ってあげますから」

「そ、そうか。では頼む」

「この肉料理がお好みっぽいですけど、一応他のも一通り分けますから、お代わりしたくなったら言ってくださいね」

「うむ」

 そこからはセコセコと。

 取り分ける度に皿を綺麗にしていくリガル様に合わせて新しい皿を用意しながら、合間を縫って自分の口の中にも放り込む。

 うん、明らかに昨夜一人で食べた夕食より美味い。

 パン一つとっても違いは明確だが、今回は先ほどのお詫びも兼ねているからな。

 みるみる減っていく料理を見つめながら、足らなければ追加するまでとお財布の覚悟を決めておく。

「足らないようなら言ってくださいね~追加で頼みますから。あと飲み物も興味があるものを好きに飲んでもらって構いませんからね」

「想像以上に美味しくて夢中で食べてしまったが……良いのか?」

「問題ありませんよ。先ほどのお詫びなんですから」

「そうか……では、これをもっと食べたい」

「最初の肉料理ですね。見ていると――リガル様ってお肉が好物ですよね?」

「そうだな。見ていると無性に食べたくなるのだ」

「ははっ、じゃあ肉料理をいくつか頼みましょうか」

 その後、まるで専属かのように視界の隅で立っていた従業員さんへメニューを頼み、その中からお勧めの肉料理をいくつか頼む。

 そしてリガル様はワインを、俺は果実水を注文し、ただただ豪快に食べ進めていくリガル様を眺める。

(体は痩せていそうなのに凄いなぁ……見ていて気持ちの良い食べっぷりだ)

 お世辞にもマナーが宜しいとは言えない、まるで子供が好物を食べるような無心の食事。

 だが今まで食事を摂る必要も、その習慣もなく、かといってリステのように人の記憶から下界を勉強していたわけでもなければこれはしょうがないことなのだろう。

 そんなことよりも、今は折角の下界観光なのだからボロを出さない程度に満足してほしい。

 そんな思いで食事風景を眺めていると、どうやら満足されたようでリガル様の手が止まった。

「ふぅ。もう入らないぞ。大満足だ」

 口の周りを少し汚しながら、お腹をポンポンと叩いて満足そうな笑顔を向けるリガル様に俺もホッコリする。

「それは良かったです。では一度部屋に戻りましょうか。その方が話しやすいと思いますから」

 本当は紙ナプキンでもあれば良いんだけど、この世界にそんな当たり前のものは存在しない。

 しょうがないとばかりに、俺の袖で口を拭いてあげてから席を立つ。

「精算はこの場でと聞いていたのですが、カウンターで払えばいいですか?」

 専属っぽい従業員さんに聞くと

「いえ、支配人からロキ様は宿泊代と纏めてのご精算にと仰せつかっておりますので、この場では必要ありません」

「え? そ、そうですか……」

 これであのおじいちゃんはほぼ支配人確定だろうな。

 おまけにリガル様をかなり意識してることが分かる。

(はぁ~あの部屋のままで良いのかな?)

 そう思いながらも気配の感じない後方へ振り返れば。

 肩をプルプルさせながら下を向き、椅子に座ったまま動かないリガル様の姿があった。




 部屋に戻った瞬間、叫び声が木霊する。

「ロキ! 私は子供ではないのだぞ!?」

「それは分かってますよ。あともう寝入る人もいそうな時間帯ですから、大声で叫んじゃだめですよ」

「む? それは済まな……って、まただ! 私は子供みたいな扱いを受けている気がしてならない!」

「それは勘違いです。リガル様はこの世界の立派な女神様でしょう?」

「ほ、本当にそう思っているのか……?」

「もちろんです。【神通】で話していた時も、たまに良いこと言ってたじゃないですか。ただいくらリガル様といえど下界には慣れていない」

「た、たまに……まぁそうだ。その通りだな」

「そして下界には下界なりのルールや常識がある。これはお分かりですよね?」

「もちろんだ。神界にだってルールがあるからな」

「だから下界生活では幾分か先輩の俺が、分かる範囲でリガル様に教えているわけです。その理由は分かりますか?」

「ん? んー……分からん」

「それはリガル様が舐められないようにするためです」

「ッ!?」

「先ほど俺が拭かなければ、リガル様のお口はベタベタのままでした。そんな状態で人の多いロビーに出たらどうなります? リガル様が笑われちゃうかもしれないんですよ?」

「なるほど……それを未然に防いでくれたというわけか」

「そうです。先ほどの大声だって、最悪は『煩い!』と部屋に怒鳴り込まれるかもしれません」

「な、なんだと……?」

「部屋の中では静かに、隣の人に迷惑を掛けないようにする。これも人の常識であり暗黙のルールなんですよ。人は必ず寝ますから、それを妨げられるとなれば怒るのは当然なんです」

「そういうことか……勉強になるな」

「なので下界のルールは俺が教える。その代わり世界のルールはリガル様を含めた女神様達が教えてくれる。ね? バランスが取れているでしょう?」

「ふむ。さすがロキだな。納得がいった」

 うん、自分でも何言っているのかよく分からなかった。

 営業の時によくやった、"とりあえず勢いと雰囲気に任せてゴリ押し"をしただけだ。


 リガル様は凄く素直というか、真っ直ぐな棒のように一直線な性格をしていると思う。

 その一直線の先はほぼ戦いのことで埋め尽くされているんだろうから、他の女神様達に比べて子供っぽい雰囲気があるのかもしれないけど……

 だったら恥をかかない程度に修正、フォローする。

 それも俺の役目なんだろうなと自然に思ってしまう。

 そしてそのお礼に強さと関係する何かを教えてもらえたらラッキーってなもんだ。


「さてと、それじゃとりあえず予定を確認していきましょう」

 俺が備え付けの椅子に座るとリガル様も座ってくれるので、そのまま話を進める。

「まず滞在は他の女神様達と同じように1週間くらいですか?」

「あぁその予定だ」

「食事はどうします? 興味があるならお供しますし、そこはお任せしますよ」

「できればもっと色々な物を食べてみたいな」

「了解です。それじゃ昼は狩りで出かけちゃってますので、朝と夕は時間が合えば一緒に食べましょう。あとはー……リステの引継ぎでここ、マルタの転移者探しが目的で大丈夫ですよね?」

「その通りだ」

「ちなみにそれ以外にしたいこととかあります?」

「あるぞ。ロキの現状の強さを確認しておきたい。あとは魔物専用のスキルを見てみたいし、何かこの世界の基盤となるルール、ロキしか知り得ないステータス画面とやらの情報に進展があったならば聞かせてほしい」

「なるほどなるほど……見事なまでに戦いとか強さ方面に偏ってますね」

「私は戦の女神だからな! ハハハハッ!」

「リガル様、特にそういう危険な言葉は静かにです」

「しまっ……済まない」

「俺も現状自分がどの程度の強さなのか知っておきたいですし――そうですね。明日は目標があるので終日狩りになると思いますけど、明後日は別の狩場の関係で情報収集に充てる予定です。なので明後日リガル様のやりたいこともやっていきましょうか」

「了解した。それが一番楽しみだったのだ」

「その代わり、俺もリガル様に聞きたいことがありますので、そこは協力してくださいね」

「ん? それは私に答えられることなのか?」

「たぶんリガル様じゃないと答えられないことだと思います。リステがリガル様に聞いた方が良いって言ってたので」

「そうか。ならば構わない」

「あとは――……あっ、リガル様ってもしかして、その格好のままマルタの町をウロウロするんですか?」

「当然だろう」

「……リガル様、ちょっと立ってもらえません?」

「ん?」

 首を傾げながらも立ち上がってくれたので、俺も少し距離を離し、幾分遠目からリガル様の全体像を眺める。

(うーん、これ絶対ヤバいよなぁ……)

 危険度で言ったらリステ以上だ。

 リガル様はあの神々しいオーラを放っているわけではないが、この高身長に他の女神様達とはまた違う系統の際立った美貌、そして目立つ鎧の着用とくれば、超が付くほど目立つことは間違いない。

 一見すればハンターになるんだろうが、それこそトップ層のSランクハンターに見えてしまう。

 そんなSランクハンター風なお方が、この町をウロウロしていること自体に違和感がある。

 それに神像の中で一番目立って印象に残るのは間違いなくリガル様だ。

 この世界に来た当初の時も、俺が記憶に残ったのはリガル様だけだった。

 一人だけ格好が異質だったんだから、この世界の住民だってその可能性が極めて高い。

(ハンターは教会に足を運ぶ率が高い。そのハンター達に認知度抜群のリガル様がこの格好のまま町を歩くとなると――うん、こりゃ自殺行為だ。絶対怪しまれる)

 リステの考えなら怪しまれるだけはセーフなんだろうけど、リガル様のことだから街中で万が一「リガル様ですか?」なんて聞かれたら、「そうだが?」って平気で答えてしまいそうな気がしてならない。

 こりゃアカン。

「リガル様。緊急事態です」

「な、なんだ?」


「このままでは絶対にリガル様が女神であることがバレると思います。拘りは分かりますが、せめて普通の服を着てください」132話 撤退×撤退

「む、無理だぁああああああああああ!!」

「しぃーーーーーッ!!」

「むりだぁ……むりだぁ~……」

 目の前で頭を抱えるリガル様。

 急にしおらしくなってなんだか可愛い生き物に見えてしまうが、そんな甘えが許される状況ではない。

 バレればとんでもない大惨事になる。

「いったい何が無理なんです? 他の女神様達と同じ格好をするだけですよ? リガル様も降臨していることがバレたらマズいのは分かっているでしょう?」

「それは分かるが……でもだな。しかし、鎧を脱ぐというのは――」

「何を気にしているんですか……それはバレることよりも重要なことなんですか?」

「うぐっ……私にとってはどちらも同じくらいに重要なのだ……」

「……リガル様?」

「なんだ……?」

「例えば今のように、街中で急に名前を呼ばれたらどうするんです? 正直リガル様は返事しちゃうでしょう? それを警戒してか、リステは一切町の人としゃべりませんでした。話しかけられてもです。そんなことできます?」

「……無理……な、気が……する……」

「えぇ、俺もそう思います。でもリガル様は目立つし分かりやすいんですよ。なんせ神像がお一人だけ別物ですから。俺が最初に神界に呼ばれた時だって、リガル様だけはすぐに分かったでしょう?」

「たしかに……」

「この町は大きいし、周りに狩場が4つもありますからハンターは山ほどいます。混雑し過ぎて俺が依頼を受けられないほどです。当然その人達の多くはリガル様を信仰しているんでしょうし、この姿を見たら高い確率でリガル様を思い浮かべるはずです」

「……」

「でも鎧じゃなく普通の服ならば、ただの猛烈美人としか思いません。もしかしたら声を掛けてくる輩はいるかもしれませんけど、いきなりリガル様と想定して話しかけてくることは無いと思います」

「……」

「リガル様、顔を赤くしている場合じゃありませんよ?」

「ひゃい……」

「バレればどんな惨事が待ち受けているのか俺には分かりません。ただ他の女神様達にも迷惑が掛かるでしょうし、この町が大混乱になることは間違いないでしょう。そのまま情報が世界に回って大きな異変が起きるかもしれません」

「……」

「それでも、鎧は脱げないんですか?」

「うっ……うぅ……」

「はぁ……あくまで俺個人の意見なので、最終的には女神様同士で話し合うべきですけどね。どうしても鎧を脱げないなら町の中は危険過ぎますから、パルメラ内部とか人のいない場所に変更された方が良いと思いますよ?」

「そ、そんなぁ……」

 今までの威厳はどこへやら。

 身体が3分の1くらいに縮まったんじゃ? と勘違いしてしまうほど、小さくなってテーブルに突っ伏しているリガル様を少し不憫に思ってしまう。

 先ほどから「鎧、脱げない、脱ぎたくない」と小声で呟いている姿が痛々しい。

 だがなぁ……これが百歩譲って安物の革鎧ならまだしも、見るからに凄いと分かるような鎧なのだ。

 まだこの世界に日の浅い俺でもこれは普通と違うって分かるんだから、この町のBランクハンターなんかはすぐにこの鎧の異質さを見抜くだろう。

 ちょっと眩しいくらいに光り輝いてるし。

「まぁもし町中の探索が厳しいとなっても、俺の現状確認とか知り得た追加情報とか、その辺りはちゃんとやりますから。その時は俺が狩場にいる時とかに【分体】降ろしてもらうしかないですけどね。人のいないところで狩ってるので」

「……本当に、本当に本当に、女神だと分かってしまうと思うか?」

「はい。早々に女神様疑惑が掛けられ、呼ばれた名前に反応して自爆する未来しか見えません」

「ううっ……分かった、出直してくる……私のことは気にしないでくれ……」

 そう言って項垂れたまま消えていくリガル様を、俺はただ黙って見つめることしかできない。

 だが、ふと思う。


(リステもいない中で、いったい誰と相談するのだろうか……?)




 翌日。

 今日も今日とて淡々と狩りをこなす。

 朝は少しだけ待ってみたものの、結局リガル様が降りてくることはなかった。

 果たして今日の夜は降りてくるのか――

【神通】以外でこちらからまともに連絡を取る手段が無いので、とりあえずは女神様達がどう判断するのか。

 その結果に合わせるしかないだろう。

 そんなことを考えながらカエル狩りをしていたら、やっと求めていたアナウンスが流れる。


『【水魔法】Lv4を取得しました』


(おしおしっ!)


 これでノルマの145体討伐が完了だ。

 レベル1所持のスキルを一通り最低限のレベル4までは上昇させた。

 腕時計を見れば時刻はもう少しで午後5時といったところ。

 視界に入る太い枝に飛んで腰掛け、休憩がてら足をプラプラさせつつステータス画面を眺める。

(【物理防御上昇】は――……レべル4の7%か。となるとここでレベル5に持っていくにはあとマッドクラブを450体くらい。これはさすがにキツいし時間が勿体無い気もする。そのうちここよりもっと高レベルのスキルを所持した魔物だって出てきてもおかしくないしなぁ。となるとこれでボイス湖畔は終了だけど……いったい金色のアンバーフラッグはどこにいるんだろうか?)

 この3日間、ちょろちょろと狩場を移動をしながらも一応探してはいた。

 素材価値50万ビーケ以上というお金の部分にはそこまで興味もないが、どんなスキルを所持しているのか。

 できればこの点を知りたかったからだ。

 しかし倒すどころか、一度もお目にかかってすらいない。

 初日以外は人のいないところで狩っていたから当たり前だが、誰かが倒す光景すら見ることもなかった。


(周期と出現ポイントが分からないと粘る意味もないよなぁ……)


 いくらスキルレベルを上げたところで、【気配察知】では特定の魔物まで判別ができない。

 となれば【探査】となるわけだが、果たして金色のアンバーフラッグが『アンバーフラッグ』として【探査】に引っかかるのか。

 ここまで思考したところで、一つの違和感を覚えた。


(そもそもとして、この魔物名称は誰が付けたんだ? もし人が勝手に名付けたなら、スキルという存在の後にできた後付けの呼び名だ。ということは――……)


 試しに【探査】で、『カエル』と心の中で指定する。

 すると視界の先にいるアンバーフラッグが、【探査】に引っかかったことをスキルの能力によって理解してしまう。


(……『死んだカエル』を【探査】)


「ふむ……多過ぎて分けわからん」


(やっぱりだな。今までこの世界の誰かが決めた魔物名称で【探査】をかけていたけど、実際はスキル使用者がその言葉から想定している存在をスキルで探しているわけか)


 どのような原理でこのようなことができるのかなんてさっぱり分からない。

 ただただ、この世界のスキルは奥が深いなと、そう改めて思ってしまう。

 だがこれでやるべきことも見えてきた。

 当然試すならこのワードだろう。


(『黄金のカエル』を【探査】)


 反応は、無い。

 ということは今のスキルレベルで賄える半径30メートル以内には『黄金のカエル』がいないということ。

 ならば。

 石柱の上に乗せている籠はそのままに、飛行を開始して飛びながら【探査】を発動し続ける。

 この付近には人がいないなら、こんな魔物の探し方だって問題無いはずだ。

 俺は黄金のカエルが、普通のアンバーフラッグよりもスキルレベルが高いだけのただの上位互換なのか、それともまったく別のレアスキルを所持していたりするのか。

 早くその確認がしたくて、心躍りながら周囲を探索した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 時刻は23時。

 俺は大馬鹿野郎だと思いながら宿に向かって歩く。

 一つの発見をした興奮から、後先考えずに【飛行】を使って黄金のカエルを探し続けた。

 そう、少し試すではなく、飛び続けてしまったのだ。

 その結果、当然出てくるのは魔力不足。

 帰りの【飛行】ができないと気付いた時にはもう遅く、魔石だらけのクソ重い籠を背負って徒歩帰宅を余儀なくされた。

 おまけに俺がいたのは湖の反対側だ。

 獣道さえ存在しない森の中を彷徨い、道中で完全に日が落ちて真っ暗闇になった時には、久しぶりにパルメラの森を彷徨ったあの恐怖が蘇ってしまった。

 それでも【夜目】を使いながら腕時計で方位だけは確認し、魔力が多少回復すれば飛んで街道を探して……

 苦労に苦労を重ねてマルタになんとか到着したというのに、今度はハンターギルドが閉まっていて換金すらできない始末。

 街灯すらないこの世界の文明で、こんな遅くまでやっているのは飲み屋くらいなもんなのでしょうがないとは分かっている。

 その飲み屋だって俺が宿に戻る頃には、開けているお店は数えるほどだったからな。


(はぁ……黄金のカエルなんて欲を出したばっかりにこんな事態になるなんて……結局見つからなかったし、しばらく黄金のカエルは忘れよう)


 もう既に10回は繰り返している反省の言葉を己に呟きながらも、俺はようやく宿に到着した。



 籠には換金できなかった大量の素材。

 こんなものを背負ったまま入るのは申し訳ないなと感じながらも自室へ向かうと、どうしても通らざるを得ない1階カウンターにはいてほしくない人物がいた。

 そう、例のほぼ支配人なおじいちゃんである。

「これはロキ様、このような時間まで動かれていたのですか」

「え、えぇ……ちょっとトラブルがありまして。ギルドが閉まってて換金できなかったので、素材を抱えたままですみません。魔石だけなのであまり臭くはないと思うんですけど……」

 そう言うと支配人の眉がピクリと動く。

「お疲れのところ申し訳ありませんが、籠の中身を拝見しても宜しいでしょうか?」

「うっ、もちろんです」

 ヤバい、怒られる。

 そう思った。

 ここはマルタでも一番の高級宿だ。

 そんなところに大量の魔物素材なんて持ち込んだら普通はマナー違反だろう。

 臭いから中に入れるなと言われるか、いくら魔石だけといっても今から洗浄を命じられる可能性もある。

 籠を下ろし中身を恐る恐る見せれば、だがしかし、俺の予想に反しておじいちゃんは好奇な反応を示しながら呟いた。

「これはボイス湖畔の品でしょうか? おっしゃる通り、見事なまでに魔石だらけですね……」

「えぇ。その通りですが、よくボイス湖畔と分かりましたね?」

「水色の魔石が多く混ざっておりますので。この辺りで水色の魔石が採れるのはボイス湖畔だけですから」

「なるほど」

 この時点でなんとなく分かった。

 これはもしや、商談か? と。

 おじいちゃんが今までとは違う、商人のような|獲《・》|物《・》|を《・》|狙《・》|う《・》目に変わっていた。


「ちなみにこの品、当館にお売りいただくことはできないでしょうか?」

「お値段によっては」


 だから俺は考えるまでもなく即答した。

 今は書状を使わずに換金している。

 つまりそれはハンターとしての功績が上乗せされないということ。

 それにもし書状を使っていたとしても、Dランクハンターの俺がEランクの魔石を大量に納品したところで大した功績にはならないだろう。

 ならばおじいちゃんに売却した方が俺にとってはプラスだ。

 仮にギルドの買取と同額であったとしても、俺は明日の朝一に換金しに行く手間が省けるし、この宿だからこそとも言える風呂の魔石消費量。

 この点を考えれば普段からこの宿が魔石を大量に仕入れていることは明白なので、お互い相場感を分かって取引できるに違いない。

 こちらが現状宿泊客という立場から、優位に話が進む可能性だってある。


「ではお手数ですがこちらに」


 そしてカウンターの奥にある、従業員専用と思しき通路を通り、その奥にある一室。

『支配人室』と書かれた豪華な部屋へ俺は案内された。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「眠い……ねむねむねむ……ねっむーい……」

 フラついた足取りで、現在泊っている2階の自室に向かう。

 時刻は既に0時を回っているだろう。

 だが無事商談も纏まり、俺の籠は見事に空っぽだ。

 代わりに硬貨数枚を手にしている。


(これが1枚100万ビーケ相当の白金貨か……やっぱり綺麗だな)


 初めて手にするそれは、一見屋台とかでよく使う銀貨に近い色合いだが、名前の通りやや白みがかっていた。

 そして何より傷が無く硬貨自体が非常に綺麗だ。

 一部の場所、人の間でしか流通していないんだろうし、さすがにこの価値の硬貨をぶん投げて払うような人はまずいないのだろう。

 なんとなく他の硬貨が入った革袋に仕舞うのは勿体ないと感じ、思わずポケットに白金貨だけ仕舞い込んでしまう。


(しかし、どうしたもんか……)


 支配人おじいちゃん、商談だったのでウィルズさんと自己紹介されたが、そのウィルズさんの支払いは気前が良かった。

 ハンターギルドの買取価格も把握しているらしく、店頭の価格も説明を受けた上でおおよそ1つ1000ビーケほどギルドよりも高い金額で買い取ってくれた。

 それでも仕入れに行く手間と魔石総数を考えればウィルズさんもしっかり得なようで、可能であればもっと持ってきてほしいとお願いされたくらいである。

 まぁ、ボイス湖畔は今日で終了予定なわけですが。

 もちろんその旨を伝えた時は肩を落として落胆していたが、それでも「いつでも買い取りますので」と言われてしまえば、こちらも【光合成】や【物理防御上昇】などのレベル2所持スキルを、レベル5まで引き上げるべきかと悩んでしまう。


(う~ん。リガル様がちゃんと予定通り明日降りてきてくれれば、客観的に俺がBランク狩場で通用するか分かるかもしれないんだけどなぁ)


 そんなことを考えながら自室のドアを開ければ――


「え?」


 そこには綺麗な金髪をした|謎《・》|の《・》|女《・》|性《・》が、部屋の窓から外を眺めていた。133話 壁×壁

「誰ですか!?」

 俺の第一声はそれだった。

 鍵も閉めている高級宿の自室に知らない人が立っているのだ。

 そりゃ驚くし、1秒後には、もしや? とは思うも、流れ的にあんた誰だよと聞くのは当然である。

「遅い……遅いぞロキ。待ちくたびれたではないか」

「あー……やっぱりリガル様?」

「他に誰がいるのだ?」

 いや、見た目だけなら全然違いますよ、と。

 喉から出かかるのを必死に止める。

 何かあるのか、窓の外を眺め続けているリガル様は、あれだけ駄々を捏ねていた鎧を着ていない。

 それこそ他の女神様と同じように、白いワンピースのようなものを着て佇んでいた。

 膝下程度の丈はフィーリル様と同じくらいで、その清楚で清らかな後ろ姿はどこかのお嬢様のようにも見えてくる。

 想像以上に細い足首が妙に色っぽい。

「おぉ……鎧脱げたんですね! これなら町の探索も大丈夫じゃないですか」

「あぁ。覚悟を決めたのだ」

「そうでしたか。ところで外に何かあるんです?」

「何もないが、下界の景色を眺める良い機会だと思ってな」

「そうでしたか。それじゃ俺は帰って早々申し訳ないですけど、すぐ風呂に入ってきちゃいますね」

「分かった」


(朝はちょっと大丈夫か? って思ったけど、無事鎧も脱げたようで良かった良かった。これで明日は予定通りにいきそうだな)


 そう思いながら湯を溜め、その間に身体を洗ったり装備を拭き、ザップーンと風呂の湯に浸かって早めに部屋へ戻ると、その光景は部屋に入った時とまったく同じもの。

 どうやらリガル様、よほど外の風景にご執心なようである。

 あの方面にリガル様の神像が置いてある教会でもあるのだろうか?

 この時間に教会なんて開いていないと思うのだが。

「リガル様? そんな外に面白い物でもあります?」

「いや、無い」

「?」

 首を捻りながらも、俺のような小僧には理解できない何かがあるんだろうと思って、布団と悩みながらも椅子に座る。

 眠気がキツいとはいえ、相手はリガル様だからね。

 布団でゴロゴロしながら会話をしたのではきっと怒られてしまう。

「それで、今日は鎧が脱げたっていう報告でしたか?」

「そうだ。なのでこの町で転移者探索をしながら民のご飯を食べる。あと明日も予定通りだ」

「了解です。ただ今日のご飯はこの時間なんで勘弁してくださいね。もうお店が開いてないので」

「それは構わん。気にするなと言ったのは私だからな」

「では明日は――……って、その前に座りません?」

「いや……私はこのままでいい」

「そ、そうですか……ではちょっと今日寝不足で起きられるか微妙なので、明日は朝7時くらいで良いですか? それでご飯一緒に食べましょう。俺が寝ていたら叩き起こしてくれて構いませんので」

「了解した」

「で、場所はさすがにこの辺りだとまずいので、一度町の外へ出た方がいいでしょうね。人目の付かないところで確認したいことを進めていきましょう」

「うむ」

「……それじゃ俺はもう寝ますが、あとはもう大丈夫ですか?」

「……うむ」


(なんだよ、この間は)


 絶対何かある。

 そしてそれが言いづらいこともなんとなく分かる。

【分体】を消そうとする感もないし……まったく。

 ほんとリガル様は子供っぽいなと思いながら、しょうがないのでこちらから誘導を試みる。

「リガル様。何か言いたいこと、ありますよね?」

「……」

「先ほどから眺めている外に何か原因でもあるんですか?」

 そう言って立ち上がりながら窓へ向かおうとすると――

「そっちは何も関係無いぞ! だから来るな! 近寄ってはならん!」

 背を向けたまま、手のひらだけ必死にこちらへ伸ばして制止を掛けるリガル様。

 相変わらず声がデカいんだが?

 このままだと周りに迷惑なので、いい加減これだろうなと予想している部分に触れる。

「リガル様。もしかしてその格好、俺に見られたくないんですか?」

「(ビクッ!!)」

 盛大に肩が跳ね上がった。

 こっちでビンゴだな。

「正確には俺だけじゃなく、誰にも見られたくないってところですかね? その服で街中歩くのを嫌がっていたわけですし」

「な、なぜ分かるのだ……」

「さっきから一向にこちらを向こうとしませんし、そりゃなんとなく予想もつきますよ。でも俺にすら見せられないんじゃ、鎧を脱げた努力が無駄になりますよ?」

「くっ……分かっている……分かっているのだ……ロキ、絶対に笑わないか?」

「?……もちろんです。笑う要素無いと思いますし」

 鎧を脱いで顔が変わるなら笑ってしまうかもしれないが、そんなことあるわけないしな。

 だから"|ど《・》|ち《・》|ら《・》|の《・》|パ《・》|タ《・》|ー《・》|ン《・》"なのか。

 ほぼ2通りだろうと思いながら「安心してほしい」と声を掛け続ける。

 早く振り向いてくれないと俺が寝られないんだよ。

 今日は朝も早かったから本当に眠いんだよ……

 するとその思いが通じたのか。

 やっと覚悟が決まった様子を見せるリガル様。

「ふぅ~……はぁ~……では、ゆくぞ。笑ったら承知しないからな……」

 そう言って振り返ったリガル様は

「ん? 普通に清楚なお嬢様に見えますけど?」

「ほ、ほんとか!?」

 今まで鎧姿しか見ていないので、印象の差はたしかに大きい。

 だがそれは良い意味であって、白いワンピースは可憐な印象すら俺に与えてくれる。

 そして――

(こっちのパターンか。種族特性かな?)

 予想していたことが当たってしまったことに溜め息が出る。

 リガル様は必死に両手である一部分を隠していた。

 表情から絶対に見せまいという気迫を感じて少し怖い。

 それでも早く寝たい一心で核心に触れていく。

「リガル様~その手。そんな常に隠していたら町中に出てもおかしいですよ?」

「な、なぜそこを突っ込むのだぁー!!」

「だからシィーですってば。もう大半の人が寝ている深夜なんですからお静かに」

「済まん……でもこれだけは……これだけは……」

(はぁ……マジで面倒臭い)

 もうこの一言だった。

 まさかリガル様がここまで手のかかる性格だったとは。

 こんなやり取りしていたら何時に寝られるか分かったものじゃないので、俺は立ち上がり強硬手段に出る。

「な、なんだ!? なぜ近づいてくる!?」

「いいから静かにしていてください。もう何で悩んでいるかも分かっていますから」

「ひゃう!」

「ふむ、お腹はペッタンコですね。適度に硬くてウェストはかなり細い……素晴らしいと思います」

「……え?」

「手足も見える範囲はホッソリしていて何より凄く長いですし、痩せ型なら胸は気にしなくていいと思いますよ? そんな人いっぱいいますし、その痩せている体形が魅力だったりもしますから」

「ッ!!? ひ、貧相な胸は恥ずかしいものだとフィーリルは言っていたぞ!?」

「胸の大きさで女性を評価する風潮はありますので、その内容が嘘とまでは言いません。ただ、重要なのはトータルバランスですよ? その点リガル様は全体が細いので違和感もありませんし、逆にこの華奢な――モデル体形が好きという男性も多いと思います」

「ほ、本当に……?」

「本当ですよ。決して恥ずかしいことではありません。だから自信を持って手を下ろしてください。そうしないと町中歩けませんからね」

「……分かった」

 長かった。本当に。

 深夜だからという理由だけではない疲れがドッと押し寄せる中、恐る恐る自らの手を下げるリガル様を見つめる。


(ふむ。これは|絶《・》|壁《・》という表現がピッタリだな……)


 思い返せば、昨日の鎧姿ではまったく気付かなかった。

 どうも胸の部分が膨らみのある形状になっていた気がするので、要はあの鎧が矯正胸パッドみたいな役割を果たしていたのだろう。

 女神様がそんな庶民的な悩みを気にするのかよと、思わず苦笑いしてしまう。

「うん。まったく問題有りません。凄く綺麗ですし、その服も似合っていますよ。これでバレる可能性はかなり低くなると思います」

「まさか本当に皆の言う通りに……綺麗? このような服が似合っているだと? 私が……?」

「本当ですって。なんならこれから一緒に寝ますか? 俺はリガル様なら大歓迎ですよ?」

「ばっ!! ばか者っ!! なんと破廉恥な……もう私は帰るからな!!」

 断られることが分かっているから言えた言葉。

 そうじゃなきゃあんなこと俺が言えるわけもない。

 焦って霧を纏うリガル様を見つめながら思う。

 ――リステの次がリガル様で良かった。

 あんな共有なんて話が出た後に、リステと深い仲になったんだ。

 俺としては次に降臨する女神様、リガル様を凄く意識してしまっていた。

 もしや、リステと同じような状況になってしまうのではないか、と。

 しかし蓋を開けてみれば、他の女神様達と違って様呼び敬語口調を指摘されることもないから、一定の距離感を保った状態で話せている自分がいる。

 食事風景を見ていたら手のかかる先輩のような存在に切り替わり、今のやり取りで女性という意識は完全にどこかへ吹っ飛んでいってしまった。

 だから冗談だって言える。

 そしてこの精神状態は俺にとって凄く楽だ。

 共有なんて言われてもまだ実感が湧かないし、何かあれば大好きなリステに対して裏切りという気持ちが少なからず出てきてしまうからな。

 だから今はこれでいい。

 その方が狩りにも集中できるし、俺の心が穏やかでいられる。


(はぁ~……明日ちゃんと起きられるかなぁ。ってか二度寝したら、もうリガル様に起こしてもらうしかないよな……)

 そんなことを呟きながら、俺はベッドへ倒れ込んで眠りについた。134話 模擬戦

「いたっ!!」

 額に強い痛みを感じて思わず飛び起きる。

(なんだ? 何が起きた!? 敵襲!? おおお俺の敵は誰だ!!?)

 寝ぼけた頭で必死に辺りを見渡せば、そこには呆けた顔をしたリガル様が立っていた。

「ロキ、朝だぞ?」

「あっ……おはようございます」

 急速に冷める眠気。

 昨日、というより今日の寝る前、リガル様頼みで二度寝しちゃおうと決めたことを思い出す。

 しかし……この痛みはなんなんだ?

 かなり強い衝撃を受けたように思えるが――

「ちなみに今、何をしました?」

「ん? 少し小突いただけだが?」

「……」

 そう言って人差し指でシュッシュッと、空気を刺す動作をしているリガル様を見て戦慄を覚えた。

(マジかよ……防御力には自信があったのに、あの程度の動きでこの衝撃と痛みなの!?)

 筋力値が高いからといって、ムキムキになるわけではない。

 それは自分の身体を見ればすぐに分かる。

 多少筋肉が付いてきたことは分かるが、それも日々の狩りという運動によって自然に付いた程度のものであり、あくまでステータス上の筋力値とは表面上反映されない内部数値だ。

 だからリガル様がこんなにホッソリしていても強いというのは理解しちゃいるが、実際はどれほどの筋力数値があるものなのか。

 こんな衝撃を浴びてしまえば強い興味が湧き上がってきてしまう。

 だがそんな楽しい考察はのちほどだ。

 今はまず朝ご飯が優先と、風呂場で顔を洗って支度する。

「そういえばリガル様は今日も鎧じゃないんですね。それに――それっぽいサンダルも既に履いてるじゃないですか」

「う、うむ。ロキが変じゃないと言ってくれたからな。だからまずは慣れようと思ってだな……?」

「ふふっ、良いことだと思いますよ? この時間なら人も多少はいるでしょうしね」

 二人揃って1階へ向かうと、さすがに支配人のウィルズさんはまだ見当たらなかった。

 昨日俺と一緒に深夜商談していたわけだし、ウィルズさんはその後の処理も残っていたのだろう。

 だが朝のロビーには身形の良い、商人にしか見えない男達がそれなりにいる。

 これから仕事や別の町への移動を開始するのだろうが……

 その視線がリガル様に向けて突き刺さっているのは、当人ではない俺でも分かってしまう。

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ……逆に聞きたいが大丈夫なのか?」

「問題ありません。あの目は美貌に釣られているだけですから、変に不安がらないでください」

「そ、そうか……そうか……」


 そのままレストランに向かうと従業員さんが案内してくれたので、俺達は指定されたテーブルに座った。

「またここかー……」

「何かおかしいのか?」

「おかしいでしょう。なんで二人しかいないのに、こんな長いテーブル使ってるんですか」

「たしかにな。他はもっとテーブルが小さいのになぜだ?」

「リ……あなたがいるからですよ。昨日の風体を見て、一般のような扱いはできないとここの支配人が判断したんです」

「ふむ……そうかなるほど」

 それを嬉しいと思ったのか、急にニヤニヤし始めたリガル様を見てこりゃダメだと心底思う。

 きっと神様! 女神様! と煽てられたら、どこまでもお鼻が伸びてしまうタイプの人だ。

 この格好でもやっぱり危険かもしれない……

 まぁ、これ以上どうすることもできなさそうだけど。


 そんな中で運ばれてきた朝食は一昨日の夕食と同じ。

 メニューを渡されることもなく勝手に出てくるので、それを皿に分けては渡し、分けては渡しとしていると、綺麗に平らげていくリガル様。

「こないだのお代わり自由はお詫びも含めた特別ですからね? 食べ放題じゃないんですから俺の分も残してくださいよ」

「えぇー……」

 フォークでお皿をチンチンしながら抗議する姿を見て、ちょっと可愛いなと思いながらも、負けじと俺も胃袋の中へ放り込む。

 今日は大事な日だ。

 昨晩の夕食も食いそびれているし、しっかり体力を付けなくては。

 そう思ったらメニューを貰い、結局追加オーダーしてしまっている自分がいてビックリした。

 リガル様が大喜びしていたのは言うまでもない。



 その後は部屋に戻り、いつも通りの狩り用装備を身に纏う。

 リガル様はワンピース姿のまま、椅子に座ってその光景を眺めていた。

「その武器は少し質が良さそうだな」

「え? 分かるんですか?」

「【鑑定】を持ち込んでいるわけではないから、まぁなんとなくだがな。私もリステのように、多少ハンター達の記憶を覗くことはある。だから装備の良し悪しが雰囲気でおおよそ分かるのだ」

「へ~さすがですね。見直しました」

「凄いだろう?」

 無い胸を張ってドヤッている姿を見ると、なんとも悲しい気持ちになってしまうけど、それでもこれだって昨日まではできなかったこと。

 リガル様は日々成長していると思えば、この光景も喜ばしいことなのだろう。

 随分お鼻が伸びた状態なので、ここぞとばかりに一つの疑問を聞いてみる。

「ちなみにアクセサリーについては分かりますか? これ、能力効果が『微小』なんですけど、二つ付けてもまったく体感できないんですよ。『中』なら体感できるのかなーって」

「ふむ……分からん……」

 あっ、伸びた鼻を俺が縮めるハメに……申し訳ない。

「だが」

「おっ?」

「それなりに強い者は皆、何かしらのアクセサリーを身に着けている」

「それは予想できます」

「そ、そうか……」

 マズい。

 このままでは筋の通った高いお鼻が陥没してしまいそうだ。

 なぜ質問をしている俺がフォローしなきゃならないのか疑問だが、なんとかしなければリガル様のテンションがダダ下がりになってしまう。

「リ、リガル様は戦闘知識の宝庫ですからね! きっと俺が知らないことを山ほど知ってるんだと思いますよ? 俺がまだ気付いていないだけで!」

「当然だろう。いったいどれほどの時間ハンター達を見てきたと思っているのだ!」

「その通りです。なんてったって戦の女神様ですしね! 今日は期待してますからね!」

「任せておけ! 私は戦の女神だぞ! ハハハハーッ!!」

 これで良し。

 声がデカ過ぎて困るけど、朝の9時近くともなれば普通の人はもう出かけているはずだ。

 籠は持っていく必要無いし……装備と貴重品を所持するくらいで大丈夫かな?

 腹が減ったらどうせ近場なんだから、一度町に戻ってきちゃっても良いしね。

「さっ、それじゃ行きましょうか。とりあえず人目の付かなそうな場所は見つけてありますから、まずはそこに向かいましょう」

「了解した。ロキについていくとしよう!」


 二人揃ってルンルンと。

 お互いが知りたいことを知れるかもとあって、俺達は軽い足取りで町中を抜けていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 俺がボイド湖畔へ向かう時の離陸ポイントに使っていた森。

 その手前にある平原の岩に腰掛け、これからのことを考える。

 リガル様は只今お着換え中だ。

 ワンピースのままでも問題無いと言っていたが、万が一俺の攻撃が当たって怪我でもさせてしまうと申し訳ない。

【分体】だからと言われたって、俺から見えるその姿は当人そのものだし、女神様達のいう魂をその【分体】に移しているとしか思えないからな。

 ただこれをそのままストレートに言ってしまえば反発するのは目に見えているので、「鎧姿が見たいです。あとできれば剣も凄く見たいです」と伝えたら、飛ぶように喜んで神界へ戻っていった。

 なんとも単純な女神様である。


(それにしても、模擬戦かぁ……)


 思わずパイサーさん力作の剣を見つめる。

 まさか最初に全力で振るう相手が女神様とは思ってもみなかった。

 だが、リガル様は言った。

 今の俺の力が見たいから、全力でかかってこいと。

 考えてみれば、俺が本当の全力で戦っていたのは初期のパルメラ大森林くらいだろう。

 その後は常に安全マージンを抱え、スキルやレベルにノルマを課し、死なないことを前提に立ち回ってきた。


 |言《・》|い《・》|換《・》|え《・》|れ《・》|ば《・》|温《・》|か《・》|っ《・》|た《・》。


 ノルマをクリアするための作業、作業、作業―――

 それを嫌とはまったく思わないが、それでもただその繰り返しだ。

 だが、今回は違う。

 どう考えても俺よりスキル保有数が多く、かつそのレベルも圧倒的に高く、人間が到達できる範疇での極みと自ら公言しているような人――というより神様が相手なんだ。

 しかもそれが殺されないという前提で相手をしてくれるというのだから、今の力量を測るには申し分ない存在だろう。

 ならば、全力でやる。

 今使用可能なスキルを駆使して、せめて一撃でも加えて驚かせてやりたい。

 そんな思いを抱きながら、取得しているスキルやステータスを改めて確認し、何をどの場面で使うのが適切か、脳内で想定していく。

 ちなみに現状のステータスがこれだ。



 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:17  スキルポイント残:128

 魔力量:140/140 (+94) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   68 (+66)
 知力:   64 (+13)
 防御力:  62 (+148)
 魔法防御力:62 (+24)
 敏捷:   67 (+66)
 技術:   61 (+31)
 幸運:   67 (+21)

 加護:無し

 称号:無し

 取得スキル 


 ◆戦闘・戦術系統スキル
【棒術】Lv5 【剣術】Lv3 【短剣術】Lv3 【挑発】Lv2 【狂乱】Lv2 

 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv4 【水魔法】Lv4 

 ◆ジョブ系統スキル
【採取】Lv1 【狩猟】Lv3 【解体】Lv2 【話術】Lv1 【料理】Lv1 

 ◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv3 【気配察知】Lv5 【視野拡大】Lv2 【遠視】Lv2
【探査】Lv1 【算術】Lv2 【暗記】Lv1 【俊足】Lv2  【夜目】Lv4
【跳躍】Lv4 【飛行】Lv4 

 ◆純パッシブ系統スキル
【毒耐性】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv2 【魔力最大量増加】Lv2 
【剛力】Lv1 【疾風】Lv1 【鋼の心】Lv1

 ◆その他/特殊
【神託】Lv1 【神通】Lv2 【地図作成】Lv1 

 ◆その他/魔物
【突進】Lv6 【粘糸】Lv4 【噛みつき】Lv5 【脱皮】Lv3  
【光合成】Lv4  【硬質化】Lv4  【物理防御力上昇】Lv4 




 昨日スキルを一通り確認してしまったので<New>は無いが、3ヵ所に出向いた5日間の狩りの中で、自然にスキルレベルが上昇したのは【算術】のみ。

 あとは魔物所持スキルを最低限+α程度に上げたというのが現状だ。

 悲しいかな、レベルはまったく上がっていない。

 マルタに来て大きく伸びたのは【飛行】や【光合成】の対応ボーナスだった魔力。

 あとは【水魔法】【硬質化】【物理防御力上昇】の対応ボーナスだった防御力だな。

 防御力だけが相変わらず突出しているが……それでも今朝の出来事を思い返せば、この程度の数値で満足しちゃいけないことはよく分かる。


(ポイントはやっぱり魔物専用スキルかな? あと武器は―――)


 そして数分後、やっぱり鎧は着込むのに時間が掛かるのかな~? と思い始めたところで、目の前に霧が発生しリガル様が登場した。

「待たせたな」

「あーいえいえ、こちらもどう攻めるか考えていたので大丈夫ですよ」

 無事お着替えも終わったようで、光り輝く豪奢な鎧を着こんでいるし、腰に下げていた剣は既に握り締められている。

「ん?……まさかリガル様も剣使います?」

「見たいと言うから持ってきただけだ。こんなモノ振り回せばロキが大変なことになるだろう?」

 そう言って地面に突き刺す姿を見て、心の底から安堵する。

 あんな物騒なモノ、俺の鎧なんぞ関係無しで真っ二つにされるとしか思えない。

「私は――そうだな。最初は手を出さないから好きに攻めてみろ。その後に軽くこちらから攻撃を仕掛けて防御面を確認させてもらうとするか。一応【手加減】のスキルを持ち込んでいるから、何かあっても死ぬことは無いだろう」

「分かりました。確認ですが、俺は魔物専用スキルも含め、現状得たスキルを駆使して全力でぶつかる。これで良いですね?」

「もちろんだ。私の知らないスキルがあれば、後で詳しく聞かせてもらうとしよう」


 幾分距離の離れたところで対峙し、お互い見つめ合う。

 今までの子供っぽいリガル様とは違う、戦いを前にした鋭い視線が俺に突き刺さる。

 後は俺が攻撃を仕掛ければ、それがスタートの合図ということだろう。


 ふぅ――……

 目を瞑り、深く深呼吸して一拍―――


 それじゃあ、挑ませてもらうとしますかッ!!


 俺は目の前で佇むリガル様へと全力で駆け出した。
135話 なぜ

 リガル様との模擬戦。

 相対する距離はおおよそ10メートル。

【気配察知】を全力で発動させながら、まずは先制とばかりに左手へ魔力を込める。

「風よ、無数の、かまいたちとなって、全力で、切り裂け!」

 魔力の出し惜しみなんてしない。

 そんな長時間、俺が耐えられるとも思っていない。

 だから初めから全力で。

 剣を握り締めたまま腕を横薙ぎに振るい、不可視の風刃をリガル様に向けて放つ。

 無数の風刃がどれほどのものかなんて俺にもよく分からない。

 だが、これなら左右、もしくは上方に大きく避けるのが定石だろう。

 そこに合わせて【突進】を――


「ふむ。懐かしい魔法発動の仕方だな。だが――」


 リガル様は避けなかった。

 その場で呟きながら、手を振りかざし


「―――威力が弱い」


 振り下ろすと同時に、地面の砂埃が波状に広がる。

(えっ? 霧散させられた? 力業で風魔法に対抗したのかよ!?)

 想定していない事態に内心驚くも、魔法防御耐性に任せてその場を動かないという選択は有り得ると思っていた。

 ならば。


(【突進】!)


 敢えて言葉にはしない。

 そんな言葉で予測させるようなことをしてたまるか。

 心の中で呟いた【突進】によって、急速に近づくリガル様との距離。

 そして眼前に近づいたところで剣を持つ右手を振り上げれば、やや驚いた様子を見せながらもリガル様の視線がその剣へ向く。

 だからこそ、両足それぞれに魔力を込めた。


「土よ、大きく、盛れ!」

「む?」


 続けざまに、もう片足に込めた魔力ですぐさま詠唱を開始する。


「穴を、大きく、開けろ!」

「ぬおっ?」


 視界が遮られた中、指定のポイントに穴を開けられるかは若干不安だった。

 だが直前まで見ていた景色だ。

 リガル様のこの反応からすれば、予想通りいきなり現れた足元の穴へ意識が向いたに違いない。

 だから俺は、自らが作った土盛りの上を飛び越える。

 ついでに取得した【跳躍】があればできると思っていた。

 これならば、左右と違って最も警戒心が薄いはず。

 それにリガル様が今所持しているのは【手加減】という、名前からして俺を間違って殺さないようにするためのスキルだけだ。

【気配察知】を持っていないなら、俺の行動に気付けず―――


(いやいや、なんで急にあんな遠くにいるんだよ……)


 俺が両手に剣を握り締めたまま土盛りを飛び込えた先にはリガル様がおらず、ただ直径1メートルほどの穴が空いているのみ。

【気配察知】で捉えたリガル様の気配は土盛りの後方15メートルほどで、その間の移動を認識できておらず、俺からすればいつの間にかそこにワープしたような錯覚を覚えてしまう。

「ハハッ! 実に器用なことをするものだな! 思わず何が飛び出てくるのか予想できず場を離れてしまった。これは私の負けと言ってもいい。だが飛び越えるというのは悪手だな。空中の停滞を制御できなければ、攻撃到達までの時間が最も遅くなるだろう? 理想はその土盛りが貫けるほどの攻撃を仕掛けるべきだったな」

「なるほど……やっぱりリガル様は戦の神様ですね。凄い。凄いですよ! でも、どうやってそんな遠くまで移動したんです? そんなスキル持ち込んでないでしょう?」

「ん? ただ足に力を込めて、その場から退避しただけだが?」

「そ、そうっすか……」


 クッソーッ!


 これが絶対的な能力値の差ってやつか?

 スキルや知恵でどうこうできる問題じゃないことは、この一連の流れでよく分かる。


「では私も攻撃に移るとしようか」

「ぐぬぬ……ま、負けませんからね!!」



「あぁ、その意気だ」



 この時、肌がピリリと。

 何か空気が、いや場の雰囲気が変わったような気がした。



「私は今、非常に楽しい。少しでも長く―――この時間が続くことを祈る」



「……えっ?」


 この言葉を聞いて。

 発するリガル様の表情を見て。

 俺は思わず戦慄し、身体が突如として震えだす。


(な、なんだよ、あの人を狩りそうな目は……)


 もし、ここが戦場だったなら、リガル様が敵対する相手だったならば。

 俺は情けなくも、迷わず逃走を選んでしまったことだろう。

 逃げられないと分かりながらも、脱兎の如く少しでも遠くへと、無我夢中で走っていたに違いない。

 まだ疲れているわけでもないのに呼吸が乱れる。

 こちらに歩み寄るリガル様の姿を視線で捉えているのに、自分が今何をすべきか、その方策が頭から抜け落ちて真っ白になる。


「集中しなければ、すぐに死ぬぞ?」

「ッ!?」


 その瞬間、リガル様は目の前にいた。

 俺が余計なことに気を回していたのは1秒? 2秒?

 そんな長い時間ではなかったはずなのに――


「うぎぃいいいいっ!!!」


 今まで感じたことの無い、焼かれたような腹の痛みに耐えきれず、這い蹲りながら身悶えしてしまう。

 そもそもとして、今どのような攻撃を受けたのか、それすらも分かっていない。

 見ていたのに、【気配察知】は発動していたはずなのに何も捉えられなかった。


「ふむ……この程度だとまだ厳しいか。もう少し緩めるか?」


 そう呟きながら見つめるリガル様の指には血が付着しており、まさかと、自らの腹を見て血の気が引く。

(えっ……血が……まさか、指で刺された? 俺が?)

 気が動転し、再度歩み寄ってくるリガル様に、思わず後退りするしかない。


「ふぐっ……血……痛くて……立てな……」

「バカ者。敵がそのような言葉で温情を掛けてくれると思うのか? 身を守るのはいつだって自らの力。そして自らの意志だ―――立て」


 なんなんだよ、これ……

 心の底からそう思った。

 だがこのまま這い蹲っていたら、俺は何をされるか分かったもんじゃない。

 恐怖から膝を立て、手に力を込めて立ち上がる。


「うぐっ……ふぅ……ふぅ……」

「そうだ。戦う意志を示せ。そうすることによって相手は蹂躙する以外の別の選択、その先を考え始める」

「あ、あい……」

「もう少し加減はする―――では、ゆくぞ」



 ――見えた。

 まず、そう思った。

 リガル様の言葉通り、力加減を緩めてくれたのか。

 俺の下へ、まるで低空飛行のように飛んでくるリガル様の姿が確かに見える。


 だが、だからと言ってどうすればいい?


 咄嗟の判断。

 それは潜在的な意識の結果。

 まだ強く残る恐怖から、俺は【跳躍】して躱す、リガル様から|離《・》|れ《・》|る《・》という選択を取る。取ってしまう。

 だからか――背後から聞こえる声に、俺の心はますます戦意を失い萎縮した。


「また悪手を取ったな? 逃がさんよ」


 勘弁してくれ……痛いのは嫌だ……


「ううぅ! 【飛行】!!」


 より遠くへ。リガル様の手が届かない空へ。

 そう思って必死に上空を見上げ、手をバタつかせながらも空を舞う。


 ――なのに、なぜか掴まれる俺の足首。


 それが「どうして!?」と、言葉に現れると同時に、俺の視線は空から自らの足元へと移る。

 すでに上空20メートルくらいだ。

 人がどうこうできる高さではない。


「まさか空中の制御、【飛行】も使えるとは恐れ入った! しかし強者はただ跳ぶだけでもある程度の高さまで到達するぞ?」


 瞬間、視界は反転。


「ぐふぅううう……ッ!!」


 強引に引っ張られた足によって俺の拙い空中制御は失われ、気付けば背中から地面へと叩きつけられる。

 肺から大量の空気が漏れ、新たに吸うことすらままならない。

 あの高さから落ちてもまだ生きていることが、成長の証とでも言えるのか。

 今はそんなことがどうでもよくなるほど、『|死《・》|に《・》|た《・》|く《・》|な《・》|い《・》』という恐怖が心を汚していく。


「敵に背を向け、中途半端に逃げるからこうなるのだ。ならば、次はどうする?」

「もう、許して……痛い……ごめんなさい……」

「先ほども言っただろう? 自らを守るのは自分自身なのだと。敵にその判断を委ねるなど、好きにしてくれと言っているようなものだぞ?」

「だ、だって……」

「だってもこうもない。このままでは死ぬだけだ―――立て」



 なぜ?



 身体中に痛みが走る中、俺は自問自答する。

 これは俺の力を確認することが目的の模擬戦で、その相手はリガル様で、命の安全が保障された戦いだったはず。

 なのに、どうしてここまで俺は痛めつけられ、その上でまだ戦闘の継続を強いられているんだ……?


 理解が、できない。


(でもこのままでは死ぬだけ……俺は、リガル様に殺される……?)


 ふと、学生時代の嫌な記憶が蘇った。

 それでも何もできなかった、とても嫌で忘れたい、でも忘れられない記憶。


 逃げるのも無駄。


 許しを請うのも無駄。


 なら、俺にできることは?


 俺が助かる道は?


 俺を殺そうとするリガル様を、この場で殺すこと?


 いったい、どうやって……?


 歴然とした能力差を見せつけられ、俺には無理だと恐怖する気持ちと、その中に"なぜ俺を殺そうとするんだ"という、怒りの感情が芽生え始める。


「なんで……なんで俺がこんな目に……」


 自然と、俺は立ち上がっていた。


「そうだ。それでいいんだ」


 だからか、リガル様の声も、弾む。


「うぐっ……くそっ! くそっ! くそッ!!」


 端から見れば、滑稽な姿に映っただろう。

 地面に叩きつけられた時、剣は両方とも衝撃で投げ出していた。

 だから、素手。

 それでも形振り構わずリガル様の下へ駆け寄り、必死に手を伸ばして殴りつける。

 身長差もあって顔になんか碌に届きもしない。

 それでも、涙を溜めながら拳を振るう。


「なんでだ! なんで俺を殺そうとするんだ! なんでっ!!」


 それに対しての答えは返ってこない。

 ただただ、俺の伸ばす手が軽くあしらわれるだけ。

 だからか、思わず俺はリガル様に飛びついた。


 死にたくない。


 殺されてたまるか。


 二つの感情がグチャグチャに混ざり合い、手が届かないならと、安直にそう思っただけのこと。

 胸元に飛びつき、咄嗟に引き離そうと伸ばすその手に噛みつこうとする。

 ――が。


「おっと。噛みつくことに特化したスキルを所持していたな? リアから聞いているぞ?」


 俺の僅かな抵抗も空しく、リガル様の手が俺の目元を大きく覆い、そのまま宙釣りにされる。

 握られ、|軋《きし》む頬骨や頭蓋骨の痛みに悶絶しそうになりながらも抵抗するが、手を伸ばそうが脚を出そうが、リガル様の腕の長さに敵わず接触することすらできない。

 あまりの痛みで声を発することすらままならなくなる。

 そして――

 覆われた指の隙間から、もう片方の腕を引く姿が見えた。


(あぁ……また、指で刺される……もう嫌だ……)


「これで終いだな。実に新鮮で、楽しい一時だった。ロキ、この痛みを忘れるなよ?」


 来る。

 視界の大半が塞がれてはいるが、【気配察知】の影響か、それがなんとなく分かった。


「ふ、ふざけん……な……硬質……化」


 ―――ボキッ。


 その時、腹の辺りで何かを折ったような音が聞こえた。


「ッ!?……フハッ、フハハハッ!! そうだ! そうだぞロキッ!!!」


 その瞬間、腹部を突き抜けるかのような強烈な痛みが走り、口の中が鉄の味しかしなくなる。

 意識が飛びそうになる中、最後に視界へ入った光景は、肘まで赤く染まったリガル様の腕だった。136話 弁解

 実に、嫌な記憶だ。

 俺は手足を大きく広げ、壁を背に立たされていた。

 前には数名の同級生と、俺からすれば見知らぬ数名の後輩。

 野球部員だった彼らはコントロールの練習だと、なぜか俺を的にして硬球のボールを投げる。

 恐怖で先に身体が動けば、寄ってたかって殴られ、蹴られた。

 だから俺は目を瞑り、必死に自分に当たらないことを祈った。

 だが彼らにとっては俺にボールを当てることが目的で、腐っても野球部員で――

 当たって痛みに|蹲《うずくま》れば、必ず言われたのは無情な『|立《・》|て《・》』という言葉だった。


 実に――嫌な記憶だ。

 山ほどある、忘れることのできない記憶の一つ。


 なぜ、異世界に飛ばされた今、こんなことを思い出すのだろうか?




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 頭を撫でられる感触と、優しい花のような匂いに誘われ、俺の瞼はゆっくり開くも視界は遮られている。

(ここは……どこだろう?)

 そう思って僅かに身じろぐと、その動きに気付いたのか、上から声が降りかかってきた。

「気付きましたか~?」

「その声は、フィーリル?」

「そうですよぉ~」

 背中に回された手から、現在俺はフィーリルに抱き抱えられていることが分かる。

 そして、"|な《・》|ぜ《・》|こ《・》|ん《・》|な《・》|状《・》|況《・》|に《・》|な《・》|っ《・》|た《・》|の《・》|か《・》"を思い出し、思わず身体がビクッと震え上がってしまった。

 鼻先が目の前にあるフィーリルの胸を突いてしまうが、今はそれを喜ぶ余裕もない。

「ご、ごめん……なさい……」

「もう大丈夫ですよ~大丈夫ですからね~」

 優しい声で、優しい手つきで、抱えられながら頭を撫でられ、次第に俺の恐怖心は薄らいでいくのが分かる。

「あっ、そういえば傷……俺のお腹……」

 最後に何をされたのかはよく分かっていない。

 でもあの腕の血を見ると、俺のお腹は大変なことになっているんじゃないかと、今は痛みを感じない腹部を自ら摩る。

(鎧に穴開いてる……マジかよ……)

 その穴は指で刺したような可愛らしいものではなく、もっと大きな、それこそ腕で貫いたような大きさになっていた。

「傷、治してくれたの?」

「はい~身体はもう綺麗にしてありますよ~傷も残っていませんから安心してください~」

「そっか……ありがとね」

「問題はあの大馬鹿のせいですから~こちらこそ謝罪しなければなりません~」

 なんとものんびりした口調のため、謝罪とは言うもののそんな雰囲気になっておらず、思わずクスッときてしまった。

「フィーリルが悪いわけじゃなんだから気にしないでよ。それより状況を教えてもらえる?」

「もちろんです~」


 そこから聞いた話は、なんとも反応に困る内容だった。

 焦った様子でリガル様の本体が「やり過ぎてしまった」と騒ぎ出し、かと言って当人は治癒が苦手だったため、リガル様の【分体】をポイントに治癒の得意なフィーリルが降臨。

 とりあえずの応急処置をしたのち、様子を見るため留まっているのがこの状況らしい。

 そしてリガル様はというと、現在神界で他の女神様達からお説教を通り越し、ボコボコにされている真っ最中だという。

 特にフェリンと寝たきりなのに這ってでも殺しにかかるリステ、あとはなぜかアリシア様が猛威を振るっており、今は魂だけであっても近づかない方がいいとのこと。

 正直俺もリガル様に会いたいとは思わないので、それはそれで問題無いのだが―――


「ちゃんと謝罪をさせますので~お手数ですが今日の夕方頃にでも教会に行ってもらえませんか~?」


 この言葉に、俺はどうしたものかと頭を悩ませた。

 怖い、また会ったら殺されそうになるんじゃないか。

 こんな思いばかりが押し寄せてくる。

 できれば勘弁してほしい、それが俺の率直な気持ちだ。

 だがそれを察したのか、フィーリルが優しい口調で呟いた。


「もうリガルが暴走することはありません~それにどうやらロキ君のためを思って今回の行動に出たようですよ~? やり過ぎに違いはありませんけどね~」


 俺のためを思って?

 どこら辺が?

 そんな話を聞いても首を捻るばかりだ。

 特に最後の一撃なんて、完全に殺しにかかっているとしか思えない。

 だからか、あの行動にいったいどんな意味があるのか。

 あるなら聞いてみたい、そんな気持ちも湧き上がってくる。

「それ、例えば【神通】じゃダメなんだよね?」

「その程度の時間で事情説明と謝罪ができるとは思えませんし~かと言ってリガル一人をまた降ろしてもロキ君が不安でしょう~? 神界なら他の皆がいますから~」

「そっか……」

【神通】じゃたったの2分だ。

 たしかにそれで俺が納得できるとは思えないし、一人リガル様が目の前に現れても今は無理。

 話を聞くなんて状況にもなれず、他の女神様に助けを求めようとしてしまう。

 なら神界に行くのが一番早いか……このままってのもマズいだろうしなぁ。


「はぁ~分かったよ。それじゃ夕方、混んでそうだけど教会に行ってみる」


 こうして、リガル様がどのような言い訳を繰り広げるのか、その確認のため俺は再度神界へ行くこととなった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 時刻は夕方。

 町の人達に場所を聞きながら、俺はマルタのやや南に位置する、リガル様とリアの神像が置かれた教会へ訪れた。

 先日足を運んだリステとフェリンの教会と同じ作り。

 それなら内部も一緒だろうと、やや重い足取りで中へ入る。

 そして案内されるまでもなく、左に位置するリガル様の像――

 それとは逆の、リアの像へと向かっていく。


(フィーリルが言っていた通りか。リガル様の方は並んでいるのに、リアの方はガラッガラ。なんとも可哀想に思えてくるな)


 罪の女神ということもあり、リアに祈りを捧げるのは罪の意識がある者。

 その懺悔の場として使われることが多いらしく、人も少なく祈りが長くても咎められない。

 魂を呼び出すのにうってつけなのが、リアの神像ということだった。

 言い換えれば俺が罪の意識を抱えている、懺悔しに来ているということになるわけだが、まぁそこまで町に長居するわけでもないし、今は他の人に迷惑を掛けなければそれでいいだろう。

 別々に分かれた円の中に入って跪き、この場合誰に声を掛ければいいんだ? と悩みながらも心の中で呟く。


(えーと、リアの神像の前にいるよ。誰かお願いします)


 すると毎度の流れのように、聞きなれた声を耳が拾う。

「度々になってしまいすみません」

「ロキ君! 本当にこの馬鹿がごめん!」

「ご……迷惑……を……」

 その言葉を聞きながら目を開ければ、そこにはなんというか。

 言葉では表しきれない、大変シュールな光景が広がっていた。


 まず今回の当事者であるリガル様は、中央で尻を高く上げ、地面に額を付けて跪いていた。

 両手は後手に縛られているし、もう罪人にしか見えない姿に成り果てている。

 そしてその横で、リガル様の肩の辺りを踏みつけ、起き上がれないようにしているフェリン。

 まずこの時点でビビるのに、あの可愛かったお顔は眉間に深く皺が寄り、まるで般若のような形相が一層恐怖をそそる。

 早く元の可愛いフェリンに戻ってほしい。


 そしてその反対側には、なぜか布団を敷いて寝ているリステがいた。

 具合が悪いのは分かるが、なぜそこにわざわざ布団を敷いているのだろうか。

 そしてその布団はどこから持ってきたのだろうか。

 非常に疑問が残る光景だ。


 最後に、リガル様の後ろで仁王立ちしているアリシア様。

 表情は普通だが、なぜかその手には鞭にしか見えないモノが握られていた。

 どう考えても、構図的にリガル様の尻をソレで叩いていたようにしか見えない。


(なんだこれ?)


 口にはしないものの、真っ先に出てきたのはこの言葉だった。


「え、えと……とりあえず来ました……」

「今回の件、本当にすみませんでした。まずは代表して私から謝罪させていただきます」

 そう言って深々と頭を下げるアリシア様に恐縮しつつも、いつもと違う状況に思わず確認してしまう。

「いえいえ、アリシア様が何かしたわけじゃありませんし。それより、ここに4人いますけど大丈夫なんですか?」

 いつもは3人がここに、残りの3人が結界やら遅延の魔法やらを唱えていたはずだ。

「今回は緊急事態ですし、リアとフィーリルが頑張ってくれていますから、ロキ君は気にされなくて大丈夫ですよ」

「そ、そですか……」

「リガル。まずは顔を上げなさい。その上でしっかりと謝罪するのです」


 この時、アリシア様が鞭らしきものを持っていることからも、フィーリルの言っていたボコボコとは、今見えているような女神様達の怒る雰囲気を表したものとばかり思っていた。

 表現の一つというかなんというか。

 だが、顔を上げたリガル様を見て、思わず「うっ」と言葉が漏れてしまう。


(これ、ガチのボコボコじゃん……昔の俺かよ……)


 腫れていないのは額だけ? というくらいに各所が赤く膨れ上がっており、ここまでくると視界が確保できているのかも怪しい。
 おまけに現在進行形で鼻や口から血を垂れ流していて、あの美貌の面影は欠片も無くなってしまっている。

「ほ、本当にずまなかっだ……ゆる……許じで、ほじい……」

 ゴツッ!

「許してくださいでしょ!」

(ヒーッ!!)

「ゆ、許じでぐだざい……ずびばぜんでじだ……」

「ちょ……」

「ロキ君、今回の件は私達なりにこのような形で制裁を加えました。加えて魔法での回復は許さず、自然回復に任せた上でこのまま下界の転移者探しをさせます。もちろん傷を隠すことも許しません。なので――なんとか収めていただけませんか?」

「は……はへ? えーとこれは――収める以前にちょっとやり過ぎでは……?」

「何言ってるの! ロキ君はお腹に穴開けられて殺されかけたんだよ!? フィーリルがいなきゃ死んじゃってたんだからね!?」

「えっ……まぁそうかもしれないんだけど、それでも見るに堪えないというかなんというか……」

「ロキ……君……ここ……で…やさし……さは…不要……ですよ……」

「えぇ……」

 やべぇ。

 みんな怖過ぎるんだが?

 リステなんて目が血走っていて、そのまま光線が飛んできそうな雰囲気だ。

 このままでは女神様達を見る目が変わってしまう……

 ――だが落ち着け、落ち着くんだ俺。

 これは俺が死にかけたから皆がやってくれたこと。

 つまり被害者である俺の意見が尊重されて然るべき、だよな?

 なんで俺がフォローしてやらなきゃならんとは思いながらも、それでもこの痛々しさは直視できないし、そもそもそんなことが目的でもないのだから、ここは無理やりにでも俺の言い分を通させてもらうとしよう。

「確認ですけど、リガル様のこの惨状は俺が殺されかけたから、だから皆さんがその制裁としてやってくれた。これで合ってますか?」

「間違いありません。何か悪事を働いたわけでもないのに、模擬戦と称してロキ君を殺しかけた。というよりそれは結果であって、リガルは一度ロキ君を殺しています。だからこその制裁です」

「え……あっ、と……分かりました。それについてはお礼を言わせてください。わざわざ俺のためにありがとうございます」

「そう言っていただけて良かったです。ではこのまま予定通り、治癒をせずにその傷を背負って下界の子達の前に姿を晒す。これでいいですか?」

「というかロキ君! 様なんてつける必要ないんだからね! こんなの『馬鹿』でいいよ! 『馬鹿』で!」

「フェリ…ンの……言う……とお……りで…す……」

「フェ、フェリンはとりあえず落ち着いて。あとリステはつらそうだし、無理にしゃべらなくていいからね?」

 あかん。

 どう見ても感情的になっている横の二人が会話に混ざると、話が余計にややこしくなる。

 今日だけは物凄いリーダー感を出しているアリシア様と会話をした方が良さそうだ。

 それにしても一度死んだって……マジで? まったく実感が無いんだが?

「えーと、大前提としてですね、俺がここに来た理由はリガル様の惨状を見るためではありません。なぜあのような行動を取ったのか、その理由が知りたくて来ています」

「それですが―――」

「アリシア様。それをできればリガル様本人の口から聞きたいんです。でないと、俺はリガル様をこの先ずっと許すこともできそうにありませんから」

「当然だよ! 殺そうとした相手を許すなんておかしいよ!」

「フェリン!……本当にそれで良いの? 許さなかった場合、俺は神界になんてまず来ないよ? 許さない相手がいるんだから。それに女神様達同士の関係はどうなるの?」

「うぅ……」

「理由次第なんだよ。ただ悪意があってということなら、いくら理由を聞こうが絶対許す気になんてなれない。でもフィーリルは結果的にやり過ぎたにしろ、俺のためを思ってと言っていた。だからそれがどんな理由なのか聞きたいんだ」

「分かりました。ではリガル。私達に話した断片的なものではなく、詳しい内容をロキ君に説明してください」

「あーその前に、できればリガル様の口回りだけでもいいんで治してあげてくれませんか? 正直言葉が聞き取りづらいんですよ」

「……たしかにそうですね。では止むを得ません。ロキ君が納得されなかったならば、また新たに傷を作るとしましょう」


(マジで怖ぇ……)


 その後、アリシア様が部分的な治癒を施した上でリガル様が語り始めた。

「ロキ……本当に済まなかった。当初はこんなことをするつもりでは無かったのだ……」

「雰囲気が変わったのは、リガル様が攻撃に入るタイミングになってから。そうですよね?」

 それまでは俺がイメージする模擬戦そのもので、技を披露し、その経過や結果について語って――

 リガル様のテンションが高かったなと感じたくらいで、至って普通の状態だったように思える。

「その通りだ。私は――戦の女神とは言うも、実際に戦ったことは無い。だから、ロキとの闘いが楽しくてしょうがなかった。今までハンター達の記憶から戦いを想像していただけの私にとって、懐かしい詠唱の仕方、見慣れぬ魔力の使い方、それらを駆使して……その小さい|形《なり》で果敢に私へ挑んでくれることに、今までにない喜びを感じてしまった……」

「……」

 戦ったことのない『|戦《・》|の《・》|女《・》|神《・》|様《・》』、か……

 まぁその事情はなんとなく分かる。

 神界から出られない生活を送っていたなら、戦いたくてもその相手がいなかったということだろう。

 話の内容からすれば、規則なのかやる気の問題なのか、他の女神様達とも戦うことが無かったということになる。

 それで下界への接触も禁止されていたとなれば、今まで覗いてきただけの想像、妄想が実現した俺との模擬戦は、リガル様にとって新鮮で楽しかったというのも頷ける。

「だから、私は思ったのだ。やっと戦える相手を、僅か数ヵ月でここまで成長したロキを失いたくない、と」

 ……ならば、どうして俺を殺すことになる?

 結局は首を傾げてしまうけど、ヘタに話の腰を折るよりは、このままリガル様に話してもらった方が内容を掴めそうな気がして聞くことに徹する。

「この世界はロキが思っている以上に非情だ……ハンターにしても、魔物に殺されたとなればまだ納得もできるだろう。だが実際は理不尽な力や権力によって殺される者は多い。記憶を探ればそのような者など掃いて捨てるほど出てくる。そして、ロキは人が良過ぎるのだ……だからこのままではいずれ、そのような力に巻き込まれて死んでしまうと私は思ってしまった」

 ここでやっと、「なるほど」と思った。

 話の筋が少し見えてきたと言ってもいい。

 リガル様がおかしくなってから、まるで俺に何かを|警《・》|告《・》するように語りかけていた。

 恐怖でそれどころではなかったが、思い返せば自らの身を守るための精神論を説いていたような気がする。

「魔物からスキルを得られる能力のせいなのか、それともただの好みなのかは分からない。だが、ずっと一人で行動していることは私だって聞いている。それは何かあった時、誰も守ってくれる者がいないということだろう……? 私が常にロキと行動を共にできるならそれが一番だが、それだって現状の転移者問題を抱えている中では難しいし――」

 ここでチラリと、リガル様はやや般若の顔が崩れて困惑しているフェリンの顔を見上げた。

 まぁ、俺の分かる範囲の神界ルールに照らし合わせれば難しいだろうな。

 先ほどは緊急事態ということもあって、一時的に二人が下界にいたっぽいけど……基本は俺の監視という名目で一人だけ。

 皆が下界に降りられるなら降りたいのだろうし、その中でリガル様だけという案を他の女神様達が許すとは思えない。

 下界を巡る旅に出たいと言ったフェリンの案だって、通っていないっぽいしね。

 リステなんて、「そんなこと許さねぇよ」と言わんばかりに、また目が血走っている。

「だから……私なりに教えたかったのだ。いくら多少強くなったとは言え、ハンター達の取得スキルやそのレベルから、ロキより明らかに強い者なぞこの世界にはごまんといるだろう。武力でなくても、権力で法を捻じ曲げるやつだっているはずだ。簡単に屈しないように、少しでも心が強くなるように、最後の最後まで足掻いて好転の目を掴めるように――私は、そう思って……」

 
 ふぅ――……


 思わず俺は、神界に広がる白い空を見上げた。

 ある程度のことは理解できた。

 俺のためにしてくれたこと、それは間違っていないだろう。

 まるで軍隊、鬼軍曹といった様相だったが、この世界で温く活動してきた俺にとっては、今の話を聞けば確かにプラスだったのかなと思える部分もある。

 簡単に屈する、謝罪の言葉を口にしたところで、相手によってはそこから一方的な蹂躙に変わるだけ。

 それは地球でも、山ほど味わってきたことだ。

 ただ思い出したくないからその反省を活かそうとすることもなかったし、何かあればとりあえず「すみません」「ごめんなさい」と。

 まるで口癖のように謝る日本人的な性質が、社会人になってからは何かと都合が良くもあった。

 それが自然と身体に染みついてしまっていた。

 別に悪いことではないと思うけど、そこは相手に合わせて、か……


「最後の……アレはどんな意味があったんですか?」


 ここまでのことは分かった。

 理解もできた。

 だが、今だに謎なのは最後の最後。

 俺の腹に穴を開けたあの行動だ。

 実際にあれで俺は死んだのか? 死にかけたのか?

 そこはよく分からないが、危うく天に召されるところだったわけだし、あとはここにどんな理由があったのか。

 ある程度納得できただけに、その答えが聞きたくてしょうがない。


「あ、あれは……あれは――……」


 だが、俺のこの質問に、明らかにリガル様は狼狽えた。

 その表情で、おおよそ答えも分かってしまった。


 ――ピシッ!!


「リガル。答えなさい」

「うぐぅ……」


(アリシア様、あなた、そんなキャラだったんですか……)


 人生初めて見る鞭使いの女王様に戦慄してしまうも、効果はあったようでリガル様の口が開く。

「あれだけは、弁明のしようもない……もう何も無いだろうと思った上での予想外の反撃。油断していたとはいえ私の指が折れた時、余りの興奮に我を忘れてしまった……【手加減】があれば大丈夫だろうと、勢いのままに全力を振るってしまっていた……」

「……」

 どうすんだよコレ。

 ここまでが理解できていただけに、物凄く返答に困る内容だ。

 頭をポリポリと掻きながら、アリシア女王様に答えを求める。

「あの、【手加減】ってスキルは、文字通り手加減して|死《・》|な《・》|な《・》|い《・》スキルなんですよね?」

「一応はそうなります。ただ致命傷となる攻撃を加えれば瀕死になるわけですから、そのまま治療も施さずに放置すれば結局死んでしまうでしょう」

「つまり攻撃を加えたその時だけは、とりあえず死なないスキルってことですか?」

「その表現が一番合っていると思います。そしてリガルは馬鹿なことに放置しました」

「違っ……私だって治療を施そうとしたのだ! ただ【分体】であることを忘れていて、いくらやっても魔法が発動しなくて……すぐ神界に戻って【回復魔法】を持ち込んだ時には、もう……」

「だから『|馬《・》|鹿《・》』なんだよ! そんなお腹を貫通しているような傷、【回復魔法】で治るわけないじゃん! せめてそこは【神聖魔法】でしょ!」


 ボゴッ!


「ひぎっ!」

「そもそもとして、本来祈祷用などに残すべき【分体】を全て消し、なぜロキ君の力を見るための模擬戦に、本体の半分の能力を有する【分体】で挑んだのかも疑問ですしね」


 ピシャッ!!


「はぐっ!」

「ロキ…君…が……亡くな…った……ことを……最初……隠し…ましたね……フィー…リル……が死ん……でます…と……泣い……てま…したか…ら」


 ボギッ!!

「うがぁあああ!」


 色々と……酷い……

 これがボコボコということだな、と。

 一目で分かるほど容赦のない攻撃が浴びせられている。

 特にリステは、その金属製の棒をどこから出したのだ……


「ふぅ……ふぅ……とりあえずこんなものでいいでしょう。―――それでロキ君、リガルの処罰はどうしますか?」


 そう問いかけられると困ってしまうも、今の状況を鑑みるに、こう答えとくのが正解かな? と。

 なんとなくそう思った。

 だから軽い気持ちで答えておいた。



「ギルティで」 137話 3つの条件

 俺の場を少しでも和まそうという粋な計らいは無駄に終わり、目つきを変えてせっかく治した口回りをまた"|汚《・》|そ《・》|う《・》"とする女神様達3人。

 それを慌てて止め、俺のちゃんとした考えを示し、その結果が今、目の前の光景である。


「誠に申し訳ありませんでしたっ!! もう二度と、我を忘れるようなことはありませんッ!!」


 解かれた手と額を地に付け、長く綺麗な金髪を地面に垂らしながら謝罪の言葉を口にするリガル様――いや『|リ《・》|ル《・》』。

 今まで降臨してきた女神様に、見事なまでの4|連荘《れんちゃん》土下座をかましてきた俺にとって、今回リガル様にはどのタイミングで土下座をすることになるのだろうと。

 内心そんなこと考えながら行動を共にしていた。

 しかし――


(まさか、俺が土下座される側になるとはなぁ……)


 まったく予想していなかったことだが、何をどうすれば丸く収まるのか。

 その上でこの土下座が必要ならば、俺は納得して見守るしかない。

「これが地球の最上級謝罪、『土下座』ですか」

「ん~俺が住んでいた日本限定だと思ってましたけど、下界の住人も普通にやってましたよ?」

「ロキ君も私にやってたよね! コソッと匂い嗅ごうとして!」

「シーッ! それシーッだから!!」

 やっと笑顔が戻ったフェリンに安堵しながらも、俺が提示した案と、そこから逆に提案された内容について思い返す。



 まず俺は、今回の件に対して大半の部分を許すことにした。

 やられたことは苛烈の一言だが、俺のためにしてくれたことであり、実際考えさせられる部分もあったのは事実だ。

 だから最強【分体】で挑んできたこととか、指で刺されたこととか――

 そこら辺は俺もプラスになったからという理由でチャラ。

 不満が残る3人を宥めながらもなんとか納得をして貰った。


 だが、最後の一撃。

 あれだけは本人も言っていた通り、そうすべき理由がなく、興奮しきって我を忘れたリルが全ての原因だ。

 その結果が生き返ったとはいえ、|俺《・》|の《・》|死《・》。

 個人的にはフィーリルのおかげで現状ピンピンしているわけだし、楽しくて我を忘れる、興奮するなんてことは自分自身でも経験があるので、理由と経緯をちゃんと聞けた今となっては怒りもあまり湧いてこない。

 なんせ楽しい、興奮するという理由だけで6年間ゲームに没頭、大学まで中退して人生の大事な期間を捨てたわけだし、そもそもとして俺に死んだという実感も無いわけだからな。

 だから次が絶対ないように気を付けましょうくらいに思ってしまっていたが、リステやフェリンはもう色々と臨界点に達していて、これをどう収めるかが最大の問題になった。

 当初アリシア様が提案していた、傷を残した状態で下界に降り、その姿のまま転移者探しというのは早々に却下。

 俺にその手の趣味はないので、そんなことをされてもまったく嬉しくない。

 でも何かしら要求しないと、場の怒りが収まりそうにない。


 ――だから、提案した。

 しばしの間考え、許す代わりに、3つの条件を飲んでくれと。


 その一つが呼び名の変更だ。

 と言ってもリガルと呼び捨てにしたいわけじゃない。

 どちらかというと逆で、リガルと呼びたくないからこその一案。

 宿で食事をする時、呼び名に困って俺は思わず『あなた』と呼ばざるを得なかった。

 それはリアの時も同じだが、なんせリガル様は物凄く目立つ。

 ド派手な鎧を好んで着る以上、断トツの一番で身バレするのはやっぱりリガル様だろう。

 悲しいかな、ちょっとどころじゃないほどおバカなところがあるしな。

 だから以前リステには断られたあだ名。

 これを強制的に発動させた。

 その結果が先ほどの『リル』である。

 ただ真ん中の『ガ』を抜いただけだが、随分可愛らしい名前になったと俺の中では大満足だ。

『リル』は「私がそんな可愛らしい名を……?」と驚愕していたけど、これは罰だからね。

 そしてそれに付随するように、俺は俺でリルに対して敬語禁止ということになってしまった。

 これは俺が望んだというより、フェリンの案がゴリ押しで採用された結果だな。

 こんな『馬鹿』に敬語を使う必要なんてないと文句を言いまくっていたので、フェリンの溜飲を下げる意味でも採用せざるを得なかった。


 そして二つ目が、一日だけで良いので転移者探しを休みにしてもらい、俺と一緒にBランク狩場へ同行すること。

 結局俺が知りたかった、『Bランク狩場が通用するのかどうか』が分からないままになっているわけだし、リルはリルで常に俺と同行したいと言っていたんだ。

 ならばもう、一緒に連れていってしまえばいいと。

 俺の中でそういう結論になった。

 いざとなればあの強さだ。

 Bランクの魔物なんて一蹴してくれるんだろうし、リルがセットなら格上狩場だろうと俺が死ぬこともないだろう。

 この提案にアリシア様は、二人きりで不安はないか? と確認してきたが、今のリルを見る限りはもう大丈夫そうだしなぁ。

 本当に俺を殺すつもりだったのなら、そもそもフィーリルに助けを求めたりなんてしないはずだ。

 それにこのままじゃリルが神界の中で孤立してしまいそうな雰囲気もあるし、まずは被害者である俺が信用するところから始めないと、女神様同士の関係改善が見込めない。

 そしてそのついでという名目で、リルにちゃんとした治療を求めておいた。

 不満噴出という感じだったが、こんなボコボコのジャガイモみたいな顔した人と一緒に歩きたくはないからね。

 この顔じゃ俺が罰ゲームになると言ったらアリシア様が治癒を開始してくれたので、これで俺まで変な目で見られることはなくなるだろう。


 そして最後の三つ目。

 これは単純に、二度と同じ過ちは繰り返さないとこの場で、そして皆の前で誓約すること。

 そこにリステからの要望で、俺が知り得る限り最大級の謝罪方法を行わせることが提案された。

 だからこその『土下座』だ。

 プライドの高そうなリルなら、土下座という惨めな格好を、しかも神様でもないバリバリ庶民の俺にするのだからさぞ堪えることだろう。


 個人的にはそれなりに現実的な路線で提案したつもりだ。

 もう少し考える時間があれば、もっと実のある内容を提案できたかもしれないが――

 まぁ二つ目の狩場に女神様同行が実現するだけでも俺にとっては御の字だしな。

 どちらに転ぶかは分からないにしても、これで一つの実験もできるわけだし、罪の償いとしてはこんなもの。

 |俺《・》|は《・》そう思っていたわけだが。

「あまっ!!」

「それだけでは軽過ぎないでしょうか……?」

「やさ…し…過ぎ……ます……」

 このように、お三方からヌル過ぎるというご指摘を頂くハメになってしまった。

 そこからはもう、当事者の俺が置いてけぼりを食らう勢いで勝手に話が進んでいく……


「リア。参考として、人種――人間が人間を殺めた場合はどのような罪の償い方になるのですか?」

 アリシア様がこの場にいないリアに問いかければ、まるで天の声かの如く、しかし内容は地獄の閻魔様かとボヤきたくなる内容が降ってくる。

『まずどこの国でも『死罪』か良くて『奴隷落ち』、ただ相手が罪人であれば不問、が多いはず』


 予想通り過ぎて困るわー。

 地球と変わらずの極刑クラス。

 そりゃそうだよなと納得してしまうも、この天の声を聞いて、リルは顔面蒼白になってしまっていた。

「そうですか。ということはロキ君が罪人ではない以上、本来であれば死罪か奴隷が順当ということになるわけですね」

「ちょちょちょ! リルは女神様ですからね! 下界のルールだと確かにそうなのかもしれないけど、それに当てはめちゃ駄目でしょう!?」

「なんで?」

「女神様が一人減っちゃったらどうするの!? 下界大混乱だよ? 信仰しているハンターは? 職業選択は? 女神様にしかできないこの世界の管理という大仕事はどうなっちゃうのよ!?」

「んー……たしかに!」

「ロキ君のおっしゃる通りです。さすがにどのような事態であっても女神が死ぬことは許されません。ただ――奴隷、ですか」

「いやいや、奴隷もマズいですって……」

「奴隷ってあれだよね? 代わりに仕事する、みたいな?」

「身の……回…りの……世話を……する…者もいれ…ば……性の……処理を……する……奴…隷も……いま……す……」

「「「……」」」

 性の奴隷?

 略して性奴隷!?

 思わず眉と股間が跳ね上がってしまうが、待たれよ息子。

 今はそんな場合じゃないだろう?

「ちょちょい! 奴隷って俺の認識だと、主のために休み無しの強制労働だからね? それってずっと下界にいるってことだよ? 本体が管理の仕事をすればそれでいいのかもしれないけど、他の女神様達が下界に降りられなくなるよ!?」

「それは嫌っ!!」

「却…下……です!」

「うーん……ロキ君は強さに関わることが一番の望みなんですよね?」

「まぁそうですね。なのでBランク狩場に同行を―――」

「ならば」

「「「ん?」」」

 今まで会話にほぼ参加することなく、まるで判決が下されるのを待つような状態で項垂れていたリルが、急にはっきりとした口調で呟いた。

 まずそのことに驚くも、その後に続いた言葉に一同さらに驚かされる。

「私の固有最上位加護をロキに与えたらどうだろうか? 与えられるスキルは戦闘系とも言えるから、求めている強さにそのまま関わってくると思うが?」

「えっ?『|覇《・》|者《・》』だよね? 確かにそうかもだけど、その加護持ってる転生者って今いなかったっけ?」

「……いますね。リガル、意味が分かっていますか? 本来は所持しても下界で1名のみ。被らせてはいけないと定められているのが固有最上位加護ですよ?」

「そうは言っても、アリシアだって『神子』がいるのにロキへ固有最上位加護を与えただろう? 加護の重複は問題だが、スキルだけなら大丈夫という判断ではなかったのか?」

「うっ……」

「私は……このような状況になっても情けを掛けてくれるロキの力になってやりたい。そのためなら数ヵ月動けなくなろうが構わん」

「か、加護が乗らないロキ君限定であれば大丈夫だと思っていますが……しかし、今はリステが……」

「もちろん女神が二人も使い物にならなくなるのは避けるべきだろう。だから渡せたとしてもリステの回復後。それでも良いのなら――」

 そう言って俺を見つめるリルは、治癒もすっかり完了して元の美人さんに戻っていた。

 その強い視線に、その言葉に、俺の喉がゴクリと鳴る。

 固有最上位加護『覇者』のおまけで付いてくるスキルがどのようなものなのか、今の説明ではまったく分からない。

 だが、『覇者』という名前の時点で俺の頭の中は期待感だらけ。

 欲しいか欲しくないかで言えば、超が付くほど欲しいというのが本音だ。

 それに。


(既に持っているやつがいる。おまけに戦闘系となれば、間違いなく目立っているやつだろう。消去法でいけば――帝国のシヴァってやつか?)


 好んで対峙しようとは思わない。

 だが好む好まざるに関係無く、好戦的に隣国を攻めているような相手ならば、いずれ俺が絡まれる可能性だってある。

 その時に対抗できる力、スキルがあるならば―――


「ぜひ! それで!!」


 俺は即答した。

 リステやアリシア様のその後を見れば、気軽にくださいなんてとてもじゃないが言えない固有最上位加護。

 それをお詫びにくれるというのだから、俺に拒否するなんて発想があるはずもない。

 これで俺は元より、フェリンもリステもアリシア様も。

 最低限納得できるところまではいったようなので、リガル様の土下座お披露目が開始されたというわけだ。


 はぁ~。

 なんだか疲れた……本当に疲れた1日だった……


(これでまた暴走することはなさそうだけど……死んだ後遺症とかないよな……?)


 リルの土下座姿を見つめながらも、俺はそれだけが気掛かりだった。138話 新事実

 翌日の朝、早過ぎてまだ従業員さんしかいないレストランで一人食事を摂る。

 俺としてはリルと一緒でもよかったけど、昨日の件もあって食事の同伴は辞退すると。

 あの食いしん坊女神様が言うのだから、本人も相当応えているんだろう。


『あなたは一度死にました』


 こんなこと言われたってなぁ……

 まさか死んで異世界転生ではなく、異世界転移してから死んで生き返るなんて、そんなパターンはありなのだろうか?

 時間の制限で神界にいる時は確認できなかったので、死んだことによる障害、後遺症のようなものはあるのかと、昨晩色々動いて確認してみたものの特に異常は見られない。

 今だってご飯は普通に美味いし、ステータスにも変化は見られず、それでも時間が経つほどどんどん不安になって―――

 思わず【神通】でフィーリルに確認をしたら、返ってきた答えはなんとも言えないものだった。


「私の【蘇生】はレベルが高いので大丈夫ですよ~………………たぶん」


 この間よ。

 最後にボソッと言われた、間延びしない『たぶん』に俺は思わず頭を抱えてしまった。

 おいおい、そりゃねーだろうと。

 そんな俺の気持ちを察したのか、それともわざとだったのか、緊張感のない口調でフィーリルは説明を続けてくれたわけだが……

【蘇生】で重要なのは死後、どの程度時間が経過しているのか。

 この時間と【蘇生】というスキルのレベルが全てのようで、一応<聖人>という職業が過去に使用した【蘇生】の後遺症事例として、記憶障害や味覚、嗅覚といった感覚障害、あとは人格障害――

 まぁ性格がガラッと変わるってことらしいが、地球でもありそうな脳のダメージで影響が出そうな事例はいくつか確認されているらしい。

 ただリルが原因で多少もたついたものの、俺の死後経過時間を考えればまず問題は無いと。

 その上で『たぶん』とどうしてもつけなければいけないのは、フィーリル自身が【蘇生】スキルを今まで使ったことがなかったから。

 死なない女神様達だけで暮らしていて、初めて【蘇生】スキルを使ったというのなら、そりゃそうかと納得するしかないだろう。

 また、説明の中には気になる言葉もあり、死ねば人間だろうが魔物だろうが、魂が身体から離れて無防備な状態で晒されることになる。

 人は天へ、魔物は地へ。

 引っ張られている魂を見つけ、無理やり捕まえて戻すのが【蘇生】というスキルになるため、俺が魂だけ神界へ運ばれるのと違って劣化しやすく、そう何度も同じ対象に【蘇生】なんてできるものではないという話だった。

 要はもうそう簡単に生き還ることはできませんよってこったな。

 そして前述の通り、本来であれば人の魂は天に還るはずなのに、なぜか俺の魂はフワフワと|地《・》|に《・》|引《・》|き《・》|摺《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》ような動きをしていたらしい。

 フィーリルの予想では、この世界で生まれた人間ではないので、もしかしたら還る場所が分からなかったんじゃないか? と予想をしていたが――

 内心「俺ってこの世界じゃ異分子どころか魔物扱いなの!?」と驚いたのは言うまでもない。

 まぁ額に角生えたとか、皮膚が緑っぽくなったとか、そんな魔物チックな変化は何も起きてないので、気にしてもしょうがないんだけどね。


(感覚障害は色々試した感じだと問題無し。性格の変化も今のところ自分で感じるものはない。記憶は――何を忘れたかなんて当人が分かるわけもない……)


 地球にいた頃の自分を思い返せば、家族構成や仕事のこと、それに思い出したくもない嫌な記憶だってしっかり蘇ってくる。

 ならば気にするだけ無駄なんだろうな、と。

 リルがいないせいか、案内された二人席のテーブルを後にし、俺は自室へと戻った。



「おはよう」

「あ、あぁ……おはよう……」

 時刻はまだ朝の7時前。

 目の前に降りてきたリルを見ながら挨拶をする。

 時間は有限で、同行の約束が今日一日だけであれば、その一日を使ってフルに動く。

 そのつもりで少し早い集合をお願いしていた。

 しかし、堅いなぁ……堅いよ女神様。

 出発の準備をしながらチラリと見るその姿はやや俯き気味で、まだ相当な罪悪感を抱えていることが透けて見えてしまう。

 あんなことがあったのだから、気まずいのはお互い様。

 ならばこの空気を壊すのは被害者である俺の役目だろう。

「リル? 昨日ちゃんと謝罪は受けたわけだし、もう二度とやらないって誓ったんでしょ? ならもう気にしなくていいよ?」

「それでもだ……改めて目にすれば申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それに――」

 リルの視線が向く先は俺のお腹。

 穴の開いた鎧が気になるんだろう。

 思わず鎧を労わるように、手で撫でつけながら穴を隠す。

「鎧を新調する時間もなかったしね。この状態で防具としての意味がどれだけあるのかは分からないけど……まぁ何も身に着けないよりはマシでしょ?」

「……」

 お腹と背中には丸い穴が開いてしまっているも、胸部辺りはちゃんと守られているんだ。

 それなら無いよりはあった方が良い。

 問題はこんな状態の鎧を着て外を出歩くことが、猛烈に恥ずかしいというくらいだろう。

 そう思っていたわけだが――

「ロキ、その鎧は付与付きだったか?」

「ん? 【魔力自動回復量増加】が付与されてるはずだけど?」

「そうか……少し待ってもらってもいいだろうか? すぐに戻る」

「えっ?」

 返事も聞かず、すぐ霧を纏い消えていくリル。

 そして戻ってくるなり俺の鎧を凝視し――


「済まない。その鎧はもう、防具としての意味をほぼ成していない」


 ――こんな言葉をぶつけられ、俺の頭が混乱する。

 そんなことは大きな穴が開いているんだから、一目見ればすぐに分かること。

 なのに付与の有無を問われたり、わざわざ神界に戻ったりと――どうもそんな単純な話ではないような空気感がリルから伝わってくる。

「……どういうこと?」

「私が今持ち込んでいるのは【鑑定】だ。そのスキルを通して見る限り、その鎧は『修復不可』判定が出てしまっている」

「それは、まぁ……そうなのかもしれないけど」

「そのせいで付与の効果は消えてしまっているし、性能値も僅か『6』まで低下してしまっている……すまない」

「………………は? ちょっ……えぇ!?」

 待て待て待て。

『6』ってなんだ!?

 これってかなり爆弾発言というか、超重要な内容じゃないのか?

 鎧が『修復不可』というのは、この穴の度合いを考えればある程度は覚悟していたこと。

【鑑定】ってそんなことも分かるんだとは思ったくらいで、そこまで驚くほどではない。

 付与効果についても同様だ。

 商業ギルドの褒章の件で、元から付与効果が【鑑定】で判別できることは分かっていた。

 その延長として、ほぼ壊れかけの装備では付与効果が発生しなくなるという、まぁショックではあるが、分からなくもない新事実を突きつけられただけである。

 しかし、性能値『6』というのは|情《・》|報《・》|の《・》|質《・》が別だろう。

 ここで『数値』の話が出てきたことに驚きを隠せない。

「『6』って、リルはこの鎧の性能値……つまり防御力数値が見えているってことだよね……?」

「そうだが?」

「ってことは――こ、この武器! この武器それぞれの見える内容を教えてもらえる!?」

 咄嗟に突き出したのは、腰に下げようと準備していた2本のショートソード。

 鎧が分かるなら、武器の数値だって分かるはずだ。

「片方は鉄素材か。性能値が『35』と出ている。状態に関しては何も無いから正常ということだろう。付与は【魔力最大量増加】。もう一つはシルバーとミスリルが混ざっているのか? そう出てくるが、性能値は『290』だな。付与は……変わった付け方をしたものだ。【魔力自動回復量増加】が二つになっている」

「……」

 リルが話す内容に思わず頭を抱え、言葉を失う。


(まさか、装備能力が数値化されていたなんて……)


 少なくともパイサーさんの店で売られている品物には、装備一つ一つの能力値なんて表示されていなかった。

 それにリルを含め女神様達は、ステータスやレベルなど、能力が数値化されていることに馴染みがなさそうな反応を示していた。

 だから俺は自然とその状況を|リ《・》|ア《・》|ル《・》|な《・》|世《・》|界《・》|の《・》|も《・》|の《・》として受け止めていたが、装備一つ一つに性能値という数値設定があるとなれば、一気にゲームのような感覚に引き戻されてしまう。


「本当にすまない……できることなら神界で代わりの鎧でも作ってロキに渡してやりたいが、神界の物を下界に落とすというのは神界規約に―――」


 だまりこくっている俺を見て、リルは何か勘違いをしたのだろう。

 お詫びの言葉を並べているので、思わず俺はその言葉を遮る。

「そんなんじゃないんだって! これ凄いことだよ!? 俺にとって凄い発見なんだよ!?」

「?」

 思わず胸元から2つのネックレスを引っ張り出し、そちらもリルに【鑑定】してもらえば、あっさりと一つが攻撃力上昇『2』、もう一つが『3』であることも判明してしまった。

 なんで先日聞いた時は教えてくれなかったの? と問えば、答えは非常に単純。

【鑑定】のスキルレベルが初めから高いリルにとって、装備の能力値が数値化して見えるのは当たり前のことで、ハンター達の記憶でも出てくるアクセサリーの『微小』や『小』という表現では、どの程度の差があるのかなんてさっぱり分からなかったかららしい。

「ち、ちなみにリルの【鑑定】ってレベルいくつ?」

「10だが?」

「なるほろ……」

 これで【鑑定】のスキルレベル上昇は情報精度の上昇。

 その品をどこまで詳しく見通せるかで決定っぽいな。

 少なくともアクセサリーは、スキルレベルが低ければ『小』や『中』なんてザックリとした鑑定結果が出るも、リルのように高ければはっきりとした数値で能力値が出るってわけだ。

 そしてこの世界の住人に、【鑑定】のスキルレベル10到達者なんてほぼいないんだろうから、装備能力の数値化という概念も浸透していない、と。

 こうなるといったい何レベルから数値として見えるのかが気になるところだけど、ここら辺を女神様達に聞いても、「途中経過なぞ知らん」って答えが返ってくるだろうし―――

 ん~っ!!

 武器や鎧ならどうなるのかとか、気になることがいっぱいでモヤモヤするけど今は気にしないでおこう。

 凄く重要なことではあるけれど、結局はそういう結論になった。

 わざわざスキルポイントを使ってまで【鑑定】を上げるという選択がない以上、今あれこれ考えたってしょうがないだろう。

 上位素材を使えば能力値が高くなることは間違いないだろうし、さすがに【空間魔法】よりも取得優先度が高くなるということはない。

 ――となれば時間もないし、今のうちに確認しておきたいことは一つだけ。


(判定は、|ど《・》|ち《・》|ら《・》|の《・》|パ《・》|タ《・》|ー《・》|ン《・》だ?)139話 少し残念なリアル寄り

 この防御力数値の判定は、果たして|ど《・》|ち《・》|ら《・》|の《・》|パ《・》|タ《・》|ー《・》|ン《・》で行われているのか。

 超合金並みの防御力がありそうなリル相手に判別できるかは分からないが、試すだけは試してみるとするか。

 鎧を着込んだリルを眺め、素肌の部分を探し――なるほど、太ももか……これまたけしからん太ももだな……

 邪念が湧き上がりつつも、まずは実験の内容を伝える。


「ちょっと今の情報から試したいことがあってさ。まず鎧越しにチョップするからその衝撃を覚えてもらえる?」

「ん? なんだかよく分からないが、いいぞ」


 ――ドスッ!


「ふむ」


 それなりに強くやらないと意味がないと思って、7割くらいの力で脇腹にチョップを入れる。

 リルは蚊に刺された程度の顔色。

 対して俺の手はもの凄く痛いけど、ジンジンしてちょっと泣きそうだけど、それでもここは我慢だ。


「んじゃ次は太ももに同じ力でチョップするからね。衝撃とか痛みに違いがあるか教えて?」

「えっ? 太もも!? ちょ、ちょっと待てロキ!」


 ――ビシッ!


「ひうっ!」


(さて、どちらだ?)


 そう思って顔を上げると、顔を赤らめてモジモジしているリルがいた。

「そ、そういうところを触るのは良くないだろう!?」

「あっ、ごめんね……どうしても素肌の部分に試さないといけなくてさ。で、どうだった? 感じる衝撃や痛みは違った?」

「それは当たり前だ! 素肌の方がちょっとだけ痛いに決まっている! でもほんのちょっとだけだぞ!」

「ほほぉ~」

 なるほどと思いながら正面の、やや筋肉質でありながら細く、白過ぎて血管の透き通った太ももを眺める。

 先ほどリルは、穴が開いた革鎧を性能値『6』と言い切った。

 この性能値とは武器なら攻撃力値、防具なら防御力値と考えておけばまず間違いないだろう。

 ということは、まだこの状態でもかろうじて防御力があるということ。

 だからどちらのパターンになるのかが気になった。


 胸部などの皮で覆われている部分には、数値『6』の防御効果があるという意味で捉えていいのか?


 それともステータス上の能力値とは別に装備ごとの―――今回で言えば数値『6』という防御力値が上乗せされ、それ一つで身体全体のダメージ判定が行われているのか。


 前者ならリアルそのままに、装備で守られていない部分に攻撃を加えられればよりダメージが大きいということ。

 後者ならゲームと同じで、装備の合計防御力値と素の防御力値で自身の合計防御数値が決まるので、どこに攻撃を加えられようがダメージが変わらないということになる。


(リルの反応を見ると、装備能力の数値化はされてはいるけどリアルっぽいな……)


 最も受け止めやすく、しかし、少しだけ残念な結果だ。

 後者なら限りなく小さく邪魔にならない軽量の盾で、俺自身の防御力や盾の付与を稼げたりできるんじゃないかと想像していた。

 レオタードやどう見てもただの布切れなのに、異様に防御力の高い最終装備だったりという、防御力と見た目性能のバランスがまったく取れていないあのパターンだ。

 だがリアルとなれば、よほど素材が特殊でもない限りは無理だろうな。

 全身を硬い鉱石で守れば相応に防御力が上がり、その分機動力、すなわち敏捷性がしっかり失われるという、ズルのしづらい展開である。



「今ので何か分かったのか?」

「うんうん。まぁそこら辺は道中時間もあるだろうし、移動しながら説明するよ」


 せっかく早く準備したのにこのままでは時間がもったいないと、リルはスキル入れ替えのために再度神界へ。

 俺は少し逡巡したのち、穴空き鎧を脱ぎ捨て、農民服に籠という懐かしのパルメラスタイルになって、リルと一緒に飛行ポイントを探す。

 防御力『6』という数値は、色々なハンターの装備を覗き見たリルの目からしてもかなり低いのだろう。

 それで付与効果も発生しない状態であれば、僅かに上がる防御力より、今回は脱ぐことによって大きく上がる機動力を優先する。



「うん。ここら辺なら人もいないし大丈夫そうだね」

 到着したのはマルタの西門を出て、そのまま北西に2km程度。

 街道から外れたその場所は赤土と岩が目立ち、人や動物の気配はまるでなかった。

「リステが飛べたのであれば私もすぐ慣れるだろう。たしか、魔力を放出するイメージだったな?」

「そうそう。手をスィーッっとね」

「ふむ。背中に羽をイメージすれば楽だな」


(ヤッバ……超絶カッコいいんだが?)


 センスの差とは如何ともし難い物がある。

 たかが数十秒練習しただけ。

 たったそれだけでコツを掴んだらしいリルは、根本部分がはっきりと視認できるほどの|紫《・》|色《・》|の《・》|羽《・》を魔力で作り出す。

 かつてリステが見せてくれた魔力の具現化――たぶんこれはその最高峰だろう。

 身体が離れるとかなり魔力は薄らぐが、それでもそのまま羽ばたくように動きながら上空へと舞い上がっていくので、なんとも悲しい気持ちを抱えながら俺もその後を、手をピヨピヨさせながらついていく。


(早ぇし、速ぇよ……)


 内心「さすが戦の女神様!」って褒めようとしたけど、褒めるとすぐ調子に乗ってさらに加速しそうだからなぁ……

 心の中で褒めつつ、二人揃って飛行の旅を開始する。

 場所の目星くらいはついておかないとどうにもならないので、昨日教会からの帰りに、ギルドのよくしゃべるおばちゃんから情報収集はしておいた。

 時間が無い時はあのガラガラなカウンターが助かってしょうがない。

「徒歩で4時間くらいらしいから、【飛行】なら1時間かからないくらいかな?」

「もっと飛ばすか?」

「無理無理! そうしたいのは山々だけど、俺そんな大きな魔力放出のイメージもてないもの! 途中でたぶん魔力尽きちゃうから、そしたら歩きでお願いね」

「難儀だな……ならば私が抱えてやろう。それならロキの魔力は使わずに飛べるだろう?」


「へ……? ふぁ……? ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおーッ!!」


 前が、見えない。

 それは強烈な加速や風のせいではない。

 リルは俺の背中にある籠が抱え込むには邪魔だと思ったのだろう。

 背後からではなく、一度下に潜って俺の正面から抱えられたので、俺は直後反転。

 方向的には上空を向きながら、しかし視界は全て鎧で完全補強された胸のみという、碌に景色を眺めることすらできないなんとも微妙な位置取りで高速移動を開始していた。

 頭部に感じる風の強さから、相当な速度で飛んでいることがなんとなく分かる。

 試しに『地図』と頭の中で呟いたら、俺の何十倍だよっていうスピードでマルタの北西に向かってマッピングが進行しているので、使用者によってここまで違うのかと、思わず心の内で感嘆の声を上げてしまう。


(……まぁ、いっか。話すべきことはいっぱいあったしな)


 景色を楽しむことができないならば、その分話に集中すればいい。

 そう思った俺は、リルと約束していたステータス画面から分かる追加情報や、昨日の模擬戦で使用した魔物専用スキル。

 あとは先ほど実験した装備の影響など、強さや戦闘に関わることを知っている範囲で話していく。

 リルの表情は窺えないが――

 それでも声は弾んでいるし、興奮しつつも必死にそれを抑えようとしている雰囲気がなんとなく伝わってしまう。

 だから敢えて、俺から伝えてあげよう。

 人に迷惑を掛けなければ、好きに楽しんで、時には興奮したっていいんだよ、と。

 俺は実家に寄生し、親に迷惑を掛けてしまった。

 リルは興奮のあまり加減を忘れてしまった。

 でも失敗して気付いたなら、そして自ら自発的に反省できるのなら、そこから修正すれば良い。

 その修正の結果が自分を抑え込むというんじゃ、この世界に来る前の俺のように、人生あまりにもツマらないものになってしまうからね。


(簡単に死んじゃう世界だけど……それでもやっぱり楽しいよココは)


 そんなことを内心思いながら戦闘談義に花を咲かせ、かなり予定より早く俺達はBランク狩場。

≪デボアの大穴≫へと到着した。140話 甘い誘惑

「あれか?」

 リルの言葉に無理やり首を捻れば、上空からだとほぼ緑一色という景色の中に、一ヵ所だけ赤茶けた地肌と、底の見えない黒い穴がポッカリ開いた異様な光景が映し出されていた。

 この時間ならまずハンターもいないだろうと、二人揃って穴の目の前に到着してみれば、辺りは森というほどではない、赤やオレンジの果実が実る低木が多い一帯。

 その一部に軽く盛り上がった丘があり、そこから緩く下るようにその大穴は存在していた。

「うーん、とりあえず蟻の姿は見えないね」

「そうだな。中に入れば大量にいるのだろうが……外にいないとなると、問題は私がどのスキルを持ち込むかだな」

「ん~……」

 二人揃って穴の前で腕を組み、首を傾げて考え込む。

 いや、俺は考え込む振りだ。

 既にいくつかの選択と、できればコレという答えは出ているわけだが、本音を言っていいものかどうかで悩んでしまう。


 現状考えられる選択肢は3つ。

 1つはリルに【挑発】をセットしてもらい、入り口付近で釣り狩りを行うやり方だ。

【挑発】のレベルが上がるとどの程度射程が延びるのか、その範囲などは分からないものの、女神様なのだから高レベルであることはまず間違いないだろう。

 そして釣られた蟻を俺が倒せるか試しながら、危なかったら助っ人に入ってもらうという――

 ある意味王道ではあるけど、一番消極的な選択肢がこれだろう。


 次の2つ目はリルに【光魔法】を持ち込んでもらうこと。

 昨日情報収集でギルドに立ち寄った時、ギルドのよくしゃべるおばちゃんにデボアの情報をいくつか教えてもらった。

 そのうちの一つが光源の問題だ。

 内部は少し進むだけで真っ暗になるらしく、短期滞在ならばランタンや松明、あとは光を放つ魔道具の類でもなんとかなるが、デボアに来るハンターは普通だと【光魔法】所持者をパーティに組み込み、その魔法で光を確保するらしい。

 道具だと何かあって壊れてしまった場合、その時点で出口も分からず詰みになるので、そうなりにくい実力のある人間自身を光源の当てにするってことだな。

 もし【光魔法】をセットしてもらえれば、【夜目】を所持している俺は別として、リルの視界も確保することができる。

 つまり内部にも踏み込めるということなので、より多くの敵を倒すことも可能なはずだ。

 難点は俺が蟻を倒せたとしても、大半はリルが倒してしまって、ここのスキル経験値を満足に得られないということだな。

 俺の考えている実験の結果を優先したいならこの選択でもいいだろう。


 そして最後の3つ目。

 それはリルに【手加減】を持ち込んでもらうという、一番俺からは言いづらい選択だ。

 光源は一応持ってきた地球産の懐中電灯と、昨夜おばちゃんに言われて急遽買った光源用魔道具。

 宿にある魔石で光を放つ、もうだいぶ見慣れてきたあのライトの携帯版だな。

 ただこの魔道具一つではそこまで光量が強くないし、自前の懐中電灯だと広範囲を照らすには適していないので、リルは内部のかなり暗い状況で敵を釣り、肉壁になりながら剣を振り回して魔物を薙倒してもらうしかない。

 そして俺は【夜目】も併用しながら、瀕死の蟻に止めを刺していくという――

 お詫び案件でなければ思いつきもしない、かなりリルを酷使してしまうやり方だ。

 だが俺がラストアタックをほぼ確実に取れるため、魔物のスキル経験値を大量に稼ぎながら、かつ実験もしっかり行えるという、内容は酷いけど理想のパターンでもあったりする。


(うーんお詫びなら言ってもいいのか? だがしかし、女神様を肉壁扱いとはこれ如何に……)


 そんな考え込んでいる俺を見かねてか、リルが先に口を開いた。

「これはお詫びだ。だから私はロキの指示に従うが、もし可能であるならサポート役に徹しさせてもらいたい」

(……なるほど。リルは1つ目が希望ね)

 そう思いながらも一応理由を尋ねると、「あっ、そういえばこの人神様だった」と、思わずにはいられない返答が返ってくる。

「魔物は人種の成長を促すためにフェルザ様が生み落とした生命だ。それを女神である私が積極的に駆逐するというのはあまり良いことではない。人種も魔物もフェルザ様が生み出した生命であるならば、魔物のみに偏った敵意を向けるのは間違っているからな」

「なんだか凄く女神様っぽいね。スキルポイントのことを世界の貢献度とは言うけど、それは人間側の視点であって女神様達はあくまで中立と……でもフィーリルはあっさり魔物倒してたよ? 消し炭しかなくて、何を倒したのかすら分からなかったけど」

「それはフィーリルに敵意を向けたからだろう? 仮に人種でも私達に敵意を向ければ結果は同じだ」

「こわっ! だから模擬戦で敵意を向けた俺は串刺しに―――」

「うっ……ちがーう!! それは違うぞロキ!!」

 ちょっと空気が重かったからね。

 あまり笑えない自虐ネタだが、場の空気が軽くなったのなら良しとしよう。

 しかし、そうかそうか……

 女神様は魔物を倒すことに消極的。

 これが分かっただけでも良かったな。

 今回だけとは理解しているが、女神様達が魔物を自発的に倒すのは好まないと分かれば、なおさらにちゃんと自重しようという気にもなってくる。

 だが、今日だけは俺の命と引き換えに手に入れたお詫びの女神様同行。

 出来ればサポート役から攻撃役に切り替えてもらいたいところだが――

 無理強いもしたくないし、リルにこれを伝えたらどうなるだろうか?

 そう思って、今まで温めていた情報を切り出し始める。

「リルはさ、もっと強くなりたいとか思ったりする?」

「それは当然だろう。私は戦の女神だからな。どこまでも強くなりたいという願望はある」

「そっか……ちなみにコレ、知ってる?」

「なんだ?」

「女神様もたぶん、|レ《・》|ベ《・》|ル《・》|上《・》|が《・》|る《・》|よ《・》?」

「……どういうことだ?」

「前にも言ったよね? レベルが上がれば各能力値が上がるって。その上がり方はさっき道中で話した通り。でね、前にリアと一緒に狩場へ行った時、俺気付いちゃったんだ。【分体】のリアにも経験値吸われてるって」

「?」

「この意味分かる? 吸われてるってことは、女神様達にも見えないレベルがあって、そのレベルが上がる可能性もあるってことなんだよね」

「ほ、本当か……?」

「もちろん。いざとなれば心を読める女神様相手に俺は嘘つかないよ? ただ分からないのは女神様達のレベルが|今《・》|い《・》|く《・》|つ《・》|な《・》|の《・》|か《・》ってこと。リルは―――戦ったこと無いんだから魔物も倒したことないよね?」

「あ、あぁ……今まで私達が干渉するほど極端に魔物が増大したことはなかったからな」

「ということはだよ? フェルザ様が女神様達を生み出した時、初めからレベルを高くした可能性もあるにはあるんだけど……スキルだけを大量に与えた可能性だってあるんだよね。それでも高レベルスキルを大量に持っていれば、ボーナスステータスで能力値は物凄く高くなるんだから」

「……」

「もし後者の仮説が正しければ、魔物を倒したことのないリルはレベルが1のままってことになる。俺も最初は1だったし、この世界の人もまず1からスタートしてるのは、祈祷で貢献度という名のスキルポイントを振ってあげているリルなら分かるでしょ?」

「ふむ……」

「ここで魔物討伐を頑張れば――リルのレベル爆上げしちゃうかもね。そしたら満遍なく能力値が上がっちゃうね」

「(ゴクリ)」

「おまけにこの情報って、他の女神様達は強くなることに興味無さそうだったから、リルに言うのが初めてなんだよね。そして今日だけは唯一、俺の同行という名目で他の女神様達にも魔物を倒すことが認められている日だ」

「……」

「で、どうしよっか? 一応魔物を大量に倒す案もあるにはあるんだけど」

「……ロキ。今日に限り、私は魔物を積極的に倒してみようと思う。こ、こ、これはお詫びであり償いだからなっ!」

「ふふっ」

 思わず笑いが込み上げた。

 ちゃっかり最後に言い訳しているところが面白い。

 だが、これでやる気になってくれたのは事実。

 ならば、後はリルに狩りまくってもらうのみ!

 俺は思ずニヤリとしながら、リルに用意してもらうスキル。

 そして立ち回りなどを手早く説明し、二人揃ってデボアの大穴内部へと、それこそスキップしそうな勢いで突入した。141話 実験の成功

 デボアの大穴に足を踏み入れれば、そこは回りが土壁に覆われた一本のトンネルのようだった。

 車1台くらいなら通れそうな、しかし地面は決して平坦ではない筒状の空洞。

 光源用魔道具のために用意していた魔石の欠片を入れつつ内部を進めば、早くも『|蟻《・》|の《・》|魔《・》|物《・》』というワードに【探査】が反応を示す。

「リル、この先30メートルくらいかな。どの種類か分からないけど、蟻が4匹いるね」

「分かった。ここからは私が先行しよう」

「すぐ暗くなるだろうから――これ、一応渡しておくよ。小さいし、握っていても片手剣なら問題無く振れるでしょ?」

「それも光源か?」

「そうそう。ただ俺が飛ばされた時に持ってきた地球産の物だから絶対壊さないでよ? 興奮して握りつぶさないようにね」

 リルに渡したのは懐中電灯の方だ。

 魔道具と違って丈夫だし、何より持ちやすい。

 一方向にのみ光量が強いタイプなので、このような場では使い勝手が悪いだろうけど、それでもないよりはマシだろう。

 これでゴブリンを殴っていたわけだから、簡単に握り潰せるとは思えないが――

 あの異次元とも言える強さを見せつけられると、ついつい心配で忠告もしたくなってしまう。

「これが地球産か。分かった、壊さないように注意する」

 常時点灯になるよう先端を回し、リルが進む先に向ければ、懐中電灯は光源用魔道具よりもだいぶ先まで照らしてくれた。

「あっ、蟻が見えるね」

「うむ。この先は部屋のような作りになっているようだな」

「ってかさ、光に反応して、こっち来てるよね?」

「そうだな。来てるな」

「……」

 思わずリルの後ろにコソコソと隠れる俺。

 なんとも情けない姿だが、まだ俺自身が倒せるかの実験すらしていないんだ。

 俺は荷運び、解体担当。

 リルの尻を見つめながら、「リル様ぶっ倒してやってください」と小声で呟く。

 一方リルはというと、こちらも何やら剣を見つめながらボソボソと呟いていた。


「この剣を、とうとう実戦で使う時が来たか……」


 あれ? 病んでいた中二の頃の俺かな?

 なんだか危ない人に見えるけど大丈夫だろうか?

 そんなことを考えていたら、目の前の尻が急に消える。

「え?」


 ――ズパッ!


 音に反応して前方に視線を向ければ、そこには胴体を真っ二つにされ、その衝撃で片割れが横の壁に飛んでいく光景が。

 あまりの展開に呆然と立ち尽くしていると、剣筋なんぞ何も見えず、リルの前で胴体が自然と分かれていく蟻達の姿がただただ映る。

「ロキッ! 早く止めを刺せ! 【手加減】は使用しているがすぐに死ぬぞ!」

「あっ……はい!」

 こんな姿を見せつけられると、自然と口調も敬語になってしまう。

 すぐに走り出しながら解体用ナイフを握り締め、最も近くにいた蟻のところへ向かって突き刺すも――


(マジかよ)


 蟻の黒い外殻には刃が通らず、止めを刺すつもりがダメージを与えられない。

 咄嗟に斬られた体内部分から解体用ナイフを突き刺せば


『レベルが18に上昇しました』

『レベルが19に上昇しました』

『レベルが20に上昇しました』


(きた……)

 この時点で、実験の成功を確信する。


『【呼応】Lv1を取得しました』

『【呼応】Lv2を取得しました』

『【酸液】Lv1を取得しました』

『【穴掘り】Lv1を取得しました』


(もっとだ……)

 止めを刺したのはたかが1体。


『【穴掘り】Lv2を取得しました』

『【穴掘り】Lv3を取得しました』

『【穴掘り】Lv4を取得しました』


(もっと続け……ッ!)

 それなのに、視界を流れるアナウンスが止まらない。


『【酸耐性】Lv1を取得しました』

『【酸耐性】Lv2を取得しました』

『【酸耐性】Lv3を取得しました』

『【酸耐性】Lv4を取得しました』


 そしてやっと、アナウンスが止まった時。

 俺は最高潮に興奮しながらも、この狩場で何を優先すべきか、何をしなければいけないかをすぐさま考える。

「ロキ? 大丈夫か?」

「ちょ、ちょっとだけ待って……」

「?」

(一発でスキルレベルが4まで上昇した。ということは、間違いなくスキルレベル5は所持している……それも複数だ。そして明日以降、俺は一人でここに来れるか?……いやいや、無理、だよな。どう見てもパーティ用であってここはソロ向きじゃない。【光魔法】を所持していないのに、暗闇の中で光源片手に一人立ち回るなんて、多少強くなろうが現実的じゃないだろう。ならば――)

 俺は次々に蟻の胴体部へ解体用ナイフを突き入れ、止めを刺せば流れるアナウンスを確認しつつ、その場に背負っていた籠を下ろす。


「解体はしないのか?」

「うん。そっちは捨てる」


 ここで優先すべきは金じゃない。そんなものは他で稼げば良い。

 最優先は俺のレベルとスキルレベル。

 ここだ――ここで一気にステータスを上げる。


「リル。悪いんだけど今日の昼ごはんは抜きだ。その代わり、残りの滞在期間中はご飯食べ放題。だから敵を1匹でも多く倒すことに協力してほしい」


「……もちろんだ。これはお詫びだからな」








 凄まじい高揚感だ。

 ゲームに求める楽しさや興奮は人それぞれ。

 だが、急激に自身のキャラが強くなるその瞬間。

 ここに心躍るプレイヤーは多いだろう。

 では、それがキャラではなく、自分自身だったら?

 例えるなら、それは宝くじで高額当選が当たった時。

 この感覚に似ているんじゃないかなと、俺は思う。


(まぁ3000円までしか当たった経験がないんだけどな、っと)


【招集】


 俺達は走りながら、ひたすらに蟻をぶった斬っては穴の奥へ奥へと潜っていった。

 ハンターギルドの資料で見た魔物は3種+クイーンアント。

 さすがにクイーンアントを倒そうとは思っていないが、それでも3種の魔物スキルは上げられるところまで上げておきたい。

 その欲望だけでひたすらに突き進む。

 解体しなければ俺はただ止めを刺して回るだけ。

 レベル30を超えた頃には、近づきながら強く蹴り飛ばすだけでそれが止めになっていった。

 いちいちしゃがみ込む必要がなくなれば、それだけでもさらなる時短に繋がる。


 進めば進むほど穴には分岐が見え始め、最初は必死に覚えながら進んだ。

「もしや?」と思って『地図』を確認しても、都合良く穴の内部に切り替わったりはしていない。

 こうなると自力で覚えるしかないが、穴は扇状に、かつ下へ下へと広がっているので、出口に戻るだけならば比較的簡単だ。

 上る方の穴へ向かえばそこが出口に繋がる。


 進むほどに蟻の数は増え、いつしか光を当ててもパッと見では目視しづらい、ただ反応はしっかり確認できる別種の蟻が出現し始めた。

 ギルド資料に、隠れて襲うと書かれていたキラーアントだ。

 最初からいた外殻が黒いソルジャーアントと違い、キラーアントの外殻は茶色。

 そいつが茶色い土壁に溶け込んでいるのだから、光源頼みで視界不良のこの穴の中とあれば、本来は相当脅威になり得る魔物だろう。

 まぁリルには些細なことだったようだが。

 いきなり飛び付こうが、天井から襲い掛かろうが、スキルもないのに超反応で斬り伏せていくし、たまに齧られても痛みを感じている様子がない。

 マジで魅惑の超合金ボディーである。

 ちなみにキラーアントから【擬態】というスキルを入手できたので、ただ茶色いだけでなく、スキルをしっかり使って隠れていたのは後になって分かったことだ。


【探査】でより蟻の反応が多い穴へと向かい、行き止まりになれば走って戻り――

 そんなことを繰り返していたら、30程の部屋を通過した辺りだろうか?

 とうとう3種め。

 飛行するやや小型の黒い蟻、レヴィアントが現れ始める。

 そしてこのレヴィアントは、所持するスキル構成がソルジャー、キラーアントと一線を画していた。

 そのうちの一つが先ほど使用した【招集】だ。

【招集】スキルレベル4を使えば、周囲180メートル範囲内の【呼応】スキルを持つ魔物が、我先にと俺に向かって集まってきてくれる。


(ははっ……まさに大波だ)


【探査】はもとより、【気配察知】でも数がまったく把握できないほどの大軍。

 気配が巨大で分厚い壁のように迫ってくる。

 俺が一人ならば、間違いなく捌ききれずに飲み込まれ、そのまま食い殺される場面だろう。

 だがなんと言ってもこちらには、超人無敵のリル様がおられる。


「リルッ! 呼んだよ! はぁ……はぁ……すんごい数が来るからね!」

「任せろッ! 私は戦の女神だぞぉぉぉぉ……」


 俺が少し先行して【招集】を使い、大量に引き連れて戻ってくれば、リルが物凄い速さでその群れに突っ込み薙ぎ倒す。

 通路で叩けばほぼ剣の射程に収まり、かつ背を取られることもない。

【招集】を俺が覚えてからは、釣り役の俺、通路で蟻を薙ぎ倒すのがリルという役割が確立していった。

 たまにどこかで漏らしたのか、1匹2匹程度のソルジャーアントが背後からひょっこり現れることもあるが、既にゴリゴリステータスが上がっている俺なら問題無く倒しきれるようになっている。

 死体の山を蹴り上げ、パイサーさん力作の剣で突き刺し、余裕があれば【風魔法】で一掃し――


『レベルが39に上昇しました』


 ついに俺のレベルはさらなる大台『40』目前。

 いったい何時間狩り続けたのか、全身汗だくのヘロヘロである。

「リル……ちょっとだけ、休憩しよう……さすがにしんどいっ!」

「もうか? ロキは体力がないな。もっと鍛えた方がいい」

「いやいや、これでも鍛えてるんだって……狩場移動する時は走って……あっ、最近【飛行】に頼ってちょっとサボってたかも……」

「剣を使うなら宿で素振りでもしたらどうだ? 人種はやっている者が多いようだぞ? 実際スキルレベルも継続すれば自然上昇するしな」

「自然上昇狙って反復使用は魔法の方だね~最終的な要はそっちになるだろうからさ。って、それより、どう? リルは強くなった実感ある?」

「なんだか強くなった気がするぞ! なんとなくだが!」

 内心「でしょうね」とは思ってしまう。

 レベルが上がったところで、各能力値なんて3とか4ずつしか増えていかないんだ。

 全能力値が満遍なく上がるという部分は良い所だけど、それ以上にこの世界はスキルの高レベルボーナスが優秀過ぎる。

 レベル6で+30、レベル7で+60も上がるんだから、レベル9や10になったらそのレベル1つで100以上のボーナス能力値が入るはずだ。

 そんな高レベルスキルを、いくつか予想もできないほどリルは持っているのだろうから、仮に1だったレベルが40まで上昇しても、最早体感できないほどの誤差になってしまっているんじゃないのだろうか。

 おまけに今【分体】なのだから、本体が連動して強くなったとしてもそこから能力値は分割されちゃってるわけだしね。

 まぁ、強さなんて基本は『チリツモ』だからな。

 コツコツやってナンボ。

 俺が言えた義理じゃないが、リルにも人の努力と成長の過程を分かってもらうとしよう。


「ふぅ~……よしオッケー! 再開しよっか!」

「うむ! 魔物が私に襲い掛かってくるんだからしょうがない。来たものは全て薙ぎ倒していくぞ」


 苦笑いしながらも立ち上がる。

 ゲームによっては敵よりレベルが高過ぎるからという条件だけでなく、敵よりレベルが低過ぎるからという条件でも取得経験値制限が掛かってしまうことだってある。

 だからどちらに転ぶか、やってみるまで分からなかった。

 が―――


(こんなに実験が上手くいくとは思ってもみなかったなぁ)


 |パ《・》|ワ《・》|ー《・》|レ《・》|ベ《・》|リ《・》|ン《・》|グ《・》|の《・》|成《・》|功《・》。


 1日限定とはいえ、この成果は非常に大きい。

 打ち震える気持ちを抑えながら、俺はまた釣り役として、さらに穴の奥へと向かって駆け出した。142話 終着地点

 あれからさらに30ほどの部屋を通過し、レベルの上がりもだいぶ緩くなり始めた頃。

 そろそろ帰ろうかと話しながらも釣り役を継続していたら、【招集】に蟻がまったく引っかからないという、今までにない事態に遭遇した。

(これはとうとうゴールか?)

 そんな思いが脳裏を過ぎり、通路の先に見える存在に釣られて足は自然と前へ進む。

 するとそこには、今までの部屋とは全く異なる光景が広がっていた。


(こりゃ、凄い卵の数だな……)


 今まで通過した部屋よりも数十倍という規模で広く、地面には高さ1メートルほどの、薄い膜で覆われた無数の卵が隙間を埋めるように並んでいた。

 首を上に向ければ、まるで大聖堂を思わせるかのような高い天井。

 そこから幾重もの光が地上から差し込んでおり、地球ではまず見られない神秘的な光景に妙な感動すら覚えてしまう。

 だがその反面、無数に存在する卵は既に孵って膜が破られているものもあれば、モゴモゴと、不快感を与える動きをしながら中で蠢いているものも多く、首を下に向ければここが魔物の巣であることをしっかり認識させてくれた。

 そして―――

(情報通り、クイーンアントはご不在と)

 これもギルドのよくしゃべるおばちゃんから聞いていたことだ。


『クイーンアントは3ヵ月ほど前に倒されている』


 聞いた時は少しだけ残念に思った。

 身分不相応。

 この一言に尽きるが、それでもリルと同行という今日だけは、居さえすれば倒せる可能性もあったわけだ。

 まぁ居たら道中の蟻はもっと多かったのだろうから、ここへ到達する前に燃え尽きていたかもしれないんだけどね。

「戻ってこないから心配で来てみたが……何かあったか?」

「あっ、ごめんね。どうやらここが終着地点みたいでさ」

「そういうことか」

「本来なら――少し高台になっているあの中心部分。あそこだけ卵が全然無いから、きっとクイーンアントっていうボスがいたんだと思う」

「ここだけは光が差し込んでいて今までと違うのだな。今はいないのか?」

「なんか3ヵ月くらい前に誰かが倒しちゃったんだって。まぁいないならしょうがないし、もう狩れる魔物も付近にいないから籠取りに戻ろっかね」

「ふむ……孵ってない卵がかなり多そうだが? こやつらも倒せば、ロキにとって糧になるのではないのか?」

「えっ……? ん~リルもなかなか凄いこと考えるなぁ。魔物はできれば狩りたくないと言っていた、朝のアノ発言はなんだったのか」

「ちっ、違うぞ! ロキのためだからな!? 決して私がちょっとでも強くなりたいなんて、そんな邪な気持ちを持っているわけじゃないぞ!?」

 アワアワしながら結局白状してしまっているリルを見ると、なんだかホッコリしてしまう。

 こんな発想になるということは、きっと多少は体感できるくらいに強くなった実感があるのだろう。


 この卵は【探査】に引っかからなかった。

 それは俺がずっと『蟻の魔物』というワードで探していたからだろうけど、その他【招集】にも反応がない。

 なので俺はこの卵の中身が、『|経《・》|験《・》|値《・》|や《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》|を《・》|保《・》|有《・》|す《・》|る《・》|魔《・》|物《・》』と今の今まで思っていなかった。

 だが――

「試すべき、かな?」

 これだけの膨大な数の的が、それこそ動かず俺達に倒されるのを待っているかもしれないんだ。

「卵まで潰すと次のクイーンアントが登場するまで、この巣穴は凄い閑散としそうだけど……まぁ魔物が減ったら喜ばれるって話だし、とりあえず1匹倒してみようか」

 念のためステータス画面を開き、いくつかの現状数値を把握しつつ、手前の卵に向かうリルについていく。

「ふんっ!」

「ほいっ」

 リルが卵に向かって斬りつければ、身体的特徴は同じ。

 だが体長が半分か、ややそれを下回るくらいに小さなソルジャーアントが真っ二つになる。

 その片割れに俺が剣で止めを刺し、すぐステータス画面を再確認した。

「おぉっ、経験値入ってるよ! スキル経験値の上がり具合だと――たぶん成体と変わらないと思う!」

「ほーう……ならば寄ってこないのは面倒だが、やる価値はあるということだな」

「んだね。いっぱいいるし、どんどん片付けちゃおっか!」


 そこからはまるで流れ作業のように、リルが卵を切りつけ、俺が止めを刺すの繰り返し。

 内心ボーナスステージだなと思いながら、中身のいる卵を次々と破壊していく。

 襲われる心配もないことから、リルの「あれが食べたい」「これが食べたい」という――

 まぁ全部肉料理なわけだけど、そんな要望を聞きながらも、俺はコッソリステータス画面を確認しながらニヤついていた。


(やべぇ……これ、もしかしたら、スキルレベル9までいけちゃうのか……?)


 3種の魔物が所持しているスキルは異なるものの、その中で唯一【酸耐性】だけは共通して所持していた。

 おまけに3種ともスキルレベル5という、今までにない高い水準でだ。

 現在の【酸耐性】はレベル8の1%。

 先ほどからチラチラとステータス画面を見ていても中々1%の数値が変わらないけど、この卵の数ならもしかしたらということもある。

 スキルレベル9ともなれば、もう能力値の爆上げ間違い無しだろう。

「リル、もしかした俺初めてのスキルレベル9になっちゃうかも――」

 なんとなく、願望を伝えようと思っただけだった。


(ん?……光?)


 俺の言葉に反応して振り向くリル。

 その背後に、一筋の光が伸びてくるのを視界に捉えてしまう。


「リ、リルッ!?」


 呼びかけた時にはもう遅い。

 リルの背中に何かが直撃し、俺の横を物凄い勢いで通過しながら吹き飛んでいく、その姿をただ横目に眺めることしか出来ない。


(な、何だ……? 何が起きた? 速すぎて……って、リルは!?)


「ぐっ……身体が、痺れて……ロ、ロキッ! なんだ今のは!? 何が見えた!?」


 片膝を付きながらも、重大なダメージを負った様子は見られないリルの姿が見られて、思わず肺から大量の空気が漏れる。

 だが今は安堵している場合じゃない。

 見えていなかったリルに情報を伝えなければ。


「ひ、光ッ!! 光の筋が、あの中央から――」


 そう言いながら中央の高台に目を向けた時。


 |不《・》|思《・》|議《・》|な《・》|存《・》|在《・》が、そこにはいた。


 遠目から見ても形状は蟻と判断できる。

 だが色は今までにない黄金色をしており、何よりその体躯は非常に小さい。

 それこそ、今倒している幼体と同じくらいに……


 その時俺は、もしや勘違いしていたのか? と、自らの失態に顔を歪めた。

 クイーンアントと聞けば、真っ先に想像したのは|見《・》|上《・》|げ《・》|る《・》|ほ《・》|ど《・》|の《・》|巨《・》|体《・》だった。

 今までのゲームでは例外なくそうだったんだ。

 だから遠目でもすぐ分かるくらいに大きな存在だろうと、そう思い込んでいた。

 そしてギルドの魔物資料本に書かれていた、『半年ほどは内部の魔物出現割合が大幅に減る』という情報。

 俺はこの文面から、勝手に|ク《・》|イ《・》|ー《・》|ン《・》|ア《・》|ン《・》|ト《・》|の《・》|出《・》|現《・》|周《・》|期《・》|が《・》|半《・》|年《・》|く《・》|ら《・》|い《・》だと判断してしまった。

 今まで換金所に蟻の素材を持ち込んでいる人なんて見たことがなかったんだ。

 出回っている周期情報に合わせてしか屈強なハンターが寄りつかないとなれば、情報不足からギルドのうるさいおばちゃんだって同じに思っていたのかもしれない。

 だが……出現後、今目の前に存在する卵の産卵期間があったとするならばどうなる?

 成体になるまで相応の時間が掛かるのだとすれば、クイーンアントが再度現れたとしたって、魔物の出現割合はしばらく低下したままだろう。

 初めから存在していたにもかかわらず、俺達は呑気に卵を潰しながら射程内に――


(やらかした……)


 俺達は部屋の中央にだいぶ近寄ってしまっている。

 目にも止まらぬ速さで到達するあの光の筋。

 あれを、避ける自信はまったくない。

 おまけに防具も着ておらず、先ほどリルが吹き飛ばされた衝撃度合いを見れば、俺に向けてあの光が放たれれば無事でいられるイメージがまるで湧き上がらなかった。


(逃げられない……もしかして、俺はまた死ぬのか?)


 すぐその答えに行き着き恐怖で足が竦む中、背後から怒声が放たれる。


「ロキッ!! 教えただろう!! 心が屈すれば待つのは死だ!! まずは私の背後に回れッ!!!」

「ぐっ……は、はいっ!!」


 死にたくない。

 死んでたまるか。


 その思いだけでリルの下へと駆け寄る。


 が―――


「な、なんだ……?」


 急に、自分の足取りが遅くなるのを感じた。

 身体が重いわけじゃない。

 ただ本来あるべき速度が、思うように出せていないようなこの感覚。

 一瞬、身体が変調をきたす前、黒い霧が身体を纏ったような気がしたが、まさか……


「こ、これは遅延魔法か? 舐めおって……」


 リルの予想が俺と同じだと知った時、俺の心はさらなる死の恐怖で塗り潰されそうになる。

 近いはずなのに遠い。

 手がもう少しで届きそうなのに届かない。

 この間、先ほどの光を放たれたら――


「ちくしょう……」


 動きが遅いと感じながら首を回し、50メートルは先に佇む黄金色の蟻、クイーンアントを睨みつける。


(放つなら予備動作くらいあるだろう!? ならその瞬間に穴を掘って隠れれば……)


 脚だけはリルの方へと動かしながら、あの光は何かしらの魔法と判断し、その前兆の動きがないかを注視する。

 すると。


(これかっ!)


 蟻の顔付近を纏う黒い霧。

 それが【遠視】スキルによってはっきり見えた瞬間、俺は即座に詠唱を開始する。


「大きな、穴を、掘れッ!」


 沈み始める足元。

 視界はクイーンアントを見つめながらも、徐々に沈んでいくその遅さに焦りが止まらない。


(早く、早く、早く……ッ!!)


 だが、そんな願いも空しく、俺の視界に眩いほどの光が差し込む。


「早過ぎ、だろ……なんで……もう放たれんだよ……」


 魔物が魔法を放つ姿を目の当たりにしたのは、パルメラ大森林にいたフーリーモール。

 それ以外は放たれる前に倒すことを今まで徹底してやってきた。

 だからか、魔物が放つ魔法の詠唱速度、その発動時間を見誤ったとしか言いようがない。

 片やFランク、片やAランク上位の、しかもボス格の魔物だ。


 |そ《・》|り《・》|ゃ《・》|違《・》|う《・》|よ《・》|な《・》、と。


 それでも、せめて少しでもと、遅いと分かっていながらその場に屈みこむ。


(これは、俺が的にされているし無理だろうな……あとは食らって耐えられるかどうか……)


 一応【硬質化】も唱えるが、魔法防御に効果があるのかは不明だ。

 足掻きたいが、これ以上足掻く術も見当たらない。

 それでも視線をリルの方へ向けようとすれば―――


「ズォラァァアアアアアアアアッ!!」


 ―――既に、目の前。

 光に立ち向かうかのように正面へ立ち、剣を下から振り上げるリルの姿が。

 何をしようとしたのかは分からない。

 それでも弾けるように光が上空へ消え、威力をある程度減衰できたのか、リルは僅かに足が後退るくらいで済んでいる。

「穴を開けて地中に隠れるか。なかなか面白い判断をする」

 顔はこちらに向けずとも、その言葉だけで途方もない安心感が俺に降り注いだ。

「リル……ありがとう……」

「本当はスキルを換えたいところだが、その時間は作れそうもないな……このまま私が|殺《ヤ》る。ロキは穴に隠れていた方が良いだろう。遅延魔法が解けたと感じたならば通路に向かって走れ。アレはロキを守りながらだと些か厳しい」

「わ、分かった! 気を付けてよ!?」

「ハハッ! 私を誰だと思っている! 戦の女神だ……ぞ……?」

「え?」


 |お《・》|か《・》|し《・》|い《・》。


 本来なら気持ち良く宣言でもして走り込んでいくのに、なぜかリルはこの場に留まったまま。

 何か……状況が変わったとしか思えない。

 そう思って隠れていた穴から顔を覗かせれば―――


 クイーンアントの身体は淡い光と共に明滅し、その光が落ち着いた頃には、辺り一面に存在する無数の卵が激しく蠢き出していた。143話 生への望み

「これは……少々マズいな……」

「……」

 言われなくても分かるし、どう見たって少々どころじゃない。

 それが、俺の本音だった。

 いったいどれほどの幼体がここにいるのか。

 膜を食い破る音と共に這い出てきた蟻達を見れば、クイーンアントが何かをしたことによって、この部屋の幼体が無理やり活動モードに入らされたとすぐに想像できる。

 この状況で何をすべきなのか――

 必死に頭の中では考えようとするも、手は震え、思わず目の前にあるリルの足を掴もうとしてしまう。


 行かないでほしい。

 一人にしないでほしい。


 リルがここにいる限り、クイーンアントへ攻撃は届かない。

 スキルが【手加減】だと遠距離攻撃手段が無いのは、今までのリルの動きでなんとなく分かる。

 かといってスキルを入れ替える時間的余裕も無い。

 一度【分体】を引っ込め、スキルを入れ替えさらに出すとなれば、今までの経験から早くても10秒超、いや15秒くらいの時間が掛かるはず。

 その間、俺は自らの身を守ることができるだろうか?

(……)

 幼体だけならまだしも、標的が俺一人になった時点で、クイーンアントに殺される未来しか見えない。

 ならば……リルがクイーンアントを。

 俺が無数の如く湧いてくるこの蟻をなんとかするしかない。

 せめて自分に寄ってくる蟻くらいはなんとかしないと、解決の糸口がまるで見えなくなる。


「……リル、行って。それでクイーンアントを倒してきて。その間は自分でなんとかするから」

「……」

「そうしないとこの状況、どうにもならないでしょ……?」

「そう、だな。では私が必ず、あの派手なやつを倒してこよう。ロキもここで十分強くなっているんだ。自分の身くらいは守れないとな?」

「……うん。なんとかして足掻くよ。死にたくないから」

「分かった。ただし――本当にどうにもならないと思った時は、【神通】で誰でもいいから呼びかけろ。もう使えるはずだ」

「えっ? 呼びかけてどうするの……?」

「……では行ってくる」

「……」

 リルの言っていることはアレか。

 死後、また時間を空けずに【蘇生】を試みる。

 そういうことか……?

 2度目が上手くいくかなんて保証はない。

 それはフィーリルから忠告されていること。

 だから、もう死ぬことは許されないのに――


 砂塵が舞い、淀む空気の中、数えるのも馬鹿らしいほどの幼体蟻に群がられながら、それでも少しずつクイーンアントへと近づいていくリル。

 これならばクイーンアントの標的が俺に切り替わる可能性は低そうだと、深く深呼吸したのち自ら作った穴から這い出る。


(あーあ、レヴィアントもいっぱいじゃん……)


 できれば対峙するのは避けたい魔物だった。

 俺に向かって【招集】を使われたら、視界で蠢く幼体どもが一斉に俺を標的に変えるはず。

 そうなればもう、どうにもならない。

 そんなことは分かっているが―――不思議だな。

 一度腹を括ってしまえば、なぜか落ち着いている自分がいることに気付く。

 リルが一人でクイーンアントに挑む姿を見せつけられたからか。

 それとも一度死んだという経験が、何かを俺に|齎《もたら》しているのか。

 もしくは、あまりに厳しい状況から既に達観してしまっているのか……


(まぁいいさ、やらなきゃ絶対死ぬ。やっても高確率で死ぬ。ならせめて――)



「足掻きまくってから死んでやるよ」



 そう呟き、近場にいた黒い外殻、ソルジャーアントの幼体へと斬りかかった。



 ・



 ・



 ・



 1匹斬れば、5匹が釣れる。

 5匹斬れば、30匹が釣れる。

 30匹斬れば――――


(まるでこいつらはゴキブリだな……)


 思考と行動はまるで別。

 すでに視界を覆いつくすほどの蟻に群がられながらも、両手に携えた剣を握り、闇雲に振り回す。

 わざわざ狙いを定める必要はない。

 蟻の上に蟻が乗り、その上にまた蟻が乗る。

 まるで四方から壁のように迫り、俺の皮膚を食いちぎろうとするならば、振り回しているうち何体かへと剣が当たり、勝手に蟻が斬られていく。

 レベルの大幅な上昇、スキルの大量取得。

 この2点のおかげで、初期から使っていた方のショートソードでも蟻の幼体が斬れるのは有難かった。

 蟻どもがあまりにも俺に近づき過ぎて、剣を振り回す隙間すら無くなったら――


『無数の、かまいたちよ、周囲の、蟻を、皆殺せ』


(……また、黒いか)


 目の前で大量の蟻が細切れにされ、一拍の空白が生まれる。

 この流れが既に5回目。

 周囲は|夥《おびただ》しい数の死骸で山となり、それらを【跳躍】で飛び越え、戦いやすい場を新たに探す。

 それでも蟻の数が大きく減ったようには思えない。

 束の間の時、周囲を見渡すも――視界に入る中央の戦況に大きな変化は見られなかった。

 巨大な黒塊が一つ。

 その塊から蟻の肉片とも呼べるものが飛ばされているので、リルが未だに交戦中であることは分かる。

 だが、まだクイーンアントに届いていないこともなんとなく分かってしまう。


(賭けに、出るか……?)


 そんな考えも一瞬。

 また周囲から群がり始める幼体蟻。

 リルの方へ群がる蟻共をこちらに呼びたくないのか、レヴィアントの【招集】がこの場だと機能していないことがまだ幸いだと――


 溜め息一つ。

 千切れかけた指で強く握り、目の前に迫る蟻へと剣を振るった。



 ・



 ・



 ・



(何体倒せば、終わりが、見える……あと何体、倒せば……リルは……)


 目の前で顎を大きく開き、脚に、腹に、腕に噛みつかれながらも自身の腕を振り回す。

 背には土壁。

 望んでこの配置を取ったわけでもなく、あまりの圧で後退った結果、俺には逃げ場すら無くなっていた。

 もう4レベルの風魔法が放てる魔力残量は1発分しか残っていない。

 腕を横に振り回した直後、目の前の幼体蟻が口から酸を飛ばし、俺の顔面に降りかかる。


「きかねーんだよ……ボケ……ッツッ……」


 ――また、|脚《・》|の《・》|指《・》がもってかれた。

 それが見なくても分かった。


 痛い……身体中が……痛い……


 また……指を……皮膚を持っていかれる……


 でも俺の手が追い付かない。

 顔……? 今度は俺の鼻でももっていく気か……?


「ふ……ふざけんなぁあああああああああああ!! 無数のかまいたちっ! 周囲の蟻共を皆殺せぇええええ!!!!」


 ヒュヒュヒュヒュヒュッ……


 怒気の灯る目で、俺の顔に噛り付こうとした蟻が、俺の腹や脚に噛り付いていた蟻が細切れになっていく様を。

 そしてその先、中央の黒い塊を見つめる。


(これで範囲魔法は、もう撃てない……あと、できることは……)


 一度座り込めばもう立ち上がれないと、壁に背を預けながら中空を見上げる。

 視界には俺を監視するかのように、複数体のレヴィアントが周囲を飛んでいた。


 こんな事態になった要因はいくつもある。

 だが解決できない原因は一つしかない。

 リルが【手加減】を持ち込んでしまっているから。

 遠距離攻撃の手段無し、範囲攻撃の手段無し。

 ただ身体能力と剣の性能に任せ、目の前の敵を叩き潰すしか手がないんだ。

 こっちはある程度落ち着いてきたとはいえ、リルの方がさばき切れていないことは視界に入る光景を見れば一目瞭然。

 上空に複数いるレヴィアントの幼体も、その原因の一端を担っているのだろう。

 俺よりリルを、ボスとなるクイーンアントを守るように幼体を固めているから、余計にリルが阻まれる格好になってしまっている。



(リルがクイーンアントを倒せなければ結局俺は死ぬ……死ねばもう蘇生は怪しい……死ねない……もう死ねない……でも手が……)



 ―――無くは、ない。


 それは初めから分かっていたこと。

 ただ、俺がその選択をどうしても選びたくなかった。

 今までひたすらに我慢して我慢して我慢して―――

 でも死んだら、そして蘇生が失敗したら、その我慢の全てが水の泡となる。


「それほど……マヌケなことは、ないよなぁ……」


 望まない本音が自然と口から零れ落ちた。

 ソッと目を瞑り、そのまま痛みで意識が遠のきそうになるのを我慢しながら、ステータス画面の一部を眺める。



『スキルポイント:878』



【空間魔法】を取得するため、もしくは取得できた時のレベル上げ用にと、俺が今の今までひたすら貯め込んできたスキルポイントの全てだ。

 後がないなら残す意味もないと、手早くスキルを眺めながらも、最終的にはある一つのスキルを見つめる。


(これしか、ないか……)


 まったく取る予定のなかったスキル。

 それどころか、|使《・》|っ《・》|た《・》|こ《・》|と《・》|す《・》|ら《・》|な《・》|い《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》だった。

 だが、現状打破の可能性があるのはもうこれくらいしか見当たらない。


 はぁ……

 覚悟を決め、心の中で呟く。

 生への望みと引き換えに、自らを納得させる。




(【狂乱】のレベルを……上げられるだけ、上げて、くれ……)





 開戦したタイミングであれば、まだ他にも選択肢はあったかもしれない。

 でも、もう魔力が無いんだ。

 となれば魔法系は全滅だし、戦闘系スキルの大半もスキルポイントを注ぎ込んだところで使うことができない。

 だからこその選択。

 魔力を消費せずに能力が向上する、このスキルに賭けるしかない。


(まさかこんな、使ったこともない、ゴミスキルに……ため込んだスキルポイントを、全て注ぎ込む、とは……)


 痛みと悲しみで涙が出そうになる。


『【狂乱】Lv3を取得しました』


『【狂乱】Lv4を取得しました』


『【狂乱】Lv5を取得しました』


『【狂乱】Lv6を取得しました』


『【狂乱】Lv7を取得しました』


『【狂乱】Lv8を取得しました』


『【狂気乱舞】が解放されました』


「……」


 余計なことを考えるのは生き残ってからでいいと、可能な限り上げ切った【狂乱】スキルの詳細を眺める。


【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用制限時間8分 魔力消費0 


「ははっ……」


 自然と乾いた笑みが口から零れた。

 レベルが上がったことによって、解除できそうもない使用時間制限が8分に延びてしまっている。

 だが、通常攻撃限定で能力値290%。

 これなら――

 もう|武《・》|器《・》|も《・》|握《・》|れ《・》|な《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|て《・》|し《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》俺でも、十分な攻撃手段を得られたということだろう。

 まぁ、いいさ。

 俺は中央の黒い塊を見つめながら呟いた。





「【招集】」





 その瞬間、幼体蟻の動きがピタリと止まり、一斉に|俺《・》|の《・》|方《・》へと向き始める。

 そうだ。

【招集】をかけたのは俺だよ。

 だから、俺のところへ集まってこい。

 幼体蟻の大移動が始まると同時に、上空のレヴィアントが焦ったように不規則な動きで羽ばたいているのが目につく。


(お前らが【招集】をかけ直しても、たぶん無駄だ……おまえらはレベル5。俺はレベル7だからな……)


 スキル詳細には上書きについて何も書かれていない。

 説明があるのはその効果範囲だけ。

 そもそも魔物専用スキルなのだから、同族以外に上書きされるなんて状況は本来想定もされていないことだろう。

 だが常識的に考えれば、効果はスキルレベルの高い方が適用されるはずだ。

 そして方向を変えず、俺に向かって押し寄せてくる様を見れば、俺の読みは正しかったと言える。


「ッ!? ロ、ロキッ!! 何をしているっ!!?」


 遠くでリルの叫ぶ声が聞こえた。

 しかし、ここでリルが蟻共を追いかけてくれば何の意味もなくなってしまう。

 だから大きく息を吸い込み、朦朧としながらもリルに向かって大声で叫ぶ。


「――リルッ!! 俺が引き寄せている間にっ!! 早くクイーンアントを倒してッ!!」


 今伝えられる、精一杯の思い。

 早く倒して貰わなければ、俺はいずれ詰む。

 範囲攻撃の手段が無い時点で、どの道ジリ貧に代わりはない。


(でも、これで、クイーンアントへの道は開けたはずだ……頼むよ、リル)


 そう心の中で呟きながらも、最後になるであろう覚悟を決め、俺は徐にそのスキル名を呟いた。




「――【狂乱】――」144話 絶望の果て

「ぐっ……足が……」

【狂乱】を使用した直後、すぐ俺の身体に異変が生じた。

 足が自分の意志とは関係無しに前へ前へと、まるで向かってくる幼体蟻の大軍を迎え入れるかのように、その方向へと進んでいく。


(可能性は、高いと思っていた、けど……本当にバーサーカー、かよ……)


 意志が働く状態で、ただスキル発動やポーションを飲むといった通常攻撃外の動作をできなくなることが俺の中の理想だった。

 要は戦いたくなければ、スキル発動後もその場で極力立ち尽くしていれば良いと。

 ――だが、止められない。

 ただその場に立ち止まっていることすら叶わない。

 まるで身体の自由を第三者に奪われたかのように、幽鬼のごとくフラついた足取りで蟻の群れへ向かってしまう。


 できれば、自分からは向かいたくなかった。

 俺がしたいのは時間稼ぎだ。

 リルがクイーンアントさえ倒してくれれば、この蟻達をリルに引き継ぐことだってできるはず。

 そうすればまだ、生き残る道があると思っていたのに……


 もう目の前には、大軍の中から先陣をきって向かってきた蟻の姿が。

 この身体は、どう対処するんだ?

 そう思いながら、まるで他人事のように勝手に動く様を見届けていると――


「いづぁああああああああああ!!」


 目の前で何かが高速で横切り、その直後、視界がひっくり返るほどの激痛が走る。

 呼吸は荒く、歯を食いしばって痛みに耐えながらも状況把握に努めれば、先陣をきった蟻の頭部が大きく凹み、そのまま後続を巻き込みながら吹き飛ばされていく姿が目に入る。

 視界を横切ったのは――自らの腕。

 失った指の上から殴りつけたのか、自らの拳とは呼べない何かは骨が変形して飛び出してしまっており、それが激痛を与える原因になっているのは明らかだった。

 そしてすぐに、"|こ《・》|れ《・》|は《・》|生《・》|き《・》|地《・》|獄《・》|だ《・》"と気付く。

 俺の身体はある意味乗っ取られている状態。

 生物、つまり目の前の蟻に向かって、限定補正の入った高威力の通常攻撃を自動で行う。

 ここまではいい。

 だが―――俺の精神は正常なんだ。

 自分が行動した結果も見えているし、その内容を考え分析することもできる。

 そして威力が大きく増した分、今まで味わったことがないほどの強烈な痛みも感じてしまう……


「いぎぃいいいぁぁあああああああ!!」


 今だけは、時間制限付きで精神も乗っ取られ、我を忘れるようなスキルであったならばと、願わずにはいられない。


「うがぁああああああああああああ!!」


 自分が殴りつけるその感触が、蹴り上げるその衝撃が、神経を磨り潰すような痛みとなって襲い掛かり、気が狂いそうになる。


「んぐぅううううううううう!! あっ、ああっ、ぁ……痛い……痛いよ……痛い……」


 勝手に、しかも物凄い速度で身体が動いているため、気構えることすらできやしない。


「はっ……はっ……ふぐぅううううあああああああああ!!」


 涙で視界が霞む。

 記憶が途切れ途切れとなり、今果たして自分は何をしているのか。

 こんな状態になってまで、生きる意味は、生きる価値はあるのかと、思わず自問自答してしまう。

 身も、心も、ボロボロ。


 それでも――身体は、止まってくれない。


(ぁ……ぅ……あ、と……何分……耐え、れば……)


 答えの分からないまま、俺の視界は|ま《・》|た《・》、ほんの一瞬の安らぎを求め、黒く塗り潰されていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「……キッ!! ロキッ!!! しっかりしろっ!!!」


 聞き慣れた声。

 そしてずっと聞きたかった声に、混濁した意識が覚めるような感覚を覚える。

 ぼやけて狭くなったような、はっきりしない視界は地面を並行に見ており、目の前に数体の蟻が。

 そしてそのうちの一体が、もの凄い勢いで吹き飛ばされていく。

 悶絶したくなるほどの強烈な痛みが、すぐに俺が殴ったことを理解させてくれた。

「ロキッ!! 意識はあるのか!?」

「ぅ……ぁ……」

 返答をしながらも視線を向ければ、判別が難しいほどに酷い有様のリルがいた。

 鎧だけは変わらず光り輝いているが、真っ白だった肌の大半は|爛《ただ》れ、綺麗な金髪も一部分が頭皮からごっそりと無くなってしまっている。


(そっか……リルは【酸耐性】なんて持っていないから……)


 それはそれで相当つらく、強烈な痛みを伴っていたのだろう。

 酸で焼かれた経験なんてないが、その全身に広がる爛れ具合を見れば、痛みに耐えながら必死に戦っていたことは想像に容易い。


 そして―――負けず劣らず、自分自身も酷い有様だ。


 もう俺は既に立っていない。

 足の感覚が無いので、立つことができなくなったとしか思えない。

 手は……右の手首から先が見当たらないし……

 それに口の中に何か違和感というか、硬い欠片とおかしな味がするので、たぶん無意識のうちに俺は蟻を食い千切ったのかなとも思う。


「と、とりあえず話は後だ! 行くぞ!」

「ど、こに……? あ……、近づい……たら……」


 やっぱりだ。

 駆け寄ってきたリルに対して、俺の左手が反応して攻撃をしてしまう。


「ぐっ!? ロキッ!! いったい何を……」

「ひぎぃいいいい……狂……乱……使っ……ご、め……」

「ッ!? す、済まない。私が遅れたばかりにこんな姿になるまで……無理やり拘束するぞ。今はここにいた方が危ない」


 この言葉を聞いて、勝手に藻掻く身体とは裏腹に、俺の心はやっと安心感に包まれたような気がした。

 リルがここにいるということは、俺が意識を手放している間にクイーンアントを倒してくれたということ。

 身動きが取れないよう強く抱き抱えられているため、残りの幼体がどれほど残っているかは分からないが――

 それでも、とりあえず命が繋がったことに心の底から安堵する。

「間に合えば良いが……」

「……」

「着いたぞ。先ほどのような攻撃ならコイツの止めも刺せるだろう。まだ死んでいなければな」

 そう言われてぼやける視線を向ければ、目の前にはリルの剣で突き刺され、地面へ張り付けにされた黄金色の蟻。

 クイーンアントの姿があった。

 背には羽も見えており、飛びまわりながらリルと戦っていた様子が窺える。

 そして俺の腕は、まるで生きていることを分かっているのか――

 勝手にクイーンアントの頭部を叩きつけていた。


「ひぐっうううう……ぅ……」


『レベルが43に上昇しました』

『レベルが44に上昇しました』


(始まった……)


『レベルが45に上昇しました』

『レベルが46に上昇しました』


 リルがこんな状況でも俺のことを考え、【手加減】を使ってくれたことに、また涙が出そうになってしまう。


『レベルが47に上昇しました』

『レベルが48に上昇しました』


「リ、ル……あり……と……ちゃ…と……止め……刺せ……よ……」


『レベルが49に上昇しました』

『レベルが50に上昇しました』


「そうか……これでロキの仕事は終わりだ。すぐに回復させてやりたいところだが、とりあえずはそのまま寝ていろ」


『レベルが51に上昇しました』

『レベルが52に上昇しました』


 素早く剣を回収し、「後片付けをしてくる」と言い残して俺の射程圏内から離脱を図るリル。


『レベルが53に上昇しました』

『レベルが54に上昇しました』


 それでも身体はリルを追いかけようと地面を這うが、俺は気にも留めず、ただただ痛みに耐えながら止まらないアナウンスを眺めていた。


『レベルが55に上昇しました』

『レベルが56に上昇しました』


 いや、頑張って見届けようとし、それでも意識を保つのが難しく―――


『【雷魔法】Lv1を取得しました』

『【雷魔法】Lv2を取得しました』


 ―――やっとスキルへ移ったことに|な《・》|ぜ《・》|か《・》|安《・》|堵《・》し、そして意識が遠のいていった。145話 母

 心地良い光に包まれる感触。

 まるでぬるま湯に頭から浸かっているような、縁側で春の日差しを全身に浴びているような……

 そんな気持ち良さに微睡んでいる中、誰かが会話をする声で意識が現実へ引き戻される。


「―――これで大丈夫です」

「そうか……済まない……」


(……その声はフィーリル? あれ? それともアリシア様?)


  会話に違和感を感じ混乱してしまうも、薄っすら目を開ければ、俺はまだクイーンアントの部屋にいることがすぐに分かった。

 目の前には蟻の死骸が大量にあるのだから、勘違いのしようもない。

 危うく蟻に抱き着くところだったと変な汗が出てきてしまう。


「ロキ君の意識が戻ったようですね」


 この声、やっぱりフィーリルだよね? と思いながら起き上がり、声の方へと視線を向ける。


「…………本当に、ありがとうございます」


 思わず素で敬語が出てしまった。

 背後から怒りのオーラが噴出しているとしか思えないフィーリルの姿。

 いつもの笑顔なぞ当然無く、今までとの差が凄まじ過ぎて、思わず後退りしそうになってしまう。


「まずは二人とも、そこに『正座』をしなさい」

「「はい」」


 当たり前のように従う俺とリル。

 その動きは蟻のように素早い。

 実はフィーリルが女神様達の裏ボスなんじゃ――

 そんな発想がチラリと出かかるも、今バレたら首が遥か彼方までぶっ飛びそうなので、額を地に付け地面の小石を数え始める。

 まさかリルからの土下座で油断していたら、今度はリルと一緒にフィーリルへ2度目の土下座をするとは……


「あなた達はいったい何をやっているのです? こないだ死んだばかりだというのに、なぜそのような深手を負っているのですか? ロキ君なんて死にかけ。まるでボロ雑巾のようではなかったですか」


 ごもっとも過ぎて何も言えません。

 ボロ雑巾より酷かった自覚があります。

「両手足の欠損、両耳、右目、鼻の欠損、腹部も内臓部位まで届いていました。リガル、あなたがついていながら、どうしてこのような事態になるのです?」

「あっ、いや……予想外の事態に見舞われて……だな……」

「予想外の事態に対処できなくて何が女神ですかッ!!」

「「(ビクッ!!!)」」

「ロキ君もロキ君です! もう【蘇生】は難しいと先日お伝えしたはずなのに、なぜこのようなリスクある行動を取るのです!?」

 言えば容赦なく怒られる。

 そう分かっていても、リルに説明してもらうよりは俺自身が説明すべきだろうと、ビクビクしながらも口を開く。

「ほ、本当にすみませんでした。そもそもの原因は僕にあります。ここのボスはこの時期いないと、勘違いしてしまったことが発端です。その結果、ここのボスであるクイーンアントに襲われこのような事態に。リルのスキルを指定したのは僕ですし、リルは僕を必死に守ってくれていたので全ては僕に責任があります」

「それは違う。ロキはこの部屋に入った時、もう帰ろうと言っていたんだ。それを私が……私のレベルが上がるかもという欲で卵の破壊まで付き合わせてしまった。原因は部屋に入る切っ掛けとなった私の言葉だ」

「いやいや、違うよ。そこは俺も倒すメリットがあると思って同意しているんだからお互い様。クイーンアントがいなければこんな事態にはなりようがなかったんだし、情報を勘違いした俺がやらかしたんだよ」

「いやいやいや! 私がちゃんと自制―――」


「もういいです」


 ピタリと止む言葉。

 ピリリと張り詰める空気。

 場が、重い……

「ロキ君、あなたには死の恐怖というものがないのですか?」

「え……? もちろんあります。たぶん人一倍に」

「一度リガルに殺され、期間も置かずにあれだけの欠損を伴う損傷を受ければ、普通は心が壊れてもおかしくありません……なぜそんなに普通なのです? 今、精神に異変を感じたりはしていないんですか?」

 思わず顔を上げ、しっかりと元に戻っている自分の両掌を見つめる。

 そう言われても分からないとしか言えない、よね。

 また魔物と対峙したいのか? と問われればイエスと答えてしまうし、それがボス級の魔物でもあっても答えは同じだ。

 もちろん絶対死なないように立ち回りたいというのは大前提にあるが、それでも今から安全な農家に転職したいなんて発想は出てこない。

 問われて気付く疑問。

 なぜだろうか?

 俺は誰かに虐げられたくないから強くなりたい。

 理不尽な思いをしたくないから強くなりたいんだ。

 だがそのために、俺は理不尽とも言える力、理不尽とも言える数によって一度死んだし今も死にかけた。

 これでは本末転倒だと自分でも分かる。

 ハンターを止めたいとは思わない。

 ゲームで味わった興奮を、成長の喜びを、努力が実るあの快感と達成感を―――

 って、違うだろ。

 ここはゲームじゃない。リアルな世界なんだ。

 ゲームの視点とリアルの視点がまた混ざる。

 特にここ最近、装備の数値化や蘇生なんていう、本当にゲームじゃなくてリアルなのか? と思うような発見があったばかりだ。

 そのせいで余計に――

「ロ、ロキ? 大丈夫か……?」

「うん。自分では判断が難しいですけど、大丈夫だと思います」

 今、余計なことは言わない方がいいだろう。

「ということは、まだハンターを続ける――魔物を倒すということですよね?」

 やっぱりだ。

「まだまだ強くなれるなら、ハンターとして僕は狩り続けると思います。それしかできませんし」

「そうですか……」


 フィーリルはきっと俺にハンターをしてほしくない。


 表情に変化は見られないけど、そんな気持ちを抱えていることがなんとなくだが分かってしまう。

 魔物を狩れば無茶をする。

 きっとそう思われているんだろうし、思われても仕方のない状況が今ここにあるのだからしょうがない。

 なら、俺の正直の気持ちを――


「フィーリル。俺は死なないよ。死にたくないから死なない。絶対とは言えないけど、当面無茶をすることもない。ここで凄い強くなっちゃったしね!」


 お説教中に笑うのもどうかと思うが、今はこれが一番良いと思った。

 それが功を奏したのか、正座中の俺にフィーリルが覆い被さってくる。

「ロキ君、以前の約束、覚えていますか?」

「ふがっ……約束? えっと、『友達』ってやつ?」

「そうです。それですが――こんなに心配ばかりかける『友達』は要りません」

「えっ……?」

 その言葉を聞いて全身から血の気が引いていく。

 もしかして俺は拒絶されたのか……?

「なので、私はこの世界でロキ君の『母』になろうと思います。一度経験してみたかったということもありますし、私の感情に一番当てはまるような気がするのです」

「へっ? 母……?」

 拒絶されたわけではなかった安心と、急に『母』と言われた驚きとで頭が混乱する。

 だが、『母』と言われて嫌な感情はまったくない。

 それどころか、フィーリルがお母さんというと、なんだか優しく包まれている感じがして物凄く嬉しくなってきてしまう。

「凄く、嬉しい……かも……」

 最近どんどん退化しているような気がしてならないけど、中身はこれでも32歳なのだ。

 今更お母さんと言われても、照れてしまうのはしょうがない。

 それでも嬉しくて、安らぎが欲しくて、思わずフィーリルの背をギュッとしてしまう。

「ふふっ、やっぱり可愛いですね~。子を産めば皆こんな気持ちになるのでしょうか~?」

 あっ、間延びした。機嫌が直った。

 そう思うと同時に、誰に問いかけたのかが気になる。

 俺の視界は絶賛胸の中だ。

 だからよく分からなかったが、リルが返答したことで俺は抱擁タイムを一人満喫する。

「そ、それは経験が無いから分からないが……子を産めば大概幸せな気持ちになるのではないか?」

「いつかは経験してみたいですね~。そう言えば地球だと母のことをどのように呼ぶのですか~?」

「えーと、お母さんが一般的かな? 歳を取るとお袋って言う人もいるし、逆に小さいうちはママって呼ぶことも多いよ」

「マ……マ……それです~!! ロキ君はまだ小さいですしママでいきましょう~! あっ、あとさっき『僕』って言っていたのも凄く良いです~今後は『僕』でいきましょ~!」

「へぁ!? ちょっ……それは恥ずかし過ぎると言うか!」

「ではとりあえず今だけです~1回だけ治癒のお礼と思って~ぜひ~!」

 ぐぐっ……

 それを言われてしまうと、こちらは何も言い返せなくなる。

 余計なことを言ってしまったと後悔するも、もう遅い。

 せめてリルがいない時であればと思いながら、よく分からない覚悟を決めて呟く。

「マ、ママ……僕、嬉しい……」

「ッ~~~~~~!!」

「ぬぉおおおー!!」

 いったい何が起きたのか、正面から抱擁されていたはずの俺は宙を舞い、2回転半くらいして着地した時には手を背に回され、お姫様抱っこに近いようなポジションを取らされていることに気付く。

 そしてストンとそのまま座るフィーリル。

 頭を撫でられながら、これがフィーリルのお気に入りなんだろうなぁと思いつつも、内心焦りが止まらない。

 今、仰向けは特にマズいんだ……

 自然と足を交差させ、なんとか隠せないものかと必死になる。

 なんせ俺はすっぽんぽん。

【酸耐性】のおかげで身体は守れても、服や靴といった金属製以外の物は大半が溶かされてしまっている。

【狂乱】を使う前から勇ましいフルチンモードで戦っていたので、今更平常時の姿をリルやフィーリルに見られても開き直っていられたが……

 さすがにうちの我儘ボーイをお見せするわけにはいかない。

(ぐぅ……ママ……想像以上に凄い……)

 頭を撫でられる度に、顔面へ降りてくる巨大マシュマロが悩ましい。

 この世界に飛ばされ、32歳にして女神様の匂いに目覚め、甘えることにも目覚めてしまった。

 未開の新境地をなぜか開拓し続けている俺にとって、新たに出てきたママという存在も抗えない魅力にしか映らない。

 果たして俺は、いったいどこに向かっているのか――

「あら~? あらあら~?」

「ロッ、ロッ、ロッ、ロキッ……」

 フィーリルの顔は視界が塞がれているので見えないが、横を向けばリルが両手で目を隠しながらも、わざわざひし形にパッカーンと隙間を作って凝視していらっしゃる。

 それ、もう眉毛隠しているだけだろうが。

(死にたくないけど、今は死にたい……もう尊厳も何もない……)

 何か、悟りを開いたような気持ちになってきて、死んだ魚のような目で、目の前にある壁に向かって語り掛ける。


「人間とは生命の危機に瀕した時、自ずと子孫を残そうとする意志が働き、本能レベルで生殖活動が活発になってしまうのです。地球の常識ですがご存知でしたか?」

「「……」」


 何を言っているのか、自分でもよく分かっていない。

 今がまったくもって安全な状況だというのに――

 それでも内心、安全で平和って良いことだなと思いながら、俺はモゾモゾと隠すようにフィーリルのお腹で丸くなった。146話 黄金と黒

 まるで飼いならされた犬のように、フィーリルに抱えられ、頭を撫でられ、膝の上で大人しくしている俺。

 その間二人は落ち着いたのか、少し真面目な口調で事の経緯をより詳しく話し合っていた。

 耳を傾けていると、どうやら外はもう翌日の夕方らしく、俺とリルは丸1日以上ここにいたことが発覚。

 光が入らず時間経過が分からなかったという言い訳はあるのだが、二人して1日だけという約束を破り、大はしゃぎしながら蟻を倒し続け、おまけに大怪我負ったのだからそりゃ怒られるのも当たり前ってもんである。

 リルなんて転移者探しサボったことになるわけだしね。

 そして俺が先ほどから眠気と空腹に襲われているのも納得だ。

 あれだけ走り回ったというのに、昨日の朝から水分だけで何も食べていないのだから。

 睡眠も気絶という形で寝ていたのだろうけど、いったいどれくらい寝られたのかよく分からない。


(う~ん、早く宿に帰ってご飯食べて寝たい……でもこのポジションも捨て難い……困った……)


 真面目な話をしている中で口を挟むのもどうかと思い、なんとなく目を瞑ってステータス画面を開く。

 真っ先に目につくのは、自分でもビックリしてしまうほど上がってしまったレベルだ。


(凄いなぁ。ここに来る前がレベル17で今がレベル56とか、いったいなんなんだここは)


 特に最後のクイーンアントの上がり方は凄まじかった。

 レベル40くらいまでは予想の範疇というか、ある程度分かっていて上げたこと。

 それだけの数を倒したと自信を持って言えるくらいに方々走り回ったし、それを狙うために素材回収を捨てたのだからおかしいとは思わない。

 だが、身体中の痛みでほぼ意識が途切れかけていたものの、最後のクイーンアントだけで15くらいはレベルが一気に上昇したような気がする。

 リルと二人だったから、経験値分散があまりなかったのか。

 各能力値も倍どころじゃないほど上がっているし、ここへ突入する前と今とでは別人と言っても過言じゃないだろう。

 今ならこの世界でもそこそこ上位の方になってきたんじゃないかなと思えてくる。


(おまけにスキルも確か【雷属性】が……んん?)


 スキルを確認しようとステータス画面を流し見た時、普段は目もくれない項目。

 左下にある『|称《・》|号《・》』の欄に、初めて文字が追加されていることに気付く。

 わざわざスキルじゃない所にも<New>が付いているのは結構なことだが、その内容を見て、俺の中で色々な感情が込み上げてきてしまった。


 《王蟻を討てし者》


(おおっ……初の称号……ここに来て存在を忘れていた称号かッ!!)


 称号と言ってもゲームによって扱いは様々。

 キャラ名の上に表示させるだけの自己主張要素になっているゲームもあれば、得ることによって、またはそれらの中から選択することによってステータス上昇の恩恵を得られるゲームもある。

 となれば、いったいこの世界はどちらなのだ? と。

 出来れば後者であってほしいと思いながらも詳細を求めてみると、一応出てきたものの、その内容に頭の中が疑問符で埋まってしまった。


『《王蟻を討てし者》キングアントを討伐した者に与えられる証』


(ん? キングアント……?)


 能力値が上がるかどうかは詳細説明に出てこない。

 それはスキルでも同じことなので、計算しないとボーナス能力値設定が存在していても、すぐに分からないというのはまだ納得できる。

 だが、キングアント。

 この名前にはまったく身に覚えがない。

 どちらさんでしょうか? と、詳細説明に尋ねたいくらいだ。

(王蟻が文字通りキングアント――ということは明らかに強かったあの黄金色の蟻がそうとしか思えないし、他に飛びぬけて強かった蟻がいたなんて話は聞いていない。でもあの蟻はクイーンアントじゃないのか? もしや、本来はキングアントという名称なのに、人が後からクイーンアントと命名した? じゃあキングアントって誰が名付けたのよ?)

 頭がこんがらがって、思わずフィーリルのお腹に頭をグリグリしてしまう。

 くぅ~……この柔らかいお腹、ぜひ枕にさせていただきたい。

「んんっ……どうしたのですか~?」

「なんだかよく分からなくなっちゃってさ。今ステータス画面見てたら初めて称号が得られたんだけど、その魔物の名前が『キングアント』ってなってるんだよね」

「キングアント? あれはクイーンアントという名ではなかったのか?」

「俺もそう思ってたんだけどさ。ちなみにクイーンアント以外に飛び抜けて強い蟻なんていなかったよね?」

「ふむ……そうだな。あの黄金色の蟻だけが飛び抜けた強さだった。【分体】とは言え、あそこまで時間が掛かるとは思ってもみなかったからな」

「突然緊急事態だ~って騒ぎながら、また神界にいる【分体】消してましたよね~?」

「いや、本当に緊急事態で【分体】を一つに纏める以外選択が無かったのだ。ロキが誰かを呼ぶ様子もないし、私一人でなんとかしないとロキが死んでしまうと焦っていてな……」

「へ? 死んだ時すぐ蘇生できるように、本当にマズくなったら【神通】使えって話だったんだよね?」

「違う。どうにもならないと思ったら、他の女神を誰でもいいから呼べと、そういう意味で言ったのだ。定めた内容に違反するから、私の口からはっきりとは言えなかったが」

「うぇえぇぇぇぇえええええええええええええ!?」

「そうは言っても~今も二人降りちゃってますけどね~」

 そういえばそうである。

 緊急事態だから最初はしょうがないと思っていたけど、落ち着いてもフィーリルが戻る様子はない。

 そのせいで女神様が【分体】を降ろすのは一人だけという、暫定的に決めた女神様達のルールが崩れてしまっていた。

 まぁおかげで今の心地良い場所があるので、俺的には何も文句なんてないが。

 そして女神様達の誰かにお助け通話をしていれば、俺は【狂乱】なんかにスキルポイント全ツッパしなくてよかったのでは?

 そう思うと、ショックで口から何か重大な物が抜けていきそうな感覚に陥る。

 もっとはっきり言ってよ、リル……

「その、二人降りるのは大丈夫そうなの?」

「今のところは、でしょうか~。フェルザ様からは何もないので、私個人としてはもう二人でも大丈夫だと思っています~」

「うむ。意外と二人降りようが何もないものだな」

 それ、たぶん一人も二人も気付いていないんじゃ?

 それこそ六人同時に【分体】降ろしても気付かれないんじゃ?

 そうは思うも、さすがにそんな無責任なことは言えない。

 いざとなれば怒られるのは女神様達だし、促した張本人が俺なんてバレたら絶対殺されそうだし。

「とりあえずその黄金色の蟻はハンターギルドへ持っていったらどうだ? そうすれば何かしら分かるだろう?」

「うん、そうしてみるよ。見せればこれがクイーンアントかどうかくらい分かるだろうし」

 女神様達がキングアントについて知らないんじゃ、今考えたところで答えなんて出るわけもない。

 ならこの問題は横に置いておくとして、あとは―――……早めにこれも伝えておかないといけないか。

 この件を引っ張るのは、個人的になんだかつらい。

「あとね。ちょっと言いづらいんだけど……死んじゃった後遺症になるのかな? それが出ちゃったかも」

「な、なんだとっ!?」

「……詳しく教えてください~」

「そ、そうは言っても精神的に何かあったって話じゃないんだけどね。ちょっと俺の手を見てて」

 そう言って手を伸ばし、簡単な詠唱を始める。


『風よ、舞え』


「どう? 見えた?」

「んんん? ま、魔力が黒くなかったか?」

「……」

「うん。死ぬ前までは間違いなく青紫だった。それがなぜか、今日黒くなっていることに気付いたんだ」

「魔物と一緒か……」

「だね。だから内緒にしておくのは良くないと思ってさ……俺、もしかして魔物になっちゃったのかな?」

 務めて明るく振る舞うようにはしているが、それでもやはり不安は大きい。

 できることなら内緒にし続けておきたい。

 だが、後でバレれば内緒にしていたことも含めて問題が大きくなってしまう。

 ならば早く伝えてしまった方がきっと良いはず――

 そう思っているのに、皆に見放されてしまいそうで、思わずフィーリルへ抱き着く手に力が籠る。

 すると、答えるように一度強く俺を抱き締めてくれたあと、フィーリルが真剣な眼差しで俺に呟いた。

「ロキ君~ちょっと仰向けになってお腹を見せてもらえますか~?」

「えっ、うん」

 只ならぬ雰囲気に押され、地べたに寝転がってビシッと仰向けになる。

「ん~……リガルも確認してください~ロキ君の身体の中から、集中的に魔力が生み出されていそうな箇所を感じますか~?」

「…………いや、私には分からないな。この手の細かい感覚を掴むのはどうも苦手だ」

「えっと、何をやっているの?」

 二人して俺の身体をマジマジと眺めているが、いったい何をやっているのかさっぱり分からない。

 見て何かが分かるものなのだろうか?

「人種と魔物の違いは魔石の有無だ。魔石を通して供給しているから魔物の魔力は黒く、人種は世界に漂う魔力を自然吸収して体内で循環しているから青紫になる」

「だから魂が地に引き摺られていたあの時に、何かしらの作用でロキ君の体内に魔石が作られたのかと思って探しているんですよ~。ただ私達では判断が難しいですねぇ~」

「魔法や魔力関連が得意なのはリアだな。……呼ぶか?」

「そうですね~リガルと入れ替えで呼んできてもらえますか~? 私は取り除くとなった時のことを考えると、この場にいないといけませんから~」

「分かった。呼んでこよう」

 え? え? ええっ??

 何やら話が勝手に進んでいるけど、リアがここに来るの……?

 リアに限っては「やっぱり危険」とか言って、攻撃対象にされそうで物凄く怖い。

 それに取り除くとか。

 何やら恐ろしい言葉まで聞こえてしまったんですけど?

「フ、フィーリル? もし魔石があったら、もしかして、この場で手術みたいなことをするの?」

「手術~? そんな大したものじゃありませんよ~私がこうズボ~ッと……痛いですけど我慢してくださいね~すぐ治しますから~」

「……」

 この世界、容赦が無さ過ぎるよ……

 ズボッって言いながら手を手刀のような形にされても、地球人の俺には理解不能なんだよ。

 指やら腕で腹を刺されている経験があるだけに、手刀でズボッとするくらい余裕なのはそりゃ分かる。

 でもせめて……せめてもの情けで麻酔くらいはかけてほしい。


 その後も痛みを和らげる方法がないか必死に聞いていると、フィーリルの反対側にいつもの霧が。

 そしてなんだか久しぶりに見るリアが登場する。

「なにごと?」

「お久しぶりですリア―――」

「なっ、なんて危険なものを!!」

「ポコーッ!?」

 いきなり魔石を発見されて抜き取られたわけではない。

 俺の息子が……息子が踏みつけに……

 というかリアも素足だから、別の意味でおかしな状況になってしまっている。

「リア~? 緊急だから呼んだのを理解してますか~? そんなことして遊んでいる場合じゃないのですよ~?」

「だ、だ、だ、だって裸っ! スケベが裸で粗末な物を見せてくる!」

「しょうがないでしょう~? 酸で衣類を溶かされちゃったみたいなんですから~それに可愛いものじゃないですか~」

 粗末……可愛い……

 知ってた。知ってたよ。

 でもそんなボロクソに言わなくったっていいじゃないか……

 それ、男のプライドをズタズタに切り裂く禁句ワードだって分かってる?

 粗末で可愛いのは俺のせいじゃない。

 若返り過ぎたこの身体のせいなんだよ!!

「み、見てろよ! そのうち立派になってやるんだからな!!」

「……もうなってきてませんか~?」

「……」

「……人間とは生命の危機に瀕した時、自ずと子孫を残そうとする意志が働き―――フンポコーッ!!!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「うん。一点から魔力を生み出している様子はない。普通に循環してるね。波長もたぶんだけど、前のロキと同じだと思う」

 俺が涙で土を濡らしている傍ら、リアは俺の身体に手をかざし、魔力の流れを探っている様子だった。

 何をやっているかは分からないけど、波長という言葉は以前リステからも聞いたことがある。

 なんとなく、リアが『前と変わらないよ』と言ってくれているみたいで、安堵の気持ちがじんわりと広がっていく。

「でもそうなると、なぜ黒いのでしょう~?」

「……ロキ、私にもその黒い魔力を見せて」

「あ、はい」


『水を、生成』


 目の前で小さな水球を作れば、やはり一瞬だが黒い魔力が詠唱直後に発生し、そしてすぐ消える。

「どうです?」

「ロキの身体から生み出された、ロキ自身の魔力で間違いない。でも、少し、色が混ざってる? となると……まさか、魔落ち?」

 リルは俺の額を触り、唇を上下にウニーッとされて歯を見られる。

 何がなんだか分からないので、俺はされるがままだ。

「フィーリル、ロキの身体におかしなところはなかった?」

「大丈夫だったと思いますけど~、もしかして、かつての古代人種のことですか~?」

「そう。でも思い当たる種族の特徴はないし、転移者のロキが古代人種なわけもない。となると、どうして黒いのか私にもさっぱり分からない」

「ロキ君の魔物専用スキルを取得できるというのも、何かしら影響しているんですかねぇ~」

 うーん……

 揃って首を傾げる3人。

 古代人種ってのも興味がそそられるところだが、かつて心配していた俺の魔物化が再度ぶり返したことに頭が痛くなる。

 体内に魔石があるから、そこから供給される魔力によって黒くなる。

 そして俺は体内に魔石は無さそうだけど、それでもなぜか魔力が黒くなった。

 こうなると、そもそも魔力とはなんなのか?っていう、この世界の前提とか成り立ちの話になってきそうだし、そんなものを考えたところで俺に分かるわけがない。

 そんなのフェルザ様に聞けって話である。

 なんとなく、死んだ時に魂が地に引き摺られたというのなら、俺の魂が自分を魔物と勘違いしてしまっているんじゃ?

 まるで他人事だが、こんな予想しか立てられなかった。

「ま、まぁさ! 俺の見た目はこの通り変わってないし、人を襲いたいとかそんな願望もまったくないんだから大丈夫じゃないかな? もし魔石が体内にできちゃったら、痛み止めさえしてもらえれば抜き取ってもらっても構わないし……ただ勝手なイメージだと、魔石って第二の心臓って印象があるから、抜き取ると俺死にそうな気もするけど大丈夫?」

「「……」」

「……まさか、その辺深く考えずに魔石取ろうとした? ねぇねぇフィーリル、もしかしてそうなの!?」

「な、なんのことでしょう~? そんな危ないことするつもりなんてありませんでしたよぉ~?」

「さっき手刀でシュッシュッ! ってしてたよね!? 治療するから大丈夫って言ってたよね!?」

「まったくロキ君は可愛いですね~ほら~抱っこしてあげますから~」

「そ、そんなことで騙され――…………んぐぅ~心地良い……」

「……私、もう帰る」

 モゾモゾと身体を動かしリアの方を見ると、その姿は既に霧に包まれ始めていた。

「リア、わざわざありがとうございます。あと俺のことを危険って判断しないでくれて、それもありがとうございます」

「ん。ロキに死なれると怒るのが多いから。……それと、私も皆と同じで喋り方は普通でいい」

「え?」

 そのまま消えていく姿をボンヤリ眺めていると、入れ替わりでリルがまた戻ってくる。

「無事解決したのか?」

「……ううん。何も解決しなかったけど、原因が分からないなら気にしてもしょうがないかなって」

「そうか……まぁロキはロキだしな。変わらないならそれでいいと私も思う」

「そうですねぇ~今は様子を見るしかありません~。あとでアリシア達にも伝えておきますよ~」

「うん。フィーリルもありがとうね。本当に迷惑かけてごめんなさい」

「私はママですから~。でもあまり心配を掛けないようにしてくださいね~」


 その後フィーリルも神界へ戻り、2本の剣を探し出したら俺はリルと一緒に洞窟を抜ける。

 と言ってもまさに"|一《・》|瞬《・》"の出来事だ。

 来る時と違って一度来ている場所なので、リルが【空間魔法】を持ち込み、人生初となる転移ワープを体験させてもらった。

 飛ぶ瞬間は目は開けていたはずなのに、「では行くぞ」のかけ声と共に、瞬間的に景色が切り替わる。

 原理は以前フェリンから聞いていたものの、それでもここまで何も感じることなく移動できるものなのかと、感動以上に背筋がゾッとしてしまった。

 理解不能過ぎて、まるで幽霊を見てしまった時のような……いや、見たことはないんだけどそんな気分である。


 一度入口へ飛び、放置していた籠を回収したらまた転移。

 気付けばそこはもう宿の自室という、これ以上の反則はないだろうというくらいのチート魔法。


(あぁ切実に欲しい……欲し過ぎる……でもスキルポイントは【狂乱】に……くっそぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)


 自室に到着後、頭を抱えて悶えている俺を、リルはキョトンとした顔で眺めていた。147話 キングアントの中身

 翌日。

 宿のレストランで朝食のサラダを摘まみながら、フォークが止まる様子のないリルを眺める。

「昨日あれだけ食べたのに、ほんとよく食べるよねぇ……」

「うむ! モグモグ……美味いからな! 特にコレとコレとコレとコレと――」

 なんだか手当たり次第に指を差している気もするけど、リスのように口を頬張らせながら詰め込もうとする姿を見れば、溜め息が出つつも自然と口角が上がってしまう。


 昨夜は部屋に戻って早々、リルに早く早くと急かされながら風呂に入り、さっぱりした姿で裸足のままレストランへ突撃。

 そして宣告した通り、「好きな物を好きなだけ頼んでいい」とリルにメニューを見せたら、その頼み方は本当に容赦がなかった。

 まずテーブルの半分ほどが見たことのある料理、ない料理で埋められ、端から片付けていく最中に追加の料理が置かれていく。

 それらを無言のまま口に運び続ける俺とリル。

 さぞ他のテーブル客から見れば異様な光景に映っただろう。

 でもお腹が減り過ぎて、俺は人目なんて気にしていられなかった。

 リルは初めから気にする気もなかった。

 二人で己の限界に挑戦するかの如く食べ進め、部屋に戻ったら満腹感に敗北して速攻爆睡。

 正直リルがいつ神界に帰ったのかすら分かっていない。

 だから俺の朝は新鮮果実ジュースとサラダ、そしてジャム付きの焼いたパンを一つだけ。

 昨日の夕食がまだ胃袋に残っていて、できれば食事よりはコーヒーと整腸剤が欲しいくらいだ。

(整腸剤は無理だとしても、コーヒーは切実に欲しいなぁー……)

 地球ではほぼパートナーとも言えたコーヒーに想いを馳せていると

「よしっ! 今日はこのくらいで勘弁しておいてやろう!」

 いったい何と戦ってるんですか? と問いたくなるような言葉が耳に入る。

 その犯人に視線を向ければ、満足したのか天井を見ながらお腹を摩っているが、相変わらず口回りは園児かよと思いたくなるくらいにベタベタだ。

 女神様ご用達の白いワンピースにも、いくつか跳ねた染みが拡がってしまっている。

 思わず自分の口を指差し「ついてるよ」と伝えれば、リルは変な顔をしながら必死に舌を伸ばして舐め取っていた。

 こんな残念美人、まず他じゃ見かけることはない。

 それでも、女性と意識せずに済むこの気楽さは、それはそれで凄く楽。

(フィーリルが母なら、リルは姉かな?)

 そんなことも思いながらも朝食を終え、俺達は部屋へと戻った。



「あれ? そういえばリルの滞在って今日? 明日まで?」

「一応明日までということになっているな。転移者探しをするのは今日が初めてだから、もう? という感じになってしまうが」

 鎧脱ぎたくない問題で1日神界に引き籠り、脱いだと思ったら俺を誤って殺してその対応に追われ、罰として俺と狩場同行すれば時間を忘れて1日どころじゃ済まなくなり、おまけになぜかボスがいてさらに時間が潰れ――

 いったいリルは下界に降りて何をやっているんだ? と、たぶん他の女神様達は思っていることだろう。

「サボった分、今日明日の転移者探しは頑張らないとね」

「その通り。私もやるべきことをやらないと、またアリシアあたりにこっぴどく怒られてしまうからな。ロキはハンターギルドか?」

 リルの視線に釣られ、二人揃って籠に入った黄金色の蟻を見つめる。

「そうだねぇ。いつまでも部屋に置きたくはないし、まずはこれを片付けて、それが終わったらスキルとか昨日までの成果を確認かな? 何か追加の情報があったら夜にでも纏めて伝えるよ」

「ほぉ……ではそれを楽しみに今日は頑張るとしよう」

 どうせならと、二人揃って部屋を出るついでに、リルへ金貨を1枚渡しておく。

「これだけあったら十分だと思うけど、お昼にお腹が空いた時用ね。ただし、店員さんと余計な会話はしないように。ほんとリルはバレそうだから」

「屋台の食事が美味いとリステやフェリンから聞いていたのだ。これでまた楽しみが――」

 聞いちゃいねーよ……

 金貨一枚を空にかざし、宿の入り口で一人ニヤニヤしているリルと別れ、俺は黄金色の蟻が入った籠を背負いながらとりあえず靴屋に。

 そこで無難なショートブーツを購入したのち、ハンターギルドへと向かった。



「おはようございます~」

「おう、坊主か」

 ギルドの解体場。

 直接裏から入れば、まだ朝ということもあってその場は非常に閑散としている。

 しかし奥の作業台を見れば、相も変わらずデカい蟹やカエルがテンコ盛りになっているので、昨夜の持ち込み分が全然片付いていないのは一目瞭然だった。

 それでも最初の頃に比べれば、カウンター業務を兼任しているこのおっちゃんも愛想が多少は良くなったのかなと思う。

「こんな時間に何の用だ? くだらねーこと聞くようなら俺達の作業手伝わせるぞ?」

「くだらなくはないですよ! 昨日取ってきたコレを売りたいんです」

 そう言って籠の中身を見せながらカウンターに置き、同時におっちゃんの顔色も窺う。

 分かっている。

 こいつはどう転んでもボス格。

 面倒事に発展する可能性は非常に高い。

 それでもボス級素材をそのまま捨てるのはさすがに勿体無さ過ぎるし、こいつがいったいなんなのかを判別したいという欲求には勝てない。


「ん?……なんだぁこいつは?」


 怪訝な表情を浮かべながらカウンターへ近づいてくるおっちゃんの反応を見て、一番面倒なパターンが来たな。

 そう思った。

 とても何かを偽っているようには思えないし、偽るメリットがあるとも思えない。

 となると、慣れた感じのするこのおっちゃんですら初見の魔物。

 そういうことになってしまい、それは3ヵ月前にも倒されているクイーンアントとは別種ということが確定してしまう。

 はぁ……

 これからの事を考えると思わず溜め息が漏れるも、おっちゃんが知らないならしょうがないと、俺は多少の説明を加えていく。


「見つけた場所はデボアの大穴、卵が無数にある最奥と思われる部屋です。クイーンアントだと思っていたんですけど――違うんですか?」

「は? バカ言うんじゃねーよ。クイーンアントがこんな小さいわけねーだろうが。だが……こんな色の蟻なんざ見たこともねーな。そもそもこいつは魔物なのか?」

「え? 普通の蟻なんか目じゃない強さだったので、魔物以外に考えられないと思うんですけど?」

「体長を考えても魔物だと判断すべきだが――……掻っ捌いて魔石の有無を確認するが良いか?」

「え、えぇ……」


 この世界には普通の蟻だっている。

 それはパルメラ大森林で彷徨っている時に何度も見ていた。

 そんな魔物じゃないタイプの大型珍種って可能性を考えているんだろうが、俺にはもうこれが『キングアント』であることは分かっているんだ。

 まぁなんで知っていると問われても面倒なので、成り行きを見守るしかないんだけど。


「ちっ、まったく刃が通らねぇ! クイーンアント用のミスリル製ナイフ持ってこい!」

「わ、分かりました!」


 そりゃ普通の解体ナイフじゃ無理だろう。

 最悪リルを呼ばなきゃ、アレ解体できないんじゃ? と思いながらも黙って様子を見守る。

「……なんだよこいつぁ! これでも……くそっ、刃が通らねぇ!」

「数人で押し込むか?」

「手伝いますよ!」

「「「せーの!!」」」


「おいおいおい……クイーンアントよりも硬いとかありえねぇだろうがッ!!」


 こりゃダメだな。

 ミスリル製ナイフの刃が毀れることはなさそうだが、まったく内部にも入っていかない。

 思わず天井を見上げて考え込む。

(無理にここでお金に替えず、もっと腕が良さそうな人や解体用装備が揃っていそうな王都にでも持ち込む? いやいや、ずっとこんな魔物と一緒にいたくないし、王様のお膝元となると情報の伝達も早くてその分危険度も増すだろう。ならばクイーンアントとキングアントが別種ってことはとりあえず分かったわけだし、換金自体を諦めるか? ん~物凄く勿体ない気もするが……でもあの大きさだ。魔石は大きいほど価値が高いと分かっているのに、横にある蟹やカエルよりも図体が少し小さいくらいなら、魔石の価値なんて絶望的なような気も……でもあの硬い外殻が防具素材とかに重宝されるなら――)

「はぁ……はぁ……おい坊主、こいつを倒したのはお前なんだよな?」

「―――えっ? えー……まぁ、そう、とも言えますね」

 本当は違うが、リルの存在をここで明かすわけにはいかない。

 内心俺一人で倒せるわけないだろって思いながらも首を縦に振るしかない。

「なら中に入ってこい。本来はマズいがそんなこと言っている場合じゃねぇ。おまえならこいつの殻を突破できんだろ?」

「えぇぇ……そんな無理しなくても良いんですけど」

「バカ野郎! クイーンアントより硬いなんて確実に普通じゃねぇ。もしかしたらもしかするかもしれねぇぞ!」

 もしかしたらってなんだよ。

 思わず首を傾げるも、ムキムキで尚且つ毛むくじゃらな手に引っ張られ、俺は脇のカウンターから作業場内部へ。

 そしてあれよあれよという間に、ここのミスリル製ナイフを渡されてしまう。


(やべぇ……ここでナイフ刺せなきゃ、誰が倒したんだって話になっちまうじゃねーか!)


 周りはもう、既におまえに任せたという熱い視線。

 今さら引き返せる状況でもない。

 その視線を避けるように顔を落とせば、ひっくり返されたキングアントの腹には、昨日リルが刺した剣の跡が横に薄っすらと残っていた。


(この亀裂に沿って刃を入れればなんとかなるか……?)


 最悪ダメだったら、自分の武器がないと無理でーすと言い訳してマルタから逃げよう。

 そう心に決めつつ亀裂にナイフをあてがい、ギルドに来る途中我慢できずにチラ見してしまったキングアントの戦利品。

 その一つであるスキルを使用する。


(【身体強化】)


「ふんがぁあああああ!!」


 ――パキッ!


「「「「お、おぉ!!」」」」


 思わず周りで見守る3人に混ざって俺まで声を上げてしまった。

 皆の視線が集中する先には、二つに分かれたキングアント。

 その断片をおっちゃんがほじくり返しているので、揃って眺めていると

「……やっぱりだ。こいつはとんでもねぇぞ……」

「これはまさか、『魔宝石』か……?」

「「?」」

 慣れた感じのおっちゃん達が呟く中、俺ともう一人の解体職人は言葉の意味が分からず、呆けた顔をしながらその魔石を眺めていた。
************************************************
久しぶりに。
隠しボスとか隠しボスだけが持つ特殊技能なんかが好きな方は、ぜひブクマや広告下の【☆☆☆☆☆】から評価頂ければ幸いです。
反応があると主人公ロキ君が癖の強いボス専用技能も色々と習得するかもしれません。
代わりにどんどんドMになっちゃいそうですが。
物凄く続きを書くモチベーションに影響しますので、よろしくお願いします!148話 魔宝石

 凄いね。

 よく分からないけど凄い。

 一つ3000ビーケほどの魔石と大きさはそこまで変わらない。

 色はかなりはっきりとした黄金色で、でも重要なのはそこじゃないだろう。

 おかしいのは|魔《・》|石《・》|の《・》|内《・》|部《・》。

 普通とは違い、キングアントから得られた魔石は中身が動いていた。

 こう言うとなんとも表現に乏しいが、流体のようなものが常に中で循環しているというか、霧状の何かが魔石内部の密閉空間でモワモワと流動しているというか。

 とにかく中で何かが動いているんだ。

 平たく言えば、見ていても飽きない凄く綺麗な魔石。

 誰が名付けたのか、おっちゃんが言っていた『魔宝石』という名称は言い得て妙だなと思う。

 そんな魔石を指で摘まみ眺めているわけだが、その背景。

 少し視線を逸らせば、撫でつけるように黒髪を後ろへ流した怖い顔のおじさんにピントが合い、そのおじさん――オランドと名乗る男性は、顎を摩りながらこちらの様子を窺っていた。

 今いるのはハンターギルドのマルタ支部とでも言おうか。

 そのギルドマスター室。

 魔石を取り出していた解体場の責任者であろうおっちゃんが、俺と一緒で理解できていなかった新米君にギルドマスターへの報告を命じ、半強制的にこの場へ連れてこられてしまっていた。


 コトン――。


 綺麗な魔石をテーブルに置き、出された紅茶に口を付ける。

(さて、どうしたものか……)

 ヤーゴフさんとは正反対の風体。

 明らかに元ハンターだったんだろうなという雰囲気が伝わる、筋骨隆々で強面なギルドマスターオランドさんから出た第一声は、「|誰《・》|が《・》|倒《・》|し《・》|た《・》|ん《・》|だ《・》?」という一言だった。

 見た目がガキんちょの俺がやったなんて普通は思わないし、実際その疑問は正解なんだから返答に困ってしまう。

 その上で他に選択肢がないため、しょうがなく「俺がやった」と。

 ある程度の経緯を伝えながらも、そう言い張るしかなかった。

 だからか、ずっと疑いの目を向けられている。

 そんな状況の中、俺の横を通り抜け、オランドさんに木板を渡す一人の女性。

 そしてその木板を黙って眺めること暫し。

「ふむ。ロキ、だったか。たしかにここ数日ハンターとしての活動はしているようだな。換金素材もお前がパーティの換金担当になっているのか? パーティ登録していないようだが、並のハンター達よりも1日の結果は多いように思える」

「はぁ」

「で、実際は誰が倒した?」

「いや、だから僕ですって」

「冗談を言うな。Bランク素材を頻繁に卸しているようなハンターや、クイーンアントの出現周期に合わせて訪れるAランクハンター達が倒したと言うなら俺だってまだ納得できる。だがここに卸した素材履歴を見ても、おまえはEランク狩場を主戦場にしているDランクハンターだろう? なぜかFランク狩場にまで足を運んでいるようだし、それで倒しましたなんて言われて誰が信じられる?」


(ほんと、そうなんだよなぁ……)


 この会話の流れで、あの木板は俺がマルタで換金した素材履歴を書き記した内容ということが理解できた。

 たぶん分かる範囲で俺の情報も纏められているのだろう。

 その情報を見れば、Bランク狩場のソルジャーアントやキラーアントの素材を持ち帰ることすら怪しく、さらにその奥にいた未確認のボス級魔物を倒したなんて荒唐無稽な話、到底信じられるものではない。

 俺が逆の立場でも同じ判断をするだろうし、オランドさんの疑問はもっともである。

 ――ただね、それじゃあ俺が困るんだ。

 だから話を無理やりにでもすり替えるしかない。

「あの、先ほどから誰が倒したかに意識が向いていますけど、そんなに重要なことなんですか?」

「当たり前だろう? 未確認の、しかも世界に9つしか確認されていないとされる『魔宝石』を有した魔物だぞ? 正式に国へ討伐報告すれば、討伐者は一発で叙爵されるクラスの魔物だ」


 ブルッ……


 思わず、身体が震えた。

(マジかよ。世界に9個だけとか、目の前にある魔石ってめっちゃ稀少品じゃんか!)

 ……だが、なぜ爵位云々の話に繋がる?

 マルタのハンターギルドは町がデカいだけあって、国と密な繋がりでもあるのかと、警戒心が一気に引き上がってしまった。

「ハンターギルドは国と関係のない独立組織では?」

「その通りだ。だがハンターからすれば、貴族になれるまたとない機会でもある。その目を俺が勝手に潰すわけにはいかん」

「本人は望んでいないんですけど?」

「ん?」

「ですから、僕は貴族なんてまったく望んでいません。どこかの国に縛り付けられるなんて真っ平御免です」

「……お前の考えは分かった。だが、"|実《・》|際《・》|に《・》|倒《・》|し《・》|た《・》|者《・》"がそうではなかったら?  仮に――おまえがこの死骸をどこかから|盗《・》|ん《・》|で《・》|き《・》|た《・》としたらどうなる?」

「へっ? そうなります?」

「あくまで可能性だ。Dランクハンターが『魔宝石』を有するほどの魔物なんて倒せる可能性は皆無。かと言って実際に倒したハンターパーティを殺して掠め取るなんて、いくらそのパーティが疲弊していたとしてもまず現実的ではない。Dランクハンターならデボアの大穴に入ることすら無理だろうからな。となると、倒したハンターはマルタに帰還しており、町の中で素材のみを盗んだと考えるのが可能性としては一番高い。繰り返すが可能性の話だから、ロキを犯罪者と決めつけているわけじゃないがな?」

「はぁ……」

 思わず、オランドさんにも分かるレベルで溜め息を吐いてしまった。

 信じられないのはしょうがないことだし、事実俺が倒したわけではないのだから、その点で文句を言うつもりはないけど……

 さすがに盗難疑惑まで持ち出されたら話が変わってくる。

 残念だが、ここで換金をするのはどうにもならないと思った方が良さそうだ。

「もう結構です。僕は当初換金できればそれで良いと思っていましたけど、どうやらそれすら難しそうですので無かったことにしましょう。どこか別のハンターギルドにでも持ち込みます」

「……そんなことができると思っているのか? こんな情報、すぐにどこのギルド支部へも伝わるぞ?」

「もし換金が難しいなら、何かしら自分で使う用途を見つけますよ。特別お金に困っているわけでもありませんから」

「ま、待てっ! そうであったとしてもだ! おまえがこの素材をどこから入手したのか、その疑惑がまったく晴れていない!」

「最初に言った通り、デボアの大穴最深部、卵が無数にある大きな部屋ですよ。この魔物はその中心部にいました。先ほど解体場で、3人がかりでも無理だったこの蟻の腹を裂いたのは僕です。それは3人に聞けばすぐ分かるでしょう。
 それにそんな盗難の疑惑があるならデボアの大穴に探索隊でも向けたらどうです? あそこで山ほどのソルジャーアントやキラーアントを倒しましたけど、素材には一切手を付けていません。この魔物が卵の中身まで無理やり覚醒させましたから、今巣穴の内部には蟻がほとんどいないはずです。実際に内部へ入って動いていた当事者だからこそ分かる情報だと思いますよ?」

 さすがに無実の盗難疑惑をかけられればイラッとしてしまう。

 その感情が多少なり乗った目でオランドさんを見つめれば、万が一、本当に俺が倒せるほどの人材であった場合を想像してしまったのか。

 喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。

「ほ……本当にお前が、いやロキが倒したのか……?」

「だからそう言っているでしょう? まぁ正確にはもう一人とですけどね。連れも貴族なんて興味がありません。だからどんな人物かを言う必要もないはずです。僕はもっと――どんな経緯を辿ったら出現したのか、どんな攻撃手段を持っているのか。そんな話になると思っていたんですが……なんだか終始疑われただけで終わって非常に残念です」

 そう言って部屋を出ようとすると、年齢で言えば50歳くらいの厳ついおっさんが、まるで縋りつくように俺の足へ絡み付いてくる。

 色々と変態道まっしぐらの俺でも、このような趣味には目覚めていないんだが。

「まっ、待ってくれッ!! 済まない! 済まなかった!! 疑ったことはこの通り詫びるから許してくれ!!」

「えぇ……」

 なぜこんな必死に俺の足へしがみついているのか理解できない。

 まさか敵対するとマズいとか、身の保身や安全でも考えているのか?

「大丈夫ですよ。DランクハンターがBランク狩場の奥にいる未確認の魔物を倒したなんて話、僕だって逆の立場なら信じませんから。だからオランドさんのことを悪く言うつもりはありませんよ?」

「そ、それはそれで有難いのだが……そうじゃなくて、だな?」

「ん?」

「あー……素材をどこかに持ち込まれると、困る、というか――」

「……もしかして、この素材をここで換金したり、魔物情報を伝えるとオランドさんの評価が大きく上がるとかですか?」

「そ、そういうことになる! 特にこの魔物の情報は喉から手が出るほど欲しい……だから頼むっ! 先ほどの件は詫びるし、俺に協力できることはなんでもする! この魔物に関する情報を教えてもらえんだろうか!?」

「えっ……なんでも……?」

 重視しているのは情報か。

 それなら倒した者、対峙した者じゃないと得られないわけだから、誰が倒したのかに終始拘っていたのも納得できる。

 そして『|な《・》|ん《・》|で《・》|も《・》』という言葉。

 うーん、なんて甘美な響きだろうか……

 だからと言っておっさん相手に求めることなんてポンと出てこないが、こちらからの一方的な提供ではなく『|取《・》|引《・》』ということなら気持ちも傾くというもの。

「そこまでおっしゃられるのでしたら分かりました。こちらからの条件をいくつか飲んでもらえるなら、分かる範囲のことをお伝えしても構いません」

「条件?」

「えぇ。と言っても無理難題を押し付ける気はないですけどね。僕は権力に振り回されたくないので、この魔物の存在や僕の存在は国に報告しないこと。あとはこの魔石に関してツレと相談したいので、売却は保留にさせてもらうこと。そして情報に対しての対価を頂けること。その際はオランドさんから、対価としてできることを提示してもらえた方が有難いです」

「なるほど……確かに無理難題ではないな。討伐者本人が望まなければこちらから国に報告することはないし、素材の所有権は得たハンターにあるのだから、それをどうしようがそのハンターの自由だ。情報に適正な対価を支払うのも当然のこと――うむ、問題無い。どの程度の情報かによってこちらの対価も変わってくるが、一方的にロキが不利な条件にならないようには必ずさせてもらう」

「商談成立ですね。では出現した経緯と可能性についてまずお伝えしようと思うんですけど、事前に一点確認が」

「なんだ?」

「先ほど言われていた9つの『魔宝石』に"|重《・》|複《・》"があるか分かりますか? 同じ魔物から2個目、3個目が取れたかどうかという意味です」

「それは分からん。俺が言った9つの『魔宝石』は各国が"|国《・》|宝《・》"として過去に公表したものだ。しかしとんでもない化け物から入手できたらしいというくらいで入手経路は不明だし、実物を見た人間もかなり限定されていると聞く」

「なるほど……ということは、『魔宝石』の特徴だけが広く知れ渡っていると?」

「広くというほどではないな。『魔宝石』は別名"|生《・》|き《・》|た《・》|魔《・》|石《・》"と呼ばれている。なんでも魔石から魔力を使用しても自然回復するんだそうだ。それもあって一度設置すれば無限燃料になる可能性を秘めているから、その手の研究機関や俺達のような魔石と接点の多い人間からの注目は高い」

 無限燃料……凄い話になってきたな。

 地球だってそんなもの存在していないのに、まさかエネルギーの分野で地球を超えちゃう可能性があるのか。

 だがそんな貴重な魔石が、公表されている物で9つしかないとなると―――

「ありがとうございます。となると知っている情報をお話しするのは構わないのですが、懸念材料も多いように感じます。この魔物が特殊な個体で、クイーンアントのように再度現れない可能性。現れたとしてもその周期が人間の理解を超えるほど長い可能性。あとは現れても次は通常の魔石で『魔宝石』ではない可能性もありそうですね……情報をオランドさんに伝えたとしても、活用できないことも考えられますが大丈夫ですか?」

「ん? んー……言われてみればたしかのその通りだな。だが情報が欲しいことに変わりはないぞ。各国の公表している『魔宝石』が全てとは限らないし、今回もロキが個人で所有すれば公表されないままということになるだろう? 誰かが情報を独占して、裏で取引している可能性だって有り得るわけだからな」

「たしかに、それもありそうですねぇ……」

 どこかの転生者が周回討伐をコッソリやっている可能性を考えると、ゲーマーならやるよな~俺もできるならやるわと思わず納得してしまう。

 まぁ活用できないリスクも承知だということならこちらに憂いはない。

 
「ではお話ししましょう。出現までの経緯と、その状況を」149話 情報の価値

「ふむ……ということは最深部に辿り着くまで、それこそ片っ端から蟻共を薙ぎ倒したわけか」

「途中漏れがあって背後を取られたこともあったので、全てではありませんけどね。なので道中の蟻討伐数はあまり関係無いんじゃないかなと思っています」

「となると、可能性が高いのは『卵』か?」

「個人的にはそれが一番可能性が高いかなと。仮にクイーンアントの出現時期以外は不人気な狩場だったとしても、さすがに今まで発見されていなかったのには違和感があります。ということは、僕達が他のハンターがやらないことをやったとしか思えないんですよね。もちろんただの運という可能性もありますが……」

 これ以外に【招集】を使ったという事実もあるが、魔物専用スキルが出現条件に入っていたらこの世界に9つも【魔宝石】があるとは思えないし、キングアントのスキルに【呼応】は無かったんだから、【招集】で呼ばれて出てきたという線は無しだろう。

「卵を大量に割る、か……普通に考えりゃ、素材目的ならそのだいぶ手前で籠なんざパンパンになっているだろうからな。ロキのように素材を捨てる覚悟で深部に向かわなきゃ、卵を割ろうなんて発想も出てこない。その覚悟を持って挑むのはクイーンアントがいる時だが、そのクイーンアントがいない時も条件に入るとなれば――今まで誰もやっていなくて、かつ有り得そうな話にはなってくるな」

 蟻を単純な『|生《・》|物《・》』として見るなら運だ。

 たまたま居たという運の要素以外に何かあるとは思えない。

 だがクイーンアントが半年くらいという周期になっていることや、この世界でチラホラと錯覚してしまうゲーム的要素を考慮するなら、キングアントはさながらゲームの『|隠《・》|し《・》|ボ《・》|ス《・》』ということになる。

 となるとキングアントに何かしらの"出現条件"が付いていたっておかしな話じゃないだろう。

 それが世界に『魔宝石』が数えるほどしか存在していない理由になっているとも考えられる。

「パーティは2人、クイーンアントの討伐から約3ヵ月、道中の蟻をほぼ殲滅する勢いで倒して、深部の卵を少なくとも100以上は割る。これらをクリアすると中央に黄金色の蟻が現れるかもしれない。あとは色々試してその条件を精査していくのみでしょうね。全てクリアしてもダメであれば運、1度倒せばもう現れない特殊な魔物、もしくは周期が異常に長い。このどれかの証明にもなると思います」

「そうだな。その情報からどう動くか、ハンターに動いてもらうかはこちらの仕事だ。色々と検討してみるとしよう」

「ただ正直に言えば、生半可な戦力じゃ勝てないと思いますよ?」

「ふむ……どんな攻撃手段を持っていた?」

 ここからが俺だからこそできる情報提供だろう。

 魔物のスキル経験値を得られるということは、魔物がどのようなスキルを所持していたのかがほぼ丸裸になるということでもある。

 1体しか倒していないからスキルレベル2以下は今回分からないが、隠しボスということならそんな低レベルスキルを所持している可能性も低い。

 せっかく情報に対して対価を貰える取引だ。

 伝えたからと言って俺が大きく損をするような話でもないし、濁さなきゃいけない部分は濁しながらも、できる限り詳しく伝えることにしよう。

「まず卵を割っていたら、不意打ちの如く物凄い速さで光線が飛んできました。性質は痺れも発生していたことからまず間違いなく『雷』でしょうね。そして逃げられないようにするためか、【時魔法】でこちらの行動をパーティ単位で遅くしてきます。それらの詠唱はかなり速いので、この蟻は【省略詠唱】を持っていると思った方が良さそうです。気付いた時にはぶっ飛んできますから、標的にされたら逃げられずに死ぬか致命傷を受けると思ってください。
 そして行動を遅くさせられたあとは周囲の蟻の卵を一気に覚醒させてきます。この黄金色の蟻自体が明滅すればその合図ですね。中身は成長途中の蟻ですけど、成体と強さに大きな違いがあるようには思えませんし、【鼓舞】を使って広範囲の蟻の能力を向上させているはずです。周囲を飛ぶレヴィアントがこの特殊な蟻を守らせるために幼体蟻を集めますので、覚醒した幼体蟻を殲滅してからでないと手が届かないでしょう。
 あとこの黄金色の蟻はレヴィアントと同じで飛びます。ついでに【身体強化】を持っているようですから、小さいですけど普通の地を這う蟻とは別物と思った方がいいです。状態異常系もまず効かないでしょうね」

「………………」

 その他にも【魔力自動回復量増加】のスキルレベルが高いから、魔力切れを狙う戦略は無理っぽいとかもあるが――

 もうこれ以上は伝えてもあまり意味がないだろうな。

 出現条件が終わって一息つきたかったのか、手に紅茶の入ったカップを持ったままオランドさんは完全に固まってしまっている。

 顔は真面目そうにしているのだが、目の焦点がいまいち合っていない。

「オランドさん? 大丈夫ですか?」

「あ、あぁ大丈夫じゃないが大丈夫だ……」

「カップを持ちながら死んじゃったのかと思いましたよ」

「……あのだな、ロキ。それ、どうやって倒すんだ……?」

「えっ?」

 それを聞かれたって困るよオランドさん。

 俺は死んだ方がマシだと思えるような痛みに耐えながら、子分の蟻と必死に戦っていただけなんだ。

 倒したのはリルであって、俺自身は一度もキングアントと直接対峙していないし、そもそも気絶している間にキングアントは倒されていたんだから知るわけもない。

 思わず俺も紅茶の入ったカップを持ちながら、中空を見上げる。

「すぅー……気合、ですかね……」

「そ、そうか……」

「「……」」

 実際二人ともボロボロになりながら、気合で倒したようなものだしな……嘘は言っていないと思う。



 その後もいくつか出てくる質問に答えつつ、俺は俺で"隠しボス"の存在や"通常ボス"との違いなんかをやんわりと確認していく。

 そしてオランドさんが倒せるか倒せないかは別として、情報内容に納得した頃合いで報酬の話になった。

「これほど有益な情報が聞けるとは思ってもみなかった。改めて、最初に疑ったこと申し訳なく思う。当事者じゃなければこんな細かい情報分かるわけもないだろう」

「あ~それはもういいですよ。ちゃんと取引になったんですから」

「それで報酬だがな。まず確認したいのが、この情報をギルド本部へ伝えても問題無いか? 伝えればハンターギルド全体で周知されることになる」

「情報に対して対価を頂いたんであれば、その情報をどう扱おうとオランドさんにお任せしますが――倒そうと思う者、ライバルが増えるということですかね?」

「そうだな。ここまで『魔宝石』を所持する魔物の詳細情報が出てきたのは初だろう。過去にハンターが『魔宝石』を持ち込んだことはあっても、このような情報が纏まっているケースなど俺は知らないからな。つまりだ、腕に覚えのある各国のハンターはもちろん、普段は表に出てこない強者も新たにハンターとなり、一攫千金を夢見てマルタに来る可能性も出てくるだろう。その代わりギルド本部はこの情報に対して大きな価値を見出すわけだから、報酬額も俺個人の判断とは違ったものになってくる」

「なるほど。オランドさんが情報を欲しがったその先が見えてくるわけですね?」

「あぁ。マルタのハンターギルドがより賑わいを見せ、高ランクハンター共が押し寄せてくる。ギルドマスターにとっては理想だし、それが俺の評価にも繋がるわけだ。当初は俺個人で情報を止めて、マルタのBランクハンター共を纏め上げるか悩んでいたが……話を聞く限りじゃBランクハンターを集めたところでどうにかなるとは思えん」

 でしょうね。

 幼体蟻が100体200体くらいなら、一斉に押し寄せてきても俺はまだなんとか耐えられた。

 この時点で俺個人としてはB~Aランクくらいの能力だと予想しているが、その能力でキングアントをどうにかできるかと言われたら、|ま《・》|っ《・》|た《・》|く《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》と即答してしまう。

 あれは止めを刺してさらにレベルが上がった今でも無理。

 それが本能的に分かるのだから、Bランクどころか、クイーンアントを倒しにやってくるAランクパーティでもまず無理だろうなというのがなんとなくだが予想できてしまう。

 となると、オランドさんで情報を止めれば倒す手立てが見つからないため報酬は少なく、ギルド本部に情報提供まで持っていければ逆に報酬は多いということ。

 そして俺のデメリットは情報が知れ渡ることによってライバルが増えることと―――……あとはこれか。

「ハンターギルドの本部とやらに情報が伝われば拡散されるわけですから、いずれこの国にもバレますよね?」

「そこだ。ギルドがわざわざ伝えるなんてことは断じてないが、ハンター達に情報を伝えれば遅かれ早かれここラグリース王国も、そして各国もその情報を知ることになるだろう。だが間違ってもロキの情報が出回ることはない。俺が本部に伝えるのはこの魔物の出現パターンの可能性とその能力、そして『魔宝石』を所持していたということだけだからな。ロキが悩んでいるその『魔宝石』をうちに卸してくれれば俺は現物持って本部に行くことになるだろうし、素材を卸してくれればそいつを持って本部に行くことになるだろう。直接見せた方がより信用度が高まるからな」

「なるほど。なのでオランドさんとしては、できればどちらもここで売却してほしいということですね」

「本音を言えばそうなる。だが無理を言うつもりはない。その時は――ベザートのギルマスにでも証人になってもらうしかないな」

「へ? ヤーゴフさんですか?」

「ん? なんだ知ってるのか?」

「えぇ。僕はベザートから来ましたので」

 報酬の件もあれば、どの道これ以上現金を持ち歩くことは難しい。

 キングアントの素材を売るならもう使うしかないと思っていたので、ポケットから折りたたまれた書状をオランドさんに渡す。

「これは?」

「ヤーゴフさんからですよ。僕のハンター情報が載っています」

「あいつがDランクハンターに?……って思うのがそもそもの間違いだったか」

 ブツブツ言いながらも書状を黙って読み込むオランドさん。

 その光景を冷めた紅茶を飲みながら眺めていると、何かに納得したように目の前で頷き始めた。

「……なるほどな。初めから良い意味で特異な存在だったわけだ」

「必死に魔物を倒していただけですけどね。どうしようか悩んでいましたけど、もうその書状はここで使いますので、報酬はそのままギルド預けでお願いします。あと証明にも必要でしょうから、魔石以外の素材はそのまま売りますよ。試せば外殻の硬さである程度の判別もできるでしょうからね。ただ魔石はたぶん記念に自分で持っておくと思います」

「そうか……助かる。素材は前例が無いから適正価格なんてものはないが、白金貨30枚でどうだろうか? どうしても素材自体が小型だから、装備に転用しづらいとなるとこれ以上は厳しい」

「この素材、硬いけど小さいですもんね。白金貨ってなると―――……」

「3,000万ビーケだな。それと今回の報酬自体に5,000万ビーケを考えている。これだけデカい情報だ。ギルド本部からの報酬がそのくらいになる見込みだから、そいつをそのままロキに回す予定だ」


 お、おほぉ~……


 硬貨の枚数で言われるとピンと来なかったが、情報と魔石を抜いた素材で8000万ビーケとか。

 家が建ってしまうんじゃないかと思えるぶっ飛んだ報酬に、金銭感覚がバカになってきた俺でもプルプルと震えてきてしまう。

 もしや、この『魔宝石』も売ったら、俺もう一生安泰なんじゃ――

 思わず『魔宝石』をジッと眺めてしまうと、オランドさんがこれ見よがしに追撃をかましてくる。


「ちなみにだが、その『魔宝石』をもし売却したら……軽く白王金貨数百枚にはなるだろうな」


 白王金貨ってなんだよ……今まで聞いたこともない硬貨だよ……

 1枚100万ビーケする白金貨の1個上か? 2個上か? いや、2個上だったらヤバいにもほどがある。

 うーん、硬貨に然程興味がなかったらからさっぱり分からん。

 まぁ……コレ、小さいし? 持ち運びに苦労しないんだから、お金にどうしても困った時に売ればそれでいいだろう。

 将来何かに使えることがあるなら自分で使ってみたいしね。

 盗難、紛失した時が一番最悪だが――この世界に貸金庫なんてあるわけないだろうし、記念に持つと決めたならば空間魔法を取得するまで気合で死守しないといけないだろうな。

「はは……まぁ『魔宝石』は僕が貧乏になったらということで。他は合計8000万ビーケで問題ありません。それでお願いします」

「ロキが貧乏になることなぞ無さそうだからな。期待しないでおくとしよう。それとランクだが――」

「ん?」

「もしマルタで実技試験を受けていくなら、Bランクまでは俺がすぐに承認してやれるぞ?」

「お? ほんとですか。実技試験というと、誰かと模擬戦でもするんですか?」

「あぁ。マルタにいるBランクハンターと手合わせしてもらう。勝ち負けだけで合否を判定するわけじゃないが、戦いから適正かどうかを、俺を含めた数人のギルド員が判定させてもらう」

「Aランクになりたいなら、Aランクハンターがいるような狩場のある町に行けってことですかね?」

「そういうこった。相手をできるやつがいないし、俺が元Aランクだが、手合わせしちまったら外から客観的に判定するやつがいなくなるからな」

「ふむふむ、了解です。それじゃあぜひ試験はお願いします」

「ふっ……ここで怖気づくようなら、情報の真偽を再度疑うところだったんだがなぁ」

 冗談っぽく言うオランドさんに、もう最初のようなトゲトゲしさは無い。

 蟻数体とガチンコ勝負しているハンターが相手なら望むところ。

 リルみたいなぶっ飛んだ女神様性能じゃなく、Bランクハンターという世間的にそこそこ強い位置付けにいそうな人と、ぜひ手合わせしてみたかったんだ。

 これで俺が現在どの程度なのかもきっと分かるはず。

「楽しみですよ。いつやるんですか?」

「あ~そうだな……早速今日から目ぼしいやつらがギルドに来たら声を掛けておくから、一応明日の朝にでも来てもらえるか? その時詳細は伝えられるはずだ」

「了解です。それじゃ明日は休みにしますかね。蟻の素材は解体場にそのまま置いてありますからお任せします。あと解体場の方々にも今回の件、口止めは宜しくお願いしますね」


 手には大事に握り締めた『魔宝石』。

 これは夜にでもリルに見せてみるとして―――……さてさて、時刻はまだ午前10時くらいか?

 ここからは俺の楽しみにしているステータスチェックと実験のお時間だな!

 思わぬ収穫に足取りも軽く、俺はフラフラと飲食店や専門店を物色しながら宿屋へと戻っていった。150話 飛躍的な成長

 マルタの町から北西に約30分ほど。

 街道から外れた小高い丘の上でゴロンと寝転び、陽が中天に差し掛かりそうな空を眺める。

「良い天気だなぁ……」

 地球なら秋に入ったと実感できる過ごしやすい気温で、身体中に降り注ぐ太陽の光がなんとも心地良い。


(昼寝でもしたいところだが、やるべきこと、やりたいことがあるからな、っと)


 手早く残っていた串肉を平らげ、持参した革袋の中をゴソゴソと物色。

 手帳やボールペンに電卓、ついでの腕時計を取り出し、革袋を下敷きにしながら地べたで現在のステータスを確認していく。

 本来は宿屋の自室でやろうと思っていた作業だが、実験をするなら外じゃないと難しいことも色々とある。

 それに俺の電卓はよくあるソーラー式なので、太陽の光をしっかり浴びてくれないとあまり元気がないのだ。

 なら天気も良いし、たまにはこんなのもありだろうと。

 ピクニックがてら、人のいないスペースを探してフラフラ探索していたら、辿り着いたのはデボアに向かう離陸ポイントにほど近いこの場所だった。

 周囲はポツポツと草木が生えている程度の荒野で見晴らしが良く、魔物はおろか動物の姿さえまったく見られない。

 農地も視界内にはまったく存在していないので、ここなら|ど《・》|ん《・》|な《・》|こ《・》|と《・》|を《・》|や《・》|っ《・》|て《・》|も《・》怒られることはないはずである。

 俺は温かい陽射しを背に浴びながら、ステータス画面を開いたり閉じたりしつつ、黙々と画面に見える数値などを手帳に書き写していった。


 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:56  スキルポイント残:879 

 魔力量:620/620(+534) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   308 (+676)
 知力:   309(+399) 
 防御力:  302 (+154)
 魔法防御力:302(+459)
 敏捷:   307(+66) 
 技術:   301(+605)
 幸運:   312 (+90)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》

 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv3 【棒術】Lv5 【短剣術】Lv2 【挑発】Lv2 【狂乱】Lv8 
【身体強化】Lv5 【捨て身】Lv1 【指揮】Lv5 【鼓舞】Lv5

 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【土魔法】Lv3 【風魔法】Lv4 【水魔法】Lv4 【魔力操作】Lv1
【雷魔法】Lv7 【時魔法】Lv4 【省略詠唱】Lv5

 ◆ジョブ系統スキル
【採取】Lv1 【狩猟】Lv3 【解体】Lv2 【話術】Lv1 【料理】Lv1 

 ◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv3 【気配察知】Lv5 【遠視】Lv2 【跳躍】Lv4 
【探査】Lv1 【算術】Lv2 【暗記】Lv1 【俊足】Lv2  【夜目】Lv4
【飛行】Lv7 【視野拡大】Lv6 【隠蔽】Lv7

 ◆純パッシブ系統スキル
【毒耐性】Lv7 【魔力最大量増加】Lv2 【剛力】Lv1 【疾風】Lv1 
【金剛】Lv1 【豪運】Lv1 【物理攻撃耐性】Lv3 【魔力自動回復量増加】Lv5 
【鋼の心】Lv2 

 ◆その他/特殊
【神託】Lv1 【神通】Lv2 【地図作成】Lv1 

 ◆その他/魔物
【突進】Lv6 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  【光合成】Lv4  【硬質化】Lv4  
【物理防御力上昇】Lv4 【呼応】Lv7 【酸液】Lv7 【穴掘り】Lv8 
【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7 【招集】Lv7 【擬態】Lv6 
【噛みつき】Lv8 【強制覚醒】Lv9  


「うーむ……」


 数日前とのステータス差が凄すぎて、思わず唸り声が口から漏れてしまう。

 長閑な丘の上で寝転がりながら電卓をピコピコ。

 楽しみにしているリルへまともな報告をするためにも、上昇数値やボーナスステータスの割り出しを試算しては手帳や裏紙に書き記していったわけだが――



 約2時間後。

「だっはーっ! 一気に上がり過ぎてムリムリムリーッ! 毎日データ取りしていてもこんなのムリーッ!!」

 辺りには情けない叫び声が木霊していた。

 もちろん頭を掻き毟りながら泣き言を漏らしているのは俺である。

 傾向から予測できる部分もあった。

 レベルが上がることによる各種能力値の上昇幅。

 基礎ステータスとも呼べる部分は試算結果がそのまま当てはまったが、もう各種スキルのボーナス能力値や、初到達となったスキルレベル8、スキルレベル9の能力上昇数値がはっきりと見えてこない。

 思わず、

「どんぐり様へ、ステータス画面のボーナス能力値など、もっとスキル内容を詳しく表示してください。お願いします」

 このように、天に向かってお祈りまでしてしまう始末だった。

 ちなみに以前お願いしたステータス画面上のお金総額表示や、アクティブスキルとパッシブスキルの振り分けは成功していない。


「それに"|称《・》|号《・》|効《・》|果《・》"もさっぱり分からんし……」


 もしかしたら、ひっそりどこかの能力値が+50くらいされているのかもしれない。

 ただその見分けが一切付かないという、初称号なのになんとも気持ち悪い感覚だけが残ってしまう。

 しかも今後、もし隠しボスとも言えるような強敵を発見、討伐したとしても、その度に同じことで悩まされる可能性が高い。

 所持しているスキルはさすが隠しボス! と褒め称えたいくらいにどれも高レベルで、かつ所持スキルの数が非常に多いのだ。

 倒せばボコボコと各種スキルを入手、レベルが上昇し、連動してステータスが一気に上がってしまうため、結局称号効果はなんなのよ? という状況がずっと続くことになってしまう。


(うーん、称号を選択できるわけでもなさそうだし、その中でわざわざ『称号』なんて項目があるということは、何かしらの意味があると思うんだけどなぁ……)


 頭を捻るも、現状どうやったって答えが出ない。

 溜め息一つ、しょうがないと思いながらも次の確認作業へと入っていく。


「それじゃ、チラ見しかしていない新スキルの詳細を見ていきましょうかね」


 スキル欄を上から順番に眺めながら、目新しい取得スキルを見つけては詳細を確認し、今後自分が使えるのかどうか。

 使えるならどの場面で使うべきかを想定していく。



【身体強化】Lv5 魔力を使用して筋力値、防御力値、敏捷値、技術値を一時的に150%まで上昇させる 効果時間5分 魔力消費25

 キングアントからゲットした超有用スキル。

 たぶんスキルレベル1の時は110%だったのかなと思うが詳細は不明。

 試しに使用してみると、発声しなくても心の中で【身体強化】と呟くだけで効果が発動する上、使用時に魔力が表面化することもない。

 どうも【突進】や【飛行】、あとは【剣術】など、俺自身の身体を使って体現する部類のスキルは、魔力が体内で消費されているのか表に出てくる様子がない。

 逆にはっきりと体外へ魔力が放出されてしまっているのは、スキルの中でも『魔法』に分類されるものだな。

 他にも条件があるのかもしれないが、一先ずこの手の内部消化タイプは魔力が黒くなってしまった俺でも気軽に使えるので、得られる効力が大きい【身体強化】なんかは特に今後使用頻度が高くなりそうだ。

 だからこそ、欲を言えばもう少し効果時間が延びてほしいところだな。



【指揮】Lv5 スキルを使用した指揮者の思考が、指揮下にある味方へと伝達されやすくなる。度合いはスキルレベルによる。 範囲:1000メートル 使用効果時間30分 魔力消費50

 なんとも軍隊さん向けなスキルで、ソロの俺に使う用途はまるでなし。

 レヴィアントが所持していたスキルなので、統率の取れたウザったい動きをしてくる理由がこれでよく分かった。



【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28

 超パーティ向け。

 使用者に効果が表れない時点でソロの俺が使う場面はない。

 一瞬、キングアントと戦っていたリルに掛けてあげれば良かったんじゃ?  と思ったが、射程範囲が50メートルでは届かなっただろうし、地味に魔力消費が重くて使えなかっただろうなという結論になった。



【雷魔法】Lv7 魔力消費70未満の雷魔法を発動することが可能

 キングアントのあんな光線を見せられると夢が広がり過ぎてたまらない。

 問題は使うと必ず黒い魔力が出てしまうこと。

 現状の最大火力魔法になり得るので要検証。



 【時魔法】Lv4 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±400%の減少か増加を選択して発動することが可能 消費魔力:10秒毎に60

 こちらも夢が広がるスキル第二弾。

 とりあえず自分自身にも増加、減少どちらも発動可能で、対象指定範囲内の個別指定――つまり自分は増加で敵は減少などの選択はできないことがわかった。

 ちなみに取得条件は【光魔法】と【闇魔法】。

 スキルツリーだと白い二本の線がこの二つに分かれていたので、本来はどちらのレベルも一定数必要だったんだと思われる。

 これで以前リステと検証した3つの上位魔法の中に、【空間魔法】が存在しないことはほぼ確定してしまった。



【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0

 詳細説明を見て一番理解できないのがこのスキル。

 いやいや、意味が分からんし。

 詠唱に節が存在し、その長さによって魔法スキルレベルの判定がされているなら、単純に唱える節を短くできると思っていたわけだが違うのだろうか?

 単体魔法というワードも気になるし、要検証スキル。


        
【隠蔽】Lv7 Lv7以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0

 女神様達が使う看破系の最上位だろう【神眼】でも俺のことは覗けないので、あまりこのスキルの恩恵は高くないような気がする。

【神託】とかで俺の居場所を把握することはできているので、誰かが使う【探査】や【気配察知】なんかの察知系に対しては意味があるのかな?

 なぜ俺のスキルを覗けないのかは謎のままだが、能力値が俺だけ数値化されているという――ある種のバグのようなステータス画面になっているので、それが原因で女神様達も覗けないのかもしれない。



【金剛】Lv1 防御力値が5上昇する 常時発動 魔力消費0

 予想できたから問題無し。

 あれだけ蟻に齧られたら、そりゃ覚えるよなって思う。



【豪運】Lv1 幸運値が5上昇する 常時発動 魔力消費0

 内容は予想できたけど、なぜ上がったかは分からない。



 そしてここからが<その他>枠にある魔物専用スキルになるわけだが、『【呼応】Lv8』『【酸液】Lv7』『【擬態】Lv6』の3種は表示がグレーのままで俺には使うことのできないスキルだった。

 使用可能スキルの詳細はこの通りである。



【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2

 知ってる。

 なんでこんな簡素過ぎる詳細説明なのかが一番の疑問だ。

 とりあえず穴を掘る時は魔力使用の効率を考えても、【土魔法】より【穴堀り】で良いんじゃないかとちょっと思った。

 手と服が凄く汚れそうだが。



【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物に対して強制集合をかける 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17

 面白いけど使いどころが難しくもあるスキル。

 まず【呼応】を所持している魔物じゃないと何も意味がないし、魔物が強過ぎてもこちらが非常にマズいことになる。

 とりあえず同族じゃなくても効果があることは分かったので、格下狩場なら一度使用して反応するか試すのは有り。

 成功すれば纏め狩りがかなりやり易くなる。



【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0

 敢えて魔物専用スキルになっている辺りに特殊性を感じる。

 使う場面は限られるだろうけど、リルの爛れた皮膚を見れば存在感はかなり大きい。

 魔力消費無しの常時発動型だし、この手の耐性スキルはいくらでもウェルカムです。

 ただスキルレベルが結局9にならなかったのと、衣類などの所持物にはまったく効果がないのは残念である。



【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0

 たぶん超大当たりスキル。

 魔物専用スキルになっていることからも、もしかしたらボス級の魔物しか所持していない可能性もある。

 難点はどれほど耐性が増加するのか分からないので、【酸耐性】のように1種に特化した耐性系の耐性増加比率ほど信用していいのかが分からない。

 まぁパッシブの魔力消費0だから、高レベルであればあるほど嬉しいスキルであることは間違いない。



【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800メートル 魔力消費50

 今回の目玉スキルであり、唯一レベル9にも到達したスキル。

 このことからキングアントは【強制覚醒】Lv10を所持していたのは確定だ。

 だがこのスキル効果は本当に|酷《・》|い《・》。

 使用することはできるけど、俺が広範囲目覚まし時計にしかなり得ない。

 真夜中に町の中心で発動しようものならテロ行為である。

 しかも本人が起きていないと使えないから、俺への目覚まし効果は何も無し。

 悲しいかな、明らかにボス固有スキルのオーラを放っているのに、まったく使いどころのないクソスキルである。



 このように重宝しそうなスキル、一生使うことのなさそうなスキルと様々だが……

 それでも隠しボスだと勝手に判断しているキングアントは、優秀なスキルを保有している割合が物凄く高かった。

【強制覚醒】がキングアント固有スキルになるのであれば、今回はゴミだったものの別のボスはどんな固有スキルが? という、隠しボスを探す楽しみまで追加されてしまう。


(ははっ、あれだけ痛みを味わって死にかけたのに、もうボスを探すのが楽しみだって思ってんだから重症過ぎるわ……)


 絶対に死にたくないはずなのに、わざわざ危険な場所へ飛び込む神経が自分自身でもよく分からない。

 まぁ、死なずに最大限楽しみたいという、ただのワガママなんだろうなと自問自答した末に答えを出して、そっと掌を前に突き出す。


「さーて、それじゃあ実験を始めますか。まずは『8』、だな」


 そう思ってもう片方の手で指を折り、数を意識しながら慣れない言葉で詠唱を開始する。


『無数の、雷を、地に、落とせ、視界を、覆い尽くすほどの……無数の……雷を……』


 詠唱途中で口はへの字に曲がり、指を折っていた手で頭を抱えて「やってしまった」と心の中で呟く。

 いきなり8個のそれっぽいワードを並べようとしても無理があった。

 元は中二病を患っていたが、長く真っ当で社畜な社会人生活を送っていたんだ。

 最後の方なんて言葉が続かなくて振り出しに戻ってるし……

 これは一度手帳に紡ぐ言葉を纏めないと無理。

 そう思って手帳に視線を落とした時、身体全体から掌へギュギュッっと、体液を一気に吸われるような感覚で力が集まり、その直後には鼓膜が破れるかと思うほどの爆音が鳴り響く。


「はへっ!?」


 咄嗟に視線を正面に戻せば、暗雲一つない上空から降り注ぐ数多の落雷。

 地面を抉り、焦がし、多少生えていた草なぞ蒸発させるかの如く無に帰していくその百雷の渦は、数秒間に渡って落ち続け―――


「これが、レベル7……」


 終わった後には焦げた地面を多く残すだけとなっていた。

 少し遅れて届く強風が身体に当たり、髪が逆立ち後ろになびいていく。


 最初は目の前で起きた光景に対する驚き。

 そして次に訪れるのは感動。

 頭の中で発動させたかった、雷のイメージに近い現象を発現できた事実が徐々に覆い被さり、自然と身体が打ち震える。

 俺の描いた光景は暗闇の中を無数に光り落ちる雷群だったので、実際目の前で起きた内容と天候や範囲の面で幾分違いもあるにはあるが――

 それでもあんな言葉足らずの恥ずかしい詠唱でも実現したということは、これが【省略詠唱】の効果になるんだろうか?


(あの振り出しに戻った部分が省略されたとみるべきかどうか……うーん、魔力は69消費でガッツリ最大まで使ってるか)


 これが現状できる最大級の範囲魔法。

 威力や範囲が分かっただけ御の字ではあるものの、【省略詠唱】とどう関係するのか。

 できればそこまで突き止めたいと思い、何パターンかに分けて実験を繰り返す。

 幸い魔力は15発撃ってもまだ余裕があるほどに潤沢だ。


「覆いつくすほどの、無数の、雷を、地に、落とせ!」

(うぉっ……もっていかれる魔力の感覚はさっきと同じ!)


 ゴロゴロゴロ……ズドドドドドッ!!! ゴロゴロ……


 繰り返される先ほどと同じ光景。

 これで節が5つでも、しっかりとしたイメージを持っていれば精霊に伝わることが確認できた。

 となれば、あとは節の数をどれだけ減らせるか。


「無数の、落雷を、地に、放て」


 ゴロゴロゴロ……ズドドドドドォンッ!!! ゴロゴロ……


 また同じ、4つのワードでも成功。

 多少言葉を変えても、発動の結果は同じように見えた。

 どんどん様になっていく自分の姿に、興奮で息が乱れてしまう。


「落雷を、地に、放て」

(……お? 一瞬魔力を持っていかれるような反応があったけど、発動はせずか。となると現状4つのワードが限界ってことか?)


 伝導割合50%だから、8のワードから4のワードへ。

 その分発動後のイメージが重要度を増し、多少の言葉の違いでも同じような発現結果に収束しやすくなる――

 そういう理屈で合ってるのかな? と首を傾げながらも、十分納得できる効果に思わず顔が綻んでしまった。

 俺のイメージが発動の大きな割合を占めるのであれば、これはもっと響きの良い、カッコ良い言葉を考えておくしかない。

 中二病が復活しかけてしまっているが故に、そんなことまで考えてしまう。


(うーむ。手元から一直線に伸びる、あのキングアントに使われた雷。あれもぜひ真似してみたい。伸びる光の雷……雷槍?……やだぁ、もうなんかカッコいいし……)


 一人照れながら徐に立ち上がり、右手は前方に向けながら左手は腰に。

 高揚感と興奮で頬を赤く染めつつ、キリリと前方を見据えて言葉を発する。


「放て、雷槍、高速で、突き抜けろッ!」


 なんだかんだとノリノリ100%で放った一撃。

 それは――


 バリバリバリバリバリバリィィィィッ……


「しゅげぇええええええええええええええええ!!!」


 どこまでも、物凄い速さで飛んでいく雷の一閃だった。

 丘の上から放ったため何かに当たることはなかったものの、絶対に威力は先ほどの広範囲拡散型よりも上であると、見ただけで確信してしまう。


「ハァハァ……凄いよ……少年の夢が詰まり過ぎだよこれは……あぁぁ……もっと、もっと実験をしないと……」


 その後も【雷魔法】の別の使い方を模索し、【時魔法】で何ができるかを自らに試し、それが【省略詠唱】に結び付けるとどういった結果が生まれるのか。

 また今回取得した【身体強化】によって、実際どれほど体感の動きが変わるのか。

 興奮も冷めやらぬまま、ひたすら一人実験に明け暮れる。


 ――そして辺りの日が沈みかけた頃。

 全身が乾ききったような感覚を覚えながら、ほぼスッカラカンとなってしまった魔力残量を確認したのち、ボーッと焦げ跡だらけの台地をなんとなしに眺める。


「ん―――……」


 パワーレベリングが成功すれば良いと思った。

 その為にリルを連れていったし、リルを最大限に活かせる方法も考えた。

 しかし……

 ここまで自身の能力、スキルが伸びるとはさすがに想像もしていなかった。

 だからこそ思う。


 RPG的にはやり過ぎな、|邪《・》|道《・》|な《・》|方《・》|法《・》を取っちまったなぁ、と。


 大きく成長できたという9割の喜びと、なんとも言えない戸惑いが心の中で混ざり合う。

 自分の力だけで成長できたなら、きっと喜びと嬉しさだけで俺の心は満たされていただろう。

 だがこの成長は全てリルのおかげ。

 俺自身がやるべきことは全力でやったつもりだが、それでも実情はコバンザメのようについて回り、背後からその恩恵を掬っていたに過ぎない。

 そんな理由もあってか素直には喜べず、幾分シコリのようなものを心のどこかに感じてしまう。

 強さを何よりも重視しているのに、素直に結果を喜べない俺はどこまでも我儘だなと、自分に苦笑いするしかない。


「でもまぁ、今の状況だって所詮は通過点だろ」


 まだまだ取得できていないスキル、伸ばせるスキルは山ほどある。

 ならばこの時点での強さなど遅かれ早かれ到達するもの。

 今後の道中が楽になったというくらいで、それ以上ヘタに考え込んでも仕方がないし、気を付けるべきはこれで調子に乗らないことだと自分を戒める。

 無理やり引き上げてもらった力で天狗になるとかカッコ悪過ぎるしね。


「さて、帰るか……」


 遠くで僅かに聞こえる鐘の音で我に返り、最終日のリルに急成長のお返しをしてあげよう、と。

 町がざわついていることも知らず、俺は町へと帰還するのだった。151話 監査員

 いつもより少し騒がしく感じる大通りを抜け、宿の自室に戻った俺は情報を整理しながらリルの帰りを待った。

 すると30分ほどで、終電間際のサラリーマンのような萎びた雰囲気を漂わせながら、部屋へと入ってくる金髪長身美人が。

「おかえり~って、1日狩り続けても平気な顔してるのに、今日は随分と疲れてるね」

「戻った。何も成果が得られないと疲れるものだな……途中からはご飯のことばかり考えてしまった」

 思考が戦闘一色のリルらしい。

 フィーリルはどうだったか分からないけど、他の女神様達はそれなりに下界の街並みを楽しんでいたというのに。

 これじゃあパルメラ探索の最有力候補はリルになるだろうな~とは思うも、言うとややこしくなりそうだから黙っておこう。

「そんなお疲れのリルに朗報だよ」

「ん?」

「今日は最後の夜だし、狩り同行のお礼も兼ねていつもと違うところにご飯食べ行きまーす!」

「ほぉ……肉か?」

 その質問に黙って頷くと、両手でガッツポーズをしながら腰を左右に振っている目の前の女性。

 先ほどの疲れた様子などどこかに吹き飛んでいて、現金な女神様だなとつくづく思う。


 リルに急かされながら宿を出て、徒歩5分程度で着く大通り沿いのとあるお店へ。

 太い木をそのまま輪切りにしたようなテーブルがいくつも並ぶ店内はかなり混み合っており、すでに提供された食事に噛り付いている客も多い。

 そんな中で俺達は空いていた1席に座ってメニューを眺める。

「む? あれはなんだ!?」

 別の客が食べている肉の塊を見てリルは興奮しているのだろう。

 焼いた香ばしい匂いが店内に充満しているし、その匂いだけで俺も自然と腹が空いてくる。

「あれは『ステーキ』っていうんだよ。ギルマスにこのお店を教えてもらってね。どうやらマルタで一番の肉料理屋らしい」

「ほ、ほほぉ……」

「しかも食べたい量をこっちで調整できるらしいよ? 大きいのをドーンと頼んでもいいし、普通サイズを何回かお代わりしたっていい。なんと言っても食べ放題だからね!」

「今更だが最高だなロキッ!!」

 リルの要望を聞き、店員さんに俺は大サイズ、リルは特大サイズのステーキを頼んだら、先に来た飲み物で乾杯だ。

 明日は昇格試験で比較的のんびりできそうなので、2杯程度なら飲んでも問題無いだろう。

「そういえば、今日町の西側で魔法の実験でもしていたか?」

「うん? 【雷魔法】とか【時魔法】がどんなものかなーって色々やってたけど。なんで?」

「そうか。昼過ぎから町中に断続的な轟音が鳴り響いてな。空は晴天なのに何事かと町が混乱していたぞ? まぁ兵が動いていたくらいで、民が逃げ惑うという感じではなかったがな」

「あっちゃ~……それは申し訳ないことしたなぁ」

「それで、どうだったのだ? 以前の【風魔法】よりも威力はだいぶ上がったのか?」

「それはもう当然! 範囲がかなり広くなったし、あの蟻が飛ばしてきた雷と同じようなのも出せるようになったよ。知力が前と全然違うから、あの時と同じ【風魔法】撃ったって威力は今の方がだいぶ上がってるだろうしね」

「ほぉ! また強くなったか……そうかそうか……」


(あー……)


 口をムニムニと動かしては閉じるリルを見て、言いたいことがあるのにその続きが言えないんだなと、それがなんとなく分かった。

 リルの本音としては、成長した俺ともう一度模擬戦をしたい。

 それが戦ったことの無かった―――|戦《・》|え《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|戦《・》|の《・》|女《・》|神《・》|様《・》にとって一番に望んでいることだろう。

 しかし一度やらかしている以上、自分からはかなり言いづらい。

 もしくは他の女神様に強く止められているなんてことも考えられる。

 そして―――……


(俺もさすがにすぐのすぐはキツいなぁ……)


 リルの"|も《・》|う《・》|我《・》|を《・》|忘《・》|れ《・》|な《・》|い《・》"という言葉は信じているけど、それでも腹を貫かれた時の記憶が鮮明に蘇ってしまう。


「「……」」


「お待たせしやした~! ジャイアントワームのステーキ大800gと、同じく特大1.2kgでございや~す!」

「お、おほー! 待ってたぞー!!」

「ん? ワーム……??」

「なんでい。お客さん知らねーでうちの店来たんかい? ジャイアントワームって言ったらオーク肉より上等って有名なんだぜい?」

「そ、そうなんですか……ワーム……ワームね……」

 目の前に置かれた焼き目のそそる肉は、一見すれば日本で食べたリブロースやサーロインあたりと似たような雰囲気だ。

 それがかなり厚めに切られており、十分過ぎるくらい食べ応えのありそうな肉塊に見える。

 匂いは……ウン、かかっているタレのせいもあってか凄く良い感じ。

 思わずメニューを見直すも、「ビッグステーキ!」とだけ書いてあって―――

(あっ、右下にミミズみたいな絵と一緒に、ジャイアントワーム専門店って書かれてるし! マジでこれ、デカいミミズかよ……)

「ロキッ! 食べないのか!? 美味いぞ! これは……美味いぞっ!!」

「……なんで二度も言ったの?」

「大事なことだからだ!」

「……」

 周りを見渡してもおっさん達は齧り付くように食べているし、この繁盛している雰囲気からしてマズいなんてことはまずないだろう。

 となれば邪魔をしているのは、カエルの比じゃないくらいに己に纏わりつく先入観のみ。

(郷に入れば郷に従えだろ? 覚悟決めんかい!……南無さん!)


 モグモグ……


「はっ、はへぇ……ナニコレ。ウマッ!! 超柔らかくてすぐ溶けるんですけど! リル! 大変だよ! すぐ溶けちゃうよ!」

「知ってるっ! こいつは見た目以上に口の中へどんどん入っていってしまうぞ。 ロキ、済まないがこれと同じモノをお代わりだ!」

「お、俺も一応頼んでおく! 残したらリルにあげるから食べてね!」

「任せとけ!」



 そして約1時間後。

「あ"ばばー……じあわじぇー……」

「もう、食えん……」

 結局俺が1.6kgほど、リルが4kgほど食べたところでギブアップ。

 特上カルビのように後半くどくて飽きるということもなく、単純に胃が満たされるまで黙々と食べていたような気がする。

 この世界のミミズ、まったく侮れん。

「あー……苦しいけど部屋に戻ろっか。今日分かった情報纏めてあるしさ」

「おぉ! それも楽しみにしていたのだ。今日は素晴らしい日―――」


「そのような素晴らしい日に水を差すようで申し訳ありません。少しお時間を頂戴しても宜しいですかな?」


「「ん?」」


 声のする方を見上げれば男性が二人。

 一人は頭髪の後退がだいぶ進んだ40代くらいのおじさん。

 そしてもう一人は30代くらいか?

 眼鏡をかけた面長で、神経質そうな雰囲気がなんとなく滲み出ている。

 どちらも身形は良いし、どこかの商人だろうか?

 そう思って誰何しようとすると、予想外の言葉が若い眼鏡の方から発せられた。


「|異《・》|世《・》|界《・》|人《・》は共通して良く食べるのかもしれませんね」

「……は?」


 この言葉に、思わず素っ頓狂な声をあげる。

(どういうことだ? なぜ異世界人なんて言葉がいきなり出てくる?)

 頭が混乱しかけるも、咄嗟に横で立つ二人の男性を見れば、特にその後は口を開くこともなく、俺と、そしてリルの反応を窺うような視線をそれぞれ向けていた。

(……もしかして、カマかけてんのか?)

 そう思うも対象が俺だけではなく、リルにも及んでいることをすぐさま思い出す。

 これはヤバいと思いながらリルをチラ見すると、目は回遊魚の如く左右に泳ぎまくり、眼球だけで自白していることが素人目に見ても丸分かりである。

(あーこりゃダメだ……リステだったらこうはならなかっただろうに……)

「ふむ。どうやら予想通り、そちらの女性が異世界人ということですかな? そして少年は――……腕の立つ付き人、もしくは他国の諜報員といったところでしょうかね?」

「とりあえずこのような場で話を進めるべき内容ではありませんし、あなた方が宿泊されているハンファレストへ移動しませんか? あそこならゆっくりと話せるでしょう?」

「……」


(……拠点も当然のようにバレている、と。けど俺じゃなくリルを疑っているのか?)


 いくつか理由は思い浮かぶ。

 だがまず一番大事なのは、この二人組が何者で、何が目的かを確認することだろう。

 目的によっては人目の多いこの場が逆に安全なパターンも出てくる。

「……まずあなた達は何者で、何が目的ですか?」

「ふむ……当然の疑問ですな。ならば簡潔にお答えしましょう。私達はラグリース王国の監査院に所属する者です。目的は協力と勧誘。もしかすると少年とは目的が被るかもしれませんが――これでお分かりになりましたかな?」

「……そうですか」


 何を強制するでもなく、喋り方も丁寧な正攻法。

 それでも、まさか2つ目の町でもう見当違いな異世界人勧誘が始まったのかと。

 俺は面倒さを強く感じながら、表で見張りをしていたらしいもう一人の男も加えた三人を引き連れて宿へと戻った。152話 出した答え

 酒場が最も賑わっていそうな時間帯にハンファレストへ戻った俺達は、すぐに1階の状況を確認した。


(やっぱりロビーはダメだな)


 深夜でもない限り、ロビーには身形の良い商人然とした者達が情報交換をしていることが多い。

 注文すれば1階のレストランから飲み物も提供されているため、この時間帯は現代のバーに近い、高級で静かな酒場の雰囲気になってしまっている。

(ウィルズさんは―――よし)

 横目でロビーを確認後、カウンター横で目を光らせている支配人ウィルズさんの下へと向かう。

 後ろに控える男達を把握しているのか、ウィルズさんも言葉を発さずにこちらの様子を窺うのみ。

「こんばんはウィルズさん。急ですみませんが、4階のアノ部屋は空いていますか? 宿泊者が既にいるようでしたら、向かいの部屋でもいいのですが」

「大丈夫ですよ。本日はまだ空いております」

「それは良かった。宿泊は2名で、食事はもう摂ったので朝食だけで結構です。もちろん料金は正規の値段で構いません。それでこちらの3名を部屋に入れても大丈夫ですか? 内密な話があるようでして」

「……承知致しました。一時的な入室であれば構いません」

「ありがとうございます。では行きましょうか」

「「「「……」」」」

 勝手は分かっているので、鍵だけ受け取り階段を上る。

 相手側からの勧誘行為で、わざわざ俺が40万ビーケも払って最上階の部屋を取るなんてバカらしい話だ。

 しかし、これも今後を考えれば止むを得ないことだろう。

 開口一番に「お断りします」というのは簡単で、その程度であればあのステーキ屋でもできたこと。

 だがヤーゴフさんからの情報を考えると、異世界人を抱え込みたいという各国の願望は相当強いように感じた。

 ただただその場で「ごめんなさい」「無理です」と躱し続けても簡単に諦めるとは思えず、あの手この手と接触を図ってくることは想像に難くないし、それが俺の面倒だけで済まずに周りへ波及する可能性も出てくる。

 だったら今回の一度で、完全に諦めてもらうくらいの意気込みで臨んだ方がマシだろう。

 とりあえずこのレベルの部屋を躊躇無く取ると思わせておけば、今後金をチラつかせた勧誘は意味が薄いと理解もさせられるはずだ。


 目的の部屋に付き、リステといた時には使うことのなかった3人掛け程度のソファに腰掛け、ローテーブルを挟んだ向かいのソファーへ3人を誘導する。

 リルはリルで俺の横に座ろうとしてくるが、このような状況になるとリルの存在はマイナスにしかならない。

 思わず手で制止したのち、向かいの3人に話し掛ける。

「彼女は同席させなくてもいいですか? 別に部屋を取っているので、そこで待たせておきたいのですが」

「……失礼ですが、私達の目的はあなたではなく彼女なのです。彼女だけを残すなら分かりますが、逆ということでは意味が無くなってしまいますな」

「部屋を出たと思いきや、この町から出てしまうことも考えられますしね。せめてこの部屋にはいていただかないと」

 でしょうね。

 異世界人を自国に引き入れたいのに、狙っている当の本人がいないんじゃ何の意味も無い。

 でもこれで、俺の提案も通り易くなるだろう。

「分かりました。では、リル。奥のベッドで布団でも被ってて」

「あ、あぁ分かった……」

「「「……」」」

 俺も含めた男達がリルの姿を目で追えば、布団の中に潜ったのち、ヒョッコリ顔だけ出してこちらを覗いている。

 違う。なんか可愛いがそうじゃない。表情を読まれたくないから顔を出すなとツッコミたいが、リルはリルでこちらのやり取りが気になるのだろう。

 まぁ本気でヤバいと感じた時は【神通】で忠告すればいいかと、気を取り直して正面の3人に向かい直る。

「これで問題はないでしょう? あなた方からは常に見えると思いますし、どうしても本人に聞きたいことがあれば声も聞こえますしね」

「そ、そうですな……オホンッ! 申し遅れました。私はラグリース王国所属でマルタの監査主任をしておりますニローです」

「同じく、マルタで監査員をしているファンメラです」

「マ、マルタの衛兵長をしているジョイスだ」

「僕はロキ、向こうで布団被っているのがリルです。他国の間者を疑われているようですけど、どこかの国に属したりはしていません」

「ふむ……」

 こうは言っても素直に納得するわけないわな。

 そんなことは分かっているので、本当のことではあるけどあくまで挨拶がてらの格好だけだ。

 この場で何より優先しなければいけないのは、リルが女神様だとバレないこと。

 その上で俺が異世界人だと白状すべきかどうか。

 そこは状況に合わせつつ、後々の都合が良くなる方へ合わせていくしかない。


「さてと、それでは詳しいあなた方の目的などを伺いたいのですが……衛兵長は分かりますけどお二人は監査員、ですか?」

「えぇ。私ら監査員の役目は町中や町周辺に怪しい者や不届き者がいないかの調査、監視でしてな。これには他国の間者や、異世界人の発掘なんてものも含まれております」

「なるほど……それで、なぜ僕達に?」

「理由は2点ありまして――まずはジョイス、この少年で間違いないかね?」

「はい、間違いないでしょう」

「?」

「ロキ殿、今日の昼過ぎから夕刻に掛けて、マルタの西で強大な魔法を度々発動されましたな?」

「え……えーっと、まぁ魔法は何度か発動させましたね」

「町にも雷鳴と思しき音が断続的に轟きましてなぁ……天変地異の前触れか? と、兵に原因を探らせたのです」

「それでジョイスさんが俺の姿を目撃したと、そういうことですか?」

「そうなる。と言っても魔法に巻き込まれる可能性を考えて、かなり遠目からの確認しかできなかったのでな。今回改めて確認をしに来たと思ってくれ」

 もう自白しちゃったから今更だが、【探査】にしろ【気配察知】にしろ現状射程は30メートルなのだから、その範囲外からとなると俺は目視くらいでしか気付くことができない。

 特に今日の実験は夢中でのめり込んでしまっていたから、どこかで覗いてましたと言われてもそりゃ分からん。

 一瞬、魔力が黒いこともバレたか? と構えたが、魔力なんて発動の瞬間に出る程度だから、遠目から見たくらいで判別出来るものではないだろう。

 そして俺が試していた【雷魔法】を強大な魔法なんて言っているくらいだ。

 リルという手に入れたい異世界人の横にいるのが俺だと確定したのであれば、逆に見られたことは強硬手段に出にくくさせるという意味でプラスだったかもしれない。

「まさか、今日の魔法がこの国の法に触れるとかじゃないですよね?」

「さすがにそれは……」

 そう言いながらもニローと名乗る禿げたおじさんは、横に座る眼鏡のファンメラさんをチラリと見た。

「私は【心眼】スキルを所持していましてね。今日本当に偶然ですが、見かけたことのない女性だったのでリル殿に【心眼】を使用したのです。―――まさか、書物にも記録がない【神眼】というスキルの、しかもレベル10を所持しているとは思いませんでしたよ。おまけにそれ以外のスキルは何一つ無い。こんなおかしな話、異世界人以外では起こり得ないでしょう?」

「……」

「ちなみにロキ殿の所持スキルは何も見えません。よって高レベルの【隠蔽】を所持されていることだけは分かります。このスキルの認知度、取得率が高いことは理解していますが、高レベルとなれば国の諜報を担う者である確率が高いと私達は判断しています」

「だから僕をどこかの国の間者と思ったわけですか」

「そうですな。ロキ殿の顔や肌色は東方の国の人間に近い。よって東のどこかしらの国が我が国で活動中にリル殿の存在を知り、勧誘したのち自国へ連れていく。ロキ殿はその役割を担っている可能性が高いとみておりますが――どうですかな?」

「……」

 今後の事を考えると思わず溜め息が出る。

 俺のスキルは女神様達ですら覗けない。

 だから人に覗かれる心配はしていなかったが――

 まさか女神様達の【分体】所持スキルが、|見《・》|る《・》|人《・》|に《・》|よ《・》|っ《・》|て《・》|は《・》|バ《・》|レ《・》|バ《・》|レ《・》なんてさすがにマズ過ぎるだろう。

 セットできるスキルが1つだけという制限がある以上、隠そうと思えば【隠蔽】を持ち込むことになるわけだから【神眼】は使えなくなる。

 これは早めに女神様達へ忠告しておかないと、見た目から興味本位で覗かれるなんてことも有り得そうだし、今後も同様のトラブルに繋がる可能性が高い。


 そしてここから2択――いや、3択のどれを選択すべきか。

 会話を引き延ばしながらも、少し酔った頭を回して必死に考える。

「他国の間者なんてことはありませんけど、そうは言っても信じてもらえないのでしょう?」

「証明すること自体が難しいでしょうからなぁ……なのでここは取引といきませんか? リル殿を私共に引き渡してもらえるなら、ロキ殿がどのような理由でマルタにいたとしても不問とさせていただく。それどころか異世界人の勧誘に助力頂いたとして、ラグリース王国から報奨金の支払いもお約束しましょう」

「もし、リルを引き渡さないと言ったら?」

「その時は止むを得ません。諜報の疑いでロキ殿と、そのツレとなるリル殿を一時的に拘束させていただくことになります」


「なるほど。率直な疑問ですが――僕達を拘束出来ると思いますか?」


 いざとなればリルは【分体】を消せばいいだけだし、俺は俺で飛んで上空へ逃げればまず追われることはない。

 無理だろうなと思いながら3人を見つめれば、その3人共がビクリと肩を震わせた。

 ――だが。

「「……」」

「め、命令が下りれば、マルタにいる全兵を以てしてでもやり遂げるしかない」

 監査員を名乗る2人と違って、実際に現場仕事をしているであろうジョイスさんは、腹を括ったように強い視線で俺を見つめた。

 敵対すれば死ぬ可能性があると分かっていても、それでも命令があれば動くのは、命を散らす戦争も当たり前のこの世界だからこそなんだろうなと痛感する。

 ふぅ~……

 天井を見上げ、しばしの逡巡。

(リルを引き渡せば俺は自由が利くようになる上、報奨金とやらも貰える。このパターンであれば俺は間諜扱いなので、今後異世界人として付き纏われる可能性はかなり低いだろう。それにリルを引き渡したところで【分体】を消せばそれでお終い。気付いて慌てたところで後の祭りだ。
 だがリルが一時的でも拘束されてしまうことに、ラグリース王国は大丈夫か? という意味で一抹の不安を覚えてしまう。それに俺自身の心情的にもリルを身売りするようでキツい。
 対して俺が他国の間者だと申告した場合は、引き渡しを拒否すれば……まぁ敵対確定だろうな。この場を力ずくで解決したとしても、俺はもうラグリース王国でまともに活動することができなくなるだろうし、ベザートに戻れるかどうかも怪しくなってくる。となると、やっぱりこれしか――)

 たぶんベストではないよなぁと頭の中では理解しながら、自らが出した答えを呟く。

「まずあなた方の考えを訂正させてもらうと、僕は間者ではありませんよ。―――|僕《・》|も《・》異世界人というやつです」

「……は? な、なんですと!?」

「……」

「そうか……そうだったか……」

 覚悟を決めた一言に、目の前の三人はそれぞれ反応を示し、背後からもやや驚きの混じった声が聞こえる。

「ロ、ロキ? 言ってしまって良かったのか……?」

「あー、うん。一番穏便に済ますにはこれしかなさそうだからさ。とりあえずリルも黙って聞いててね」

 リルに黙っていてくれと釘を刺しつつ3人に視線を戻せば、ジョイスさんだけは明らかに安心した表情に変わっているな。

 異世界人なら敵対することもないと安心したのだろう。

 ほんと、そうなってくれたら良いんだけど……

「僕も、ということはリル殿もやはり異世界人ということですかな?」

「そうですね。リルは僕の姉です」

「「「「……え?」」」」

 おいおいおい……黙っててって言ったのに、なんで後ろからも疑問の声が上がるんだよ。

「ロ、ロキ殿……? それは無理があるような……?」

「まったく似ていないですよね。彼女の目の覚めるような美貌と比較すれば、どうにも顔の造形が……」

「……リル殿も驚いていたように見えたな」


「僕が姉だって言ったら姉なんですよ。大事な姉ちゃんなんですよ。そこを否定されたら僕も怒りますよ?」


「「「「……」」」」


 リルを異世界人じゃない、けど女神でもない一般人と説得するのは、所持スキルがバレた以上無理が有り過ぎる。

 何をどうやってもそんな説得できる気がしない。

 ならば義理でもなんでも、姉弟という体にして強固な関係を匂わせた方が相手も動きづらくなるはずだ。

 そう思っていたのだが、想像以上に眼鏡が騒ぎ始める。

「ち、ちなみに証明はできますか!? 仮に姉弟という関係だったとして、異世界人であれば何かしら最高レベルのスキルを所持しているはずです!」

「……そのようなスキルを所持していたとして、それをこの場で公表するわけがないでしょう? そのための【隠蔽】スキルなわけですし、手の内を晒すようなものじゃないですか」

「ぐっ……そ、それは確かにそうなのですが……ただそうなると、ロキ殿が異世界人であるという証明が!」

「そもそも証明をする必要もないと思っていますけど……まぁ、良いです。ハイ」


――【飛行】――


 フワッ……


「「「う、浮いた……?」」」


 俺は目の前でソファーから尻を離し、軽く宙に浮いてみせる。

 どうせ異世界人だとバラしたのなら、【飛行】所持であることも理解させてしまった方が今後は何かと都合が良い。

「羽を持つ種族以外、この世界に空を飛ぶ人なんていないのでしょう?」

「た、たしかに……」

「ちっ、ちなみにこれは【飛行】というスキルで間違いありませんか!? 普通の人間では取得方法すら解明されていないはずですが! スキルレベルはやはり10なのですか!?」

「えーと、ファンメラさん? 目的は僕が異世界人であることの証明だったはずです。それを望んだのはあなたですよね? なぜさらに証明には不必要な疑問を僕にぶつけるのですか?」

「そ、そうは言ってもこれは非常に重要なことですよ!? 前代未聞の出来事を目の当たりにしているのですから! この情報がラグリース王国にとってどれだけプラスになるか分かりますか!?」

「それ、僕達には関係のないことでしょう? 先ほどもお伝えしたように、僕達はどこにも属していないわけですから」

「ですから、ここでどれだけ情報を持っているか私達に伝えていただければ、それがラグリース王国での地位に繋がって――」

「あ~……でしたらまずは本題をお伝えしなければいけませんね。僕達はどこにも属しませんよ。申し訳ありませんが勧誘は丁重にお断りさせていただきます」

「え……?」

 ファンメラさんは目に見えて落胆しているが、横にいるニローさんはこの展開も予想していたのか、すぐ様餌をぶら下げながら追撃をしてくる。

「……お二人には王都の一等地に住まいを与えられ、望む地位も得られるはずです。それでもですかな?」

「それでもです。地位にまったく興味がありません。逆に行動に制限が掛かりそうなので邪魔だと思っているくらいです」

「なるほど……お金は――困ってなさそうですしなぁ……」

「えぇ困ってませんね。なので先ほどファンメラさんがされたような疑問を、何かしらの対価と引き換えに答えるという『取引』ならまだ分かりますが、僕達自身を国で抱え込もうとするのは諦めてください。何度打診されようがその可能性はありませんから」

「ふむ……ちなみにリル殿? 一応確認ですが、リル殿も同じ考えですかな?」

 その問いに俺も思わず振り向くと、リルは首だけコクコクと縦に振っていた。

 とりあえず黙っていてという効果は微妙に効いているらしい。

「そうですか……ではそのように国へ報告を上げる他ありませんな。今日は引き上げるとしましょう」

「ちょっと……ニローさん! 諦めるんですか!?」

「しょうがないだろう。お二人に時間を割いてもらって私達がやっていることは勧誘。納得をしてもらえる提案ができなければそれまでだ」

「ぐっ……」

 ジョイスさんは『異世界人の勧誘』が本来の仕事から外れているためか、リルの護衛のように映った俺が今日の轟音の犯人なのかを確認をしに来ただけという印象が強い。

 そして上司のニローさんもまともっぽいが……部下のファンメラさんは少々危ういな。

 勧誘を成功させた者のメリットが強烈なのか?

 諦めている様子がないし、今も俺ではなく、背後にいるリルの方へと纏わりつくような視線を送っている。

(リルは敵意があれば人も魔物も一緒と言ってたし、釘を刺しておかないとこの人達が大惨事になる可能性もあるか……)

「一応念のために言っておきますが―――」

 俺はファンメラさんに向けて言った。

「無いとは思いますけど、リルが【神眼】しか所持していないからといって、くれぐれも強硬手段なんかに出ないでくださいね? 何かあれば僕が姉を全力で守りますし、敵と判断すれば一切容赦をするつもりはありません」

「ッ……わ、分かっています」


 3人が席を立ちドアまで見送ると、最後にニローさんが口を開く。

「今日はこのような時間に申し訳ありませんでしたな。私共は異世界人と敵対するつもりなどないということは分かって頂きたい。それと、先ほど言われた『取引』という話は、国に報告をしても問題ないので?」

「そうですね……内容と対価にもよりますが、条件が合うならと言ったところでしょうか。あっ、でも王様とか偉い人に会うのは勘弁してくださいね。マナーなんて分かりませんし、会うだけで凄く疲れそうですから」

「ふ、ふははっ!……し、失礼。普通は一国の王と謁見できるとなれば喜ぶもの。これでロキ殿が異世界人であることがより確信できました。では王都に行く機会がありましたら、宮殿の門兵に『ニーヴァル様に会いたい』と伝えてください。ロキ殿と名乗れば話が通るようにはしておきましょう。ニーヴァル様ならまずロキ殿も気負わずに話せるかと思いますので。あぁ、もちろん興味があったらで結構です」

「ニーヴァル様ですね、分かりました。いずれ王都にも足を運ぶ予定ですから考えておきたいと思いますが……ちなみにニーヴァル様はどのような方なんです?」

「ラグリース王国の筆頭宮廷魔導士であり、国内随一の賢人ですな。だからこそ――『|情《・》|報《・》|同《・》|士《・》|の《・》|取《・》|引《・》』なんてことも成立するのでは?」

「へぇ~……」

 ニローさん、良いね。

 俺のツボを分かっていらっしゃる。

 そうかそうか、この世界の凄そうな魔導士さんかー……それなら不足している情報を色々と補ってもらえる可能性も出てくる。

 俄然『取引』にも意欲的になるってもんだ。

「楽しみにしておきますよ」

 階下へ下りる階段に向かう3人へ呟けば、ニローさんが振り向きニコリとほほ笑む。


(はぁ~……)


 緊張の糸が解れたのか、俺の肺から大量の空気が漏れ出た。

 精神的に疲れたし、流れで異世界人であることもバラしてしまった。

 だが、その結果得られるモノも色々と出てくるだろう。

 当初から隠すか隠さないかはメリット次第だと思っていたし、勧誘相手に異世界人と公表した上で『取引』という妥協点を提案する。

 これが上手くいくのかいかないのかを試す上では良い機会なのかもしれない。

 3人の姿が見えなくなるまで、俺はそんなことを考えながら一本の長い廊下と、その先に続く階段を眺めていた。153話 国の行く末

 ハンファレスト近くのとある酒場にて。

 淀む空気を背中から放つ二人の監査員と、上役からの強制連行という形でしょうがなくついてきている衛兵長が酒の入ったグラスを見つめていた。

 安酒を提供する店ではないので店内は比較的静かであったが、それでもこの一角だけは特に静かで、まるでお通夜のような様相を呈している。

「ニローさん、本当にこれで良かったんですか? 二人なんて、こんな機会……もう絶対訪れないですよ……?」

「それは分かっている。【神眼】なんて聞いたこともないスキルを所持している人間が現れたのだ。ラグリース王国が目先のヴァルツ王国、その先の大国に飲み込まれないためにも、なんとしてでもあの二人は手に入れたいところ」

「ならばもっと―――」

「ジョイス。あの少年にマルタの全兵を向かわせて、殺さずに捕縛できると思うか?」

「……まず無理でしょう。私が遠目から見たのは地を這うような動きを見せた広範囲の雷と思しきモノと、どういう原理か分かりませんが手から細く伸びる光線です。そいつを出したまま周囲を半円ほど薙ぐんですよ?
 相当な距離を取っていても、私や供にした部下は身体が真っ二つになるんじゃないかと肝を冷やしましたし、いざ戦闘となれば殺す殺さない以前の問題で、少年へ近づくこともできずに兵が全滅するかと思います」

「……」

「武力では無理、地位や権力には興味を示さず、金はあっさりファンファレストの上階を場に選ぶほどには潤沢。この三つが潰れるとなると、手早く抱き込むことは難しい」

「……本国に情報を伝え、軍を呼ぶというのは?」

「それこそニーヴァル様とラディット将軍の|覚《・》|仙《・》両名が出張ってくれれば、もしかしたら光明の差す可能性があるかもしれんが……それまでにあの二人がここに滞在するかという問題もあるし、何よりあの【飛行】が厄介過ぎる」

「やはり【飛行】ですよね? あれは」

「人が浮かぶなんてそれしか考えられまい。飛ばれれば追うことすら叶わず、そのまま国外に出ることを止める術もなくなる。それに軍がもし間に合ったとして、手痛い反撃で大損害を被ったらどうする? 膠着しているヴァルツ王国から好機とばかりに攻め込まれる可能性すら出てくるぞ?」

「……」

「転生者が賜るスキルは最大でも3種と聞く。となれば年の頃を考えても【雷魔法】【飛行】【隠蔽】のこの3種が極めて濃厚―――この時点で強硬な手立ては無理なのだ。攻撃転用可能な|天《・》|級《・》魔法所持者と武力で張り合うなんぞ、国力という名の血肉を根こそぎ削がれていくだけだろう」

「それでもリル嬢を落とすには、あの少年も落とす必要がある……女であの少年を落とすというのはどうですかね?」

「ファンメラ、あの二人が本当に弟姉だと思ったか?」

「いえ、さすがにそれは。……まさか恋人ですか?」

「分からんが、弟姉の関係よりはまだ恋仲と言われた方が納得もできるな。そうなるとあの美貌だ。ヘタな女をけしかけたところで靡くとは思えん」

「ッ……」

「あの」

 二人の会話に混ざることなく、一人チビチビと酒を飲んでいた衛兵長ジョイスが素朴な疑問を口にした。

「もっと穏便に事は進められないのですか? 性根の悪そうな少年には見えませんでしたし、協力を願うとか仕事として依頼するとか……」

「国からすれば理想ではないだろうな。その関係性では相手に拒否という選択を与えてしまい、いざという重要な局面で頼ることができなくなる。理想は大きな餌を与えて飼うこと。餌に慣れればいくらでもこちらの都合に合わせて動かせるからな」

「「……」」

「だが今はその線で進めるしかあるまい。異世界人2名と友好関係を結び、他国より密な関係になってもらえれば、大国ほどじゃないがラグリース王国の存在価値も示せるはずだ。それに惜しい話だが――本当にいざとなれば、少年には|的《・》になってもらわねばならん」

「となると、ニーヴァル様次第、ですか?」

「そうなるな」

「……物凄く不安なんですが?」

「誰にでも平等に接してくれるお方だ。あのタイプに高圧的な交渉はご法度。不安だが他に適任者もおらん」


 それぞれがそれぞれに、ロキやリルを迎え入れた時の未来。

 そうならなかった時の未来を思い描く。

 すると迎え入れた時の未来予想は三者三様だったが、完全に失敗した時の未来は一貫して同じ。

 今ある窮地を仮に脱したとしても、いずれ異世界人を有した大国による蹂躙が中央にまで及び、国が飲み込まれていく結末しか出てこない。

「ファンメラ、私は明朝から王都に向かい事の経緯を直接伝える。おまえは部下を使ってあの二人にバレない程度の遠目からで構わんから監視を続けろ」

「……」

「間違っても手は出すなよ? 最悪は味方に引き入れるどころか、マルタが焼け野原になる可能性だってあるのだからな」

「……分かりました」

「ジョイスはハンファレストの支配人に、一応二人の情報が引き出せるか確認してくれ。金で有益な情報が拾えるならいくら使っても構わん」

「分かりました」

「他国に傾く様子が無いだけマシと捉えるべきか……いや、取り込めなければ遅かれ早かれだな」


 一人呟きながら酒を呷るニローの姿を、ファンメラとジョイスはただ黙って見つめていた。
154話 騒めき

 三人がしっかり去ったことを確認した俺は、ついでとばかりに下の階へ荷物を取りに行ってから部屋へと戻った。

 どうせ高いお金を払ったのであれば、デカい風呂に入って、フカフカの巨大ベッドでデデーンと寝た方がいい。

 戻るなり早々風呂の湯を張る準備をし、その後部屋の様子を窺うも、リルの姿は見えずにまだ布団はこんもりしたまま。

 顔すら見えないので、ベッドの縁に腰掛け声を掛ける。

「リル。あの3人はもう帰ったから大丈夫だよ」

「……」

「ん? リル……?」

 あれ? 女神様が寝落ち?

 まさか、俺が荷物を取り行っている間に……?

 あり得ないと思いながらも咄嗟に布団を引っぺがせば、そこにはなぜか亀のように丸まっているリルの姿が。

 被った布団を手で押さえ、まるで頭だけは死守するように布団の中へ突っ込んでいる。

 頭隠して尻隠さずというこの状況に、「何してんだ、コレ?」という言葉しか出てこない。

「リル?」

「……」

「おーい」

 よく分からないまま、丸まった背中をツンツン突ついてみると、布団の中からくぐもった声が聞こえてくる。


「私は守られるほど弱くないぞ……」


 いやいや、そんなの知ってるし。

 まさか、弱いと思われて拗ねてるのだろうか……?

 ハァ~と深い溜め息一つ。

 なんでこんな説明をと思いながらも、事情を伝えていく。

「リルが弱くないのは俺が一番知ってると思うよ? ただ【神眼】しか持ってないってバレちゃったのに、あの人達に凄く強いなんて言ったら話がややこしくなるでしょ? 普通の人間じゃ有り得ないスキル構成なんだからさ。だから女神様と紐づけられないように、俺が盾になっている印象を与えたつもりなんだけど……そんなに不満だった?」

「それは話を聞いていたから分かっている。不満なわけではない」

「じゃあ、どうしてそんな布団被って丸まってるのさ?」

「なんだかそうしたくなったのだ……」

 うーん困った。

 機嫌が悪いわけではなさそうだけど、まるで女性のアノ日みたいな、妙に取っつきにくい雰囲気が滲み出ている。

 踏み込み過ぎると危険。

 そんな言葉をリルの背中が語っているような気がしたので、今は触れずにソッとしておこうと――

「お風呂入ってくるからね。この部屋のお風呂は豪勢だし、こんな機会早々ないからリルも興味あるなら後で入ってみるといいよ」

 ――そう告げて風呂へと向かった。

 女性の扱いはなんと難しいことか。

 不慣れなら、とりあえずはヘタに触れないのが一番である。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ロキが部屋に戻ってきたことがドアの音で分かった。

 その瞬間、咄嗟に布団を掴んで隠れてしまった自分を不思議に感じていた。

 なぜそうしたかは分からない。

 でもそうしなければ今はマズいと、布団を捲られた時も必死でその布団を掴んでしまった。

 自然と、身体が動いてしまったのだ。

 なんとも言えない感情が頭に纏わりつく。

 しかしそれが嫌というわけではなく、この整理しきれない靄をどうしたものかと戸惑うばかりで、とりあえずは落ち着く時間が欲しかった。

 今、ロキに顔を見られるのは危険な気がする。


『――何かあれば僕が姉を全力で守ります』


 あの言葉を聞いてからだ。

 守る?

 冗談じゃない、私は戦の女神だぞ?

 人種に負けるようなことなんて……ハハッ。

 間違っていることが分かっていながら、それでも思考を続けている自分に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 なんという見苦しい言い訳か。

 まさか人種の所持スキルを覗くために降りていた私が、逆にスキルを覗かれるなんて想定もしていなかった。

【分体】を降ろすのが初めてとはいえ、私の、というより女神である私達の落ち度。

 スキルを所持しているだけで大半は使用することもなく、普段から深く考えていないからこんなことになる。

 そんな私達の失態を、自らが異世界人と白状してまでロキが守ろうとしてくれたのだ。


 ――誰かに助けられ、守られる。


 不思議なものだ。

 一見下に見られているようで、何故かとても温かい気持ちになる。

 こんなことは初めて……違うな。

 あの時もそうだ。

 ロキを殺めてしまい、フェリンやリステがかつてないほどの怒りを見せた時も、なぜか当人のロキが私を庇ってくれていた。

 なぜそんなことをするのか、理解ができなかった。

 だから思わず心を読んでしまった。

 じゃがいも顔と一緒に歩きたくないなどとふざけた言い草ではあったが――

 それでも私が孤立してしまわないかと気遣ってくれていた。

 リルなんていう可愛らしい呼び名も、当初はなぜ皆が許しているか不思議でしょうがなかった気軽なしゃべり方も。

 今となってはそんな気安さを心地良く感じてしまっている。

 
 ――リステやフェリンの感情に近いのか。

 ――それともフィーリルの感情に近いのか。


 自分自身でもまだよく分からない。

 ならばロキは私を姉と言っていたのだから、母になると公言したフィーリルを見習っておけば良いのだろうか?


 布団から顔を出し、誰もいなくなった部屋をボンヤリと眺め、その後視線を自らの腹に向ける。

 ロキはこんなのでも、|綺《・》|麗《・》と、言ってくれた、よな?

 ならば―――

 込み上げてくる緊張の中、ロキが向かった一点を思わず見つめた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(310~……311~……312~……313~……)


「ぶほぉあー!!」


 思い付きでやった結果が予想以上に凄くてビックリ。

 カウントが自分の匙加減とはいえ、まさかの息止め5分超えだ!

 確かこのくらいの歳の頃、よく実家の風呂場に潜りながらどれくらい息を止められるのか。

 その秒数を延ばすことに、なぜか躍起になっていた時期があった。

 慣れた頃には1分を安定して超えるようになり、1分30秒辺りが俺の自己記録だったはず。

 それが異世界で日々狩りという運動をしているからなのか。

 それとも身体の作りが地球にいた頃とは違うのか。

 理由は分からないけど、まさかここまで息を長く止められるようになっているとは思いもしなかった。

 日本の水泳部員も結構驚く結果ではないだろうか?

 となると、この記録をさらに延ばしたいのが男というもの。

 スタミナと一緒で、肺活量もたぶんあればあっただけプラスになるだろう。

 風呂があったら特訓じゃいと、呼吸を整えたら2回戦に突入する。


 そして、今。

 2回目の結果なぞ一瞬でぶっ飛ぶくらいの衝撃が襲い、俺の頭は大混乱していた。


「何をやっていたんだ……?」

「え? いやいや……それは俺が聞きたいんだけど……?」


 お湯から顔を出したらリルがいた。

 風呂場の横に屈んでパシャパシャと、お湯を手で掬っては身体に掛けていたのである。

 意味が分からないと思うが、俺が一番分かっていない。

 急速に顔が熱くなっていくのを感じる。

 と同時に、我が息子さんが慌てて起床したのも理解した。

 俺の血流は上と下、どちらに流れるべきかで非常に悩んでいることだろう。

「ロ、ロキが豪勢な風呂だから入ってこいというものでな。ご飯と一緒で、入らなければ損ではないかと思ったのだ。さ、最終日だしな!」

「あ、あれ? 俺入ってこいなんて言ったっけ? 後で入ればって言ったような……」

「言った! 言ったぞ! というかもう入っちゃったんだから今更遅い!」

「えぇー!? でもでも……なんだかありがとうございます!!」

 思わず俺は感謝の言葉と共にリルへ頭を下げた。

 正確にはその裸体にだ。

 一応布で前は隠しているものの、濡れて肌に張り付いているため、妙にエロいというかエロ過ぎファンタスティックボンバーである。

 もうご馳走様ですとしか言えません。

「な、なんでありがとうなんだ……?」

「え? だってそりゃあ、目が幸せですし……?」

「フィーリルとだって一緒に風呂へ入ったのだろう?」

「うん? 入ったけどフィーリルは服着たままだったからさ」

「……」

「……」


「それを早く言ぇええええええええ!!」


「えぇえええええええええええええ!!」


 リルが焦って必死に肌を隠そうとするがもう遅い。

 その絶壁っぷりはしかと目に焼き付けましたし、たぶん一生忘れることもありません。

「というか、なんでフィーリルが大丈夫ならリルも大丈夫なの?」

「そ、それはまぁ、私にも思うことがあってだな……」

「ふーんよく分からないけど……せっかく来たんならとりあえず入る? お風呂温かいよ?」

「そ、そうだな。そうしよう。風呂に入りに来たわけだしな!」

「あっ、お湯の中に布を入れるのはマナー違反だからね」

「……ほんとに?」

「ほんとに。全世界の常識」

「……」

 湯舟は広い丸型なので、どこに入ってもまったく問題無い。

 リルは少し悩む様子を見せながらも覚悟を決めたのか、俺の向かいに背中を向けて腰を下ろしていた。

 お湯が透明なのでこちらを向いてくれないのはしょうがないだろう。

 手で必死にお尻を隠していたが、眼球の血管がブチ切れそうなくらいに凝視したのは言うまでもない。

「で、先ほどは何をやっていたのだ?」

「え? ひ、一人息止め大会を……」

「そ、そうか……」

「うん……リルも、やる?」

「いや、遠慮しておこう……」

「……」

「……」

「どう、お風呂は?」

「あ、あぁ。気持ち良いな」

「……」

「……」


(なんかとっても気まずいんですけどぉー!!)


 予期せず、知り合いの異性が突如風呂に乱入してくるとこういう状況になるものなのか。

 ただただ無駄に興奮しないようにと、そう思いながらもシミ一つ無い綺麗な背中と、揺れる小振りな尻を眺め続ける。


「しまった。髪を結んでくればよかったな」


 リルが壁に向かって呟く言葉を、俺はなんとなしに聞いていた。

 両手で一度金髪を後ろに流し、纏めて結ぼうとする姿は物凄く色っぽくて……リルに対してはこんなはずじゃ……って、あっ、あっ……


「ああああああああぁーーーーーーーーーーッ!!」

「な、なんだ!! いきなり叫ぶとビックリするだろう!?」


 髪を結びながら、顔だけこちらに向けて怒っているけどそれどころじゃない。

 ふらふらと、やや距離があったリルの方へと近づいてしまう。

 もっと――

「ロ、ロキ……?」

 ――もっと近くで見なくては。

「コ、ココ、コラ! あまり近寄ると、あ、あぶ、あぶ、危ないぞ!?」

「大丈夫だから」

「な、何が大丈夫なんだぁ!?」

 視線は一点に。

 物語や空想の世界でしか知らなかったモノへと注がれる。


「耳……凄い。この世界に来て初めて見たよ。そういえばリルってエルフの先祖様みたいなものなんでしょ?」

「へっ? 耳?……あぁ、たしかにエルフの素体と言われているが……」


 今までは長い金髪に隠されていて見えなかった。

 が、よく見ると上部の先端がやや尖っており、イメージしていたりよりは外に広がっていない。

 これじゃあ髪が長ければ隠れてしまうわけだ。

 僅か数cm人間より長いという程度。

 それでも、初めて見る想像上の産物に感動が止まらない。

「初めて魔法を使った時並みに感動しちゃったよ。ねね、普段って隠してたの?」

「いや、隠すという意図はないぞ? 私はそこまで強く特徴が出ていないから、髪が長いと自然に隠れてしまうのだ」

「思ってたよりも控えめだなって思ったけど、やっぱり人――エルフによって違うんだ?」

「そのはずだな。特にエンシェントエルフやハイエルフの血族なんかは耳がかなり発達しているんじゃないか?」

「おぉ、エンシェント……それって古くから鍛えているとか、血が濃いとか、そんな理由?」

「そうだな。特に純血種はその特徴が濃いはずだ。生物は皆そういうものだろう?」

「たしかに。ということは、控えめなリルの耳は全然使われなかったということじゃ……」

「ハハハッ! その通りである!」

 いや、なんで大笑いしているのか分からんし。

 まぁ子孫に特性を引き継ぎながら、徐々に環境に応じた進化や退化をしていくものなんだろうし、ずっと生き続けているリルにとっては関係無いのかもしれないな。

「ねぇねぇ、ちょっと触ってみても平気?」

「ん? 構わないが……普通の耳だぞ?」

「いいのいいの。この先端部分が気になってさ」

 フニフニ。

 コリコリ。

「ッ……」

 おぉ。

 尖った部分に軟骨がある!

 自分の耳と触り比べてみると余計によく分かるな。

 コリコリしているけど硬いわけじゃなくてなんか気持ち良い。

 横から見ると耳の穴とかは人と同じに見えるので、人間との違いなんてこの先端部分と極端なくらいの肌の白さ、あとは系統の違う綺麗さくらいだろうなと思ってしまう。

 俺個人の感覚で言えば、女神様達の中でリルが一番の外人顔だ。

 他の5人の女神様達はハーフ顔というか、受け止めやすい綺麗や可愛いなんだけど、リルだけは海外のスーパーモデルのような、どこか世界の違う造形物を思わせる美しさがある。

 ただ……

 クンクン。

「ちょ……」

 やっぱりだ。

 先ほど隠れていたリルの布団を引っぺがした時に思ったのだ。

 不意に立ち上った匂いに、「あれ?」って。

 それが今確信に変わった。

 クンクンクン。

「ロ、ロキ……?」

「うん。リルはなんか懐かしい匂いがするね。人の匂いに凄く近い」

 女性特有の強い甘さの中に汗が混じったような、過去に何度も嗅いだことのある系統の匂い。

 有体に言えば、落ち着きの中にも興奮を促してくるズルい匂いである。

 クンクンクン。

「コ、コラコラコラ! そんなことされたら恥ずかしいだろう!? そ、それにこれは『姉』にやることなのか!?」

「あっ」

 姉なんていう設定は所詮思い付きだ。

 実際に血が繋がっているわけでもないし、姉がこんな美人ならそれはそれで俺の日常生活が崩壊してしまう。

 ただ、そう言われて急に冷静にもなれた。

 リステとの情事が思い起こされ、早々に何を暴走しているんだと自らを叱責する。

「ごめん……なんか身近に感じる匂いで思わず嬉しくなっちゃってさ」

「……皆は違うのか?」

「ん~みんなそれぞれ違った良い匂いなんだけど、あまり人間っぽくはないかな? 味に例えれば雑味が全然無い感じ?」

「よく分からないが……わ、私は|特《・》|別《・》なのか……?」

「んだね。ってか、女神様達はほんと特別ってやつ好きだよね~」

 後半の言葉は耳に入っていないのか、「特別……特別……」と壁に向かって呟いているので、これはこれで放っておいた方がよさそうな気がする。

 そろそろ逆上《のぼ》せそうだし丁度良いだろう。

 このままいたんじゃ俺のスケベ心が止まらなくなる。

「俺がいたんじゃ足伸ばして寛げないだろうからそろそろ上がるよ。リルはごゆっくり~」

「ッ!? ちょ、ちょっとは隠そうとしろー!」

 背後で何か騒いでいるけど、既に俺のは散々見られているので気にしない。

 身体を拭き、部屋着に着替えて―――


「どうしよ。リルもめっちゃ女性じゃん……」


 部屋に戻り次第、そんな言葉を思わず呟いてしまった。失礼しました。
なぜか昨日の154話、中身だけは155話になっていたみたいです。
何を言っているんだか訳が分からないと思いますが、作者が一番分かっておりません。
とりあえず昨日の154話中身を差し替えましたので、昨日の『騒めき』から読まれると話は繋がります。
すいませんでしたああ!!
********************************************
155話 約束

 うつらうつらとする中で、もうだいぶ聞き慣れてきた声が響く。

「ロキ、朝だぞ? そろそろ起きた方が良いんじゃないか?」

「んん……あ、おはよう、リル」

「あぁ、おはよう」

 目をゴシゴシと擦りながら腕時計を見れば、時刻はもう少しで朝の6時半。

 なんだかんだで爆睡してしまったなと、大きく背を伸ばしながらもリルに謝罪する。

「昨日はごめんね。酔ってて、早々に爆睡しちゃって」

 言い訳だ。

 急にリルのことを女性として意識してしまい、風呂上がりの姿を想像したらドキドキしてきて――

 このままだとマズいと思って、風呂から上がってすぐにワインをガブ飲みした。

 そしてそのまま布団に潜り込んでしまったわけだ。

 だから俺はリルがいつ出てきたのかも分からないし、いつ神界に戻ったのかも分からない。

 その頃には既に夢の中だった。

「構わんよ。ロキが纏めてくれた資料は見させてもらったしな」

 そう言って手にするのは1枚の裏紙。

 昨日リルが転移者探しから戻ってくるまでの間に纏めたステータスに関する情報だ。


 程なくして朝食が部屋に運ばれ、ガツガツと口に放り込むリルを眺めながらステータス情報について意見を交わす。

「纏めた内容に何か分からない部分はあった?」

「いや、問題無いぞ。丁寧に纏めてくれているから非常に分かり易かった。それにしても、通常の行動では現れない希少魔物の存在に、その魔物専用のスキルか……」

「まだ1体だけだし、確定ってわけじゃないんだけどね。でも面白そうだし夢があると思わない?」

「死にかけておいてよく言う。……私は不安だよ、色々とな」

「大丈夫だよ? 得られたからって悪用するつもりは無いし。存在するなら欲しいっていう収集癖みたいなもんだよね」

 本音を言ったつもりだった。

 が、そっちじゃないとばかりにリルに諫められる。

「そっちの心配は何もしていない。問題はロキの身の安全に関してだ」

「あー……」

「今回のキングアントもハンターギルドには情報が無かったのだろう? つまり今後ロキが旅をする中で、予期せず似たような存在と出くわす可能性もあるということだ。違うか?」

「そ、その通りです。まぁそうあるような事じゃないと思うけど……」

「はぁ……私が常時同行できればいいのに、そう都合良くもいかないしな」

「みんな同時に【分体】を降ろせれば一番良いんだろうけどねぇ」

「……」

「……」

「ロキ」

「ん?」

「おまえの旅に同行する、パーティ仲間のような者を作るつもりはないのか?」

 あーそこ聞いちゃいますか。

 一時期は夢を見たし、思い描いていたものだ。

 ただなぁ……効率云々を差し置いたとしても、今は気軽にパーティなんて組めない問題を抱えてしまっている。

「魔力が黒くなっちゃったじゃん? 女神様達の言い方で言えば"|人《・》|種《・》"には見せられないでしょコレ?」

 そう言って指先からそよ風を出せば、やっぱり黒い魔力が一瞬だが現れる。

「あーそうだったな……」

 額に手を当て天井を見上げるリルを、俺はただ黙って眺めるしかない。

 心配してくれているのは凄く嬉しいしありがたい。

 けど、簡単な解決方法なんて思い浮かばないし、地道に強くなって自衛できるようにするくらいしか今は言えない。

「当面はランクの低い狩場を巡りながら、スキル収集をしていくつもりだから大丈夫だと思うよ? リルのおかけで強くなれたから、Bランク狩場くらいまでならもう余裕だろうしね」

「……」

「それにマズいと思ったら逃げるしさ。一人だから逃げ易いってのもあると思うし」

「……」

「リル?」

「あ、あぁ済まない。少し考え事をしていた」

「そっか」

「ロキ、今少し考えていたんだが、人種がダメなら魔物を仲間にしてみてはどうだ? 【魔物使役】というスキルを取得すれば魔物を仲間にすることができる。それなら魔力の問題を抱えていてもロキの安全が確保し易くなるんじゃないか?」

「ほ、ほぉ……魔物とな。ちょっと待ってね」

 ゲーマーには馴染み深いテイマー職ね。

 確かにそれならと思ってステータス画面を開いてみるも、目的の【魔物使役】は基本スキルではないのか表示されていない。

「んー上位スキル扱いっぽいね~何か条件を満たさないとまだ取得できないみたいだよ」

「なるほどな。だが【魔物使役】はハンターでも取得している人間がそれなりにはいる。ならば取得難易度は低いのだろうし、情報もある程度は出回っていると考えるべきだろう? 同じような系統で【死霊術】という手もあるが、そちらはほとんどスキル取得者がいない上、【魔物使役】と違って人種のウケは相当悪いだろうからな。使い勝手がいいのは【魔物使役】の方だろう」

「お、お、お……おぉ……」

「どうした? お腹でも痛いのか?」

「凄いよ! リルゥウウウウウウ!!」

「!!?」

 思わず食事を中断。

 感動のあまりリルに飛び付いてしまった。

 基本知らないことの方が多い女神様達だが、たまにクリーンヒットと言ってもいいくらいの情報を持っていたりする。

 そんな女神様達が大好きです。

 ついでにクンクンしておこう。

「な、なんだ!? どうしたのだ!?」

「感動のあまりついつい! 凄いよ! さすが女神様、戦闘の女神様だよ!」

「そ、そうか!? あっ、あっ、姉は凄いか!?」

「凄い! お姉ちゃん凄い!!」

「ハハハッ! お姉ちゃんは凄いか! ならばお姉ちゃんになんでも任せとけー!!」

 フィーリルが母宣言した時、リルもその場にいた。

 だからか、リルはお姉ちゃんが気に入ったのかな? と思って素直に乗っかっておく。

 ママと言うよりは断然お姉ちゃんの方が抵抗無いし。

 そしてついでとばかりにこっちも聞いておこう。

 ストレージルームから取ってきたのは例の『魔宝石』。

 この情報もリルなら何か持っているかもしれない。

「リル。キングアントの中身がこれだったんだけど、売らずに取っておいた方が良いと思う?」

「これは魔石か?」

「ギルドマスターが言うには『魔宝石』って言うらしいよ。魔力を使っても自然回復する魔石で、世界で公表されているのはまだ9個だけだって」

「あの蟻はやたらと強かったからな。だが私は聞いたことがないぞ? 今まで気にしたこともないというのが正直なところだ」

「そっか。この『魔宝石』がやたら強い隠しボスの報酬だとするなら、その出処が分かれば身の安全も確保し易くなると思うんだよね。そこに近付かなきゃいいんだからさ」

「たしかにな。……ならばハンター達の記憶を探ってみるとするか。一応他の皆にも聞いておこう」

「きょ、今日のお姉ちゃんは凄いよ……頼り甲斐の塊みたいで、まるで別人のようだよ!?」

「そ、そうか? もっと言ってくれてもいいからな?」

 チョロい。

 リルの扱いとはこうするべきなんだなということを学びながら朝食を食べ終え、それぞれがそれぞれに準備を進める。

 俺はハンターギルドへ昇格試験に。

 リルは最終日となる転移者探索に。

 てっきり【分体】のスキルが覗かれる件で、街中の転移者探索は中止かと思っていたけど、リルがあまりにも異世界人調査をやっていないのでリスク承知で今日は続行。

 明日以降は別途どうするか女神様達で考えるらしい。


「そういえば、アリシア様がどうするかは決まった?」

「あぁ。アリシアは降りてこないぞ。だからとりあえず今日でロキをポイントにするのは一旦終了だ」

「えぇ!? アリシア様に何かあったの?」

 アリシア様が下界に興味無いということならいいんだけど、俺が嫌だからという理由ならショックで1ヵ月くらいは引き籠ってしまいそうだ。

 せめて理由だけでも把握しておきたい。

「アリシアは唯一顔が割れているからな。皆で相談した結果、下界に降りるのは危険という判断になった」

「ん?……どういうこと?」

「前に言わなかったか? 転生者を呼び込む際に直接対応していたのはアリシアだ。つまり今下界にいる転生者は、アリシアのことだけは容姿から女神だと判別できる」

「あーそっか。万が一鉢合わせると、アリシア様が下界に降りていることがバレて大騒ぎになっちゃうのか。スキルがバレるどころの騒ぎじゃないね」

「そういうことだ。本人は物凄く悔しがっていたがな。『私だけ酷い!』と大騒ぎして、今は不貞寝している。だからロキ……」

「うん。マルタを発つ前に、一度リアの神像経由で神界に顔を出すよ。その時は――なんか可哀想だし、アリシア様がしたいことを優先させてあげようと思う」

「そうしてもらえると助かる。それだけでも幾分かは気が晴れることだろう」

 話を聞く限りではあまりにも不憫過ぎる。

 俺が顔を出したところで下界観光という楽しみを補えるとは思えないけど、それでもアリシア様に出来ることはしてあげたい。

 リルに殺されちゃった時は本気で怒ってくれていたしね。


「うし、それじゃ行こうか?」

「そうだな……改めて模擬戦の時は本当にすまなかった。それでもこうして行動を共にしてくれて、私からすれば感謝しかない。ありがとうロキ」

「もういいって。人間誰しもやらかす時はある。全知全能というわけじゃないんだから、それは女神様だって一緒でしょ? 同じ過ちを繰り返さなければそれでいいって俺は思うよ」

「そうか……」

「……」

 お膳立てはしたつもりだけど、それでもやっぱり自分からじゃ切り出せないか。

 ――ならばしょうがない。

 俺は俺でリルに急激な成長をさせてもらったのだから、それならばこちらから伝えてあげよう。


「だから今度落ち着いた頃にでも、また模擬戦をしよっか? その頃には俺もかなり強くなってるだろうしね。もしかしたらリルに勝っちゃうかもよ?」


 そう言ってニヤリと笑えば、屈託のない満開の笑顔を咲かせてリルが大きく頷く。

「あっ……あぁ! 楽しみにしているぞ!」

 あーあ。

 こんな顔見せられたら、やっぱり女性として意識しちゃうよ。

 本人は気付いてないだろうけど、あまりにも魅力溢れる純粋な笑顔。

 そんな顔を見られるなら、俺も可能な限り協力できる部分はしてあげたい。

 リルが満足するまで強くなって、そしていつか、遠い未来には打ち負かせるくらいに―――

 そんな思いを胸に

「じゃあまたね!」

「また会おう!」

 ハンファレストの入り口で、お互いが目的のために別れを告げる。

 これで女神様達の降臨は一区切り。

 なんだか感慨深いものが―――


「ロキ~! すまんがお金をちょっとくれー! 今日のお昼御飯がぁー!!」


 訂正。

 やっぱりリルは、いつも通りのリルだった。156話 昇格試験(近接戦)

(ふーむ……監査院の人はまだいないのかな?)

 ハンターギルドへ向かう途中。

 昨日の件があったのなら監視くらいされてもおかしくないだろうと、行動開始後すぐに俺は【探査】を発動させた。

 最初に確認したのは面長眼鏡のファンメラさん。

『ファンメラ』という言葉で周囲30メートルには反応が無いため、一応『眼鏡』というワードで【探査】を開始するが、こちらも反応はあったものの人違い。

 成功するか分からないまま『監査員』というワードで検索しても周囲に引っかかる者はいないので、気にし過ぎかな? と思いながらもハンターギルドの中へと入った。

「すみません。オランドさんに呼ばれてまして、ギルドマスターの部屋に直接向かえば良いですか?」

 話しかけたのはいつものよく喋るおばちゃんだ。

 朝のためか、いつもガラガラなおばちゃんカウンターでさえ人が並んでいてビックリした。

 それでもおばちゃんのところに並んでいるんだから俺も大概である。

「え? ギルマスから呼ばれたって……何か悪いことしちゃったの!?」

「違いますよ! 昇格試験についてです」

「なによもう、驚いたじゃない! って、もう昇格の話とかあなたやっぱり大物になりそうね。この時間は忙しいから直接ギルドマスターの部屋に行っちゃっていいわよ? 場所分かる?」

「えぇ昨日お邪魔したので大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 そう告げてすぐに向かおうとするも

「そういえば私ターミアっていうの! 結婚相手に困ったら私のところにいらっしゃい! 良い子紹介するわよ!!」

 カウンターを離れた後も背後で何やら騒いでいて、本当に忙しいのかよと突っ込みたくなる。

 紹介という時点でターミアさんは世話焼きの良い人なんだろうけどさ。


 苦笑いしながら会釈しつつギルドの2階へ。

 昨日通されたギルドマスター室を訪れれば、オランドさんは豪勢な革張りの椅子に座って1枚の木板を眺めていた。

 老眼なのかな? 目を細めて木版を近づけたり遠ざけたりしている。

「おはようございまーす」

「おう直接来たのか。下はこの時間大混雑だっただろう?」

「えぇ。いつもガラガラなターミアさんのところまで並んでいたので、許可頂いて直接足を運ばせてもらいましたよ」

「これからもっと忙しくなるからな! 今のうちにカウンターを増やしとかないとマズいかもしれん。がはははっ!」

 改めてギルドマスターの部屋を見渡せば、高級感のある調度品が壁際にいくつも存在しており、棚の中には高そうなお酒と綺麗に飾られたグラスが目に入る。

 絵画なんかも複数飾られているし、事務的な部屋の中で大量の木板に囲まれながら仕事をしていたヤーゴフさんとは大違いだ。

 まぁ人に仕事を振りながら円滑に事が進められるのもまた才能と分かっているので、あまり気にせず本題の昇格試験について触れていく。

「それで、模擬戦のお相手は決まりましたか?」

「あぁ見繕っておいたぞ。下の飯処に待機させているからすぐにでも始められるが、どうする?」

「ならすぐにやっちゃいましょう。その人をいつまでも待たせておくのは悪いですしね」

「そいつらには昇格試験の試験官という名目で、安くない日当を出すから気にする必要はないんだがな」

「ん? そいつら? 複数人ですか?」

「ロキの職業とか戦闘タイプが分からなかったのでな。近接職と遠距離職の二人を用意させてもらった。どうせ雇っちまったんだし、せっかくなら二人と戦ってみてくれ」

「は、はぁ……」

 よくよく考えれば、俺は近接職と遠距離職のどちらなんだろうか?

 普通はこれと決めたスキルを伸ばして自分のモノにしていくのだろうが、俺の場合は次から次へと新しいスキルが手に入るため、全部が中途半端になっている気がする。

 唯一まともに使っているのは剣くらいか。

 となると、俺は一応近接職になるのかな?

 ふとステータス画面から職業欄を見れば、相変わらず<営業マン>になったままだし……無職と表示されていないだけまだマシかもしれないけど、職が選べないとこういう時の返答に困ってしまう。


「……あの、オランドさん。普通『|職《・》|業《・》』というのは皆さん公表するものなんですか?」


 ふと、気になったことだ。

 公表することが当たり前の世界ならば、今後はいざ聞かれた時用に『|設《・》|定《・》』を考えておく必要がある。

 職業はなぜか営業マンです、なんてバカ正直に言えるわけがないしね。

「人によるとしか言えんが、所持スキルほど隠すものではないな。パーティ募集で求める職を絞ることもあれば、職を公表して入れるパーティを探す者もいる。ハンターじゃなけりゃ、手にしている仕事に関連する職に就いていることが大半だから、わざわざ確認するまでもないしな」

「あーなるほど」

「金銭的に職に就けないやつらもいるわけだから、公表することが義務でもなければ、聞かれたら必ず答えなきゃいけないものでもない。中級以上や天啓が絡む特殊職業のやつらなんかは聞かなくても自ずと職を言い出すことが多いし、逆に下級職なら必要最低限身内だけにってやつらが多いと思っておけばいい」

「ふむふむふむ……ありがとうございます。凄く勉強になります」

 結局は良い職に就いていると自慢してくるし、無職や下級職なんかは極力触れないでっていう、世知辛いリアルな構造そのままじゃないか。

 やっぱりゲームっぽくはあっても、しっかりリアルな世界である。

 目の前で職自慢なんかされたら、強制無職縛りを受けているのと変わらない俺は、思わず気合のグーパンチをしてしまうかもしれない。

 しかしこれで安心だな。

 何かあっても職業は『|秘《・》|密《・》|で《・》|す《・》』で押し通せば問題無いということ。

 パーティを組む予定もないのだから、ゲームによくあった「ヒーラーとタンクだけ募集」とかのように、ゴミ職だから人権無しなんていう事態に晒されることもないだろう。



 オランドさんについていきギルドの1階へ。

 そこから酒場とは逆の方向へ歩いていくと、丁度テニスコートくらいはあるだろうか。

 石壁に囲われた屋根の無い空間へと案内された。

 地面は土のままになっており、壁際には様々な形状の武器が雑多に置かれていて、色合いから全て木でできていることが窺える。

 壁面には弓道で使われるような丸い的が掛けられていたりするので、弓矢の練習なんかはこんなところで行うのかもしれない。


「試験はここの修練場でやる。今その二人と残りの試験官を連れてくるから、ロキは好きな武器を一つ選んでおいてくれ」


 オランドさんはそう言いながら来た道を引き返していくので、少し眺めたのち、俺は消去法で短剣を手に取った。

 長剣は残念ながら短めの物がなかったので、俺には長過ぎてどうにも扱いづらい。

 そのまま剣道のように、何か決まった防具でもあるのかと装備の置かれた棚を物色していると、背後から数人の話し声が聞こえてきた。

「待たせたなロキ。一応紹介しておこう。今回の模擬戦相手、Bランクハンターのイーノとラランだ」

「おいおい、ガキじゃねーかよ」

「おい、名前くらい名乗れ」

「チッ……イーノだ」

「ラランよ。こんな可愛い受験者を相手にして報酬ももらえるなんて、今日は良い日ねぇ」

 どちらも20歳くらいだろうか。口は笑っているけど目だけは鋭く俺を見つめる茶髪の男性と、大きくうねった杖を所持した化粧の濃い赤髪女性。

 ラランさんはともかく、イーノさんはあまり良い雰囲気ではないような気がする。

「ロキと言います。宜しくお願いします」

「ねぇ、坊やは人間?」

「え?」

 ラランさんの言葉に首を捻る。

「ずいぶんと小さいし、この辺りにはいない肌色をしているから。実はエルフの血が混じっていたり、私達よりも年上の別種族ってこともあるでしょ?」

「あーそういうことですか。僕は人間ですよ」

「そぉ……なら良い声で泣きそうね」

 唇をペロリと舐め、嗜虐的な視線で俺を見つめるラランさん。

 いかん。

 これは二人共まともじゃないかもしれない。

 どういうこと?

 ハンターって強くなるほどおかしくなるの!?

 目で訴えかけるようにオランドさんを見つめるも、そのオランドさんは華麗にスルー。

 何事も無かったように進行していく。

「よーし、俺も暇じゃないから早速試験を開始するぞ。とりあえずロキも短剣を持っていることだし――って、ロキは防具無いのか?」

「先日壊しちゃったんで今は無いんですよね。しょうがないのでこのままやります」

「くははっ! 痛ぇ~って小便チビッても知らねーぞ? こいつは試験なんだからなぁ」

「はぁ……最高」

「……そうか。ではイーノから頼む」

「おうよおうよ。ガキ、俺も短剣使いだ。手本を見せてやるから痛みで覚えるんだな」

 オランドさんが連れてきたギルド職員の二人に促され、修練場の中央に幾分かの距離を空けて対峙する。

 そしてその二人は場外へ。

 オランドさん含め、この三人が模擬戦の内容から、Bランク基準を満たしているのか判定するのだろう。

「一応ルールを説明しておく。お互い認めるのは所持したその短剣での攻撃のみ。顔面や急所への攻撃は禁止だ。そして魔法やスキルの使用も一切禁止とする。相手に大きな怪我をさせないことも技量の一つだ。必ず寸止めをしろとは言わないが、相手の身体には十分に気遣ってくれ。それと勝敗が合格に左右されるわけじゃないが―――ロキ、分かっているな?」

 チラリと俺を見るオランドさん。

 言いたいことは分かっていますよ。

 キングアントを倒すくらいなら圧勝しろ。

 そいうことなんでしょう?

 どっこいな勝負をしていたら、本当にキングアントを倒したのか? と怪しくなってきてしまうからな。

 しかし、どうしたものか……

 今回は色々と試したいことがあるんだ。

 舐めてかからず、その中で引き出せるだけの情報を引き出しておきたい。


「では、始めッ!!」


 オランドさんの号令と同時にニヤニヤしながら構えるイーノさん。

 そのまま腰を落とした直後に地面を蹴り上げ、低い姿勢のまま俺へと突っ込んでくる。

 受験者の技量を引き出し、その内容を確認するための模擬戦だと思うが、そんなものはお構いなしの攻め。

 だからか――俺も気遣う必要がなくてやりやすく感じていた。


(こんなもんか)


 模擬戦開始前、自分のステータスは確認済みだ。

 急激に各種能力値が上がった中で、現在ステータスボーナスの恩恵が強いのは筋力、魔法防御に技術。

 逆に伸びていないのが防御力と敏捷、そして幸運だった。

 だからこそ期待していたんだ。

 俺の特性であり強みは大量のスキルを取得できること。

 逆に弱みは職業選択ができず、その恩恵を得られないこと。

 現役のBランクハンター相手に、強みをあまり活かせていない防御力や敏捷でどの程度張り合えるものなのか。

 張り合えなければ職業選択の恩恵がかなり強いということになるし、いけるなと思えば職業選択の恩恵はそこまで強烈ではないと予想できる。

 まぁレベルが56の時点で、たぶんBランクにしてはかなり高レベルのはずだ。

 そこは差し引いて考えないといけないわけだが――


 結論を言えば、イーノさんの動きは|凄《・》|く《・》|普《・》|通《・》だった。


 実際は速いのかもしれないけど、俺から見える動きは可もなく不可もなく。

 レベル10台の頃に対峙した、ルルブのスモールウルフよりは少しだけ遅く感じる程度の体感速度。

 瞬間移動かと勘違いしてしまうほどの速度で詰め寄ってきた、リルとの戦闘経験も糧になっているのかもしれない。

 あの速さを経験していると、この程度ならばどう対処するか。

 何手か考えるほどの余裕も生まれる。


 ――だが、俺は敢えて何もしなかった。


 イーノさんが手に持つ短剣を目で追いながら、どこに当ててもらうかを考える。


(想像以上のダメージが入った時に一番支障がなさそうなのは、やっぱり利き腕じゃない方の腕かな?)


 ならばこのままでいいか。

 腕に当たるよう多少の微調整を加えて―――


「ッー……」


 ―――現役Bランクハンターの『火力』がどの程度なのか、身をもって体験する。

(イーノさんも本気じゃないだろうけど、衝撃くらいでそこまで強烈な痛みは無し……少し痣ができる程度ってところだな)

 これなら刃があっても、いきなり致命傷にはならないんじゃないか?

 そんな安心感を得られて思わずホッとする。

 Bランク相手でこれなら、この先トラブルに巻き込まれても死ぬ可能性はだいぶ減ってきたと言えそうだ。

 あとはその可能性が0%になるまで己を強くすればいい。

「おい、痛くねーのかよ?」

「え? えぇ、まぁ大丈夫ですよ」

「……」

「それでは、攻めてみますね」

「ッ……」

 急に後方へ飛び跳ね、イーノさんは大きく距離を取る。

 先ほどとは打って変わって表情は真剣そのもの。

(警戒されてたか……?)

 そう感じるも、このままでは埒が明かないので、歩きながら距離を詰める。


 ジャリ……ジャリッ……ジャリ……


 短剣にしては遠い、約3メートルほどの間合い。

 そこまで近づいた時――

 痺れを切らしたのか、腰を落としたままのイーノさんが再び踏み込んでくる。


「――シッ!!」


 明らかに先ほどよりも速い動き。

 逆手に持った短剣が俺の肩口付近に迫ってくる。

 これは……今から手を出しても間に合わない。

 だから咄嗟に身体を捻りつつ短剣を合わせた。

 長剣と違い鍔《つば》の無い短剣なら、角度によってはそのまま滑らすことができる。

 狙いは短剣を握っているイーノさんの小指。

 そこに狙いを定めて―――


「ッてぇえ!!!」


 ―――少し捻りつつ、僅かに力を込めて振り抜いた。

 狙ったところにもっていけるのは、技術のボーナス値が高いからだろうか?

 まだまだ分からないことばかりだが……

 振り返ればイーノさんは手から短剣を零し、拳を抱えながら蹲っていた。

「大丈夫ですか?」

 あまり力は込めないようにしたつもりだ。

 それでも相手が利き腕だったため、今後のハンター活動に支障が出るのでは? と心配になってしまう。

「ラモック! 見てやれ!!」

「はいっ!」

 審判役だった一人の男性がイーノさんに近寄り、寄り添いながら修練場の脇へと連れていく。

「気を付けたつもりだったんですけど大丈夫ですかね? ポーションくらいなら……あ、しまった。宿屋に忘れた!」

「ロキが心配する必要はない。腕がもげたわけでもあるまいし、あの程度ならハンターにとっては日常茶飯事だろう? 逆に――あの程度で済ませてくれて感謝する。奴にとっても良い切っ掛けになったはずだ」

 ――まさか。

 オランドさんはガラが悪いというか、質のあまり宜しくないBランクハンターの教育も兼ねて今回の人選をしたんだろうか?

 疑いの目を向けるも素知らぬ顔をしているので、なんだか一杯食わされたような気持ちになってくる。

 だが、その程度のモヤモヤした気持ちならまだマシか。

 問題は――


「次、ララン準備しろ」


 この人だろうな。

 先ほどの雰囲気はどこへやら。

 石壁にへばり付いたまま動く様子すらないラランさんを、俺は黙って見つめた。
************************************************
誤字報告、もう本当に大感謝です。157話 昇格試験(遠距離戦)

「ララン!」

「ッ……わ、分かったわよ」

 再度中央にて一定の距離を空け、対峙する。

「次は打撃禁止で魔法のみだ。どの系統を使っても構わないが、殺傷能力の高い魔法や広範囲型は控えろ。打撃と同様で威力を抑えるのも当人の腕次第だからな。建物や外壁ぶっ壊したら費用を請求するから覚悟しておけ」

 あーやっぱりか。

 流れ的に次は魔法戦になるんじゃないかと思っていたんだ。

 こうなると俺は何もできない。

 こんなところで黒い魔力を見せたら大騒ぎになってしまう。

「オランドさん、すみませんが僕は一切魔法が使えません」

 なのでしょうがなく嘘を吐いた。

「……冗談だろ?」

「冗談……ではありません」

 疑いの目を向けてくるけど、こればっかりはどうしようもないんだ。

 絶対嘘と思っていそうなので、使えるけど手の内晒したくないんだよという思いも込めて見つめ返す。

「あはっ、あははは!! なら良いじゃない! どこまで私の攻撃魔法に耐えられるかっていう試験にしましょうよ! 魔法に対する防御だって重要でしょう?」

 急にやられる可能性が消えたからか?

 ラランさんが元気になり始めたので、その案に俺も乗っかっておく。

 知力は先日【雷魔法】で試しているし、俺の魔法防御力がどの程度かを計るなら、受け身でいられた方が都合も良い。

「それ良いですね。それでいきましょう」

「うーむ……ラランは確か【火魔法】と【土魔法】が得意だったな?」

「えぇそうよ? それが何か?」

「ならば土魔法だけにしろ。それならば許可する」

「【火魔法】の方がより楽しめるのに……まぁいいわ。坊や、準備はいいかしら?」

「構いませんよ」

「ならまずは簡単なものからいくわね」

 当初の立ち位置よりも少し後退し、ラランさんが詠唱を開始する。


『土よ我が命に応じて球体を作り我が敵を撃ち破れ! 飛べ、アースボール!』


(ん? んん? 詠唱が長くないか……? ちょ、どんな威力で土の玉を撃ってくるんだよ!?)


 最初は簡単なものとか言っていたくせに、ラランさん、いきなりの大嘘吐きである。

 避けては意味がないのだろうと、咄嗟に両腕で顔をガードしながら発生したその物体を隙間から見つめた。

 ―――大きさ20cm程度の、茶色い固まりを。


(なんだあれは。フーリーモールが放ってきた石よりは大きいが……あまり痛くなさそうな気がする。爆散でもするのか? それとも中に隠された硬い石でも――)


 警戒しながらも片手を前に出し、飛来する土の塊を掌で受け止める。

 ドスッ……

「……」

 感触はクッションを投げられたくらい。

 そうとしか言いようがない。

 痛いとかそんなレベルじゃなく、ヘタをすればちょっと気持ち良かったくらいだ。

(さっきの詠唱はいったいいくつの節で構成されていたんだ? 他人の詠唱だと切れ目がいまいち分からないから、どの程度の威力か予想もできないぞ?)

 今やっているのはあくまで試験。

 ならばもしかしたら答えてくれるかもと、ラランさんに思い切って問いかける。

「あ、あのー」

「へ~……手加減し過ぎたかしら? さすがにこの程度なら大した痛みも感じていないようね。Bランク試験を受けるだけあるわ」

「今の魔法って【土魔法】の何レベルだったんですか?」

「そんなことも分からないの? これだから魔法が使えない人間は……アースボールはレベル1に決まってるじゃない」

「へっ? そ、そうなんですか……ありがとうございます」


(どういうこと!?)


 頭の中が大混乱に陥る。

 レベル1ということは節は2つ。

 俺なら、

『土の玉 飛んでけ』

 これだけで済む。

【省略詠唱】を取得している今ならもっと短いかもしれない。

 というか、アースボールがレベル1っていうのは常識なのか?

「ち、ちなみに次撃つ予定の土魔法は何レベルのやつで……?」

「そうねぇ。アースボール程度じゃまったく問題無さそうだし、次はロックバレットにしましょうか。レベルは3。まだ耐えられるでしょう?」

 何やら妖艶な笑みを浮かべるラランさんだけど、そんなのはリステだけでお腹いっぱいだ。

 所詮はレベル3、知力がバカ高いわけでも無さそうだし、まず耐えきれないことはないだろう。

「分かりました。お願いします」

 手を下げたままその場に立ち尽くす。

 今回は防御も無し。

 詠唱、物体が出来上がるまでの経過も全て見させていただく。

「……それじゃあいくわよ」

『土よ我が命に応じて収束しろ 我が敵を穿つ硬玉となれ 放て! ロックバレットッ!!』

 ……まただ。

 詠唱の感覚が俺と違い過ぎてまったく掴めない。

 しかしラランさんの伸ばす両掌に詠唱途中から青紫の霧が纏わりつき、詠唱終了とほぼ同時に霧が凝縮、その中心に物体が形成され始める。

 1秒……2秒……3秒……きた。

 飛来する速度は……おぉう!? はやッ!!

 腹付近に向けてカッ飛んできたので、どうするか悩む間もなく飛来するその石の塊を掴み取ってしまった。

 掴んだ拳がそのままもっていかれるので威力もそれなり。

 単体向けの1点突破魔法としては優秀そうである。

 ただ発動から形成までの時間がかかるのは【土魔法】の特徴なのだろうか?

 先日実験で試していた【雷魔法】と比べれば、詠唱から発動までの間が長く、シビアな状況ではやや使い勝手が悪いようにも感じる。

 待ち伏せなどの先制攻撃に向いた魔法なんだろうな。

「う、うそでしょ……?」

「……」

「ラランッ! そのガキは普通じゃねぇぞ!! 全力でやれっ!」

 声のする外野へ視線を向ければ治療を受けたのか。

 壁に寄りかかって元気そうなイーノさんが、激励なのか罵声なのか分からない言葉を投げかけている。

「お、面白いじゃない。あはは……全力でやってやるわよ!!」

「ちょ、ちょっと待てララン! 場所を考え―――」

 焦って止めに入るオランドさんの言葉を遮るように、ラランさんは詠唱を開始した。


『硬質な大地よ 我が命に応じて集い来たれ 何よりも硬く 何をも貫く――』


 だから、俺も遮った。

 オランドさんが止めに入るということは、壁が壊れるとか、このまま高威力魔法を発動すると何かしらのトラブルが発生するのだろう。

 ならば止めても怒られることはないはずだ。


 ――【身体強化】――


 そして前傾姿勢になりながら足を一歩踏み出し――


 ――【突進】――


 急激に視界が加速する。

 黒い魔力が外に出ないタイプの身体強化系スキル合わせ技。

 本当に練習しておいて良かった……

 あまりに不慣れな加速についていけず、昨日試した時はそのまま豪快にすっ転んでしまったのだ。

 あんな姿を見られたら恥ずかしくて死んでしまう。


 『――貫く槍と……ヒエッ!!?』


 一拍にも満たない間。

 目の前に立つと驚きで飛び退いた後に尻もちをつき、さらにそのまま後退っていくラランさん。

 化粧同様、派手なパンツが丸見えですありがとうございます。

「ラランさん、オランドさんが止めに入ってましたよ」

「ぁ……え?……えぁ……」

「ふぅ……済まないな、ロキ」

「いえいえ、建物や壁が壊れたら大変でしょうし」

「いや、そういう意味で止めたんじゃないんだが……まぁいい。これでもう十分だろう。おまえらから見ても問題無いな?」

 オランドさんがそう言うと、審判役のお二人も高速で首を縦に振ってくれていた。

「ロキ、Bランクの昇格試験は合格だ。今日の昼以降であればいつでもいいから俺の部屋に来てくれ。カードを交換する」

「了解です。それじゃお昼ご飯食べたら取りに行きますよ」

「ふむ。それにしても、俺はロキを信じていたつもりだったが、実際にこんな動きを見せられると納得せざるを得ないな」

「……それでも、僕一人じゃ到底勝てませんけどね」

 二人にしか分からない会話。

 それを固唾を飲んで聞いているラランさんとイーノさんからは、先ほどのような蔑んだ、子供を見下ろすような視線は消えていた。

「おまえらも依頼書にサインしてやるから、後で受付行って報酬貰ってこい」

「あ、あぁ」

「……」

「これで少しは分かっただろう。才覚だけで上に登れるほど世の中は甘くない。人を見た目や種族なんかで判断していたら、そのうち足掬われておまえら死ぬぞ?」

「……オランドさんも人の事言えませんけど」

「そ、それを言っちゃ格好付かんだろう!……がはっ! がはははっ!」

「「……」」

 今回の模擬戦は非常に良い目安ができたな。

 Bランクの近接職は、本気で向かってこられると焦るくらいには速い。

 だが対処できないほどでないし、後衛魔法職は詠唱さえ潰せば楽ということが分かった。

 なんであんなに詠唱が長ったらしいのかは分からないけど。

 それにこの二人はあれほど俺を下に見ていたにも拘わらず、職について一切自慢もしないし触れてすらこなかった……つまりは二人とも下級職の可能性が高いだろうな。

 平均的なBランクはもう少し強い――そう思っておいた方が良さそうな気もする。
 

 さて、彼らも仕事で報酬を受け取るなら今回のことくらい許してくれるだろうが、変に逆恨みされても困るのできちんとお礼は言っておこう。


「お相手、ありがとうございました」





 ひょこひょこと、ガタいの良いオランドについていく底が見えない子供。

 その姿を、二人は視界から消えるまで眺め続けていた。158話 国の情勢

 昼まで時間が余った俺は、久しぶりにのんびりと町の探索を始めた。

 明日から俺は一人旅を再開する。

 その時状況によっては野宿するかもしれないし、狩場でそのまま食事を摂るかもしれない。

 携帯寝具の質や値段を確かめたり、鉄製の鍋を手に取ってみたり。

 今まで興味の対象外だった物にまで目を向ければ意外と面白く、普段は入らないような店にまで足を運んで異世界ショッピングを楽しんだ。

 まぁ運べる量の問題があるので、見て回るだけで実際はほとんど品物を買っていないんだけどね。


 そしてウロウロしながらも目的の一つである防具屋を発見。

 現在防具が無いのとほぼ同じ状況なので、質の良い物はどのくらいのお値段がするものなのかと。

 サイズ的に厳しいのは承知の上で、それでも都合よく物があれば即決しちゃおうくらいの気持ちで入店する。

 ここマルタの防具屋はベザートと違って完全な防具専門店のようで、店内に入ると3段の衣装棚には詰めるように鎧一式や盾などが並んでいた。

 その数はパイサーさんのところの5倍くらいで、値段や性能も分からないのにもうこの時点で興奮から鼻息が荒くなってしまう。

 RPGに有りがちな、次の町に行ったらどんな強い装備が買えるのだろうという――まさにあの気持ちだ。

 しかし、置いてある在庫品を見ていくうちにあることに気付いてしまった。


(ん~高いのは1000万ビーケくらいか? あまりパイサーさんのところと価格帯は変わらないか)


 町の規模を考えるともっと高いもの。

 稀少素材で作られた鎧なんかもあるのかと思っていたのだが。

 並んでいる防具の主軸は20~200万ビーケほどで、500万ビーケを超えるような物はカウンター脇の上段にある数個だけ。

 なんとも期待外れな結果に、マルタなら他に高級な防具を専門に扱っているお店でもあるのだろうか? と首を傾げてしまう。

「すみません。こちらのお店は最高級品がこの1100万ほどの鎧になるんですか?」

 こんなことを農民スタイルに近い格好をした子供が聞いているんだ。

 もう慣れたものだが、あまり相手にされていないような感じで返答が返ってくる。

「在庫品はそうなるな」

「ということはこれ以上が欲しければオーダーということですか」

「坊主、そういうのは金が500万1000万ビーケと貯まってから考えるもんだぞ? 手付けを用意しないと素材も仕入れられない」

「そうでしょうね。ちなみにこちらだとどの素材まで仕入れることができます? あと値段の目安も伺いたいです」

「いや、だから話を聞いてたか? そういうのは金が貯まってから考えるんだ。まず今いくら持ってるんだよ?」

「大半はギルドに預けてますけど、1億ビーケくらいですかね」

「……ギルドカード見せてみろ」

「え?」

「ハンターなんだろ? ギルドカード。ほれ」

「これからギルマスのところで交換するんでまだDランクですけど……」

 そう言いながら見せれば、見事なまでに鼻で笑われる。

「ふん、だろうなと思ったんだよ。Dランクってのは――まぁ年齢にしちゃそこそこだが、小僧が1億ビーケも貯められるわけねぇだろうが。おまえハンター歴何年だよ?」

「……」

 ここで数ヵ月と言ったら余計に笑われる。

 嘘をついたところで1~2年サバを読める程度だろう。

「ったく……つくならもうちょっとマシな嘘を考えろ。200万~300万ビーケくらいまでの防具っつーなら真剣に話を聞いてやる」

(はぁ。またこんなパターンか……)

 客に対してなんて物言いだよと文句も言いたくなる。

 だが実際はそう思われてもおかしくないのだ。

 13歳の、まだ声変わりもしてない子供が1億て。

 自分で言っててもつまらな過ぎる冗談にしか聞こえない。

 そりゃ「そんな遊びは他所でやってくれ」って、多くの人が思ってしまうことだろう。

 納得させられる証明を持ち合わせていなければ俺の負け。

 半分追い出せされる形で店を出て、ほんと身形が子供って難儀なものだなと。

 ラランさんが一応確認してくるくらいだから、この際多少でも誤魔化せるようにお面でも被っちまうか? と。

 そんなことを思いながら町の探索を続行した。

 ちなみに「この店二度と行かねぇ!」と誓ったのは言うまでもない。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「やっぱりこの鉄っぽいカードじゃ感動も薄いですねぇ」

 昼過ぎ。

 予定通りギルドマスターであるオランドさんの部屋へ伺うと、既に準備もできていたようで今までの『D』ランクカードと引き換えに、『B』と記載された鉄製のギルドカードを渡された。

 相変わらずやっつけ感のハンパないこのカード。

 今なら力を込めれば真っ二つにできそうなくらい薄くて心許ない。

「希望ならカードをランク相当の素材に変えるか? Bランクだとミスリルだから、50万ビーケくらいあればできるが?」

「げっ。このカードくらいの大きさでもその値段ですか。仮に作ったとして、もしAランクに上がったらどうなります?」

「希望が無ければ次は|鉄《・》|素《・》|材《・》でできた『A』ランクのカードを受け取ることになる」

「それは分かっています。古いミスリルのカードは?」

「カードの交換が条件だからな……返却はされず、裏でコッソリ溶かされた上でギルド資金になる」

「酷い話じゃないっすか……」

「がはは! だから『A』や『S』まで到達しないと、あまりカードの素材を変える奴なんていない。本部の作ったルールも酷いもんだぜ!」

 他人事のように言っているけど、絶対オランドさんはその素材溶かしてガハガハ大笑いしていそうなタイプだ。

 本部にこうすれば儲かるって、打診している可能性すらある。

「はぁ。もうこのままでいいですよ。改めて昇格手続きありがとうございました」

「ロキはそのままの方が良いだろうな。あん時は突っ込まなかったが、おまえわざとあいつらの攻撃食らってただろう?」

「……どの程度ダメージを受けるのか確認したかったものですから」

「で、見る限りほとんどダメージを受けなかった、と」

「痛いとは思いましたけどね」

「それにラランへ接近した時のあの動き――ロキならすぐAランク昇格の試験も合格しそうだからな。今カードに金を掛けたって無駄金だ」

「僕もそう思います。とりあえず依頼の制限がかかるのは嫌なので、Sランクにはなっておこうと思っていますから」

「『S』なんてハンターの最終目標みたいなもんなんだがなぁ……となると、そろそろまた別の町に移るのか?」

「えぇ。それもあって以前ヤーゴフさんに作ってもらったような書状を作っていただければと」

「問題無い。なんでもするって言ったのは俺だ。明日の朝までには用意しておこう」

「ありがとうございます。あと1つ、聞きたいことが」

「ん? もしかして、Aランク狩場か?」

「その通りです。おおよその場所くらいは把握しておきたいなと思いまして」

 もちろんすぐに行くわけじゃない。

 先に地図を埋めながら近場の狩場を巡ったり、王都にも足を運んだりとやることは色々ある。

 フィーリルとも約束したし、しばらくは安全な旅をしながらコツコツと自力を上げていきたい。

 だが、その先だ。

 俺が追々どこへ向かえばいいのか。

 その道標となるのは、やっぱり次の上位狩場だろう。

「ふむ。本音を言ってしまえばあまり行ってほしくはないんだがなぁ……東の隣国『ヴァルツ王国』を通過したさらに先。『フレイビル王国』にあるAランク狩場がここからだと一番近い」

「できれば行ってほしくないというのは?」

「有望なハンターは俺んところで活動してほしいだろ? マルタにとってもプラスになる」

「自由が売りのハンターには耳を傾けづらい内容ですねソレ」

「まぁ表向きの理由だからな。本音を言えば敵に回ってほしくない。それだけだ」

 ……敵とはどういうことだろう?

 既に和解して取引もしているわけだし、今更オランドさんの敵になるなんて状況が想像できない。

「何か敵になり兼ねない理由でもあるんです? 今のところまったく敵になる予定もないんですけど」

「ふむ……Bランク狩場を保有するマルタで物足りないと思ったやつらは、当然次のAランク狩場を目指すだろ?」

「でしょうね。僕ならそうします」

「だが風の噂じゃ、向かったハンター達の一部が敵国側の独立兵――要は傭兵として雇われているって話だ。ギルドは政治にゃ関与しないが、世間一般で強者と呼ばれているやつらが金に釣られて敵に回るってのは、ラグリースに住んでいる一国民としちゃ不安なのも分かるだろ?」

「んん? まずこの国と隣の国って戦争状態なんです?」

「おまえ何も知らんのか? まだ睨み合い程度だが、ここ数年かなり緊迫した状況が続いているぞ?」

「へぇ~……途中のヴァルツ王国が勧誘やら徴兵募集をしているというわけですか」

「それもあるだろうが、ヴァルツ王国とフレイビル王国は同盟関係だ。フレイビル王国で雇われたやつらがヴァルツ王国に派遣されるってこともあるだろうよ。正規兵でもなけりゃ融通なんざいくらでも利く」

「素人考えだと、そうなる前にラグリース王国が先に人材を押さえちゃえばいいのにって思いますけどね」

 その勧誘をバッサリ断っておいてよく言うなと自分で思う。

 でもその方が効率的なんじゃないだろうか?

「もちろんやってはいるらしい。ギルドにだって国から協力の打診をされたりもする。だがフレイビルは金を持ってやがるからな……あのドワーフ共が|阿漕《あこぎ》な商売しているせいで、金の勝負になったらまずこの国に勝ち目は無いだろう」

「ドワーフ……その話、もう少し詳しく聞いてもいいですか?」

 国同士の争いに首を突っ込む気なんてサラサラない。

 ただ、ドワーフという言葉には豪快に釣られてしまった。

 異世界に飛んできたんだもの。せっかくならドワーフだって見てみたいじゃない。

 そんな俺の事情を知らないオランドさんが語ってくれた状況は、俺が予想していたよりもだいぶ複雑な関係性のように思えた。

 まず構図として、東隣にあるヴァルツ王国、そのさらに東のフレイビル王国の2ヵ国と、ここラグリース王国、そして国名が出過ぎて把握しきれなかったラグリース王国の西側の国、そして北西の国の3か国が同盟関係。

 つまり西の三国同盟対東の二国同盟という状況で睨み合っているらしく、戦場になるのは唯一の隣接地であるラグリース王国東とヴァルツ王国の西に当たる国境付近で、既に関所を挟んで何度か小競り合いも起きているとのこと。

 そして俺が興味を抱いたフレイビル王国は北部が山岳地帯になっており、そこにドワーフが多く住んでいるため、別名|ド《・》|ワ《・》|ー《・》|フ《・》|王《・》|国《・》とも呼ばれているらしい。

 国内にAランク狩場を保有しているため、偏りはあるものの高ランクの魔物素材が安定供給。

 おまけに山岳地帯からは良質で希少な鉱物も産出されるようで、潤沢な上位素材によって作られた装備は上位ハンターや周辺国の貴族連中には人気が高く、常に高値取引されていること。

 その他鉱物の輸出も行なっているようなので、資源の面で優位に立つフレイビル王国は金銭事情に恵まれているという話だった。

 ちなみにそれだけ国力のあるフレイビル王国がヴァルツ王国となぜ同盟を組んでいるかはオランドさんもよく分かっていないようで、ラグリースからの侵攻を防ぐための盾にしているんじゃないか? と予想を立てていた。

 ここまでの話を聞いて、西で転生者が暴れ回っているのになぜ協力しないのか。

 素朴な疑問をぶつけてみたところ、それまで饒舌だったオランドさんの口は急にモゴモゴと歯切れが悪くなり始める。

 だから俺は敢えてそれ以上突っ込まなかった。

 こりゃ非はラグリース側にありそうだなとか、ヴァルツ王国同様ラグリース王国も西と北西の国に盾にされているだけじゃないの? とか。

 思うことはいくつかあったが……所詮俺は平和な日本から飛んできたド素人だ。

 ヘタに踏み込み過ぎると余計な厄介事に巻き込まれるし、情が――――

 一瞬思考が止まり、理解できたと同時に溜め息を吐きながら両手で頭を抱えてしまった。


(あーあ……既にベザートの人達には死んでほしくないって思ってる時点でダメじゃん……)


 ベザートだけじゃない。

 マルタだって接点のあった一部の人には、戦争に巻き込まれて死んでほしくないなと思ってしまっている。

(余計なこと聞かなきゃ良かったか)

 踏み込んで聞いてしまった後に後悔してももう遅い。

 俺はドワーフという種族を見学して、Aランク狩場で手に入れた素材や現地の鉱物で立派な装備が作れればそれでいい。

 そう思っていたのに、もし本格的な戦争が起きたらどうすればいいのだろうか……?


「魔物を倒すので忙しいから、俺が戦争に参加することなんてありませんよ」


 俺自身が戦争に参加するなんて想像できないし、自分のことだけを考えれば参加するメリットがあるとも思えない。

 オランドさんはこの回答にホッとしていたので、とりあえずはこれで問題無いだろう。

 明日の朝また書状を受け取りに伺うことを伝え、ギルドの外へ出てみればまだ明るい時間帯。

 空を見上げれば、俺のモヤモヤした心とは対照的に雲一つない晴天だった。


「はぁ……」


 長い溜め息を一つ。

 まだ時間があるなら先にやるべきことをやってしまうかと。

 今日唯一買った安物の木製お面を手でクルクルと回しながら、俺は町の南部、リアとリルの神像が置いてある教会へと向かって歩きだした。159話 憂いの女神

「ロキ君、今日は私のためにわざわざありがとうございます」

 清涼感のある声に目を開ければ、まるで牧場のような長閑な風景に、地球や下界とは明らかに違う真っ白い空。

 そしていつもの白いワンピースを纏ったアリシア様が、今日は一人だけで目の前に立っていた。

 いつもの三人態勢とは違った対応。

 他の女神様達が配慮してくれた結果だ。

「こちらこそ急ですみません。リルから不貞寝していると聞いていたので、早々でいいものか迷ったんですが……」

「実際に寝ていたわけではありませんから大丈夫ですよ。さぁ、こちらへどうぞ」

 アリシア様が手を振りかざすと、突如として白い丸テーブルと2脚の椅子が出現し、テーブルの上には湯気の上がるカップまで置かれていた。

 これも【空間魔法】なのか?

 カップに飲み物が入った状態で出てくるとか斬新過ぎる。

「ありがとうございます」

「ロキ君、私も皆と同じで良いですよ? でないと、一人だけ壁があるようで寂しいですから」

「……んんっ! 分かったアリシア。これで良いかな?」

 さすがにこれで6人目。

 予想もしていたことだし、良し悪しは別として慣れたものである。

「えぇ。ありがとうございます」

「あれ? そういえばカップが一つしかないけど……」

「それはロキ君用ですよ。私はまだ飲み物を飲む習慣がありません」

「……」

 なぜか、俺の心が痛い。

 下界に降りた女神様達は、なんだかんだと皆美味しそうに食べていたし飲んでいたもんなぁ。

 もしや味を占めて、そのまま神界でも飲み食いを始めたのだろうか?

 そんな中、一人アリシアだけが羨ましそうに見ていたりとか、想像すると可哀想過ぎて涙が出そうだ。

「リルから下界に降りられない事情は聞いたよ。なんというか、頑張って対応していた人が損をするのはよくないと思ってさ」

「そうやって気遣ってくれるのはロキ君くらいですよ」

「そ、そっか……確認だけど、可能なら下界に降りてみたいんだよね?」

「そうですね。しかし私が降りれば、女神が下界に降りたという決定的な証拠を残す恐れがあります。結果大きな混乱を招くことでしょう。……私の望みだけでそのような事態を引き起こすわけにはいきません」

 なんとも真面目なリーダー役のアリシアっぽい回答だ。

 しかしその言葉は俺に説明するというより、口にすることによって自らを納得させようとしている気がしてならない。

 覚悟を決めた中に混ざる哀愁を帯びた表情。

 不貞寝していたくらいだし、本人もさほど隠す気はないんだろうな。


「俺ね、今日仮面を買ったんだ」

「仮面? 顔に付けるやつですか?」


 魂だけが呼ばれる神界でも、どういう仕組みなのか、その時身に着けている衣類がそのまま反映されることは分かっていた。

 そして今回俺は手に仮面も持っていたので、持ち物が全て反映されることを今更知った上でソレをテーブルに置く。

「そうそう。どうしても子供の姿だと舐められちゃって、高い物が買えなかったり色々不都合が多いからさ。なら隠せばいいかなってノリで買っちゃったんだけど……アリシアが仮面付けたらどうなると思う?」

「仮面……顔が隠せる……やはりそれでも厳しいと思います。リガルがスキルを覗かれたんですよね?」

「あーうん。【分体】の穴みたいなもんだよね」

「その結果、異世界人と勘違いされたと」

「異世界人と勘違いさせるしかなかったが正解かな。リルが女神様だとバレないように対処したから今回は大丈夫だろうけど、一人の時にバレると結構厄介だと思う」

「その件も報告は受けています。ロキ君が異世界人であることを公表してまで私達を最優先に考えてくれたと……本当に感謝しかありません」

「それは気にしなくていいよ? 別にもういいかなってって思っただけだから。おかげで遠慮せず【飛行】し放題~! ってね」

 笑いながらそう答えると、アリシアにもやっと砕けた笑顔が見られる。

 だが問題は何も解決していない。


「アリシアはさ。何がしたい? どんなことを望んでる?」

「えっ?」


 だからもっと踏み込んだ質問をした。

 不躾ではあるが、アリシアが望むことを実現可能か考えた方がてっとり早い。

 ダメならダメで妥協点も探れるはずだ。

「リアは俺が危険人物かどうかの監視、フィーリルは魔物調査とおまけのお風呂を気に入っていた。フェリンは食べ物だね。リステは人の住む街並みや生活への興味が強かったし、リルはまぁご存知の通り俺と戦うことが一番の優先事項だったと思う」

「そう、ですね」

「じゃあアリシアは? 下界でどんなことをしたいって思ってた?」

「私は――」

「うん」

「特にありません。ただ、ロキ君と一緒に居たいと思っていました」

「……」

「……」

「えっ? 今なんて?」

 おかしい。

 俺は難聴になったのか?

 何やら愛の告白めいたものを聞いた気がする……

 視線をアリシアに向ければ、自分の発言が爆弾だったことに気付いたのか、顔が急速に赤くなる真っ最中といったところ。

 勘弁してくれ。

 そんな姿を見たら俺まで真っ赤になってしまう。顔が熱いし隠したい。あっ、お面被ろう。

「ち、違うんですよ! 皆が下界の出来事を楽しそうに語るので、ロキ君と行動を共にすれば何か違った景色が見えるのかなと! そっ、それだけですからね!」

「は、はい……」

 なんだこりゃ。

 普通にしていれば、女神様達の中で一番美人と可愛いのバランスが取れていそうなウルトラクラスの顔面偏差値なのに、天然で、なんか不幸で、鞭を持たせりゃドSで、庇護欲を掻き立てられるような可憐さも有り、おまけに今はツンデレか?

 いったいどれだけ属性持ってんだよ?

 一人で七変化でもするつもりだろうか?

「つまりあれかな? 下界の人達がいるような場所に行かなくも問題無いってこと?」

「そうですね。それでも良いと思っています」

「ん~……なら簡単じゃない? 人の住んでいるところなんて逆に限られているし、俺が人のいないところに行けばいつでも【分体】降ろせるでしょ? まぁそこで何するってのはあるけどさ」

「言われてみればたしかに……」

「リステやリルみたいにアリシアもすぐ飛べるんだろうから、【飛行】で高い位置から町を眺めることだって可能だし、食事したいなら俺が町で買ってくることもできるし」

 想像したのだろうか?

 アリシアは表情がパーッと明るくなるが、それも束の間。

「あっ」という呟きと共に、すぐ元の気落ちした表情へと戻ってしまう。

「ん? どうしたの?」

「いえ……ロキ君はいずれ、気に入った国、気に入った町で拠点を構えるんですよね?」

「そうなると思うけど……あー……」

 前にリステが言っていたことか。

 拠点というか家というか、いつまでも宿暮らしというのもおかしいし、いずれ定住できる場所は決めることになる。

 その時遊びに行っていいか? と言われたので、できれば一緒に住みたいという願望を持ちながらも俺は良いよと答えた。

 そしてリステは他の女神様達も楽しみにしていると――そう言っていたはずだ。

 その中に、アリシアは含まれていたのだろうか?

 リルとリア、それにフィーリルやフェリンも含まれていたことは分かったが、アリシアだけはよく分からなかった記憶がある。

「もし俺がどこかに家を建てたら、遊びに来たいって思ってくれる?」

「も、もちろんです。ご迷惑じゃなければ……」

 その返答を聞いて、仮面の下で赤面しつつ何もない白い空を眺める。

 アリシアは俺と一緒であればいいと言った。

 それは恋愛感情というより、一緒に居れば今まで経験したことのない何かを得られるという興味や好奇心からだろう。

 なんだかんだと地球の話を一番聞きたがるのはアリシアだし、今までの雰囲気からするとそんな気がする。

 そして、このままいけばアリシアだけは、満足に下界という管理世界を楽しむことができない。

 いや……違うな。

【分体】という特性を考えれば、女神様達全員が行動に大きな制限とリスクを抱えることになる。

 人がいるから……俺がどこか気に入った町に住もうとしているから……

 至極当たり前に思っていたこと。地球なら当然のように考えること。

 だが―――

「……」

「……」

「ねぇ、アリシア」

「なんでしょう?」

「アリシアは下界に興味がある。それは間違いないよね?」

「はい、間違いありません」

「何かに特別興味があるわけではないけど、色々なことを経験してみたい。そして自分が強く興味を抱く何かを探してみたい。そんな感じ?」

「そ、それです! そう言われると凄くしっくり来る気がします!」

「そっかそっか。ならさ」

「はい」

「一緒に|秘《・》|密《・》|基《・》|地《・》、作ってみる?」160話 秘密基地計画

「はい?」

 俺の秘密基地案に対して、アリシアは鳩が豆鉄砲食らったような顔して呆けていた。

 そんな顔でも美人さんだなぁと思いながらも説明を続ける。

「俺の事情、女神様達の事情。総合的に考えればこれがベストな選択かなって思ってさ」

「そ、それが秘密基地ですか……?」

「うん。要は人目に触れないところに俺が住んで、そこにアリシアや他のみんなも必要なら家を作っちゃったら良いんじゃないかなって。下界に降りてきた時使うそれぞれの拠点みたいな感じ?」

「私達の、家……」

「現状を考えるとアリシアは顔を晒せないし、他の皆もスキルがバレる可能性を抱えている。【隠蔽】を持ち込めば女神様達なら覗かれる心配はないだろうけど、それじゃ目的は果たせないし、何のスキルも使うことができなくなるわけだよね?」

「その通りです」

「それならこの問題は下界の人達がいないところで活動すれば解決するわけだ。町中での転移者探しを継続するなら相変わらずリスクは抱えるけど、それは俺が町中を拠点にしたところで変わらないだろうし」

「……」

「まずは最低限寝られる程度でも家を作って、そこから生活環境が少しずつよくなるように、様々な物をやりたい人達で考えながら作っていけばいい。幸い女神様達は高レベルスキルを所持しているだろうし、人目のつかない所で自由に試せば、アリシアも興味の湧く何かを見つけられるんじゃない? 俺は変わらず色々なところで魔物を狩るから、もし足りない物があっても付近の町から買っちゃえば済む話だしね」

「な、なるほど……」

「もちろん色々必要と感じて試す中で、地球ならこんな物があった、こんなやり方をしていたって、分かる範囲で俺が地球の情報も伝えるよ。アリシアは地球の話を凄く聞きたがるし、そういうの好きでしょ?」

「す、凄く好きです。でもいったいどこにその秘密基地を?」

「それは良い所があるよ。皆が調査を嫌がってそうな場所だね」

「……パルメラ大森林ですか?」

「そう。とんでもなく広いらしいし、調査隊が60日くらい掛けてやっと第二層に到着、人間が確認しているのは第三層までみたいだから、奥地に入ってくる人なんているわけがない。そこかしこに木材はあるわけだし、あとはかなり高そうな山脈が見えたから山の付近にするとか、川の近くにしようとか、どこら辺にするかを皆で相談して決めればいいわけでしょ? 【飛行】があればポイント探しはだいぶ楽だろうしさ。
 あとは転移者探しをしたいなら、転移して現地に直接向かえばいいのかなーって。ベザートの人がもしかしたら入ってくる可能性もありそうだけど、俺が飛ばされた付近を秘密基地の拠点にしたっていいだろうしね」

「あの、ロキ君はそれでいいのですか? 他の人種、人間と隔離されるのですよ?」

「俺だって当初はどこかの町に住むんだって当たり前のように思ってたよ? それが元の世界では普通の事だからさ。でもこの世界って、スキルと魔法があればある程度はなんとかなりそうじゃない? それなら自分達で生活基盤をコツコツ整えるのも面白そうかなーって。まぁ秘密基地なんだし、誰にも迷惑をかけず、好きに過ごしやすく遊べる場所を自分達で作るって感じだよね」

「うぅ……でも! そんな面白そうというだけで……」

「それにどこの国にも属したくないって漠然と考えていたけど、結局どこかに定住すれば、それはその国に属しているようなものだなって、今日話したお偉いさんの話を聞いてて思ったのもある。
 だったらパルメラ大森林って最高でしょ? 人は森の浅い場所にしか入ってこない、飛べる鳥人ですら奥地に行けば何かに撃ち落とされる。ということはどこの国も手付かずの未開拓地で、誰も占有していないってことなんだろうからさ。危なそうな奥地まで行かなきゃ自由だよ自由!」

 ヤバい。

 言いながら昔よくやった開拓系ゲームを思い出し、思わず興奮してきてしまった。

 こんなの、ドキドキとワクワクしかないじゃないか。

 それに一時的とは言え、望んで仙人生活をしていたくらいだ。

 ずっとツラそうな強制サバイバル生活ということなら勘弁願いたいが、自分達でやり繰りしながら生活エリアを徐々に広げていくという話なら嫌いじゃない。いや、むしろ好きなくらいである。

「わ、私ドキドキしてきちゃいました……本当にそんなことが実現するなら凄く楽しそうです」

「思い付きにしては我ながら良い案だなって思うんだよね。ただ――そのための土台がいつ整うかだなぁ」

「土台とは?」

 問題は無いわけじゃない。

 結局俺が抱える悩みの大半は、毎度ここに帰結する。

「俺が【空間魔法】を取得すること。秘密基地から狩場へ転移できないと、世界を巡る旅がまともにできなくなっちゃうでしょ? それに町で調達した物資の運搬にも必要だし」

「私達が代わりにロキ君を目的の場所まで――というのはロキ君が納得しなさそうですね」

「一時的にだったら甘えちゃうんだけど、取得の見通しも立たない状況でいつまでもっていうのはさすがにね」

「……なら、私達ができることはロキ君が早く【空間魔法】を取得できるよう、可能な限り協力するということですよね」

「そう! さすがアリシア! ほんと、何かヒントになるようなことが分かればぜひ宜しくお願いします! もちろん俺も人任せにしないで頑張るからね。そういうのも冒険の醍醐味だし、今度王都に行って情報収集してくる予定だし!」

「……」

「あれ? アリシア?」

「え? あ、ごめんなさい大丈夫です。楽しそうだなって、本当に」

「秘密基地楽しそうだよね~俺はいずれ秘密の工房作ろうかな。敢えて地下に」

「……なぜ有り余るほどの土地があるのに、地下を作るんですか?」

「そこは男の夢というかなんというか――」


 ひょんなことから思いついた案。

 でも意外と俺のしたいことが詰まっているようにも思えた。

 それが女神様達にとってもプラスになるのであれば、この線で本格的に将来を見据えていってもいいかもしれない。

 人里から離れた生活というのは勇気がいることだけど、まぁ【空間魔法】さえ取得できれば一瞬で町中だ。

 お金に余裕があれば、気に入った町にも家を建てて、その中を転移先にしておけばより安心ってなもんである。


 アリシアからも落ち込んだ雰囲気が剥がれ落ち、笑顔の絶えない談話が続いた頃。

「それでどうする? アリシアが人の居ないところでもよければ、数日くらい俺をポイントにして下界観光してもいいけど」

「いえ、こうやってお話しできただけでだいぶ気が晴れましたし、その楽しみは後に取っておこうと思います。今降りてもロキ君の成長を妨げることにしかなりませんから」

「そっか……なら、尚更に早く【空間魔法】を取得できるよう頑張らないとね」

「期待していますよ」


 最後に手を振り、俺の視界はマルタの教会。

 リアの神像前へと舞い戻ってきた。

(よし、俺のためにも、アリシアや皆のためにも、コツコツ頑張らないとな!)

 両手で頬をパシッ! と叩いて気合を入れる。

 周りから、「あっ、コイツ懺悔してスッキリした顔してんぞ?」という目で見られ、気恥ずかしさを感じながら俺は教会を後にした。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「緊急案件、第三回女神会議を開きますので集合です」

 ロキが去った後、その場でアリシアが独り言のように呟いた。

 ここ最近はロキ絡みで頻繁に会議をするようになったので、頭には回数が添えられている。

 今回の議長はアリシアだ。

 椅子を追加で3脚用意し、ロキの飲んでいたカップを消去。

 新たに5つの紅茶が入ったカップを用意し始めると、今まで結界作業やら遅延魔法を掛けていた者達が次々とアリシアの下へ転移してくる。

 一人は布団で寝たままぶっ飛んできたが、誰も気にする様子はない。

 そんな死にかけリステの枕元に飲み物を置くと、アリシアは残る者が座るのを待ってから口を開いた。

「皆、先ほどの話は聞いていたはずです。まだ決定されたわけではありませんが、ロキ君は|不《・》|憫《・》|な《・》|私《・》|の《・》|た《・》|め《・》|に《・》、人里離れた僻地で暮らすことを検討してくれています」

 先ほどの沈み込んだ表情とは打って変わり、表情に明るさが戻ったのは良かった。

 だが、今のアリシアは若干その整い過ぎた顔がドヤッてしまっていた。

 だからか。

「なんか今凄く自慢気だったんだけど!?」

「ロキ君が来ただけで随分元気になりましたねぇ~」

「私のスキルが覗かれてしまったのも大きいだろうな。あの時は拠点の宿まで先に調べられていた。人種の住む町を今後調査するにしても、拠点を町中に置いて動くよりは安全度合いが増すだろう。拠点さえバレなければ、そやつらを撒いた後に【分体】を消してしまえばそれまでだからな」

「……リガル、転移者探しは大丈夫なのですか?」

「大通りが広く見渡せる高所で【分体】に【神眼】を使わせている。これが本来の使い方だろう?」

「……何にせよ、ロキ君から『秘密基地計画』という素晴らしい案が提言されました。私はこれ以上ない程の良案だと思っていますが、この中に乗り気でない者はおりますか?」

「「「「「……」」」」」

 アリシアは内心、山奥での開拓生活なんて嫌だと思う者が一人二人出てきてもおかしくないと思っていた。

 だが、蓋を開けてみれば否定する者は見事にゼロ。

 何か、自らが成し得た功績にタダ乗りされているような気がして腑に落ちず、アリシアは再度の質問をする。

「で、では参加希望の者は挙手とその理由を」

 すると、続々と上がる声。

「もちろん参加! 私は美味しい作物育ててみたい!」

「まだ何をしようというのはありませんけど~自然の多い環境は好きなので私も参加です~」

「私も参加。魔力が黒いのは何かの予兆かもしれない。監視しながら一緒に遊ぶ」

「パルメラなら周りは魔物だらけだろうからな。しょうがないから私も参加して寄ってくる魔物を薙ぎ払おう」

「ロキ君が……望むなら……私はどこへでも……」

 一人やたらと重たいが、総じて皆の意見は肯定。

 ならばと、アリシアは皆に向かって今やるべき最重要事項を確認する。

「となれば、皆やることは分かっていますね?」

「どうやったら【空間魔法】を取得できるか、だな……」

「そうです。ロキ君をずっと苦しめている憎き【空間魔法】。この取得方法を解明しなければ、いつになっても楽園への門は開かれません」

 いつのまにか悪者になっていた【空間魔法】。

 それに突っ込む者は誰もおらず、そして転移者探しが最重要項目から外れていることにも誰一人気付いていない。

 夢が広がり過ぎてそれどころではないのである。

「何か、ロキ君のヒントになるようなもの……過去にスキルを与えた転生者以外で、最近【空間魔法】を取得した人種っていたっけ?」

 フェリンの問いに、魔法に一番詳しいリアが答える。

「魔道王国の時代なら何人かいたと思う」

「リアが神罰を落としたやつか? 災難の魔導士、懐かしいな」

「災禍の魔導士です。魔道王国プリムスが大陸を席捲していた時代ですね」

「あ~あったね! でもそれって一万年くらい前じゃない?」

「ですね~なので長命種だろうと当時の取得者は全員亡くなっているでしょうし~あの国がせっかく枝分かれしていた多くの古代人種も殺しちゃいましたからねぇ~」

「長命で今も種が確実に残っているのはエルフくらいか?」

「間違いないのはエルフでしょう~あとはどこかに生き残りがいるかどうか~」

「ならばエルフが【空間魔法】の情報を持っているか重点的に探りましょう。あとは古代人種がかつて生存していた時代の土地が分かれば、何か記録が残っているかもしれません」

「私は知らないけど、誰か知ってるの?」

「知らない」

「あやつらはハンターになんてならなかったからな。分からん」

「私もです」

「教会に来ない人達のことは分かりません~」

 5人が揃って寝ている女神達の頭脳に視線を向けるが反応はない。

 リステは豪快に寝たふりをしていた。

「と、とりあえずエルフの調査を頑張りましょう。あとは【空間魔法】を所持していそうな魔物など―――」


 日が暮れることもない神界。

 大した進展もないまま、下界は分からないことだらけであるということを改めて理解した女神達は会議を終了した。

 結局決まったのは


『エルフの調査を色々頑張る』


 これだけ。

 今までの永い時、無為無策でただ過ごしてきたことを痛感されられる結果だった。

 それぞれが会議の場から散っていく中、下唇を噛みしめ考え込むアリシア。

 そこに一人残っていたリアが声を掛ける。

「ロキと話してた時、スキルを譲渡すること考えたでしょ」

「……ほんの少しだけです。それができればどんなに楽かと」

「楽だね。ロキはあまり喜ばない気もするけど」

「私も、そんな気がします」

「……フェルザ様、見てるかな?」

「どうでしょうね?」

 なんとなしに、二人して何もない空を見上げる。

 曖昧に定められている神界のルールは、どこまでなら見逃してもらえるのか。

 そして破ったら、果たして自分達はどうなってしまうのか。


 ―――二人の思考は、答えの出ない疑問に染まっていた。
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ご覧頂きありがとうございました。
本日で第5章が終了、明日ロキの手帳③を挟んだあとに第6章開始となります。
6章の終わりが208話なので、少なくともそれまでは連日投稿予定です。
女神様パートが終了し、本格的に強さと世界の知識を求める冒険が開始されていきますので、そういった内容が楽しめそうな方は引き続きお楽しみください。ロキの手帳③

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:56  スキルポイント残:879 

 魔力量:620/620(+534) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   308 (+676)
 知力:   309(+399) 
 防御力:  302 (+154)
 魔法防御力:302(+459)
 敏捷:   307(+66) 
 技術:   301(+605)
 幸運:   312 (+90)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル

【剣術】Lv3 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値190%の限定強化を行う 魔力消費9 筋力補正

【棒術】Lv5 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 筋力補正

【短剣術】Lv2 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値160%の限定強化を行う 魔力消費7 筋力補正

【挑発】Lv2 注意を自分に向けやすくする 発動範囲20メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費7 防御力補正

【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用効果時間8分 魔力消費0 筋力補正


◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv2 魔力消費20未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv3 魔力消費30未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【水魔法】Lv4 魔力消費40未満の水魔法を発動することが可能 防御力補正

【風魔法】Lv4 魔力消費40未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【雷魔法】Lv7 魔力消費70未満の雷魔法を発動することが可能 知力補正

【時魔法】Lv4 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±200%の減少か増加を選択して発動することが可能 減少の最終数値は対象の抵抗値によって決定し、マイナスになることはない 魔力消費:10秒毎に60 知力補正

【魔力操作】Lv1 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が5%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正


◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv3 狩猟技能が向上し、獲物を少し発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv2 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv1 採取技能が向上し、採取物を僅かに発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv1 対話能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv1 料理技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正


◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv3 人族が扱う言語であれば、知識が無くても11歳児程度の理解度で会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv6 上下左右の視野がやや広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv2 僅かに遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【夜目】Lv4 暗闇の中でも少し視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv5 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径25メートル 魔力消費0 技術補正

【探査】Lv1 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径30メートル 魔力消費0 幸運補正

【隠蔽】Lv7 Lv7以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【俊足】Lv2 走る動作に補正がかかり、移動が僅かに速くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【跳躍】Lv4 跳躍動作に補正がかかり、通常よりも高く跳べる 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【飛行】Lv7 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に3消費 魔力補正Ⅱ

【算術】Lv2 算術能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv1 暗記能力が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正


◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv7 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔力最大量増加】Lv2 魔力最大量を20増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv5 魔力自動回復量を25%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【剛力】Lv1 筋力値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【金剛】Lv1 防御力値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【疾風】Lv1 敏捷値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【豪運】Lv1 幸運値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【物理攻撃耐性】Lv3 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【鋼の心】Lv2 精神攻撃に対する抵抗が僅かに増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正(レベル1で+2上昇)

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ(レベル1で+4上昇)

【地図作成】Lv1 任意に地図を開くことができる 魔力消費0 魔力補正Ⅱ(レベル1で+4上昇)


◆その他/魔物

【突進】Lv6 前方に向かって能力値280%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力15 敏捷補正

【噛みつき】Lv8 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値330%の補正を行う 魔力消費17 筋力補正

【粘糸】Lv4 使用不可 魔法防御力補正

【脱皮】Lv3 使用不可 魔法防御力補正

【光合成】Lv4  太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増  常時発動型 魔力補正

【硬質化】Lv4 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が9倍になる 効果時間1秒間 魔力消費11 防御力補正

【物理防御力上昇】Lv4 防御力が12%上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800M 魔力消費50 技術補正

【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物を強制的に呼び集める 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17 知力補正

【呼応】Lv7 使用不可  知力補正

【酸液】Lv7 使用不可 技術補正

【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2 筋力補正

【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【擬態】Lv6 使用不可 技術補正



●ボーナスステータス値

各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)

スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)

スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)

スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)

スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)

スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)

スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)

※魔力のみ2倍
※魔力Ⅱはさらに2倍



●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

0→1・・・・・・2ポイント

1→2・・・・・・4ポイント

2→3・・・・・・12ポイント



●レベル上昇による各能力上昇値

レベル1~10・・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇
レベル11~20・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇
レベル21~30・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種5上昇、魔力量だけは10上昇
レベル31~40・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種6上昇、魔力量だけは12上昇
レベル41~50・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種7上昇、魔力量だけは14上昇
レベル51~60・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種8上昇、魔力量だけは16上昇



●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得らえるスキル経験値の関係性(推定値)

スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


スキルレベル2から3に必要な経験値は600  


スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 


スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 


スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000



●ストーリーで名前の上がった国名一覧

ラグリース王国(現在主人公のいる国)

ヴァルツ王国・・・・・・ラグリース王国の東側

フレイビル王国(別名ドワーフ王国)・・・・・・ヴァルツ王国のさらに東

エルグラント王国(転生者タクヤの在籍国)……大陸北西

ヴェルフレア帝国(転生者シヴァの在籍国)……大陸南西

アルバート王国(転生者マリーの在籍国)……大陸東方

エリオン共和国(転生者ハンスの在籍国)……大陸南東

オデッセン王国……大陸北方、ガラス作りに長けた転生者がいる可能性の高い国

ファンメル教皇国……場所は不明 <神子>のいる国161話 異世界生活本番

 教会が告げる朝の鐘でスッと目が覚めた。

 まるで小学生の遠足当日のような、どうにも気持ちが浮き立った落ち着かない朝。

 いつも通り1階で食事を摂り、部屋に戻って少し考えたのち改めて風呂に入る。

 これから当分の間お風呂はお預けかもしれない。

 ならば入れるうちに楽しんでおこうと、のんびり湯に浸かりながら考える。


(さーて、どこに行こうかねぇ)


 今日から俺は本格的に自由の身だ。

 ベザートを出る時は街道が北にしか延びていないこともあり、自然と向かう先はマルタに限定されていた。

 アマンダさんと商業ギルドに向かうという目的もあったので、それ以外の選択肢なんてなかったわけだ。

 だが今日からは北に向かおうが東に向かおうが、それこそ街道沿いを移動しなくても【飛行】を使えばどこへだって行ける。

 最悪野宿になる可能性はあるものの、そんなの2~3日程度なら何も問題はない。

 最初に森を彷徨った経験が、その日のうちに町へ辿り着かなくてもどうにかなるという、妙なタフネス精神を俺に植え付けていた。

 水は魔法で出せるし、食料も適当に現地調達して魔法で火を通せば何かは食える。

 それに困ったらマップを確認しながら最寄りの町へ戻ればいいわけだから、これからの旅はそれなりにイージーモードと言っていいだろう。


 風呂から上がり、相変わらず靴やら鞄といった女性物の荷物を詰め込んだ特大籠を背負って1階ロビーへ。

 するとなぜか、朝はいないはずのウィルズさんが今日はカウンターに立っていた。

「おはようございます~朝からここにいらっしゃるとは珍しいですね」

「おはようございます。本日はロキ様がご出立の日と伺っておりましたので」

「えぇ……そんな、お忙しいでしょうに」

 たぶんリステやリルの影響なんだろうと思うけど、どうしてここまでウィルズさんが俺を気に掛けてくれるのかがよく分からない。

 カウンターの人と代金の精算をしながら、他に何かあるだろうか? と考え込んでいると、ソッとウィルズさんが耳打ちをしてくる。

「昨日、監査院の者がロキ様の情報を探りにきました。もちろん何も知りませんから話すこともございませんでしたが――だいぶ焦っている様子が見て取れました」

「……ありがとうございます。またマルタに寄ることもあるでしょうから、その時は必ず利用させてもらいます」

「それが何よりの喜びでございます。またのお越しを心よりお待ちしておりますよ」


 一際大きく豪勢な建物。

 もし戦争となった時、他国の兵が真っ先に略奪や蹂躙をするのは、こんな目立つ建物なのだろうか?

 それとも住んでいる町民の私財や安全などは考慮されるもので、兵や王侯貴族だけで争うものなのだろうか?

 この世界の戦争とはどういうものなのか、平和な時代の日本で過ごした俺なんかにはさっぱり分からないことだ。

 そう、分からないけど――ウィルズさんは戦争なんかで死んでほしくないなと強く思ってしまう。

 (何かあった時は助けられたらいいんだけど……)

 ただ漠然と、そんなことを頭の中で描きながら、俺はしばらくお世話になったハンファレストを後にした。


 その後はハンターギルドのギルドマスター室へ。

 こちらは旅立つ事情を話しているので、依頼していた書状をオランドさんからサクッと受け取るだけで済む。

 人目の付かなそうな場所へ少し移動しながら、意味があるか分からない仮面を被り――

(あまり気を使ってもしょうがないし、もういいか)


――【飛行】――


 俺は町中から空へ飛んだ。

 国に俺が異世界人であることをバラし、宙に浮くところも見せた。

 ならばもう、遠慮する必要などない。

 他国の人間に知られる可能性もあるだろうけど、そんなことより、町中から【飛行】を使えるメリットの方がもう大きい。

 仮面越しに強い風を浴びながら、秋空とも言える高い雲を目指してグングン空へと舞い上がる。

 そしてマルタの全容が分かるくらいの高度になったところで、俺は仮面を外し、思いっきり空気を肺に吸い込んだ。

 すぅ――――……



「自由だぁあああああああああぁぁぁぁぁ~~~~~ッ!!!」



 これからが俺の異世界生活本番だ。

 序章で死んじゃってるところがザコいけど、ここからが旅のスタート。

 なんとなくそんな気がしてしまう。

 一切の障害がない大パノラマ世界。

 東方面には緑が拡がり、その先に見えるのは小高い山々。

 麓にあるのはお世話になったボイス湖畔だろう。

 対して西方面は茶と緑が入り混じった平地が続き、北は農耕地帯になるのか、人工的に区切られた畑がどこまでも広がり、その先にはかなり高そうな山々が薄っすらと見える。

 この視界に映るどの場所に向かうも俺の自由。

 その先で何をしようと、まぁ法が許す範疇での話だがそれもまた俺の自由だ。

 全てが自己責任の下、まだほんの一部しか分かっていないこの世界を巡る旅が始まると思うと、なんだか自然と身体が打ち震えてしまうのは、やっぱり俺がこの世界の仕組みを好きでたまらないからなのだろう。

 グルリと視界を一周。

 とりあえず、向かう先は――


「やっぱり北、かな?」


 別に西でも東でもいい。最終的には全部回るのだから、どこから手を付けようが大差はない。

 ただ南のベザート以外に次の町がおおよそ分かっているのは、以前ホリオさんから聞いていた北方面だけだった。

 たしか次がミールという町で、その先がDランク狩場のあるリプサムという町だったはず。

 ならば寄り道しながらDランク狩場でスキル収集に勤しみ、そのまま王都あたりまで行ってから次の行き先を考えよう。

 腕時計をチラリと確認し、北方面へ伸びる街道を眼下に見下ろしながら、俺の空旅はスタートした。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 視界の先に見えたのは、マルタの10分の1にも満たない小規模な建造物群。

 かなり高いところから俯瞰しているため、手を伸ばせば掴み取れるのではないかと勘違いしてしまいそうになるほど小さな町だった。

「まぁ規模は措いておいても、約1時間弱で次の町に着いたのならだいぶ上等かな」

【雷魔法】Lv7を取得したことによって、以前よりも魔力放出とはどういうものかが自分なりに分かってきた。

 手や腕だけでなく、胴体部分まで広げるように意識しながら手の一点に。

【雷魔法】を発動すれば自然と感じられる、あの吸い上げられるような感覚を利用しながら、まとめてドンッ! と放出するイメージを作ると―――


「おっほほー速い速いっ!」


 リルと<デボアの大穴>に向かった時の速度には到底及ばない。

 それでも体感で言えば時速50km以上は確実で、しかし時速100kmまでは絶対に出ていない。

 そんな、十分満足できる心地良い速さだ。


 上空でマップを広げ、マッピング状況を確認したのち、滑り降りるように降下を開始。

 大きそうな建物の屋根にソッと着地後、人があまりいないタイミングを見計らって横の脇道まで降りる。

 これなら何か突っ込まれても、一時的に屋根に上っていた謎の人で通せる気がしなくもない。

 世の中そんなに空を見上げている人もいないだろう。

 現に数人が屋根から飛び降りるところを見ていたが、少し不思議そうな顔をする程度なので作戦は成功だったと言える。

(さてさて、この建物は当たりかな?)

 宿屋かハンターギルドだったら成功。

 町長の家なんかだったら大失敗と思って正面入り口を探してみれば、俺が求めていた剣と杖と盾のマークが描かれた看板が掲げられていた。

「いぇーい! ビンゴッ!」

 デカい建物はやっぱり宿屋かハンターギルドだよね。

 他はベザートとマルタしか知らないけど、特に小さい町はその傾向が強いと思ってよさそうだ。


 時刻はまだ午前中。

 上手くいけば今日中に1ヵ所くらいは狩場を回れる。

 そう思って意気揚々とギルド内部に突撃した俺は、なんともいえない寂れた雰囲気に戸惑いを覚えてしまった。

 初見の飲食店に入ったら客が誰もいなかった――まんまそれと同じ感覚である。

 カウンターは1つのみで、そこに座る30代半ばくらいの女性は、魂が抜けたように頬杖を突きながらホゲーッとしていた。

 俺が入ってきたことにも気付いている様子がない。

 この時間帯だから人がいないだけかもしれないが……

 入り口横にある依頼ボードの内容を見れば、GランクかFランク依頼が数枚貼り出されているだけ。

 この町と比べれば、ベザートはまだ賑わっていたんだなと今更ながらに思ってしまう。

 まぁそれでも、近場に知らない魔物が生息している狩場があれば俺はそれでいい。

 なぜかお姉さん? の放心状態を邪魔しちゃいけないと忍び足で資料室に足を運び、今までよりもだいぶ薄そうな本を手にする。

 そして―――こりゃアカンと悟った。

 ホリオさんがなんで北のリプサムに移動したのかを思い出してしまったのだ。

(そういえば付近にFランク狩場が一つだけって言ってたなぁ……そりゃ地元ハンターくらいしか寄りつかんわ。ってか、地元ハンターも兼業ハンターでもなければどこかに移動しちゃうよね)

 ペラペラと捲るほどの枚数もない資料を眺めると、そのFランク狩場  《トラン森林》には、ゴブリン、ファンビー、そしてコボルトが出現魔物として記載されている。

 コボルト。

 そこそこメジャーなやつの登場ではあるが、いまいちスキルが連想できないな。

 犬っぽいイメージだから、なんとなく所持しているのは【噛みつき】あたりだろうか?

 それだけならかなり微妙なところだけど、期待を良い意味で裏切ってくれたファンビーという存在もいたのだ。

 そんな予想外は大好物なので、手を出したことのない魔物というだけで否応なしに期待が高まってくる。


 トコトコと、暇の極致に達していそうなギリギリお姉さんの下へ向かい、トラン森林の場所を確認。

 ミールの町から東に徒歩で30分程度ということなので、近いことに喜びながら早速現地へと向かった。



 そして10分後。

 俺は無表情に寄ってくるコボルトを斬っていた。

 コイツは、この世界に居てはいてはいけない魔物だ。

 恨めしい気持ちを込めながら斬る、斬る、気分転換に――フンッ! とグーパンチして、また斬る。

 ギルドの資料本には肉が臭過ぎて食用には向かず、皮は薄いので日用品にも転用しづらいと記載されていた。

 唯一価値が見出せるのは魔石くらいで、しかし所詮はFランクということもあり小さく、大して金になるものではない。

 付加価値の付く属性魔石でもなかった。

 もうこの時点でゴブリンみたいなものなのだが、十数体を倒した結果、悲しいことにコボルトはスキル構成までゴブリンと一緒だということが分かってしまう。

 つまり所持スキル無し。

 もう価値が無さ過ぎて笑えてくる魔物だ。

【噛みつき】だけだったら微妙~とか言っていたちょっと前の自分を殴りたい。

 あるだけマシじゃねーか、と。

 まぁここまで無い無い尽くしも稀だろうけど、5匹倒して得られるものが何も無いなんてケースはなんだか久々だ。

 ポジティブに考えれば、俺が成長するほどこのような事態が増えていくのだろうから、初っ端で洗礼食らっておいて良かったねってところだろう。

 そして洗礼ついでに、トラン森林では思わぬ収穫もあった。

 もしやゴブリンと一緒なら、剣や斧なんかを所持したスキル持ちコボルトが現れるんじゃ? と、徒労が悔しくて少しだけ粘っていたところ、遠目にここに来て初めてとなるパーティを見かけた。

 視界に入るのは3人で、前衛に槍を持った男が一人。

 その後ろに後衛職の男女が一人ずつおり、対峙するゴブリンを危なげなく倒している。

 その中で、槍を持った前衛の男の顔に、俺は薄っすらと見覚えがあった。


(あれ、ルルブで俺を見殺しにしたやつか……?)


 ふいに記憶が蘇る。

 アルバさんを含む4人パーティがオーク2体に襲われ、助っ人として戦闘に加わったら擦り付けられてそのまま逃走。

 あの時アルバさんは謝罪してくれたのですぐに許したけど、残り3人は報復を恐れてベザートから逃亡したと言われていたんだった。

 なるほど……そうかそうか。

 マルタを敢えて通過し、ミールに隠れるとはなかなか考えている。

 マルタでは俺がベザートから活動拠点を移した場合に見つかる可能性が高いと思ったのだろう。

 だがマルタに来るくらいなら、わざわざFランク狩場一つしかないミールで活動するとは普通思わない。

 特にこんな狩場で遭遇するなんて、まったく3人は考えてもいなかっただろうな。


【気配察知】に引っかかったファンビーを片手間に倒しながら、どうするべきか考えを巡らす。

 そして出た結論は―――


「…………まぁ、いいか」


 放置だった。

 あの時は見つけたらボコボコにしてやると本気で思っていた。

 初のオーク戦だったわけだし、実際ポイズンマウスで盛った防御力がなかったら危険だったのは間違いない。

 リアがいたから死ぬことはなかっただろうけど、ボコボコにされて見た目中学生の少女に助けてもらうという、恥ずかしい姿を見せていたかもしれないのだ。


「はぁ。これ以上の収穫はなさそうだし、もうリプサムに行くか」


 森の中から【飛行】を使い、上昇しながら三人の姿を眺める。

 やられた側はその仕打ちを忘れないものだ。

 久しぶりに顔を見て、その上で今更になっても俺は許すつもりが無いんだなということが自分でも分かった。

 だからこその放置。

 これがあの3人にとって一番つらい結果を生むことになる。

 今となってはボコボコにするのなんてたぶん簡単な事で、ほんの数秒もあれば成し遂げられる自信がある。

 だが、さすがにあの3人を殺すなんて発想が無い以上は、ボコボコにすればそれまで。

 彼らはきっと俺がもういないと分かったベザートへ戻ることになる。

 そして癒えた身体で元の生活に近い環境を取り戻すだろう。


 だからこそ放置して、このままあの3人をミールに縛った。


 俺が何もしなければ彼らは動けない。

 報酬に魅力もないFランク狩場一つの小さい町で、元の仲間や友人達、はたまたベザートが出身なら親兄弟と会うことも叶わず、細々とこの狩場へ通い続けることになる。

 さすがに一生ということはないだろうけど、あと数年ここに留まるというだけでも相当な罰になるはずだ。

 身をもって擦り付けたことを後悔すればいい。


(リルは俺の事を優し過ぎるとか言っていたけど、どこが? って話だな……)


 ――良くしてくれる相手には相応の対応を。

 ――害意や悪意を持つ相手にも相応の対応を。


 リルの教えというよりは、学生の頃の後悔をこの世界で繰り返さないように。

 そのために俺は、屈しない強さを手に入れたいんだ。


 成果が得られなかった落胆は消え、妙なやる気を滾らせながら俺はさらに北上。

 リプサムの町を目指して街道上空を飛び続けた。162話 リプサムの町

 この異世界は24時間という、地球と同様の長さで一日が終わる。

 そして季節の流れも、カレンダーという存在が無いので感覚での話だが、地球とあまり変わらないような気がする。


(日暮れが早くなってきたな……それに上空は少し肌寒い……)


 時刻は17時過ぎ。

 だいぶ陽が傾いた空を飛びながら、前方に灯りが見えてきたことに俺は少しホッとしていた。

 規模で言えばベザートよりも3倍くらいは大きいだろうか?

 道中いくつか見えた、村や集落とはまったく規模の異なる人工建造物群。

 あれがリプサムという町だろう。


 上空から目星を付けた大きな建物の屋根に一度着地後、一応仮面を被ってから脇の道に降り立つ。

 今回の着地点ははかなり町の中心部だ。

 さぁどっちだろう? と思いながら正面に回るとそこは宿屋だったので、ついでとばかりにそのまま部屋を確保。

 風呂の有無を確認する前に桶一杯の湯がいくら、布切れの値段がいくらとオプション価格の説明が始まってしまったので、聞く前から風呂が無いことは分かってしまった。


 部屋に荷物を置いた後は町をフラフラと。

 目についた服屋で身を包めるような皮製の大きな外套を購入した後は、今夜の食事場所を物色しつつ同じ中心地にあったハンターギルドへと向かう。

 やることは明日に向けての情報収集だ。

 換金で大賑わいのカウンターを横目に、俺は楽しみでしょうがない資料室へと一直線。

 ページ数がやや多いことにほくそ笑みながら、近辺の狩場情報を読み込んでいく。


 リプサムの周辺狩場は三ヶ所。

 Fランク狩場の 《ピア平原》、Eランク狩場の 《カルカムの森》、Dランク狩場の 
《ビブロンス湿地》と、なんともこの町からスタートするハンターにとっては環境の良さそうな狩場構成だ。

 EランクからいきなりBランクに上がる、ハンター殺しのマルタとは大違いである。

 ただFランク狩場のピア平原は用がないので、俺が今回向かうのは2ヵ所だけだな。

 ピア平原は、ホーンラビット、ゴブリン、ファンビーの3種と、既に倒したことのある魔物ばかり。

 一応ミールの 《トラン森林》で、場所が変われば同じ魔物でも取得スキルが異なるんじゃないかとそれなりに倒してみたが、結果は魔物が同じなら所持スキルも同じだった。

 ならば今は効率よく新規スキルが取得できそうな場所を狙って、追々例外があるということが分かれば【空間魔法】取得後にでももう一度くればいいだろう。


 Eランク狩場 《カルカムの森》で初となるのは2体。

 ビーキーボアとレイラードフェアリーという魔物で、前者は挿絵を見るとまんま猪だし、なんとなく所持スキルも予想できてしまう。

 なので問題は後者だな。

 フェアリーと名が付く時点でなんかビンビン来るものがある。

 それに説明文には、ビーキーボアとオークの傷を回復させる厄介な魔物と書かれていた。

 もうこの時点でフェアリーさんありがとうとしか言えない。

 とうとう俺もヒーラーの仲間入りである。


 そして最後のDランク狩場 《ビブロンス湿地》は、まぁ湿地っぽい魔物というか普通な感じだな。

 出現する魔物4種は全て初見で、グロウハウンド、マイコニド、ジャイアントワーム、グレイウーズと書かれている。

 挿絵を見ると、泥の付いた犬、キノコ、マルタで食べたステーキ、なんかプリンみたいなやつ。

 こんな感想しか出てこないし、いまいち使えそうなスキルを持っている雰囲気が無い。

 魔物が強くなるほど高レベルのスキルを所持している可能性が上がるので、ボーナスステータスには大いに期待といったところだ。

 ふふふっ……やっぱり新しい町で見る薄い本は楽しくてしょうがないね。

 まずはどっち行こうかな~とルンルン気分で受付の方へ行き、ついでに依頼ボードにも目を通しておく。

 すると、今まで見た事のない木板が存在を主張するように2枚ぶら下がっていた。

(ん? 赤枠……?)

 木板自体の大きさや材質は他と変わらない普通のものだ。

 しかし周りを赤い塗料か何かで縁取りされており、数ある依頼の中でも自然と目立つようになっている。

(内容は――あぁ、やっぱり緊急の探索依頼か)

 目立たせるということは急ぎということ。

 以前ベザートでも緊急の探索依頼が出されたことは知っていたけど、貼り出された依頼内容をこうして見るのは初めての経験だ。

「どちらも 《ビブロンス湿地》の常時討伐依頼中に行方不明、片方は6日前でもう片方は2日前……」

 行方不明者は2名パーティと3名パーティのようで、それぞれ生還者1人に対して金貨15枚。

 つまり1人15万ビーケほどの報酬と記載されている。

 高いか安いかで言えば安いと思うが……

 ふと、後ろを振り返る。

 報酬を待つ多くのハンターと、そのハンター達に笑顔で対応するギルド職員。

 既に報酬を得て、ニヤニヤしながらテーブルに硬貨を並べて仲間達と分け合っているハンターも多いし、奥の食堂には周りの喧騒に負けないほどの大声で騒ぐ者もいたりと、ギルド内は沈んだ雰囲気など一切見られない。

 ――そう、これが日常なのだ。

 身近に行方不明者が出ようと、何事も無く日々は過ぎ、そして忘れられていく命の軽い世界。


(一応 《ビブロンス湿地》から狩ってみるかな……)


 自分が見つけてやろうなんて正義感はない。

 そもそも2日前ならまだしも、6日前となれば絶望的だろう。

 今さら魔物のウヨウヨいる環境で生き延びているとは思えない。

 ただそれでも、どうせ狩りに行くなら報酬の増える可能性がある選択を取るべきだと。

 俺はその他の依頼も一瞥し、 《ビブロンス湿地》の情報を求めて混み合う受付へと足を運んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 翌日。

 やっと空が白み始めた時間帯。

 やや霧のかかった不気味な雰囲気が漂う中、ワクワクが止まらない俺はビブロンス湿地へ早朝出勤してしまっていた。

【飛行】を使えば町から僅か5分程度。

 まだ朝ご飯も食べていないけど、ジャイアントワームがいるなら食事に困ることはない。


「うほぉ~い! 狩場独占じゃ~!」


 剣を片手に叫びながら、庶民服のまま沼地を走り回る。

 見かけ次第バッサバッサと。

【気配察知】で反応のあったところに向かっては見境なく魔物を切り捨てていく。

 警戒は最初の10分程度で、それ以降はひたすらスキル経験値と魔石の回収作業だ。

 ここで一番素早そうなグロウハウンドの動きを見て、そしてジャイアントワームの【踏みつけ】によって刎ねる泥の具合を肌で感じ取って確信した。

 あ、これ狩場で寝落ちしてもまず死なんやつだな、と。

 唯一マイコニドだけは面白いというか、動くことも攻撃を仕掛けてくることもなく、【胞子】によって複数のデバフのみを与えてくる。

 その中の麻痺か睡眠を食らったらどうしようと思っていたが、倒せば倒すほど【麻痺耐性】【睡眠耐性】の2種耐性を俺に与えてくれるので、見た目毒々しいマイコニドは既に俺の大好物になっていた。

 昼前には他のハンター達があまり入ってこなさそうな湿地帯の奥地に踏み込み、魔石だけ回収していた特大籠を見晴らしの良いポイントに置いて食事休憩。

 どうせなら鉄板が欲しいなと思いながら、ジャイアントワームの肉と、これまた食用素材として記載されていたマイコニドを掌サイズくらいに切って焼いていく。

 ジャイアントワームは体長2メートルほど。

 昔育てたカブトムシの幼虫がそのまま巨大化してオレンジ色っぽくなったような見た目なので、これ以上ないくらいに気色悪いはずなのだが……

 それでも食べると、全身が脱力してしまうほど美味いのだ。

 日本にいたなら、いくら美味かろうが絶対に手を出さなかったと思うけど、この世界に来て本当に精神がタフになったと実感する。

 このキノコだって所々紫色で、色だけで本来なら拒否反応を示してどこかにぶん投げるほどの毒キノコっぷり。

 なのに焼いた後、常備している塩を掛けて口に放り込むとふっくらシャキシャキしていてこれまた美味い。

 形状はしめじのようでいて全長50センチくらいあり、その一つ一つがしいたけのように傘がしっかりしているという何ともお得なキノコである。

 食後に自ら生成した水を飲み、起こした火を消しながら、ついでに全身にも水を浴びて跳ねた泥を洗い流す。

 日の出ている日中なら寒さを感じることはないし、これからまた走り回ればすぐに乾くだろう。


 しかし、どこに行ったものか……

 朝から【探査】で『斧』を探しているけどちっとも見つからない。

 昨夜、受付で行方不明中のハンターがどのようなパーティ構成だったのかを確認した。

 探索や救出に意欲的なハンターは少ないんだろうな。

 お局さん的なガラガラカウンターを作り出している受付嬢がいなかったので、食堂で適当に夕食を食べながらカウンターが空くのを待っていたわけだが、そろそろいいかな? と思って適当に声を掛けると、横から飛び出すように別の受付嬢が行方不明者情報を教えてくれた。

 ――先ほど、笑顔で対応していた受付嬢だった。

 分かる範囲の職構成や各ハンター達の名前、性別に背格好、普段の換金素材から主に狩っている魔物の傾向まで、必死過ぎるくらいに色々と教えてくれる。

 だが、もし魔物にやられてしまっていた場合、たぶん名前では【探査】に引っかからないだろう。

 既に喰われて胃袋の中というのは、現実的に最も有り得る話だ。

 でも武器ならそこまでの巨体な魔物はいないので、ついでに食われる心配はまず無い。

 二つのパーティに共通しているのは、どちらも『斧』を愛用するハンターがいたこと。

 ならば生きているにしろ死んでいるにしろ、武器が一つの目印になると思っていたわけだが。


「所々にある沼に落ちていたら、深さによっちゃ【探査】の範囲なんて届かんよなぁ……」


 この地で生息している魔物に、沼へ引き摺り込むような性質を持ってそうなやつがいるにはいる。

 全身が泥でできており、【泥化】というスキルによって固体と液体を使い分ける魔物。

 そのせいで真っ二つに切り裂いたと思っても、まったくノーダメージで反撃してきたりするから地味にめんどくさい。

 まぁ泥だから、反撃されても痛くはないんだけど。

 20メートルくらい先でプリンのようにプルプルしている魔物を見据える。


「……グレイウーズ君、おまえが何かしたの?」


 当然返答は返ってこない。

 こちらに気付いているのか、挑発するかのようにプルプルしたままだ。

「はぁ。原因が分からんなぁ……」

 ボソリと呟きながら、俺は後半戦開始とばかりにそのグレイウーズに向かって走り出した。163話 過剰な期待

 《ビブロンス湿地》2日目。

 結局昨日は目ぼしい成果を何も得られなかった。

 いや、おまけでやっている人探しの方は成果無し、だな。

 奥地に入った後は範囲を広げた定点狩りに切り替えたため、素材というか魔石は特大籠から溢れかえるほどに貯まり、回収用の大きめな革袋までパンパンになっていた。

 ちなみにここでオランドさんの書状を使うつもりはまったく無い。

 たぶん使うとしたらいずれ訪れるAランク狩場だろう。

 つまりそれまではギルドに報酬を預けることができないわけで、魔石の個数が書かれた木板を持って俺は受付カウンターへと並んだ。

 その時なんとなく――昨日対応してくれた受付嬢を避けてしまった。

 別に俺が悪いことをしたわけじゃない。

 ハンターは依頼を受けるも避けるも自由。

 その中で、ついでとは言えやるだけのことはやったのだ。

 だが何も成果無し。

 何か事情があるとしか思えないほど必死に情報を教えてくれたその受付嬢を見ると、魔石だけはちゃっかり持ち帰っているという事実もあって、なんともいたたまれない気持ちになってしまう。

「お次の方どうぞ~」

「これ、お願いします」

「はーい。って、凄い数……しかも魔石だけ!? え、えーと、ギルドカードもお願いしますね」

「……」

 それぞれの依頼には受注制限を設けるためのランクがある。

 だが俺は常時依頼ばかりなので、厳密に言えばランクは関係ないはずだが―――

「通常依頼は受けていないのですが、それでも必要ですか?」

「常時依頼のみであればその通りなんですけど、あなたはこの町で見かけたことがなかったから。一応ハンターであることの確認という意味でお願いしますね」

「……分かりました」

 ハンター資格が無ければ換金すらできないのだから、初見となる新しい町でこういう展開があってもおかしな話ではない。

 納得のできる理由なので、恐々としながらギルドカードを提示する。

 頼むよお姉さん?

 そう思っていたのに。

「え?」

 マズい。

「君、Bランクなの!?」

 いちいち反応しないでくれ。

「道理でこれだけの量の魔石を……」

 止めてくれ。その分期待が―――


「Bランクの方だったんですか! ゆっ、行方不明者の探索はどうでしたか!?」


 あぁぁぁ……ほら、やっぱりだ。

 話し声が聞こえたのか、それとも無理やりにでも聞こうとしていたのか。

 例の受付嬢が業務を中断してまで話に割り込んできてしまった。

 勘弁してほしい。

 俺はそこまで行方不明者探索に意欲的なわけじゃない。

 ただ狩りのついでに、何か分かれば儲けものだなって思っただけで……

 そんな俺の思いとは裏腹に、レイミーと名乗るその受付嬢は縋《すが》るような、それでいて期待も織り込まれた視線を俺に向けてきた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 どうしてこんなことになっているのだろう。

 借りている宿の自室。

 俺の正面には受付嬢のレイミーさんがいる。

 時刻は既に21時を超え、この世界なら既に寝入る人もいるくらいの時間帯だ。

 そんな時間に男が一人いる部屋へ訪れるなんて、さすがに警戒心が無さ過ぎるんじゃないだろうか?

 まぁ、13歳の少年相手ならこんなものかとも思ってしまうが。

「こんな時間にお邪魔してごめんなさい」

「いや、構いませんよ。受付の仕事が終わってからじゃないと動けなかったんでしょうし」

「私の我儘で受付を抜けるわけにもいかなくて……」

「それは今回の行方不明者がギルドではなく、レイミーさん個人に関係しているということですよね?」

「……もう三日も行方不明になっている3人組パーティのリーダーが私の夫なんです」

「なるほど……斧が主武器のセフォーさん、でしたか」

「はい」

 レイミーさんの行方不明者に対する熱量は明らかに一人だけ異なっていた。

 となれば、何かしら行方不明者とレイミーさんに関係性があるのだろうと疑うのは自然の流れ。

 そして、予想していた中でも一番キツい部類がきたなと、レイミーさんに気付かれない程度の嘆息を漏らす。

 知人友人、恋人、兄弟姉妹に親や夫。

 レイミーさんは20代前半~半ばくらいか。

 その年齢からして子供が行方不明者という線は無いと思っていたので、親姉妹や夫といったパターンはできれば勘弁して欲しいと内心思っていたのだ。

 俺にはどうにも荷が重過ぎる。

「ちなみになぜ、こうして仕事終わりに訪れてまで僕に? レイミーさんはリプサムの受付嬢ですし、ここを拠点にしたハンターの知り合いなど沢山いるでしょう?」

「それは……すみませんBランクということを知ったからです。この町を通過するBランクハンターはいても、滞在して依頼までこなす人はまずいませんので」

「ランクが上がれば、都合よく人を見つけられるというものではありませんよ?」

「それでもです。Dランク狩場の広範囲探索ともなればある程度のリスクを負うので、この町のハンター達にはどうしても敬遠されてしまいます。現に緊急依頼として張り出したものの、詳細を求めにきた人はほんの数名程度でして……」

「たしかに対価とリスクが釣り合わないと判断すれば、自由が売りのハンターは手を引いてしまうんでしょうね」

 仕事で動くとなればそんなもの。

 そしてそれは俺も同じなんです……

 そう思いながらも、部屋に備え付けられた椅子に深く腰掛け、天井を見上げながら考える。

(少なくともあと二日は 《ビブロンス湿地》で粘る予定なのだから、そのついでに探すくらいは問題無い。どうせ籠は丸一日も掛からず埋まるわけだし、多少は【飛行】と【探査】を組み合わせた広範囲探索も可能だ。だが、もしその二日で見つからなかったらどうなる? レイミーさんは素直に諦めるのか?
 さすがに見つかるかも分からない人探しだけで、この場に長く居続けるのはいくらなんでも―――)


 ふと、テーブルの上でコンコンと、机を叩いていた手が包まれた。

 視線を向ければ、それはレイミーさんの手。

「私にできることなら……」

 声に釣られ、思わず包まれた手から、レイミーさんのやや赤みがかった瞳へと視線を移す。

 その瞳は意を決したように俺を見据え、しかし、その手は僅かながらに震えていた。

「もし探索にご協力頂けるなら、私にできることはなんでもさせていただきます。本来はBランクハンター相手の指名依頼をすればいいのでしょうけど、そのお金が私にはありませんので」

「……」

 そうか。

 少年相手だから無警戒だったんじゃない。

 逆に少年相手だから女を前面に出してきたのか。

 よく見なくても、レイミーさんは十分綺麗な女性だ。

 この国の傾向である目鼻立ちがくっきりした彫の深い顔をしており、周りと比較してもレイミーさんはかなり馴染み深い黄色人種の肌色に近い。

 髪も明るい茶色と、バリエーション豊かなこの世界の髪色の中でも受け止めやすいカラーをしているので、俺が務めていた会社にもしレイミーさんがいたなら、間違いなく社内のアイドルになってチヤホヤされていただろう。


(はぁ……なんだかな)


 そうまでして、藁にも縋る思いで現状を打破したい。

 身を売る覚悟を持つほどに、旦那を愛しているということがヒシヒシと伝わってしまう。

 そんな人に取引で相手をしてもらうとか、そんなの俺はとんだピエロじゃないか。

 それでもリステと会う前なら性欲に任せて色々お願いしていたかもしれないけど、今の俺ならそれはなんか違うと言い切れる。

 あーーーーーーーーーもうっ!


「――そこまで言うなら協力してくださいよ」

「は、はいっ」

「まず、このような短い間隔で行方不明者が出るようなことは、今までにも当たり前のようにあったのですか?」

「へ……?」

「ギルドの受付嬢なら情報を持ってそうだから聞いているんですよ?」

「あっ……えと、あります。ありました。でも――今回のようにパーティメンバー全員というのが続くのはかなり稀だと思います。一人二人が魔物にやられた、狩場ではぐれたというのは年に何回かあることなので、タイミングが悪ければこのように短い間隔になることも有り得ます。
 あと過去に魔物が上位種に変貌して被害が大きくなったこともありますね。私がギルド職員になる前の話みたいですし、まだ目撃情報はまったく無いんですけど、ギルドマスターはこの可能性が高いと思っているみたいです」

「ん? 上位種とは?」

「唐突に出現する、その狩場の該当ランクに見合わない魔物です。突然変異で同族の魔石を好んで食べると内包魔力が上がって別種になるとか、そんな話で色々な狩場でも稀に見られる現象ですね」

「ほほぉ。それは興味深い話ですね……」

 思いがけないところで良い情報が聞けたかもしれない。

 上位個体っていうと、ゲームの世界で言う"ネームド"のような存在?

 それがもしかして、こないだ出くわしてしまったキングアントみたいな魔宝石を有するような存在になるとか?

 それともついぞ見ることさえできなかった、ボイス湖畔の金色蛙と同じような存在なのだろうか?

 うーん興味は尽きないが、今重要なのはそこじゃないのでとりあえず措いておくか。

「今日奥地も含めて広範囲を探索したと思うんですけど、それっぽい上位個体というのには出会っていません。解体場でも突っ込まれていないので、気付かず倒したということもないでしょう。ただ今のお話を伺う限りはその線が濃厚そうなので、明日も継続してまだ行っていない範囲を探索してみたいと思います」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」

「それで一応確認しておきたいことがありまして」

「なんでしょう?」

「僕は上位種という存在を知らなかったので、二つのパーティに共通している『斧』を探しながら魔物を狩っていたんですよ。まぁ結果はご存知の通り見つからなかったわけですが。それで、湿地の魔物が沼に人を引き摺り込むとか、そんな話って耳にしたことあります?」

「……それは聞いたことがありませんね。魔物に気を取られて沼に落ちたという話くらいはありますけど、そもそもそんなに深くないはずですので、溺れたという話を聞いたことが一度もありません」

「そうですか……」

 となると、斧と一緒に沼に落ちたという線も無しだな。

 消去法でいけば、まだ俺が行っていない場所にいるとしか思えない。

 しかしそう考えると、事前にレイミーさんから聞いていた、行方不明パーティの狩りパターンからは大きくズレるような気がする。

 特に二人パーティの方は籠持ちすらおらず、大きめの革袋だけで戦果を回収していたそうだし、そんな|ラ《・》|イ《・》|ト《・》なパーティが自ら奥に入り込むなんて状況をまったく想像できない。

 まぁ考えても分からないなら、明日直接確かめるしかないか……

 その上でより確実な方法を取るかどうかは、レイミーさんが帰ってから考えるとしよう。

「明日も狩りながらになると思いますから、換金ついでに夜にでも報告しますよ。ただ酷な話ですけど、魔物のいる狩場で行方不明四日目となると、生存している可能性は極めて低いはずです。残念なご報告になる可能性もあることはご理解くださいね」

「そ、それは承知しています……ただそれでも、遺体が見つかっていない以上は生きていればと考えてしまいますし、せめてダメならダメで、何か遺品の一つでも見つかればと――そう思っています」

「そうですか……ならば善処しますよ」


 結局レイミーさんは、本当にこれでいいの? という顔をしながら帰っていった。

 Bランクへの指名依頼というのがいくらくらいなのかはさっぱり分からない。

 それでもギルド職員にとっては大金なのだろうし、それが無理だからと提案した身売りも、結局なぁなぁにされたまま帰らされたわけだからな。

 本来なら性欲溢れる思春期の少年にあのような交渉、一発KO間違いなしだろう。

 中身がおっさんの俺だって、ちょっとカッコつけすぎたか? と既に後悔しているくらいだし。


 無性にリステに会いたくなって布団を抱き抱えながらゴロゴロ転がり、薄い壁に激突してからの壁ドンで冷静になった俺は、より確実な方法を取るかどうかで考え込む。

 俺の【探査】はもうちょっとで上がりそうだがまだレベル1で、範囲は自分を中心に半径30メートル。

 女神様達なら高レベルを所持しているだろうから、本気で探そうと思ったら俺がマップを見ながら【飛行】し、女神様達の誰かに【探査】で行方不明者の名前や斧を探してもらった方が効率も良い。

 しかし、下界の問題に女神様の手を借りてもいいものなのか。

 そこら辺の勝手がよく分からない。

 もしかしたら気軽過ぎると、皆からお説教を受けてしまうかもしれない。

「ん~……まぁ、一応聞くだけ聞いてみるか。異世界人探索がストップしてたら暇だろうし」

 怒られたら素直に謝ろう。

 そう思いながら、なんとなしに【神通】を使った。

 そして女神様達に軽く事情を説明したところ―――


 なぜか神界で喧嘩が始まり、俺は置いてけぼりを食らったまま【神通】の時間が終了した。164話 嫌な予感

 ゴ~ン……ゴ~ン……

「ンー……ンヒッ!?……おはようござ……違った、おはよう……」

「おはよう。ロキ、遅い」

「いやいや、いつも起きるのこの時間だから。もしかして、ずっと見てたの?」

「することないから見てた」

「……」

 いつかどこかで見た光景。

 起きたら備え付けの椅子に座って足をプラプラさせているリアがいた。

 当然部屋の鍵は掛けてある。

 ほんとプライバシーも何もあったもんじゃない。

「昨日は喧嘩が始まって、どうなるか分からないままだったからなぁ。結局リアが手伝ってくれることになったの?」

「喧嘩じゃない。ただの下界降臨争奪戦。そして私が勝ち残った」

「そ、そっか……とりあえずありがとね。髪の毛跳ねてるけど大丈夫? どこかケガしてない?」

 なんか髪を掴まれたような痕跡があるのは気のせいだろうか?

 下界降臨争奪戦とやらがどんな内容だったのか、恐ろしくて詳細を聞くことができない。

「ん? たぶんロキの寝癖より酷くないから大丈夫」

「あー俺も朝は毎日酷いからね。水でペタペタっと濡らすだけだけど、一緒に直そっか」


 今泊まっているのは一泊素泊まり3500ビーケほどの庶民宿だ。

 ハンファレストのように鏡が常設されているわけではないので、地球産の鏡を見ながらペタペタと髪を整え、ついでに魔法で生成した水を顔にぶっかける。

 昨夜身体を拭くために借りた桶の上でやれば、いちいち井戸がある宿の中庭まで行く必要もない。

 なぜかリアは俺の様子をただ見ているだけだったので、濡れた手でリアの跳ねた髪もペタペタしておく。

(綺麗で細い黒髪だなぁ……このサラサラというかツルツルというか、この不思議な髪質はなんなんだろうか?)

「まだ?」

「うん、もうちょい」

「……そう」

 とっくに直っているのにもう30秒ほどペタペタして、俺はまったく満足しないまましょうがなく動きを止めた。

 できれば300分くらい触っていたい。

「話し途中で【神通】切れちゃったけど、目的は分かってるよね?」

「うん。帰ってこない人達か、その人達の所持品だった斧を探せばいいんでしょ?」

「そうそう、できれば両方ね。あっ、リアって【探査】のレベル10?」

「10だけど、もっと上の【広域探査】持ってきた。そっちのレベルは8」

「ぶひょぉ……そんなスキル知らないですけど!?」

 ふふん、と。

 鼻を鳴らして微妙にドヤっている気がする、そんなお顔もめちゃ可愛かった。

 どんどんやってくれと応援したくなる。

 ありがとうドヤ顔。眼福ですドヤ顔。

「ちなみにその【広域探査】って範囲どれくらいなの?」

「知らない」

「だよねだよね~!……さっ、とりあえず行こうか」

 神界で使う機会なんてまずなかったんだろう。

 俺も興味のないスキルは詳細を把握できていないので、あまり強くどうのこうのは言えない。

 そこら辺を秘密基地で色々実験していけば、女神様達のスキル知識も増えて、この世界にとっても多少なりはプラスになるような気がする。

 俺が自分用の書物としてスキル詳細を纏めてもいいしね。

 って、そんな大量の紙が無いけど。


 二人なのでコソコソと宿を出て、リアはいくつかの建物を経由しながらただのジャンプで。

 俺は仮面を被りつつ【飛行】を使って宿屋の屋根に到着後、現地までどう飛ぶかを思案する。

 何気にこの時を楽しみにしていたのだ。

 公然と行える幸せのボディータッチ。

 まさかリプサムから一緒に飛ぶとは思っていなかったけど、女神様が探査系を持ち込むなら俺は飛行担当。

 つまりくっついて飛べるわけである。

 前か後か。

 この返答によって籠の配置を換えなければいけないので、ゴクリと唾を飲み込みながらもどちらがいいかを確認する。

 リアならどちらでも大歓迎。

 でも、できれば前から抱っこしたい。

 さぁ、どっち!?

「後ろで」

「チッ」

「……」

 しょうがないので籠を前で抱えて背中を空ける。

「さぁどうぞ!」

 バッチこーいと言わんばかりに、俺はおんぶ体勢に入ってリアを待ち構えた。

 すると、背中に不思議な衝撃を受ける。

 手は俺の両肩にあるのだが、なぜかリアの胸じゃなく足の裏が俺の背中にくっついているような気がする。

 なんだ、このわけの分からない体勢は?

 俺にドロップキックでもするつもりなのかな?

「このまま地面と水平になるように飛んで」

「は?」

「いいから」

 よく分からないものの、歯向かうと俺の肩がもげそうなので、少し足に力を入れて【飛行】を開始。

 言われた通り、正面ではなく地面だけを見るように、うつ伏せで寝たような状態のまま空を昇った。

 すると、どうしてリアがこの体勢を希望したのかがやっと分かってきた。

「んー……これ、気持ちいい」

「……でしょうね。ってか、俺乗り物みたいじゃん!」

 リアは優雅に俺の背中で立ちながら風を浴びている。

 対して俺は、まるで魔法のじゅうたん役だ。

 飛びながらもサンダルが落っこちないようにと、リアの靴を脱がしながら籠の中に戻しておく。

 当初の抱っこか負んぶという構想は崩れ去り、俺との接地面は足裏のみという状況に不満しかない。

 腹いせに、飛びながら上下左右に強く揺さぶる。

 落ちたら一大事だけど、万が一の時は拾えるくらい【飛行】の操作には慣れたつもりだ。

 それにリアなら落ちたくらいで死ぬとは思えない。そもそも【分体】だし。

(ふははっ! この世界には存在しないであろうジェットコースターの気分を味わうがいいッ!!)

 そう思ってオラオラと蛇行や急な上昇下降を繰り返していたわけだけど、背に乗っている張本人はなんだか普段見られないテンションで終始楽しそうだった。

 人が必死で泣かせてやろうと頑張っているのに酷い話だ。

 まぁ……最終的にはリアが楽しそうならそれでいっかと。

 そのまま 《ビブロンス湿地》上空を飛行しながら探索を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 探索開始約30分後。

「どお~?」

「『斧』も『名前』も反応が無い。『セフォー』『ロッゾ』『アマリエ』、あとは『ワンゼ』『エステルテ』で合ってる?」

 そう問われ、【飛行】しながらもポケットをゴソゴソ。

 忘れないようにメモをした紙切れを見ながら、間違いがないことを告げる。

「マップと視界で確認する限り、たぶんビブロンス湿地って呼ばれる部分はほとんど回ったと思うんだよなぁ。もうこの先は草原地帯だし」

「湿地の外に出た可能性は?」

「それは分からない。けど狩り目的のハンターがわざわざルートを外れて行方不明になるなんて考えにくいし、可能性が濃厚な上位種の魔物が絡んでいたとしても、そんなの普通は狩場にいるもんでしょ。魔物がいなければ餌を食べて強くなれないわけだし」

「それじゃもう食べられちゃったんじゃないの?」

「正直そう思ってはいるんだけどね。でもそうすると、なぜ武器がそこら辺に落ちてないの? ってなるんだ。奥さんはせめて形見でもって言ってたから、武器とか所持品があれば持ち帰ろうかなって思ってたのになぁ」

「んー……分かんないね。一応湿地帯の外周も回ってみたら?」

「そうしよっか。それでダメなら奥さんには申し訳ないけど、策無しってことで今日は諦めよう」

【探査】のレベル1で半径30メートルということは、【探査】レベル10であればまず確実に半径100メートルを超えるはずだ。

 そしてさらにその上の【広域探査】ということなら、その範囲はもうkmの話になっていてもおかしくない。

 そんな優秀スキルを抱えて、なおかつ湿地帯のマッピングが完成するくらいに移動してもダメなら、もうこのエリアにはいないと判断する他無い。

 そこに理由を求められても、会ったこともない人達の心理なんて俺には分かるはずがないし、その旨を正直にレイミーさんへ伝えるしかないだろう。

「一応他の武器も探査にかける?」

「いや、他は剣と短剣に杖だからね。所持率の高い武器種だから、もうそろそろハンターの人達がここで活動し始めるだろうし、普通に持っている人が引っかかっちゃうと思う」

「そっか……あ、引っかかった」

「ん? 『斧』も引っかかっちゃった?」

「違う。『エステルテ』、あと……『アマリエ』。場所は同じところっぽい。あ、『斧』も引っかかったけど、他の人の名前は引っかからない」

「え……マジ? ならとりあえず向かってみるか。案内宜しくね」

「分かった。この湿地を横断するようにそのまま真っ直ぐ」


 どういうことだろう?

 エステルテとアマリエ……共通するのは杖……あとは後衛職の女性ってとこか。

 だとしたら男性陣はどこにいる?

 行方不明になったタイミングも違う、異なるパーティメンバーの一部がそれぞれ生存しているとなると、余計に意味が分からなくなる。



【飛行】の時間で言えば5分程度。

 リアの案内で辿り着いたのは、当初の探索範囲とはまったく異なる場所だった。

 リプサムの西門から北西に伸びる街道をそのまま進み、途中で西側に入るとビブロンス湿地へ辿り着く。

 そして二人の所在が示されているのは、なぜかその街道を挟んだ東側。

 魔物は生息していないとされる、岩山が目立つ森林地帯の奥地だった。

 上空から見ても、針葉樹と思われる刺々しい木々の緑がひしめく中に、灰色の岩肌が剥き出しになった険しい小山や崖がいくつも視界に入る。

 パッと見でも人が活動するには厳しい環境であることは間違いなさそうだ。

「あの岩肌が見える崖っぽいところの下。でも外じゃない。中?」

「んん? 中って、崖の中に入るってこと?」

「それは分からないけど、反応は崖の外じゃなくてもっと奥」

「……」

 色々な想像が頭を過ぎる。

 反応があるのは女性だけ。

 人の目に付かず、かつ誰かが遊び半分で入ってくることもなさそうな険しいエリア。

 なぜか同じ場所にいる別パーティの人間――

「ねぇリア。試しに、『女』で調べたら他にも反応ある?」

「あ、いっぱい。同じ場所に、たぶん20人以上」

「マジかよ……」

「『男』で調べても10人以上反応がある」

「……」

 どうしたものか。

 もし俺の予想通りなら、この先はリアに見せたくない光景が広がっている。

 正直俺だって見たくない。

 けど……さすがにリアまで巻き込んでこのまま帰るってのは無しだろう。

 それにレイミーさんにもなんと説明すればいいのか分からなくなる。

 ならばせめて――

「リア。この先はあまり良い内容じゃない気がするから神界に帰った方がいい。その代わり今夜ご飯ご馳走するから、何か美味しいもの食べにいこうよ」

「何言ってるの?」

「いや、だからとりあえず俺一人で行ってくるから―――」

「……ロキ、こっち向いて」

「?」

「いいから」

 背中に乗っているリアに顔を向けろとか、随分と無茶なことを言う。

 物理的に無理なので身体を半回転し、リアを特大籠の中にスポッと収めるような形で正面から向き合った。

「やっぱり」

「なにが?」

「顔、引き攣ってる」

「ッ……」

 それはしょうがないだろう。

 これから敵になる可能性が高いのはその男達、つまり人間だ。

 言葉で済めばいいが、最悪は戦闘に発展する可能性もある。

 というか、俺の身形を考えればその可能性の方が高いとしか思えない。

 そこをできれば交渉して―――

「人種を殺す覚悟、できてないでしょ?」

「……」

「そうなるとロキが危なくなる。皆から何かあれば守れって言われてるし、一人で行かせるなんて無理」

「で、でもだよ? 戦闘になっても制圧すればいいと思うし、それに万が一リアに人殺しをさせるようなことがあれば……」

「何言ってるの? 私はもう数えきれないくらいの人種を殺してるけど?」

「え……?」

「【神罰】を落とせば状況によっては百万という単位の人種が死ぬ。それでもこの世界が良くなると思えば躊躇わない。ロキよりよほど覚悟はできてる」

 思わず、その強い眼差しに息を飲んだ。

 でも、俺だって。

「……大丈夫だと思う」

「ほんとに? どっちにしろついてくけど」

「そ、それはしょうがないにしても、女神様達は下界にあまり干渉しちゃいけないんでしょ?」

「うん」

「なら余程のことがない限りは見守るだけにしてよ。俺がこの世界で生きていくなら、今後も必ずブチ当たる問題だろうし……」

「……」

「それに、リアが人を殺す姿って、俺はあまり見たくないよ」

「……うん、分かった」

 その後、いくつかの相談をし、リアを籠に入れたまま、目標地点から少し離れた森の中へと下降を始める。

 俺の勘違いならそれに越したことはない。

 何かしらの事情があって一時避難しているだけなら、サクッと救出して男性陣の行方を確認すればそれで済む。

 そんな可能性に幾分かの期待を寄せながら、リアが指で示す崖の方角へと向かって俺達は歩きだした。165話 アジト

【探査】を使用して、慎重に見張りの有無を確認する。

 リアが【広域探査】を使用していると分かっていても、自分で確かめられずにはいられなかった。

 木々の隙間から薄っすら見える、縦に細長い洞穴の入り口。

 その周囲に人影は見当たらず、なぜか馬の繋がっていない馬車が2台止まっていた。

 いや、草葉を上から覆っているので、|馬《・》|車《・》|を《・》|隠《・》|し《・》|て《・》|い《・》|る《・》という表現が適切だろう。

「見張りはいないよね?」

「うん」

 普通は入口に一人や二人の見張りを立てるのが相場ってもんじゃないのだろうか?

 そう思いながらも洞穴の入り口に近づき、ソッと隠された馬車の中を確認する。

「積み荷は一切無しか」

「馬がいない時点で馬車の役目を果たしていない」

「だよねぇ。なんだこれ?」

 いったいこの馬車は何のために?

 お互い首を傾げるも、答えは出ない。


 俺を先頭に、素早く内部へ突入して周囲の状況把握に努める。

 入ってすぐ、【気配察知】範囲内で多数の人の動きを捉えることができた。

 そしてその結果に思わず顔を顰める。

 人の反応が三つの固まりに分かれているので、内部は複数の部屋で区切られている可能性が高い。

 ならば、余計に慎重な行動なんてしている余裕はなくなった。

 相手に【探査】や【気配察知】持ちがいれば、【隠蔽】のないリアという侵入者の存在はすぐにバレてしまう。

 そうなると、この奥で何が行われているのかを確認する前に敵と相対する可能性が出てくる。

 それは俺が明確な敵と判断しにくいので避けたいところだ。


 僅かな光が射し込む洞穴内部の一本道を一気に20メートルほど走り抜け、それなりに高さのある一つの部屋と呼ぶべき空間へ到着。

 壁面には火の灯った松明が何本か備えられており、薄暗い中でも内部の状況を視認することができた。

(男ばかり……大半は寝ていたか。まぁまだ朝だしな)

「……ッ!?」

「な、なんだてめぇ!」

「んだよ、うるせぇな……」

 急に慌ただしくなる広間。

 そんな光景を横目に見ながら、三つに分かれた通路のうちの一つ。

 最も気配が多い部屋の状況を確認しに向かう。

 一つは人の気配がなかった。

 そしてもう一つは気配が3つしかなく、今まで寝ていたのか、この騒ぎでモゾモゾと動き始めている。

 ならばそちらはとりあえず放置でいい。

 問題は当初から動きのあったこの先の部屋だ。






 そして数秒後―――――






 俺は、言葉を失った。






 想像も、覚悟もしていたはずだ。

 20人近い女性が閉じ込められていると推察していたその空間。

 リアと共に踏み込み、視界に入る光景は想像よりも遥か斜め上をゆくものだった。

 見た目は10歳前後にしか見えない。

 衣類を一切纏わない少女達が、まるで一つの塊のように、その空間の隅で肩を寄せ合い中央の行為を見つめている。

 その中央には手枷を嵌められ、その両手を地面に打ち付けられた杭で固定されたまま組み敷かれる、まだかろうじて息のありそうな大人の女性が二人。

 その上に男が二人覆い被さっていた。

 夢中なのか、手前の部屋の喧騒は耳にも入っていないらしい。


 血の気が全身から引いていくのを感じた。

 なんだ、この状況は?

 どういう事情があるにせよ、この状況で男達の行為に正当性があるとは思えなかった。

 それでも――細く、そして深く息を吸い込み、強く握り込んでいた剣の柄を一度緩める。

 饐えた臭いでむせ返りそうだ。


 ―――まずは、この男の対応を優先しなければ。


「おいおい、てめぇ何者だよ。どうしてここが分かった?」


 その野太い声には敏感なのか、目の前で動いていた男達がピタリと止まり、焦ったようにこちらへ振り返る。

 声の主が俺を攻撃するような気配はない。

 だから、ゆっくり振り返りながら答えた。

「偶然です」

「……ふん。仮面なんて被りやがって。真っ先にこの部屋来たってことは、大方こん中の誰かを助けにきたんだろ? 女共の回収が入る前によく辿り着いたもんだぜ」

「この部屋にいる人達を、どうするつもりですか?」

「てめぇが知る必要はねぇよ。どうせここを見ちまった野郎は殺すしかねぇんだ。説明するだけ無駄ってもんだろ?」

「ボ、ボス……? 野郎はどうでもいいんですけど、こっちの女を殺すには惜し過ぎません?」

「あ、あぁ……こんな上玉見たことねぇ……たまんねぇよ」

「女神様に感謝だぜ。殺すにしても、せめてしこたま遊んでからにしましょうや」

「チッ、馬鹿野郎どもが……こんな上玉殺すわけねぇだろう? こいつをオークションに掛けりゃ、どんだけの引き合いがあるか分からねぇぞ? くくっ……朝っぱらから何事かと思ったが、わざわざこんな涎の止まらねぇ女連れてきてくれるなんて、今日は最高にツイてやがるな」

 まるで俺とリアの今後は決定されているかのように話が進んでいく。

 そんな会話をリアは無言で、俺は話半分に聞きながら気配を確認しつつ、目の前で能天気にしゃべる男達をずっと観察していた。

 果たしてこいつらは強いのか?

 気になるのはそこだけだ。

【探査】の結果、背後で組み敷かれていたのはアマリエさんとエステルテさんで間違いない。

 ということは、コイツらがDランクパーティを崩せるくらいの実力がある、ということ。

 ボスと呼ばれるやつの体躯は大きく見上げるほどで、厚い胸板や俺の太もも以上にありそうな二の腕を見れば、一見強そうな雰囲気はするが――


「大丈夫?」


 立ち尽くしている俺を心配してか、リアが声を掛けてくれる。

 ――俺は今、いったいどんな顔をしているのか。


 最初の部屋にいた男達は、俺とリアを逃すつもりはないようで、全員通路を塞ぐようにしてボスの周囲に群がっていた。

 誰も会ったことはないはずなのに、全員が全員見覚えのある顔つきをしている。

 背後を取った気になっているケツを晒していた二人も、きっと今同じ顔をしているんだろう。

 ニヤついた口元、下卑た視線。

 態度は余裕そのもので、どういうわけか、自分がやられる可能性というのを微塵も考えている様子がない。

 自分がこちら側に立つことはないと、心の底から思っている顔だ。

 数の優位、なんだろうなきっと。

 再度、臭いと思いながらも深く深呼吸をする。

 差し向けられる多くの視線から、昔のトラウマのような記憶がチラつき、胃が一気に萎縮するような感覚に襲われた。

 でも今は―――うん、大丈夫だ。

「問題無いよ」とリアに返答したのち、男達に向けて口を開く。


「一応あなた達に確認です。状況と会話内容を考えても誘拐犯なんでしょうけど、今から自首する気はありますか?」


 俺にとっては真面目な質問だった。

 救済のつもりで提案した。

 そのつもりだった。

 だが―――

「ブハッ、ブハハハハハッ!!」

「じ、自首っ……自首だってよ!! げはははっ!!」

「ひっ、ひっ……! この仮面野郎、たぶん本気で言ってるぜ!?」

「お前は俺達を笑わせにきたのかよ? どうせ領兵に捕まりゃ俺達は死罪なのに、わざわざ自ら捕まりに行くバカなんかいるわけねーだろうが!」

 それぞれがそれぞれに俺を嘲る。




「そうですか。なら……」


――【身体強化】――


「馬鹿も休み休みに言えっ―――」

「はっ? なん―――」

「て、てめぇ!……ッ!?」


 油断しないようにと、力を込め過ぎたかもしれない。

 話が長いし、昔を思い出して、ただただ気分が悪かった。

 そんな理由から最初に素手で殴りつけた男は、下顎がそのままスライドしたように、血しぶきをあげながら横に吹き飛んでいく。

 まぁそれでも死にはしないだろう。

 その後も力加減を確かめるように、一々何かしゃべろうとする男達の急所を外しながらそれなりに強く殴りつける。

 知識も型もない、ただのステータス任せだ。

 全員が死なない程度の深いダメージを負い、そのまま寝転がっていてくれればそれでいい。


「それなりに警戒していたんだけどな」


 男が全員地面に寝転がって呻いているのを見て、思わず本音が零れた。

 ハンターで言えばよくてEランク、大半はFランク程度だろう。

 これでなぜ|あ《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|な《・》|目《・》を向けられるのか、心底理解ができない。


「このまま生かすの?」

「……法律のことは分からないし、一応町に連れていこうかなって」

「そう」


 手間はかかるけどしょうがない。

 今はそんなことよりも彼女達だ。

 まず身を寄せ合っている少女達へ視線を向ける。

 ……大丈夫だ。

 怯えてはいるが全員生きている。

「捕まっていたんなら、もう出られるから安心してね」

 まだ状況が整理できていないのだろう。

 俺が声を掛けた直後は誰も動こうとしなかった。

 だが、コレのせい? と思って咄嗟に仮面を外せば、数名の少女がヨロヨロと力無く俺達の下へ歩み寄ってくる。

「……ほんと?」

「うん。もう悪いやつらは倒したからね」

「……ほんとにほんと?」

「大丈夫だよ。だからちょっと待っててね。こっちのお姉さん達もなんとかしないといけないから」

 少女達の表情はまだ暗い。

 目も虚ろで、こんな歳であのような光景見せられたら、精神的なダメージを負っている可能性だって大いにある。

 だがそんな少女達を救う手立てが今の俺にはない。

 町に送り届けるくらいしかできることはないので、とりあえず意識が朦朧としているこの人達が町に帰還できる状況なのか、目の前のハンター二人に声をかけた。

「大丈夫ではないと思いますけど……とりあえず立てますか?」

「ごめん……なさい……」

「本当に……ご…めん……」

 なんだか日本人みたいな人達だなと、そう思った。

 そんな謝罪や礼なんてのはこの環境を脱した後でいいんだ。

 衣類も無い20人ほどの少女達や女性を引き連れてリプサムの町には戻れないし、俺が町の衛兵さんにでも応援を呼びにいけば、ここが手薄になってリアにまた頼ることになる。


(う~ん……悪いのを張り倒すまでは簡単だったけど、ここからが意外と大変な気が―――)



「――刺しなさい」



「え?」


 どこからか男の声が聞こえた瞬間、背中と腿にチクリとした僅かな痛みが走る。

 何事かと咄嗟に振り向けど、そこにいたのは先ほど歩み寄ってきた子供達だけ。

 状況を理解できぬまま急激に鼓動が速くなり、全身に鈍く広がる痛みと共に視界が歪み始める。

 まるでそこに救いがあるかのように、俺の身体は地面へと吸い寄せられ――

 横たわった直後から、喉の奥で噴火を待つように競り上がってくる何かを吐いた。


(な、なにが……)


 定まらない視界の中で、俺はリアを探す。

 しかし目的の人は見つからず――

 代わりに映るのは、少女達の固まりの奥から立ち上がる細い男の姿だった。166話 これが、この世界

 目は大きく窪み、痩せこけた上半身裸の男が、首を捻りながら部屋を一瞥。

 疑問の言葉を口にする。

「隠れておいて正解だったわけですねぇ。しかし――この少年はいったい何者ですか? カズラ血毒まで使ったというのに、まだ息があるようですし」

「……」

「七番八番、ちゃんと刺したのですか?」

「……はい」

「刺しています」

「ということは、自身の耐性だけで耐えているわけですか? まさかまさか……それとも特殊な魔道具や装飾でも所持しているのでしょうか?」


 状況についていけず、しばらく私は放心していたと思う。

 男はなぜか子供達の中、一番奥の隅から現れた。

【広域探査】は入口に見張りがいるか確認した時から使っていない。

 油断した?

 いや、仮に使っていたとしても、あんな数の中に紛れ込まれていたら、気付くことはできなかった。

 ロキは―――……凄く苦しそう。

 地面に爪を立て、血混じりの嘔吐を繰り返しながら必死に何かを耐えている。

 私にも何かしようとしたみたいだけど、人間が私に何かを刺すなんてできるわけがない。

 仮にできたとしても、【分体】を出し直せばそれで済む。

「これで少年が戦力外になったのは間違いなさそうですし、とりあえずは良しとしましょうか。えーと『アマリエ君』と『エステルテ君』、まずは寝ている彼らを回復してくれませんか? 呑気に寝られたままでは私も困りますので」

「……はい」

「……すぐに」

 次から次に理解のできない事態が続いていく。

 なぜ?

 さっき散々な目にあっていたのに、なぜこの二人は助けようとするの?

 人間とはそういうもの?

 助けに入ったはずのロキだって凄く苦しんでる。

 ロキは縋るように、男達へ向かう二人を見つめているけど……

 視線を向けることもなく、ロキの横を素通りしていく二人の女を見て―――




 ―――奥歯がギリッと擦れる音がした。




 思わずハッとする。

 この不快感は……怒り? そうだ、怒りだ。


 ロキは|ま《・》|た《・》裏切られた。

 オークの時にも助けたはずの人間に裏切られて、殴られ吹き飛ばされていた。

 そして今回も、助けたはずの人間に裏切られ、苦しめられている。


 なぜ……?

 なぜロキの善意は踏み躙られる?


 なぜ……なぜ……なぜ―――……





「―――ロキに、何をしたッ!?」





 思わず叫んだその声はひどく暴力的で、まるで自分のものとは思えなかった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 どうしてこんなことに……

 状況は理解できているはずだ。

 なぜか分からないけど、俺は助けたはずの子供達に何かで刺され、毒を盛られた。

【毒耐性】レベル7に【状態異常耐性増加】レベル7を持っていてもこの症状って、どう考えても相当な毒薬。

 まさか俺が毒で苦しむとは思いもしなかった。

 カズラ血毒ってなんだよ、クソッ……

 だいぶ遠慮したというのに、あの男達を殴り倒したのが余計な警戒心を生ませてしまったのか。

 それとも中途半端にしたことが逆によくなかったのか。


 あぁ―――……


 身体中が、燃えるように熱い。


 全身の血が俺の細胞を壊していくような、血と内臓が煮え滾って沸騰しているような錯覚を覚えるこの熱さにただただ耐える。

 大丈夫だ。

 嘔吐は止まり、吐き気も収まってきた。

 視点も徐々に定まるようになってきているし、手足にも僅かながら力が入るようになってきている。

 大丈夫……大丈夫だ……きっとこの症状は落ち着く……

 そうしたらすぐにでも―――


「これで少年が戦力外になったのは間違いなさそうですし、とりあえずは良しとしましょうか。えーと『アマリエ君』と『エステルテ君』、まずは寝ている彼らを回復してくれませんか? 呑気に寝られたままでは私も困りますので」


「……はい」

「……すぐに」


(……は?)


 どういうことだ……?

 なぜ、枷まで付けて監禁していたようなやつらを二人は助けにいく……?

 二人のハンターは共に杖職のヒーラー系統、そう受付嬢のレイミーさんからは聞いていた。

 なら意識が混濁して聞き間違えただけで、俺のこの状態を回復してくれるために―――


「……」


 そんな期待も空しく、俺に一瞥もくれることなく殴り倒した男達の下へ向かっていく二人。

 先ほど簡単な会話をしたにも拘わらず、俺は道端の小石の如く、二人からカケラも意識されている様子がなかった。

 少女達といいハンターの女性達といい、行動原理がまるで掴めない……元から男達の仲間だった……?

 いや、そんなわけがないだろう。

 ……どちらも初動のきっかけは、子供達の中に隠れ潜んでいた|男《・》|の《・》|言《・》|葉《・》。

 ならば可能性は―――



「――ロキに、何をしたッ!?」



 思考を遮るには十分過ぎるほどの言葉だった。

 驚きながらも声の主を探し、僅かに首を動かしながら視線は右へ左へと彷徨う。

 怒気を強く含んだその声は、たしかに聞いたことがあるはずなのに、さも別人のような印象で―――それはかつて何を仕出かすか分からないと、強く警戒していたリアの姿そのものだった。

 馴染むことによってその印象が薄らいでいたはずなのに、射殺しそうなほどの鋭い視線を、刺した張本人である|子《・》|供《・》|達《・》に向けている。

 どうみても攻撃に入る一歩手前の様相……このままじゃ―――

 咄嗟に、焼けるような喉の痛みも気にせず、俺はあらん限りの声を張り上げていた。


「リア゛ァ゛ア゛ア゛ッ……!!」


「ッ!?」


 想像以上に、苦しい……

 後先考えずに叫んでしまったからか。

 喉の肉が断裂していくような鋭い痛みを感じ、止まらなくった血を吐き散らしながらもリアを見つける。

(よかった……)

 リアはすぐに俺から視線を外すと下唇を噛み、耐えるかのように両手拳を握り込みながら動きを止めてくれていた。

「まだしゃべることができるとは……それになぜ、麻痺で動けないはずのお嬢さんも喋れるんです……? 一番ッ! 四番ッ!」

「ご、ごめんなさい。針が通りませんでした」

「……同じです」

「……そ、そんなわけないでしょう? ダマスカス製の特注魔道具ですよ!?」

 痩せこけた男は、努めて冷静に振る舞ってはいるものの、理解できない現象が続いているせいか、声色に動転の色が見え隠れしていた。

 そして何もしなかったからこそ緩かったであろう、リアへの警戒心もこれで上がってしまったらしい。

 男は少女達を盾にするようナイフを構え、あろうことか、そのナイフを一人の少女の首元に突きつける。

「パルムッ! いつまで寝ているんですか!!」

 呼ばれた男の方へ視線だけ向ければ、ハンター二人の治癒系魔法のおかげか、損傷の酷かった数名を残して続々と男達は立ち上がっていた。

 そしてパルムと呼ばれた――俺が|間《・》|違《・》|っ《・》|て《・》ボスと判断していた大男も、髭面をさすりながら口を開く。

「ぐっ、すまねぇ油断した……まさかこのクソガキがここまでやるたぁ……」

「少年の方は死にかけですから、早くそのお嬢さんを拘束しなさい! 少し成長し過ぎて|私《・》|向《・》|き《・》ではありませんし、しっかり仕事をこなしたならそのお嬢さんをあなた方専属の奴隷にしてあげても構いません!」

「マ、マジかよ……ッ!?」

「お嬢さん。あなた達が何者かは後程聞き出すとして、とりあえずヘタに動いたら順次目の前の可愛い子供達を殺していきます。私は愛でるために集めたわけですし、本当なら殺したくないんですよ? お嬢さんが言うことを聞かなければ殺されていくことになるんです――つまり、|あ《・》|な《・》|た《・》|が《・》|殺《・》|す《・》ということです」


「   」


 ふざけるな。

 喉が潰れたのか、言いたかった言葉は声にならない。

 心は奮い立つも、身体が思うように動いてくれず、未だに膝を突くことすら叶わなかった。

 男の会話から出た言葉―――"奴隷"。

 口ぶりからすればこの痩せこけた男が奴隷絡みのスキル所持者で、そしてここでの実質的なボスなのだろう。

 少女達とハンター二人が命令に逆らえないとなれば、この洞穴内での一連の流れも全て説明が付く。


「くくっ、せっかく助けに来たってのに、まさかおまえの勝手な行動でガキ共を殺すわけにゃいかねーよなぁ?」


パキッ。


 パルムと呼ばれた大男は、投げ出されたままの仮面をわざと踏み、まるで品定めするかのように視線を上下させながらリアの下へと近づいていく。

 リアが先ほど強烈な殺気とも呼べる圧を放った時、この男はまだ寝ていたのだろう。

 だからか、リアが俺なんかとは比較にならないほど――それこそ、この世界で一番『|怒《・》|ら《・》|せ《・》|て《・》|は《・》|い《・》|け《・》|な《・》|い《・》|存《・》|在《・》』であることを理解していない。


 あぁ……


「大人しくしてりゃ~悪いようにはしねぇよ」


 やめてくれ……


「本当に……いい女だぜ……」


 リアに人殺しをさせちゃだめなんだ……


「まぁとりあえず―――――……素っ裸になれや?」

 

 

 

 リアは、先ほどとは打って変わり、悲しそうな顔をして俺を見つめていた。





 そして―――






「これが、この世界だよ」



 


 ―――パンッ!






 洞穴内の部屋に、乾いた破裂音が鳴り響いた。167話 甘えた考え

 俺のせいだ……

 だからこそ、これから起きる出来事に目を背けるわけにはいかなかった。

 部屋内に響いた破裂音。

 その直後、リアの肩に手を掛けていた腕を残し、パルムと呼ばれた男の胸部周辺から上は消失していた。

 まるで内部から爆破でもされたかのように、大量の血液だけが周囲に飛散しているだけ。

 本当に、言葉通りの消失だった。

 何をどうやってその結果が生まれたのか、俺を含め誰も理解できていない。

 ポタリ、ポタリと、壁面に飛び散った血が滴り落ちる音を聞きながら、ただ茫然と、皆が赤く染まったリアの左手を見つめていた。


 そんな男達に向かって、リアは凍えるような視線を向けていく――




 先ほどとは一転し、男達の怒号と奇声が飛び交う中―――ふと、最初のゴブリン戦が頭を過ぎっていた。

 あの時俺は、腑抜けた考えのせいで頬を殴られ爪を立てられ、無駄に傷を負った。

 ゴブリンが亜人なんて、今考えれば「何言ってんだコイツ?」と、笑ってしまうような理由を作ってまで殺すことを躊躇ったんだ。

 人型に近い存在を殺すという禁忌感に苛まれて、覚悟がまるで足りていなかった。

 リルとの模擬戦にしてもそうだ。

 本気で殺されるくらいの状況にならないと、"逃げ"と"許しの得られそうな選択"を考えるばかりで、相手を殺してやるくらいの気概を持つことができない。

 そして――結果的に俺はあの時死んだ。


(そうだあの時、決して甘えたことはしないと誓ったはずなのに……成長してないな俺は)


 口だけ、臆病者、偽善者……

 自分自身を貶める言葉などいくらでも出てくる。

 洞穴に入る前、リアに覚悟を問われたにもかかわらず、いざこのような場になってみれば結局一人の命も奪うことはできなかった。

 必要の有無より先に、殺さなくても済む言い訳を作って逃げただけ。

 リアが手に掛ける姿は見たくないと言っておきながら、結局不殺の制圧なんて自己満足に過ぎない手緩いことをしてしまった結果、俺はただ這い蹲ってリアが後始末する様を眺めているだけだ。


「お、おいアマリエ! エステルテッ!! おまえらハンターだろう!? つっ立ってないでその女を殺せぇええええええ!!」


 瞬間、俺の目は見開き、心臓を鷲掴みにされたように、呼吸がピタリと止まる。

 これは、男達だけじゃない。

 敵意を向けられれば、人でも魔物でも。

『神』に歯向かった代償として死を迎える……

 このままでは、二人や子供達も―――


 咄嗟に視線だけを向ければ、次々と上半身が消失していく男達を見ていたからか。

 |命《・》|令《・》によって拒否ができないであろうアマリエさんとエステルテさんは、|目《・》|か《・》|ら《・》|大《・》|粒《・》|の《・》|涙《・》|を《・》|零《・》|し《・》|な《・》|が《・》|ら《・》リアの下へと向かっていく。


「…ぁ……ぐ…ぅ……」


 全部、俺のせいなんだ……

 喉が焼け、声を出したくてもそれは叶わない。

 もういいから、十分だから止めてくれと、伝えることすらできやしない。

 ただただ何もできない悔しさで、両の拳に力が入る。

 自分の甘さと不甲斐なさに、思わずその拳で自分を殴りつけたくなるも、その腕は僅かに上がるだけ。


(なんなんだ……なんなんだよ俺はっ!!)


 こんな時でも涙は出る。

 何の足しにもならないクソの涙に反吐が出そうになりながら、それでもふと、雫の垂れた拳が握られていることに、半ば放棄していた思考の波が押し寄せる。


(彼女達を、救えるのか……?)


 僅かな間の中で、今の自分にできることととできないことを整理し、彼女達を救える方法を模索すれば……


 ―――――。


 どう転ぶかは分からない賭けだった。

 それでも、言葉を出せないこの状況で、可能性の見える方法はこれしか思い浮かばなかった。

 さらに考え込むような時間はない。

 剣は腰にかけたままで、無手の状態。

 でも手足に多少の力が籠められるなら……逃げるな。






 ――やれ。






 ――やれ!!






 ――殺れッ!!!!!!!







――【身体強化】――


 まずは身体の能力値を強化。

 そして、右前方にいる対象を見定めながら、四肢に力を籠め、身体を前方へ―――飛ぶ!

(突進ッ!―――からの飛行っ!!)


 ――地べたから喉を食い千切らんとする獣の如く飛び出した俺に、痩せこけた男はまったく反応できていない。

 それどころが、『|人《・》|質《・》』という意味の無い行動では止まらないリアに向かって、悲鳴にも近い叫声をあげていた。



「やめろぉおおおおおおおおおおおおおッ!!! ほ、ほんとに殺すぞッ!! オマエのせいで子供達は――――」



(てめぇが死ねよ……ッ!!……噛みつきッ!!)



「死――――ぃギ……ッ!?」



 俺はこの男の喉に食らいつき、そのまま吹き飛ばしつつも飛行を継続。

 岩壁に向かって叩きつけ、自身に【硬質化】を使用しながら、そのまま身体ごと男の顔を潰すように激突していった。





 衝撃で岩壁の一部が崩れ、小岩が上から降り注ぐ中、岩を自ら退かすことができない俺は、埋もれながら確認することのできない結果をただただ祈る。


(痩せこけた男は間違いなく死んだ)


 視界には頭部を失った男が映っていた。

 しかしこれで解決したわけではない。未だに賭けなのだ。

 声が出ず、言葉がしゃべれない状況ではリアを制止することができなかった。

 昨晩使用した【神通】はこの場で使用できず、言葉が発せなければ魔法も使えない。

 同様の方法でリアの前に転がり込んでも止められるかは怪しく、仮に止まっても今度は『人質』にされている少女達の命が危なかった。

 だから、奴隷が関係しているであろうスキルの|仕組み《ルール》に賭けた。

 術者である主が死ねばどうなるか―――

 炸裂音はもう聞こえない。


(ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……)


 これでダメだったら俺のせい。

 どこまでいっても甘い考えでその場を乗り切ろうとした俺のせいだ。

 呪詛のごとく心の中で謝罪を繰り返し……

 岩が退かされ、松明の明かりに照らされたリアと―――

 その背後で心配そうな顔をするハンター二人の顔を見て、俺は安堵と不安から意識が闇へと落ちていった。168話 奪い奪われ

 それからどのくらいの時間が経過したのだろう。

 気付けば視界は岩肌の天井を向いており、俺は床に寝かされていた。

 首を少し振れば道が三又に分かれていることから、ここが最初に入った男達の寝ていた部屋だということが分かる。

 横には敷き布に使用されていた物だろうか?

 茶色い大判の一枚布を身体に巻き付けた女性が不安そうに俺の顔を眺めており、その反対側にはやや距離を空け、壁を背になぜか体育座りをしてチンマリ膝を抱えているリアがいる。

 しかし、少女達の姿は一人も見当たらない。

「子供達は……」

 思わず呟くも、すぐに起き上がれたこと。

 そして掠れながらも声が出ていることに驚いていると、横にいたハンターの女性――アマリエさんが慌てたように口を開いた。

「まだ無理をしちゃいけません。解毒と回復はしましたが、毒の作用がかなり強いようで、私とエステルテさんのスキルでは応急処置しかできていませんから」

「ありがとうございます。それで子供達は――全員無事ですか?」

「えぇ。着せてあげられる衣類もこの場にはあまり無かったので、エステルテさんと奥の部屋で休んでいます」

「そうでしたか」

 良かった……本当に……

 自分のヌルさで自らが窮地に陥るならまだしも、他人の命まで巻き込むとなれば、何を以てしても償えるものではない。

 俺自身も一生引き摺る羽目になりそうだし、女性陣が全員無事という報を聞いて、ようやく重石が取り除かれたように胸が軽くなった。

 深い息を吐いて安堵している俺を見たからか、アマリエさんも僅かに笑顔を見せながら佇まいを正し、感謝の言葉を伝えてくる。

「本当にありがとうございました。あのままだと私達は――いえ、たぶんあの子供達と一緒に奴隷として他国へ売られるところでした。この御恩、一生忘れません」

 そう言って一瞬リアへ視線を向けた後に深々頭を下げてくるも、俺の甘さが危うく彼女達を殺していたという罪悪感から、その言葉を素直に受け取ることができなかった。

 頬をポリポリと掻きながら、どうにも話を逸らしたくて、どうしてこのような状況になっているのか。

 そして今回一番知りたかった受付嬢レイミーさんの夫、『セフォー』さんの行方も含めてアマリエさんに尋ねると、途中途中涙を流しながら、時に悔し気に顛末を語ってくれた。


 その結果分かったのは、同パーティだった男性陣二名――セフォーさんとロッゾさんは既に亡くなっているという事実。

 残念だが、リアの【広域探査】で名前が引っかからなかったことから、予想と覚悟はしていたこと。

 これが勇者なら主人公補正でもかかるのだろうが、俺にはそんな補正なんてものがない。

 これが現実……しっかり受け止め、妻であるレイミーさんへ正直に報告するしかないだろう。

「ここの誘拐犯たちに嵌められたということですよね」

「はい。私達が狩りに向かう途中、街道沿いで多くの子供を乗せた馬車が転倒していて……助けに入ったところで身体に僅かな痛みが走り、その後すぐに身体の自由を奪われました」

「僕と同じで、奴隷の子供達に刺されたわけですか?」

「そうです。セフォーとロッゾ――私の夫は……街道から少し外れたところの森に引き込まれ、ここの男達に、意識があるにもかかわらず――」


 悲しみよりも悔しさが強く出ているのはハンター故か、それとも仇と言えるその男達に組み敷かれた事実からか。

 強く歯を食いしばり、下を向きながら打ち震えるアマリエさんの姿に、俺は掛ける言葉を見失う。

 きっとアマリエさんは先ほどの俺のように、動けない中でその光景を見ていたのだろう。

 パーティ仲間でありリーダーであったセフォーさんと、相応の時を共にしたであろう夫のロッゾさんが命を絶たれる様を。

 ――野郎は不要と言っていた偽のボス、パルムの言葉を思い出す。

 そうなると、もう一つのパーティであるエステルテさんの方も、男性である『ワンゼ』さんは絶望的か……

「斧などの武器は、ここにあるんですよね?」

「まだあると思います。……身包み剥され、換金できそうな物は全て奪われましたから」

「……分かりました。少し彼女と話がしたいので、二人きりにさせてもらってもいいですか?」

 そういってチラリとリアへ視線を向ける。

 話を聞くだけでも腸が煮えくり返ってくるが、今はこの状況をどうするか。

 なにやら凹んでいる様子を見せているリアと相談しなくては、これから先の身動きが何も取れなくなる。

 頷き、子供達やエステルテさんがいる部屋へ移動するアマリエさんを見届けたのち、座るリアの横へ腰を下ろす。

 反省だらけだったこともあって、俺もなんとなく体育座りだ。

「リア、ごめんね。リアの……怖い姿なんて見たくないとか言っておいて、結局覚悟が足りてなかった……迷惑かけて本当にごめん」

「私も……ごめんなさい。手は出さないように気を付けてたのに」

「それはリアの服を脱がすとか、5万回死んでも足りないくらいの大罪犯そうとしたんだからしょうがないと思うけど……」

「リガルと一緒。ちょっとだけ我を忘れてた。敵意を失った人間にまで手をかけた」

 それはどうなんだろうな。

 フィーリルやリルは、敵意や害意があれば魔物でも人でも容赦しないというスタンスだった。

 それが女神様達に共通していることなんだろうけど、逃げる者まで手にかけるとなると、下界への干渉はダメという神様のルール的にはマズいような気がしなくもない。

 というか、マズいことをやってしまったから、こんな凹んでいるんだろうし。

 でも、我を忘れたっていうのは、たぶんあの怒声の時。

 確かパルムがリアに近づく前。

 俺が刺されて倒れた時――

「……ねぇ、それは怒ってたから?」

「……うん」

「そっか……なら、俺はリアにお礼を言いたい。ありがとうね」

「…………うん」

 ただでさえ沈んでいる様子だったのに、今度は返事をしながら膝に顔を埋めてしまった。

 まぁ会話はできそうだからこのままでもいいか。

「……結局、男達は全員殺しちゃったの?」

「少しだけ残ってると思う。壁が崩れる音がしたから止めた」

「了解。となると、ここからどうするかだね」

 問題はいくつもある。

 先ほどアマリエさんが言っていたように、服の数が足らないとなると、このままでは多くが裸で町まで行進しないといけなくなる。

 それにリアの存在だ。

 人間からすれば理解不能とも言えるほどの力でリアが男達を屠ったのは、少女達も、そしてハンターの二人もしっかり見ている。

 生き残った男達の中には、恐怖がこびり付いてトラウマレベルになっているやつもいるかもしれない。

 まぁ男達は置いておくとしても、少女達とハンターの二人になんと説明すべきか……

「ここの女性陣にリアの存在を把握させたままって、結構マズいことだよね?」

 すると、既に答えは出していたのか、膝の隙間からくぐもった声が聞こえてくる。

「うん。だからここにいる全員の記憶から私を消す」

「へ?」

「記憶を弄る」

「へ、へぇぇぇぇ……」

 リステも俺の記憶覗いてたしなぁ。

 神様がやることだし、その程度のことはお手の物なんだろうと思うしかない。

 ……神界ルール的にセーフなのか甚だ疑問だが。

 俺にはフェルザ様どうかスルーしてくださいと祈ることしかできません。


 こうしてそれぞれが動くことになった。

 リアは一度神界に戻り、【魂環魔法】というなんとも恐ろしそうなスキルを持って再降臨。

 ついでで真っ赤に染まっていたワンピースは染み一つ無い純白へ。

 もはや開き直りにも近い雰囲気で、少女達とハンター二人のいる|女《・》|性《・》|だ《・》|け《・》|の《・》|部《・》|屋《・》へと向かっていった。

 そこで記憶の『処置』を施すのだろう。

 対して俺は【探査】で現在の状況を確認後、|男《・》|性《・》|だ《・》|け《・》|が《・》|い《・》|る《・》|部《・》|屋《・》へと向かう。

 近付けば近づくほどに、血やアンモニアなどが混ざったような異臭が酷い。

 鼻が曲がりそうになりながらも元いた部屋へと戻れば、そこはホラー映画もビックリの死屍累々たる有様だった。

 理由は言うまでもなく、部屋の半分以上が赤く染まっている。

 加えて足元には首の無い死体がゴロゴロしており、その中で何人かの呻き声が聞こえていた。

 魔物の解体で|中《・》|身《・》を見るのはだいぶ慣れていたはずが、それでもこの場は少々キツいと感じる。

 この世界に来て間もない頃の俺なら、秒で卒倒していることは間違い無い。


(ふぅ~首のついている身体を探すか……)


【探査】と並行して【気配察知】を使用すれば、生存者はこの部屋に四名のみ。

 うち二名は複数の遺体が積もった中に敢えて埋もり、小刻みな振動を繰り返していた。

 ここの男達は『人』の中に隠れるのが好きなのだろうか?

 きっとこの部屋に向かって歩いてくる足音から、リアだと思って必死に身を隠し震えているのだろう。

 そして残りの反応が薄い二つは―――……あぁ、最初のやり過ぎた二人か。

 アマリエさんとエステルテさんの治癒系魔法では治せなかったのか、下顎の無い男と、眼球の位置が明らかにおかしい男が止血だけされた状態で呻いていた。

 こっちはとりあえず放っておいても問題無さそうだ。

 さて……

 剣先で積もった遺体をどかし、蹲ったまま目に見えて怯えている男二人に声を掛ける。

「お二人に聞きたいことがあるんですけど」

「ヒィーッ!! や、やめてくれ! もう許してくれぇええええ!!」

「お、男……? その服装は仮面の方か!? お、女ッ! さっきの女はいないのか!?」

 錯乱しているのはしょうがないが、それにしても煩いな。

 少女達のこと、他の仲間の存在、奴隷の売り先、奴隷術のこと。

 ハンターの二人では知り得ないことも、この男達なら知っている可能性がある。

「彼女はここにいません。それと煩いので静かにしてください」

「ち、違うんだっ!!俺は指示されていただけで、パルムとフォンデルが仕組んでたんだ! あのガキ共を触らせてもくれねーし、ハンターの女共だって俺は三回しかやってねぇ!!」

「な、なぁ旦那ッ! あの女が知り合いなら助けてくれ! そしたら俺ぁなんだってするぜ!? 飯と酒と女さえ用意してくれりゃ、あんたに一生ついてったっていい!!」

「……」

 思わず剣を両手に持ち、男達の口の中へそれぞれ突っ込む。

「はへぇーッ!!!」

「はがっ……あがぁあ!!」

「静かにできないのなら、このまま口の奥まで剣を突っ込みます。それともあの瘦せこけた男みたいに、中身が出るくらいペチャンコになりたいですか?」

「「…………」」

 もう躊躇ったりはしない。

 その覚悟はできたし、何より躊躇うことによって必要以上に失う可能性があることは身に染みて分かった。

 リアが言っていた通り。



 |こ《・》|れ《・》|が《・》|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|な《・》|の《・》|だ《・》。



 いつまでも地球の感覚を引き摺ることは決して正義なんかじゃない。

 だが言い訳でもなく、この男達が瘦せこけた男の奴隷だったパターン―――この可能性だって一応残されている。

 そうなると立場は少女達やハンターの二人と同じになってしまうのだ。

 言動からその可能性はかなり低そうに見えるも、それでも冤罪で勝手に事を進めてしまうのは宜しくない。

 そこをはき違えたら、俺は単なる殺人鬼になってしまう。

 だからまずは確かめようか。


「やっと静かになりましたね」

「「……」」


「では【奴隷術】――これからあなた達と奴隷契約を結びます」169話 奴隷術

「あ、あんたも【奴隷術】を使えるのか……?」

「実際に使ったことはありませんが。でもまぁ、彼女に殺されたくないから、僕についてきたいんでしょ?」

 それとなく笑顔を見せれば、まだかろうじて正気を保っているように見えた男は歯を見せながら笑い、大きく頷く。

 奴隷であってもここまで喜ぶとは、よほど死にたくないらしい。

 もしくは詳細説明にある通り、使い方によってはかなり奴隷側も自由が利くからか――

 今までとはまったく勝手の異なるスキル内容に戸惑いながらも、詳細説明を追いながら手順を踏んでいく。

「では―――まずあなたの名前を教えてください」

「アルフィバだ」

「えーと、もう一人のあなたは?」

「ハッ、ハヒッ!? も、もう勘弁してくれぇ!! これからはちゃんと働くから! 真っ当に生きるから俺を見逃してくれよぉ!!」

「……」

 こっちはダメだな。

 言いたいことだけ言って亀のように蹲ってしまった。

 横の男アルフィバも、もう見限ったように冷めた視線を送っている。

「アルフィバさん。こっちの人の名前は知ってます?」

「あ、あぁ。こいつはハゼットだ」

「ではアルフィバさんは『任意奴隷』で、横の煩いハゼットさんは面倒ですし『強制奴隷』でいきましょうか」

 そう伝えると亀になった男は蹲りながら発狂していたが、今まで瘦せこけた男の奴隷契約を見てきたからなのか。

 アルフィバは理解も早く頭を差し出してくるので、俺は嫌々脂ぎった頭髪に手を添える。

「奴隷契約内容はそうですね……"真実のみを話すこと" あとは"僕の命令に従うこと" ……ちなみにこの二つ目っていけると思います?」

「そんな大枠の条件無理じゃねーか? フォンデルの奴隷契約ではそんなの聞いたことがない」

 ふーむ、匙加減が難しいな……

 まぁここら辺は追々必要があれば細かく試していくしかないか。

「ならばとりあえずは"真実のみを話すこと" と "人に一切の危害を加えないこと" だけでいいです。必要があれば再度契約し直しますので。解除条件は――金貨500枚、500万ビーケを用意し僕に渡すこと。これでどうでしょう?」

 すると男もこれは仮契約のようなものだと判断したのか、あっさり納得してくれる。

「俺は|あ《・》|ん《・》|た《・》|の《・》|奴《・》|隷《・》|に《・》|な《・》|る《・》。|条《・》|件《・》|に《・》|合《・》|意《・》だ」

 この時、俺はどのタイミングで契約が締結するのか分からなかったので、ステータス画面を眺めていた。

 仕事をしていた時の契約と違い、署名も判子も無ければ契約書すら無いのだ。

 本当にこんな口頭のやり取りだけで契約が交わされるのか不安になっていると、説明表記通り|コ《・》|ス《・》|ト《・》が2消費され、魔力も30消費されたことを知る。

 すぐに目を開けるも、男の頭部に沿えていた手から、黒い魔力が溢れた様子はない。

 凄いな……さすが魔法とスキルが存在する世界。

 これで契約が取り交わされたことは間違いなさそうだ。

 しかしそれ以外は特に変わったことがない。

「……奴隷になると、身体に紋様が浮かぶとかはないんですね」

「奴隷の身体に墨を彫って、どいつの管理奴隷か一目で分かるようにすることはあるけどな。望んでやらなきゃ何もない」

「なるほど」

 ステータス画面の説明通りなら、現在この男は『魂縛状態』というやつで、この発言も|嘘《・》|は《・》|な《・》|い《・》ということになる。

 となると、次はこの亀の男か。

 丁度良い。次は『強制奴隷』というやつを試させてもらおう。

 俺は短剣で自分の指先を少し切り、血を滲ませた。

 まるで怪しげな黒魔術のようだが、実際やることはそれとほとんど変わらない。


 |人《・》|の《・》|行《・》|動《・》|の《・》|一《・》|部《・》|を《・》|支《・》|配《・》|す《・》|る《・》。


 その儀式を執り行う。

「ハゼットさん。今から強制奴隷の契約を行います―――聞いてますか?」

 そう問いかけるも、変わらず大声で今更な身の潔白と自由を求めるのみ。

 根気よく付き合う義理もないため、男の頬を掴み、無理やり口を開かせ、指先から滴る俺の血を口内へ垂らしていく。

「あがっ! あががが……ッ!」

 これで俺の|魔《・》|力《・》がこの男の体内に入ったはずだ。

「ハゼットさん――あなたに望むのは三つ。"真実のみを話すこと" と "人に一切の危害を加えないこと" ついでに"聞かれたことにしっかり答えること"―――【奴隷術】強制契約」

 ふむ……こちらはコストと魔力が共に30消費。

 これで詳細説明通り、任意契約と強制契約をそれぞれ結ぶことができた。

 ならば下準備は完了だ。

 あとはあんた達が白なのか黒なのか―――尋問を開始するとしようか。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「お疲れ様。無事終わった?」

 最初の部屋で『処置』が終わるのを一人待っていると、リアがこちらに向かって歩いてくる。

「……うん。男達も終わって全員眠ってる」

「手間掛けさせちゃってごめんね。一応男達も奴隷扱いで命令されていたみたいだからさ」

 そうなのだ。

 尋問の結果、男達は意外なことに白だった。

 いや、正確に言えばグレーといったところか。

 一応奴隷契約は交わされており、あの瘦せこけた男から行動の制限を受けていたことは間違いない。

 だからしょうがなく、町の衛兵へと引き渡すことにしたわけだが、そうなると男達に植え付けられたリアの記憶が今後の不安材料になる。

 特にカタカタと音を鳴らすくらいに震えていた二人は、トラウマ級の恐怖を引き摺ったままだからな。

 だから念のため、生存している男達の記憶も弄ってリアの存在を消してもらった。

 おかけでトラウマ級の恐怖を与えた張本人は俺にすり替わっている。

 思わず「なんでやねん」と突っ込みたくなるが、他に都合の良い方法が無いのだからしょうがない。

「あとは大丈夫そう?」

「かな? 外の馬車が移動に使えるから、あれに皆を乗せて【飛行】しながら町に運んじゃうよ。飛べば重さは感じないから、最初だけ持ち上げられればなんとかなると思うし」

「……分かった。じゃあ私はもう帰る」

 そう言いながら霧の出始めたリアの腕を咄嗟に掴む。

 駄目だ。

 このまま何も言わずに帰しちゃいけない。


「リア。今晩凄く大事な話があるから、もう一度降りてきてほしい。その時全部話すから」


 嘘は吐きたくなかった。

 だからジッとリアを見つめながらそう伝えた。

 男の記憶を弄ったのなら、当然俺が男達にしたことも分かっているはずだ。

 つまり、リアには既にバレていると思った方がいい。

 それでも、何も言わないでいるリアだからこそ、俺は真っ先に伝えるべきだと判断した。


「分かった。それじゃ、降りる時【神託】で声掛ける」


 霧に変わっていくリアを眺めながら、色々な思いを込めて「ありがとう」と呟いた時、リアは僅かに笑ってくれたような気がした。






「さーて、気を取り直してちゃっちゃと動きますか」

 まだ身体のダルさはかなり残るが、すぐにやるべきは町への帰還作業だ。

 まず俺が向かったのは唯一人のいなかった部屋。

 どう考えても物置き場だろうなと思って向かってみれば、案の定食料に加え、セフォーさん達の形見と思しき装備品や大きさの違う多数の木箱、それに樽や革袋なども多く積まれている。

 ここにある荷物で馬車一つ分が埋まりそうなくらいに量が多い。

 この時点で、一便で済ますのは無理だなと、俺は町へのピストン運行を覚悟した。

 となると、次の目的は男達のところ。

 寝ているという話だったが、男達に遠慮はいらないので蹴り起こしていくと、俺を見るや目を見開き、まるでゴキブリの如く素早い動きで部屋の一番奥へと転がり込む奴隷の二人。

「あひゃぁああああああああ!! お願いします許してくださいぃいいいいい!!!」

「うわぁああああああああ!!! 勘弁してくれ勘弁してくれ……もう勘弁してくれぇえええ!!」

 いやいや、マジで煩いから。

 今この男達が感じているのは、以前震えあがって逃亡しか考えられなかった、リルとの模擬戦で感じたあの恐怖と同じようなものなのか?

 そう考えれば分からなくもないけど、それでも逃げられると話が進まないので、とっとと奴隷契約の内容を変更すべく再契約を取り交わしていく。


 "この部屋から一歩も出るな" "人に一切の危害を加えるな"  "俺に対して真実のみを話せ"


 この3つを身体は正常な二人だけでなく、損傷が激しい二人にも同じ内容の強制奴隷契約を施したので、これで男達をこの場に残しておいても問題は起きないだろう。

 先ほど外部に仲間はおらず、ハンター二人と一部の少女を回収に来る運搬専用の闇業者が2~3日後に訪れるという話だったので、これからの一時的な留守中この場所に誰かが現れる可能性もほぼ無いと言っていい。


 男達の強制軟禁部屋を出て、今度は女性達だけが集まる部屋へ。

 最も小さく感じるその場所は、地面に大判で厚手の布が敷かれており、専用の水がめや布団もあることから、偉い奴の専用部屋なんだなというのがなんとなく想像できる。

 そこに女性陣がひしめきあって寝ていたので、男達と違ってそっと一人ずつ起こしていく。

(数人の子供に指輪――これが原因か)

 指の細さを抜きにしてでも大きく感じる無骨な指輪は、合計8名の少女の指にそれぞれ一つずつ嵌められていた。

 針は剥き出しになっておらず、同素材のキャップのようなもので上から被せられている。

 種類は見た感じ2種類あるので、二人だけ嵌めているやつが俺が刺されたカズラ血毒とかいう毒性タイプ。

 残り6人の嵌めている指輪が、アマリエさんが食らった麻痺性タイプの効果を発揮するのだろう。

(子供達にはまったく似合わない指輪だ)

 奴隷にした男達は、子供達への契約内容もおおよそ把握していた。

 "術者に危害を加えない" "術者から離れられない" "助けを呼べない" "指定の相手を攻撃"

 胸糞の悪い契約だ。

 現状を打開する術を封じられ、命令のまま助けに来た大人を麻痺させて――

 子供達にこんなものは必要ないと、指から全ての指輪を外していく。


 起きた人が順次周りも起こし、全員の目が覚めたところで口を開いた。

 リアの存在が消された以上、救出は全て俺一人でやったことになっているはずだ。

 おかげで半数くらいの少女は肩を抱き合って怯え、明らかに俺を恐怖の対象として見ている。 

 そして約半数――特に指輪を嵌めていた少女達の目は暗く沈み、解放されて助かるという現状に喜びを感じている雰囲気はまるで無い。

 感情が死んでしまっているような印象さえ感じられてしまった。

「えーと、これから特殊な方法で皆さんを送り届けますから、まずは全員入口までついてきてください。一度に全員運べない場合は小さい子から順番に運びます」

「「「?」」」

 まぁ、理解はできないよね。

 それでもハンターの二名が保護者のように行動を促しながら、それぞれに立ち上がりついてきてくれる。

 女性陣の約9割は素っ裸だが、もうここは諦めてもらうしかない。

 せめて多少でも隠せるようにと、ボス部屋に敷かれていた布を引っぺがして回収し、皆でこれを使えるようにアマリエさんへ渡しておく。


(あとは、俺がどれだけ持ちあげられるかだな……)


 入口付近に到着したらすぐに準備開始だ。

 置かれていた馬車――正確に言えば荷車とも言える部分を入口の前に置き、俺はその下に潜り込んで背中で荷台を支えながら片側を少し浮かす。

「乗りにくいと思いますけど、子供達からどんどん乗っちゃってください」

 こんなことを試したことがないので、どれだけの人数を一度に運べるかは分からない。

 最初は軽いものだったが、いくら子供達とはいえ乗り込んでいく度に腰が軋む。

「あ、あの……馬が見当らないんだけど……? それになぜ君が担いでいるの?」

「馬じゃなく……僕が運ぶからです……」

「???????」

 エステルテさんの疑問は凄く分かる。分かるよー。

 でもそんなアホを見るような視線を俺に向けないでくれ。

 これでも本気だし、呑気にしゃべっている余裕もあまり無いのだ。

 子供達は数えれば総勢22名。

 そのうち15名くらいが乗り込んだあたりで俺の腰がプルプルと震えだし、思わず温存しておいた【身体強化】を心の中で唱える。

 時間制限があるから最初からは使えなかったが、やっぱり使うと多少楽になるね。

「どんどん乗っちゃってください! なるべく早く!」

 だいぶ荷台のスペースに余裕が無くなってきたのだろう。

 ガタガタと荷台全体が揺れ始め、子供達が押しくら饅頭のように奥へ奥へと詰めながら動いているのが分かる。

 目に光の灯っていない子達は、ハンターの大人2名が持ち上げていた。

「子供達はこれで全員です!」

「ならあなた達も! 急いで急いで!」

(もう! 腰が限界なのよ!)

 俺の焦りが伝わったのか、女性陣――エステルテさんが手早く乗り込んで……ぐっはーーーーっ!!

 腰に電気が走り、視界に星が舞った。

 さすが大人! さすがハンター!

 決して口には出せないけど凄く重いんですがっ!?

 思わず口から「くふぅ~~~~~~~~ん」という変な声が漏れながらも、荷台の下じゃ誰も見ていないだろうと、小声で「風よ、全力で、下から吹き上げろ」と呟く。

 足先を起点に荷台を支える気流のようなものが生まれ、腰の負担が少し軽減されていく。

 これは最大のチャンスッ!!

「全員乗りましたよ!」

 アマリエさんの声が聞こえたと同時に、俺は動いた。

(しゃおらぁあああ!!【跳躍】―――からの【飛行】!!)

 そこまで詳しい検証をしているわけじゃないから、正確な条件は把握できていない。

 でもこの荷台がただ地面に置かれている状態ではなく、俺の背に乗っている状態であれば、僅かな上昇の動きさえできればそのまま飛べると思ったのだ。

 そしてそれは予想通りだった。

 フワッ―――

 突如無くなる重みに合わせ、魔力を下に放出するイメージを作りながら浮上していく。

 これもリアを乗せて飛行した、魔法のじゅうたん役が良い練習になったと言えるな。

 寝たような姿勢のまま浮上するなんて、こんな大勢を乗せた状態のぶっつけ本番では決してできなかった。

 どうあっても死なないリアで練習しておいたからこその賜物だ。

 そして――

「きゃあああああ飛んでるっ! 飛んでるよ!!」

「凄い凄い凄いっ!! あんな遠くまで見える!!」

「死ぬぅうううううううううう!! ウェッ…… ウォェーッ……」

 はしゃいだ幼そうな声が上から聞こえてきて、思わず心の底からホッとしてしまった。

 心に傷を負った子供達だ。

 だから、ちょっとでもその気持ちを吹き飛ばせる何かを。

 そう思って可能な限り飛ぶことを内緒にしておいたのは良かったかもしれない。

 なんか死にそうな大人の声も混ざってるけど……

 先ほど感情が表に出ていなかった子達も、これで多少元気になってくれればいいのかなーと。

 そう思いながら少しゆっくりと、約20分ほどかけてリプサムの町へと帰還した。170話 被害者たちの帰還

 大騒ぎ……だな。

 混乱を招かないように、そして女性陣達の大半が裸であることも考慮して、町の外――リプサム西門からほど近いところに荷台を着地させる予定だった。

 そこで門番さんに事情を説明し、衣類の調達や各方面への連絡をお願いしようと思っていたのだ。

 だが、少し考えが甘かった。

 人が詰めれば20人以上は乗れる荷台が、空をフヨフヨと飛んできたのだ。

 そんなの俺だって見たらビックリするんだから、この町の住人からしたらビックリを通り越して怪奇な現象に映っていただろう。

 そのおかげで人が人を呼んだのか、西門周辺には既に50人くらいの人だかりができてしまっていた。

 皆が皆、空を見上げ、指を差し、謎の物体と、その下で張り付いたように見えている俺を注視している。

「アマリエさんとエステルテさん、布で可能な限り皆の肌を隠しておいてくださいね。人がそれなりにいます」

「わ、分かりました!」

「任せてっ!!」

 俺からは見えない荷台の状況を心配したところで、今は何も手伝ってあげられない。

 ならば俺が今やるべきことを――


「危ないですから離れてくださいっ!!」


 ――下に向かって俺が声を張り上げ、着地場所を確保する。

 その声に意識が戻ったのか、口を開けてポカーンとしていた門番さん2名も避難誘導の仕事をし始めていた。

「降ろす時に揺れますからね! ここだけは我慢してくださいよ!」

 このまま俺が足を地面につければ、【飛行】の効果が終わって直ちに重力が発生する。

 つまり俺がこの荷台に押しつぶされ、アブブブってなるわけである。

 だからしょうがなく――本当にしょうがなく、狙ったスペースに荷台を軽く放り投げた。

 ヒーラーもすぐ近くにいるし、これくらいでは死なないから許してほしい。


 ズド―――ン……


 悲鳴と共に土埃が舞う。

 と同時に門番さんの一人がこちらへ駆け寄ってきたので、女性陣の様子を確認しながら事情を話していく。

 ここにいるのは全員が誘拐された人達であること。

 彼女達の大半が裸なので、まずは早急に衣類が必要なこと。

 少女達はこの町だけでなく、近隣の村などから攫われた子達もいること。

 二人のハンターもいるので、ハンターギルドに連絡してほしいこと。

 これから、生き残っている犯人数名も同様の方法で連れてくること。


 場が、一気に慌ただしくなる。

 一人の門番さんが町の中へと慌てて駆け込んでいった。

 残された門番さんも野次馬達に何かを告げ、その者達の多くが町の中へと走っていく。

 数名の女性も、攫われた子達に顔見知りがいるのか、荷台に駆け寄って話しかけていた。

 ついでに寄ってこようとする興味本位にしか見えない男達は、これでもかというくらいに俺が視線と顔で威嚇する。

(クソッ……あの偽ボス、俺の仮面割りやがって)

 おかげで今までなんとなく飛ぶ時は隠していたのに、今回は顔を豪快に晒してしまっている。


(まぁ……遅かれ早かれバレるわけだしな……)


 少し考え込んでいると、近隣から搔き集められたのか。

 両手に布を抱えて走ってくる人達がチラホラ見え始めたので、ここまで来ればもう大丈夫だろうと、ホッと一息吐きながら女性陣に話しかけた。

「アマリエさんにエステルテさん。そろそろ残された男達を回収しに戻りますけど、あとは大丈夫そうです?」

「えぇ本当にありがとうございました。あとは私達だけでも大丈夫ですので、必ず犯人をお願いします」

「ありがとうね。ハンターギルドには私達から事情を説明するから、できれば夫の形見も……」

 そっか、この話しぶり。

 亡くなったパーティメンバー「ワンゼ」さんは、エステルテさんの旦那さんだったか……

 やるせないな、ほんとに。

 この一件で3人の夫婦が旦那さんを亡くしたことになる。

「……大丈夫ですよ」

 そう言い残し、残る門番さんにも今度は犯人を回収してくる旨を伝え――そして、飛び立つ。

 人のいないところまで走ろうかと少し考えたが、あれだけ見られておいてそれは今更だ。

 あの男達がどうなるのか。

 様々なパターンを想像しながら、俺は再度洞穴へと飛びながら戻っていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 リプサム西門付近。

 一刻ほど前の騒動は収まりを知らず、未だこの場は喧騒に包まれていた。

 馬車が行方不明の者達を乗せて飛んできたという、なんとも眉唾な噂が町中に広まり、行方不明者だった者の親族やハンターギルドのマスターにその他職員。

 奇怪な馬車を一目見ようと集まる野次馬まで押し寄せていたので、多数の衛兵達も出張ってその場を管理しようとしていた。

「次の馬車が見えてきたぞっ!! 場を空けるように! 場を空けるようにーっ!!」

 門番や衛兵のこの慌て様や、実際に存在している馬の見当たらない馬車、泣き崩れて子を抱擁する親の姿を見れば、この話が真実であることを十分物語っている。

 だが、何より空には、己の眼を疑いたくなるような光景―――

 木の箱と思しき茶色い物体が宙を飛んでいた。

 おまけにかなりの速度でこちらへ近づいているようにも見える。


「セイフォン、噂は真でありそうだな」


 そんな光景を、やや遠目から馬に跨り見つめる男。

 その男の呟きに、伯爵家の騎士長を務めるセイフォンは答える。

「はっ、これがニローの申しておりました【飛行】持ちの異世界人ロキ、その仕業かと存じます」

「人攫いを解決し、犯人を連れ帰るか。念のためマルタをすぐ出て正解だった」

「左様でございますな。しかし閣下、あの者はニーヴァル様に託すという話ゆえ……」

「|下《・》|手《・》|に《・》|刺《・》|激《・》|を《・》|す《・》|る《・》|な《・》だろう? それは百も承知、民を犠牲にしてまで事を成す気はない。しかし、だ……」

「?」

 続く言葉が無いことに違和感を覚え、セイフォンはソッと視線を向けるも、閣下と呼ばれたその男は、喜色を浮かべながら顎髭を撫で、宙を眺めていた。

「どのような者か、腹を割って一度話をしてみたいものだな」

 この言葉に騎士長セイフォンはギョッとした。

 今回はもしやという噂を聞きつけたゆえの視察。

 何が起きるか分からないため、あくまで遠目に眺めるだけという護衛上の約束をしていたのだ。

 なのでこの男――レイモンド伯爵は防具の一つも身に着けていなかった。

 にもかかわらず馬の腹を軽く蹴り、前進させようとするその行動に、セイフォンはたまらず口を開く。

「お、お待ちください閣下! あまり近づくと危険ですから、せめて眺めるだけに!」

「危険? 20名以上を手ずから救出した者が、どのようにしたら『悪』になりえる?」

「そ、それは……」

「なに、約束を違えるなどしない。身分を伏せて挨拶でもしておけば良かろう。ついでにもう少し砕けた調子で話すとするか!」

 これにて万全と。

 一人高笑いしながら野次馬の中に突っ込んでいく伯爵の姿に、頭を抱えるしかない騎士長セイフォン。

 ニローの【飛行】という言葉を聞いてから、少年のように目をキラキラさせ、まるで追いかけるようにリプサムを訪れたのはどこのどなただと。

 ただの興味だけで接触しようとしていることは分かっているも、当の本人には決して言えない辛さがある。

 それでも―――

「こうなるだろうなと、分かってはいましたけどねぇ……」

 そうボヤキながら、だいぶ近付いてきた荷台を一睨み。

 何事もないことを願いながら、数名の部下を引き連れ主の後を追った。



 その頃、レイモンド伯爵は馬を降り、既に場所を確保されていた着地点の最前列を陣取っていた。

 多くの庶民は、写真も無ければ会う機会も無いため、領主の名前は知っていても顔なぞ見分けがついていない。

 しかし衛兵はさすがに理解している。


(……なぜ、ここに?)


 誰もがそんな気持ちを心に抱きながら、丁重に案内した結果が最前列の特等席だった。

 当然レイモンド伯爵はご満悦。

 お抱えの騎士達がなかなか辿り着けず、後方で泣いていることなど知る由もない。

 だが空を飛ぶ荷台が目視可能な距離まで下がってきたところで、レイモンド伯爵の瞳がスッと細まった。

 荷台には想像以上の物資が積まれており、そもそもとして下で支えている少年が、どのようにして持ち上げているのか皆目見当も付かない。

 見た目にそぐわない怪力の持ち主なのか、それともこれが【飛行】という、有翼人種以外に所持事例を聞いた事もないスキルの特性なのか。


 もしこんなスキルの取得方法が解明され、世に出回れるようになれば、物流に新たな革命が―――


 いやしかし、そうなると関所の意味が薄くなり、通行税や物品税などの税収入が大きく損なわれて―――


 戦時となれば、国境なぞ関係無しに少数特化の人員を送り込んで奇襲が――


 ふと、領主としての顔をしてしまっていることに気付き、レイモンド伯爵は大きくかぶりを振った。

 今は違う、そうじゃないのだ。

 ラグリースが異世界人を取り込めるか否か以前に、取り込むような交渉を進めても問題のない人物なのか。

 興味本位でここまで来たというのは否定しないが、それでもレイモンド伯爵はこの点を強く気にしていた。

 異世界人の噂は耳を塞いでいようが舞い込んでくる。

 立場ある者なら尚更だ。

 西方のヴェルフレア帝国では他国侵攻で領地拡大は進んでいるものの、現皇帝の実質的な権限は弱まってきていると聞く。

 東方のアルバート王国にしても、王族は既にお飾りで、貴族連中は一人の異世界人が持つ金の力に降《くだ》ったという話は、数年も前から流れていた。

 指を咥え、国力が衰えていく様を見届けるつもりはない。

 だがしかし、仮に異世界人を取り込めたとしても、国がその異世界人に取り込まれれば、それもまた意味はないのだ。


 ズ――――ン……


 軽い地響きと共に砂塵が舞い、宙に浮かぶ荷台が着地したことを知る。

 地に足を付けている姿を見ても、まだまだあどけなさが残る顔立ちをした、ごく普通の少年だった。

「少年、君が今回救出してくれた者ということでいいのか?」

「そうですが、貴方は?」

 返ってきた声色は高く、まだ声変わりもしている様子が無い。

 にもかかわらず、落ち着いた様子で口調も丁寧なのは、前世の記憶を継承していると言われる異世界人故か。


 俺は―――……


 言いかけ、結局口調は変えたものの、身分をどうするか何も決めていなかったことを知る。

 だから咄嗟に出たのは、レイモンド伯爵にとってただの思い付きだった。


「俺は――町長だッ!」


 野太い声で発せられたそのぶっきら棒な言葉に、一瞬の静寂後、周りは騒然となった。171話 町長

 なんとか2便で済んだなと思いながらも、放り投げた馬車を眺める。

 木箱の上に紐で括りつけた男達は……うん、無事なようだな。

 最悪一人くらい落ちてもしょうがないくらいの感覚でかっ飛ばしてきたので、なんだかんだと全員生存のまま帰ってこれた俺の飛行技術グッジョブである。

 さてと、さっきの門番さんは――

 そう思って辺りを見回していると、野次馬の中でやたらと存在感を放っていた人に声を掛けられた。

「少年、君が今回救出してくれた者ということでいいのか?」

 腕を組み、仁王立ちしているその人はとにかくデカい。

 身長は2メートル近くありそうで、俺の背丈では胸元までも届きそうにない。

 頭髪や口の周りを綺麗に囲う髭は白く、しかし年波によって白髪化したようなものとは違う、混じり気のない純度を感じた。

 肌色が焼いているのか黒いこともあって年齢が読みにくく、今まで遭遇したことのない、なんとも不思議なオーラを放っているおじさんだった。

 だから思わず聞いた。

「そうですが、貴方は?」

 すると周りが騒めく中、何か言い淀んだ様子を見せながらも答えてくれる。


「俺は――町長だッ!」


 その返答に俺はビビった。色々と。

 まずこんな「町長だ!」なんて、自信満々に言い切る人を生まれて初めて見たのだ。

 そんな目力たっぷりに、ドヤリながら町長自慢されても困ってしまう。

 この世界の町長ってそんなに重職なのだろうか……?

 でもこの図体だ。

 日本の市長や村長のように、普通っぽいおじさんやおばさんがやれるような仕事じゃないと思った方が良さそうである。

 たぶん町や町人を守るために、日々魔物や国とバトルしているに違いない。

 それにこの空気感だ。

 なぜか周りは息を飲んだように目を丸くしている人もいれば、焦ったような表情を浮かべている人、言葉を失って跪こうとしている人までいる。

 総じて視線はこの町長に集まり、一挙手一投足余さず捉えようという気概を周囲の人達から感じる。

 まさか自己紹介の一言でここまでの空気を作り上げるとは……この町長、相当やる。

 ヒヨッてこっちが委縮しちまいそうだ。


「そ、そうでしたか……それで何か御用でも?」

「うむ。攫われた者達を救出したと聞いてな。褒賞を出そうと思うが、今夜は時間を取れるか?」


 なるほど、褒賞か。

 嫌いじゃない響きに、自分の耳がピコピコと動いた気がした。

 そういえばベザートでも、ジンク君達3人衆の件で礼金のような物を貰ったことを思い出す。

 ハンター二人の分がギルドから出るのは分かっていたけど、そうかそうか子供達の分か。

 全員がこの町の出身じゃないみたいだけど、20人以上いるわけだから、結構なお金になるのかもしれない。

 しかし、今夜はどうしても外せないのだ。

 リアに大事なことを伝えなければいけないので、さすがに今日の今日では困ってしまう。

「すみません今日は先約があって、明日だとダメですか?」

 俺は普通のことを普通に返した……と思う。

 しかし場は一瞬で凍り付いたような気がした。

 ところどころ、「断った!」「断ったぞ!?」と、声を洩らしながら驚愕している人達がいる。

 いやいや、どんだけだよ町長!

 それともこれがこの世界の常識なのか?

「まぁ急な話だしな。では明日の夜、|我《・》|が《・》|家《・》で会食でもしながら褒賞を渡すとしようか。宿を取っているなら迎えをやってもいいが?」

「あ、それは大丈夫ですよ。町長さんの家って聞けば、この町の人は分かりますよね?」

 そう問いかければ、町長さんが周囲を見渡し、目のあった人達が次々と高速で首肯している。

「大丈夫そうだな。では明日、楽しみにしている」

 そう言いながら最後に積み荷を確認するためか、俺の横を通り過ぎた時。

「王都に向かったニローから話は聞いている。純粋な興味で害するつもりはないから安心してくれ」

 デカい手を肩に置きつつそう呟かれ、楽しみとはそういうことね、と。

 そう考えると急にめんどくさくなるも、でもまぁ、町長ならたぶん各町のギルドマスターと同じくらいの立ち位置。

 それで褒賞の話もあるなら別にいいかと、人混みをモーゼのようにパッカーンと割りながら去っていく、そんな町長さんの背中を眺めていた。



 その後は衛兵さんが奴隷状態の男4人を連行。

 欲の強そうな最初の奴隷アルフィバは、俺への恐怖より怒りが増したのか、

「畜生ッ! 俺に飯と酒と女を約束してくれる話はどこにいった!? 話が違うじゃねーかっ!」

 このように喚いていたが、俺がこの男に約束したのは|彼《・》|女《・》|に《・》殺されないようにすることくらい。

 今は記憶を弄られどう解釈しているのか知らないが、身勝手な願望を口にし、それらが叶うと勘違いしたこの男の問題だ。

 つまりこの後、男達が死罪になろうが俺の知ったことではない。

 しっかり理解せずに勇み足で契約をしたおまえが悪いということである。

 そもそもこの男達に掛けられていた奴隷契約は


 "術者に危害を加えない" "術者に嘘をつけない"


 この二つだけだったしね。

 正確にはコストの問題で、これ以上の制約を男達に施せなかったんだろうけど……

 セフォーさん達を殺したのも、アマリエさん達に手を出したのも、金品を奪い盗賊稼業に精を出していたのも。

 結局は命令でもなんでもなく、この男達の自己判断でやっていたわけだから、どう処罰されようがなんの同情心も湧いてこない。

 それでもわざわざ連れ帰ってきたのは―――

 それっぽい男性に視線を向けると、頃合いかとあちらも声を掛けてくれる。


「私はこの町の衛兵長をしているアルバックという。申し訳ないが君も衛兵官舎まで同行願えないだろうか? ハンターの女性二人からも多少の事情は聞いているが、救出者からも事の経緯を詳しく聞かせてほしい」


 そう、この展開を望んでいたからだ。

 馬に乗り、鎧を着込んだ男に俺は愛想良く返答をする。

「もちろんですよ。この男達の住処や奴隷の売り先など、僕からお話しできることはお伝えします。なのでこの国の法について、できれば詳しく教えてもらえないでしょうか?」

 どこまでならセーフで、何をすればアウトなのか。

 罪の女神様として日々懺悔を聞いているからか、リアも多少は法について知っているものの、その知識は広い意味でこうなる可能性が高いという程度。

 国単位の細かい|法《ルール》までは把握できていなかった。

 押収したこの荷物だって、所有権は誰になるのかまったく理解できていないまま、形見が混じっているからというだけでとりあえず回収してしまっている。

 となれば、この手の犯罪者を取り締まる人達に聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 ラグリースはもちろん、隣国あたりの情報まで確認できれば御の字である。

 俺が確認しておきたい事項なんてそれなりに限定されているしね。

「おぉ、それは感謝する。法は何か分からないことがあるならもちろん教えよう。肌色からラグリースの出身ではないようだしな」

「こちらこそ感謝します。それで早速ですが、この押収した積み荷はどうすればいいですか? 形見の品もあって全部回収してきたのですが」

「これは凄い量だな……一度男達を取り調べした上でになるが、盗難や奪い取った品であれば、大体のケースではその組織を潰した当人の物になる。そこから持ち主に返すかどうかはその者の自由だ。一度中身も確認しておきたいから、とりあえずは全て衛兵官舎に運びこませるとしよう」

 衛兵長のアルバックさんが後方に指示を出すと、部下の数人が町の中へと戻っていく。

 どうやら馬を調達してくるようで、横に転がっている1便のカラ馬車も利用して2台で運び込むらしい。


 そんなわけでトコトコと。

 荷物は門番さんや残った衛兵さん達に任せ、時代劇のようにお縄になった男達4人の後をついていきながら、衛兵官舎というところを目指す。

 日本で言えば交番?

 それとも警察署くらいに少し規模が大きいのかな? などと想像していると、大通りから一本入ったところ。

 2階建ての一軒家よりやや広いくらい、石造りが一目で分かる建物の前で動きが止まる。

 両開きの鉄扉で堅牢そうではあるが、意外と建物自体は小さい。

「男達は一旦地下牢に入れろ。すぐに取り調べ開始だ」

(あ~なるほど地下があるってわけね。納得納得)

 アルバックさんの指示に一人納得しながら、俺は一階入り口付近にある一室へ。

 そこはテーブルを挟んで4脚の椅子が置かれており、応接室という雰囲気ではないけど、小窓から日の光もしっかり入った清潔感のある4畳程度の小部屋だった。

「改めて、私はリプサムの衛兵長を任されているアルバックだ。協力感謝する」

「僕はロキです。宜しくお願いします」

「では、事の発端だが―――……」

 そこからなぜ、この事件に首を突っ込むことになったのか。

 ハンターギルドの緊急探索依頼から始まり、受付嬢レイミーさんの存在。

【飛行】と【探査】を併用しながら『斧』や『行方不明者の名前』を探したこと。

 結果街道の北側に反応があり、そこが男達の住処になっていたこと。

 そして、中で行われていたこと、俺が行なったことなど―――

 リアという存在だけは隠し、リアがやったことを俺に置き換えた上で、一から九くらいまでの事情を説明していく。

 その間アルバックさんは木板に黙々と俺の言った内容を書いており、この世界は書記官のような存在がいないんだなと。

 そんな余計なことを思ってしまうくらいに淡々と事が進んでいった。

「なるほど。【奴隷術】か……それで子供達が人攫いの被害にあったというなら納得もいく。道理で少し前、子供達の行方不明報告が続いたわけだ」

「少女ばかりなのは奴隷術者の趣味でしょうね。被害は近隣の村にまで及んでいるみたいなので、どうか彼女達を宜しくお願いします」

「もちろんだ。しかし、なぜハンターまで混ざっている?……ロキはその辺りを聞いているのか?」

「えぇ。どうやら護衛もできる奴隷ということで、他国からオーダーが入っていたみたいですよ」

「他国……ちなみにどの国か、国名は覚えているか?」

「いえ、申し訳ありませんが。引き渡した男達もそこまでは知らなかったようです」

 Dランクハンターといえば、世間の評価としても弱くはない――中級者クラスのハンターという立ち位置だろう。

 それでいて若く容姿に優れ、いざとなれば回復や解毒も可能で、おまけに性的な部分までカバーできる。

 客観的に見たって奴隷としてはかなり優秀だ。

 だからこそ相応の金額で取引されるのだろうし、パーティメンバーという障害を排除してでも手に入れようとしたのだろう。

 排除できれば遺品という名の|戦《・》|利《・》|品《・》も手に入るわけだしな。

 普通にやったんでは勝ち目がなくとも、子供という餌を使い、おまけにその餌が武器にも早変わりするとなれば、ハードルは一気に下がる。

 俺もその罠にあっさりハマったわけだしね……

 ポケットをゴソゴソと。

 子供達から回収した『指輪』を机の上に並べる。

「これが子供達に嵌めさせていた武器です。麻痺と毒―――毒はカズラ血毒と言ってましたが、その2種類が仕込まれているようです」

「カズラ血毒……? カズラ……カズラ……まさか同盟国が……いや、そんなわけは……」

 何やら口元を手で覆い、思い当たる名称と紐づけ作業をしていそうなアルバックさん。

 ならばと、2~3日後に運び専門の業者が住処へ訪れるらしいと伝えれば、目がギラリと光り、暫し考え込む。

 そこから事件の背後を特定できるかは彼らの腕次第。

 同盟国なんて言葉も出てきたし、他国で人を攫っていることが発覚すれば、地球同様に両国間の関係は相当冷え込むのかもしれないな。

 まぁ……そこまでの規模の話、俺が気にすることじゃないけどね。


 約1時間ほど。

 話せることは大概話し、アルバックさんからの質問も出てこなくなった。

 自分で書いた木板を眺めながら、ウンウンと頷いている姿を見て、これはそろそろ俺のターンじゃない? と。

 そんな雰囲気を感じ取る。

「この辺りでもう大丈夫ですか?」

 今、俺が切実に知りたいこと。

 定められた|法《ルール》について詳しく教えてほしい。

「あぁ、非常に助かった。りょ……町長から子供達救出の謝礼も支払われるそうだから、この内容も町長に伝えさせてもらう」

「問題ありません。では、僕が知りたかった法についてですが」

「うむ。具体的に、どんなことを知りたいんだ?」

 そう言って身を乗り出してくるアルバックさんへ、大真面目な顔をして俺は質問した。



「人を殺しても、法的に許される条件を教えてください」172話 不平等

 部屋の中が、今までとは違った静寂に包まれる。

 既に木板への書き物を終えているため、羽根ペンが木を擦る音すら聞こえない。

 不思議と窓からは光が入るのみで、外の喧騒は聞こえてこなかった。

「い、今、なんと言った?」

「ですから、人を殺しても法的に僕が罰せられない条件を教えてほしいんです」

「……どうして?」

 この言葉に、アルバックさんの疑問が全て集約されているような気がした。

 未だに俺の質問の意味を飲み込めておらず、眉根を顰《ひそ》め、何かを探るような視線で俺を見つめている。

 だから俺は正直に答えた。

「僕は――今回初めて人を殺しました。そうしないと、ハンターの女性達や子供達を守れないと判断したからです」

「……」

「人を殺害することは『悪』と断罪されて罰せられる。これは理解しているつもりですが、では何が条件に加わればその行為は『正義』に転じるのでしょう?」

「そういうことか……」

 天井を見上げ、俺の言葉を反芻しながら飲み込んでいくアルバックさんの返答を、ただ黙ってジッと待つ。


 今回瘦せこけた男を殺したことで、俺自身が罪に問われるとは思っていない。

 それは相手が罪人であれば不問というリアの言葉や、野盗に対しての対処法をギルド講習で習っていたからだ。

 20人以上もの人間を拐《かどわ》かし、男達を殺して金品を奪い、おまけに女性達を強姦していた。

 しかもこれが初犯ではなく、いったいどれほどの前科があるか分からないとなれば、もはや役満コースと言ってもいいくらいの大罪人だろう。

 こんな相手でも、俺が殺してしまったならあなたも死罪ですなんて言われたら、暴走機関車の如くこの場で暴れまわる自信がある。

 本人達も自白していたように、男達は捕まれば死罪確定というレベルの犯罪行為に手を染めていた。

 だから今回はいいとしても、問題は今後なのだ。

 線引きが分かれば全てそれに合わせるわけではないが、把握しておくことによって俺の今後の行動も大きく変わってくる。


「残念ながら、ロキが求めるような明確な線引きは無い。これが答えになる」


 だがアルバックさんの答えは、俺が求めていた内容とはまったく異なるモノだった。

 線引きが無い?

 つまりその場その場の判断?

 混乱しながらも自分なりの答えを探そうとしていると、アルバックさんがヒントとも言える言葉を口にする。

「店先でパン一つ盗んだ子供がその場で切り捨てられることもあれば、不快という理由だけで人を切り捨て許される者もいる」

「え……?」

「それはこの国だからという話ではなく、まず近隣諸国でも同じだろう」

「えーと、つまり……」

 ここで気付いた。

 そうだ、ここは1000年近く文明の遅れた『|不《・》|平《・》|等《・》』な世界。

 身分という名の、絶対的な上下関係が存在する世界だった。

「罪を犯した者の身分次第、ということですか?」

「そうだな。より正確に言えば、裁く者と裁かれる者の身分差、あとは立場によって決まると言っていい」

「裁く者……」

「罪を裁くのは、一部の例外を除けば上級貴族の下部組織である裁法院だ。下級貴族が代理人を立て、実際にはその者達が裁く。罪状に応じて死罪か犯罪奴隷か、犯罪奴隷の場合は刑期も言い渡されるが基本はこの二択だな」

「そこに無罪という選択は無いのですか?」

「まず無い。大半は我々のような衛兵が犯人を捕縛するが、無罪になるような身分や立場であれば、裁法院へ話が持ち上がる前に無罪放免の指示が飛ぶ」

 ……ひでぇ話だ。

 現代のように、表面上でも人類皆平等なんて主義がなければここまで酷いものなのか。

 貴族なんていう特権階級の身分が存在している限り、どうしようもないことなのかもしれないけど……

「ちなみに|立《・》|場《・》というのは?」

「単純な話で、裁く立場にいる者達と懇意な関係にあるのかどうか。その関係を築くために金を撒く商会主や金主も多いし、さらに上――上級貴族との繋がりをチラつかせる者もいる」

「……」

「失望したか?」

「……少々」

 本当は少々どころじゃないけど、敢えて隠さず言葉に棘を含ませた。

 これでは法などあってないようなもの。

 弱者が踏みにじられ、強者が高笑いしながら甘い汁を吸うクソみたいな世界の出来上がりだ。

 しかも恐ろしいのは、衛兵長という立場であるアルバックさんが、隠すこともなく俺にこんな内容を伝えていること。

 この世界では当然至極おこなわれている日常で、伏せる必要すら無い世間一般の常識ということになる。


「済まないな……」

「?」


 なぜ俺に謝る必要が?

 そう思っていると

「マルタの監査主任――ニローさんから少し話は聞いていてな。ロキは異世界人だから、絶対に粗相が無いようにと釘を刺されたのだよ」

 そう言って力なく笑うアルバックさんを見て、俺は勘違いしていたことに気付いた。


(そうか、|俺《・》|も《・》|立《・》|場《・》|あ《・》|る《・》|者《・》と判断されているのか……)


 今の話も、見方を変えれば上への批判だ。

 特にこの世界であれば軽はずみな批判や告発なんて、殺されることで揉み消される様子がすぐに想像できる。

 今日の町長さんも、わざわざ俺だから出向き、そして夜の会食なんてセッティングをした可能性が高い。
 
(ニローさん、何を道中広めまくってんだよ……)

 そんな愚痴を零したくなるも、【飛行】を隠さなくなってきた俺も俺だし、国のためを思う彼の立場を考えればしょうがないこと。

 町人にまで広がっていないだけマシなんだろうな。

「ニローさんは、もうこの町にいないんですよね?」

「あぁ、私や一部の立場ある者にだけロキの情報を伝え、すぐに王都へ向けて旅立ったよ。1日でも早く到着しなければ大変なことになり兼ねないと大慌てだった」

 はは……苦笑いしか出ないな。

 彼が不憫で、そんな話を聞けばゆっくり王都へ向かおうかなという気にもなってくる。

「正直に言えば異世界人の見方は様々だ。良く思う者もいれば、そうでない者だっている。だが――」

 そこで言葉を止め、ジッと俺を見つめるアルバックさん。


「このような行動を起こしてくれたロキに、俺は―――いや、俺達は感謝しかない。だから、救える力があるのなら、今後もそうしてもらいたいと切に願っている」


 ――俺は即答できなかった。

 複雑な心境だ。

 リスクと代償を伴う正義。

 下手をすれば、誰かを救ったつもりが犯人に仕立て上げられている可能性だってある。

 でも、それを跳ね返せるかもしれない立場……そして、俺だけが正義を執行するメリット……


(何が、正解なんだろうな)


 今日という一日が色々あり過ぎて、上手く考えが纏まらない。

 それでも――


「人助けは、悪いものじゃありませんでしたよ」


 それだけ伝え、俺は確認が終わったと途中報告の入っていた積み荷の場所へと向かった。



 アルバックさんは男達の証言を確認後、町長の下へ報告に行くということでここでお別れ。

 次に対応してくれたのは10代後半くらい、ウェーブのかかった青髪が特徴的なイケメンだった。

 この世界の中ではかなり髪型に力を入れているようで、頻繁に前髪を人差し指でクネクネ弄っている。

 自分で髪を巻いているのだろうか?

「次はコッチっす」

 見た目も言葉も軽い感じで案内されたのは、石畳でできた官舎の裏庭と思われるスペース。

 そこには荷台に積まれたままの押収物がデデーンと鎮座していたので、さてどうしたものかと考え込んでしまう。

「一応これは僕の物、ということでいいんですよね?」

「そうっすよー貰うも換金するも自由っすね。もし要らない物があれば、タダになっちゃいますけど、衛兵官舎で引き取ることもできるっす」

 ふーむ。

 こういうワチャーッと色々な物が入ってきて、その中で使えそうな物を分別していくのは、インベントリ整理みたいな感じで凄く好きな作業ではあるんだけど――

 如何せん今はその整理を楽しむ余裕が無い。

 まだこれからハンターギルドにも行かないといけないので、手早く必要不必要の判別をしていく必要がある。

 こんな時こそ【空間魔法】があれば一発解決なんだけどなぁ……

(さて、まずは物を減らすか……)

 チラリと横を見れば、何をするでもなく、前髪クネクネ少年はクネクネしながら棒立ちしていた。

「あの、ここの衛兵さん達ってお酒飲みます?」

「へ? そりゃガブガブ飲むっすけど?」

「じゃあここにあるお酒は衛兵さん達に全部あげますので、ちょっと手伝ってくれません?」

「おっひょ~さすがっすね~!」

(よし、この少年手伝わせられるな)

 飛び跳ねている様子を見てそう思った。

 一人でやるには量が多過ぎるので、今必要なのはマンパワーと情報。

 ならば暇そうなこの前髪クネクネ少年に助けてもらうとしよう。


 意気揚々といくつもの樽を転がしていく少年に、大量に出てくる食糧の行き先を求めて確認をする。

「そういえば子供達って家に帰れたんですか?」

 2便到着の頃には西門付近におらず、結局子供達がどうなったのか俺自身は分かっていない。

 近隣の村が出身という子達は、馬車に乗れば今日中に戻れるものなのかと思っていると、どうやらそう簡単にはいかないらしかった。

「いや~家がリプサムじゃない子達もいるみたいなんすよね~だからそういう子達は教会に集まってるみたいっすよ?」

「それは子供一人で村に返せないからという理由で?」

「もちろんそれもあるっすけど、だいぶ精神的にマズそうな子達が混ざってたっすからね~。下手に村へ戻すより、この町で治療しながら様子を見た方が良いって案も出てるみたいっすよ」

「なるほど……」

 たしかにリプサムへ来る途中、飛行しながら遠目に見かけた村は、『集落』という表現が適切なくらい小規模で何も無さそうだったからな。

 精神ボロボロのままそんなとこに戻されるなら、人も施設もあるような町で回復を図ってからの方が、子供達にとっても良いような気がする。

 たぶん指輪嵌めていた子達って、今まともに親を判別できるのかもちょっと怪しい雰囲気だったしね。

 となれば丁度良いだろう。

 子供とはいえ、人が増えれば消耗する物だって増えるはず。

 なら自分が必要無い物は、あちらで有効活用してもらえばいい。

「それじゃここにある食材は、全部教会に寄付しちゃいますか」

「良いんじゃないっすか~? 孤児院もあるから相当喜ばれると思うっすよ!」

 酒も一人で飲もうとは思わないし、食べ物も狩場で現地調達か外食の2択だからね。

 ついでに敷布や油、やや使い古された調理器具に安物らしい魔道具なんかも、あれば使う用途がありそうだからと、教会行きが決定された馬車1号にどんどこ積み込んでいく。

 まるで教会がリサイクルショップ状態だが、いらなければ向こう側で処分するだけだろう。

 それに現代と違って、継ぎ接ぎだらけの服が中古で売られるくらいに物は大事に使われているので、たぶん嫌な顔をされることはないはずだ。

「武器だけじゃなく、鎧も衛兵さん達はいらないんですよね?」

「そっすね~武器と同じで国から刻印された専用装備が支給されるっすから、貰えるんなら貰いますけど結局使わずに売るだけっすよ?」

「ん~それじゃこんなもんかなぁ……」

「っすね」

 自前の特製籠含め、残った物は馬車2号へ。

 形見も含めた装備品がそこそこ多いので、ここからは俺が馬代わりとなって馬車を引く。

「それじゃ、|こ《・》|れ《・》|で《・》お願いします。後日確認しに行きますんで、確実に教会へ届けてくださいね」

「了解っす! 仕事っすからバッチリやっておくっすよ!」

 クネクネ少年に、今回手に入れた革袋の中から金貨3枚を握らせ、俺は衛兵官舎を後にした。

 無料でもやってくれそうだったが、物欲に目がくらんで教会行きの物品を自分達で抱えてしまう可能性もなくはない。

 だったら仕事として。

 見方によっては賄賂みたいなものだけど、別に悪いことしてくれとお願いしているわけじゃないのだから、この程度は何も問題ないはずだ。


「それにしても、盗賊稼業って意外と希少な物を隠し持ってるんだなぁ……」


 思いがけない成果物に心ときめくも、これから酷な報告をしなければならないと思えば、すぐに気持ちは消沈し馬車を引く足取りは重くなる。

 これは馬車が重いだけ。そう、重いだけなんだ……

 内心、そんな誤魔化し方が何も意味はないと分かっていながら、それでもやってしまうのは俺の心が弱いからなのだろう。

 俺は次なる目的地ハンターギルドへと、溜め息が止まらぬまま向かっていった。173話 割に合わない仕事

 いつものと同じ光景だ。

 ハンターギルドの正面入り口。

 その柱に張り付き、スイングドアの下から覗き込めば、既に夕刻とあってか換金しているハンター達で賑わい、横のお食事処では酒の入ったテーブルも複数見られる。

 対応している受付嬢は皆忙しそうで――その中に、笑顔で対応しているレイミーさんもいた。

(あれ……まだ知らないのかな……)

 内心、そんなわけがないと思いながらも、つい自分の気持ちが楽になる考えをしてしまう俺は本当に弱い。

 既に彼女が今回の結果を知っているのかはまだ分からない。

 でもハンターであるアマリエさんとエステルテさんは、無事帰還したという報告くらいハンターギルドにしているだろう。

 それに俺は俺で、門番さんの一人にハンターギルドへ報告してくれとも伝えている。

 ならば、最初の窓口になる受付嬢が知らないわけないのだ。

 そう、旦那さん――セフォーさんは亡くなったと分かっているのに、それでも以前同様、気丈に振る舞っている。

 ……ならば俺だって堂々と――

「おう坊主、入り口でしゃがんだら邪魔だろーが!」

「あ、すみません」

 横の男がスイングドアを開けながら俺に叱咤《しった》する。

 その声に反応し、レイミーさんの視線がこちらに向けられ――


 ガシャン。


 目が合った時、レイミーさんの持っていた硬貨は地面に落ち、盛大な音を鳴らした。

「……」

「……」

「おぉ? さっき空を飛んできやがった非常識なガキンチョじゃねーか! 拉致られたやつら助けてきたんだろ? 戦利品は良いもんあったかよ!?」

 気まずい空気が流れる中、声の方へ視線を向ければ、木製ジョッキ片手に既に顔の赤い兄ちゃんが陽気に話しかけていた。

 言葉は汚いが、悪気の欠片も無いであろうことは雰囲気で分かる。

 ……こんな時は酔っ払いが非常にありがたいな。

 その陽気さに中《あ》てられて、気持ちが少し解《ほぐ》れた気がする。


「大したものはなかったですけど、しっかり遺品は回収してきたつもりです」


 言いながらレイミーさんを見つめれば


「ありがとうございます。ずっと、待ってましたよ」


 そう言って、先ほどとは種類の違う笑顔をこちらに向けてくれた。



 その後はこの町だと初対面になるギルドマスター――オスタムさんという腰の曲がったおじいちゃんが2階から降りてきて、当事者も交えた遺品の判別が行われた。

 ギルドマスターへ事情報告しながら、俺が来るのを待っていたというアマリエさんにエステルテさんはもちろんのこと、仕事中ではあるも事情を考慮されたようで、レイミーさんも混ざりながら馬車に積んだ装備品や所持品を確認していく。

「一応伝えておくと、遺品回収などの条件が入った依頼でも受けていなければ、遺品――特に纏まった価値になりやすい装備品は殊更返却義務が無い。残された者が買い上げるということも往々にしてあるが……ロキ君は|た《・》|だ《・》|の《・》|返《・》|却《・》でいいのかね?」

 そうオスタムさんに問われるも、普通の返却以外に選択肢の無かった俺には戸惑いしかない。

 というより他の選択肢があるのかと驚いたくらいだ。

 しかしよくよく考えれば、奪還した者に所有権が移ると決められている上、その品々を状況によっては命がけで奪い返してくるとなると、形見と言えど相応の対価を求める人達がいたっておかしくはないんだろうな。

 実際装備品や遺品に10億ビーケの価値があるなんて言われたら、「遺品なんだから、あんたの掛けた労力なんて知らんし無条件で返してくれ」と言われても、素直にハイとは言えない自信がある。

 そもそもこの世界じゃ、遺品であると証明すること自体がまず難しそうだし。


 だがまぁ今回は――


「もちろんただの返却で大丈夫ですよ」


 その他の選択肢を聞いたとしても、この返答しか俺には考えられなかった。

 レイミーさんがどんな気持ちで旦那さんを待っていたのか。

 目の前で旦那さんを奪われた二人が、その後どんな仕打ちを受けていたのか、それぞれ目の当たりにしちゃってるわけだしね。

 そんな人達からお金を取れるわけがない。

 心持ちはその程度だというのに、俺の言葉を聞いて三人共がホッとした表情を見せているのは、やはり買い上げというケースがそれなりにあるからなんだろう。


 それぞれがそれぞれに、故人の武器や鎧を手に取り、思いを馳せ、抱き抱えて涙する。

 そのすぐ横では、ハンターたちが酒に飲まれ大騒ぎしながら、その日の労働をパーティメンバー同士で労っていた。

 この世界では当たり前のこと。

 それでも――|こ《・》|の《・》|場《・》|の《・》|命《・》|の《・》|重《・》|さ《・》だけは日本に居た頃となんら変わらないものだった。


「うぅ……うぐぅう……何も力になれなくてごめんなさい……助けてあげられなくてごめんなさい……」


 泣き崩れるレイミーさんの謝罪は、亡き旦那さんに向けられているはずなのに、なぜか少しだけ、俺の心にも響く。

 顛末を聞けば、俺が緊急依頼を確認した時にはもう亡くなっていたはずだ。

 物理的にどうこうできる問題ではなかった。

 ここまでが限界だった。

 それでも――


「力になれず、すみませんでした」


 そう誰に向けたものでもなくポツリと謝罪をし、残りの荷物を積んだ馬車を引きながらこの場を後にする。

 ギルドマスターのオスタムさんが後ろで「報酬を~!」と叫んでいたけど、どうせ明日もまたギルドには顔を出すんだ。

 今貰わなきゃいけない理由もないだろうし、今日はそんな気分じゃない。


「ロキさんっ! ちょっと待っ―――」

「なんとも割に合わない仕事だ」


 背後から聞こえる女性の呼び声にわざと被せるよう、本音とは少し違う自分の気持ちが口から零れる。


(はぁ――……雨、降るかな?)


 空を見上げれば、夕暮れ間近の空には厚ぼったい雲が覆っていた。

 俺は決してお金で埋められるモノじゃないと知りながら、急ぎ馬車2号も含めた戦利品の現金化をおこなっていった。174話 殺めること

 宿に戻り、一人1階の食堂で食事を摂ってからは、ずっと部屋に備え付けられた椅子に座ったまま。

 いったいどれほど雨の雫が垂れ落ちる小窓を眺めながら、溜め息を吐いたのだろう。


 ギリギリまで待ったものの、結局リアが食事の時間帯に降りてくることはなかった。

 食べながら話すような内容でもないし、もしかしたら女神様達で事前に話し合いがおこなわれているのかもしれない。

 だったら一人の時間を有効に使おうと思ったが、どうにも集中できず、何を考えても上手く思考が纏まらなかった。


「俺は……人を殺した……殺してしまった……」


 そう自分に言い聞かせるよう敢えて口にするも、不思議とその実感は湧いてこない。


 ――人を殺めれば罪の意識に苛まれる。


 ――殺した者の顔が頭から離れない。


 聞きかじった程度の、殺人後に抱える障害のようなもの。

 それらがなぜか無い。

 拍子抜けするほどに何も無いのだ。

 今日の今日だからまだ実感が湧かないだけで、時間が経てばまた違ってくるのか?


 また雫の張り付く小窓を眺め、自然と手元は口を覆い、思考は巡る。

 人ではなくとも、魔物という同じ生物をすでに万という数で俺は殺してきた。

 ゴブリンやオークといった人型に近い種も、生きていくためと開き直ってからは、ただの糧として山ほどの数を蹂躙してきたのだ。

 おまけにただ殺すだけでなく、【解体】の必要があってその死体をバラしていた。

 この世界なら――特にハンターにとっては至極当たり前の行動。

 それが強い耐性になっている可能性も大いに有り得る。


 それにあの男は明らかな『悪』だった。

 年端もいかない少女を攫い、囲い、売る。

 盗賊のような男達と結託し、襲い、奪い、殺していた。

 そうだ、少女に指示を出し、俺を殺そうとしたのだ。

 あのカズラ血毒という毒物は本人が驚いていたように、まず毒耐性の高い俺じゃなきゃ生き残れなかったはずだ。

 即効性の高さから、食らえば数秒と持たずに死ぬのが普通ではないのか。

 そう……俺を殺そうとした……リルのように他の意図があったわけでもなく、ただ『|純《・》|粋《・》|な《・》|悪《・》|意《・》』として、俺の存在が己の悪事の邪魔だからと殺そうとしたんだ……

 そんなやつを殺したところで清々するだけ、俺に罪の意識なんか生まれるわけが――――


 思わず身体が一瞬痙攣し、自分の考えにハッとする。

 ――いやいや、この考えはマズいのでは?

 何か人として、大きなモノを失っていく気がする……

 魂が抜け出るかと思うほどの、深いため息。

 先ほどからこの調子だ。

 どうにもポイントポイントで深く考え込んでも、しっくり来るような、納得のゆく回答を見出せていない。


「正義……利点……目的……影響……執行…………」


 もしかしてどんぐりは、この世界で俺に―――……


 はぁ。

 かぶりを振り、気分を変えようとステータス画面を開いた。

 どの道リアがくればこの話はするのだ。

 それならば、今はリアがいなくてもできることを。

 まるで現実から逃げるように手帳を開き、今日新たに追加された|タ《・》|ブ《・》の内容を改めて確認していく。




 奴隷術は『任意奴隷』と『強制奴隷』の2種類に分かれる。

 任意奴隷とは「奴隷になる」という奴隷対象の言葉をもって、双方合意の上で奴隷契約が結ばれる。

 強制奴隷とは最も認知している奴隷対象自身の名前を術者が把握し、なおかつ術者の血を体内に含ませることで可能となる。

 任意奴隷のみ、術者とは別の主を定めることが可能。その場合は奴隷契約に関する権利が任意の主へと渡るが、奴隷契約が続く限りコストは術者が支払い続ける。

 任意奴隷は必ず奴隷契約時に、奴隷契約解除条件を定めなければならず、これに対象奴隷が合意することで奴隷契約は結ばれる。

 任意奴隷はコスト1を支払うことで、対象奴隷を『魂縛状態』にし、対価として1つの行動に強制や制限を設けることができる。

 コストは対象奴隷1名につき最大10まで支払うことが可能。

 ただし対象奴隷1名につき、術者の【奴隷術】レベル以下までのコストしか支払うことはできない。

 強制奴隷は、全てにおいて任意奴隷の10倍のコストを支払う必要がある。

 コスト10を支払った奴隷のみ、状態が『魂縛』から『隷属』へと変化し、行動の強制や制限に一切の縛りや上限が無くなる。

 奴隷契約の任意解除は対象奴隷側からおこなえず、術者もしくは定めた主が『解放』を認めた場合に解除される。

 対象奴隷が死亡した場合、奴隷契約は強制的に解除される。

 術者、もしくは定めた主が死亡した場合、奴隷契約は強制的に解除される。

 なんらかの理由により奴隷契約が解除となった場合、ただちに支払っていたコストは術者の下へ還る。



 これがその他枠に新しく追加されていた【奴隷術】のスキル、その詳細説明の|一《・》|部《・》だ。

 本来の詳細説明はこの程度。


【奴隷術】Lv3 奴隷契約を結び、対象を『魂縛』もしくは『隷属』させることが可能になる 最大所持コスト150 奴隷契約時のみ魔力消費30


 当然こんな説明だけで理解できるわけがなく、当初は魔法系の簡素過ぎる説明と同じ、手探りでどうにかするタイプだと思っていた。

 しかし、このスキルの異質さにはすぐ気付かされた。

 なんせステータス画面右側のスキル枠に、スキルツリーとは別の新しいタブが追加されていたのだから。

 そのタブに視線を送れば上記の説明がズラリと書かれており、これが『【奴隷術】専用タブ』であることを理解した。

 下にスクロールすれば、契約時に身体の一部を触れる必要があることや、対象の体内に含ませる血の意味や量に関する注意点。

『任意奴隷』と『強制奴隷』それぞれの契約の流れも記載されており、男達に【奴隷術】を使用したら、コスト残や個別の契約内容まで表示される始末だった。

 明らかに今までとは扱いが異なるスキルなのはこの時点で明白である。

『コスト』という『魔力』とは別の消費対象が出てきたからなのか。

 それともどんぐりがこの【奴隷術】を特別視し、|俺《・》|に《・》|使《・》|わ《・》|せ《・》|よ《・》|う《・》|と《・》|し《・》|て《・》|い《・》|る《・》のか。


 何にせよ、奴隷だからなんでもありというほど、強制力の強い万能スキルではない気がする。

『任意奴隷』はある意味健全で商業的な意味合いが強く、契約やその解除条件も奴隷対象との合意がなければ何も進まない。

 つまり死罪を免れるためだったり、金が回らなくなって身売りしたりと、奴隷対象が何かしらの理由で奴隷になることを理解し、納得しているということになる。

 今回のケースで言えば盗賊まがいな男達、そして少女達がこの『任意奴隷』だな。

 少女達もというところで闇が深いというか、奴隷の本質を理解し、解除条件をしっかり検討できるくらいの知恵がなければ。

 もしくは目の前の武力に屈服せざるを得ない状況であれば、望まぬ任意奴隷契約なんて事態も招きそうだが……

 それでも【奴隷術】のスキルレベル以下までしか、奴隷に行動制限や強制力を働かせられないのだ。

 俺であればレベル3だから、奴隷一人に対し最大3つまでの注文、奴隷の数で言えばコストに応じて50~150人というのが現状のキャパということになる。


 対して『強制奴隷』の方は、まさに物語などで登場するような、俺が想像していた通りの奴隷契約だな。

 今回の対象で言えばハンターの女性二人がそれだ。

 相手の意志などお構いなしに奴隷へ落とし、行動に強制や制限を掛けることができる。

 だがコスト10倍というのが術者にとっての大きな障害で、俺自身も3つの注文をつけたら男達4人を強制するのが限界だったし、限られたコストの中で運用するとなればとても多用できるような代物《しろもの》ではない。

 それに明らかに自分より格上であれば、そもそもとして体内に血を含ませることすら困難だろう。

 力量差――補足説明を見る限りは魔力量の差、もしくは知力の差で体内に含ませる血の量も大きく変わるっぽいので、あまりこの世界で強制奴隷になっている人はいないだろうなと思っている。

 ましてや【奴隷術】の最大レベルで初めて可能になる『隷属状態』なんて、まずこの世界で使える人いるんですか? ってレベルだろうな。

 なんというか、【奴隷術】をゲットしたら「ハイこれで奴隷関係はなんでもやりたい放題でーす」という風にはならなくて、それが歯がゆくも俺好みで面白い。


 まぁ、いざという時用に把握しておこうと努めているだけで、こんな物騒なスキルを多用する気はないんだけどね。

 こんなスキル、魔物を倒すのにまったく必要ないし。

 それに少なくともあの痩せこけた男が【奴隷術】を使いこなしていたってことは、この情報自体がさほど価値のないものということにもなる。

【奴隷術】に限っては、スキル取得者が特別確認できるステータス画面のような何かがあるのか。

 瘦せこけた男が死んでいる以上、この問題は当面謎のままになるだろう。


 その他は―――

 ……手帳に記載された前日までの結果と比較すれば、思わずため息が出てしまうな。

 こうもはっきりと、人を殺めてしまったことで得られる|戦《・》|果《・》を確認してしまうと、心のどこかが燻り、奥底にある芯が黒く浸食されていくような感覚に陥る。

【聞き耳】 新規取得 → Lv1

【交渉】 新規取得 → Lv1

【細工】 新規取得 → Lv2

【加工】 新規取得 → Lv1

【話術】 Lv1 → Lv2

【異言語理解】Lv3 → Lv4

【罠生成】 新規取得 → Lv1

【威圧】 新規取得 → Lv1

【魔力最大量増加】Lv2 → Lv3

 この全てがあの痩せこけた男から得られたスキルだ。

 しかもスキル取得にまでは至っていないけど、経験値だけは上がったと分かるスキルが、少なくともこの倍近くはある。

 得られる経験値の関係上、スキルの一発獲得が確定するのはスキルレベル3以降からなので、その多くがレベル2以下のスキルだったということだろうな。


 ジンク君達3人衆は、ハンターになった時の『ステータス判定』で、たしか7~10個くらいのスキルを取得していたと言っていた。

 二人とも10歳くらいで、まだ人生経験の浅い子供の時にだ。

 となれば、二倍三倍と生きてきた大人達の経験は当然それ以上となり、スキルまで昇華した数も比例するように増えていくのが普通だろう。

 おまけに魔物は所持スキルが明確だったが、人間であればスキル取得までは至らなかった『経験』というのもある。

 俺であれば、僅かに経験値が増えただけで止まっている【泳法】や【釣り】なんかがまさにそれだ。

 今回検証はできていないが、そんなスキル取得までに至らなかった経験の一部まで根こそぎ得られてしまうかもしれない。

 それにジョブやクリエイト系のスキルなんて、魔物では絶対に所持していないだろう。

 魔物を倒すだけでは今度どうやっても補えないその手のスキル――今回でいえば【細工】や【加工】なんかも、人間であれば根こそぎ――――


 ―――ゴンッ!!!


 思わずテーブルに突っ伏すように、自らの額を強く打ち付ける。

 まただ。

 また、強さと引き換えに『|全《・》|て《・》|を《・》|捨《・》|て《・》|る《・》|よ《・》|う《・》|な《・》|選《・》|択《・》』を考えてしまっている。

 俺はその選択をして、結果どうなった?

 過去に大きなハンデを背負い、人生の選択を狭め、ただ生きるだけの生活を送っていたのだろう?


(あの時間があったから、あの時間だけは過去を忘れられたから、きっと今があるんだ)


 一時の楽しさ、一時の高揚、一時の快楽に酔いしれ、その代償を背負うはめになったのだろう?


(その代償は必ずしも悪いことだけではなかった。努力がいずれ実るんだと、何も分からなかった社会で少なからずの自信を俺に与えてくれていた)


 この世界でそんな強さを手に入れて、その先に何がある。


(分からない。でもきっと、何にも屈することのない、自由で理想の世界が―――)




 ―――あぁ、これは、まるで麻薬だ。




 抗わないと。

 抗わなくちゃ。

 抗いたい。




 ……………………抗えるの? 






(ロキ、これからそっちに降りる)






【神託】によって響いた少し幼くも、冷めた印象を与える抑揚の薄いその声に緊張が走る。

 それでも……


 ――パンッ!


「……正直に伝えるべき部分は伝えないとな」


 両頬を叩きながら自らに言い聞かせるよう言葉を発し、目の前で渦巻き始める紫色の魔力の固まりに視線を向けた。175話 この世界に来た理由

「今日は二回もごめんね」

「ううん、それはいい」

 お互い様子を見るような、そんなあっさりしたセリフ。

 泊っている宿には椅子が一脚しかなかったため、俺がベッドに腰掛け、リアに椅子へ座るよう促す。

 座ってすぐ、リアは無表情にただこちらをジッと見つめていた。

「……」

「……」

 正直に伝えた時、リアがどのような反応を示すのか。

 恐怖としか言いようがない姿を今日この目で見てしまっているため、事実を伝えようとするも、声が詰まって思うように言葉が出ない。


(大丈夫。大丈夫だ……重要なのは現状じゃなく今後。事実を正直に話して、どうするべきか人生の先輩に相談するくらいの気持ちでぶつかれ!)


「あ、あのね!」

「うん」

「もう知ってると思うけど! ひ、人からも……スキルが、得られました……」

「うん」

「今日の、あの痩せた男をなんとかしないと、リアに立ち向かったハンター二人が死んじゃうと思って……それで、なりふり構わず殺すつもりで動いたら、やっぱり男はその通りになって」

「うん」

「そしたら【奴隷術】とか、他にも色々……使えるようになっちゃいました……」

「うん」

「……」

「……で?」

「え?」

「で?」

 刺すような視線に、身体が硬直していく。

 極寒の水に浸っているような気分なのに、身体中から汗が止まらない。

「えと……報告したい、現状は以上なんですが……」

「それだけ?」

「はい……」

「そんなこと分かってんだけど」

 そりゃそうでしょうとは思うも、何も言えない。

 俺が奴隷にした男達の記憶を弄ってんだから、リアが知っているのは当然である。

「ロキが人からもスキルを取得できる可能性は予想してた。だから今更」

「……ん?」

「私達からしてみれば、どちらもフェルザ様がこの世界に組み込んだスキルを持ち、活用する生物。だから魔物も人種もそこまで違わない」

「あっ、リルもそんなこと言ってた……」

「だから知りたいのはそこじゃない」

「今後のこと、だよね?」

「そう。魔物だけじゃなく、人種からもスキルを得られると知った上で、ロキはこれからどうしていくつもり?」

 さすが長い時を生きてきた人生の先輩だ。

 ちゃんと問題の本質を理解してくれている。

 だからこそ――次の返答が俺の命に係わるほど重要だと、肌が粟立つほどの、この空気感で察する。


 そして、俺はその答えをはっきりとは持ち合わせていない。

 現状の気持ちを正直に書き出し、今後どうするべきかを考えても、自分の納得できる答えが出せなくて頭を抱えてばかりいた。

 ――いいや、少し違うか。

 俺の願望通りに、本当に実行していっても良いのかという諸々の不安だ。

 やり過ぎるつもりなんて毛頭ない。

 欲に塗れて溺れないように、それでいて、今のまだまだ弱い自分を脱却できるように――


 俺はここ1ヵ月という短い期間で、3度地べたに這い蹲った。

 一度目はリルに。

 二度目はキングアントで。

 そして三度目の今回。

 死ぬか死なないかで言えば、今日は微妙なところではあるけれど、それでもリアの顔を見たら気持ちが緩んで意識を飛ばしたんだ。

 本来は外で無防備な姿を晒すなんてあっていいことではないし、そもそも頻度が多過ぎて、このままでは近いうちにまた死んで、もう生き返ることもできずにあっさり異世界人生が終了する未来しか見えない。

 ちょっと強くなったと思っても、実際はそんなことなくて、結局は過去と同じようにすぐ地面に顔を擦り付けて……

 俺はまだまだ弱いのだ。

 穴があり、油断があり、甘えがあり、そこを突かれればあっさりと落とされるほどに俺は弱い。


(大丈夫だ。自信を持て。どんぐりが―――|フ《・》|ェ《・》|ル《・》|ザ《・》|様《・》が俺に求めているのは、これのはずなんだから……)


「女神様に嘘は吐かない。だから正直に言うよ」

「……うん」


「俺は――悪を討ちたいと思っている」


 リアからの返答は何も無い。

 まるで人形のように、感情の読みづらい瞳を俺に向け続けている。

 怯むな、ビビるな、後退るな……ふいに掴んだ俺の新しい人生だろう!

 拳を強く握り締め、自らに活を入れながら、思いの丈をぶつけるように言葉を吐き出していく。


 正義感でやろうとは思っておらず、強くなりたいから、そのために|許《・》|容《・》|さ《・》|れ《・》|る《・》|悪《・》|党《・》を討っていきたいこと。

 抗いたくても抗えなかった過去があるから、その時の反動というか……『悪が嫌い』という個人的な感情も多分に含まれていると自覚していること。

 今回のように甘えて、その結果誰かが犠牲になるようなことだけは絶対に回避したいこと。

 人助けは嫌じゃないと思ったし、感謝されればやっぱり嬉しかったこと。

 悪党のせいで亡くなって、その近しい人達が泣き崩れる姿はもう見たくないと思ったこと。


 今の思う全てを吐露するように、その場その場の纏まり切っていない拙い言葉も混ざりながら、リアへ素直な思いを伝えていく。

 その言葉を、リアはただ黙って聞いていた。

 どう思っているのか、表情からは読み取れなかった。



「あとは――たぶん、俺がこの世界に連れてこられた理由。それと俺がやりたいことも合致しているんじゃないかと思っている」



 しかし、俺の一言が。

 この言葉で感情が読めないほど無表情だったリアの眉尻が上がる。

「……どういうこと?」

 だから俺は、あくまで個人の推測と付け加えた上で、リアにその理由を語った。

「俺だけが魔物からスキルを得られると分かった当初、こんな強さにこだわるやつが連れてこられた理由は、この世界の魔物を大量に倒してほしいからだと思ったんだ。全部がしっくりくるわけじゃなかったけど、お誂《あつら》え向きにその成果をすぐ確認できるステータス画面なんてモノも見られたからさ」

「うん」

「でも実際は、人まで対象に含まれることを今日初めて知った。つまり魔物をただ倒してほしいというわけじゃないことがこれで分かったわけだよね? だから俺はリアが来るまで、その理由がなんなのかをずっと考えてたんだけど……」

「……」

「一番初めに会った時、俺は『見つけた』という言葉とともに黒い亀裂に引きずり込まれたって言ったの覚えてる?」

「覚えてる」

「ってことはさ、その見つけたナニカは、俺が引きずり込まれる前から、俺のこのスキルなのか特性なのか分からない|能《・》|力《・》を理解していた可能性が高いってことだよね?」

「……」

 可能性というよりは、確定と言い切ってもいいと思う。

 止めを刺せばスキル経験値を得られるこの能力がもし無ければ、俺はただの凡庸《ぼんよう》だ。

 この世界にとって有益な知識を落とすこともなければ、文明の開化を促進させるような知恵もない。

 もし転生ではなく転移ならこの謎の能力が絶対に備わるという話であれば、わざわざ俺を見つけて引きずり込む必要もないわけだし……

 つまりはこれが俺自身の固有能力ということなのだろう。

 だからこそ目を付けられ、どんぐりに攫われたと考えるのが自然だと思う。


 では、仮にそうだとした場合、その目的は?

 そう思った時、今までヒントとなる会話が女神様達から出ていたことで色々と繋がったような気がした。

「リアに改めて二点確認したいんだけど、この世界は魔物の氾濫とかで人類――この世界の言い方だと、人種が消滅するほどの危機に瀕したことはないんだよね?」

「うん。魔物の大量暴走《スタンピード》で村や町が飲み込まれたことはあっても、国単位で魔物に押しつぶされるようなことは無かったと思う」

「前にリルが言っていた通りだね。つまり俺が魔物を大量に倒したところで、住む人々の糧にはなっていても、厳密にはこの世界のためになっていない」

「……」

「次にリアと最初に会った時言っていた『国や町の名前はよく変わる』って言葉から推測していたことだけど、国ができては消えてと繰り返していたんであれば、文明の衰退だけじゃなく、栄華を極めた――今より優れていた時代も過去にはあったんだよね?」

「何度もあった。もうだいぶ前だけど」

「……その文明が衰退した理由は?」

「…………全部、戦争」

 だろうね。

 地球なら戦争はある意味化学や製造技術が発達する要因にもなりそうだが、ここは魔法とスキルで構成された異世界。

 ならば戦争で魔法やスキルの解析が進むことはあっても、土台となる文明レベルが飛躍的に進化する流れには繋がりにくいだろう。

 もしここで過去に地球であった巨大隕石衝突のような、人がどうこうできる範囲を超えた外的要因で文明が衰退していたなら、俺の読みは間違っている可能性も高かったが……

 そうか、全部戦争であれば―――

「それって、要は『人』の問題だよね。人が人の命など顧みず、膨れ上がった欲望の果てに招いた自滅。その結果文明がリセット、もしくは後退する」

「……」

「当然戦争を起こす側は自分達に正義があると思ってやっているんだろうけど……外から見れば、中枢で扇動しながら多くの命を散らしている人達って『悪』だと思わない?」

 ここでリアがハッとしたように目を見開いた。

「まさか、ロキの呼ばれた理由がそれ?」

「個人的な推測だよ。俺が分かっているのはフェルザ様が元いた地球の神様であって、この世界の神様でもあること。そして時系列的にはまったく合わないけど、この世界があまりにも地球人の創造物であるゲームに似通った馴染みのあるシステムであること」

「……」

「だからフェルザ様がどんな思いでこの世界を創って、そして眺めていたかは分からないけど……色々と試して、それでもダメだった時の苦肉の策として俺――というより、俺がなぜか持つ能力を見つけたのなら、多くの辻褄が合うと思うんだよね」

 すると、言葉少なかったリアの頬から、一筋の涙が垂れ落ちた。

「この世界を……フェルザ様は諦めていなかった……?」

「……」

「フェルザ様は……この世界の成長と発展を願い、様々な手を加えられ、そして試されていた……最初の頃は凄く楽しそうだった……でも上手くいかなくて……嘆かれる姿が多くなって……いつしか世界が―――……」

 感極まったのか、泣きながら話していたリアが急に手で自らの口を押さえる。

 何か、重要なことを言いかけてしまったのだろうか。

 その焦り様は今までになく、以前アリシアが言っていた『世界の根幹』という部分に触れるのではないかと、思わずその姿を注視してしまう。

 でも立場を履き違えちゃいけない。

 俺はただ女神様達と接点があるというだけで一般人なんだ。世の中知るべきではない情報があることは弁えている。

「……じゃあ、フェルザ様はまだ諦めてなかったのかもしれないね」

「うん……うん……」

「そうなると俺が悪を裁くことで、この世界の衰退が止められるかもしれないっていう仮説に辿り着くんだけど――リアはどう思う?」

 この問いに、目をゴシゴシと腕で拭いながらも、こちらに少し赤い目を向けてくる。

「私は罪の女神。罪は罰を以って償うモノって前も言った」

 そういえばそうだった。

 以前も罰の範疇に収まるなら自己責任で好きにしろって言われたし、今回にしても、わざわざ男達を生かした俺に対して「殺さないの?」と確認したり、突入前に殺す覚悟を問われたりと。

 まるで中途半端にはせず、必要があれば殺すことを推奨されているかのような雰囲気もあったなと今更ながらに思う。



「じゃあ、俺は俺の目的のために」


「うん、私達は私達の目的のために」



 その後は綿密な打ち合わせが行われた。

 いくら罪には罰を与えると言っても、所かまわず、罪の重さも考えずに『|執《・》|行《・》』なんてしていけば大変なことになる。

 もちろん小銭を盗んだようなレベルの相手も災難だが、俺自身タガが外れて過去に道を踏み外した経験があるからこそ、その先を想像して慎重にもなった。

 だから相当な自制は必要と、リアと俺とで『|明《・》|確《・》|な《・》|ル《・》|ー《・》|ル《・》』を決めた。

 その中でまず真っ先に決まったのが、俺がやり過ぎればリアが責任をもって【神罰】を落とすということ。

 凄くリアらしくて、ここに来て思わず笑ってしまう。

 まぁそれくらいの強烈な制裁があれば、自分をしっかり抑制する理由にもなって逆に有難いのかもしれないな。

 そして暫定的なものではあるけれど、下界に敷かれている法と、俺の倫理観や価値観と、罪の女神としてのリアの立場。

 それぞれを考えれば非常に無難で、難色を示し易いというアリシアもまず納得するであろうボーダーを引けた気がする。



 帰り際、

「泣いたこと、皆には内緒だから……」

 そんなことを言うリアについつい頬が緩みながら

「俺もまた死にかけたこと、特にフィーリルには内緒にしておいて!」

 こう告げれば、笑いながら「そう思って内緒にしておいた」と言いつつ、リアは霧となって消えていく。


 なんだかんだと最初は答えが出せず一人悩んだけど、リアに話せて、リアと話せて本当に良かった。

 頭に纏わりついていた靄も晴れ、だいぶ気分もスッキリして冷静に考えられるようにもなったと思う。


 だからこそ――


 魔力の霧が完全に消え切った後、布団に潜りながら今更になってふと思う。

 フェルザ様がこの世界に興味無いというのは、俺の勘違いだったんだろうが……




 なぜ俺のスキルは、女神様達にも見えないよう隠したのだろうか?
************************************************
これより、ステージⅡに移行。

ぜひブクマや広告下の【☆☆☆☆☆】から評価頂ければ幸いです。
作者の創作意欲に直結しますので、よろしくお願いします。176話 神の宴

 神界にて。

 ロキが毒も悩みも抜け切ったような晴れやかな顔をして、元気に 《ビブロンス湿地》を走り回っている頃。

 神界では、初となる宴会が6人によって催されていた。

 それぞれがそれぞれに下界での経験を活かし、食事や酒を|生《・》|み《・》|出《・》|し《・》|て《・》|は《・》、テーブルにズラリと並べられていく。

「ロキが食べ放題にしてくれたおかげで私の舌は肥えたからな! アリシアよ、美味かったやつだけ生み出してやろう!」

「これ、ロキ君が大好きなジャガバタってやつ! あとお酒はコップも冷やした方が美味しいんだって!」

「蟹も……冷やした……方が……」

「ご飯の味も大事ですが~それ以上に見た目も大事ですよ~?」

「素朴なご飯も十分美味しい」

「……」


 軽い自慢が入りながらも生み出されていくそれらを、アリシアは一人ヤケ食いしていく。

 内心ロキの下界観光ツアーを蹴ってしまったことに後悔していたが、今更そんなことは言えず、視界が血涙で赤く染まっていくようだった。

 それでも――こんな賑やかな時は今までにないと、それぞれが思い思いにこの宴会を楽しんでいた。

 昨夜リアから齎された報告、それがこの宴会の発端であり原因だ。


 ――フェルザ様が自ら、ロキをこの世界に連れてきた可能性が極めて高い。


 女神達にとって、これ以上ないほどの吉報だった。

 数多ある世界の創造主であるフェルザからしてみれば、この管理世界はそれらの中の一つに過ぎず、期待通りの結果が生まれなければ見限られる。

 いくつかの策を講じても改善を図れなかった6人の女神達にとって、内心「もうこの世界は見捨てられているのでは?」と不安に感じていたのが正直なところだった。

 そのような状況下で、上位神フェルザが自ら動いたという話が舞い込めば驚かないわけがない。

「フェルザ様が自ら何かしてくれたのって、かなり久しぶりだよね?」

 フェリンの問いに、リガルとフィーリルが答える。

「7000年……いや、8000年振りくらいか?」

「まだフェルザ様が様々な調整をされていた頃ですよね~懐かしいです~」

 それぞれが、上位神フェルザが積極的にこの世界へ関与していた頃を思い出す。

 気軽に思い出すのは難しいほどの歳月が経ちながらも、それでも決して忘れることのできない記憶だった。

「アリシア、フェルザ様にはお礼の言葉を送ったの?」

 唯一の纏め役として、フェルザに連絡することを許されているアリシアへ、リアが問う。

「もちろんですよ」

「今回は返答がありますかね~?」

「どうでしょう……もう80年くらいは返答がありませんから、非常にお忙しいのかもしれませんし……」

 場はやや暗い雰囲気に包まれるも、それはしょうがないことだった。

 フェルザへの進言が通ったのは、地球人の魂を呼び込み、この世界の活性化を図りたいと伝えた時が最後。

 その後は現状や問題点を報告はしていたものの、一切の返答がなく今に至っていた。

 だからこそ、リアの報告に皆が驚いたのだ。

 もちろんその内容がロキの推測だとしても、伝えられた根拠は皆があっさり納得するほどに筋が通っていた。

 特に文明が発展しては大きく後退、時には消滅に近いレベルで落ち込むのは、主に人間が主体となった戦争が原因。

 これをロキが予め理解した上での根拠だったので、自然とその言葉の信憑性は増していった。


 悪を滅し、世界を導く存在―――

 リアがポツリと「ロキは人間だけど『|神《・》|使《・》』みたい」と言った時、皆が思わず「なるほど」と頷いてしまう。

 仮説通りならば、ロキは上位神フェルザ直轄の使いということ。

 ある意味では自分達女神と同じような立場なのでは? と思いたくなるほど、ロキの推測とその後の成果に期待を寄せていた。


 そんな中、ふいに放たれたフェリンの一言で場が混乱し始める。

「でもさ、フェルザ様が手を加えてくれたってことは、この世界をしっかり見てくれてるってことだよね?」

「それはそうでしょう? 私達では対処できない問題点の解決に、ロキ君が選ばれたのでしょうから」

「ということはだよ? 今のところ監視という名目で下界に降りるついでで、ご飯食べちゃったりしてるけど――これくらいならセーフってことだよね? 何も言われてないわけだし」

「「「「「……」」」」」

 この言葉に、横で布団を敷いていたリステ含め、フェリン以外の全員が固まる。

 神界で定められたルール――|禁《・》|忌《・》|事《・》|項《・》は追加された分を含め七条のみ。

 それ故細かい部分までは定められておらず、見方によっては如何様な解釈にも取れる条項も存在していた。

 おまけに、もし破ったらどうなるかも誰も知らされていない。


 ここで、実はリーダーだったアリシアがポツリと呟く。

「禁忌事項七条の一、どのような事情であれ、管理世界に女神自身が直接降りることは許されない」

 この言葉に合わせ、それぞれが姿勢を正し、決まり事のように続いていく。

「禁忌事項七条の二、世界への貢献度合い以上のスキルを与えてはならない~」

「禁忌事項七条の三……規定数以上の……加護を……管理世界に与えては……ならない……」

「禁忌事項七条の四! 神界の創造物は、予め決められた物以外を管理世界に落としてはならない!」

「禁忌事項七条の五、管理世界に大きな修正を行う場合、必ず上位神の許可がなければならない、だったな」

「禁忌事項七条の六、管理世界に対し、必要以上の干渉、助力、手心を加えてはならない」

「そして禁忌事項七条の七、世界の根幹にかかわる情報の隠匿」


 1周回り、最後をアリシアが締める。

 一見厳かに思えた禁忌事項の確認。

 しかしすぐに皆の姿勢が崩れると、まるで秘密会議の如くアリシアの下へコソコソと身を寄せ合い、一つの項目について議論が始まった。

 リステも布団を身体に巻き付け、地面を転がりながら近くによって耳を傾けている。

「七条の六がかなり曖昧ですよね……」

「そうだな……この、|必《・》|要《・》|以《・》|上《・》とはどの程度なのだ?」

「今のところご飯食べたりお酒飲んだりは大丈夫で、同時に二人【分体】降ろしたのも大丈夫だったよね?」

「昨日ちょっと間違えて人間殺しちゃったけど、今のところ平気」

「固有最上位加護スキルをロキ君に使っても大丈夫でしたね~ロキ君が下界の子とは判断されていなさそうですが~」


「「「「「「う~ん」」」」」」


 さらっと途中で恐ろしい発言をしている者もいるが、誰も気にしていないのか突っ込む者はいなかった。

 ここで別の世界を管理している女神とでも連絡を取り合えるなら、それぞれの実体験を交えた情報交換も行えただろう。

 しかし残念ながら、女神達に友人知人のような存在はいない。

 孤高の存在として、ただ眺め、与え、管理してきた女神達に相談できる相手は上位神フェルザしかおらず、そのフェルザはアリシアが連絡を取っても80年間返答が無い始末。

 つまり八方塞がりであった。


 だが、ここで死にかけリステの頭脳が火を噴く。

「もしロキ君が……フェルザ様に認められた『神使』なら……私達が彼を助け……守るのは当たり前なのでは……? 『仲間』であり『同志』……として……」

「「『仲間!?』」」

「「『同志!?』」」


「というか、もう、家族……?」


「「「「「『家族ッ!!?』」」」」」


 オロロロロと、衝撃を受けてよろめく一同。

 常に6人だけの女神達にとって、この輪の中に誰かが加わることなど想像もできなかったことだ。

 ロキが現れたことにより、それぞれがロキとの接点を楽しむようになってきた部分はあるが、今出ている話はもっと上。

 さりげなく放ったフェリンの追撃に、自称ママ、自称お姉ちゃんを名乗る二名と、嫁になりたい二名は鼻息が荒い。

 残りの2名もなんやかんやと、さりげなく都合の良い妄想をしていた。


 いつのまにか禁忌事項の話から、『家族』であるロキにどこまで干渉、助力、手心を加えても大丈夫なのかという話に切り替わっていく。

 下界は刻一刻と衰退への道を辿っているのに、管理する神界は今日も今日とて平和であった。177話 それぞれの道

《ビブロンス湿地》3日目。

 といっても結局昨日は丸1日狩りをしなかったので実質2日目になるわけだが、本日|2《・》|回《・》|目《・》の解体場に出向き、カウンターへ特製の籠をドドンッと置く。

 本当に開き直ると楽なもんだな。

 もう町中だろうがお構いなしに飛び回っているので、時間のロスも無く狩りに勤しみ、籠が魔石でいっぱいになったら一度解体場へ持ち込むことにした。

 昼間なら解体場のカウンターはガラガラだし、魔石を数えてもらっている間に出店で買った食事を摂れば、丁度昼休憩にもなって一石二鳥である。


「Bランクが本気出すと凄ぇんだな……ほらよ。2回目の分だ」

 横にあるもう一つのカウンターで素材を渡していた男達が、2回目という言葉にギョッとした様子で視線を向けてくるが気にしない。

 各魔石の数に適当な相槌を打ちつつ、ステータス画面を眺めながらスキルの進捗状況を確認していく。

(町長宅のお食事会が無ければ今日中に終わらせられたかもしれないが……まぁしょうがないか)

 明日は昼くらいまで湿地、午後は期待のフェアリー狩りにいけるかな?

 そういえば、フェアリーともう1種はなんだっけ?

 そんなことを考えながら木板を受け取り換金に向かうと


「ロキさん!」


 やや強い口調で呼び止められ、声の方へ振り向けば、そこには私服姿のレイミーさんが。

 視界の奥にはアマリエさんとエステルテさんもおり、声に反応したのかこちらに走り寄ってきている。

(もしかして、解体場の方と受付の方に分かれて待ってたのか?)

 昨日はあの場の空気に耐えられなくて、逃げ出したような感じになってしまっていた。

 なんとも気まずい空気が―――

「昨日はごめんなさい! せっかく尽力頂いたのに、泣き崩れるばかりでろくにお礼もお伝えできなくて……っ!」

「ごめんね……現実は知っていたはずなのに、彼の愛用していた装備を見たら胸が張り裂けそうになって……」

「ごめんなさい。私達がまずすべきことは、探索や救出に動いてくれたロキ君への感謝なのに、本当にごめんなさい」

 到着するや否や、レイミーさん同様装備を抱えて泣きじゃくっていたエステルテさんとアマリエさんも、開口一番謝罪の言葉をぶつけてくる。

 違うよ、俺はそんな言葉をもらいたかったわけじゃないのに。

「ちょ……まずは頭をあげてください。近しい人が亡くなったのならしょうがないですって。悪いわけじゃないんですから謝らないでください」

 それでも、と。

 よほど自分達の行動が許せなかったのか、謝罪の言葉が止まらない三人に痺れを切らし、被せるように口を開く。

「謝られるよりもっ! 僕はごめんなさいより、ありがとうって言われた方が嬉しいですから!」

 そう告げればやっと落ち着いたのか、口々に感謝の言葉を告げてくれる。

 うん、やっぱりこっちの方が良いよ。

 その方が、自分の行動にだって誇りがもてる。

 ウンウンと、一人納得したように頷いていると

「それでロキさん、今夜はお邪魔しても大丈夫ですか……?」

「「「え?」」」

 レイミーさんのこの言葉で、素っ頓狂な声が漏れる3人。

 何やら空気がおかしくなったことをこの場にいる|大《・》|人《・》|全《・》|員《・》が感じ取ったのか、妙な雰囲気が流れ始めた。

「えと……え? どういうことですか?」

「探索してもらった報酬の件です。その、成果報酬だと思いますので……」

 思わず理由を聞いても、頭には疑問符が浮かぶばかり。

(あれぇ……俺そんなこと言ったっけ……?)

 頭の中に先日のやり取りが思い返されるも、「必ず結果は出すから、そしたら……な?」なんてイケメン的なセリフを吐いた記憶はまったく無かった。

 もしかしてリステに悪いから報酬はいらないって、ちゃんと伝えてなかった?

 そう判断して口を開こうとすると――


「な、なら私も……それくらいしかできませんので……」

「汚れた身体でも良ければ……」


「ホヒョ」


 俺の肺から、情けない空気が漏れる音だけが響く。

(おっ、おっ、おったまげぇえええええええええええええ!! これはまさかの、複合遊戯!!?)

 気が動転どころの騒ぎじゃない。

 レイミーさんはもちろんのこと、アマリエさんだって20代半ばくらいの優しそうな美人さんだし、エステルテさんは何より胸部の自己主張がかなり激しい。

(どどどどえらいことになってきた……今晩なんて、そんな心の準備もできていない中で――)

 はち切れんばかりに夜の想像力を膨らませたところで、しかしふと、『|今《・》|晩《・》』という言葉に引っかかりを覚える。

「あっ――……町長と、ご飯じゃん……」

「え?」

「あ、いえ、今日は町長からご飯に誘われてまして。どうやら助けた子供達の分の謝礼が支払われるみたいなんですよね~ハハハ……」

 空笑いしかできない。

 心の中ではあの『珍種ゴリラ』がと、悪態をついていた。

「そうでしたか……リプサムで過ごす夜は今日が最後だったので、それは困りましたね」

「へ? そうなんですか?」

 この言葉で少し冷静になり、詳しい事情を聞いてみると、レイミーさんの地元は俺が先日通過したばかりの小さな町<ミール>のようで、旦那さんがリプサムだったためこちらに嫁ぎ、サポートをする意味でギルドの受付嬢をしていたとのこと。

 だが子供はまだおらず、旦那さんも亡くなってしまえばリプサムに留まる理由もなくなるため、昨日付けでギルドは休職。

 どうやら旦那さんの最悪を想定してギルドマスターには相談していたようで、明日からは一度ミールの実家に戻って、落ち着いたらそのままミールのハンターギルドで受付嬢か、奥で事務員さん的な仕事をしていくつもりのようだった。

 だから今日は小奇麗な私服だったわけですね。

 随分急な展開だなとは思うも、二人で生活していたこの町に居続けては前を向けないとか、身近な人を亡くした人にしか理解できない心情もあるのだろうから、外野がとやかく言う部分ではないだろう。


(今晩限定……先約有り……未体験の複合……って、いやいやいや)


 冷静になるとやっぱり出てくるのはリステの姿。

 本人は裏切られたと思わないのかもしれないけど、俺からすれば、このまま突き進めば豪快な裏切りである。

「ふぅ――……大丈夫ですよ。そんなことまで望んでませんから、報酬とかは気にしないでください。あ、アマリエさんとエステルテさんも別に合わせなくていいですからね」

「……」

「そ、それなら、ちょっと希少な『シャーマネス』なんて職業を狩りのお供にどう? って思ったけど――ロキ君Bランクなのよねぇ~その中でも別格に強そうだし……」

「ハ、ハハハッ……」

 エステルテさんの言う別格というのは、記憶がすり替わって俺がやったことになっているが、実際はリアが男達にやらかしたあの所業についてだろう。

 そりゃあんなの見せられたら理解が追い付かない。

 実際の俺は恰好悪く毒食らって、ほぼ地面に這い蹲っていただけですけどね!


 しかし『シャーマネス』か。

 聞きなれない職業だなと思って詳しく聞いてみると、どうやら『呪術師(シャーマン)』の女性版みたいで、この世界では珍しい【呪術魔法】と【医学】が伸びており、かつ『女性限定』で職業選択の時に発現する可能性がある中級職業の中でもかなりのレア職らしい。

 個人的にはどの職業にも就けないので、まだ俺が所持していない【呪術魔法】に興味津々と、助けたお礼にということで取得条件を教えてもらうことになった。

 エステルテさんは本当にその程度で良いの? と言った感じで首を傾げていたが、ヒッソリ耳元で「【闇魔法】のスキルレベル3」と、語尾にハートマークが幻視できるほど色っぽく言われてしまい、思わず背筋がゾクリとしてしまう。

 声を吹きかけられた耳に「あふぅ」となったのも事実だが、エステルテさんがとても【闇魔法】を持っているようには見えないのだ。

 だから人は見かけによらないな、と。

 そして【呪術魔法】がどんなものかは分からないけど、【医学】と絡めて回復にも応用できるのならば、やっぱりこの世界は奥が深い。

「ではロキ君、本当に緊急探索を受けてくれてありがとうございました。【算術】くらいしか取り柄のない私ですけど、もし必要と感じた時には声を掛けてください。今後はミールのハンターギルドに勤める予定ですので」

「私もです。予定ではこのままリプサムでパーティを探すことになると思いますけど……この御恩を絶対忘れることはありませんので、何かあれば『回復魔術師』として必ずお力になります」

「ロキ君は命の恩人だから私も同じ。もうリプサムにこだわる必要もないからどうしようって感じだけど、言ってくれればどこにだってついていくからね」

「ふふ、皆さんのお力を借りなければいけないほど切迫した状況というのも嫌ですけど、もし何かあれば――その時は声を掛けさせてもらいます」


 こうしてそれぞれがそれぞれに、また別の道を歩んでいく。

 俺が職業やスキルに興味を示したからか、最後は得意分野を公表するような別れの挨拶になってしまった。

 ここでハンター二人をパーティに入れるという選択も、人によってはあったのかもしれない。

 しかし俺にはそれができない。

 全てにおいて凄まじい制限を負うことになるからこそ、俺はソロで今後もやっていくしかない。

「エステルテさんは駄目元でも一応言ってみたって感じだけど、たぶんアマリエさんは言いたくても言えなかったっぽいなぁ……」

 なんとなくだ。

 でも表情を見ていたら、自信過剰かもしれないけどそんな気がした。


 さて、今日の分と、緊急依頼探索の報酬を貰ったら町長宅か。

 あの不思議な雰囲気のする町長と会食とか、いったい何を話せばいいんだろうか?

 そんなことを考えながら、俺はハンターギルドで精算を済ませ、一人町長宅へ向かった。178話 食事会

 案内されたのはリビングに該当しそうな広めの部屋。

 そこには大きく分厚い木板テーブルがあり、6つの椅子が並んでいた。

 そして――

「おぉ、よく来てくれたな!」

 座りながらヒョイと手を上げ出迎えてくれたのは、変わらず黒さと白さのメリハリが凄い、威圧感のあり過ぎる巨漢町長だった。

「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺はレイモンドだ」

 そう言って右手をスッと差し出されたので、「改めまして、ロキです」と言いながら答えるも、手がデカすぎて俺の手が食われたみたいになってしまっている。

 皮膚はやたらと硬いし、いったいこの町長は普段どこのゴリラと戦っているんだろうか?

 放つオーラからして、町長じゃなく"高ランクハンター"と言われた方が100倍しっくりきてしまう。

 テーブルには既に二組の食器が並べられていたので、迷わず着席しながら周囲を確認するも――


(やっぱりこの家、なんか変だ……)


 ――家に入る前も、入った後も出てくるのはこの感想だった。



 道行く人に尋ねれば、皆さんノータイムで同じ方角を指差すから迷うことはなかった。

 目的の家は、ちょっと裕福かなと感じるくらいの一回り大きい2階建て木造家屋。

 ただ家の周囲を不自然なほどに衛兵さん達が徘徊しており、この中で極悪人が立て籠っているのでは? と勘ぐってしまうほどの厳重態勢だった。

 そしてなぜか町長宅の入り口を守る、町の門番さんよりも重厚な鎧を着たおっさん。

 いやいや、それは違うだろうと。

 まずはもっと外側守れやと、心の中で突っ込まずにはいられない。

 そして、今見せられているこの光景だ。

 町長の向かって右背後には、燕尾服にちょび髭を生やした老紳士が見惚れる姿勢で佇んでいる。

 見るからに執事といった感じで、その眼光は鋭く俺を捉えていた。

 そして左後方には顔だけ出しているが、なぜか部屋の中で青みがかったフルプレートアーマーを着込んでいる兵士。

 明らかに町長宅の周囲を徘徊していた衛兵さん達よりも鎧が上質で、たぶん個人的な私兵か傭兵として抱えているんだろう。

 俺の背にあるドアの両脇にも、同じ青い鎧を着込んだ人が二人立っているので、この兵士達が組織化されていることだけは理解できる。

 ……町長で執事やら私兵を雇うことなんてあるのだろうか?

 もうこの家、マ〇ィアの親分宅としか思えない。


「まずは先にやるべきことをやっておくか」


 町長が後ろの執事に目配せすれば、後ろ手に持っていたのか、細かい刺繍の入った綺麗な革袋が町長に渡される。

 そしてその革袋を町長がテーブル越しにスーッと俺に向けて押してくるも、なぜか物凄く軽そうで金属音がまったくしない。

 押される袋は中身が入ってないことを示すように、フニャ~ッと萎れていた。

「これが少女達、計22名を救出した褒賞だ」

「ありがとうございます。えと……な、中身を確認しても……?」

 不安になって中身を確認しようとするも、町長は自信満々。

「フハッ、ロキのモノなんだから当然だろう?」

 当たり前のように笑顔でそう言われれば、もう遠慮はいらんよねと。

 袋の中身をゴソゴソ見てみると、いつぞやハンファレストの支配人、ウィルズさんへ魔石を売った時に初めて見た硬貨。

 少し白く輝く白金貨が2枚入っていた。

(おぉ! 唐突なボーナスで200万ビーケッ!)

 思わず鼻の穴が膨らんでしまう。

 この金額が多いか少ないかで言えば、今の俺ならそこまでの大金ではない。

 二日フルに狩りをすれば十分回収できるので、その程度と言われればその通りである。

 だが入手手段すらよく分かっていない白金貨。

 そして稼ごうと思って稼いだわけではない、降って湧いたようなお金だからこそ、普段では感じない喜びを感じてしまうというもの。

 予想外のあぶく銭に、ジャガバタ死ぬほど食えるじゃんと妄想するも、ふと「これ、多過ぎなんじゃ?」という素朴な疑問も生まれてしまう。

 ベザートの時は、ジンク君達3人衆の救出で一人5万ビーケだったはずだ。

 町長は俺が異世界人と知っているわけだから、これが後々になって|賄《・》|賂《・》みたいな扱いになったら面倒になる。

 だから敢えて俺から聞いた。

「子供達は全員がこの町の出身ではないはずですが、その辺りは大丈夫なんですか?」

 町長ならあくまで|こ《・》|の《・》|町《・》が管轄だろう。

 他所の町や村の子達の分まで褒賞を出すというのは道理から外れる気がする。

 一応その点から探りを入れたのだが、俺の疑問を払ってくれるかのように手を振りながら「気にするな」と一言。

 視線を左後方の兵士に向ければ、代わりのその兵士が答えてくれる。

「少女22名のうち14名がここリプサムの出身であることが分かっており、5名が近隣の村から、残り3名はまだ上手く答えることができず、どこから連れてこられたのかも判明しておりません」

「その3名は指輪を嵌められていた子達っぽいですね」

「そのようです。精神が塞ぎ込んでいるのなら、回復には相応の時間もかかるでしょう」

「ロキはその者達の滞在も考慮し、教会へ食糧や生活物資の寄付をしてくれたのだろう? だからその礼も兼ねていると思ってくれ」

 なるほど、そういうことなら納得納得。

 自分では使い道がなく、かつ現金化している時間もないと思っての寄付だったので、このような形で返ってきたんであれば俺としては素直に有難い話である。


「さて、渡すモノも渡したし飯を食うか!」


 そこからは経験したことがあるようでない、不思議な時間が続いた。

 奥さんと思しき50歳くらいの女性と料理の担当者だろうか?

 同じ50歳くらいの、バーコードの1本が汗でデコに張り付いた男性が、なぜか死んだ魚のような目をして料理を持ってきてくれていたのはまだいい。

 おっさん達に見守られながら、年齢不詳のおっさんと二人で食事というのもまぁいいだろう。

 接待経験があれば、ちか……くはないが、よく分からんおっさん達に囲まれながら飯を食うことだってあったはずだ。

 しかし今回は仕事上の関係性というわけではなく、かといって友達というほど馴れ馴れしくもなく、交友関係の狭かった俺には経験した記憶の無い初対面同士の対等な時間。

 でも町長が初めに、「余計な詮索も勧誘も一切しないし、答えたくないものは答えなくていい」と言ってくれていたので、最初は謎の人員配置に戸惑ったものの、途中からは肩肘張らない自然な会話が続いていた。

 たぶん町長は空――というより飛ぶことへの興味が強いんだろうな。

 空を飛んだ時の気分や見える景色、あとは俺の元いた世界の空事情なんかも聞いてきたので、空には鉄の塊が人を乗せて飛ぶし、宇宙にだって進出し始めていると伝えたら町長鼻血が出そうなほどに大興奮。

 唾を飛ばしまくりながら、夜空の星々に向かう方法を聞いてくるので、

「物凄く硬い鉱石の中にでも入って、超強力な魔法の反動を利用して凄まじい速度で空を飛び、この世界にある重力を振り切れれば宇宙に出られます。ただし、二度と帰ってこられずに死にますが」

 と言ったらしょげながらも、それでも死ぬ直前には行ってみたいとボヤいていた。

 そんなに空が好きなら、機会があれば今回のように馬車の飛行ツアーをしても良いかもしれないな。

 金持ち相手なら結構なお金が取れそうな気もする。


 対して俺は、町をよく知っているからこそ答えてくれそうな疑問点をいくつか。

 あとは今後の参考に、町の税収面なんかを教えてもらった。

 俺のメイン収入となるギルドの素材換金は、予め税が差し引かれていると講習で教わっていた。

 しかし俺個人はそれ以外の税に触れたことがないのだ。

 少なくとも町の出入りでお金を取られたことはない。

 ただ上空から目的の場所へダイブすることが多くなってきているし、後々になって「あなた脱税です!」なんて言われたら困っちゃうからね。

 ハンターとして活動していく中で、どのタイミングで税金を支払う可能性があるのか。

 町長の視点にしては随分と範囲の広い話をしてくれたが、詳しい人に目安の額や仕組みを教えてもらえただけでも、今回の会食は有意義な時間だったなと思う。



 そして食事も終盤に差し掛かった頃、気構えた様子もなく、自然な口調で町長から一つの質問が飛ぶ。


「ロキはこの世界で何を成したい?」


 本来なら随分と抽象的で、答えに苦慮する質問だったような気もする。

 しかし俺は昨日、この質問に対する答えに辿り着いていた。

 だから自然と口から自分の答えが零れた。

「悪を退治したいですね――」

「――あっ、世の中を良くしようとか、そこまで大層な考えがあるわけではなく、個人的に|悪《・》|が《・》|嫌《・》|い《・》|だ《・》|か《・》|ら《・》ってだけですけど」

 すぐ様自分の発言に、それこそまるで勇者みたいなことを言ってしまったと恥じながら言い訳をしたが、この言い繕った言葉に町長は顎髭を撫でながらしばし考え込んでいた。

「悪か……報告では現地で多くの犯人が殺されたと聞くが、それもロキの『悪が嫌い』という考えがあってのことか?」

「え……」

「あぁもちろん悪いと言っているわけではない。死罪が適用されるような犯罪者を手にかけることは許されているし、何より自衛や他者を守りぬくために必要不可欠な状況だってある。ただ犯罪者を生かして衛兵に引き渡せば、罪が確定し犯罪奴隷となった際には多少の褒賞が出たりもするぞ?」

「……そうですね――」

 ここで会話を繋ぎながらも、しばし逡巡する。

 俺は瘦せこけた男を殺しただけ。でも現状は目撃者の記憶が弄られ、男達やアマリエさん達の供述では|俺《・》|が《・》|男《・》|達《・》|を《・》|全《・》|員《・》|殺《・》|し《・》|た《・》ことになっているはずだ。

(相手は相応の立場ある町長……誇張が牽制に使える可能性も――)


「――許容を超えた悪は、極力自分で断罪していこうと思っています」


 少し考え、こう答えた。

 きっとこれでいい。

 敢えて数名生かしていることによって、許容と濁した生死の線引きを、この情報を聞いた者は勝手に予想していくだろう。

 捕まった男達に聞いたところで彼らは俺の奴隷。

 生かされた男達の結果が仮に死罪だったとしても、これで俺が無鉄砲に殺し回るわけじゃない――悪事の大小によって線引きをしていると思ってくれるはずだ。

 好んで犯罪者を殺し回る殺人鬼なんて思われたくはないし、実際そこまで過激なことをするつもりはないが、これで安易に勧誘目的の強硬手段を取ってくる輩も減るような気がする。

 なんせ害を与えた男達が大量に殺されるという実例を作ってしまったわけだからな。


 俺の回答に町長は暫し黙り込んでいたが、何か思うことがあるのか。

 俺に目線は合わせず、下を向きながら口を開く。

「もし……もしだ。この世界には特権階級と呼ばれる貴族連中もいたりするが、その者達が『悪』だったとしたら――ロキはどうする?」

 そう問われたので俺は即答した。

「本音を言えば、後ろでふんぞり返って指示だけを出し、自分の手は汚さずに利益だけ貪るような連中は特に嫌いです。許容を超えれば……でしょうね」

 特権階級とは文字通りなのだろう。

 だが、仮にここで"|手《・》|を《・》|出《・》|さ《・》|な《・》|い《・》"と渋るようでは、その特権階級を自由にさせるだけ。

 結果強硬的な勧誘でもされれば困るのは俺だし、リアの――いや、女神様達が望む文明の発展に対しても妨げになってくる。

 平民はただの駒であり、戦争を起こしその駒を動かすのは特権階級の連中なんだろうからね。

 そんな連中にも必要があれば手を出すと公言したようなものなので、この反応はしょうがないのかもしれない。

 それでも――

 ピキリ、と。

 この回答に空気が一瞬で張り詰め、場が凍り付いたのは明らかだった。

 そして、なぜか下を向いたままの町長は、込み上げる笑いを堪えるかのように、黙って口角のみを上げていた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 町長宅からロキが帰宅後。

 未だ重苦しい空気が漂う中、部屋で立つ者は誰一人として動くことができなかった。

 レイモンド伯爵が肘を突き、拳をこめかみに当てながら、ロキが退出するのを待っていたかのようにクツクツと笑いだしたからだ。

 先ほどのロキの発言は、貴族への冒涜であり挑発とも取れる。

 だからこそ、今目の前にいる権力と力を併せ持った上位貴族が恐ろしくて、この場に居る者達は呼吸を忘れるほどに固まっていた。

「セイフォン、お前はロキをどう思った?」

「ハ、ハッ! あの傍若無人な態度は話に聞く異世界人そのもの……何か策を講じてでも、あの不届き者は即刻厳罰に処すべきかと! 閣下を冒涜することなどあってはなりません!」

「……モーガス、ロキのスキルは見えたか?」

「申し訳ありません。何も見えませんでした」

「そうか……」

 再び始まる静寂に、生きた心地がしない一同。

 だがそんな周囲を他所に、レイモンド伯爵は一人冷静にロキという存在を秤に掛けていた。

 実年齢は不明だが、明らかにあの態度、振る舞い、考え方は年相応ではない。

 要所要所に相応とも取れる幼さは垣間見えたものの、前世の記憶を残した異世界人であることはまず間違いないだろう。

 そして己が抱える正義感を恥と思っているのか、それともただ自覚がないだけなのか――

 本人は咄嗟に否定していたが、あれは紛れもなく正義の思想。

 今回多くの民を救出した結果から見てもそれは明らかだ。

 権威に屈することなく悪を嫌い、断罪する。

 その思想は本来褒められるべきことだが―――

「ロキの連れてきた男達は一様に、|な《・》|ぜ《・》|今《・》|回《・》|生《・》|か《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》のか、その理由を話さないんだったな?」

 この問いに、衛兵長アルバックから事件の報告を受けていたセイフォンが答える。

「その通りでございます。僅かながらの拷問で今回の手口や組織構成、過去の犯罪行為まで口軽く吐いたようですが、なぜあの4名だけ生かされたのかは誰も口を割りません」

「理由が分からなければ"|分《・》|か《・》|ら《・》|な《・》|い《・》"と答えるだろう。つまり何か理由はあるが|話《・》|せ《・》|な《・》|い《・》と考えるのが自然だろうな」

「……」

「モーガス。考えられる可能性は?」

「精神支配系の魔法か奴隷術による強制。しかし前者であれば他の質問にも影響が出そうなものですから、後者の可能性が高いかと存じます」

「……」

 レイモンド伯爵は、マルタの監査主任ニローからロキのスキル構成についても話を聞いていた。

 目の前で見せられた【飛行】と【隠蔽】は、まずどちらも天級――最上位のスキルレベル10である可能性は極めて高いだろう。

【飛行】は疑う余地も無く、【隠蔽】もあの年端も行かぬ姿を考えれば、初めから天級でなければモーガスの【心眼】が通らないなんてことはないはずだ。

 そして、【雷魔法】も相当な使い手だったという証言があることから、こちらも天級である可能性が高い。

 ――異世界人が特別に与えられるとされるスキルは、話を聞く限り最大3つ。

 その他に特殊加護によって得られるスキルもあるらしいが、そちらのレベルまでは高くないと聞く……

 レイモンド伯爵は、得られた今ある情報をパズルのように組み合わせ、独り言のようにボソリと呟いた。


「危ういな……」


 悪を許さず――その思想は民の心をも大きく掴むであろう褒められた思想だが、既に【奴隷術】を所持しているくらいに殺しているのなら、なかなかに危うい。

 ロキは衛兵長アルバックに、"|今《・》|回《・》|初《・》|め《・》|て《・》|人《・》|を《・》|殺《・》|し《・》|た《・》"と漏らしたようだが、【奴隷術】が確定であればそれは有り得ない話になる。

 なぜなら【奴隷術】とは、人種――人に分類される者を"30名殺害すること"で初めて得られる特殊スキルなのだから。

 今回だけではない。

 領内で目立った報告は上がっていないが、同様に他でも裁いているということになり、かつそれらを如何様な理由があるのか、秘し隠しているということになる。

 加えて悪に染まった貴族連中までも対象にするということは、国そのものが崩壊し得る可能性も秘めているということ。

 自身を強引だと理解している反面、悪事には手を染めないと堅く誓っているレイモンド伯爵は、ロキの思想を応援したいという気持ちも強い。

 だが一方で、この国にとって諸刃の剣にもなり兼ねない危険性を孕んでいると悟る。

 この世界の法とは特権階級のために作られており、法の目的とは下々を管理し、都合よく従わせることにある。

 だからこそこの国に巣食う貴族《ゴミ》は多く、ロキがやり過ぎれば国として機能しなくなる恐れがあった。

 そしてこれは標的にされた側だけでなく、ロキ自身にも刃となって襲う可能性は十分にあるのだ。

 もし、自覚無き正義の思想が傾くとしたら―――


「救った者達から、大きな裏切りを受けた時、だろうな……」


 ロキが出ていったドアを鋭い視線で見つめながら、レイモンド伯爵は誰に聞かせるでもなくそう呟いた。179話 可愛い魔物

「ちょーい! 待てコラーッ!」

 もう何度目か、森の中で俺の叫び声が木霊する。

 時刻は15時頃。

 予定通り午前中のうちに 《ビブロンス湿地》のスキル目標を達成した俺は、リプサムの東に存在するEランク狩場 《カルカムの森》奥地へと移動していた。

 ここで狩り初めてから既に2時間ほど。

 決して上々とは言えない戦果に嘆きつつ、目の前を走る謎の魔物――レイラードフェアリーの尻を追いかけ回している。 

 見た目は小さな羽を生やしたリスのような、愛嬌のあるちょっと可愛らしい姿。

 体長も20cmほどと今まで見た魔物の中では一番小さく、そしてかなり素早く走り回る不思議な生物だ。

 開口一番「その羽の意味は!?」と突っ込んだのは言うまでもない。

 こいつはとにかく厄介だった。

 戦力的に強いわけではない。

 ギルド資料にもあった『魔物を回復させる』という情報も、俺が一発でオークや猪――ピーキーボアを仕留めればどうということはない。

 蘇生されるわけでもないし、かと言って直接的な攻撃を脅威に感じることもなかった。

 いや、逆に直接的な攻撃を|ま《・》|っ《・》|た《・》|く《・》|さ《・》|れ《・》|な《・》|い《・》ことが、この悲惨な現状を作り出していると言っていい。

 ――どういうわけか、レイラードフェアリーは俺からひたすら逃げるのだ。

 おかげで【気配察知】はおろか、【探査】の範囲である30メートル以内にレイラードフェアリーを捉えることすらままならない。

 その範囲内へ入る前には、既に距離を取られてしまっていることが明らかだった。

 それに上手く【探査】で場所を捕捉してもそこからがツラい。

 対象は小さい上に素早く、木の窪みなど穴があれば隠れ、木の上に素早く登って枝葉に紛れる。

 森のため射線を遮るモノも多く、遠距離から魔法で仕留めるという手も中々上手くいかなかった。

 溜まるフラストレーション。

 そのはけ口となってボッコボコにされるオークやピーキーボアはたまったもんじゃないだろう。


「くそっ! また木の上に逃げやがって……逃がさん!」


 追いかけるように飛びあがり、そのまま宙を舞う。

 隠れているところは分かっているのだ。

 俺の眼鏡要らずな【遠視】パワーを舐めんなよ!

 2時間かけてやっと5体目。

 これで――


「チェストォーーッ!!」


 木の枝ごと切り裂くような渾身の一撃。

 ――しかし。


「な、なにぃいいいいいい!?」


 切り伏せる瞬間、羽を広げて枝から飛び立つレイラードフェアリー。

 まるでその姿はモモンガのよう。

 そのまま枝から枝へと飛び移り、【探査】の範囲外へと脱出していく……


「ち、ち、ちっ、ちくしょぉおおお!!」

「ブギィ!?」


 腹いせに都合よく突っ込んできたビーキーボアの鼻先へ、鬼のストレートパンチを見舞いながら雄叫びをあげる。

 これはもう、どこぞの経験値を大量に持った某銀色スライムの如き難敵。

「情報にあった回復系スキルの他にも、絶対何か|特《・》|殊《・》|な《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》を持っているとしか思えない……」

 中々倒せないからこそ、その後の戦果にも期待しつつ、不思議な妖精を再度探し回るのだった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 宿の自室で机に向かいながらクルクルと。

 手癖のように片手でポールペンを回しながら、ステータス画面と手帳に記したデータを照合し、そして分析していく。

(ふーむ、粘るか先に進むか、さてどうするか)

 今日の午前中で終わらせたビブロンス湿地は予定通りでいいだろう。

 あればプラスになるスキルも多かったが、超有用というほどのものではなく、かつスキルレベルが飛びぬけて高い魔物も存在しなかった。

 現状ビブロンス湿地で得られたスキルとそのレベルはこの通り。

 マイコニド(毒々しいキノコ)

【胞子】Lv4 使用不可。

【麻痺耐性増加】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 

【睡眠耐性増加】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 


 グロウハウンド(汚い犬)

【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇させる 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0 

【忍び足】Lv4 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10

【俊足】Lv5 走る動作に補正がかかり、移動が速くなる 常時発動 魔力消費0


 グレイウーズ(プリン)

【泥化】Lv4 使用不可。

【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動 魔力消費0

【土魔法】Lv4 魔力消費40未満の土魔法を発動することが可能


 ジャイアントワーム(巨大ミミズ)

【踏みつけ】Lv4 下方に向けてのみ、能力値250%の威力で攻撃を加える 消費魔力13


 魔物の所持スキルは、一部スキルレベル3も混ざっていたが、平均で言えばレベル2程度。

 となると、ここからさらに一つ上を目指した場合、おおよそ500匹ほどの討伐数が必要になってくるので、1週間ではきかないくらいの日数が必要になってくる。

 ならば様々な狩場を巡った後に、どうしてもここでしか取得できないスキルがあるのなら、その時またここで頑張ればいいくらいだろう。

 その他枠の魔物専用スキル【胞子】【嗅覚上昇】【泥化】【踏みつけ】のうち、2種類は俺が使用することすらできないしね。


 だから問題は 《カルカムの森》だ。

 新種のピーキーボアは【突進】しか持っておらず、予想通りというか、期待外れなところもあったが……

 3時間かけて|や《・》|っ《・》|と《・》5匹倒した、レイラードフェアリーのスキル詳細を眺めながら考える。


【回復魔法】Lv1 魔力消費10未満の回復魔法を発動することが可能

【洞察】Lv1 視界に収めた生物との力量差を僅かに掴める 魔量消費0

【逃走】Lv1 何かに追われている状況に限り、能力値150%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10

 どこかの銀色スライムみたいに経験値が大きく入ってきたわけではない。

 所持スキルのレベルもEランクらしく全てが1だった。

 だから決して美味しい魔物とは言えないのだが、それでも3種とも未取得だった新スキル。

 そしてその他枠に新しく追加された魔物専用スキル【洞察】が、どうにも有用スキルな気がしてならないのだ。


「ざっくりでも力量差が分かるっていうのは、かなり凄いよなぁ……」


 詳細説明に『僅か』と書かれている以上、精度はそこまで期待がもてるものじゃないだろう。

 だがレイラードフェアリーは【洞察】スキルのレベル1を使って俺から予め距離を取り、追いかけられれば【逃走】を使って実際に逃げ回っていたわけだ。


 ――相応の力量差が無ければ判別できないという意味で僅かなのか。

 ――それとも具体的な差までは分からないという意味の僅かなのか。


 どちらにせよ、目視で対象を捉えさえすれば判別できるとなれば、今後かなり活躍しそうなスキルであることは間違い無いだろう。

 キングアントみたいな存在や、レイミーさんの言っていた上位個体なんかと鉢合わせた時に、攻めるか引くかの線引きをする上でもかなり活用できる可能性がある。

 トントントン……

 指で机を叩く音が、静かな宿の自室に鳴り響く。


 それに【逃走】はまぁいいとしても、【回復魔法】だって損になることは絶対にないスキルだ。

 しかも【回復魔法】から白い線が伸び、【光魔法】に繋がっていたことで、本来【光魔法】の取得条件をクリアした後に出てくる上位魔法であることが分かる。

 ジャンプして上位スキルの経験値を直で拾えるなら、積極的に拾っておいた方がいいに決まっている。


(だが、問題はどうやって安定的に倒すか……)


 なんとかして数をこなしたい。

 しかしその妙案が浮かばない。


【火魔法】――極小威力でもなければ森の中では論外。

【雷魔法】――今日ぶっ放したら火事になりかけた。

【土魔法】――発生が遅いし、木の幹に当たると貫通まではできない。

【風魔法】――やれないこともなかったが、遮蔽物が多く距離も離れていると威力がかなり落ちる。

【水魔法】――やらかした後の鎮火くらいしか使いどころがない。


(ん~【時魔法】で動きを遅くさせる? いやいやしかし、適度に【身体強化】も使って追いかけ回しているのに、ここで魔力をさらにロスさせるとなれば長時間の狩りが――)

 ステータス画面を見ながらウンウン唸り、そして考える。

 こんな時にパーティメンバーでもいれば相談できるのだろうが、一人身としては自分で考え、答えを導き出さなければ道が開けない。

 ステータス画面から取得スキルを眺め、今日の環境に当てはめた上で何が有効的かを想像し――


「あ、そうか……そうだよ、こいつがあったわ」


 その後もスキルに目を向け、あとは組み合わせ次第と。

 頭の中で乱獲している自身の姿がチラつき、思わず頬が緩んでいくのだった。180話 新たなお金の使い道

 カルカムの森、上空。

 籠を木の枝に吊り下げた俺は、【飛行】で30メートルほどの上空に舞い上がり、森を眺める。

 本日何度目かになるスタート位置だ。


「ロックオーン。さーて、いくか」


 その言葉と同時に【探査】を発動させながら急降下。

 地表ギリギリまで速度を落とさず、一直線に標的へ接近する。


(おっ、3体か……これは熱いな)


 もちろんその対象とは【逃走】する魔物、レイラードフェアリーだ。

 ほぼ真上から見据えるその姿は、昨日とは打って変わって平穏そのもの。

 上空にいる俺を|視《・》|界《・》|に《・》|捉《・》|え《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》ため、警戒している素振りもまったくない。


(まずは、1匹目)


 だからそのまま、真上から刺し貫く。

 コイツらの視界に入らなければなんてことはない。

 そしてこの言葉通り、俺の存在に気付いて離れるように動き始める残り2体のレイラードフェアリー。

 だからその動きを、止める。


「逃がさん」


 咄嗟に距離の近い1匹へ手を差し向け


――【挑発】――


 そしてすぐ様、反対側。

 距離のそれなりに離れてしまった3匹目のレイラードフェアリーへ視線を向けながら、俺はその場で足踏みをした。


『地中を、奔《はし》れ、"地雷矢《ジライヤ》"』


 ――パンッ!


 一拍後、標的が痙攣しながら倒れ込む姿を確認したら、鋭い牙を剥き出しに走りかかってくる可愛かったはずの妖精を切り捨てる。


『【回復魔法】Lv2を取得しました』

『【洞察】Lv2を取得しました』

『【逃走】Lv2を取得しました』


「よーしよしっ!」


 開始約1時間で10体目。

 このペースならまずまずだと、これまでの戦果に思わずほくそ笑む。

 昨夜考えた作戦は概ね順調だ。

 俺は所持スキルを眺めながら、レイラードフェアリー用に三本の矢を用意した。

 一つ目、【洞察】は距離に関係無く視界に収めることが発動条件であるならば、そもそもとして視界に入らなければいい。

 すなわち獲物を狙う鷹のように、上空から突如として現れれば気付かれない公算は高いし、仮に気付かれたとしても逃げるための逆側は地面だ。

 右往左往して早々に距離を稼がれることはないだろうという、この読みは的中した。

 空を飛ぶ魔物はまだ見たことがないし、レイラードフェアリーも空から襲われる経験なんてなかったんだろうな。

 上空に対しては無警戒だったので、1匹だけなら楽に狩り取ることができた。


 そして予備案として考えていたのが第二、第三の矢だ。

 一度ルルブの第4部隊援護で使ったきりの【挑発】スキル。

 使う頻度が少な過ぎてすっかり存在を忘れていたが、大して考えなくてもこの魔物への最適解は本来このスキルで間違いないだろう。

 もし気付かれ逃げられたとしても、俺の【挑発】はスキルレベル2で射程20メートル。

 上空からの接近ならまず射程内に入ると想定して、逃げても俺の方へ戻ってくるように準備をしていた。


 そしておまけの【雷魔法】だ。

 俺は密かに、プルプルと打ち震えていた。

 実践でとうとう必殺技のように自作の魔法名を唱え、そして結果が伴ったのだ。

 そんなに自重していなかった気もする少年の心が、大歓声をあげながらやいのやいのと俺の中で大騒ぎしている。


(練習しておいて良かったぜ……)


 キングアント討伐の後、マルタの西側で魔法練習をした時の賜物。

 地表だけでなく地中にも雷を奔らせるという案が、あの時よりも上手く機能してくれたような気がする。

 考えてみればあの場所はあまり木も生えていない、赤茶けた乾燥気味の大地だった。

 対してここは水分含有量も豊富そうな豊かな森だ。

 昨日のように地表でぶっ放せば、葉や幹から焦げた匂いがしてきて、もしや放火犯になるのでは? と焦ったものだが、地中を通せばそのような心配も今のところはなさそうである。

 たぶん威力で言えば、そのままぶっ放した方がだいぶ効率も良いんだろうけどね。

 目立たずに撃ち込むという目的であれば、この技は凄く良いかもしれない。

 精霊君達。

 俺のイメージを読み取り、『地雷矢《ジライヤ》』でちゃんと発動してくれて本当にありがとう。


「あと最低30体。軽く捻って、まずはレベル3にしちゃいますかね」


 言いながら俺は再度上空へ飛ぶ。

 時刻はまだ午前8時前。

 ノルマだけなら午前中には十分終わらせられそうだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その日の夜。

 ハンターギルドで【洞察】を試しながら換金し終えた俺は、食事など一通りやるべきことを終わらせ、鼻息荒く椅子に座る。

 目の前にあるのはいつもの手帳―――

 ではなく、コゲ茶色の分厚い革表紙が付いた一冊の本。

 その本には『薬学図鑑』と、非常に分かりやすく表紙にその名が記載されていた。

 これは先日押収した誘拐犯達の所有物に紛れていたものだ。

 同じ革袋の中には多めの金貨や、彫込みのあるちょっと変わったデザインの櫛《くし》。

 他にも化粧品と思われる白い粉などが入っていたので、この世界の富裕層と思われる女性があの男達に襲われ、所持品を奪われてしまったと推察できる。


「ドキドキするな……」


 有難く活用させていただきますと、感謝の言葉を述べながらソッと手に取り中身を開く。

 といっても、俺は特別【薬学】に興味があるわけではない。

 興味があるのは『本』という存在そのもの。

 今まで片手間程度とは言え、探しても見つからなかったモノが目の前にあるのだ。

 マルタを出ると決めた辺りから、金銭的な余裕もあって何気に『|本《・》|屋《・》』という存在を探してはいた。


「『本屋』だと? そんな店がこの世界にあるわけないだろう?」


 先日会食したゴリラ町長の言葉が蘇る。

 紙自体が希少なこの世界で、『本』がどれほど高価な物かはおおよそ理解していたつもりだ。

 ハンターギルドがわざわざ鎖に繋いでいるのもそういうこと。

 だから貴金属と同等程度くらいに思っていたら、実はそれ以上に価値のある存在。

 それがこの世界の『本』だった。

 そんなものを店頭に並べているような店はなく、かつそんな在庫を抱えるようなモノでもなく――

 入手方法は【写本】を生業にする者達と繋がりのある大店に、欲しい本の概要を伝えて入荷を待つこと。

 もしくは新古書や古書など、俺のように何かしらの経緯があって本を入手した者が現金化することもあるので、そのような買取物をたまたま裏で抱えられているお店に価格交渉すること。

 あとは金持ち連中に多いらしいが、個人同士の交換や売買。

 ほぼこの3種に限られているとゴリラ町長は言っていた。

 ほぼというのはまぁ、|誰《・》|か《・》|か《・》|ら《・》|奪《・》|う《・》という選択肢を無くせばっていうことだろうな。

 一般的な町民が求めるような物でもないため、流通方法は金持ち同士が作るパイプの中だけでも問題無いらしい。

 そりゃ大きな店構えを想像しながら町を徘徊したって、本を売る店は見つからなかったわけである。


「……」


 僅か30ページ程度の、本というよりは薄い冊子。

 それでも書かれている内容に思わず手が震えてくる。


「これはまさに――」


 情報自体はかなり限定的だ。

 ネットのように、サイトへ飛べばなんでも必要な情報が掴めるというものではない。

 それでも薬草名や効能。

 挿絵でその薬草自体の特徴なんかも記されており、代表的な群生場所、ざっくりとした入手難易度までもが記載されている。

 存在が消されているため群生場所の地図表記が無いのは残念だが、こと薬草に限って言えば、この本は『|攻《・》|略《・》|本《・》』そのものなのだ。

 内容の真偽は分からない。

 誰が作ったかも分からないし、現代のように情報精度に対して相応の責任を負いながら書いたものではないのかもしれない。

 それでも――


「金の使い道は装備……あとは『本』で決定だな」


 自然とその結論に至る。

 本を多く入手できれば、俺はどんどんこの世界の情報を知ることができる。

 しかもその本を知識の偏りが強い女神様達に見せれば、きっとそれがこの世界にとってもプラスになっていくはずだ。

 今はまだいい。

 穴が開いても捨てられない鎧含め、鞄やら靴やらで俺の籠はかなりパンパンになってしまっているので、大量に仕入れられたとしても持ち運ぶことが難しい。

 でも荷物の整理も終わって、パルメラの森に拠点でも構えた頃には――

 そう思えば優先度はかなり高いと判断し、今後どうやって入手ルートを開拓するかで頭を悩ませるのだった。181話 動きだす監査院

 翌日。

 レイラードフェアリーから取得できるスキルを全てレベル4まで引き上げた俺は、受付カウンターでリプサム最後の換金を終えた。

 当初の話通り、ここ2日ほどは受付でレイミーさんの姿を見ていない。

 もう実家のミールに向けて旅立ったのだろう。


「分かればで結構です。Dランクハンターのアマリエさんとエステルテさんは、無事新しいパーティを組めました?」


 返答次第で何をしようということは無い。

 ただなんとなく、その後が気になっての質問。

 それでも俺が彼女達の救出者ということは理解していたようで、対面した受付のお姉さんは深く考えることもなく教えてくれた。

「アマリエは他のDランクパーティに加わったって話は聞いたわよ~回復魔術が使えるハンターは重宝されるからねぇ。ただエステルテさんは町を出るみたいね」

「そうでしたか」

「あそこは色々なところの勧誘を長く断って夫婦だけのパーティ組んでたからね。今更っていう気持ちもあるんでしょうし、なんかちょっと前にも誘いを受けたようなこと言ってたらしいわよ?」

「誘い? あ、もしかして北のCランク狩場を目指すとか?」

「そう思ったんだけど、どうやら東の国へ向かうみたいね。でも女の一人旅って――……」

 その後も、まだ午前11時という中途半端過ぎる時間だったためか。

 見るからに暇と分かるお姉さんのおしゃべりは一向に止む気配が無かったので、お礼の言葉で無理やり遮りハンターギルドを後にする。

 その後は宿へ戻り、特製の籠に私物を詰め込み上空へ。

 来た時同様、リプサムの町を空から一望した。


(この町に留まる者、東に向かう者、南に向かう者か……)


 旦那さんを亡くした彼女達それぞれの新しい人生。

 こうなった直接の原因は俺じゃないと理解していても、バラバラに散っていく彼女達の今後に思うことがないわけじゃない。

 もちろんそれ以外にも、ゴリラ町長や衛兵長、なぜか印象に残っている前髪クネクネ少年に子供達など、僅かな滞在とはいえこの町での出会いに思いを巡らす。

 このまま一生会わない人達だって多くいるだろう。

 でももし、お互いの進む道が再び交差する機会でもあれば――

 思わず何かを言いかけ、首をかしげながらソッと頬を摩る。

「ベザートの影響かな……?」

 上辺の関係よりも少し深く、他人の人生に興味を示している自分を不思議に感じてしまった。


「……行くか」


 ボソリと呟き、俺は地図画面を開きながら北上を開始。

 異世界の景色を眺め、時に蛇行しながら地図を埋めつつ、自由気ままな一人旅は続いていく。


 ちなみにここでリステから貰った【地図作成】をレベル2に上げた。

 絶対に魔物からも、そして人からも得られないスキルであることは明白だし、地図埋めを意識するようになって、もしかしたらレベル2でマッピング効率が向上するのではと思ったのだ。

 しかし結果はう~んと唸るような内容だった。


 【地図作成】Lv2 地図に街道と国境線を反映させる また地図方位を変更できる 魔力消費0


 大事なことだと思うし、嬉しいは嬉しいよ?

 でもマッピングの範囲をドーンと拡大してくれたり、町の名前を書き込めたり……

 その方が実利もあったなと内心思いながら、真っ黒い地図に色を付ける作業を進めていく。

 まず俺がやるべきことは村や町探しだ。

 これだって冒険の醍醐味と言っていいだろう。

 さすがに小規模過ぎる村はスルーしたが、街道沿いに存在したそれなりの規模の村や、ミール程度の町なんかがあれば必ず立ち寄り、真っ先にハンターギルドの所在を確認。

 あると分かれば資料室に立ち寄って、記載されている魔物情報を読み漁っていった。

 といっても、すんなり期待するほどの成果が上がるわけではない。

 道中はEランク以下の狩場がいくつか存在する程度。

 中にはこの世界に来て初めてとなる「Gランク狩場」なるものまであったが、蓋を開けてみればGランクとはやや危険度が高い野生動物のみが多く生息する狩場のようで、その対象は主に普通の猪や鹿とギルド資料には記載されていた。

 魔石もなければ常時討伐依頼も出ていないけど、食料や素材としての価値があるので、【狩猟】を生業とした安全重視の人達が行くような狩場らしい。

 だから当然俺も|念《・》|の《・》|た《・》|め《・》と思って足を運んだわけだ。

 魔物からも人からも、ラストアタックを取ればスキルを得られる。

 ならば野生動物だとどうなるのか?

 こんなの直接試してみなければ誰も答えが分からない。

 そう思っての行動だったが、結果だけを言えば得られる物は何も無し。

 魔物と違って勝手に近寄ってきてくれないので、倒すのには苦労するし、5体以上倒してもスキルを得られることも、目立って何かのスキル経験値が伸びるようなこともなかった。

 このことから野生動物、あとは経験上把握していた昆虫や魚、植物なども対象外。

 あくまでスキル経験値を得られるのは、リア様が言っていたスキルを持ち、活用する生物――

 つまり魔石を体内に有する魔物と、人の枠に収まる人種だけということになるのだろう。

 結果としては余計な寄り道だったが、こういったことが分かっただけでも一歩前進だ。


(大丈夫。動き続ければ何かしらは得られるし成長もする。極めたいなら、虱潰しだ)


 その程度の覚悟なら朝飯前。

 俺は気を取り直して、目指す先。

 ラグリース王国の王都へ向けて、さらなる北上を続けていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




 場所はラグリース王国の中央に位置する王都『ファルメンタ』

 その中でも第一区画と呼ばれる最中心部。

 王宮含めた国内主要機関が集まる一角に、厳かな雰囲気を漂わせる監査院本部が存在していた。

 飾り気は無く、質実剛健という言葉がそのまましっくり当てはまる石造りの三階建て。

 そんな建物に向かって、やや張り出た腹を揺らしながら壮年の男が駆け込んでいく。

 入口の守衛がギョッとするも、知った顔とあってか何も言うことはない。

 それどころか事情を察し、少し憐れんだ視線をその男に向けていた。

 第一区画だけは周遊馬車の入場が認められておらず、紋章が幌に縫い込まれた特定馬車でなければ第一区画門を通過することができない。

 故に貴族ではないその男は、第一と第二を隔てる区画門からはひたすら走ってこの場までやってきていたのだ。

 それこそ1分1秒が惜しいと、巻き散らす汗も気にせず階段を駆け上がり、目的の部屋へ向かっていく。

 本部最上階に執務室を構え、ラグリースの監査員を纏める実質的なトップ――

「はふっ……はひっ……カ、カムリア次官ッ!!」

「騒がしいわッ!……ん? ニローか? なぜおまえがここにいる?」

 ――呼ばれたカムリア次官が険しい顔つきで問いただすも、マルタの監査主任ニローは事の重大さを理解しているためか、気後れすることなく酸素を求めながら口を開く。

「はふっ……はっ……い、異世界人! 異世界人をっ……! 見つけましたぞッ!!」

「ッ!? ま、まことかッ!?」

 この発言に、カムリア次官の持つペンの動きは完全に止まり、後ろで控える補佐官も身動ぎを忘れたかのように息を飲んだ。

 そこからは自然な流れで室内にある応接用のソファーへ。

 呼吸の乱れを正しながらも報告するニローの言葉を、カムリアは眉根を寄せながらもただ黙って聞き、後方の補佐官が簡易的に木板へ報告内容を記録していく。

 そして一しきり報告が終わった後――

 素直には喜べない状況と理解しつつ、カムリアが口を開いた。

「まさかの姉弟2名か。この好機、なんとしてでも活かしたいが――本当にあの『ニーヴァル様』に任せるのか?」

 カムリアも平民ながらこの地位まで上り詰めた男。

 功利的な考えが根付いているからこそ、良くも悪くも裏表のないあの|ば《・》|あ《・》|さ《・》|ん《・》にこの国の未来を託すなど有り得ないと。

 不安を通り越し、嫌悪感に近い表情を滲ませながらもニローへ問う。

「恐れながら、腹に一物を抱えた状態での交渉は逆に危険と、そのように感じた次第です。姉だけであれば楽にいけそうなものでしたが――弟の方は所持スキル含め、底が見えません」

「それでもだ。【話術】や【交渉】スキルの高いものをあてがう選択だってあるだろう?」

「あの少年は金にも地位にも興味を示しません。にもかかわらず対価を求める『取引』を自ら提案しました。だから私は敢えてこちらから振ったのです――欲しいのは『|情《・》|報《・》』か? と」

「……その的は絞れたのか?」

「いえ、そこまでは。しかし少年の顔色を見る限り、何かしらの情報を求めている線がかなり濃厚であることは間違い無いかと」

「だからか……」

「はい。この国でニーヴァル様ほど博識な方を他に知りませぬので」


 いつロキが王都へ到着し、ニーヴァルを尋ねる(訪ねる)かは分からない。

 限られた時間の中で方向性を纏め、かつ宮殿へ報告と対応を求めなければ大惨事になる可能性もある。

 ニロー到着から慌ただしく動く監査院――


 一方、そんな状況などは露知らず。

 今日も今日とて、ロキは元気にとある山間のFランク狩場を走り回り、大量の『猿』に石や木の枝を投げつけられながらもスキル収集に勤しんでいた。182話 王都ファルメンタ

「うっはー! 並んでるなぁ~!」

 眼下にはマルタよりも高さがありそうで、なおかつ人が上で活動できるくらいに幅もある巨大な石壁。

 それらがパッと見る限り4層に渡って存在しており、外周壁の一部にはミミズのような、細長い線が延びていた。

 よくよく見ればそれらは人であり、馬であり、馬車であり――

 王都へ入場するための行列になっていることがすぐに分かる。

 並ぶ者達用のサービスなのだろう。

 外周面には出店なのか、風が吹けば飛びそうなほどの掘っ立て小屋が乱立していた。

 そんな光景を後目に、


「ズルしてすみませーん」


 外周壁を上空から通過し、そのまま着地ポイントになりそうな大き目の屋根を探す。

 良いか悪いかで言えば、この行為は悪だろう。

 村は別として、どの町も不届き者が町中に入り込まないか、一応の身分チェックはしているわけだからね。

 だがしかし、こんな状況を想定して俺はゴリラ町長に税金絡みの確認をしておいたのだ。

 町へ入る時に、何かしらの税や入場料のようなお金が発生することはあるのか?

 その答えは否。

 少なくともラグリースや周辺諸国でそのような徴収方法を取っている国はないらしい。

 商人は積み荷をチェックされるので相応に時間がかかってしまうらしいが、ハンターである俺はギルドカードさえあれば基本出入り自由。

 それは今までに立ち寄った町でも分かっていたので、気兼ねなく外壁を飛び越えられたというわけである。

 まぁもし見つかって怒られたら土下座する気満々ですが。

 寒さ対策用に買った大き目の外套で身を包み、ポイントを見据えて急降下。

 慣れてきた今となっては大きく手を動かす必要もなくなってきたので、外套の中で微調整しながら目的の屋根に着地する。


「ん~っ! 結構時間かかったなぁ」


 リプサムを出てから約8日ほど。

 なんだかんだと寄り道をしながら、ようやく俺はそれなりの高さから見渡しても終わりが見えない巨大な街。

 ラグリース王国の王都『ファルメンタ』に到着した。

 地に近い場所へ降り立って初めて分かる、街の喧騒と雑多な雰囲気。

 引き籠り時代であればクラクラと眩暈がして吐き気を催しそうだが、今となってはこんな雰囲気にもちょっとワクワクしてしまう。

 例の転生者達のせいで大陸中央の国々は苦しいような話だったけど、意外とまだまだ体力はあるのかな?

 そんなことを考えながらも屋根から飛び降り周囲を一瞥。

 まずはハンターギルドも大事だけど、この巨大な街だからこそ期待しちゃうのはやっぱり風呂付きの宿でしょう!

 思わず金貨袋の一つをニギニギしながら、良い宿は外周付近よりも街の中央だよねと。

 ハンファレスト並みの宿を期待しながら、路面のお店を物色しつつ次なる内壁へと向かって歩き始めた。




「前払いでも結構です。お願いします」


 悩む素振りを見せるおっさんに、ジャラリと敢えて音が鳴るよう革袋を見せる。

 今いるのは外周壁から数えて2つ目の壁を抜けた先。

 町民曰く、"第三区画"と呼ばれている、やや路面が広く整然とした雰囲気が漂うエリアを訪れていた。

 小道が多くクネクネしており、所々迷路のようになっていた第四区間とは作りの質が明らかに違う。

 ――計画性をもって作られた様子がありありと感じ取れる第三区画。

 ――急ごしらえで大通りだけ延長したように作られた印象しかない第四区画。

 そしてここからさらに進んだ"第二区画"までいけば、そこはもう貴族などの富裕層向けエリアになるようなので、俺が望む風呂付き宿も複数あることを教えてもらっていた。

 だが庶民生活しか経験のない俺には、そんな高級エリアなど無駄に気疲れするだけ。

 それなら良い塩梅にバランスの取れていそうな第三区画と、そう狙いを付けたまでは良かったが――

 やっぱりここでも障害になるのはこの身形らしい。

 いつぞやのハンファレスト同様――いや、今回はちゃんと顔に出して悩む素振りを見せてくれているため、それなら逆に好都合と|相《・》|手《・》|の《・》|求《・》|め《・》|る《・》|モ《・》|ノ《・》をチラつかせた。

「ふむ……前払いでもいいのであれば」

「では、とりあえず2日分を」

 料金もハンファレストの時とあまり変わらないのであれば、この辺りが風呂付き宿の相場ということなのだろう。

 とっとと支払い部屋に荷物を置いたら、そのまますぐにハンターギルドの探索へ。

 聞けば街が大きい分、第四区画の南と北東の2ヵ所にギルドが存在するとのことなので、今いる位置から近い南のギルドを目指してジョギングを開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その日の夜。

「いやー微妙だなぁ……」

 久しぶりの風呂でさっぱりした俺は、魔力消費ついでに風魔法で髪を乾かしながら、この街での今後の予定を考えていた。

 散策するには楽しい街だ。

 長蛇の列ができていたファルメンタ南の入場門から、第三区画にあるこの宿まで普通に歩けば推定2~3時間ほど。

 町民が乗合馬車を活用するのが当たり前なくらいに広く、メインストリートとも呼ぶべき大通り沿いは、多くの店が軒を連ね賑わっていた。

 見て回るだけでも、余裕で数日潰せちゃうだろうなというほどの通りの長さと店の数。

 それが実質庶民が出入りしている第三区画まで続いている。

 第二区画も出入りに許可が必要なわけではないみたいなので、金銭的に余裕があれば、中で高級な衣類や調度品を取り扱うお店なんかを見て回ることも可能なのだろう。

 しかし、俺のようなハンター。

 いや、もっと正確に言えば、俺のように|魔《・》|物《・》|ジ《・》|ャ《・》|ン《・》|キ《・》|ー《・》なハンターからすれば、この街は非常につまらないのだ。

 王都の周囲には、お世辞にも近場とは言えないFランク狩場が二つあるのみ。

 それでも今日立ち寄った南のハンターギルドはそれなりの人混みで、皆ここでいったい何をやっているんだ? と依頼ボードを眺めたら、その大半は様々な方面へ向かう馬車の護衛依頼で埋め尽くされていた。

 王都の立地からしても、周囲は高低差がかなり少なく人の住みやすそうな平原がひたすら続いていたので、この地の付近に魔物が少ないのはしょうがないことなのかもしれない。

 まぁそれにしたって依頼内容が偏り過ぎだけどね。


(どっちも新種の魔物無し。王都までの道中で遭遇した新種も、Fランク狩場にいたスローモンキーとかいう猿だけだったし、リプサムを越えてからは一気に新種探しがキツくなってきたなぁ……)


 やたらと周囲の物を投げまくってくる猿からは、【投擲術】という新しいスキルを無事取得することができた。

 だから立ち寄った意味はあるのだが、効率的かと言われればちょっと厳しくなってきたのも事実だ。

 まぁ【地図】を埋めるという副次的な目的も俺にはある。

 エリアや環境によって同ランク帯でもガラッと魔物構成が変わる可能性だってあるわけだし、とりあえずはラグリース王国の地図が完成するまで、様子を見ながらジックリやっていくしかないだろうな。

 そう結論づけた俺は、明日以降の予定を確定させるため、チラリと腕時計を確認後に一つのスキル名を発する。


 んんっ!!


【神通】


「えーと……今いる国の王都に今日着きましたので、誰か1日だけお忍びの観光をしたい人はいますかー? 自分の買い物ついでではありますけど、ご飯くらいならご馳走しますよ~」


((((((……))))))


 俺からこうやって振るのはあまりよくないかもしれない。

 ただ誘拐事件の時は、誰が降りるかでちょっとした喧嘩にまでなっていた。

 つまり皆もっと機会があるなら降りたいのだ。

 神界に閉じ込められていると言っても間違いではなさそうなあの人達は。

 だからたまには。

 そんな頻繁にはこうした機会を作ってあげられないけど、俺が町中に用がある時くらいは息抜きに協力してあげたい。

 今日見つけた日本人なら誰もが知っていそうな食べ物も、どうせなら誰かに食べさせてあげたいしね。

 そう思っての提案だったわけだが――


(ロキの護衛と言えば私の役目!)

(街の中なら、護衛の必要なんてないですよね~?)

(そろそろ順番で言ったら私でもいいと思うんだけどー!)

(また下界降臨争奪戦)

(初めから権利がない私はどうすれば!?)

(せめて……あと半月ほど、待っ…てください……)


 ――相変わらずな反応に苦笑いが出る。


(ほんと神様っぽくないなぁ……)


 どうやら今思ったことがすぐにバレたようで、脳内ではまたギャーギャー騒いでいたが――

 俺はそんな声を遮るように、今回降りる上での注意点を説明。

 同じ過ちを繰り返さないようにしつつ、このまま時間内に結論が出ることはないだろうと。

 いつ筆頭宮廷魔導士へ会いに行くかを考えていた。183話 装備の更新

 時刻は朝の8時ごろ。

 俺は敢えて朝食を食べずに、目の前で収縮していく青紫の霧を眺めていた。

「おっまたせー!」

「おはよ~」

 その理由は、今回降臨する女神様がフェリンに決まったからだ。

【神通】を使用した後に少しして、わざわざ【神託】で報告が入った。

「今回は私だよー! 朝からご飯食べるからよろしくーっ!」

 これだけだったが、誰かがすぐに分かるんだから十分な報告である。

 フェリン用の靴を渡しながらクルリと一周。

 状態を確認してみるも――

「今回は髪も跳ねてないし、争った形跡無さそうだね?」

「なははっ! 本気で争うと私達の住む世界が壊れちゃいそうだからさ~また順番にしたんだよね!」

「あ……そ、そう」

 世界が壊れるってなんだろうか?

 笑いながら言う言葉じゃないと思うんだけど、その光景を想像するといつぞやの般若フェリンがコンニチハしかけるので、全力スルーするしかない。

 俺は可愛いフェリンが良いのである。

「えと、予定通り【隠蔽】は持ってきてる?」

「もちろん!」

「おっけ~それじゃ安心だね。とりあえずお腹空いたし、連れていきたいお店が2軒あるから早速行こっか」

 ここまで準備しておけばトラブルが起きることもないだろう。

 連れて行きたいお店が2軒あるという俺の言葉に、「にっひひ~!」と変な笑い方をしながら跳ねるように部屋を出ていくフェリン。

 その後ろ姿を目で追いながらも、俺は軽く息を吐き――

 胸の内から込み上げてくる様々な思いを抱えながら、それらを隠すように後を追った。



「はいっ! こちらがフェリンさんにご紹介したい1軒目のお店です!」

「おぉー!」

 二人で馬車に乗りながら移動した先は第四区画。

 いかにも庶民街といった雰囲気が漂うちょっと小汚い路地の一角で、俺達はデカい団子のような塊が、端からブツンブツンと切られていく様を眺めていた。

 昨日偶然見つけた、店舗にしては小さい半分屋台のようなお店。

 そこではパフォーマンスなのか、わざわざ路面で見えるように料理しており、俺はまんまとその内容に食いついてしまったわけだ。

「あの白い塊は何?」

「大きな分類で言えば小麦粉だろうね。厳密にはその中でも色々と種類が分かれるんだろうけど……パンの原料っていったら分かりやすいかな?」

「へ~なんか適当に切っているように見えるけど、あんなものなの?」

「俺の住んでいた日本だと、もっと平に延ばして均等に切るんだけどねぇ。でも『麺』ってまだこの世界では見たこと無かったから、絶対一度は来ようと思ってたんだ」

 パッと見では、地球で言う『刀削麺』とかいうやつに近い。

 店内に入って他のメニューを見てみるも、他にそれっぽい中国系料理が無いので、この世界で独自に生まれた料理なのか。

 それとも地球人が落とした知識なのかはさっぱり分からない。

 まぁどちらにせよ、美味しければなんでもいいのだ。

 朝食には最適だろうと二つ頼めば、すぐに出てくる木製の器。

 その中にはやや白く濁ったスープと何かしらの香草、そしてこれまた何か分からない肉が入っており、鶏ガラっぽい過去に嗅いだことのある匂いが湯気とともに漂ってくる。

 フェリンをチラリと見れば――うん、まるでお預けされている犬のようだ。

 器の中身を一点に見つめながら、俺からのゴーサインを待っている。

「では、初めての麺に感謝を。いただきます!」

「いただきまーす!」

 真似してくれるフェリンにニヨニヨしながらフォークでぶっ刺せば、なるほどたしかに、これは麺っぽい。

 短いので啜る必要も無く、フェリンも問題無くホクホクしながらフォークで刺しながら口に運んでいた。

 ズズッ……

 スープは――……あー良いね。

 見た目通りのさっぱりしたスープで、朝だからこそ丁度良いと感じる優しい味わいだ。

 ちょっとした生臭さがほんのり残る感じが、出汁を取っている素材の問題なのか、技術的な問題なのかは分からないけど……

 これで一杯200ビーケなら最高の一言で、文句を言えばバチが当たるってもんである。

「ぷっはー! 美味しくて黙々と食べちゃったよ!」

「お~スープまで綺麗にいったね! これは朝に丁度良いご飯だったなぁ」

「私はもう1杯食べられちゃうけどね!」

「俺もまだ2杯くらいは食べられるけど、でもだめだよ? お昼はどう見ても『ピザ』っていう料理にしか見えない食事が待ってるんだから、余力を残しておかないと後悔しちゃうからね」

 ベザートの時以来になる久しぶりの食べ歩きだ。

 適度に周遊馬車を利用しながら、気になる屋台飯を見つけては少し摘まみつつ、今日の目的の一つである第三区画。

 その大通り沿いに建つ、店構えの立派なアクセサリー屋へ足を運んだ。


「いらっしゃいませ」


 俺達二人に向けた女性店員さんの淀みない応対。

 リステの時と違って俺も前よりは身形を小奇麗にしているし、フェリンも良いか悪いかは別として、比較的庶民感の漂う雰囲気を発している。

 少し彷徨う視線が、どちらがメインのお客さんかを掴めていないような雰囲気だったので、ヘルプを出す意味でとっとと俺から口を開いた。

「装備としてのアクセサリーを探しているので見せてもらえますか?」

 この言葉に理解を示した店員さんは店の一角へ向き、少し表情と口調を崩しながら誘導してくれる。

「あちらがハンター向け、装備目的のアクセサリーですよ」

 ――なるほど。

 パッと見た感じの在庫数は、マルタの時の3倍くらいはありそうだ。

 何が『微小』や『小』なのかは表記されていないから分からないが……

 それでもある一角に視線を向けた時、俺は思わず口角が上がってしまった。

 販売金額が1つ3万ビーケ前後、20万ビーケ前後ときて、その次の塊はどれも大体200万ビーケ前後。

 他に数点値段設定がまったく異なるアクセサリーも置かれているが、まずこの3段構成であれば、200万ビーケくらいが目的の『中』に該当する能力のアクセサリーだろう。

「あの、この辺りにある値段の高いやつが能力『中』になるんですか?」

「そうですね。3部位、4能力種、今なら全て在庫がありますよ」

 凄いな。

 今までこの身形で舐められることが多かっただけに、普通に接してくれているこのお姉さんにちょっと感動してしまう。

 1個200万ビーケって、小学生か中学生が車を買いにくるようなもの。

 もし俺が店員の立場なら「トイレ探しにきた?」くらいにしか思わないのに、ちゃんとお客さん扱いしてくれているだけでもう買う気満々になっているので、俺は本当にチョロいもんである。

「ちなみに、奥にあるもっと高いやつは――あー素材が違うっぽいですね」

 一応確認はするが、まず間違いないだろう。

 そもそもとして、金属の色が違うのだから。

「その通りです。ブロンズ、シルバー、ゴールド素材を用いて作られた能力『中』の装備アクセサリーになります」

「上位素材を使う理由は、【付与】を成功させやすくするためですか?」

「それが主ですね。あとは見栄えや人との違いを楽しまれる男性の方もおられますから」

 あーなるほど。

 見た目ですぐに違いが分かるのだから、これも一種のステータスになるんだろうな。

 金持ちなら飛び付きそうな話だ。


 通常の鉄(アイアン)素材で200万ビーケ前後。

 見た目が青っぽい青銅(ブロンズ)が350万ビーケ。

 光沢感の強い銀(シルバー)が600万ビーケ。

 見たまんまの金(ゴールド)が1100万ビーケ。


 ポンポンポポーンと面白いように金額が跳ね上がっていく値札を見つめながら、あまり把握できていない今のお財布事情を考える。

(金貨袋が手持ちで7個だから……大体600~800万ビーケくらいか?)

 マルタを出てから全て現金収入になったとはいえ、そこまで1ヵ所に張り付いた狩りをしていない。

 ザッとの計算だったが、まず1000万ビーケまでは所持していないはずだ。

 それ以外にも一応白金貨を3枚持っているので、足せば1000万ビーケくらいにはなりそうなもんだが――あれは軽くて便利な緊急時用のお金。

 換金方法が未だ分からないので、気軽に使うべきではないだろう。

 それに――

「この上位素材を使ったやつは、指輪しか並べていないんですね」

「そうなります。どうしてもこの手の上位素材は指輪以外だとあまり出ないもので……もちろんご希望があれば素材含めオーダーも可能ですよ」

 ん~見た目重視だからこその弊害か。

 お金持ちは指にジャラジャラと指輪を嵌めたがるらしい。

 俺はできれば目立たず、狩りの邪魔にもならないネックレスがいいんだけどなぁ。


 その後もお抱え付与師の存在や、第二区画の店舗情報などを確認しながら、現状どうするべきかを考える。

 お姉さんの説明通りなら、ネックレスの在庫があり、値段も問題無く2個は買える鉄(アイアン)素材で問題無い。

 パイサーさんの実例を考えれば、シルバーとミスリルの合わせ技に、【付与】レベル2でギリギリ同種の多重付与に成功したのだ。

 となると、下位素材になるシルバーやゴールドのみでは、同種の多重付与はほぼ成功しないということ。

 付与師のレベルが高ければ話は変わるだろうが、お抱えの付与師でレベル2。

 かつてはレベル6という付与師も王都に存在したようだが、今は伝《つて》がある付与師でもレベル3ということなので、こうなると大枚叩いてゴールドの指輪を買ったところで、結局1種の付与だけで終わる可能性が高くなる。

 おまけに2個買うには、まともな狩場もないこの王都で書状を使い、ギルドの預け金を引き出さなければいけなくなるわけだしね。

【付与】は数値変動型で実用性の高い【魔力自動回復量増加】しか今のところ狙うつもりがないので、こうなると中途半端な上位素材に手を出すメリットは無い。

 だが、もし|こ《・》|の《・》|お《・》|姉《・》|さ《・》|ん《・》|も《・》|知《・》|ら《・》|な《・》|い《・》|情《・》|報《・》が隠れているなら――


「なになに? ロキ君大丈夫?」


 商品を前に長く黙り込んでいたからか。

 心配そうな顔するフェリンに笑顔を向ける。

「具合が悪いとかじゃないから大丈夫だよ。単純にどっちが俺にとって正解なのかなーってね」

「ふーん? あ、リガルが言ってたやつ?」

「ん?……まぁ、そんなとこだね」

 目の前に店員さんがいることもあってか、フェリンは多少濁した伝え方をした。

 それでも当事者である俺からすれば、何のことについて言っているのかは大体察しがつく。

 ――装備の数値化。

 リルに『微小』の攻撃力上昇値が『2』と『3』なんて言われた時の衝撃は今でも覚えている。

 ……そうなのだ。

【鑑定】レベル10があれば、俺の今の悩みは全て解決する。

 能力『中』は『微小』や『小』と比べてどの程度の数値差があるのか。

 今ある能力『中』の在庫で、一番能力実数値の高いアクセサリーはどれなのか。

 そして――上位素材になれば、能力値は下位素材よりも上昇するのか。

 その数値差によっては、仮に同じ付与数しか望めなくても、上位素材に手を出す意味も出てくるわけだ。


「手伝ってあげよっか?」


 フェリンのその言葉に、思わずゴクリと喉が鳴る。


 だが――


「……大丈夫だよ。店員さん、攻撃力上昇の能力は『中』、素材は鉄のやつでいいので、ネックレスを値段が高い順に2個ください。【付与】は無しで大丈夫です」


「2個、ですか……? あっ、ありがとうございます!」

 さすがにいきなり2個も買うとは思ってなかったのだろう。

 以前買った中型サイズの革袋をゴソゴソと。

 そこからいくつかの金貨袋を取り出せば、やや興奮した表情を見せながら金貨を数える店員さんがなんだか印象的だった。184話 ワガママ

 第三区画から一本入った通りにある長閑《のどか》な広場。

 公園というよりは、余った土地にただ雑草が生えただけという感じのスペースに腰を下ろし、買ってきた2枚の『ピザ』を広げる。

「うーん! どう見てもピザ! 疑いようもないほどにこれはピザ!」

「これが有名な料理なの?」

「そうそう、地球じゃ世界的に有名じゃないかな? このサイズ感、乗っている具材、もうそのまんまって言ってもいいくらいにめっちゃ似てるよ」

 乗っている具材はシンプルだ。

 大量のチーズと輪切りにしたソーセージっぽい加工肉。

 それにピーマンかパプリカっぽい、原色の野菜が程よいサイズに切られて散りばめられている。

 こちらも日本のようにバリエーション豊かではなかったので、この世界の人達が生み出したのか、飛んできた地球人が落とした知識かは分からない。

 しかし朝の『刀削麺』っぽいやつよりはだいぶ馴染みがあり、既視感の強いこの見た目。

 たぶん後者なんじゃないかな~と予想しながらかぶりつく。

「おぉ……! 予想を裏切らない予想通りの味!」

「えぇ!? それ美味しいの!?」

「もちろん! ささ、フェリンも熱いうちに早く早く!」

 GOサインが出たと思ったのか。

 勢いよく齧り、そしてこちらも予想を裏切らず、ビローンと伸びるチーズに、ん~ん~言いながら慌てるフェリン。

 垂れる横髪がチーズに絡まりそうで危なっかしい。

 しょうがないので指で切ってあげれば、眩暈がしそうなほどの満面の笑顔。

(ふがぁ~やっぱりめっちゃ可愛いがなぁ~……)

 癒されると同時に、また心の内がチクリと痛む。


「……そういえばさ、さっきは本当に良かったの? 手伝わなくって」

「あー……大丈夫だったよ。わざわざありがとね」

 ピザを頬張りながらも苦笑いで答える。

 悩ましい葛藤だ。

 本来は悩むこともできないのだから、それだけで幸せな立場だと言える。

「それじゃ自分で解決できたんだね!」

「ううん~全然」

「え? そうなの?」

「うん。でもまぁ、言葉で表すのは難しいけど……あの場で気軽に解決しないのが正解かなってね」


 今までにも何度か思ったことだ。

 ここでフェリンの――女神様の力に頼ってはいけない。

 甘い誘惑が降り注ぐ中、それでも|過《・》|去《・》|の《・》|経《・》|験《・》から直観的にそう思っただけのこと。

 
 この世界にとって、女神様というのは存在そのものが強烈なチートだ。

 攻略本と称したこの世界の『本』なぞ比較になるものでもなく、もっと直接的な能力《スキル》で多くの障壁をあっさりと吹き飛ばしてしまう。

 それは初めて対面した当初から理解していたことで、その中で支障がない程度にお願いする部分はお願いし、一方的な受け手にならぬようこちらが助けられる部分は助けてきた。

 何よりも強さに拘るなら、女神様達との交友というアドバンテージを活かし、その力を存分に活用すべき。

 それは間違い無く正解なわけだし、わざわざ提案された助けを断ることは、チャンスを棒に振る『損』な判断とも言える。

 だがしかし――甘え過ぎ頼り過ぎれば物凄くつまらなくなるのだ。

 俺の人生が。


 まだ友達がそこそこいた小学生の頃を思い出す。

 謎の機械を通してコードを入力することにより、

 ――最初からレベルが99になる

 ――好きな能力値が最大になる

 ――最初から最強装備が揃っている

 こんな裏技が大流行した時代があった。

 俺も含めた少年たちにとって、それはまさに現代の魔法とも言える、夢のような機械だったのだ。

 本来ならば何十時間、何百時間とかかった先にある到達点。

 そんな最強の願望が一瞬で叶えられるならばと、俺自身も手を出してはみたものの――楽しいのはやり始めた最初の一時だけ。

 人によってはその手軽さにハマるのだろうが、俺はあっという間に飽きてすぐにコントローラーを手放してしまった。

 それどころか、そのゲームの到達点を見たがために興味が一切無くなり、二度とそのゲームに触れることすらなくなってしまった。

 その時、小学生ながらに思ったのだ。

 強くなっていく過程が大事で、そこに|冒《・》|険《・》という名の面白みがあるのだと。

 もちろん何よりも優先すべきは死なないこと。

 これは絶対であるから、死が目前に迫っている状況ではそんな悠長なことを言っていられない。

 しかし、そこまでの切迫した状況でもなければ――

 悩み、考え、苦労をし、努力を重ねながら強くなっていけるその道程を楽しみたい。

 ……キングアントを倒した後にも感じた葛藤だ。

 強さに拘るからこそ甘える線引きがブレそうになるが、もしここで甘えれば、今後俺は癖になって様々な場面で女神様達の『鑑定』を頼ることになる。


 あくまで自身は安全圏からプレイするゲームの話であって、ここは生き死にを懸けたリアルな世界。

 そんな呑気なことを言っている場面でもないのかもしれない。

 自分でもゲーム視点になっているなという自覚はあるし、強さと楽しみを両立させようなんてそれはただの我儘だろう。

 でも、この世界の仕組みを楽しいと感じているからこそ――


 気付けば俺のピザは無くなっており、フェリンのほんのり赤みの混じった大きな瞳が俺を見つめていた。

「あれ、俺のピザ食べた?」

「んなわけないでしょー!」

「ふがっ!」

 優しめなチョップを頭部に受け、苦笑いしながらも謝罪する。

(後悔はない。いつか自分の力で、この世界の装備能力値を丸裸にしてやる)

 そう心の中で呟きながら、フェリンと二人。

 |お《・》|や《・》|つ《・》と称して、第三区画の大通りをブラつこうと立ち上がった時。


 空気に溶け込むほどのか細い声で、「難しいね」と――そんな言葉が横から聞こえたような気がした。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その日の夜、宿の自室にて。

 食い過ぎてポッコリした腹に両手を添え、備え付けの椅子をギコギコと揺らしながら、この世界の様々なお店から得られた情報を脳内で纏めていく。

 提供されている料理のバリエーション。

 専門店の種類。

 様々な物の単価とおおよその相場感。

 この世界で生きていく上で、良い勉強になったと感じる一日だった。

 その中でも特に俺にとってプラスだったのが、店舗在庫の|販《・》|売《・》|価《・》|格《・》|制《・》|限《・》だ。

 厳密に国が法で縛っているわけではないらしいが、アクセサリーにしろ装備にしろ、在庫で1000万を超える品はチラホラ見かけるものの、1500万を超えるような高額品までいくとまずどこの店でも置いていない。

 それを今日いくつか回った装備屋で初めて知った。

 理由はお察しの通り防犯対策のようで、これは第二区画などの富裕層向け店舗でも変わらないし、国を跨いでも同じだろうと複数の店主が口をそろえたように教えてくれた。

 保険なんて仕組みはこの世界になさそうだしね。

 店の品物が盗難に遭えば、その損害を被るのはそのまま店主なのだろうから、当然の対策と言われればその通りと頷くしかない。

 となると今後装備品を求める場合は、ほぼオーダー必須くらいの感覚を持っておいた方がいいんだろうなぁ。

 本の専門店が存在しないのも、流通量などの理由の他に、価格的な問題があってのことなのかもしれない。

「フェリン読んだ~?」

「んー……?」

 曖昧な返事に溜め息を吐きながら、その様子を窺う。

 フェリンは現在ベッドの上でゴロゴロしながら読書中だ。

 せっかくの機会なのだからと、先日俺が手に入れた『薬草図鑑』をフェリンに貸してあげていた。

 しかし、どうも開いてはいるのだが、ページをあまり捲っている様子がない。

 なんとなく、ただ眺めているだけという雰囲気が伝わってくる。

「もしかして、本を読むのって苦手?」

「……たぶん? なんか文字がいっぱい書かれてると眠くなってくるんだよね! 私って一応女神なのに不思議じゃない?」

「……」

 不眠の女神様を眠くさせるとは、本ってどんだけの存在なんだよ。

 なんというか、夏休みの読書感想文を前にした小学生みたいだ。

 同じようなことを思った時代が俺にもあったけど、かたや数百ページの文庫本に対し『薬草図鑑』は僅か30ページ程度。

 この程度がきついのかと、勉強苦手オーラを背中から放ちまくっているフェリンに頭を抱える。

 古城さんの荷物拾ってきた時は手帳ガン見してたのに、いったいどうしたのよ!?

「女神様達が下界の情勢や知識に強くなれば、もっとこの世界が伸びるかと思ったんだけどねぇ」

「うっ……そ、それはたしかにそうかもだけど……」

「まぁ好き嫌いは誰にでもあるんだし、無理する必要はないか。今後も本は機会があれば買っていく予定だから、得意そうなリステやアリシアにでも―――」

 すぐには止まらない口を動かしながら、俺は自分の馬鹿さ加減を呪った。

 またやらかしてしまった。

 なぜ、自分からその名を今出すんだ、と。

「―――み、見せてみようかな~なんてなんて……」

「……」

 これなのだ。

 いくら泥臭く足掻いても、営業結果が並み程度で伸び悩んでいた理由がまさにコレ。

 スルーしたり笑って許してくれるお客さんもいる中で、成約に結び付かなかったお客さんのことを思い出す。

「ロキ君はさ」

「……」

「もうリステから聞いてるよね?」

 何を?

 反射的にその言葉を口にしようとし、しかしそのまま飲み込んだ。

 その意味が何を指しているのかはすぐに理解できるし、流れからいってもこのことしか考えられないだろう。

「うん、|共《・》|有《・》のことは聞いた」

「じゃあいいじゃん。何を気にしてるの?」

「頭では理解しているし、一度はしっかり飲み込めたんだけどさ。ただフェリンの顔を見ると、胸がうずく感覚があって……」

「ふーん……リアの時は?」

「え?」

「こないだリアが降りたでしょ? その時はどうだったの?」

「その時は、まぁ特に。途中ひどいことになっちゃったけど、一緒に空飛んだ時とかは楽しかったかな?」

「ふーん!」

 なんだろうか。

 うつ伏せのため顔色は窺えないものの、波のように感情が大きく変化しているような雰囲気が声色から伝わる。

「……リステのこと、好き?」

 先ほどとまったく同じ姿勢のまま、ベッドに寝ころび視線は本に向けたまま言葉を発するフェリン。

 性格なのか、火の玉ストレートな質問に変な汗が溢れ出してくる。

「好き、です」

「じゃあ……わ、わたしのこと、は?」

 なんだ、この空気は?

 嘘をついてもバレるし、嘘をつく必要もないから答えるけれども!

 なんで告白する流れになっているんだと、破裂しそうな心臓を右手で押さえ込みながら正直な気持ちを伝えた。

「す、好き、です」

 瞬間、ガバッと跳ねたように飛び起きるフェリン。

 そのまま俺の正面を陣取るように、ベッドの縁へ腰掛ける。

 部屋の照明は一つだけで、夜になれば光は灯るも微弱だ。

 にも拘わらず、フェリンの顔が紅潮していることは一目で分かった。


「  」


「?」

 何かを伝えようとしているのか。

 拳を握り、フェリンの口は数度開くも言葉は出てこない。

 が。

「だ、だれが――……」

 静寂を破るように捻り出した、あっという間に尻すぼみしていくその言葉。

 それでも概ねは理解する。


(……聞きたいのはそれか)


 あまりにも答えにくい質問だ。

 フェリンとリステ。

 正反対と言っていいくらいに正反対のタイプなので、優劣なんて付けようがない。

 それでも――

 正直に言おうと口を開きかけた時、先ほどの言葉を打ち消すように言葉が被せられた。

「わっ、私は負けず嫌いだから、一番目指しちゃうもんね!」

 冗談っぽく、その無理やり作ったと分かる笑顔に、また心の内がチクリと痛む。


(違うんだ。俺が見たいのはこんな笑顔じゃ――)


 自然と手がポケットを弄り、目的のモノを握りしめていた。

 喜ぶかなって、食べ物に目移りしている最中コソッと露天商で買ったもの。

 でも切っ掛けと勇気が無くて、渡すことを躊躇っていたもの。

 そして渡すべきタイミングを失い――存在が消えかかっていたもの。

「これ」

「……へ?」

「今日、ご飯食べてる時、髪が引っ掛かりそうだったから……|髪《・》|留《・》|め《・》があったら良いかなって」

「……」

「今更だよね、ごめん」

 それでも。

 特別を喜び、他の女神様にしたことを羨むフェリンなら――

「つけて」

「え?」

「私つけ方分からないし、ロキ君つけて?」

「うん、いいよ」

 俺だって自分で使うことがないんだからよく分からないけど。

 それでも、なんとなく構造を理解し、片側の耳の上にスッと通して止める。

 そして自分の鞄から手鏡を取り出し、フェリンに向けてあげた。


「こんな感じだけど、どうかな?」

「すんごく好きっ!!」


 手鏡に映った自分ではなく、その手鏡を持つ俺に向かって放たれた言葉。

 食い気味に返ってくるその答えと、俺が望んだ花咲く笑顔のおかげで、自然と胸のうずきは消え失せていた。185話 ニーヴァル様

 初めて訪れた第二区画。

 一気に街を歩く人の数が減り、脇を2頭立ての馬車が優雅に整備された路面を走っていく。

 馬車自体も今まで見てきた物とは質が異なり、第三、第四区画は荷台のみ、もしくは幌が付いている馬車ばかりだったが、ここにきてきっちり木造の屋根まで作られた箱型馬車が目につくようになってきた。

 綺麗に塗装され、家紋なのか、紋章のようなマークが側面にはペイントされている。

 あ~お金持ち用だねと、一発で分かる仕様だ。

「兄ちゃん、あれが最後の区画門だ。あそこから先は俺達も通れないぜ」

「ここまで来られれば十分ですよ~」

 第三区画にある宿から、馬車に乗って約1時間ちょっと。

 6000ビーケほど支払って馬車を降り、重厚な作りの区画門を見つめる。

 ここまで来る庶民なんてあまりいないんだろうな。

 同じルートを回る循環馬車と、割高だが街中の一定範囲内なら望む場所に連れていってくれる周遊馬車。

 そのうち今回は後者しか選択が無さそうだったので、一人馬車を占有しながらここまで来たわけだ。

 御者の人からも色々と話が聞けたので、そう考えると想像以上に安い費用で済んだと感じる。


「こんにちは~」

「……なんだ?」


 やや作りの良さそうな鎧を身に纏った壮年の兵士に声を掛けると、随分威圧的な視線で見降ろされる。

 まぁまぁ、これはしょうがない。

 この先は国の主要機関が詰まった特別エリアだと話は聞いている。

 そりゃ警備だって厳重にもなるでしょうよ。

「えーと、僕はロキと言いまして、筆頭宮廷魔導士のニーヴァル様という方に会いにきました。マルタの監査主任、ニローさんから話は通ってますか?」

「ニーヴァル様だと? ……暫し待たれよ」

 様子を見ていると、今は閉ざされている大型な金属製の門の横に、大人が少し屈めば出入りできそうな小さな扉があり、そこから反対側にいる誰かへ声を掛けている。

 たぶんこの兵士は何も聞かされていなかったんだろうな。

 そして。

「今別の者が監査院へ確認をしに行っている。それまではここで待機していてくれ」

 そう言われるも悲しいかな、この門の付近は何も無い。

 せめて屋台でもあれば食べながら待つこともできたんだが、第二区画に入ってから屋台というのは一切見なくなってしまった。

 飛べばすぐに――

 真っ先にチラつくも、さすがに王様がいるようなところに直接ダイブするほどの勇気はないしなぁ。

 そんなことして矢やら魔法やらが飛んできても困ってしまうので、ここは我慢して正攻法の入場を目指すしかないだろう。


 そして約1時間後。

 地味特訓で魔力を消費してしまえばあまりにも暇過ぎで、門の横で寝かけていたら聞いたことのある声を耳が拾った。

「ロ、ロキ殿っ!?」

「んあ?」

 振り向けば、そこには見覚えのある後退した頭髪。

 あの頭は――

「あ、ニローさん。王都に着いたんで寄らせてもらいましたよ~」

 マルタの監査主任ニローさんが、見知らぬ男性と共に立っていた。

 そして開口一番なぜかニローさんは頭を下げてくる。

「てっきりこの手の城壁など上空から飛び越えていくと思ったもので、話が通っておらず申し訳ないことをしましたな」
 
「あ……あはは。いきなり攻撃されても嫌ですからね!」

 なるほど、それくらいなら許容範囲だったわけか。ちくしょう失敗した。

「それにしても、ニローさんがこの場にいるとは思いませんでしたよ」

「私も取り急ぎ用件を伝えたらマルタに戻る予定だったのですが……待機命令が出ましてな」

 そう言ってチラリと横の男性に視線を向ければ、それを合図とばかりに男が口を開く。

「私はラグリース監査院の次官を務めるカムリアというものだ。ニローから話は聞いているよ」

「よろしくお願いします。次官様ですか……」

 このカムリアという50代くらいの一際顔が濃いおじさん。

 次官というくらいだから、監査院という組織の2番手とかそのくらいのかなり高いポジションにいるのだろう。

 口元は笑みを作りながらも視線は鋭く、俺を見定めている様子がありありと伝わる。

「ふむ、姉君はおらんのか……あぁ、そうかしこまらないでくれ。私もニローも平民出だ。案内人が付くなら偉ぶった者よりは気が楽だろう?」

「それは、たしかに」

 返答はするも、なんとも微妙なところだな。

 平民なのにそこまで上り詰めたとも取れるわけだし、雰囲気からしてもこのおじさんまったく油断できない。

 まぁ……それでもこの人は強くない。

 ならばそこまで気にしてもしょうがないかと、屈みながら扉を抜けていく二人の後をついていく。

 俺だけ屈まなくても通れてしまうところがなんとも悲しい。

「あの正面に見える建物がラグリース王国の中心――ベリヤ宮殿だ。ニーヴァル様もそちらにいらっしゃる」

 敷地面積をかなり広く取り、周囲は緑に囲まれた一際大きな白い建造物。

 個人的な先入観として、ファンタジーで王様と言えばてっきり城でもそびえ立っているんだろうと思っていたので、最初に上空から目にした時はちょっと国会議事堂っぽい雰囲気に驚いたものだ。

 そこからは門の裏側に用意されていた、例の金持ち風味漂う箱型馬車に乗って宮殿へ。

 乗り心地も多少マシになるんだな~と思いながら、外を覗く窓がカーテンで塞がれているので、心配事を二人に――というよりニローさんが緊張しているのかピシッと固まっているので、カムリア次官にぶつけていく。

「あの建物に王様も住んでるんですか?」

「厳密に言えば宮殿の奥にある王宮に住まわれている。建物自体は中で繋がっているがな」

「なるほど」

「王族との接触は避けたいのだろう? 安心してくれ。そのことも事前に伝えてある」

「……ありがとうございます」

 向こうからしてみれば、今のこの状況は準備万端、なんだろうな。

 これから裏をかく何かが待ち受けているのか、それとも正攻法で俺の信用を取りにきているのか。

 まぁ俺も多少時間を空けた方がいいのかと思って、のんびり王都に向かってきたわけだし、あちらに準備期間を与えたのは俺自身だ。

 あとはその場その場の流れに任せていくしかないだろう。


 移動時間で言えば20分程度。

 馬車が止まり、鎧を着た兵士が馬車のドアを外側から開ける。

 このような扱いが窮屈過ぎて堪らない。

 もっと気軽に立ち寄るつもりだったのに、どうも大事になっているような気がしてならず、胃がキリキリと痛くなってくる。

 いつの間にかニローさんは誘導する側からされる側へ。

 俺と並んでカムリア次官の後を小さくなりながらついていき、宮殿の中へ足を踏み入れれば――

(おぉ、すげぇなこりゃ……)

 語彙力が吹っ飛ぶほどの豪華絢爛っぷりに言葉を失い、視線だけが方々に飛ぶ。

 少々地味に感じた外観の印象とは大違いだ。

 壁、柱、天井――全てと言っても過言ではないほど細かい紋様が彫り込まれており、それらは控えめながらも石材でできた地面にまで広がっていた。

 何か魔法的な要素があるのか、それともただの芸術なのか。

 宙にぶら下がるシャンデリアにしろ、壁面を彩る鮮やかな鉱石の飾り付けにしろ、全体的にピカピカし過ぎて目にダメージを負いそうな空間だ。

 道中、豪奢な衣装を纏った人達に訝しげな視線を向けられ、ニローさんと二人して目をシパシパさせつつ到着したのは一つのドアの前。

「……ニーヴァル様、おられますか?」

 カムリア次官の声掛けに、中からしわがれた声が聞こえてくる。

「やっと来たかい」

 言葉と同時に開く重厚なドア――そして、ドアの前に立つ一人の老婆と目が合う。

 目線は丁度俺と同じ位置。

 やや腰が曲がり、両手で杖に重心を預ける小柄な女性は、屈託のない笑顔を浮かべながら俺を眺めていた。

 色素が綺麗に抜け落ちた白髪、顔に刻まれた深い皺は、この世界に来て対面した中でも一番の高齢者だろうなと予想する。

「ホレ、そんなところでジッとしらんと、中に入りな」

 杖の先でチョイチョイと。

 よくある相手を気遣った普通の会話。

 それでも俺は動けなかった。

 |す《・》|ぐ《・》|に《・》|ス《・》|キ《・》|ル《・》|は《・》|切《・》|っ《・》|た《・》|が《・》、それでも尾を引く先ほどの感情が踏み出そうとする一歩を躊躇わせる。

 ハハハ……いやーまいった。


(このばあちゃんに、全然勝てる気しないわ……)


 ――女神様以外で初めて味わう感情に、俺は挨拶も忘れ、ただただ苦笑いするしかなかった。186話 睨み合いの原因

「エニー。今日は久しぶりに|苦《・》|い《・》|の《・》いくかねぇ」

「えぇ~大ばあちゃん、あれ飲んでも文句ばっかり言うのに?」

「いいんだよ。今日は特別なお客さんが来てるからね」

 20畳くらいはありそうなゆとりある部屋。

 ベッドや衣装棚が置かれた私室と判断できるこの場には、入口で佇むカムリア次官にニローさん、部屋の主であるニーヴァル様のほか、お世話係のような女性――というにはまだ若過ぎる女の子がいた。

「大ばあちゃん、ですか?」

「あぁ。あの子はひ孫だよ。私に似たのか魔法の才が抜きん出てたから、こうして直接面倒見てんのさ」

「へっへー凄いでしょ!」

 飲み物が乗ったお盆をテーブルに置くと、すぐさま自慢げにダブルピースするその子は、丁度今の俺と同じくらいの年頃だろうか?

 ニーヴァル様と同じ深い紫色の瞳をしており、確かに血は繋がっているんだなと思わせる共通点がある。

 それにしても、飛びぬけた魔法の才か……

 調子に乗ったからか、杖で尻を小突かれているこの少女には負けていないと思いたいが、さすがにもうこの場で【洞察】を使おうとは思えないので、なんとも言えないところだ。

 使うとレイラードフェアリーのように、俺が目の前のばあさんから距離を取りたくなってしまう。

「えーと、先ほどは失礼しました。そして唐突な訪問なのに時間を取っていただきありがとうございます。僕はロキと言います」

「あぁ聞いてるよ。私はニーヴァル。裏じゃ皆から『ばあさん』と呼ばれている。そう畏まらなくていいから、まずはそいつをお飲み」

「ん?」

 一見すれば毒物にしか見えない色合い。

 緊張して意識から完全に外れていたが――よく見れば、というか、よく見なくても、この嗅ぎ慣れた匂いを放つ黒い液体は、まさかまさか……

 ――ゴクリ。

「こ、これってコーヒーじゃないですか!」

「ヒッヒッヒッ、やっぱり異世界人はその苦いのが好きらしいねぇ。カムリア、良かったじゃないか」

 魔女みたいに笑うニーヴァル様が視線を向ければ、"こちらに振るな"と言わんばかりに渋い顔をして視線を外すカムリア次官。

 異世界人はコーヒー好きって情報をどこかで入手して用意してくれたんだと思えば、コーヒー中毒だった俺は感謝しかない。

 日本で毎日飲んでいたモノとはそりゃ違うけど、ドロドロした苦みの強いこの味わいもかなり好みになりそうだ。

「それで? 富も地位も求めていない異世界人のロキは、私に何か聞きたいことでもあるのかい」

「……」

 そう言われても、だな。

 出会う前までは色々聞きたいこともあったわけだが、先ほどの対面で全部吹き飛んでしまった。

 今興味があるのはばあさん、あなたの強さ――その秘密だ。

 リプサムでも王都でも。

 ハンターギルドに赴けば必ず【洞察】を使ってきた。

 王都に至っては兵士にまで片っ端から使ってきたのだ。

 結果、俺より強い奴は一人もいなかった――はず。

 少なくとも対象を視線で捉え、全身総毛立つよう事態には一度もならなかった。

【洞察】を切っている今なら、魔術師として杖を使うではなく、足腰を支えるために杖を使っているようなばあさんに負けるイメージは何一つ湧かない。

 それでも【洞察】を使えば、けたたましく警報が鳴るのだ。

 何をどうやったらそのような結果になるかは分からないが、ガチンコで勝負すれば―――俺はたぶん、このばあさんに負ける。

(レベルなのか、個別、もしくは総合的な能力数値なのか、それとも数値ではない、魔物スキルだからこその野生的な何かなのか)

 魔物専用スキル含め、自身のスキル保有数はそれなりだと思っていたからこそ、何が原因になっているのか解き明かしたい気持ちに駆られてしまうな。

 しかしそれは言い換えれば、ばあさんのスキルや職業を丸裸にしてくれとお願いするようなもの。

 現実的に無理だと分かっているからこそ、何かとっかかりはないものかと思案する。

(いや……まずはしっかり|条《・》|件《・》を確認しておくか。じゃないと交渉が後手に回る可能性も高くなるな)

 危うく知識欲に駆られ、相手側の見返りも確認せずに情報を得ようとするところだった。

 聞けば最後。

 教えたのだからという理由で、どんな要求を突きつけられるか分からなくなる。

「僕が聞きたいこと、知りたいことはいくつかあります。ですが、ニーヴァル様――というよりラグリース王国として、僕に求められていることはなんですか? その要求次第では"取引"も成立しなくなると思いますから」

 そう伝えると、ばあさんは頬杖つきながら口をへの字に曲げ、あまり気乗りしない雰囲気を醸し出しながらも答えてくれる。

「当面の問題としてある東の隣国――ヴァルツ王国への対応だろうね。国はいざという時、ロキに助力を求めたい。そうだろう?」

 問いかける先は俺の背後、ドア付近で事の様子を窺うカムリア次官。

「仰る通りです。できれば局地的な参戦ではなく、国の存亡や発展にかかわる事案に対して――」

「んんッ! カムリア次官」

 ニローさんが一応止めるも、まぁそうだろうな。

 それが本来の望みであることは、以前のマルタでのやり取りで十分理解している。

 しかし、だ。

 戦争に参加すれば、強くなるという目的に対して大義名分は得られるかもしれないが……

『悪』は命令によって実際に動く兵ではなく、その兵を動かす上層部にあると思っているので、もし仮に助力するにしても、"|な《・》|ぜ《・》|戦《・》|争《・》|に《・》|な《・》|り《・》|そ《・》|う《・》|な《・》|の《・》|か《・》"を知らなければ判断のしようもない。

 かつてマルタのギルドマスターであるオランドさんに聞き、濁されてしまった部分。

 下手に踏み込めば情が入ると、当時は濁されたことを気にもしなかったが。


「なぜ、戦争状態になりかけているのですか?」


 俺は、改めて聞いた。


 ―――強くなりたいという願望、人に対してのラストアタックという機会を作るためなのか。

 ―――それともこの国で関わった人達の未来を案じてなのか。


 自分自身でもよくは分からない。

 二つが重なり合っているような気もしてくる。

 ただ言えることは、以前と状況や心境が変わってきているということ。

 だから、ある程度の覚悟を持って俺は答えを求めた。


「ニーヴァル様」


 ラグリース側に問題があるのでは? という、かつての予想を裏付けるように、カムリア次官の答えを遮るような声が後方から聞こえる。

 当然目の前のばあさんにもしっかり聞こえているだろう。

 それでも、一切の表情を変えず――


「この国の――」


「ニーヴァル様ッ!!」


「――亜人差別が原因だよ」


 ――さも当たり前のように、淡々とした口調で答えてくれた。

「あ、貴方様の立場で国の、延いては歴代王家の判断を非難するとは大問題になりますぞ!?」

「何を言ってんだいまったく。咎めたわけでもなく事実を述べただけのこと。それともカムリアは責がラグリース側にあると思ってんのかい?」

「そ、そんなわけないでしょう!? そうしなければこの国は存続できなかった! だからこそ―――」

 俺の上空を行きかうように会話の応酬が続く中、言われた言葉を反芻し納得する。

 確かに言われてみればその通り、俺はこの世界に来て人間以外の存在を見たことが無い。

 女神様達の言っていた、人に分類される様々な種族の総称――人種。

 エリオン共和国の転生者、ハンスという男が大きく関与している獣人。

 ヴァルツ王国のさらに東、フレイビル王国に多く住むドワーフ。

 リルが素体という話のエルフ。

 その他、リアが口にした古代人種など、様々な人間以外の種族がいることを聞いていながらも、今まで素体のリル以外に会ったことがないのだ。

 しかもそのリルだって女神様なんだから、こんなの会ったうちには入らないだろう。

 人間しか見当たらないラグリース王国。

 地域性の問題かとあまり深くは考えてこなかったが、そうか、差別が原因か……


「外は良い天気だねぇ」


「?」


 独り言ではないと分かる唐突な言葉。

 視線を向ければ、ばあさんは大型のガラス窓越しに、庭園と呼ぶに相応しい外の景色を眺めていた。

 綺麗に刈り揃えられた草花は、その手の園芸に興味の薄い俺でも素直に綺麗だと感じる。

「過ごしやすい陽射しですね。それに庭も素晴らしい」

「そうだろう? どうせならちょっと見に行くかい。エニーは監査院のお二人を|お《・》|も《・》|て《・》|な《・》|し《・》しときな」

「「え?」」

 有無を言わさぬ言動に戸惑う俺とエニーちゃん。

 庭が見たいという願望は無いが、どうもついていかないとマズそうな雰囲気に気圧され、そのままばあさんの後を追う。

「せっかくの天気だ。ロキと外で話してくるよ」

「ッ――」

 ドアの横に立つカムリア次官に一言告げるも、口籠るだけで返答はない。

 やや焦りの表情を浮かべる男とは対照的に、ニローさんは力強い視線でばあさんの姿を追っていた。



 一度廊下に出て、そこから回り込むように宮殿の外へ。

 ばあさんの緩りとした歩調に合わせて景色を眺めていると、広大な庭の終点。

 外周であろう樹木が立ち並ぶ辺りで、それまで無言だったばあさんがやっと口を開く。

「ここまで来れば大丈夫だろう」

「……何か秘密の話でもあるんです?」

 冗談交じりの返しだったが、どうやらばあさんはそのつもりらしい。

 ヒッヒッヒッ、と。

 個性的な引き笑いをしながら言葉を続ける。

「監査院の連中は何も外ばかりに目を向けているわけじゃないからね。私らのやり取りだって監視しているのさ」

「なるほど。だから彼らは部屋にいたわけですか」

「追い出したってスキルを使われりゃあ大概筒抜けだから、放っておいたけどね」

「……だから、|こ《・》|こ《・》ですか?」

「そういうことだよ。ちなみに喋る時は宮殿の方を向くんじゃないよ。唇の動きで会話を読まれる可能性があるからね」

「……」

「これから言うことは国ができれば隠したい事実。その上でロキ自身がどうすべきか判断するといい」

 真っ先に感じたのは違和感だった。

 国の重鎮とは思えぬ投げやりな言葉。

 それでも本来は隠したいことと言われれば聞かないわけにはいかない。

 呟くように吐き出す言葉を一言一句聞き逃すまいと、その言葉に耳を傾けた。



 ―――そして、ひとしきり話が終わった後。

 俺の中でフツフツと湧き上がるのは、ラグリース王国に対しての苛立ちと怒りだった。

 内容はオランドさんから聞いていたこの国が直面している現状、その補足情報だ。

 ラグリースを含めた西の三国と、東のヴァルツ王国、さらに東のドワーフが住まうフレイビル王国という東の二国。

 これがそのまま人間至上主義の西方三国同盟と、人間以外の人種を指す亜人寛容主義の東方二国同盟という構図になっているらしい。

 らしいというか、実際ラグリースは人間しか見ることがないし、フレイビルにはドワーフが多く住んでいるという話なのだから、もう確定情報と言い切ってもいい内容だろう。

 そして西方三国の中でもラグリースは特に酷く、亜人が生産したとはっきり分かる物品は基本受け入れず、かつ亜人にはラグリースの国土すら踏ませないという徹底っぷり。

 ここ数年で売買を目的としない個人の装備品だけは認められるようになったらしいが、それまではフレイビル産と分かる装備を身に着けているだけでも入国の許可は下りないほどだったらしい。

 話を聞いてもまったく理解できないほどの毛嫌いっぷりだ。

 もちろんここまでやっているのはラグリースだけで、他の同盟二国は亜人という存在を低く見ている程度。

 商売のために国を跨ぐことも、良し悪しは別として、奴隷契約し活用することも普通にあるという。

 ただこの過度な亜人差別が直接的な戦争の原因というわけではなく、実際はもっと金の絡んだ話になるとばあさんは言った。


 ラグリースの北部は、かつてマルタの上空からも見えた、かなり標高の高そうな山脈群。

 良質な武具を生産するフレイビルの交易ルートは、西方面だと山脈の北側と、山脈の南側であるラグリースを通るルートの本来二通り。

 しかしそのうちの南ルートはラグリースの土地すら踏ませないという方針で潰れていたため、北側のルートから交易をおこない金を稼いでいた。

 逆にラグリースの名産である麦などの穀物類も東のヴァルツ王国を通せないなどの対抗措置が取られていたため、ある意味お互いが痛み分けの不干渉。

 この関係はばあさんが生まれる前から長い期間続いていたらしい。

 しかしこの関係性が崩れ始めたのがここ数年の話。

 原因は山脈の北側ルートに存在する国が、急激に物品税を引き上げたことで不穏な空気が広がったという。

 国を跨ぐ時、現代でいう関税のように、商人や荷馬車は関所で持ち込む荷に対しての税を要求される。

 当然、税が大幅に上がれば利益を生み出しにくくなるわけで――この話が出た時、俺は思わず聞いてしまった。


「もしかして、東の異世界人、マリーの影響ですか?」

「なんだ知ってんのかい。まぁ、そうとしか考えられないよ。程度の差はあれど、中央はどこも似たような状況さ」


 こう返された時、苛立ちから思わず奥歯が鳴った。

 ラグリースが行なっている過度な差別をまったく肯定する気はないが、それでもやっぱりおまえかよ、と。

 結局大陸中央の国々は、お互いが税収面で厳しい状況に置かれ始めているのは百も承知なため、物品税を引き上げた北ルートにある国よりも、差別というくだらない理由で長年西のルートを塞いでいるラグリースに怒りの矛先を向けている。

 その結果がここ数年小競り合いにまで発展している両国間の状況らしい。

 だからここまで聞いて、「もう差別止めればいいじゃない」と、まるで子供を諭すかのような口調で突っ込んでしまった。

 他の同盟二国のように根底の意識はすぐに変えられずとも、亜人が生産した物品や亜人が通ることだけでも許可すれば、たったそれだけで税収面の増加が見込める。

 おまけに対抗措置として東に穀物類を通せないなら、それらも解消して輸出利益も大きく見込めるのでは?

 そんな普通の価値観があれば当然行き着く結果を伝えたわけだが――


「そう簡単にはいかないだろうねぇ。なんせここは|神《・》|の《・》|裁《・》|き《・》を受けた地。同じ轍は踏めぬと、王家はそればかりを考えているのさ」


 神妙な面持ちで話すばあさんの横で、思わず俺は「あっ」と。

 頭の中で和人形のような黒髪美少女の顔を想像した。187話 重鎮の裏切り

 各地に残る石碑や、金板書と呼ばれる特殊な書物。

 これらの記録媒体から少なくとも数度、この大陸に神の裁きが落とされたことを示す伝承が残されていた。

 噂話や創作など、全てがそのまま真実ということはないだろう。

 しかし、そのうちの一つがこの地であることを記す物は多く、かつ疑わしい記録と違いその内容には具体性もあった。


 推定10000~11000年ほど前に躍進を遂げ、栄華を極めたとされる国――魔導王国プリムス。

 伝承によれば、突如として天が割れ、内から輝く巨大な閃光が奔り、周辺の山々も巻き込みながらその超大国は瞬く間に消し飛んだという。

 あまりにも人外な現象、そしてのちに神と唯一交信できる<神子>がこの出来事に触れたことで、それが神の裁きであると世に知れ渡るも、怒りに触れたとされる明確な理由は不明のまま。

 亜人を魔物の一種と捉えた人間至上主義国家プリムスが、魔導兵器を利用し亜人種を殺し回った。

 逆に亜人種が魔導兵器を奪おうと戦争をしかけたなど、書き記した者の立場や感情もあってか内容は様々。

 だが共通していることは、人間と亜人の間で戦争が起きたということ。

 その争いが大きな被害をもたらしたため、怒った神々が粛清の裁きを落とした――

 これが複数の書物や石碑に残されている古の記録であり、ばあさんが若い頃にハイエルフ種から直接聞いた話でもあるという。


「神の裁きを受けた禁足地として、長らく人間からも、そして亜人からも放置されていたのがこの土地だ。幸か不幸か山は削られ地は均され、手付かずの豊沃な台地のみが広がっていたと聞く。そこにどういう理由か入り込み、国を興したとされるのが初代ラグリース王というわけだね」

「この土地が裁きを受けたおおよその理由も知っていたから、いまなお切っ掛けになり兼ねない亜人との接触を断っていると?」

「興した後に曰《いわ》くを知ったという可能性もあるだろうけどねぇ。どちらにせよ、人間と亜人が立派に共存している国だって多くあるんだ。私からすれば実にくだらない理由だよ」

「……」

「しかしそれでも、この国はかつての禁足地に踏み込んだという懸念を未だに抱えている。また降り注ぐかもしれぬ神の怒りに呪われ、怯えているのさ」

「なるほど……」

 かつては亜人からも放置されていた土地。

 ではなぜ、亜人は恐れず今になって踏み込もうとするのか。

 もちろん北の交易ルートを失い、切羽詰まった状況というのが一番の理由だろう。

 だが人間と亜人の戦争が裁きの原因とされているのに、人間側だけが怯えるのはどうも釈然としない。

 亜人側が都合の良いように古の記録を解釈しているのか、それとも別の事実を知っているのか――意図が見えないため可能性は低そうだが、ばあさんが俺に偽った情報を伝えているという可能性もなくはないか。

 ここら辺は今考えても分からないことだが――


「なぜ、ここまでの話を僕に?」


 スルーしても良かったが、敢えて聞いた。

 ばあさん――ニーヴァル様は誰がどう見ても国の重鎮。

 本来ならばカムリア次官のように、俺を戦力と見るなら躍起になって勧誘作業に走っていてもおかしくはない。

 だが実際にやっていることは国の抱える闇――というよりは弱点の暴露だ。

 ラグリースの王家は、それこそ過去の二の舞にならぬよう、対亜人戦争なんて可能な限り回避しようとすることがなんとなく見えてしまう。


「理由は二つある。まず一つ目」

「……」

「この国はお前さんを|捨《・》|石《・》にしようとしているからさ」

「え?」

「気付いてなかったかい。なら尚更話して正解だったね」

 ヒッヒッヒと笑うばあさんのその言葉に、首を傾げながらも高速で思考は巡る。

 どういうことだ?

 戦争に参加させ、先陣を切らせるつもりだから? 

 そりゃ自国の兵を磨り潰すよりは、俺みたいな外の人間を突っ込ませた方が消耗は抑えられるし、突出して強い異世界人と思われているのであれば、俺を矢面に立たせたくもなるだろう。

 だがその程度なら当たり前な気もするが……


「神の裁きが落ちた時の矛先、こう言えば理解できるかい?」


 ばあさんに訂正され――――ようやく意味を理解する。

 カムリア次官は俺を戦争へ参加させることに意欲的だった。

「ラグリースの上層部は裁きを恐れ、亜人との戦争を回避したい……しかし攻められれば回避する術がない状況だっていずれ必ず生まれる……そうなった時、的になるのが、俺か?」

「……そういうことだよ。実際に裁きが落とされるかなんて誰も分からない。でも万が一落ちてしまった時、決してその場所が甚大な被害の出る王都であってはならないのさ」

「だから、率先して俺に相手をさせ……いざとなれば裁きが俺に落ちるようにと――なるほど、なるほど、なるほど……ッ」

 口では『なるほど』なんて言っているも、まったく納得なんてしていない。

『裁き』とは何かが予想できているので、まだなんとか冷静さを保てているが……

 それでも捨石なんて言われてしまえば、思わず俺と言ってしまったことを訂正する気にもならないほどには苛立ちが込み上げてくる。


「はぁ―――……それこそ、なぜ、俺に?」


 素朴な疑問だ。

 こんなことを告げられれば、俺がラグリースという国に敵意を向けるのは自然の流れ。

 なのに、なぜ?

「途中でもし、ロキが自らその事実に気付いたらどうなる? ラグリースは東の二国とは別に、異世界人《ロキ》という強大な敵まで作ることになる」

「……」

「そうなったらまずもたぬよ、この国は。だから取返しがつかなくなる前に、わざわざこんなところまで連れてきて国の狙いを伝えたのさ」

「それでも、助力なんて到底――」


「そして二つ目」


 俺の言葉を遮るように指を二本立て、こちらに向き直るばあさん。

 先ほどまで開いているかも怪しかった瞳は鋭く、その圧に思わず息を飲む。

「国に仕える者ではどうしたって長い歴史と王家の考えに盲従しやすい。だから聞いてみたかったのさ。この国の事情なんざ関係のない異世界人なら、この状況をどう判断し解決に向けて動くのかってね。戦争に参加するだけが助力の仕方じゃないだろう?」

「……もしかして、一番確認したかったことってココですか?」

 そう問うと、ヒッヒッヒと相変わらずな引き笑いで誤魔化すばあさん。

 たぶんこんな反応をしている時点で正解だろう。

 ということは、俺がラグリースの上層部にイラつくことも織り込み済みで話したってこと。

 ――この国を守り、俺も守り、延いては相手国の兵士すら守ろうとする案が出るのかどうか。

 国を裏切ってまで俺に賭けてきたわけか。

「もし、何も案が無かったらどうするつもりで? 俺は少なくとも戦争に加担するつもりなんざ欠片もありませんが?」

「それでもロキが敵に回らなければ現状維持さ。土地が豊かなおかげでまだ他所よりマシなこの国だって、このままいけばいつかは尻に火が付く。そうなる前になんとしてでも、差別を解く方策を考えるしかないだろうね」

「……」

「本当は中央同士で争っている場合じゃないってのに……アホなもんだよまったく」

 最後は俺ではなく、地面に――まるでこの忌まわしい土地と、土地の過去に縛られた王家へ文句をぶつけるように呟くばあさん。

 これだけ強くても、国や王家を動かすことができないのだろう。

 大陸の情勢を理解し、この国の行く末を案じているからこその背信。

 杖の先を強く地面に当て、憂いに沈む姿を見れば、心境は複雑ながらもついついその方策を考えてしまう。


(昨日フェリンが来ていたから【神通】はすぐに使えるが……)


 宙を見上げ、いくつかのパターンを考えるも、俺単独でこの問題を解決するのは無理だとすぐに悟る。

 この国が抱えている悩みや恐怖の種は、それこそ神話レベルの話。

 こんなのいくら俺が異世界人だからといって、たかだか一人の人間が「大丈夫だ、安心しろ」なんて安い説得を試みたところで響くわけが無い。

 何をどうやっても俺だけでは納得させられるほどの根拠を示せないし、無理に示そうと思えば結局背後の女神様を持ち出すしかなくなる。

 神の御業に怯えるなら、それを解決できるのは神だけ。

 そしてこの頼みに乗っかれば、俺自身が不要なリスクを抱えるのも事実――


 まずは戦争を嫌う女神様達が、この件に首を突っ込むのかどうか。

 そして上手くいった時、実力で勝てそうもないこのばあさんを上手く口止めできるのかどうか。


 チラリと見れば、そのばあさんは細い瞳で俺を見つめていた。

「何か策はありそうかい?」

「どうでしょうね。今考え中です」

「結構結構、平和的に解決できる策であることを願ってるよ」

 ――顔をくしゃくしゃにしながら笑うばあさんは、先ほど苛立っていたのがバカらしくなるほどの良い笑顔だった。

 はぁ。

「……ニーヴァル様。俺がこれからすること、絶対秘密にしてもらいますからね」

 なんだかなぁ、と。

 返答も聞かずに俺は目を瞑る。

 しょうがない。

 神は――俺が交渉するしかない。


【神通】


(ロキです。緊急の用件なんだけど――リア、いる?)188話 秘密の何か

 宮殿内部。

 1階に作られた催事場のような広い空間は、未曾有の事態に見舞われ騒然としていた。

 最奥には教会のように6体の神像が並んでおり、その中央にはこの国の王と思われる人物と他数名が、まるで命乞いをするかのように額を地につけ、祈りを捧げている。

 その光景を太い柱の陰に潜み、こっそり眺めている者が二人。

「ロキ坊。あんたこれで6人目だよ! ちょっと|大事《おおごと》にし過ぎじゃないかい!?」

「違う違う! 王都にこんないっぱい教会があるなんて知らなかったんだって! なんとか教皇国って国が遠かったんだからしょうがないでしょ!」


 なぜ俺がロキ坊と呼ばれているのかはこの際置いておくとして――

 とりあえず俺もばあさんも。

 どちらにとっても想定外の事態に見舞われていることは明らかだった。

「た、たたっ、た、大変でございますぅー! 豊穣の女神様から『亜人を差別したらダメだよっ!』ってお叱りを受けましたぁあああああ!!!」

「誰だか分からぬが、お主もかっ!!」

 転がるように走り込んできたのは50代後半くらいの初老の男性。

 これまで死にそうな顔をして宮殿を訪れた人達と同じ格好をしており――それはベザートのおじいちゃん神官、トレイルさんとも同じだった。

 つまり【神託】スキルを所持する王都の神官が、続々と受けた『神の言葉』を引っさげこの宮殿へと訪れていたわけだ。

 対応しているのはこの国の宰相らしく、どこからか机を持ち出し、他のお偉いさん達と何やら話し込んでいる。


 ちなみに一際派手な衣装を身に纏った王様っぽい人も、途中まではこの机の中心に座り、意気揚々と会議に参加していた。

『差別などは止めて、皆仲良くするのです』

『交易を止め……ては……なりません……』

『様々な人種の交流と交配が未来を豊かにするのですよ~』

 この辺りの報告までは王様も頗《すこぶ》る元気だったのだ。

 それはもう、万年の悩みが解けたかのように生き生きとしていた。

 ところが、続く|過《・》|激《・》|派《・》の言葉で心に大きなダメージを負ったらしい。


『仲良くしろ』


 この命令口調で一気に顔が青褪め


『差別したら――落とすよ?』


 この報告を聞いた途端、正面から殴られたように仰け反りながら床へ倒れていった。

 そこからはもう、一国の王とは思えぬ情けない姿を晒しながら、神像に向かってひたすら謝罪。

 俺を避雷針代わりにした国のトップには、なんともお似合いの姿である。


 しかし、これはどうしたものか……

「ねぇばあさん、王都っていくつ教会あるの?」

「この場所も含めれば全部で10箇所だよ。でも神官までいる教会は6、いやもう1つくらいはあったかね」

「じゃあとりあえずこれである程度は落ち着いたのか……うん、それじゃ、俺の仕事は無事終わったみたいだし帰るね。お疲れ様っしたー!」

 目的は達せた。

 これでこの国の上層部は180度考え方が変わるだろう。

 なんせ差別したら|何《・》|か《・》を落とすとまで告げられたのだ。

 神の裁きにビビりまくっていたこの国のトップなら、これで迷わず差別問題は解消。

 東のヴァルツ王国との問題もそのまま解消され、戦争に発展することもなくなる。

「待たらっしゃい!」

「ぐへぇっ!?」

 皮と骨だけのくせに、このばあさん力が強いんだが!?

 首根っこを掴まれ捕縛されると、そのままクルリと向き直らされる。

「私もいい加減あの場に参加しないといけないからね。今日は無理だけど明日、昼くらいにでも必ず私の部屋においで」

「えぇ……いいけど、偉い人とかいたりしない? 大丈夫?」

「さすがに割り当てられた私室にまで勝手に入ってくるようなことはないよ。ロキ坊、お前さん私に聞きたいことがあったんだろう? カムリアからは|取《・》|引《・》を提案されているって話だったからね」

「あー……」

 そういえばそうだった。

 あまりにも他力本願な解決方法だったから、見返りという部分をすっかり忘れていた。

 ばあさんの本気で悩む姿を見ていたら、なんだかどうでもよくなってしまったってのもある。

「ロキ坊の|何《・》|か《・》でこの国の足枷は取り除かれた。それはもう間違い無いだろう。となれば、今度は私が何かをする番ってことだ」

「ん~まぁ、そう、なのかな?」

「明日来る時までに考えときな。この国にとってはこれ以上ないほどの奇跡が起きたんだ。このばあにできることなら大概のことは協力するよ」

「ははは……考えとくよ。それじゃまた明日。ちゃんと秘密にしておいてよ!」

 そう言って俺は【忍び足】を使い、気配を消しながら無音でこの場を離脱する。

 さすがに誰かと鉢合わせれば気付かれそうだが、これだけ大きな部屋なら問題無いだろう。

 いざバレたとしても、今は誰でも出入り自由というくらいにてんやわんやしてるしね。


「さてさて、ばあさんに何を聞くべきか……」


 自ら尽力したわけではないからこそ、堂々と対価を要求するのは忍びない。

 とりあえずの問題は棚に置き、今回のお礼を伝えるべく急ぎ足で目的の教会へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 慌ただしい会議の場に参加する。

 そういう話だったはずなのに、急に気配が薄れ、音も無く走り去っていくロキ坊の姿を自然と目で追ってしまう。

(私の【気配察知】はまだ効くね……ということは天級スキルの一つは事前情報と違って【隠蔽】じゃない。その代わりが|秘《・》|密《・》|の《・》|何《・》|か《・》ってわけかい)

 ロキ坊がここまでの流れを事前に予想していたとは考えにくい。

 私から話の流れを作り、敵になる可能性を回避しながら解決策を求めたのだ。

 ここまでの間ずっとロキ坊は私の横にいたわけだし、慌てふためく神官達と口裏を合わせるタイミングなんてまったく無かっただろう。

 つまり――ロキ坊には労せず神と繋がれる何かがあるのは間違いない。


(はぁ……意味が分からないよまったく)


 考えられるのは神と交信できるという、ファルメラ教皇国にいる<神子>の存在。

 ロキ坊はこんな事態になる前、少し考えながら私に「ファルメラはここから近いのか?」と場所を聞いてきた。

 当初は神子に伝があり、そこからこの件を相談するのかと思っていたが……

 国を3つ4つくらいは越えることを告げれば、結局はロキ坊自身が何かをして、6神全てを動かし、結果この街の神官も動かしてしまった。


 ロキ坊がいったい何者なのか。

 深く考えようとするも――――、すぐにかぶりを振って思考を放棄する。

 取引という話だったはずなのに、結局見返りも無しにこの国の根底を変えてくれたのだ。

 私に懐疑的な視線を向けられ、最悪はその情報を広められるリスクを抱えたままで。

 だからこそ、あの子を不安にさせちゃいけない。私が誰よりもあの子を裏切っちゃいけない。まだ力に溺れていないまともそうな子なんだ。

 それでも『捨石』と伝えた時、予想していた反応以上に己の中で葛藤していたようにも見受けられた。

 何か強く紐づく過去でもあるのか、感情が高ぶって素の言動をしていたのが良い証拠だ。

 見た目よりも大人びた体裁を取っちゃいるが、それは過去の記憶を引き継ぐ異世界人だから――というよりは何かを守り、素を表に出さないための殻を作っているという印象が強い。

 ――あの子はたぶん、無理やりにでも、素を出させた方が良い。

 長年人を見てきた老いぼれの直感だった。

 だからロキ坊と呼び、私に敬語を使うことは禁止させた。

 最初は戸惑っていたが、使う度に杖で頭をこづいてやったら意外とすぐに順応したのだ。

 極々普通の、素直な子だった。

(エニーと行動を共にさせれば、どちらにとっても良い刺激になりそうなもんなんだけどねぇ……)

 そう思うも、ロキ坊と同時に報告を受けていた姉の存在も思い出す。

 こうなると、姉弟で動いている中にエニーを混ぜるのは少々難しくなるだろう。

(はぁ……こっちは上手くいかないもんだね)

 溜め息一つ。

 気持ちを切り替え、結末の分かり切った会議の場へと足を運んだ。189話 実在した魔王

 向かった先は、第四区画の北東にあると聞かされていたリア専用の教会だった。

 やはりというか、午後は混み合うような話もあったはずなのに、罪の女神様を祀る教会はスッカスカ。

 長椅子に座ってボーッとブサイクな神像を眺める親父が一人いるだけだったので、一言断りを入れて像の前に跪く。

 すると、


「もう大丈夫ですよ」


 来ることが分かっていたのかすぐに毎度の言葉を耳が拾った。

 なんだかんだと魂の旅行も慣れたものだ。

 近所のショッピングモールに行くような感覚で神界に訪れているような気がする。

 目を開けば――、あれ?

「えーと、みんなありがとうね」

「こちらこそ、戦争回避のためにありがとうございます」

「私達の不始末みたいなものですからねぇ~」

「……」

 そこにはいつもの布陣とは少し違う構成。

 なんか一人不貞腐れてるけど、今日は張本人であるリアにアリシア、フィーリルの3人だった。

「なんだか今日は珍しい組み合わせだね。一応お礼と報告に来たけど大丈夫だった?」

「もちろんですよ~」

「どうぞこちらに」

 見たことのある白い机に白い椅子。

 宙を撫でるだけで出てくるそれらを、マジックのタネを見破るくらいの気持ちでガン見していると、横の"|不貞腐れ子《リア》"から声が掛かる。

「大丈夫そうなの?」

「あんなに神官の報告が来るとは思わなかったけど、あの感じなら大丈夫だと思うよ。リアのお告げで王様なんて死にそうな顔してたし」

「そう」

「あの恐れっぷりなら亜人差別が継続されるなんて流れにはまずならないだろうね。元から好きで差別してたわけじゃなさそうだしさ」

 そうなのだ。

 解決の見通しが立ったからこそ見えてくる視点。

 当初は差別したり、俺をいざという時の的にしようとするこの国にイライラしっぱなしだったが、今代の王が禁足地に足を踏み込むという国の成り立ちを知り、ここが過去に裁きを受けた曰くのある土地だと知れば、せめて再び裁きが落ちないようにと全力で国を守ろうとするのは自然なことだろう。

 なんせ恐れているのは『神』なのだ。

 具体的にどこまでは問題無く、何をすれば罰を受けるのか、その線引きだって考えれば答えが出るようなもんではなかったと思う。

 かと言って今更国や土地を捨てるなんて、ここまでの規模の都市まで形成されていればまったく現実的ではない。

 となれば、国の舵取りは現状維持しか選択がなくなる。俺ならたぶんそうなってしまう。

 今までのやり方で裁きを受けていないという事実があるのなら、国を、民を、皆の生活を守るためにはそれらを踏襲していくしかなかったんだと、冷静になった今ならそう思う。

 だからばあさんはきっと『|呪《・》|い《・》』なんて言葉を使ったのだろう。

「確かに――王の考え方も正反対になっているようですし、これなら大丈夫そうですね」

「あ、そういえばさっきいたところにもみんなの像があったけど、あそこも教会と同じなの?」

「みたいですね~普通は教会以外に神像を置くなんてありませんよ~」

「信仰が厚い」

「あー……リアの【神罰】にビビり過ぎて、自然とそうなっちゃったパターンか」

 チラリとリアを見れば、物凄い勢いで顔ごと視線を逸らす。

「ん~これからも文明発展の妨げになる戦争なんて、このやり方で全部抑えられるんじゃないの? って思ったけど……そう上手くはいかないのかな?」

「それは難しいですね。信仰が薄い国ではそこまでの効果が望めないでしょうし、下界への干渉という意味でこのやり方を常習化はできませんから」

「亜人の種族には教会が存在しない集落や部族も多いでしょうしね~」

「今回は過去の【神罰】が原因になっているから特別」

「なるほど」

 たしかに今回の方法がどこにでも通じるなら、転生者同士の覇権争いや周りを巻き込んだ戦争なんかも止められるはずだ。

 でも信仰が薄ければ脅し程度じゃ止まらない――たぶんそういうことなんだろう。

 リアはまだ把握できていないんだろうけど、もし知ったとして、暴れ回っていると噂の転生者に【神罰】を撃つのだろうか……

 そう考えると、ばあさんの話に出てきた"魔導王国プリムス"というのが、なぜ神《リア》の裁きを受けたのかが気になってくる。

「ねね、話の中で出てきたんだけど、当時魔導王国プリムスって国に【神罰】落としたのは、何が原因だったの?」

「ん……プリムスが長命種の多くを殺した。捕まえて、実験してた?」

「長命な亜人種や古代人種の多くが、あの時代を境に絶えてしまいましたからねぇ~」

「あのまま放っておけば、この世界の人種は人間以外の全てが滅びていたかもしれません」

 うぇ……多くの種が全滅って、想像していたよりも酷いかもしれない。

 なるほど、これが【神罰】を落とされる目安か。

 確かに神様が干渉するのも頷ける内容だわ。

「下界だと色々な伝わり方しているみたいだけど、結局プリムスが相当悪かったってわけね」

 こう呟けば、それだけじゃないと3人が続く。

「おおよそ正解?」

「ん?」

「きっかけは一方的に亜人を魔物と見做《みな》して駆逐したプリムスでしょう。しかし、報復行為で多くの人間を殺めた魔導士の存在も【神罰】を撃たざるを得ない原因だったと言えます」

「亜人も人間も、当時物凄い数を減らしちゃいましたからねぇ~」

「報復の相手が人間っていうと――つまり亜人側の魔導士ってこと?」

「そう。魔人種の長だったはず。ロキが欲しがっている【空間魔法】も使う有名な魔導士だったっぽい」

「記憶を覗けば当時大抵の人間は、『魔王』という存在として認識していたような気がしますね」

「リガルが戦ってみたいと零すくらいには強かったみたいですよ~」

「リルも認めるほど強い魔人の王……」

 RPGやMMO好きには堪らないパワーワードだ。

 創作物の世界だけかと思っていたけど、実際にそう呼ばれている人がこの世界にはいたことに、不謹慎ながらちょっとした感動を覚えてしまう。

「亜人=魔物という当時の風潮から、人間側が皮肉の意味も込めて呼称していただけのようですけどね~」

「魔人種が当時は亜人の中で最も勢力が大きかったせいもあるでしょう」

「それで人間と亜人が争ったという伝承が残されているわけか」

「私達も争いの末期になって被害状況を察しましたから、そこまで詳しいことは分かりません。ただその魔導士――正確には魔人種とプリムスの争いは、あまりにも周囲を巻き込み過ぎました」

「だからしょうがなく、私がその争いの中心に【神罰】を撃って収めた」

 最後に、だから私が悪いわけじゃないと小声で呟くリアに、そうだねと返しながらも考える。

 どちらの視点でも残されていた伝承は、そのどちらもが正解だったんだなと。

 そして予想していたとおり、女神様達の介入は末期も末期。

 それまで事の経緯を長く見守っていたというより、事態の深刻さに気付いて慌てて動き出したという感がヒシヒシと伝わる。

「ねぇもしさ、当時より下界の情報に詳しければ、もっと早くに介入したり、被害を抑えられたりできたと思う?」

 この問いに強い自覚症状があるのか、アリシアが特に顔を歪める。

「それは……否定できません。ロキ君がこの世界に来てから、そのように感じることが多くなってきています」

「教会があるのは人間の住む町ばかりなので、亜人種の生息域をはっきりとは把握できていませんでしたけど~……もし分かっていたなら異変に早く気付けたかもしれませんねぇ~」

「危ない魔道具とか怪しそうな実験は先に把握できた方が安心」

「なるほど……」

 となれば、やはり重要か。

 全てが賄えるとは思っていないし、鮮度の問題だって出てくるだろうけど――

 それでも情報源として現状最有力なのは、やはり『本』しかない。

 女神様達が本気を出せば片っ端から記憶を確認していけるのかもしれないけど、それだって今の話を聞く限り人間ばかりで偏った情報になり兼ねないからな。

 改めて自分にとっても、そして女神様達にとっても必要性があることを知る。

「オッケー分かった。それじゃ俺も明日お偉いさんのばあさんと交渉してくるから――」

「「「……」」」

「フェリンと……あとはたぶんリルにも。これからどんどん『本』を読んで勉強してもらうって伝えておいて」

 すると声が直接聞こえたのか、上空から二人の悲痛な叫びが聞こえてくる。

 その声に苦笑いしながら、俺は教会へ意識を戻してもらった。190話 二つ名

 翌日。

 ニローさんから許可はもらったようなものなので、そのまま第一と第二を隔てる石壁を飛び越え、宮殿の正面入り口近くにダイブする。

 昨日兵士の人にドアを開けられ馬車から下ろされた場所。

 俺を見れば分かるかなと近寄れば、入り口を守る兵士のおじさんに声を掛けられた。

「ロキ殿、でしたな。今日も御用で?」

「はい。今度はニーヴァル様に呼ばれたんです」

「なるほど。昨日色々ありまして、まだ中は混乱しておりますが……どうぞ」


(案外スムーズだな……)


 そう思いながらも中へ入っていく。

 このまま上空から宮殿の正面門を越え、昨日ばあさんと話した庭の辺りに直接降り立ってもたぶん大丈夫だっただろう。

 しかし今の兵士の反応を見る限り、俺を異世界人と理解して多少畏まっている素振りはあるも、街の神官を動かして無理やり解決に持ち込んだ張本人――というほどの反応ではなさそうだった。

 ならば都合良し。

 ばあさんが上手く昨日の出来事を誤魔化し、俺の秘密を抱えたままでいてくれている可能性が高いことは分かった。


 昨日通ったこともあって、目がチカチカする廊下を通りながらあの部屋へ。

 ドアをノックすれば、昨日と同じように俺と同じ目線のばあさんがすぐに出迎えてくれる。

「来たね。ちゃんと考えてきたかい?」

「えぇ。あ、エニーちゃんもこんにちは」

「こんにちは!……ってちょっと! 同じくらいの歳なんだから『ちゃん』なんて付けないで!」

「えぇ!?」

 ひ孫には俺が異世界人であることを伝えてないのか?

 思わずばあさんにヘルプの視線を送れば、頬を掻きながら弁明してくれる。

「はぁ。ちゃんとロキ坊のことは伝えてるよ。それでも、誰に対してもこんな感じでねぇ」

「な、なるほど……」

 物怖じしないと言えばいいのか、それとも単純に子供扱いされるのが嫌なのか。

 いまいちはっきりしないが、ズバ抜けた才能ってやつがこの性格に関係しているんだろうなってことはなんとなく予想できる。

 ばあさんもまぁ、ひ孫だから甘々なんだろうな。

「は、はは……それじゃエニーって呼べばいいかな?」

「そうそう! 私もロキって呼ぶからね~! ロキはあの苦いのでいいんでしょ?」

 機嫌が良くなったのか、鼻歌混じりに飲み物を作りにいくエニーを視界に収めつつばあさんを見据える。

「とりあえず考えてはきたんですけど―――いでっ! 考えてはきたけどっ! この部屋で話しちゃっても大丈夫?」

 そう問うと、やや目を見開きながらもばあさんが答えた。

「なんだい。大概のことは協力するつもりだけど、そんな大層な話なのかい?」

「いやいや、そこまでじゃないと思うんだけど。ほら、部屋で話せば筒抜けって昨日言ってたじゃない?」

「あぁ。今日は大丈夫だよ。監査院の連中も今はそれどころじゃないからね。今頃は各町への早急な報告と、この街の教会各所を総出で張ってるだろうさ」

「ん……? あーなるほど。街の神官を抱き込んだ罠って可能性も一応考えているわけか」

「そういうことさ。まぁ陛下が亜人差別の完全撤廃に舵を切ってるから、裏取りのための調査だけは念のためにしておくって程度だろうけどね」

 そう言ってエニーが運んできたコーヒーを口にし、さらに顔の皺が寄るばあさん。

 だったら飲まなきゃいいのに……ズズッ――あぁやっぱり美味いわぁ。

「じゃあ遠慮なく言っちゃうからね。俺が望むことは3つ!」

「3つか、よし来な」

「まずはコレ! このコーヒーをどこから仕入れているのか教えてほしい!」

「……なんだって?」

「いやだから。このコーヒーを今後も飲みたいから、どこに行けば買えるのかをね」

「……それなりに構えた私がバカみたいじゃないかまったく。このコーヒーはヴァルツ王国からだよ。ただ街じゃ売っていない――"禁制品"ってやつだけどね」

「え? そんなこと国の重鎮が堂々と言っちゃっていいの?」

「構いやしないよ。下町には出回らないってだけで、王家や貴族連中の一部も好んで飲んでるんだ。嗅覚に優れた獣人が生産に関わっている|ら《・》|し《・》|い《・》。だから本当は国内持ち込みすら禁止だけど、一部の商品を人のみが栽培したことにして入れているのが実情ってわけだね」

「……」

「阿呆らしいだろう? 国だってここまでの規制に意味がないことは分かっていたのさ。でも公に解除していけば歯止めがきかなくなる。だから特権階級の連中だけは良しとする勝手な解釈を自分達で作る。それがこの世さ」

 ただコーヒーを求めただけなのに、またも嫌な話を聞いてしまった。

 言わんとしていることは分からなくもない。

 何かを認めれば、次はアレもコレもなんてよくある話だ。

 でもだからと言って、上の連中だけがちゃっかりその恩恵を享受してちゃ駄目だろう。

 しかも、そこにはばあさんも――

 恨めしい目で見つめれば、ばあさんは飄々とした様子で答える。

「私は端《はな》から差別なんてくだらないと、50年以上も前から唱え続けていた身だ。外には亜人の友人だっているし、亜人が作ったものでも良い物なら喜んで使うし食べる。国がなんと言おうとね」

「それ、立場的に大丈夫だったの?」

「大丈夫じゃないと思ったから、祖国を捨ててでも国を出ると言ったよ。そうしたら慌てて宮殿にこんな部屋を用意してきたのさ」

 ヒッヒッヒと笑うばあさんの明け透けっぷりには驚くばかりだ。

 さっきは誰かのせいにしてたけど、ばあさんがこの性格だから、エニーもそちらに寄ってきているんじゃないかとさえ思ってしまう。


(まさに強者の特権だな)


 当たり前だけど、ばあさんだからできたことだろう。

 国がルールに穴を空けてでも、ばあさんという戦力を手放せなかった。

 周りが勝手に勘違いしているだけでちょっと意味合いは違うけれど、それでも自分を取り巻く環境と似たようなもの。


 となると――次はその秘密だな。

 コーヒーの件は脇に置き、二つ目の要望を伝える。

「ねぇばあさん。ばあさんの強さの秘密を、少しでも良いから教えてほしい」

 全部教えてくれなんて、そんな怖いことは言えない。

 いくら今は友好的な関係とはいえ、ばあさんを怒らせたらきっとどえらい目に遭う。

 だから一端、せめて強さのヒントにでもなる手掛かりがあれば。

 俺のこの問いに、少し考える素振りを見せるばあさん――の横に座っていたエニーがなぜか口を開いた。

「大ばあちゃんがなんて呼ばれているか知らないの?」

「え? ニーヴァル様じゃなくて?」

「んーん。"火仙の魔女 ニーヴァル"――これが広く知れ渡っている大ばあちゃんの呼び名」

「火仙の、魔女?」

「……本当に何も知らないっぽいね。ちなみにロキ坊はさらに上、今後は天級の何かで呼ばれる可能性があるから覚悟しときな」

「???」

 二つ名のようなものっぽいが……

 それでもまったく理解が追い付かないので詳しく聞けば、内容はそう難しいものではなく、そしてちょっと心ときめくものだった。


 まず前提として、所持スキルとは本来伏せるモノ。

 それは手の内を晒さないという意味で一般的にもある程度理解されていることであり、【隠蔽】スキルの取得が推奨されるくらいには自己防衛に有効だとされている。

 しかし、特定スキルの上段者――つまり一定のスキルレベルを超えてくると、逆に公表することで他者、他国を威圧、警戒させることに繋がり、延いては国の防衛戦略にまで組み込まれることがあるという。


 それが『|華《・》|覚《・》|仙《・》|天《・》』と呼ばれる階級呼称だ。


 特定スキルレベル7を示す『華級』

 特定スキルレベル8を示す『覚級』

 特定スキルレベル9を示す『仙級』

 そして、特定スキルレベルの最大値10を示す『天級』


 これらに武術系統スキル、もしくは魔法系統スキルを組み合わせることで、ばあさんのように『火仙』という呼び名が広く認知されるらしい。

 要は、"私は【火魔法】レベル9所持者ですよ"と、この二文字で公言しているわけだ。

 高レベルだろうが隠したい人や、独自の二つ名を持つ人達も一定数いるため、国が内外に向けて公表しやすい軍部所属の人間は、特にこの呼び名が適用されているとのこと。

 公言するだけならタダなので、真偽も含めた戦略と言えそうだが――それでも並みの相手ならビビって喧嘩なんぞまず売らんだろう。

 そして俺が『天級』と呼ばれる可能性についても理解する。

 転生者は最大レベルのスキルを所持して生まれるわけだから、戦闘に絡むようなスキルがあれば自動的に天級と呼ばれるわけだ。

 そして生産職など戦闘に絡まないスキルは、仮にスキルレベル10だとしても、この『華覚仙天』という階級呼称はまず使わないらしい。


(とすると、俺は本来なら【雷魔法】がスキルレベル7だから――『雷華』と呼ばれるわけか)


 ふむふむ、なるほどなるほど。


 ちょ、ちょっとカッコイイような……?


 内心ニマニマしながら脳内で復唱していると、今度はばあさんの『魔女』という部分も気になってくる。

 これは見た目? それとも職業だろうか?

 そう思って聞いてみれば――


「えぇー"特級職"なのに知らないの!? ロキって全然勉強してこなかったでしょ!」


 ――と、これまた横のエニーから強烈な突っ込みが入る。

(おっほっほー……子供に青筋立てるとかバカ野郎だぞ。落ち着け~落ち着け~……)

「コレッ、普通はエニーのように恵まれていないんだよ。勉強したくてもできない子達だっていっぱいいるんだ」

「そうだそうだ! 勉強する気持ちだけは物凄くあるんだぞ!」

「ふーん! じゃあ貧乏なんだね!」

「び、貧乏じゃねーしっ!?」


 パカン! パカーンッ!


「「いたーッ!」」

「くだらないことで喧嘩してんじゃないよまったく!……それで、ロキ坊は強さの秘密を知りたいんだろう?」

「そ、そうそう! 別に細かいスキル構成を教えてほしいとかじゃなくて、こう、なんていうか……コツ? みたいな」

「……ちなみにロキ坊は今なんの職業を選択してんだい」

「えぇ!? そ、それは……ひ、ひ……」

「「ひ?」」

「秘密の、職業……」

「あっ、大ばあちゃん! これ絶対下級職だよ! ロキのこの顔、絶対に下級職だから恥ずかしくて言えないんだよ!」

 図星どころか永久無職みたいなものなので、プルプルしながらエニーを見ると、まるで勝ち誇ったかのようにドヤ顔を決められる。

(ち、ちっくしょぉ~! でも言えねぇー! 営業マンなんてわけ分かんないこと言えねぇー!)

「はぁ……エニーはアルトリコんとこに行って借りといで」

「えー! また勉強!?」

「勉強できることは恵まれているって言っただろう? とっととお行き!」

 知識自慢してたけど勉強が好きなわけじゃないんだな。

 ガックリ肩を落として退出していくエニーを眺めていると、見計らったかのようにばあさんが口を開く。

「今の職がロキ坊の|秘《・》|密《・》に繋がるのかもしれないから深くは聞かないよ。でももしエニーの言う通り職選びが適当なら、まずは上級職を目指しな。仮に今選ぶことができなくても、取得スキルや環境によって選べる職は増えてくるもんさ。それがさらなる高みを目指すなら一番の近道だよ」

「それは分かってるんだけどね……」

「これでおあいこだ。私も公にしていない|秘《・》|密《・》を教えとくと、<魔女>は選んだだけで魔法に関連する複数のスキルが2レベル上昇した。ここまでは一部の書物にも公開されていることだけどね。それとは別に、取得する前と後とじゃ1度に放つ魔力消費量も明らかに変わったよ」

「それって【魔力自動回復量増加】のスキルが、職業効果でレベル上がったとかじゃなくて?」

「それも上がっちゃいるけど、間違いなく別だね。ロキ坊もそれなりの魔法を放てば、魔力が身体から抜けていく感覚はあるだろう?」

「あぁ~あるある」

 スキルレベル1程度じゃさっぱりだけど、レベル4くらいにもなれば感じるアレか。

 体内の水分が身体から抜けていくような、魔力を消費していくほど身体がスカスカに|乾《・》|い《・》|て《・》|い《・》|く《・》あの不思議な感覚のことを言っているんだろう。

「そいつが同じスキルレベルの魔法を撃っても、体感で差がはっきり分かるくらいに違うのさ」

「ちなみに消費量は増えるの? 減るの?」

「効果は同じで消費が減る、だね」

「へぇ……」

 複数スキルがレベル2上昇補正っていうのも十分凄い。

 特級職という高位クラスの恩恵で上がるスキルの対象範囲も広そうだし、それで上方補正の対象がスキルレベル制限無しとなれば、無職と言ってもいい俺からすれば脅威にしか思えない。

 +2補正ってことは、実質スキルレベル8まで上げれば合算10の最大値でゴールってことになるわけだからな。

 キツくなる後半になればなるほどその恩恵は大きいはずだ。

 おまけに|魔《・》|力《・》|消《・》|費《・》|減《・》|少《・》|ボ《・》|ー《・》|ナ《・》|ス《・》か。

 体感できるくらいということは、3%とか5%なんて小さな話じゃないだろう。

 10%くらい……いやいや、明らかなんて表現を使うくらいだから30-50%くらい減少している可能性だってある。

 そして強者のパーセンテージで動く変動ボーナスがどれだけ恐ろしいものなのかは、過去のゲーム知識から十分過ぎるほどに理解できている。


(魔女……魔法使い的なポジションだから魔力消費……つまり職によってスキル上昇などとは別の、サブ的なボーナス内容が全く異なる可能性も出てくるのか)


 ふぅ――……


 肺から大きく空気が漏れる。

 ショックと言えばショックな内容だ。

 今まで実感させられる場面はまったく無かったが、初めて目の当たりにする強者――その職業性能がかなり魅力的に映ってしまう。

 俺とどちらが得なのか、簡単に比較できるものではないだろう。

 ただ――同じフィールドを共有し、同じ冒険をしているのに、一人だけ別のゲームをやっているようなこの感覚――

 頂点を目指したいのに、前提のルールが違うとなれば戸惑いを隠せない。


(負けたく、ないなぁ……)


「さて、それじゃそろそろ行こうかね」

「え? どこに?」

 また庭?

 そう思って外に視線を向けようとした時、丁度良いタイミングでエニーが戻ってくる。

「大ばあちゃんお待たせ! 借りてきたよ鍵っ!」

「ロキ坊が私の強さについて知りたがるくらいだ。欲しているモノなんて大体想像がつくよ」

「え……」


「さぁ行くよ。この国の|書《・》|庫《・》、興味あるだろう?」191話 書庫

「すごっ……」

 宮殿内のやや奥まった場所にある一室。

 ばあさんの部屋と同じくらいの広さがあるそこには、正面に背丈よりも高い本棚が設置されており、そこにズラリと並ぶ本の背表紙が確認できる。

 中央には2つのテーブルとソファーが設置されており、その場で読むこともできるような環境が整っていた。

 もちろんハンターギルドのように、本が鎖で繋がっているなんていうことはない。

「これ、何冊くらいあるんですか?」

 思わず問えば、ばあさんじゃなくエニーが答えてくれる。

「250冊くらいあるんだってさ! 私はもう30冊くらい覚えちゃったもんね!」

「国によっちゃもっと抱えてるところもあるらしいけどね。ロキ坊が今求めているのは――……たぶんここら辺かい」

 そう言いながらやや高い場所に杖の先を向け――

「は?」

 その杖の先から、魔力と思われる青紫の霧をさらに伸ばして本を引っ張り出すばあさん。

 その光景に、思わず目を瞬《しばたた》かせる。

 いやいやいや。

 どう見ても背の届かない場所から本を取ったんだが?

 というか、今の現象はいったいなんなんだ?


(以前リルが飛んだ時に具現化した羽のようなもの? ってか魔力だけで物体に直接触れて動かすこともできるの……?)


 俺がカチンコチンに固まっている様子が面白かったのだろう。

 ここぞとばかりにエニーが弄ってくる。

「大ばあちゃんの【魔力纏術】凄いでしょ! 初めて見ると固まっちゃうよね~スキルレベル――ひぎゃーっ!」

「コレッ! 勝手に人の手の内を晒すなといつも言ってるだろう!」

 あっ、これかなり重大だったんだな。

 半べそになっているエニーの尻を杖で叩き始めたので、俺はその間に並んでいる本の背表紙を片っ端から眺めていく。

 相手はなにかとマウントを取ってくるエニーだし、とりあえず相手は身内のばあさんなので助ける気はない。


(『亜人種の歴史と亜神信仰』『スキルレベル検証 農耕編』『大陸ダンジョン紀行 中編』『空と地底に住まう民』『スキルの忘却と戦う術』『カプライオンの虚塔』……)


 やっばぁ……なんだこれ……

 まだ中身すら見ていないのに、本でここまで興奮したのは初めてと言えるくらいの衝撃に襲われる。

 全部見たい。余すことなく、全部が見たい。

 ここで得られる知識量がどれほどのものなのか。

 もちろん全てが自分の糧になるわけじゃないことは理解している。

『魔王討伐伝』とかいう、勇者タクヤが登場するクソどうでもいい創作物もちゃっかり並んでいるくらいなのだ。

 でもパッと目につく範囲でも、半分くらいは本のタイトルだけで即買いするレベルに興味を惹かれる内容だし、それ以外だって読めば何かしら得られるモノもあるだろう。

 それにただの創作物だったとしても、夜寝る前の娯楽にはなるだろうしね。


「ふぅ~まったく……待たせたね」

「あ、あぁ全然大丈夫。もうそれどころじゃなかったから、待った感覚なんてまったくなかったよ」

 チラリと視線を向ければ、尻を抱えてグズッているエニーが地面に這い蹲っていた。

 ウン、ばあさんは絶対に怒らせないようにしよう。

「職業の話をした時、頭が混乱していただろう? 内容は大雑把だけど、これを見ればある程度の職業が一覧として載ってるよ」

「おぉ!!」

 紙の厚さが違うので単純なページ数比較はできないけど、俺が所持している『薬学図鑑』よりも4~5倍くらいは本が分厚く、そして重い。

 これは期待できそうだとパラパラ捲れば、やはりというかなんというか、ここはゲーム世界か? と混乱してしまいそうになるくらい既知の職業が多く登場してくる。

(『魔導士《マジシャン》』『戦士《ソルジャー》』『衛兵《ガード》』『商人《マーチャント》』……なるほどなるほど)

 かなりの数がある下級職、もしくは1次職と呼ばれる基本ジョブが有り、その上に『暗殺者《アサシン》』『聖戦士《クルセイダー》』などの少し特化した中級職が。

 さらに上――3次職でネーミング的にあぁ強そうだよねっていう『近衛兵《ロイヤルガード》』『時魔導士《クロノマンサー》』といった上級職。

 そして特級職――4次職とも呼ばれる段階になって、やっとばあさんの『魔女《パルマキス》』や『大魔導士《メイガス》』『竜騎士《ドラゴンナイト》』といった、なぜか股間がキュンキュンしてくる職業なんかが載り始めていた。

(ふむふむ。上位職になるほど種類は減ってくるわけね)

 あとはその他にも職によって中級職扱いだったり特級職扱いだったりとマチマチのようだが、かつて天啓と呼ばれ、<神官《ブリースト》>になる代わりに【神託】スキルをおまけで授かる加護絡みの特能級。

 <神子>や<導者>なんかの女神様固有最上位加護が条件となる特異級。

 さらに初めて知ったが、女神様達の複合加護で得られる超希少職なんてものもあるらしく、そこにはめでたく『勇者《ブレイバー》』と『英雄《ヒーロー》』という2つの職業が記載されていた。

 まぁ、それはいいとしても――

「中級職あたりから、スキルレベル+1の上昇補正が入ってくるのか」

 本に記載されているこの事実に驚く。

 想像以上に補正の得られるハードルが低く、そしてその恩恵が大きい。

「そうだね。上位の職に就くほどその対象範囲が広くなってくるもんさ。おまけに『魔女』みたいな、|良《・》|い《・》|意《・》|味《・》|で《・》違和感を覚える変化が現れ始めるのも上級職あたりからだよ。まぁ全部が全部じゃないし、人によっても差があるような話だけどねぇ」

「……」

「これがロキの望んだ|三《・》|つ《・》|目《・》で合ってたかい?」

「うん。うーん? 合ってると言えば合ってるけど、ちょっと違うような……」

「なんだい、はっきりしないね」

 そう言われても困ってしまう。

 正直に言えば、この場所は予想以上なのだ。

 当初はばあさんという伝手。

 重鎮ポジション、年齢的な顔の広さに期待し、本の仕入れをお願いしようと思っていた。

 俺が王都の街中を徘徊したところで、そう簡単に本を裏で売ってくれるようなお店は引き当てられない。

 あったとしても俺のような小僧では、装備屋と同じで高額な品を簡単に売ってくれないのは明白だった。

 現金をチラつかせることしかできず、そのやり方だと値札も相場もない世界じゃ高確率で足元を見られる。

 だからばあさんを――というより宮殿を仲介したかった。

 これならある意味国内最強レベルの権力と顔が利くわけだから、金さえ用意すれば適正価格で本が手に入るのではと思っていた。

「私も一応国の最高戦力扱いだからね。私自身のスキル情報を表に出すことは、国を守るという意味であまり宜しくない」

「それは分かる」

「だから今回の恩義に報いるため、ここの書物を自由に読めるようにと思ったんだけどね」

「その気持ちは凄くありがたいよ。たださ――、俺って『ハンター』なんだ」

「それが何か関係あんのかい?」

「魔物がいるところに向かい、しばき倒して糧を得る。ここの情報は喉から手が出るほど欲しいのが正直なところだけど……でも、ここに留まることはできないんだよね」

「……」

 ばあさんに裏がある雰囲気は感じられない。

 でも仮にカムリア次官なら――そして俺なら、情報という餌で可能な限りここに繋ぎ留め、交友を深める材料にしようとする。

 亜人差別撤廃に舵を切り、当面は安心できるとしても、それでも東西の転生者が動いている限りはあくまで当面だろう。

 となればやはり、この国も中長期で見るなら対抗戦力を欲っしているはずなのだ。

 そして本は既にあるわけだから、国にとっても損の少ない好都合な餌。

 これで俺を釣り上げられるなら、財布事情が厳しくなってきた大陸中央にとってはかなり金銭面に優れた戦略だろう。

 ニローさんが当初考えていたかもしれない策略に、見事俺はハマりかけたと言える。

「この書物は王家の所有物だからねぇ。この場で読むだけなら私でも許可を出せるけど、持ち出すなんてことはさすがに私の権限からも外れちまうよ」

「だと思うよ。だから理想を言えば、『複製品』――かな?」

 俺だけが使う目的であったならば、図々しくて言えなかったお願い。

 でもここで得られる本は俺だけじゃなく、女神様達の知識量増加にも繋がってくる。

 となると時間はかかってでも|持《・》|ち《・》|帰《・》|れ《・》|る《・》|本《・》が欲しい。

 それが今回動いてくれた女神様達へのお礼にもなる。

「もちろん対価は払うし時間だって無理を言うつもりはない。だからなんとかお願いできないかな?」

「救国の英雄様がどうしてもっていうんじゃしょうがないさ。ただ陛下の承諾を得るためにも、多少は今回の結果が『ロキ坊が何かしてくれたおかげで』と国に伝えることになるよ?」

「うっ……でもまぁ、それはしょうがないか。どの道異世界人であることはもうバレてるわけだし、この国のお偉いさん達だけに伝えるくらいは構わないよ。取引をしたって言っといて」

「……ちなみに、全部かい?」

「で、できれば……」

「となるとアルトリコに今の仕事が終わったら取り掛からせるとして、もう二人くらい【写本】か【自動書記】のスキル持ちを見つけてくるしかないねこりゃ」

 そう言いながらヒヒッと苦笑いするばあさんは、やっぱりただの人の好《よ》そうなばあさんにしか見えなくて。

 やっぱり考え過ぎかな? 

 そう結論付け、俺は王都の目的を果たし、次なる目的地へ向かって飛び立った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「おまえの言った通りになっちまったね」

「理想とは程遠い、下から数えた方が早い結果です」

「それでも繋がりが欲しかったんだろう?」

「当然ですよ。常に一人で行動しており、姉の気配がまったくないことは気がかりですが……これで少なくとも彼は、『本』を得るため二月に一度はこの地を訪れることになる」

「それで中央を活動拠点にするものかねぇ。私が若い頃なんて、地が続く限りは旅したもんだけどね」

「ニーヴァル様は外に目的があったからでしょう? いくら飛べるとはいえ、当面の目的がこの地にあるならそう遠くへは離れられませんよ」

「……」

「アルトリコ殿は?」

「あぁ。自室で昨日から随分とくだらない本を書いてるよ」

「結構です。ではここからの仕込みは私達が主導しますので、ニーヴァル様にはただ一つ、|邪《・》|魔《・》|だ《・》|け《・》|は《・》しないでいただきたい」

「まったく……」

「無いとは思いますが、我々を阻害することはそのまま祖国と陛下への裏切りになりますので、努努お忘れなきようお願いします」


 そう言って去っていく癖の強い顔をした男――カムリアの背を眺めながら、ばあは【聞き耳】を警戒して心の中でソッと呟く。


(すまないね……やっぱり裏切れないよ、私は)192話 北方の町サバリナ

 ラグリース北方の町『サバリナ』

 中腹以降が白く覆われた山脈群を間近に見られる北の交易都市は、規模で言えばマルタと同程度。

 上空から見下ろせば、碁盤のようにいくつかの大通りできっちり町が区切られた、大変住み心地の良さそうな街並みだった。

 そんな都市の中心部にある屋根へ俺は降り立ち、すぐさまその建物が何かを確認する。

「おしおしっ、だいぶ慣れてきたな」

 建物内に屋根のない広場があればハンターギルド。

 何回かそう思って降りたら宿屋の中庭でしたってオチもあったが、今回は無事目的のハンターギルドへ降り立てたことにニンマリしてしまう。

 毎度のスイングドアを通過して、一直線に大体の場所は予想がつく資料室――……ん?

(なんか、変わった格好の人が多いな……)

 ハンターギルドなんてどの町でも似たり寄ったりなのに、建物内で屯《たむろ》している人達に少し違和感を覚えながらも、まぁ人の恰好なんてどうでもいいかと。

 期待を込めて資料本に噛り付く。

 そして、すぐに出てくるため息と零れる本音。


「くっそーここもかよ……」


 中身を見れば、サバリナの周囲にはFランク狩場、Eランク狩場が一つずつあり、目的であるCランク狩場もこの町に存在することは分かっていた。

 なので狩場の程度は予想通りであるも、Fランク狩場とEランク狩場は全て既知の魔物だけ。

 道中小規模な町を巡りながら約4日掛けてこの町に到着したが、それまでも新規の魔物には出会えず、狙い通り進行したのは地図のマッピングくらいであった。

 これで王都より北のFランク、Eランク狩場は今のところ全滅。

 いよいよもって、厳しくなってきたってもんである。

 それでもまぁ、Cランク狩場があるだけマシかとペラペラページを捲り――

 ヒヒッ。

 今度は正反対。

 思わず誰かさんを真似たような笑いが零れる。


 F-Cランク複合狩場 ベイルズ樹海

 北部エイブラウム山脈の麓に広がる広大な樹海。

 樹海全体が巨大な緑魔種の巣となっており、浅層~中層帯には多くのゴブリン種が存在している。

 特に中層帯は規模も様々に部落を形成していることが多く、対複数戦闘を余儀なくされるため注意が必要。

 また上位種が存在している場合、下位種が統率された行動を取ってくることにも留意しておきたい。


 狩場概要にはこのように書かれており、その次のページには|非《・》|常《・》|に《・》|魅《・》|力《・》|的《・》|な《・》魔物の名前が並んでいらっしゃる。

『ゴブリンウォーリア』『ゴブリンナイト』『ゴブリンメイジ』『ゴブリンライダー』『ゴブリンアーチャー』などなど。

 数で言えば計12種の魔物が混在している広域狩場のようで、ゴブリン以外にも挿絵だとゴブリンを乗せて走っているように見えるフォレストウルフという魔物なんかも存在するらしい。

(フフフッ、フヘヘヘッ)

 もう、こんな情報見せられちゃったらたまらない。

 とても今の俺は人様に見せられるような顔をしていないだろう。

 早く行きたい。今すぐにでも飛んでいきたい。

 ここは……ここの狩場は、俺からすればもの凄いボーナスエリアな気がしてならないのだ。

 そう判断してしまいたくなるほど、魔物のネーミングが俺の心にクリテイカルヒットを与えてくる。

 おまけに――

 いやいや、だめだ。

 まずは一度深呼吸して冷静になれ。

 またむやみやたらと突っ込んで死にかければ、フィーリルの巨大雷が確実に落ちる。

 まずはカウンターをガラガラにさせている、情報通のおばちゃんに――

 そう思った俺は、逸る気持ちを抑えながらカウンターへと向かった。



「すみません。狩場情報を色々と教えてほしいんですけど!」

 この言葉に、目の前のおばちゃんは「え? なんで私?」と言いたげに驚愕の表情を浮かべ、横のカウンターにいたキレイ目のお姉さんは「マジかよ?」という表情で俺を舐めるように見つめる。

 周囲のマッピングを進めながら今日この町に到着したということもあって、今の時間は中途半端な夕刻前くらいだろう。

 まだまだ外は明るく、暇な時間帯とあってかカウンターは全て空いていたのに、それでも俺が一直線でおばちゃんに突撃していったことがよほど珍しかったらしい。

 いいじゃんね? 長く働いている人の方が情報持ってそうなんだから。

「え、えーと、何が知りたいのかな?」


 こうして始まった情報収集で、俺は違和感の多かったベイルズ樹海を自分なりに解釈、脳内で簡易のエリアマップを作成していく。

「なるほど。大体2日ってところですか」

「そうねぇ。中はしっかり整備された道があるわけじゃないから、1日で中層に辿り着いたって話はまず聞かないわねぇ」

「最初の浅層はゴブリンと一回り大きいホブゴブリン……中層に入ればさらにもう一回り大きい上位ゴブリンが一部は武器を持って登場、さらに中層の中頃までいけば部族丸ごと相手取る可能性が高いと……」

「ただ明確な境目があるわけじゃないから、入る時は注意するのよ? ハグレの上位個体にやられちゃう話はよく耳にするから」

「あーそれは想像できますね」

「ゴブリンは大きくなるほど知能も優れて仲間を呼ぶこともあるみたいだし、自信が無ければ初めからニュジャン平原とかのランク固定狩場に行っちゃった方が安心できるわね」

「ほほぉ……」

 ここまでは問題無しだな。

 パルメラの縮小版みたいなイメージを持てば、内容把握に困ることもなさそうだ。

 それに仲間を呼ぶというのは実に興味深く――いつぞやの蟻地獄を思い出してワクワクしてくる。

 となるとイメージできていないのはここからだ。

「その中層はどれくらい進めば終わります?」

「え?」

「入口の浅層があって中頃に中層があるわけですよね。ってことは山がそびえ立っているわけですから、深層だってあるわけじゃないですか」

「それはその通りだけど、深層なんて何しに行くの? |遺《・》|物《・》|ハ《・》|ン《・》|タ《・》|ー《・》だって今はそこまで奥には入らないわよ?」

「ん?」

 資料本に何も載っていなかった深層情報を聞きたかっただけなのに、斜め上から別の気になる言葉が飛んでくる。

 なんぞそれ? 同じハンターでも異業種だろうか?

「すみません今日この町に来たばかりなので、さっぱり意味が……遺物ハンター?」

「あらごめんね。後ろにいるあの人達のことがそうよ?」

 そう言われて振り返れば、最初目にした不思議な光景。

 農機具とはまた少し違う……スコップや熊手といった掘る目的に近い形状のモノを複数持った男達がおり、その横にはなぜか王都でよく見かけたプレートアーマー着用の兵士が一人立っていた。

 悪さをして捕まえにきたという様子もなく、普通に世間話している様は、どう見ても彼らが一つのグループ――パーティのようにしか見えない。

「この町は少し特殊でね。北の樹海には過去に滅んだとされる古代文明の遺物が見つかったりするのよ。だから遺物探し専門で動いているハンターを遺物ハンターって呼んでるわけね」

「あ~なるほどそういうことですか」

 そういえばそうだった。

 俺は狩り一辺倒だからハンターの仕事=魔物討伐くらいに思っていたが、最初の講習でも木材を運んだり何かを調達したり、狩りじゃない仕事もあるって話は聞いていた。

 となると戦うことを専門にしないハンター達ってことか。

 なんだか腰回りに色んな道具をぶら下げてプロ感が滲み出てるし、自分でやりはしないが、ちょっと宝探し的な雰囲気を感じて興味をそそられてしまう。

「ちなみに兵士がいるのは理由が?」

「もちろんよ。出土された遺物は土地を治める王家の所有物なわけだから、国に属する兵が監視と護衛目的で同行するのよ。そのためにこの町は一定数の軍が常に駐在してるわ」

「ほっほ~国が主導で動いてるんですね」

「今の技術では作り方も分からないような魔道具、希少性のかなり高い鉱物で作られた武具、あとは金属で作られた当時の本なんかも出土しているみたいだからねぇ」

「武具や本もですか……」

「かなり高値で国が買い取っているのがその3種ってだけで、他にも当時の硬貨とか色々出るみたいだけどね。彼らが今日動かなかったのは……たぶん浅層でも少し奥か中層にでも行こうとしたんでしょう。その時は君みたいな魔物討伐を主とする魔物ハンターと合同で動いたりするから」

 個人的には中々面白く、しかしリアあたりが顔をしかめそうな内容だな。

 きっと彼らはギルドの入口付近で、役に立ちそうなハンターを捕まえ、明日以降に動くための勧誘作業をしているのだろう。

 果たして成果物はどう分けるのか。

 ゴブリン種だと金に変わる素材が少なそうだし、お給料が出ているであろう兵士以外は、遺物が見つかれば天国、無ければ地獄というくらいにギャンブル要素の強い仕事に思えてくる。

 そして、そんな勧誘作業をしているパーティから、俺は何もお声がかからなかったと。

 なるほどなるほど。いいんだけどね! どうせやらないし!

 噂の古代文明がなぜ滅んだのか、その理由を当人から聞いているだけに、俺は興味本位で遺物ハンターの仕事に首を突っ込むべきじゃない。

 ついでに今度、ばあさんに魔道具は気を付けてって忠告しておいた方がいいだろうな。

 ヤバいモノが出て悪用し始めたら、それこそこの国が本当に【神罰】の対象になってしまう。


「あーすみません話が逸れちゃいました。それで深層は? そこに魔物はいないんですか?」

 俺が一番知りたいのはこっちなのだ。意気込んで話を戻すも――

「昔は深層にもオーク種とかオーガ種とか、総括して緑魔種と呼ばれている魔物が多くいたって話は聞いたことがあるけどねぇ」

「ほほぉ!」

「ただ20年くらい前かしら? 私が生まれる前だからわからないけど、一度大規模なスタンピードが発生した後からは、ゴブリン種以外の魔物情報がほとんど出なくなったのよね。だから|何《・》|か《・》がいるのかもって、そんな噂が自然と立って誰も近寄らなくなったわ」

「ほ、ほほぉ……?」

「ちょっと~とっくに生まれてるだろって、すぐに突っ込んでくれないと――」


 なんかおばちゃんが騒いでるけど、俺は忙しくてそれどころではなかった。

 何かが匂う、そんな気がする。

 けど凄く危ないような……そんな気もする。

 うーん。

 ボヤけちゃいるけど、それぞれに原因がありそうな、そんな雰囲気だ。


(さーて、どうするか)


 暇を満たせたからか。

 満足気なおばちゃんに宿情報を聞いたらお礼を言い、見せ金パワーで風呂付き宿を確保したのち時計を見る。

 時刻は16時。

 うん、そうだな、|ま《・》|だ《・》16時だ。

 となると――ここはやっぱり軽く偵察しに行くしかないっしょ。

 防具も穴空き鎧しかないため、あくまで換金は考えない2時間程度の下見作業。

 中層までの飛行時間を計測しつつ、サラッと魔物のスキル情報でも収集しときましょうと、俺はたまらず唇をペロリと舐めながら北に向かって飛行を開始した。193話 オイシイ展開

 持っていった中型の革袋をドサリと床へ置き、白い息を吐きながら椅子にもたれ掛かる。

 時刻は……時計を見れば23時過ぎ。

 眼球にかなりの疲労が溜まっていることを自覚し、グリグリと指で揉み解しながら自らに【回復魔法】を唱えた。

「うぅ~寒ッ……はぁ――しっかし、あそこはヤバいわー……」

 汗と血の臭いが纏わりつく身体も気にせず、そのまま椅子に座ってボールペンを。

 とにかく忘れる前に整理したい、その思いだけで持ち帰った情報を取り急ぎ纏めていく。


 <浅層>

 ゴブリン:パルメラと同じ

 ホブゴブリン:俺と同じくらいの背丈 ゴブリンの上位互換で特徴はほぼ同じだけど絶対に【呼応】持ち

 フォレストウルフ:今まで出会ったウルフ種の中で一番大きい ルルブにいたスモールウルフよりやや強い程度か


 <中層>

 ホブゴブリン:呼応〇 中層にも多く出現

 フォレストウルフ:呼応× ゴブリンを乗せていない状態でも普通に出現する 大体3~5体ほどの集団で登場

 ゴブリンファイター:呼応〇 体長170~180cmくらいのガチムチゴブリン ルルブのオークよりも明らかに強い 【体術】Lv2は確定

 ゴブリンウォリアー:呼応〇 【槍術】【斧術】【剣術】【短剣術】【棒術】【鎌術】【槌術】所持までは確認 連動して100%該当の武器持ち

 ゴブリンナイト:呼応〇 必ず盾を持っているので【盾術】スキルは所持していると思うけど、個体数がかなり少ない

 ゴブリンアーチャー:呼応× ギルドの資料本には書かれていたが個体を確認できず、ただ矢が複数飛んできたのでどこかにいることはいる 

 ゴブリントラッパー:呼応× 1発でスキル取得までいったので、【罠生成】Lv3と【罠解除】Lv3持ちは確定 ただ【招集】には反応せず岩陰に隠れていた

 ゴブリンメイジ:呼応× 【杖術】Lv2はたぶん確定 それとは別に【風魔法】と【土魔法】を使ってくることも確認 ただし2種を併用して使う個体は確認できず

 ゴブリンライダー:呼応〇 【騎乗】Lv3と【騎乗戦闘】Lv3は確定 【招集】に反応して真っ先にフォレストウルフに乗りながら登場する とにかく動きがウザい 
 
 ゴブリンコマンダー:呼応〇 【威圧】Lv3所持は確定 慣れれば弱い 【威圧】を初めて使われた時は焦ったがすぐに慣れた
 
 ゴブリンジェネラル:呼応×? まだ個体を確認できず 


 ふーむと顎に手を添え、裏紙に書きだした内容を見て唸る。

 まだ全容が分かったわけじゃない。

 中層で試しに使った【招集】の結果に、ついつい飯のことも忘れてヒャッハーしてしまったが……

 それでもまったく時間が足りなかった。

 眼球疲労から【夜目】で活動できる限界を知って帰ってきたものの、できればあと20時間くらいはそのまま検証し続けたいくらいには面白い場所だ。

 まぁそれは明日続きをするからいいとして、まず【呼応】に反応するヤツとしないヤツがいること。

 これが分かったのは大きい。

 反応するヤツは100%近接に該当するタイプなので、遠距離型には残念ながら備わっていないと思った方が良さそうだ。

 外からチクチクと攻撃してくるズル賢い戦術を、ゴブリンのクセにしっかり取ってくるということである。


 あとは個体数の圧倒的な差だな。

 今日中層で狩った体感だと、フォレストウルフ3割、ホブゴブリン2割、ゴブリンファイター3割、ゴブリンライダー1割、残りが纏めて全部で1割。

 このくらいの比率という印象が強かった。

 そしてホブゴブリンもどこかから拾ってきたのか、人間が製造したと判断できる武器を持って現れることもある。

 中には弓をそのまま振り上げ、殴りつけてくるホブゴブリンまでいたのだ。

 だからこそ、ここに微妙な違和感を覚える。

 ゴブリンもホブゴブリンも、武器を持ったところでその魔物名称は変わらない。

 資料本ではそうなっており、少なくともゴブリンであれば世間でも『何を持とうがゴブリン』と、そのように認知されている。

 しかしさらに上位となるゴブリンには基礎となる名称は無さそうで、装備形態によってなぜかそれぞれの名称が変わっていた。


(もしかして、初めから扱う装備を限定した別種扱いとして生まれている?)


 そんな発想が飛び出すも、すぐに自ら首を振って否定する。

 というのもゴブリンが自ら武器を生み出している様子はないのだ。

 振るう武器は同じ種類でも統一性がなく、錆びで茶色く染まった武器を振り回しているやつらの方が多いくらいだった。

 つまり事情はどうあれ、人間が使っていたお古を使い回しているとしか思えない。

 なのにアーチャーやナイトといった、専用装備を持つこと前提の魔物が生まれるのはおかしいだろう。

 そう、どういう理由か魔物名称は変わるも、種族特性として拾ったから途中で切り替わって―――


「あ」


 たまたま行き着いた、ある意味当たり前の発想に思わず声が漏れる。


「な、なんで俺は最初に気づけなかったんだ……?」


 そうだ、これはパルメラでも気付けたことだ。

 ネーミングでボヤけていたが、出現比率の高い素手のゴブリンファイターが中層の"基礎"だとすれば――


 |あ《・》|と《・》|は《・》|変《・》|換《・》|率《・》|次《・》|第《・》。


 それでも、【招集】とのコンボが上手くいけば素晴らしくオイシイ展開になる。

 となれば、準備すべきモノは――


 風呂付き宿に拘ったのは誰だったのか。

 その後も、樹海という環境の中でどう立ち回るべきなのか。

 ひたすらに脳内妄想は続いていき、慌てて風呂に入り布団に潜ったのは深夜も4時過ぎ。

 日の出待ちの旅人や商人が起き始めるような時間であった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




 若いって素晴らしいなぁ。

 僅か2時間程度の睡眠もなんのその。

 朝の鐘の音と同時に目を覚まし、昨晩の空腹を埋めるように1階のレストランでモリモリ食事。

 ビビる店員に朝から追加注文しまくり腹を満たしたら、目的のモノをいくつか物色しに町へと繰り出した。

 まずはここだぜ~と向かったのは、大通り沿いにあることだけは把握していた薬屋さん。

 中はメイちゃん家と違い、漢方系の薬の他にもポーション類を豊富に取り揃えていた。

「おはようございます~」

「はいおはようございます。何をお探しだ?」

 丁寧なんだかぶっきら棒なんだか分からないおじさんに、初めて買う目的の物について尋ねていく。

「魔力回復系の薬が欲しいんですけど、どのようなものがあって値段はおいくらくらいですか?」

「魔力回復薬だと一般的な魔力回復ポーションと、持続的に魔力回復量を上げる錠剤とがあるぞ。こいつと――こいつだ」

 そう言われカウンターの上に置かれたのは、日本にあった乳酸菌飲料くらいの大きさをした50mℓくらいの青い小瓶。

 傷を癒す回復ポーションは同じサイズでも赤だったので、内心やっぱり青なんだなとちょっと感動しつつも内容を確認していく。

「魔力回復ポーションはこのサイズで『微小』回復、こっちの濃度が濃いやつだと『小』回復だな。それぞれ8,000ビーケと20,000ビーケだ」

「あっ」

 この悪気は無いであろう回答に、ソッと目を閉じ心の中で唸る。

(しまった、魔力も数値化されてないのか……『小』ってどんだけだよ。ってか定量回復なのか、パーセンテージで動く変動回復なのかで全然違うぞ?)

 とりあえずお金は問題無さそうなので黙って頷き、その横に置かれている錠剤の内容も確認する。

「こいつはちっとばかし値が張るな。高ランクの魔導士タイプなんかがよく使う薬で、1粒飲めば効能は約半日持続すると言われている。10粒入りで80万ビーケだ」

「なるほど。その効果はどれほどで?」

「だから半日だ。あとは魔力が回復しやすくなるということくらいしか知らん。でもまぁ、結構有名な薬だ」

 ひょえー!

 それでいいのか薬屋の親父よ。

 今度は『微小』やら『小』なんて表現すら省いてくるその大雑把さに頭を抱えたくなってくる。

 それで80万ビーケて。

 そんなアホな商売あるのかよと思いながらも――

「買っちゃう」

「どれをだ?」

「全部、それぞれとりあえず1個ずつで」

「ほーう……ありがとうございまーす!」

 良いのだ、これで。

 騙されたらこの親父の店吹っ飛ばしてやろうかと思うけど、たぶんきっと、大通りに面しているから大丈夫だと思いたい。

 それにゲームであれば、効率を金で買えるなら基本は買いなのだ。

 そうやってソロでやりくりしてきた俺からすれば、ここでヒヨる選択は無い。

 金に余裕があるうちはゴーゴーゴーである。

 ついでにメイちゃん家の薬屋で買い占めた丸薬をここでもありったけ購入。

 併用が大丈夫か聞いたら「知らんから自分で試せ」と有難い言葉を頂いたので、有能薬師がパーティに欲しいと思いながらも店を後にする。

「まぁ、いざとなれば【毒耐性】が頑張ってくれるだろ……たぶん」

 そんな呟きを漏らしながら、次なる目的地へと向かって歩き出した。194話 効率

 天気は曇り。

 今日はできれば大雨が降ってほしいと思いながらも、ベイルズ樹海中層をかれこれ東に1時間以上飛び続けている。

 特製の籠や穴開き鎧は宿屋でお留守番、今日も今日とて軽装だ。

 剣を2本携え、昨日も持ってきていた中型の革袋に必要な物を詰め込んできた。


(やっぱり都合の良い平野なんてないなぁ……)


 あれば御の字と思っていた望む立地。

 しかしそう都合良くは見つからないようで、上空からは緑一色の中、ポツポツと一部を伐採し、掘り起こされたような空地が見えるくらい。

 そのスペースも非常に小さく、かつ中層といってもやや町寄りの浅い場所なので、できれば部族単位で相手取りたい俺にとっては活用しきれるイメージがまるで湧かなかった。

 となると、これはもうしょうがない。

 自分で自分のための場所を作るしかないと、覚悟を決めて中層の奥地を目指していく。

 あくまで|中《・》|層《・》|の《・》|奥《・》|地《・》だ。

 決して深部を目指すような冒険なぞ、|今《・》|は《・》しない。

 ついでに移動しながら、先日やっとレベルが自然上昇した効果範囲60メートルの【探査】をフル活用し、『人種』がいないかを調査していく。

 かなりサバリナからは離れたし、ここまでの奥地にはまず入ってこないだろうとは思うも……

 それでもこれからやることに遺物ハンターの人達を巻き込めば、それはもうかなり大変なことになる――というか普通ならまず死んでしまうはず。

 だからこそ、ここが一番慎重にならなければいけない部分だと、ある程度のポイントを見定めたら入念にチェックしていく。

 そしてやっと、人がいないことを確信できたら下準備の開始だ。

 近場では小川も流れているし、高低差が少なく魔物の集まりも良さそうなこの場所は想定するベストに近い。

 やるべきことは、広く活動するための空き地作り――つまりは伐採だ。

 森林破壊と言われてしまえばそれまでだけど、魔物の間引き、過去に起きたとされるスタンピードの予防も兼ねているので、たぶん怒られるようなことはないはずである。

 放っておけばまた木は生えてくるだろうしね。


『周囲の、木々を、切り倒せ』


 初めて唱える【風魔法】の【省略詠唱】。

 木の根元付近をひたすら突き進むよう、レベル4の強い風刃をイメージすれば。


 ピュッ――


【省略詠唱】がそのイメージを汲んでくれてたように具現化し、鋭く空気を切ったような音を鳴らして、足元から風の刃が広がっていく。

 さてさて、これでどの程度いけるかと様子を見ていれば、おおよそ周囲10メートルくらい先までの木々が倒れていき、何体か近くにいたのか、足を切断されて転げ回るゴブリンも確認できる。

(周囲を舞わせる乱刃じゃなく、一点突破のイメージだとこんなもんね、了解了解)

 これはこれでいい勉強になったと思いながら、この作業をひたすら繰り返し、順調に空地を拡大していく。

 そして切株や倒木だらけではあるも、周囲の見通しがかなりよくなったところで、ようやく待ちに待ったテストの開始だ。

 鼓動が速くなるのを感じながらも、樹木スレスレの高さを飛び、空地の東西南北それぞれで同じスキルを唱えていく。


――【招集】――


 ――まずは、魔物をかき集める。


 途端に騒めく森。

 これで四方周囲210メートル範囲内の近接型ゴブリン達が、こぞって空地の中央に陣取る俺の下へとやってくる。

 はははっ。

 既に、笑いが込み上げてくるな。

 成果は必定、気がかりなのはその後の始末だけだ。


 周囲から。

 バキバキと、木や枝を踏み鳴らす音。

 パシャパシャと、川の水を弾く音。

 唸り声、奇声、様々な音が、地響きと共に全周囲から聞こえてくる。

 そして先頭のゴブリンライダーが開けた狩場へ顔を出し始め、繋がるように数十のゴブリンが空地に入ってきたところで、


――【飛行】――


 俺は再度、少しだけ飛んだ。

 眼下には、我先にと倒木を飛び越え、苦しむ同胞を踏み潰しながらもひしめき合うゴブリン種の大群。

 それらが一斉に手を、腕を、武器を掲げ、上空10メートル近くまで上昇した俺を見上げている。

 だが――


「残念。おまえらは総じて近接タイプ、俺には届かないでしょ」


 この声に反応したのかは分からない。

 いや、そんなスキルは所持していないからきっと勘違いだろう。

 それでも俺の投げ掛けた言葉を皮切りに、苛立ちや憎しみの表情を浮かべ、ゴブリンがゴブリンを足場にして空を目指そうとする。

 その光景をジッと見つめながら――|こ《・》|れ《・》|で《・》|間《・》|違《・》|い《・》|な《・》|い《・》|な《・》|と《・》、俺はほくそ笑んだ。


「【投擲術】も無く、武器を所持したことで生まれ変わったお前達は、その武器を自ら投げて手放すなんてことができない」


 つまりこれで、一度希少種に変えさせれば、そいつは死ぬまでそのまま希少種の可能性が高いってことだ。


「良い検証ができたよ。ありがとう」


 その言葉を最後に、あとは成果を貪るだけだと〆の魔法を口にする。




『眼下の、魔物を、皆殺せ、"天雷"』




『【体術】Lv5を取得しました』


『【槍術】Lv3を取得しました』


『【斧術】Lv3を取得しました』


『【剣術】Lv4を取得しました』


『【短剣術】Lv3を取得しました』


『【盾術】Lv1を取得しました』


『【騎乗】Lv5を取得しました』


『【騎乗戦闘】Lv5を取得しました』


『【威圧】Lv2を取得しました』


『【鎌術】Lv3を取得しました』


『【槌術】Lv2を取得しました』


『【威圧】Lv3を取得しました』




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




 あれから3度、北、西、南と一方向に集中して【招集】をかけ、山のように積みあがった死体を見つめながら、最後の東エリアで魔物を呼ぶ。

 そしてそのまま専用狩場の上空を漂い、現在までの検証結果を頭の中で纏めていた。

(いちいち地面に降りて待ち構える必要はなさそうだな)

 寄ってきたゴブリンが早々に諦めては困ると、一応初回は地面に立って待ち構えていたわけだが、どうやら2回目以降の結果を見るに、浮いたままでも大丈夫そうなことが分かってきた。

 さすが魔物、手が出せないと分かっていても歩み寄ってきてくれるところはさすがである。

 あとは対象が多過ぎるからか、レベル7の広範囲雷魔法『天雷』一発でも、若干端で生き残っている魔物もいるが――……

 まぁ、ここはしょうがないか。

 専用狩場の広さには十分余裕を持たせたが、一番気がかりなのは倒した後なのだ。

 欲張り過ぎれば火事の原因になる。

 今のところ煙が燻っている様子はないけれど、念のため広範囲に水でも撒くか、もしくは一度撒いて通しをよくしてから撃ち込んでもいいかもしれないな。


(さて……次に移るか)


 眼下には4度目。

 既に高さ10メートルなど優に超えた死体の山を登り、宙に浮く俺へと手を伸ばすゴブリン達。

 その姿を眺めながら、俺は全力気味に西へ向かってこの場を離脱する。

 そして数百メートル進んだところで一旦ストップ。

【探査】や【気配察知】を併用しながらその後の様子を窺うも、ゴブリン達が追いかけてくる様子はまるでなく、この速度で飛べばしっかり振り切れることを理解した。

【招集】はよくあるヘイトと同じ扱いなのか、そして一度集まった後の効果はどうなるのか。

 俺を視界に捉えた途端、通常の魔物同様に敵視していたことから、たぶん大丈夫だろうとは予想していたが……

 一先ずヘイトが外れたこの結果に安堵する。

 となれば、肝心なのはここからだ。

(今までの魔物の生態を考えればたぶん大丈夫だと思うんだけどなぁ……)

 恐る恐る上空を舞い、高高度から徐々に先ほどの空地を確認してけば――


(よーしよしっ! ちゃんと|食《・》|っ《・》|て《・》|る《・》な!)


 望む光景が見れたことで、ホッと胸を撫でおろした。

 このやり方で一番の障害になる部分はすぐに分かっていたのだ。

 俺が欲しいのはゴブリン達の持つスキル経験値――つまりはこの場だとゴブリン達の持つ武具と言ってもいい。

 それらを循環させ、必要があれば上空から散布し、魔物の個体数と武具のバランスが取れなくなれば希少武具だけを選別していく。

 このようにイメージした時、どうしても邪魔になるのは魔物の死体だった。

 今回のように範囲魔法で片付ければ死体の山が出来上がるのは明白で、その死体の山から武具を掘り起こすのは非常に困難なものだとすぐに想像がつく。

 仮に上の一体をどかしたところで他が取りづらくなるだけ。

 かと言って俺が取れる対策なんて燃やすか埋めるかの二択くらいで、どちらも非効率的としか思えなかった。

 だが、期待していた通り、魔物が魔物の死体を餌と見てくれるなら別だ。

 最後に呼んだゴブリン達がどこまで食うかは分からないが、掃除をし、自ら武具を掘り起こし、そのまま勝手に転職してくれる。

 おまけにこのやり方なら、【招集】には引っかからない遠距離職のやつらも餌に釣られて集まってくれるだろう。

 どうせすぐになくなるような量じゃないんだ。

 明日にでもまた顔を出し、呑気に飯を食ってる上空からまた雷を落とせば――


「ふふっ、ふふふふふっ」


 笑いが込み上げてきちゃうな。

 ここで金は一切求めない。

 幅広く集まるスキル収集に、自分のありったけを注ぐ。


「そんじゃ、今日中にあと4か所くらいは同じの作っちゃいますかね」195話 深層

 あれから4日。

 結局数を8に増やした専用狩場を巡り、死体の状況を確認しつつ【雷魔法】を撃ち込んでいく。

 どこも順調と言えば順調。

 死体除去は想定以上にフォレストウルフが良い仕事をしてくれており、【招集】では呼べないものの、翌日には匂いに釣られたのか大量に集まって『山』に噛り付いていた。

 減っては増えて減っては増えての繰り返しではあるものの、狩れば徐々に周囲の魔物総数は減っていくので、一応当初に比べれば死体の数は半分くらいに減ってきている。

 そろそろ下見だけしておいた荷車を購入し、武具の散布準備に入ってもいいかもしれない。

 もしくはもう少し専用狩場の数を増やすかだな。

 一番獲得しやすい【体術】はレベル7までもっていけそうだが、その他の近接戦闘系スキルも、『盾』以外はできればレベル6まで引き上げてしまいたい。

 なんせ戦闘系のボーナス能力値は【杖術】【弓術】と【盾術】以外今のところ全て『筋力』だ。

 ここで数種類のスキルを一気に引き上げれば、きっと体感できるくらいに俺の自力(地力)は上がってくると思っている。


(そうすれば、もしかしたらばあさんに――)


 今の目標だ。

 負けたくない、超えてやりたい。

 どれくらい差があるのかは分からないけど……

 ばあさんはそれこそ大ばあちゃんで、人である以上いつポックリ逝ってしまうか分からないのだから、できる限り早めに勝てる実力を身につけておきたい。


 そんなことを考えながら、順調じゃない方の結果に視線を移し、その厳しい現実に眉根を寄せる。

 まぁなぎ倒した木を輪切りにして撒いただけなので、この結果もしょうがないんだろうけども。

 どのポイントに行っても、俺の自作『盾』が誰にも、一切、まったく拾われている様子がないのだ。

 意外とゴブリンも贅沢者のようで、どうせなら最後は両手で握って、死の間際にでもゴブリンナイトへ転職していただきたかったのに残念な結果である。


「はぁ~盾の数が少ないんだよなぁ……」


 どうしようもない悩みだ。

 人が落とした物の再利用ということは、どうしたって人間の装備比率によってゴブリンの所持率も変わってくる。

 やっぱり多いのは『短剣』と『棒』がトップ、次いで『剣』『槍』ときて、次点で『斧』『鎌』、少ないのは『槌』、そして激レア扱いの『盾』と、現状このようになっている。

『棒』はまぁ落ちているそこら辺のしっかりした枝が『棒』判定になったりするのでアレだが、鎌なんて主武器で使っている人を今まで見たこともなかった。

 だから不思議に思っていたわけだが、遺物ハンターの人達が高確率で所持しているようなので、その人達の犠牲か落とし物でそれなりの数がこの樹海にあるんだなということも分かってきた。

 あとは単独で【付与】枠が生まれるのに装備比率が低過ぎる盾だが、見ていると実物の盾は結構デカい。

 俺なんかが考えそうなミニチュアサイズの盾をポケットに入れ、付与だけ稼ぐみたいな戦略が取れないから、邪魔で純タンカークラスしか持たないのが『盾』なのかもしれないな。

 このあたりの情報はパイサーさんから聞き忘れていたので、いずれドワーフの国に行った時にでもちゃんと確認しておくとしよう。

 そして――


(|大《・》|喰《・》|ら《・》|い《・》が餌に食いついた様子も無し、と)


 一番肝心の予想が外れているっぽいことに関して、どうしたものかと思いを巡らす。

 まだ警戒して踏み込んでいない深層エリア。

 かつてはいた魔物が、スタンピードの発生と時を同じくしていなくなる。

 そんな現象、パッと思いつくのは


 "そのエリアの魔物も|脅《・》|威《・》|と《・》|感《・》|じ《・》|る《・》|何《・》|か《・》が生まれたから"


 普通に考えればこれしかないんじゃないかと思っている。

 つまり、以前リプサムで聞いた『上位種』の存在だな。

 魔石を喰らって強くなるという話なら、魔石付きでこれだけこんもり餌があるこの状況を見逃すものだろうか。

 1か所なら気付かないということもあるだろうが、もう既にこんな場所が8ヵ所もあるのだ。

 どこか1ヵ所でも違和感を覚えれば、深層にいるのは上位種と想定して動けるのに、原因がどうにも不明のままだと今後の行動方針も定まらない。


(まだ中層をスポットにしているから遠過ぎるのか? それともまさか――……、あの高い山に何か住み着いた、とか?)


 ゲームならイベントや設定でありそうな話だ。

 そして後者になると、Cランク狩場相当の上位種という話じゃなくなるので、俺でどうこうできるのか怪しくなってくる。

 まぁどちらにしても、なんで深層の魔物がいないんだっていう謎にブチ当たるわけだけど。

 ん~分からんなぁ……

 そんなことを考えながらも、次の【招集】に向けて付近に人がいないか【探査】をしていると――


「あ、引っかかっちゃった」


 視界の先を見れば、僅かに茶色い地面が見えるその場所で、数人の人間が穴を眺めて何かをやっている。

 どう見ても遺物ハンターの御一行、こうなると素直に撤退だ。

 後発で訪れ、普通じゃない狩り方をしているのは俺なわけだし、【招集】使いますから死にたくなければ退いてくださいなんて、そんなふざけたことを言えるわけもない。

 少し浅層に寄り過ぎたなと、再度北上しながら魔物を集めていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




 さらに3日後。

 より近くなった山々を眺めながら、たぶん天に住まうフィーリルに向かって謝罪を繰り返す。

(意思が弱くてすみません。誘惑に弱くてすみません。結局俺は、我慢ができませんでした。本当にごめんなさい)

 結局俺は|深《・》|層《・》に踏み込んでしまっていた。

 バーカバーカとなじられることは覚悟している。

 でもでも、しょうがないのだと、そう思いたい。


 結局のところ、深層まで踏み込んでしまった最大の理由は魔物不足だった。

 探せば中層にもまだまだいるのだが、いかせん密集度がかなり下がってしまっており、すぐに効率厨が顔を出してしまう俺にはどうにも我慢のできない時間が続いていた。

 酷いと【招集】使って僅か6匹とか、いやいやさすがにそりゃねぇだろ、って突っ込みたくなるほどの激減っぷり。

 魔物が集まらなきゃ死体の数も減らず、その結果武具の取り出しが進まないという見事な悪循環が発生する。

 だからちょっとだけ、視界の先に見えている深層の魔物をチェックしつつ、呼べるなら呼んじゃおうかと考えてしまうのも普通のことだと思う。

 それに切羽詰まって、俺は疑ってしまったのだ。

 本当に深層って魔物いないのか? と。

 そもそもとして、情報元のおばちゃんはこう言っていたはずだ。


『――ゴブリン種以外の魔物情報がほとんど出なくなったのよね』


 まぁこれ以外にも結構重要なことは言っていたと思うが、そこは置いておくとして。

 この言い方であれば深層にもゴブリン種は多くいるかもしれないし、話を聞かなくなっただけでオーク種やオーガ種とかいうのもいたりするかもしれないのだ。

 だからコソコソと、かなり警戒しながらも複数個所【探査】を使って調査していた。

 そしたら、いたのだ。

 ゴブリン種も、そして個体数はかなり少なかったがルルブよりも上位と判断できるオーク種、そのさらに上位であろうオーガ種ってやつも。

 こうなると、止まれますか? って話になるわけですよ。

【洞察】使ってみたらまぁまぁ強そうな雰囲気は感じ取れるけど、それでも問題無く勝てそうだねって分かっちゃうんだから。

 止まれるわけがありませんって、こうなっちゃうわけですよ。

 ――で。


――【招集】――


 結局作っちゃいました、深層に新しい専用狩場。

 だってオーガは来てくれなかったけど、上位種っぽいオークはヒットすれば来てくれるわけだし。

 資料本に載っていないからどんな種類がいるのか分からないけど、倒したら自然取得でレベル1だけ取得していた【捨て身】ってスキルのレベルがすぐに上がったので、こりゃラッキーってなもんである。

 ただ俺だってバカじゃない。

 過去の失敗はちゃんと活かし、すぐに|床《・》|ペ《・》|ロ《・》しないよう多少なりは状況を踏まえた行動も取るようにしている。

 魔力は何かあった時用に、例の自然回復量増加丸薬もガッツリ飲んで8割以上は必ずキープ。

 暇さえあれば『上位種』というワードで【探査】をかけまくっていた。

 それに最終奥義で、何かあった時に即『|テ《・》|レ《・》|フ《・》|ォ《・》|ン《・》』が使えるよう、しっかり前日に【神通】を使わないでおいたのだ。

 情けない案だし本当の緊急用だが、それでもいざという時このスキルを使えるか使えないかが俺の生死を分けると言っても過言ではない。

 そんな警戒度最大状態をキープしたまま、狩り続けること約2時間後。

 しっかり休憩をはさみ、そろそろ次の【招集】をいっとこうかと動き始めた時、【探査】で引っかかる前に『|視《・》|界《・》』が違和感を捉えた。


「……あれか」


 姿形は見えない。

 だが上空に立ち昇った土煙の跡が、一直線にこちらへ向かってきている。

 目的は専用狩場の死体か、それとも俺か。

 どちらか分からないが――

 まず、敵であることは間違いないだろう。

 だから、絶対に油断はしない。

 そう思っていつでも|逃《・》|げ《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》|よ《・》|う《・》|に《・》さらなる上空へ舞い上がる。

 あんな移動方法を取っている時点で飛行タイプじゃないことは明らかだ。

 ならば距離をしっかりとれば空は安全圏。

 そこから遠目に【洞察】を使い、推定戦力を見定める。


 俺が上空から眺めていることも知らず、その"対象"は専用狩場に入り、一瞬動きを止めたのち、すぐに目的の餌場へ突撃していった。

 距離があり過ぎて詳しくは分からない。

 それでもゴブリンを――、んん? 投げ飛ばした……? 好みがあるのか、オークだけを探すように掴んでは食いちぎっている様は、相当な図体のデカさを連想させる。

 全身は黒く、この地が緑魔種の住処と言われているのに、まったく相応しくない色合いだ。

 ゴブリンやオークでもなく、一度だけ目にしたオーガともまた雰囲気が違う……直立歩行する獣のような雰囲気を感じる。

 あれがまず間違いなくここのボスであり、もしかしたら20年前に発生したスタンピードの犯人なのかもしれない。


 そして――

 俺は緊張からくる喉の渇きを誤魔化すように、持ち合わせていた魔力ポーションを次々飲んでいく。

 本来マズいはずのソレも、今は味なんて感じなかった。

 定量型で大した回復量じゃないが――それでもまったく油断できる相手じゃない。


「あれは……いける……たぶん、いけるぞ……」


 そうだ。

 かなりギリギリっぽいが、【洞察】が教えてくれている。


 あいつは、今の俺なら殺れる。

 ならば、餌だ。

 あいつが餌の魔石を喰らっているように、俺も、おまえのスキルを喰らう。


 ――全力で、殺る。196話 上位種戦

 上空から見舞うは雷の一閃。

 大きく距離を取ったまま、開戦の合図とばかりに魔法を撃ち込む。


「放て、雷槍、高速で、突き抜けろ!」


 レベル7の単体貫通特化型【雷魔法】

 かつて俺がこの世の地獄を見たキングアント戦。

 あの時に放たれた魔法を、今度は俺が同じ不意打ちで使っているんだから皮肉なモノだ。


 バリバリバリィ――……ッ


 死体の山に足をかけ、食事に夢中だったであろう上位種は僅かに反応した。

 だが、もう遅い。

 凄まじい速度でかっ飛ぶその雷光を避けるなんてことはできず、パンッ!! と大きく音を立て、眩い光と共に死体の山へ突っ込んでいく。

 当たり前だが、スキル取得のアナウンスは流れない。

 こんなんで倒せるなんて思っちゃいないが、さて――


「……」


 なるほど。

 想像していた以上にタフ、だな。

 今消費した魔力を補うように、魔力ポーションを飲みながら思案する。

 現在高さは――推定だが50メートルくらいあるだろう。

 超人無敵のリルが地上から飛んでもまず届かないレベルの安全圏で、それでいて魔法の威力が大きく減衰せず、避けられることもなく一方的に嬲《なぶ》れる高さ。

 それが目測でこのくらいだろうと踏んでいた。

 そして眼下の上位種は何事もなく立ち上がり、かと言って反撃の手立てがないのか、食事を止めてただ俺を見上げている。

 魔法防御力が高いのか、それとも【雷魔法】の耐性でもあるのか。

 この距離では身体に傷を負い、出血や火傷をしているのかまでは分からず、現状ダメージを分析するのは困難だった。

 つまり、これで楽に倒せる選択は消えたということだ。

 もう一発撃ってみるか、それとも撤退か。


 再び葛藤が襲う。

 このままさらなる上空に飛べば、この場は余裕で離脱できるだろう。

 最初は使い勝手に悩んでいた【飛行】も、開き直りさえすれば超が付くほど有用だ。

 取得難易度の高さも、今になれば十分理解できる。

 相手によってはまさに一方的。

 常に戦局を握り、押しも引きも自由自在だ。

 だからこそ悩む中――


 上位種が……屈む動きを取る。

 これは、来る。

 そう理解し、すぐに距離が取れるよう上空へ舞う準備に入るも、上位種から視線は逸らさない。


 ズシッ……ッ!


 豪快に地を蹴り上げ、迫りくる上位種。

 近づくことで分かるその容姿、先ほどのダメージ量を見逃さないと、見据えながらも両パターンの準備をする。

 この容姿は――やはり、オークでもオーガでもない。

 見たことの無い獰猛な獣だ。

 そして、体毛の一部が焦げ、赤く爛れた地肌が見えている。

 迫る上位種、でも速度が落ち、約半分、さらに超えてくるも――――、やはりだ。

 ここまでは届かない。

 ならば、近距離でもう一発撃ち込んでやる。


「放て、雷槍、高速で――


 唱えながらも、俺は見ていた。

 上位種が、その獣が顎を開く様子を。

 そして、俺と同じ、黒い魔力がその周辺に漂う様を。


 (これは、ブレス……か?)


 しかし、止まれない。

 先に放つのは間違いなく俺だ。

 ならば――止めるくらいなら、ここまま撃って阻害するっ!

 束の間の判断。


 ――突き抜けろッ!!」


 目の眩むような光と共に放たれた雷光は、そのまま上位種を飲み込んでいく。

 そしてすぐさま、撃ち終わりと同時に【硬質化】を唱えた。

 相手が避けられないように、俺も空中で放たれればまず避けられない。

 そこまで【飛行】を使いこなせてはいない。

 ならばもし、先ほどの攻撃で詠唱を潰せていなかったら、あとは何が来ようと耐えるのみ。


――【硬質化】――

――【硬質化】――

――【硬質化】――


 ……光で視界が潰れ、フワフワした感覚の中、腕で顔を覆いながら効果時間1秒に合わせた発動を数度繰り返すも。

 何かが上位種から放たれる様子は、まったくない。

 ならば詠唱を潰せたということ。

 となればダメージ次第だが、このまま上空から【雷魔法】連打でも――

 徐々に自らが放った雷光が落ち着き、思考を巡らしながら上位種の状態を確認しようとした時。

 俺は今の不思議な状況が理解できず、思わず疑問がそのまま口から漏れる。


「は?」


 先ほどまではたしかに、上位種を、その背後にある死体の山を、専用狩場や一帯を覆う一面の樹海を視界に捉えていたはずだ。

 しかし、今の視界は肝心の上位種がおらず、ほぼ全てが青い。

 一部、かなり高い位置で漂う雲が視界の隅に入るくらいだった。


(雲……? 俺は、落ちている……落とされている!?)


 ここでやっと、現在起きている状況だけは理解し始める。

 背後から襲う風が、嫌でも置かれているこの状況を知らせてくれる。


――【飛行】――


 まずは立て直す!

 そう思うも――

 視界が一転、見覚えのある魔物の山に切り替わり、嘔吐を催す悪臭と共に、体中から鈍い痛みが走る。

 幸か不幸か、死体の山に落ちたのは明らかだった。

 節々に刺さる痛みがあるのは、山の中に埋もれていた武器で身体中を軽く切ったからだろう。

「くそっ……『癒せ、オールヒール』」

 腹に手を当て、【回復魔法】で全身を回復させつつ、ズボッと、死体の中から這い出て周囲を探る。

 すると、同じ専用狩場の先に、膝を突いて蹲る上位種が。

 自滅覚悟で何かをしたからか、毛は焦げ付き、爛れた左手を覆っている姿に短く息を吐く。

 油断したつもりはまったくなかった。

 それでも、いったい何をされたのか分からず、今も理解できていない。

 ただ一つ言えるのは、空が絶対的な安全圏ではなくなったという、その事実だけ。

(あの展開から予想できる系統は……いや、魔物専用の謎スキルまで持ち出されたらもう予想できるものじゃなくなる。でもとりあえずやるべきことは――)


――【飛行】――


 再度、飛べることは確認。

 ということは、阻害は一時的なものだったということ。


 ならば、試すか。


 まずは、

――【身体強化】――

 これで、備える。


 そして――


『頭上を、覆い、焼き殺せ、襲雷』


 空いた左手で【雷魔法】を放ち


『対象を、深く、切り裂け』


 右足を回すように蹴り上げ、そのまま間髪容れずに足から風の刃を飛ばす。

【風魔法】は周囲の木々をなぎ倒した時のイメージを、さらに一点突破型へ修正したもの。

 それなりの距離はあるが、2属性のほぼ同時攻撃にどうでるか。

 可能性を考え、いつでも【硬質化】を唱える準備だけはしつつ、ジッと様子を窺えば――


(何かしら魔法を打ち消すような動きは取らない。となれば、どっちだ。何で来る……?)


 ただ黙って受けるなんてことはたぶんしない。

 さっきと同じように、何かをしてくる。

 それがもし、俺が心の底から望むモノであるならば。

 コイツはどんな犠牲を払ってでも、必ずこの場所で―――


 瞬間、俺の視界が|強《・》|制《・》|的《・》|に《・》加速した。197話 逃がさない

 これは、抗えない。

 少し身動《みじろ》ぎすることでそれを理解した俺は、すぐさま準備していたスキルを唱える。


――【硬質化】――


「うぐぅ!」

 思い出したくもない嫌な痛みだ。

 待ち構えるように差し向けられた鋭利な爪は、俺の腹を刺し――

 だが【硬質化】の影響で多少食い込む程度で済んでいる。

 が、問題は間髪容れずに襲ってくる、自らが放った【雷魔法】

 正確にはすでに放たれ上位種を襲った後だったが、強制的に接触させられたことにより、その余波が腹の中から俺自身を襲う。


「うぎぎぎぎいぎぎぎいっ」


 我ながら強烈だなと、そう思う。

 表面的な痛みはそうでもないが、全身が痺れ、体内が、頭の中身が強く熱をもった感覚を覚える。

 内臓が焦げているような、そんな味わったことのない気持ち悪さだ。

 それを体表とは言え、しょっぱなから喰らっていた上位種は、そりゃたまらない刺激を受けていたことだろう。

 それに自爆を狙われたんだろうが、放っていた【風魔法】は俺が引き寄せられる前に無事着弾している。

 足から血が滴っているので、コイツには【風魔法】の方が有効なのかもしれない。


 しかし、そうか。

 こいつの所持スキルは――


 痺れが抜け始めたのはほぼ同時。

 だからこそ、すぐさま右手に携えていた剣を振り抜けば、右腕を多少斬りつけたところで、今度は強く弾き飛ばされる。

 何か物理的なダメージを負ったわけではない。

 強制的に距離を離され、転げ回りながら死体の山に激突する。


「クハッ……ハハ、いってぇ……おまえ、【重力魔法】……持ってるだろ?」


 声をかけた先には誰もいない。

 宙を飛び、上空から爪を突き立てようとする上位種を、【気配察知】で捉えていた俺は迎え撃つ。


「【剣術】――力刃ッ!!」


 100%力に割り振った【剣術】のアクティブスキル。

 現在スキルレベルは6。

 アクティブによる特定所作280%の威力が切り上げた剣に乗り、指を割き、そのまま腕まで斬り裂いていく。

 だが、まだだ。

 そこからさらに、繋げる。


「【剣術】――速刃ッ!」


 すぐさま速度に全て振り切った斬りつけで腿を裂き、振り払うように真横から飛んでくる腕を、


――【突進】――


 無理やり回避しながらも、再度【剣術】スキルを使用し足にダメージを蓄積させていく。

 このまま、立たせないようにする。

 できれば足を一本ぶった斬るつもりで――


「ぐうっ」


 理想を描くも、そう上手くはいかない。

 そんな手軽に倒せるような魔物じゃないことは、既に十分承知していたはずだ。


 それはかつてリアから受けたのと同じモノ。

 吸い付くように地面へ身体が縛られ、身動きが取れなくなる。

 しかも俺はうつ伏せ。

 目視で攻撃のタイミングを計れない。


「ふぐぅうううううう……ッ!」


 それもあって、初撃のタイミングを外した。

 打ち下ろされた拳は【気配察知】で理解していたのに、予想よりも速いその動きに【硬質化】を合わせられなかった。

 そして次が来ることも、【気配察知】は知らせてくれていた。

 身体は……だめだ、まだ、動かない。

 でも、指は、腕は……多少動かせる。


「ふっ……ふっ……【硬質化】【硬質化】【硬質化】」


 本来はやってはいけないやり方だろう。

 魔力の無駄遣いで決して上手いやり方じゃない。

 でも背に腹は代えられない。

 俺の防御力はレベル不相応に低いんだ。

 ボーナス能力値があまり乗っていないので、一発の打撃でも【硬質化】の恩恵が無ければ口から血反吐を吐いてしまうくらいには重く感じる。


「ぐぅ……ッ!」

「グゴォオオオオオァアアアアアアアアアッ!?」


 2発目の打ち下ろし。

 俺のくぐもった呻きと、上位種の腹に響く呻きとが重なり合う。


「ざまぁ、みろ……」


 2発目が振り下ろされた時、剣をそのまま真上に向けて立ててやった。

 だからか――

 動けるようになって振り返れば、腕の中まで俺の剣がぶっ刺さって食い込んでやがる。


「ハハ……いでっ……いい気味だよ、クソッ……剣返せ――……は?」


 その瞬間、声は理解できていないはずだが、ダメージを重く見たのか|異《・》|様《・》|な《・》|動《・》|き《・》で一気に距離を取る上位種。

 どう考えても、俺を起点に"斥力"が働いたとしか思えない動き方だった。


(ぶ、武器が……残り魔力は……まだ700くらいはあるか。なら、まだ粘れる。まだスキルポイントのことまでは考えなくていい)


 腰に下げた初代ショートソードは、さすがにこの魔物相手じゃ力不足だろう。

 いかんせん素材がただの鉄だ。

 付与の魔力50は有難いが、攻撃の手段として使うには場違い過ぎる。

 となると――

 何パターンか考え、これが一番無難かと腹を括る。

 片や武器を奪われ、腹にまた穴を空けられ、回復魔法を使うも痛みは取れない見た目子供のおっさん。

 片や体長4メートル? 5メートル? 見上げるほどにデカく、しかし右手はほぼ使い物にならず、左手と片足に大きく傷を負ってまともに立てそうもない化け物。

 どっちが有利だ?

 そんなことを考える意味はないだろう。

 油断すれば一発で形勢が大きく変わる。

 そういう勝負を、大きな成果と引き換えに挑んでいるのは俺自身だ。

 そしてこの成果は、絶対に逃がさない。


 ふぅ――……


「さぁ、始めるか。第二ラウンドは殴り合いだ」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ふっ……はっ……はっ……」

 まず足を、再起不能になるまでぶっ壊す。

 その思いだけで、手の届く足を殴り、蹴りつける。


「【体術】――剛力ッ!」


 言葉なんざ思い付きの即席だ。

 分かり易ければなんでも良かった。

 この世界に降り立った当初は、技名を呼ばなくて済むなんてラッキーとか思ってたのにな。

 言葉を発することによって、思いが、力が、宿る。

 そんな気がしてならず、言葉を理解されないなら問題ないと、今のありったけを声に乗せて打ち込み続けた。

 もう上位種の足は、まともに動かせていない。

 そうなれば相手も必死だ。

【気配察知】が動きを捉え、俺の顔以上ある左の拳が上空から迫るので、その方向であればと俺は踏ん張り上を向く。

 歯を食い縛り、その拳を額で受ける。


――【硬質化】――


「んぐ……ッ!」


 軋む身体。

 沈み込む足元。

 先ほどから頭が揺れ、視界が赤らみ鼻血も止まらないが……でも、耐えられるのだからこれで良い。

 敏捷の低い俺では、そのままだと上位種の攻撃を避けることができない。

 だから、左右からの攻撃でなければ。


『強く、深く――


 振り下ろされた拳に向けて、俺も殴りつける。


 ――切り刻め』


 インパクトの瞬間に合わせて詠唱を終える。

 そうすれば、打撃と同時に深い傷が刻まれ、血を噴出しながら俺に降り注がれる。


 「グガァアアァアアアッ!!」


 先ほどよりだいぶ"|泣《・》|く《・》"ようになってきたな。

『打撃』と『焼き』と『殺傷』のコンボは相当応えるだろう?

 そうするとおまえはそろそろ――ホラ。


――【挑発】――


 斥力を使って、俺から離脱しようとする。

 だから、おまえは捕まえ続ける。

 俺が、おまえから離れない。


 もう、後がないだろう。

 足は潰され、手も潰された。

 でもそれは俺だって同じだ。

 さっきから視界が定まらないし、魔力がもうそろそろ危うい。

 我慢して、節約していたのに、それでもこれだ。

 だから早く。

 その顔を。

 待ち望んでいるその顔を、早く下げてくれ。

 口を開けた時、その大きな牙は見えていたんだ。

 たぶん、持ってるよね?

【噛みつき】

 獣なら持っているやつが多いんだから。

 そう、大きく顎を開けて、俺の頭を丸かじりするように――


『腹ん中で、ブチまけろ、爆雷』


 「ブゴァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 下から、腹に向けて魔法を放てば、目を血走らせながら、降りてくる顔。


 やっとだ。やっと。

 これでやっと、致命傷を与えられるチャンスが生まれる。


 このチャンスは、絶対に逃さない――


『対象減速、ファースト』

『自己加速、ファースト』


 制限時間は……10秒っ!!


 これで、喰らえr――  





 は?


  


「すまねぇ、そいつは俺のペットなんだ。これ以上は勘弁してやってくれよ」198話 初めての

 何が、起きている?

 声の方へ振り向けば、そこには一人、壮年の男が立っていた。

 この辺りではあまり見ない白い肌に、目の覚めるような青い髪色。

 その男は特に気負った様子もなく、顔は苦笑いを浮かべていた。


「ペット……?」

「あぁ悪ぃな。ロキッシュがやられてっからどういう事態だと思って来てみりゃ、まさか相手は坊主一人とはなぁ」


 会話をしているようでしていない。

 そんな感覚だ。

 相手の言葉を聞いちゃいるが、現状を整理、理解することで俺の頭はいっぱいいっぱいになっていた。

 視線を上位種に戻せば――

 もう【挑発】の効力は切れているからか、先ほどのような敵意はなく、首を垂れて蹲っている。

 この姿を見れば、ペットという言葉はたしかに間違いないのかもしれないが……

 そもそもとして、だ。


 この男は、いったいどこから現れた?


 俺は【気配察知】を作動させていた。

 最後まで油断しないようにと、気を張っていたんだ。

 しかし、その気配を捉える間もなく、男は気付けばそこにいた。

 まるで湧いたように、俺の背後へ現れたのだ。

 リルのように、ワープと見間違うほどの速度で動いたのか。


 それとも、まさか――








 ……やらなきゃ良かったと後悔した。

 戦闘を中断させられた苛立ちはあった。

 重要スキルを取り損ねたという気持ちも。

 でも一番は、興味本位の好奇心に負けたとしか言いようがない。

 それでも俺は、たぶんこのスキルを使い続ける。

 このスキルは、毎回こんな思いをしながら使っていくしかないんだと、そう思うしかなかった。



【洞察】を使い、相手の力量を悟り――



「ぁ」



 身体は疲れ果てているはずなのに、全力で後退しようとして、背後にいた上位種の体に躓く。


(ふっ! ふぅ! 落ち着け落ち着け落ち着け―――ッ!!!)


 膝を力ずくで掴み、下唇を強く噛みしめながら、ただその場になんとかしてでも座ろうとする。

【洞察】を切った直後では、全力で耐えないと座ってもいられないほど。

 それくらいに――ばあさんよりも、明らかにこの男の力量の方が上に感じた。


「おいおい坊主、大丈夫かよ?」


 顔を見ることはできない。

 でも掛けられる声色に棘は無く、逆に低い声は気持ちを落ち着かせるのに一定の効果があったようにも思える。


「オエッ……ウエッ……だ、だ、大丈夫で、す……」

「なんだぁ? ロキッシュ、おまえ何かしたのか?」


 話しかけているのは俺の背後で蹲るこの魔物だろう。

 グゥ~と何度か唸るように鳴いているが、俺からすれば先ほどの痛みに耐えているようにしか聞こえない。

 それでも。


「ほーう……」


 目の前の男にはこれで十分だったらしく、この反応を機に様子が変わった。

 相変わらず顔はおろか、その姿すら直視できない。

 でも声の音色が変化したことは分かった。


「一つ質問するが――」


 生きた心地がしないとはこのこと。

 生殺与奪の権利を完全に握られていると理解し、ただただ、死にたくない。

 ペットなんて知らなかった、なんでこんなことになったと後悔するしかなかった。

 俺に目線を合わせようとしたのだろう。

 しゃがみながら続きを話す。


「おまえさんは、|何《・》|者《・》だ?」

「い、異世界人、です……」

「……まぁ、そうだろうなぁ。空を飛ぶんだって?」

「……はい」

「んで、こんなところで一人か。ロキッシュを相手取るくらいだから弱くはないだろうが……|こ《・》|の《・》|世《・》|界《・》|は《・》|生《・》|き《・》|づ《・》|ら《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|か《・》?」

「え……?」


 てっきり「なぜこんなところにいる?」「なぜ俺のペットを攻撃した?」と。

 答えを間違えれば死が待っている詰め問答の開始だと思っていた。

 しかし想像とは違う質問が飛んできたことで、思わず、俯いていた顔を上げてしまった。

 その男を、直視してしまった。

 でも、不思議と先ほどのような恐怖心が強く襲ってくることはなかった。

 その男は胡坐をかき、頬杖をついて俺を見つめている。

 優しげとは少し違う。

 笑顔があるわけでもない。

 ただ、本気で心配してくれているような、そんな雰囲気だけは強く感じ取れた。

 だからか、やっと俺の脳が、心が正常に動き始める。

 黙って言葉を待つ男に、俺は素直に答える。

「生きづらかった部分も、あったと思います。この世界の人達とは違う部分が……色々ありましたから。でも、人には恵まれていたと思います。全部が全部ではありませんけど、良い人が多くて、そして助けられてきました」

「そうか。そいつはかなり恵まれていたかもしれないな」

「だと思います」

「でも、今は一人なのか?」

「……」

 素直と正直は少し違う。

 答えに迷い、結果として、俺は黙秘という選択を取らざるを得なかった。

 間違っていなければ、目の前の男が誰なのか、俺はもう答えに辿り着いている。

 転生者という存在は一般的でも、転移者が一般的かと言われればそうじゃないだろう。

「まぁいい。おまえ、どこの国だった?」

「え?」

「地球人だろ? 国だよ国!」

「え、えと、日本です」

「ほーう、ってことはタクヤの野郎と一緒か。おまえもあれか? オタクってやつか?」

 一人でしゃべり、一人でケタケタと笑うその男に、もう恐怖心はない。

「ち、違……くはないですけど! というか勇者タクヤってオタクなんですか?」

「あ~ありゃバリッバリのオタクだな。なんだったか――中学病とか言うんだっけか?」

「ん? もしかして中二病?」

「それだそれ! なんか常に妄想と現実をゴッチャにして動いているから相当ヤベーぞ。あいつの本体は下半身だしな!」

「グフッ」

 なぜか予想外の流れ弾で、俺の心がクリティカルヒットを受けている。

 だが目の前の男はそんなことなどお構いなし。

 マイペースに自己紹介を始めていた。


「ちなみに俺は元アメリカ人、前は酪農で飯食ってたハンスだ。今は――まぁ、国の代表みたいなことをよく分かんねーままやってる。この世界じゃ俺が先輩だからな。なんか困ってることがあんなら力になるぜ?」


 そういって差し出された右手を見つめる。

 人間なんて所詮は印象と思い込みだ。

 最初の印象がなんとなく悪ければ、その思い込みは長く続き、挽回するだけでも相応な労力と時間、そして大きな理由が必要になる。

 逆に良い印象も、それはそれで思い込みの可能性だってある。

 そうやって騙されていく人達だって世の中にはいっぱいいる。

 でも最初の出会いは、程度の差はあれど必ずそのどちらかで。

 俺は事実としてこの男――ハンスさんに良い印象を持った。

 事前に知り得た情報とは別に、直接対面しての人となりでそう感じたのだ。

 どうやってここに来たのか、このペットはいったい何なのか、なぜペットはここにいるのか。

 未だに不可解な点はいくつもある。

 それでも、俺が初めて対面した|同《・》|郷《・》の人間であり、異世界人と公言している4人のうちの1人。

 エリオン共和国のトップを、まずは信用してみようと。

 俺もその手をしっかり掴む。


「日本人だったロキです。元々は営業職でした。今は自由気ままなハンター業で世界を旅しようかなーと、そう思ってます。まだこの国しか知らないですけどね」
************************************************
まったく意識していないまま昨日200話になっていたようで(ロキの手帳とかカウントしてませんでした)
ド素人の作品にここまでお付き合いいただきありがとうございました。
正直200話とか通過点過ぎて、感慨深さも何もないのが悲しいところです。
かの有名なドラクエⅢでいえば、やっともうそろそろアリアハンが終わってロマリアというくらいのストーリー進行なので、さすがにやべぇと、7章以降のテンポアーップを図っているところでありますが……
なんやかんやと、日々何かを求めながらちょっとずつ成長していきますので、変わらず楽しめそうな方はお楽しみください。199話 『目標』

 腰に下げていた革袋をゴソゴソし、何かをロキッシュに食べさせているハンスさん。

 その姿を眺めながら、俺は回復してきた魔力で腹の治療を繰り返していた。

 擦り傷程度ならすぐに治るが、"穴が開く"とそう簡単にはいかないらしい。

 徐々に徐々に塞がっていくような感覚を覚えながら、それでもフィーリルに内緒にしておかなくてはという、悪さを隠す子供のような動機で必死に自己治癒を施し続ける。

「ずいぶんと派手にやってくれたなぁ……ホレ、お前の武器だろ?」

 ヒョイと投げられ、ブスリと目の前に刺さる我が愛剣。

 おぉ~良かった、帰ってきてくれたよ~!

 あのままロキッシュに逃げられたらどうしようと、かなり焦っていただけに、安堵で肺から大量の空気が漏れる。

「すみません。その、ロキッシュ? がかなり強くて……全力でやってしまいました」

「まぁそれはお互い様だからな。コイツにもいざとなれば殺せって命じているんだからしょうがねぇよ。それよりロキは傷、大丈夫なのか?」

「えぇ、自前の【回復魔法】でなんとかなりそうです」

「その歳で器用なもんだなぁ……よーしロキッシュ、ちょっと待ってろよ」

 相変わらずロキッシュの右腕はボロボロだ。

 それでも応急処置が終わったのか、ハンスさんが先ほどの胡坐に頬杖体勢に戻って口を開く。

「一応確認しとくが、ロキがこの場所に来た目的は?」

「えーとレベル上げ……じゃなかった世界への貢献稼ぎですね」

「あ~俺にはレベル上げとか経験値稼ぎで良いぜ? その方が分かりやすいだろ。しっかし、こんなとこで『経験値』は稼げるのか?」

 内心ドキリとする質問。

 ロキッシュとやり合えるほどの強さとなれば、この辺りの魔物じゃ弱いだろうと。

 つまり大した経験値なんて得られないだろうという発想に結び付くのは、多少ゲームに慣れた人間なら自然に思うこと。

 でも大丈夫だ。

 ハンスさんは疑いじゃなく、ただの疑問をそのまま口にしているように感じる。

 ならば問題無い。

「ロキッシュがいた奥の辺りなら、昔は強い魔物がいたって聞いてたんですよね。上位のオークとか、オーガとか」

「あぁ~そいつらはロキッシュの大好物だからな。こいつガンガン食ってるからあまりいなかっただろ?」

「探しても中々見当たらなくてビックリしましたよ。で、様子見ながら狩りをしてたら――」

「こいつが現れたってわけか」

「そうです。先に手を出したのは僕なんですみません」

「かははっ! この辺りで狩るようなハンターなら、こいつを見かけりゃすぐに逃げ出すはずだったんだがな。気合の入った異世界人ならしょうがねぇか」

 嘘は極力つきたくない。

 でも今はどうしても言えない事実だってある。

 だからこそ、言葉選びがかなり慎重になっていると自覚する。

「ちなみに、なぜロキッシュがこんなところに? おっしゃる通り、ここはFランクからCランクまでの複合狩場ですし」

「あぁ、ロキッシュは樹海深部の番犬みたいなもんよ。俺がここに連れてきた」

「へ?」

「この地はかつて、えらい栄えた古代文明の跡地――それは知ってっか?」

「えぇ、魔道王国プリムスでしたっけ」

「それだそれ。言い伝えじゃ相当大規模な裁きだったらしいからな。たいして残ってねぇとは思うが、それでもいくらかは当時の品が出土し、今も掘り起こしているやつらがいる」

「たしかに、いますね」

「だからその抑止だ。特に出土しやすいのは深層だっつー話だから、うちの番犬置いて威嚇してんだよ。餌にも困らねぇエリアだしな」

「な、なるほど……ってことは、20年くらい前のスタンピードもロキッシュの仕業で?」

「あーありゃまた違う。その犯人は上だ」

「?」

 そう言って親指をクイクイと山の方に向けるが、さっぱり意味が分からない。

 火山でも噴火したのか?

「あの山頂付近にもう1匹俺のペットがいるんだよ。そっちは山の反対側も含めた、このエリア全体を見てるけどな」

「も、もしかして、ロキッシュ君よりも全然強かったり?」

「上にいんのは古代種の竜だからなぁ。そりゃ断然強ぇよ」

 ぷっほー……

 なんかファンタジーの匂いが強すぎて、興奮と絶望とで頭の中が訳の分からないことになる。

 ロキッシュでギリギリなのに、それより断然強い竜もペットにしていて、おまけに当人も俺より遥かに強い。


 いやいや、いやいやいや。


 じゃあ俺はどうやってこの世界で最強目指せばいいの?

 いきなりここまで凄まじい『目標』が現れても、こんなのどうすればいいのか……


 白目を剥きかけ、う~う~唸るも、しかし、冷静に考えればこの人も大概なことをしているような気がしてならない。

 個人の意思でスタンピードを起こすとか、それは通常の神経でできるようなことじゃないと思うんだが。

「スタンピード引き起こしたら、当時結構な人が死んじゃったんじゃ……?」

 当たり前のように想像してしまう結果だ。

 マルタ同様石壁で町が覆われているとはいえ、それでも人間側が無傷なんてことはさすがに無いだろう。

「そりゃ、それなりに死んだだろ」

 にもかかわらず、想像以上にあっけらかんとした、当たり前のように事実として受け止めているその言葉に思わず目を見開く。

「あ~もしかして、あれか? まだ地球の頃の価値観がかなり残ってんのか? まぁ、まだ子供の姿だしな」

「え……いや、多少は改善されたような、気がしますけど」

「別に平和な地球の考え方を否定はしねぇよ。本来はそうあるべきだ。だがな、ここで生き抜いていきたいなら止めておけ。それこそ――タクヤみたいなよほどの強者でもない限り、まず食い物にされて死ぬぞ?」

 その顔は、声は、冗談半分に笑い飛ばすような、そんな今までの雰囲気とは対照的で。

 この世界で数十年と生き、今の立ち位置にいるからこそ言えるような、そんな重みのある言葉に聞こえた。

 食い物――子供達を奴隷にしていたあの男達を思い出す。

「その価値観が邪魔をして、危うく周りを死なせてしまう事態に陥ったことはありました」

「周りを助けたいならなおさらだ。……可能性は相当低い。それでもかつて存在したとされる魔道具が掘り起こされれば、過去に起きたとされる人間と亜人の戦争に再度繋がる可能性が出てくる。だったら多少の犠牲を払ってでも、俺は居場所を失い俺の下に集まってきたやつら、そしてそいつらの同胞を全力で守る」

「……」

「それにラグリースは極度の人間至上主義な国だろ? その時点で俺は気に食わねーしな!」


 そういえば、ヤーゴフさんは言っていた。

 エリオン共和国は元々獣人の国で、獣人奴隷を抱えていると突然襲われるなんて噂があると。

 要は人間嫌い――とは違うかもしれないが、人間よりは獣人が元から好きな人なんだろう。

 酪農業だったって話だし、そこら辺も関係しているのかもしれないな。


 ロキッシュがここに居た理由。なぜ深層の魔物がほとんどおらず、スタンピードが発生したのか。

 その辺りの経緯は把握することができた。

 あとはロキッシュがどんな魔物で元々どこに生息しているのかを知れれば、取りそびれた【重力魔法】の早期取得に繋がるかもしれないが――

 今知ったところで、このクラスの魔物を安定して狩れるほどの実力はない。

 何回かやっていれば、俺が死ぬ場面だってきっと出てくるだろう。


 となると、今一番気になるのはやはりこれか。

 ゴクリと、

 緊張で喉を鳴らしながら、この場の雰囲気を壊すようにガハハッと笑うハンスさんへ聞きたかった事実を確認していく。


「あの」

「ん?」


「ハンスさんはもしかして、【空間魔法】って持ってます?」200話 獣人の国

 ピーヨン、ピピーヨン、ピヨヨ――……

 目の前で、不思議な音を奏でる笛を吹いたイタチがいる。

 その横では、じゃれるように身体をぶつけながら踊る、猫が三人。

 その姿を見て、喜ぶ熊と、たぶん鹿と、あともう一人は――なんだ? サイじゃないし……バク?

 元となる動物の判別は少し怪しいが、男だなと分かる人達が地べたに座り、踊る姿を鑑賞しながら揃って肩を揺らしていた。

 個体差はあるも、顔は動物に近く、体は二足歩行の人間に近い、そんな不思議な人達がいっぱいいる。


「ラグリースから出たことないんじゃ、獣人見るのなんて初めてだろ?」


 そうニヤニヤしながら問われ、俺は悔しくも黙って頷くしかなかった。

 感動の波状攻撃に、どうやら俺の言語能力はぶっ壊れてしまったらしい。

 この国に来て10分ほどで50回くらい「すごっ」と呟いたはずだが、逆にそれ以外の言葉はまったく出てこなかった。


 場所はエリオン共和国のどこか。

『地図』を開いてもレベル2のため、拡大縮小ができずラグリースとの位置関係は分からない。

 ポツンと新しくマッピングが開始され、【地図作成】を取得した時同様、周りは真っ黒に塗り潰されている。

 まぁたぶんハンスさんの活動拠点なんだから、ここが首都なんだろうな。

 そこに俺は連れてきてもらっていた。

 もちろん移動手段は【空間魔法】による転移だ。

 ハンスさんは、どの道ロキッシュの治療で一度連れ帰らないといけないから、どうせなら遊びにくるか? と尋ねてきた。

 間髪容れずに、「見たこともないやつらが、いっぱいいるぞ」と。

 ゴクリと、生唾を飲んだのははっきりと覚えている。

 そんなことを聞かされたら、否定できるわけがない。

 本当は傷を負わせた張本人である俺が治せれば一番だが、魔力も無ければ、あんな豪快に裂けた傷を治す腕《スキルレベル》も無いしな。

 よくよく考えれば不用意だったと思うが、その時は様々に絡み合う『欲』にただただ勝てなかった。


 その結果が今いるココだ。

 1段1段が低く、そして広い階段を上り、視界の先に見えるデカい木造の屋敷――なんて言える規模じゃないか。

 ラグリースの王都ファルメンタにあったベリヤ宮殿のような、でも派手さよりは落ち着きを優先したような門構えの広い建物に向かっている。

 たぶん気を使ってくれたんだろう。

 パッと見で人間っぽい人がいないから亜人としておくが、その亜人達が活動している広場のような一角にまずは飛んでくれた。

 後ろに立つ巨大なロキッシュの存在に、一瞬その場に居合わせた亜人達は目を丸くするも、その視線はすぐハンスさんに向いて笑顔を誘い、その横で小さく佇む俺に集中したのちサッと目を逸らす。

 その場から歩き始めてもこんな流れが続いていた。

「子供の姿なら大丈夫だと思ったんだが……悪ぃな。あいつらも色々あって今がある。そう簡単には過去の傷が消えてくれねぇ」

「……分かりますよ。凄く」

 含みをもたせ、それでも怯えが優先してしまう――あれは被害者の目だ。

 だから、あの視線なら何も問題は無い。

 ラグリースとは正反対に、人間がまったく見当たらない理由もこのあたりにあるんだろうとすぐに予想がつく。


 宮殿までの道中、周囲の様子を眺めながら、それこそ国のトップとしてではなく、異世界人という一個人としてお互いに込み入った話をした。

 ハンスさんが地球で亡くなったのは40歳の時で、そこから転生し、今43歳とのこと。

 つまりトータル年齢83歳の、実は結構なおじいちゃんであることが判明した時はさすがに驚いてしまった。

 その年齢もそうだが、それにしちゃ言動が若いというか、軽いなと。

 そう突っ込めば、精神は身体に寄るもんだぜ? と笑って返されてしまい、思い当たる節もあったのでそんなもんかと、すんなり納得してしまった。

 この世界にきて感情が溢れやすくなっていたのは、『若返り』のスキルが何か作用しているのかと思ってたんだけどなぁ。

 ハンスさんが知る限り、他の異世界人も同じように自覚のあるなしは別として"ズレ"を経験しているらしく、元々の年齢を超えてくるまではそのズレを意識的に修正するのも大変なんだそうな。


 そして会話から多少の引っかかりを覚えていた部分についても解決。

 ここに来る前、会話の中でハンスさんは『レベル』や『経験値』というゲーム的な概念を知っていた。

 そこに少し違和感を覚えていたんだ。

 43年以上前に、そんなRPG要素のあるゲームなんてあったのか? って。

 だから疑うわけじゃなかったが、西暦何年に地球で亡くなったのかを聞いてみれば、ハンスさんはなんてこともなく2017年だと言う。

 偽るにしては、あまりにもヘタ過ぎる設定。

 思わず足を止め、並んで歩くハンスさんの横顔を眺めるも――

 どう見ても嘘を吐いている様子はなく、自然と、あるべき答えを口にしただけとしか思えない。

 立ち尽くし、困惑する俺の姿を見て察したのだろう。

 ハンスさんも足を止め、1段高い位置から俺の方へと向き直る。


「時間、だろ? 人によってここもズレがある。時間軸が違うんだよ」


 知ったから、何かプラスになる話じゃないとは思う。

 それでも、背中にピリリと電気が走るくらいには衝撃的な内容だった。

「ということは、ハンスさんよりも早く亡くなり、でもこの世界でもっと若い異世界人もいるってこと……?」

「そういうこった。非常識極まりない世界なんだよここは。ちなみにロキは……いつだ?」

 言わんとしていることは分かる。


 |い《・》|つ《・》|死《・》|ん《・》|だ《・》|の《・》|か《・》。


 でも俺にはその答えがない。あってもつい先日、女神様相手に死んだっぽいですって答えじゃ、まったく話が噛み合わないだろう。

 だから――


「2008年です」


 苦しくも、こう答えた。

 単純に飛ばされた歳から、若返った今の年齢を差し引いた西暦。

 これに、


「なら、まだマシな方か……」


 俺に聞かせようとはしていない、ボソリと吐き出した言葉。

 しかし、妙にその言葉は強い印象を残し、俺達はお互いが考え込むように足を進める。

 そして、気づけば終点となる高台へ。


(へぇ~爬虫類もいるんだな)


 ハンスさんが蛇のような亜人と言葉を交わし、ロキッシュはその人に預けられて別の建物へ。

 俺たち二人は、中のだだっ広い空間を進んでいく。


「おぅ戻ったぜ~」


 その気安い言葉に対し、この場に居合わせた10名ほどの亜人は仰々しく頭を下げた。

 当然、怯む俺。

 全然先ほどの広場のような感じじゃない。

 今までは飲み屋でよく会う常連の親父くらいな気安さだったのが、ここにきて初めて、強いだけじゃなく偉い人なんだと実感が湧くも――もう遅かった。


(山羊、豹、トカゲ、犬――いや、狼か、それに狐、あとは、何の種類だか分からないな……)


 見た目で判別できる者、できない者と色々だ。

 中には獣人? と疑問に感じるくらい、人間に近い雰囲気を漂わせている人も何人かいる。

【洞察】を使わなくても、なんとなくの立ち居振る舞いと視線で、あぁ|た《・》|ぶ《・》|ん《・》|無《・》|理《・》|か《・》|も《・》と感じる人達が何人か。

 それに中央で尻尾を巻き、寝ころびながらこちらをジッと見つめる銀毛のデカい獣も、雰囲気からして相当ヤバそうな匂いがプンプンしてくる。

 使ってみたいけど【洞察】は使えない。

 これだけの数に使えば、正気でいられなくなるだろうことは予想がついた。

「原因は連れてきたこの子供だったぜ。だが実年齢はまったく違う異世界人だ。何かあれば俺が責任持つから、とりあえずは安心してくれ」

 そう紹介されたので頭をペコリと下げるも――空気は、あまり変わらないな。

 警戒されているだけで、敵視されているわけじゃないから別にいいけど。

「それと今から|癒《・》|し《・》|場《・》を使うから――サガンはゆっくりでいい、あの二人を連れてきてくれ。メイビラは一応同席だ」

「御意」

「ご随意に」

「……」

 ここまでの上下関係を知らない俺にとっては、なんだか凄い世界だなと。

 やり取りを緊張しながら眺めていれば、俺にもお声がかかり肩が跳ねる。


「ロキ、行くぞ。今からおまえの|動《・》|物《・》|愛《・》を俺が直々に確かめてやる」


「………は?」




 なんとも不思議で、しかし、最高の空間だ。

 10畳ほどの、この建物で言えば小部屋と言ってもいい空間。

 そこには温かみのある色合いをした木製のテーブルとイスがあり、俺らはそれぞれ白い生物を膝に抱えて向かい合っていた。

 同席を命じられたメイビラさんは、ハンスさんの後方に控えているが一切しゃべらない。

 陶器のような白い髪に白い肌。さらに白いベールのような、不思議な帽子を被り、なぜか目元を黒い布で覆っている。

 あの場にいた国の重鎮と思われる人達の中でも、特に異質な雰囲気を漂わせていた人。

 たぶん目的は、俺の情報収集――スキル情報でも得ようとしているのだろう。

 目元を隠しているからこそ、何かありそうだと疑ってしまう。

 いや、しかし――

 モフモフ。

 今はそんなのがどうでもよくなるほどに、この膝に乗せた30㎝ほどの謎の生物が気持ち良い。

 まず毛並みが異常なのだ。

 細やかでフワフワでツルツル。

 正直手で触っているだけでは飽き足らず、この生物に顔を埋めるか、敷き詰めるか、逆に掛布団にしてこのまま寝たいくらいだった。


「あぁー……すげぇだろ……? ロキが抱えてる子は『たんぽぽちゃん』っていうんだ……」

「すげぇっす……たんぽぽちゃん、たまんねーっす……」


 いったいこの部屋に、俺達は何をしにきたのだろうか。

 揃って整体マッサージ屋さんに来たものの、別々にサービスを受けている上司と部下。

 手が忙しいので全然気まずくはないんだけど、過去にあった体験が思い返されるくらいには意味の分からない状況だ。


 でも、さすがにそろそろ、ずっと我慢してきたんだし……俺の求める本題に触れてもいいよね?

 そう思い、恍惚の表情を浮かべているハンスさんにちょっとした覚悟を持って話し
かける。


「ハンスさん」

「あーなんだ~?」

「【空間魔法】の取得方法って分かります?」


 脳みそまで緩みきっていたのか、ストレート過ぎる酷い聞き方だなと、我ながらに思う。


「俺は最初に貰っちまったクチだからなぁ~」

「ですよね~知ってました」

「メイビラは知ってっか~?」

「…………いえ、すべては」

「だよなぁ。金板書にも載ってんのは見たことねーしなぁ」

「やっぱり難しいですよ……………ぅえ?」


 ガタッ!!

 思わず腰が浮き、椅子を鳴らす。

 今、なんて言った?


 |す《・》|べ《・》|て《・》|は《・》。


 そう、言わなかったか?

 つまりは――


「た、多少は知っていると……そういうことですか?」


 メイビラさんにそう問うと、スッと上を向き、1秒、2秒、3秒……そのくらいの間を置いてから答える。


「…………はい、多少は」


 急激に喉が渇き始め、先ほど出された香りの強い飲み物を流し込む。

 初めてだ。ここに来て初めて、ヒントに成り得るかもしれない情報の持ち主に出会うことができた。

 だからこそ、欲しい――その情報が欲しい。喉から手が出るほどに欲しいッ!

 縋るようにメイビラさんを見つめれば、こちらの動きが見えているのか、スッとハンスさんの方へと視線を向ける。

 釣られて俺も視線を向ければ、そのハンスさんからは既に緩み切った表情が消えており、手は動かしながらも目を細めて俺を眺めていた。

「【空間魔法】ねぇ……ありゃ確かに便利だからな。便利過ぎるくらいだ」

「はい。だから常々欲しいと、そう思って情報を収集していました」

「この世界で生まれ変わる時は欲しいと思わなかったのか?」

「そ、その時はまだちゃんと理解できていなくて……」

「そうか。まぁあのくらいのタイミングじゃしょうがねぇか……仮に得たとして、その【空間魔法】でロキはどうしたい?」

 やや硬い声色でハンスさんは問うも、俺には正直に今の気持ちをぶつけるしかなかった。

「えーと、自分の成長に繋げたい、が一番ですかね。効率的に狩場を回りたいっていう願望と、あとは換金素材をしっかり確保したいっていうのもあります。一人なので」

「……よしっ、いいぜ? 俺もメイビラがどんな答えを持ち合わせてんのかは知らねーが同郷の好みだ。得たところでどこぞのクソババアみたいな使い方するわけでもなさそうだしな」

「ほ、ほんとですか!?」

「ただし、答える代わりに一つだけこっちの質問にも答えてくれ」

「それはもう、なんでも……ッ!」


 気持ちが先行していた。

 どんな情報が得られるのか、そこから俺はスキル取得まで至れるのか、至れたらどんなことができるのか。

 営業マンらしくなかったなと、思う。


「なぜ、ロキの魔力は|黒《・》|い《・》んだ?」


 だからか。

 見られている可能性を失念していた。

 いや――これは違うな。

 ハンスさんの気配が突如として背後に表れた時、既に【時魔法】の発動は完了していた。

 それでも一抹の不安はあったが、指摘されなかったことで俺は安心してしまったんだ。


 でも、よくよく考えれば――

 あの時、ロキッシュと何かしらの意思疎通を図った直後、ハンスさんは俺に確認していた。


「おまえさんは、|何《・》|者《・》|だ《・》? と」


 俺が飛ぶことをロキッシュが伝えていたんであれば、魔力が黒いことも伝えていたってなんら不思議じゃないだろう。

 今更になって、そちらの意味も含まれていたことを理解するも、それこそ本当に今更だ。

 俺は相手の本拠地にまで来てしまっている。

 窓はなく、出入りはドアが一つあるのみの空間。

 目の前には俺よりも確実に強者だと分かっている男。その後ろにはよく分からない謎の女性までいる。

 逃げられない。どう答えればこの状況を穏便に抜け出せるのか、全力で考えを巡らし答えるしかない。

 そう思っていたが――


「おいおい、そんな思い詰めた顔してんじゃねーよ。何も取って食おうって話じゃねーんだ」

「でも……」

「俺はこんな立場になっちまったからか、大なり小なりこの世界で生まれ変わった異世界人を見てきた」

「……」

「だからな、あの|駄《・》|女《・》|神《・》なら有り得るとは思ってたんだよ。ただの人間|以《・》|外《・》に転生させるってパターンをな」

「だ、駄女神……?」


 その言葉に反応するも、ハンスさんは重要なのはそこじゃないとばかりに話を進める。


「タクヤの王子になりたいなんて、クソみたいな我儘も言えば通っちまうくらいなんだ。中には生まれ変われるなら人間以外になりたいってやつがいてもおかしくねぇ。おまえはそう願ったんじゃないのか?」

「え、あ…っと……」

「生きづれぇ道をわざわざ選んだってのはある意味自業自得だけどなぁ。それを差し引いたって、あの駄女神の気の利かなさは許せるもんじゃ――」


 ――コンコンコン。


 困惑している中、ノックされるドア。


「ボス、連れてきた」

「おう、入ってくれ」


 そしてドアが開くと、そこにはこの国で初めてかもしれない。

 どう見ても人間としか思えない男と女が佇んでいた。201話 神の過ち

 何がなんやら分からない。

 それは部屋に入ってきた男女も同様なようで、困惑の表情を浮かべている。

 そんな中、唯一この状況を理解しているハンスさんが口を開いた。

「せっかくの機会だから一応紹介しとくぜ。こっちの腹ぽっこり男がタルハン、逆にもうちっと肉を付けた方が良いおばちゃんがルビエイラだ」

 タルハンと呼ばれた男の人はハンスさんにお腹をサワサワされているけど、雰囲気からして悪い関係ではなさそうに見える。

「んで、こっちの見た目子供なのがロキ。今日色々あって遊びに来ている。ちなみに日本人だってよ」

 その紹介に、二人はそういうことかという表情で俺を見つめる。

 もちろん俺もだ。

 こんな挨拶で理解できるということは、この二人も元地球人、そういうことだろう。

「私はタルハンです。元は中南米の小国出身です。宜しくお願いします」

「あ"だじはルビエイラ"」

 タルハンさんは見た目20代後半くらいの温厚そうな普通の人だが、随分と痩せて年齢も分からないルビエイラさんは――病気なのかな。

 酒にやられたスナックのママさんみたいに、声がかすれてひび割れていた。

 【回復魔法】程度じゃ治らないのだろうか?

「異世界人同士が出会う機会なんてそう無いからな。どうせならと思ったわけだが……ロキ」

「はい?」

「もし悩みを抱えていてツラいなら、この国にいたって構わねぇぞ?」

「え……?」

「もちろん強制でもなんでもないから、おまえが望むならの話だ。別に戦力が欲しいわけでもないしな」

 その言葉に、横で立っていた二人からチャチャが入る。

「戦力が欲しかったら、草弄りしかできない私なんざお呼びじゃありませんしね」

「あ"だじなんで、もうな"に"もな"い」

 二人共笑顔ではあるが、冗談とも取れずなんとも反応に困る内容だ。

 ペットであの強さなのだから、ラグリースと違ってそこまで戦力を欲していないというのは本当だと思うが……

 それでもただの善意なのか理解に苦しんでしまう。

 そんな表情を読み取ったのか、やや真面目な表情でハンスさんは二人に視線を向けた。

「おまえらのことは、ロキに伝えても大丈夫か?」

「もぢろ"んだよ"」

「あなたでしか救えない人もいる。望むなら救ってあげてください」

 その問いに二人は言葉を交わしながら頷き、ハンスさんに促されて部屋を退室していく。


 一時の静寂。

 事の成り行きを見守るしかなかった俺は、ハンスさんを見つめていた。

 すると再び手をモフモフさせながら、ゆっくりと口を開く。



「あいつらがいる前ではさすがに話しづらいからな」



 それは――



「ちなみにあの二人は|元《・》|奴《・》|隷《・》だ」



 俺が想像していたよりもだいぶ重く、



「駄女神のせいでクソな人生を歩まされたと言ってもいい」



 心を抉られるかのような、



「実際に被害者がどれほどいるのか……想像もつかねぇ」



 ――そんな話だった。






 タルハンさんは、元々地球にいた頃は庭師の仕事をしていたらしい。

 そして病死なのか事故死なのか、それとも人生を謳歌した上での老死だったのか。

 死後この世界に見初められ、転生者の対応を一手に担っていたアリシアと会ったそうだ。

 そして聞かれた。



「女神が新たな人生の旅立ちにお力添えします。あなたは新しい世界で何を望みますか?」



 ハンスさんが知る限り、転生者は皆が同じことを聞かれるらしい。

 もちろんこの言葉だけということはなく、地球ほど平和ではない文明の遅れた世界であり、多種多様な種族が存在すること。

 生前の知識を新しい世界に少しでも落としてほしいことなど、以前俺がアリシアから聞いていた、転生者を呼び込む目的のような部分は話していたように思う。

 そしてタルハンさんは、こう答えた。



「庭師の仕事しか知識と経験がないから、それならその知識が活かせるように」



 ちなみにルビエイラさんはこう答えたらしい。



「歌で人を幸せにするのが夢だった。夢が叶うなら歌手になりたい」



 結果、二人はそれぞれ【庭師】と【歌唱】のレベル10という、誰もが目を見張るような天賦の才を持って生まれ――





 |そ《・》|し《・》|て《・》、|幼《・》|く《・》|し《・》|て《・》|攫《・》|わ《・》|れ《・》|た《・》。





 二人ともが5歳に満たない頃で、実の親の顔はまったく思い出せないらしい。


 そこからはそれぞれが厳しい生活を強いられたという。

 奴隷として行動を制約された環境の中、比類なき【庭師】としての腕を酷使されながら、貴族などの華やかな生活をただ庭から眺め続けるしかなかったタルハンさん。

 同じく奴隷として、金を稼ぐ目的のためだけにひたすら人前で歌わされ続け、声が潰れたら今度は奇怪な見世物として表に立たされ続けたルビエイラさん。

 そんな二人を救えたのは、それぞれの奴隷商がたまたまその時に獣人を囲っていたという、ただそれだけの偶然だという。

 二人の境遇を話し終え、ハンスさんは顔を歪めながら改めて女神様を罵る。


「俺は知っていた。異世界とはどういうものかを。何を求め、何を得られれば有利に事が進むのかを。少なくともタクヤも、もう1匹のクソ野郎だって同じだ。だからこそ力があり、今がある」

「……」

「ロキも多少は知っていたようだが……そんな世界を知らないやつらはどうなる? 『神』から突如として願望を聞かれたらなんと答える?」

「お人好しならタルハンさんのように、|今《・》|ま《・》|で《・》|の《・》|経《・》|験《・》|が《・》|活《・》|か《・》|せ《・》|る《・》|選《・》|択《・》を……そうでなくとも、モテたい、お金持ちになりたい、成れなかった夢を叶えたい……それこそ、|た《・》|だ《・》|の《・》|願《・》|望《・》を答えると思います」


 だからか。

 俺が2008年と答えた時にハンスさんが示したあの反応。


 ――まだマシか。


 この意味がようやくしっくりきたような気がする。

 そんな世界観が当時あったのかどうか、そういうことだろう。

 ハンスさんが知っていたということは、2017年に亡くなるまで、少なからずその手の知識に触れる機会があったということだ。

 だがこれが、仮に2000年以前になればどうなる?

 パソコンすらないような時代まで遡ればどうなってしまう?

 人によっては知識を得られたなんて話ではなく、まず全員が絶望的な状況に立たされるはずだ。

 間違いなく俺なら、ただの願望を口走り、その結果――――


「ロキがいくつスキルを得られたかは聞かねぇが、人によって与えるスキルに差を付けるのも気に食わねぇよ。言わなきゃ増えねぇ。逆に強請れば3種のスキルとは別に職業加護なんかまで貰えちまう」

「不平等、ですね……」


 この世界に飛ばされてからの情報を整理しても、その内容は事実なんだろうな。

 そして、女神様達に――アリシアに、たぶん悪気は無い。

 あれで本当に世界を心配し、世界を良くしようと思って動いているはずなんだ。

 だからこそ、余計に質が悪い……


 はぁ―――……


 深い溜息が出る。


「ロキが一人でやっていけそうだってんならそれでいい。だが初めっからデカいハンデ背負いこんで生まれてくる連中だっている。ロキがもしそうなら、俺はいつでも受け入れるぜって、そんな話だ」

「魔力が、黒くてもですか?」

「そんなんロキがまともな脳みそ持ってんなら大した問題じゃねぇだろ? 俺のペットなんざ全部魔力黒いけど、普通にそこらへん歩いてるしな!」


 ガハガハと大げさに笑うその姿に、俺も肩の力が抜けてくる。

 ハンスさんに会えて本当に良かった。

 初めての同郷というのももちろん大きいけど、それ以上にこの人の考えに共感できる部分は凄く多い。

 だから一瞬、ここでお世話になるのもありかなって思ってしまったけど――


「せっかくのお誘い、凄くありがたいです。でも、まずはやれるだけのことを自分の力で頑張ってみますよ」


 この答えしか今は出せない。

 自分自身がというよりは、女神様達のことを考えればだ。

 烏滸がましいとは思うも、俺が見捨てたらあの人達には誰も味方がいなくなる。

 結局今までのまま、上手いやり方が分からず、間違っていることにも気付かず、外からのアドバイスも、大きな進展もなく、ゆるゆると世界は後退していくだけだろう。

 だったら改善が図れるように、俺が鬼になってでも動いてもらうしかない。

 幸い問題点が次から次へと湧いてくるわけだからな。

 それらを一つ一つ潰していけば、いずれプラスに傾く時が来るかもしれないんだ。


「自分でなんとかできそうならそいつが一番だ。応援はしてるぜ?」

「どうしようもなく困ったら、今度は自力でここまで遊びにきますよ。そうでもなくてもまた寄らせてもらいますけどね!」


 お互いがお互いに、良い関係でいられるように。

 部屋を出て、宮殿内部を通り、最初に入った広い玄関とも言えそうな正面入り口へと到着する。

 高台になっているそこからは、人間が住む都と違い、建物と木々や岩壁が融合したような、そんな幻想的な世界が広がっていた。

 高く尖った岩山が多く見え、山間を大小様々な生物が飛んでいる姿は、ラグリースでは見られなかった光景だ。


「さーて、そんじゃあ元いた場所に送るぜ? もう大丈夫か?」

「ですね。外で会った獣人との対応も聞けましたし、色々お話を聞けて良い勉強になりました」

「そうかそいつは良かった。んじゃいくか」

「はい、それじゃありがとうございま……あぁあああああ――………ッ」


 お礼を言おうと思って振り向いたら、そこにはメイビラさんがいた。

 そこで話の内容が大き過ぎて、すっかり忘れていたことを思い出す。



【空間魔法】のヒント、聞き忘れてたんですけどぉおおおお―――………!!
202話 二つの情報

 本当に俺は営業の仕事で何を学んだのだと、あるまじき軽率さに自らの尻を摩《さす》りながら猛省する。

 餌に釣られ、先にホイホイと情報を出し、いつの間にか話を逸らされ? その餌を忘れて帰るとか。

 アホかと。バカかと。

 こんなことをしでかしていては、この先どうやって生きていけばいいのか……

 今回なんだかんだと無事に戻ってこられたのは、単純にハンスさんが良い人だったからというのが大きいし、あまり深く人を疑るような気質の人じゃなかったというのも大きいだろう。

 あれでもし中身がヤーゴフさんだったら、逃げ出すこともできずに最悪は苛烈な拷問を受け、全て強制的に吐かされた上でいいように利用されていた可能性だってある。


(はぁ~ゲーム脳は本当に気を付けないとな……)


 事が勝手に有利な方向へ進むイベントだと勘違いしていればいずれ死ぬ。

 目の前にニンジンがぶら下がっていても、それ以上のリスクがありそうならしっかり引く選択も取らなくては。

 ……でも、まぁ。


「魔力消費クソデカいのに無駄遣いさせんじゃねぇ!」


 というお怒りの尻蹴り(ぶっとび悶絶級)と引き換えに、欲していた情報が二つ手に入ったのだから、今回はとりあえず良しとしようじゃないか。

 わざわざメイビラさんに聞きにいってくれたんだから、イケオジハンスさんの優しさには大感謝である。


 さてさて……

 上空に飛び、眼下で相変わらず山のように積み重なっている死体を眺めながらステータス画面を開く。

 そして上からスキルを眺めていき――これか。

 目的のスキルを発見、そこで思案する。

 メイビラさんから得られたヒントは有益だ。

 だが、確定まではいかない、扱いの難しい情報でもある。


『【無属性魔法】が【空間魔法】のスキル取得要因に絡んでいる』


 今まで意識したこともない魔法だった。

 あーいや、一回リステとの飛行練習で、魔力の具現化から放出する工程に入れば【無属性魔法】って教わったような気もするな。

 だがしかし……

 スキルポイントをチラリと見れば、キングアント戦以降ほとんど変わっていない『875』という数字。

 このエリアだって少なくとも1万匹以上の魔物を倒していることは間違いないんだが、それでも上昇した経験値は10%にも届かない程度だった。

 レベルが上がらなければスキルポイントも増えないため、スキル収集目的で低位狩場を動いている今のような状況であれば、なおさらこのポイントが貴重にもなってくる。


【無属性魔法】を何レベルまで上げれば解放条件に該当するのか。

【無属性魔法】のレベルを上げたとして、他の今得ているスキルで果たして解放条件にもっていけるのか。

 上げるだけ上げて、はい何も起きませんって可能性も大いにあるし、最悪の最悪は【無属性魔法】の要求レベルがそこまで高くなく、無駄にポイント使って鬼上げしたあげく、他の要求レベルが足りていなくて解放しない。

 こんなパターンだってあり得る。

 それにどこかの狩場で、ヒョッコリ【無属性魔法】を持っている魔物が登場するかもしれないわけだしなぁ。


「うぅ~……うぅ―――……うぅううううううううう!!!」


 ヒントを得られたのに動けない。

 試したくても試せない。

 一人空中で悶絶するも、誰も助けてくれる人はいない。


「アァー……」


 空に、自らの呻き声が広がる……

 この悩みの要因は一つしかない。

 キングアント戦の時の後悔――というより、もっと前の前。

 最初の【火魔法】取得の時から少なからず思っていたこと。


 |ス《・》|キ《・》|ル《・》|ポ《・》|イ《・》|ン《・》|ト《・》|の《・》|振《・》|り《・》|直《・》|し《・》。


 結局のところ、これがあるのかないのか次第なのだ。

 手軽にリセットできるならバンバン試す。そんなことは当たり前だが、しかし実際それはない。

 ベザートとマルタの教会くらいでしか確認していないけど、その時は誰も教会関係者でリセットに関する情報を持っている人はいなかったのだ。

 "女神様への祈祷のやり直し"なんて、そんな不謹慎にも感じる言葉があるとも思えないし……

 今になってハンスさんに確認しておけば良かったと、後悔の念に駆られるもしょうがない。


(ここはちょっとだけチート解禁で女神様達に聞くかなぁ。どの道アリシアに話さなきゃいけないこともあるし)


 良かれと思って動いている当人には相当酷な話だろう。

 それでも事実は事実、あんな作り話を事前に用意していたとも思えないし、対面したあの二人からは演技なんて気配を微塵にも感じ取れなかった。

 だったら下界を旅して、知り得た情報を伝えると言ったのは俺なわけだし、女神様達も世界のためにそれを望んでいるのだから、ちゃんと伝えた上で向き合ってもらうしかない。

 というより、これは必ず伝えなきゃいけない情報である。

 そしてそのお礼に、知っていればちょびっとだけ重要情報を教えてもらう。

 ウン、手前勝手な都合だがこれでいこう。


 あとは―――

 やはりリストに無いことを確認し、目を瞑りながら思考に耽《ふけ》る。

 直接聞いたわけじゃないが、ハンスさんが持っているスキルの一つはまず魔物を使役するタイプで間違いないだろう。

 かつてリルからも勧められたレアスキル【魔物使役】というやつで合っていると思う。

 獣やら動物が好きそうなハンスさんらしいスキルだ。

 そしてこのスキル。

 実はべらぼうに強スキルの可能性があるのではないかと、今日の話を聞いて感じてしまった。

 まず俺は聞いたのだ。

 取りそびれたということもあって【重力魔法】の存在が頭から離れず、いったいあの【重力魔法】を使う魔物はどこに生息しているのかと。

 するとハンスさんは大陸南東にある、とあるBランク狩場に生息していることを教えてくれた。

 でも、ロキッシュがたまたま『|覚《・》|醒《・》』しただけで、普通はそんなスキル使ってこねーぞと。

 そう教えてくれたのだ。

 もうこの時点で俺の目はキラッキラである。

 詳しく聞けば、ロキッシュはそのBランク狩場に生息している『ウガルルム』という魔物から偶然生まれた上位種で、危険な魔物がいるという報告が入り、ハンスさんが自ら討伐しにいったついでで、珍しいから捕まえたらしい。

 で、そのままペットにしたら上位種であることは変わらず、魔石を好む癖も変わらず、番犬という名目で野に放っておいたら徐々に強くなっていき、身体もついでに巨大化していったと。

 そしてどんな条件が途中に存在したかは分からないが、気づけばかなり希少な所持スキルが追加されていたという、まぁなんともおったまげーな夢のある話であった。


 ここにきて、"最強魔物育成パート"の登場である。


 興奮で思わず股間を押さえてしまった。

 ただまぁ現実的には相当苦難な道のりのようで、そもそもとして上位種を狙って見つけるのが現実的じゃないとのこと。

 偶発的に生まれる産物で、待ってれば出てくるようなモノじゃないと言われればどうしようもない話である。

 俺も結構魔物は狩っていると思うが、一度も目にしたことはないわけだしね。

 精々人の少ない狩場を定期的に巡回するか、あとは今やっているような、魔石を敢えて身体に残したまま死体を放置し、無理やり可能性を広げながら養殖を試すか……

 でもまぁ、もし見つけて使役さえしてしまえば、あとはその魔物が何かに殺されるまで勝手に強くなってくれるのだ。

 しかも『地図』で同時反映されないくらいの遠距離間であっても、使役条件は継続しているということも地味に凄い。


 結果的に無駄な死闘を繰り広げ、戦果と呼ぶべきものは実践で掴めたスキル性能の確認くらいしかなかったが、代わりに色々な情報を得られたと思えば良しと思うしかないな。

 文句を言ったところでこの世界は弱肉強食。

 ハンスさんに実力で勝てないのであれば、死ぬ覚悟くらい持たなければ本気の文句も言えやしない。

 そう、結局は強くなるしかないのだ。

 ならば――


「さーてまだ日暮れにはちょっと時間があるし、今のうちにオーガやら上位オークも狩っておきますかね」


 日々努力。

 少しでも差を縮めるため、死体に噛り付く魔物達に向かって俺は雷を撃ち落としていった。203話 覇者の恩恵

 ハンスさんとの日帰り旅行から2日。

 ロキッシュが戻らないのをいいことに、今がチャンスと深層で狩りまくっていたら、不意にノイズがかった声が頭の中に響いた。


「ロキ、準備が整った。いつでも|渡《・》|せ《・》|る《・》から、都合が良い時に神界へ来てくれ」


 名乗りはしないが、響く声の質やしゃべり方で誰だかはすぐに分かる。

 そして内容から、その準備が何を指しているのかもすぐに理解した。


 リステの復活、そして――


 トクンと、心臓が高鳴る。

 と同時に、顔を出すならば丁度良いかと。

 そう思ってサバリナの教会経由で神界に顔を出したのが体感10分ほど前。


 そこからアリシアは目の前で崩れ落ち……ずっと泣きじゃくっていた。

 横には全快とまではいかないようだが、それでも立って普通にしゃべれるようになったリステと、今回目的があって俺を呼んだリルも、内容を理解しているのか沈痛な面持ちを浮かべている。

 有り体に言えば、最上位加護のスキル授与式なんていう状況ではまったくなかった。


「私がっ!! 私が配慮を怠ったせいで……せっかく来てくれた方々を……うぅ……今まで、なんて、ひどいことを……っ……あぁ……」


 繰り返される自責の念、懺悔の言葉。

 でも俺は、その姿を眺めながらも声がかけられない。

 配慮が足りないというのは紛れもない事実であって、それは以前リルが【分体】を降ろした時にスキルバレした経緯を考えても、少なくともあの時まで、突出したスキル持ちは逆に危険が及ぶことを女神様達は自覚していなかった。

 そしてこの懺悔から、ハンスさんの語ったことが事実だったと、さらに証明してしまっている。

 下界に無関心だった――とは少し違うだろう。

 関心の矛先がもっと規模の大きなモノばかりで、数多いる一個人に対してまでは興味を示す機会もほとんどなかった。

 神様らしいといえば神様らしい、そんな理由から来るものなんだろうなと、なんとなく思う。

 でも、その一個人からすればたまったものじゃないんだ。

 親の顔も記憶にないほどの幼少から攫われ、いいように扱き使われ、何も光が見えないまま苦難だけをひたすら味わい死んでいく。

 神様の|願《・》|い《・》|を《・》|叶《・》|え《・》|る《・》という言葉を信じた結果がそんな運命ならば、恨み言を言われても仕方のないこと。

 俺がもしその当事者になろうものなら、恨んで恨んで、なんとしてでも復讐を果たそうとする可能性だってある。

 事実は受け止めた上で繰り返さないよう、今後の方策を取れるのかどうか。

 この責任を受け止め乗り越える覚悟がないなら、今後地球から魂を呼び込むなんてことをするべきじゃないと個人的には思ってしまう。


「キツい内容だろうけど、しっかり受け止めなくちゃダメなことだと思うよ」

「その通りだな……よく報告してくれた」

「下界がどのようにして動いているのか、理解が足らな過ぎるから、ですね……」

「幸い改善は比較的簡単というか、気付きさえすればすぐに軌道修正できる問題だと思うし……一旦転生者を呼ぶ前に皆で話し合ってみて? それでも納得のいく答えが出ないなら、俺も地球人の視点でアドバイスくらいはするしさ」

「うぅ……ずみまぜん……本当に、ずびばぜん……」


 涙と鼻水でグチャグチャの、本当に酷い顔だ。

 前にフェリンが新たにスキルを追加してあげることはできないって言ってたから、既に転生した人達はどうしようもないんだろうけど……

 でもこの顔ができるくらいに悔やんでいるなら、今後は絶対に改善も図れると思う。

 なら大丈夫だ。きっと大丈夫。

 アリシアだけの責任じゃないはずだよとは伝えつつ、退場していくその姿を見つめる。


(一番不憫な女神様だな……)


 思いは強い。

 努力もする。

 でも不器用で、上手く結果に結びつかなくて、それでも諦めなくて――

 その姿が不意に|自《・》|分《・》|の《・》|よ《・》|く《・》|知《・》|る《・》|姿《・》と被り、烏滸がましいと、そんな思いを振り払うように首を左右へ振った。


 ふぅ―――……


 とりあえずは一つ目の目的を果たせたと視線を前に向ければ、残されたリステとリルの姿が。

「ロキ君、本当に今回の件ありがとうございました」

「ううん。リステは――やっと普通に話せるようになったみたいで、元気になって良かったよ」

「その代わりに次が私の番だな。早速始めようと思うが準備はいいか?」

「もちろん。でも本当にいいの? ご飯の食べ放題くらいまだ間に合うよ?」

 リルであろうと最上位加護を渡せば、1~2ヵ月まともに動けなくなるのは変わらないだろう。

 ならばせめて寝込む前に好きなお肉料理でもと思ったが、リルにはあっさり断られてしまっていた。

「昨日も伝えた通りだ。これは当初から予定した詫びであって、見返りを求めるようなものではない」

「そっか……分かった。それじゃリル、お願いします」

「あまり時間もないし、まずは先に渡すだけ渡しておく。どの道このスキルは|私《・》|達《・》|の《・》|誰《・》|も《・》|が《・》|詳《・》|し《・》|く《・》|理《・》|解《・》|し《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》からな」

「へ……?」


 ちょ、ちょっと待て待て……どういうこと!?

 困惑する俺をよそに、リルは片手を伸ばし、俺の方へ掌を向ける。

 もう恐怖は感じないが、いつになく真剣で、そして素直にカッコいいと思えるその姿に自然と背筋が伸びてしまう。



「ロキに『覇者』の加護を――嘱望《しょくぼう》されしその力を、今ここに授ける」



 ……何かを得たという実感はない。

 今までと同様に俺の身体が淡く光り、直後――リルが力を抜き取られたかのように、その場で膝から崩れ落ちる。


「リルッ!」


 が、俺が駆け寄るよりも先に、横にいたリステが既にしゃがみ込んでいた。

 苦悶の表情を浮かべるリルに、ボソリと、当事者同士にしか聞こえないような声で話しかけている。


「――たの覚悟は、しかと見届けましたよ」


 その言葉に、一瞬だけリルは薄く笑う。

 そんなやり取りを見て、心配していた女神様達の関係性は大丈夫そうかなと。

 そう思っていたら、意識が下界へと戻されていく。


「ありがと――」


 この言葉が最後まで伝わったのかは分からなかった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 戻ってきても相変わらずスカスカなリアの神像前。

 スキルポイントのリセットについて、まだ何も聞けていないんだが?

 そう思うも、どうも質問するような空気でもなさそうなので、俺はグッと堪えて教会をあとにした。

 ここで神界の旅2回戦を所望する~なんて言えるほどに俺の神経は図太くない。

 それに優先して確認すべきこともあるしな。

 逸る気持ちを抑えきれず、リルもよく分かっていないという『覇者』専用スキルを探す。


 ――が。

 やはり見知らぬスキルは、先ほどアナウンスで流れたこれくらいしか見当たらない。


【魂装】Lv1 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、無作為に抽出された能力のうち1種を自身へ付加させる 魂装上限数1 魔力消費5


 覇気とか覇道とか、それっぽいネーミングでブイブイ言わすようなスキルを想像していただけに、ネーミングからしてかなり予想外な内容だ。

 そして分かったようで分からないような、文面だけでは掴みづらいスキルであることを理解する。

 リルを含めた女神様達もよく分かっていないっていうのは――『命を奪う』というのが理由か?

 神界にいたんじゃどうしようもないから、概要だけ知っていても効果を理解していなかった可能性が高そうだ。

 そして。


(怪しいのは『1種』『魂装上限数』『魔力消費』、あとはもしかしたら『魔物』ってところもかな?)


 今までスキルデータを極力収集してきたからこそ、レベルが上がることによって変動しそうな怪しいポイントを絞り込んでいく。

 あくまで予想であり想像だが、その結果として【空間魔法】を差し置いてでもスキルポイントを回すかどうか。

 魔物からでは絶対手に入らないスキルだからこそ、真剣に吟味していく。


(ん~……ん? これ、【奴隷術】と同じタイプか?)


 顎を指で摩りながらステータス画面を眺めていると、ふと右側スキル画面の上に、また新たにタブが追加されていることに気づく。

 すぐにその画面を開いてみるも、特に何か記載されていることはなく真っ黒い背景画面のまま。

 これはこれで、また新しい展開だ。

 だがまぁ、『魔物』というならやることは決まっている。

 革袋をゴソゴソし、コソッと時間を確認。

 まだまだ数時間は狩れることを確認し、すぐさま樹海へと【飛行】を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




「はいハズレ~、次」

【招集】は使わず、【雷魔法】で一掃することもなく、森を駆けながら1匹ずつ魔物を仕留めていく。

【魂装】の用法。

 これは最初の10匹程度を倒していく中でおおよそ掴めてきた。

 まずは魔物を倒す時に【魂装】スキルを使用する。

 これは実験の結果、倒す前でも後でもどちらでも問題ない。

 ただ後だと、間違いなく時間の制限はあるだろうがな。

 魂と名が付くくらいだから、その魂が時間経過で地中にでも消えてしまえばまずアウトだろう。

 あくまで倒した直後であれば有効――そして倒せば、文字通り能力のうち1種が無作為《ランダム》に上昇する。

 その能力とは俺の場合、『筋力』『知力』『防御力』『魔法防御力』『敏捷』『技術』『幸運』に『魔力』を加えた8種の能力値《パラメータ》だ。

 先ほどから出現割合の高いゴブリンファイターを倒しても、例えば『筋力』に偏るなどの魔物特性を引き継ぐような動きは見られないので、本当にどれが上昇するかはランダムと思って良さそうだな。

 ちなみに何が上昇したのか、その数値は新たに追加されたタブから確認することもできたし、なんならステータス画面をいちいち確認しなくても、意識しながら目を瞑るだけでタブに反映されている画面だけは確認することができてしまった。

 もしやと思って【奴隷術】も確認したら同様の現象が起きたので、これがステータス画面を持たないこの世界の住人達が、タブ付きの特殊スキルを確認していくための方法なんだろう。

 倒した魔物と共に番号が振られていたので、スキルレベル上昇に合わせて枠が増大していくこともほぼ確定だ。

 そして気に食わなければ次の魔物で上書きするかを選択できるので、ここまでは比較的良心的な設計だと感じる。

 上書きではなく、空きがあって初めて自動で付くタイプだと、最上値の見定めを自分でやらないといけない分、この手の作業は地獄が待ってるからね。

 ここまでは問題ない。

 比較的受け止めやすい内容だったし、難しいことは何もなかった。

 ただここからが非常に深く、面倒で、しかし面白くもある要素が詰め込まれていた。


 まずゴブリンファイターは上記の通り、倒せばランダムでどれかの能力値が上がるわけだが、『筋力』はおおよそ50前後が多く、最高で73の上昇が今のところ確認できている。

 対して『技術』はおおよそ20前後が多く、最高でも24までしか確認できていない。

 つまり個体差が数値に反映されているのか、同じ『筋力』でも上昇するパラメータは一定範囲内のランダム性があり、さらに『筋力』や『技術』といった能力によって上昇するパラメータの枠も大きく変動することが分かる。

 そして普段は【招集】で寄ってこないゴブリンアーチャーを倒していると、この上昇パターンが逆転することに気付いた。

『筋力』は平均20前後とパラメーターの上昇度合が低く、代わりに『技術』は平均70前後と高いのだ。

 その後もゴブリンメイジなら『知力』の平均上昇値が高いことが分かったので、上昇する能力の振り分けが魔物特性に合わせて偏ることはない。

 しかし魔物特性に合わせて、得意能力であれば実際に上がるパラメータは他能力より大きく上昇する、ということになる。


 となると当然魔物の強さやランクも関係してくるわけで。

 深層で最弱なホブゴブリンだと、どの能力も平均10~15くらいの上昇値程度しかない中、ルルブのよりも色が濃く、かなり筋肉質な上位オークが『筋力』の上昇値100を超えてきた時――自分の今やるべき最優先が見えたような気がした。

 理想は最も個体数の少ないオーガか上位のオークから『防御力』を引き当て、さらにどの程度か分からないけど最上値近辺のパラメータを引き当てる。

 しかもできれば二つだ。

 検証の中で、このスキルはポイント消費が少ないレベル2にはしておくべきと、そう俺は判断した。

 能力値の100近い上昇となればスキルレベル7相当のボーナス能力合計値に相当する。

 これは今くらいの中途半端な立ち位置にいる俺にとってはかなり大きい数値だ。

 それに今は明らかに不足していると分かる防御力が欲しいところだけど、敏捷が足りなければ敏捷にと、その時々のステータスを見ながら弱点補強にも利用できるしね。


 ただし難点は【魂装】スキルの対象が常に1匹であること。

 この致命的な欠点が存在するため、集めてドーンでその中から一番高い数値を適用なんてことができないわけだけど……

 それでも昔ゲームで地獄を見た優良オプション選定のように、狙いを見定めひたすらチャレンジするという工程は嫌いじゃない。

 というか好き、大好きである。

 それがお金もかからず、魔力と魔物さえ揃えばできるのだから幸せってもんだろう。


(はぁ……はぁ……困った。またハマる要素が……これは、寝られない……)


 スキルも欲しければ強パラメータも引き当てたい。

 二兎追う者はなんとやら。

 専用狩場で餌に群がっていれば雷を落とし、繋ぎの時間はオプション厳選に時間を費やし――

【飛行】できなくなるまで魔力を使い、樹海の中で一人途方に暮れたのは深夜も24時を過ぎた頃だった。

 調子に乗り過ぎたなと後悔しながら、月にしか見えない空の黄色い星を眺める。


(しっかしこのスキル――、俺以外だとさらに恩恵凄まじいんだろうなぁ……)204話 卒業(ベイルズ樹海)

(オッケー、オッケー、オッケー、……【盾術】はムーリー、あとはオッケー、オッケー、オッケー……)

宿の自室で朝風呂に入りながら、のんびりステータス画面を眺め最終チェックをしていく。

目標としていたこの複合狩場での成果。

その内容に漏れがなければ、俺はこの狩場を今日で卒業、そのまま町を離れることになる。


レベル7:【体術】【剣術】【短剣術】【棒術】【騎乗】【騎乗戦闘】

レベル6:【槍術】【斧術】【槌術】【鎌術】【罠生成】【罠解除】

レベル5:【弓術】【杖術】【威圧】【風魔法】【土魔法】【捨て身】【旋風】

レベル4:【盾術】【咆哮】

レベル2:【魔力操作】【魂装】【剛力】

レベル1:【明晰】【二刀流】【絶技】



我ながらかなり狩りに没頭した、というより没頭できた狩場だったなと思う。

女神様達も必要最小限の連絡に留めてくれているし、効率の足枷になるようなモノは何も存在しない。

途中ハンスさんとのやり取りはあったものの、それ以外はただひたすらに。

自分が満足するまで1日を狩りに捧げる最高の育成期間だった。

【魂装】でオーガから129と124の防御力上昇も引き当てられたし、両手に剣持ってブンブンしてたら【二刀流】なんかも自然取得できたしね。


そしてここまで気合を入れても到達できない、スキルレベル8の壁は非常に厚い。

正確な計測ではないにしても、経験値バーの伸びがそれこそビタ止まりに近いレベルで止まるのだ。

体感でいえば、レベル6から7に上げる時の10倍くらい必要経験値があるのではないかと思ってしまうほどの壁。

レベル4から5への必要経験値が3から4に比べて確定で10倍に上がるので、これと同じ現象が起きてるとしか思えない。


(上がらないわけじゃないけど、たぶんここで粘れば年単位、まさにMMOの世界だな)


強くなるほどに1歩の歩みが遅くなるのはこの世界でも共通だ。

だからこそ、ここで心挫けるか、それでも進めるかで差が生まれてくる。

そう思うと――ついついニヤニヤが止まらなくなってくるね。

ハードルが高いほど、俺は相対的に有利になっていく。

少しでも伸びるのであれば、俺は諦めないからな……ふははは。


ただ全てが上手くいったわけではない。

ロキッシュの【重力魔法】は未だに思い出してしまうが、あれはまぁ、駄々を捏ねれば俺が天に召されそうだからまだ諦めもつく。

でも『|リ《・》|セ《・》|ッ《・》|ト《・》』はモヤッとした気持ちだけが残ってしまった。

結局【魂装】スキルを得たあの日、夜に【神通】を使って確認したのだ。

リルの様子ももちろんあったが、スキルの振り直しは可能なのか、と。

その時の話し相手はフェリンだった。

そしてフェリンはこう言った。


「そ、それは秘密だよ!」


もうこれは、答えを言っているようなものである。

可か不可かという質問に濁す答えしかできないのであれば、可だけど何か特殊な条件がある、もしくは表に出せない何かしらの制限――神界の禁忌とやらに引っ掛かっているとしか思えなかった。

潔く『不可!』と言い切ってくれればまだ楽なんだけどなぁ……

ありそうだけど俺が利用できるか分からないというのは、かなり今後の判断に悩んでしまう。

まぁちょっと揺さぶってみたら、多少見えてくる部分もあったけどね。


「あ~あるけど言えないタイプか~……」

(うっ)

「何か条件があるのかな~……」

(……)

「それとも、どこかに隠されているのかな~……」

(そ、そんなこと……)

「地中? 空? 水の中ってパターンもあるけど……」

(……)

「いやいや、やっぱりファンタジーだし建物の中かなぁ。ダンジョンとか~……」

(なんで!?)


もうちょっと続けられれば、さらに絞り込めたかもしれないんだけどな。

途中でフィーリルが乱入してきて、今にも俺の横に降りてきそうな雰囲気が声色から伝わったので、ビビッてその日は【神通】を閉じてしまった。

まぁばあさんに依頼した『本』が出来上がってくれば、ダンジョンに関するモノもいくつかあったと思うし、そのうち何か進展することもあるだろう。

急いては事を仕損じる。

ならば今は損が少なく、着実で効率的な立ち回りをしていくしかない。

まずはそのためのマッピング、かな?


「地図」


視界に地図を広げ、これからのルートを思案する。

ラグリースの南部中央付近にあるリプサムから、東と北のルートは概ねマッピングを終えていた。

【地図作成】をレベル2にしたことによって、地図上に赤い国境線が自動で反映されるようになったので、その線を目安にラグリース側の黒く染まったエリアを黙々とマッピングしていったわけだ。

北の樹海も、山はさすがにペットが監視しているって話なので越えていないが、魔物を探すついでで裾野のエリアは完成していたので、あとはここから西に向かい、埋めながらラグリース西側を南下していくのがベストだろう。

とりあえずはラグリースの地図を一旦完成させる。

一国の地図作成に費やす労力を把握し、そのあとはマッピングをどこまで優先させるか考えていけばいい。

あとはもう大して期待しちゃいないが、道中新しい魔物と出くわせれば御の字ってところだな。

ばあさんところに寄るのは、この国の地図が完成してからでも遅くはないだろう。

よっしゃ!


パンッ!


両頬を叩いて気合を入れる。

さーて、今日からまた、冒険の旅に出ますかね!205話 執行

 速度は速く、しかし気持ちはのんびりとした時間が続いていく。

 上空から世界を眺め、誰に咎められることなく、行きたい先へ。

 明確な目的地を作らない旅というのはこんなにも心穏やかなのかと、それなら地球にいた頃も時間がある時にやっておけば良かったと後悔するくらいには気持ちのいいものだった。

 絶対このマウスは離さないんだぜ? って意気込んでいたあの頃からすれば、考えられない思考の変化だ。


 小さな町をいくつか越え、ラグリースの北西部へ。

 しかし大きな収穫もなく、国境の関所と思われる建物を眺め、隣国の景観にも目を向けつつ南下していく。

 眼下には小高い山や峠道。

 どうやら北西部は緩い山岳地帯が続いているらしい。

 たぶん王都とはそれなりに距離があるから、【神罰】の影響がかなり薄い地域だったんだろう。

 そして――


「あっ」


 馬車を囲う、まとまった数の男達。

 遠目からでもその手には長く光る武器が握られていた。

 うねった山中の道だから目立たないのかもしれないけど、上から見たら丸見えである。


「もう2回目か。しかし、今回は数が多いな……」


 その光景を見て、俺はまるで吸い寄せられるかのように降下を開始していた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「頼むっ! 投降するしかない! 荷は諦めてくれ!」

「じ、冗談じゃねぇ! なんのためにあんた達を雇ったんだよ!」

「くっ……数が多過ぎるんだよッ! それにこっちはもう二人落ちた! 4人を狙われたんだ!」


 山間を抜ける峠道。

 見通しの悪いこの地域は、昔から盗賊――というより山賊の出没頻度が高いことで有名だった。

 それでも同盟国である西の隣国、ジュロイ王国から運ばれた荷は、ラグリースの南部に向けて運ぶなら、この道を通らなければ迂回のために10日以上要するほどの主要街道。

 だからこの道を通る商人は余裕をもって護衛を付ける。

 それが鉄則であり、俺達ハンターの飯のタネにもなっていた。

 しかし、この男――商人であるエンハスに捕まったのは、運が悪かったとしか言いようがない。

 今まで数年護送依頼をこなしてきたが、町では見たことのない男。

 このエンハスは、ハンターギルドの出入り口で俺と相方に直接声を掛けてきた。


 「荷馬車の護送をやってくれないか?」


 普通ならハンターギルドを通す内容だ。

 懇意にしている相手とギルドを通さずにやり取りするということはある。

 そのリスクも多少なりは聞いていた。

 ――が、提示された金額は、紛れもなく"甘い蜜"だった。

 護衛依頼など輸送区間でおおよその相場は決まっている。

 にもかかわらず、提示された金額はその1.5倍――1日分の日当が追加されているくらいには高額だった。

 慣れた区間でもある。

 相方も乗り気になっていた。

 だから――、今更になって言い訳は出てくるも、結局油断してしまったんだ、俺達は。


 翌日集合場所に集まったのは、俺と相棒の他は、東のもっと安全な区間をよく護送しているEランクハンターが二人だけ。

 当初聞いていたDランクハンター5人か6人という構成は、まったく実現されていなかった。

 それでも荷馬車には大量の荷が積まれ、それ以外の準備が整ってしまっている。

 ……結局断れなかった。

「今までも大丈夫だったんでしょう?」とエンハスに問われ、実際に山賊と出くわしたことのなかった俺は「たしかに」と、そう思ってしまった。

 被害者がいることも、増えていることも知っていたはずなのに……なぜか、理由は分からないけど|自《・》|分《・》|は《・》|き《・》|っ《・》|と《・》|大《・》|丈《・》|夫《・》|だ《・》|ろ《・》|う《・》と、そう思ってしまったんだ。

 その結果がコレだ。

 俺達のアドバイスもろくに聞かず、エンハスは他所の馬車と連結させようとしなかった。

 普通はやるんだ。

 身の安全を守るために、危ない区間は自然と同じ方向へ向かう馬車同士が固まって行動する。

 一つの商団と見せかけるように。

 でも大きく見せるためには時間が掛かる。商人同士が横の繋がりで予め出発日時などを打ち合わせしておかないと、なかなかスムーズにはいかないらしい。

 そしてこの男――エンハスには、その横の繋がりが無かったんだと思う。


 結果、1日目で早々に襲われた。

 山をうねりながら登る険しい山道の区間で挟み撃ちに合い、不意打ちでダメージを負った相方がすぐに崖下へ落とされたのが致命的過ぎた。

 Dランクハンターは俺だけ。

 なのに周りを取り囲む連中は30人以上で、全員が揃って槍を所持していた。

 構えから震えながら持つど素人もいることは分かったが、それでもこなれた様子で、ナメ腐った視線を浴びせてくるやつもいる。

 そしてすぐに、こちらの戦力はもう一人減らされた。

 ビビったEランクハンターの一人が暴走したからだ。

 槍を前面に差し向けられ、気が動転したんだろう。

 自ら後ろの崖に飛び降りていった。

 まだ助かる可能性を考えたんだろうが……この急斜面。

 地形を理解していれば、自ら命を絶つために飛んだとしか思えない。

 もう、絶望的だった。

「へははっ! 持ち物全部差し出せば、お前達も生かしてやるぜ?」

 盗賊達は、装備も金も衣類も、所持品全て置いていけば命だけは助けてやると言った。

 この言葉に縋るしかなかった。

「くそっ……エンハスさん! 限界だ! お、俺達は投降するぞ!?」

 でもこの男は――エンハスは……!!


「バカヤロウ絶対にナシだっ!! 身体張ってこの積み荷守るのがおまえらの仕事だろうがッ!! この荷は俺の命と変わらねぇんだよ!!」


 こんな大声で叫べば救援も絶望的だろう。

 誰だって一番可愛いのは自分と自分の積み荷で、誰かの犠牲によって略奪者が潤うということは、その分一時的でも安全が増すということになるのだから。

 一蓮托生の連結状態ならまだしも、この状況では誰も、わざわざ助けに入るなんてことはしない。

 護衛という、雇われの立場であるハンターなら猶更だ。


(もうどうしようもない。依頼主の承諾を得ずに投降か……もしエンハスが生き残り、ギルドに報告されれば俺はハンターを除名されるだろうけど、それでも他に手が……)


 両膝を地につけ、武器を置き、両手を上げる。


「俺は、降りる。全て渡すから許し――……?」

「あ?」

「んあ?」


 それは、不思議な光景だった。

 目の前で、子供が、|空《・》|か《・》|ら《・》|降《・》|っ《・》|て《・》|き《・》|た《・》。

 そう表現するしかないくらいに、あまりにも突然の出来事だった。


「まだセーフですね」


 なぜしゃべれる。なぜ立てる。なぜ生きている。

 思わず空を見上げ、どこから落ちてきたのか確認するも、そこには厚そうな雲が広がっているだけ。

 誰も理解が追い付かず、空を見上げるのに必死で少年の言葉に返す者もいない。

 そして少年もそんな状況を気にすることなく周囲を見回し、俺達とエンハスに話しかけてきた。

「簡潔に答えてください。殺されそうになってました?」

「あ、あぁ……」

「な、な、なってた! ヤバかったッ!! 仲間も殺されちまったんだ!! 頼む助けてくれ!!」

 先ほどまで横で泣きながら、こんな依頼受けるんじゃなかったとブツブツ言っていたやつが、急に息を吹き返したかのように喚き散らす。

 仲間を殺されたのは俺の方だ。お前の相方は自殺だろう。

 そしてエンハスは――

「か、金は出す! もしこの窮地を救ってくれたら金は出すから助けてくれっ!!」

 思わず、その答えを聞いて、窮地には違いないが鼻で笑ってしまった。

 出すなら初めから出せよ、と。

 その答えに少年は――……しかめっ面をしているな。

「……もう一度聞きます。殺されそうになっていたんですか? そうじゃないんですか? どっちですか?」

「なってた! もう今にも殺されそうな状況だった! この男達が向けている武器見りゃ分かるだろう!?」

 その答えに、少年からの返答はない。

 代わりに、視線は背後で未だ槍を構えたままの山賊どもに向けられていた。

「おまえ……マジで、どこから降ってきた?」

「あーっと、今からこの人達を救出します」

「おい、聞いてんのか? 答えやが――」

「今から10秒後、まだその槍を僕に向けていたら『敵』と判断します。敵は全員消しますので、それが嫌なら武器を捨てて投降してください」

 盗賊のボスくさいやつの言葉を遮り、淡々と少年が放ったその言葉。


 一瞬の静寂後――湧きあがったのは|笑《・》|い《・》だった。


 全てではない。

 でも一人二人と笑いが起き、釣られるかのようにその笑いが広がっていく。

 無理もない。

 背丈の低さはもちろんのこと、この少年は防具すらつけていなかった。

 どこから現れたのかという疑問は残るが、声変わりすらしていないその甲高い声に、恐怖を感じることは難しい。

 一人の山賊が、笑いながら少年に向かって槍を投げる。

 その槍を少年は掴み取るも、特に何をするでもなく眺めるだけ。

 そして――宣告の10秒が経った時、武器を降ろす者は誰もいなかった。


「はい10秒、これで皆さんは全員敵ですね」


 それでも笑いは止まらない。

 が――


「お疲れ様でした」


 その言葉と同時に放たれた槍の動きに、全員の動きがピタリと止まった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 本当に、アホばかりだ。

 そう思いながら、先ほど冗談半分に槍を投げてきた男へ全力でお返しすれば、そのまま吹っ飛び背後の土壁にめり込んでいく。


『【採掘】Lv1を取得しました』

『【釣り】Lv1を取得しました』

『【金剛】Lv3を取得しました』

『【剛力】Lv3を取得しました』

『【絶技】Lv2を取得しました』

『【遠視】Lv3を取得しました』

『【射程増加】が解放されました』


 驚きの表情を浮かべたまま胸から槍を生やし、絶命している男。

 その光景を、仲間達は振り返り、ただ黙って眺めているだけ。

 本当に、アホばかり。

 だからその、無防備な首を次々と斬り飛ばしていく。


『【拡声】Lv1を取得しました』

『【伐採】Lv1を取得しました』

『【伐採】Lv2を取得しました』

『【農耕】Lv3を取得しました』

『【建築】Lv2を取得しました』

『【家事】Lv1を取得しました』

『【暗記】Lv2を取得しました』

『【異言語理解】Lv5を取得しました』


 パルメラで対処した、ゴブリンのように。


『【解体】Lv3を取得しました』

『【料理】Lv2を取得しました』

『【鋼の心】Lv3を取得しました』

『【農耕】Lv4を取得しました』

『【採掘】Lv2を取得しました』

『【描画】Lv1を取得しました』

『【採取】Lv3を取得しました』


「ま、待ってくれ! 待っ――」


『【狩猟】Lv4を取得しました』

『【剛力】Lv4を取得しました』

『【疾風】Lv2を取得しました』

『【風属性耐性】Lv1を取得しました』

『【裁縫】Lv1を取得しました』

『【釣り】Lv2を取得しました』

『【料理】Lv3を取得しました』


 情も、躊躇いも無く、ただ淡々と。


『【伐採】Lv3を取得しました』

『【畜産】Lv2を取得しました』

『【豪運】Lv2を取得しました』

『【魔法攻撃耐性】Lv1を取得しました』

『【聞き耳】Lv2を取得しました』

『【農耕】Lv5を取得しました』

『【拡声】Lv2を取得しました』


「こここ降参するっ! 武器はもう捨てだぁあが……ッ」


『【遠視】Lv4を取得しました』

『【絶技】Lv3を取得しました』

『【伐採】Lv4を取得しました』

『【採掘】Lv3を取得しました』

『【建築】Lv3を取得しました』

『【加工】Lv2を取得しました』

『【探査】Lv3を取得しました』


「た、たすけ……っ、やめてく……ぁっ」


『【狩猟】Lv5を取得しました』

『【芸術】Lv1を取得しました』

『【魅了耐性】Lv1を取得しました』

『【農耕】Lv6を取得しました』

『【金剛】Lv4を取得しました』

『【疾風】Lv3を取得しました』

『【物理攻撃耐性】Lv4を取得しました』

『【絶技】Lv4を取得しました』

『【解体】Lv4を取得しました』

『【異言語理解】Lv6を取得しました』

『【暗記】Lv3を取得しました』

『【遠視】Lv5を取得しました』

『【夜目】Lv5を取得しました』

『【風属性耐性】Lv2を取得しました』




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 たぶん、投げた。

 結果だけ見ればそうだろう。

 背後の斜面には男とセットで槍がぶっ刺さっていた。

 その男は、先ほど冗談半分に槍を投げた男だった。

 そこからは――


「うわぁああああぁああぁ!!?」


 ――目を覆いたくなるほどの、一方的な蹂躙。

 最初の頃は盛大だった叫び、嘆き、命乞いの言葉が、瞬く間に消え失せていく。

 そして気付けばただ一人。

 立ち位置と風体から、盗賊のボスと思われる男しか生かされていなかった。

 俺の目がおかしくなければ、初めからボスだけは膝をついて蹲り、戦意を喪失していたようにも見える。

 不思議と、その状況から少年との会話が続いた。


「あなた、名前は?」

「オ、オッ、オスラム、だ……」

「オスラムさんですね。ではあなたに望むことはただ一つです。"真実のみを話すこと"―――【奴隷術】強制契約」

「あがッ……!? グェっ……!」

「では質問します。あなた方のアジトはありますか?」

「あ、る」

「近くですか?」

「そう、だ」

「そこに『本』はありますか?」

「ない」

「では高値になり得る希少な物は?」

「ハンターから、奪った、装備が多少ある、くらいだ」

「そうですか。ではもう結構です。お疲れ様でした」


「あっ――――」


 何を見せられているのか、分からなかった。

 ただ今の質疑で、男は――ボスは死んだ。

 恐怖を感じないなんて言っていたマヌケはどこのどいつだ……

 エンハスと横のEランクは手を叩いて大喜びしているが、俺はどうにも身体の震えが止まらない。

 呼吸は荒くなるも、今は下手に動けない。動きたくても動けなかった。


「もう大丈夫ですよ。怪我はあります?」

「い、いや、大丈夫だ……感謝する」

「た、たす、助かったぁ……」

「でかしたぞ少年! コヤツらがあまりにも役立たずで、できればこのまま馬車の護衛を頼まれてくれ――」

「では、僕はこれで」


 エンハスの言葉を遮るように、目の前で眉を顰めた少年の身体が浮き始めたため、咄嗟に腹から声を捻り出し制止をかける。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 君は――信じられないが、飛べるのだろう? なら頼む……仲間がこの崖から落とされたんだ。もう一人のハンターもここから落ちている。せめて、生死だけでも確認してもらえないだろうか?」

 図々しい願いだと分かってはいるけれど、それでも8年組んで仕事をこなした相方だ。

 たぶんダメなのだろうが、それでもまだ生きているならなんとかしてやりたい。

 その時は全財産を叩いてでも、この少年に救出依頼をするしかないだろう。

 少年は崖から身を乗り出し、下を眺め――

「ずいぶん高さがありそうですね……良いですよ、ちょっと見てきます」

 そう言って、ヒョイとあまりにも気軽に飛び降りた。

 思わず大丈夫かと身を乗り出すも、岩や樹木を避けながら下降しているので、実際に飛べることは間違いなさそうだ。

 そして待つことしばし。

 宙を舞い、崖下から登ってきた少年はこう答えた。


「残念ながら……|お《・》|二《・》|人《・》|と《・》|も《・》|既《・》|に《・》|亡《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|て《・》|お《・》|り《・》|ま《・》|し《・》|た《・》」206話 久しぶりの、あの地へ

 本当に良かったのかな。

 そう思いながらも先ほどの地を離れ、マッピングを再開していく。

 落ちたとされる二人はたしかに死んでいた。

 高さ100メートルくらいはありそうな絶壁で、おまけに岩肌が剥き出しになっているような場所だ。

 いくらハンターと言えど、一人は刺し傷のようなモノが複数あったし、落ちれば即死だったんじゃないかなと思う。

 だから言われれば、せめて死体を引き上げるくらいはしてあげたんだけどなぁ。

 まぁでも、どう見たって馬車護送の依頼途中みたいだったし、あのまま続行となると却ってその死体は邪魔になってしまうのかもしれないな。

 考えてみたら盗賊達の死体も街道沿いに放置したまんまだし……


 ――まぁ、いいか。

 きっと何かが食べて自然にリリースされるだろう。


「これは~、ハマっちゃ~、マズいやつっすわぁ~」


 敢えて軽い言葉で、歌うように気を紛らわす。

 頭の中では理解していても、美味しすぎて自制するのが難しい気もしてくるのだ。

 いったい今の戦闘で、どれだけのスキルを手に入れられたことか。

 殺してでも人の財を奪う盗賊に成り下がったとしても、今まで生きてきた様々な経験は蓄積されている。

 それこそ仕事にはならなかった程度の、薄い経験だったとしてもだ。

 しかし俺からすれば塵も積もればなので、経験値を頂けるならどんなスキルだろうが美味しいことに変わりはない。

 女神様達に感謝され、国に感謝され、被害にあった当事者にも感謝され、捕食する動物や魔物達にだって感謝される。

 不幸なのは悪事のツケを一括で払うハメになった当人くらいという最高なアクションを起こしているはずなのに、それでも若干引きずる部分があるのは日本の価値観がまだ残っているせいなんだろうな。

 本来はやる必要もない投降の呼び掛けなんてやっちゃってるし、ハンスさんにも指摘されたというのにまだまだ甘いもんだ。



 視界の先は拓けた平野と広大な穀倉地帯。

 これでひとまずの盗賊騒動も落ち着くだろう。

 魔力に余裕があるならいけるところまで。

 そんな覚悟を決めて、俺は蛇行しながらさらに南下していった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽  




 かつて訪れた王都ファルメンタ。

 その姿を遥か遠くに見据えながら、王都を中心にしたラグリース北西部のマッピングを終え、そのままさらに南下。

 かつて訪れた蟻の住処である<デボアの大穴>付近とマッピングを繋げ、そのままラグリースの南西部へと進んでいく。

 上空から見えるあの川は、もしかしたらセイル川かもしれない。

 そう思うとまだ数か月とはいえ、ちょっとした懐かしさがこみ上げてくるも、まだお楽しみは取っておきたいと、敢えて国境線のある外堀から埋めていく。

 そして、マッピングの進行具合からあと一つ二つで……

 そんなところまで進んだタイミングで、俺はちょっとした買い物をいくつかした。

 そのうちの一つは1メートル四方くらいの、そこまで大きくない木箱だ。

 中身の無い木箱など造作もないと、そのまま抱えながら飛行を続け、北部の町サバリナを出てから約2週間後。

 俺は見覚えのある景色――

 パルメラ大森林と、そこから伸びる正真正銘のセイル川を確認する。

 今は冬。

 厚手の外套で身を包みながら、それでも思い返されるのは、炎天下の中あの場所で、あの3人衆と川遊びをした記憶。

 そして視界を右に向ければ、かつては望めなかったパルメラの深部が視界に入る。

 と言っても景色はひたすらに緑一色だが、この世界に降り立った当時を思い返せば、こんな景色をこの高さから眺めていることに、思わず感慨深い気持ちに浸ってしまう。

 そして前方には、俺の第二の故郷とも言えるベザートの町。

 ふわふわと吸い寄せられるように上空を舞い、やっとこの町のマッピングも完了だ。

 いくつもの町を上空から眺めてきた。

 だからこそ、掴み取れそうなほど小さく感じるベザートの町が、何かあった時には凄く守りやすそうな町だなと、そうも感じてしまう。


「みんな、元気かなぁ」


 寄りたい気持ちは強い。物凄く。

 でも【空間魔法】を取得したらと3人衆には約束してしまっていた。

 端から見たら、近くに寄ったんなら町にも寄ってけよと、大半の人がそう判断するような場面だろう。

 自分でも、なぜ上空に留まっているんだと不思議に思う。

 それでも、ここで寄らないのが正解だと、自然にそう感じてしまった。

 戻ることが俺の中で、大きな目標の一つになっているのだ。

 その目標があるから努力も重ねられるのに、簡単に曲げてしまっては様々な目標意識が薄らいでしまう。

 損な性格だなとは自覚しつつも、自分のことだから苦笑いするしかない。


 はぁ――……

 吐き出される息は、白く、溶けていく。


「さて、行くか……」


 セイル川を沿うように、木箱を抱えながらやや北へ進行し、目的の森を発見したら徐々に高度を下げていった。

 そして見覚えのある景観を眺めながら奥に進むこと暫し。


「あったあった!」


 忘れるわけもない場所。

 そこは気合を入れて作った自作風呂と、かつて俺が拠点にしていた穴倉。

 未だ入口には石柱もあり、何も変わっていない、相変わらず野宿に適した快適そうな空間だ。

 時刻は夕時ということもあって誰もおらず、その場は閑散としている。


 風呂は――……ふふっ。


 なぜか見知らぬ鍋が石焼のスペースに置かれており、不定期に使用していそうな痕跡がそこにはあった。

【探査】で周囲を確認しても、魔物の生息数はそこまで多くないので、この地を新しい狩場として活用していそうで嬉しくなってくるな。


 俺はかつてと同様に枝を搔き集め、石を熱しながら風呂の準備を進めていく。

 そして準備ができたら穴倉へ。

 内部も特に変わった様子はなく、かつて床に敷いていた葉っぱが枯れてカサカサになっているくらいしか変化は見られなかった。

 人が踏み入った様子もないので、さすがにここで野宿するほど気合の入った人はいないのだろう。

 となれば好都合。

 俺は背負っていた特製籠からモノを分別し、いくつか木箱の方へと移していく。

 一番は俺がお世話になった穴空き鎧だ。

 もう直すことは叶わず、付与効果も失い、それでも、どうしても捨てられなかったこの鎧。

 だがさすがに持ち運び続けるにはツラく、兼ねてよりこうしようと決めていた。

 その他は――古城さんのバッグも当面は不要だろうな。

 使う用途を見い出せるのはリステだけだし、まだ落ち着いて降臨できるような状況でもないしね。

 その他、俺の自前スーツや革靴など、降り立った当時の衣類も木箱へ詰め込み、穴倉の奥。

 かつて装備置き場用として、左右に広げたうちの1か所へ木箱を置き、そして土で埋める。

 これで誰かに奪われるなんてこともないはずだ。

 時が来たら、いずれまた掘り起こす。

 いずれ拠点が決まったら、その時に――


 かつて用意したまな板を抱え、近場のオークから肉を調達。

 久々のお風呂に入って懐かしの贅沢を味わいながら、冬の澄んだ夜空を眺める。


「やっぱり、ここで飲むお酒は格別だなぁ……」


 以前はできず、今はできること。

 当時やってみたかった飲酒も、今はワインを購入しておいたことで実現できてしまった。

 これもまた一つの成長だろう。

 ならば、次の夢は……どうしようかな?

 湯に浸かり、ワインをチビチビと飲みながら、空を眺めてのんびり思案する。

 そんな時間が妙に尊く、そして幸せな時間のように感じながら、独りの長い夜は更けていった。207話 地図の完成

 懐かしの寝床で一泊。

 翌日には改めて眼下にベザートを見据え、「また必ず来ますから」と誓いを立てつつそのまま町の東側へ。

 残り僅かとなったラグリースの南東を進行したのち、再度北上していく。

 南東部は北に行くほど徐々に深くなる谷で国境が区切られており、人も住めなさそうな山岳地帯が目立つのでかなり楽だ。

 リプサムあたりからは周囲のマッピングも完了させていたので、ここからはあっという間。

 道中あったいくつかの町も資料本の確認作業だけだったので、僅か二日程度で残りの穴埋め作業も終わり――

 トータル何日だろうか?

 たぶん狩りを挟まなければ1ヶ月弱くらいだと思うが、そのくらいの日数で一国のマッピングが無事完成と相成った。

 俺の【地図作成】レベルでは、山や川などの地形がなんとなく分かる程度のゲーム的な雰囲気漂う地形図といった具合だが、手帳には町や大きい村の配置と名前を書き込んでいるので、あとはこれらを組み合わせればそれなりにまともな簡易地図が出来上がるだろう。

 ……俺が正確に紙へ書き写せればだけどね。

 スキルに【写本】はあっても、転写というものは存在していない。

 となると以前フェリンが開眼させていた【描画】で賄う分野なのだろうか?

 よく分からんが、スキル無しで脳内イメージを紙に起こせるかは試して初めて分かる問題なので、高そうな羊皮紙を使うのではなく、俺の裏紙で一度実験した方が良いだろう。

 ばあさんなら俺が異世界人とはっきり分かっているので、上手くいったらその紙を直接見せて、【写本】持ちの人にでも書き写してもらってもいいかもしれないな。

 地図に対しての意見も聞きたいし。



 ……そう思ったので、色々と最後の準備もしに来ましたよ、王都に。

 地図の完成はリプサムで終点だったから近い近い。

 今回はいきなり宮殿入口まで飛んでいくわけでもなく、一旦は第三区画へ。

 いつぞや泊まった宿へ顔を出せば、親父も覚えていたのか今回はあっさり宿泊が決定した。

 そこからは自室でカキカキと……

 風呂を満喫したら早速地図の下描きを繰り返し、目を瞑りながら描いても碌なことにならないというのを学びながら、お手製地図を作り上げていく。

 ふむふむ、やっぱり脳内地図を部分部分で覚えながら紙に描いていった方が遥かに完成度は高いな。

 ちょっとしたリアス式海岸風なモニョモニョ具合とか、素人にしては中々立派なもんが描けたような気がする。

 そこに大小様々な町の名前を埋めていって――


(う~ん。良いじゃない!)


 A4用紙いっぱいに描いた地図は、パッと見だと町名などの文字だらけだが、これもデカい紙に描き写せばそう目立つものではなくなるだろう。

 フハハ、俺ってば天才かもしれない。


 できたとなれば善は急げ、ばあさんところに突撃だ。

 すっかり偉い人であることを忘れているため、アポなんて取る発想すら持っていない。

 ビューンと宮殿の入り口まで一直線。

 すぐに前見た門番のような兵士を発見したので「ばあさんに会いに」と伝えたら、「あぁ、ばあさんですね」と普通に通じて、そこで初めて自分の失敬発言にビックリしてしまった。

 そういや、裏で自分のことばあさんと呼ばれてるって、自分でそんなこと言っていた気がするわ。

 そこからは勝手も知っているため、スタスタとばあさんのお部屋へ訪問。

 油断していたのか、今回はノックをしたら慌てて出てきたが、それでもまぁ、ちょっと久しぶりのばあさんとエニーにご対面だ。

 早速ここにきた一番の目的。

 本の進行具合について確認していく。

 すると、いつ取りにきてもいいように用意されていたのか、奥の棚から出来上がった本を抱えてくるエニー。

 その数は――

「おぉ~3冊!」

「精々一月じゃこのくらいが限界さ。もう一人【写本】持ちを用意したから、今後はもう少し増やせるだろうけどね。あとはエニーにもそのうち取らせとくよ」

「いやいや、それでもありがたい……って、え?」

 思わずエニーを見れば、下唇を突き出し変な顔をしている。

 嫌々オーラが出過ぎでしょ、これは。

「勉強の一環だよ。書けば覚えやすいだろう? 覚えたって言ってもすぐ忘れるからねこの子は」

「あー……」

「それに仕事にもなるからね。ところでロキ坊、あんた買い取るって言ったけど、本当にお金は大丈夫なのかい?」

「うんうん。これでおいくら?」

「3,300万ビーケだよ」

「……ん?」

「3,300万ビーケ」

「………」

「ちなみにこの一冊は国からの内密なお礼だそうだ。本当は謁見の場でやるのが筋だけど、ロキ坊が嫌がるからね」

「つまり?」

「2冊分でこの値段ってことだね」

「ホ、ホッホッホー……」

 人間理解不能な金額を請求されると、どこからか変な笑い声が出てくるんだな。

 人生初めての経験だ。

 国からのお礼と言ってばあさんが手に取ったのは一番分厚い本。

 ってことは薄いのと中くらいの2冊で3,300万ビーケとか、装備品が可愛く思えるくらいの極悪な価格設定である。

 マジで家かよってレベルだわ……そりゃ本屋なんてこの世界にあるわけがない。

 そしてエニーまで参加して本の作成に入られたら、俺の金は間違いなく枯渇――――


 ポンッ!


 どんどん金銭面がルーズになってきていた俺の心に、守銭奴ロキが『呼んだ?』って、密かに爆誕した瞬間だった。

 死ぬ気で稼がなきゃ本を安定して入手できそうもない。

 このままじゃ、早々に魔宝石を売るハメになる。

「と、とりあえず大丈夫は大丈夫だよ……想像以上に高くてビビったけど」

「それじゃお金の準備ができたら言いな。ロキ坊はハンターだから――どうせ金はギルドに預けてんだろう?」

「うんうん」

「このくらいなら引き出すのに問題ないだろうけど、今後は金額が多過ぎるってなったら私に言いな。上手く裏でお金が動くように話をつけるから」

 この話を聞いて、耳がピクリと動く。

 ばあさんの言う内容が真実なら『送金』なんて仕組みもこの世界にはあるということ。

 ただ一部しかできないというか、条件付きの特殊なやり方っぽくも聞こえる。

 自分が当たり前のようにできるとは思わない方がいいやり方なんだろうけどなぁ……

 いざという時に裏技的な方法があると知っているだけで、ピンチを回避できちゃう場面もあったりするから一応覚えておこう。



 書状を使うことになるけど、それじゃ後でお金を降ろしてきましょうということで本の話は一度終わり、続いて午前中に黙々と作成していた地図の話に移っていく。

 と言ってもまずは説明からだ。

 ばあさんもエニーも、そもそもとして地図という存在を知らない。

 リステは――あの時、なんと言っていたか。

 俯瞰した世界を想像することができないのか、それとも書き記すことに制限が加えられていたのか。

 まぁ、この自作地図を見せれば、その反応で答えも見えてくるだろう。

 そう思って、折りたたんだ一枚の紙をポケットから取り出し、まずはそれを見せる。


「なにこれ?」

「……」

「これは『地図』って言うんだ。俺が元いた世界だと当たり前に存在する物――ラグリースという国を、遥か高い位置から見下ろした時の姿がこうなるんだよね」

「ほえ~」

「ロキ坊、あんたがコレ作ったのかい……?」

「そそ、まぁ空飛べるしさ。町とかの位置関係が分かっていれば旅に便利でしょ? 特にこの場所は長く亜人を受け入れなかったんだから、その亜人の人達なんて道もさっぱり分からないだろうし」

「便利……そりゃ当然だよ。皆が皆、頭の中で描いて……ん? なぜ、世にこんな便利なモノが今まで……私は、思いつきも――……」

 エニーは地図というより、薄く白い紙の方に興味が向いている。

 ここら辺はまぁ、年齢的にもあの3人衆と同じくらいだしね。

 子供だからしょうがないにしても、ばあさんの反応を見る限りは―――


(なるほどなるほど。俯瞰した地図に近いモノは、頭の中で描けていたわけか)


 まぁそれもそうかとは思う。

 今までこの世界の人達との会話に、東西南北という方位の話は度々出てきていた。

 皆が皆、それぞれの知識と人生経験でオンリーワンの地図を頭に思い描き、その地図に当てはめて答えていたんだと思えば納得もできる。

 そしてその精度や広さは人によって大きく異なり、町を出たことのない人なら、ほぼその町だけの地図しか出来上がっていなかったんだろう。

 それじゃあ外に出たいって願望も薄れちゃうよねぇ。

「率直な意見をばあさんに聞きたい。手始めに作ったこのラグリースの地図を、世に広めたいと思っているけど……どう思う?」

「……この地図は、よその国でも作っていく予定なのかい?」

「もちろん。ただどのくらいのペースで作れるかは、まだなんとも言えないけどね」

「そりゃそうだろうさ……私が把握しているこの国の町村配置図とほぼかわりゃしないし、国境の線引きなんて、私でもこんなに詳しく把握していないくらいの精度だからね」

「じゃあ……」

「この国だけの地図って話なら立場的には頷きづらいけど、他国の地図も作ってくって話なら賛成も賛成、大賛成だよ。国の中で閉じこもっている連中も外に目を向けやすくなる」

「そっか~そう言ってもらえて良かったよ」

「ただ、この文字はなんだい?」

「え?」

「ね~凄く読みづらいんだけど!」

「あっ……」

 地図をよく見れば、町や村は日本の漢字とカナで表記してしまっていた。

 未だに手帳の文字も地球の頃のままだしなぁ……

 本当は直した方がいいんだろうけど、こうして異世界人であることを隠す場面がなくなってきているなら、もういっその事開き直ってしまってもいいかもしれない。

「ははは……ごめんね。それ元いた世界の言語なんだよ。【異言語理解】持ってれば分かると思うけど」

「ふーん!……あっ! 大ばあちゃん見て見て! この紙の裏側、すっごいおかしな文字がいっぱい書かれてるんだけど! 凄い詠唱呪文かもしれないよ!」

「なんだって……?」

 いやいや、ばあさんもそこで食いつくなよ。

 二人してガン見している裏紙の文字は、お客さんに渡すための案内用書面だ。

 たしかに長ったらしいが、そんな大層な内容でもない……ってか、だんだん恥ずかしくなってきたから止めてほしい。

 紙を引っ手繰り、地図の普及に納得してもらえることを再度確認。

 それならばと、ばあさんにこちらの世界の紙へ描き写してもらう作業をお願いした。

 代わりに俺が承諾したのは、ばあさんが――というより国が主導して行うもっと細分化した地図の作成。

 国を4分割に割った大枠の地図であったり、領単位の地図であったり……小中規模の商人や領民に向けた地域密着型の地図だな。

 結局は描き写すという発想に制限を掛けられていただけで、俺がそのロックを解除すれば一気にアイデアが浮かんでくる。

 矢継ぎ早に提案される話を聞いていると、今がその真っ最中なんだろう。

 俺は俺で、そんなものは好きにすれば良いと承諾。

 あれば便利なのは俺も同じだし、そんな細かい地図まで作っている時間はないからね。

 国が抱えている大判の羊皮紙に、大急ぎでラグリース王国地図を模写するとのことなので、用意ができるという明後日まで。

 一度ハンターギルドでお金を引き出した俺は3冊の本を受け取り、ラグリースでは一旦の締めとなる旅の終わりを、この王都で過ごすのだった。208話 最後の一仕事

 見本版の地図が完成するまでの二日間は、心身ともにリフレッシュできたような気がする。

 王都付近はFランク狩場だけだし、おまけに遠いし……

 狩りをするメリットがあまりにも薄過ぎるので、それならせっかくだしと、観光待ちの女神様を呼んでのんびり過ごそうと思ったのがきっかけだった。

 というか、真っ先にアリシアを誘ったのだ。

 こないだベッコリ凹んでいたから、それなら気晴らしに【隠蔽】と仮面でも付けて、さらに冬なんだから厚手のローブでも被っとけば大丈夫だろうって。

 それでも、やっぱりダメらしい。

 不幸にさせてしまった人達が大勢いるのに、自分だけが楽しむなんてとんでもないと、相変わらず塞ぎ込んでいる様子だった。

 そしてこんな時、俺は掛ける言葉が出てこない。

 というより今までの人間関係が希薄過ぎて、慰めるような言葉を知らないのだ。

「そんなことないよ」と言うのもちょっとおかしいし、提言した本人が「気にすんな」って言うのもまた違うし……

 段々俺まで「やっぱり言わなきゃ良かったか?」と凹んできて、そんな時に降りてきたのがフィーリルだった。

 それこそ「|気《・》|に《・》|す《・》|る《・》|な《・》」と。

 今後のためには絶対に必要だった情報だし、責任は女神様達全員で受け止める。

 その上で今後どうしていくか、現在進行形で協議を重ねているとのことなので、俺も幾分気が楽になりながら街をプラプラ。

 軽くご飯を食べた後は、先日遊びに行ったハンスさん絡みの情報を部屋で話し合っていた。

 魔石を食べて自ら強くなる上位種の存在、それが使役系のスキルを介しても特徴が変わらないことなど、フィーリルが興味ありそうかな~と思って話したネタは見事に大ヒット。

 もっともっととなったので、なんとなくハンスさんの拠点で印象に残っている存在。

 中央でまったく動じずに俺を見ていたデカい銀毛の獣と、不思議な恰好で不思議な動きをするメイビラさんの話をすると、メイビラさんの特徴を伝えたところでそれまでニコニコしていたフィーリルの表情が一変。

 かなり真面目な雰囲気を纏い出したので焦ってしまった。

 真っ白い肌に真っ白い髪。

 ベールのような帽子で顔を隠し、さらに黒い布で目を隠した女性。

 疑問形の時だけはレスポンスが遅く、上を向いて考え込む仕草をしたのち、ゆっくりと返答する。

 そして――当たっているかは別として【空間魔法】の取得条件を一部知っているくらいの博識で、何か目的があってハンスさんの後ろにいたっぽいが、最後まで何を目的にしていたかが分からなかったこと。

 メイビラさんの特徴を求められたため、思いつく限りでこのように答えたわけだが、いったいフィーリルはどの部分で確信を得たんだろうな。


「こんな貴重な情報が聞けるとは思いませんでした」


 と、いつもとは違う調子でお礼を言われたので、俺からすれば何が何やらである。

 おまけに「どういうこと?」って詰め寄っても、「後々のお楽しみですよ~」ってはぐらかして教えてくれないし。

 そんな俺を見て笑っていたので、たぶん答えを教えてもらえなくて、うがぁあああってなっている俺を見るのが楽しいドS星人なんだと思う。



 そして2日目はリステが朝から降りてきてくれた。

 先日元気な姿は見られたけど、それでもお互い照れ臭く感じる久しぶりの降臨だ。

 リステに報告すべきはやっぱりこれでしょうと、フィーリルには内緒にしておいたラグリース王国地図の完成を伝えれば予想通りの大喜び。

 俺が描いた裏紙の地図はばあさんに預けちゃったけど、レベル1の地図だと地形程度しか反映されず、レベル2で街道と国境線が追加されたこと。

 地図の画面がラグリースの王国全域をしっかり収めるくらいで丁度いっぱいいっぱいになり、そこからの縮小拡大などはまだできず、ただ上下左右に画面がスクロールすることを伝えておいた。

 たぶんここら辺は本で勉強しようと思っても、取得者が少なすぎて情報公開されていなさそうな部分だろうからね。

 そして、継続的な本の入手のため、意を決してリステに確認した。

「地図を販売してもいいか?」と。

 せっかく託してくれた特殊スキルで金儲けするのは忍びなかったが、状況的にそうも言っていられない。

 あの本の値段は、狩りだけで稼ぐにはかなり厳しいというか、効率をスキルの経験値稼ぎではなく、金稼ぎにシフトしないと無理になってくる。

 だから大丈夫かなと、ドキドキしていたわけだが――


「もしかして、商人になるのですか!?」


 前のめりになって迫るリステにたじろぐ俺。

 え、ちょっと、こんな反応想定していない。

 でもまぁ、『広める』と『儲ける』を両立させるためには商業ギルドに行かないといけないし、そう考えると商人に片足突っ込むことになるかもしれない。

 そう伝えたら、口はニヨニヨしながらも目は真剣。

 どうやって地図を売り捌いていくかという戦略的会議が、なぜか宿屋の自室で開かれてしまった。

 おかしい。

 もっとこう、久しぶりに甘々な時間を予定していたんですけど?

 そう言いたいのに、あまりに真剣なリステに気圧され――結局営業マンっぽい姿勢で、その日の多くはリステと地図販売について向き合うことになってしまった。

 まぁ、そのぶん、夜は【夜目】【身体強化】【時魔法】【探査】【二刀流】【騎乗】【捨て身】【硬質化】【穴掘り】【突進】【踏みつけ】と。

 いったいどこのボスと戦ったんだというくらいにスキルを駆使してやりましたが。



 そんなこんなでのんびりした2日間は終わり、期日通りに再度ばあさんの部屋を訪問。

 コッソリスキルを使って確認すべきことをしつつ、大きな地図を受け取り、その足で商業ギルドへと足を運んだ。

 第二区画にも貴族用の商業ギルドはあると言われたが、もちろんそんな居心地の悪そうなところに行くつもりはない。

 人伝に場所を聞きつつ庶民の街、第四区画へ。

 その中でもトップクラスにデカい建物へ入ってキョロキョロするも、当然ながら勝手が分からない。

 マルタの時はアマンダさんが何をしていたか見ていなかったしなぁ。

 とりあえずガラガラカウンターを探すとやっぱりあるので、サササーッと素早く移動し、暇そうにしているおばちゃんに声を掛ける。

「あのー、新しい商品を商業登録して売りたいんですけど?」

「ん? ということは"品評"ってことかな?」

「あ、そうかもしれません」

「じゃあ、今空いてるかしら……3階に行って誰かに声掛けて頂戴。その階が担当しているからね」

 そう言われ、3階で同じように声を掛けると、珍しく頭髪に何かを塗りたくっているのか、ガッチリ七三分けにした40歳くらいの男が登場する。

 開口一番「ここは子供の遊び場じゃないんだが?」といきなりぶっこんでくるので、今更ここで隠してもしょうがないしと、伝えられる部分を伝えていく。

「子供の姿ですけど異世界人です。ニーヴァルのばあさんとも知り合いですけど……大丈夫ですか?」

 ちょっとだけ【威圧】も混ぜたのが効果的だったんだろうな。

 敢えて何が大丈夫かは言わなかったが、それでも賢そうなこの人は汲み取ってくれたんだろう。

 急に汗を噴出させながら腰の引けた対応をし始めたので、有難いとばかりに案内された部屋へとついていく。

「さ、先ほどは大変失礼しました。品評担当員のワドルです」

「いえいえ、ロキと言います。今回は商品化したい物があってこちらに持ち込みました」

 そう言って広げたのは、クルクルに丸めて抱えていた大判の地図。

 当然この人――ワドルさんも最初はこれの意味がすんなり呑み込めず困惑している。

「えっと……これ、は?」

「ここラグリース王国の『地図』です。これで分かりますよね?」

「なるほど…………え? か、描かれてる……えぇ!?」

 本当に不思議な制限の掛け方をしたなと思う。

 どうやっても気付けなかったことにいきなり気付いてしまうと、まず目の前にある地図の存在より、なぜ今まで気付けなかったという自分自身に驚くものなんだな。

 見ていて面白いけど、それじゃ話が進まない。

「ワドルさんの頭の中にも描かれていたはずの『地図』を、精度重視で描き起こしたものです。まだ世に描き起こされた物は出回っていません。これを商業ギルド側で売ってもらえればと思っているんですが……どうですか?」

「え? 商業登録されてご自身で売るではなく、私達が、ですか?」

「はい、商業ギルド側で相手を見ながら売ってもらいたいのです」

「……」

 どう販売するかはいくつかの選択があった。

 ばあさんを介して国に地図という情報を売る。

 ベザートに戻って、ヤーゴフさん達に地図も一任してしまう。

 もしくは自分で店を持ち、誰かを雇って独占販売という選択も考えていた。

 だが国に地図という情報を売れば、活用はしてもその情報を積極的に表へ出すとは考えにくい。

 まだラグリースしか地図ができていない今の状況であれば猶更だろう。

 そして後者二つも、最大のネックである『二次利用』で間違いなく躓《つまず》く。

 結局のところ、いくら【地図作成】というスキルを使用し精巧に作ったとしても、所詮は手描きで作られた産物。

 しかも一国の地図となれば、誰でも『見本』があればそれっぽくは描き写せてしまうのだ。

 つまり個人が動いたところで商売になるのは最初だけで、あっという間に誰が作ったかも分からぬ複製品で溢れかえり、製品としての需要は無くなってしまう。

 まぁそれでも当初の『広める』という目的を第一に考えるならそれも有りなのだろうけど、今はそれプラス『稼ぐ』という目的も重視しないと金が回らないからね。

 だからまだ個人でやるよりは稼げる可能性のある選択を。

 それが大陸を股に掛ける商業ギルドの威光をそのまま利用することだった。

「この世界は紙――羊皮紙が希少で個人が安定的に仕入れるなんてほぼ不可能。これは合っていますか?」

「間違いありません」

「でも商売絡みの総本山である商業ギルドなら、希少な羊皮紙を安定的に仕入れられる」

「そこまでの量ではないですが……そうですね」

「おまけに一番地図を必要とする商人は多くがここを訪れるわけですし、貴族の方々とも相応の繋がりはあるでしょう? 第二区画にも貴族専用と言えそうな商業ギルドがあるようですし」

「……」

「安定的に『紙』を手に入れられる商業ギルドが、商業ギルドの押印でもされた正式で特別な国内地図として富裕層や商人にコッソリと売り出す。それでもいずれ複製品は出回るでしょうが、少なくとも販売先がギルドのみで、木板に描き写した地図の販売を一切しなければ、それは複製品だと一発で分かるわけじゃないですか」

「それは、たしかに」

「大元の商業ギルドに楯突いてまで、裏で複製の二次販売なんてする人はまずいないと思いますし……最初はかなり儲かると思いません? 富裕層向けの需要が落ち着いたら、今度は木板用の公認地図をギルドで販売してもいいでしょうしね」

「なるほど。ロキさんの言っていることは分かります。販売先を商業ギルド限定にしてもらえるなら、流通のコントロールもある程度は可能なはずです。ですが……一つ、前提となる問題が」

「?」

「この地図が商業ギルドの公認で販売できるほど精度の高い物だと、どう証明できますか?」

「あー……」

「こちらで多くの人員を回し、町村の配置や国境線を細かく確認していくこともできなくはないでしょう。ただそうなると、少なくとも1年くらいは調査に時間を費やすことになりそうですし、その費用も――」

 ワドルさんの言っていることは当たり前の話だ。

 そもそもとして今まで地図がないんじゃ、これが正解の地図なのかどうかも判別ができない。

 ギルド公認で一手に販売となれば、信用を落とすようなことはできないってことなんだろう。

 となると――予想通り、名前を借りるしかないか。

「精度が確かであることを証明する手立てはいくつかあります。まず一つ――僕は飛べるので、上空から俯瞰した景色を眺めて描き写すことができます」

「……え?」

「次いで二つ目、地図はばあさん――ニーヴァル様にも相談しています。博識なニーヴァル様から町村配置のお墨付きを貰っているというのと、この地図をある程度基にしながら、さらに詳細な地図の作成を国主導で行うと言っていました」

「そ、それは本当ですか……?」

「もちろん。その辺りは好きに確認してもらっても構いませんし――もしこのギルド内でも地理に詳しい人がいれば、それでもある程度は証明できると思いますよ? この地図|絶《・》|対《・》|に《・》間違えていませんから」

「ちょ、ちょっと上役を呼んできてもいいですか? その者なら各町のギルドを回っていますから、土地にも詳しいと思いますので!」


 この後は予想していたよりも展開が早かった。

 たぶん……国主導の地図作成という話が大きかったんだろうな。

 のんびりしていたら商機を失うとなれば、そうなる前に動いて儲けるのが商人というものだろう。

 見本地図はそのまま預けていくこと。

 売上げに対して15%が俺の取り分となる代わりに、販売価格は下限値の制限無しで商業ギルドに一任すること。

 お金は商業ギルドにそのまま貯めといてもらうこと。

 この辺りを正式に取り交わし、無事円満な契約完了となった。

 ギルド直販となればもっと俺個人の取り分は上げられたかもしれないが……

 あまり欲を出し過ぎると、地図を広めるという目的が疎かになっちゃうしね。

 これならたぶん1~2年後くらいには、商人は誰もが地図を持って販路を拡大させていたりとか、ハンターギルドの依頼ボード付近に地図が飾ってあるとか、そのくらいには世に出回っているかもしれないな。

 あとは戦争の機運が高まっていくのか、とりあえずは旅をしながら先々の様子を確認していけばいいだろう。

 どうせ他国の地図を手に入れたところで仕掛けるのは隣国。

 軍議にでもかけている間に、今度は自分達の領土が丸裸にされていくわけだしね。



 商業ギルドを出たら屋根に上り、誰もいないところで大きく深呼吸。

 これで一つの仕事が終わったという達成感で満たされる。

 となると、お次は――思わず顔は東へと向く。


 目指す先は東の隣国、ヴァルツ王国。

 ばあさんにだって、あとちょっとで手が届きそうなんだ。

 次なる狩場、次なるスキル、潤沢な資金を求めて。


 さぁ行こうか、新天地へ!
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ここまでご覧いただきありがとうございました。
これにて6章終了、明日『ロキの手帳④』を挟んで12/19から7章を開始します。
公開前に作っていたのがこの208話までなので、7章以降も書きたいことを書くスタイルは変わりませんが、感想欄のご意見などを参考に調整を加えたりもしています。
お正月期間含め、変わらず7章終了まで連日投稿していきますので、引き続き楽しめそうな方はお楽しみください。

さらに世界は広がっていきます。

※ストーリー進行には影響のない部分で、若干の修正を行っています。

①第26話
属性付与の設定をなんとなくの憧れだけで決めてしまっていたので、需要の高い属性は『火』ではなく『氷』としました。

②第30話
鉱石の良し悪しを『硬度』ではなく『希少度』で決めていたので、少し硬度も考慮し、Aランク素材を『プラチナ』から分かりやすい強素材『ダマスカス』に変更しました。

合わせてハンターランクと鉱石の関係性も

 G 鉄(通称アイアンランク)
 F 銅(通称カッパーランク)
 E 青銅(通称ブロンズランク)
 D 銀(通称シルバーランク)
 C 金(通称ゴールドランク)
 B 魔銀(通称ミスリルランク)
 A 黒鋼(通称ダマスカスランク) ←変更
 S 金剛(通称アダマントランク)

このように変更しております。
ただ、硬度の理由だけでただの鉄が上位にいくのはファンタジー好きとして許せないので、シルバーなどはこのままにしておきます。

もしかしたら、他にも追加があるかもしれませんけど、とりあえずの修正箇所は以上ということで。
唯一後悔しているボールペンだけは、このまま闇に葬ってやろうかなと思います。ロキの手帳④

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:56  スキルポイント残:871 

 魔力量:620/620(+730) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   328 (+1346)
 知力:   314(+477) 
 防御力:  322  (+227) オーガ(+129) オーガ(+124)
 魔法防御力:302(+526)
 敏捷:   317(+353) 
 技術:   321(+860)
 幸運:   317 (+148)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv5 
【盾術】Lv4 【弓術】Lv5 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv1 【投擲術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv5 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv3 
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv5 【鼓舞】Lv5 

◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv2  【雷魔法】Lv7 【時魔法】Lv4 【水魔法】Lv4 【土魔法】Lv5 【風魔法】Lv5 【回復魔法】Lv4 【魔力操作】Lv2  【省略詠唱】Lv5 


◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv3 【採掘】Lv3 【伐採】Lv4 【狩猟】Lv5 【解体】Lv5 
【料理】Lv3 【農耕】Lv6 【加工】Lv2 【畜産】Lv2 【採取】Lv3 
【釣り】Lv2 【裁縫】Lv1 【芸術】Lv1 【描画】Lv1 【細工】Lv2 
【話術】Lv3 【家事】Lv1 【交渉】Lv1 


◆生活系統スキル
【跳躍】Lv4 【飛行】Lv7 【拡声】Lv2 【異言語理解】Lv6 【算術】Lv3 【暗記】Lv3 【視野拡大】Lv6 【探査】Lv3 【遠視】Lv5 【俊足】Lv5  
【聞き耳】Lv2 【隠蔽】Lv7 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv4 【気配察知】Lv5 【忍び足】Lv4 【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 【夜目】Lv5 


◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv5 【魔力最大量増加】Lv3  【物理攻撃耐性】Lv4 
【魔法攻撃耐性】Lv1 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv2 【鋼の心】Lv3
【剛力】Lv5 【明晰】Lv1 【金剛】Lv5 【疾風】Lv3 【絶技】Lv4 
【豪運】Lv2 【毒耐性】Lv7 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 
【魅了耐性】Lv1 



◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv2 【魂装】Lv2 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv3  

◆その他/魔物
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv4  【胞子】Lv5  【泥化】Lv5  
【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv4 【呼応】Lv7 【招集】Lv7 【硬質化】Lv4 
【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7 
【咆哮】Lv4 【突進】Lv6 【旋風】Lv5 【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 
【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【物理防御力上昇】Lv4 





●スキル詳細

 ◆戦闘・戦術系統スキル

 【剣術】Lv7 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【短剣術】Lv7 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【棒術】Lv7 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【体術】Lv7 己の身体で打撃を加える場合に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

【斧術】Lv6 斧形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槍術】Lv6 槍形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槌術】Lv6 槌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【鎌術】Lv6 鎌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

 【弓術】Lv5 弓形状の武器を所持している限り、攻撃動作、射程距離にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 技術補正

 【杖術】Lv5 杖形状の武器を所持している限り、魔法効果、魔法発動時間、防御動作にプラス補正が入る 魔力消費0 知力補正

 【盾術】Lv4 盾を所持している限り、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値220%の限定強化を行う 魔力消費11 防御力補正

【投擲術】Lv3 投擲飛距離に30メートルのプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で投擲速度/命中率のプラス補正を行う 魔力消費9 技術補正

【挑発】Lv3 注意を自分に向けやすくする 発動範囲30メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費9 防御力補正

【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用効果時間8分 魔力消費0 筋力補正

【二刀流】Lv1 両手に別々の武器を所持している状態に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る 武器種は問われない 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【威圧】Lv5 見定めた一対象を相手に恐怖を与え、行動阻害、精神錯乱を誘発させる 魔力消費5 魔力補正

【捨て身】Lv5 無手の状態に限り、筋力値、敏捷値を一時的に200%まで上昇させる 効果時間1分 魔力消費25 筋力補正

【指揮】Lv5 スキルを使用した指揮者の思考が、指揮下にある味方へと伝達されやすくなる。度合いはスキルレベルによる。 範囲:1000メートル 使用効果時間30分 魔力消費50 知力補正

【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28 幸運補正

【身体強化】Lv5 魔力を使用して筋力値、防御力値、敏捷値、技術値を一時的に150%まで上昇させる 効果時間5分 魔力消費25 技術補正

【騎乗戦闘】Lv7 騎乗している状況に限り、全能力値135%のプラス補正が入る また騎乗している生物にもプラス補正が適用される 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正


 ◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv2 魔力消費20未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv5 魔力消費50未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv5 魔力消費50未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【水魔法】Lv4 魔力消費40未満の水魔法を発動することが可能 防御力補正

【雷魔法】Lv7 魔力消費70未満の雷魔法を発動することが可能 知力補正

【時魔法】Lv4 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±200%の減少か増加を選択して発動することが可能 減少の最終数値は対象の抵抗値によって決定し、マイナスになることはない 魔力消費:10秒毎に60 知力補正

【回復魔法】Lv4 魔力消費40未満の回復魔法を発動することが可能 防御力補正

【魔力操作】Lv2 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が10%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正


 ◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv5 狩猟技能が向上し、獲物を発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv5 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv3 採取技能が向上し、採取物を少し発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv3 対話能力が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv3 料理技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【農耕】Lv6 農耕技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【釣り】Lv2 釣り技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【家事】Lv1 家事技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【裁縫】Lv1 裁縫技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【芸術】Lv1 芸術技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【描画】Lv1 描画技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【建築】Lv3 建築技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【採掘】Lv3 採掘技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【細工】Lv2 細工技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【加工】Lv2 加工技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【伐採】Lv4 伐採技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【交渉】Lv1 交渉技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【畜産】Lv2 畜産技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正


 ◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv6 人族が扱う言語であれば、知識が無くても20歳程度の理解度で会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv6 上下左右の視野がやや広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv5 遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【夜目】Lv5 暗闇の中でも視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv5 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径25メートル 魔力消費0 技術補正

【探査】Lv3 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径90メートル 魔力消費0 幸運補正

【隠蔽】Lv7 Lv7以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【俊足】Lv5 走る動作に補正がかかり、移動が速くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【忍び足】Lv4 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10消費 技術補正

【逃走】Lv4 何かに追われている状況に限り、能力値210%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10消費 敏捷補正

【跳躍】Lv4 跳躍動作に補正がかかり、通常よりも高く跳べる 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【飛行】Lv7 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に3消費 魔力補正Ⅱ

【算術】Lv3 算術能力が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv3 暗記能力が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【騎乗】Lv7 騎乗能力がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【拡声】Lv2 声音を一時的に増加させ、声を広く届ける 増大する声音は元の大きさに影響する 魔力消費0 魔力補正

【聞き耳】Lv2 聴覚を一時的に増加させ、範囲内の音や声を聞き分ける 範囲半径20メートル 魔力消費0 知力補正

【罠生成】Lv6 捕縛/殺傷を目的とした罠の生成作業が巧みになる 使用者の想像を補助する 魔力消費150まで 技術補正

【罠解除】Lv6 Lv6以下の【罠生成】によって生成された特殊罠を解除する 魔力消費75 技術補正


 ◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv7 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【麻痺耐性】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【睡眠耐性】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魅了耐性】Lv1 魅了への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魔力最大量増加】Lv3 魔力最大量を30増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv5 魔力自動回復量を25%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【剛力】Lv5 筋力値が25上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【明晰】Lv1 知力値が5上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【金剛】Lv5 防御力値が25上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【疾風】Lv3 敏捷値が15上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【絶技】Lv4 技術値が20上昇する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【豪運】Lv2 幸運値が10上昇する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【物理攻撃耐性】Lv4 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔法攻撃耐性】Lv1 魔法攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【風属性耐性】Lv2 風属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【鋼の心】Lv3 精神攻撃に対する抵抗が僅かに増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


 ◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ

【地図作成】Lv2 地図に街道と国境線を反映させる また地図方位を変更できる 魔力消費0 魔力補正Ⅱ

【魂装】Lv2 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付与させる 魂装上限数2 魔力消費5 魔力補正Ⅱ

【奴隷術】Lv3 奴隷契約を結び、対象を『魂縛』もしくは『隷属』させることが可能になる 最大所持コスト150 奴隷契約時のみ魔力消費30 魔力補正


 ◆その他/魔物

【突進】Lv6 前方に向かって能力値280%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力15 敏捷補正

【噛みつき】Lv8 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値330%の補正を行う 魔力消費17 筋力補正

【粘糸】Lv4 使用不可 魔法防御力補正

【脱皮】Lv3 使用不可 魔法防御力補正

【光合成】Lv4  太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増  常時発動型 魔力補正

【硬質化】Lv4 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が9倍になる 効果時間1秒間 魔力消費11 防御力補正

【物理防御力上昇】Lv4 防御力が12%上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800メートル 魔力消費50 技術補正

【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物を強制的に呼び集める 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17 知力補正

【呼応】Lv7 使用不可  知力補正

【酸液】Lv7 使用不可 技術補正

【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2 筋力補正

【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【擬態】Lv6 使用不可 技術補正

【胞子】Lv5  使用不可 魔力補正

【泥化】Lv5  使用不可 魔力補正

【踏みつけ】Lv4 下方に向けてのみ、筋力値220%の威力で攻撃を加える 消費魔力11 筋力補正

【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇される 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0  幸運補正

【洞察】Lv4 視界に収めた生物との力量差を少し掴める 魔力消費0 魔力補正

【咆哮】Lv4 前方4メートルの範囲に対し【威圧】効果を与え、自身に掛けられた精神ダメージを確立で無効化させる 魔力消費40 魔法防御力補正

【旋風】Lv5 周囲720度を能力値250%の威力、速度で薙ぎ払う 使用時は僅かに移動可能 魔力消費17 敏捷補正



 ●ボーナスステータス値

 各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

 ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

 スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)

 スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)

 スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)

 スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)

 スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)

 スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)

 スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)

 ※魔力のみ2倍
 ※魔力Ⅱはさらに2倍



 ●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

 0→1・・・・・・2ポイント

 1→2・・・・・・4ポイント

 2→3・・・・・・12ポイント



 ●レベル上昇による各能力上昇値

 レベル1~10・・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇
 レベル11~20・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇
 レベル21~30・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種5上昇、魔力量だけは10上昇
 レベル31~40・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種6上昇、魔力量だけは12上昇
 レベル41~50・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種7上昇、魔力量だけは14上昇
 レベル51~60・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種8上昇、魔力量だけは16上昇



 ●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得らえるスキル経験値の関係性(推定値)

 スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
 スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


 スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
 スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


 スキルレベル2から3に必要な経験値は600  
 スキルレベル3所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり120


 スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
 スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


 スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 


 スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 


 スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000


 スキルレベル7から8に必要な経験値は2,000,000?




 ●ストーリーで名前の上がった国名一覧

 ラグリース王国(現在主人公のいる国)

 ヴァルツ王国・・・・・・ラグリース王国の東側

 フレイビル王国(別名ドワーフ王国)・・・・・・ヴァルツ王国のさらに東

 エルグラント王国(転生者タクヤの在籍国)……大陸北西

 ヴェルフレア帝国(転生者シヴァの在籍国)……大陸南西

 アルバート王国(転生者マリーの在籍国)……大陸東方

 エリオン共和国(転生者ハンスの在籍国)……大陸南東

 オデッセン王国……大陸北方、ガラス作りに長けた転生者がいる可能性の高い国

 ファンメル教皇国……場所は不明 <神子>のいる国

 ジュロイ王国……ラグリース王国の西側209話 国境を越えて

 東の国境『ルーベリアム境界』。

 南から続く深い谷がこの地だけ繋がり、人工的な橋となって東西の往来を可能にしている。

 魔法的な要素でこの橋を架けたのはなんとなく分かるが、いったいどれほどの労力を必要としたのか――想像もできないほどに谷は深い。

 左右にはそれぞれ砦が存在しており、ここが関所の役割も兼ね備えているようだった。

 橋の長さは100メートルほど。

 横幅は10メートルもなく、相手国に攻めるとなればかなり防衛側が有利なんだろうなと、素人目で見ても分かる構造だ。

 迂回するには南だとパルメラ大森林の付近まで、北はハンスさんのペットが見張っているエイブラウム山脈付近まで行かないといけないので、ここが両国間にとってどれほど重要なのかは言わずもがな。

 俺はそんな地に並んでかれこれ3時間。

 本当に並ぶべきなのか、人がいなさそうな場所から谷を越えちゃってもいいんじゃないか? と、先ほどからずっと自問自答していた。

 たぶんゴリラ町長の話だと、関所を越えれば通行税だかでお金を取られるはずなのだ。

 なので払わず通過すれば、それすなわち犯罪者になるのでは?

 そんな思いで渋々並んでいるわけだが――


 マジでなげぇ。


 もうほんと、この一言だった。

 でもまぁ、待っている間にもそれなりの楽しみはある。

 当然ヴァルツ王国からも人がこちらに入ってくるわけで、その中にはどう見ても獣人と思われる人々が訪れているのだ。

 大してこの国の歴史を知っているわけでもないのに、思わずその光景を見て感慨深い気持ちを抱いてしまった。

 あぁ、あの土下座の王様、ちゃんと差別無くしたんだなって。

 馬車の御者だったり、大きな籠を背負って徒歩だったりと様々だけど、無事交易が復活してきているんだなと思えば自然と頬も緩んでくる。

 これなら女神様達にお願いした甲斐があるってもんですよ。

 
 そしてさらに1時間後。

 やっと自分の番が来たため、革袋を握り締めお支払いの準備をする。

 さすがにお金が足らないなんてことはないよね? 大丈夫だよね?

「まずは身分を証明するものを」

「はい」

「ふむ。では籠の中身を見せてくれ」

「え?」

「商業目的の荷が確認できれば物品税も発生するからな。その確認だ」

 これは、油断していた。

 商売目的じゃないしと余裕ぶっこいていたら、俺の特製籠が目をつけられてしまったらしい。

 別に何かを隠し持っているわけじゃないんだが――

「……」

「……」

「……なぜ、おまえは女物のサンダルを4足も持ってるんだ?」

「趣味です」

「……」

「……」

「……そ、そうか」

 ふぅー……危なかった。

 これで女子供を殺したとか、訳の分からない方向へ話が進んだらどうしようかとヒヤヒヤしてしまった。

 俺がただの変態だとバレただけで済んだのなら、とりあえずは一安心だな。


 その後、通行税5万ビーケを支払い、人によっては玉ヒュンしてしまいそうな橋を渡っていく。

 そしてもう片方の関所で――って、またかよ!

 さらに慎重なやり取りをしたのち追加で5万ビーケ支払い、ようやくヴァルツ王国の地を踏むこととなった。

 うん。

 これは正直なところ、次は無理だね。

 お金の問題じゃなく、時間とか別の部分で問題があり過ぎる。

 まぁ時間は前に並んでいた商人っぽい人と兵士の会話内容からすると、お互い多くの交易品が制限解除されたため、その反動で今は商人の動きがかなり活発なんだそうだ。

 一定期間の辛抱だと兵士が商人に謝っていたので、それもそうかと後ろで1人納得していた。

 今が稼ぎ時、きっとヴァルツ王国からもコーヒー豆とかが大量に運ばれてきている最中なんだろう。

 なので時間の面は脇に置いておくとしても、一番の気がかりは今回初めて身分証の内容を台帳か何かに記載されたことだ。

 どこまでデータを取っているのか分からないけど、そうなると個人データを極力残したくないというのが現代日本人の心理というもの。

 おまけに地球産の物はある程度木箱に入れて埋めてきたとはいえ、ジュラルミンケースやその中の日常的に使う物――電卓や懐中電灯なんかもヴァルツ王国側の兵士にバッチリ見られたし……

 異世界人とバレることは良しとしても、転移者とバレるのは勘弁願いたいので、国を正規のルートで跨ぐのは今回限り。

 今後はコッソリ人のいないところを上空から渡ってリスク回避していこう。

 そう心に誓いながら、初めての他国だし最初くらいはちょっと警戒するかと、一度山中に入ってから空を舞って大きく見渡す。


「ん~あの遠くにチラッと見えるのは町かな?」


 東方面にひたすら延びていく街道。

 その先に本当にチラッとだが、人工建造物がある、ような気もする。

 それならまずは向かってみましょうかねと。

 俺はその町と思しき場所へと飛んでいった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ヴァルツ王国最西端の町『グリールモルグ』。

 規模で言えばリプサムと同程度で、まずまずの人口、まずまずの活気といったところだが、上空から見た時の印象はラグリースの町と大きく異なっていた。

 とにかく道が狭い。

 真っ先に感じた印象はこれだ。

 ラグリースのようなデカい大通りがボンッと延びた街並みとは違い、ここグリールモルグは一言で言えば"迷路"。

 メイン通りかと思えば唐突に丁字路が現れ、クネクネクネクネと、今自分がどちらの方角を向いて歩いているのかよく分からなくなりそうな不思議な造りをしている。

 一応馬車は通れる程度の道幅だが、それでもこれだけ曲りくねっていたら中心部につくまでは結構時間がかかるだろうな。


 まぁ、俺はあまり関係ないが。

 遠慮したのは関所を抜けた最初の一度だけ。

 どうせこの国でも遅かれ早かれだし、この町の不便さを強く感じてからはあっさり開き直ってしまった。

 パパッと飛んで大きな建物の屋根へ。

 最初に引き当てたのは残念ながら宿屋だったが、風呂付きだったのですぐに部屋を確保。

 そのまま荷物を置き、意気揚々とハンターギルドを探しながら町中をうろつく。


(ふむふむ。だいたい10人いたら2~3人くらいが獣人って感じかな?)


 以前ハンスさんの国で見た時と同じく、顔は動物に近い雰囲気を持つ人達が普通に店番をしていたり、露店で何かの料理を作ったりしている。

「これ1個くださーい」

「はいヨ~1個1200ビーケだヨ~」

 売っているモノに釣られて犬っぽい店主に話しかければ、【異言語理解】を通したイントネーションはちょっと変だが、それでもまぁ普通だな。

 そして渡された食べ物も――

「おおっ……ちなみにこれって何のお肉ですか?」

「豚ヨ~いっぱい育ててるから安くておいしいヨ~?」

「ほっほー!!」

 犬店主のナイス情報に身体がプルッと震える。

(キタキタキタ……ッ! カツっぽいやつがキターッ!)

 見た目はちょっと大きめの串カツだ。

 ただソースはなく、フルーティーな匂いのする液体に一度潜らせてから渡された。

 ハチミツのような色合いで少しとろみのある謎のタレだが、食べてみると不思議な甘辛い味。

 どちらが好みと言われれば食べ慣れたソースを選んでしまうが、こちらはこちらでかなり美味いと感じる。

 というか肉がジューシーでめちゃ美味い。

 これで1200ビーケとなると――ラグリースの屋台相場よりはお値段高めな気がするけどどうなんだ?

 油が高いのかもしれないし、肉ならこんなもんと言えばこんなもん……って、今更だけどお金がビーケじゃん!

 以前ジンク君たちが言っていたように、『ビーケ』がそのまま共通通貨として使われているようでありがたい話だな。


 その後も店の横で食べながら犬の店主と話していると、どうやらヴァルツ王国は畜産業が最も盛んらしく、日本で馴染みのある牛や鶏なんかも多く出回っているとのこと。

 ただ平地がやや少なく、少し前までラグリースからの穀物類も止められていたせいでパンが高く、だいたいの人達は何かしらの肉ばっかり食べているらしい。

 交易が再開されて麦が入ってくれば、肉の消費が減るのではと不安がっていたので

「パンが安くなった時にそのカツ挟んだら、バカ売れすると思うヨ~」

 と真似しながら教えたら、なぜか予想以上に感謝されてしまった。

 ウン、やっぱり獣人と言っても凄く普通で、見た目以外に人間との違いが分からないな。


(種族に限らず、良い人もいれば悪い人もいる、か……)


 ハンスさんに言われた言葉を思い返しながら、犬店主に教わった道を辿ってハンターギルドに到着。

 時刻が昼過ぎとあって閑散とした受付を通過し、一目散に資料室へと駆け込んでいった。

 さてさて、他国の狩場はどうなのかな?210話 表と裏

(ラグリースと似たようなもんか……)

 グリールモルグの近隣狩場は、リプサムと同様にFランク狩場からDランク狩場までが一つずつ並んだ階段構成。

 だいたい付近の狩場状況に合わせて町の規模が決まってくるとなると、それだけ人々の糧として、魔物の存在が生活に直結していると強く理解できる。

 そしてDランクはもちろん、Eランク狩場でも1種だけだが久しぶりの新種魔物だ。

 スキル収集に加えてお金稼ぎも。

 どちらも気合を入れねばと、いつものようにおばちゃん――かも分からない人のところへ興味本位で突撃していく。

「ふむふむ。Dランクの《イスラ荒野》が南東に1時間、Eランクの《ワロー丘陵》が北に1時間半くらい。で、ヴァルツ最高位の狩場が北東方面にあるBランクの《エントニア火岩洞》ですね」

「ですよですよ。でも無理はしないで、最初は《ニコロギの森》から始めた方が良いですよ? 《ワロー丘陵》は大人気で凄く混んでいますし、《イスラ荒野》なんて毒を持った魔物でいっぱいですからね?」

「ハハハ……こう見えても僕、実はBランクなんですよ~見た目ショボいんですけどね」

「あれれ、才能に溢れる子でしたか。鎧を着ていないので勘違いしてしまいましたよ。あっ、もしかしてラグリース王国からですか?」

「そうですよ~今日来たばかりなので、路銀でも少し稼いでいこうかなと思いまして」

 ちょっと変わった感じのしゃべり方をするタヌキの女性は、凄く丁寧だけど歳はいくつくらいなんだろうな。

 獣人は見た目で年齢が読めないし、声質でもピンと来るものがなくてちょっと困ってしまう。

 獣人に慣れれば見えてくるものなのか……できれば見た目から情報を得るためにも、早めに判別できるようにしておきたいんだけどなぁ。

 んー!

「そ、そんなジッと見られたら照れてしまいますよ? おばちゃん、恥ずかしいですよ?」

「あ、失礼しましたごめんなさい!」

 いかんいかん。老化ポイントが存在するのかと、思わずガン見してしまった。

 謝罪しつつ、まずは時間もあるしEランク狩場の《ワロー丘陵》で、未討伐の魔物『フォトルシープ』を狩ってみようかと画策する。

 資料本の挿絵でもすぐに分かっていたが、なんといっても対象はパッと見がモコモコの『羊』だ。

 タヌキおばちゃんも当たり前のように言っていたが、毛に需要有り、肉に需要有り、皮にクソほどの需要有りと……

 そりゃもうこの世界じゃモテモテの魔物なんだろうからな。

 おまけに丘陵――要は丘ってことであれば、場所によるだろうが遠目からでも魔物を目視できる可能性の高そうな場所だ。

(堂々と暴れるか、それとも周りに配慮しながら狩るか。やり方次第で大きく効率は変わるか――)


「失礼、ちょっと宜しいですか?」


 そんな考え事をしながらギルドを出たところで、一人の男に話しかけられた。

 何やら聞いたことのあるようなセリフ。

 ――まさか、もう|監《・》|査《・》|院《・》みたいなところが?

 そう思いながら警戒心を隠しもせずに視線を向けると、その男は意外な言葉を口にする。


「傭兵に興味、ありませんか?」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 俺は今、ベロイアと名乗る男に連れられて、『傭兵ギルド』なる場所へと向かっていた。

 ベロイアは所謂『キャッチ』のような存在で、ハンターギルドで傭兵としての基準を満たしていそうな新顔がいれば、このようにして声を掛けているらしい。

 西側でラグリースから訪れるハンター相手に網を張るなら、入口となるこの町だけ目を光らせておけば十分だろうしね。

 で、このベロイアという男、早々にこんな発言をしてきたのだ。


「もし少年が本当にBランクハンターなら、今なら傭兵登録するだけで20万ビーケ貰えますよ」


 もうこれ以上ないくらいに怪しさ満点の誘い文句である。

 まったく、アホなことを……

 世間知らずの引き籠りニート時代ならまだしも、一応社会に出て営業時代を経験した男にそんなヌルい手は通じない。

 この程度で釣られるわけが―――と思いながら、結局その男についていってしまっている俺はもっとアホなのだろう。

 だがしかし、決してお金に目が眩んだわけじゃない。

 いや、貰えるなら当面の食費が浮くしそりゃ嬉しいんだけど、結局のところ『傭兵ギルド』というシステムとネーミングにちょっと興味が湧いてしまったのだ。

 マルタのギルマス、オランドさんからも、以前デボアの大穴を卒業したBランクハンターが、東に向かい傭兵として雇われているという話は聞いていた。

 が、既に交易が再開されて戦争ルートから外れているわけだから、今更躍起になって兵隊集めという話でもないはずなのだ。

 となると、お金をバラまいて登録を求めている意味はなに? どんな仕事をこなし、どうギルドは運営されているの?

 このように興味が色々と湧き上がってしまうわけである。


 そんなこんなで歩くこと5分ほど。

「ここが傭兵ギルドです」

 そう言われて見上げれば、建物自体はハンターギルドの半分程度。

 入口には初めて見る、剣を持った2本の手が交差しているシンボルマークが描かれていた。

「ラグリースじゃ見たことなかったですね」

「そりゃそうでしょう。あそこはちょっと前まで人間だけの国でしたから」

「?」

 今ので理解できる人もいるのだろうが、俺には余計意味が分からなくなる回答だ。

 もしや傭兵とは獣人専用?

 いやしかし、それならなぜ俺に声がかかる?

 そんな疑問を抱きながら中へ入れば、トクンと――自然と興奮を覚えてしまう存在に目を奪われてしまった。

 真っ先に目を引いたのは、一階のロビーとも呼べる空間のど真ん中に立つ太く四角い柱。

 存在感を示す一辺が2メートルほどのその柱には、それぞれの面に大きな依頼ボードが貼り付けられており、その上部には『護衛依頼』『犯罪者の捕縛、討伐依頼』と。

 2面しか見えなかったが、このように分別された依頼が木板に記載されてボードに引っ掛けられていた。

 そして何よりも興味を惹かれるのが、受付奥の事務スペースに飾られたかなり大型の木製ボード。

 そこには1から40までの数字が順に記されており、その横には入れ替え可能な木板がはめ込まれ、それぞれには個人の名前らしき文字が書かれている。

 数字が若いほど、文字の書かれた木板が大きくなるという拘りも見えるな。


「1位『ジオール・メネキス』、2位『バリー・オーグ』、3位『ファニーファニー』……これは、ランキングボードですか?」


 思わず口から零れ出た言葉だったが、怪しい男ベロイアは目的を達せられたからか、受付の女性に二言三言言葉を交わしてそのままギルドを出ていった。

 条件に合う者をここまで連れてくるのが彼の仕事なのだろう。

「ようこそ傭兵ギルドへ。ギルド紹介をさせてもらうミルフィよ。宜しく」

「えーと、ロキです。まだ参加? 会員? になるか分かりませんが……宜しくお願いします」

「それはもちろん、説明を聞いてからで問題ないわ。それじゃこちらに」

 ……妙に腰をクネらせた歩き方をする女性だ。

 ハンターギルドはそこまで強く押し出されていなかったが、ここの受付嬢を見る限り、傭兵ギルドはかなり容姿と年齢で選ばれている感が強い。

 ミルフィさんについていくと建物の奥へ。

 以前ハンターギルドで受けた講習と同じような椅子とテーブル、あとは部屋の隅にバケツ程度の木箱が設置されただけの小部屋へと案内される。

 ギルドカードでランクを証明し、そこから始まった説明は小一時間ほど。

 そこまで難しくはなさそうな傭兵ギルドという仕組みについて概ね理解しつつ、確認の意味で質問を重ねていく。

「ハンターギルドとの違いは独立組織か国営か、あとは魔物か対人かってところですかね?」

「正確にはハンターギルドや商業ギルドと同じ国を跨ぐ独立組織だけど、運営や依頼管理は基本国単位ということね。それと後者は必ずそう分けられているわけじゃないけど、ハンターギルドが積極的に受理しないような依頼を傭兵ギルドが仲介していると思っておけばいいわ」

「それが要人やお店の護衛、あとは犯罪者の捕縛や殲滅絡みですか」

「依頼内容は多岐に渡るけどね。君もBランクハンターなら、この手の積極的に『人』が絡む依頼なんて、馬車の護送依頼くらいしかまず聞かなかったでしょ?」

「たしかに……」

「ハンターギルドの思想は民衆のため。一部の特権階級に与するような政治的利用の可能性があれば依頼を受理しないわ。だからそういった私的な依頼も含めて、傭兵ギルドが"お金"で片付けているってわけ」

「……それは法的にセーフなんですか?」

「傭兵が依頼通りに仕事をこなして捕まるなんてことはないわよ。傭兵ギルドのトップはオズワード公爵だもの」

 答えになっていないだろ。

 そう思うのは地球人だからであって、この国の人にとってはこれが立派な答えになるんだろうな。

 やや俺が不快感を示したことにミルフィさんは気付いたのか。

 歳とともに体力の衰えてきたハンターが、実績や短期的に実力を示せば済むような仕事を探す場として活用する。

 もしくは現役ハンターがハンター業を終えた後に、契約した店で食事を摂りながらいざという時の荒事に備える。

 このように、ケースの多い具体例をいくつか俺に説明してくれる。

 護衛や用心棒ならその通りで、どちらにとってもメリットがあり、一定の需要もあるのかなと思う。

 だが、ハンターギルドが表であれば、傭兵ギルドは裏。

 どうしても地球の知識から、そんな印象も強く受けてしまう。

 国営が裏で、民間が表ってのも不思議な話だけどね。

 そして、そんな仕事を俺なりのやり方、ペースで活用できるのかどうか――

「ハンターとの兼任はOKなんですよね?」

「もちろん。というより、そうしないと最初のうちは食べていけないわよ? 無名の新人に指名依頼する人なんていないわけだし」

「最初はあの柱に貼り出された依頼を受けながら、コツコツと積み重ねていくわけですか」

「例外的なやり方もあるけど基本はそうね。傭兵としての強さ、実績、依頼の達成率……名が上がり傭兵としての信用を得られれば、それだけ大きな仕事も舞い込んでくるわ」

「その分かりやすい物差しが、あの大きなランキングボードってわけですよね?」

「ふふ、分かりやすいでしょ? あのランキングに載るだけで傭兵としての世界が変わるわよ~? もちろんお金の面でもね」

「まぁ、そうなんでしょうけど」

「そ・れ・に、最初の質問の答えが一つ抜けていたからおさらいよ?」

「?」

「ハンターと傭兵の一番の違い――それは|選《・》|ば《・》|れ《・》|た《・》|者《・》しかなれないこと」

「……」

「強者が強者にしかできない仕事をこなし、高額な報酬を得る。認められ、求められればどこまでも高額な報酬を――ね? ステキでしょ?」


 怖い笑顔だ。

 見惚れる人も多そうなその表情を見て、ついそんなことを思ってしまう。

 傭兵になれる最低基準はハンターで言えば『Dランク』から。

 もちろんハンター歴がなくても実力さえあればなれる――言い換えればハンターの資格をはく奪されようが問題無しということだが、そこからは傭兵としての『|区分け《ランク》』は存在しない。

 そうお姉さんは俺に説明してくれた。

 ランキングボードはあくまで対外用に示した国内の登録傭兵順位。

 なので傭兵になった瞬間から周りは全て横並びで、公開されている依頼であれば掛かる制限も一切無し。

 稀に依頼主が個別に傭兵を断るケースもあるにはあるみたいだが、基本は早い者勝ちで内容と報酬が見合った依頼を消化していく。

 そしてこの、競争心を煽るような仕組み――


「もしかして、傭兵の死亡率ってかなり高くありません?」


 思わず尋ねてしまった。

 両国間の問題が解決しても続いている、傭兵登録で20万ビーケという金のばら撒き方。

 理由があるとすればこのくらいしか思い浮かばない。

 それに対してミルフィさんは、


「ハンターよりは高いわよ。その分効率的に稼げるわけだし」


 当然でしょ? と。

 そのまま言葉が続きそうなほどに、さもあっけらかんと答えてくれた。

 そう、これもこの世界では当たり前の価値観。

 心にちょっとしたモヤが掛かる俺の方がおかしいのだ。


 その後も現状の気になる点を細かく確認していった。

 もうこの時点で、俺の腹の中である程度の答えが決まっていたんだと思う。


 おおよその国内傭兵総数。

 人気、不人気の依頼種別と達成率の傾向。

 拠点となる町を変えた時の流れと予測される不都合。

 依頼受諾から完了までの流れ、その簡略化の仕方について。

 なぜラグリースでは傭兵ギルドがないのか、他国の傭兵ギルドについて。

 傭兵ギルドに登録することのデメリット、などなど。


 終始余裕があったミルフィさんの顔は途中から引き攣っていたが、そんなのお構いなしだ。

 この人は俺をビジネスの相手――ある種カモのような存在として対応していた雰囲気があった。

 ならば俺も一切遠慮する必要はない。

 俺は俺でこの人を利用し、引っ張り出せるだけの情報を引っ張る。

 ご自慢であろうその容姿も、残念ながらもっと上を6人ほど知っているので動じることもない。


 結果、俺はその日に傭兵登録をした。

 そしてBランクハンターという理由で登録報酬20万ビーケと、中央に穴の空いたバングルを受け取ったのだった。211話 妄想を掻き立てる攻略本

 宿に戻り、受け取ったバングルを指で弄りながらボーッと眺める。


(普通の鉄素材っぽいよなぁ……ホントにこれで魔道具?)


 渡された時、ミルフィさんから傭兵の証明になるので、基本的には腕に付けておけと言われたこのバングル。

 表面に簡単な装飾が施されており、裏には俺の名前と、発行場所という意味でグリールモルグという町名が彫り込まれていた。

 そして、今は穴が開いている中心部の窪み。

 この窪みにギルドから認められた一部の傭兵のみ、共鳴石という名の石を支給されてはめておくらしい。

 割った共鳴石の片割れに【光魔法】で光を当てると、離れた場所にある別の片割れも光るという異世界らしい優れもの。

 そしてバングルは一度光ればそのまま一定時間維持させる簡易魔道具にもなっているようで、これを使って指名依頼が入ったことを知らせるため、視界に入りやすいバングルを傭兵の証明にしているという話だった。

 なので石を渡されないということは、指名依頼の可能性が無いということにも繋がるわけだな。

 お隣のフレイビルにある鉱山で採掘される希少鉱石らしく、欲しければ"実績を積んで実力を示せ"と言い切られてしまったが、まぁ俺が傭兵登録した目的を考えればこのままでも問題ないだろう。

 守銭奴ロキが顔を出したから、少しでも効率的に稼げる可能性を作っただけで、俺の本業はあくまでハンターだしね。


 もういいやとバングルを革袋にしまい、その代わりにゴソゴソと取り出したのは3冊の本。

 やっと落ち着いて読める日が訪れたのだ。

 ベッドに寝転び、とりあえずはどんなものかと、一番上から手に取り流し読みしていく。

 まぁ、早々に流し読みどころではなくなってしまったわけですが……

 しょっぱなから本の内容に凹まされた――そう言い換えてもいい。

 思わず本をひっくり返し、背表紙に書かれた『系統によるスキル特性の違い』というタイトルを見て、深く溜息を吐く。


 ◆戦闘・戦術系統スキル

 習熟速度:△

 上昇恩恵:〇

 事前知識:×

 即効性:◎

 反復行動により緩やかな速度で経験は積みあがっていき、自然スキル習得、レベル上昇へと至る。
 事前知識を必要としないものが多く、取得後すぐにその技能を活かせる場面は多い。


 ◆魔法系統スキル

 習熟速度:×

 上昇恩恵:〇

 事前知識:◎

 即効性:△

 自然スキル取得までの難易度が非常に高く、前提となる知識と多くの反復行動が必要不可欠になる。
 その分スキル取得、レベル上昇した時の恩恵はスキル系統の中でもトップクラスだが、すぐに活かせるかも術者の知識次第で扱いが難しい。


 ◆ジョブ系統スキル

 習熟速度:〇

 上昇恩恵:△

 事前知識:◎

 即効性:×

 仕事に結びつく専門技能の系統が多く、必然的に反復行動に繋がりやすいため、自然スキル取得までの道のりは最も手軽で身近。
 しかしスキル取得、レベル上昇による恩恵は大きいものではなく、今まで培った知識と経験をスキルが補助、増幅させる傾向が強い。


 ◆生活系統スキル

 習熟速度:△

 上昇恩恵:〇

 事前知識:×

 即効性:◎

 生活系統スキルも日々の生活の中でとる行動がそのまま経験に繋がるが、スキル取得に至るまでの速度はジョブ系統に比べると遅い。
 反面得られれば感覚で効果を得られるものが多く、かつ前提となる知識も大半が不要であるため、得られればすぐに活用できるものが多い。


 ◆純パッシブ系統スキル

 習熟速度:〇

 上昇恩恵:△

 事前知識:×

 即効性:◎

 生活系統スキルに近いが、スキル取得、レベル上昇の恩恵を肌身で感じることは難しい。
 また自然スキル取得までの道のりは早いものの、痛みや苦痛を伴って得られるものも多いため、習熟速度については賛否が分かれるだろう。


 ◆その他/特殊

 習熟速度:不可

 上昇恩恵:〇

 事前知識:〇

 即効性:◎

『天啓』による職業専用スキルになるため、そもそも自然取得は不可能。
 ただし得られればそこまでの知識を必要とすることなく、大きな能力をすぐに活用できる事例は多い。


 そしてこれら大枠となる傾向の他に、個々人の『顕在的才能』と『潜在的才能』が存在し、それぞれのスキル成長を促進、もしくは望まぬ抑制に働くこともあるという。

 ここでいう『顕在的才能』というのは、それこそ身近なところで言えばエニーや、小さいころから腕力は強かったというポッタ君のような存在だろう。

 幼い頃からスキルレベルという数値で才能が表面化しているタイプもいれば、成長速度という面で伸びが人よりも早い早熟型もいたりするらしい。

 そして才能とは逆――要は隠れた苦手要素があり、いくら努力を積み重ねても成長が著しく遅い。

 こんなパターンも珍しくないとこの本には記載されていた。

 まぁ地球にいた頃もよく耳にした話だし、自分自身に当てはめても【算術】は得意だけど【暗記】はちょっとなぁ……と想像できるので、さして難しい話ではない。

 しかしこれで少々厄介というか、秘密基地計画の障害になるであろう問題点がはっきりしてしまった。


(ジョブ系統スキルがキツいなぁ……)


 これを俺が使いこなすのはかなり厳しいだろう。

 なんせ俺には農耕やら畜産など、専門技能と呼べるような知識がほぼと言っていいほど無い。

 まだ多少あると言えるのは、【話術】や【交渉】といった営業時代に培った知識や経験くらいで、この本の通り元からある知識を広げて現実に反映させていくのがジョブ系統スキルであるならば、知識0になんぼ掛け算したって0のまま。

 結局使えませんってことで終わってしまう。

 現に元々農業やってた人が多かったんだろうな。

 山賊連中を壊滅させたことで、俺は【農耕】がスキルレベル6になっているが、想像しても農耕に関する知識が湧き上がることは何もない。

【建築】のスキル持ってたら自然と家が建つとか、【酒造】を覚えたらなんとなくお酒ができてしまうとか――そんな甘いことを考えていたけど、どうやらこの異世界はそんな温い仕様にはなっていないようでかなり残念な結果である。

 まぁスキル別に細分化された評価もそれなりの数が載っていたので、この本から得られた知識はかなり多かったと思うけどね。



 そして次に手に取ったのは、表表紙に『知られざる魔法技能』と書かれた一番薄い本。

 これも勉強になるというか、こちらは単純に読んでいて面白かった。


 スキル名:【発動待機】


 敢えてスキル発動可能状態から我慢することで取得できるスキル。

 期待できる効果は対人でのタイミングずらしが主で、本命の攻撃を当てるために防御系統魔法を空振りさせる。

 あとは『旧型詠唱』と『新型詠唱』のズレを無くすために使用することもあるらしい。

 ここで一旦俺は「は?」となったが、落ち着いて読めば十分中身を理解できる内容だった。

 旧型詠唱とは今俺が実践しているような詠唱法で、独自に言葉を紡ぎ、精霊に魔力という餌を渡して発動させる"独自魔法"。

 こちらは魔力の操作や使用魔力、そして一番大事らしい"発現イメージ"が人によってブレるため、個々が放つ強い魔法には適しているも、集団戦闘の場面では不向きという歴史があった。

 そこで新しく登場したのが新型詠唱というもので、全員がまったく同じ詠唱を唱え、発動後のイメージを強くもてなくても、同じ事象を同等レベルの魔力消費で行うというもの。

 これによって集団戦――それこそばあさんのような宮廷魔導士とかが、団体で足並み揃えながら一斉に魔法を放てば、大きな相乗効果を生み出すことができると記載されていた。

 難点は誰でも同じような発現結果にもっていくため、どうしても詠唱文言が長くなることらしいが、現代では誰でも使えるという意味でこちらがメジャー。

 B級昇格試験で戦った派手なパンツのラランさんがやたら詠唱が長かったのも、前にメイちゃんが俺の詠唱変とか言っていたのも、こういう理由だったのねってことがようやく理解できたわけだ。

 逆の立場――要は俺だけ詠唱長くて困ってるなら早めに問題解決しようと動いたんだろうが、別に短く使えてるならいいじゃんねっていう、そんな結論になってすっかりこのことを忘れてたわ。


 そしてそして。

【発動待機】が相応のレベルまで到達すると、【多重発動】という境地に達することもできるらしい。

 相応のレベルってなんぼやって疑問はあるけど、まぁそこは具体的な数字が書かれていないのでしょうがない。

 そんなことよりも【多重発動】だ。

 なんてロマンのある言葉――何個同時に発動できるのか知らんが、たぶんこれもスキルレベルによって変わってくるのだろう。

 おまけに。

 ここで終わらず、さらに上のスキルもあるらしい。


 スキル名:【合成魔法】


【多重発動】使用者は実際にいたらしいが、【合成魔法】使用者はこの本の情報元となった金板書『リグラム』が作られた古代でもいなかったらしく、じゃあ当時どのようにしてこのスキルの存在を知り得たのかって疑問は残るが……

 もうワクワクしすぎて、分厚く一番どうでもよさそうな本。

『ラグリース王国の歴史と展望』なんて読む気が無くなるレベルである。


(はぁはぁはぁ……ワイ、いつか【多重発動】しまくって、それ全部【合成魔法】にして「あれれ、もうその魔法って実は宇宙《コスモ》じゃない?」みたいな凄いヤツ撃っちゃうんだから……)


 そんな妄想をモクモクと頭の中で湧き立たせながら、攻略本を枕元に俺は心地良い眠りにつくのだった。212話 縄張り

 翌日。

 せめて混み合う前にと、朝からご飯を抜いてグリールモルグの北へ飛び立ち、Eランク狩場 《ワロー丘陵》を上空から見下ろす。

 丘だろうが上から俯瞰すれば丸裸。

 まずは所持スキルを把握してやる――そう意気込んでやってきたわけだけど、その気持ちはそうそうに挫かれてしまった。


「マジかよ……」


 丘から少し外れた平地には、よく見なくても分かるレベルで存在している複数のテントらしきもの。

 まだ日が昇ったばかりだというのに、いくつものパーティや個人が既に活動を始めていた。

 他にもピーキーボアと、久しぶりに見るホールプラントもいるのにまったく相手にしていないし……

 まさかの泊まり込みで羊狙いとは、この人達、相当マジである。

 一応街道から極力外れるように、ワロー丘陵の奥へ奥へと飛んでみるも、泊まり込むような人達なんだから多少の距離なぞ関係ないんだろうな。

 奥地は奥地で縄張りのように、いくつかのテントを密集させたグループがあちこちに存在しているので、こりゃダメだと思って思案する。

 多くのハンターは――皮をこの場で剥いでいるわけか。

 狩り担当、皮剥ぎ担当、荷運び担当と軽く組織化されているっぽく、テントの脇には火に掛けられた鍋が置かれていたので、狩った肉をそのまま食事に回している気配すらある。


(まいったな……)


 一旦人があまりいなさそうな丘の上に降り立つも、出てくる感想はちょっとした諦めだった。

 とりあえず周囲の残りモノを狩りながら様子をみる。

 せめて5体は狩らせてほしい。

 スキル次第ではそれ以上となるわけだけど、それでも極力こんな混み混みの非効率な狩場にいたくない。

 そう思っていたわけだが、そもそもとして最初の5体すらどうやら厳しいらしい。

 浮いたフォトルシープを発見したと思っても、高い位置から弓師があっさりファーストアタックを取っていく。

 眺めているとそれでフォトルシープが死ぬわけじゃないんだが、魔物はヘイトを取ったその弓師に向かっていくわけで――

 そこで待ち構えていたように、平均二人くらいの近接職が顔面をタコ殴りにする。

 こんな狩り方が周囲でも確立されているようだった。

 まるで弓の届くこの範囲は俺の陣地と言わんばかりの縄張り意識である。


 真っ先に【挑発】を打つ?

 いやいや、そこまで射程が長くない。


 俺も弓のスキルレベル5なんだし、弓師になっちゃう?

 いやいや、弓と矢が無いわ。


 上空から発見次第ダイブしちゃう?

 クッソ目立つよね。今更だけど。


 ブツブツと可能性を考えながらも素早く移動し、スキルレベル3となって周囲90メートルをカバーできるようになった【探査】を使いながら必死に羊を探す。



 いや、これマジで見つかんね――――――――、



 え?



 その時、背後20メートルほど。

 丁度今しがた通ったライン上で急に気配が湧き、振り返ればそこにフォトルシープがいた。




 |コ《・》|イ《・》|ツ《・》、|ど《・》|こ《・》|か《・》|ら《・》|出《・》|て《・》|き《・》|た《・》?




 真っ先に思うも、まず優先すべきは目の前の羊を狩り取ること。

 俺が間違いなく一番近い。

 弓よりも早く――そう思って咄嗟に取った行動は、持っていた剣をぶん投げることだった。

【投擲術】とかなり伸びた筋力値の影響か。

 物凄い速度でカッとんでいき、フォトルシープに刺さり――そのままあっさり貫通して俺の剣はどこまでも飛んでいく。


 ぬ、ぬほぉおおおおおーーーーーッ!?


 俺の大事な剣がぁあああああ!!


【身体強化】を使い、【突進】も使いまくり、なんとかして100メートル以上先まで飛んでいった剣を無事回収。

 とりあえず人に刺さらなくて良かったぜ~と冷や汗掻きながら戻ってみれば、見知らぬおっさん達が俺の倒した羊を回収していくところだった。


「え? ちょ……それ、僕が最初に倒したやつなんですけど!」

「あぁ? おまえどっか行っちまったじゃねーか」

「そ、それはまぁたしかにそうなんですけど……でも獲物の権利はファーストアタックなんでしょう!?」

「ファーストアタック? わけのわかんねーこと言いやがって……なんだよそりゃ」

「あぁ、最初に攻撃したやつって意味っぽいぜ」

「……ふーん、じゃあ俺達だろ。ホレ」

 そう言われて指差す場所を見てみると、そこには一応矢が一本刺さっている。

「いやいや、どう考えても僕の剣が先だったと思いますけど」

「じゃあ証明しろよ」

「え?」

「証明できなきゃ世の中は多数決って決まりだぜ?」

「……」


 あぁ、まただ。

 男は自分が間違いなく有利に立っていると信じ、ニヤつきながら蔑んだ目で俺を見降ろしていた。

 本当にいつになったら治るのか。

 この目を見ると動悸が止まらなくなる。

 決まってこういう目をしている時は――


「んだよ。さっきから邪魔くせぇガキがいやがると思ってたが……揉め事か?」

「あぁ、この新参がよ、ここのルールを何も分かっちゃいねぇ」

「フォトルシープを狩りたきゃ、どっかのグループに頭下げて入れてもらうのがここのルールなんだよ! 勝手なことしやがって」

「それにこんな大穴開けるような、下手くそな狩り方しやがってよ」


 思わず、回収してきた剣を強く握るも、これは間違いなくルール違反だ。

 自身に都合の良い独自ルールを作って自治厨気取るコイツらはクソだが、かと言って俺に殺意を持っているわけじゃない。

 ただ自分達の利益のために、割り込んだような形になっている俺が邪魔なだけ。


「すみませんでした。お詫びに、魔物の素材はお譲りします」

「けっ! 初めからそう言っときゃいいんだよアホが。無駄な時間使わせやがって……ちなみに俺んとこは入れねーからよ」

「俺んところも無理だぜ?」

「俺んとこもだ。じゃあニコロギの森にでも行ってゴブリン狩ってくるしかねぇなぁ!」


 ギャハハと、俺を囲むように下品な笑いを浮かべた男達を再度確認する。

 顔を、しっかりと覚える。

 うん、これなら大丈夫だ。

 罪悪感は何も生まれない。



「ちなみに、ファーストアタック――初撃を証明すればそれでいいんですよね?」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ふと昔ゲームで、「この部屋は俺専用の狩場だから立ち入り禁止!」と宣って、その後PKされまくっていたプレイヤーを思い出した。

 我ながらガキだなぁと、つくづく思う。

 それでも、こういう人達の存在が嫌いなんだからしょうがない。

 俺の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも、それでも何も言葉を返さない子供に飽きたのか、鼻を鳴らして去っていった男達。

 その動きを目で追いながら、俺は上空30メートル付近へ飛んだ。

 男達のうち何人かは目を見開き俺の姿を見上げていたが、今更そんなこと気にもならない。


 ――【探査】――『フォトルシープ』――


 上空から丘を見つめるも、視界内では何も変化が起きない。

 が、見えないところから突如として反応が湧いたので、


『消せ、雷槍』


 その瞬間、俺が上空から【雷魔法】を放って死滅させる。

 さすがにレベル3だと死体は残っちゃいるが、それでも体長2メートルほどのフォトルシープは身体の半分が吹き飛び、残りも黒ずんで見る影もなくなっているので、素材としての価値はほとんど残っていないような気がする。

 まぁ、俺は素材を捨てたからどうでもいいんだけど。

 下で何やら男達が騒いでいるけど、ファーストアタックを証明すればいいと言ったのはあの男達だ。

 ならこれで、間違いなく弓より早く俺の雷は届く。

 どうせこの高さで、なおかつ外套の内側から魔法を放てば、外套に穴は開いたが黒い魔力など分かりゃしないだろう。

 なのでバッタくらいの大きさになって喚いている男達のことなど、もはやどうでもいい。

 ――問題は、急に反応が湧くこの現象。

 考えてみれば、この見晴らしもそれなりに良好な狩場で、いったいどこからフォトルシープは生まれているかが謎なのだ。

 これだけ狩り倒されていれば、魔物とは言え生物ならばこの場からいなくなる。

 それこそ普通に考えれば、少なくともこの地では絶滅だ。

 にもかからず、どれも似たような体長をした成体が、何事もなかったかのように歩いていたりする。


『消せ、雷槍』


「クソガキがぁー! ぶち殺すぞ!!」

「降りてこいやガキがっ!!」


 あっ――


 ――【拡声】――


「弓師の方、もし僕に矢を放ったら、絶対にあなただけは殺しますから止めてくださいね」


「え……? お、俺だけっ!?」

「「「「……」」」」


(今も、突如として湧いた。まるでゲームのように、突然……)


 スキルも魔法もある世界なのだから、自らの常識に当てはまらない部分があるのも当然のこと。

 しかしあまりにもゲーム的な要素に寄り過ぎたこの現象に、未だ理解が追いついていない。

 魔物が目の前でいきなり出現する――

 今まで誰からも聞いたことの無い話だ。

 そしてさっきも今も、広く視界は丘を捉えているのに、視界外からフォトルシープは湧いてくる。

 ということは、もしかして……?

 たぶん俺だけがやっても意味はないだろう。


 そう思いながらも|目《・》|を《・》|瞑《・》|る《・》。


 もしかしたら誰からも見られていない状況――これが条件に入っているのかもしれない。

 そう思って試した後は、やはりというか、少しだけ湧きが早くなったような、そんな感じがする。


『消せ、雷槍』


 あくまで仮説だ。

 でももし、ソロで活動中に求める魔物が少なくなったら、こんなやり方で魔物の湧きが回復するのを狙ってみても良いのかもしれない。

 摩訶不思議な現象に悩みながらもそう結論付け、その後もしぶとく|彼《・》|ら《・》|の《・》|狩《・》|り《・》|だ《・》|け《・》|を《・》邪魔するように、ファーストアタックを取り続けながらスキル収集に勤しんだ。


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『【睡眼《スイガン》】Lv1を取得しました』213話 イスラ荒野

 1日限定のおっさん妨害作戦――という名のスキル収集も無事終了し、次にやってきたのはDランク狩場 《イスラ荒野》。

 早朝からワロー丘陵以上に見晴らしの良い狩場を眺め、ウンウンと深く頷く。


(うじゃうじゃいるねぇ。やっぱり狩場は空いているのが一番だわ)


 このエリアの魔物は3種。

 地面に溶け込むような茶色い体表をした、体長2メートルほどの大型トカゲ、ベイプリザード。

 そこら辺に転がっている岩のような灰色をし、地中に潜っていることも多いらしいハイドスコーピオン。

 そして近づくと急に青紫のガスを纏い始めるポイズンクラウド。

 ちなみに3種ともが見事に毒持ち。

 そのため一応保険用にポイズンポーションも1個だけ買ってきているが、まぁ狩場ランクを考えればたぶん使うことはないだろう。

 毒袋のある鋭利な爪付きの手、幅広く転用が可能そうな厚い皮、毒針のある尻尾に硬い外殻と、それなりに持ち帰れば高値で引き取ってくれる素材もあるようだが――


(換金効率を考えれば、やっぱり魔石オンリーだよね)


 そう判断し、移動していたハイドスコーピオンを上空から串刺しにする。

【招集】にはまったく反応が無いし、どう見たって反応があるタイプの魔物でもない。

 だからここはコツコツと。

 地道に仕留めていく必要のある通常の狩場だが、それでも気掛かりな情報もあったりする。

 というより、イスラ荒野だけに存在する謎の注意喚起だ。

 上手く利用すれば何か起きそうな気もするが、果たして成功するのかどうか――というより成功したとして、俺自身に旨みがあるのかどうか。

 まずは色々試してみますかと。

 奥地の誰もいない荒野を縦横無尽に駆け回った。



 そして小一時間ほど。

 一通りの魔物を倒しながらチラチラとステータス画面を眺め、スキル情報を頭の中で整理していく。

 その結果おおよそで分かったのがこのような結果だ。


 ベイプリザード

【毒耐性】レベルは不明だけど、ロッキー平原のポイズンマウスと同じくらいのレベル4か、もしかしたらレベル5あるかも

【爪術】レベルは2で確定


 ハイドスコーピオン

【硬質化】たぶん経験値の上り幅からするとレベル3っぽい


 ポイズンクラウド

【気化】レベル5確定、激熱

【毒霧】レベル2確定 


 それぞれ10匹ずつくらい狩って判別できたのがこれらのスキルだった。

 なのでもしかしたら、他にも判別できていない所持スキルがあるのかもしれないけど、あっても既に俺が取得済。

 おまけに経験値上昇では気付けないくらいレベルの低いスキルということになるので、他に何を持っているというところに気を向けてもしょうがないだろうな。

 それより重要なのは、相応の経験値を得られるとはっきり分かった確定スキルの方だ。


 まず【爪術】、これはかなり意外だった。

 得られたことをアナウンスで知るも、探したところでまったく見つからず。

 なぜぇ? と一番下までスクロールさせたら、まさかのその他枠にこの【爪術】がいた。

 なんかモンクとか武闘家が、爪付きのグローブ着けたりして戦うイメージあったんだけどね。

 どうやらこの世界だと『爪』は魔物の専売特許らしい。

 まぁそれでも白文字で俺も使えるわけだし、【体術】と繋がりがあるのかは不明だけど……

 俺が爪付きグローブや籠手でも装備して戦ってたら、かなり異色の格闘家になれるのかもしれないな。


 あとは久々に見る初期値で高レベルスキルの【気化】が熱い。

【毒霧】も【気化】も使用できない魔物専用スキルなので、そこは残念なところだが――スキル名を見ればしょうがないんだろうね。

 この辺りまでできたら、もう人間辞めましたってなっちゃいそうだし。


 Dランクだけあって魔石もそこそこの値段で売れ、【毒耐性】【気化】はボーナス能力値狙いにうってつけ。

 どちらも上手くいけばレベル8までもっていける可能性はあるわけだし……


(うん、イスラ荒野は粘るべきだな)


 そう判断した俺は、次の問題。


『ポイズンクラウドを起こしたら、責任を持って討伐しましょう』


 そして、


『ポイズンクラウドは大きくなることがあります。見つけたら近づかず、小さくなるのを待ちましょう』


 資料本に書かれていたこの注意喚起の意味におおよその当たりをつけつつ、|わ《・》|ざ《・》|と《・》|大《・》|き《・》|く《・》|す《・》|る《・》|こ《・》|と《・》|は《・》|で《・》|き《・》|る《・》|の《・》|か《・》。

 タヌキおばちゃんから逃げずに、ちゃんと確認しておけば良かったなぁと後悔しながら実験を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ポイズンクラウドは今までにない、不思議な魔物だ。

 というより俺からすれば、魔物なのかも疑わしいような存在だった。

 ポイズンクラウドの本体は魔石であり、その魔石は地面に転がっている。

 この時点で意味が分からないと思うが、一定の距離まで近づくとその魔石から魔力とは違う――もう少し毒々しい色合いをした青紫の霧を発生させる。

 いや、魔石が発生させているのかは分からないけど、とりあえず魔石に霧が纏わりつくのだ。

 もちろん可視化されたただの霧なので、そこに目や口があったりするわけではない。

 で、もっと近づくと、3~4メートルほどに広がった霧が突如として襲ってくる。

 これがたぶんスキルにある【毒霧】なんだろう。

 霧は一定範囲内を追いかけて来るので、罠とは違って意思があることは間違いない。

 ただあくまで霧であり実体が無いので、剣を振ろうが意味は無く、その本体である魔石を壊せば霧はなくなり死亡判定になる。

 なのでポイズンクラウドだけは換金方法も特殊だ。

 砕かれた欠片の状態が前提になるので、集めた魔石の重さで換金額が決まると資料本には書かれていた。

 欠けた魔石を使って魔道具のライトを付けたりしているし、欠けても価値があるというのは分かるんだけどね。

 それでも粉々にすれば回収が厳しくなるので、他の2種と違いなかなか扱いの難しい魔物ということになるな。


 そしてそんな魔物が起きたら――つまり、霧を纏ったらちゃんと倒せ。


 じゃないと大きくなって危険な存在になるぞ。


 でも大きくなったら、今度は小さくなるのを待とう。


 この謎解きのような注意喚起がどういう意味なのか、手と足を動かしながらも考える。

 放っておけば大きくなるという理屈はまだなんとなく想像できるが――なぜその後に、待てば小さくなるのかがいまいち分からない。


(うーん、とりあえず何匹か起こして放置してみるか)


 ギリギリの狩場ならこんな危ないことできないけど、Dランクという余裕ある狩場なら考えるより試した方が手っ取り早い。

 数匹のポイズンクラウドを霧状にし、少し離れて様子を見ながら他の魔物を狩り続けるも、特に変化は見られない。

 ポイズンクラウドはその場から動かない――というより動けないので、ただその場に漂っているだけだ……って、あれ?

 少し目を話した隙に、起き上がらせたポイズンクラウドは、いつの間にか全て消えていた。


(これはもしや、魔石の魔力残量を消化しきったってオチ?)


 そう思って再度近づけば、間違いなくさっき起こしたと確信できる魔石が再度霧を纏う。

 どうやら謎解きの回答はこれじゃないらしい。


(となると、あとは経過時間くらいか)


 大きくならずに消えてしまうのは予想外だが、小さくなる原因が分かったとなれば、お次は大きくなる可能性を実践していく。

 と言ってもこれを試すのは簡単だ。

 ポイズンクラウドが霧状になったところで、その場に倒した別のポイズンクラウドの魔石を投げ込む。

 すると投げた魔石の欠片は溶けるように消えていき、代わりに霧は先ほどよりも一回り大きくなっていく。

 うん、これは予想通りの展開だな。

 となれば、次にトカゲかサソリか分からないが、どちらかの欠けていない魔石を放り込んでみた。


(……ふーん。一応識別してるんだ)


 いけるかと思ったこちらには反応無し。

 これでポイズンクラウドの魔石だけを食っていることが証明された。

 ならば、やることは一つでしょう。

 目の前のポイズンクラウドに魔石の欠片を、様子を見ながらどんどん食わせる。

 幸い欠片は特製籠に入れると隙間から落ちそうだったので、別の革袋に入れて持ち歩いていた。

 だからゴソッと掴んではポイポイポポーイと、投げながらも本体が変化する様を注視していると、霧の色――というより濃度が僅かに濃くなり、中央の魔石も明らかに先ほどよりは大きくなっていることが確認できる。

 途中で魔石をあげなくてもさらに膨れ上がったタイミングが何回かあったので、たぶん霧状になった範囲に偶然別のポイズンクラウドが存在していれば、そいつも吸収していき巨大化。

 これが自然とポイズンクラウドが成長してしまう時のパターンなんだろう。

 となると、時間経過で小さくなられてしまえば食わせ損だし――

 とりあえずは人生経験と。

【洞察】で俺より弱いことがはっきり分かっているため、一度大きく広がった毒霧を軽く吸い込んでみる。

 すると。


(フゴッ!? 目と鼻がぁああああ!!)


 これは死ぬようなタイプじゃない。

 それは自然と理解したが、まるでワサビを大量摂取してしまった時のような、強烈なツーンとした刺激に襲われる。

 もうこなったらついでだとそのまま涙目で突っ込み、肥大化した魔石を剣で一閃。

 すぐに晴れていく霧を確認しながら、俺はステータス画面の数値を確認する。


(うーん、残念)


 この大きさだと、経験値やスキル経験値の伸びは通常と変わらず。

 でももし、もっと成長させて……【気化】がスキルレベル6や7に昇格でもしたら?

 発生する霧も、以前食らったカズラ血毒のような致死性が高いタイプじゃないし、いざとなれば霧の範囲外から魔石を破壊する術だっていくつかある。

 それに倒した後の大きな魔石量を見ても、食わせて損をしているという雰囲気もないのであれば、試す価値は十分あるだろう。

 そう考え、裏技的な考えに思わずほくそ笑みながら、ポイズンクラウド、もしかしたら昇格できるかも作戦に向けて動き出した。214話 追加仕様と隠し仕様

 初日のイスラ荒野はかなり順調な滑り出しだったと思う。

 スキル収集も大きく進み、魔石の換金は午前と午後に分け、1日100万以上の収益を叩き出せている。

 しかもポイズンクラウドの魔石を抜きにしてだ。

 何かあったら怖いので、念のため解体場のオヤジには確認した。

「ポイズンクラウドの魔石って、持ち帰ったらいきなり毒霧が発生することとかあります?」

 すると、

「割ってんならありえねぇぞ。そんなことになったらここは四六時中毒霧だらけだぜ?」

 と、笑いながら教えてくれたので、たしかにそれもそうかと納得した。

 欠片になっても作動するなら、生活用の魔石としてはまったく活用できず、ただの危ない石になっちゃうもんね。

 だから革袋に入れたまま、俺は宿屋に持ち帰ったのだ。

 別に魔物の体内に入っていたわけじゃないし、地面に転がっている石を持ち帰ったのと同じ感覚なので、匂いや強い不快感があるわけでもない。


 それに宿へ戻ったあとは、すぐに魔石の存在なんて忘れていた。

 今日チラチラとステータス画面を見ていたら突如現れた異変。

 たしか――ルルブの森で風呂パーティしていた時以来であり、あの時願った仕様変更。

 そう、所持金額の表示がとうとう追加されたのだ!

 といってもあの時の願いが反映されたのかというと少し微妙だ。

 グリールモルグで串カツっぽいのを食べた時、共通通貨だと知って俺は改めて願った。

 これならなおさらに、ステータス画面で所持金表示してほしいなって。

 だから『New』の後にお願いしたという意味で順番に追加されたとも言えるし、最新の願いが叶ったとも言えるなんとも微妙なところ。

 だがまぁ、これでステータス画面を見られるというスキルに、レベルが存在している可能性はかなり高くなったんじゃないかなと思う。

 二つ目の仕様が追加されたとなれば、今は推定レベル3。

 となれば1~2年後くらいにはレベル4になって別の追加仕様が狙えるかもしれないわけだし、頻繁に上がるものじゃないからこそ、慎重に考えておいた方が良いだろうな。


 ちなみに現在表示されている数値はこうなっている。


『6,189,500ビーケ』


 持ち金をきっちり数えて照合したわけじゃないけど、別に仕舞っている白金貨3枚分も含まれた、俺の手持ち総額であることはまず間違いなさそうだ。

 そしてこのお金表示部分に視線を合わせると、別の数値にも切り替えられる。


『92,908,300ビーケ』


 こっちの大きな数字は、たぶんハンターギルドに預けている手持ちじゃないお金も含めた総額だろう。

 これから俺は『現金』『ハンターギルドの預金』『商業ギルドの預金』『傭兵ギルドの預金』と所持金総額が分かりづらくなるので、本の代金でバンバンお金が飛んでいく身としてはかなり有難い追加仕様だ。

 そしてここの数値が一応まだ現実的なことから、手持ちの物品資産はカウントされていないこともはっきりしたな。

 いやーフェルザ様グッジョブですよ。

 これからも世のため人のため、魔物退治と悪者退治をどんどん頑張りたいと思います!




 こうして分厚いラグリースの宣伝本は放っておかれたまま朝になり、鐘の音とともに目を覚ました俺は今日も早朝からイスラ荒野へと来たわけだ。

 今日は定点狩り用でいつも持ち歩いている大と中型サイズの革袋の他に、普段の荷物入れ用として宿に置いてある中型革袋も追加で持参。

 ポイズンクラウドの魔石片を溜めまくるぜ~? と意気込みながら、誰もいない奥地で定点狩りを開始した。

 この時、一番の失敗だったのは、適度に食わせて魔石を統合させていけば良かったのに、一気に試そうとしてしまったことだろうな。

 イベントアイテムなど、成長と密に繋がらないアイテムは、なぜか溜めてから一気に使いたいという『溜め癖』が出てしまった。

 我慢して一気に現れる変化を楽しみたいという――ゲーム感覚と興味本位で、いつの間にか魔石の欠片を拾い集めることが目的になってしまっていたように思える。

 それに実際集めるだけなら効率もかなり良かった。

 昼過ぎには、現代のリュックサックよりもう一回り大きいくらいの中型革袋が、昨日の持ち帰り分も合わさってパンパンになるくらいには集まったのだ。

 となれば予定通りお替わりするわけで――今度はもう一つの中型革袋と定点狩り用の大型革袋を持って狩りを再開した。

 つまり籠の横に、魔石片が大量に詰まった革袋を置いたまま定点狩りを再開したということになる。


 ……油断、ではなかったはずだ。

《ワロー丘陵》でフォトルシープがいきなり湧く現象。

 あれだって発生原因を確定できたわけではなかったし、湧く瞬間を直接この目で見たわけでもない。

 "リポップ"と言ってもいいくらいゲームに寄り過ぎた出来事だったので、実感があまり持てていなかった。

 それにこの狩場は視界に俺一人という状況。

 |魔《・》|物《・》|が《・》|枯《・》|れ《・》|る《・》なんて、そんな事態想定もしていなかったというのもある。


 だから――――


 目を離した隙に、まさか新しく湧いたであろうポイズンクラウドが、俺の集めた魔石片を喰ってるなんて、そんな事態を想定もしていなかった。

 振り向いた時にはもう遅かったと思う。

 遠目にみるポイズンクラウドは、かなりの距離があるにもかかわらず巨大で、今までみたこともないほど深い紫色をしたソレは上空の雲すら喰わんと思わせるほどだった。

 しかし、それでも俺は安堵していた。

 それは噴煙のように|濛々《もうもう》と立ち上った霧の体積が、徐々に徐々に小さくなっていたからだ。

 定点狩りをすれば、20~30分ほどは魔物を探して走り回る。

 だからそのうち『|時《・》|間《・》|経《・》|過《・》』で、あとは小さくなるだけだと、そう思っていた。

 失敗した――せっかく集めた魔石の欠片はどうなっちゃうんだろうって。


 だが、そんな楽観的な予想はすぐに外れたと思い知らされる。

 たしかに体積は小さくなっていた。

 が、合わせてどんどん危険度が上昇することを示すように、霧の色が濃密な紫から黒へと変わっていく。

 全力で駆け寄りながらも、これはマズい……直観的にそう思い、【洞察】を使って確信した。



 あぁ、これは――たぶん、俺じゃ勝てなくなる。



 成長途中だったからか、今までに感じたことのない曖昧で、それでいて気持ち悪い感覚だった。


 もうこうなれば必死だ。

 この場を逃げるだけならどうとでもなる。

 だが、あの極濃の毒霧を放っておけばどうなってしまう?

 想像も、できない。

 だから咄嗟に取った行動は、とにかく|散《・》|ら《・》|す《・》|こ《・》|と《・》だった。


『高速で 突き抜けろ! 雷槍!』

『散らせ! 襲雷!』

『と、届けっ! 天雷! 周囲の霧を 吹き飛ばせ!』


 発動速度、飛来速度ともに速い【雷魔法】を様々に撃ち込むも、しかし効果は薄い。

 "雷槍"は届くが、あまりにも一点突破過ぎて霧に穴を空けるだけ。

 一番効果の期待できそうな広範囲魔法"天雷"は、距離の問題からしっかりと当たっていないように感じた。

 だが……収束が止まっている……ようにも見える。

 飛び散った霧を再度集めることに力を注いでいるような、流動する霧の動き方がそんな雰囲気を感じさせた。

 ならば止めてはならない。

【雷魔法】を連発しながらこれ以上ないほど全力で駆け寄り、そしてやっと届きそうだという距離になって本命を放つ。


『はぁ……はぁ……突風の壁よ! 波の如く 広がる霧を 散らせッ!!』


 がむしゃらに、【風魔法】を撃ち続ける。

 身体の中が乾き、魔力が目減りしていくことを実感しつつも、霧が散り、徐々に通常の紫色へと戻っていく様を見れば、ここで止めるわけにはいかなかった。

 そしてついに訪れる好機。

 薄らいだ毒霧の奥で、人の頭ほどはありそうな、不自然に丸い魔石の玉が地面に転がっているのを確認する。



「あ、あれか……! あの魔石を、……全力で、打ち砕け、襲雷ッ!!」


 絞りだすように放った一撃。

 その結果――着弾後を見て、大きく息を吸いながらも再度駆け出す。


 |壊《・》|せ《・》|て《・》|い《・》|な《・》|い《・》。


 魔石を魔法で壊そうと思ったことは今までなかったが……物理的な攻撃手段と違い、どうも魔法で与える衝撃やダメージは上手く伝わっていない気がする。

 ならば直接だ。

 呼吸を止め、視界が強烈な刺激によって涙で滲むも、それでも分かりやすく鎮座する目標物に近寄り、強く握った剣を振り切る。

 ガギン――――ッ


「ふざ、け……【体術】剛力ッ!!」


 ガギッ!!


 ッ――!


 手と魔石、それぞれから発された音が混ざり合い、普段では聞きなれない音色と痛みに思わず顔を歪める。

 剣は魔石に刺さっていた。

 だが少し食い込むだけで割ることまではできなかったので、咄嗟に刺さったままの剣の上から、俺が勢いよく掌底を打ち込んだのだ。


「い、いっでぇー……ッ! け、剣は……あぁ、良かった、本当に良かったぁ……」


 手のひらをフーフーしながら見つめるモノは、真っ二つに割れた巨大な魔石。

 剣がもし折れていたら、目標という自分の拘りを捨ててでもパイサーさんに今すぐ泣きつくところだった。


 霧が急激に薄らいでいく様子を確認し、安堵で深く息を吐き出す。


(ヤ、ヤバかった! けど、これはもしかして……)


 この状況を分析しようとするも、すぐにそんな場合じゃないと――割れた魔石を籠に放り込んだらすぐさま上空へと舞った。

 この状況では再度事故が発生する可能性もある。

 ならばまずは、生まれる魔石から距離を取らなければ――

 そう判断し、残り少ない魔力に冷や汗を掻きながら、まずはこの狩場からの離脱を最優先させた。215話 傭兵稼業の開始

「ん? 妙に重いな……重量計がぶっ壊れたか?」

「え゛! そんなことないと思いますよ! 量がかなり多いですし!」


 グリールモルグのハンターギルド内にある解体場。

 そこで細かく砕いた魔石を渡せば、革袋ごと秤に掛ける解体場のおっちゃん。

 内心はバレないかドキドキであるが、ここは顔に出さず、華麗にやり過ごすしかない。


 結局デカい魔石は半日掛けて、泣きながら自分で砕いた。

 魔石に魔石をぶつけて、荒く砕けたら革袋を被せながら、フルスキル使用の全力パンチ。

 拳は回復させながらだったけど、時間も拳も痛すぎて、次は開き直って堂々と解体場に出してやると心に誓ったのは言うまでもない。

 まぁ――、次はこんな中途半端な『収縮』で止めたりしないけどね。


 そんなわけで無事に砕くのが完了し、やや中途半端ながらも本日の戦果を解体場に持っていけば、意外なことにおっちゃんは敏感だった。

 中身を見ながら一粒拾い上げ、


「なんか妙に丸い部分があるような……」

「色も普通のとちょっと違くねーか?」


 とイチャモンをつけてくる有様で、見た目と違って優秀じゃねーかこのオヤジ! と心の中で罵声と誉め言葉が合わさったような言葉を浴びせる。

 そして今度は「なんか重い」と――

 おいおい勘弁してくれよ。

 夕方で皆さん並んでいるんだから、早く進めてもらわないと困りますよまったく!


「重量が全部で52kgか。もしかして巨大化したやつ処理したのか?」

「……なんでですか?」

「今日目撃情報があったらしいからな。天高くポイズンクラウドが|舞《・》|っ《・》|た《・》って。早々に風で散ったみたいだが」

「へ、へ~……たまにそういうこともあるんですか?」

「高さ数十メートルまで広がるなんて数年に1回あるかどうかの話だ。かなり風が強い日に別の魔石を吸収して広がっちまうこともあるが、その風のせいで結局はすぐに消えちまう」

「ほほ~」

「ん? そう考えると、今日は風も強くなかったはずだが……ハンターの回収した魔石が喰われたってそこまで巨大化するわけもないし――どういうことだ?」

「み、皆さん並んでますからね! 早く早く!」


 なんだか妙な考察まで始めたオヤジを急かして木板回収したら、解体場から一目散に逃走する。

 経過時間ではなく、風で散らすことが大きくなったポイズンクラウドの待つ理由と分かったのは有難いが、ちょっと考えが甘かったなぁ。

 あれだけ天高く濃密な霧が立ち昇れば、そりゃいくら奥地だろうと誰かに見られていてもおかしくない。

 実際は数十メートルなんてレベルの高さじゃなかったはずだし……

 これはもう、あのまま待てばたぶん現れる気がする|隠《・》|し《・》|ボ《・》|ス《・》とのガチバトルは、周囲にバレること前提だなと。

 コッソリとボス狩りしまくる作戦を立てていただけに、そう上手くはいかないもんだなと肩を落としながら換金を終えた。




 そこからは不必要に巨大化させることもなく、換金は午前と午後の2回に分けてコツコツと、討伐数を最優先して数をこなしていく。

 巨大化してスキルのレベルアップが加速するなら、きっちり倒せる範囲のところまで成長させちゃうんだけどねぇ。

 黒い霧となって収縮している最中でもスキルの変化は見られなかったので、ポイズンクラウドと収縮しきった後に生まれる何か。

 この2パターンで魔物の区分けが完全に分かれちゃってるんだろうな。

 今後この手の魔物がもし出てきても、中途半端に巨大化させるのは損にしかならない。

 これが分かっただけでもまた一歩前進である。


 そして一日の狩りが終われば傭兵ギルドに必ず立ち寄り、依頼掲示板に目を通していく。

 ちなみに巨大支柱の4面全てではなく、確認するのは『犯罪者の捕縛、討伐依頼』『高額報酬依頼』の2面だけだ。

『護衛依頼』と『国内の大規模依頼や長期依頼』は、狩り場巡りが第一優先なのでスルーである。


(ふむふむ、まだ今日も残ってるのか)


 特に気になっているのは山賊や盗賊絡みの情報だ。

『犯罪者の捕縛、討伐依頼』は少し特殊で、公開されている依頼情報を見ても受注するという工程を挟まないものが多い。

 領主が依頼元というのもあるのだろうが、ハンターでいう緊急探索依頼と同じようなタイプなので、要は早い者勝ち。

 達成したら証明持って報告してくれれば懸賞金あげるよってパターンばかりなので、そのような依頼がどの程度のペースで消えていくのか。

 その経過を日毎に追っていた。

 すると大体5件くらいは山賊、盗賊絡みの依頼や逃走している罪人が公開されており、そのうちの1件が1日毎に入れ替わっていく。

 必ずというわけではないにしても、おおよそこのようなペースで依頼が回転していることを把握できた。


 そして今日で9日目。

 無事【毒耐性】や【気化】が先日レベル8まで到達し、金銭的にもだいぶ潤ってきたので、そろそろ別の町へ――というタイミングで、残り続けている2件の依頼に注目する。

 効率厨の俺にとって一番避けたいのは、動いた結果何も戦果が得られないという無駄骨パターン。

 これだけは勘弁願いたいので、様々な可能性を考えながらもとりあえず聞いてみるかと。

 依頼の板を持って……ふぐぐ、と、届かないんだが!?

 わざわざジャンプして2枚の木板をもぎ取ったら、鼻息荒くミルフィさんところに直行する。


「すみません教えてください!」

「な、なによ急に?」

「この捕縛、討伐依頼が出ている2件なんですけど、もう9日以上は残っているみたいで。何か理由があるか知ってますか?」

「見せて頂戴。……あぁなるほど、理由はいくつか考えられるわね」

「今どうしようか悩んでまして、参考程度に教えてもらえませんか?」

「そうねぇ……まぁいいわ。依頼がいつまでも残るとココの評価も下がるし。まず一つはエリア、この可能性が一番高いわね」

「エリアっていうと――この町から遠いってことですかね?」

「それも間違ってはいないけど、対象を探しにくいって意味よ。このマトンバルサ山道って凄く広い上に道は険しいし、その山道も複数のルートが存在するわ」

「あーなるほど。縄張りというか、拠点を絞りづらいわけですか」

「そういうこと。頭がバカな賊だとやりやすい場所にこだわってすぐ潰されるけど、ちゃんと移動したりして足が付きにくいようにしているんじゃない? もしかしたらこの地から去ってどこかに潜伏している可能性もあるし」

「ふむふむ……」

「あとは単純に対象が強いってパターンね。あまり多くはないけど――特にコッチ。これはもう半月以上依頼が残っている上に、被害は継続して出ているって話も聞くからその可能性が高いわね」

「この殲滅報酬950万ビーケ、捕縛時は内容によってプラスの可能性有りってやつですか」

「そっ。で、その繋がりとして、その報酬自体が安過ぎて傭兵から敬遠されている可能性もあるわ」

「あ~強い傭兵は報酬高くないと動かなそうですしね」

「正解。依頼は一つも受けていないのに、傭兵の仕組みだけは分かってきたじゃない」

「うぐっ……」


 なんかバカにされたような気もするけどここは我慢だ。

 初回説明の時に、これでもかというくらいに質問しまくったしっぺ返しを今受けているような気がする。

 その後も結局質問責めし、過去俺がやったような、傭兵じゃない存在にもう殲滅させられているパターン。

 長めに残っているから依頼主側の報酬引き上げを待っているという、時間が経ったからこその駆け引きが始まっているパターン。

 あとはレアケースだが貴族の子飼いで、依頼が出る前に情報を流され、既に雲隠れしてしまっているパターンなど。

 マジかよという事例までなんだかんだで教えてくれた。

 うん、実はミルフィさん良い人なのかもしれないな。

「んー北にある町が『ミュスコ』で、その途中にマトンバルサ山道というのがあって、規模は推定10~15人くらいと。なら殲滅報酬は安いけど狙うのはこっちかなぁ」

 強い可能性がある方は正反対の南側だ。

 とりあえずの目標として北東方面にあるBランク狩場を目指したいので、今はルート上にいそうな対象を効率的に狙っていきたい。


「そうしときなさい。一応Bランクみたいだけど、僕ちゃんじゃいきなり死んじゃう可能性もあるわ」

「ぼ、僕ちゃ……そ、そこまで弱くはないですからね!?」

「はぁ……おおよそ5件の依頼を達成するまで」

「え?」

「それまでに傭兵の2割以上は死ぬわ。肝に銘じておきなさい」


 ミルフィさんの目を見て分かった。

 あ、これマジだな、と。

 たぶん護衛依頼はそこまで死のリスクが高くないだろう。

 報酬額を見てもやはり相応だし、どちらかというと長期で安定して稼ぐというタイプだしな。

 だからコッチ。

 俺が狙っている犯罪者絡みと、短期型の高額報酬絡み。

 この二つで死亡率をかなり稼いでしまっているということになる。

 あとはどういう内容か教えてもらえない非公開依頼もあるみたいだけど、傭兵なり立てが受けられるような類の依頼じゃないしなぁ。


「ご忠告ありがとうございます」


 先ほどの忠告に、心からのお礼を伝えてギルドを出る。

 浮つくな。

 油断するな。

 大丈夫と思ったそばから、この世界ではいきなり死の危険が降り注ぐ。

 ゲーム知識というアドバンテージから、先々の可能性をいくつか予想できたとしてもこれ。

 ということはまだ思慮が浅い。警戒心が薄い。目先の利に走り過ぎている。

 様々な俺自身のダメ要素でリスクを招いてしまっているんだ。

 逆に知識があることで、わざわざリスクの高い床を踏み抜きに行ってる部分もあると思うけど……

 死なないためにも、一層気を引き締めなくては。

 改めて気合を入れ直し、その翌日。

 仮面がいけるなら串カツもいけるだろうと、教会に立ち寄りリルや他の皆にお見舞い肉を渡したら、約10日ほど滞在したグリールモルグを後にし、北方面へのマッピングを開始した。216話 見えてきた目的地

 ヴァルツ王国を訪れてから、辿り着いた町での新しい流れがだいぶ確立されてきたように感じる。

 ハンターギルドを狙って直接屋根にダイブし、そのまま資料室に直行して情報収集。

 混んでいる時間帯でなければおばちゃん受付嬢を狙って近隣狩場の他、国内有数の高ランク狩場についても情報を確認していく。

 ラグリースでもそうだったが、Fランク、Eランクのお手軽な狩場は豊富にあっても、Dランク以上の狩場は急に数が減ってくる。

 だから地図という物はなくても、仕事上の知識として頭に描かれている地図から東の方にこんな狩場があるわよ。

 南のこんな町にCランク狩場があるはずよ、と。

 経験があるからこそ、聞けば意外と広範囲の情報も集まったりするのだ。

 そして行く先々で同じことを繰り返せば、その情報精度も信用できるモノへと変わっていく。

 町や狩場の名前が出なくても、こちらから名前を出して確認すれば、思い出したように答えてくれる場合もあったりするわけだしね。

 その結果、真っ先に確認したBランク狩場の他に、ヴァルツ王国にはDランク狩場があと1つ、Cランク狩場が2つあることが分かってきた。

 このまま順当にいけば、まず向かっている北東のBランク狩場、南東にあるもう一つのDランク狩場、南西にあるCランク狩場と外周を回り、最初のグリールモルグへ帰還。

 そこからは一旦ラグリースの王都ファルメンタに戻って本を購入後、東に向かいながら中央部のマッピングを進めつつ、王都に立ち寄りヴァルツをさらに東へ抜けていく。

 このようなルートで進行していくことになるだろう。

 ちなみにもう一つのCランク狩場はもうスルーだな。

 ラグリース北部に広がるベイルズ樹海が、そのまま国を跨いでヴァルツ王国にも延びているので、資料本を見ても改めて樹海へ行くメリットは薄いと感じてしまった。

 結局生息している魔物も同じ緑魔種のようで、オーガも上位オークも、なんだかんだとロキッシュがいないうちに最低限の数は倒させてもらったからね。

 今までは増える前に片っ端から餌として食っちゃってたんだろうけど、きっと見えないどこかでリポップして数が調整されていたんじゃないかなと思う。


 ハンターギルドで一通りの情報収集と確認が済めば、次に向かうのは傭兵ギルドだ。

 感覚としてハンターギルドよりも数は少ないが、Eランク狩場があればまず傭兵ギルドも町にある。

 そんな傾向が見えてくるようになり、今訪れているヴァルツ王国北方の町『ランバルト』でも傭兵ギルドは存在した。


 早速『犯罪者の捕縛、討伐依頼』から前の町でも確認した依頼をもぎ取り、その木板を受付嬢に提出する。

 運営が国単位ということもあって、近隣であればいくつかの町で共通依頼になっている点はかなりありがたい。


「こんにちは。この依頼の達成報告をしたいんですけど大丈夫ですか?」

「へぇ~……それじゃ詳細を教えてもらえる?」


 これで3度目だが、その都度報告は小部屋へと連れていかれた。

 一応外部に情報が漏れないようにしているんだろうね。

 最初の説明の時は気にもしなかったけど、部屋を訪れると毎回部屋の隅に置いてある木箱は、どうやら外部からのスキル干渉を防ぐための結界魔道具らしい。

 ほんとこの世界は国営と民間の立ち位置が正反対だ。

 建物の内装や傭兵個人に掛けるコストなど、色々な見てくれや集客の部分にお金を掛けていると感じる傭兵ギルド。

 対してハンターギルドは、見てくれや客受けの部分にお金を掛けない市役所のような存在だな。

 まぁそのぶんハンターに還元されていると思えば、個人的にはハンターの方が好みだけど。


「何か証明できるモノはある?」

「無いので、現地確認でお願いします」

「了解。手数料はギルド規定の報酬1割分で引き受けるわ。それで場所は?」


 この流れも段々慣れてきたもので、頭目の名前、構成人数、死体の数にアジトの場所などを口頭で伝えていく。

 傭兵ギルドの場合は簡易でも地図なんか描くと、そのまま国の上層部に情報が出回ってしまう恐れがある。

 未だに『裏』という印象が強いので、不必要に情報を出さないよう注意しながらのやり取りだ。

 それでも伝わるのは、明確な目印があるからだろうな。


「魔法で高さ30メートルほどの石柱を立てています。街道沿いに進めば遠目からでもすぐに分かると思いますよ」

「……分かったわ。それじゃ確認でき次第報酬の支払いになるけど――」

「そのまま預けておいてください。その頃にはたぶん別の町へ移動しているので」


 これで傭兵ギルドとのサクサクとした事務的なやり取りも概ね完了だ。

 あとはどこも同じ作りをしている四面ボードを見ながら、次の目的地までに寄れそうな捕縛、討伐対象をいくつか見繕い、マッピングついでに見つけたら狩る。

 これが効率的で、最近お気に入りの流れになってきている。

 ちなみに山賊や盗賊の持ち物は、食べ物はさすがに省いているけど、現金以外は全てその付近の分かりやすそうな場所に埋めている。

 アジトにある戦利品って、大体は誰かから奪った時の木箱やら革袋に入ったままで保管されているからね。

 革製の装備品なんかも、周りを簡易的に石で覆った|地《・》|中《・》|の《・》|部《・》|屋《・》に埋めておけば腐ることもないだろうから、マッピングと並行して町名や配置を記している手帳の地図に、埋蔵専用のマークでも付けておけばまず忘れることはないだろう。

 取りにくる時は自分が立てた石柱を目印にすればいいだけなので、いつか回収に来られるタイミング――といっても【空間魔法】を取得できた時くらいしか回収には来ない気もするが、その時に全回収していけばいいかなと思っている。


 スキル収集もお金も、グリールモルグを出て以降は『悪党』頼みになっちゃってるけど……

 次の町は念願のBランク狩場。

《エントニア火岩洞》を有する町、『ローエンフォート』だ。

 そろそろ魔物の狩場で能力値をググッと伸ばしていきたいもんだなと。

 期待に胸を膨らませながら、さらに東へ進んでいった。217話 燃える展開

 時刻は17時過ぎ。

 遠目からでも存在感を示していた灯りに吸い寄せられ、俺は『ローエンフォート』の町上空へと到着した。

【夜目】を使って眺める景色はやはり町の規模として大きく、そして今まで訪れたヴァルツ内の町と違い、あまり造りが複雑な雰囲気はない。

 ただ町という巨大でやや歪な円から、一部分だけ光が外へ大きく伸びており、まるで水差しのような姿を形作っていた。

 そんな不思議な景観を眺めながら、修練場の併設された大きな建物を探して降り立つ。

 もう的中率は9割くらいだな。

 特に大きな町ではハンターギルドも大きいので外すことがなくなった。

 早速ハンターギルドに入り――


「アイスウォールが使える【氷魔法】持ち、もしくは【水魔法】レベル4以上でウォーターウォールが得意なやついねーか!」

「氷属性付与の武器持ちグラディエーターと、火属性耐性完備の盾持ちヴァンガードだ! 明日参加可能のパーティがあったら言ってくれ!」


 ――今までにない活気で思わず足が止まる。


(すげぇ~赤や黒、派手な装備をしたゴツい人達がいっぱいだ)


 受付ロビーを見渡せば、装備や佇まいなどの雰囲気で、あぁ強そうだねって感じる人達がわんさかいる。

 時間が丁度狩り終わりの換金時というのもあるからだろう。

 同じBランクでも、デボアの大穴とは狩場の質が違うことをすぐに感じ取れた。

 だからこそ、ソッと細く、深く息を吸い、止める。

 そして覚悟を決め――使った。


――【洞察】――


(…………いた、怪しいのが二人……ばあさんよりは弱いか)

 ハンスさんの時とは違い、どう足掻いても敗北する未来しか見えない絶望的な差ではないので、この場をすぐに逃げだしたいという気持ちにはならない。

 どちらかというと、ロキッシュの時のような――あぁ、これは相当良い勝負になりそうだという、恐怖より高揚感が先立つような、そんな感覚に襲われる。


(人間と獣人の男か……)


 まぁそれでも大勢いる中の極一部。

 Bランクで動いているハンターとなれば、推定レベルは40前後とか40台といったところだろう。

 ということは予想通り、今の俺ならBランク狩場は問題ないはずだと、軽い足取りでいつもの資料室へ。

 目的の資料本をじっくり読み込んでいく。


 ――《エントニア火岩洞》――

 北部エイブラウム山脈の地下に存在する巨大な洞窟。

 内部は大半が火岩石で構成されており、非常に燃えやすく、そして暑い。

 存在するのは体長3メートルほどの火炎ブレスを吐くサラマンダー、滞空しながら火魔法を放つファイアーバット。

 そして魔石を核に火岩石を操り、自身も発火するフレイムロックと、全て火を操る魔物で構成されている。

 エントニア火岩洞で金属鎧は厳禁、できればサラマンダーの皮を素材にした耐性防具で身を固めておかないと地獄を見ることになる。

 また稀に需要の高い種火魔石を有するオーバーフレイムロックが。

 火岩洞の王、ヴァラカンの生息域も最奥には存在する。

 ヴァラカンは単体でSランク下位、中途半端な戦力で挑めば全滅必至なので、よほどの自信がなければ不必要に奥地へ足を踏み入れるべきではない。


(なるほどなるほど)


 どうもパーティ募集が活発な印象を受けていたが、狩場内容を見て納得してしまった。

 加熱しやすいから金属製の鎧が厳禁――つまり全体的な防御力が削がれ、かつ軽装ともいかず全身を覆うから敏捷も削がれるような環境だろう。

 いくら耐性の強い装備を着ようが、肌の出ている部分に影響がないのは、すでに超合金リルの太ももチェックで検証済みだからな。

 そして魔物構成は地上、上空、斬撃が厳しそうなタイプとそれぞれに分かれており、魔物それぞれが遠距離攻撃の手段を持っているようにも思える。

 ――つまりこの狩場で求められているのはバランス編成。

 革鎧でも攻撃に耐えられる盾持ちタンク、回復をしつつ魔物の遠距離攻撃手段に対抗、もしくは和らげるヒーラーやバッファー、斬撃、打撃、対空というそれぞれの攻撃手段を持ったアタッカー。

 たぶんだが、こんな編成をある程度慎重に組んでいかないと、場面場面ですぐ厳しい状況に置かれるような――そんな狩場なんだろう。

 デボアの大穴とどっちが良いかというと微妙なところだが、暗闇の迷路で対処の難しい酸を吐き散らしながら一斉に襲ってくる蟻って考えたら、俺ならまだこちらの方が癖も弱くて良いのかなと思ってしまう。

 そして、上位種――というより黄金カエルと同じ類のレア種っぽいのとボスか。

 通常ボスの存在なんてすっかり忘れていたけど、Bランク狩場以上くらいになれば高頻度で登場しちゃったりするのかな?

 隠しボスの存在がチラつくので、安易に見学しようなんて気持ちは|ま《・》|だ《・》湧いてこない。

 Sランク下位となれば、なんとなくレベル的にもまだ厳しいような気がするし……

 まぁ最奥なわけだから、行かなきゃいいのだよ行かなきゃ。

 内心、そんなこと言いながら絶対行くんだろ? って自問自答しつつもとりあえずはそう判断し、ついでに依頼ボードにも目を通し――


「へぇ~……これはこれは」


 得られた情報にニヤリと、ちょっと前の覚悟なんぞすっかり忘れて傭兵ギルドへ向かった。



 そして翌日。

「ん~まだ大丈夫そうかな?」

 少し余裕を持って宿の朝食を摂り、宿屋の自室で一人武器を眺めながら劣化状況を確認する。

 プロじゃないから詳しいことは分からないけど、とりあえず刃毀れや怪しい亀裂が無ければまぁ問題無いだろう。

 昨日布団に入りながら考えた今後の予定。

 一度今日偵察に行ってみて、熱や暑さというものがどれほどのものなのかをまず味わう。

 その結果耐性装備が必須と感じれば、どうも狩場にいるサラマンダーの皮を耐性装備として使っているようなので、1匹はしばき倒して素材持ち込みで防具を作ってもらい、そのついでに武器のメンテナンスもしてもらいつつサブ武器で悪党退治に専念する。

 そして無くてもなんとかなるようであれば、そのまま中でスキル収集とお金稼ぎ。

 どちらにしても最低約8日間はこの町で待機というのが当面の予定だ。




【募集】

 ヴァラカン討伐メンバーを募集。

 8日後、昼からギルド内修練場でメンバー選考を行う予定なので、腕に自信のある者はぜひ参加してほしい。

 職は選考時に調整するのでとりあえず不問。ハンターランクは最低『B』ランクから。

 募集人数は約50名ほど。報酬は素材を全てギルドで売却後に人数割り分配。


               Aランクハンター フィデル・マークレント




 理由は依頼ボードの横に設置されていたパーティ募集関連の掲示板。

 そこに書かれていた『レイド募集』の予定を見たからだ。

 こんなことなら他のDランク、Cランク狩場で先にスキル収集してからこの町にくれば良かったという気持ちと、そんな回り道をしていたら今回の募集に間に合わなかったという気持ちと。

 どちらもが混ざり合い、結果"|ど《・》|ん《・》|な《・》|も《・》|の《・》|か《・》|参《・》|加《・》|し《・》|て《・》|み《・》|た《・》|い《・》"という気持ちに変化していった。

 もしかしたら、俺一人で倒せるのかもしれない。

 そんな考えもほんの少し湧いたが、この掲示板を見た時にふと【聞き耳】スキルを使ったのだ。

 するとギルド内で唯一拮抗していそうだなと感じたあの二人からは何も聞き取れなかったが、近くにいた女性から人間の方が『フィデル』と呼ばれていることを知り、この時点でソロ討伐の線はすぐに消えてしまった。

 似たような実力と思われる人間が、わざわざ50人というパーティ募集を掛けているのだ。

 ならば俺一人で倒せる理由を探す方が難しくなる。

 話していた内容からすると、たぶんもう一人の獣人も参加するんだろうしね。


 宿の屋根から上空へ舞い、昨日見かけたジョウロの先へ。

 山へと続く一本の道は、歩けば30分程度なのでは? というほどの近場で、朝からハンター達を送迎しているように見える複数の馬車が緩い山道を登っている。

 道の横には明らかに出店と分かる複数の飲食店。

 狩場の洞窟方面からは、同じ素材で山積みとなった馬車が町へ下っていくので、狩場近くの大きな建物は素材の買取屋なんかもきっと含まれているのだろう。

 元は森であっただろうに、狩場へと続く広い道で綺麗に分断され、まるで《エントニア火岩洞》専用の町と言わんばかりに整った環境。

 そんな規模の大きそうな狩場に心躍りながら、俺は馬車を追い抜き近場の森へと降り立った。
218話 エントニア火岩洞

 狩場だというのに、洞窟の横を守るように立つ兵士が2名。

 その人達に軽く会釈をし、怪訝な視線を向けられながらも内部へ突入していく。

 それなりに広く、通り道をしっかり確保された岩盤の通路。

 そして20メートルも進めば見えてくるのは、高さ20~30メートルくらいはあるだろうか。

 場所によってマチマチではあるも、窮屈さを感じさせない巨大な空洞が出現し、要所要所で地面と天井を岩盤が繋げていた。

 小学生の時に遠足で行った鍾乳洞。

 あの雰囲気に近いが、遥かにスケールが大きく、内部での活動も問題ないくらいに動ける場所が確保されている。

 そして何よりも目を奪われるのは脈動する岩だ。

 まるで岩盤の中を血管が巡っているかのように明滅しており、放たれる淡いオレンジの光が洞穴内を広く照らしていた。

 全てが同じタイミングではないので、ここが"巨大な生き物の中"なんてオチでないことも理解できる。


 そして魔物は――

(うぉぉ! かなりMMOのダンジョンっぽいじゃん!)

 入口付近では5~6人程度のパーティが適度に散り、それぞれがそれぞれに役割を自覚し、卒なく動きながら魔物と対峙しつつ素材回収をしていた。

(おっ、あの弓師とタンクの連携上手い! 時間の隙間を作らないようにすぐ次の魔物釣ってるし……んん? あの杖持ち、見ないで別方向のブレスに水膜のバリア合わせたぞ? 【気配察知】であんなことできるのか?)

 なんというか、FランクやEランクと違って動きに無駄がなく、見ていてちょっとカッコイイとすら思ってしまう。

 いけない、これは興奮が止まらなーい!

 俺も俺もー! と剣を片手にダッシュを決め、空いていそうな狩場を探し回る。

 道中、漏れなく目の合ったハンター達からギョギョッとした視線を浴びるも、まぁこればっかりはしょうがないだろうな。

 燃やされるの覚悟でボロ服着た少年が、剣を片手に一人で奥地へ向かって突っ走ってるんだ。

 大概の人が、「あ、この紛れた子供死んだわ」って思ってることだと思う。


――【気配察知】――


――【身体強化】――


――【探査】――対象は『ファイアバット』。



 でもそんなこと気にしない、気にしていたらこの世界ではやっていけない。

 うっひっひー……せいっ!

 ちょっと奥に入れば、ノソノソ歩くデカい四足歩行の真っ赤なトカゲがいたので、一発で首を落とせるか試す意味で力任せに斬り落とす。


「よーし、全然問題無し!」


『【火炎息】Lv1を取得しました』

『【火属性耐性】Lv1を取得しました』

『【火属性耐性】Lv2を取得しました』

『【火属性耐性】Lv3を取得しました』

『【火属性耐性】Lv4を取得しました』


「はい、サラマンダーは【火炎息】Lv3と【火属性耐性】Lv5確定~っと……フンッ!!」

 今まで活躍する機会はほぼ無かったが、魔法防御力はボーナス能力のお陰でそれなりにある。

 上空から放たれたファイアバットの【火魔法】。

 顔面を超える大きさの火球をモノは試しと、以前のリルを真似するように腕を振り抜き地面に弾く。


(これも、問題無し)


 早速【火属性耐性】も仕事をしているのか、服は焦げるがあまり熱さを感じない。

 弾いた火球の残り火が地面の岩盤に触れ、その部分だけが引火したように燃えていた。

 飛ばしてきた犯人に視線を向ければ、飛んだ後を示すように火の粉を舞わせながら天井付近の岩陰へと向かっていく。

 なんせ羽が燃えているんだ。

 当然あのファイアバットも【火属性耐性】を持ってるんだろう。

 ――いいねぇ。

 思わず笑みが零れながらも上空へ飛ぶ。

 すると予想外だったのか、急に挙動不審な動きをするファイアバット。

 移動速度はそこまで速くない。

 ならば――動きを止めるように体長30㎝ほどの身体を鷲掴みにし、勢いよく岩壁へ投げ付ける。


『【火魔法】Lv3を取得しました』


 ん~? 

 これは【火魔法】レベル4と5どっちだ?

 落下していく蝙蝠の死体には目もくれず、住処だったのか。

 飛んで初めて分かる岩壁の陰から、一斉に【火魔法】を撃とうとしてくるファイアバットに向かって――


『――――ッ!!』


【咆哮】を使えば、詠唱をまとめてストップさせることができた。

 オーガから得られた前方の範囲威圧効果。

 消費魔力は多めだが、実に効果的だと感じつつ、剣を薙ぎ払ってファイアバットの集団を地に落としていく。


『【火魔法】Lv4を取得しました』

『【火属性耐性】Lv5を取得しました』


「ふーん、【火魔法】はレベル4か。あとは飛んでるし、そこまで高くはない【飛行】持ちって感じかな? んでー……」


 下からぶっ飛んできた、硬球ほどのゴツゴツした岩を咄嗟に掴み取る。

 そこら中にあるモノと同じ、脈動してオレンジに光る岩。

【土魔法】で形成後に飛ばしたというより、力任せにそこらの岩を投げたという印象が強い。

 犯人がフレイムロックということは見れば分かるのだが――まだ燃えてはいないな。

 となれば両パターンを判別するかと急降下し、やや人型の上半身を模ったように見えるその胸部を、剣を持たない左手で殴りつける。


「痛ッ……」


 やはり、【身体強化】を使ってもちょっと痛い。

 防御面がまだ足りていない証拠だ。

 ただまぁ、脈動していた身体がバラけるように後方へ吹き飛び、Bランクというだけあってピンポン玉くらいはありそうな魔石が音を鳴らしながら地面へ転がる。


『【結合】Lv1を取得しました』

『【結合】Lv2を取得しました』

『【結合】Lv3を取得しました』

『【結合】Lv4を取得しました』

『【分離】Lv1を取得しました』

『【分離】Lv2を取得しました』

『【分離】Lv3を取得しました』

『【分離】Lv4を取得しました』

『【発火】Lv1を取得しました』


「わぉ。【結合】と【分離】がレベル5、【発火】がレベル3と。一番美味しそうなのはコイツかな?」


 すぐに解体作業へ入り、魔石だけを抜き取りながら何が効率的かを考える。

「途中で地上へ抜け出せるような穴でも無ければ、あまり奥には入らない方が良いよなぁ」

 どちらもやらなければいけないことだ。

 しかしスキル収集とお金稼ぎの両立は、バランスを取ろうと思えばなかなか難しい。

 それでも――まずはそれぞれ20体くらいだなと。

 今日は準備運動とばかりに色々試しつつ、ハンター達の分布状況を確認して回りながら感触を掴んでいった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その日の夜。

 反省点を色々と抱えながら宿へ戻り、得られた情報を手帳に纏めていく。

【火炎息】・・・魔力 

【火属性耐性】・・・魔法防御力

【結合】・・・防御力 

【分離】・・・技術 

【発火】・・・魔力 

 新種スキルのボーナス能力はまずこれで問題無いだろう。

 初期値スキルレベル5が3種。

 これはレイドまで時間もあるし、ぜひレベル8まではもっていきたいところだな。

 これで敏捷はやや弱いままだが、防御力はフレイムロックが持っていた【物理攻撃耐性】レベル4と合わせて多少マシにはなるはずだ。

 それにBランク狩場であればと思って試した【魂装】も、ここなら粘る価値はある。

 フレイムロックの防御力が早速1つ上回れたので、粘れば2個で50以上は防御能力値を上昇させられそうだ。

 しっかし、今回はその他枠のスキルが多いなぁ……

 新スキル5種のうち4種は魔物専用。

 そしてそのうちの2種が予想外に俺でも使えるという――この結果に戸惑いを覚える。

 嬉しい誤算でもあるけど、どう使いこなすべきか……


――【発火】――


 心の中でスキル名を唱えれば、魔力が内部消化されて表に出ないまま炎が俺の腕や手に纏わりつく。

 これは俺がその範囲に【発火】するよう意識したからだ。

 ちなみにほんのり温かみを感じる程度で熱さはなく、これが【火属性耐性】のせいなのか、スキル使用者という立場だからなのかは分かっていない。

 たぶん指先マッチで自分の指が熱いと感じたことはないので、後者だからじゃないかと予想している。

 そして今はとてもじゃないが試せない【火炎息】。

 これもまさかの使用可能スキルだった。

 過去にリアとブレス吐きたーいなんて冗談言ってたら、本当にできちゃったってオチである。

 ちなみにこちらも熱さは感じず、口の中がベロベロになるなんてことはない。

 ただ【火魔法】と違い調整がほとんどきかず、使うと前方をミディアムに焼くか、ウェルダンに焼くかの2段階くらいしか調整できないのだ。

 なんというか、魔物専用ということもあってたぶん性質が【精霊魔法】に近いんだろうな。

 魔力消費も初期値が大きいので、リアに今度会った時自慢しようと思うくらいで、実際に使う場面はほとんどないんじゃないかなと予想している。

 範囲も前方広範囲5メートルって感じで、そんなに射程が長くないしね。


 なのでロマンがあるのは、やっぱりコッチなんだよなぁ。

 ……ボロ布を手に巻き、再度【発火】を唱える。


(やっぱり燃えず、所持物にも影響が出ている。つまり――)


 一度消し、ショートソードを持ちながら使えば――ははっ。


 ボッ……ゴオッ……


 持ち手を含め、剣全体が炎に包まれる。

 性能云々は別として、これでかつて俺が憧れたフレイムソードの出来上がりだ。

 狩場でたまたまこの現象を発見した時は、思わず興奮で失禁しそうになってしまった。

《エントニア火岩洞》で使ったらただのアホだけど――というか興奮して使いまくった俺はアホ過ぎたけど、相応の場所で使えば火力向上には繋がりそうな一手だ。

 素材回収目的なら火は厳禁だろうけど、今は魔石のみの回収ばかりなので素材が焦げようとお構いなしだしね。


 まぁ将来性とか拡張性って話なら、本来物凄く先がありそうなのは【結合】と【分離】なんだろけどなぁ……

 主語が抜けているだけで、|俺《・》|が《・》と付け加えれば一気に現実味が失われていく。

 分離! って言って首や手が遠くに飛んでったら、いくら結合でくっ付くってなっても俺自身が嫌だし。


 フゥ~……

 作業終了とばかりにポールペンをコロコロと転がし、椅子に深く腰掛ける。


 今日得られたスキルはこんなところ。

 スキルを得られただけで俺にとってはプラスにしかならないし、その中で場面によっては使えそうなスキルが一つでもあるならラッキーと思っておこう。


 なのでどうするか真剣に考えるべきは反省点の方だな。

 油断すると服が燃える、というか新しい情報がバンバン入ってくる新狩場で興奮してたら、サラマンダーのブレスに燃やされた。

 これが目下最大の問題点だ。

 危うく今日も、久しぶりのフルチンモードをしてしまうところだったし……

 途中からはマズいと思って、適度に【水魔法】で生成した水を頭からぶっかけていたからなんとか死守できたようなもの。

 バケツ程度の水でもレベル1の範疇でできるので、未だに用途は限定的だがやっぱり【水魔法】のコストは優秀だ。

【火属性耐性】があるので、防御面で言えば今のところ要らないのだけれど、衣類を守るために耐性防具を買うべきかどうか――

 どうしようかと悩みながら目を瞑れば、走り回った疲れもあって、俺はあっという間に深い眠りについてしまった。219話 久々の防具

 いつもよりはちょっとのんびりした朝。

 あまり早く動いては店が開いていないかもしれないと、ヴァルツ王国北東の出店を物色しながら、情報収集もしつつ防具屋へ向かう。

 聞けば狩場の入り口周辺にある大きめの建物。

 あそこには宿屋もあれば、装備のメンテナンスを専門に扱う鍛冶師もいるようで、あの通りだけでハンターなら暮らせてしまうくらいには必要な環境が整えてあるらしい。

 ただどこも最低限な上にやや費用は高めらしいので、なんだかんだと皆上手く使い分けているみたいだけどね。

 俺も【飛行】できなかったら、今は書状を使わず実績にも結び付かないので、素材売却は多少安かろうが迷わず狩場の出入り口付近で済ましちゃっていただろう。

(おっ! めちゃウマそっ!)

 牛のステーキっぽい串肉を見つけ、ついでに店員さんお勧めの防具屋を聞き――

 モグモグと齧りながらも徒歩で向かえば、なんだか見た目はボロい小屋みたいな店に到着。

 内心不安になりながらも、中で人の動きを感じたのでドアを開けてみれば、

「ほい、らっしゃい」

「おっふ……らっしゃいました」

「あ?」

 思わず変な日本語が口から漏れるほど動揺してしまった。


(ぬほぉおおおおおお! ここでまさかのフライングドワーフ! そしてやっぱり小さいじゃーん!!)


 身長は俺よりもさらに少し小さいくらい。

 ずんぐりむっくりしていて樽みたいだが、腕は太く、ブリッとした血管が浮き出ている。

【洞察】を使ったわけじゃないけど、決して弱くはない。

 そう感じさせるオーラを放ったおっちゃんだ。

 まず東のフレイビル王国からこの国に入ってきたんだろうなぁ。

 髪も髭も黒いから働き盛りって雰囲気だが、何か事情があるのかもしれないと、過去に学んだ俺は触れずに本題へ入る。

「えーと、出店の人にお勧めの防具屋を聞いていたらここを案内されまして。サラマンダーの皮を使った火耐性のある防具を作りたいんです」

「その年でか。おまえさん見た感じは普通の人間だろう?」

「ですです。でもBランクハンターですし、昨日も狩ってきたんで素材は持ち込みを考えています」

「ほーう、やるじゃねぇか。んで、何が聞きたいんだ?」

 お、おおっ……

 ドワーフのおっちゃんも小さいからか、いつもみたいに子供だと侮られて話が一向に進まないなんてこともない。

 なんだよ普通に買い物できそうじゃんと、ただそれだけのことで思わず感動してしまう。

「素材持ち込みの場合の費用と、あとは出来上がりまでの時間ですね」

 依頼するかどうかはここ次第。

 お金がわけの分からないレベルに高い値段じゃなく、そしてレイドに間に合うならお願いしちゃってもいい。

 逆にレイドに間に合わないなら――必要かどうかで言えばかなり微妙なところだな。

 耐性防具が無くて恥を掻く可能性はあっても、死ぬ可能性は今のところまったく見えない。

「火岩洞で使うなら肌の大半を隠すフルレザーアーマーの方が良いだろう。職によっては顔も口元まで覆ったり頭部までしっかり守るやつもいたりするが、そこまで必要か?」

「ん~どんなものか、完成品というか見本みたいなのってあります?」

 店内の棚には、明らかにサラマンダーのレザーで作ったと分かる、真っ赤な装備がいくつか置かれている。

 正直に言ってしまえば、RPGやMMOでもちょっと良い装備に手を入れた時のような、装備にトゲトゲしさや色気のようなモノが混ざっており、さらにこの派手な色合いもあってなかなかカッコいいのだ。

 しかし頭部は見る限りどこにも飾っていないので、レザーだとどんな見た目になるのか想像もつかない。

 一部のフルプレートヘルムにある、頭からバケツをすっぽり被ったような見た目になるなら遠慮願いたい。

「コイツは熱がさらに籠るってんで好みが分かれるからな……ほれ、こんな感じだ」

 カウンターの下から取り出したいくつかの見本を見て、自然と指が動いた。

「……ぜひ、コレをお願いします。今からすぐにでも素材取ってきますので」

「全身作るってなったらBランク防具だ。いくら素材持ち込みっつってもすぐに使えるわけじゃねーんだから、最低でも250万ビーケは貰うぞ? それに製作日数も――今だと早くて6日は掛かる。それでもいいのか?」

「えぇ!? 素材ってすぐに使えないんですか……?」

「鞣《なめ》しもしないでどうやって使うんだよバカ。普通の動物よりかは全然楽だが、それでも多少は手を加えないと使い物にならんぞ?」

「おぉう……まぁでも余裕です。日数も問題ありません。では、取り急ぎ素材を採ってきますね!」

「あ、おいコラ、せめて採寸を―――」


 なんかドワーフのおっちゃんがドアの反対側で騒いでだけど、今更戻るのも億劫だ。

 1匹狩るだけなら15分くらいもあれば戻ってこられるだろう。

 俺は忍者みたいな、目元付近だけを露出させた加工マスクにトキめき、これは少年心を擽るフェイスアーマーだと。

 少しでも早く製作に着手してもらうべく、サラマンダーを求めてエントニア火岩洞へぶっ飛んでいった。



 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽



「お待たせしましたーッ!」

「待ってねーよ!」

 ドサッと、血の滴る首無しサラマンダーを店先に置く。

 ドワーフのおっちゃんがなぜかプリプリしているが、約束通り速やかに素材を持ってきたのだ。

 どこをどう扱うはプロにお任せするしかないので、しょうがなく丸ごと持ってきてしまったが。


「お、おまえ、どうやって1匹丸ごと持ってきたんだ……?」

「担いで持ってきましたよ」

「そ、そうか……」

「あれ? もしかして1匹じゃ足りませんでした? ならすぐにもう1匹獲ってきますが」

「いや、いい! 店先にこんなの何体も置かれたらご近所さんに引かれちまう」

「ほんとデカいですもんねぇコイツ……あ、もしかして必要なのって皮だけでした? いらないなら肉とかはどこかに捨ててきますよ」

 冷静さを欠いていたが、考えてみたら作るのは防具だもんな。

 普通は剥いだ皮の部分だけを使うんだろうし、そうなると肉やら骨なんて|中《・》|身《・》はいらないんだろう。

 最近素材も魔石にしか興味がなくなってきたので、この辺りの素材知識がだいぶ疎くなってしまっている。

 守銭奴ロキにならなきゃいけないのに、これはいかんなぁ……

「ちょっと待て。捨てる? なぜ売れるモノを捨てるんだ?」

「えーと、最近ちょっとそこら辺の知識に弱くなってきてましてですね……もし1匹そのまま渡しちゃった方が嬉しいならあげますよ。僕はその方が楽ですし」

 誰かに皮を剥ぎ取ってもらい、その後中身の売れる部分をチマチマ現金化するくらいなら、1匹丸ごと渡してその時間を狩りに充てた方が俺は効率が良い。

 そう思って提案すると、ドワーフのおっちゃんにとっては良い話だったのか首をブンブン振ってくれるので、逆にラッキーとばかりに処理をそのままお願いする。

 お金は先払いという話なので数えている間に採寸してもらい、ついでに今まで使っていた解体ナイフよりちょっと刃の長いやつを新調。

 だいぶオマケしてもらい、6日後に取りにくる約束を取り交わしてホクホク顔で店を出た。

 掛かった時間は40分程度。

 これなら今日も十分狩りに時間を費やせそうだ。


(ドワーフのおっちゃん【付与】はできないみたいだし、そこだけどうすっかなぁ……)


 現物が無ければできるのは情報収集くらい。

 この装備に金を掛けるべきか――

 俺は完成後の【付与】を考えながら、急ぎ狩場へと戻っていった。220話 遭遇

 エントニア火岩洞 3日目。

 服が焦げることはほぼなくなり、狩場にもだいぶ慣れてきたが、それでもこの暑さだけはどうにも回避できない。

 コソッと陰に隠れ、周囲に誰もいないことを確認し――

「みずーっ!」

 天井に向かって放たれる叫び。

 でもこの一言で、魔力8を消費したバケツ2杯分ほどの水玉が頭上から降ってきて、額に浮かぶ大粒の汗を流し、絡みつく熱気を幾分冷ましてくれる。

「あぁ~ぎもぢぃ~!」

 よくあるゲーム世界のようにマグマが洞窟内を流れていますとか、そこまで恐ろしいフィールドトラップはこの狩場に存在しない。

 可燃性の脈動する岩盤がただひたすら奥へ奥へと続いていく――それだけなのだが、なぜか奥へ行くほど気温が上がっていった。

 そのため混雑を避けるように奥へ入ってきたパーティの多くが長くはもたず、また混んでいる入口へと戻っていく。

 そんな人の出入りを遠目に眺めつつ、俺はひたすら奥の一角で粘っていた。

 結局のところソロは効率が良いのだ。

 5人のパーティがいたら、いくら【水魔法】や【氷魔法】を使える人がいても、結局その5人に魔法を使って暑さの対処をしなければいけない。

 戦闘面でもその手の魔法は適時使用しているのに、休憩の時も振舞っていればあっという間にガス欠だろう。

 でも一人なら、レベル1の【水魔法】を自分の頭にぶっかけとけばとりあえずは落ち着く。

 俺はまだ通気性が良過ぎるくらいの農民服だしね。

 水を被れば布がしっかり吸ってくれるし、ちょっと重くて動きづらいところはあったとしても、それでもこの環境なら濡れた服は気持ち良さの方が遥かに勝った。

 それにここだと【魂装】である程度納得できる数値を引き当てた後は、ファイアバット用の【飛行】と、適当に気が向いたら使う【身体強化】くらいしか魔力を使う場面もない。

 だからレベル1の【水魔法】に使う消費魔力くらい余裕も余裕で、その程度ならあっという間に自然回復しちゃうのだ。

 かつてルルブで魔力回復の速度を測ったこともあったが、明らかに今の方が魔力『1』当たりの回復速度は速い。

 というか段違いで、正確にはカウントしていないものの、今は1分で魔力が3くらいは確実に回復している。

 魔力1の回復時間が固定で決まっているというより、魔力全体の回復時間――つまり全快までは魔力総量関係無しに何時間とかが決まっているんだろうな。

 前にポイズンクラウドで魔力がガス欠寸前だった時でも、結局寝て起きたら全快状態だったと思うので、魔力総量を上げる意味合いはどんどん大きくなっている気がする。

 つっても、レベル上げがしんどすぎるので、魔力ボーナス該当のスキルをコツコツ上げていくしかないんだけどね。


(あとは【付与】で稼ぐかだよなぁ)


 ドワーフのおっちゃんは、アクセサリー屋にレベルは知らないが付与師はいると教えてくれた。

 なのでたぶん【魔力自動回復量増加】を一つ付ける程度なら楽勝だろう。

問題は【魔力自動回復量増加】1つに100万ビーケ支払うべきかなのかどうか……

 1,600万ビーケ突っ込んで2重付与を目指した俺が言うことでもないが、それでも近々行くフレイビルなら、Aランク狩場の素材で当面の間は使えそうな本気装備を作れるわけだから、どうやったって今作ってもらっている装備は繋ぎでありおまけだ。

 ある意味ここでのレイド用と言っても過言ではない。

 そのレイド戦で役立つなら1日の戦果を突っ込むくらいの価値はありそうなもんだが――――、ん? というか。


 そのボス――ヴァラカンって今湧いているのだろうか?


 ふと浮かんだ素朴な疑問だった。

 クイーンアントは周期に合わせて強いハンターが訪れると言っていた。

 資料本にも書かれていた通りで、俺は勝手にハメられたと勘違いしていたが、半年くらいの湧き周期ということがある程度認知されていたっぽいのだ。

 しかしここのボスは周期情報が載っていなかった。

 未踏破ボスという線はさすがに無いだろうし……

 ランダム性の強いボスがたまたま湧いていて、メンバー集めのために日数の余裕を持たせている?

 それとも一部では規則性のある周期情報が出回っていて、分かっている人達だけで上手に回しているから、タイミングを合わせるための日数を待っている状態?

 でもそうなると、あのメンバー募集の発起人はAランクハンターだった。

 より強い力を持つSランクハンターだって存在しているだろうに、わざわざメンバー募集の告知までして、ボスを狙う他の強者達を抑え込めるものなんだろうか?


 んー……ん~? ん……。


 わ、分からん。

 分からんが、今確実に確かめられそうなことは一つある。


(い、一応確認だけはしておくべきか?)


 遠目からでも存在が確認できればそれでいい。

 俺が今心配しているのは、わざわざレイド用とも言える装備を買い、【付与】まで整え、いざやったりましょうとなったら|レ《・》|イ《・》|ド《・》|が《・》|流《・》|れ《・》|ま《・》|し《・》|た《・》っていうクソみたいなパターン。

 こうなるのは正直キツい。

 でも今ボスがいるのであれば――

 それでも先に食われる可能性はゼロじゃないだろうけど、現時点でいないよりは"本当にレイドをやるんだな"と俺自身が安心できる。


 うーん――……


 考えながらも自然と足は動いてしまう。

 危ないからボスのところにはまだ行かないと、そんなことを言っていたのはマジでどこのどいつだろう。


(このゲーム脳、もうダメかもしれない)


 そう自覚しながら、全力で警戒しつつ奥へ奥へと進んでいく。


 

 

 

 そんな緩い覚悟が。



 リスクが高いと自覚しているゲーム脳が。





 時として――


 不幸を齎《もたら》すこともあれば、幸運を齎《もたら》すこともある。





 今回はたまたまコチラに傾いたらしい。






(一回り、いや二回りはデカいな……)






 視界に現れたのは、フレイムロックが巨大化した存在。

 体長は3メートル近くありそうな魔物。


 オーバーフレイムロックがそこにいた。


 これをレア種と呼ぶべきか、上位種と呼ぶべきか、それともネームドということになるのか。

 この世界だと上位種くらいしかメジャーではなさそうなので、結局俺の匙加減次第なわけだが――

 他の魔物に紛れてただそこにいるだけなので、少なくとも共食いしてどんどん強くなる、ロキッシュのような上位種タイプではなさそうである。

 そこまで気構えることもなく、スタスタと対象の下へ。


 ビュッ――……


 身体の一部を切り離すように岩が飛来し、スッと避ければ背後の岩壁に衝突して砕けた。

 が、今度はその砕けた岩が背後から勢いよく飛んでくる。

【分離】と【結合】の使い分け。

 今までにも見たパターンだし、スピードに差があるとも思えない。


(【洞察】の判定通りデカいだけで、スキルや強さには影響がないのか……?)


 だとしたら悲しいお知らせだ。

 いずれ戻って狩ろうと思っていたボイス湖畔の黄金カエルも、これでは期待がどんどん薄れてしまう。

 岩が衝突した音でこちらに気付いたのだろう。

 数匹のサラマンダーとファイアバットが戦闘態勢に入っているので、地上のサラマンダーから始末していくが――

 後回しにしていたファイアバットが【火魔法】を放った時、やっと違いを理解することができた。


「へぇ……」


 人型の上半身を模した岩であるオーバーフレイムロックに火が引火し、目や口を形作ってよりその姿を鮮明にさせる――これは通常のフレイムロックでも同じこと。

 この岩の塊を【発火】した状態にしても、所持スキルが変わらないことまで確認していた。

 しかし違ったのはその『色』だ。

 纏う炎が今までとは違って白く変化しており、明らかに俺へ届く熱量も増している。

 まぁ、それでも結局|雑魚《ザコ》いことには変わりないけど。

 白熱した状態でさらに岩を飛ばしてくるので、【魂装】使用後に俺も壁面から岩を何個かもぎ取りぶん投げる。

 炎は纏っていないが、筋力全開フルスィングなので速度と威力は段違いだ。

 まるでボウリングのように、身体を構成する岩が弾け飛び、あっさり纏っていた炎が散っていく。


『【白火】Lv1を取得しました』


「敏捷が74か。【魂装】の引きは大外れだが……」


 それよりも、このスキルが気になってしょうがない。

 が、まずは上空で魔法を撃つだけ撃ってまったく降りてこない、セコい蝙蝠野郎をぶっ潰さなくては。

 俺は黙々と付近の魔物を掃除し――

 初めてとなる、レア種専用っぽいスキルの概要を確認しつつ、さらなる奥地へと進んでいった。221話 メンバー選考会

 さらに30分ほど奥へ進めば、視界の先には今までの空洞よりも明らかに天井の高いエリアが展開されていた。

 地面と天井を繋ぐ岩盤もなくなっているようで、まるで広範囲戦闘を前提とした巨大ドームのよう。

 いつぞやのキングアントがいた、ちょっと幻想的なあの部屋を思い出す。

 どう考えてもココでしょうという、あからさまなボス出現ポイント。

 幸い入口だけが狭くなっているような構造ではなかったので、念のための安全策からまだ周囲の雑魚魔物が湧いているような場所に陣取り、【遠視】全開でその空間を眺める。


 すると―――、いた。

「竜……というより恐竜っぽいか……?」


 赤黒い体表のソイツは大きな後ろ足で体を支えた二足歩行型で、ただ前足と呼べる部分もそんな短いことはなく、たまに前傾の四足に切り替われば、太く長い尻尾が上空へと伸びる。

 尻尾の先端部分は蕾《つぼみ》のような形状をしており――見間違いでなければ、その赤い先端から火が漏れ出ているようにも見えた。

 大きさは比較物がないのでなんとも言えないが、まぁかなり距離をとってもそれなりに見えるのだから、あれで小さいなんてことはないだろう。

 たぶんロキッシュと同等か、それ以上はあるんじゃないかと思われる。

 そしてこのくらいの距離感なら間違いなく大丈夫だと、気を張ることなく【洞察】を使った。


「なるほどね。一人じゃまだちょっとキツいくらいか」


 想像していたよりは手頃だ。

 ヴァルツ王国へ向かう直前に見たばあさんと似たような感覚なので、これならレイドとしてかなり現実的な討伐対象だと思わず胸をなで下ろす。

 ただそうなると、心配なのは強者の横やりだ。

 魔物は誰のモノでもないだろうし、そこにフリーな状態でいるなら誰が倒したところで問題無いというのが俺個人の考えだが、計画が練られている以上はぜひこのまま進行してほしいところ。


(そこはあのAランクハンターと獣人の手腕に期待するしかないか……)


 俺に手伝えることは、怪しく、そして強そうな集団が奥に入っていかないか、狩場の奥の方でただ見張るだけ。

 そう判断し、夜間でも狩場内が暗くならないのはこれ幸いと、門番の如く見張っていたらどんどん狩りの時間が延びていった。



 そしてさらに3日後。

 約束通り、俺はドワーフのおっちゃんがいる防具屋へと足を運び、出来上がった装備を受け取る。

 肌を極力隠し、可動域以外をほぼ覆うフルレザーは、鱗付きの厚手なライダースーツのよう。

 急所は重ねるように厚みが増されており、試さなくてもこりゃあ暑くて蒸れるでしょってのがすぐに分かってしまう。

 逆に今のような冬場の上空だと暖かそうな防具だけどね。

「一応空気が中に入っていきやすい作りにゃしてるが、それでも小まめに休憩は挟めよ。魔物じゃなく暑さでぶっ倒れたまま死ぬやつも毎年必ずいるからな」

「でしょうね。ちなみにこのレザーアーマーって水に弱いとかあります? 狩場で頻繁に頭から水を被るので」

 革製品の知識なんてほとんどないけど、仕事で使っていた革靴は水に弱いような説明を受けたような気がするのだ。

 これで水に弱かったら、ますます長時間の狩りが怪しくなってくる。

「コイツは大丈夫だぞ? 使い込めば段々色味が抜けて黒くなっていくが、耐性効果が落ちるような話は聞いたことがない。水で洗浄できなきゃ、着られないくらい臭くなっちまうだろうしな」

「あぁ――……」

 こんなところで急に現実へと引き戻される。

 汗臭問題、確かにその通りだ。


 となると、さすがに当日ぶっつけ本番ってのはマズいだろうし、まずは一度試してみるか。

 そう判断し、装備着用でいったいどれほどの時間狩りが持続できるのか。

 既に主要3種スキルはレベル8まで到達しているものの、それでもまだまだ継続と、計測も含めてほぼ固定化された奥地の狩場へと戻っていった。


 そして3時間後、ヘロヘロになって床へ這い蹲る俺。

「あちっ……これは、キツい……」

 確かに火の熱さなんて感じないから耐性効果は十分なのだろうが、『暑さ』にはめっぽう弱く、防具の中に水が浸透していかない。

 これが一番の大問題である。

 おかげで体内の熱を逃がすことができず、3時間を超えたあたりから頭がボーッとするくらいフラフラに。

 他のパーティも1~2時間くらいで入口に戻っていた意味が、これではっきりと分かってしまった。

 鎧を外側から冷やすか、身体を直接冷やすような【氷魔法】でもなければ無理ってもんである。

(タイムリミットは移動時間も含めて3時間……ってことは実質ボス戦で動けるのは1時間、いや、団体移動となればもっと短いか?)

 ボス部屋まで一度行っているからこそ分かる目安時間、そして逆算したことで分かる事実。

(なるほどなるほど……)

 取るべき対策を思案しながら、とりあえず雑魚狩りにこんなサウナスーツ着ていられるかと、俺はレイド当日まで鎧を宿屋に封印した。




 そして、メンバー選考当日。


(ざわざわ……ざわざわざわ……)


 険しい表情を浮かべ、腕を組みながら壁に寄りかかり、瞑想する男。

 別レイドでの武勇伝を語る男とその取り巻き。

 パーティ単位でそのまま固まり話している、狩場で何度か見かけたことのあるメンツもこの場には多くいる。


 ローエンフォートのハンターギルド内にある修練場。

 マルタと同じくらいのスペースを有するその場は、想像以上の人混みで溢れていた。

 と同時に、これは舐めていたなと……果たして参加できるのか、不安に駆られてしまう。


 MMOの大型レイドは魅力的だが、それでも性質上参加する人を選ぶコンテンツだ。

 ボスとの交戦が可能なほどの戦力という根本的な問題《ハードル》は当然として、人との連携――つまり自分の役割はもちろん、他職の役割も把握した上で適切な行動を取り続けなければならない。

 求められる知識は多く、参加人数が絞られるほど、そして高難度であるほど一つのミスで全体が瓦解していくので、その重責を嫌い、戦力は満たしていても参加したくないという人もそれなりにいた。

 俺がどちらかというとこのタイプだったが、長く拘束されるその時間を嫌う層もかなり多かったと記憶している。


 だから募集に50名ほどとは書かれていたものの、実際はそんなに集まらないんじゃないか。

 失敗やミスをしたところで直接死ぬことはないゲームでもそうなのだから、ミスが実際死に直結するこの世界のレイドなら、もっと人集めには苦労するものなんじゃないか――

 そう思っていたが、やっぱりこの世界は違うらしい。

 どう見ても定員の50名以上が、参加表明のためこの場に集まっているのは一目瞭然だった。


「皆、わざわざ集まってくれて感謝する!」


 修練場の奥から響く声。

 狩場で見かけることはなかったが、ギルドの受付ロビーではその後も何度か姿を見かけた男。

 Aランクハンターの――たしかフィデルさんが、積み重ねた木箱の上に乗り、声高々に挨拶を始めた。

 使い込んで変色したと思われる黒いレザーアーマーを身に纏った、なんとも勇者感の漂う金髪優男。

 そんな姿を少々行儀が悪いと思いながら、俺は修練場の外壁上部に腰掛け、上から一人眺める。

 下にいたんじゃ、背が低すぎておっちゃん達のケツや背中しか見えないからね。


「もうこれで4回目。極力死者数を減らすためにも、適切な参加人数は今回50名前後が妥当だろうと考えている。まずは今日集まってもらった者達全員を参加させられないことは理解してくれ。そして――死を恐れるやつは、今すぐこの場から立ち去ってほしい。"死を恐れない"、それが何よりも必要なボス討伐の参加資格だ」


 強い口調で放たれたこの言葉に、ピクッと反応したのは俺だけじゃなかった。

 それでも誰もが立ち去ることなく、フィデルさんを見つめている。


「よし、大丈夫だな。ではまず予定編成と必要な能力を伝えていく。のちほど能力別に分かれてもらうから、該当者同士で固まって――」


 その後も主催者の話を聞いていると、そこまでゲームでのレイド募集と流れは変わらないような気がした。

 ヘイトを取ってボスからの攻撃を積極的に受ける、要のタンカーパーティが1つ。

 近接アタッカー職が主体となり、いざという時は一時的な攻撃の受けも担うパーティが3つ。

 ダメージディーラーを担う遠距離火力職のパーティが3つ。

 暑さ対策や防壁などの防御面を担う遠距離補助パーティが1~2つ。

 重症や死亡による戦力の穴を一時的に塞いだり、後援としてバフなどの支援、また全体を指揮するパーティが1~2つ。

 場面場面での行動指針は全体で合わせつつ、5名のパーティ単位で細かい部分をそれぞれ補っていくようなイメージっぽいな。


 職の幅がかなり広いので、『回復系統の魔法が使えるやつ』『【氷魔法】が使えるやつ』『何かしらの補助系統スキルを所持しているやつ』などなど。

 10ほどの大枠が発表されたので、とりあえず俺は『近接火力に自信のあるやつ』の所に向かう。

 悲しいかな、人前で魔法を使えないという制限があるからね……

 羊の時みたいに、遠目からコソコソ隠れてやるくらいの余裕があるならまだいいけど、ボス戦でそんな余裕があるとは思えない。

 なら初めから近接火力担当だ。

【身体強化】と【剣術】も併用して、あの恐竜の尻尾をぶった切ってやろうと思います!


 そう思っていたわけですが。


(近接火力に自信のあるやつ、多過ぎるんだが……?)


 この一角だけ人が膨れ上がって、横にある『レベル5以上の火力魔法を使えるやつ』の枠を飲み込みそうである。

 なんだよこの場所。

 むさ苦しいったらありゃしない!


 そして近寄ってくる主催者フィデルさんと相棒っぽい獣人から告げられる、リアルで残酷な募集人数。


「ここは12人が限界だから――とりあえず、Aランクハンターはどれくらいいる?」


 するとチラホラと上がる手。

 どうやらフレイビルで修業した人達も混ざっているようで、これで一気に6枠が埋まってしまった。

 どうしよ、もういきなりピンチ過ぎて笑えない。


「あとは条件を絞っていくしかないな。所持武器のスキルレベルが6以上のやつは?」


 キタコレ!


「あ、該当武器が『氷』の属性付与なのは必須で」


 は―――、い~~~???

 んな、バカな。

 上に真っ直ぐ伸びた手が、あれよあれよと萎んでいく。

 属性付与とか、そんなの付けたことないし……

 縋るように周りを眺めるも、あぁ、もうダメだろうな。

 これでもまだ多いというくらいに、上に伸びる手が何本も見える。


「済まないが、漏れたやつは外れてくれ。俺達の時はまた告知するから、その時までにこのくらいの条件を整えてもらえると組みやすい」

「……」


 フィデルさんはちっとも間違ったことを言っていないのだ。

 ただ人が多いってだけじゃ、効率よくダメージなんて叩き出せない。

 現実的な問題として弱いやつが死体になれば、そこにあるだけでも事故の原因になる……限られた空間ならなおさらだ。

 それに敢えて伏せちゃいるんだろうけど、参加人数が多くなるほど一人当たりの報酬だって減ってくるのだ。

 期待通り、もしくは以上の報酬があるからこそ、命を懸けてでもボスに挑むわけだし、使える戦力、使えるスキル持ちを選別していくのは当然のこと。

 そのやり方に文句があるなら、おまえが主催者をやれって話でゲームだと話が終了する。


 しかし――

 諦めきれず、再度石壁の上に飛んで全体を見渡し、【洞察】を使った。

 主催者フィデルさんと近接組の塊に残った相棒の獣人、それともう一人同等くらいに強そうな人が今日参加しているが、それでも3人だけ。

 それ以外の人達は明らかに自分より弱いと分かるし、なんならエントニア火岩洞のスキル収集もだいぶ進んだからか、フィデルさんよりも今ならちょっと強いような気もしてくる。

 悔しさでそう思い込みたいだけかもしれないけどさ!


(うぅ……せっかく鎧作って【魔力自動回復量増加】レベル2の【付与】も付けたのに……)


 ゲームと違い、単純な能力数値で比較ができないからこその結果だ。

 この日のために準備はしてきた。

 ボスが誰かに狩られないよう、1人勝手に狩場の奥で門番役もやってきたつもりだ。

 でも成果は結びつかず……この世界でも努力が報われない場面というのはあるのだなと。

 当たり前のことに今更気付かされる。


 はぁ……

 魔力が黒くなければ、【雷魔法】レベル7を条件に文句無しのクリアだったんだけどなぁ。

 恨めしいがしょうがない……もう町を出るか。

 そう思って宿へ帰ろうとした時、人が減ったからか――気になる言葉を耳が拾った。


「今回ミヨンがいないから、補助スキルの層が薄くない?」

 その声は、以前「フィデル」と呼んでいた女性の声だと分かった。

 足を止め、ソッとステータス画面を開き、スキルを眺める。


「貢献できそうな補助スキル…………あ、これはいけるか……?」


 ひたすらソロ活動だった俺にとって、補助スキルなんて一度も使ったことがないものばかり。

 だからこそ、使えば魔力が外に溢れてしまうタイプなのか、その判別すらできていなかった。

 性質を考えれば、たぶん大丈夫そうな気もするが……

 試すなら、人が多くて有耶無耶にもできる今のうちにやってしまうしかないだろう。

 最悪騒ぎになったらトンズラするしかない。

 そう思って俺は、


――【鼓舞】――


 スキル名を小声で発した。222話 役割

 スキル名を唱えた直後から、修練場にいる人達を凝視する。

(うん、大丈夫。というか誰も気付いてもいないっぽいな)

 もうすっかり忘れていたスキル詳細を見れば――


【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28


 ――このようになっていた。

 50名ほどの団体戦。

 全部の範囲を賄えるかは分からないけど、それでも半径25メートルなら大半の人間をカバーすることはできる気がする。

 しかも全能力値を20%向上なら、BランクやAランクくらい自力のある人達にはかなり大きなバフとなるはずだ。

 いける――チャンスはある。


「あ、あの! 【鼓舞】なんて要りませんか?」


 再度相棒獣人と話し合っていたフィデルさんへ声を掛けた。


「ん? なんだ坊主。【鼓舞】が使えるのか?」

「レベルは? 1じゃさすがに範囲が狭過ぎて使い物にならないぞ?」

「レベルは5です」

「……なんだと?」

「……今、ここで使ってみてくれ」


 二人の刺すような視線。

 ……このパターンは毎度のアレだ。

 だが怯むわけにはいかない。

 なんとしてでも貢献できることを証明し、レイドの枠をもぎ取る。


「もう使ってますよ」


 この言葉に怪訝な表情を浮かべつつも、獣人の男が視線鋭く、その場で風を切るようにワンツーとパンチを繰り出す。

 おぉ、こりゃやべぇ……

 能力上昇の恩恵もあっての結果だろうけど、目で追うのがかなりギリギリってくらいに鬼速い。

 避けるなんてまったく無理だな。


「お、おぉ……? 能力1段階上じゃねーかコレ?」

「ユーリアの【鼓舞】は今もレベル3で間違いない?」

「え、えぇ」

「一応使ってみて」

「はい――【鼓舞】」

「……やっぱ1段上だ。上書きされてねーよ」

「となると間違いないか。レベル5だと範囲は50メートルか?」

「それで間違いないです」


 俺に聞かれたわけじゃなさそうだったけど、もうアピールするならここしかないだろう。

 それが上手く伝わったのか――


「よし、疑って済まなかった。ぜひ君には入ってもらいたい。名前は?」

「ロキです。宜しくお願いします」

「フィデルだ。ボス討伐のリーダーをやらせてもらっている」

「俺はガルセラだ。あとでもう少し詳しくできることを確認させてもらうぜ? メンバー選抜が終わるまでこの場で待機しといてくれ」

「あ、ユーリアは【魔力譲渡】に回ってもらうからそのままで。必ずどこかの場面で必要になるからね」


 別の塊へと向かっていく二人の後ろ姿を眺めながら、想定外の滑り込みに思わず深い息を吐く。

 なんとかなったからいいものの、まさか俺が支援役《バッファー》とは……

 このポジションでどうラストアタックを狙えばいいのか、まったく想定できていない。

 そして流れる若干気まずいこの雰囲気。

 別のポジションがあったから良かったものの、危うく横にいるユーリアさんっていう人の枠を俺が奪うところだった。

 人数制限がある以上はそういうものだと分かっていても、やっぱり良い印象を持たれるものではないだろうからなぁ。

「すみません。なんか割り込むような形になってしまって」

「ううん大丈夫だよ。1段階上の能力で範囲も50メートルなんて、その方が断然良いに決まってるもん」

 先ほどもガルセラさんがそんなことを言っていたな。

 このスキルはたしか、キングアントが所持していたはずだから――気絶中に一発でこのレベルまで上がっているはずだ。

 だから途中経過は把握できていなかったけど、段階のある能力というならまず『20%』という部分を指しているんだろう。

 つまりユーリアさんが持つ【鼓舞】レベル3だと、上昇効果がたぶん『10%』とか『15%』って話なんだと思う。


 それにしても、フィデルさんはユーリアさんが【魔力譲渡】もあることを事前に知っていた。

 レイドは今回で4回目という話だし、20歳くらいにしか見えないこの可愛らしい女性は、もしやレイドの常連さんなのだろうか?

 そう思って尋ねると、ヴァラカン討伐は今回で2回目だが、フィデル氏の彼女さんっぽいニュアンスの返しをされてしまった。

 いや、別に残念とは思わないけど、彼女さんならはっきり「彼女です」と言ってくれよと。

 照れながら、「もうちょっとで彼女になれるかもしれなくて~」なんて言われると、ユーリアさん大丈夫なのか? と心配にもなってくる。

 まぁそれでも経験者だ。

 どうせメンバー選定までまだ時間も掛かるだろうとあれこれ聞けば、支援役だったからか。

 離れた立ち位置から見えるボス戦の様子を色々と教えてくれた。

 中でも『龍の飛び出す火柱』と『暴れ回る尾の火光』という強烈な言葉。

 これには命を張る覚悟で挑む人たちには申し訳ないが、それがスキルなら思わず"|欲《・》|し《・》|い《・》"と、既に楽しみでしょうがなくなってしまっている。

 それに『|三《・》|段《・》|階《・》|目《・》|か《・》|ら《・》|が《・》|本《・》|番《・》』という、ボスだからこそ出てくる段階の話なんてされてしまえば、MMO好きならウズウズしたってしょうがないだろう。


 パンパン!


 両手を叩く音に顔をあげれば、再度木箱の上に立つフィデルさんが。

「皆待たせた。ようやく各枠での人選も終了したよ。これなら今回も――いや、今までよりも楽に討伐できる可能性だってあると思う」

「おぉ……」

 修練場がにわかにざわつく中、フィデル氏の視線はなぜか俺の方へ向く。

 思わず後ろを振り向くも――誰もいない。

「ロキ君が飛べることもう分かってんですよきっと! もしかしたら異世界人だってことも」

「だから違うって言ってるでしょうが!」

 先ほどいた近接アタッカー組の枠を見事勝ち取っていた、40歳くらいの――ジョフマンと名乗るおっさんが、わざわざ俺の横にまで来てコソコソと話す。

 どうやら俺が狩場で飛んでいる姿を何度も目撃していたようで、もう『異世界人』とすでに断定している様子だった。

 ちなみに俺は一言も「そうだ」と言っていない。

 言ってメリットのありそうな状況なら言うけど、たぶんこの場だと何かしらの天級スキルを持っているという、過剰な期待を向けられるだけ。

 おまけに答えられるほどの力《スキル》はないので、身を守るためにも一切認めないが吉である。

「明日は予定通り朝から開始だ。鐘の音が鳴ったら極力早めに各自洞穴入り口まで集合するようにしてくれ。細かい振り分けは明日移動しながら報告する。それじゃあ経験者は解散!」


 パン!


 再度打ち鳴らされる乾いた音に、それぞれが立ち上がり修練場を後にしていく。

 残されたのは――16人か。

 やはりというかほぼ近接職で、激戦区という理由の他にも死亡率がきっと高いんだろうなと、別の理由まで自然と頭に浮かんでしまった。

「一応同枠の経験者からボス戦攻略の流れやコツ、注意点は聞けたことだと思う。初めてなら緊張もすると思うが、一番大事なのは役割に徹すること。1人の不用意な動きで全体が崩れる恐れもあるから、周りを信じて自分の役割をこなしてほしい」

 この言葉に威勢よく返事をする者。

 覚悟を決めたように、緊張の面持ちで頷く者。

 感情を表に出そうとしない者など、反応は様々だな。

「では臨時パーティ割り振りのために、個別の能力をもう少し詳しく確認させてもらいたい。一応一人ずつ呼ぶから、急ぐ者がいたら手を挙げてくれ」

 そう言われたので、様子を見つつもソッと手を挙げる。

 さすがに16番目とか言われると暇過ぎるし、それなら狩場に戻って稼いでおきたい。

「よし、じゃあ君から始めるか。他のやつらは受付の方で何か飲み食いしてもらってても構わない。ギルド内にさえ居てくれれば自由にしてくれ」


 こうして強者二人を前にした面談が始まった。

 何を伝え、何を秘密にするか。

 慎重に言葉を選びながらレイド戦の立ち位置、何よりも優先したい俺の目的を考慮しつつ情報を開示していく。

「済まない私達が疎かったようだが、どうやら君は有名人のようだな?」

「え? そこまでハンターと接点はないはずですが」

「だからだ。一人で火岩洞を駆け回り、1日に2回も素材を卸しているそうじゃないか。加えて君は剣を片手に空を飛ぶと、複数のハンターが教えてくれたよ」

「は、ははっ……そこら辺はまぁ、正解ですね。なので飛びながら適切な場所で【鼓舞】を使用できると思います」

「あぁ頼むよ。50メートルという範囲は広くとも、後衛職はブレスや尾から噴き出る火光を避けるために四方へ分散させる。上手く適切な場所で使用してほしい」

「それでだ、ロキ。おまえさんは他に何ができる? 火力魔法は撃てるのか?」

 来たな。

 ガルセラさんのストレートな質問――

 まずここは素直に合わせていく。

「魔法は残念ながら……僕の武器は見ての通り剣でして、スキルレベルは伏せますが、近接職の募集条件をクリアできるスキルレベルは保有しています」

「……なるほど、レベル6以上か」

 顎に手をやり考えるフィデル氏と、何も言わずニヤリと口角を上げるガルセラさん。

「【鼓舞】の特性は、正確に言えば半径25メートル。つまり戦闘の中心にいることが望ましいのはご存じでしょう?」

「ふむ。だから近接アタッカーも兼任するということか」

「その方が貢献できるとは思っています」

「だが、ボスに張り付く近接職はすでにギリギリの人数だ。これ以上増やすとお互いの行動を阻害してしまう可能性もある」

「でも、僕は飛べます」

「空中から、踏ん張りもせずに斬れるのか……?」

「やり方次第ですよ。上空から突き刺すように下降すれば逆に威力は通常よりも増します。何度もやるものじゃありませんけどね」

「……近接組のルールも覚えてもらうことになるが、大丈夫か?」

「具体的には?」

「もしヘイトを取ってしまっても、逃げず、引かず、耐えて、穴を空けないこと」

「なるほど……」

 そりゃ死亡率が上がるわな。

 でも大事なことだというのは分かる。

 近接職がヘイトを持ったまま逃げようものなら、後衛職がバンバン死んで立て直しが絶望的になるのはお決まりの流れだ。

「まぁロキ少年の場合は上空へ逃げるという手もあるから、必ず当てはまるものじゃなさそうだが。あとは『ブレイク』の掛け声とともに、近接アタッカーは一斉にタンクの後ろに回ってもらうことも重要だ」

「その意味は?」

「小休止だよ。近接アタッカーは特に精神を摩耗する。ブレイク中にタンクがヘイトを集めながら、遠距離アタッカーがそのタイミングで魔法を撃ち込むって寸法だ」

「あぁ、前に近接アタッカーがいたら仲間に当たっちゃいますもんね」

「戦況次第だが、おおよそ3分に一度くらいの目安で『ブレイク』の合図が入ると思ってくれ。その指示出しは私がやる」

「そのくらいなら大丈夫だと思います。あ、あと"やってはいけないこと"も事前に教えてもらえるとありがたいですね」


【鼓舞】の魔力消費は10分間で28。

 これなら計算上10時間以上持つ――ということはボス戦で確実に魔力が余るのだ。

 だからこそ、禁止事項を確認しておく。

 魔力の漏れる魔法まで使う予定はないけど、一時的に【挑発】と【硬質化】でタンクの代わりを担うくらいはできるだろう。

 実行可能な手札を理解しておけば、咄嗟の判断で行動も取りやすくなる。

 ――まぁ、具体的に何ができるかを、そこまで細かく言う必要まではないけどね。

 必要不可欠な場面が現れた時、禁止でないなら実行して状況改善を図ればそれで良い。

 俺の目的はラストアタックを取り、無事討伐を終えること。

 これさえ叶えられれば、最悪分け前は捨てても良いと思っているのだから――

 常に手の届く距離に。

 その点だけを意識して、役割についての交渉を続けていった。223話 開戦

 翌日。

 予定通り早朝から狩場入口に集合した一行は、ゾロゾロとエントニア火岩洞内部を行進していく。

 道中の魔物は主に魔力の余っている遠距離部隊が処理しているようで、あまり近接組にお鉢が回ってくることはない。

 個人的には魔力消費大丈夫なん? と心配になってしまうけれど、回復手段として魔力ポーションもあれば、念のため俺も飲んでいた魔力回復丸薬だってあるわけだしね。

 率先して魔物処理をしようかなと剣を握るも、こういう場で出しゃばるのはよくないと、ヒッソリ団体の中に埋もれていた。

 まぁそれでも目立っているみたいだが。


「ちょ!? ロキ君だけですよ! ボス戦で籠を背負ってるアホなんて!」


 行進開始後、開口一番にジョフマンさんから言われた言葉が俺の心にグサリと刺さる。

 別に道中の素材も一応回収しておこうとか、そんなセコいことも考えてはいたけど、でもそれだけを目的にしているわけではないのだ。

 ボス戦をより円滑に進めるための策として、俺は真っ先に戦闘直前までいつもの庶民服スタイルでいようと心に決めていた。

 たぶんもうそろそろ到着する頃だろうとは思うけど、もう既に洞窟内を歩き始めてから2時間近くは経過している。

 周りを見れば当然汗だくで、この時点で体力消耗していることが丸分かりなのだ。

 だから籠に鎧を入れていただけなのだが、狩場で会ったことのなかったユーリアさんには酷く怒られてしまった。

「着くまでに大きな火傷でも負ったらどうするの!?」

 ごもっともだけど、【火属性耐性】がスキルレベル8までいくと、もうまったくと言っていいほど火のダメージや熱さは感じないからなぁ。

「ロキ君は普通の狩りでも鎧なんて着てませんでしたぜ?」

 ジョフマンさんが冷静に事実を告げれば、ユーリアさんの可愛かった顔が引きつってブサイクに。

「今のうちに熱を逃がしておけば、ボス戦の時はきっと楽ですよ? 鎧なら籠に入れておけば僕が運んであげますから」

 親切心でそう告げれば、「脱いだら下着なんだけど……」と余計にドン引かれてしまった。

 そんな、防具の下のご事情なんて知らんし。

 絶対ボス戦では有利に働くはずなのに、なぜ俺はこんな視線を浴びなければいけないのか、世の中はとっても理不尽である。

 そしてなぜ、ジョフマンさんが脱いでいるのか。

 あなたの鎧まで運ぶなんて言ってないんだけど? と、おっさんのパンイチ姿に解せない気持ちでいっぱいになりつつ、約2時間半かけてボス部屋前に到着した。


 以前よりも近くで見るその部屋は、端まで300~400メートルはありそうなほどに広大で、天井も50メートル近くはありそうなドーム型。

 過去の経験から、すぐさま裏ボスが出てきそうな怪しいポイントを探すも、どうにもそれらしい箇所は見当たらない。

 逆に|何《・》|も《・》|無《・》|さ《・》|す《・》|ぎ《・》|る《・》という表現が適切なように感じた。

 唯一、がらんどうな空間の中心でポツリとボスが佇んでおり、距離が近くなったことで分かるその大きさに暫し圧倒されてしまう。

 ロキッシュよりも、あれは確実にデカい。


 パンッ!


「よし、予定通り4組に分かれて壁面を移動してくれ。俺の合図で一斉に突撃だ。タンクパーティは少し先行、まずヘイト取りをしっかり頼むぞ」

「あぁ、任せてくれ」

「わ、分かりました!」


 巨大な盾を持った二人の男が返答する。

 レイド戦の要と言ってもいいタンクはこの2人に、主催者であるフィデル氏を加えた3名。

 2人が初参加組というのは少々気掛かりだが、慣れた様子のフィデル氏もいるならまず大丈夫だろう。

 ちなみに俺はパーティで言えばフィデル氏のところになるみたいだが、やることは完全ソロの遊撃部隊だな。

 空中で自由に動く俺に合わせられる職なんてないらしく、でもまぁその方が気も楽だしと快くその役割を引き受けた。




 四方に散り、それぞれが配置につくハンター達。

 緊張感の漂う静寂に包まれた空間では、やや荒い呼吸音だけが聞こえていた。

 ふいに誰かの喉が鳴り、チラリと周囲を見渡せば、数歩前に出た近接組は皆が武器を強く握り、多くが中央のボスを見つめている。

 ……中には、目を瞑り祈る者、震えている者も、いた。

 これがゲームとは違う、生身でやるレイド。

 恐怖に打ち勝ち、大きな戦果を得る戦いだ。

 ――不安と興奮で鼓動が高鳴り、自然と握る剣にも力が入る。


(いける。いけるぞ。俺一人ではまだ無理でも――皆で動けば絶対に、いける……)


 パンッ!!


「突撃ぃいいいいいいいいいーッ!!」



「「「「ウォオオオオァアアアッ!!!」」」」



 周りなど気にしていない。

 ただ自分を奮い立たせるためだけに、腹の底から叫び声をあげて駆けるハンター達。

 そんな周囲の様子を眼下に収めながら、俺はゆっくり部屋の中央へ向かって【飛行】する。

 その中央では最も先を走るタンクに反応し、そちらに向き直りながら走り始めるヴァラカンが。

 スピードは――そこまで速くない。


――【鼓舞】――


 とりあえず1発目の役割を果たしたら、ここからは事前情報の擦り合わせと分析だ。

 ジッとボスの動向を見据える。

 おおよその攻撃パターンは既に経験者から聞いていたが、そんなもの、実際にこの目で見てみなければ感覚が掴めない。

 まるで頭部の角で串刺しにするかの如く鋭い突撃――、それを必死の形相で盾を使い、受け流していくタンク。

 対してヴァラカンは、ブレた軸をそのまま利用するように尾を猛烈な勢いで振り回す。

 これを咄嗟に割り込み、押されて後退させられつつも、その場で強引に止めるもう一人のタンク。

 そして即座にヒールが飛んだことを示すかのように、タンクの身体に淡い青紫の魔力が灯った。


(尾をきっちり止めた人の方がステは高そうか……)


 タンクが潰れると、経験上レイドの多くは崩壊する。

 ならば俺が優先して補助すべきタンクはあちらだと、まだ赤さの目立つサラマンダーレザーを頭部までしっかり覆った男をマークした。

 その後も続々と到着し、戦闘に参加していく近接組。

 得物を握り、思い思いに手の届く範囲へ攻撃を加えていく。

 といっても推定5メートル超はある魔物だ。

 基本的に足か、下がった時の尻尾にしか攻撃を加えられず、また鱗に阻まれ、あまり内部まで刃が通っているようには見えなかった。


(まずはどれくらいダメージが通せるのか)


 負担軽減と魔力消費を効率よく抑えるための戦略だろう。

 適度に、そして交互にタンクから放たれる【挑発】の合間に


――【身体強化】――


 無理だろうと思いながらも急速下降し、太い首を切り落とすつもりで斬撃を加える。

――【剣術】――「力刃ッ!」――


 ズブリと、食い込む剣。

 なるほど、いつもより動きが良いと自分でも分かるな。

 斬った感触からしても、たぶん俺になんらかのバフが掛かっているのは間違いなさそうだ。

 鱗に阻まれようと十分刃は通る――が、今の一撃であっさりヘイトは俺が奪ったらしい。

 大きく吠えながら上を向き、バカデカい顎を開け、視線は確実に俺へと向いている。


(早速きたな)


 この目で確認したい攻撃の一つ目だ。

 これは直接味わえるなら、今のうちに味わっておいた方が良い。

 口内で黒いモヤを纏った炎の生成と圧縮が始まり、煌々と輝く不安定な光の玉が生まれていく光景を眺めながら、両腕で顔を覆い全力の防御態勢に入る。


(まだ、まだだ、まだ……ここッ!)


 ――【発火】――


 コアッ―――……


 検証しきれていない防御対策だった。

『火』はすでに耐性が強過ぎて、サラマンダーのブレスやファイアバットの【火魔法】をわざと受けても、熱さやダメージを何も感じない。

 オーバーフレイムロックが再び登場してくれれば検証できたかもしれないが、そう都合よくは目の前に現れてくれなかったし、【白火】をわざとフレイムロックに点火させての量産にも失敗した。

 だからやむを得ずの本番検証。

 たぶん【硬質化】では、物理攻撃ではないブレスの防御を上げることはできない。

 でも事前に【発火】で火を纏っていたら?

 少なくとも自分で火を纏ったのなら、任意でその纏った火はすぐに消すことができるのだから、火に対しての防御耐性もありそうなもの。



 発動準備を経て放たれた巨大なブレスは俺を丸呑みにし、そのまま上空で掻き消えていく。

 一時の静寂を感じ、【発火】をすぐに解除しながら上空を見上げれば、天井を焦がしたような跡は見られない。

 事前情報ではブレスの射程がかなり長いという話もあったが、俺が前面に立って壁になれば、射程を抑える効果もそれなりにありそうなことがこれで分かったな。

 予兆や行動パターンが分かれば、その時だけヘイトを奪って上空へ逃がすという戦略も取れる。

 目立つ【白火】を使うまでもないし、敢えて火を纏わなかった左手のダメージを見れば、このブレスなら【発火】すら必要は無さそうだし……


「ハハッ! この程度のブレスなら余裕だわ!」


 そう思って獲物を見れば、ヴァラカンだけでなく、なぜかハンターの多くが目を見開き俺を見つめていた。224話 希少職

 何かが、おかしい。

 そう感じ始めたのは、レイド戦開始から約30分後のことだった。

 上空を舞い、戦闘状況を俯瞰しながら、積み重なる違和感に目を細める。


「ブレイクッ!」


(まただ……)


 遠くから叫ばれる号令と同時に近接職がタンクの後ろへ退避し、そのタイミングを見計らって遠距離部隊の魔法が撃ち込まれる。

 多いのは【風魔法】、ついで【雷魔法】と【光魔法】で、【水魔法】と【氷魔法】は防御と冷却要員に。【土魔法】は岩が地面に残って邪魔になるという理由で禁止されていることをボス戦までの道中で聞いていた。

 魔法が詠唱され、発動し、着弾するまでの時間は魔法によってマチマチだが、約10秒~15秒前後。

 今回もブレス直後にブレイクが入り、予想通り近接組が一歩引いた後も3秒くらいヴァラカンは動かず、その後ヘイトを取っているタンクに向かって攻撃している最中に背後から魔法を浴びせ、退避していた近接組が戦闘に戻る。

 これを丁度10回繰り返したのが今のタイミングだ。


――【鼓舞】――


(離れ過ぎだな……)


 そう思いながらも4度目の仕事をこなす。

 一番範囲内に人が収まるであろう場所へ移動したが、それでも後衛職が距離を取り過ぎていて、カバーしきれていない者がいることは一目瞭然だった。

 が、わざわざ移動してかけ直すことはしない。

 攻撃頻度が低すぎて、掛け直す魔力が無駄だと判断したからだ。


 遠距離アタッカーと呼べる魔法職は総勢15名ほど。

 それぞれがブレスなどの遠距離攻撃を警戒しつつ、パーティ単位で四方に分散していた。

 と言っても、ブレスは予兆を確認できれば俺が無理やりヘイトを奪って上空へ逃がしているので、今回のレイドは今までよりもかなり楽になっているはずなのだ。

 にもかかわらず、近寄って火力を上げるような動きが見られないし、位置取りを気にするような動きもまったく見られない。

 ほぼ同じ場所で固定砲台化してしまっている。

 魔法種別にもよるが、特に【風魔法】なんて距離によるダメージ減衰が顕著なタイプ。

 20メートル、時には30メートル以上離れた位置から放ったところで、そこまで大したダメージにはならないだろう。

 それを示すように、魔法ダメージを受けやすいヴァラカンの背部は、焦げ跡のようなものはあっても、裂傷による傷がほとんど見られなかった。

 それにタンクは当然動く。

 様々な攻撃に耐え、受け流すのに、ひたすらその場で棒立ちなんてことはあり得ない。

 その動きに合わせて魔法部隊も配置を変えていけばいいのだが、その程度のことをなぜかしないので、ブレイク後にタンクや避難した近接組から被るような位置取りにいれば、そもそも魔法部隊は同士討ちを避けて魔法すら撃たないのだ。

 なんのためにそこに立っているのかと……正直意味が分からなかった。

 加えて、なぜか魔法は皆が1発で止めてしまう。

 同士討ちを避けられる位置取りにいた魔法職が一斉発射後、一度もヘイトが剥がれ、遠距離職の方へヴァラカンが動くような素振りは見せていない。

 それだけ威力が出ていないという証左にもなってしまうんだが、それでも一発止めは確定事項のようで、すぐに近接が仕事に戻る動きを繰り返してしまっている。

 おかげで近接組は――もう相当しんどいだろうな。

 適度に【水魔法】持ちが上空から水を降らしてくれるが、それでも単純なスタミナの問題で疲弊の色が濃く出てしまっている。

 それでもフィデルさんからは、遠距離アタッカー組に対しての改善指示が一向に飛ばない。

 下手なのか、それとも故意なのか。


(両方の可能性が高いか……)


 そもそもがおかしいのだ。

 大層な盾を持ったフィデルさんは、【土魔法】で土台でも作らせたのだろう。

 高台の上から戦況を眺めて指示役に徹していた。

 当初は途中で体力の少ないタンクと入れ替えでもするのかと思っていたが、今のところはその動きが見られず、3分おきに「ブレイク」と叫ぶだけの人になってしまっている。

 でもまぁ、100歩譲ってこれは分からないでもない。

 知識あるリーダーが戦況を把握し、指示に徹することがプラスになる場面だってそりゃあるだろう。

 だが、サブリーダーポジションの獣人ガルセラさん。

 なぜアンタまで、フィデルさんの横で戦況眺めてんだ。

 既に一人近接が食われてるのに、なんでその穴を埋めようともしない。


 はぁ――……

 酷いストレスを感じていることが自分でよく分かる。

 長引くほど暑さでも苦しくなるのに、ダメージを最大化させない非効率さ。

 あまりにも負担が近接職に偏り過ぎているこの状況。


(口出しすべきか……あっ)


 大口を開けての噛みつき、からの前足を地に付けた前傾姿勢――予兆だ。


――【身体強化】――


 出番だとばかりに、上空へ真っ直ぐ伸びた尾を深く斬りつけ、その後に尾を抱きかかえる。


「ふがががががっ!」


 尾の先から勢いよく射出される火光。

 まるでレーザービームのような炎の光線が天井へ伸び、パラパラと、火を纏った小型の岩が上部から降り注ぐ。

 本来であれば、この尾が火光を噴出させながら不規則に暴れ回るのだ。

 ボス情報を聞いた時は、ブレスより明らかにこちらの方が厄介だろうと思ったが、直接この目で確認すれば事実その通りだった。

 天井に余裕で到達するほどの長距離射程。

 20㎝程度まで圧縮された炎の線は、さすがにこれを真正面から受け止めようとは思えないほどの威力を感じさせる。

 暴れ馬のように動き、跳ねようとするその尾を、力業で無理やり抑え込むのだって必死も必死。


(は、早くこんな尻尾はぶった斬らないと……!)


 毎回こんなリスキーなことをやっていられないと、その思いは対処する回数が増える毎に増していく。

 ……同じ個所を切り続けた尾の傷は、鱗や肉は問題なくても骨の切断で躓いていた。

 怪しい先端の蕾を切り落とせば、きっと戦況も楽になりそうなものなんだが……


 尾の振動が薄れ、火光の射出も終わりを迎える。

 やっとだ。

 ブレスも尾の火光も、放てば5秒ほどの硬直時間が発生することはすぐに分かった。

 できればここで、尾の切断までもっていきたい。


 一斉に攻撃のチャンス―――


「ブレイクッ!!」


 また、かよ。

 なぜフィデルさんは、こんな無駄なことばかりする。

 せっかく訪れたチャンスを……ッ!


 中には何人かもう気付いている人達もいるはずだ。

 ジョフマンさんなんかは明らかにこの僅かな休憩を喜んでいるが、ステータスの高そうなタンクや――他にも一部の近接は眉間に皺が寄っていた。

 だが、持ち場を離れられない。

 死守を厳命されている。

 ならば、俺にできることは――


――【鼓舞】――


 念のため早めに仕事をこなし、俺はリーダーのもとへと飛び立った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ダメだ! 急な変更は場を混乱させる!」

「はぁ? 現状ブレスと尾の火光は僕が抑えています! 遠距離職に攻撃が向く手段はないでしょう!?」

「君がミスをしたらどうなる? 僅かに威力が上がるという理由で高レベル魔法所持者を危険に晒すのか? ブレイク後の攻撃回数も同様だ。過去にダメージが多過ぎてヘイトが剥がれ、遠距離職を巻き込んだ事例がある以上は許可できない。タンクの後ろに立つなというのは……それは伝えておこう」

「危険に晒されているのは近接職も同じですよ!? なぜ時間を掛けられないという制限があるのに、過剰なほど遠距離職のリスクを避けるんです!?」

「……」


 なんだこの、拭えない違和感は。

 全部を完全に否定されるわけじゃない。

 認められる部分もあったが――それでもダメと言われたその理由が何かおかしい。

 まるで――


「もしかして、近接職の命の方が軽いって思ってます?」

「…………否定はしない」


 これは本当にリアルか?

 そう思った。

 でもどうしてそのような考えになるのか、ゲームをやっていたからこそ理解できてしまう自分自身にも苛立ちを覚える。

 武器を握れば始まる近接職と違い、魔法職は入門と呼ぶべき段階のハードルが非常に高い。

 これは紛れもない事実だ。

 だからそもそもとして総人口が違う……募集の集まり具合を見ても、これだってたぶん事実なのだろう。


 |希《・》|少《・》|職《・》|か《・》|ど《・》|う《・》|か《・》。


 レイドや何かを奪い合う対人チーム戦のような、編成バランスが結果に直結してしまうような場面では特にその影響が出てしまう。

 強くても参加できない夥多職と、弱くても替わりがいないという理由だけで入れてしまう希少職。

 そんな現実があることは理解するが、だからと言って命の重さは関係ないだろう……?

「分かりました……でもせめて、ブレスと尾の火光。あの後にすぐブレイクを挟むのだけは止めてください。約5秒ほどの無防備な硬直が発生するのは、当然|慣《・》|れ《・》|た《・》あなたならご存じだと思います。無条件に攻撃できる機会を捨てるなんてアホのすることでしょう?」

「……了解した」

「あーそれと」

「?」

「命の価値が軽いはずのあなた方は、いったいいつまでここで待機しているんでしょう? 特にガルセラさんは指示役でもないんですから、既に一人欠けていますし早めに参戦をお願いしたいんですが?」

「て、てめぇ……」

「……」

 これ以上やり取りする意味はない。

 主催者の方針が遠距離職を大事にということなら、その意向に合わせて動くしかないのだ。

 初参加組の近接職は詐欺にあったようなものだが……気に食わないなら次回から二度とこの主催者のレイドは参加しなければいいし、入口が塞がっている様子もないのだから、極論はこの場で戦闘放棄でもすれば良い。


(はぁ~まいったな……ペース配分を変えるか?)


 そう思って持ち場に戻ろうとした時――


「よし、ようやく二段階目に入ったな」


 ボソリと呟いたフィデルさんの言葉を耳が拾う。

 と同時に視界には、全てが火で構成されているとしか思えない、巨大な火柱が出現し始めていた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 半分文句とも言える進言をし、再度飛びながら戦いの場へと戻っていくロキを眺めながら、渋い顔をしたガルセラが口を開く。

「フィデル、俺達の戦略はあの小僧に言わないのか?」

「当初は言うつもりだったんだが、近接戦も担うとなればもう言えないだろう。それこそ本当に場が混乱する」

「……それもそうか」

「どう思う? 否定はしていたが、あの少年は異世界人だと思うか?」

「どうだかな。ブレスをまともに食らってピンピンしてやがる時点で普通じゃねぇ。尻尾にあんな強引な対処をするのも初めて見た。が……|ガ《・》|チ《・》|の《・》|本《・》|物《・》ならもうとっくに戦闘なんざ終わってると思うが?」

「私も同意見だな。この状況で魔法を一切撃つ様子は無く、強いは強いが異次元というほどの技能や力は持っていない……分からないな。まさか、空を飛ぶことだけを願ったか?」

「狩場で目撃したやつらにも再三確認したが、魔法を撃った光景は見たことがねぇらしいからな。他に何かあったとしても、戦闘特化ってわけじゃねぇんだろう」

「ならば、三段階目であの少年がどのような動きを見せるか次第だな。予定に変更は無し、いつでも参戦できるようにはしておいてくれ」

「あぁ」

「ユーリア、【水魔法】持ちの魔力回復ついでに、一応後衛アタッカーはタンクの後ろに立つなと伝えてきてくれ。それと俺達が参戦するまでは、どのような状況であろうとも温存だと」

「わ、分かりました……」


 ユーリアの心情は複雑だった。

 少年とはたまたま接点があり、その分少しだけ情が湧いてしまったところもある。

 でも、言うことをちゃんと聞かなければ――その思いだけで魔力回復と伝達の目的を果たすべく、外周の定期巡回を開始した。225話 第三段階

(すげっ……)

 空気を吸い上げるような、聞き慣れない唸りを上げながら上空へ延びていく炎の柱を眺める。

 幅は……3メートルくらいだろうか。

 柱よりは竜巻に近い性質のようにも見える。

 というのはその柱が定位置に固定されているわけではなく、ゆっくりと、人が歩く程度のペースで動いているからだ。

 特に規則性があるわけでもなさそうで、近接組と遠距離組の間――ヴァラカンから15メートル前後の位置をフラフラしていた。

 触れて巻き込まれれば大惨事はすぐに想定できるとして、天井の岩壁が削られているのか、炎を纏った岩が周囲に降り注いでいるのも厄介だろう。

 そこまで大粒じゃないのは幸いだが、それでも人の頭くらいはありそうな燃える岩が上から降ってくるとなれば、意識はどうしても火柱や上空、そして岩から火が渡り一時的に燃焼している地面へと、ボス以外にも散漫してしまう。


 それに――あれか。

 事前情報で聞いていた龍。

 それは確かに、いた。

 火柱が住処なのか、中から噴き出すように細長い龍が現れ、また火柱の中へと戻っていく。

 恐怖で僅かに身震いするも、それ以上に感動を覚えてしまうような、そんな強烈なインパクトをこの火柱から感じてしまった。


(もしこれがスキルなら、絶対に欲しい……!)


 当初からそんな予定は無かったけれども、これで途中放棄なんて選択は増々無くなった。

 2段階目ということは……これでダメージ総量は半分か3分の1くらいは削れたのか?

 俺が斬った首や尾の深い傷、背中を中心に当ててきた魔法に、コツコツと近接職が積み重ねてきた後ろ足へのダメージ。

 遠距離アタッカーはもっと働けと思うが、それでも皆で削ってきたのだ。


「うぉらッ!」


 飛行しながら顔面を斬りつける。

 できれば目を潰したい。

 邪魔するように角が生えているのでそう簡単にはいかないわけだが、それでも顔に攻撃するとすぐにヘイトを奪える。

 予兆の見えた巨大ブレスをそのまま上空へ逃がしつつ対処。

 ブレイクは――約束通りこない。


「皆さん! ブレスと尻尾の火光の後は5秒ほどヴァラカンが硬直します! 反撃は来ませんから攻撃しまくってください! 足を潰して動き止めましょう!」


 喋る時間が勿体ないと思いながらも、急ぎ言葉を投げかける。


「でかした、坊主……!」

「はぁ……はぁ……マジ、かよ……ッ!」

「ブレイクの、合図が、来なくないか……?」


 喜ぶ人もいれば、休憩に入れない不安が顔に出る人と反応は様々だな。

 汗まみれのジョフマンさんなんて今にも泣きそうだ。


「硬直中にわざわざブレイク入れるなって交渉してきただけですから、このあとすぐに来ますよ!」


 喋りながらも狙いは一点に。


「【剣術】――力刃ッ! オラッ!!」


「グォアアアァァ!」


「「「うおぉおおお!!」」」


 っしゃぁあああ! やっとだ!

 やっと、危なっかしい尻尾の先端を斬り落としてやった!


「ブレイクッ!!」


 僅かにヴァラカンが動き始めたタイミングでブレイクが入り、ヒイヒイ言いながらタンクの後ろに回る近接職。

 が、さすがに休憩が許されないタンクはかなりキツそうだな。

 二人で分担しているとはいえ、それでも一番気を張り詰めて動いているのはどう考えても彼らだ。

 専用のヒーラーがいたとしても癒えるのは傷だけで、精神的な疲労は蓄積されたままだろう。


(魔力は……余裕がありすぎるくらいか)


 全力でいくのは事前情報から三段階目と決めていたが、このくらいの消費なら今から動いても問題なさそうだ。

 上空から、再度スキルを使用し首を深く斬りつける。

 そしてそのまま地上へ――


「一時的にタンク替わります! 二人も休憩してください!」

「……へ?」

「お、おい……盾は……?」


 今の攻撃でヘイトは俺が奪っている。

 大口を開けて噛みつこうとしてくるので躱し、流れるように上空から振り下ろされる巨大な前足を、両手をクロスさせながら腰を落として迎え撃つ。


――【硬質化】――


「ふご……ぉ、重ッ……」


 ヴァラカンにそこまでの速さはない。

 それは幸いなことだが、そのぶん筋力と防御力、あとはもしかしたら魔法防御力も突出している気がする。

 これはまともに受けてちゃ俺がそのうち死ぬやつだ。

 そのまま押し潰そうとしているのか、離さず上から押し込まれてるので、咄嗟に腕くらいある指を掴み、逸れながら全力で持ち上げる。


「グォオオオオオアァ!」


 すると自分で押し込んでいたこともあって、あっさり指の一本だけが明後日の方へ向いた。


「はっはー! ついでだ【体術】――剛力ッ!」


 そのまま2本の指を掴んで逆方向に思いっきり引っ張れば――あれ?

 意外なほどあっさり裂けていく皮膚。


(んん?? もしかして、部位によって防御力が違う……?)


 ゲーム視点だと分かったようで分かっていなかった部分だ。

 考えてみれば人間だって同じ。

 剥き出しの皮膚であればよりダメージを受けるし、急所と呼ばれる部位であればそれが致命傷にもなりえてしまう。

 HPバーがあるわけでもないんだし、それなら魔物でも同じことが言えたって不思議じゃない。

 ゲームだと弱点属性はあっても弱点部位なんて珍しいと思うが、顔や首へ深い傷を負わせれば、嫌がってヘイトは確実に俺が取れていたのだ。

 なるほどなるほど……だからか。

 一度だけ不可解なタイミングでヘイトが外れ、あっさりと食われてしまった近接職を思い出す。

 俺も周りも、予想外のタイミング過ぎて対処がまったく間に合わなかった。

 だがたまたま食われてしまったその男が、その時偶然ウィークポイントを突いてしまったとすれば、辻褄が合うような気もする。


(近接職じゃ届かないんだから一般的な急所じゃあない……足か尾……弱く脆い部分……鱗が、無い部分……か?)


 はっきり言えば、ほとんどない。

 それが現実だ。

 届く部分で怪しいところは爪の付近くらいだが……

 そう思いながらも視界を彷徨わせ、「なるほど」と一人納得する。


 ――|裏《・》|側《・》か。


 よくよく見れば、前足は掌の中心部分だけ鱗がない。

 前足自体はヘイトを取っていなければ、まず高さもあって攻撃を加えられない部分だ。

 だからここを攻撃してヘイトを偶然奪ってしまったということはほぼないだろうが、前足がそうなら後ろ足もその可能性が高い。

 つまり何かしらのきっかけで足の裏、あとは可能性のありそうな爪付近に攻撃を加えなければ、ヘイトを不必要に奪う可能性は低いということになる。

 常に接地しているわけじゃない前足なら――


「グォアアアアア!!」

「ビンゴ、怒るポイント見っけ!」


 当てる目的で、無理やり剣先を掠らせただけだった。

 それでもこれだけ怒っているのだからまず確定だろう。

 まぁ弱点ではあるだろうが、倒しきれるようなポイントじゃない。

 人間同様に生物として見るなら、結局は首を落とすか心臓を潰すか――もっと致命的な攻撃を与えなければ絶命させられないはずだ。

 でもこれで確認が取れたならば、これ以上被害を増やさないためにも……

 その目的のために取った行動は、たまたま【鼓舞】の横にあって存在を認識したこのスキルを使うことだった。


――【指揮】――


(これで伝わるかわかりませんが、近接の方。ヘイトを無駄に奪う可能性のある鱗の無い部分――特に後ろ足の裏と、爪付近には攻撃しないようにしてください!)


 言葉ではなく、思考で伝えた。

 今はまだいい。

 言葉でも伝えるくらいの余裕はある。

 しかし、ユーリアさんから『本番』と称されていた第三段階になれば、呑気に伝達している余裕なんて無くなるだろう。

 これで無事伝わるなら――

 そう思って、宙に舞いつつ確認すれば、余裕のある者は視線で、無いものは言葉で返答してくれた。

 よし、大丈夫だ。

 伝達が上手くいくなら勝てる、極力犠牲を減らしながら、俺達は勝つ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ぎゃあああああ! 助けてくれぇえええええええーーーッ!!」


 たぶん完全にランダムだ。

 だからこそ厄介過ぎる……

 そう思いながら視界の端で、龍に食われていくハンターから目を逸らす。

 助けられるなら助けたい――が、あぁなればもうどうにもできなかった。


 ジュッ……


 まるで蒸発する音が聞こえるかのように、龍に咥えられたハンターは勢いよく火柱の中に飲み込まれ、姿がまったく見えなくなる。

 火柱が勝手に移動し、龍が不確定な射程範囲で人を捕食する。

 それが第三段階になって、さらにもう一つ増えた。

 2つの火柱が周囲を徘徊している中、空からは火を纏った岩が降り注ぎ、ヴァラカンの攻撃はより苛烈に、そして卑劣になっていく。


「ひあっ……」

「くそっ!」


 赤いサラマンダーレザーを頭まで被ったタンクが、悲鳴をあげて膝から崩れ落ちる。

 これで三度目となるボスの【威圧】――どう見ても結果を見ればそうとしか思えなかった。

 強者であることが前提のボスが使うとか反則のようなものだし、それでも逃げずに再度盾を持てるこのタンクは、尊敬に値するほどの精神力だと思う。

 そんな人を、絶対に死なせたくはない。


「【体術】――疾風ッ!」


 餌とばかりに顔を近づけていたヴァラカンの顔面を横から蹴り飛ばし、すぐに次の行動へ備える。


(上に飛んで!! 尻尾を振り回してきます!)


 重心が横にブレれば尻尾を振り回す。

 行動パターンは掴めているのに、疲労と、暑さと、普通に考えれば十分速いその速度についていけず――


「ジョフマンさん! 後ろに飛んじゃダメだッ!!」

「あっ………」


 咄嗟に叫ぶも――


「  」


 運も、悪かった。

 背後に飛んだ先には、火柱が近くにあって。

 ジョフマンさんは無言のまま龍に咥えられ、火柱の中へと消えていく。


「ちくしょう……ッ」


 これで、近接職はもう残り4人。

 なのに、未だあの二人は参戦しない。


 それどころか――


「ブ、ブレイ……クが……来な――」

「上ッ!!」


 ゴツッ!!


「――ぃ?」


 赤いサラマンダーレザーのタンクは、ヴァラカンを挟んだ反対側にいた。

 上空から降り注ぐ岩が直撃し、頭部のヘルムが吹き飛んでいく。

 晒される素顔。

 大量の汗だけじゃない、血と、恐怖で涙に濡れた顔はフラつき――あっさりヴァラカンに捕食されていく。


(ブレイクはっ!? 援軍はっ!? なぜ、近接だけが孤立している!!?)


 咄嗟に【指揮】で訴えるも、先ほどから返答も、そして行動も何も無かった。


「はぁ……はぁ……俺達は、見捨てられたのか……?」


 息も絶え絶えに、それでも前足を盾で辛うじていなすのは、唯一残ったタンクの一人。

 被っていたレザーヘルムは半分ほど毟り取られ、流血した頭皮が剥き出しになっている。

 よく見ればその人は、俺が選抜会場で同等クラスと判断した三人のうちの一人だった。


「そ、そんなことは……」


 分からないのだ。

 彼らは、この戦況に絶望して逃げ出したわけではない。

 周囲に視線を向ければ、あの二人も、そして遠距離職の人間も皆いる。


 |な《・》|の《・》|に《・》、|何《・》|も《・》|し《・》|な《・》|い《・》。


 何もせず、壁際に立ち、ただ眺めているだけ――中には、談笑している者までいた。


「あの火柱が……2本に、なってから……はぁ……回復すら、来なく……なった……」

「ッ……!」

「も、も、もう限界だッ!! おか、おかしいと思ったんだよ!! 近接のやつらはなぜか全員が初参加だった! あの二人以外全員ッ!!」


 ドゴッ!!


「ぐぅぅ……」


 弾くように【硬質化】を使い、前足をいなしながらも横から斬りつける。

 クソッ!!


「そ、そこにいたら、あぶない!」


 右腕と一緒に武器も失っていたその男は、既に戦場から数メートル離脱していた。

 顔はこちらを向いておらず、2本の火柱にばかり視線が向いている。


「お、俺は抜けるぞっ! こんなところにいても死ぬだけだ! おまえらも逃げろよッ!!」


 そう言って火柱の間を抜けるように、壁際に向かって走り出す男。

 だが、止められない、止める権利もない。

 それどころか――


「……タンクさん、あなたも逃げた方が良いですよ。動けるうちに」


 ヘイトを取ったまま上空に舞い、ブレスの予兆を一休憩とばかりにタンクへ逃げるように促す。

 ここにいても確実に死ぬだけ。

 そして、俺もあなたを助けられない。


「バカを、言うな。敵を前に逃げ出す、盾職ほど無価値なモノは、ない……それに、逃げたところで、生き残れるとも、思えんよ……」

「……」


 先ほど逃げた男がどうなっているのか、今は気に掛ける余裕もない。

 でももし、今の状況が、|俺《・》|達《・》|の《・》|死《・》|を《・》|待《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》のだとしたら――




 ブチッ




 確実に幻聴だ。

 でも何かが聞こえたのは間違いなかった。

 最初の最初からボスを倒すために、チームへ貢献するために、誰よりも踏ん張ってきたのは近接組だった。

 何度も死にそうな目に合い、呼吸は乱れ、汗で視界が滲む中でも、それでも必死に武器を握って踏ん張ってきたんだ。

 恐怖に耐え、痛みに耐え、先の戦果を期待し頑張った結果がこの仕打ちなのか……?


 ブレス終わりの硬直。

 その貴重な時間を、俺は敢えて魔力残量の確認と、自己紹介の時間に充てた。


「今更ですが、僕はロキと言います。あなたは?」

「グロム、だ。こんな、ボロボロでも、Aランク、ハンターを、やっている……」


「では、グロムさん――」


「?」




「今から起きることは、全て見て見ぬふりをしてください」





 上等だよ。

 俺は覚悟を決め、所持する2本の剣を投げた。226話 次の標的

 初代ショートソードは地面に。

 2代目高級ショートソードは、全力でヴァラカンの首に向かって投げつける。


――【投擲術】――


「グォアアァ!」


 命中補正付きの影響で、今まで散々斬ってきた傷口にそのまま剣が吸い込まれていく。

 まぁそれでも埋まったのは剣身の7割ってところだが、ヘイトが俺に向いているならそれで良い。

 コツコツとダメージを与えたおかげで、首が上手く曲げられず、満足に俺を見据えられていない。

 足に蓄積したダメージのおかげで、最初の頃とは違い、もう跳ねることすらできないんだろう?


 皆のおかげだ。

 散っていった――皆の努力で今があるんだ……ッ!


 ――【身体強化】――【気配察知】――【捨て身】――


 だから、ここからは弔合戦だ。

 まずは、おまえを殺すッ!


 ――【威圧】――


 上空にいる俺を辛うじて睨みつけていたその目が、一瞬にして怒気を失い視線を彷徨わせる。

 素の実力で言ったらヴァラカンの方が上。

 しかし、ゴブリンジェネラルから初めて【威圧】を食らった時、格下相手にもかかわらず俺は僅かに身体を硬直させられた。

 目を合わせていれば、そして耐性が無ければ初回ほど効く。

 しかしその後は強さの影響を大きく受け、同じ対象だと実力差があるほど効きが急激に悪くなる。

 それが実験で分かった【威圧】の特徴だ。

 だからここぞという局面まで温存しておいた。


(あのタンクさんに何回も使いやがって――やられる気分はどうだよ!!)


 ――【踏みつけ】――


 全力で、残り3割ほどはみ出した剣の先端部――柄頭を踏み抜く。


「グォオオオオアア!?」

「黙れ」


 そのまま頭部から伸びる1本の角を掴み取り、血走らせ俺を睨むその瞳に向かって――


「――【体術】剛力――【爪術】貫手――【硬質化】――」


 全力でデカい瞳の奥へと手を潜り込ませていく。


「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


「さぁ、どっちが効くが実験だ」


「!?」


『頭ン中の、細胞壊して、弾け飛べ、"爆雷"』


「ギョォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


「次」


「グォガアアアアアアアッゴオオオオアオオォォォ!!」


『脳みそを、切り刻んで、かき混ぜろ、"千刃"』


「ギョゴアオオアア……アガが……ガぉぎがあァア……」


「どっちか分からないな。逆」


「……?」


「――【体術】剛力――【爪術】貫手――【硬質化】――」


「ガ……が……グッ……」


『頭ン中の、細胞壊して、弾け飛べ、"爆雷"』


 ピクッ……ピクッ…………


『脳みそを、全力で、かき混ぜろ、"千刃"』








『レベルが57に上昇しました』


『【丸かじり】Lv1を取得しました』


『【丸かじり】Lv2を取得しました』


『【丸かじり】Lv3を取得しました』


『【丸かじり】Lv4を取得しました』


『【丸かじり】Lv5を取得しました』


『【灼熱息】Lv1を取得しました』


『【灼熱息】Lv2を取得しました』


『【灼熱息】Lv3を取得しました』


『【灼熱息】Lv4を取得しました』


『【灼熱息】Lv5を取得しました』


『【気配察知】Lv6を取得しました』


『【火光尾】Lv1を取得しました』


『【火光尾】Lv2を取得しました』


『【火光尾】Lv3を取得しました』


『【火光尾】Lv4を取得しました』


『【火光尾】Lv5を取得しました』


『【炎獄柱】Lv1を取得しました』


『【炎獄柱】Lv2を取得しました』


『【炎獄柱】Lv3を取得しました』


『【炎獄柱】Lv4を取得しました』


『【炎獄柱】Lv5を取得しました』


(称号は無しか……)



 ――【魂装】――



 あぁ、全身が乾く。

 現状の最高DPSコンボは素晴らしいが、これは魔力を使い過ぎだな。

 できれば少し休憩したいところだけど、まだ問題は抱えているし、のんびりはしていられない。

 まずは剣を返してもらわないと。


「フンッ!」

「た、倒したのか……?」

「えぇ、確実に」


 念のため周囲を見渡せば、まさか俺が一人で倒すと思っていなかったのか。

 それともまだ倒せたと理解していないのか。

 全員がその場で茫然と突っ立っている。


 いや……1人は違うか。

 先ほど右腕を失い、必死に逃げた男は岩壁の手前で倒れていた。


【探査】――死体。


 ッ―――…………



 あの位置で死体になっているということは、間違いなくヴァラカンに殺されていない。

 あの【炎獄柱】の龍に食われたのなら、身体は運ばれてこの場にないはずなのだ。

 つまり、この壁面にいる誰か――死体場所からしても、近場にいる遠距離部隊の誰かが魔法で撃ち殺したということはほぼ確定だろう。


 あぁ、反吐が、出る。


「ボスは倒しましたが、他にもまだ、潰さなきゃいけない人達がいます」

「……」

「ここからはとても見せられるような光景じゃありませんから、僕を信じて眠っていてもらえませんか?」

「お、俺の力は、必要じゃないのか? 俺だって……!!」

「酷なようですけど、グロムさんも動けば間違いなく巻き込んで、あなたも殺してしまいます」

「……ッ」

「だから、お願いします」

「わ、分かった」


「では、僕の眼を見て――――――【睡眼】」





 これから起きることは、夢だと思ってください。






 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「た、倒しやがったぞ……マジで仕留めやがった」

「これは、凄いな……最後の攻撃は――何をしていた? 顔を殴っていたのか?」

「はっきりとは見えなかったが、地面に捨てられてるんだから目玉だろ。両方の目玉抉りやがって、たぶんそん中から攻撃したくせぇ。その前に剣もぶん投げてたから、あれが致命傷だったんだろうよ」

「まさか、本物か……?」

「あぁ、下手に刺激しちゃあ、こっちが想像以上の損害を被る可能性もある。ちゃんとあいつには分け前を渡した方が良い」

「止むを得ん。それに……二人か。近接が二人生き残ったという実績もあった方が、次回の募集も人集めはしやすいだろう。悪いことばかりじゃない」

「ちょっと盛って吹聴しとくか。二人だけ死んだって」


 即席の壇上から降りたら、今回の英雄を称えるために中央へと向かうフィデルとガルセラ。

 しかしその会話を聞きながらも、不安が拭えないユーリアは再度確認をする。


「ね、ねぇ、本当に大丈夫なんですか?」

「何がだい?」

「あの子供は、防具も身に着けずに一人で活動するくらい強いって……ジョフマンさんが」

「……強いのは先ほどの戦いを見れば分かるさ。でもね、こちらは約35名ほどの精鋭がいるんだよ? 向こうのタンクは気絶しているみたいだし、もし万が一何かあっても、僕がいなしている間に遠距離部隊がハチの巣にして終わりさ」

「そ、そう、ですよね……」

「それより」

「?」

「僕の前で、他の男の名前を口にしないでくれないか?」

「ご、ごめんなさい……」


 この時、ユーリアは、今回は殴られなかったと安堵した。

 他の人がいる時は優しいのだと。

 憧れのAランクハンターがそう言っているのだから間違いない。

 自分のようなCランクハンターでも気に掛けてくれる彼が言うのであれば……


(ごめんなさい)


 死体が残らないからこそ、罪悪感が生まれにくい場所。

 何も分からないまま訪れた前回は、その『何も残らない』という言葉になぜかホッとしてしまった。

 でも今回は残ってしまう。

 これからの結果が目に入ってしまう。

 想像すれば胸が締め付けられ、一人ソッと「私はそこまで望んでいるわけじゃない」と、これから死にゆく運命の人達に謝罪をするのだった。227話 裏ルール

 ゾロゾロと、今更になって近寄ってくる野次馬達。

 その光景を大して視界に収めることなく、俺は地べたに座り込んでいた。


 パチパチパチ……


 1人の鳴らす拍手が伝播し、横へ横へと、気付けば周囲からのやる気無い拍手が鳴り響く。


「素晴らしいよ。まさか最終的には一人で倒してしまうなんて驚きだ」

「一人じゃなくて皆、ですけどね」

「ははは、もちろんそうだね。でも最大の功労者は君だ。そろそろ参加すべきかと皆タイミングを計っていたが、あまりの猛攻にそのタイミングすら存在し得なかった」

「僕からすればいつでも参加できたと思いますが……。ちなみに、なぜ近接組を見殺しにしようとしたのか。その理由を教えてもらえます?」

「見殺しなんてとんでもない! さっきも言ったように、皆タイミングを計っていたんだ。そうしたら君が倒してしまって驚いているくらいだよ」

「ただでさえ|下《・》|手《・》|ク《・》|ソ《・》|な《・》|管《・》|理《・》だったブレイクを、第三段階から挟まなくなった理由は?」

「……それは少数精鋭となって、ブレイクの必要性はないと私が判断したからだ。事前にブレイクのタイミングは私が決めると伝えたはずだが?」

「あの状況で必要無いと感じたわけですか……それは驚きの判断力ですね。でもそんな理由なら、なぜ攻撃魔法が飛んでこないのです? あなたがブレイクを挟まなかったおかげで魔法職は仕事ができず、ただでさえ悪かった効率がさらに落ちていたようですが?」

「ッ……そ、それは君達の動きが悪いからだ! 機敏に動くこともなく、後衛に配慮して一方向に固まることもない、あんな同士討ちのリスクが高い状況で魔法を撃ち込めなんて指示できるはずもないだろう!?」

「まさか戦闘開始から終了まで壇上で棒立ちしていた方から、『機敏』なんて言葉が出るとは思いませんでした。ちなみに機敏に動けなかった理由は第三段階からヒールも、身体を冷やすための水すら飛んでこなかったからなのですが、これにはどんな言い訳を並べるんです?」

「い、言い訳じゃない! 頼りない近接では後衛職にリスクがあったから下げた! それだけが理由だ! 近接よりも後衛職の命を優先する! それは間違いなく君に伝えたはずだ!!」 

「その頼りない近接が、今までとは違ってボスを倒しちゃったから、あなたは今凄~く困ってるんですよねぇ?」

「う……ぐっ……き、君にもきっちり人数割りの分け前を与えるんだから、そこまで細かい部分を突つかないでくれ。せっかくの戦勝気分が台無しだろう? 気持ちよく次回に繋げていこうじゃないか? な?」


 すげぇな……ここで多少なり報酬は遠慮する素振りでも見せれば、砂粒くらいは救いの目があったかもしれないけど、まだ報酬を与えてやるという発想になっているところが凄い。

 そして周りに誰も突っ込む人がいないとか、恐ろしさすら感じる。

 しかし――|な《・》|か《・》|な《・》|か《・》|耐《・》|え《・》|る《・》|ね《・》。

 なんとか取り繕ってボロは出さないようにと、ずいぶん必死な様子だ。

 隣の短気そうな獣人も、獣人なのに顔が真っ赤と分かるくらい耐えているし、となると、二人揃って異世界人であることを警戒はしているのか……

 ならば――


「報酬は僕だけじゃないでしょう? あそこの彼も」

「もちろんだ! 途中からは戦力外だったようだけど、そこはしょうがない。事前に決めたルールなのだからちゃんと分けるよ。それがルールだからね」

「あと彼もですね」

 そう言って右腕の無い男に視線を向ければ、こちらはすぐさま否定される。

「彼は死んでいるから無理だ」

「なぜ死んでるんです? 彼は最後の最後まで奮闘して、その上でもう厳しいからと戦線を離脱したはずですが?」

「死んでいるということは、ヴァラカンに殺されたということだろう? 前線の死守というルールは近接職が最優先で守るべき絶対事項だ。それを守れなかった者の顛末などそこまで気にしていない」

「死体が残っているのに? ここの死体は――可哀そうなことに綺麗さっぱりなくなっている。それはあの火柱に住む龍が死体であっても柱の中へ連れていって何も残さないからですよね? ブレスも一度だって外に放出させていない。
 でも同じように倒れているグロムさんは生きていると断定し、右腕を失った彼は死んでいると断定した。顛末を気にしていないのに?……不思議ですねぇ?」


「あんた……何が言いたいの?」


 食いついた――そう思うも、心は冷静に、だ。


「あなたは……あぁ、あの右腕を失った人が走った先にいた後衛の一人ですね。【風魔法】使いの。しかも第三段階に入った後、横の――ピンク髪のあなたと壁に寄りかかって談笑していた人だ」

「えっ……?」

「なっ……なんで……!?」

「いや~全員サボり癖が凄いなと思ってましたけど、特にあなたは酷かったですよ。【風魔法】のくせに人一倍ボスから離れるわ、戦況が変わっても一切立ち位置を変えようともしないわ……もうダントツもダントツの怠けっぷりでビックリしてました。どんな人生歩んできたらそうなるんです?」

「が、ガキが……ッ!!」

「メリン」

「でもこんなガキ一人のせいで今回は無茶苦茶じゃないか! 近接が残っているせいで分け前も減るし、全員でとっとと殺しちまえば――」

「メリン止めろッ!!」


 あはぁ。

 今凄く悪い顔しちゃってるかもしれないと、必死に頬を摩って顔を作り直す。


「あらら、皆さんの作戦を邪魔しちゃってすみません。近接職を消耗品代わりに第三段階までもっていき、削らせるだけ削らせてからが『|本《・》|番《・》』スタート。そこのブレイク職人と横のペットが少数で前衛をし、温存しておいた魔法を同士討ちしない角度から撃ちまくる。
 そしてサボりの女王メリンさんがわざわざ申告してくれたように、近接職を見殺しにした後の人数で一人当たりの報酬額も増やしちゃう。低労力で大きな報酬――これが近接職には秘密の作戦でしょう? メンバー選抜の日、『本番』は第三段階からってすぐに教わりましたし」


 この発言で、一斉に一人の女性へ視線が向く。

 俺は誰とも言っていないんだけどね。


「そ、そんな……私そんなの知らないよ! 『|裏《・》|ル《・》|ー《・》|ル《・》』のことなんて何も言ってない! そのあとだってちゃんと黙ってたんだよ!?」


 この言葉を聞いて、あぁ残念と。

 ますます心が冷えていくのを感じた。

 唯一どうなんだろうと、どこまで知っていたんだろうと気になっていた人だった――でも、結局はグルだったのか。


「おい、もうどうしようもねーだろ」

「……」

「ここまで知られた状態で外に出しても、次回どころかハンターを続けられるかも怪しくなる」

「そう、だな」

「殺すしかねーよ。こいつも、あいつも」


 ……俺だけじゃなく、寝ているグロムさんもか。

 これはもう、駄目だろうな。

 罪を償うなんて発想は欠片もなさそうだが、それでも一応だ。

 全員が俺に殺意を持っているのかは分からないし、黒かどうかも判別できない以上、確認をする必要がある。


「念のための確認です。"裏ルール"とやらを知らなかった。もしくは今までの余罪含め、自首して罪を償う気持ちのある方は、武器をこの場に捨てて部屋の出口まで向かってください」

「「「「「……」」」」」

「10秒後、この場に残っていれば、罪を認めず僕を殺そうとする『敵』と判断します」

「……敵って判断されたら、どうなるんだよ?」

「敵であれば、全員、殺しま――」

「なら10秒もいらねぇ!!」


 パンッ!!

 ――速い。

 だいぶ溜め込んでいた分、ロケットのように突っ込んでくることだって想定していたのに、それでも対処が間に合わなかった。

 それに火力も無手だってのに、予想よりだいぶ高いな。

 速さだけが取り柄の――それこそB級昇格戦で戦った、短剣使いのイーノさんとはまったく性質が違う。

 これが推定Aランクの獣人か……

 人間より獣人の身体能力は高い――だから、人間だけの国に傭兵組織はあまり存在していない。

 同等の成長では獣人に太刀打ちできないから。

 説明を受けた時は「そんなもの?」って感じだったが、今ならやっぱりそうかもと、すんなり頷いてしまいそうになる。

 この速さは、神様《リル》を除けば確実に過去で一番。

 なのに、なんでこんなことを。

 まともにボスと戦えば、狩りに精を出せば、この強さなら相応の金額をすぐ稼げるだろうにと、少し勿体なくも感じてしまう。


「爆裂撃!」

「うっ……」

「飛乱脚!!」

「ぐ……っ!」


 妙な、スキルだ。

 固有なのか、それとも職業が絡むのか。

 まぁ、それもこの獣人男を仕留めればすぐに分かるが、まだだ、まだ我慢……

 たぶんあと、もうちょっとで――


「うらァ!! 牙掌底ッ!! 押し込めたぞ!! 準備できたやつから放てぇーーーッ!!」


 体中を打ちながら硬い地面を転がり、岩壁へと激突する。

 クソッ……

 最後、爪で抉りやがったおかげで猛烈に顔が痛い。

 血だらけなのか、ポタポタじゃ済まないほどの血が滴って地面を濡らす。

 でもこれで2発は撃てるまで回復したし、位置的にもちょうど良い。

 これでやっと――。


「あーいでっ……どう、だった?」

「全員、真っ黒」

「そっか。ありがとう、リア」228話 撃滅

 ――10秒経過、武器を置いた者すら無し。

 結局誰も、救う価値すらなかった。ただの一人も。


 的にされる前に、ひとまずは上空へ。

 入口近くにいたリアは、またボス部屋から離れるように陰へと消えていく。

 まぁ神様だし、放っておいても大丈夫だろう。

 そのまま別のお願いをこなしてくれるはずだ。


 次々と魔法を撃ち込んでくる、まるで自分が|被《・》|害《・》|者《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|な《・》|面《・》をした者達。

 そんなやつらの形相は、なんと醜いことか。

 殺されそうだから?

 そうじゃないだろう、散々悪意しかない見殺しをしてきたからだろう。


 ――直接的じゃない、殺したのはあくまで魔物。


 ――死体すら残らない、だから結果に心を痛めることもない。


 ――何かをした実感はなく、自ら参加を志願し、自ら死んでいく。



 ――だから自分たちは、悪くない。



 そんなモノは……やった側だからこその理屈だ。


 あるべき助けが、支援が、待てども待てども来ない。

 焦燥の中で次々と周囲が千切られ、食われ、炎に飲まれ消えていく様を見ながら、心が根こそぎ削られていった者たちは……

 死者も生者も、きっと許しはしないはずだ。





 少なくとも、俺はお前らのようなゴミを絶対に許さない。





『眼下の――、』





「やつはまともな遠距離手段を持ってねぇ! 上空から急降下してくるはずだから散開しろ!!」

「クソッ……届かないか! 落ちてきたら必ず【挑発】を入れる! そうしたら俺に構わず撃てッ!!」

「支援スキルは全力で掛けていくわよ!」

「今はまだ撃っちゃ駄目よ! あの距離じゃ無駄撃ちにしかならないわ! 【発動待機】を使える人はいつでも撃てるようにだけしてっ!!」

「絶対にヤツから目を離すなよォ! 動きからターゲットを予測し…………な、なんだ、ありゃ……?」

「黒い……?」





『――――"天雷"』





「…………は?」

「な、なんで魔法!? 使えないん……うぎぃぃあああァ!」



『【裁縫】Lv2を取得しました』

『【魔力操作】Lv3を取得しました』

『【家事】Lv4を取得しました』

『【光魔法】Lv1を取得しました』

『【魔力感知】Lv1を取得しました』

『【魔力感知】Lv2を取得しました』



「さ、避けろッ!! 退避だ! 退避ーッ!!」

「誰か! 障壁……をぐぉおおおアアァ……」



『【歌唱】Lv1を取得しました』

『【明晰】Lv2を取得しました』

『【魔法攻撃耐性】Lv2を取得しました』

『【魔法射程増加】Lv1を取得しました』

『【魔力最大量増加】Lv4を取得しました』

『【氷魔法】Lv1を取得しました』



「ぐっ……避け……う、動けな…………ヒッ……また、くる……ッ!!」



『【薬学】Lv1を取得しました』

『【作法】Lv1を取得しました』

『【光魔法】Lv2を取得しました』

『【光魔法】Lv3を取得しました』

『【交渉】Lv2を取得しました』

『【演奏】Lv1を取得しました』





『―――――皆殺せ、"天雷"』





「うぎぃいいいいいい……ぃ……ぃ……」



『【明晰】Lv3を取得しました』

『【水属性耐性】Lv2を取得しました』

『【魔力譲渡】Lv1を取得しました』

『【料理】Lv4を取得しました』

『【描画】Lv2を取得しました』

『【異言語理解】Lv7を取得しました』

『【疾風】Lv4を取得しました』




「た、助け……ぅ……死にたく……な……」



『【魔力最大量増加】Lv5を取得しました』

『【発動待機】Lv1を取得しました』

『【薬学】Lv2を取得しました』

『【魔力自動回復量増加】Lv6を取得しました』

『【裁縫】Lv3を取得しました』

『【氷魔法】Lv2を取得しました』

『【氷魔法】Lv3を取得しました』




「い、入口だ! いりぐっ、がぁあああああ……ッ……」



『【作法】Lv2を取得しました』

『【魔力感知】Lv3を取得しました』

『【光魔法】Lv4を取得しました』

『【狩猟】Lv6を取得しました』

『【罠探知】Lv1を取得しました』

『【暗記】Lv4を取得しました』

『【解体】Lv6を取得しました』




「もう許して!! お願いだからもう許してぇええええ!」



『【封魔】Lv2を取得しました』

『【風属性耐性】Lv3を取得しました』

『【歌唱】Lv2を取得しました』

『【料理】Lv5を取得しました』

『【明晰】Lv4を取得しました』

『【水魔法】Lv5を取得しました』

『【鑑定】Lv1を取得しました』

『【魔力最大量増加】Lv6を取得しました』

『【回復魔法】Lv5を取得しました』

『【舞踊】Lv1を取得しました』

『【土魔法】Lv6を取得しました』





『眼下の、ゴミを、皆殺せ、"天雷"』





「また……黒い、魔力が…………………ァ……」





『【魔法攻撃耐性】Lv3を取得しました』

『【家事】Lv5を取得しました』

『【疾風】Lv5を取得しました』

『【魔力譲渡】Lv2を取得しました』

『【氷魔法】Lv4を取得しました』

『【魔力操作】Lv4を取得しました』

『【裁縫】Lv4を取得しました』

『【結界魔法】Lv1を取得しました』

『【鑑定】Lv2を取得しました』

『【釣り】Lv4を取得しました』

『【心眼】Lv1を取得しました』

『【明晰】Lv5を取得しました』

『【魔法射程増加】Lv2を取得しました』

『【探査】Lv4を取得しました』

『【魔力操作】Lv5を取得しました』

『【氷魔法】Lv5を取得しました』

『【作法】Lv3を取得しました』

『【光魔法】Lv5を取得しました』

『【水魔法】Lv6を取得しました』

『【発動待機】Lv2を取得しました』

『【交渉】Lv3を取得しました』

『【加工】Lv3を取得しました』

『【風魔法】Lv6を取得しました』

『【採取】Lv4を取得しました』

『【話術】Lv4を取得しました』

『【水属性耐性】Lv3を取得しました』

『【豪運】Lv3を取得しました』

『【聞き耳】Lv3を取得しました』

『【算術】Lv4を取得しました』

『【家事】Lv6を取得しました』

『【裁縫】Lv5を取得しました』

『【暗記】Lv5を取得しました』

『【魔力自動回復量増加】Lv7を取得しました』

『【魔法攻撃耐性】Lv4を取得しました』

『【魔力最大量増加】Lv7を取得しました』

『【異言語理解】Lv8を取得しました』




 凄まじいな。

 さすが相応の強者だけが集まったレイドパーティだ。

 腐っても全員がBランク以上のハンターだけあって、得ているスキル、培った経験も豊富でその水準がそこそこに高い。

 レベルが全般的に低く、かつ所持スキルの傾向もどことなく似通っていた山賊や盗賊とはまったく違う。

 おかげで計画通りではあるけれど、レベル7の魔法を放っているのに魔力がどんどん回復していってくれている。

 これで大半のBランクハンターを駆除できることは想定済み。

 問題は"あの二人"だが――


【探査】――生者。


 ふむ……残り6人か。

 全員が上手くボス部屋の入口を通過して、リアと対峙している連中ってわけね。

 ならば、後片付けといこう。

 ここまで能力が上昇すれば、あの二人ももう、"|た《・》|だ《・》|の《・》|強《・》|者《・》"だろう。




「……凄いね。何したの?」

「別に? 通るなって、そう命じただけ」


 出入口に向かえば、そこには地面に膝を突く6人の男女と、その場に佇んでいるリアの姿が。

 一瞬【重力魔法】か【威圧】でも使ってる? って思ったけど、どうやらスキルに頼らない純粋な殺気に当てられたらしい。

 まぁ……チビるだろうね、普通は。

 発狂しないだけまだマシなんだと思う。


「ば、化け物が……ッ!!」

「くっ、がぁ、あああああっ……!」

「うっ……ううっ……」

「フッ……フッ……なんだよ、これ……」

「……」

「全部、あの、ガキのせいだ……ガキの……ッ」


 化け物?

 棒立ちリーダーのその言葉に、思わず反応してしまった。

「よほどあなた達の方が化け物ですよ。素材としての価値がある分、まだ魔物の方がマシなくらいです」

「ふ、ふざけるなぁああああああ!! 鉄槌下すは天の怒り、雷雲より生ま――」

「あ、与えるは牢獄 絶対零度の氷―――」


 プシュッ――……



『【演奏】Lv2を取得しました』

『【薬学】Lv3を取得しました』

『【魔力操作】Lv6を取得しました』

『【交渉】Lv4を取得しました』

『【魔力感知】Lv4を取得しました』

『【明晰】Lv6を取得しました』

『【封魔】Lv3を取得しました』



「ひっ……」

「この距離で、呑気に詠唱を待つわけないでしょう? バカなんですか?」


 って思ったけど、バカだからこんなことをしているんだったとすぐに納得してしまった。


「お、お願いだよ! なんでも言うことを聞く! あんたの奴隷にでもなんでもなるから……見逃しておくれよっ!」


 詠唱ができなきゃ手が無いと思ったのか。

 フラフラと近寄ってくるサボりの女王メリンさん。

 そのまま俺の足に縋りながら命乞いを始める――なんてこともなく、


「今のうちだよッ! 死んでもこの足は離さないからやっとくれ!!」


 なんというか、いろいろとさすがである。

 表情や所作の演技も上手いもので、今までこうやって狡賢く生き抜いてきたんだろうなと、納得させられるような流れだった。


「うぉらあああああ!!」

「……」

「近接なら! 速度なら俺の方が上だッ!! ここで確実に――」

「……捕まえた」


 殴りつける手を掴めば、すぐさま引いて逃げようとするが、筋力は明らかに俺の方が高い。

 もう絶対に逃げられない、けど。


「くっ……は、離しやがれッ!!」

「良いですよ。【発火】―【白火】……どうぞ」


「……え?」


「うごぉああああぁああああああああああああぁぁぁぁっ!?」


 これは良い参考になるな。

【発火】スキル使用後は、接触している任意の物体にも効果は適用される。

 それは火を消す時も同様だが、効果を切る前に、その接触を外した場合はどうなるのか。

 これを試していなかった。

 足に縋りついていた女を蹴り飛ばすように振り払えば、すぐさま聞こえてくる断末魔の叫び。


「よく、燃えますね。無駄に手入れをしていそうなその長い髪と、あなたの豊富な体毛は」


 様子を眺めていれば、最初は叫びながらもんどり打っていたのが、次第に激しく動きながらも声は発さなくなる。



『【気配察知】Lv6を取得しました』

『【探査】Lv5を取得しました』

『【遠視】Lv6を取得しました』

『【疾風】Lv6を取得しました』

『【狩猟】Lv7を取得しました』

『【解体】Lv7を取得しました』

『【絶技】Lv5を取得しました』

『【話術】Lv5を取得しました』

『【心眼】Lv2を取得しました』

『【交渉】Lv5を取得しました』

『【芸術】Lv2を取得しました』



 そして20秒もかからず、二人は動きすら止めて燃え続けていた。

 火耐性装備を考慮しての【白火】だったけど、この秒数なら十分効果はある。

 そう判断しても良さそうな結果だ。


「うぅ……くそっ……くそっ……こんなはずじゃ……」

「私はあなたに、ちゃんと警告したのに……! だから、危ないって……!」


 残り、二人。

 しかし、哀れなもんだな。


「あなたが他のタンク職のように勇敢じゃなくて、本当に助かりましたよ」

「……え?」

「本当は僕に【挑発】届いたでしょう?」


これは、ただの勘だ。

でもAランクまで上り詰めた盾職で、最重要と言っても過言ではない【挑発】がレベル5未満というのは考えにくい。

たぶん、俺が上空へ退避する時も、上空から見下ろしていた時も、【挑発】は撃てたはず。


「撃てば僕は捕らえられた。でもまとめて標的にされる――だからあなたは口だけで撃てなかった」

「そ、そんな……そんなこと……ッ!」

「ハハッ、本当に最後の最後まで、|一《・》|番《・》|死《・》|を《・》|覚《・》|悟《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》|人《・》でしたね」

「ふ、ふざけ――っゴガ……ッ」



『【盾術】Lv5を取得しました』

『【挑発】Lv4を取得しました』

『【隠蔽】Lv8を取得しました』

『【剛力】Lv6を取得しました』

『【物理攻撃耐性】Lv5を取得しました』

『【鋼の心】Lv4を取得しました』

『【金剛】Lv6を取得しました』



これで、最後。

好きだったであろう男の死に様には見向きもせず、俺に縋るような視線を向け続ける女性。


「聞いて、ロキ君! 私は騙されていただけで、本当はこんなこと……!」

「あぁ、そういうのはいらないです。自白してましたし、記憶も覗かれてるから今更無理ですよ。それではさようなら、ユーリアさん」

「え、ぁ……ふ、ふざけないで! 本当に私は、何も悪くな―――」



『【豪運】Lv4を取得しました』

『【料理】Lv6を取得しました』

『【魔力譲渡】Lv3を取得しました』



「これで終わり?」

「うん。わざわざごめんね」

「ううん。ちゃんと全員確認した。全員……またロキを利用して、騙そうとしてた」

「……ほんと、多いね」

「こんな世界で、ごめん」

「リアが謝らないでよ。それより、一人生存者がいてさ――」


 山賊や盗賊のように、あからさまな略奪目的じゃなかった。

 それが今回リアを呼んでいた理由だ。

【神通】で事情を説明し、もしかしたら俺と同じような初参加組が後衛にいるかもしれない。

 事情を知らないで流されている人だっているかもしれない。

 そう思って、リアに記憶を確認してもらうようお願いしていた。

 わざわざここまでする必要ないって、なぜか怒られたけど……

 俺をスポットにしつつ、バレないように部屋一つ分ズラして降りてきてくれという無茶な注文もこなしてくれたし、リアには大感謝である。


 その後は淡々と、粛々と。

 今後の金銭事情も考慮し、まず死体となったハンターから剥げる装備は全て剥いでいく。

 それこそ、これからどうせ死体は燃やすのだからと、本当に全てのモノを。

 こういう時に相手が『悪党』だと、同情心や罪悪感が欠片も湧いてこないので気分が凄く楽である。

 ちなみに焼死した二人は防具の一部が残ってるくらいで、得られるモノは何もない。

 ラストアタック判定はしっかり出ていたけど、魔物と同じでその後の身体に用があるなら、この方法は厳禁ってことだな。

 そして綺麗に回収したら、リアに【空間魔法】を持ってきてもらって全て収納。

 かつて一緒に訪れた地、リプサム近郊のアジトへ回収した物を一式置いといてもらった。

 あのアジトの所在を一部の人は知っているけど、入口を厳重に塞いでしまえばどうにもできないだろうからね。

 これもまた、未来の本購入代金として、先々換金が必要になる場面もきっとあるんだと思う。


 ただボスの死体は例外だ。

 これは近接の皆で倒したモノ。

 ならばグロムさんはもちろん、散っていった皆にも得る権利はあると思っている。

 クッソデカいが、【飛行】状態にさえ持ち込めれば町まで運べないことはない。

 火岩洞の最初の入口が通るか少々不安なところだけど、ここは気合でなんとかするしかないだろう。


 リアには念のためもう一つの確認をしてもらいつつ、また夜に会おうという話で一度解散。

 さて……

「グロムさん、起きてください。もう大丈夫です。終わりましたよ」

「ん……ん、あぁ……ロキ、か」

「えぇ。全てが終わりました。とりあえず――あの片腕を失った男性と一緒に、町へ帰りましょうか」

 そう言うと、グロムさんは周囲を見渡した後、悟ったように深く頷いた。

「そう、だな。本当に命拾いをした。ロキ、ありがとう。この恩は一生忘れない」

「ははっ、大袈裟ですよ」

 逆にできることをしない現状に、心の中で謝罪をする。

 本当は【回復魔法】でもかけてあげたいが――魔力を隠すなら肉の中。

 黒い魔力をグロムさんにも見られることなく対処したのだ。

 ならばこのまま隠し通すまで。

 幾分寝たおかげか体力も回復したようなので、まずは唯一残された死体を担ぎ、護衛をしながら洞窟の外へ。

 その後、俺がボスをハンターギルドの修練場に運ぶということで行動を開始した。


 さてさて、ギルドは『白』なのかなぁ……229話 スキル自慢

 ローエンフォート、ハンターギルド内の一角にあるギルドマスター室。

 そこで俺とグロムさんはここのギルドマスター、アディラさんと対峙していた。

 当初はギルドがどこまでこんな事態を把握していたのか。

 自分でも相当に剣呑な雰囲気を漂わせていると自覚していたわけだが、お願いしていたギルドの判定結果を【神託】経由でリアから聞き、ようやく気持ちが少し落ち着いてきた気がする。

「済まなかった。ロキは1週間ほど前。グロムは3週間ほど前に初めてこの町と《エントニア火岩洞》を訪れたのだろう? となればこんな事態になっていることを知らなくて当然。ギルドも把握できていなかったこと、大変申し訳なく思う」

「情報ではこれで4回目――つまり、それまでの3回も同様に近接職が損害を被っている可能性は高いと思います。正直、常習的な"慣れ"を強く感じましたから」

「たしかにな。見世物のように周囲で観戦し見殺しにするという行為を、さも当たり前のように受け止めている感じだった」

「職員の中にフィデル主催のボス討伐で、近接職が全滅したという話を小耳に挟んだことのある者もいた。今Bランクハンターから事情を聴いて回っているから、今後その他の主催者も含め、さらに情報は明るみになるはずだ」

「分かりました。それで、近接組の遺族の方は……」

 懸念している部分に触れると、アディラさんは口を一文字にし、左右へ首を振る。

「そこは町長や町に詳しい衛兵と連携を取ってやっていくしかない」

 そりゃそうかと、納得するしかないところだな。

 今日の今日あった出来事で、おまけにこの文明度合いだ。

 住所登録しているわけでもあるまいし、まずは個別に遺族がいるかどうかから調査していかないといけないのだろう。

 仮に亡くなった人達を公表しての申告制にでもしようものなら、この世界じゃ偽りの遺族だらけで大変なことになるんだろうし。

 ここからはもう、この町の行政に任せるしかないか。


 ご~ん、ご~ん……


 鳴り響く夕刻の鐘。

 朝から開始されたレイド戦も、非効率な進行、予想外の悪党討伐、そこからグロムさん、ボスの運搬と2回に分けたボス部屋ピストンで外はもう真っ暗だ。

 ボス素材の算定は明日の午前中に終わるとのことなので、じゃあまた明日のお昼くらいにでもお邪魔しますと、二人してギルマスの部屋を後にする。

 アディラさんは終始何かを言いたそうに口をモゴモゴさせていたが……

 "触れないでくれ"というオーラをひたすら発していたので、どうやってフィデル達が殺されたのかだけは、このまま闇に包まれた状態で調査されていくことだろう。

 ハンター個人の能力は詮索しない……実に便利なルールである。


 はぁ――……


 受付ロビーは……今日も今日とて何も変わらない。

 総勢50名近いハンターが消息を絶ったというのに、いつもと変わらない喧騒に包まれていた。

 とりわけこの町はハンターの出入りが激しい。

 フィデル以外にも二組のレイド主催者がおり、約1年半毎の開催だったため、余計に把握ができなかった。

 レイドという大型ボスで多数の死者が出ること自体、まったく珍しいことではない。

 このような理由をギルマスは並べていたが、それ以外にも周囲の死に寛容な、日本には無いこの空気感が余計に分かりづらくしているんだと思う。

 結局、よほど近しい者でもなければ、昨日までいた人が消えても気にしないのだ。この世界の住人は。

 今までの経験から分かっていたこと。

 それでも、未だに慣れぬこの感覚に戸惑いながらロビーを眺めていれば、低く渋い声と共に肩を叩かれる。

「ロキ、改めて礼がしたいから、少しだけ時間をもらえないか? 都合はもちろんロキに合わせる」

「そんな、お礼なんていらないですよ? 僕は僕でグロムさんの盾に救われたんですし」

 謙遜でもなく、これは事実だ。

 全て一人で攻撃を受けていたらあんな長時間もたないし、ダメージの蓄積と魔力温存があったからこそ、現状の最大DPSが狙える攻撃手段に踏み切ることもできた。

 今は分からないけど、少なくとも開戦前の段階じゃ、一人で倒すのは相当キツいって分かっていたんだ。

「それでもだ。長く時間を取らせるつもりもない……頼む」

「……分かりました。ではどの道、明日の昼にボス素材の件でギルドを訪れるわけですし、その後でも大丈夫ですか?」

「もちろんだ。では明日、また会おう」

 1人去っていく、やたらとデカい背中を見て思う。

 お礼を言うのは、本当に俺の方だと。

 死んだ近接職の人にも、ボス討伐の分配を分けてあげたい。

 これを言い出したのは俺だし、ある意味俺個人の我儘だ。

 信用の無い俺が、金のためにフィデルたちを殺したのではないと、少しでも証明するための打算だって含まれている。

 なのにグロムさんは二つ返事で了承してくれた。

 明らかに自分の報酬が減るにもかかわらずだ。

 まぁその分、存在したはずの遠距離職がリーダー含めて誰もいなくなったという……

 謎の状況を受け止めてくれているので、本人からすればそれでも報酬が増えていると思ってるのかもしれないけどさ。

 もしくは報酬とは違う、別の目的があるのかもしれないな。


 ……まぁ、いっか。

 必要な詮索ならいくらでもするが、不必要な詮索は時間の無駄だ。

 そろそろリアが降りてきてもおかしくないし、こんな人目の付くところにいたら大惨事になってしまう。


(そういえばリアって、何のご飯が好きなんだろうか?)


 そんなことを考えながら、降臨準備のために急ぎ宿の自室へと戻っていった。




 そして約30分後。

 俺ってば汗掻き過ぎ大問題により急ぎで風呂に入っていたら、真横にじゃじゃーんとリアが登場。

 モコモコと渦が出始めた時点で"もう間に合わない"と悟りを開いていたら、降臨0.5秒で股を蹴られるという……理不尽極まりない所業を挟んだ上で俺達は町へと繰り出した。

 まず求めるものはご飯である。

 ちなみにリアは冬でも白のワンピース一枚なので、しょうがなく俺が外套を貸しておいた。

 似たような身長なのでサイズは丁度良いのだが、お陰で俺が寒くて死にそうだ。

 こんな時こそ【発火】したい。

「どう? 食べたいの見つかった?」

「んーなんか、違う」

「えぇ~早くしないとお店閉まっちゃうよ?」

 宿内にある食堂でも良かったんだけど、どうもリアはリアで自分の好みを探してみたいらしい。

 食べもしないで好みなんて分かるのか? って思うけど神様だしね。

 たぶん普通の感性じゃないんだろう。

「あ、あれ、食べたい」

「んん~? あれは……トマト?」

 指を刺したのは屋台ではなく、野菜や果物を並べた専門店。

 もうすでに大半は売れてしまっているのだが、その中でもチラホラと残った物を次々と指差していく。

「もうあるモノ全部買っちゃう?」

「ううん、あれはいらない」

「どんな判別してんだよ、コレ……」

 さっぱり分からないけど俺は従者。

 今日のお礼も兼ねているので、言われた通りにホイホイ買いつつ、自分の分のご飯も屋台で買いつつ――

 リアからのご要望もあったので、宿の屋根の上へと飛んでいく。

 ここが本日のお食事会場らしい。

 大事なことなのでもう一度言うが、俺は寒くて今すぐにでも【発火】したい。


「ん~ライト!」


 指先に光を灯すイメージを作れば、ぽわ~っと優しい光がその場を照らす。

 使い方があっているのか分からないけど、明るくなったのなら問題ないだろう。

「おぉ~よくよく見れば、ずいぶんとカラフルな食事だね」

 改めてリアが選んだ食事を見ると、赤にオレンジに黄色にと。

 原色系の派手な色合いをした物ばかりが並べられている。

「もしかして、こんな派手な感じの色が好き?」

「なんか、美味しそうに見えた」

「肉より野菜や果物派か。んじゃちょっと待ってて……水!」

「?」

「置いてあるのって汚れてたりでちょっと不衛生だからさ。せめて水でゴシゴシっと……ホイ」

「ん。………甘くて美味しい」

「それは果物だからそのままで十分かな。トマトは――はい一応これ、塩ね。かけると甘味が強くなるから必要ならどうぞ」

 気付いたらイチジクみたいな見慣れぬ果物は食べ終えており、お次は形を見ればニンジンにしか見えない黄色いモノを、先端からモゴモゴ齧って食べていた。

 なんか違うような気もするけど、本人が満足しているなら何も言わない方が良いんだろうな。

 好みなんて人それぞれ、俺は俺で買ってきたステーキ肉でも頂きましょう。

 5切れで1500ビーケ、結構な高級品である。

「あ、そうそう。モグモグ……リアって、たぶん『本』好きだよね?」

「魔法とかスキルのやつなら好き、かも」

「おっ、奇遇だね。んじゃ今持ってるうちの2冊は好みに合いそうだから、後で部屋戻ったら見てみたらいいよ。俺は凄い面白かったし勉強にもなったから」

「何冊あるの?」

「全部で4冊だけど、そのうちの1冊はたぶん見る価値無いかなぁ……リアが罰を与えた土地から始まった国の歴史本」

「ふーん、じゃああとで全部見てみる」

「いきなり全部!? となると今日は色々あって疲れてるから、先寝ちゃったらごめんね。あ、お風呂も入りたかったら好きに入っていいよ」

「さっきみたいに入るの?」

「そそ。お湯溜めてザプーンとね。今んとこ女神様3人は入ってるから、リルはまだダウンしててダメだろうけど、フィーリルとリステにどんなんだったか聞いてみたら?」

「もう聞いてる。いっぱい自慢された」

「ふふっ」


 別に精神が摩耗してるとか、心が病みそうだとか、そんなことはない。

 ハンター業の他にも傭兵となり、国から報酬を得つつ悪党討伐しているのだから、もう今更な話である。

 それでもたまの息抜きとして、こういうまったりとした時間を過ごすのも大事なことだと思う。

 ゲームの時みたいにあまり根詰めてやり過ぎると、どんどん視野が狭くなっていきそうだからね。


 その後も本を集める勢いで購入していくこと。

 今日装備品などを運んでもらったのも、追々そういった費用に充てていくこと。

 魔物からも順調に面白そうなスキルを得られていることなど、のんびり町の灯りを眺めながら話していく。

「【洞察】と【睡眼】は、私に使ったらどうなるの?」

「え~女神様相手に【洞察】なんて使ったら、俺の心がぶっ壊れそうだからなぁ。【睡眼】は――リアが受け入れるなら寝られるんじゃない? 抵抗する気満々なら、知力とか魔法防御力が影響してかからないだろうけど」

「私が、寝る?」

 フォトルシープから取得できたその他枠スキルは、ちょっと不思議仕様だ。


【睡眼】Lv3 対象の目を見ながら発動することにより眠らせることができる。 能力効果を説明した上で対象が承諾していれば100% 能力説明をしていない、もしくは理解できなければ、成功確率はスキルレベルと対象の耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費9


 グロムさんの時は、眠らせることを承諾してもらったから100%発動だった。

 これは説明通りだけど、説明していない場合の確率はかなり不透明だな。

 耐性系に【睡眠耐性増加】なんてモノがちゃんとあるし、それ以外にも【状態異常耐性増加】や、精神攻撃を防ぐ【鋼の心】なんかもあるので、簡単に数値化できないほど複雑なんじゃないかなと予想している。

 それにこの手のスキル内容だと、レベルが高い相手には決まりにくいとか、能力値の差が強ければ全然無理とか、そんなお決まりの流れもありそうだしね。

 あの混み具合だから1日ですぐに撤退したけど、今のところはスキルレベル3止めでも十分かなと思える微妙なスキルだ。


「あ、でもでも」

「?」

「ここら辺のスキルは面白いよ」

 そう言って右手に持っていた焼き鳥だけを、ボッと燃やす。

「!?」

「今日リアの前で人が燃えたでしょ? あれの元スキル」

「美味しそうに見えてきた」

「そっち!?」

 た、たしかに赤いけれども、そうじゃないんだよ!

「なら白くしちゃう! 【白火】」

「あ、急に熱くなった」

「ね。使ってる本人はあまり分からないけど、かなり温度が高いんじゃないかな? そしてそしてー」

 一度【発火】を消し、このくらいなら大丈夫だろうと、上を向きながら小規模な方を使う。


 ――【火炎息】――


 コホーッ!


「!!?」


 ぐっふっふ……リアの驚き顔は希少だし可愛いからなぁ。

 良いもん見れましたわ!

 夜空に舞う、火炎の幕。

 すぐに消えるし、この程度なら事故にもならないだろう。

「さ・ら・にっ! こんなことをしても、口の中はベロベロになっておりませーん!」

「……」

「ふふふ、いいでしょ、夢叶っちゃった。ブレス~って。ふふふふふ」   

「私もやってみたい」

「……は? どうやって?」

「知らない。調べてきて」

「Oh……」

 突発クエストの発生かよ。

 神様もできないことを、俺がどうやって調べればいいのか。

 まぁ魔法は旧型詠唱ならかなり応用が利きそうだから、コツ次第でなんとかなるのかもしれないが。

 もしくは――

「リアは【魂装】のスキル持ってる? <覇者>のオマケのやつ」

「うん。レベルは低いけど一応ある」

「そっか。本当はリルがこの手の話好きそうだし、回復したら教えてあげようかなって思ってたことなんだけどね。たぶん【魂装】を使えばいけるかな?」

「そういうスキルなの?」

「ん~検証した感じだと、そういう使い方もできるっていうスキルだね。あ、いや……本来なら確率的にもその使い方がメインになるのか」


【魂装】Lv2 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付与させる 魂装上限数2 魔力消費5


 この詳細説明の中で重要になるのは『能力』という部分だ。

 実は『筋力』や『知力』などの8種|能力値《パラメータ》の他に、各魔物の所持しているスキルもこの『能力』に含まれていることは、樹海検証の段階で判明していた。

 人も扱う【剣術】などの共通スキル、魔物専用だけど俺も使える【突進】のような白文字スキル、魔物専用で使うこともできない【脱皮】のような灰色スキル。

 この全てが能力値《パラメータ》よりも低確率で登場し、特にその他枠の魔物専用スキルは、文字色問わずで極少と言っていいほどの低確率で抽選されることも分かっている。

 ただ俺には本来なら喜ぶべきこのレア要素が逆にいらなかった。

 高数値の『防御』が欲しくて【魂装】使いながらフレイムロックを倒していたら、たまたま【結合】をポロッと引き当てたこともあったが……

 結局【魂装】を介したとしても、グレー表記はそのままで使用不可。

 おまけにスキルが抽出されてもスキルレベル自体は存在せず、スキルレベルが存在しないためボーナス能力値も0ということがステータス比較ですぐに判別できていたので、俺の中で【魂装】からスキルを選ぶという選択は一切なくなってしまっていたのだ。

 でも俺以外の――、この世界に生まれた人達なら別だろう。

 世界で唯一の<覇者>に選ばれたのなら、魔物しか使えないはずの固有スキルを使う特異な存在になれてしまう。

 まぁ<覇者>の職業加護が得られない代わりに、魔物のスキルだけで言えばレベルまで存在する俺の方が上位互換だと思ってるけどね。


「さっきの【火炎息】なら、今日来てもらったあの狩場で【魂装】使いながら、赤いサラマンダー倒しまくってたらたぶん覚えるよ」

「おお」

 そう伝えると、珍しくリアが前のめりになっているが。

「あっ、ただ他のハンターに見られず、何千何万と倒すのは至難だと思うけど……」

 当然出てくる現実的な問題を告げれば、消沈したように両肩を下げる。

 どうにもならない問題だもんなぁ。

【魂装】だけを持った少女がいるなんてバレたら、大惨事なんてレベルじゃないほどの事件になるのはまず間違いない。

「リアが火を吐いてみたいってのは把握したから元気出してよ。絶対人と会わないような狩場とかで、そんなスキル持った魔物を見つけたら教えるからさ。もしかしたらパルメラの奥にだっているかもしれないし」

「うん分かった。約束」


 その後は寒いので、買ったモノを一通り食べ終えたらとっとと自室へ。

 布団に包まりながら、椅子に座って真剣な表情で本を読むリアを眺めていたら、気付けば時間が朝にワープしていた。

 机には綺麗に積み重なった本が。

 これだけ勉強熱心なら本を収集する意味もあるなと思いながら、俺は日課となった熱いコーヒーを食堂で頂くのだった。230話 またの出会いを約束して

「想像以上にボスはお金になるものなんですね」

「ボスの素材価値となればこんなものだと思うぞ? 強靭な皮はもちろん、巨大な魔石や角も、この手のボスなら骨や歯だって需要はあるだろう」


 場所はハンターギルド近くの飲食店。

 そこで先ほど提示されたヴァラガンの報酬と、分配金について話していた。

 ギルドマスターアディラさんから言われた金額は5億1千万ビーケ。

 本当はもう5千万くらい高い買取になる予定だったみたいだが、なぜか希少な原料薬や調合材料にもなる"ヴァラカンの目玉が2個とも無い"ということで、減額されたのがこの金額という話だった。

 考えてみたら俺ってば、抉った後は怒りに任せてデカい目玉を握り潰しておりました。

 5千万を無駄にするとか……何やってんだ馬鹿野郎と、勝手に動いてしまった自分の手に説教したのは言うまでもない。

 でもまぁこれで遺族の人が見つかれば、一人当たり約3,500万ビーケほどの見舞金は渡せるだろう。


「ロキはこれからどうするんだ?」


 まったり食後のコーヒーを味わっていると、ふいに放たれるグロムさんの言葉。

 話の方向性が変わり、本題が来たかなと思いながらも素直に答える。


「僕は世界と狩場を巡る旅をしているので、とりあえずはここからヴァルツ王国の南部をぐるっと回って、ラグリースに一旦戻る予定ですね」

「となると、まだフレイビルのAランク狩場 《クオイツ竜葬山地》に足を運ぶ予定はないのか」

「もちろん追々は行きますよ。一度ラグリースに戻ってからヴァルツの中央を通ってフレイビルに入る予定ですから。それにしても竜葬山地……これまた凄い名前ですね」

「竜を狩り、竜に狩られる場所だからな。しかしそうか。追々、だな」

「……グロムさんは、なぜここに? Aランクならエントニア火岩洞は格下の狩場でしょう? 装備だってここにいるBランクの人達とは質が違う」

 俺を含め、周りが着ているのはサラマンダーの赤色、もしくは使い古されて変色した赤黒いタイプが主だったのに、グロムさんは深緑の鱗を纏ったフルレザーアーマーを身に着けていた。

「もともとはクオイツが俺の狩場だからな。主装備じゃないが、コイツもフレイビルで作ったモノだ。今回はその装備絡みでどうしても|種《・》|火《・》|魔《・》|石《・》が必要と言われてしまったから、まぁしょうがなくってやつだな」

「あー……あのオーバーフレイムロックってやつですか。ギルド内の掲示板にいくつも1個2000万とかで買取りって募集が貼り出されてましたし、かなり需要はあるみたいですね」

「高位の鉱石で装備を作ろうとすると、どうしても加工に種火魔石が必要になる。Aランク連中なんかは早いとこ拠点に戻って装備を作りたいから、無理やり金で解決しようとするんだろう。俺もそれを狙っていたしな」

「なるほど。その種火魔石を入手できるような場所が色々あれば良いんでしょうけどね」

「あるにはあるぞ? ただ一番安全に採れるのがこの町だから、Aランク連中も強い装備が欲しければこの町を訪れることになる。他じゃあAランクでも相当キツい」


 聞けば聞くほど、エントニア火岩洞が混む理由も分かってくるな。

 Bランクは編成をしっかり組んで耐性防具さえ揃えば比較的安定な上に、即換金可能な高額ボーナス報酬を狙えるチャンスが常にある。

 AランクはAランクで種火魔石の供給量が追いついていないから、即日手に入らなくて結局狩場に混ざってワンチャン狙いの資金稼ぎ。

 そりゃ混むし、出入りだって激しくなるわなって環境だ。

 レイドの近接募集にAランクハンターが何人か混ざっていたのもそういうことなんだろう。


「てっきりAランクの人達は、ヴァラカンを倒しに来ているものだと思ってましたよ」

「参加した連中も大半は騙されたんだろう。俺と顔を知っていたもう一人の奴は、一時的に参加していたパーティメンバーから、種火魔石の資金を稼ぎませんか? もう4回目で討伐は安定してますよって言われて騙されたからな」

「……」


 改めて、"執行"して良かったなと、心底思う。

 そういった戦力になるAランクの近接ハンターを狙っていたんだろう。あのゴミ連中は。


 しかし、MMOっぽい雰囲気だな。

 高い買取募集を見て、警戒しておいて良かった。

 何かしら重要な用途があると思っていたが、なるほど……強い装備を作るための前提アイテムか。

 用途は、上位格の鉱石を溶かして加工するため――。


「……一応、僕1個持ってますけど。買います?」


 賭けだ。

 需要があるなら早急にこんな判断をする必要もないのだが、せっかく一緒に戦い、唯一生き残った戦友。

 急ぎで欲しいなら、たぶん|俺《・》|は《・》|必《・》|要《・》|な《・》|い《・》|は《・》|ず《・》だから譲ってもいい。


「ほ、ほんとか!?」

「えぇ、偶然奥をウロウロしていたら1匹倒せまして。綺麗な魔石ですよね、コレ」


 魔宝石と一緒に入れていた革袋から取り出し、かなり赤みの強い――ただその中に白い線がいくつも混じった魔石を机の上に置く。


「たしかに、この白い線は鍛冶屋が言っていた通りだな……本当に売ってもらえるなら2000万――いや、ロキは命の恩人だ。今回の報酬も加えた5000万ビーケで買取らせてほしい」

「いえいえ、普通に相場の2000万ビーケでいいですよ。あの報酬は戦い抜いたグロムさんが得るべき戦果ですからね」

「しかし、それではお礼にもなっていない」

「その代わり、もし可能であれば一つお願いしてもいいですか?」

「ん?」

「《クオイツ竜葬山地》という狩場を含め、Aランクの先輩ハンターだからこそ知っている情報を教えていただけると凄く嬉しいです。僕もヴァルツを一通り回ったら、すぐに昇格試験を受けてAランクハンターになる予定なので」

「なるほど、そいつは楽しみだな。そうか……その程度でお礼になるのならば、よし分かった。俺が知っていることは余さず教えようか」


 お互いコーヒーをお替わりし、じっくりと、聞き逃すことなく頭の中に叩き込む。

 狩りをしていない時間――これを非効率と思う部分もまだどこかであったりはする。

 でもゲームのように、狩りをしながら同時並行で情報収集なんて、そんな器用で都合の良い望みが叶うわけもない。

 だから、このような時間も凄く重要なのだ。

 Aランク狩場の場所はもちろん、その他の近隣にある高ランク狩場や、武器、防具の推奨素材、また作成にお勧めの町やそのお店の名前まで。

 頭の中で描けていたヴァルツを抜けるまでのルートが、さらにその先――東の方へと大きく広がっていく。

 『地図』というモノが消えてしまったこの世界でも、こうして今の俺と同じように、皆がそれぞれの『地図』を頭の中で思い描いているんだろうな。


「これで俺がこの町にいる理由もなくなったか。《クオイツ竜葬山地》の近くにある都市『ロズベリア』が拠点だから、もし寄ることがあったらぜひ声を掛けてくれ。狩場の案内くらい、いつでも務めさせてもらうぞ」

「えぇ。どうもその町の滞在は長そうな感じがしますから、いずれハンターギルド内でお会いすることもあるでしょう。その時は宜しくお願いしますね」


 取引も終わり、お互い握手を交わしたら、またそれぞれの道がスタートする。

 グロムさんは東へ、俺は南へ。

 出会いと別れ、冒険なんてその繰り返しだ。


 さてさて、次はどんな町で、どんな狩場が待っているのだろうか。

 どうせ道中は地味修行の魔法無駄撃ちと、あとは悪党探しをするくらいしかやることがないのだ。

 移動中に一度、爆上がりしたステータスやスキル関連も一通りチェックしておかないといけないな。

 それにいくつかのスキルは、どこか人目の付かないところで実験もして――

 こうして俺はローエンフォートでの滞在を約10日ほどで終え、ウキウキしながら次なる町へと向かって旅を再開した。231話 爆上がり

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:57  スキルポイント残:928 

 魔力量:676/676(+2108) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   341(+1518)
 知力:   347(+824) 
 防御力:  335(+714) フレイムロック(+146) ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:325(+904)
 敏捷:   340(+660) 
 技術:   334(+1205)
 幸運:   335(+304)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv5 
【盾術】Lv5 【弓術】Lv5 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv1 【投擲術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv5 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv4 
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【鼓舞】Lv5 


 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7 【雷魔法】Lv7 【時魔法】Lv4 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv6 【氷魔法】Lv5 【光魔法】Lv5 【回復魔法】Lv5 
【結界魔法】Lv1 【魔法射程増加】Lv2 【魔力感知】Lv4 【発動待機】Lv2 
【魔力操作】Lv6  【省略詠唱】Lv5 


 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv3 【採掘】Lv3 【伐採】Lv4 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 
【料理】Lv6 【農耕】Lv6 【釣り】Lv4 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv2 
【描画】Lv2 【細工】Lv2 【加工】Lv3 【畜産】Lv4 【採取】Lv4 
【話術】Lv5 【家事】Lv6 【交渉】Lv5 【楽器】Lv2 【薬学】Lv3 
【作法】Lv3 【舞踊】Lv1 【歌唱】Lv2 


 ◆生活系統スキル
【異言語理解】Lv8 【拡声】Lv3 【聞き耳】Lv3 
【逃走】Lv4 【忍び足】Lv4 【俊足】Lv5 【跳躍】Lv4 【飛行】Lv7 
【騎乗】Lv7 【算術】Lv4 【暗記】Lv5 【魔力譲渡】Lv3 
【視野拡大】Lv6 【遠視】Lv6 【夜目】Lv5 
【鑑定】Lv2 【心眼】Lv2 【探査】Lv5 【気配察知】Lv6 【隠蔽】Lv8 
【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 【罠探知】Lv1 


 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv5 
【魔法攻撃耐性】Lv4 【鋼の心】Lv4
【剛力】Lv6 【明晰】Lv6 【金剛】Lv6 【疾風】Lv6 【絶技】Lv5 
【豪運】Lv4 【封魔】Lv3 
【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 
【魅了耐性】Lv1 
【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv3 【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv3 


 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv2 【魂装】Lv2 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv3  


 ◆その他/魔物(使用可能)
【突進】Lv6 【旋風】Lv5 【咆哮】Lv4 【爪術】Lv5 
【噛みつき】Lv8 【丸かじり】Lv5 【踏みつけ】Lv7 
【洞察】Lv4  【招集】Lv7 【硬質化】Lv6  【光合成】Lv4  【穴掘り】Lv8 
【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7 【物理防御力上昇】Lv4 
【嗅覚上昇】Lv4  【強制覚醒】Lv9 【睡眼】Lv3 
【火炎息】Lv6 【灼熱息】Lv5 【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 


 ◆その他/魔物(使用不可能)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5  【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  
【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 
【結合】Lv8 【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 



 うーむ。

 飛行しながらチラチラステータス画面を確認し、そして唸る。


(あの悪党たち、クズなくせにナイスだなぁ……)


 使えそうなモノ、そうでないモノと様々だが、それでもかなりスキルの数は充実してきた気がする。

 その中でも特にこれは嬉しいと感じたのがこのあたりだ。


【氷魔法】Lv5 

 もうほんと念願の氷魔法。時期的に今は使わないけど、夏場は重宝すること間違い無し。


【魔力操作】Lv6 

 大幅にスキルレベルが上がったことで、魔力を体外に少しだけ出せるようになってきた。放出はまったくできないが、上手くいけば【無属性魔法】の経験値を得られそうな気がする。ただ滲み出る魔力が黒いので、とても人様にはお見せできないが。


【魔法射程増加】Lv2 

 こういうの、地味に嬉しい。【魔力操作】レベル3で一度スキル開放のアナウンスが流れた後、スキル取得のアナウンスが表示されていたので、一応上位格のスキルっぽい。


【魔力感知】Lv4 

 魔物の体内にある魔石の位置がはっきりと分かるようになった。以前に魔力が黒くなった時、リアが俺の身体を調べるのに使っていたのがたぶんこのスキルなんだと思う。


【鑑定】Lv2 

 まだよく分かっていないけど、これから神スキルになる予定。女神様に頼らず装備を充実させるためには必須スキル。


【心眼】Lv2 

 こちらもレベルは低いけど神スキル認定。遠目から見ても魔物の所持スキルが分かるようになった。いちいち5体倒すとか、経験値から所持スキルレベルを推測する必要がなくなったのはかなり大きい。ただ『人』を覗いても、やはりというか所持スキルだけで、俺のようなステータス能力値は何も見えなかった。


【探査】Lv5 

 とうとうレベル5。射程は150メートル。これのために悪党狩っていると言っても過言ではない。


【魔力自動回復量増加】Lv7 

 杖を所持した遠距離職が多かったおかげでかなり伸びた。【飛行】してても自然回復量の方が多いとか、もうマジで神スキル。


【炎獄柱】Lv5

 いったいどこで使うんだって話だけど、一応使えちゃった。でも【火光尾】は使えなかった。尻尾が無いからしょうがないね。


 この辺りが個人的に熱いと感じたスキルだ。

 他にも【光魔法】とか【灼熱息】とか、要所要所で使いそうな場面もありそうなスキルだってあるし、ジョブ系なんかもほぼ頂きモノだけど結構充実してきたと思う。

 ただBランクでも、そこまで所持スキルは凄くない。

 これが今回の悪党討伐で分かってきた。

 所持スキルの幅は盗賊なんかと比べたら断然幅広いんだけど、スキルレベルはいっても5くらいであることが多い印象なのだ。

 結局は職業ボーナスでスキルレベルを嵩上げしていて、その嵩上げ分というのは経験ではないわけだから、倒したとしても俺のところには入ってこない。

 だから今回のように、世間一般で強いと呼ばれる人達をまとめて倒したとしても、大半のスキルはいいとこレベル7止まり。

 今回突破できたのは【異言語理解】と【隠蔽】くらいなので、スキルレベル8の壁は相当厚いと思った方が良さそうである。


 それと獣人ペット君が使っていた謎のスキル名は、たぶんだけど【体術】スキルで間違いなさそうだ。

 探しても見当たらず、ボコスカ食らっていたイメージをそのままに「爆裂撃」って発してみたら、身体が勝手に、しかもかなり素早く動いた。

 似たような動きをしたことからも、俺が使っていたように【体術】とか【剣術】って一々言わなくても

『スキルを使いたいという意思』『発動に必要な魔力』『固有スキル名』『その固有スキル名と紐付いている想定行動《モーション》』

 この4点が問題なければ、その固有スキル名を頭の中で、もしくは声に出すことで即行動に移せる。

 これが武器系統スキルの特徴なのかなと今は思っている。

 今までは無駄が多かったってことだね。



 そしてそして、ここもかなり重要なところで、今回の結果から【魂装】の認識が俺の中で大きく変わった。


 防御力――ヴァラカン(+687) 


 デデーン!

 見よ、この上がり幅!


 複数のランダム要素を潜り抜けて最高値を追い求める作業というのは楽しい。

 それは楽しいけれども、【魂装】から魔物スキルを得ようと思っていない俺からすれば、最上位加護の中でもちょっと地味じゃない? という印象を正直持っていたのだ。

 が、ボスが絡めば劇的に変わる――これが今回分かったのはかなり大きい。

 レア的存在なオーバーフレイムロックの時は、敏捷(+74)なんてなんとも微妙な数値を引き当ててしまったので、そこまで大幅な数値上昇なんて期待していなかったしね。

 結局のところは、明らかにその魔物の得意そうな特性を引き当てられるかどうか。

 ここ次第なので、試行回数を重ねられないボスはかなり運の要素が強いけど、それでも今後はボスから得られる能力値でステータス補強していくのがベストなんだろうな。

 キングアントのような隠しボスだと、果たしてどんな数値になってしまうのか――。

 ふふふ。

 やはりスキルのレベル上昇なり、ステータス能力の上昇なり、何かしら成長していくのはすごく楽しい。

 そう、伸びれば楽しいのだ。

 伸びさえすれば……




 ローエンフォートを出発して7日目。

 現在俺は左手にパルメラ大森林を見据え、ヴァルツ王国の南部を西に向かって爆速飛行していた。

 その間に南東にあるとされていたDランク狩場を含め、いくつもの町を通過してきたが、スキル収集はまったく進んでおらず、能力も何一つ上がっていない。

 Dランク狩場はもちろん、Eランク狩場だって初めて見る魔物はいたのだ。

 だが狩場に向かい、【心眼】を使えばすぐ落胆に変わった。

 もう、そのスキルは持ってるんだよねぇ~っていう。

 EランクやDランク程度だと、スキルレベルも1~3程度が基本になるので、相応にレベルが上がっているスキルを、こんなところでさらに上げようなんて気になるわけもなく即離脱。

 この繰り返しをしていたら、どんどんマップ進行だけが進んでいってしまった。

 ちなみに南部は平坦というわけではないものの、険しい山地もほとんど見られないため、傭兵ギルドの山賊、盗賊討伐もあまり見ることがない。

 良いことなんだけど、なんだか凄く平和で、成長する機会がちっとも無いのである。


「風よ、後方に、勢いよく、噴出しろ~」


 あばばばば――……

 ならばしょうがないと、ブーストをかけてひたすら進んでいく。

【飛行】で使う魔力消費量程度なら、もう自然回復量が上回っているので、飛んでいても魔力がまったく減ることはない。

 なので自然上昇経験値を少しでも稼ぐためにと、いくつか試していたうちの一つがこのブースト魔法だった。

 両手と両足の裏からロケットのようなイメージで風を噴出させ、無理やり加速させる。

 すると以前リルに抱えられて飛んだ時くらいの、凄まじい速度を一時的にだけど出すことができたのだ。

 いやー速い速い。

 速過ぎて、フェイスアーマーの下でも鼻水が凍るくらいの勢いでクッソ寒い。


(あっ……)


 視線の先には村ではない、小規模だなと分かる町の灯り。

 もう外は完全に暗いし、今日はこの町で一泊だろう。


(今日はアツアツふかし芋と、濃い味のオーク肉でも食べたいなぁ)


 そんなことを考えながら、光に吸い寄せられる虫のように町の中へと下降した。232話 このタイミングでご登場

 どことなくベザートに近い雰囲気を感じる小さな町――『リシェ』。

 時刻は18時を過ぎ、ちょうど換金をしていると思われるハンターが1組いる程度。

 あとはお食事処で飲み食いしている人たちばかりという状況の中、ギリギリセーフと言わんばかりに扉を開けた。


 ギィー……


 立て付けが悪いのか、妙に響く音。

 自然と周囲の視線はコチラに向く。


「…………」


 まぁ、そうなるよね。

 最近徐々に慣れてきた光景だが、辺境の田舎町に立ち寄るほどこの視線は酷くなるな。

 今まで賑やかだったロビーがピタリと静寂に包まれるも、俺は気にせず資料室へと向かっていく。


「な、なんか小さいけど凄そうなのが来たぞ?」

「あ、もしかして傭兵じゃないか?」

「こんな町に何の用だよ……?」


(う~ん。この鎧、派手なんだよなぁ……)


 こないだ作ったばかりということもあり、黒く変色するような気配は今のところまったく見られない。

 なので今の俺は全身が真っ赤っか。

 それにこの鎧、ショボくはなさそうという雰囲気が表面の鱗や形状から滲み出ているので、鎧を着ている人が珍しいような町に行けば、そりゃクソほど目立ってしまう。

 かと言って、真冬の上空飛行にこの鎧は必要不可欠。

 こっちは凍えそうだってのに、わざわざ脱いで籠の中に入れるとかバカの極みである。

【発火】し続けるという案も、俺が触れている籠は大丈夫でも、籠の中身が気付けば燃えていそうという懸念があるしなぁ。

 ヒートテックとももひきがあれば、俺は迷わず大金出してでも買ってしまうぐらいに寒さ対策は切実だ。

 あ、ももひきくらいなら誰かが簡単に作れそうだから、あとで手帳にメモしておこう。


 サクサクと資料本を確認。

 どうせ何もないから、一泊だけしてまた明日の早朝から移動を開始しよう。

 そう思いながらペラリと表紙を捲り「あっ……」と声を漏らす。



――『スライム』――

 半液状化している不思議な魔物。

 自ら積極的に攻撃してくることはないが、傷みやすくなるため武器で被膜を破ることはお勧めしない。

 また赤いスライムを見かけた時は少しだけ注意だ。

 興奮状態にあるので、傷を負っている者はあまり近づかないようにしよう。



「なるほど、ここでスライムね」


 最弱の代名詞がこのタイミングで登場したことに驚くも、そういえばと。

 前にアマンダさんからスライムという単語が出ていたことを思い出す。

 そして、この解説文――

 使えるかどうかは別として、|何《・》|か《・》|匂《・》|う《・》ことは間違いない。

 これは少し楽しみになってきたなと、ニヤつきそうな顔を必死に抑えながら俺はギルドを後にした。



 そして翌日。

 チラホラと狩場へ向かう私服の町民戦士達を飛び越え、俺はパルメラ大森林の少し奥地へと向かう。


【探査】――スライム。


 そして近場の反応があった場所へ降り立てば、予想通りの姿をした半透明の存在が姿を見せる。

 想像と唯一違っていたのは色くらいで、このスライムは真っ先に思い浮かんだ水色ではなく、薄く濁らせた茶色のような色をしていた。

 さてさて、頼みますよっと――【心眼】。


『【分解】Lv1 【吸収】Lv1』


「っしゃぁ!」


 ここはFランク狩場なのだから、レベルが低いことはもうしょうがない。

 それよりも2種の新規スキルというのが熱いのだ。


「武器が傷むのは嫌だから――ホイッ」


 足元の小石を軽く投げれば表面の膜を貫通し、まるで割れた水風船のように内部の濁った水が零れて土に溶け込んでいく。

 残されたのは、今まででも一番小さいと思われる小粒な魔石。

 手で直接触っても、何か違和感を覚えることはない。


(この水が【分解】の役割を果たしているのかな?)


 そんなことを考えながら、まずは45体と。

 スキルレベル3を目指して、久しぶりとも言えるパルメラ大森林を駆け回った。


 そして約2時間後。

 相変わらず魔物同士の距離が離れているな~と思いながら、【探査】のおかげで討伐数は順調に増えていき、昼前には一旦の目標となるレベル3に到達した。

 ゴブリンとホーンラビットはガン無視だし、解体の手間もないのでサックサクだ。

 そしてここからもう一つ上を狙うべきか。

 予想外にどちらも白文字となっているこの2種は、果たして有用スキルなのかかどうかの検証開始だ。


【分解】Lv3 魔力を介して対象を分解する 分解速度は込める魔力量による 魔力消費減少割合20%


 この解説だけではすんなり呑み込めず、首を捻りながらも両の手のひらにそれぞれ小石と小枝を一つずつ乗せる。

 そして手のひらを意識して魔力を具現化させれば、まだ不安定ではあるものの黒いモヤが薄く手を覆い始めた。

 小石と小枝にもこの黒いモヤは触れていることから、これでたぶん俺の魔力を介せる状態にはなっているはずだ。


――【分解】――


(……)


 スキルを発動するも、何も起こらない。

 なので次は、小枝の方を見つめながら魔力消費量も意識する。


――【分解】――魔力消費20

(……)

――【分解】――魔力消費30

(……)

――【分解】――魔力消費50

「お?」


 ここでようやく、変化の見られなかった小枝の下部――つまり手に触れている部分が少しずつ崩れるように消失していく。

 まるで砂のように細かくなり、最後にはその砂まで溶けて消えていった。

 結果は魔力消費100で、一部小枝の上面を残すのみ。

 あまりの燃費の悪さに驚愕するも、まだ検証は始まったばかりだ。

 やり方が悪かった可能性も考え、色々なパターンを試していく。


 ――そして、分かったこと。


「これは無し、かなぁ……」


 そういう結論になった。

 能力が遅効性過ぎる上に、その問題を解決しようとすれば尋常じゃない魔力を求められることが判明したからだ。

 一見強力ではあるも、現状では実用性が薄すぎる。

 経過を見ていると、魔力消費20でも、徐々に徐々に【分解】が進んでいることは分かった。

 一度【分解】をかけた後は、具現化した魔力に触れさせず地面へ置いても一定期間は進行していたので、スライムが武器を劣化させてしまう現象もこの遅効性が関係しているんだろう。

 そしてこの【分解】速度を数秒というレベルまで速めたければ、恐ろしい魔力をぶち込めと、そういうことになる。

 ちなみにそこら辺に落ちている木の枝で、魔力消費150。

 小石に至っては魔力消費400とか、俺が約1分間で叩き出せる最高DPSに近い魔力量が必要になってくる。

 たかが小石一つにだ。

 となると、いったいこのスキルはどこで使うんだ? と。

 一切使う場面が思い浮かばず、ここで粘るようなスキルじゃないなという結論にすぐ至った。

 レベル毎の詳細説明を見ていると凄く惜しいんだけどね。

 魔力消費減少割合がレベル1で0%というスタートから10%ずつ上昇していっているので、最終的にレベル10まで到達すれば90%減少ということになる。

 そうなると場面によっては恐ろしい1撃必殺スキルになり得るかもしれないが、少なくともスキルレベル1の魔物相手に悩むようなものじゃない。


 そしてもう一つの【吸収】はさらに意味が分からないことになっていた。


【吸収】Lv3 魔力を介して液体を吸収する 魔力消費0


 説明がこれだけなのである。

 かつて取得した【穴掘り】クラスの簡素な解説に、俺はどうしたらいいのかさっぱり分からなかった。

 が、冷静に考えるとスライムは目も口もなく、体内に魔石が1個浮いているだけの存在。

 "液体"とあるように、身体を構成する水分をどこかしらから取り込まないといけないから、きっとこのスキルが必要なのだろう。

 現に今は少し濁った泥水のような茶色で、これは地面から水を吸い上げたのかなと想像できるし、資料本にあった赤というのはそのまま血液のことを指しているとしか思えない。

 試しに倒したゴブリンの血を与えたら、すぐ体内に取り込んで赤黒くなっていったからね。

 そこからは興奮状態を示すように、血が噴き出すゴブリンの体へと、まるで触手のように自分の身体を伸ばしていたので、【吸収】がどういう意味なのかはこれで粗方分かったと思う。

 まぁそれを俺がどう活用できるのかってのが問題なんですけどね……

 ちょっと不安に感じながらもゴブリンの血液を少し【吸収】してみたが、俺の身体に異変が起きるわけでもなし。

 興奮したという感覚も無かったので、もしかしたら口を使わなくても体内に水を取り込めるとか……そんな謎の効果くらいしか期待できないのかもしれない。

 スキル名だけは将来性がありそうに見えたんだけどなぁ……


 まぁそれでも、新規スキルを拾えたのなら儲けものと。

 いつものレベル3で止め、そろそろ着くはずのCランク狩場を目指して『リシェ』の町を後にした。233話 旧オーベル跡地

『リシェ』を発ってから2日で到着した、ヴァルツ王国南西部にある町『オーベル・サム』

 Cランク狩場を管轄している町と言ってもいいはずなのだが、それにしては規模が小さく、町にもあまり活気が見られない。

 どこか沈んだ雰囲気が漂うのはハンターギルド内も同様で、昼過ぎから食事処で静かに酒を飲んでいるハンターを横目に見ながら、俺は資料室へと向かってなるほどと一人納得した。


(……とうとうこのタイプがきたか)


 Cランク狩場 《旧オーベル跡地》

 古代文明時代に壊滅したとされる市街地跡で、広大な廃墟群がそのまま魔物の住処となっている。

 影から突如として斬りかかるシャドウナイト、かつて住んでいた町人達の怨嗟を投影しているとされるゴーストメナス。

 光と闇の明滅を繰り返しながらそれぞれの魔法を放つグレーソウルと、実体を伴わない魔物ばかりが登場するため、相応の攻撃手段を持たなければ思わぬ苦戦を強いられることになる。

 物理的な攻撃で倒す場合、魔石の破壊が必須になるためお勧めしない。


 ん~そこまで露骨なタイプではなさそうなことにホッと一安心だが、それでもちょっと構えてしまう類の魔物だな。

 実体を伴わない、か……

 他に目ぼしい狩場や魔物もいないため、すぐに空いていた受付カウンターへと足を運ぶ。

 どうやらこの町には、お局さん的なおばちゃん受付嬢がいないらしい。


「すみません、《旧オーベル跡地》について聞きたいんですが」

「はい、どんなことでしょう?」

「ここの狩場は実体を伴わない魔物ばかりみたいで、要は魔法で倒せということになるんですかね?」

「そうですよ~正確には魔法の中でも物質生成型の【土魔法】と【氷魔法】以外ですね。この2種も効果は薄いとされていますので」

「あ~なるほど。もし魔石を砕いた場合は、北にある『グリールモルグ』みたいに、砕いた魔石の重量で買取になるんですか?」

「一応そうなりますが、価格は最低値が前提になりますから、あまりお勧めできるやり方ではありません。かなり報酬額は下がると思ってください」

「え? そんなに、ですか?」


 どういうことと思って詳しく聞いてみると、まずシャドウナイトは属性無しの通常魔石が、ゴーストメナスは闇属性魔石が、グレーソウルは倒すタイミングによって闇属性と光属性の2種のほかに、低確率で属性が付かない魔石も落とすらしい。

 つまり3種類の魔石種別が存在する上、仮に同じ闇属性魔石でもゴーストメナスとグレーソウルとでは魔石買取額――要は魔石内部の魔力内包量が微妙に違うため、砕いた状態だとかなり判別に時間がかかってしまう。

 で、実際はそんな手間のかかることなんてやってられないので、砕かれている場合は一番安いシャドウナイトの通常魔石と見なして重量計算する。

 だからギルド側でも推奨しないということだった。

 たしかにそう聞くと、魔石を砕く必要のある魔物がポイズンクラウドしかいなかった《イスラ荒野》とは大きく事情が異なるな。


(ふーむ、魔法で倒すのはいいにしても、果たして魔力が持つかどうか……)


 今の話だけでも、まだ俺が所持していない【闇属性】持ちの魔物がいることは確定だ。

 となると、スライムのように数時間狩って終わるような狩場にはまずならない。

 直接行って色々と試してみるしかないか――そう思ってお礼を言おうとした時。


「あの! もし《旧オーベル跡地》に行かれるなら、ただいま闇属性魔石を高値買取していますので、ぜひ素材提供のご協力をお願いします!」


 そう言われながら依頼ボードを指差すので、どれどれと眺めてみればたしかに。

 珍しい形で緊急依頼討伐の赤枠木板がぶら下がっていた。


『闇属性魔石が不足しているのでただいま高価買取中! ゴーストメナスは27,000ビーケ、グレーソウルは29,000ビーケで引き取ります! まとめ売り大歓迎!』


 なんだかとっても現代日本的な宣伝内容である。

 ちょっと懐かしさを覚えてクスッとしながらも、お姉さんに「ちゃんと買い取ってくださいね」と告げ、俺はそうそうに宿で部屋を確保したのち狩場へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 方角を聞いただけですぐに分かるほど広大で、かつ一帯全てが薄く霧で覆われた狩場を上空から眺める。

 近くにハンターがいなそうな場所に降り立ったら狩りの開始だ。

 と言ってもその作業はまったく苦労することなく、逆にハンター達を見つける方が大変なくらいだった。


「怖いくらいにガラッガラだなぁ……」


 どのMMOでも大なり小なりある"不人気狩場"。

 この過疎具合を見れば、まさにここがそうなんだろうな。


 実体が無いのだから、魔石以外に換金できる素材がない。

 魔法という継続戦闘に適さない手段が攻撃の要。


 狩場ランクと町の規模がズレてしまっているのは、たぶんこの辺りが理由になるのだろう。

 ただどうも町全体が暗く感じるのは、狩場でも一番厄介と感じるこの魔物のせいじゃないかなと思う。



「この恨み、絶対に忘れんぞぉおおおおお!」



「許さない……許さない……絶対にその顔は忘れ…ひぃいいぃい!?」



「あなたに永遠の呪いが降り掛かからんことぉおおつぐぎぃいい!!」



 もうなんというか、狩場に登場するゴーストメナスの恨み辛みが凄いのだ。

 この魔物が本当に生前人間だったのかは知らないけど、見た目は表情もはっきり分かる半透明の人間だ。

 男女がいて、個体それぞれで顔は異なり、上半身のみが漂っているその姿は着ている服だって皆違う。

 それこそ元々ここに住んでいた町民達が、本当にこんな状態になってしまっていると思わせるような雰囲気があった。

 おまけにこの怨嗟、実際に形となって現れるのだ。


「ウォァァ…アアァアアァ――……」


 足元から伸びる数多の半透明な手。

 これも実体はないはずなのに、なぜか俺の足を一斉に掴み、そして拘束する。

 こんなことをしてくる幽霊達が、死に際は呪詛を吐きながら本当に殺されたような表情で叫ぶのだから、並みの神経していたらこんな場所に近寄りたくないと考えるのは普通だと思う。

 俺だって近寄りたくなかった。


『指電』


 ただ最初戸惑ってちょっと漏らしていたら、こいつら悪い顔して【闇魔法】を撃ってくるもんだから、今は気にすることなく指先から雷をピュンピュン飛ばしている。

 俺を殺そうとするなら容赦しないのは幽霊だろうが同じである。

 まぁ声帯無いはずなのに叫んでるわけだし、フェルザ様がそう設定しただけの偽物だと思うけど――ねっ!


『風刃』


【魔力感知】で拾った反応に合わせ、俺の背後から湧き上がった真っ黒い人型の影。

 その首を生み出した風で切り飛ばす。

 実体がないせいで、ここの魔物は【気配察知】だと魔石の反応しか捉えられない。

 シャドウナイトにいきなり背中を斬られた時はビックリしたけど、この狩場では唯一向こうから近寄ってきてくれるので、慣れてくれば一番ありがたい魔物だ。

 上空からいきなり誰もいないところに降りると、たぶん視界判定になっているのか、5体くらいがいきなり俺の影から湧いてくるので、事前に範囲魔法を準備しておけば綺麗に魔石だけを残して消えていってくれる。


 あとはー……いたいた。


「ん~……そこッ!」


 逆にこの狩場で一番消極的なのがこのグレーソウルだな。

 頂きものの【発動待機】で、タイミングを合わせつつ放った"指電"。

 ほとんどラグもなく、朧げな球体が黒く光ったタイミングで撃ち抜けば、ホロホロと崩れるように消滅していく。

 見ていると大体3秒くらいの間隔で光と闇が交互に切り替わるので、着弾が速い魔法を撃っていれば、まず問題なく狙った属性で倒すことはできる。

 ただどちらも一定距離内を漂う、速度の異なる追尾型魔法を切り替わる度に放っているので、ゴーストメナスに縛られている時コイツがいたりすると、素早く着弾する【光魔法】と無駄に遅い【闇魔法】で同時にボコられ、その後も追尾とシャドウナイトに影から付き纏われて逃げることもできない。

 特に魔法防御に弱いと、こんな惨事が予想できてしまうような狩場であることが分かった。

 うん、人気の無い理由が自然と理解できちゃうね。


 まぁそれでもCランクだし、精神的に宜しくないなってくらいで俺が死ぬ要素はない。

 知力がだいぶ伸びたおかげか、スキルレベル1でも確殺できているので、魔力消費もこれなら1日くらいは持ちそうだし……

 となれば、あとは効率を追い求めるだけ。

 俺は一人黙々と実験を繰り返しながら、《旧オーベル跡地》のスキル収集に没頭した。234話 間

 先ほど購入した大サイズの皮袋に、換金したお金を全て流していく。

 今日の換金額は約315万ビーケ。

 普通の狩りで稼いだお金としては過去最高額で、しかも今日は午後からなのだから、属性魔石+高価買取がどれほど高威力なのかは言わずもがな。

 受付のお姉さんは喜んだ1秒後にドン引きしていたけど、不人気で供給量が足りていないならきっと良い仕事をしているはずである。


 しかし……この所持金はどうしたものか。

 ステータス画面を見れば、現在の所持金総額はもうちょっとで7000万ビーケ。

 これでも本の代金を考えると、ギリギリ手持ちで3~4冊なら足りるかどうかというところだろうから、決して余裕があるわけではない。

 なのでまだまだ稼ぐ気満々ではあるのだけれど、既に1つ目の大サイズ革袋は金貨でパンパンになっており、宿の自室にほぼ全てのお金を置きっぱなしにしているので少々怖いのだ。

 もし居ない時に泥棒にでも入られると、これはもうどうしようもない。

 たぶん宿屋の店主に文句を言ったところで、この文明じゃどうにもならなそうなことはすぐに予想できた。


「一時的に埋めちゃうかなぁ……」


 既に他所でやっているだけに一番現実的だ。

 ここが終われば王都ファルメンタに戻り、完了したすべての本を買い取る予定なので、あと何日滞在しそうなのか。

 本日の成果を手帳に書き出しながら思案する。


 シャドウナイト 【幻影】Lv5 【影渡り】Lv3 【剣術】Lv2 【闇属性耐性】Lv3

 ゴーストメナス 【幻影】Lv5 【闇魔法】Lv2 【地縛り】Lv3 【闇属性耐性】Lv2

 グレーソウル 【幻影】Lv4 【属性変化】Lv4 【光魔法】Lv3 or【闇魔法】Lv3 


【幻影】は魔物専用な上にグレー文字で使えないけど、初期値Lv5なら【幻影】Lv8まで絶対に上げる。

 ボーナス能力のためにもこれは絶対だから、少なくともあと3~4日くらいはここで頑張ることになるだろう。

  あとは【闇魔法】もできれば【闇魔法】Lv6まで上げてもいいかもしれない。

 今のところまったく使う場面を想定できていないが、Lv5からLv6までLv3所持魔物なら追加500体討伐でもっていけるはずだ。

 これくらいであれば、金稼ぎと並行してやれるなら苦痛でもなんでもなくなってくる。

 それだけ狩れば、同じくグレー文字の【属性変化】もレベル7までは持っていけるだろうしね。

 このスキルを使えば俺の黒い魔力も元に戻るんじゃ? と思っていたのに、使用不可を示すグレー文字はかなり残念な結果だ。

 足元から手が伸びる【地縛り】は、予想通り使えないスキルだったから無理に狙う必要ないし、性能面から一番期待していた【影渡り】も使えないから粘る必要ないし……


「あぁ~! ってか、なんで全部使えないのよ!? 1個くらい使えるのがあったっていいじゃん!」


 一見新規スキルが豊富そうに見えて、ここの魔物専用スキル4種は見事なまでに幽霊用。

 こんな時だけ、一度死んでるんだし俺だって有りじゃないのか? って考えちゃうけど、そう都合よくはいかないらしい。


「どうしても、ワープがしたいの、影渡り……」


 心は全然諦めきれていないまま試算すれば、やっぱり推定3~4日もあれば、現実的なラインでボーナス能力値は一通り回収できそうである。


「ここの【剣術】スキルはおまけ程度だからいいとして、今後活かせるスキルは【闇魔法】【闇属性耐性】くらいか……まぁでもデカいな。あっ、【光魔法】はどうすっかな?」


 グレーソウルは今まで遭遇したことのない特殊な魔物だ。

 状態によって【心眼】で覗いても所持スキルが変わり、明るく光ってる時なら【光魔法】、暗いオーラを放ってる時は【闇魔法】という具合で変化する。

 魔石を高く買い取ってくれるという理由から、とりあえずは闇モードの時だけを狙って倒していたけど……


(ん~まぁ無理して狙わなくてもいっか。やっと解放されたし)


 少し考え、そういう結論になった。

 今日の戦果で、狙っていた【呪術魔法】と【精霊魔法】の2種スキルが無事解放されたからだ。

【呪術魔法】は以前リプサムで救出したエステルテさんからの情報提供通り、【闇魔法】Lv3到達で。

【精霊魔法】もリステの予想が当たり、条件は8種全てのスキルがレベル5以上ということでまず間違いないと思う。

 そう考えると、【精霊魔法】の取得条件は結構エグいような気もするが……

 まぁばあさんの<魔女>みたいに、魔法系統が幅広くスキルレベル+2になるような上位職だと、結局は全部レベル3でいいってことになるわけで。

 "|解《・》|放《・》|条《・》|件《・》"さえ知っていれば、レベル15程度のハンターでも強引に条件クリアできてしまうわけだから、冷静に考えるとそうでもないことに気付いてしまう。

 実際はその程度のハンターじゃ、上位職なんてまず解放されていないんだろうし、そもそも魔力総量が少な過ぎて使いこなせないんだろうけどね。


 その他は、今日だいぶ使って使用感覚を掴めてきた【詠唱待機】が、ちょっと経験値上昇しているし――……


 んん?

 スキルツリーを眺めていて気付いた違和感。


「なんで【無属性魔法】の経験値が上がっているんだ?」


 予想もしていなかった部分だ。

 たしかに【無属性魔法】は経験値が増えればいいなと思い、【飛行】しながら魔力の具現化練習を続けていた。

 が、それだけではまったく上がらず、どうやったら上がるんだよぉ~と一人泣き言を漏らしていたくらいだったが……

 しかし、今は『20%』になっている。


 |物《・》|凄《・》|く《・》、|見《・》|覚《・》|え《・》|の《・》|あ《・》|る《・》|数《・》|字《・》だ。


 心眼ではどの魔物からも【無属性魔法】なんて、俺が飛びつくスキルは目にしていないはずだが……

 これは――どういうことだろうか?

 犯人はスライムか、それとも――。


 溜息一つ、まずこれだろうという予想はしつつも、逃せないスキル経験値に様々な可能性を考えながら俺は布団に潜りこんだ。




 そして翌日。

 盗賊の戦利品と同じ要領で、地中にお金を埋めたらすぐに狩りの開始だ。

 辺りが白い霧で覆われた廃墟群を、俺は一人走り回る。


 ――【発火】――


 ただでさえ不人気な狩場なのに、まだ朝の鐘が鳴った直後。

 人なんて幽霊しかいないし、その幽霊にこの姿を見られたところで屁でもない。

 剣に火を纏わせ、そのまま魔石に触れないよう斬りつける。


「この恨み末代までぇえええええええええええ!!」

「こっちは子供作れるか悩んでんだバカ!」


 捨て台詞を吐くゴーストメナスは、実体がないので燃えたりはせずにそのまま消えていく。

 この炎も魔法判定になっているようで、魔力の節約には繋がっていないけど個人的には大助かりだ。

 遠距離魔法で倒せば、魔石の回収が面倒だからね。

 そして立ち塞がる邪魔者は倒したと言わんばかりに、目的の魔物へ一直線に迫る。


「いーち、にー、さーんっ…いーち、にー……そこぉーッ!!」


 直前に飛ばされた【闇魔法】など気にもせず、繋ぎ目と言える僅かな切り替わりの間を狙って剣を刺す。

 いけた! 今は間違いなく"|無《・》|色《・》"だった! もうここしかないという会心のタイミング……っ!


『【無属性魔法】Lv1を取得しました』


「っしゃおらーッ!!」


 ガッツポーズ!


 今となってはたかがレベル1のスキルなのに、思わず渾身のガッツポーズだ。

 日本にあるその手のギャンブル遊戯に手を出したことがないため、最初は不慣れで感覚を掴むのに苦労した。

 俺にリズム感が無いのも原因だろう。

 初回は9回目のチャレンジでやっと成功し、次は5回目、その後は3回に1回くらいの確率で一時的に無色になる瞬間を突くことができている。

 オッケーオッケー。

 とりあえずスキル獲得できたのならばそれで良し。

 これで余った魔力の消費は全てコイツにブチ込めるから、経験値の自然上昇も多少は期待できるだろう。

 今は一旦狙うのを止め、緊急の高価買取依頼があるうちは闇属性魔石で荒稼ぎに集中。

 その後は様子を見ながら【無属性魔法】狙いに切り替えるとしようじゃないか。

 失敗したとしても【闇魔法】か【光魔法】の経験値は入るのだから、魔石の価値以外に損をすることはない。

 ――せめて【無属性魔法】レベル3、もう少し的中率が改善できそうなら、できれば【無属性魔法】レベル4まで上げる。

 他に所持している魔物を現状知らないのであれば、ここで上げておいて、少しでも【空間魔法】の取得が円滑に進むようにしておきたい。


 当初は3~4日くらいで終わると思っていたけど、予想外にこの町は長くなるかな?

 そんなことを考えながら身体を燃やし、暖を取りながら視界に入る魔物を綺麗に蹴散らしていった。235話 監視者

 旧オーベル跡地に通って6日目の朝。

「あぁ残念、緊急依頼は終わっちゃったんです?」

「え、えぇ。おかげ様で市場在庫がだいぶ回復したみたいでして……」

 3日目以降は念のため朝に寄ってから狩場に向かっていたが、とうとう依頼ボードから赤枠の木板が外されてしまい、俺のボーナスタイムは終了した。

 ここでのトータル収益は約3100万ビーケ。

 4日半での戦果としては上々過ぎる結果だ。

 あとは今日から【無属性魔法】のノルマクリアを目指して、あと1日2日ここの狩場で頑張ろう。

 そんなことを思いながらいつも通り狩場へ向かい、黙々と狩り続けるも――


(またか……しかも、増えてる?)


 籠が埋まり、午前の戦果を換金すべく町へ向かおうとした時、【探査】範囲の隅で何者かの気配を捉える。

 初めて気づいた昨日はたまたまだった。

 ふいに【飛行】を使った時、視界内で薄っすら人の動く気配――というより、点在する廃墟跡に身を隠すような動きを僅かに感じたのだ。

 幽霊なのか、生身の人間なのか、そこは分からないが対象は一人、だったと思う。

 そこからだ。

 適度に【探査】を使用し、いくつかのワードを試しながら怪しい存在がいるかを試していた。

 俺の中ではこの世界の確定ルールと思っているリポップも、広大なためか他所の狩場と比べて遅いように感じる。

 だから必然的に狩りは広範囲を走り回るわけで、急に方向転換をしたり、点在している石の壁を利用して意識的に身を隠したり――

 そんなことをしていると、『監視者』という探査条件の時に、【探査】範囲ギリギリで反応を捉えることができた。

 つまり、何者かが間違いなく俺を監視しているのだ。

 すぐに反応が外れたため、一定の距離を取りながら俺の移動に合わせてついてきているんだと思われる。

 そしてその反応が、今日の午前中も何度か確認できた。

 近寄ってくるわけでもなく、何か危害を加えられるわけでもないので、どうしたものかと気持ち悪さを抱えながら放っておくしかなかったわけだが……

 今飛んだ時に感じた反応は、間違いなく少し前に確認した反応とは正反対の位置を示していた。

 人間ならば俺でも到底無理な速度――最低二人以上いるとしか思えない。

 この距離なら、レベル1程度の僅かな黒い魔力なんて見えるわけないと思うが……


(それでも埋めているお金だって心配だし、午後も続くようならいい加減動くか)


 あまりにしつこいようなら対象を目視し、問題無いようなら目的くらいは問い詰めよう。

 そう心に決め、俺は一度町に帰還した。


 そして午後。

 やはり1時間に1回程度は拾えてしまう監視者の反応に、ストレスを感じていた俺は大きく溜め息を吐いた。


「もう、我慢ならん」


――【身体強化】――【突進】――【突進】――【飛行】――『バースト』――



 今までならそのまま魔物に向かうところを今回は飛び越し、一度離れた気配をすぐに捉え直してそのまま追う。

 相手も初めて俺が追う姿勢を見せたからだろう。

 本気で逃走を開始し始めていた。

 だが、逃がさない。

 地面に足をつけていると、ゴーストメナスの【地縛り】に捕まる可能性があるので、低空飛行のまま足先から小規模の【風魔法】を放つバーストを連発。

 距離は少しずつ縮まっているものの、それでも今逃げている対象が"まったく弱くない"ことはこの時点ですぐに悟った。


 ――この相手、相当に移動が速い。


 後ろ姿は尻尾があるのだから、間違いなく獣人だ。

 地に足をつけないための対策か、点在する石壁を蹴り上げ立体的に動いているので、先回りがかなりしづらい。


 ならば――

 背中を向けているなら問題ないと、殺さない程度に進路を塞ぐイメージを作りながら即席の魔法を放つ。


「前方を塞ぎ、せき止めろ、"雷壁"」


 ――パンッ! パンッ! パパンッ! パンッ!


 すると連続する雷が不規則に上空から落ち、想像していた通り壁のような存在となって獣人の足を止めてくれる。

 霧が舞う中、回り込むように獣人の前方へ降り立てば、すぐにその獣人は両手を上げた。


「逃がさないですよ。あなたは何者で、目的はなんです?」

「ふぅ~……参った。俺が逃げられねぇとなりゃ本物だ。なぁ、異世界人」


 降参した割に随分と不敵な笑みを浮かべるその獣人は、ネコ科だろうなという容姿をしており、目の瞳孔は縦に細く伸びていた。

 この返答でおおよそ察しはつくも、それでも質問を繰り返す。


「返答になってませんね。あなたは何者で、目的はなんですか?」

「俺はジョルジアだ。聞いたことくらいあるだろう?」

「いえ、ありませんけど……」


 んん? どこかで接点があったのか? 

 そう思って真剣に考えてみるも、こんな灰色と白のストライブ柄をした猫っぽい獣人は見たことがないし、名前も聞いたことがない。


「チッ……傭兵ランク35位! 爆走のジョルジアだ覚えとけッ!」

「は、はぁ。35位で、爆走……それで襲いにきたんですか? まだ昼ですけど」


 なんか35位も、爆走という二つ名も、どちらもかなり微妙と思うのは俺だけだろうか。

 複雑な表情を浮かべながら見つめていると、目の前の獣人は不貞腐れたような顔をして首を横に振った。


「そこまでの指示は出てねぇよ。依頼内容はおまえの動向監視と所持スキルの分析。依頼主はこの国だ」

「……ずいぶんあっさり答えましたね」

「当たり前だろ? 国が優秀な人材登用のために調査するなんてよくある話だし、別に悪いことでもない」

「あーまぁ、たしかに」

「俺だって依頼の通り遠目から監視はしていたが、直接何かをするつもりなんてなかった。理解できないスキルを持ってやがるから、近寄りたくなかったってのもあるしな」

 視られて理解できないと判断されているのはまず【発火】……

 そしてヴァルツ王国も、俺を異世界人と断定した上で調査に乗り出しているってわけね。

 しかし、ずいぶんあっさりした獣人だなと、そう思ってしまった。

 開き直りともちょっと違う、自分は悪に染まっていないと自負しているような、そんな堂々とした雰囲気を感じる。

 だがそうなると解せない点も。


「三つ確認したいことがあります。まず一つ目、逃げた理由は?」


 自分が悪じゃないと思うなら逃げる必要もない。逃げたということは、まだ隠している何かがある。

 そう思うのは自然なことだと思うが。


「自分よりヤバそうなやつが鬼の形相で迫ってきたら、そんなのとりあえずは逃げるだろ。容赦なく殺す異世界人だっているんだ」


 た、たしかにぃ~。

 俺もそんな状況なら逃げるわ。


「……今、随分と余裕そうな理由は?」

「弱い部分を見せたって得になることなんて一つもねェ。それに、俺はジオール一派だ。何かあればきっちり報復してくれる」

「ん? ジオール一派?」

「おまえマジで何も知らねーのかよ? ヴァルツ王国の傭兵ランク1位。『オールランカー』にも名前が載ってるって噂のヴァルツ王国最強がうちの頭だ」

「……」


 傭兵ギルドにデカデカと飾られているランキングボードを思い出す。

 言われてみれば、1位にはジオールなんちゃらって名前が載っていたような。

 なるほど……バックが国内1位ということもあってのこの余裕か。

 目の前に立つ猫っぽい年齢不詳の兄ちゃんは、強さで言えばフィデルやペット獣人と似たような感覚だ。

 となると、その親分は――うーん。

 戦う気なんてないけど、そのジオール一派とやり合うのはさすがに厳しいような気がするな。

 それに、『オールランカー』とは……?


 その後もいくつか確認をし、聞けばなんでも答えてくれたこと。

 そしてバレた以上はここで撤退するということなので、俺はこの獣人兄ちゃんをあっさり解放することにした。

 監視はされる方からするとそりゃウザいが、目的があってということなら確かに普通のことでもある。

 日本だって常識的な範囲内の監視や調査なんて当たり前なのだし、俺は俺で町中から堂々と【飛行】したり、されてもしょうがないことをやってしまっているのだ。

 国が異世界人を欲しがっているのも、身に染みて分かっているわけだしね。

 ならば効率重視で堂々と動く以上、"敵意のない監視"はある程度割り切らないといけない部分だろう。

 まぁそれでも、せめてバレないようにやってくれとは思ってしまうが。


「最後に一つ質問です」

「なんだ?」

「結局、お仲間は何人いたんですか?」

「ん? 依頼を受けたのは俺一人だが?」

「え? いますよね? 最低もう一人は」

「? 本当に知らないぞ?」

「……」


 今まであっさり答えていただけに、この言葉が嘘だとも思えない。

 となると、もう一人いた監視者は――


 いったい何者なのだろうか?236話 亀裂の内部

「本当に、変わった狩り方をしますねぇ……わざわざ狙う人なんて初めて見ましたよ」

「ははは……暇潰し、みたいな?」

 頭を掻きながら苦笑いで誤魔化す。

 もう慣れた様子を見せる受付のお姉さんに、グレーソウルの無属性魔石が異常に多いことを突っ込まれるが今更だろう。

 これがオーベル・サム最後の換金。

 結局【無属性魔法】はスキルレベル3で止めることにした。

 どうしても普通の魔物に比べて非効率的だったということもあるし、その後姿を見せなくなったもう一人の監視者の存在が怖く、あまりお金を地中に埋めておきたくなかったからだ。

 今のところ経験値稼ぎ以外に【無属性魔法】を使う場面はないわけだし、もっと高いレベルが必要と感じた時に、他で入手手段が無ければここに来る。

 とりあえずはそれで良いと思う。

 ここで粘るより、早くフレイビルに入っちゃった方が強くなれるだろうしね。

 それに多分、ここの狩場もいずれまた訪れる可能性が高い。

 妙な違和感からそんな気がしてならないのだ。


「あのー」

「はい?」

「大絶叫するゴーストメナスいるじゃないですか」

「えぇ、この町の生気を吸い取る諸悪の根源ですね」


 この町の人々が積年感じ続けている思いを、そのまま吐き出したような言葉。


「……そのゴーストメナスに、笑顔で『ありがとう』って言われる話、今まで他のハンターから聞いたことあります?」

「は?」


 お姉さんは先ほどの憎々し気な表情から一変、素っ頓狂な表情を浮かべている。

 何かヒントが得られればって思ったけど残念、情報は無しか。


「今まで――延べ8日間くらいですか。そのうち2回だけ言われたんですよ。『ありがとう』って」

「……」

「どういう意味ですかね?」

「さ、さぁ?」


 これだろうという予想が付けられれば、そこからさらに的を絞り込むことだってできるかもしれない。

 今までそんな予想から問題解決できたパターンもあったはずだ。

 だが、今回はまったく条件が分からない。

 そもそも条件があるのかどうかも分からない。

 ゲーム的な要素が散りばめられたこの世界だと、その『ありがとう』という言葉が何かに繋がる――

 そんな気がしてならないんだけどなぁ……

 まぁ世界を冒険していけば、いずれヒントや気付きを得られる場面があるのかもしれない。

 粘って何かを得られるような感覚がないのであれば、その感覚が得られた時にまた改めて来ればいいのだ。


「それじゃ、また」


 オーベル・サムの上空から、町と、旧オーベル跡地を一瞥し、残り僅かとなった西側の国境を目指して旅を再開した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その後の旅は順調だ。

 FランクとEランク狩場しか無い小規模な町を2つ越え、左手にはどこまでも続くパルメラ大森林が。

 右手には徐々に拡大していく台地の亀裂が登場し、そのさらに先では1ヶ月半振りくらいとなるラグリースの台地が広がっていた。

 パルメラと亀裂の間はなんとも微妙な石壁が積まれており、馬を走らせている見張りっぽい兵士の姿が見える。

 地図を見れば、たぶんここから30分も飛行すればベザートまで到着できるだろう。

 だが俺の進路は北上だ。

 ここからグリールモルグを目指し、ヴァルツ王国の外周を繋げていく。

 加えて必ずやろうと楽しみにしていた、|亀《・》|裂《・》|内《・》|部《・》|の《・》|探《・》|索《・》も進めていくのだ。


 ラグリースとヴァルツを繋ぐ『ルーベリアム境界』は、橋から下を覗けば森が広がっていた。

 今まで見てきた亀裂の深さと幅であれば、内部に侵入できるのは南北にそれぞれある亀裂の始まりのみ。

 そして一度入ればまず簡単には上がってこられない断崖絶壁なのだから、ほぼこの亀裂内部は手付かずの秘境になっていることだろう。

 そんなの、珍種魔物やレア魔物の宝庫になっていてもおかしくないし、見るからに怪しい箇所があったって不思議ではない。

 ゲーム脳ならそう考えてしまうものなのだ。


「ヒャッハー!」


 マッピングは進めつつ、【探査】で『魔物』を探しながら徐々に深く、そして広がっていく亀裂へ俺は潜っていく。

 というより、途中からは亀裂内部が想像以上に幻想的で、ヴァルツ王国側はほぼスルー状態だ。

 幅は狭く、異様に長い手付かずの森はどこまでも続き、底の世界は普通の野生動物が多く存在していた。

 やや大型なタイプもいたので、ここが出入り可能な地域なら、今までにも何度か見かけている『G』ランク狩場に認定されることだろう。

 ほぼ垂直と言っていい壁からは所々で地下水が滲み出し、この世界は地震も発生するのか断層まで存在している。

 ここの絶壁に穴でも掘れば絶対見つかることのない宝物庫になりそうだし、なんならこの壁の中に家を建てても凄く面白そう。

 そんなワクワクの止まらない環境なのに、だがしかし……魔物がいない。

 油断して何かあったら怖いので、ある程度亀裂が深くなってからは底から距離を取って【飛行】していた。

 だから目視はあまりできていないが、【探査】範囲には間違いなく入っているはずなのに、1匹も魔物の反応を拾うこともないまま亀裂探索初日は終了した。



 そして二日目。

 このままだと今日中にはグリールモルグへ着いてしまうな~と思いながら【探査】と怪しいポイント探しをしていると、俺は豪快にやらかし南部へ向かって飛んでいた。

 どうやら亀裂に入る時、向かう方角を間違えたっぽい。

 おまけに周囲の景色が壁ばかりだから、方角が反対になっても全然気づいていなかった。

 いや~アホだわ~。

 そう思って北に向かい、周囲の状況を確認しながらふと地図を開いた時、また俺は南方面へ。

 それこそ今日のスタート地点よりもさらに南へ逆走していたのである。


 ハッハッハー。




「…………いやいや、どういうこと?」




 この世界にきて、一番真顔になった瞬間だと思う。

 1回目はまだしも、2回目は確実に北へ進路を取ったと確認した。確実にだ。

 にもかかわらず、俺はまた南側へ向かって飛んでいる。

 いつ反転したのか、まったく身に覚えがない。

 何か理解のできない現象が起きているけど、何をどうやったらこんな事態になるのかさっぱり分からない。


 すぅ―――………


「大丈夫だ。大丈夫。たしか地図方位の切り替えができたはずだから……うん、これで画面をずっと見ていれば間違いようがないだろ」

 マッピングが完了している部分までは高速で飛び、反転したと思われるポイント付近になったら速度を緩め、地図方位を切り替え。

 今までは常時北が上を向いていたのが、進行方向に合わせて地図がグルグル回る表示方法へと変化したので、そのまま地図画面を出した状態で【飛行】を継続する。

 視界が塞がってしまうのは怖いが、向かう方位を常時知るにはこれが一番間違いない。

この状態で暫し進んでいくと――、



「…………………………あ、曲がった」



 すぐに地図画面を閉じれば、俺の視界は一面壁だ。

 つまり俺自身が意識せず、勝手に横を向いたということになる。

 何も気にしなければこのまま反転し、また南側に向かって【飛行】させられていたはず……

 俺が向かいたかった正面の景色は、何もおかしな点は無い。

 普通の森と、100メートル以上はありそうな絶壁が遥か先まで延びていた。

 その後も慎重に飛行を繰り返せば見えてくるモノ――


(亀裂全部が通れないわけじゃない)


(小石を投げれば普通に落ちていく)


(北側から入れば、北側に反転させられる)


 ――それはマッピングすることのできない、どうしても俺の立ち入れないポイントが限定的に存在しているという事実だった。

 範囲は小さいもので、せいぜいテニスコートや25メートルプールくらいのものだろう。


「どうする……これは普通じゃないぞ……」


 引くか、もう少し踏み込むか、それとも救援を呼ぶか。

 悩ましい選択だ。

 怪しいと思っていた場所で怪しい事象が起きているわけだから、俺自身の興味は非常に強い。

 ただこないだ助けてもらったばかりということもあり、ここで女神様のお助けを呼ぶことには抵抗があった。

 今すぐ死にそうなほど大ピンチな場面でもないわけだし。


(何も異常はない。地面はただの森、上空も普通……【探査】に魔物も人の気配も引っかからないし、目に見える範囲では――……あぁ、そうか)


 ここ、異世界だったわ。


 ――【魔力感知】――


 ……これでも、何も見えない。

 でもまだ諦めるのは早い気がする。


『指電』


 パンッ!


 指の先から飛んだ雷は、空中で弾かれたように軌道を変え、明後日の方向へ飛んでいく。

 うん、今、間違いなく何かに当たった。

 そして弾く時、一瞬膜のようなモノが波打った、そんな気がする。

 ならば――俺は気合を入れ、ソッと、手を伸ばす。

 石には反応がなく、魔法には反応があったということは、反応しているのはきっと『魔力』だろう。


 さて、どうな――――るぅ??


 あれ? 手がバリバリって火傷するくらいの覚悟をしていたのに、何もない。

 普通に通過して、でも通過した先の手が|見《・》|え《・》|な《・》|く《・》|な《・》|っ《・》|た《・》。

 痛みも違和感も無い。

 戻せば、普通に見えなくなった手は復活している。


 なるほど。

 それならもう、行くしかないじゃん。


 一度深呼吸をし、呼吸を止めたまま透明の膜の中に顔を突っ込む。

 すると、他となんら景色の変わらない森だったが、1ヵ所だけ違うところが。

 側面の壁には少し高い位置に穴があり、まるで俺を誘惑するかのように、ポッカリと黒い口を開けていた。237話 隠された空間

【探査】――人種。

【探査】――魔物。

――【身体強化】―【気配察知】―【魔力感知】―【忍び足】――



 ――――人種の反応が二つ、しかし……まったく動きは無い。



 それでもいざという時の備えはする。

 明らかに普通じゃないと分かるこの状況は、本来恐怖を感じて尻込みすべき場面だろうに、興味が先行してしまう俺は本当にダメだなと、思わず下唇を噛みながら洞穴を眺めた。

 内部は入口を入ってすぐに曲がっており、先を見通せない。


「周囲を、照らして」


 頭上に光る球体をイメージし、全方位を照らす灯りを作り出す。

 一応懐中電灯も持ってはいるが、できれば両手は使えるようにしておきたい。

 ソロリソロリと、無音で想像以上に乾いた内部を進んでいく。

 道中特に目立つようなものは何もなかった。

 1度曲がり、2度目にまた曲がり、そして3度目かというところで――なるほど。

 視界が少し開ける。

 存在したのは一つの小さな部屋だ。

 中央には地面と繋がった石の机があり、その上には崩れた紙――だったモノだろうか?

 白っぽい何かが置かれていた。

 文字は何も書かれていないように見えるが、もしかしたらもう消えてしまっているのかもしれないな。

 右の壁面にも元々何かあったのだろうけど、今は木屑のようなモノが混ざった塵の山になっていて、ここに何があったかは分からないし、全体的に風化がかなり進んでいるように見えた。

 そして左側には――うん、間違いない。

 2体の遺体だ。

 たぶん、子供と、大人。

 1段高い石の台座――というよりはベッドのように見えるその場所に並んで、お互いを抱きかかえるように眠っている。

 性別も種族も遺体が干からび過ぎて、まったく判別ができない。



「ここに住んでいたっぽいけど……なぜ、あんな結界じみたものが?」


 そこが分からなかった。

 何かあってこの亀裂に落ちた。

 それなら今までにもそんな事故はあっただろうし、その中で偶然生き延びた――これだって身体能力や運次第ではあり得ないことじゃないだろう。

 俺だって今なら崖から落ちても死なない自信があるし。

 だから落ちた先で止む無く生活をしていたという話なら分かるんだけど、そんな人が結界を使用するとは思えないし、この風化状況で今なお誰がどうやって発動させているっていう疑問も残る。

 ん――……

 他に部屋があるわけでもなく、形の残っている物があるわけでもない。

 これじゃあ、謎の状況が謎のまま終わりそうだな。

 そう思いながら壁際に溜まった塵の塊をソッと横にどけていくと、手に硬い感触を感じて肩がビクつく。

 慎重に埋もれた物を確認すれば――


「おぉっ……これがもしかして、『金板書』ってやつじゃ?」


 ばあさんやハンスさんから名前だけは聞いていた存在、金属製の板が塵の下には眠っていた。

 他にも探すが、どうやら埋もれていたのはこれ一枚だけ。

 錆びも見られないその金色の板を中央の机に置き、慎重に塵を退けながら中身を確認すれば、そこには想像していた書物とはかけ離れた乱雑な文字が短く残されていた。










 もう魔力が回復する機会はないだろう。

 辛うじて生を繋いできたが、身体が限界なのは己が一番理解している。

 ゆえに、後の世へと事実を残すべく、ここへ記す――


 この金板を手に取った者よ。

 どうか、忘れないでほしい。

 かつて多くの同族がプリムスに立ち向かい、世界に住まう亜人達を救ったという事実を。

 救世を担ったはずの同胞達が、なぜか半死の我だけを残し、世界から忽然と姿を消したという事実を。

 十余年と世界を巡ったが、見かけたのは数多の隠れ潜む亜人種ばかり。

 我が同族はただの一人も見つけることすら叶わない。

 我には、時間が足りなかった。


 其の時代に、魔人は根付いているだろうか?

 我が身を賭し、悪鬼となりて友を、仲間を、亜人を守ろうとしたその意味はあったのだろうか?

 その答えを知りたくも、我には永劫辿り着けぬままなのだろう。

 願わくは、世界のどこかで魔人種が存続していることを――。

 先に眠ることを許してほしい。






 ソッと金板を撫で、改めて視線は眠る死体に向く。


「もしかして、あなたが……」


 思わず【鑑定】を試みるも、何も示されることはない。

 プリムス――つまり人間と魔人種を筆頭とした亜人達が戦ったことは、かつて女神様達から聞いた話だ。

 結果リアが神罰を落として有耶無耶にしてしまったが、同族を含む亜人達を救うために動き、結果救ったということも事実だろう。

 たしかアリシアは、何もしなければ亜人は全滅していたかもしれないと、そう言っていた。

 だが……魔人種が姿を消したという話は聞いたことがない。

 絶滅したのではなく、忽然と消えた――随分と荒唐無稽な話だが、あり得なくはないのか。

 自然とそう思ってしまう。

 本当に魔人がこの世界にいないのか、まだこの世界の狭い範囲しか知らない俺には分からない。

 それでも、かつて『地図』という存在がこの世界から消えている以上、一つの種が消えるなんてこともありえてしまいそうなのがこの世界だ。

 なぜそんなことをしたのかは皆目見当もつかないが。


(必要なのは――まだ解放されてもいない【死霊術】か……)


 金板を机の上に置いたまま、死体を一瞥する。

 素材が金というだけで価値はあるのだろうけど、なんとなく、この手の思いが詰まったモノを持ち帰る気にはなれなかった。


「魔人の消息は、神様に直接聞いてみますよ」


 人間を相当殺したって話だけど、あの文章を見る限りはどうにも悪い人じゃなさそうな気がするのだ。

 そんな理由から、なんとなく先を照らす可能性のありそうな言葉を投げかけ、俺はこの部屋を後にした。

 隠し部屋にはお宝ってのが相場だけど、どうやら俺は|解《・》|除《・》|す《・》|る《・》|鍵《・》をまだ持っていないらしい。238話 古代人種

 不思議と幼少の頃から機微には敏かった。

 褒められたくて、拒絶されたくなくて、暴力を振るわれたくなくて。

 その時々で相手の表情、仕草、声色など敏感になった経緯は違ったと思うが、それでも営業職として強制的に培った以前に、変化するタイミングや相手が今どんな感情を抱いているのかだけは、比較的素早く理解していたような気がする。

 まぁ分かったところで、悪感情を回避できるほどの器用さは持ち合わせていなかったが。


 だからこそ、【神通】の段階で事の重大さをすぐに理解できた。

 無意識に立ち入れないようにする、膜で覆われた不思議なエリアがあったこと。

 内部には二つのミイラ化した遺体があり、金板には遺書とも違う――魔人に関する事実とされる事柄が書かれていたこと。

 書いた本人は、推定ではあるも『当時の魔王』と呼ばれていた人でありそうなこと。


 その時の話し相手はフェリンだったが、すぐに口数が少なくなり、言葉を慎重に選んでいる様子が窺えた。

 極め付きはフィーリルとリステが会話に割って入ってきたことだろう。

 そしてフェリンがそれを咎めることなく、二人に会話を引き継いだことも異例と言える。


(魔人の消息についてははっきりと教えてもらえないし、これは相当大事になりそうだな……)


 考えてみればキングアント戦以来だと思う。

 目の前にはフィーリルとリステが同時に下界へ降りており、俺は再度この二人を引き連れ、亀裂の底に存在する『隠れ家』へと訪れていた。


「どう?」


 白い服のまま降りている、真面目モードのリステに問う。


「基礎は【結界魔法】で間違いありませんが、無意識に回避行動を取らせ、さらに偽りの風景を見せて隠すとなると、他にもいくつか含まれている可能性が高そうです」

「話を聞くだけで相当凄そうってのが分かるね」

「ロキ君の話通り術者がいないとなれば、ここまで高度な結界はプリムスの時代に作られた魔道具でまず間違いないでしょうね。しかし、魔力供給はどうやって……」

「私は先に中の二人を確認しますので、リステはそちらをお願いしますね~」

「えぇ。確認を終えたら私も向かいます」


 結界通過後、リステは青々と茂る森の中へ。

 俺とフィーリルは遺体のある洞窟内部へ入っていく。

 その間、会話は一切無かった。

 フィーリルはどこか緊張しているような、今も考えを巡らせているような硬い表情をしており、とても話しかけられなかったというのが正解に近い。

「ここですか」

「うん」

 昨日振りのこの隠れ家は、俺が出た時と何一つ変わっていない。

 相変わらず乾いた空気が漂い、机の上には俺が置いたままの金板が。

 部屋の隅には多くの塵が積もっている。

 俺は手持ち無沙汰に遺体を眺めるしかなく、フィーリルは既にやるべきことを決めていたのだろう。

 何のスキルを持ち込んでいるのか知らないけど、遺体の真横まで移動し、目を細めながら遺体をしげしげと眺めていた。

 そしてすぐに、どこか納得したような様子を見せながら数度頷き――|自《・》|ら《・》|の《・》|左《・》|腕《・》|を《・》|深《・》|く《・》|切《・》|り《・》|裂《・》|い《・》|た《・》。


「は? ちょ……何やってんの!?」

「ロキ君、これはお手柄ですよ~?」


 そう言いながら腕を子供の遺体の上に向けるが、やっていることと言葉が一致していなさ過ぎて理解が追い付かない。


「いやいや、意味が分からないって!」

「まずは回復させているのです~。ロキ君は勘違いしているようですけど、この二人はまだ死んでいませんからね~?」

「???」


 説明を聞いても、余計に頭が混乱するだけだ。

 まず今見せられている光景は、やや狂気染みていると言っていい。

 フィーリルは指先から滴る血を子供の顔に掛けており、その眼は爛々と輝いているように見える。

 それで回復って。


(もしかして、俺の身体を回復させる時も、こんなことされていたのだろうか……?)


 想像したらブルリと身体が震えてしまった。

 それに死んでいないというのはどういうことだ?

 よく見なくても遺体はスカスカのミイラだし、そもそも体内に魔力反応すら一切なかった。

 が、俺のこの反応は予想していたらしい。


「見た目は古い死体のようにしか見えないと思いますけど、【神眼】が通るということは、まだ生を終えていない証明にもなります~」

「こ、この状態で……? というか、その血を垂らす行為に何の意味が?」


 当然感じる疑問を投げかければ、ふふっ、と。

 軽く笑いながらフィーリルは答える。


「私もロキ君の話を聞いてまさかとは思ったんですよ~? でも二人とも【魔力回生】というかなり特殊なスキルを所持しておりました~」

「えーと、スキルツリーにも載っていないっぽいね」

「それはそうでしょう~とうの昔に絶滅したと思われていた古代人種の種族特性スキルなはずですから~」

「…………あっ」


 まさかとは思いながらも、【魔力回生】というスキル名と、今フィーリルが行なっている行為から、ある種族がポンッと思い浮かぶ。

 不老に近く、血を好むといったらこれくらいしか出てこない。


「もしかして、吸血鬼とかの類?」

「ロキ君はやっぱり異世界人ですね~正解ですよ~!」

「おぉ……」


 ファンタジーの定番。

 中二心をなんとも擽《くすぐ》られる種族が、今目の前で肉体の回復を図ろうとしているなんてワクワクが止まらないんだけど!

 でもあれ? 一人は魔王だよね? 二人とも【魔力回生】を所持しているってことは、魔王は魔人で吸血鬼ってこと? 意味が分からんのだが??


 ピキッ……パキッ……


 俺が一人混乱状態に陥っていると、何かが割れるとはまた違う――固まって収縮していた何かが弾けるような、普段聞きなれない音が聞こえてくる。


「ふふ、朧げな記憶を頼りにやってみましたが、ようやく活動が再開されたっぽいですね~。時間が経ちすぎて無理なのかと心配してしまいました~」

「凄いねコレ、身体がちょっとずつ膨らんできてる……あ、吸血鬼ならもっと口の中にちゃんと血を入れてあげた方が良いかも。手伝うよ」

「では口を大きく開いてもらえますか~?」


 このカチコチ乾燥肌を相手になんて無茶振り!

 そう思いながらも口が上を向くように、横で細々としたお手伝いをする。

 口の中に血を流しても時間はかかるようで、その間に話を聞いていると、フィーリルはかなりこの子供に期待を寄せているようだった。

 上手くいけば種が復活する――こういう部分に素直な喜びを示すのは、さすが生命の女神様といったところだな。

 ちなみに【魔力回生】というくらいだから【魔力譲渡】を使って直接魔力を渡した方が良いんじゃ? とも思ったが、どうやら今のこの二人は死んでもいないけど生きてもいない『仮死状態』のようで、【魔力譲渡】は試そうとしても発動すらしなかった。

 魔石を持たない人種は血液と一緒に魔力が体内循環しているので、血とセットで自然回復する程度の魔力を流し込みながら自発的な回復を促すしかないのだそう。

 そう考えると、魔力保有量が莫大な女神様が血を注ぐ役としては適任ってわけだね。


「どうでしたか?」

「大丈夫でしたよ~どちらも『吸血人種』であることが確認できました~」

「なるほど……そういうことでしたか。こちらも無事魔道具を回収しました。対象範囲を狭くする代わりに、魔力は自然吸収で賄なえるようにしていたようですね」


 戻ってきたリステに視線を向ければ、人の頭くらいある箱を石机の上に置いていた。

 傭兵ギルドの部屋に置かれていた結界用の木箱よりも少し小さく、性能差を考えても、あぁプリムスと今とじゃ技術力が全然違ったんだろうなぁというのがこれだけでなんとなく分かってしまう。

 これがいかほどの価値になるのか……やっぱり怪しいところにお宝があるのは間違いないらしい。



 その後はフィーリルに促される形で、リステも同様に子供の口へ血を注ぐ作業に。

 その間俺は徐々に皮膚が張っていく姿を眺めながら、隣に横たわっているもう一人の人物へ視線を向ける。

 どう考えてもこちらの大人が魔王だろう。

 対象は二人いるのに、フィーリルはリステにも子供の回復を頼み、リステは即座に頷いた。

 ということは、女神様は推定魔王であるこの人を回復させるつもりがないのかもしれない。


 ――可哀そうだな。


 この世界の事情や歴史に疎く、ただ金板でこの人の思いを知っただけの俺だからこそ、そんなことを思ってしまう。

 もう魔力が回復する機会はないと書かれていたが、偶然でもなんでも、俺はあなたを発見したのだ。

 今横にいるあなたの子供が回復してきているように、あなただってきっと。

 回復すれば、志半ばで潰えた同族探しの旅が、疑問の答えに辿り着けるのかもしれない。

 それに、この人は【空間魔法】所持者のはずだから、もしかしたら取得方法だって――


「こっちの大人も、後からやるんでしょ?」


 だから、回復してあげてよ、なんなら俺も血を注ぐし。

 そんな思いも含めた問いだったが、リステはフィーリルに目をやり、フィーリルは困ったように首を横に振る。


「ロキ君、残念ながらそちらの大人は無理ですねぇ~」239話 赤い瞳

「そ、そっか……」

 そこからは何も言えなかった。

 やっぱり魔王だから。

 神罰の理由になるくらい人を多く殺したのだから。

 そんな人物に女神様達が良い印象を持っているわけもなく、だから回復の対象から省かれた。

 ……至極真っ当な理由だ。

 世界をより良い環境へ導こうとする女神様達なら当然の判断とも言える。

 それでも――もしやという機会を失った俺は落胆の色を隠せない。


 リステはそれに気付いたのだろう。

 俺を気遣うように言葉をかけてくれる。


「あの机の上にあった金属の板は、この男が記したものですか?」

「この部屋の隅に埋もれてたから、たぶんそうだと思う」

「となると、私たちはかつて魔王と呼ばれていたこの男の本質を、少し見誤っていたのかもしれませんね」

「……ただ守りたい人達を守ったから。そんな印象は受けたけど、でもまぁ、結局は文字だけの判断だからね」

「ん~? 二人とも少し勘違いしてませんか~?」

「「?」」

「大人の方は私の知識に間違いがなければ、回復させるかさせないかではなく、|私《・》|で《・》|は《・》|回《・》|復《・》|で《・》|き《・》|な《・》|い《・》はずなんですよ~。彼は所持スキルからすると|眷《・》|属《・》のはずですからね~」


 俺は当然のことながら意味がさっぱり分からず、リステも種族絡みは専門外なのか、疑問の表情を浮かべている。


「その辺りも含めて、主であるはずのこの子供にロキ君が直接聞けばいいのですよ~」

「へ? 俺!?」



 その後、約30分くらいはポタポタと、ちょっと出血量が心配になるくらい、二人は子供の体内へ血を流し続けていたと思う。

 張りをほぼ取り戻していたその身体は、次第に血色も良くなり、元のあるべき姿へと戻っていく。

 その子は一見すると、性別の判断もつかないほどに中性的で整った顔立ちをしていた。

 そして身体が戻るにつれ、すぐに男の子だと判別もできた。

 年の頃は、見た目だけで言えば今の俺と同じくらいで背丈も似たり寄ったり。

 疎らに生えていた白い頭髪は、今はもう青黒く生え揃い、ただ病的なくらいに白い肌はこれで本当に元の姿なの? と心配になるくらいだ。


「この辺りでもう大丈夫でしょう~」


 その言葉に合わせて、リステも輸血作業を止める。


「これ以上はいつ目が覚めてもおかしくありませんから、後はロキ君にお任せしたいと思います~」

「わ、分かった……ちょっと緊張するけどやってみる。でも本当に俺の判断だけで決めちゃっていいの?」

「大丈夫ですよ~逆にこれ以上私達が決めれば、それは下界への過干渉になりますから~」

「それでも何かあればすぐ助けに入りますから、望むままにお話を進めてください」


 そう言って洞窟の外へと向かう二人を眺めながら――ピッ。

 指先を少し切り、今度は俺が代わりに血を垂らしていく。

 待っている間に、二人とある程度の打ち合わせは済ませていた。

 絶滅したと思われていた希少な古代人種であるため、世界のためにも回復の手助けはする。

 ただ姿を見られるのは宜しくないので、ある程度のところまで回復をさせたら二人は姿を隠し、俺はこの場を発見、回復した者として振る舞いながら情報を引き出しつつ、今後どうするかをその場の流れで決めていく。

 ――これはかなり責任重大だ。

 俺の今後に影響を与える局面だろうし、女神様たちにとっても重要な何かがあったのは間違いない。

 フィーリルの表情から、ある程度は問題解決しているような雰囲気を感じるものの、それでも予断を許さない状況は今暫く続く。

 なんせまずこの子供だけで、たぶん俺と同じくらいには強いのだ。

 何かあってもし戦闘となれば、それなりの可能性で俺が死にそうなので、それもあって二人は神界に戻るようなことはしなかった。

 もし横の魔王も復活となれば、これはもう俺がどうこうできるレベルを超えてくるわけだしね。

 まるで猛獣のいる檻の中に閉じ込められた気分。

 それでも、手に入れたいモノがある。

 そのためならば、死ぬギリギリ一歩手前くらいまでのリスクは許容しよう。

 そう一人覚悟を決め、垂れる血を眺めていると――


 数分後、ゆっくりと瞼が開き、紅玉のような赤い瞳が俺を見上げた。





「こんにちは」

「……」

「大丈夫ですか? 意識ははっきりしていますか?」

「……こ…こ、こんにちは!」

「自分が誰で、ここはどこなのか、そういった部分は分かりますか?」

 もう手探りだ。

 こんな人生経験がない以上、一から慎重に確認していくしかない。

 推定1万年くらいの時を経て蘇った実年齢不明の子供。

 どこが地雷になるかも分からず、身体からジットリと嫌な汗が滲み出す。

「ぼ、僕はカルラ・ウォルブド・アッケンリーベルです。ここは……間違いありません。僕が師匠と隠れていた家です」

「カルラ・フォルブボッ……んん! カ、カルラさんと呼びますね。師匠というのはそちらの方でお間違いないですか?」

「そんな丁寧な言葉遣いは不要ですから! 師匠は、はい、横で眠っているのが僕の師匠です」

「じ、じゃあカルラ、俺はロキと言います。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 あれ……おかしいな。

 女の子みたいに声が高くて本当に子供みたいだ。

 最初かなり構えていただけに、ビックリするほど従順な雰囲気を醸し出していて調子が狂う。

 まぁそれでも突き進むしかないわけですが。

 それにしても、えらく長い名前もはっきり覚えているし、記憶関連は特に問題無いと思って良さそうだな。

「それで今回たまたまこの場所を発見して、カルラがまぁ、吸血人種《ヴァンパイア》かなと思って回復させてみたんだけど……単刀直入に聞くね。そのお師匠さんはかつて『魔王』と呼ばれていた人物で間違いないかな?」

 そう言って金板を見せると、カルラは存在を知っていたようで軽く頷く。

「それは、間違いありません」

「その『魔王』と呼ばれた人物をカルラは師匠と呼んでいるけど、実際はカルラの『眷属』――何かしらの事情があって、魔人種から吸血人種に生まれ変わった。これも合ってる?」

「……合ってます。ただ僕は師匠を眷属と思ったことなんて一度もありません! 師匠は亜人種の英雄で、瀕死だった師匠を救うにはこれしか方法がなくて――……」


 その後もいくつか『魔王』の安全性や人となりについて確認していくも、全てを良く伝えようという雰囲気もないため、内容に嘘が混ざっているようには思えなかった。

『人間が嫌い』というのは些か致命的な気もするが……

 何かされなければ何もしないし、何かあっても主としての権能で行動を阻害、防止できるということなので、安全性もまぁ問題がないようには思える。

 そしてもう、カルラはなぜこのような質問をしているのか、それがどういう結果に結びつくのかを理解しているんだろうな。

 だからこれほど積極的に、かつ偽りが――少なくとも俺に伝わらない程度には適切に回答している。

 どう考えても見た目通りの子供じゃない。


 まぁそれでもここからだ。

 問題は方法があるのかどうか、無ければ物理的にどうしようもなくなる。

「もう察しているとは思うけど、俺は回復手段と回復後の安全性に問題がないようなら、カルラみたいにお師匠さんも回復させようかと思っている」

「ぜ、ぜひっ!」

「ちなみに、カルラじゃお師匠さんを回復させられないんだよね?」

「ボクには、無理です」

 これは分かっていたことだ。

 自分でできるなら、そもそも師匠を永眠に近い形で眠らせるような選択は取らなかっただろう。

 金板に書かれていた『先に眠ることを許してほしい』という一文。

 当初は同じ魔人に向けての言葉かと思っていたが、既に世界から姿を消したと認識していたのであれば、もしかしたら身近にいたであろうカルラに向けた言葉だったのかもしれない。

 だから知りたいのは――


「回復できない、その理由は?」


 ここだ。自らの眷属なのにできない理由を知れば、今後の方向性がはっきりと決まってくる。

「眷属になった場合、僕達と同じ吸血人種の特性が発現する代わりに大きな枷を負います。それが魔力回復手段です」

「金板に書かれていたやつだね」

「はい。吸血人種は他の種族と違い、自然に魔力が回復することはありません。血を体内に含むことで初めて回復します。
 吸血人種であれば人に分類される種が一番効率は良いですが、魔物や動物の血でも魔力回復は可能です。でも『眷属』は元の同種族の血でなければなりません」

「なるほど……だからお師匠さんは魔力の回復手段を失ったわけか。元は魔人なのに、その魔人が突如として世界から消えてしまったから」

「そうです。師匠は……騙し騙し粉状に砕いた魔石を口に含まれていました。それでも極少量ですが魔力回復に繋がると。ただ吸血人種は長く生きられる代わりに、魔力が無ければ何もできない種族でもありまして――」

「それで身体の維持に限界を感じ、ここに眠ったというわけだね」

「はい」

「それはそうと、カルラはなぜここで一緒に? 制約がないのだから、カルラ一人なら幾らでも生きられたでしょ?」

「……ボクには、師匠が全てでしたから。それだけです」

「……」

 初めて言いたくない部分を突かれたっぽいな。

 師匠のことではなく、自分のことでか。

 この反応を引き出せたのは大きいし、よほどの演技派でもなければこれまでの話が真実である可能性はより高まったが……

 なるほど。

 これはもう試すではなく、イケると確証まで得ているっぽい。

 そうじゃなきゃ、ここまでスムーズに種族固有の情報なんて吐かないだろう。

 理由は最後に俺が血を垂らしていた時――あの時に判別したとしか思えない。

 全ては師匠最優先。

 そのためにまだ何かを隠している可能性もあるが……まぁいいか。

 どうせ何か裏があっても、その裏が表に出ることはそうそうない。

 なんせ、師匠の魔力をまともに回復させられるのは、今のところ俺しかいないんだからな。

 まずは気持ち良く、あなたの考えに乗っかってみるとしましょう。


「それじゃ回復させてみようか。きっと俺ならできるんだろうしね」240話 目覚め

「ロキ君が、もう一体の回復も始めましたね」

「やはりそうなりましたか~。災禍の魔導士が【空間魔法】を所持していたことは以前伝えていましたからね~」

「それでも随分慎重に確認はしていたようです」

「いけそうなんですか~?」

「どうでしょう。会話を聞くだけではなんとも言えませんが……少なくともロキ君は、回復させられると確信してから行動に移ったようです」

「あらら~もし本当に回復できてしまったら、自身が魔人種である可能性が高いという結論に行き着くでしょうねぇ~」

「それはもうやむを得ないでしょう。しかし途中から魔人に切り替わるなど、そんなことあり得るのですか?」

「魔人は異種配合の結果から生まれた偶然の産物ですから、途中からなんて本来は考えられません~。しかし魔石を有さず魔力が黒いのは、かつての魔人種にしか見られなかった特徴でもあります~」

「……となると、問題はこの先ですか」

「もしロキ君が魔人種だったとして、見つかればどうなりますかね~?」

「ロキ君が転移者だからこそ予想できませんね。見つかるも何も、意図してフェルザ様がこの世界に送り込んだ可能性が高いわけですし」

「そうであればいいのですが~……奪われたく、ありませんね」

「えぇ、本当に」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 




 休憩を挟みながら、かれこれ……何時間だろうか?

 外はもう夕暮れとのことで、少なくとも8時間以上は滞在している気がする。

 途中でお腹が空けば、大喜びでカルラは外の野生動物を捕まえてきてくれた。

 二人で焼いたお肉を食べながら、俺は生成した水を。

 カルラは生血を。

 なんとも危険な絵面が目の前に広がっているけど、相手は血が大好きなヴァンパイアさんなのだからしょうがないんだろう。

 一応お上品に飲んでるので気にしないでおく。


「なかなか起きてくれないね」

「皮膚や頭髪はもう回復してるし、あとは体内魔力だけだと思うんだけどなぁ……」

「ロキの血は魔人と同じような味がしたと思ったけど、ちょっと質が違うのかな? それとも眠る期間が長過ぎた?」


 もう回復始めたんだし、普通でいいよ?

 そう伝えたらだいぶ砕けた口調になったカルラに質問されるも、それは俺に聞かれたって分からないことだ。

 少なくとも俺が現状魔人種の系統に属しているんだろうなということは、今日の一連の流れで理解できた。

 いったいなぜ? という疑問はあるけれど、魔力は黒いし魔物スキルは使えるしって時点で普通の人間じゃないことは理解していたので、今更知ったところで「あぁそうなのね」くらいしか思うことはない。


 ――女神様達と違って血中に含まれる魔力量が少ないから、その分回復に時間がかかっている。

 ――リアは以前に、俺の魔力は黒と青紫が混ざっているようなことも言っていたので、ちょっと本来の魔人と性質が違う。

 ――カルラはカルラで1万年どころか、1日も眠らせたことがないという話なので、『眷属』を眠らせ過ぎた弊害がモロに表面化してしまっている。


 それぞれ可能性がありそうだし、下手をすれば複合でこのような結果になっているのかもしれない。

 それでもカルラ曰く、ここまで魔力が回復したのは初めてのようで、十分凄いと大喜びしていた。

 でも起きてくれなきゃ意味がないんだよなぁ。

 それにこの魔王さん、|な《・》|ぜ《・》|か《・》|め《・》|ち《・》|ゃ《・》|く《・》|そ《・》|弱《・》|い《・》。

【洞察】のレベルがまだ高くないのでかなり曖昧だが、今のところはそこら辺のEランク狩場にいるオークくらいには弱い気がする。

 なんか魔力保有量が頭打ちになっているような印象もあるし……これじゃ、まともに魔法なんて使えないんじゃないだろうか?

「ん~1時間以上何も変化がないし、もう師匠って呼びかけたら起きないかな? このまま続けても先に進まなそうだし」

「え~っ」

 なんだコレ。

 目の前でテレテレしているヴァンパイアはまるで乙女のよう。

 いや、男だけど。クッソ顔は可愛いけど。髪なんてサラッサラだけど。

「師匠~♪」

「……」

「起きて~♪」

「……ッ」

「「おぉ!?」」

 カルラの掛け声に、僅かではあるが眉間に皺を寄せる魔王様。

 これは掛け声作戦、効果覿面かもしれない。

「なんかいけそうじゃない? ホラ、俺も呼びかけるから頑張って!」


「うん! 師匠~♪ 朝だよ~♪」

「頑張れ頑張れ!」


「師匠~♪ ご飯だよ~♪」

「頑張れ頑張れ、起きられる起きられる、絶対起きられる!」


「師匠~♪ 大好きだよ~♪」

「え"!? が、頑張れもっとやれるってやれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!」


 皺は深く寄り、肌には……なんか鳥肌みたいなモノがプツプツしているような気もするけど、やはりそれでも目覚めてくれない。

 苦悶の表情を浮かべ、なんだか悪夢を見ていそうな雰囲気すらある。

 うーん、吸血人種は魔力がないと何もできないって話だし、やっぱり根本的な魔力量が不足しているのか?

 ならば。


 ――【魔力譲渡】――


 譲渡効率は悪いけど、とりあえず100くらいは――そう思ったが駄目。

 そもそも渡せず、生きていることはもう間違いないので、単純に魔力量が最大値になっていてこれ以上渡せないことが予想された。

 つまり、この最大値を上げないと魔王様が起きない可能性も出てくるわけだ。


(うがぁーそんなの、強制的にレベル上げるくらいしか思いつかないし!)


 あともうちょっとで【空間魔法】にリーチが掛かっているというのに、最後の一手が手繰り寄せられずに躓く。

 たぶん魔王様ならレベルだってかなり高いだろうし、そもそも魔物が近くにいないのだから、強制レベル上げなんてまったく現実的じゃない。


 なにか。


 なにか、ないか。


 魔王復活の一手が―――――――――






「ぬほぉぁぁああああああああああっ!?」




「な、な、な、なにっ!?」





 カルラが驚いて飛び跳ねるも、今はそれどころじゃなかった。



 あった。

 一生使うことはないと思っていたクソスキル。



 なるほど、なるほど、なるほどッ!



 おまえの出番は、ここかーッ!!







 ――【強制覚醒】――







 かつてキングアントから取得したこのクソスキルを、心の中でソッと呟く。

 その瞬間、波のように不可視の魔力が俺の周囲から飛んでいくのを【魔力感知】が捉えた。

 たぶんカルラも使っていたのか、目を見開き、壁すら通過していくその魔力波を眺めている。


「え? ロキ、今のなに――」

「ほらほら、そんなことよりカルラ、待望の魔王様がお目覚めだよ」

「ッ!?」


 二人して視線を向ければ、そこには見た目だけで言えば40代くらいだろうか。

 やや浅黒い肌をした男が、カルラと同じ真っ赤な瞳を天井に向け、身体を起こそうとしていた。241話 勇気のいる第一歩

「師匠ーッ!!」

 真っ先に飛びついたのは、やはりカルラの方だった。

 主と眷属という主従関係があるにもかかわらず、我慢できないとばかりに胸へ飛び込み、それこそ子供のようにワンワンと大泣きしている。

 師の後を追うように傍で眠りについたくらいだ。

 眠る前だって弱っていく師匠を何もできずに見続けていたのだろう。

 積もった想いが溢れだし、それを師匠である魔王が苦笑いを浮かべながら、ソッと頭に手を添え優しく受け止めている。

 実際は当初想定していた親子と違った関係性だったが、今見えているこの二人は理想の親子像にも見えてきてしまうな。

 少なくとも、自分が子供の頃にはまるで無かった少し羨ましい光景だ。

 そんな空気を邪魔しちゃいけないと、俺は暫し黙って見つめていたが――魔王がカルラの肩を軽く掴んだことで場が動き出す。


「カルラ、まずは我を起こしてくれた者に礼をさせてくれ」

「あ、ごめんなさい!」

「少年よ、血を分け与えてくれたこと、心より感謝する。我はゼオ――ゼオ・レグマイアーだ。眠りについてどれほどの月日が経過したかは分からぬが……君は、我の同胞で合っているだろうか?」

「ロキと言います。僕が魔人種に属するかはなんとも分かりませんけど、魔力は――このように黒いです。それはゼオさんも同様ですよね?」

 そう言いながら直接黒い魔力を見せれば、頷くようにゼオさんも見せようとし――

 たぶん何度か試したのだろう。

 かなりの間を置いて、黒い魔力を纏わせながら一つの小さな石を造り出す。

 さりげなく【無詠唱】だったのはさすがとしか言いようがないけど、当人は困惑の表情を浮かべているし、やはり何かしらの弊害が出ているとしか思えないな。

「な、なんだ……? 身体の様子が何かおかしいし、魔力が、上手く扱えん……」

「今、段階的に発動のレベルを下げていきました?」

「いや、初めは魔力の具現化をしようと思ったが上手くいかず、しょうがなくレベル1相当の魔法を発動した」

「なるほど……身体能力はどうです? かつてより大幅に低下したりはしていませんか?」

 そう伝えると、横からカルラが「えっ?」と驚きの声を上げる。

【洞察】を使ったから今のゼオさんはかなり弱いと判断できるが、外見を見ただけじゃ普通は分からないだろうからね。

「たしかに、全盛期と比べれば見る影もないな……ふっ、これが我に与えられた新たな神の裁きか?」

 軽く身体を動かした後に拳で地面を叩き、現状をおおよそ把握したのだろう。

 自嘲しながらもどこか達観したような、諦めに近い表情を浮かべている。

 だがそれはさすがに早計だ。

 少なくとも女神様達はそんな裁きを与えていないはず。

「長く眠られていたせいなのか、僕の魔力が魔人種のソレとは少し違うからなのか……色々な理由があるでしょうから、はっきりしたことは分かりません」

「……」

「ただ『眷属』になって以降も相応の力があったのならば、その力は戻せる可能性の方が高いでしょう?」

 これが眷属としての能力限界ということなら、もうどうにもならない可能性がある。

 だが、カルラが師匠と呼んでいるくらいなのだから、かつては眷属であっても今の俺やカルラより強かった時代があったはずなのだ。

 だから今一番危惧しているのはそこじゃない。

「一番心配しているのはコッチです」

 そう言って自分のこめかみを指差す。

 やや失礼だが、永い眠りから覚めた人にはこれが一番適切な気がする。

「「?」」

「眠る前の知識や記憶です。カルラにもまだ伝えていなかったけど、この時代はプリムスと亜人の大戦から約1万年くらい経過しています。失った能力は努力や時間経過で戻せる可能性はあっても、失った知識や記憶を戻すのは至難でしょう?」

「へ? 1万年……?」

「…………それは、大丈夫だろう。失ったかどうかの判別などできぬが、人間どもの非道や仲間達の死に様は、今も鮮明に思い起こせる」

「……」

「ロキよ。1万年と、そう言ったな?」

「えぇ」

「それほどの時を経て、魔人種は今も生き永らえているのだろうか? 迫害を受けることなく、幸せに暮せているのだろうか……?」

「それは……まだ旅の途中で、僕は限られた小さな世界しか知りません。その知っている範囲の中で、魔人種とはっきり判別できた人とはお会いしたことが無いです」

「そ、そうか……」

 もしかしたら、ハンスさんの国にいるのかもしれない。

 でもたぶん……その可能性は低い気がする。

 魔人がなぜ、忽然と姿を消したのか――

 その問いに女神様達は、


『消えたわけじゃない。けど世界の根幹に触れることだから答えられない』


 |こ《・》|の《・》|よ《・》|う《・》|に《・》|教《・》|え《・》|て《・》|く《・》|れ《・》|た《・》。


 つまり何かはあったのだ。

 それは世界を旅して一人も見つけることができなかったという、ゼオさん自身の証言からも間違いないだろう。

 でも消えたわけじゃない――ならばどこかにはいるんだ。

 普通に旅をしたのでは、まず見つけることのできないどこかに。



「でも、僕は見つけられると思います」



 根拠の無い自信だ。

 無責任に希望を抱かせてしまう、怖い言葉を発してしまっているという自覚はある。

 でも不思議なもので、ゲームの要素が散りばめられたこの世界ならなんとかなる、自然とそう思ってしまった。

 自意識過剰とも違くて。

 きっとこの世界を楽しんでいるうちに、知識欲を満たしていくうちに、いつの間にか答えに辿り着く。

 そんな気がしてならない。



「ならば、我もその旅に同行を――仲間に加えてもらえないだろうか?」



「え?」

「し、師匠……」

「いや、いきなりそれは不躾な話だったな。この衰えた力で同行しても足手纏いになることは明白――ロキが言ったように、力が戻る可能性もあるだろうから、そうなったらの話だ。それに、だな……」

「えぇ、血が必要ですもんね」

「すまない。今の状態でどれほど身体を維持できるのかは分からないが、いずれまた、あの状態に戻ることは間違いないのだ」

「……」

「今しがたまで、我はそれでも良いと思っていた。力は衰え、同胞の行方は知れず。今の世で無理に生きる意味を探すのは難しかったが……ロキよ、見つけられるのだろう?」

「……えぇ、発見できると思っています」

「ふっ、ならば迷惑を掛けようとも生きながらえ、この目で魔人族の今を見定めたい。我がかつて身を賭した戦いに意味があったのか、神の怒りに触れるほどの業を背負い、それでもなお誇れることをしたのだと……できることなら、そう納得して我は死にたいのだ」

「し、師匠が行くならボクも!」


 当初は血を提供する代わりに、古代人だからこその希少な情報を頂く。

 その程度の関係を想定していた。

 それが、まさかの|仲《・》|間《・》か……

 パーティやチームなどの近い言葉はあるけれど、この言葉は俺の中で意味合いが大きく変わってくる。

 かつて、俺が一度も得られなかったもの。

 憧れ、羨みながら、それでも切り捨てたものだ。


 そしてこの世界に来てからもそれは変わらない。

 特異な能力のおかげで、効率、リスクの両面から俺は人を遠ざけるしかなかった。

 唯一が、絶対的な立場から事情を理解してくれる女神様達だけだった。


 いつもならここも躱す場面。

 旅をする中で、魔人種を見つけたら知らせますよと……そんな|お《・》|決《・》|ま《・》|り《・》|の《・》|台《・》|詞《・》を吐いて自ら遠ざける。

 そうやって壁を作り、俺はまた自由気ままな一人旅を続けるのだ。





(また、同じことを繰り返すの?)



(勝手に起こしておいて?)



(二人とも帰る場所も、頼る人もいないのに?)



(黒い魔力だって理解してくれるんだよ?)



(でも、秘密を伝えられるの?)



(二人を――、本当に信頼できるの?)





 暫しの逡巡。

 やはり頭の中で描くことは酷く打算的で、自分の性質に嫌気が差すも、これが俺で、これが普通の人間なのだと思う。

 考えるまでもなく正道を駆け抜けてゆく勇者や英雄とは違う。

 でもただの人間なりに……いいや、多くを欠落した人間なりに、自分のやり方で守るべきモノを守りたい。

 これはそのための第一歩で、凄く勇気のいる第一歩だ。

 二人を信頼できるかではなく、まずは自分から。

 いきなりすべては無理でも、ゆっくりと、少しずつ――





 「僕は独り旅なので、『仲間』というのはいないですけどね」


 苦笑いしながらそう告げつつ、俺は俺で『仲間』としての要望をぶつける。


「僕にはゼオさんの持つ知識や力が必要です。もちろん、カルラの知識や力も」

「我が協力できることはいくらでもしよう」

「ボクも! 師匠を助けてくれるならなんだってするよ!」

「では、これからのために、どうしても必要なことがあります」


 緊張で汗ばむ手を、強く握る。



「【空間魔法】の取得方法、知ってますか?」



 ゼオさんの表情は特に変わらない。

 俺を見つめたまま、数秒。

 喉の渇きを覚え、生唾を飲みながら待てば――




「あぁ、知っている」




 そう、答えてくれた。
242話 念願

「そうでしたか。あの二人が『仲間』に」

「仲間とは具体的に何をするのですか~?」

「んーそう聞かれるとなんだろうね? 凄いポヤッとしてるんだけど、狩りだけじゃなくて……お互い助け合いながら、その先の目標を共有して一緒に行動するのが仲間なのかな。ゼオさんには血をあげなきゃだし、古代人のあの二人に帰る所なんてないっぽいし」

「それはそれは、下界でロキ君を守ってくれる者が現れたということですね~!」

「リガルは少し悔しがりそうですが……それでも皆が喜びそうな話です」

「はは、今は二人の生活基盤を俺が整えるって感じだけどね。ただこうなってくると、当初の予定をどうしようって問題が浮上してきてさ」

「拠点の話ですね?」

「あ、分かった?」

「えぇ。私達はこの時を待っていましたから」

「ふふっ、とうとうですか~?」

「うん。だから他の皆にも現状2つの選択があることを伝えておいてほしいんだ。特にアリシアに」

「もちろんですよ。私はロキ君の望むやり方に合わせます」

「どちらのやり方でいくか、皆にも聞いておきますよ~」

「じゃあまた連絡するから、その時にね! 見守ってくれててありがと!」


 あれ? なんかちょっといつもと様子が違うような気もするけど、気のせいかな?

 手を振りながら霧となって消えていく二人を見守りつつ、今後の事を暫し考える。

 やるべきことはいっぱいだ。

 でも、その全てがやりたいことで、いったい何から手を付けたらいいのか分からない。

 こんな幸せなこと、滅多にあるものじゃないと思う。




(本当に、とうとう……とうとうだ……ッ!)





「お待たせしましたー!」

「随分長いトイレだな」

「嬉ションってやつでしょ? ボク聞いたことあるよ」

「違うわ! 犬じゃねーし!」

 いつまでも見守ってもらうのは申し訳ないと思ってすぐに声をかけたが、女神様達のことはさすがにまだ言えない。

 それは皆の許可が下りてから――お互いが悪感情を持っている可能性もあるので、ここだけは慎重にいくことを許してほしい。

「えーと、もう一回教えてください! 間違えないようにメモしますんで!」

「それは構わないが、ロキよ。まずはその他人行儀なしゃべり方を止めてほしい」

「え? あっ、どうしても癖で、ごめん……」

「我はロキを同胞であり仲間だと思っているし、何よりも命を繋いでくれる恩人だ。これでは我まで言葉遣いを正さねばならなくなる。我儘を言うが、カルラのようにしてもらえるとありがたい」

「うん、分かった。じゃあ『ゼオ』でいいかな?」

「あぁ、その方が自然だ。ではもう一度言う。確実に必要なのは――」


【魔力操作】Lv5

【時魔法】Lv5

【無属性魔法】Lv8


 震えそうな手に力を込め、ゼオから言われた3つのスキル名と必要レベルを書き写していく。

 横でカルラが、今はこんな書き物があるんだね~って感心していたが、ごめん、今は相手をしている余裕がない。

 ステータス画面を開き、現状のスキルと照らし合わせ――


(うん、大丈夫だ。たぶん足りる、はず……たぶん……)


 現状のスキルポイントは『928』。

 かつて【狂乱】を上げた時は、レベル2からレベル8までで、たしか700くらいのポイント消費だったはずなのだ。

【魔力操作】Lv5は条件をクリアしているので

【時魔法】Lv4→Lv5

【無属性魔法】Lv3→Lv8

 今回足らないのはこの二つだけ。

 こんなことなら【無属性魔法】をレベル4まで上げておけば良かったと若干後悔だけど、これのために頑張って貯めてきたのだから、もう我慢なんてできそうもない。



 ふぅ――――――――………



 長い深呼吸。

 よし……じゃあ、いこう。



(【無属性魔法】をレベル4に)

 ポイント消費30。

『【無属性魔法】Lv4を取得しました』



(【無属性魔法】をレベル5に)

 ポイント消費50。

『【無属性魔法】Lv5を取得しました』



(【無属性魔法】をレベル6に)

 ポイント消費100。

『【無属性魔法】Lv6を取得しました』



(【無属性魔法】をレベル7に)

 ポイント消費200。

『【無属性魔法】Lv7を取得しました』



(【無属性魔法】をレベル8に)

 ポイント消費300。

『【無属性魔法】Lv8を取得しました』



 ここまでで、スキルポイントの消費は『680』


 よし、いけるッ!!


(【時魔法】をレベル5に)

 ポイント消費50。

『【時魔法】Lv5を取得しました』



『【空間魔法】が解放されました』






「ぬぅぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」






「な、何が起きた!?」

「ちょっとー! なんでロキはそうやって急に横で叫ぶの!?」

「ごめん! ごめんなさい~嬉しくて、あぁ、嬉しくて、もう死にそう……」

「はぁ!?」

「カルラ、私よりロキとの付き合いが長いのだ。この状況を説明しろ」

「師匠ぉ~ボクだって起こされたの今日だし、分かるわけないよ~」

「ごめんね。ちゃんと説明するから、ちょっ……あ、ここら辺壊さなければ好きに見てていいから、待ってお願い」


 特製籠をそのまま渡しておく。

 とりあえず二人にはそっちで遊んでおいてもらおう。

 興奮で過呼吸になりそうだが、大事なのはここからなのだ。

 余ったスキルポイントは『198』。

 全部ツッパでポイントをぶっこめば――うぉぉ、なんてこったい!

 丁度レベル6まで持っていけるじゃないか!

 だが一番の問題は、果たしてそこまで必要なのかということ。

 これからはポイントをどんどん好きなスキルに振っていけるのだ。

 適度なところでスキルレベルを止めても、俺が望む【空間魔法】の使い方ができるようなら、他に回した方が有意義ってもんである。

 うーん、でもまぁ、とりあえずはポチっとな。


(【空間魔法】をレベル1に)

 ポイント消費2。

『【空間魔法】Lv1を取得しました』


 そしてすぐさま詳細説明を開けばこのように出てきた。


【空間魔法】Lv1 一時的に亜空間と繋がり、その空間を活用することができる。 消費魔力:空間使用範囲と接続時間による。


 なるほど……

 今までの魔法系統とは違う説明だな。

 空間使用範囲と接続時間というのは、移動距離とかそこら辺で消費魔力が違うよって、そんな感じでいいのだろうか?

 ん~レベルを上げる意味があるのかどうか……

 ここはやはり、"師匠"に聞くべきだろう。


「ゼオ、【空間魔法】のスキルレベルって、上げるとどんなメリットがあるか分かる?」

「魔力消費の減少だな。あれはレベルを上げねば使い物にならぬぞ? 遠距離移動はもちろんだが、空間内に荷物を保有し続けるだけでも、その容量に応じて常時魔力を消費していく」

「え……マジっすか……?」

「我はそれで全てのモノを失っているからな」

「……」


 これはちょっと舐めていたというか、想像以上にハードな魔法かもしれない。

 移動距離と魔力消費に相関があるのは当然のことと覚悟もしていたが、まさか荷物を亜空間に仕舞うだけで、それも常時接続と見なされるわけか。

 視界の隅でカルラが俺の服を着ようとしている。

 せめてパンツを履いてからズボンを履けと言いたいが、やっぱり今はそれどころじゃない。

 とりあえず失っても大丈夫な物をと、地面に転がる小石を拾い上げる。


 ――【空間魔法】――


「「え?」」


 詠唱が必要なのかもよく分からず、スキル名を言葉にしながら頭の中でイメージすれば、数拍の間を置いて黒く小さな穴が生まれ、小石をスッと飲み込んでいく。

 そのまま黒い空間はすぐに閉じたので、これで収納は完了。

 ステータス画面から魔力消費量を確認するも、さすがに小さすぎたのか何も変化は起きない。


「ロキよ、初めから【空間魔法】が使えたのか……?」

「手に持ってた小石が消えたよね? 発動したってこと?」

「あぁ、今覚えたんだ」

「「……は?」」

「なんか普通の人間と違うところが色々あってさ。あ、実験が必要だから少し外の森に行ってくるね」

「ちょっと待てーい!」


 その後、実験をすることでかなりのことが分かってきた。

【空間魔法】の主な使い方は3つ。


 まず一つ目の『収納』は、土や石など落ちているモノを片っ端から収納していったところ、6畳の部屋いっぱいに埋まるくらいの容量で魔力消費が推定毎分10程度。

 これが【空間魔法】Lv1の時の消費量だった。

 今俺の自然魔力回復量は防具込みで1分間に8~9くらいだったので、4畳半程度の部屋が埋まる収納量であれば魔力消費無し。

 6畳分くらいだと少しはみ出て、徐々に魔力が減少していくという具合だな。

 この辺は魔力最大量が増えればどんどん緩和されていくので、今まで以上に魔力ボーナスが欲しいとこだね。

 そして自然回復量を上回る大容量のまま寝ると、魔力切れと同時に接続も切れて全てのアイテムを失うらしいので、大容量寝落ちは何があろうと絶対にしてはいけない行為であることを理解した。

 それと収納判定は対象に触れながらイメージするという感覚の掴みにくいもので、土に触れながら"この辺り"というイメージを作れば、一定範囲内ならそのまま生える木や草も含めて収納されていく。

 取り出す時はインベントリとはまた違い、"何をどの程度取り出したいか"をイメージして引っ張り出すことになるので、他の魔法同様に使用者のイメージがかなり重要になってくる魔法だ。

 あれこれ探すような手間はないが、何を仕舞ったか覚えていないと『全出し』くらいしか取り出す方法がなくなるので、あまりにも収納が多くなるようならメモしておいた方が良いのかもしれない。

 あ、ゼオ曰く【無詠唱】持ちでなければ発動に発声は必要だけど、一般的な基礎魔法とは違うので長く節を唱える必要はなく、それこそ『収納』程度の自分が自然と連想できる言葉で問題ないそうだ。


 んで次に凄く重要な『空間転移』は、これはもう間違いなく距離がそのまま消費量に繋がっている。

 移動ポイントは目視か記憶、あとは俺の場合マッピングが完了した地図も該当。

 記憶というのは過去に行ったことがあり、降り立つその場所がしっかりイメージできていればってやつだね。

 距離数を測れるようなモノも無ければ、そこまでのことをしようと思ったこともないので、目算で大体1㎞くらいじゃない? っていう距離を飛べば魔力消費はレベル1でおおよそ1前後。

 これだけ見ると一見少ないように思えるけど、あくまで俺一人で移動した場合なので、手持ちの荷物や同行者など、質量が増えればそのまま魔力消費も増えることが、カルラやゼオを帯同することによって判明した。

 身体の大きいゼオの方が魔力消費も大きくなるので、少なくとも一人二人という人数で魔力消費は決まっていない。

 それと帯同条件は魔法使用者と直接接触していることらしく、それはつまり接触さえしていれば、本人の意思に関係なく運ぶことも可能らしい。

 ちなみに自分は転移せず、対象だけを指定の場所に転移させることはできなかった。


 そして最後が『消失』だ。

 イメージする場所をそのまま抉り取るという使い方なので、かつてルルブの風呂作りでやりたかったことがそのままできるようになる。

 難点としては、上記でも触れている通り対象を指定の場所に飛ばすことはできないので、これをやると消失したモノがどこに消えるかは一切不明だし、射程は接触していることが大前提。

 発動は収納と同じ要領で、ただ途中で接続を切ってしまうと消失に切り替わるというのが、実験を繰り返していく中で受けた印象だ。


 また最大の欠点として発動の遅さが挙げられ、これは『消失』に限ったことでなく、『収納』、『空間転移』にも共通していることなので、発生のラグは【空間魔法】の特性でもあるんだと思う。

 特に|動《・》|く《・》|モ《・》|ノ《・》に対しての発生は極端に遅い。

 なので対人や対魔物で、動く相手に都合良くスパーンと切り取るなんてこと、よほど相手がアホでもない限りはできないし、緊急回避としてどこかへ瞬時にワープする――

 こんなことも、やれる時間があるならそもそも緊急じゃないので、そういう意味ではなんでもできる万能魔法ということではない。

 まぁそれでも精霊との接点が無いからか、魔力が外に溢れ出ることもないし、内容が神スキルであることに変わりないわけでして。


『【空間魔法】Lv2を取得しました』

『【空間魔法】Lv3を取得しました』

『【空間魔法】Lv4を取得しました』

『【空間魔法】Lv5を取得しました』

『【空間魔法】Lv6を取得しました』


 ハイ、もうスキルポイントスッカラカンの全ツッパです。


【空間魔法】Lv6 一時的に亜空間と繋がり、その空間を活用することができる。 消費魔力:50%減 空間使用範囲と接続時間による 


 1レベル上昇で魔力消費10%減。

 ここまで上げれば狩りで収納スペース12畳分くらいは使えるので、換金効率も爆上がりすること間違いなしだろう。



 「うふ……うふふ……うふふふふふふふ……」



「ねぇ、師匠……さっきからこの人、地面見ながらうふうふ言ってるけど、本当に大丈夫なのかな?」

「まぁ普通じゃないことはたしかだが……しかし、面白いな。それは間違いない」

「それは、うん、表情がしょっちゅう変わるから見ていて飽きないね」

「ならいいではないか。それにあの手の検証を好んでやる者は強いぞ? スキルを我が物として十全に使いこなすし応用も利く。カルラも見習うべきところだな」

「なるほどー!」


 検証は約小一時間。

 夜もすっかり暗くなってきたし、今日のところはこんなものでいいだろう。

 追々出てくる疑問はその都度検証していけばいいとして――

 次にやることは、やっぱり|お《・》|祝《・》|い《・》である。


 目覚めの祝い、仲間の祝い、念願の魔法取得祝い。


 色々あるけど、細かいことはどうでもいい。

 カルラは俺の服をちゃっかり着てるので、未だスッポンポンなゼオの服だけどうにかすれば、まだ宴には間に合いそうな時間である。

 ならば今日くらい派手に行っちゃいましょう!


「それじゃ皆でご飯食べに行こっか!」243話 異種族交流

 場所はラグリース王国内、南方の交易拠点でもある領都『マルタ』。

 久しぶりに訪れたこの町は少し様子が変わっており、大通りには獣人の姿が散見された。

 まだ異様に距離を空けたり、怪訝な表情を浮かべたりする者もいるが、いきなり人間の価値観がガラリと変わるわけもない。

 今足を運んでいる獣人もその辺りは覚悟の上で、それでも利益になるから訪れている商人や荷運びだろうし、これから徐々に隔たりが解消されていくのだろう。


「ゼオはどう? 人がいっぱいいるけど、大丈夫そう?」


 横を歩くゼオは見上げるほどに背が高い。

 それもあってはっきりとは確認できないが、口は真一文字になっていそうである。


「あぁ大丈夫だ。人間全てを悪とは思っていないし、親切な者がいることも分かっている。ただ先ほどの女店主は、我の身体をペタペタ触り過ぎな気もしたが」

「ほんとだよ! 師匠のこといやらしい目で見てたよ絶対!」

「はは……まぁあまり無理はしないでね」


 あの洞窟から一番近く、そして大きめの町がマルタだった。

 なので魔力消費の確認も兼ねて初の中距離ワープをしてみたわけだが、店が今にも閉まりそうな時間だったため、まずは急ぎで二人の服と靴を買ったのだ。

 なんせゼオは背丈の合わない俺の外套を腰に巻いただけだったしね。

 灰色の長い髪を靡かせ、浅黒い肌をした高身長のイケオジがセクシー過ぎる格好でご入店。

 なぜか初っ端から「マントを見せてくれ」と呟くゼオに対して、女店主は女なのに鼻の下を伸ばし、それを見てカルラはキシャーッ! と牙を剥き出しにしていた。

 すぐに女物の服を大量に持ってこられて、途中からはずっとオロオロしていたが。


 でもまぁこれで、街中の移動も問題ないだろう。

 二人ともパッと見は具合の悪そうな人間っぽく見えるし、聞けば高レベルの【隠蔽】スキルも所持しているとのことなので、種族がバレることはないはずである。

 真っ赤な瞳はかなりインパクト大だけど、スキルを覗けたところで古代人種なのだから、正解に辿り着ける人なんてほぼいないだろうしね。

 ちなみに二人とも日中の太陽が駄目とか、十字架や銀素材が苦手とか、そういう地球の頃に印象のあった種族特性みたいなものは無いらしい。

 それこそ魔力が自然回復しないというのが最大の弱点ということなので、血と魔力量にさえ気を付ければ行動の制限は無さそうである。


「はい到着でーす。今日はお祝いだし、好きに食べまくっちゃってくださーい!」

「やったっ! 楽しみ~!」

「滾るな……久しぶりに嗅ぐ匂いだ」


 到着したのはかつてリルと訪れたジャイアントワームのステーキ屋。

 当初は古代人の好みなんて分からないし、ハンファレスト内のレストランで好きな物を注文してもらおうと思っていたのだが、聞けば二人とも食べたいのはお肉だと言うし、他には? と聞いてもお肉としか言わないのだ。

 なら専門店でたらふく食べてもらった方が良いってもんである。

 カルラは中サイズの500g、ゼオは特大サイズの1.2kg、俺も久しぶりだしお腹が空いていたので1.2kg。

 がっつり食うぜ~と意気込みながら口に放り込みつつ、ゼオの様子を適度に眺める。

 もしデバフが掛かっているとするなら、時間経過やさらなる血の摂取など色々なパターンが考えられるも、その中で普通の食事――要は栄養補給が解除条件に入る可能性だってある。

 現に二人は魔力回復のため血を飲むが、お腹が空けば食事として動物や魔物の肉も食べるし、喉が渇けば血の替わりに水やお酒を飲むことも多かったという。

 ならば十分可能性はあるだろう。


「この手の食べ物で体力っていうか、強制的に掛かっているかもしれない能力上限が戻るかもしれないから、身体能力に変化があったら教えてね」

「あぁ分かった。あとは魔力を使用しないスキルが使えるかどうかだな」

「そうそう。さすがに教会で所持スキルの判定を受けるのはリスクが高そうだから、眠る前よりスキルを失ってしまっているかの自己調査だね」

「なーんで師匠だけでボクは平気なのかな~?」

「それはやっぱり眷属かどうかの違いじゃない?」

「ふむ、カルラはいつ眠ったのだ?」

「んー……師匠が動かなくなっちゃったあと、すぐ」

「そうか……ならば期間の違いということも無さそうだな」

「まぁ誰も知らないなら1個ずつ試していくしかないよ。能力が戻れば儲けものだと思ってさ」

「うんうん! 今度はボクが師匠を守るから安心して!」


 まだ目覚めたばかりなのだ。

 二人からすれば、俺が死ぬ前に魔人種を見つけられればいいわけだし、そう考えたら時間的な余裕はまだまだ十分にある。



 その後はもうここで泊まっちゃおうと、そのまま高級宿ハンファレストへ。

 久しぶりのおじいちゃん支配人ウィルズさんに挨拶をし、ベッドが二つある3階のやや大きめな部屋を確保。

 部屋に向かう時、

「相変わらず、ロキ様は特殊な方々を連れられていますね」

 と言われた時は、思わず背筋がゾッとした。

 いやいや、絶対にバレているわけないんだが、このおじいちゃんはいったい何を見て人を判別しているのか。


「どう? 昔の時代と比べて特別大きな違いとかある?」

「凄い凄い! こんなに豪勢な宿ってほとんど無かったと思うよ!」

 言いながら走り、ベッドにヘッドスライディングしていくカルラ。

「そうだな。亜人種は森や僻地などの人が入り込まない場所を好むから、町を形成することはあまりなかった。故に宿はあってもこのような部屋はまず見かけることがない。人間の町に行けば別であっただろうがな」

「そっか。俺が知っている範囲だと、今は獣人、あとドワーフが普通に人間と共存してるかな? それも国によってはって感じで、今いるラグリースって所はちょっと前まで人間至上主義だったけどね」

「ふん。やはり長い年月が経とうと、その手の阿呆は尽きぬものか」

「あーごめん、俺も配慮すれば良かったね……実際はもう少し北だけど、ここは元々プリムスのあった土地だからさ。色々な柵(しがらみ)があって、する必要のない差別を続けるしかなかったんだよ」

「随分と詳しいのだな?」

「まぁね。それもあって俺の出生というか――仲間として少し話しておかなきゃいけないこともあったから、今日はこの宿を取ったんだ」

「なるほど。ならば――カルラ! ベッドで遊んでないでこっちに来い! 大事な話だ!」

「あ、はーい!」

 ほんと主従関係が完全に逆である。

 でもまぁどちらも何も文句を言わないので、これはこれで平和な関係なのだろう。




 その後はテーブルを挟み、真面目ではあるけど堅苦しくないよう、それぞれお酒を飲みながら俺がどんな立場で、何を目的に世界を旅しているのか。

 まだ少し言葉を選びながらではあるも、自己紹介を兼ねてゆっくりと語っていく。

 俺が異世界人であり、その異世界人が今各国で取り合いになっていること――これについては予想通り、意味が分からないとばかりに二人ともポカーンとしたままだな。

 転生者がこの世界に現れたのはここ数十年の話なので、古代人の二人がすんなり呑み込めないのもしょうがないことである。

 国同士の争いも増加していて、中にはスキルレベル10の危ない人もいるから気をつけてと、そう二人に伝えておいたので今はこの程度で問題ないだろう。

 遭遇率が低過ぎて、そこまで問題にもならないだろうしね。


「あとはさっきチラッと話したけど、スキルポイントを使って自分でスキルを取得したり、レベルを上げたりっていうのができるんだよね。この世界だと『世界の貢献度』とか『女神様への祈祷』って言い方するみたいだけど分かる?」

「一応知ってはいる、という程度だ」

「その口ぶりだと、利用したことはないって感じだね」

「亜人は各々の始祖や祖神を崇拝することが多い。絶対ではないが、人間の町にわざわざ赴く者は相当少なかったはずだ」

「ボクも行ったことないよ」

「うーん、勿体ないなぁ……」


 長命種も存在する亜人と人間が当時拮抗した理由は正にここだろう。

 短命ながら効率よく加護という名のブーストをかけて成長する多勢な人間と、種族特性や基礎能力の高さという利点はあるも、我が道を行きすぎている感のある亜人達。

 実情はきっちり利用できるモノを利用しているかどうかというだけの話だが、この構図じゃあ女神様達は人間の味方をしていると捉える亜人もいたっておかしくない。

 亜人達の信仰が薄くて女神様達が情報を拾えないのも、この悪循環の結果なんだろうな。

 しかし、伸びしろがあるという点は結構だが、それ以上に嫌な予感もしてしまう。

 人間をあまり好まない程度で済んでいるのか、それとも――



「そろそろ、お風呂の準備してくるよ」



 急ぐ必要はない。

 教会を利用したことがないのに、【空間魔法】の取得条件を詳しく知っていたのはなぜなのか。

 どうやって自身のスキルレベルを把握しているのかも含めて気になる部分はあるが、彼らにとっても俺にとっても、今日が初日なのだ。

 どう見てもカルラにはゼオという存在が必要で、ゼオには俺の血が必要で、俺には―――


「ねえねえ、これって入りながら溜まるの待っててもいいんでしょ?」

「え? 良いけど寒くない?」

「大丈夫大丈夫! 寒いの慣れてるし!」


 慣れるもんなのか……?

 そんな疑問が浮かぶも、ポンポンポポーンと物凄い勢いで服を脱いでいくカルラ。

 コイツ、やっぱりパンツ履いてない。


「お湯溜まったら言うからー!」

「風邪ひかないようにね~」


 しょうがなく風呂の見張りを任せれば、ゼオは苦笑いを浮かべながらその様子を眺めていた。


「すまないな。カルラは訳あってあのくらいの歳を好む。その分幼い言動も目立つと思うが、私に害が及ぶような状況でも無ければ問題を起こすことなどないはずだ」

「ならいいんだけど……んん?? 歳を、好む?」


 なんか言葉自体は珍しくないのに、凄く斬新な表現をされた気がする。


「吸血人種の特性で、魔力を使い肉体を望む年齢まで戻すことができる。その時精神もその年齢に引きずられやすくなるのだ。特に気が抜けて油断している時はその傾向が強い」

「あぁなるほど。実年齢は凄いおじ―――」

「?」



 ……ちょっと待てよ、待て待て。

 どうもその、『肉体を望む年齢まで戻す』のと、『精神もその年齢に引きずられる』という現象は身に覚えがあるような気がしてならない。

 種族特性という話だが、俺は魔物スキルだって一部使えちゃうわけで。

 ならば人種に分類する種族特性スキルくらい、余裕で使える気もしてくる。

 これ以上若返っても困るから、安易に試すこともできないけど……これはもしや。


【若返り】と勝手に命名していた空白スキルの正体は、もしかしてフィーリルの言っていた【魔力回生】というやつではないだろうか……?
244話 ただいま

「これで当分余裕でしょー!」

「ロキありがと!」

「何から何まですまないな」

 一泊後、朝から【空間魔法】の収納実験と人間慣れをしてもらうため、俺たち三人はマルタの町で本格的な買い込みを実施した。

 二人も途中からは慣れてきたようで、寝袋的な布団が欲しいとか、ちょっとした料理器具が欲しいとか。

 食料や予備の服なども含めて必要そうな物をポンポン買いまくってしまったわけだが、当面この洞窟で過ごしてもらう可能性もあるわけだし、決して無駄になることはないだろう。

「そんじゃゼオ、この小瓶を【空間魔法】で収納してもらえる?」

「うむ」

「…………どう、かな? って、すぐには分からないか」

「そうだな。せめて半日くらいは様子を見る必要があるだろう」

 んー。

 今渡したのはポーション用の小瓶に入れた俺の血だ。

 亜空間は時間経過しないという話を聞いていたので、ゼオなら新鮮なまま保管しておけると思ったのだ。

 ゼオの魔力は低いだけであってゼロじゃないので、少量の収納で自然回復量と相殺できれば、寝ている間に消失なんてこともないだろうしね。

「この程度ならほぼ魔力消費なんてないと思うんだけど……まぁ小瓶10個程度なら最悪消失してもしょうがないと思って実験するしかないか。また永眠状態に入ったら俺が起こすからさ」

「了解した。予定通り1日1瓶を目安に飲みながら、1日の必要摂取量を計ってみよう」

「うんお願い~カルラは無暗にそこら辺の人の血を吸わないようにね」

「大丈夫だよ? なんか凄く身体の調子が良いし、効率が悪いだけで魔物とか動物の血だけでも平気だしね!」

「あとは……あ、掘り起こしちゃったけど、この魔道具はこのまま置いておくね」

「必要なら持っていってもらっても構わないぞ?」

「うんうん。眠っている師匠の身体を守るためのものだったから、ボクが起きている今なら必要ないよ?」

「つっても、俺も今は使う用途がないからなぁ……まぁそれは、『拠点』が本格的に決まったらってことで」

「そうか」

「分かった!」


 二人の表情は満足気だ。

 大きく気分を害されることなく人間の町で一泊の買い物旅行を済ませ、何も無かったこの洞窟にはしばらくの生活用品が。

 ゼオ用の血もあるので、当面大きな心配はなくなるだろう。

 あとは俺の拠点が決まればお引越し。

 二人はどこに住みたいという願望が全くないので、ここ以上に人目のつかなそうな場所で、とりあえずは今と同じような半自給生活をしていく。

 そして、もしかしたらその拠点には|人《・》|が《・》|増《・》|え《・》|る《・》|か《・》|も《・》|し《・》|れ《・》|な《・》|い《・》と……

 このように説明しているわけだが、やはり拠点の部分だけはどうにも不安が残る。

「……一応最後に改めて確認しておくけど、本当にお任せでいいんだね? あとであれやだー! って言っても簡単に変更できないからね?」

「じゃあ血がいっぱい飲めるようなところが――」

「問題ない。血を分け与えてもらい、金銭すら持たぬ我らの生活をここまで支えてもらっているのだ。これでは仲間などではなくただのお荷物――にもかかわらず我儘まで言うなど愚の極みだ。そうであろう、カルラ」

「はい師匠! その通りであります!」

「だからロキの好きにしてくれ。ここのままでも構わないし、移動が必要ならその先で、我の力が戻る時を待ちながらできることに心血を注ごう」

「ボ、ボクも!」

 ここまで言うなら大丈夫かな?

 そうだ大丈夫……まずは自分から仲間を信用し、信頼していこうと決めたのは俺なんだ。

「分かった! じゃあ明日様子を見にきたら、そのあとは一旦本格的な拠点探しの旅に出てくるから待っててね!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 こうして俺の旅は再開された。

 と言ってもここからは旅のようで旅ではない。

 マッピングが完了していれば、ただその場を指定するだけだ。

 俺一人の場合はついでに上空を意識すれば、より安全に、人目に触れることなく町へ降り立つことができる。

 目的の場所は王都ファルメンタ。

 今が一人だからこそ、群を抜いたこの神スキルっぷりにガッツポーズが止まらない。


「はぁー……ほんと最高」


 そう呟きながら王宮正面門まで下降すると、既に何度も顔を合わせている馴染みの門兵さんが声を掛けてきた。

「ぬおっ!? ……ってロキ殿でしたか。何やら見ぬうちに随分と勇ましい格好になりましたな」

「ふふふ、そうでしょうそうでしょう。Bランク狩場の素材で作ってもらった鎧ですからね! ラグリースにもこの辺りの装備品は入ってくるようになりました?」

「それはどうでしょう。私ら兵士は常に支給された装備を纏ってますからなぁ」

「あーそれもそうですね」

 皮などの素材だけ入ってきてこちらの職人が作るのか。

 それとも既製品が入ってくるのか――コーヒー豆みたいにとりあえず運んどけ~ってな具合にはならんよなぁと思いながら、ズケズケとばあさんの部屋へ向かっていく。

 最初の頃は壁のピカピカ具合に目がやられていたのに、慣れとは怖いものだ。


「たのもー」


 ノックしながら反応を待つが、あれれ。

 いつも暇そうなばあさんがいないんだが。

 近くを通りかかったメイドさんに聞けば、どうやら今日は郊外の演習場で宮廷魔導士の指導演習をしているという。

 しかも5日間の泊まり込みらしく、昨日発ったばかりなのでまだ当分戻ってこないとか。

 ばあさんも仕事することあるんだなぁ……

「では、アルトリコさんという方は? 不在時の代理ということでばあさん――ニーヴァル様から聞いていたんです。たしか書庫の管理人だとか?」

「えぇ、リコさんならいつも宮殿内にいらっしゃいますよ。ではご案内しますね」


 ズルズルと。

 まさか不在とは思わなかったので、金貨の詰まった革袋を2つ引きずりながらついていく。

 今更収納すれば消えたことになっちゃうし……

 これも【飛行】のように、どうせそのうち開き直って人目も気にせず使うことになるんだろうけど、我慢できるうちは我慢しておこうと思う。


「こちらです」


 そう言われたのは、かつて訪れた書庫の向かいの部屋。

 ノックに合わせて軽快な返事が聞こえ、メイドさんがドアを開ければ、中にはペンを走らせる3人の女性が。

「あ、エニーだ」

「あぁロキだ! って、なんかカッコイイ服着てるし!?」

 騒がしいひ孫までここにいた。

 そういえば【写本】だかを取らせて勉強させるって話だったような……うん、勉強しながらお金も稼げるって素晴らしいね。

 去っていくメイドさんにお礼を言いつつ、どちらがアルトリコさんだろうと視線を別の女性に向けるが――


(デ、デカいな……それに、青……?)


 横に座る二人の女性は少し変わっていた。

 一人は座っているのにおれの背丈よりも余裕で高く、背中を丸めて今も黙々と手を動かしている眼鏡を掛けた女性。

 もう一人はまだ明らかに子供だと思うけど、肌がやや青みがかった女の子がビクつきながらコチラを見つめている。

 髪色や瞳の色は千差万別でも、肌の色は|人《・》|間《・》|な《・》|ら《・》今まで違和感を覚えることもなかったが……これは今までにないパターンだな。


 ――【心眼】――


(へぇ……)


 ソッと短く息を吐き、失礼にならないよう気持ちを切り替えてから口を開く。

「本の買取で来たのですが、アルトリコさんはどなたでしょう?」

「「……」」

「ちょっとリコさん! 呼ばれてるよっ!」

「ふぇええ~!?」

 エニーがインク補充のタイミングを見計らって脇腹を小突けば、眼鏡の女性は飛び跳ねながら奇声を上げる。

 なるほど、やっぱり真ん中の大きい女性か。

「あぁごめんなさい~集中していて気付きませんでした。えーと、複写した本の購入ですよね?」

「そうです。買えるだけ買っていきたいと思いまして」

 そう言って持っていた革袋を前に出せば、ギョッとした表情を浮かべながらエニーが騒ぐ。

「すごっ! それって全部お金!?」

「え……」

「そうそう。ただ足りるのか凄い不安だけど」

 ステータス画面を見れば、今の手持ちは『97,598,200』ビーケ。

 本の量と厚みによってはこれでも足らず、またハンターギルド行きが決定になる。

「それでは出来上がっている本を持ってきますので、少しお待ちくださいね」

 アルトリコさんはそう言いながらヌーッと立ち上がり――……奥の扉を潜るように消えていった。

 地球でも会ったことがないくらいには大きい。

 ゴリラ町長もデカいと思ったけど、アルトリコさんのデカいは軽く2メートルを超えており、人の枠から外れているような気もする。


「なんかロキってば凄い普通~! つまんなーい!」

「エ、エニーちゃん……その方がきっと良いんだよ……?」

「えぇーリコさん気にしないって言ってたよ? それとケイラ! 友達なんだから"ちゃん"は付けちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「うぅ~ごめんね、なかなか癖が直らないんだよぉ……」

「皆さん、ここでは静かにですよ。お仕事中はちゃーんと集中しないと、後でおばあ様のお尻叩きが待ってますからね~」

「「……」」


 その後はここが作業場ということで、アルトリコさんのデカい尻を真正面に見据えながら応接室へ移動。

 そこで差し出されたのは厚みの異なる7冊の本だった。

 前回は1冊オマケの2冊で3,300万ビーケ。

 積み重なった高さを見ると、どうにも足らない気がしてならない。

 3人体制とか、ちょっとマジで頑張り過ぎである。

「お、お代金はいかほどで……?」

「えーと、7冊で1億1,900万ビーケとおばあ様から聞いていますけど、大丈夫なんですか?」

「ぐふっ…………え、えぇ。手持ちでは足りませんが、ハンターギルドで引き出してくれば。あ、あとできれば羊皮紙を1枚売ってもらえませんか? 次の地図作成の時に必要でして」

「1枚くらいならば構いませんが……では準備しておきますのでお金、お待ちしていますね」


 まったく悪気はないんだと思う。

 それでも満面の笑みで答えるアルトリコさんを今はちょっとだけ憎らしく思いながら、俺は半べそで最寄のハンターギルドにダッシュ。

 不足金を引き出し、持ってきたお金を仕事中のエニーやケイラと呼ばれていた青色の子供。

 それだけでなく、手隙のメイドさん達まで参加しながら皆で数え、この世界の換金方法なんかも確認しつつ今回の取引が無事終了した。

 ギルド預けの有効場所を王都のままにしておいて本当に良かったわ。


「ありがとうございました。また頑張ってお金貯めてきますね」

「こちらこそありがとうございました。本当に異世界人というのは凄いのですね。正直に言えば、数冊は取り置きになると思っていたのですよ?」

「いやいや、僕もさすがにこの値段ですし、真面目にちょっと考えましたけど……どうせ遅かれ早かれ買うわけだしな~と思いまして」


 これは出来上がっている本を早く読みたいという理由だけではない。

【空間魔法】を取得したことによって巨大な財布ができたようなものなので、もうギルドにお金を預ける必要もなくなったからだ。

 だから今日も不足金を引き出すだけでなく、今ギルド側で対応可能なお金を引き出してきた。

 それでも全額とはいかなかったが、もう1回か2回やれば全てを引き出せる。

 そうなれば書状を作ってもらい、あとはフレイビルのAランク狩場で、実績を認めてもらうために使うようになるだろう。


 お金を数える作業で随分時間を食ったので、たぶんもう外は日も落ちている頃か。

 ばあさんに宜しくと告げ、俺は一度商業ギルドにも寄った後に次の目的地へと転移する。

 アルトリコさんのスキルは覗けなかったが……

 レベル1とはいえ、【水中呼吸】なんてスキルを持っている子供がなぜ本の製作に携わっているのか。

 特異な存在がここに二人もいる理由は、本人達にではなく、またそのうちばあさんが居る時にでも聞けばいいだろう。


 それより今は、やっと言えるこの言葉を――


「ただいま、ベザート」
************************************************
これにて7章終了。明日ロキの手帳⑤を挟んで、1/25から8章『拠点探索編』がスタートします。
こちらは少し短いですし、このまま8章終了まで連日投稿予定です。
それでは引き続き、楽しめそうな方はそのままお楽しみください。
ロキの手帳⑤

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:57  スキルポイント残:0

 魔力量:636/636 (+3594) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   341 (+1518)
 知力:   347 (+885) 
 防御力:  335 (+714) フレイムロック (+146) ヴァラカン (+687) 
 魔法防御力:325 (+955)
 敏捷:   340 (+660) 
 技術:   334 (+1205)
 幸運:   335 (+310)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv5 
【盾術】Lv5 【弓術】Lv5 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv1 【投擲術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv5 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv4 
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【鼓舞】Lv5 

 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7  【雷魔法】Lv7 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv6 【氷魔法】Lv5 【光魔法】Lv5 【闇魔法】Lv6 【無属性魔法】Lv8 
【回復魔法】Lv5 【結界魔法】Lv1 【空間魔法】Lv6 【時魔法】Lv5 
【魔力操作】Lv6  【魔力感知】Lv4 【省略詠唱】Lv5 【発動待機】Lv2 
【魔法射程増加】Lv2 


 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv3 【採掘】Lv3 【伐採】Lv4 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 
【料理】Lv6 【農耕】Lv6 【釣り】Lv4 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv2 
【描画】Lv2 【細工】Lv2 【加工】Lv3 【畜産】Lv4 【採取】Lv4 
【話術】Lv5 【家事】Lv6 【交渉】Lv5 【演奏】Lv2 【薬学】Lv3 
【作法】Lv3 【舞踊】Lv1 【歌唱】Lv2 


 ◆生活系統スキル
【跳躍】Lv4 【飛行】Lv7 【拡声】Lv3 【異言語理解】Lv8 【算術】Lv4 【暗記】Lv5 【聞き耳】Lv3 【隠蔽】Lv8 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv4 
【気配察知】Lv6 【忍び足】Lv4 【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 
【視野拡大】Lv6 【探査】Lv5 【遠視】Lv6 【夜目】Lv5 
【俊足】Lv5 【鑑定】Lv2 【心眼】Lv2 【魔力譲渡】Lv3 【罠探知】Lv1 


 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv5 
【魔法攻撃耐性】Lv4 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv3 【鋼の心】Lv4
【剛力】Lv6 【明晰】Lv6 【金剛】Lv6 【疾風】Lv6 【絶技】Lv5 
【豪運】Lv4 【封魔】Lv3 
【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【魅了耐性】Lv1 
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv3 【闇属性耐性】Lv6 


 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv2 【魂装】Lv2 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv3  

 ◆その他/魔物(使用可)
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv4  【物理防御力上昇】Lv4 
【睡眼】Lv3 【爪術】Lv5 【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv7 【招集】Lv7 
【硬質化】Lv6 【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7
【咆哮】Lv4 【突進】Lv6 【旋風】Lv5 【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【火炎息】Lv6 【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 【灼熱息】Lv5 【丸かじり】Lv5 【分解】Lv3 【吸収】Lv3 



 ◆その他/魔物(使用不可)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5  【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  
【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 【結合】Lv8 
【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 【幻影】Lv8 【影渡り】Lv6 【地縛り】Lv6 【属性変化】Lv7 




 ◆戦闘・戦術系統スキル

 【剣術】Lv7 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【短剣術】Lv7 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【棒術】Lv7 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【体術】Lv7 己の身体で打撃を加える場合に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

【斧術】Lv6 斧形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槍術】Lv6 槍形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槌術】Lv6 槌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【鎌術】Lv6 鎌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

 【弓術】Lv5 弓形状の武器を所持している限り、攻撃動作、射程距離にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 技術補正

 【杖術】Lv5 杖形状の武器を所持している限り、魔法効果、魔法発動時間、防御動作にプラス補正が入る 魔力消費0 知力補正

 【盾術】Lv5 盾を所持している限り、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 防御力補正

【投擲術】Lv3 投擲飛距離に30メートルのプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で投擲速度/命中率のプラス補正を行う 魔力消費9 技術補正

【挑発】Lv4 注意を自分に向けやすくする 発動範囲40メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費11 防御力補正

【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用効果時間8分 魔力消費0 筋力補正

【二刀流】Lv1 両手に別々の武器を所持している状態に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る 武器種は問われない 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【威圧】Lv5 見定めた一対象を相手に恐怖を与え、行動阻害、精神錯乱を誘発させる 魔力消費5 魔力補正

【捨て身】Lv5 無手の状態に限り、筋力値、敏捷値を一時的に200%まで上昇させる 効果時間1分 魔力消費25 筋力補正

【指揮】Lv5 スキルを使用した指揮者の思考が、指揮下にある味方へと伝達されやすくなる。度合いはスキルレベルによる。 範囲:1000メートル 使用効果時間30分 魔力消費50 知力補正

【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28 幸運補正

【身体強化】Lv6 魔力を使用して筋力値、防御力値、敏捷値、技術値を一時的に160%まで上昇させる 効果時間6分 魔力消費30 技術補正

【騎乗戦闘】Lv7 騎乗している状況に限り、全能力値135%のプラス補正が入る また騎乗している生物にもプラス補正が適用される 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正


 ◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv7 魔力消費70未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv6 魔力消費60未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv6 魔力消費60未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【水魔法】Lv6 魔力消費60未満の水魔法を発動することが可能 防御力補正

【氷魔法】Lv5 魔力消費50未満の氷魔法を発動することが可能 防御力補正

【雷魔法】Lv7 魔力消費70未満の雷魔法を発動することが可能 知力補正

【光魔法】Lv5 魔力消費50未満の光魔法を発動することが可能 幸運補正

【闇魔法】Lv6 魔力消費60未満の闇魔法を発動することが可能 魔力補正

【無属性魔法】Lv8 魔力消費80未満の無属性魔法を発動することが可能 魔力補正

【回復魔法】Lv5 魔力消費50未満の回復魔法を発動することが可能 防御力補正

【結界魔法】Lv1 術者を中心に『防壁』の結界を張ることができる 強度、範囲、性質は込める魔力量による 魔法防御力補正

【時魔法】Lv5 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±250%の減少か増加を選択して発動することが可能 減少の最終数値は対象の抵抗値によって決定し、マイナスになることはない 魔力消費:10秒毎に75 知力補正

【空間魔法】Lv6 一時的に亜空間と繋ながり、その空間を活用することができる。 消費魔力:50%減 空間使用範囲と接続時間による 魔力Ⅱ補正

【魔力操作】Lv6 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が30%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力感知】Lv4 使用者の周囲に存在する魔力の流れ、濃度に対して敏感になる 範囲半径20メートル 魔力消費0 魔力補正

【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【発動待機】Lv2 魔法発動可能状態から最大4秒間待機が可能になる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔法射程増加】Lv2 魔法の射程が20%増加する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正


 ◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv7 狩猟技能が向上し、獲物をだいぶ発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv7 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv4 採取技能が向上し、採取物を少し発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv5 対話能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv6 料理技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【農耕】Lv6 農耕技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【釣り】Lv4 釣り技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【家事】Lv6 家事技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【裁縫】Lv5 裁縫技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【芸術】Lv2 芸術技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【描画】Lv2 描画技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【建築】Lv3 建築技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【採掘】Lv3 採掘技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【細工】Lv2 細工技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【加工】Lv3 加工技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【伐採】Lv4 伐採技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【交渉】Lv5 交渉技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【畜産】Lv4 畜産技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【作法】Lv3 作法技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【舞踊】Lv1 舞踊技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【歌唱】Lv2 歌唱技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【薬学】Lv3 薬学技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【演奏】Lv2 演奏技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正


 ◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv8 人族が扱う言語であれば、知識が無くてもある程度の専門的な用語を理解し会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv6 上下左右の視野がやや広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv6 遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【夜目】Lv5 暗闇の中でも視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv6 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径30メートル 魔力消費0 技術補正

【探査】Lv5 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径150メートル 魔力消費0 幸運補正

【隠蔽】Lv8 Lv8以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【俊足】Lv5 走る動作に補正がかかり、移動が早くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【忍び足】Lv4 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10消費 技術補正

【逃走】Lv4 何かに追われている状況に限り、能力値210%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10消費 敏捷補正

【跳躍】Lv4 跳躍動作に補正がかかり、通常よりも高く跳べる 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【飛行】Lv7 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に3消費 魔力補正Ⅱ

【算術】Lv4 算術能力が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv5 暗記能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【騎乗】Lv7 騎乗能力がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【拡声】Lv3 声音を一時的に増加させ、声を広く届ける 増大する声音は元の大きさに影響する 魔力消費0 魔力補正

【聞き耳】Lv3 聴覚を一時的に増加させ、範囲内の音や声を聞き分ける 範囲半径30メートル 魔力消費0 知力補正

【罠生成】Lv6 捕縛/殺傷を目的とした罠の生成作業が巧みになる 使用者の想像を補助する 魔力消費150まで 技術補正

【罠解除】Lv6 Lv6以下の【罠生成】によって生成された特殊罠を解除する 魔力消費75 技術補正

【鑑定】Lv2 対象物品の能力、効果、原料、素材情報を識別する 識別深度は自身のスキルレベルによる 無機物のみ対象 魔力消費0 幸運補正

【心眼】Lv2 対象の所持する技能を覗き見る 生物のみ対象 魔力消費5 幸運補正

【罠探知】Lv1 自然発生した危険域、Lv1以下の【罠生成】によって生成された特殊罠の察知する 範囲は視覚に依存 効果時間10分 魔力消費5 幸運補正

【魔力譲渡】Lv3 対象に自身の魔力を譲渡する 消費魔力に対し譲渡できる魔力の割合は65% 魔力補正


 ◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv8 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【麻痺耐性】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【睡眠耐性】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魅了耐性】Lv1 魅了への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魔力最大量増加】Lv7 魔力最大量を70増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv7 魔力自動回復量を35%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【剛力】Lv6 筋力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【明晰】Lv6 知力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【金剛】Lv6 防御力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【封魔】Lv3 魔法防御力値が15上昇する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【疾風】Lv6 敏捷値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【絶技】Lv5 技術値が25上昇する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【豪運】Lv4 幸運値が20上昇する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【物理攻撃耐性】Lv5 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔法攻撃耐性】Lv4 魔法攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【火属性耐性】Lv8 火属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【風属性耐性】Lv3 風属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【水属性耐性】Lv3 水属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【闇属性耐性】Lv6 闇属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【鋼の心】Lv4 精神攻撃に対する抵抗が少し増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


 ◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ

【地図作成】Lv2 地図に街道と国境線を反映させる また地図方位を変更できる 魔力消費0 魔力補正Ⅱ

【魂装】Lv2 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付与させる 魂装上限数2 魔力消費5 魔力補正Ⅱ

【奴隷術】Lv3 奴隷契約を結び、対象を『魂縛』もしくは『隷属』させることが可能になる 最大所持コスト150 奴隷契約時のみ魔力消費30 魔力補正


 ◆その他/魔物

【突進】Lv6 前方に向かって能力値280%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力15 敏捷補正

【噛みつき】Lv8 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値330%の補正を行う 魔力消費17 筋力補正

【光合成】Lv4  太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増  常時発動型 魔力補正

【硬質化】Lv6 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が11倍になる 効果時間1秒間 魔力消費15 防御力補正

【物理防御力上昇】Lv4 防御力が12%上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800メートル 魔力消費50 技術補正

【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物を強制的に呼び集める 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17 知力補正

【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2 筋力補正

【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【踏みつけ】Lv7 下方に向けてのみ、筋力値310%の威力で攻撃を加える 消費魔力17 筋力補正

【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇される 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0  幸運補正

【洞察】Lv4 視界に収めた生物との力量差を少し掴める 魔力消費0 魔力補正

【咆哮】Lv4 前方4メートルの範囲に対し【威圧】効果を与え、自身に掛けられた精神ダメージを確率で無効化させる 魔力消費40 魔法防御力補正

【旋風】Lv5 周囲720度を能力値250%の威力、速度で薙ぎ払う 使用時は僅かに移動可能 魔力消費17 敏捷補正

【睡眼】Lv3 対象の目を見ながら発動することにより眠らせることができる。 能力効果を説明した上で対象が承諾していれば100% 能力説明をしていない、もしくは理解できなければ、成功確率はスキルレベルと対象の耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費9  魔法防御力補正

【爪術】Lv5 爪形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 筋力補正

【発火】Lv6 自身、もしくは自身が触れている物を任意の範囲で発火させる 効果を切れば火は消えるが、非接触状態になればその火は直ちに制御を失う 熱量はスキルレベルと知力による 魔力消費:10秒毎に5消費 魔力補正

【火炎息】Lv6 前方に火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費45 魔力補正

【灼熱息】Lv5 前方に巨大で広範囲な火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費70 魔力補正

【白火】Lv1 自身が扱う火に関する技能に限り、上位格となる白火へ変化させる 熱量はスキルレベルによる 魔力消費20 魔力Ⅱ補正

【炎獄柱】Lv5 吸い込み、捕食し、生物を食らう巨大な炎柱を、自身から15メートル離れた先に2本生成する 生成後の炎柱、内部の龍ともに制御は不可 スキルレベル上昇により動きが活発になる 発生時間10分 魔力消費90 魔力Ⅱ補正

【丸かじり】Lv5 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値390%の補正を行う 魔力消費32 筋力補正

【分解】Lv3 魔力を介して対象を分解する 分解速度は込める魔力量による 魔力消費減少割合20% 魔力補正

【吸収】Lv3 魔力を介して液体を吸収する 魔力消費0 幸運補正


 ◆その他/魔物(使用不可)

【粘糸】Lv4 使用不可 魔法防御力補正

【脱皮】Lv3 使用不可 魔法防御力補正

【呼応】Lv7 使用不可  知力補正

【酸液】Lv7 使用不可 技術補正

【擬態】Lv6 使用不可 技術補正

【胞子】Lv5  使用不可 魔力補正

【泥化】Lv5  使用不可 魔力補正

【気化】Lv8 使用不可 魔力補正

【毒霧】Lv5 使用不可 魔力補正

【結合】Lv8 使用不可 防御力補正

【分離】Lv8 使用不可 技術補正

【火光尾】Lv5 使用不可 敏捷補正

【幻影】Lv8  使用不可 魔力補正

【影渡り】Lv6 使用不可 魔力補正

【属性変化】Lv7 使用不可 魔力補正

【地縛り】Lv6 使用不可 魔力補正



 ●ボーナスステータス値

 各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

 ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

 スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)
 スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)
 スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)
 スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)
 スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)
 スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)
 スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)
 スキルレベル8・・・・・対応能力(+100)

 ※魔力のみ2倍  ※魔力Ⅱはさらに2倍



 ●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

 0→1・・・・・・2ポイント
 1→2・・・・・・4ポイント
 2→3・・・・・・12ポイント
 3→4・・・・・・30ポイント
 4→5・・・・・・50ポイント
 5→6・・・・・・100ポイント
 6→7・・・・・・200ポイント
 7→8・・・・・・300ポイント



 ●レベル上昇による各能力上昇値

 レベル1~10・・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇
 レベル11~20・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇
 レベル21~30・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種5上昇、魔力量だけは10上昇
 レベル31~40・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種6上昇、魔力量だけは12上昇
 レベル41~50・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種7上昇、魔力量だけは14上昇
 レベル51~60・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種8上昇、魔力量だけは16上昇



 ●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得らえるスキル経験値の関係性(推定値)

 スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
 スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


 スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
 スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


 スキルレベル2から3に必要な経験値は600  
 スキルレベル3所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり120


 スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
 スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


 スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 
 スキルレベル5所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり4,000

 スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 
 

 スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000


 スキルレベル7から8に必要な経験値は2,000,000?


 スキルレベル8から9に必要な経験値は10,000,000?



 ●ストーリーで名前の上がった国名一覧

 ラグリース王国(主人公が最初に訪れた国)

 ヴァルツ王国・・・・・・ラグリース王国の東側

 フレイビル王国(別名ドワーフ王国)・・・・・・ヴァルツ王国のさらに東

 エルグラント王国(転生者タクヤの在籍国)……大陸北西

 ヴェルフレア帝国(転生者シヴァの在籍国)……大陸南西

 アルバート王国(転生者マリーの在籍国)……大陸東方

 エリオン共和国(転生者ハンスの在籍国)……大陸南東

 オデッセン王国……大陸北方、ガラス作りに長けた転生者がいる可能性の高い国

 ファンメル教皇国……場所は不明 <神子>のいる国

 ジュロイ王国……ラグリース王国の西側
245話 再会

 冷えた空気を深く吸い込み、光りが灯り始めた眼下の町を眺める。

 死んだり死にかけたり、逆に殺めることもあったりと。

 かなり死を身近に感じる波乱万丈な旅だったけど、無事にこの場所へ戻ってくることができたのだ。

 ハンターギルドの屋根に降下し、正面入り口のドアを開ければ懐かしの光景が。


「……ん?」

「あ」

「え?」

「あぁ~!」


「戻りました」


 早過ぎなご帰還に照れ臭くなってしまい、頭を掻きながら言葉を掛ければ、それに続けとばかりに知っている面々が口を開く。


「ロキ! 戻ったのか!」

「なんかすっごい格好してる!?」

「か、かっこいい……」

「まだ1年も経っていないというのに、相当強くなったように見えるな」

「あー……分かっちゃいたが、もう雲の上っぽいぜこりゃ」 


 丁度換金時だったからだろう。

 ハンターギルド内はそれなりに賑わっており、ジンク君、メイちゃん、ポッタ君の3人衆に、アルバさんやミズルさんのパーティメンバーもいた。


「あら、想像以上に早いお戻りだったわね?」


 揶揄うように、少し含みを持たせた言葉を投げ掛けたのは、誰も並んでいない受付でどっしり構えるアマンダさん。

 数年は掛かるかなと思っていたので、俺にとっては嬉しい誤算なわけだが、たしかにその通りである。


「ハハハ……色々ありましたけど、自分なりに戻る条件をクリアしたので戻ってきちゃいました」

「っていうと、瞬間移動するような魔法を覚えたのか?」


 そう疑問を口にしたのはジンク君だ。

 俺が異世界人であると告白した時、そのようなことを言った覚えがある。

 ……ほんの一瞬、どう答えるべきか悩んだが。


「うん、覚えたよ。だから戻ってきたんだ」


 正直に、そう答えた。

 どうにもこの子達には嘘を吐(つ)きたくない。

 損得だけで言えばまだ伏せた方が良いのは分かっているんだけど、リスクを享受してでもこの子達の前では正直でいようと、そう判断してしまった。

 当然、場はざわつく。

 ――が、ある意味田舎町のベザートで良かったのかもしれない。


「す、すげぇな……狩場まで毎日歩く必要ねぇんじゃねーか?」

「ということは共同風呂も一瞬ということか」

「そんなレベルの話じゃないでしょう。マルタでもあっという間ということですよね?」

「お、大きい買い物したい時にいつでもできるじゃない! 羨ましいわね……」


 なんか、凄く世界が狭くて庶民的だった。

 たしかにそうなんだけれども。

 でもなんか、ちょっと違う気がする。

 まぁ俺もまだ長距離の団体移動とかはできないから、マルタくらいなら楽なんて恐ろしいこと決して言わないけどね。

 なんか質問攻めが当分収まりそうにないので、一旦また後でということでアマンダさんの下へ。

 ヤーゴフさんが空いているかを確認すると、いつもの部屋にいるということで二人で向かう。

 もう今更、受付業務は? なんて野暮なことは聞かない。


「お久しぶりです、ヤーゴフさん」

「これは驚いたな。マルタで急成長を遂げたことは聞いていたが、ラグリース全土を回ってきたのか?……いや、その装備素材はラグリースのモノではないな」


 へ~さすがヤーゴフさん。

 オランドさんと知り合いみたいだし、マルタの情報はしっかり収集していたのか。

 それにやっぱり鋭いなぁ……


「これはヴァルツのエントニア火岩洞っていうBランク狩場の素材ですね。ラグリースと、ついでに横のヴァルツ王国もある程度回ってきました」

「ここを出て半年くらいでか? どうやら特異な移動手段を得たという噂は本当らしい」

「それもあって予想以上に早く戻れたんですけどね。別の所のギルマスからでも聞きました?」

「一度王都に行く機会があって、その時にな。だが隠す気もなく自由に飛び回っていると聞いている。町人達の噂になっている自覚はあるのか?」

「あ、あは……あはは……」


 そりゃ本人に隠す気無いんだから、珍しい存在ほど噂も広がるわな。

 そしてさらにお騒がせする可能性もあるわけだが――、それでも一応お願いするだけはしておこう。


「以前目標としてお伝えしていた通り、無事転移系の移動手段を得ることができました」

「は? な、なんだと? 空を飛ぶという話じゃないのか……?」

「それとは別、ですね。隠す非効率さに嫌気が差して、どうせすぐに堂々と使い始めるのは分かっているんですけど、それでも今のところは内密にしてもらえると助かります」

「……安心しろ。どちらにせよ不必要に広めるようなことはしない」

「ミズルは酔っ払った時が怖いけど、一応あの子達には後で釘を刺しておくわよ。その口がロキ君を苦しめることに繋がるかもしれないって」

「助かります。あとはこれを」


 そう言って渡したのは数枚の裏紙。

 今までの旅の中で欲しいと思ったものを、相変わらず実現可能かどうかなんてお構いなしに書き綴った製品案だ。

 それでもボタンダウンシャツや、水の出る魔道具と実現可能そうなシャワーヘッドを組み合わせた簡易シャワー、羊のモコモコ耳当てにハンガーやハンガーラックなど、10個以上は書いてあるので何か実現できれば儲けもの。

 なんとなくのヒントを基に、誰かが実現に向けて頑張ってほしいものである。

 そのついでで今まで渡していた製品案の状況などを確認しつつ、話が落ち着いた頃。


「住む場所は決めたの?」


 絶対誰かしらに聞かれるだろうなと思っていた質問が、早速アマンダさんの口から飛び出した。

 だから俺は、事前に決めていた答えを伝える。


「丁度これからってところです。まだなんとも言えませんが、もしかしたら|遠《・》|い《・》|ご《・》|近《・》|所《・》|さ《・》|ん《・》になるかもしれませんね」


 この返答にアマンダさんはもちろん、ヤーゴフさんも首を捻り、珍しく答えが出ない様子で暫し考え込んでいた。



 その後は待ち構えていた皆に連行されて、いつぞやの宴会会場へ。

 今回は既に飲んでいる人もいたが、よく見ればその人達も見たことのあるハンターというオチで、到着早々にドンちゃん騒ぎが始まってしまった。

 狭い世界しか知らないベザートのハンターにとって、身近な存在が語る冒険譚は酒の肴になるらしい。

 ベザートを出てすぐ、マルタにあるBランク狩場<デボアの大穴>で死にかけたこと。

 何枚もの巨大な壁で仕切られた王都に足を運び、この国の凄い宮廷魔導士に会ったこと。

 北には皆にとっても馴染み深いゴブリンの上位亜種が多く存在していて、奥にはまぁペットなんだが、その辺りに生息するBランク相当の魔物を食い荒らすエリアボスがいたこと。

 東にはヴァルツ王国という国があり、傭兵というハンターに近い仕事があることや、実体のない魔物ばかりの狩場に火に関連する魔物ばかりがいる狩場……

 そして50名規模のレイド戦に参加してきたことなど、伏せるべき部分は伏せた上でここまでの約半年間を語れば、皆の目は童心に帰ったようにキラキラしていて。

 もしかしたら、中途半端に皆を刺激してしまうかもしれない。

 そんな考えがチラつくも、それでも世界は凄く広くて知らないことだらけであることを伝え聞かせた。

 そして――、


「これが、この国なんです」


 そう言って懐から取り出したのは、参考に王都ファルメンタの商業ギルドで購入してきた1枚の地図。

 A3サイズほどの大きさがあるソレは、上手く見易さと持ち運びのし易さを両立できるくらいのサイズ感に仕上がっていた。


「凄いな……こんなのが王都には売ってるのか」

「ベザートが小っちゃく見えるね!」

「え? ベザートはどこどこ?」


 子供達の反応は単純な驚きだが、やはり大人達は違うな。

 今までと同じ、「なぜ?」という疑問が織り交ざったような表情を浮かべている。


「不思議なものだな……頭の中になんとなく存在していたものが、こうして目の前にある」

「あぁ。まぁこんな広範囲は知らなかったが……ここら辺がロッカーで、ここに川があるってことは、たぶんこの辺りがルルブだろ?」

「正解ですね」


 この地図は商人向けだから、書かれているのは町と主要街道くらいだ。

 でも今の一言で、狩場名とランクも記した"ハンター向けの地図"なんかがあっても良いかもしれないと、新しい気付きを得ることができた。


「まだハンターギルドにも無かったので、この地図はお土産ということでギルドに寄贈する予定です。依頼ボードの付近にでも貼ってくれって言っておきますから、今後はいつでも見られると思いますよ」


 この地図を見て、どう感じるかは人それぞれ。

 でも何も知らないままでいるよりは、知ってどうするか――その選択くらいはあるべきだと俺は思う。


(良い意味で刺激になってくれればいいけど……)


 先ほどの俺の話と照らし合わせ、地図を見ながら談義に花を咲かせる皆を眺めつつ、俺はチビリとお酒を口にした。246話 優先すべきこと

「う~久しぶりなのに、女将さんすみませーん……」

「まったく。どうせまた、前と同じ面子にしこたま飲まされたんだろう?」

 時刻は……何時だろうか。

 気付けば見たことのある部屋で寝ており、這うように1階へ降りれば、これまたかなり見たことのあるおばちゃんが床を掃除していた。

 そう、ここは馴染みの宿、ビリーコーンだったのである。

 まぁ予想通りではあるわけですが、結局俺は飲まされ潰され、誰かにここまで運んでもらったらしい。

「昨日坊やを運んできた大男が嘆いてたよ。ロキ神の金貨袋が見当たらないって」

「ぐふっ」

 そ、そうか……

 今は全部収納しちゃってるから、前みたいにお金を腰にぶら下げていないんだった。

 皆俺がお支払いすることを期待していたんだろうし、果たしてお代は大丈夫だったのだろうか……?

 とりあえず女将さんには1泊分のお金を支払いつつ、今日もう一泊させてもらうことも告げておく。

 今日も今日とて、ベザートでやることはあるのだ。

 まずは謝罪をしに行かなくては……

 頭をシャキッとさせるため、敢えて中庭の冷えた水を頭から被って目を覚ます。


「……さぁ行くか」


 そう呟き、まずは埋めたモノを取りにルルブの森へと飛んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「あれ、いませんか~?」

「なんだ騒がしいな! って、ロキか。……無事命を繋いでいるみたいだな」

「えぇ、お蔭様で」

 そう言って2本の剣を見せれば、鼻を鳴らしながらも問われる。

「ついでに軽く補修しとくか?」

「ぜひお願いします。どれくらいでできます?」

「ふむ……目立った欠けもないし、今日1日預かれば十分終わるだろう」

「じゃあどちらもお願いします」

「どちらも? さすがにコイツはもう役に立たないだろう?」

 そう言われたのは【魔力最大量増加】の付与が付いた初代ショートソードだ。

 確かにランクなどを考えればその通りなのだが、俺の場合は普通のハンターと狩り方が違う。

 スキル収集のために低位狩場も巡るので、そんな時にはまだ普通に現役で使ったりするのだ。

 だから2代目ショートソードの消耗を抑えられているというのもあるしね。

 ちゃんと使ってるからと言えば、剣の状態を見てたしかにその通りと思ったのだろう。

 渋々といった感じで2本を受け取るパイサーさん。


「防具の方は――」


 きた。

 ギュッと胃を握られたような感覚を覚えながら、隠すように床へ置いていた革鎧をソッとカウンターの上へ置く。

「すみません。息子さんの形見、修復不可なレベルまで壊しちゃいました……ごめんなさい」

「こいつは……」

 言葉を失い、マジマジと鎧を眺めるパイサーさん。

 これはもう、本当にごめんなさいとしか言えない。

「おまえ、腹は大丈夫だったのか?」

「え? えぇまぁ、大丈夫ではなかったですが、とりあえず生きてますハイ」

「じゃあいいだろ」

「でも、もう【鑑定】だと修復不可って」

「なら次の防具を装備すりゃいい」

「……」

「形見だからっつーくだらない理由で不相応の狩場でも無理に身に着け、その結果死んだら誰が喜ぶ? 息子か? 俺か? おまえか?」

「ッ……誰も、喜ばないと思います」

「装備なんざ所詮はモノで、役割を果たせば替えていくもんだ。棚に飾って眺めてるわけじゃねーんだから当たり前のことだろう?」

「それはもちろん分かってるんですよ。理屈は分かってます。だから謝りにきただけです」

「ったく……そんなに気になるっつーなら、この穴空きの状態で部屋の棚にでも飾っとくんだな。それが戒めになって自制に繋がるし、過去にはそういうやつだって実際にいた」

「お、おぉ……それ良いですね。ぜひそうさせてもらいます!」

「んで? 今はちゃんとそれっぽい鎧も持ってんだろ?」

 そう問われたので、Bランク素材で作った火耐性特化の防具があることを告げつつ、ついでに気になることも確認してみる。

「パイサーさんって、どこまでの素材は扱えるとかあります? 例えば鉱石でもここまではいけるとか」

 さすがにどんな素材でも扱えるとは思っていない。

 それはパイサーさんをバカにしているとかではなく、この世界に【鍛冶】のスキルレベルが存在している以上、その影響はどういう形であれ確実に受けるはずなのだ。

「まぁ大体Bランクくらいがいいところだろうな。ダマスカスまでいけば、まずまともな品は造れない。Aランク相当の魔物素材も似たようなもんだろう」

「それは【鍛冶】のスキルレベルが関係してるってことですかね?」

「そうだがロキの認識とはたぶん逆だぞ? 俺はBランク相当の素材までをそれなりに扱ったから、今の【鍛冶】レベルがある。無理やり祈祷でスキルレベルを上げれば多少はマシになるだろうが、それでも知識と経験が伴わなきゃ売れるようなモンなんて造れねーよ」

「あ、そっか……」

「まぁ厳密に言えば腕力や器用さだって絡むし、金属とレザーでも製造難易度なんて違うけどな」

 そういえばそうだった。

 ジョブ系はスキルレベルが技術を押し上げるのではなく、あくまで補助。

 培った経験や知識がスキルレベルというフィルターを通して、より能力の拡張、向上へと繋がるようなタイプと本に書いてあったのを思い出す。

「ん~」

「おまえランクはどこまでいった?」

「今、Bランクですね」

「正直に言えよ。上は目指せそうか?」

「それは……まぁ、たぶんAランクならすぐなれると思っています」

「そうか。ついこないだうちで解体用の短剣選んでたやつがな。世の中分からねーもんだぜ」

「……」

「ロキ、おまえの装備はもう、素直にドワーフ連中へ依頼しろ」

「フレイビル、ですか?」

「よく知ってるじゃねーか。アイツら力だけはバカみたいにあるって話だし、初めから【鍛冶】の才を持って生まれる率も高いと聞く。タッパが無いから狩りには向かない種族だろうが……その分装備を作るために生まれてくるような連中だぞ?」

 そう真面目に忠告されるも、俺はそんな言葉は求めていなくて。

 何か急に見放されたような気がして、自然と言葉を発していた。

「できれば僕は、パイサーさんに作ってもらいたいんですよ」

「おまえくらいの強さになれば俺の手に余る。もう卒業ってやつだな」

「で、でもパイサーさんだって修行すればきっと……! 素材ならいずれ僕が山ほど持ってきますよ! そうすればすぐにAランクやSランクの装備製作だって――」

「おい、勘違いするなよ」

「え?」

 ピシャリと言葉を遮られ、俺の言葉は完全に止まってしまう。

 怒っているわけじゃない。でもその声に、瞳に、有無を言わさぬ強い覚悟を感じて、俺はただパイサーさんの言葉を待つしかなかった。

「人はそれぞれ、望む先が違うことくらい分かるな?」

「そ、それはもちろんです」

「おまえのように、常に上を目指し続けるやつらもいる。職人連中だってそういうやつらは多いだろう。だがな、誰もがそういうわけじゃない。それより優先すべきことがあるやつらだって、世の中には大勢いる」

「……」

 あぁ、そうか。

 ゲームでも、リアルでも、そこは同じか……

 何に重きを置くかは人それぞれ。

 俺は当たり前のように極めることを前提に動くけど、そうじゃない人達だっていっぱいいて、それは決して悪いことでもなくて。


 じゃあ、パイサーさんは――

 そう思った時。


 ……あぁ。

 俺を見つめる瞳を見て、全てではないと思うけど、少しだけ分かった気がした。




 店を出て、ふと空を見上げながら途方に暮れるも、今後の装備に望みがなくなったわけじゃない。

 グロムさんに優良なお店の名前まで聞いているわけだし、装備はフレイビルについてから追々考えていけばいいだろう。


「さて、あとはかぁりぃに行って、食料も念のためもう少し調達して……メイちゃん家で魔力ポーションの系統も多めに買っておいた方が良いか。全部終わったら教会、最後にゼオ達のところかな」


 明日からはまた仙人生活をする可能性も出てくる。

 やり忘れはないように、一人ブツブツと指を折りながら、俺はやるべきことを一つずつ消化していった。247話 拠点探しのスタート

 翌日の朝。

 俺はパイサーさんから2本の剣を受け取り、そのついででアマンダさんにラグリースの地図と先日の飲み代分30万ビーケを託したら、一応ヤーゴフさんにはこれからの予定を少しだけ伝えておく。

 無言で頭を抱えていたが、ベザートに一切迷惑を掛けることはない。

 とりあえずは内密にと伝え、そのまま【飛行】で他領となるセイル川の先へ。

 ここならまず人がいないので、念のため周囲に人がいないか【探査】で確認したのち【神通】を使用する。


「アリシア、準備できたよ」

「わ、分かりました」


 わずか数秒のやり取り。

 それでもある程度の打ち合わせは済んでいるので問題ない。

 俺の真横に青紫の霧が渦巻き――


「ようこそ、下界へ」


 冗談っぽく声を掛けながら、純白のローブを纏ったアリシアを迎えた。

 いや~なんか凄いヒーラーっぽい恰好してきたなぁ……

 緊張しているのか、フードを被って見にくいだろうに、首を左右に振ってキョロキョロ周囲を見渡している。

「人はいないから大丈夫だよ。予定通り【飛行】は持ってきた?」

「は、はい」

「じゃあ少し森の中に入って練習しよっか。俺が見張っておくから周りは気にしないで」

「向こうで練習してきたので大丈夫ですよ」

「おぉ~さすが! じゃあ、早速行きますかね」

 俺が飛べば、リルのように派手な魔力の具現化をしたりはしないが、ススーッと何事もなくついてくる。

 そのままいつも俺が飛ぶくらいの高さ――推定300メートルくらいまで昇れば、当然視界に入ってくる最寄町のベザート。

「あそこが、一番初めに訪れたベザートっていう町だよ。で――」

 取り出したのは今朝ギルド内のお食事処で買っておいた2本の串肉。

「はい、俺が生き返ったお肉。これはアリシアの分だからどうぞ」

「これが……」

 何かを言いかけながら、アリシアはすぐに小さな口で齧りついた。

 本当はもっと森の奥。

 100%誰かに見られる心配のない場所に降りてもらった方が安全だったかもしれない。

 でもせめて一度くらいは、人の生活を感じられる町並みだけでも見せてあげたかった。

「ありがとうございます。これが皆が見た景色、皆が味わった食事なのですね」

「程度の差はあるけどね。もっと近くで色々な物が見たい、もっと色々な物が食べたいって思ったら、できる限りの協力はするからその時はちゃんと言ってね?」

「ふふ、大丈夫ですよ。その代わり、拠点場所の件は皆に一任されたのです。これからよろしくお願いしますね?」

「こちらこそ! それじゃ早速奥へ進んでみよっか!」

「はいっ!」

 遥か先に見える山々を眺めながら、俺たち二人はパルメラの奥へと向かっていく。

 ここからの目的はいくつかあり、拠点に向いていそうな場所探しは当然として、生息魔物の調査も一応含まれている。

 マッピングはさすがにそこまで意識していないけど、層が変わればどの程度魔物は強くなるのか。

 かつてアマンダさんから『迎撃』という言葉も聞いていたので、果たして森はこの先も続いているのか……そういった部分も含めての調査だ。

 しかし、そうそうに当てが外れたかなと、そう思ってしまった。

 アリシアの表情はすごく楽しそうで、この先に『禁忌』に関わるような何かを隠している様子がまるで見られない。

 もし|何《・》|か《・》|を《・》|隠《・》|す《・》|な《・》|ら《・》、この広大な森が一番適切だと思っていたんだけどなぁ……

 ゼオの魔力量維持は1日1瓶でも問題無さそうなことが分かったので、ひとまずのタイムリミットは10日ほど。

 ここからは、自分の目で直接確かめていくしかないだろう。


 そして夜。

「このくらいの距離で魔力消費が約50くらいだから、レベル5の50%減でおおよそ2㎞くらいを魔力消費『1』だとして――……」

「今は何をされているのですか?」

 夜の帳も降り、焚火を前にしながら情報を手帳に書き込んでいると、遠慮がちにアリシアが尋ねてくる。

「今日得られた情報を纏めてるんだ~やっぱり飛べるって凄いよね」

 現在いるのは第三層。

 適度に低空飛行しながら【探査】で魔物を確認していけば、第二層では旅の途中でよく見かけたEランク魔物が。

 次に魔物が切り替わった時は、ヴァルツ南東で新規スキルを持っていなかった獣系Dランク魔物の存在を確認できたので、層とランクの関連性はなんとなく理解することができた。

 つまりかつて鳥人が落とされた第五層は、このまま予定通りにいけば推定Bランク相当ということになる。

 ただ問題は一層の範囲だ。

 今まで空間転移した時の直線距離と魔力消費量からすると、一層あたりが推定400~500㎞くらいもの範囲になることが分かってくる。

 そりゃ団体行動で足場の悪い森を移動すれば、抜けるのに60日かかったという話も頷けてしまうほどのバカデカさだ。

 奥に入り過ぎれば俺も森から抜け出せなくなる可能性が出てくるので、推定値でも距離の算定は慎重にやっていかないといけない。


「あ、もういい感じかも。塩をかけてーっと……ほい、アンバーフラッグの足! めっちゃ美味しいよ!」

「ほふっ……あ、凄く、柔らかくて美味しいです!」

「ふふふっ、これはアリシアが初めて食べるから、皆に自慢できちゃうね」

「ほんとですか!?」

 絶対神界ではリルやフェリンが食べ物自慢をしているはずなのだ。

 その度にアリシアは泣きながらハンカチ噛んでいそうなので、これで多少はアドバンテージも取れることと思う。

 ついでに買い溜めしておいたパンやら果物を木皿に乗せてホイホイ渡しつつ、肝心なことを確認していく。

「どう? 今日見てきた中で、良さげな場所はあった?」

「どうでしょう? あまり大きく景観が変わったようには思えませんでしたが……」

「まぁ、それはたしかにね」

 多少の高低差や山なんかはあったものの、基本的にはずーっと樹木が生い茂っていただけ。

 何処も彼処も似たり寄ったりという感じで、ココ! っていう印象に残るような場所は見当たらなかった。

 左前方にずっと見えていた山脈がかなり近くなってきたので、そこまでいけば多少は見える景色が変わるかもしれないな。

「ちなみにアリシアは、どんな所を拠点にしてみたいの?」

「私はロキ君が好む所ならどこでも……」

「コラコラコラ、皆の代表なんだから、そこはしっかり主張しないと。他の皆は?」

「フェリンは作物の育てやすい平地を、リガルは強い魔物がいる所を、リアは面白そうな場所を希望していました。フィーリルは自然の中にお風呂があるならどこでもいいそうです」

「あ~まぁ、なんとなく想像できるけど……ん? リステは?」

「ロキ君がいれば、地面の中でもいいと言ってました」

「……」

 なに、地中って。

 地下帝国かよ。

「となるとリステのは置いておくとして、リルとリアの要望がまだ全然って感じか~」

「無理に合わせる必要はありませんよ? 皆好き勝手に言っているだけですから」

「チッチッチッ! 秘密基地なんだからそういうのが凄く大事なんだよ。こう、自分のテンションが上がる場所っていうかさ」

 まだどうなるか分からないけど、カルラが言っていた"血の豊富な所"も一応は考慮しておくか。

 うーむ。

 平地で、魔物が強くて、面白そうで、血が多い……なんだか恐ろしい絵面しか出てこないけど、とりあえずBランク相当の五層か、Aランク相当と思われる六層までいけばいいのか?

 しかしあまりに奥過ぎては、何かあった時の魔力量が心許ないし――


 ブツブツ呟いていたのが聞こえていたのだろう。

 不意にアリシアが、疑問を投げかける。

「そういうロキ君は、どんな所を望まれているのですか?」

「え?」

「だって、大事なんですよね? その、気持ちが昂るような場所選びというのが」

「……」

 いや、それはたしかにそうなんだけれども。

 でも……なんだろう。今は特に何も出てこない。

 皆が満足してくれる場所なら良いというか、それが一番俺自身も満たされるような気がする。

「ははは……なんか、俺もアリシアと同じだったっぽい」

「ふふ、それは困りましたね。こんな二人では、良い場所なんて見つけられないじゃないですか」

 お互い笑い合いながら果物をホジホジ。

 まぁそうは言っても、直感的にビビッとくるような場所だってきっとあるに違いない。

 さーて明日はどこまでいけるかな?

 そんなことを考えながら探索初日が終了した。248話 見たこともない情景

 探索二日目。

 壁面に穴を空けて寝ていた俺は、再降臨したアリシアの気配で目を覚ます。

 まだ空は白み始めたばかりで、残り火があるというのに突き刺すような寒さに襲われ、思わず鼻をズズーっとすすった。

 それでもアリシアの視界が確保できる時間帯を最大限に活かすべく、朝一のお迎えをお願いしたのは俺自身だ。

 予定通りとばかりに軽く食事を摂ったらすぐに出発。

 山を越え、谷を越え、徐々に荒い地形が目立ってきたことを確認しながら、俺達はひたすら南下していく。

 ただずっと飛び続けて――というわけではなく、第四層――Cランク狩場に入ってからは、少しだけ狩りもするようになった。

 それは新規スキルではなかったものの、スキルのレベル上げが少しだけできそうな魔物が現れ始めたからだ。

 パルメラは魔物の生息範囲が広く、狩り効率は他と比べて非常に悪い。

 だからあくまで少しだけ。

 他で上げられそうもなければ、その時はまたここに戻ってくればいい。



 そして昼も過ぎた頃、そろそろかと思っていたところで視界の先に異変を感じ、俺達二人は動きを止めた。


「へ~これはこれは……」

「ロキ君は見えますか? 私はスキルがないので、何かが飛んでいることしか分かりません」

「うん、なんとなく分かるよ。細身のゴブリンっぽい姿に大きな羽が生えている黒い魔物と――もう1種、数は少ないけど青い鳥もいる。たぶんこっちの方が大きいかな」


 今までにも蜂や蝙蝠といった空を飛ぶ魔物はいたが、ここまで本格的に上空を飛んでいる魔物は初めてかもしれない。

『迎撃』という言葉で、俺はてっきり地表からの攻撃が飛んでくると予想していた。

 それこそ可能性の一つとして、古代人の生き残りが、魔法や兵器を使って撃ち落としてくる可能性まで考えていたのだ。

 が、そういうことねと、この景色を見て一人納得する。


 |同《・》|種《・》|に《・》|落《・》|と《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》。


 飛ぶことだけに特化していたのであれば、たしかにこの先は進めないのかもしれない。


「アリシアは少し遅れてついてきてもらえる? 俺が先行して、寄ってくる魔物を片づけちゃうから」


 まぁ俺達には関係ありませんが。


「大丈夫ですか?」

「いけるでしょ。ちょっと判断できないスキルも持ってるっぽいけど、まぁ大体の攻撃手段は予想ついたし」


 かなりスタイリッシュでカッコイイ雰囲気醸し出してはいるも、たぶん君達ガーゴイルだよね? ってやつが爪と噛みつきの物理アタック型。

 そのガーゴイルを補助するように、青い鳥が【氷魔法】で動きを阻害するのだろう。

 魔力は――収納と飛行の併用で徐々に減ってきているが、まだこの程度なら問題ない。

 こういう時のために町へは戻らず、魔力温存優先で野宿を選択したのだ。


 ――【発火】――


「それじゃ行くよー!」


 俺に気付き、餌だと思って森から浮上してくる魔物たちに思わず笑みが零れる。

 パルメラは非効率だとちょっと前まで思っていたけど、遮るモノが一切無くなる上空に限って言えば、そこそこ熱い狩場になるかもしれない。


(美味しくいただきまーす!)


 お前らが餌だと言わんばかりに、俺は群がり始めた魔物へ一直線に突撃した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(もうちょっと、あともうちょっとだからー!)


 内心そんなことを思いながらも、目の前の魔物を両断していく。

 探索4日目。

 未だ俺たちは第五層にいた。

 進路を妨害する魔物達はそこまで強くない。

 それは間違いないことで、群がる2種の飛行型は剣で斬り伏せればあっという間に沈んでいく。

 ただ――、



「ギィェアアアァアアアアアィイイイイエアアアアアアア!!」



 ……――ブワッ――……



「「……」」



 もう勝手にガーゴイルと名付けたが、コイツが死に際に放つ叫びはなかなかに強烈なのだ。

 胸を貫こうが首をはねようが、仕留めた後に低確率で凄まじい鳴き声を発してくる。

 その絶叫は周囲に響き渡り、瞬間、森が揺れ――範囲内にいたガーゴイルと青い鳥を上空へ浮上させる。

【絶鳴】という名のこのスキル。

 スキルを覗いた時は随分恐ろしい名前だなと思っていたけど、実際使われると違った意味で恐ろしい。


「あぁもう、敵がいっぱいで止まらないよ~」


 そんなことを言う俺の顔はやっぱり笑っていたと思う。

 既にアリシアから「ロキ君、喜んでやってますよね?」と再三突っ込まれているからな。

 でもとめられない、やめられない。

 本当はさらに高く――上空1000メートルくらいまでいけば、少なくともガーゴイルは追ってこない。

 これは判明していたので、避けたいならそれくらいまで高い位置を移動すれば、数の少ない青い鳥だけをたまに相手すれば済んでしまう。

 だが【招集】のような、魔物が勝手に集まって効率を上げてくれるような環境に俺は滅法弱いのだ。

 素材を回収する余裕なんてないし、我ながらアホだなとは思うけど……


『【飛行】Lv8を取得しました』


「アッハーーーーーッ!!」


 こういう結果が待っているから、やっぱり効率的な狩場は止められないのだ。


 やっと狙っていたスキルが目標到達したことですぐさま上昇。

 冷ややかな視線で俺を眺めていたアリシアに、空中三回転土下座をかましていく。


「大変お待たせいたしましたぁあああ! 無事目標レベルまで到達したので、これにてやっと終了でございます!」

「もうこの辺りで3日目なのですが?」

「はい、大変申し訳ございません! でも聞いて? これで魔力400も上がったの。凄くない? 凄いよね?」


 探索を止めてまで粘ったのは、【飛行】効率を優先したかったというだけではない。

 いや、それも凄くあるんだけど、それ以上に【飛行】のボーナス能力が、一部の特殊スキルに適用されている魔力Ⅱだったからだ。

 最上位加護の【神通】や【地図作成】と同じ上位扱いの特殊枠。

 だからレベル8の通常ボーナス能力値は100なのに、魔力でまず倍の200、特殊スキルの魔力Ⅱでさらに倍の400となり、これで俺の魔力最大量は4500超え。

 魔力総量を少しでも上げたいこの状況では、ヨダレが出るほど魅力的で大きな数値だ。

 このくらいの魔力があれば、町に行って帰ってきてという往復の移動も、俺だけならばある程度の範囲をカバーできるんじゃないかなと思う。


「フィーリルがよく心配している意味も分かりますね」

「はぅ! もう大丈夫だから! こんな美味しい狩場なんて滅多にないし、もう大丈夫だから!」


 頭頂部からバーストを。

 アクロバティックな土下座背面飛行を続けながら、ご機嫌取りの地球不思議話を何時間続けただろうか。


「あっ――」


 不意にアリシアが驚いたような反応を示す。


「お? やっと第六層到着した?」


 そう思って振り向けば、んん?

 既に第五層は抜けていたのか、空を飛ぶ魔物は存在していない。

 代わりにスッと手を伸ばし、初めて自らの気持ちを言葉にしたアリシア。


「私……あそこが、好きかもしれないです」


 示す先を追えば、まず目についたのは高さの異なる2層の台地だった。

 正面――地図でいう南部はどれくらいだろうか……

 たぶん200から300メートルくらいは土地が隆起しており、隔絶された絶壁は左右にどこまでも長く続いていた。

 右側――地図でいう西部は、途中で見かけた山脈よりもさらに標高の高そうな山脈群が長く連なっており、山頂の多くは雲に覆われ確認することもできない。

 でもアリシアが興味を惹かれたのはコッチだろうな。

 前方には高い大地から流れ落ちる滝が薄っすらと見え、下の台地には滝つぼとはまったく呼べないほどのかなり大きな湖が。

 その湖から伸びる2本のうち、1本の川は俺達に向かって流れていた。

 時刻が丁度夕時ということもあり、見たこともない情景に暫し言葉を失う。

 ――それを不安に思ったのだろう。


「あ、ロキ君が好まないなら別の場所でも……」

「いや、俺はここで良いと思う」


 思わず即答してしまった。


「え?」

「なんていうか……ここ以上の場所が他にあるとは思えない」


 北も南も、高低差のある台地はそれぞれ平坦なまま、遥か先まで生い茂る森で覆われているように見える。

 この時点でフェリンとフィーリルの条件はクリアだし、この上下に分かれた台地であれば、俺が思い描く"住み分け"だってできるかもしれない。

 リアの楽しい所っていうのは、個人の感覚なのでなんとも言えないが……リルの希望する強い魔物ということならすぐにでも判別可能だ。


「ちょっと、魔物を確認してみる」

「あっ」


 我慢できずに急速下降。

【探査】を起動させながら魔物を探し、感知と同時に【洞察】を使いながら魔物の目前へ躍り出る。


「わお……リルもカルラも納得でしょ、これは」

「ウボォォ……ッ」


 勝てはするけどしっかり強い。

 対峙するのは全長10メートルほど。

 黒い体表をした巨大な象が、鋭利な牙を向けながら、黄色く濁った瞳で俺を見下ろしていた。249話 覚悟

「いででで……」

「ロ、ロキ君大丈夫ですか!?」

「あー痛いけど大丈夫。ちょっと食らってみただけだからさ」

「なぜ、わざわざ受けるんですか……? もしかして変態なんですか!?」

「ど、どこでそんな言葉を!?」


 あながち否定もできないだけに、そんな冗談は止めていただきたい。

 それにしたくてこんなことをしているわけではないのだ。

 女神様達が余裕なのは分かっているからいいとして、もしあの二人もこの地に住むなら、カルラは付近の魔物から食料や血の調達をすることになる。

 だからわざわざ身体を張って、問題が無さそうか確認をしていたわけなのです!

 まぁ俺と同じくらいの防御力なら、"かなり痛いで済む"ってことくらいしか分からなかったけど。


「ん~黒い象にどう見てもマンティコアっぽい獅子、あとはちょいちょい二足歩行になる、いまいちピンとこない凶暴な6本角の牛か。見事にパワー系の大きい魔物ばっかりだなぁ」

「そうですね。でもその分森の密度が一日目よりも低いので、開拓はしやすそうですよ?」

「それは、たしかに」


 南の高台に立ち、周囲をグルリと見渡す。

 高低差のある北と南の台地は、どちらも周囲の魔物分布がこの3種のようで、湖に魔物の気配は無し。

 ヘタに魔法を撃ってこないのは楽かもしれないけど、黒象を筆頭に全部デカいので、武器で倒すとなればそれなりに苦労するだろう。

 でもまぁ、とりあえずあの二人も住めないことはない。

 今はそれが分かっただけでも十分だな。

 マンティコアの持つ羽が本格的な飛翔能力を持つモノならマズかったが、どうも俺がかつて行なっていたピョンピョン修行程度の補助動作しかしていなさそうなのだ。

【挑発】かまして上空へ逃げても、せいぜい10メートルくらい羽をバタつかせて終わりという程度なので、これなら崖の中間にでも住処を作れば襲われることはない。

 数百メートル転移するくらいなら魔力消費なんてほとんど発生しないわけだから、今のゼオでも使用はまったく問題無いだろうしね。

 それにあの高性能過ぎる古代魔道具があれば、この付近に生息する魔物だってまず欺けるはずだ。

 そうすれば、普通に森を切り開いて住むことだって可能かもしれない。


「どう? まだ本人達がこの場所を望むかって問題もあるけど……アリシアの考えは決まった?」


 フィーリルとリステには伝えていたことだ。

 予定していた秘密基地案に、ゼオとカルラを迎え入れるかどうか。

 迎え入れるとなれば、少なからず接触する機会だって出てくるだろう。

 それが問題になるということなら、今二人が住んでいる洞窟をそのまま拡張させることも視野に入れていた。


「プリムスの時代から蘇った吸血人種と魔王――災禍の魔導士ですよね。となればたしかに、もう帰る場所など無いのでしょう」

「うん。ゼオには俺しか頼れないっていう事情があるにしても、彼は俺を仲間だと言ってくれた。勝手に起こしちゃったのはこっちだし……助けてあげられる部分は助けたいんだ。もちろん俺も助けてもらうつもりだしね」

「まるで、私達とロキ君のような関係性ですね。私達は一方的に甘えてばかりですが」

「そんなことはないけど、でもまぁ、近いところはあるよね。お互いが不足している部分を補う、みたいな?」

「ふふっ、私は構いませんよ?」


 ……随分とあっさりした返答だ。

 だからこそ、逆に不安を覚えてしまう。

 この秘密基地計画はアリシアのために考えたと言っても過言ではない。

 人目につかず自分のやりたいことを見つける場所のはずなのに、結局この世界の住民も混ざるとなれば、様々な不都合が発生することは容易に想像できた。


「……本当に、大丈夫?」


 だから無理をさせてまで押し通すものではない。

 それにゼオとカルラは住む場所にまったく頓着が無いのだ。

 あの洞窟でもいいと言っていたので、秘密基地に連れてこようとしているのは『仲間』という言葉に触発された、俺個人の願望であり我儘。

 なのに――


「私達は、本当に駄目な女神でしょう?」

「……え?」


 ――まったく予想外の言葉が飛び出し、俺は自分の感じていた疑問も吹き飛ぶくらいに困惑してしまった。

 視線をアリシアに向ければ、変わらず眼下に広がる大きな湖をジッと見つめている。

 いきなり、なぜこんな話が?

 そうは思うも、言葉が続かない。

 今までの付き合いから、内心そう思ってしまう部分も多かっただけに、すぐさま否定することができなかった。


「ロキ君が何よりも求めているのは【空間魔法】だと、そう理解して私達も取得条件に関する情報を探っていたのです。かつて所有していた人物や所有の可能性がありそうな魔物、古代人種や長命種が生息していたであろう土地、希少書物を所有していそうな王家に、魔法研究を専門とする施設など」

「そう、だったんだ」

「その結果出てきたのは、長命種で存続が確実なエルフ種を重点的に探ること――たったこれだけです。しかもそのエルフが今現在どこで生活を営んでいるのか、教会にあまり立ち寄らない種族では情報が曖昧で、結局私達の調査はほとんど進むことがありませんでした」

「……」

「そうこうしているうちに、ロキ君自身が手掛かりを見つけ出し、加えてとうに途絶えていたはずの古代人種復活にも貢献頂いたのです」

「でもそれは、たまたまそうなったってだけだよ?」

「そうだとしても、私達では間違いなくあの場を見つけ出すことはできませんでした」

「……」

「もういい加減、気付いているのです。このままでは――このやり方では駄目だと」


 心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。

 ……この流れは果たして大丈夫なのか?

 たぶん、先日報告した転生者の件がまだ尾を引いているのだろう。

 そう思うも、既に覚悟を決めたような眼差しで湖を見つめ続けるアリシアの言葉は止まらなかった。


「自らの思慮の浅さ、資質の無さを呪いたくもなりますが、私に選択する権利が無い以上は改善し、克服するしかありません」

「……」

「ロキ君という特異な存在が現れたことは、間違いなくこの世界にとっての転機。だから私達も――いいえ、まずは私達がこの世界のために変わらなければ」

「アリシア……?」

「いかなる処罰も、覚悟の上で――――」


 そう告げた瞬間、アリシアの動きはピタリと―――|な《・》|ぜ《・》|か《・》、|止《・》|ま《・》|っ《・》|た《・》。


「え? ちょ、ちょっと!? ねぇ!!」


 声を掛け、肩を揺するがまったく反応はない。

 あまりにも唐突過ぎるこの状況に狼狽えるも、俺にはどうすることもできない。


「フェルザ様が何か……? そ、そうだ他の皆に連絡を……!」


 そう思って【神通】を使おうとした時、急にアリシアの背後でおかしな現象が発生する。


「青紫の霧……なんで、5つ……?」


 見なれたはずの渦。

 しかしそれはあくまで単体の話であり、同時に5つも渦巻くなんて想像もしていない。

 つまりこれから起きることは――



「――私達はもう、賭けるしかないのです」



 意識は渦巻く霧から声の主へ。

 しかしその表情はあまりに険しく、瞳に灯る覚悟は恐怖すら感じるほどだった。250話 神のやる気

 5つの霧が何を生み出すのか。

 呼んだであろう当人も俺も当然分かっていたが、今後どうなるかはこの場にいる誰もが分かっていなかったと思う。

 ややツラそうなリルを含め、降り立った直後から6人の視線は自然と上空へ向き――数秒後、大きく息を吐く音とともに、ポツリポツリと呟いていく。


「……やっぱり、大丈夫だった」

「あぁ、心臓に、悪い」

「【分体】が大丈夫な時点で、人数はあまり関係ないはずですから」

「それでもドキドキしましたね~」

「ちゃんと報告はしてたんでしょ?」

「えぇ、ただ返答はありませんでしたが……」


「……あ、あのー」

「あ、ごめんなさい! でも賭けは成功しましたよ!」


 アリシアに小さくガッツポーズされるも、まったく意味が分からない。

 6人同時降臨が賭けだったということは理解できるが……

「ごめん。リルがだいぶ元気になってきたのは良かったけどさ。いきなりで驚いたし、誰かちゃんと説明してくれない?」

 そう伝えれば、代わりに口を開いたのはリステだった。

 アリシアはションボリしているけど、まずは状況把握が先である。

「アリシアが言う通り、私達のこの行動が神界の禁忌事項に触れるかどうかの賭けに出たのです」

「それが6人同時の降臨ってことだよね? 今まで緊急時でも二人までだったわけだし、それはまぁ分かるんだけど……なぜこのタイミングで急に?」

 普通に考えれば、秘密基地会場が決定したから勢い余って。

 女神様達の、それこそ駄目っぷりを考えればこれで決定のはずなんだけど、どうも先ほど見せていたアリシアの異様な覚悟を見るに、もっとまともな理由があるとしか思えない。

「タイミングはロキ君が魔王を回復させた以降であれば、こちらとしてはいつでも問題ありませんでした。この場が人目につかないから――それが私達を呼んだ理由でしょう」

「リステはよく分かっていますね」

「んん? ゼオを、回復させたから?」

 それと女神様達が賭けに出ることと、いったいどう繋がるのか。

 答えが分からず首を捻っていると、リステがやや重たそうに口を開きながら説明を続けてくれる。

「詳しいことは間違いなく禁忌に抵触することですので……。ただロキ君がこの世界に存在すること自体が、フェルザ様の定めたルールからは反するはずなのです」

「リステ、ちょっと違う。まだ可能性が高いだけ」

「あー……『魔人』に関係することか」

 何かしらの理由があって、魔人という種が世界から消えたわけじゃないけど、姿を消してしまったのは『本当』の話。

 でも眷属という強制的な種族変更で取り残されてしまったゼオを、なぜか俺は回復できてしまったことで魔人の可能性が濃厚になってきている。

 ここまでは俺自身も概ね分かっていたことで、いないはずの魔人《オレ》が自由に動き回っていることは、フェルザ様という上位神の定めたルールに反する。

 それは理解できたが――

「それがなぜ、女神様達の賭けに?」

 当然この疑問に辿り着いてしまう。

「リアから聞いています。ロキ君はフェルザ様から選ばれた、神使の可能性が高いと」

「あぁ、神使って言うと大げさだけど、俺のこの能力を理解して連れてきたことは間違いないと思うよ」

「そしてなぜか途中で魔力が――つまり種族が変化した。これもフェルザ様に何かしらの意図があってされたことだろうと、私達はそう思っているのです」

「へ? 犯人フェルザ様なの?」

「血の濃さに違いはあれど、生まれた時点で人間ならば人間、獣人であれば獣人と種が決まりますからね~。途中で変化するとすれば3通りで、吸血人種特有の眷属化と【死霊術】によるアンデッド化、そして魔石や魔物の血肉を食すことで極稀れに発生する魔落ちしか存在しないはずなのです~。最後は限りなく薄まった血の活性化が原因なはずですから、この世界の血脈を継いでいないロキ君には無縁のはずなんですよ~」

「つまり俺が魔人に途中変化するルートは存在しないってことか……」

「あり得ないし、私達でも途中の種族変更なんて無理」

「なのでこの世界の創造主であるフェルザ様が、何か目的があってされたとしか思えないのです」

「だから皆で相談して賭けに出たんだ! フェルザ様が定めたルールに穴を開けてでもこの世界を変えようとしているなら、私達もってね!」

「フェルザ様から返答がない以上、まず大丈夫だろうと解釈できる部分くらいしかまだ踏み込めませんけどね」

「なるほどね……って、んん? 6人同時に降りられることが分かって、世界がどう良くなるんだ?」

 魔人がこの世界から消えたのは、魔道王国プリムスが神罰で消えたあとだから1万年くらい前の話だ。

 となればやっぱり必要と感じて復活させるというのも、地図がこのパターンを辿っているのだからあり得なくはない。

 フェルザ様に何かされたなんて実感はまるでないけど、途中の変更ルートが無いならばそういうことなのだろう。

 だがしかし、やっぱり疑問は残るのだ。

 危うくフェリンの言葉で納得しかけたが、3人同時だろうが6人同時だろうが、女神様達が降りて世界が良くなるとは思えない。

 結局下界の人達と接するわけでもないし―――あっ。

 もしかして、そういうこと?

「上から眺めるだけでは何も分かりません。そして、分からないことが『罪』だということも、先日ご報告頂いた転生者の一件で思い知りました。なのでこれより活動の幅を大きく増やし、直接見聞を広めていこうと考えています」

「お、おぉ……ってことは、フェリンの旅に出るって案も通ったの?」

「うん! ロキ君が東を旅するって聞いてるから、私は西を調べてくるよ!」

「私は北を調べます」

「えぇ!?」

 なんと。

 フェリンだけでなく、リステまで旅に出るとは……

 その後も詳しく聞けば、既に役割分担は決めていたようで。


 フェリン・・・大陸西方面の情勢調査担当

 リステ・・・大陸北方面の情勢調査担当

 俺・・・狩りをしながらついでに大陸東方面の情勢調査担当(マヨネーズとソース探し)

 リル・・・パルメラ内部の転移者調査兼、秘密基地の治安維持担当

 フィーリル・・・大陸全土の古代人種含む亜人生息分布調査担当

 リア・・・神界担当兼、不穏分子の調査、監視担当

 アリシア・・・神界担当兼、秘密基地管理人


 まだ暫定的な内容のようだが、このような方針でいくらしく、身入りの【分体】が世界を良くするために動いていく。

 こんな発表を目の前でされてしまい、俺は思わず目頭がジーンと熱くなってしまった。

 どうしたのこの人達、めっちゃ頑張る気満々じゃん。

 これならたしかに、ちょっとルール的にはグレーでも認めてくれそうなくらい、世界の為になるような気がしてくる。

 女神様達に不足していたのは下界の知識や世情。

 干渉を避けるために直接手を加えるようなことはしないみたいだけど、情報を掴んでいれば先んじて何かしらの手が打てる可能性だって出てくるだろう。

 無理難題じゃなければ、俺も多少は手伝えるかもしれないし。

 
 でもアリシアの秘密基地管理人とはいったいなんだろうか?

 疑問をそのまま口にすれば、ここでやっと自分がしていた質問を思い返す。

「私だけは外へ調査に行けませんので、この場所が荒らされないよう管理しつつ、ロキ君の仲間であるお二人との繋ぎ役になろうかと思っています。さすがに一切顔合わせすらしないのでは不自然でしょうから。それにいつか機会があれば、貴重な過去のお話を直接伺いたいですしね」

「あーそっか……」

 そう考えると古代人のあの二人が転生者じゃないことは確定なので、アリシアが気にする必要もなくなるわけか。

 それに同様のケースが他になければ、あの二人は最古の人種である可能性が高いわけで……戦争による文明衰退を防ぎたいなら、当事者であるあの二人ほど参考になる意見は他にないだろう。

 敢えて記憶を覗いたりせずに直接聞くというのは……俺の仲間だからという配慮からなのかな。

 となると、一番の懸念材料はやっぱりこれか?

「スキルは大丈夫? カルラは分からないけど、ゼオなら【心眼】くらい持ってそうだし、アリシアだけじゃなく他の皆もずっと【隠蔽】のままいくんでしょ? それで外の調査って大丈夫なの?」

 俺がゼオとカルラをここに連れてくるべきか、一番悩んでいた問題だ。

 人の目を気にせず好きなスキルを持ち込める場所のはずが、ここでも人の目を気にする必要が出てきてしまう。

 おまけに覗かれたら一発アウトだろう。

 高レベルのスキル1種だけ――マルタにいた監査院のニローさんやファンメラさんのように、普通じゃないことだけはすぐにバレてしまう。

 が、しかし、今回は皆が余裕というか――なぜか俺に手の甲を見せ、フェリンなんかはビックリするくらいニヤニヤしていた。

「んん?……指輪?」

「私達も【分体】のスキルが覗かれた件で学びましたから」

「【隠蔽】レベル10の【付与】が付いた指輪を作った」

「これで誰にも覗かれる心配ないよね!」

「ふぉ……?」

 何を、言ってるんだ?

 思わず【鑑定】を使うも、その指輪の情報は何一つ視界内に表示されない。

「せ、性能が見られない……」

「【鑑定】ですか? 装備した段階でその者の一部と判断されるはずですから……リガル、そうですよね?」

「その、はずだ。【隠蔽】の、効果は、既に、発動している」

「ですので、この指輪を地面にでも置けばスキルレベル次第で見られると思いますよ? 神界産ですから、絶対にそんなことはできませんが」

「……」

 なんかゲーム内で出会った|GM《ゲームマスター》を思い出してしまった。

 つーか、こんな【付与】の付け方もありだったのかよ!?

 凄い理不尽なナニカを見た気がするけど……

 ま、まぁこんなモノを用意してまで皆がやる気になっているのだ。

 たぶんこの世界始まって以来の快挙だろうし、女神様達がグングン成長していることに感動が止まらない。


「そんなに忙しくなるなら、この秘密基地はアリシア専用の場所になりそうだね」


 そうボソリと呟けば、皆が口を揃えて夕方になったら仕事は終わりとかナメたことを抜かしてたけど、きっとそれは俺が耳掃除を怠っているからだろう。

 少なくとも、今までよりやる気になっていることは事実なのだ。

 ならば俺があーだこーだとチャチャを入れてやる気を削ぐべきではない。

 今俺が気にしなければいけないのは――


「それじゃ方向性も定まったことだし、そこら中に木はあるからとりあえず家作ろっか。誰かパパッと作れる人いる?」

「?」

「残念ながら専門外ですね」

「私は、具合が、悪いのだ」

「家ってどうやって作るんだろうね?」

「ここにお布団敷いても寝られるんじゃないですか~?」

「うふっ? うふふふっ?」


(ブン、ブン)


「……リアは、さっきから手を振ってるけど何やってるの?」

「家が、でない」


「「「「「「……」」」」」」


 それは神様なのに家を作れる人が誰もいないという、その事実についてだった。251話 顔合わせ

「えーそれでは、お互いに自己紹介をお願いします」

 誰も家を作れる人がいないという事実に直面してから二日後の朝。

『下台地』と呼ぶようになった湖の畔で、謎の美人と子連れチョイ悪親父のお見合い会場が開かれていた。

 仲人は俺しかいないのでもちろん俺である。

「では、男性陣からどうぞ」

「名はゼオ・レグマイアー。下台地を自由にしていいという話なので、二人この地で暮らすことになった。大抵のことは自らやってきた故、人並み程度にはできるはずだ。よろしく頼む」

「カ、カルラ・ウォルブド・アッケンリーベルです。師匠ほど多くのことはできませんけど、皮は鞣《なめ》したり解体するのは得意だと思います。よろしくお願いします」

 ゼオは堂々としているが、カルラはかなり緊張しているっぽいな……そして相変わらず、名前が長い。

「では、"アーシア"も」

「はい、アーシアです。『上台地』の代表をしております。家の作り方をはじめ、色々なことを勉強させてください。よろしくお願いします」

「この他、上台地には5人の女性がいるけど、ゼオ達と同じく|特《・》|殊《・》|な《・》|種《・》|族《・》|絡《・》|み《・》だからあまり気にしないでね。お互い触れられたくないこともあるでしょ?」

「なるほど、了解した」

「うん分かった!」

 ゼオには取り残された元魔人であり魔王という経歴が。

 カルラも自分の過去にはあまり触れられたくないはずなので、二人ともすんなり納得してくれる。


「ではさっそく、家の基本となる作り方だが――」


 こうして始まった実演付きの勉強会に、俺も護衛を兼ねつつ手順の基礎を習っていく。

 とりあえず俺がそれぞれの台地に石で6面の壁を作り、無理やり玄関用の穴を開けた6畳程度の仮宿を作っておいたが、さすがにずっとこれじゃあ味気ない。

 というか、それなら崖の途中に穴でも開け、自由に内部を加工した方が間違いなく快適だ。

 ならばまともな家を作れる講師から学べば良い。

 ここがパルメラ大森林の奥地と伝えたらゼオは驚いていたが、まだ魔人がこの広大な森のどこかに隠れ潜んでいる可能性も捨てきれないからね。

 そう伝えたら納得したようにゼオもやる気になっていたので、この地を拠点にしながら徐々に全容を解明していけば、何か見えてくるものがあるかもしれない。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「カルラッ! そっちにもう1匹!」

「まかせて!」

 正面から荒れ狂ったように突進してくる、体長4メートルはありそうな赤黒い牛。

 上方、左右、前方と計6本存在する巨大な角を無理やり掴んで眉間に膝蹴りをかませば、ヨダレをまき散らしながら悶え苦しむ。

 しかし、まだ倒れない。

 全力で攻撃を加えても、スキル未使用では一撃で仕留めきれないことも多いのが拠点周辺のAランク狩場だった。

 角を振り回され宙に投げ出されるも、すぐに剣を握り、首の中心に突き入れる。

 これも刎ねる勢いで斬撃を浴びせても、そもそもとして首が太い上に骨か手前の筋肉が硬いのか。

 ゲーム的視点で見れば『防御力』になるのだろうけど、どうにも一発で落とせないことが多いので、仕留めるためには点で押し込む突きの方が確実であることを実戦の中で学んできたところだ。

 地に伏す牛を確認したのちすぐにカルラの方を見やれば、マンティコア相手にスピードで翻弄しているところ。

 やはり、速度は断然俺より速い。

 だが――


 ゴッ!


 マンティコアの顔面を蹴り上げたその動きから、筋力が俺より大きく不足していることが分かる。

「カルラ! 貸した剣でブスッといっちゃえ!」

「だからボクは、短剣が得意なんだってば!」

 貸した2代目ショートソードを無理に振り回してはいるも、【剣術】のスキルレベルが低くて行動のアシストがあまりかかっていないのは丸分かりだった。

 しかし、よほどの事態でもなければ手は貸せない。

 ここで生活をしていくのなら、カルラ一人で周辺の魔物を倒せることは大前提になるし、それが難しいなら前の洞窟で過ごしていた方が二人にとっても幸せだろう。

 それに――俺の【洞察】に間違いがなければ、カルラはこのくらい問題無く倒せるはずなのだ。

 なんせ俺と似たり寄ったりの強さはあるはずなのだから。

 きっと、言えない何かを隠している。

 というよりは、まだ俺に本気を見せられるほど信用されていないのだろう。

 カルラが信じるのはゼオであり、ゼオの意向があるからついてきているわけで……

 それはしょうがないことだし、俺だってまだ言えていないことがいくつもあるのだからお互い様だ。

 上台地にいる神様なんて、素性含めてさらに言えないことを多く抱えている。

 上手いやり方が分からなくて、まだ色々と歪で、それでもかつて憧れた『仲間』を形にしてみたくて――


(不慣れでごめんだけど、頑張るから)


 ズーン――……


 そう心の中で謝罪したのと同時に、マンティコアが横に倒れていった。

「やっと終わったー!」

「お疲れ~武器が無くても一応は倒せるね。まったく攻撃は食らってないし」

「でも象なんてたぶんボクじゃ無理だよ?」

「魔法は?」

「一番得意なのは【氷魔法】かな! あと【闇魔法】も師匠に教わって結構使えるかも」

「お、じゃあ今度【闇魔法】教えてよ。いまいち魔法が想像できなくてさ」

 俺の中で一番苦手な魔法だ。

 発動結果を雷や氷のように頭の中でイメージできていないので、発動できる魔法のバリエーションがかなり限られてしまっている。

 ゼオに聞くのが一番だけど、でもきっと、こういうことが大事なのだ。

「いいけど、ボクのもすんごい普通だよ?」

「いいのいいの。あ、それとそのうち埋めてある装備拾ってくるから、どんな武器使いたいか考えといてね」

「なにそれ?」

「盗賊とか山賊討伐した時の戦利品。だから難点は装備の質が悪い!」

「へ~じゃあ練習用には丁度良いね! ボク槍使ってみよっかな!」

「オッケ~いっぱいあったはずだから色々と試してみたらいいよ。しっくり来るならちゃんとした素材のやつ作ってもいいしさ。って、ゼオの皮むき作業終わりそうじゃん! 早く木を運ばないと!」

「ぎゃ~師匠に怒られちゃう~♪」



 ……――ズズズズッ――……



 俺がスパスパと【風魔法】で伐採し、二人して木材をせっせと湖の畔にいるゼオへ渡せば、器用にコロコロと回しながら木の皮をむいていく。

 少し湖から離れた高台には、俺が【土魔法】で生み出した、硬く、そして深く刺さった石の土台が。

 ここからは部分的に削った木をパズルのように組み合わせながら1段ずつ積み重ねていくらしい。

 講習会で3段目まで積み重なった状態を見ても、俺じゃ絶対に無理だなと分かるほど非常に綺麗な出来栄えだ。

「周囲の木は遠慮なく伐採してくれ。そうすれば魔物がここまで寄ってくる確率は大きく下がる」

「んん? それって魔物の生息エリアが縮まるってこと?」

「そういうことになるな。森に住む魔物はその境界をなぜか意識することが多い。目の前で餌が逃げている状況でもなければ、好んで森から出てくることもないはずだ」

「まだ動物の方が出てくるよね~」

 それはパルメラとかルルブでも体感していたことだが、まさか森の真ん中をくり抜いても有効になるのか?

 それならこの地を拠点化するにあたって、これほど素晴らしい情報はないだろう。

 湖畔から周囲2~3㎞くらい平野を作れば、それだけで相当な安全を確保することができる。

 森に住む亜人の多くはこの程度の知識くらい普通なのかもしれないけど……それでも頼り甲斐マックスなこの魔王様。

 どこかの女神様達とはほんと大違いである。



 ……――ズズズズッ――……



「じゃあもっと安全圏増やすために、本気の伐採しまくってくるわ!」

「まだまだ木材は使うからよろしく頼む。カルラは薪割りだな。皮がついたままのやつをどんどんやってくれ」

「はーい!」

「それとロキ」

「ん?」

「先ほどから地鳴りのような音が響くのだが? これはなんなのだ?」

「あ――……こっちに影響が出るモノじゃないと思うけど、もうちょっと周囲を綺麗にしたら念のために見てくるよ」

 どうせ犯人は上台地の神様達なのだ。

 何をやればこんな地面が揺れるのか分からないけど、きっと、どうせ、というか絶対。

 今はここぞとばかりに好き放題やっている真っ最中なのだろう。


(家を作っているはずなのに、どうなってんだよ……)


 そう思いながらも、まずはこの場で唯一死ぬ可能性があるゼオの身の安全が最優先と、魔物と森をセットでぶった斬っていき――小一時間した頃。

 それでも断続的に続く地鳴りの様子を見にいけば、上台地は変わり果てた姿に変貌していく真っ最中だった。252話 <開拓者>

 家なのかよく分からないものはたしかにあった。

 断崖から1㎞くらいは奥に入ったところだろうか。

 川の近くで凄まじい量の木材に囲まれながら、今にも崩れそうな掘立小屋をアリシアが作っている。

 その横では木の皮むきをしているフィーリルとリステが。

 いや、あれは皮むきなのか……?

 根っこ付きの木が大量に宙を舞っており、物凄い勢いで皮や根っこが何かで削られていた。

 しかし量は減ることもなく、次から次へと大量の木材が空から飛来している。

 目を凝らせば、遠くでリアが手をバンザイしてなんかやっており、大きな石はまた別の場所へ凄い勢いで飛ばされていた。


(【重力魔法】と、皮の削りは【風魔法】だよな、たぶん……)


 どの魔法を使っているかは予想できるが、やっている内容は理解ができない。

 というか、ここは2時間くらい前まで辺り一面が森だったはずなのだが?

 それが1㎞どころか、周囲数㎞に渡って土が向き出しの平坦な台地が続いており、切り株さえ一つも見当たらない。

 俺達がコツコツやっていた伐採とはあまりにも違う結果で、まさかこの女神様達に負けたのかと、なぜか悔しさまで込み上げてしまう。


(この犯人は、誰だ!?)


 血眼になって探せば――……うーん、アレだろうな、間違いない。

 遠目からでもモコモコと、地面が広範囲に渡ってうねりながら隆起を繰り返している理解不能な現象が起きていた。

 近くに飛んでいけば、そこには片膝を突き、両手のひらを地面に付けながら前方を見据えるフェリンの姿が。

 そのまま異世界勇者を召喚しそうなポージングにビビッてしまうも、その表情はいつになく真剣だ。

 フェリンなのに話しかけにくいと感じるほどだったが、それでもこの状況――聞かないわけにはいかないだろう。


「や、やっほー!」

「あ、ロキ君だ! ヤッホー!」

「俺も下台地で伐採してたんだけどさ、まったく切り株を残さないっていうのは凄いね。これは【土魔法】でやってるの?」


 上手く活用できれば、下台地での作業も捗る。

 そう思って聞いてみれば、フェリンからは予想外の返答が返ってきてしまった。


「頑張ればできるんじゃないかな? ずっと範囲は狭くなっちゃうと思うけど」

「え? ってことは、フェリンは何をやってこんな綺麗に整地できてるの? あ、もしかして【精霊魔法】?」

「ぶっぶー! 【地形変動】ってスキルだよ。凄いでしょ!」


 ……なんぞ、それ?

 絶対ないよなぁと思いながらスキルツリーを眺めるも、やはりまだ解放すらされていない。

 いったいどうすれば手に入るのか。

 答えを聞こうか聞くまいか悩んでいると、先にフェリンが納得のゆく答えを教えてくれた。


「私の固有最上位加護<開拓者>についてくるスキルだからね~こういう時には便利でしょ?」

「はは……まさにここが出番って感じだね。そりゃ俺じゃ真似できないわ。【地形変動】ってことは、もしかして山や川を造ったりもできるの?」

「そうそう! って水を一緒に生み出すわけじゃないから、その地形を造るだけだけど。大規模で地形を変えるものって思っておけばいんじゃないかなー? その分魔力の消費すんごいけどね!」

「ほえ~」


 凄いな……

 あまり神様っぽくないフェリンだけど、固有最上位加護はリアに次いで人外染みているんじゃないか?

 思わずそう思ってしまった。

 地形クリエイトとまではいかないにしても、かなりそれに近いことを広範囲でやってのけるのだ。

 まさに神の御業。

 見てしまえば欲しくなるけど――……


「リルは、まさか具合悪いのに、この奥?」

「うんうん! しょうがないからゆっくり魔物を狩ってくるって言ってた!」

「そ、そう。相変わらずだねリルは」


 それでも、やっぱり言えないよね。

 これからやっと楽しみにしていた旅に出られるというのに、フェリンの出鼻を挫くようなお願いなんてできるわけがない。

 でも、それでも、いつかは欲しいなぁ……

 そう思いながら、「地面が揺れているからほどほどにね」と告げ、リルの様子を見に現在進行形で開拓されている森の内部へと入っていった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 揺らめく火にかけられた不思議な容器は、先日本を買いに寄った王都で見つけたモノ。

 どうやらコーヒー豆と一緒にラグリースへ入ってきているらしく、店員さんに聞けば、それはコーヒーを作る専用の器具らしい。

 そう言われると、ばあさんの部屋でも似たようなモノを見たような気が……となれば俺に買わない選択なんてなかった。

 言われた通り何回か煮立ってはかき混ぜてを繰り返し、そろそろいいかなと思ったところで木のコップに注ぐ。


「ゼオとカルラも飲む?」

「良い匂いだな。我も貰いたい」

「ボクは血があるから大丈夫だよ~」


 カルラはそう言ってマイコップを持ちながら森の方へと走っていった。

 数本残した木にはいくつかの部位に分けられた魔物の死骸が吊るされており、血抜き兼カルラの飲み物用として、血が溜まるように【土魔法】で生み出した石材の大きな器を設置しているので、今後は飲み物に困ることもないだろう。

 最初はこの付近の魔物が全部大きいと嘆いていたけど、今じゃ血の量が豊富とあってニッコニコだからな。


「うげ~風でさっきから焚火の煙が……でも火に当たりながら寒空の中で好きなコーヒーとは、なんと贅沢なことか~」

「生木だからしょうがない。それにしても、我が眠る前と似たようなモノが今も使われているとはな」

「なんかこの世界は文明が全然発展しないどころか、ちょっとずつ衰退しているみたいだからねぇ。あ、何か追加で生活に必要そうなものある? 言われても今の時代じゃ存在しないものがあるかもしれないけど、あるならそのうち纏めて買ってくるよ」

「ふむ。ではノコギリを用意してもらえないか? 魔力の節約で【風魔法】を使わないようにしているのでな。情けないことに木すらまともに切れん」

「オッケ~ノコギリね。でもまぁゼオの知識で皆が助けられてるんだから気にしないでよ。いてくれなかったら今頃大変だよ?」


 そう言って思わず上台地を眺めれば、コップを啜りながら歩いていたカルラも賛同する。


「そうそう。別に嫌いじゃなかったけど、師匠がいなかったらずーっと洞窟暮らしだからね!」

「ふっ……そう考えると誰に非難されるわけでもないこの地は非常に過ごしやすいな。ロキよ、上の者達は大丈夫そうなのか?」

「あーうん、なんか練習って言って小屋が乱立してたけど大丈夫だと思うよ。あの人達は俺なんかより全然強いし逞しいからね。たまに今日顔合わせした"アーシア"が何か聞きにくるかもしれないけど、その時はできれば教えてあげて? 何かあればきっと彼女も助けてくれるはずだから」

「承知している。あの高さを移動してきているわけだしな。上台地の者達も、ロキにとっては仲間なのだろう?」

「うん、仲間……というのもあるけど、大事な人達――『理解者』になるのかな?」

「そうか……ならば大事にしないとな」

「大事な人ってさ、いなくなるだけで、ほーんと全てがどうでもよくなっちゃったりするもんね」

「……ほんとに、ね。だからもうちょっとここの安全がしっかり確保できたら、上と下を行ったり来たりすることになると思うけど気にしないでね。あ、あと崖の途中に隠れ家作るかも」

「あ、ボクも作りたーい!」


 そのあとも3人で火に当たりながら今後の予定を決めていく。

 ゼオは1軒目のログハウスを作ったら、薪棚ともう一つのログハウスを。

 カルラはゼオと一緒のログハウスみたいなので、俺は崖の中でも十分寝られるけど、一応そちらは俺の個人用にしてくれるそうだ。

 そして終わったらなんと、湖で漁をするための小舟も作るらしい。

 船まで作れるとか、マジでゼオさんハンパねーっす! と一人興奮したのは言うまでもない。

 基本は例の古代魔道具が作用している範囲内を行動するので、今後も安全地帯の拡張を進めていけば、まずゼオがこの地でいきなり魔物にやられているなんてことも無くなるだろう。


 そしてカルラはこの状況でゼオの傍を離れるわけもなく、今課題となっている安全地帯の拡張と、拠点付近の魔物退治が当面の行動予定になる。

 その合間に資金調達用の魔石を確保しつつ、死体をバラして皮などの素材活用法を考えるらしい。

 特にマンティコアは毛がなかなか良質っぽく、床の敷物に最適だと喜んでいた。

 料理は二人ともそこまで得意じゃないらしいが……まぁ男3人だしね。

 全員肉が食えればとりあえずはオッケーなので、塩さえ切らさなきゃ問題無いだろう。

 食材なら一応俺の収納にも入っているので、食い物で困るようなことはまず無さそうである。


 そして肝心の俺は、今日中に崖の内部を大きく加工し、デカい氷を壁に埋めた冷蔵食糧庫を設置。

 あとは家と湖の間にでも大きめの風呂を1つ作ったら、明日から一旦ヴァルツ王国のマッピング作業を止め、ここを拠点にパルメラの狩りを本格化させる。

 理由は3つあって、一番はここのAランク狩場ならレベルが1つくらいは上がりそうだからだ。

 今欲しいのはスキルポイントで、調子に乗ってきっちり0ポイントまで使い果たしてしまったため、いざという時用のスキルポイントがなんぼかは欲しいところ。

 ヴァルツ王国の『ルシェ』にはスライムがいたように、場所が変われば同じ第六層でも魔物構成が変わる可能性は大いにある――ならば探索ついでにB~Aランク狩場の魔物情報を収集。

 ついでにB~Aランク狩場を巡って経験値も稼ぎつつ、軽くスキル収集を行えば一石二鳥ってなもんである。

 非効率でも所持スキルのレベルが高ければ、一定ラインまでは簡単にスキルレベルを上げられるわけだしね。

 ここで新規スキルを拾いつつ、まだまだ欲しい魔力総量を底上げしていくのも狙いだ。

 あとはついでの第七層以降の調査だな。

 まずは存在するのかどうか、そして存在した場合Sランク相当の魔物は倒せるのか。

 ……たぶん、やるならガチンコだろう。

 客観的に自分が今どの立ち位置にいそうかを考えれば、Sランク魔物は勝てるはずだけど状況によっては死がチラつく。

 Aランクハンターフィデル達との交戦を考えればそんな気がしてくる。

 なので状況次第だな。

 ガーゴイルの【絶鳴】や【招集】のような、魔物を集める効果のある特殊スキルでも無ければ魔物が散り過ぎていて効率が悪い。

 おまけに換金場所が近くにないので、資金不足なのに金銭効率もあまりよろしくない。

 これは間違いないことなので、あまり時間を掛けずに美味しい部分だけを拾っていこうと思う。


 さーて、方針が決まればサクッと作業開始だ。

 まずはナイスなお風呂を作っちゃいますかねぇ。253話 魔物分布状況

(魔物の名称が分からないのは想像以上に不便だな)

 そう思いながら、俺は一人で周辺魔物の調査を進めていく。

 今まではハンターギルドの資料に名称がしっかり書かれていたのだ。

 無ければ適当に名付けるしかないと、なんとなくの雰囲気で手帳に所持スキルや分布エリア情報を書き込んでいった。

 ひとまずはデータを取ってからどこを重点的に攻めるか、効率重視で決めていく。


 <一度通過したBランク帯>

 ・ガーゴイル:【飛行】Lv3 【絶鳴】Lv5 【爪術】Lv4

 ・青い鳥:【飛行】Lv5 【氷魔法】Lv3 【氷魔法耐性】Lv3

 ・ユニコーン:【雷魔法】Lv4 【雷属性耐性】Lv3 【突進】Lv4


 <拠点付近のAランク帯> 

 ・黒象:【踏みつけ】Lv5 【威圧】Lv4 【物理攻撃力上昇】Lv2

 ・マンティコア:【飛行】Lv1 【爪術】Lv5 【咆哮】Lv4

 ・6本角の牛:【突進】Lv5 【狂乱】Lv5 【旋風】Lv3


 一度通過しているルートの魔物。

【絶鳴】のボーナス能力が魔力なので、こいつのスキルレベルを8にして魔力を盛りたいところだし、地上にいたことだけは知っていたユニコーンの【雷魔法】も俺の主な攻撃手段になっているので、できれば粘ってレベル8まで上げたいところだ。

 狩ればついでに未取得だった【雷属性耐性】もついてくるわけだしね。

 ただ何よりも嬉しいのは、黒象の所持していた魔物専用スキルの【物理攻撃力上昇】だろう。

 これはかつて<ボイス湖畔>で出会ったマッドクラブの【物理防御力上昇】と同じで、レベル1上がるたびに筋力が3%ずつ上がる割合上昇タイプだ。

 伸びている筋力だからこそ恩恵も大きいので、肉はあまり美味しくないって結論が昨日出たばかりなのに、この黒象を見るとヨダレが出てきてしまう。

 スキルレベルが高くなかったのはちょっと残念だけど、拠点付近ですぐ出会えるってところもかなり大きいし、デカい象牙も素材として高く売れそうな気がするので、ゴリゴリ狩りまくっていこうと思う。


 今いるパルメラ北部のデータ取りが終了したらお次は東へ。

 すると入り口付近でスライムに入れ替わったのと同様に魔物構成が少し変化した。


 <東のBランク帯>

 ・赤目のフクロウ:【飛行】Lv4 【夜目】Lv5 【爪術】Lv3

 ・青い鳥:【飛行】Lv5 【氷魔法】Lv3 【氷魔法耐性】Lv3

 ・ユニコーン:【雷魔法】Lv4 【雷属性耐性】Lv3 【突進】Lv4


 <東のAランク帯>

 ・6本角の牛:【突進】Lv5 【狂乱】Lv5 【旋風】Lv3

 ・黒象:【踏みつけ】Lv5 【威圧】Lv4 【物理攻撃力上昇】Lv2

 ・空を飛ぶ小型の虎:【飛行】Lv2 【噛みつき】Lv5 【爪術】Lv5


 夜間飛行でも通過させない気満々の怖い顔したフクロウがBランク帯に登場し、Aランク帯もマンティコアと似たような系統でありつつかなり素早さも高い、羽の生えた虎が登場した。

 DPS狙いの【体術】―【爪術】コンボは今後も使いそうなので、高レベルの【爪術】は俺にとってもかなりありがたい魔物だ。

 ついでに今は敏捷が足らないので、コイツから【魂装】で敏捷数値170超えを引き当て補強しておく。

 この世界に飛ばされた直後にこんなのと出会っていたら、確実に失禁コースだろうけどなぁ。

 今は灰色の毛皮が気持ち良さそうとか思っているわけで、人間慣れとは恐ろしいものである。


 そして拠点から南西方面へ向かうとこのように構成が変化する。


 <西のBランク帯>

 ・赤目のフクロウ:【飛行】Lv4 【夜目】Lv5 【爪術】Lv3

 ・青色の竜:【飛行】Lv5 【氷結息】Lv4 【氷魔法耐性】Lv3

 ・ユニコーン:【雷魔法】Lv4 【雷属性耐性】Lv3 【突進】Lv4


 <西のAランク帯>

 ・カトブレパス:【石眼】Lv5 【爪術】Lv3 【石化耐性】Lv4

 ・マンティコア:【飛行】Lv1 【爪術】Lv5 【咆哮】Lv4

 ・斑模様の熊:【突進】Lv5 【噛みつき】Lv4 【爪術】Lv5


 なんと、ここで初めての竜が登場だ。

 と言ってもBランク帯だし、自分の背丈よりちょっと大きい程度のかなり小型なので、出会った時はワクワク感の方が大きかった。

 既に竜の親戚みたいな恐竜のボスと対峙はしていたしね。

 初めて氷系のブレスも見ることができたので、【火炎息】――【灼熱息】と同じで、きっと【氷結息】の上位版もあるんだろうなと予想している。

 ちなみに氷系ブレスは【発火】で余裕でした。

 ただ西のAランク帯にいる一つ目の獣――たぶんカトブレパスは、あれはなかなかヤバい。

  過去の知識から近づく前にスキルを覗けば、案の定危険極まりないスキルを所持していた。

【石眼】――たぶんフォトルシープからゲットした【睡眼】の親戚みたいなものだろう。

 まぁ上空から有無言わさず魔法で殺しまくっていたら【石化耐性】のレベルが上昇したので、そこからはただの牛程度にしか見えなくなったが。

 ちなみに凶暴な熊はただデカくて硬いだけのパワー系でした。



 最後の拠点南部はこの通り。


 <南のBランク帯>

 ・魔物の木【気配察知】Lv3 【不動】Lv3 【光合成】Lv3

 ・青色の竜 【飛行】Lv5 【氷結息】Lv4 【氷魔法耐性】Lv3

 ・ガーゴイル【飛行】Lv3 【絶鳴】Lv5 【爪術】Lv4


 <南のAランク帯>

 ・カトブレパス【石眼】Lv5 【爪術】Lv3 【石化耐性】Lv4

 ・空を飛ぶ小型の虎【飛行】Lv2 【噛みつき】Lv5 【爪術】Lv5

 ・斑模様の熊【突進】Lv5 【噛みつき】Lv4 【爪術】Lv5


 グルッと回った反対側でも「おぉ!」と声を上げてしまうような神スキルとの出会いが。

 それはBランク帯で樹木に擬態していた魔物の持つ【不動】というスキルだ。

 俺がよくお世話になっている【硬質化】の亜種みたいなもので、身体が動かせないことを条件に、スキルレベル1でも1秒間防御力12倍という破格の上昇値を叩き出してくれる。

 しかも物理防御だけと思われる【硬質化】と違い、こちらは詳細説明に魔法防御もしっかりと記載されていた。

 ただ【硬質化】は動けるし、消費魔力も【不動】より断然少ないので一長一短。

 それでも完全防御に回る時は動かないことの方が多いので、このスキルは今後も確実に使うスキルだろうなという予感がビンビンしてくるね。

 ちなみに『動けない』のではなく『動かせない』なので、例えば飛行中だとしても一応使えることは使える。

 使った途端接続が切れて落下という"動作"をしていたので、スキル使用中は自らの意思で身体を動かすことは一切できないと思っておけばいいだろう。



 これで全部かは分からないにしても、パルメラという広大な森が東西南北という4ブロックに分かれていたことは判明した。

 空間転移と飛行を駆使してでも相応の日数は要してしまったが、それでもこれだけ探索が進んだ結果は非常に大きいと、地図画面を見ながら一人頷く。


(残りの中心部は、ちょうどラグリース王国が収まるくらいの大きさか……)


 マッピングはドーナツ状に、中心部を囲むような形で行なってきた。

 しかも生息魔物の調査が目的ということもあり、Aランク帯とBランク帯の繋ぎ目を意識して移動していたので、もしあったとしてももう1層――第七層が最後にあるかどうか。

 未踏破領域の規模を考慮すればそのくらいが妥当なところだろう。

 そして、中心部には―――

 思わず眼を細めて中心部を眺めるも、|ま《・》|だ《・》何も見えない。


「……うーし、まずはA―Bランク帯のスキルを回収していくか」


 ドクン、と。

 心臓が高鳴るも、ここは我慢だ。

 この先はもっと強くなる可能性もあるのだから、眼下で手軽に拾えるボーナス能力を拾っていかないのはタダのバカである。


「お楽しみは、後に、美味しく」


 そう呟き、俺はコチラに向かってきていた青色の飛竜を両断した。254話 勉強会

「アリシア~? 差し入れだよー?」

「あ、ロキ君。今いいところなのでちょっと待っててくださいね」

「ほーい」

 返事をしながら空き地に作られた休憩用の焚火スペースに火を付け、石の机にいくつかの食べ物を並べていく。


 なんだかんだと毎日様子を見に訪れている上台地。

 日増しに変貌を遂げていったその姿は既に落ち着いており、今ここで活動しているのもアリシアくらいしか見当たらない。

 そしてそのアリシアはログハウス作りの大詰めといった感じで、屋根の製作に取り掛かっていた。

 なんだか格好もヒーラーから作業着を着た職人みたいになっており、へっぴり腰でもどんどん作られたモノは様になってきている。

 さすが【建築】レベル10の神様。

 よく分からないけどコツを掴んできているっぽい。


「ふぅ~お待たせしました」

 腕で額の汗を拭い、カラリと良い笑顔を向けるアリシアがなんとも眩しい。

「いえいえ~あとちょっとだね。最初の傾いていた頃に比べたら別物に見えるよ」

「ふふっ、せっかくなら良いお家を作りたいですからね。魔王――ゼオさんだけでなく、教会を訪れる人種の記憶からも技術を学んでいるんですよ?」

「おぉ、さすが神様だね~! あ、それならさ。『釘』を使っている人もいたよね?」

「釘? それは――……まだ聞いたことがないと思いますけど?」

「あれ? 鉄の細い棒をトンカチで打ち込んで、木と木を固定させちゃうやつなんだけどさ。もしかしてこの世界だとまだ無いのかな?」

 大工作業と言えば真っ先に出てくるのは釘で、ゼオは亜人だから昔ながらのやり方を実践していると思っていた。

 剣や槍などの鉄製品は普通にあるわけだし、釘くらいならどこかにありそうなものだけど……

「もしかして、地球だと当たり前にあるモノですか?」

「どこの家でも、よほど特殊な場合を除けばまず使ってるだろうね。ん~もしかしたらどこかの地域で情報が止まっているのかもしれないし、こないだ見せた町の協力者に作れそうか聞いてみるかな?」

「ぜひ、お願いします!」

 ふーむ。

 あまり出回っていなければ相談する価値があるかもしれないな。

 グルグルしているネジは厳しいかもしれないけど、釘くらいならたぶん誰かが作ってくれるだろう。

 お金になるかはその後の話だ。


「それにしても、ごめんね。全然手伝えなくて」

「良いのですよ。ロキ君が何を重視しているかは理解していますから」

 当初から言ってはいたことだが、それでも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 俺はまだまだ魔物を倒して強くなりたい。

 少なくともハンスさんという大きな目標と出会い、その強さを実感してしまった以上は、ここでのんびり家を建てている余裕がないのだ。

 夜に細々とした手伝いをするくらいしかできそうにないし、フクロウから高レベルの【夜目】を取得すれば、夜間も暇さえあれば狩りに出てしまいかねない。

「それに」

「ん?」

「大変ですけど、何かに夢中になるというのは、凄く楽しいことを知りましたから」

「分かるよ、その気持ち。……じゃあはい、そんな頑張り屋さんにはコレを用意しました! 魔物の木から採ってきためちゃ美味しい果物です!」

 南部のBランク帯に生息する魔物の木は、明らかに釣り用と思われる真っ赤な実をいくつも枝から垂らしていた。

 安易に採りにいけば地中に隠された根で拘束され、鋭利な枝や他の根で串刺しにしようとするわけだが、無事倒せればプリプリに実った果実をゲットできるのだ。

 最初はこれも罠かと疑っていたけど、【鑑定】を掛ければ『食用の果実』と判別はできる。

 レベルが低くてそれ以上は分からなかったが、食用ならば食うしかないわけで、スパパッと切った後に一口齧った瞬間、果物としては過去一番の甘さに、「ウホッ」と休憩で座っていた俺の尻が浮くほどだった。

 過去にベザートの教会で食べた高級果物、ラポルの実よりも数段上なのは間違いないと思う。

「わあ~物凄く甘いですよこれ! 美味しいです!」

「でしょでしょ~? Bランク魔物を倒さないと得られない果実だからね。いっぱいあるからどんどん食べて。あ、他の皆も食べるかな?」

「呼びますか? この時間は教会が忙しいので、リアは今動けないかもしれませんが」

「リルは回復までもうちょっと寝ていて、3人はもう旅に出たんだもんね」

 フェリンや他の皆が、急ピッチで作業に当たっていたのもこれが理由らしい。

 開拓の下準備を終え、既にそれぞれの女神様達が動き始めていた。

「えぇ。でもあの3人ですから、言えばすぐに来ると思いますよ」

「じゃあ買い出しに必要な物も聞いておきたかったからお願いしていい? リアはもし忙しかったら、どうせまた狩りにいくから別に用意するよ」

「では少し待ってくださいね」

 そう言ってアリシアが動かなくなったので、その間に木皿を出してスパスパと謎の果実を切り分けていく。

 すると10秒も経たずして次々と渦巻く青紫の霧。

 どうも、数はちゃっかり5つあるように見える。


「美味しい果物があると聞きましたよ~?」

「凄い果物はどこ!?」

「食べにきた」

「ロキ君が来ていると聞いたのですが?」

「食べたら、元気になるかも、しれん」


「……」


 まぁそんなもんだよねと思いながら、それぞれに切り分けた果実を渡していく。

 リルにはしょうがないから、ユニコーンの生肉もあげておこう。

「はい、リルにはこれ。カルラが大絶賛で食べまくってたユニコーンの生肉。ゼオに【鑑定】してもらったら普通に食べられるみたいだけど、生が嫌なら焼いてもいいと思うよ」

「ほぉ!?」

「あ、私も食べてみたい!」

「赤いし、私も食べる」

 リル、肉見た途端めっちゃ元気になるんだが?

 リアも食べるの判断基準がよく分からない。

 ……まぁいいか。

 今は皆が頑張ろうとしているわけだし、フェルザ様とは相変わらず連絡が取れていないようなので、女神様達が頑張ったところで誰も褒めてくれる人がいないわけだ。

 ならばせめて俺が、些細でもできることで――


 その後もなんだかんだと普通の食事を摂りながら、風呂職人としてこれだけは作ることが使命と感じている風呂の設置場所や中身をどうするか。

 あとは町での買い出し要望なんかを聞いたところで、6人揃っているなら丁度良いかと俺から話を切り出した。

「え~では皆さん、丁度良い機会ですし、今から勉強会を始めたいと思います」

「「「「「「???」」」」」」

 全員が理解できていないようなので、片付けた石机の上にドンドンドドーン! と先日購入してきた新しい本を置いていく。

 チラホラ悲鳴が聞こえるけど気にしない。

「下界の知識を得るための貴重な資料です。言っときますがクソ高いので! くれぐれも扱いにはご注意を。では皆さん、一人一冊お取りください」

「「「「「「……」」」」」」


『軍部の強化 名馬育成法』

『大陸ダンジョン紀行 初編』

『魔道具一覧 2巻』

『猫を飼おう』 

『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』

『オークション主催国 その規模と傾向について』 

『スキルレベル検証 農耕編』


 並べたのは、このように記載された厚みの違う7冊の本。

 正直、どう見ても数千万の価値ねーだろって突っ込みたくなる題名も混ざっているが、王都の書庫にある本を全部欲しいと言ったのは俺だからな。

 こういうモノも含めて蔵書を増やしていく所存でございます。


「あ、私これなら読みたい!」


 そう言って真っ先に『スキルレベル検証 農耕編』を取っていくフェリン。

 そうでしょうそうでしょう、そう思って本を出したのですから。

 次いでフィーリルも――


「私はこれにしましょうかね~」


 そう言って取ったのは、あれ?

 予想外に『軍部の強化 名馬育成法』を取っていく。

 その本はリル向き、フィーリルは『猫を飼おう』を選ぶかと思っていたけど……まぁいいか。


「私はオークションに興味がありますね」


 リステは『オークション主催国 その規模と傾向について』を。

 リアは無言で『魔道具一覧 2巻』を取っていくので、俺もそろそろと『大陸ダンジョン紀行 初編』に手を伸ばす。

 なんせまだ1冊も読んでいないのだ。

 買った本を積み上げる趣味は無いんだが、宿暮らしでもないため、落ち着いて読めるような時間が今まで無かった。


「私は、これだな」

「え」


 俺も間違いなく、普通に手を伸ばしていた。

 が、横からリルが、視界がブレるほどの速さで俺の狙っている『大陸ダンジョン紀行 初編』を掠め取っていく。

 なぜ、そこまで素早い? 病人ではなかったのか?

 これじゃ、もう――


「動物を飼ってみるのも良さそうですね」


 アリシアは、何事も無かったかのように『猫を飼おう』を掴み取った。


「……」


 そうかそうか、俺はこいつか。


『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』


 いや、知らねーし。ロマンドって、誰だよおまえ。



 頭上に光る球体を発生させ、全員分のコーヒーを用意したら、焚火に当たりながらそれぞれが本を読む静かな時間が流れる。

 他にも過去に得た4冊の本を置いておいたので、読み終わってしまった人は別の本を読んだっていいだろう。


 ロマンドさんは――ふーん、放浪の貴族?

 なんか世界を旅した記録を残したっぽいが、どうも冒険者というよりは金で色々解決していたような雰囲気が文章からは伝わってくる。

 専用馬車に専用御者って。

 それにどのページを見ても、どこそこの国で食べたこれが美味かったとか、この地域にある風土料理は食す価値があるとか、料理関連な話がかなり目立つな。

 というかこの人、自分のことを美食家とか言っちゃってるわ。

 ロマンドさんがどの時代の人かは分からないけど、少なくとも出てくる地名に聞き覚えがない。

 地域がはっきりしないんじゃ何の参考も――

 そう一人ボヤきながらページを捲り、書いている内容を見て固まった。


『白い粒は小麦の替わりとなり、しかし代用では留まらぬ旨みを秘めていた。今回は茹でたモノを食したが、さらに東方では蒸す地域もあると聞く。ぜひ、一度は食べてみたいものだ』


(国名は―――『オルトラン』、でいいのか? その後にある『ドミア』という言葉からしても、こちらが地名な気も……)


「ごめん」

 せっかく皆が静かに読んでいるというのに、邪魔をするのは申し訳ないと思った。

 でも、どうしても、これだけは確認しておきたい。


「オルトランって国名、もしくは地名に聞き覚えってあるかな?」


 すると、予想外にもリルがすぐに答えてくれた。

「ドワーフ王国の、近くだったはず、だ。あの辺り、だけは詳しい。この本にも、名前が出て、くる」

 そう言って俺に見せる表表紙には、当然のことながら『大陸ダンジョン紀行 初編』と書かれている。


 ははっ!

 マジかよ。


 つまりは――


 オルトランは、『ダンジョン』と『米と思しきモノ』が両方存在する、最高の国ってわけだ。



 ついでにリルへ「この本、ご飯の話しかしてないんだけど?」って言ったら案の定食いつき、そのまま本のトレードに成功。

 一番興味のある『大陸ダンジョン紀行 初編』をペラペラ捲っていくと、やはりというか、俺の心にグサッと刺さる内容が多く記載されている。

 初級だけあって、ダンジョンとは? というところから始まるので、まだまだ新米の俺には非常にありがたい。


 本の内容によると、ダンジョンは、別名『神授の地』と呼ばれる特殊な場所で、その性質から古代人ではなく、もっともっと昔に神様が創ったモノと世間からは認知されている。

 世界に3ヵ所あるらしく――意外と少ないかな? というのが率直な印象だが、しかし読み進めていく中でその特殊性を考えれば普通かとも思ってしまった。


 俺が普段通う魔物の生息地は、当然ながら決まった魔物がおり、倒せば魔石や素材といった人々の生活に直結するモノを得ることができる。

 しかしダンジョンの場合は出現する魔物がそもそも魔石を有しておらず、かつ死体もその場で霧となってすぐに消える――つまり同じ魔物でも前提がまったく異なるのだ。

 魔石も素材も拾えない、じゃあいったい何を目的にするのか?

 それは3ヵ所あるダンジョンの難易度にもよるらしいが、初編で纏められている初級ダンジョン『救宝のラビリンス』はこのように書かれていた。


 ◆『救宝のラビリンス』

 オルトランに存在する地下迷宮型40階層ダンジョン。

 出現魔物は多種多様だが、中心になるのは各種武器を携えたコボルト軍団であり、全階層通じて存在することが確認されている。

 10層ごとの階層ボスの他、40層には『救宝のラビリンス』のダンジョンボス、『ミノタウロス』が登場するも、多くの者はそれらボスの姿を見かけることはないだろう。

 ボス――守護者は倒されても半日で復活する上、倒せば希少ドロップの比率が高いとされているので、倒したければ現地で張り込む者達に参加交渉、もしくは排除する必要が出てくる。


 ◆ドロップ品

 種《シード》・・・野菜や果物、動物に魚といった生物の種の他に、成長の種も極々稀にドロップ事例あり。

 鉱物(10~6等級)・・・等級によるも、それなりにドロップする。

 現物(10~6等級)・・・対象等級内現物武器、装飾品ドロップは稀にあり、極稀に付与付きが、極々稀に特殊付与付きのドロップ事例あり。

 技能の書・・・種類や色、厚さにもよるが、極稀~極々稀にドロップ事例有り。

 職業の書・・・種類や色にもよるが、極稀~極々稀にドロップ事例あり。

 叡智の切れ端・・・極稀~極々稀にドロップ事例有り。番号による。


 その他、ダンジョン内を狩り場とするハンターを『ドロップハンター』とも言うらしく、書物ではその者達を『ギャンブラー』と称していたが、それはきっと大正解なんだろうな。

 なんせ魔物を倒したからと言って、必ず何かが落ちるわけではないらしいのだ。

 本によれば何かがドロップする割合は50%程度で、しかもそのうちの多くは木の実や小さい種といったもの。

 中には生きた生物――動物や魚なんかがその場に出現することもあるらしく、それらを食料にしながら滞在し、ちょくちょく落ちる鉱物の欠片を回収しつつ大物を狙う。

 これがドロップハンターの生き方であり生業らしい。

 一応鉱物は『神授の地』というくらいで特殊らしく、落ちるモノは少量でも非常に高純度品が必ずドロップする。

 それもあって鉱物の等級――つまり10~6等級だと鉄~銀ってことになるみたいだが、相応の量を集めれば纏まったお金にはなる。

 ただドロップ率の問題によって『外』で普通に狩る方が収益も安定して高くなりやすいため、結局はレアドロップに頼るしかない。

 だからこその『ギャンブラー』ということになるわけだ。

 対象鉱物の現物ドロップくらいなら通えば普通に出るらしいが……特殊付与付きとか、技能書&職業書とか、成長種とか。

 すんごく魅力的に映ってしまうこれらのアイテムは、文字通り『極々稀』の激レアらしく、一部は30年通って一度もドロップしないなんてことも当たり前のようにあるらしい。


(その代わり、出れば初級ダンジョンでも一発で億の値が付くこともある、か……)


 予想でしかないが、俺ならたぶん『成長の種』ってやつにゴリゴリ金を突っ込みたいって思ってしまうだろうな。

 それにもし俺でも書を使って職業選択できるなら、上級職とかの『職業書』なら金に糸目を付けないレベルで注ぎ込む自信がある。

 そして『救宝』とある通り、この世界のダンジョンとは報奨付きの|世《・》|界《・》|延《・》|命《・》|装《・》|置《・》のようなものなのかもしれない。

 種が絶えた時用の種《シード》を提供する場とか――まるで『ノアの箱舟』みたいな存在だ。

 生物種の中に『人』は混ざるのかとか、なぜ防具は無いのかとか。

 次々浮かぶ疑問を纏めながら、目の前の神様達に聞こうとして――

 なんだかんだと皆が真剣に本を読んでくれている姿を見て、「危ない危ない」とソッと俺はかぶりを振った。


(はぁ~しかしこの世界は、いくら稼いでも金が足りそうにないなぁ……)255話 素材換金

 目の前にはズラりと並べられた各種魔物の素材。

 それらを一つ一つゼオに見せ、【鑑定】の結果を教えてもらっては手帳にメモしていく。


「このデカい牙は?」

「ギリメカラの牙だ」

「この青い翼は?」

「アイスホークの羽根、らしい」

「この毒々しい尻尾は?」

「これはマンティコアの毒尾だな」

「あ、やっぱりマンティコアなのね」


 いったいなぜこんなことをやっているのか。

 それは現代人の感覚を持ったまま、何も考えずに素材を換金をしにいった俺が一度やらかし、泣いて帰ってきたからである。

 ネットが無いこの世界の現実を突きつけられてたと言ってもいい。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 収納のロストを防ぐため、回収した素材は拠点へ戻るたび一度外に放出していた。

 なんせ俺達と神様しかいない場所、盗難とか余計な心配をする必要もない。

 皮がフサフサして使えそうなやつは丸々そのまま、象とかデカいやつは素材になりそうな部位や魔石だけと、多少は無駄が省けるように考慮していたつもりだったが……

 えっちらおっちらと、収納で魔力消費が目立つようになってきたら拠点に帰還というのを1日何十回も、そして10日間以上やり続けていたら、そりゃ拠点は魔物の死体だらけになるわけで。

 カルラは血の池が作れるよ~とか危ないこと言いながら狂ったように解体していたけど、さすがに上台地にお裾分けしようが消費できる肉の量でもないし、素材は消化されることなく溜まり続けていくわけだし。


 「いい加減、金に換えろ」


 このようにゼオ師匠からお叱りを受け、意を決した俺はゴリゴリ魔力が減っていくほどの量を収納して久しぶりに町へと転移したわけだ。

 ちなみにその時の移動場所は、換金したお金を預けられるからという理由で王都ファルメンタだった。


 さすが周囲にFランクしかないギルドだよね。

 解体場にいたのは腰の曲がった爺さん一人だし、寂れているというよりは、ほとんど解体場が稼働していないような雰囲気を感じてしまう。

 俺はここじゃ難しいかなと内心思いながら、奥で一人黙々と書き物をしていたその爺さんに向かって尋ねた。


「あのー、この魔石は買い取れますか?」


 手には拳より一回り小さい|大《・》|粒《・》|の《・》|魔《・》|石《・》だ。

 爺さんの眉がピクリと動き、焦ったように「この付近で採れた魔石か?」と問われたので、当然のように「違う」と答える。

 あそこが近いなんてことはまったくない。

 すると爺さんはホッとしたのだろう。

 俺にギルドカードの提示を求め、シゲシゲと眺めたのちに確認してきた。


「この魔石はどの魔物から得たのじゃ?」


 ……いやいや、知らんし。俺が聞きたいくらいだし。

 その後は誰もいないのをいいことにあれこれ聞いてみたところ、管轄と言うか、付近に生息していない狩場の魔物素材でも買い取れることは買い取れるが、いくらで買えばいいかが分からないため換金までに時間がかかるとのこと。

 しかも見慣れない素材であれば、<鑑定士>なる専門の人間を呼ぶことになるので、高ランク素材ほど換金にお金がかかることを教えてもらった。

 魔物の名前を把握していれば、鑑定結果との照らし合わせで素材の信用度が高いと判断されるため、1個ずつ調べるなんて手間を掛けなくて済む分、手数料が大きく変わってくるらしい。

 ちなみに俺が【鑑定】を使っても『魔石』ということしか分からない。

 そのことも突っ込めば、物の多くは『等級』というものが存在し、特に魔物なんかはその等級の影響を大きく受けるらしい。

 つまりはBやAといった『ランク』ということになるわけだが、その等級と【鑑定】のスキルレベルは密接に関係しているため、高ランク素材ほど高レベルの【鑑定】も必要となり、だからお金がかかるという話だった。

 俺であれば【鑑定】レベルは2なので、10等級――Gランクと、9等級――Fランクのモノしかまともに鑑定できないってわけだな。

 いやー我ながらしょっぱいわ。

 おまけに【鑑定】のレベル次第で、仮に等級をクリアしていても見通せる内容が変わってくることは把握しているので、やっぱり奥が深いというか、高レベルじゃないとあまり使い物にならない気もしてくる。

 まぁこの爺さん曰く、世の大半は8―10等級のモノばかりだし、そもそも普通に生活していく中で等級を気にするような場面はあまりないらしい。

 普段から気にするのは、嗜好品やら調度品なんかに金を掛ける貴族や王族くらいだと笑いながら言っていたので、たしかにそう言われればその通りだなと思ってしまった。

 普通に使えれば、机や椅子が何等級だなんてどうでもいいしな。


「ちなみに魔物一体を丸々持ってきちゃってもいいんですか?」


 このように挑発的とも受け取られかねない大真面目な質問をすれば、「ほほっ」と肩を揺らしながら持っていた杖を上空に向け、円を描くようにクルクル回して元の位置へと戻っていく爺さん。

 なんか挑発し返された気もしなくもないが……

 気になってスキルを使えば、どういうわけかこの爺さんかなり強そうなので、解体できませんってパターンはまず大丈夫そうな気がする。



 そんなわけで、せっかく王都に行ったものの換金作業は一旦取り止め。

 クソほど素材があるのに1個1個鑑定なんて掛けられたら勿体ないと、王都付近の地中に素材を全部埋めて翌日戻ってきたのである。

 それでも地中に埋めていた盗賊絡みの戦利品をいくつか回収できたし、皆から出ていた欲しい物リストをある程度買ったり捕まえることもできたし。

 どうせ一往復で済む素材量じゃないので、これはこれで無駄にはならなかったはずだ。

 そしてこれから、通常キャパの何倍か不明なほどの素材を詰め込んだ状態で、俺は再度旅立つ。

 魔力消費量を考えれば時間との勝負。

 収納すれば最初に魔力消費の判定が入り、その後は"毎分"という判定で収納量に応じた魔力が減少していく。

 ならば収納――転移――即取り出しのコンボを素早く行えば、魔力がパンクしての資産ロストという事態は防げるはずなのだ。

 相当な額になるはずなので、緊張で手が汗ばむ。


「……さぁ、いくぜ」


 ゼオとカルラが見守る中、視界に広がる魔物の素材や死体を見据え、俺は拠点に残る全てを回収する勢いで収納を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 カラカラと。

 大きめの荷車を引き、俺は解体場に続く裏口からヒョッコリ顔を出す。

 まだ朝のこの時間。

 ハンターなんていても籠を持っていくくらいで、こないだ色々教えてくれていた爺さんが一人、カウンターや床を掃除していた。

 奥を見れば……ふむ。

 やはり前日の素材が残っているなんてこともない。

 広さは似たようなモノなのに、マルタなんかと違ってずいぶんスッキリしていらっしゃる。


「お爺さん、素材持ってきましたよ」

「ほぉ、こないだの。魔物の名前を確認してくるなんて言うとったが……分かったのか?」

「全部バッチリです。なのでいっぱい持ってきたんですけど、運んじゃって大丈夫ですか?」


 そう伝えれば、杖の先でチョイチョイッと、まるでどこぞのばあさんのように誘導される。

 ならば遠慮なくいっちゃいましょう。

 ドン、ドン、ドン、ドンッと、次から次へと素材をカウンターに移動させれば、爺さんはヒョイヒョイと分別しながら奥の作業台へと置いていく。

 想像以上に身軽だ。

 やっぱりこの爺さん、普通じゃない。


「これがAランク魔物『カトブレパス』の目と皮です」

「ふむ」

「で、こちらがAランク魔物『フンババ』って魔物の角ですね。何が素材になるか分からないので、6本セットの頭部をそのまま持ってきました。あとこれはAランク魔物『キュウキ』です。丸ごとで魔石も抜いていません」

「ほう」

「あとはBランク魔物『ユニコーン』の角と、こっちがAランク魔物『ギリメカラ』の牙です」

「たしかに」

「ん……? えーと、これ『マンティコア』の毒尾、ですね」

「そうじゃな」

「……あの? もしかして、今【鑑定】してます?」


 なんかこの爺さん、さっきからおかしい。

 素材を見せれば、まるで分かったように頷いている。

 もしや爺さんが<鑑定士>ってオチ?


「違うわい。昔倒したことあるやつが混ざっとるなーと思うての」

「あ――……そういうことですか。って、少なくともAランクハンターってことですよね?」

「昔はじゃぞ? とうに現役なぞ引退しとる」

「いや、そうだとしても、なんでこんなところに――」


 言いながら、自らの失言に気付く。

 久々にやらかした……

 そう思うも、既に言ってしまった後でどうにかなるものではない。

 その焦りが顔に出てしまっていたんだと思うが、爺さんは俺の顔を見て肩を揺らしながらクツクツと笑い始めた。


「何を勘違いしとるんじゃ。どこの国でも、王都を任されるというのは名誉なことじゃぞ?」

「え……いやでも、ここの解体場って、かなり暇じゃありません? 近くにまともな狩場もありませんし、お爺さんもここで一人ですし」

「たしかに、解体場は暇じゃな。だから儂がここを兼任しつつ仕事場にもしておる」

「ん? ……うん。ん……?」 

「ワシの知らぬ魔物まで混ざっとるとは、ニーヴァルのばばあが可愛がってるだけあるわい。ホレ、いいからどんどん持ってこい。まだあるんじゃろ?」

「え? あ、はい」


 んんん???

 兼任ってことは、解体場以外にも仕事があって、王都を任されてて――

 おやおや?

 これはもしや、爺さんってば王都ファルメンタのギルマスなのでは……?

 しかも任されるというくらいだから、もう一つ王都にあるはずのハンターギルドも含めてトップな可能性もある。

 おまけにばあさんとの繋がりまで把握しているということは、余裕で俺が異世界人であることも把握済みだろう。

 だから、どこの狩場で狩った魔物なのか、詳しいことは一度も聞かれなかったのか?

 絶対に聞かれると思ってどう躱すかの答えも用意していたのに、これでは逆に違和感を覚えてしまう。

 異世界人ならなんでもありだと思っているのか、それともまさか、【空間魔法】のことまでもう知られているのか……


 俺が転移で王都近郊の素材置き場に戻り、荷車に詰めて戻れば、解体場はその度に人が増えていった。

 デカい素材はどんどん別の場所に運ばれ、素材の数をカウントする専用のお姉さんまで登場し、木板の印だけがどんどん増えていく。

 背後では魔石を分別している人もおり、渡せば渡した分だけ籠や木箱に放り込まれていった。

 その光景を、爺さんは「ほほほっ」と、肩を揺らしながら眺めているだけ。

 でも現場は円滑に進み、素材置き場の素材がみるみるうちになくなっていく。

 そして一通り放出し終えた頃。

 解体場は入った時と同じ綺麗なままで、既に爺さんはカウンターを小奇麗な布で拭いていた。


「素晴らしい素材数じゃな。さすが今一番の有望株じゃ」

「……どこで、狩ったとか、どうやって持ってきたとか、そういうのは聞かないんですか?」

「なぜ、聞く必要がある?」

「……」

「儂らの仕事は地域に根付き、民の生活を豊かにすることじゃ。このクラスの魔物が突如として王都付近に出没したとなれば根掘り葉掘り聞くが……そうではないんじゃろ?」

「え、えぇ」

「ならばどこで狩ろうが関係ないわい。この素材で誰かが生かされ、様々なモノが生まれ、民の腹も満たされる。加えて少年も、ギルドだって潤うんじゃから、皆ハッピーってなもんじゃろ?」

「ハ、ハッピー……でもまぁ、たしかにそうですね」

「だからまた持ってきてええぞ? 次からは鑑定費用もなく、同じ素材なら買取費用もはっきりしとるじゃろ。必要なら時間はかかるが、需要のある素材部位をコチラで調べることもできるしの」

「お、おぉ……じゃあそれぞれの魔物の素材対象部位はお願いしてもいいですか? 分かれば次からは考慮して持ち込みますから」


 その後、爺さんが知っていた魔物の素材部位はその場で教えてもらい、報酬は割り出しが完了したら預けておくということで、二枚の同じ内容が記載された木板のうち一枚を渡される。

 特殊なケースなので、これが素材の預かり証代わりということになるのだろう。

 うーん、果たしていくらになるのか、まったく想像もできないな。

 まぁこれで気兼ねなく拠点周辺の素材をここへ持ち込めるようになったので、ギルドの預け機能を王都から動かしにくいというデメリットは抱えるけど、金銭収入はこれで安定するようになるだろう。

 最後に。


「お爺さんはファルメンタのギルマスなんですか?」


 こう問えば、「ほほっ」と肩を揺らしながらこう応えてくれた。


「儂はラグリース王国の統括《ジェネラル》マスター、オルグじゃ。よろしくの、ロキ君」
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作品作りの参考にしながら続きを書いていきますので、よろしくお願いします。256話 風呂職人ロキ

 翌日、魔力全快状態となり拠点に戻った俺は、それぞれに頼まれていたお使いの品を渡していく。

「ゼオはノコギリとか木槌とか、木工に必要そうな工具一式、あと釣り竿に糸も買ってきたよ」

「助かる。そろそろ魚も食いたい頃だろう? 我が大物を釣り上げてみせよう」

「もしアーシアが工具借りに来たらお願いね。んで~ほい、カルラはちょっと良さそうなナイフ、あと戦利品の中身はもう大丈夫?」

「うん。槍と予備の短剣はいくつか貰ったし、あとは大丈夫かな。その動物はボクのじゃないんでしょ?」

「これは上台地の人達用だから駄目だよ! カルラは飼うんじゃなくて血を飲んじゃいそうだし」

「これだけ血があるのに飲まないよ!? ねぇねぇ、ボクも飼っていい? こないだ魔物じゃない野豚を森で見つけたんだよね~」

「え? マジで? ってか、野豚なんて飼いたいの?」

 この環境で良く生きられるなぁとは思うけど、それでも森の中だからいないことはないのか。


 下台地は二人の好きなようにしてもらって構わないので、飼いたいならお好きにどうぞと伝えて今後は上台地へ。

 相変わらず屋根で何かをしているアリシアに声を掛ける。

「やっほ~みんなが欲しいやつ色々買ってきたよー」

「はーい、ちょっとお待ちくださ――って、ロキ君……? その手に抱えているのは猫ちゃんですか!?」

 ビヨーンと、屋根の上から大ジャンプかまして俺の目の前に着地するアリシア。

 この謎の身体能力、やっぱりこの人は神様である。

「そそ、王都にいたから拾ってきちゃったよ。凄い痩せてるし野良猫だと思うんだけど、なんか人懐っこいんだよね」

「そ、そんな。私、欲しいなんて一言も……追々ダンジョンに行ったらってお話でしたよね?」

「ん~でもあの本ずいぶんジックリ見てたでしょ? フィーリルとかフェリンの要望はダンジョン行った時でも良さそうだけど、アリシアはここにいること多いしさ。まぁまだ難しいなら、カルラが狙ってたから下台地に連れてくけど」

「だだだ、駄目です! わた、私が飼いますから! 責任をもって私がその猫ちゃん飼いますので!」

「そう? じゃあ下に落ちないようにだけしてあげてね。あとは――」

 そう言いながら鍋やフライパンっぽいやつにすり鉢など、料理器具を売っている店で買ったモノをどんどん並べていく。

 ついでに光源用魔道具を3つほど。

 日が落ちるギリギリまでアリシアは作業をしてるっぽいけど、【夜目】や【光魔法】を持ち込めば他の作業が進まなくなっちゃうからね。

「ほい、アリシアご希望の料理道具一式。俺は簡単な男料理しかできないから、もしかしたら使い道のない道具が色々混ざってるかもしれないけど……まぁ明かりを確保する魔道具も買ってきたし、ゆっくり試してみてよ」

「はぅ……ロキ君、ありがとうございます」

「ついでに山賊とか盗賊倒した時の戦利品ここに出しておくから、装備以外にもなんか色々ありそうだし、気になるやつあったら取ってっちゃって。俺はその間に皆のお風呂作ってくるわ!」

「え?」


 先日の話し合いで、風呂の形状と設置場所は確認している。

 というか風呂の主導権はほぼフィーリルが握っているようなものなので、絶対にココという圧力は皆を黙らさせ、誰一人として文句が言えなかったのである。

 まぁ初体験が川のど真ん中だったわけだから、分からなくもないんだけど。

 しかし今回の要望は本当にコレでいいのだろうか?

 腕は鳴るものの、風呂職人の俺としては不安と期待でいっぱいになってしまうな。

 ビューンと飛んで向かった先は、上台地の崖っぷち。

 前よりも少し幅が広い15メートルくらいはありそうな川を眺め、水が下へと落ちていくそのギリギリあたりで、1辺4メートルほどのデカい正方形の石を作成。

 前と同じ要領で大半を川底に沈め、川の流れではビクともしないことを確認してから【空間魔法】を使用した。


(石の中心から、半球をくり抜くイメージで――)


『消失』


 ……うーん、もうバッチリ過ぎて怖い。

 中心部は立ち湯にもなりつつ、あとは普通に座って景色を眺められるように、上面から50㎝くらいのところに平らな座面部分を半周ほどグルリと作り、ついでに滝と反対側の底部は掘りを深くしておく。

 ここを温めた石の置き場にしておけば、誰かが火傷することもないだろう。

 難点は神様専用風呂なので、水を入れる時も抜く時も魔法頼みということだが……

 まぁ【水魔法】は何も水を生み出すだけじゃなく、そこにある水も操作できると先日ゼオに教わったので、あの人達ならきっと余裕なはず。

 逆に風呂掃除と言って風呂が破壊されないか心配なくらいだ。

 ついでに、わざわざこの時のために用意したインクで、


『急ぎで石を温めたい時はロキまで』


 このように立て看板をぶっ刺しておけば、俺の【白火】がそれこそ豪快に火を噴くだろう。

 ちょっとどころじゃないほど、下台地からラッキースケベができてしまいそうな環境だが……実際ここで風呂に入れば、周囲は水面スレスレの川の湯に浸かっているような気分に。

 かつ前回とは違い、今回は正面が地面すら無いので、風呂に入りながら空を飛んでいるような気分も味わえるはずだ。

 景色だって視界を遮るモノが何もないのだから、逆に良過ぎて困っちゃうくらいだし……ふふふ、これでフィーリルもメロメロになること間違いなしだな。

 時間にすれば僅か10分ほど。

 あまりにも楽になった作業に【空間魔法】の偉大さを独り噛みしめていると、どうやらアリシアも戦利品の物色が終わったようで、その手には複数の折り畳まれた布が抱えられていた。

「へ~そんなのもあったんだ。それって衣服じゃないよね?」

「そうなる前の織物ですね。私もそれくらいしか分かりませんが」

「それじゃあ、そっから何かを作るわけだ。となると、布を切るハサミとか縫う針が必要になるのかな?」

「ど、どうでしょう……? まだ色々と先にやることがありますから、追々で大丈夫ですよ。私もその間に少し調べてみますから!」

「おっけ~じゃあカラの木箱を一個置いとくから、保存用にでも使っちゃって! そんじゃ俺は狩りに行ってくるね」


 猫に逃げられているアリシアが見送ってくれる中、俺は今や物置と化している石の家に不要な物を全部置き、身軽になった状態で狩場へと飛ぶ。

 スキルの最低目標とレベルアップまではあと少しだ。

 これが終われば、いよいよ中心部――

 そう思えばやる気も漲り、俺は上空から【夜目】を優先して取得すべく、フクロウの魔物――ストラスを両断した。257話 マンホール

『レベルが58に上昇しました』


 あれから二日後。

 黙々と象を狙いながらAランク魔物を狩りまくっていたら、ようやく俺のレベルが1つ上がった。



 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:58  スキルポイント残:58

 魔力量:652/652(+4800) 剣の魔力上昇でさらに+50

 筋力:   349 (+1629)
 知力:   355(+885) 
 防御力:  343 (+765)  ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:333(+1088)
 敏捷:   348(+750)  キュウキ(+174)
 技術:   342(+1205)
 幸運:   343 (+400)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


【飛行】Lv7 → Lv8

【絶鳴】新規 → Lv7

【爪術】Lv5 → Lv7

【氷魔法】Lv5 → Lv6

【雷属性耐性】新規 → Lv5

【氷属性耐性】新規 → Lv5

【氷結息】新規 → Lv6

【不動】新規 → Lv5

【夜目】Lv5 → Lv7

【石眼】新規 → Lv7

【石化耐性】新規 → Lv6

【威圧】Lv5 → Lv7

【物理攻撃力上昇】新規 → Lv5

【旋風】Lv5 → Lv6

【咆哮】Lv4 → Lv6

【光合成】Lv4 → Lv6


 スキルのレベル上げもまずまずといったところだな。

 ステータス画面を確認し、スキルポイントが結構増えたことに一人ウンウン頷きながら拠点に帰還。

 収納していた魔物を全部カルラへ託してから上台地に向かえば、なぜか頭を抱えているアリシアと地面で粘土っぽい何かを捏ねているフェリン。

 それに遠くでお風呂に腰かけ、空を眺めているフィーリルの3人がいた。


「あ、あら? アリシアはどうしちゃったの……?」

「猫がちっとも懐いてくれないだってさー! フィーリルのとこばっかり行っちゃうみたいだよ?」

「うぅ……ロキ君……! 私の何がいけないのでしょうか!? なぜですかっ!?」

「えぇ、構い過ぎてるとかじゃなくて? もしくは匂いとか?」

「―――ッ!!?」


 うぉぉ……

 額に矢がぶっ刺さったような顔をして慄くアリシア。

 でも猫は今現在フェリンの足元でスリスリしているのだから、面倒臭がられている可能性が高いような気もする。

 まぁたぶん、餌付けしていればまずそのうち『餌くれる人認定』されて改善されるだろう。

 どうしてもということなら、まだ取得もしていないけどスキルツリーには表示されているスキル。

 【調教】とかいうのを使ってしまえばいい。

 すんごい邪道な気もするけどね。


 それにしても、フェリンはいったい何を?

 そう思って聞けば、先日の勉強会でダンジョンから鉱物が入手できるとあって、リルは自分で装備を作ってみたいとボヤいているらしい。

 で、俺が種を入手するまで暇なフェリンが竈を作ろうとしているんだとか。

 茶色い土をコネコネしているということは、レンガでも作ろうとしているのかな?

 前に王都で一緒にピザを食べた時、竈が~って話をしていたので、どっかから記憶と知識を学んできたのかもしれない。


「ロキ君~あのお風呂は素晴らしいですよ~! 最高です~!」

「あ、やっぱり? 風呂職人としてのこだわりが溢れちゃいまして。あの大きさなら6人全員で入っても大丈夫じゃないかな! でもご要望のあの位置は下から見える可能性があるから気を付けてね?」


 決して見ませんとは言わない。

 うん、死んでも言わない。

 でも一応忠告はしておかないと、後で大きな問題になる可能性があるからね。

 湖はかなり大きく、俺達が家を建てている湖畔からいくら目を凝らそうと、普通じゃ絶対見えることはないだろう。

 でも飛んだり転移したりと、何事にも裏技ってもんはある。

 カルラはゼオ大好き病にかかってるから気にしなくて良さそうだけど、あのちょい悪オヤジはもしかしたらがあるかもしれん。


「ふふふ。覗いた者は死を迎えると伝えておいてくださいね?」

「……………………もちろんです」


 よーし。

 ゼオからあの高性能魔道具借りて、絶対覗けないよう風呂場に埋め込むことも検討しようかな。


「あ、3人いるなら丁度いいや。今からパルメラの中心部を見学しにいってみるよ」

「大丈夫ですか? もっと強い魔物がいるかもしれないんですよ?」

「行って何かあるんでしょうかねぇ~」

「危なそうなら私ついてこっか?」

「はは……大丈夫大丈夫。マッピングしながら周囲を埋めるように進行する予定だから、たぶん今日中には終わらないだろうしさ。みんなはそれぞれやりたいこと楽しんでて!」

「むぅ」


 唇を尖らせ、あからさまに不満そうな顔をするフェリン。

 その表情に、重大な何かを伏せているような後ろめたさはまったく感じられない。

 一番顔に出やすいフェリンでこれだし、少なくとも女神様達が関与しているようなことは中心部にないわなぁ……

 まぁ、それでも地図を埋めには行きますが。

 一応緊急の事態になった時だけ【神通】を使うと言っておいたので、突発的な何かが起きてもきっと大丈夫だろう。




 そう思いながら旅立って初日、二日目と。

 何も変わらない景色のせいで期待は徐々に落胆へと変わり、フィーリルの予想が事実であったことを薄々感づき始める。

 ポッカリ空いたドーナツ状の中心部分を回りながら埋めているので、少しずつ魔物の構成は狭まってきていた。

 だがしかし、Sランクを想定していた第七層に切り替わることもなく、そして中心部を眺めても視界に際立つモノが映ることは一切無い。


 ここはファンタジーだと。

 フェルザ様が公言するほどの世界に存在する広大な森。

 その中心部となれば、100人いたら95人くらいは例の木を想像するだろう。

 そう、天高く聳える『世界樹』だ。

 少なくとも俺は、天を貫くほどの巨木が生えているだろうと予想していた。

 そしてその周囲には屈強なSランク魔物がわんさかいて、掻い潜って辿り着けば、うっひょーってヨダレが出そうなほどのお宝が!

 そんな俺の妄想は打ち砕かれ――



「……いやいや、なぜ、マンホール?」



 ――まずここら辺が中心部だろうという、魔物構成が混ざるポイントを上空から見下ろせば、眼下にポツンと存在するのは黒い円盤のようなもの。

 やや土は被っているが、その上に木が生えたりすることはなく、ある程度の形状はしっかり把握することができる。

 というか、警戒してかなりの高さから見下ろしていたので分からなかったが、慎重に下降すればその大きさはマンホールどころではなかった。


――【気配察知】――

――【魔力感知】――

 ――【探査】――『魔物』――


 魔物や危険な存在を確認しながらかなり近づくも、一切何もない。

 半径10メートルくらいはありそうな、目立つ模様もない黒い円盤。

 近くに降り立てば、その外周部には均等に6ヵ所の小さな穴が空いており、それぞれの穴を細い線が繋ぐように外周をグルリと一周していることが確認できる。

 そして中央には土で埋もれている一回り大きな窪みっぽいモノがあり、そこから周囲の穴に向かって6本の線が伸びていた。

 見方によってはその線に合わせてマンホールが開き、下へ落ちてしまいそうな印象を受けるも、線は彫られているだけで下部までは貫通していない。

 ……そこら辺にあった石や枝をヒョイヒョイとその円盤の上に投げるも、何も反応無し。


『指電』


 軽く魔法を撃ってみるも、土が少し退けたくらいで変化無し。


『深く、穴を開けろ』


 円盤の下を抉るように地中の土を退けてみるも、円盤の下には何かがあるわけでもなかった。

 マンホールのように『蓋』の役目を果たしているのかと思ったが、この黒い物体はどう見ても下に延びている様子がない。

 本当にただ、そこにポンと置かれているだけの存在。


(……なんだよ、コレ)


 恐る恐る触れるも――、うん、何もない。

 厚さ10cmほどの重厚な金属の塊。

 ただ光をあまり反射していないというか、普通に見かける黒よりもさらに黒が深く見える。


「フン……ッ!」


 駄目。

 筋力には自信があったのに、全力で持ち上げようとしてもビクリともしない。

 ならば、これはどうだ?


『収納』


 ――すると、これはあっさり成功できてしまい、そのことに焦ってすぐ元の場所へと円盤を戻す。

 いやいや、何をやっているんだ俺は。

 興味本位であれこれ調べていたけど、こんな魔物の生息域が交差する『ヘソ』のような中心地にある円盤が普通なわけないだろう。

 何か目的があって設置されているとしか思えず、そんなモノを勝手に退けようものなら何が起こるか分かったもんじゃない。

 しかも俺じゃビクともしないし、普通じゃ辿り着けないような場所にあるわけだから人の仕業とも思えないのだ。


 となれば、しょうがない。

 極力頼らないようにと決めてはいるが、これはどう考えても普通じゃなさ過ぎる案件。

 逆にここで頼らなきゃいつ頼るんだって話である。


 ――【神通】――


「あ、アリシア。ちょっと俺の横に飛んできてもらえない? 謎のマンホールが森の中心にある」

「あの、まったく意味が分からないんですが?」258話 起動装置

 しげしげと、口元に指を添えながらマンホールを眺めるアリシア。

 俺はそんな姿とマンホールを黙って交互に見比べる。

 やはり、アリシアの反応は鈍い。

 俺と同じで、得体の知れないモノを見るような"|普《・》|通《・》|の《・》|視《・》|線《・》"を向けている。


「ロキ君が何かしても、まったく変化がないわけですよね?」

「うん。物投げたり、魔法撃ったり、ちょっと殴ってみたり……持ち上げようとしても一切反応がないし、かと言って地面に深く繋がっているわけでもない。でも【空間魔法】で収納はできたんだよね」

「……」


 アリシアがソッとマンホールに触れ、そのまま空を見上げるので俺も釣られるが、やっぱり上にだって何もない。

 まさかこれが、宇宙人の着地場所なんてオチもないだろう。

 ……ないよね?

 なんか急にそれっぽい案が出てきてしまい、一人心臓をバクバク鳴らしていると、暫く黙っていたアリシアが口を開いた。


「この素材が何かは理解できます」

「そうなの?」

「ロキ君も見たことがあるはずですよ?」

「んん……?」

「教会には必ず設置させている――」

「あ、黒曜板か!」


 ヒントを貰って、たしかに似てるわと一人納得する。

 この光を吸っているような感覚を覚える黒さは、あの謎のデカい板とソックリだ。

 久しぶりに存在を思い出したけど、あの不思議物質はたしかに今までの冒険でもだいぶ異質な雰囲気を醸し出している。


「正解です。そしてあの黒曜板はこの下界で自然に存在するモノではありません。<神子>の要望を聞き入れ、すべて神界で生み出し私達が下界に落としています」

「つ、つまり、神界産の素材で作られたやつが、なぜかここにあるってこと?」

「そうです。そして私が知らないのであれば、他の者も知りません。このような形状のモノを作るなど許されてもいませんから」

「ということは、フェルザ様に何かしらの意図があって置いているということか……」

「そういうことになります」


 その後もアリシアは固まったようにその場で立ち尽くし、「なぜ、こんなものが?」と、首を傾げながら本気でこのマンホールの意味を考えている。

 だが、考えても答えが出ないのだろう。

 ならば何かヒントになるものはと、改めて円盤の表面に視線を向ける。

 怖くて直接上に乗るのは躊躇っていたが、アリシアが既に乗っているのでたぶん大丈夫なはずだ。


「うーん、絵とか模様も見当たらないし、ヒントになりそうなのはこの窪みと、あとは広がる6本の線くらい?」


 一度【風魔法】で綺麗に土埃を飛ばせば、先ほどよりもはっきりと円盤の窪みが露出される。

 中心部にあった穴は少し大きめで、ただそれでも直径20cm程度の円形型。

 先日風呂作りでくり抜いたように、半球の穴がポッコリ空いている。

 そして周囲にある6か所の穴はそれよりもさらに小さく、半分に割ったピンポン玉くらいの大きさに見えた。


「全部穴が丸くて、線で繋がっているようには見えますね」

「だよねぇ……あーこれさ、何かを召喚するようのモノってことはない?」

「召喚、ですか?」

「そそ、現に地球人の魂を呼んで転生者が生まれているわけだし、その魂を召喚する装置、みたいな?」

「それはないでしょう。魂という精神体の移動だけであれば、さほど労力は要しませんから」

「肉体もってなれば、分からないってこと?」

「それは……たしかに分かりませんが、状況を考えればなおさらにあり得ません」

「ん?」

「これは間違いなくフェルザ様が置かれたものです。そしてそのフェルザ様は私達と違い、ロキ君のように肉体を伴った次元移動も容易く行えるわけですから、"召喚装置なるモノ"を必要ともしません」

「あーそっか」


 こんなものがなくてもできるなら、わざわざ用意する必要もないわな。

 女神様達用に用意したとなれば理屈も通るけど、女神様達が知っている様子もなければ必要性すら見えてこない。

 次元の亀裂に偶然飲まれてやってきた人が大昔にいたってくらいだから、この線は無しだろう。


「となると、やっぱり鍵になるのはこの『穴』だよね」

「そうですね……線が繋がっていることからも、この穴が独立したものではなく、繋がりがあって何かを起動させるのだと思います」

「……ねね、黒曜板って、何に反応してスキルが反映されるの?」


 何かが繋がる、そんな気がする。

 今俺の頭の中にあるのは黒曜板と、マルタのハンファレストにあった高性能魔道具『ストレージルーム』だった。

 あれの認証は個人の僅かな魔力。

 となれば、黒曜板もその可能性くらいしか――


「僅かながらの魔力ですよ」

「……」


 正解に近づくことで、徐々に心臓が高鳴ってくるのを感じる。

 となれば、『穴』は魔力に関する何かで間違いないだろう。

 ただこの『穴』の大きさでは、アレじゃ小さすぎる。

 となるとこっちか?


「え?」

「アリシアはちょっと全体を見ててもらえる? 特に繋がっている線を」


 咄嗟に取った行動は、自らの指を深めに切ること。

 最近慣れてきたこともあって、まず試すならこれだと思った。

 そのまま穴に『血』を注ぐが、特に反応は無い。

 血に魔力が混ざっているのは、【奴隷術】だったりゼオ達の蘇生の件だったりで十分把握している。

 この穴の『大きさ』ならもしやと思ったが――


「どう? 何か変化ない?」

「い、いえまったく……というか、穴に血を溜めて、何をやっているのですか?」

「血に混ざる魔力で何か変化が起きるかなって思ったんだけど、これじゃないかなぁ……」


 目の前にあるのはマンホールだけど、気分的には神話の時代に創られた聖杯に血を注いでいるような気分だ。

 だが自分で見ていてもまったく反応はなく、段々むなしい気持ちに襲われる。

 これ、全部やろうと思うと、特に中心の穴がかなりしんどい。

 それに俺の魔力量じゃダメって可能性も出てくるか。

 あとは――駄目元で収納から取り出したのは、そこら辺で採ったAランク魔物の魔石だ。

 魔物の魔石なんて綺麗な丸の形をしていないので、なんか違うかなーと思いながら周囲の小さい穴にハメるも、魔石が少し大きくて入らない。

 ならばと中心の穴に放り込めば、なぜか魔石から黒い煙が噴き出す。


「「……」」


 そして1分程度で煙は収まり、中心の穴を覗けば、色が抜けて白くくすんだ魔石がそこにあるだけだった。

 取り出せばまだギリギリ固形化しているが、すぐ崩れそうなほどに脆い。

 これが内部魔力を全部使い終わった後の魔石なんだろうなと、初めてでもすぐ分かる状態になってしまっていた。


「答え、ちょっと見えたね」

「え、えぇ。でもこの消費は、普通じゃないと思うのですが……?」

「だろうね。これ、Aランク魔物の魔石だし」


 もうここまでいけば答えは分かる。

 だが、俺の持っているモノではやっぱり『小さすぎる』から、もっと『大きいモノ』が必要ということ。

 ビー玉程度の『魔宝石』を収納から取り出し、周囲のピンポン玉くらいありそうな穴、そして中心のさらに大きな穴を見据える。

 この『魔宝石』がもし使い物にならなくなったら一大事どころではない。

 損失は数億というレベルではまったく済まず、俺はしばらく崖の深くに穴を掘って冬眠してしまうかもしれない。

 でも、オランドさんは言っていた。

 消費しても、魔力は回復すると。

 ならきっと大丈夫、大丈夫な、はず……

 何が起きるか分からない。

 でもこれがファンタジーであり冒険なのだと、中心の穴にソッと『魔宝石』を転がした。

 すると――


「お、おぉ?」

「ロ、ロキ君!? 少し光ってますよ!?」


 中心の穴からほど近い部分だけ僅かに光る6本の線。

 その光はとても弱々しく、周囲にある6個の穴までまったく届くことはない。

 でも、反応はした。

 たしかに反応はしたのだ。

 すぐに『魔宝石』を掴み取り、労わるように撫でながら状態を確認。

 大きく状態が変化したようには感じられなかったので、すぐに収納の中へ戻しておく。

 回復するということであれば、念のため寝る前には外に出して、自然の魔力に充てておいた方が良いのかもしれないな。

 そして何をすれば良いのか、今後何を目的に動けば良いのか。

 これからの目標に、また大きなものが一つ加わった。

 というよりも、これが最終目標になるような気もしてくる。

 どう考えても、あと一つ二つという数では足りないのだ。

 周囲の穴も含め、相当数の『魔宝石』が必要になる。

 しかも、もっと大きな『魔宝石』が。


 そして集めたその先にはいったい何が――


「アリシアはさ、これが『起動』したとして、何があると思う?」


 アリシアを含めた女神様達は、この答えを知らないのだろう。


「分かりません……でも、この世界が良い方向に進むと、そう願っています」

「それは、そうだよね」


 実際は吉と出るのか凶と出るのか、それは『蓋』を開けてみなければ分からない。

 知っているのは今のところフェルザ様だけで、世界を旅していく中で起動させることが極めて危険と見送る可能性だってなくはないだろう。

 でも、やっぱりここがファンタジーな世界であるならば、条件を整え起動させてみたい。

 そう思いつつマンホールから視線をズラせば、アリシアの横顔からは僅かに陰があるような、そんな気配を感じてしまった。
************************************************
ここで8章の拠点開拓編が終了し、一度ロキの手帳⑥を挟んで9章フレイビル王国編に入っていきます。

総合計値=(基礎値+ボーナス能力合計値) + その他上昇値

手帳⑥からステータスをこのように替えており、以後もこの表記方法でいく予定です。

それと9章からは、このまま連続投降するとUP後に細かな修正をしてしまいそうなので、2~3日に1話くらいの不定期更新でいきたいと思います。
素人がマイペースにやってますのでご了承ください。

※題名から【ストック200話超】の部分は消しました。そのうち題名も弄ると思います。ロキの手帳⑥

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:58  スキルポイント残:58

 魔力量:5452/5452 (652+4800)

 筋力:   1978(349+1629)
 知力:   1240(355+885)
 防御力:  1798(343+765)  ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:1421(333+1088)
 敏捷:   1272(348+750)  キュウキ(+174)
 技術:   1547(342+1205)
 幸運:     743(343+400)


 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv5 
【盾術】Lv5 【弓術】Lv5 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv1 【投擲術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv7 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv4 
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【鼓舞】Lv5 


 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7  【雷魔法】Lv7 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv6 【氷魔法】Lv6 【光魔法】Lv5 【闇魔法】Lv6 【無属性魔法】Lv8 
【回復魔法】Lv5 【結界魔法】Lv1【空間魔法】Lv6 【時魔法】Lv5 
【魔力操作】Lv6  【魔力感知】Lv4 【省略詠唱】Lv5 【発動待機】Lv2 
【魔法射程増加】Lv2 


 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv3 【採掘】Lv3 【伐採】Lv4 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 
【料理】Lv6 【農耕】Lv6 【釣り】Lv4 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv2 
【描画】Lv2 【細工】Lv2 【加工】Lv3 【畜産】Lv4 【採取】Lv4 
【話術】Lv5 【家事】Lv6 【交渉】Lv5 【演奏】Lv2 【薬学】Lv3 
【作法】Lv3 【舞踊】Lv1 【歌唱】Lv2 


 ◆生活系統スキル
【跳躍】Lv4 【飛行】Lv8 【拡声】Lv3 【異言語理解】Lv8 【算術】Lv4 【暗記】Lv5 【聞き耳】Lv3 【隠蔽】Lv8 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv4 
【気配察知】Lv6 【忍び足】Lv4 【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 
【視野拡大】Lv6 【探査】Lv5 【遠視】Lv6 【夜目】Lv7 【俊足】Lv5 
【鑑定】Lv2 【心眼】Lv2 【魔力譲渡】Lv3 【罠探知】Lv1 


 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv5 
【魔法攻撃耐性】Lv4 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv3 【鋼の心】Lv4
【剛力】Lv6 【明晰】Lv6 【金剛】Lv6 【疾風】Lv6 【絶技】Lv5 
【豪運】Lv4 【封魔】Lv3 
【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【石化耐性】Lv6 
【魅了耐性】Lv1 
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv3 【闇属性耐性】Lv6 【雷属性耐性】Lv5 【氷属性耐性】Lv5 


 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv2 【魂装】Lv2 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv3  

 ◆その他/魔物(使用可)
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv6 【物理防御力上昇】Lv4 
【睡眼】Lv3 【爪術】Lv7 【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv7 【招集】Lv7 
【硬質化】Lv6 【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7【咆哮】Lv6 
【突進】Lv7 【旋風】Lv6 【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【火炎息】Lv6 
【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 【灼熱息】Lv5 【丸かじり】Lv5 
【分解】Lv3 【吸収】Lv3 【氷結息】Lv6 【石眼】Lv7 【物理攻撃力上昇】Lv5 【不動】Lv5 


 ◆その他/魔物(使用不可)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5 【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  
【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 【結合】Lv8 
【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 【絶鳴】Lv7 【幻影】Lv8 【影渡り】Lv6 
【地縛り】Lv6 【属性変化】Lv7 



 ◆戦闘・戦術系統スキル

 【剣術】Lv7 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【短剣術】Lv7 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【棒術】Lv7 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【体術】Lv7 己の身体で打撃を加える場合に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

【斧術】Lv6 斧形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槍術】Lv6 槍形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槌術】Lv6 槌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【鎌術】Lv6 鎌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

 【弓術】Lv5 弓形状の武器を所持している限り、攻撃動作、射程距離にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 技術補正

 【杖術】Lv5 杖形状の武器を所持している限り、魔法効果、魔法発動時間、防御動作にプラス補正が入る 魔力消費0 知力補正

 【盾術】Lv5 盾を所持している限り、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 防御力補正

【投擲術】Lv3 投擲飛距離に30メートルのプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で投擲速度/命中率のプラス補正を行う 魔力消費9 技術補正

【挑発】Lv4 注意を自分に向けやすくする 発動範囲40メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費11 防御力補正

【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用効果時間8分 魔力消費0 筋力補正

【二刀流】Lv1 両手に別々の武器を所持している状態に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る 武器種は問われない 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【威圧】Lv7 見定めた1対象を相手に強い恐怖を与え、行動阻害、精神錯乱を誘発させる 魔力消費5 魔力補正

【捨て身】Lv5 無手の状態に限り、筋力値、敏捷値を一時的に200%まで上昇させる 効果時間1分 魔力消費25 筋力補正

【指揮】Lv5 スキルを使用した指揮者の思考が、指揮下にある味方へと伝達されやすくなる。度合いはスキルレベルによる。 範囲:1000メートル 使用効果時間30分 魔力消費50 知力補正

【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28 幸運補正

【身体強化】Lv6 魔力を使用して筋力値、防御力値、敏捷値、技術値を一時的に160%まで上昇させる 効果時間6分 魔力消費30 技術補正

【騎乗戦闘】Lv7 騎乗している状況に限り、全能力値135%のプラス補正が入る また騎乗している生物にもプラス補正が適用される 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正


 ◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv7 魔力消費70未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv6 魔力消費60未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv6 魔力消費60未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【水魔法】Lv6 魔力消費60未満の水魔法を発動することが可能 防御力補正

【氷魔法】Lv6 魔力消費60未満の氷魔法を発動することが可能 防御力補正

【雷魔法】Lv7 魔力消費70未満の雷魔法を発動することが可能 知力補正

【光魔法】Lv5 魔力消費50未満の光魔法を発動することが可能 幸運補正

【闇魔法】Lv6 魔力消費60未満の闇魔法を発動することが可能 魔力補正

【無属性魔法】Lv8 魔力消費80未満の無属性魔法を発動することが可能 魔力補正

【回復魔法】Lv5 魔力消費50未満の回復魔法を発動することが可能 防御力補正

【結界魔法】Lv1 術者を中心に『防壁』の結界を張ることができる 強度、範囲、性質は込める魔力量による 魔法防御力補正

【時魔法】Lv5 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±250%の減少か増加を選択して発動することが可能 減少の最終数値は対象の抵抗値によって決定し、マイナスになることはない 魔力消費:10秒毎に75 知力補正

【空間魔法】Lv6 一時的に亜空間と繋ながり、その空間を活用することができる。 消費魔力:50%減 空間使用範囲と接続時間による 魔力Ⅱ補正

【魔力操作】Lv6 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が30%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力感知】Lv4 使用者の周囲に存在する魔力の流れ、濃度に対して敏感になる 範囲半径20メートル 魔力消費0 魔力補正

【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【発動待機】Lv2 魔法発動可能状態から最大4秒間待機が可能になる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔法射程増加】Lv2 魔法の射程が20%増加する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正


 ◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv7 狩猟技能が向上し、獲物をだいぶ発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv7 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv4 採取技能が向上し、採取物を少し発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv5 対話能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv6 料理技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【農耕】Lv6 農耕技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【釣り】Lv4 釣り技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【家事】Lv6 家事技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【裁縫】Lv5 裁縫技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【芸術】Lv2 芸術技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【描画】Lv2 描画技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【建築】Lv3 建築技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【採掘】Lv3 採掘技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【細工】Lv2 細工技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【加工】Lv3 加工技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【伐採】Lv4 伐採技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【交渉】Lv5 交渉技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【畜産】Lv4 畜産技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【作法】Lv3 作法技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【舞踊】Lv1 舞踊技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【歌唱】Lv2 歌唱技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【薬学】Lv3 薬学技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【演奏】Lv2 演奏技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正


 ◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv8 人族が扱う言語であれば、知識が無くてもある程度の専門的な用語を理解し会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv6 上下左右の視野がやや広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv6 遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【夜目】Lv7 暗闇の中でもだいぶ視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv6 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径30メートル 魔力消費0 技術補正

【探査】Lv5 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径150メートル 魔力消費0 幸運補正

【隠蔽】Lv8 Lv8以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【俊足】Lv5 走る動作に補正がかかり、移動が速くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【忍び足】Lv4 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10消費 技術補正

【逃走】Lv4 何かに追われている状況に限り、能力値210%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10消費 敏捷補正

【跳躍】Lv4 跳躍動作に補正がかかり、通常よりも高く跳べる 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【飛行】Lv8 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に2消費 魔力補正Ⅱ

【算術】Lv4 算術能力が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv5 暗記能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【騎乗】Lv7 騎乗能力がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【拡声】Lv3 声音を一時的に増加させ、声を広く届ける 増大する声音は元の大きさに影響する 魔力消費0 魔力補正

【聞き耳】Lv3 聴覚を一時的に増加させ、範囲内の音や声を聞き分ける 範囲半径30メートル 魔力消費0 知力補正

【罠生成】Lv6 捕縛/殺傷を目的とした罠の生成作業が巧みになる 使用者の想像を補助する 魔力消費150まで 技術補正

【罠解除】Lv6 Lv6以下の【罠生成】によって生成された特殊罠を解除する 魔力消費75 技術補正

【鑑定】Lv2 対象物品の能力、効果、原料、素材情報を識別する 識別深度は自身のスキルレベルによる 無機物のみ対象 魔力消費0 幸運補正

【心眼】Lv2 対象の所持する技能を覗き見る 生物のみ対象 魔力消費5 幸運補正

【罠探知】Lv1 自然発生した危険域、Lv1以下の【罠生成】によって生成された特殊罠の察知する 範囲は視覚に依存 効果時間10分 魔力消費5 幸運補正

【魔力譲渡】Lv3 対象に自身の魔力を譲渡する 消費魔力に対し譲渡できる魔力の割合は65% 魔力補正


 ◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv8 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【麻痺耐性】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【睡眠耐性】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【石化耐性】Lv6 石化への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魅了耐性】Lv1 魅了への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魔力最大量増加】Lv7 魔力最大量を70増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv7 魔力自動回復量を35%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【剛力】Lv6 筋力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【明晰】Lv6 知力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【金剛】Lv6 防御力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【封魔】Lv3 魔法防御力値が15上昇する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【疾風】Lv6 敏捷値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【絶技】Lv5 技術値が25上昇する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【豪運】Lv4 幸運値が20上昇する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【物理攻撃耐性】Lv5 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔法攻撃耐性】Lv4 魔法攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【火属性耐性】Lv8 火属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【風属性耐性】Lv3 風属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【水属性耐性】Lv3 水属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【雷属性耐性】Lv5 雷属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【氷属性耐性】Lv5 氷属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【闇属性耐性】Lv6 闇属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【鋼の心】Lv4 精神攻撃に対する抵抗が少し増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


 ◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ

【地図作成】Lv2 地図に街道と国境線を反映させる また地図方位を変更できる 魔力消費0 魔力補正Ⅱ

【魂装】Lv2 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付与させる 魂装上限数2 魔力消費5 魔力補正Ⅱ

【奴隷術】Lv3 奴隷契約を結び、対象を『魂縛』もしくは『隷属』させることが可能になる 最大所持コスト150 奴隷契約時のみ魔力消費30 魔力補正


 ◆その他/魔物

【突進】Lv7 前方に向かって能力値310%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力17 敏捷補正

【噛みつき】Lv8 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値330%の補正を行う 魔力消費17 筋力補正

【光合成】Lv6 太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増  常時発動型 魔力補正

【硬質化】Lv6 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が11倍になる 効果時間1秒間 魔力消費15 防御力補正

【物理防御力上昇】Lv4 防御力が12%上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800メートル 魔力消費50 技術補正

【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物を強制的に呼び集める 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17 知力補正

【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2 筋力補正

【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【踏みつけ】Lv7 下方に向けてのみ、筋力値310%の威力で攻撃を加える 消費魔力17 筋力補正

【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇される 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0  幸運補正

【洞察】Lv4 視界に収めた生物との力量差を少し掴める 魔力消費0 魔力補正

【咆哮】Lv6 前方6メートルの範囲に対し【威圧】効果を与え、自身に掛けられた精神ダメージを確率で無効化させる 魔力消費50 魔法防御力補正

【旋風】Lv6 周囲720度を能力値280%の威力、速度で薙ぎ払う 使用時は僅かに移動可能 魔力消費19 敏捷補正

【睡眼】Lv3 対象の目を見ながら発動することにより眠らせることができる。 能力効果を説明した上で対象が承諾していれば100% 能力説明をしていない、もしくは理解できなければ、成功確率はスキルレベルと対象の耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費9  魔法防御力補正

【爪術】Lv7 爪形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

【発火】Lv6 自身、もしくは自身が触れている物を任意の範囲で発火させる 効果を切れば火は消えるが、非接触状態になればその火は直ちに制御を失う 熱量はスキルレベルと知力による 魔力消費:10秒毎に5消費 魔力補正

【火炎息】Lv6 前方に火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費45 魔力補正

【灼熱息】Lv5 前方に巨大で広範囲な火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費70 魔力補正

【白火】Lv1 自身が扱う火に関する技能に限り、上位格となる白火へ変化させる 熱量はスキルレベルによる 魔力消費20 魔力Ⅱ補正

【炎獄柱】Lv5 吸い込み、捕食し、生物を食らう巨大な炎柱を、自身から15メートル離れた先に2本生成する 生成後の炎柱、内部の龍ともに制御は不可 スキルレベル上昇により動きが活発になる 発生時間10分 魔力消費90 魔力Ⅱ補正

【丸かじり】Lv5 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値390%の補正を行う 魔力消費32 筋力補正

【分解】Lv3 魔力を介して対象を分解する 分解速度は込める魔力量による 魔力消費減少割合20% 魔力補正

【吸収】Lv3 魔力を介して液体を吸収する 魔力消費0 幸運補正

【氷結息】Lv6 前方に氷結の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、冷気は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費45 魔力補正

【石眼】Lv7 対象の目を見ながら発動することにより石化させることができる 未動作の対象ほど石化進行は速く、成功率は耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費17 魔力補正

【物理攻撃力上昇】Lv5 筋力が15%上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【不動】Lv5 一時的に身体を硬直させ、効果時間内は防御力、魔法防御力を16倍になる ただし発動中は一切身体を動かせない 効果時間5秒間 魔力消費75 防御力補正


 ◆その他/魔物(使用不可)

【粘糸】Lv4 使用不可 魔法防御力補正

【脱皮】Lv3 使用不可 魔法防御力補正

【呼応】Lv7 使用不可  知力補正

【酸液】Lv7 使用不可 技術補正

【擬態】Lv6 使用不可 技術補正

【胞子】Lv5  使用不可 魔力補正

【泥化】Lv5  使用不可 魔力補正

【気化】Lv8 使用不可 魔力補正

【毒霧】Lv5 使用不可 魔力補正

【結合】Lv8 使用不可 防御力補正

【分離】Lv8 使用不可 技術補正

【火光尾】Lv5 使用不可 敏捷補正

【幻影】Lv8  使用不可 魔力補正

【影渡り】Lv6 使用不可 魔力補正

【属性変化】Lv7 使用不可 魔力補正

【地縛り】Lv6 使用不可 魔力補正

【絶鳴】Lv7 使用不可 魔力補正 



 ●ボーナスステータス値

 各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

 ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

 スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)
 スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)
 スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)
 スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)
 スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)
 スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)
 スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)
 スキルレベル8・・・・・対応能力(+100)

 ※魔力のみ2倍  ※魔力Ⅱはさらに2倍



 ●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

 0→1・・・・・・2ポイント
 1→2・・・・・・4ポイント
 2→3・・・・・・12ポイント
 3→4・・・・・・30ポイント
 4→5・・・・・・50ポイント
 5→6・・・・・・100ポイント
 6→7・・・・・・200ポイント
 7→8・・・・・・300ポイント



 ●レベル上昇による各能力上昇値

 レベル1~10・・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇
 レベル11~20・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇
 レベル21~30・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種5上昇、魔力量だけは10上昇
 レベル31~40・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種6上昇、魔力量だけは12上昇
 レベル41~50・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種7上昇、魔力量だけは14上昇
 レベル51~60・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種8上昇、魔力量だけは16上昇



 ●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得らえるスキル経験値の関係性(推定値)

 スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
 スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


 スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
 スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


 スキルレベル2から3に必要な経験値は600  
 スキルレベル3所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり120


 スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
 スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


 スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 
 スキルレベル5所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり4,000

 スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 
 

 スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000


 スキルレベル7から8に必要な経験値は2,000,000?


 スキルレベル8から9に必要な経験値は10,000,000?



 ●名前の上がった国名一覧

 ラグリース王国(最初に訪れた国)

 ヴァルツ王国・・・・・・ラグリース王国の東側

 フレイビル王国(別名ドワーフ王国)・・・・・・ヴァルツ王国のさらに東

 エルグラント王国(転生者タクヤの在籍国)……大陸北西

 ヴェルフレア帝国(転生者シヴァの在籍国)……大陸南西

 アルバート王国(転生者マリーの在籍国)……大陸東方

 エリオン共和国(転生者ハンスの在籍国)……大陸南東

 オデッセン王国……大陸北方、ガラス作りに長けた転生者がいる可能性の高い国

 ファンメル教皇国……場所は不明 <神子>のいる国

 ジュロイ王国……ラグリース王国の西側

 オルトラン王国……フレイビル王国付近、初級ダンジョンが存在するとされる国



 ●所持している本の一覧 

『薬学図鑑』

『系統によるスキル特性の違い』
『知られざる魔法技能』
『ラグリース王国の歴史と展望』

『オークション主催国 その規模と傾向について』
『魔道具一覧 2巻』
『大陸ダンジョン紀行 初編』
『スキルレベル検証 農耕編』
『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』
『軍部の強化 名馬育成法』
『猫を飼おう』259話 再開と拡張

 拠点からベザートまでの魔力消費量は俺一人で950ほど。

 急激に減る魔力は最初こそ嘔吐感を催すくらいだったが、今は慣れてきたこともあって、すぐに知っている人のところへお土産という名の『余りモノ』を配っていく。

 ハンターギルド、パイサーさんの装備屋、宿屋ビリーコーンの女将さん、教会の人達にかぁりぃのインド人や靴屋に屋台のおっちゃんなどなど。

 俺が狩った魔物はカルラが解体していくわけだが、その時どうしたってお肉が大量に余る。

 アリシアは高確率で上台地にいるようだけど、それでもたった4人、増えたって食べる人は9人なのだ。

 みんな大好きユニコーンを1匹捌いたところでまったく食いきれないわけで、かと言ってさすがにファルメンタの偉い人、オルグさんのところにすぐ売りに行くほどの量でもなく、ならば余った肉くらい腐る前に配ってしまえと。

 こうなっているわけである。

 リルも無事復活して『上台地周辺の誰得警護』を夜間にコソコソ始めたらしいし、これから今まで以上に素材が余り気味になってしまうんだろうな。

 味変のために熟成肉は無理でも、燻製肉の作り方くらい学んだ方が良いのかもしれない。

 まぁ俺は外でお金稼ぎと町へのお使いが仕事なので、作る作業は誰かにお任せしますが。


「おはようございます!」

「あら、ロキ君! 随分と久しぶりじゃない。戻ってきたんだってね」

「えぇ、ベザートに定住しているわけじゃありませんが、すぐ立ち寄れる環境を整えましたので」

「メイが喜んでたわよ~? それでどうしたの? あの子ならもうロッカー平原に向かったはずだけど」

「あ~お裾分けを持ってきただけですから大丈夫ですよ。これ、余り物のお肉ですので食べてください」

 そう言ってカウンターにドドンとブロック肉を置いたら、目の前にいるメイちゃんママの顔が完全に隠れてしまった。

「ちょ、ちょっと多くないかしら……? うちでこんなに食べられないわよ?」

「なのでできればメイちゃんに、ジンク君とポッタ君にも分けてあげてって伝えてもらいたいんですよ。僕まだ二人の家を知らなくてですね」

「あらら、じゃあお昼にパパが戻ってくるから、その時にお願いしちゃうわ」


 もうこうして戻ってこられたわけだし、本当は二人の家も把握しておいた方が良いんだろうな。

 ポッタ君の家は他にも子供がいっぱいいるような話を聞いているので、たぶん届ければ一番喜んでくれるだろう。

【飛行】しながら【探査】で無理やり突き止めるというのも、なんかストーカーっぽくて違う気もするし……うん、今度直接会った時に聞いていこう。

 ならばぜひお願いしますと、メイちゃん家にだけ特別に魔樹の果実も付けておき、収納が軽くなったところでヴァルツの玄関口『グリールモルグ』へ。

 久々だなーと思いながら、そのまますぐに傭兵ギルドへ顔を出す。

 なんせ今日からヴァルツ中央部のマッピング作業再開だ。

 既に主要狩場は回った後なので、一応狩場情報のチェックは欠かさないが、ここからフレイビルに入るまでは、特に悪党討伐がメインになってくるだろう。

 ついでに埋めた戦利品も一通り回収。

 なんとかしてお金を貯めていかないと、次の本購入代金がまったく足らない予感しかしない。


 ちなみに、たぶん出現するであろう《イスラ荒野》の裏ボスは、まだ死にたくないのでやりません。

 湧かせた後に逃亡という選択が取れるなら試してみたいとは思うけど、そのまま存在が残り続ける可能性も考えれば責任が重過ぎるからね。

 せめて表に出ている普通のボスを安定して単独討伐できるようになってから――このくらいの判断をしておいても間違いではないと思う。


(ふむふむ、ワーガスト山道付近で15人規模の山賊……場所が分からないけど、4日前で討伐報酬450万ビーケならまずまずかな? こっちは単独で16人殺して逃走中、規模はデカいけど40万ビーケって、安過ぎでしょ……)


 とりあえず【跳躍】しながら気になるやつを全部取って、ニヤニヤしながら眺めていた受付嬢ミルフィさんのところへ持っていく。


「久しぶりじゃない。相変わらず背が届いてなかったわね」

「くっ、もうちょっとで伸びるはずなんですよ! いや、たぶんですけど」

「ふーん。でも生き残ってるなんてやるじゃない? いくつか依頼もこなしているみたいだし」

「あ、他の町の情報とかもやっぱり入ってくるんですね」

「近隣の町とは依頼情報を共有しているんだし当然よ。傭兵稼業は情報の鮮度が命なんだから、ハンターギルドみたいに伝達が遅いんじゃやっていけないわ」


 ミルフィさんはハンターギルドに恨みでもあるのだろうか……?

 言っていることはその通りだと思うけど、言葉に棘を感じてしまう。

 ライバル関係だから、ってことなのかな?

 まぁ余計な詮索をする必要はない。

 俺はまだマッピングが完了していないエリアにいそうな悪党情報が掴めればそれでいいのだ。


「これから東方面に行くので、そっちの方角にいそうなやつを教えてください」




 こうしてまずは、ゼオ達の発見とともに中断となっていた亀裂内部を。

 そのまま外周の地図を繋げたら、上下に移動しながらマッピング作業を進めていく。

 薄々感じてはいたけど、パルメラ内部にある拠点の方がここより明らかに暖かい。

 たぶん2000㎞くらいは北にいるはずなので、上空を高速で飛べば鼻水が凍りそうになる。


 ちなみに、ついついというかなんというか、スキルポイントが入ったことで調子に乗ってしまい、【地図作成】をレベル4まで上げてしまった。

 理由は色々あるが、一番はマッピング効率を上げたかったからだ。

 レベル1からレベル2に上げた時、僅かではあるもマッピング対象範囲が広がったような感覚はあった。

 しかし詳細説明に記載されているわけでもなく、実際そうなったのか勘違いなのか、答えも分からない程度の微妙さ加減。

 だから今回は本気で判別するためにも試したのだ。

 未踏破の真っ黒い部分をまっすぐに飛び、スキルをレベル3にしてすぐに地図画面へ戻る。

 すると一定のポイントからほんの僅かに伸びる線が『太く』なっていた。

 これでやっとモヤモヤが解消、マッピング範囲が少しだけ広がったということで間違いないだろう。

 そう思ったらレベル4にまで流れるように上げてしまっていたが、決して後悔はしていない。

 せっかく得たスキルポイントがこれで『16』しかなくなってしまったけど、マッピング進行が加速して損することはないし、マッピングが終わっていると次の国へも気持ち良く移動できる。

 それに魔物からも人からも、絶対に経験値を得られない類のスキルだからね。

 スキルポイントを使うならこういうスキルじゃないと損になる可能性が高いのだから、間違いなくこれは有意義な使い方だっただろう。

 それにスキルレベル4で、そんな機能があることだけは聞いていた、『地図の拡大縮小』もやっと覚えられたし。

 まだそれぞれ3倍程度といったところだけど、今まではセコセコと画面をスクロールさせながら距離や位置を測っていたので、3倍ならラグリースやヴァルツを移動するには必要十分な縮尺だ。

 ちなみにレベル3は『任意で移動経緯の表示、消去が可能』というものだったけど、ゼオ達の所にあったトラップを抜けた今となっては使いどころが無さそうである。


 そんなわけで5日ほど。

 色塗りの感覚で地図画面に映る黒い部分を消していき、途中2組の簡単な『掃除』もしつつ、ヴァルツ王国の首都『エントラ』に到着。

 王都に着いたらその国を一緒に勉強する約束をしていたので、半分調査、半分デート感覚でリステと街中を徘徊すれば、横にアドバイザーがいることもあってラグリースとは違った部分が見えてくる。

「ん~最初は気のせいかなと思ってたけど、やっぱり食べ物の値段高いよね?」

「間違いありませんね。環境が違うわけですから、食材の一部が高いのはしょうがないことですが……特産と謳う豚や鳥などの肉類も全般的に高く感じます」

「これで味が違うなら納得なんだけどなぁ。俺の舌って凄く庶民的だから、その差がよく分からないんだよね」

「私もです。価格差に見合う質の違いを感じられません」

 二人して屋台メシを食べながら「う~ん」と唸る。


 価格は倍から、酷いと5倍くらいまで違っていたりする。

 それが一部の特殊な香辛料や食材とか、限定的なモノだけなら何も違和感を覚えることはないと思うけど、どういう訳かなんでもかんでも高いのだ。

 それは食材だけに留まらないようで。

「衣類も、それに生活用品も少し高く感じますね」

「共通通貨の隣国なのになんでだろうね? やっぱり差別と緊張状態で国交が冷え込んでたせいかな?」

「情報を塞き止められていたことが一番の原因でしょう」

「『外』を知らなければ、それが当たり前としか思わないか……」


 自分で言っておいて、そりゃそうだよなと思ってしまう。

 比較対象を知らなければ何も判断のしようがない。

 搾取され、苦しい環境に身を置かれていたとしても、それが周りを見ても当たり前で、もっと劣悪な環境を身近に用意されれば、人は|ま《・》|だ《・》|マ《・》|シ《・》|な《・》|ん《・》|だ《・》と納得してしまう。

 そう思った時、真っ先にブラック企業が出てきてしまうのは、現代日本人ならしょうがないことなのかな。


 細道が多く、かなり汚い印象を覚える路地には、浮浪者と思われる人達が多く地面に寝そべっていた。

 その中には小さな子供もいて。

 近しい環境はあっても、ラグリースでここまで分かりやすい光景はほとんど見なかったなと今更ながらに思う。


「あとちょっとでヴァルツ王国の地図もできるし、人の往来がもっと活発になって改善されていったら良いんだけどね」

「大丈夫です。しますよ、きっと」


 リステは当然として、俺自身も今見えている光景に直接手を差し伸べたりはしない。

 こういう世界も当たり前のようにあるんだと、理解した上で動く。

 それだけだ。


 当初の予定通り滞在は僅か半日。

 コーヒー以外にも、麻製品でいくつか使えそうな品に目星をつけつつ、ただ滅多に来ることもなさそうだなと感じながら、複数の尾行を撒くように俺は王都『エントラ』を後にした。260話 2ヵ国目

 ラグリースの王都ファルメンタ。

 その中にある商業ギルドへと向かい、そのまま3階へ。

 記憶に残るテカテカ七三頭を探せば、それっぽい頭は奥で机に向かって何かの作業をしていた。


「ワドルさーん」

「ん? あ、ロキさんじゃないですか。わざわざこの階にどうしたんです?」


 普通は用があっても1階だからね。

 まさかもう次ができたとは想像もしていないのだろう。

 だから、


「|次《・》|の《・》|が《・》できましたよ~」

「うぇッ!? ででで、ではすぐにコチラへ!」


 羊皮紙をヒラヒラさせながらこんなことを言えば、慌てるのも当然なわけで。

 個室に誘導され、書き写した『ヴァルツ王国の国内地図』を見せれば、ワドルさんは分かりやすく息を飲む。

「あ、あれから2ヵ月ほどしか経っていないと思いますが……もう、できたのですか?」

「飛んで移動してますしね。どうぞ、詳しい方がいるなら確認してもらっても構いません」

 そう言うと黙って頷き、地図を持ったまま奥に走っていくワドルさん。


 当初は本当にこの方法でいいのか、かなり悩んだものだが……対応の早さを考えれば、やっぱりこれで良かったなと思ってしまう。

 出来上がった『ヴァルツ王国の国内地図』をヴァルツの商業ギルドに卸すか、それともラグリースの商業ギルドに卸すか。

 公平を期すならもちろん前者だろう。

 どちらも国を跨いだ独立組織とは言え、ハンターギルドと違い所属国との関係はズブズブで、商業ギルドも暗にそれは認めてしまっている。

 ともすれば、このやり方は一方的にラグリースのみが情報を握る可能性も出てきてしまうわけだ。

 だがどう予想しても、ヴァルツ王国の商業ギルドに地図販売を一任するのは困難。

 できなくはないだろうけど、かなり時間がかかるという結論になってしまった。

 なんせ俺にはヴァルツ王国での後ろ盾がまったくないし、そんな関係を築こうとも思っていないからね。

 この地図は信用できるのか? という大前提で当たり前の疑問から始まり、それを証明してくれる人もいないとなれば、持ち込んだ手描きの地図など所詮は子供の落書き。

 持っていったところで委託販売の許可など下りないことは必至で、最悪は精査するとか言って地図だけ押収されて有耶無耶にされてしまう可能性もある。

 証明するための手っ取り早い手段は、繋がりのあるラグリースの商業ギルドへ確認を取ってもらうことで、そこでラグリースの王国内地図も俺が作ったという話が出れば、そこでやっと俺個人の信用が少し得られるといったところだろう。

 なら、もうね。

 色々と手順を踏むのが面倒だし、既に取引のあるワドルさんのところへ持っていった方が早いってわけだ。

 所持金総額からすると、|や《・》|っ《・》|と《・》俺もラグリースの商業ギルドから信用を得られてきたっぽいからな。


「だ、大丈夫です! と言ってもヴァルツ王国にそこまで詳しい人間はおりませんでしたが、把握していた町の配置に違和感を覚えないからこれで大丈夫だろうと。疑ってはいませんでしたが……いやはや、何よりもこの速さに驚かされますね」

「いえいえ、後々のトラブルは面倒ですし、多少慎重なくらいの方がこちらも安心できますよ。ラグリースの地図も、やっと精査が終わって売り始めたところでしょう?」

「え……いや、はは……そ、そんなことはありませんよ? 生産準備に多少手間取りましたけどね」


 誤魔化してるけどバレバレだな。

 ベザートに地図のお土産を持っていった時、ヤーゴフさんは素で驚きの表情を見せていた。

 つまり情報に敏いあの人が、俺が立ち寄ったあの時に初めて地図の情報を知ったということになる。

 ということは俺がヴァルツの主要狩場を巡っていた1ヵ月以上の間、国主導の詳細地図を作りながら、商業ギルドは地図の精査を最低限進めていた。

 そしてやっと販売に着手し始めたため、最近になって俺の総額表示の方に、不可解なお金の変動が見られるようになったというわけである。

 もしかしたら俺がベザートのお土産用に、自分で購入したのが切っ掛けだったのかもしれないな。


 まぁそんなことより、本題はここからだ。

 俺はばあさんと個人的な付き合いがあるというだけで、特別ラグリースに肩入れをするつもりはない。

 地図という余計な情報が入ったせいで欲を出されても困るし、ここだけはしっかり忠告させてもらう。


「それでこの地図、必ずヴァルツ王国の商業ギルドと手を組んで販売してもらいたいんですよ」

「と、言いますと?」

「今回こちらに持ってきたのは、ヴァルツ王国の商業ギルドと一から関係を築くのが面倒だったからです。そこまでの時間が僕にはありません。かと言って、僕はラグリース王国へ一方的に肩入れをしたいわけでもない」

「なるほど。ヴァルツでもしっかり売れと、そういうことですね?」

「まさに。ラグリースという自国の地図をヴァルツでも販売するかどうかは非常に勇気のいることでしょうから、僕が口を挟むべきではないと思っています。交易面でのメリットや人の流入、商業ギルド全体としての販売収益を上げるなら他国でも売れば良いでしょうし、防衛面のデメリットを考えるなら、信用のできる自国の商人などに裏で販売というやり方のままでも良いと思います。ただし、ヴァルツの地図をラグリースでしか売らないということなら、僕はこれ以上他国の地図をここで卸せなくなります」

 まだ所詮は2ヵ国だ。

 どこも地図が完成されていて同条件下ということなら別だが、自分達だけが情報を晒すというデメリットの方が今はまだ高いんじゃないかなと思っている。

 追々は広がっていくだろうけど、まだ一部の者しか地図は手にできていないわけだしね。

 だから無理をしてでも売り捌けなんて言うつもりはない。

 求めているのは、ヴァルツでもしっかり自国の地図が販売されてほしいという一点のみ。

 結果ラグリースとヴァルツが双方で、2ヵ国の地図をそれぞれ販売していくのか。

 それとも自国の地図だけを双方が取り扱い、情報を回したということでヴァルツで上がる売り上げの一部をラグリースが受け取る流れでも作るのか。

 商業ギルドの財布事情が分からないので、あとはギルド内で好きにやってくれってところだが、この条件が飲めるなら俺は今後も地図を作り、そしてここに卸すということを付け加えておく。

 地図の収入なんてあくまでオマケだ。

 大きく稼げるならそれに越したことはないが、俺の知る世界が広がり、この世界に住んでいる人達の世界も広がり、そのついでで何かの足しになる収入が得られればそれでいい。


 結局は前回同様、販売価格を一任した上での売り上げから15%が俺の取り分ということで契約完了。

 さすがにどう販売していくかはヴァルツ王国側の商業ギルドと協議が必要とのことなので、また次の地図が出来上がった頃にでも結果を聞くという話で合意した。

 ヴァルツ王国側の商業ギルドとは言うが、どうせその前にラグリースの上層部とも話し合いが行われることだろう。

 まぁばあさんなら無茶なことをするとも思えないので、とりあえずは放っておいても問題ないと思われる。



 というわけで、《エントニア火岩洞》のある『ローエンフォート』からそのまま東へ。

「すみませーん、お邪魔しまーす」

 一人謝罪の言葉を口にしながら、俺はあっさりドワーフの国――フレイビル王国へと足を踏み入れた。

 と言っても関所を通過しない、上空からのズルい入国だ。

 その分いっぱい素材卸して貢献するから許してくださいと心の中で呟き、エイブラウム山脈を左手に見つつ直進していく。

 Aランクハンターグロムさんからかつて聞いた情報だと、険しい山脈群の麓に鉱山夫達の住む町が点在し、その先にはAランク狩場 《クオイツ竜葬山地》を有するフレイビル最大の都市『ロズベリア』が。

 そして多くのドワーフ達が住んでいるはずなのだ。

 ここでの目標は主に装備。

 そして製作に必要な金を工面しなければならない。

 レベルはAランク狩場だともうまともに上がらない気がするけど、スキル収集だってしないといけないし……

 何よりまずは最優先してAランクに昇格しないと、依頼を受ける上で不利になってしまう。

 手には凄く偉い爺さん――ジェネラルマスターオルグさんからの実績や預け残高が記載された紹介状が。

 用が終わったら、パルメラ内部の素材報酬代金を移動できないからすぐに王都登録へ戻せと言われてしまったが、それを条件にということでタダで書面を用意してもらったのだ。

 たぶん普段手に入らないあの素材でオルグさんウハウハだろうからね。

 俺に他所で売らせない戦略な気がしなくもないけど、プチVIP待遇ありがとうございまーすってなもんである。



 しっかし、これはまるで監獄だなぁ……

 ずいぶん同じような作りの長屋が多いな~と思いながらいつものような感覚で町に降り立ち、ハンターギルドで魔物情報を確認しようとするも、この町の様子が通常と異なることにはすぐに気付けた。

 なんせたまに槍を持った兵士がウロついているくらいで、ほとんど町に人がいないのだ。

 ハンターギルドも見当たらず、村ならまだしも町と言える規模でこんな光景は初めてのことだった。


「小僧、貴様どこから入った!?」


 こんな言葉とともに、まるで侵入者のように扱われてしまったのですぐ上空へ逃げたけど、よく見れば町の周囲は高い鉄柵で覆われているし、きっとこれが犯罪奴隷の仕事場ってやつになるんだろうな。

 その後も普通の鉱山夫がいる町、寂れて人がまったく存在しない朽ちた町の跡などをいくつか通過し、ようやく遠目からでもはっきりと分かるくらいに規模の大きい街が視界に入ってくる。

 周囲を囲う重厚な石壁と、平地にドッシリ構える巨大なその姿は王都ファルメンタを連想させるほど。

 だが街の一部はまるで侵食するように傾斜を登り、鞄の取っ手のようにもう一つ別の高い石壁が、周囲を囲いながら山岳の一部へ深く食い込んでいる。

 さらに先の山間には、チラホラと空を飛ぶ何かが小さく見えるし、きっとあの辺りが《クオイツ竜葬山地》になるのだろう。

 さーてさて、果たしてこの町で、俺はどれくらい強くなることができるのかな?

 期待から胸の高鳴りを感じつつ、中心部にある一番屋根の大きな建物へと降下した。261話 ドワーフの町

(おっほっほー!)

 屋根から見える大通りは、ドワーフ率が今のところ50%!

 小さいおっさんやおばさんがそこら中を歩いており、俺もその場に混ざって歩けば、なんだか自分がちょびっとだけ大きくなったような気さえしてくる。

 大通り沿いには今まで見たことのない、トンカチマークが描かれた木の看板や、インゴットのようなマークが描かれた立て看板もあり、なんというかこのファンタジー感がもうたまらない。

 降り立ったのは商業ギルドだったので、まずはウロウロと周囲を散策しつつ目的の場所を探せば、すぐに見えてくるのは今までで一番デカいと感じるハンターギルド。

 3階建てで高さは変わらないが横に大きく、多くが狩りに出ている日中の時間帯だというのに中の喧騒が外まで聞こえていた。


(この活気、いいっすなぁ~)


 ローエンフォートでは嫌な思い出になってしまったが、中に入ればあそこと同じような光景だ。

 パーティ募集や打ち合わせのようなことをやっている人達が多く、そんな光景を横目に見ながら、俺はスタスタと資料室に向かって恒例の魔物情報を読み漁っていく。



 ――《クオイツ竜葬山地》――

 長大な北部エイブラウム山脈の山間に存在する広大な竜の巣。

 狩場構成は地上と地下という2階層に分かれており、地上では上空を舞う亜竜ワイバーンと飛行型のウィングドラゴンが。

 地下では水陸を自由に移動する小竜クエレブレ、地下空洞の穴から水中へと引きずり込む蛇型のミズチが出現する。

 上空と地下では求められる装備や編成がまったく異なる上、地下で比較的安全に狩れる狩場はかなり限られてくるので、基本は地上での狩りが推奨。

 対空攻撃手段が無く、また素材価値を求めて地下に行く場合は、万が一に備えて光源やロープなどの緊急脱出用具も必須になる。




 なるほどなるほど……

 想像していた狩場とはだいぶ印象が違う。

 山地というくらいだから、当初はこの説明で言う『地上』だけかと思っていたけど、まさか『地下』も存在する二層構造とは。

 それにこの文章を読む限りでは『地下』の方が難易度は高く、そのまま素材価値も高いように思えてくる。

 そしてボスなどの特殊な魔物情報は無しと。


 Aランクにしては説明が些か簡素だなと感じるが、資料本は作成者によって情報の質が異なることは経験から分かっている。


(グロムさんがここにいたら話も聞けたんだけどなぁ……)


 ロビーを見渡しても彼の姿は見当たらない。

 そう都合良くいくものでもないので、ならば詳しい話は受付に聞くしかないと、一番情報を持っていそうなおばちゃんのところへ突撃した。


「こんにちは~《クオイツ竜葬山地》について聞きたいんですけど~」

「その装備だとローエンフォートから来たのね。何が聞きたいの?」


 んーやっぱり良いね。

 まともな装備を身に着け、顔も半分フェイスアーマーで隠していると、背丈の低さと年齢で舐められる可能性が激減する。


「今資料室で勉強してきまして、ここの狩場は地上より地下の方が難易度高いんですか?」

「難易度……そうね、難易度とも言えるわね。魔物の強さで言えば大きな差はないはずだけど、『死亡率』が全然違うって言ったら分かりやすいかしら?」

「ん? んー意味は分かりますが、それは地形の問題でってことですかね?」

「そういうことね。地下は一言でいえば『奈落の底』なのよ。クエレブレに一度谷へ落とされれば大半は這い上がれない。水場ならまだ落ちても死にはしないけど、それでもミズチという魔物がすぐに地底深くへと引きずり込もうとするから、絡めとられてやっぱり簡単には戻ってこられない。加えて内部は光も通さない場所が多いし、足場もかなり悪いと聞くわ」


 竜葬山地だから竜の墓場かと思っていたが――人が死んでも遺体が上がらず、そのまま墓場になるような場所という意味もあるのか。

 グロムさんの言っていた《《狩って狩られて》》っていうのが、嫌でもしっくりきてしまうな。


「……そんな地下で、好んで狩ったりする人なんているんです?」

「今はもう、内部までいく人なんてまずいないわねぇ。だから地下でも限られた比較的安全な地帯は順番待ちになりやすいの。供給が足りていなくて素材価値は高いからね」

「ほっほー」


 そのまま詳しい素材価値や素材部位まで確認していくと、この狩場はバラさず丸ごと死体を持ち帰るのが基本らしい。

 魔石や皮、牙に爪などはもちろん、肉もミズチだけは多少質が落ちるみたいだけど、どの素材も上質で需要が高い。

 加えて骨や血まで高値で取引されるらしく、おばちゃんに現場での解体は可能な限り非推奨とはっきり言われてしまった。

 でも資料本には大きさも書いてあったのだ。

 一番小さそうなミズチでも体長3メートル、普通に考えたら大きいクエレブレやワイバーンだと5メートルくらいにもなるという。

 となれば俺は良いとしても、他の人達はいったいどうやって持って帰んのよ?

 当たり前に感じる疑問を問えば、ここのハンター達はどうやら籠ではなく、大型の荷車を活用しているとおばちゃんは教えてくれた。

 倒した魔物を3体くらい積み込み、Aランクハンター達の筋力で押しながら帰ってくる。

 もしくは力自慢だけど、死のリスクは極力避けたい荷運び専門の人達なんかもいるらしく、これも狩場が山にあり、帰りが下り坂だからできることと言われると、思わず納得してしまった。

 まぁそれでも重さや積み荷調整などの理由で、結局何部位かに分けてしまうことも往々にしてあるみたいだけどね。


「ちなみに、ここはレアな魔物とかボスはいないんですか?」


 言った後に、レアじゃさすがに伝わらないか? ってちょっと焦ったけど、しっかり【異言語理解】が仕事をしてくれていたらしい。


「珍しい魔物っていうのは聞いたことがないけど、ボスは地下の奥地にいるわよ? ただ最後に倒されたのは――どのくらい前だったかしら。もう10年以上前なのは間違いないわね」

「へぇ、いるんだ……」


 話を聞く限り、隠しではなく表の通常ボスだ。

 しかしあまりにも討伐率が低く、しかも失敗時の生還者がいないため、危険過ぎると判断してハンターギルド側が情報の公開を取り止めてしまったらしい。

 おばちゃんも『|窒《・》|息《・》|さ《・》|せ《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》』という、先人からの恐ろしい言葉を聞いたことがあるくらいで詳しい情報は知らず。

 となればもう、これは倒すとなると命懸け。

 いやまぁ他のボスでもそうなんだけど、余計にそう思えて"心が滾ってしまう"のは、やっぱり俺が大馬鹿野郎だからなんだろうな。


 狩場情報は一通り聞けたので、ついでにオルグさんからの紹介状を渡して実績がしっかり反映されるようにしておく。

 あとはAランクへの昇格を認めてもらうまで、素材をひたすら卸すのみだ。

そう意気込み、どうせ今は受けられない依頼ボードを一瞥したのち、お次の目的である鍛冶屋さんへ向かった。262話 鍛冶工房バルニール

 グロムさんから聞いていた鍛冶師の店『バルニール』という店に向かえば、町ゆく人が高確率で知っているのも納得というほどの大きく綺麗な建物が待ち構えていた。

 だが中に入れば、本当にここは鍛冶屋なのだろうか? と首を傾げてしまう不思議な光景が。

 壁際には展示装備品が飾られていて、素材は下位っぽいけど「あぁ、こりゃカッコいいね」って、素直に思えるデザイン性の高い品がいくつも確認できる。

 そして長いカウンターにはドワーフ、人間、獣人とそれぞれ種族の違う女性が一人ずつ座っており、チラリと見える奥の工房には、少なくとも6人の男性ドワーフが作業をしていた。

 カウンター背面の壁には代表的な鍛冶師になるんだろうか。

 それぞれ異なる顔をしたドワーフの絵画が4枚飾られていて、一応グロムさんから最高峰の鍛冶師がいるお店とは聞いていたけど、どうにも鍛冶師を纏める『総合工房』といった印象が強いな。


「あのー武器と鎧の新調を検討していまして、お話を伺いたいんですけど」

「はい、ありがとうございます。具体的な素材や形状などはお決まりですか?」

「素材? んーと、まだよく分かっていなくてですね。できれば凄く良いやつにしたいんですが……」


 なんか、自分で言ってても恥ずかしくなる回答だ。

 でもお金を気にしない場合、いったいどんなものなら作ってもらえるのか。

 その判断基準が何もないので、まずはそこから教えてほしい。

 受付のドワーフ女性は一瞬微笑ましそうな視線を俺に向けるも、すぐに気を取り直してカウンターの下から大きな木板を取り出す。


「当店はロズベリア四頭工匠にも選ばれている『バルク』を筆頭に、他の三工匠とも連携して装備を製作しております。なので上はSランクの装備作成も可能ですし、過去にはSSランク装備の製作にも携わった実績があります」

「おぉ……」


 しかし、そのまま差し出された木板を眺めれば、「お、おぉ……っ?」と、金額を見て思わず声が上ずってしまう。


【武器製作料】

 Sランク相当武器(3等級)・・・1億5000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ

 Aランク相当武器(4等級)・・・3000万ビーケ~   ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途3000万ビーケ

 Bランク相当武器(5等級)・・・800万ビーケ~   ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途300万ビーケだが四頭工匠は不可

 ・・・

 ・・

 ・


【防具製作料(鉱物加工)】

 Sランク相当防具(3等級)・・・3億5000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途8000万ビーケ

 Aランク相当防具(4等級)・・・1億ビーケ~    ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ

 Bランク相当防具(5等級)・・・3000万ビーケ~   ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途500万ビーケだが四頭工匠は不可

 ・・・

 ・・

 ・



 いやいやいや、バカ高ぇんだけど?

 上位ランクしか興味がないので、そこだけに着目して比較していたわけだが、特に防具の製作料がヤバ過ぎる。

 まぁ……理由は分からなくもないのだ。

 これはきっとダンジョンのせいで、なぜか分からないけど、ダンジョンでは現物やさらに大当たりの特殊付与付きを引いても、武器と装飾品しか出ないと書かれていた。

 だから防具はどうやっても高レベルスキルと、卓越した技術を持つドワーフに製作依頼するしかない。

 だから高い、高くても依頼がくる。

 きっとそういうということだろう。


 しかし、これは――


「この製作料って『最低』って意味ですよね?」

「そうなります。武器ですと短剣ほどの小型サイズならばという値段です」

「もしこの武器と同じくらいのショートソードをSランク素材で作ってもらうとしたら、製作料はおいくらに?」

「その程度のショートでしたら2000万加算で済みますから、製作料は1億7000万ビーケになりますね」

「そ、素材料は、どのくらいかかるのでしょう……?」

「アダマンチウムはかなりの希少素材な上に人気も高いので、そのショートサイズと言えど、軽く5億以上は……まず、それだけの素材を集めるのが大変だと思いますよ? 皆さん何年も掛けて少しずつ素材を集めるものですから。もしお金に糸目をつけないということでしたら、当方の素材収集サービスを利用されれば、かなり期間を短縮できると思いますけどね」

「……」


 あっれー。

 こんなところでMMOっぽくしなくていいんだけどなー。

 武器作るための素材集めに年単位とか、俺がやってたゲームかよ!


 その後もAランクに落とした場合の総額費用や製作期間、指名料の意味とその効果などを確認していく中で、マルタのギルマス、オランドさんが以前に"|阿《・》|漕《・》|な《・》|商《・》|売《・》"と言った意味が分かってきた。

 良くも悪くも、ここのドワーフ達は賢いのだ。

 まともな上位装備を作れる人が限られている中で、その者達が結託し価格を統一させる。

 それだけでなく、四頭工匠と呼ばれるネームバリューを持ったドワーフ達は、直接の依頼受注を断ち、窓口をここ『バルニール』に統一させている。

 だからこその指名料なのだ。

 それもあって職人は自分達にしかやれない職人仕事に専念することができ、作業に無駄な被りや空きが発生しないように受注管理もされ、おまけに客側からすれば割り当てが分からないため、担当という希望を付ければさらなる費用を要求される。

 それぞれが個人でやっていれば手に入らない指名料という別収入も、窓口の統一化をさせただけで一部の客が勝手に払ってくれるわけだ。

 そして客側は、世界が狭ければ、この値段の高さに気付けない。

 気付いたとしても、移動手段とその移動に費やす時間のロスを考えれば、上位ハンターほど値段に納得せざるを得なくなる。

 淘汰されていないということは、質でしっかり納得させているんだろうしな。



【防具製作依頼料(レザー加工)】

 Sランク相当防具(3等級)・・・3億ビーケ~    ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途8000万ビーケ

 Aランク相当防具(4等級)・・・6000万ビーケ~   ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ

 Bランク相当防具(5等級)・・・2000万ビーケ~   ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途500万ビーケだが四頭工匠は不可



 見せられた木板に書かれていた、レザー加工装備のランク分け料金一覧。

 今のBランク防具を250万ビーケの製作依頼料で作ってもらった俺からすれば、冗談だろ? って思うような値段設定だ。

 でも悪いことじゃない。

 俺個人の気分はクソ悪いが、こんなの法整備がまともな日本だって当たり前のようにしていること。

 金のためにズル賢くなる人の醜い部分が、今回は少し垣間見えてしまっただけだ。


(ローエンフォートのあのドワーフ、もしかして村八分にでもされたのかな……)


 こんな時、足並みを揃えられないやつがバカを見る。

 どんなにそれが実直で、善行に溢れた行いだとしても、利害が対立すれば潰し潰されるのが人間だ。

 それは子供の頃から、当たり前のように――


(嫌だねぇ……)


 実際にどうだったのかは当人にしか分からない。

 俺が知っていることは、ここで2000万ビーケの製作依頼を250万ビーケ程度で、しかもここだと先行製作依頼の費用を追加で払っても20日待ちのところ、6日で仕上げてくれた人がいるという事実だけだ。


 俺は丁寧にお礼を言ってから店を出て。

 もし作ることが可能ならば、やっぱりあの人に。

 お金の話だけではなく、自分自身が信じられる『良い人』にお願いしたいと、少し寄り道をしてからローエンフォートへ転移した。263話 不器用な人

 裏通りに面した相変わらずのボロい店。

 建付けの悪いドアを鳴らしながら中に入れば、例のドワーフおじさんが何かの素材を奥の机に並べていた。


「こんにちはー」

「ぬ? いつぞやの非常識な小僧か。どうした、装備の補修か?」


 開口一番文句を言いながらも、舐め回すように俺の装備を見るおじさん。

 だが今回の目的はそっちじゃないのだ。

 もっとデカい依頼をお願いしたいと、カウンターに身を乗り出し目的を告げる。


「唐突ですけど、おじさんはどこまでの装備を作れますか?」

「なんだ藪から棒に。Bランク程度の装備ならなんでも作ってやるが……まさか、Bランクより上の装備を俺に作れってんじゃないだろうな?」

「もしできるならお願いしたいと、そう思って声を掛けさせてもらってます」

「なぜだ?」

「え?」


 食い気味な切り返しにビビる俺。

 理由を問われるとは思っていなかった。


「なぜ、俺に声を掛けた? 俺は作れるなんて一言も言ってないし、そもそもここはローエンフォート。Bランク狩場にAランク以上の装備なんざ必要無いだろう?」

「なぜって、そりゃ装備は命預ける相棒のようなもんですし、どうせなら信用できる人に作ってもらいたいじゃないですか。それに差し出がましいですけど、売り上げに貢献したいっていうのもありますしね」


 そう言って天井を見上げれば、天板には大きな雨漏りの染みが広がっていた。

 すぐに崩れるというほどじゃないだろうけど、ゼオの建てたログハウスの方が明らかに立派で、この人の経営状況が凄く心配になってくる。

 お金がないわけじゃないだろうに、いったいこの人はどこに資金を回しているのか。


「おまえ、もしかして『バルニール』に行ってきたのか?」

「えぇ」

「そうか……繁盛してたか?」

「建物はまぁ、大きくて綺麗でしたね。カウンターには3人の受付担当女性がいましたし、四頭工匠なんていう自画像っぽいモノまで壁に掛けられてましたよ」

「チッ、毒されやがって」

「……」


 やっぱり、これは正解だろうな。

 でもそれは半分で、もしかしたら――


「毒されたって、誰かの入れ知恵でもありました?」

「……言う通りにすれば儲かるってな。プロデュースしてやるだとか、わけわかんねーこと言いやがってあの女……ッ!」


 はぁ……

 もうこの答えだけでおおよそは分かる。


「俺達が金に欲を出し過ぎれば、ハンター達が無理して死にやすくなるってのをなんにも分かっちゃいねぇ!」


 どうせまた、あの女だ。

 裏で動いていたのはマリーとかいう転生者だろう。


「それで、プロデュース料とでも言って売り上げの一部を抜いているってわけですか」

「俺は拒否したから知らねーよ。んな難しいことも分からねーしな。分かってんのは提案に乗らなかった一部のやつらは店が燃えて、しょうがなくどっかに間借りしてもAランク以上の鉱石や希少素材がまともに仕入れられなくなったってことくらいだ」

「くらいって……だから、ここに移られたんですか?」


 以前は踏み込まなかった部分だが、今は逆に聞くべき時だ。


「ふん、ここなら余計な邪魔なんてされずに装備を作れっからな。Bランク相当のミスリルならまだ手に入るし、おまえみたいに素材持ち込みなら防具だって他の鍛冶師よりも早く作ってやれる」


 この言葉は、たしかに真実なのだろう。

 だが……ドワーフのおじさんは言い終わった後も、ジッと自らの分厚い手を見つめていた。


「やっぱり、僕はあなたに作ってもらいたいですね。話し振りからすると、素材さえあればAランク装備も作れますよね?」

「……素材があればな」

「ならば、一つご提案なんですが――……」


 成功するかは分からない。

 でもたった一つ、条件さえクリアできれば可能性のある方法だ。

 提案をした時、たしかにこのおじさん――『ロッジ』と名乗るドワーフの目の色が変わった。

 やはり、この人は望んでここにいるわけじゃない。

 できれば自らの手で、より上位の装備を作りたいと思っていて――そんな向上心がありながらも、我を通したために居場所を失くしてしまった不器用な人なのだろう。

 そんな人だからこそ、俺は俺で協力できる部分はしてあげたくて。

 どうせなら、俺やカルラの装備を一手に――

 そんな言葉が出かかるも、まだ何も成していないのでは気が早いと、グッと堪えて言葉を飲み込む。

 それは無事、成功した時にとっておくべき言葉。

 ならば、まずは素材だ。


 俺は「また来ます」と伝え、すぐに狩り場へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ロズベリアを囲う追加外壁から北に数km。

 日本のいろは坂を思い起こすクネクネした山道を眼下に収めながら上空を移動し、俺は《クオイツ竜葬山地》へ到着した。

 高い樹木は無く、大きな岩と芝生のような下草だけが茂った高原という印象の強い場所だ。

 決して足元は平坦じゃないが、まだ地に足をつけて狩れる場所が多くあり、複数のパーティがロズベリアに近い場所を陣取り上空の魔物と戦っている。

 地形的にはちょうどこの辺りが山中の谷になっており、魔物は両側の高い山から餌を求めてるように飛来していた。

 そして、ポツポツと上空からも見える黒い穴。

 あれが下層となる『地下』への入り口になるのだろう。

 上空を狩場に選んだ人達が踏み外して落ちるということはなさそうだが、緑や茶色の山肌の中に、大小いくつも見える黒いソレは、大きさ次第で山が大きく口を開けているように見えてしまい薄気味が悪い。

 そして狩り場の入り口付近には多くの人だかりが。

 見ているとハンター自ら素材を運ぶ組と、運び専用の人間を雇っている組とがあるようで、運び専用の人達は1~2体のやや少量と言える素材を積んでは、山の傾斜部分まで広がる追加外壁で囲われた『特区』と呼ばれる場所へ運んでいる。

 誰も彼もがやっていないのは、運び屋との信頼関係が築けていないと成り立たないやり方だからだろうな。

 まぁ俺にとってはどうでもいいが。


 ――【魔力感知】――


 敢えて人のいない左右の山へ【飛行】し、湧いてくる竜種を片っ端からぶった斬る。

 初めてのAランク狩場であればもっと緊張もしていただろうけど、もう散々パルメラの奥地でAランク魔物と戦っているし、空中戦も飽きるくらいにはやっているわけで。

 今更ここで苦戦するとは思っておらず、面倒な攻撃手段を持っているなーとは思いつつもサクサク首を飛ばし、そのまま上空で収納していく。

 宙に浮く『異物』は目立つのだろう。

 特に近接主体のワイバーンは、目の前まで近寄ってきて捕食しようとしてくれるので凄くありがたい。

 たまに【衝撃波】を放ってくるけど、空中にいる俺に対してじゃ、「あ~れ~」ってちょっと吹き飛ばされるだけだしね。

 でも地上で頑張っている人達は大変だろうなぁ。

 体長5メートルほどのデカい亜竜が爪を立てながら急速下降し、地表スレスレで【衝撃波】をブチかましてくるのだ。

 盾を構えるタンカーも体勢を崩されたりしているし、吹き飛ばされた後衛なんかはそのまま上空へ連れ去られそうになっているので、降りてくる度にヒヤヒヤしながら迎撃をしていかないといけない。


(でも俺はウィングドラゴンの方がめんどくさいなぁ……)


 地上で対応する魔物は、ウィングドラゴンとワイバーンの2種類のみ。

 鱗の有る無しや大きさの違いはあるものの、どちらも緑色の体表をした似たような魔物だ。

 だが体長3メートルほどのウィングドラゴンは近寄ってきてくれない。

 遠くからそこそこ強烈な【風魔法】をひたすら放ってくるので、これまた地上で狩っている人達は相当ウザったい魔物だろう。

 なんせ遠距離手段だけで仕留めなければいけないのだ。

 おまけに放たれるのは目視困難な風の刃なので、目だけに頼れば身体を切り刻まれるし、竜巻のような拘束を伴う魔法も使ってくる。

 これで巻き上げられているハンターもいたので、ここで狩るなら【魔力感知】は必須級スキル。

 逆にあれば見えない【風魔法】の動きを目で捉えられるので、事前に避けるなどの対策も容易になってくる。


「おーし、これで50体と。んーまだいけるかな?」


 見ているのは1分間の魔力消費量だ。

 取得すれば世界が完全に変わる、ウルトラ神スキル【空間魔法】の魔力消費量を小まめに確認していく。

 パルメラでしっかり地力を上げたため、今の俺は1分間に15くらいは魔力が自動回復している。

 この魔力消費分を相殺し、さらに1分間で50ほどの魔力消費が発生するには、どれほどの収納量になってくるのか。

 今はその実験も兼ねていた。

 できれば素材は1体丸ごとの方が望ましいと言われているのだ。

 まずはハンターギルドの解体場で正規の買い取りを。

 次にパンクしたら、特区と呼ばれる狩場から非常に近い危険エリアで、素材買取だけを専門に扱うちょっと買取値段の安いお店に持ち込みを。

 そしてここでもパンクすれば、ファルメンタのオルグさんのところに持っていけば、あの人ならAランク素材だし喜んでなんとかしてくれるだろう。

 ミズチだけはちょっと安いが、1体おおよそ80万~250万ビーケの買い取りだ。

【飛行】だけの時であれば、せいぜい重さを感じない荷運びを活用したとしても1日5000万ビーケくらいが限界な気もするけど、神スキルがあれば世界は変わり、収入の桁も変わっていく。


「ふははっ! ここでギルドがもう限界と泣くまで稼ぎまくる。本の金で当面困らないように、限界まで」


 やっぱりコソコソ非効率的なことをやるのは性に合わない。

 遅かれ早かれバレるのならば、遠慮せずに全力で。

 そう覚悟を決め、視界に入る魔物の首を片っ端から斬り落としていった。264話 本命の地下

《クオイツ竜葬山地》二日目。

 地上で一気にスキルレベルを伸ばせる【衝撃波】【風属性耐性】の2種スキルがほどほどに上がったので、二日目となる今日は本命の『地下』へと訪れた。

 入り口付近にある目立つ穴から洞窟内部へ侵入すれば、地下へと続く傾斜が長く続いており、まだ辛うじて日の光が届く先には水場も確認できる。

 横を迂回すればさらに奥まで続いているようだが、先の方は暗闇で何も見えず、手前側では水場との境界辺りで数組のハンターが魔物と対峙していた。

 壁際には他にも何人か人影が見えるな。


 ――【夜目】――


(ふーむ、これが順番待ちってやつなのか?)


 スキルレベル7までいけば色彩は豊かになってきており、セピア色よりももう少しハッキリとした色合いで眺めることができる。

 だからこそ、人だかりの中に、見知った顔の人間がいることに気付けた。


「おぉ、グロムさーん!」

「ん?……もしかして、その声はロキか!?」

「あーちょっと暗くて分かりにくいですよね。ライト~」


 これだけの暗闇なら魔力の色なぞ問題ない。

 そう思って頭の上に光る玉を用意すれば、順番待ちの人達が一斉に照らされる。

 何人かから「今どうやって発動したの!?」って騒がれたけど、本題はそこじゃないので苦笑いしつつ全力スルーだ。


「やっとここに来たんだな!」


 おへ~、肩をバシバシ叩かれると衝撃が。


「えぇ、昨日からですね。今日はどんなものかなーと地下を探検予定なんです」

「た、探検……一人でここをフラつくとは、相変わらずのようだな」

「はははっ……って、前見た時と武器が変わってるじゃないですか!」

「ふふ、お蔭様でな」


 洞窟の中だから色味はちょっと微妙だけど、前とは形状の違うかなり大型な片手剣がそこにはあった。

 剣身の部分がかなり厚く、殺傷能力というよりは守り重視の印象を受ける武器だ。

 これは素材量からしても相当お金かかってんだろうな~と、中途半端に学んだからこそ余計なことまで考えてしまう。


「この厚みは凄いですね。攻めより守りの武器って感じがします」

「俺はタンカーだからな。武器だっていざという時は防御に回せなきゃ意味がないんだよ」

「おいおいグロム、俺達にも紹介してくれよ。この少年が例の空を飛ぶ救世主か?」

「あぁ、俺の命の恩人だ。ロキ、こいつらは俺のパーティメンバーだ。もう組んで15年近くになる」


 そう言われて視線を向ければ、グロムさんと同じ30代半ばくらいの男性1名、謎の熊が1名、女性2名が軽い挨拶とともにペコッと頭を下げるので、俺も釣られてもっと深く頭を下げる。

 礼儀正しいし、悪い人達じゃなさそうで一安心でございます。


 それにしても、随分と珍しいパーティ構成だなぁ。

 デカいハンマーを持った二人に槍が一人、それに後衛の杖職が一人か。

 防具はグロムさん以外必要最低限といった感じで、見方を変えれば防御面を捨てているとも取れる。

 視線であちらも気付いたのだろう。

 どう見ても熊にしか見えない年齢不詳の獣人が、グロムさんを助けてくれたお礼だと言って、この地での狩りのノウハウを教えてくれた。

 どうやら怖そうな見た目と違い、おしゃべりが大好きなおじさんっぽい。

 竜種の血は高価で、素材価値に差が出やすい部分でもあるため、斬るより叩き潰す方法が推奨されていること。

 純タンカー以外はなるべく軽装にし、水中戦での機動力を極力落とさないようにしていること。

 その他、複数ある穴の危険性や地下の簡単な構造、細かい注意点まで、現役で活躍している人達の生の声というのは本当に有難い。

 他の人達も補足で説明してくれたりしているので、相当慣れた人達なんだろうね。

 そしてグロムさん達の順番というところで、俺は改めてお礼を言いながらその場で浮いた。


 グロムさんもその仲間も皆が大人で、理解してくれていたのだろう。

 だからこそ、アドバイスだけに徹してくれていた。

 狩り方の土台が違うのだから、しょうがないのだ。

 せめてものお礼に【鼓舞】を唱え――


「それじゃ、奥も探検してみます! 頑張ってくださいね! ありがとうございました!」

「あぁ! 以前のような無茶はするなよ! 今度また、飯でも食おう!」


 またどこかで会えば、その時々で自分にできるちょっとしたお返しを。

 そう思いながら、一人暗闇の先へと【飛行】していけば、


(ははっ、いるいる!)


 1つ地底湖を越えれば、その奥は魔物の楽園だ。

 ところどころ天井の隙間からうっすら光が降り注ぐ中、俺はノソノソと陸地を闊歩する4足歩行の青みがかった竜――クエレブレを見つけ次第斬り伏せていく。

 魔力を消費せずに数をこなすとなれば、結局俺にはこれしかないのだ。

 換金効率は落ちても、『スピード』と『数』でカバーすればいい。

 それに、


『【地形耐性】Lv1を取得しました』


「ハッハーッ!」


 この面白そうなスキルの経験値がもっと欲しくてしょうがない。

 どう解釈すればいいのかはいまいち分からないけど、とりあえずパッシブ型な上にAランク魔物でも所持スキルがレベル1。

 ちょっとレアな匂いもするこのスキルは応用が利きそうというか、あればかなりの場面で役立つ気がしてならない。


「ほーれ、寄ってこい」


 そこら辺に落ちている石を湖面に投げながら、斬り落としたクエレブレの首を地底湖に向けて振り回す。


 ざわざわざわ――……


 すると血の匂いに釣られて、地底の穴からオオサンショウウオのような……しかし
もっと蛇のような形状をした、気持ち悪いミズチという魔物が何匹も浮上してきた。

 これも先ほど、『音と血にかなり敏感だから注意しろ』と言われた先輩達からのアドバイスだ。

 それらを空中から斬る、斬る、斬る!

 水の中に入ったらクッソ寒いからね。

 極力水に触れず、魔法も無駄撃ちせず、斬っては収納、斬っては収納と繰り返し、視界内の魔物が綺麗になれば、また次の新鮮な場所へと移動する。

 そして、奥から先ほどとは別のハンター達であろう声が聞こえてきたところで、手前にやっと探していたモノを確認した。

【夜目】でも底が見通せない暗闇――地下に存在する深い谷だ。


(さーて、どうなるか)


 俺は吸い込まれるように、その谷の内部へと潜っていった。265話 トレジャーハンター

 想像以上に、深い。

 もちろん場所によって違いはあるものの、拠点にある台地の高低差以上に落ちていることは確実であり、それは200~300メートル程度では済まない深さということ。

 もし【飛行】が無ければ絶対に登ってこれないだろう奈落に、恐怖を感じながらも期待は高まってしまう。

 落ちれば死体はまず回収できないのだ。

 ならば間違いなく、何かは底にある。


『割れぬ、光玉よ、飛べ』


 生成した4つの玉を下方に飛ばせば、まるでスーパーボールのように岩壁を弾みながら先々まで照らしてくれる。

 これはゼオに教えてもらった魔法の使い方だ。

 何があっても割れないというほどのモノじゃないだろうけど、こういう時は内部構造が把握しやすく使い勝手が良い。

 弾かれながら落ちるボールは、どれも似たような方向へ転がっていく。

 その間も見落としが無いよう、俺は念入りに【探査】を掛けながら降りていった。



 そして、約10分後。

 いったいどれほど降りたか分からない谷の底は、たしかに存在していた。

 特別な広場があるわけでも、隠し通路のようなモノがあるわけでもない。

 両側を岩壁に挟まれ、普通のコウモリが飛び交う本当の谷の底。

 そして目的のモノはない代わりに、落ちたら存在するはずの人骨すら見当たらなかった。

 ならばまだ結論は出ていない。

 長年この付近には落ちていないという、それだけのこと。


(さっきハンター達の声が聞こえたのは……あっちか)


 方角を意識しながら谷の底を移動する。

 そして【探査】で小まめに調査物を変更していた時、とうとう反応を拾った。

 魔物は今のところ見当たらないが、何があるかは分からない。

 慎重に谷の内部を移動していけば、


(おぉ……)


 見つけたのは、光で白く照らされた骨。

 たぶん……この辺りから上が落ちるポイントになってくるのだろう。

 そこから先は人骨の数が増え、かなり先には積み重なっているように見える地帯もある。


 そして――少し先に、目的のモノを発見した。

 素材は【鑑定】のレベルが低すぎて俺には分からない。

 でもそれはたしかに鉱物で作られた武器だった。

 錆もなく綺麗なもので、白骨化した上に砕けたモノも多い遺体とのギャップは現実感を失くさせる。

 そんな武器を少し眺め、


「ありがたく、使わせていただきます」


 俺は収納した。

 ここで無駄な感傷に浸り、死者の装備を持っていくことに禁忌感を覚えたりなんてしない。

 そんな地球っぽい感覚はもう捨てたし、そんなことをしたところで結局誰も得はしないのだ。

 ならばしっかりお礼を言い、眠り続ける予定だったお宝を|根《・》|こ《・》|そ《・》|ぎ《・》頂いていく。

 その代わり、魔物にやられて落とされたんであれば、俺がその100倍くらい敵《かたき》を取ればいいだろう。

 落ちているモノは崖の途中に引っ掛かっていたり、骨の中に埋もれていたりと様々だ。

 武器だけではなく、変色した装飾品や見たことのない硬貨なんかも多く落ちている。

 ただレザーの防具は全滅だな。

 原形を留めておらず、岩と一体化してしまっているように見えるモノも多い。

 まぁレザーはいくらでも採れるというか、Sランク相当とかでもない限りは希少でもないので、そのまま放っておいても問題ないだろう。

 目ぼしい落下物を片っ端から収納していき、終わったらまた魔物を狩りながら別の谷へ。

 どうせやるなら全て回収するつもりだが、あまりの量に一旦は回収物を整理しようと、まずはロズベリアの解体場へと向かった。



「こんちは~」

「アヒッ!?」


 俺の顔を見てビビる解体場のお兄さん。

 昨日はもっと人がいたのに、今日はカウンターにこのお兄さん一人である。


「あれ? 今日はお一人ですか?」

「み、みんな昨日からあなたのおかげで徹夜ですよ徹夜! 素材が片付かなくて倉庫から出られません!」

「おぉ~いいじゃないですか。これはだいぶギルドも儲かりますね」


 お兄さんは顔が引き攣ってるけど、実際仕事なんてそんなもんだろう。


「もしかして、今日も、ですか……?」

「もちろん! でも今日は地下の方の2種ですよ。しかも昨日ほどの量じゃありません」

「ほんとに……?」

「ほんとに」

「……じゃあまた、倉庫に"|直《・》|接《・》"お願いします」


 昨日気付いたことだが、妙にこの町のハンターギルドは大きいなと思っていたら、半分は素材倉庫になっていた。

 大きい魔物が存在する狩場の管轄ギルドだと、このような倉庫を抱えた作りになっているところは多いらしい。

 そりゃ5メートル級の魔物が次々運び込まれたら、あっという間に解体場の作業スペースなんてパンクしちゃうもんね。

 裏の倉庫にトコトコと向かい、体育館よりも大きいくらいのスペースに目を向ければ――んん??

 明らかに昨日より人が増えているけど、バイトでも雇ったのかな?

 10人くらいの人達が一心不乱に解体作業をしており、空いたところへ新たに50体くらいの魔物を放出していけば、先ほどのお兄さんは青ざめながらすぐに魔物の数を数え始めていた。

 あースッキリスッキリ。

 やっぱり開き直って堂々とやるってのは最高だ。

 時間を無駄にしないのが何よりも良い。

 なんか作業に入っている人が悲鳴と共に絶望的な表情を浮かべているけど、正直こんなものはまだまだ序の口。

 谷の宝探しが終わったらもっと本格的になるので、いちいちこの程度でへこたれないでほしい。

 まぁそれでも、


「一応確認しますが、大丈夫そうですか?」


 そう問えば、ゲッソリしながら、それでも弱々しく頷いてくれる。

 ならば、彼らの"|パ《・》|ン《・》|ク《・》"はまだ先だろう。


 その後は報酬をギルド預けにしてから、すぐにロッジさんの下へ。

 奥の長机で何かやっていたけど、ドアが鳴らす音ですぐこちらに気付いたらしい。


「なんだ早いな。やっぱり無理でしたって報告か?」


 そう言いながらも、ソワソワとした落ち着かないご様子。

 なんせロッジさんは俺が飛べることを知っているからな。

 ならばたしかに可能だと、俺の提案を聞いてそう思っているはずなのだ。

 だから俺は焦らさず、カウンターに1本の斧を置いた。

 ミスリルは武器に使っているけど芯材で直接見えず、ダマスカスは過去に指輪の中に埋め込まれていた小さい針と、今日暗がりの中で見たグロムさんの新調された剣くらい。

 素人の俺が金属を見たところで素材判別なんてできないし、それなら直接プロに見てもらった方が手っ取り早いだろう。


「これはどうです?」


 あっさりした俺の問い。

 それを『俺が自信がある』と受け取ったのか。


「……ロキ、残念だがこりゃミスリルだ。純度はかなり高そうな上物だがな」


 悪くはないと言いながらも、あからさまに落胆するロッジさん。

 なので俺はすぐに次を出す。


「じゃあ、これは?」

「え?」

「これは、どっちです?」

「こ、これもミスリルだが……何本かあるのか?」


 あぁ、そうか。

 ロッジさんは俺が空を飛べることは知っていても、【空間魔法】で収納していることは知らない。

 だから大荷物を背負いこんだわけでもない俺を見て、そんなに判別するほどのモノがないと思っていたわけか。


 ならば、言おう。

 この人には今後も装備で色々お世話になりたいのだ。

 もう開き直ると決めているわけだし、信用を得るためにはまず自分から。

 そう思って答えた。


「本数とかは分かりませんけど、たぶんこのお店5個分くらいの装備を『|収《・》|納《・》』しています」266話 求める居場所

 俺の告白は、ロッジさんにとって爆弾発言だったのだろう。

 面白いくらいに動揺しながら、次から次へと出す俺の装備を判別していく。


「はい」

「ミ、ミスリル」


「これは」

「ミスリルだ!」


「どうだ」

「これは……シルバーッ!! 下がっとるがな!!」


「うえぇ!?」


 そして10個目くらいになった時。


「次は鎧っ!」


 そう言って取り出したモノに、俺もロッジさんも二人して、ん? ってなった。

 なんかちょっとシルバーに黒が混じったような、かつて見たことがあるような色味をしている、ような……気がする。


「ふぉ……」

「ふぉ……?」

「ふぉおおおお!! こ、この鎧はダマスカスだッ! 間違いねぇ!!」

「ふぉふぉふぉふぉううううう!?」


 ややややっと、きたぁあああああああああああッ!!


 内心ちょっと心配してたのだ。

 おいおい、ほんとに混ざってんのかよと。

 考えてみたら俺だってシルバーとミスリルの合わせ技だし、長年通っているっぽいグロムさんがやっと手に入れたような装備がダマスカス製なのだ。

 Aランク狩場なら、半分くらいの人は持ってるんじゃない? って考えはかなり甘かったらしい。


「良かったですね~ほんと混ざってて良かった……」

「本当だな。これでおまえの武器も、ショートソードくらいなら十分作ってやれるだろう。まぁ種火があればだが」

「あ、あの特殊な魔石ですよね?」

「そうだ。ダマスカス以上は溶かして鍛造するとき必要になる」


 そういえばそのことをすっかり忘れていた。

 が、たぶん俺の予想通りなら大丈夫だろう。

 ゲームにありがちなイベントアイテムと言われたら絶望的だが、たぶんこの世界なら中途半端にリアル寄せをしてくるはずだ。


「それって、熱量の問題ですよね?」

「そうだが、おまえ鍛冶もやるのか?」

「いえいえ、まったく。でも『|白《・》|い《・》|火《・》』なら出せるんですけど、それでなんとかなりません?」

「……は?」


 まぁ言ってもそりゃ分からないよね。

 なので直接指先マッチの火を――


 ――【白火】――


 目の前で白くした。

 するとロッジさんの目の色が変わり、強引に俺の腕を引っ張りながらカウンター奥の作業場へ。

 そのまま炉の前に移動させられ、その火を入れろと言われたので言う通りにすれば、ロッジさんは火に手を当てしばらく固まっていた。

 あまりにも真剣な表情だったし、俺は何かを確認していると思っていたので、下手に声を掛けることもできない。

 コオォォォッと空気を勢い良く燃焼させているような音だけが響く中、どうしたものかと黙っていたら、ロッジさんが視線は火に向けたまま口を開いた。


「ロキ、おまえは何者だ?」


 ちょくちょく聞く言葉だ。

 一瞬悩むも、今更隠すべき部分じゃないと、すぐに答える。


「異世界人ってやつですよ」

「そうか……」

「悪い印象、持ってました?」


 あの女が絡んでいるのだ。

 実質ロッジさんは、あの女に居場所を奪われている。


「そんなもん、人によるだろう。それこそ種で括るもんじゃねぇよ。俺があのマリーとかいう女を個人的に許さねぇってだけだ」

「同じ考えですね。僕は『バルニール』で随分な値段だなと、内心嫌な思いをしました。でもドワーフが嫌いということにはなりません。だからロッジさん、『良い人』だと思ったあなたを訪ねました」

「……」

「僕と、僕の仲間の装備、作ってくれません?」

「仲間がいるのか?」

「えぇ。と言っても自分達の拠点にですけどね。周りがAランクの魔物だらけなんで、ある程度強い装備が欲しいんですよ」

「すげぇ場所だな」

「はは。景観は素晴らしいですし、魔物の肉もまぁ美味いんですけど、とにかく何も無くて――」

「上位素材、取り放題じゃねーか!」

「あ、そっちっすか……」


 この人もたぶん相当な変態だ。

 もしくは今まで我慢していた鬱憤が溜まっているのかもしれない。

 まぁ俺も自分が変態の欠陥人間だと自覚しているので、この程度のことでどうのと思うことはないけど。

 拠点の周囲にいる魔物情報なんかをアレコレ聞かれてざっくり答えていると、知らない魔物が多いのか大興奮しているロッジさん。

 が、興奮から一転。

 我に返ったような真顔で口を開く。


「一つ確認させろ」

「はい?」

「おまえもその仲間も、Aランク相当の魔物を十分倒せるってのは分かったが……Sランク素材も集める気あるのか?」

「へ? そんな、Sランク素材なんて当たり前ですし、それ以上も集めますよ? それにボス素材も集めていきたいですしね」


 まったくロッジさんは、なんてことを聞いてくるんだ。

 Sランクがアダマンチウム系の時点で、さらに上の素材があるのは俺の中で確定事項。

 どうせファンタジーな世界ならオリハルコンだろうし、そんなもん集めるに決まってるでしょう!

 ただ問題はまだありそうなもう1枠だ。

 『ヒヒイロカネ』じゃちょっと弱い気もするし……ここは今までのゲーム知識をフル活用してもよく分からない。

 それにボス素材の有用性も全然分かっていないんだよなぁ。


「くっ、くはははっ! 当たり前のように集めると言い切るか! やはり異世界人はバカばっかりだな! その魔力が魔物みてぇに黒いのも特徴か?」

「あ……」


 言われて初めて、先ほど自分がやらかしていたことに今更気付く。

 やべぇ、何を目の前で普通に指先マッチやってんだ……

【白火】で代用がきくのか確認したくて、すっかり頭から抜け落ちていた。


「まぁ、んなことはどうだっていいか。どの道鍛冶師としての欲を優先するなら俺に選択肢はねぇんだ。ロキもロキの仲間の分も、素材さえ用意してくれりゃいくらでも作ってやるよ。おまえについてきゃ、『火種』もいらねーみたいだしな」

「お、おぉ!? ありがとうござ―――ん? ついてく?」


 聞き間違いだろうか?

 なんかおかしな言葉が聞こえた気がする。


「ロキの拠点に行きゃあ俺の知らねぇAランク素材は集まるし、お前がそれ以上の素材だって採ってくるんだろ?」

「た、確かにそれはその予定なんですけど、僕含めて3人――いや、ちょっと離れたところで人が増えたり減ったりしていてアレですが、基本はたった3人で自由気儘に生活してるんですよ?」

「そうか」

「いやいや、『そうか』って、何を真顔で答えてるんですか! お店すら一軒も無いんですからね!?」

「でもお前が、その収納? だかってやつで、大概のこと解決させてんだろ?」

「……ん、んんーまぁ、ハイ」

「それにな、今更ロズベリアに戻ったって俺の居場所はねぇよ。『バルニール』が存在する限り、いくらロキから素材を融通してもらおうが、結局はどうあっても嫌がらせを受ける」


 ……それは、その通りになるだろうな。

 結局障害になるのは価格設定だ。

 ロッジさんがバルニールに合わせられれば大概は解決するんだろうけど、そんな決断ができるならそもそも町を追われていない。

 意地でも周りの流れに合わせなかったのは、『装備はハンターを生かすために』という根底の考えがあったからこそ。

 高くすればハンターが困るから価格を抑えるロッジさんと、利益を最優先するバルニールではどうあっても衝突するわけで、そうなった時は残念だが多勢が有利になるのは否めない。

 俺とマリーがぶつかればまた違うだろうけど……まずその国にも辿り着いていないしなぁ。

 ただ、そこまでは理解できても、せっかく居を構えたローエンフォートを捨てるのは違うだろう。

 それこそロッジさんの持つ矜持から外れた行為になる。


「ローエンフォートはどうするんです? ロッジさんの腕を頼るBランクハンターはいっぱいいるでしょう?」

「ふん……いるが、いねぇんだ。それがこの町で仕事してみてよく分かった」

「へ? どういうことです?」

「<鍛冶師>もしくは<上級鍛冶師>の職業加護も重ねりゃ、Bランク素材までは扱える鍛冶師なんざ世の中それなりにいる。もちろんローエンフォートにもな」

「え、えーと、つまり?」

「俺じゃなきゃいけないってことがねーんだよ。たしかに俺がBランク装備を作れば他より早く完成はする。でもその程度で、Bランク装備の製作に慣れているやつなら出来栄えなんざ大した違いはない」

「そう、だったんですか……」

「だから丁度いいんだ。金を貯めて、いつかSランク以上の素材が採れる町でも探す旅に出ようと思っていた。自分の居場所を求めてな」

「……」


 家が無い。拠点の二人は絶滅危惧種の古代人。更に上台地には残念な神様達もいる。

 断るための口実はまだまだあるけど、じゃあ本当に断りたいのか? となれば、それはまた違うわけで。

 本人がそうしたいと言うならどうぞどうぞ! というのが俺の本音だ。

 環境が合わなきゃまた送り届ければいいし、その時に俺達の拠点がパルメラの中だとは言っても、具体的にどこかなんて【地図作成】のスキルがなければ分かりようがない。

 でも、これだけは聞いておかなければ――


「仮にロッジさんが拠点で装備を作ったとしても、それらをまともに販売するルートが僕にはありません。簡単にできるものでもないと思います。このままでは『装備はハンターを生かすために』というロッジさんの考えを貫けませんが、それでいいんですか?」

「何言ってやがんだ? おまえもハンターだろうが」

「……へ?」

「なんか勘違いしてそうだが、俺は聖人君子じゃねぇからな? 人の好き嫌いなんざ普通にあるし、少なくともロズベリアで俺がまともに鍛冶仕事ができなくなった時、誰も俺を頼ることはなくなった。一斉に馴染みの客も得意先も、皆が俺から離れたんだ。ローエンフォートに居を移しても、わざわざ『俺を』頼ってきたやつなんざお前以外いなかった」

「そ、それは……」

「おまえに人並外れた移動能力があるのは理解してるけどな。まぁ、それでもだ。てめぇで磨いてきた力を頼られるってのは、やっぱり嬉しいもんだろう?」


 そう言って鼻を掻きながら笑う姿を見れば、俺まで釣られて笑ってしまう。


「たしかにここじゃあ、素材の置き場すらありませんしねぇ……欲しいですか? 巨大な素材置き場」

「ククッ、あったら最高だな! そこに見たこともねぇ素材や、ボス級の希少素材なんかが置かれんだろ!?」


 バーンと、極太の短い両手を広げて目を輝かせるロッジさん。

 まぁ、いいか。

 悪いことじゃなければ、その人のやりたいことをやれるのが一番で。

 ロッジさんにとって夢中になれるソレがあの拠点で実現可能なら、好きにやってくれたらいい。

 あれだけ広いのだから誰に迷惑を掛けることもないし、問題があればちょっとずつ解決していけばいいだろう。


(それでも、一応みんなにも意見は聞かないとな……)


 俺は拠点の人達に一応確認するから、少しだけ保留にさせてもらうようお願いする。

 が、皆の反応はあっさりしたもので、結局翌日からロッジさんは引っ越しの準備を進めるのだった。267話 巨大倉庫

《クオイツ竜葬山地》で狩り始めてから3日目の夜。

 上空から日に日に何かが変わっていく姿を眺めながら、今後の拠点について思案する。

 上台地は相変わらず神様達が自由になんかやっており、今のところ川沿いに作りかけの家が10軒くらいと、俺が用意した石作りの倉庫。

 その裏手には木材と石材が山のように積まれている。

 見るたびに家が消えたり増えたりしているので、やっと1軒完成した家を基に、アリシアが先生をしながらそれぞれ家を作り始めているのだろう。

 いつ見ても光源用魔道具の光が消えることはないし、そもそもあの人達って寝ないので、夜間になんだかんだと皆が使う機会のなかったスキルを試しながら色々と学んでいる最中なんだと思う。

 難点は作りかけの何かが多いことだが、まぁ荒っぽいことをやらなきゃなんでもいい。

 掘り起こされたまま放置された広大な農地だけはちょっと可哀そうなので、極力早めに初級ダンジョン行って種をゲットしてこないとだな。


 そして下台地はというと、コチラはコツコツと堅実に生活拠点が広がっていた。

 たぶん直径4㎞~5㎞くらいはありそうな円形型の湖。

 その西側に面する畔には、ゼオとカルラの二人用と俺用とで分かれた2軒の小さな家が建ち、裏手の一角には山となった大量の魔物素材と、あとは森の中でカルラが拾ってきた野豚がフラフラしていた。

 ゼオが【調教】したらしく、柵が無くても問題ないらしい。

 周囲はカルラが順調に安全圏を広げており、切り株だらけではあるものの既に崖までの伐採は終わり、家の周囲も1㎞以上は見晴らしが良くなっていた。

 その少し手前には石で作った血の池プールと魔物の解体場、それに言われるがまま【土魔法】で作った皮を干すための簡易倉庫があるので、実際はもう少し伐採していかないといけないだろうが……

 それでもここまでくれば、まず魔物が家の方まで寄ってくることもなさそうである。

 それぞれの家の間には、こちらも俺が一番初めに作った雨に濡れなきゃいい程度の共用物置が。

 あとは風呂やら机やら焚火スペースやらの共用スペースが2軒の家と湖の間にあり、ゼオは現在湖に桟橋を製作中だ。

 崖の内部に二つの大きな穴を空けて、その中に冷蔵の食糧庫と野盗から回収した荷物を置いているので、思いのほか外に存在する建物は少ない。


 ちなみに上台地のマイホームは遠慮している。

 当初はゼオに何かあったらまずいので、安全が確保できるまでは俺も下台地で寝泊まりするという話だったが、よくよく考えると俺が上台地に家を建てるとか場違い感ハンパないからね。

 所詮はただの平民なので、上台地はあくまで神様用。

 基本過ごすのは下台地にしておきつつ、俺はちょくちょく上台地へ遊びに行くというルールを無理やり作ったのだ。

 フェリンとリステが文句言ってたけど、そもそも二人とも自分の家すら作れていないわけで。

 それに俺専用『秘密基地計画』を伝えたら二人とも黙ったから、これでひとまずは問題解決だろう。

 なので今直面しているのは、ロッジさんの家をどうするかだ。



「ゼオ~、俺用に作ってくれた家、昨日話したロッジっていうドワーフおじさんに譲ってもいい?」

 「それは構わないが、ロキの寝床はどうするのだ? さすがに1日2日で家はできぬぞ?」

「俺は崖に穴掘っても余裕で寝られるから気にしなくていいよ。それに今は魔物討伐と宝探しでかなり忙しいから、落ち着くまで町の宿に泊まっちゃってもいいし」

「え~お肉も血もすんごい美味しいから、できれば竜は持って帰ってきてほしいんだけどなー!」

「いやいや、ビビるくらい肉が美味いのは認めるけど、上にお裾分けしたって山ほど余ってるじゃん。それにどうせそのうち買取の値段下げられるか買取拒否されるだろうから、そうなればここに持って帰ってくることになると思うよ? ロッジさんも素材欲しがってたしね」

「ふむ……人の世は面倒なものだな」

「ね~それに比べてここって、面倒なことなーんにも無いよね」

「実際に何も無いからな」


 その言葉を聞いて、思わず苦笑いしてしまう。

 生活力があり過ぎる二人だからであって、普通なら何も無さすぎるこの環境に、1週間もすれば帰りたいと音を上げるんじゃないだろうか?

 実際ゼオとカルラなら、『血』という限定的な条件さえ無ければ俺がいなくてもこの地で間違いなく生活していける。

 おまけにゼオは丸太を持つのが少し楽になってきたと言っていたので、ちょっとずつでも力が戻れば猶更だろう。

 果たして普通の人に近いロッジさんが、この環境に耐えられるか分からないが……


(まぁそれでも、あって困ることはないか)


 そう思った俺は家の裏手に広がる空き地を歩きながら、『無理やり、耕せ』『無理やり、耕せ』と連呼し、足から魔法を放って土をモコモコさせる。

 やっぱり広範囲はできないけど、それでも地面に広がる木の根が捻じれて切断されていくので、邪魔な切り株は家の方にどんどん放り投げておいた。

 これも燃料になるし、ゼオが何かに使うかもしれないからね。

 そして体育館くらいのスペースを確保したら実験開始だ。

【土魔法】レベル6でできる最大の『石の壁』はどのくらいなのか。

 30cmほどの厚みを意識しながら魔法を唱える。


『大きく、平らな、石の床を、生成』

 
 ズズズズズズ――……


 するとみるみる出来上がる石の地面。

 繋ぎ目のない一枚板のような綺麗な状態に感動するも、お、おお、うぉおおお???

 想像以上に広がっていくんだが!?


 これは――……知力がちょっと仕事し過ぎじゃないだろうか。


「ひゃ~凄いね!」

「うむ、やるなロキ」


 いやいや、二人ともそんな普通に褒めないでよ。

 出来上がったのは体育館を通り越して校庭くらいありそうな大きさで、自分なりに整地した枠を大きくはみ出してしまっていた。

 魔宝石を取り出し転がせば、コロコロとゆっくり転がっていくので、これは良い意味での失敗である。

 その後は消して、整地して、作り直して、コロコロして。

 水平器みたいなやつなら自分でなんとか作れないかなーと思案しながら、6面を石の壁で覆っただけのバカデカい倉庫が完成する。

 魔法の影響なのか、過去の風呂の時もそうだが成型に歪みがないので、ピタリとくっつければ隙間もまったく感じられない。

 四方の壁は厚みを増しつつ地中にかなり埋めたので、天井の高さだけちょっとガバガバだけど……

 その状態で蓋をすれば自然と通気口みたいになったので、これはこれでありなんじゃないかなと思っている。

 推定400メートル×200メートル×100メートルくらいのこの広いスペースなら、そのままロッジさんの仕事場としても活用できるだろう。


「薪棚をどうするか悩んでいたが、これほどの広さなら中に作っても良さそうだな」

「んだね~これじゃ高さがあり過ぎるくらいだし、追々は倉庫内に階層作ってもいいかもしれないね」


 それはこれからの頑張り次第。

 狩りと悪党討伐で物が増えた時にまた考えるとしよう。


「んじゃ、早ければ明日にでもドワーフのおじさんが引っ越してくるから、二人ともよろしくね」268話 新しい仲間

「俺はロッジ、<上級鍛冶師>だ。ロキが鍛冶師冥利に尽きることばっかり言いやがるもんだからここへ越すことにした。装備の製作と、あとは金物も一通り作れるから、何かあれば遠慮なく言ってくれ」

「我はゼオ・レグマイアー。職はないが、強いて言えば魔人であり吸血人種だな。訳あって力が戻らぬ故、今は家作りなど細かいことをしながら鍛錬している」

「カルラです! 同じく吸血人種ですけど、たまにロキから血を貰うくらいで普段は魔物の血しか飲みません! ロキとボクが狩った魔物の解体を担当してるから……ねね、ロッジさんに素材を渡せばいいの?」 

 なぜか自己紹介の途中で俺に話を振ってくるので、頷きながら答える。

「皮を乾かすのは今まで通りでいいとして、食料以外の素材は全部巨大倉庫に運んじゃっていいよ。そこから何を使うかはロッジさん次第だろうしね。ゼオも荷車を使って協力してあげて?」

「あぁ、任せておけ」

「りょうかーい!」

「話には聞いていたが、ロキの仲間だけあって聞いたこともねぇ種族なんだな! まぁよろしく頼むぜ!」


 王都ファルメンタで【空間魔法】を誤魔化すために用意した荷車は、地味にこの拠点で役立っていた。

 今はゼオが転移で荷物を運ぶ用に使っているし、カルラにも俺がもう使わなくなった特製籠を預けているので、荷物移動もこれで多少は楽になるだろう。

 それにしても、魔人や吸血人種なんて言葉が出てきたのに、ロッジさんはまったく動じていないか。

 種族で人を見ないと言っていたし、本人にとっては些細なことなのかもしれないな。

 その反応を見て、ゼオとカルラも明らかに安心した表情を浮かべている。


(あの二人も見学中かな?)


 俺は視線だけを崖の上に向ける。

 今回アリシアは挨拶に来ない。

 それは昨日の段階で決めていたことだ。 

 アリシアの目的は上台地の代表として、拠点を見守りながら下台地との繋ぎ役を果たすこと。

 その下台地で代表ポジションのゼオとは顔合わせを済ませているので、これ以上の接触はただのリスクにしかならない。

 過去の大戦から同じ轍を踏まぬよう学ぶにしても、あの二人くらいしか当事者なんていないわけだし、そもそもとしてロッジさんは二人と違い飽きればまた町に戻る可能性もあるわけだしね。

 だからアリシアは素直に見守ってくれていると思うが……リルは大丈夫かなぁ。

 たぶんアリシアが家の作り方を学んだことから、自分も学べると思ったのだろう。

 今回は自分が挨拶に行くと騒いでいたが、そんなの誰も許すわけがない。

 リルが絡めば、いつかそのうち、絶対にバレる。

 そしてバレた時、いったいどうなってしまうのか誰も分からないのだ。

 気付けば全員この世界から消し飛んでましたなんて状況になっても困るので、上台地は自由にしてもらっていいけど下台地への接触は厳禁。

「神様らしく、そこは見守りましょう」と、皆で説得するしかなかった。

 リルは拗ねていたけど、こればっかりはしょうがないだろう。

 逆になんで一般庶民の俺が、神界のルールを意識しなきゃいけないんだと文句を言いたいくらいである。


「んじゃ早速資材倉庫にいきますか」

「あんなデカい滝を見るのも初めてだが、ここまでデカい倉庫を見るのも生まれて初めてだ」

「どうせなら大きい方がいいでしょう? そのまま仕事場にしてもらっても構いませんから」

「あぁ……………………ぁ……?」

 倉庫の内部は、上の隙間から光が多少入ってはくるにしてもかなり薄暗い。

 それでも壁際に堆《うずたか》く積み重なった素材はすぐに理解できたようで、ロッジさんは言葉を失っていた。


「ライト~」


 素材は昨日のうちに倉庫内へ運び込んでおいたからね。

 倉庫の左側には昨日の宝探し分も含めて、金属製の装備類がそれこそ山のように。

 そして右側には現金化していて以前よりだいぶ減ったが、それでもカルラの狩った近隣の魔物素材がこんもりと積まれていた。

 奥の森側には野盗討伐の戦利品装備や、レイド戦の時に殲滅したハンター達のレザー系中古装備が雑多に並べられており、これらはどう処分するか悩み中でとりあえず保管したままになっている。

 下級素材の短剣なんかは解体用需要もあるので、パイサーさんのところに流す気満々だが、他の装備はあまりやり過ぎると逆に商売の邪魔をしてしまう可能性もあるからな。

 だいぶ現金も潤ってきたので急ぐ必要はないし、相談しながら明らかに不要というやつだけ、どこかの町でそのうち現金化すればいいだろう。

「今日の夜には光源用魔道具をいくつか買っておくんで、今はちょっと薄暗いですけど我慢してくださいね」

「そ、それは問題ない」

「あとはー……傭兵もやってるんで、金属製装備は今後の討伐依頼次第、魔物素材は世界を旅しているので、狩場を巡りながら様々な種類を回収してくる予定です。不足素材があればまとめて狩ったりはできますんで、その時は遠慮なく言ってください」

「マジで最高、だな……」

「でしょう? 竈なのか炉なのか分かりませんけど、1個じゃ足らないかもしれませんよ」

 そう冗談のつもりで言ったのだが、ロッジさんは本気のアドバイスと捉えたらしい。

 真顔で「これは増やさないと駄目だな」と呟いていたので、とりあえず本人のやりたいことを存分にできそうで何よりである。


 その後は拠点の食卓となっている野外の石テーブルで、ロッジさんと多少の擦り合わせを。

 言える範囲でできることや鍛冶以外の得意なこと、普段どんな生活をしていたのかも一応聞いておく。

 薄々分かっていたけどお金にそこまで頓着はなく、面白い素材と量を重視したお酒があればOKという話なので、悪党討伐の戦利品で出てきたお酒は全部ロッジさんに渡しておけば良さそうだな。

 そして装備製作は、やるなとは言わないけどほどほどに。

 特にレザー系統の防具は、作った後の現金化が大変ということをしっかり理解していたようなので、とりあえず金属装備を片っ端から溶かしつつ、俺、カルラ、あと一応ゼオの装備を一式作った後は、素材をあまり無駄にしないやり方で『複合素材』という分野を研究するらしい。

 なので慌てて素材別に分類しながら、俺はダマスカス製の剣を2本、カルラはハルバードみたいな身長の2倍くらいありそうなダマスカス製の斧槍をゲット。

 ゼオに【鑑定】してもらったら【付与】が一つは【剛力】、もう一つは【雷属性】だったので、いずれ溶かすのは確定だけど、ロングソードを練習する分にはちょうど良い武器である。

「それじゃ狩りに行ってくるんで、何か町で買い出ししてほしいモノがあったら、あとで教えてくださいね」

「あぁ分かった。それとロキ」

「はい?」

「言葉は普通で良い。俺だけそんな丁寧じゃおかしいだろ?」

「あ、ごめん……それじゃロッジ、行ってくるね」

 腕を組み、深く頷く姿を見ながらロズベリアへ転移する。

 ゼオにも言われたことだし、いい加減自分から言えるようにならないとなぁ……

 以前より慣れてきたとはいえ、仕事のように演じられない状況だと、どうしても人との距離を詰めていくのは難しいし怖い。

 それが人生経験豊かな年上となれば猶更である。

 でも、ちょっとずつ、ちょっとずつ……


(今度似たような状況があれば、その時は自分から言ってみよう)


 そんな狩りとは別の細やかな目標を立てながら、俺は地下の宝探しを再開した。269話 昇格の話、だったはずだが?

《クオイツ竜葬山地》10日目。

 4日目の夜にとうとうロズベリアの解体場が『パス』を発動し、ロズベリア特区の素材買取屋に持っていけば、ここは現金やり取りのためか僅か1日で『パス』。

 しょうがないので数日は王都ファルメンタに持っていたものの、結局オルグさんですら『パス』を発動したため、再度ロズベリアに舞い戻ってきたのが今現在の状況である。


「いや~だいぶ片付いてきたのに残念でしたね」

「何を他人事のように言ってるんですか!? もう無理ですよ! 本当に無理ですからね!? このままじゃ過労で死んじゃいますから!!」

「それって、フリですか?」

「ちがーう!!」


 芸人のコントかと思ったらどうやらマジらしい。

 それでも鮮度を気にしているのか、皆が死にそうな顔をしつつも手は止めないのだから凄いもんである。

 それにここまでの量を持ってきても『作業が追い付かない』というだけで、『もう素材はいらない』と価格を下げたりしてこないので、よほど竜種の素材というのは需要が高いらしい。

 町が巨大だから肉も供給過多にはならないっぽいし、今後もお金に困ったらここで狩るのが良いのかもしれないな。


「そうだロキ少年。受付の人達が見かけたら呼んでくれって言ってましたよ?」

「あ、ということは昇格かな?」

「おぉ、もしやSランク水準に到達したとか?」

「いえ、まだBランクなので、あるとしたらAランク昇格に関してですね」

「……は???」


 そういえば初日以降は受付ロビーにすら行っていなかった。

 依頼ボードの内容が大したモノじゃなかったし、『昇格忘れる事件』はベザートから続く恒例行事みたいなものである。


 お兄さんにお礼を言ったら早速受付へ。

 そのまま初日にアレコレ聞いたおばちゃんに声を掛ければ、予想通りギルドマスターの部屋に連れていかれ、ツルッパゲの太ったおじさんが手揉みしながら出迎えてくれる。

 うーん、全然ハンターっぽくはないなぁ。

 ヤーゴフさんみたいなタイプの人だろうか?

 しかし部屋の中は金を掛けている雰囲気が漂い、まったく系統が違うようにも見える。

「いやいやいやいや、ロキさんやっと来てくれましたね。私、ロズベリアのギルドマスターを務めておりますオムリです」

「すみません、気付きませんでして。ロキです、宜しくお願いします」

「ささ、どうぞこちらに。どうぞどうぞ」

「は、はぁ」

 ソファに座らされるも、なぜかハンターというより客として扱われているような、そんな雰囲気だな……

 何気にオムリさんの目を見れば――

 うーん、愛想よく笑っちゃいるが、日本にいた頃、商談でよく見ていたお客さんの目と一緒だ。

 油断したら、ちょっとマズい気がする。

「噂は聞いておりますよ。ここ数日、解体場が悲鳴を上げるほどの素材を卸しているとか。しかもそれが全て《クオイツ竜葬山地》の魔物ということですから、実に素晴らしい」

「いえいえ、こちらこそ買い取ってもらって感謝しています」

「しかもこの謙虚さだ。君、分かるかね? これが理想のハンターというものだよ」

「そ、そそそうですね! 他の人達も見習ってほしいです!」

「……」

「あー……君はもう仕事に戻りたまえ。それでですね、ロキさん。今回お呼び立てしたのはAランク昇格の件ももちろんありますが、別件でお話ししたいことがありまして」

 茶番劇を見せられながら、やっと本題に入ったかと嘆息を漏らす。

【空間魔法】を人前で使うようになってから、いつかそのうちこの手の話が来るだろうと覚悟はしていたのだ。

 問題はギルドマスターという立場から、どこまで俺に求めてくるつもりなのか――


「その特異な能力を活かし、まずは大陸中央での物流を一手に担われては如何でしょう?」

「へぇ」


 指を1本立てながら、これが最善とばかりに言い放つオムリさん。

 想定していた中でも一番大きい提案をしてきたその無遠慮さに、俺は思わず声に出して驚いてしまった。

『特異な能力』と濁しちゃいるが、解体場でのやり取りを聞いて間違いなく持っていると確信しているのだろう。

 その上で俺の口から【空間魔法】という言葉を引っ張り出そうとしているのか……

 今オムリさんが求めていることは、転生者マリーがやっている大陸横断の物資運搬を、この大陸中央部でやってほしいということ。

 ここまでの規模になれば、そのうちどこかの商業ギルドや貴族が母体の大店、もしくは国そのものが動くと思っていたのに、それがまさかまさかのハンターギルドとか。

 果たしてギルドの根底思想にある民のためなのか、それとも自らの欲求を満たす金のためなのか。

 まぁ、俺の答えは決まっているのだから、どちらでもいいか。


「その予定はありませんよ」

「……理由をお聞きしても?」

「一番はその運搬作業で、僕が強くなれないからです」


 理由なんていくつもあるし、やってほしいという気持ちも痛いほど分かる。

 なんせマリーの物資運搬を利用するなら属国になることが条件なのだ。

 どこかが落ちればその影響は周辺国にも波及するだろうが、誰だって自分達が生贄になるのだけは回避したい。

 周りの様子を窺いながらも、先細りしていく未来しか描けていない大陸中央の国々なら、猶更に依頼という金だけで動いてくれるハンターの俺は重宝することだろう。

 でもね、残念だけど目的が違うんだ。

 たぶんオムリさんはそこを勘違いしている。


「強く、ですか……Aランクの魔物をあれほど倒されているのです。もう十分過ぎるほどお強いのでは?」

「僕個人の感覚で言えば、今やっと新米をちょっと抜け出し始めた『E』ランクハンターってところですよ。まだまだ望む強さの1割にも達していないでしょうし」

「は?」

「それに普通の人達は、大きな報酬を得るために修行して努力して、強くなるんじゃないですか?」

「それ以外に、何が?」

「僕は逆なんです。強くなるためにお金が必要なわけで、だから強さに結びつかない作業は極力遠慮したいんですよ」

「……」


 ゲーム脳だという自覚はある。

 でもそれは抗えない事実であって、装備や素材に掛かるお金も、知識を得るための本も、全ては強くなるという目的のために必要と判断しているモノ。

 魔物や悪党を狩るという、強くなるための工程の中でお金を得られるから意味があるのであって、"|お《・》|金《・》|だ《・》|け《・》"が目的となる空間転移の運搬は俺の目的から大きくズレてしまう。

 多少という話ならまだ分かるけど、|ま《・》|ず《・》|は《・》大陸中央の物流をって……

 オムリさんは随分と俺を利用した壮大な計画を立てているようだしね。


 しかし、それでもまだこの人は諦めていないらしい。

「ロキさんにしかできないことであり、それで救われる人達も大勢いるはずです。それに強さには結びつかないかもしれませんが、想像を絶するほどの莫大な富を得られる可能性もあるのですよ?」

「その結果、オムリさんと、このギルドにも大きな利益が舞い込むわけですね?」

「それは否定しません」

 そう言いながら脇の小袋から取り出したのは、ゼオのストック用と同じ小瓶で、俺もよく見慣れたモノだった。

 中には赤黒く変色した――いいや、これはたぶん元からこの色である魔物の血が入っている。

「クオイツに生息する竜種――その中でも特に効能が高いクエレブレの鮮血です。ドラゴン種の血は生命の源とも言われていましてね。各種上級ポーションの材料になったり、多くの病魔を治す薬の原料になったりもします」

「……」

「ただし難点は鮮度でして。このように瓶や壺に密閉したところで、時間経過と共に効力は落ちてしまいます」

「だから、僕に運んでほしいと?」

「何もすべての運搬をお願いしようとは思っていません。荷運びや護送依頼に従事する者達も多くおりますから。だからせめて、民の生活に直結するようなモノだけでも、と思いましてね」

「……先ほどは運搬を一手にと仰っていたはずですが?」

「そうしていただけるなら理想ですが、望める現実は別でしょう?」


 はぁ。

 ここまでの話を聞いて、俺は心の中で舌打ちしていた。

 俺が損をしたわけじゃないし、むしろ得をする流れではあるんだけど、それでも軽くハメられたなと。

 やっぱりギルマスになるくらいの人だから油断できるもんじゃない。

 ヤーゴフさんと同じようなタイプで、上手くオムリさんが最低限望むラインまで落とされた、そんな感覚だ。

 誰かの生き死にに係るような話を後から持ち出しやがって……ドラゴン種の血は生命の源だと?

 ファンタジーな世界を知っていたら「なんかそれっぽ~い!」って思わず頷きそうになるじゃないか!

 実際カルラもゼオも、うめぇうめぇ言いながら飲みまくってたし。


 その後は俺の提案も交えながら、【空間転移】による運搬計画が決められていった。

 と言ってもそう複雑なものではない。

 まずは俺が行ける範囲の町を事前に伝え、《クオイツ竜葬山地》で狩る時には、狩り始める前にギルド側へ声を掛ける。

 こうすることで、俺が狩っている最中に運んでほしいモノをギルドが一気に纏めるらしく、それらは解体を行う倉庫の他、解体した後のモノを一時保管するいくつかの倉庫に置かれるらしい。

 それらをゴッソリ収納し、飛べる範囲の町にあるハンターギルドへ品物を届け、届け先のギルド側から受領サインを貰っていけば、オムリさんからの『指名依頼完了』ということでお金がギルドに預けられるという流れになった。

 ちなみにちょっと特殊ではあるが、預けを王都ファルメンタに移しても、別枠としてロズベリアでも預け機能を作ってくれるらしい。

 ギルマスの裁量で強引にやるということなので、これで指名依頼の報酬もそうだが、クオイツではいつでも素材報酬を預けられるということになる。

 名前と顔を覚えられるっていうのは、こういう時にメリットがあって良いね。


 そして一番大事なことでもあるが、定期的な『仕事』は絶対にしない。

 この点はしっかり承諾してもらった。

 何日後に必ず来いとか、毎週これを運んでほしいとか、そういうのは予定が狂うから煩わしい。

 あくまで俺がクオイツ竜葬山地に寄った時は、ついでで許容範囲内なら限界ギリギリまで|な《・》|ん《・》|で《・》|も《・》運びますよという体にしたので、これなら俺が損になることもなくなるだろう。

 これから他の国のギルマスとも連絡を取っていくみたいだが……

 問題は他のところからも運んでくれって言われないかどうかだな。

 オルグさんとかオランドさん辺りは当たり前のようにお願いしてきそうなので、そこをどうかわすかが腕の見せどころってもんである。

 まぁ、ちっとも躱せないような気もするが。


「それで、本題の昇格試験みたいなものは?」

「ロキさんが現れた初日から、空に浮いたまま竜を斬りまくり、なぜかその死骸を次から次へと消していくおかしな存在がいると、多くのハンター達から怪奇情報が寄せられていました」

「は、はぁ」

「そして連日続いた理解不能な素材量です。模擬戦なんて、する必要あると思います?」

「……」


 どうやら俺は、もう『Aランクハンター』になれたらしい。270話 偵察

 あっさりAランクハンターになれてしまった翌日。

 主要な素材の卸先はどこもパンク中ということで、俺はとうとう偵察も兼ねて地下深部を探索することにした。

 今までも谷の宝探しをしながら徐々に徐々に奥へと進んでいたが、やはりというか奥に行くほど戦果は乏しく、それだけ人が入っていないことは容易に理解できる。

 まぁそれでも多少は見つかるので一応探すわけだけど、時短も兼ねて谷底をサラッと確認する程度。

 道中の魔物もほどほどに倒しながら内部へ侵入していけば、長く続いた下り坂の先に、経験上|こ《・》|れ《・》|は《・》|怪《・》|し《・》|過《・》|ぎ《・》|る《・》とすぐに分かる空間が広がっていた。

【飛行】しているからここまであっさり辿り着けたが、光に照らされた地面を見ていても歩ける道は壁際の一部だったりで足場も悪い。

 レイド戦で団体移動となれば、ヴァラカンのように暑さで苦しむ程度では済まず、向かう途中で死者が出る可能性も十分にありそうなほど劣悪な地形だ。


 あからさまな空間の手前で内部を眺めるも、生物は一切確認できない。

 ならば目視できるまで進むのみ。

 全力で警戒しながらドーム型空間の中に入れば、そこでようやくボスフィールドの全容を把握することができた。


(これはまた、随分と恐ろしい地形だな……)


 ドームというより、この部屋は光源が無ければ完全に真っ暗闇の球体に近い。

 俺が立つ唯一の入り口はその球体構造の丁度真ん中辺りに位置し、しかし3メートルも進めば先は大きな地底湖が広がっていた。

 向かいの壁まで400~500メートルくらいはありそうな大部屋だが、その周囲を同様に3メートル程度の平坦な地面が僅かに囲う程度。

 部屋の大半は深い青色をした地底湖で占められている。

 そしてその地底湖には、明らかにボスと分かるほど巨大で不気味な陰影が優雅に泳いでいた。

 大きさは……どのくらいだ?

 拠点付近の黒象よりも大きそうだが、水中だといまいち判断がつかない。


 それに気になることは他にもある。

 湖の中も、そして浸かっていない部屋の上半分も。

 入り口が1メートル程度の小穴が無数に空いており、あからさまに怪しい雰囲気を醸し出していた。


『窒息させられる』


 ギルドのおばちゃんが言っていた言葉を思い出し、思わず来た道を振り返れば、そこは先ほどまで長く続いていた下り坂。

 この穴は人を救うために存在するのか、それとも殺しきるために存在するのか、果たしてどちらなのだろうか……?


(……でも、俺なら大丈夫だ。俺だけなら)


 すぐに逃げられる準備だけはしつつ、上空を飛びながらボスの陰影を再度捉える。

 深く、深呼吸をし、そのまま何があっても耐えられるように呼吸を止め――


 ――【洞察】――


 敵の強さを、測る。


「…………ぷはぁ。ちょっと負けてる、くらいか?」


 感覚で言えば以前樹海で戦ったロキッシュの時と近いような気はする。

 未だに【洞察】はどう強さを判断しているのかさっぱり理解できていないけど、総毛立ち、腰を抜かすほどの魔物ではなかった。

 スキル構成も覗ける通常ボスなのだから、キングアントよりヴァラカンに近い水準であることは間違いない。


(ならば、いける。いけるはずだ。死亡率が高過ぎるなら一人でなんとかするしかないけど……見たこともないスキルは―――3種か)


 まぁ、焦る必要はない。

 長年危険だからと放置されているボスなのだ。

 まずはパルメラの拠点周りで、このボス戦に使えそうな重要スキルをレベル8まで上げ、そこから改めて挑む。

 そう判断し、どうせ拠点に戻るならと、大量にお土産の魔物素材を収納した上で俺は帰還した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「ほいカルラ、大量に素材調達してきたから任せたよ~」

「ぴゃぁああああ!! 竜ばっかり! これ全部飲んでいいの!?」

「カルラとゼオしか血は飲まないから好きにしていいよ。あ、二人とも【薬学】なんて強くないよね?」

「ボクは全然だし、師匠も薬作ってる姿は見たことないかな」

「ならしょうがないか。あーでも一応1匹だけ……」

 そう言いながらぶった斬ったクエレブレを自分で吊るし、適当に作った石の壺に血を溜めておく。

 もしかしたらメイちゃんパパとママが、この血で何か作れるかもしれないからね。

 どうせ大量に肉が余るわけだし、お裾分けついでに試しで持っていってみよう。

 大好物とあってか狂ったように解体を始めたカルラに後は任せ、そのまま裏庭の野豚に屋台で買ったトウモロコシをあげたら資材倉庫へ。

 するとロッジが倉庫の隅っこで作業をしており、ゼオは少し離れたところで棚を作っていた。

「ただいま~どう? 順調?」

「おう、おかえり。2個目の炉も問題ないぞ。もう溶かし始めてる」

 ロッジはどうやら隅っこが好きらしく、倉庫の角に作業用プライベート空間を作っていた。

 ゼオと二人で作ったという炉は主に金属類を溶かすように作った大型タイプらしく、今は野盗達の戦利品で大量に得られた鉄製武器を実験も兼ねて溶かしまくっているらしい。

「送風魔道具も活躍してるっぽいね」

「おまえの『白い火』とこいつらを組み合わせりゃ、大概の鉱物は弄れんだろ。倉庫ん中も明るくなったし……あ、『銅』は売ってたか?」

 そう言われたので、収納していた1個の塊を取り出す。

 ロッジ的には欲しい素材のようで、しかしこの倉庫内には全然なかったらしい。

「鉱石専門のインゴット屋さんで売ってたから多めに買っておいたよ。宝探しの装備は今日の回収分で一旦打ち止めだろうけど、クオイツの魔物も結構持って帰ってきたから、そのうちカルラが素材をこっちに持ってくると思う」

「よっしゃ助かるぜ!」

 手の届く場所に樽があり、酒飲みながら作業をしてるのは衝撃的だけど、顔が赤い程度でベロンベロンという感じはまったくないからな。

 それに1本のAランク武器を作ってもらうだけでも、正規依頼ならロズベリアで3000万ビーケ、どんなに安くても1000万ビーケくらいはかかるはずなのだ。

 それをタダでやってもらうわけなので、酒代なんて安いものだし、まともなモノが出来上がるなら好きにしてくれって話である。


 あとは――……

「ゼオ、木材足りそう?」

「まだまだ大丈夫だが、外で木炭も作り始めたからな。もう少し余裕をもって確保した方がいいだろう」

「んじゃ『上』が大量に余ってるから調達してくるよ。今日はそのまま向こうでご飯食べてきちゃうから、ゼオも竜の血は好きに飲んでいいからね。今日いっぱい獲ってきてカルラが今捌いてるから」

「ほぉ、今日は飲み放題か。アレは力が漲るような気がするのだ」

 本人は気がするだけと言っているけど、実際は何が切っ掛けになるかは分からないからな。

 生命の源なんていうくらいなのだから、明らかに生命力が落ちているように見えるゼオにはガブガブいっちゃってほしい。

 ロッジも弱いわけではないし、せめてゼオがここの魔物で即死しないぐらいの強さに戻ってくれれば俺も一安心ってもんである。


 上で山のようになった木材の一部を資材倉庫に運んだら、俺は上台地の食卓へ。

 料理の練習をしていたアリシアが皆を呼んでくれるので、俺はその間にロズベリアで調達してきた料理を机の上に並べる。

 もう何を我慢してでも【空間魔法】に全振りして本当に良かった。

 なんせ食べ物が出来立てホヤホヤの温かいまま、皆が食べたそうなモノをいくらでも買ってこられるのだ。

 10日に1回程度と決めた、全員での報告を兼ねたお食事会。

 女神様達からは報告というより下界観光の感想ばかりだったけど、俺は俺で準備が整い次第、片手間程度のギルド間運搬作業をすることが決定したと伝えれば、リステはすぐに意味を理解したようで食事をする手が止まっていた。

 多少は大陸中央部のカンフル剤になるのかもしれないし、多少程度で済む話じゃなくなるのかもしれない。

 それはやってみなければ分からないことだが……

 まぁ既製品装備や鉱石類なんかも運んでもらいたいという話だったので、不定期にということであれば全体でマイナスになることはたぶんないだろう。

 俺が脱税容疑で捕まらないよう、ハンターギルドが間に入って上手くやってくれることを祈るばかりだ。


 あとは、一応これも伝えておくか。


「ボスを発見したから、もうちょっと修行したら挑んでくる」


 すると今度は、元気になって活動を再開させているリルの動きがピタリと止まる。

「どちらだ?」

 キングアント戦を経験したからこそ出てくる言葉。

 だから、

「過去に討伐履歴もちゃんとある表のボスだよ。1匹裏ボスっぽいやつの出現パターンは掴めてるけど、そっちは身の丈弁えて挑まないようにしてるから安心して」

「そうか……でも、だな? 大丈夫なのか?」

 9割は心配してくれての言葉だと思う。

 でもちょっとだけ、参戦したいという気持ちも垣間見えてしまうためか、この言葉に俺ではなくリアが釘を刺す。


「ロキが人種にはめられてた時の魔物と同じようなモノでしょ?」

「そうそう。狩場のランクがこっちは『A』だから、アレよりはちょっと強いっぽいけど、ちょうど今の俺と同じくらいの感覚なんだよね」

「なら安易に手を貸すべきじゃない。ロキの成長を妨げることになるし、甘えにも繋がる」

「あらやだ……リアが凄くお姉さんに見えるんだけど!?」

「お、お姉さんだとーッ!?」

「フフン」

「あー! 私も賛成賛成賛成ーーっ! 極力自分で解決させるから意味があるんだよね! たぶんそういうことだよね!?」

「それ正解っ! さすがフェリン!」

「えへへ~」

「しかし、もし何かあっても、もう生き返らせることは難しいのですよ~?」

「それはまぁ、理解もしておりましてですね」


 フィーリルは魔物討伐反対派だからなぁ……

 死ぬことのない普通の狩りなら何も言わないけど、ボス戦となるとやはり難色を示すか。

 でも、今なら――


「ロキ君なら大丈夫でしょう? 勝てる勝てないは別として、いざとなれば空間転移ができるのですから、ね?」

「うん。アリシアの言う通りで、マズいと思ったらすぐに逃げるから大丈夫だよ。そんな死ぬスレスレまで粘るつもりもないし」

「ならばいいのですが、それでも心配ですねぇ~」

「そういう強いボスを倒して、自分も強くなってくもんだからさ」


 冒険とはそういうものだ。

 ボスにビビっていたら、いつまで経っても倒した恩恵に与《あずか》ることができない。

 俺はボスの所有するスキルが欲しいし、素材だってきっとそこから装備が――――ん??


「……やっべ、忘れてた」


「「「「「「?」」」」」」


 そうだよ、何やってんだよ。

《クオイツ竜葬山地》はAランク狩場で、そこのボスとなればランクはたぶんS相当か、もしかしたらさらに上。

 ロッジのスキルレベル次第では、上手く倒せたところで宝の持ち腐れになってしまう。


(これは、早急に準備だけでもしておかないと……)


 そんなことを考えながら、ほぼ雑談しかしていない賑やかな食事会は、平和に過ぎてゆくのだった。271話 パワレベ

「【鍛冶】スキルはレベル6、そっから<上級鍛冶師>の加護でさらに+2上がってるし、それなりのSランク装備を今まで造ってきたからな」

「ということは?」

「Sランク装備までなら完璧なモン造ってやれる」

「ほ、ほ、ほほぉ~!」

 朝一番。

 酒を抜くためとか言いつつ、酒の入ったジョッキ片手に朝風呂を堪能していた頭の悪いロッジに詰め寄れば、あっさり聞きたかった答えを教えてくれた。

「なんで今更だ? 聞かれねぇから、てっきりバルニールで俺のことを聞いてるもんだと思ってたぜ」

「え、いやまったく……なんか、聞いちゃマズいかな~って遠慮しちゃってね」

「仕事にしてる部分なんだから隠しやしねぇよ。つーか、そんなことも知らねーで俺んところに訪ねてきたのか……」

 なんか「ケッ」って文句言いながら鼻の頭を指でこすってるけど、おっさんドワーフの照れとか全然見たくないし!

 でもこれで当面の装備は安心といったところだろうか?

 Aランクまでかと思ったらSランクまで作れるとか、実はロッジってかなりやり手だったっぽいけど……まぁ今そこを気にしてもしょうがないしな。


 その後も風呂を揺すりながらアレコレ聞けば、どうやら【鍛冶】スキルを祈祷で上げたことはなく、本当の努力と経験だけでレベル6までもっていった模様。

 ロッジに限らず親や周りから【鍛冶】スキルは祈祷で上げても、経験が伴わなければ意味がないと幼少の頃から教わっていたためで、ドワーフはジョブ系スキルの特徴がしっかり子へと引き継がれているんだと思う。

 その分、予期せぬ戦闘の機会などで少なからず得られた貢献度は、【身体強化】などの補助スキルに使われることが多いらしく、ドワーフという【鍛冶】に特化した種族だからこそ、有能鍛冶師への道が最適化されている印象だ。

 でも、そんな説明を受けた上で敢えて俺は伝える。


「よし、パワーレベリングしよっか」

「は?」


 素っ頓狂な声をあげてるけど、ロッジが生粋の鍛冶職人である以上、俺の意思は変わらない。

 どうせこれから、パルメラ内部でスキルのレベル上げに励むのだ。

 まぁ1週間もすればロズベリアの解体場が落ち着くと思うので、そうしたらまたパンクするまでクオイツでお金とスキル経験値稼ぎはするだろうけど、パルメラ内部であればわざわざ空間転移する必要もなく、ただ後ろをついてきてもらうだけで経験値を渡せる。

 おまけに拠点周りは脳筋タイプばかりで、魔物の動きもそこまで素早いわけじゃない。

 ここなら撃ち漏らしてロッジが襲われる心配もないので、安心してパワレベに励めるってもんである。


 それにロッジは生粋の鍛冶職人だ。

 取得スキルの選択が多いハンターや、将来の道にまだ悩んでいる人だったらこんなこと言わないけど、【鍛冶】一本で食っていくと決めている人なら無理やり祈祷で上げてしまっても損はない。

 それが女神様達の活動を見ていてなんとなく分かってしまった。


 アリシアは家なんて作ったことがなく、当初は最初から斜めになっているボロ小屋をグダグダになりながら組み立てていた。

 でも気付けば練習台となった多くの廃屋と引き換えに、しっかり住める程度の小屋はなんだかんだで完成させているし、他の5人も日を追うごとに作りかけの家がまともになっていく。

 それはたぶん、女神様達全員の【建築】スキルが圧倒的に高レベルだからだ。

 ジョブ系スキルは備わっている知識や経験を拡張させるというのは合っていると思うけど、しかしスキルレベルが高ければ、その知識や経験が身に付く速度はレベルの低い者と比べてかなり上がっているとしか思えない。

 ならば一つの道を極めたい人限定で、先に素のスキルレベルをゴリゴリ上げて、職業加護との合算『スキルレベル10』を目指してしまった方が効率は良い。

 その後にもし、自然上昇だけで素のスキルレベルが10にでもなろうものなら、その時は職替えして、加護の恩恵を不十分な別スキルに組み替えてしまえば損になることもないだろう。


 この説明に理解したようなしていないような、訝し気な表情を浮かべていたロッジだったが。

「SランクやSSランク素材が手に入った時、スキルレベルが高いと得られるモノも多いはずだから」

 こう伝えれば、目をギラつかせながらすぐに返される。

「手に入る見通しがあるのか?」

「《クオイツ竜葬山地》のボスを見てきたよ。すぐいけるかはまだ分からないけど、そのうちアレは俺が倒す。必ずね」

「ほう、『ガルグイユ』か……久々に思い出したな」

 ジョッキに入っていた酒を一気に呷り、ザバーッと風呂から出るロッジ。

 下台地はオカマっぽいのが一人いるけど、一応全員男だから問題ない。

「ならおまえの案に乗っとくか。あの素材に手を掛けるのは、ドワーフの憧れだからな」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 その日から二日間、拠点周辺で俺とロッジのペア狩りはひたすら続いた。

 ちょくちょく溶かす装備を炉に足すので倉庫帰還はしてたけど、俺は木の伐採をしながらさらに土地を広げ、見つけた魔物を片っ端から斬り伏せていく。

 そんな光景を、ロッジは足元が材木だらけの後方に立ちながらジッと眺めていた。

 終わった箇所はカルラがどんどん材木と魔物の死体を回収し、ゼオがすぐに材木の処理に当たっていたので、なんだかんだと拠点周りの拡張作業は効率的だったと言える。


「どう、敏捷の違いは感じられる?」

「いや、最初の頃と比べたらもう違いが分からなくなってきたな」

「ん~外から見たって全然分からないし……でもまぁ、そろそろ打ち止めかな?」


 この世界の住民にレベルの概念がない以上は何もかもが手探りだ。

 その中で一番判別しやすいと思ったのが『敏捷』だったので、とりあえずロッジには目の前で反復横跳びをやってもらった。

 樽みたいな小さいおっさんが、真顔で左右にピョコピョコしている姿は誰得なのか分からないが、成長を測る上ではかなり重要なことだからね。

 1日目は予想通りというか、敏捷値が爆上がりしたっぽくて、ピョコピョコがピョンピョンとした跳ねるような動きに。

 2日目も昼くらいまではピョンピョンがピュンピュンくらいにまで成長したけど、そこからはあまり大きな変化が見られなくなってしまっていた。

 つまり爆上げゾーンはここで打ち止め。

 推定だが現在レベルは50程度といったところで、ここからはもう本格的で地味なレベル上げに突入だろう。

 ならばあとは本人が望むかどうか。

 とりあえずこれで全体的なステータスが上昇して死ににくなっただろうし、たぶんスキルポイントも必要量は既に満たしている可能性が高いはずだ。


「んじゃ、一回最寄りの教会に行って試してこよっか」


 上台地にも人が住んでいることは伝えているけど、さすがにそれが神様とは言えないからなぁ……

 でも頼んだら、もしかしてやってくれるのだろうか?

 そんなことを考えつつ、俺とロッジは二人でベザートの町へと転移した。272話 あっけない到達

「ずいぶん小さい町だな」

「はは、そりゃロズベリアと比べたら比較にもならないよ。でも俺にとっては一番大事な町なんだよね」

「そうか」


 ロッジは肝が据わってるんだろうな。

 飛んだ先は上空なのに、落ちながら普通にしゃべっているのだから、このドワーフの頭は普通じゃない。

 適当な場所に着地後、ロッジはこういう時だからこそ調達しておきたいと、衣類や靴が売られている商店へ。

 俺は俺で本当に山ほどあるお肉をどうしようか悩みながら、とりあえずハンターギルドへと向かった。

 結局困った時はココなのである。


「アマンダさーん、お肉食べますよね? 凄く美味しいお肉」

「ほんと唐突に現れるわね……こないだ持ってきたユニコーンのお肉? だったら頂きたいわ。あれ食べたら肌の調子が良いのよ~」


 そう言って自分の頬をスリスリしているけど、俺にはさっぱりアマンダさんの違いが分からないな……

 しかし横の若い受付嬢も頷いているので、どうやら美容に良いお肉は本当なのかもしれない。


(うーん、肉の選別に失敗したか?)


 そう思うも、今更持ち帰る気なんてサラサラないので、デカい肉塊をとりあえず見せる。


「今日は別の肉なんですよ。竜系統のやつですし、美味しいのは間違いないんですけどね。大量にあるんで、せめて修練場に置かせてもらえたりとかできません?」

「……は?」

「いや、置かせてもらえれば、食べたい人が勝手に持って帰るかなって……」


 アマンダさんの顔が、かつてないほど怖いんだが?

 ベザートで修練場を使っている人なんて見たことないのに、そんな腹が痛くて死ぬ一歩手前みたいな顔して睨まなくても。


「その前」

「へ?」

「なんのお肉って言ったの!?」

「うええ!? り、竜系統、ですが……?」

「そ、それって、わ、わ、わ……」

「わ?」

「わ、若返りのお肉じゃない……ッ!!?」


「「(ビクッ!?)」」


 いやいや、知らんし。

 なんでも竜の肉は身体に活力を取り戻す効果があると信じられているようで、ただ美味いだけではなく『若返りの肉』として男性陣はもちろん、女性陣にもかなり人気があるらしい。

 ただ値段が高い上に採れる場所も限られるようで、普通はお金持ち用の食材だと凄い剣幕で力説していた。

 横のお姉さんも俺も、ポカーンである。

 まぁ『血』の効果を聞いているので、そういう話が出回るのも納得だけど。


「かなりいっぱいあるので、お肉が悪くなるまでは食べ放題ですよ? 置き場所があればですが」



 こうしてハンターギルドの修練場は、ヤーゴフさんの一声により一般開放された。

 正直ハンターギルドの修練場なんてそこまで広くはないので、本気出すと溢れかえってしまう量だが、それでも徐々に人が増え、みんな大喜びでお肉を持ち帰っていくので、これなら持ってきた甲斐があるってもんである。

 ポッタ君のお母さんなんてデカい籠まで借りてたけど、そこまでしたって簡単に減る量でもないしね。


 「そういえば、あなたが持ってきた地図。ハンターじゃない町民も覗きにくるくらい好評よ。あの3人なんて飽きもせずによく眺めているわ」


 とりあえず魔力の消費が止まるくらいには収納量が減ったので、あとはいやらしい顔して肉の山を眺めていたアマンダさんに現場は任せようと思ったら、急に何かを試すような目でこんなことを言う。

 あの3人ってことは、きっとジンク君たちのことだろう。

 地図を見て何を思うかは人それぞれで、何かをしたいと思った時、望まれれば俺ができる範囲で手助けをする。

 それが俺にできるベザートへの恩返しだと思っていたが、そうかあの3人か……

 まぁ当人達もいない今、あれこれ考えたってしょうがないことだ。


 それは何よりですとだけ伝え、次はパイサーさんのところへ。

 そこで一番重宝される余り物の短剣とお肉を押し付けたら、お次は石の壺を抱えてメイちゃん家に突撃した。

『竜の血』をお土産に渡せばどうやら存在は知っていたようで、色々研究してみるとメイちゃんママは大喜び。

 ポーション類を作成する【錬金】の方が『竜の血』を使うケースは多いみたいだけど、ベザートには錬金術師がいないしね。

 ここなら在庫があれば、疲れが吹っ飛ぶ滋養強壮剤をくれるので、わざわざ知らない人のところにまで持っていく気にはなれません。


 渡すモノを渡し、肉を配りながら大通りをフラフラしていたら、呑気に屋台で串肉頬張っていたロッジと合流。

 そのまま教会に向かい、おばちゃんシスターメリーズさんに祈祷などの用件を伝えれば、横で佇む小さいおじさんにかなり驚きながらもゆっくり頷く。

 夕方とあって少し混んでいたが、ロッジがお祈りの列に並んだのを見届け――ここからが俺の仕事だと、メリーズさんに小声で用件を伝えた。


「メリーズさん。判定の結果を"|誰《・》|に《・》|も《・》"見せたくない場合はどうすればいいですか? なんせ仲間はドワーフなもんでして」


 ドワーフだからというのは無理やりな口実だ。

 しかし強引な理由を作ってでも、メリーズさんを含めた教会関係者の立ち合いを回避したかった。

 加護分の上乗せも含めて黒曜板に全て反映されてしまうので、上手くいけば【鍛冶】スキルのレベル10がそのまま表示されてしまう。

 こんなの田舎町じゃなくったって、あっという間に噂になるレベルの驚異的な数値だろう。

 だから教会の人達を信じる信じない以前に、結果を誰にも見られない選択が取れるならそれがベスト。

 そう思っての提案に、メリーズさんは難色を示しながら答えてくれる。


「本当は大事な神物に何かあっちゃ大変だから、『ステータス判定』は誰かしら教会関係者が立ち会わなきゃならない規則なんだけどねぇ」

「……」

「ただ能力を隠したいなんて話もよく出るから、お布施次第では部屋の扉を開けたまま、外から私達は見守れってことになってんだよ。教会がそんな裏の規則作ってどうすんだって思うけどね」

「ほっほー……ならば、今回はそれでお願いできますか?」


 いくら教会とは言え、人が運営している限り世の中そんなものだろう。

 そしてたぶんこの言い方だと、なんちゃら教皇国からの指示があるだけで、現場側には何もメリットのない規則っぽい。

 ならば好都合と、多めのお布施とお肉を見せ、「若返りの効果があるって、ハンターギルドのアマンダさんが言ってました」と告げれば、任せとけと言わんばかりにメリーズさんが深く頷いてくれる。

 教会なんておじいちゃん神父以外はシスターばかりだからな。

 フハハハッ、これで何かあってもベザートの教会は俺の味方になってくれそうだ。


 ――【神通】――


(誰かロッジの【鍛冶】スキルを、加護抜きでレベル8まで上げてください)


(ん……)


 成功したのかしていないのか。

 まだ本人すら分からないこともあって、ロッジは首を傾げながらこちらに向かって歩いてくる。

 そして案内されるまま黒曜板の取っ手を握り――その姿をメリーズさんと俺は眺めていた。

 ロッジは外からじゃ見えない位置にある黒曜板の結果をジッと眺め、あるところでピクッと反応を示す。

 そしてゆっくり俺の方へ向き、ニヤリと歯を見せて笑った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 肉を配った代わりに貰った様々なご飯をテーブルに並べ、男4人自由気ままに飯を食らう。

 なんと今日は久々の焼き魚だ。

 俺の家は一番後回しで良いと遠慮してるけど、それでもゼオは素材倉庫の棚作りに追われて、小舟製作が中断してしまっているからね。

 そのうち囲炉裏でも作れたら良いな~とか、もう気合入れれば海も探せるよね? とか。

 そんなことを思いながら舞う火の粉と、その横でガハガハ笑いながら飯を食ってるロッジを眺める。


 狙えばあっけなく到達してしまったレベル10。

 この事実に素直な喜びもあれば羨望もあって、俺の心中はなんとも複雑だ。

 しかし当の本人はいつもと何一つ変わらない。

 肉を豪快に齧り、流し込むように酒をかっ食らっていた。


「スキルを得られたことより、そのスキルを使って何を成し得たかが重要だろ?」


 教会を出てすぐに「おめでとう」と告げた俺に対し、ロッジは当たり前のようにこう返してきた。

 たしかにその通りであり、この世界の住民らしい考えだ。

 しかしボーナスステータスや各種能力値の存在を知っている俺だけは、その考えに素直に頷くことができない。

 今回使ったスキルポイントは、レベル6からレベル8までの必要分である500。

 これで一番キツいレベル9とレベル10を、職業加護であっさりスキップできてしまったのだから、俺には俺の強いメリットがあると理解していても、だ。

 それでも羨ましいと思ってしまうのはしょうがないことだろう。

 レベル8から9のゾーンなんて、スキルレベル5所持の魔物が都合良くいても1日2~3%くらいしか上がっていかない。

 ともすればレベル9から10なんて、一点集中で粘っても年単位になりそうなわけだしね。


 ロッジには下地があったとは言え、これだけあっさりレベル10に到達してしまうのに、この世界の住人は効率的に狙おうとしない。

 それは死のリスクが伴う魔物討伐に積極的ではなかったり。

 そのリスクを分散させるためのパーティ推奨だったり。

 強い狩場の数が限定されていて、どこにあるのかも分からなかったり。

 様々な要因が重なって今の現状があるのだろう。


(地図のあった昔は、人間でもスキルレベル10到達者なんてザラにいて、さらにいくつもの頂点を目指すような人達もいっぱいいたのかな?)


 ゼオが戦っていた時代やさらにもっと前はどうだったのか、俺にはさっぱり分からない。

 でもこの拠点でパワーレベリングをすれば、比較的安全に誰でも能力を押し上げられることは分かった。

 そしてこんな強引な方法を、まず誰もやっていなさそうであろうこともよく分かった。


(他にブレることのない、生粋の職人タイプか……)


 そんなことを考えながら、俺はお礼に貰ったワインをチビリと口に含ませた。273話 秘密の部屋と新装備

 ロズベリアでは雪も降っていたというのに、俺達の活動する拠点はそこそこ暖かい。

 それもあって俺はパルメラ産の中で一押しのフカフカなキュウキの毛皮を床に敷き、一番初めに作った石造りの物置で寝ていたわけだが、ここまでくればそろそろ良いだろうとついに計画を始動させた。

 理由は今回のパワレベで拠点の安全圏がだいぶ拡張されたためだ。

 今までも魔物が俺達の家まで寄ってくることは無かったので、ここまで家と森が離れれば張り付いてまで警戒する必要もない。


 深夜にコソコソと移動した先は、水飛沫の凄まじい滝の真正面。

 俺達の家がある辺りはまだ滝との距離があるので、それこそ心地いい音色程度で済んでいたわけだけど、さすがに目の前まで来ると恐怖を感じるほどの轟音が鳴り響く。

 まぁそれでも憧れには勝てないわけで。

 宙に浮きながら光を照らし、ちょうど崖の真ん中辺りに目星を付けたら、【水魔法】で強引に水の動きを遮断。

 すぐ様【空間魔法】で人が一人通れるほどの岩を抉り、とりあえずの入り口を確保する。

 滝の裏に隠された秘密の入り口とか、これぞまさにファンタジー!

 息抜きにはちょうど良いくらいの無駄作業である。

 とりあえずは空気の通り道を残す程度に【土魔法】で入り口を塞ぎ、滝の音が心地良いと感じるくらいまで奥へ奥へと削ったところで、空間転移だけで辿り着ける6畳程度のマイルームを形成。

 ここを秘密の部屋第一号と命名し、地球産の私物や穴空き鎧などを取り出した。

 あとは光源用魔道具と、『魔道具一覧 2巻』に載っていた、乾燥を目的とした魔道具をここに置いておけば、物がカビだらけになる心配もなさそうだ。

 電気の代わりに魔石さえあればどこでも動くのだから、ある意味地球より便利である。

 ここで寝泊まりすることもありそうだから、寝具なども一応置いておくとして……あとは必要と感じたら、その都度新しい部屋を作っていけば問題ないかな?

 作るのは苦手でも削るのは大得意なので、どこまでも続く上台地がある限り、俺の地下空間だって望むままに拡張させ続けることができるだろう。

 ふへへ。

 色々と想像したら中途半端に興奮してしまい、すぐには寝られそうもない。

 だったら少しでも目標到達を早めようと、【夜目】のレベル8を目指して梟の魔物――ストラスをしばきに深夜の狩場へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 数日後の夜。

 食後に丸太を利用したゼオの筋力測定をしていたところ、横で眺めていたロッジがふいに口を開いた。

「そういやだいぶ装備も溶かせたから、もうダマスカスの武器作りもいけるぞ。全員どんなモノが欲しいか言ってくれ」

「おぉ!」

「ボクはもっと斬れる槍斧と短剣ー!」

「我はあっても木の加工くらいでしか使わないからな。借り受けているミスリルの斧で十分過ぎるくらいだが……同じミスリルの細かい工具でもあれば作業は捗りそうだ」

 ふーむ、ある程度は決めていたつもりだけど、いざこうして聞かれるとちょっと悩んでしまうなぁ。

 カルラは試しで手にしたハルバードが相当気に入ったんだろう。

 拾ってきたお古を使いだしてからは黒象も倒していたので、どうやって身長の倍くらいもある武器を振り回しているのか謎だが……

 まぁ本人が望むならそれが一番だな。

 ゼオも工具を握っている時間がかなり多いので、作業が捗るならどんどん上位素材でも使っちゃってくださいって話である。

 倉庫に作られた棚にもインゴット――と呼ぶには少々歪な金属の塊がかなり増えてきているので、拾ってきた量を考えても、ノコギリとかまで作れるなら作ってもらっちゃった方が良いのかもしれない。


 そして俺は――……

 剣は剣なのだが、ショートでいくべきかロングでいくべきか。

 ここでスパーンと答えが出せずに悩んでしまう。

 今お試しで使っているお古のロングソードも使い勝手は悪くない。

 たまに地面を引き摺るように切り上げてしまうので、その時だけ長さが気になるくらいだ。


(うーん……どちらにすべきか)


 そんな答えの出せない俺を見るに見かねて、三人がアドバイスとも取れる言葉を投げ掛けてくれる。


「こないだ戦ってる姿を見させてもらったが、ロキはもっとデカい武器の方が良いだろ。力は相当あんのに武器が軽過ぎて、火力を出し切れてねぇように見えるぜ?」

「そうだな。ロキは空中戦も得意としているのだ。ならば得物が大きいことはそのまま利点にもなりやすい」

「大きい方がかっこいいじゃん!」

「は、はぅ……ッ!?」


 カルラのはどう考えてもただの感想だけど!

 それでも今まではずっと、こんな時に仲間がいればと思いながら一人で決めてきたのだ。

 こうしてアドバイスを貰えることに感動し、思わずウルッときてしまう。

 そんなこと言われちゃったら、もう迷う必要なんてないじゃない!


「それなら、すんごい大っきいのでいっちゃうわ!」




 そしてさらに10日後。

 間にクオイツで竜狩りを4日挟み、休暇を待ち望んでいた各方面の解体場職員を地獄へ突き落とした後に、ボス戦に向けて【不動】のスキルレベル上げをしていたら、ついにロッジからお声が掛かった。


「ロキ、準備ができたぞ」

「え?」

「ふっ、片付けはしておくから行ってこい」


 おぉ、これはまさかのまさかですか!?

 楽しみにしていたこともあり、ドクンと心臓が高鳴る。

 ゼオのこの顔は、既に完成したことを知っているからだろう。

 夕食後だったのでついでにカルラも呼ばれ、二人でロッジの職場でもある資材倉庫の隅っこへ。

 すると作業台の長机には、いくつかの装備が見やすいように並べられていた。

 当然二人の視線はその作業台に釘付けだ。


「まずは数の少ないカルラからいくか。コイツがご希望の斧槍だ。周辺魔物の大きさを考慮した上で、刺突性能を活かせるように先端はかなり長くとっている」

「おぉー! これなら黒象の心臓も上手くいけば貫けるかも!」

「んで、コイツが懐に入られた時用の予備武器として作った短剣だな。握りもおまえが倒した牛みてぇな魔物の革を利用しているから、滑りにくいし相当丈夫なはずだ。魔物とやり合うように剣身を長めにしてあるから、解体用が必要なら別に造ってやる」


 そう説明されたカルラは短剣を握れば、よほど持ちやすいのか、一言「ありがとう」と告げた後は跳ねるように斬りつける動作を繰り返していた。

 うーん、やっぱり素早いなぁ……


「んで、こっちがロキの分だ」


 ロッジの呼び声で、俺の視線は改めて4つの装備へ。


「コイツがご要望の隠し玉だ。分類は限りなく特大に近い大型剣、おまえの背丈を考えれば特大剣と言っても間違いじゃない。どれ、まずは一度振ってみろ」


 そう言われ、長さ2メートル近くはありそうな大剣を拾い上げて、豪快に横へ薙ぐ。


 ヒュッ――

 ヒュンヒュン、ヒュッ――


「……」

「やっぱりだな。普通はそんなに速く振れねぇんだよ。軸もブレてねぇんだろ?」

「んだね……想像していたよりは軽いというか、扱いやすい」

「ただおまえの身長じゃあ、どうしたって地面を擦るどころじゃなくなる。だから空中戦と、あとは中央に厚みをもたせることで"受け"にも回せるようにした。普段はお得意の魔法で仕舞っとけば邪魔にもならんだろう?」

「たしかに」

「んで、コイツが普段使い用の"見せ武器"だ。一般的なロングソードよりは幾分短いくらいの取り回し重視。それでもおまえなら大抵の魔物はコイツで事足りるだろう。手の大きさに合わせて握りも短くしてあるから、扱いやすさも上がるはずだ」


 これは凄いな。

 少し振ってみれば、今までのお試しロングソードよりも少し短いので地面がそこまで気にならず、かつグリップ部分の遊びも少ないのでブレることがない。

 切れ味はこの場じゃ分からないけど、単純な扱いやすさは拾い物のロングソードよりも格段に良い。

 そして要望していたカルラと同じサイズ感の短剣だ。

 収納してしまえば【付与】の効果は得られなくなるので、どうしても表に出しておく武器が2種必要だった。

 ならば短剣が手頃だろう。

 もう解体作業をする機会も減ってきたので、単純なサブ武器としての運用だけを考えれば問題ない。


「んで、これが水属性強化用の防具か」

「物理防御耐性と水属性にもほどほどに強いクエレブレの革が主で、裏地にも水属性に強く滑らかなミズチの革も使っている。『ガルガイユ』に挑むならこれがベストだろう。レザー防具にしちゃ重く感じるだろうが、おまえならさほど気にならないだろうからな」


 分かりやすく青みがかった薄い鱗のある表面。

 これはたしかに何度も見ているクエレブレの皮と同じだ。

 早速着てみると、中は滑らかというか少しプニプニしていて、肌や衣類に吸い付くような感触がある。

 言われた通り重さもそんなに感じないし、身体を様々に動かしても違和感を覚えることはない。


「ただしこれだけは忘れるなよ。【水属性耐性】は水流や水圧なんかにゃ強いが、溺死を防ぐような効果はまったくない。息を吸えなきゃ普通に死ぬんだから、そこはおまえ自身でなんとかしろ」

「もちろん。大抵は溺れ死んじゃうんでしょ?」

「らしいな。仮に討伐成功しても帰ってこられないハンター達が多いって話はよく聞いた」


 溺死絡みならいつでも離脱可能な俺には関係ない。

 気がかりなのは、ボスの仕様がゲーム寄りとリアル寄りのどちらなのかということ。

 この世界を創ったフェルザ様の趣向というか、なんとなくの好みはある程度理解してきているつもりだけど、ここをどちらに寄せてくるか次第で今後のボスの攻略難易度は大きく変わるはずだ。


「ありがとう。絶対に死なないことは前提で、その中でやれる限りのことをやってみるよ。ボス素材を持って帰れるようにね」

「おうおう。期待して待っとくぜ!」


 この次はゼオの工具を作りながら全員分の水耐性レザー防具も作るらしく、素材に囲まれ随分幸せそうなロッジに改めてお礼を言ったら俺は資材倉庫の外へ。

 そこで丸太に腰掛け、一人湖を眺めているゼオの横に座る。


「ロッジがゼオの分の鎧も作るって張り切ってたよ。しかもいずれは属性別で全部作るんだって」

「ふっ、我がそれを着たところで何も活かせぬぞ? 下手をすればその辺りの野生動物にすら負けるかもしれぬのだ」

「でも、最初は1本の丸太だって持ち上げるのがキツかったのに、今は1本くらいなら結構楽になってきたでしょ? 魔法だって、魔力が少ないというだけで色々使えるわけだし」

「それは、たしかにな」

「ちょっとずつでも回復してきているのは良いことだし、防具だって何かと戦うためじゃなく、何かあってゼオが死なないように身を守るのが目的だよ」


 そう伝えるも、やはり表情はどこか浮かないままだな。

 たぶん、元が神様に目を付けられるほどの強者だったから。

 だからこその悩みなんだろう。

 現状の不甲斐なさ、やるせなさ。

 俺がもし逆の立場なら、過去の強さを経験しているが故にこんな感情を抱いてしまう。


「済まないな。今は大した役にも立てぬが、いつか恩を返せるように――」

「ゼオ」

「……なんだ?」

「装飾品の分別をしてくれたの、ゼオでしょ? ロッジは前に【鑑定】は得意じゃないって言ってたし」

「まぁ、そうだが」


 木箱の中に放り込んでいた拾い物の装飾品達。

 これもボスへ挑む前に整理しようと思っていたら、いつのまにか棚の設置と合わせていくつかの分類に分けられていた。

 単純な指輪やネックレスといった分け方だけじゃなかったので、あんなの相応にスキルレベルが高い【鑑定】持ちじゃないと無理な作業だろう。


「ゼオがいるからこの拠点ってなんとかなってんだからね? 俺一人なら崖に穴掘ってそこから出てこないし、ロッジも鍛冶しながらいつの間にか死んでそうだし、カルラは……まぁずっと血ばっかり飲んでそうだけど、そもそもゼオがいなきゃあんな穏やかに過ごしていなさそうな気がするし」

「……」

「前にも言ったけど、この世界に疎い俺にはゼオの知識が凄く必要で、皆が皆、できること、得意なことをこなして、それぞれ補いながらなんとか形にしていくのが仲間かなーって、そう思うんだよね」

「そうだな……昔、共に戦った仲間達もそのような間柄だった」

「へぇ~ゼオの全盛期も仲間がいたんだね」

「あぁ。救いたくても救えなかった仲間達だ」

「そっか……じゃあさ」

「?」

「ゼオの力で、俺が死なないように協力してよ。あの装飾品、上位素材になると何がいいかさっぱり分からないんだよね!」

「ふっ、良かろう。だが我の【鑑定】レベルは間違いなく『7』だ。一つだけ混じっていたアダマンチウム製の指輪だけは判別が――」


 二人で資材倉庫に向かいながら、かつて王都ファルメンタでも同じようなことがあったことを思い出す。

 あの時はフェリンがいて、同じように助けてくれようとして、でも俺はそれにチートのような感覚を覚えて。

 でも不思議と、ゼオにお願いするこの状況はまったくそんな感情が芽生えない。


(これが神様と人の違いなのかな……)


 そんなことを漠然と考えながら、俺はゼオの【鑑定】結果を確認しつつ、新装備としてアクセサリー2点を採用した。274話 付与師はじめました


『【雷魔法】Lv8を取得しました』


 このアナウンスが視界を横切り、ようやくボス戦に向けた準備が整ってきたなと、一息吐きながら拠点へ飛ぶ。

 上げようと思えば上げられるスキルはまだまだあるが、それらはステータスボーナス目的であり、ボス戦で実際に使うことまでは想定していない。

 ならば一度挑んでみて、駄目だと分かれば地力を上げる目的でまた通えばいい。


 転移した先は、俺専用の秘密基地。

 部屋のど真ん中にはまったくリクライニングしない、リクライニング風な石作りのお手製椅子がドンと置かれており、唯一解決していない問題点をどうすべきか。

 寄りかかりながら目を閉じ、最後まで残った【付与】について考えを巡らす。

 ……しかし、結局は。


「やっぱり、これだけは自分でなんとかするしかないよなぁ……」


 日を跨いでも、狩りしながら考えても、このように落ち着いた場所で【付与】のことだけを真剣に妄想しても。

 最終的にはこの結論にいきついてしまう。

 ロッジに覚えてもらう案も当初はあった。

 すでに【付与】を所持しているパイサーさんに極めてもらおうなんて考えもあったし、ゼオが持っていれば一番だよなーと相談したりもした。

 が、どうしても【付与】はそのスキルレベルだけでなく、付与師の持つ付与可能スキルのレベルも重要になってくる――というよりこちらの方がメインと言ってもいいくらいだろう。

 今のところは【魔力自動回復量増加】一択だと思っているが、まだ各部位にどのスキルが付与可能なのかも把握できていないし、様々な選択を高い水準で揃えられていた方が何かと都合が良い。

 となると【付与】だけは、なんでもスキルを収集しようとする俺がやるしかないわけだ。

 本当は悪党から得られる可能性のあるスキルを、ポイント消費してまで取得したくはないけど……

 スキルポイントの初期化は、フェリンの反応からしてもまずどこかに存在している可能性が高そうだからな。

 そうと分かればいずれは必ず手に入れ、後々調整を図るしかない。

 ……うし、いくか。


『【付与】Lv1を取得しました』


【付与】Lv1 装備品に属性か特定スキルを付与することができる 付与数、組み合わせ、定着時間はスキルレベルと対象装備による 魔力消費50 定着完了まで1秒毎に5消費


 ふーむ。

 思っていたよりも、ちょっと複雑なような?

 それに取得して気付いたが、スキルの並びを見る限り【付与】はジョブ系の枠に入っていない。

 スキルツリーのすぐ上には【魔力譲渡】や【鑑定】、使ったこともない【罠生成】なんてものがあるので、アクティブ系だしジョブ系とは別枠と考えた方が良さそうだ。

 ならば知識や経験不足で不発に終わるようなこともないだろう。

 そう思いながら身に着けていた装備を全て外し、それぞれ地面に並べていく。

 普段は表に出さない大型剣、普段使いのちょっと気持ちショートな長剣、サブ武器の短剣、水属性強化用のフルレザーアーマーと頭部のフェイスアーマーに、拾ってきた中からゼオと一緒に厳選した指輪とネックレスが一つずつ。

 これら全てにどこまで【付与】を乗せられるか、順番に試していく。


 まず手に取ったのは大型剣だ。

 過去に見たパイサーさんの作業光景を思い返しながら手をかざし、【魔力自動回復量増加】の【付与】を頭の中で念じる。

 すると手から黒い魔力が流れるように大型剣へ移り、すぐに魔力消費は止まった。

 ステータス画面を見比べれば、これで魔力消費55。

 つまり初動の魔力50+定着時間1秒の魔力5が消費されたという計算だ。

 予想通り【付与】レベル1でも1発目なら楽勝。

 あとで一応ゼオに確かめてもらう必要はあるが、パイサーさんが以前【付与】レベル2に対し【魔力最大量増加】レベル5を付与していたので、ここで付与対象にレベル制限がかかっているなんてこともまずないだろう。


 そしてそのまま2発目に。

 Aランク相当の鉱物なら――


(………………うん、やっぱり問題無いね)


 作業時間は10秒程度。

 以前のパイサーさんよりもだいぶ早く2発目をクリアし、想定通り進んだことにホッと息を吐いた。

 これで俺が望んでいた最低ラインはクリア。

 やはりAランク鉱物という素材価値の影響はかなり大きいことが分かる。

 そして、駄目元でやってみた3発目。


「うーん、反応すらしないか」


 これは失敗するだろうと予想できていたので、悲しみすら湧くこともない。

 逆に【付与】レベル1でできてしまったら、3種成功事例なんて希少でもなんでもないだろう。


 その後もロングソード、短剣と同じように【魔力自動回復量増加】を2個ずつ付けていく。

 特に鉱物の質量で定着時間が変わるとかはないらしい。

 そして装飾品2つにもそれぞれ付与していき、ついに俺の現状装備が完成した。


 ・大型剣(隠し玉)
 素材:ダマスカス
 付与:【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv7


 ・長剣(普段使い)
 素材:ダマスカス
 付与:【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv7


 ・短剣|(サブ)
 素材:ダマスカス
 付与:【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv7


 ・フルレザーアーマー
 素材:Aランク素材複合の水属性耐性特化
 付与:【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv7


・フェイスアーマー
 素材:Aランク素材複合の水属性耐性特化
 付与:【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力自動回復量増加】Lv7


 ・装飾1(指輪)
 素材:ダマスカス
 攻撃力上昇:中
 付与:【物理攻撃耐性】Lv3 【魔力自動回復量増加】Lv7


 ・装飾1(ネックレス)
 素材:ダマスカス
 防御力上昇:中
 付与:【水属性耐性増加】Lv2 【魔力自動回復量増加】Lv7


 自前のスキルと【付与】の分も合わされば、俺に常時掛かる【魔力自動回復量増加】は鬼の11個分。

 バカみたいな付け方だけど、わざわざ拾い物の装飾だって【付与】が1つで|空《・》|き《・》のあるやつを選んだのだ。

 魔力の回復サイクルは、完全回復まで基本8時間。

 これは日々魔力を使い切ってから睡眠を繰り返していく中で自然と把握できていたので、ここから【魔力自動回復量増加】Lv7の効果である魔力回復量35%増加が発生していけばどうなるか。

 装備を一通り装着して試してみれば――


「オッホッホッホーッ!!」


 1秒くらいで魔力が1ずつ回復していく現状に、変な笑い方をしてしまうくらいトキメキが止まらない。

 今までは1分間に15を少し切るくらいの回復量だったのが、ここでまさかの4倍近くまで上昇だ。

【空間魔法】の収納量で言ったら、これはもう体育館どころか、学校を丸ごと飲み込んでも自然回復で収まってしまうかもしれない……

 恐ろしい。

 恐ろしいよ【付与】スキル!

 軽く電卓叩けば乗算じゃなく加算っぽいのは残念なところだけど、それでもやはりパーセンテージの伸びは驚異的である。

 となれば、この喜びはみんなにも。

 ゼオとカルラは魔力の自然回復が存在しない種族だから、【魔力自動回復量増加】は無意味だろうけど、以前マルタと王都ファルメンタで購入した【付与】無しネックレスだって4つ余っているのだ。

 特にゼオなんて【魔力最大量増加】を大量につければ色々とできることも増えるだろうし、みんなに欲しいモノを聞きながら【付与】祭りでもやってしまおうじゃないか。

 そんなことを考えながら、俺はルンルン気分で皆のいる場所に空間転移するのだった。275話 地底湖のボス

《クオイツ竜葬山地》のボス部屋前。

 そこでステータスの最終確認をしながら、これからの段取りを一人脳内で確認していく。


 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:58  スキルポイント残:14

 魔力量:5484/5484 (652+4832)

 筋力:   2108(349+1759)
 知力:   1340(355+985)
 防御力:  1825(343+795)  ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:1541(333+1208)
 敏捷:   1419(348+861)  ウィングドラゴン(+210)
 技術:   1618(342+1276)
 幸運:    844(343+501)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv5 
【盾術】Lv5 【弓術】Lv5 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv1 【投擲術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv7 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv4 
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【鼓舞】Lv5 

 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7  【雷魔法】Lv8 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv7 【氷魔法】Lv6 【光魔法】Lv5 【闇魔法】Lv6 【無属性魔法】Lv8 
【回復魔法】Lv5 【結界魔法】Lv1【空間魔法】Lv6 【時魔法】Lv5 
【魔力操作】Lv6  【魔力感知】Lv4 【省略詠唱】Lv5 【発動待機】Lv2 
【魔法射程増加】Lv2 

 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv3 【採掘】Lv3 【伐採】Lv4 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 
【料理】Lv6 【農耕】Lv6 【釣り】Lv4 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv2 
【描画】Lv2 【細工】Lv2 【加工】Lv3 【畜産】Lv4 【採取】Lv4 
【話術】Lv5 【家事】Lv6 【交渉】Lv5 【演奏】Lv2 【薬学】Lv3 
【作法】Lv3 【舞踊】Lv1 【歌唱】Lv2 

 ◆生活系統スキル
【跳躍】Lv4 【飛行】Lv8 【拡声】Lv3 【異言語理解】Lv8 【算術】Lv4 【暗記】Lv5 【聞き耳】Lv3 【隠蔽】Lv8 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv4 
【気配察知】Lv7 【忍び足】Lv4 【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 
【視野拡大】Lv6 【探査】Lv5 【遠視】Lv6 【夜目】Lv8 【俊足】Lv5 
【鑑定】Lv2 【心眼】Lv2 【魔力譲渡】Lv3 【罠探知】Lv1 【付与】Lv1

 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv5 
【魔法攻撃耐性】Lv4 【鋼の心】Lv4
【剛力】Lv6 【明晰】Lv6 【金剛】Lv6 【疾風】Lv6 【絶技】Lv5 
【豪運】Lv4 【封魔】Lv3 【石化耐性】Lv6 【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【魅了耐性】Lv1 
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv6 【闇属性耐性】Lv6 【雷属性耐性】Lv6 【氷属性耐性】Lv5 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv6 

 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv4 【魂装】Lv2 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv3  

 ◆その他/魔物(使用可)
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv6 【物理防御上昇】Lv4 
【睡眼】Lv3 【爪術】Lv8 【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv7 【招集】Lv7 
【硬質化】Lv6 【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7
【咆哮】Lv6 【突進】Lv7 【旋風】Lv6 【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【火炎息】Lv6 【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 【灼熱息】Lv5 【丸かじり】Lv5 【分解】Lv3 【吸収】Lv3 【氷結息】Lv6 【石眼】Lv7 【物理攻撃力上昇】Lv6 【不動】Lv6 【衝撃波】Lv6 【地形耐性】Lv4

 ◆その他/魔物(使用不可)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5 【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  
【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 【結合】Lv8
【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 【絶鳴】Lv7 【幻影】Lv8 【影渡り】Lv6 
【地縛り】Lv6 【属性変化】Lv7 



 下見に来た前回よりもさらに修行し、装備を整え、【付与】で魔力の漲(みなぎ)る男となって帰ってきたのだ。

 通常ボスくらいサクサク狩れるようになっていかねば裏ボスの道は程遠いと、フッと強く息を吐き出し気合を入れる。


「うし、まずはここで試すか」


 光源となる光の玉を、いくつかボスフィールドの上空に展開させたら行動開始だ。


 ――【忍び足】――

 ――【飛行】――

 ――【洞察】――


 天井付近に張り付き、地底湖を泳ぐ巨大な影を眺めながら、


『"指電"』


 まずは、湖面にゆるく魔法を放つ。

 すると広がる波紋が開戦の合図とばかりに、地鳴りのような低く不気味な音が鳴り響き、地底湖の水が一気に引き始めていく。

 どういう原理か、無数にある穴へ水が流れ込んでいるようだった。

 と、同時に姿を現したのは、黒く大きな両翼に水かきのような薄い膜を備え、悠然と泳ぐ紺色の竜。

 その体長はやはり拠点付近の黒象よりも大きく、長く伸びた尾まで含めれば30メートル近くはありそうなほどに巨体だ。

 しかし体躯はやや細長い印象もあり、竜と蛇が混ざったような『水竜』という言葉がしっくりくる風体をしていた。


「その首、落としやすそうだねぇ……」



 ――【気配察知】――

 ――【魔力感知】――

 ――【身体強化】――

 ――【発火】――

 ――【白火】――


 そんな水竜――『ガルグイユ』が湖面から顔を出した瞬間を狙い、【風魔法】によるバーストを使用しながら急速下降。

 浮上した首に向かって、取り出していた大剣を豪快に振り下ろす。


「うぉらッ! 力刃ッ!」

「ギャァアアアアアアアアア……ッ!」

「はっはーッ!」


 普通ならばまだこの段階は、近接攻撃を食らうなんて想定もしていない状況だろう。

 水がある程度捌けて、ようやく近接職が地底湖の底に雪崩込む。

 それまでは囲うように存在する僅かな平地から、届きそうな遠距離職がチマチマと攻撃を加えているような段階。

 ガルグイユの悲鳴の中に、「ズルい」なんて言葉も聞こえてきそうだが、もう油断はしないと決めた以上、やるならば最初から全力だ。

 しかし水場だと、相手を強制的に【発火】させる意味はかなり薄いな。

 それに鱗の影響なのか、それとも魔法防御力が高いのか。

 斬りつけてもそこから燃え広がるような動きになっていない。

 ならば――、


『"雷槍"、高速で、突き抜けろ!』


 離脱と同時に放った【雷魔法】。


 ――パンッ!!


 それはガルグイユに接触する間際で大きく方向が変わり、球体フィールドを囲う岩壁に衝突。

 威力を抑えた魔法だったが、それでも衝撃で岩肌がボロボロと崩れ落ちる。


「ふーん……」


 その光景を、俺は自身に跳ね返ってくる可能性も想定し、ガードした両腕の隙間からジッと眺めていた。

 俺がまだ未所持のスキルの一つ――【鏡水】。

 名前からして反射系の特殊スキルだと予想していたが……


『"指電"』

『"指電"』

『"指電"』


 分析のために数度魔法を放つ中で、このスキルがオートの半ランダム反射っぽい効果であることを理解する。

 ヒット直前に水膜のようなモノが一瞬現れ、入射角なんかも度外視で明後日の方向へ飛んでいくのだ。

 一発はそのまま俺に向かってまっすぐ跳ね返ってきたし、自動反射モードの状態で守りを固められれば魔法を放つ意味もない。

 ヴァラカンと同様なら段階があり、水が捌けて湖の底がだいぶ見えてきていることからも、第一段階は近接職のターン。

 そう一人納得し、ならば今がちょうど良いと、俺はボス部屋に続く通路へ空間転移――ボス部屋から離脱した。


 今後のボス戦も含め、余裕のありそうな時に把握しておくべき仕様の確認。


(さーて、どちらになるかな?)


 そのまま自己バフとも言えるスキルを一通り唱えながら、再度球体のボスフィールドへ突入すれば――


「なるほど……俺にとっては都合の悪いゲーム寄りね」


 ――そこには、波紋の一つも存在しない静かな湖面が広がり、一切ダメージを受けている様子のない不気味な影が、悠々と湖の底を泳いでいた。276話 見えてきた特殊スキル

(リセットはウザいが、今のうちに把握できて良かったな)

 俺は思いのほか冷静に現実を受け止めていた。

 魔物のリポップ疑惑が出た辺りから、もうこの世界を完全なリアルだとは思っていない。

 リアルにゲームを織り交ぜたような……いや逆かもしれないけど、そんな魔訶不思議で歪な世界。

 だから今後もボス討伐を続けていく上で、離脱再戦が有効なのかも余裕がある時に確認しておく必要があった。

 クイーンアントにしろヴァラカンにしろ、今までの表ボスは全て隔離されたような広いボス部屋が存在していたのだ。

 果たしてその空間から脱出、もしくは全滅して、誰も戦闘継続者がいなくなった場合にボスはどうなるのか。

 その答えはゲームによって異なるも、ボスであればまず環境リセットになることの方が大半だろう。

 つまりは"最初からやり直し"だ。

 個人的には逃げてもボスのダメージがそのまま――なんてリアルに寄せた展開を期待していたわけだが、この結果を見る限りはどう考えてもダメ。

 あっという間に水量まで戻っている時点で、この空間が|リ《・》|セ《・》|ッ《・》|ト《・》されたと考えるしかない。

 ダメージがそのままなら、転移逃げを駆使していくらでもセコい手が使えただろうに……


「そう都合良くはいかないか」


 そう呟きながら、とっとと水を捌けさせるべく湖面に小石を投げ入れた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 蛇のように蜷局《とぐろ》を巻き、上体を起こして大口を開けるガルグイユ。

 その高さは10メートル近くにもなり、鋭利な爪を携えた前足や、人など簡単に丸飲みできるほどのデカい口が、まるで上空から降ってくるかのように襲ってくる様は、近接職にとって相当な脅威だろう。

 攻撃魔法に対しては反射先が不規則なオートカウンターが発動し、術者だけでなく離れた別の仲間に同士撃ちまでしてしまう可能性もあるため、遠距離魔法部隊は手が出せず。

 おまけに壁面からは、固有スキルと思われる高圧の水の線が槍のように襲ってきていた。


(これも、ランダムか……?)


 頻度は低いものの、発射位置が不規則過ぎて次射の予測がまるでつかない。

 明らかにターゲットが俺に固定されており、【水属性耐性】をゴリゴリに上げていても痛みで顔が歪む。

 それでも身体を貫通しないなら問題ないと、大剣を振り回してガルグイユの首を執拗に攻撃し、傷口を広げていく。


 すると、僅か5分ほど。


「コォアアアアアアアアアアアア……ッ!」


 ガルグイユの長い首が真っ直ぐに上を向き、大きく啼いた。

 それは今までのような悲鳴とは違った啼き声で、それを合図とばかりに先ほど水の流れていた無数の穴から、今度は多量の水が噴出する。

 どう見てもフェーズの移行、第二段階に突入だろう。


「やっぱり首ばっかり狙うと早い……って、お、おぉ、おぉおおおお!?」


【気配察知】のおかげで、地底湖より上に存在する穴からも大量の水が噴出し始めたことにはすぐに気付けた。

 が、あまりの量に避けきれず、豪快に頭から水を被り、濁流に飲まれたかのように身動きが取れなくなる。


(やばっ……このままじゃ、もってかれる)


 驚きも寒さもあるが、一番にあるのは危機感だ。

 このまま水に飲まれれば、急速に元へ戻りつつある湖の中に落ちる。

 そうなれば――


「巨大な、竜巻よ、水を、弾き返せ……ッ!」


 咄嗟の判断だった。

 自分を中心に発生した風の渦が水を巻き込みながら旋回し、僅かな空白地帯を作りだす。

 その間に上空から降り注いでいた水を縫うように避け、なんとかボスフィールドの天井へ。


 ――【発火】――


「さぶっ……冬場に……はぁ……挑むボスじゃ、なかったかも……」


 挑んだ時期に若干後悔し始めるも、呼吸を整えつつ真横の穴からゴォゴォと噴き出す水のゆく先を眺めていると、あっという間に湖は水で満たされ、しかしそれでも放水現象は止まらなかった。

 そのまま周囲を囲う僅かな陸地を飲み込み、途中で部屋上部に存在する穴からの放出は止まるも、その水嵩は徐々に増していく。


 もし俺が、【飛行】できなかったらどうなっていたか。

 行動範囲が広がり、水中をゆっくりと泳ぐガルグイユの影を見て思う。


 ……きっと既に地獄の水中戦が開始されているだろう。

 逃げ道は入り口だが、全員が逃げればボスはリセットされるから安易には逃げられない。

 というよりあんな滝つぼに飲まれたような状況の中、そう都合良く全員が入り口に逃げるなんてことができるわけもない。

 自分達が狩る側だった第一段階から一転し、第二段階は狩られる側へ。

 満足に身体を動かすこともできない中、ここで多くのハンター達が命を散らしていく姿が容易に想像できた。

 そして天井に張り付いていた俺にも、ようやく『窒息』という言葉の意味が分かってくる。


「おいおいおい、マジかよ……」


 水嵩が増すと言ってもどこかで止まり、部屋の上面部分くらいは空間が確保されるものだと思っていた。

 が、そんな期待も空しく部屋は全てが水で満たされ、これはマズいと【空間魔法】で僅かに削ったお手製の穴にまで水が浸入。

 ここで現状の安全地帯は、途中で水の放出が止まっていた『|元《・》|か《・》|ら《・》|上《・》|面《・》|に《・》|存《・》|在《・》|し《・》|て《・》|い《・》|た《・》|穴《・》』だと理解するも、今更気づいたところでもう遅い。

 急に満たされた水が流動し始め、渦潮の如く強烈な力で身体の自由が奪われる。

 これがスキルを覗いた時に存在した、見覚えのない固有スキルの一つ……!


「うぐっ……水の、動きを、止めろ……ッ!」


 水中でなんてまともにしゃべることもできない。

 それでも水を操作するイメージを作り、【水魔法】で強引に流れを止めようとするも、ボスの能力に負けているのか、咄嗟に放った魔法ではその動きを止めるまでには至らない。

 それでもなんとか身動ぎできるくらいにはなったところで――


(速刃……ッ!!)


 水流で光源用魔法を消され、視界がほぼ潰された中で襲いくるガルグイユを咄嗟に迎撃する。


 冷静に考えても、安全地帯に入り込めなかった者の末路はまさに絶望だ。

 視界が潰され、空気も吸えず、まともに身動きすら取れない中で巨大な竜に食われていく。


 このままでは、脱出できない。

 流れに逆らい、とにかく上へ。

 俺だって【気配察知】頼みのこの状況は危険極まりないが、水は底に排水されていくように下へ下へと強い力で流されていた。

 ならば上空はもう水が存在していないはずなのだ。

 度々襲いくるガルグイユを【水魔法】【硬質化】【剣術】で凌ぎ、発動の遅さに苛立ちながらもようやく部屋の上空へと転移。

 呼吸を整えながら、現状把握に努めようと――


「ハァハァ……――ッ!? ふ、ふざけやがって……ッ!」


 咄嗟に腕をクロスし、顔を守る。

 少し油断したらすぐコレだ。

 別々の方角から圧縮された針のような水槍が時間差で2本飛んでくるので、逃げ込むように上部の穴へ入って様子を窺う。

 ……すると水が排出されるにつれ、次第に大人しくなってゆくガルグイユ。


(なるほど。攻撃に耐え、排水の流れにも逆らい、無事凌ぎ切れればボーナスタイムに突入、これがワンセットってわけね……)


 結局は水の中に住む魔物、その水が無ければできることは少ないらしい。

 たぶんこのモードになれば、あのオートカウンターが復活するのだろう。

 ならば――おまえはただのデカい的だ。


「もう、ここで殺しきる……!」


 下降しながら大剣を両手で握り、今まで与えてきた傷の上から重ねるよう強く斬りつける。


「グガァアアアアアアアアア!!」


 咄嗟に首を捻られズラされるも、もとからそこまで太くはない。

 これだけでも、相当なダメージが入っているはずだが、本番はここから。


 ヴァラカンの時と同様に武器を投げ捨て――


 ――【捨て身】――

 ――【硬質化】――


 そのまま【体術】と【爪術】のコンボを使いながら『貫手』で傷跡に肩まで手を突き入れる。


「ギョゴオオッ!?」


 そして――


「あっはーっ! 捕まえたーッ!」


 ――手を首の中で強引に動かし、目的の骨を見つけて無理やり掴む。

 かなり太いが、こいつはもう、意地でもこの手は離さない。


「身体中の、骨も血肉も、焦がして、爆ぜろ、"爆雷"ッ!!」

「ゴォオオオァアァアアアァ……ッ!?」


 ガルグイユの体表から吹き上がる煙。


「あはは! 【鏡水】ってスキルも、身体の中に魔法撃たれたんじゃ意味ないよねぇ!?」


 スキルを覗いただけなので、実際のスキル効果までは分かっていない。

 だが何度か試した結果を見れば、体表に触れる手前で発動する類の防御壁だ。

 しかも水の膜が必要ということならば、そんなモノを生み出す隙間もない体内に打ち込めば関係なくなる。


「オラァ!! 雷よ、頭ン中の、細胞壊して、弾け飛べ、"爆雷"ッ!!」

「グゥウウウウアアアアア……ッ!!」


 それでもやはり単純な魔法防御力値が高いのか、【雷魔法】のレベル8を初めて使っても、首がふっ飛ぶような事態にまではならないな。

 まぁ肉は使い物にならなくなりそうだが、皮などの装備素材に転用可能な部位がまともならばそれでいい。

 武器を投げ捨てて魔力回復量は落ちても、それでもまだまだ潤沢過ぎるほどだ。

 何発でも、撃ち込んでやる。


「頭ん中まで、痺れて……ぐおっ!?」


 不意に首が強く揺れ、俺は首の中に手を突っ込みながら振り回される。

 ぶら下がりながら見上がれば、ガルグイユの頭は真上へ。


「コォアアアアアアアアアアアア……ッ!」


 一度聞いている、悲鳴とは違うこの啼き声。

 あぁこれは、どうやら『第三段階』へフェーズが移行したらしい。277話 また来るから

 (普通のレイドパーティなら、どうやって勝つんだよコレ)

 そうぐちりながら必死に首へ食らいつき、環境的に最も有利と思われる【雷魔法】を撃ち続ける。


『はぁぁ……首から、身体中の、血肉焦がして、爆ぜろ、”爆雷”ッ!!』


「ゴァアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!」

「んぐぅううううう!!」


 混ざり合って響き渡る、二つの悲鳴。

 このボスはバカにしていたけど地味に優秀だった。

 身体の内部なら反射されないだろうと思っていたら、第三段階になって急に俺まで脳天を突き抜けるような電撃に襲われたのだ。

 一度だけの偶然とかではなく、覚悟して放った二度目もやはり、俺にまで電撃が跳ね返ってくる。

 となれば、原因はあの【鏡水】とかいうスキルしかないだろう。

 体内の肉が溶けたのか縮んだのか、それとも俺が掻き分けて骨を掴みにいったのがまずかったのか。

【魔力感知】でも発動の瞬間に魔力が凝縮するタイミングがあるので、できた隙間に【鏡水】を生み出しているとしか思えない。

 それでも【雷属性耐性】と【麻痺耐性】があるおかげで、相応のダメージ軽減と、そして麻痺の硬直がすぐに解けるのは幸いだった。


『周囲の、水を、氷の、台地へ』


 ガルグイユを再び湖の底へ潜らせないために。

 麻痺して動きの鈍い間に封じる必要があるため、おちおち【不動】でダメージから逃げることもできやしない。

 第三段階に入ってまた水が底から噴出し、同時に水が渦を巻くように流動し始めたが、俺は突き入れた腕を抜くつもりはなかった。

 抜けば、水の底へ逃げられる。

 だから咄嗟に取ったのは水を凍らし、ガルグイユが潜れないようにすること。

 しかしそれでも下からどんどん水が湧き上がってくるので、重ねるように何度も何度も足元から下やガルグイユの下半身を氷漬けにし、身動きを取らせないようにしていく。

 そうすれば首に取り付いている以上、ガルグイユの残す攻撃手段は周囲から飛来する水の槍だけだ。


『うっ、ぐっ……うざっ……周囲に、強固な、石の壁を、生成』


 明らかに飛来する量の増えた水の槍から身を守るべく、周囲に石の防御壁を何枚も作り出し、間髪容れずに麻痺をさせ、足先から魔法を放ち、今度は下方から周囲を凍らし続ける。

 そして――


「やっと、止まったか……?」


 どんどん上昇していた湖面の動きが完全に止まり、目の前には身体の過半を氷漬けにされ、鈍く頭を振りながら藻掻くガルグイユの姿が。

 ならばこれ以上自爆気味に魔法を放つ意味はないと首から腕を抜き、氷に埋まっていた部分だけを【発火】で溶かして俺だけが氷の世界から抜け出る。

 身体中寒いが、今は気にしてもいられない。

 ガルグイユは長い首と頭部だけを地上に出し、動きは緩慢で息も絶え絶えだが、その目はまったく死んでおらず俺を刺すように睨みつけていた。


「ボス相手だからこそ、やる価値と意味もあるだけに、難しいな」


 そう一人呟きながら、仕舞っておいた長剣を『収納』から取り出す。


『力刃』

「グォオァアア……アアァ……」


「もう、死にかけだね」


 殺しきるだけならば、他にも方法はあったと思う。

 内部から強引に燃やすことだってできたかもしれないし、氷漬けになって動きのない部分を【空間魔法】で消すことだってできたかもしれない。

 それでも勝ち方に拘ったのは、その後の装備に転用できる素材を見据えてのことだ。

 結局は首を斬り飛ばすのが、後々の旨味を考えるならば一番良い。


 ――【魂装】――


「それじゃ、また来るから」

「……グァ…………」


 ――『力刃』――【旋風】――




『レベルが59に上昇しました』

『レベルが60に上昇しました』


『【丸かじり】Lv6を取得しました』

『【廻水】Lv1を取得しました』

『【廻水】Lv2を取得しました』

『【廻水】Lv3を取得しました』

『【廻水】Lv4を取得しました』

『【廻水】Lv5を取得しました』

『【魔力感知】Lv5を取得しました』

『【魔力纏術】が解放されました』

『【鏡水】Lv1を取得しました』

『【鏡水】Lv2を取得しました』

『【鏡水】Lv3を取得しました』

『【鏡水】Lv4を取得しました』

『【水属性耐性】Lv7を取得しました』

『【無面水槍】Lv1を取得しました』

『【無面水槍】Lv2を取得しました』

『【無面水槍】Lv3を取得しました』

『【無面水槍】Lv4を取得しました』

『【無面水槍】Lv5を取得しました』







「はぁ~……最高」







 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ガルグイユの死体を周囲の氷ごと回収し、自身を煌々と白く燃やしながら周囲の氷を急速に溶かしていく。

 地底には――というより【探査】で調べる限りは排水されたことによって穴の中に流れたっぽいが、無手になるため投げ捨てた大剣がまだ放っておかれている。

 もし転移ワープでもして空間がリセット。

 せっかくロッジに作ってもらった武器まで消失なんてなったら笑えないので、しょうがなく氷の上に寝そべり、のんびり戦果を確認しながら地底を目指していた。


(使えるのは【鏡水】と【廻水】か)


 あの飛来する槍のような攻撃も、まともな耐性や魔法防御力が無ければハチの巣になるんだろうし、複数戦相手の場合には有効っぽかったんだけどなぁ。

 まぁ球体という特殊なフィールドのみの使用環境っぽいから、駄目なら駄目で割り切るしかないだろう。

 それに【水魔法】で真似をしようと思えば、規模は違えど近いことはできる気がする。

 なので問題は使える2つの方だが、「クセが強いわ~」と、詳細説明を確認して思わず溜め息が漏れた。



【廻水】Lv5 広範囲の水を強制的に流動させる 範囲と速度はスキルレベルによる 魔力消費:1分毎に70消費 ※水の無い場所では発動不可


【鏡水】Lv4 水を利用し魔法属性に分類される攻撃を自動で防御、反射する 反射精度はスキルレベルによる 魔力消費:10秒ごとに30消費 ※水の無い場所では発動不可



 なんというか、どちらも水がその場にないと発動できないタイプなので使い勝手が悪い!

 場所を限定すればたぶん凄いんだろうけどなぁ。

【廻水】はフェリンの【地形変動】なんかとかなり相性が良さそうというか、【水魔法】では補えない規模で強引に水を動かしたいのならばこのスキルを。

 あとは長い詠唱が不要でサクッと発動できるというところも、ボスや魔物が所持する特殊スキルの強みだろう。

 ただ本当にどこで使うんだって話になるわけですが。


 それに比べたらまだ【鏡水】の方がマシで、実用性もあるように思える。

 こちらも水がないと使えないのは同じだが、そもそも使用する水の量に段違いの差があるからね。

 極端な話をすれば、使いそうな場面で最初に水を撒いておけばいいのだろうから、そう考えれば使用条件はグンと下がる気がする。

 難点はオートなのに下準備が必要で、かつ常時発動型でもないわけだから、無防備な俺を守る自動防御機能にはなり得ないってことだろうな。

 まぁそれでもいざ戦闘となった際には上手く使えば相当強力だろうから、今日にでもとりあえず物質生成タイプの【土魔法】と【氷魔法】まで有効なのか、ゼオに軽い魔法を撃ってもらいながら細かい部分も確認していこう。


 あと【魂装】チャレンジの結果は知力『620』だった。

 数値的には可もなく不可もなく、たぶん当たりは他にあった気がするけど。

 それでも能力値がズバ抜けて高いボス2種をセットという当面の目標はクリアできたわけだし、自己強化は順調ってもんである。


 はぁ~それにしても・・・・・・むふふ。


 スキルポイント:133


 今回は2レベルも上がり、またスキルポイントに余裕が生まれてしまった事実に、ニヤニヤが止まらない。

 さてさて、今後は何に使おうかしら?

【魂装】はとりあえずもう1つくらい上げて、次のボスに備えつつ、まだまだ弱いままの敏捷値を底上げしておくのもありだよなぁ。

 うん、間違いなくありだな。


『【魂装】Lv3を取得しました』


 それに、今回解放だけされた『魔力纏術』も、ばあさんの使ってる姿を見たら憧れが――



 そんな幸せ妄想でいっぱいになっていたら、いつの間にか氷は解けて湖の底に到着していたらしい。

 いくつか入れる穴もあるので、光の玉を生成して中に落としていく。

 奥の方に大剣があるのは分かるが、いったいどの穴に入ればいいのか。


 ――【気配察知】――

 ――【探査】――光の玉。


「ん~……こりゃ、中で繋がってんのか?」


 入り口はどれも1.5メートル程度の穴だが、別の穴に入れた光の玉も、全て同じ方向に向かっている。

 ならば気にしてもしょうがない。

 斜め下に延びていく一つの穴に立ち――吹き上がった風の臭いに一瞬顔を顰めるも、俺は剣を回収すべくそのまま内部へと突入した。278話 本当の墓場

 生成した光の玉を先行させ、先を照らしながらひたすら下る穴の内部を進んでいく。

 穴は1.5メートルほどの幅のまま続いており、屈まなくても歩いていけるのは楽だったが、どうにも奥から漂う臭いが気になってしょうがない。

 一言で言えば不快になる臭さなのだが、人生経験で嗅いだことのない臭いでもあった。


(薬品臭とも違うし、温泉の臭いともまた違うし……)


 まぁそれでも剣を回収すれば済む話と、内心の不安を紛らわすように"すぐ帰るんだから"と自分に言い聞かせて足を進める。

【探査】が示す剣の場所と向かう方角は一緒なのだ。


 ならば間違いなく――



「……凄い、な。これは」



 数は分からない。

 しかし『剣』という言葉で急に奥から反応が広がり、動揺しながら『武器』と【探査】の言葉を切り替えたらその数はさらに膨れ上がり、巨大な塊に近い反応を俺に示していた。


「この先が、もしかして本当の墓場か……?」


 考えてみれば納得の話だ。

 かつても散々ガルグイユに挑んだハンターはおり、そして敗れた者達は俺の武器のように、排水溝を担うこの穴の中へ流されていったのだろう。

 ガルグイユに食われなければ、それ以外に行き場がないのだから。


 そのまま慎重に進めば、俺の剣は岩の突起が支えになり、穴の途中で引っ掛かっていた。

 長さ2メートル近い大剣だったからだろうな。

 長剣程度なら何かに引っ掛かることもなく、そのまま奥へと流されていただろう。


 進むほどに強くなる臭い。

 しかし、もう少しで『宝の山』とも言える場所へ到達することもできる。

 普段は地底湖に水が張っているのだろうし、たぶんここはボスを倒した者だからこそ辿り着ける場所のはず。

 しかし、地底洞窟の終着地点だったボスフィールド――その先にある隠し部屋みたいな所であれば、|最《・》|悪《・》|の《・》|パ《・》|タ《・》|ー《・》|ン《・》も当然あり得る。



 行くか、引き返すか。

 悩む振りはするが。



(……俺は、病気だ)



 こんな悩みに意味がないことは分かっていた。

 ここまで来てしまえば、俺は結局、好奇心に負ける。



 絶対に死なないよう、亀のような歩みで穴の内部を進んだ。


 いつでも転移できるように。


 気配をすぐ察知できるように。


 魔力の動きをすぐ捉えられるように。


 大丈夫だ、大丈夫。まだ距離はある。ここを曲がってもまだ……



 状況が状況なだけに、物音一つで肩が跳ね上がるほど、自分がビクついていることは理解していた。

 でもいったいなぜ、洞窟を慎重に歩いているだけの自分が全身総毛立っているのかは分かっていなかった。


 だからやっと、目的の空間が視界に入った時。

 スキルを使ってなくてもおおよその危険度を理解し、ただただ目を見開きながら息を飲む。


 先に見える空間はかなりの大きさだった。

 構造までは分からないものの、武具が山のように積み重なっており、なぜか部屋には薄っすらと光が灯っている。



 そして部屋の奥には、デカいという言葉では収まらないほどの巨大なドラゴンがいて――――、その姿はボロボロで、腐敗して溶けているようにも見えた。



 でも、あれは、生きている。

 なぜか分からないけど、それは確信できた。

 眼球すらなく、動く素振りも一切見せないけど――あれば限りなく、過去一番にヤバい気がする。



(どうする? 使うか?)



 戦うかどうかで悩む場面じゃない。

 ただ強さを測るためにスキルを使うかどうか、それだけに数分思考を巡らすも。


 やっぱり俺は、好奇心に負ける。

 使った後に悔やむことが分かっていても、新たな『目標』との差を認識したくて―――




 ――【洞察】――





「ぁひ……ッ、ヒッ………ヒヒッ……うぐぇ……ッ!」





 死にそうな気分になると分かっているのに、それでもやっぱり使うのだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「おう、戻ったか。どうだった? やれたか?」

「あーうん。無事倒せたよ。死体は丸々回収してきたから後で渡すね」

「お、おう……?」

「なんか、ちっとも嬉しそうじゃないね?」

「ふむ。深手を負ったようにも見えないが……何かあったのか?」

「はは……この世の地獄を見てきた感じ?」


「「「???」」」


 拠点に帰ってきた時はすでに暗く、ちょうど3人は火を囲みながら食事をしていたところだった。

 そんな時に俺が意味不明なことを言うのだから、そりゃ3人だって素っ頓狂な顔にもなるだろう。

 でもアレは、言葉で表せるようなものでもないのだ。

 自分自身の様々な死に際を一気に見せつけられるような、心を端から毟り取られていくような感覚。

 力量差があればあるほど、その影響は強く、そして長く残る。

 立ち直るまで俺はいったいあの穴でどれほど過ごしていたのか、自分でもよく分かっていない。

 気付けば胃の中が空っぽになっていた。


 でも今回で一つ勉強になったこともある。

 それは【洞察】の判定基準だ。

 何を目安に強さの判断をしているのかずっと疑問だったが、ガルグイユ戦を経て、少なくともスキルの性能というか――拡張性や相性までは考慮されていないような感覚があるのだ。

 ガルグイユの【洞察】判定はかなり強いけど、たぶん良い勝負にはなるという曖昧なモノ。

 不安を煽られるような印象を、ガルグイユからはそこまで感じなかったという方が分かりやすいかもしれない。

 それは偵察時も、準備を整えた後の本戦前でも同じで。

 そしていざ戦ってみれば、やっぱり強いんだけど案外余裕もあったというか、本当の死に物狂いで挑まなくても勝てる相手だったわけだ。

 戦いながら、倒した後の素材状態を気にしていたくらいだしね。


 戦場が水場で、俺が一番伸びていて使い慣れた【雷魔法】が有利に働いたこと。

 ガルグイユにとって『必殺』となる固有スキルが、俺の【飛行】や【空間魔法】で大きく緩和できていたこと。

 この辺りが余裕の生まれた原因だが、どうも【洞察】だとこの辺りの『相性』があまり重視されておらず、スキルよりは『ステータス数値』で強弱の判定をしている。

 こんな印象が今回の結果で強くなった。

 まぁなんとなくの予想でしかないんだけど。


 死体を抱えたままでも魔力が自然回復していることを確認し、明日の朝にはカルラがよくいる解体場に死体を出すと伝えて俺は上台地へ。

 夜ということもあって、女神様達は全員が家を作ったり自由にフラフラしていたので、断りを入れて俺は上台地用のお風呂準備に取り掛かった。

 作るだけ作って自分で入ったことがなかったし、今日はなんとなく気分を変えたかったのだ。

 我ながら凄い場所に作ったな~と思いながら水を張り、手頃な石をスキルでスーパー加熱。

 少し温い湯に浸かり、ヌボーッと数えきれない星を眺めながら、今日見た腐敗のドラゴンを思い返す。


 いったいアレはなんなのか。

 一応隠れてはいるけど身体は隠れていないし、裏ボスという括りで捉えていいものなのか、まずそこから疑問が生まれてくる。


(中身全部ブチまけてもまだ吐いてたし、あの感覚はたぶん、ハンスさんよりもさらに強いよなぁ)


 ヴァルツに入る前ではなく、今の俺の状態で、あそこまで強さの開きがあると自覚させられる存在。

 何のためにあそこにいて、覗くことのできなかったスキルはどんなモノで、倒せば何かしらの素材として活用できるのか。


 そして俺は、いつあの魔物と渡り合えるのか……


「なんだ。様子がおかしいように思えたが、随分と楽しそうだな?」

「え? そう見えた?」


 声の方へ振り向けば、ちょうどリルがお風呂の淵に着地したところだった。


「顔は笑っていたぞ?」

「そっか……やっぱりそうなるんだよね」

「?」


 ゲーマーなんてそんなもんだろう。

 強さを追い求めるなんて最終的には自己満足の世界だが、それでも成果を発揮できる場があるなら嬉しいものだ。

 まぁそれを生き死にを懸けたリアルの場に当てはめている時点で、俺の脳みそは終わっているわけだが。


「今日さ、凄い強い魔物を見たんだよね」

「例のボスじゃないのか?」

「その奥にいた別のヤツ。隠しボスってやつかなーあれは」

「そうか……よく、生きて帰ってこれたな」

「はは。会う前からなんか空気がおかしかったし、物凄く警戒してたしね」

「しかし、奥にいた別の魔物ということは、予定していた魔物を倒せたということだろう? 良かったな」


 そう言われながらポンと頭に手を置かれ、恐怖ですっかり上書きされていた感情が再び込み上げてくる。


(そうだよ。俺は一人でレイドボスを倒せたんだ。長年放置されていたボスを、一人で――)


「へへ、ありがとね! ん~どうせなら皆いるし、市場にも出回らない希少ボス肉のパーティでもしちゃう? それに貰った【魂装】の仕様も、リルが元気になったら教えてあげようと思ってたんだよね!」

「な、なんだと!? ならば皆に伝えてこよう! 準備はしておくから、早く風呂から上がるのだぞ!」


 ビューンと、勢いよく家の方へ走っていくリル。

 なんとも騒がしいものである。

 まぁ、危うく見逃す可能性もあったわけだし、隠しっぽいボスの居場所が分かったのは明らかに前進だ。

 さすがにあそこまで到達するのは相当時間かかりそうだけど、でもいつかは――


 空に浮かぶ、地球と何も変わらないように見える月をボーッと眺めながら、いつかは掴み取ってやろうと、俺はソッと手を伸ばした。279話 様々な目標

 翌日の拠点。

 その離れにある解体場には、ロッジ、ゼオ、カルラの3人が集合していた。

 何気に皆がボスの素材を楽しみにしていたらしい。

「ちなみに、ロッジは現物を見たことあるの?」

「昔一度だけな。ただバラされた後の皮だけだったし、その頃なんてまったく素材にも触らせてもらえなかった」

「そっか。じゃあ~早速、はいっ!」

 脇の空き地にドドーンとデカい竜を取り出す。

 まるで召喚したみたいになっているが、首はぶった斬られているし、その首も昨日輪切りにされてちょっと短くなっているのは秘密である。

「うぉおおお!? こいつはすげぇな!」

「おっきいねー!」

「うむ、我が知る中でもかなり大型な部類だな」

「お? ゼオはもっと大きい魔物も知ってるの?」

「これよりさらに大きいのは何体か戦ったことがある。あとは竜の中でも古代種は、この倍以上の大きさのモノもいたりするな」

「な、なるほろ……ちなみに、腐敗して身体が溶けた竜って聞いたことある?」

 期待を込めてゼオと、そしてカルラにも目を向けるが、どちらもあっさり首を振った。

 今の話しぶりから関連があるかもって思ったけど、どうも系統がまた違うっぽいな。

 まぁ、あの竜――というかどうも大き過ぎてなんとなくドラゴンと呼んでしまうアレは、とても倍どころでは済まないくらい、もっと大きかったような気がするしね。

「お、おいおい、早速バラしてもいいか?」

「あ、ごめんごめん。どんどんやっちゃっていいよ! カルラもお願いね」

「やっほーっ!」

 気付けばロッジは手をワキワキさせており、カルラは横でヨダレを垂らしていた。

 このままじゃ全部『血』は飲まれるだろうけど、確保したところで具体的な使う用途が何も無いからなぁ。

 必要になったら次の時に確保すればいいかと、今回は全部お任せすることに。

 バラせるかな~? と少し見守っていれば、【身体強化】を使用しながらロッジも皮を切断しているので、これなら俺が横で手伝わなくても問題ないだろう。

 ならば俺は俺でやるべきことをやっていこう。


「そんじゃ、俺はまた出かけてくるから、あとよろしくね!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 ロズベリアに飛んだ俺は、ひとまずハンターギルドへ。

 ギルマスのオムリさんに、そろそろお金の引き出しをファルメンタへ移すことを伝え、残高が記載された書状を用意してもらうことになった。

 少し時間をくれと言われたので、ただ待っているのもなんだし、【魂装】の高敏捷数値をゲットすべくクオイツへ。

 ついでに解体場の隙間を埋めるように素材をせっせと運び、受付でいつも留守番しているお兄さんから『この人でなし!』と。

 それはもう心地良い罵声を浴びながら再度オムリさんのところへ戻れば、書状に記載されている金額を見て「オホッ」と変な声が漏れる。

「け、桁が……えーと、軽く10億を超えていらっしゃいますね……」

「小型とは言え竜種なわけですし、毎日あれだけの素材を持ち込めば当然でしょう? それにこのくらいの資産があるからこそ、私達はロキさんに荷運びの依頼を出せるのですよ?」

「あー……、持ち逃げとか、そんなリスクだってありますもんね」

「ロキさんにはそんなつまらないことをする利点があまりにも薄い。依頼する側として、これほど安心なことはありません」

 たしかにここの魔物素材とか、わざわざかっぱらってまで欲しいとはまったく思わない。

 2億や3億程度の積み荷価値なら自分で頑張ればいいじゃんと、当たり前のように思ってしまうので、もう俺の金銭感覚は完全にぶっ壊れているんだろう。

 まぁ「実はお金持ちじゃん?」って余裕ぶっこいてても、どうせどこかで大金使って、またド貧乏生活に戻りそうな気がするけど。


 あとは、次の目標か。

 フレイビルのマッピングを終わらせたら、一旦は南東にあるダンジョン『救宝のラビリンス』を目指すことになるが、その後の行動指針を決めるのはやはりコイツだろう。

「確認させてもらいたいことがありまして、Sランク狩場ってどこら辺にあります?」

「ロキさんなら当然そうなるでしょうね。今まともに開かれているSランク狩場は1ヵ所だけ。大陸の北東方面に位置する大国、アイオネスト王国に存在する狩場でしょう」

「ん?……今、ですか? 過去は違ったんです?」

「1ヵ所は近年ヴェルフレア帝国に飲み込まれて、一般開放されていないと聞いています。もう1ヵ所は、本当にあるかも分からない文献情報というやつです」

「あぁ、国が無理やり独占ってやつですか……ウザったいですね」

「ギルドとしても相手はあの帝国ですから、|誰《・》|か《・》|が《・》解放してくれることを願うくらいしかできずでして」

 みんなのモノを何やってんだよバカって思うけど、文句を力で跳ねのけられる国なら、占有してしまうのが賢いやり方なのかもしれない。

 明らかにハンターギルド全体を敵に回す行為だし、まず普通じゃ考えられないことだろうけど……

 そういうことを平気でやっちゃうのが、調子こいてる転生者なんだろう。

 まぁ、まったく人のことは言えませんが。


 ちなみに"文献情報"に書かれていたというSランク狩場は、『北の海』を指しているらしい。

 たぶん今は地図が無いからだと思うけど、そこまで広範囲は調べられず、大陸から多少離れた程度ではそれっぽい場所が見当たらないそうだ。

 島があるのか、それともファンタジーらしい何かが広がっているのか――

 妄想は尽きないが、まだまだ行けたとしても先の話だ。

 今は目先の目標を一つ一つクリアしていこう。


 あ、あとはついでに、コレも確認しておかないとな。

「オムリさんは、『ロッジ』というドワーフをご存じですか?」

「ロッジ? 元、"|五《・》|頭《・》|工《・》|匠《・》"の一人だったロッジさんでしょうか?」

「……Sランク装備まで手掛けられるという話なので、たぶんその人物で間違いないでしょう。約4年前まではこの街にいたとか」

「あぁ、であれば間違いないでしょうね。丁度その頃から"|四《・》|頭《・》|工《・》|匠《・》"に減ったはずですから」


 ずっと気になっていたことだ。

 ロッジは我を通し、その結果素材の仕入れがままならなくなった。

 ここまではまだ分かるが、その時『店を燃やされた』ような話までしていた。

 しかし本人はこのことについてあまり話したがらず、分かったのは約4年前の出来事ということくらい。

 だから、最も中立的な立場であるハンターギルドに確認するしかなかったわけだ。

 向こうが求める配達に俺も協力する――だからこそ、無下には断られないだろうという打算もあってのこと。

 ロッジ本人が今どう思っているのかは分からないが……放火までされたとなれば、それは明らかに一線を越えている。

 利益優先のためにそんなことをしでかしたやつらが、今ものうのうと生活しているのなら……


「それでは、ロッジさんを追い込んだ者達について、分かる範囲でお願いしますね」

「承知しました。ではまた、お会いできる日を楽しみしていますよ」


 書状を受け取り、これで今日からはロズベリア専用の預け機能が働くようなので、移動する残高の方は当面の『本』購入代金に。

 ロズベリアで今後得られる収入は可能な限り現金で受け取り、いざという場面で気兼ねなく使えるようにしていけばいいだろう。


 ハンターギルドの用事が終わったら、お次はフレイビル王国にもある傭兵ギルドへ。

 国単位の運営というだけでシステムは共通だと教わっていたので、一通り悪人リストを眺めたのち、かなり綺麗な受付のお姉さんに情報を確認していく。

 国が変われば一部の特殊な傭兵を除いて信用もそのままリセットらしいけど、傭兵稼業に専念できるほど暇でもないわけだし、悪党情報と討伐報酬さえ貰えるならなんだっていい。

「ねぇ、本当にこの『バーナルド一家の殲滅』を狙うの?」

「え? 一番懸賞金が高かったんで持ってきたんですけど、何かマズかったです?」

「ううん。被害がかなり大きいから、潰してくれるならそれが一番なんだけど……ただ、頭目の兄弟はこの国の元ランカー傭兵よ?」

「へぇ……それはそれは、ぜひ詳しい内容をお聞きしたいですね」

「へ?」

 お姉さんにとっては警告のつもりだったんだろう。

 にもかかわらず、なぜか俺が乗り気になっているんだから、面食らうのは当然かもしれない。

「ちなみに、元の順位は何位くらいで?」

「たしか25位と38位だったはずだわ」

 顔を上げれば、カウンターの奥には壁に掛けられた大きなランキングボードが。

 ここもヴァルツ王国同様、4列に分かれ、40位までの順位が公表されていた。

「一応、特徴や特技、あとは活動地域とか分かることを一通り教えてもらえます? 狩れそうならやりますので」

「……え? え、えーっと――……」

 あたふたしながらも資料を持参し、事細かに書かれている情報を読み上げてくれるお姉さん。

 どうやらフレイビルの南西部を活動拠点にしているようで、それでも最北部であるロズベリアまで情報が出回るのは、それだけ被害が大きく国も重く受け止めているかららしいが……


(町を牛耳るか)


 お姉さんからの説明を受け、そんなことが実現可能なのか、些か疑問を覚えてしまった。

 末席ランカーと言えば思い出すのはストーカーの爆走獣人で、たしかに素早かったが、じゃああの時仕留められなかったかと言われれば、そんなことはなかったと思う。

 そして今はあの時よりもだいぶ強くなっているわけで、そうなると38位は当然として、25位も脅威を感じるイメージがあまり湧いてこない。

 んー……

 考えを巡らせながらも礼を言い、俺は傭兵ギルドの外へ。

「どうせなら、南西方面から攻めちゃおっかな?」

 あとはあってもCランクとDランク狩場くらいという話なので、どのルートでマッピングを進めるかは決めていなかったが、もう一つ向かう理由ができたのならば迷う必要もないだろう。

 約2年ほど前から問題になりながらも放置されている、大徒党を組んだ悪党達。

 それで懸賞金3000万ビーケというのは少々安過ぎる気がするけど、表面上では見えない『|様《・》|々《・》|な《・》|戦《・》|果《・》』に期待しつつ、俺は大きく成長させてくれた街、ロズベリアを後にした。
280話 支配された町

 町に到着したのは昨夜20時を回っており、俺は滑り込みセーフで宿屋に一泊した。

 飛行中の修行が捗り過ぎて、いつの間にか拠点に帰る分の魔力が無くなっていたとか、ほんとビックリな話である。

 だが、しかーし!

 部屋に備え付けられた小さな鏡を見ながら、徐々に形になってきているなーと。

 上半身裸になりつつ、ムフムフと怪しい笑みを浮かべてしまう。

 ここ数日、なんとか実現してやろうと大ハマりしているのが魔力の具現化だ。

【風魔法】による飛行中のバーストをしても魔力がかなり余るので、その余った分を何に使おうか考えた結果が飛行能力の強化だった。

【魔力操作】や【魔力感知】のレベルがそれなりに上がり、"魔力の動き"は自然と掴めるようになってきたし、【無属性魔法】で具現化した魔力が放出されていくまでの工程も分かっている。

 ならばその手前。

 放出の直前でどれだけ形を形成しつつ耐えられるかが勝負なわけで、失敗しては【無属性魔法】を発射させながら、俺はなんとか背中から羽を生やそうと特訓を繰り返していたわけだ。

 この訓練をしてから【魔力纏術】の経験値もちょっとずつ増えてきてるし、リルがかつて見せてくれた、飛ぶ時パッサ~って羽ばたく青紫の羽は衝撃的だったからね。

 ぜひ、あれは、真似したーい!

 少年の心が未だボーボーと燃え続けている俺が、そう思ってしまうのは当然のことなのである。


「うーん」


 ピコピコと、暴発させない程度に魔力を抑えながら羽を動かすも、上手く維持ができずにすぐ霧散してしまう。

 おまけにちゃんと具現化できているのは、まだ根本の部分くらいだが……

 まぁそれでも、だ。

 日々練習していれば少しずつ形になるだろうと、俺は服を着直し『バーナルド一家』が支配する町、『ギニエ』の散策を開始した。


(意外と普通……でもないか)


 宿を出て大通りをプラプラすれば、路面には店があり、露天があり、道を行き交う人々もいて。

 一見すれば普通に見えるんだけど、どこか辛気臭く侘しい町並み。

 所々で強い異臭が漂い、大通りにもかかわらず損壊したままの家屋も目立つ。

 それに目を凝らせば、一本入った脇道には、冬だというのに身を縮めて路上で寝ている者達がそれなりにいた。

 町としての体裁は、まだなんとか保てているようにも見えるが……それでもやはり、スラムに近い雰囲気を感じてしまう。

 ん―……。

 ふと、空を見上げ、俺は上空へ転移したのち、周囲を見渡す。


(なるほどねぇ)


 昨夜訪れた時には分からなかったことだ。

 明るいときにマジマジと見るギニエの全容は、山々に囲まれた盆地にポツンと存在するやや小規模な町だった。

 周囲を高い石壁で囲い、決して特別なことではないはずなのに、なぜかここでは監獄のようにも見えてしまう。

 山の合間を抜けるように南北へ延びる峠道以外、この町に続くような出入口は見当たらず。

 その入り口には検問所のようなモノがそれぞれ存在しており、道を塞いでいるのか馬車が軽い渋滞を引き起こしていた。

 こんな山奥で、なぜ。

 一瞬そう思うも、分かりきった答えに嘆息を漏らす。

 特に石壁の厚い北東付近。

 きっとあそこがDランク狩場で、この町だけでなく、この国に住む人達の生活を支えているのだろう。

 そして――、狩場とは反対側に位置する南部の高台。

 そこにも周囲を厚い石壁で覆われた大きな区画が存在していた。

 敷地の一部には、明らかに他と規模の異なる建物がいくつか建っており、それでも多くの土地を余らせている。

 誰が住んでいるのかは、言わずもがな、だな。


 そんなことを確認しつつも、俺が真っ先に向かうのはやっぱりハンターギルドで。

 恒例の資料室に駆け込み、1種だけだが『キャスパリーグ』という新規魔物がいることに「うしっ」と声が漏れる。

 名前からはどんな魔物か想像できなかったけど、まぁ言うてもDランク魔物だ。

 大量に狩るかどうかはコイツの所持スキル次第なので、とりあえず狩場に向かってみるかと、そのままギルドを出ようとしたところで――


「あの! 高ランカーの方ですかっ!?」


 慌てたような呼び声が受付の方から響いた。

 周囲を見渡すも、受付ロビーには俺しかいない。

「んん? 高ランカー?」

「そ、その革素材はロズベリア産の竜種から得られるモノだと思いますので! なのでAランクハンターか、もしくは傭兵でも高位の方なのかなと……」

「あーなるほど。たしかにAランクハンターではありますけど」

「では、もしかして依頼を……っ!?」

 猫耳の受付嬢はそう言いかけ、ハッとしたように口を塞ぐ。


(あぁ、ギルドは中立の立場だろうし、悪党の【聞き耳】でも警戒しているのかな?)


 そう思って受付嬢の手招きに理解を示し、そのまま後をついていけば、そこはなぜかギルマスの部屋。

 自然と出てくる紅茶を前にし、ふと、冷静になって考える。


(はて? 俺はなぜここに?)


 なんだかんだで各所のギルマスと会ってきたが、訪ねて5分でギルマスとご対面はベザート以来の出来事で明らかに普通じゃない。

 それだけ逼迫《ひっぱく》した状況なんだろうけど、でも何かこの人達、勘違いしているような……

 そんな思いを抱きながら、部屋の隅に例の四角い箱が存在していることを確認する。

 いったいこの結界用魔道具で、どれほどのスキルを遮断できるのか。


「いきなり足を運んでもらうようなことになって済まなかったな。ギニエのギルドマスターをしているホレスだ」

「えーと、ロキと言います」

「一応確認させてもらいたいのだが、本当にAランク以上のハンターで間違いないだろうか?」


 そう言われたので、よく分からないままポケットに手を突っ込み、収納からギルドカードを取り出す。


「おおっ! 本当に、よく依頼を受けてくれた……ッ! その姿だとロズベリアからか!? 他の仲間もどこかで待機しているなら、一度ここに呼んでもらいたいのだが?」


 どこにでもいそうな初老の男性、ホレスさんは、それはもうかなり興奮していた。

 受付にいた猫耳獣人も後ろで小さくガッツポーズをしていて、こちらはホッコリするくらい可愛いからいいんだけど…… 

 前のめりになって、唾をコチラに飛ばしながら質問責めしてくるおじさんはちょっとご勘弁である。

 一旦、その上がりきった熱量を、俺と同じくらいまで下げていただきたい。


「ちょっと落ち着いてくださいね。まず僕は一人で活動してますし、依頼ってなんのことでしょう? 傭兵ギルドに貼り出されていたやつですかね?」


「え?」

「…え?」

「……え?」


 カチーンと固まる二人に、思わず俺まで固まってしまう。


「ロ、ロキはハンターギルドからの"指名依頼"を受けてきた、Aランク以上の手練れじゃ……?」

「へ? そのような依頼は、受けていませんけど?」

「は? じゃあ、いったい、何をしにここへ?」

「えーと、ここのDランク狩場を見にきたのと、あとは傭兵ギルドでたまたま悪党に乗っ取られたような町の話を聞いたので、どんなもんなのかなーと興味本位で……」

「…………あ、あふぁ……待ちに、待った……希望の、光が……」

「ギ、ギルマス!? ギルマスーーーッ!!」


 抜け殻のように脱力し、大口を開けたまま放心しているホレスさんと、その頬を容赦なくフルスイングビンタして正気に戻そうとする猫耳獣人。


(なんだよ、これ……)


 俺は理解が追い付かないまま、暫しその光景を見つめていた。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「なるほど、傭兵ギルドの方からか……いやしかし、アイツらを倒す気概はもっているのだな?」


 鼻血の跡を残しながら、それでも眼光鋭く俺に問うてくるホレスさんの言葉に頷く。


「僕なりの基準を満たしていればですけどね。って、今のお話を伺う限りは、もう完全にアウトだと思いますが」

「た、倒せるかどうかでは、あまり悩まないのだな……」

「相手を見たこともありませんし、もちろんそれもありますよ? でも相手の戦力を削るくらいはいつでもできますしね」

「……」


 無理やり正気に戻されたホレスさんから、この町の現状は概ね聞けたと思う。

 組織化した悪党はここまでやるんだなぁと、ある意味感心してしまうくらいの下衆さだったが、この辺りは情報も曖昧だし自分の目で直接確かめていけばいいとして。

 それよりも気になるのは国と領主の対応だ。

 いうてもDランクという、中位のそこそこ希少な狩場を有する町なのに、悪党を放っておいたまま好き放題させて放置できる神経が理解できない。


「ここまでの惨事になっていて、なぜ国は動かないんです?」

「動いたぞ? 過去に兵数は分からんが、大隊がこの町に押し寄せたと聞いている」

「で、今の状況なんですか?」

「あぁ、この町に辿り着くこともなく、兵は|山《・》|賊《・》|相《・》|手《・》|に《・》撤退したらしいからな。この立地だ、峠を抜け切る前に散々矢と魔法の的にでもされたんだろう」

「……その、あとは?」

「それっきりだ」

「国にも張り合えるような軍部のトップ層はいるでしょうに……」

「そりゃいるだろうが、バーナルド兄弟とやりあって万が一でも何か起きれば、それこそどえらいことになるぞ? どこの国だってAランク狩場は欲しいんだから、他所の国から侵攻される可能性も十分出てくる」

「……」

「だから同業の傭兵でも雇って金で解決しろって話になるんだろう。国からすれば何よりも大事なのはロズベリアと北部の鉱山地帯だ。他国からの侵攻で領土問題に発展するような話でもなければ、こんな僻地のいざこざ、大した問題じゃないと思っているに違いない」

「それで金も出さずに、国はその責任を領主へ丸投げってわけですか」

「それが土地を任された領主の責務でもあるからな。だが悲しいかな、うちのご領主様はもう、財政まで踏み込まれちまってるんじゃないかって話だ」

「懸賞金額が3000万ビーケって、依頼内容と金額がまったく釣り合ってなさそうですもんね……傭兵ギルドも、僕が興味を示したことに驚いてましたよ」

「平均的な依頼額から見れば高いが、この依頼をこなせるほどの強者から見れば、鼻で笑われるような金額だろうよ。そりゃ誰も来るわけがないし、ロキがこうして訪れたのが奇跡なくらいだ」

「なんかもうその貴族、飼い殺しになってそうな気がしますねぇ」

「同意見だな。だからしょうがなく、本来は筋違いな内容だが、俺が外のハンターギルドに依頼を出したんだ」


 好き勝手やっていると言っても、それは国の逆鱗に触れるギリギリ手前を維持しているから。

 貴族を生かさず殺さず、武力で圧を加えながら飼い続ければ、甘い汁が吸い続けられると理解しているのかもしれないな。

 俺のイメージしていた絶対的権力を持つ貴族社会とは違った構図な気もするけど……

 はぁー嫌だ嫌だ。

 この兄弟、もしかしたら強いだけじゃなく、無駄に賢いのかもしれない。


「とりあえず、僕には僕の目的もありますし、その中で動けるだけ動いてみますよ」

「あ、あぁぜひ頼む! Aランクハンターならさすがに町を出る時、検問で止められることもないはずだ。知り合いのハンターとかがいたら呼んできてくれても良いんだからな!?」

「いや、それはちょっと……あーそれと」

「?」

「ホレスさんが外に出したというハンターギルドの依頼は、もしかしたらどこにも届いていないかもしれませんね」

「……え?」


 届いていたらロズベリアのオムリさんが俺に話を振っていてもおかしくない。

 それが無いということは、情報がこの町で止まってしまっている可能性もある。


「1階の受付奥にいた長い赤髪の女性、あの人"バーナルド兄弟側"の人間ですよ?」

「な、なんだと……?」


 気付いたのは偶然だ。

 猫耳獣人の受付嬢が情報漏洩を警戒していたから、もしかしたらできるのかなと、様々なワードで【探査】を掛けただけ。

 たぶんバーナルド兄弟にとって一番厄介なのは、金ではなく民のために動く可能性のあるハンターギルドで、外からの救援依頼を潰したいなら内通者を潜り込ませるのが一番手っ取り早い。

 このくらい気付けよとは思うも、間者の【隠蔽】スキルがそこそこ伸びていると、結局いくら【探査】を掛けても反応を拾えないのだから、それで内から散々情報を抜かれていたのだろう。


(想像以上に規模が大きそうだし、これは一度リアに相談しておいた方が良さそうだなぁ)


 そんなことを考えながら、俺はハンターギルドを後にし、狩場へと向かった。281話 監獄

 この手の狩場に合わせて造られた町は、とにかく移動が楽で素晴らしい。

 山道ということを考慮しても徒歩で30分、【飛行】なら僅か2分程度でDランク狩場 《ランシール山》に到着してしまう。

 キャンプ場のような雰囲気を感じさせる山林の中で、


 ――【探査】――『キャスパリーグ』。


 早速、俺は目的の魔物を探していく。

 すると引っ掛かったのは、体長1メートルまでは届かなそうな真っ黒い猫。

 目つきは鋭く、牙を見せながら唸っていて、見ていてもちっとも可愛くない。

 でも毛はなかなか質が良さそうで、たぶんカルラが喜ぶタイプの魔物だろうな。

 そんなかなり大きい黒猫を【心眼】でスキルチェック。

 すぐに自身のスキルと照らし合わせ――


「ほほぉ……」


 当たりまではいかないけど、コイツはまぁまぁ。

 そんな判定を下す。


 キャスパリーグ:【跳躍】Lv3 【噛みつき】Lv2 【忍び足】Lv2

 対して俺の所持スキルは【跳躍】Lv4 【噛みつき】Lv8 【忍び足】Lv4


【噛みつき】は絶望的だけど、少し粘れば【跳躍】はレベル6まで。

【忍び足】もレベル5までは上げられるだろう。

 小さい部分もコツコツと。

 ステータスアップに繋がるならば、雑魚狩りもなんのそのであるが。


「ついでに、試してみるかな?」


 そう思い、カルラに教えてもらったスキルを実践していく。


『対象を、どこまでも、追尾しろ』


 そう唱えながら発動させたのは、ほぼ使うことのなかった【闇魔法】。

 イメージしたのは周囲を浮遊する複数の黒い球体で、生み出された握り拳程度のそれらは一斉に各方面へと散っていく。

【闇魔法】は少し特殊らしく、魔法属性と物理属性とが半々に混ざり合ったような系統だ。

 まぁだからどうなんだというのはカルラもよく分かっていなかったが、木と接触すればその木を抉るようにそのまま進んでいくも、【氷魔法】や【土魔法】のように残骸を残すこともなくすぐに消えていくし、【火魔法】や【雷魔法】のように火事になる心配もない。

 遮蔽物の多い森では場面によって有効と教えてもらったので、このくらいの山林ならちょうどいい実験になるだろう。

 俺はただ目を瞑ったまま、次々と【闇魔法】レベル5で追尾球体を発生させながら、【探査】と【気配察知】で得られる反応に集中する。

 この魔法のネックは2点で、追尾に対象以外は回避するような能力を加えられないこと。

 つまり人が途中にいると、そのまま貫通してキャスパリーグを追いかけてしまう可能性があるので、範囲内にハンターがいないかは慎重に確認する必要があった。

 とてもじゃないが、【気配察知】範囲外では怖くて使えない。

 そしてもう一つのネックが追尾速度の遅さだ。

 これが【闇魔法】の特徴っぽいことをカルラは言っていたが、それこそ俺がよく使う【雷魔法】なんかとは正反対で、この魔法で素早そうなキャスパリーグを仕留められるのか不安だった。

 が、後者の問題はDランク程度なら、そこまで気にしなくても大丈夫そうだな。

 魔物で助かったというか、普通に俺を見かければキャスパリーグは向かってきてくれるので、俺自身が移動しながら魔法を発動していればそこそこは当たってくれる。

 素材回収で結局走り回らないといけないし、効率的か? と問われると、かなり微妙なところだけど……


『【跳躍】Lv5を取得しました』

『【空脚】が解放されました』


「おほっ!?」


 いざという時のために、色々と手札を増やしていこうと思う。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 時刻は夕方。

 ステータス画面を確認し、明日には最低限ノルマをクリアできそうだと、一人ウンウン頷きながら周囲を見渡す。

 どうやらハンター達の帰還する時間帯に入ってきたようで、籠を背負い下山していく姿がチラホラと目に付く。

 となれば、ここからは悪党達の調査開始だ。


 ――【忍び足】――


 気配を消し、ハンター達の後を追っていけば、狩場の入り口には封鎖するように4人の男達が。

 少し離れて眺めていると、戦果物の入った籠を覗き込み、ヒョイヒョイと狩った素材をいくつか取り除いていた。

 もう慣れた光景なのか、町に戻るハンター達に動揺はないが、逆に生気や覇気といったものも感じられない。


(キャスパーリーグに沼地の美味いキノコ、それに魔石は――剥き出しってことはゴブリンファイターのやつか?)


 特にこれと言う魔物を狙っている様子はなく、適当に摘まんでは次へ次へと。

 戦果の2割くらいを徴収していくような大雑把さだな。


(これが、ハンターに課せられた独自ルールねぇ……)


 バレる様子もないのでさらに近付けば、徴収した素材は種別に木箱や籠に詰められ、近くにある荷車に載せられていた。

 これがどこに運ばれるかも、後できっちり調べるとして――


 次に確認した先は、朝に一度見た峠の検問所だ。

 転移してみれば、視線の先にあるのはこの時間でも続く馬車の渋滞。

 ソッと小屋の脇から様子を眺めていると、町に入ってくる者達はハンター同様、積み荷の一部を渡し、さらにお金をいくらか支払っていた。

 ホレスさんの言う通り、馬車1台に対してまったくハンターっぽくない護衛が一人付いているだけなので、逆にこの辺りの野盗どもをまとめ上げているとも言えるし、護衛を雇わないからその分の費用を徴収できているとも言えるんだろうな。

 そうじゃないと、絶対に俺が商人ならこんな町に来ないし。

 加えて顔パスで通過していく商人も一定数存在している。

 身形じゃまったく区別はつかないが、ハンターギルドに混ざっていた女と同じで、悪党どもの一味として正式に動いている連中なんだろう。


 そして出る際は、かなり厳重に"|余《・》|計《・》|な《・》|人《・》"が乗っていないかをチェックされていた。

 一度町に入れば、認められた一部の者しか外に出られない。

 ホレスさんから最初聞いた時は、マジで監獄じゃんって思ったけど、こんな光景を見るとあながち間違いではないことが分かってしまう。

 ハンターも、町人も、結局はこの町が嫌だと言っても簡単には抜け出せないのだ。

 地図が無いため外の世界をろくに知らず、抜け出した後のアテも無い。

 おまけに本気で逃げ出すならば峠道は使えず、道無き山の中を彷徨わないといけなくなる。

 それでも徒党を組んで反撃に出ないのは、一応は生活できているという徴収のバランス。

 あとはやっぱり、トップが太刀打ちできないほどの強者だからなんだろう。


 再度上空へ飛び、それぞれ取り上げた素材がどこへ向かうのか。

 載せた荷馬車を目で追っていくと、大通りを抜け、南の一角にある大きな建物へと運ばれていく。

 厚い石壁で仕切られた"特別区間"の内側。

 同じような規模の建物が4つあるので、たぶん管理しやすいようここに全部まとめられているんだろうな。


 最後にどれほどの戦力があるのか、特別区画の周辺を一通り確認し――


 俺の【探査】レベルが足りていないのか。

 それとも魔道具で探知されないようにでもしているのか。


(これは、少々面倒だな……)


 兄弟の反応が拾えないことに唸りながら、俺は拠点へと帰還した。282話 俺は俺らしく

 あれだけ巨大だったガルグイユが綺麗に片付き、今はタプタプの血の池プールのみを残した拠点の解体場。

 その近くで寝そべり、ペットの豚と一緒に空を見上げていたカルラにお仕事を頼む。

「ヘイ! 素材持ってきたよ!」

「おー? 次はなに~?」

「今回はデカい猫だね」

 そう言ってドバドバドバ~っと収納している死体を吐き出せば、目を丸くしながらも猫の死体をサワサワ。

「これ良いね~触ってて凄く気持ちいいよ。もしかして、上のアノ人も喜ぶやつじゃない?」

「いやいや、アーシアは死んだ猫に興味無いと思うけど……でも服は作ろうとしてるっぽいからなぁ。渡しておけば、そのうち俺達の服を作ってくれるかもね」

「おぉ~! なら解体しておくから今度お願いしといてよー!」

「オッケ~」


 豚に今日初めて見かけたサツマイモっぽいのをあげたら、お次は資材倉庫へ。

 中央には巨大なガルグイユの皮が干されており、その他にも骨やら牙やら、とりあえず硬そうなモノが一角で山積みになっていた。

 それらの素材を横目に見ながら、ゼオに作ってもらった木箱にジャラジャラと、今日のゴブリンファイターからゲットした魔石を放出していく。

 ここの拠点は光源用魔道具が色んなところに設置されているからね。

 まったく消費量と回収量が見合ってないけど、いざという時用のストックがあるに越したことはない。

 あとはー……

 相変わらず棚作りが止まらない整頓好きなゼオと、ガルグイユの素材を見て唸っているロッジに声を掛ける。

「ただいま~お土産だよー」

「む? それは」

「色が毒々しいな!」

「キノコの魔物。こんな色でも焼いたら美味しいんだよ? お酒のおつまみにもなりそうだけど、もしかしてゼオは知ってたヤツ?」

「うむ。森によくいる魔物だった。たしかにソイツは、酒の肴にしていたな」

「どれどれ。んじゃ早速炙ってみっか」

 最近ゼオもロッジのお酒貰ってよく飲んでるからなぁ。

 見た目がオヤジの二人にはちょうど良いお土産だろう。

「あとDランクだけど、黒い猫の魔物を大量に狩ってきたから、素材欲しかったらカルラに言っといてね。今あっちで解体してるからさ」

「おう分かった。まぁDランクなら、木箱1個分くらいの素材ストックでもあれば十分だろ。それよりロキ、コイツはどうする?」

 そう言われながら指で差された先は、もちろんガルグイユの素材で。

 当然とばかりに考えていた言葉を口にする。

「まぁ、鎧はとりあえず欲しいよね。フルのレザーアーマーでカッコ良いヤツ! ちなみに、この素材はロッジの今の力量で扱える代物?」

「どうだろうな……解体ん時に触った感じだと、皮が思いのほか切れた感触はある。だからコイツはSランクの上位素材だと思うが、これは予測でしかない」

「我の【鑑定】でも判別できるのは4等級であるAランク相当までだ。SかSSかは分からん」

「だよね~。まぁお金の調達はだいぶ目途も立ってきたし、ボス素材を無理に現金化する必要なんてないから、バンバン練習しちゃっていいよ? 上手くいったらみんなの分も作っちゃえばいいし」

「へへっ、そうこなくっちゃな!」

 ロッジも希少素材であることが分かっているから、一応了解を得られるまで我慢していたんだろう。

 ここからはどれだけ上位素材に触れ、加工し、実績を積めるかだ。

 勿体ないなんて言っていたら、いつまで経っても素材のポテンシャルは活かしきれない。

 せっかく【鍛冶】スキルを合算10まで引き上げたのだから、できればSSSランクの素材まで扱えるようになってほしい。

 そうすれば――たぶん、バルクールにいるSS素材を扱えるっぽいドワーフを見返すことだってできるはず。

 まぁロッジがそんなこと望んでいないかもしれないし、俺の仲間の方が凄いんだぞっていう、ただの自己満足でしかないけどね。



『収納』がスッキリしたら、お次は上台地へ。

 聞けばそろそろ皆が降りてくる時間帯とのことなので、寄ってくる猫に小さいお肉をあげつつ、竈の前でフライパンを振ってるアリシアを眺める。

 結局フェリンが作っていたレンガはこんなところでも役立っているようで、下台地には今のところ無い技術だ。

「料理してる期間が結構長いね~気に入った?」

「記憶から知識が多く得られることもあって凄く面白いです。人種は皆、試行錯誤しながら改善と改良を重ね、日々の食事を進化させてきたのですね」

「かたっ! ビックリするくらいセリフが硬いよ! 人は美味いモノ食べたいから頑張る。そのくらいで良いと思うよ?」

 今更神様っぽくしたって俺は騙されないぞ。

 口はへの字に曲がり、ジトリと猫を追いかける視線は、あっさり俺のところへ寄っていった姿にショックを受けている顔だ。

 なぜか誤魔化そうとしているけど、フライパンを振っていた手が完全に止まってしまっている。

「アリシア、お肉、焦げるよ?」

「あぁああああああああっ!?」

 はぁ。

 何気に手料理まだかなって、楽しみにしてるんだけどなぁ……


 その日の晩は結局俺が調達してきたサツマイモで焼き芋パーティーとなり、ついでに多くはないがキノコも火で炙りながら隣のリアに相談事を告げる。

「そんなに規模が大きいの?」

「町全体を【探査】で確認した印象だと、間違いなく数十人って規模じゃないね。ハンターギルドとか商人の中にも悪党の一味が混じってたし、町全体が汚染されてる感じかな」

「他でも聞いたことのある話ですね」

「え? そうなの?」

「時代に関係なくですよ。武力で支配し、そのまま新たな国が生まれることもあるのですから」

「ふむ。悪党どもならば全てを始末して、綺麗に浄化すれば良いのではないか?」

 両手に食いかけの焼き芋を持ったリルがあっさり結論を出しているが、そう簡単にはいかないから困っているのだ。

「地球でも同じように侵食して汚染するような悪い組織ってあったりするけど、この手のパターンは罪の大小が人によって全然違うんだよね」

 野盗連中であればこんな悩みを抱えることもない。

 ボスも子分も揃って武器を握り、荷物や金を奪おうと殺す気で向かってくるのだから、こんなの揃ってギルティで一発解決だ。

 命乞いからくるその場限りの反省や改心など、心底どうでもいい。

 しかし個々によってやっていることが違う組織の場合、親玉であるバーナルド兄弟と、末端の構成員とじゃ罪の重さはまったく違うだろう。

 それこそ顔パスで関所を通過していた商人が、仮にバーナルド兄弟から事情も知らず運搬の仕事を貰っているだけという話なら、さすがにそれは執行対象としてどうなんだとも思ってしまう。

 こんな時に心を覗くスキルでもあれば違うんだけど、あれって人間が取得できるようなタイプなのかも分からんしなぁ。

 自分や他者に明確な殺意を向けてくれればブレることもないのに、ちょっとした変化球が飛んでくるだけですぐ土台がガタつくのだから、やっぱり俺はまだまだ甘い。

 そんな俺の気持ちを見透かしたように、リアから突っ込みが入る。


「ロキがこういう変な顔をしている時は危ない」

「私も思った! なんか嫌な予感がするんだけど!」

「へ、変な顔……どうやったら上手く解決できるかな~って、段取りを考えてただけなんだけど」

「怪しいですねぇ~」

「もしロキ君の身に何かあれば、私がその町を消滅させますから」

「ぇ」

「や、止むを得ないことですが、それでも必要最小限にですからね? あまりやり過ぎると世界が混乱しますから」

「そうは言ってもだなアリシア、よほどの実力差でもなければ、その手心であり油断がロキを苦しめることに繋がるのだぞ?」

「それでこの前も私の判断を待つために、ずっと殴られて血だらけになってた」

「「「「「「……」」」」」」



 いくら法があっても最終的に人を裁くのは人で、どんな事案であれ、その結果に喜ぶ者もいれば不満に思う者もいて。

 特にこの世界であれば、酷く判断基準が曖昧な、金や身分が強く絡んだ貴族の裁量に委ねられてしまう。

 でもだからと言って、俺が好き放題やっていい理由にもならない。

 それこそやり過ぎれば、自分が嫌う『悪』に成り下がってしまう。

 ならば、リアは何か思うところもあるようだが……それでもとりあえずは以前決めたルール通りに。

 決めごとに沿いながら、俺は俺らしく、嫌いな『悪』を潰していこう。


「本当に大丈夫だよ。もう絶対中途半端なことはしないって、決めてるから」


 一応やるべきこと、やりたいことを正直に告げ、こうして翌々日。

 ギニエ浄化作戦が決行されることになった。283話 ギニエ浄化作戦

 目立たぬ明け方の時間帯。

 上空から慎重に町全体を確認していたが、例の兄弟は俺の【探査】に引っ掛からなかった。

 昨日も時間帯を変えて数度確認したものの、兄弟やこの町に住んでいるという領主の行方は知れず。

 理想は真っ先に頭を潰してしまうことだったのに、こうも居場所が分からなければどうしようもない。

 そもそもとして、この町にいない可能性も出てきてしまう。


(こうなるともう、手足から千切っていくしかないか……)


 どうしても手荒な方法になるが、見当たらないなら、騒ぎを起こしておびき寄せるしかない。

 覚悟を決め、大きく息を吐きながらいくつかのポイントを確認。

 次善の策を、闇に紛れて遂行していく。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「あぁ~眠っ……」

「なんだ飲み過ぎか? 途中で寝んなよ?」

「いや、"肉の日"でついつい盛り上がっちまってな」

「おまえ、まさか……また地下置屋から連れ出したのか?」

「へへ、あのスリルと、逃げられねぇのに逃げる感じが堪らねぇんだ。塀の外には出してねーから安心しろよ」


 大欠伸しているところを見られて門番に突っ込まれるも、コイツはちょっといけねぇと自分でも分かる。

 本気で寝ちまいそうな気配に、小袋から取り出した眠気覚まし用の薬草を口に放り込んだ。

 うぇぇ……

 相変わらずの苦みだが、それでも頻繁に飲み過ぎたのか、だんだんこの味にも慣れてきて効きが悪い。

 もうちっと強めの薬でも、今度見つけておかねーとなぁ。


「おう、タイラン。今日はどこまでだ?」

「『マリーク』の町までだ。戻りは明後日の夜だな」

「了解した。途中で寝るんじゃねーぞ」

「みんな同じこと言うんじゃねーよ。それ、今日で4回目だぞ」

「目が半分以上塞がってっから言ってんだよ! 荷を失ったらアシュー様に――……って、おい! ガキが乗ってんぞ!?」

「マ、マジだ! 脱走か!?」

「はぁ!?」


 眠気が、一瞬で吹き飛んでいく。

 検問担当のヤツラが俺に向かって叫んでるってことは、俺の馬車に紛れてるってことだ。

 脱走の手助けなんかしたと思われたら、確実に、俺は……


「じ、冗談じゃねーぞ!?」


 咄嗟に御者台から飛び降りて馬車の背後に回れば、幌馬車の入り口を塞ぐように仲間が武器を向けている。

 中を覗けば――、見覚えのないガキだ。

 小汚い服に小汚いローブ。

 木箱の隙間に隠れ、膝を抱えてビクついてやがる。

 どう考えても町ん中のガキ……俺の馬車を利用しようとしやがって……!


「このクソガキが……ッ!」

「おいタイラン! 一応確認するが、このガキを助けようとはしてねーよな?」

「当たり前だろが! こんなガキ一人を外に連れ出して俺になんの得がある!?」

「だが、|余《・》|計《・》|な《・》|荷《・》|物《・》を積まないように確認してから町を出るのも、荷運び担当の義務だろ?」

「そ、それは、そうだが……」


 サボってたなんて言えば、余計に立場がマズくなる……でも実際にそんなことやってるやつなんてそんな見かけねぇ。

 強引に脱走しようとすればどうなるかなんて、死にかけの老いぼれから赤子まで、この町のヤツラは全員知っているはずなんだ。


「規則だからな。タイラン、今日の荷運びは中止だ。後は査問の時に自分の口で説明しろ」

「ま、待ってくれ! 俺は本当にこんなガキ知らねぇんだって!」

「「……」」


 いつもは気安く話しかけてくる連中が、今はまるで腫れ物を扱うように視線を逸らし、ガキを強引に馬車から降ろそうとしていた。

 横目には、さっき話していた門兵が、縄を握って俺に迫ってくる。

 冗談じゃねぇよ……冗談じゃ……


「冗談じゃねぇぞおおおお!!」


 査問に掛けられたやつらで、五体満足のまま戻ってきたのなんてほんの一握りしかいねぇ!

 ならば、せめて、ここでグルじゃないことの証明を……!



「僕を、殺そうとするんですか?」



 ナイフを強く握ったところで、馬車から引っ張り出されていたガキが口を開いた。


 なんだ……?


 ジッと俺を見つめ、雰囲気がさっきとは違う気もするが――もう、止まれない。

 おまえのせいだ。おまえが紛れ込んだせいなんだよ。


 おまえをここで殺せば、まだ俺は――



「俺はおまえなんか知らねぇんだよ! 死ねや!!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




(最初の分岐はこっちね)

 そう思いながら、男の突き出したナイフを奪ってそのまま腕に軽く斬りつける。

 ここのギルマス、ホレスさんから、町を無理やり抜け出そうとした場合にどうなるかは聞いていた。

 大通りが交差する町の中心地に、膝下から切断された両足が置かれ、脱走した者の末路として見せしめにされると。

 だが荷運びや検問をしている者達が、どこまで関与しているのかは分からない。

 だからバーナルド兄弟の一味で、かつ巻き込んで仲間内に殺されても一切罪悪感の湧かないクズを候補に選んだ。

 脚を失っている女性をわざわざ野外で嬲り、弄んでいたんだ。

 その場で執行しなかっただけ感謝しろって話である。


「ってぇえ!?」

「……え?」

「な、何が起きた!?」


 ナイフを奪われ、血を垂らしながら傷口を押さえる男。


「き、貴様ぁあああ!」


 この予想外と言える状況に、いち早く動いたのは門兵だった。

 所持していた槍を突き出しながら向かってくる姿に触発されたのか、横にいた検問担当の2名も剣を構えるので、これ見よがしにナイフでゆっくりと、苦戦しているかのように装いながら、少しずつ相手の皮膚を斬り裂いていく。

 そうすれば、固まっていた一部の御者が。

 護衛役としてついていた、人相の悪い男達が。

 様子を見ていた商人風の男が。

 もう片方の道を検問をしていた者達も、騒ぎを聞きつけ武器を片手に走り寄ってきてくれた。


 最初は珍しい玩具を見つけたような、好奇の視線を向ける者も多かった。


「ぐあっ……ち、血がっ」


 だが、味方の傷が増えてゆくにつれ、戸惑いを感じだし。


「あ、足を刺された!」


 少しずつ焦燥に駆られていく。


 そして、やっと一人、慌てたように町の中へ駆け込んでいく姿を見届け――


「あはっ!」


 もう用はないと、逃げ出す者も含めて綺麗に始末し、死体や主を失った馬車は、馬だけを残して全て『収納』していく。


『【調教】Lv1を取得しました』

『【酒造】Lv1を取得しました』

『【採掘】Lv4を取得しました』

『【獣語理解】Lv1を取得しました』

『【調教】Lv2を取得しました』

『【泳法】Lv1を取得しました』

『【逃走】Lv5を取得しました』

『【拡声】Lv4を取得しました』



 ――【探査】――『バーナルド兄弟の一味』。


 ……なるほど。

 周囲には数台残った御者のいる馬車。

 その中の一人に視線を向ければ、男は股間を濡らし、悲鳴を上げながら地面へ転げ落ちる。

 唯一武器を握らなかった敵側の人間と、他はただ茫然としている普通の商人達。

【探査】だって万能なわけではなく、どこで『一味』の線引きを引いているのかなんて分かりはしない。

 言葉を少し変えただけで、一切反応しないなんてこともあったりする。

 ならば、ここまでだな。


「あなただけは償う気持ちがあるなら、この辺りで待機しておいてください。罪を背負ったまま逃げようとしたら死んじゃいますよ?」


 そう言い残し、俺は|援《・》|軍《・》を出迎えるために町の中へと踏み込んだ。
************************************************
旧:行き着く先は勇者か魔王か ――元・廃プレイヤーのへっぽこ営業マンが征く 異世界攻略記――
新:行き着く先は勇者か魔王か ――元・廃プレイヤーが征く異世界攻略記――

上記のようにタイトルを変更し、あらすじを一部変更、タグに唯一伏せていた『ダークファンタジー』を追加しました。
既にお気づきの方も多いと思いますが、営業マンの要素はそこまで強くなく、あくまでおまけ。
作品の根幹や主人公の本質はまったく別のところにあります。
タイトルに関してはとりあえずといったところで、もう少し踏み込んだ内容にするかは悩みどころですが…
これくらいまで物語が進行すればもういいかなと思っての変更です(タイトルはもう少し変更するかもしれません)

それでは王道っぽく見えて、王道じゃないファンタジーを楽しめそうな方はお楽しみください。284話 侵食

【洞察】――【身体強化】――【気配察知】――【魔力感知】――【探査】――……


 いいねぇ。

 確認するまでもなく、大通りの先から、纏まった数の男達が武器を片手に走ってくる。

 明らかにゴロツキと分かるその身形に顔つき。

 人間だけでなく獣人も混ざっており、中には女もいた。

 まぁ、武器を差し向けてくる時点で何も関係ない。


 少しずつ、少しずつ。


「おいコニー、コイツか!?」

「そ、そうですこのガキが……! で、でも、あれ?」

「んだよ、武器も持たねぇガキじゃねーか。検問のヤツラ何やってんだ?」

「とっととブチ殺すぞ。暴れたんなら足だけ斬り飛ばす必要もねぇ」


 今度は俺が。


「ちょ、ちょっと待って……なんで、|脱《・》|走《・》|野《・》|郎《・》|が《・》、|町《・》|の《・》|中《・》|に《・》……?」


 ――この町を、侵食していく。


「面倒掛けやがってクソガキぐぁ……ッ!?」


 振りかぶってきた斧を掴み取り、そのまま奪って首を斬り飛ばす。

 あれ?

 斧ってそこまで斬れないのかな?

 かなり手加減したというのもあるけど、武器が悪いのか首の途中で止まってしまった。

 まぁいいか。

 武器をくれる悪党は次から次へと現れる。


「う、腕っ、俺の腕がぁ!」

「ちょ、つよ……っ」

「ヤ、ヤベェ! 知らせろ! ただの脱走野郎じゃねぇ! か、鐘鳴らせぇえええ!!」


 その叫びに、騒然としていた大通りで動く者が数名。


(なるほど……こういう時に、戦闘員じゃない一味が動くわけか)


【探査】で反応だけは捉えていた。

 見ているだけならば、先ほど入り口で唯一動けなかったヤツと同じだが、応援を呼ぼうとしている時点でこれはもう、十分『悪』だろう。


 ――【挑発】――


 まぁ、応援は大歓迎だから、全員を止めたりはしないけど。

 憎々し気な視線を俺に向けていた、神経質そうな女を強制的にコチラへ戻す。

 ははっ、普段は絶対表に出さなそうな、ひでぇ顔して迫ってくるな。

 俺をそのまま食い殺しそうな顔だ。

 でもなぁ……


「私の居場所を奪うな!!」


 おまえらが、みんなからいろいろなモンを奪ってんだろ。



『【鑑定】Lv3を取得しました』

『【錬金】Lv1を取得しました』

『【錬金】Lv2を取得しました』




 ほら。

「ぢ、ぢぐしょう……」



『【建築】Lv4を取得しました』



 ほらほら。

「ふ、ふざけ……ぐあっ……」



『【酒造】Lv2を取得しました』



 コニー君。

「はっ……はぁ……たすけ――」



『【罠探知】Lv2を取得しました』



 また早く助けを呼びにいかないと、君も死んじゃうよ?



 カーン、カーン、カーン――……!



 場の焦燥を煽るように、止まることなく鳴り続ける鐘の音。

 ふと視線を上げれば、それはやはり教会の鐘で――、遠くで誰かが鳴らしている姿だけは確認できる。


(修道服じゃないか……)


 無理やり踏み入って鳴らしているのか、それとも教会まで手が伸びているのか。

 別に後者であっても今更驚きはしない。

 聖職者だって所詮は人。

 悪に染まらないなんてこともないし、だから俺が執行しないなんてこともない。

 周囲の掃除が終わり、コニーと呼ばれた男が再度町の奥へと走っていく姿を眺めながら、ゆっくりその後を追っていく。


 相手も、俺がどこに向かっているかは分かっているのだろう。

 つまりはただの脱走目的でなく、俺に別の意図があることも――その意図がおおよそ何なのかも分かってきている。

 それは相手が差し向けてくる編成と本気度からも見えてくるが、それでもまだ、例の兄弟は姿を現さない。


 シュッ――。


 飛来する矢を掴むと同時に、別の屋根から【風魔法】が飛んでくるので、魔法を無視したまま【投擲術】を使い、矢をその術者に向けて投げる。

 町の中央付近まで向かえば、武器を握ったゴロツキ共は姿を見せなくなり、その代わりに登場したのが遠距離部隊だった。

 俺がひたすら相手の武器を奪って応戦していたのを、監視していた非戦闘員のヤツラは見ていたからな。

 いずれこうなることは分かっていたし、相手も魔法による町の損壊を気にして居られないくらいに焦ってきたとも言える。

 が、やはり魔法職は数が少ないな……

 それを残念に思っている俺も大概だが、圧倒的に近接職の比率が高いのは、野盗上がりの集まりだからとも言えそうだ。

 おかげでスキル経験値は入るも、スキルレベルが上がることの方が珍しくなってきている。


(最後の弓師が地上に降りたってことは……矢の在庫が――)


 パンッ!

 こめかみに、俺の見慣れたモノが直撃した。


「あ、当ててやったわよ! 誰かトドメを刺して!!」


 その声に合わせ、先ほど屋根から地上へ降りていた弓師が、短剣を握りこちらへ急速に詰め寄ってくる。

 他にも動き始める、二人の男。

 この連携は、元Dランクあたりのハンターパーティか。

 しかし、困ったな。

 やはり【雷魔法】は、速すぎてまだまだ避けられそうもない。


「あびっ……」


 痺れて動けないとでも思ったのか?

 喜色を浮かべた顔を掴み、手に持つナイフを奪って屋根の上にいた女に投げれば、崩れるように地面へ落ちていく。


『【舞踊】Lv2を取得しました』


「とと、止まれぇええええ!」

「……」

「こ、これ以上動いたら、このガキを殺すぞ!?」


 男が手に持つのは長剣で、その剣先は腰を抜かして地面に座り込む子供に向けられていた。

 やっていることに、思わず溜め息が漏れる。

 この事態に何事かと、多くの町民が野次馬のように大通りで広がる光景を見守っていた。

 だが大半は家屋の中か路地裏からソッと眺める程度。

 閉塞感に包まれたこの町らしい静けさだったが、一部の子供達は正反対の反応を示していた。

 それこそ、正義の英雄《ヒーロー》を見るような眼差しで。


「へへ……よーし、動くんじゃねーぞ。ゴルクッ!」

「あ、あぁ。殺しやしねぇよ。しねぇが、その手癖の悪い腕だけは両方とも落とさせてもらうぜ? 動けばガキは死ぬ。わ、分かったな?」


 剣身を指で撫で、恐る恐るといった感じで歩み寄ってくる男。

 自分ならこんな提案、絶対に納得しないと分かっているからこその表情だな。

 当然、それは俺も同じで――


『"地雷矢"』


 パンッ!!


 不意に男の背後で鳴る、破裂音に近い音。

 その音に反応して男が背後へ振り向いたので、手に持つ剣を毟るように奪って男の両腕を斬り飛ばす。


「うがぁああああ!! う、腕ッ! 俺の腕がぁあああ!!」

「あなたがこれからやろうとしていたことでしょう? これ以上騒げば喉も潰しますよ」

「ッ……ぐっ……」


 【雷魔法】を受けて痙攣している男にトドメを刺しつつ子供に目を向ければ――、あぁ良かった。

 未だ腰を抜かしたままだが、見開いた目は俺を追っているのだからちゃんと生きている。

 救える可能性のある方法がこれくらいしか思い浮かばなかった。

 レベル1の魔法で、かつ威力を限りなく抑えたのだ。

 一瞬、僅かに溢れただけ。

 しかも足から放ったし、この程度なら誰も気付けなかったと思うが……


「ぁ……ひっ……ま、魔物……ッ!?」


 後ずさりながら叫ばれたその言葉に、何かが締め付けられて冷えていくような、そんな感覚を覚えながら、俺はソッと目を閉じた。285話 納得しなくちゃいけないこと

 とうとう攻めてくる者はいなくなり、陰から数多の視線を浴びつつ、誰もいない大通りを一人南下していく。

 この何もない時間が、今は余計に疎ましかった。


 たぶん、どこかでなんとかなるという気持ちがあったんだと思う。

 カルラやゼオは当然として、ハンスさんとロッジも俺の黒い魔力について寛容だった。

 気遣われることもなく、だからなんだと言わんばかりに、魔力の色ではなく俺自身を見てくれていた。

 女神様達にしてもそうだ。

 だから実は、そこまで大した問題ではないんじゃないかって、だんだん認識が甘くなっていたのかもしれない。


 本来あるべき反応を目の当たりにしただけ。

 人にとって魔物とは、糧であると同時に捕食される恐怖の対象で。

 今の世に魔人がいないなら、魔物と判断されるのも仕方のないことで。

 だからきっと、納得しなくちゃいけないことで……



(……やっとか)



「見たことねぇ面だな。おまえ、傭兵だろ?」

「さぁ、どうでしょう。それより、お兄さんが見当たりませんね?」


 ギニエ南部、特区へと続く門の前には大きな広場があり、そこで一人の男が俺を出迎えてくれた。

 短髪を逆立て、特大剣とも呼べそうな金属の塊を肩に担いだ筋肉質の男――ホレスさんの事前情報からしても、こちらが弟で間違いないだろう。

【洞察】は効くが、【探査】や【心眼】は反応がない。

 兄の方も変わらず反応を拾えないし、二人ともが高レベルの【隠蔽】持ちで確定だな。

 そして周囲には散開し、俺を囲むように様子を見張るゴロツキども。

 石壁の上にも、弓や杖を所持した遠距離部隊が多く見え隠れしている。


 しかし、どこか様子がおかしい。

 戦うというより、これは――


「一つ、提案だ」

「……?」

「兄貴のことを知ってるってことは、ギルドの依頼を見てわざわざ出張ってきたんだろ? だったら報酬よりも多い5000万をこの場でくれてやる。それでこの町から手を引け」

「へぇ……」


 予想外のこの提案に、思わず面食らってしまった。

 随分と面倒なことを考えるもんだ。

 始めから二人で出迎えてくれた方が遥かにやりやすかった。

 目の前の弟を始末するだけならばすぐに済みそうなものだが、しかし問題は兄がどこで何を狙っているのか。

 分かっているのはランカー当時、杖を所持した魔法系統の職だったということくらい。

 既に打てる手は打っているものの、姿を見せないうちに弟をやれば、無駄に被害が拡大する手を打ってくる可能性もある。


「随分と警戒してるんですね」

「ふん、得体が知れねぇからな。それにてめぇも金が目的で来たんだろ?」

「あの程度の報酬額じゃ普通は首を突っ込まないって、あなた達が一番分かってることでしょう。ちなみに、もし断ったらどうなるんです?」

「当然、どんな犠牲を払ってでも、兄貴と俺でてめぇを確実に殺す」

「……末座の元ランカーが言いますね」

「ッ……5年前の話だ! 今はもっと強ぇ!!」

「ははっ」


 一度言葉を切り、大きく息を吸い込む。


 ――【拡声】――


「今この周囲で見守っている者に10秒の猶予を与えます! この兄弟に加担したことを認め、罪を償う気持ちがあるならば、武器を捨てて町の中心部に向かってください!」

「く、くははっ! それこそ、もし断ったらどうなるんだよ?」

「当然、どんな犠牲を払ってでも、確実に全員を殺しますよ」

「はっ! この数を、てめぇ一人でか?」

「10、9、8、………」


 もう隠す必要もないと、収納から長剣を取り出す。

 しかし、今までにない雰囲気だな。

 笑いが起こるわけでもなく、正面の弟が突っ込んでくるわけでもない。

 ただただ、妙な静けさの中、俺のカウントダウンだけがゆっくりと進んでいく。

 外野で俺を囲む連中も、道中に俺が何をしてここまで辿り着いているのか、ある程度は知っているのだろう。

 それでもランカー2名という、組織を纏めるトップに絶大な戦闘面での期待、信頼――そして恐怖を持ち合わせているのか、誰ひとり動くことはない。

 狭い世界で生きている彼らは知らないんだ。

 上には上がいて、それはまるで雲を掴むような、想像では補えないほどの差があって……

 そして弟の方はたぶん、そんな存在を知っているからこそ、今が揺れ動いている真っ最中なんだろう。

 俺を目視した時、明らかに一瞬顔が緩んだ。

 あれは間違いなく、見知った高ランカー傭兵じゃないと理解したからだ。

 それでも他国の傭兵、新人……様々な可能性を考え、傭兵相手ならば金で済ますという選択もしっかり抱えていた。

 来るはずのない報酬額でも強者が来てしまった時、真っ先に切る第一の手札。

 そして悪党ならすぐに考えそうな、第二の手札が既に潰されていると理解した時。

 果たして、勝てる見込みがこの兄弟にまだ残されているのか、否か。


「………2、1、0」

「ま、待て! もっと金を増やす――」



「執行です」



 身を隠した兄の動向が分からないなら、強引に引っ張り出すのみ。

 まずは元凶である兄と弟を消し、この場を殲滅するための最善のみをいく。


「ア、アスク……ッ!?」


 弟の背後へ空間転移したと同時に、全力でその首を斬り飛ばせば、我慢できなかったのか、聞きたかった言葉を耳が拾った。

 石壁の上にいる遠距離部隊は囮か。


 紛れていたのは、左――ゴロツキ共の中……ッ!


 駆けだそうとした時、強い違和感を覚えるも、強引に一歩を踏み込む。

 視線を下に向ければ、ドス黒いヘドロのような、強い粘着性の物質が足に纏わりついていた。

 行動阻害系――たぶん【闇魔法】だろう。

 転移する直前に足元の魔力は感知していたが、まさか転移時に発現した魔法までついてくるとは。


 ――【飛行】――


 まぁそれでも、強引に飛んでしまえば問題はない。

 前面に向けたゴロツキ共の武器に隠れちゃいるが、上空から見下ろせば一目瞭然。

 やっと視界に捉えた男は、目立たぬよう薄汚れた茶のローブを纏い、先端の尖った金属製の杖を握りしめていた。

 そして横には、杖の先端を首に押し付けられた赤髪の女性。

 その女性の足は膝から下が失われ、血が噴出していた。


「ゴミ野郎が……」


 思わず空中から飛び掛からん勢いで突っ込むも、しかし、違和感は拭えない。

 足を切断された脱走者達が、この場で最も都合の良い人質になる可能性は十分考えられた。

 だから事前に救出し、考えられる企みを潰したのだ。

 もちろん漏れがあった可能性もある。

 そうなった時の覚悟もしていたが――


 |な《・》|ぜ《・》、|今《・》|斬《・》|ら《・》|れ《・》|て《・》|い《・》|る《・》?


 そして――――


 首を刎ねた感触で分かる、|こ《・》|の《・》|柔《・》|ら《・》|か《・》|さ《・》。




 ……気付き、舌打ちが漏れる。


 コイツ、弟だけは本物にしたのか。

 目の前の偽物は時間を稼ぐための生贄、本物は――



 周囲に視線を向ければ、石壁の上で表情の無い男が金属製の杖を握り、唇を僅かに動かしながらコチラを見下ろしていた。


 瞬間、目の前が砂塵で染まる。



 ――アイツが、本物か。286話 『最善』の一手

 目の前には砂埃と周囲の血肉を巻き上げ、石壁を超えるほどの高さにまで到達した竜巻。

 レベル8の【風魔法】によって生み出されたソレは、発動範囲を限界まで狭め、引き換えに無数の乱刃による殺傷と、内に封じ込めるという対象の拘束を可能にした。

 結果内部で子供が錐揉みのように、前後不覚になりながら悶えている姿を薄っすら目にするも、これでもまだ不安が残る。

 目の前で空を飛んだことは、現実として飲み込もう。

 しかし、弟の首を一瞬で刎ねたあの動きだけはまったく理解ができない。

 結果を見れば、尋常ならざる速度で接近した。

 化け物染みた一桁ランカーの動きを考えれば、そういう結論になる。

 が、放った【闇魔法】は確かに発動していたのだ。

 偶然【闇魔法】に耐性があったとしても、拘束特化型と呼ばれる魔法を受けてなお、あそこまで動けるのは明らかに異常。

 できることなら|新《・》|し《・》|い《・》|弟《・》にしたいところだが。


(これはさすがに、手に余るか……)


 ならば、やむを得ない。

 このまま殺し切るまで、この監獄から逃がしはしない。


「ア、アシュー様! 持ってきました!」

「私がこのまま拘束し続けます。【火魔法】を使える者は最優先に、【投擲術】持ちは運ばれてくる『油』を樽のまま投げ入れなさい」

「わ、わかりました! 持続性を優先させます!」

「うらぁ!! この距離なら確実だ! 次の樽持ってこい!」

「中型増幅魔道具の設置完了。火属性と風属性の増幅を開始します」

「矢を射る意味はなさそうなので、魔石の予備も取ってきますね!」

「下の者達にも、武器を投げ入れろと指示を出してきます」


「良き成果を出した者は、次の弟か妹として、私が直接可愛がってあげますからね」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 最初は無数の乱刃を閉じ込めた竜巻のようだった。

 俺の回りにいたゴロツキ連中も、そして足を切断されていた赤髪の女性も瞬く間に肉塊へと変わり、視界は茶色からすぐに鮮血の赤色へ。

 全身に鋭い痛みを覚えて思わず【不動】を使えば、そこからは猛風に身を任せて宙を舞うばかり。

 痛みはないが、視界を覆う不快な光景と前後不覚なこの状況に、ただただ顔を顰めるしかなかった。


 このような環境こそが、【空間魔法】の弱点だろう。

 ただでさえ発動が遅いのに、術者や対象に動きがあると、その遅さが極端に延びてしまう。

【不動】を止めることはできず、転移による脱出もできない状況が続き、しかしこのミキサーのような極地的暴風が終われば場も動く。

 そう思っていたら、お次に待っていたのは油と火球の投下だった。


 ――【発火】――


 瞬く間に風が油と火を飲み込み、融合し、爆発的な火力へと変貌していく。

 それは内部から見ていても、どこか見たことのある光景で――

 あの時、中にいた龍はこんな気持ちで外を眺めていたのかなと、思わず発動してしまいそうになるくらいだった。

 まぁこんな町中でやれるわけもないが。


 次々と放たれる様々な魔法や武器。

 一向に止む気配の無い猛威。


『風よ、この竜巻を、強制的に、止めろ!』


 もう、我慢の限界だった。

【不動】の切れ目に合わせて覚悟を決め、腕で顔を覆いながら、素早く詠唱を終える。

 イメージは流水と同じ、【風魔法】による風力の強引な上書き。

 すると範囲の狭さが功を奏したのか、急速に周囲は穏やかになり。


 ――【飛行】――


 宙に浮いたままようやく拘束から抜け出せば、石壁の上にいたあの男が、目を見開きコチラを見つめていた。


 あぁ。

 やっと、捕まえられる。


「ひはーっ!」

「ッ!?」


 この距離なら、バーストを使って飛んだ方が速い。

 飛来する俺を見て、咄嗟に杖を握り直し、刺突を繰り出すが――所詮は杖を所持した遠距離職。

 ここで鈍間な詠唱を開始しないだけまだマシだが。


「ヅァ……ッ!」


 両腕を切断し、そのままこの男にはこれがお似合いだろうと、すぐさま両足も切断する。


「ア、アヒッ……あづっ、あが……」


 あぁ、そういえば。

【発火】したままだったことを忘れて今更切るも、手足を失った男に纏わりつく火が消えることはない。

 魔法防御力が高いのか、火の回りは非常に遅いが……

 手足が無ければろくに火消しもできず、もう詠唱どころではないだろう。

 仲間なんざお構いなしに、目的優先で殺傷能力の高い魔法をブチ込んでくるようなヤツだ。

 弟と違ってあっさりと殺しはしない。

 ゴミはゴミらしく、苦しみながら死ねばいい。



『雷光、一線、薙ぎ払え』



『【投擲術】Lv4を取得しました』

『【射程増加】Lv1を取得しました』

『【歌唱】Lv3を取得しました』

『【算術】Lv5を取得しました』

『【封魔】Lv4を取得しました』

『【描画】Lv3を取得しました』

『【投擲術】Lv5を取得しました』

『【作法】Lv4を取得しました』


 指先から伸ばす雷光で、茫然と立ち尽くしていた遠距離部隊の者達を両断し、あらかた綺麗になったところで眼下を見下ろす。

 現状を理解したのかしていないのか。

 300か400はいそうなゴロツキどもが、総じてこちらを見上げていた。


【探査】――バーナルド一家に属さない者。


(反応はないが、どうなんだろうな……)


 やるなら今だ。

 ここで躊躇い、四方へ逃げられれば、間違いなく追いきれなくなる。

 そうなれば収拾はつかなくなり、被害は確実に広がるだろう。

 "天雷"を撃とうとし――、だが先ほどの少年の顔が、あの時の言葉が脳裏を過った。

 ここで撃てば、俺の魔力は多くに見られる。

 それでも俺は――、


 もう後悔はしたくない。

 ならば、撃て。

 多少の犠牲を払い、魔物と罵られようとも。


 この状況での『最善』を得るために、一人残らず―――




「眼下の、『悪』は、余すことなく、死んでください、"天雷"」




『【酒造】Lv3を取得しました』

『【薬学】Lv4を取得しました』

『【採掘】Lv5を取得しました』

『【魅了耐性】Lv2を取得しました』

『【細工】Lv3を取得しました』

『【庭師】Lv1を取得しました』

『【演奏】Lv3を取得しました』

『【畜産】Lv5を取得しました』

『【加工】Lv4を取得しました』

『【芸術】Lv3を取得しました』

『【俊足】Lv6を取得しました』

『【泳法】Lv2を取得しました』

『【伐採】Lv5を取得しました』

『【剛力】Lv7を取得しました』

『【拡声】Lv5を取得しました』

『【採取】Lv5を取得しました』

『【二刀流】Lv2を取得しました』

『【酒造】Lv4を取得しました』

『【舞踊】Lv3を取得しました』

『【歌唱】Lv4を取得しました』

『【彫刻】Lv1を取得しました』

『【料理】Lv7を取得しました』

『【物理攻撃耐性】Lv6を取得しました』

『【釣り】Lv5を取得しました』

『【描画】Lv4を取得しました』

『【芸術】Lv4を取得しました』

『【畜産】Lv6を取得しました』

『【絶技】Lv6を取得しました』

『【細工】Lv4を取得しました』

『【加工】Lv5を取得しました』

『【弓術】Lv6を取得しました』

『【建築】Lv5を取得しました』

『【逃走】Lv6を取得しました』

『【鋼の心】Lv5を取得しました』

『【採掘】Lv6を取得しました』

『【聞き耳】Lv4を取得しました』

『【伐採】Lv6を取得しました』

『【金剛】Lv7を取得しました』

『【農耕】Lv7を取得しました』

『【家事】Lv7を取得しました』

『【豪運】Lv5を取得しました』
287話 貴族の行方

 火や煙の上がっていた建物を鎮火しながら、ひたすら死体やその所持品を収納していく。

 屋根などの高台で死んでいたヤツラは安っぽい弓を握っていたが、近接職の連中は大半が武器を所持していなかった。

 途中バカみたいな量の武器が竜巻の中を舞っていたのは、きっとコイツらが容赦なく投げ入れたからなのだろう。


(魔力は――、まだ余裕で自然回復が上回っているか)


 ならばこのままでいいかと、閉ざされていた金属製の大きな門に視線を向けつつ、石壁を飛び越え反対側へ。

 すると先ほど眺めた時と変わらず、外より幾分見栄えのする鎧を身に纏った兵士達が出迎えてくれた。

 綺麗に整列した数は50名ほど。

 その中で、髭を豊かに蓄えた壮年の男が数歩前に出る。


「尽力、大変感謝する。傭兵ギルドの依頼を見て訪れてくれた傭兵で間違いないだろうか?」

「えぇ。あなた方は、外の兵士と少し違う鎧を着ていますけど……なぜここに?」

「私達は領兵だ。主に領主様の近辺警護を仰せつかっている。なので――」


 言いながら男は、後ろに控えていた男から1枚の羊皮紙を受け取り、そのまま俺に差し出してきた。


「ご苦労だった。こちらが領主様からの"依頼完了認定書"だ。受け取るが良い」


 中身を確認すれば、確かに中身は『バーナルド一家の殲滅を確認』と記載されている。

 最後にある名前――ドリット・ノグマイア子爵というのがここの貴族か。


「石壁の向こうの話なのに、よく一家が殲滅されたと分かりましたね」

「貴殿がここまで足を踏み入れているのだ。それが何よりの証拠だろう?」

「そんなもんですか」

「渡すべきモノは渡したし、これで話は以上だ。後処理が山のようにあるのでな」


 まるで用件は終わったから、早く帰れとでも言いたげな言葉。

 正面の男に視線を向ければ、表情は変えず、ただ俺を見つめている。

 後ろの部下も緊張しているのは伝わるが、気後れしている様子は見られない。

 この状況で凄い胆力だと思うが――それとも、なんだ?

 まだ他に、奥の手でもあるのか?


「……このままで、済むと思います?」

「何がだ?」

「隠せるわけないでしょう? 徴収したモノはこの区画内にある倉庫へ運ばれてますし、外で門兵が一家の一味を守るような動きをした時点で、兵とバーナルド一家が仲間意識を持っていたとしか思えません」

「……」

「それに誰ひとり兵は僕の援護をするわけでもなく、町民の避難誘導をするわけでもなく、後方で僕の逃げ道を塞ぐような動きをしてましたしね。その辺りの指示を出していたのが、あなた達じゃないんですか?」

「……まさかとは思うが、我ら領兵にまで手を出すつもりか? 傭兵の依頼範囲から外れ、今度はおまえが罪人になるのだぞ?」


 あぁ、なるほどね。

 冷笑を浮かべながら言い放った男の言葉で、ようやく合点がいった。

 彼らが強気な姿勢を崩さない理由はコレか。

 フレイビルも国営――つまり傭兵ギルドのトップはどうせこの国の偉い貴族だろう。

 だから守ってもらえる?


 ……いいや、違うか。

 そもそも国を相手にしてまで、事を成そうとする傭兵などいない、だな。

 傭兵の目的は築き上げた地位を活用して『金を稼ぐこと』。

 ならば自分の居場所やその地位を失うような、国とのトラブルなど避けるのは当然の話。

 でもねぇ。


「何を呑気なこと言ってるんです? 一家の殲滅が目的なんですから、あなた達は当然として、ここの貴族だって関与しているならキッチリやりますよ?」


 そう言って受け取った手紙を軽く振れば、次第に顔は青ざめ、余裕のない表情で口早に言葉を被せてくる。


「私達を殺すだと……? 国そのものと敵対して生きていけると思ってるのか!?」

「別に国と敵対しようとは思ってませんけど。それにしても『私達』ですか。主である貴族って結構ぞんざいに扱うものなんですね」

「ノ、ノグマイア子爵を手に掛けるなどもっての外だッ!」

「ん~あなた方やそのノグマイアという貴族と、バーナルド兄弟の関係性がいまいち不透明でしたが――」

「……?」


「未だに一人も『貴族』の反応をこの町で拾えませんし、どこか別の場所に幽閉――もしくは近い立場にいた|あ《・》|な《・》|た《・》|が《・》もう殺しちゃったりしてません?」


「ッ!? そ、それは私では――」

「あはっ」

「は、謀るとは何ごガ……ッ!?」

「だ、団長!?」

「き、きさまああッ!」


 この団長が凄く頭の悪いタイプで助かったな。

 領兵やら騎士やら、俺にはいまいちその区別がつかないけど、彼らの程度で言えばたぶんDかCランク程度のハンターくらい。

 それでも終始あれだけ偉そうだったのは、よほどこの町での立場が強かったということか。

 団長とやらが自分から剣を抜いているのに、それでも俺に斬られれば激高するのは、普段が一方的に斬り捨てる側だからなのだろう。


 釣られるように剣を抜いた者達が続けざまに6人斬られ、ここでようやく現実を理解したのか、剣を抜かなかった他の領兵達は膝を突いて次々に投降を始めていく。

 その姿を見て思わず苛立ちを覚えるも、急な戦闘開始で、投降勧告をする余裕もなかったのだからしょうがない。

 こうなったならば逆に利用するまでと、満面の笑みで彼らと通常の『奴隷契約』を交わし、真実を吐かせた上で本来やるべき仕事をしてもらった。


『この町から出られない』

『バーナルド一家に属する者を捕縛し町の中央に集める』

『誰も殺さない』


 この程度なら一切文句が出ることはなく、逃げるように町のパトロールへと向かっていく彼らの後ろ姿を眺める。

 どの道、町の中にはまだまだ非戦闘員の一味が多くいる。

 それは道中の【探査】結果から分かっていたことで、かと言ってこのまま放置していい問題でもないだろう。

 誰かが探し、誰かが正規の手順で国に引き渡し、そして裁かれなければいけない。


 だからこれで良い。

 程よい強さがあり、町にも詳しい彼らを生かし、ここで動いてもらうのが最善。


 と――、自分に言い聞かせていることに深い溜め息を吐く。


 はぁ、ヤバいなぁ……



「殺し損ねたとか、全然思ってないし」



 まるで誰かに聞かせるような声で一人そう呟き、最後の片づけをしに、特区でも最奥の高台に存在する最も立派な建物。

 ――その近くにある小さな小屋の一つへと向かった。288話 ラッド・ノグマイア

 庭を手入れするための道具が置かれた、まさに物置といった具合の小さな建物。

 その中に足を踏み入れ、言われた通り床板をズラせば、地下へ続く階段が現れる。

 普段は領兵が入り口を見張っているというこの小屋。

 となれば今は強制パトロール中なわけで、そのまま階段を下りれば牢屋と、その先に広がる少し広めの部屋が存在していた。

 鉄格子はあるが想像よりも綺麗で、ベッドや机など、普通の暮らしができる程度の家具もしっかり揃っている。

 そしてベッドに腰掛け、片膝を抱える一人の青年。


「こんにちは」


 声を掛ければ、ゆっくりとこちらに視線を向けるが――なるほど。

 まだ10代半ばくらいだろうに、生気がないというか。

 もう生きることを諦めているような顔をしている。

 まぁ、領兵の話を聞く限りはしょうがないと思うが……


「見ない顔だな。まだ昼にしては早い気もするが?」

「すみません、食事を持ってきたわけではないんですよ。あなたはラッド・ノグマイアさんで合ってますか?」

「そうだが、何者だ?」

「あなたを救うか殺すか、確かめにきた者です」

「?」

「んー……ちょっと待ってくださいね」


 見渡せば、牢屋の手前側にやはりあった例の木箱。

 まずは邪魔なコイツを『収納』で消せば――、これでようやく色々と見えてくる。


 ――【探査】――


 あぁ、これは……たぶん真実。

 この少年はただの被害者で『白』だろうな。


「嫌なことを思い出させるようでごめんなさい。一応確認ですが、あなたはノグマイア家唯一の生き残りで合っていますか?」

「……そうだ。父上も、母上も、兄上も、皆殺された。仕えてくれていた者達も、多くが目の前で首を飛ばされた」

「殺したのは兄のアシュー・バーナルドと、弟のアスク・バーナルドですね?」

「他にもバーナルドの一味はいたが……すまない、当時の記憶は曖昧で、名前までは把握していない」

「いえ、いいんです。ちなみに、あなたがこうして生かされている理由はご存じですか?」

「傀儡にし、ノグマイア家を存続させるためだろう? 私には【奴隷術】が掛けられているから、自害することすら許されていない。都合が悪くなれば、一先ずは責を負う役目の父上や兄上が病死したという、偽りの報告を国に伝える役目を担っている」

「そうですか……ちなみに【奴隷術】を掛けたのがあの兄弟なら、もう強制解除されているはずですよ。僕がアシューもアスクも殺しましたから」


 ガタッ!


 何も表情の無かった顔に、冷えて凍っているかのように動きの無かった身体に。

 明らかに、火が灯った。


「そ、それは本当か……?」

「えぇ。|確《・》|実《・》です」

「ならばもう、これ以上家族の死を偽らなくても……私はこれ以上、罪を重ねなくとも……」


 震えながら顔を覆った両手の隙間から、静かに涙が零れ落ちる。

 か細く震える声で、「やっと楽になれる」と呟くその言葉を、安易に否定することはできない。

 副団長を名乗る男が吐いた"真実"とは相違がないし、吐いた内容そのままであれば、当時10代前半だったこの少年にはあまりにも凄惨な現場だったはずだ。

 ただこれだけは確認し、伝える必要がある。

 その上でこの少年がどうするか、あとは本人が好きに決めれば良い。


「1つ確認したいことがあります」

「……」

「あなたは約2年前に幽閉されてから、一度もこの部屋を出ていない。これは合っていますか?」

「その通りだ……」

「ならば現状の『外』をお伝えしておきます。今日までこの町は、全体がここと同じ牢獄のようなもの。一度入れば一部の者しか町の外に出られず、無理に出ようとすれば足を切断され、あなたと同じように地下へ閉じ込められていました。既に救出はしましたけど、人間の様々な欲のはけ口として、老若男女問わず玩具にされていましたから、正直に言えばあなたよりよほど酷い扱いです。商人もハンターも搾取され、町の中はボロボロ。でも国は現状の問題を既に亡くなって存在していない領主に丸投げしています」

「ノ、ノグマイア家が、不甲斐ないばかりに……」

「でも不思議と、領主を悪く言う人は見かけなかったんですよね」

「え?」


 本当に不思議な話だ。

 そこまでこの町との接点は多くないが、宿泊客が減った宿屋も、客足が鈍った飲食店や屋台も。

 皆がこの現状にしょうがないと諦めている様子で、改善できない領主に対して怒りをぶつけるような様子は見られなかった。


「それほどバーナルド一家が恐ろしい存在だったのか、それとも元から期待されていない領主だったからなのかは分かりません。逆に許されるほどの人徳があったのかもしれませんし」

「言葉を選ばないのだな……」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないですから。でも悪は『バーナルド一家』であって『ノグマイア家』になっていない。それにお父さんが亡くなっていることすら、町民には知られていないっぽいですね」

「それは、そうだろうな。あの者達には罪を擦り付ける存在が必要だったのだから、死の事実は可能な限り伏せられていたはずだ」

「つまりこのタイミングであなたがもしやる気を出せば、町民は新領主についてくる可能性がかなり高いでしょう」

「新領主……?」

「ノグマイア家の血筋で言えば、あなたがそうなるんじゃないですか? 家族は皆、殺されてしまった。でも自分が外から傭兵を呼び寄せ、バーナルド一家を一網打尽にした。ここからは自分がこの町を引っ張るってね」


 筋書なんて共感さえ得られればなんだっていい。

 重要なのは分かりやすい変革で、起きれば現状に不満がある者ほど期待もするし、その期待に合わせた結果が伴い始めれば、あとは勝手に下の人間達がやる気になってくれる。


「私だってかつての活気を! 小さな田舎町と揶揄されようとも、皆で助け合っていたあの当時に戻せるなら戻したい! しかし、私にはもう何もないのだ……仕えてくれる者も、それこそ先立つお金も……」

「まぁたしかに、その問題はありますよね。なのでまずは一度、家に戻ってみますか?」

「え?」

「今朝までバーナルドの兄、アシューが住んでいた、あなたのご実家ですよ」289話 以前を知る味方

(おぉ……これはなかなか)


 特区の最奥にある高台。

 ラッド君が本宅と呼んでいる家に入れば、そこはゴリラ町長の家なんかとはまったく違う景色が広がっていた。

 吹き抜けの高い天井、謎に広く緩やかな階段、なんか普通と違うことだけは分かる高級感の滲み出た木材などなど。

 これが貴族の家。

 個人的に落ち着くのはやっぱり洞穴だが、今後の参考にさせていただこうと俺は目をギラつかせる。


「牢屋が、目の前で……母上、私の目と頭はおかしくなってしまいました……」

「ラッド君、独り言呟いてる場合じゃないですよ。まずは判別しますからね」

「あ、あぁそうだった。大丈夫だ、覚悟はできている」


「え……? ラ、ラッド様!?」


 ドアを開けた音に反応し、早速奥の扉から現れたのは使用人のメイド。

 横を見れば、


「ふむ。過去に食事を持ってきてくれたことのある女性だ。|以《・》|降《・》だな」

「なるほど。では予定通りに」

「分かった。済まないが屋敷にいる者を全員この場に集めてくれ」

「あ、え? は、はい」


 このメイドは頭の中が大混乱だろう。

 本来の住人である貴族が、なぜか牢屋から抜け出し堂々と登場したのだ。

 幽閉されていたとはいえ身分が落ちたわけでもないだろうし、言われれば従うしかないといったところか。


 メイドが呼びに行っている間、俺は【探査】と【気配察知】で屋敷内の人の動きを確認。

 全員がしっかりロビーに集まったところで、ラッド君が大きく息を吸い、気持ちをぶつけるように言葉を吐き出す。


「本日よりこの家に戻ることとなった。そのまま家督も継ぐ流れになる、かと思う。皆、よろしく頼む……」


 徐々に尻すぼみしていくが、それでもなんとか言い終えた言葉。

 対して――


「な、何を言ってるんです? ここはもう、アシュー様の本宅になっているのですよ?」

「そうです。今更戻られると言われましても、アシュー様が許可されるはずがありません!」

「子爵様がご不幸に見舞われる前と比較しても、今の方が遥かに潤っておりますし、そのままお任せになられた方が……」


 次々と出てくる、否定の言葉。

 よく見れば若い女性が大半で、明らかに容姿で選んでいる感が強い。

 とどのつまりは待遇が良いというより、アシューがただ好みの女を囲っていただけって話だろう。


 それに男性陣もそれなりにいるが――


「そのままラッド様専用の本宅で暮らされた方がよろしいかと存じます」


 見た目だけは執事でしょっていう風体の老人が一言で締め、その後の発言を許すような雰囲気もない。

 はぁ……こりゃ全滅かな。

 そう思った時、一人の女性が恐る恐るといった様子で口を開く。


「でもラッド様が正当な後継者様になるわけですし、そうなるとこの家もラッド様の所有物ですよね? 許可も何も無いと思うんですけど……」

「そ、そうですよ! 町が落ち着くまで暫くは身を隠すという話なら納得するしかありませんでしたけど、戻られる意思があるならこの家に住まわれて当然だと思います!」


 その言葉に後押しされたのか、続いて賛同の意を示す男。

 どちらもこの中ではかなり若い部類で、まだラッド君と同じくらいの歳に見える。

 一斉に憎々し気な視線を浴びているのに――この子達、強いな。

 これでも【探査】で確認すれば、もうこの家でアシューに仕えていたからか、全員が『バーナルド一味』として反応してしまうのだから、やっぱり【探査】は参考程度で過信するものではない。


「ラッド君、|以《・》|前《・》は何人でした?」

「3人だ」

「ん?」


 改めて見渡せば、否定派の女達にめっちゃガン飛ばしまくっているおばちゃんがいた。

 なるほど、これがアシューの粛清から逃れた、以前を知る味方の3人ってわけね。

 ってことは、あとは残しても不和を広げるだけだし、このままではラッド君があっさり殺されてしまう可能性の方が高い。

 これ以上判別する必要もなさそうなので、ここいらでご退場頂きましょう。


 ラッド君に頷けば、予定通り落とされる、目の覚めるような爆弾。


「で、では納得できない者はこの場で解雇とする。サイラル、アンリ、それにラーベラさんだけついてきてくれ」


 そう言ってスタスタと横の部屋へ向かうラッド君を、暫し茫然と見つめる使用人達。

 予想もしていなかった言葉だろう。

 この発言に呼ばれた3人だけが慌てたように背中を追うが、固まっていた他の使用人達は、ワタワタと追いかける3人を見て喚き散らす。


「な、何を言っているんです! こんなことアシュー様が許すわけないでしょう!」

「そうよ! あんた達、こんなことして絶対に殺されるわよ!?」


 もう身分差も関係ない――というより目を掛けられ、立場が逆転していると錯覚しているような罵倒が続く中。

 ここでもピシャリと、低いだけでなく威圧感も含ませた声で執事風の男が口を開く。


「正気ですか?」


 4人の足取りが、恐怖で止まる。

 利用価値がある以上この場で殺すとは思っていないが、それでもすぐ、ラッド君との間に割って入った。

 この男だけは、少々マズい。


「解雇というよりは勧告です。領主ほか、多数の殺害を黙認し、今もその犯罪者を擁護している時点であなた達は立派な悪人。10秒以内にこの屋敷を出て自首しに向かってください。罪を認めずここに残るというならば、危険分子と判断して僕が消します」

「……あなたは?」

「この町に偶然立ち寄ったハンターです」

「ふむ」


 カウントダウンが進む中、執事は目を細め俺の様子を窺う。

 ヒントはあげた。

 それに俺は、一切装備を身に着けてない無手の少年だ。

 ならばたぶん、来る。


「はい10秒、執行――」



「Dランク程度のハンターに、何ができると言うのです」



 まさに一瞬だ。

 一歩で俺の懐に入り込み、そのまま気を放つように俺の腹を殴りつけようとするので――その腕を掴み、捻る。


「ッ!?」


 すると捻りに合わせて身体が回転。

 そのまま俺の頭に鋭い蹴りを打ち込んでくるので、そのままもう片方の手で足首を掴めば、その足先からはナイフが飛び出していた。

 おっふ。

 やっぱりこの老人、なかなかやべぇ。

 かなり速いし、力もそこそこ強い。

 でもまぁ、それだけだが。

 どうせ掴んでるし、家を壊さないように配慮するなら丁度良いか。

 黒い魔力はもう、俺の様子を眺めていた人たちには見られたのだ。

 今更隠したところで意味は薄い。


 ――【分解】――魔力500――


「ぬぐぉおお……ッ」



 左手で掴んでいた足首を溶かしてみれば、徐々に小さくなっていくのが感触で分かる。

 皮膚が柔らかいからか、以前実験した石なんかよりは溶け方が速い。

 ん~相手の防御力や俺の知力も関係するのだろうか?

 まだまだ発展途上のスキルだが、これなら動きのある人間相手に【空間魔法】の『消失』を狙うより、部位欠損程度ならばよほど実用性があることを理解する。


 ポキッ――

 
骨まで到達したのでとりあえず折り、その足をなんとなしに眺めれば、だんだん『斧』にも見えてくるのだから不思議だ。

 武器を持てば、その武器を奪われ刺される覚悟だって当然あるんだろう。


「……自分の足に刺されて死ぬって、かなり斬新じゃありません?」

「ヒッ……こ、こんなはず、では……アシュー様は、いったい……」

「もうみんな死んでますよ? だからラッド君が戻ってきたわけですし」

「……は?」

「あぁ、言うの忘れてましたね、ごめんなさい」

「あがァッ!?」


『【暗器術】Lv1を取得しました』

『【暗器術】Lv2を取得しました』

『【暗器術】Lv3を取得しました』

『【暗殺術】が解放されました』

『【作法】Lv5を取得しました』

『【交渉】Lv6を取得しました』

『【心眼】Lv5を取得しました』




「そして、お疲れ様でした」290話 受け入れる覚悟

(【暗器術】とか、何者か知らんけどあのじいさんナイスだわ~)


 新スキルをゲットして、ニッコニコしながら血だらけの床を拭く俺。

 壊しはしなかったものの、やり方が悪くだいぶ床を汚してしまった。

 あの時の最良はなんだったのか……【雷魔法】で感電? それとも【水魔法】で溺死?

 ん~まだまだスキルの幅と応用力が足りなさすぎるな。

 悪党からも学べることは多いし、もっともっと精進しなくては。


「あ、あのーロキ殿? そんなことまでされなくてもいいのだが……?」

「そ、そうだよ! この家を救ってくれたんだし、こんなことくらい私らがやるって!」


 ラッド君と恰幅の良いおばちゃん――ラーベラさんはそう言うも、俺はすぐに首を振る。


「いやいや、始末の付け方に問題がありましたからね。やらかしたツケは自分で背負わないと学びませんから」

「えぇぇ……ちなみに、先ほど外に連れていった者達も含めて、死体はどこに……?」

「あぁ、町中も含めて死体は全部回収してます。ハンターなど一部を除けば相当刺激が強いでしょうから」


 よーし、こんなもんでいいだろう。

 またラッド君が母上と謎の交信してるけど、こちとらそろそろ拠点に戻って、スキルの<New>チェックやら戦利品チェックをしたいのだ。

 はよはよと、背中を押すように屋敷内の各部屋へ。

 当然屋敷内はラッド君がいた頃と比べて様変わりしており、一応お礼であり戦利品ということで、囲いの女や謎の無駄に強い執事など、不要な私物は丸ごと部屋を空にする勢いで『収納』していく。

 魔力回復量増加の丸薬も服用済み。

 数百体の死体なんざ屁でもないくらいにまだまだ『収納』可能だ。

 スキル収集ももちろん楽しいが、この手の戦利品回収も楽し過ぎてウキウキが止まらない。

 一通りの部屋を回り、しかし目的の『お金』が見当たらないため、最後にもう一度アシューが一番使用していたという部屋へ。

 ここもラーベラさん曰く、ほぼ全ての家具や調度品が、質のいいモノへ替えられているらしい。

 しかし、それでも普通だ。

 この部屋に金庫のような存在は見当たらないし、【探査】でもそれらしい反応はない。

 他にも特区内に建物はあるが……まさか普段自分がいないような場所に隠すか?

 あの狡猾で、仲間を仲間とも思っていないような男が、自分の手が届く範囲に大金を置かないというのはどうにもシックリこない。


「ラッド君、この屋敷にこれ以上の部屋はないんですよね?」

「あぁ、間違いなく無い。私が幽閉されている間に、新しい部屋が造られていれば別だが」

「そんなことをすれば、さすがに毎日ここで仕事していた私達が気付いてるさ」

「ですよねぇ。となると、やっぱりこの部屋が一番怪しいんですけど……調度品以外にも、何か貴族の視点だから分かる違和感とかありません?」

「そうだな。あとは――」


 見渡しながら、必死に何かを見つけようとするラッド君。

 その顔は明らかに焦りの色が滲んでいる。

 間違いなく本当に知らないのだろうし、見つからなくて一番困るのもラッド君自身。

 いくら家督を継ごうと、金が無ければ何もできない。


「アシューは少なくとも昨年の税を、父か兄に成り代わって国に納めているはずなのだ。だから間違いなくある。金はどこかにある、はずなのだが……」

「あの!」


 そんな中、ビシッと右手を伸ばしながら声を上げたのは、最初にラッド君を庇った女性――アンリさんだった。


「違和感というか、以前の執務室は3階でしたよね?」

「ん? あぁ確かに、父上は3階だったが、そうかここは2階か」

「……移動した理由は聞いてます?」

「いちいち上るのが面倒とか、そんな話を誰かが言っていたのは聞いたことがあるけど」


 外仕事が担当だったのか、身体中に草をくっつけたサイラル少年の言葉に思考を巡らすも、全然ヒントになっていないような気がしてならない……

 理由はまぁ納得できちゃうし、何より3階が1階に替わるなら意味も分かるが、2階ということなら環境はほとんど変わらない。

 上下左右に部屋があり、妙な隙間があるわけでもなく、秘密の隠し部屋なんて造れないことを逆に証明してしまっている。

(物理的に部屋の壁を細工するような場所は無し……窓の外は草や木の生えた斜面だが、穴開け職人の俺から見ても違和感が無い。というより、穴を空けても【飛行】持ちじゃなきゃ相当しんどい)

 もっと窓と斜面の距離が近ければ、その中に秘密の空洞をっていう俺的な案も出てくるけど、10メートル以上も離れてるんじゃさすがにないだろう。

 もっと地面に近いところなら――――んん?


「アシューがお金の詰まってそうな革袋を、自室に持ち帰る姿は見たことあるんですよね?」

「何回もあるね」

「あります」

「大事そうに抱えてたな」

「では、お金を持ち出す姿は?」

「言われてみれば、そっちは見たことないね」

「同じく」

「俺も見たことがない」

「……」


 3階じゃなく2階を選んだ理由。

 それがもし【跳躍】で行き来できる範囲だとすれば、2階にわざわざ降りた理由は説明がつく。

 思わず窓から飛び降り、一旦外へ。

 周囲を見渡せば、移動したアシューの部屋だけ、真下は大きな風呂場になっていて、ちょうど窓が存在していなかった。

 誰にも見られないことが前提であれば、これも成立する。

 となれば窓のある左右にもろくに移動できず、建物からも離れられず、それでいて隠せるとなればこの付近の足元だけ。

 地面を見れば目立つ雑草などは生えていない、栄養分など無さそうな砂に近い土があるだけだ。

 昔やったゲームならば、こんな建物の裏に隠し階段があったなと思いながら、【風魔法】で土を掃けば。


 ははっ。

 たまにはレトロなゲーム知識も役立つもんだな。


 2階の窓から身を乗り出していた4人に向かって思わず叫ぶ。




「隠し部屋発見!」




 作りは簡素なもんだ。

 自分が近いモノをよく作るんだから、すぐに理解できる。

 隠し部屋は土をある程度どかしたら見えてくる木蓋の先にあり、斜めに延びた穴を魔法で照らしながら進めば、周囲を石の壁で覆われた空間が登場した。

 位置的には斜面の続く崖の下。

 ただ斜面を横に掘るくらいじゃ辿り着けない構造だ。

 アシューは杖を持っていたし、自前の【土魔法】で自分だけが知る秘密の空間を作り上げていたんだろう。

 そういうの、まったく嫌いじゃない。

 と同時に、アシューとの共通項がちょいちょい出てきて、思わず渋い顔をしてしまう。

 横にいる4人の反応も様々だな。


「これはまた、凄い光景だね……」

「ラッド様! ま、眩しいくらいですよ!」

「あ、お金以外のモノもあるぞ!?」

「こ、これほどまでに奪ってきたのか、あの男は……ッ!」


 驚きも、興奮も、好奇も、怒りも、どんな感情が出たっておかしなことじゃない。

 それほどまでに、ここは普通じゃない空間だった。

 広がる10畳ほどの部屋には多くの石で作られた箱が並べられており、中身は目に付くモノ全てがパンパンに詰まった大量のお金。

 大金貨や金貨、銀貨など種別がしっかり分けられており、中には白金貨の詰まった箱まで存在した。


「こっちは全部お金ですね」

「こちらは貴金属だな。しかしこれは、相当な量だぞ」


 いったい誰から奪ったのか、そんなことを今考えたところで答えも出ない。

 中身を覗けば様々な色の宝石類が目立つ純粋な装飾品で、普段あまり目にすることがないからこそ、その煌びやかさに目を奪われてしまう。

 でも、それだけだな。

 あとは逆に存在感を放っていた例の結界魔道具が置かれていたくらい。

 小さく価値のあるモノしか運べなかったという理由はあるのだろうが、俺の求める『本』や『上位の素材』。

 それにあれば交渉してでも欲しいと思っていた『魔宝石』なんかは見当たらなかった。


「ここからさらに繋がる隠し部屋も無さそうですし、こんなもんですかね」

「そうだな。いくらなのか想像もつかないが、これだけの資産があれば町の再興にも十分な金を回せるはずだ。ロキ殿がこの場所を見つけてくれたおかげ、感謝してもしきれない。それでこの金の配分についてだが――」

「あぁ、そこら辺は気にしなくていいですよ。ここからが一番大変でしょうしね」

「「「「え?」」」」


 なんとなしに言った言葉だったが、よほど予想外だったのか。

 ラッド君だけじゃなく、使用人の3人まで驚きの表情を浮かべている。

 一瞬、そんなおかしいか? って思ったけど、このお金って町民から搾取や徴収をして貯めた貯金のようなものだし、それなら多くはこの町のモノだろう。

 俺からしたら3000万ビーケという依頼を見てここに来ているわけだし、それプラスで死んだ使用人達の部屋にあったモノを、それこそ分別関係なく根こそぎ頂いているわけだから、特に損をしたという感覚もない。

 欲しいモノがあれば遠慮なく強請るけど、普通の宝石類が付いた装飾品なんて興味ないしなぁ……


「い、いやいやいや、それはおかしいだろう?」

「そ、そうだよ。私はラッド様の味方だけど、それでもさすがにちょっとねぇ。こちらに都合が良過ぎるんじゃないかい?」

「うん。ロキさんがいないと、この場所も絶対に見つけられなかったと思うし……」

「というかそれ以前の問題で、ラッド様が地下室に閉じ込められたままだったよな?」


 なんか、変だな。

 なぜ俺が責められるような視線を浴びなければいけないんだ。

 町の運営にいくら費用がかかるなんて分からないし、そんな状況で「それじゃとりあえず1割くらい貰っていきますね~」なんて言えるわけもない。

 どう考えたってこの4人でやっていけるわけないんだから、これから大量の人を雇うお金だって掛かるだろうし……


「このままでは恩を仇で返すようなもの。せめて2割、いや3割くらいは――」

「いやいや、それで町がボロボロのままじゃ僕も気分悪いですし……なら、こうしません?」

「?」

「今は何をするにしても、現金の方が一番都合良いですよね?」

「それは、まぁそうだろうな」

「でしたらこの屋敷の部屋みたいに、他の悪党共が抱えていた資産も僕が回収していって良いですか? 弟のアスクが住んでいた家の私物とか、徴収されて運ばれていた倉庫の中身とか。あ、町の方は時間がないので、そこまで積極的にはやれないと思います」

「モノで良いなら構わないが……換金に手間が掛かるのではないか?」

「はっはっは~ラッド君は分かってないですね。その手間が醍醐味なんですよ。お金だけポンと渡されたってつまらないでしょう?」

「「「「???」」」」


 全員綺麗に首を捻っているけど、MMO好きならたぶん俺寄りの考えになるやつだっているはずなのだ。

 プレイヤー引退で資産丸ごと譲渡とか、それだけで内心ワクワクが止まらなくなる。

 まぁ想像するだけで、ボッチプレイな俺にはそんな知り合い一人もおりませんでしたが。



 その後は一旦屋敷に戻り、現在領兵が町の方でやっていることも伝えておく。

 非戦闘員の一味がまだ町の中に潜伏していること。

 それらを奴隷化した領兵が探し集めていること。

 その領兵も、町の衛兵も、悪党の側に回ってしまっていたことなど。


「となると、まずは兵をどうにかしなければ……」

「さすがに戦力がまったく無いのはマズいでしょうからね。なので一旦は奴隷の主をラッド君に切り替えておきますよ」

「無知で済まない。そんなことも可能なのか?」

「えぇ、と言ってもそんなに行動を縛れるわけではないので、『主に危害を加えられない』『ギニエの町を守る』『残党を探し出す』くらいが妥当かと思いますが。あとはハンターギルドも手を貸してくれそうなので、ギルマスに一応頼んでおきます」

「本当に、何から何まですまない……」

「そんなことないですよ? 奴隷化だって永続ではなく一時的なものですしね。それにラッド君には、代わりにやってもらいたいことだってあるんですから」

「どんなことだ?」

「中央に集めさせている残党の処理です。そちらは新しい領主となるラッド君にお任せします」

「そうか……そうだな。了解した」


 敢えてどう処理するかは聞かない。

 聞けば余計な欲が出てしまうし、この『熱』は一旦冷まさないとさすがにマズい。

 そんな気がする。


 またそのうち顔を出すと伝え、特区内にある建物の中身を、元からこの家にありそうだったモノ以外は片っ端から収納。

 領兵達の家も存在していたが、そちらも必要最低限のモノを残して収納してやった。

 あれはたまたま生かしているだけで、本来はどう考えても執行対象だからな。

 そして4つある大型倉庫は、一応ラッド君が責任を持って火葬するらしいので、回収と同時に悪党共の死体をここで放出。

 お金やらポーション類に鎧など、剥げるモノは全て剥いでいき、逆にすぐ悪くなりそうな肉などの食料は、死体とは別の倉庫にまとめて置いておく。

 大量にある猫の肉とか、回収したところでそんな食べないし、これが町の備蓄食料にでもなってたらさすがにマズいからね。

 そして領兵の奴隷術を書き換えながら、【探査】で引っ掛かった『一味の家』にご訪問。

 中で布団被って隠れているやつは摘まみ出し、家の中身は当然の如く全収納していった。

 推定『白』の家族がいるところはさすがに収納しなかったが、領兵の契約書き換えが全員完了するまではひたすらこの流れを繰り返し――

 夕暮れ時。

 魔力がほとんど回復しなくなったところでハンターギルドへ。

 傭兵ギルドの依頼は完了したことに加え、ノグマイア家の生き残りがラッド君一人であったこと。

 それでも町の復興に向けて動くようなので、力になってあげてほしい旨を伝えておく。

 念のため確認してもホレスさん含め、ギルド内はもう『白』だけだし、妙にやる気になっているのでこれで状況はもう少しマシになるはずだ。



 これで仕事は終了。

 最後に町の中央へ寄り、集められていた一味の残党を眺める。

 数は俺が強制連行したこともあって既に50人以上おり、4名の領兵が見張っているも、場はかなりピリピリとした様子。

 周囲の野次馬達も、なぜここに人が集められているのか。

 集められた人達の共通点から、その理由に見当が付き始めているのだろう。

 事情が知れ渡れば物陰から出てきて、そのまま魔女裁判でもやり兼ねない雰囲気を感じてしまう。

 それは集められた残党も理解しているようで――

 中には俺を視界に捉えただけで、泣き崩れる者までいる始末だった。


(ははっ、まるで俺が悪党だな……まぁ自分が嫌いなことはしていないってだけで、あながち間違っちゃいないか)


 人を大量に殺し、後悔することなくその結果を想像しては悦に入る。

 悪党を狙い撃ちしているからまだ許されているが、やっていることはもう、まともな人のすることではない。

 そもそも俺はこの町を救うためではなく、『戦果』が美味しそうだと思って来ているのだから、この時点でまったく善人の思考じゃ――


「あ、あ、あの!」

「?」


 声の方へ振り向けば、そこには母親であろう女性と共に、見覚えのある少年が立っていた。

 恐怖が先立つのか足は小刻みに震えているが、それでも拳を握り、ジッと俺の方を見据えている。


「た、助けてくれたのにごめんなさい! 酷いこと言って、本当にごめんなさい!!」


 この言葉に、俺は改めてゆっくりと目を瞑った。

 この少年にとっては、凄く勇気のいることだったのだろう。

 でも、今更謝る必要もないんだ。


「気にしなくて良いよ。結果的に多くの悪党が消えたというだけで、やっていることは人殺しなんだから」

「え?」

「それに、君の言葉で目が覚めたというか……覚悟も決まったから、実は感謝しているくらいなんだ」

「ど、どういうこと……?」

「反省し、謝ることができるならきっと良い大人になれるはず。君は『悪党』にならないでね」


 それだけ言い残し、俺は人ごみの中へ。


 もうこれからは、人前でこの黒い魔力を必要以上に隠すこともないだろう。

 反応は人それぞれ。

 ラッド君達みたいに、明らかに見たはずなのに気にしないでいてくれる人達もいれば、反応して警戒する人、距離を置く人だっているはずだ。

 それでも使わなくてはいけない場面で躊躇い、何かを失う方がよほど怖い。

 必要があれば使い、その反応を受け入れる。

 もし魔物と判断して襲い掛かってくるならば、その時は俺も敵と判断して斬ればいいだけのこと。


(ちゃんと理解してくれている人達がいる。ならば、それでいい)


 そう心に決め、俺は拠点へと転移した。291話 先のこと

「カルラー! 今は解体より資材倉庫に集合ー!」

「へ?」

「ゼオもー! 今は木材の加工より資材倉庫にー!」

「なんだ?」

「ロッジはー! もういるからいいや」

「なんだよそりゃ!」

 拠点に戻ってそうそう、お決まりの定位置にいる3人に集合を掛ける。

「山ほど戦利品ゲットしてきたから、みんな分別手伝って! その代わり好きなモノを好きなだけ持ってっていいから!」

「ほーう」

「例のギルド依頼とやらをこなしてきたのか」

「持ってっていいって言われても、その戦利品次第だよね?」

「ふっふっふ。まずは分別しやすいところで~装備からいってみよ!」

 ドババ~っと『収納』から取り出せば、溶かした金属や装備類が置かれているロッジの職場付近に、ビビるほどの『山』が出来上がっていく。

「なんじゃこりゃ……」

「数だけで言えば1000個以上はあると思うから、ショボいやつはどんどん溶かすなりしちゃってね。あ、解体にも使えそうな短剣はちょっと分けといてほしいけど」

「すっご!」

「ん? 共通した金属製の鎧があるな。どこかの国とでも戦ってきたのか?」

「あぁ、悪いことに加担している兵士達がいてね。ちょっと潰してきた」

「ふっ、やるではないか」

「おまっ……傭兵ギルド経由だとしても大丈夫なのか? 普通は国とのトラブルなんて避けるもんだろう?」

「大丈夫だよ? どうせここまで追いかけてこられないし、何より新領主から全部許可貰ってるから」

「り、領主……?」

 ロッジが早速パニックに陥っているが、今は放っておこう。

 あと分かりやすいのは――たぶんこれだな。

 資材倉庫の反対側、色々な魔物素材が置かれている場所に、徴収されていた大量の素材を放出していく。

 魔石はまぁ、木箱から溢れまくってるけど、これは使い道があるから良しとしよう。

 ただ大量の猫素材とキノコはどうしたものか。

 とりあえず出してはみたものの、今のところオルグさんにでもまとめて売るくらいしか処理方法が思い浮かばない。

「ねぇ、同じ魔物ばかりなの?」

「なんだよね~ギニエの町って、狩場が1ヵ所しかなくってさ」

「しかも皮を剥いでるのもあれば、全部そのまんまなやつもあるんだけど! 解体が必要なやつはアッチに置いて!」

「ぎゃーごめん! ちょっと待ってて!」

「このキノコはかなり保存が利くはずだ。崖の方の食糧庫に運んでおくか?」

「あ、じゃあ猫の分別しちゃうからそっちはゼオお願い!」

 セコセコと、解体が必要な素材はカルラと解体場に運び、解体不要な素材はモチャっと倉庫の一角で山積みに。

 その後も次から次へと戦利品を放出しては、皆に全力で働いてもらう。


「あ~これはお酒! めっちゃ大量!」

「うぉおおおおおおおおおおおっ!」

「あとは物凄い量の食べ物だけど、俺はこの世界の食事に詳しくないからなぁ。食べ物はゼオに任せるよ」

「ふむ。ならば食えそうなモノは、全て食糧庫に運んでおこう」

「んで、これは衣類だね。もう大量過ぎるくらいに大量」

「おぉ! って女の人のも多くない?」

「そりゃ多いよ。片っ端から回収してきたんだし」

「鬼畜ぅ~!」

「ほーう、下着まで回収してくるとは、おまえもなかなかやるじゃねーか」

「いやいや、狙って拾ってきたわけじゃないからね!? あ、あと家具! これも大量にあってヤバい」

「あ~鏡だ! これ良いね!」

「質の良さそうなベッドがあるな。机もこんだけあるなら作業台にしちまうか」

「どうぞどうぞ! 何個でも持ってっちゃって!」



 ……そして1時間後。



「ちょっとこれは、酷いねぇ……」

「うむ、我には許せない光景だ」

「何がどこにあんのか分かんねーぞコレ」

「なんでこんなバカみたいな量を貰ってきたの?」

 相変わらずカルラの言葉が、グサグサと心に刺さる。

 だって貰えるなら欲しいじゃん……貧乏根性丸出しだけど、そんなもんじゃん……

 それになんか"終わった"みたいな雰囲気醸し出してるけど、収納しているものはまだまだこんなもんじゃない。

 たぶん今の何倍も、秘密ポケットには俺にも分からない何かが仕舞われている。

 となれば、これはもう、抜本的な改革が必要。


「やるしかないか」

「なにを?」


 キョトンとした様子を見せるカルラに、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。


「今から、ビルの建設に入りたいと思います!」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 日も完全に暮れた頃。

 我ながら素晴らしいモノが出来上がったと、宙に浮きながら全容を眺めて深く頷く。

 ちょっと玄人向けなところもあるけど、カルラが大はしゃぎで移動しているのだから、皆の反応はまずまずと思って間違いないだろう。

 資材倉庫は問題点は明白で、それは無駄に高過ぎる天井をまったく活かせていなかったこと。

 ゼオの棚だって2メートルくらいまでで、上空はスッカスカだったのだ。

 だから過去にちょっと構想していた案を本気で実行した結果が、この世界では相当珍しい気がする10階建ての建物だった。

【土魔法】で高さ5メートルの『硬い』と注文を付けた石柱を立てまくり、その上にバカでかい石の板を生成。

 これを繰り返しただけなので、案外お手軽だったりする。


 ただし、階段は無い。

 そんなもの、簡単に作れないから、無い。


 だから玄人向けなのである。

 ちょっとずつ石の板を短くしているので、倉庫の入り口だけは天井まで見える吹き抜け状態。

 そこから5メートルの【跳躍】ができるか、そんなのお構いなしに転移できれば次の階に行けるこの仕様に、当然俺とゼオは問題なく、カルラも普通のジャンプで余裕の一発クリア。

 怪しかったロッジも、パワレベ効果で手を引っ掛けながら強引によじ登っていたので、階段がなくても意外となんとかなっちゃったりするのが異世界ビルなのである。


 1階・・・鍛冶場 魔物の素材倉庫 薪置き場 資材の一時保管場所

 2階・・・魔物の素材倉庫専用 

 3階・・・衣類全般 日用品全般

 4階・・・家具全般 魔道具全般

 5階・・・未定

 6階・・・未定

 7階・・・未定

 8階・・・誰も使わない防具置き場

 9階・・・誰も興味のない美術品や芸術品とか、よく分からないモノ全般

 10階・・・乾燥させたい物置き場 カルラの別荘


 別館(崖の中)・・・冷蔵食糧庫




 土地がクソほど余っているのに、いったいなぜこんなことをやっているのかは分からないけど……

 ニヨニヨしながら木の板で階層案内板を作っているくらいだし、楽しければ良しなのである。

 これを倉庫の入り口近くに立てかけておいて、と。


 出来栄えに納得したら、お次は上台地へ。

 大きな鍋を火にかけながら、その中身を覗いているアリシアとフェリンに声を掛ける。

「やっほ~!」

「やっほーお帰り~!」

「お帰りなさい。無事に終わったのですか?」

「もちろん! お土産あるんだけど、みんなもう降りてきてる?」

「リアとリステはまだ自分の家を作っていると思います。フィーリルとリガルはお風呂ですね」

「それじゃ私呼んでくるよ!」

「あ、ゆっくりでいいからね」

 待っている間に鍋の中を見てみると、大きな肉……というよりは白い脂肪の目立つ肉塊がゴロゴロと中に入っていた。

 これは、何をやっているんだろう?

「ねね、これってご飯?」

「一応食べられますけど、保存用の油が採れるかなと、今溶かしている最中なんですよ」

「おぉ……って、このお肉、たぶんこの辺の魔物じゃないよね?」

「今日リガルが普通の猪に襲われたらしく、捕まえてきたんです」

「あーなるほど。この付近の魔物って筋肉ばかりで、油っぽさがあんまりないもんなぁ。しかし、猪の油か……」

 正直に言えば、日本に住んでいた頃は一度も聞いたことがない。

 ラードはたしか豚で、鳥や牛の油もまぁ普通だと思うが、果たして猪の油とはまともなヤツなのだろうか?

「それってこの世界では普通に食べたりしてるの?」

「料理に使うみたいですよ? あとは肌の薬液として使用することもあるようです」

「ほほ~それじゃ楽しみだね。ってか、どんどん詳しくなってきてるね!」

「直接動けない私が、記憶から幅広い分野の知識を蓄え、皆に伝えていかねばなりませんからね」


 うぅ……どんどん女神様っぽくなっちゃって、もう!

 すんごいドヤ顔してるし、逆に今までアンタは何やってたんだって話だけど、頑張ってんならどんな顔してたって良いと思う!




 そしてそして。

「はいこれ、みんなのお土産」

「ん? 酒か?」

「あ、これチーズ!」

 皆がゾロゾロと集まったところで取り出したのは、アシューの家で保管されていたチーズとお酒だ。

 特にお酒は匂いからして今までとは違い、たぶん俺がほとんど飲まなかったブランデーなどの蒸留酒っぽい気がしてくる。

「そそ、悪党の親分が持ってたやつ。下にいるロッジは質より量派だからさ」

 どう見ても全て瓶に入って高級そうな雰囲気だしね。

 いくつか神様に分けたって問題ないだろう。

 見ているとアリシアとリア、フェリンも変な顔をしており、リステとフィーリルは満足気に頷きながら、リルは笑いながらガバガバ飲んでるな。

 あのエルフ神、絶対味が分かっていない。

「ロキ君も変な顔してますね~」

「いやこれ、ちょっと強過ぎて……うげぇ」

 これはこの身体だと、かなり危険。

 普通にしゃべれるうちにと、今日の戦果と結果を報告していく。

 町の掃除は粗方完了し、領主は殺されちゃってたけど、末息子が頑張って復興しようとしていること。

 下台地の倉庫を改装して、日常生活に必要そうなモノは大体仕入れてきたので、欲しいモノがあったらアリシア経由でいくらでも持ってっていいこと。

 あと食糧庫にも大量過ぎる食べ物があるので、腐る前にどんどん食べちゃってほしいことを伝えておく。

 フェリンとリルがやる気になっているので結構減ると思うが、それでも余りそうならギニエのハンターギルドに売れるもん全部売っぱらってもいいか。

 あそこに売れば町の中で循環するんだろうしね。


 そして、一番の本題に。

「今日いろいろあってさ。この黒い魔力、もう必要以上に隠すのは止めようかなって」

「大丈夫、なのですか?」

 戸惑いの表情を浮かべているのは、咄嗟に言葉が出たアリシアだけではない。

 それでも、俺は深く頷く。

「無理に隠せばいつか"大事なモノ"を取り零す。そんな気がするんだよね」

 今までにも、この黒い魔力のせいで"|で《・》|き《・》|た《・》|け《・》|ど《・》|し《・》|な《・》|か《・》|っ《・》|た《・》|こ《・》|と《・》"は多くある。

 かつて参加したヴァラカン戦。

 あの時だってフィデル達というクズがいたにしても、俺が黒い魔力を隠そうとしなければ、あそこまで近接組の被害が大きくなる前に倒せたかもしれないのだ。

 少なくとも一人や二人、犠牲になる前に対処はできたという後悔が今も残る。

 それに今回も、黒い魔力を見られること前提で"天雷"を放ったから、まだ町の被害が軽傷で済んでいるはずなのだ。

 追い打ちをかけるように残党は斬っていったが、それでもたぶん、都合良くあの場にいた悪党どもを一掃まではできていない。

 "天雷"だってまとめて何発か撃ったけど、それでも【探査】の範囲外にいられたら、俺には生死を認識することすらできやしないのだ。

 躊躇って石壁から降り、時間を掛けながら個別撃破などしようものならどうなっていたことか……

「黒い魔力は、今のところ下にいるゼオさんくらいしかいません。それは分かっていますよね?」

「もちろん。おかげで、今日初めて魔物と間違われたよ。たぶんこれからも、こんなことはあるんだと思う」

「ロ、ロキ君はそれで平気なの……?」

 フェリンの言葉に、一瞬言葉が詰まるも――

「気にしないわけじゃないけど、そういう目は慣れているというのもあるし……それに分かってくれる人達がちゃんといるから」

「たしかに、いつまでも隠し通せるものではないと思いますが」

「そうなんだよね。今回の件で目撃者はいるから、少なからず広まっちゃうんだろうなってのもある」

「「「「「「……」」」」」」

「もう、そんな湿っぽい話をしたくて来たわけじゃないんだからさ。それより戦利品の中に面白そうな魔道具があって―――」


 この先がどうなるかなんて分からない。

 しかしいずれはこの世界の『異物』であることが露呈し、徐々に徐々に広まっていくことだろう。

 その時、果たして俺の立ち位置はどうなっているのか。

 今は深く考えないようにすることくらいしか、俺にできることはなかった。292話 現状の立ち位置

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:60  スキルポイント残:121

 魔力量:5734/5734(684+5050)

 筋力:   2276(370+1906)
 知力:   2048(371+1057)  ガルグイユ(+620)
 防御力:  2046(364+995)  ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:1639(354+1285)
 敏捷:   1500(364+937)  ウィングドラゴン(+199)
 技術:   1953(363+1590)
 幸運:   1093(364+729)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv6 
【盾術】Lv5 【弓術】Lv6 【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 
【鎌術】Lv6 【投擲術】Lv5 【暗器術】Lv3 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv7 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv5 【両手武器】Lv4 【二刀流】Lv2
【指揮】Lv5 【鼓舞】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【射程増加】Lv1

 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7  【雷魔法】Lv8 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv7 【氷魔法】Lv6 【光魔法】Lv5 【闇魔法】Lv6 【無属性魔法】Lv8 
【回復魔法】Lv5 【結界魔法】Lv1【空間魔法】Lv6 【時魔法】Lv5 
【魔力操作】Lv6  【魔力感知】Lv6 【省略詠唱】Lv5 【発動待機】Lv2 【魔法射程増加】Lv2 


 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv5 【採掘】Lv6 【伐採】Lv6 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 
【料理】Lv7 【農耕】Lv7 【釣り】Lv5 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv4 
【描画】Lv4 【細工】Lv4 【加工】Lv5 【畜産】Lv6 【採取】Lv5 
【話術】Lv6 【家事】Lv7 【交渉】Lv6 【演奏】Lv3 【薬学】Lv4 
【作法】Lv5 【舞踊】Lv3 【歌唱】Lv4 【彫刻】Lv1 【調教】Lv2 
【錬金】Lv2 【酒造】Lv4 【庭師】Lv1


 ◆生活系統スキル
【跳躍】Lv6 【飛行】Lv8 【拡声】Lv5 【異言語理解】Lv8 【算術】Lv5 【暗記】Lv5 
【聞き耳】Lv4 【隠蔽】Lv8 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv6 
【気配察知】Lv7 【忍び足】Lv5 【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 
【視野拡大】Lv6 【探査】Lv6 【遠視】Lv6 【夜目】Lv8 
【俊足】Lv6 【鑑定】Lv4 【心眼】Lv5 【魔力譲渡】Lv3 【罠探知】Lv2 【付与】Lv1 【泳法】Lv2 【獣語理解】Lv1


 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv6 
【魔法防御耐性】Lv4 【鋼の心】Lv5
【剛力】Lv7 【明晰】Lv6 【金剛】Lv7 【疾風】Lv6 【絶技】Lv6 
【豪運】Lv5 【封魔】Lv4 
【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【魅了耐性】Lv2 
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv7 【闇属性耐性】Lv6 【雷属性耐性】Lv6 
【氷属性耐性】Lv5 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv6 

 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv4 【魂装】Lv3 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv4  

 ◆その他/魔物(使用可)
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv6  【物理防御上昇】Lv4 
【睡眼】Lv3  【爪術】Lv8 【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv7 【招集】Lv7 
【硬質化】Lv6 【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7
【咆哮】Lv6 【突進】Lv7 【旋風】Lv6 【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【火炎息】Lv6 【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 【灼熱息】Lv5 【丸かじり】Lv6 【分解】Lv3 
【吸収】Lv3 【氷結息】Lv6 【石眼】Lv7 
【物理攻撃力上昇】Lv6 【石化耐性増加】Lv6 
【不動】Lv6 【衝撃波】Lv6 【地形耐性】Lv4 【廻水】Lv5 【鏡水】Lv4

 ◆その他/魔物(使用不可)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5 【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  
【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 【結合】Lv8 
【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 【絶鳴】Lv7 【幻影】Lv8 【影渡り】Lv6
【地縛り】Lv6 【属性変化】Lv7 【無面水槍】Lv5



 崖の中の秘密基地にて。

 一人椅子に座って瞼を閉じ、スキルの取得状況やステータス上昇の具合を確認していく。

 今回も全体的に多くのスキルを伸ばせたことは間違いない。

 弟のアスクから得られた【両手武器】や、謎の執事から得られた【暗器術】。

 それに最初の方で釣った御者連中から得られたであろう【獣語理解】や【調教】なんかも、野盗ばかりを倒していただけではなかなか得られないスキルなだけに、ここで多少でも拾えたことは大きいと感じる。

 その他にも無理やり【挑発】で呼び戻した女から得た【錬金】含め、いくつかジョブ系でも新種は得られているし、アシューから遠距離職らしいスキルの他にも【鑑定】や【奴隷術】を、それに経験値の積み重ねで【探査】のレベルもしっかり上昇したのは、間違いなく自身の成長に繋がっているはずだが――

 ステータス数値の伸びに目を向ければ、「ランカー2名と数百の悪党を潰してもこんなものか」と、思わずボヤいてしまうくらいには期待値よりも低い結果に終わっていた。

 各ステータスの数値上昇は平均200程度で、今もっとも伸ばしたい『魔力』に至っては、伸びやすいにもかかわらず100程度しか増加していない。


 (いつか来ると分かっていたことだし、それだけ成長したと思えばしょうがないか)


 その原因は明らかで、野盗の所持率が高いスキルは既に相応のレベルまで上昇済み。

 なのでそこいらのゴロツキ程度では、もうまともにスキルレベルが上昇しないのだ。

 FランクやEランク魔物を万と狩っても成長しないのと同じこと。

 それでもチラホラと得られる所持率の低いスキルや、まだまだレベルの低いスキルで伸びはあるが……


 野盗程度で派手にスキル取得のアナウンスが流れるような、夢のボーナスタイムはこの辺りで終了。

 今後は小悪党のグループを30人斬っても成長無し、たまにレアモノが混ざっていて、その結果に一喜一憂する。

 こんな展開が当たり前になってくるんだろう。

 まぁそれでも『嫌い』だから、その手の輩はバシバシ狩っていくし、そんなレア掘りも大好きだけどね。

 んーで。


(自身の成長を考えるなら、やっぱり魔物も悪党も、Aランク以上だな)


 必然、この考えに至る。

 アスクにしろアシューにしろ、あの程度の強さであれば問題はない。

 もちろん油断できる相手じゃないが、よほど相性の悪い特殊な攻撃手段でもなければ、自分がやられる未来は見えなかった。

 あのアシューでフレイビルの国内傭兵ランク25位。

 ならば――

 客観的に見て、自分の立ち位置がどの程度なのかを想像する。


 ……国内で上手くいけば一桁。

 無難に見ても10位前後。

 だが表には出ていない『オールランカー』というやつらにはまだまだ手が届かず、さらにその上、ハンスさんや勇者タクヤのような一部の転生者はまだ遥か雲の上。

 たぶんだが、現状はこんなものだろう。


 とすれば、今後どう動くか。


 コンコンコン……


 指で椅子の肘置きを叩きながら思考を巡らし――


(明日の報告と、その結果次第かな)


 だが、まずなれるだろうという前提で結論を出す。

 ここからは地道に能力を伸ばしていきながら、その中でいかに良質で、かつ手頃な敵と効率良く出会えるかに掛かっている。

 その機会をどのようにして作れるのか、選択を増やすという意味では丁度良いのかもしれない。


「とりあえずなってみるか。ランカーに」
293話 ランカー申請


 翌日、俺は諸事情により、一旦ロズベリアの町を訪れていた。

 以前いろいろと教えてもらった傭兵ギルドのお姉さんに依頼完了認定書を渡せば、中身に視線を落とした瞬間から固まって動かなくなる。

「あのー、お姉さーん?」

「あ……え? これ、ほんとに? っていうか、なんでここ?」

 同じフレイビル国内と言ってもロズベリアは最北端で、ギニエは南西。

 なんでわざわざこっちに依頼完了認定書を持ってくるんだって気持ち、すんごく分かります!

「本物ですよ。ギニエの町の傭兵ギルドはバーナルド兄弟の手に落ちていて、既に全員が領兵に捕縛されてました」

「ウソでしょ……って思ったけど、ごめんなさい|そ《・》|う《・》|い《・》|う《・》|案《・》|件《・》だったわね」

 本当なら町の事情を知っているギニエで手続きしたかったんだけどね。

 今朝行ったら無人で、奴隷領兵が自信満々に全部捕まえたっていうんだから、これはもうどうしようもない。


 お姉さんでは処理しきれない内容だったのか、例の個室に誘導された後は少し待たされ、代わりに出てきたのは妙に小奇麗な恰好をしたおじさん。

 ハンターギルドのギルマスと違い、商人のような雰囲気を醸し出しているが――うん、まったく戦闘タイプじゃないな。

「ロズベリア支店の責任者、オズウェルです。お噂はかねがね伺っております」

「はじめまして、って、ん……?」

「素晴らしい移動の術をお持ちだとか。それにクオイツでも相当暴れられているらしいですね」

「アハ、アハハハ……」

 情報漏らしてんのはどこのどいつよ!?

 って思ったけど、解体場では人でなしと呼ばれているし、狩場でも散々他のハンターに見られているのでまったく的が絞れない。

 ウン、これはもう自業自得だな。

「こちらの依頼完了認定書をもって依頼完了となります。懸賞金は今お支払いしますか?」

「え、えぇ、そうしてもらえると助かりますが……ずいぶんあっさりですね?」

「認定書は正式なものですし、実行可能と思われる人材が依頼にあたっているのです。疑う余地もありませんよ」

「そんなものですか」

 なんかむず痒いが、こうなると逆に誰かが情報漏らしてくれて感謝だな。

 知らぬところで勝手に信用を得られているっぽい。


「ただ1点だけ、確認を」

「なんでしょう?」

「なぜ、この依頼を受けられました?」

「あー……」

「失礼ながらハンターとしての推定収入を考えれば、ロキさんがこの程度の懸賞額を魅力に感じるとは思えません。となれば、何か別の理由でもあるのか? と思いまして」


 正確な期間は分からないが、少なくとも1年以上は達成できるような実力者が見向きもしなかった依頼だ。

 だからなぜ俺が手を出したのか、疑問に思われるだろうなとは思っていた。

 が、まさか直接突っ込んでくるのか……まぁ、構わないが。


「単純に興味が湧いたからですよ」

「……興味、ですか」

「元ランカー2名が一つの町を支配するなんて、少なくとも僕は今まで見たことがない規模の依頼内容でしたから。なら、興味が湧きません? 纏めている人間はどれほどのモノで、どのように支配してるのかなって」

「そのお気持ちは分からないでもありません。しかし普通であれば、そこから見返りと背負うリスクを勘定に入れ、行動に移すかどうかの選択をするものでしょう?」

「もちろん。その結果として"|美《・》|味《・》|し《・》|い《・》"と判断したから行動に移しています。現金化の手間はありますが、規模が大きければ懸賞金以外の戦果も豊富にあったりしますしね」

「なるほど……分かりました、ありがとうございます」


 間違っても"興味のついでで片付けた"なんてことは言わない。

 言えば金銭欲が低いと判断されて、今後の報酬面に影響を与える可能性も出てくる。

 その意図を察してくれたのか、満面の笑みを湛えながらオズウェルさんが差し出したのは、歪な形をした半透明の小石だ。

「ロキさんの実力とお考えであれば、今後は指名依頼を希望する者も出てくるでしょう。今は身につけられていないようですが……ぜひコチラを、バングルにはめてご使用ください」

「えーと、これは共鳴石でしたっけ?」

「そうです。指名依頼のお話があった場合のみ、共鳴石が丸1日は緩く光り続けます」

「なるほど……結構長いですね。光った場合はどちらに向かえば?」

「指名依頼に関しては、全て王都『グラジール』の中央傭兵ギルドで管理しております。地方ギルドだとクローズドの指名依頼は情報が届いていませんから、その点だけはご注意を」

「了解しました。ではまだ王都に行ったことがないので、極力早めに場所の確認だけはしておきます」

「それと『フレイビル国内傭兵ランキング』に私オズウェルが推薦しますので、ロキさんの登録申請をさせていただこうかと思っていますが、よろしいですか?」

「ランキングボードのアレですよね?」

「ええ。実績が乏しければ名は知られておりませんから、ランキングでその名を売らねば指名依頼はまず入りません」


 それはまぁ、そうだろうな。

 この国の出身でもないのだから、俺のことなんざロズベリアとギニエの一部しか知らない。

 ならば当然だろうと、深く頷く。


「ランキングの更新は三月に一度、年に4回更新しております。なのですぐのすぐに反映されるというわけではありませんが……今回の結果を基にロキさんのランキングを考査し、遅くとも2ヵ月以内には反映されているかと思います」

「分かりました。一応の確認として、登録申請したけどランキング入りできなかったってパターンはありますかね?」

「さすがにそれは……。1年以上放置された厄介な依頼の達成は大きいですし、何より元25位と38位のランカー2名のほか、バーナルド一家という組織を相手取ったわけですから。ただ……」

「ただ?」

「順位に関してはなんとも言えません。個体戦力と呼ばれる個々の実力だけでなく、今までの実績や依頼達成率も加味されますので、元25位を倒したからそれ以上になる――というほど単純なモノではないこと、事前にご了承ください」

「あ~それは大丈夫ですよ。そこまで順位に拘ってるわけじゃないですしね」


 今後もフレイビルを拠点に活動していくわけでもないしな。

 あくまでランカーになるとどうなるかという、一つの実験のようなモノ。

 俺にとって美味しい指名依頼が入るようなら、他の国でもランキング狙いを精力的に頑張りましょうという、ただそれだけの話だ。


 その他にも細々とした確認をし、久しぶりに見る白金貨30枚を貰ったら用事は終了。

 今がロズベリアなら丁度良いかと、まったくマッピングが進んでいない東方面へと飛行を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 傭兵ギルド、ロズベリア支部の看板受付嬢オレイアは、軽やかな足取りで戻ってくるオズウェルの姿に顔を顰める。

 原因は当然あの少年。

 それは分かっていたが、常に存在していた眉間の皺が消え去るほどに大きなことなのか。

 たしかに支部からしてみれば、国内最長の可能性すらあった不人気依頼を片付け、おまけにわざわざこの町で報告してくれたことは非常に大きいけれど……

「ギルマス、そんなに嬉しいことなんです?」

 思わず問えば、瞬く間にいつもの深い皺が眉間に寄る。

「あの少年の真の狙いを理解しておらんから、そのような疑問が生まれるのだ」

「と、言いますと?」

「あの依頼は金以外の目的……その先を視る者でないと受けることはないと思っていた」

「つまり?」

「分からんか? 繋がりだよ。あの町は小規模ながら領都という側面もある。そんな町を救ったとなれば、当然領主との繋がりもできるだろう? 端的に言えば、貴族に恩を売ったとも言える」

「なるほど?」

「あの少年は表面的な懸賞金に囚われず、そこまで見据えて"美味しい"と判断したのだ。ふふっ、個体戦力のみならず知恵も働くとは……まさに逸材よ」


 言いたいことはなんとなく分かった。

 でも、なんでギルマスが喜んでいるのか?

 未だ首を傾げるオレイアに深い溜息を吐きながらも、オズウェルは解説を続ける。

「まだ分からんか? あの少年は望んで貴族との繋がりを求めているのだ。となれば傭兵としての適性は十分。金と地位を与えれば、国や貴族連中の犬となってくれる公算は高い」

「傭兵ギルドって、そんな人達ばっかり求めてますもんねぇ」

「ふふっ、ふはははっ……あの様子は他国でもランカーどころか、まず共鳴石すら得ていない。容姿からしても、東の国からAランクを目指し続けた生粋のハンターだったのだろう。推薦するのは私だ。私がとんでもない原石を掘り起こしたのだ……これで私の評価は――」

 壁に向かって高笑いを続けるオズウェルの背中に冷ややかな視線を向けながら、オレイアはかつてのバーナルド兄弟とあの少年を思い返す。

 兄のアシューも弟のアスクも、傭兵として現役の時代はロズベリアを拠点にしていた。

 当時はただのパーティ仲間だったはずだが、Aランクハンターとしてクオイツで狩りをしながら、この傭兵ギルドで要人警護の依頼をこなしていたのだ。

 オレイアはその当時も受付嬢として、彼らの対応をしていた。

 アシューは口数の少ない男だったが、それでも仕事には誠実だったと記憶している。


 国にとって都合の良い駒になれるかどうか。

 そう考えるとオレイアには、どうにもあの少年が『犬』になるようなタイプには見えず――それこそ、アシューと同じような雰囲気をなぜか感じてしまった。

 考えてみれば、アシューとアスクがランキングから除外されたのも、依頼主である貴族と揉めに揉めたのが原因だったはずだ。

 たぶん、私じゃ無理。

 何も根拠があるわけではない、受付嬢としての、そして女の勘も多分に含まれている。


 が――――。

 責任者であるオズウェルが納得しているならそれでいいかと、オレイアは深く考えることを放棄した。

 それほどまでの役職と給金を貰っていない。

 ならば不相応、自分にとっては考える必要もないことだ。


(そろそろ国ではなく、私に従順な次の『犬』を探さないとねぇ)


 そんなことを考えながら、オレイアは爪の手入れを始めるのだった。294話 全員変態でした

 ロズベリアを東へ。

 そこから国境線を意識しつつ外周を埋め、内部のマッピングに移行してから既に10日近くが経過していた。

 目的地にしていた道中のCランク狩場含め、魔物からの新規スキルはビックリするくらい何も得られず、途中の山間部で潰した小規模な盗賊団2つからも、経験値は得られたけどスキルのレベルアップまでには至らず。

 リルが転移者の湧きポイントで、なんとも反応に困る中身の無いビニール袋と、地球産だなということだけは分かるサンダルの片割れを拾ってきたというくらいで、大きな進展や成長もないままお寒い空の旅が続いていたわけだが。


「ロキ~やっとできたってさ!」

「おぉ! マジで!?」


 拠点に戻ってすぐに聞こえたカルラの言葉に、俺のテンションがMAXまで上昇する。

 ようやく心待ちにしていたこの日が訪れたらしい。

 今回はゼオの分も揃っているらしく、3人揃ってロッジのところに突撃すれば、机の上にはカラの酒瓶や女性モノのパンツと一緒にいくつかの装備が置かれていた。


「待たせたな! 今回はロキからいくか」


 言いながら早速渡されたのは、一目でガルグイユの素材と分かるフルレザーアーマーに、同素材の頭部用フェイスアーマー。

 濃紺の中に所々混ざる黒の差し色が、またなんとも良いアクセントになっていらっしゃる。


「当たり前だが、今ロキが身に着けているのより完全に上位互換と言っていい装備品だ。打撃や斬撃なんかの物理攻撃に対しても強いが、何より水耐性強化でこれより優秀な素材はそうあるもんじゃねぇ」

「んお? ってことは、まだ上には上があるの?」


 ふとした情報に気になって顔を上げれば、ロッジは首を捻りながらも微妙に頷く。


「俺の爺さんの爺さんが、人伝に聞いたことがあるっつーくらいだけどな。『海』にはそんな馬鹿げた魔物も存在するらしい」

「あぁ、海か。それならたしかにいてもおかしくなさそうだよね。ゼオはなんか知ってる?」

「ふむ……交易船を喰らうような、かなり大型の魔物が海にいたことは知っている。倒しても不定期に出現する魔物だったから、厄介極まりない存在として討伐隊が何度も組まれていたはずだ」

「となると、通常ボスかな」

「ねね、あとアレは? 島を消しちゃうやつ」

「「え?」」


 俺とロッジの、二人の声が重なり合う。

 船を襲うくらいならまだ納得もできる。

 だが、島を消すとか……何それ。ちょっと規模っていうか、質が違うような気もするんだけど。


「あくまで噂だろう? 存在を確認したという記録を見たこともない。大災害によって生まれた負の感情を、魔物へ矛先を逸らして統制したという話はかつて小耳に挟んだが」

「……」


 どっちなんだろうな、これは。

 あの腐敗のドラゴンを見た後だと、そんな別次元の魔物がいたっておかしくないとも思えてしまうし、架空でもなんでも、分かりやすい悪者を他に作って国や町を纏めるってのも実際にあり得る話だし。

 うーん。


「まぁ、そんな魔物といつか戦うならちょうど良いんじゃねーか? こいつの強力な水耐性が役立つってことだろ」


 そう言いながら、ポンポンと装備を叩くロッジに深く頷く。


「うん、そうだね。ロッジの言う通り! 使いどころがあるから装備に意味も生まれるわけだし」


 そう、これは喜ぶべきことなのだ。

 特に耐性特化の尖った装備は用途が限定的で、少なくともMMOであれば対人戦闘向けではない。

 その代わり場面によっては必須級になるタイプなのだから、そんな出番がちゃんとあるなら喜ばしいことだろう。

 手間と金はかかるけど使いどころがないコレクション装備とか、嫌いじゃないけど今はそんなの求めていないしな。


 そのままカルラにも、俺と同じようなレザーアーマーが渡され、次いでゼオにも――、んん?

 ゼオにはなぜか鎧ではなく、『マント』が渡される。

 バッサーと宙を舞わせるように身に着ける姿は、凄く様になっていてカッコいいが。


「ほんとにこれで良いのか?」


 ロッジの言葉に、腕を組みながら頷くゼオ。


「少しずつ力が戻っているとは言え、まだ何かと戦えるような身体ではないのでな」

「というか、師匠って元から防具はマントしか身に着けないよね?」

「うむ」


 うむって。

 そんなんでいいのかって思うけど、まぁ昔は防具も関係ないくらいの強者だったんだろうしなぁ……


「あとはどうせ素材が余ってるしな。ボス素材なら魔力を通す媒体としても優秀だろうから、ガルグイユの骨を削って『杖』にしてみた」

「ほう」

「凄い師匠に似合ってるね!」

「たしかにー」


 少し灰色が混じったその骨の杖は、持ち手の部分が歪に膨らんでおり、対して先端部分は動物くらい簡単に刺せそうなほど鋭利に削られていた。

 今まで使ったことはないが、杖はたしか『魔法関連』に上方補正が掛かるはずだ。

 ゼオは元々魔導士だし、普段は斧か工具ばっかり握ってるけど、さすが本職の武器種となれば様になるな。


「して、武器の名は?」


「「え?」」


 また、俺とロッジの声が重なり合った。

 武器の名とは、なんぞ?

 ショートソードはショートソードだし、店先に製作者の名前は書いてあっても『武器名』が表記されていることなんて一度もなかった。

 まぁゲーム的には、装備に『固有名詞』があるなんて当たり前のことだが……

 チラリとロッジを見れば、唖然としながら固まったまま。

 ゼオの言葉を飲み込むのに時間が掛かっているらしい。


「装備に"名付け"なんてしたことはないが……?」

「そうか。ならば、我が名付けよう。『灰骨の竜杖』と」

「「……」」


 カルラはキラキラした瞳でゼオを見上げ、ロッジは口を半開きにしたまま意識を遠くへ飛ばしていた。

 この拠点で、一番の常識人は間違いなくゼオのはずだ。

 だがしかし、これは――


 思い返されるのは、俺が中学生の時。

 どこかから湧き出てきた謎の刀にカッコいい名前を付け、夢の中で何かと戦っていた記憶が蘇る。


(もしや、ゼオもなかなかのヤベェやつなんじゃ……?)


 ふとそんな疑惑が頭を過るも、こんな秘境も秘境の森の中につれてきているのだから、今更どうしようもない。

 ならばここは同志として、俺もこのビッグウェーブに乗っかっておくしかないか。


「ゼオ、俺の鎧も命名してくれない?」

「!?」

「鎧にまで名を付けるのは珍しいな……まぁいい。『蒼竜の鱗鎧』、我ならそう名付ける」

「いいね。それ採用」

「……あーその、なんだ? ゼオやカルラの生まれた時代は、そうやって装備に名前を付けるのが当たり前だったのか?」

「名の付いてる装備が多かったから、無いモノも付けてた感じだよね?」

「そうだな。親や仲間から装備を引き継げば、その名も引き継ぐというのは当たり前だった」

「種族特有の文化ってやつか」

「当時のドワーフは分からぬが、人間でも『家宝』などと言って家督と一緒に引き継ぐ風習はあったはずだぞ?」

「神様が名付けてる装備も多かったしね」

「ん? んん??」


 途中からカルラが意味の分からないことを言い始めたおかげで、まったく話の中身が理解できない。

 そのことを二人に伝えれば、古代の装備事情というのをもう少し掘り下げて教えてくれた。


 まずゼオのような強者は、特殊な補正や能力が付くダンジョン産の武器と装飾品を身に着けることが多かったらしい。

 これにはロッジも納得しているので、かつて『本』で予習した通り、武器と装飾はダンジョン産で、防具だけは鍛冶師頼み。

 だからこそ、バルクールの防具製作費用がボッタクリかと思えるくらいに高かったということにも繋がってくる。

 そしてダンジョン産の現物武器や装飾というのは、能力に応じて最初から固有の名称が存在しているモノもあるらしく、これは鑑定のスキルレベルが満たしていれば誰でも確認することが可能。

 だからゼオやかつての仲間にとって、武器と装飾に『名』があるというのは、無ければ付けるくらいには普通の感覚なんだそうだ。

 まぁそうは言ってもレアリティが高く、しかも優秀な能力や補正の付いた装備なんていうのは、手に入れれば一生モノのお宝。

 死期が近づいたり老いれば、子に託したり仲間に託したりと、誰かに引き継いでいくのが一般的だったみたいだけどね。


「一部のダンジョン産装備にとんでもない需要があることは知ってたが、まさか神様が名付けまでしてるなんてな」

「ん――……」


 ロッジの言葉を聞きながら、天井を見上げて暫し思考を巡らす。

 この仕事はまず女神様達が担当じゃないだろう。

 知っていたら始めから自分達用に隠蔽MAXの指輪くらい創っていたはずだ。

 ということは、そのような"設定"を組んだのはフェルザ様。

 ……だからこそ、やっぱりダンジョンは楽しみだな。


「そうだロキ。例の武器はもう少し時間をくれ。作ったことがない類だから調整に時間が掛かる」

「すぐ必要なわけじゃないし、全然大丈夫だよ~」

「あと、一応言われていたコイツは作ったぞ」

「おっ? どうだった? 簡単だった?」

「この程度作るのは簡単だが、おまえの言っていた螺旋のような"巻き"は俺じゃ無理だな。そっちは【鍛冶】より【加工】に強いやつの方が向いているはずだ」

「了解。これでも十分だよ、ありがとね!」


 ふーむ、コッチは作るのが簡単か。

 ならば相変わらずの丸投げだが、ヤーゴフさん達に伝えれば何かしら役に立つ可能性もあるだろう。


「それじゃ、早速使用感を確認してきますかね~。あ、【付与】の希望があったら今付けちゃうから言ってね」


 出来上がった見本を収納し、自分の分も含めて新米付与師のお仕事を。

 それが終わったら新装備の慣らしも兼ねて、俺はパルメラ南部のマッピングを進めながら夜間の狩りへと向かった。295話 次の国に向けて

 フレイビル王国の王都『グラジール』。

 この街を俺は、フェリン、リステ、リルの4人で訪れていた。

 リステは恒例となってきた王都での市場価格調査を。

 フェリンは食材や地域の料理を確認し、リルはフェリンの補佐と言いながら飯をひたすら食っているだけ。

 そして俺はこの街にある傭兵ギルドを確認し、これで何かあればすぐ飛んでこられると、周囲を見渡せる屋根の上で大きく息を吐いた。


「もう3ヵ国目ですか」

「この国は結構早かったよね?」

「ロキの飛ぶ速度が速くなってきているからだろう」

「ふふふ、まだリルの羽には程遠いけど、ちょっとずつ形になってきてるからね」


 屋台で買った脂身の美味いお肉を皆で摘まみながら、目を閉じ完成された地図を眺める。

 前半はパルメラ内部の探索に時間を費やしていたが、フレイビルに限って言えばトータル1ヵ月ちょっとくらいだろうか。

 言われた通り移動速度の問題もあるとは思うけど、それ以上に立ち寄る狩場が減ってきた。

 それが時短に繋がっている一番の要因だろう。

 この調子だと、ラグリースやヴァルツほどの国土なら、もう半月程度で地図を完成させられるような気がする。

 まぁどこにも立ち寄らず、マッピングだけに専念すればの話だけどね。


「そろそろラグリースの各方面にも行きたいところだけど、あと寄るのは香辛料を豊富に扱ってそうなお店くらい?」

「あ、魔道具の専門店!」

「うむ。リアが空いた時間に勉強したいから、1種類ずつ欲しいと言っていたな」

「フィーリルの希望はどうするのです?」

「馬でしょ? あれは飛んでるとたまに野生っぽいのを見かけるしなぁ……うん、そのうち魔力に余裕があったら連れて帰るよ。それまではアリシアの猫ちゃんで我慢してもらおう」

「今焦らなくても、次の国で色々と手に入るかもしれんしな」

「あっ、次がロキ君の行きたがってたダンジョンのあるとこだっけ?」

「そそ! もう今からめっちゃ楽しみなんだよね~」

「私もー! 種いっぱい持って帰ってきてね!」


 全員がローブを羽織り、ゾロゾロと話しながら目的の場所に向かう。

 その姿は落ち着いたもので、もうだいぶ下界の生活や仕組みに慣れてきている様子がありありと感じ取れるな。

 きっと広範囲探査で、誰かが既に目的の場所を把握しているのだろう。

 先導してくれる皆の姿に自然と笑みを浮かべながら、俺はお財布係として、徐々に頼り甲斐の出てきた女神様達の後ろ姿を眺めながら後を追った。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 一通りの買い物が済んだら、荷物は俺が全て回収して現地解散。

 その後にまず向かったのはベザートのハンターギルドだった。

 ヤーゴフさんと、いつも通り横に座っているアマンダさんにまず渡したのは、ギニエで複数個回収していた結界用魔道具。

 そして昨日作ってもらった『釘』と、ロッジには無理と言われた『ネジ』の図案に、古城さんのバッグ――

 その中に入っていた化粧用の筆の図案も、パルメラにいるユニコーンの馬毛をセットにして渡しておく。

 バッグの中身は、あくまで再現性の高そうな『筆』のみ。

 ギリギリまでどうしようか悩んだものの、結局は表に出さず、俺がそのまま隠し持っておくことにした。

 ベザートの人達に余計なリスクを背負わせ、死んでほしくない。

 そんな俺のエゴであり我儘が一番の理由だ。

 わざわざかつての遺留品を大事に抱えていたくらいなのだから、ヤーゴフさん達からすればリスクなぞ承知の上でさらなる発見を求めるだろう。

 それこそ遺留品だけでなく、『転移者が高確率で湧き出るポイント』として、異世界人そのモノを求める可能性すら出てくる。

 それでも、情報がベザートだけで留まるならまだいいが……もし他国に情報が伝わろうものなら、そんな美味しいポイントの独占なんて他が許すわけもない。

 真っ先にベザートが襲われるだろうことはすぐに想像がつく。


(守りきれる自信がないなら、わざわざ危険に晒すような選択は取れない)


 久しぶりに見たプラスドライバーや、電卓の裏側を見せて『ネジ』の用途を説明しつつ、心の中ではまったく別のことを考える。

 できればしたくはない隠し事。

 それでも――

 ソッと心の中で謝罪をしつつ、これがまた何かのきっかけになればと、一通りの説明を終えて俺はベザートを後にした。



 その後は王都ファルメンタへ。

 商業ギルドに向かい、徐々に担当化してきている七三分けのワドルさんにご挨拶。

 状況を確認すれば、この2ヵ月の間でヴァルツ王国側の商業ギルドとは話し合いが済んでいるようで、既にあちらでも自国の地図販売が開始されているとのことだった。

 ならば結構と、必要経費ということで羊皮紙を数枚頂き、3つ目となるフレイビル王国の地図をワドルさんに渡しておく。

「今度はフレイビルと交渉ですか」なんて口ではボヤいていたが、声のトーンや表情からはかなり好調であろうことが丸分かりだ。

 これなら何も言わなくても、利益のために商業ギルドが全力で頑張ってくれることだろう。


 そして最後に目的地。

 ベリヤ宮殿内部で、一つのドアに向かって声を張り上げる。

「たのもー!」

「なんだい、煩いねまったく!」

 プリプリしながら登場したばあさんだったが、お土産を渡せばシワシワの手がすぐに伸びた。

「これ、フレイビルのお土産ね。変わった柄の布があったから膝掛けに丁度良さそうかなって。あとラグリースには出回ってなさそうな茶葉と、これは名産っぽい蜂蜜」

「ほう……やるじゃないか。ロキ坊も飲むだろう? お礼に私が淹れてやるかね」

「お願いしまーす!」

 一応辺りを見渡すも、煩いひ孫のエニーは見当たらない。

 相変わらず仕事も兼ねて、本作りを頑張ってんのかな?

「しかし旅先がフレイビルかい。オルグのじじいが大量の竜素材を売り込みに来たのも、ロキ坊が一枚噛んでそうだね」

「え゛」

「ヒヒッ、ヴァルツにせき止められて滅多に手に入らなかった素材だ。国も大喜びなんだから、そんな声出すんじゃないよ」

「あ、あはは……なら良い仕事したのかな?」

 ラグリースに加担している感があまりにも強いから、ばあさんとは交渉しないでギルド売却を選択したというのに。

 結局オルグさんが国に売ってるとか、俺の行動が無駄過ぎて苦笑いしか出てこない。

 まぁ俺が直接肩入れしたことになっていないなら、これで良かったのかもしれないが。


 紅茶を頂き、一息ついたらばあさんと一緒に書庫の向かいの部屋へ。

 俺があまりにも唐突に現れるものだから、宮殿に必ずと言っていいほどいるアルトリコさんに本の管理は任せているという話を聞いて、ふと前回お邪魔した時のことを思い出す。

「そういえばさ、こないだ来た時に本作りしていた『ケイラ』って子は、何か訳あり?」

「あぁ、ロキ坊はもう見たのかい」

 どちらの意味で言われたかは分からない。

 でも容姿も特異な所持スキルも、どちらも見ているのではっきり頷けば、一度溜め息を吐いた後にばあさんは答えてくれた。

「先祖返りってやつだよ。人間だって長い歴史を辿れば大概は亜人との混血だからね。血の濃さにもよるけど、稀にあぁして混ざった亜人の特徴が強く表に出るのさ」

「だから保護を?」

「保護なんて甘いことはしないよ。ちゃんと仕事をさせて、勉強もさせて、どう生きたいかを本人に考えさせる。その上でやりたいことが見つかったんなら、そこからは自分で責任背負って好きに挑戦すればいい」

「恵まれてるね。ケイラちゃんも、それにアルトリコさんも」

「そうでもないさ。獣人やエルフの特徴が多少表に出る程度ならどうとでも生きられるけど、あの二人の特徴はそんな優しいモノじゃない。人の目は、想像以上に残酷だよ」

「……」

 虐められ、迫害を受け、孤立し、自身が見世物となって食い繋ぐ。

 喉が潰れた転生者――ルビエイラさんをふと思い出し、そんな有り得そうな路線から外れられたこと。

 そして学ぶ機会まで得られるとなれば、並みの子供よりも幸せのように思えるが……

 そうだな、そうだった。

 人なんてほんの少しのきっかけで、いくらでも残酷になれる生き物だったことを思い出す。





「アルトリコ、お客さんだよ。完成品を持ってきとくれ」

「でたーロキだー!」

「久しぶり~」

「あ、こんにちは……」

「……」

「リ、リコさん! 大ばあちゃん来たよ! リコさんってば!」

「ふぇ? ふぉえええええええ!?」


 よほど集中していたのか、脇を小突かれ飛び跳ねるアルトリコさんの姿を眺めながら、一先ずは試す。


 ――【心眼】――


(今回は通った……が、なるほど)


 詳しくは聞かないし、とても聞けるようなものでもない。

 それに聞かずとも、アルトリコさんは『巨人』絡みの先祖返りでまず間違いないだろう。

 しかし見慣れぬスキルが【痛覚遮断】であったことに、本来の巨人種がどんな存在なのか、思わず想像を巡らせてしまう。


「ロキさん?」

「あ、ごめんなさい」

「今回は頑張ったからね! ロキ、払えるの~?」


 目の前にはいつの間にか並べられていた、厚みの違う9冊の本。

 現状の3人体制でやれる限界まで頑張ったらしく、自信満々に挑発してくるエニーに向かって、言われた約2億ビーケほどのお金を山のように吐き出していく。


「え?」

「んなっ!? お、お金、すごっ!」

「ど、どこから出てきてるんでしょう……?」

「……間違いなく最初は持ってなかっただろう? あれから取得したってのかい」

「そうなるね。竜素材の犯人が俺に繋がった時点で、想像はできてたでしょ?」

「まぁね。ヴァルツもまだ警戒しているのか、装備品や装備に転用できる素材はまだ制限が掛かってるって話だったのに、急にAランク素材が大量に入ってきたんだ。量や経路を考えても『あのスキル』以外に方法はないと思っていた」

「そういうことだから、上にさ。変な気を起こさないように言っといてね」


 目の前には子供達もいるんだ。

 あまり過激なことは言えないが、それでも自然と、ばあさんには伝わるだろうなと思った。


「まったく。我関せずじゃもう駄目だね、こりゃ」

「あーあとついでに、北で掘り起こしている魔道具には気を付けて。扱いを間違えたら、それこそ長年危惧していたことが現実になるかもしれないから」

「……そうかい。ちなみに」

「ん?」

「以前渡した趣味の悪いうちの史書。あれはもう見たかい?」

「あぁ、ごめん。まだ見てなかった……」

「ヒッヒッヒッ! 国が無理やり押し付けたようなもんだから、まったく見る必要もないけどね。ただまぁ、一応伝えておくよ。あの本の中身は|全《・》|て《・》|真《・》|実《・》。それだけは間違いないよ」

 中身を見ていないから反応に困るが、まぁばあさんが真実っていうんだから、良くも悪くも本当のことが書いてあるんだろう。


(ならいい加減、目を通しておくかなぁ……)


 そんなことを思いながら、一通りやるべきことを済ませ拠点へ帰還した。296話 本の中身

 現在上台地と下台地を分ける絶壁には、いくつかの部屋が存在していた。

 主にゼオとアリシアが利用する、下台地から直接入れる食糧庫。

【土魔法】と【空間魔法】で徐々に広げていったその空間は、直射日光が当たらない上に、俺が巨大な氷を適度に生成しているので、中は冷蔵庫に近い環境を備えている。

 そして回収した装備を置いていたかつての武器庫は、今はなぜか大量の丸太が散乱しており、ゼオのキノコ栽培所になっていた。

 丸太を見ながら何かを選別しているようだが、俺にはさっぱり分からないので100%ゼオ任せである。

 ここまでが下層で、ゼオ達の家から数㎞は崖まで距離があるのと、資材倉庫ができたおかげもあってあまり積極的な拡張はされていない。


 そして中層と言える滝の裏には、今のところ俺だけが――って言っても女神様達にはバレてそうだけど、一応俺しか出入りできない秘密の部屋がある。

 僅かな空気穴を残して入り口の大半を塞いだ、6畳程度の小さな部屋。

 そこには石造りのお手製椅子と机、それに先日交換して質がかなり良くなったベッドが置かれ、机の上にはモチャッと自分の肌着が置かれていた。

 足元にはフサフサ毛皮を敷き詰めているし、乾燥用の魔道具も置いてあるしで、結構快適なマイルームであることは間違いないのだが。


「うーし、そろそろ本気出してこうか」


 異世界に降り立ってもう少しでたぶん1年。

 だいぶ慣れてきたわけだし、ちょっとずつ趣味の世界を広げたっていいだろう。

 そんな思いで細い通路を作り、その先に新たな部屋を二つ生み出す。

 まず一つは装備部屋だ。

 すぐ下位互換になってしまった水耐性鎧や穴空き鎧に、初代、2代目ショートソードなど、家具がクソほど余っているので、資材倉庫で手頃なモノを調達しては設置し、棚に並べていく。

 一応衣装棚もいくつか回収して並べてみたが……

 基本は上空を移動してるか、狩りをするかの二択なのだ。

 買ってまで服が欲しいとは思わないし、カルラがサイズの近い服を掘り起こしてるっぽいので、落ち着いたら似たような体型なんだし、ちょっとカルラから貰ってくればいいだろう。

 いつできるかは不明だけど、アリシアも服を作ってくれるって張り切ってたしね。



 そしてもう一つ、最初の居住部屋から繋げたのは書斎だ。

 今回購入した分を含めてようやく20冊。

 それにこれからもどんどん増やしていく予定なので、本棚として使えそうな棚をいくつか設置しておく。

 ただここに置くのは、あまり見返す必要のなさそうな本のみだな。

 辞典のような類の本はいざという時にすぐ確認したいので、いつか予備の複製品ができるまでは収納にしまっておこうと、ペラペラ中身を確認しながら分別を進めていく。



『魔道具一覧 3巻』

 名前の通り魔道具の図鑑で、現代で言うカタログのようなもの。

 1冊に付きナンバリングされた20種の魔道具とその効果が紹介されており、未所持の優れモノを探す意味ではかなり便利な本である。

 この手の魔道具関連はリアの大好物なので、たぶん見せれば顔には出さず静かに喜ぶことだろう。

 既に2巻は前回購入しており、なぜアルトリコさんは1巻を先にやってくれないのか、疑問が残るばかりである。



『奴隷商館活用法 見るべきポイント』

 各国にある奴隷商館の特徴がまとめられているっぽいが、今まで興味を持ったこともないのでかなり反応に困る。

 ただばあさんは、ケイラちゃんをどこかから見つけてきて育てているようなので、その探し先というのがこういう場所になるのかもしれないな。

 国によっては奴隷を認めていないところもあるようで、しかしそれはかなり限定的。

 この本がいつの時代に書かれたモノなのか分からないけど、奴隷商館は大半の国に存在しているっぽいので、一度人生経験として足を運んでみても良いかもしれない。



『戦術論 陣形戦術 4巻』

 どう考えてもリル用の本。

 学んでも活かせる場面がまったく無さそうだし、見てもいまいち意味が分からないので流し読みで十分。

 得意技がソロ活動の男に、団体行動の心理なんて理解できるわけがない。



『美の女王マダム・オーゼス』

 何かの物語っぽいけど、ちょっと不思議な感じもする本。

 誰しもが認める美しい女性は老いを恐れ、やがてその老いを克服するが、その代償に多くのモノを失い化け物に堕ちるという話だが……。

 うちの拠点に老いを克服しているオカマとイケオジがいるので、そう考えると実話という線も出てくる。



『特徴も様々 実用された騎乗生物』

 これは知識としても、読み物としても面白い。

 長い歴史の中で実用事例のある騎乗生物が数多く載っており、一般的な馬はもちろん、ラクダや象といった地球でもその光景が浮かぶモノから、巨大な鳥や蛇みたいな挿絵の魔物など。

 スキル【調教】と【魔物使役】次第で様々な生き物に乗れることが記載されていた。

 珍しさや強さという意味での捕獲難度や移動速度、持久力、乗れる人数を含めた目安積載量、空中移動やブレスなどの特殊技能を持っているかなど、大枠の系統で評価がランク付けされているので非常に分かりやすい。

 当然騎乗生物の王者は竜種――その中でも超大型の古代種と呼ばれる、ハンスさんのペットである。




『オールスロイ戦争』

 ハズレ。

 どこかであった戦争を纏めた本だということは分かるけど、いつの時代かも分からないし、中身も戦争すればそうなるよねって話ばかりで特筆すべきことはない。



『ジュロイ王国 各地の名産と民芸品』

 たしか、ラグリースと隣接している西側の国だったような?

 地名と一緒に色々な品物が載っており、とりあえず【描画】スキルの高い人が書いたんだろなってことはすぐに分かる。

 見ていて興味を引かれたのは『お香』くらい。

 あとは何か筒のようなモノを咥えて吸っている絵が視界に入ったので、これは目の毒だとソッと本を閉じた。

 今更吸いたいとは思わないけど、一応ね。




『転職しよう 職業一覧 改訂版』

 一番初めにばあさんと見た職業が色々載っている本。

 職には就けないけど、改めて目を通しても圧倒的なボリューム、読み応えのある内容でまさに攻略本と言ってもいい。

 今のところは予定もないけど、ゼオやカルラが職に興味を示すことがあれば、この本を見せてあげようと思う。




『大陸中央部 通わせたい貴族院3選』

 学校っぽいのあるんだ~って思った程度。

 貴族院とか名前はついてるけど結局は金で、所定の金を積めば庶民だろうと入れるし、年齢も随分ガバガバというか、一応15歳までというくらいで他ははっきりと決まっていないっぽい。

 考えてみればこの世界は戸籍が見当たらないのだから、年齢なんて所詮は見た目と自己申告頼みなのだろう。

 今更学園生活するくらいなら俺は魔物を狩るが……本の所蔵量が大陸有数ということで選ばれている『クルシーズ高等貴族院』というところには一度足を運んでみたい。




 ん――……。

 並べながらどんどん読んでしまったが、とりあえずこの部屋にまず必要なのは机と椅子だな!

 そう思ってちょっと高級そうな机と椅子を設置してみれば――。

 おぉう、なんか凄いそれっぽい感じじゃーん!

 一人椅子に座って周囲を見渡すと、なんか急に自分ができる男になった気がしてしまう。


「ついでに見ちゃうか」


 明日からは新しい国、『オルトラン王国』に入るのだ。

 そうなれば移動やら初のダンジョン探索やらで忙しくなるのだから、読むのだったら今のうち。

 コーヒーを淹れ、今日発見した暖かい空気を出す魔道具を足元に置き、修行の一環で全身を魔力で覆いながら『ラグリース王国の歴史と展望』を手に取る。



(…………)



 これは、ヤバいな。

 さっき見た『オールスロイ戦争』ばりに中身がつまらない。

 いずれ役に立つ知識なら学びたいと思うけど、過去の王様がどんな人物だったとか、マジで興味の欠片も湧かないんだが。

 もう、いいかなぁ。

 そう思いながらペラペラと流し読みしていて、かなり後半のページでピクッと紙を捲る指が止まる。



「唯一鑑定不能な、推定1等級の謎の球体……」



 気になって前後のページも目を通すと、ラグリースはベイルズ樹海を含む、爆風によって形成された周囲の土地から長年古代の遺物を収集してきた。

 とは言っても想像通り、大半が使用不可能なほどに破損した部品の欠片で、直す技術もないため活用できず。

 加えて破損が軽傷でも用途の分からないモノ、起動方法の分からないモノも多く、その大半は国の宝物庫にただただ『古代の遺物』として眠っていたらしい。

 が、ある時、その状況は一変する。

 しっかりと動く古代の『鑑定魔道具』が出土したからと、そうこの本には書かれていた。

  この魔道具を使ったことで、まず眠っていた多くの遺物が機能を果たせる状態なのかどうか。
 
 また果たした場合にどのような効果を生むのか判別することができたようで、結果大半は壊れていたものの、一部は現在でも破格の性能を持つ魔道具として活用されているらしい。

 それらは特別危険なモノではなく、『雨を降らす魔道具』や『超広範囲を結界で覆う魔道具』、それに『遠方と通信できる魔道具』など、特徴のある魔道具はその性能までそれぞれ記載されていた。

 こんな情報を俺に教えていいのかって思うけど……

 俺がどこにも属さないと断言しているからこそ、情報の洩れより信用を取りにきているのかもしれないな。


 ただ唯一、古代の鑑定魔道具を使っても性能判別できないものがあり、それが先ほどの『謎の球体』らしい。

 ここには大きさ3メートルほどの黒く丸い物体と書かれており、転がすことはできても持ち上げることは叶わず、今は厳重にどこかの地下で封印されていると書かれていた。


「黒い物体で持ち上げられない……でもあれは円盤か」


 ふと、パルメラ大森林の中心にある円盤を思い出すも、たぶん違うだろうなと予想をつける。

 あれはアリシアですら用途が分からない――つまりあり得るのか分からないが、神様の【鑑定】すら通らなかったということだろう。

 だからフェルザ様が創ったという疑惑が持ち上がるのだ。

 となれば、いくら優秀な古代人とはいえ結局は『人』なのだから、アレとは別物。

 人の範疇で作り上げられる最高峰のナニカを作り上げたと、そういうことなんだと思う。

 解決方法は――俺じゃ無理だから、女神様にそのモノを見てもらうことくらいか。

 ただばあさんには釘を刺してるし、今が地下で封印されているなら、問題ないようにも思えてくる。

 さすがに地下のどこですか? って聞いても教えてくれないだろうしね。


(リアには一応報告――いや、そうか。もうリアはこの本を読んでいるのか)


 そういえば、ヴァルツのローエンフォートで本を読んでいた姿を思い出す。

 だから不穏分子の調査とか、魔道具の解析みたいなことをやり始めたのかな?


 分からないけど、この件で俺にできることはない。

 俺が見たってこの鑑定レベルじゃどうせ何も分からないし、まだ何もしてないのに国家機密っぽい内容に首突っ込んだってしょうがないし。

 それこそ踏み込み過ぎて、俺がラグリースの一員みたいな感じに扱われると困ってしまう。

 ばあさんとかベザートの人達とか、一個人と懇意な関係ではあるけれど、あくまでラグリースという国は『本』を購入させてもらっている取引相手。

 だから他の国にも自由に行くし、外の国とだって美味しい話なら取引もする。


(だから頼むよ、ばあさん)


 無いとは思っている。

 それでもふと、王都ファルメンタを、ばあさんを、エニーやアルトリコさん達のいるあの宮殿を――

 "俺が執行する場面"を想像してしまい、咄嗟に首を強く左右へ振った。


「俺は守りたいんだから、勘弁してよ」


 なぜ、敢えて言葉にしたのか。

 その声は、まるで自分に言い聞かせるように、狭い部屋の中で響いていた。
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ここまでご覧になられた方はお疲れ様でした。
これにて9章終了、一度ロキの手帳⑦を挟んだ後に、10章『オルトラン王国編』スタートとなります。
中身が王道かは置いといて、10章でようやくダンジョンとかが出てきますので、楽しめそうな方はまったりお楽しみください。
物語の進行具合をドラクエⅢに例えれば、次の10章でイシス、11章でダーマくらいになります(たぶん)ロキの手帳⑦

 名前:ロキ(間宮 悠人) <営業マン>

 レベル:60  スキルポイント残:121

 魔力量:5734/5734(684+5050)

 筋力:   2276 (370+1906)
 知力:   2048(371+1057)  ガルグイユ(+620)
 防御力:  2046 (364+995)  ヴァラカン(+687) 
 魔法防御力:1639(354+1285)
 敏捷:   1500(364+937)  ウィングドラゴン(+199)
 技術:   1953(363+1590)
 幸運:   1093 (364+729)

 加護:無し

 称号:《王蟻を討てし者》


 取得スキル

 ◆戦闘・戦術系統スキル
【剣術】Lv7 【短剣術】Lv7 【棒術】Lv7 【体術】Lv7 【杖術】Lv6 【盾術】Lv5 【弓術】Lv6 
【斧術】Lv6 【槍術】Lv6 【槌術】Lv6 【鎌術】Lv6 【二刀流】Lv2 【投擲術】Lv5 
【狂乱】Lv8 【威圧】Lv7 【捨て身】Lv5 【挑発】Lv5 【両手武器】Lv4 【射程増加】Lv1
【指揮】Lv5 【騎乗戦闘】Lv7 【身体強化】Lv6 【鼓舞】Lv5 【暗器術】Lv3 


 ◆魔法系統スキル
【火魔法】Lv7  【雷魔法】Lv8 【水魔法】Lv6 【土魔法】Lv6 【風魔法】Lv7 【氷魔法】Lv6 
【光魔法】Lv5 【闇魔法】Lv6 【無属性魔法】Lv8 【回復魔法】Lv5 【結界魔法】Lv1
【空間魔法】Lv6 【時魔法】Lv5 
【魔力操作】Lv6  【魔力感知】Lv6 【省略詠唱】Lv5 【発動待機】Lv2 【魔法射程増加】Lv2 


 ◆ジョブ系統スキル
【建築】Lv5 【採掘】Lv6 【伐採】Lv6 【狩猟】Lv7 【解体】Lv7 【料理】Lv7 【農耕】Lv7 
【釣り】Lv5 【裁縫】Lv5 【芸術】Lv4 【描画】Lv4 【細工】Lv4 【加工】Lv5 【畜産】Lv6 
【採取】Lv5 【話術】Lv6 【家事】Lv7 【交渉】Lv6 【演奏】Lv3 【薬学】Lv4 【作法】Lv5
【舞踊】Lv3 【歌唱】Lv4 【彫刻】Lv1 【錬金】Lv2 【酒造】Lv4 【庭師】Lv1


 ◆生活系統スキル
【跳躍】Lv6 【飛行】Lv8 【拡声】Lv5 【異言語理解】Lv8 【算術】Lv5 【暗記】Lv5 
【聞き耳】Lv4 【隠蔽】Lv8 【騎乗】Lv7 【逃走】Lv6 【気配察知】Lv7 【忍び足】Lv5 
【罠生成】Lv6 【罠解除】Lv6 【視野拡大】Lv6 【探査】Lv6 【遠視】Lv6 【夜目】Lv8 
【俊足】Lv6 【鑑定】Lv4 【心眼】Lv5 【魔力譲渡】Lv3 【罠探知】Lv2 【付与】Lv1
【泳法】Lv2 【獣語理解】Lv1 【調教】Lv2 


 ◆純パッシブ系統スキル
【魔力自動回復量増加】Lv7 【魔力最大量増加】Lv7  【物理攻撃耐性】Lv6 
【魔法攻撃耐性】Lv4 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv6 【鋼の心】Lv5
【剛力】Lv7 【明晰】Lv6 【金剛】Lv7 【疾風】Lv6 【絶技】Lv6 【豪運】Lv5 【封魔】Lv4 
【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【魅了耐性】Lv2 【石化耐性】Lv6
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv7 【闇属性耐性】Lv6 【雷属性耐性】Lv6 【氷属性耐性】Lv5 


 ◆その他/特殊
【神通】Lv2 【地図作成】Lv4 【魂装】Lv3 【神託】Lv1 【奴隷術】Lv4  


 ◆その他/魔物(使用可)
【噛みつき】Lv8 【穴掘り】Lv8 【光合成】Lv6 【物理防御力上昇】Lv4 【睡眼】Lv3 【爪術】Lv8 
【洞察】Lv4  【踏みつけ】Lv7 【招集】Lv7 【硬質化】Lv6 【酸耐性】Lv8 【状態異常耐性増加】Lv7
【咆哮】Lv6 【突進】Lv7 【旋風】Lv6 【強制覚醒】Lv9 【嗅覚上昇】Lv4 【火炎息】Lv6 
【発火】Lv6 【白火】Lv1 【炎獄柱】Lv5 【灼熱息】Lv5 【丸かじり】Lv6 【分解】Lv3
【吸収】Lv3 【氷結息】Lv6 【石眼】Lv7 【物理攻撃力上昇】Lv6 
【不動】Lv6 【衝撃波】Lv6 【地形耐性】Lv4 【廻水】Lv5 【鏡水】Lv4


 ◆その他/魔物(使用不可)
【胞子】Lv5  【泥化】Lv5 【呼応】Lv7 【粘糸】Lv4 【脱皮】Lv3  【酸液】Lv7 【擬態】Lv6 
【気化】Lv8 【毒霧】Lv5 【結合】Lv8 【分離】Lv8 【火光尾】Lv5 【絶鳴】Lv7 
【幻影】Lv8 【影渡り】Lv6 【地縛り】Lv6 【属性変化】Lv7 【無面水槍】Lv5






 ◆戦闘・戦術系統スキル

 【剣術】Lv7 剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【短剣術】Lv7 短剣形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【棒術】Lv7 棒形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

 【体術】Lv7 己の身体で打撃を加える場合に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値310%の限定強化を行う 魔力消費17 筋力補正

【斧術】Lv6 斧形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槍術】Lv6 槍形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【槌術】Lv6 槌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

【鎌術】Lv6 鎌形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 筋力補正

 【弓術】Lv6 弓形状の武器を所持している限り、攻撃動作、射程距離にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値280%の限定強化を行う 魔力消費15 技術補正

 【杖術】Lv6 杖形状の武器を所持している限り、魔法効果、魔法発動時間、防御動作にプラス補正が入る 魔力消費0 知力補正

 【盾術】Lv5 盾を所持している限り、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値250%の限定強化を行う 魔力消費13 防御力補正

【投擲術】Lv5 投擲飛距離に50メートルのプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で投擲速度/命中率のプラス補正を行う 魔力消費13 技術補正

【挑発】Lv5 注意を自分に向けやすくする 発動範囲50メートル以内 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に発動 魔力消費13 防御力補正

【狂乱】Lv8 使用後は全ての通常攻撃動作に能力値290%の限定補正を行う。ただし制限時間が経過するまで、周囲の生物に対する通常攻撃動作以外を行うことができなくなる。 使用効果時間8分 魔力消費0 筋力補正

【二刀流】Lv2 両手に別々の武器を所持している状態に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る 武器種は問われない 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【威圧】Lv7 見定めた1対象を相手に強い恐怖を与え、行動阻害、精神錯乱を誘発させる 魔力消費5 魔力補正

【捨て身】Lv5 無手の状態に限り、筋力値、敏捷値を一時的に200%まで上昇させる 効果時間1分 魔力消費25 筋力補正

【指揮】Lv5 スキルを使用した指揮者の思考が、指揮下にある味方へと伝達されやすくなる。度合いはスキルレベルによる。 範囲:1000メートル 使用効果時間30分 魔力消費50 知力補正

【鼓舞】Lv5 半径25メートル範囲内の味方に対して全能力値を20%向上させる。同スキルによる重複不可。スキル使用者は効果対象外 使用効果時間10分 魔力消費28 幸運補正

【身体強化】Lv6 魔力を使用して筋力値、防御力値、敏捷値、技術値を一時的に160%まで上昇させる 効果時間6分 魔力消費30 技術補正

【騎乗戦闘】Lv7 騎乗している状況に限り、全能力値135%のプラス補正が入る また騎乗している生物にもプラス補正が適用される 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【両手武器】Lv4 両手で一つの武器を所持している状態に限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る 武器種は問われない 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【暗器術】Lv3 暗器に該当する武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で1秒間、特定所作に能力値190%の限定強化を行う 魔力消費9 敏捷補正

【射程増加】Lv1 射程距離が10%増加する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正


 ◆魔法系統スキル

【火魔法】Lv7 魔力消費70未満の火魔法を発動することが可能 知力補正

【土魔法】Lv6 魔力消費60未満の土魔法を発動することが可能 魔法防御力補正

【風魔法】Lv7 魔力消費70未満の風魔法を発動することが可能 敏捷補正

【水魔法】Lv6 魔力消費60未満の水魔法を発動することが可能 防御力補正

【氷魔法】Lv6 魔力消費60未満の氷魔法を発動することが可能 防御力補正

【雷魔法】Lv8 魔力消費80未満の雷魔法を発動することが可能 知力補正

【光魔法】Lv5 魔力消費50未満の光魔法を発動することが可能 幸運補正

【闇魔法】Lv6 魔力消費60未満の闇魔法を発動することが可能 魔力補正

【無属性魔法】Lv8 魔力消費80未満の無属性魔法を発動することが可能 魔力補正

【回復魔法】Lv5 魔力消費50未満の回復魔法を発動することが可能 防御力補正

【結界魔法】Lv1 術者を中心に『防壁』の結界を張ることができる 強度、範囲、性質は込める魔力量による 魔法防御力補正

【時魔法】Lv5 対象を中心とした半径2メートル以内の生物に対し、敏捷値±250%の減少か増加を選択して発動することが可能 減少の最終数値は対象の抵抗値によって決定し、マイナスになることはない 魔力消費:10秒毎に75 知力補正

【空間魔法】Lv6 一時的に亜空間と繋ながり、その空間を活用することができる。 消費魔力:50%減 空間使用範囲と接続時間による 魔力Ⅱ補正

【魔力操作】Lv6 魔力操作が向上し魔法への応用が利きやすくなる また魔法発動時間が30%減少する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力感知】Lv6 使用者の周囲に存在する魔力の流れ、濃度に対して敏感になる 範囲半径30メートル 魔力消費0 魔力補正

【省略詠唱】Lv5 精霊への単体魔法イメージ伝導割合が50%まで上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【発動待機】Lv2 魔法発動可能状態から最大4秒間待機が可能になる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔法射程増加】Lv2 魔法の射程が20%増加する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正


 ◆ジョブ系統スキル

【狩猟】Lv7 狩猟技能が向上し、獲物をだいぶ発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【解体】Lv7 解体技能が向上し、より素早く正確に解体を行うことができる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【採取】Lv5 採取技能が向上し、採取物を発見しやすくなる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【話術】Lv6 対話能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【料理】Lv7 料理技能がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【農耕】Lv7 農耕技能がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【釣り】Lv5 釣り技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【家事】Lv7 家事技能がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【裁縫】Lv5 裁縫技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【芸術】Lv4 芸術技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【描画】Lv4 描画技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【建築】Lv5 建築技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【採掘】Lv6 採掘技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【細工】Lv4 細工技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【加工】Lv5 加工技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【伐採】Lv6 伐採技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【交渉】Lv6 交渉技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【畜産】Lv6 畜産技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【作法】Lv5 作法技能が向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【舞踊】Lv3 舞踊技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【歌唱】Lv4 歌唱技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【薬学】Lv4 薬学技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【演奏】Lv3 演奏技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【錬金】Lv2 錬金技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【彫刻】Lv1 彫刻技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【酒造】Lv4 酒造技能が少し向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【庭師】Lv1 庭師技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正


 ◆生活系統スキル

【異言語理解】Lv8 人族が扱う言語であれば、知識が無くてもある程度の専門的な用語を理解し会話をすることができる。 常時発動型 消費魔力0 知力補正

【視野拡大】Lv6 上下左右の視野がやや広がる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【遠視】Lv6 遠くを見通せるようになる 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【夜目】Lv8 暗闇の中でもだいぶ視界を確保できる 魔力消費0 幸運補正

【気配察知】Lv7 使用者の周囲で動く存在に対して反応が敏感になる 範囲半径35メートル 魔力消費0 技術補正

【探査】Lv6 範囲内に特定の対象物が存在するかを探索する 範囲半径180メートル 魔力消費0 幸運補正

【隠蔽】Lv8 Lv8以下の察知、看破、調査系統スキルを欺ける 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【俊足】Lv6 走る動作に補正がかかり、移動が速くなる 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【忍び足】Lv5 使用時は無音で移動することが可能になり、スキルレベルに応じて気配を隠すことができる 魔力消費1分毎に10消費 技術補正

【逃走】Lv6 何かに追われている状況に限り、能力値250%の速度で走ることが可能 魔力消費30秒毎に10消費 敏捷補正

【跳躍】Lv6 跳躍動作に補正がかかり、通常よりも高く跳べる 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【飛行】Lv8 浮遊した状態で上空を移動することができる 魔力消費:1分毎に2消費 魔力補正Ⅱ

【算術】Lv5 算術能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【暗記】Lv5 暗記能力が向上する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【騎乗】Lv7 騎乗能力がだいぶ向上する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【拡声】Lv5 声音を一時的に増加させ、声を広く届ける 増大する声音は元の大きさに影響する 魔力消費0 魔力補正

【聞き耳】Lv4 聴覚を一時的に増加させ、範囲内の音や声を聞き分ける 範囲半径40メートル 魔力消費0 知力補正

【罠生成】Lv6 捕縛/殺傷を目的とした罠の生成作業が巧みになる 使用者の想像を補助する 魔力消費150まで 技術補正

【罠解除】Lv6 Lv6以下の【罠生成】によって生成された特殊罠を解除する 魔力消費75 技術補正

【鑑定】Lv4 対象物品の能力、効果、原料、素材情報を識別する 識別深度は自身のスキルレベルによる 無機物のみ対象 魔力消費0 幸運補正

【心眼】Lv5 対象の所持する技能を覗き見る 生物のみ対象 魔力消費5 幸運補正

【罠探知】Lv2 自然発生した危険域、Lv2以下の【罠生成】によって生成された特殊罠の察知する 範囲は視覚に依存 効果時間10分 魔力消費7 幸運補正

【魔力譲渡】Lv3 対象に自身の魔力を譲渡する 消費魔力に対し譲渡できる魔力の割合は65% 魔力補正

【付与】Lv1 装備品に属性か特定スキルを付与することができる 付与数、組み合わせ、定着時間はスキルレベルと対象装備による 魔力消費50 定着完了まで1秒毎に5消費 幸運補正

【泳法】Lv2 水泳技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【調教】Lv2 調教技能が僅かに向上する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【獣語理解】Lv1 動物や魔物の言葉が理解し、意思の疎通を僅かに図れるようになる 魔力消費0 知力補正


 ◆純パッシブ系統スキル

【毒耐性】Lv8 毒への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【麻痺耐性】Lv4 麻痺への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【睡眠耐性】Lv4 睡眠への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【石化耐性】Lv6 石化への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魅了耐性】Lv2 魅了への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【魔力最大量増加】Lv7 魔力最大量を70増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【魔力自動回復量増加】Lv7 魔力自動回復量を35%増加させる 常時発動型 魔力消費0 魔力補正

【剛力】Lv7 筋力値が35上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【明晰】Lv6 知力値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 知力補正

【金剛】Lv7 防御力値が35上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【封魔】Lv4 魔法防御力値が20上昇する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【疾風】Lv6 敏捷値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 敏捷補正

【絶技】Lv6 技術値が30上昇する 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【豪運】Lv5 幸運値が25上昇する 常時発動型 魔力消費0 幸運補正

【物理攻撃耐性】Lv6 物理攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【魔法攻撃耐性】Lv4 魔法攻撃への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【火属性耐性】Lv8 火属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【土属性耐性】Lv4 土属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【風属性耐性】Lv6 風属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【水属性耐性】Lv7 水属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【雷属性耐性】Lv6 雷属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【氷属性耐性】Lv5 氷属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【闇属性耐性】Lv6 闇属性魔法への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【鋼の心】Lv5 精神攻撃に対する抵抗が増加する 威圧にも有効 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正


 ◆その他/特殊

【神託】Lv1 職業<神官>専用加護スキル 女神達からの言葉を授かることができる 使用条件1日に1度のみ 任意発動不可 魔力消費0 魔力補正

【神通】Lv2 職業<神子>専用加護スキル 女神達と意思の疎通を図ることができる 使用条件1日に1度のみ 使用制限時間2分 魔力消費60 魔力補正Ⅱ

【地図作成】Lv4 3倍までの縮小、拡大が可能 魔力消費0 魔力補正Ⅱ

【魂装】Lv3 自ら命を奪った魔物の魂を身に留め、抽出された能力のうち1種を自身へ付加させる 魂装上限数3 魔力消費5 魔力補正Ⅱ

【奴隷術】Lv4 奴隷契約を結び、対象を『魂縛』もしくは『隷属』させることが可能になる 最大所持コスト200 奴隷契約時のみ魔力消費30 魔力補正


 ◆その他/魔物

【突進】Lv7 前方に向かって能力値310%の速度で突進する 移動範囲は任意指定 最大距離5メートル 消費魔力17 敏捷補正

【噛みつき】Lv8 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値330%の補正を行う 魔力消費17 筋力補正

【光合成】Lv6  太陽の光を浴びれば自然治癒力と魔力回復量が微増  常時発動型 魔力補正

【硬質化】Lv6 一時的に身体を硬質化させ、効果時間内は防御力が11倍になる 効果時間1秒間 魔力消費15 防御力補正

【物理防御力上昇】Lv4 防御力が12%上昇する 常時発動型 魔力消費0 防御力補正

【強制覚醒】Lv9 生存している同種族を強制的に目覚めさせる 範囲:1800メートル 魔力消費50 技術補正

【状態異常耐性増加】Lv7 あらゆる状態異常耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【招集】Lv7 【呼応】スキルを持つ周囲の魔物を強制的に呼び集める 効果範囲:周囲半径210メートル 魔力消費17 知力補正

【穴掘り】Lv8 上手に穴を掘る 効果時間8分 魔力消費2 筋力補正

【酸耐性】Lv8 酸への耐性が増加する 常時発動型 魔力消費0 魔法防御力補正

【踏みつけ】Lv7 下方に向けてのみ、筋力値310%の威力で攻撃を加える 消費魔力17 筋力補正

【嗅覚上昇】Lv4 嗅覚を一時的に上昇される 上昇度合いはスキルレベルによる 魔力消費0  幸運補正

【洞察】Lv4 視界に収めた生物との力量差を少し掴める 魔力消費0 魔力補正

【咆哮】Lv6 前方6メートルの範囲に対し【威圧】効果を与え、自身に掛けられた精神ダメージを確率で無効化させる 魔力消費50 魔法防御力補正

【旋風】Lv6 周囲720度を能力値280%の威力、速度で薙ぎ払う 使用時は僅かに移動可能 魔力消費19 敏捷補正

【睡眼】Lv3 対象の目を見ながら発動することにより眠らせることができる。 能力効果を説明した上で対象が承諾していれば100% 能力説明をしていない、もしくは理解できなければ、成功確率はスキルレベルと対象の耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費9  魔法防御力補正

【爪術】Lv8 爪形状の武器を所持している限り、攻撃動作、防御動作にプラス補正が入る(魔力消費0) 任意で2秒間、特定所作に能力値340%の限定強化を行う 魔力消費19 筋力補正

【発火】Lv6 自身、もしくは自身が触れている物を任意の範囲で発火させる 効果を切れば火は消えるが、非接触状態になればその火は直ちに制御を失う 熱量はスキルレベルと知力による 魔力消費:10秒毎に5消費 魔力補正

【火炎息】Lv6 前方に火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費45 魔力補正

【灼熱息】Lv5 前方に巨大で広範囲な火炎の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、熱量は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費70 魔力補正

【白火】Lv1 自身が扱う火に関する技能に限り、上位格となる白火へ変化させる 熱量はスキルレベルによる 魔力消費20 魔力Ⅱ補正

【炎獄柱】Lv5 吸い込み、捕食し、生物を食らう巨大な炎柱を、自身から15メートル離れた先に2本生成する 生成後の炎柱、内部の龍ともに制御は不可 スキルレベル上昇により動きが活発になる 発生時間10分 魔力消費90 魔力Ⅱ補正

【丸かじり】Lv6 任意で1秒間、噛みつく所作に能力値420%の補正を行う 魔力消費35 筋力補正

【分解】Lv3 魔力を介して対象を分解する 分解速度は込める魔力量による 魔力消費減少割合20% 魔力補正

【吸収】Lv3 魔力を介して液体を吸収する 魔力消費0 幸運補正

【氷結息】Lv6 前方に氷結の息を吐く 射程、発生時間はスキルレベルに依存、冷気は知力とスキルレベルに依存する 方向だけは発生時間中任意に変更することが可能 魔力消費45 魔力補正

【不動】Lv6 一時的に身体を硬直させ、効果時間内は防御力、魔法防御力を16倍になる ただし発動中は一切身体を動かせない 効果時間6秒間 魔力消費90 防御力補正

【石眼】Lv7 対象の目を見ながら発動することにより石化させることができる 未動作の対象ほど石化進行は速く、成功率は耐性値などによって複合的に決まる 魔力消費17 魔力補正

【物理攻撃力上昇】Lv6 筋力が18%上昇する 常時発動型 魔力消費0 筋力補正

【衝撃波】Lv6 初動となる運動エネルギーを増加させ、波状に衝撃を加える 威力と範囲はスキルレベルによる 魔力消費45 敏捷補正

【地形耐性】Lv4 地形効果を受けにくくなる 常時発動型 魔力消費0 技術補正

【鏡水】Lv5 魔法属性に分類される攻撃を自動で防御、反射する 反射精度はスキルレベルによる 魔力消費:10秒ごとに30消費 ※水の無い場所では発動不可 魔力補正Ⅱ

【廻水】Lv4 広範囲の水を強制的に流動させる 範囲と速度はスキルレベルによる 魔力消費:1分毎に65消費 ※水の無い場所では発動不可 魔力補正


 ◆その他/魔物(使用不可)

【粘糸】Lv4 使用不可 魔法防御力補正

【脱皮】Lv3 使用不可 魔法防御力補正

【呼応】Lv7 使用不可  知力補正

【酸液】Lv7 使用不可 技術補正

【擬態】Lv6 使用不可 技術補正

【胞子】Lv5  使用不可 魔力補正

【泥化】Lv5  使用不可 魔力補正

【気化】Lv8 使用不可 魔力補正

【毒霧】Lv5 使用不可 魔力補正

【結合】Lv8 使用不可 防御力補正

【分離】Lv8 使用不可 技術補正

【火光尾】Lv5 使用不可 敏捷補正

【幻影】Lv8  使用不可 魔力補正

【影渡り】Lv6 使用不可 魔力補正

【属性変化】Lv7 使用不可 魔力補正

【地縛り】Lv6 使用不可 魔力補正

【絶鳴】Lv7 使用不可 魔力補正

【無面水槍】Lv5 使用不可 知力補正



 ●ボーナスステータス値

 各スキルの隠し要素としてボーナスステータス値が存在。

 ステータス値が確認できない住民は当然として、ステータス画面上でも表記されないため、検証していかないとスキルそれぞれのボーナスステータス値は分からない。

 スキルレベル1・・・・・対応能力(+1)
 スキルレベル2・・・・・対応能力(+2)
 スキルレベル3・・・・・対応能力(+3)
 スキルレベル4・・・・・対応能力(+5)
 スキルレベル5・・・・・対応能力(+10)
 スキルレベル6・・・・・対応能力(+30)
 スキルレベル7・・・・・対応能力(+60)
 スキルレベル8・・・・・対応能力(+100)

 ※魔力のみ2倍  ※魔力Ⅱはさらに2倍



 ●スキルレベル上昇に必要なスキルポイント必要分(女神様への祈祷)

 0→1・・・・・・2ポイント
 1→2・・・・・・4ポイント
 2→3・・・・・・12ポイント
 3→4・・・・・・30ポイント
 4→5・・・・・・50ポイント
 5→6・・・・・・100ポイント
 6→7・・・・・・200ポイント
 7→8・・・・・・300ポイント



 ●レベル上昇による各能力上昇値

 レベル1~10・・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種3上昇、魔力量だけは6上昇
 レベル11~20・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種4上昇、魔力量だけは8上昇
 レベル21~30・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種5上昇、魔力量だけは10上昇
 レベル31~40・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種6上昇、魔力量だけは12上昇
 レベル41~50・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種7上昇、魔力量だけは14上昇
 レベル51~60・・・・・・各種能力値は1レベル上昇で各種8上昇、魔力量だけは16上昇



 ●未取得からスキルレベル1の必要経験値を『100』とした場合のスキルレベルと必要経験値、及び魔物から得らえるスキル経験値の関係性(推定値)

 スキルレベル1取得に必要な経験値は100  
 スキルレベル1所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり20


 スキルレベル1から2に必要な経験値は200  
 スキルレベル2所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40


 スキルレベル2から3に必要な経験値は600  
 スキルレベル3所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり120


 スキルレベル3から4に必要な経験値は2,000 
 スキルレベル4所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり400


 スキルレベル4から5に必要な経験値は20,000 
 スキルレベル5所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり4,000


 スキルレベル5から6に必要な経験値は60,000 
 スキルレベル6所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり12,000


 スキルレベル6から7に必要な経験値は200,000
 スキルレベル7所持魔物から得られるスキル経験値は1体当たり40,000

 スキルレベル7から8に必要な経験値は2,000,000?


 スキルレベル8から9に必要な経験値は10,000,000?



 ●名前の上がった国名一覧

 ラグリース王国(最初に訪れた国)

 ヴァルツ王国・・・・・・ラグリース王国の東側

 フレイビル王国(別名ドワーフ王国)・・・・・・ヴァルツ王国のさらに東

 エルグラント王国(転生者タクヤの在籍国)……大陸北西

 ヴェルフレア帝国(転生者シヴァの在籍国)……大陸南西

 アルバート王国(転生者マリーの在籍国)……大陸東方

 エリオン共和国(転生者ハンスの在籍国)……大陸南東

 オデッセン王国……大陸北方、ガラス作りに長けた転生者がいる可能性の高い国

 ファンメル教皇国……場所は北の方? <神子>のいる国

 ジュロイ王国……ラグリース王国の西側

 オルトラン王国……フレイビル王国付近、初級ダンジョンが存在するとされる国

 アイオネスト王国……大陸北東 Sランク狩場が存在する国



 ●所持している本の一覧 

『薬学図鑑』

『系統によるスキル特性の違い』
『知られざる魔法技能』
『ラグリース王国の歴史と展望』

『オークション主催国 その規模と傾向について』
『魔道具一覧 2巻』
『大陸ダンジョン紀行 初編』
『スキルレベル検証 農耕編』
『私を誰だと思っている? ロマンドだよ』
『軍部の強化 名馬育成法』
『猫を飼おう』

『魔道具一覧 3巻』
『奴隷商館活用法 見るべきポイント』
『戦術論 陣形戦術 4巻』
『美の女王マダム・オーゼス』
『特徴も様々 実用された騎乗生物』
『転職しよう 職業一覧 改訂版』
『オールスロイ戦争』
『ジュロイ王国 各地の名産と民芸品』
『大陸中央版 通わせたい貴族院3選』297話 報告

「ん~ちょっとずつ暖かくなってきたかな?」


 ほんのりと暖かい日差しを浴びながら、フレイビル南部を通る大きな川の先へと視線を向ける。

 4つ目の国『オルトラン王国』は、どこまでも続く草原地帯が広がっていた。

 西方面へ目をやれば僅かに奥へ広がる森が見えており、地図の配置からしてもパルメラ大森林と隣接している国なのだろう。


「お邪魔しまーす」


 上空から国境を飛び越え、ひとまずは南東へ。

 今回はフェリンの要望もあって、真っ先に初ダンジョン――『救宝のラビリンス』へ向かう予定だ。

 事前情報ではオルトランの東寄りにあるらしく、目印となる大きな湖と、ダンジョンを囲うように『サヌール』という、この国の王都よりも巨大な街が存在しているとのこと。

 本当は下を見ながら街道沿いに移動すれば間違いないが、今となっては迷子になろうがどうとでも軌道修正できてしまうからな。

 マッピングを捨てた移動ならば、何より視界情報が最優先。

 飛行高度はどんどん上がっていき、より飛び方も大胆になっていく。


「滑らかに、羽ばたくイメージを……滑らかに……」


 魔力消費が前提のバーストとは違う、根本的な飛行性能の向上。

 身体を覆った黒い魔力は背中を巡り、朧げな形を形成しながら徐々に広がりを見せていった。

 少しずつ、ゆっくりでも、自分のモノにできるように――


 オルトラン初日。

 雲一つない青空の下、こうして4か国目の旅が始まった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 大陸北西に位置するエルグラント王国。

 その王城にて、金属音を鳴らしながら歩く一人の男。

「あっ! お戻りになられたのですね!」

「お、お怪我は?」

「今回もお疲れのご様子、のちほど癒しにお伺いしますから」

 次々と掛かる女性達の声に笑顔を向けながら手振りで答え、ようやく辿り着いた自室で安らぎを得たように深く息を吐く。

 迎えるのは燕尾服を身に纏った一人の女性。


「セラ、急ぎで装備の補修を頼むよ。またいつ出ることになるかは分からないから」

「承知しました。戦況は――その様子を見るに、芳しくないようですね?」

「アロイズの方に侵攻している連中は一掃できたけど、要所のビブロイア砦は陥落した。こうなるともう時間の問題かな……」

「それでも飛竜部隊による援軍は継続でよろしいですか?」

「ああ、頼むよ。あの国が落ちれば、いよいよ帝国の戦力は全てが北を向く。それまでになんとか間に合わせないとね」


 状況報告を受けながらも手を動かしていたセラに紅茶を差し出され、男はゆっくりと、味わうように口へ含みながら雨に濡れた城下を眺める。

 望まない日常、それは帝国にあの男が現れてからだ。

 徐々に甘い生活は影を潜め、特にこの2年ほどは日夜戦いの場に立つことが当たり前になっていた。

 呪いのように纏わりつく、期待と重責。

 それでも――


(『勇者』なら、絶対に挫けたりはしない)


 光無き夜空を鋭く睨みつければ、男の腰に細い指が触れた。


「セラ……」

「殿下、そのように気を張っていては疲れも取れませんよ。それよりも――」


 男はそういうことかと肩を抱いたが、"それどころではない"と、あっさりその手を払われた上で言葉は続く。


「私からも大事なご報告が」

「え?」

「本日密偵の一人から、ロロ鳥を使った伝報が届いております」

「ロロ鳥……」


 鳥による伝達法はいくつか存在し、目的地に辿り着くという意味で成功の割合を高めるなら耐久力のある魔鳥に。

 速度重視ならば猛禽類か、【魔物使役】のスキルレベルが高ければ上位ランクの魔物を活用するということもある。

 だがしかし、ロロ鳥はかなり特殊だ。

 耐久力も速度も他より劣るが、手紙や木板といった証拠物を一切持たず、『鍵』となる決められた言葉をきっかけに伝文をそのまま『喋る』ので、秘匿性には優れていた。

 つまりはロロ鳥が届いた時点で、その内容は相当に重要ということ。

 セラが持ち出した鳥籠を見て、男はたしかにそれどころではなかったと一人納得しながら頷いた。


「解錠:『ベルバ・スペイ』」


『タイリクチュウオウ、フレイビルオウコク、Aランクカリバ『クオイツ』ニテ、『トクイナソンザイ』ヲカクニン。ソラヲトビ、クウカンマホウヲ、ショジシテイルカノウセイ、タカイ。イセカイジンカドウカ、フメイノコドモ。ナハ『ロキ』』


 ロロ鳥の語る伝報に、暫し押し黙る二人。


「フレイビル……ドワーフがいる鍛冶師の国か」

「そのようですね。異世界人か不明とありますが、もし本当に【空間魔法】を所持しているのならば確定と言ってもいいでしょう」

「未だ取得条件が不明だしね。子供ということなら猶更その可能性は高いか……上手く仲間に引き入れられれば、この状況を大きく変えられる可能性もある」

「えぇ。あの"金の亡者"は別として、ハンス氏が中立の立場を貫いている以上、【空間魔法】だけでも戦況に相当な影響を及ぼすことは間違いありません。ただし、逆も然り、ですが」

「『ロキ』か、早急に接触を図ろう。ただでさえ後手に回っているんだ。これ以上帝国に転生者を押さえられたら、この王都だけは守れても、他はかなり難しくなる」

「それはもう、国を失うと同義ですね」


 突如入った異世界人の報告。

 それは吉報とも凶報とも取れるもので、だからこそ未来を手繰り寄せるため、望まぬこの状況から脱却するために『勇者』はその手を伸ばそうとする。

 果たして現状を好転させるための『特効』となるのか、それとも中から喰い破る『猛毒』となるのか。

 この時点では知る由もなかった。298話 救宝のラビリンス

 オルトランに入って2日目。

 空気が乾燥し、大きな湖がオアシスのような印象を持つ、かなり砂の目立つ巨大な街。

 目的地の『サヌール』に到着した俺は、買い食いしながら情報収集して辿り着いた、宮殿のような建物を見上げていた。

 大きな入り口の上には剣や杖の描かれた凄く見慣れた看板が。


(マジかー……)


 どうやらここがこの町のハンターギルドであり、ダンジョンの入り口でもあるらしい。

 地下迷宮というくらいだから地下であることは予想していたけど、まさかその入り口が建物の中にあるとは思わなかったし、ハンターギルドが管理しているとも思わなかった。

 中に入っても、やはり造りが今までとは違って独特だな。

 いつもは入って右側に進めば閑散とした修練場があるのに、ここではその右側が煩雑としていて人の出入りも激しい。

 となると、目的の場所はそちらだろう。

 数人、男臭いおじさん達と擦れ違いながら通路を進めば――


「おおっ……」


 思わず声が漏れるような光景がそこには広がっていた。

 修練場よりもさらに広いくらいのゆったりとしたスペース。

 そこには多くの椅子とテーブルがあり、食事や酒を飲んでいる人もいれば、お金を皆で分け合っている姿も見られる。

 いつもの見慣れた光景でありながら、その広さはよく見る受付ロビーの10倍くらい。

 気になって探している『米』はここでも見当たらないが、左側には系統の違う複数のお店が料理を提供しているし、まるで現代のフードコートのような雰囲気を感じさせる場所だな。


 そして右側の光景も何やら新鮮で面白い。

『無料貸し出し』『種の買取』『鉱物の買取』『武器の買取』『アクセサリーの買取』『希少物品の買取』『鑑定所』『相場相談』『オークション出品受付』『生き物の買取』

 壁際には、まるで出店のようにズラリと看板が掲げられ、いくつかの専門に分けられた買取のお店が。

 そして正面には、地下へと繋がる石造りの大きな階段。

 その脇には案内役なのか、カウンターに二人の女性が座っていた。


「こんにちは。ダンジョンは初めてなんですけど、そのまま入っちゃっていいんですかね?」

「大丈夫ですが、ハンター資格が無いとこの場で換金できませんから、最初にハンター登録を済ませてから来てくださいね」

「あ、ハンターなんでそこは大丈夫です」

「でしたら横の無料貸し出し所で、5点セットをお持ちください」

「ん? 5点セット?」


 疑問に思いながら視線を向ければ、おっちゃんが満面の笑みで手招きしている。

 釣られて足を運べば、出てきたのは『革袋』『大きい籠』『ホウキ』『ちりとり』『縄』の5つ。


「ホウキとちりとりで種を回収したら、その種は革袋に。籠には生き物を入れるのが基本だ。稀にデカい生き物が出ちまったら縄で外に連れてきてもいいが、まぁ大概は中の滞在組に売った方が金になる。あとは篭るために料理道具とか寝袋持ってく連中もいるけどよ。兄ちゃん手ぶらだし、一人なら日帰り予定だろ?」

「そう、ですね」


 あれよあれよという間に、籠に詰められた5点セットを渡され、親切なことにそのまま背負わされる。

 なるほど、みんなダンジョンにはこうして向かうのか。

 ダンジョン内部から拠点に直行直帰を考えていただけに、この荷物をどうしようと頭を抱えそうになるも……


(まぁ初日だし、今日くらいは普通の人の流れに合わせて動いてみるか)


 そう気を取り直し、地下への階段を進んでいった。





「おっほっほー! テンション上がるわ~!」


 体感15から20メートルくらいは潜って辿り着いた第一階層。

 階段を一歩降りるごとに少しずつ広がる景色は期待通りのもので、自然と足取りも軽くなってしまう。

 地面も壁も一面が茶色で、しかし壁掛けの松明が等間隔に存在しており、内部は部屋と通路で幾分かの明暗を分けながら奥まで続いていた。


『風の、乱刃よ、壁を、破壊しろ』


 ビュビュビュビュビュ――……!


 うん、『本』の内容から予想していたことだけど、まさかここまでゲームに寄せてくるとはね。

 壁も床も破壊不能オブジェクトのようだし、消えることも壊れることもない光源が用意されているとは、さすが初心者用ダンジョン。

 もしくは難易度に関係なく、ダンジョンとはどこもこういったものなのかもしれないな。

 となれば……おぉう、マジか。

『地図』を開けば見たことのない画面が映し出され、そのまま視界の先に広がっていた部屋へ足を踏み入れれば、新しい部屋が"マッピング"されていく。

 今まで見てきた外の世界とは違い、ダンジョン専用の地図が別に設定されているという事実。

 ということは迷宮と名が付くくらいだし、1フロアがそれなりに大きい可能性も出てきそうだ。

 いやーマジで。

 なんなん? なんなんなんなん、この世界。

 思わず口ずさんでしまうくらいに意味が分からず、そして楽しい。


 ――【心眼】――


「グギーッ!」


「……」



 あとは――、『転移』。

 一度町の上空へ飛び、すぐに先ほどまでいた部屋に戻る。

 よし、ダンジョン内の転移は可能で、しかしモブは再湧きしていない。

 ってことは、外のボス部屋と違ってリスタート無しのリポップは時間経過。

 適正ダンジョンでもないし、再湧きの周期調査はそのうち下層で必要と感じたらやるくらいで良いだろう。


「ギィ!?」


 しかし、弱いな。

 襲ってきたのは斧やら短剣を握ったコボルト達だが、強さはパルメラのゴブリン並み。

 初級ダンジョンの1階層だから当然と言えば当然なんだけど、メチャンコ弱くてデコピンでも倒せそうなくらいである。

 そして魔物は倒れた傍から武器を含め、身体が煙のように溶けて消えていく。

 代わりに残されたモノは――。


「これが、種ね」


 地面には小さな何かの種が、4粒ほど転がっていた。

 なるほど、ホウキとちりとりを渡された意味がよく分かる。

 しかしなぁ……


 ――【探査】――『種』。


 うーん。

 当初は種なんて需要はなく、拾うのも手間で、ダンジョンの隅でゴミのように溜まっている。

 このくらいの雑な扱いを予想していたのに、種専門の買取場所はあるし、部屋は思いの外綺麗だし、存外に種の需要と買値が高いのかもしれない。


「まぁ、あとは潜ってみてだな」


 とりあえず美味しくないコボルト以外の敵も、【心眼】を通じて視てみたい。

 果たして新規魔物、新規スキルは存在しているのか。

 俺は鎧を脱いだらホウキとチリトリをそれぞれ手に持ち、身軽さ重視でダンジョン高速マッピングを開始した。299話 ダンジョンだからできること

 1層と2層はまったく大きさの異なる部屋がおおよそ150~200ほど。

 道中行き止まりや一方向にしか進めない部屋などもあり、名前の通り迷路のようなダンジョン内部をゼェゼェ言いながら走り回る。

 適度に飛べば多少は楽だが、久しぶりのスタミナ作りと思えばこれも必要な運動だろう。

 魔物を見かけたら、ホアチャーッ! と飛び蹴りで瞬殺し、部屋内を一掃したらすぐにドロップを確認。

 種が落ちていたらホウキとちりとりでスパパパーッと高速回収を繰り返し、これで1階層あたりの所要時間はおおよそ1時間半ほど。

 マッピングはどうしても全部埋めたいという、重い病のせいで無駄に時間を使っているのは否めないが……

 それでも行き止まりの通路で宝箱なんて小粋な存在を発見したし、中身はまぁ少し大きめな銅の欠片だったが、個人的にはサクサクと地下3層まで潜ることができた。

 そしてようやく分かってきた衝撃的過ぎる事実に、俺は休憩がてら座っていた通路の端で頭を抱える。


「スキル経験値を得られないのは痛いなぁ……」


 最初に現れたコボルトの時点で、ちょっと怪しいとは思っていたのだ。

 ここに登場するコボルトは武器を所持しているやつもそれなりにいる。

 にもかかわらず、武器と連動するスキルを何一つ所持していない。

 ただそれでも、元からスキル無しの可哀そうな魔物だったわけだから、他の魔物なら違う可能性もあると思っていた。

 そして先ほど。

 久しぶりに見たロッカー平原の『エアマンティス』と対峙した時、|あ《・》|ぁ《・》|こ《・》|れ《・》|は《・》|ダ《・》|メ《・》|な《・》|ん《・》|だ《・》|な《・》と、ダンジョン内に出現する魔物の性質を理解し諦観した。

 本来なら【風魔法】を所持をしているはずなのに、【心眼】で覗いても何も視えない。

 にもかかわらず、しっかり黒い魔力を練り上げ、風の刃を放ってくる。

 まるで実体があるようでないような、幻影を相手にしているような気分だった。

 でも、ダンジョンとはそういうものなんだと、そこはもう納得するしかない。

 納得できないならば、スキル経験値を得られる"|外《・》|の《・》|フ《・》|ィ《・》|ー《・》|ル《・》|ド《・》"で狩ればいいだけの話だ。


「おい君、大丈夫か? どこか具合が悪いのか?」

「あ、わざわざすみません。疲れて休憩してるだけなので大丈夫ですよ」

「そうか、無理はするなよ?」


 親子かな?

 先へ進むおじさんとおばさん、それに俺より少し大きいくらいの少年を間に挟んだ3人パーティの後ろ姿を眺める。

 お母さんが籠を背負い、息子がホウキとちりとり担当で、剣を持って先頭を歩くお父さんが魔物をしばき倒す係なんだろう。


(パーティか……)


 どの道ここは初級ダンジョンだ。

 魔物の程度を考えても、仮にスキルを所持していたところで大半はレベル『1』。

 もちろんそれでも無いよりはあった方がいいけど、現実的にはレベル1の魔物を何万匹狩っても、もうスキルレベルなんてほとんど上がらないわけだしなぁ。

 ソロプレイに拘る必要のない、新しい狩場。

 そう考えた時に何ができるだろうと、様々なことを想像しながら俺はダンジョン探索を再開した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「お疲れ様でした~換金が終わってからでいいので、忘れずに貸出品は返却してくださいね」

「はーい」

 入り口のお姉さんに声を掛けられ、背負っていた籠をテーブルの上に置く。

 本日到達したのは5層の途中まで。

 それでも想定していたよりはまずまずな結果じゃないだろうか。

 籠の中を覗けば3匹の小さな生き物が。

 元気そうな様子に安心しつつ、買取屋それぞれの店先にある案内板を確認していく。


(種は種類関係なく重さで換金、鉱物も種類ごとの重さで、現物武器は――これも重さが関係するのか)


 立て掛けられた木板には『長剣は高価買取中、不人気武器も溶かすので高価買取中』と書かれているので、かなりゲームっぽいけどやっぱりこんなところはリアルである。


 そして俺の中の大本命。

『希少物品の買取』案内板を見て、俺の足は完全に止まった。


 ~~~買取案内表~~~

 ・技能の種・・・1億ビーケ

 ・成長の種・・・5,000万ビーケ

 ・特殊付与武器&装飾品・・・買取不可

 ・技能の青書(薄)・・・200万ビーケ~

 ・技能の青書(厚)・・・3,000万ビーケ~

 ・技能の黄書(薄)・・・2,000万ビーケ~

 ・技能の黄書(厚)・・・2億ビーケ~

 ・職業の青書・・・200万ビーケ~

 ・職業の黄書・・・3,000万ビーケ~

 ・叡智の切れ端・・・300万~

 ・その他・・・相場相談所へ


(な、なんか凄そうだけど、よく分からん!)


 本には載っていなかった言葉も書かれているし、これらのレア物にどんな効果があるのかさえ分かっていない。

 スキルリセットに繋がるようなモノが無さそうなことだけは、なんとなく分かるが……

 凝視して微動だにしない俺が気になったのか。


「見ない顔だな。レア物でも出たのか?」


 不意に声を掛けてきたのは、横の『鑑定所』で頬杖突きながら店番をしていた初老の男性。

 というか『希少物品の買取』も、さらに奥の『相場相談』も、看板が別なだけで奥は繋がっているので、このおじさんが3ヵ所を兼任しているのかもしれない。


「いえ、出たわけじゃないんですけど、今日初めてダンジョンに行ってきたので、どんなレア物があるのかなーと」

「勉強熱心なのは良いことだな。だがそう簡単に出るものじゃないぞ? あっさり出るならワシはこうして暇しとらん」

「ですよねぇ。……あの、もしお暇なら、僕に色々と教えてもらえませんか?」

「何が知りたいんだ?」

「まずここに載っている品がどんなモノなのかを知りたいです。あとは普通のハンターがあまり知らないこと、ですかね? おじさん凄く詳しそうなので」


 鑑定ができて、希少物品の買取をしていて、おまけに『相場相談』まで兼任しているのであれば、まずこの手のレア物に関してはここでもトップクラスに詳しいはずだ。

 そんな人からあれこれ情報が貰えるなら、多少の謝礼を払ったところで安いもの。


「普通は引き当ててから考えるものだがな……まぁいい、ワシの暇潰しに付き合わせてやるか。そこの椅子を1つ持ってこい」

「お願いします! それでこの木板に書かれたレア物は、いったいどんな効果が――」


 本音を言えば、今すぐ手帳を取り出しメモをしたい。

 さすがにそれはやり過ぎだと分かっているけど、それくらいに重要な話を、今間違いなく俺は聞いている。

 だからこそ、絶対忘れないように、アイテム名とその効果を頭に叩き込む。


「えーと、技能の種が『女神様の祈祷』を成功させやすくするモノで、成長の種が『世界への貢献度』を増やしてくれるモノ、と……」

「そうだ。だから貴族連中なんかはまず好んで成長の種を子供に食わせたがる。最初のうちは貢献度が増えれば、技能の書を使わなくても祈祷があっさり成功するからな」

「ふむふむ、そして二つとも見た目は小さな種だけど、発光していて出れば一発で分かるわけですね」

「あぁ、間違って『種屋』に売ったアホなんて、ワシは一人も見たことがない」

「それで特殊付与装備は、初級ダンジョンだと買い手を選び過ぎるから、オークション一択ですか」

「うむ。初級ダンジョンが適正のヤツラには高値過ぎるし、手が出せるような強者はいくら特殊付与とあっても、よほどでなければさらなる上位素材を選ぶ。故に6等級以下は貴族連中と一部の蒐集家しか買い手なぞおらん」

「ってことは、安値で焦って売ろうとしちゃダメなタイプですよね?」

「その通り。どの道競り合いが期待できないなら、安売りなどせず一人が食いつくのを待つ方が効果的だ。おまえ、なかなか見込みがあるな」


 一人身なんて仲間から装備やアイテムを融通してもらえないから、ひたすらサブアカウントで露店巡りかオークション張り付きが基本だったからな。

 懐かしい記憶が蘇り、オークションで山ほど欲しい物を競り落としたい衝動に駆られるが、まだまだそいつは我慢だ。

 そもそも軍資金が乏し過ぎて、この程度ではあっという間にパンクする。


「で、技能の書は特定のスキルを得たりスキルレベルを上げるためのモノで、厚い本が出れば1発習得が確定と……この『色』はレア度でいいんですかね?」

「そうだ。職業の書は初級職、中級職とで色が分かれているから分かりやすいが、技能の書は難解で全ては解明されていない。取得難度が関係していることは間違いないがな」

「……これ、もしかしてその上の色もあります?」


 そう問うと、おじさんは顎を摩りながら、興味深そうに俺を眺めた。


「"黄の書"よりも上とされる"緑の書"は確実に存在している。が、この初級ダンジョンで出たという記録はない」

「なるほど……ということは、もっと上のダンジョンですか」

「そういうことになる。だが初級ダンジョンとは言え、現実的なところで一番夢があるのはコイツらだ。もし分厚い黄の書が出れば、その時点で一生金に困らなくなる可能性は高いぞ? 技能の書は中身によって価値がまったく異なるから、ドロップしてもそこからさらに運も絡むがな」

「中身というのは、何に該当しているか、ということですよね?」

「そういうことだ。結局は需要性と希少性次第、薄い青の書でもオークションで億の値が付くことだってある。特にここ10年くらいはレア物の価値が上昇し続けているからな」

「……戦争が活発になってきているからですかね?」


 たぶん、正解ではあるが的は射ていない。

 そんな気がするも、思い至った考えを否定したくて、本音を自分の口からは言えなかった。

 が――、


「うちを出入り禁止になっているどこぞの大富豪様が、代理人を使って買い漁っているという話はよく聞く」


 やっぱり、そういうことらしい。

 それどころか一時はダンジョンの運営権まで奪いに来たらしく、全ハンターギルドが敵に回る覚悟で抵抗したため、なんとか収まったという話を聞いた時は、もう俺の中で「コイツ、いいかな」って感情しか湧いてこなかった。

 さすがにそろそろ限界だろう。

 マリーとかいう女はちょっとやり過ぎだ。


「はぁー……すみません、話を逸らしてしまいましたね。それで『叡智の切れ端』というのは、どんなものでしょう?」

「教会関係者は『聖書』なんて言い方をしているが、一般的には神によって最初に記された書物――『源書』と呼ばれる本の一部、そういうことになっている」

「なっている?」

「誰も完成品など見たことがないからな。切れ端の裏には高レベルの【異言語理解】持ちでも解読できない謎の文字と、2種類の数字の計3つが書かれていて、最初の数字が大きいほど希少度は高い。が、100番台が存在するらしいというくらいで、実際どこまで続いているのかは分かっていない」

「……か、書かれている内容は?」

「様々な『真理』だよ。一説にはこの世の全てが記されているなんて話もあるが……どうなんだろうな」

「……」


 頬杖を突きながらも口角を上げ、楽しそうに話す目の前のおじさん。

 しかし俺は、そのあまりの内容に言葉を失う。

 この事実によって繋がる部分が、色々と見えてくるからだ。


「何やら集めたそうな顔をしているな?」

「それは、もう、凄く……」

「くくっ、敵は多いぞ? 『叡智の切れ端』に異常な執着を見せている教会関係者、大国を筆頭にそれぞれの国だって未収ナンバーを積極的に集めていると聞く。当然切れ端は収集している富豪だって多い」

「それでも、コツコツと集めてみたいですね。その過程も、集めた後も楽しそうですし」

「結構なことだ。だが、気をつけろよ?」

「え?」

「集めたところで所詮は紙切れ。|た《・》|だ《・》|の《・》|火《・》|事《・》|で《・》|も《・》、火が付けば灰となって消え失せる」

「……そうですね。肝に銘じておきます」


 今まで集めた者達の末路、かな。

 それは当然ただの火事なんてことではなく、たぶん集めても集めても、結局は戦争で灰となり、振り出しに戻るという愚行を繰り返してきたんじゃないかと思う。

 そうじゃなきゃ、一番安い切れ端でも300万ビーケって、さすがに値が下がらなすぎる気がするしね。

 その後も次回のオークション開催予定日、スキルリセットに繋がる情報など、いくつか気になる部分を確認し、満面の笑顔で現物アクセの【鑑定】を依頼をしにきたハンターが訪れたところで講習会はお開き。

 途中からは売るではなく、買うことも視野に入れていることがバレバレだったっぽいけど……

 まぁいっかと開き直り、深くお礼をしたのち、籠の中身を抱きかかえて拠点へと帰還した。
************************************************
感想欄にご要望があった気がしたので、活動報告にワールドマップデータを載せておきました。
見やすさを重視したらちょっと距離感おかしくなっちゃいましたが、おおよそのイメージとして気になる方は参考にしてみてください。
あくまでこの段階でのマッピングデータとなります。300話 お土産

 時刻は20時過ぎ。

「やほー!」


「やっほー!」

「こんばんは」

「ぬお、ロキも食べるか?」


 ちょっと遅くなってしまったが、だからこそ上台地は一仕事終えた女神様達が降りており、家の周りだけでもアリシアとリル、それにフェリンの3人がいた。

 なんかよく分からない肉の塊を食べているけど、だいぶ黒焦げなので華麗にスルーしつつ本題を切り出す。


「なんとー、今日はー!」

「「「なんとー??」」」

「ダンジョン行ってきました! ってことで、ほんとお待たせ! 種いっぱい持ってきたよ」

「おぉ~! ありがとー! ほんと凄いいっぱいだね!」


 そうでしょうそうでしょう。

 何匹倒したか分からないけど、律儀に全部ドロップした種やら木の実を拾ってきたからね。

 中サイズ革袋が結構パンパンになるくらい詰めてきたので、それらを生成した大きめの石机にドバーッと広げていく。


「色々な種類が混ざっているのだな?」

「そうなんだよね。たぶん相当な種類の種が落ちてるから、そのまま持って帰るとどうしてもこうなっちゃうのが難点かな」

「分別するなら手伝いますよ?」

「私も作った物を食べたいからな。協力しよう」

「ん~……」


 一人、机の上に広げられた大量の種を見て悩むフェリン。

 分別が面倒なら一度売って、どこかにありそうな種の販売所に行くことも考えるが……


「これさ、【空間魔法】で一回収納して、限定的に出していけば分別されない?」

「ほほぉ」

「なるほど」

「フェリン、どうしたんですか?」

「?」


 なんか最後のアリシアがちょっと意味深だけど。

 たしかに種類を把握していれば、種別に引っ張り出せるかもしれない。

 今日のフェリンさん、いつもよりだいぶ冴えていらっしゃる。


「【空間魔法】取ってくるからちょっと待ってて!」


 そう言って暫し。

 笑みを浮かべながら戻ってきたフェリンは、一度片っ端から種を収納したのち、次々と言葉を発していった。


「キュウリの種!」

「キャベツの種!」

「ポポロイの種!」

「トウモロコシの種!」

「コブクロの種!」


(ポポロイってなんだ……コブクロってなんだ……)


 ちょくちょくよく分からない名称が出てくるけれども。

 それでも次々とフェリンの手から少量の種が出てくるので、俺はひたすら石のお皿を生み出し分別を進めていく。

 が、ここでそういえばと、一つの存在を思い出した。


「フェリン、ちょっと」

「え?」


 何よりも大事な、コイツの存在を優先しなくてどうするのだ。


「米の種……いや違うか、種籾っていうのか? とりあえずお米の分別をしてもらえない?」

「ロキが欲しがってたやつか」

「オッケ~! 米の種!」


 パラパラパラ……
 
 すると、出てきたのは5粒ほど。

 それでも確かに形状は見覚えのあるお米の形で……


「おっほぉおおおおお!! やっと『米』キタぁあああああああああん!!」


「そ、そんなに凄い食べ物なんですか?」

「分からん……が、このロキの顔を見るに、相当期待できるかもしれん」

「なんか責任重大なんだけど!?」


 フェリンは余計な心配をしているが、ダンジョンで出たということはどこかで買えるということだ。

 ならばさほど心配はしていない。

 あとは育てる環境なんかも当然あるだろうけど、上手くいけばフェリンが想像を絶するほど美味なお米を作ってくれるかも……

 そんな期待に胸と鼻の穴を膨らませているだけである。


 神様知識フル稼働でやり始めた種の分別は3人に任せ、俺はもう一つの用事を。

 フィーリルの所在を聞けば奥の森を散歩中とのことなので、【飛行】しながら探索すれば、両手を広げながら川の岸で佇む姿を発見した。

 毎度の白いワンピースで真っ暗闇の森の中にポツンと立っているわけでして、誰がどう見ても深呼吸している幽霊にしか見えない。


「あのー、そこにいるのはフィーリルさんですかー……?」

「あら~ロキ君、どうしたんですか~?」

「渡したいモノがあって探してたんだよ。こんなところで何してたの?」

「森とお話ししてたんですよ~」

「……?」


 どうしよう、なんかフィーリルが精霊っぽいこと言い始めてる。

 今までワールドクラスのニートだったのにいきなり仕事し始めたから、ストレスでおかしくなってるのかもしれない。


「フィーリル。疲れてる時は、これで癒されてね?」


 そう言いながら差し出したのは、1匹の小さい亀。

 一番生存を心配してたけど、適度に水を掛けてたら意外と元気にモジモジしていた。

 今は運ぶために【調教】で大人しくさせてるけどね。


「あら~!」

「今日ダンジョン行ってきたから、とりあえず生き物は全部フィーリルに任せようと思って」


 そのまま、他の2種。

 ウサギとヒヨコもフィーリルに手渡せば、やっぱり珍しくない生き物でも嬉しいんだろうな。

 顔がニヨニヨしながら優しく抱きかかえている。


「ありがとうございます~大事に育ててみますね~!」

「初級ダンジョンも一回踏破するまでは通う予定だから、もっと色々な種類の生き物を得られると思うんだ。だからこれ以上厳しいってなったら言ってね? 向こうで買取もやってたからさ」

「大丈夫ですよ~! これだけ広いですし、色々な生き物を育ててみたいですからね~!」


 ん~そう言うなら、気にせず連れてきちゃってもいいのかな?

 外来種とかの問題がちょっと怖いけど、神様ならそこら辺は上手いことやるんだろう。


 これでフェリンの種と、フィーリルの生き物を育てたいという問題はある程度クリア。

 あとはリルが鉱物欲しがってたっぽいけど、そっちはいつでもロッジのところに行けば渡せるし――

 うん、とりあえずはこんなもんで大丈夫だな。


 となれば、忘れる前に早く整理しないと!

 俺は今日鑑定屋のおじさんから聞いた情報を纏めるべく、すぐに秘密基地へと飛んだ。301話 国外旅行

 今日得られた情報を手帳に記し、眺めながらう~う~唸ること数十分。

 もちろん実際に使ってみないと分からないことも多い。

 が、自分なりの経験や知識に基づく解釈を加えれば、今後何を優先して入手すべきかが薄っすら見えてくる。


『技能の種』。

 これは見つけ次第最優先で押さえるべきレア物だろう。

 内容はまずスキルポイントを得られる種で間違いないだろうし、問題はこの種1つでいったい何ポイント上昇するのか。

 1つ1億ビーケという相場でスキルポイントが『1』しか上がらなかったら、これはもうかなりの鬼畜仕様。

 でも大富豪が相手ならこれも普通にあり得そうで、今からお財布が心配でしょうがない。


 次に『成長の種』。

 こちらはかなり入手優先度が低く、たぶん俺がオークションに参加してまで入手することはない。

 おじさんは『子供が』と言っていたが、魔物を倒したこともないレベル1に近い状態ほど効果を得られる――つまりは定量型の経験値を得られる種の可能性が極めて高い。

 そしてそんな砂粒程度の経験値を今更得たところで、まず俺の経験値バーは0.01%も上がらないだろうから、このアイテムに金を突っ込んでもまったくと言っていいほど成長には繋がらないはずだ。

 一応僅かながらに、何レベルであっても必要経験値の方が定量。

 魔物から得られる経験値は、適正から離れるほどに0へ近づいていくなんてパターンもなくはないので、1個くらいは今後入手できたら使ってみたいけどね。


 んで『特殊付与武器&装飾品』は、まぁ【鑑定】の結果次第だな。

 どんな特殊付与があるのか、そのパターンをまずは知りたいところだけど、あのおじさんも見る機会がかなり少ないのか、明瞭な回答は得られなかった。

 それでも入手経験値増加と、入手スキル経験値増加を匂わせるような効果をおじさんは話していたので、この辺りのレア物を引き当てれば低位素材だろうがキープ推奨だろう。

 まぁ入手難度で言えば、この特殊付与が一般的なレア物の中では一番キツいみたいだけど。


 そして技能や職業の『書』は中身次第。

 職業の方は俺だけの問題なので、一度安いやつでも使用してみてから。

 技能の書は分厚い方で未取得から確定でスキルゲットに至るわけだから、俺的な経験値換算で言えばスキルレベル3所持の魔物1匹と同等くらいの計算になる。

 つまり、普通なら買ってまではいらないし、どちらかと言えば俺なら売却して現金化推奨だろう。

 そんなの何千冊あったところで、スキルレベル7くらいまでがいいところになるんだから。

 ただし該当スキルが、【精霊魔法】や【呪術魔法】のような解放条件付きのレアだった場合は別だ。

 特に魔物から得られる見込みの無いようなスキルは技能の書でごり押し取得して、とりあえずスキルレベル1にしてから地道にレベル上げ。

 この流れが出てきそうだし、たぶん金持ち連中も同様の使い方をしているんじゃないかなと思う。


 んでんで、最後の『叡智の切れ端』。

 これはコツコツ頑張るしかないだろうなぁ……

 おじさんもそこまで詳しいことは分からないらしいが、知っているのは1ページが25枚の切れ端で構成されており、隣接する切れ端同士が接触すれば自然に繋がるということ。

 そして若い番号は比較的オークションでも出てくるので、個人でも金があれば最初の10ページくらいまでは集められるだろうけど、普通はこの辺りが限界。

 特に20ページ以降は国家などの集合体が金を積み上げて集めるものだと言っていた。

 1つの切れ端が数億、数十億なんて話も当たり前の世界。

 おまけに初級ダンジョンでは、30ページ以降の切れ端をおじさんは過去に1度しか見たことがないので、特殊付与以上にここで狙うのは現実的じゃないらしい。

 本気で集めるなら、中級とか上級ダンジョンにとっとと行ってこいってことだな。


 トントントントン――……


 夢はある。

 面白みもある。

 自身の成長にだって繋がる。

 でもたぶん、"狩場"として選択するのは、本当に最後の最後かな?

 なんとなくのイメージだ。

 ダンジョンは今まで存在理由がいまいち分からなかった『|幸《・》|運《・》』を上げられるだけ上げてから。

 強くなるための効率的な手順を考えても、それが最善な気がする。


 金とスキルを得るために"フィールド"を巡り、その金は可能な限り自己強化へ。

 そしてフィールドでは解決できず、金でも簡単に解決できない局面にまで到達したら、あとはひたすらダンジョンに篭って極みを目指し、腐敗のドラゴンみたいなおかしな存在をぶっ倒す。

 そんな展開を想像すれば思わずニヤついてしまうが、それは物凄く先の話。

 今はそれより目の前にある問題の方が重要だ。

 踏破するだけなら余裕なこの初級ダンジョンをどう料理するか。


(ん~まだ起きてるかな……)


 時計を見れば、21時過ぎ。

 ならば、風呂のついでに起きてるなら聞いてみようと、俺は下台地へ転移した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「おはようございまーす。メイちゃんいますか~?」

「あらロキ君、おはよ。メイならまだ寝てるわよ?」


 翌日の朝、結局俺はベザートにいた。

 理由はまぁ、なんというか、ゼオ達にフラれたからだ。

 結局全員で風呂に入りながら、ダンジョンどうするか会議をしたわけだが、まず想像以上にゼオがダンジョンに詳しかった。

 初級ダンジョン『救宝のラビリンス』では、最深部付近でも出てくる魔物はDランク程度らしく、そんな場所に俺、十分強いカルラ、パワレベのおかげで鍛冶師なのに結構強いロッジを引き連れても、無駄過ぎるくらいの過剰戦力なのは明らか。

 それこそワンパン行進しながら、ダンジョン内をひたすら散歩するだけだと言われて、たしかにその通りと全員が納得してしまった。

 ゼオのリハビリやデバフ解除に繋がるなら意味もあるけど、既に拠点周辺でAランク魔物の経験値を吸わせるなんて初歩的な実験はしちゃってるからね。

 結局デバフ解除条件は見当たらず、それこそ日数経過と適度な運動や食事で少しずつ力が戻ってきているという状況なので、無理に4人で行ったとしても得られるものは何も無し。

 ならばかつてゼオが通っていたという、100層構成でSランクの魔物も登場する上級ダンジョン『創成のアストール』を目指すべきだろうという結論になった。

 ロッジはあくまで鍛冶師だし、さすがにその時は留守番だと思うが。


 もしお子様3人衆も難しかったら、もう独りでダンジョン爆走してとっとと終わらせよう。

 そんなことを思いながらご両親と話していると、ようやく寝癖が大爆発したメイちゃん登場。

 俺の『旅行計画』を伝えれば3人とも目を丸くするも、すぐに当の本人は満面の笑みを浮かべ。


「絶対ジンクもポッタも大丈夫!」


 こう自信あり気に言い放つので、それなら大丈夫かな~と二日後に予定を合わせ、俺はその間、念のためにマッピングを度外視したダンジョン攻略をひたすら進めることにした。




 そして予定の二日後。


「ぎゃああああー! すっごおおおおーーい!」


 背に乗せたメイちゃんの案内で、空を飛びながらまずはポッタ君の家に。

 そこで既に面識のある同じ顔のお母さんに挨拶をしたら、そのままポッタ君も背に乗せ、お次はジンク君の家に向かう。


「ロキです。僕が責任を持ってお預かりしますので」

「ふふ、何も心配はしていないわ。ジンク、ロキ君に迷惑を掛けちゃダメよ?」

「大丈夫だって! もういいから、母ちゃんは家ん中入ってろよ!」


(思春期っすなぁ……)


 背中を押され、苦笑いを浮かべながら家に入っていくジンク君のお母さんにペコリと頭を下げる。

 なんとも色気のあるお母さんだ……

 凄い美人だし、これなら自慢したって良いくらいだろうに。



 何やらソワソワしているジンク君。

 顔からワクワクが溢れ出しているメイちゃん。

 いつもと違い、今日はしっかり目が開いているポッタ君。

 そんな3人を前にして、俺はもったいぶったように口を開く。


「着替えのパンツは持ちましたか?」

「「「持った!」」」


「お土産用のお小遣いも持ちましたか?」

「「「持った!」」」


 朝の小道に、子供達の元気な声が響き渡る。

 既に装備も身に着けているし、これなら何も問題ないだろう。

 実際は何か忘れてても、向こうの町で買えばどうとでもなるしな。


「よーし、それじゃ行きますか! 一泊二日の国外旅行!」302話 久しぶりに、4人で

「うぉおおおお!!」

「すっごぉーーーい!」

「僕、また神秘を見た……」


 今回はその気持ち、凄く分かります。

 ポッタ君の呟きに内心そんなことを思いながら周囲を見渡す。

 降り立ったのはハンターギルドの屋上。

 そこから3人の首根っこを掴んで地面に降り、ダンジョンの入り口へと向かっていく。

 今回は皆にとって初めての一泊二日、国外の旅だ。

 それは旅行でもありつつ、しかしハンターとしての遠征でもあるので、少しでも成長に繋げてから家に帰してあげたい。

 俺が一人じゃないからだろう。

 鑑定所のおじさんが顎を摩りながら興味深けに俺達のことを眺めていたが、今は気にせず無料貸し出し所で5点セットを借りて、そのままダンジョン内部へ。

 そして地下1層から、すぐに地下16層へと飛んだ。


「お? なんか壁の色が変わったな」

「入り口と場所が違うの?」

「ここは少し潜った地下16層だね」

「大丈夫? 僕達が勝てるところ?」

「昨日ここに来た感じだと、16層からFランクに混じってEランク魔物も登場し始める程度だから大丈夫だよ」

「俺達が普段通ってるのはFランクなんだが」

「でも、もうだいぶ余裕でしょ?」

「まぁ、たしかにな」

「私が【探査】覚えたしね!」

「うんうん」

「ならどんどん試しちゃいなよ。こんな機会ないよ~? いざとなれば俺が助けるし」


 今、自分達がどの程度の実力なのか。

 徐々に同ランク帯でも強い魔物が登場し、部屋内の魔物数も増加していくダンジョン内であれば、非常に分かりやすい『数値』として本人達が自力を認識できる。

 まずは現状を把握させ、次に何をどうすれば強くなれるのか。

 そこまで3人に理解させれば、あとは本人達のやる気次第だ。


「籠は僕が持つよ?」


 籠を背負い、ホウキとちりとりを持つ俺に、本職のポッタ君から突っ込みが入る。


「ここって解体の必要もないから大丈夫だよ。その代わり」

「「「?」」」

「メイちゃんもポッタ君も、今日はどんどん戦闘に参加してみてよ」

「でも私、解体用の短剣しかないよ?」

「それでも攻撃を加えることに意味があるからさ。ちゃんとできたら、あとで俺からご褒美をあげようと思いまーす!」

「ご褒美!」

「なんだそれ!」

「ぼ、僕も貰えるの?」

「もちろん、3人にあるから頑張ってね」

「よーし、やるぞ! Eランクでも頑張ればなんとなるだろ!」

「私大きいのは届かないからね!」

「ぼ、僕が叩く!」


 さーて、まずはどのあたりで躓くのか。

 ギャーギャー言いながら、それでも初めて見るであろうコボルトに立ち向かっていく3人の後ろ姿を微笑ましく思いつつ、俺は一切手を出さずに繰り返される戦闘を眺め続ける。


 全フロアを回るようなことはなく、問題無しと判断したらすぐに次の階層へ。

 この繰り返しの中、やはり最初に躓いたのは22層で登場したオークだった。


「くっそー倒せないことはないけど、やっぱり矢の消費が激し過ぎる」

「蟹とかカエルはそんなに強くなかったのにね~」

「でもさ、僕もジンクもずぶ濡れだよ?」

「あいつの使う水鉄砲って痛いけど面白いよな! 覚えたら川でかなり遊べるぞ」


 なぜジンク君はアンバーフラッグの【水魔法】食らって喜んでるのか……

 いまいち分からないが、これで予想していた通り、現状の問題は概ね把握できたな。


「それじゃあ皆頑張ってたので、ご褒美タイムに入りたいと思います。まずはポッタ君にこれを授けよう」

「えぇ?」

「おぉ~!」

「あ、盾じゃん!」


 渡したのは資材倉庫に転がっていたウッドシールドだ。

 円形のやや小さめのやつを選んだので、これなら盾の扱いが初心者のポッタ君でも扱いやすいはず。


「その盾は余り物の中古品だから、ポッタ君が使いこなせそうならそのままあげるよ」

「いいの?」

「いざという時、これでみんなをカッコ良く守れそうならね」

「ポッタすっごい似合ってるよ!」

「そうだな。戦士に見えるぞ」

「え? そ、そう?」


 身体の軽さも相まって、ジンク君ではオークの攻撃をその場で耐えることはできない。

 それにコボルトの攻撃も、ダンジョンの入り口付近より明らかに火力が増してきている。

 3人のパーティはここまで潜れば攻守共に足りていないが、その中でも特に守りはジンク君の回避頼みであまりにも脆弱。

 それを少なからず自覚していたのだろう。

 ポッタ君は盾をジッと見据え、そしてすんなりと受け取った。


「あとは攻撃面も、色々と改善が必要だね」

「そうだな。やっぱり大型の魔物が厳しい」

「なので今日限定で剣でも槍でも、一通り鉄製の武器は持ってきてるから、試したいのあったら貸したげるよ」

「マジかよ! じゃあ、そうだな……『剣』借りてもいいか?」

「もちろん、ちょっと待ってね――ほい!」

「じゃあじゃあ! 私はお母さんが使ってるから『鎌』!」

「おっ、なかなかマニアックなとこいくね~」

「僕はもっと長い『棒』を使ってみようかな……」

「試して違うと思ったらまた別のにしてもいいから、替えたい時は遠慮なく言ってね」


 メイちゃん用の防具がないのは残念なところだけど、3人を眺めれば、そこそこやりそうなパーティに見えてくるから不思議である。


「ん~3人とも、強そうな雰囲気出てきたね」

「ほんとか!?」

「私なんて両手に武器持っちゃってるしね!」

「ぼ、僕は戦士、盾で守る!」

「それじゃオークの安定討伐目指してどんどんいっちゃおー!」


「「「おぉー!」」」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 そしてその日の夜。

 サヌール中心部にある大きめの宿に向かった俺達4人は、部屋を確保したらご飯を食べに町へと繰り出していた。


「お腹すいた~!」

「だな。面白くて時間忘れてた」

「強くなったよね? ね?」

「なったなった。ポッタ君はなんだかんだで斧も使えるようになったし、メイちゃんも目を瞑らないでちゃんと攻撃できてたよ。ジンク君は相変わらず器用に武器を使いこなすし」


 最初は棒を選択していたポッタ君も、メイちゃんが使っているのを見て槍を、そして最後は斧と、刃のある武器も最終的には使えるようになっていたので、もしかしたら『魔物を斬るのは怖い』という大きな障害を克服できたかもしれない。

 メイちゃんも解体の必要がまったくないので、その分積極的に戦闘へ参加。

 最終的には短槍を気に入っていたので、上手くいけば攻撃の幅も広がるんじゃないかと思う。

 そして攻撃の要、ジンク君はスキル無しでも綺麗に武器を振り回すものだから、物は試しといくつか持ってきていた上位素材の武器を貸し出してみた。

 武器のランクが上がれば火力はどう変わるのか。

 実際に体験した上で、今後どのように武器を選択していくかはジンク君次第だな。


 ちゃんとしたご飯屋なんて経験がなくて、結局選ぶのはベザートでも見かけるような、路面に並ぶ屋台飯。

 それでも普段見慣れぬ食事に目移りしている様子を見れば、それもありかと皆が興味の示すモノを購入していく。

 そして宿に持ち帰り、みんなで食事。


「うし、お腹空いたし食べよっか! あ、ここの宿、お風呂もあるからね。ごはん食べた人から入っちゃっていいよ」

「すごーっ! さっきいっぱいいた獣人の人達も入ってるのかな?」

「俺達だってロキの作った外の風呂に入ってんだろ。半月に1回くらいだけど」

「お風呂も大事。でもこのご飯も、美味しくて止まらない」

「あ、そうだロキ! スキルなんだけどさ。魔法って女神様に祈祷しなくても一応取れるんだよな?」

「あぁ、それね。俺の師匠みたいな人が言うには、【魔力感知】ってスキルを取れればだいぶ覚えが早いみたいだよ? まずは魔力の存在を認識することが一番なんだってさ」

「ねぇねぇ、私もその【魔力感知】ってやつ取ったら覚えられるの?」

「そこは努力次第だろうけど、たぶんメイちゃんは覚え早いんじゃないかなぁ……魔力の巡りが速いというか、普通の人より活発だし」

「うそぉ!?」

「ズルい……」

「ほんとズルいなそれ!」


 一度は躓いた22層が安定し、そのまま半日掛けて26層まで伸ばせたことがよほど嬉しかったのだろう。

 レイラードフェアリーが登場してからは、【回復魔法】のせいでまた大きく躓いてしまったけど、それでも次策として魔法という攻撃手段を既に考え始めている。

 その流れは食後、お風呂に入っている間も続き――

 しかし布団に入れば、一日動き続けていた疲れのせいか、あっさりと寝息を立て始めていた。


(きっと、これくらいで――多少の『調整』程度で丁度良いはずだ)


 どこまでこの3人を成長させるかは、この二日の間ずっと悩んでいた。

 もっと強引で直接的な手段はいくらでもある。

 極端な例を挙げてしまえば、3人を拠点でパワレベするだけでも、初級ダンジョン程度ならば余裕も余裕。

 余っている素材でそれぞれの装備をロッジに作ってもらい、俺が全身に【付与】を付ければ、それこそデボアの大穴にいる蟻だって倒せるだろう。

 強くなれば、何かあった時に身は守れる。

 しかし、それだけでは精神と知識が追い付かない。

 それどころか、慢心によって逆に身を亡ぼす危険性も高くなる。

 まだ子供の3人に力を押し付け、傲慢にならず己を律せよなんて、それはあまりにも無責任というもの――


「なぁ、ロキ。起きてるか?」

「……うん、起きてるよ」


 ――声は、ジンク君だった。


「あのさ……ロキは、なんで旅してるんだ?」

「んー、やっぱり楽しいから、かな?」

「それは、自分の知らない世界を見られるからか?」

「もちろんそれもあるし、俺は強くなっていくのがやっぱり楽しいんだよね」

「そっか。今日みたいなことを、ロキは『外』を旅しながら感じてるんだな」

「『外』に、興味があるの?」

「……ある、というか、最近湧いてきた」


 分かっていて聞いたことだ。

 アマンダさんから、特にジンク君がよく地図を眺めているという話は聞いていた。

 9割俺のせいだと思うけど、ジンク君の場合はお父さんがハンターだったことも関係しているのかもしれない。


「でも、拠点をマルタに移すとかではなく、旅なの? そこは全然違うよ?」

「あ、そうか。そうだよな」

「本気で考えるなら、多少収入は落ちるかもだけど、まずはルルブで結果を残してEランクハンターに昇格する。そこからどうするかじゃないかな」

「何をすればルルブで安定して狩れるかは今日でしっかり分かったしな。メイサとポッタにも相談してみるよ」

「んだね。それと――」

「?」

「『外』は何も良いことばかりじゃない。ベザートは知る限りでもかなり平和な町だから、それだけは忘れないでね」

「……そ、そうなのか?」

「もし俺が『悪党』なら、【心眼】をレベル1でも取って、自分よりスキル構成が弱いと判断した弱者からは全てを奪う」

「……」

「だから大きな町は、【隠蔽】をスキルレベル2まで所持している比率が高いんだ」


 これは散々人のスキルを覗いてきた俺の経験則だな。

 スキルレベル2の【隠蔽】を看破するには【心眼】のレベル3以上が必要。

 そうなると貢献度という名のスキルポイントは嵩むし、そもそも弱者じゃなくなる可能性が出てきて襲う側の警戒度も強くなるのだろう。


「でも、ベザートはほぼ【隠蔽】を所持している人がいない。というより平和過ぎて、|取《・》|ら《・》|な《・》|い《・》|と《・》|危《・》|な《・》|い《・》|ぞ《・》って教えている人もたぶんいない」

「そう、か……昔父ちゃんからは聞いたような気もするけど、そんな重要だとは思っていなかった」

「だから良し悪しはあるし、その上でじっくり相談してみたらいいよ。旅をするなら3人でって、思ってたんでしょ?」

「あぁ、行くなら絶対に3人でだ。まだどうなるかなんて分からないけど……また相談してもいいか?」

「もちろん。分かることなら教えるよ」


 必ずこれが正解というのはないであろう、非常に悩ましい選択だ。

 まだ手探りで自分達の『道』を探している状況なら、地力の底上げとアドバイスは間違っていないはず。


(それでも、彼らを守りたいからこそ、もう少しくらいは……)


 そんなことを思いながら、ゆっくりと俺の意識も途絶えていった。303話 プレゼント

 翌日、俺達はベザートのハンターギルド。

 その屋上にいた。

 既に時刻は夕方を迎え、俺が預かっていたモノを次々と本人たちに渡していく。


「ほい、メイちゃんの買った薬やら薬草関係、あとはいろいろな種類のハーブか」

「そうそう! ありがと!」

「んーで、ポッタ君は大量の衣類に食材と……日除け用の帽子も何個か買ってたよね?」

「あと野菜の種も」

「あーそうだそうだ。こっちの小分けにされた袋詰めのやつがポッタ君のね」

「俺は、あの、茶色い革袋に入ったやつ、全部」

「そうだね。あの茶色い革袋の中身は丸ごとジンク君のだ」


 その革袋の中に、コッソリお母さんのお土産も入っているのは敢えて触れないでおく。

 隠そうとしながらも、ちゃんと買っているのだからジンク君は偉いのだ。


 その他、細々した預かりモノも忘れずに返却していき、これで以上というところで旅行の感想や喜びの声が漏れ始めた。


「ロキ、ありがとな! 話を聞いたことはあったけど、まさか俺がダンジョンに行けるなんて思いもしなかった!」

「私は初めて獣人が見られたことかな~! 馬以外にもラクダとか、見たことない生き物もいっぱいいたし!」

「ほ、他の国のご飯凄く美味しかった! あと戦士になれたの、凄い嬉しい!」

「満足してもらえたようで良かったよ。3人共ちゃんと成長できてたし……これなら約束通り、ちゃんとご褒美をあげないとね」

「「「え?」」」


 そう言いつつ収納から取り出したのは、今日の買い物途中でこっそり買っておいた3つの安価なネックレスだ。

 パイサーさんは邪魔だと思わないだろうけど、それでも武器や防具はやり過ぎれば商売の邪魔になってしまうからな。

 その点装飾装備ならば、誰の邪魔をすることもない。


「一応これもハンター用の装備でさ」

「あっ」

「ん? ジンク君は知ってた?」


 3人とも驚きの表情を浮かべているが、ジンク君だけはその質がちょっと違うな。


「いや、全然詳しくはないけど、昔父ちゃんが狩りに行く時、必ず指輪を二つ嵌めてたなって」

「あ~それならまずハンター用の能力向上アクセだね」

「そんなのあるの?」

「僕、聞いたことない」

「んーとね、最大で2つまで効果を発揮して、『指輪』『イヤリング』『ネックレス』と――……」


 ベザートではそもそも装飾装備を売っている場所がないし、身に着けているとはっきり分かる人もいない。

 周辺狩場の環境からそこまで必要ないという話かもしれないが、メイちゃんやポッタ君のように、存在自体を知らない可能性も高いのだ。

 ならば、俺が教えよう。

 知ってまた新しい世界が開けるのなら、ただ闇雲に強い装備を与えるよりもよほど先の成長に繋がる。

 そして増えた選択肢の中から、後悔しない自分なりの望む『道』を選んでいけばいい。


「この『攻撃力上昇』はジンク君、『命中率上昇』はメイちゃん、『素早さ上昇』はポッタ君が一番向いてるかな」

「これで目を瞑っちゃっても当たりやすくなるのかな?」

「バカ! そんなわけないだろ! ちゃんと狙えば、素早いスモールウルフにも攻撃が当たりやすくなるとかじゃないか?」

「僕もスモールウルフみたいになれるの?」

「ははっ、マルタに行けば1つ3万ビーケとかで売ってるようなやつだからね。装飾装備も上には上があるけど、この『微小』は効果がお守り程度って言われてるよ」

「「なんだ~」」


 あからさまに落胆するメイちゃんとポッタ君だが、ジンク君だけは考え方が俺寄りになってきてるかな?


「いや、それでも2個までなら手軽に強くなれるんだろ? そのくらいの値段なら俺達でも買えるし、伸ばせる箇所だって選べるんだし……これ、かなり重要なんじゃないのか?」

「そうそう。それに装飾装備の主目的は【付与】って言われてるくらいだから、その枠を増やすモノって思っておいてもいいよ」

「「「??」」」

「依頼すれば、パイサーさんもやってくれるんだけど……【付与】は中級者向けっていうか、装備が揃った後の話になってくるから、この辺りはまた今度だね」

「まずは装備か。俺もちょっと良い剣が欲しくなってきたし、パイサーさんに聞いてみるかな」

「私もー! 樽の中に短い槍なんて売ってたかな?」

「メイちゃんは、まず防具じゃない?」

「んじゃ、まだやってるし行ってみようぜ!」


 ガヤガヤと、今後の装備話で盛り上がっている3人。

 だからか。


「今回は3つとも、ちょっとした【付与】が付いてるけどね」


 一応伝えておいたこの言葉は、深く掘り下げられることもなく――

 彼らはハイテンションのまま、向かいの装備屋へと駆けていった。



 ほぼ休暇とも言えるような弾丸旅行。

 それでも得られることはいくつかあった。

 3人の成長具合を見ていると、たぶんだがダンジョンでも通常のレベル上昇経験値は得られているはずだ。

 正直3人に【洞察】を使用しても、差はまったく分からない。

 その差を判別できるほど、俺の【洞察】レベルは高くなかった。

 しかし魔物と対峙する姿を見ていれば、斬りつけるその威力が、攻撃を躱すその速度が。

 Eランク魔物に手を出し始めてからは目に見えて向上していた。

 ダンジョンは湧いていれば、部屋に複数体の魔物がいるのは基本。

 つまり『レベル上げ』に専念したいなら、俺以外は効率的な狩場とも言える。


 そして今回の実験結果だ。


(結果は失敗したが……)


 3人にプレゼントしたアクセの【付与】は、できれば【隠蔽】にしてあげたかった。

 女神様達が常に装備しているのだ。

 俺でもできると思って試してみたが、結果は惜しいとかそういう話ではなく、明らかな失敗であり不発。

【付与】のスキルレベルが足りていないのか。

 それとも根本的に本来は【隠蔽】の【付与】など付けることができず、ダンジョン内でのみ極低確率で得られる『特殊付与』に分類されるのか。

 神様が創った物であれば、どちらの可能性もありそうで答えは分からない。

 ――そんな疑問に気付けたことも今回の収穫だろう。

 分からないなら分かるまで調べ、いずれ解決させればいい。

 そうすればまた、俺はその時に強くなる。


「さて、行くか……」


 休暇が終わりとなれば、やるべきことはダンジョン攻略だ。

 まずはスカスカのマッピングを埋めるべく、俺は途中になっているダンジョンの5層へと飛んだ。304話 地下30層

 ここ数日はダンジョン内に直接転移。

 自前のホウキやちりとりを購入し、生き物が出たら籠に入れ、満足するまで攻略したら直接帰還という流れを繰り返していた。

 が、今日は待ちに待った『前日』だ。

 珍しくダンジョンのロビーとも言える広場に顔を出せば、見知った顔から声が掛かった。


「む、やはり来たか」

「明日がオークションですよね! もう目録はできてるのかなーと思いまして」


 鑑定屋のおじさんには、オークションの開催日についても確認していた。

 30日に1度ハンターギルド運営のオークションが行なわれ、前日には既にその会の出品物が確定されていること。

 そしてその出品物は、前日から情報公開されることを聞いていたので、今開催分は果たしてどんなモノが出品されているのか。

 初めてということもあり、とりあえず参加してみる気満々の男としては、気になって気になってしょうがなかったのだ。


「アラン、見せてやれ」


 そう言われ、オークション出品受付を担当していた男は4枚の木板を差し出す。


「へぇ、マグナークさんに顔を覚えられるなんて珍しい坊主だな。ほらよ、こいつが明日の目録だ」

「ありがとうございます。これは――……種別毎ではなく、出品登録された順番ですかね?」

「そうだ。時間を弄ると有利だ不利だなんて文句が飛び出るから、公平に登録した順番で競りが開始されていく。今日の昼過ぎには会場前にコイツを掛けておくから、その後ならいつでも見られるぜ?」

「なるほど」


 改めて見直せば、木板1枚につき約30個くらい――計120個近い品目がズラリと並んでいる。


(ん~思っていたよりも狙いの品は少ないのかな……)


 個人的にあれば必ず参加しようと思っていた『技能の種』が6個。

『技能の書』も、薄い青の書は20個近く出ているが、上位扱いとなる黄の書は薄い方でも3個、厚いのに至っては出品すらされていない。

 特殊付与装備も無し、だな……

 後ろを振り返れば、今日もロビーは席の半分以上が埋まっており、朝から祭りのような賑わいを見せている。

 それに日帰り用の浅い層では高頻度で人とすれ違うのに、それでも一月でこの程度か。


「ちなみに出品数っていつもこのくらいなんです?」

「そんなもんだな。一部の例外を除いて、出品条件は推定市場価値が1000万以上。外部出品次第でたまに多くなる時もあるが、それでもレア物なんてそんなあるもんじゃねぇよ」

「外部出品っていうと、この魔道具とか、『仙薬』……名前からして何かの薬ですかね?」


 リストを眺めれば、どう見てもダンジョン産とは思えない品まで混ざっている。

 それこそ俺が好んで集めている『本』まで1冊出品されているし……こいつもできれば落札しておきたいな。


「そういうこった。あ、でも薬はたぶんダンジョン産だぜ? 『賜物箱』から稀に出るみたいだからな」


 そう言いながらアランさんは視線を鑑定所のおじさん――マグナークさんに向ければ、頷きながら答えてくれる。


「ここ初級ダンジョンでも深手の傷に有効な『特級ポーション』、様々な病魔に特効があるとされる『仙薬』あたりは賜物箱から出ている。今回の出品に混ざってるのもソレだ」

「賜物箱……2回だけ見ましたけど、ダンジョンの突き当りにある『箱』ですよね?」

「それだな。いつの間にか湧いたように存在している謎の多い箱だ。慣れた者達は出そうな場所の付近で狩ったりもするが、意識すると逆に出ないなんて噂もある」


 うーん。

 意識すれば出現しないのは、魔物のリポップ説と同じかなぁ……

 もしくは相応のレア品が出ることもあるのだ。

 単純に『賜物箱』のリポップがかなり長いなんて可能性もある。


 その他、アランさんとマグナークさんからオークションの細かいルールを確認。

 想像以上に融通の利く仕組みであることを理解した俺は、一度ダンジョンに入ってから昨日の続き――地下28層へ飛んだ。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 日々の通勤、通学で最寄り駅へ向かう日本人のように。

 ダンジョンを主戦場とするドロップハンター達は、慣れた様子で地下へと続く階段を目指していく。

 それは当然のように最短ルートであり、『地図』なぞ存在しなくても、長年の経験と記憶から当たり前のように10層程度までは潜り、そして戦果を背負いながら日帰りで帰ってくる。

 しかしこの10層辺りが分岐のようで、そこより地下はフロアを徘徊する人数が明らかに減った。

 1泊2泊くらいなら許容範囲という、まだライトな部類のドロップハンター達が主に活動しているのが地下11~20層だ。

 魔物はまだまだ弱いので、子供が混じった家族連れもいれば、ソロプレイヤーなんかもここまでならギリギリ活動している様子が見て取れた。

 狩場が浅層よりも混んでいないことに加え、さらに深く潜る本気組に対し、ドロップした生き物を高値で売れることもこの階層の利点だろう。


 そして20層を越えれば人も疎ら。

 まだ自前の携帯食でやりくりできる範囲ではあるも、それでも『食料』に『水』という、死に直結する問題が出始めるため、一気に過疎《おいしい》地帯へと突入する。

 深く潜るほどレア物が出やすいという、かなり信憑性のありそうな風説も存在しているようで、通路の突き当りにテントを張って粘っている連中も一定数いたりするが……

 それでも階段部屋以外では人とすれ違うことの方が珍しくなり、踏み込めば魔物がしっかり湧いている部屋の方が大半だった。

 ちなみに階段部屋では高確率で人がいる。

 パーティで休憩している人達や生き物の買取、それに水を売っている場面なんかも見られたので、【水魔法】持ちを確保できるかどうかが深部を目指す最低条件になるんだろう。

 となれば、当然俺のような存在は"浮く"わけで。


(だいぶ視線がキツくなってきたな……)


 徐々に訝し気な視線を向けられたり、時には殺気立った雰囲気を醸し出す連中もいたりするわけだが。

 何もされなければ、俺から何かすることもない。


 そのまま地下30層へと突入し――

 ようやく、今日になって一段と強く感じるギスギスした雰囲気の、本当の意味を理解する。


「おぉ、扉なんてあったのか」


 10層ごとに存在する、少し広めのボスエリア。

 10層にしろ20層にしろ、このボスエリアを抜けた先にある唯一の階段を降りて次の階層へと向かうわけで。

 今までは狩られた後の誰もいない部屋を通過していたが、今回は初めてボス部屋入り口に扉が存在しており、その手前には10名ほどのハンター達が殺気立った様子で屯していた。

 こんなの、理由を聞かなくったって状況は分かる。

 まさか扉で塞がれているとは思わなかったが、もうすぐフロアボスが湧く時間、もしくは中でもう湧いているのだろう。


「……見たことねぇ顔だな」

「このタイミングで何しに来やがった?」

「まさか、割り込むつもりじゃねぇだろうな」


 偶然タイミングが重なっただけだというのに、いきなりの喧嘩腰。

 こうなると、ボスのドロップってそんなに旨いの? と、興味も湧いてしまう。


「待ーて待て。話も聞いていないのに、いきなりそんな牙を剝いてどうすんのさ」


 しかし、それらを諫めるように一人の男が口を開いた。


「ごめんね~これからボス戦って状況だから、みーんな少々殺気立っててさ。キミは――見たところ一人のようだけど、なんでこんな所に?」


「通過してさらに潜るためですよ。なので誤解がないように言っておきますと、このタイミングで居合わせたのは偶然です。ボス戦を邪魔しようとか、そういう意図はありませんので」

「だろうねぇ。武器がホウキとちりとりじゃ、野ネズミとしか戦えないよ」


 その言葉で失笑が起きるも、客観的に見ればその通りなのだからこれはしょうがない。

 ジンク君達と行動している時は面倒事を避けるため、威嚇する意味で常にレザーアーマーを着ていたが、今は着ても動きにくくなるだけなのでボロい農民服姿だ。

 つまりこちらとしても、悪党がいればいつでも釣る気満々の状態。

 リーダーっぽい男はしきりに俺の背後へ視線を飛ばし――俺が小間使いの偵察役という線を消したのだろう。

 ふっ、と軽く笑みを零しながら、


「5分ほどで済むからさ。その間ボス部屋には立ち入らない。この約束は守れるかな?」

「問題ありません。あ、見学くらいは大丈夫です?」

「……ん~、まぁそれくらいなら構わないよ」


 そう言うと、リーダーっぽい男はボス部屋の扉に手を掛けた。

 まだ何か引っ掛かりを覚えていそうな顔はしていたが……

 どうやらこの男、俺の釣りに引っ掛かるほどの『悪党』ではなかったらしい。305話 やっぱりね

 男が扉を開けた先。

 ボス部屋に佇んでいたのは、各地で存在が確認できるEランク魔物のピーキーボア。

 その亜種のような存在だった。

 体毛がやや赤みがかっており、大きさも通常の3倍くらいはありそうなほどに巨体だ。

 それは周囲に5匹存在している通常のピーキーボアと比べれば一目瞭然であり――


(これって、まさか……)


 この瞬間、興味の対象が大きく広がる。

 ボスと言っても所詮は初級ダンジョン。

 強さの程度はたかが知れているわけで、何を落とすのか、俺はその内容だけに意識が向いていた。

 しかし、こうなれば話は別だろう。

 たぶん、ボスはレア種――未だ見ぬ黄金カエルのような、そんな存在が役割を担っている可能性は高い。

 わざわざ通常のピーキーボアも一緒に登場したことで、そんなレア種への期待が一層高まってしまう。

【心眼】は――ダメだ、何も映さない。

 それはボスであろうと同じことのようで、ならば動きから固有スキルのような能力を備えているのか。

 通常のピーキーボアが所持していたスキルを思い浮かべながら、想定と違う動きがないかを注視する。

 すると――


 ブギーーーーッ!


 ボスが大きく鳴き、その瞬間前方にいた3名のハンターが、崩れ落ちるように膝を突く。

 が、それを見越したように、素早く旋回するリーダーらしき男。


(【挑発】を入れたのか)


 瞬間ボスの向く先がリーダーへと変わり、その間に崩れた男たちは態勢を立て直していた。

 ……見覚えのあるスキルだ。

 あの『鳴き声』と同時に恐慌状態に陥るのは、俺が持っている魔物専用スキル【咆哮】とたぶん同一だろう。

 3人の背後にいた一人は影響を受けていなかったことから、前方範囲型であるその射程から外れていた可能性が高い。


(対象範囲を考えれば、スキルレベルは推定『4』か『5』ってところか)


 先ほどの光景を思い浮かべ、距離からスキルレベルの予測値を割り出し――

 その後も戦闘が終わるまでボスの動きを眺め続けた上で、ピーキーボアのボス格であれば、無理をしてまで探し出すメリットはかなり薄いという結論に達する。

 オーバーフレイムロックのような、魔石や素材に特別な価値が存在するパターンもなくはないが……

 基がEランクであり猪という点から、単純に肉が美味いとか、その程度で終わる可能性の方が確率的には高いだろう。

 素材価値に特殊性があるのであれば、出没情報と同時にその手の素材情報も掴めるはずだしな。


 目を細め、ボスと入れ替わりで出現したドロップ品を眺めるも、ホウキとちりとりが登場した時点でお察しというもの。

 一通りの回収が済んだことを確認してから奥へ続く階段部屋に向かえば、もう数歩というところで背後から声が掛かった。


「キミ~、ボスとの戦闘は何か参考になったのかい?」

「えぇ、だいぶ。ありがとうございました」

「そっかそっか。じゃあ礼を貰わないとね。とりあえずさ、所持品と籠の中身は全部置いてってよ」


 あれ?


「……約束は守りましたよ?」

「だから見学は許したでしょ? 物を全部置いていけば、ここを通過することだって特別に許しちゃうしさ」


 あれあれ?

 ここまでは堕ちていないと思っていたが……さて。

 周囲にいるハンター達は、ニヤついているのが大半、驚きの表情を浮かべているのが一人、いや二人ってところか。

 俺が階段を降りるギリギリまで声を掛けなかったのは、たぶん俺が本当に一人で行動しているのか確認を取っていたのだろう。

 単独で、装備も身に着けず、さらに深部へ潜ろうとする子供。

 口をあんぐり開けながらリーダーを眺めている二人は、果たしてこんな怪しい子供に狙いを定めたリーダーに対して驚いているのか。

 それとも――


「所持品と籠の中身を奪うということは、僕に『死ね』って言ってるのと変わらないと思いますが?」

「あ~ごめんね? キミのこの先なんてどうでもいいんだ。ただ擦れ違った人間のその後なんて、だーれも興味ないでしょ?」

「……周りの人達も、僕を殺そうとするんですか?」

「ア、アジオン? 急にどうしたんだ?」


 いつもの展開。

 だが、今回は珍しく、疑問を投げ掛ける声が上がった。


「ん~?」

「いや、こんな子供の身包み剥ぐなんて……」

「ロブス~分かってないなぁ」

「え?」

「こーんな怪しい子供だから|し《・》|ょ《・》|う《・》|が《・》|な《・》|く《・》狩るんじゃない。彼の籠の中身、あれ子馬だよね? 動かないからもう死んでそうだけど、あの食料があったら、それだけで1週間は延長してここで狩れちゃうよ」

「……」


 背後をしきりに気にしていたのは、そっちの確認も含まれていたのか。

【調教】で大人しくさせていたけど、子供でも馬となればそれなりの大きさはある。

 それに俺の背の低さも原因だろうな。


「たぶんキミ、そこそこ強いよね~。メインは短剣のスカウトかローグ職かな? んーで、その食料持って40層にいる連中へ届ける予定だった。どうどう? 当たりじゃなーい?」

「え? こいつ40層の連中とグルなのかよ?」

「単独ってのはまず聞かないけど、デカい食料持って少数でここからさらに潜るなんて運搬役しかないか。つまりこいつを潰せば……」

「そっ! 40層の連中は食料不足で脱落~その隙間を埋めるのは俺達ってわーけ!」

「おぉおおおお!!」


 もう、ダメかな。

 よく分からない妄想のおかげで、先ほど疑念の声を上げていた男までガッツポーズで賛同してしまっている。

 欲が深いだけならまだしも、人を害そうするならば野盗連中と同じ穴の貉。

 背後の階段を下って逃げようと思えば逃げ切れるが、そんな選択肢はコイツらに必要ない。


「今から一応10秒数えますので、これは間違っていると、そう思う人は武器をこの場に置いてください」




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「は、はがっ!? な、なんで……ッ」

 場所は31層。

 そこにアジオンと呼ばれていたリーダーの男と二人で訪れていた。

「おっ、青の書を出してるじゃないですか。これは――……あぁ、技能の書『遠視』か。ちょっと微妙ですね」

 男達の『遺品』を物色していると、1日2回のボス討伐をしていただけあって、それなりに目を引く品が革袋から出てきた。


 技能の青書(薄)『遠視』

 職業の青書 『喧嘩屋《ブロウラー》』

 叡智の切れ端 繧鬲黄ェ皮ケ繝――『4-19』


 うーん。

 事前情報通り、叡智の切れ端は【異言語理解】レベル8を通して見ても、まったく意味が分からないけど……とりあえずレア物はこの3つか。

 あとは高純度の金属がそれなりの量、種もそこそこってところだな。

 さすが10人ほどの人数で食料探ししていただけのことはある。

 案の定、コイツらは弱過ぎてなんのスキルレベルも上がらなかったが……

 現金はそこそこ持っていたので、戦利品の質でいえば外の野盗と比べても遥かに優秀だ。


「なんで……! 僕達に勝てないと思ったから、さっきは黙って見学してたんじゃないのか!?」

「もしかして、襲おうとした切っ掛けってそこですか? だとしたら相当アホですね。周りが全員あなた達みたいな悪党だと思ってるんです?」

「……ッ! あ、当たり前のことだろう!? そうやってみんなボス狩りの権利を得ているのに……なんだよこんな! くそっ!」

「ははっ、あのまま放っておけばまだボスも狩れて、せっかく出したドロップも奪われないで済んだのに。これ、損失何千万ビーケですかね?」

「う、うぐ……ッ! か、返せ! それは僕達のだ!」

「僕達って、もうあなたしか生き残ってないじゃないですか。それに、本番はここからですよ?」


 男を引き摺り、階段部屋からもう一つ先の部屋に続く通路へ。

 すると視界の先には武器を持ったコボルトが3体待ち構えていた。

 順当にいけば、Dランクレベルに調整されたコボルト達だろう。


「あがぁああ"あ"あっ!」


 そんな部屋の中に、その場で切り落とした男の両脚を投げ入れる。

 するとすぐにコボルト達は反応し、その脚に齧りついた。


「あ、あぁ……ぼ、僕の脚が……ッ!」


 そのまま眺めていると、肉を貪り、その後に残った骨も咥えている。

 その姿を見て、ようやく細やかな疑問が解決した。

 なぜダンジョン内は想像以上に綺麗なのか。

 人が中で滞在するために生き物を食らえば、ゴミは出るし骨も残る。

 それに人だってダンジョン内で敗れて死ぬこともあるだろうに、その死体も今まで見かけたことがなかったのだ。

 だが、コボルトが骨まで綺麗に平らげていた。

 どの階層でもいるとされるコボルト達が、ダンジョン内の掃除屋も担っていた――これが答えだろう。


(うーん、犬に骨か……フェルザ様もやるなぁ)


 そんなことを思いながら、お次はアジオンを部屋に投げ入れた。


「うがっ! ま、待って、くれ……! ぐあっ! 逃げられ……ぐっ……武器も、ないんだ……たすけ……てッ!」


 すると瞬く間に群がるコボルト達。

 脚のないアジオンは這って移動しようとするが、その腕を、背を、武器で斬られ、身悶えしながらも助けを求めている。

 ならば、しょうがない。

 一度仰向けにし、一つの魔法を唱える。


『ゆっくりと、傷を、癒せ』


 想像するのは継続時間を優先したオートヒーリング。

 今後のために、いつかタイミングがあれば実験しようと思っていた魔法だ。


「がぁあ!」


 初めて使用してみたが、斬られた傷が端からじんわり消えていくので、【回復魔法】がレベル5でもそれなりに効果はありそうに見える。


「あぐっ……止め、て……」


 まぁすぐにその上から、新たな傷がつけられていくが……


「痛……ッ……お、願い……っ……ぁ……目が……ッ!」


 それでもまだ時間はかかりそうなので、先にマッピングを適度に済ませても問題ないだろう。


「もう……殺……て……!」


「奇遇ですね。|僕《・》|も《・》あなたのような『悪党』のその先なんてどうでもよくて、ただオートヒーリングの効果時間や回復効果が知りたいだけなんです」


「そ、…んな……」


「最後はちゃんと殺しますから、どうせ死ぬならそのまま実験台にでもなっといてください」306話 表オークション

 サヌールにある宮殿のような規模のハンターギルド。

 その中央入り口は、いつもと違った賑わいを見せていた。

 ギルド前には時折豪勢な箱型の馬車が止まり、中からは豪華なドレスを纏った貴婦人が、手を添えられて降りてくる。

 チョビ髭を摩る、服は綺麗だけど顔は汚いガマガエルようなおじさんも多くいた。

 そんな人達に混じってゾロゾロと。

 入り口から正面に向かって進んでいけば、やがて見えてくるのは会場入り口。

 昨日アランさんに見せてもらった目録の木板が掛けられており、その横には『武器の携帯禁止』と注意書きが大きく記されている。

『オークション主催国 その規模と傾向について』の本で予習してきた通りだ。

 ハンターギルド主催のオークションは"表オークション"とも呼ばれており、高い身分の連中が堂々と入れる数少ない場でもあるらしい。


「緊張してくるねぇ~!」

「そうですか? 凄く楽しそうに見えますけど」

「いやーオークションは楽しみなんだけど、周りのお金持ちオーラが凄くてさ」


 決して全員ということではない。

 が、周囲を見渡せば、ちょっとお金持ちっぽい人、かなりお金持ちっぽい人、凄くお金持ちっぽい人の代理人。

 ほぼオークション会場はこれら金持ち3種族に固定されているようで、俺はといえば最上級に御粧《おめか》ししてきたものの、それでも代理人枠から片足ずり落ちるくらい。

 つまり、"やや浮き"の状態になっていた。

 なので本人の強い希望と俺の事情もあり、本日はリステも参戦だ。

 面倒事を避けるためにリステは仮面付きだが、これで足して2で割れば丁度いいくらいだろう。

 なんせ初めてのことだし、本日はリステの代理人という体《てい》で猛威を振るう予定である。


 入り口で名前を伝えたら大きな木板の番号札を渡され、そのまま会場内に入っていくと、あっさり中退した大学の講義室を思い起こさせる空間が。

 段差のある大部屋の中央には教壇のような机が置かれており、上等そうな椅子が数百という数で扇形に並べられていた。

 なんとなく、身形の良い人ほど下段の見やすい場所に移動しているので、俺は空気を読んで最上段へ。

 できればメモを取っていきたいこともあり、あまり周囲に人のいない隅の方へ着席する。

 そのままソワソワしながら待っていると、9割近く椅子が埋まったところで進行役が中央のステージに現れた。

 簡単な挨拶の後、すぐに1発目のオークションが始まるらしい。


「それではオークションを始めさせていただきます。1品目、『叡智の切れ端 23-16』 開始は8億ビーケからでございます」


「「「おぉ……」」」


 場のざわめきには俺の声も混じっていた。

 目録はあくまで品名と出品される順番のリストで、それぞれの開始価格までは書かれていない。

 が、この反応とこの値段……たぶん1発目が今回一番の大物っぽい。


「8億」

「46番――8億」


「8億5千」

「102番――8億5千万」


「10億」

「51番――10億」


 落札してお金がありませんではお話にならない。

 なので事前にオークション窓口へお金を預ける仕組みだったが、俺が今回預けたお金は約19億ビーケ。

 いつの間にかジェネラルマスターオルグさんに以前卸した、パルメラ産の大量素材分も入金されていたので、その辺りのお金も可能な限り引き出した上での現金総額だ。

 正直な話をすれば、今開催分くらいはある程度欲しいモノが落とせるくらいに考えていたが――いやいや、これはヤバいな。

 叡智の切れ端が番号によって高いとは聞いていたけど、23番の時点でこうもあっさり10億を超えてくるとは想定の斜め上だ。


「リステ、残念だけど叡智の切れ端は諦めよう。今の段階で手を出せば俺が破滅する」

「そのようですね。今回は相場感を得るための場と割り切りましょう」



「51番――15億2千」

「「……」」

「他、おりませんか? ――――51番、15億2千万で落札です」


 パチパチパチ……


 湧き起こる拍手に、俺も自然と乗っかってしまった。

 20番以降は国家などの集合体が金を積み上げて集めるものだと言っていたが……

 なるほど。

 これを集めるとなれば、尋常じゃない覚悟が必要らしい。


 その後もシルバー素材で【付与】が比較的優秀なダンジョン産装備や、薄い技能の青書など、金を出してまでは不要というモノが続いていき――

 そしてようやく、お目当ての品が登場した。



「22品目、『技能の種』 開始は6千万ビーケからでございます」


「6千」

「10番――6千万」


「7千」

「66番――7千万」


 次々と入札される中、俺は改めて膝の上にある『85』と大きく書かれた札を見る。


(うし、いくか……)


「1億」

「85番――1億」


 札を見せながら金額を伝えた瞬間、近くに座っていたおばちゃんがビックリしていたけど、ここからが勝負だ。

 レア物買取の一覧に表示されていた1個1億ビーケは、オークション開催を待てない即金希望者向けの現金買取価格であって、実際の相場よりも安いはず。

 どこまで伸びるか分からないが、できることなら『技能の種』は全部落とす!


「1億1千」

「66番――1億1千万」


「1億2千万」

「85番――1億2千万」


「1億3千」

「66番――1億3千万」


 そして、やや場がざわつく。

 たぶん、通常の相場は超えている、明らかに。

 だが。


「1億5千万」

「85番――1億5千万」


「おぉ……」


「……」


「他、おりませんか? ――――85番、1億5千万で落札です」



 ふぅ――……

 やっと1つ、落札しただけ。

 にもかかわらず妙な緊張感で喉はカラカラ。

 自然と口から空気が漏れ出る。

 相場よりもかなり高くなってしまったっぽいけど、その数千万を稼ぐのに要する時間と入手難度を考えれば、俺にとっては価値ある落札だ。

 しかし、問題はあと5個もあること。


(同様に粘られるとさすがに痛いが、どうかな……)


 一抹の不安。


 そして3時間後――、それは見事に的中することとなった。



(あの、66番め……)


 昼休憩を挟むために区切られた午前の部。

 その前半で出品された『技能の種』は3つあり、その3つ全てを俺が落札してきた。

 しかしその落札合計額は4億7千万ビーケ。

 これはもう破格も破格のようで、会場も、近くのおばちゃんも、皆がビックリしている時点ですぐに分かった。

 報告に行った鑑定屋のマグナークさんが、茶を吹き出すくらいに驚いてたし。


「値を吊り上げ、ロキ君の予算が尽きるのを待っているのでは?」

「その可能性もあるんだけどさー」


 1つだけ譲れば、あとは引くかもしれない。

 そんな展開が予想できる一方、まったく逆の展開も想像できてしまう。


「年々レア物の相場が上がってるのって、たぶん主犯はマリーとかいう転生者なんだよね」

「なるほど……」

「そうなると弱みを見せたら、全部いかれる可能性の方が高いかなって」


 根本的な財布事情で言えば、それこそ天と地ほどの差があるだろう。

 だが……


(66番は男、ならばあっても代理人だ)


 入札のための発声でそれはすぐに分かったし、要人警護でそれなりに強そうな者も会場内には混じっているが、少なくとも【洞察】で警戒反応が出るような強者はこの会場にいない。

 この時点でリステのように、マリーが実はどこかに座っているなんて可能性はなくなる。

 つまり今日に限って言えば、極端に無茶な入札はできない可能性が高いのだ。


(66番がマリーの代理人かは分からんけど、2つ目からあからさまに俺のこと睨んでたしなぁ)


 まぁいいか。

 睨まれようがやることは変わらない。

 午後の部も残り3個を全部落とし、ついでに別のレア物相場を把握しつつ、安そうなら競り落とす。


「そろそろ戻ろっか」

「そうですね。このままご一緒してもいいですか?」

「魔力は余裕だから大丈夫だよ」


 余計な面倒ごとに巻き込まれないため、わざわざ小さな隣町まで転移して昼飯を食っていた俺達。

 リステが仮面を付けたのを確認してから会場に戻れば、やはり複数の落札は目立つ行為だったのか。

 好奇の視線に晒されるも、こればかりはしょうがないと椅子に座って目を瞑る。

 邪な気持ちで話しかけてこないだけマシ――そう思っていたが。


「少し、よろしいか?」


 何度も聞いた声に、深く溜息を吐きながら視線を向ける。


「どうされました? 66番さん」307話 66番

 66番は金髪をオールバックにした、ずいぶんと神経質そうな男だった。

 促され、俺だけついていった先は会場の端。

 暗幕のような布が天井から吊るされており、外からの視線は遮られていた。

 そこで振り返った66番は、おかしな言葉を口にする。


「誰に喧嘩を売っているのか分かっているのか?」


 実に不思議だ。

 この状況は66番が喧嘩を売りにきているのに、なぜか俺が加害者らしい。


「いえ、知りませんが」

「……チッ、新参か。横にいた仮面の女も見慣れぬ雰囲気だったが、アレが貴様の主だろう?」

「そうですね」

「私はアルバート王国の転生者、マリー様の使いだ。私の入札を過度に妨害するということは、マリー様の邪魔立てをするということ」

「……」

「どこの田舎から出てきたのか知らぬが、喧嘩を売る相手は間違えるなと伝えておけ。今回はオークション終了後に技能の種を引き渡せば不問としてやろう。あぁ、落札代金は勉強代だな」


 言いたいことを言い、一人鼻を鳴らしながら会場へ戻っていく男の後ろ姿を眺めながら――


 ――【心眼】――


 相手の力量や能力を把握し、さてどうしたものかと思考を巡らす。


 しかし。


「……まぁ、いっか」


 少し考えたところで俺のやるべきことは変わらない。

 そもそもオークションという正規のやり方で競っているわけだし、あの66番は他にも成長の種や技能の書なんかも落札していたが、そちらは俺が狙っていないということもあって邪魔などしていないのだ。

 何も文句を言われる筋合いはないし、こうして脅してくるということは、脅さなければこの問題を解決できないということ。

 電話もネットもないこの世界。

 遠方の相手に連絡を取れるようなスキルなんてあの男は持っていなかったし、どうせマリーが落札物を取りに来た時くらいしか本人とやり取りする機会なんてないだろう。

 それに金持ちは有意義に金が使えるところを大切にする。

 マリーが万が一登場したところで、貴重な表オークションをぶっ壊してまで派手な戦闘なんてしないはずだ。


「お待たせ」

「大丈夫でしたか?」

「うん、予想通り転生者マリーの代理人だね。邪魔するなって脅してきたよ」

「……なるほど」


(こっちの方がやべぇ)


 呟く声で凍えそう。

 ただならぬ気配を感じ、必死にリステを止める。

 マリーはここを壊さないだろうけど、神様はそんなの関係なしにぶっ壊すだろうからな。


「だ、大丈夫だって。たぶん脅すだけで結局何もしてこない――ってか、何もできないだろうし。気にせず普通に落としてくよ」


 その後は時折呪い殺すような視線を感じつつも、オークションは滞りなく進行していき、俺とリステの相場知識もコツコツと蓄えられていく。

 特に熱いのは技能の書の中でも戦闘系――その中でも魔法系統とパッシブの耐性系だ。

 まだ参考データが少ないので、系統全般に言えることかは分からないが、『薄い技能の青書【光魔法】』で4,600万ビーケ。

『薄い技能の青書【麻痺耐性】』に至っては9,000万ビーケで落札されており、薄い技能の青書でもモノによっては1億を超えるというのも頷けるほどの熱い競り合いだった。

 ただやはりというか、ジョブ系は全般的に安さが目立つな。

【建築】や【裁縫】が400万ビーケまで届かず落札されていたのは、スキルを得た後の効果が薄いからこそなんだと思う。


 ちなみに薄い技能の黄書は、今回出品されていた4つのうち3つが軽く億超え。

 まだ解放だけで止まっている『薄い技能の黄書【呪術魔法】』が出た時は、本気で狙おうかと札を握り締めたが、66番がそうそうに2億と宣言してくれたおかげで逆に冷静になることができた。

 仮に『技能の種』がスキルポイント1増加という想定上最低の数値だったとしても、その技能の種2つでスキルレベル1は取得できるのだ。

 解放されていないのならその価値もあるけど、解放されているのなら、スキル取得までに複数個必要であろう薄い書で何億も使うのはバカのやることである。

 まぁスキルポイントの存在までは把握していないだろうから、手あたり次第に金で解決しようとしているんだろうけど。


「今開催分の出品物は以上となります。只今より品物の引き渡しを行いますので、見事落札されました方々はカウンターにお手元の札をお持ちください。預け入れの残金は明日以降に――」

 進行役の終了宣言と同時に、多くの参加者達が席を立つ。


 結局俺が今回落札したのはこの9点。

 ・技能の種×6・・・計9.5億ビーケ

 ・薄い技能の青書【漁猟】・・・350万ビーケ

 ・『本』宝石図鑑・・・4,000万ビーケ

 ・『魔道具』騎乗鞍《スーパーライダー》・・・5,100万ビーケ


『技能の種』と『宝石図鑑』は予定通りだからいいとして、『薄い技能の青書【漁猟】』は検証用に丁度良いと思って競り落とした。

【漁猟】はまだ未取得スキルだったので、薄い書を使えば何パーセントスキル経験値が上昇するのか一発で分かる。

 それと『騎乗鞍《スーパーライダー》』とかいう魔道具は、これはもう興味本位だな。

 カルラが「熊に乗りたい」とか金太郎みたいなこと言っていたので、レア品ということもあってついつい落札してしまった。

 一応お土産ということではあるけれど、使用すれば【騎乗】の上方補正が入る一点モノらしいし、いつか何かに乗る時は俺も使ってみたいと思う。


 合計10億を超えるお買い物。

 日本にいた頃を思えば、もう狂気の沙汰としか思えない散財っぷりだが、9割は強くなるための必要経費みたいなものだしな。

 不意に「金はどんどん使って自分を追い込むもんだぜ?」って口癖のように言いながら、課金ガチャして泣いてた笠原さんの顔を思い出し、懐かしさから思わず笑みが零れる。


 さーて、いつまでも会場に残っていたってしょうがない。

 品物を受け取りに向かうべく、立ち上がろうとして――あぁ、そういえば。

 こちらを睨みつけながら大股で歩み寄ってくる男を視界に捉え、軽く溜め息を吐く。


「リステごめん。またあの男だから、先帰ってて?」

「大丈夫ですか?」

「うん、あれだけ怒ってるってことは、マリーをここに呼べないってことだろうから」

「分かりました。でも何かあったら、すぐに連絡してくださいね?」


 そう言いながら一旦この場を離れていくリステを見送っていると、鬼の形相をした66番は堪えるように口を震わせながら、俺の目の前まで顔を近づけ


「貴様ぁ……主ともども死にたくなければ、落札したモノを全て寄越せ……」 


 俺だけに聞こえる程度の声色で、そう呟いた。308話 煩い男

 66番も衆目の中で、あからさまな恫喝をするつもりはないのだろう。

 ハンターギルドはかつて、マリーに対しても強硬な姿勢を貫いたのだ。

 代理落札という抜け道がある以上、オークション使用の制限を掛けることは不可能だろうが……

 少なくともここで暴れれば、66番個人が出入り禁止などの制裁を受けることは必至。

 だからこそ、男はまずこの会場から離れようと似合わない笑みを湛えながら、会場出入口近くにあるオークション専用カウンターへ。

 そこで札と引き換えに落札物を受け取り、俺を睨みつけながら顎でカウンターを指す。

 言われなくてもやるが、"今すぐお前もやれ"と男は言いたいらしい。


「これ、お願いします」

「はい、85番様ですね。落札された品は全部で9点、こちらになりますのでご確認ください。残金を引き出す場合は少しお時間かかりますから、明日以降に改めてお越しくださいね」

「ありがとうございます」


(一応警戒くらいしておくか……)


 お礼を言いながらも俺はポケットに手を突っ込み、『収納』から一つの麻袋を取り出す。

 そしてその袋に落札物を全て放り込んだところで、66番はわざらしいセリフを並べた。


「それじゃあ打ち上げだ。良い店を紹介するからついてきたまえ」


 スタスタと、まるで俺がついてくることなど当たり前のように、一人ハンターギルドを去っていく男。

 このまま見送ったらそれはそれで面白いけど……さて、どうしたものかと考えを巡らす。

 この男は俺とリステの死をチラつかせ、野盗もビックリな10億越えの落札物を脅し取ろうとしているのだ。

 本来であればもうこの時点で余裕の『執行』対象。

 昨日のハンター達と同じ流れになるわけだが、しかしマリーとの繋がりを考えればそこまで単純な話でもなくなってくる。


(掃除をするだけなら簡単だが……)



 ――【気配察知】――

 ――【魔力感知】――

 ――【身体強化】――

 ――【探査】――『マリー』――


 結論は出ないまま、俺は素直に従ったフリをしつつ66番の後をついていく。

 男は正面の大通りを我が物顔で歩き、ほどなくして一本路地に入った先の大きな建物の前で俺に視線を向けた。

 看板は見当たらないし、たぶん、店ではない。

 しかし家にしては妙に大きく、空き店舗を何もせずにそのまま使っているような、そんな雰囲気の漂う得体の知れない建物だ。


(もしかして、ここがマリーのサヌール用拠点か?)


【空間魔法】による転移は、一度足を踏み入れた記憶の鮮明な場所か、目視できている場所を指定する必要がある。

 つまり物を受け取りに来るなら必ず決まった転移先がどこかにあり、唸るほど金のある強欲女なら、その指定先は別宅か、自らが経営する店である可能性が高いと思っていた。

 少なくとも俺のように、『屋根の上』を指定するなんて野暮なことはしないだろう。

 知ったところで、今何かできるわけじゃないが……

 この建物は相手のテリトリーである可能性が極めて高い。

 俺の【探査】が【隠蔽】で阻害されているだけで、既にマリーは今開催分の品を受け取るため、この建物の中で待機している可能性だってある。

 そんな場所にわざわざこちらから足を踏み入れる必要はないし、まだこの程度の弱い段階でマリーとやり合うのもリスクが高すぎるしな。


 暫し、思考を巡らせ――。

 俺は男の視線を外し、そのまま目の前を素通りしていく。


 するとこの状況に66番は焦ったのか。

 人目も憚らずに叫び散らしているが、その内容は応援を呼ぶものではなく俺への罵声。

 ならば問題ないだろう。

 用があるなら俺についてこいと言わんばかりに、人目の少ない場所を探しながら彷徨く。


 そして案の定、男は俺を追ってきた。


「はぁ……それで、まだ何か用ですか?」

「き、貴様ぁ! 私を舐めているのか!? マリー様の使いであるこの私を!」



 四方を建物で覆われ、視界の遮られたこの立地。

 ここならば、マリーがいきなり目の前に現れる心配はない。

 が、この男。

 少々どころではないほど煩いな……


「聞こえてますから静かに喋ってください。まず舐めているとかそういう話ではなく、オークションのルールで競り合った結果でしょう。落札できなくて怒る気持ちは分かりますけど、だからと言って僕に直接文句を言うのはお門違いでは?」

「だとしても6度だ! 6度も私の入札に被せたマヌケは見たことがないッ! これは私とマリー様に対する明らかな敵対行為だぞ!? どれほどのことをしでかしているのか理解しているのか!?」

「いえ、まったく。あと本当に煩いです」

「き、貴様……まさか、アルバート王国のマリー様を知らぬのか……?」


 肩を震わせ怒り散らしていたのに、一転して今度は驚愕の表情を浮かべている男。

 俺の静かにしてっていうお願いを、やっと聞き入れてくれたのかもしれない。


「聞いたことくらいはありますけど。【空間魔法】を使う強欲ババアですよね?」

「そうだ……っ、って違うッ! なんと無礼な! 加えて全てを見通す眼を持たれた大陸一の大富豪! つまり大陸の覇者で在られるおか――あがッ……!」

「へぇ……」


 全てを見通す眼ってなんだろうな……

【鑑定】か【心眼】、それとも他に何かあるのか?

上位互換の【神眼】は神様限定のはずだし、たぶんこのどちらか、もしくは両方ってこともあり得るか。

 この程度の男が情報を口走ってるということは、本人も公にしている事実と判断して良さそうだな。

 まぁ、そんな確認は後でもいい。

 今は先にやるべきことを。


「これで3度目。あなたさっきから煩過ぎなんですよ」

「んがッ……ンンッ!」


「なので|少《・》|し《・》移動しましょうか」


 ――【睡眠】――

 ――【睡眠】――

 ――【睡眠】――

 ――【睡眠】――


 男の鼻と口を覆い、呼吸を無理やり止めた上で【睡眠《スイガン》】を唱え続ける。

 眠るのが先か、窒息で落ちるのが先か。

 どちらにせよ、動かなくなればそれでいい。

 まずは――この煩い男を攫う。

 話はそれから。


 次第に男の眼は虚ろとなり……

 強制睡眠が約20秒ほどで発動したことを確認した俺は、男を抱えてこの場から転移した。
309話 マリー様の威光

 ふーむ。

 残念というかなんというか。

 落札した『技能の種』は淡く光る枝豆のような豆粒で、食せば案の定スキルポイントが『1』増えるだけの効果だった。

 想定していたとはいえ、見事なまでの予想最低値。

 これで1粒1.5億超えとか、どれだけ後半のレベル上げが重要なんだって話である。

 そして『薄い技能の青書【漁猟】』は、持っていても何も変化はないが、本を開けば眩く光り、そのまま溶けるように消えてゆく。

 ステータス画面を確認すれば、【漁猟】の経験値は20%。

 地下30層にいたハンター達から奪った【遠視】では、スキルレベル6に対し1%も経験値が伸びなかったので、『技能の書』は経験値量が固定のアイテム。

 薄い方がスキル未取得時で20%――スキルレベル1の魔物1匹相当ということで確定だ。

 ついでに『職業の青書 『喧嘩屋《ブロウラー》』も改めて確認してみたが、やっぱり『技能の書』とは違って本を開くことすらできやしない。

 やっぱり俺は、『職業の書』を使っても就職はできないらしい。

 はぁ――……


『水』


「う……うぐっ……、ゲホッ! な、なんだ……?」

「あぁ、ようやく起きてくれましたね」


 頭から水をぶっかけること数回。

 随分と深く眠ったものだなと自分のスキルに感心しながら、地面に横たわっていた素っ裸の男を見下ろす。


「こ、ここは……? き、貴様ッ! この私に何をした! いったいここはどこなのだ!?」

「余りにも煩いんで、薬で眠らせてからこの森に運んできたんですよ」

「は、運んできただと……? いや、それよりもだ! こ、こんなことをマリー様の使いである私にしておいて、ただで済むと思っているのか!?」

「さあ」

「な、なんだその気の抜けた返事は……マリー様に本気で喧嘩を売ると受け取っても良いのだな!?」

「ん~そうなっても仕方がないですねぇ」

「は……?」


 一瞬、想定外の事態に男の思考は停止したようだが……

 すぐに左右へ首を振り、歪な笑みを浮かべながらクツクツと笑い始めた。


「くくくっ。これは驚いた……驚きで笑いが込み上げるなんて初めての経験だ」

「それはそれは、おめでとうございます」

「ここまでのマヌケは未だかつて見たことがない。ふははっ、貴様の主もどうせ、どこぞの田舎貴族なのだろう……?」

「……」

「いいだろう。確実に殺してやる。貴様も、貴様の主も。ふふ……家ごとだ。それこそ一族郎党皆殺しにしてやる」

「随分と威勢の良いこと言ってますけど、どうやって? まずあなたじゃ弱過ぎて兵士の一人も殺せないでしょう? 【算術】が多少得意なくらいで、あとは特筆すべき能力なんて何も無いんですから」

「……ッ。き、貴様ぁ……そんなもの、私がマリー様に告げればすぐにでも動いてくださる!」

「そんな簡単にトップを動かせるほど、あなたが重い立場に就いているとは思えませんけどね。まぁ仮にそうだとして……んで? どうやって告げるんです?」

「?」

「だからどうやって、あなたの大好きなマリー様にこの事実を伝えるんですか?」


 現状を脱せられるようなモノは何もない――そう分かっていながら訊ねる。

 この男の所持スキルを覗けば既知のモノばかり。

 そんなことはオークション会場で最初に絡んできた段階から分かっていたことで、それでも念のため、真っ先にこの男の身包みを剥いで、所有物は全て俺が『収納』した。

 それっぽい魔道具があれば、今後ありがたく活用させていただくつもりだったんだけどなぁ……

 ラグリースが古代の魔道具として本に記すくらいだし、遠距離の伝達魔道具なんて仮に存在していたとしても、こんな男が簡単に持てるような代物ではないのだろう。 


「マリー様は明日、サヌールへお越しになられる。その時、落札を妨害した者がいると伝えれば……ふはははっ、逆鱗に触れることは間違い無しだな!」

「ふーん、明日ですか。で、あなたはどうやってここからサヌールに帰るんです?」

「だから早く送り届けろこの小童がッ!!」

「殺す殺す言われてるのに帰すわけないでしょう。というか」

「ふざけるなよ貴様! 私はマリー様の使いなん―――」


「あなた、ここで死ぬんですよ?」


「は?」

「もしかして、|マ《・》|リ《・》|ー《・》|様《・》|の《・》|名《・》|を《・》|出《・》|せ《・》|ば《・》生きて帰れるって、ずーっと思ってました?」


 少し現実を理解し始めた。

 そんな顔つきに変わってきたが、まだだな。

 まだこの男は『マリー様の威光』で目が曇ったままだ。


「……ふははっ、もしそんなことをしてみろ。貴様、マリー様に殺されるぞ?」

「あなたのことを逃がしたって殺されるなら、逃がさないようにするのが普通ですよね。そうしたらマリー様にも誰がやったかなんてバレないでしょう? あなたは一生"行方不明"のままだ」

「……ふ、ふふ。そうか、そうだな。では、そういうことなら不問にしてやろう。マリー様には内密にしてやるから安心しろ。だからまずは服を返せ、そして私を町に送り届けろ」

「嫌ですよ。『悪党』なんて信用できませんし、あなたがこのまま行方不明になれば、あなたの落札物は僕の物になりますしね」

「ッ!!!? き、貴様ァアアアアアアアアアアッ!!」

「気付くのが遅いですよ。もしあなたの大好きなマリー様が明日サヌールに来て、落札物を何一つ持ってこないとなったらどう思いますかね。裏切られたと思って、それこそあなたの周りまで皆さん殺されちゃうかもしれません。えーと、"一族郎党皆殺し"でしたっけ?」

「ッ……ま、待て。ちょっと、待ってくれ」


 やっと、だな。

 ようやく現実を直視できたようで、この男の顔が急激に青ざめる。

 全て自らの言動が招いた結果。

 ならばそっくりそのままお返ししてあげよう。


「オークション落札物を身勝手に奪おうとするから逆に奪われ、安易に皆殺しなんて口にするから、あなただけではなく周りまで報復を受けるような憂き目に遭うんです。因果応報ですね」


 そう言いながら立ち上がり、改めて男を見下ろす。


「あぁ、ここは絶対に誰も助けは来ませんし、抜け出すこともできません」

「ま、待て……」

「諸事情で僕があなたを殺すことはありませんが、周囲はあなたじゃまったく手に負えない魔物だらけですから、きっと綺麗にあなたの身体を食べてくれるはずですよ」

「待ってくれ、頼む……」

「それでは、お疲れ様でした」

「済まなかった!! 待ってくれぇええええ!!」


 響き渡る、男の懇願。

 その声に釣られ、枝を踏み鳴らしながら現れたのは、先ほどまで俺が【威圧】で近寄らせないようにしていた――しかし今は、【挑発】によって逆に興奮状態のゴブリンウォーリアだった。

 あくまで標的は俺だが。

 男の背後に立つ俺に向かって走り寄る魔物を視界に収め、自分自身の死を悟ったのだろう。

 膝を突いたまま、一歩も動かずに頭を両手で抱える男に目をやり――

 ここまでやればもういいだろうと、ソッと耳元で声を掛ける。




「僕の言うことを聞くのなら、助けてあげてもいいですけどね」310話 裏取引

 男はそれこそ、縋りつく勢いで懇願した。

 言う通りにするから、助けてくれと。

 ならば確約はできないが、確認だけはしてみようと目の前のゴブリンウォーリアを蹴り飛ばす。

 頭が吹き飛んでいく様を見て、さらに現実を理解したのだろう。

 魔物の難は去ったというというのに、目の前の男は小刻みに震えていた。


「さて、まずあなたのお名前は?」

「ビ、ビクターだ」

「ビクターさんですね。今見てもお分かりの通り、その気になればあなたをすぐにでも殺せます」

「……」

「なのでここから生きて帰れるかはあなた次第。生かすためにいろいろとお尋ねしますので、くれぐれも嘘は吐かず、できる限り詳細に答えてください」

「分かった……」

「それではまず最優先してあなたに確認しておきたいことがありまして――あなたはマリーと『奴隷契約』を交わしてます?」

「あぁ、交わしている」

「それはマリー本人と?」

「そうだ。本人と、だ」

「『任意』と『強制』はどちらで?」

「『任意』だ。到底不可能な内容だが、一応解除条件は設定されている」

「なるほど……」


 なぜ、こんなことを?

 男はそんな表情をしながら俺を見上げているが、生かして利用価値が生まれるのかどうか。

 何よりも重要なのはこの点だった。


 そして案の定とも言えるこの結果。

 奴隷契約が結ばれているとなれば、かなりハードルは高い。

 契約が上書きできるのかは分からないが、仮にできたとしても本来の契約が消えた時点でコストはマリーに戻るのだから、解除されたこともバレてしまう。

 となれば、奴隷契約が交わされた状態でいくしかないが――それでもまだ、可能性はあるか。

 というよりこの男をどうにか利用しないと、今後は俺がまともにオークションを活用できなくなってしまう。


「ちなみに、奴隷契約の内容は?」

「『オークション資金を他に流用することはできない』、『オークション落札物は全て引き渡す』、この2つだ」

「ん? それだけですか?」

「そうだが?」

「へ~その間、ちょろまかしたりしなかったと」

「金と物をどちらも縛られているのだからやりようがない。それにオークションが開催されるたびに1000万ビーケの報酬を頂いているのだ。そんなことを考える必要すらなかった」

「なるほど。それはまた、随分と高額ですね」

「だから何度も言ったのだ。私はただの奴隷ではなく、"|マ《・》|リ《・》|ー《・》|様《・》|の《・》|使《・》|い《・》"なのだと」


 少し調子を取り戻したビクターは、その後も月に1度転移してくるマリーとの詳しいやり取り。

 そして自身の仕事内容を教えてくれた。

 オークション開催の翌日、あの建物内の上階に現れるマリーから次回分の軍資金を受け取り、その時に落札した品物を直接マリーへ渡す。

 その際に仕入れた品と個別の落札額、そしてオークション預けの残金まで記された帳簿も渡すようで、マリーは受け取ったらすぐにどこかへ転移していなくなるらしい。


(これは、キツいな……)


 ここまでの内容をビクターから聞いて、俺は深い溜め息を漏らす。

 マリーにとって都合の良い環境がしっかり構築されていて、今から割り込む余地があまりにも薄い。

 ビクターを生かせば『技能の種』が今回全て押さえられたことは報告するだろう。

 仮に口止めをしたとしても、1つも無ければマリーは疑問に感じるだろうし、帳簿があれば競り負けたと判明する可能性はさらに上がる。

 そうなれば、次回はもう金額勝負。

 潤沢過ぎるほどの資金があるマリーからすれば、予算上限なんて設けずに――


「ん? 毎回軍資金を受け取ってるんです?」


 ここでふと、素朴な疑問が生まれた。

 なぜ、唸るほど金のあるマリーに対して、今回は俺が競り勝てたのだ?

 オークションなのだから、次回ではなく今日だって金額勝負だったはずなのだ。

 にもかかわらず、ビクターは『技能の種』が1.5億を超えるとそれ以降の入札は控えていた。

 だから俺が勝てたわけだが、そもそもなぜ控える必要があるのか。


「毎回だ。レア物の相場上昇に合わせて少しずつ増えてきているが、今はおおよそ白王金貨400~500枚を受け取っている」

「それっていくらです?」

「40~50億だな。残高との合算がおおよそ50億になるよう渡される」

「十分高額ですけど、でもなぜ? マリーならもっと一気にお金を預けることもできるでしょう?」

「これでも十分異常だ。あくまで代理である私に預けるのだぞ? その私に何かあれば、金はもう引き出せなくなる」

「あぁ、そういうこと……だから、今日僕に競り負けたんですか」

「そうだ。奴隷契約とは別に『可能な限り落札しろ』と言われているが、それでも落札の優先順位というものがある。明らかに相場以上のモノで張り合えば、より優先順位の高いモノが落札できなくなる恐れもあるからな」


 ……ここだな。

 羨ましいくらいの環境に付け入る隙は、ここしかない。

 マリーのみが抱える代理だからこその弊害。

 本来なら代理参加は手数料さえ支払えば、ハンターギルドのオークション出品担当アランさんが対応してくれることは聞いていた。

 指し値を使って予め上限予算を決めなければいけないので、自分で参加するよりは融通が利かなくなるが……

 それでも落札代金に対して1%の成功報酬で請け負ってくれるのだ。

 しかし過去に揉めているマリーは出入り禁止なので、ギルド依頼を活用することができない。

 ビクターのような保証の利かない個人に頼るしかなく、いくら預けようが一瞬で残高が消し飛ぶリスクを考えれば、数百、数千億という金を預けるのは普通の神経では理解できないほどの覚悟が必要になる。

 マリーはそこまでのリスクを抱えられないから、予算不足で落札できない品が多少出てしまうことを許容した。

 だからこそレア物に優先順位を付けるしかなかった――そういうことだろう。

 ならば重要なのはここからだ。


「マリーが求める、落札の優先順位は?」

「最優先は厚みにかかわらず『技能の黄書』、あとは優良な【付与】のついた装飾品だ。もちろん特殊付与であれば猶更良いが、そう出てくるモノではないからな」

「それ以外の優先順位は変わらないんです?」

「『技能の青書』も魔法系統と耐性系統は優先しろと言われているが、そのくらいだな。あぁ、武器はよほど優秀な【付与】でも付いていない限りはもう不要と言われている」

「ふーむ……」


 前提となる解放条件をすっ飛ばして、直接スキル経験値を取得できる『技能の黄書』が最優先というのは分かるし、武器は初級ダンジョンだから需要が薄いというのも分かる。

 バルニールを牛耳っているから、製造には困らないという理由もたぶんあるだろう。

 しかし、【付与】付きの装飾品か。

 これはどうにもしっくりこないな。


「なぜ【付与】の付いた装飾品が?」

「私にも詳しいことは分からない。ただ武器種では付けられない類の『耐性系【付与】』は必ず落とせと言われている」

「耐性系……ということは属性耐性とか毒耐性とか、あのあたりですか」

「そうだ」


 なるほど、これはかなり有力な情報を引っ張り出せたかもしれない。

 たしかに耐性系は、同じパッシブでも能力上昇系の【金剛】や【疾風】と違って喰らわなきゃ経験値が上がらない。

 それはある意味拷問のようなもので、【毒耐性】ならまだしも、【石化耐性】なんて自力上げができるのかと首を傾げてしまう。

 しかし祈祷でスキルポイントを使ってまで上げるかと言われれば、それはまた違うとなりやすいので、結果的に替えの利きやすい装飾で補うってのが金持ちのやり方なんだろう。

 そしてこれは、俺にとっても勝機であり商機な気がする。

 装飾が高値で売れるのなら、防具だって優秀な付与を付ければオークションで――それこそビクターが買う可能性もある。

 今日はオークション日。

 つまり明日にでも自作してオークション出品すれば、次回オークションでそうそうにマリーの予算をパンクさせられる可能性もあるということ。


「もし、防具でも同じような耐性系の優秀な【付与】装備があったら、マリーは買いたがると思います?」

「……基本素材にもよるだろうが、まず買えという指示は飛ぶだろうな。防具はダンジョンでも得られないのだから、他に目ぼしい入手手段がないということになる。ならば耐性系は押さえるはずだ」

「なるほど」


 やっと、道筋が見えてきた。

 マリーの構築した理想に、入り込む隙間が。


「最初はどうにもならないかと思いましたが、ようやくあなたにお願いする内容が見えてきましたよ」

「私は……マリー様も敵には回せぬぞ。回せば、確実に死ぬ。それは間違いないのだから、貴様に殺されるのと変わらなくなる」

「大丈夫ですよ。僕が狙っているのはご存じの通り『技能の種』です。あと被りますが『技能の黄書』にも多少興味はあります」

「ふむ」

「だからあなたには、この2種――いや、とりあえずは『技能の種』だけでもいいので競りに参加しないでいただきたい。その代わり僕が優秀な【付与】付きの防具を|主《・》|の《・》|蔵《・》から探し出して、いくつか出品します。これならマリーの要望にも合うでしょうから、敵に回さず済むでしょう?」

「本当に実現可能なら、たしかに問題ない。マリー様にそのような情報を小耳に挟んだと、そう伝えても良いのか?」

「えぇ構いません。ただ今回だけならと予算を上げられても僕が困りますから、あくまで噂程度。その上でもし本当に出たら手を出すのか、やんわり確認してもらえるといいですね」

「それであれば明日伝えよう。早い段階で出品してくれれば、私も予算が尽きたという言い訳が立つ」

「僕も今後はハンターギルドに代理参加を頼む予定ですので、代わりにオークション出品の窓口にいるアランさんが入札するはずです。『技能の種』に参加してこなければ僕はあなたに危害を加えない。これならば真っ当な取引条件でしょう? もちろんこちらで予算消費用の売り物が用意できなければ、その時は不問ということで」

「承知した。このような条件で済ませてくれたこと、感謝する……マリー様に盾突く者などいないと、そう慢心していたが、まさかな……」

「あぁ、当然ですけど、僕に関する情報や提案内容は極秘でお願いしますね。約束を破れば本当に殺しちゃいますから」


 そう言いながら、岩の裏に隠したように見せかけて衣類やビクターの落札物を返却していく。

 釘は刺しておいたが、相手が一方的に不利な条件を背負うわけではないのだ。

 これならマリーに密告するメリットの方が薄いだろう。


 ビクターをこの世から消し、今ある落札物を奪い、マリーに50億近い損失を背負わせつつ、別の者が代理として任命されればその者も消してさらに損失を膨らませていく。

 なりふり構わずダメージを与えるならこの方法が最も手っ取り早いだろうが、これではやっていることが悪党そのものだし、そんな強引な手段はやれても精々2度か3度が限界。

 重ねればさすがにマリーだって本気になるだろう。

 それに俺が直接殺したりすれば、『ビクターを殺した者』という探査条件に一発で引っ掛かり、不意の戦闘へ発展する可能性も高い。

 俺がマリーの立場なら、迷わずそうやって犯人を捜そうとするからだ。

 拠点以外、どこへ行っても常に命を狙われる可能性があるとか、そんな窮屈な冒険なんて想像したくもない。


 何よりも優先すべきは、強くなるためには必須で、かつ入手手段の限られたダンジョン産アイテムを今後も安定して手に入れること。

 金の稼ぎ口など商業、傭兵、ハンターギルドといくつもあるわけだから、その方法さえ確立できれば目先の50億より遥かに価値は高い。


(それにビクターを生かせば、継続的にマリーへダメージを与えられそうだしな……)


 そう思えば自然と笑みも零れ、僅かながらマリーに関する情報を収集したのち、行き同様にビクターを一度眠らせてからサヌールへ転移した。311話 宝の山

 拠点に帰還したあと、俺が真っ先に向かったのは資材倉庫。

 その8階に飛び、誰も使う用途のない、戦利品だらけの防具を眺める。


「やっばー……これ全部、宝の山じゃん」


 下は使い古された野盗連中の革鎧から、上は火岩洞にいたサラマンダーの火耐性鎧まで。

 いつかどこかで売れたらいいなと思っていたものが、【付与】の中身次第で一気に化ける可能性が出てくるとは予想だにしていなかった。

 果たしてどのスキルを【付与】すれば正解なのか。

 価値だけでなく、売り捌いた後の影響まで考えなければいけないため、ステータスを眺めながら慎重に判断するつもりだったが。


 んー、んん? んー。


 首を捻って考えても、そもそも防具になんのスキルが【付与】できるのかよく分かっていないことに気付いてしまった。


「ゼ、ゼオ――ッ!」


 叫びながら資材倉庫の外へ飛び出せば、ゼオは湖の畔で皆の洗濯物を取り込んでいた。

 いつもいつも、ありがとうございます!


「どうしたのだ?」

「ちょっと聞きたいことがあってさ! この前聞いた【付与】のやつ、もっと詳しく教えて!」

「そう言われても、何を教えればいい」

「武器と防具と装飾で、付けられるスキルはどう違うのかなって」

「ふむ。我が知る限り、防具と装飾は対象が同じなはずだ。武器は能力向上型のパッシブ系、防具と装飾は能力向上型に加えて、耐性上昇型のパッシブ系も対象になる」

「えーと、【剛力】とか【封魔】とかが能力向上系で、耐性上昇系が【毒耐性】とか【火耐性】って分け方か。この耐性上昇型って何が一番需要高いとかあるかな?」

「それはやはり、食らえばそのまま死に繋がりやすい状態異常耐性だろう。【毒耐性】【睡眠耐性】【麻痺耐性】【石化耐性】の4種は常に人気があった。遅効性の【呪い耐性】も我は重視していたな」

「おぉ~……って、【呪い耐性】はまだないわ」

「弱い効果のモノを100年200年とひたすら食らい続け、そして耐えるのだ。そうすればスキルレベルは自然と伸びる」

「……あのー、人間だと耐えている間に寿命で死んでるんですけどー」

「まったく、人間は軟弱なものよ」

「……」


 そういえばゼオって何歳なんだろう。

 冬眠期間まで含めたらわけの分からないことになっているだろうけど、魔人の寿命って今まで気にしたこともなかったな。


「ゼオってさ、今何歳なの?」

「寝ていた期間を除けば3000は超えていると思うが、5000までは超えていない」

「その幅っ!」

「そうは言ってもだな。歳を数えて喜ぶなど、子供の時だけだろう?」

「いや、そりゃたしかにそうなんだけど……ってか、ビックリするくらい長生きだよね」

「魔人は亜人種の中でかなり長く生きる方だからな。だが、我よりカルラの方がもっと長いぞ?」

「え、そうなの?」

「あれは長いというより永いと言った方が適切だが……まぁ、その辺りはいずれ本人から直接聞いた方が良かろう」

「そっか……分かった、あんがとね!」


 考えてみれば、カルラは魔力さえあればいくらでも若返ることができるし、魔力を断っても仮死状態のまま命を引き延ばすこともできる。

 となれば戦闘を避け、生きようと思えばいくらでも生き永らえることもできたわけか。


(相変わらずカルラは謎が多いなぁ)


 まぁ、それは追々の話だ。

 今どうしても必要というわけではないのだから、本人が話したくなったら聞けばいいだけ。

 大事な話なんて、きっとそんなもんだろう。

 こうしてゼオから情報を仕入れた俺は再度8階に戻り、中古の革鎧に囲まれながら、様々な【付与】を付けていった。



 そして翌日。

 革鎧を特大籠に詰め込み、俺は鑑定屋のマグナークさんの下を訪れた。

 今日の用事は『相場相談』だ。

 果たしていくらくらいの値が付くモノなのか。

 というか、オークション出品のルールにある推定価値1000万以上を満たすことができるのか。

 プロに尋ねるべく、一つのボロい革鎧をカウンターの上へドンと置く。


「なんだこのボロい上に、ちょっと臭う汚い鎧は」

「うちの倉庫にあったやつでして。【付与】の内容次第では需要が一気に増すような話を人伝に聞いたので、こんなのはどうかなーと」

「ふむ……見るからに低位の革鎧だな。この程度なら鑑定費用は1つ2万ビーケだが、構わないか?」

「はい、大丈夫です。そのまま相場も教えてください」

「相場くらいなら無料で教えて、って、なんだこれは……? こんな不自然な組み合わせのモノが眠っていたのか?」


 マグナークさんが早速鑑定してくれたのは、討伐した野盗の誰かが着ていたであろう一般的な革鎧だ。

【鑑定】を使えば『フォレストウルフの皮』となっており、これか『ピーキーボアの皮』を使った鎧がうちの倉庫には大量にあった。

 どちらもEランク素材を用いた装備。

 ただの衣類であれば別だが、鎧という括りで見ればほぼ最底辺に近いくらいの素材だろう。

 だがしかし、付いている【付与】は一味違う。


「【麻痺耐性】レベル4か……この程度の革鎧に【付与】されているとは、あまりにも勿体ない付け方だな」

「いくらくらいになりそうです? もしオークションに出せるなら出しちゃいたいんですよね」

「それなら問題ないはずだ。1000万を多少超える程度だと思うが、【麻痺耐性】レベル4ならば買うやつはいる。ここに出入りしている武器商の連中も数人は興味を示すだろうな」

「なるほど。では、これは?」

「ん? これも似たよう――……んなっ!?」

「こっちは【石化耐性】レベル6の【付与】付きです。これならもっと価値は高いでしょう?」

「……あ、当たり前だ! 希少な【石化耐性】で、しかもレベル6だと……? この鎧に【付与】を付けたやつはバカなのか!?」

「ぐふっ」


 なぜ俺がさりげなくバカ判定を受けているのか。

 まぁ普通こんなことはしないだろうという組み合わせを敢えてやっているのだから、この言葉は甘んじて受け入れよう。


「相場は正直に言えば分からん。【石化耐性】レベル6というだけで、もしかしたら億に近い値まで伸びるかもしれん。多くはなさそうだが、確実に欲しいやつはいる」

「ほうほう。ではこれもオークション出品ですね。では、こんなのだとどうでしょう?」

「まだあるのか。お前の家の倉庫はいったいなんなの―――………」

「もしもーし、マグナークさーん」

「……本当に、お前のとこの倉庫はなんなのだ?」

「え?」

「【毒耐性】のレベル8なんて、長年ここで鑑定してきたワシだって一度も見たことがない……」

「じゃあこれなら億は超えそうです?」

「あ、当たり前だッ! 耐性系でも最も幅広い需要がある【毒耐性】なのだぞ!? しかもレベル8なんて、いやいや。こんなモノ、いくらになるか想像も付かん。3億か? 5億か? 武器商だけでなく、貴族連中だってこぞって欲しがるわ!」

「あ~毒殺とかありそうですもんね」

「何を呑気なこと言っている! というかおまえの家の倉庫は本当になんなのだ!?」


 大騒ぎしながらも、それでも次から次へと出す見た目だけはショボイ鎧に、興奮しながら【鑑定】を続けるマグナークさん。

 オークション出品『可』の判定を受けた鎧は横にいるアランさんへと流れ、そのまま確実に売れるであろう開始価格を相談しながら出品手続きへと入っていく。

 オークション利用手数料は出品側のみの負担で落札代金の2%のみ。

 だからこそギルド運営の表オークションは価値あるモノしか出品許可が下りない仕組みだが、それだけ金を持つ者も集まってくれるわけだからな。


【毒耐性】Lv8 【麻痺耐性】Lv4 【睡眠耐性】Lv4 【石化耐性】Lv6 
【鋼の心】Lv5
【火属性耐性】Lv8 【水属性耐性】Lv6 【闇属性耐性】Lv6 【雷属性耐性】Lv6 【氷属性耐性】Lv5 【土属性耐性】Lv4 【風属性耐性】Lv6 


 いくつか目立ち過ぎて大問題になりそうなスキルだったり、逆に底辺装備では意味がないなと思った耐性スキルは省いたが。

 それらを除く12点を今回出品したので、果たしていくらになるのか。

 うははっ! 今から楽しみでしょうがないな!

【付与】されたスキルのレベルは高いが、その装備は野盗連中から得た臭い最底辺鎧なのだから、仮にバラまいたところで俺個人の障害に繋がるとは思えない。

 放っておいてもこんなボロ装備長くは保たないだろうし、『修復不可』判定になれば【付与】も勝手に消滅してくれる。

 ある程度値が落ち着けば需要の高いモノに絞ったっていいし、少しだけ防具の質を上げてもいいわけだし……

 ショボい装備を提供してくれる悪党達は尽きることがないので、仕入れ原価0ビーケ、【付与】費用0ビーケの超高純利商売は末永く続けることができるだろう。

『|絶《・》|対《・》|に《・》|本《・》|命《・》|に《・》|は《・》|な《・》|り《・》|得《・》|ぬ《・》|装《・》|備《・》』で、特にマリーを筆頭としたお金持ちにはどんどんお金を吐き出してほしいものである。


(あとは俺が出品しているという事実を、上手く隠せるかどうかかなぁ……)


 そんなことを思いながら二人に一応の口留めをお願いし、俺は今日中のゴール目指してダンジョン深部へと潜っていった。312話 見えない依頼

 地下34層から開始したダンジョン探索は、道中数体の生き物を拾いつつもあっさりと地下40層へ。

 潜るほどギスギスした空気が漂うのは30層付近と変わらなかったが、今回はボスが倒されていたこともあり、何事もなくダンジョン最深部へと到達した。

 明らかにボス部屋と判断できる広い部屋を通過した先は、打って変わってこじんまりとした10畳程度の小部屋があるだけ。

 部屋の大きさからして、ここに隠しボスが登場するなんてことは無いなとすぐに理解したわけだが……

 しかしそれとは別で、俺にとっては馴染みがありつつも、実際目の当たりにすると色々考えさせられる存在が地面で光り輝いていた。


「どう考えても、こんなの転移魔法陣だよなぁ……」


 部屋の奥には直径2メートルほどの円が存在し、文字とは異なる幾何学的な文様が何重にも重ねられたようにビッシリと描かれている。

 頭の中で思い浮かべる魔法陣のような存在に近く、おまけにその文様からは余すことなく青紫の光が放たれているのだ。

 それ以外の可能性を考える方が難しい。

 まぁそれでも、俺は怖いから踏まないけど。

 自分のスキルで抜け出せるのだから、わざわざリスク背負って不確かな床を踏む必要はない。

 ただ答えだけは知っておきたいと、自前の転移でダンジョン入り口にあるロビーへ戻り、階段脇にいる案内の人に尋ねる。


「すみません、お尋ねしたいことがありまして」

「はい、なんでしょう?」

「40層の最深部にある魔法陣って、あれは何のためにあるか分かりますか?」

「『転移陣』と呼ばれるモノですね。初級ダンジョンは最深部にのみ設けられており、乗るとこの階段を降りた先にあるダンジョン入り口へ飛ばされます」

「ほほぉ……それって、やっぱり凄く希少なモノですよね?」

「複製不可能な神の創造物と言われているくらいですから、それはもう……どうやって動いているのかも分からないみたいですしね」

「ん~ちなみに|初《・》|級《・》|ダ《・》|ン《・》|ジ《・》|ョ《・》|ン《・》|は《・》って話ですけど、他のダンジョンだとその転移陣って何か違うんです?」

「みたいですね。私も聞いたことしかありませんが、ここよりもっと階層が深いので、途中にも一方通行ではない転移陣が存在するらしいですよ」

「なるほど。いやいや、だいぶソレっぽいですなぁ……」

「え?」

「あぁすみません、ただの独り言です。あ、お姉さんってもしかして、ここの階層ボス情報なんかも分かっちゃったりします?」

「え、えーと、10層は大きな猿の魔物が、20層は輝く黄金のカエルが登場するということくらいは知っています。30層が凶暴な猪で、40層がダンジョンボスのミノタウロスですね」

「……そうですかそうですか。いやー本当にありがとうございます」


 これは素晴らしい情報だ。

 20層が輝くカエル――ということは、《ボイス湖畔》にいるレア魔物の黄金カエルとまず同一だろう。

 つまり猿も猪も、これでフィールドのどこかに生息しているレア種の可能性がより高まったことになる。

 40層のボスだって怪しいし、一度くらい姿は拝んでおきたいもんだな。

 誰かが戦闘している最中に割り込む気はないが、近くにいる時なら各ボス部屋転移を習慣化しても良さそうだ。


 初級ダンジョン『救宝のラビリンス』の探索はこれにて終了。

 非常に有意義で、得られるモノの多い場所だった。

 ダンジョンはどこまでもゲーム寄りだと思っていたが、まさか転移用魔法陣まであるとはなぁ……

 こんなに複雑ではなかったと思うけど、魔法陣はかつて『ストレージルーム』でも見ているのだ。

 あれは転生者が造ったという疑惑が浮上している代物。

 ということはつまり、転移陣だって人が造り出せる可能性はあるということになる。

【空間魔法】が存在するわけだから、魔道具の位置づけになるのかは分からないけど、複製不可能な神の創造物なんて言うほど現実離れしたものでもないだろう。

 それを言うならパルメラの中心にある、あの円盤の方がよほど現実離れした異物だ。


(ん~魔法陣に繋がりそうなスキルは、なんかの条件で解放されるのかな?)


 あれば良くも悪くも様々な使い方ができるので、もし生み出せればこの世界の人達の行動範囲は大きく広がる。

 そんな魔法陣に少しばかりの興味を引かれつつ、その日は生き物を抱えていたため拠点に一度帰還。

 アリシアに預けたら、このまま一息ついている場合ではないと、すぐにサヌールの傭兵ギルドへ向かった。


(うーん、やっぱりダメか……)


 縋る気持ちで依頼掲示板を見上げ、唸ること暫し。

 人生そう上手くいくわけがないと分かってはいるものの、掲載されていた依頼は酷く現実的で、小物ばかりの野盗討伐に思わず溜め息が漏れる。

 現在抱えている問題は深刻だ。

 ダンジョンは新鮮でいろいろ勉強になったし楽しかった――それは間違いないのだが、悲しいことにオルトランへ入ってからの約2週間。

 金でスキルポイントを少し買えただけで、俺はまったく強くなっていないことに少々焦りを感じていた。

 よーいドンで一斉にスタートしたわけでもないし、誰かと成長速度を競い合っているわけでもない。

 それは分かっていても、この世界に強制転移してから、ここまで自身の成長が止まっているのは初めての経験なのだ。

 マッピングもほとんど進んでいない中、オルトランでそこそこの狩場と言えば、唯一のCランク狩場が中央付近に1ヵ所あるだけ。

 他も一応見て回るつもりではいるけど、新規魔物に期待が持てそうなのはどうせこの場所くらいだろう。

 おまけにCランクでは、中身《スキル》にも大した期待がもてそうにない。


「すみません。これから西に向かうんですけど、この中で拾えそうな討伐依頼ってありますか?」

「えーと……うん、すべて南西の山間を抜ける街道沿いの依頼ですね。この辺りは南部以外見晴らしの良い荒野ですから、野盗が出没するならオリアル山道付近しかないですよ」

「なるほど。ちなみに……もっと『大物』なんていないですよね?」


 もし隠れた美味しい依頼でもあれば――、そんなダメ元の確認。

 が、横にいたもう一人のお姉さんから、冷めた口調で至極当然の突っ込みが入る。


「仮にあったとしても、実績と信用の無い傭兵にクローズドの情報なんて伝えられないわよ」

「そりゃそうですよねー……」


 ここで『フレイビル王国ではランカー予定なんです!』と言っても意味はないだろう。

 真偽の問題もあるし、そもそも運営が国単位なのだから、オルトランでしっかり活動してから言えよって話で終わってしまう。


(しょうがない。日中はマッピングを進めて、夜中にパルメラでスキルのレベル上げをするしかないか)


 そう思ってギルドを出ようとした時。


「大物なら、『高額依頼』にありますよ?」


 最初のお姉さんにそう言われ、俺の足がピタリと止まる。

【空間魔法】を取得してからは報酬額がまったく高額と思えなくなり、『高額依頼』の掲示板は目を通すことすらなくなっていた。

 大物に繋がるなら俄然興味も湧くが。


「え? どういうことです?」

「西側から向かってくる商団が、こちらに届いている情報だと4度連続して消息を絶っているんです」

「そういえばあったわねぇ。なぜか『原因の究明』で依頼が出てるやつ」

「んん? ということは、犯人が野盗連中かも分からないってことですか」

「みたいですね。馬車をいくつも繋げた商団は護衛の人数だって多いですし、仮に奪っても大量の戦利品を町へ運ぶのは大変ですから、相当な戦力と人数でもいなければ普通は狙いません。大きい商団ほど報復される割合も上がりますし」

「じゃあ魔物ですかね?」

「商団が街道を外れるなんてことはないし、狩場でもない道中で魔物が出たってゴブリンとかその程度よ。それに襲われたことが確認できる馬車の残骸や戦闘の痕跡すら見当たらないって話だわ」


 話を聞いて、以前専属御者のホリオさんやアマンダさんに同行し、マルタに向かって馬車移動したことを思い出す。

 街道なんだから魔物が極力いない場所を通るのは当然だし、狩場外でポツポツ登場したってゴブリン程度というのもその通りなので、これでは本当に理由が分からない。


「西側からってことは、逆にサヌールから向かう場合は被害がないんですか?」

「正解よ。さらに付け加えると、消息を絶っているのは全て同じ商会の馬車って話も出てるわ」

「ってことは、雇われた人達が共謀して馬車ごと荷物を持ち逃げしている? そんな答えになっちゃいましたけど」

「普通に考えるとそうなんですよね。雇用していた商会主から、1500万ビーケも掛けて『原因の究明』という依頼が入っているわけですし」


 いやいやいや、ちっとも『大物』じゃないんだが?

 恨まれているのか裏切られているのか知らんけど、身内のトラブルとしか思えない依頼内容だ。

 これは丁寧な方のお姉さんが、『大物』を報酬の高い依頼と勘違いしたか。

 そう判断し、断りを入れようと思ったが。


「で、この依頼を見て護送依頼に参加した傭兵が――全部で何人だっけ? 少なくとも2度、ウチから参加した6名の傭兵が失踪して行方知れずだわ」


 この言葉で、余計に意味が分からなくなる。

 行方知れずということは、少なくともこの受付の二人はその6名を見ていないということ。

 仮に黙ってろと、参加した傭兵達に金を掴ませたとして、わざわざオルトランで一番大きなこの町での仕事を捨てるのか?

 別の町を拠点にしたって、情報の早い傭兵ギルドなら話も伝わりそうなものだし……つまり生きていれば、実績を積み上げたこの国の傭兵業を捨てたということになる。

 よほどの大金でもなければ、普通そんな選択は採らないだろう。


「ちなみに、運んでいたモノは?」

「農作物ですね。サヌールは西側の豊かな土地で作られた作物に頼っていますから」

「ってことは、積み荷はそこまで高額じゃないですよね」

「そうなるわね。少なくとも護送に参加した傭兵達が、この地を捨てるほどのお金なんて到底生み出せるはずがないわ。だから何かは分からないけど、あなたの望む『大物』の可能性だってあるんじゃないの?」


 まるで反応を楽しむように、視線をレザーアーマーから俺に合わせてきたこちらのお姉さんの方が、俺の意図を汲み取ってくれていたらしい。

 たしかに、答えは見えてこないが……なるほど。

 どうやら普通の内容とは少し違う、俺好みな依頼っぽいことは分かる。

 ならばどうせ西方面へ向かうのだし、軽く調査に乗り出したって損にはならないだろう。


 最後に。

「ちなみに、西からというのは、具体的になんていう町なんです?」

 そう問えば、二人のお姉さんは口を揃えて『ドミア』と、そう教えてくれた。313話 真っ先に向かった先は

 オルトラン南西部に広がる広大な田園地帯。

 その中心地に存在する長閑な田舎町『ドミア』に降り立ち、俺は一目散にハンターギルドではなく、傭兵ギルドでもなく、食堂っぽい雰囲気のお店にダッシュし、扉を開ける。


「ふごっ!?」


 到着したのは昼と夜の間くらいで、なんとも中途半端な時間帯だ。

 それでもテーブルで食事をしているおっさんの皿に視線は吸い寄せられ、その盛られているモノにボディーブローを受けたような呻きが漏れる。

 なんかちょっと茶色い。

 茶色いけど、あれはまさしく米の形!

 おまけに凄く細長い気もするが、それでもやっぱりお米なのである!


「ん? あんちゃん、お使いか?」

「違います! 食べにきました!」

「お、おぉそうかい、随分と威勢の良いあんちゃんだな。まぁいいや、好きなとこ座んな」


 言われた通り適当に座り、店内を見渡すもメニューはない。

 ということは『かぁりぃ』と似たようなもんだろう。

 俺は異世界初心者ではないのだ。

 メニューも値段表示もないことに今更驚きはしない。


「アレ、アレ食べたいです。イッパイ」


 おっさんの前にある皿を見つめながら華麗に注文。

 手を差し出されたので俺の手を置いたら「金」と言われ、よく分からないけど金貨を5枚くらい渡したら、なぜか金貨や大小2種類の銀貨をモサッと返されながらソワソワと待つ。

 油断するとテンパってしまいそうだが、俺は今一人。

 こんな時こそ心は冷静に、だ。

 フェリンとリルを召喚しようかと思ったけど、今はみんな仕事中だからな。

 俺がわざわざ彼女らのやる気を削ぐわけにもいかない。

 まずは俺が人柱となり、満足なお味であれば拠点に持ち帰るとしよう。

 そう思いながら目の前のおっさんが掻き込む飯をひたすらガン見していると、時間にして30秒もかからず目の前にドンと皿が差し出された。


「大盛りだ。腹が減ってんだろう?」

「くぅ~!」


 一見するとコイツは、かなり雑に盛られたチャーハンだ。

 だが何かに浸していたのか、皿の底には薄っすら茶色いスープが存在しており、頂上にはこれまた茶色い何かのデカい肉がゴロッと鎮座していた。

 よく分からない葉っぱの欠片を少し散らしてあるくらいで、あとはどこを見ても茶色茶色茶色。

 目で味わうなんて感覚を店主はどこか遠くに放り投げているようだが、それでもヨダレが止まらないほど美味そうに見えるのだから不思議である。


「いただきます……」


 チャーハン風のナニカを勢いよく口へ放り込み、その後にホロホロな肉の塊を分解しながら口の中へ放り込んで合体させる。


(むっほーっ! マジでウメーんだがぁああーーーーーーーッ!!)


 何事か。

 食べた瞬間、あまりの美味さに俺の唇がピクピクと痙攣を起こした。

 何味かと問われても、そんなものは分からない。

 だって食べたことのない味なんだもの。

 でも濃い味で、旨味の強い油がこれでもかというくらいに口内を潤し、香りは強めだが辛みは少なく、それでいて刺激的。


(あぁ、神様ありがとうございます。本当にありがとうございます!)


 いったい誰に感謝しているのか分からないけど、当たり前のように存在していたお米の大事さを今更噛みしめ。

 よーしこれは拠点に持って帰ろうと、店主に視線を向けながら口を開く。


「おかわり!」

「はやっ!」

「あ、ちが……くはないですけど、この料理って持ち帰りできます?」

「お、おう、やってるぞ。ただ皿は必要だがな」

「なるほど。そんじゃあとで持ってきますね!」


 収納だと普通の小皿くらいしか入ってないからな。

 というか、皿じゃなく鍋でもいいのだろうか?

 これならきっと皆も大喜びだろう。

 そんなことを考えながら、お替わりチャーハンで再度俺の心は昇天した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




「いやー満たされたっすなぁ……」

「見て見て、食べ過ぎてボクのお腹大変なんだけど?」

「そんなこと言ったら俺の腹なんて常に大変だぞ。しかし、俺が酒飲むのを忘れるほど食うとはな」

「ロキの買ってきた量が異常なのだ。美味くて全部食べてしまったが」


 下台地にある男風呂に4人で入るも、全員がお土産チャーハンを食い過ぎてトドのように湯舟の中でゴロゴロするばかり。

 しかしこの脱力が心地良く、この時ばかりは止まっていた成長の焦りを掻き消してくれた。

 それに一つ、地味訓練の賜物で一歩前進はしているのだ。


「ねぇねぇ、ちょっとこれ見てよ」


 言いながら腕を上空に伸ばし、手の先から月に向かって刺すように、黒い魔力をさらに伸ばしていく。

 まだ50cm程度で動きも緩やかだが、それでも思い描いた通りに先端は鋭く尖った形状へ変化していった。

「なんだよそりゃ!? 槍みてぇじゃねーか!」

「ほう。【魔力纏術】か」

「へ~それって魔力を伸ばしてるの?」

「ずっと訓練してたら今日やっと覚えてさ~伸びてるのは全部魔力だね」

「覚えたてでそれだけ伸ばせるのだから大したものだ」

「ゼオはもっと伸ばせるの?」

「伸ばすような目的では使用しなかったが、昔はな。魔力総量が大きく影響するスキルだから、我が今やったところで拳を覆う程度しかできんだろう」

「あーそっか。本来の用途ってそんな感じっぽいもんね」


【魔力纏術】Lv1 具現化した魔力を装着武具、または身体に纏わせ強化させる 強化による上昇値は込める魔力量とスキルレベルに依存 効果時間1分 魔力消費:込めた魔力量の5% 


 詳細説明はこのようになっているものの、どうしてもばあさんが本を取るために使っていた印象が強過ぎるからなぁ。


「師匠~それって本当は魔導士が近接戦闘をこなすためのスキルだよね?」

「そうだが、【身体強化】との併用も可能なのだ。カルラだって覚えて損はないスキルだぞ? 前提スキルは既にクリアしているはずだからな」

「ちなみに前提って何のスキル?」

「たしか【魔力感知】【魔力操作】【闇魔法】だったはずだ」

「【闇魔法】か……ってことは、具現化であり、半物質化って感じだよね」

「そういうことだ。身体全体を薄く覆うか、一部に厚く纏わせるかでも効果はまったく違うし、熟達者となれば戦闘中に幾度となく切り替え、木の杖で剣と渡り合ったりもする」

「ほっほー!」

「いかに素早く必要魔力を必要部位に回し、望む形に形成するか。かなり個人の技量に差が出るスキルだな」


 さすがゼオ師匠。

 詳細説明に載ってないことまで知っているとか、魔王の名は伊達じゃない。


「ん~とりあえず身体全体を覆ってみたけど、どう?」

「お湯の中だと分かりにくいから、お風呂からちゃんと出て、ポーズ取ってみてよ」

「ポーズ? となると……こんな感じとか?」


 有名な漫画に出てくるような、普通に生活していたのでは絶対に辿り着けない謎の立ちポーズを空中でお披露目するも、反応は三者三様でまったく意見が参考にならない。


「おぉう!? おまえ素っ裸のくせに、相当悪そうなやつに見えるぞ!?」

「おぉ……強そうに見えるし、ボクも頑張ってみようかなぁ」

「ふむ、見せ方の道理というものを分かっている。我も参考にさせてもらおう」


 なんかゼオのは少し感想のベクトルが違うような気もするけど……

 まぁ、自分でも予想は付く。

 身体全体から湯気のように、黒い靄が溢れ出しているのだ。

 こんなの印象なんて最悪。

 ロッジは俺を知っているから冗談で済んでいるけど、普通なら恐怖の対象で逃げ惑う人達の方が圧倒的に多いだろう。


(それでも必要と感じたら躊躇わないけど)


 魔法よりもさらに露骨だが、どうしても必要ならば使ってでも解決する。

 オールラウンダーのような立ち位置の俺に向いているスキルであることは間違いないのだ。

 ならば周囲の目を気にして封印するなど勿体ないこと。

 あとは十全に使いこなせるよう、時間があればひたすら修行あるのみだ。


(これからの道中は、覆う魔力の形成とその速度を重点的にやってくかな)


 そんなことを考えながら、手始めとばかりに5本の指の先端へ意識を集中し、身体を覆っていた黒い魔力をゆっくりと流動させていった。
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感想欄について。
分かりづらい部分もあるかもしれませんので、作中で説明不足かなと感じるご質問には一部返答していこうなと思います。
ただ必ずお返しするというものではありません。
ネタバレに繋がるようなことは回避したいのと、時間は極力続きを書く方に充てたいので、その辺りは予めご了承ください。
あと誤字脱字報告、毎度毎度本当にありがとうございます。314話 クアド商会

 ドミアに向かう道中、当然とばかりにオルトラン南部に広がる山岳地帯は調査した。

 一際高そうな山を越えるまでは、薄茶色い山肌が露出した、隠れる場所などまったく無さそうなハゲ山が。

 そこから徐々に緑は濃くなり、気付けばよくある木々の生い茂った山々に変化していく。

 西に進むほど隠れられる場所は多いが、途中休憩所のような広場が点在するくらいで、どこかに続くような抜け道は上空から眺めても見当たらず。

 ただただ山々の隙間を縫うように、長くクネった一本道の山道が西に向かって続くだけであった。

 人の仕業、魔物の仕業、なんらかの自然災害、従業員の裏切り。

 可能性はいろいろ出てくるも、道中は長く、失踪の痕跡すら見当たらないのであれば、ポイントを絞ることすらままならない。

 このままではお手上げ――ならば手っ取り早く、護送依頼に参加してしまえばいいのではないかと、そう考えていたわけだが。


(ん~こっちにも『クアド商会』の護送依頼は無しか)


 事前に立ち寄ったハンターギルドも、そして傭兵ギルドでも関連する依頼は見当たらず、ここドミアでも『原因の究明』に関する木札がぶら下がっているだけだった。

 拠点となる町なら募集されていると思ったが、さすがに4度狙われたとなれば慎重にもなるか。


「すみません。お伺いしたいことがありまして」

「はいはい、何かしら?」

「この『原因究明』の依頼を出しているクアド商会は、もう護送依頼を募集していないんですか?」


 言いながら木札を出せば、僅かに受付嬢の表情が曇ったような気がした。


「もうないでしょうね。以前護送の依頼をウチにしてきた時は、『これが最後』って話で、ハンターギルドとは別に傭兵も多く雇っていたから」

「最後?」

「資金が尽きたんでしょ。クアド商会は規模で言えば、もう少しで『ゴールド』ランクという程度の新興商会だもの。一時はかなり活気づいていたけど、4度も積み荷と馬車、それに同行していた従業員を失えば、もうろくに身動きも取れないはずよ」

「あぁ、そういうことですか」


 原因の究明に1500万ビーケ用意するくらいだから、資金面の問題はまだ先だと勝手に判断していたが……

 実情はまったく違って仕入れもままならないといったところか。

 しかし、こうなるとキツいな。

 馬車を出してくれないと、現状では解決の糸口がまったく見えそうにない。

 依頼主の名前なんて聞いたこともないし、無駄に時間と手間が掛かりそうな依頼。

 必ず受けなければいけないなんてことはないが、この失踪事件は共鳴石持ちのそれなりに実力ある傭兵を、少なくとも5人は飲み込んでいるとサヌールの受付嬢は言っていたのだ。

 特定の商会だけが自然災害や魔物に襲われるなんて考えにくく、ともすればこの程度の戦力くらい痕跡も残さず消せるほどの悪党が絡んでいる可能性は極めて高い。

 だからこそ興味をそそられてしまうし、今はまだ何も見えぬ戦果にだって期待してしまう。


「シルバーランクだと、クアド商会はドミアにだけ店を構えているわけですよね」

「そうだけど……まさか、会いに行くつもり?」

「えぇ、依頼主に直接話を聞いてみようかなと思いまして」

「……報酬は確かに高額な部類だけど、止めておいた方が良いわよ」

「え?」

「……」


 サヌールとは違ってこの町に住み、直接商会主とやり取りをしていたっぽいこの女性は何かを知っているんだろう。

 肩をすくめて別の仕事をし始めたということは、依頼とは関係のない情報ということ。

 その言えない何かが絡んでいると分かっただけでも十分だ。



 外に出て、道行く人に尋ねれば、目的の場所は比較的すぐに見つけることができた。

 商店というには店構えが大きく、奥に倉庫も併設されたそれなりに規模の大きそうなお店。

 しかし店先に看板はなく、店内を覗いても商品がまったく置かれていない。

 代わりに奥のカウンターでは、しなだれた尻尾から獣人と分かる者が、俺に気付かず酒の入ったグラスを傾けていた。

 見た目はたぶん『犬』、なのかな。


「こんにちは。依頼の件で話を伺いに来たんですけど、あなたが商会主のクアドさんですか?」

「んあ? 俺っちがクアドっすけど……依頼っすか……?」

「えぇ、あなたが出している『原因究明』の件で、調査を進めたくてですね」

「あぁ、そういえばまだお願いしたままになってたっすね。傭兵だけでもう10人以上死んでるのに、まだ動いてくれる人がいるなんて、やっぱり金の力は偉大だなぁ……へへっ」

「……それだけ死んでいるからここに来たんですけど、まぁいいです。商隊に何かがあったとされる区間は、オリアル山道含めてそれらしいモノを何も発見できませんでした」

「それは知ってるっす。だから困ってるんすよ」

「それで、何かヒントに繋がるような情報はないかなと思いまして。クアドさんの商会が標的にされているとしか思えませんし、考えられる原因とか、犯人の目星とか」

「原因は分かってますし、犯人の目星だってもう付いてるっすよ?」

「は?」

「ドミアを取り仕切ってる『キウス商会』に睨まれて、無理やり潰しにかかられたんす」

「……」


 これは、どういうことだ?

 原因を知りたがっていたのに、依頼主は既にその原因を知っている。

 ではなんのために依頼を出しているのだ?


「へへっ、不思議そうな顔してるっすね。やってることはただの復讐っすよ。なーんにも無くなった男がなけなしの金をつぎ込んで賭けた、実現できるかも分からないただの復讐っす」

「何が復讐に繋がるのか、さっぱり分からないんですが……」

「犯人は間違いないなくキウス商会だって分かってるのに証拠が無いんっすよ。どうせキウスは事の次第を踏ん反り返って眺めているだけでしょうからね。だから実行犯をとっ捕まえて、それで真実を公の場に公開してやりたいって」

「原因を究明し、実行犯が無事見つかるかどうかが賭けってわけですか」

「上手く見つけられたあともっすけどね」

「?」

「キウス商会は領主のオーラン男爵とズブズブの関係みたいっすから」


 ……あぁ、なるほど。

 傭兵ギルドの受付嬢が勧められず、かつ理由をはっきりと明かさなかった理由はこれか。

 直接貴族を叩くわけじゃないが、高額報酬と引き換えに最悪は貴族から金儲けの邪魔をしたと、目を付けられる可能性もある。

 サヌールからの参加者が多かったのもそういうことだろう。

 そのオーラン男爵とやらが治めるドミアでは、きっと参加者が集まりにくいはずだ。


「……貴族が絡む可能性もあるのでは、上手くいったところで揉み消されて終わりになりません?」

「その可能性が高いことは分かってるっす。でも人の記憶には残り続けるじゃないっすか。自分達の利益を守るために、人の道から大きく外れたことをしてるって。そしたらいつか、きっと罰が当たるんすよ。神様は見てくれているはずっすから」

「目的は、信用を貶めるためだけ、ですか」

「へへっ……ただで死んでやるもんかっていう、最後の抵抗ってやつっすね」

「……」

「コツコツ頑張ってきたんすよ。露店から始めて、行商に出て、やっと店を持てたら南から出稼ぎに来た金のない獣人達を雇って……でも、東部の土地が枯れた連中に美味い食い物届けたいって、そう思って運んでたら"運び過ぎだ"って、気分一つで潰されちまうっす」


 そう言ってグラスの酒を呷った男は、自分の人生を後悔するように力なく哂《わら》った。


(さて、どうするか……)


 実際にこの男とキウス商会にどんなやり取りがあったのかは分からない。

 あくまで一方的に片方の話を聞いているだけで、クアドさんに非があった可能性だって否定はできないのだ。

 しかしそれも、"|も《・》|う《・》|1《・》|度《・》|運《・》|べ《・》|ば《・》"答えは見えるだろう。

 真っ当に運んでいる商隊を襲うことに正義なんて存在しない。

 ならば――俺がやることは一つしかないな。

 怖いのは"空振り"することだが、4度連続で襲われているのであれば、高確率で5度目もあると期待しておこう。

 クアドさんの話通りであれば、こちらが輸送の準備を進めるだけで、相手の商会も勝手に裏で動くはずだ。


「それじゃ僕が護衛をしますので、もう1回荷物を運んでみますか」315話 ラストチャンス

「それじゃ僕が護衛をしますので、もう1回荷物を運んでみますか」


 この言葉にクアドさんは狐につままれたような顔をしていたが、次第に状況を呑み込めてきたのか。

 しかし浮かべる表情は喜びではなく困惑で、勢いよく首を左右へ振った。


「み、見ての通りで俺っちにはもう金がないっすよ? まず商品を仕入れられないっす!」

「そのお金、全部貸しますよ」

「へ……?」

「だから貸しますよ、お金」

「い、いや……それに馬車も! 馬車だって一緒に消えちまって、もう手元にないっすから!」

「ないなら借りるか買ったらいいじゃないですか。そのお金も貸しますよ」

「へあっ!? で、でも人が! 残ってたヤツらもこんなことがあって離れちまったんで、馬車を動かす人がいないっす!」

「じゃあ雇ったらいいでしょう」

「厳しいっすよ! うちがキウス商会に目を付けられてるのは皆知ってるんっす! そんな状況でうちに雇われる人なんていないっすよ!?」

「ならリスクにも納得できるくらい、大きなお金を出してあげたらいいんじゃないですか?」

「それはまぁ、そうかもしれないっすけど」

「というか、あなた本当に復讐したいんです?」

「そ、それは……」

「先ほどからできない理由ばかり一生懸命並べてますけど、コツコツ積み上げてきたモノが簡単に潰されて、一泡吹かすことなくあなたの店も、お金も、命も、すべて枯れようとしているわけですよね?」

「……」

「まぁそのキウス商会ってのは、目的さえ達せられれば、あとは小石程度の存在なんてどうでもいいと思ってそうですけど」

「ふ、ふざけるなっ!! どんな思いで俺が! 俺達が……ッ!!」


 その気持ちは分かるが、実際はそんなものなのだ。

 簡単に害を与える悪党なんて弱者のその後に興味はないし、まず加害者である自覚すらほとんど持っていない。

 だからその話が本当なら――本当に自らが被害者で怒る気持ちがあるのならば、自覚させ、死ぬほどに後悔されられるかもしれないこのチャンスをしっかり掴めばいい。


「その気持ちがあるなら動けばいいじゃないですか。一通りのお金を工面してくれて、護衛までしてくれる人が現れるなんて奇跡ですよ?」

「……というか、随分とちっこい傭兵ですけど、あなたはいったい何者なんすか……?」

「そういえばそうですね。申し遅れましたロキです。傭兵とハンターで稼ぎながら旅をしています。ちなみにハンターはAランク、実力だけで言えば間違いなくSランクの基準は満たしているはずです」


 なんとも見栄っ張りな自己紹介だが、たぶん嘘は言っていない。

 それに今必要なのは、謎の失踪を跳ね除けられる『戦力』、もしくは謎の誘惑を断ち切れるほどの『財力』だろう。

『A』と彫られたギルドカードを見せれば、マジマジとカードを見つめ、俺の顔を見つめ――


「ほ、ほんとに?」

「えぇ、本当です」

「というか、なんで……?」


 当然とも言える質問をしてくる。

 そりゃそうだろうな。

 俺が逆の立場だとしても同じことを思うし、問われて初めて、自分でもここを訪れる前より、今の方がやる気になっていることに気付いた。


「色々と理由はありますが……僕も嫌いなんですよ。ノーリスクだと錯覚して簡単に人を害したり、その光景を後ろで踏ん反り返りながら眺めているようなヤツは」

「え?」

「なのであなたの話が本当で裏も取れれば、そのオーラン男爵ってヤツもぶっ潰そうか――」


 ここまで言いかけたところで、クアドさんが俺の口を慌てて塞いだ。


「ちょ、ちょっと! 誰かに聞かれでもしたら斬首確定っすよ!? 俺っちはいつでも死ぬ覚悟くらいできてるっすけど、ロキさんがそんなこと言っちゃダメでしょう!?」

「むごごご……大丈夫ですよ。結界魔道具を入り口に置いてますし、一応【探査】で周囲も確認してますから」

「ふぉ、ふぉおおおおっ!? まさかこれって、小型遮断結界じゃないっすか! 五式っすか? 六式っすか!? 市場価値で3億ビーケはくだらないでしょうに、なんでこんなモノ持ってんすか!?」

「え、いや、ちょ……落ち着いて?」

「ん? よく見たら、ロキさんの着ている鎧も普通じゃないっすよね……? 見たことのない素材ですし、俺っちの【鑑定】が通らないとかいったい何者!?」


 ど、どうしよう。

 元気になったのは良いけど、なり過ぎて急に煩くなってしまった。


「まぁそこら辺は気が向いたら追々話すとして――どうします? こんな魅力的な提案、今後絶対ないと思いますけど、ラストチャンスに乗っかります?」

「……ロキさんが護衛をすれば、もう誰も死なせずに済むんすか?」


 あぁ、躊躇っていた理由は、ここか。


「僕は神様じゃないんで、そんな無責任な約束はできません。長い道中を連日僕だけで護衛し続けるなんてまず不可能ですしね」

「……」

「でも死なせない自信はありますし、最大限その努力はしますよ」

「なら……俺っちが足掻くことで、周りの人達がどんどん消えていくのは耐えらなかったっすけど、泣いても笑ってもこれが最後っす。ぜひお願いしまっす!」




 この日から、潰れかけていたクアド商会は動き出した。

 相応の時間を掛けてでも、今までの失踪事件をなぞるように同等の規模を目指していく。

 その準備は商人であるクアドさんがやることであって、俺は彼の軍資金を稼ぐべくロズベリアへ飛び、その日の稼ぎをそのまま渡したら通常の1日へと戻っていく。

 マッピングを進めながら、夜間はパルメラでスキル経験値を溜め、朝にファルメンタのオルグさんに素材を卸したら、オルトランに戻ってまたマッピング。

 その間、適度にクアド商会へ足を運びつつ彼とその周囲を観察したが、懸念していた直接的な攻撃はないようで――


「今やられるなら、もっと前にやられたと思うっす」


 という彼の言葉に、それもそうかと、納得して任せることにした。

 きっと何か直接的にはやれない理由でもあるのだろう。


 そんなこんなで10日以上が経ち、オルグさんのパンク宣言に頭を悩ませながら、拠点の西側でAランク魔物をシバいていた時。

 ふと、森の中でおかしな光景を目にする。


「これってもしかして、石化した身体の一部か……?」


 偶然見かけたのは、人の腕にしか見えない一塊の石。

 それでも最初は勘違いの可能性だって十分にあると思っていた。

 ここはカトプレパスの生息域で、第6層となるAランク狩場でもある。

 過去にここまで到達した話は聞いていない。

 そのはずだったが――。


「5層で撤退なんて話だったけど、実際は潜り抜けた鳥人もいたのか」


 拠点の西側に聳える、かなり標高の高い山々。

 その中腹にある森で、俺は推定2体の石像を目の当たりにしていた。

 いったいどれほどの年月が経過しているのか。

 羽を背に持つやや小柄な人型の石像が地面に寝そべり、その上を元は大きかったであろう、辛うじて人型と判別できる石像が覆いかぶさっている。

 被さる石像には羽がほとんど見当たらず、背中が少し薄くなっているような気もするので、長く雨や木の枝に打たれて、溶けるように削られている可能性も考えられた。

 ソッと守るように被さっていた石像をズラし、改めて2体の石像を眺める。

 寝そべっていた少し小さい石像は、無い状態で石化されたのか、それとも石化の後に割れたのか。

 どちらかは分からないが、片方の羽を根本から失っていた。

 しかし他は失っている部分が見当たらず、一見すれば状態は良いように思える。


 ――完全に石化した状態を回復させることができるのか。


 今まで考えたことのない疑問だった。

 解決する術は現状見当たらない。

 それでももし、何か可能性があるならば。

 そう思い、俺は2体の石像を抱え、念のため周囲も入念に探索してから拠点へと帰還した。316話 2体の石像

 空いていた資材倉庫の5階。

 そこに余っていた衣類を敷き、その上に取り出した2体の石像を皆で眺める。


「こいつはすげぇな」

「小さい方はたぶん女の人だよね?」

「そう見えるな。羽があるということは、石化した鳥人か」


 この状態から回復させることが、果たして可能なのかどうか。

 ほぼゼオ頼みの状況だが、何かしら方法があるのならこの2体を回復させてみたい。

 そんな思いだけで持ち帰ってみたが。


「可能性はありそう?」

「一部が石化しただけなら対処のしようもあるが、完全に石化された状態ではな……」


 ゼオの表情だけで、相当に難易度の高い問題であることは予想できた。

 全て石化している上に、その期間もどれほどか予想もできないくらいに長いのだ。

 おまけに石像は破損までしてしまっている。


「ちなみに、一部だとどんな治し方が?」

「【神聖魔法】を使用し、石化が進行した部分を直接直すか、もしくは切断して強引に欠損部分を再生するやり方。もしくはより高いスキルレベルが求められるはずだが、本来は状態異常を対象に与える【呪術魔法】で回復させるという話も聞いたことがある」

「うっわー……まだどっちも覚えてすらいないわ」

「つーかよ、石化って食らったらほぼ終わりじゃねーか?」


 ロッジの言葉に、横にいた俺も深く頷いてしまう。

 部分石化だけでも治療に上位の魔法が必要とか、石化させられる手段を持っている俺が言うのもなんだが、あまりにも凶悪過ぎる気がする。

 ゲーム的な感覚で言えば、全体石化はもちろん、一部分を石化されればもうそれだけで致命傷だろう。

 動きを阻害できる上に、石化した部分を砕けば、どんなに硬い防御があっても部位欠損までもっていけるかもしれないのだから。


「その代わり、石化の進行は非常に時間が掛かる。この2体もゆっくりと少しずつ石化させられたはずだ」

「うぇ~ボクはそっちの方が嫌だよ」

「たしかにな。少しずつ自分の身体が石化していくなんて、想像もしたくねぇ」


 な、なるほど……

 何気に凄く有益な情報を聞けてしまったけど、今は攻撃手段の話ではなく治療方法についてだ。

 ゼオで難しいなら、ダメ元で女神様達にも聞いてみるしかない。


「ん~やっぱり無理そう?」

「……いや、魔法での治療は思い当たらないが、『薬』であればいけるかもしれんな」

「おぉ!」

「しかし我が知るのはかなり入手が困難な薬だぞ? この時代であっても入手はできるだろうが、相当高額であることは間違いない」

「あ、もしかしてダンジョン産?」

「うむ。『霊水』というものでな。病のほかに、様々な状態の異常を治癒する効果もあったはずだ」

「ふむふむ……こないだ見かけた『仙薬』とは違うんだね」

「『仙薬』は万病に対しての効果のみだから、それよりさらに上位の薬だな。一度だけ上級ダンジョンで入手したことはあるが、【薬学】に強い者ならもしかしたら、素材次第で精製することが可能かもしれぬ」

「精製かぁ…………んあっ!?」

「「「???」」」


 そうだそうだ、何をやってるんだ俺は!

 こんな時のためにセコセコと攻略本を集めてんだろうが!


 収納から取り出したのは、一番初めに手に入れた本――『薬学図鑑』。

 皆で眺めながらペラペラ捲っていくと、調合材料は一切不明とあったが『仙水』や『霊水』も一応載っており、他にも『石解水』という石化用の薬までしっかり紹介されていた。

 これだよ、これこれ!


「えーと、必要素材は『鳳来草』『カトプレパスの眼』『聖水』の3つか。『カトプレパスの眼』はすぐにゲットできるからいいとして、あと2つの入手方法!」

「『聖水』はあれだ。教会でお布施払うと貰える、祭りとかで使うような水だろ?」

「お? ロッジナイスゥー! ならこれも入手難易度は低そうだね。となると、あとは『鳳来草』か。誰か聞いたことある?」

「そいつは聞いたこともねぇな」

「ボクも!」

「我もだな。すまぬ、【薬学】には強くないのだ」

「そんな、十分参考になってんだから感謝しかないよ。それにもし3つの素材が集まっても、調合して精製してくれる<薬師>を見つけないといけないんだろうしさ」


 素材を集めて壺にでも突っ込んだら、ポポーンと薬が出来上がるような世界ではないのだ。

【薬学】がジョブ系の時点で、素材配分など技量や経験が求められることは容易に想像できる。

 メイちゃん家でなんとかなれば最高だが……あっさり作れるほど広く出回った薬でもないだろうからなぁ。


「でもさ、薬ができたとして、生き返るのかな?」

「んだな。どう見ても石だし、こんな状態になって長いんだろ?」


 二人の意見はごもっともで、ゼオも口にはしないが、同じ疑問を浮かべていることはなんとなく分かる。

 だが、ここは問題ない。

 ゼオとカルラを生き返らせた時に、一度俺は学んでいる。


「たぶん大丈夫だよ。少なくとも小さい方は【心眼】でスキルが覗けてるからさ。仮死状態みたいなもので、確実に死んではいない」

「ほう……たしかにな」


 大きい方は【心眼】が通らないけど、物にしか反応しない【鑑定】も通らないので、これで【隠蔽】が弾いていることも分かるわけだ。

 ならば焦る必要はない。

 ここにいればとりあえずこの2体は安全なのだから、旅をしながら残り一つの素材を集め、『石解水』に昇華できる人物を探していけばいい。

 ゼオは難しいという反応だったが、魔法による治癒、上級ダンジョンで入手可能な『霊水』を先に得られる可能性だってあるわけだしね。


 いったいいつの時代に生き、なぜ第5層で帰還する者達がいた中、第6層までやってきたのか。

 直接話を聞ければ俺も女神様達も、何かしらプラスになる情報が聞けるかもしれない。


(これでまた一つ、旅の目標が増えたな)


 そう思えばやる気も漲り、他の石像がいないか探索しつつ、スキル経験値稼ぎを黙々と進めていった。317話 地道に、少しずつ前へ

 ロキの石像発見により拠点がざわついていた頃、再起すべく準備を進めていたクアドは仕入れの段階から大いに苦戦していた。

 ドミアが存在するオルトラン南西部のオーラン領は、収穫物の7割を地代として領主に納めていたが、何も農家は残りの作物全てを商業ギルドへ卸しているわけではない。

 より多くの収入を得るため、休耕時期に自ら露店売りする者や、馴染みの商会に直接卸す農家も数多くいた。

 一路順風に規模を拡大させていた当時は、他所の商会よりもクアド商会が高く買ってくれると、こぞって農家達が作物を売りに来ていたのだ。

 だからこそ、かつて付き合いのあった農家へ、クアドは直接仕入れ交渉するため駆け回っていたが。


「もう来ないでくれ! オラんとこまでオーラン男爵やキウス商会に目を付けられたらどうしてくれんだ!」

「そ、そんな! 前と同じように、金ならすぐに払うっすから!」

「巻き込まれてたまるか! この疫病神が!」

「いたっ!」


 農民の投げた石がクアドの頭部に当たり、滴る血が地面を濡らす。

 何も特別なことはない。

 農作物の買い付けに向かえば、3度に2度は罵声を浴びせられ、うち半分は石まで投げつけられる。

 それほどに、身に覚えのないクアド商会の|悪《・》|い《・》|噂《・》は町に広がっていた。

 それでも商業ギルドからの買付けが満足にできていない現状では、農民から直接買い付けるしか方法が残されていない。

 特にドミアの特産物である『米』は、顔役である『キウス商会』が牛耳っているため、商業ギルドでさえ多くの在庫を抱えられないでいたからだ。

 領主の下へ納められた作物はそのままキウス商会へと流れ、いくつかの大きな商会と共に物流の制限を加える。

 これだけで『米』は他所に行けば高価な食べ物となり、しかし実際作っているドミアの者たちは、家畜の餌にもなり得るあまり金にならない作物という認識しか持てていなかった。

 多くの者達が外の世界をまるで知らなかったためだ。

 しかし、クアドは知っていた。

 外から入ってきた『部外者』だからこそ、この地に商機があると邁進し、その代償として店の看板すら剥ぎ取られるほどに風前の灯となっていた。


「はぁ。ここにあるお金だって、簡単には使い切れねーっすよ……」


 クアドは溜め息を吐きながら、買い付け用の荷車に置かれた、500万ビーケは入った革袋を眺める。

 あの日、突如として目の前に現れた、ハンターであり傭兵でもある謎の少年。

 腐ってあとは死ぬだけだったクアドを焚き付けるだけでなく、翌日には1億5000万ビーケもの大金を顔色一つ変えずに置いていったのだ。

 1500万ビーケを支払うはずの依頼なのに、その10倍のお金をなぜか置いていかれる。

 かといってクアドは見合う見返りを持ち合わせておらず、いったいあの少年が何を考えているのか。

 自身が商人であるからこそ、この取引にすらなっていない現状に首を傾げるばかりであった。

 しかし、だからこそ"唯一の約束"を守らねばならないと、クアドは歯を食いしばって前を見据える。


 作物を仕入れ、東へ運ぶ商団を組むこと。


 求められているのは馬車1台という話ではなく、以前と同様の規模。

 ならば最低でも8台の2頭立て馬車と、相応の積み荷を用意しなければならない。


「諦めるわけにはいかねーっす……これが正真正銘の最後なんす……」


 今日の今日まで、決して商人としての気持ちが折れたわけではなかった。

 耐えられなかったのは、己が奮起して行動に移せば、そのたびに自分は取り残され、周りの仲間や依頼を引き受けてくれた傭兵達が消えていったこと。

 でもあの少年――ロキは「誰も死なせない自信がある」と、そう言った。

 商人であるクアドから見ても、虚勢を張っているようにはまるで見えなかったのだ。

 ならば、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 覚悟を決め、クアドは一人荷車を引きながら次の農家へと向かった。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 気付けばオルトランのマッピングは南半分が完了し、俺は北西に位置する第三の都市『アンティモア』へと到着した。

 その間も3日に1度はクアドさんの下を訪れ、そのたびに彼は「もうひと踏ん張り」と、かれこれ10日くらい同じことを言い続けているような気がする。

 細かい傷が増え、だいぶ疲れも溜まっていそうだが、それでも目が死んでいないのならばきっと大丈夫だろう。

 ここで俺が商人である彼の領分にまで首を突っ込むのは違うと思っているので、どうしてもと助けを求められるまでは資金提供だけに留め、クアドさんのやりたいようにやらせるつもりだ。

 それよりも俺は俺でやるべきことを。

 ハンターギルドに立ち寄り、期待を込めて向かった先は、東側に広がる <<サザラー魔物生息地帯 >>。

 事前情報ではCランク狩場があるという話だったが、資料本を読めばどうやらC-Dランクの複合狩場だったようで。

 西部の草原エリアが広がるCランク狩場と、東部の草もまばらな荒野に近いDランク狩場が、境目も不確かにそのまま繋がっているようだった。

 この複合狩場に登場する魔物は計6種。

 うち4種が新規魔物となれば、これはもう期待せずにはいられない。

 逸る気持ちをそのままに現地へかっ飛び、まずはCランク魔物それぞれのスキルを確認していく。


 ――【心眼】――


 アックスビーク 【突進】Lv3【俊足】Lv3【斧術】Lv3【遠視】Lv3


 ロックタートル 【土魔法】Lv3【土属性耐性】Lv2【硬質化】Lv3  


 カルノタウラ 【投擲術】Lv3【射程増加】Lv2【体術】Lv3


(ん――……、カンガルーみたいなやつだけちょい当たりか?)


 嘴《くちばし》が斧みたいな形状をした、ダチョウっぽい雰囲気も感じるデカい鳥――アックスビーク。

 甲羅が岩なのか、それとも岩が生えているのか、擬態したようにジッと動かない亀――ロックタートル。

 そして腹に何かが詰まってそうな袋があり、やたらと筋肉質で顔がイケメンのカンガルー ――カルノタウラ。


 Cランク狩場にいた新規魔物3種を【心眼】で覗けば、全て俺が所持している既知のスキルばかり。

 ただまぁこの展開にはもう慣れているので、すぐに自分のスキルレベルと照らし合わせれば、カルノタウラの【投擲術】と【射程増加】。

 あとはロックタートルの【土属性耐性】も、確実にスキルレベルを上げられそうだ。


(よしよし、伸ばせることが大事なんだよ、伸ばせることが)


 素材が何に使えるかも分からないし、とりあえず狩りながら東へ向かうか。

 そう思いながら、砂煙を巻き上げ突っ込んでくるダチョウの細い首を斬り飛ばし。

 遠くから大量の石礫を放つ亀をひっくり返して腹に剣をぶっ刺し。

 その石礫を拾っては袋に溜め、野球選手もビックリな強肩で投げつつ、近寄ったら普通に殴ってくるカンガルーを逆に殴り返す作業をひたすら続け――


 <<サザラー魔物生息地帯 >>で狩り続けて3日目。

 Cランク魔物に交じってヴァルツの <<イスラ荒野>>でも見かけた、ベイブリザードやハイドスコーピオンが登場し始めたところで、俺は新種魔物のスキルを覗き、その内容に視線が釘付けになる。


(えっ……【透過】って、マジで【透過】か?)


 見た目は1メートル近くありそうな、かなり大型のカメレオンだ。

 所持スキルに【擬態】も持っており、赤茶けた土と同化したように地面へ張り付いていて、【探査】で場所を掴めていなければ見逃しそうなほどには景色に溶け込んでいる。

 だがあくまで溶け込んでいるだけであって、透けてはいない。

 眼を凝らせば、その姿はしっかり確認できているのだ。

 資料本にフィッシャーカメレオンと書かれていたその魔物は


 フィッシャーカメレオン:【擬態】Lv3【噛みつき】Lv2【透過】Lv1


【心眼】を通せばこのように表示されている。

 レベル1というのがなんとも微妙なところだけど、それでも胸の高鳴りはCランク狩場の比ではない。


 ――まず俺が使えるのか。

 ――そして使えた場合は、どんな効果なのか。


 フィッシャーカメレオンに近づけば、特有の眼だけがギロリと俺を睨みつける。

 が、それでも動きはない。

 となれば、さらに近づくまで。


 5メートル、4メートル、3メートル……キタッ!


 ボヤけたように輪郭を捉えていたその姿が、完全に消え――

 虚を衝くように、真横から大口を開けて舌を突き出してくる。

 ……まぁ、それでもDランクの魔物だ。

 その動きはお世辞にも速いとは言えず、伸びた舌をそのまま踏みつければ、「キュグッ」と聞きなれない声で目の前のカメレオンは鳴く。

 舌の先端に釣り針のような返しが付いているとか、なんとも魔物らしい特徴だな。

 そのまま身体の方を引き寄せるように舌を戻したので身体ごとぶった切ったが、本来ならこのまま鋭利な歯で噛みつき捕食に入るのだろう。


「ふふっ、マジで消えた……消えたのは間違いないぞ……」


 あぁ、早く早く早く!

 俺もこのスキルを使えるのか、早く確認したい!

 これだからどんな低位でも狩場巡りはやめられないし、狩りだってやめられないのだ。

 どうせDランク狩場とCランク狩場の境目なんて僻地に人はいない。

 ここは俺の独擅場とばかりに、フィッシャーカメレオン目掛けてかっ飛んでいき――


『【透過】Lv1を取得しました』


 そのアナウンスと共にすぐ様ステータス画面を開く。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 そして|白《・》|文《・》|字《・》であったことに、俺は一人絶叫しながら打ち震えた。
************************************************
2話前の315話『ラストチャンス』にて。
余計に設定が紛らわしくなりそうだったので、一番最後の一文を下記のように変更しております。

2体の石像を収納した → 2体の石像を抱え

また本格的に作中で登場する前に設定の甘かった、【時魔法】と【結界魔法】の説明標記を一部変更しております。
ロキの手帳や150話『飛躍的な成長』に反映させてありますので、気になる方はそちらをご覧ください。318話 新しい売り先

 転がっていた大岩の上に胡坐をかき、お気に入りの謎チャーハンを食べながら昼休憩。

 そのついでで、現状を整理するために目を瞑ってステータス画面を眺める。


【透過】Lv3 一定時間身体を透明化させる 効果時間1.5秒 魔力消費30


 とりあえず安定のレベル3までは上げたものの、問題はここから先、どこまで粘るべきなのか。

 狩りを止め、一度冷静に考えておきたかったが……うーん、やっぱり悩むなぁ。

 効果だけを見れば、そりゃ誰が見たって優秀な特異スキルだ。

 スキルレベル1のフィッシャーカメレオンでさえ、薄っすら透明になるとか、スケルトンで実は骨だけ見えてますとか中途半端なモノではなく、確実に、疑いようもなく視界から完全に姿は消えていた。

 だが難点も多く、まず秒数が1レベル上昇ごとに0.5秒しか増加していない。

 マジでなんだよ、この小刻みっぷりは……

 今でようやく1.5秒、スキルレベル10に到達しても推定効果時間は5秒間。

 明らかに短く、しかし起死回生の奥の手としては意味のある秒数にも思えてくる。

 まぁ、魔力消費はかなり重いが。

 1レベル上昇ごとに魔量消費が10ずつ上昇しており、1.5秒で30消費とか、連発してたら俺でも数分で枯渇するレベルだ。

 そしてこのスキル、視界から一時的に消えているだけで、存在はその場からまったく消えていない。            

 透明になったところでフィッシャーカメレオンが動けば、そのまま地面に足跡は残っていき、【気配察知】や【探査】、【魔力感知】でも反応が拾えてしまう。

 なので透明状態のまま斬ることも当然可能で、その時は身体から離れた血だけが先に現れるという、なんとも不可解な現象を引き起こしていた。

 そのおかげで、身に着けている装備含めて透明化は有効なんだなってことも分かったけどね。


「んー……咄嗟に範囲攻撃を出されたら何も意味はない。が、【隠蔽】のレベルが上回っていれば、相手の調査系スキルは遮断できるっちゃーできるか」


 想定するのは強者との対人戦だ。

 このスキルを組み込んだ戦闘をなんとなく想像し、掛ける労力と伸びる効果時間を天秤に掛け――とりあえずはスキルレベル4。

 どの道クアドさんの準備待ちなところもあるので、レベル4まで上げたらマッピングもしつつ、待ち時間次第でスキルレベル5も一応目指す。

 レベル5までなら討伐数は約1150体――このくらいならまだ十分現実的な数字だろう。

 初回限定であれば一撃必殺にもなり得るスキルなわけだし、ほどよく上げる分には損にならないはずだ。


「おっしゃ、いくか!」


 そうと決まれば、あとは行動あるのみ。

 気合を入れ、視界全ての魔物を狩り尽くす勢いで、俺は乱獲を開始した。




 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽




 そして、その日の夜。


「たっだいま~」

「おう、今日は遅かったな」

「もう先に食事は済ませたぞ?」


 湖畔で二人、晩酌をしていたのはロッジとゼオの二人。

「あーいいよいいよ。あれ? カルラは?」

「裏で豚に乗って遊んでいる。ロキの土産がよほど気に入ったらしい」

「そっか。んじゃカルラに魔物の解体頼んでおくから、欲しい素材あったら言っておいてね。これ、町の解体場で聞いたお金になる部位の一覧」


 そう言って俺が木板を渡せば、二人はすぐにそちらへ目を向ける。


「お、ロックタートルの甲羅は盾の素材として需要が高いやつだな。ハイドスコーピオンの外殻も、防具素材としては比較的優秀な部類だ」

「ふむ……アックスビークとロックタートルは肉が美味かった記憶がある」

「そんじゃ確保しとこうぜ。燻製にでもすれば酒のアテになる」

「そこら辺は任せるよ。とりあえず100体ずつくらいカルラに渡しておくから、足らないやつがあったらあとで教えて」

「……いや、それぞれ3体くらいで十分だと思うが」


 ロッジが随分と謙虚なことを言っているけど、最寄町『アンティモア』で早速買取拒否を食らってるからなぁ。


「こんな大量に持ってくるやつなんて見たことがない!」


 と、なぜか解体場のおっちゃんに怒られるし、こないだオルグさんところはパンクしたばかり。

 放出しなければ貯まる一方で、このままだと明日あたりには俺の収納が限界を迎えて、魔力が減少に転じる可能性もある。


(拠点に好き放題吐き出してるとゼオに怒られるし、ロズベリアでパンクさせるなら、換金効率の良い竜種でパンクさせた方が良いし…………あっ)


 そうだそうだ、このくらいのランク素材がお手頃な町あったわ!

 後処理の結果がどうなったかもちょっと気になるし、顔を出すなら今くらいが丁度良いタイミングだろう。

 早速家の裏で豚と遊んでいたカルラに素材の一部を託し、俺は翌日の狩りをほどほどで切り上げたら目的の町。

『ギニエ』へと移動した。





「こんにちは~ラッド君いますかー?」


 真っ先に向かったのは、ラッド君のお屋敷。

 玄関のドアをノックすれば、2階の窓から鬼のような形相をしたじいさんが顔を出す。


「どこから入り込んだ、この無礼者が! そこでジッとしておれ!」

「へ?」


 家の中をドタバタと騒がしく走る音が聞こえ、貴族の家なのにこんなんで良いのか? と思いながら素直に待っていると、枯れ果てる寸前の頭髪と身体をしたじいさんが木の棒を持ってご登場。

 マッチ棒みたいだが、新しい執事の人だろうか。

 服装を見ればそのようにも見えるが。


「この侵入者め! 領兵もおったはずなのに、どうやって南門を抜けてきた!」

「えーと、飛んできただけですけど……あの、ラッド君は留守ですか? その後の様子を確認しにきまして」

「ちょっと! おじいちゃん煩いって! ここはお貴族様の家なんだから……って、ロキさんじゃないですか!」

「あ、アンリさん」


 横から鍋の蓋を持って現れたのは、以前ラッド君を真っ先に庇った同い歳くらいの女の子。

 知っている人が出てきてくれて一安心だけど、おじいちゃん?


「なんじゃアンリの友達か! だがそうであってもいかん! いかんぞ! 飛んできたとか頭の悪いこと言いよるし、ノグマイア子爵を"ラッド君"なぞ不敬にもほどがあるわ! こやつは尻叩きの刑じゃ!」

「あ、頭の悪いこと……」

「この人は特別だから大丈夫なの! ロキさんはラッド様の命の恩人だし、この町を助けてくれた人だよ? おじいちゃんだって助けられてんだからね!?」

「………………なんじゃと?」

「……」

「ふ、ふほほっ! そ、それならそうと早く言わんか! いやいや、ギニエの救世主はさすが、小さいのに貫禄があるな。よし、あとでワシが特製の甘いパンを持たせてやろう」

「おじいちゃん! そんなことより早くラッド様のとこにご案内しないと!」


 うーん、一応ここって領主の家だよね?

 ビックリするくらい庶民感が強過ぎて、小学生の頃遊びに行った友達の家を思い出してしまう。

 しかし、相変わらず人は少なそうだなぁ……


「ラッド様ー! ロキさん来られましたよー!」

「おぉ! 入ってくれ!」


 ドアを開ければ、2階にある執務室には大量の木板に囲まれたラッド君の姿が。

 声は元気そうだが目の下には青黒いクマを作っており、相当な激務に追われていることは間違いなさそうだ。


「こんにちは。これはまた、随分と忙しそうですね」

「よく来てくれた! あの一件以来やることは山積みでな」


 話を聞けば、ラッド君は捕まえた残党と一緒に王都グラジールに直接足を運んだそうで、そこで自ら事の顛末を国に伝えたらしい。

 その結果、王家からも正式にノグマイア家の当主として認められたようで、今は国から応援の文官が来るまで、なんとか身近な信用できる人達で回しているそうだ。

 幼馴染らしいアンリさんのじいさんや、茶を持ってきたままなぜか横に座ったばあさんなんかも、普段はご飯を作ったり掃除したりと屋敷の手伝いをしてくれているらしいのだから、ここの人手不足は深刻である。

 だが、足らないのは人だけじゃないはずだ。


「他に、現状足りていないモノは?」

「すべてと言っても過言ではない……王都に行って分かったが、ギニエは相当危険な町として認識されていたようだからな。旅人も、商人も、ハンターも、皆がこの町を避けていたせいで、孤立したまま町の動きが止まってしまっている」

「人の噂なんて、そう簡単には払拭できないでしょうしね」

「そうなのだ。良くも悪くも噂を広めるなら商人だと、今は私が直接高値で買い取りし、商人達の出入りを増やすべく動いているが……それでもまだまだ時間はかかりそうだ」


 ネットのない世界じゃ動きが緩やかなのはしょうがない。

 それでも利に聡い商人から先に動かそうと考えて行動し、町の活性のためにお金を使っているのだから、やっぱりラッド君は賢く、そしてまともな少年だ。

 ならば俺は俺で、できることを。

 決して慈善事業をするつもりはないが、適正な内容で取引といこうじゃないか。


「事後の状況はだいたい想像していた通りですね。なので今日は食料や日用品の素材になり得る魔物を大量に持ってきたんですけど、興味あります?」

「なんと……それは《ランシール山》の魔物ではなく、か?」

「もちろん。場所で言えば南にあるオルトラン王国のC~Dランク魔物ですね」


 そう言いながら、先日ロッジとゼオに渡したような木板をラッド君にも見せる。


「これは魔物の名と使える素材、あと横の数字は値段か?」

「オルトランにある最寄町のハンターギルドが実際に買取している価格です。あ、魔物はバラしていないので、書かれているのは1体丸ごとの場合ですけどね」

「丸ごととは、さすが……ロキ殿らしいな」

「隣接した国からなので、今までにも素材がこの町に運ばれていたかもしれませんけど、価格は中間コストや輸送コストも上乗せされていたはずです。でも今回は仕入れも運んでいるのが僕なので、必要ならこのままの買取価格でお譲りしますよ。もちろんハンターギルドを一度通してでも構いませんけどね」

「どれどれ、それなら私も拝見」


 ここで横に座って一緒に茶を飲んでいたばあさんが、木板をヒョイッと手に取り一瞥。


「ベイブリザードやフィッシャーカメレオンの皮なら、町に加工できる慣れた連中は大勢いるよ。装備素材もCランクくらいならティニロとその息子が弄れるから、ここのハンター連中が防具として活用するなら十分だろうね。全部ここ1年近くまともに入ってこなかった手頃で扱いやすい素材。しかも、値段がビックリするくらい安いねぇ……」

「なるほど。魔物が丸ごとならば町の中に大きな雇用も生まれるか。足を切断された者達にも仕事は振れそうだろうか?」

「大丈夫だね。食材になる魔物が5種類もいるんだから、肉の加工でも十分仕事になるよ」


 すげぇ……

 ラッド君は疑う様子がないし、このばあさんってば、相談役のポジションとして仕事をかなり全うしている。

 ただのアマンダさんではなかったのか。


「よし、ならば買わない理由は何もないな。だがロキ殿、値段がかなり安いようだが……無理をしていないだろうか?」

「大丈夫ですよ? その代わり大量にあるので、僕としては纏めて買ってくれたら嬉しいですね」

「ふふ、ロキ殿の大量は本当に大量だから恐ろしいな。であればアンリを付けさせるから、まずはあの倉庫にお願いしたい。他にも空き場所は探させておこう」


 こうして始まった素材の放出祭りは、2時間近く続いた。

 途中からアンリさんだけでなく、相変わらず身体中に草やら藁をくっ付けていたサイラル君も加わり、数を数えながら倉庫に魔物を吐き出していく。

 どこかで適当に売るよりはこの方が意味もある。

 そう思ってのことだったが、想像以上に喜ばれているのであれば持ってきた甲斐もあるというもの。

 これで町の人達が食事に困ることも当面はなくなるだろう。


「Cランクくらいまでの魔物素材なら、今後もぜひ買取させてもらいたい」


 ラッド君のこの言葉に、一つ大きな売り先が確保できたという気持ちと、あまり俺の仕入れに依存させ過ぎても良くはないなという気持ちと。

 どちらも湧き上がるが、よくよく考えればCランク以下の魔物を長く狩ることなどそうあるわけでもないのだ。

 ならばたまの売り先にギニエを選ぶくらい、さして問題はないだろうと結論付け、あれからの町の様子や奴隷化している領兵の件を確認してから俺はギニエを後にした。319話 初の護送依頼、東へ

 多少時間を掛けてでも、商団の規模は同等にしてほしい。

 代わりに、その規模にもっていくための費用は俺が用意する。

 この約束事に合わせて進めていたのだから、全てを失いかけていたクアドさんでは、準備にそれなりの時間がかかるであろうことは分かっていた。

 が、支度金を渡してからそろそろ1ヵ月。

 オルトランのマッピングは一通り完了し、商業ギルドのワドルさんに地図納品まで済ませてしまい――。

 このままだと、あと10日くらいで【透過】スキルがレベル5までは上がりそうだし、そうしたら次はどの国に向かうべきか。

 さすがにそろそろ情報収集しておかないとマズいのでは?

 そんな焦りを内心抱えながらクアドさんの店を訪ねれば、今日は何やらお店の様子が違っていた。

 店内に売り物がないのは相変わらずだが、その何もない店内や荷物の増えてきた奥の倉庫に、悪党面したおっさん達が何人も居座っていたのだ。

 一瞬、襲撃された? と警戒するも、おっさん達のうち半分は地べたに座って呑気に飯を食っており、その中には同じように飯食ってるクアドさんの姿も確認できる。


「あれ? クアドさん、これってどういう状況ですか?」

「あ、ロキさん! やっとっす! やっと頭数だけは準備できたっすよ!」

「お、おぉ!」


 スリ傷だらけの顔をして、初めての笑みを見せるクアドさん。

 御者にしろ俺以外の護衛にしろ、人集めでかなり躓いていることは話に聞いていた。

 だから最悪護衛だけは、その能力がなくても見てくれの頭数だけは揃えてくれとお願いしていたが、ようやくその数を集められたのか。


「結構人がいますね! 全部で20人くらいですか?」

「御者が8人、護衛役10人の合計18人っす! 結局『奴隷商館』から人を買ってくることになったっすけど、これでようやく人を集めることができたっすよ!」

「……ん? ど、奴隷商館?」


 笑顔のままあっさり返された言葉に困惑し、俺は言葉が続かない。

 合法な国が多いことは聞いているし、貴族や商人が主な購買層であることも、奴隷商館に関する本で学んではいた。

 が、まさか、俺の案から奴隷を買うなんて事態になるとは……

 人集めの問題は金で解決すれば良いと、そう言ったのはたしかに俺だが、奴隷という選択は想定外。

 価値観の違いと言えばそれまでだけど、果たしてこのまま進めてしまっていいのか?

 そんな気持ちがもたげ始めた時、横で一緒に飯を食っていた大男が口を開いた。


「おいおい、このあんちゃん勘違いしてんじゃねーか?」

「?」

「言っとくが、俺達はクアドさんに感謝してんだからな」

「そうだぜ。やっと窮屈で汚ねぇ豚小屋から解放されたんだ」

「あの臭くてマズい飯ともな!」


 次々に出てくる元奴隷たちの言葉。

 そこに悪感情は一切見られず、"解放された"という感謝の言葉が続いていく。


「彼らは皆、借金奴隷っす。でも、こう……|何《・》|か《・》がないと、長く買い手が見つからないことも多々あるんすよ」

「あぁ、なるほど……」


 クアドさんは言葉を濁したが、"何か"というのは"能力"――すなわちスキルのことだろう。

 視界に入る人達を眺めても、たしかに大きく伸びたスキルは見当たらないし、一人を除いてその中身も凡庸だ。


「方々に声を掛けても、相場の5倍金を出すと言っても、一人も手を挙げる者がいなかったっすから……なら大した借金額でもない彼らを買った方が金も安く済むんすよ。それに――」

 言いながらクアドさんはカウンターの裏へ行き、屈んで何かをした後に一枚の木板を俺に差し出してきた。

 そこには、


『奴隷であれば、裏切り者はでないっす』


 このように書かれており、たしかにそれもそうかと、一人心の中で納得してしまう。

 商団が行方を眩ます理由は未だ分かっていないのだ。

 可能性として身内や雇った者の裏切りが関係しているのであれば、知り合いや繋がりのある人たちに声を掛けるより、最初から奴隷を雇った方がそのリスクは薄まるだろう。

 彼らには悪いが、長期間の"売れ残り"となれば、キウス商会から指示を受けて潜り込んでいる可能性はさらに薄くなるし、裏切れない奴隷契約を交わせば失踪の理由を一つ潰すこともできる。

 偶然か予定通りか、クアドさんはどちらかというと見た目可愛い系の犬だが、結構頭脳派なのかもしれない。


「分かりました。内容は把握できましたので、このまま進めていきましょうか」

「その前に1つだけ確認だ」


 口を開いたのはクアドさんではなく、唯一奴隷達の中で【調教】のレベル2を所持した横の大男。


「かなり危険を伴う荷運びだって聞いてるんでな。本当に護衛はあんちゃん一人なのか?」

「えーと、夜間の交代要員は準備していますが、基本はそうなりますね」

「マジかよ……文句を言える立場じゃねーのは分かってるけどよ。まったくSランク相当の実力があるようには見えねーし、本当に何かあった時、クアドさんや俺たちのことを護ってくれんのか?」

「ちょ、ベッグさん! 全部のお金出してくれてるのはロキさんなんすからね!?」

「はは……気持ちは分かりますから、大丈夫ですよ。もちろん全力で守るつもりですが、ただ証明するのは難しいんですよね」


 このベッグと呼ばれた男に力自慢したってしょうがないからなぁ……

 何が待ち受けているかも分かっていないのだから、この場で大丈夫なことを証明なんてできるはずもない。


「そうは言ってもよ……」

「ま、まぁまぁ、ロキさんも来たことだし、あとは最終確認してくっすよ! 料金抑えるために奴隷契約期間短くしたんすから、余計な時間なんてないっすからね!」

「ん? 契約期間?」

「奴隷商人から代理の主登録してもらえる期間っす。長くなるほど金がかかるんで、今回は15日間にしてもらってるんっすよ。無駄な金は使えねーっすから」

「あぁ、なるほど……話の腰折ってすみません。理解しました」


 奴隷商館に関する本では、こんな情報まで載ってなかったから勉強になるなぁ……

 コストに限りがあるのだから、売った後の奴隷契約期間に期日を設けるのも当然といえば当然か。

 ギニエでやっている俺の奴隷契約が、いかにガバガバで大盤振る舞いなのかがよく分かるわ。


 その後はクアドさんが木板に記しながら、旅の予定を確認していく。

 ドミアからサヌール間の旅程は、何もトラブルが発生しなければ通常馬車で13~14日間ほど。

 ドミアを出てから東に向かっていくつかの町を越え、8日ほどで到着するオリアル山道手前の町『シュライカ』までは、失踪した4度の商団全てが立ち寄っているという話で間違いないらしい。

 つまり問題になるのはその後で、シュライカから3日ほど掛けて抜けていくオリアル山道――その中でも西寄りの森林区間が失踪ポイントとしては断トツで濃厚。

 逆にその後は山道を抜けても、サヌールの受付嬢が言っていたように見晴らしの良い荒野が続き、しかもオリアル山道を抜けた後の町ではどこもクアド商会の商団が経由していないので、山道を抜けた以降に何かがある可能性は極めて低いとのこと。


「クアドさんよ。それまではまず何もないと思っておいていいのか?」

「まず大丈夫っすね。今までもそうですし、山道に入るまでは田畑が続くばっかりで、人が満足に隠れる場所なんてないっすから」

「つーことは、警戒するのは山道に入ってからの2日間くらいか……」

「そうなるっす。誰が、どうやって、うちの商団を失踪させているのか。誰も死なずに原因を突き止めるっすよ!」

「「「おぉう!!」」」


 正式ではないにしても、俺にとってはこの世界に来て初めてのまともな護送依頼だ。

 経由地の確認や水の補給場所、野営必須区間など、地図も無しに進めるその話に感心しながら耳を傾け。

 こうして翌日の明朝、出立することを知らしめるように堂々と、計8台の馬車はドミアを東に向かって出発した。